私「その腕が大好きだっ!」少女「気持ち悪い!」 (176)

タ イ ト ル 詐 欺

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01―私―

自分というものは元々からして奇抜な人間だということを私はよく理解していた。

私とは妙な価値観を所持しているものだと、

私という存在を奇妙な人間というのだなと、

別段私は自分を特別視していた訳ではなく、その逆に異常視していた程だ。

何時からか何処からか、私は一つの事柄に執着し、執念を見せ、執心していた、

一体いつからだろうか、疑問に思うがそれも私の価値観の存在感の前には塵も同然だった。


私は――私は、欠けたモノを異常な程に、愛していた。



鉛筆削りによって鋭くなった鉛筆よりも、描くことによって丸まった鉛筆よりも、

荒く扱い鉛が折れた、自然的に折れた鉛筆が好きだと思ったのは小学二年生の頃。

恐らくこれが一番最初に私の異常性を見出した瞬間だったと思う。

職人が丹念に創り出した包丁よりも、切っ先が零れた鈍らの方が好きだった。

折れていたり失っていたりする事が好きだった、

完璧主義という主義があるように、私は非完璧主義だったのだろうと推測する。

しかし完璧が嫌いというわけではないのだから不思議だ、

完璧というものについて関心がないので好意の逆とは無関心という話は本当なのかも知れない。



私が彼女の話を聞いたのは友人からだった。

「なあ、知ってるか?片腕の女の子の事」

この五体満足の友人は高校からの同級の仲であり、この県外の大学に着いて来ていた唯一人の友人であり、

だだっ広い大学の中で一人だけとはいえ気を許せる友人が居るというのは中々安心感があるものだ、

昼時は一緒の食卓を囲み、下らない話をすることが多数あった。

しかし――この時ばかりは私の好奇心を擽る、私の非完璧主義を揺さぶる話だった。

友人には申し訳ないが、今までの話のどれよりも興味関心を寄せたのだと思う。

卓より身を乗り出して話を催促する。

(興奮して分からなかったが、後の友人は私の事を改めて『変人なのだな』と見直したそうだ)

隻腕のおんなのこ。


それは――それは、一目見てみたい。



「うんー、なんていうか、僕も聞いただけだし、よくは知らないんだけどさ。

 美人で凄く綺麗なんだってさ、でも片腕、だから皆と距離があって扱いづらいんだと」

不特定多数の皆という興味のない連中の御託はどうでもいいが、

なるほど、さらに好奇心が深く擽られた。

「でも綺麗だから皆でなんとか合コンに誘いたいんだとな、

 でもでも雰囲気が近寄る以前から辛辣で重いし、今の処は何もせずに様子見中だって」


「……ふぅん」

身を乗り出したままで返事をする。

らしくもなく考えていた。



「……もうちょっと、良く分からないか?ほら、どういう授業受けてるとか、学科とか」

「――食付くね、……んー佐々木ちゃんって、言ってた、っけかな」

そう言いながら辺りをキョロキョロと視線を動かしている、

どうやらその佐々木少女を探しているようだ、友人に習って視界をぐりぐりと回す。

幾ら知らないからといって相手は隻腕なのだ、……いや、こういう言い方もどうかとは思うが、

それに、多分そういうものに敏感な私の方がきっと見つけやすいだろう、

と謎の理論を展開させながら見回す――とっとと、


居た、見つけた。

「――なぁ、もしかして、あの子か?」

「ん、んー」

少し考える素振り。

「んー、多分……そうなのかな、現物見たことないからね」

それは、そうだ、私も話を聞いて数分だ。

だが流石に隻腕の女の子が何人も同じ大学に居るだろうか、私には要るし居て欲しいくらいだが。

はーキレーカワイイナー、と呟く友人を目尻に、その佐々木少女に眼を向ける。

どうやら私の謎の理論は正確なものらしかった。



確かに、綺麗だ。

お世辞や社交辞令なしに、きっと十人が見て十人が同じ感想を抱くことだろう、

『綺麗だが、右腕は一体どうしたのだろうか』――と、

そう、佐々木少女には右腕がなかった。(隻腕なのだし、そりゃあない)

藍色に近い黒髪のボブカットに愛想のなさそうな無感情に近い無表情、

しかし生気のないというわけではなく、頬には少しの朱が見える、実に健康的だった。

服装としては隻腕だと悟られないためかブカブカの物を選んでいるようで、

スタイルについては全くと言っていい程情報がなかった、

まあ、別にそんなものはどうでもいい、

私にとって彼女が美しい隻腕の女性だということ以外がどうでもよかった。

彼女の周囲に、人が一人としていないことさえ、どうでもいい。

「………………」

「…………」

私と友人はその美しさに当てられていたのか、何も言わずに黙っていた。



「――んで?どーするの?行動に移すのかい?」


けっけっけ、と悪い笑みを態とらしく浮かべて私を見ていた友人に、

首だけで否定する。

「……また次の機会にでもするよ」

早くフラれてこいよー、と無駄口を叩き合いながらその昼を過ごした。

私の価値観を揺るがせながら、佐々木という彼女の存在を感じながら。

私と彼女の間に縁があるのなら、きっと何処か出会えるだろう、

そう信じて。



02―私―

佐々木少女の右腕に一目惚れしてから(一度足りとて見ていないが)一週間が過ぎていた。

うーん、私と彼女には縁がなかったのか、それだけならば作るだけなのだが、

生徒数の割合に合わない広々とした大学内を歩き回り彼女を見つけるというのも至難の業だ、

歩くことは嫌いではないのだが。

もう少し受け身の体勢で待ち望んでみるかと高望みしながら、

二時限目の講義を受けようとしていた時だった。


「――あ、居た」

不意に視界に入った彼女を見たときに口にしてしまった、小さな呟きだったので、

恐らくは誰にも聞かれてはいないだろうが、なんだかばつが悪いような気もする、

一番奥の左の窓側の席に彼女はひとりで座っていた。

何時も通りの綺麗な黒髪に細い線を描く輪郭――、

やはり、サイズの合わない服装で身を包んでいる。

――何か縁があったのだろうか、考えるがそもそも考えて解るものでもないか、

一瞬逡巡してから少し迷い、その窓側の席の真横に、私は座った。




無愛想なりにムッとした表情で、

「……貴方、誰?」


と口数少なく聞いてきた彼女に対して、

「君の――君に興味があって」

流石に相手を刺激するようなことは言わないつもりだった、

しかしそれでも彼女の長い睫毛が定位置から下がり、伴って眉が顰む。

下を――右腕の方向を――見下ろしながら、

「何?ナンパでもしに来たの?それとも罰ゲームかな?」

随分な早口だった。

「罰ゲームし合う友人がいないんだけどね」

表情に哀が追加されたような気がする。



あ、これじゃナンパしに来たって言ってるのと同じじゃないだろうか。

まあ半分正解だけれど、どうにか彼女に私は軟派ではなく硬派だということを伝えなければ、

「あー……ナンパでもない……かな、俺硬派だし」

「……興味ないよ、早く席移動したらどうかな」

まるで、まるで自分と一緒にいたら何か嫌な事があるとでも言うように、――言う。

視線を移すと不特定多数の人数が嘲るように私を見ていた。

「……それじゃ、また」

お昼にでも、と言い残して



うむむ、収穫はあっただろうか、

彼女のハスキーボイスが更に私の心を揺さぶった事以外になかったかもしれない。

取り敢えず私と同じ講義を受けているようなのでもしかしたら機会が増えるかも知れない、

高望みという程までに望みは薄くないかもしれない、かもしれないだけだが。

かもしれないだけかもしれない。

友人にどう説明したものか、馬鹿にされそうだ、

まあ、お昼時になるまで分かるものも判らないか。

そう考えながら講義の先生が来たので、彼女の前席に座ることにした、

幸い、彼女の周りには誰一人として座っていなかったので直ぐに座れた。

胸に靄のようなものが張り詰めていく感覚が手に取るように分かった。

ついでに彼女の舌打ちが聞こえた。



03―彼女―

一体何だったのだろうか、あの男は、

途中よくわからない雑多がこちらを見てはいたものの、なら何故この男、

私の前に座るんだろうかな、疑問だ。

好奇心だろうかな、それとも私に惚れたのか、罰ゲームというのが本当で友人がいないというのが嘘かも、

なんだか思考がバラバラに纏まりつつある。

うんー、私の考えに一石どころか船一隻を投じ、考えの湖を枯渇させる、

まさに水の泡だ。

面白くもなんともない考えだけは残る、嫌かな、嫌なり。

お昼ご飯の約束(男が言うにはお昼だけだったが)を取り付けられ、

行ってみたら不特定多数の人間雑多が私を指さすのを想像して怖気が走った、

今直ぐにでもこの講義すらサボタージュからの直帰コンボを決めたい所だった。



くぅ、と寒気の走る可愛らしい音が鳴る、

まだ二時限目だというのにお腹の臓器が肉野菜果実を欲していた、

ここの学食美味しいんだよな、今から直帰したところで、

この、腕、じゃ、どうしよう、もない、し。

急激に思考がルーズになった気がして、黒板に眼を向けようとすると、

前の席の男と眼があった。

特に悪くもない顔立ちをした表情が笑顔になっていく、

自然と眉が歪んでいくのを感じて、ハッとして元通りの無表情に戻す。

窓から見える緑々しい木々に目を向けて、今日の学食はどうするか、考えてみる。

うどんが一番食べやすい、きつねうどんにするかな、

油揚げがよく汁を吸って美味しいのだ、ついでのように添えられた鳴門も中々侮れない、

つけ麺も美味しそうだ、最後に汁を啜るとやっぱり美味し、い。



私がこういう風に、麺類を好んで食べるようになったのはいつからだったか、

この腕になってしまって、そして試行錯誤の末にやっぱり麺類が楽だと知った時の、

安堵感に連なる、虚しさと喪失感、劣等感に苛まれる、

喜べばいのか、悲しめばいいのかよく分からずに、

最早私には必要の無くなってしまった右の裾をぱたぱたと揺らしてはぼぅっと考えていた。

一体どうしてこうなったのかな、

私が、やっぱり悪いのかな、

眼を閉じては思い返す日々が続き、よく眠ることができなかったのを、

よく覚えている、今ではあの時のように考え思い出すことはなくなったが。



どうし、ようかな。

今もぼぅっと考えている最中だった。

やっぱり、料理は無理だ、猫に熱湯は掛けてはいけない。

なんの気まぐれか、

私は食堂にでも行ってみるかと考えついた、

緑々しい木々が眩しい、何時も見ている景色なのに。


この時、何故かそんなことを考えていた。

今日はここまで、
息抜きだからすぐに終わると思う

最近の俺内ブームを巻き起こす隻腕少女のトップは『トカゲの王』ナメクジちゃんこと米原麻衣ですな



04―私―

「フラレた」

唐突に私が話し出すと友人は大人ランチ(お子様のランチ大人バージョン)

