ユミル「アニがいない世界」アルミン「アニだけじゃない…」(246)


※注意 クリユミ・ユミクリ要素と最高に薄い感じのマル→ユミ要素がある


ユミル「アルミンっ!おっせぇんだよっ!!ちゃんと付いて来いよ!!」パシュッ…


アルミン「ユミル…待って!ちょっとペースが速い」タッ   バシュ… 


ユミル「全然、速くねぇよ!お前みたいなグズに合せてやってコレなんだ」グンッ

ユミル「いくら頭が良くてもな、その頭脳を役立てる前に死んだら意味ねぇんだぞ!?」


ユミル「あーーっ…もう最悪だ…よりによってお前なんかとペア組まされて…」キリキリキリ…


アルミン「僕に言っても仕方ないよ…。ペアは教官が決めたんだから」シュパッ…

アルミン「立体機動の成績順に上下順番に組み合わせたらこうなったんだもの…」クンッ


ユミル「あぁ、そうだった…。私は今13位で、お前は下から13番目…で、一緒になった」


アルミン「ちょうど2で割切れて良かったよね。真ん中辺りが一番バランスがいい…」

ユミル「まぁそうだな。これって成績が伸び悩んでる中間層を伸ばすための訓練なのか」


アルミン「それだけじゃないよ…。上位は下位に足を引っ張られないように教えるし、」

アルミン「下位は上位に教えて貰ってコツを掴んで伸びる。よく考えられているね…」


アルミン「…ミカサも今日は最下位の人と組まされてたね……はぁ……はぁ……」



ユミル「おいっ!息が切れてんぞっ!お前、息切れするの早ぇえって!!」パシュン…



アルミン「ごめん…ユミル。僕の体力じゃ君に付いて行けな……悪いけど…先に行っ…

ユミル「行ける訳ねぇだろ!!仲間を見捨てたら即失格。お前も知ってるはずだ!!」タッ





アルミン「…はっ………はぁ……はぁーーーっ……」ギュルルル…    パシュ…



ユミル(だいぶ集中力が落ちてるな…。ここらで一息入れたいがまだ先は長い…)


ユミル「アルミン、頑張れ!!この林を抜けたら折り返し地点だ」タッ  パッシュッ…



ユミル(折り返し地点で教官から旗を貰ったらアルミンを1分休ませる…)カッ

ユミル(総合タイムは落ちるが事故るよりはいい…。今回は採点されてない、気負うな…)


アルミン「…うん…まだ、…だい……じょう…ぶ…」クラッ… ズルルッ……


ユミル「おい!アルミンっ!!」ギッ…! バシュッ!

ユミル(…!!あいつ、頭からっ!……掴めるか!!?)ガガッ ギュルルルルル…



ユミル「アルミィィィィン!!」バッ! 


ガシッ     ギリギリギリギリ…



ユミル(掴んだっ!…よし!このまま木を避けながら、ゆっくり減速して…って…

ユミル「な、何だよアレ!?地面に…穴?裂け目!?」ブンッ…

ユミル(前の演習でここを通った時はこんなの無かったぞ…まさか3日前の地震で…)


ユミル「アルミンっ!おい!アルミン大丈夫か?重いんだよっ!!目を覚ませ!」


アルミン「ん…?」スゥッ…


ユミル「軽く気ぃ失ってんじゃねぇよ!起きろ!でないとお前を支えられない!!」


ユミル「左手一本で抱きとめてる!立体機動のトリガーに右手の指しか掛かってない!」

ユミル「このままだとあの変な裂け目に突っ込むんだよっ!!早く体勢を立て直せ!」



アルミン「えっ!?」ガバッ!



アルミン「ユミル、僕を離して!今、アンカーを打ち……うっ…うわぁぁぁああ!!」


ユミル「くっそっ!間に合わ……裂け目に突っ込むぞ!!!!」グルッ…





ユミル「……う…っ!…痛っててっ……肘と横っ腹を打ったな…」ムクッ


ユミル(何時まで気絶してた?天井に星が見える…辺りは真っ暗だ…)


ユミル(良かった…裂け目は浅かったようだ。2mぐらいか?これくらいなら登れる)


ユミル「立体機動装置も…よし、見たとこ不具合はなさそうだ。壊れてない…な。多分」



アルミン「……んっ……ユミル…?」


ユミル「アルミン大丈夫か!?」

アルミン「うん…平気だ。少し身体を打ったけど、大したことないみたい」


アルミン「空が暗いね…訓練は日中だったから僕ら6~10時間ぐらい気絶してた?」


ユミル「正確な時間はわかんねぇが…ま、そんなもんだろうな…」


アルミン「…ここから登れるかな?」


ユミル「粘土層みたいだぞ?ほら、土が柔らかい…。これがクッションになったんだ」


アルミン「僕ら二人とも大きな怪我はないみたいだね。良かった」

ユミル「だな!…だが、元凶はお前だ。忘れるなよ…お前のせいなんだからな!」

アルミン「分かってるよ、念を押さなくても!教官には僕から説明する」

ユミル「おう!任せたぞ。この裂け目、見た目ほど大袈裟なもんじゃねぇな…」


ユミル「土が柔らかいから足元を崩さないように慎重によじ登れば…よっこら…


ユミル「ほら…もう外に出られた…」



アルミン「…っ…しょ…っ…と!……ほんとだ。すぐに出られたね」フゥ…


ユミル「こっから兵舎までどれだけかかるかな…闇の中での立体機動は危ねぇし」



アルミン「歩いて…2時間ぐらい…?」


ユミル「…はぁ……気が重いな」

アルミン「だね…」



ユミル「それにしても薄情だよな?何で探しに来ないんだ?あいつら…」

ユミル「私がアルミンと脱走するはずないんだし、何かあったって思うのが普通だろ?」


アルミン「う~ん…それもそうだね」


アルミン「2週間前にあった事故の時は訓練を中止してみんな総出で探したよね」


ユミル「そうだったな…早めに発見できたから命は取り留めたんだよな。あいつら」


アルミン「僕らも下手したら命に係わる重大事故になってたかも知れないのに…」

アルミン「誰にも発見してもらえず今に至る…」クスン…



ユミル「…訓練の経路上にある、割と分かりやすい裂け目だったよな?見落とされたけど」



アルミン「…」


ユミル「くどいようだけど……全部てめぇのせいだぞ…。アルミン」

ユミル「この借りはいつか必ず返してもらう」


アルミン「分かってるってば!もう…しつこいなぁ、ユミルは……」





  …2時間後 

― 訓練兵団敷地内 兵舎前 ―




ユミル「やっと着いた!朝までかかるかと思った…」

アルミン「暗闇でも結構歩けるもんだね」

ユミル「道を覚えてたからな!割合、安全な経路だっただろ?私に感謝しろよ!」

アルミン「ありがと。猛獣のようなユミルと一緒だったから、野生動物も怖くなかったよ」

ユミル「猛獣…?こんな可憐な女を捕まえて、何言ってやがる!」ニヤニヤ


アルミン(ユミル、たどり着いてほっとしたのかな…。キツめの冗談でも怒らないや)




アルミン「じゃ、これから教官に報告しに行ってくる。ユミルは女子寮に戻ってていいよ」

アルミン「事情聴取は多分、夜が明けてからになるから」


ユミル「いや、私も行く」


ユミル「お前と二人でいかがわしい行為をしてたとかゲスな噂を立てられても困るからな」


アルミン「僕とユミルが?…それは無いんじゃない?いくらなんでも」


ユミル「火の無い所に煙を立てる奴がいるんだよなぁ…。ここにも性質の悪いのがいてさ」



ユミル「そうだ!浴場まだ使えるかな…。ぬるくても良いから泥と汗を流したい」

アルミン「…同感だ。たまには気が合うね、僕ら」



ユミル「ここで無為に時間を浪費しても仕方ねぇ…行くか…」サクッ






クリスタ「…ユミル?」


ユミル「ん……クリスタか?…お前こんな時間に…って言うか今何時だ?」

クリスタ「えっ…えっと、22時ぐらいかな?」

アルミン「やっぱり結構時間かかったね、ここまで来るのに」


クリスタ「えっ?」

クリスタ「二人でどこかへ行ってたの?」


ユミル「はっ?」

アルミン「どっか行ってたも何も…僕ら今日の立体機動訓練はペアだったじゃない…」

ユミル「訓練中に事故って地面の裂け目でこいつと二人で気絶してたら、置いてかれた…」

アルミン「だって誰も探しに来てくれないからさ…酷いよ、クリスタも!」

ユミル「クリスタは悪くない!!大体お前が訓練中に突然気を失うから…


クリスタ「ユミル…何の話?トイレに行くって言ってからずっと戻って来なくて…」


クリスタ「もしかしたらトイレで倒れてるのかもと思って探しに来たらアルミンがいて…」

クリスタ「しかも二人とも制服と立体機動装置を付けてて…何だか泥だらけで…

アルミン「ま、待ってクリスタ…!そんな訳ないって…!!」


アルミン「ユミルがクリスタとさっきまで一緒にいた?ちょっとホラーなんだけど…」


アルミン「だってユミルは僕とずっと一緒にいたんだ。昼間、事故を起こしてからずっと」



ユミル「あ…あぁ、そうだ。クリスタの言ってる事はありえない…」

ユミル「私らは今、森を抜けて自力で戻って来たばかりで、私はトイレには行ってないし、」

ユミル「女子寮にだって戻ってない…。立体機動装置だってまだ返してないんだ、ほら」


クリスタ「で、でも…2時間くらい前まで本当にユミルが隣のベッドにいたんだもん!」

ユミル「だからそんな訳ないんだって!私らは3日前の地震で出来た裂け目に突っ込んで…


クリスタ「3日前の地震?…ユミル、それも変だよ……3日前に地震なんて無かった…」


アルミン「えっ…」


アルミン「結構大きい地震だったよ?あれに気付かなかったはずはないんだけど…」



クリスタ「や、やだ……。アルミンったらユミルと二人で私の事、からかってるの…?」


ユミル「私らをからかってるのはお前の方だろ?クリスタ…」



クリスタ「…」

ユミル「…」

アルミン「…」



アルミン「と、とにかく教官に報告しに…

コニー「アルミン!」ダッ…


アルミン「コニー?」


コニー「おーい!ジャン!!アルミン見付かったぞ!」


ジャン「見りゃ分かる!コニー、夜中に大声出すなよ…見回りに見付かったらどうする」


アルミン「ジャンも…」


ジャン「アルミン、お前どこに行ってた?まさかユミルとこんな時間に逢引きか?」

コニー「ははっ、このブスと?趣味悪いだろ…ねぇな!」

ユミル「おい!ブスって私の事かよ…この馬鹿!」

クリスタ「ユミルはブスじゃないよっ!意地悪を言うコニーは嫌い…」


コニー「クリスタ…いや、冗談だって!いつものやつだよ、なぁ?」

マルコ「愛情表現だよね?不器用なコニーの」フフッ


アルミン「マルコ…」


マルコ「見付かって良かった…。1時間以上経っても戻って来ないからさ」

マルコ「みんなで探してたんだよ、アルミンの事」




アルミン「僕の事…?それに1時間以上戻って来ないって…」



ジャン「2時間前に、部屋を抜けただろ?図書室に手紙を忘れたから取りに行くって」


コニー「明日にすればいいってみんな言ってたのにな」


マルコ「だってお母さんからの手紙だよ?他人に読まれたら嫌じゃない?」


マルコ「僕はアルミンの気持ち、分かるなぁ…」


ジャン「俺も分かるわぁ…母ちゃんからの手紙ってなんか恥ずかしいよな」///


コニー「ま、俺だってな…その……わからんでもないけど…」



アルミン「ま、待って!僕…2時間前までみんなと同じ部屋にいたの!?」

コニー「…ん?」


ジャン「そうだけど…って、お前なんで制服着てんだ!?しかも立体機動装置まで…」

マルコ「何か、訓練終えて来ましたーーみたいな恰好だね…どうしたの?」

コニー「母ちゃんからの手紙、図書室へ取りに行っただけだよな?」


アルミン「だから…意味わかんないって…。だって僕の母さん死んでるし…」

アルミン「僕とユミルはつい今しがた戻ってきたんだ…この先の森の訓練場から…」

アルミン「部屋には寄ってないし、手紙なんか来る訳ないし…みんなおかし…

ユミル「な、なぁ…アルミン、私にはこいつらが冗談を言ってるようには見えない」



ユミル≪ひとまずこいつらと話を合せないか?ちょっと不気味だが…≫ヒソヒソ…


ユミル≪私らは間違ってない。…だが4対2だ、分が悪い。少し様子を見よう≫


アルミン≪ユミル…何だか僕…怖いよ。ここは気持ちが悪い…何か変だ…≫



ユミル「あ~!…頭が痛いなぁ…クリスタ、私は早く部屋に帰りたい…」チラッ チラッ


クリスタ「ユミル!大丈夫!?」ギュッ


クリスタ「ね、今日はもう部屋に戻ろう?その制服は…明日、私が洗ってあげる!」

クリスタ「何で立体機動装置を持ち出したのか知らないけど、今は鍵が掛かっていて、」

クリスタ「保管庫へは戻せないから…今夜だけは秘密の空き倉庫へこっそり隠しておこう?」


ユミル「あの鍵が壊れている倉庫か?」

クリスタ「そうだよ!確か1ヵ月くらい前に二人で見付けた忘れられがちな倉庫」

ユミル「あそこな!…分かった」


ユミル(先月、二人で見付けた空き倉庫か…憶えてる。この辺の記憶はクリスタと共通…)



ユミル「アルミン、お前の立体機動装置もそこへ隠そう」

アルミン「う、うん…」



ジャン「釈然としねぇが、説明は明日でもいい。…人騒がせだったな、アルミン」フワァア…



アルミン「あの…ごめん……みんな…」


マルコ「まぁまぁ…ジャン、何か事情があったんだよ。そういう事にしておこう」


ユミル「お前の立体機動装置を今すぐ外せ、クリスタと二人で隠しておくから」


アルミン「分かった…ユミル、クリスタ…お願いするね」カチッ…カチッ… シュルルッ…

ドサッ…     パチン…  パチン……



ジャン「あーーー、そういやエレンの奴はどこ探してんだ?」

マルコ「図書室はもう何度も見たし、トイレか…講義室か…あと食堂とか?」

コニー「エレンもそのうち戻って来るだろ?とりあえず、アルミン見付かったし…」


コニー「あっ…ふ……っ。明日も早いから、もう寝ようぜ…はぁ……」


ジャン「…だな、放っておくか」


マルコ「でも、そういう訳にもねぇ…」




アルミン(母さんからの…手紙…)

アルミン「図書室に置き忘れたって言ってたんだね、僕…」

コニー「あ?…あぁ、そうだけど…」



アルミン「何だか汗をかいて気持ち悪いし、身体を拭いてから男子寮に戻るよ」

アルミン「コニー、ジャン、マルコ…ありがとう。今度はすぐ戻るから…」

アルミン「悪いんだけど、先に寮に戻ってて…。エレンも探して一緒に連れて帰るから」


コニー「あぁ、分かった。お前が無事ならそれでいいんだ」

マルコ「大騒ぎしてごめんね、アルミン」



アルミン「うん?」


ジャン「忘れてないとは思うが、1週間前に立体機動の訓練中に事故で2人死んだだろ?」

ジャン「あれから104期…いや、訓練兵全体が神経質になってるって言うか…」

ジャン「普段ならお前が戻って来なくても何とも思わねぇんだが…妙に胸騒ぎがしてな」


マルコ「たった2時間ちょい、君が戻って来ないだけで僕らはこのザマだ」ハハッ…


マルコ「怖いんだよ…。最近、仲間が死んだからかな?君にも何かあったのかもって…」


ジャン「おっ、俺は…別にアルミンが図書室へ行ったぐらいで死ぬなんて思ってな…

マルコ「いいって!ジャンってみんなが思ってるほど性格悪くないの、僕は知ってるから」


アルミン(訓練中の事故で亡くなった?…2週間前、確かに事故はあったけど…)


アルミン(でも彼らは一命を取り留めたはず…。さっきからずっと話が噛み合わない)



ジャン「はぁ?マルコ、お前…俺の事、性格悪いってみんな思ってると思ってたのかよ!」

コニー「憲兵団、憲兵団、言ってるからなー…他人を蹴落としても憲兵団!…だろ?」


ジャン「コニー…お前まで……」



ユミル「お前らまだここで話し込んでたのか…」ザッ…


アルミン「ユミル!」


ユミル「立体機動装置、隠してきたからな。この事は他言無用だ…3人とも」

ジャン「弱みを握る気なんてねぇよ…アホか」



ユミル≪アルミン、話がある…。明日の朝食は同じテーブルで食べよう≫ヒソヒソ…

アルミン≪分かった…≫コクン



ユミル「じゃぁな!…行こうぜ、クリスタ」

クリスタ「うん!みんなも見付からないように寮に戻ってね!おやすみ」


マルコ「天使のように愛らしいね、クリスタ…」ハァ…


ジャン「戻るぞ!アルミンも見付かったし…」

コニー「そうだな。しっかし、図書室へ行ったぐらいで何で死ぬかも…と思ったのかねぇ」

コニー「ジャンが神経質すぎて驚いたぜ」


ジャン「う、うるせぇな!いいだろ?アルミンは無事だったんだし…」


マルコ「そう言わないであげてよ、コニー。君だって本当は心配でたまらなかったくせに」


マルコ「さっきまで隣にいた仲間が、翌日の朝にはいない…それって、すごく怖い事だよ」

コニー「うん、そうだな…。あの死んだ2人も、もっと早く俺達が発見出来ていたら…」



アルミン「…じゃ、僕は行くね。すぐ部屋に戻るから…ごめん!」タタタッ




― 兵舎内 図書室 ―




ガラガラガラ…


アルミン(良かった…鍵、掛かってなかった)

アルミン(母さんからの手紙か…。…僕の母さんはもう4年も前に死んでる。父さんも)

アルミン(だから、手紙なんか届くはずないんだ)

アルミン(でも…もしかしたら……もし本当に手紙があるなら……)



アルミン ソッ…

アルミン「僕のお気に入りの席…窓際の………あっ……これの事?」スッ


アルミン「ここじゃ暗くて読めないな。ランプ……あったっけ?」



エレン「………ふぁ……っ……アル…ミン…?」


アルミン ビクッ!


アルミン「エ、エレン!?」

エレン「あ…あぁ、良かった…」ホッ



エレン「ふあ~…ぁ…っ……悪ぃ、ここで寝ちまってた。お前を探しに来たのに…」

エレン「あっちこっち探したんだけど見付からなくてさ、手紙も残ってたし」

エレン「また来るよな、って思って…ここで待ってたら睡魔に負けた」



アルミン「そ、そっか……エレンにもごめん…心配かけて」


エレン「気にするなよ。俺とアルミンの仲だろ!?」

アルミン「うん…そうだね。ありがとう」



エレン「明日、俺も一緒に帰るぞ…ミカサも行くって言ってる。シガンシナ区に」


アルミン「えっ?」


エレン「おじいちゃん、危ないんだろ?」

エレン「もう意識が無いって書いてあったって言ってたじゃねぇか」

エレン「俺も教官に事情を説明しておいた。了承も得てる。明日の昼に出発だったよな」


アルミン「な、何言って…そんな、馬鹿な……だって僕のおじいちゃんはとっくに…」

エレン「とっくに?」


アルミン「とっくに死んでるよ!!ウォール・ローゼに逃げてきた後、王政府の…


エレン「はぁ…?お前も寝ぼけてるのか?いや、突然の事で混乱してるのか…」

エレン「今、何時だ?…ほら、寮に戻ろう…見回りに見付かると厄介だ」


アルミン(エレン…。君もおかしいよ。いや、おかしいのは僕の方か?)

アルミン(ユミル、彼らは一体どうしちゃったんだ?君の方は大丈夫なの?)




― 男子寮 ―




ガチャッ  ギギギッ


エレン「アルミン、静かにな…みんなを起こすなよ」


アルミン「う、うん…。さっきジャンとコニーとマルコに会ったんだ」

アルミン「僕を探しに来てくれてさ、これ以上迷惑は掛けられない…」


エレン「そっか…俺もそっちに付いて行けば良かったな」



アルミン「……みんな、寝てるね」


エレン「手紙、読み直すのは明日でいいだろ?とりあえず失くす前に回収できたんだし」


アルミン「うん…そうだね…」




アルミン(中身が気になるけど、瞼がすごく重くて…今すぐベッドに倒れ込みたい気分だ)


アルミン(身体は明日拭こう…今は何とか制服を脱いで寝間着に着替えて、それから…)



アルミン(あれ…?この部屋、何だ……何かが足りない…昨夜と違和感がある)



アルミン(いや、ここにたどり着いてから違和感しかない…でも何だろ…何が足りない?)



