千早「おもてなし」 (48)

完結済みだお

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仕事を終えてマンションに帰ると、玄関に見慣れない物体が

「むー、物体ってのはひどいよ~」

「ごめんなさいね、でもどうしたの真美、こんな夜更けに」

「んー、とりあえずおうちにあげてほしいなー」

サイドテールをくるくる指でいじりながら上目遣い、私が断れないのを知っている。
ずるい。

「どうぞ、散らかっているけど」

「お邪魔しまーす」

ダンボール積みっぱなしからは卒業したが相変わらず殺風景な私の部屋。
言うほど散らかってはいないけれど、というか物が少ないのだ。

「ほうほう、ここが千早お姉ちゃんのハウスかぁ」

「ふふっ、何よそれ。麦茶でいい?」

「あ、ありがとう」

未だに家事は苦手な私の必需品、水出し麦茶。
ペットボトルを買うより経済的だし、手軽で美味しい。便利。

「で、どうしたの?」

冷蔵庫を閉め、座布団を置いただけのフローリングに座る。

「うーん、まあ大したことじゃないんだけどね」

座布団の上でクッションを抱えて体育座りの真美。
大したことだって、それくらいは人付き合いの悪い私でもわかる。

「まあなんでもいいけれど、うち、時間を潰せるものなんてないわよ?」

きょろきょろと部屋を見回す真美、その視線が一点で収束する。

「なにか落ち着ける音楽、ある?」

「はあ、仕方ないわね」

給料で買った、そこそこいい値段のオーディオコンポ。
何をかけよう。しばし悩んだ末、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルトの盤をセットする。

「家の人には言ってあるの?」

「うん、千早お姉ちゃんの家に泊まるって」

再生。甘い旋律が深みのある音色で流れだす。

「その割には、荷物が少ないんじゃないかしら」

「うっ、千早お姉ちゃんにバレるとは」

「私をなんだと思ってるのよ、ほら、携帯貸して」

「はーい」

番号が入力された携帯電話を受け取る。

「あ、もしもし。双海さんのお宅でしょうか。はい、私真美さんと亜美さんの同僚の如月千早と申します。ええ今真美さんが……はい、もう今日は遅いですのでこちらで……はい、すみません。明日きちんと送って行きますので、はい。それでは真美さんにかわります」

電話を真美に手渡す。
ふぅ。
電話は息継ぎを余りしないからか、いつもため息が出てしまう。

「もしもしお母さん?うん、ごめんね。うん、大丈夫だってば!……もう、子供扱いしないでよ。切るよ?うんじゃあね」

「大丈夫だった?」

「うん、大丈夫」

目をきちんと合わせてくる。だいぶ落ち着いたみたい。

「えへへ、今日はお泊りだねい」

「そうね」

心地よい沈黙の中麦茶をすする。もうすぐ第一楽章が終わりそうだ。

「少し、買い出しに行きましょうか」

やってきたのは24時間営業のディスカウントスーパー。

「少し意外かも」

「何が?」

「千早お姉ちゃんってコンビニの出来合いのもので済ませてるようなイメージあったから」

「まあ、否定はしないわ」

事実である。栄養補給ゼリーとブロックフードだけで過ごしていた時期が確かにある。

「でもやっぱり自分で料理をつくるっていうのは、気分転換にもなるしいいものよ」

「ほえー、そんなもんかねえ」

野菜売り場を歩きながらにんにくと茄子をカゴに。

「真美は料理、しないの?」

「興味はあるけど、時間もないしお母さんがご飯作って待っててくれるから、あんまりやる必要がないっていうか」

「なるほどね」

「あ、でも亜美よりはできるよ!調理実習でパスタをクッキングペーパーで拭いたりしないし!」

「ふふっ、なによそれ。比較対象が低すぎるわ」

一応時間も時間なので無添加のベーコンを選ぶ。

「ねー千早お姉ちゃん、何作るの?」

「亜美が紙で拭いたっていうパスタね」

最後に瓶詰めのトマトソースを手に取りレジへ。
さっと会計を済ませて家路につく。

「じゃあ早速作っていくわね」

「真美も!真美も手伝う」

「あら、じゃあお願いするわね」

その前に、普段は付けないのだが一応買ったエプロンを真美につけてあげる。

「これでよし。汚れたら申し訳ないものね」

「あ、あんがと。千早お姉ちゃんはいいの?」

「いいのよ、もう部屋着に着替えたから」

まずは二人で手をよく洗う。

「じゃあ真美はこの鍋にお湯を沸かして」

「ラジャー!」

一人暮らしなのでパスタ鍋や寸胴なんてものはない。土鍋とフライパン、後はこの雪平鍋だけあればだいたい何とかなってしまう。

「蓋をしたほうが早く沸くんだよね?」

「そうね」

にんにくはひとかけ微塵切り、茄子はとんとんと半月切りに。
オリーブオイルをしいたフライパンを軽く熱してにんにくを投下。
じゅうぅ、という音とともににんにくの香りが油に移っていく。

「あ、換気扇」

「真美がやるよ」

ぶぉぉぉん、くたびれた音を立てて換気扇が回り出す。

「じゃあ真美はフライパンの中身を焦がさないように炒めて」

「分かった」

「茄子にはまんべんなく油を吸わせてね」

「うん!」

真美が木べらで具材を炒めている間にベーコンを一口大に切っていく。
奮発してブロックベーコンなぞ買ってしまったので、少々面倒ではあるが肉の食感が楽しめる程度の厚さに切っていく。

