エレン「この長い髪を切る頃には」(993)



*続編です。ミカサ「この長い髪を切る頃には」の続き。今度はエレン視点で書いていきます。

*現パロです。現在、エレンの髪がちょっとずつのびてます。(ミカサよりちょい長め。小さいしっぽ有り)

*舞台は日本ですがキャラの名前は基本、カタカナのまま進めます。漢字の時もあるけど、細かいことは気にしない。

*実在の人物とかは名前やグループ名等をもじってます。時事ネタも有り。懐かしいネタもちらほら。

*原作のキャラ設定は結構、崩壊。パラレル物苦手な方はご注意。

*原作のキャラ性格も結構、崩壊。原作と比べて「誰だてめえ」と思った方はそっと閉じ推奨。

*レスに対するお返事レスは返せない事が多いかも。体力温存の為。無視してる訳じゃないんで、OK?

*安価以外の提案は基本拾えません。もし展開が被ったら読者に先を読まれたって事。OK?

*感想は毎回有難い。でも自分の妄想話を書くのはNG。読んでいる人が混乱するから。本編と混ざると話の筋が追いづらくなるよ。

*ラスト100レスは完成する迄、レス自重お願いします。レス足りないと思ったら書き手としてプレッシャー過ぎる。(ガクブル)

*現在、ジャン→ミカサ、オルオ→ペトラ→リヴァイ←ニファ リヴァイ(?)→ハンジ←モブリット ライナー→クリスタ←アルミン←アニ(?)←ベルトルトあたりもちらほら(?)見えてます。というか、そのつもりで書いてます。

*しかし基本はエレミカ(ミカエレ)です。エレンから告白しちゃったしね。前回。

*モブキャラも多数出演。オリキャラ苦手な方もご注意。キャラ濃い目。



*そんな訳で、現在設定しているオリキャラをざっとご紹介。

マーガレット(2年生♀)→演劇部大道具リーダー。漫画描ける。腐ってる女子。

スカーレット(2年生♀)→演劇部大道具。立体造形専門。ロボットもいける。

ガーネット(2年生♀)→大道具大道具兼衣装。コスプレ好き。

アーロン(2年生♂)→役者。元野球部。高校から演劇始める。

エーレン(2年生♂)→役者。元サッカー部。高校から演劇を始める。

カジカジ(1年生♂)→役者。名前にちょっとコンプレックス有。

キーヤン(1年生♂)→役者。歌はうまい。

マリーナ(1年生♀)→役者。少年の声が出せる。ナレーションうまい。


*モブキャラが多いのは演劇部のメンバーが足りなかったからだよ。(主要キャラ全部演劇部員にするのも変だしね)

*原作のモブの名前が判明すれば……途中加入もあるかもです。

*あ、外伝のキュクロとシャルルも出てます。二人は野球部投手とマネージャー。


*そんな訳で、現パロ(エレン視点編)を始めます。OK?

よし、ちゃんと新しいスレ立てられたので、
問題なく続き書いていきます。

……が、とりあえず今日はここまで。寝ます。またね。

>>1
後提案キャラクターを考えただが、
ジャック
天真爛漫元気一杯の高校生。エレンを尊敬する青年。
クイン
ミカサの友達で優しい高校生。マーガレットの中学時代の同僚。
スペド
人に対する行動が多いミカサ達の先輩。部活の時だけ、仲間思いをする。
ディア
女たらしの困った先輩。ユミルに一目惚れをしている。
名前の由来はトランプから来てます。ぜひこのキャラクターを登場させてください。

>>3
うん。却下です。
安価取ってないのに、設定持ってこられても困る。
こっちにはこっちの予定がある。
新キャラは、今のところ募集してないです。

安価って言葉の意味、もしかして知らないのかな?
安価はこっちからリクエストを受け付けるという意味合いで、アンケートを取る事。
なので安価は基本絶対。そして責任重大。
よほどの理由がないと安価の内容は変更出来ない。

それ以外の時に、そういう設定や、自分の案を出されても困るんだ。
私は私の思う萌えを書きたい。そのために集中したい。

本当は寝たいんだが……これ以上、負担をかけないで欲しい。

>>1
に書いた、

*安価以外の提案は基本拾えません。もし展開が被ったら読者に先を読まれたって事。OK?

というのは、

個人的な妄想や設定の案を持ってこられても、それを採用できません。
って言う意味で書いてたけど、伝わらなかったのかな?

基本、拾えないというのは、
たまには案がかぶっちゃう場合もあるかもしれないけど、
それを変更せずに書いちゃうこともあるって事。

その人が提案したから書くわけじゃない。偶然という事もある。

文章の書き方って難しいね。意味がなかなか伝わらないかな…。

>>6
確かに無理な可能性がありますが貴方は今まで俺のキャラクターを脇役扱いをしてたじゃないんですか。俺の新しいスレッドにキャラクターを提案したら必ず載せるからどうかお願いします。

貴方は自分ばかり決めて楽しいですか?

>>7
貴方は今まで俺のキャラクターを脇役扱いをしてたじゃないんですか。

した覚えはないです。

>>8
そもそも、自分が決めて書くから楽しいんです。
あなたに決められると不快です。迷惑です。予定が狂います。

ここはリレー小説のスレではありません。
どうもリレー小説の方とごっちゃにしているようだけど、
ここでリレー小説、SSと同じような扱いをしてもらっては困ります。

私はあくまで、

『進撃の巨人』のキャラクターがもしも高校生だったら。

という現代パロディの「自分の妄想」を書きたい。そしてエレミカを愛でたい。
そのために書いてるのであって、あなたの為だけに書いている訳ではない。

他にも読んでいてくれる方がいらっしゃる。
ので、そういう設定などの提案等は受け付けられません。

これ以上、設定の押し付けをされても、今後はスルーします。
読んでいる方は読みにくいかもしれませんが、
面倒臭いと思うかも知れませんが、私はマイペースに、
出来た時に出来た分に一気にどかっと投下するので、宜しくお願いします。

オレは馬鹿だ。誰よりも馬鹿だ。

どんなに後悔しても、時は戻らない。

オレより、馬鹿な人間なんて、この世界にいるのだろうか?

そんな風に思ってしまうほど、この日のオレは落ち込んでいた。何故なら、大ポカをやらかしてしまったからだ。

あの日、演劇大会の帰宅の時、オレはミカサに告白してしまった。隠していた気持ちを伝えてしまった。

何故なら、あの時のオレは演じた「レナ」の心境とシンクロしてしまっていたからだ。

以前、オレとミカサは海に遊びに行った後、バスの路線を間違えて、うっかり旅館に泊まる事になってしまった。

あの時、オレは自覚した。ミカサで自分の下半身が反応してしまった事を。

そしてそれをミカサにも見られていた。だから、バレていたと、思っていたんだ。

そう、レナ王女と同じく「秘密がバレていた」んだとばかり思っていたんだ。

だからもう、これ以上は誤魔化さないで、伝えてしまおうと思った。

思ったのに………。

ミカサ『え? ああ……そうね。私も好き』

案の定、一回目では意味が通じなかったようだ。

エレン『いや、じゃなくてな』

エレン『ミカサ、オレの言ってるのは、その……レナがタイ王子を好きになったような、いや、タイ王子がレナを好きになったような、好き、なんだが』

オレはちゃんと誤解のないように言った。すると、やっと意味が呑み込めたのか……

ミカサ『ああ……………ええ?!』

と、時間差で驚いた。あ、やっと通じたな。

ミカサ『それって、私の事を、女として、好き?』

エレン『ああ』

ミカサ『エッチ、したいの?』

エレン『あー今すぐじゃねえけど。出来るんだったら、してえかなって』

ミカサ『……………』

ミカサはポカーンと口を開けたままだ。

あーあ。遂に言っちまった。でも、妙にすっきりしているのも本音だ。

あの時の、レナのように。素顔を晒した、彼女のように。

しかし、ミカサの次の言葉で、オレは自分の告白が早計だった事を知る。

ミカサ『………………気づいて、なかった』

…………ん?

いやいやいや、待ってくれよ、ミカサ。

全く気づいてなかったとか、それはあり得ないだろ?

だって、お前、見ただろ。あの日、あの時、あの場所で。

オレの下半身、テント張っちまってるの。

便所に逃げ込んだから、分かるだろ? 便所行く直前、見てただろ?

エレン『え……でも、あの時』

ミカサ『あの時?』

エレン『オレと一緒に旅館泊まった時、見てただろ? オレのここ』

と、恥ずかしいが一応、あそこを指さす。しかしミカサは即答だった。

ミカサ『いいえ』

エレン『え?』

ミカサ『というより、あの時の事は、かなり意識がフワフワしていて、細部が思い出せないの』

エレン『えっ………』

って事は何か? オレの勘違い?

劇中で言うなら、実はタイ王子がド近眼過ぎて秘密がばれてませんでした?

みたいなもんか?

見てたけど、見てなかった? え?

そんな感じか? じゃあ、ミカサは、本当にオレの気持ちに気づいてなかった……?

そう、思考が回った瞬間、青ざめた。ふらっと。

そ、そんな………じゃあオレが今、言ったのって、言い損か?

言わなければまだ、隠し通せた? あ、あははははは………。

ミカサ『でも、ジャンと仲良くすると何故か、エレンがやきもち焼いてるのは気づいてた』

エレン『そっちは気づくのか! だったら分かっててもよさそうなもん……』

ミカサ『でもそれは、なんというか、お母さんが取られて寂しい……みたいな? そんな感情? に近いのかと思ってた。

おー……。そうか。そんな好意的な解釈……って、ねえだろ。

ああ、もう。これは完全にオレの凡ミスだ。

言うタイミングが早すぎた。というより、言うべきじゃなかったんだ。

エレン『…………』

ミカサ『……………』

エレン『あの……』

ミカサ『今日はもう疲れたので、明日考える』

エレン『そ、そうか……』

ミカサ『先に部屋に戻る。おやすみなさい』

エレン『お、おう………』

……………。

以上が昨日の顛末だ。ほらな? オレ、馬鹿だろ?

布団の中で反省中だ。猛反省中だ。

ちなみに睡眠はとってない。一切な。徹夜だ。眠れる訳ねえだろ。

口が滑ったと言うべきか。それとも昨日の演劇の熱気に酔ってしまったというべきか。

なんか、あの時のオレ、ハイテンションになりすぎてたんだよ。

今までの自重が全部、パーだ。

ちなみにいつからオレがミカサの事、気になってたか。教えてやろうか?

アレは、ミカサと初めて出会った時の事だ。

あの日から、丁寧に説明してやるよ。

……という訳で、新キャラは出ません。
だってここからはエレンの回想だもの。
エレンがいかにミカサを愛でていたかを、書いていくんだもの。
元々、そういう予定だったんだ。てへぺろ☆

だから、前スレのミカサ「この長い髪を切る頃には」と
同時に読んでいってもいいよ。振り返ってみようぜ。というスレです。

では、続きはまた。






あれは忘れもしない。3月21日の事だった。

春休みが始まって気が緩んでいた中学卒業したてのオレは、その日の前日、いきなり親父に「明日、大事な話がある。父さん再婚するから」と報告された。

ああ、相手は多分、あの人だよな。写真とかで顔は知ってる。

実際会うのは初めてになるが、おっとりとした雰囲気の優しそうな女性だったのを覚えている。

その人を交えて紹介を兼ねて食事会をするという話になったので、オレは親父に前もって言われた店に向かっていた。

しかし初めて来る場所で、ちょっと……道に迷ってしまったんだ。

エレン「あれー? ここで合ってるよな?」

と、地図を片手に確認しながら歩いていたら、道の途中で何だか険悪な空気を感じた。

道の向こうで、女の子がガラの悪そうな男達に絡まれていたのだ。

綺麗な女の子だと思った。長い黒髪の、切れ長の瞳。

芸能人で言うと誰に似てるかな。あ、マキ・ホリナミとか、アイ・ハシウエとか?

そんな感じのボーイッシュな感じでもあったけど、体のバランスは、こう、いい感じにボン・キュとしている。

華のある女の子だと思った。家宝塚(女だけの劇団学校)とかでも活躍出来そうな感じの背の高めの女の子だ。

そして時計をチラチラみている。あまり時間がないんだろう。

不良達に絡まれて「面倒臭いな」というのが顔にありありだった。

オレもこの時、本当は急いでいたし、放っておくべきだったんだろうけど。

…………あー、なんていうか、理性より感情が先に動くってやつか?

頭の中で本当は「こうしなくちゃ」と思ってても、感情が邪魔して、手が出たり、行動したりする時がある。

その時のオレがまさにそれで、考えるより先に行動しちまった。

オレはそのグループに自分から声をかけたんだ。

エレン「おい、そこのお前ら」

不良少年1「あ? なんだてめーは」

エレン「迷惑してんだろ。離してやれよ」

不良少年1「は? お前、この子のなんなの?」

エレン「…………か、家族だ」

ちょっと無理やりすぎるかな。まあ、いいや。

不良少年2「はあ? 嘘つけ。顔、全然似てねえだろ」

エレン「で、でも家族なんだよ! よ、よく見れば似てるところもあるだろ?!」

すまん。いきなりの嘘で。他にいい訳が思いつかなかった。

とにかく追っ払う口実さえ作れればそれでよかった。

エレン「つか、いい加減にしろよてめーら。人の時間を奪ってんじゃねえぞ!」

不良少年2「はあ?! 奪ってるのはそっちなんですけど?! 邪魔すんじゃねえよ!」

エレン「邪魔してんのはそっちなんだよ! この子はこの後、用事があるんだよ! てめーらに構っている時間なんてねえんだよ! いいから離せっつってんだろ!」

オレが時間を稼げば、その間に逃げてくれるだろう。

そう思ってオレは特攻をかけた。だけど、相手の方が一枚上手で喧嘩慣れしていた。

しまった。奴らにマウントポジションを取られ、両顔をボコボコにされ始めた、その時、

ゴス! ガッ! ボッ!

風が鳴った。

風を切る音が響いて、そいつらは時間差で地面に堕ちた。

………え?

今、この女の子が倒しちまった? のか?

ミカサ「………ごめんなさい。手助けが遅れて。まさかあなたが先に手を出すなんて思わなかった」

助けた筈が逆に助けられてしまった。

いや、その……ごめんなさい。一瞬だけ、パンツ見えました。

……じゃねえよ!

エレン「いや……つか、なんつー強さだよ」

ミカサ「あなたの方こそ少し無謀過ぎる。お節介は嬉しいけれど時と場合による」

エレン「ふん……男として間違った事はしてねえよ」

この時のミカサは正装のワンピース姿だったんだ。

だから彼氏か? 誰かと待ち合わせなのかな? とも思ったんだよ。

エレン「腕時計をずっとチラチラ見てたしな。傍から見て困ってたように思えたから。待ち合わせに遅れそうになってんのかと思ってさ」

ミカサ「うん。正解。ありがとう。そこまで気遣ってくれて」

女の子らしい格好とそのハイキックのギャップにオレはうっかりドキドキしていた。

エレン「いいって。オレもこの後に用事があるし、そういう時、邪魔されるとイライラすんだろ?」

ミカサ「え? あなたも用事があるのに助けてくれたの? いい人なのね」

エレン「あ………ま、まあ……遅刻したら相手に謝るしかねえけどな。じゃあな! オレも急ぐから!」

誤魔化すようにオレはその場を後にした。あの子も忙しなくその場を去る。

ああ、やっぱり急いでたんだな。無理をして正解だった。

あの子がデート(?)に遅れない事を祈る。

さて、オレも自分の用事を急ごうっと。








エレン「親父! 遅れてごめん! ちょっと道に迷っちまって!」

ミカサ「!」

エレン「!」

親父のくれた地図が分かりにくかったせいで遅れて滑り込んだら何故かあの子がそこにいた。

えええええ? 何でだ? 何でここにあの子がいるんだ?!

グリシャ「エレン。いいから座りなさい。早く」

エレン「ああ、すみません……(ペコリ)」

とりあえず遅れた事を謝罪してオレは席に着いた。

グリシャ「息子のエレンです。そちらのミカサさんとは学年が同い年になると思います」

ミカサの母「まあ、とても愛らしい息子さんですね」

うっ。またか。けっこう言われるんだよな。

オレ、死んだ母さんに似たせいか、たまにだけど女に間違われる事もある。

名前も「エレン」だろ? 女性名に多い名前だからか、余計に。

まあ、オレの親友の「アルミン」に比べたらその頻度は少ないけど。

グリシャ「いやいや、愚息ですよ。こんな席にも遅刻してくるような息子ですし」

エレン「だから、道に迷ったって言ってるだろ?! 大目に見てくれよ」

ミカサ「私も迷ったので、同罪です」

ウインク、を一回だけ貰って合図された。どうやらさっきの事は伏せているようだ。

まあその方がこっちも有難いけどな。

ミカサの母「まあまあ、いいじゃないですか。今日はいろいろ、お互いの事を話しましょう。今後の事も含めて……」

グリシャ「ですね。エレン、新しい家族になる二人とちゃんと仲良くするんだぞ」

エレン「………それはそっちの出方次第だけど」

グリシャ「こら、エレン」

エレン「ふん……まあ、女だし、守ってやろうとは思うけど?」

なんとなく、この「エレン」という人がどんな人間なのか分かってきた気がする。

ミカサ「ふふふ………」

くそ! さっきの事、思い出してやがるな!

あれはなあ、ちょっと油断しただけだ!

適当に時間稼いだら、オレも後で一人で走って逃げるつもりだったんだよ!

グリシャ「全く……そんなんだから、友達も一人しかいなんだぞ、エレン」

エレン「別にいいだろ。一人いれば。アルミンと仲良くやってるし」

グリシャ「そうは言ってもね。今年の春からは高校生になるんだし、中学生の時のままの交友関係じゃいけないよ」

エレン「んー……まあ、そりゃそうだけどさ」

グリシャ「そう言えば、そちらのミカサさんは、春からはどちらに?」

ミカサ「講談高校です」

エレン「なんだ。俺と同じ高校か。じゃあそんなに頭良くねえな」

エレン「頭よかったら、集英の方に行くだろ」

グリシャ「こら、エレン」

父さんに怒られた。いけね。ちょっと言い過ぎたか?

でも、事実だもんな。これ。学力だけで言えば集英の方が上なんだ。

>>30
訂正。


なんとなく、この「エレン」という人がどんな人間なのか分かってきた気がする。


これカットです。ミカサ視点混ざってる。代わりに、

男だしな。女は守るもんだろ。

というエレンの心境が入ります。
エレンは女の子守るヒーローだからね!
失敗することもあるけどね!

この時のミカサは思えば何かちょっとだけ変だったな。

今思うと、この時のオレはすっげえ失礼な事を言っちまった。反省してる。

だってミカサは学力で言えば集英レベルだったのに、事情があったせいでそっちに行けなかったんだ。

でも当時のオレは空気読めないアホだったから、悪びれもしないで話をそのまま続けた。

エレン「なんだよ。事実だろ? この辺は頭いい奴、皆、集英に行くしな。アルミンは集英に行く学費がなくて泣く泣く諦めたけど。そういう事情がない限りは集英に行くだろ?」

ミカサ「その、アルミンというお友達も講談?」

エレン「そうだな。アルミンは特待生扱いで講談に入った。多分、首席になるんじゃねえのかな?」

後でアルミンとミカサがほぼ同じ学力だっていうのを知った時は本当に驚いた。

ちなみにアルミンはやや理系で、ミカサがやや文系のオールラウンダータイプというのは既に周知の事だな。

しかしこの後、アルミンがインフルエンザにかかっちまって、ミカサが代わりに壇上にあがってスピーチの失敗をやらかすんだよなー。

あの時は代わってやれるなら代わってやりたかったぜ。本当、可哀想だった。

エレン「アルミンみたいな特別な例を除けば、講談に来る奴は皆、頭悪くて運動神経のいい奴ばっかだよ。講談はスポーツに力入れてる学校だからな。全国制覇も何度かしてるし、そっちの方じゃ有名だ」

ミカサ「という事は、エレンも運動神経は良い方なのね」

エレン「まあまあかな。全国レベルって訳じゃねえけど」

ミカサ「そう。では、部活にも入るの?」

エレン「おう! なんか面白そうなのがあれば入るつもりだ」

ミカサ「一緒に、見て回ってもいいだろうか?」

エレン「いいぞ。じゃあその時、アルミンもついでに紹介するわ」

ミカサ「是非、お願いする」

そうそう。後でミカサがアルミンを女の子と間違えたのも、まあ今思うと笑い話だな。

いや、間違われる頻度は多いけど。あの時のアルミン、落ち込んでたっけ。

そんなこんなで食事会はそう長い時間は行わず、適当な時間で切り上げた。

初めての体面だったしあんまり長く話すのも疲れるしな。

家に帰ってからオレは父さんと話した。

エレン「父さん………」

グリシャ「ん? なんだ?」

エレン「ミカサの部屋、東側の空いてる畳の部屋でいいんだよな?」

グリシャ「空いているのはそこだね。掃除をしておかないとね」

エレン「いや、それはオレがやっとく。父さんは忙しいしな」

グリシャ「ふむ。では任せるよ。エレン」

という訳でオレはミカサがうちにやってくる予定の3月29日まで念入りに掃除した。

ミカサのお母さんは、父さんと同じ部屋を使う予定だ。

母さんが亡くなってからもう随分時が経ってしまった。父さんが再婚するも自然の流れなんだろう。

相手もいい人そうだ。だから特にオレも反対しなかった。

ただひとつだけ気がかりだったのは、むしろ連れ子のミカサの方だ。

ミカサとうまくやっていけるかな。オレ、女が好きそうな話題とかあんまり知らねえし。

学校でも女子からは割と敬遠され気味だったし、アルミンとばっかつるんでたし、うまくやれるか心配だった。

エレン「んー……とりあえず、ゲームでもやらせてみっかな」

ゲーム嫌いと言われたら困ってしまうが、まずはそこから初めてみるか。

と、オレは計画して、クリアしているゲームの中からいろいろ吟味したりしたのだった。





そんな訳であっと言う間に引越しの日はやってきた。

引っ越し業者がトラックで荷物をどんどん運ぶ。思ったより荷物少ねえな。これなら早く終わりそうだ。

ミカサが何故かベランダでニヤニヤしていた。ベランダには何も置いてないんだけどな。

ミカサのツボをつく何かがあったんだろうか? と、この当時は思っていたが、後でその理由が判明する。

ミカサはこの広いベランダで雨の日でも思いっきり洗濯物を干せるという事にテンションが上がっていたそうだ。

アパート暮らしだったから、そういうのが今まで出来なかったらしい。

そういうもんなのか? 良く分からんが、まあニヤニヤされるのは悪くない。

エレン「おー終わったか? ミカサ」

ミカサ「うん。もうだいたい終わった」

エレン「んじゃ、この後は昼飯だ。そば食うぞ」

引越しをしたらそばを食うのは定番だな。理由はねえけど。

オレ達は四人で台所でそばを食べながら今後の事を話し合った。

グリシャ「昼食を食べ終えたら、必要な物があれば追加して買いに行こう。車を出すよ」

エレン「ミカサの部屋、俺より殺風景だったぞ。何か置いたらどうだ?」

ミカサ「そうだろうか?」

エレン「女の子の部屋なんだし……そうだ。カーペットとか、どうだ?」

ミカサ「畳なので要らない」

エレン「いや、色合いを女の子の部屋っぽくしていいって話をしてるんだが」

ミカサ「尚更要らない」

グリシャ「ミカサ、遠慮しなくていいんだよ。欲しい物があったら言って欲しい」

エレン「金なら持ってるからな。父さんは」

グリシャ「エレン、一言多いよ。まあ、事実だけど」

医者だしな。かなり稼いでるって自分で言ってた。

ミカサ「今、欲しい物は特に浮かばない……」

ミカサは遠慮している訳ではなさそうだった。

エレン「そうなのか。んーじゃあ、俺が昔使ってた物とかやるよ」

ミカサ「いいの?」

エレン「捨てるのが面倒で押入れに入れっぱなしだった物がいくつかある」

この際だからリサイクルしよう。それがいい。

ミカサ「では、それでいい」

エレン「おばさんは、何か新しいものを買わなくていいんですか?」

とりあえずまだ「おばさん」と呼んだ。まだ「母さん」とは呼びづらい。

義理の母親だからかな。オレにとっては亡くなった母が「母さん」なんだ。

ミカサの母「ええ。今すぐ必要な物はないわ。私の家にあった物を引き続き使えば済むことよ」

グリシャ「では午後からはどうしようか」

エレン「二人で出かけてくれば? オレ達は家にいるよ」

グリシャ「………喧嘩はするなよ?」

エレン「しねえって! 大丈夫だってば」

グリシャ「じゃあ午後からは分かれて行動するか。エレン、留守は頼んだぞ」

という訳で早速二人の時間だ。とりあえずオレの部屋にミカサを招き入れる。

しかしミカサがオレの部屋に入った途端、眉間に皺が寄った。

ん? 別にゴキブリとかいねえよな。掃除機も一応、かけておいたんだが。

ミカサ「エレン、布団は干すか押し入れに入れないと」

エレン「え? 面倒くせえからいいよ」

ああ、それか。これがオレの標準だからな。

ミカサ「折角天気がいいのだから、今からでもいい。干そう」

ミカサが言うが早いがさっさと持ち上げていこうとした。

エレン「わー! 勝手なことすんなって! 馬鹿、やめろ!」

ミカサ「何を恥ずかしがっているの? 布団を干さない方が恥ずかしいのに」

エレン「そういう問題じゃねえよ。なんていうか、布団なんてたまに干せばいいだろ」

ミカサ「何日に1回のペース?」

エレン「………月一?」

ミカサ「ダニが繁殖しているに決まってる! 病気になったらどうするの」

エレン「死にゃしねえってば! その程度の事で」

ミカサ「信じられない。男の人って皆そうなの?」

エレン「あー…どうだろうな? 父さんは忙しくて家事なんてしてないし、俺もそういう話は他の奴とはしねえから分からん」

ミカサ「エレン、あと部屋の掃除もしよう。ちょっとごちゃごちゃし過ぎている」

エレン「ええ? これが普通なんだけどな……」

ミカサ「普通ではない。絶対、普通ではない。うちの母はまめに掃除をしていた」

エレン「そっかあ……うち、母さん、早くに亡くなったから、その辺はよそと違うのかもな」

ミカサ「え?」

あれ? 父さん、こっちの家の事情話してなかったんかな。

エレン「あれ? 聞いてねえの? 俺の母さん、俺が9歳の時に亡くなってるんだ」

ミカサ「そうなの? 偶然ね。うちは父の方が9歳の時に亡くなっている」

エレン「え? そうなのか。そりゃあ大変だったなあ」

ミカサがこっちに来て正座した。

ミカサ「エレンも大変だったのね」

エレン「ん? まあ、そりゃはじめは大変だったけどもう慣れた」

オレもリラックスして話を続けた。

エレン「母さんがいなくなってからは、口うるさく言う人がいない訳だし、ついつい自分のペースで生きてたんだよな。父さんも忙しいし、父さんはそういうのにはうるさいタイプじゃねえし」

ミカサ「ではこれからは、私が代わりに口やかましく言ってあげよう」

え? ちょっと……それはまずい。

もし勝手に部屋の中を漁られたら見られたらまずいもん、結構ある!

タンスの中とか、エロ本隠してるのに。アルミン経由で貰ったやつとか!

エレン「げげ! それは勘弁してくれよ。オレの世話なんかしなくていい!」

ミカサ「ダメ。私が定期的にチェックしようと思う」

エレン「ううう………参ったな。まさかこんな事になろうとは」

ミカサ「ふふ……」

いかん。主導権を握られる。まずいなこれ。

エレン「…………分かったよ。今度からは真面目に自分で掃除する。この話はおしまい。次行くぞ」

あんまり深くこの話をするのは危険だと察知して話題を逸らすことにした。

オレは押入れを漁ってミカサにあげる予定の物を取り出した。

エレン「カーペットなら前に買った予備があったはず。緑色だけどいいよな?」

ミカサ「構わない。それを敷いておく」

エレン「他には……ああ、使ってないノートパソコンとかもあるな。XPだけどいいよな?」

ミカサ「XP?」

エレン「え? 知らねえの? パソコン触ったことねえの?」

ミカサ「授業でしか、ない」

エレン「まじか……学校じゃどのバージョンだった?」

ミカサ「2000だったような?」

エレン「古! いや、まあ、使えなくはないけど。お前、どんな中学校にいたんだよ」

ミカサ「街からは遠い、割と田舎の方かも」

エレン「そうか……日本もまだまだ発展してねえ学校もあるのか」

ちなみにXPはもう2014年の4月9日迄でサービス終了してるから、ネットには繋げないけどな。

でもソフト関係はXPが一番だ。動作も安定しているし、エクセルとかワードとかを使うのであればXPでも十分だ。

つまりミカサが使ってた2000は、恐らくソフトの勉強用に残ってた奴なのだろう。

うちの中学にそんな古いパソコンあったっけ? とアルミンに聞いたら「一台だけあったよ」との事だった。

何でも、ミカサは人がいいからか、他の人が新しいパソコンを使いたがってるのを見て、遠慮して古いのを使ってたらしい。

もうなんかな、いじらしいよな。ミカサのこういうところ。

あと、シガンシナ区中は、街からは少し離れている。郊外にある中学校だった。

ミカサの住んでいた場所は、校区でいうと端の方で、オレが生活している地域とはちょっと離れていたそうだ。

エレン「じゃあそういうのも含めて俺がいろいろ教える。あ、携帯のアドレスも交換しておこうぜ」

そしてミカサのガラケーが最古のガラケーだというのを知った。

サービス終了したらどうする気なんだ。さすがに買い替えるよな?

まあ、まだ壊れてないからギリギリまで使うらしいが、ミカサらしいちゃらしい。

オレも人の事はあんまり言えないが、今度機会があればスマホにしようかな。

出来ればアルミンと同じ時期に買い替えたい。分からんことあったらアルミンに聞けるから。

エレン「オレも早くスマホにしてえけどな。ついついこいつに愛着があって買い替え時期を逃してるんだよな」

この携帯はアルミンと同じ時期に買ってもらった機種なんだ。

一緒にいろいろ選んで、これにしようぜって、決めたものだから愛着がある。

エレン「お、お前もガラケー族か。じゃあ赤外線使えるな。ほい」

ミカサ「赤外線? どれ?」

エレン「ああ、暫く使わないと忘れるよなーって、おい!」

赤外線ついてない携帯。いつ出た奴か忘れたな。これ。

エレン「これ、相当古い機種だろ?! え……まさか赤外線、入ってないとか?」

ミカサ「よく分からない。とりあえず、電話とメールは出来るけども」

エレン「いや、赤外線はあるだろさすがに………ええ?! ついてねえ?!」

ミカサ「でもちゃんと電話は出来るので構わない」

エレン「お前、これはまずいって! ガラケーの中でも最古の部類に入るって」

ミカサ「まだ使えるので大丈夫」

エレン「いや、明日にでも壊れる可能性あるぞ」

ミカサ「そ、そうだろうか?」

エレン「生きてる事が奇跡だ。その携帯は。物持ち良すぎるだろ」

エレン「いや、そもそもそれに対応するサービスが生きてたって事の方が驚きだ。オレにとっては」

ミカサ「私はそこまで交友関係も広くないし、これで十分なのだけども」

エレン「いや、でも、これ、親父に見せたらさすがに買い替えろって言われるレベルだぞ」

ミカサ「そう……それは困る」

ぎゅっと大事そうに持ってる。ミカサも思い出があるのかもしれんが。

ミカサ「私はこれでいいので。エレンのアドレスに一度、メールを送る」

エレン「あ、ああ………」

このやり方で交換したのいつぶりかな。覚えてねえ。

まあそれでも何とか、ささっと登録してこれでOK。

ミカサとの連絡が携帯で取れるようになった。これで安心だ。

さて、この後どうするかな……。

ミカサ(じーっ)

ミカサが落ち着かず、部屋の中を見ている。

そうだ。こういう時の為にゲームのソフトを吟味しておいたんだ。

エレン「よし、父さんいないし、ゲームするぞ!」

ミカサ「ゲーム? 何をするの?」

エレン「テレビゲームだ。いろいろあるぞ。ミカサは何が好きだ?」

オレは女の子でも出来そうなソフトをいくつか考えておいた。

パズルとか、いいかな? とぼんやり考えていたら、

ミカサ「テレビゲームはやった事がない……」

という驚きの返事だった。

エレン「えええ?! 今時いるんか、そういう奴」

ミカサ「ここに一人いる」

エレン「へー」

こいつは予想の斜め上だった。

だったらちょっとミカサの情報を集めないとな。

エレン「もしかしてミカサはアレか? スポーツやってたとかか?」

ミカサ「やってない。中学は部活に入ってない」

エレン「じゃあ、家の手伝いで忙しかったとか?」

ミカサ「………まあ、そんなところ」

ん? 何かまた、変な顔してんな。

思えばこの時、ミカサは中学時代の黒歴史を思い出していたんだろう。

ミカサが美人なのは分かっていたが、まさか返り討ちにして相手の骨折るくらい強いとは、当時は思ってなかった。

エレン「そっかそっか。だったらオレのいち推しのゲームをしよう」

オレはとりあえず、そういう事なら一押しソフトを出す事にした。

エレン「オレはこの、ICO×ICOっていうゲームが好きなんだ」

ミカサ「イコイコ? どういうゲーム?」

エレン「アクションと謎解きだな。複雑なアクションもあるけどストーリーが泣けるんだ」

ウイイイイイン………

ディスクを読み込んでゲームが始まった。

オープニングが始まり、操作出来るようになるまでしばし待つ。

これは知る人ぞ知る人気のゲームだ。ホラーチックでアクション有、謎解き有、そして最後は泣ける。

まずはオレが見本で動かし方を見せてやる。

このゲームは小さな少年と少女の物語だ。

主人公は木の棒を振り回しながら少女を守って手を繋いで先を進む。

お城の中を探検しながら外の世界に出ようとするけど、黒い影に阻まれて油断するとすぐ少女が攫われる。

ミカサ「む、難しそう……」

エレン「慣れるまでが大変だった。やってみるか?」

とりあえずやらせてみる。すると、

エレン「馬鹿! 少女を奪われたら、他の黒い影は無視しろ! 急がないと穴の中に吸い込まれるぞ!」

ミカサ「え? そうなの?」

エレン「急げ! 黒い穴に吸い込まれたらゲームオーバーだ!」

このゲームの肝であるここを、何度もクリアするのがこのゲームの醍醐味だ。

おお、うまいうまい。ミカサ、初めてにしてはアクションうまいな。

ミカサ「ドキドキした……」

エレン「間一髪だったな」

ミカサ「こんなのがずっと続くの? 心臓に悪い」

エレン「それがこのゲームの醍醐味だからな」

ミカサ「そうなのね。分かった。気をつける」

話を進めると謎解きがある。案の定、立ち往生だ。

ミカサ「? 何をすればいいの?」

エレン「ここを渡るには普通の方法じゃダメなんだ。頭を使って、岩とかを運んで道を作る」

ミカサ「なるほど」

エレン「初見じゃ難しいよな。ここはオレがやってやるよ」

ここをやらせると時間取られるのでオレが代わりにやってやった。

アクションはミカサ、謎解きはオレがやってコントローラーを交互に交替していく。

ミカサは集中してやってる。とりあえず、それなりに楽しんでいるようだ。

ミカサ「あ………エレン、もうこんな時間」

おっと、時間が過ぎるのは早いな。もう夕方だ。

エレン「あ? 本当だ。しょうがねえ。セーブすっか」

セーブして一旦区切る。続きはまた今度だ。

ミカサ「初めてゲームをやったけれど、面白かった」

エレン「初めてにしちゃ上出来だよ。ミカサ、運動神経いいのか?」

ミカサ「た、多分……」

あれだけのハイキック。そうとう運動神経がいいんだろう。

エレン「なるほどな。通りでアクションうまい筈だ。慣れるのオレより早かったぞ」

ミカサ「そう?」

エレン「んーだったら、アクション系のゲームがミカサには向いてるかもな。オレがいない時でも、好きなのあったら勝手に遊んでてもいいぞ」

ミカサ「いいの?」

エレン「いいよ。うちにあるのは一通りクリアしてるソフトだしな。全クリしてないソフトはねえし」

ミカサ「エレンはゲームが好きなのね」

エレン「ま、それなりにな。男の子だしな」

と、ひとまず話していたら親父たちが帰ってきた。

エレン「あ、父さん帰ってきたな。下に降りようぜ」

ミカサ「うん」

階段を降りると、親父がお土産をくれた。

あ、これ、たしか「くまもん」とかいうゆるキャラだ。

またゲーセン行ってきたんか。全く。ぬいぐるみ増やし過ぎだろ。

親父の部屋には似たような物がベッドの周りに結構ある。

ぬいぐるみの収集家、じゃなくて、ゲーセンで取ってくる事自体が好きなんだけど、数が多すぎる。

取ってくるならお菓子にしてしてくれ。そしたら食べるのにな。

グリシャ「ああ。ほらこれ、可愛いだろ?」

親父が自慢げだ。おや? ミカサの顔が緩んでいる。

ああ、やっぱりこういうの、好きなのか。女の子だもんな。

グリシャ「UFOキャッチャーで久々に取れたんだ。ミカサにあげようと思って」

エレン「その年でゲーセン行ってきたんか」

グリシャ「夕飯の買い物のついでだよ。父さん、こう見えてもうまいんだぞ?」

エレン「オレの方がうまいし」

と、ついつい張り合ってしまうが。

いや、本当に。オレもUFOキャッチャーは得意だ。

ミカサ「あ、ありがとう……ございます」

お? なんか可愛い顔している。こういう顔、いいな。

…………って、じっと見つめるのも失礼か。やめておこう。

エレン「オレはいらね。ミカサ、オレの分はミカサにやるよ」

ミカサ「両方貰ってもいいの?」

エレン「いいよ。部屋にでも飾っておけば?」

ミカサ「あ、ありがとう……」

ますます喜んだ。こんなもんでいいのか。ミカサ。

親父も嬉しそうだ。だよな。

早速階段を登って、部屋にくまもんを置いてくるミカサの後姿を見守る。

……………。早い早い。階段登るのはええよ。

ま、いっか。浮かれているのはいいことだ。

と、その時のオレは呑気に考えていた。だからだろうか。

その後、オレはいきなり、大失敗をやらかす事になる。

そう。初日の風呂の件だ。

この時のオレは、なんか妙に浮かれていたせいで、浮かれた気分のまま「風呂にでも入るか~♪」と思った訳で。

誰かが先に風呂に入っている。なんて事が今までなかった生活をしてたせいで、そういう気遣いが失念していた。

エレン「ふふーん……」

ミカサ「…………え?」

エレン「…………あ」

ミカサが、オレより先に風呂、入ってたんだ。

この時、不謹慎にもミカサの体を上から下まで目に入れようと凝視した。

そうしようと思ってした訳じゃねえ。体が勝手に、脳が動いたような感覚だ。

玉ねぎ切ると涙出たり、飯食った後は眠くなるような、そういう強制的な動きだ。

オレの両目はついつい、ミカサの体の細部までじっと脳内に焼き付けようと動いていた。

エレン「…………」

ミカサ「…………」

腕とか、足とか、綺麗だった。筋肉のつき方のバランスとか理想的だと思った。

胸もある。こいつ、いい乳してる。形といい、色といい。理想的な乳だ。

しかしそれよりもまず、先に目に入ったのが……

エレン「腹筋すげえ……!」

叫んだ直後、オレのほっぺは当然、衝撃が走った。

そして親父には失笑されて、ミカサには怒られる羽目になった。

それが切欠になって我が家の新しい風呂のルールが確立されたわけだけど…。

ミカサは不機嫌だった。当然だが。

ミカサ「…………」

エレン「まだ怒ってるのか? 機嫌直してくれよ」

ミカサ「怒ってはいないけど何だか釈然としない」

エレン「腹筋を見られた事がか? いや、あんだけすげえの見せられたらそら、胸より先に腹筋見るだろ」

ミカサ「………私の胸は腹筋に負けた。けしてペチャパイではないのに」

エレン「いや、全く見てねえ訳じゃねえけど」

ミカサ「…………エレンはムッツリスケベのようね」

エレン「お前、それを言わせるか?!」

だって見るだろ?! あんな場面に遭えば男なら誰だって見るだろ?!

ああもう、あんまり変な気分にさせないで欲しいんだが。

折角落ち着いてきてた熱が、再熱しそうだった。

これは、ミカサが好きだからとかの、そういうのじゃない。

男の生理現象だ。ミカサ以外の女でも、同じような場面に遭えば同じ状態になる。

事故だった訳だし、忘れよう。気持ちを早く切り替えたい。

エレン「あーもう、今回のは事故だからな! お互いに水に流そうぜ。いいな!」

ミカサ「それは今後のエレンの態度次第」

エレン「………オレのセリフ、微妙にパクるんじゃねえよ」

くそ……なんか既にミカサの手の上に乗せられているような気がする。

ミカサ「……嘘。冗談を言ってみた」

エレン「あっそ。じゃあ許してくれるんだな?」

ミカサ「家族になったのだから、許す」

エレン「………まあ、ならいいんだけど」

部屋に戻ることにした。もう、寝る前にでも1回抜いて、さっさと寝ちまおう。

エレン「慣れるまでは本当、気をつけねえといけないな。……お互いに」

ミカサは家族だ。そういう意識で接していかないと。

そう、自分に言い聞かせていたんだ。

エレンは割と初期の頃からグラグラ。
幼い頃から一緒に居る場合と、途中でいきなり家族になる場合では、
きっと勝手が違うんだろうな、という妄想ですが。

とりあえず、ここまで。続きはまた。





3月30日。この日はオレの誕生日だった。

アルミンがうちに来る予定だったんで、早速家にあがらせた。

エレン「よーアルミン! あがれあがれ」

ミカサ「ゆっくりしていくといい」

アルミン「…………えっと、もしかして、エレンの彼女?」

エレン「馬鹿! 違うって! ミカサはその……」

アルミンに事情を説明しようとする前にミカサが口を開いてしまった。

ミカサ「彼女はアルミンさんの方でしょう?」

アルミン「え……? (青褪め)」

エレン「はあ? (青褪め)」

ミカサ「隠さなくてもいい。これだけの美少女。自慢していいと思う」

うんうん。と何故か納得された。

いや、アルミンは確かにある意味では美少女だけどさ。

オレ、前に一度説明したんだけどな。忘れてるのか?

アルミン「エレン……? これってどういう事?」

エレン「いや、オレ、ちゃんと説明したぞ?!」

アルミン「じゃあ何で勘違いしてるの?! 僕は男なのに!!」

エレン「知らねえよ! オレはちゃんとアルミンは友人だってミカサに言っておいたし!」

もしかして「男の友人」という発想がなかったのか?

でも普通、男が「友人」って言えば先に連想するのは「同性」だと思うんだが。ミカサは男性の友人の方が多いのかな? 

ミカサ「待って待って。アルミン……は、男性なの?」

アルミン「見れば分かるだろ?! 胸もないよ?!」

そうそう。アルミンは胸板が薄い。オレよりも。

ミカサ「ただの貧乳だと思ってしまった」

あー。そうか。なるほど。

アルミン「酷いよ! 僕は正真正銘、男の子だから! 今日だって、ラフな格好だろ?!」

ミカサ「Tシャツとズボンなら私だって同じ」

ミカサ「あと、声も可愛いと思ってしまったので女性だと思ったの」

あ、そっか。アルミン、声も高めだからな。

声変わりしきってないというか、もうちょい声が低くなれば間違われる回数も減るんだろうけど。

アルミン「もう何回目になるか分からないけど、僕はそんなに女の子に見えるのかな……」

エレン「あ、アルミン、そんなに落ち込むなって……」

アルミン「だってだって……(しくしく)」

あーあ。毎回フォローが大変なんだよな。これ。

一旦、拗ねちまうとオレが宥めるしかない。

ミカサ「ごめんなさい。間違えてしまって」

アルミン「うん。いいよ。しょうがないから。僕は小柄だし、筋肉も薄いし、声だって高いし……」

ミカサ「いえ、それ以前に顔が可愛いのが一番、間違われる要素だと思う」

アルミン「………うん。そうだね。分かっているんだけどね」

こういう時はあの手に限る。

エレン「ミカサ、冷蔵庫にプリンあっただろ」

ミカサ「あ、ある……」

エレン「後で部屋に持ってきてくれ。それで多分、大丈夫だから」

プリン食わせたら表情が変わった。

何かあった時は、アルミンには甘い物を食わせるのが一番だ。

アルミン「んー美味しい! 生き返った!」

エレン「アルミンは甘いもの好きだよな」

アルミン「プリンを嫌いな奴なんて見たことないよ」

エレン「オレも嫌いじゃないけどさ。アルミンは美味そうに食うよな」

ミカサ「確かに」

エレン「ん? ミカサの分は持ってきてねえのか?」

ミカサ「うん。冷蔵庫には2個しかなかった」

エレン「あっちゃー……だったらオレのを半分やるよ」

ミカサ「いいの?」

エレン「食べたそうにしてたからな」

ミカサもきっと甘い物は好きなんだろう。目がそう語っていた。

ミカサ「では、残りを頂きます」

そしてアルミンがオレを小突いた。

アルミン「ところでエレン、その子は……」

エレン「ああ、前にメールで言っただろ? ミカサだよ。オレの新しい家族だ」

アルミンには前もって事情を説明していた。

今日、会わせられるなら会わせてやろうと思ってたんだ。

幸いミカサの方に何も用事がなかったから、早めに二人を引き合わせる事が出来た。良かったぜ。

アルミン「ああ! やっぱり! そっか……同い年の女の子って言ってたからもしかしてって思ってたんだ」

やっぱりさっきのはわざとだったか。アルミン。

エレン「昨日、うちに来たばっかりだ。まだ実感はねえけどな」

ミカサ「それはお互い様」

アルミン「へー……まるでエロゲの主人公みたいだね、エレン」

エレン「ぶ! あ、アルミン……それは言うなよ」

出来るだけそれは考えないようにしたい。

出ないと初日の大失敗の件を思い出してしまうからだ(つまりミカサの素っ裸)。

早速初日から、ラッキースケベが発動したなんて知られたら、アルミンが黒ミン(黒い笑顔のアルミンの事。心の中で勝手にそう呼んでいる)状態になっちまう。

アルミン「だってある日突然、自分に血の繋がりのない家族が出来て同居だなんて、よくある設定じゃないか」

エレン「よくある設定だろうが何だろうが、現実にも起きたんだからしょうがねえだろ」

世の中にオレと同じような境遇になっちまった奴ってどれだけいるんだろうな?

尚且つ、ミカサのような美人と一緒に暮らす確率は……多分、天文学的な数字になりそうな気がする。

ミカサ「エロゲ? エロゲって何の事?」

アルミン「エロゲを知らないの?」

エレン「昨日、ようやくテレビゲームをしたような奴だから、知らないのも無理ねえか」

アルミン「え? そうなの?」

エレン「どうもミカサはそういうのに疎いらしい。まあ、エロゲっていうのは、エロいゲームの略称だよ。男の子なら一度は挑戦するゲームの事だ」

ミカサ「そう。女の子はしないゲームなのね」

アルミン「普通はやらないね。あ、そうそう。エロゲで思い出した。エレン、誕生日おめでとう」

アルミン「今回も僕のおすすめだよ。存分に楽しんで」

エレン「おう……開けるぞ。(カサカサ)……って、エロゲかよ?!」

ミカサ「どんなの? (覗き見る)」

エレン「馬鹿見るな! 女の子は見ちゃダメ!」

ミカサ「そう言われると見たくなる」

エレン「ちょ、アルミン、ミカサがいる前で渡すなよこれ!」

女子に見せるようなもんじゃねえのに!

アルミン「えー? いいじゃない。別に(ニコニコ)」

アルミン、確信犯だな。若干、顔が黒ミンだ。

ミカサ「いいと思う。後で私もやってみる」

エレン「お前はやったらダメだろ?!」

ミカサ「エレンは好きな時にゲームをしていいと言った」

エレン「エロゲは除くに決まってるだろ! そもそもエロゲは本当は18歳未満はやっちゃダメなんだからな!」

ミカサ「……だったらどうやって手に入れたの?」

アルミン「おじいちゃんの名義でこっそり購入した」

エレン「お前、ゲスいなー……(遠い目)」

アルミンのこういうところは真似出来ない。すげえ。

アルミンはオレよりも大胆な行動を起こす時がある。そのおかげで毎回助けられてる。

特にエロ方面では、オレの師匠的存在。それがアルミンだ。

アルミン「おじいちゃんはゲームソフトなんてよく分かんないし、作品タイトルとパッケージだけじゃそういうのだって分からないから大丈夫だよ」

エレン「まあ、おじいちゃんに感謝だけどさ。うん、ありがとな、アルミン」

有難く頂戴する。後でやろうっと。

ミカサ「今日はエレンの誕生日なのね。知らなかった」

エレン「言ってなかったしな」

ミカサ「では、折角なのでケーキでも作ろう。少し待ってて欲しい」

エレン「え? 別にいいよ。買ってくれば……」

ミカサ「作るほうが美味しい。材料は多分、あると思うから」

と言ってさっさと準備し始めちまった。

しばし待つこと数十分。出来上がったのは簡単なケーキ(ミカサ談)だったそうだが、オレから見れば市販のケーキとそんなに大差なかった。

エレン「ミカサ、お前、こんな特技があったんだな」

ミカサ「料理は全般出来る」

アルミン「ますますエロゲの主人公みたいだ。爆発しろ(小声)」

エレン「オレも好きでこうなった訳じゃねえんだけど?!」

黒ミンが発動中だ。

でも仕方がない。オレもアルミンの立場なら同じ事言ってる。絶対な。

それが男の嫉妬という物だ。理屈じゃねえ。

ミカサ「アルミン、心配しなくていい。もし襲われそうになったら返り討ちにする自信はある」

アルミン「え?」

エレン「あ、そうだぞ。ミカサ、こう見えても滅茶苦茶強いんだ。男三人ハイキックでのした経験があるんだぞ」

確かあの時、囲まれてたのは4人で、一気に3人のしたから、残り一人は逃げていったんだよな。

それにしたって強かった。空手かなんか習ってるんかな?

アルミン「え? 男三人をのした?」

ミカサ「護身術の心得はあるので、襲われそうになっても大丈夫」

エレン「それ以前に家族だしな。そういう目じゃ見れねえよ」

というか、見ちゃいけねえ。

自制しねえとな。これから先も。

アルミン「……ごめんごめん。僕もからかい過ぎたよ」

アルミン「あ、そう言えば、昨日、僕のところに連絡が来たんだけど、ミカサの方にも来たかな?」

ミカサ「挨拶の話?」

アルミン「そうそう。今年は首席が二人って事だから、二人で挨拶するか、一人でやるか決めないといけないそうだけど、僕が受けてもいいの?」

ミカサ「お願いしたい。私は挨拶が苦手、なので」

アルミン「分かった。じゃあ僕が引き受ける方向で話を進めておくね」

ミカサ「助かる」

アルミンとミカサだけが分かる話にオレは首を傾げてしまった。

エレン「ん? 何の話だよ」

アルミン「ああ、だから、首席入学者の新入生代表の挨拶の話だよ。今年は僕とミカサが首席合格したんだよ」

エレン「へ? アルミンだけじゃなかったのか?」

アルミンと互角って、どんだけ頭いいんだ。

アルミン、中学時代もずっと首席だったんだぞ。成績良かったんだ。

アルミンの方がイェーガー家に生まれた方が良かったんじゃねえの? とまで、周りに言われるくらいだったんだ。

オレん家、医者だからさ。もしアルミンが将来医者になるんなら、きっと親父も喜んで協力してくれると思うんだが。

アルミンはまだ将来の事ははっきりとは決めてないらしい。

エレン「つか、ミカサ。お前そんなに頭良いんならなんで集英受けてねえんだ?」

ミカサ「う……が、学費の問題が」

エレン「それだったら父さんと再婚するの決まった時点で大丈夫だった筈だろ? なんなら今からでも編入すれば……」

そうだ。オレが親父から再婚話を聞かされたのはつい最近だけど、再婚する旨はもっと早く決まってた筈だ。

ミカサのお母さんにプロポーズしたのはきっと、もっと前の筈だし、親父なら集英に出す学費くらい、ポンと出せる筈だ。

ミカサ「それは出来ないと思う。その、いろいろ事情があるの」

この時のミカサにも今思うと悪い事をした。

でもオレもまさか「内申点」の方で落とされる場合があるなんて、発想がなかったんだ。

エレン「ふーん、変わった奴だな。何か後ろめたい事でもあんのか?」

アルミン「まあまあ。制服目当てで講談に来る女子もいるよ。ね?」

ミカサ「! そ、そう。私は制服目当てで講談に入った」

アルミンの言い訳に便乗している。

まあ、確かに講談の緑色の制服は割と評判は悪くないんだが。

ちなみに集英高校は白と赤色だった筈。ベースが白でリボンとかラインが赤色だった。

白学ランって、他じゃあんまり見かけない。だからすぐ「あ、集英だ」って分かるんだ。

エレン「なんか取ってつけたような言い訳に聞こえるが……まあいいや」

この時は、まあそれ以上は突っ込まなかったが。

エレン「今日は三人揃ってるし、またゲームしようぜ」

今日は三人いるから桃色鉄道でもしようかな。

プレステ2の方のスイッチを入れる。オレの家にはプレステ2、SFC等の昔のハードもあるし、PS3やWiiの方もある。

母さんが亡くなってからは親父が頻繁にオレにゲームを買ってくれたんだ。

勿論、親父自身もゲーム好きなんだけどな。あの年でゲーセン行くような親父だし。

でも、親父は医者の仕事が忙しいから滅多にゲーム機には触らない。

丸一日お休みの時くらいか? 一緒に遊んだりしてたのは。

だから、専らアルミンとゲームする事の方が多かった。

桃色鉄道は鉄道会社の社長になって日本全国の物件を買っていくボードゲームのようなゲームだ。

2PプレイとCPUを一人選んで、まあさくっと5年プレイくらいでいいだろう。

100年プレイだと時間かかり過ぎるし1年だと短すぎる。2人の時は10年プレイだが、今日は3人いるし、まあこんなもんだろ。

そしてルールを大体説明していざ開始。

お馴染みの音楽を鳴らしながら、目的地へ急ぐ。サイコロ転がして先を行く。

誰かが1着で辿り着いたら、また抽選で目的地を設定して最初から。これを何度も繰り返すんだ。

スーパーキングボンビー『スーパーキーングボンビー!』

ミカサ「?!」

うおい?! いきなりスーパーキングボンビーかよ!

