注意!
・このssは、魔王「頼んだぞ、勇者!」の番外編です。先にそちらをご覧下さい。
・この番外編は、以前、未完に終わってしまった、番外編『過ち』に加筆したものです。それをご覧になっていた方には、しばらく同じ展開が続きます。
・地の文多め
以上のことに留意して、ご覧下さい。
時折、夢を見る。
両親の夢だ。
何てことはない、平凡で、幸せな朝の夢。
その夢を見るたび、俺は、恐怖を覚える。
夢の行き着く先を知っているから。
幸せなのは、最初だけ。これは、悪夢なのだ。
それでも、俺は、その夢を見る。
一瞬の幸せを感じるために。
俺は、過ちの苦い記憶を噛み締めるのだ。
魔王「頼んだぞ、勇者!」番外編 『過ち』
?「――ルフ。起きなさい、もう朝よ」
?「エルフ?」
エルフ「……もう少し、寝かせて」
?「またお父さんといたの?」
?「もう、ちゃんと寝かせるようにって言ってあるのに……」
エルフ「……ぐぅ」
?「あ、こら! ちゃんと起きれないなら、今後、お父さんといるのは禁止にしますよ」
ガバっ
エルフ「……起きたよ、お母さん」
エルフ母「良い子ね」ニコ
俺には、人間の父と、エルフの母がいた。
二人とも研究者で、出会ったのも同じ職場で働いていたのがきっかけらしい。
とはいえ、結婚して俺が生まれてから、母の方は、研究ばかりしているわけにもいかなかったようだが。
エルフ母「はい、朝ご飯」
父「お、今日もおいしそうだ。よし、ダークエルフ」
エルフ「……うん」
父「せーの」
「「いただきまーす」」
エルフ「……お父さん、今日は?」
父「うん、今関わっている案件が大詰めでね。今日は帰りが遅くなりそうだ」
エルフ「……そっか」
父は、機械いじりが好きだった。家の一室を工房にして、これといった目的のない、小さな機械を作っては、俺に見せてくれた。
子供の頃の俺は、かたかたと動くそれらにすっかり魅了され、父と一緒に拙い手で、真似事をしたりもした。
父「そうしょげるな。これが終われば、多分休みが取れる」
エルフ「!」キラキラ
父「ははっ、だから、それまで待てるな?」
エルフ「うん!」
エルフ母「ちゃんと時間には寝かせて下さいね。それが出来ないなら……」
父「すまない。つい、時間を忘れてしまって。次からは気をつけるから」
エルフ「っ」コクコク
父と母、そして俺。三人での暮らしは、幸せで、おそらく、他人より裕福だった。
子供の俺は、その日々がずっと続くと信じて疑わなかった。いや、この日々が終わりを告げることがあるということすら、理解していなかった。
しばらくして、自分が、エルフよりも耳が短く、人より肌の色が薄く、瞳が病的なまでに紅いことに気づいた頃、両親の間に流れる不穏な空気を、俺は、感じ取った。
エルフ母「どうでした?」
父「駄目だ、街では、エルフへの不信感が高まっている」
父「もうお前は、街に下りないほうがいいかもしれない」
エルフ母「そうですか……」
父「すまない。こんなことになるなんて」
エルフ母「いえ、あなたが気に病むことではないわ」
エルフ母「それより、あなたは大丈夫なの?」
父「わからん」
エルフ母「そう……気をつけてね」
父「ああ、わかってる」
突然の悪夢に、眠れなくなったとき聞こえた会話。
人とエルフの仲が悪くなっている、ということ以外、何も分からなかったが、何故か、扉を開けて両親に悪夢のことを伝えることはしなかった。
してはいけないような気がしたのだ。
ある日、父が額から血を流して帰ってきた。
俺も、母も、大慌てで手当てをし、何があったのかと問いつめた。
父「石を投げられたよ。まさか、そんなことをされるとは思わなくてね。見事に当たってしまった」
ははは、と父は何でもないことのように笑っていたが、そうではないのは、誰の目にも明らかだった。
エルフである母と、混血である俺にとって、この場所が安全とは言えなくなっている。