の炒飯を吹き出した、吹き出した後も悶苦しみ笑っている。

もっと苦しめと思わないでもない。

数秒だけ息を整えた友人は私に向かって(まだ息は荒い)労いの言葉を語る。

「うっはっはっはけっけっけははは、おお!お疲れ様です!はっはは」

八割方が笑いに占領されていた。

「んんー?脈無しだったの?僕が胸貸してあげようか?んんー?」

泣きたいなら俺の胸で泣けといわんばかりに胸を叩く、平均的身長以下が笑わせるなよと釘を刺した。

嬉しそうに物を言う友人だった、持つべきものは友ではないな、と考え出すと、

友人がフラレた時に同じような行動をしたのを思い出す。

なるほど、所詮他人の不幸は蜜の味がするだけだったという事か。



「なるほどなるほど、……じゃあ次は流れで僕がアタックしてこようかな」

「やめてくれ、それでOKが貰えたら俺は生きていけなくなる」

それか私は人間不信並びに女性不信に陥るだろう、女の子って怖い。

次の手段を考えようとして語りだしてから数分後、

私の視界に存在が入った。

雑多な存在や有象無象ではなくはっきりとした存在感のあるそれは、

彼女だった。


「………………」



学食を持ってはいるものの、隻腕の彼女は必然的に御盆を片手で持つことになり、

服装を正せばウェイトレスに見えなくもない、

御盆には丼が乗っかっており、それ以外には何も乗ってはいなかった、

小食なのだろうか、全体的に細い彼女はこれから糸の様に細くなるのか。

「おっ、あ、おおー!」

「…………」

寝首を掻き毟り敵陣の主格討ち取ったなりというような高揚感、

あの会話(一方的)を覚えていてくれたのか、それとも普通に学食を食べに来ていたのかは知らないが、

何れにした所で千載一遇のチャンスである。

これを逃すと次の手立てはない。

私が友人を一瞥すると、振られたのではなかったのか、と露骨嫌そうに怪訝な表情を浮かべてから、


渋々小さく頷いた。



「なんで私と向き合って食べているの、貴方達は」

「俺が君と一緒に食べたいから」

にこりと笑ってみせる。

無表情だった眉が一瞬跳ねると同時に表情の限定解除が為された、

友人が見せた不快を表す怪訝な表情のふたつ上を行く代物だったのが残念だ。

「とかいって、もう半分以上食べ終えているじゃない」

言いながらうどんを啜る、若干犬食いのような体勢だったが、

その体たらくですら愛嬌があると思う、愛想はないが。

「ふははは、佐々木ちゃんよこいつは君に惚れているのさ」

とんでもないことを暴露してくれたな、私は興味関心を持っているとはいったが、

告白もその下準備そして私の心の準備すら出来ていないというのに、

彼女は、私を軽く流し目で見てから、


「ふーん」


とどうでもよさそうに呟いた。

私は耳がいい方である、悲しいかなこの聴力。



彼女が麺を啜る中で私は頭を抱えた。

友人を連れてきたのが拙かったのだろうか、

いや、私だけであーだこーだと会話が成り立つだろうか、

いやいや、友人には感謝すべきだろう、そりゃするべきだ。


頭を悩ませてからどうすればいいのか検討し何をすればいいのか案を練り、

気が付けば彼女の啜るうどんは半分以上減っていた、

私の貧弱な脳みそが結論を出すまでの道のりが長かったのか、

それとも彼女は案外の即食なのかもしれない、後者だったらそれはそれで可愛い、

「あっ、えぁ、ちょっとストップ」

言ってから口を噤む、意味なし、

どうすればいいだろうか。

もういい、順序が逆だが知れてしまった恋心どうにでもなれ、

自棄になって言葉を紡ぐ。




「俺と付き合ってください」


「無理です」


一番最初に吹き出したのが友人だった、恨み辛みは何処で晴らせるだろう。

藁人形って購入とかできるのだろうか。



05―彼女―

ロマンスも雰囲気も在ったものではない男の告白は私のうどんを啜る音に打ち負け、

重力に打ち勝つことを諦めたと言うつもりか、

彼はテーブルにオーバーリアクションを決め込み、俯せに倒れた。


ずるずる。

私は食料を喉に運び胃に届ける作業に忙しく、

視線を気にせずに目前のうどんを飲み物を飲む如き作業スピードで平らげていく。



きつねうどんの出し汁を飲み干して、

今だテーブルとラヴロマンスを繰り広げる男を背に、

またバランスを取りつつも丼を取り零さないように、先程とは違った好奇の目線に耐えて、

学食のおばちゃんに空っぽになった丼を返してから帰宅を決意する。

私が学食を目当てに大学に通っているような物言いとなってしまうが、

単位も授業もちょっと余る程講義には参加しているから、誰も私には文句は言えない、

――尤も、私に文句を言うような人は元からいないと思うのだけれど。



ぼぅっと物思いに耽っていると、不意に赤信号が見えて、

――いや、ちゃんと見えていた大丈夫大丈夫。

ともかく、赤信号を視界にキャッチしてから立ち止まる――と、

急停止した体に伴って一つ上のサイズの服と体のズレが生じる、

右腕の裾が――意味を現さなくなった右腕の裾が、否応にもその視界に這入ってきた。

刹那のフラッシュバック。

『待って、行かないで、腕、手、私の、右手腕。』

打ち遣った、ボールの軌、どうでぽーんと、跳ねていく幻、

幻を車が轢いていく。

幻からは何もアクションは起こさなかった。

「……最近、は思い出さ、なくなってきた、のに」

偏頭痛に似た痛みと衝撃がアタマを襲った。

痛みを堪えて、幻の方向にちゃんと青信号を確認して歩き出した。



私は病院が嫌いだったので痛みが収まってもあそこにはお世話にならず、家での療養に専念していた。

食べ物はどうにも喉を通りそうにない。

空腹感がゲージを突破して私に警鐘を鳴らしているが、

私がこういう時に胃が拒否するのを知っている――あの悪夢のような日々を通して知っているのだ。


「――うぅ……あーうぅ……」

寂しい、悲しいよりもそれが先行して私の脳内を覆い尽す。

電灯をキチンと付けて明かりは灯っているはずなのに、目の前は真っ暗のようだった。

寂しいかな、悲しいのかな、私って心元のない人間だとばかり思っていたが、

考えを改める必要があるようだった。

そしてもう一つ。


改める必要性ありの考え。



「……軽率だったかなぁ」

実際何も考えてはいなかったのだが。

殆ど反射的とも言えるほどの反応速度だったし。

……いや、普通に考えてあそこでOK出来る人間を私は知らない、

会話にして十分足らず、出会って考えて数時間で、

更に一言目にナンパ紛いの台詞で好感度もなにもあったものではない、

基準もよくわからないが、それも私の考えを妨げる一つになっているのかな。

「……とにかく、私は軽率な尻軽女ではないのだ」

お尻は大きくはないけれど。

口にすると奇妙な実感があるかな。

うん、次に彼に会った時に対応次第では考えてやろう、ふはは。

悪役の台詞っぽく、若しくは誘拐犯の台詞の如く頭の中で結論を出してから、

ベットに身を預けて横になる。

瞼を閉じて更に暗くなった視界の中、意識が遠くなるのは遅くはなかった。



06―私―

「あうあーあうあー」

生気の亡くなった私である。

ご臨終だ。

『さっきからそれしか言ってないよ』

「うわわうーあいやー」

友人の電話に出てみたものの現実逃避する私の背中を刃にて斬りつけるだけだった。

せめてもの仕返しに電話代料金を請求する(請求するのは私ではないが)、

ダメージは零に等しい。



『まあ告白して駄目だったんだ、また新しく女の子を見つければいい。

 ほら、女の子は星の数ほど居るのだぜ』

「……その星の中に俺の手が届く女の子は居るのですか」

そして私が必要とする女の子は居るのですか。

何故か丁寧語だった、時折私の心が折れかかった時は周囲に、(当人でなくとも)

優しくするという謎の習慣が身についた。

『この前地球に衝突するかもしれないってテレビで言ってたろう、あれだ』

「それって年単位じゃかなり天文学的な数字になるよな」

天文的なだけに。

私に惹かれる女の子は全くと言っていい程に居ないということか、



「貴公、高校の頃ラブレターを大量に貰っている身としての高みの見物か」

ならば私との交流はここまでだ、泣く。

『高すぎて見えないからもうちょっと近くに行くね』

一筋の光が私の瞳から零れた。

「へっへっへ、俺の隣に来てもいいんだぜ」

一緒に堕ちれば怖くない。

『………………』

効果は抜群なのか、それともただ単に飽きられているのに私が気が付かないだけか。

友人が黙って通話を切った、

翌日から交友の輪も切れていなければいいが。

眠れそうにもない眼を擦り、窓を全開にして無風を感じる。



「――ああ、今日も眠れそうにない」

誰にでもなく格好をつけ、手に持った鉛筆を力任せに折りながら星を眺める。

――あの星の中に、私の意中の相手は居るのだろうか。

――居たとして、手が届くかな。

「……ん?」

あれ?