アルミン(続きは、明日…考えよう……ぼく…は……も、う…限…界……)パフン





ユミルとアルミンが
地面の裂け目から生還した翌日(2日目)




アルミン「……ぅ…ん……っ……あ、朝…」スゥッ…


アルミン(まだ…眠い……)ゴシゴシ…


アルミン(昨日の事、全部夢だったのかな…おじいちゃんとかシガンシナ区とか…)



アルミン カサッ

アルミン「…ん?」



アルミン「!?」


アルミン(母さんからの、手紙!?)ムクッ




アルミン「こ、これ…母さんの字だ!?」バッ

アルミン(昨夜は暗くて全然読めなかった…この手紙は本物なのか…?)


アルミン「懐かしい…。か、母さんの…字……うぅっ……うあぁぁっ…!」ギュッ


アルミン(どうして?そんな事はどうでもいい!!早くっ…!何が書いてある!?)


ガサガサガサ… パラッ…





アルミン「…」




アルミン「う、嘘…」


アルミン「そんな……そんな事って……これは、夢?僕はまだ夢を見てるのか…?」


アルミン「母さんが…いや、父さんも生きている…。おじいちゃんの具合が悪いから、」

アルミン「この手紙を教官に見せて休暇を貰ってシガンシナ区に帰って来い…だなんて…」



アルミン「でも、これ本当に母さんの字で……でも、でもシガンシナ区はもう…



エレン「アルミン…?」


アルミン「エレン!!」


アルミン「おかしいんだっ!?僕にこんな手紙、届くはずない!!」

アルミン「だっておじいちゃんは王政府のウォール・マリア奪還作戦で殺されて…

エレン「ア、アルミン!…ちょっと待て!落ち着けって…」


アルミン「これが落ち着いていられる!?…酷い悪戯だよ!母さんの筆跡まで真似て…

エレン「昨日から変だぞ、お前…」


アルミン「えっ…」




エレン「ウォール・マリア奪還作戦って何だ?それにお前のじいちゃん、勝手に殺すな!」


エレン「まだ死んでない…生きてるだろ?なぁ、ショックなのは分かるが…」

エレン「アルミンの顔を見ればじいちゃんだって持ち直すって!俺も一緒に帰るし」



アルミン「帰るって…どこへ…?」


エレン「シガンシナ区に決まってるだろうが!そこ以外に俺らの故郷があるのか?」


アルミン「無理だよ!シガンシナ区は…ウォール・マリアは4年間から巨人に占拠され…


エレン「はぁ…」



アルミン「エレン…?」



エレン「ミカサも俺も付いてるから…大丈夫だ。アルミン」ポン…


エレン「突然こんな手紙が来たから動揺してるんだな、夢と現実がごっちゃになってる」

エレン「…それにしても笑えない夢だな。ウォール・マリアが巨人に占拠されるだなんて」ハハッ


エレン「ミカサには言うなよ?あいつ本気でお前の頭を心配するぞ」




アルミン「…」



アルミン「顔、洗ってくる…」




― 兵団敷地内・中庭 井戸前 ―




アルミン バシャッ… バシャッ…


アルミン(朝食の前に、軽くタオルで身体も拭いておこう。僕の身体、少し臭う…)

アルミン(一晩経ってもエレンは変だった。昨日のジャンとマルコとコニーも変だった)

アルミン(変なのは…僕なのか?それにしても昨夜感じた違和感…アレの正体は…)



ユミル「アルミンか…?」

アルミン「ユミル!!」バッ…


アルミン「ねぇユミル…君は正常!?それともおかしいのは僕だけ…?この世界は…

ユミル「落ち着け!!お前は正常、私も正常。おかしいのはこの世界だ…」


アルミン「良かった…君も、この世界をおかしいと思ってたんだね!」


ユミル「当たり前だろ!ずっとお前と森を歩いてたのにトイレに行くって言って消えた…」

ユミル「…とか言われる世界が、私にとって普通の世界だと思うか?」


アルミン「そうだね…。僕もそうだ。母さんからの手紙、行けないはずのシガンシナ区」

アルミン「おかしいのはやっぱりこの世界の方だよ…」



ユミル「さっき立体機動装置を隠した空き倉庫へ寄った」

ユミル「まだあったよ。泥だらけの立体機動装置…。後で整備するぞ!動くかどうか」

アルミン「あれは僕らが立体機動の訓練中に事故を起こして、ここまで歩いて来た証拠だ」

ユミル「事故ったのはお前だけで私は助けた側だぞ…そこ、混同するなよ。貸し一つだ」

アルミン「うん…分かってる…」



ユミル「他に何か気が付いた事は無いか?」

アルミン「他に?」

ユミル「あぁ」


アルミン「いっぱいありすぎて何から話していいのか…。まだ僕は混乱している…」

ユミル「…」


ユミル「これだけは、先に言わせてくれ」

アルミン「う、うん…」




ユミル「ここは…」

ユミル「アニがいない世界」



アルミン「アニだけじゃない…」





ユミル「はっ?」


アルミン「昨夜、ベッドに入る時も…朝起きた時も、ずっと感じてた違和感」


アルミン「何かが足りない感じがしていた。その正体はさっき分かった」


アルミン「ライナーとベルトルトもいないんだ。僕は昨日まで彼らと同室だったのに」



アルミン「ここに来る途中でトーマスとすれ違った時、彼らの話を振ってみた」

アルミン「トーマスは彼らの名前も知らなかった。今期の総合成績、2位と3位だよ?」

アルミン「知らないはずがないのに!」


ユミル「ふむ…なるほどね」


ユミル「私が今朝までに収集した情報では、この世界は巨人の襲撃を受けていない…」

アルミン「……うん」


ユミル「ウォール・マリアもシガンシナ区も、壁内全域が襲撃前の…4年前のままだ」

ユミル「この世界は平和そのもの」

アルミン「…まるで夢でも見てるみたいだ」

アルミン「もしかしたらあの地面の裂け目で僕らはまだ眠り続けてるのかも…」




ユミル「アニとライナーとベルトルさんは103期に入ったのかもな」

アルミン「えっ…」


ユミル「ライナーは私と同じ歳。つまり16歳、アニとベルトルさんはアルミンの1つ上」

ユミル「ライナーとベルトルさんは同郷。入団時期を合わせたのなら順当に行けば前年度」


アルミン「そ、そうだね…でも…

ユミル「102期と103期が欠番になってたのは巨人の襲撃から壁内を立て直すために」

ユミル「その間の2年間は新規で訓練兵を集めたり、鍛えたりする余裕が無かったからだ」

ユミル「この世界が平和な世の中なら102期と103期は存在している…」


アルミン「そうなのかな…」


アルミン「それなら何でマルコは103期で入団しなかったの?彼も僕より1つ上だ」

ユミル「それは本人に聞いたらどうだ?1年遅らす理由があったのかも知れないし」



アルミン「…僕は、その仮説は違うと思う」

ユミル「根拠は?」

アルミン「僕とエレンとミカサが、ウォール・ローゼ南方面駐屯訓練兵団に所属している事」


アルミン「これが理由…」


ユミル「……ふ~ん。そうだな」


ユミル「よく考えりゃ、何でクリスタもここに所属してるのかさっぱりわからない」

ユミル「マリアが無事なら、クリスタはおそらくマリアへ飛ばされていたはずだ」

アルミン「クリスタの事情は知らないけど、僕らの事情はこうだよ」


アルミン「僕らはシガンシナ区出身だ。壁内が平和で巨人に占拠されていないのなら…」

アルミン「エレンと僕とミカサはウォール・マリア南方面駐屯訓練兵団に所属しているはず」

アルミン「エレンは調査兵団に憧れていて、訓練兵に志願する事は決まっていた」


アルミン「ミカサは当然エレンに付いて行く、僕も訓練兵として知識を学びたかった」

アルミン「それが、マリアを飛び越えて何故かローゼの訓練兵団に所属している」

アルミン「それには何かしらの理由があるんだろうけど、必然性がある理由だろうか?」


ユミル「…つまり?」

アルミン「僕らがいた、本来の世界と思っているあの世界。僕らにとってあれが普通だ」

アルミン「そこをオリジナル、つまり『始まりの世界』として考えると…この世界は…」

アルミン「僕らのいた、『始まりの世界』を根幹として成り立つ世界なんだと思う」

ユミル「はあっ?もっと噛み砕いて言ってくれ」


アルミン「始まりの世界が元になっているという仮定でのみしか成り立たない仮説だけど、」

アルミン「この世界では僕らの世界と辻褄の合わない事は捻じ曲げられてしまうのかも」

アルミン「何らかの理由を付けて」


ユミル「それがマルコが同期だったり、お前らやクリスタがローゼにいる理由?」

アルミン「検証はこれからで、ただの思い付きだから自信は無いけど…」


アルミン「前に読んだ本で、面白い仮説があったんだ。その本は発禁になっていて」


アルミン「僕のおじいちゃんがこっそり隠し持っていた。ある異端者が書いた本でね…」



アルミン「世界は無限である。多層構造になっていて幾つもの世界が平行に重なっている」


アルミン「その世界は僅かな出来事で分岐し、新たなる世界を創造する。今この瞬間にも」


ユミル「さっぱりわかんね」


アルミン「わかりやすく言うとさ、こうだよ」


アルミン「この世界は、ほんの少し空間がずれた場所にそっくりそのまま同じような世界があって」

アルミン「色々な条件で分岐をして未来が変わっていく。分岐の数だけ世界が存在する」

アルミン「まぁ些細な分岐なら、僕らを取り巻く環境が大きく変化する事はないけれど…」

ユミル「ふむ…」


アルミン「例えば、僕は次の休日に君と市場へ行くとする」

ユミル「お前と市場へなんか行った事無いぞ」

アルミン「例え話だって!ここでもう分岐が始まる」

ユミル「どんな風に?」


アルミン「最初の分岐は、君と市場へ行くか行かないか」

アルミン「君と行きたい気持ちが10%、行くのをやめるが50%、他の人を誘うが40%」

アルミン「僕の気持ちがこうだとすると、この時点で今言った確率で新たな世界が出来る」

ユミル「はぁああぁ…?」


アルミン「いや、違うな。この段階でもう世界は3つ出来ていて、この先の分岐の分母が…

ユミル「そんなんどうでもいいから、ちゃっちゃと説明してくれよ!!」


アルミン「えっと…そうだね。10%の気持ちを尊重して、君と市場へ行ったとする」

アルミン「そこでリンゴを買うか買わないか…で、また分岐が出来る。仮に買ったとして、」

アルミン「その場でリンゴを食べるかどうか、または寮まで持ち帰ってお土産にするのか」


アルミン「お土産とするなら誰に渡すのか…その都度また分岐が出来て」

アルミン「別の平行世界が出来る」


ユミル「そんな話聞いた事無いぞ…世界は一つだろ?」


ユミル「切り捨てられた可能性に未来は無い!平行世界なんてものは存在しない!!」



アルミン「でも僕らが今いる世界は平行世界なんだって考えないと説明が付かないんだ!」

アルミン「この世界は、4年前に巨人の襲撃を受けなかった世界で…」

アルミン「だからシガンシナ区も、ウォール・マリアも無事で、僕の両親も生きていて!」

アルミン「勿論、エレンの両親であるおばさんもおじさんもあの家にいて…」

アルミン「でも何らかの影響で、アニやライナーやベルトルトが訓練兵になっていなくて」

アルミン「どこで分岐したのか知らないけど、無限の平行世界の一つなんだよ!ここは」


ユミル「…はぁ……あったま痛ぇ……アルミン、お前それ本気で言ってんのかよ…」


ユミル「市場へ行く行かない、リンゴを食う食わない…で世界が分岐するだって?」



ユミル「じゃ、この壁内の全ての人間が今この瞬間も平行世界への分岐を作り出してるってのか?」


アルミン「人間だけじゃないよ…台風で木が倒れる、倒れない。動物が死ぬ、死なない」

アルミン「人間以外の生き物や、巨人や、無機質だって時には分岐を…平行世界を作る」


ユミル「そんな馬鹿な…考えられる可能性の数は、神の領域だ」


アルミン「これはただの仮説で、正解ではないのかも知れない…でもそう考えないと…


ユミル「くそっ!…何だよ、何なんだよっ……頭がおかしくなりそうだっ!!」




ユミル「…なぁ、お前の読んだその本、まだお前の家にあるか?」


アルミン「えっ…いや、もう…あぁっ!ある、あるよ!!…だって僕の家はまだある!!」


アルミン「今日の昼からシガンシナ区へ一時帰宅するんだ…その、おじいちゃんが…」

アルミン「エレンが言ってた。教官の許可は下りてるって」

アルミン「僕じゃない僕が、母さんからの手紙を見て、すぐに一時帰宅の許可を取って」

アルミン「荷物をまとめている時に、図書室に手紙を忘れた事を思い出して取りに行った」


アルミン「どうやら昨晩の僕の行動はこんな感じだったらしい…」

アルミン「エレンから聞き出した話を繋ぎ合わせただけだけどね」



ユミル「私もシガンシナ区へ行ってみたい。何とかならねぇかな…」


アルミン「ユ、ユミルも?」


ユミル「ウォール・マリアを見てみたいんだ。巨人に占領される前のお前らの土地を」


ユミル「シガンシナ区も、紙の上でしか知らないから実際の街に入ってみたい!」


ユミル「何とか理由をこじつけてみる!…ダメか?なぁ、私も連れて行ってくれよ」



ユミル「それにお前が読んだその本の中に、元の世界へ戻る手掛かりがあるかも知れない」


アルミン「元の世界へ戻る手掛かり…。そ、そうだね!何か重要な事が書いてあるかも」

アルミン「細かい所は忘れちゃったから…もう一回読み直さないと…」



アルミン「それにしても、シガンシナ区!父さん…母さん…おじいちゃん……」

アルミン「もう一度、会えるんだ!!エレンのご両親にも…近所のおじさんやおばさんにも…」

アルミン「破壊されてない、僕の街…あのまま、そっくりそのまま…残ったままで…」グスッ……



アルミン「こんなの…信じられないよ!……神様…!!…う゛ぅっ……」グイッ




ユミル「アルミン…」


ユミル「だいぶ長話をした、食堂へ行こうか。続きはそこで話そう…」



― 兵舎内 食堂 ―




クリスタ「ユミル、こっち!席取っておいたよ!!」

ユミル「おう!いつも悪いな、クリスタ」

クリスタ「ううん、そんな事言わないで…隣にユミルがいてくれるだけで、私…」

ユミル「クリスタ…お前も気にしてるのか?2週間前…いや、1週間前の事故…」

クリスタ「うん…。だって、仲間が死ぬのってここに来てから初めての経験だったから…」



ユミル(初めて?…いや、今まで何人も訓練中の事故で命を落としたはずだが…)


ユミル(この世界の訓練はゆるいんだな。なんせ平和だからな…人の死が身近ではない)


ユミル(ここは訓練兵の心身の安全に気を配り、命や個性が尊重される…人間らしい世界)


ユミル(でないと家族の死に目に会うって理由で休暇が取れるはずがない)


ユミル(私らが昨日までいた世界では親の死に目にすら会えない世界だった)


ユミル(もっとも、その「親」がいない奴も相当数いたが…エレンやアルミンのように)




ユミル「おっ!アルミン!!こっちだ。今日はこっちに座れ」

アルミン「ユミル…。う、うん!そっちへ行く」


エレン「アルミン、今朝はどこまで顔を洗いに行ってたんだよ!部屋で待ってたんだぞ…」


アルミン「中庭の井戸で顔と身体を洗ってた。結局、昨夜はあのまま寝ちゃったからさ…」

アルミン「少し頭を整理したくて…気分転換にちょっと遠い水場までね。エレン、ごめん」


エレン「そっか…。あんまり一人で思い詰めるなよ…?俺もミカサもお前の力になるから」



ミカサ「クリスタ、ユミル…私とエレンもそっちで食べていい?」


ユミル「あぁ!構わない。いいよな?クリスタ」


クリスタ「勿論!お隣どうぞ。ミカサ」ニコニコ


ミカサ「ありがとう」スッ



ミカサ「アルミン、エレンから聞いていると思うけど…私もシガンシナ区に行く」

アルミン「うん、一緒に行くって聞いてるよ」

ミカサ「私もエレンもあなたのおじい様にはお世話になった…最後に顔を…

エレン「ミカサっ!縁起でもない事言うなよ…。持ち直すよ、アルミンのじいちゃん」


アルミン「エレン…」


ミカサ「ご、ごめんなさい…アルミン。悪気はなかった…。私は思慮が足りなかった」


アルミン「だ…大丈夫!全然気にしてない!!」



アルミン「それよりよく休暇が取れたね。僕のおじいちゃんの事で…」



ミカサ「アルミンのおじい様なら私達にとって親戚も同然。教官を説得した」

エレン「説得と言うか、あっさり許可が下りたぞ」


ミカサ「日頃の成績がこんな時に物を言う…。真面目に訓練を受けていて良かった」

アルミン「日頃の成績…」


アルミン「変な事を聞くけど、今のエレンとミカサって何位だっけ?今期の総合」





ユミル「あっ…クリスタ、こぼすな」フキフキ…


クリスタ「ん~……ユミルありがとう…」


クリスタ「えっと、そうだ…!ユミルの汚れた制服、今朝洗濯場で洗っておいたよ」

ユミル「そっか…手間だったろ?ありがと、クリスタ」


ユミル「お前に礼をしないとな。あぁ、そうだ…シガンシナ区で何か買って来るわ!」

クリスタ「シガンシナ区?」

ユミル「そう、実はアルミンのじいちゃんと知り合いでさ、私もお見舞いに行くんだ」

クリスタ「!?」


クリスタ「ず、ずるいよ!ユミル…。私も一緒に行きたい!!」


ユミル「おいおい!遊びじゃないんだぜ。ちなみに観光でもないからな」

ユミル「お前は留守番だ。お土産、期待してろよ?」ニコッ


クリスタ「むぅ………はぁい……」シュン…





エレン「えっと…なんだっけ?」


ミカサ「今期の総合成績は私が1位、エレンは2位…アルミンは確か56位…だった」


エレン「アルミンは座学は1位なんだけど、それ以外がなぁ…」


ミカサ「仕方ない。アルミンはここを卒業したらシーナ中央の技巧科に進むつもりだから」

ミカサ「苦手な分野に労力を割くより、得意な分野を伸ばしていった方が本人のため…」


エレン「そうだな。それでわざわざウォール・ローゼの訓練兵団に入ったんだよな」

アルミン「それが、僕がウォール・マリアの訓練兵団に入団しなかった理由?」


エレン「…ん?ローゼ南方面駐屯の訓練兵団にはその分野に長けている教官がいるから」

エレン「一人でもこっちに進むって…そう言ったのはお前だぜ?」


アルミン「へぇ…」


ミカサ「アルミンが一人でやっていけるか心配で、エレンも一緒に行くって言い出して…」

ミカサ「本当は自分の出身地区の訓練兵団にしか所属できないのだけれど…」

エレン「キース教官が父さんと知り合いで、その縁で3人揃ってこっちに入団したんだろ?」


アルミン(そうか…だから僕らはマリアじゃなくてローゼの訓練兵団に所属しているのか)



ユミル「昨日まで下から数えて13番目だったお前が、ここじゃ上から56番目だなんてな」


ユミル「こっちのお前は優秀だったのか?…って言いたいけど、恐らく違う」

ユミル「目的意識の差だ。周りを見てみろ、だらけきった甘っちょろい顔をしている」

ユミル「この世界では他人が死ぬのを目にする事も少ない…平和すぎる退屈な毎日でさ」

ユミル「いつ世界が無くなるとも知れない、巨人の襲撃に怯えるあの世界とは違い過ぎる」

ユミル「だからみんな真剣じゃない…。命を懸けて兵士をやろうって気が無い…」


ユミル「そんな中で、エレン…お前は調査兵団に入るという目標があり、」

ユミル「ミカサは元々の身体能力の高さとエレンを支えたいという強い思いがあり、」

ユミル「お前は高度な技術を学んで巨人を殲滅するという意志があってこそのこの成績だ」


アルミン「ユミル…」

アルミン(ちょっと違う…。巨人を駆逐した後、エレンと壁外を探検するのが僕の夢)

アルミン(それと下から13番目っていうのは立体機動の成績で総合はもう少し上だよ…)


エレン「…何言ってんだ?ユミルは」

ミカサ「私にもわからない…」




ユミル「ついでにエレンが今期2位なのは、あの3人がいないからだな」

ユミル「アニ、ライナー、ベルトルト…この名前に聞き覚えはあるか?ミカサ」

ミカサ「ない」

エレン「俺もねぇな…」


クリスタ「私も…ない。その人達はユミルの知り合いなの?」


ユミル「まぁそんなとこ。103期にも所属してないか?成績はトップクラスのはずだが」

ミカサ「聞いた事ない…と、思う」


ユミル「さっき出身地区の話をしたな?本来自分の生まれた地域以外の兵団には入れない」


ユミル「ライナーとベルトルさんは同郷だが…出身地は確か…


アルミン「ウォール・マリア南東の山奥の村出身…だったはず。アニは知らないけど…」


ユミル「じゃ、もし兵団に所属してるとしたらマリア南方面駐屯の訓練兵団か…」


アルミン「どうだろう…その可能性は低いと思う」

ユミル「何でだ?」


アルミン「さっきも言ったけど、この世界は僕らのいた世界を元にした平行世界だと僕は考えてる…」

アルミン「だから、彼らが僕らの世界でローゼ南方面駐屯の訓練兵団に所属していたのなら」

アルミン「僕やエレンやミサカのように何らかの作用でこの地区の兵団に所属しているはず」

アルミン「理由はこじつけでも、捻じ曲げられてでも…『始まりの世界』に忠実なはずなんだ」


アルミン「なのにここに彼らはいない。…だとしたらどこに?」


ユミル「待て…!お前の推測だって確証はないんだ。決め付けない方がいい…それに、」

ユミル「もっと単純な理由でさ、山奥の村が強盗集団の襲撃に遭い全滅した…。とか」

アルミン「そんな話、聞いた事無いよ!!」

ユミル「そりゃそうだろ!その頃お前は開拓地へ送られて2年間畑を耕してたんだし…」



エレン「アルミンが開拓地へ送られて畑を耕していた…?なんだそりゃ…」

エレン「アルミンは俺やミカサと一緒に2年前にシガンシナ区からここに来たんだぜ?」


ミカサ「過去に山奥の村が強盗の襲撃で全滅したという話は、私も聞いたことが無い」


ユミル(巨人の襲撃が無かった世界だからな…。じゃ、クリスタはどうしてここにいる?)



