オムニバス書くよ(142)






           「香しの彼」








大学受験に失敗した僕は専門学校に入学した


僕(どいつもこいつもアホみてーな顔)

この学校には入試がなかったし、金さえ出せば誰でも入れる

アホが集まるのは当然と言えた


僕(僕もその一員なわけだが・・・)

僕(僕の席は一番隅か)

僕(この学校でも友達なんてできないだろうな)


僕は人見知りだし話もつまらないし趣味も暗いし

そういうことがきっと 僕を一人にしたのだと思う


僕(ガラ悪そーな奴ばっかり・・・)

僕(できるだけ目立たずにひっそり生きていこう)

僕はいじめを危惧した


僕(・・・)

僕(この臭いは・・・)

僕(隣の席のサイタマからか・・・)


隣の席の男はサイタマと言った

といっても言葉を交わしたわけではないが

クラスの自己紹介の時そう言っていた


彼はどうやらワキガのようだった


僕(勘弁してくれ・・・)

入学してから数日

僕の疑念は確信に変わっていた

彼の無口さは僕にとって心地よかったが

彼の濃縮された脇の臭いに化学薬品をブレンドしたような体臭を1日中嗅ぐのは

それなりの精神的・肉体的苦痛を伴うものだった


僕(・・・あ)

何気なしに隣を見ると、サイタマの筆箱の裏にページの切り抜きが貼ってあった

それは水槽の写真だった

綺麗にレイアウトされた水草水槽の写真だ


僕「・・・さ、サイタマくんは、ああアクアリウム好きなの?」

サイタマ「・・・」

彼は驚いたような顔でこっちを見ていた

僕「あ、ふ筆箱見て、あ、ごごごめん偶然見ちゃって」

僕「あ、僕、趣味でアクアリウムやってて、ぼ僕は大型魚専門だけど」

サイタマ「うん・・・」

サイタマ「お、ぼ、僕も、水草もやるけど、ポリプとかも飼ってるよ・・・」


その日から、僕は彼と一緒に帰るようになった

学校最寄りの駅近くに熱帯魚専門店に寄るのがお決まりのパターンになった

僕「アンソルギーかっけえなぁ・・・」

僕「金は足りるけど水槽がなあ・・・もう新しい魚入れるスペースがねえわ・・・」

僕「水槽買う金は流石にねえし・・・」

サイタマ「僕はクリプト入れたいけどなあ・・・前にも溶かしてるし・・・」

1ヶ月も立つとだいぶ打ち解けるようになっていた


サイタマ「あ・・・あのさ・・・」

僕「ん?どうかしたか?」

サイタマ「僕・・・今まで友達とかいなくて・・・」

サイタマ「高校まではずっといじめられてたし・・・」

サイタマ「アニメとかも見ないから・・・オタクっぽい人とも友達になれなかったし・・・」

サイタマ「だから・・・ミヤギくんが僕に話しかけてくれたあの日・・・」

サイタマ「本当に嬉しかった・・・」

サイタマ「ミヤギくんなら本当の僕を理解してくれるって思った・・・」


僕「そ、そうか」

僕「・・・」

サイタマには悪いが、僕はそこまでサイタマのことを好きになれていなかった

サイタマがたまに見せる、僕に対するこの気色悪い好意も

僕(あっ)

僕(・・・まただ)