「わわっ、ちょっと焦げてきちゃったかも!」

「大丈夫よ、火を弱めて。なんなら止めてしまってもいいわ」

少し古めの備え付けのガス台をかちゃかちゃいじって火を弱める。
そしてベーコンを投入。

「お肉って先に焼くんじゃなかったっけ?」

「普通はそうね。でもベーコンは燻製だし、今回は茄子に油を吸わせたかったから後からでもいいかなって。ふふっ、適当ね」

「んっふっふ~、やっぱり千早お姉ちゃんは千早お姉ちゃんですな」

「何よそれ、もう」

「いやいや、いつもカッコいいけどどこか安心できる感じってことだよ」

「そうかしら?特に意識したことはないのだけれど」

「そういうところがかっこいいの♪」

「真美もいつも元気で明るくて、今どきの女の子らしくて羨ましいわ」

「え、そ、そうかなあ……えへ」

おしゃべりしながらベーコンに火を通す。少しカリッとした焦げ目がついたらトマトソースを入れる。

「いっぱいこびりついちゃってもったいないねえ」

「そうね、だからこうするの」

ビンに水を3分の1ほど入れて蓋をしっかり閉め、シェイク。

「おおー!みるみるうちに汚れが落ちていくー!」

「これが撫で洗いなんですよ、って違うわよ」

「千早お姉ちゃんがノリ突っ込み、ですと……?」

「ふふっ、なんだか真美といると妹みたいで普段よりリラックスしてしまうわね」

「妹かあ。えへへ、こんなお姉ちゃんがいたら真美も嬉しいな」

「私なんかでいいの?」

「千早お姉ちゃんだからいいんじゃん」

「まあ、なんでもいいですけどー」

「なにそれー」

「昔の口癖」

ソースの熔けた水をフライパンに加える。後は少し煮詰めればソースは完成。次は麺。

「お湯はもう沸いた?」

「うん、ばっちり!」

「じゃあ塩をひとつまみ入れてくれる?」

「わかったよ!」

小さな手が、小壺の中の塩をつまんで雪平にふりかける。
それより大きい手がパスタを人数分計って放射状に投下する。
しばらく菜箸で優しくかき混ぜ、パスタ全体が水の中に浸ったら手を止める。

「ここからは少しズルをします」

「どういうこと?」

「こういうこと」

少し大きめの蓋をかぶせ、火を止める。

「えー!火止めちゃうの!?」

「そう。後はゆで時間のぶん待つだけよ」

ぴっ、予め8分に設定してあったタイマーを起動。
あとはテーブルメイクとか、色々していればいい。なんて楽なんだろう。

「本当に大丈夫なのー?」

「大丈夫よ。私を信じなさい」

「えー、なんかそのセリフあんまり信じられない人が言う奴じゃーん」

折りたたみ式のちゃぶ台を塗れ布巾でふき、麦茶を改めてつぐ。
BGMは食事時にふさわしく、モーツァルトなんてどうかしら。
流れ出る小さな夜の音楽、まさに今晩にふさわしいと思う。
そうこうしている内にゆで時間が終了。

「まだ信じられないよ……」

「じゃああなたが開けてみなさい」

「えー、じゃあ開けるけど」

蓋を開ける。すると中からは黄金色のパスタが顔を出す。

「見た目だけじゃまだ……」

「一本食べてみる?」

「うん……あ、ほんとに柔らかい!なんで!?」

「私も良くはわからないけど、ゆでるのって結局水分を浸透させてデンプンに熱を与えてアルファ化させるわけでしょ。だったら蓋をしておくだけでも十分だと思わない?」

「むむむ、難しい言葉がいっぱいだぞ~」

「ふふっ、まあ美味しければいいの」

真美にざるをもってもらって、パスタの湯切りをする。そして軽くお湯をまとった状態の麺をトマトソースに加え再点火。

「ソースと混ぜるだけじゃないんだ」

「少し炒めたほうが馴染む気がするのよね」

ソーズと絡んだパスタを皿に盛り付けて完成。

「ごめんなさいね、フォークがないからお箸で」

「ううん、真美もお家ではお箸で食べちゃうことあるし」

「それじゃあ」

「うん」

「「いただきまーす!」」

「良かったら粉チーズ使って」

「ありがと!」

麺をひとつかみ、ちゅるちゅるとすする。
うん、美味しい。トマト味に外れなし。

「美味しい……」

「本当?なら作った甲斐があったわね」

アルデンテの麺とシンプルな味のソースが良くマッチしている。
トマトの酸味、ベーコンのコク、にんにくの香り、茄子の食感。
少ない食材だからこそ個々の持ち味が際立つ、ような気がする。
それにしてもだ。家事初心者の私の家庭料理、大した味じゃあないだろうけど

「ん?どうしたのじっと真美を見て。まさか惚れちゃいましたかな~?」

あんなに暗い顔をしていた真美を、幸せに出来たことに関しては誇ってもいいのではないか。

「なんでもないわよ、楽しい夜だって、そう思っただけ」

どうせ亜美と喧嘩したとか、そんな小さなことがこじれてしまったのだろう。
だったら、料理という小さな幸せでそれが解ければいい。

「いや~でも今日は月が綺麗だねえ」

「ええ――」

「私、死んでもいいわ、かしら?」

「え、なにそれ」

「なんでもないわよ、もう」

おわり

以上です。パスタ茹でるの最高に楽なのでお試しください

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