ミカサの操作するキャラがスーパーキングボンビーに取りつかれた。はええよ!

あああ、見る見る間に所持金が赤字になっていくな。可哀想に。

一度リズムを崩されると立て直すのには時間がかかる。

アルミンは当然、ここで新幹線カードを連発して使う。

ミカサ「ああああアルミン?!」

アルミン「ごめん、ミカサ。こういう時は逃げるのが定石なんだ」

ミカサ「ガーン……」

という訳で、5年プレイでは当然、巻き返すのには時間が足りずミカサがどべだった。

ミカサ「………もう一回、お願いします。今度こそは」

今度はアルミンの代わりにオレがプレイする。

しかし何度やってもミカサには貧乏神が憑依する。なんだこの好かれっぷりは。

もう見ていて可哀想になってきたんで、別のゲームソフトを取り出した。

今度は「ぽよぽよ」だ。これならミカサでも出来るだろう。

初日にやらせるか迷ったソフトだ。可愛いキャラがいっぱい出てくるし、頭つかうからいいと思ったんだ。

アルミンとミカサが対戦プレイだ。

アルミンはぽよぽよが大得意だ。早い早い。連鎖組むのが毎回神業だ。

しかし、ミカサも負けていない。アルミンより若干遅いが、連鎖を組む理屈は理解して結構、互角の戦いを繰り広げている。

アルミン「うわ?! 追いつかれた?」

アルミンが珍しく焦っている。おじゃまぽよがどっかーん☆

負けじとミカサの方にもどっかーん☆

おじゃまぽよを消しながら、お互いにまた連鎖を組みなおす。

1時間くらい戦っていただろうか。勝敗は……僅差でアルミンの勝ち。

アルミン「おあーギリギリだった! 負けるかと思ったよ!」

ミカサ「うぬぬ」

ミカサが悔しそうだった。こりゃ、練習させればもっといい勝負になるんじゃねえか?

そんな訳で、ちょっと練習させてみる事にした。

すると今度はもっと白熱した試合になり、ちょっとこれ、録画してえなって思うくらいの好勝負になった。

結果は3勝2敗でアルミンが勝ったが、アルミンが久々に「いやー面白かった!」と言っていた。

ミカサ「強い。アルミンには勝てなかった」

アルミン「いやいや、これは経験の差だよ。多分、次は負けるね」

と、お互いに握手した。実にいい勝負だったぜ。

もう外も暗くなってきたんで、そろそろアルミンが帰る時間だ。

アルミン「おじゃましましたー」

エレン「おう! また遊びに来いよ!」

アルミン「うん! また来るよ。ミカサも、宜しくね」

ミカサ「うん。またお菓子でも作って待ってる」

アルミン「出来れば今度はクッキーをお願いしてもいい?」

ミカサ「構わない。リクエストがあればどんどん受け付ける」

アルミン「やった! 楽しみにしてるね」

と、言って大分薄暗くなった夕方にはアルミンは帰っていった。

ミカサ「しかし私は、運が左右するゲームは向いてないようね」

エレン「何回やっても、桃色鉄道どべばっかだったもんな」

ミカサ「スーパーキングボンビーが憎たらしい。何度コントローラーを壊したいと思ったか」

エレン「気持ちは分かるが、壊すなよ」

ミカサ「エレンもだけど、アルミンはああいう頭を使うゲームが得意のようね」

オレはアルミン程じゃねえけどな。

エレン「アクションは苦手だけどな。ぽよぽよとか、パズル系も凄まじく得意だよ」

ミカサ「ゲームもいろいろあるのね。奥が深い」

エレン「RPG系も結構、面白いのあるぞ。今度、ドラクエ5をやらせてやるよ」

ミカサ「うん。やってみる」

そんな訳で、春休みの残りはドラクエとかFFとか聖剣とかRPG系をやらせてみた。

すると面白い事が分かった。ミカサはレベル上げをマックスまで上げる作業が苦にならないそうだ。

エレン「まぞいプレイのやり方だな……」

ミカサ「まぞい?」

エレン「Мっぽいって事だ。そういう時間をとられるプレイの事を指すんだが」

ミカサ「そうかしら? コツコツ上げていく作業は楽しい」

物語そっちのけでレベルあげやってる。そして最強にしてからラスボスを倒すので、ラスボスが弱すぎる事になるんだ。

ミカサ「♪」

エレン「オレと全く逆だな。オレはレベル上げは適当で、ラスボスをギリギリで倒すのが好きだけどな」

ミカサ「ラスボスはおまけ。むしろレベル上げがメイン」

エレン「まあ、そういうタイプもいるんかな」

そう言われればミカサは勉強も割とコツコツやってるようだ。

家事もコツコツ。とにかくまめに動いている。

ついでにいうなら、筋トレもコツコツ。リビングでビデオを見ながら腹筋トレーニングに遭遇した時はびびったな。

おかげでミカサがうちに来てからは毎日、我が家が綺麗だ。

ミカサのお母さんも家事やってる上にミカサもやってるんだ。隙がねえ。

ちょっとうちの中がうちじゃないみたいな綺麗過ぎる状態で、正直こそばゆい。

でもそれ言っちまうと、ミカサの努力を踏みにじるような気もするし、まあいいか。好きにやらせよう。

家事の合間にゲームをちょこちょこやらせる。そんな感じで春休みは平穏に過ぎていった。

この頃から既にミカサの家事っぷりにこそばゆい思いをしていたエレン。
そしてミカサは割と完璧主義。
だってあの鋼の肉体はちっとやそっとの努力じゃ作れない。

そんな訳でここまで。続きはまた。

何かいつの間にかえらい事になってるな。>>1です。

ちょっと今回の件は私の手に負えない感じなので、暫く更新をお休みします。
んで、エレン編は全部、きちんと全部の文章を完成させてきます。
もしその間に、このスレが落ちちゃったら、新しくスレを立て直します。
落ちてなかったら、このスレで続きを投下します。

正直、なんか考えるの疲れちゃったんで。ごめんね。
暫く休ませて貰います。長期休暇とるわ。

>>1です。皆ありがとう。凹んでたから、応援嬉しい。

>>1には詳しく書いてはいなかったが、
私がモブオリキャラを出しているもう一つの理由を書いておきます。

実は以前、進撃のキャラが(特にミーナが多いらしいが)腐った女子、
つまり腐女子キャラとして描かれているのが、嫌だ。残念だとか、
凄く嫌悪感を示している方がいるのを別のスレで見かけて、
「確かに自分の贔屓の進撃キャラが「ヨゴレ役(腐女子や変態役)」やってたら嫌かもな」
と思ったんですよね。

んで、この作中でも腐女子出したかったけど、
進撃キャラの中で出すと、誰かが傷つく。だったらいっそ、
モブオリキャラにやらせよう。って思って、
仮に「マーガレット」とつけたんですね。

そして加えて言うなら、
この作品内ではモブキャラにはそういう「ヨゴレ役(腐女子や変態役)」や「悪役(ヒール)」を
担ってもらうケースが多い。

その場合、進撃キャラにそれをやらせると、やっぱり誰かが嫌かなと思うし、
モブキャラなら、いいか。って思って、仮に名前をつけたんです。

モブキャラを読者参加型の物にしてしまうと、この
「ヨゴレ役「悪役(ヒール)役」をやらせた場合、
進撃の巨人キャラを使う場合と同じ事が起きると思ったんですね。

自分の考えたキャラがこんな酷い扱いされるなんて許せない!

という、キャラクターの使い方に絶対、文句が出てくる。
(現にそういう行動を起こしている方、いらっしゃいますしね)

本当は極力、進撃キャラのみでの物語を作りたかった。
けど、進撃キャラだけだと、キャラクターの名前の数が足りないのに加え、
そういう「ヨゴレ役(腐女子や変態役)」と「悪役(ヒール)」を誰にやらせるか
で、かなり頭を悩ませる羽目になる。それが嫌だったんですね。

今はまだ、マーガレットさんだけですが、
他のキャラもおいおい、汚すつもりだったし(笑)。
ちゃんと目的があって、出しているんで、
「何のために」出てくるキャラなのか、良く分からないキャラとか、
極力出さないように心掛けているんですよ。

ここは、エレミカ最優先の作品です。残りはおまけみたいなもんです。
おまけはおまけの領分を超えさせたくない。

という思いがあり、モブオリキャラ出してますが、
そういうのが苦手な方もいるだろうというのは重々承知です。
ただその場合は「オリキャラが苦手」な人だけがここを避ければいい話なので、
どちらを取るべきかと考えた時、私はモブオリキャラを出しました。

まあ、こんな話を>>1に書いても、長すぎるし、省略しようとも思ったんですが、
ここまでスレが荒れちまうとは思ってもみなかったんで。

更に言うなら、こんなのは話さなくても、
大体皆、分かってるだろうと思ってたんですが、
それが分からない方もいらっしゃるというのに面喰いました。

これだけ話しても多分、こっちの言ってる意味が分からず、
それでもやっぱり「読者の意見を聞け!」という声が出るかもしれません。

でも、匿名掲示板では、そう言った「作品」に関する意見は
「安価」の時にしか反映しない、というのは恐らく皆さんの周知の事実。
なので私は掲示板のルールに則り、今後も姿勢を変えません。

以上です。まあ完成させるのに時間はかかるけど、
エレンの回想だし、何とかなると思います。頑張るよ。

皆さん、本当に応援ありがとう。それではいつか、また。

現在の進行状況→演劇部のメンバーの自己紹介あたり。

せめてものお詫びとして定期的に進行状況を書いておきます。
大体の目安にしてね。

*注意 すみません。愚痴ります。






書き手側からすれば、本音を言えば、
面白いネタは安価に関わらず、どんどん採用したいんですけどね。
でもそんな事言い出すと、面白くないネタを持ってくる、
採用されない人達が「不平等だ!」
って声もあがるだろうし、頭痛いところなんですよね。

あと、私が提案を拒否ったせいで、
まるで私が読者の意見を無視しているような言い方で、
あちこち他のスレで文句も言ってるようだし、正直、心外なんですよね。

この物語の根幹である部分を、私、安価で何度か読者に託してますから。

そう。演劇のヒロインをエレンかミカサ、どっちが演じるか。とか。
ここ物凄く悩んだんですよ。物語の展開ががらっと変わるから。
そういうのを含めて、出来るだけ読者の意見に沿う形で書いてたのになー(涙)。

あとどうなんですかね?
そういう読者参加型の物語って、読んでいる側からしてみたら、
読んでて楽しい物なんですかね?

自分は「安価」以外でそういうのをやってるのを見かけた事ないんで、
正直、共感出来ないですが、

ヨゴレ役でも悪役でもいいから、
自分の考えたキャラを使ってくれ!

みたいな人って、存在するんですかね?

ミカサをナンパして、ぼこられる通行人役でもいい!

とかなら、まだ話は分かるんですが。
正直、チョイ役でないクラスのモブキャラを、
読者に決めて貰って、それを動かすのって、かなり責任重大。プレッシャー。

まあ、私がオリモブキャラをかなり前面に出しちゃったせいで、
こんな感じになっちゃった部分もあるので、
正直、反省中です。すみません。


愚痴ってすみません。作業に戻ります。それではまた。

話を作るのは>>1だし書きにくくなるようなネタを他者が無理に捩込ませるのはおかしい
そんなにそのネタが見たいなら他所で自分で書けって話

まあこんなの滅多にない事だし今回は運が悪かっただけだと思う

あんな書き込みがあった後でも>>1が書くのやめないでくれて本当によかった
投下気長に待ってるよ

荒らしの言葉を真に受ける必要はない
あちこちのスレ荒らしてる典型的な荒らしなのになんでNGにしないのか
VIPで「彼女できちゃったイエーイ」って釣りスレを何度か立てて煽り慣れしてみるのも良いのでは?

>>68
そう言って貰えると胸の荷が降ります。ほっとする。

>>69
NG設定というのは、読む時に、指定のIPの書き込みを読まない(表示させない)方法
という意味だと思ってたんですが…
もしかして、書き込ませない方法もあるんですかね?

本当なら例の人のコメントは書き込ませない方がいいんでしょうが、
それだと、アクセス拒否の権限のある、管理人しか出来ないと思ってたんで、
もしスレ限定で拒否れるなら、やり方があるならそれをしたいです。

本当は本人が納得してくれるのが一番でしょうが、
どうも話しても話の通じる相手ではなさそうなので…。

>>69
ちょっとぐぐってきました。

ああ、すみません。NG設定には専用ブラウザが必要みたいですね。
なるほど。勉強になりました。

何か、例の変な人が大分、大人しくなって落ち着いたみたいなんで、
とりあえず、今出来ているところまで、UPします。

んで、もしまた似たような事が起きて、暴れられたら、
その時はまた雲隠れして書き溜めてきます。

コロコロ方針変えてごめんね。
やっぱりあんまり更新の間を空き過ぎると、自分のモチベ維持するの大変だ。
実際にやってみて分かった。自分はまめにUPする方がいいみたい。






そして時が経ち、春休みも終わり、入学式も明日に迫ったというその日。

アルミンから電話がきた。声が枯れていてしんどそうな気配だった。

アルミン『ごめん…エレン……入学式、無理っぽい。げほげほげほ…』

咳が混ざって聞き取りづらい。でも要件をまとめるとどうやら、

エレン「え? 時期ハズレのインフルエンザだって?! 入学式出れない?! どうすんだよ!」

アルミン『今からそっちに……げほげほ……メール送るから、ミカサに………』

ああもう、聞き取りづらい。何度か「ああ」と聞き返しながら、

エレン「は?! 挨拶文はメールするからミカサに託すだって? あーもう、しょうがねえな」

エレン「お大事にな。無理はすんなよ!」

まじかよ……こんな事ってあるんだな。

メールを確認すると、ちゃんと届いていた。それをミカサに転送する。

エレン「悪い。ミカサ。アルミン、何故か知らんが今頃、インフルエンザにかかって入学式は来れねえってさ。お前が挨拶するしかないぞこれ」

ミカサ「ううう……この場合は仕方がない」

ミカサががっくりしている。よほど壇上に上がりたくないんだろう。

ミカサ「エレン、私の格好を見て、私だと分かる?」

丁度その時、ミカサは講談高校の制服を着ていた。

まあ、当たり前の話だが、分かるんじゃねえのか?

エレン「そりゃ分かるだろ。一発で」

ミカサ「うう……困った。どうする?」

眉間に皺を寄せている。何か後ろめたい事でもあるんだろうか。

エレン「中学の時の自分を隠したいのか?」

ミカサ「……平たく言えばそうね」

ふーん。だったら話は早い。

エレン「だったらこの長い髪でも切ってイメチェンしてみたらどうだ?」

ミカサ「!」

高校デビューとかやる奴だっているんだ。入学式を前に髪くらい切ってもいいだろ。

4月だし、この長い髪を切るには丁度いい頃なんじゃねえか、とも思うし。

エレン「なんならオレが今から切ってやるよ」

ミカサ「お願いする」

オレはすぐさま準備をした。その間にミカサには私服に着替えて貰う。

小さい頃、オレの髪は母親に切って貰っていたので、切る時の道具は一通り揃っていた。

その道具を引っ張り出して、ええっと、タオルを首に巻いてビニール巻いて…。

大体こんな感じかな。洗面所の前で準備して、鏡を前にしてミカサの髪を触ってみた。

さらさらとした、綺麗な黒髪だった。癖の少ない髪質だ。

エレン「ストレート、いいなー」

ミカサ「そう?」

エレン「オレの髪、癖つきやすいんだよ。寝癖とかもな」

ミカサ「私も寝癖くらいならつく。たまに」

エレン「そっか? でも、オレはサラサラの方が羨ましいぜ」

ミカサ「私はエレンのような髪の方がいい」

と、お互いにお互いの髪質を羨ましがる。

まあこれは無い物ねだりだ。言ってもしょうがねえ。

エレン「んじゃ切ってくからな。あんまり動くなよ」

ミカサ「了解した」

とりあえず、髪をどの辺まで切るか、イメージしてみる。

肩につくくらいのセミロングか、耳が隠れるくらいのボブカットか。

エレン「アルミンと同じくらいでいいかな」

ミカサ「任せる」

エレン「一応、様子見ながらだんだん落としていくぞ」

と、いう訳で少しずつ切ってみる。いきなりバッサリ切り落として失敗したら嫌だしな。

エレン「………とりあえず、セミロングまで落としたぞ。まだ切ってもいいか?」

ミカサ「どんどん切って。別人にして欲しい」

エレン「あんまり切り過ぎるのもなあ」

ミカサ「でも、もう少し切って欲しい」

任せるとか言いながら、切って欲しいと言ってる。

んーこの場合は、アルミンくらいまで落とす方が正解かもな。

という訳で、もうちょい切り落とす。大分印象が変わったな。

素人のカットにしては上出来かな? まあこんなもんか。

アルミンの髪型を参考にしながらミカサの髪を整えた。

エレン「うん。これでいいんじゃねえかな」

ミカサ「ありがとう。エレン」

エレン「いいよ。オレ、短いのも結構好きだし」

実際やってみると、想像していたイメージとの差があった。

ミカサの顔にはボブカットも似合うようだ。

ミカサ「え?」

エレン「あ……いや、今のは何でもねえよ」

似合ってるから好きなんだよ。項が見えるからとかじゃねえぞ?

ミカサ「エレンは髪の短い方が好きなのね」

エレン「いや、長いのも好きだけどな! 似合ってればどっちでもいいんだよ!」

ミカサ「では私はどっちが似合う?」

比べて考えれば…。

エレン「………短いほうかな」

ミカサ「なるほど。それは知らなかった」

ミカサの機嫌が良くなった。

ミカサ「だったらきっと大丈夫ね」

そう言って微笑んだミカサは、一体、何を恐れているのか。

この時点では分からなかったけど、この時も自分の過去を誰かにバラされたら…とミカサは心配していたんだろう。

本音を言えばもっと早くその話を聞きたかったけど。

まあしょうがねえよな。人の事だし、あんまり根掘り葉掘り聞くようなもんでもねえし。

そう思って、その時は深くは触れず、さっさと後片付けを済ませたんだ。






そして入学式がやってきた。

準備を全て整えて入学式に間に合うようにオレとミカサは一緒に家を出た。

電車を乗り継いで最寄駅で降りて学校までは徒歩で移動する。

新しい制服に身を包んだ同世代の人間が楽しそうに学校に向かってる。

クラス分けはどうなってるかな。アルミンと一緒がいいけどな。

学校の門をくぐると奥に進んだ広場にクラス分けの発表がされていた。

お、アルミンより名前が上の奴がいる。


1年1組

アニ・レオンハート

アルミン・アルレルト

エレン・イェーガー


珍しい。アルミンは「あ」から始まるから大抵名簿は1番だったのに。

きっとアルミン、この事知ったら喜びそうだな。久々の「2番」だから。

オレは3番目だ。アルミンのすぐ下に名前があった。

下の方にも目を移動させる。あ、ミカサの名前もあった。

エレン「あ、あった。ミカサも同じ1組みてえだぞ」

ミカサ(ほっ)

あ、今、ほっとした顔したな。そりゃそうか。

エレン「校舎はどこだ? あ、あっちに案内がしてあるな」

ミカサと一緒に教室に向かう。講談高校は大きな高校なので敷地も広い。

至る所に案内板が書かれているので迷う事はないが、それがなくなったら迷いそうだ。

教室に着くと半分位の席が埋まっていた。オレはミカサとは席が大分離れていた。

近くの奴に話しかけようか迷う。ここで交流しておかないと、後々響きそうだなと思ったし。

でも、どいつに話しかけるべきか。判断材料がまだ何もねえ。

とりあえず周りを観察する事にした。すると、隣の男子がやたら左後ろの方を見ているのに気付いた。

そう。オレの左隣の席のジャンだ。

今思うと、入学式の時からミカサの事、気にしてたんだよな。多分。

エレン「おい」

ジャン「………………」

エレン「おい、お前、名前なんての」

ジャン「………あ? 今、オレに話しかけたのか?」

エレン「そうだよ」

ジャン「ジャン・キルシュタインだ。そっちは?」

エレン「エレン・イェーガー。シガンシナ区中出身だ。どこ中だよ」

ジャン「オレはトロスト区中だ」

それだけ言って会話が途切れた。また、後方の女子の方をチラッと見てる。

後ろの方には黒髪の女子が何人かいる。だからつい、

エレン「お前、黒髪のストレートが好みなのか?」

ジャン「ぶふーっ!」

あ、あからさまに動揺しやがったこいつ。ビンゴだ。

ジャン「ななんあないきなり何の話だよ。つか、何で分かった」

エレン「不躾に後ろの女子ばっかりチラチラ盗み見してりゃ嫌でも分かる」

ジャン「いや、全然見てねえし。ああ見てねえ。そっちの勘違いだろ? (滝汗)」

やれやれ。誤魔化し方もここまでくるといっそ潔い。

エレン「まあいいけどな。別に」

人の好みに口を出すつもりはない。

だけど、あんまり不躾に盗み見るのもどうかとは思う。

ジャン「そ、そういうお前の方が、実は見てたんじゃねえの?」

エレン「はあ?」

ジャン「オレに罪を被せるなよな。ひでえ奴だな、お前」

エレン「濡れ衣だ。つか、別にオレはそれ自体を責めてる訳じゃねえよ。人の好みに口を出すつもりはねえし」

ジャン「そ、そうか……まあ、オレも同感だが」

エレン「ただ、見るなら見るでもうちょっとやり方があるだろって話だ」

ジャン「……………わ、悪かったよ」

お? 案外素直な奴だな。

ジャン「………(チラリ)」

もっと遠慮がちになっただけかよ!!

思わず椅子からずっこけようになったその時、

キース「このクラスを受け持つことになったキースだ。宜しく」

と、担任の先生が教室に姿を現した。

目が鋭い。中年の男性教諭だった。頭はつるっぱげだ。剃ってんのかな。

体もかなりがっしりしている。柔道か空手か、格闘技をやってそうな筋肉のつき方をしてそうだ。

服の上からでも分かる。何故なら背広がかなりきつい印象だったからだ。

キース「まだ半分くらいしか揃ってないな。まだ時間はあるが……あと15分程で入学式が始まる。少し早いが廊下に並んで待機しよう」

キース先生の合図で皆、廊下に出て並び始める。勿論男女は別々だ。

オレはクラスの中では真ん中くらいか。ミカサは女子の中では後ろの方だった。

教室に居た全員が揃った頃、一人だけ遅れてポニーテールの女子生徒が滑り込んできた。

口には食パンを加えている。実際、そういう事をする人間を見たのは始めてだ。

ミカサとはまた違った系統の美人だった。芸能人で言うなら…誰だろ。

マリナ・ニシウチとかかな。雰囲気が似ている気がする。

キース「こら! 貴様! 時間ギリギリだぞ! 食べ物を口に咥えて走るな!」

サシャ「はひ! もうひはへあひはへん! (はい! 申し訳ありません!)」

キース「さっさと飲み込め!」

サシャ(ごっくん!)

サシャ「はい! ギリギリで申し訳ありません!」

キース「まあいい。間に合ったからな。名前は?」

サシャ「は! サシャ・ブラウスであります!」

キース「サシャ・ブラウス、出席と。さっさと並べ! 適当に!」

サシャ「はい!」

サシャと名乗ったその子はミカサの前に滑り込んだ。

キース「まだコニーとかいう生徒が来てないが……待っている訳にもいかん。先に進むぞ」

キース先生は一人を放置してさっさと体育館に移動を始めた。

一クラス35人。10クラス分がぞろぞろと移動し始めた。

中学の時より人数が多い。体育館も二階席まである。でけえ。

2年、3年は先に席について待っていた。保護者も多数出席している。

ちなみにオレんとこは途中から参加するとか言ってたな。親父は遅れてくるって言ってた。

校長先生の話が始まった。若い先生だな。まだ20代かも?

アルミンより細身の男って初めて見たかも。いや、まじで細い。

オレも男にしては細身の方だが……飯食ってるのか心配になる細さだった。

校長先生『えー……この学校の校長を務めております。ハジメ・イサヤマと申します』

ハジメ先生の挨拶から始まって、教頭、来賓、在校生等の挨拶が終わった。

挨拶を聞いているだけってのは、正直眠い。まあ、それもあともうちょっとで終わるけど。

後はミカサの挨拶で終わりかな。

それが終わったら、諸注意があって、新入生は退場だ。教室に一旦戻る。

校長「では、入学生代表挨拶、ミカサ・アッカーマン、前へ」

ミカサ「は、はい!」

声、裏返ってる。大丈夫かな。



ゴン☆


勢い良く一礼して、頭をマイクにぶつけやがった。

音が静寂な舞台から広がって失笑が広がる。やっちまったな。

あれ?

何か様子がおかしい。カンペ出す素振りはあるけど、まさか、見つからないのか?

カンペを無くしたようだ。あ、でも大体暗記してるって言ってたし、大丈夫だよな?

と、安易に考えていたら、とんでもない事になった。

ミカサ「私は…強い。あなた達より強い…すごく強い……ので、私はどんな相手に襲われても蹴散らす事が出来る。例えば…一人でも」

ん? 日本語でOK? と言いたくなるようなスピーチだった。

いかん。あいつ、パニックになってやがる。

自分でも何話しているか分かってないんだろう。でも、まだ続く。

ミカサ「あなた達は…腕が立たないばかりか…臆病で腰抜けだ。とても残念だ。ここで私を羨み、指をくわえたりしてればいい。くわえて見てろ」


生徒一同(゚д゚)(゚д゚)(゚д゚)(゚д゚)(゚д゚)


とりあえず、ここが掲示板とかだったら「もちつけ」と言いたくなる場面だった。

ミカサ「この世界は残酷だ。戦わなければ勝てない。だから私は戦い続ける。この場所で、何としてでも勝つ! 何としてでも生きる!」

ジャン「お前の言語が残念だ……」

ジャンが思わず呟いてツッコミを入れた。気持ち分かるがここで言うなよ。

そしてミカサの挨拶が終わって場が凍り付いて、しばし時間が過ぎて……

進行の先生「えーありがとうございました。続きましてはー……」

諸注意があり、そして退場となった。ミカサの方を見ると、ダメだ。目が死んでた。

後で慰めてやるしかねえな。これは。

教室に戻って席に着くと、いつの間にか全員揃っていた。

あれ? コニーとかいう奴、いつ来たんだ? 式の途中で合流したんかな。

キース「コニー・スプリンガー。遅刻っと」

コニー「げっ……やっぱバレてた?」

キース「ふん。式の途中にこっそり入ってきた度胸は認めるが、わしの目は誤魔化されんぞ」

コニー「ちぇーうまくいったと思ったのにな」

と、反省する素振りは全くねえな。

キース「えーとりあえず今日は一旦、ここで解散となるが、午後は体育館の方で部活動紹介を行う予定だ。興味のある生徒は参加する事。これは強制参加ではない。また、実際の部活動の方を先に見たい生徒はそちらを見に行っても構わない。部活に入らない者は帰宅しても良い。各自、自由に選択して午後を過ごすように。以上だ」

という訳で、キース先生の説明通りその後は各自自由行動となった。

オレはミカサの席の近くまで移動して、弁当を広げた。

ミカサ「……………」

昼飯を食うのすら忘れているようだ。オレはミカサの肩を叩いた。

ミカサ「は!」

エレン「ミカサ、お昼だぞ。飯食うぞ」

ミカサ「そ、そうね…」

やっと我に返ったのか、弁当を取り出した。二人で顔を合わせて弁当を食べる。

他の奴らも部活動紹介か部活動を見学に行く奴は弁当を持って来ているようだ。

弁当をさっさと食べ終わり、それでもまだ、気持ちが浮上しないのか、ミカサは落ち込んでいた。

エレン「あんま落ち込むなって。ミカサ……」

ミカサ「ごめんなさい。エレン。私はアルミンの作った挨拶文のカンペを紛失した上に、アドリブの挨拶も碌に出来なかった」

エレン「テンパってたのは分かる。だからしょうがねえだろ」

ミカサ「そもそもカンペを何処で紛失したのか……」

移動の途中でどっかに落としたんだろうな。多分。

ユミル「……あのさ、ミカサだっけ?」

ミカサ「?」

その時、ミカサより背の高い女子が話しかけてきた。

確かこいつが女子の中では一番、背がある。モデルみたいな体型だ。

ユミルはちょっと性格の悪いところがある。ま、取っつきにくい感じではないんだが。

この時もユミルがもっと早くカンペをミカサに渡してりゃなあとは思ったが。

ま、言ってもしょうがねえな。咄嗟の判断ミスって奴だ。

ユミル「あんた、移動の途中で紙切れ落としたよ。これ、さっきの挨拶で使うもんだったのか?」

ミカサ「!」

ユミル「悪いな。移動の途中だったし、私もすぐ中身を確認すれば良かったんだけどさ。すぐ体育館に移動しちまったし、あんまり不審な動きすると先生に目つけられるだろ? だから教室戻ってから返そうと思ってたんだけど、まさか挨拶のカンペだとは思わなかったんだよ」

ミカサ「そ、そうだったのね……」

ユミル「カンペ無くしてテンパった結果がアレだったんだろ? ククク……」

エレン「わ、笑うなよ。お前! ミカサは精一杯頑張ったんだぞ!」

ユミル「いや、分かってる。それは分かってるんだが。面白かったから、ついつい」

ほらな? こういうところ、性格悪いだろ?

ユミル「下手に真面目な挨拶よりは幾分かマシだね。私はあの挨拶、気に入ったよ」

ミカサ「………」

ユミル「私の名前はユミル。ま、そのまんまユミルって呼んでくれ」

ユミルと知り合える切欠にはなったが、こいつも残ってるって事は部活入るんかな。

エレン「ユミル、お前は部活入らねえのか?」

ユミル「ん? 私はクリスタ次第かな」

エレン「クリスタ?」

ユミル「そこで先輩達に囲まれて勧誘されてる金髪の美少女の事だよ」

そこには教室の隅で3人の女子の先輩に囲まれて困った顔をしている金髪の子がいた。

雰囲気がアルミンに似ている。背はアルミンより低いけど。

確かオレの席の後ろの子だったかな。ええっと、そのまた後ろがコニーで、その後ろがサシャだった筈だ。

まだしっかりとは話してないが、フランス人形のような女の子だなと思った。

ユミル「私はクリスタが入ったところに一緒に入るつもりだからどこでもいいんだよ」

エレン「それじゃただの腰巾着じゃねえか」

ユミル「お目付け役、と言って欲しいね。私とクリスタは一心同体なんだよ」

エレン「ふーん。ま、個人の考えには干渉しねえけど。オレはどうすっかなー」

クリスタの方が負担に思うんじゃねえか? とも思ったが、人の事なのでそれ以上は言わない。

ミカサ「見て回りたいところはないの?」

エレン「まあ、いくつかなくはないけど。ミカサ、一緒に行けそうか?」

ミカサ「うん。もう大丈夫」

顔色が良くなったようだ。良かった。良かった。

エレン「そっか。じゃあ、一旦、教室を出ようぜ」

そこでユミルとは分かれてオレ達は教室を出た。

部活動紹介の会を見に行ってもいいけど、オレは実際にやってる風景を先に見たかったんで、そっちに行く事にした。

グラウンドを見るとサッカー部が練習していた。

サッカー部員「おいごらあ! へばるの早すぎるぞ!」

サッカーは嫌いじゃない。だけど練習風景を眺めると、あまり空気がいいように思えなかった。

うまく言えないが、部員同士の仲はあまり良くねえのか?

お互いにお互いを見ないし、声掛けも少ない。

運動部だから厳しいのは承知だが、これってどうなんだ?

チームワークの必要な部活動でこういう空気なのは、何かなあ。

次はバスケ部に移動した。バスケ部は第二体育館の方で練習中だった。

ちなみに講談高校は体育館が3つある。体育に力を入れてるだけはある。

第一体育館は生徒の授業用。第二体育館が部活用。第三体育館が体操部や水泳部が使うようだ。

ちなみにプールは屋内、屋外両方あるという力の入れっぷりだ。

バスケ部も凄まじい練習だった。こっちはちゃんと声出しとかもやってるし、サッカー部よりはお互いを見てる。

ただ、お互いのミスに対して喧嘩したり、言い争いが起きていた。

それを先輩が止めたりして、また喧嘩している。

うーん。ここも空気が良くねえな。何でだ? もっとこう皆で「全国制覇!」って感じの練習なのかと思ってたけど。

野球部も見に行った。こっちもやっぱりそうだった。

あ、コニーとか言う奴も来てた。野球部に入るっぽいな。

コニー「お、お前も入るのか? 一緒に野球やろうぜ!」

エレン「いや、オレはまだ見学だけだ。決めてねえ」

コニー「え? そっかー。ここ、設備もいいし、野球やるにはいい環境だぞ?」

エレン「でもチームメイトとの相性もあるだろ?」

コニー「あー……そういうのは、後で考えればいいんじゃねえ? とりあえず、やってみろよ」

エレン「え、でも…」

コニー「ほら、グローブのつけかたから教えてやっから!」

という訳で何故かコニーと野球グラウンドの端っこでキャッチボールをする羽目になる。

しかしこのグルーブ、使いにくい。初めて触る硬球とグローブに苦戦した。

ボールを何度も零してしまった。キャッチボールがちゃんと続かねえ。

オレ、運動神経は悪い方じゃねえんだが。おかしいな。

コニー「んー……ま、最初は誰だってこんなもんだろ。慣れりゃすぐだって!」

ミカサ「女子は入れないの?」

コニー「女子はマネージャーならいつでも大募集だってさ!」

ミカサ「そう……」

あ、そっか。女子は野球部見学しても意味ねえな。

ミカサがマネージャー志望ならともかく。

エレン「ミカサ、お前マネージャーやりたいか?」

ミカサ「んー?」

曖昧な感じだった。ピンとはきてないようだ。

エレン「じゃあやめとくか。他のところ行ってみようぜ」

ミカサ「分かった」

コニー「気が向いたらまたこいよ!」

コニーと分かれて、オレ達は別のところに移動した。

エレン「なんか、練習風景が殺伐としてて楽しそうじゃなかったな」

ミカサ「そうね。素人お断りって雰囲気だった」

エレン「まあ、厳しいのは仕方ねえけどさ。全国目指してるところは何処もそうなんだろうけど」

ミカサ「そうね。全国制覇は並大抵の事では出来ない」

エレン「オレの中では『面白そう』なところに入りたいんだよな。練習は多少、厳しくてもいいけど」

ミカサ「なるほど。面白そうな部活、ね」

その時、パン! という破裂音のような音が聞こえた。

音のする方を見てみる。お? もしかしてここは弓道部か?

やっぱりそうだ。袴姿の女子や男子が道場から出たり入ったりしている。

エレン「お? ここはもしかして弓道部かな?」

ミカサ「弓道部?」

エレン「和風の弓矢を放つ部活だよ。アーチェリーとはまた違う弓矢だな」

ミカサ「ふむふむ」

ミカサが反応している。だったら見てみるか。

エレン「ちょっとだけ覗いてみるか」

先輩1「あら、入部希望者?」

エレン「見学しに来ました」

先輩2「だったら、こっちにおいで。ここからの方が練習風景が良く見えるよ」

道場の入口から中の方に案内された。そこは全体の練習を眺めるのには適した場所だった。

パン! といういい音が何度響いて的に刺さる。

これはちょっと面白そうだ。矢が刺さると気持ちよさそうだ。

先輩1「矢を射抜いてみる? うちは初心者でも歓迎するよ」

エレン「お願いします!」

先輩に一通り手ほどきを受けてから矢を構えた。

パン! と矢を放ち、的に向かって飛んでいったが……。

外れた。的外れもいいところだ。

エレン「あれ?」

先輩1「最初はそんなもんよ。的になかなか当たらないし」

エレン「もう一回やってみます」

端っこでもいいから当てたい。そう思って何度かやってみたが。

10本やってみて、全滅だった。嘘だろ…。

オレ、中学時代は体育5だったのに。キャッチボールといい、これといい、何で出来ねえの?

先輩2「うーん。何が悪いんだろ?」

先輩1「教え方が悪かったのかなあ?」

先輩2「そっちの子にもやらせみてもいい?」

先輩達が別の弓矢を用意してミカサにやらせた。


パン!


ミカサ「た、たまたま当たっただけだと思う」

ミカサ、言い訳するな。余計に空しくなるだろうが。

エレン「いや、いい。これで証明されたようなもんだろ。オレには矢を放つ才能がねえって事が」

ミカサ「そ、そんな筈はない。今のはたまたま運が良かっただけ」

と、いう訳でもう一本、矢を放ったのだが、


パン!


あ、やっぱり。そっか。オレ、実は自分で思ってる以上に運動神経悪いんだ。

中学時代の体育の先生は甘い評価だったんだな。そう思う事にした。

ミカサが焦っているのが見え見えだった。

エレン「いいよ。ミカサ。よけいに虚しくなるから」

「お邪魔しました」と言って道場を出た。

先輩達は「何で?」と首を傾げていて、しきりに首を捻っていた。

だがもういい。オレは運動部は入らない方がいい。そう決めた。

ミカサ「エレン!」

ミカサがオレを追いかけてきた。

ミカサ「エレン、その…………他の部活をみましょう」

エレン「ミカサは弓道部に入れば?」

ミカサは運動神経いいし、似合ってると思うぜ。

ミカサ「わ、私は別に弓道には興味ない」

エレン「ん? じゃあなんでやってみたんだよ」

ミカサ「そ、それはエレンと同じ部活に入ろうと思って……」

ピタッ

思わず立ち止まってしまった。顔が強張るのが自分でもわかる。

さっきのユミルもそうだったが、女子ってなんでこう、人と合わせようとすんだ?

それをされる側の気持ち、考えた事あんのかな。

エレン「あのなあ。いくら家族になったからって、そこまで揃えなくてもいいんだぞ」

ミカサ「え………?」

エレン「一緒に部活動を見て回るのはいいけどさ。入るところは自分で決めていいんだよ。オレに合わそうとするな」

ミカサ「え? な、何故……」

エレン「だって、ミカサがオレに合わせたら、ミカサ自身が本当にやりたい事が出来ねえじゃねえか」

そりゃ一緒にやれたらそれが一番いいが、相手に我慢させてまで一緒にはいて欲しくない。

ミカサの気持ちを犠牲にする必要なんてねえよ。

ミカサ「そんな事はないのだけども」

エレン「いや、そうだろ。今の弓道部だって、お前が「ふむふむ」と関心を示したから入ってみたってのに」

ミカサ「そ、そうだったの?」

エレン「そうだったんだよ。弓矢、上手だったんだから入ればいいじゃねえか」

一発で出来たんだ。才能がある証拠だろ?

ミカサはそこでようやく少し考えて答えてくれた。

ミカサ「いや、いい。あれは何回もやれば飽きると思うので」

エレン「そうか?」

ミカサ「うん。同じことを永延と繰り返すだけの部活は、ちょっと」

エレン「うーん。そうか。そう言われればそうかもな」

そっか。物珍しいから最初はいいけど、後で飽きる事もあり得るか。

エレン「じゃあ別のところにいくか。あ、でも、入りたいのが見つかったらオレに構わず入れよ?」

一応、念押ししておいた。

ミカサ「………分かった」

顔は納得してない。バレバレだ。

全く。ミカサなら大抵の部活はこなせるだろうに。

でも、こうやってオレについてくるところは、懐いた犬みたいで可愛いな、と思う自分もいる。

…………本当はダメだけどな。こういうの。ミカサの為にもならないし。

他、見てないところに行ってみるか。と、思ったその時、

マーガレット「重い~!」

スカーレット「女子の力じゃ持てないよ、これ」

ガーネット「あーせめて男子が一人入れば…」

何やら大きな木のセットのようなもの(テレビ番組などで背景に見かけるようなアレ)を運んでいる女子生徒が3人いる。

よいしょよいしょっと危なっかしい足取りだ。女子だけで運ばせるって危なすぎるだろ。

エレン「大丈夫っすか? 手伝いますよ」

マーガレット「わーありがとう! これ、体育館のすぐ傍の倉庫までお願いね」

エレン「遠いですね…」

ミカサ「私も手伝おう」


ヒョイ


スカーレット「わーいきなり軽くなった?! なんで?」

ガーネット「5人で抱えたからじゃない? やっぱり人数ないときついってこれ」

マーガレット「よし、備品管理倉庫までレッツゴー!」

カニのように横移動をしながらオレ達5人はセットを運び終えた。

マーガレット「ふーありがとう! 助かりました」

ミカサ「いえいえ」

エレン「困ってる時はお互い様だろ」

スカーレット「なんて心の清い子達なの! ちょっとお礼したいから部室に来ない?」

エレン「え? 部室? 何部ですか?」

ガーネット「演劇部だよ。うちらは大道具担当だけどね」

マーガレット「男子は少ないから男子部員が欲しいんだよね。ねえ君、うちに入らない?」

この時の「男子が少ない」は恐らく「大道具の男子」の事だろう。

実際部活に顔出したらそれなりに男子がいたので、それで合ってる筈だ。

エレン「うーん。演劇かー」

小学生の頃にそういうのは学校の行事で何回かやらされた記憶はある。

一年生の時、アルミンが白雪姫でオレが王子様役だった。

二年生の時はシンデレラで、やっぱりヒロインはアルミン。オレが王子様だった。

三年生の時は……アルミンがもうさすがに女役は勘弁してくれと言いだして、結局ピーターパン役をやった。オレは船長役だったかな。

だから舞台の上にあがるのは抵抗ないけど、劇をやるのは久々過ぎる。

エレン「ドラマとかはあんまり見ないし、演技の興味はないんですけど」

ミカサ「私もたまにバラエティを見るくらい」

マーガレット「ああ、その辺は別に関係ないよ。演劇部は役者だけでなく、裏方の仕事もあるからね」

エレン「裏方?」

スカーレット「うん。演技は出来なくても入れるよ。まあ一回、うちに来てくれれば分かるから」

そう熱心に勧誘されては顔を出さないわけにもいかねえな。

オレとミカサはとりあえず、音楽室のある校舎の4階まで移動した。

するとそこには女子の先輩達が窓を開けて校庭に向かって叫んでいた。

パク「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと………」

すげえ! 五十音を一気に息継ぎなしで発声練習をしている。

エレン「おお……なんか知らんが迫力あるな」

引き込まれる。ちょっと面白そうかもしれん。

マーガレット「大道具はこういう、大道具を腰にぶら下げて、舞台を走り回るのがお仕事だよ」

腰に専用のポーチをぶら下げて道具を説明してくれる。

スカーレット「馬鹿! そこは小道具でしょうが」

マーガレット「あ、そうだった。ごめんごめん!」

ん? ああ、大道具が小道具をぶら下げてって言いたかったのか。

エレン「おお? なんか格好いい」

ガッチャンガッチャン♪

動く度に音が鳴る。その工具セットが恰好いい。

マーガレット「大道具は体力勝負だけど、その分やりがいがあるよ。舞台を裏で支える役割なんだ。どう? 私たちと一緒に裏方やってみない?」

エレン「うーん。どうするかな」

スカーレット「大道具だけじゃなく、音響とか照明とかも裏方だから、選択肢はいろいろあるよ」

エレン「ミカサはどう思う?」

ミカサ「表舞台に出ないのであれば、入ってみてもいい」

ああ、壇上の挨拶がすっかりトラウマになってやがるな。

マーガレット「まあ、一回、この裏方ポーチを実際身につけてみてよ」

先輩達に実際に裏方ポーチをつけさせて貰った。

エレン「おお? なんかこの格好、いいな」

しっくりくる。これはいい。ちょっと楽しいな。

エレン「分かりました。とりあえず、仮入部って形でやってみます」

マーガレット「本当? いいの? やった!」

ミカサ「では私も仮入部で」

エレン「いいのか?」

ミカサ「重いものを運ぶのは得意なので大丈夫」

この顔は嘘ついてる感じじゃねえな。

良かった。ミカサも気に入ったみたいだな。

マーガレット「ますます有難いよ! 新入部員、ゲットだぜ!」

という訳でその日はそこですぐさま仮入部のサインをしてそのまま練習風景を見学させて貰った。

パク「おっぱいもみもみおっぱいもみもみおっぱいもみもみ!」

エレン「?!」

ミカサ「?!」

今の何だ? アレも発声練習か?!

マーガレット「あはは! ごめんね。アレも発声練習の一環なんだ」

女子なのにすげえ。全く平然と卑猥な言語を言ってやがる。

いや、こっちとしては物凄く嬉しいけどな。ありがとうございます。的な。

ミカサ「……………やっぱりやめた方が良かったかしら?」

あ、ミカサがドン引きしているようだ。無理もねえか。

マーガレット「わーやめないで! 大丈夫! アレはやりたい子だけがやる発声練習だから! 無理ならやらなくていいから!」

パク「ん? ああ……ごめんごめん。もっとソフトな発声練習にするね」

と言って、別の発声練習に入った。

パク「マンゴ子マンゴ孫マンゴ! マンゴ子マンゴ孫マンゴ! マンゴ子マンゴ孫マンゴ!」

ぶふーっ! いかん。ソフトどころか悪化している。

エレン「先輩! もっとソフトにお願いします!」

パク「え? もっと? じゃあ難易度落とすか…」

と言って別の早口言葉にして貰った。ふう。

パク「ブタがブタをぶったらぶたれたブタがぶったブタをぶったのでぶったブタとぶたれたブタがぶったおれた」

エレン「それ難易度上がってますよね?! 何しゃべってるのか分かんないんですけど?!」

パク「え? ああ、難易度は下がってるよ? 私、ま行苦手だから。ば行は大丈夫だよ」

エレン「そういう問題なんですか?」

パク「そうそう。苦手な行を中心に発声練習するといいんだよ。やってみる?」

という訳でその日はへんてこな早口言葉をいろいろ教えて貰った。

マーガレット「自分で作ってもいいよ。いい早口言葉があったらどんどん言ってね」

家に帰ってからも早口言葉が頭の中でループしていろいろ大変だった。

ミカサ「マンゴ子マンゴ孫マンゴマンゴ子マンゴ孫マンゴマンゴ子マンゴ孫マンゴ」

エレン「ミカサ! その早口言葉だけはやめてくれ!」

ミカサ「私もマ行は苦手かも……」

エレン「でもダメだ! 他の早口言葉にしろ!」

ミカサ「………分かった」

そんな感じで高校生活初日は無事(?)に終わったのだった。





次の日の最初の授業は、委員会や係等の役割を決めるロングホームルームが行われた。

キース「まずは先に学級委員を決めたいと思う。誰か立候補はおらんか」

先生の声に皆、視線を交わす。お前やらねえの? って意味でな。

誰も自分からはなりたいと思う人はいないようだ。面倒臭そうだもんな。

キース「立候補がいないなら推薦でもいい。誰かこいつにやって欲しいと思うのはおらんか」

ジャン「はい」

キース「ジャン・キルシュタインか。いいぞ。誰を推薦する?」

ジャン「オレはマルコがいいと思います」

マルコ「?! ちょっと、ジャン!」

ジャン「こいつ、真面目だし責任感もあるし、マメだし、級長タイプだと思います」

マルコ「やめてくれよ……そんな柄じゃないって」

ベルトルト「それなら僕も」

キース「ベルトルト・フーバー。他にいるか?」

ベルトルト「はい。ライナーがいいと思います」

ライナー「おいおい。俺もそんな柄じゃないんだが?」

ベルトルト「そんな事ないよ。ライナーはリーダー向きだと思う」

今度はさっき推薦されたマルコが挙手した。

マルコ「ジャンがいいと思います」

ジャン「おい、推薦された奴がし返すなよ」

マルコ「僕よりジャンの方が向いてると思ったんだよ。ジャンは口は悪いけど面倒見がいいからね」

キース「ふむ。三人も候補があがったなら、この中から男子の級長は決めても良いだろう」

そう言ってキース先生は黒板に三名の名前を書いて多数決を取り始めた。

そして票数がばらけて、結果が決まった。

キース「ふむ。集計結果、ライナー・ブラウンに決まったな。では、級長をお願いするぞ」

ライナー「困ったな。俺も柄じゃないんだが」

キース「しかし皆の意見だ。お願いしたいのだが」

ライナー「分かりました。ま、推薦された以上は仕方ないですね」

という訳で、クラスの男子の中では大柄なライナーが級長に決まった。

キース「女子の方で副級長も決めたい。女子の方には立候補者はいないか? 推薦でも構わない」

ミーナ「はい!」

キース「ミーナ・カロライナか。立候補か?」

ミーナ「いいえ! 推薦です。私はクリスタがいいと思います!」

クリスタ「え?!」

後ろの席のクリスタがびっくりした声をあげていた。

クリスタ「わ、私はその……皆のまとめ役なんて」

ミーナ「クリスタは面倒な事も嫌がらずにやる真面目な子なので任せてもいいと思います」

クリスタ「ちょっと、買いかぶり過ぎだって」

ユミル「…………」

ユミルが挙手した。

ユミル「はい。私はミーナの方がいいと思います」

ミーナ「?!」

ユミル「勝気で皆をぐいぐい引っ張っていけると思います」

キース「ふむ。クリスタ、ミーナ。あと一人くらい推薦して貰おうかな」

キース先生は黒板に名前を書いている。

サシャ「はい!」

キース「サシャ・ブラウス。芋を食いながら挙手するな。授業中だぞ」

サシャ(ごっくん)

サシャ「私はユミルがいいと思います!」

ユミル「?!」

ユミル「サシャ、お前……」

サシャ「ユミルは一歩引いて、皆のフォローをするのがうまいので」

ユミル「そんな訳ねえだろ」

サシャ「いえ、そうですよ? 意外と周りのことよく見てるじゃないですか」

ユミル「私はフォローした覚えはない」

サシャとユミルはどうやら知り合いっぽいな。

席が離れているのに好き勝手にしゃべってやがる。

キース先生は「おい、いがみ合うな」と二人を窘めて、

キース「では、女子はこの三名の中から決めるとするか」

キース先生は再び多数決を取り、結果、決まった。

キース「ではクリスタ・レンズに頼むとしよう。いいだろうか?」

クリスタ「わ、私ですか……」

キース「過半数を超えたからな。お願いしたい」

クリスタ「わ、私でいいんですか?」

ミーナ「いいと思うよ。クリスタは頑張り屋さんだからね」

ユミル「……………」

何なんだ? ユミルの顔。ちょっと過保護じゃねえか?