ユミル「クリスタ……」

クリスタ「なに?ユミル…」モグモグ…


ユミル「お前、ウォール・ローゼの開拓地へ送られたって言ってたな…」


クリスタ「えっ…?」


ユミル「両親はいない…って。自分は一人ぼっちだと……」


クリスタ「…」



クリスタ「ユミル、私の家の事情…あなたに話した事はないよね?」

クリスタ「開拓地って何?この壁内には未開拓の土地は多いけど…」

クリスタ「すぐに開墾しなきゃならないほど食糧バランスは崩れてないよ?」


クリスタ「今初めて話すけど、私の両親は生きてる。母も父も…祖父母もね…」

クリスタ「お父さんとは一度しか会った事が無いの…私は家庭に恵まれなかった」


クリスタ「だから家を飛び出してきちゃった…。私の居場所は、あの家じゃなかったんだ」

クリスタ「シーナの市民権があれば、ローゼやマリアにある訓練兵団にも志願できるの」



クリスタ「でも、一人ぼっちなのは確かだよ…。私には、ユミルしかいない…」



ユミル「クリスタ…」ソッ…




ユミル「すまなかった…辛い事を思い出させてしまって。私を許してくれ」ギュゥッ…


クリスタ「ううん!今はユミルがいてくれるから寂しくないよ。気にしないで」


クリスタ「ユミル、ずっとそばにいて。昨夜みたいに突然私の前から消えないで!」


ユミル「あぁ…分かってるよ」ナデナデ…




アルミン モグモグ…(アニとライナーとベルトルト…彼らは生きているんだろうか?)


アルミン(生きていればこの兵団に所属しているはずなんだけど…)


アルミン(大規模な山火事があって死んでしまった?じゃぁアニはどう説明する?)



アルミン(彼ら3人がここにいない事と、4年前に巨人の襲撃が無かった事は関係ない)


アルミン(……とは思うけど。だって僕と歳も変わらないちっぽけな彼らが…)


アルミン(あんな悲惨で痛々しい歴史に関わりがあるはずはないんだから…)


アルミン(でも、ここに彼らがいない事に…何らかの意味はあるはずなんだ……)ゴクン…




ユミル「よし!食い終わった。午前中は…立体機動装置の整備だな」ガタッ


ユミル「全部バラして組み立てる。…簡単だな」


ユミル(クリスタから今までの訓練の内容をざっと聞いてみたが、全部ぬるすぎる…)

ユミル(巨人の襲撃が無かったから技術の進歩が遅い。講義の内容も古い知識だ)


ユミル「あー…私らの立体機動装置もこの際に整備しておくか」

アルミン「空き倉庫に隠したまんまだったっけ…」


ユミル「あぁ、お前の分も持って来てやるよ。工具が使える内に整備しておこう」

アルミン「泥をよく落としておかないとね…」



ユミル「クリスタ、行くぞ」ガタッ

クリスタ「うん!アルミンの分の立体機動装置、私が持って来るね」ガタン!


ユミル「そうだ、アルミン。もう気付いてるとは思うけど…」

ユミル「念のために伝えておく。この世界は私らがいた世界より、1週間ほど遅れている」



アルミン「…1週間、遅れている?」


ユミル「4日前の地震、まだこの世界では起きてないんだ…。起きるのは多分3日後…」


アルミン「そ、そんな!」ガタッ!



ユミル「おいおい…。そんなに驚くこたぁねぇだろ?ここでは何でもアリだ」


ユミル「だってここは、私らの世界の『平行世界』なんだろ?しかも時空が歪んでる…」

ユミル「2週間前の立体機動訓練中の事故も、ここでは1週間前だ」



ユミル「一番分かりやすいのは、今日の訓練日程を張り出したそこの掲示板を見る事だな」


ユミル「あれにも日付が書いてある…。すぐそこの手動式の万年カレンダーにもだ」



アルミン「僕らの世界より1週間遅い世界…。これにも何か、意味があるのか…?」

ユミル「わからない…。午後から出発だろ?シガンシナ区へ。気を取り直して行こう」


ユミル「全ての事に意味があるのなら、お前の手紙にも、私が同行する事にも意味があるはずだ」



クリスタ「ユミル…もう行こう?時間が無くなっちゃうよ」

ユミル「あぁ…そうだな」


ユミル「また後でな、アルミン」



アルミン「うん…。そうだ!忘れないうちに伝えておくね。待ち合わせ時間と場所…」

アルミン「13時にトロスト区へ向かう乗合馬車の発着場前で待ってて。遅れないでね」


エレン「ユミルも一緒に行くのか?」

アルミン「そうみたい…」


エレン「まさかとは思うが、親に紹介…とかじゃないよな?」

アルミン「!?……な、無いよ!絶対に無い!!アニなら紹介してもいいけ…」

アルミン「えっ…」


アルミン(急にアニの名前が口から飛び出した。普段そんなに気にしてなかったのに…)

アルミン(ここは「アニがいない世界」だから、いつもより意識してしまうのかな)



ミカサ「ユミルには今も昔もクリスタだけ…。アルミンと付き合っていればすぐに分かる」

アルミン「だから、付き合ってないって!」


ミカサ「アルミンのおじい様と知り合いって言ってた。色んな偶然が世の中にはある」

エレン「いや、どう考えても嘘だろ…。あいつは単に観光に行きたいだけだと思うぞ!」

ミカサ「私と…エレンが出会ったように……いえ、この出会いは必然!!だって私達は…




アルミン(今は、午前の訓練をこなして家に帰る事だけを考えよう…)


アルミン(トロスト区へ着いたら、そこからは船で100kmの道のりだ。まだ先は長い)


アルミン「これは…幸せな夢だ。壁内に巨人はいないんだ!父さんと母さんに会える…」



アルミン「夢ならもう、醒めないで…」




― 実技室 ―




ユミル「こっそりすり替えておいた」

アルミン「何を?」


ユミル「お前が今整備している立体機動装置は私らが元の世界から持ってきたものだ」

アルミン「うん」


ユミル「立体機動装置は、実地訓練か整備の時しか持ち出せないだろ?」

ユミル「昨日も保管庫に鍵が掛かっていたから、戻せなくて空き倉庫に隠したんだ」

アルミン「そうだったね」



ユミル「驚いた事に…いや、当たり前と言えば当たり前なんだが…」


ユミル「保管庫にあるこの世界の私らが使っていた立体機動装置はそのまま残っていた」


アルミン「えっ?」


ユミル「同じ立体機動装置が2つ、同じ世界に存在している。傷や凹みも全く同じだ」


アルミン「…」




ユミル「平行世界うんぬんを言い出したのはお前だ」


ユミル「私はそんな世界観を持ったことが無いし、よく知らないから想像でしかない」


ユミル「お前の見解を聞きたい。全く同じ物が世界に2つと存在するのは可能なのか?」


ユミル「その…捻じ曲げられた事柄に対する、修正力の仕組みを説明できそうか?」


アルミン「捻じ曲げられた事柄に対する修正力?」



ユミル「例えば…私らがこの世界に来た後、元々この世界にいた私らはどこへ消えた?」



アルミン「あっ!!!」ガタッ!

ユミル「シッ…声が大きい…」コソッ





眼鏡の教官「アルレルト君、どうかしたかね?」



アルミン「い、いえ…何でもありません。大きな声を出してすみません…」



眼鏡の教官「ふむ……分解は済んでいるようだね。組み立てに集中しなさい」



アルミン「は、はい…」ストン…




アルミン「気が…付かなかった…。自分の事で精一杯で…」

アルミン「確かにこの世界に存在していたはずの僕らはどこへ消えたんだ?」


ユミル「少し、恐ろしい仮説を話してもいいか?」カチャカチャ…


アルミン「…う、うん。聞きたくないけど…聞かなきゃダメだよね」キュルキュル…


ユミル「私らがあの裂け目から目覚めて…体感でおおよそ2時間かけて戻って来た」


アルミン「正確な時間はわからなかったけど、大体そんな感じだったね」


ユミル「私らが兵舎にたどり着いた時、クリスタとコニー達に出会った」カチッ


アルミン「そうだった」




ユミル「あいつらは口を揃えて言った。2時間前から私らが戻って来ない…と」


ユミル「2時間前と言えば、私らがあの穴の中で目覚めたのとほぼ同時刻だ…」


ユミル「どんな作用が働いてそうなったのか知らないが、私らが目覚めた時、」

ユミル「すなわちこの世界で自我を取り戻した時、元々この世界にいた私達は消えた」



ユミル「…どこか別の場所へ、一瞬にして弾き飛ばされて私らと入れ替わった」


アルミン ゾクッ…




ユミル「そんな風には、考えられないか?」



アルミン「し…信じられない。その推測は間違ってる、って言いたいけど…」



アルミン「それを否定するだけの材料を、僕は今持ってない…」ブルブル…



ユミル(私らがこの世界に来たから、元々この世界にいた私らがどこかへ消えたとする…)

ユミル(なら何故立体機動装置は消えなかった?同じ物が2つとして存在できない世界で)


ユミル「手が止まってるぞ…。よし、こっちの組み立ては終わった」チラッ


ユミル「クリスタ、難しいか?私が代わりにやってやろうか…?」


クリスタ「ダメ!手を出さないでユミル。…私が助けてって言うまで見守っていて」


ユミル「ふふっ…こっちの世界のクリスタも同じだな。負けず嫌いな性格もそっくりだ」


ユミル「いいよ!ずっと見ててやるから…。助けが必要な時は私を呼んでくれ」


クリスタ「うん!そうする。ありがとう、ユミル…」




アルミン「…心臓が、痛くなってきたよ」ガクガク…

ユミル「おい…大丈夫かよ…。これは単なる仮説だから真に受けるなよ?」

ユミル「それを否定するためにも、お前の家にあるその平行世界の本を読みたいんだ」


ユミル「心配するな、アルミン。一人じゃねぇよ…私とお前は運命共同体なんだ」


アルミン「ユミル…」



アルミン「空き倉庫に今あるのはこの世界に元々あった僕らの立体機動装置?」


ユミル「あぁ…保管庫に置きっぱなしにしてはおけないし、隠しておいた」

ユミル「使い慣れたこの立体機動装置を整備して、ガスを補充したら」

ユミル「元々この世界にあった立体機動装置はまた保管庫に戻す。お前のもな」



ユミル「私らの立体機動装置は教官達に干渉されない自由な状態にしておこう…」

ユミル「空き倉庫に隠していつでも好きな時に使えるように。機会を逃さないためにだ」


アルミン「機会?…何の機会?」

ユミル「何のって…そりゃ、元の世界に戻る機会だ。その瞬間がいつ来るのかは不明だが」





アルミン「元の世界に…戻る機会……」


アルミン(故郷を巨人が跋扈し、両親もいない…あの飢えと虐殺の世界に僕はまた戻る…)





ユミル「アルミン!聞いてるのか!?」


アルミン「!?」ビクッ!



アルミン「き、聞いてる…。ぼ…僕も今、終わった…」カタン…

ユミル「遅かったな。技巧はお前の得意分野だろ?そんなんじゃ56位も維持できないぜ」


アルミン「…」



アルミン「この世界のユミルは何位だったの?…クリスタから聞いたんでしょ」



ユミル「5位だってよ」


ユミル「コニーとサシャを抜かしてた…。クリスタは9位だ」



アルミン「目的意識の差、だっけ…?」

ユミル「あぁ…」



ユミル(この世界の私も、クリスタを憲兵団に入れるために頑張っていたようだ)

ユミル(コニーとサシャが振るわないのは周囲のだらけた雰囲気に感化されているから)

ユミル(ジャンとマルコは3位と4位…この二人は憲兵団に入りたいんだっけな…)



ユミル「何で存在しないはずの立体機動装置が存在するのか…」

ユミル「それは、この世界から私達が抜け出すために必須の道具だからだ…」


ユミル「これが存在する理由はそれしか考えられない。アルミン、必ず戻れるからな…」



アルミン「…」




― シガンシナ区へ向かう船の中 ― 




アルミン(順調に行けば日が変わる前に家に着く…)


アルミン(何度、これは夢だと思っただろうか。でもこれは現実だ)

アルミン(だってトロスト区からシガンシナ区行きの船がちゃんと出ている…)

アルミン(だからシガンシナ区は存在している…!巨人に占領されてなんかない!!)

アルミン(4年前と何一つ変わらない姿で、僕を迎えてくれるんだ…)

アルミン(おじいちゃん…父さん…母さん…みんな、早く会いたい…)ギュッ





ユミル「なー…ミカサ。シガンシナ区の名物って何だ?」

ユミル「クリスタに土産買って帰るって約束してんだ。何が良いかな?」

ミカサ「名物…?食べ物が美味しい…。あと家の近くに美味しいお菓子屋さんがある」


ユミル「菓子か…悪くないけどやっぱ形に残る物がいいな」

エレン「普通にアクセサリとかでいいだろ?有名な彫金師がいる。髪留めも売ってる」

ユミル「有名な彫金師か…そうだな。…自分の分も買ってお揃いの髪留めでも贈るか」

ユミル「あいつも髪が長いからな、訓練中に髪を巻き込まないか心配でさ」

ユミル「アニみたいに髪をまとめろって言ってんのに聞かねぇし…そっか、髪留めか…」


ミカサ「また、『アニ』の話?」

エレン「これで何度目だ?お前の知り合いの『アニ』って奴の話を聞かされるの」


ユミル「あぁ、悪ぃ…。お前らは知らないんだったよな。…総合成績4位のやり手の女だ」

ユミル(私らの知ってる本来の世界の話だがな)



エレン「はぁっ?総合4位はマルコだろ?」




アルミン「アニ…どうしてるかな?この世界に君はいないみたいだけど…生きてるのかな」


ユミル「生きていても、訓練兵団に入れない事情があったのかもなぁ…」

ユミル「アルミン、私らは所詮通りすがりだ…この世界にずっといる訳じゃない」

ユミル「私は戻る!元の世界に…。そしたらいくらでもアニに会えるさ。嫌ってほどな」




アルミン「ユミル…あのさ、アニと今いるこの世界、どっちか選べって言われたら僕は…

ミカサ「アルミン、少し寝なさい…。今日のアルミンはちょっと変だから…」

ミカサ「訓練中に大声を出して注意されたり、ユミルと訳のわからない話をしたり…」


エレン「訳がわかんねぇのは俺だけかと思ってたが、ミカサもか」


エレン「…疲れてんだな、アルミン。じいちゃんの事もあるしな…今はゆっくり休めよ」



ミカサ「ユミルも疲れているはず…。あなたも休んだ方がいい…」

ミカサ「ちなみに昨夜、行方不明になった時は私も探すのを手伝った」


ミカサ「あなたが無事に見付かって本当に良かった…」ホッ





ユミル「…」



ユミル「お前にも迷惑かけたな。ミカサ…」


ユミル「この世界の人間は、ぬるい感じがして好きじゃないんだが、私がおかしいんだな」


ユミル「誰だって平和な世の中を望んでる。辛くて悲しい事から目を背けたい。だけど…」


ユミル「昨日までの世界の方が私の性に合ってるようだ。この世界は偽物としか思えない」



アルミン「…」





ユミル(1週間前に2人、訓練中に命を落とした。死んだ2人は男女のペアだった)



ユミル(クリスタが言うには、そいつらはクリスタを含む上位組と仲が良かったらしい)


ユミル(しかし、仲が良かったはずなのに顔も名前も思い出せない…と、あいつは言う)


ユミル(何でお前らは私らを必死に探した?…たった2時間弱、姿が見えなかっただけで)


ユミル(…この世界は薄気味悪い。この出来事は私とアルミンに何か関係があるのか?)




ユミル「元の世界のクリスタはどうしているのかな?…早く、お前に会いたい」






― シガンシナ区 船着き場 ―




エレン「アルミン!おい、アルミン!!着いたぞ」


アルミン「…んんっ……着いた…?」

ミカサ「シガンシナ区。早く降りよう?でないと、またトロスト区に戻ることになる」


ユミル「真っ暗だな…深夜か。はっ…ぁあ~ぁ…あっふ…ねーみぃ……」ゴシゴシ…





アルミン「……夢、じゃない!」


アルミン「シガンシナ区!!……僕の、街……」


エレン「久しぶりだよなぁ…こないだの長期休暇以来だから、半年振りか?」

ミカサ「このままみんなでアルミンの家に行く。あまり騒がない事!特にユミル」



ユミル「へいへい、分かってますよ。ご迷惑になるからだろ?」


ミカサ「そう。おじい様に会ってから家に帰ろう?エレン」

エレン「あぁ…。何も連絡してなかったから母さんも父さんもビックリするだろうな」

ミカサ「そうね…でもきっとエレンの顔を見たら、おばさんもおじさんも喜ぶと思う」

エレン「俺だけじゃない!ミカサの顔を見ても喜ぶよ。なんせ成績も今期トップだし…」


エレン「俺も頑張んなきゃな!」





ミカサ「エレン…言っておくけど、カルラおばさんの前で調査兵団の話はしないでね」

エレン「ん?」


ミカサ「おばさんはまだ、エレンの主張を認めた訳じゃないから…」



エレン「…分かってるよ」




アルミン「ユミル、今日はどっちに泊まる?僕の家かエレンとミカサの家か…」


ユミル「そうだなぁ…お前の家族が良いって言ってくれれば、お前の家だな」

ユミル「例の本も見たいしな」


アルミン「うん、分かった。両親にはいつもお世話になってる女の子って紹介するね」


ユミル「意味深だなぁ…」

アルミン「何が?」


ユミル「別に…」




エレン「じゃ、行くか!…アルミンの家へ」




― アルミン・アルレルトの生家 ―




アルミン(あ…あぁ、ここまで来るのに何度泣き出しそうになったか分からない…)

アルミン(もう入れないシガンシナ区に、僕はいる)

アルミン(この世界は誰も死んでない、この街も壊されていない、4年前と同じ…)

アルミン(明日、日が昇ったらこの街を隅々まで歩く!懐かしいこの街を目に焼き付ける)