「――あっ!」

確かに習ったことがある、星の光とは数年前や何十年前の光が、

ようやく地球にたどり着いた時に見えるものだ、ということは――。

「今この星見ても意味ないじゃん!」

当たり前のことに今更ながらに気が付いた私だった。

ぱきりっ、と小気味いい音が聞こえた。



07―危険人物―

嫌いだ、きらいだきらいだきらいだ、きらいだきらいだきらいだ、きらいだきらいだきらいだきらいだきらいだ。

嫌だ、いやだいやだいやだいやだい、やだいやだいや、だいやだいやだいやだ、いやだいやだいやだいやだ。

わたしだ、わたしだ。

大好きだ、愛してる、言葉が不十分だ、少ない、嫌い。

わたしは、わたしは、わたしの欠落が。

欠陥かがが、失くなった物、だいすき、わたしの。

愛して、寂しい欲しい、嫌いすき、大好き。

無くなった亡くなったなくなった失くなった、好き大好き非日常不日常。

嫌いきらいきらい嫌い大好き愛してるのわたし。


わたしは愛してる。

貴方様を愛してる。

わたしは愛してる。

貴方様も――わたしを愛して。

今日はここまで
分岐ENDに迷う今日、もしかしたら安価するかもしれません
それで忘れていたので今言っておきます、

・このSSには流血表現陳びに多少のグロ表現がありますのでご注意下さい

火のない所に煙は立たないという事だけ言っておきましょう
火が見れるかどうかは分かりませんけど



08―私―

結局私が眠りに着いた時刻は通常時刻を遥かに超越していて、睡眠時間は余り無かった。

眼を中途半端に開きつつ、今日の考えをまとめる、

大学へ行くべきか否か。

学生の本分は勉強であるとは言うものの、青春を謳歌することもまた学生の性分だ。

今現在青春を謳歌することの失くなったと言えよう私が果たして大学へと赴いて一体何になるのだ、

愛すべき友人を忘れてはならないが、私はとにかく全てを忘れておきたかった、

嗚呼、二十年余りの記憶消去は一体どうすればできるのだろう、

と考え姉に迷惑が掛かるだけだと至って普通の解答を得る、

怒られると恐ろしいのでその方法はもう暫く封印しておく。



ルーチンワークに身を任せ朝食の準備と(言い忘れていたが私は一人暮らしだ、言った所で何も変わらないが)、

洗顔歯磨きその他朝の風景を済ませて、軽く見積もった私服制服に身を包み、

昨日と比べるまでもなく重い玄関のドアノブに手を掛けて捻る。

おお、私の玄関は何時から大理石になったのだ。

いや、そんなたかだか数時間――大きく見積もったところで十数時間――で材質が変異するとは思えないが。

「あー、いってきますぅ」

私は愛すべき友人と愛したい佐々木少女の為に大学へと趣いた、

足を岩石に変え脳内を空っぽにして。



「あれ?来たんだ」

何時の間にか背後にいた友人が妖怪ぬらりひょんの様に顔を出し、

平均身長以下の友人が顔に似合わず(身長に似合い)きょとんとした表情で私を罵倒した。

『まさか来るとは思わなかった、しぶといゴキブリの精神を持つ男め』と言わんばかり――、

……流石に被害妄想が過ぎる、反省しよう。

「まだ痛い眼に遭いたいんだね」

可哀想なものを見る眼と表情及び感情を込めて言われた、

「遭わないかもしれないだろ、俺の青春を何だと思っているんだ」

「そうだね、会わないかもね」

「会うね、俺はきっと会ってみせる」

それから堂々巡りが始まる、負けたのは私だった、

こういう所で友人は何時だって強かった、友人と結婚する相手は大変だろうな……、

私は私の問題があるので関与はできない、将来の婚約者さんに心の中で謝罪を済ませてから、

大学の敷地内へと足を踏み入れる。



果たして彼女は居るだろうか、きっと居るだろう。

振った側が学校を休み、振られた側が意気揚々と大学の授業に勤しむというのもおかしな話だ、

普通逆なのではないか、振られた側のメンタルが強すぎる、いや私なのだが。

一抹の不安に妙に心拍数が上がり、冷や汗のようなものが何処からか流れる、

今だ木材にて構成された引き戸のドアを開けて首からひょっこりと入る。

流れるスピードで窓際の席を筆頭に教室内を確認してから、


佐々木少女がいないことが判明した。

「…………」

いや、私は悪くない、筈だ。



09―彼女―

私のルーチンというものは勿論夢の席から眼が覚める処から始まる。

しかし今日に限って夢の上映時間が通常よりも幾分か冗長で、

私が眼を覚ましたのは何時もよりも三時間程ゆっくりとしたペースだった。

三年前ならば遅刻もいい(悪い)ところであり親にどやされる事も確定していた時間だが、今の私は違う。

――そう、今の私は大学生であり、時間にルーズでも許される、

(しかも無駄に単位はとっているのでこの程度では私の心情に響くことはなくなっていた)

つまりは少しばかりの融通が利くようになっているのだ。

今の時間から登校してもしなくてもどちらでもいい。



――そこで私のお腹からぐぅの音が聞こえる。

「むぅ……可愛気のない奴かな」

昨日とは打って変わって寒気の走る可愛らしさも女性らしさも皆無な私の胃だった、

仕方がないのでルーチン――それと私の胃に従いトーストをオーブンで軽めに焼く、

柔らかな食パンの表面が狐色に焼けていく中で、

パジャマ代わりに着ていた衣類を脱ぎ捨てて洗濯籠に放りやる。

サイズの違う服装は脱ぎ易くて便利だった。

その便利さに苛立ちを感じていたのも束の間だったが、

今は何も思わずにするすると作業的に左手で躰から剥ぎ取っていく。

昔強敵だったブラジャーだけが今も眼の前に(というか背中に)立ちはだかっていた。

「ぐっ……うぅうう、つ、吊る、左手吊る!」

無駄に成長した贅肉が今は恨めしい。Eカップめ。



何時ものルーチンワークには存在しない工程を一つ挟む。

昨日はそのまま寝てしまって身体を洗わずにベットインしてしまっていた、

だが今は流石に風呂を張る時間がない、

そして資源を無駄遣いする趣味もないので軽くシャワーを浴びる事にした。

熱湯で軽く体を流して右足から順々に左手だけで慣れたように洗っていく、

(この方法で面倒なのが左腕を洗う時だ、

お腹や背中に激しく擦り付けるという洗えているのかよくわからない方法を取るしかない)

ちなみにタオルで拭き取るときは唇でタオルを挟み(歯で挟むと背中から鳥肌が立つため)

左手に軽く巻きつけるようにして拭き取る。



適当に選んだ――適切の方の適当に選んだブカブカの緩やかサイズを身に包む。

今度ブラジャーはフロントホックの物を買ってこようと決心した私だった、

あまり下着、――というか衣類品を買いに外には出かけたくはないのだが、

そうも言ってはいられまい。

「頂きます」

感謝の言葉は忘れずに、恐らくは生産者に対しての感謝を込めて、

(とは言うものの最近ではその生産者の半分以上は機械類に占められているので技術者に感謝する)

冷め切った狐色のトーストにマーガリンとイチゴジャムを塗りたくって食した。



横目で置時計をちらりと見遣る。

昼ご飯には少し早い、しかし朝ご飯というには遅すぎる……、

学食食べられるかな、食べなくてもいいかな、うん、微妙だ。

どうしようか一つ思考してヘルシー路線で今日の学食は頼もうと決める。

湿気に混じった髪と右腕の裾を揺らして玄関を開ける。

「行ってきます」

業務連絡のように機械的に独り言を呟いて、私は歩き出した。



10―私―

二時限目に入る前に彼女は教室にやってきた。

興味関心を寄せる者、(私含めて)

少しざわつく健全男子と嫌味ったらしい女子軍団が光に集る蠅や蛾に見える。

内心私は安堵していた、良かった、

私の告白で彼女の繊細な心に傷を負わせてしまったのではないかと、内心密かにそう考えて居たからだ。

表情には出さないものの私は胸を撫で下ろしつつ右手に持ったペンを無意味に回す、

この頃で始めた癖だった。

ペンを置いてから窓の外の景色を眺める。

薄く反射した窓の硝子に彼女の姿が見えた。



異質の汗が額、頬、下顎を流れ滑る感覚。

見間違えるわけがない、整った顔と無愛想な表情、――そして右腕。

ゆっくりと、平然を装い振り返る。

「えーあー、こんにちわ」

声が上擦っていた。

しかも平凡な挨拶だった。

これを普通だと言い張るのならば、

もしかすると彼女の前では一生声を上擦らせていくことになるかもしれない、

「ご機嫌よう」

どうしてか上品に返された。



私の隣ではなく一つ間の間隔を空けて席に座る。

直ぐ横隣に座られてもそれはそれで問題なのだが、

奇妙な違和感が私の周りを包んだ。

そして暫くの無言。

私の回りから酸素という存在がかき消されたかのような息苦しさ、

脳内でどうして二時限目に来たのだろうか、何で二つ隣に座るのだろう、やっぱり可愛い、

そんな議論が出てくるものの、酸素不足で思考展開が追い付かない。

考えが頭の器から漏れ出して思考回路のショート寸前で彼女が私に話しかけた、

彼女から、私に。



話しかけられたと言うと少しだけの語弊がある、

もう少し正確にきちんと説明するのならば、彼女は私に文章で語りかけてきたのだから。

差し出された用紙に何時まで経っても一向に私が気付く気配がないので、

軽く揺さぶられた後に左手に持った大学ノートの一部分を直接差し出されたのだ。



『君は本当に私の事が好きなのかな』



大学ノートには、そう一言だけ添えられていた。

今日はここまで、
ホラーかどうかは分かりませんが少なくともみんなで幸せハッピーENDではないよ……とだけ

少なくとも幸せになれるようには努力尽くしますが、
ビターエンドといったところでしょうか
ハッピーが嫌いというわけではないですが……



11―私―

『君は本当に私の事が好きなのかな』

平然と、一つの迷いも無く私は言える。

好きだ。

だから私は迷わずに、できるだけ丁寧にその三文字を本心から書き詰める。

『好きだ』

言葉でなく文章として書いてみると如何なものか、私はそこまで達筆というわけではないし、

こんな所で字体を責められても何とも言えないものがある、

しかしそれ以上になんだか背中に小っ恥ずかしいものが抜けきらずに滞在している感覚が何とももどかしい。

こんな経験は人生で初めてだ。



書き詰めた三文字を佐々木少女に(三文字が裏に来る様にして)手渡しをして、そっぽを向く。

こう、余り言葉にできないが、まあ有り体に言って、恥ずかしかったのだ、

純粋無垢な乙女ではないが、

(私はオカマという者ではない、それは欠ける処ではなく大事な物を失っている)

私もまだ子供というわけである、友人の事を低身長と嘲ることが出来なくなってしまうかもしれない。

あいつはあれで、中身は大人だ、私の事をなんだかんだで快く思ってくれているし。

話が逸れてしまった、閑話休題だ。



そう、彼女に手渡しでありったけの愛を貫いた私は、

そっぽを向いてから直ぐに、右腕を引かれることになる。

彼女に先程の質問用紙を渡された時のように、引かれた。


三つの工程で彼女は私にもう一つ、質問をする。

左手で書き辛そうに文字を書き連ねて、

追いやる様にまたしても大学ノートの切れ端を殆ど殴りつける形で渡される。



切れ端に目を落とすと、

『私は 右腕 がない』

その書き殴られた一つ一つの単語に私に対する拒絶を、断絶をし、断罪し、悪罪を込めた言葉だった。

【お前のやっていることは間違いだ】と、【お前の告白はそれ自体が罪なのだ】と、

睨みつけんとする三白眼にも見える、猜疑と狐疑を有り余るほど入れ込んだ、無表情。

見惚れるほど透き通った白く淡い指先で右腕の裾を子供のように見せびらかす、


――私は右腕がない。


頭の中で反芻する言葉。

私は何も言えなかった、何も、考えられなかった。

この切れ端を見ても私は何も迷わずに先程の告白を幾度となく言えることは明白の事実だったが、

それでも、それでも思わず沈黙する。

手が動くことを良しとせずに、幾数秒、ペンを掴むことを拒否する。



手が動くことを拒否したのなら、

「――好きだよ」

私は自分の口を使うしかない。

「――俺は、佐々木さんの、事が好きだ」

今は――今は言えない。

一体何時になったら私は私の気持ちを正直に――今も正直であるが、それ以上に――、

彼女へと伝えることができるだろうか。


それは、きっともう少し先の話。



12―私―

赤っ恥だ。

なんてことをしたのだ私。

ここは何処だ、教室だ。

幾ら私の周囲に彼女しかいないとは言え、

とは言え、何も口にすることはなかったはずだ。

ほら、この通り上手くペンが今日も回っているではないか。

幾数秒の我慢が利かなかったのか、根性が足りないぞ私。

見てみろ、佐々木少女が固まって呆気に取られた無表情の限定解除だ、可愛い。



人生最大の後悔を愛したい少女に公開し、私は何も言わぬ喋らぬ木偶の坊となった、

若しくは爆発岩になった。

もう誰にも触れてほしくはない、今度は思考がそっぽを向いていた。

放心状態と似た虚無感を味わっていると、

今一番触れて欲しくない彼女に再三触れられてしまった、

触れないでくれ、お頼み申しまする。



『わかっに 動植物園に行こう』

わかっに……わかったと書きたいのだろう、

なにかが私の中で緩やかに弛緩し、解け、溶解する感覚、

表情の筋肉弛緩は為されなかったのが幸いだ。

……それにしたところで、動植物園、

動植物園とはどういうことだろう。

普通に考えればデートに……なるのだろうか。

良くも悪くも普通の人生を送ってきた(普通にデートをすることがあるのなら私の人生は悪いのだが)