時が来たのね、と母が言った。
その日の内に、俺たちは、出立の準備をして、家を離れた。
俺と母は、エルフの里へ。父は、他の街へ。
いつか必ず、あの家に戻ると誓って。
エルフの里は、俺たちを受け入れはしてくれたものの、歓迎、というわけにはいかないようだった。
里に着く頃には、人とエルフの間の溝は、修復不可能なものになっていた。
久々の帰郷となる母の言葉が、耳を刺した。
エルフ母「森が、泣いてる……」
エルフ「? ……お母さん?」
エルフ母「何でもないわ。行きましょう」
皆の間に流れる不安と緊張。俺たちに向けられる疑惑と嫌悪。
見張り台を作るために必要以上の木が切り倒され、兵士の装備を打つ鎚の音が、静かな森に何時までも響いていた。
里の中にいても、周囲の環境の危うさは、そう変わらなかった。
ただ単に、その危うさを担うものが人からエルフに変わった、というだけのことだった。
人との混血である俺は、やはり良い目で見られることはなかった。
外に出れば、必ず監視がついたし、取引も冷遇されることが多かった。
その内に、ダークエルフ――堕ちたエルフと陰で呼ばれていることを知った。
不思議と、驚かなかった。
そのころには、エルフにとって、人類がどういうものとして見られているか、わかっていたからかもしれない。
人との混血。エルフたちからすれば、その事実だけで、俺と母は、忌むべき対象なのだった。
それに加えて、外見もエルフと大きく異なる俺は、気味悪がられて当然だった。
エルフ「……母さん、俺、俺……っ」
エルフ母「っ」ギュ
エルフ母「良いの、良いのよ……」
エルフ「……ぐすっ……ひぐっ……」ポロポロ
それからは、あまり外に出ることも無くなり、家に引きこもることが多くなった。
棄てられた廃材を取ってきては、取り留めの無いものを作った。
いつかあの家に戻ったとき、父に褒めてもらうために。
自分の中の魔力の扱い方がわかってくると、より複雑に動くものも作れるようになった。
それを見て、母は、微笑んだ。
エルフ母「機械と魔法の融合。それが、お父さんとお母さんの目指していたものだったのよ」
エルフ「……機械と魔法……」
エルフ母「そう、人の作る機械は、燃料を必要とする。でも、燃料は、森を汚してしまう」
エルフ母「だから、燃料の代わりに魔力を使って機械を動かそうと思ったの」
エルフ母「自分たちの体に宿る魔力を使えば、森を汚すことなく、機械を動かせるんじゃないかって」
エルフ「……そう、なんだ」
エルフ母「あなたはやっぱり、私たちの子供ね」
そういって、母は、俺の頭を優しく撫でた。
その温もりを今でもこうして思い出す。
ある日の昼間、俺は、取り押さえられた。
エルフであることは確かだったが、見知らぬ顔の男たちだ。
言葉を発しようと、口を開いただけで殴られた。
そのまま引きずられるように、連れて行かれた先には、母がいた。
エルフ母「エルフ!」
エルフ「……母、さん?」
そこは、里の風景とは似ても似つかない場所だった。
どちらかといえば、人類の施設のような雰囲気を漂わせている。
金属の床の冷たさに、体が震えた。
半円形の部屋には大きな筒が並べられており、その中央の壁には、大きな球体がはめ込まれている。
その前に、母はいた。
険しい表情で、俺の傍らに立つ人物を睨みつける。
エルフ母「エルフは、関係ないでしょう!?」
エルフ母「今すぐ、手を離して!!」
「それはできない。理由は分かっていると思うが?」
エルフ母「脅すつもりなの?」
「ああ」
「我々は、この戦いに勝利しなければならない」
「そのためには、使えるものは何でも使う」
首もとにひやりとした感覚。
男が、抜いた短剣の刃を、俺の首に押当てていた。
エルフ母「止めて!!」
母の悲痛な顔は見るに絶えず、俺は顔をそむけようとした。
しかし、男がそれを許さない。短剣に込める力を強め、生暖かい感触が、首もとにじわりと広がった。