決めるのは本人だろ。クリスタ自身の気持ち次第だ。

クリスタ「分かりました。私で良ければ引き受けます」

キース「では早速、級長、副級長、前に出て他の委員を決めて行ってくれ」

というわけで早速仕事を任された二人は拍手喝采を受けながら前に出た。

ライナーの方はクリスタをチラチラ見ては顔を赤くしている。

ふーん。ライナーって奴はクリスタが好みなのか。

まあクリスタは可愛いしな。オレの好みじゃねえけど。

ライナーが板書をしてクリスタが台の前に立つ。

クリスタは小さいもんな。ライナーが書いていく方が効率的だ。

クリスタ「では続いて、他の委員を決めていきたいと思います」

クリスタ「他の委員も立候補、または推薦を募ります。まずは生活委員から……」

クリスタ「うーん、立候補も推薦もないなら他の委員から先に決めてもいいですか?」

ミーナ「いいと思います!」

クリスタ「では図書委員から先に決めたいと思います。立候補者はいますか?」

お、女子が何人か手挙げてるな。

男子はいねえ。これならアルミンを推薦しても通りそうだな。

アルミンは本が大好きだ。だから委員会は図書委員がいいって決めている。

メールには「エレンに任せる」とあったけど、アルミンの希望が通る方がいいよな。

ミーナ「はい! 図書委員やります!」

アニ「待って。図書委員なら私もやりたい」

ユミル「私もだ。やらせろ」

ハンナ「ずるい。私もやりたい」

エレン「あの、今日は欠席してるんですけど、推薦したい奴がいるんですけど」

クリスタ「はい。ええっと、エレン・イェーガー君ですね」

エレン「はい。アルミンは小学校の頃から図書委員ばっかりやってたんで、推薦してもいいですか?」

クリスタ「そうね。男子の立候補は他にいないし、経験があるなら彼に任せてもいいかな?」

男子一同は「いいと思いますー」と適当に答えている。

希望者が被らなくて良かったぜ。

クリスタ「じゃあ女子の方を………今度は立候補者多数だからくじ引きでいいかな?」

ライナー「いいんじゃないか? 立候補だしな」

クリスタ「じゃあちょっと待っててね。くじを簡単に作るから」

という訳でくじ引きでの抽選になった。各々、神妙な顔でくじを引いている。

アニ「………」

ミーナ「………」

ユミル「………」

ハンナ「………」

アニ「よし」

ミーナ「あーハズレたあ」

ユミル「ちっ…」

ハンナ「残念」

クリスタ「当たったのはアニですね。では図書委員はアルミン君とアニさんの二人に決まりました」


パチパチパチ……


クリスタ「続いては保健委員です。こちらも立候補、または推薦で決めます」

マルコ「はい」

クリスタ「はい、えっと、マルコ君」

マルコ「保健委員、やります」

クリスタ「男子は立候補者が出ました。他はいませんか?」


シーン……


クリスタ「女子の立候補者はいますか?」

ミーナ「はい」

クリスタ「ミーナ、やる?」

ミーナ「第二希望だけど、他にいないなら保健委員でいいや」

クリスタ「じゃあ決まりね」


パチパチパチ……


あれ? なんか黒板が変だな。あ、一個飛ばして決めたのか。

クリスタ「ん? あら? 体育委員、飛ばしちゃってた?」

ライナー「ん? 順番なんてどうでもいいだろ」

クリスタ「でも折角、順番通りに書いてあるのにごめんなさい(ペコリ)」

ちょっと眠くなってきた。あー眠い。早く終わんねえかなー。

クリスタ「体育委員、も決めたいと思います。誰か……」

コニー「はいはいはい! オレ、やる!」

クリスタ「げ、元気がいいですね。コニー・スプリンガー君?」

コニー「おう! オレ、小中全部、体育委員だったから!」

クリスタ「経験者がいるなら彼でいいですか?」

一同「賛成でーす」

クリスタ「じゃあ女子は……」

コニー「サシャ、お前やらねえ?」

サシャ「いいですよー。私も体育委員ばっかりやってたんで」

クリスタ「じゃあ二人で決定ですね」



パチパチパチ……



クリスタ「次は文化委員を決めます。立候補者、また推薦はありますか?」

ジャン「文化委員って、文化祭以外は暇な委員だよな?」

クリスタ「そうね。その代わり文化祭のシーズンだけは滅茶苦茶忙しいよ」

ジャン「うーん。どうするかな……迷うぜ」

マルコ「ジャンは楽な委員に入りたいの?」

ジャン「いや、楽な割には内申点もあげられるのがいいな」

マルコ「ちゃっかりしてるね」

無茶言ってやがる。馬鹿じゃねえの? こいつ。

キース「内申点が目当てなら級長か、生活委員が一番得点が高いぞ」

ジャン「一番きつい役職じゃないっすか……」

キース「ふん。楽して点を取ろうと思うなよ。まあ、委員会は入らないよりは入ったほうがこちらも成績をつけやすいんだがな」

先生の言う通りだと思った。

クリスタ「誰かいませんか? 文化委員は、文化祭以外はとても暇な委員ですよ?」

ライナーが笑ってる。クリスタの発言がツボったらしい。

すると、女子が一人挙手した。

ユミル「文化祭以外は暇なら、やってあげてもいいよ」

クリスタ「ユミル、ありがとう!」

ユミル「まあ、他にやりたい奴がいれば譲ってもいいけど。いなさそうだしな」

女子一同はユミルで異論はないようだ。

ライナー「ベルトルト、お前、中学の時も文化委員だっただろ」

ベルトルト「え? ああ、そうだけど」

ライナー「だったらノウハウ分かってるだろ。またやったらどうだ?」

ベルトルト「そう? でも他にやりたい人はいないかい?」

ライナー「いれば先に手あげるだろ。ベルトルトでいいか?」

男子一同「いいでーす」

クリスタ「決まりね。次は…整備委員ね」

ライナー「地味な委員だが、ようは掃除が好きな奴が向いてる委員だな」

クリスタ「そうね。掃除が得意な人にやってもらえるといいと思う」

掃除が得意。で連想したのはミカサだった。

ああ、ミカサがやるのがいいかもな。これ。

キース「ちなみに整備委員の担当教師はリヴァイ先生だ。先に言ってくが、生半可な覚悟では入らないほうがいいぞ」

ピタッ……

何名か、挙手しかけていた生徒が手をあげるのをやめた。

クリスタ「リヴァイ先生? 他のクラスの先生ですか?」

キース「ああ。体育担当の先生なんだが……まあ、潔癖症の先生でな。掃除に関してはスパルタで有名だ」

生徒1「そういや姉ちゃんがそんな事を言ってたような」

生徒2「ああ。うちも兄貴から話を聞いたことあるぜ」

ヒソヒソと声が聞こえる。どうやら上の学年の人達の間では有名な話らしい。

面倒な先生かもしれないのか。だったらパスした方がいいのかな。

でも誰かがやらねえと、次の議題にいけないしなあ。どうすっかな。

クリスタ「(空気が重い)……じゃあ先に緑化委員を決めるしかないようね」

ヒッチ「はいはい。私やる~」

クリスタ「えっと、ヒッチさんね」

ヒッチ「あれでしょ? 花に適当に水やっておけばいいんでしょ? 超楽そうだし」

クリスタ「ええっと、雑草をむしったり、肥料をあげたりもするんだけど…」

ヒッチ「え? でも毎日はしなくてもいいでしょ? 雨降ったら水やらなくて済むし、一番楽な委員じゃないの?」

今、一瞬クリスタが微妙な顔をした。

あー気持ちは分からんでもない。うちも母さんが生きてた頃は庭とかベランダでガーデニングしてたからな。

地味に大変なんだよ。特に虫とか気をつけないといけないし、まめな手入れが必要だ。

こういう派手なタイプの女がそういうの、得意だとは思えないが。

いや、でもそう決めつけるのは良くねえか。意外とやらせたらはまるかもしれんし。

ハンナ「あのう……私もやりたいんだけど」

フランツ「僕も……」

お? 希望者が被ったか。

ヒッチ「え? まじで? 女子の希望者重なっちゃったじゃん」

ハンナ「ごめんなさい。私、花とか好きなの」

ヒッチ「そう? じゃあ仕方ないね。譲ってあげるわ」

その方がいいかもな。かえって良かったと思うぞ。

クリスタ「ではフランツ君とハンナさんの二人で決定します」



パチパチパチ……



クリスタ「次は広報委員ですね」

ヒッチ「あ、代わりにそっちやるわ。掲示板に紙を貼ればいいんでしょ?」

クリスタ「そうね。印刷物を貼るのが主な仕事だよ」

ヒッチ「こっちは他に希望者いないよね?」

クリスタ「…………いなさそうね」

ヒッチ「じゃあ女子は私で決まりだね。男子は……そこのイケメン君入らない?」

どのイケメン君だよ。ああ、ジャンかな。視線の按配からすると。

オレは別にジャンをイケメンだとは思わねえけど。

ジャン「はあ? なんでオレだよ」

ヒッチ「楽して点数取りたいところが気に入ったの。同じ匂いがすると思って」

ジャン「あー確かにその通りだが、お前みたいにケバいのと一緒にする気にはなれねえな」

ヒッチ「あー? ケバい? この程度でケバいとかウケるwww今日、地味にしてきてるのにwww」

ジャン「その軽い会話のノリも苦手なんだよ。オレはもっと、凛とした女が好きなんだよ」

ヒッチ「へー……凛とした、ねえ。じゃあ、あそこの黒髪の子とかそれっぽいけど、あんたのタイプなの?」

視線の方向はミカサ、ユミルが座っている。え? マジか?

でもこの反応は、間違いない。入学式の時と同じ反応だ。

あの時は、先生が教室に来る前は、全員ちゃんと席についてた訳じゃないし、誰を見ているのかはっきり分からなかった。

でも今度は間違いない。ミカサか、ユミルだ。

…………可能性としてはミカサの方が高いよな。絶対。

いや、ユミルも別に顔はブスとかじゃねえけど。でもミカサよりは劣る。

身内の欲目かもしれんが。ユミルかミカサなら、ミカサかなと思ったんだ。

ジャン「バカ! 人を勝手に例えにするなよ。あくまで「そんな雰囲気」が好きなだけだ!」

ヒッチ「照れてる~ウケる~♪」

マルロ「おい、ヒッチ。脱線しすぎだ。うるさい」

ヒッチ「あ、マルロ。ごめんごめん。ついつい」

マルロ「全く……」

ヒッチとマルロは知り合いのようだ。

ヒッチ「あんたは委員会入らないの? 生活委員とか、向いてそうじゃない」

マルロ「他にやる奴がいないなら入ってもいいが……部活との両立の問題もある」

ヒッチ「何部に入ったんだっけ?」

マルロ「生徒会だ。生活委員より更に忙しい部署だよ」

ヒッチ「あらら……あんた本当にもの好きねえ」

クリスタ「広報委員の男子の方は立候補者はいませんか?」

ダズ「楽そうな委員ならやってもいいかな」

クリスタ「えっと、ダズ君ですね。他にいないなら彼で決定でいいですか?」

男子一同「いいでーす」

クリスタ「残ったのが生活と整備か……」

ライナー「マルロとか言った奴、生活の方に入る気ないか?」

マルロ「さっきも言ったが、生徒会に既に入っているからな。どうしてもってなら、入ってもいいが」

ライナー「では括弧で書いておこう。生活の方に入れそうな女子はいないか?」

女子生徒1「究極の二択よね」

女子生徒2「でもあと二人、誰か委員会に入らないと次に進まないし」

むしろ次の議題がメインなんだよな。こっちはさっさと終わらせたい。

研修旅行の班決めだ。今度、皆で旅行に行くんだ。

そのグループ分けをするんだが、早くそっちを決めたいんだよな。

エレン「生活と整備、どっちでもいいけど、どっちかに入ってもいいぞ」

一同「!」

エレン「このままだと次にいけないだろ? 時間が勿体無い」

そしたらミカサも挙手して、

ミカサ「私も、どちらかに入ります」

エレン「おい、真似すんなよ」

ミカサ「真似じゃない。空気を変えたいだけ」

だったらミカサが先に決めてくれ。候補一人しかいねえし。

マルロ「だったらミカサ、とか言った女子の方を先に決めてしまえばいい」

クリスタ「そうね。女子は今、ミカサさんしか候補がいないから、先に決めていいと思う」

その時、席に座っていたキース先生が書類をめくりながら言った。

キース「ふむ。ミカサ・アッカーマン。中学時代は無遅刻無欠席の健康優良児で成績も首席だったとあるが……委員会や部活は入ってなかったとあるな。掃除も得意で真面目にやっていたとある。経験はないが、生活でも整備でもどちらでもやっていけそうだな」

ミカサ「そ、そうでしょうか…?」

キース「ああ。どちらを選んだとしても悪くないと思うぞ」

生活委員でも、整備でもミカサならやれるだろう。

ミカサ「では私は……整備に入ります」

ミカサがこっちを見た。オレも頷いた。

ミカサ「整備の方に入ります」

クリスタ「では女子の整備委員はミカサさんに決定します」

ライナー「男子の方はエレンでいいか?」

エレン「別にいいけど」

これで残すは生活の女子だけ…と思ったその直後、

ジャン「ちょっと待ったあああああああ!」

ジャンが急に立ち上がった。な、なんだ?

ジャン「オレが整備に入る。エレンとかいう奴は生活に入れ」

エレン「はあ? お前、いきなり何なんだよ」

ジャン「マルロとか言う奴は、あくまで他にいなかったら、って言ってただろ。生徒会に既に入ってるし負担が大きくなるだろ?」

マルロ「まあ、そりゃな」

ジャン「だったらここはオレが一肌脱ぐしかないだろ」

ヒッチ「ククク……露骨過ぎwwwwwお腹痛いwwww」

ヒッチとか言う女が下品に笑いこけている。ああ、バレバレだなこれは。

確信した。ジャンはミカサに気がある。

エレン「そりゃそうだけど、今の今まで沈黙してた奴がいきなり何なんだよ」

ジャン「別にいいだろ! 気が変わったんだよ!」

だんだん腹が立ってきた。てめえ、そういうつもりなら……。

エレン「怪しいな。お前、まさかミカサ狙いとか……(むぐっ)」

明確に言いふらそうとした。その口を塞がれてしまった。くそ!

ジャン「さっさと書いてくれ。オレでいいだろ?」

ミカサ「待って。エレンは今、一度承諾した。エレンの気持ちをないがしろにしないで」

オレはジャンの手を外して言ってやった。

エレン「そうだな。オレ、一回承諾したしな。ここはくじ引きするべきだよな」

ジャン「うぐっ……譲ってくれねえのか」

エレン「てめえの態度があからさまにおかしいから、嫌だ」

ライナー「じゃあくじ引きするぞ。二択だからすぐ出来る。ちょっと待ってろ」

という訳で再びくじ引きを作って引くことになった。

エレン「せーの」

ジャン「!」

エレン「よっしゃ! オレの勝ち!」

ジャン「くそおおお!」

運が味方した。ざまーみろ!

エレン「残念だったな。お前が生活委員をやれ」

ジャン「くそ……面倒臭い委員しか残ってない」

キース「そうだな。生徒会と生活委員を両方やるのは大変だ。ジャン、貴様は何か既に部活には入ったのか?」

ジャン「いえ……」

キース「だったら生活委員に入っても損はしないぞ。ここは入ったらどうだ?」

ジャン「…………」

空気を読んだのかジャンはしばし考えて渋々承諾したようだ。

残りは生活委員の女子の方だ。こちらは立候補もあがらず、仕方ないので決まっていない女子の間でくじ引きとなって決まった。

そんな訳で他の各教科の係なども決まっていき、次はいよいよ、研修旅行の班決めだ。

クリスタ「えーっと、次は4月19日、20日の一泊二日の研修旅行の班を決めていきます」

研修旅行というのは、所謂交流会を兼ねた勉強合宿だな。

新入生全員が学校から割と近いとある温泉宿で一泊するイベントがあるのだ。

割と近いっつっても、高速バスで移動する距離ではあるが、正確に言えば隣の県に移動するだけだ。

そこは広大な山々と馬とかで有名だ。カルデラもある。観光名所であり、温泉地なのだ。

クリスタ「クラスの人数が35名なので、5名ずつ7班に分かれます。男女は混合でも構いません。班の人数の変更は出来ないので5人ずつきっかり分かれてください。決まった班から報告してください」

ここからは自由時間だ。

さーて、やっとミカサんとこに合流できるな。移動しよっと。

エレン「よう! ミカサ。とりあえず、アルミンとオレんとこに来いよ」

ミカサ「うん。勿論」

エレン「あと二人、入れば班が出来るから二人組に声をかけようぜ」

出来れば女子がいいな。女子。男子2人に女子3人がいい。

ミカサ「エレン、ユミルとクリスタはどうだろう?」

エレン「ええ? ユミル? あの性格悪そうな奴入れるのか?」

ミカサ「ユミルは別に性格が悪い訳ではない。ただ、口が悪いだけ」

エレン「そうか? まあ、ミカサがそう言うならいいけど、声かけてみるか」

という訳でユミルに声かけてみたんだが。

ユミル「悪い。実は私とクリスタとサシャで三人グループ作っててさ、こっちも二人組を探してるんだ」

エレン「そうか。残念だな」

ユミル「まあ、他のグループと見合わせてどうしてもってなら、私とクリスタがそっちに入ってもいいけど。サシャはコニーとも仲いいしな」

サシャ「そうですね。無理そうならコニーと組んでもいいですよ」

ミカサ「ではとりあえず他のグループにも声をかけてみる」

他に女子でペアで余ってそうなのいねえかな。

と、周りを見ていたら、こっちにジャンが近寄ってきた。

ジャン「よお。こっちはマルコと二人組だけど」

エレン「ああ? お前、またか」

ジャン「またかとか言うなよ。困ってるんだろ?」

エレン「マルコって、そいつ?」

さっきジャンを級長に推薦し返してた彼が合流した。

マルコ「初めまして。マルコ・ボットです」

マルコの方は何となく仲良くなれそうな気がした。雰囲気がいい。

エレン「まあ、二人組出来てるなら入ってもいいけどよ。ミカサが女一人になっちまうぞ?」

ミカサ「そうね。でも、この場合は仕方ないと思う」

可哀想だな。ジャンを追い出して女子一人こっちきてくんねえかな。

とも思ったが、ミカサがOKを出しているので仕方がない。

ジャン「だったら決まりでいいか?」

エレン「お前を入れるのは不本意だけどな」

ミカサ「エレン、折角入ってくれる人にそんな態度は良くない」

エレン「…………」

本当はミカサに我慢させたくねえんだけどな。

だって女子同士で友達作るチャンスだろ? いいんか? 本当に。

でも他の班もだんだんグループ出来てるみたいだし…。

エレン「まあ、しょうがねえか。さっさと決めないとあぶれちまうかもしれんからな」

班が出来た事にして、報告する事にした。








そんな訳でロングホームルームは無事に終わった。

2限目からは体力測定と身体測定だ。

男子はそのまま教室に残って着替える。緑色のジャージに着替え終わって教室を出ると、

マルコ「ジャン……しょうがないだろ。くじ運が悪かったんだから」

ジャン「くそ……」

と、オレの後からマルコとジャンが出てきた。

ジャンと目が合って睨まれた。いい気味だったけどな。

ニヤッと笑い返してやると、殴られそうになった。

ひょいっと避ける。廊下であぶねえ奴だな。

マルコ「ジャン! 八つ当たりだよ。やめなよ」

ジャン「分かってるけどよ。こいつの幸運が羨ましいんだよ!」

エレン「日頃の行いが悪い証拠だろ」

ジャン「うぐっ……」

思い当たる節があるのかぐうの音も出ないようだ。

男子は先に外で体力測定だ。その間に女子が身体測定と室内測定を大体終わらせる。

グラウンドに出ると50m走とか走り幅跳びとか、お馴染みの競技が待っていた。

早速、笛の合図に合わせて測定をする。

オレの記録は……うーん。どれも平均よりはいいけど、トップには届かない感じだ。

上位から数えて5番目くらいだ。やっぱり運動神経、悪い方じゃねえよな?

でも何であの時、キャッチボールも弓矢もうまく出来なかったのか。謎だ。

リヴァイ「おい、終わった奴はさっさと移動しろ」

エレン「あ、はい。すんません」

この時、オレは初めてリヴァイ先生と会ったが、この時はまだしっかりとは知らなかったので会釈だけ返した。

エルヴィン「外の体力測定が終わった者から休憩に入ってもいいぞ」

という先生の言葉を聞いてオレは早速、ミカサのところに合流する事にした。

エレン「身長いくつだった?!」

ミカサ「170cm……」

エレン「う……オレとあんまり変わらないな。くそう」

身長だけは割と頻繁に測ってる。親父の病院には身長測定器も体重計も医療用のが待合室にあるので、暇ある時はちょこっと隙をみて測らせて貰ってる。

先月は確か169cmだった。一か月で1センチ伸びていればいいんだが。

エレン「せめて昼飯に牛乳飲んでおこう」

ミカサ「今飲んでも変わらない気がするけど」

エレン「気分だよ。気分!」

そんな風に軽口叩いて言い合いながら、オレ達は弁当を教室まで取りに行った。

今日は教室で食べる訳にもいかない。机の上が皆、ごちゃごちゃだからだ。

天気いいし、どっか外で食いたいな。

適当な場所ねえかなーと考えていた、その時、

アニ「あの、良かったら……」

金髪の女の子が話しかけてきた。あ、確か出席番号1番の女の子だ。

アニ・レオンハート。名前もしっかり憶えている。覚えやすかったからな。

アニ「………あ、連れがいるのか。だったらいい」

踵を返そうとした、その瞬間、

ミカサ「待って。エレン、一緒にいいだろうか?」

エレン「え? いいよ。アルミンと一緒の委員になった女子だろ?」

アニ「うん……」

だったらついでに話しておこうと思った。

エレン「アルミン、インフルエンザで休んでてさー暫く迷惑かけると思うけどごめんなー」

アニ「別にいい。構わない」

という訳でその日の昼は三人で一緒に食べる事になったんだ。

エレン「どっかいいところねえかな」

アニ「中庭は人気があるから、もう人で埋まってるかもしれない」

ちょっと遅かったか。残念だ。早い者勝ちだもんな。

エレン「だな……あ、部室はどうだ? 演劇部の」

ミカサ「空いているだろうか?」

エレン「ダメ元で行ってみようぜ」

という訳で三人で演劇部の部室に行くことにした。

アニ「……演劇部員なの?」

ミカサ「うん。成り行きで大道具をする事になった」

アニ「へえ。なんか意外かも」

エレン「オレも自分でもそう思う。ま、これでも縁ってやつだろ」

音楽室まで移動する。そのすぐ傍に演劇部の部室がある。

ちなみに吹奏楽部の部室もその隣にある。吹奏楽部は吹奏楽部用の防音室が別にあり、そっちで練習している。

オレ達演劇部が使ってる音楽室は授業で使っている教室だ。

なので防音設備のレベルが違う。向こうの部屋はこっちより音が漏れにくいようになってる。

なのでこっちはこっちで騒がしくしていても、迷惑はかけないんだ。

部室にはテレビが設置されている。ブルーレイレコーダー付きだ。

先代の部員が投資して残しておいた物らしく、有難く使わせて貰っているそうだ。

2年の女子の先輩達が先にそこで弁当を広げながらアニメを見ていた。野球アニメみたいだ。

マーガレット「あ、エレン君、ミカサちゃん。どうぞどうぞ。一緒に見る?」

エレン「何見てるんですか?」

スカーレット「アニメだよ。タイヤのAを観てた」

エレン「タイヤのA? 何ですかそれ」

ガーネット「タイヤを毎日引っ張って走って体を鍛えてる投手が主人公の野球アニメだよ」

スカーレット「これ面白いんだよね~全巻あるから読んでみなよ」

と、部室に漫画本がドンと積まれていた。

ボロボロだな。古本屋で集めたのかな?

ああ、やっぱりそうだ。裏表紙にブックオフの値札シールがつけっぱなしだ。

加えて本がかなり焼けてる。これはそうとう回し読みしたか、自分で読んだかしたに違いないな。

アルミンも似たような読み方をするので、大体想像がついた。

好きだからこそ、何度もページをめくるとこうなっちまうんだ。

エレン「後で借りていってもいいですか?」

マーガレット「いいよいいよ~あれ? そっちの金髪美人は誰?」

ミカサ「クラスメイトです。一緒にお弁当を食べてもいいですか?」

スカーレット「いいけど……君、うちの部に入る?」

アニ「いえ、入りませんけど」

スカーレット「じゃあダメだよ~」

アニ「え?」

マーガレット「いや、いいから。部員しか部室使えないとか、ないから」

スカーレット「チッ……ほら、そこは騙して入部させないと」

マーガレット「悪評たつからやめてよ。それは」

マーガレット先輩が渋い顔している。

意外とスカーレット先輩、腹黒いんだな。次から用心しておくか。

ミカサ「アニ、ごめんなさい」

アニ「いや、いいけど。何だか騒がしい人達だね」

ミカサ「皆、いい先輩達なので、大丈夫」

アニ「うん。それは分かるけど。学校にアニメ持ち込んで観てもいいの?」

エレン「さあ? 校則には関係ないもん持ってきちゃいけないってあるけど、バレなければ別にいいんじゃねえ? 腹減ったから飯食おうぜ」

空いている机と椅子に座ってオレ達は弁当を広げた。

主人公の声『俺はまだ、クリス先輩に何も返してない……!』

マーガレット「やばい。もう、クリス先輩好き過ぎるだろこいつwwww」

スカーレット「わんこだよね。主人公わんこ化しすぎるわ」

ガーネット「そこが可愛い」

先輩達は先輩達で盛り上がっているのでこっちはこっちで話す事にした。

エレン「そう言えばアニはまだ部活入ってねえの?」

アニ「うん……まだ入ってないね。入るかどうか決めてない」

エレン「演劇部、見学してみねえか? 結構、練習風景は面白かったぞ」

早口言葉はちょっとアレだが。大道具のポーチは格好いいしな。

アニ「でも、役者とかはちょっと……舞台に立つんだろ?」

ミカサ「それは裏方に回れば、舞台に立たなくてもいいそうなので」

アニ「裏方? 大道具以外にもあるの?」

エレン「ああ。いろいろあるってさ。照明、音響、あと衣装か」

ミカサ「私も舞台に立たないならと思って入ったので。目立つのが苦手でも出来ると思う」

アニ「そう……まあ、考えておくよ」

と、アニはちょっと考えたようにしてそう答えた。

アニ「………………あのさ」

エレン「ん?」

アニ「アルミンってどんな奴?」

エレン「え? ああ、アルミンはオレの幼馴染で親友だよ。いい奴だけど」

アニ「そう」

と、言ってアニは黙り込んだ。何だ?

エレン「ん? 何か心配事でもあるのか?」

アニ「いや、別にそういう訳じゃないけど」

ミカサ「けど?」

何かアルミンに対して不安でもあんのかな?

アニ「名簿だって私のすぐ後ろの席だろ? 入学早々、休んでるから気になっただけ」

ミカサ「そう言えば、私のすぐ後ろの席も空いていたような」

あ、そういえば空いてたな。他にもちらほら欠席者がいたような。

アニ「ああ、ミリウスだっけか。あいつもインフルエンザだって聞いたような」

エレン「ええ? インフルエンザ流行ってんのか? 4月なのに?」

アニ「むしろもう一回、波がきてるらしいよ。気をつけないと」

エレン「まじかよ…アルミン、災難だったな」

親父大丈夫かな。仕事柄、インフルエンザに一番近い場所にいるからな。

今度、おばさんに免疫力を高める料理をリクエストしておこうかな。

ネギ味噌汁とか。大蒜入りの餃子とか。

ミカサ「………あの、ところで気になっていたけれど」

アニ「ん?」

ミカサ「アニのお弁当箱、可愛い……」

アニ「え? そう?」

ミカサ「うん。丸いし3段重ねだし。あまり見たことがない」

本当だ。ミカサに言われて気づいたが、アニの弁当箱は乙女チックだった。

ピンクで丸い。しかも3段重ね。あんまり見ない弁当箱だ。

それに比べてオレとミカサのは…。ああ、まあ、ごく普通の弁当箱だ。

オレのは黒の2段。ミカサのは白の2段箱だ。

ミカサが見比べて驚くのも無理ねえかな。

アニ「自分で買った。お弁当も自分で作ってるけど」

ミカサ「本当? すごい。綺麗」

エレン「ミカサも自分で作ってるだろ」

ミカサ「でも私のは茶色いので……」

ちなみに里芋とか南瓜とかの煮物とちくわや蒲鉾の煮つけがメインだ。

ミカサは和風も洋風もいけるが、弁当に入れる時は和風の方が作りやすいらしいんだ。

アニ「でも、栄養のバランスはいいんじゃないか? 私は自分の好きなものを入れてるだけだよ」

エレン「一個、なんかくれよ」

アニ「ダメ。あげない」

ミカサ「エレン、そういう時は交換をするのが普通」

アニ「そうそう。タダで貰おうとするのはダメ」

エレン「アルミンはくれるのになー」

ちぇ。まあ、オレも言ってみただけだけどな。

ミカサ「あの、交換をお願いしてもいいだろうか?」

アニ「いいよ。こっちのハンバーグと、そっちのかぼちゃ、交換しよう」

ミカサ「ありがとう……」

ミカサが嬉しそうにしている。女子の友達、出来そうな空気だ。良かったな。

な、なんか涙ぐんでる? おいおい。大丈夫か?

アニ「そ、そんなに感激しなくても」

ミカサ「ううん、嬉しい」

エレン「ちぇっ……交換ならオレはいいや。ミカサの作った分、全部食うし」

アニ「え? あんたの分の弁当、ミカサが作ってるの? 何で?」

ぎっくー!

しまった。うっかり要らんこと言った。

こいつ、矛盾点にあっさり気づいてツッコミやがった。

まるで逆転弁護士のなるほど君だ。いや、女だから、ちひろさんか。

まずいまずいまずい。犯人になったような気分で言い訳を考える。すると、

アニ「ああ、あんたら付き合ってるのか」

エレン&ミカサ「「違う!!」」

うわあ。やっちまった。ハモっちまった。余計に怪しくなった。

エレン「その、今日はたまたま、作って貰っただけで普段は違うんだ」

ミカサ「そう。今日はたまたま、私が一個多く持ってきてしまって、エレンにあげただけで」

アニの目がますます険しくなる。やっべー。

アニ「ああいいよ。別に否定しなくても。私は言いふらさないし」

ミカサ「いや、だから、その……」

アニ「そりゃにバレたら冷やかされるし面倒だしね。黙っておくからさ」

エレン「いや、違うんだ、その……」

アニ「しつこいね。私がそんなに口の軽そうな女に見えるの?」

ミカサ「いいえ、アニは口が硬そうだけど……その……」

いっそそういう事にしとくか? いや、でもな。

ダメだ。もうここは自白した方がいいだろう。

エレン「ミカサ、言ってもいいか?」

ミカサ「いいと思う。変に誤解されたくないので」

アニ「何が?」

ミカサも同じ気持ちだったようだ。だからオレは自分の父親がミカサの母親と再婚した事をアニに話した。

するとアニは「へー」という顔をして、言った。

アニ「なるほど。通りであんた達二人、仲いいと思った。それで弁当もミカサが作ってたって訳ね」

エレン「まあな。悪い。他言無用にしてくれ」

アニ「いいよ。人の家の話だし、言いふらすような事じゃないからね」

ああ、こいついい奴だな。助かった。

アニ「親の再婚か。要は連れ子同士って訳だね」

ミカサ「そうなる」

エレン「だな」

アニ「そっか……じゃあどんなに仲良くても恋人同士にはなれないわけだ」

エレン「そりゃそうだよ。何言ってんだ?」

ドキッ。何だ今の。

アニの言葉が妙に突き刺さった。

アニ「あ、気を悪くしないで欲しい。ただ、ちょっと思っただけだから」

…………。

アニの意味深な視線の意味を何となく理解したオレは汗が浮かんだ。

わ、分かってるよ。変な真似したり、手出したりしたら承知しねえって事だろ?

オレはそんな鬼畜じゃねえよ。警戒すんなって。誤解を招くだろ。

と、オレはアニに視線だけで訴えた。

すると、それに納得したのか、アニは話題を変えた。

アニ「ところで、ミカサ。このかぼちゃの煮付けってどうやって作るの?」

と、話題は料理の方にそれて昼を食べ終えた。

オレは牛乳を自販機まで買いに行った。その場で牛乳飲んで考える。

アニの言う通りだ。オレとミカサは法律上、兄妹、いや、姉弟になる。

だから恋人同士にはなれない。他人同士だけど。家族なんだ。

それは重々承知している筈なのに。

胸が妙にざわざわするのは、アニに言われたせいなのか。

それとも。

……考えるのやめよう。

オレは午後の身体測定の為に体育館に一人移動する。

ミカサもアニと一緒に今頃、外に出ただろう。

身体測定では170cmにのびていた。よっし! 1cmだけのびてた。

この調子で食後の牛乳を毎日続けようと思った。

しかし、その時、

ハンジ「ベルトルト・フーバー。192cm。81kg」

ハンジ「ライナー・ブラウン。185cm。95kg」

で、でけえええ。何だあの二人。あそこだけ規格外のでかさだろ?!

男子の嫉妬の視線が集まっている。当然だ。男子にとって背の高さは一種のステータスだからだ。

しかしそれを表立って言えないのが男の悲しさだ。

背中で泣くのが男という生き物なんだ。面倒臭いが。

ライナー「あーまたのびてたな。ベルトルト」

ベルトルト「もういい加減、成長が止まって欲しいけどね」

ふざけんな! だったら身長よこせ! という視線がベルトルトに集まる。

案の定、そう思った男子が文句を言い出した。

コニー「ずりーぞベルトルト! 3センチこっちによこせ!」

ベルトルト「ぼ、僕もあげられるならあげたいよ…」

ライナー「まあまあ無茶を言うな。コニー。毎日牛乳を飲め」

コニー「もう飲んでるんだけどなーなかなかのびねえんだよ。くそー」

ジャン「両親の遺伝的要素もあるんじゃねえの? ベルトルトの両親、背丈いくつだよ」

ベルトルト「両方、180cm超えてる」

コニー「すっげ! 両方って珍しくねえ? そりゃでかいはずだな!」

うちは両親共に中肉中背の家族だ。伸びるとしたらあと5cmくらいかな。

オレも178cmくらいは欲しいんだけどな。

マルコくらいの背丈は欲しい。じゃねえと、ミカサと並んだ時、格好悪いというか。

………って、何考えてるんだ、オレ。

コニー「そんだけでかいなら、野球やれよ! 投手とかいいんじゃねえか?」

ベルトルト「投手? 投手は背が高い方がいいの?」

コニー「その方が角度のある球を放れるしな。あ、でも外野でもいいかも。なあなあ、二人とも、野球部にはいらねえ?」

ライナー「まだ部活は決めかねているんだよな。もう少し考えさせてくれないか?」

コニー「いい返事を待ってるぜ!」

ジャン「……………」

マルコ「コニーは本当に野球が好きなんだね」

ジャン「あの頭みりゃ、そうだろうな」

マルコ「ぷぷっ」

ん? なんだ? 良く分からんが、マルコが笑ってジャンが諌めている。

この当時はこの会話の意味が分からなかったが、後にそれが判明する。

そう。実はジャンもマルコも野球経験者で、しかもバッテリーを組んでいた過去があった。

コニーがもしもそれを知ったら勧誘が酷くなるからここでは言わなかったんだろうな。

そして放課後になって、部活の時間になる。

この時期はまだそんなに忙しい時期じゃないそうで、割とまったり活動を行った。

学校の周りを軽くジョギングしたり、柔軟体操、発声練習をした後は、皆でしばらくだべっていた。

その話題の中でこの間の背景セットの話になった。

実はあの時、体育館の方では部活動紹介があり、演劇部も当然それに出ていた。

だから以前使った背景セットを体育館のステージで再お披露目したそうだ。

で、丁度通りかかったのは、そのお披露目が終わって片付けている最中だったそうだ。

あの背景セットは去年の公演で使用した物で、近いうちに解体予定だそうだ。

エレン「あれだけでかい物を解体するんですか? 勿体ねえ」

マーガレット「逆よ。勿体ないから解体して再利用するの。次の公演のセットに使用するからね」

スカーレット「材料を眠らせる方がダメなのよ。これはうちの伝統なの」

エレン「へー……そういうもんなんですか」

マーガレット「うちには解体の職人がいるからね。今日はまだ来てないけど」

スカーレット「うん。3年にすごい人たちがいるよ。まだ紹介してないけど」

エレン「そうなんですか。どんな人だろ……」

この解体職人というのはオルオ先輩の事だ。

オルオ先輩は今は役者をやる事が多いが、元々は裏方の人間だったので、そういう作業も出来る。

実際、それを見せて貰った時はその鮮やかな作業に惚れ惚れしたもんだ。

ペトラ「やっほー! 久しぶり!」

噂をすれば影だな。3年生の名札の生徒が入ってきた。

マーガレット「ペトラ先輩、お久しぶりです!!」

スカーレット「オルオ先輩も! やっとこっち来れるんですか?!」

オルオ「おう。まあな。待たせたな。お前ら」

ガーネット「グンタ先輩とエルド先輩は?」

オルオ「後から来る筈だ。今日はリヴァイ先生も来るぞ」

マーガレット「まじっすか! やべええええ! 部室掃除しとかないと!」

スカーレット「一年! 今から部室と音楽室の大掃除に入るぞ!」

一年一同「「「はっ! (敬礼)」」」

エレン「おお……何か急に忙しくなったな」

ミカサ「そうね。リヴァイ先生って、整備委員の方も担当していると言っていた先生よね」

ペトラ「そうだね。リヴァイ先生は忙しいからそんなにこっちには来れないけど、来たら必ず部室と音楽室のチェックが入るから、掃除出来てないとキレられて蹴り入れられるわよ」

エレン「えええ……体罰じゃないっすか」

ペトラ「愛のムチよ。愛の。これくらい耐えられないと、公演なんてもっとしんどいからね」

エレン「え?」

あー。リヴァイ先生の愛のムチをオレも食らう事になるとは。この時は思ってなかったな。

でもあれはしょうがねえ。周りをよく見ないで勝手な行動をした自分が悪い。

ペトラ「厳しさには慣れてた方がいいわよ。うん。早いに越したことはない。普段は緩いけど、うちはヤル時はやるんだから」

と言いながら既にペトラ先輩は10組の椅子と机を移動し終えている。

口は動かしながら仕事が出来るタイプだな。

オルオ「一年は窓拭きから始めろ! 2年は移動させた机を移動させた後の床部分をほうきで先にはけ! オレ達3年が雑巾がけで一気にやる!」

一同「「「「は!」」」」

オルオ「あと15分以内に仕上げろ! 遅くても30分以内にはリヴァイ先生が到着される! それまでに絶対間に合わせるぞ!」

そんな訳で全員で一斉に大掃除だ。

エレン「すげえ……あっと言う間に片付いていく」

普段もそんなにきたねえ訳じゃねえんだけどな。

チェック入れるリヴァイ先生の潔癖症ぶりが想像出来るぜ。

ペトラ「エルド、グンタ! 遅い!」

エルド「悪い悪い。こっちはホームルームが長引いた」

グンタ「担任の話が長いのなんのって」

ペトラ「いいから手貸して!」

そして3年生が増えて更に掃除が綺麗に仕上がった。

演劇部は1年5名、2年5名、3年4名の計14名の人数だ。

一年はオレとミカサの後に3人、新しいメンバーが入った。

まだそこまで親しい訳じゃねえけど、こいつらの事も追々、紹介しよう。

ミカサ「素晴らしい。皆でやるとこんなに早く綺麗になるのね」

ペトラ「先生が来る時はやっとかないと後が怖いからね」

オルオ「おい、久々に全員で発声練習始めるぞ!」

全員で合わせてやるのか。それは初めてやるな。

初日にお腹の底から声を出して遠くの方に飛ばすイメージで声を出せと先輩に言われた。

……あれ? でも今、オルオ先輩。全員って言ったよな。

でも、初日に会ったもう一人の2年生(多分)の女子が今日は来てない。

え? もしかしてあの人、部員じゃなかったのか?

3年生の声が大きい。2年と1年は負けている。

エレン「こ、声、でけえ……」

ミカサもちょっと汗を掻いているようだ。

エレン「どうすりゃあんな大声出せるんだ?」

ペトラ「腹筋がまだまだ甘い! 鍛えないとね!」

ミカサ「私はそこそこ腹筋ある方ではあるんですが…」

ペトラ「筋肉はあるだけじゃダメなのよ。宝の持ち腐れにならないように、使い方を意識して」

ペトラ「おへその下にたんでんって呼ばれる体の部位があるんだけど、そこに一番意識を持っていって」

ミカサ「こうですか? (手を添えてみる)」

ペトラ「うん。一回、それで声出してごらん」

ミカサ「あーーーーーーーー」

あ、全然違う。そうか。もっと下の方に力を入れるのか。

ペトラ「うまいじゃない! 素質あるわよ!」

ミカサ「あ、ありがとうございます…」

オレも頑張ってみよう。

エレン「あーーーーーー」

ペトラ「息が続いてないわね。一気に酸素を吐き出さないで、ゆっくり出して」

エレン「あーーーーーーーー」

ペトラ「そうそう。最初に全力で出し切ると後が続かないわよ。持久力も大事だからね」

エレン「はい!」

よっしゃ! ちょっとだけ上達したかな?

ペトラ「あら? 君、笑うと可愛いわね。表情筋がいい感じね! 役者希望?」

エレン「いえ! 裏方です!」

ペトラ「あらそう? 勿体無い。気が変わったらいつでも役者に来てもいいわよ?」

思えば遠い記憶になるが、小学生の頃も似たような事を言われたっけ。

だからこそ、2回も王子様を演じたんだ。アルミンはヒロインだったけど。

そしてこの時はまだ、まさかオレ自身がヒロイン役を演じる事になろうとは。

全く予想してなかったし、夢にも思ってなかったな。

発声練習が終わるともう一回、柔軟体操をやった。今度は全員で競争だ。

ミカサが1年の中では一番柔い。でもオルオ先輩も負けてねえ。

というか3年全員、柔すぎるだろ。やっぱり先輩は違うな。

ペトラ「今年は面白そうな子が入ってきてるわ。いい感じね」

オルオ「ま、最初はそんなもんだろ。これからが課題だな」

ペトラ「…………その、ちょっと斜めに構えた感じやめてくれる? 気持ち悪いんだけど」

オルオ「ふん。オレに命令する権利はまだない筈だが? ペトラ」

エルド「はいはい、次行くよ。折角全員揃ってるから、軽く自己紹介いこうか」

と、パンパンと手を叩いて場を切り替えたエルド先輩は自分から自己紹介を始めた。

エルド「3年2組のエルドです。役者と照明やってます。趣味は日本史・世界史。歴史全般です。夢は考古学関係の何かに携わること。今のところ教師目指してるけど、将来はインディー先生のようになります!」

と、簡潔に自己紹介が終わった。

あ、この流れだと全員に回るな。多分。

グンタ「3年2組のグンタです。役者と音響やってます。趣味は作曲。ゲーム音楽とかも割と好きです。得意なのは数学。数字には結構自信あるんで、テストの山はりは手伝えると思う。以上」

ペトラ「3年1組のペトラです。副部長やってます。役者と衣装もやってるけど、実質は私が部長です」

オルオ「おい!」

ペトラ「何? なんか文句ある?」

オルオ「部長はオレなんだが? オレ何だが?!」

笑ってはいけないと思うけど、笑いそうになった。

尻に敷かれているなあ。オルオ先輩。

ペトラ「えー、まあ、部長はオルオだけど、副部長の方が実際は忙しいです。所謂何でも屋だからね。台本を書く時もあるし、本を読むのが割と好きかな。アニメ・ドラマ、両方いけます。好きな芸能人はhideさんです!」

ああ、あのライク・アンド・シェルのボーカルのちいさいおっさんか。

あの年であれだけ歌えるってすげえよな。一番流行ってた頃は良く知らないけど。有名な曲はいくつか知ってる。

flowerとかREADY STEADY GOとかHONEYとかは代表曲だな。

他にもいっぱいあるけどここでは省略する。ミカサの表情には「?」が浮かんでいた。

エレン「ライク・アンド・シェルのボーカルだよ。知らねえの?」

ミカサ「ごめん。分からない…」

エレン「背のちっこいおっさんだよ。もういい年だけど、歌はうまい」

ペトラ「ちっこいおっさん言わないで!」

エレン「すみません。わかりやすく言ったつもりだったんですが」

ペトラ「うぐぐ……確かにちっこいおっさんなのだけども。そこがいいのよ!」

オルオ「自己紹介させてくれよ…」

ペトラ「あ、ごめんなさい。ついつい。次いいわよ」

オルオ「えー3年1組の部長のオルオです。俺も役者と台本書いたりしてる。元々は裏方だったんだが、いつの間にか役者がメインになった。ま、俺の才能をリヴァイ先生が見抜いてくれたおかげ何だが……」

ペトラ「はいはい。自慢自慢。次は2年の自己紹介ね」

オルオ「まだ途中何だが?!」

もう夫婦だな。この二人は。ある意味で。

この後は2年生の紹介になった。詳しく紹介していこう。

マーガレット「えー2年1組のマーガレットです。少年漫画が大好きで漫研と兼部してますが、将来はアニメーターか、イラストレーター希望です。手先は器用なので割と何でも作れます。金槌は私の相棒です。Gペンは私の恋人です。以上!」

この人が大道具のリーダー。裏方作業全般が出来る器用な人だ。でも脚本はやらないらしい。漫画は描けるけど文章に起こすのは苦手で、つまりギャグ漫画等の短い話を描くのが好きなんだそうだ。

全体的な雰囲気は逆転キャラの若い頃のちひろさんに似ている。

胸のないちひろさんを想像してほしい。多分、似てる。

失礼だから本人には言わないけどな。ここはオフレコで頼む。

スカーレット「2年2組のスカーレットです。私も手先はそれなりに器用です。趣味は粘土で立体を作ること。フィギュアも作れます。人前に出るのは元々は苦手ですけど、作るのは好きなので、ここにいます。宜しくね!」

大道具の副リーダー。立体造形のスペシャリストだ。それなりとか言ってるけど、これは謙遜だ。ロボットも作れる女子高生なんて珍し過ぎるだろ。

恐らく「仮面の王女」のレナ王女のイメージはスカーレット先輩の要素も混じってるんだろうな。

顔は男性キャラだけどテニプリ(テニスの王子達)の不二に似ている。

髪型は逆転キャラでいう葉中のどかみたいに毛先がくるんとしているボブカットだ。

たまに毒舌やら黒い発言したりしてるんで、根は性格が悪いんだろう。

普段は優しいけど、怒らせたら怖そうな気がする。多分、アルミンに似たタイプだ。

ガーネット「2年3組のガーネットです。手芸部と兼部してます。普段は大道具メインですが衣装作るのも好きなので、衣装もやってます。特技は見ただけで人のスリーサイズをだいたい測れる事です。以上」

この先輩に物凄く念入りにサイズを測られてあのエンパイア・ドレスを作って貰った。

勿論、一人ではなくペトラ先輩と共同作業だったらしいが衣装のデザイン等は全てガーネット先輩が担当したそうだ。

この先輩は……あーもう、逆転キャラばっかりですまんが、ついでにこの人も逆転キャラで例えると、あの人だ。

一番近いのは、きりおさんだ。眼鏡のドジっ子の。

たまに眼鏡をキラーンとさせてるからハンジ先生っぽくもなる。あんな感じだ。

アーロン「2年4組のアーロンです。役者やってます。元野球部ですが、高校から演劇に目覚めてこっちに来ました。以上」

アーロン先輩は野球やってただけあって体が大きくてがっしりしている。

あと顔が老けてる。高校生には見えない。大学生でも通じそうな大人っぽさがある。

エーレン「2年4組のエーレンです。同じく役者やってます。俺も演劇は高校からですが、結構楽しくやってます。俺は元サッカー部です。以上」

エーレン先輩はオレとちょっとだけ名前が違う。最初はびっくりしたな。

でも雰囲気はオレとは正反対だ。目は細いし顔立ちが柔和だ。優男だけど、凛としている。

ペトラ「次は一年いってみよー」

エレン「はい!」

まあ先にやった方が気持ち的に楽だしな。先頭いかせてもらうぜ。

エレン「1年1組のエレンです。部活に入るのは初めてですが、大道具のガチャンガッチャンが格好良くて入りました。まだ演劇のことはさっぱりわかりませんが宜しくお願いします!」

先輩一同「おー!」

マーガレット「分かる。このガッチャンガッチャンには何かロマンを感じるわよね」

エレン「はい! 装備品に魅力を感じました!」

スカーレット「使いこなせるようになると自分の分身のように感じるからね。うんうん」

エレン「ミカサ、次だろ?」

ミカサ「えっと、その………」

あ、まだ緊張してんな。こればっかりは慣れるしかねえんだけどな。

ミカサ「1年1組のミカサです。その………特技は、肉を削ぐことです。以上」

ペトラ「ええええ?! どういう事?!」

エレン「ミカサ、端的すぎるだろ。もうちょい詳しく」

オレが促すと、はっと我に返ったミカサが付け加えた。

ミカサ「ええっと、料理全般、出来ます。あと掃除も好きです。あ、歌もそれなりに歌えます。それくらいです」

ペトラ「なんだ。結構特技があるじゃない。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

エルド「いや、これは有りだ」

グンタ「ああ。期待の新人だ」

オルオ「こういうのが足りないんだよな。うちの部は。うんうん」

直後、ペトラ先輩のハリセンが何故か3年男子全員に直撃した。

オルオ「いってー! お前、どこからハリセン持ってきた!」

ペトラ「常備しているのよ。乙女の必需品なのよ」

オルオ「どの辺が乙女だ……悪かった。もう言わない。ハリセンしまえ」

ペトラ先輩を怒らせない方がいいな。と分かった瞬間だった。

ペトラ先輩も見た目は優しそうなんだけどな。怒るとこええ。

マリーナ「1年2組のマリーナです。役者希望です。将来の夢は声優です。男の子の声が得意なので、聞いてください」

マリーナ『僕にだって出来るさ! これくらい!』

マリーナ「こんな感じです」

エレン「うわあああすげえええ!」

オルオ「う、うまいな。一瞬で声が変わった」

ペトラ「これはまた期待の新人ね」

マリーナは茶色のウエーブがかった長い髪の女の子だ。

凄く女の子らしい顔立ちだ。丸顔で、目も大きい。

ライナーが食いつきそうだな。そういう系統の女の子だ。

カジカジ「1年2組のカジカジです。ガジガジではないです。カジカジです。間違えないようにお願いします。変な名前でよくからかわれますが、カジカジです。くれぐれもカジカジで覚えて下さい」

黒髪の丸顔。顔の系統はオレに似てるかもな。

普段は大人しい感じだが、しゃべったら結構、ひょうきんな奴だと分かった。

あと発声練習の「おっぱいもみもみ」とかも割と平気らしい。

オレはどうしても照れるからやらないが、自主的に練習している風景に出くわして、にこやかにどや顔された事がある。

コメディ系の台本やらせたら滅茶苦茶うまい。仮面の王女はシリアスが多かったが、もし台本がコメディ系だったらカジ(面倒で『カジ』と呼ぶ事が多くなった)の方が主役を演じていただろうと思う。

キーヤン「1年2組のキーヤンです。俺も歌はそれなりに歌えます。歌って踊れる声優目指してます。以上!」

面長のイケメンだ。ジャンをもっと格好良くしたような顔立ちだ。

こいつも「それなり」とか言ってたが謙遜もいいところだ。歌声は既にプロ級だ。

歌が上手過ぎるせいか、キーヤンが歌いだすと、他の文化部の奴らが音楽室に覗きに来る事もしばしばだ。

演技力だって凄い。オレは最初、タイ王子役はキーヤンに決まるかと思ってたくらいだ。

でも、ペトラ先輩が結局、ジャンを推したんだよな。

理由は『恋する男の人の目が出来てるから』という事だった。

この時点ではまだジャンは加入してない。

あいつがもしも加入してなかったら多分、オレはキーヤンと組んでいただろう。

ペトラ「今年も濃いメンバーが集まったわね」

グンタ「まあ、毎年の事らしいからな」

エルド「ああ」

リヴァイ「演劇部は変人の巣窟と呼ばれている部だからな」

部員一同「?!」

リヴァイ「遅くなった。すまない」

ペトラ「リヴァイ先生?! いつからそこに?!」

ペトラ先輩がハリセンで叩いた後くらいだったかな。

途中から見てたな。こっそりと。オレは気づいてたけど。

その後ろからひょいっと知らない人の影がふたつ。

イザベル「や! 今日は私達も来ちゃったよ」

ファーラン「相変わらずここは騒がしいぜ」

ペトラ「イザベル先輩?!」

オルオ「ファーラン先輩?!」

リヴァイ「さっきそこの廊下でこいつらと会ってな。話し込んでしまって遅くなった」

私服姿だ。大学生っぽい。ここの卒業生かな。

ファーラン「今年もそれなりに新入部員が入ったようだな。去年より少ないが……」

ペトラ「ま、まだまだ勧誘は続けます! ね?」

オルオ「はい! あと10人は増やしますので!」

ファーラン「言ったなオルオ? 二言はねえな?」

オルオ「はいいいいいい!」

オルオ先輩は自分で自分の首を絞めている。

ここから更に10人も増やすなんて現実的な数字じゃねえよな。無理だろ。

リヴァイ「おい、オルオ。無茶するな。ファーラン。お前もだ」

ファーラン「冗談だよ。ククク……」

リヴァイ「掃除もちゃんと終わってるな。新入部員も把握できたし、今日は久々に台本の読み合せでもするか」

リヴァイ先生はそう言って一度音楽室を出て行った。

そして何冊か台本を持ってくるとそれを部員全員に配った。

リヴァイ「さてと。今回は全員、くじ引きで役を決めるぞ。裏方も代役で出る場合もあるんだから一応、練習しとけ」

ミカサ「え?」

リヴァイ「ん? どうした?」

ミカサ「えっと、裏方も舞台に出る場合があるんですか?」

リヴァイ「ごく稀にだが、例えば出る予定の役者が怪我して出られなくなったり、そういう緊急事態の場合は裏方が役者を兼任する場合もある。だから、裏方もモブ役くらいは出来ないと困るんだ」

ミカサ「あ、モブ役ですね。メインではなく」

リヴァイ「当然だ。そもそも、裏方は裏で手いっぱいだからな。役者の練習なんてしている暇は殆どない」

エレン「なるほど」

リヴァイ「でも、例えば通行人だけでも必要な場面があったら、その時は衣装チェンジして間に合わせる事もある。まあ、表を知ってれば裏もやりやすいし、裏を知ってれば表もやりやすいんだがな」

と、リヴァイ先生の説明が終わって台本の読み合わせという練習を行う事になった。

そして一通り読み合せの練習が終わると、その日はそこで解散となった。

リヴァイ「あーエレンとか言ったか。お前、ちょっと残れ」

エレン「はい?」

何だろ? オレ、何かまずい事したっけな?