私にはわからない難問だった。

「……後で話すかな」

独り言のように、しかし私に聞こえるように呟いた台詞はちゃんと私の耳に届いた、

ありがとう私の聴力。

掌を返すように心の中で感謝した。



13―彼女―

正直に言おう、予想外だった。

私は今日、彼を見定めた、

嫌なほど上から目線にものを言うのは私は余りよしとしない方なのだが、

多少の自虐を込めて言わせてもらう。

私は今日、彼という男を――男の価値を、見定めたのだ、値踏みしたのだ。

自分自身に嫌気が差す、私は面接官には向かないタイプなのかな、

と思いを馳せつつ、今日という日を過ごした。

一日を罪悪感で埋め尽くした。



結論から言うと彼は真っ直ぐだった。

私に対して、恋に対して、真っ直ぐだった。

直視することを躊躇うほどに真っ直ぐだった。

鏡を見ると自分が汚らしく思えて仕方がない、

自分が醜く見える、そんな日がまた来るとは予想だにしていなかったけれど、

『嗚呼、仕方がないのかもしれない』と、そう簡単に諦めてしまう程、諦められる程、

彼は私の事を――醜い私を好いてくれているのだろう。


これで明後日に予定していた当日に大勢の有象無象が私を指さすことがあるのなら、

彼はペテン師が一番性にあっている、十年後にでも出会うとするならラスベガスだ。

私はラスベガスに行くつもりなど毛頭ないのだけれど。

そんな予定は私にはない。



――動植物園。

二年前、私が右腕を失った原因、

二年前、私が全てを失った原因、

二年前、私が欠けてしまった、原因。


私という存在が、酷く儚く、酷く脆く、酷く希薄に、

人がいなければ死んでしまう兎の様に、

私という存在が、どこか欠落した。


――動植物園。


明後日、私はそこに行く。

因縁を浄土させるために、打ち切り、断ち切るために。



考えがまとまり、私はゆらゆらと海中の海蘊か昆布のように揺らめきながら、

千鳥足で危なっかしく歩く。

シャワーを浴びていなかった。

明日浴びるのが面倒なので、今日はちゃんと済ませてからぐっすりと寝ようと思う。

なるべく鏡を見ないように脱衣所へ。

フロントフックを便利に外して、(祝、一度で外せる偉業)

洗濯籠へ放り投げる。

きゅぅ、と熱湯を捻り出して、頭から被った。

自分の醜さも、流せればいいのにと、心からそう思う。



14―私―

「べろんぎぐったんげー」

うむ、我ながら何を言いたいのかがこれっぽっちたりとて解らない。

『今度行き付けの病院に精神科があったから紹介するよ』

「やめてくれ、俺のことをなんだと思っているんだ」

『現在進行形で恋した女の子に振られた哀れな一大学生』

ここで昨日ならば私のHPはあれよあれよと減っていき、もしかすると即死していたかもしれない。

今日という日に感謝しよう、私が生き残った日だ。



「実はな、聞いて驚いてくれ、」

『そんな奇跡があったんだね、エイリアンってやっぱり銀色だった?』

「俺はUFOに連れ去られて人体実験されてたんじゃあないぞ!?」

そして私はエイリアンは真緑かもしれない派だ。

更に言えばそれを狩る別の宇宙人も居ればいい、古代文明とか持ってる奴。

「俺は今日一日をちゃんと過ごしてきたんだ、

 証拠に大学の講義も全部受けたから単位も取れている筈だ」

私にしてみればそれはかなり珍しいことだ。

動かぬ証拠を突き出す感覚に自然と笑みが溢れる。

何だか自分が小さな人間に思えてならない。

『それは作られた記憶で本当の君は人体実験されていたんだろう?吐け』

「何時から質問は拷問に変わったんだよ」

一度は言ってみたかった台詞だ。

『気付かなかったのか?僕からの質問は何時だって拷問だ』

「なんてサドスティックな野郎だったんだお前!」

全く気付かなかった、今度面と向かって質問されたときは気をつけよう。



まあ、奇跡は奇跡に違いない。

私は彼女にデート(?)に誘われたのだから。

私のあられもない(主に私がもう二度としたくない見たくない)告白から一転、

動植物園に誘われたのだ。

気分は有頂天である。

『…………それってさ、本当にデートなのかな』

核心を突く、というより刺す質問、

一瞬言葉に詰まりかけるが、

「ぐぅ……いや、佐々木さんからデートって聞いたから……」

『本人がデートじゃないって言ったら君はついていったのか?』

それは……。



「……行ったと思う」

『……ふぅん、』

恐怖心を煽る妙な溜めはやめてくれ、昔からの癖なのか、

事ある毎に友人は急に黙って考え事をする奴だった、

それが妙に私の心を焦らせる事が多々あった。

『…………まあ、どちらにしても気を付けて行ってこい』

腹に雑誌を入れておけ、と聞かされて、

佐々木少女は一体何と間違われているのだろうかと少し疑問に思う。

「分かりましたわお母様」

『その性格は直しておけ、……殺す』

おどけた言い様に耐え切れなくなったのか、最後はぶつ切りで物騒な言葉を呟いていた。

友人を怒らせる真似は控えよう、持つべき物は友である。

奇妙にもまたデジャビュを感じながら、友に感謝して、電灯の明かりを消した。

今日はゆっくりと寝られそうだった。

今日はここまで、残りは大体三分の一程度ですな、
遅くても今週末には終わると思いまする宜しくお願いしますまる

佐々木少女は腕食われちゃったりしたのかな…?
とりあえず乙

今日もまた始めて行くお

>>76
これで間違ってたら赤っ恥なんですけれど……私の前作とか知ってたりしますかね……?



15―私―

教室の窓辺から見える木々の一体何倍だろうか。

久しぶりに私はその動植物園へと着ていた。

ここではないが、こういった施設に来ることは私の記憶には余り無く、

最古の記憶を遡ってみるとおおよそ十数年は硬いだろう、

淡い明かりが虚弱に光放つ、触れることで消えてしまいそうなほど朦朧としていて、

明確に思い出すことができなかった。

「……初デートが動植物園なのか」

彼女はそういった類の所謂、鑑賞して知的欲求を満たしたりすることによって、

幸福を得るタイプの人間なのかもしれなかった。

私も友人も決してそう言ったタイプの人間ではなかったので新鮮な感覚だった。



「――それにしても、」

それにしても、何故動植物園なのだろう。

帰って調べた処で判明したのだが、この地域にはかなりの娯楽施設が存在していた、

大型の動物園(私には何が大型なのかわからないが)や普通の植物園が多々、存在している。

ここから二つほどバス停を乗り継ぐとまた似たような物があるし、

その中で一体どうしてこの動植物園を選んだのか――謎だった。

謎のある少女は嫌いではない、

その謎が彼女に関連(していないわけがない)しているのなら尚更だ。



考えを深く掘り進める中で、――足音。

平日の朝方――先程言ったように、この周囲にはレヴェル、ランクの高い施設が山程、

いや、小里程くらいある。

その条件下でこの動植物園には人が片手で数えるだけで十分な程しか居ない。

だからある種の確信を持って、私は振り返る。

藍色に近い黒髪のボブカット、化粧っ気のない、

しかしそれだけでも人の中心に立つことが出来る美貌を持つ、

二つ程上のサイズを、今日は着ていなかった。

自分自身に合ったサイズ。

白磁の如く清楚な白のワンピースに、髪と同じく藍色と紺の混じったデニムシャツ、

ワンピースと同色の丸々としたバッグが女の子らしさを引き立てていたし、

スタイルの良い、スレンダー寄りの体形に見蕩れた。

そして――隻腕の左腕。

デニムシャツの右腕が目測で肘の辺りで軽く結ばれている。

異質で、一つの神々しさすら感じる、魅惑の美麗が、そこに居た。



16―私―

「おはよう……ございます」

妙な間を空けて丁寧な挨拶。

勝手に見惚れたことによって私の善意が奇妙に空回りしたようだった。

「……おはようございます」

一瞬の間を空けて佐々木少女も私に丁寧挨拶をした、

私が違う挨拶をしていたらその言葉が反芻するだけかもしれなかった。

ともかく朝の挨拶を済ませた後は、少し無言になって二人隣で歩み始める。

デートだからか、それともまた別の緊張か、私の脈拍は異常数値を見せて、

脳内が危険信号を第六感と共に感知した。



朝方だからか、それとも矢張り他の動物園やらに客層を取られているのか、

動植物園はがらりとしたものだった。

ここまで露骨に誰もいないと本当は閉鎖してしまった場所にいるのではないかと錯覚してしまう。

いや、係員には先程入場券をもらったばかりだし、そんなことはないと直ぐに頭で考えるものの、

それほどまでに寂れていた。寂れるというと汚いような、

そんな語弊があるかもしれないが、きちんと掃除はされているようで、

それが客が誰もいないことを示唆しているようにも思える。

本当に――どうしてここを彼女は選んだのだろう。

勝手に思考を展開させて脳を回転させる。

それでもやはり私の脳みそは貧弱だったようで、真実へは辿り着けないのだけれど。



「――あれに乗ろうかな」

突然、彼女は目の前に運行している至って普通の観覧車を指さした。

動物や植物に目を向けずに一直線に向かった先は、

そういったゴンドラやコーヒーカップのそれなりの数がある、

(それでも全部に乗ったところで時間は二時間を超えないだろう)

小さな遊園地のような場所だった。

この観覧車に乗りたかったのか、それとも他に何かあるのか、

「ちゃんと説明するから」

とだけ返事を貰って、観覧車に係員(やはり居た)の指示に従ってから乗り上げた。



高さについては私は詳しくないのでわからないが、

この動植物園は軽く見下ろせそうな程には高い。

「……なんだか、久々に乗るなぁ」

実際、こういった場所に来ること自体が少ないので本当に久々だった。

「私は――十年振りくらいかなぁ」

なるほど、私と同じくらいなのか、意味があるのか分からない情報をゲットした。

乗ってみると搭乗者数は少ないはずなのに異常にゆったりと進んでいく、

自由なキリンや水遊びをしている河馬が目尻に、

彼女を正面に捉える。



「――半分本当で半分嘘を、君に吐いた」

乗り始めてから間も無く、彼女は私にそう告げた。

告白というか告発されて、そして友人の言葉が脳裏を駆け抜けて、一瞬戸惑う。

「今日私がここに来たのは、貴方を値踏みするためなの」

「――ね、値踏み」

つまりは、私がこのデート(もしかしたらデートが嘘かもしれないが)

を盛り上げて自分に相応しいとか、そういう事――なのか?