「まあ、結論を急ぐ必要はない」
「ゆっくり、考えると良い。……連れてけ!」
エルフ母「エルフ!!」
エルフ「お母さん!!」
乱暴に引きずられながら、俺と母は、互いの名を叫び続けた。
俺は、牢屋のような部屋に入れられ、置き去りにされた。
毎日一食、祖末な食事が配給される。それ以外は、何もない、誰もいない。
ただ暗闇だけが、そこにあった。
エルフ母「エルフ……?」
エルフ「……お母さん?」
母が来たのはいつ頃なのか。暗闇の中でそれを知るのは、困難だった。
分かるのは、配給の回数が数え切れなくなったころだということだけだ。
エルフ母「ああ、エルフ! 奴らに何をされたの?」
エルフ「何も……おなかが空いているだけだよ」
エルフ母「……」ギリ
エルフ「……お母さん?」
エルフ母「……あなただけは、あなただけは」
エルフ母「絶対に助ける、絶対によ……!」
その時の、母の瞳に尋常ではない光を見たような気がする。
朧げな意識の中では、何もかもあやふやだ。
エルフ母「エルフ、あなたは強い子よね」
エルフ「……?」
エルフ母「いいえ、あなたは強い子よ。何があっても、絶対生き残る」
エルフ母「わたしとお父さんの息子ですもの」
母と会ったのは、それが最後だった。
牢屋を出るまでの最後の何日かは、食事さえ出なくなった。
外の様子も分からないまま、ただ時間だけが過ぎ、体と精神は衰弱していく。
抗い難い眠気と共に死が近づいてくるのを感じた。
そのときだった。
「……エルフ、だいじょぶか」
扉が開かれ、何者かの声が聞こえた。
もう、それに言葉を返すだけの力は残っていなかったが。
「エル、ふ、えるフ」
しばらく揺すられ、持ち上げられる。肩に担がれた格好になったようだった。
「……絶たいニ助けテヤる」
その声にどこか懐かしい響きを感じ、俺は、微かな抵抗すら止め、微睡みの中に落ちていった。
「……!」
懐かしい、夢を見た。
両親の夢だ。
何てことはない、平凡で、悲しい夢
行き着く先は、孤独。
暗く寂しい、孤独。
「……」
あれから、俺は、必死に生きた。
そして、生き残った。
これが、幸福なのか、それとも、不幸なのか。俺にはわからない。
ふと、あの三人組の姿が目に浮かんだ。
人類との和平を謳った彼らは、今、城に着いているころだろうか。
「……和平、か」
あの時、その考えを唱える者はでなかったのだろうか。
それまで、何の問題もなく出来ていたのだから。
あの時、人とエルフが手を取り合っていれば……。
いや、もう、過ぎたことだ。考えるのはよそう。
今、俺が成すべきは、やはりただ一つ。
立ち上がり、服の汚れを軽く払うと、俺は、歩き出した。
王の城に向かって。
蜘蛛女「さて……」
死ぬ覚悟はできた。後は、命の限りやるだけだ。
敵は、とりあえず六人。その後ろに見える奴らは意識の外に置く。どの道、相手にできない。
「……」
虚ろな目。表情のない顔。まるで人形のような兵士たち。
それらが、間合いを計るようにじりじりと近づいてくる。
それぞれが剣や槍を持ち、軽装ながら鎧を身につけている。
対するあたしも、槍を持ち、奴らより分厚い鎧を着けてはいるが、味方はいないし、怪我もしてる。
横目で、落ちてきた天井の下敷きになった足を見やる。
酷い痛みだが、足の感覚はない。おそらく、もう使い物にはならないだろう。
なるべく早いうちに処理したいが、この数の敵を前にして、不用意には動けない。
槍を振り回して、牽制。
普通なら、多少なりともビビるもんだが。
蜘蛛女「チッ……眉一つ動かさねぇか」
くそがっ。
どうする。こっちは動けない。相手は向かってくるだけで良い。
間合いを計り終えて、兵士たちの動きが止まる。
緊張がはしる。動けば、血が流れる。
だれが最初に、血を流すか。
「!」
先に仕掛けてきたのは、やはり向こうだった。
槍を持った兵士が、単純な突きを繰り出す。