そして時折感じるこの臭いにも

僕は嫌悪を催さずにはいられなかった


クラスメイト1「よおミヤギ」

僕「・・・あ、なな、どどどうかした?」

クラスメイト2「何キョドってんだよw」

クラスメイト3「まぢウケるw」

クラスメイト1「まあいいから聞けよ」


クラスメイト1「前から思ってたんだけどよ・・・サイタマって臭くね?」

クラスメイト2「酢とクレンザー混ぜたみてえな臭いするよなww」

クラスメイト3「まぢ迷惑ww辞めればいいのにwww」

僕「あ・・・」

クラスメイト1「お前もよくあれに耐えれるよなー」

クラスメイト2「俺なら無理だわww」

クラスメイト3「俺もまぢ無理www」


クラスメイト1「しかも毎日一緒に帰ってるしなwww」

クラスメイト2「隣の席に飽き足りずにwww」

クラスメイト3「ミヤギまぢ匂いフェチwwww」


サイタマ「あっ、ミヤギくん」

僕「・・・」

サイタマ「今日も一緒に帰ろうよ」

僕「・・・今日は、ちょっと用事あるから・・・」

サイタマ「う、うん・・・」


それから僕とサイタマの仲は徐々に疎遠になっていった

あれからクラスメイトからは何も言われなかった

サイタマもクラスメイトからは避けられてはいたがいじめられていたわけではなかった


ただ、彼を一度拒んだあの日から

どこか気まずくて、もう元の関係には戻れなかった

サイタマも僕の変化に気づいたのか

言葉を交わすことはなくなっていった


もうあの熱帯魚店には行っていない

僕はまた一人になった

僕「あいつのこと、そんなに好きじゃなかったはずなのにな・・・」

僕の胸には、彼と知り合う前の僕よりも

大きな大きな孤独の穴が空いていた


僕「そういえば僕、あいつのこと友達だって一回も認めなかったな・・・」

僕に友達が出来るとしたら、きっと熱帯魚の話ができて、

僕のつまらない話も真剣に聞いてくれて、

普段は大人しいけど、趣味の話になると饒舌になって、

毎日一緒に帰ってくれて・・・

きっとそんなやつだけが 僕の友達になれると思ってた

ずっとそんなやつだけが 僕の友達に欲しかった


これからも僕は、一人で生きていくのだろう

人の目を気にして、そのくせ人の好意を無下にして生きていくのだろう

僕「・・・」



もうあの日々には戻れない

あの日々を捨てたのは僕だから



第一話「香しの彼」完



第二話は書きため分を書き終え次第投下します






          「約束の絵」







僕「きれいだ」

ミエ「え?」


きれいだと思ったんだ

この町が、この空が、そしてきみが


僕がこの町に越してきたのは10歳の時だった

画家の父親がこの町の景色に惚れて、ここに来たのが2年前

異国の言葉もしゃべれるようになった

ようやくこの町の友達も出来た


一週間前戦争が始まった


tv「また国境付近で武力衝突が起きました」


ミエ「戦争、始まっちゃったね」

僕「国境の話だろ?ここまではこないって」

ミエ「そうだといいけど・・・」

僕「子供には関係ない話さ」


ミエ「シマネくん、また絵描いてるの?」

僕「うん、お父さんみたいにうまく描けるようになりたくて」

ミエ「ふーん・・・」

ミエ「ねえ、私の絵描いてよ」


僕「えっ、でも僕人の顔とか描くの苦手だし・・・」

ミエ「えー、いいじゃん練習だと思ってさー」

僕「・・・み、ミエちゃんはきれいだから・・・」

僕「もっと僕の絵がうまくなってから、ちゃんと描きたいんだ」