リヴァイ先生と二人きりで音楽室にしばし残らされた。

こうやって見てみると、リヴァイ先生って小さいな。オレより大分背が低い。年は20代かな。でも30代にも見える。

黒スーツに首元のスカーフをしている様は、どことなく、逆転の御剣検事を思い出す。

リヴァイ先生と向かい合って待っていると、先生はこう言い出した。

リヴァイ「お前、中学時代は特に部活には入ってなかったんだよな」

エレン「はい」

リヴァイ「でも体力測定では中の上くらいだったな」

エレン「はい…」

良く覚えてたな。あれだけの生徒の数の中で。

リヴァイ「ふむ。お前、裏方希望だと言っていたが…役者の方に回る気はないか?」

エレン「え? オレが役者ですか?」

ペトラ先輩にも言われたが、何でそんなに役者? 裏方の男子、少ないんじゃねえのか?

希望が通るとばかり思い込んでいたオレは少しばかりむっとしたが、リヴァイ先生はオレに説得を続けた。

リヴァイ「ああ。お前、裏方希望だって言ってたが、役者の方が向いてるかもしれんぞ」

エレン「そ、そうですかね?」

ああなんだ。裏方が向いてないんじゃなくて、役者の方が向いてるからなのか。

邪推してしまった。ちょっと恥ずかしい。

リヴァイ「今日の練習を見る限り、1年で一番、演技の幅があったのはお前だ。他の奴らより声は小さかったが、感情移入して台詞を読んでいただろう?」

エレン「はい。割と途中で泣きそうになりました」

リヴァイ「恐らく、性格的に向いてるんだよ。地は感情の波が激しい方だろう?」

エレン「うっ……バレましたか」

リヴァイ「喜怒哀楽が激しい事と、他者に感情移入をしやすい性格の奴は役者に多い。勿論、足りない部分も多々あるが、ハキハキ受け答えも出来るし、裏よりは表の方がいいと思ったんだが」

エレン「そ、そうなんですか……」

へー。そういうもんなのかな。

リヴァイ「ただ、お前の言うようにそのガッチャンガッチャンに憧れて大道具やる奴も少なくはない。一応、両方を視野に入れて、少し様子を見たらどうだ?」

エレン「分かりました。少し考えてみます」

オレはすぐに頷いた。第一希望は裏方だけど、確かに劇によっては表に出た方がいい場合もあるだろう。

臨機応変に行動した方がいいかもしれない。

リヴァイ「お前の相方のミカサの方は、表は無理そうだな。あいつは裏方メインがいいだろう」

ミカサの場合は表が出来ないから裏に回る。オレとは理由が違う。

エレン「そうですか……」

リヴァイ「顔は悪くないんだがな。中身が表向きじゃない。ヒロイン向きの顔だが、あれだけ緊張して台詞を言う奴も珍しいな。なんかトラウマでもあるのか?」

エレン「えっと、多分、新入生代表挨拶のアレが原因です」

リヴァイ「ああ、アレか。ちょっと変な挨拶だと思ったが、そうか。あの時のアレがあいつだったのか」

アレさえなきゃな、と思うが。後の祭りだ。

リヴァイ「ふむ。まあもう少し様子を見てみたい気持ちもあるが、とりあえずはミカサは裏メインでやらせた方がいいだろう。今年の1年は裏2名表3名で、劇よっては裏1名表4名でもいけそうだな」

エレン「そうですね。オレももうちょっと様子見てみます」

リヴァイ「そうしろ。とりあえず、俺がこっちに来れるのは週一が限界だ。他の部の顧問も兼任しているからな」

エレン「演劇以外も顧問しているんですか?」

リヴァイ「体操部だ。俺は体育教師だからな。演技については自身ではあまり出来ないが、ただ、客観的に見て指導するのは得意な方だからこちらも任されているんだ」

エレン「へー……役者をやってたとかじゃないんですね」

経験者じゃなくても顧問を任される場合もあるのか。大変だな。

リヴァイ「ああ。経験は裏方だけだな。裏の方がもっと綿密に指導は出来るが、あまり口を出すような事でもないしな。怪我だけには注意してあとは自由にやっておけ」

エレン「はい! ありがとうございました!」

リヴァイ「気をつけて帰れよ」

という訳で、リヴァイ先生から解放されて、その日は帰る事になった。

待ってたミカサと合流して一緒に帰る。

ミカサ「……………」

ミカサが全然しゃべらねえ。空気が重いな…。

エレン「元気ねえな。なんか買い食いしていくか? 腹減っただろ?」

ミカサ「いい。お腹はすいてない」

エレン「え? そりゃまずいな。もう夜の7時なのに腹減ってねえっておかしいだろ」

ミカサ「……………」

ダメだこれ。かなり重症だな。

エレン「疲れたのか? 演劇部、馴染めないのか?」

ミカサ「そういう訳ではないけれど」

エレン「ん?」

ミカサ「なんていうか、自分を再認識して勝手に凹んでいるだけ」

ああ。そうか。ミカサはテンパると頭の中、真っ白になるタイプみたいだな。

国語の成績は良くても実際の国語力はない。英語読めてもしゃべれないのと同じだな。

活字と実際の会話、コミュニケーションは別物だ。

エレン「あー……皆の前での挨拶、もうちょっとなんとかしたかったのか」

ミカサ「うん」

エレン「うーん。ミカサって混乱してる時って、頭の中どうなってるんだ?」

ミカサ「真っ白」

エレン「いや、真っ白なのは分かるけど。そうじゃなくて、ええっと、混乱する前! 混乱する直前はどんな感じだ?」

ミカサ「直前…?」

うまく言えねえな。オレも人の事は言えない。

一生懸命考えて言葉を選ぶ。ミカサの負担にならないように。

エレン「混乱する前は必ずある筈だろ? だって混乱するんだから。するならその前もある。だから、その「あ、今、混乱し始めてるな」っていう感覚、分かるだろ?」

ミカサ「え? え? え?」

エレン「それ! 今、ちょっと意味分からなくて混乱しそうになっただろ?」

ミカサ「あ………」

感覚的なもんって、人に伝えにくいよな。

だから実際やらせてみた方が早い場合だってある。

エレン「そう。そういう頭の変化の境目をさ、自分で意識出来るようになれば「今、緊張してんな」とか「今、頭が限界だな」とか分かるだろ?」

ミカサ「そうかもしれない」

エレン「そうやって自分を『客観的』に見るんだよ。そうすればそういう時はどうするべきか、分かるんだ」

ミカサ「自分を客観的に、見る……」

この「自分を客観視する」という作業って、物凄く大変なんだ。

実際にそれがやれている人ってのは少ないと思う。

けど、これが出来てこそ、「大人」だって、前に親父が言ってたんだ。

エレン「混乱したり、頭が限界に来てる時は、オレは目を一回閉じたりしてるけどな」

ミカサ「目を閉じる」

エレン「とにかくその瞬間「今、いつもの自分と違うな」っていう自分を感じるんだよ。感じたら、深呼吸でもなんでもいい。ちょっと違うことをするんだ」

ミカサ「違うこと……」

エレン「まあ、出来ないならオレがやってやるよ。ミカサが冷静じゃない時は、オレが止めてやるから」

一人で抱え込む必要なんてねえもんな。

誰だって苦手な事のひとつやふたつ、あるもんだろ?

エレン「そしたら多分、感覚が分かる筈だ。今度教えてやっから」

習うより慣れろだ。そういうもんだろ?

ミカサ「うん。ありがとう」

ミカサの気分がちょっとだけ浮上した様だ。良かった良かった。

エレン「お、家についた。腹減ったーめしめしー」

安心したら腹減った。今日のおかずは何だろうな♪

と思いながらオレは家に帰宅した。ああ、いい匂いだ。

今日は多分……カレーライスだな!

ミカサの母「おかえりなさい。今日はカレーライスですよ」

当たりだ。ラッキー♪

ご飯をついでルーをかけて、さあ、頂きます。

ミカサ「エレン……着替えてから食べた方がいいのでは?」

エレン「え? 腹減ってるし、いいよ」

ミカサ「制服にもし零したら、しみ抜きが面倒」

エレン「じゃーこうすりゃいいか?」

と、タオルを太ももの上にのせる。これで良し。

エレン「いっただきまーす」

オレはミカサより先にカレーを頂いた。ミカサは真面目なのでちゃんと着替えてから夕食を食べるが、オレは大抵、順番が逆だ。

だって腹減ってる時は先に何か入れたいだろ?

という訳で先に頂く事にする。んー……。

あれ? 何かいつもより味が違う。

甘い? いや、ルー其の物がいつも使ってる市販の物と味が違う気がする。

ミカサが降りてきた。ちゃんと私服に着替えてからご飯を用意する。

ご飯は各自でよそう。量を自分で決めて食べるからだ。

おばさんとミカサとオレの三人が先に夕飯を食べる。親父の帰りは大抵遅いからだ。

ミカサ(もぐもぐ)

エレン「ミカサ、これ、いつものカレーと味違わないか?」

ミカサ「? お母さん、ルー変えたの?」

ミカサの母「え? おかしいわね。ちょっと待って」

ミカサの母「あらあら。中辛を買ったつもりが、別の会社の甘口ルーを買ってたみたいだわ」

おーっと。すげえ凡ミスだな。味を間違えるのは良くあるが使うルーの会社も間違えたのか。

ミカサのお母さんはミカサよりドジだ。このオレがびっくりするようなドジをたまにやらかす。

ミカサ「もー…お母さん。エレンは中辛派だって前に言ってたでしょ?」

エレン「いいって。甘口も嫌いじゃねえし」

ミカサの母「ごめんなさいね。ついつい。ミカサが甘口派だったから、間違えちゃったわ」

エレン「ん? そうなんか? ミカサ」

ミカサ「んー……でも別に中辛も食べられなくはない。どちらかと言えば、甘口なだけ」

エレン「じゃあ交互にしようぜ。それか中辛と甘口混ぜてもいいかもな」

ミカサ「でも、私よりエレンの方が良く食べるので、エレンの味に合わせた方が」

エレン「そうか? まあ、そうして貰えるのは助かるっちゃ助かるが」

とまあ、こんな感じで、基本的には我が家の味は出来るだけ、オレか親父の好みにミカサの家が寄せてくれる事が多い。

何か悪いな。と思いつつも、それに甘えている自分がいる。

正直、嬉しいのだ。そういうのは。

エレン「あ、そういえばおばさん。最近、インフルエンザがまた流行ってるそうですよ」

ミカサの母「あらあら。そうらしいわね。テレビでも言ってたわ」

エレン「出来れば親父の為にネギ味噌汁とか、大蒜入りの料理とか、お願いしてもいいですか?」

ミカサの母「そうねー。体調を崩さないように、体を温める料理を作らないといけないわね」

ミカサ「それだったら生姜入りの料理もいい。生姜は体を温める」

エレン「だな。そんな感じのメニューでお願いします」

ミカサの母「分かったわ。明日は生姜焼きとネギ味噌汁にしましょうか」

と話しながらその日の夕食は和やかに食べ終えた。








それから数日の月日が流れ、アルミンのインフルエンザもようやく完治した。

アルミン「うー……しょっぱなからついてないよ。やっと治ったけど」

エレン「治って良かったな」

クラスの奴らもちらほら復帰している。もうピークは過ぎたのかもしれない。

アルミン「うん。でも皆、もうクラスの友達のグループ出来ちゃってるし、部活も入ったんだろ?」

エレン「ああ、まあ、オレとミカサは演劇部の裏方の大道具ってやつをやることになったよ」

ミカサ「今は今度、公演予定の背景のセットを作ってる」

アルミン「へー! 意外だな。エレンは球技系に入ると思ってたけど」

エレン「んー一応、球技も見て回ったけどな。何か思ってたより殺伐としてたから馴染めそうにないと思ってやめた」

部員同士の仲が悪そうな気配だったし、演劇部はその点は心配いらない。

ミカサ「演劇部は皆、いい人。仲良くやっている」

エレン「だよな。部室にはいつもお菓子とお茶があるし、練習の合間には皆で結構、喋ってるぜ」

オレは最近、空いた時間にはカジとキーヤンとちょこちょこ話すようになった。

最初は大人しかった二人だけど、話してみたら意外と面白い奴らだったんだよ。

ミカサは大道具のマーガレット先輩達に可愛がられているようだ。

アルミン「そうなんだ。いいなあ」

エレン「アルミンも演劇部入らないか?」

文化系の部活ならいいんじゃねえかなって、思ってつい、そう言っちまったけど、

アルミン「僕は特待生だからね。部活をやってる時間はないかも。成績落としたら学校通えなくなるし」

エレン「あ、そう言えばそうだったな。悪い」

アルミンにきっぱり拒絶されちまった。残念だ。

そっか。奨学金で高校に通ってる身分だから余裕はないんだろうな。悪い事言っちまった。

アルミン「いいよ。その代わりエレンとミカサが出る公演は観客として見に行くから」

エレン「おう! 待ってるぜ!」

話題が途切れた頃、アルミンは何かを思い出したように言った。

アルミン「あ、僕が休んでいる間のノート、写させて貰えるかな?」

エレン「いいぞ。コピー取っておくか?」

アルミン「うん。家のコピー機でコピー取ってから明日返すね」

エレン「了解」

アルミン「他に僕が休んでいる間に何かあった?」

ミカサ「委員会が決まった。エレンは整備委員会。私も整備委員。アルミンは休んでいたけれど、図書委員に推薦しておいた」

アルミン「わあ、ありがとう。図書委員、好きなんだ僕」

エレン「アルミンは小学校の頃からずっと図書委員やってたって言ったら認めてくれたんだよ。だからオレが推薦しておいたんだ」

アルミン「持つべきものは友達だ。ありがとう、エレン!」

エレン「いいって!」

と、オレ達が話し込んでいたらそこにアニがやってきた。

アニ「アルミン、だっけ? インフルもう治ったなら、今日から当番にいけるよね?」

今日は4月14日。月曜日だ。

今日からって事は月曜日の当番になったんかな。だろうな。

アルミン「うん。もう大丈夫だよ。ごめんね。エレンから聞いてたけど、僕の代わりに会議に出てくれたんでしょ?」

アニ「まあ1回だけね。どの曜日に当番するかを決める会議が一回あっただけだよ。私達は月曜日の昼休みになったから」

アルミン「分かった。今日から早速だね。じゃあもう、移動しないといけないね」

アニ「うん。じゃあ、アルミン、連れてくよ」

エレン「いってこーい」

ミカサ「いってらっしゃい」

アルミンを送り出して、オレは食後の牛乳を買いに行く。

最近は2本飲むようにしている。カルシウムを大量摂取中だ。

ミカサにも何か買っていこう。りんごとオレンジを1本ずつ買って教室に戻ると、ミカサはクリスタと話し込んでいた。

中学校の話をしているみたいだ。そういやまだミカサの出身中学聞いてねえ。

この時、その話題になったからそれを聞き出せたんだ。

エレン「そういや、ミカサってどこ中出身なんだ? オレも知らねえや」

ミカサ「え、エレン!」

エレン「ほい、ミカサにもお土産。りんごとオレンジどっちがいい?」

ミカサ「オレンジで」

エレン「じゃありんごはクリスタで」

クリスタ「くれるの? ありがとう!」

エレン「ついでだよ。んで、ミカサはどこの中学校出身だ?」

ミカサ「……………………………」

思えばミカサの中学時代の噂ってどの程度、学校内で蔓延してたんだろ?

端と端のクラスだったから届かなかっただけなのか。

それとも噂話にあんまり興味がなかったせいで、単に耳に入ってなかったのか。

オレの記憶の限りじゃミカサの噂話は聞いた事はなかった。

だからもしかしたら、必要以上にミカサが神経質になっていただけなんじゃ? とも思うんだ。

エレン「ちなみにオレとアルミンはシガンシナ区中な」

ミカサ「え?」

エレン「え?」

ミカサ「エレンも?」

エレン「へ?」

ミカサ「私も、シガンシナ区中……だけど」

後でアルミンにも確認したんだが、なんと中学時代にも首席が2人いたんだ。

つまりテストでアルミンと同じ点数を叩きだしてた子がいたそうなんだ。

個人情報保護法があるから、相手の名前は知らなかったそうだが、それがつまり、ミカサだった訳で。

アルミン自身はずっと、自分と同じ程度に高得点を取るその子の事が気になってたから、判明してすっきりしたと言っていた。

エレン「え? でもオレ、ミカサと中学時代に会った覚えがないんだが?」

ミカサ「私は5組だった」

エレン「オレは1組だったけど、いや、それにしたって、すれ違うくらいならありそうじゃないか?」

クリスタ「あーでも、同じ中学でもお互いに気づかないで生活するってことあるかもね」

ミカサ「そ、そういう事なのだろうか」

クリスタ「うん。私とマルコは同じクラスになるのは初めてだしね」

エレン「何だよーその頃から知ってたならなあ」

クリスタ「そういう事もあるって」

中学時代のミカサがどんな感じだったのか。今更だけど見てみたかったなと思うぜ。

クリスタ「シガンシナ区中なら私達の中学校よりもっと遠いね。講談高校までの通学も大変だったりする?」

エレン「あーまあな。でも電車はあるし、そこまで不便とは思わないな。乗り継ぎは1回だけだし」

ミカサ「通学は片道35分から45分程度だろうか」

クリスタ「へー意外。思ってたより時間かかってないんだ」

エレン「そうだな。中学の時は20分くらいだったけど、まあ、ちょっと遠くなった程度だよ」

自分の席について2本目の牛乳を開けて飲みながらオレは続けた。

エレン「遠いところから来てる奴は1時間超える奴とかもいるんだろ?」

クリスタ「いると思うよ。近い子は10分とかもいるけど」

エレン「高校来るといろんなところから来てるからな。通学遠い奴は大変だよな」

自転車で通うって手もあるけど、この辺、交通量が多いから危ないってのもあるんだよ。

だから講談高校に通ってる奴は、半分くらいが電車かバス通学だ。

自転車もいるっちゃいるが、この辺は好みで分かれるんだろう。

エレン「クリスタはどんくらいかかってるんだ?」

クリスタ「私は20分くらいかな。電車通学だけど乗り継ぎないから早いよ」

エレン「うちの高校、駅から近いからその点は楽だよな」

クリスタ「うん。あ、駅と言えばね……」

クリスタが急に神妙な顔つきになった。

クリスタ「最近、ちょっと怪しい奴がいるんだよね」

エレン「怪しい奴?」

クリスタ「うん。まあ、ぶっちゃけると痴漢っぽい奴?」

エレン「え? 痴漢されたのか? クリスタ」

クリスタ「いや、私じゃないよ。そういう噂が出てるの。ただねーその話がちょっと奇妙で」

ミカサ「奇妙?」

クリスタ「うん」

りんごジュースをすすって続ける。

クリスタ「うーんとね。まあ、その……男の子を狙う痴漢らしいの」

エレン「へ?」

クリスタ「しかも、女装男子限定っていう、まあ何ともアレな話なんだけどね」

エレン「ちょちょちょ……え? なんだそれ。そもそも何で女装男子が電車に乗る?」

クリスタ「最近、たまに見るじゃない。女装男子の子」

エレン「いや、オレは見たことないが」

クリスタ「そう? まあ、いるんだよ。で、うちらの学校の最寄駅付近で、そういう話が出てるから、女の子っぽい男子は気をつけた方がいいぞって何故かメールやら掲示板やらツイッターやら拡散情報が回ってるよ?」

アルミン。お前、やばいぞ。

エレン「アルミン、あいつ気をつけておいた方がいいかもな」

クリスタ「いや、エレン。あなたも十分許容範囲だと思うけど」

エレン「え?! オレ?! 狙われそうなのか?!」

クリスタ「間違われそうな私服は着ないほうがいいよ。赤色とか。暖色系の服は避けておいた方がいいかもね」

エレン「やべえ……オレ、赤色の服結構、持ってるけど?!」

男っぽい服装を心がけよう。黒いのとか。新しいの買っておかないとな。

ミカサ「大丈夫。その時は私が守ってみせる」

エレン「いやいやいや、そういう話なら暫くオレは電車通学やめて自転車に変えるぞ」

ミカサ「でも雨の日はどうするの?」

エレン「濡れてでも自転車で通ってみせる」

ミカサ「それはダメ。危ない。事故にあったらいけない」

エレン「…………父さんに車で送ってもらうとか」

ミカサ「そっちの方がまだいいと思う。犯人が捕まるまでは、特にアルミンは……」

エレン「アルミンの家はおじいちゃんしかいねえから保護者の送迎は期待出来ねえよ」

ミカサ「え?」

エレン「あ、言ってなかったか。アルミンの家、両親がいないんだ。他界してる」

クリスタ「あら……」

アルミンが小さい頃に亡くなってるんだ。詳しい事情はここでは伏せておくが。

まあ、それは追々いつか、説明する。

エレン「あ、って言っても亡くなったのは相当前だから。あんま暗くならないでって本人も言ってるし、好きにバラしていいって許可は貰ってる。辛気臭くされる方がアルミンも面倒なんだってさ」

クリスタ「そうなのね。ごめんなさい。何かよけいな事言ったせいで」

エレン「いいよ別に。むしろその可愛い男を狙う痴漢っていう話、知らなかったから聞けて良かったぜ。アルミンにも気をつけるように言っておくよ」

ミカサ「そうね。これはアルミンが一番気をつけるべき問題」

予鈴だ。昼休み終わっちまった。午後は体育だ。急がねえとな。

ミカサとクリスタと分かれて体育の準備に入る。ジャージに着替えて移動する。

今日は4月に入ってからの2回目の体育だ。女子は外でソフトボール。男子は体育館でリヴァイ先生の授業だった。

リヴァイ「今日はバレーかバスケだな。どっちがいい? お前らで決めろ」

意外だ。先生自身が決めないのか。

多数決でバスケになった。勿論、1組対2組の戦いになった。

ライナー、ベルトルト、ジャン、マルコ、コニーが最初のメンバーで出た。

オレも途中交代要員としてコートに出たりする。

ライナー「ふん!」

ライナーのダンクが決まった! こっちは長身コンビがいる。

ライナーとベルトルトのコンビネーション、そしてマルコの的確なパス。コニーの3Pシュート!

圧倒的な試合展開に2組の奴らはだんだんモチベーションが無くなってきたのか、後半、試合を投げるような適当なプレイになってきた。

ワンサイドゲームで1試合目が終わったその時、リヴァイ先生が「ふむ」と言い出した。

リヴァイ「ちょっと1組の方にいい選手が偏り過ぎているようだな。シャッフルするか」

エレン「え?」

リヴァイ「1組2組で混合チームを作る! 今からチームを4つに分ける。指示に従って分かれろ!」

うわ…いきなり知らない奴とチームを組まされた。

オレのチームには、知ってる奴がジャンだけか。

結構、ばらけちまったな。ライナーとベルトルトもチームを引き離された。

A、B、C、Dの4つのチームでブロック戦。ミニゲームを行った。

オレはAチームに居たが、試合は拮抗してなかなか勝負がつかない。

でもしょうがねえ。ゼッケンの色だけで判断して仲間にパスを回す。

僅差で一応勝ったが…。2組の奴ら、微妙な顔してるな。当然か。

エレン「ナイスシュート」

2組男子「お、おう…」

一応声をかけたが、空気が微妙だ。

2組の奴らはあんまり、運動神経いい奴いねえのか?

いやでも、うちの高校は割と体育に力入れてるのは有名だし、進学校って程でもない。普通のレベルの学校だ。

単にモチベーションの問題かな。そう思っていたら、

2組男子「はあ……やる気が出ないな」

エレン「…………?」

ジャン「ああ、同感だな」

何故かジャンが頷いている。

2組男子「分かるのか? お前」

ジャン「ああ、分かるさ。お前の気持ちは重々」

2組男子「ああ、やってられないよな! こんな体育!」

おいおい。リヴァイ先生がいる前でよくそんな事言えるな。

しらねーぞ。聞かれてても。こっちは見てないけど。

しかし何故か二人は意気投合して、

ジャン「ああ! なんだってこの高校は体育の授業の場所が……」

ジャン&2組男子「「男女、離れ過ぎだろ!?」」

エレン「え?」

何の話だ? いきなり。

ジャン「だってそうだろ? 女子はソフトボールだ。それはいいんだが、それをちらっとでも盗み見出来ないって…」

2組男子「テンション下がるよな…中学時代は、チラチラ、見る事が出来たのに」

ジャン「ああ。休憩時間、ちょっと足を伸ばせば見れた見れた」

2組男子「女子の様子が見たいのに……!」

ジャン「聞こえるのは女子の声だけ!」

2組男子「ああ、何という絶望!」

ジャン「なんという悲劇!」

ええっと。二人が言いたいのはつまり、男女が分かれて体育の授業をするのはいいが、うちの高校は広いから、その気配が遠い事を嘆いている。

という事なのか。

え? もしかして2組の奴らがやる気ないのってそのせいなのか?

ライナーとベルトルトのせいじゃなかったのか。

エレン「お、お前らなあ……」

アルミン「分かるよ。その気持ち」

エレン「あ、アルミンまで…」

何故かそこにアルミンまで加わった。

エレン「おまえ、Bチームの試合は……」

アルミン「もう終わったよ。今はCとDチームがやってる」

ジャン「アルミン、お前も見てたくちか?」

アルミン「当然じゃないか。中学時代から始まった男女隔離体育授業。しかしその距離感があるからこそ、僕達の思春期は青春なのさ」

アルミン。詩人なのか? その表現は。

アルミン「でもこの第一体育館は、グラウンドから大分遠い。おまけに講談高校は野球グラウンド、サッカー用グラウンド、陸上用グラウンドまである。授業用とは別に、だよ」

エレン「部活動に力入れているんだから仕方ないんじゃ……」

アルミン「そのしわ寄せは、女子の授業が見れないという部分に押し寄せているじゃないか!」

そもそも、授業中に女子の体育の授業を眺めちゃいけないけどな。

ただ空いてる時間があれば、そりゃちょっとくらい、見たりはするけど。

確かに中学時代は学校自体が高校よりは狭かったから、同じグラウンド内で別々の授業とか、あったな。

アルミン「僕はでも、その壁があるからこそ、やらないといけないと思うんだ」

アルミンはジャージのポケットから小さなオペラグラスを取り出した。

コンサートとかでステージを見るアレだな。

ジャン「何?! アルミン、お前、いつの間にそんなものを!」

アルミン「ふふふ……リヴァイ先生が、試合を見ている今がチャンスだよ」

エレン「い、いくのか…」

2組男子「オレもいかせてくれ!」

2組男子2「オレも!」

何故か2組の男子も巻き込んでの作戦になった。

第一体育館の窓からグラウンドを覗く。ちょっと遠いけど、女子のソフトボールの風景を目に捉える。

アルミン「見えた! クリスタが打席に立ってる!」

ジャン「ミカサは?!」

アルミン「ミカサがボールを投げてるよ! ああ、ストライクだ!」

エレン「ちょ…アルミン、オレにもちょっとだけ見せてくれよ」

アルミン「もうちょっとまって! クリスタの打席が終わるまでは……」

リヴァイ「お前ら、何をしている」


ぎっくー!


リヴァイ「アルミン・アルレルト。その手に持っている物は何だ?」

アルミン「えっと、その……」

アルミン「お、オペラグラスです」

リヴァイ「そんな物、体育の授業で使用する必要はねえ。女子の体育の風景、覗いてやがったな?」

アルミン「…………いいえ」

リヴァイ「では、何を覗いていた」

アルミン「ええっと……め、珍しい野鳥があそこに留まっていたので、つい! ぼ、僕、野鳥の観察が好きで、ついつい持ち歩いているんです!」

苦しい言い訳きたな、これ。信じるかな…。

リヴァイ「ほう。野鳥か。では見せてみろ」

リヴァイ先生にオペラグラスを渡した。

頼む。その辺の木に野鳥が留まっててくれ。

リヴァイ「本当だ。珍しいな。あんなところに、鳥がいる」

どこを見ているのか分からないが幸運にもリヴァイ先生は鳥を見つけたようだ。

リヴァイ「ふん……だがこのオペラグラスは授業が終わるまでは預かっておく。勝手な行動はするなよ」

一同「「「は、はい……」」」

そしてオレ達は無事にバスケの試合を終えて、アルミンはオペラグラスを返して貰った。

ジャン「咄嗟の嘘とはいえ、あれ以上疑われなくて幸運だったな」

アルミン「そうだね…鳥に感謝だね。リヴァイ先生、何処見てたのか良く分からなかったけど」

エレン「でも、もうやめようぜ。女子の体育の風景、見たいのは分かるが、リヴァイ先生の授業でそれやるの、無謀すぎるだろ」

アルミン「うう……そうだけどさ」

と、アルミンは悔しそうだった。

アルミン「女子が女子だけでキャッキャうふふしている風景がそこにあるのに、こっそり見れないなんて、男子のプライドに関わるというか」

ジャン「アルミン、お前の気持ちは凄く良く分かるぜ。エレンは腰抜け野郎だ」

カチーン☆

エレン「ああ? 今、なんて言った。ジャン」

ジャン「腰抜けっつったんだよ。リヴァイ先生が怖くて女子を見るのをやめるって事は、つまりそういう事だろ?」

エレン「関係あるか! 別にリヴァイ先生が怖い訳じゃねえよ。オレはただ……」

ジャン「いい子ぶるんじゃねえよ。お前だって、本当は女子の体育の風景を見たいんだろ! そして女子が「今日は暑いねー上脱いじゃおうか♪」とか言って上のジャージを脱ぐ瞬間に、遭遇したいんだろうが!」

ジャンが教室でそんな風に叫んでいたら、着替えて教室に戻ってきた女子の集団と出くわした。

女子一同(しらー)

ミーナ「ジャン、さいてー」

ハンナ「さいてー」

アニ「馬鹿じゃないの?」

サシャ「ジャンは一体、何を言ってるんでしょうか? 意味分かりませんね」

ユミル「分からない方がいいぞ。多分」

クリスタ「ジャン……(引いてる)」

ミカサ「?」

ミカサだけは「?」を浮かべているだけだった。

良かったなジャン。九死に一生を得たんじゃねえの?

ミカサだけは意味が良く分かってなかったからな。

掃除の時間中、ジャンはずっと落ち込んでいたが、オレはスルーして、放課後、アルミンに例の件を伝えたら、物凄い顔をされた。なんていうか…気持ち悪い食べ合わせを食った時のような嫌悪感の顔だ。

アルミン「ええっと、つまり女の子に間違われそうな格好をしているとやばいって事?」

クリスタ「最初に被害に遭ってしまった子は、女装男子だったけど、それから被害が拡大して、それに近い所謂、中性的な男の子も狙われるようになったらしいんだよね。だからスカートじゃなくても、女の子っぽい色合いの格好でもアウトって話だよ」

クリスタ「ただ、アルミン君の場合は男子の制服を着てても割とその……」

アルミン「いや、それ以上言わなくてもいいよ。うん」

クリスタの言葉を遮ってアルミンは大きなため息をついた。

アルミン「はあ……もう何だか嫌な世の中だよ」

アルミンは頭を抱えて机の上に頭をのせてしまった。

アルミン「そんな話を聞いた後に一人で帰りたくない……」

ミカサ「今日は一緒に帰ろう。アルミン。少し待ってて欲しい」

アルミン「いや、僕は早く家に帰らないとまずいんだ。おじいちゃんを長く一人にはしておけない」

エレン「そうだよな。オレ達の部活の終わる時間までは待っていられないよな」

ミカサ「では今日だけは部活を休ませてもらおうか、エレン」

エレン「その方がいいかもな」

アルミン「いや、それはダメだよ。二人を巻き込んでしまうのは……」

クリスタ「ごめんなさい。私がもっと体が大きくてアルミン君を守れるくらい強ければ…」

アルミン「いや、君づけはいいから。あと女の子に守られたら僕が死にたくなるからやめてくれ」

アルミンは男心と危険性を天秤にかけて悩んでいるようだ。

エレン「気持ちは分からんでもないが………アルミン、お前は可愛いからこの事実は曲げようがない」

アルミン「………エレンだって可愛い顔立ちしてるじゃないか」

エレン「オレは背がある分、まだいいんだよ。アルミンは背丈も……」

アルミン「うわああん! 身長欲しいよおおお!」

ミカサ「エレン、これ以上追い詰めてはダメ」

エレン「悪い。しかしどうしたもんかな」

何かいい手がねえかな。そう考えていたら、

アニ「何をさっきから騒いでるの?」

アニが教室に戻ってきた。でも鞄は持っている。忘れ物か?

ミカサ「忘れ物?」

アニ「ノートを忘れた。まだ帰ってないの? アルミン。あんた、部活入ってる訳じゃないんでしょ? さっさと帰ったら?」

クリスタ「実は……」

クリスタは例の噂の件をアニにも伝えた。すると、

アニ「ふーん。可愛い男の子を狙う痴漢の出没の噂、ねえ」

口の片方だけ器用に持ち上げてアニが笑っていた。

アルミン「笑い事じゃないのに」

アニ「いや、その……そういう事なら騒ぎが収まるくらいまでなら、私も一緒に帰ってやってもいいけど」

アルミン「え?」

アニ「シガンシナ区までは行かないけど。途中までなら電車も一緒だし、いいよ」

アルミン「いや、でも……」

アニ「それにしたってただの噂だろ? 実際、この学校の奴らの誰かが狙われたのならまだしも、噂だけが一人歩きしてるのかもしれないし、必要以上にびくびくしてもしょうがないと思うけど?」

アルミン「………それもそうだね」

クリスタ「じゃあ私も途中までアルミンと一緒に帰る」

アルミン「わあ……両手に華だな、これ」

アニ「あんた自身が痴漢になったら、大事なところを握り潰すからね」

アルミン「それは勘弁下さい。一応、僕は男の子なので……」

おお。なんか怪我の功名? 瓢箪から駒って奴か?

アルミンはデレデレしながら帰っていった。良かったな。

ん? あれ? そう言えば今日はいつもいる筈のユミルの姿がなかったな。

ちょっと気になったので明日もいなかったら、クリスタに聞いてみようと思った。






そして翌日、なんとユミルの奴もインフルエンザにかかっていた事が判明した。

クリスタ「あのね。最初はただの風邪だと思ってたらしいんだけど、次の日の朝にがーっと熱が上がっちゃって病院行ったら、インフルだって」

休み時間、その話を聞いて複雑な顔をしたのはアルミンだった。

ウイルス持ち込んだ訳じゃねえんだから、気に病む必要はねえんだけど。

何となくバツが悪いんだろう。アルミンは気の毒そうな顔をしていた。

アルミン「あっちゃー……こりゃまだ、時期ハズレのインフルの猛威はまだ収まってないね」

エレン「みたいだな。春なのにインフルって、変な感じだけど」

ミカサ「私は今まで一度もインフルエンザにかかった覚えがないのだけども」

エレン「え? そうなのか?」

そりゃすげえな。

ミカサ「学校を休んだ事がないので」

コニー「オレもオレも! 風邪ひいたことないぞ」

ジャン「コニーの場合は馬鹿はなんとかって奴だろ」

コニー「それはねえよ! オレは天才だからな。それにそれを言ったらミカサだって馬鹿って話になるだろ?」

ジャン「ミカサは馬鹿じゃねえよ。ミカサにはウイルスも寄り付かないんだよ」

ミカサ「? それはどういう意味だろうか?」

ジャンの顔がうぜえ。赤らめるな。頼むから。

ジャン「その……よく言うだろ。恐れ多くて、近寄れないとか」

エレン「ウイルスを擬人化すんなよ。気持ち悪いな」

思わず思った事が口から滑った。

ジャン「詩的と言えよ! この単細胞が!」

エレン「お前、何かとオレにつっかかってくるが、なんか恨みでもあんのか?!」

ジャン「自分の胸に聞け!」

根に持ちすぎだろ?! まだ委員会の件で妬んでるのかこいつは!

いや、それ以前にミカサに近寄り過ぎだ。離れろ。

ジャンといがみ合っていると、ミカサが間に入ってきた。

ミカサ「二人共、喧嘩はやめて!」

クリスタ「でも困った。もうすぐ研修旅行なのに。間に合うのかな」

ミカサ「そうね。今日を含めて4日しかない。間に合えばいいけど」

クリスタ「治らなかったらユミル抜きになるのかーやだなー」

サシャ「ですねえ。折角ですから治って欲しいですけど」

エレン「インフルだとお見舞いも無理だしな」

風邪とは違うからな。

ジャン「祈るしかねえんじゃねえの? 4日ならギリギリ間に合うだろ。根性があれば」

アルミン「いや……どうだろ。僕の場合は実質7日は完治に時間がかかってるからね」

エレン「ちょっと長かったよな」

アルミン「うん。熱がなかなか下がらなくてね。しんどかったよ」

確かに。インフルエンザは風邪より酷い。

ユミルは性格が悪い奴だが、だからと言って研修旅行に来れないのも可哀想だ。

何とか早く回復してくれるのを祈るしかない。そう願うだけだった。

という訳でここまで。一気に投下すると読む側が大変かな…。
それではまた。

>>121
訂正

ユミル「分からない方がいいぞ。多分」

この日は、ユミルお休みしてたのに間違えて出席させとった。ミスです。
ここはアニの台詞でしたね。

アニ「分からない方がいい。多分」

に変更でお願いします。






そんなこんなであっと言う間に研修旅行の前日の夜になった。

明日からいよいよ、皆と一泊二日の研修旅行だ。楽しみだな。

一名、面倒臭い奴がいるのが難点だが。まあその件は横に置いておく。

私服も新しいの買ったし。そうだ。ついでにミカサに見せておこうっと。

エレン「ミカサーちょっといいか?」

寝る前にちょっとだけ。ミカサはまだ起きてる筈だ。

ミカサ「どうぞ」

エレン「入るぞ」

新しい黒系の私服をミカサに見せてみる。どうだ?

エレン「赤色は女っぽく見えるってクリスタに前に言われてからちょっと黒とかも私服に加えて見たんだが、どうだ?」

ミカサ「いいと思う。黒は男の子っぽい」

エレン「そっか。寝る時は私服でいいってあったから、一応確認しとこうと思ってな」

ミカサ「似合ってると思う」

エレン「ミカサは私服、どんなの用意してるんだ?」

ミカサ「教えない」

エレン「何でだよΣ(゚д゚lll)」

ミカサ「ふふ……当日までの秘密にしておく」

むう。勿体ぶりやがって。まあ、いいけどさ。

エレン「ちぇっ……ちょっと見てみたかったのに」

ミカサ「普段、家でも私服姿は見ているのに?」

エレン「それとこれは別なんだよ。なんていうか、ちょっとワクワクするだろ?」

ミカサ「そうね。ドキドキする」

エレン「まあ、やる事は勉強だけどな。でも温泉もあるし、皆と遊ぶ自由時間も少しあるしな」

ミカサ「そう言えばそうだった」

自由時間で皆と仲良くなれたらいいな。

ミカサ「自由時間は特に頑張る」

エレン「おう。頑張れよ。オレも頑張る」

お互いに笑って、そして部屋に戻った。明日の為に寝る!




研修旅行の当日。綺麗に晴れた。いい天気だ。

貸し切りバスで高速に乗って隣の県へ移動する。

皆、大体、席に着いてる。まだ来てない奴いるかな。と、思ったその時、

時間ギリギリでユミルが来た。汗だくでバスに乗り込んできたのだ。

ユミル「悪い。ギリギリだけど来た……」

キース「大丈夫か? インフルエンザはもう完治したのか?」

ユミル「熱は落ち着いてます。咳はまだ少し出るけど……」

キース「やれやれ。一応、マスクはしておいてくれ。無理はするなよ」

まだ治ってねえのに、やっぱり来たか。

ミカサ「エレンはインフルエンザにかかったことある?」

エレン「あるけど、オレの場合は毎年親父に強制的に予防接種させられるから、かかったとしても症状は軽いな」

ミカサ「そうなの?」

エレン「ああ。酷くなるのは予防接種してない奴だ。ま、面倒臭いからやらない奴の方が多いけどな」

ミカサ「熱が下がっていれば動いてもいいの?」

エレン「本当は良くねえよ。けど、来ちまったからしょうがねえだろ」

追い返すわけにもいかんしな。クリスタの席の横に座ったみたいだ。

バスの席は適当だ。オレ達は一番後ろを陣取った。

ミカサを真ん中にして、アルミン、オレ、ミカサ、ジャン、マルコの順番だ。

何かいつの間にかこの順番になった。ジャンの奴、ちゃっかりしてやがるぜ。

ジャン「参ったな……ユミル、インフルのウイルス拡散する気かよ」

マルコ「ジャン、それは言いすぎだよ」

ジャン「だってあの様子じゃ絶対完治してねえよ? 参るぜ全く」

アルミン「うーん。治りかけって感じだね。僕もついこの間まであんな感じだったからな」

エレン「アルミンはちゃんと治るまで休んだもんな」

アルミン「いやでも、研修旅行と重なってたら僕も無理してでも来たかもしれないよ。だって、なかなかこんな機会ないじゃないか」

マルコ「そうだね。温泉に入れるのだし、やっぱり普通は来たいと思ってしまうよ」

ジャン「まあ気持ちは分からなくないが……」

バスが出発した。もう考えるのはよそう。

目指すのは某県の某温泉地。

大型バスの大群は35名と先生と運転手を乗せて一斉に走り出した。





バスの中は暇だった。

3DSとか携帯ゲームをこっそり持ってくれば良かったかなとも思ったが、今回は一応、そういうのはNGだ。

研修旅行はあくまで勉強が目的なので、関係ない物は持ってきちゃいけない。

スマホを持ってる奴らはこっそりゲームをやってるみたいだが、オレはガラケーだしな。出来なくはないけど。

アルミンは文庫本を読んでいた。あ、オレも小説本持ってくりゃ良かったぜ。

そんな中、ジャンが突然「ゲームでもしないか?」とミカサを誘っていた。

ミカサ「何をするの?」

ジャン「トランプ持ってきてる。ババ抜きくらいならバスの中でも出来るだろ?」

落ちたトランプ拾うふりしてミカサと接触する気だろ。バレバレなんだよ。

こんな狭い中でそういうのやるって事は、そういう事だ。

エレン「揺れるのに無理だろ。何無茶ぶりしてやがる」

ジャン「お前は誘ってねえよ」

ジャンに睨まれた。そらそうだけど。

ミカサ「え? エレンも誘わないの? 席が近いのに?」

ジャン「オレとマルコとミカサの三人でやろうと思ってな」

ミカサ「それはダメ。やるなら皆でやりましょう」

エレン「おい、やるのかよ」

ジャン「エレンはやりたくなさそうだから三人でいいんじゃないか?」

エレン「別にやらないとは言ってねえが……」

オレも暇だったから丁度いいけど。

ミカサ「トランプは確かにバスの中では散らかるので不向きだと思う」

ジャン「そ、そうか……」

ミカサ「違うゲームでもいいのなら……そうだ。しりとりはどうかしら?」

ミカサの提案にジャンがちょっとがっかりしているが、そこは妥協しろ。

工夫次第では面白くなるはずだ。

ジャン「しりとりか。普通のだと面白くねえな」

アルミン「何か縛り入れる?」

マルコ「そうだね。世界の国名や地名とか?」

エレン「ああ、そういうのならちょっと楽しめそうだな」

ミカサ「では、しりとり、の「り」から始まる国名、または地名、でスタートする」

ジャン「マルコからオレ、の流れが一番いいか」

マルコ「いいよ。じゃあ「リビア」」

悪い。ここから先の詳細はもう、オレ、はっきりとは覚えてねえんだ。

物覚えが悪いとか言わないでくれ。覚えているのはミカサが「また「あ」か」と唸ってたのと、マルコが「ま」ばっかり巡ってきたのとか。

そういう訳で、ここはちょっと省略して、問題なのは、アレだ。

ジャンがこのしりとり合戦のせいで、ミカサにもっと興味が沸いちまった事だ。

バスが止まって、皆がぞろぞろ降りて荷物を運んでいる中、ジャンが言った。

ジャン「ちょっと見直したんだよ。オレ、ミカサ程、頭がいい訳じゃないし、もし今度、分からないところあったら勉強とか教えてくれないか?」

ミカサ「え?」

まずい。あいつ、本気でミカサを落としにかかってる。

そういう理由に格好つけて、ミカサとの距離を縮める気だ。

エレン「お前の頭じゃミカサから教えて貰っても、どうせ成績上がらんだろ」

オレはつい、ジャンにつっかかった。

ジャン「なんだと?」

エレン「オレとあんまり変わらんだろ? 今のしりとりだって、お前の方が先に脱落したしな」

ジャン「それはオレが先攻だったから不利だっただけだろうが! サシの勝負なら勝てるに決まってるだろうが!」

エレン「よーし、言ったな! じゃあテーマを変えて今度はサシで勝負してやろうじゃねえか!」

ジャン「よし、じゃあ勝ったらオレ、ミカサと一日勉強会してもいいよな?!」

エレン「ああ、いいんじゃねえの? その代わりオレも勝ったら教えて貰うけどな!」

ミカサは呆れ果てていたが、何としても邪魔してやる。そう決意したんだ。







バスを降りてから宿に荷物を移動して男女が大部屋に分かれて、荷物を確認した。

一応、しおりの日程表を再確認する事にする。


日程表

4月19日

11:00 宿到着

12:00 昼食

14:00 知能テスト開始

16:00 知能テスト終了

17:00 夕食

18:00 入浴

22:00 就寝


4月20日

6:00 起床

7:00 朝食

8:00 実力テスト開始(国数英)

11:00 実力テスト終了後、宿チェックアウト

12:00 昼食

13:00 自由時間開始

17:00 自由時間終了(バスで学校へ戻る)


大体こんな感じだ。

知能テストはIQテストみたいな、クイズ番組とかでやるアレに近いテストだ。

実力テストは3教科だけだってのが救いだな。ラッキー♪

和室の団体用の大部屋から見える景色は、美しい山々だった。

空気が綺麗だな。そして田舎だ。でも悪くねえ。

ライナー「全員、荷物置いたか?」

マルコ「班ごとに人数確認後、食堂に移動するよ~」

ジャン「了解」

コニー「よっしゃ飯!」

男子は飯に対する行動が早い。女子より先に廊下に出て、合流して食堂へ移動した。

ミカサ「広い……」

エレン「滅茶苦茶でけえ食堂だな」

体育館と同じかそれ以上の大ホールで飯食うなんて初めてだ。

アルミン「すごいねえ」

ジャン「席どこだよ」

マルコ「こっちだね。1組3班って書いてある」

丸テーブルの中央に1組3班という目印があった。

バイキング形式の昼食のようだ。早い奴はもう食べ始めている。

エレン「おお、好きなもん取って食っていいみたいだな。肉くおうっと」

ミカサ「肉ばかりではいけない……」

エレン「野菜もちゃんと食べるって! 全く、本当、世話焼きだな」

ミカサ「うっ……」

あ、やっべ。言い過ぎた。

エレン「あ、いや。別にいいけどさ。んじゃ、取るぞ」

とりあえず取れそうな物からどんどん取っていく。

その中に馬刺しもあった。お、うまそうだな。

エレン「馬刺しがあった! 馬食べちゃうのか。うーん」

ジャン「…………(野菜取ってる)」

エレン「よし、食ったことないけど馬刺し食べようっと」

折角、馬刺しの名産地に来たんだから食わないとな!

ジャン「…………(野菜山盛り)」

エレン「ジャン、お前さっきから野菜ばっかだな。馬刺しいかないのか?」

ジャン「馬食うのは可哀想だろ。なんか……」

エレン「そりゃそうだけど、折角あるんだから食べた方がいいだろ?」

ジャンはこっちの提案を無視している。

エレン「あ、もしかしてお前、馬面だから気が引けるのか?」

ジャン「喧嘩売ってるのかてめえ……(ビキビキ)」

ミカサ「やめなさい。エレン。野菜を先に食べた方が太りにくいからそうしてるんでしょう?」

ジャン「(バレた)ああ、まあな」

ミカサ「ちゃんと健康管理をしている証拠。ジャンを見習ったほうがいい」

エレン「うっ………」

ミカサに説教されちまった。するとジャンが「ざまあ」って顔してこっち見た。

ジャン「ふん……ミカサの言う通りだな。肉ばっか食べたら頭悪くなりそうだしな」

エレン「わーったよ。オレも野菜からいけばいいんだろ! 全く!」

そこまで言われたら野菜取らない訳にもいかねえじゃねえか。

とりあえず目についた野菜サラダを適当に山盛りにしてテーブルに戻って飯を食う。

エレン「で? そろそろテーマは決まったか?」

と、ミカサに問い詰めてみると、

ミカサ「うっ……まだ」

エレン「地理問題はもうやめてくれよ。他のやつがいい」

ジャン「おい、注文つけるなよ」

エレン「地理問題はさっきやったからだよ。歴史とかいいんじゃねえの?」

ジャン「人物名とかか? それでしりとり勝負するのか?」

アルミン「いや、しりとりはもうやめよう。また「あ」と「ま」の呪いのように、同じのが回ってくると精神的に辛そうだし」

マルコ「うん。僕、マケドニア、マレーシア、マーシャル諸島の連続は本当にきつかったよ」

ミカサ「私も、愛知、アテネ、アイルランド、アラブ首長国連邦、秋田、青森、旭川をよく出せたと自分でも思う」

何かもう、レベルが違うよな。頭の出来が違い過ぎる。

ジャン「いや、その自分で言ったのをまた復唱出来るお前らの記憶力の方がすげえよ」

エレン「本当だな。オレ、もう自分の言ったのなんてあんまり覚えてねえよ」

アルミン「あはは……まあ、だったらさ。この丸テーブルにちなんで「山手線」ルールに変えようよ」

ミカサ「山手線?」

アルミン「所謂「古今東西」だね。テーマを決めて、無作為に条件にあうものを言っていくんだ」

マルコ「ああ、そっちの方がいいかもしれないね」

アルミン「うん。それなら判定もやりやすいし、テーマも1本だけじゃなく、いくつかやれば公平でしょ?」

ミカサ「そうね。3本勝負で2本先取で、とか?」

アルミン「そうそう。引き分けになったら再挑戦で」

ミカサ「分かった。では昼食後、知能テストが終わってからテーマを考えてみる」

マルコ「今度はノートに記録しようよ。ちゃんと公平にジャッジ出来るように」

アルミン「そうだね。もし誤字があったら減点出来るね」

エレン「うっ……誤字か」

ジャン「まあ、証拠になるし、いいんじゃねえの?」

わいわい相談しながら大体の方針が決まった。

オレはジャンを見る。あいつも見返してきた。

分かってる。何も言わなくても。大体、お互いに察しているのだ。

真剣勝負だ。負けられない。

これは男同士の、戦いだからだ!

夕食後に大体のテーマを教えて貰ったんで、勝負までの空き時間を使って勉強する事にした。

……と、その前に風呂の時間があったな。やべ。風呂を忘れるところだった。

ささっと服を脱いで裸で入場する。アルミンと一緒に中に入ると、

ライナーとベルトルトとコニーとジャンが壁に耳当てて何かやってた。マルコは頬を掻いて困った顔をしている。

覗き? にしては妙だ。耳を当ててる訳だから覗きじゃねえよな。

エレン「?」

アルミン「何やってるの?」

ライナー「しっ!」

何か聞こえるのかな? オレもついでに壁に耳を当ててみる。

アルミンも釣られて同じことをする。すると……

クリスタ『あ、ミカサだ! おっぱい揉ませて♪』

なにいいいい?!

今、かすかな声だけど、確かに聞こえた。

女子同士で胸、揉んでるのか?! ぐは!