ドンドンドン…



アルミン「ただいま!!父さん、母さん!僕…帰って来たよ!!」








エレン「じいちゃん…残念だったな…。アルミン」


ミカサ「あと1時間早く帰って来れていたら…午前の訓練を受けずに出発していたら…」


アルミン「ううん…いいんだ。おじいちゃん、安らかな顔をしてた」

アルミン「巨人に食われた訳じゃない。温かいベットの上で、眠るように命を閉じた」

アルミン「エレンのお父さん…イェーガー先生が看取ってくれたんだってね」


エレン「そっか…父さん、ついさっきまでここにいたのか」

アルミン「この後、家に戻ったらおじさんに伝えて。僕も、両親も…感謝していたと」





アルミン「おじいちゃん、良かったね…。今までありがとう」スッ…  ナデ…


アルミン父「今夜はみんなでここに泊まっていかないか?イェーガー先生には明日…

エレン「いえ、ご迷惑になるので今日は帰ります。明日、ミカサとまた来ます」ペコッ


ミカサ「このたびは、何て言ったらいいのか…おじい様には生前お世話になりました」


アルミン母「ありがとう、ミカサちゃん、エレン…。アルミンもほらお礼を…」


アルミン「エレン、ミカサ…ここまで付いて来てくれてありがとう。ついでにユミルも」

アルミン「おじいちゃんも喜んでいると思う。最後は会えなかったけど…」





アルミン「そうだ!ユミルは僕の家に泊まるんだよね?父さん、母さん、いいかな?」

アルミン父「あぁ、勿論だ。いつもアルミンが世話になってるようだね」


アルミン母「何もないけど、休んでいって…。そうだ、ユミルさん何か食べる?」

ユミル「あ、すみません…どうぞお構いなく…と言いたいが、何か食わせて欲し…

ミカサ「ユミル!…あなたは少し遠慮するべき」


ユミル「わーってるよっ!…でも船の中でも何も食ってなかったんだよっ!!」




アルミン母 クスッ「…アルミン、あなたも食べてないんでしょ?こっちに来なさい」



アルミン「母さん…。懐かしいな、母さんの手料理…」

アルミン父「懐かしいだろう?こないだ帰って来たのは、半年前だったか?」




アルミン母「明日の夜、遺体を焼いてもらうわ…。悲しいけれどなるべく急がないと…」

アルミン母「アルミン…明日はユミルさんと一緒に手向けの花を買って来てちょうだい」


アルミン「うん…分かったよ」




ミカサ「じゃぁ、今日はこれで…。エレン、帰ろう?私達の家へ」

エレン「そうだな…。明日、また来るからさ…アルミン、元気出せよ?」


アルミン「ありがとう…。また、明日にね」





ユミル「お前の母さん、料理上手だな…」ハァ…

ユミル「もっと食いたかった…」

アルミン「今たくさん食べると朝食を食べれなくなるよ。ユミル」

ユミル「そうだな。太るしな…あれぐらいが丁度いいか」


アルミン「そう言えば兵団の食事も僕らの世界より少し質が良かったね」

ユミル「あぁ…あれが普通の食事だったんだな。巨人の襲撃さえなければってとこか」

ユミル「元の世界…お前の言う『始まりの世界』で食ってた食べ物は家畜の餌並だぜ…」

アルミン「仕方ないよ、土地が無いんだから…」




アルミン「それにしても夢みたいだ。何度も頬をつねったよ…」

アルミン「父さんがいて、母さんがいる…僕の名を呼んでくれて、二人は生きている…」

ユミル「じいさんは死んじまったけどな…」


アルミン「驚いた事にさほど衝撃を受けてないんだよね…。複雑な心境なんだけど」


アルミン「僕のおじいちゃんは王政府のウォール・マリア奪還作戦で死んでるんだ」


ユミル「あぁ…アレか…」



アルミン「だから心の準備が出来ていた。僕の本当のおじいちゃんはもう死んでるって…」

アルミン「今日、この世界のおじいちゃんの死に顔を見た時…とても嬉しくなったんだ」

ユミル「…嬉しい、だと?」




アルミン「僕の世界の本当のおじいちゃんは…」

アルミン「巨人に襲われて身体を引き裂かれ、苦しみながら死んだ…って分かってるから」

アルミン「この世界のおじいちゃんは、幸せなうちに息を引き取ったんだって思うと…」


ユミル「そうだな、ここはお前のじいさんにとっても幸せな世界だったな」



アルミン「お葬式の間、ユミルは街を散策してきたら?君には関係の無い事だし」


アルミン「明後日の朝にはこの街を発つから…お土産も吟味しておいでよ」

アルミン「有名な彫金師の店は僕が後で教えてあげる」

ユミル「あぁ、そうさせてもらう。…悪いな」



アルミン「ねぇ、シガンシナ区はどうだった?教本で教わった街とは全然違うでしょ?」

ユミル「それは日中に出歩いてみねぇとなぁ…でも町並みは綺麗だ。私好みの街だな」


アルミン「食べ物も美味しいよ!市場には新鮮な魚が並ぶんだ」

ユミル「でも川魚だろ?私は海水魚の方が好…い、いや…何でもない」

アルミン「かいすいぎょ?それってもしかして前に本で読んだ壁外の世界にあ……

ユミル「何でもないって!…あぁっ!そうだ。食いしん坊のサシャにも何か買ってくか」





アルミン「…レモン」


ユミル「レモン?」




アルミン「シガンシナ区が産地じゃないんだけど…」


アルミン「内側の開閉扉を抜けた直ぐ近くが一大産地だったんだ…あ!今も、だね」


ユミル「へぇ…」



アルミン「この街だと安く手に入るよ!すっごく美味しいからサシャも喜ぶと思う」


アルミン「蜂蜜に漬けて食べてもいいし、紅茶に浮かべてもいいし、調味料にしてもいい」


ユミル「ふむ…いいな!ガツガツは食えないけど、レモンは貴重品だ」


ユミル「そうか、ウォール・マリアが産地だったのか…道理でローゼでは見ないはずだ」

ユミル「たまに見かけてもめちゃくちゃ高いしな…」


アルミン「それは僕らの世界の話だね。この世界ではレモンは珍しくも何ともないはず…」



ユミル「よし!サシャへの土産はレモンでいいか。レモンパイとかも売ってるか?」

アルミン「勿論!ミカサが言ってた美味しいお菓子屋さんにもあるから…」

アルミン「その場所も明日教えてあげるよ」


ユミル「ありがと!お前頼りになるな。さすがは地元民だ」




アルミン「ん~…だけど、何か肝心な事を忘れてる気がする……」

ユミル「大丈夫だ。私は忘れてない」


ユミル「例の本を見せてくれ。お前が言ってた『平行世界』の事を記した本だ」


アルミン「あっ!…そうだった……。今おじいちゃんの書庫から持って来る。待ってて」







アルミン「一通り読み返してみたけど…上手く頭に入って来ない」

ユミル「同感だ。ちょっと内容が難しすぎる。お前よくこんな本、ガキの頃に読んでたな」

アルミン「壁外の世界にも興味があるんだけど、異世界にも興味があってね…」

ユミル「私達がいるこの世界はまさに『異世界』なんだよな…」



ユミル「でもこの辺はとても興味深かった」トントン…


アルミン「平行世界との接点…」


ユミル「そう。通常、交わる事の無い平行世界が、何らかのきっかけで交差する事がある」

ユミル「その時、お互いの世界へ行き来する事が出来る…と言う仮説だ」

アルミン「この本の著者も書いてるけど…これは仮説であって証明された訳じゃない」

ユミル「だが今の状況はこの仮説を立証してはいないか?」



アルミン「…」



ユミル「時空のゆがみについてはあまり詳しくは書いてないが…」

ユミル「この『平行世界』は色んな場所と時間にそれぞれの世界が繋がってる…」




アルミン「…ねぇ」

ユミル「ん?」


アルミン「あの、僕らが突っ込んだ地面の裂け目が偶然この世界に繋がっていた…」

アルミン「そう考えることは不自然じゃないよね?」

ユミル「あぁ不自然じゃない。私もそう思っていた所だ…」


アルミン「あの地面の裂け目は地震の後に出来た…そう考えるのもおかしくないよね?」

ユミル「むしろそう考える方が自然だ。地震の前にそこを通過した時はあんなの無かった」



アルミン「あの地震が僕らが落ちた裂け目を生み、それが偶然この世界と繋がった…」


ユミル「時空のゆがみ…時間の制約もあったんじゃないか?私らは運悪く…」

ユミル「『始まりの世界』と『平行世界』が繋がってしまった時間帯にあの裂け目に落ちた」


アルミン「……うん」




ユミル「ここから導き出されるのは…」

アルミン「同じ日の…つまり6日後の同じ時間に、あの穴に…裂け目に飛び込むこと」


ユミル「もう日付が変わってる…5日後だな」



ユミル「…お前の推測は正しいと思う。私達が元の世界に戻るにはその方法しかない」


アルミン「元の世界に…戻る、か」



ユミル「アルミン?」


アルミン「ううん、なんでもない…」





アルミン「そう言えば僕らが落ちたあの裂け目って今どうなっているのかな?」


ユミル「あの後、まだ裂け目を調べてなかったな…お前のじいさんの事もあったし」



アルミン「何となくだけど、多分塞がっているんじゃないかと僕は思ってる…」

ユミル「どうしてそう思う?」


アルミン「あの一瞬だけ繋がって、僕らが目覚めて這い出した後、閉じたと考えるべきだ」

アルミン「だってあの裂け目は地震の後に出来たんだ。ここはまだ地震が起きてない…」



ユミル「戻ったら誰かに聞いてみるか…。明日は確か立体機動の訓練があったはずだ」


ユミル(私らは休暇を取ってシガンシナ区へ来たから訓練に参加する事は出来ないが)


アルミン「何人か見逃しても、まだそのまま残っていれば誰か一人くらい目撃してるよね」


ユミル「実は私もお前と同じ意見なんだ。あの裂け目、塞がってるんじゃないかってさ…」


アルミン「どういう仕組みなんだろうね?」

ユミル「分からない…。とにかくもう一度あの場所に戻って確かめるしかない」

アルミン「…そうだね」





ユミル「そろそろ寝るか…。お前も明日、じいさんの葬儀を手伝わないとだろ?」

ユミル「船の中で少しは眠れたか?今夜はゆっくり休めよ?精神がもたないからな…」

アルミン「うん…。この世界に来てから考えることが多くて頭が痛いよ」

ユミル「ははっ…私もだ。早く元の世界に戻りたい…そんな事ばかり考えちまう」


アルミン「ユミルはどうして元の世界に戻りたいの?この世界の方が住みやすそうだけど」

ユミル「……この世界は私らの世界じゃねぇだろ?それに私の愛したクリスタがいない」


アルミン「クリスタはこの世界にいるじゃない。アニ達と違って…」


ユミル「この世界のクリスタは…この世界に元々いた私が愛したクリスタなんだよ…」

ユミル「私の…私だけのクリスタは…元の世界のクリスタだけだ。分かるだろ?」


アルミン(僕には分かんないよ…。みんな同じクリスタだ…)






ユミル「寝るぞ…アルミン。ここから先には入って来るなよ?…向こう向いて寝ろ」

アルミン「えっ…いや、ここ…僕の部屋なんだけど…」


アルミン「はぁ………もういいや、僕は居間で寝てくる…。おやすみ、ユミル」




ユミル「あぁ、おやすみ…」ゴロン…






ユミル(この本の中に答えがあるかもと期待していたが…結局、何も分からないままだ)


ユミル(一つの疑問。この平行世界が私らの世界より1週間遅れている世界だとすると)


ユミル(取り巻く環境は違えど、事故った奴らって元の世界と同じ奴じゃないか?…多分)


ユミル(なら、何で私も覚えてないんだ…?一命を取り留めたそいつらの顔と名前を…)


ユミル(明日、アルミンにも聞いてみようか?結果は見えている気がするが…)



今日はここまで
読んでくれてありがとう

最後まで書き終わっているので続きは明日投下する

息抜きで書いていたのだが、息が抜けてる気がしない



地面の裂け目から生還して3日目

― シガンシナ区 市街地 ―




ユミル(朝市でレモンを買った!…サシャへのお土産とクリスタと自分用に)

ユミル(美容にも良いし、肉にかければ味を引き立てる…。この世界は肉が食える)

ユミル「ふふっ…そう考えると悪い世界でもないなぁ。私は食いしん坊じゃないが」

ユミル「アルミンじゃなくてサシャと来たかったよ。この世界をお前に見せたかった」

ユミル「ま、あいつなら絶対帰らないって言うだろうな!」


ユミル「…」


ユミル(アルミン…お前はさ……いや、今はいいや。…まだ時間はあるから)



ユミル「髪留めも買えた…。少々値は張ったがそれだけの価値はある」

ユミル「コスモスをかたどった見事な細工。素材も金具も質が良い。ちょっと小さいけど」




ユミル「…私の予算じゃ、これが限界だった」ハァ…


ユミル(突出区って高度な技術を持つ職人が集まるんだよな。トロスト区もそうだし)

ユミル(材料を仕入れて付加価値を付けて売る。これが土地が少ない場所で生きる術だ)


ユミル「有名彫金師か…。噂に違わぬ一品だったよ…世界に一組しかないんだってさ」

ユミル(ペアになってるんだ。私は白で、クリスタはピンクだ…うん、そうしよう)


ユミル「こうやって組み合わせると…」カチッ…

ユミル「2つが1つになる。デザインも変わって面白い…こんな仕掛け初めて見た」

ユミル「クリスタ…喜んでくれるといいな!」


ユミル「レモンパイは夕方買うか…。今買って悪くなったら困る。生ものだしな」



ユミル(いい街だな…ここは。街に活気がある…。人が、生きてるって感じがする)

ユミル(さっきそこの店で食った昼飯も美味かった!具が多くて驚いた…肉も入ってた)

ユミル(100年以上続いた平和な世界だもんな…。私らのいたあの世界とは違う…)

ユミル(この壁の向こうは巨人の領域なのに、そんな気配を感じさせない…)コンコン…

ユミル(アニやライナー…ベルトルさんにもこの世界を見せてやりたかったな…)

ユミル(なんであいつらがこの世界にいないのか…いや、それもまだ確定ではないけど)

ユミル(どこかで生きてるとして、なぜ私らのいる訓練兵団に入らなかったのか…)

ユミル(ここが『始まりの世界』を元に作られているという仮説が正しいのだとするなら)

ユミル(入団時期がずれていたり、他の訓練兵団に所属している可能性はないんだ)

ユミル(だからお前らがローゼ南方面駐屯の訓練兵団に所属してないって事は…)

ユミル(理由は知らないけど、もうどっかで死んでるって事なんだろう…。3人ともな)


ユミル「はぁ……」


ユミル「お前らがこの世界にいない事にも、何か意味がある…きっと」




アルミン「…ユミル!」

ユミル「アルミンか…」


アルミン「ここにいたのか…」ハァ…ハァ…


ユミル「あーぁ、息を切らして…。よく分かったな、私がここにいるって」


アルミン「まぁね、僕の情報網を甘く見ないでよ?この街は顔見知りばっかりだからね」

アルミン「ユミルの特徴を話したら、みんな快く教えてくれたよ!」

ユミル「ふぅん……それじゃ、この街で悪さはできねぇなぁ…」

アルミン「悪さ?」

ユミル「冗談だ。なーんにもする気がねぇんだ…。こんなに平和だとだらけちまうな…」

ユミル「訓練の事を考えないでこんなにのんびりしたのは久々だ」

ユミル「ま、他の事は色々と考えちまうけどな…」


アルミン「そうだね…」



ユミル「ここに座れよ…。葬儀は済んだか?」

アルミン「うん…もう終わったよ。ちゃんと見送ってきた」スッ…

ユミル「そっか…。エレンやミカサはどうした?」ストン…

アルミン「一緒に参列してくれたよ。エレン、少し泣いてた…僕は泣かなかったけど」

ユミル「…」



アルミン「元の世界で、いっぱい泣いたからね。父さんと母さんの事も…」


ユミル「お前の両親もアレに駆り出されたんだっけ…。じいちゃんだけじゃなくて」

アルミン「うん…。僕の両親もウォール・マリア奪還作戦で死んでいる」

アルミン「壁内の食糧バランスを調整するために…。まぁ口減らしだね」


ユミル「なるほど、そりゃ辛かったな…」




アルミン「あっ!…さっきハンネスさんを見かけたんだ」


ユミル「ハンネスさん?誰だ、そいつは」

アルミン「もう!覚えてないの?僕らの世界でトロスト区の駐屯部隊長だった人だよ」

ユミル「そんな奴いたっけ…?」


アルミン「ハンネスさんは元々シガンシナ区の駐屯兵だったんだ。今もシガンシナ区に…

アルミン「あれ…?でもおかしいな…今までの仮説が正しいのなら、ハンネスさんは…」

アルミン「何らかの理由でこの世界でもトロスト区の駐屯部隊長になってるはずなんだけど」


ユミル「じゃ、今までお前と話し合った仮説は間違ってたのかもな…」


ユミル「この世界は、私らがいた『始まりの世界』を根幹として成り立つ世界じゃない」


ユミル「…とかだったら最初から仮説を組み立て直す必要がある。足元が崩れる感覚だ」



アルミン「ん~…それも極端だと思うんだよね。修正力は確かにある…と思う」


アルミン「ハンネスさんが僕らの世界と違うのは、修正力の影響が薄かったから?」


ユミル「また訳の分からねぇ事を言い出しやがって…」


アルミン「僕らが歪んだ世界に飛び込んだ瞬間、基準となったのは僕らの意識と元の世界」

ユミル「私らの意識と…元の世界……?」


アルミン「僕らを中心として平行世界が作られていて…僕らの可能性の一つに踏み込んだ」


ユミル「まてまて、ゆっくり話をしてくれ…お前の話は分かりにくい」




アルミン「ハンネスさんは僕と関わりが強いけど、ユミルとはあまり接点がなかった」

アルミン「トロスト区にいる必然性が無くて、強い修正力は働かなかった…とか」

ユミル「いてもいなくても、どうでもいい存在って事か?私らの平行世界に」

アルミン「ハンネスさんはいなきゃ困るよ!!だってあの日、巨人の襲撃を受けた日…」

アルミン「彼はエレンとミカサの命を救ってくれたんだ!彼がいなければエレン達は…


ユミル「いや、この世界は巨人の襲撃を受けてないんだ…だからそいつの活躍もなかった」


ユミル「この世界では、な…」



アルミン「…」



ユミル「何も言うな、分かってるよ。そいつは私らの世界では必須の存在だった」

ユミル「だがこの平和な世界では、ハンネスさんとやらはここで穏やかに暮らしてんだ」

ユミル「何らかの作用で捻じ曲げられて、そいつがトロスト区にいる方が怖いだろ…?」

ユミル「少なくとも私は怖い…。何か意味があるんじゃないか?…って考えちまって」


アルミン「そ、そうだね、ハンネスさんは飲んだくれたままここで幸せに暮らすべきだ」



ユミル「ふーーーっ…」


ユミル「あっ!」


アルミン「ん…?」



ユミル「もしかしたら、アニやライナーやベルトルさんも同じじゃね?」

ユミル「今頃、故郷の村でさ、家畜の世話をしたり畑を耕してたりするのかもな…」



アルミン「ユミル、あのさ…ずっと言えなかったけど、彼らはもう死んでると思う…」


ユミル「アルミン…」




アルミン「あの後、マルコに聞いたんだ。なんで前年度の103期で志願しなかったのか」


アルミン「そしたら…その年、書類を提出する直前になってお父さんが倒れたんだって…」

ユミル「初めて聞いたぞ…それ」

アルミン「僕も初めて聞いた。多分、僕らのいた世界では彼の父親は健在だと思うけど」

ユミル「私らのいた世界は103期の募集は無かった…マルコが104期だったのは必然」

アルミン「何か…強い修正力が働いてるとしか思えないよね?僕らを引き逢わせるために」

ユミル「…と言うか私らの『始まりの世界』での辻褄を合わせるため…って感じがする」



アルミン「クリスタの家出も不自然だし…。何でわざわざローゼ南方面駐屯の訓練兵団に?」

ユミル「開拓地を経由してないクリスタには、ここに所属する必然性は無いんだよなぁ…」


アルミン「…となると、あの3人が生きていたら……」


ユミル「私らと関わり合いの深い同期は、強い修正力であの場所に集まってしまうはず?」

アルミン「うん、僕はそう思う…」


ユミル「はぁ……やっぱ死んでんのかな…どうでもいいけど」

アルミン「どうでもいい?」

ユミル「あぁ、どうでもいい!だって私らは元の世界に戻るんだ。5日後に…」





アルミン「ユミル…その話なんだけどさ…

ユミル「なぁ、一つお前に聞きたい事があるんだが」

アルミン「えっ……あ、うん…。なに?」



ユミル「私らの世界で約2週間前、訓練中の事故で2人死にかけただろ?」

アルミン「あったね…。僕ら訓練を取りやめて彼らを総出で探したもんね…」


ユミル「あぁ…立体機動の訓練中に行方不明になって、やっと見付かったと思ったら…」

アルミン「男の方は大怪我で、女の方は…ほぼ無傷だったけど両方とも意識が無くて…」

ユミル「あれってさぁ…誰だったか覚えてるか?」


アルミン「……ん?」


アルミン「………えーっと…ね」


アルミン「…??…えぇっ!?…ちょ……ちょっと待って…」


アルミン「な、何で…?思い出せな…い。そんな…僕らは彼らと仲が良くて…」

ユミル「はぁーーーっ…やっぱお前もか…」


アルミン「ユミルも?」


ユミル「あぁ、私も思い出せないんだ」

ユミル「ちなみにこの世界にいる奴らもこっちの世界の事故で死んでる2人の名前は…」

ユミル「思い出せないと言っていた…。名前だけじゃなくて顔も…何もかも…」



アルミン ブルッ「…背筋が寒くなってきた……ユミル、僕はもう何も考えたくない」

ユミル「私も同じ気持ちなんだよなぁ…」ハァ…


ユミル「そういやさ、第一発見者って誰だったっけ?その事故った2人を見付けた奴」


ユミル「一番最初にそいつらを発見した奴ってさ、確か…

アルミン「…やめよう。こんな話、意味ないよ…少なくとも今は」



アルミン「ユミル、花を買いに行くよ。手向けの花だ…僕の母さんがユミルと行けって」


ユミル「そうだったな…もう、行くか」スクッ…




― シガンシナ区 花屋の前 ―




ユミル「花屋なんてウォール・シーナ以外で初めて見た」

アルミン「僕らの世界で花屋って商売が成り立つのは金持ちが多いシーナしかないね」

ユミル「ま、花じゃ腹はふくれないしな…。花を愛でるより、まずは食い物だ」

アルミン「そうだね…でもこの世界は僕らの世界じゃないからここも昔のままだ」



ユミル「じいちゃんの遺体はもう焼いたのか?」


アルミン「いや…亡くなってから24時間は焼いちゃいけないんだ」


ユミル「あぁ…そっか…。生き返る可能性があるもんな」

アルミン「僕のおじいちゃんに関して言えばそれは無いけど。法律でね、決まってるから」

アルミン「マリア内なら土葬も許されてるけど、突出区はそうはいかないからね」



ユミル「土地、狭いもんな…。バンバンと墓なんか立てられる場所は無いしな」


アルミン「今夜か明日の朝だろうな…火を入れるの」

アルミン「母さんは今夜のうちに焼いておきたいみたい…」



ユミル「そういや昨日…お前の母さん、明夜に焼くって言ってたな。何で急いでるんだ?」

アルミン「僕に、遺骨の一部を持たせてくれようと思ってるんだと思うよ。お守りにね」



ユミル「う…っぷ…。お前んところの風習か?それ」ブルッ…


アルミン「ううん…。僕はおじいちゃんっ子だったから、寂しくないようにってさ…」

アルミン「多分ね、そんな理由だと思う…」


ユミル「そっか…」



アルミン「でも僕は断るつもり」


アルミン「それを受け取るべきは僕じゃなくて、この世界に最初からいた僕だから…」


ユミル「そうだな…。お前のじいちゃんだけど、お前のじいちゃんじゃない」




ユミル「父親も、母親も、エレンも、ミカサも…みんな偽者。…クリスタでさえもな」



アルミン「………偽者でも…いいんだ…」ボソッ


ユミル「アルミン!!」


アルミン「!?」ビクッ!