ミエ「・・・」


僕「・・・い、今はの忘れて!」

ミエ「にひひひ、なんだなんだーそういうことかー」

ミエ「じゃあさ、秋にあるコンクールに応募してよ、私の絵でさ」

僕「え、コンクールだなんてそんな・・・」

ミエ「秋まで時間はいっぱいあるでしょ?」

ミエ「それで賞とったらなんでもしてあげる」

ミエ「だから約束、ゆーびきーりげーんまーん」


それから数日、戦火は拡大の一途を辿り

それは僕らの住む町まで広がった

父親「・・・もう泣くな」

僕は生まれた国に帰ることになった


僕「・・・そうだ、約束・・・」

それから僕は彼女の絵を描き続けた

来る日も来る日も、僕の記憶の中の、一番きれいな景色

彼女の横顔を、怒った顔を、泣いてる顔を、そして笑顔を


彼女との思い出の一つ一つを、忘れないように

彼女との思い出の一つ一つを、なくさないように


tv「グンマ、トチギ、イバラキの三国の間に休戦条約が結ばれました」

tvが終戦を伝えた

あの日から10年が経っていた

僕「随分と長くかかったもんだ・・・」

僕は美大を卒業して、バイトで生計を立てながら芸術活動を続けていた


僕は10年前住んでいた町を訪れた

戦争の傷跡は深く、昔の僕の家も、彼女も家も

そこにあったのは瓦礫だけだった


僕「あの・・・」

軍人「何だ」

僕「ここに住んでいた人達はどうなったんでしょうか」

軍人「知らんよ。ただ聞いた話によると、半数は疎開したり亡命したらしいな」

軍人「しかし、もう半数は4年前の空爆でほとんど死んだらしい」


僕はそれから何度も町を訪れた

役所に行って死者の名簿も見たし、聞き込みもしたし、隣国の難民キャンプも訪れた

それでも彼女の手がかりは掴めなかった


気づけば、終戦から8年が経っていた


僕「ミエちゃん、僕もう30になってしまった」

僕は今日も絵を描く あの日々を忘れないように

僕「この町も、だいぶ元に戻ってきたな」

ここ数年で急速にインフラが復旧し、人もだいぶ戻ってきた

僕は去年、彼女と過ごしたこの街に移り住んだ


担当「シマネ先生、仕事の依頼です」

僕「ん、今回はどんなだい」

担当「復興をテーマにした絵画展が秋にあるそうです。それに出展しないかと」

僕「それはこの町でやるのかい?」

担当「はい、役所前のホールでやるそうです」

僕「そうか、この町もついに、芸術に目を向けれるまで復興できたんだな」


僕「あの約束からもう18年か・・・」

何を描くかは決まっていた

担当から話を聞いた時から いや、この町で絵画展が開かれることがあれば

あの絵を描こうと心に決めていた

僕「・・・違うな、18年前からだ」

僕「18年前から、決めていた」


18年前からずっと書き続けてきた

あの日々を忘れないように

あの日々をなくさないように


担当「いやー、それにしても驚きましたよ」

担当「風景画専門だと思っていた先生が、あんなに魅力的な表情をした人物画を描けるだなんて」

僕「・・・そりゃあ、18年間書き続けてきたからな・・・」

担当「え?何か今言いましたか?」

僕「いや、何も言ってない」


担当「それにしても先生の絵、盛況じゃないですか」

担当「これでお仕事も増えるんじゃないですか?」

僕「復興を願う絵画展だ、仕事の話なんてするな」

担当「はは、すいませ」pipipipipipi

担当「・・・電話ですね、ちょっと外します」


僕(・・・)

僕(やはり来ないか・・・)