ここの壁、薄いのかな。音が思ったより防ぎきれてない。

耳を澄ませれば隣の音が聞こえる。反響して響いているのだ。

でもそれに女子は気づいてない様子で、おしゃべりをしている。

オレはアルミンと頷いた。ライナーも頷く。

つまり、そういう事だ。

オレ達は唾を飲み込んで女子の会話に集中した。

アニ『やめなよ。あんたさっきから胸、触り過ぎだよ』

クリスタ『ふふふ……おっぱいを吸収してあげるわ』

その瞬間、ライナーが鼻血出してぶっ倒れた。ベルトルトが回収している。

サシャ『でもミカサも結構大きいですね。アニとあまり変わらない?』

アニ『胸なんて、あってもなくてもどうでもいいよ』

クリスタ『それはある人だから言える発言よ。つるぺたに謝って』

アニ『はいはい。でも今はつるぺたでも、いずれ大きくなるかもよ?』

クリスタ『努力はしているわ。1年後までにはCカップを目標にしてるけど』

それ以上、ライナーを刺激しないでやってくれ、クリスタ。

ライナーがまな板の魚みたいにビチビチに跳ねてるぞ。生きがいいな。

アニ『いや……ミカサの場合は胸が大きいというより腰が細いのか。異様に』

そうなんだよな。腰、細いんだよな。ミカサ。

ミカサ『え?』

アニ『身長の割には細いよ。なんで?』

サシャ『触ってもいいですか?』

ミカサ『NO!』

いけ! サシャ、いけ!

ごくり。男子の心がひとつになった瞬間だった。

サシャ『ええ? 胸じゃないんですよ? 腰ですよ?』

ミカサ『尚更ダメ。無理無理無理……』

拒否しているミカサを想像すると萌えた。

あ、ジャンも同じ事思ったのか、鼻を押さえて下向いてる。

クリスタ『ダメと言われると触りたくなるのが人間よね』

サシャ『ですねえ』

ミカサ『うっ……』

サシャ『という訳でちょっとだけ……』

ミカサ『あう!』

サシャがいったーーーー!

ミカサの「あう!」の声が可愛すぎてやべえ。

サシャ『? 別に脂肪がついてないですけど』

アニ『脂肪がない?』

サシャ『はい。むしろ固い?』

アニ『へー』

ミカサ『も、もうやめて貰えるだろうか』

ジャンが遂に崩れ落ちた。マルコが回収していった。

今の声、倒れる気持ちも分かる。

だがオレはまだ倒れない! ジャンよりは耐性がある!

もう少し女子会トークを盗み聞きしたかったオレ達は残ったメンバーで壁に耳を当てる。

アニ『もしかして、腹筋ついてる?』

ああ。板チョコみたいな腹筋だな。

ミカサ『ちょっとだけ……』

謙遜過ぎるだろ。ミカサ、本当の事を言ってやれ。

アニはそのくらいの事で引くような子じゃねえだろ。きっと。

アニ『へー。なるほど。だから腰がきゅっとしてて、引き締まってるのか。私と同じだね』

ミカサ『え?』

アニ『見る? 私も結構、鍛えてるんだ』



ざばあ……



うあああああああ。お湯の音しか聞こえない。

ここは想像するしかない。アニもミカサ並みに腹筋あんのか。是非見てみたい!

しかしそんな事を言ったら殴られるのがオチだな。

あ、アルミンが微妙な顔してる。知りたくなかったんかな。

アニ『ま、今は6つしか割れてないけどね。ちょっと最近、トレーニングさぼってたから。でもまた鍛えて8つに戻すよ』

サシャ『なるほど。アニは体を鍛えてるんですね』

アニ『実家が道場やっててね。小さい頃から親父に体を鍛えさせられた結果がこれだよ』

へー。そうなのか。

ミカサ『わ、私も実は……』


ざばあ……


静かになった。ぶったまげてんだろうな。

アニ『ま、負けた。8つ割れてる』

ミカサ『う、うん。実は私も体を鍛えてるの。自己流だけども』

自己流であれだけ鍛えられるのもミカサくらいなもんだろう。

サシャ『よーし、私も裸体を見せちゃいますよ』


ざばあ…


サシャ『どうですか?!』

アニ『身長の割には細いね。羨ましい』

クリスタ『この流れだと私も?』

アニ『そうだね。ま、嫌ならいいけど』

クリスタ『別に嫌ではないよ。見せちゃうよ』


ざばあ……


アニ『ふん。ま、今後に期待じゃない?』

クリスタ『酷い!』

サシャとクリスタは普通の体みたいだな。良かったなライナー。

ミカサ『そう言えばユミルは?』

クリスタ『あ、さすがに入浴はやめとくって。もう咳は落ち着いたし大分楽になったって言ってたけど、皆に気遣わせたくないって言ってたよ』

アニ『ま、それもそうだね。もしぶり返したらやばいし』

ミカサ『治ってきているなら明日の自由時間は大丈夫だろうか』

クリスタ『うん。本人はいけるだろうって言ってた』

ミカサ『そう。それは良かった』

ま、お大事にするに越したことはない。残念だが。

サシャ『あのですね。自由時間で思い出したんですが、紫色のソフトクリームが食べられるところがあるらしいんですよ』

アニ『紫芋のソフトクリームだろ? 知ってるよ』

サシャ『絶対、食べましょう! そこには食べ物のお土産もいっぱい売ってるそうなんですよ!』

クリスタ『そうだね。あ、でも班別の行動だからライナー達にも聞かないと』

アニ『こっちも一応、マルロ達にも聞かないと』

ミカサ『そう言えばヒッチは……見当たらないけど』

アニ『ああ、ヒッチ? 今頃男とイチャイチャしてんじゃないの?』

ヒッチ。ああ、ジャンにコナかけてたあの派手な女の事か。

アニ『ヒッチは男作るの早いけど別れるのも早いんだよね。一ヶ月単位で男替わってるっぽいし』

ミカサ『一ヶ月…?』

すげえな。そういう女もいるんだな。

サシャ『それはまたサイクルが早いですね』

クリスタ『一ヶ月で相手の事なんて分かるのかしら?』

アニ『まあ、飽きるのが早いだけかもね。だから今頃多分、男とどっか行ってると思うよ』

ミカサ『そ、そうなのね』

クリスタ『アニは彼氏いないの?』

ベルトルトがライナーを放置して壁に耳を当ててきた。

おや? こいつ、もしかしてアニの事が好きなんかな。

アニ『いないよ。いい男に出会えれば別だけど、いないし』

クリスタ『理想高そうに見えるね。どういうのが好き?』

アニ『とりあえず安定した収入を得られそうな男』

サシャ『そこですか! まあ、気持ち分かりますけど』

クリスタ『そうなんだ。まあ、私も同意するけど』

ベルトルトが「公務員受けよう」とぼそりと呟いたのを気づいたのはオレくらいか。

確定だな。こいつはどうやらアニ狙いらしい。

アニ『あと付け加えるなら……あんまり現実離れした夢を持ってる人はちょっと』

クリスタ『ん? どういう事?』

アニ『ミュージシャンとかお笑い芸人とか、俳優はまだいいけど。博打性の高い職業を選んだり、自分の夢を追いかけて家族をないがしろにする男は無理かな』

サシャ『やけに具体的ですね。思う男の人でもいるんですか?』

アニ『………うちの親父がね。ちょっとアホだから』

おっと、ここから先は聞かない方がいい気がする。

アルミンも同じことを思ったのか、耳を離して体を洗いに行った。

ベルトルトとコニーはまだ壁に耳をつけてるけど、風呂に入る時間もなくなるし、盗み聞きはこの辺で止めておこう。

アルミン「アニ…腹筋割れてるんだ。通りで本を運ぶ時、早いと思った」

男子の方の湯船に入ってアルミンがぼそりと呟いた。

エレン「作業がってことか? いいじゃねえか。強い女は嫌いじゃねえぞ。オレ」

アルミン「そ、そう? でもなんか怖くない?」

エレン「怒らせたら怖いだろうな。でも、それは自業自得だし。アルミンは腹筋が割れてる女は嫌いか?」

アルミン「そりゃタイプで言えば、ちょっとね……エレンは抵抗ないの?」

エレン「え? 別に。嫌悪感はねえけど。え? 珍しいかな」

アルミン「珍しいと思うよ。すごいね…」

そうなのか。そういうもんか。

その時、ジャンとマルコがこっちに来た。ようやく落ち着いたらしい。

ジャン「やべえ……まさかガールズトークをこんなところで聞けるとは」

マルコ「赤裸々だったね。向こう、気づいてなさそうだったし」

ジャン「無防備過ぎるだろ。くそ…」

ジャンが何を想像しているのかは大体想像がついた。

エレン「おい、ジャン。ミカサをオカズにすんじゃねえぞ」

ジャン「何で、んな事をおめーに言われなきゃなんねーんだよ」

エレン「盗み聞きしてた事、女子にバラしてもいいんだな?」

ジャン「……………絶対やらねえから勘弁してくれ」

よしよし。言質を取った。誰かが裏切ったら連帯責任だ。

アルミン「……………」

エレン「ん?」

アルミン「いや、そうだね。確かに今のをオカズにしたら、相手に申し訳ないよね」

アルミンも自主規制する事にしたようだ。その方がいいと思う。

なんていうか、そういうのは超えてはいけない線のような気がするんだ。

マルコ「ん? コニーとベルトルトが騒いでるね」

エレン「あいつら、まだ盗み聞きしてんのか」

風呂入らねえのかな。あんまり裸のまんまだと、風邪ひくぞ。

あ、コニーは大丈夫かもしれんが。

あいつらもこっちに来た。なんかコニーがすっげえ興奮している。

コニー「ちょー面白い事、聞いちまったぜ!」

マルコ「何を?」

コニー「ミカサの好み! 気が短い人が好きだって!」

ベルトルト「ち、違うよ。コニー。それは正確じゃないよ」

エレン「どういう意味だ?」

ベルトルト「好きなタイプの話から、気の短い人は嫌いな筈なのに、頭に思い浮かんだのは、気の短い人だったって話だよ」

ジャン「何?! それってミカサに好きな人がいるって事か?!」

ベルトルト「そこまで確定じゃないけど……多分、気になる程度の人ならいるのかもね」

ジャン「ままっまままマジか。そうか。そうか……」

ジャンが頷いてやがる。こいつ本当、たまにうぜえんだよな…。

ジャン「気が短い人は嫌いなのに、頭の中にはそいつがいる。分かるぜ。矛盾する心ってあるよな」

はーそうですか。興味ねえよ。

オレはそれよりも、コニーに話しかけた。

エレン「コニー、その話、あんまり人に言いふらすなよ」

コニー「え?! ダメか?」

エレン「いろいろ噂されるとミカサが困るだろ。それにただ、その場に話を合わせただけかもしれんのだし」

コニー「話を合わせただけ? あーそれもそっか。そうだよな。ノリで嘘ついちまう事もあるよな。わりーわりー」

コニーは納得した様だ。これで良し。

エレン「ジャンも真に受けるなよ。本当の事か分かんねえんだし」

ジャン「うっ……そ、そうだな。それもそうか」

一応、予防線を張っておく。これで変な騒ぎは起きない筈だ。

マルコ「ライナーは、まだ起きないね」

ベルトルト「我が生涯に一片の悔い無しって顔してるよ」

アルミン「むしろ燃え尽きたぜ。真っ白に…って感じかな」

ジャン「あいつもあいつで重傷だな…」

気持ちは分からんでもないが。ベルトルトも大変だな。

コニー「なあなあ、こっちはこっちで男子会やらねー?」

と、ライナーを抜いたメンバーで何故かそういう話になった。

マルコ「男子会? 好きな人の話でもするの?」

コニー「そういうのでもいいけど、まずはやっぱり「童貞卒業」のあぶり出しだろ?」

ぶふーっ! いきなりそういう話かよ!

コニー「なあなあ、この中で卒業した奴、いねえの? どんな感じだったか教えてくれよ」

ジャン「……………」

マルコ「……………」

アルミン「……………」

ベルトルト「……………」

オレも当然、沈黙した。童貞で悪かったな。

中学時代は女子に敬遠される事も多かったんだ。今はミカサが傍にいるけどさ。

コニー「何だよ。全員、童貞かよ。やったことあんの、オレだけかー」

な ん だ と ?

ジャン「はあ? 嘘つくなよ。コニー。お前みてえなモテなさそうな奴が卒業してるわけねえだろ?!」

コニー「え? それ失礼じゃねえ? オレ、言っとくけどモテるぞ?」

ジャン「そのいがぐり頭で嘘つくな! 一体いつ、どこでやったんだ?!」

コニー「えー? 聞きたいの? じゃあ教えてやるよ。中学時代の、卒業間際にさ、幼馴染の……」

ベルトルト「うわ、これは…」

アルミン「本当の話っぽいね」

コニーの話の按配に嘘臭さはなかった。ジャンが撃沈していく。

コニー「………と、まあ、中学卒業と同じ時期に童貞も卒業しちまったんだけど、他の奴らってどうなんかなーって思ってさ。案外皆、やってねえんだな」

ジャン(ギリギリ)

あーあ。ジャンの両目が赤い。嫉妬し過ぎて目が赤くなってやがる。

アルミン「その幼馴染とは今も付き合ってるの?」

コニー「そうだよ。高校は別だけど、野球部の試合の時は必ず見に来てくれるいい子なんだぜ!」

マルコ「へーいいなあ。そういうの。羨ましいね」

エレン「ああ。いいな、そういう爽やかなカップルは」

しかも幼馴染だろ? 理想的だな。

理想的過ぎてジャンの嫉妬が大爆発しているが。

ジャン「てめええええええ………」

コニー「何だよ。悪かったよ。オレもまさか全員、他の奴らがやってないなんて思わなかったんだよ」

アルミン「コニーは結構、ませてるんだね」

マルコ「だね。この中では一番の大人だ」

コニー「好きな人とかいねえの? さっさとつきあえばいいじゃん」

ジャン「それが出来れば苦労はしねえよ…」

マルコ「そうそう。告白するのって勇気要るよ」

アルミン「だよね。ましてやその子が人気のある子なら猶更だよ」

ベルトルト「同感…」

エレン「…………」

オレはノーコメントを貫いた。

コニー「ふーん。やってみねえと分かんねえと思うけどな。それに後で後悔してもしらねえぞ。人気のある子なら、余計に早く告白した方が有利な気がするけどな」

ジャン「うっ……」

アルミン「うぐっ」

マルコ「でも玉砕したら、その後が…」

コニー「だーから、玉砕してもいいから先手必勝だって!」

ジャン「誰しもお前みたいに死に急ぎ野郎にはなれないんだよ」

コニー「オレ、死に急ぎ野郎じゃねえけど?」

ジャン「例え話だよ! 玉砕覚悟で告白なんか出来るか!」

コニー「えー?」

と、まあこんな感じでコニーとジャンは恋愛観に関しては反りが合わないようだ。

オレは先に上がることにした。そろそろ時間だ。

コニー「あ、エレン! お前の意見、聞いてねえけど?!」

と、声をかけられたけど、

エレン「オレは秘密主義だ」

とだけ答えて先に風呂から上がることにした。

コニー「えーケチ! 後でもう一回聞いてやる!」

と、コニーにはニシシと笑われたが……。

今、思うとオレもコニーと同じ、特攻タイプだったみてえだ。

結果は伴わなかったけど、死に急ぎ野郎と呼ばれても仕方ねえかもな。

ああ、思い出すと落ち込む。今は考えるのはよそう。

風呂にあがってから就寝時間まではとにかく出来るだけ勉強した。

ジャンとの戦いに備えて。ジャンも遅れて勉強を始める。

その様子をコニーに「真面目が二人もいる?!」と驚かれたけどな。

とにかくその時は、コニーに構ってる暇はなく、お互いに真剣に勉強して夜を過ごしたのだった。

死に急ぎ野郎って、現代で言うなら「告白出来る勇気のある子」なのかな。
と思ってこうなった。
キリがいいところなんでここまで。続きはまた。

(*微グロ注意)



あれは雪の降る寒い日だった。

オレはその日、ずっと探していた、そのナンバーの車を偶然、目に入れた。

忘れない。あの日母さんの命を奪った、あの憎い車のナンバーを。

忘れない。あの日オレの目の前でひき逃げ事件を起こした巨悪を。

だけどオレは子供だったから、その時は何も出来なかった。

でもオレの母さんを奪ったあいつらを絶対許さない。

だから一日たりとも忘れた事はなかった。

この幸運を、神様に感謝する。

あいつらは人の形をした害虫だ。

この世界に存在しちゃいけないんだ。

大人が裁かないのであれば、オレが代わりに成敗してやる。

その為なら、この命すら、捨てても構わない。

オレは追いかけた。あの車の行方を。

幸い、あいつらはすぐ近くに車を止めて、降りた。

言い争う声が聞こえる。

何だ? 誰かを車の中に引き込もうとしている。

誘拐か?

きっとそうだ。

あいつらは悪い奴らだから、誘拐をしようとしているんだ!


『ミカサ! 逃げなさい! 早く!』

『んふぉsdfんfんsd;f?! (うるせえ! さっさとこっちに来い! 抵抗するな!)』


車の近くで赤い血が滴り落ちるのを見た。

あいつらは、また、悪い事をしようとして、人の命を奪うのか。

許せなかった。何としても、あいつらに。

一矢報いたい。


『さんdんsだfなf?! (しまった! どうする?! 殺しちまったか?!)』

『fなおdんふぁfn! (せめてこいつだけでも本国に持ち帰ろう!)』


女の子が一人、逃げた。

オレは迷いなく、その子の手を路地裏に引っ張り込んだ。



『しっ! しゃべるな』


あいつらの気配を読んで先回りする。

あいつらの武器をオレが奪ってやる。


『こっち』


女の子を連れてオレはこっそり走った。


『あれに乗れ!』


あいつらは今、油断している。

この隙をついて車を奪えば、こっちにも勝機がある。


『なんで? 出来ない』


女の子は怖がっている。無理もねえけど。

でも、今ここでやらないと。命が危ない。


『奴らが戻ってくる前に。早く!』


あいつらが戻ってくる前に。そうだ。この棒を使えばいい。

偶然、ゴミ置き場に置いてあった竹ぼうきを持って来て、それを使った。

棒を使って鍵を上に持ち上げる。これでドアが開いた。

車に乗り込んで座席に座る。


『助手席に乗れ!』


車の運転なんてしたことねえけど。

覚えている限りで動かす。親父の車と似ているから幸いだ。

足が短いからギリギリだったけど、何とかアクセルを踏み込む。

動いた。いける。あいつらが、こっちを見た。

見つかった。もう後戻りは出来ない。




キキキキキキ……!




あいつらを跳ねてやった。思いっきり。

即死だ。あいつらは死んだ。このオレが殺したんだ。

ドアを開けてあいつらの死体に近づく。



『やったか…?』


ざまあみろ。そう心の底から思った、その時、


『のあdhそあhふぉあ!? (まさかてめえがやったのか?! このクソガキ!)』


後ろから急に気配を感じて、振り向いたら、

もう一人の男に首を絞められていた。

やべえ。あと一人、いたのか。

くそ! 殺し損ねた…。


『……!』

『なふぉんふぉあ?! (ひき殺したのか?! てめえが!!)』


意識が遠くなる。まずい。オレも死ぬ。

あの女の子がこっちを見ている。


『戦え!』

『?!』

『おまえが、代わりに、こいつを……殺せ! オレごと、でも、いい!』


あの子に託すしかないと、思った。

こいつは日本語が分かってない。だから、こっちの声は喘ぎ声にしか聞こえない筈だ。


『今、それがある。だから…』


あの子が助手席から移動して運転すれば、出来る筈だ。

操作は難しくない。アクセルを踏んでハンドルを握れば子供でも動かせる。


『戦わなければ、死ぬだけ……』


オレが殺されたらきっと、あの子も死ぬ。殺される。

そう思って、残る力を振り絞ってオレはあの子に伝えた。


『戦わなければ……かて、ない……!』


その思いが届いたのか、あの子は動いた。

オレの首を絞めていた男は、完全に意識の外だったのか、

車が急に動き出したことに驚いて、オレを手放した。



キキキキキ………!


幸い、オレは道に転がって放り出されて、無事だった。

多少の擦り傷はあるけど、こんなの大したことない。

あの子が駆け寄ってきた。もうあいつらは全滅したよな。

だったら次にやる事はひとつだ。



『………まだ、間に合うかもしれない』

『え?』

『戻ろう。近くにいるんだろ』


もう手遅れかもしれないけど、あの子の両親の元に移動した。

雪の降る日だったからか、幸い、母親の方の出血が思ってたより少ない。

父親の方は、もう、無理だと思ったけど。

マフラーを脱いでそれを包帯の代わりにして止血した。

後は時間との戦いだ。



『今すぐ治療すれば、お母さんの方は助かるかもしれない』

『え……?』

『親父に連絡する。あと救急車も。緊急手術だ。運が良ければ助かるかもしれない』

『ほ、本当に?』

『分かんねえけど。一応、マフラーで出来る限りの止血はしといた』


今頃になって人の気配が集まってきた。

まずいな。詳しい事はバレたくない。

でも、その前に。



『手、震えてるぞ』

『え?』

『手袋、貸しといてやる』


あの子の手が震えていた。だから自分の手袋をやった。

マフラーも手袋もないから寒いけど、まあいいや。

家に帰ったらすぐ風呂に入ろう。


『じゃあな。誰に何を聞かれても「何が起きたのかわかりません」って言って貫けよ』


オレと女の子が大人をひき殺したなんて言っても誰も信じないだろう。

多分、オートマ車の誤作動の事故。程度にしか処理しねえだろな。

真実がバレたとしても、正当防衛だって言い張ればいい。

オレは警察が来る前に逃げた。あの子を一人、雪の中に残したままで。

胸の中には、消えない罪悪感を残したままで…。















久々に夢を見た。あの時の夢だ。

最近はあまり見る事もなくなってたのに。何でだ?

起きてみると体がだるかった。昨日、勉強し過ぎたせいかな。

あの時の女の子の顔はもう思い出せないけど、あの子には悪い事したなって、今でも思っている。

オレはオレ自身の復讐を、あの子に加担させたのだ。

やらなければ、オレ達の方がきっと殺されていたと思う。

あの後、警察の事情聴取が来たりしたけど、結局、オレが罪に問われる事はなかった。

あいつらは不法入国者で、拉致事件を繰り返していた犯罪グループの一員だったらしい。

親父には後でこの件がバレてしこたま怒られたけど。

オレは後悔はしていない。後悔しているとすれば、あの子を巻き込んだ事だけだ。

オレにもっと力があれば。一人でもあいつらを駆除できたのに。

あの子に協力させた事を、今でも申し訳なく思っているんだ。

体を起こして時間を確認すると、ああまだ5時過ぎか。もう一回寝ようかな。

……いや、折角早く起きたんだ。ギリギリまで勉強するか。

こっそり起きて歯磨いたり着替えたりして、身支度を大体やってから、皆を起こさないようにこっそりノートを広げる。

外は既に少し明るいので電気をつけなくてもノートの文字を読む事は出来る。

すると、オレの後に今度はジャンが目を覚ました。

ジャン「ん……げっ! もう起きてたのか、エレン」

エレン「ああ。たまたま早く目が覚めた」

ジャン「…………くそ、気合十分だな」

ジャンも慌てて起きて歯とか磨いて着替えてから、教科書とかを広げた。

黙々と朝の勉強をしていると、徐々に他のメンバーも起き始めた。

アルミン「ふあ……おはよー。あれ? 二人とも早いね」

エレン「あ、ああ」

ジャン「詰め込んでおかないと勝てないからな」

アルミン「そう? まあ、根を詰め過ぎるのも良くないけどね」

と、アルミンはいいながら洗面所に向かった。

マルコも起きだした。ライナーやベルトルトも。あ、もう6時か。

時間が経つのは早いな。

6時30分くらいになると大体、皆起きた。まだ寝てるのはコニーくらいか。

ジャンが叩き起こしてやっていた。

コニー「ふにゃ?!」

ジャン「そろそろ飯だぞ。起きろよ」

コニー「えーあと30分あるじゃん…」

ジャン「二度寝すると飯食いッぱぐれるぞ」

マルコ「まあそうだね。コニーの分のご飯なくなるよ」

コニー「それはまずい(がばっ)」

そんな感じで男子はさっさと用意して女子を迎えに行った。

ミカサが廊下で待ってた。ん? 何か顔色良くねえな。

ミカサ「何?」

エレン「いや、今日なんか調子悪いのかなって思って」

ミカサ「え?」

エレン「目、ちょっと赤い」

寝不足の時のアレだ。顔も全体的にむくんでいるように見える。

ミカサ「……洗顔の時に泡が目に入ったのかしら?」

んなわけあるか。誤魔化し方が雑だな。

ジャン「ああ、そう言う事もあるよな。たまには」

エレン「お前には聞いてねえし」

ジャンに邪魔されてムッとする。

ミカサ「エレン、そうつんけんしないで」

ジャンがあっさり騙されるのが悪い。

エレン「勝手に会話に加わろうとするからだ」

ジャン「何でてめえの許可がいるんだよ、こら」

エレン「オレがミカサに話しかけているからだよ」

ジャン「答えになってねえだろ、それ!」

ミカサ「エレン、ジャンは別に悪気はない。ただ、私に同意しただけ」

エレン「…………………」

何で誤魔化すんだろ。やっぱり何かあったんかな。

隠し事をされているのは分かったが、何でそれを隠すんだ?

オレ、ミカサの家族なのに。

バレないと思われているのが、何だか癪だった。

エレン「オレも見くびられたもんだな」

ミカサ「え?」

エレン「何でもねえ。あとそのピンク色のTシャツ、あんま似合ってねえぞ」

ミカサ「?!」

私服姿を楽しみにしていたが、結局いつものやつと同じじゃねえか。

新しいのを見れるのかと期待していたのに。似合ってない訳じゃないけど。

ミカサ、薄いピンクが本当に好きだよな。

ジャン「エレン! 女の子に向かって失礼な事言ってんじゃねえぞ!」

エレン「オレは思った事を言っただけだ。赤色とかのがマシだ」

ミカサ「うっ………」

その直後、ミカサの顔色が悪化した。

何だ? 今、オレ、まずい事を言ったのか?

ジャン「おいおい、大丈夫か?」

ミカサ「大丈夫。多分、昨日、食べ過ぎただけ」

アルミン「胃薬なら持ってるよ。僕ので良ければ……」

ミカサ「……後で貰えるなら頂きたい」

エレン「……………」

妙に引っかかった。今のはオレのせいで傷ついたというより、何かに反応したような。そんな感じだった。

でも朝飯の後は実力テストがあったし、結局その件を聞き返す事は叶わなかった。

慌ただしくチェックアウトを済ませて、バスに乗り込むと、ミカサに白紙の単語帳を渡された。

ジャン「お? これに回答を書けばいいんだな?」

ミカサ「うん。回答を書いてお互いに交互に表示していって、出せなくなったら負けで」

アルミン「これなら被ってないかどうかもチェックしやすいし、いいね」

エレン「なるほどな。考えたな」

ミカサ「お昼ご飯を食べ終えたら、自由時間なので、何処かで休んで早速やりましょう」

バスは昼食用の和風のレストランに到着して、今度は皆で焼肉だった。

エレン「おお……こんな感じの和風のお店で焼肉か。珍しいな」

アルミン「焼肉屋のチェーン店なら経験あるけど、和風レストランと焼肉って変な感じだね」

座るところが畳ってのは確かに珍しいかもしれない。

あぐらかけるってのはいいな。焼肉セットが届いて班ごとに昼飯を食べる。

ちなみにご飯のおかわりは自由のようだ。ラッキー♪

じゅーじゅーじゅー。

肉をどんどん焼いていく。野菜も一緒に焼いていくが、やっぱり肉から先に食べたいよな。

もういいかな。と思って箸を伸ばしたその直後、

ジャン「そこの肉、まだ焼けてねえぞ。食うな! エレン!」

エレン「オレはレア気味の方が好きなんだよ!」

ジャン「つかその肉、オレが置いた奴! 人の勝手に食うなよ!」

エレン「そんなのいちいち覚えてられるか! 食えそうなのから行くだろ普通!」

ジャンと諍いが起きてしまった。くそ。こいつとの相性はとことん悪いようだ。

アルミンが「はい、エレン」と言って肉くれた。ありがとうな。

エレン「サンキュー」

ジャン「お前らそれ、なに? ちょっと気持ち悪いんだが」

エレン「は?」

ジャン「アルミンもアルミンだ。エレンを甘やかしすぎだろ」

アルミン「へ?」

何でそんな事をジャンに言われなきゃならん?

ミカサ「アルミンのしている事はまるで女房役のようって言いたいのだと思う」

マルコ「ああ、まさにそれだね。アルミン、昔からそんな感じなのかい?」

アルミン「え? か、考えた事もなかった。エレンに食物あげるの、昔からだし」

エレン「アルミンは小食だからさ。給食もいつも半分しか食べられなくて、残りは全部オレが食ってた」

アルミン「うん。だからエレンに食べ物あげる癖がついちゃってたのかも」

アルミンはジャンと違って優しい奴だからな。

ジャン「うわあ……お前らホモ臭くて気持ち悪いぞ。自覚ないんだったら尚更悪い」

エレン「はあ? 何言ってるんだ。オレ、ホモじゃねえよ」

アルミン「僕もホモじゃないよ。失礼な」

アルミンはオレにとってエロの師匠みたいな存在だぞ。

女子の体育に一番食いついてたの、ジャンも見てただろうに。

ジャン「いや、見てて気持ち悪いんでやめてくれ。女子が男子の分の肉を焼いてるのは見てても別に何とも思わんが」

ミカサ「それは私に肉を焼けと言ってるのかしら?」

ジャン「い、いや……あくまで例えばの話だってば」

ふーん。お前、墓穴掘ったな。

エレン「じゃあミカサに焼いてもらえばいいか。頼む」

ミカサ「え?」

エレン「さーっとでいいから。さーっと焼いてくれ」

ジャン「アホか! オレはあくまで例え話をしただけだってのに!」

エレン「え? じゃあどうすればいいんだ?」

ジャン「自分で自分の分を焼けって言ってるんだよ!」

エレン「はー? それじゃ焼く面積を等分して焼くのか? 効率悪いだろ?!」

オレは自分の主張を引っ込めたりはしなかった。

エレン「だいたい、面積が丸いのにどうやって等分するんだよ! そんなやり方より、ざーっと焼いてぱぱっと食べたほうがいいだろ?」

ジャン「いや、だから焼き加減の好みがバラバラ何だから仕方ねえだろ。オレはちゃんと中まで焼けてる方が好きなんだ! ちょっと焼きすぎなくらいでもいい!」

エレン「肉が硬くなる寸前で食うって、お前の舌は馬鹿舌か? 肉の一番うめえ食い方で一回食ってみろよ」

ジャン「オレはレアが嫌いでウェルダン派になったつーの! てめえの食い方は邪道だよ!」

エレン「肉業界の人に謝れ! お前は今、肉を愛する全ての奴らを敵にまわした!!」

ジャン「上等だ! やんのかこら!」

ミカサ「ええっと、二人が喧嘩している間に肉を全て焼いてしまいましょう。ミディアムくらいで」

アルミン「賛成」

マルコ「異議なし」

ジャン「……………」

エレン「……………」

ミカサが焼肉奉行になっちまった。

まあ、これが一番平和的な解決方法だったのかもしれん。

ジャンは不機嫌な様子だったが、ミカサに焼いてもらえるのは嬉しいようで、もぐもぐ食ってやがった。

ちっ。これ、もしかしてジャンの作戦だったんかな。

気づいた時には遅かった。でも、ミカサに焼いて貰えるのは嬉しい。

ジャンとの戦いに備えてオレも黙ってもぐもぐ食べる事にした。

結局、肉を人に焼いて貰えるのって嬉しいですよね。
という訳でここまで。続きはまた。





飯を食い終わって近くの公園に移動した。

椅子があったからそこにミカサに座って貰って、ジャンと対決する。

ミカサ「じゃあ、先攻後攻を決めましょう。じゃんけんでいい?」

エレン「おう」

ジャン「さいしょはぐー」

エレン「じゃんけんポン! (グー)」

ジャン(チョキ)

エレン「オレが勝ったから、後攻でいくぜ」

ジャン「分かった。オレが先攻だな」

ミカサ「ではジャンが先攻で。山手線ゲームスタート! 最初のお題は…植物の名前(野菜・果物含む)です! あ、ただし漢字で書いて下さい」

ジャン「はあ?! 漢字?!」

ミカサ「ごめんなさい。先に言うのを忘れてた」

アルミン「ククク……」

アルミン、お前、わざとだなー?!

こういう意地の悪い事するのはアルミンの得意技である。

ジャンとの対決は、この時使った単語帳を見ながら思い出す。

ジャン「くそー……漢字で書くのか。自信ねえけどやるしかねえか」

ジャン「(カキカキ)……楓(かえで)」

エレン「(カキカキ)……苺(いちご)」

ジャン「(カキカキ)……南瓜(かぼちゃ)」

エレン「(カキカキ)……西瓜(すいか)」

ジャン「(カキカキ)……梨(なし)」

エレン「(カキカキ)……人参(にんじん)」

ジャン「(カキカキ)……桃(もも)」

エレン「(カキカキ)……蜜柑(みかん)」

食べ物系なら普段の生活で見かける事も多いからそこそこ自信はあった。

ジャン「くそ……まあ、みかんは食べるから見たことはあるよな」

ジャン「(カキカキ)……里芋(さといも)」

エレン「(カキカキ)……唐芋(からいも)」

ジャン「(カキカキ)……柚(ゆず)」

エレン「(カキカキ)……白菜(はくさい)」

アルミン「食べ物多いね」

マルコ「まあ、まだ序盤だから」

ジャン「(カキカキ)……大根(だいこん)」

エレン「(カキカキ)……茄子(なす)」

ジャン「(カキカキ)……小松菜(こまつな)」

エレン「(カキカキ)……桜(さくら)」

ジャン「(カキカキ)……梅(うめ)」

エレン「(カキカキ)……甘夏(あまなつ)」

ジャン「(カキカキ)……栗(くり)」

エレン「(カキカキ)……玉葱(たまねぎ)」

アルミン「おっと、エレン二回目のちょっと難しい漢字きたね」

マルコ「意外と漢字に強いのかな?」

エレン「親父が再婚するまでは、オレがスーパーで買い物したりしてたから、見たことある奴ならちょっと自信ある」

ジャン「うぐ……」

ジャン「(カキカキ)……小葱(こねぎ)」

エレン「おい、それはちょっとずるくねえか?」

「葱」を流用されてムッとした。

ジャン「別にずるくねえだろ? そういう食べ物あるだろ」

マルコ「ジャンはなかなか賢いなあ」

アルミン「だね。ここはまあ、エレンのミスかな」

エレン「ちぇっ……仕方ねえな」

エレン「(カキカキ)……貝割れ大根(かいわれだいこん)」

ジャン「オレの大根からの派生かよ」

エレン「人の玉葱取った奴に言われたくねえよ」

ジャン「ちっ…(カキカキ)……米(こめ)」

エレン「あ、そっか。それ忘れてたわ」

エレン「じゃあ…(カキカキ)……小麦(こむぎ)」

ジャン「(カキカキ)……玄米(げんまい)」

エレン「(カキカキ)……小豆(あずき)」

ジャン「(カキカキ)……大豆(だいず)」

エレン「(カキカキ)……胡瓜(きゅうり)」

アルミン「おおすごい。胡瓜はなかなか出てこないよ」

マルコ「ちょっと迷ったけど書いたね」

エレン「うろ覚えだよ。そろそろやばい」

ジャン「オレもちょっとやばくなってきた」

ミカサ「食べ物限定ではないのだけども」

ジャン「あ、そうだな。よし、ちょっと方向転換するぞ」

ジャン「(カキカキ)……紅葉(もみじ)」

エレン「(カキカキ)……銀杏(いちょう)」

ジャン「(カキカキ)……椿(つばき)」

エレン「(カキカキ)……松(まつ)」

ジャン「(カキカキ)……朝顔(あさがお)」

エレン「(カキカキ)……葵(あおい)」

ジャン「(カキカキ)……梓(あずさ)」

エレン「(カキカキ)……百合(ゆり)」

ジャン「(カキカキ)……蘭(らん)」

エレン「(カキカキ)……杏(あんず)」

ジャン「(カキカキ)……榎(えのき)」

エレン「(カキカキ)……菊(きく)」

ジャン「(カキカキ)……明日葉(あしたば)」

アルミン「あ、明日葉茶ってあるよね。飲んだ事あるの?」

ジャン「前にCMかなんかで通販のやつを見たことがあるだけだ」

アルミン「すごいね。そこから記憶を引っ張り出したか」

ジャン「そろそろやばい。エレン、もうギブアップしろよ」

エレン「嫌だね。もうちょいいける」

エレン「(カキカキ)……胡麻(ごま)」

アルミン「おっと、エレンまたもや結構難しいのきたね」

マルコ「よく覚えてたね」

エレン「胡瓜を思い出したら一緒に出てきた」

アルミン「なるほど。連想で思い出す場合もあるんだね」

ジャン「(カキカキ)……山葵(わさび)」

アルミン「ジャンも負けじといいの書いたね!」

ジャン「うろ覚えだ。確かさっき葵の字書いただろ。それで思い出した」

アルミン「エレン、敵を支援しちゃってるねー頑張れ」

エレン「くそー!」

エレン「(カキカキ)……柿(かき)」

ジャン「(カキカキ)……落花生(らっかせい)」

エレン「(カキカキ)……牡丹(ぼたん)」

ジャン「(カキカキ)……柊(ひいらぎ)」

エレン「(カキカキ)……三葉(みつば)」

ジャン「(カキカキ)……………………」

アルミン「おっと、ジャンの手が止まっている?」

マルコ「あんまり時間かかると失格だよ」

ジャン「分かってるよ。ちょっと間違えただけだ。書き直す」

ジャン「(カキカキ)……春菊(しゅんぎく)」

エレン「(カキカキ)……生姜(しょうが)」

ジャン「(カキカキ)……枝豆(えだまめ)」

エレン「(カキカキ)……山芋(やまいも)」

ジャン「…………」

アルミン「おっと、ジャンの手が完全に止まったー?」

マルコ「あと30秒以内だよ。持ち時間は1ターン1分以内だからね」

ジャン「……………ダメだ。もう出ない」

アルミン「ギブアップかい?」

ジャン「くそー! もうさすがにネタ切れだよ!」

ミカサ「一本目、エレンの勝利!」

エレン「やったー!!!」

粘り勝った。まずは一本目勝利だ!

ジャン「くそう。エレン、意外と漢字に強かったんだな」

エレン「いや、お前もなかなかだったぜ」

ジャン「オレは漫画のキャラで知った奴とかしかまともに出してねえよ」

エレン「ああ、柊とか蘭とかか」

らき☆スタとか名探偵コナン君とかな。

ジャン「あと、柚もだ。柚木っていうヒロイン、いるだろ」

エレン「ああ、マガジンにいるな。髪の長いヒロインな。なるほど」

もう新しい別の連載始まってるけど。

ちょっと前にそのヒロインが出ている恋愛漫画が載ってたな。

アルミン「覚え方でその人となりが分かるね」

マルコ「だね…」

ミカサ「では次の勝負にいってもいいだろうか?」

エレン「いいぜ」

ミカサ「次は先攻後攻を逆にしましょう。どうも後攻の方が有利に思える」

アルミン「そうだね。じゃあ次はエレンが先攻で」

エレン「おし、了解」

ミカサ「当然、こちらも漢字で書く場合は漢字で書いて貰う」

エレン「うぐ…どっかのクイズ番組のように平仮名記入は無しか」

ミカサ「どのみち、テストでは平仮名だと△(三角)扱いになるので漢字で覚えたほうがいいと思う」

エレン「分かったよ。じゃあいくぞ」

エレン「(カキカキ)……徳川家康」

ジャン「(カキカキ)……徳川家光」

エレン「(カキカキ)……徳川綱吉」

ジャン「(カキカキ)……徳川吉宗」

アルミン「徳川シリーズからきたね」

マルコ「全員、いくかな?」

エレン「(カキカキ)……徳川秀忠」

ジャン「(カキカキ)……徳川慶喜」

エレン「(カキカキ)……豊臣秀吉」

アルミン「あれ? もう徳川シリーズ終わり?」

マルコ「全員出てないのに…」

エレン「全員覚えてる訳ねえだろ」

アルミン「そこは全員、覚えようよ」

マルコ「まあマイナーな将軍もいるけどね」

ジャン「(カキカキ)……千利休」

エレン「(カキカキ)……織田信長」

ジャン「(カキカキ)……明智光秀」

エレン「(カキカキ)……石田三成」

ジャン「(カキカキ)……足利義満」

エレン「(カキカキ)……足利尊氏」

ジャン「別に日本人だけじゃなくてもいいよな?」

ミカサ「東洋、西洋問わずなので」

ジャン「じゃあちょっと変化球入れる。(カキカキ)……ザビエル」

アルミン「そこは『フランシスコ・ザビエル』って書いてあげて!」

ジャン「分かったよ! (カキカキ)……フランシスコ・ザビエル」

エレン「外人か……外人じゃねえけど(カキカキ)……天草四郎」

ジャン「キリスト教か。じゃあ(カキカキ)……イエス・キリスト」

アルミン「順番がおかしい」

マルコ「普通、キリスト、ザビエル、天草四郎だよね」

ジャン「うるせえな! 散らかっててもいいだろ別に!」

エレン「こんなの思いついた順に書くしかねえだろ」

エレン「(カキカキ)……ナポレオン」

アルミン「苗字は?」

エレン「え?」

ミカサ「フルネームで書かないと認められない」

エレン「嘘?! えっと、ナポレオンのフルネームってなんだっけ?」

頭が真っ白になりかけた。

普段、ナポレオンの名字なんて気にしたことねえ!

ジャン「オレに聞くなよ」

マルコ「あと30秒……」

エレン「うわーここで負けたくねえ! なんだっけ? なんだっけ?」

エレン「あ、ボナパルト! 確かボナパルトだった筈!」

エレン「『ボナパルト・ナポレオン』」

ミカサ「逆…」

エレン「あ、書き間違えた!『ナポレオン・ボナパルト』」

ジャン「今のはセーフなのか?」

アルミン「限りなくグレーだけど、まあおまけでいいんじゃない?」

マルコ「二度目はないよー」

ジャン「くそう。外人名はフルネームきついかもな」

ジャン「だったら……」

ジャン「(カキカキ)……伊藤博史」

マルコ「簡単なのに戻ったね」

ジャン「基本的なのを先に書かないとダメだろ」

アルミン「一理ある」

エレン「(カキカキ)……西郷隆盛」

アルミン「お、近代史かな。明治いくの?」

ジャン「(カキカキ)……大久保利通」

マルコ「受けてたったね。しばらくは明治が続くかな?」

エレン「(カキカキ)……樋口一葉」

ジャン「(カキカキ)……野口英世」

エレン「(カキカキ)……夏目漱石」

ジャン「(カキカキ)……福沢諭吉」

アルミン「あれ? もしかしてお金の偉人シリーズだった?」

マルコ「ああ、なんかそれっぽいね」

エレン「(カキカキ)……紫式部」

ジャン「(カキカキ)……清少納言」

エレン「(カキカキ)……小野小町」

ジャン「(カキカキ)……楊貴妃」

エレン「(カキカキ)……クレオパトラ」

ミカサ「七世のことでいいのね?」

エレン「へ?」

ミカサ「古代エジプトプトレマイオス朝最後のファラオ。普通、クレオパトラと言えば7世のことを指すのだけども、母親は5世。古代や中世には同じ名前の人物は多いので」

エレン「(そんなん知らんかった)ああ、それで」

まさかそんな細かいところまでツッコミ入るとは思わなかったぜ。

ミカサのジャッジが甘くて良かった。

ジャン「なんか卑怯臭いぞ。エレン……」

エレン「ミカサがジャッジしてんだからいいんだよ!」

ジャン「(カキカキ)……ブルータス」

アルミン「(ニヤリ)フルネームは?」

ジャン「え?! あ、しまった!」

アルミン「ま、普通はブルータスで正解だけどね。一応、フルネームでお願いしたいなあ(ちなみに『マルクス・ユニウス・ブルトゥス』が正解)」

ジャン「あああ……悪い! 変更していいか?」

ミカサ「時間内なら構わない」

ジャン「ええっと、じゃあ……」

ジャン「(カキカキ)……ジュリアス・シーザー」

エレン「誰だっけ? それ」

ジャン「なんか、クレオパトラのあたりで習ったような名前。多分、その辺りの歴史の人物だ」

マルコ「大雑把だけど、まあ間違ってはいないよ」

エレン「うーん。中世はそんなに得意でもないけど……」

エレン「(カキカキ)……ジャンヌ・ダルク」

ジャン「時代が飛んだな。まあいいが」

ジャン「(カキカキ)……マリー・アントワネット」

アルミン「(ニヤニヤ)フルネームは?」

ジャン「え?! これがフルネームじゃねえの?」

マルコ「違うよ。ま、でも普通はそれで覚えるよね」

ミカサ「マリー・アントワネットのフルネームは長いのでここは省略でもいいけれど」

アルミン「良かったね。ジャン。ミカサのジャッジが甘くて」

ジャン「すまん……」

ミカサ「ちなみに『マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ロレーヌ・ドートリシュ』がフルネームになる」

ジャン「長すぎるだろ!? どうなってんだよ?!」

本当だよ。どうなってるんだよ。昔の王族は。

ミカサ「王族の名前は長いのもあるので、長過ぎる場合は省略でいい。テストではマリー・アントワネットで正解なので」

エレン「いかん。カタカナはいろいろ危険だな。漢字に戻る」

エレン「(カキカキ)……劉備玄徳」

アルミン「三国志きたね!」

マルコ「三国志の人物だったら相当な数が出せるよ!」

エレン「いや、オレもメジャーどころしか覚えてないけどな。ゲームに出てくるのしか知らん」

ジャン「でも漢字で書けるってのが凄いな。エレン、やっぱり漢字強いな」

ジャン「(カキカキ)……諸葛亮孔明」

アルミン「ちゃんと『亮』の字も入れたね。通だね」

ジャン「三国志ならゲームでちょっとだけやった事あるからな」

エレン「(カキカキ)……張飛翼徳」

ジャン「(カキカキ)……関羽雲長」

エレン「(カキカキ)……曹操孟徳」

ジャン「(カキカキ)……趙雲子龍」

エレン「(カキカキ)……馬謖(ばしょく)」

ミカサ「『泣いて馬謖を斬る』の馬謖ね。なるほど」

エレン「え? そんなのあるのか?」

ミカサ「知らない? そういう故事成語もある。意味は『どんな優秀な者であっても、法や規律を違反した者の責任を不問にしてはならない』という意味だったはず」

エレン「そっちの故事成語は知らなかったなあ」

アルミン「いや、でも馬謖をすらすら書けるってエレン、やっぱり漢字強いね」

エレン「そっかな? 三国志やってればとりあえず一通り覚えるぞ。ちなみにオレは蜀派だ」

ジャン「オレはそこまでやりこんでねえよ。くそ……」

ジャン「(カキカキ)……夏侯惇(かこうとん)」

エレン「(カキカキ)……呂布奉先(りょふほうせん)」

ジャン「ダメだ。三国志はもう出てこない。先に降りる」

エレン「えーなんだよ。もっと出せよ」

ジャン「三国志限定じゃねえだろうが。違う時代にする」

ジャン「(カキカキ)……三蔵法師」

アルミン「ふふふ……ジャン、それは人物名じゃないよ」

ジャン「え?! 人物じゃねえ?」

アルミン「えっとね。所謂、一般名詞であって、固有名詞じゃないんだ」

ジャン「え? じゃあ役職みてえなもんなのか?」

アルミン「そうそう。でも多分、思い浮かんでいる三蔵法師の名前は聞いたことあると思うよ」

マルコ「漫画でも出てるよ」

ジャン「漫画……あ! そっか、こっちか!」

ジャン「(カキカキ)……玄奘三蔵」

エレン「え? なんだそれ。そんな漫画あったけ?」

ジャン「ちょっと古いが、あるだろ。タイトルちょっともじったやつ」

ジャン「あれ、うちにもあるんだ。読んでて良かったわー」

エレン「うーん。ジャンの知識は漫画からが多いのか」

エレン「まあ、オレも似たようなもんだけどな」

エレン「(カキカキ)……空海」

アルミン「宗教関係できたか」

エレン「まあな。日本にもいるだろ」

マルコ「キリストきたら仏教もいかないとね」

ジャン「(カキカキ)……シャカ」

ミカサ「漢字は?」

ジャン「え? 漢字あったけ?」

アルミン「あるよ。カタカナだと、漫画の方のシャカになるよ」

ジャン「くそー……漢字出てくるかな?」

ジャン「釈………迦? こんなんだったか?」

ミカサ「正解。うろ覚えでよく書けた」

ちなみにここはもし、テストで「カタカナで書け」と言われた場合は、

「ゴータマ・シッダールタ」とか何とか? で書かないとバツになるそうだ。(うろ覚えですまん)

漢字での指定の場合は「釈迦」でいいそうだが、正確に言うと、釈迦は一族の名前だそうで、釈迦はその始祖のような存在とも言われているそうだ。

全くややこしいよな、この辺の知識って。面倒臭いぜ。

ジャン「ふーギリギリセーフだな」

エレン「(カキカキ)……法然」

エレン「なんかこんな感じのやついただろ?」

アルミン「エレン、一応、周辺の知識もセットで覚えようね」

マルコ「南無阿弥陀仏を唱えた人ね」

ジャン「(カキカキ)……日蓮」

アルミン「対抗してきたね」

エレン「いたっけ? そんなやつ」

マルコ「南無妙法蓮華経を唱える方の宗教を作った人だよ」

アルミン「ほら、チーンと叩く方と、ポクポク叩く方の違いだよ」

エレン「ああ! そういう違いか! 仏教も宗派が分かれてるのか」

アルミン「この二つは今でも生活に根付いてるから知ってた方がいいよ」

エレン「なるほどな」

エレン「(カキカキ)……一休」

ミカサ「フルネーム……」

エレン「え?! こいつにもフルネームあんの?!」

ミカサ「ある。まあ、あまり有名ではないけれど」

エレン「えっと、その……変更してもいいか?!」

アルミン「残り30秒でいける?」

エレン「えっと、えっと……えっと…あー?!」

ジャン「ぶっぶー! 時間切れだよな!」

エレン「ちくしょー! 一休のフルネームなんてあんのかよ」

ミカサ「『一休宗純(いっきゅうそうじゅん)』アニメでは知恵者として知られる彼は、実際は自由奔放で奇行が多かったと言われている。詳しくはウィキペディア等で調べてみよう」

アルミン「まあ、お坊さんらしくはないよね。逸話を知ると」

マルコ「うん。破天荒な人だったみたいだしね」

ジャン「よっしゃああ! オレの勝ちだな」

まさかあの一休さんにフルネームがあるとは。知らなかったぜ。

エレン「一勝一敗か。次で決まるな」

ジャン「次は理科系用語だったな。今度も勝つ!」

ミカサ「待って。思ったのだけども、やはりこの勝負、先攻の方が不利な気がする」

アルミン「そうだね。しかも、前の人が答えた内容をヒントに次の言葉を探せるしね」

ミカサ「ここは最終問題は山手線ルールではなく、お互いに一気に、制限時間内に用語を出していくのはどうだろう?」

マルコ「被ってもいいの? 個数を競うってこと?」

ミカサ「うん。その方が平等な気がする……ので」

アルミン「いいかもね。そうしよう。じゃあ、最終問題はお互いに15分以内に書けるだけ理科系の用語を書く方で。多く書けた方が勝ちでいくよ」

エレン「分かった」

ジャン「ああ。構わないぜそれで」

ミカサ「では、用意」

エレン(原子記号……あと用具とかだな)

ジャン(宇宙関係や気象の用語でもいいよな)

ミカサ「スタート!」

カリカリカリカリ

制限時間内で書いていく。結果は確かこんな感じだった。

アルミン「さーて、確認してみようか」

マルコ「エレンの書いた個数を数えるよ」


【エレンの解答】

H(水素)N(窒素)C(炭素)Mg(マグネシウム)Ca(カルシウム)K(カリウム)

プレパラート 顕微鏡 シャーレ メスシリンダー アルコールランプ スポイト

フラスコ 三角フラスコ 試験管 ピンセット U字磁石


アルミン「全部で17個かな?」

ジャン「おい、三角フラスコとフラスコを別でカウントするのって有りかよ」

アルミン「うーん。似てるけど別物だしね。丸いフラスコと三角のふたつあるし」

マルコ「これは別で考えてもいいと思うよ」

ジャン「ちくしょう。その手があったか」

アルミン「続いてはジャンを数えるよ」


【ジャンの解答】

恒星 惑星 小惑星 ビックバン 星座

星団 自転 公転 軌道 銀河系

隕石 黒点 コロナ フレア 赤外線 紫外線


アルミン「あーおしい! 16個だ!」

マルコ「同じ理科系でも好みが違うね。全然かぶってないってすごいな」

アルミン「だね。よほどエレンとジャンはタイプが違うらしい」

エレン「ってことは、オレの勝ちでいいんだな?」

ミカサ「そうね。エレンの勝利」

エレン「よっしゃああああ!」

ジャン「くそおおおおおお! (がっくり)」

エレン「これでジャンはミカサとの勉強会は無しだな」

ジャン「くそう……(ギリギリ)」

これでジャンとの勉強会を阻止する事が出来た。そう、思ってたのに。

ミカサ「待ってエレン。これって普通、負けた方に教えてあげた方がいいのでは?」

エレン「え?」

ジャン「ん?」

と、ミカサ自ら待ったとかけてきたんで、オレは心底びっくりしたんだ。

ミカサ「だってそうでしょう? 負けた方が学力が劣っているという証明になるのだから、勉強を教えてあげるべきなのは、負けた方なのでは」

真面目か! いや、そういう話じゃなくてだな。これは……

ああああ。ジャンの顔つきがどんどん悪い顔になっていく。

勝負には負けたのに、結果的には勝ったから、喜んでやがる。

ジャン「そ、そうだよな! 負けた方が学力が劣ってるっていう事になるよな! だったら、負けたオレはミカサに教えてもらえるよな?!」

ミカサ「その必要があるのであれば……」

ジャン「よしゃああああ! 勝負には負けたが結果的には勝った!」

エレン(ギリギリギリ)

くそ! こんな事ならわざと負けた方が良かったか?!