ユミル「今言ったばかりだろ!?遺骨を受け取るのは自分じゃなくてこの世界の僕だって」

ユミル「そっから先の言葉は言うな…。この世界を返してやるんだ!この世界の私らに」




アルミン「……ユミル、そう…だね…」


ユミル「ここで長々立ち話をしても仕方がない。花を買って家に戻ろう」


アルミン「うん…そうする…」







ユミル「全部綺麗だなぁ…花の匂いっていいよな。香水より好きだ」


アルミン「優しい香りがするね。これとそれと……あと、…あれもお願い」


花屋の店主「アルミン、おじいちゃん残念だったね」

アルミン「うん…でも、安らかな死に顔だったよ。みんなに良くしてもらってさ」


アルミン「おばさんにもおじいちゃんが生前お世話になったね」



花屋の店主「お世話になったのはこっちだよ…」

花屋の店主「あなたのおじいちゃんは、よくおばあちゃんのために花を買ってくれてね」


花屋の店主「そうだ…!これとこれもおまけしてあげるよ。元気出すんだよ」


アルミン「うん!おばさんありがとう」ニコッ


ユミル「いっぱい買ったな…二人で手分けして持って帰るか。手伝ってやる」







???「おばさん、配達から戻ったよ」


花屋の店主「あぁ、おかえり!早かったね」

花屋の店主「帰って早々悪いんだけど、この子達の家まで花を運ぶの手伝ってあげて」


???「あぁ、いいよ。分かった」





ユミル「…」

アルミン「…」



???「ほら、早く…花をよこしな!あんたの家まで持ってってやるよ」



ユミル「おい!アルミン…いるじゃねぇか…」

アルミン「ほんと…驚いたよ…」


???「…はっ?」



ユミル「アニっ!!…お前ちょっと、こっち来い!!」グイッ…


アニ「!?」


花屋の店主「おやおや、知り合いだったのかい?店はいいから行っといで、アニ」



アニ「ちょっと!…あんた達、誰?何で私の名前…

アルミン「良かった…アニ、死んでなかったぁ…」グスッ


アニ「離せっ!このっ…あんた達は一体何者なんだっ?」ズルズル…






ユミル「何も話す気は無いみたいだな?アニ」ギリギリ…

アニ「くっ…2対1なんて卑怯だよ…この馬鹿女!!」

ユミル「馬鹿女じゃねーよ!ユミルだよ、この馬鹿アニ!」


アルミン「ユミルも…アニも……ちょ、ちょっと落ち着いて」

アルミン「大体アニはこの世界では訓練兵に志願してないし、同期じゃないんだから…」

アルミン「僕らの事知ってる訳ないでしょ?…ユミル、冷静になってよ!」


ユミル「…ま、そういやそうだな」



ユミル「じゃ、何でお前までシガンシナ区にいる…?」



アニ「…」




ユミル「答えろっ!言っとくけどな、お前とは対人格闘で何回かやってんだ!」

ユミル「私らのいた世界じゃ、お前に勝てた事は一度も無いけど…」ハァ…ハァ…

ユミル「こんなぬるい世界で平和に浸りきってたお前なら、ねじ伏せるのは訳ないんだよ!」


ユミル「私の2年間、舐めんなよっ!」ギリギリギリ…



アニ「……く…っ………離…せっ…」




アルミン「ユミル、離してあげようよ…アニ苦しがってる…!!」








ユミル「ライナーを知ってるか?」


アニ「!?」ピクッ!

アニ「何で…その名前を……あん…た…ら、なにも…の?」ゲホッ…


ユミル「何反応してんだよ。お前、ライナーと知り合いだったのか?」

ユミル「訓練兵になる前から…」ジロッ…


アルミン(訓練兵になる前からの知り合い…?)


ユミル「アルミン!アニの脚、しっかり押さえとけ。でないとすぐ逃げられるぞ!」

アルミン「う、うん…」


アルミン(アニ…ごめん!!)ギュゥゥゥ…


アニ「な、何の事だか…さっぱりだ…ね。いいから離せっ…大声を出す…か、ら…


ユミル「ベルトルさん…いや、ベルトルトはどこだ?」


アニ「…!」

アニ「し、知らない…」プイッ


ユミル「しらばっくれても無駄だからな。…そんな時はな、『誰?』って返すんだよ!」

ユミル「お前…知ってんだな。ベルトルさんの事も」


アニ「…っ!」ギリッ…



ユミル「お前とあの2人の関係なんてどうでもいいが、」ハァ…ハァ…

ユミル「まさかこのシガンシナ区でお前と再会できるとは思ってなかったよ…」ググッ!


ユミル(全ての事には意味がある。私がシガンシナ区に来た事も…アニがここにいる事も!)


アニ「…逃げない…か…ら、離してくれる?…馬鹿女」ボソッ


ユミル「ユミルだ」


アニ「ユミル…頼む…」


ユミル「…」


ユミル スッ…  スクッ




アニ「はぁ……やっと自由になった…」コキン…


アルミン「アニ、どうしてシガンシナ区で働いているの?ライナーとベルトルトは?」

アニ「それよりあんた達、何なの?なぜ私を知ってる…?」


ユミル「何とも説明しようがねぇんだが…私らはお前らの仲間だよ」

アルミン「うん……仲間、だね。僕ら二人しか君達の事を知らないけど…」


アニ「私の仲間!?ほ、本当?…ねぇ、あんた達ひょっとして私らの故郷の人間か?」


ユミル「故郷の人間?」

アニ「なぁ、そうなんだろ?年の頃も似通っている…」

アニ「そうか…失敗してから4年、やっと…増援が来た!」ギュッ


アルミン「増援?」



アニ「そうじゃなきゃ、私らの名前を知ってる訳がない!!」


ユミル「…」


アニ「あんたらはどうやってここまで来て…この壁を越えた?」



ユミル「!?」

ユミル(何だと?こいつ…何言ってんだ…?)




アニ「…な、なんで黙ってるの?」アセッ





ユミル「アルミン、お前は何も喋るな…」


アルミン「あっ、うん…」ムグッ




ユミル「失敗して4年…?」


ユミル(まさかとは思うがこんな偶然って…。私らの世界は4年前に巨人に襲撃された)

ユミル(発端はこのシガンシナ区。この区の内外の開閉扉が破られて…あの惨劇が起った)

ユミル(ま、私は壁が壊されてから壁内に来たからな。それ以前の壁内には詳しくない)



アニ「ち、違うの…?」




ユミル「ライナーとベルトルさ…ベルトルトは、死んだのか?」




アニ「…」


ユミル(ダンマリ…か。ちょっと鎌をかけてみるか)



ユミル「ひょっとして、そいつらはどっかで巨人にでも食われたのか?」

アニ「!?」ビクンッ! 


アニ「…う゛ぅ…っ……ひぃ…っ…」ギュゥッ…  ガタガタガタガタ…




ユミル「なるほど…お前一人だけ生き残ったって訳か…」


アルミン「ちょっとユミル!アニが泣きそ…

ユミル「お前は黙ってろっ!!」


アルミン「…!?」ビクッ



ユミル(なんか出来過ぎなんだよなぁ…そんな馬鹿な話があるか?)

ユミル(増援って何だよ。こいつらが4年前に壁内を襲った巨人だとか思ってんのか?)


ユミル「はぁ…。んな訳ねぇよな……ありえない…」フルフル




アニ「ねぇ…」 カタカタ…

ユミル「ん?」

アニ「もう一人の名前、教えて」


ユミル「もう一人?」


アニ「あんたが私らの仲間なら…知ってるでしょ?もう一人の仲間の名前」



ユミル「仲間の名前ねぇ…」カリカリ…


アルミン「ジャン、サシャ、コニー…それとマルコにクリスタ。あと、エレンとミカサ」


アルミン「この中で知ってる人はいる?アニ」


アニ「どれも違う…。私の仲間の名前じゃない!」


ユミル「じゃ、お前らと私らは仲間じゃねぇんだな」

アニ「…はっ?」

ユミル「この世界じゃ知り合うはずもない。お前らと知り合うのは訓練兵団に入ってからだ」


アニ「…」



ユミル「悪かったな。今日の事は忘れてくれ」ポン…

ユミル「私らも忘れる。なんせ5日後にはこの世界を去るんだ、私もこいつも」


ユミル「この世界には存在しなくなる。…いや元々いた私らは戻って来るかも知れないが」

アルミン「ユミル…」


アニ「分かった。気持ち悪いけど、あんた達とここで出会った事は忘れる…」



アニ「あんたも忘れてよ。私達の名前と存在を…」

アニ「それで私はここで本物の増援を待つ…。いつまでも…仲間が、来るまで」


ユミル「…」


ユミル「またすぐ会える、元の世界で…。アニ、お前も元気でな」ニコッ


アニ「…」



ユミル「花は私とアルミンで持って帰る。お前は仕事に戻れ!じゃぁな」


アニ「待ちな!…えっと、ユミル?だっけ」

ユミル「…んっ?」



アニ「あんたがさっきから言ってる『この世界』…とか、『元の世界』…とか」

アニ「意味が分からないけど、昔似たような話を本で読んだことがある」


アニ「ここじゃない、よく似ているけど違う『平行世界』の話だ」


アニ「本を信じてる訳じゃないが、やっぱり気持ち悪くて。あんたは私を知ってるのに」


アニ「私はあんた達の事、何も知らないから…。さっきの話は説明が付かない」



アルミン「アニも読んだ事あるんだ?『平行世界』の可能性を記した本を」


アニ「あぁ…」




ユミル「信じてくれなくても結構だけど、私らが別の世界から来たって言ったらどうする?」

アルミン「ははっ…僕ら完全に頭のおかしな人だね…」フゥ…




アニ「信じるしかないだろ…」

アニ「私はこの街に着いてから、仲間の名前を口にしたことは一度も無い」


アルミン「うん…」



アニ「5日後に元の世界に帰るの?」


ユミル「帰れるかどうかは分からないが、帰り方は多分あの方法で合ってると思う」

ユミル「私は、帰るつもりだ…」


アニ「そう…」




アニ「あんたの世界にも、私とライナーとベルトルトがいたんだね」


ユミル「…いたよ。ライナーとベルトルさんは仲が良かったが、お前の事は…

アニ「幼馴染なんだ…あの二人とは…。本当はもう一人いる、あんたの知らない奴」


ユミル「そいつも死んだのか?巨人に食われて」

アニ「そうだよ…。元の世界に帰ってもこの話はあっちの私には言わないで」


アニ「自分自身にお喋りだって思われるのは嫌なもんだからね…」


ユミル「ダハハハ!そうだな…。お前ら三人が幼馴染で知り合いだった…って事は、」

ユミル「元の世界に戻っても誰にも言わねぇよ!安心しな。アルミンも言うなよ?」

アルミン「うん!約束するよ…アニ。隠してるって事は、何か事情があるんでしょ?」


アニ「まぁね…。ありがとう…」




アニ「こんなぬるい世界で平和に浸りきってた…って、さっき言ってたね」


アニ「あんたの世界は平和じゃなかったのかい?」




ユミル「あーーー…そりゃお前には言えねぇなぁ!」

アニ「どうして?」


ユミル「なんか怪しいから?私らの世界の情報が欲しくて探りを入れてるんだろ?」


アルミン「ユミル!」


アルミン「ごめん…アニ。僕はそんな事思ってない!…ユミルはちょっと口が悪くて」


ユミル「おい!何でアニに謝ってんだよっ!!謝るなら私にだろ?」


ユミル「大体な、全ての元凶は…





アニ「私は…

ユミル「あぁ?」イラッ


アニ「私達はこのシガンシナ区に4年前に来たんだ。幼馴染と四人で…」

アニ「マリアの山奥の村から子供の足で…何日もかけて歩いて来た。家出同然で…」


アルミン「うん…」


アニ「その日はちょうどシガンシナ区から調査兵団が壁外調査に出発する日だった」


アニ「壁の外には巨人がいるって知ってたけれど、私達はまだ幼くて馬鹿だったから」

アニ「シガンシナ区の外側の開閉扉が開いて、皆が一斉に馬で飛び出して行った時、」

アニ「ライナー、ベルトルト、もう一人の仲間もそれにつられて壁の外へ行ってしまった」

ユミル「…」ゴクッ



アニ「止める間もなく、誰にも気付かれず…。そして扉は閉じ、彼らは帰って来なかった」


アルミン「だからライナーとベルトルトは…」

アニ「もう死んでるよ。巨人に食われてね…ユミル、あんたの言った通り。4年前に」


ユミル「なるほどね、辻褄は合う」


ユミル(その話だと、「増援」の意味が分からないんだが…。話半分ってとこだな)




アニ「それからずっと、ここで三人を待ってる…。いつか戻って来るかも知れないから」

アニ「ここで働きながら、待ってるんだ。やり直す機会を…」


アルミン「やり直す機会…?」

アニ「4年前に果たせなかった私らの任務さ!この街で、四人で遊ぶ約束をしてたんだ」


ユミル「ふぅん…」




アニ「教えてくれないか?平和じゃない…あんた達の世界の事」


ユミル「…アルミン、どうする?」

アルミン「いいよ、教えてあげる。君に教えたところでこの世界に何の影響もないから」



アルミン「僕らのいた世界は4年前に巨人の襲撃を受けて…このシガンシナ区は壊滅した」


アニ「…」


アルミン「ウォール・マリアも破られて、人類の領土はウォール・ローゼまで後退する」

ユミル「そうだったな」


アルミン「王政府はウォール・マリア奪還作戦と称して大規模な口減らしを敢行…」


ユミル「その結果、かつてマリアの住人だった25万人が犠牲になった」



アルミン「アニ…大丈夫?震えてるけど…」

アニ「だ、大丈夫…私は平気だ」


ユミル(こいつ、今…うっすらと笑いやがった…)



アニ「私やライナー達とはどこで出会ったの?」

アルミン「ウォール・ローゼ南方面駐屯の訓練兵団だよ。僕らはそこで出会ったんだ」

アルミン「君達は成績優秀でね、常に成績上位だったよ!今もね」



アニ「それであんた…私とやったことがあるって…」

ユミル「対人格闘訓練で何度か組んだ。お前、面倒くせぇんだよ…その足技」

ユミル「高度な技術を持ってた。今のお前はなまっちまってるけど…」



アニ「そうかい…。平和ボケしてるんだね…私は」

アルミン「まぁまぁ…ここは平和な世の中なんだから、アニもそれを楽しめばいいよ」

アニ「あんた…」



アルミン「もうさ、故郷に帰りなよ…。アニだって両親が故郷で待ってるんでしょ?」

アルミン「ベルトルトとライナーの事は残念だったけど…僕らの世界では生きてるから…」

アルミン「アニも楽になって欲しい…。そんな苦しそうな顔してないでさ」


アニ「故郷に…帰る……か」



アニ「もう少し待って増援が来なければ…それも考えるよ。私一人じゃ、無理だから」

アニ「でも別の可能性を垣間見る事が出来て良かった…これから先に希望が持てる…」

アニ「私らが失敗したから…この世界があるんだ…」


アルミン「幼馴染が生きていたら、きっと僕らと同じ訓練兵団に所属していただろうね」



ユミル「そうだな、何らかの力で104期に入団させられていただろうな…」


ユミル(この世界はそういう風に出来てるみたいだからな…)




アニ「マルセル…」ボソッ

ユミル「誰だ?そいつは…」


アニ「何でもない…」




アニ(やっぱり…あいつだけは、私らの最初の任務が成功した世界でも存在していない)


アニ(ユミル、あんたが『あぁ、そいつを忘れてた。幼馴染か?』って言ってくれたら)

アニ(私は幸せな気分のまま、この命を諦める事ができたのかも知れないのに…)


アニ(まだ任務を続行する…。あいつらの遺志を継ぐ…私はここで生きて、待つよ)




アニ「もう戻るね。おばさんが待ってる…。仕事をしなきゃ金は貰えない」


ユミル「元気でな!この世界のアニ」



アニ「そうだ…。あんたらの話、私は信じる!それでそっちの私に伝えてもらえる?」

ユミル「何をだ?」



アニ「…絶対に、諦めるなって。最後の一人になっても戦うんだ!…そう、伝えて」



アルミン「うん!伝えるよ。…アニらしいね、何か僕らの世界のアニと変わらない」

ユミル「そうか?だいぶ丸くなったと思うんだがなぁ…心も身体も…」


アニ「ふふっ…失礼な女だね。あんた、私と仲が悪かっただろ?」


ユミル「そうでもねぇよ!お前とはまたすぐ会えるんだ、伝えておくからな」












ユミル「う~ん…読み違えてたな…」

アルミン「うん?」


ユミル「アニはいる世界」


アルミン「アニだけじゃなくてライナーもベルトルトもいれば良かったのにね」

ユミル「もう死んでるんだってさ!…無理だろ?」


アルミン「相変わらず身も蓋もないね。ユミルの物言いは…」



アルミン「それを聞いても全然悲しくならないのは、ここが僕らの世界じゃないから」



ユミル「だなぁ…だって私ら、この世界では通りすがりだし…」


アルミン「楽観視してるけど、まだ帰れるって決まった訳じゃないんだからね」




ユミル「…帰れない方が、お前にとって都合が良いんだろ?…アルミン」

アルミン「えっ?」



ユミル「行こう、だいぶ遅くなった。お前の両親が心配してる」




地面の裂け目から生還して4日目

― アルミン・アルレルトの生家 ―




ユミル(夜が明けた…昨夜は私以外は大変だった。留守番中にまたあの本を読み返した)

ユミル(アルミンのじいちゃんの事に関しては完全に部外者だし、興味もない…)

ユミル(あの本の中に、もっと『平行世界』についての手掛かりがあるかと思ったが…)

ユミル(著者も仮定と推論を繰り返すばかりでどうにも確証がないって感じだ)




アルミン「全部、終わったよ。留守番ありがとう」ギギギギッ…


ユミル「番犬もこの時間をもって終了か…。報酬はお前の母さんが作った美味い手料理」

アルミン「番犬って言うか…狂犬?昨日も事情を知らないアニにいきなり噛みついたし」


ユミル「お前さ、終わり良ければすべて良し…って言葉を知らないのか?」



アルミン「まぁ…君のおかげでライナーとベルトルトがいない理由は分かったけどね…」


ユミル(そうだな。だが、アニがどこまで本当の事を言ってるのかは分かんねぇけどな…)