僕「・・・少しは期待してたんだけどな・・・」

「期待って何を?」


僕「・・・あ・・・」

「それにしても肖像権の侵害なんじゃない?人の小さい頃の絵をこんなにでかでかと」

僕「・・・はは、18年前に許可はとってあるよ」

「ふふ、そういえばそうだったね」

「ねえ、シマネくん」

「約束、守ってくれてありがとう」



第二話「約束の絵」完



第三話も書きため分を書き終え次第投下します


私はモテる


顔はいいしスタイルもいいしドイツ人のクォーターだし

テストでは常に上位だしスポーツ万能だし家はお金持ちだし


だから私がモテてしまうのは当然のことだった

すまんタイトル忘れた



              「ヤマアラシの憂鬱」







しかし私には恋人ができたことがなかった

原因ならわかる それは恐らく私が時折見せてしまう ある言動のせいだ

その言動のせいで私は中学三年間、色恋沙汰とは全く縁のない生活を送ってしまった


しかし この四月からは違う

これからの三年間は、すべての男女が発情期 恋に恋する三年間である

つまり私の ある言動 というマイナスポイントを差し引いても

私にロマンスの神様が微笑んでくれるであろうことは、誰がどう考えても間違いないはずだった

・・・はずだった


「わ、ワカヤマさんって、モデルみたいにスタイルいいよね!」

私「その気持ち悪い目で私のこと見ないでくれる?おぞましくて気を失いそう」

「ワカヤマさんって、透き通るような綺麗な声だね!」

私「私の声の届く範囲から消えてくれる?」

「ワカヤマさん、好きです!付き合ってください!」

私「口が臭いわ、今すぐ黙りなさい」


本心ではないのだ。これは決して本心ではない

勘違いしないで欲しい。普段からこんなに攻撃的なわけではない

むしろ普段の私は温厚でおしとやかな人として知られている

ただ、異性からの好意を感じると

その好意を踏みにじりたいという、強い衝動に駆られるのだ


ショックを隠しきれず、青ざめた顔になる瞬間が見たい

想像もしなかった残酷な言葉をぶつけられ、狼狽する様が見たい

想いを切り捨てられた時の、絶望の表情が見たい

その甘美に抗うことはできず、入学してから一ヶ月

私の周囲から 男子の姿は消えた


そんな私が今、恋をしている

同じクラスのアイチくん

童顔で、身長が低くて、中性的な顔立ちをしていて

いつももじもじしてて、女子から話しかけられるとすぐ顔を真っ赤にする

声も仕草も可愛くて、思わず・・・

虐めたくなる


でも、そんなことをしたらアイチくんに嫌われてしまうだろう

きっと泣いてしまうだろうな・・・

泣きながら、目をこすって、怯えながら、上目遣いで、

「どうしてこんなことするの?」って・・・


見たい、見たい見たい見たい見たい見たい見たい

いじめたいいじめたいいじめたいいじめたい


しかし、常識的に考えて そんなことをするわけにはいかないのだ

だから、私は彼と距離を置く

近づいたら傷つけずにはいられないだろう

彼を遠巻きに見ているだけでも、幸せだと思わなければ


私「はぁ・・・」

女子1「どうしたの?ため息なんてついて」

私「風船に恋したヤマアラシの気分・・・なんてね」

女子2「えーなになにー!?ワカヤマちゃん好きな人とかいるのー?」

私(しまった・・・まあ変に否定しても火に油を注ぐだけか・・・)

私「はぁ・・・」


私(oh, my god・・・)

私(まさか今日の今日で掃除当番一緒になるなんて・・・)

アイチ「・・・」チラッチラッ

私(しかもめっちゃこっちチラ見してるし・・・)

アイチ「・・・」モジモジ

私(なんだよその口元に手を当てながら背中を丸めつつもこっちをチラチラ見てる感じの小動物的な動作わああああああああああああああああああ)

私(可愛すぎるだろ襲いたくなるだろ食べちゃいたくなるだろおおおおおおおおおおおおおおおお)


私(煩悩を捨て去れ・・・平常心だ、平常心を保つんだ・・・)

「・・・あの・・・」

私(そう、私は菩薩 弥勒菩薩の生まれ変わりなんだ)

「あ、あの・・・」

私(私は弥勒菩薩の生まれ変わり私は弥勒菩薩の生まれ変わり私は弥勒菩薩の生まれ変わり私は弥勒菩薩の生ま)

アイチ「あ、あのっ!」

私「ひゃいっ!?」


アイチ「ひっ」

私(私が驚いたことに驚いてる・・・可愛い・・・)

私(じゃなくて)

私「ど、どうかしたの?」

アイチ「あ、あの・・・ぼ、ボクの力だと一人じゃこの長机どかせなくて・・・」

アイチ「す、すいません、手伝ってもらってもいいですか・・・?」


私(・・・)

私(か、か、可愛すぎんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)

私(言うてもこの机そんなに重くねえぞおおおおおおおおおおおおおおお)

私(女の私でも一人で持てるっちゅうにいいいいいいいいいいいいいいいいいい)


アイチ「あ、あの・・・」

私「・・・はっ」

私(あまりの可愛さに我を忘れてた)

私「い、いいよ」


私「こっち持てばいい?じゃあ、せーのっ」

アイチ「・・・」チラッ

私(・・・ん?)