いや、でもどの道、ジャンとミカサの勉強会は防げなかったかもしれん。

ミカサ自身がジャンの下心に気づいてないんじゃ、どうしようもねえ。

マルコ「良かったね。ジャン。ミカサとの勉強会が出来て」

ジャン「ああ! あの、ミカサ……今度、是非うちで」

ほらな! 勉強会なんてただの口実だ!

こいつは自分の家にミカサを引っ張り込みたいだけなんだよ!

エレン「やるんだったら図書館行け!」

ジャン「ああ?! どこでやろうが勝手だろうが! 邪魔すんなよ!」

ミカサ「いえ、やるんだったら図書館の方がいい。調べ物をするのに適しているので」

ジャン「うっ……でも、家にパソコンとかあるし」

ミカサ「ネットの情報は間違っている場合もたまにあるそうなので、やはり書物で調べる癖をつけた方がいいと思う」

アルミン「うん。ソースとしてはネットの内容は信憑性を疑う場合もあるよ。まあ、歴史の人物名等はさておき、例えば経済の内容とか、時事問題に関して言えば、たまに変な主張してる人の記事にあたっちゃう場合もあるからね」

マルコ「そうだね。それに図書館の方が静かだし、集中も出来るよ」

ジャン「………まあ、そこまで言うならそれでもいいけど」

ミカサ「では決まりで。いつがいいだろうか?」

ジャン「来週の日曜日とかどうだ?」

ミカサ「27日ね。特に予定もないし、大丈夫だと思う」

あーあ。ミカサが絶対勘違いしている。

ジャンはミカサとのデート(?)だと思ってるんだぞ。

腹立つな。何か腹が立つ。ジャンにもだけど、鈍感なミカサにもだ。

こうなったら何をやってでも邪魔してやる。

ミカサ「? エレン? どうしたの?」

エレン「その勉強会、やっぱりオレも混ぜてくれ」

ジャン「はあ?! 勝手についてくるなよ!」

エレン「いや、だって、勝敗は紙一重だったし。勝ったけど、さっきの最終問題だって、1個差だったし」

ミカサ「でもそうなると、勝負をした意味がなくなるような」

ジャン「そうだぞ! 何の為に勝負したと思ってんだ」

ミカサ「一人で二人の面倒を見るのはさすがに私も難しい。ので、ここはアルミンとマルコにも協力して貰いたい」

アルミンとマルコは同時に意図を読んで笑った。

こういう時、阿吽の呼吸が使えるのっていいよな。

アルミン「ああ、なるほど。僕とマルコがエレンを、ミカサはジャンを担当して一緒に図書館で勉強すればいいのか」

ミカサ「お願い出来るだろうか」

マルコ「全然いいよ。皆でやった方が楽しいだろうしね」

ジャン「マルコ! アルミン?!」

ジャンがオレ達をミカサから引き離してこそこそ言った。

ジャン「なんでついてくるんだよ! お前らまで!」

アルミン「え? 別にいいじゃない。何か僕たちがついていっちゃ都合が悪いの?」

マルコ「そうだね。都合が悪いんじゃ仕方ないけど」

ジャン「べ、別に都合は悪くねえけど……エレン、てめえ、どういうつもりだ」

エレン「ん? ミカサとジャンを二人っきりにさせたくないだけだ」

ジャン「何でだよ! 邪魔する気か?! まさかてめえも……」

マルコ「いやいや、それは僕達も同じだよ。なんかジャンが暴走しそうで怖いし」

アルミン「知らないよー? 何かやらかして失敗しても。フォローする人間がいた方がいいんじゃない?」

ジャンが考え込む。そしてついに、

ジャン「ああもう、それでいいよ。それで決定でいい!」

ミカサ「では、来週の予定は決まりね。定期考査に向けて少しずつ頑張りましょう」

そんな訳でジャンとの勝負とお勉強会の件は一応の決着を迎えた。

ただしこれからも気をつけないとな。

ジャンは隙あらばミカサとのデートを持ち込もうとするだろうし。

エレン「あー中間テストの後は体育祭だったよな。5月25日だったけ?」

アルミン「そうだね。まだ先だけど」

エレン「テストの後に体育祭か。まあ、体育祭あるからテストも頑張るか」

ミカサ「エレン、テストの方が重要なのでは?」

エレン「いや、それは分かってはいるが、気持ち的には体育祭の方が楽しみなんだよ」

体育祭は女子と一緒に体育が出来る日だ。

この間のように、こそこそと女子を覗き見る必要はない。

ジャン「ああ、その気持ちは分からんでもない」

エレン「だろ? 女子と一緒に体育が出来る機会って、体育祭だけだもんな」

ジャン「そうだな。女子の走るところとか、玉入れとか、見たいよな」

エレン「ああ。ジャンプしている女子を見れるのは楽しみだ」

ジャン「くそ……エレンに同意したくないのに同意してしまう自分がいる」

エレン「素直になれよ、ジャン」

ミカサの前だと本当、格好つけようとするな。ジャンの奴は。

この間のアレがトラウマになってるのかな。いい気味だけど。

アルミン「エレン、ミカサの前でそれ以上下世話な話はやめようね」

エレン「あ、悪い悪い」

アルミンもこの間のオペラグラスでの覗き見の件を思い出したのか、それ以上は言わなかった。

ミカサ「?」

あ、この様子だとミカサ、あの時のことは覚えてないっぽいな。

ミカサ「でも体育祭の前に球技大会もあるのでは」

アルミン「ああ、26日にあるね。でも球技大会は会場が男女別だよ」

マルコ「女子が体育館で、男子が外だからね」

エレン「女子はバレーで、男子がサッカーだったけ?」

ジャン「雨降ったら男子も体育館だけどな。バスケだろ」

エレン「オレ、サッカーよりバスケの方が好きだけどな」

ジャン「オレはサッカーの方が好きだな。ボール来ない時はさぼれるし」

エレン「それじゃつまらんだろ。参加してる雰囲気を味わえる方がいいだろ?」

ジャン「オレはそこまで真面目じゃないんでね。適度に休めるスポーツの方が好きだな」

アルミン「じゃあ野球とか? 攻撃側は打席に入らない時は休めるし」

アルミンが言うと、ジャンはちょっとだけ微妙な顔で答えた。

ジャン「ああ。好きだな。割と」

この時のジャンの顔は、凄く複雑そうだった。

好きなのに食べられない。そういう物を目にした時のような顔だったんだ。

マルコ「……というか、僕達二人、中学までは地域の野球チームに入ってたから」

その時、マルコが初めてその事をオレ達に話してくれた。

ジャン「馬鹿! マルコ、言うなって!」

ジャンは嫌がっているが、この時のジャンは単に照れ臭かったんだろうな。

マルコ「高校入ってお互いに野球やめちゃったけど、ジャンは野球うまいよ。バッテリー組んでたんだ」

エレン「ああ、通りで仲がいいと思ったぜ」

ジャン「あんまり恥ずかしい事、言うなって…」

気持ちは分からんでもないが。ジャンはいろいろ複雑だったんだろうな。

ミカサ「何故恥ずかしいと思うの? 野球はいいと思うけど」

マルコ「それがね……」

ジャン「マルコ、それ以上言ったら友達やめるぞ」

マルコ「ああ、ごめん。ごめん。じゃあ言わないでおくよ」

アルミン「ええ? そこまで言って黙秘? 気になるー!」

ミカサ「気になる……」

ジャン「うぐっ…」

マルコ「ミカサが気になるんじゃ、言った方がいいんじゃない?」

ジャン「くそ……その、あれだよ。髪! 髪で分かるだろ?」

エレン「髪?」

ジャン「髪、のばしたかったんだ。高校野球はコニーみたいに全員、丸刈りが必須だろ? それだと、彼女作れないって思ってさ」

エレン「……………関係なくねえか?」

実際、野球部の奴らって意外とモテたりするんだよな。

コニーだって彼女持ちだし。やっぱりスポーツしている男子はモテるんじゃねえの?

ミカサ「私もそう思う。髪型は、別に関係ないと思う」

モテるかモテないかは、やっぱりその人の持ってる素質だと思うぞ。

ミカサ「モテる人はどんな髪型でもモテる。現に坊主頭でも彼女のいる男なんて、中学時代にざらにいた」

エレン「だよな」

マルコ「僕もそれは言ったんだけどジャンが頑なに拒否してね。高校に入ったら絶対、彼女を優先にするから野球はやめるって……」

ジャン「そもそも野球部入ったら自由な時間が殆どねえだろうが! マネージャーと付き合うならまだしも!」

ミカサ「ん? つまりジャンは彼女を作って、彼女優先の高校生活を送るつもりなのね」

ジャン「お、おう。そうだよ」

お前の場合は既にミカサ中心になりかけてるしな。

エレン「そこまでガツガツするのはちょっと引かねえか?」

ジャン「うっ……」

アルミン「だよねえ。僕もそう思う」

マルコ「でも気持ちは分からないでもないよ。彼女、欲しいと思う気持ちは僕も共感出来る」

ジャン「マルコ……お前は親友だ」

マルコは本当に優しい奴だな。

ジャン「お前らは、格好つけ過ぎ。体育祭だけで満足すんのか?」

エレン「うっ……それを言われると辛いが」

アルミン「で、でも、それが普通じゃないのかな?」

ジャン「本性を隠すんじゃねえよ! 本当は彼女欲しいんだろ?! 曝け出せよ!」

マルコ「いや、ジャン。曝け出しすぎるのも良くないと思うよ?」

ジャン「何だよ。さっきは味方した癖に、優等生ぶる気か?」

マルコ「僕はあくまで共感すると言っただけで、実際に彼女を作りたいかどうかは別だよ」

あ、ミカサの眉間に皺が寄っている。

話についていけなくて困ってるみたいだな。

ジャン「どう違うんだよ」

マルコ「彼女は欲しい。でも、誰だっていいわけじゃない。ちゃんと恋愛して、この人とならいいなって思える子を探して、それから友達になって、っていう手順をちゃんと踏んだ上で、最終的に彼女になって欲しいって告白したいんだ」

ジャン「いや、それだったらオレと同じじゃねえか。どこが違うんだ?」

マルコ「ジャンの場合は、アンテナを張り過ぎ。そんなに焦らなくてもいいんじゃないかって言いたいんだけど」

ジャン「でも高校生活なんてたったの三年間だぞ! 気合入れないとあっと言う間に過ぎるだろうが」

マルコ「そうだけどさ。彼女の事も大切だけど、自分の時間だって大切だよ?」

エレン「あーそれは分かる。自分を犠牲にしてまで女に時間を割くのはちょっとなあ」

ジャン「でも、デートの約束と自分の用事が被った時、彼女を出来るだけ優先するのは普通じゃないのか?」

マルコ「それは内容によると思うけどね。自分の用事を犠牲に出来るなら、僕も彼女を優先するけどさ」

アルミン「ジャンの場合はそれを全部、犠牲にしそうで怖いんだよね」

ジャン「それのどこが悪いんだよ。彼女を大事にするんだぞ?」

エレン「重いと思うぞ? それをされる側は」

ジャン「そ、そうなのか…? み、ミカサはどう思う?」

ミカサ「え?」

ミカサ、今の話を理解してたんかな?

びっくりしている様子だったけど、

アルミン「女の子の側の意見も聞いてみたいよね。ミカサ、どう思う?」

ミカサ「えっと、その…」

アルミンにそう促されてオレもつい、興味が出てきた。

ミカサがなんて答えるか。女子の意見も聞いてみたい。

ミカサ「つまり、ジャンのようなタイプと、エレンのようなタイプ、どちらがいいかジャッジすればいいの?」

マルコ「そうだね。女の子はどっちが好きかな?」

ミカサはしばし時間を置いて考えたようだ。

ジャンが唾を飲み込んでいるのが分かる。いや、気持ちは分かるが緊張し過ぎだろ。お前。

そういうところが、うぜえって思われるんじゃないかと逆に心配になるわ。

そしていろいろ考え込んだ末、ミカサが遂に発表した。

ミカサ「エレンのようなタイプの方がいいと思う」

ジャン「うがっ……!」

へえ。そうなのか。そういうもんなのか。

ジャンはがっかりしているが、ミカサは「勘違いしないで欲しい」と言って注釈をつけた。

ミカサ「ジャンのように一途に愛されれば相手の彼女もとても幸せだと思う」

ジャン「そ、そうか?」

ミカサ「うん。自分の方に合わせてくれるのはとても嬉しいと思う」

アルミン「ん? じゃあなんでミカサはエレンタイプを選んだの?」

ミカサ「女の子は、自分に合わせて欲しいと思う半面、男の子に格好良くいて欲しいという願望もある」

マルコ「格好良く…」

ミカサ「そう。例えば、部活等で活躍している姿を見るのとか、自分以外の事であっても、それに夢中になってがむしゃらに頑張っている姿は格好いいと思う」

ジャン「そ、そういうもんか?」

ミカサ「うん。ジャンは野球が得意であるのであれば、その姿を見てみたいと思う。彼女という立場になればそれが普通だと思う。なのに、自分のせいで活躍する姿を見れない、となると、罪悪感に似た感情を覚えると思うの」

ジャン「うううううう~~~~ん」

ミカサの丁寧な説明に納得したのか、ジャンは一通り唸った後、

ジャン「それは盲点だった。くそう……そういう場合もあるのか」

ミカサ「あくまでも例えではあるのだけども。中学時代、部活で活躍している男子がモテるのはそのせいだったと思う。私も、頑張っている人を見るのは割と好き。例えそれが出来ていても出来なくても」

エレン「下手くそでもいいっていうのか?」

ミカサ「結果がすぐに結びつくわけでもない。努力する事が大事だと思う」

ジャン「そうか……オレ、頑張っている姿を学校で見せてなかったからモテなかったのか」

マルコ「いや、それだけが原因だとは思えないけど、まあ野球は学校の外でやってからね」

ミカサ「それは一因にあるのかもしれない。ジャン、モテたいと思うのなら尚更、何処か部活に所属した方がいいと思う。野球部は丸刈りが義務で嫌であるのならば、別の部活でもいいと思う。あなたのその才能を枯らしてしまうのは非常に勿体無い」

ジャン「そ、そうか……そういう考え方も有りだな」

やれやれ。ミカサ、お前、気づいてないのかな。

お前自身、オレに対して似たような事してたんだけどな。

それが分かってて、何で自分には当てはめられないんだか。

ジャン「ありがとう。ミカサ。何だかすっきりしたぜ」

ミカサ「お役に立てて何より」

エレン「…………」

オレは呆れると同時に何だかもやもやした。

ミカサ「どうしたの? エレン」

エレン「別に。何でもねえよ」

ミカサ「では何故、不機嫌な表情をしている?」

エレン「別に不機嫌じゃねえし」

ミカサ「嘘。エレンはすぐ顔に出る。何か気に障るような事を言っただろうか?」

気に障った訳じゃねえけど。

部活動の見学を見て回った時、オレも今のミカサと全く同じ事を思ったんだよな。

オレのせいで、ミカサの活躍する姿を見れないのは、正直言って罪悪感があった。

だからミカサはミカサ自身でちゃんと自分の興味の持てるところに入って欲しいって思ったんだ。

幸い、演劇部にはそれなりに興味があって楽しんでいるみたいだけど。

でも本当なら、もっとミカサが活躍できる部もあったかもしれない。

今更の話、だけど。ミカサもジャンと同じ気質を持ってるんだよな。

エレン「………お前、ブーメランって言葉知ってるか?」

ミカサ「知っている。こう、投げると自分に返ってくる武器の事よね?」

エレン「いや、武器の説明じゃなくてさ……まあいいや」

でもそれを言っても感覚的に伝わらない気がして、説明するのを放棄した。

アルミン「………つまりミカサは、自分の時間を大事にしている男の方が格好いいと思うんだね」

ミカサ「生活の中心を彼女にしてしまうのは、される側は嬉しい半面、申し訳ない気持ちも出てくると思う。だから適度に自分の時間を楽しんでいる人の方が余裕があっていいと思う」

だーかーら。ミカサ。お前が言うなって。

ミカサも自分を犠牲にして家事とかいろいろやってるだろ。

自分の時間は腹筋と勉強くらいしかやってないような気がするんだが。

もっと、友達と遊びに行ったり、いろいろ自由にやってもいいんだけどな。

エレン「………………」

でもここで言うのはやめよう。ややこしい事になりそうだからだ。

ミカサには首を傾げられたけど、

エレン「いや、何でもねえから。続けろ」

ミカサ「そう? まあ、つまりはそういう事なので、面倒臭いとは思うけれど、束縛し過ぎず、放置し過ぎず、が理想的だと思う」

マルコ「それが一番難しそうだね」

アルミン「まあ、彼女のいない僕らの言う事じゃないけど」

ジャン「これから作るんだよ! お前らも受身ばっかじゃダメだろ。気になる子とかいないのか?」

その瞬間、アルミンとマルコがほぼ同時に肩を揺らした。

ジャン「ははーん、その反応だといるな? 吐け! 二人共!」

アルミン「なんのことかな? あはははは……(ダッシュ)」

マルコ「僕はまだまだ、そんな……(ダッシュ)」

ジャン「あ、逃げやがった! オレに勝てると思ってんのかこの野郎!」

三人で追いかけっこが始まった。

あー多分、アルミンはクリスタ。マルコはミーナの事が気になってるんだろうな。

恋愛感情じゃないかもしれないが、ちょっと気になっている素振りは見かけた事がある。

ジャンもアホだな。そんなの本人の口から言わせなくても、様子を見てれば大体分かるだろ。

…………いや、あいつ、分かっててわざとやってるのかな。意地悪いから。

エレン「…………」

ミカサ「エレンは追いかけないの?」

エレン「人の事はどうでもいい。いいたきゃ自分から言うだろ」

ミカサ「エレンとジャンは本当に正反対の性格をしているようね。喧嘩さえしなければ、いいのに」

エレン「反対だからこそぶつかるんだろ、多分な」

さて。これからどうするかな…。

エレン「結構、時間潰しちまったな。これからどこか行くか?」

ミカサ「そういえば特に決めていなかった」

エレン「まあ、オレはお土産さえ後で買えたらそれでいいけどな。ミカサ、どっか行ってみたいところとかねえの?」

ミカサ「うーん。そう言えばサシャが紫芋のソフトクリームを食べるとか何とか言ってたような」

エレン「じゃ、他の奴らが反対しなけりゃ、そこ行くか」

という訳で適当なところで追いかけっこをやめさせて、オレ達は次の場所へ移動する事になった。

ミカサ、お前がそれを言うのか…。
と、エレンは実は思ってた場面です。ミカサはブーメランの自覚ないです。

とりあえず、ここまで。続きはまた。






バスや列車を乗り継ぎ、途中でタクシーを使ってその場所に移動してみると、沢山の人がいた。

家族連れもいるし、お年寄りの人もいる。訪れたその物産館では、多くの新鮮な野菜やお弁当が売られてた。

オレはいきなり団子とかいう饅頭と、親父用に酒のつまみをいくつか選んで買う事にした。

ミカサはクッキーの袋をいくつか持っていた。二人で会計を済ませてアルミン達より先に店の外に出た。

するとそこに、偶然、ソフトクリームを外で食べているサシャとクリスタと出会った。

サシャ「あ、ミカサ! こっちにきたんですね!」

クリスタ「やっほー! もう紫芋ソフトクリーム食べた?」

ミカサ「いいえ、さっき来たばかりなので。今から買おうと思ってる」

サシャ「早くしないとなくなりますよ! 一日限定個数販売ですから!」

ミカサ「そ、そうなの? それは知らなかった」

本当だ。すっげー人が並んでる。限定って言葉に釣られてるな。

オレもミカサと一緒に後ろの列に並んでみた。

しかし………

ミカサのところでラスト1個を言われ、オレの分まで回ってこなかった。

ミカサ「エレン、食べたい?」

エレン「まあ、そりゃあ……でも残り一個なら、半分こするしかねえよ」

ミカサ「そうね。では半分こしましょう」

ミカサが先に譲ってくれたので甘える事にする。

ミカサ「お味はどう?」

エレン「あんめ! あ、でもほのかに芋の味もするぞ」

ミカサ「で、では私も……」

回して食べようとした、その時……

ジャン「ちょっと待ったああああああ!」

今度は何なんだよ! ジャンがこっちに突進する勢いで近づいてきた。

ミカサ「?」

ジャン「さじ! さじで食え! 買ってくるから!」

ミカサ「面倒なのでいい」

ジャン「いや、ダメだって。つか、気づいてねえのか?!」

ミカサ「何が?」

ジャン「何がって、そういう食べ方、間接キスっていうだろ?!」

ああ? それがどうしたんだよ。

何か悪いのか?

ミカサ「ごめんなさい。気づいていなかった。エレン、そういうの苦手?」

エレン「んにゃ別に。ほら、早くしないと溶けるぞ」

ミカサ「おっとっと」

ソフトクリームなんだし、溶けるだろ。早く食わせてやりたいのに。

垂れたそれをミカサが器用に掬って舐めた。

その仕草が色っぽい。ちょっとラッキーな気分になった。

ミカサはソフトクリームが溶けきる前に全部食べた。

ジャン「………………」

ミカサ「ジャンも、もしかして食べたかったの?」

エレン「運が悪かったなー。残り一個だったんだよ。悪いな」

ミカサ「ひ、一口あげれば良かったのかしら。ごめんなさい」

ジャン「いや、そういう話じゃないんだ。うううう……」

あーもう、面倒臭い奴だな。

ミカサ「ジャン、そんなに落ち込まないで。いつかまた紫芋のソフトクリームを食べる機会はきっとある」

ジャン「いや、ソフトクリームはどうでもいいんだが……はあ。もういいよ」

どっか行っちまった。はあ。全く。

エレン「あんま気にするなって。ジャンはいろいろ気にし過ぎだ」

ミカサ「そうね。ちょっと神経質な部分があるのね。きっと」

アルミン「いや、君らの方が大雑把な気がするけれど」

アルミンにも言われた。いやだって、ソフトクリームが勿体ないだろ。

ミカサ「そう? でも、せっかくのソフトクリームが」

アルミン「いや、それは分かるけども。ここ、周りに人がいっぱいいるし、どう見てもその感じ、ただのカップルにしか見えないよ」

ミカサ「え?」

エレン「はあ?」

カップル? そうか?

別にこんなの、カップルじゃなくても家族でも友達でもするだろ?

オレ、アルミンとでも似たような事、出来るぞ?

ミカサ「そ、そんなつもりはなかった……」

エレン「オレもだよ。なんだそれ。何でソフトクリーム一緒に食うだけでそんな風に見られる?」

アルミン「その距離感、だね。いや、君らが仲いいのは認めるけども。ちょっと外では自重して欲しいかな」

距離感か。そんなに近く見えるのか?

自覚がなかった。自分では、全く。

いや、本当に。別にジャンに見せつけようとかそういう悪意のある話じゃない。

ミカサ「誤解なので、ジャンに説明してくる……」

アルミン「やめといたほうがいいよ」

ミカサ「ど、どうして?」

マルコ「今、下手にジャンを突っつくと、藪蛇だと思うよ」

ミカサ「そうなの? では私はどうしたら……」

アルミン「何もしなくてもいいけど、今後はちょっと気をつけよう。お互いにそういうつもりがないのだとしても、周りはそうは見ない場合もあるんだからね」

ミカサ「分かった」

ミカサがこっちに謝ってきた。

ミカサ「エレン、ごめんなさい。私のせいで、面倒なことになって」

エレン「いや、オレの方こそ悪かった。でも、あんま気にするなよ。オレ達は普通にしてりゃいいんだ」

ミカサ「うん………」

これって感覚の違いなんかな。ジャンにとっては、こういうのはカップル同士ですることで、オレにとっては、友達以上の親しさがあれば出来る。

価値観の違いって奴だろう。だから別にこっちが必要以上に悪びれる事はない。

マルコ「ジャンは僕が回収してくるね」

マルコがジャンのフォローに行ってきてくれるようだ。

ミカサ「マルコ、その……きっぱり否定しておいて欲しい!」

マルコ「分かってる。大丈夫だから」

マルコに任せりゃ後は大丈夫だろ。

ん? でもミカサの顔色が急に、変わった。

ミカサ「アルミン、ひとつ聞いてもいいだろうか?」

アルミン「何?」

ミカサ「ジャンは何故、逃げてしまったのだろうか?」

アルミン「え?」

ミカサ「その………自意識過剰だと言われてしまうかもしれないけれど、ジャンは、もしかして」

アルミンは瞬時に首を振って答えを拒否した。

アルミン「………………その質問を答える権利を僕は持ってないからノーコメントで」

ミカサ「エレン」

エレン「知らねえよ。自分で聞けば?」

オレも自分では言わなかった。アルミンも気づいているようだけど。

ジャンはミカサの事、好きなんだろうな。

でも、それは外野が話していい事じゃない。

本人以外の口から、ミカサの耳に届けていい話じゃないんだ。

ミカサ「……………」

鈍いミカサもようやく気付いたようだな。

ま、ここから先、どうするかは本人次第だけど……

ミカサ「やっぱり、確認してくる」

アルミン「ミカサ?」

ミカサ「曖昧なままではダメ。ちゃんと、向き合わないと」

ミカサはマルコを追いかけた。その様子をアルミンが、

アルミン「いいの?」

エレン「何が?」

アルミン「止めるかと思ってた」

と言ってきて、オレはため息をついた。

エレン「遅かれ早かれ、いずれはこうなってただろ。多分」

アルミン「でも今まで散々、邪魔してたじゃない」

エレン「それは………まあ、そうだけど」

自分でも不思議だった。でも、ミカサが気づいたんじゃしょうがねえかなとも思ったんだ。

エレン「…………」

アルミン「様子、見に行かなくていいの?」

エレン「いい。ミカサがそうしたいって言うなら、オレは止めねえよ」

そうだ。今まではミカサの方に全然自覚がなくて、ほいほいジャンに乗せられそうになってたのが気に食わなかったんだ。

ミカサ自身がジャンを選ぶっていうなら、それはもう、ミカサの問題な訳で。

オレがどういう言う話じゃないし。

アルミン「…………素直じゃないねえ。エレン」

エレン「あ? そうか?」

アルミン「うん。表情と言ってること、一致してないけど?」

エレン「…………」

アルミン「まあそれこそ、エレンが決める事だから僕は何も言えないけどね」

そうなんかな。オレ、やっぱり焼きもち妬いてるんかな。

そう、考え込んでいたその時、

ミカサとジャンがこっちに戻ってきた。その表情は悪くない。

エレン「…………遅かったな」

ミカサ「少し話し込んでしまった。ごめんなさい。遅くなって」

ジャン「携帯のアドレスとか交換してたんだよ。ミカサとはまだ交換してなかったからな」

エレン「へー」

順調に親密度を上げなさっているご様子だな。ジャン。

ミカサ「エレン?」

エレン「いや、別に。いいんじゃねえの? 友達が増えるのは」

もう既に友達以上なのかもしれんが、それをここで聞くのはちょっとな。

ミカサ「エレンもジャンと交換しておけば……」

エレン「オレはいらねえ。オレはまだ、ジャンと友達だとは思ってねえもん」

ジャン「気が合うな。オレもだ」

マルコ「ああもう、二人共。その遠まわしな愛情表現はやめなって」

ケンカするほど、という奴だと言わんばかりにマルコが言った。

そんなんじゃねえけどな。

エレン「その代わりマルコのアドレスは知りたいかな。マルコは友達だと思ってる」

マルコ「ええ?」

アルミン「あ、それは僕も欲しい。交換しよ」

マルコ「いいの? ジャンの分は……まあ、僕から教えておくよ」

ジャン「余計な事すんなって!」

ミカサ「ジャン、ここはマルコに任せるべき」

ジャン「……はい」

早速尻に敷かれてやがる。ジャンはミカサには頭上がらないみてえだ。

という訳で少々遅くなったが、オレ達は班同士で連絡先を交換し合った。

残りの時間は話し合いの末、馬に乗ろうという事になり、移動する事にした。

するとそっちでも偶然、ライナー達の班と合流する事になった。

ユミル「おーお前らもこっちにきたのか。結局、コースかぶってるな」

ライナー「なかなか楽しいぞ。馬に乗るのは初めてだが」

クリスタ「私は慣れてるけどね。親戚の家が牧場だから」

サシャ「楽しいですね~おっとっと。揺れるのに慣れるのが大変ですが」

あいつらは先に来てた事もあり、大分手さばきが慣れていた。

オレ達も遅れてインストラクターの方に指導を受けて馬に乗る。

ミカサ「眺めが全然違う…」

目線の高さが日常と全く違う。当然だけど、面白い。

不安定な目線の高さにドキドキした。

エレン「おー……こりゃいいなあ」

馬同士が勝手に仲良くし始めた。

オレの馬とミカサの馬は相性がいいようだ。

ジャン「あ、てめえらまた……」

エレン「オレ達じゃねえよ。馬同士が仲いいんだよ」

ミカサ「馬が勝手に仲良くやっているので」

ジャン「馬にも相性があるんかな」

エレン「あるんじゃねえの? 人間にもあるんだしな」

ポクポク草原を歩く。同じ日本とは思えないな。

でもこういうの、悪くねえ。風がとても気持ちいい。

出来るならもう少し、この辺を歩いてみたかったが、

アルミン「おっとと……あっという間だけどもう時間だよ」

エレン「えーもうかよ」

アルミン「仕方ないよ。また今度、ゆっくりここに来よう」

エレン「そうだな。また馬に乗りに来たいぜ」

短い期間だったが、こうして無事に研修旅行は終わりを告げた。

帰りのバスの中、皆がうとうと寝ている最中、オレはミカサと少し話した。

エレン「ミカサ」

ミカサ「ん? 何?」

ミカサも少しうとうとしていたようだが、

エレン「あのさ、ジャンの事だけど」

ミカサ「ジャン?」

ジャンが眠ってるのを一応、確認してからオレは聞いてみた。

エレン「ジャンの奴、お前の事、好きだって言ったのか?」

ミカサ「いいえ。ごめんなさい。アレは私の勘違いだったみたい」

と、きっぱり否定されてしまった。

ミカサ「自意識過剰だったみたい。ジャンにもドジだと言われてしまった。ジャンは私の事を、友人として好きなんだそう」

エレン「へ、へえ~~~~」

おいおいおい。結局、こいつ、告白しなかったのか。

ヘタレな奴だな。誤魔化して逃げたのか。

それとも、まだ告白するタイミングじゃないと判断したのか。

でもだったら、こいつ、今後もミカサにじっくり接近する気じゃ…。

そう考えた時、心底「うぜえええ」と思ってしまったが、寝ているジャンを起こす訳にもいかず、オレはがっくりするしかなかった。

ミカサ「でも嬉しい。友人として、見てくれるのはとても嬉しい」

エレン「そ、そうか?」

ミカサ「うん。私は今まで、まともな友人が作れなかった……ので」

この時もきっと、ミカサは中学時代の事を思い出していたのかもしれない。

まともに友人を作れなかった理由は、ミカサが不器用過ぎたのが原因だけど。

ミカサ「今度こそは……うまく友情を育みたい」

恐らく過去の男達は、ミカサと恋人になりたくて友達になって、結果的にミカサに迫っていたんだろう。

ジャンも過去の男達と同じなんだぞ。と言ってやりたくもなったが、それをここで言うのも可哀想な気がした。

もしかしたら、ジャンの奴はミカサの意志を尊重して友達のままで居てくれるかもしれんし。

…………いや、無理かな。

やれやれ。心配の種は尽きない。でも、

一番いいのは、ミカサ自身が幸せでいる事だ。

ジャンがミカサの味方でいる事は間違いないから。

多少の事は大目にみてやるべきなんだろうか…。

…………いや、やっぱり無理かな。

こいつ、ほっとくとどこまでも、うぜえええ事をし兼ねない。

ミカサが安心したように目を閉じている。

その様子をオレは眺める。

すると、そのミカサをこっそり見ている視線に気づいた。

あ、ジャンの奴、タヌキ寝入りしてやがったな。

視線だけで威嚇する。すると、慌てて誤魔化して寝やがった。

全く。油断も隙もねえ。

そう思いながら、オレはバスの中、揺られて家に帰ったのだった。






家に帰ってからミカサはすぐ部屋に戻った。

オレはミカサに言っておくべきか迷う案件について考えていた。

うんうん唸って、やっぱり言っておこうと思い、ミカサの部屋に顔を出す。

エレン「ミカサ? まだ起きてるか?」

ミカサ「もう寝るところ。何…?」

エレン「あ、眠いんならいいや」

ミカサ「待って。中途半端に起こさないで。用があるなら言って」

エレン「いや、大した用じゃなかったんだが」

ミカサ「だから、何?」

エレン「……………ジャンの事だけど」

オレは本心を隠さず言った。

エレン「あいつを演劇部に誘うのだけはやめてくれよ」

ミカサ「え?」

エレン「あいつが入ってきたら仲良くやれる自信はねえ」

ミカサ「それはジャンが決めることなので。私が口出す話ではないけれども」

エレン「いや、まあ、それならいいけどさ。なんかあいつ、入ってきそうで怖いんだよな」

ミカサ「もしそうなったとしても、それを止める権利は誰にもない」

エレン「…………まあ、それもそうか。悪い。らしくねえな。おやすみ」





数日後、遅れてジャンが演劇部に入ってきたので、部の先輩達は新入部員が増えた! と、とても喜んでいたようだった。

オレはそれを見て「やっぱりか…」と頭を抱える羽目になったんだ。

エレン「…………」

まあ、一回、休憩しようか。キリがいいところだしな。

こんな感じでオレは、ミカサと出会った時から正直言って…。

始めからクライマックスだったと言えなくもない。

出合い頭にパンツ見ちまったしな。あの時の光景は今も忘れない。

ただまだこの時点では、今のような強い感情じゃなかった。

なんていうか、ジャンがミカサにまとわりつくのがうぜええと思いつつ、嫉妬してた程度で、

ギリギリ家族愛の範疇だったとも思うんだ。

………え? ギリギリどころか、既にアウトだろって?

いやいや。この頃はまだ、そこまではいってない。

ミカサが可愛いのは認めるが、この頃はまだ、大丈夫だった。断言する。

本格的にやべえと思い始めたのは、もうちょっと先の話なんだ。

ま、という訳でここから先は、

回想第二章ってことで、順に振り返ってみるか。

という訳で、次は回想第二章。
一旦、ここで区切ります。続きはまた。

4月26日。土曜日。この日は球技大会だった。

晴れたおかげで男子は外でサッカーをやる事になった。

女子は体育館でバレーだ。球技大会は1年と2年だけが参加する。3年生は受験の準備があるから出ないそうだ。

女子のバレーの様子が見れないのは残念だが、負けた組は自由に他の試合を見ていて構わないようなので、ちらほら女子の姿も見える。

オレ達男子は話し合いの末、こんな感じで役割分担を決めた。


FW       エレン      ライナー

MF   ジャン   マルコ   コニー

          ミリウス    ナック

DF アルミン  トーマス   サムエル

GK          ベルトルト


ベルトルトがGK(ゴールキーパー)なのは、体が一番大きいのとリーチがあるからだ。

1試合目は割とあっさり勝てたけど、2試合目は少し苦戦していた。

後半戦に入っても2-1で負けていたのだ。

ユミル「どうした男子ー! 女子は優勝してきたぞー!」

ユミルの声に皆、すげ! まじで?! と反応した。

クリスタ「うん。優勝決めてきたよ。男子もガンバ!」

女子の声援のおかげでライナーの動きが凄まじく良くなった。

ヘディングシュートを決めて2-2.同点に追いついたのだ。

おっしゃ! ライナーのパワーの源(クリスタ)がきたから、この試合いける!

アニ「残り時間は5分くらいか」

ミカサ「同点に追いついたのだからきっと大丈夫」

アニもミカサもこっちに来た。

女子に見られているのといないのじゃ、やっぱ気合の入れ具合が違う。

男子全員の目の色が変わった。

ポジションみづらいなー何故だ。

FW   エレン  ライナー

MF ジャン  マルコ  コニー

    ミリウス  ナック

DF アルミン トーマス  サムエル

GK      ベルトルト

再チャレンジ。

本来のサッカーの試合は前半・後半45分ずつで1試合90分だが、この球技大会は試合数が多い為、短縮で前半・後半15分ずつの計30分のミニゲーム形式の試合になっていた。

つまり本来のサッカーの試合の戦略より短期決戦となる為、戦い方が変わってくる。

トーナメント形式なので、4試合、または5試合勝てば優勝だ。優勝するチームは30分×4、または5試合分動く事になる。勝ち抜くには体力の配分も重要になってくる。

コートは2面ずつ使っている。上に勝ち上がれば勝ち上がる程、休憩無しで次の試合に挑む事になる。

サシャ「時間ないですよー! 急いでー!」

引き分けにもつれ込んだら当然、PK合戦になる。

出来ればここでもう一点、欲しいところだが…。


ピー!


さすがにそこまでうまくはいかないか。

残念だがPK戦にもつれ込んだ。5本中、3本先取した方が勝ちになる。

先攻後攻は、後攻になった。1本目、ベルトルトが止めた。

1本目のこっちの攻撃。

ライナー「俺からいこう」

話し合いの末、ライナーが蹴る事になった。


ピー!

ライナーが合図と共に左に蹴った。

相手のGKは反対側に山を張っていたようで反応が遅れてボールがゴール端に決まる!

クリスタ「やったあああ! まずは先取点!」

ユミル「よし! いいぞライナー!」

ライナーが女子に向かってVサインしている。さすがライナーだ。

しかし2本目、ベルトルトが読み負けてセーブ出来なかった。

ミカサ「1対1ね」

ユミル「ベルトルさん、長身の利を生かせてないぞ」

ユミルの言う通りだ。ベルトルトは運動神経がいいのに、性格が気弱なせいでそれを生かしきれてない。

2本目の攻撃。次はジャンが蹴る事になった。

ジャンがミカサの方を見ていた。ミカサが手を振って答えると、案の定、テンションあげやがった。

まあ、それで決めてくれるならいいけどさ。

ジャンが右側にボールを蹴った。結果は果たして…。

ピー!

ジャンのシュートも決まった! よし!

これで2対1だ。次、ベルトルトがセーブすれば俄然有利になるけど…。

ユミル「あっちゃー…ベルトルさん何やってんだよ!」

そう思った途端、追いつかれてしまった。2対2だ。

そして次のマルコのシュートが……外れちまった。

これで現在の戦況はこんな感じだ。

2組 × ○ ○

1組 ○ ○ ×

この場合は先攻が取ったとしても、後攻で取り返せば続けられるが、もし後攻でダメだった場合は負ける。

プレッシャーがかかる場面になり、ベルトルトが遂に根をあげた。

ベルトルト「ごめん……ライナー、GKを替わってくれないかな」

ライナー「え? 怪我でもしたのか」

ベルトルト「そうじゃないけど……僕にGKが務まるとは思えない。ここは大事な場面だから、ライナーの方がいいと思う」

ライナー「………やれやれ。仕方ないな」

ライナーはベルトルトのグローブを受け取り、交替する事にした。

ユミル「あ、GK交代するみたいだぞ。ライナーに変わった」

アニ「ベルトルトは性格的にGKに向いてないのかもね」

サシャ「体格はGK向きなんですけどねえ」

ミカサ「仕方がない。誰にでも向き不向きはある」

ライナーの方が確かにGKには向いているのかもしれないが…。

オレはベルトルト自身がやって、もしそれで負けたとしてもそれを責めるつもりはなかった。

それはきっと、他の奴らも同じだと思うんだが。

オレ以外の、そう、マルコも似たような顔をしていた。

マルコ「ベルトルトはずるいねえ」

エレン「だよな」

これは悪口というより、何だろ。ただの感想かな。

本人を責めるつもりはないけど。ま、仕方ねえか。

相手チームのシュートは……よし! 防いだ!

ミカサ「ここで決めれば1組の勝ちね」

クリスタ「誰が行くんだろ……」

女子がざわざわしている。男子は誰も挙手しない。

自分で名乗りをあげるのは、勇気のいる場面だからだ。

ライナー「じゃんけんで決めるか?」

エレン「そうだな」

一同「「「じゃんけん……ポン」」」

じゃんけんに勝ってしまったんで、オレが行く事になった。

ドキドキする。ミカサの前だし、すかしたくはねえな。

アニ「あ、エレンがいくみたいだよ」

エレン「いくぞ!」

ピー。

笛の合図と共に走り出す。ゴール端を狙って、結果は……!

ミカサ「やった!」

放ったシュートはゴール端に突き刺さった!

よしゃあ! これで3回戦に出場決定だ!

ミカサにVサイン。お互いにVサインを返し合う。

そして直後、他の奴らに頭をポンポン叩かれた。

ライナー「本番に強い奴だな!」

エレン「たまたまだって!」

アルミン「でもよく決めたね! エレン、すごいや」

エレン「へへへ……ま、格好悪いところは見せられんだろ」

球技大会なんて、女子にいいところを見せる為にやるようなもんだ。

別に賞金が出る訳でもないし、他に理由なんてないだろ?

男子の心はその点においては一致団結している。次の試合に向けて作戦会議だ。

アルミン「あのね、1試合目と2試合目の試合内容を見て思ったんだけど……」

アルミンが1組男子を集めて意見を言い始めた。地面に何やらポジション変更の図を書き始める。

アルミン「今のライナーの動きを見て思ったんだけど、ライナーはGKに向いてると思う」

ベルトルト「うん。それは僕も思ったよ。出来るなら3試合目もお願いしたい」

ライナー「いいのか? 俺で」

アルミン「うん。ベルトルトは反応はいいけれど押し込まれると弱いみたいだ。多分、性格的にはDFの方が向いてると思う」

ベルトルト「僕自身、そう思うよ」

マルコ「でもそうなると右のFWは誰が代わりに入るんだい?」

アルミン「僕は右のFWにはコニーが一番向いてると思うんだ」

コニー「オレか?」

アルミン「うん。コニーはMFなのに前線よりに勝手に動いてたし、あんまり複雑な動きを要求されると頭混乱するんでしょ?」

コニー「バレたか」

アルミン「だから、来たボールをゴールに押し込む単純なポジションの方がいいと思う」

ジャン「だったらコニーの場所は誰が入る?」

アルミン「それも踏まえて、僕が考える新システムはこうだ」


FW      エレン    コニー

MF ミリウス     ジャン     ナック

DF サムエル     マルコ    トーマス 

      ベルトルト     フランツ

GK         ライナー

マルコ「DFの方が人数多いね」

ジャン「これじゃ攻めきれないだろ。せめてMFは4人必要じゃないのか?」

アルミン「いや、僕が言いたいのはMFの司令塔をジャン、DFの司令塔をマルコに任せたいと言う事なんだ」

マルコ「司令塔を二つ立てるっていうのかい?」

アルミン「それに近い感じだね。だからマルコにはMFとDFの橋渡し的なポジションに入って欲しいんだ」

ジャン「ああ、それを考えるとオレが受け取るのが妥当か」

アルミン「二人の呼吸は傍で見ててもぴったりなのが分かるからね」

マルコ「責任重大だなあ」

ジャン「ま、でもやるしかねえだろ」

エレン「アルミンは出ないのか?」

アルミン「僕はちょっと、ずっと試合に出続けるのは無理かな……」

ライナー「まあ、アルミンは監督ポジションで皆を客観的に見てくれる位置でも構わんさ」

フランツ「そうだね。3試合目はこの新しいシステムでやってみようか」

男子一同「おー!」

とりあえず新しい方針が決まった。これで試してみる。コートが空き次第、次の3試合目に入る。

次は5組との対戦だった。笛が鳴って、試合が始まった。

最初はボールを相手に奪われて攻められたけど…。

ベルトルトのカウンターボールが滅茶苦茶伸びてびびった。

コニーがMF寄りに下がってたとは言え、あのラインからコニーのいる付近まで普通、ボール飛ばないぞ?!

ボールを受け取ったコニーが瞬時に前線にあがる。そしてそのままドリブルで切り抜けて、シュートを決めた。

開始3分程度で1点目が入った。やった! 先取点が取れた!

ユミル「よしゃあああ! いいぞベルトルト!!!」

おお? ユミルがえらく興奮してやがる。あいつ、スポーツ観戦好きみてえだな。

ノリノリで応援されるとこそばゆいけど、嬉しいもんだ。ベルトルトも例外じゃねえな。

ミカサとアルミンがベンチで何かしゃべってるみたいだけど、こっちまでは聞こえない。

きっと解説でもしてんのかな。アルミンは親切な奴だからな。

にしてもベルトルトの動きがいいな。GKの時より、のびのびとプレイしているのが傍で見てても分かる。

2試合目の時と違って3試合目はすごくやりやすかった。

システム変更をして正解だったぜ!

ジャン「この新システム、案外いいな!」

マルコ「ああ。ベルトルトのカウンターがこうもうまく機能するなんて思わなかった」

ジャンとマルコも同じことを思ったようだ。

敵はベルトルトのカウンターを恐れ始めている。

でもその分、ライナーが暇そうにしていた。

敵はベルトルト側の突破は難しいと見たのか、トーマスとフランツの方にボールを集めだした。

しかしそこにマルコが加わる。3対1になるとさすがに相手も引いてボールを戻す。

するとその後ろからジャンが攻めてボールを取り戻した。

余裕のある布陣のおかげで攻撃のリズムがいい。

コニーのシュートが外れたが、そこに悲壮感は全くなかった。

3点目はオレのシュートが決まった。前半戦で3点も奪えた。

皆、ベンチに戻るとアルミンとハイタッチした。

エレン「アルミン作戦、すげえうまくいってるぞ! やったな!」

ベルトルト「アルミン、ありがとう。おかげですごくやりやすくなったよ」

アルミン「へへへ……そう言ってもらえて嬉しいよ」

フランツ「…………あの」

しかしその時、思わぬ事態が起きたのだ。

フランツ「ごめん。さっきの接触の時に足を捻ったかも…」

アルミン「え?!」

トーマス「ああ。敵も右翼側をこじ開けようと必死だったからな」

ベルトルト「うっ……それって僕との勝負を避けたからかな」

エレン「馬鹿! それは仕方ねえだろ! ベルトルトのせいじゃねえよ!」

ライナー「どれ、足を見せてみろ」

按配を見ると多分、捻挫のようだ。とりあえず氷で冷やさないとな。

保健委員のミーナが保健室から氷を持って来てくれた。

冷やして痛みが引いて動けるようになったら、保健室でテーピングして貰った方がいいだろう。

エレン「仕方ねえな。フランツのポジションに別の奴入れるしかねえな」

ジャン「アルミン、出れるか?」

アルミン「ぼ、僕でいいの?」

マルコ「この新しい布陣を考えたのはアルミンだからね。アルミンも出た方がいいよ」

アルミン「でも………」

エレン「アルミンがいいに決まってるだろ! 体力きついなら、途中で交代してもいいからさ!」

ライナー「そうだな。途中交代を挟みながらでもアルミンには出てもらいたいな」

アルミン「皆……」

ミカサ「アルミンも出るべきだと思う。皆もそれを望んでいる」

アルミンは迷ってたけど、参加する事に意義があるんだ。

だから、下手だからとか、そういう理由で尻込みするのは良くねえ。

オレがアルミンの背中を叩いてやる。すると、

アルミン「うん。分かった。精一杯、やらせてもらうよ」

フランツのポジションに出ることを決意したようだった。





そして後半戦が始まった。敵はやはりアルミンの位置を狙ってきた。

アルミンも善戦はしているが、あっと言う間に抜かれてボールをゴール付近に押し込まれそうになる。

アルミン「くそっ!」

落ち着けアルミン。アルミンはこのチームに必要なんだから。

トーマスとマルコが下がってフォローに入る。

敵からボールを奪い返して一度体勢を整えるようだ。

アルミン「ごめん、マルコ、トーマス」

マルコ「謝るのは無しだよ。まずは落ち着こうか」

マルコは慣れたように周りを見渡してベルトルトにボールを渡す。

ベルトルトの蹴りの飛距離は軽く前線に届くので、あっと言う間に反撃出来る。

オレの方に飛んできた。けど、さすがに敵もパターンが読めてきたのか、3人がかりでそれを止めに来た。

エレン「くそ!」

3対1だとさすがに分が悪い。すぐさま一度、ミリウスに下げようとボールを蹴ったが、そこを読まれてボールを奪われちまった。

ジャン「馬鹿か! こっちに寄越せよ!」

ジャンにキレられた。うるせ! 咄嗟の判断ミスだよ!

下がって体勢を整える。ベルトルトがボールを奪い返してくれたおかげで、何とか拮抗を保てた。

ボールがジャンに繋がった。MFのジャンがFWの位置まで上がってくる!

シュートが決まった! これで4-0。もはや勝敗は決したと言える。

相手チームはこの瞬間、さすがに意気消沈して一気に動きが悪くなった。

そしてそのまま逃げ切った。次はいよいよ決勝戦になる。

ユミル「ベルトルさん、すげえな。もはや守護神じゃねえか」

エレン「ははは! だよな! GKじゃないのにベルトルトが守護神だったな!」

ベルトルトがいるって思うと、多少のミスも大丈夫な気がしてくる。

皆に褒められてベルトルトは少し顔を赤くして照れていた。

ライナー「全くだ。GKが一番暇だったんだが」

マルコ「まあまあ。暇なのはいい事だよ」

アルミン「にしてもまさか、敵がベルトルトの癖を見抜いてくるなんて思わなかったな」

アルミンがブツブツ言い出した。

ん? って事はもしかして、オレんとこに3人もきたのはそのせいか?

ベルトルト「そんなにわかるもんかな? 蹴る方向って」

アルミン「どうだろうね。でも、敵の動きは明らかにベルトルトの蹴る方向を読んだ上でエレンの傍に集まった。やはり何処かで読まれてたとしか思えないよ」

ジャン「もしそうだとしたら、ちょっと厄介だな。オレもそう何度も前線に上がれないぞ」

マルコ「そうだね。となると、ベルトルトのカウンター頼みの作戦も危ないって事になるね」

そうだな。何度も同じ手は通じねえって事だ。

だったら新しいルートを考えるしかねえな。

アルミン「うん。ベルトルトのカウンターを軸にもう一本、攻撃のパターンを作る必要性が出てきたね」

エレン「つーと、普通のパスルートも同時に考えておくのか?」

アルミン「うん。ベルトルトからエレン、コニー以外のルートも考えよう」

ライナー「それだったら、一度、俺にボールを戻してくれないか?」

と、その時ライナーの方から提案をした。

なるほど。それはいい手かもしれねえ。

ライナー「蹴る飛距離で言えば俺もベルトルト程ではないが、そこそこ飛ばせる。ジャンのいる辺りまでなら一気に蹴れると思うが」

アルミン「なるほど。ベルトルトルートからライナールートの二択だね。いいと思うよ」

マルコ「つまり攻撃の軸を両翼だけじゃなくて3本柱にするって事だね」

ジャン「オレの仕事が増えるじゃねえか……」

サムエル「いい事じゃないか。女子に見られてるんだぞ?」

コニー「そうだぞ。モテるかもしれないぞ」

ジャン「そ、そうかな……?」

ジャン、そこでミカサを見るんじゃない。

まあ、ミカサはその視線の意味に気づいてないみたいだが。

マルコ「何よりあの子の見てる前で、サボるなんて真似出来ないだろ」

ジャン「マルコ、それ以上は言うなよ」

マルコは本当に優しい奴だ。ちゃんとミカサには聞こえないように突っ込んでるし。

ジャン「まあいい。しょうがねえ。やるしかねえか」

ま、その通りだな。

アルミン「いよいよ、決勝戦だ。このまま女子と一緒に優勝しよう!」

男子一同「おー!」






そして少し時間が空いて、いよいよ決勝戦である。

決勝戦は2年1組と1年1組の偶然にも、1組同士の対決となった。

ギャラリーが一気に増えた。敗退した男子と、試合の終わった女子のグループがわいわい試合を見に来ている。

2年1組女子1「サッカー部の意地を見せなさいよ!」

2年1組女子2「そうだぞー! 1年に負けるな!」

2年1組男子1「おう! 1年には負けられん!」

どうやら決勝の相手の組には現役のサッカー部員がいるようだな。

こちらは運動神経のいいメンバーは揃ってはいるが、確かサッカー部員はいなかった筈だ。

でもそんなのは関係ない。勝負は時の運もある。全力でやるだけだ。

そしてホイッスルが鳴り、試合が始まった。

敵のチームは素早く中に切り込んで、アルミンのいる側を狙っている。

敵はやはりアルミン狙いのようだ。

アルミン「くそっ…!」

アルミンがらしくねえ。意地張ってるせいか、動きが悪い。

確かに体力では他の奴らには劣るけど、アルミンには誰にも負けない武器がある。

それがうまく機能すれば、オレ達はずっと戦い易くなる筈だ。

アルミン、お前の持ち味を忘れるなよ!