いなし、相手の槍を掴み、ぐいと引く。
体勢を崩した相手の首を、短く持った槍の穂先で切り裂く。
ごぼごぼと音を立てながら倒れた兵士の体を、足で潰しながら、つられて間合いに入った奴らを、纏めて薙ぎ払う。
残りは、六人。とりあえず。
「……じり貧じゃねぇか、よっ!」
次々に向かってくる兵士たちの物量に、体力がゆっくりと消費されていく。
体に届く刃が増え、自分が死に近づいていくのをまざまざと感じる。
やっぱり、駄目だったか。
心が、生きることを諦める。死の覚悟が、あたしの耳元で囁く。
さあ、こっちにおいで。
動揺。一瞬の隙が、あたしの喉元を狙う。
「っ」
体を無理矢理ひねって、すんでのところで穂先をかわす。
お返しに、あたしの突きをくれてやる。その穂先は、相手の体に深々と刺さった。
「はあっ……はあっ……」
槍を引き抜こうとした手が震える。力がまるで入らない。
「……くそが」
槍が手を離れ、床に落ちる。跳ねる音が、虚しく響く。
終わり。自分の最期を感じ、あたしはそっと目を閉じた。
ガラスの割れる鋭い音。何かが風を切る音。床の上をころころと転がる音。
魔力が放出されるときのヴンという独特の音がそこかしこで上がる。
「……大丈夫か」
どこか聞き覚えのある声に、目を開けると、そこに奴がいた。
蜘蛛女「お前、どうして……」
エルフ最後の、こっち側でただ一人の生き残り。
ダークエルフ「……やるべきことを、思い出したんだ」
周囲を見やると、あれだけいた兵士が全員倒れていた。中には、ばちばちと紫色の火花を上げる兵士もいる。
蜘蛛女「……一体、どうやったんだ?」
ダークエルフ「……これを使った」
エルフが懐から取り出したのは、金属でできた不格好な石のようなものだった。表面は継ぎ接ぎだらけで、管がいくつか飛び出している。
ダークエルフ「……奴らの動力源は、外部から送られてくる魔力だ」
ダークエルフ「……なら、その魔力の供給を絶ってやれば良い」
蜘蛛女「何でそれを知ってんだ?」
あたしの問いに、エルフは背後にできた、底の見えない大きな溝を見下ろすように立ち、言った。
ダークエルフ「……俺なら、そう作るからだ」
蜘蛛女「……?」
ダークエルフ「……俺のことはいい。お前は大丈夫なのか」
蜘蛛女「大丈夫……とは言えねぇな」
ダークエルフ「……動けるか」
蜘蛛女「この足をどうにかしないことには、無理だな」
ダークエルフ「……俺は、どうすればいい」
蜘蛛女「この足は、もう使い物にならねぇ」
蜘蛛女「切り落とすしかねぇんだが、情け無いことにもう手に力が入らなねぇ」
ダークエルフ「……わかった」
手近な剣を拾い上げ、エルフはあたしの潰れた足に近づく。
蜘蛛女「節からやってくれ。その方が楽に切れる」
エルフは黙って頷き、剣を振り上げ、潰れた足に突き立てた。
蜘蛛女「ぐうぅぅぅっ!!」
ある程度慣れているとはいえ、凄まじい痛みが足から全身に伝わる。
食いしばった歯の隙間から、自分のものとは信じ難い唸り声が漏れる。
しばらく経って、あたしはやっと拘束から解き放たれた。
蜘蛛女「はあっ……はあっ……」
ダークエルフ「……今、手当てしてやる」
ダークエルフ「……どうだ?」
蜘蛛女「なん……とか、なる」
ダークエルフ「……歩けるか」
蜘蛛女「多分な」
ダークエルフ「……なら、早くここを離れろ」
蜘蛛女「あんたは?」
ダークエルフ「……俺には、まだやるべきことがある」
蜘蛛女「わかった」
その後、崩れ行く城の外で再び出会うまで、エルフが何をしていたのか、あたしは知らない。
でも、その時の奴の表情は、どこか悲しく、寂しげだった。
眼下に広がるのは、玉座に向かう者を阻むように広がる、亀裂。光を吸い込むような暗黒が、その亀裂を満たしている。
ダークエルフ「……」
暗黒が、俺を呼ぶ。俺が求めているモノが、あの闇の奥にいる。