アイチ「・・・」サッ

私(今こっち見たよな・・・)


私(心なしか顔が一段と赤く・・・)

私「ここでいいかな?じゃあ置くよ、せーのっ」

アイチ「・・・」チラッ

私(また・・・)

アイチ「・・・」サッ

私(あっ、そういうこと・・・ふーん・・・)


私(ダメだ、言っちゃダメだ)

私(でも、これ言ったらどんな反応するんだろ・・・)ゾクゾク

私(無理だ、我慢できない)


私「アイチくん、今私の胸見てたでしょ」


アイチ「えっ・・・」

私「机を持ち上げる時と下ろす時の二回」

私「確かに、力を入れるためにちょっとかがむから胸元見えちゃうよね」

私「ほら、こんなふうに」チラリ

私「そういうのって、分かるんだよねー」


アイチ「あっ、あっ、ご、ごめんなさい・・・」

私「なんで謝ったの?私謝ってなんて一言も言ってないんだけど」

アイチ「いやっ・・・あ、あのっ・・・」

私「いや?いやって何?いきなり否定から入るわけ?」

私「きみは人に許しを請うときまず否定から入るの?」


アイチ「で、でも・・・」

私「でも?でもって何?言い訳?」

アイチ「えっ・・・あっ・・・」

アイチ「ぼ・・・ボク・・・」ジワァ


アイチ「・・・ひっ・・・ひっ・・・」

私「何で泣いてんの?私が悪いみたいじゃない」

私「泣けば許されるとでも思ってんの?高校生にもなって」

アイチ「ごっ・・・ごめっ・・・ごめんなっ・・・さい・・・」

私「・・・・」


私(さ、さ、最高だああああああああああああああああ)

私(思ってた以上の破壊力だよおおおおおおおおおおおおおやっぱりやってよかったあああああああああああああ)

私(ふぅ・・・)

私(さて、もう後戻りはできないわけだが・・・)

私(だったら、もう落ちるところまで落ちるしかないよね)