ユミル(アルミンはアニの言葉を信じているようだ。あの女にコロリと騙されやがって)

ユミル(私に言わせりゃあのアニも、よく似てる『偽者』以外の何者でもないんだが…)




ユミル「最後まで見てきたか?骨になるまで…」

アルミン「うん…見てきた…。それでお墓に遺骨を納めてきたよ。君と買った花も供えた」


ユミル「私も行けばよかったか?」


アルミン「いや、近親者と生前親交があった人達だけでいいんだ。君は面識ないでしょ?」

ユミル「まぁな。ここに来るための理由として使わせてもらっただけだ。…すまなかった」



アルミン「…いいんだ」



アルミン「ね、午前中に出発しよう。トロスト区の最終の乗合馬車に間に合わせなきゃ」

ユミル「そうだな、お土産のレモンパイも買ってあるし…後は帰るだけだ」

ユミル「最終に乗れないと四人でトロスト区に明日の朝まで足止めされることになるな」


アルミン「明日は訓練に参加するよ。成績にも響くしね。休んでばかりもいられない」



ユミル「トロスト区で一泊するもの悪くないけどなぁー…明後日は休みだしのんびり…

アルミン「ユミル!」


ユミル「分かってる!のんびりしねぇよ。クリスタに早く会いたいしな!早速戻るか…」




地面の裂け目から生還して5日目

― 兵舎内 食堂 ―




ユミル「はぁっ……あっ…ふ……あぁ…寝た気がしねぇ…」ボーッ

クリスタ「だいぶ遅い時間だったもんね、帰って来たのが…」

ユミル「アルミンがどうしても昨日中に帰りたいってうるさくてな、少し無理をした」



ユミル「昨夜は起こしてごめんな、クリスタ」

ユミル「そっと部屋に戻ったつもりだったんだが…」


クリスタ「ううん、気にしないで…。ユミルが戻って来てくれて安心できたから」

クリスタ「何度起こしてくれたって構わないよ」




ユミル「クリスタ…」



ユミル「そうだ!お前にシガンシナ区のお土産を買って来てたんだ。ほら、これ…」ガサッ


クリスタ「今開けていい?」


ユミル「あぁ、勿論!手の中にすっぽり入るぐらいの小さい物だから失くすなよ?」



クリスタ ガサガサ…


クリスタ「…わぁ……可愛い…。髪留め?」キラキラ…



ユミル「あぁ、今私が付けてるのとお揃いだ!私は白でお前はピンク」


ユミル「これは2つで1つなんだ」パチン… スルッ

ユミル「貸してみろ!…これをこうやって私の髪留めと組み合わせれば…」カチッ…


ユミル「ほら、1つになった!」



クリスタ「素敵…。ユミルとお揃い…しかもペアになってるだなんて…」


ユミル「気に入ったか?」


クリスタ「勿論!…ありがとう、ユミル」ギュッ




ユミル「おっ、おい!急に抱きつくな…パンが落ち…

サシャ「パンが落ちたら私が拾って食べます!」



ユミル「サシャ…お前もいたのか?」

サシャ「さっきからいましたよ…ここに」


サシャ「ユミルとクリスタが二人の世界に入っちゃってて声をかけづらくって…」

ユミル「悪い…気付かなかった。無視してた訳じゃないんだ」


ユミル「私が行方不明になった日、お前も探してくれたんだってな…ありがと」


サシャ「いえいえ、礼には及びません、そのパンをくれたら帳消しに…

ユミル「お前にも土産を買ってきた。レモンそのものと菓子屋で買ったレモンパイだ」

ユミル「だが私のパンを強請るような強欲な女に土産を渡したくない…」


サシャ「!?」



サシャ「ユ、ユミル!パンは諦めます…レモンパイを…それとレモンもください!!」

ユミル「どうしようかなぁ…」


サシャ「わ…私だってあの日、一生懸命探したんですよっ。だってまた仲間が死んだら…

ユミル「それなんだが、お前も覚えてないんだろ?その死んだ仲間の名前と顔」


サシャ「えっ…」



ユミル「誰が最初に発見したかも覚えてない。違うか?」


サシャ「そう…です…。あれ…?おかしいですね……」


サシャ「私は彼女と仲が良くて、確かあの事故があった日も彼女と今みたいな会話を…


ユミル「…もういい。分かった」


ユミル「クリスタ、お前にもレモンを買ってきた。蜂蜜を買ったら一緒に漬けるぞ」

クリスタ「うん!美味しそうだね」


ユミル「レモンパイは同室の奴らの分も切り分けるからな、私の分はサシャにやるよ」

サシャ「いいんですか!?」パァッ…

ユミル「あぁ!お前が美味そうに食べるのを見るは嫌いじゃないんだ」

ユミル「私のいた世界ではお前はいつも腹を減らしてたからな…味わって食えよ?」



サシャ「やった!!ユミル、大好きです!!」 ギュゥッ

ユミル「わっ…おまっ…!苦し…やめ……



クリスタ「サシャだめっ!…ユミルは私の!!彼女に触らないでっ!」ギュゥーーーッ





アルミン「あははっ…楽しそうだね、あっちのテーブルのユミルとサシャとクリスタ」

エレン「なぁ、結局あいつ何しにシガンシナ区へ行ったんだ?葬式にも出なかったし」

ミカサ「アルミンの家の留守番をしていたと聞いた。役には立っている…」

アルミン「そうだね。ユミルがいて分かった事も多かったし、一緒に来てくれて助かった」


エレン「ふ~ん…」




アルミン「エレン、ご両親に甘えてきた?」

エレン「…は?」


アルミン「シガンシナ区をこの目で見て、両親の顔や声をその身に焼き付けてきたかい?」


エレン「お前…急にどうしたんだ?」

ミカサ「久しぶりに家に帰ったから、懐郷病になったの?アルミン」





アルミン「うん…。そうみたいだ」


アルミン「僕はこの身体と心に沁みこませてきたよ…。何度でも思い出せるように…」

アルミン「シガンシナ区を取り戻す…。この気持ちを原動力として生きていけるように」


エレン「アルミン…」


ミカサ「…お疲れ様、アルミン。色々あったものね…明日の休みはゆっくり休んで」




アルミン「ありがとう、ミカサ。でもそういう訳にはいかないんだ」




アルミン「先に行くね」ガタッ

エレン「あ…あぁ、今日も訓練頑張ろうぜ!」






アルミン「ユミル、ちょっといい?」

ユミル「…なんだ?どこかへ移動するか?」

アルミン「いや、ここでいいよ。まだ時間があるからゆっくり食べてて」



アルミン「今夜だよね、地震があるのは」

ユミル「そうだったな。今夜地震が起きたら、明朝にでもあの場所を見に行く」


クリスタ「あの場所?」


ユミル「お前も一緒に行くか?立体機動の訓練で使ってるあの森だ。歩いて行くぞ」

ユミル「2時間ほどかかるが…」


クリスタ「行きたい!私とユミルとアルミンの3人で行く?ピクニックだね」

クリスタ「ついでにミカサとサシャ、エレンやジャン、あと…コニーも誘わない?」


ユミル「またか…。私らは遊びに行くんじゃないんだって…」


アルミン「さらっとマルコを外したのは何か意味があるのかな?クリスタ…」



ユミル「とにかく、だ。3人で行く。他の奴らは誘わない…裂け目を見に行くだけだから」


クリスタ「裂け目?」


アルミン「うん…裂け目は今夜出来るんだ」

クリスタ「…?」




ユミル「地震、来るかな…?」

アルミン「来なければ戻れないよ、僕ら」


ユミル「そうだな…来ることを祈るか」



アルミン「そうだ!サシャ、君にも聞いておこう。ユミル、もうサシャに聞いた?」

ユミル「何を?」

アルミン「僕らが休暇を取ってシガンシナ区に帰ってる間に立体機動の訓練があったから」

アルミン「あの裂け目が訓練の経路上にまだ残っていたかどうか…って話」


サシャ「あ~…それ、もうユミルに聞かれましたねぇ…それらしき穴は無かったですよ?」

ユミル「数人に声をかけてみたが、同じ返答だった」

アルミン「僕の方も同じだ。見落とされたんじゃないとすればやっぱり穴は消えている…」

ユミル「ま、予想通りじゃねぇか!どうせ明日、確認に行くんだ。心配しても仕方ない」



クリスタ「ねぇ、ユミル…。その穴…?裂け目?…を見付けてどうするの?」

ユミル「さて、どうすっかな…」


アルミン「そろそろ時間だ。今朝は座学からだったよね?講義室へ移動しよう」




― 兵舎内 図書室 ―




ユミル(今日の訓練もぬるかった…。講義も以前やったところだ。進みもだいぶ遅い)

ユミル(おまけに知識が古くてまるで役に立たない…。巨人の研究は進んでないようだ)

ユミル(馬術はまぁまぁやり応えがあった…馬が少し肥えてた。栄養状態が良いんだな)

ユミル(あの馬を使えたらもっと早く裂け目まで行けるんだが…この世界でも馬は高価だ)

ユミル(無断で借りる訳にもいかないし、ここはやっぱ歩きか?)


ユミル「身体が鈍ってるから丁度いい。これも訓練だ!…とか思わないとやってられない」

クリスタ「ユミル、今日も余裕の表情だったね。訓練辛くないの?」


ユミル「全然、ぬるすぎてあくびが出るほどだ」ハハッ

ユミル(この世界じゃ何かやらかしても死ぬ寸前まで走らされることはないしな…)



クリスタ「そう…。この調子だとユミルの順位さらに上がっちゃうね」


ユミル「そうか?でもお前だって9位じゃねぇか…お前もこの調子なら憲兵団に…

クリスタ「何度も言ってるけど、憲兵団には入らない。シーナには行きたくないの」

クリスタ「もし私が駐屯兵団に入りたいって言ったら…ユミルは付いて来てくれる?」

ユミル「…」



クリスタ「憲兵団にも入れる成績なのに無理だよね。…ごめん」


ユミル「…いいよ」



クリスタ「えっ…!」


クリスタ「ユ、ユミル!冗談だよ?…私なんかに付き合わなくても…

ユミル「どこへでも付いて行ってやる。言われなくてもな」


クリスタ「ユミル…」

ユミル(きっとこの世界に元からいた私も、同じ答えだろう)



ユミル「安心しろよ?例えお前がとち狂って『調査兵団に行きたい』って言い出しても」

ユミル「私はちゃんとお前に付いて行ってやるから…」ナデナデ…


クリスタ「調査兵団…それはさすがにないと思う…。…だけど……ありがとう…」グスッ






ゴゴゴゴゴゴォ………


クリスタ「な、何の音!?」

ユミル(来たっ!)



ドォンッ… グラグラグラッ……


ユミル「地震だっ!…クリスタ、掴まれっ!!転ぶなよっ」グイッ…  ギュゥゥゥ…

クリスタ ブルブルブル…









ユミル「……揺れ、収まったな」ハァーーー




クリスタ「ユミル…怖かったよ……」ギュッ…


ユミル「大丈夫だ。この地震は一回だけで余震も無かったんだ。3日後までは」

クリスタ「何でそんな事が分かるの?」


ユミル「この地震を一度経験してるからだな」

ユミル(だがおかしいんだ。それなりに大きな地震だったのに…建物に被害は無かった)

ユミル(何て言うか、本物の地震じゃないような…変な感じだ)



ユミル「局地的な地震なんだ。この周辺だけ、何らかの作用で時空が歪んだ…」



ユミル「おかしい…おかしいぞ!!…この地震、絶対変だ…!」

ユミル「あんなに揺れたのに、この図書室の本は一冊も床に落ちていない…」

クリスタ「本当だ…。何で?さっきは立っていられないぐらい揺れたのに」



ユミル「きっと…あの穴は…裂け目は、この瞬間にも口を開き…元の世界と繋がった!!」

ダッ


クリスタ「ユミル待って!」ギュッ


ユミル「離してくれ!クリスタ」

クリスタ「ダメ!ユミルが消えちゃう!!」


ユミル「えっ…」



クリスタ「またトイレに行くって言って戻らなかった時みたいにユミルが消えちゃうの!」

クリスタ「行かないでよ…ねぇ!!」




ユミル「クリスタ…」




ユミル(どこに行こうとしてたんだ?…まだ行くべきじゃないだろ…)


ユミル(同じ日の同じ時間に飛び込まなければ意味は無い。でないと…)


ユミル(私とアルミンは元の世界に戻れない…。焦るな…その時を待つんだ…)



クリスタ ギュゥゥゥ…

ユミル「わ、分かった…。すまなかった…クリスタ、そろそろ女子寮に戻ろう」


クリスタ「う、うん…よかったぁ……ぐすっ……」


ユミル「こっちのお前は甘えん坊で泣き虫だなぁ…」ナデナデ…




地面の裂け目から生還して6日目

― ウォール・ローゼ南方面駐屯 訓練所前 ―




ユミル「本当にピクニックだな…その荷物」

クリスタ「うん!朝食と昼食用の食材を3人分、分けて貰ってお弁当を作ってきたんだ」

アルミン「へぇ…クリスタは女の子らしいね」

クリスタ「そうかな?みんな出来ると思うよ。私も小さな頃から家事を手伝っていたし」

ユミル「ふふっ…クリスタと結婚できる男は幸せだな!器量が良くて家事も上手だ」

アルミン「君は104期の中でも特に人気があるから、狙っている同期も多そうだね」



クリスタ「…やめてよ、ユミル」ボソッ

ユミル「ん?」


クリスタ「冗談でもユミルの口からそんな言葉は聞きたくない…。私が結婚とか…その…」



ユミル「あ…あぁ……気を悪くしたか?悪い…」


クリスタ「ううん!そうじゃないよ。…こっちこそごめんね、ユミル」ウルッ…

アルミン「…」



ユミル(何か、浮気してる気分だ…。元の世界のクリスタと、この世界のクリスタ)

ユミル(お揃いの髪留めまで贈っちまって…。何がしたいんだ、私は…)

ユミル(この世界のクリスタは元の世界のクリスタの「偽者」…そう思っていたのに)

ユミル(こっちの甘えん坊で泣き虫のクリスタも、大切で、可愛くて、愛おしい…)


ユミル「はぁ……」



アルミン「ユミル、ため息の数だけ幸せが逃げるって聞いた事ある?」

ユミル「あるけど今はため息を吐かせてくれ…謎の罪悪感で胸が一杯になりそうなんだ」




クリスタ「移動だけで往復4時間はかかるね。上手くすればお昼過ぎには戻れるかな?」

アルミン「まだ朝早いし、そんなもんだね」


ユミル「頃合いで朝食をとって、裂け目を見付けたらまた休憩。で、折り返して戻るか」

クリスタ「楽しみだなぁ…これからユミルとデートだよ!アルミンも一緒だけど」ニコニコ


アルミン「クリスタ…僕をおまけみたいに言わないでよ…」




― 立体機動訓練場 森の中 ―




ユミル「空き倉庫に隠してある立体機動装置、持ってくりゃ良かった…」ザッザッ…

アルミン「でも森に入るまでは平地だから…移動用の馬も無いし、荷物になってたよ?」


ユミル「まぁ隠してある立体機動装置は2つだけでクリスタの分は無いしな…」


クリスタ「ごめんね…ユミル。私、足手まといになってる?」

ユミル「いや、楽しいデートになってる!お前の作ったサンドイッチも美味かったよ」

クリスタ「も、もう!ユミルったら…。私もユミルと一緒で楽しい…」///ドキドキ…


アルミン「元の世界でもこっちの世界でもお熱いね…二人とも…はぁ…」

ユミル「お前も幸せが逃げるぞ…。ほら、ため息」




ユミル「あっ…!?アルミン!!アレを見ろっ!」



アルミン「……やっぱり」ゴクッ



クリスタ「これがユミルの言ってた、昨晩の地震で出来た地面の裂け目?」


ユミル「あぁ…間違いない。深さは2mぐらいか?…中の広さはどうだっけな…」

アルミン「気付いたらもう外は真っ暗だったし、気が動転してたから中の広さまでは…」


ユミル「粘土層だ…。立体機動装置に付着していた泥はここを出る時に擦って付いたんだ」

アルミン「ユミルっ!不用意に裂け目に手を入れない!持ってかれたらどうするの!?」

クリスタ「持っていかれる…?中は…暗いね」ザザザッ… ズッ… ネチョッ…



ユミル「クリスタ!!?」


ユミル「馬鹿!!おまっ…何やってんだ!!!早くこっちへ戻って来い!」サッ



クリスタ「中は思ったより空間があるよ。3人でも入れそう」





アルミン「ダメだっ!クリスタ、その穴は危険なんだ!!早くこっちへ!」



クリスタ「もう!ユミルもアルミンも大袈裟だよ…」ギュッ… グッグッ…



クリスタ「うん…しょっ……と……ただいま!」ニコッ


ユミル「ただいまじゃねぇよ!…お前までどっか飛ばされたらって!!くっそ…」ジワッ

ユミル「もう二度と勝手な事すんなっ!」グィッ…  ギュゥゥゥゥ…


クリスタ「ゃんっ……ユミル…く、苦し…い…





アルミン「クリスタ、平気?どこか変わった事は無い?」

クリスタ「変わった事?…ない…みたいだけど…。ユミル…痛いよ…」ギュゥ…




ユミル「アルミン、また仮説を立てた。…聞け」

アルミン「…うん」



ユミル「この裂け目は、一人じゃ通り抜けられないのかも知れない。条件があるのかも」

アルミン「二人、もしくは二人以上…?」

ユミル「ただ単に条件が整っていないだけかも知れないが今はそれを確かめるすべがない」


アルミン「確かめられる機会は一度だけ」


ユミル「そうだ…。明後日の14時過ぎだ。もう一度二人でこの裂け目に飛び込む」

アルミン「14時過ぎっていうのは合ってるの?」

ユミル「ほぼ合ってる。あの日の訓練は採点されてなかったが、時間は測ってた」


ユミル「開始時間は覚えてる。折り返し地点までの目標時間も。…ここは折り返しの手前」

ユミル「身体が忘れてない…時間の感覚を。ここに落ちたのは14時過ぎで確定だ」


アルミン「正確に何分何秒?って所まで合せて飛び込まなきゃならないのなら…」

アルミン「僕らの挑戦は無謀としか言いようがないね」


ユミル「そうだな…。でもやるしかないんだ。私は元の世界に戻れると信じている」


クリスタ(元の世界に戻る?この裂け目に飛び込む…?明後日の14時過ぎに二人で…)