「本当は何処でも良かったんだけどね――ここが一番かなって」

ここなら、話せると思う。

そう呟いた彼女は少しだけ彼女の着るワンピースのように白く、血の気が引いて見えた。



17―彼女―

自分が一体これから何をするのか、

その罪悪感に駆られて――、

いや、これは自己保身だ。

結局私は自分が可愛いのだ、こんな醜い私を、こんな薄汚く劣等の塊である私を、

私はきっと、私を愛しているのだ。

誰かに――赤の他人である彼からなんと思われるのか、

最悪、酷く罵倒されるだろう。

それが怖い。怖くて、怖くて、仕方がない。

だから――自己保身の忠告を、私は彼に告げた。


嗚呼、こんな私を彼は受け入れてくれるだろうか、

いや、きっとそれはない。



きっと彼は私を軽蔑し睨みつけたまま無言で動植物園を去っていくこと請負だ。

そうされた方が一つ楽ですらある。

何時裏切られるのかに怯えるよりも、ここで罵ってくれた方が気が楽だ、

それならば、私の為にもこの話をしよう。

もしかしたら、翌日からの大学生活は破綻するかもしれない、

一体彼に何人友人がいるのかは知らないけれど、それでも気のいい性格だ(と思う)

一時的とは言え、こんな私を好きになってくれたのだから、

どこかのサークルに入っているのだろうか、それは知らないけれども



自然に吐き気を催して、喉の奥から気味の悪い酸性の胃液が込み上げてくる。

舌が裏返ったように喉奥へ引っ込んで、気を抜いたら朝食が目の前に露見しそうだった。

なんとかそれを飲み込んで、目を閉じて焦点を合わせる。

ピントの合わさった眼を正面に向けて、私は話しだした。

「私はね――私は、十年前に、ここで右腕を切られたの」

不自然に声が震えて、不自然に、脈拍が上がる。

彼に話そう、十年前の出来事を。


私の、右腕について。

今日はここまで、段々と書き溜めが無くなっていく現象

それなりに貯まったので投下していくスタイル



00―彼女―

あの時、私は只の平凡な一高校生に過ぎなかった。

普通の学校生活を送り、普通の退屈な授業を受け、普通の友人達と遊び、

普通の家族と団欒し、普通の食事をして、普通の五体満足の人間だったのだ。

右腕と一緒にお風呂へ入り、右腕で左腕を洗い、

洗面器を両手に持って溜まったお湯を頭から受ける。

食生活には不十分しておらず、麺類は嫌いでもなければ好きでもなかった、

実家が実家だったので私はそれでもよく食べていたほうだとは思うけれど、

それでも今のように半分以上が麺で私を構成していたとは思えない。

不自由なく、逆に自由に縛られていたとも言えるほど自由で、

気ままな日常と私は二年前まで共にしていた。

それが私の普通だった。

退屈なまでの普通だった。



恋もしていたし、告白も受ける事は人並みにあった、……と思う。

友人には恵まれていたし、それなりの人望もあったのだと、今は考える。(自分で言う事ではないのだが)

デートもしたし、友人と夜の街に繰り出したこともある、

そんな一瞬の非日常的な場面に、退屈を忘れる位の刺激が私の中にはあったのだろう、

友人たちに言わせれば、

「そんなのは普通の事だよ、次何処行こうかなー」

と、そんな呑気な台詞が返ってきそうなほど、

彼女達にしてみればそれは退屈、ではないかもしれないが、そんな日常だったのだ。

彼女達の日常という名の非日常に巻き込まれて、私は彼女達と同化するように、日がな一日を遊んだ。



有意義ではなかったかもしれない、しかし私の意図はハッキリとしていて、

今のように霧で包まれることは一切としてなかった。

退屈な日常。私の中での非日常がずたずたにされた二年前の事。


私は彼女達の『日常」に付き合っていた。



18―きけんじんぶつ―

憎い憎い、憎い憎いニクい憎い憎い、憎い憎いんだ、憎いにくい憎い救いがたい位難い。

あいつめ、ワタシのあいつめどうしてだ憎いわたしの隣に行くんだ、なんでなんでなんでなんで、

そこに居る?そこに要るの?イルの?解らないよ知らないないないないない、

もっともっともっときっと馬鹿どうして私は私の私を渡したのだ知らない知ってほしいのに。

欲しいの、私欲しいの、あいつ欲しいの欲しいの、私の私を愛する私を欲しいのどうしてなんで、

そこに居るの?欲しいの?そこ?

なんで?知らないのに?知ってもいないくせに?憎いの?私が欲しいのに?

私の欲しいの頂戴?知らない?知りたいのに、私の野郎解らないのに、

私のもの私のものなんだ、それ私の頂戴知ってるでしょ、それは私の物なの?

要らないなら要らないからいらないなら頂戴、私にちょうだい。

…………………………………。

………………。

あの子は連れ去る。逃げる。

逃げるのに、お前なんか要らないって、逃げるのに。



00―彼女―

きっかけはほんの些細な事だった。

本当に些事なことで、私は一つの動作できっと右腕を失うことはなかっただろう。

そんな未来があるのなら、きっと私は今も右腕を使い炒飯を上手に作れたはずだ。

野球を辞めずにサッカーしなくても済んだはずだ。

私がその類の運動系の部活に入ったことなんて一度もないけれど、クラブでもそうだったけれど。

私はその動作とは真逆の――いや、真横の動作を取れば、

こんな奇妙な生活もせずに、退屈な日常を送れていたはずだ。

しかし私は頷いてしまった、何時も通りの非日常に惹かれて、魅入られて、

その非日常が愛すべき旧友にとっても、非日常になるとは知らずに。



安易に頷き了承して、忘れるはずもない――違う、

……実際のところ、私のこの時の記憶は相当に欠け落ちているところがある、

一種の記憶違いや言語伝達の語弊がもしかすると生じるかも知れないが、

それは私の右腕を失ったことによるショックでもなんでもなく、

ただ単に私の記憶が風化しているのだ、私の記憶は滅却され忘却し、

半分ほど忘失してしまっている。

ただ、ただ覚えている。

それこそ――私の深くに刻み込まれ、

洗い落とすことも修復することも滅却すら忘却すら忘失すら喪失すら、

逃亡を許さず硬く粘着質に張り付き、剥がそうにもそれは既に私の一部となっていて――、

私の失った一部と同化していて、切り落とす事すら不可能だ。

透明ではあるがそれは確実に私をノーダメージで蝕んでいく、

これから先の延々と、私の命が続く限り永遠と。



空はまるで鮮血のように暖かい赤色をしていた。

満月が登ったら真っ赤に染まってしまう事を危惧できるくらいに、紅い。

場所は大して大きくもない、種類種別や品種科目にもバリエーションは少なく、

友人に歩きながらどうしてここに来たのかと訪ねた事から、しっかりと私の脳細胞は記憶していた。

逆に、私が自分から入場料を払ったのかどうかは覚えていない。

つまり、この時この瞬間この一刹那――、私はその男に出会った――出遭った。

どうしてこの夕暮れ時の、それなりに繁盛している(この頃はまだ、である)、

人混みの多い中で、――家族や学生、老人の姿を目にすることはあまりないが、

恐らく一分は居るだろう、わざわざ自分が不審人物だと教えるような、

そんな格好をしているのだろう、――と、私が考えている隙に、

夕暮れの日の光に反射し、ぎらぎらと妖しい反射光を表面に映し出す何かがあった。

私の生活では見ることは両の手で数える程しかないだろう。

刀身を真っ黒に塗ったナイフ――反対にその柄が真っ白だったが、

滑り止めのような役割があるのか、白銀の布が乱雑無造作に巻かれているだけだった。

瞬時にそれが系統はなんであれ鋭利であり尖鋭であり、

先端恐怖症でなくとも危険だということが一目瞭然に解る代物だったのだ。



『あ、これ、ナイフだ』

刃渡りとしては違法ギリギリのものを所持していたようで、そこまでの大きさはなかったのが救いかな、

しかしナイフはナイフであり、人を傷つけることが簡単にでき、

簡単に人を殺害し殺傷し得るものである事に寸分の違いもない。

救いもなにも、有ったものではない。

ひとつ思案のプロローグが始まったところで、私は――、

私の周りの時が動き出した、大混乱という言葉がぴったりだった。

右往左往、地べたに座り込む男や階段を駆け上がる女性、

そして――友人。

私の愛すべき旧友は余り慌てているようではなかったと思う、

一体どうしてそんな心情が判るのかといえば、これは半分以上が勘だ。

だが半分以上を私は確信を持って言えよう、彼女達二人組は、

何の動揺もなく、何の狼狽もせず、何の躊躇いもなく、冷静に、

仲良しこよしに、二人揃って、私の背中を全身を黒尽くめに身を固めた不審者に向かって、

向かわせて、ぽんと押した。



「――え……?」

体の重心が意志とは裏腹に全面へ押し出されたので、

必然的に中心へ重心を戻そうと私は右足で踏ん張った、

無防備な上半身を不審者に押し晒しながら、無理にバランスをとる。

「なっ、ななぁ、――なんで?どうし――て」

脳を巡らせる疑問符、しかしそれに答えるのは彼女達の嘲る声にも似た笑い声だった。

『だってあなた、うっとおしいんだもの』

理由は未だにわからない、私がこの時突き倒された理由は未だに私は理解できていない。

うっとおしいだけで、私は突き倒され――突き落とされたのだろうか?