アイチ「・・・ひっ・・・ひっ・・・」

アイチ「もう、こんなこと、いやだよぅ・・・」

私「こんなこと?こんなことってどんなことだよ。包み隠さず言えよ。お前が今やってるその薄汚い行為を」

私「その醜い口で、一字一句漏らさず言え。お前が今やってることはなんだ?」

アイチ「ん・・・ちゅぷ・・・ん・・・な、舐めてます・・・」


アイチ「わ、ワカヤマさんの・・・ん・・・あ、足の指を・・・な、舐めてます・・・」

私「違うだろうが。最初に言っただろ?お前のその薄汚い口を私の足で清めてやるんだって」

私「早く訂正しろよ。ドブ川より汚らしいボクの醜い口をワカヤマさんのご好意によって差し出されたおみ足で清めさてっていただいてますって」

アイチ「うっ・・・うっ・・・ど・・・ドブ川よりもぉ・・・」

私「違うだろ。一字一句漏らさずって言っただろうが。”ドブ川より”だよ」

アイチ「うぅ・・・こ、こんなの絶対おかしいよぉ・・・もうやめてよぉ・・・」


あの日、私は彼を脅した

気の弱い彼のことだから、きっと私に従ってくれると思った

でもやっぱり、この方法じゃ心までは手に入らないね

だから・・・

私「やめない。絶対にやめない。やめてあげるものですか」




第三話「ヤマアラシの憂鬱」完


書いてたらなんか興奮してきちゃって前二話より若干長くなっちゃいました

第四話も書きため分を書き終え次第投下します






 「星屑センチメンタル」







僕「いらっしゃいませー」


僕「2点で524円になります」


僕「ありがとうございましたー」


僕「お疲れ様でしたー」


僕「お先に失礼しまーす」


僕「・・・・・」


大学を中退した僕はフリーターを続けていた

バイト先と家賃3万のアパートを往復する毎日

くすんだ空 澱んだ日常


今日も星は見えない


僕の実家は結構 山の方にあった

大学に通うため駅の近くに引っ越すまで 僕はそこで暮らしていた


あの頃、見上げる夜空はずっと広くて ずっと高かった


そう感じていたのは僕が子供だったせいもあったかもしれない

しかし あの夜には僅かな外灯の明かりと、星明かりしかなかった

この街では、星の光は無数の街明かりに消され 夜空はずっと狭くて ずっと低かった


今日も星は見えない


僕は25になっていた


近頃の僕は 将来はどうなるのだろうとか、これからどうしていけばいいのだろうとか

そんなことばかり考えている


この街の夜空のような 光の見えない閉塞感が

僕の未来を覆い隠していた


僕「こちらのお弁当は温めますか?」


僕「かしこまりました」


僕「3点で849円になります」


僕「ありがとうございましたー」


僕(・・・)

僕(あと3時間か・・・)

僕(今日は何食べよう・・・)


先輩「レジは俺やるからイワテは商品陳列しといて」

僕「あ、はい」


僕(変化のない日常・・・)

僕(毎日同じことを繰り返す)

僕(でもこの日常はいつまで続くんだろうか?)

僕(5年?10年?)

僕(いつかはこのバイトも辞めるだろう、その時僕は)



カタカタカタカタ

僕(・・・ん?)

カタカタカタカタ

僕(地震か・・・最近多いな)

ガタガタガタ

僕(あれこれ結構でか)


ガタッズシャアッメキメキッパリーン
ギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッ
ガッシャアッバリバリッドシャーンッ
ギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッ

「地震か!!?」
「でかいぞ!!!」
「きゃあああああああああ」
「助けて!!!」
「いいから伏せろ!!!」
「どこか隠れる場所!!!!」
「おかあさあああああああああ」


ギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッ
「長すぎだろ!!!」
「こわいよおおおおおおお」
「まだ収まらないの!!?」
「うああああああああああああ」
ギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッギッ・・・・


パラパラ・・・

僕「ようやく収まった・・・」

「でかかったな・・・」
「すっごい大きな地震だったね・・・」
「みんな無事か・・・?」

ザワザワザワザワ


僕「実家は大丈夫だろうか・・・」

僕「・・・電話はダメか・・・」

見れば皆どこかに電話している

あの大きさなら範囲も相当だろう 回線はパンクしているだろうな・・・


店長「みんな大丈夫か!?」

僕「あっ、僕は大丈夫です」

同僚「私も大丈夫です・・・」

店長「余震が心配だな・・・このコンビニは元々古かったし倒壊するかもしれん」

店長「お客さんたちを避難させて俺たちも避難しよう」


店にいた客たちを全員避難させたあと、僕たちも避難することになった

僕はとりあえずアパートに戻ることにした

僕「うわ、道がめちゃくちゃだ・・・」

僕「徒歩5分のバイト先を選んでおいて正解だった・・・」


僕「・・・」

僕(部屋が・・・)

僕「でかい家具買ってなかったのが不幸中の幸いか・・・」

僕「ニュースは・・・」

僕「テレビはつかない、ラジオはない・・・うわ、やっぱり停電してる」


僕(ワンセグは電池食うからイヤなんだよな・・・)

僕「仕方ない、まずは状況を把握しなくては」

僕「・・・・・」

僕「・・・なんだ、これ」


”大津波警報”

”津波、○○川を遡上”

”沿岸の漁村と連絡つかず”

キャスター「・・・津波が町を飲み込んでいきます・・・」


僕「これはひょっとしたら想像以上にやばいんじゃないのか・・・?」

僕「電気とか水道とか食料とか・・・」

僕「もしかしてすぐ復旧しないかも・・・」


僕は実家に帰ることにした

うちは農家だし、井戸もある

あそこならとりあえずなんとかなりそうだ

・・・それに、一人は心細い


僕(とりあえずありったけの食料と水分をリュックに詰めて・・・)