そう、声をかけてやりたかったけど、オレのFWとアルミンのDFの位置は遠過ぎる。

下がり過ぎると良くないから、様子を見るだけしか出来ないが…。

その時、ベルトルトがしびれを切らしてアルミン側に寄った。

まずい!

アルミン「ダメだベルトルト!」

アルミンも気づいた。そう叫んだ時は遅かった。

敵はパスを切り替えてベルトルトの領域を突破した。

ベルトルト「しまった!」

アルミンのところを執拗に攻めたのもそのせいか。

アルミンを狙い続け、味方のフォローの動きに合わせてベルトルトの横を抜く。

うまいと思った。サッカー部員のいるチームなだけあるぜ!

ライナーの守るゴールは危うく奪われそうになったが、そこをジャンピングパンチでセーブした。

ライナーがベルトルトに何か言っていた。今のミスを諌めているみたいだった。

そしてそのまま前半戦が終了する。0-0のまま折り返してしまった。

アルミン「ふー……相手もさすがに研究してきたね」

アルミンは水を補給しながら何やら考えているようだ。

エレン「何か、3試合目の時ほどうまくリズムに乗れないよな。何でだろ?」

コニー「だよなあ。オレ達二人の攻撃、読まれてるのかな?」

ジャン「まあ、攻撃パターンが分かればカウンターもそこまで怖くはねえよ」

マルコ「うん。3試合目のカウンターは、ベルトルトの蹴りの飛距離を甘く見てた敵の油断があったからこそ、だもんね」

アルミン「まあそうなるね。1、2試合目の時のベルトルトの動きと、全然違ったから、敵も動揺したんだと思うよ」

ベルトルト「じゃあ、今はもう、僕の存在を恐れてないって事か」

アルミン「加えて敵もDFの数を多めにしてる。カウンターに対抗して持久戦で挑むつもりなんだよ」

ライナー「つまり同じような布陣で戦い合ってるから、ジリ貧になってるのか」

アルミン「そうだね。ここはまた、ちょっとポジションを変更する必要が出てきたかも」

アルミンは木の枝で地面に文字を書きながら作戦を練り直しているようだ。

アルミン「あのね、ちょっと奇策に近い布陣なんだけどさ」

エレン「ん? 奇策? ってことはあんまり見ない陣形って事か?」

アルミン「うん。ちょっと変な陣形になるけど、こういうのはどうだろう?」




FW      エレン   ジャン   コニー

MF  ミリウス              サムエル

        ナック      トーマス 

             マルコ

DF    ベルトルト        ライナー

GK           アルミン

エレン「ええええ?! DFが二人だけ?! ちょっと無謀じゃないか?!」

こんな陣形は初めて見るぞ。

オレ以外の奴らも動揺していた。だってこれじゃ、DFラインが薄すぎる。

マルコ「さっきとは打って変わって攻撃的な布陣だね」

そのせいでマルコにかかる負担が一番大きくなる。そういう布陣だった。

ジャン「つか、アルミン、GK出来るのか?」

ジャンが突っ込んだ。確かに。アルミンがGKやってるとこは見た事がない。

小中学校の頃も大抵、DFをやる事が多かったんだが…。

アルミン「あんまり自信はないけど、まあ所謂『背水の陣』戦法かな」

うーん。まさにその通りだな。

マルコ「これって僕のポジションを抜かれたらやばいよね」

アルミン「責任重大だよ。マルコの場所が実質、守備の扇の要になるからね」

マルコがちょっとびびっていた。無理もねえ。

マルコのところを抜かれたら、アルミン対敵の一騎打ちになりかねない。

ジャン「なるほど。これだけ前線よりに人がいれば、突破するのもいけるんじゃないか?」

マルコ「いや、でももしカウンター食らったらベルトルトとライナーだけになっちゃうよ」

そうなんだ。これ、攻めるのはやりやすいけど、守りにくい布陣なんだ。

ベルトルト「……………でも、これならこっちのカウンターを打つルートがかなり増やせるよ」

アルミン「ベルトルトの言う通りだ。これなら、ベルトルトがカウンターを蹴るルートが全部で7つになるんだよ」

ライナー「ん? 8つじゃないのか?」

アルミン「マルコはMFと言っても、実質DF寄りに守って貰うから。マルコだけはMF&DFみたいな位置になるよ」

ジャン「あーなんだっけ。そういうポジションって別に言い方があったような」

アルミン「うん。CB(センターバック)またはCH(センターハーフ)だったかな?」

マルコ「なるほど。だったら、DFは2.5人って考えればいいのかな」

そうか。だったらそこまで心配しなくてもいいんかな。

いやでもな。これ、結構勇気のいる布陣だよな。

アルミン「そんな感じだね。後あれだよ。僕がGKをする事によって、皆に危機感が生まれるでしょ?」

エレン「うっ……まさか、そういうプレッシャーのかけ方するのか?」

アルミン「吉と出るか凶と出るか分かんないけどね。でも、これで一度やってみない?」

ライナー「わかった。アルミン作戦2ってところだな。いくぞ、皆!」

男子一同「おー!」




そしてアルミン作戦2による後半戦が始まった。

敵は案の定、カウンターを決めて中に切り込んできた。

まずい! マルコのいる場所が抜かれた!

ライナーとベルトルトのフォローが間に合うのか。

そう、焦った時、

ライナー「うおおおおおおお!」

ライナーが突進するようにボールを奪い返した。

そしてベルトルトにパスしてカウンターが決まる!

良かった。ライナーの足が間に合った。

クリスタの応援パワーがここにきて生きてるみたいだぜ!

ライナー「いやーGKで休ませて貰った分、働かないとな」

ライナーはまだ体力が余っているようだ。だったら尚更、やりやすい。

敵は何度も攻めてくるが、ライナーとベルトルトのコンビネーションがうまくかみ合っているおかげで、突破されない。

加えてこっちのカウンターボールが何度も行き来するから、敵の体力も奪う事が出来る。

拮抗していた試合展開が徐々にこっち寄りになってきた。

リズムが生まれてきた。ジャンが状況をうまく判断してパスを展開させる!

ジャンのパスを戻して、ジャンに決めさせる!

しかし相手のGKがそれに合わせてジャンプした。

2年1組GK「させるか!」

ジャンピングパンチでボールが零れた。

零れ球をヘディングで押し込んでやる!

後半戦、遂に得点した。ねじ込んでやったぜ!

ジャン「くそ、おいしいところを持って行かれた!」

エレン「こぼしたお前が悪いんだろ! 一発で決めろよ!」

ジャンに花を持たせてやりたかったのに。一番いい位置にいたからな。

ジャン「ああ?! ここまでこれたのは、オレの戦略があってこそだろうが!」

それは分かってるが、今、お前はFWだろうが!

FWはゴールに押し込むのが仕事なんだよ!

サムエル「おいおい、試合中だぞ! 喧嘩すんなって!」

ミリウス「喧嘩は後でしろ!」

エレン「ちっ……」

ジャン「くそ……FWはいいよな! ゴールを決めて目立ててよ!」

いやだから、お前に花を持たせようとしたのに、ミスしたのはそっちだろ?!

エレン「ああ?! 今はお前もFWだろうが! 自分で決めればいいじゃねえか!」

サムエル「蒸し返すなエレン! 全く……この二人を並べるのはまずいんじゃないか?」

ミリウス「一回、タイム取らせて貰おうぜ」

そんな訳で急遽、タイムが取られてしまった。

オレとジャンはお互いに舌打ちして視線を合わせなかった。当然だ。

アルミン「弱ったね。FW同士で喧嘩になっちゃうとは…」

エレン「オレは別に悪くねえだろ。自分の仕事をしたまでだ」

ジャン「こいつは、つなげたパスに対する感謝の念が足りねえよ!」

カチーン☆

エレン「オレは別に感謝してねえとは言ってねえよ! 皆のパスがあってこそのFWだと思ってるよ!」

だからこそ、お前にもパス回したんだろうが!

コニー「まあ、ジャンはヘタレだからFW向いてねえのかもな~」

ジャン「ああ?! なんつったコニー!」

アルミン「コニーまで余計な事言わないで…」

いや、コニーの言うのは正しい。ジャンはFWには向いてねえよ。

アルミン「仕方ない。ポジション、修正しようか」


FW     エレン       コニー

MF ミリウス             サムエル

      ナック   ジャン   トーマス

DF   ベルトルト  マルコ   ライナー

GK          アルミン

アルミン「攻撃力は下がるけど、ジャンはMFに戻そう。これなら攻守のバランスも取れていいと思う」

オレとジャンの距離が大分遠くなった。よしよし。

マルコ「そうだね。1点先制したし、今度は無理に点を取りに行かなくてもいいからこれで十分だね」

アルミン「1点を守りきろう。敵は全力で残り時間、攻めてくるよ」

アルミンの予想通り、この後の敵の布陣は変わった。

残り時間で同点に追いつくべく、攻撃側に人数を割いてきたんだ。

でもこっちもジャンとマルコが下がったおかげで、守備力も安定している。

DFに余裕が生まれているおかげで、敵も安易に中に攻め込めない。

アルミンは殆ど活躍の場はなかった。このまま逃げ切りたい。

しかし残り5分を切ったその時、遂にゲームが動いた。

ベルトルトの反応が一歩、遅れたのだ。横を抜かれて、遂にアルミンとの対決になる。

敵のシュートが、アルミンの頭上を飛び越えて行きそうになる。

そこをジャンプしてヘディングでセーブした。しかし!

エレン「!」

敵のフォローが早かった。まずい。

あの距離で蹴られたら、アルミンの顔面にボールがいく!



ドゴオオオオ!


でもアルミンは怯まず、顔面でセーブした。

ボールは跳ね返り、ライナーの方へ転がる。

笛が鳴った。審判がタイムをかけたのだ。

審判「大丈夫ですか? 怪我は?」

アルミンは鼻血を出していた。

当然だ。至近距離のシュートを顔面でセーブしたのだから。

ボタボタと血が落ちていく様に女子もざわついている。

アルミン「大丈夫です。大した事ありません」

審判「それを判断するのは君じゃない。立てるかい?」

アルミン「はい……(フラッ)」

審判「ダメだね。担架を用意。保健室で治療を受けてきて」

アルミン「………分かりました」

アルミンは青褪めた表情で担架に運ばれていった。

エレン「ひでえラフプレーだなおい」

苛ついていた。だからつい、言っちまった。

今のはプレイ中の事故、として片付けるには余りにも、ひでえと思ったんだ。

2年男子1「わざとじゃねえよ。つか、顔で受け止めるとか。素人か」

エレン「ああ?! 素人に決まってるだろ。何言ってやがる!」

この時は頭に血が上っていた。だから感情を制御出来なかったんだ。

相手はバツの悪そうな顔してたからわざとじゃないのは分かってた。

でも、相手の言葉につい、腹が立っちまって。

2年男子1「普通はああいう時は避けるだろ! 何で自分から当たりに行ってんだよ!」

エレン「それはGKだからだろ! アルミンはそういう奴なんだよ!」

避ける事を前提にボール蹴ってんじゃねえよ!

そりゃサッカーをし慣れている奴は咄嗟に避けられるかもしれんが、

アルミンだけじゃねえ! 他の奴らだって、普段は授業くらいでしかサッカーをしねえんだ!

サッカー部員が部活の試合と同じ感覚でやってんじゃねえよ!

審判「やめなさい! 警告出しますよ!」

エレン「ちっ……」

……いや、手加減しないって意味では決して間違ってはいないんだが。

向こうもだんだん、本気になってたんだろうな。

球技大会のノリじゃなくて、部活の時のテンションで試合してたんなら、

これはもう、どうしようもねえ事なんだけど。

アルミンもきっと、手加減されるのは本意じゃないから、相手のラフプレイに対しては怒りもないだろう。

でも心配だった。アルミンの鼻、大丈夫かな。

オレ達は当然、ここでタイムを取った。アルミンの抜けたポジションに誰が入るか話し合わないと。

ライナー「アルミンが抜けた以上、また布陣を変えないといけないな」

ベルトルト「………………ライナー」

ライナー「ん?」

ベルトルト「僕、GKに戻ってもいいかな?」

意外だった。皆、ベルトルトに一斉に注目する。

ベルトルト「僕のせいだ。僕が最後、抜かれたからアルミンは無理をしたんだ」

ライナー「そんな事は考えなくていい。体力が消耗してきてたんだろ。お前は身体能力は高いが、持久力はそこまである方じゃないからな」

ベルトルト「うん……少しだけ疲れが出てきたんだ。でもまさか、抜かれるとは思ってなかった」

ライナー「敵もサッカー部員がいるだけあるってことだ。体力配分は向こうの方が上なんだろ」

マルコ「まあ、後半のこの時間が一番、辛い時間帯だよね」

ジャン「野球で言うところの9回裏スリーボールツーストライクツーアウトってところだな」

コニー「どういう意味だ?」

エレン「正念場って事だろ」

オレがそう、簡潔に伝えるとコニーがプンスカ怒り出した。

コニー「なら最初からそう言えよ!」

ジャン「いや、分かれよ。コニー野球部入ってんだろ」

コニー「はあ? その時間は一番、楽しい時間だろ! 辛いとか意味分かんねえよ」

ジャン「お前ポジションどこだ」

コニー「サード! 今は7番打者だけど将来は4番になるぜ!」

ジャン「悪かった。オレが今言ったのは、投手の立場だよ」

マルコ「つまり向こうにとっては、打者で、僕らは投手って事だね」

ジャン「ああ。オレはそう言いたかったんだよ」

コニー「ああ、そっか。オレ、打者のつもりで言っちまった」

コニーは本当、おっちょこちょいだな。

エレン「まあいい。ここを逃げ切れれば勝ちなんだ。ベルトルトがGKに入るなら布陣をまた変更するぞ」

ライナー「ではこんな風に変えるのはどうだろうか?」


FW           エレン

MF  ミリウス            トーマス 

         ナック    サムエル

DF ライナー               コニー 

        マルコ  ジャン  ダズ

GK          ベルトルト

ライナー「ここはもう、逃げ切る事を前提にFWは一人でいいと思うんだ」

ジャン「コニーをDFまで下げるのか」

ライナー「ああ。コニーは複雑な指示をされると混乱するから、MFには向かないしな」

コニー「今度は守る方だな。いいぜ!」

エレン「オレがFWに残るのか」

驚いた。まさか一人でFWになるとは思わなかった。

マルコ「エレンはFWとして一番、活躍しているからね。ここは残って欲しい」

エレン「了解した」

逃げ切る事が前提だけど、もしもの時は絶対決めてやる!

ライナー「残り時間、逃げ切るぞ。もし同点に追いつかれたとしても、陣形は変えない」

エレン「ああ。もし追いつかれたらベルトルトのカウンターでオレがゴールを決めてやる」

ライナー「よし、じゃあ、いくぞ!」

男子一同「おおお!」




後半戦。残り5分を切ったところから再開だ。ホイッスルの合図と共にボールが動き出した。

ライナーの蹴りがマルコ、ジャン、サムエル、トーマス、と右翼側に繋がる。

敵は残り時間、全力で攻めてくるが、コニーがうまい具合に敵のボールを奪い返している。

2年男子1「くそ……しぶといなこいつら」

そろそろ体力が落ちてくると思っていたのか、相手チームは舌打ちしていた。

ジャン「ははは! 元野球少年を舐めんなよ! 走り込みなら散々やらされてるんだよ!」

ジャンは意外と体力があるのか、まだ動けるようだ。

コニーもまだ余力がある。さすが現役野球部だ。スタミナが違うな。

あ、でも、アルミンの代わりに入ったダズがオロオロしている。

判断が出来なくてモタモタしているところを狙われた!

ジャン「げっ……!」

しかもゴール付近だった。まずい!

一気に空気が変わって敵がシュート体勢に入った。

残り1分。時計が刻む途中で、そのシュートは放たれた。

ベルトルトが飛んだ!

ベルトルト「………!」

だけどその時、運命の女神は悪戯をした。

ベルトルトの指先は確かにボールを弾いた。ゴールを守ったのに。

直後、ボールはゴールの枠の部分に当たり、つまりビリヤードの球当ての要領に近い動きで、ゴールの中にボールが吸い込まれた。

運がねえ。ベルトルトのセーブ失敗が空気を変えた。

敵チームは俄然、勢いに乗って全員の顔色が変わったんだ。

残り時間は、1分を切っている。

ライナーがベルトルトに耳打ちしていた。

前もって打ち合わせていたそれを、ここでやる気なんだ。

心臓がドクドク言い始めた。

やってやる。

この時の為に、オレは一人、このFWに残ったんだから。

ベルトルトのボールが空を舞った。

狙い通りだ。狂いない。ナイスカウンターボール!

オレは全力で走ってそのボールを追いかけた。

キープする。3対1だ。一人抜いて、また抜いて、最後の奴も、抜いて見せた!

残り時間は多分、10秒無い。

ここで決めるしかない!

シュートを放った。体勢が崩れたまま、渾身の力で蹴って見せた。

だけど………

エレン「!」

ボールは、ゴールの左端の枠に当たってしまった。

あと数センチ。ほんの少しのズレだった。

シュート失敗と同時にホイッスルが鳴った。

後半戦が終了したのだ。

ち、ちくしょおおおおおお!

今のは絶対、決めるべきだった。

何の為のFWだよ! くそくそくそ!

歯がゆくて、悔しくて、思わず涙が溢れそうだった。その時、

PK戦に入った事もあり、ライナーがすぐさまチームをまとめたんだ。

ライナー「誰から行く?」

オレは顔を上げられなかった。申し訳なくて。

ライナー「…………おい、皆、顔が暗いぞ。気持ちを切り替えろよ」

エレン「…………」

ライナー「特にエレン、ベルトルト。お前ら二人、暗過ぎる。女子の前でそんな顔してどうするんだ」

は! そうだった。女子が見てるんだった。

女子一同は皆で「がんばれー!」とか「まだ分からんぞ!」とか声援をくれる。

周りの声が聞こえてなかった。そういう自分が恥ずかしかった。

そうだ。まだ試合は終わっちゃいねえ!

ミカサもこっち見てる。オレはミカサに頷いて見せた。

ライナー「よし、ここは俺からいくぞ。まずは先取点を取ってくる」

ピー!

ホイッスルが鳴った。ライナーが、位置について走り込む。

ボールは右端に飛んだ。結果は…。

ミカサ「よし!」

ユミル「よしゃあああ!」

クリスタ「決まったああああ!」

アニ「まずは先取点だね」

ライナーのキックはうまい具合にゴールに突き刺さった。

これで空気が変わった。流れはまだ、失ってはいない!

次はベルトルトのセーブだけど、顔色はまだ戻っていなかった。

ベルトルト「ライナー、やはり僕はGKに向いてないかもしれない」

ライナー「おいおい」

ベルトルト「この大事な場面、防げる自信がない。キーパーを替わって貰えないだろうか」

ライナー「それは構わないが、お前、本当にそれでいいのか?」

ライナーは女子の方を見た。誰か探しているみたいだ。

視線の先には、アニがいた。

そっか。ベルトルトは、アニの事が好きなんだったな。

だったらアニの前で格好悪いところは見せられないよな。

ライナー「格好いいところ、見せたくないのか? あいつに」

ベルトルト「うぐっ………」

ライナー「まあ、譲ってくれるっていうなら、俺もクリスタにいいところを見せられるからいいけどな」

ベルトルト「……………」

ベルトルトが迷う気持ちは分かるが、でも、ここは逃げずにやって欲しい。

ここで逃げたら、後悔するのはきっと、ベルトルト自身だ。

声援の中、時間が過ぎる。数秒、考え込んだベルトルトに、声が届く。

アルミン「ベルトルト! 頑張れ!」

アルミンだ。鼻の応急処置を終えてこっちに戻ってきたようだ。

ミカサ「アルミン、まさか骨折?」

アルミン「いやいや、そこまではないよ。ただ、鼻血が止まるまでは止血してるだけ」

そっか。大したことなくて良かったぜ。

アルミン「ベルトルトは体格で言えば一番、GKに向いているんだ! 自信を持って!」

ユミル「そうだ! アルミンの言う通りだ! リーチの長いお前がゴールを守れ!」

ベルトルトに声援が集まった。外野の応援にベルトルト自身が一番びっくりしている。

ライナー「俺はどっちでもいいぞ。だが、今回だけは自分で決めろ」

ベルトルト「ライナー………」

ライナー「こんなに盛り上がってる場面で、GKをやれる機会なんてそうはないと思うがな」

確かに。周りにこれだけのギャラリーが集まってる球技大会はなかなかないぞ。

それになにより、アニが見てるんだぜ。

アニの視線はベルトルトを見ていた。その表情は険しかった。

だけど、オレにはそれが、アニなりの精一杯の応援に見えた。

ベルトルトは、暫く悩んでいたようだが、気持ちを固めたようだ。

ベルトルト「わかった。やる。やらせてくれ」

ライナー「ああ、ベストを尽くそう」

コニー「そうだな! ベストを尽くそうぜ!」

ジャン「頼んだぞ」

マルコ「大丈夫だよ! ベルトルト!」

サムエル「気持ちを楽にな!」

トーマス「手足の長さを活かせば大丈夫!」

ダズ「が、頑張ってくれ……」

ナック「自分に負けるなよ」

ミリウス「お前なら出来る!」

エレン「ベルトルト、頼む」

皆の声援に見守られてベルトルトが再びGKのグローブを身につけた。

気合を入れなおして、いざ、PK合戦だ!

ピー!

シュートが、放たれた。ベルトルトのセーブは果たして…。

ミカサ「おおお!」

ユミル「よしゃああああ!」

クリスタ「防いだあああ!」

ベルトルトが見事にボールを弾いた。迷いなくボールを防いだのだ。

汗だくだ。相当緊張したんだろう。両手が震えてる。

でも、ベルトルトの表情は、何ていうか、凄くいい表情だった。

アニもちょっとだけ微笑んでいるように見えた。

片方だけ器用に口の端を持ち上げて笑ってる。

ニヒルな笑い方だ。でも、満足そうに見える。

あの小さな笑い方が、アニの精一杯の笑みなんだろうな。

ライナー「次は誰が行く?」

コニー「オレ、やりたい!」

コニーに先を越されてしまった。

ライナー「よし、じゃあコニーに打たせよう。決めろよ!」

コニー「おう!」

1組の女子は「コニーガンバレー!」と声援を送る。

ピー!

コニーのシュートが放たれた。ボールは……。

ミカサ「おお?!」

ユミル「左端いった!」

クリスタ「キーパーの手が届かない!」

コニー「よしゃああああああ!」

勢いがついてきた。次はまたベルトルトのセーブだ。今のベルトルトならきっとセーブ出来る。

アニ「頑張れ」

アニの口が動いたような気がした。

その声までは届いてないけど。きっと、応援の言葉だ。

敵チームがシュートを放った! その結果は…。

ミカサ「ああ……」

ユミル「おう……」

アニ「セーブ失敗か…」

しかし相手も強い。そう簡単には勝たせては貰えないか。

ベルトルトの汗が凄かった。プレッシャーで消耗しているのが分かる。

ベルトルト「……ここでセーブ出来れば、有利なまま進められたのに」

ライナー「まだ大丈夫だ。逆転された訳じゃない」

ベルトルト「ごめん……」

ライナー「大分、疲れが見え始めているな。集中力が切れかかってるなら、GKを交代してもいいぞ」

ベルトルト「でも………」

ライナー「格好いいところは見せられただろ? 最後の美味しいところは俺に譲ってくれないのか?」

ベルトルト「………ありがとう。ライナー」

そうだな。ここはもう、交替しても構わないだろうな。

ベルトルトはやれるだけの事はやった。後はライナーに任せよう。

現在の勝負の行方はこんな感じだ。


1年1組 ○ ○ 

2年1組 × ○


ジャン「次はオレがいってもいいか?」

あ、また先を越されてしまった。

自分から言い出すタイミングを逃しちまった…。

ライナー「ああ、いいぞ。決めてきてくれ」

ピー!

笛が鳴った。ジャンが走り込んで、蹴る。

右端にボールが飛んだ。その行方は…。

ミカサ「おお!」

ジャンのシュートが一瞬弾かれてダメかと思いきや、ゴールの枠に当たって中に入った。

ラッキーゴールだ! 今度はこっち側が幸運に恵まれた!

ジャン「よしゃああああああ!」

これで次、セーブを決めたら1年1組の優勝だ!

ライナー「じゃあ、いってくる」

美味しいところでライナーの登場だ。

ここでセーブを決めたらクリスタもライナーに惚れるかもしれんな。

敵チームも緊張の面持ちだが、ここで登場したのはサッカー部員のあいつだ。

アルミンにうっかり顔面シュートを放ってしまったあいつは外野のアルミンを一度見ると軽く頭を下げた。

アルミンも会釈を返した。これでわだかまりは溶けた。

ピー!

シュートが、放たれた。勝利の女神よ、微笑んでくれ!

ライナー「ふん!!!」

正面に飛んできたボールをライナーは気合と共に防いだ。

それと同時に優勝が決まり、その瞬間、なんと1年1組は男女でダブル優勝を果たすという快挙を遂げた。

男子は全員、ライナーの元に走って駆け寄り、大いに勝利を喜んだ。

ライナーの背中を叩きまくって、咳込ませるくらいにはしゃいだんだ。

ジャン「やったなライナー! さすがだぜ!」

マルコ「凄いよライナー! よく止めた!」

グラウンドは拍手喝采だった。女子の中には泣いている者もいる。

クリスタ「凄かったあ。ライナー格好良かったよ~」

ユミル「いや、ベルトルさんも頑張った。皆、よくやったよ」

アニ「おめでとう」

ミカサ「しかしよく止めた。左右にボールが飛ぶのが多かったから、釣られるかと思ったのに」

ミカサの言う通りだ。

殆どのキッカーが左右に振り分けて蹴るから、キーパーはどちらかを先読みして飛んでセーブする事が多い。

ボールが飛んでから反応しても間に合わないからだ。

しかしライナーは左右に飛ばずに来たボールを素直にそのまま受け止めた。

度胸がねえと出来ない判断だ。相手の蹴りを読んだんだろうな。

ライナー「ああ、まあ……そろそろ正面にも来るかなと、何となく思ったんだよ」

ライナーは照れくさそうに笑っていた。

いや、そう思ってもなかなかそれに賭けるのは難しいんだぜ?

ベルトルトは感動で泣きべそをかいている。ライナーは「泣くな泣くな」と宥めていた。

2年1組の対戦相手達は全員、悔しそうにしていた。サッカー部員の彼はそれでも、ライナーに握手を求めた。

読み合いで負けた事に対して思うところもあるだろうが、それでも勝ったのはこちらだ。

負けた側は悔しさを飲み込んで勝った方に祝福を述べたようだ。

そしてサッカーコートの整備が終わった後、体育館に全員、再び集まって表彰式が行われ、この日の球技大会は幕を下ろしたのだった。

球技大会が終わった後の放課後は、それはもう、賑やかだったな。

1年と2年の女子がわらわら集まってくるし、運動部の先輩達も今頃勧誘合戦を始めるし。

オレも何人かの女子からメルアド渡されたりしたけど、正直困ったな。

だって全然知らない人だし、何話していいか分からんし。

ミカサもミカサで運動部に声かけられてたな。断るのが大変そうだった。

ミカサ「エレン、お昼を食べよう」

エレン「お、おう。もうそんな時間か」

ミカサが声をかけてくれたおかげで人ごみから脱出できた。ふー。疲れたぜ。

エレン「どこで食べる? 今日は中庭も空いてるんじゃねえか?」

ミカサ「天気もいいし中庭で食べよう」

という訳で中庭の東屋を確保してミカサと昼飯を食う事にした。

エレン「はあああああ」

にしても、オレ、情けねえええええ。

ミカサ「どうしたの?」

エレン「いや……今日の球技大会、活躍出来なかったなあって」

ミカサ「そんなことない。エレンは頑張った」

エレン「でもよー1番、決めたい時にすかしたんだぞ。あの場面は、シュート決めたかった…」

肝心な場面ですかしたんだ。アレは本当に凹んだ。

エレン「PK戦にもつれ込む前にあそこで逆転してりゃあな…くそ、オレもジャンの事言えたもんじゃねえな」

ジャンに文句を言う資格なんてねえな。オレ。

ミカサ「エレン、それは結果論。エレンは十分頑張った」

エレン「そうだけど……やっぱりあそこで決めた方が格好良かっただろ?」

ミカサ「ううん。エレンはずっと格好良かった。今日の試合、皆、格好良かったと思う」

ミカサは嘘を言ってるようには見えなかった。

お世辞、とかじゃない。本心を言ってくれるようだ。

ミカサ「前にも言ったと思うけど、結果が伴わない事もある。それよりも、それに向かって頑張っている姿が好き」

エレン「そうだろうけど、やっぱり男は結果を出したい生き物なんだよ!」

オレの気持ち、分かる奴には分かるよな?

決めたかったところですかすのほど、格好悪いのって、ねえよ。

エレン「はー……特に前線に出る奴は結果を出してこそだしな。皆のパスを最後に決められないとFWの意味はねえし」

ミカサ「それは分かるけども」

エレン「だろ? 皆に支えて貰ってる立場なんだから、結果は出してえよ」

でないと何のためのFWだよ。

ミカサ「エレンはやはり、表側の人間なのね」

エレン「ん?」

ミカサ「皆の光。その前向きな明るさは、皆を明るく照らしていると思う」

いや、それはオレよりもむしろライナーの事だろ。

エレン「いや……それを言ったら、多分、ライナーの方がそういう奴だよ。本当はオレもPKに出るべきだったんだろうけど、すぐに気持ち切り替えられなくて、言い出せなかった。情けねえけど」

コニーとジャンに先越されたのもあるが、でも、手をあげる勇気がなかったのも本当だ。

ライナーがセーブを失敗してたらその次は出てたかもしれないが、そこで決められたかどうかは分からねえ。

エレン「だからコニーやジャンが決めてくれて助かったと思ったよ。もし、後半までもつれ込んでオレの番まで回ってきてたら、決められてたかどうかは分からねえ」

ミカサ「そう……」

エレン「ライナーにはかなわねえな。やっぱりあいつはすげえ奴だよ」

なんていうか、メンタルの部分で敵わない。そう思わされたんだ。

エレン「ライナーはまだ部活入ってないとか言ってたが、勿体無いよな。バスケとかバレーとか似合いそうだがサッカーもいけそうだし」

ミカサ「ライナーは恐らく弓道部に入ると思う」

エレン「はあ?! 何でそこで弓道?」

イメージがすぐには結び付かなかった。すると、

ミカサ「クリスタが弓道部に興味を示しているので、後ろを追っていったのを先程見た」

エレン「えええ……まさか、クリスタの後を追うつもりかよライナー…」

勿体ねえ! いや、弓道部的には万々歳だろうけど。

ライナーなら球技系の激しい運動部でも十分やっていけると思うのにな。

そうか。でも、それだけライナーは本気って事なんだな…。

いやでも、もしクリスタに振られたらどうするつもりなんだ?

エレン「女の尻追いかけてる場合かよ……ライナーなら運動系なら何でもいけるだろ」

ミカサ「弓道も一応、スポーツに入るけれども」

エレン「いや、それは分かってるんだが、もっと合うところあるだろって話だよ」

ミカサ「好きな人を追いかけて同じ部に入るのはそんなに悪い事だろうか?」

きょとんと言い返すミカサにオレも「うっ」となってしまう。

エレン「…………いや、まあ、個人の考えはそれぞれだからオレは反対はしねえけどさあ」

弁当をつっついて食べながらウダウダしてしまう。

本当はバスケかバレーか。野球でもいいけどさ。サッカーもいい。

ライナーが活躍するとこを見てみたかったなーって思いがあるんだよ。

弓道が悪いって話じゃない。だけど、こう……な?

オレの勝手な願望だな。これ。うん。

エレン「ライナーはそっか。クリスタが好きっぽいなとは思ってたが、本気なんだな」

クリスタが好きならしょうがねえか。

恋愛至上主義の奴は別にライナーだけじゃない。ジャンだってそうだ。

ミカサ「あの態度を見ればほぼ確定だと思う」

エレン「まあ報われるといいけどな。クリスタは競争率高そうだけど」

アルミンもクリスタの事、好きっぽいしな。

オレはどっちも応援はしてやれねえけど……。

ミカサ「エレンも先程、2年女子に囲まれてたけれど……」

急に話題がそれで思わず喉を詰まらせかけた。

エレン(ゲホゲホ)

ミカサ「?」

エレン「あーいや、その………まあ、なんかいろいろ声はかけられたよ。うん」

何だ? 何でいきなりそういう話になったんだ?

ミカサ「告白されたの?」

エレン「いや、それはねえけど、何か勝手にアドレス渡された。メル友からお願いとか何とか」

ミカサ「それは良かった。エレンはモテている」

どや顔された。なんだこれ。何で安心したような顔するんだ。

微妙に傷つくぞ。それ。

エレン「別に嬉しくはねえよ。相手のこと殆ど知らんのだし」

ミカサ「嘘。本当は嬉しいくせに」

ミカサが変な風に勘違いしているな。つか、何なんだよ。

まるで保護者のような面、すんなよ。

エレン「お前な……オレがモテても何とも思わないのか?」

ミカサ「? モテるのはいい事では?」

がっくりした。何だよ。オレがモテて嬉しいとか。

エレン「そこは嘘でもいいからヤキモチ焼く素振りを見せろよー」

ミカサ「え? 何故?」

そ、それは……。

エレン「その方が女の子らしいだろ?」

と、思わず言っちまった。そうだ。焼きもち妬く方が女らしいよな。

ミカサ「そうかしら? 女らしくなくてごめんなさい」

エレン「いや、素直に謝る必要はないんだが……」

本気でミカサはオレがモテて嬉しいのかな。嘘はついてねえみたいだけど。

………いや、待て待て。そもそもオレなんかより、ミカサの方がモテるだろ。

これだけの美人だ。ジャンだって既に惚れてるし。

ミカサ「何?」

エレン「いや、ミカサって美人だよな。オレよりも、モテるんじゃねえの?」

ミカサがその瞬間、物凄い勢いで青ざめた。

ガタガタガタ震えている。露骨な反応に逆に驚いた。

ミカサ「大丈夫。私はモテない。中身が残念なので」

エレン「いや、そんな事はないと思うが……あいつはミカサ狙いっぽいし」

ミカサ「え?」

おっと、危ない。口が滑るところだった。

エレン「いや、何でもねえよ。ま、もし将来彼氏が出来たらちゃんと紹介しろよ。見定めてやるから」

ミカサ「そう? エレンの審査を通さないといけないの?」

エレン「だって義理の義理の兄弟になるかもしれんのだし……って、気が早いのかもしれんが」

やばい。これじゃ保護者面してるのはどっちだよって話だな。

エレン「……悪い。ちょっとお節介が過ぎたか。やっぱり無しで。ちゃんと好きになった奴なら認めてやるよ」

ミカサ「そう……」

親父が今の家庭を壊すような事がない限りは、ずっとミカサとは家族としてやっていく事になるだろう。

いつになるかは分からんが、ミカサもいつかは誰かと結婚とかするだろうし。

その時になってみないと分からんかもしれんが、変な奴がミカサとくっついたりしたらオレも困るしな。

義理とはいえ、親戚になるんだ。日本の法律ではそうなんだから仕方ない。

だからお節介は焼く。でもミカサが本気で好きになった奴なら、認める。

そう、その時は思ってたんだ。

ジャン「お前らここに居たのか」

ミカサとたわいもない話をしていたその時、ジャンがこっちにやってきた。

お前の鼻は犬並みの嗅覚だな。ミカサの匂いを辿ってきたんかと思うくらいに。

ジャン「ここいいか?」

エレン「ダメだ。お前はこっちの席だ」

ミカサの横はまだ早い。

ジャン「ちっ……小舅か。てめーは」

ははは。間違っちゃいないな。言わねえけど。

ジャン「いやーにしても参った参った。サッカー部の先輩達にさっきまで熱心に誘われててよ」

エレン「ああ、だろうな。オレもさっきまでそうだった」

ジャン「でもオレは演劇部に入ってるって言ったらすげー残念そうにされてさー」

エレン「オレもそうだよ」

ジャン「掛け持ちでもいいからさー入ってくれないかって言われてどうするか迷ってたら遅くなったんだよな」

エレン「オレは迷わなかったけどな」

ジャン「お前はいちいち突っかかるなよ。オレはミカサに話してるんだよ」

エレン「ミカサも同じような目に遭ってるんだからだいたい想像はついてんだよ」

ジャン「そりゃそうだが、報告するのはオレの勝手だろ」

ミカサ「二人共、飯時に喧嘩しない」

ミカサに止められた。ふん。喧嘩してる訳じゃねえけどな。

ミカサ「ご飯は楽しく食べたいので、喧嘩はしないで欲しい」

ジャン「すまん……」

エレン「はあ。全く……どいつもこいつも青春しやがって」

ミカサ「?」

エレン「何でもねえ。ちょっと愚痴を言っただけだ」

そうだ。さっきのも喧嘩というより愚痴に近い。

ジャンの頭の中がお花畑化していて、呆れてたんだよ。

オレの言いたい意味が通じたのか、ジャンがこっちにつっかかってきた。

ジャン「は! エレンはまだまだお子様なんだろ」

エレン「ああ?」

ジャン「初恋もまだとかいうタイプなんじゃねえの? そうなんだろ?」

エレン「んなわけあるか。初恋くらいなら既にしてるに決まってるだろ」

ミカサ「え? そうなの?」

やべ。口が滑った。まずいな。

ジャン「ほーあれか? 幼稚園の先生とかか?」

ミカサ「そうなの? エレン」

エレン「いや、違うけど」

ジャン「じゃあいつだよ。小学校か? 中学か?」

あーどうすっかな。まあ、いっか。

エレン「………………………小学生だ」

オレの初恋は、小学生の時だ。

正確に言うなら、9歳の時。10歳の誕生日がくる前の、冬。

オレの母さんを亡くした年に出会った、名前も聞かずに別れたあの子だ。

長い黒髪が印象的だった。少し垂れ目の可愛い女の子だった。

オレはあの子に、酷い事をさせちまった。罪悪感は消えない。

いや、あれを「恋」と言うのも強引かもしれないけど…。

でもあの子の事を思い出すと、今でも胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになる。

あの子、今頃どうしてんのかな。もし会えるなら、会ってみたい。

そう思うんだから、きっとこれは「初恋」なんじゃねえかって思うんだが。

……………まあ、淡い恋心だって言われちまったら、そうなんだけどな。

ジャン「ふーん。ま、オレと似たようなもんか」

ジャンも初恋は済ませてるみたいだな。そらそうだろうな。

しかしこの後、意外な言葉が、

ミカサ「いいな。私はまだ、初恋もない」

ジャン「え……」

エレン「え……」

ミカサ「恋をしたことがないので、恋愛感情が分からない。とても羨ましい」

まじか。こんなに美人なのに。

言い寄られても、自分から好きになった事がねえのか。

ジャンの方を見ると、あああもう、こいつ、気持ち悪いくらいにニヤけてる。

隠しきれてない。そんなに嬉しいのか。

言うなら誰も手をつけてない、天然の花を見つけたような。そんな気持ちなんだろうな。

断崖絶壁に生えた天然の貴重な美しい花を見つけて、胸が躍るような。

有頂天になるのは分かるが、ここでは自重してくれよ。頼むから。

ミカサ「? 何か変な事を言っただろうか?」

断崖絶壁の天然の花が風に揺れる。いつか誰かに毟り取られなきゃいいが。

エレン「いや……そっか。まあでも、これからだろ、きっと」

ジャン「ああ、きっとそうだ。運命の相手がきっと現れる」

大事にしてくれる相手が見つかるといいけどな。

ミカサ「そうだといいのだけれども」

ジャン「身近にいるかもしれない。周りの男をよく見ればいると思うぜ」

だから、自重しろって。露骨なアピールすんなよ…。

ま、ミカサは気づいてないみたいだけどな。

ミカサ「では今後は注意して見てみよう。部の先輩やクラスメイトも含めて」

ジャン「おう! きっといる! 頑張れよミカサ!」

ミカサ「うん」

やれやれ。ま、この話はもうこの辺でやめておこう。

エレン「飯、食い終わったならぼちぼち部活行くぞ」

ジャン「あ、ちょっと待ってくれ。あともうちょい」

エレン「早くしろよ。1年が遅れたらまずいだろ」

ジャン(もぐもぐ…ごっくん)

ジャン「悪い。待たせた」

エレン「じゃ、ぼちぼち移動するか」

ミカサ「そうね」

そしてオレ達三人は昼食を食べ終わって部室に移動する事になった。

音楽室にはこの間、部員紹介の時にはいなかった女子がいる。

あ! やっぱり、あの人だ。部員なのか、そうじゃないのか、気になってた人だ。

パク「あーーーーーーー」

ジャン「?」

ジャンはここでは初対面だな。

パク「あ、そっちの馬面の子は初対面だっけ?」

ジャン「は、はい」

いきなり馬面と言われてジャンがちょっとだけ微妙な顔したな。

パク「どーも! パクです! 元部員の2年です。時々発声練習させて貰ってるんだ」

エレン「あれ? 確か俺達が初めてここに来た時にいましたよね? てっきり部員かと思ってました」

パク「うん。元部員なんだ。実は私、劇団に在籍しててね。メインはそっちで、こっちはたまに助っ人でやってるんだ」

ミカサ「劇団所属……」

ジャン「え?! って事はまさか、プロって事ですか?」

パク「そうだよ~スカウトされたから、今は劇団の公演中じゃないんで、こっちにも顔出してるんだ。ユウとユイも劇団所属だよ」

ユウ「どうも! 初めまして!」

ユイ「初めまして。ユイです」

綺麗な先輩三人組だ。それぞれタイプの違う美人なんだよな。

パク先輩は大人っぽくて、ユウ先輩はオシャレで、ユイ先輩は和風美人って感じなんだ。

パク「将来本気で役者か声優目指す子は演劇部に所属している間にスカウトされて、プロの劇団に移籍する例も珍しくないんだ。ペトラ先輩達もスカウトされた経験あるけど、進路が違うから断ったみたいだけど」

ユウ「公演の出来によってはスカウトの声がかかる事もあるよ」

ユイ「私達三人は去年、声がかかって2年から移籍したんだ」

なるほど。確かに実力があればプロでやっていく奴もいるだろう。

子役だっている時代だもんな。実力の世界に既に飛び込んでいる三人が眩しく見えた。

パク「今日は暇だったからこっちにも遊びに来たんだ。私達以外にも、劇団所属の元部員はいるから追々紹介してあげるね」

エレン「はい! ありがとうございます!」

ミカサ「ジャン、良かった」

ジャン「え?」

ミカサ「綺麗なお姉さん達がいっぱい……きっといい人がいる」

ジャン「……………」

おーっと、ジャンが微妙な面してやがる。

ジャン、言っておくがミカサは本心で言ってるぞ。

誤解されたくないなら、いつかは告白しないと永遠に伝わらないだろうな。ククク。

ジャンの落ち込みぶりが可笑しくてついつい笑っていたら、

オルオ「お? 今日はパク達も来てるのか」

パク「あ、どーも! お邪魔してます!」

ペトラ「ちょっと聞いてよパクー! オルオと脚本煮詰めてたんだけどさー」

と、先輩達は何やら込み入った話を始めたようだ。

ペトラ「絶対、新選組系の時代劇やるっていって聞かないんだよー予算考えてよって言ってるのに、融通きかないし!」

パク「新選組ですか? 去年も冬公演でやりましたよね? またやるんですか?」

オルオ「今度はスポットを別のキャラに当てるんだよ。題して『侍・悲恋歌』だ」

ペトラ「私は純愛路線やりたいのに! ちょっと私の書いたの読んで!」

パク「ふむふむ。ちょっと速読しますね。…………オリジナルファンタジー系ですね」

ペトラ「そう! 恋愛メインの女性ウケしそうなやつなんだけど」

パク「タイトルは『仮面の王女』ですか。ふむ……絶世の美女と噂される王女が敵国に政略結婚をされそうになるが、それを破談にする為に、自らの顔に火傷の細工をして偽り、仮面をかぶる。見合いの席で破談にさせようとするものの、予定した相手とは違う王子と結婚させられる、といったお話ですか」

ペトラ「そんな感じ! どう?!」

パク「ちょっと尺が長くなりそうな劇ですよね。どちらも。もっと短くて普遍的な物語の方がいいと思いますが」

ペトラ「えーそう? やっぱり既存の物語のアレンジの方がいいかな?」

パク「まあオリジナル劇の方がやりがいはありますけどね」

エレン「あの、一度脚本を読ませて貰ってもいいですか?」

読んでみないと分かんねえもんな。どっちがいいか、なんて。

ペトラ「いいよ! はい、どうぞ!」

と言う訳でオルオ先輩とペトラ先輩の脚本を両方読む事になった。

エレン「どちらも面白いと思いますが、個人的にはチャンバラシーンのある方がいいです」

ジャン「オレも殺陣のシーンは好きだな」

時代劇はそれだけで何かわくわくするんだよな。

模造刀を振り回せるならそっちの方がいいなーとこの時は思ってたんだ。

ペトラ「ミカサはどっち!? どっちでいきたい?!」

ミカサ「ええっと……」

でもミカサの次の言葉で、意見が分かれたんだ。

ミカサ「私はペトラ先輩の脚本の方が好きです」

ペトラ「おっしゃあああ!」

オルオ「うぐっ……」

エレン「えー? でもこっちはベタベタな恋愛劇だぞ?」

ミカサ「それは時代劇の方も同じ。ただ、暗殺という要素はちょっと重すぎるような気がしたの」

ペトラ「あーなるほど。言われてみればそうかもね。ちょっとそういうのを受け付けない人もいるかも」

オルオ「そうか……そういう視点もあるのか」

ジャン「男から見たら別にそこまで思わないよな」

エレン「ああ。時代劇だったら必殺シリーズとかもろに暗殺だからな」

むしろその暗殺シーンがメインだしな。

でも格好いいよな。キューンと音を鳴らして悪人を倒すシーンは。

単純だって言わないでくれ。男なんて皆そんなもんだ。

パク「今回の脚本は総文祭用のものですか? だったら確かにあまりグロい描写は入れられないと思いますよ」

ユウ「そうだね~所謂、一般向けの物か、コメディか、恋愛物が多いよね」

ユイ「時代劇やりたいなら、学校の文化祭とかの方が向いてるかもね」

ミカサ「総文祭、とは」

ペトラ「全国高等学校総合文化祭の略。夏に予選があって、8月頃に全国大会があるんだ。所謂、文化部のインターハイみたいなものだよ」

オルオ「俺達3年はこの舞台で最後になるからな。気合入れて今から脚本を書いているんだ」

ミカサ「なるほど…」

8月に向けて今から準備するんだから演劇は大変だと思ったよ。

ペトラ「うーん、でも確かに男子の言うようにチャンバラシーンも捨てがたいのよね」

ミカサ「だったら和風ではなく、西洋風で戦うシーンを入れたらどうだろう?」

ペトラ「そうね。フェンシングの動きに近いものを入れられないか調整入れてみるわ」

オルオ「頼んだぞ」

ペトラ「オルオの脚本は秋の文化祭用に一応、残しておいたら? 同時進行で今から準備進めていれば楽だし」

オルオ「それもそうだな。分かった。俺は俺で書き進めておくよ」

先輩達は詳しい話を煮詰めていってるようだ。

エレン「何か徐々に動き出してる感じだな」

ミカサ「そうね。ちょっとだけわくわくする」

ジャン「でも『仮面の王女』の方をするっていうなら、ヒロイン役は誰がやるんだ?」

まさかこの時点では、オレがヒロイン役になるとは本当に思ってなかった。

オーディションで手を抜いたわけじゃないけど、あの演技で評価されるなんてな。

本当、人生って奴は分からんもんだ。

パク「それはちゃんとオーディションで決めるよ。ペトラのイメージに一番近い子を選ぶよ。男子だろうが、ね」

エレン「え? まじっすか?」

パク「うん。女性役を男子がやるのも珍しくないよ。其の辺は平等に審査するから」

ミカサ「エレン、やる?」

エレン「いやいやいや、ヒロイン役は無理だぞ」

ジャン「ミカサはやらないのか?」

ミカサ「私は裏方なので、役者はやらない」

ジャン「え? そうだったんか?」

あ、そういや話してなかったっけ。

ミカサ「うん。私は裏方希望でここにいる」

エレン「オレはケースバイケースってところだな。役者の数が足りない時は表もやるけど、基本は裏方だな」

ジャン「まじかよ……じゃあオレ、お前らとは活動場所が違うじゃねえか」

エレン「役者希望だったっけ? でも、一緒にやるのは同じだから別にいいだろ」

ジャン「そうだけどさー……くそ、今更オレも裏方希望しても無理そうだよな」

ミカサ「裏方やりたいの? だったらそれを伝えたほうがいいと思うけど」

エレン「でも、適正で言ったらジャンは役者っぽい感じもするけどな」

ジャン「其の辺はオレにも良く分からんが……まあいい。状況を見て判断するよ」

ジャンもこの時点ではきっと、オレの相手役を務める事になるとは、夢にも思ってなかっただろうな。

オレ達はそのオーディションが来る日までは、お互いに「本音は裏方やりてえな」と思ってたんだし。

でも、運命の悪戯というか…。二人が選ばれちまったんだからしょうがねえ。

オレ達の練習風景については、後々説明する事にしよう。

という訳でここで一旦、区切ります。
エレン、初恋の子は目の前にいるぞ。とツッコミながら書いてます。
でもまだお互いに気づいてない。幼い時の記憶だから朧なんです。

ではでは。続きはまた今度で。

そんな訳でその日の活動はいつものように体力づくりの軽いジョギングと、発声練習、柔軟体操。既存台本での演技練習等を行った。それに加えてその日は簡単な演劇用語講座も開かれ、裏方などで使われる独特な用語の勉強などもした。

先輩達にプリントを渡された。追々、やりながら覚えていって欲しいとの事だった。

家に帰宅してからも一応、それに目を通す。

バミるとか、はけるとか、あと金槌の事を「なぐり」とか言ったりするのが面白いなと思った。

資料を読んでいたら、ミカサが部屋にやってきた。

ミカサ「エレン、明日の事だけど」

エレン「ん?」

ミカサ「明日は午前中、黒い洋服を買いに行きたい。ので、勉強会は午後からにしてもらった」

エレン「一人で行くのか?」

ミカサ「そのつもりだけど」

少し考えて、オレもそれに便乗する事にした。

エレン「オレも一緒に行ってもいいか?」

ミカサ「え? でもエレンは黒い私服は持ってる筈……」

エレン「いや、何か話によると途中で何度も汗かくから着替えは何枚か用意してた方がいいって言ってたからさ。オレも追加して買いたいんだよ」

あと、ミカサを一人にすると、変な奴らに絡まれる可能性もあるしな。

過保護とか言うなよ。ミカサは女の子なんだからこれくらい心配するのは家族として当然だ。

ミカサ「なるほど。では、一緒に午前中に買い物をすませましょう」

明日の予定が決まってミカサが部屋に戻った。

さて、明日に備えて早めに寝るとするか。おやすみ。




次の日。オレは早速、ミカサに同行して洋服屋に出かけた。

通称「ウニクロ」と呼ばれるそのチェーン店はシンプルなデザインが売りの洋服屋だ。

薄くても暖かいヒートテック生地なんかで有名だ。ここは値段も手頃だし学生が買うのには丁度いい店だ。

ミカサは店内に入るなりすぐさま男性用のコーナーへ向かった。

エレン「ん? 女性用のコーナーに行かないのか? 先に買ってきていいんだぞ」

ミカサ「男性用の方が種類があるので」

あ、そうか。ミカサはオレと同じくらい背あるもんな。

170cmもあるから、男性用のTシャツの方がいいんだろう。

アルミンもたまに女性用のコーナーの方が合うサイズが多い場合があるって言ってた。それと同じだな。

ミカサ「あった。2Lサイズ。これを何枚か買っていく」

エレン「え? Lサイズでよくねえか? 男性用なんだぞ?」

ミカサ「エレン、私の背丈はまだ伸びている」

エレン「あ、そっか! なるほど。先を見越して買うのか」

羨ましいな。ミカサ、成長期まだ終わってないのか。

ミカサ「エレンも2Lサイズを買うといい」

エレン「いや、実はオレ、男性用だとLでも少し大きいくらいなんだよな」

ミカサ「MとLの間くらいなの?」

エレン「そうそう。胸板薄いからな。悲しいことに」

オレ自身の成長期はどうなのか分からんが、本当はもう少し大きくなりたいんだ。

ミカサ「でも後から背が伸びたら困る。洗濯で若干縮む場合もあるし」

エレン「うーん。それも確かにそうだが、ぶかぶかだと格好悪くないか?」

ミカサ「可愛いと思うけど」

エレン「それが嫌なんだよ!」

ミカサがニヤニヤしてんな。くそ! そんなに可愛いのが見たいんかな。

男としてみればあまり嬉しくはないんだが。

ミカサ「なら仕方がない。Lサイズにするといい」

エレン「………いや、でも、背丈は伸ばそうとしている訳だし」

ミカサが笑いを必死に堪えてやがる。くそう。

ああでも、迷う。どうすっかなー。

ミカサ「ふふふ……まあ、エレンが迷っている間に私はズボンの方も見てくる」

エレン「おう。ゆっくり見てこい」

という訳で一旦、ミカサとは離れてしばし葛藤した。

そしてうんうん考えて、結局ミカサと同じ2Lサイズを購入する事にした。

エレン「将来、背が伸びることを期待して買った。これで後戻りは出来ん」

ミカサ「ふふふ……」

ミカサがやっぱり笑ってやがる。

くそ…絶対、身長伸ばして見せるからな!