――いや、それよりも、それよりも。



目の前が黒に染まる。

その中で一つ日常から外れたナイフの反射光が一際大きな異彩を放っていた。

周囲の音が異様に大きく聞こえる、

――曰く、達人同士の打ち合いは感覚が研ぎ澄まされて、

一秒にも満たない刹那が幾数十秒にも感じられるという、


そんな超感覚でも手に入れたような――若しくは、死ぬ間際の走馬灯でも、


――手に入れてしまったような。



00―彼女―

闇の如き黒尽くめの中の光が消える。

どうやらその黒尽くめはナイフを振りかぶったらしい、

一瞬消えた光が再度視界にその形像を大きくして戻ってくる。

私から見て右から左へ。

『あ、私、刺さっちゃう、死んじゃう、刺される』

そこまで頭が理解した時、身体が一刹那遅れて思考に追いつい――、

「――あっあ゛、痛い、あづい、熱い熱い熱い熱い」




ごじごじごじごじごじごじ。

ごじごじごじごじごじごじごじごじごじ。

ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり。



右腕の何処かにナイフが刺さった、

反射的に身体が自身を守り右腕を盾にしたのだ。

服は防御の呈を為しておらず、肌を切り破り運動不足によって細くなった筋肉を二分割にして、

そしてナイフの快進撃はそこまでだった、

骨に行き当って削れどもしかし粉砕できないようだ。しかし、

「あっい、熱いよ痛いよいたいいたい」

摂氏数百度以上の熱湯――いや、それはもう熱そのものだ、

熱という概念そのものを身体に押し付けられたような感覚だった。

三半規管が弱い訳でもないのに平衡感覚が乱れ、目の焦点が揺れる、

それでも視界にはっきりと映る夕暮れの空に似た鮮血の血飛沫。

人生で初めて見る、多量の出血に更に血の気が引く。

血の気が引いたことで右腕の出血が大きくなった気がした。



私の大量出血によって先程より赤黒くなったナイフを置き土産にして、

黒尽くめは私に背中を見せつけ逃亡したようだった。

怖気付いたのか、それとも最初から誰か一人を目的とするものだったのか、

私を狙ったのか、理由は分からないけれど、

何メートルか走った処で私の目からは届かなくなった。

みっともなく痛覚に涙し有象無象に訴える、

誰に届いたのかも分からずに右腕を庇いながら左腕の方から地面に倒れた。

血の殆ど通っていない右手を確かめながら、右の二の腕に刺さったナイフを一瞥。

無駄に白い装飾の柄が恨めしかった。



地面がなんだか暖かい、

眼を落とすと多少粘り気のある赤色が辺りを支配していて、

それが自分の血だと理解してから震えが止まらない、

地面は床暖房のように暖かいのに私の身体は冷え切っていた。


「寒い、冷たい、いたい、やだよぅ、冷たいの、やだ」


血も一応は水分の一つだというのに、涙が溢れる事で私の水分が枯れそうだった。

焦点が合ってきたというのに、次は脳が衝撃を受けたかのようにチカチカと白黒く、

なって、きた。

なんだか真っ黒いものが見えてきて、

騒がしい野次馬が今頃になって私の訴えに気づいたらしい。


それから私の意識はない。



00―彼女―

次、目が覚めたとき、私は近くの病院に居た。

意識が途切れる寸前に眼にした者は野次馬ではなく警察だと聞かされたのは両親からだった、

両親は非常に気不味そうに私の病室に佇んでいた。

それなりに夫婦仲は悪いわけでもないのに一言も喋らずに数十分、

彼らが私の病室にいたその姿は不気味だった。



「ごめんな」

そう父に言われたことをよく覚えている。

そう、最後に言われたことをちゃんと覚えている。

彼らも直接娘に言うことは酷だったのだろう、

酷く遠回りに、しかし直接的に私に諭した事を一言で言うのなら、

『私達にはお前を育てることができなくなった』

私達の人生が、とか、お前の人生、とか、色々な事を言われたのかな、

正直こちらは記憶が風化しているというよりも、ただ本心でショックを受け、

真っ白になって思い出せないのかな。

母は何も言わなかったし、私も口を聞けなかった。



後日、私の右腕の治療が終了した後にもう一度、

彼らからの『説明』があった。

一つは大学について、

これは彼らというよりも高校の教師達が頑張ってくれたと言えるのかな、

決して良いと言われていた所ではないが、

希望から一つランクを下げればなんとかなる、と言うことらしい。

一つは私の家について、

彼らの罪悪感なのかな、それとも別の何かがあったのか、

私には勿体無いくらいのマンションのひと部屋を買ったらしく、

そこで今の生活を営んでいる。

ヘルパーは要るか、という質問には丁重にお断りを入れておいた。

最後は私の生活費についてだ、

取り敢えず大学卒業までは支援して、

働き口が見つかるまではなんとかする、との事だった。



それだけだった。

その三つの約束――条件、とマンションの鍵を病室に置いて、

病室を出る瞬間、

彼らは私の両親ではなく、

私の支援者になっていた。

足長おじさんって本当にいるんだな、

何処か放けて、そんな風に私は思った。



19―私―

「――これが私の二年前」

観覧車の頂上から見る気色が酷く気色の悪いものに見えたのは、

恐らくこれが最後だと思う。

できれば、最後にしたい。

密室空間である観覧車の空気が重苦しく、

隙間から逃げていったかのようにさえ思われた。



「……そっか」

そうだったのか、

――値踏みする。

彼女の数分前の言葉が私の中で反芻される。

こんな話を聞けば、普通の人間ならば、

即刻動植物園から――彼女から素足で逃げ出したい気分になるだろう。

「――ああ、だから観覧車なのか」

それと同時に彼女が観覧車を選択した理由が判明した。

なるほど、こんな話を常人が聞けば素足で逃げるのだ。

話の途中で――逃げてしまう。

値踏みにすらならない。



「うん、そう、ごめんなさい」

と彼女は申し訳なさそうに謝った、

うーん、私としてはそこで謝られることが侮辱にすらなるのだが、

聞き流そう。

私は彼女を怒る立場ではないし、怒れる立場でもない、

それに、彼女は怒られることはしていないのだから。

「いや、全然いいよ、君は悪くない」

悪い訳じゃないし、悪くない。



そう、彼女は全く悪くない。

その黒尽くめが悪い、その旧友達が悪い、両親が悪い、関係者が悪い、全てのタチが悪い。

一つ強いて挙げるのならば、彼女が悪いというのならば、

私を通常の、普通の、一般人だと勘違いした処である。

私は良くも――良くない、悪いが、悪くも普通ではない、異常者だ。

欠けたものが大好きな、愛していると言っても過言ではない、異質者だ。

ちゃんと良識は持っているけれど。

そう思っているけれど。



だから私が彼女に教えることは一つである。

私が如何に異常であるか、私が如何に逸脱しているのか、

突飛で奇抜、奇異で奇怪、異例で異質、

異様で怪奇、怪異のように面妖、

途方もなく並外れている非凡であり、

無闇矢鱈桁違いのように格別異色、

ただならぬ箆棒の稀代、

可笑しい程に面白い程、君の予想はオーバーしているのだ。


――なぜなら私はこんなにも、狂っているのだから、

両親ですら愛せないものを、こんなにも、愛しているのだから。



教えてあげよう、君はもう二度と戻れない、

右腕は元には戻れない、もう帰ってこない、

二年前の元の生活にも戻れない、

両親に会えるかどうかもわからない、

失った絆はもうどうにもならない程欠損しているだろうし、

修復なんて不可能だ。

君の人生はどうしようもなく、歪んでしまった、

道を、外されてしまった。

けれどなにも、君が誰かに愛されないわけでも、

君が誰かを愛してはいけないわけでもないのだ、

それが私であろうとなかろうと、

君は人を愛せるし、君は人から愛される。

愛されても、いいんだ。

それは決して、必ず、悪い事じゃあ、無い。



20―私―

「――伍賀孤児院という家に、俺は居た」

なにも彼女にだけ過去を露顕させて自分は何も言わない、

そんな勝手な事は(この場合、勝手な事をしたのはどちらかといえば彼女だけれども)

私自身のポリシーが許さなかった。

「小さい頃、……もうかなり昔の、幼かった頃の話だよ」

正直話すのは恥ずかしいし、背中がむず痒くなる気分でもあるが、

それでもぎこちなく、口は噤むこと無く喋り続ける。

そして、私の異常を。



私は欠けたものが好きだった。

鉛筆削りによって鋭くなった鉛筆よりも、描くことによって丸まった鉛筆よりも、

荒く扱い鉛が折れた、自然的に折れた鉛筆が好きだと思った。

職人が丹念に創り出した包丁よりも、切っ先が零れた鈍らの方が好きだった。

抉れていたり、欠けていたり、元に戻らなかったり、二度とそのままだったり、

折れていたり失っていたりする事が好きだった、

それはある種、私自身の劣等感の表れだったのかもしれない。



自分自身が既に欠けているから、他の欠けたものを探し求めたのだろう、

共感共振の馴れ合いで、傷の舐め合いの真似事、

馬鹿なことを考えたものだと思う。

そんなものに意味はなかった。

佐々木少女はそんな事を教えてくれた、

だから私も教えよう。

君の事を、私は愛しているのだ。



21―彼女―

恥ずかしい、余りにも恥ずかしい。

辱められた、と表現しても違和のない限り、

私は自分の理解を辱められた。

浅い、とでも言うか、それとも無知、とでも言うか、

新しい世界でも観たような気分だった、

――今までの世界に目を背けていたというのが正しいのかもしれない。



いや、それにしても変態過ぎやしないだろうか、

物理的に――『欠けている』人間が、す、きだ、なんて。

普通ではない。

理解に苦しむ。

何か胸にすとんと落ちずに胸にわだかまりが出来ている様な錯覚、

喉にまででかかった何かが引っ掛かっている気分、

喉でなくとも、体中、見えない手か何かで引っ掻き回されているようだ。

それに伴って、恥ずかしい。

自分がどうしてここにいるのか自分自身に問い質したい、できれば正したい。



ああ、なんだか駄目だ。

行き詰まった空間に酸欠状態が続いて頭が妙に熱い、

暑いじゃなく熱い。

少なく見積もっても三十五度以上はあるであろう私の体温、平熱だ。

それが何とも言えなく胸を締め付けているので余計に脳が揺れている、

くらくらしていて、逆に違和があるのかな。

ああ、もう、知らない、知らないよそんなの。

私は、彼の話を聞いて、そして何も言えなかった。

言いたくない、知らないよそんなの。



恥ずかしい――というのもあったし、

そこで何か言うのは無理だった。

真っ直ぐ過ぎだ、角度が折れ曲がっているが、それでも真っ直ぐだ。

決してそれは折れるようなものではなかったし、

もしかすると、既に折れているのかもしれない。

それほど、真っ直ぐに、彼は誰かを愛することができる。

別に、私でなくとも、良かったのに。

神様というものが居るのならやはりそいつは残酷だ。

無慈悲過ぎる。あっかんべーでもしてやりたい。


子供か。



22―私―

私が観覧者を降りてから最初に見た人は、予想外の者だった。(係員を抜いて)

「――ん?あれ?どうしたんだ、こんな所で」

振り向いたその人物は嫌な感じに薄笑いをしてくれた。

なんとも嫌な奴だ、見た目は余りそうではないのが逆に苛立ちを増大させる。

「うん?やあ奇遇だな」

そう一言前置きをして、

「いや、実は待ち人が居てな、ちょいと待っていたんだけれど随分遅くて」

動植物園で待ち合わせをする(しかも、言っては悪いが、こんな寂れた場所で)

とは近頃では珍しい風景だ。



「まあ、正直手持ち無沙汰なんだよ、暇で暇でしょうがない」

「そうか、恋人とでも逢引してるのか?」

そう言うと露骨に苛立ちを見せる、

なにか触れてはいけない琴線に触れたようだ。

「そーだよ、そうですよ、僕は置いていかれているんですよ」

その表現もどうかと思うが、正しいのかその表現。

「いや、暇でもないんだけれど、忙しい身なんだよ僕」

「さいですか」

悪かったな、忙しくなくて、

――?

あれ?なんだ?なにか、忘れている気がする、

「…………」



なんだろう、なんでだろうか……?