背後で、兵士がガタガタと音を立てる。即席の魔力供給妨害装置の効果は、未知数だ。兵士たちが、いつ息を吹き返すか分からない。急がなければ。
懐から、ブーメランのような形の物体を取り出す。片側が、もう片側よりも長く、短いほうには、引き金がついている。これも即席だ。上手く動作する保証は無い。
しかし、俺は、自分の腕を信じることにした。
暗闇に向かって、一歩踏み出す。支えるものを失い、自分の体が重力に引かれて落ちていく。
ダークエルフ「……!」
ある程度落下したところで、片腕を上げ、ブーメラン状の物体を、その一端を、遠くなる亀裂に向ける。引き金を引くと、亀裂に向けた一端から、魔力を撚りあわせて作られた強靭な糸が射出され、亀裂の端にどうにか付着した。
がくん、と体が上に引かれ、落下が目に見えて緩やかになった。
どうにか、働いたようだ。
ゆっくりと、暗闇の中を進む。さっきまでの喧噪が嘘のようだ。
ダークエルフ「……」
もし、この奥にいるモノが、俺の予想通りだとしたら、その時、俺は、どうするだろう。
ふと浮かんだ、無茶な考えを振り払う。俺には、どうしようもない。
しばらく、降りていくと、静けさの中に、腹に響くブーンという音が聞こえ始めた。
その音が、徐々に大きくなる。そして、突然、四方からの光にさらされた。
あまりの光量に、目が眩む。やがて、目が慣れてくると、眼下の光景が見えた。
「……これは」
信じられない数の人間が、地面を覆っていた。生き残りの人類かとも思ったが、そのどれにも、生気が感じられない。上にいた兵士と同じ人形だ。しかし、兵士と違い、いくつかの型に分類されているらしい。同じ顔がいくつもあった。
〝フレームパターン、勇者、製造完了しました。フレームパターン、戦士、製造完了しました。フレームパターン……〟
空間全体から無機質な声が響く。
ダークエルフ「!」
壁の一面に、はめ込まれた大きな球体が紅く光り、こちらを〝見た〟。
〝生体反応を検知。計測中……〟
〝計測中……計測中……計測、中……ケ、計測チ、中……計、計、計、速、即、測中……〟
大きな球体の紅い光が明滅し、無機質な声が、悍ましい変化をする。
〝……お……オ……おか……〟
ダークエルフ「!」
〝……おかエり、えルふ……〟
視界がぼやける。何も見えない。
その言葉を発するのに、かなりの時間がかかった。
ダークエルフ「……母さん」
下に並ぶ人形の全ての目が開き、俺に向かって手を伸ばす。
「「おかえり、おかえり、おかえり」」
ダークエルフ「……ただいま、ただいま、母さん」
やはり、やはり、母さんだった。その事実が、ぐるぐると頭を駆け巡る。
どうして、何故、母さん、母さん。
悲しみが、とめどなく溢れ出ていく。
俺が、終わらせなければ。
あそこにいるのは、きっと母さんであって、母さんじゃない。
俺が、エルフの、この『過ち』を終わらせなければ。
「「おかえり、おかえり、おかえり」」
俺は、最後に残った魔力供給妨害装置を取り出した。
蜘蛛女に見せたものだが、兵士たちに使ったそれとは、仕様が異なる。
あれは、一時的に供給を妨害するだけだが、これは、いわば、魔力を用いた爆弾だ。込めた魔力を何十倍にも増幅し、一気に解き放つ。
ダークエルフ「ごめん、ごめんよ」
泣きながら、精一杯の魔力を装置に込める。冷たい鉄の塊だったそれは、徐々に脈打ち始めた。蒼い光を放ち、手の中で暴れる。
ダークエルフ「さよならだ、母さん」
涙を拭い、装置から、そっと手を放した。
同時に引き金を引く。魔力の糸が手繰り寄せられ、自分の体が、降りる時の倍する勢いで昇っていく。
ただの光だった亀裂が、その姿を表し始めた時、装置が無事、爆発した。
「「おかえり、おかえり、おかえり」」
魔王「頼んだぞ、勇者!」番外編『過ち』 おわり
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