僕「車なら2時間で着くけどな・・・日が沈む前に帰れるだろうか・・・」

最初は明日になってから行くつもりだった

しかし繰り返し発生する余震はその度に僕の不安を煽り、最早一人で部屋にいることは困難だった


僕(じっとしていると不安に押し潰されそうだ・・・)

僕(やっぱり今日行くしかない)

僕は靴紐をきつく縛り、アパートを後にした


1時間ほど歩いただろうか、徐々に住宅もまばらになっていく

僕(日没までには間に合わないだろうな・・・)

僕(懐中電灯持ってて良かった・・・)

夕暮れが近づいていた。もしかしたら深夜までかかるかも・・・

僕(一人がこんなに心細いなんて・・・これ程までに人が恋しくなったのは生まれて初めてだ・・・)

自分の見通しの甘さを後悔したが、もう後戻りする気にはなれなかった


僕「う・・・」

僕(なんか人がうずくまってる・・・)

関わらないべきだ。間違いなく

しかし、僕の孤独感はもう限界を突破していた


僕「・・・あの・・・どこか怪我でも・・・?」

女「・・・」

振り向いた女性の顔に、僕は確かに見覚えがあった

女「あ・・・もしかしてイワテくん・・・?」

僕「そういうきみは・・・アキタさん?」


アキタ「うわーひさしぶりだねー」

僕「5年ぶりくらいなんじゃない?成人式以来でしょ」

アキタ「ホントホント。成人式って言ってもちょっと顔合わせたくらいだもんねー」

アキタ「なんか中学以来みたいな気がするよ」


アキタさんとは小中学校が一緒だった

田舎の学校なので、小学校が一緒ならば転校でもしない限り同じ中学に進むのだが

アキタさんとは何度か同じクラスにもなったりした

僕が元気を失うのは実家を離れてからなので、アキタさんともそれなりに話したことはあった




僕「あの頃はさ、なんていうか今より星が綺麗に見えたんだよね」

アキタ「わかるよ。いろんなものが今より大きく見えて、いろんなものが今よりきれいに見えたよね」

アキタさんも実家に帰る途中だったらしい

ただ、着の身着のまま歩いてきて、日も傾き始め途方に暮れていたところだったそうだ


歩きながら僕らは色々話した

今まで心の内に溜め込んでいたことが 不思議と彼女には話せた

あの頃輝いて見えた夜空の星 

今では街明かりにかき消された夜空の星

あの頃どこまでも世界は広がっているように感じたこと

今では薄ぼんやりと世界が塞がっているように感じること


今まで誰にも言ったことなんてなかったんだけどな

この状況がそうさせたのか 親し過ぎない間柄だからこそ、かえって吐き出せたのか


空が僕らに紫を落とし始めた

こんな夕暮れを見るのはいつぶりだろうか


それから、空はこの世界を黒く黒く塗りつぶしていった

でもその黒は、どこか懐かしく、優しい黒だった


僕「そろそろライト点けようか・・・」

僕「・・・あれ・・・」

アキタ「・・・もしかして、電池切れ・・・?」


僕「うわ、ずっと使ってなかったからかな・・・」

僕「うーん、接触でもないし・・・まさか全く点かないとは・・・」

僕「点くかどうかテストしてくればよかった・・・」


アキタ「あっ」


アキタ「でもライトなくても、結構見えるよ」

僕「そういえば」

僕「灯りもないのになんでこ・・・んな・・・」


アキタ「・・・うわぁ・・・」


アキタ「すごいね」


アキタ「ほら」


アキタ「空、見てみなよ」






アキタ「星がこんなにもきれいだよ」







第四話「星屑センチメンタル」完


第五話も書き溜め分が書き終わり次第。次回からは投下がちょっと遅くなります。

五話投下します

rock'a'trenchのevery sunday afternoonと
宮崎夏次系の水平線jpgからだいぶパクらせてもらってますので、気分を害される人がいたらすいません