「なあ、なんでお前、ここに――」


最後まで私は言葉を紡げなかった。




単純明快、私は愛すべき友人から――刺されたのだ。

今日はここまで、
また明日とか

この作品に含まれている人名、団体名、場所から何もかもがフィクションです、一応

書き溜め少ないんですけど少しだけ……
すぐ終わるとか言って一ヶ月も続いてる、なんか申し訳ない



23―彼女―

二年前を見ているようだった。

二年前の自分を、俯瞰視点から、第三者視点から見ているように、

リアルだった、現実だった。

周りに人がいないことと、彼が直接腹部に刃物を受け止めていた処だけが違う、

しかしその違いはとてつもなく大きく、どうしようもない差が、そこにはある。

周りに人がいないという事は――誰も通報する人がいないということであり、

腹部に刃物を受け止めているという事は――内臓を傷つけている可能性があるということだ。

既に失くなっている右腕が跳ねるような痛みに襲われる。




「ん?あれ?ジャンプくらいは潜ませたほうが良いって言ったのにな……」

――と、彼女が口を開き鼓膜に声が届く瞬間、私は自我を取り戻した。

ぞっとするほどの、どうでもよさそうな声音。

自分で友人を刺しておきながら、さも自分は悪くないと言わんばかりのその態度に、

背筋が凍る。

右腕は痛いままだった。

「まあいいや、救急車を呼ぶほどってわけでもないんだし」

それより、と彼女は呟く。

「それよりなんで君が要るの?邪魔だから消えて欲しいんだけど」

「――う、うぅぅ」

「左手、まだ要るんでしょ?欲しいんでしょ?だったら、わたしの前から消えてくれない?」

そう言われて反射的に眼球が相手から眼を逸らして左腕を庇う体制を作る。

「邪魔なの、わたしたちの間に、仲にさ、這入らないでくれる?」



そう言われて、私は……なんというか、逆に安心した。

落ちこぼれの探偵が名推理をしたように。

彼女の目的が明確に露出したことによって、安堵する。

ああ、やっぱり、彼女も彼の事が好きだったのか。

そうだ、そうでなくては、不自然すぎる。

彼が私に告白した時――彼がテーブルに伏せていた時。

私のことを両親の仇を睨むように見ていたのも、私が告白を断ったから。

彼が私を知ったのは友人からだと聞いているが、

それも私を出汁に彼との距離を縮めたかったからかな。

まるで人をピエロ扱いだ。




それにどうやら今日待ち合わせることを知っていたようだし、

雑誌をお腹に仕込むように勧めていたのは、彼を無力化してから安全に私を始末する為かな。

それにしても、どうだろう、ピエロに踊らされた気分というものは、

自分が座るはずだった席を、赤の他人に譲る真似をした気分は。

しかし残念ながら私は一切譲る気持ちにはなれない、

そんな迂闊な真似が出来るものか。

なにせ、今現在私は人類最強なのだよ、

アドバンテージは右腕だけだが、それでも引けを取るつもりはこれっぽっちもない、

あんな奇人変人は二度と現れることがない、そう断言出来る、

私を愛する人なんて、他に居るものか。

私が席に座っているかどうかは不明瞭なのだが。

座っていなくとも、座ってやる。

そのためには、君に譲る事など出来ない。



25―彼女―

…………うぅぅー。

そんな強気なセリフが言えれば万々歳なのだけれど、

生憎私は膝が震えることに忙しく、

無意味に開閉している口は酸素の送迎に忙しい。

「……ねぇ、なんで黙っているの?早く消えてよ、早急よ佐々木さん」

けれど、いい加減黙っていては私の存在価値が消えてしまう。

「――ぅ……」

怪訝な顔をされた。

「――私を出汁にしなきゃ好きな男の距離も縮められないオンナのコは、黙りなさい」

その一言が、彼女を抉った様だった、

決定打となり、怪訝な顔が一変、怒一色に染まる。

同じ性別の出す声ではない怒声を私に向けて発する。

「――――――――――――――――――――――――――!!」



貴女は、間違っている。

「私なんかを折り合いに話題提供に提示して、お笑い種だよ」

彼女が勢いよく私目掛けて走ってくる。

距離としては然程無い――もう数秒で刃物が突き立てられてしまう。

「自分で負けを認めているようなものなのに、認めなよ」

私を、私に頼った時点で、底が知れているのだ、

足掻くのを見苦しいとは言わないが、認められないのは幼稚だ。

ピュアな事と稚拙であることは違う。

「う――るさぃ!うるさい!うるさ――ぁ!」

刃物が私に突き立てられる直前、私が身構えるとほぼ同時に、

彼女の小柄な体躯が視界から消える。



「――っあぅ、……離して、僕は大丈夫だから、離してよ……放してよ!」

彼が多少無理のある体制で、仰向けのまま足を引っ張り、

それに気付かなかった彼女は見事腕に引っかかったらしかった、

なんというか、痴情の縺れのように見えた、……というか表記そのままだった。

まだ意識が有り、それだけでも素晴らしい賞賛に値するものなのに、

その上で私を助けようとしたのか。

それはもう賞賛で済ませるレヴェルではないだろう。



彼女は小型犬のような唸り声を上げて、二年前よりも一回り程大きな……、

ナイフを振るっていた。

地面に突き刺しては(地面はコンクリートではなかったので容易に突き刺さる)

匍匐前進の要領で前へと執着している。

「ぅうううぅうぅぅっ……ぅううぅぅうううあいつ、あいつぅ」



忌々しいことに彼の手腕が小柄な体躯の腰にまでに回った。

「――びゃぅぁっ!」

と小さくも素っ頓狂に叫んだ隙を私は見過ごせなかった。

叫んだということは体が硬直したということで、

脳が一時的に体に対しストップを掛けているということだ。

「――――!」

その隙を逃さずに、腕を折る勢いで伸し掛る。

片腕とは言えど、その体重は――いや、軽い、軽いけれど、軽いのだけれども、

私よりも小柄な彼女に対してはきっと恐らく多分五分五分有効な手段だと思う。


そしてそれは成功した。

うん、奇しくも。悔しくも。



26―私―

灯台もと暗しという、知らぬ人間を探す方が難しい諺がある。

友人――というのもなんだか今となっては微妙だけれど、

今ここで本名を明かす方がなんだか粋ではなく最早野暮の域だと思うので、

友人、その友人に刺された瞬間、その諺が脳裏を掠めた。

それと同時に納得する。

まるで探偵が解答編を終えたかのような奇妙な安堵感。

パズーがラピュタを見つけた時の高揚感。

今まで喉元に突っ掛っていた異物がストンと落ちた感覚。



ああ、そうだったのか。

私は友人を誤解していた、というか、殆ど忘れていたような感じだ、

忘れてはならない事なのに、忘れていたはずもないのに、

友人は女の子であるということを。

一つ繋がれば後は点と点を結ぶだけだ。


一体どうして彼女は県外の大学に――私と同じ、一緒の大学に一人で来たのか、

一体どうして彼女は私に隻腕の少女を紹介したのか。

一体どうして私がフラレたと話した時に、あんなにも愉しそうだったのか。


一体どうして……一体、どうして……。



曲解していた。

思えば不自然な事だらけだ、

電話の対応然り、

朝のぬらりひょんのような行動だってそうなのだ、

通学路で会うのなら不自然も何もないが、私の自宅目の前で会うなんておかしすぎる。

なんだかストーカー紛いの事をされていたんだな、私。



ともあれ、これで私の愛すべき友人が一部破損し、欠落しているということが分かった。

彼女は佐々木少女と同じく――その過程や道程は違えども、

その代償や現状は違えども、欠損しきっている、

そう、彼女は五体満足だった、だが、五体満足だっただけなのだ。


彼女は心を失っていた。


右手でもなく左手でもなく右足でもなく左足でもなく、

頭でもなく知能でもなく感情でもなく――心。

五体満足――ではなく六体不満足。


欠けている。



……欠けてしまっている。

次回あたりで最終投稿になります、
最初から見てくれた人は一ヶ月付き合ってくれて さんくす!

最終投稿、よろしく、ねっ!



27―私―

友人を抱きとめていた腕に力が入らなくってきた。

出血多量の代償というところで、殆ど硬直に近い腕を必死にもがいて、友人を掴む。

佐々木少女の元へと行かせないという建前で、実は妙な下心があったのかもしれないし、

実は彼女の欠けたそれを、これ以上散り散りに欠けさせない為に死力を尽くしたのかもしれない。

無我夢中で、どう仕様もなく、仕様がなく、私は彼女をあやす様に抱きとめた。



「――――――――――――――――――!」

誰かが怒声をなり散らしている。

私に向けられているのか、友人に向けられた佐々木少女のそれなのか、

友人が佐々木少女に向けたものなのか、私に向けたものなのかもしれないが、

確かめるすべを私は持ってはいなかった。

佐々木少女が言っているのだったらそれはとてもいいな――ああいや、

佐々木少女が私に言っているという可能性もあるのか、だとしたら傑作だ。


面白い。



――ふと。

ぽとり、――と。

何かが私の中で落ちた。

「――?」

ぽとり?

どうやらそれは私の握力のようだ、

手を軽く握ることすら不可能になってしまった。

さながら只の置物風情に成り下がった様子を自嘲する。

引き攣った笑いにすらなりはしなかった。


虚ろな目で見てみれば佐々木少女が、

某配管工事の職をしていた全国で知らぬ存ぜぬは通用しないひげの似合う――、

ああ、もういいや、ボケている余裕がない。

まあ、ヒップドロップにて友人を無力化していたようだった。



為すべきことは成した。

そう考えるとどうしてか体がさらに重くなった、

ない知識を奮い立たせ振り絞る――聞いたことがあった。

死体というモノは自分で動くという意思が無くなるので、つまりは筋肉が無意識に動くことがなくなり、

ぐーたらしている生きた人間よりも自立させることが難しくなるのだ。

自分でそれを実感する瞬間があるとは思ってもみなかったけれど、

なんだか死後硬直を死ぬ前に体感する様だった。

気持ちが悪いと言ったら有りはしない。

ああ、私はここで死ぬのかな、と、楽観的に考えるも、

佐々木少女のために死ねるのなら、それはそれで、悪くない。

悪くなんか、全然ない。

悔いがある、もっと人生を謳歌したい、

酒すら飲めない未成年で死ぬことの何処が良いのだ、

悔いがないと言ったら嘘になるけれど、さっきは嘘をついたのだけれども、

それが悪いわけでは全くない。


あー死ねて良かった。


良い。

28―私―

――怒。
――怒り。

虚ろな目で、焦点が合わないなんてレヴェルじゃあなく、

ピントのこれ以上なくぼやけたカメラのそれに似た眼で見た風景に感じたのは、憤慨だった。

なに――なにをしている。

お前、それの意味を知っているのか。

分かってて、知ってて、了承していて――それを、それをしているのか……?

駄目だ。

それはさっきとは全く違う、全然違う。

お前は――お前は、本当に人を殺すつもりか。

私なんかどうでもいい、こんな奴を人と換算するつもりなんてこれっぽっちもない。

それは――その刃物は人を殺すんだぞ?

駄目だ、そんなのは――そんなのはダメだ。

それじゃあ、全然ハッピーエンドになんかなれない。

私が死んで、それだけで幕は降りるべきだ。

そのナイフを下げろ、下げてくれ。

歯ぎしりをして何処にこんな力がまだあったのか、奥歯が欠ける程力を込める。

下げろ!下ろせ!今なら、今ならまだ、まだ間に合う……!

人を殺すな、親から教われ!