クリスタ「…ずっと変だと思ってた。私を差し置いて急にアルミンと仲良くしたり、」

クリスタ「アルミンの故郷に付いて行ったり、二人でよく分からない話をしたり…」

クリスタ「ねぇ…私にはユミルが今何を考えているか分からないよ…」


クリスタ「ユミル…どこかへ行っちゃうの?」


ユミル「…」



ユミル「クリスタ、お前と私はこの世界で2年間ずっと一緒だった」


クリスタ「そうだよ…。ずっと隣にユミルがいた。今も…私を抱きしめてくれている」

ユミル「うん…」ギュゥゥッ…


ユミル「だが、お前の隣にいた私は、今ここにいる私じゃないんだ…」


クリスタ「…私の頭でも分かるように説明して」


ユミル「私とアルミンは別の世界、だが似たような…違う可能性の世界からやってきた」

ユミル「全部は信じなくていい。ただお前に嘘はつきたくないから、正直に言う」


ユミル「私が元々いた世界にも、クリスタ…お前がいる」

クリスタ「…」



ユミル「私らは帰るんだ。明後日、この裂け目に飛び込んで…元の世界に」

アルミン「…」

ユミル「その世界はこことは違い過ぎる。巨人に蹂躙され、死と暴力が隣り合う世界」

ユミル「こんなにゆるくて明るくて平和な世界じゃないんだよ…私らがいた世界は…」



クリスタ「巨人に蹂躙された…世界…?」


クリスタ「ダメ…っ」ギュッ


クリスタ「そんな恐ろしい世界に何で戻りたいの?…戻らなくていいよ!」


クリスタ「ずっとここで暮らそう?この世界で…二人で兵士になって、ずっと一緒に…」

ユミル「じゃぁお前と2年間一緒にいた私はどうなる?」


クリスタ「えっ…」


ユミル「トイレに行くって部屋を出たまま、戻って来なかったこの世界にいた私の事だ」


クリスタ「それは…」

ユミル「あの時、入れ替わったんだ。そしてこの世界にいた私はどこかへ消えた」


アルミン「僕もその時に入れ替わったんだよ。この世界の僕と…」

クリスタ「嘘だ……そんなの…嫌だっ…!」


ユミル「嘘じゃない。私らが元の世界に戻ればこの世界の私らもきっと戻って来る」

アルミン「僕たちはそう思ってるんだ。ほぼ確信してる。…多分そうなるはずだよ」



クリスタ「戻って来なかったら…?ユミルとアルミンがこの裂け目に飛び込んだ後、」

クリスタ「この世界に…私と2年間一緒に過ごしたユミルが戻って来なかったら?」

クリスタ「私はまた一人ぼっちになっちゃうの?」


ユミル「そうはならない…。私は必ず戻って来るから…そいつもお前が大好きなんだ!」



クリスタ「いやっ…嫌だよっ!!私にとって、ユミルはあなた一人だけなの…だからっ…

ユミル「あいつが待ってるんだ…。私の世界で、私の帰りを…。だからごめんな…」ギュッ




アルミン「…裂け目はあった。そしてまだ僕らの世界と繋がってなかった」



アルミン「これだけでも大収穫だ。そろそろ戻ろう?雲行きが怪しくなってきた…」



ユミル「そうだな、今夜あたり一雨きそうだ。…クリスタ、帰ろう?」スルッ…


クリスタ「…」フルフル…    ギュッ…




ユミル「心配しなくていいんだ…。お前は何も…」



今日はここまで
読んでくれてありがとう

貼り疲れたので続きは明日

明日で完結します



地面の裂け目から生還して7日目

― 兵舎内 図書室 ―




ユミル「いよいよ明日だな…」

アルミン「そうだね」


ユミル「昨夜から降り出した雨、なかなか止まねぇなぁ…」

アルミン「うん…」



ユミル「裂け目に水が溜まってたらどうする?あの穴、粘土質だから水捌け悪ぃぞ…」

ユミル「飛び込んだはいいがそのまま何も起こらず水溜りで溺れたりしてな…ダハハ」

ユミル「ハハハ……はぁーぁ……」チッ


ユミル「お前もなんか喋れよ…さっきから私ばっか話してるじゃねぇか…」

ユミル「クリスタもあれから口をきいてくれないし…」




アルミン「ユミル、何か変じゃない?」

ユミル「変?…この世界に来てから変じゃない事があったか!?それとも私が変だって…

アルミン「イライラしないで僕の話を真面目に聞いて!!」


ユミル「……悪い」



ユミル「このまま、この世界のクリスタと喧嘩したまま別れるのかと思ったらさ…」

ユミル「自分の感情が抑えきれなくて…。…お前の話を聞きたい。続けてくれ」


アルミン「うん…」




アルミン「この雨なんだけど…僕らの世界にいた時は、今日は雨なんか降ってなかった」


ユミル「……あっ!」

ユミル「そうだ…地震の後、雨は一度も降ってない…」



アルミン「なのにこの雨は昨夜から止む気配が無い」

アルミン「これはどういう事だと思う?全ての事に、意味があるんだとしたら…」


ユミル「私らの世界じゃ、悪天候でも立体機動の訓練は実施される…」

ユミル「巨人の襲撃が晴れの日だけだとは限らないからな…いかなる場合も想定して、だ」



アルミン「この世界は違うよね?雨が降ったら立体機動訓練は中止になる。装置も傷むし」

アルミン「何より僕らが風邪を引く。ここでは人命が尊重され、僕らは大事にされている」


ユミル「明日までこの雨が続いたら…」

アルミン「僕らが立体機動の訓練中に実行しようとしている計画が水の泡になるね…」



ユミル「くそっ!…何でだ…?」

ユミル「あの日、お前と一緒に訓練中にあの裂け目に落ちた日、雨なんか降ってなかった!」


アルミン「……これも修正力?」



ユミル「はっ?…一体何を修正しようとしてるんだよっ!私らが帰るのは正しい事だ!」


アルミン「ひょっとしてさ、僕らが思ってるよりこの歪んだ世界は単純じゃないのかも…」

ユミル「どういう事だ?」



アルミン「僕らがこの世界から消えても、僕らが弾き出した僕らは戻って来ないんじゃ…

ユミル「!?」

ユミル「どうしてだ?私らはこの世界の住人じゃない!!帰るべき場所もある…」

ユミル「何かきっかけがあって歪んだとしても本来あるべき姿に戻る作用が働くはずだ!」




アルミン「僕はずっと引っ掛かっているんだ…」

ユミル「何が?」


アルミン「2週間前、立体機動の訓練中に事故で亡くなった2人の事を…」

ユミル「…嫌だ…やめろ!…その話はしたくない!!」



アルミン「したくないのは、ユミルも薄々感じているからだよね?事の真相を…」


アルミン「どうして僕らが彼らの事を思い出せないのか…。他の同期達も…」


ユミル「黙れっ!……そんな事は考えるな…。私らは明日…戻るんだ…」ハァハァ…


アルミン「ユミル、ごめん…。ひどく顔色が悪い」

ユミル「お前のせいだ」



アルミン「うん…分かってる。そろそろ寮に戻ろう…」




アルミン「もし明日の立体機動の訓練が中止になったら、その時またどうするか考えよう」

ユミル「考えるまでも無い!…もう、すべきことは決まってるんだ」



アルミン「…」



~ 図書室 書庫の影 ~




クリスタ(…やっぱり明日、行ってしまうんだね)

クリスタ(私がどんなに縋っても、あなたをこの世界に留める事は出来ないんだね)

クリスタ(私は知ってる…。ユミルがいなくなった時の喪失感を…)

クリスタ(私だけじゃくて104期生はみんな知ってるんだ。だからあんなに必死だった)

クリスタ(私だけは覚えてたみたい。歪み、捻じ曲げられても、真実が少し見えていたの)



クリスタ「鍵を…壊さなくっちゃ……」



クリスタ(…ユミル、私もあなたと一緒に……)




地面の裂け目から生還して8日目

元の世界でユミルとアルミンが事故を起こした当日

― 兵舎内 講義室 ―




マルコ「雨…今日も止まないね」

ジャン「あぁ…そうだな。立体機動訓練は今日も中止だ」

コニー「馬術と対人格闘訓練もな…。外でやる訓練は全部中止だな、こりゃ」


マルコ「まぁいいじゃない!頭も鍛えないと立派な兵士にはなれないんだから」

マルコ「これを機にコニーももう少し座学の成績を上げておかないと!僕が教えるよ」

コニー「おっ!よろしくな。マルコ先生」


ジャン「マルコ…お前余計な事すんなよ…。憲兵団の枠は狭いんだ!競争相手を増やすな」

コニー「へっ…!ケツの穴の小さい男だなぁ…。ジャンは」

ジャン「何だと!?お前、俺のケツの穴見たことあんのか?あぁ?!」



マルコ「もう!そんなくだらないことで喧嘩するなよ…。アルミンからも何か言って…

マルコ「アルミン?」


アルミン「…!?」ビクッ



アルミン「あ……えっと…な、なに?」

マルコ「いや、名前を呼んだだけだけど…ぼーっとしてたね。調子悪いの?」


アルミン「ううん…考え事を、少し…」


マルコ「そう…。なら良かった」ホッ


アルミン「何が良かったの?」

マルコ「また、アルミンが消えちゃいそうだったから…」


アルミン「僕が消える?…あぁ、1週間前の事?手紙を取りに行って行方不明になった…

マルコ「それもあるけど…そうじゃなくてね」


アルミン「うん…?」



マルコ「君にとってすごく失礼な事を言うけど、怒らないで聞いてくれる?」

アルミン「う、うん。どうぞ…」


マルコ「なんかさ、アルミンとユミルが…今、生きてるのが不思議でね…」

アルミン「は?」


マルコ「不思議だけどすごく嬉しいんだ!…君達が死んでるはずがないのに…」

マルコ「僕は何故か君達が生きている事に違和感を感じてて、でもそれが嬉しくて…」


アルミン「待って…意味が、分からないよ…マルコ…」


マルコ「ごめん!変な事言った…。そんな事ある訳ないのにね。今の発言は忘れて」



コニー「おいマルコ!この馬鹿ジャンにお前も何か言ってやれよ!」ガシッ

ジャン「馬鹿はテメーだ!脳みそが軽すぎるから立体機動も軽やかなんだな、コニー」


コニー「はぁ…?お前も馬ヅラならもっと馬術を上手くなって見やがれってんだ!」


ジャン「てめぇ、今…超えちゃいけない一線を軽々と飛び超えたぞ!!表へ出…

マルコ「はいはい、喧嘩はそこまで!…あ、僕はどっちの味方にもならないからね」




アルミン(僕とユミルが…死んでる?)





アルミン「な、何だ…寒い……身体の震えが…止まらない…」ガタガタガタ…




― 兵舎内 食堂 ―




エレン「アルミン、それ…残すのか?」

アルミン「い、いや…えっと…。大丈夫、食べるよ」


ミカサ「アルミンさっきから震えてる…。どこか具合でも悪いの?」

アルミン「そうなんだ…ちょっと気分が悪くて…」

エレン「顔も真っ青だぞ…唇も…。無理するな!飯はサシャに食わせればいい」


ミカサ「エレン、アルミンを今から医務室へ運ぼう」ガタン!