            「ネオテニーの天使」







町外れの丘の 白い屋根の病院に

毎週日曜日の午後 花束を持って会いにいく


ソフィア「お兄ちゃん!」

ソフィア「お兄ちゃん来てくれた!」

僕「こんにちはソフィア、体の調子はどうだい」

ソフィア「げんき!」


ソフィアが精神を病んで10年が経つ

あの日 彼女の兄が交通事故で死んだ

ソフィアが僕のことを兄と呼ぶようになったその日から

彼女の時間は7歳のまま止まってしまった


ソフィア「ソフィア鳥さんとお話したの」

ソフィア「ソフィア大きくなったら鳥さんになってお空を飛ぶの」


僕だけが年を取っていくせいだろうか

ソフィアは会うたびに幼くなって見えた


僕とソフィアの兄は親友だった

幼稚園からの付き合いで、彼と僕はいつも一緒に過ごした

八つ離れた彼の妹が生まれた時、僕にも本当の妹ができたような

そんな気になって、とても嬉しく感じたのを覚えている


あれはソフィアの7回目の誕生日だった

彼は部活の帰り、妹のため注文していたケーキを取りに行くと言っていた

「今年も来いよ、きっとソフィアも喜ぶ」

そのまま彼は帰ってこなかった


電話が来て僕たちは病院に行った

彼の顔を見た ひどく傷んだそれは 彼ではない何かに見えた

ソフィア「お兄ちゃんもう帰ろうよ」


最初は彼に向けて言っているのかと思った

ソフィア「帰ろうよ、もうプリティア始まっちゃうよ」

彼女の視線は僕に向けられていた

ソフィアの母「な、何を言ってるのその子はバレッタくんじゃない」

ソフィア「違うよ バレッタお兄ちゃんはもう死んじゃった」


あの日から彼女は夢の中の住人になった

そして僕は毎週ソフィアを見舞いに行く 彼女の兄として


ソフィア「昨日は鳥さんに飛び方を教わったの」

僕が毎週ここに来る理由

ソフィア「きっともうすぐ飛べるようになるって 鳥さん言ってたの」

僕は彼女に恋をしていた


それはあの日よりもずっと前からだった

気持ち悪いと思うだろうか

しかし だからこそ耐えられた

存在を忘れられてなお


彼女に会えなくなるのは 耐えられない


僕「・・・あ、もうこんな時間か」

僕「またね、ソフィア」

ソフィア「またねお兄ちゃん!」


看護師「ソフィアちゃん、お兄さんと仲いいんだねー」

ソフィア「うん・・・」

ソフィア「あのねー」

看護師「なぁに?」


ソフィア「あの人が、帰るときいつも辛そうな顔をしてるのは」

ソフィア「なんでかなーって、鳥さんに相談したんだけどねー」

ソフィア「私のせいなんだねー」





僕「こんにちはソフィア、体の調子はどうだい」

ソフィア「あのねー、今日はねー」

ソフィア「・・・・」

ソフィア「ソフィアね、胸がぎりぎり痛むの」

ソフィア「だから今日は遊べないの」


僕「だ、大丈夫?看護師さん呼ぼうか?」

ソフィア「大丈夫、鳥さんがついてるから」

僕「いけないよ、何かあったらすぐに看護師さんを呼ばなきゃ」

ソフィア「・・・あのね」


ソフィア「もうすぐ羽をもらうの」

ソフィア「そしたら、この窓から飛んでいって」

ソフィア「お兄ちゃんに会いに行くの」

僕「・・・え」

ソフィア「ごめんねバレッタお兄ちゃん」





ソフィア「私もう行くね」







第五話「ネオテニーの天使」完


まだちょっとネタがあるんでもうちょっとだけ続きます

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