親じゃなくてもいい、漫画でも、小説でも、ライトノベルでも、なんでもいい、媒体なんかどうだっていい、

どんなものでもいいから、知ってくれ、人を殺しちゃあダメなんだ。

そうだ、私は欠けているしお前だって欠けている。

それはもうどうしようもない。

佐々木少女の様に、目に見えて欠けていなくとも。

眼には見えなくても人の道を逸れているんだ。

違いなく、どうしようもなく。

だけど、人の道を外しちゃ駄目だ。

戻れないけれど、戻ろうとすらしなくなったらそれはもう、人モドキですらなくなってしまう。

お前は、お前が、それで良いはずがないだろう。

私の事を好いてくれるやつが、人じゃないなんてことがない。

お前は人であるべきだ。お前が人モドキですらないのなら私は一体どうなる。

手を伸ばす。

必死になって、後生に願いながら、手を伸ばす。

それは、それは駄目なんだ。

知らないなら教えてやる、人を殺すということは、自分を殺すことだということを。

人を殺すということは延々と死なずに首を吊ることと同義だという事を。

どうしようもないほど、お前が欠けてしまう程、指導してやる。

だから、手を伸ばす。

手を伸ばして。――ぼとり。

なにかの音が聞こえて。聞こえた。



29―私―

私が次に目覚めたのはそれから随分と間の空いた時期だった。

医者の言い分を聞くと、出血多量、内臓も傷つけていたらしく、

自体は一刻を争うとまで言われてしまった、豪快な笑みに流されそうにもなったが、

随分と長い間、私は生命危機に陥っていたらしかった。

そして――部分欠陥。



私は全く覚えがないので佐々木少女に聞いた所の、動植物園事件の顛末を話そう。


どうせなら佐々木少女に任せて寝ていたいが、これは私が語らなくてはならない部分だ。


私の領分であり、私の結末でもあるのだから。



佐々木少女が華麗なヒップでドロップした時に、確かにナイフは友人の手を離れた。

そして素早く佐々木少女は友人の折れた手諸共を縛りにかかったのだ。

これ以上暴れないようにというのと、救急搬送の際に邪魔になると悟ったらしい。

偶然にも、本当の偶然で、その瞬間、私の手から握力が消え、

佐々木少女は魅惑のお尻を友人から退け、結果的に友人は一瞬の刹那、開放状態にあった。

そしてその一刹那で立場と位置が逆転した。

友人は左手にナイフを持ち替え、佐々木少女に鋒を向ける。

「殺す」

一言、区切りの良い声で友人が呟く。

しっかりと聞こえるように、宣言する。



私の虚ろな眼が捉えた場面がここだ。

しっかりと二人の少女を確認し、目視した。

それからが私の恐るべき行動である。

這いずり、死人同然とは思えない速度と力でナイフを掴む、

当然――素手で。

怒りという感情は喜怒哀楽の中で唯一――エネルギーを生み出す感情だ。

怒りを溜め込み、憤慨を抑え、憤怒を見て見ぬふりをして、

それを異常なまでの握力に変え、生命力に変え、発散し、発揮する。

その怒の感情が私に左手でナイフを掴み、右手で友人の肩を掴ませた、

ドラえもんを安心させ未来に送る為にジャイアンに立ち向かうのび太のような構図で、

仲睦まじい瞬間も、まるで恋人のような瞬間さえあった友人の肩を掴む。



知らないかもしれないし、知っているかもしれない。

しかし念には念を、友人に話す。

「だめなんだ、まえがころ……ちゃだめ、だ」

人を殺すな、人の道を外すな。

一頻り、話したいことを話したように思うし、

その実、全く声にならなかったかもしれない。

兎も角、友人と全くそれっぽくもない言葉を交わし、

泣きじゃくる赤子のような声を耳に受け、

何時の間にか、白い人影が見えた時に、

漸く自分の事態を思い出してから。


ぼとり、――そう、私の左手が欠ける音が聞こえた。



結論から言ってしまえばそれが事の顛末であり、

私の人生最大となる修羅場が確定した瞬間でもあった。

結果的に私は左手の中指から小指を切り落とし、

ナイフの切れ味が悪かったのか、私の運が悪かったのか、

切り離された指先がはっつきくっ付くなんていう奇跡はもちろん起こらず。

むしろ内蔵の方に時間をかけすぎて、

指の方が半分忘れられたのではないのかという疑いを掛けたが、掛けるだけ無駄であった。

むしろ命だけ別状がないことに感謝するべきだ。

生きている事に、感謝すべきなのだ。



30―私―

「――久しぶり、だね」

久しぶりに会った彼女は始めにそう言った。

窶れて顔色も悪く、雪女や吸血鬼を彷彿とさせる程の血色の悪さ、

眼には何程寝なければ付くのか見当もつかないほど濃い隈が出来ていて、

座っているのに酒を飲み酔い潰れたかのように、フラフラと危なっかしい、

余り食べていないのか、彼女の頬も痩せきっている。

「会えて嬉しいよ」

本当に嬉しそうに笑う彼女を見て、私の陳腐な非完璧主義がぐらりと揺れる。



「久しぶりだ、な、えっと……大丈夫か?」

「うん、大丈夫、全然平気だよ、だって私は――」

そう言うと口を噤む。

「うぁ……う、あ、――ごめんなさい」

「ごめんなさい、ごめんな、さい」

「……俺は大丈夫だから」

そうは言っても、彼女が謝ることをやめない。

赤子さながら泣きじゃくる彼女を泣き止ますのは至難の業だ。



止めに入ろうとすると、

「……ごめん、取り乱しちゃった。もう大丈夫だから、まだ話せるから」


…………。

「……本当に、大丈夫か?なんなら、また来るから――」

「大丈夫……だから、もうちょっと、話して、私もさ、言いたいこと、あるんだ」

「……そうか」

なんなのだろうか、そう思う反面、彼女が次に発する台詞を私はわかっていたし、知っていた。




「――私は貴方の事が大好きです、……愛してます、付き合って下さい」



その眼から大粒の涙を流し、彼女は私に訴える。

揺らぐ。揺らいでいる、揺らいでいるが、私の答えは同じだった。

「ごめん、俺には、――好きな人がいるんだ」

だから、君とは付き合えない。

そう言うと、彼女はまた可笑しそうに笑う。

一抹の不安が過るも、それもまた、無用だった。



「うん、ありがとう。もういいよ、私の初恋はこれで終わり、うん。

 もういいよ、もういいから、これで……終わり」


「こっちこそ……ありがとう、お前と出会えて、嬉しかったよ」


「うん、幸せだったよ、私も、すっごく、楽しかった……」



感謝の言葉を述べてパイプ椅子から重い腰を上げる。

啜り泣くような、先程とは違う泣き声を背中に、

私は面会を終え、ゆっくりと、しかし気持ち早めに歩く。



ああ、急がなくては、『彼女』の元へ、気持ちが変わらない内に。

ポッカリと空いた心情。


彼女もきっと、こんな気持ちだったのだろうか。


疑問は一生拭えないし、きっと解決されないだろう。


しかし、今はそれでいい、多分それが、彼女に対する私の気持ちなのだから。



31―終わり―

「私より先に会ってきたんだ」

不貞腐れたような声を聞くのは(というか、声を聞くことすら)久しぶりだった。

「申し訳ございません」

癖で丁寧に謝る。

申し訳ないのは本当だけれど。

「つまり私よりも彼女の方がいいって事?」

三白眼に成りつつある眼を細め、

見定めるというより見極める方向に近い睨みを効かせる。

彼女は面接官には合わないタイプだろうけれど、

囚人とか、弁護士とかには向いていそうだ。



「いや、それは――」

彼女の方向に向き直してから。

「もう、無いよ」

と一人で頷く。

それは多分、もうないだろう。

うん。



「へー、私よりも愛してくれるかも知れないのにかな?

 彼女だって――欠けているし」

……。

どうやら私は彼女について思い違いをしていたようだ。

彼女は結構冷ややかなクールなタイプだと思っていたけれど、

存外、根が深く嫉妬深いタイプだったらしい。

そこが更に私の非完璧主義の他の何かを揺さぶる気がした。

こんな間際でまさか新たなる一面を見つけるとは、恐るべし。

これからも見つけることが出来るだろうか、と自問自答する。

「いや、欠けているとか、そういうのじゃなくて」

焦り混じりに、少し早口になってしまう。

確かに『彼女』は欠けていたし、

だけれど、だから好きって訳でもない。

確かに、『彼女』を恋人のように感じた瞬間は無きにしも非ずといった処だったが。

だから、恋人になりたいと、そう考えたわけでも、行動に移したわけでもない。



「それでも、さ」

次の台詞は思い浮かんでいるのに、妙な間を空けてしまう。

言葉にするのが結構に難しいのだ。

「ほら、俺って腕のない子が好きじゃん?」

なんだこの台詞。

言いたい台詞と感情移入が真逆に設定されているんじゃないのか?

「気持ち悪」

真顔だった。

綺麗だったけれど、隠れHPが減った。



佐々木少女が前を歩く。

……何とかして誤解を解かねばならない。

奇妙な使命感を持ってして、佐々木少女を呼び止めた。

「えっと、あの、ごめんなさい」

謝った、平謝りだった。



「俺は君の事が、好きだ」

一区切り、きちんと聞こえるように発言し、

彼女の返事を待つ。

「……私、右腕、こんなだよ。

 それでも、好きなのかな」

悟ったような目。

くそう、次の台詞を知っているなこの生娘。

奇想天外予想不可能の台詞を言ってやる。


「その腕も、好きだよ、全部、好きだ」


私は『彼女』からも教わった。

だから失敗はしない。

それこそ、彼女に面目が立たないからだ。

欠落もそれ以外の四体満足、その全てを持ってして、

――私は、佐々木少女を愛しているのだ。

右腕も、彼女の歪んだ、そして真っ直ぐな全てを。

それを聞いた佐々木少女は、


「そういうのが、気持ち悪いの」


満開の笑みを浮かべながら、そう言った。



この機会を持ってして、私は非完璧主義から足を洗うこととなる。

私自身、少しだけ欠けてしまって、

自分自身にナルシストを発揮したくなかったからだとも、

佐々木少女に教えられたからだとも、

そして彼女に教えられたからだとも言える。

どれが本当のところなのか、今のところでは分からず終いだ。

もしかしたらもっと仕様も無い事かもしれなければ、

もっと別の何か大きなものがあるのかもしれない。

それでも私は佐々木少女をその右腕とも愛していて、

彼女のことも少なからずの好意を抱いている、

憎しみなんてこれっぽっちもない。

それは恐らく、私達三人の中での共通認識だ。

何故ならこれは全員が何処か欠け、何処かで失い、

そして何処か楽しそうで、何処かで哀を背負い、

心の何処かでどうしようもない程の恋を抱く、

そう、例えば、


恋の物語なのだから。





<There is no meaning in love there is only intended> is the end!

色々な創作物にはテーマが確かに有り、SSでも、こう書こう!とか、
トリックに気づかれないように、言動に気をつける、なんてのも入ってくると思います。
しかしテーマがあるとすればそこにはルーツみたいなのもある訳で、
音楽然り、小説然り、アニメ然り、漫画然り、絵画然り、――多分、SSにも、
創作活動には必須とも言える一番最初がある訳です、
インスピレーションだけで全てが終えられるのはよっぽどの天才か、
それか恐らくは創作ダンスくらいのものでしょう。
全てのものには少なからず、自分の意識出来ない範疇での影響を受けることでしょう。
漫画で言えばさよなら絶望先生の作者久米田先生のドラえもん事件だとか、
音楽だって、最近では曲調や歌詞が少し掠るだけで様々な疑惑が吹っ掛けられますが、
それもまたルーツが似通えばテーマも同じく、似通うわけですし、
そう考えると納得できるような、出来ないような……、
まあファンからしたら溜まった物ではないのでしょうが。
そして僕が思うに一番影響を与える(与えやすい)のが漫画やアニメで二番目に小説、
三番目辺りで音楽が入ってくるかどうかだと思います、
まあ音楽を主体にしたものなんてあまり創作物では見ませんが。
それでもまあフレーズだとか、曲を聴いて書き上げる人は少なからず居ると思います、
当然創作物ですから、こういった速報の一つ一つのSSにもなにか影響があり、元がある。
それは果たしてアニメや漫画か、小説か、はたまた音楽か、それとも、またSSだったりするやもしれません、
まあ絵画でSSを作るのは音楽よりも至難だと、僕は考えますが。
今回は不偏無く恋を描いたつもりです。
欠陥を愛する青年と様々に欠けた少女達のなんちゃって恋愛ストーリーを繰り広げました。
このSSにも影響元がそれなりにまああるのですが、明らかなネタは除くとして、
あまり表に出にくく書けたと思いますので、『もしかしてこれって』なんてのも実は当たってたりするやもしれません。
テーマというかまあそれは上記した通り『恋愛モノ』なのですが、
目標としては『二回読ませたら勝ち』ですかね、何回も読んでもらえるようなSSを書いてみたいものです。
次の目標としては、そうですね、余り影響を受けないものが書ければいいですかね。

以上西尾維新風の後書きでした、疲れました
別に読まなくてもいいです
一ヶ月付き合ってくれた読者さん&レスを下さった誰かさん、本当に有難うございました
まさか一ヶ月続くとは思いませんでした、もっと精進したいです
次は前作の続編を多分書きますので何処かで縁があったら生暖かい目で見てやってください、

それでは、また明日とか。

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