エレン「あぁ!俺もそう言おうと思ってた」






ユミル「クリスタ…」



ユミル「まだ、怒ってんのか?一昨日の事…」


クリスタ「…」



ユミル「でも、もうこれで最後なんだ。お前と飯を食うのも、こうやって話すのも」

ユミル「何も心配いらないからな?この世界の私が戻って来て、自然に記憶が修正される」


ユミル「私と話した会話も、お前が付けてくれてるその髪留めも…」

ユミル「いつの間にか、この世界に元からいた私がやったことになってるんだ」

ユミル「買ってきたレモンは…この世界の私が戻って来たら一緒に食べてくれ」



ユミル「なぁ…クリスタ…」ソォッ…


ユミル チュッ



クリスタ「…!?」



クリスタ「ユミル…?」///



ユミル「ははっ、やっとこっちを向いたな?」ニヤッ

クリスタ「もう、ユミルったら…」ムスッ



ユミル「おまじないだ。私の事も、出来れば覚えていて欲しいから」

ユミル「きっと何かの作用が働いて私の事を忘れてしまうんだろうけど…」

ユミル「私がお前の頬にキスした事、頭では忘れても心の隅に残っていてくれたら…

クリスタ「私も一緒に連れてってよ…」


ユミル「えっ…」



クリスタ「あなたの世界に…。ダメなの?私はあなたの世界のクリスタになりたい」


クリスタ「お願い…。ユミル、大好きだよ…。私を置いて行かないで…」グスッ…



ユミル「クリスタ…気持ちは嬉しいけど…ダメだ」



クリスタ「あなたがいた世界に私が行けば、そこに元々いた私が…クリスタが消えるから?」


ユミル「それもあるけど、あの世界はこの世界と違って過酷なんだ」

ユミル「食糧も乏しくて、みんな心に余裕がないから人も粗暴で、命の扱いだって軽い」

ユミル「この温室のような世界で育ったお前には私らの世界は耐えられない。…気が狂う」


クリスタ「…」

ユミル「分かってくれ、クリスタ…」



クリスタ「そう…。分かった」コクン…


ユミル「ありがとう…お前なら分かってくれると思ってた」ホッ…  ナデナデ…



サシャ「仲直りしましたか?」


ユミル「サシャ…またお前か」


サシャ「何ですか?その言い草は…酷いです」プクッ

ユミル「お前、2人分も食ってんじゃねぇよ…それ、誰の分だ?」


サシャ「え?アルミンの分ですけど…」


ユミル「アルミン?アルミンならそこでエレン達と飯を食って…あ、あれ?」

サシャ「具合悪いんですって。今、ミカサとエレンが医務室に連れて行きましたよ?」


ユミル ガタッ


ユミル「あいつ…もう時間が無いってのに、何やってんだ!!」



サシャ「ユミル!どこに行くんですか?」

ユミル「医務室だ!…私も具合が悪くなった。午後の講義は休む」


ユミル「クリスタ、サシャ…教官にはそう伝えてくれ!頼んだ」




サシャ「えーーーっ…」モグモグ…




クリスタ「サシャ、これも食べていいよ」スッ…

サシャ「えっ!!ク、クリスタの分もいいんですか?」

クリスタ「うん…私も食欲が無いの。ユミルも…もう戻って来ないから彼女の分も食べて」


サシャ「まさかこんな日が来るなんて…ここは夢の中ですか!?」モグモグ…


クリスタ ガタン…



サシャ「ちょっと…クリスタまでどこへ!?」


クリスタ「私も少し具合が悪くて…午後の講義はお休みする……」


サシャ「じゃ、クリスタも医務室へ?」



クリスタ「ううん…私にはする事があるから。…サシャ、元気でね」ニコッ


サシャ「え…あ、はい!私は大抵元気ですよ」ニッコリ



クリスタ「また、どこかで会おうね!今まで楽しかったよ」タッ…


サシャ「クリスタ…?」




― 兵舎内 医務室 ―




ガラガラガラ…


ユミル「アルミン!お前っ、何ぶっ倒れてやがるっ!!」

ユミル「さぁ、時間だ…もう行くぞ!今行かなきゃ間に合わなくなる」

ユミル「この時を逃したら、もう二度の私らの世界に戻れなくなるかも知れないんだ!」

アルミン「…」


ユミル「早足で向かえばまだ間に合う!…少し悪天候だが、立体機動装置も充分に使える」



ユミル「おい、アルミン!何で目を逸らすんだ!?私の目を、顔を見ろ!!」


ミカサ「やめて、ユミル…。ユミルこそアルミンの顔色をよく見て」


エレン「病人の前で騒ぐなよ…騒々しい。何を熱くなってるんだ?お前は」



アルミン「エレン、ミカサ…悪いけど席を外してくれないか?」


アルミン「ユミルと話がしたい…すぐに済むから…」


エレン「…」


ミカサ「…」



エレン「分かった…。おいユミル、アルミンに無理をさせるなよ!」

ミカサ「教官にはアルミンは体調不良で休んでると伝えておく。心配しなくていい」

ユミル「…」



ガラガラ… ピシャン…





ユミル「…これから空き倉庫へ行って、私とお前の立体機動装置を取って来る」



ユミル「今から出発すればギリギリ間に合う。そういう手筈だっただろ?」


ユミル「飯を食わずに行くつもりが、せっかくだから食っていくって…お前が言ったんだ」

ユミル「身支度をしろ…持って行きたい物があれば持って行け。上手くすれば消えずに済む」





アルミン「僕は行かない…」


ユミル「今更かよ…」



アルミン「本当は前から言おうと思ってた。この世界は僕が望んだ世界なのかも知れない」

アルミン「僕が強く願ったから…僕の望みが叶って、僕はここにたどり着いたんだ!」

アルミン「ユミルは何度も言ってただろ!?僕のせいだ、僕が全ての元凶だ!…って」


ユミル「あぁそうだ!お前があの時、気を失わなければ…私がお前を助けなければ…」


ユミル「私はこの世界に来ることは無かった!!私はお前の事故に巻き込まれたんだ!」



アルミン「でもこの世界は素晴らしいでしょ?だって巨人に襲われていない世界なんだ」


アルミン「この世界のクリスタも君に懐いている…。いや、君を愛している」


アルミン「一体何が不満なの?もういいじゃないかっ!!戻らなくたって…」


アルミン「ユミル、ここに留まろう?僕らにとってそれが一番賢明な選択だよ」




ユミル「ダメだ…お前が言ったんだ。じいちゃんの遺骨を受け取るべきは自分じゃない」

ユミル「この世界に元々いた『僕』だって…。なぁ、返してやろう?この世界の私らに」


ユミル「もしこの世界の私らが、元々の世界…すなわち『始まりの世界』に飛ばされていたら」

ユミル「こんなぬるい環境で育った私らはあの世界には適応できない。…生き地獄と同じだ」


ユミル「そもそも私らはこの世界にいるべきじゃない…。なぁ、我儘言うな。帰ろう?」






アルミン「この世界が気に入らないのなら…ユミル、君一人で帰ればいい…」

ユミル「アルミン…」


ユミル「馬鹿野郎が!出来る事ならそうしてるっ…。一昨日確かめただろ?」


ユミル「あの裂け目は、一人じゃ通り抜けられない。二人、もしくは二人以上でないと…」

アルミン「それも確定ではないんだ。あの裂け目はまだ僕らの世界と繋がっていなかった」

アルミン「二人以上っていうのも憶測でしかない」


ユミル「だが、その可能性は高い…。二人で来たんだ、二人で戻らなきゃ…そうだろ?」

アルミン「…」



ユミル「急にどうしたんだよ、お前…。昨日までは一緒に戻る気だったじゃねえか!なぁ!」











アルミン「この世界の僕らは…もう死んでるんだ」



ユミル「はぁっ…?」


ユミル「……おま…え…何を言って…





アルミン「ずっと変だって思ってたよね?僕ら…」



アルミン「僕らがこの世界に来た時、たった2時間弱僕らがいなかっただけで」

アルミン「何であんなに必死になってみんなが僕らを探したのか…ずっと引っ掛かってた」




アルミン「その答えがさっき分かったんだ。謎を解く手がかりはマルコがくれた」



ユミル ゴクッ…




アルミン「ここに来た最初の日にマルコがこう言ってた…」


アルミン「さっきまで隣にいた仲間が翌日の朝にはいない。それって、すごく怖い事だよ」

アルミン「…って。続けてコニーがこう言った…」


アルミン「あの死んだ2人も、もっと早く俺達が発見出来ていたら……と」




ユミル「その話は、2週間前にこの世界で立体機動の訓練中に事故で死んだ仲間の話だ」


ユミル「それがどうした?」


ユミル「私らは生きてるんだ!この件は私らとは全く関係ない!!」ギリッ



アルミン「重要なのは、誰が彼らを見付けたか…」


アルミン「前に君と話していて、途中で話を止めてしまった第一発見者の話だ」


ユミル「誰も覚えてなかったじゃねえか…発見者どころか、事故った奴の事まで…」


アルミン「覚えてないのは仕方がないよ。僕らがこの世界に来た瞬間に、修正力が働いて」

アルミン「辻褄が合わない事はキレイに消されてしまったんだから…」



ユミル「消されてしまった…?…記憶が……?」




アルミン「僕は、思い出してしまった…」


アルミン「第一発見者は、ライナーとベルトルトだった」




ユミル「!?」


アルミン「でもこの世界にライナーとベルトルトは存在していない」

アルミン「だって彼らは4年前に壁外に出て行って、巨人に食われて命を落としてる」


ユミル「アニの言う事が本当だったら…の話だけどな」


アルミン「嘘でもいい。どちらにしろ104期にアニもライナーもベルトルトもいないんだ」

アルミン「ここから導き出される答えは…」



アルミン「僕らの世界では事故を起こした二人は助かった。ライナー達が見付けてくれたから」

アルミン「でもこの世界にライナー達はいない。だから発見が遅れて彼らは死んだ」



アルミン「死んだ二人の名前は…

ユミル「言うなっ!!…それじゃ辻褄が合わないだろ?じゃぁ何故私らが存在している?」



アルミン「それは僕らが別の世界から来たからだよ」


アルミン「僕らが来るまでの1週間、確かにこの世界の僕らはこの訓練施設にいなかった」


アルミン「みんなはそれを知っていたんだ。僕とユミルが死んだことを…」


アルミン「無論それは僕らの事じゃなくて、あくまでも『この世界の僕ら』の話だけど」






ユミル「…そんな馬鹿な……」



ユミル「じゃぁ手紙は?私がトイレに行ったって言うクリスタの証言はどうだ?」

ユミル「直前までこの世界の私らが生きていなければ起こりえない事だろう?」


アルミン「僕らがあの瞬間ねじ込まれてきたから…僕らは生きている事になった」

アルミン「この世界の僕らは死んでいるのに、別の世界の僕らが来たせいで記憶が歪んだ」





ユミル「信じられない…」


アルミン「僕だってそうだ」



ユミル「じゃぁ…私らがこの世界を去ったら…本来のこの世界の私らが死んだ事実だけが残り、」

ユミル「どこかへ飛ばされたと考えていたこの世界の私らは、もうここには戻って来ない?」



アルミン「ちょっと分かりにくいけど、そういうことだろうね」



ユミル「だからクリスタはあの時、あんな事を…」

アルミン「あんな事?」


ユミル「一緒に裂け目を確認しに行った時だ…。あいつは私らが裂け目に飛び込んだ後、」

ユミル「この世界にいた本来の私らが戻って来なかったらどうするのか何度も聞いてきた」




アルミン「クリスタも薄々気が付いていたのかな…マルコみたいに…」


アルミン「自らの記憶が捻じ曲げられて、すり替えられた事を…」



ユミル「お前のじいちゃんが危ないって、お前の母親から来た手紙はどう説明する?」


アルミン「分からない…過去に遡ってこの世界での僕らの死が無かった事になったのか」

アルミン「それともただ単に情報の行き違いで僕の死が両親に知らされてなかったのか…」


ユミル「後者は無いだろう、いくらなんでも…」



アルミン「みんなの歪んだ記憶の中で僕が図書室へ取りに行ったことになっていた手紙は」

アルミン「実はエレンが持っていたのかも知れないね…」



ユミル「私がトイレから戻らないってのは?」



アルミン「クリスタの妄想…って言うと語弊があるけど…」

アルミン「僕らがこの世界で目覚めた瞬間、僕らはこの世界に存在する事になったから」

アルミン「クリスタを含む、君を一緒に探したミカサやサシャの中でそれが事実になった」





ユミル「…何で、こんな事に」


アルミン「辻褄が合わない事が多すぎるけど、この世界の修正力もなかなか頑張ってるよ」






アルミン「…もう1時間経ったよ」

アルミン「僕らは間に合わない。14時過ぎにあの裂け目に飛び込むのは不可能だ」


アルミン「ここに残ろう…ユミル。僕らは彼らの代わりとなってここで生きよう」

アルミン「君のクリスタもそれを望んでいるはずだ」






ユミル「私のクリスタは、お前の言う『始まりの世界』のクリスタだけだよ」

ユミル「私らがここに残ったとしたら、私らが消えた元の世界はどうなるんだ?」


アルミン「心配には及ばないよ」


ユミル「…?」


アルミン「僕らの世界で2週間前、事故を起こして命を取り留めた男女のペアがいたよね」


ユミル「あぁ…」





ユミル「……!?ま、まさか…」


ユミル「おいっ!嘘だろっ…頼む…嘘だと言ってくれ!!」


アルミン「ユミルも思い出した?」


アルミン「2週間前、訓練中に事故った彼らを…僕らは総出で探したよね?必死にさ」

アルミン「そしてさっき言った通り、最初に発見したのはライナーとベルトルトだった」

アルミン「発見が早くて彼らは一命を取り留めた。でも、まだ意識は取り戻してない」




ユミル「…意識を…取り戻したんだな?」

アルミン「うん…恐らく」




ユミル「私らがあの裂け目に落ちた時間と同時刻に…彼らは目覚め、自我を持った」


ユミル「私らの…『始まりの世界』で」


アルミン「ユミルは頭の回転が速いね。僕もそう思うんだ…」

アルミン「別の世界からやってきた僕らがいる、僕らが本来いた『始まりの世界』に」



ユミル「私らは弾き出したんじゃない…弾き出されて飛ばされたんだ!あの世界から」


アルミン「…だから、心配しなくてもいい。『始まりの世界』にはもう別の僕らがいる」

ユミル「…」


アルミン「諦めようよ…ユミル。一緒に秘密を共有したまま、ここで平和に暮らそう?」


アルミン「不足は無いじゃないか!土地も食糧もある、クリスタもいる、巨人はいない」


ユミル「壁の外に巨人はいる。それにここにはアニとライナーとベルトルさんがいない」




アルミン「全部欲しがっちゃだめだ。僕は…」


アルミン「アニと今いるこの世界、どっちか選べって言われたら…この世界をとる」

ユミル「はっ…はははっ……そりゃそうだ!お前はアニと恋人同士じゃないもんな!」

ユミル「私だってクリスタと恋人同士って訳じゃない!だが…戻るべき場所はあそこだ」




ユミル「何度も言うが、この世界は私らの世界じゃないんだよ!」





ユミル「てめぇが大事に思っているシガンシナ区も、両親も、エレンもミカサも…」

ユミル「全部!『偽物』で『偽者』なんだ!!…この世界は幻。私らはいちゃいけない!」


アルミン「ユミル…」







ユミル「徒歩じゃ勿論、間に合わない。訓練で使ってる馬を盗む…」


ユミル「雨、止んだみたいだな」


ユミル「私らを行かせないために、雨が降っていたのかな?元の世界では降ってなかった」



ユミル「お前、ここに残れよ」


ユミル「私は一人で行く」



アルミン「ユミル…二人じゃなきゃ、あの裂け目は…

ユミル「一人じゃ平行世界の交差点を通れない…って、まだ確定してる訳じゃないんだ…」



ユミル「さよなら、アルミン。この平和な世界で心を腐らせて生きていけよ?」


アルミン「心を腐らせる…?」



ユミル「お前は何で兵士になりたいと思った?巨人を殲滅するためじゃないのか?」

ユミル「もっともこの世界にいたら、そんな危険な事をしなくても楽しく暮らせそうだな」


アルミン「巨人を殲滅するため?…違う。僕はエレンと外の世界を探検したくて…

ユミル「じゃ、ここでその夢を叶えるんだな。技術の進歩も、探究も無い保守的な世界で」





ユミル「お前はゆっくり死んでいけばいい…。いつの間にかその夢も忘れて…」

ユミル「この平和な世界で愛する人を見付けて、家庭を持って、静かに暮らすんだろう」


アルミン「僕は…そんな事…

ユミル「それがお前の夢なんだろ?両親やじいちゃんの命を奪った王政府への憎しみも忘れ…」

ユミル「適当に兵士をやって、美味い物を食べて、いい女を抱くのがお前の新しい夢だ!」



アルミン「違う!…僕はそんな夢を抱いた事は無いよ!!…そんな事考えたことも無い」



ユミル「じゃ、お前はどうしたいんだよ!!?」


ユミル「このまま『偽物の故郷』、『偽者の両親』、『偽者の親友』と戯れていたいんだろ?」



ユミル「ならそうしろよ!偽りだらけの世界で…心を騙して生きていけよ!この弱虫が」



ユミル「とにかく私は行く…元の世界に帰る。違う世界から来た私なんて弾き飛ばしてやる!」





ユミル「クリスタが待ってるんだ…」


ユミル「誰からも疎まれて必要とすらされなくて、いつも一人ぼっちだった…私のクリスタが」





アルミン「待って…ユミル!」

ユミル「何だ?腰抜け。私は忙しいんだよ!!てめぇの泣き言を聞いてたら日が暮れる」


ユミル「もう時間がねぇんだ!お前みたいな負け犬にかかずらってる暇はねぇんだよっ」




アルミン「僕も…行く…」


ユミル「…」



ユミル「早く来い、二人乗りだと遅くなる。お前は二人分の馬を盗め」

ユミル「立体機動装置は私が取りに行く。お前は私の分の馬も連れて厩舎前で待ってろ」


ユミル「そこで落ち合ったら教官や他の訓練兵に見付からないうちにここを抜け出す」

ユミル「あと40分ぐらいか?…急ぐぞ!!」



アルミン「分かった。…ユミル、行こう」


アルミン(ユミル…僕はここで過去を忘れて生きていこうと思った…でも、無理そうだ)

アルミン(僕は忘れない。故郷が巨人に占領された事実を…肉親を殺されたことを…)

アルミン(全てを原動力として、生き続ける。ここは優しい世界だけど、きっと心が腐る)


アルミン「ありがとう…ユミル。目が覚めたよ」




― 立体機動訓練場 森の中 ―





ユミル「時間、ギリギリかっ?」バシュッ…

アルミン「まだ、大丈夫だと思う…」カッ… ギュィィィ…


ユミル「キレイに晴れたな。あの日と同じ感覚だ…。これは訓練じゃないが」



アルミン「ユミル…また速いって…」

ユミル「お前が遅いんだよっ!もっと危機感を持て!!これで帰れなかったら…

アルミン「帰れなかったら?」



ユミル「帰れなかったら…泣く…」ギリギリギリ…


アルミン「何とも女の子らしい答えだ…ユミルじゃないみたい」パシュン…


ユミル「うっせぇなっ…大体すべての元凶は…

アルミン「はいはい、いつも僕のせいだよね。ごめんね、ユミル」


ユミル「口はいいから手と身体を動かせ、集中しろ!!ビリから13番目!」





アルミン「あっ!…あれだよ!!ユミル…目標が見えた」

ユミル「アルミン!行くぞっ!!同時に落ちるんだ。と言うか突っ込む!」



???≪ユミルーーーー!!!!≫




ユミル(今、クリスタの声が聞こえた…?いや、そんなはずはない!!)フイッ


ユミル「用意はいいか?」


アルミン「うん!行こうユミル。僕ら、元の世界へ帰るんだ!」






アルミン「僕らの『始まりの世界』へ!!」






ユミル「あぁ!行くぞっ……せーーーーのっーーー!」


アルミン「行っけえぇぇーーーーーーーー!!!!」





ガリッ…ガリガリガリッ… ガガガガガッ………








この出来事より少し前…

― 兵団敷地内 厩舎前 ―




サシャ「天候が回復したので次の訓練は馬術に変更になったんですね」


ジャン「なぁ、俺の馬が見当たらないんだが…」

マルコ「あ、僕の馬もだ…」


ミカサ「クリスタの馬も無いみたい…これは一体、どういうこと?」



エレン「おいっ!…今、教官が青い顔してクリスタを探してる」

コニー「は?…何でクリスタ?具合が悪くて寮で寝てるんだろ?…サシャ」


サシャ「寮で寝てるかは知りませんけど、具合が悪くて休むとは言ってましたね」


エレン「あのさ…立体機動装置を保管している保管庫の鍵が壊されてたんだ」


エレン「教官が見付けて中を調べたら、クリスタの立体機動装置だけが無くて…」

エレン「まさかあいつ…。でも何のために馬と立体機動装置を持ち出したんだ?」


ミカサ「クリスタに限って脱走はあり得ない…もしそうなら何か事情があるはず……」


サシャ「ジャンとマルコの馬は、案外ユミルとアルミンが乗って行ってたりして…

一同「!?」




サシャ「みんな、冗談ですよ?あの二人は馬を盗む理由がありませ…

ジャン「当たり前だろ…。あの二人が馬を盗むなんて事、出来るはずない」

マルコ「悪い冗談はやめよう、サシャ」


コニー「そうだぜ…2週間前に訓練中の事故で死んだあいつらが馬を盗める訳ねぇだろ…」




サシャ「事故で…死んだ?ユミルとアルミンが…?」



ジャン「みんなその話題には触れないようにしてるのに、お前本当にデリカシーないよな」




サシャ「えっ…だって今日のお昼はユミルとアルミンとクリスタの分も貰って、それで…

サシャ「あれ?…あれってユミルとアルミンの分でしたっけ?」


ミカサ「トーマスとミリウスの分でしょ?サシャが食べてたのは」



ミカサ「サシャ…悪いけど、今はアルミンとユミルの名前は聞きたくない…」




エレン「あいつら調子悪いみたいだな。さっきトイレに行ったら二人ともまだ唸ってた」

ジャン「拾い食いでもしたのか?エレンの班は行儀が悪い。班長がこれだからな」ニヤニヤ

エレン「んだと!?お前…もう一度言ってみろっ!!」グイッ…


サシャ「そ、それよりクリスタですよ!教官、クリスタの事探してるんでしょ?」


サシャ「私達も手分けしてクリスタを探しませんか?」



コニー「なぁ…サシャ…」

サシャ「何ですか?コニー」



コニー「クリスタって…誰だったっけ…?」



サシャ「は…?」




― 兵舎内 医務室 ―




ユミル「う゛……うぅ…ん…ぁ……」スゥッ…


???「目が覚めた?ユミル…」


ユミル「ここは…どこだ?」


???「医務室。ユミルとアルミンが訓練中に行方不明になって、みんなで探したんだ」

???「僕が君達を見付けたんだよ。目が覚めて良かった」



ユミル「アルミンは…?」



???「隣のベッドで眠ってる。頭も打ってないし、傷もかすり傷程度だから…」

???「すぐに目が覚めると思うよ」



ユミル「…そっか、良かった」フゥ…




ユミル「お前とは久しぶりだな…そう、確か1週間ぶり」ムクッ


???「えっ?」




ユミル「…ただいま!ベルトルさん」ギュッ


ベルトルト「わっ!ちょっと…ユミル!!…僕に抱きつかないでよっ!」アセアセッ



ユミル「今だけ特別だ。おっぱいの柔らかさを堪能しろよ?ダハハハ!」


ベルトルト「あのね…君ってホント…いや、何でもない」///



ベルトルト「でも恋人の前でそんな事しちゃダメだ!ほら彼…凄い睨んでるじゃない…」


ユミル「恋人…?」




???「ユミル…何で俺より先にベルトルトに抱きついたんだよ!」バッ 

???「まさか、俺の知らない所で浮気してたんじゃないだろうな…二人とも」ジィッ…



ユミル「浮気?……って言うか、お前…誰?」


???「はあぁぁあ!?」




ベルトルト「…これ、頭打ってるね…。僕、医者を呼んで来る」ガタッ


ベルトルト「ついでにクリスタも呼んで来るよ」


ベルトルト「付き添いを交代した途端に君が目覚めるなんて…彼女に恨まれそう」ハァ


ベルトルト「あとユミルと恋愛沙汰とか死んでも無いから。誤解しないでね、マルセル」



ガラガラガラ… ピシッ…






ユミル(マルセル?どっかで聞いた事があるな…)



マルセル「死んでも無い、とか捨て台詞を残して行きやがった。本当は羨ましいくせに…」




アルミン「…ぅ……うん…。かあ…さん……」ゴロン…


アニ「アルミン…。良かった、こっちも気が付きそうだ!」ギュッ



マルセル「じゃ、改めて…」


マルセル「ユミル、おかえり!…いくら何でも酷いだろ?恋人の顔を忘れるなんて」クイッ


マルセル「でもすぐに思い出すよ。だって俺達、愛し合ってるから!!」ギュウゥゥゥゥ…


ユミル「は…はぁっ?私はお前なんか知らない!!愛し合ってなんかない!」



ユミル「私に抱きつくなっ!…離れろっ…馴れ馴れしい奴だな!!」グッ… グッ…




ユミル「な、なぁ…今日は何日だ?…それと、そうだ!!ライナーはどこにいる!?」



マルセル「!?」

アニ「!?」



アニ「ラ、ライナーだって…?」

アニ「マルセル…あんた、まさかユミルにライナーの事、話したの!?」


マルセル「いや、俺は言ってな…いや、ひょっとしたら寝言で言ったかも…」アセッ

アニ「…」



アニ「寝言で言ったって、へぇ…隣で寝てたんだ。ユミルの隣で…」



ユミル「そんな事は一度も無い!私はこいつを知らないし、クリスタ以外とは一緒に…

マルセル「ベルトルトじゃないか?」


アニ「戻ったら聞いてみよう…って言うか、あんたに直に聞けば済む話だね」




アニ「ライナーの名前、誰から聞いたの…?」




ユミル「あぁ…そっか……」チラッ


アニ「ユミル、私の質問に答えな!」


ユミル「その手動式の万年カレンダー、日付合ってるよな…?」


マルセル「勿論だ!毎日ここの当番が日付を組み替えてる。今日の日付で合ってるぞ」




ユミル「はーーーぁ……何てこった…」




ユミル「また、1週間前の世界だ…」






― 立体機動訓練場 森の中 ―




クリスタ「はぁ…はぁ……ユミル!…ユミル…どこっ?」シュッ…


クリスタ(思ったより鍵が頑丈で時間が掛かってしまった…)カッ ギュルルルル…

クリスタ(14時過ぎにあの場所に…地面の裂け目にユミル達は飛び込んでしまう)

クリスタ(そしたらもう二度とユミルには会えない!だってこの世界のユミルはもう…)



クリスタ「あんなに悲しくて辛い思いは、二度と味わいたくない!!」バシュゥッ…

クリスタ「ユミル、待って…お願い。置いて行かないでっ…私も一緒に行く!」



クリスタ「ユミルーーーー!!!!」ヒュン…




クリスタ(ユミルが見えた!アルミンと裂け目の中に…行っちゃダメっ…)



クリスタ「ユミル!助けてっ!!ユミルの力が必要なのっ!あなたと一緒にいたいの!」


クリスタ「私が助けを呼ぶまで見守ってくれるって言ったじゃない!!!」


クリスタ「…助けが必要な時は『私を呼べ』って言ったくせに…今がその時だよ!!」




クリスタ「私も…あなたと同じ世界へ!!」ギュン…




バッ… ガリガリガリ… ガンッ






クリスタ「……う…っ!」ズキン…



クリスタ(失敗…した…?)ハァ……ハァ…


クリスタ(二人…いいえ、二人以上じゃないと…この裂け目は抜けられないの?)


クリスタ(ユミルがいる世界と繋がってはいないの?私は、ユミルのいる所へ飛べないの?)


クリスタ(身体に力が入らない…私、ここで死ぬんだ…誰にも発見されずに…)









サシャ「クリスタっ!…クリスタ!!」ペチペチ…


クリスタ「……ん………こ…こは、天国?」

クリスタ「ううん、きっと地獄だね。だって私、兵団の馬を盗んじゃったし…」



サシャ「馬を盗んだ?…何を言ってるんですか?」

アニ「馬を盗んだ夢を見たんだろ?多分…」


ミカサ「怪我はない?クリスタ…」スッ…


クリスタ(一人、見慣れない人がいる…あなたは誰?)



クリスタ「うん、大丈夫…ミカサ、サシャ…ありがとう」ギュッ

クリスタ「あと…えーっと、あなたもありがとう」



アニ「…何で私だけ名前で呼ばないの?」プイッ

サシャ「まぁまぁ、アニ…。拗ねなくたっていいじゃないですか。くだらないことで」

アニ「くだらないってね…あんたいつも一言多いよ!」



クリスタ「そうだ!」ガバッ

クリスタ「いっ!…痛っ……」



クリスタ(全身を打ったみたい…骨は折れてないと思うけど…身体中が痛い)


ミカサ「クリスタ、無理は良くない」

ミカサ「私があなたを背負って医務室まで連れて行く…」


クリスタ「あの…私…」

サシャ「そこの棚から落ちたんですよ、クリスタ」


クリスタ「えっ…棚?」


サシャ「そう!高い所の掃除はベルトルトとかライナーに任せておけばいいんです」

サシャ「クリスタみたいに小さい子が無理をする事無いんですから!」

クリスタ「小さい子…」ムスッ




クリスタ「あ…」


アニ「ん…?」


クリスタ(また分からない名前が…ベルトルト?ライナー?)



クリスタ「そうだ!!ねぇ、ユミルは?…ユミルはどこ?」


サシャ「ユミル…?」


ミカサ「…」

アニ「…」



クリスタ「…何でみんな黙ってるの?ユミルを知っているんでしょう?」


クリスタ「ユミルに会いたいの!!お願い、ユミルに会わせて!」ジタバタ…



ミカサ「クリスタ、暴れるほど元気があるのなら…ここで降ろす」

サシャ「じゃ、私が医務室に連れて行きます。だいぶ混乱してるようですし…」


クリスタ「ねぇ…ユミルは…?」


アニ「まだ寝ぼけてるんだね…はぁ……。ユミルって飼ってたペットの名前かい?」


クリスタ「ペット…?」


サシャ「珍しい名前ですね、ユミルだなんて」

ミカサ「そうね…覚えやすいし、素敵な名前だと思う…」


クリスタ「…」





クリスタ「やっぱり私、失敗しちゃったんだ…」



クリスタ パチン シュルル…



クリスタ「ユミルから貰ったコスモスをかたどった髪留め…。花言葉は『乙女の愛情』…」


クリスタ(あなたはこの花言葉を知ってた?…ユミル。まるで私達の事みたいだね)

クリスタ(あと、このピンクのコスモスには…『少女の純潔』って意味があるんだよ…)



クリスタ ギュッ…



クリスタ(私はまた飛べる!何度でも…どこまでも、あなたを追い掛ける…)

クリスタ(お揃いの髪飾りを持ってるユミルだけを…この奇妙な世界の中から見付け出す)




クリスタ「この世界は私にとって何の価値も意味も無い。だってここは…」


クリスタ「ユミルがいない世界」









ユミル「アニがいない世界」アルミン「アニだけじゃない…」

             ―  完  ―


読んでくれてありがとう

乙くれた人にも感謝


丸2日あれば書き終わるだろう
…と思って手を付けたら2週間もかかってしまった

あっちもゆっくりですが書き続けています
更新が遅くて申し訳ない。息抜きしすぎた

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月07日 (月) 08:01:49   ID: Ytk_SjWo

えっ?結果的にどういうこと?f(^_^;

2 :  進撃の巨人SS   2015年04月19日 (日) 23:54:58   ID: UrFxPr56

こういうミステリアスなストーリー好き。
この不思議さと余韻を残す感じがまた、良い。
素晴らしいssだった。

3 :  SS好きの774さん   2015年12月20日 (日) 06:09:58   ID: AnVemW5B

これ続き無えのか?
メッチャ読みたいんだが

4 :  SS好きの774さん   2019年04月25日 (木) 22:19:56   ID: zRQDBdA4

ん?つまりユミルとアルミンは別の世界に飛んだけど元々いた世界じゃなくてマルセルがいる世界に飛んで、結果的に壁が壊されなかった世界からはクリスタがいなくなって、また別のライナーとベルトルトのいる世界に飛んだってこと?

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