エレン「ズボンはもう買ってきたのか?」

ミカサ「うん。ウエストが少し余ったけれど、お尻が大きいので仕方がない」

エレン「え? ああ、そうなのか? まあ、確かにくびれてる方ではあるけれど」

ミカサ、腰細い方だもんな。と、見ていたらミカサに「もう」と文句を言われた。

あ、悪い悪い。ついついジロジロ見ちまった。

ミカサ「エレンはズボンは買わないの?」

エレン「ああ、黒のズボンは持ってる。今回は黒Tシャツだけだな」

ミカサ「そう。では家に一旦帰りましょう。荷物を置きたいので」

エレン「え? ロッカーに預けておけばいいんじゃないか? 駅にあるだろ」

ミカサ「!」

ミカサが大げさに驚いていた。そういう発想がなかったようだ。

エレン「図書館から帰る時に駅に寄って荷物持って帰ればいいだろ?」

ミカサ「凄い。その発想はなかった」

エレン「え? お前今までどんな生活してたんだよ」

オレだけじゃねえよな? こういう事するの。

いちいち家に戻るの面倒だし、荷物預けられるロッカーがあるなら、そこに置いておくよな。

忘れたりしたら面倒だけど、駅は頻繁に利用するし、大丈夫だろ。

エレン「友達と街に遊びに行ったり買い物したりする時は、ロッカーを利用したりしないのか?」

ミカサ「した事ない……」

エレン「そうか。まあオレもアルミンに言われて始めた事だけどな」

アルミンが言い出したやり方を真似たんだ。アルミン、頭いいだろ?

エレン「まあいいや。ついでに昼飯も駅の何処かで食べようぜ。なんかあるだろ」

という訳で、洋服を買い終わると、電車を乗り継ぎ、駅まで移動して、荷物をロッカーに預けて、駅中の店を見て回った。

まだちょっと早い時間帯だからか、お客さんの数が少ない。今のうちに決めてしまおう。

でも途中でたい焼きなどの甘味を見つけてそっちに気持ちが釣られてしまった。

エレン「お、どれもうまそー」

ミカサ「エレン、それはデザートで良いのでは?」

エレン「そうだな。先に飯食うか」

たまたま視界に入ったハンバーグ屋は、まだ人がすいてる。ここいいかもな。

エレン「んー……あ、ドッキリドンキーがある。ここにしようぜ」

ここも割と有名なハンバーグのチェーン店だ。

木の丸い皿にハンバーグとご飯とサラダをまとめてのせてくれる。

ミカサ「ふむ。まあ手頃なお店なのでここにしよう」

オレは普通のハンバーグにトッピングでチーズをのせた。

ミカサもオレのと同じものを注文した。

エレン「意外と早く買い物済んだな」

もっと時間食うかと思ってたから意外だった。

ミカサ「そうだろうか? 元々買うものは決まっていたので」

エレン「いや、ほら、ついでに他の物に目移りして一緒に買うのかと思ったんだよ」

Tシャツ見るつもりがそれ以外の物も一応、買わなくても見たりするだろ? 女は特に。

ミカサ「私は必要な物以外は買わないので」

エレン「うちの母さんとは正反対だな。母さん、買い物すると長かったからなあ」

母さんがそうだったんだ。自分の物だけじゃなく、オレと父さんの分もついでに買っていったりするから、大体、予定時間を過ぎる。

エレン「うちの親父とオレはいつも待たされて、本屋で時間を潰すのが日課だったな」

ミカサ「なるほど。エレンのお母さんは買い物が好きだったのね」

エレン「ああ。買い物が趣味みたいなところがあったな。あ、でも別に無駄な買い物をする訳じゃねえぞ? 選ぶのに物凄く時間がかかってただけだ」

ミカサ「私から見ればエレンも十分、選ぶのに時間がかかってる」

エレン「うっ……オレ、母さんに似てるのかな?」

ミカサに頷かれた。

ミカサ「私は母親に顔は似ているけども、性格は似ていないと言われる」

エレン「おばさんはおっとりしてるもんな。ミカサはどちからといえばキリッとしてる」

ミカサ「父もおっとりしていたので、誰の性格に似たのか良く分からない」

エレン「まあでも、ご先祖様の誰かのが遺伝してるのは間違いないだろ」

ミカサ「そうね。きっとそう」

エレン「オレは親父の頭の良さをもうちょっとだけ欲しかったけどなー」

と、言った頃にもう注文の品がきた。早いな。さすがドッキリドンキー。

ミカサ「エレンは決して馬鹿ではない。普通」

エレン「ははは………まあ、十人並みだとは思うけどな」

エレンは苦笑を浮かべてチーズハンバーグを頬張った。

エレン「(もぐもぐ)でもさ、アルミンとかミカサを見てたら……やっぱりもうちょっと頭良かったらなあとは思うぜ」

ミカサ「(もぐもぐ)でも足りない部分は努力で補えると思う。その為の勉強会なのでは?」

エレン「(もぐもぐ)まあな。午後は頼むぜ」

ミカサ「(もぐもぐ)大丈夫。皆でやれば怖くない」

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……。

買い物で歩き回ったせいか、お互いに腹減ってたみたいだ。

もぐもぐ。うまい。腹減ってる時は何でもうまいな。

二人共残さず完食すると、オレは先に会計を済ませて店を出た。

するとミカサに呼び止められて、

ミカサ「エレン、会計、割り勘…」

エレン「ああ、いいよ。面倒だからオレが出しといた」

ミカサ「そんな……お小遣いを切り詰めさせるのは忍びない」

エレン「いや、うちは結構ざっくりしてるからそんなに気遣わなくていいからさ」

ミカサ「エレン、それでは将来困るのでは?」

いきなり何の話だ?

>>226
エレンは苦笑を浮かべてチーズハンバーグを頬張った。

またミカサ視線混ざっちゃった。すんません。ここは

多分、母さんが普通だったんだろうな。きっと。

と、思いながらオレはチーズハンバーグを頬張った。



に差し替えでお願いします。気をつけてるんですけどね…。
ミスしてすみません。

エレン「え? 何で? 昨日、親父に「ミカサと外食するかも」って前もって言っておいたから多めに金貰ってたんだけど」

うちは大体、必要な時に必要な理由を言えば、それに合わせてちょい多めに金をくれる。

おつりはそのまま持ってていいけど、レシートや領収書は後で親父に渡す事になってるんだ。

そういうのが出ない自販機での購入の時は、メモ書いて渡せばいい。

○月○日 ジュース120円×2本

みたいなメモだけでいい。メモは書き溜めて後から渡しても大丈夫だ。

ミカサ「お小遣いとは別に貰ってたの?」

エレン「ああ。うちは毎回そんな感じだ。必要な時に必要な分だけ、貰う感じ」

ミカサ「月にいくら、とかではないの?」

エレン「え? 何それ。月に一回しか金貰えないって何?」

この時初めて、他の家庭では月々の月給制の方が多いって知ったんだ。

親に買い物の内容を報告するのが普通だと思ってたから、報告しないでいいっていう感覚が、すぐには理解出来なかった。

ミカサ「エレン、それでは人と感覚がズレてくると思う」

エレン「え? そんなに変か?」

ミカサ「普通はお金は月に一度、貰う程度だと思う。それをやりくりするのでは?」

エレン「何でそんな面倒臭いことするんだよ」

ミカサ「収入と支出の割合を大まかに見る為だと思うけど」

エレン「ん? 収入は親父のしか分からんだろ。何でオレが収入の分を計算しないといけないんだ?」

ミカサ「ええっと、確かに家の全体の収入は把握できないけれども、そういう意味ではなくて……」

ミカサが一生懸命考えてくれる。

ミカサ「エレン、日本人は殆どの人が会社や何かに属して収入を得ている」

エレン「ああ。そうだな」

ミカサ「人によっては年単位の収入の人もいるけれど、普通は月一くらいで収入を得る」

エレン「ああ、そうらしいな。うちは良く知らないけど」

ミカサ「だから、月の収支を把握する癖はつけた方がいい。将来的にも必要だと思う」

エレン「サラリーマンになるかもしれないから、家計簿つけろっていうのか?」

ミカサ「そう! つまりそう言う事」

うちは親父が医者で、サラリーマンとは違うから、そのせいで感覚が違ったのかもしれない。

病院の経営を含めて全部、親父がやってるから、月給制という感覚ではなく、年俸制に近い生活だったんだと思う。

事務的な事は全部、親父が3月あたりにバタバタやってるからか、オレにとってはそっちのイメージの方が強かったんだ。

エレン「家計簿だったらうちもつけてるぞ。ただうちの場合は年単位で計算してるが」

ミカサ「え? 年単位?」

エレン「そうそう。うちはこういう必要経費は全部、領収書を取っててさ。全部パソコンで記録して年単位でファイル作ってるって親父が言ってた」

ミカサ「何故、年単位…?」

エレン「さあ? 昔から1年単位でざっくり計算するのが親父のやり方だからなあ。その方が都合がいいんじゃねえの?」

ミカサ「そ、そうなの?」

エレン「ああ。だからミカサも親父に言えば、その都度金はくれると思う。ただし、その買い物の内容は前もって言わないと出してくれないけどな」

ミカサ「その都度、申告しないといけないの?」

エレン「え? 普通そういうもんじゃねえの?」

ミカサ「私はお小遣いの範囲内で自由に買って良かった。…ので、その内容を親に報告した事はない」

この時は本当に驚いた。同時に「いいのかそれ?!」と羨ましくも思った。

オレは贅沢をさせては貰ってたけど、その分自由ではなかったんだ。

エレン「うちと全然違う。え? もしかしてそっちの方が普通なのか?」

ミカサ「わ、分からない。けど、うちはそうだったので」

エレン「うわー…これはちょっと親父に聞いてみる必要があるな」

後で親父と話し合ってその真意を確かめて納得したけどさ。

でも、デート代とか申告する事になったら恥ずかしいな、とも思ったんだよ。

先心配し過ぎかもしれんが、親に筒抜けってのも恥ずかしいんだよ。

エレン「もしそうならオレ、親父に騙されてた事になるな。くそ! 頭いいな親父!」

ミカサ「あ、アルミンのご家庭はどうなの?」

エレン「アルミンもうちと同じだよ。その都度貰うって言ってた」

ミカサ「そ、そうなの? でもそれだと無駄遣いをしてしまうのでは…」

エレン「え? 何でだよ。必要な物を買う時だけしか貰わないんだぞ? 余計な物を買う余裕はねえよ」

例えばケーキを2個買うはずが、予定外に4個買ったりとかはあるけど、それ以外の物を買ったりはしない。

母さんの買い物もそんな感じで、洋服を買いに行って、自分の分だけの筈がオレと父さんの分も買ったり、とかはあった。

でもそれは父さん曰く「余計な買い物」ではないそうで、むしろ効率を考えればそれは時間の節約になるそうだ。

一番良くないのは「予定していない種類の買い物」をする事だ。

例えばたまたまバーゲンセールをデパートで見かけたとしよう。

その日は鞄を買いに行ったのであって、洋服を買いにいった訳ではないとする。

でもその日の所持金が多くあったから、その洋服を買えるとする。そこでつい、衝動買いをしてしまったとする。

家に帰って確認したら、似たようなデザインの服が実はあった。とかいうパターンはないだろうか?

親父曰く、予定していた買い物の個数が変動するのはセーフで、種類が増えるのはアウトなんだ。

人間の記憶なんて曖昧でいい加減だから、ちゃんと筋道を立てて予定を立てないと記憶違いを起こしやすいらしい。

母さんがオレと父さんの洋服をついでに買うのも、ちゃんと前もって「もしいいのがあれば買うかも」という心づもりはしていく。

つまり「予定:母さんの洋服(オレと父さんの洋服)」という感じで、衝動買いとは少し違うんだ。

勿論、親父の方法でも失敗する人はいるだろう。ただうちの場合はそれで大体、間違う事はなかった。

だから無駄に金を使わないという意味では、親父のやり方は多分、間違ってはいないと思う。

一旦、ちょっと休憩します。続きはまた。

ミカサ「驚いた。私の方が少数派だったのね」

エレン「いや、そうとは限らねえよ。ジャンとマルコにも後で聞いてみよう。気になる!」

オレはつい、デザートが欲しくなった。

エレン「頭使ったらなんか甘いもの欲しくなった。ちょっと買ってくる。ミカサも食うか?」

ミカサ「そうね。ちょっと食べたい」

エレン「じゃあ買ってくる。2本な」

こういうのも、今日は「飲食代」として大体計算して金貰ってるからOKなんだ。

チョコバナナを食べながらオレはミカサに言った。

エレン「オレ、もしかして親父に甘やかされて育てられてるのか…?」

ミカサの反応がなかった。肯定されてるな。無理もないか。

エレン「オレ、このままだとまずくないか? この感覚ってやばいのか…?」

ミカサ「え、エレン……その……」

エレン「…………ミカサの目から見たらやはりそうなんだな」

でもそれが分かったのはかえって良かった。

エレン「そっか。そうだな。いや、それが分かっただけでも収穫だ。ありがとな、ミカサ」

ミカサ「うう……」

ミカサが微妙にバツの悪そうな顔をしている。

別にミカサが悪いとかそういう話じゃねえから、そんな顔しなくてもいいんだけどな。

エレン「今度、親父の暇な時に話し合ってみる。どういうつもりでそういうやり方でオレに金くれてたのか、真意を確かめたいしな」

ミカサ「そうね。そうした方がいいかもしれない」

その時、チョコレートが少し垂れた。

ミカサがそれに気づいて慌ててそれを舐めた。

なんか、ソフトクリームの時より、それが官能的に見えて思わず「うっ」となる。

な、何でだろ? あ、そっか。バナナの形状のせいか!

ミカサ「エレン、端っこ、溶けてる」

エレン「あ、ああ……悪い」

オレはミカサを見ないようにしてさっさと全部食べ切った。

邪な事は考えたらいかん。自重しろ、オレ。

そして食べ終わると、ミカサが急に何かを思いついたようで、

ミカサ「そうだ。皆にお菓子のお土産を買っていこう」

エレン「え? 別に要らねえよ」

ミカサ「でも、勉強の途中で甘いものはだいたい欲しくなる」

エレン「図書館の中って飲食しても良かったっけ?」

ミカサ「確かラウンジのある図書館もある。休憩スペースと分けて設置されている筈」

エレン「へーそうなのか。普段行かねえから知らなかったぜ」

子供の頃はアルミンと何度か行ってたけど、中学あがった辺りからは行ってない。

小さい頃の記憶は朧だから、もしかしたらその頃からラウンジもあったかもしれないが。

ミカサ「もしかしてエレン、欲しい本もいつも買って貰ってた?」

エレン「ああ。オレは図鑑とか見るのが好きだったし、親父自身も本好きで、親父の書斎には4つ本棚あるしな。小さい頃に買って貰った本は今も書斎にあるかもしれん」

親父の部屋は小さな図書館みたいになってるんだ。

ミカサ「私はなかなか買って貰えなかった。だから図書館で借りて読んだり学校の図書館で読むことが殆どだった」

エレン「そ、そういうもんか。オレの家は本はすぐ買うもんだったからな」

駅中を移動していると人の波が多くなってきた。

昼を過ぎたからだろうな。人を避けながらミカサと歩く。

歩きながら思い出す。そういえばオレ、親父に「買っちゃダメ」って言われた記憶がねえ。

エレン「……オレ、よく考えてみたら親父に「買っちゃダメ」って言われた記憶がねえ」

ミカサに「おお…」って顔された。

エレン「ただ、買う時は「どうしてそれを買いたいんだい?」と理由を聞かれてた気がする」

ミカサ「理由も聞かれたの?」

エレン「ああ。そうだ。親父は必ず「理由」を聞いてくる。だからオレは毎回説明してた。ただ何となく欲しいって言った場合は「理由がない筈がない」と言って理由を言うまで買ってはくれなかったけど、言えば必ず買ってくれたんだよ」

子供の頃からそんなんだったから、それがずっと普通だと思ってたんだ。

エレン「だからずっとそれが普通だと思ってた。でもそうか……家によっては違う場合もあるんだな」

ミカサ「そうね。それはひとつ勉強になった。私も自分の感覚が絶対のモノとは思わないようにする」

ミカサを通じて世界が広がったような感じだった。

無知だった自分が恥ずかしい。でも同時に知る事が出来て良かったとも思う。

エレン「そうだな。オレも今後は気をつける。じゃあお菓子は安いその辺のコンビニのスナック菓子で…」

ミカサ「え? 皆で食べるのにスナック菓子はちょっと」

エレン「…………え?」

この流れだと、贅沢は出来るだけしない方がいいんじゃ?

と、オレは思ったんだが、

エレン「贅沢はしない方がいいんだよな?」

ミカサ「そうは言っていない。使うべき時は使う。特に皆で食べる時はお金をかけるべき」

エレン「…………やっぱりその辺の感覚がオレとは違うんだな」

むしろ、あんまりいいお菓子だと、かえって相手に気遣わせないかな?

とも思ったんだが、まあミカサがそうしたいんだったら任せようと思った。

ミカサ「あそこに和菓子屋さんがある。買ってきてもいいだろうか?」

エレン「ああ、お菓子の蒼海だな。いいぞ。ここは昔ながらの名店だもんな」

観光客とかはこういうお土産屋でお菓子を買うんじゃねえかな。

ちょっと敷居の高い感じだったけど、店内は明るくて上品な雰囲気だった。

ミカサは既に買う物を決めていたようだ。ひよこのお菓子を選んでいる。

エレン「え、そっちにするのか?! なんか食うの可哀想じゃないか?」

ミカサ「そういうデザインなので……」

エレン「オレはこっちの変な顔のせんべいがいいな」

こういう笑える感じの方が皆で食べる時にウケるかなと思ったんだが、

ミカサ「せんべいは食べかすが出るので、外で食べるのには向かない」

エレン「あ、そっか……じゃあこっちのちっこいバームクーヘンみたいなのは?」

ミカサ「こっちの方がいいの? 美味しいの?」

エレン「いや、知らないけど」

ミカサ「食べたことないのに買うの? 味が分からないのに」

エレン「別にいいだろ。まずかったらまずかったで話のネタになる」

おっと。口が滑っちまった。店員に睨まれてしまった。

店員「どちらも味は保証しますよ。30年近く続く銘菓ですし」

ふーん。そうなんだ。でも店員はまずいとは言わないよな。普通は。

売りつけたいのが店側の心理だが、さあどうするか。

値段的にはそう高くないから買ってもいいけど、オレが言う前にミカサが呆れたように両方選んじまったんだ。

ミカサ「分かりました。両方で」

エレン「え? 両方買うのか?」

ミカサ「私はこのひよこの饅頭が昔から好きなので」

どっちかでいいような気もしたが、ミカサがそういうなら仕方ねえか。

エレン「ふーん。そうなのか。じゃあ両方買えばいいか」

ミカサ「すみません。それぞれ5個ずつ包んで下さい」

お土産も買ったし、用事が済んだし、あとは図書館で合流するだけだ。

オレ達が図書館に移動すると既にあいつら全員揃ってた。

アルミンの私服は男っぽいものが多い。ただでさえ女の子に間違われやすいから、ユニセックスな服を着ると本気で間違われるからだ。

マルコは優しい色の服でまとめていた。上品な感じだった。

………しかし一人だけ場違いなファッションの奴がいた。

ジャンだ。こいつだけ何故か紺色のスーツでしかもネクタイ付きだった。

どこの面接に行くんだよ。とツッコミ入れたかったが、アレかな。スーツがこいつなりの一番のオシャレ服だったんかな。

聞きたかったけど、やめておいた。気合入れすぎて空回りしている感じがしたからだ。

ちなみにミカサはシンプルな水色の緩めのワンピースだ。

ミカサは薄い色合いの服が好きみたいで、ピンクか水色か、ベージュ、白が多い。

割とスカートが多いな。ワンピースか、ロングスカートだ。

オレはパーカーにジーンズだ。普通の格好が一番だろ。

ジャンが照れたようにこっちに手を振っている。

ジャン「よ、よう! 早かったな」

ミカサ「そちらの方が早かった。ごめんなさい。遅れて」

ジャン「いや、待ち合わせ時間には遅れてねえよ。その、こっちはたまたま早く着いだだけだ」

マルコ「じゃあ中に入ろうか。今日はビシバシ鍛えるからね」

全員が座れるテーブルを確保してそれぞれ席に座った。

オレとジャンが隣同士で座り、その向こう側にマルコとアルミンとミカサが座った。

オレは前もってやりたかった実力テストの復習をする事にした。

研修旅行でやったアレだ。答案はかえってきてたけど、ちゃんと復習はしてなかったからだ。

エレン「この間の実力テストの復習からいっていいか?」

ミカサ「ああ、そう言えばテストの返却はされていた。忘れていた」

エレン「忘れてたって事は点数良かったんだな」

ミカサ「いえ、いつもよりはさすがに点数は下がっていた。今回は首席は取れないと思う」

アルミン「仕方ないよ。あの時、ミカサは体調を崩し気味だったから」

そういえば何であの時、ミカサの様子が変だったのか、分からずじまいだ。

一時的に胃の調子が悪かっただけなのかな。

ミカサ「アルミンのおかげで持ち直した。感謝している」

アルミン「うん。まあそういう時もあるよね。じゃあまずはテストの復習からいこうか」

と言う訳で国数英の復習が始まった。

オレは典型的な文系で、ジャンはやや理系だった。

アルミン「あーあ。エレンは数学苦手だねえ。相変わらず」

エレン「小難しい数式を覚えるのが面倒なんだよ。将来役にたつのかこれ」

ジャン「んな事言いだしたら勉強は全部、役にたつか分かんねえだろうが」

エレン「いや、にしても数学を実生活で利用する場面なんてあんまりねえだろ。算数は別にして」

ジャン「数学は頭の体操だと思えよ。パズルみてえなもんだろ」

アルミン「ジャンの言うことは一理あるかな。感覚的には僕もそれに近い」

エレン「暗記科目の方がまだいい。国語と英語は漢字と英単語覚えれば割と点数取れるからな」

暗記科目は努力さえすればある程度の点数を取れるからな。

数学は一種の才能がないと無理なんじゃねえかって思うんだ。

エレン「暗記科目の方がまだいい。国語と英語は漢字と英単語覚えれば割と点数取れるからな」

ミカサ「でもエレンは古典が苦手みたいね。現国の部分との差が激しい」

エレン「うぐっ……古典もその、実生活の何処に役に立つのか分からんから」

覚えたってなんも役に立たないだろ。

マルコ「そんな事言いだしたら、勉強の全てが無駄に思えちゃうよ」

エレン「いや、オレは全部が無駄とは思わねえよ。現国と英語は生活するのにも使うし、社会だって歴史も地理も公民も、それぞれ使う部分はあるし。ただ数学と古典に関してだけ言えば、何で勉強するのかいまいち分かってないだけだ」

ジャン「理由なんて何でもいいだろ。とりあえず、流されて覚えればいいんだよ。深いこと考えるとそれこそ頭のエネルギーの無駄使いだ」

エレン「オレは嫌だね。流されて生きていくのはごめんだ。ちゃんと理由があれば真面目にやるさ」

ミカサ「二人共、今はそういう話は後にして」

うっ。ミカサに怒られちまった。

アルミン「うーん。エレンの言うことも一理あるけど、ジャンの言うことも間違ってないよね」

マルコ「分かる。両方の感覚、あるよね」

しかし今度はアルミンが話を広げちまった。

アルミン「でもさ、将来、何が役にたって何が役に立たないかって、現時点じゃ誰にも分からないんじゃない?」

エレン「そうか?」

アルミン「うん。それぞれの進路によると思うよ。例えば教師になりたい人なんかは、こういう知識を今度は次世代に教えるっていう意味で役に立つし、科学者だったら、国語は使わないけど科学分野の知識は豊富に必要になるし、歴史学者になったら、古典の知識が大いに必要になるし」

エレン「ああ、そうか。なるほどな」

自分の視点だけで考えちゃダメだったな。

確かに古典とかも将来必要な奴には必要かもしれない。

全員が同じ進路って訳じゃねえんだから、同じように考える方が間違ってたな。

エレン「そうか。オレ、自分のことしか考えてなかったな」

アルミン「まあ、普通はそうだけども。所謂僕らは、作物の「種」みたいなもんで、どこの大地で埋まって育って広がって行くかはこれからだからね」

マルコ「詩人だねえ、アルミン」

アルミン「いや、あくまで例えだからね?」

オレはどんな種類の花を咲かせられるのかな。

ミカサ「その理論で言うと、学校の勉強は作物でいう土の「栄養」の部分ね。どの栄養成分を吸収するかは、種の種類によるから、必要のないものは無理に取り込まなくてもいいけれど、栄養は多いに越したことはない」

アルミン「そうそう。だからエレンも、将来を見据えた上で頑張らないとね」

エレン「ううーん。将来か。まだ漠然としているのが一番の問題な気がするが……」

未来が見えない。こういう曖昧な状態が一番、苦手かもしんねえ。

エレン「皆は高校卒業したらどうするか決めてるのか?」

だからつい、皆の事が気になってしまった。

アルミン「え? 入学したばかりでもう卒業後の話?」

エレン「3年間なんてあっという間だろ。どうするか決めてるのか?」

アルミン「とりあえず、僕は今の成績を維持して卒業する事しか考えてないな」

マルコ「僕もまだ、今はそれだけだね」

エレン「ミカサは? 何か将来やりたいことあるのか?」

ミカサ「特にない」

ジャン「オレは一応、あるけど」

意外だと思った。ジャンは将来、決めてるのか。

エレン「………どうするつもりなんだよ」

ジャン「公務員。片っ端から受ける。警察、消防、自衛隊、地方公務員、国家公務員。何でもいいけど、民間には属するつもりはねえな」

アルミン「安定志向だねー。大学行かないの?」

ジャン「成績次第だな。ただ、高卒で取ってくれるところがあれば受ける。コネがある訳じゃねえけど、夢なんだ」

ミカサ「公務員が夢なの?」

ジャン「いや、公務員が夢っていうより、安定した収入と、その……嫁さんを早くもらって家庭を作りたいのが夢」

マルコ「おおお、大人な発言だね。結婚願望あるんだ」

ジャン「当たり前だろ。だから彼女を高校時代に作っておきたいんだよ。卒業したらすぐにでも結婚出来るように」

ああ、そういう事か。

だから焦ってるのか。ミカサを嫁にしたいんだな。

そういう事なら、ジャンの努力の結果次第では認めてやらなくもねえな。

マルコ「ああ、焦っているように見えたのはそのせいだったのか」

ジャン「まあな。思い通りにはいかねえかもしれんが、一応、それが今のオレの願望だ」

ミカサ「具体的に夢があるのはいい事だと思う」

ミカサも旦那にするならちゃんと収入のある男がいいだろう。

オレは未来を見据えているジャンが少しだけ羨ましかった。

エレン「そうか。この中で具体的なのがあるのはジャンだけか」

アルミン「羨ましい限りだね」

マルコ「全くだよ。だったら尚更、早く彼女を見つけないとね」

ジャン「お、おう……」

ジャンがミカサをチラッと見ている。

でも、その直後、

ミカサ「頑張って。ジャン。あなたならきっと出来る」

ジャン「そ、そう思うか?」

ミカサ「うん。きっといい人が見つかる」

ジャン「…………」

あーあ。やっぱりミカサ、気づいてねえな。可哀想に。

ジャン、悪い事は言わん。告白しない限りは永遠にこのままだぞ。

ミカサに察して貰おうなんて思うな。諦めろ。

エレン「オレの場合は勉強よりも目標を先に見つけた方がかえってはかどる気がするな」

オレ、こう見えても計画を立てて頑張るのは得意なんだ。

ただし目標が見えないと逆にやる気が出ないというデメリットもある。

アルミン「ダメだよエレン。そんな風に言って現実逃避しちゃ」

エレン「うっ………バレたか」

アルミン「付き合い何年だと思ってるの。エレン、数学分かんないなら僕がマンツーマンするよ?」

エレン「頼む。数学はアルミンの説明の方が先生のより分かり易い」

アルミンはやや理系、ミカサはやや文系のオールラウンダータイプだ。

と言ってもその差はそんなにない。正五角形に近い学力を持っている。

きっと二人なら、望めば何処へでもいけるんだろうな、と思う。

ジャン「解説を頼む」

ジャンもミカサに真面目に勉強を教えて貰っていた。

特に変な真似をする気配もない。

心配のし過ぎだったかな。あいつ、意外と真面目なとこあるな。

具体的に未来を考えて本気でミカサの事を幸せにするつもりなら、オレもちょっと考えを改めた方がいいのかもな。

そんな風に思いながら勉強を進めていたらあっという間に時間が過ぎた。

ミカサ「そろそろ一回、休憩を入れましょう。おやつは買ってきている」

ジャン「え? わざわざ買って持ってきてたのか?」

ミカサ「一人2個ずつ。食べよう」

ジャン「あ、ありがとう……」

…………ジャン。お前、デレ過ぎだろ。気持ち悪いぞ。

いや、そういう小さな気遣いですら、幸せなんだろうな。

ジャンの場合はミカサが用意していたという事実が嬉しいんだ。

きっとミカサが持ってきた食べ物なら賞味期限切れてても、ジャンは食べるだろうな。

マルコ「ラウンジの方に一度、移動しようか。お茶も飲みたいし」

アルミン「そうだね。一度、移動しようか」

と、言う訳でオレ達は席を離れて少し離れたラウンジまで移動した。

ジャン「……………」

マルコ「ジャン? 食べないの?」

勿体なさ過ぎて食べられないって顔してるな。

でも、食べろよ。保存効かないんだから。

ジャン「は! 悪い。食べる。食べるよ」

ジャン「!」

ミカサ「そんなに急いで食べなくても」

喉詰まらせてる。ミカサが慌てて背中を擦ってやってる。

全く。ジャンの奴は、本当にミカサにベタ惚れだな。

ジャン「(ごくん)悪い。慌てた」

ミカサ「ゆっくり食べればいい。そんなに慌てる必要はない」

アルミン「(もぐもぐ)うん、和菓子は特に味わって食べないとね」

アルミンはチビチビ味わって食べている。

そうだ。ミカサが折角選んだお菓子なんだから味わって食おう。

無言でじっくり食べてたら、

ミカサ「美味しくないの?」

エレン「んにゃ、うまいけど」

ミカサ「にしては浮かない顔ね」

と、ミカサに心配されてしまった。

ジャンとミカサのやりとりがちょっとだけ苛ついたせいもあるが、それだけじゃない。

ミカサと話していた例の件についても思い出してたんだ。

エレン「いや、さっきミカサと話してた事をふと思い出しててさ」

ミカサ「ああ、お金の使い方の話?」

エレン「そうそう。マルコとジャンはどうなんかな、と」

マルコ「何の話?」

マルコが食いついたので、ミカサがお小遣いについての話を聞かせた。

するとマルコもジャンも凄く驚いた顔になってツッコミを入れてきた。

ジャン「そりゃミカサのが普通だって」

マルコ「そうだね。うちも月にいくら…だよ。その都度貰うなんて、初めて聞いたかも」

エレン「やっぱりそうなのか。オレん家とアルミンところは珍しい例なのか」

アルミン「だろうね。うちの場合はおじいちゃんしかいないからっていうのもあるけど」

ジャン「ああ。いちいち親に全部、買うもの報告してたら、その……バレたくない物も買えないだろ」

エロ本とか避妊具の事だが、それはまあ、置いといて。

マルコ「ああ、まあ……いろいろあるよね。中学生くらいになったら欲しくなるよね。そういうのは、どうしてたの?」

エレン「んー……」

恥ずかしい話だが、実はまだ、そういうのを買った事がない。

エレン「そういうのは、買ったことねえよ」

ジャン「は? 買ったことない? 嘘つけ」

エレン「本当だって。つか、そういうのって別に買わなくてもネットとかでも探せるだろ」

ジャン「ああ、じゃあ画面越しに見るだけで満足してたんか」

すんません。オレも一応男なので、パソコンあるとついつい、たまにはエッチなサイトを検索したりする。

勿論、変なサイトに登録とかはしねえよ。無料で見れる範囲内でもエッチなのは探そうと思えば十分探せるんだ。

……探し方は聞くな。自分でググってくれ。

エレン「まあ、なあ……あとはアルミンから貰ったり、とかな」

アルミン「僕のところはおじいちゃん、騙すのは簡単だからね」

マルコ「酷いなあ。アルミン」

笑いながらいうマルコ。この酷いは、いい意味で酷い、だ。

ジャン「いや、でも今後もし彼女が出来た時はどうするんだよ。まさか避妊具が欲しいから金くれって言って金貰うつもりなのか?」

エレン「………それは無理だな」

それが問題なんだよなー。

ジャン「だろ? 悪いことは言わん。ミカサの家のやり方に変えて貰った方がいいぞ」

エレン「だよな……オレもその方がいい気がしてきた」

ミカサ「でも……エレンのおうちはおじさんが大黒柱。そのうち私もそのやり方になぞった方がいいかもしれない」

おっと。ミカサ、余計な事を言っちまったな。

マルコ「え? 何でミカサがエレンの家のやり方に染まるの?」

ジャン「今、おじさんって言った?」

ほらな。案の定、不審がられた。やれやれ。もう2回目だからいいけど。

エレン「あ、まだ言ってなかったな。実はオレの親父と、ミカサの母親、再婚したんだ。だから今年の春からオレ達四人、一緒に住んでる」

ジャン「は……?」

それを伝えた瞬間のジャンの顔、今思い出しても、笑えるな。

すっげえ顔だった。ポカーンって感じで、頭の中、真っ白になったんだろな。

でもオレは事実を伝えた。もう隠すのが面倒になってきたってのもあるけど。

ジャンとマルコには伝えてもいいかなって、思ったんだ。

エレン「義理の兄妹、いや姉弟か。になっちまったんだ」

ジャン「は、初耳だぞそれ!」

エレン「言ってなかったからな。あ、言っとくがあんまり言いふらすなよ。クラスの他の奴に。面倒臭いから」

マルコ「ああ、人の家の事情だし、それはしないけど……へえ、だから、か」

マルコが納得した様だ。オレとミカサの仲を疑ってたのかな。

事情を知らなければ確かに、オレとミカサの距離は近すぎるように見えたかもしれん。

マルコ「二人がやけに仲良さそうだったのは、一緒に住んでるからだったんだね」

ミカサ「うん……ごめんなさい。黙っていて」

マルコ「いや、いいよ。言いづらいことだろうし。こっちこそごめんね。言わせちゃって」

エレン「いいさ。いずれはバレるだろうと思ってたし」

親しくしていけばいずれは話すべき事だったしな。

エレン「そういう訳で、親父を説得しないことにはオレん家は今のままの制度なんだよな」

アルミン「難しい問題だね」

エレン「ああ……金の事だしな。今はいいけど、いずれは自由に使える金がないと困る場面もあるかもしれんし」

ジャン「………」

ジャン。衝撃の事実をまだ消化しきれてないみてえだな。

まあ、いいや。時間が解決するだろ。

エレン「まずは親父にどうしてそのやり方できたのか聞いてみる。それを踏まえた上で、よその家じゃうちみたいな例が少ない事も言ってみる。んで、出来たらミカサの家のやり方に変更して貰えるようにやってみるよ」

ミカサ「そうね。高校生になったのだし、自由がないと大変かもしれない」

マルコ「うん。話し合うべき時期なのかもしれないね」

アルミン「だね」

ジャンはまだ表情が定まらない。動揺しまくってるな。

ミカサ「ジャン?」

ジャン「ん? ああ……悪い悪い」

ジャンが急にニヤニヤし始めた。気持ち悪いな。

ミカサ「どうしたの?」

ジャン「何でもねえよ。何でもねえ。ああ、何でもない」

オレとの仲を疑ってたのはジャンも同じか。

でもオレとミカサがそういうんじゃないって知って嬉しかったんだろう。

ま、だからと言ってミカサがジャンを選ぶかは別問題だが?

マルコ「…………そろそろ、勉強再開しようか」

アルミン「そうだね」

二人がそう言い出したので、オレ達はラウンジを出て図書館の方に戻った。

そして閉館の夕方5時近くまで居座って、今日の勉強は無事に終了した。

駅までは一緒に帰って、そこで皆と別れた。

そして忘れないようにロッカーの荷物を回収したのちに帰宅する。

夕方は人が増えていた。帰宅ラッシュと丁度かち合ったみたいだ。

エレン「ミカサ、こっちに寄れ」

ミカサ「うん」

ミカサと一緒に端っこに寄る。手荷物があるせいで窮屈だったけど、仕方ない。

電車はガタンガタン……ガタンガタン……と、いつものリズムだ。

しかしその時、


キキキキ………


急ブレーキが起きた。その衝撃に、電車の中が大きく揺れる。

何だ? 事故か?

アナウンスを待つ。どうやら、次の駅の方でトラブルが起きたみてえだ。

ざわざわざわざわ……

皆、落ち着かない。電車の中は不安な空気が流れていた。

ミカサ「大丈夫かしら?」

エレン「…………」

ミカサ「エレン?」

ミカサはまだ気づいてない。うーん、どうするかな、これ。

何も言わなければ、このまま堪能出来そうだが、いや、いかんいかん。

そういう場合じゃない。しゃんとしろ、オレ。

エレン「いや、別に。いいけど」

ミカサ「え?」

エレン「その……太ももでオレの足、挟んでる」

ミカサ「!」

ラッキースケベ再びだ。

ジャンに見られたらまた嫉妬されそうな状態になってしまった。

でもこれは、事故だ。事故のせいでこうなったんだ。

お、オレは悪くねえ。悪いとすれば、事故のせいだ。

と、必死に言い訳しつつ、ミカサとは視線を合わせないようにする。

ミカサ「ご、ごめんなさい(パッ)」

ミカサも我に返って離れてくれた。

ミカサ「わ、わざとではないので」

エレン「いや、分かってる。大丈夫だ」

勿論、ミカサも悪くない。悪いのは、事故だ。

電車はまだ動きださない。ざわざわしている。

エレン「………………」

あーでもやべえ。今の、ちょっと気持ち良かった。

ミカサの体温とか、太ももの柔らかさとか、匂いとか。

…………って、考えている場合じゃない。

ミカサの感触を噛みしめてどうする。

数分後、やっと電車が動き出した。とりあえずほっとした。

考えない考えない考えない。あー考えない。

何も考えないようにして、オレはミカサと一緒に家に帰ったのだった。

ラッキースケベのエレン。超高校級のエロ運の持ち主(?)。

今回はここまで。続きはまた今度です。ではまた。





少し遅い時間帯に家に帰ってきた親父と向かい合って話し合う。

親父は夕食をとりながら、テーブルの上にはいつものようにビールを2本だけ置いて話を聞いてくれた。

ビールを開ける前にオレは親父に今日の件を伝えて、そして金の使い方について変更して貰えるように願い出た。

一通りオレの話を聞き終わった親父はようやくビールの缶を開けてちびちび飲み始めた。

ミカサはその間、皿を洗っている。オレ達の話は筒抜けだったが、親父は構わず話した。

グリシャ「つまりエレンはミカサの家の今までのやり方でお金が欲しいと言うんだね」

エレン「ああ。そっちの方が普通だって聞いたし」

グリシャ「何か、やましい物でも欲しくなったのかな?」

エレン「いや、そういうんじゃねえけど」

グリシャ「エレン、嘘はいけない。親に言いたくないような物が欲しくなったんだろ?」

エレン「………いずれは必要かもしれねえんだよ」

先心配し過ぎかな。いやいや、でも分からんよな。急に必要になるかもしれないし。

グリシャ「ふむ。いずれ、ね。だったら必要になった時に切り替えればいいんじゃないかな?」

エレン「え、じゃあ……その時になったら切り替えてくれるのか?」

グリシャ「いや、切り替えないけど」

エレン「ええ……期待させるなよ、父さん」

グリシャ「ふふふ……エレン。一応、我が家の金は私が稼いでいるんだよ。その使い方を決める権利は私にある」

エレン「…………」

親父は手ごわい。論理的に攻められると勝てた試しがない。

エレン「どうしてもダメなのか?」

グリシャ「エレンの動機が弱いからね。いつも言ってるだろ? 「理由」をちゃんと言いなさいって」

エレン「…………バイトしようかな」

最後の手段をちょっとだけ持ち出して脅してみる。

エレン「うちの高校、別にバイト禁止してねえし。そう言う事ならオレ、自分の交遊費くらいなら自分で……」

グリシャ「もしそのせいで学業が疎かになったら私は学費をビタ一文も支払ってあげないよ、エレン」

エレン「うぐっ……!」

逆効果だった。くそ! そっちの方が困る!

グリシャ「そういうのを本末転倒と言うんだよ。エレン。アルバイトはまだ早い」

エレン「そ、そっか……じゃあ父さんはミカサに対しても同じようにするつもりなのか?」

グリシャ「それはミカサ次第だよ。私はミカサとは血の繋がりがない。扶養家族ではあるけれど、それ以前にミカサのお母さんの娘さんなんだ」

エレン「そ、そうなのか」

グリシャ「うん。エレンとミカサを同じようには考えてはいないよ。ミカサには選択する権利はあるが、エレンにはない」

エレン「まあ、それは分かるけども」

まあそらそうか。ミカサと親父は血が繋がってる訳じゃないし。

同じように考えるのが間違ってるよな。

エレン「オレ、ショックだったんだよな。普通は親に買った物を報告したりしないっていうの。管理されている事が当たり前だと思ってたのに、それが違ってたなんて……それを知らない自分が恥ずかしかったんだ」

グリシャ「エレン、私が交友関係を広げなさいと言っていた意味が分かったかい?」

親父はオレの狭い世界を心配してたんだろうな。

確かに他人と接することで別の世界が見えてくる。それを知れたのはいい事だと思った。

エレン「ああ。父さんの言ってた意味、ようやく分かった。オレ、ミカサとの関係がなかったら、それを知るのがもっと遅かったと思う。アルミンとかしかまともに話してなかったから、それ以外の世界を知らなかった」

グリシャ「それが分かったのなら、もう少し詳しく説明してあげよう」

親父の目の色が変わった。これは大事な話をする時の親父の顔だ。

グリシャ「お金というものは、大事な物なんだ。生きていく上では必ず必要な物だ」

エレン「それは分かる……」

グリシャ「でも同時に、その使い方を誤れば、身を滅ぼす物でもあるんだよ」

エレン「身を滅ぼす…? どういう意味だ?」

大げさな気がしたが、決して大げさではなかったようだ。

グリシャ「お金があれば欲しいと思った物を手に入れられる。それはとても怖い事なんだ」

親父の眼鏡が一瞬、光った気がした。

エレン「怖い…? 何で?」

グリシャ「例えば、ここに仮に100万円あったとしようか」

テーブルの上に置いてたティッシュ箱を札束の代わりにして話を進める。

グリシャ「この100万円を全部自由に使っていいとするよ。エレン、なら何に使う?」

エレン「え? 全部使っていいなら、そりゃあ……まずは食物を買うかな。後は生活に必要な衛生用品とか。それから新しい洋服、んで余ったら、漫画でも買うかな」

グリシャ「ふふふ……いい順番だ。だけどね、エレン。そういう使い方が出来ない人間も世の中には大勢いるんだ」

エレン「ど、どういう事?」

グリシャ「つまり、酒、タバコ、女遊び、ギャンブル。この四つにつぎ込む人間もいるって事だ」

エレン「え……そうなのか? オレはそんなのには使おうとは思わねえけど」

グリシャ「そういう思考を育てる為に、私は今まで小遣い制にしなかったんだよ」

つまり遊ぶ為に無駄な金を注ぎ込むような子に育って欲しくなかったって事か。

グリシャ「お金を使う時に『何故それが必要なのか』という思考を何度も繰り返す事によって、本当に必要な物を優先するような子に育って欲しかったんだ。現に今、エレンは臨時収入が入っても、まず一番最初に「食物」と答えた。これは私の育て方が間違っていなかった事を証明しているよ」

エレン「そ、そうなのか。父さんはちゃんと目的があって、オレの買い物を管理していたのか」

グリシャ「うん。加えて言うならこういう思考の訓練は社会に出てからも確かに役に立つ。もし将来、エレンが会社を起こすような事があれば、会社の物を全て管理する必要が出てくる。そういう時に、予算を組んだりする場合に理由付けが出来ないと、やっていけないしね」

エレン「? んーんと、父さんはオレに会社を起こして欲しいのか?」

グリシャ「あくまで例えだよ。それ以外にも、エレンはちゃんと考えて行動するだろ? 私はそういう子に育って欲しかった」

エレン「そうだったのか……」

親父には親父なりの信念があってそういうやり方にしていたのか。

なるほど。そこまで言われたらオレもそれを覆す事は出来ないと思った。

グリシャ「………というのは建前で、本当は未成年に酒タバコをやらせない為なんだけどね」

エレン(ズコー)

……と、折角思ったのに台無しにされてしまった。

何だよ! オレ、信用ねえのかな。

エレン「と、父さん……」

グリシャ「高校生ともなれば誘惑も多いと思うけど絶対ダメだからな、エレン」

エレン「別に酒タバコに興味なんてねえよ……」

グリシャ「今はなくとも、いずれは、だろ?」

エレン「うっ……」

しまった。そうか、親父はそっちの意味で捉えちまったのか。

ち、違うのに。そっちじゃねえのに。

でもそれを言い出すのも恥ずかしくて言えなかった。

グリシャ「余計な金は持たないに限る。自分の自由になる金が欲しいのなら、まずは学業を優先させて少しでもいい大学に入りなさい。社会に出る前に勉強しないといけない事は山ほどある」

エレン「やっぱり父さんはオレに大学に行って欲しいのか」

グリシャ「出す準備はしているよ。必要なら大学院まで出してもいいと思ってる」

何だかすげえ勿体ない話だと思った。

エレン「オレ、そんなに頭がいいほうじゃねえんだけど」

グリシャ「それはエレンがまだ、将来が漠然としているからだよ。目標が見えたらきっと、成績は伸びる。エレンはちゃんと努力出来る子だからね」

うーん。親父に期待されるのは嬉しいけど、オレ、今のところ行きたい大学もない。

というか、将来をどうするのか、まだ全然見えてないんだ。

でもその時の為に親父が支援してくれるっていうなら、それを無下には出来ない。

だから今は我慢して親父のやり方に従おうと思った。

エレン「分かったよ。父さんがそこまで言うならお金は今まで通りでいい。ただ……」

エレン「もし万が一、本当に万が一、高校生の間に彼女が出来たら、その時だけは、その……」

親父になんて説明するべきか悩んでいたら、察してくれたのか途中で遮って、

グリシャ「ああ、その時は全部「デート代」でくくってあげるから。詳しい内容は聞かないよ」

エレン「…………助かる」

それでも親にはバレバレになると思うと、高校生の間は彼女、作れないかなとも思った。

いやでも、分からないからな。高校生の間に彼女が出来る可能性は0じゃねえよ?

…………一旦、考えるのをやめよう。先の事を心配してもあんまり意味ねえし。

話が大体終わったので、オレはとりあえず自分の部屋に戻ることにした。

でもオレがテーブルの席から離れたら、親父とミカサが話し出したので、ちょっと気になった。

その内容を盗み聞きするのも失礼だから、とりあえず階段のところで待ってみる。

話が終わったようだ。ミカサが階段を上ってくる。

エレン「ミカサはどっちにしたんだ?」

話の内容は大体、予想はついた。

親父の意向になぞるのか。それとも今まで通りにするのか。

今後について親父と話し合ったんだと思う。すると、意外な答えが。

ミカサ「エレンと同じやり方に変えて貰った」

エレン「いいのか?」

ミカサ「うん。私もこの家の子だから。おじさんの意向になぞるべきだと思う」

エレン「親父はミカサは選んでもいいって言ってたのに」

ミカサ「でも案外、おじさんのやり方の方が節約もうまくいくのかもしれない。以前の家計簿と比較してみるもの面白いかもしれないと思って」

エレン「……そうか。そう思うのならまあいいか」

ミカサのこういうところはオレには真似出来ないな。

そしておばさんがお風呂からあがってきたんで、オレの風呂の番になった。

下に降りてさっさと入る事にする。

エレン「ふー」

脱衣所にタンスを置いているんで、部屋から下着等の着替えを持ってくる必要はない。

ちょっと便利だろ? 母さんがそうしたいって言ったからそういう造りになってるんだ。

つまり衣類は脱衣所と自分の部屋、2か所置いているんだ。

体を洗って湯船に入る。あー今日は1日、疲れたな。

疲れを風呂で癒す。腰風呂だったり、肩まで浸かったり、その日の気分で適当に入る。

今日はなんとなく肩まで浸かりたい気分だったので、腰を落として入った。

エレン「…………将来、か」

今日の事を振り返って考える。

ジャンは色恋沙汰に一生懸命になり過ぎてたまにうぜえと思うけど、それを含めてちゃんと将来を考えているところは羨ましいと思った。

アルミンとミカサ……マルコもかな。3人の場合も問題はないだろう。

それだけの学力はあるし、本人が望めば何処でだっていけそうな気がする。

エレン「オレだけ、何もねえな」

学力は普通。未来も特に希望がない。その辺の高校生。

いや、オレみたいな奴はそこら辺に一杯いるかもしれないけど。

この時は何となく、周りと比べて小さな劣等感を感じていたんだ。

せめて「目標」が欲しかった。その為になら命を削り捨てても構わない、と思えるような「何か」が。

まだ出会ってないだけなのか、それとも見えてないだけなのか。分からないけど。

エレン「いや、それを探す為に高校生活、頑張るんだろ」

そうだ。まだ高校生活も始まったばかりなんだ。焦る必要はないよな。

とりあえず明日の事を考えよう。明日は明日の風が吹く。

そう思いながら、オレは体を湯船から出して、ゆっくりふーと息をついたのだった。






そして4月も終わりの30日。水曜日。

この日は6限目に美術の授業があり、予想外の展開になった。

気分屋のピクシス先生が「やっぱりモデルは女子の方がいいかもしれんの」と言い出して静物画の鉛筆デッサンを急遽止めて、人物デッサンに変えたんだ。

げー。オレ、まだ静物画の方、完成してないのにな。

でも一度言い出したら意見を変えないようで、先生はノリノリで変更した。

んで、なんやかんやあって、投票でモデルを決める事になって、男子はミカサ(チャイナ服)で、女子はベルトルト(パンツ1枚)の格好を描く事になったんだ。

あーもう。何かこう、オレとしては複雑な心境だったけどな。

だってミカサが男子に囲まれてるんだぜ? 本人は嫌そうではなかったけどさ。

サイズがきつめの、伸びるストレッチ素材のチャイナだから、体のラインが結構はっきり分かる。

特に下半身。艶めかしい。スリットの先を直視するのはきつい。

別の意味でも、もやもやしてくるんだよ。

皆、平気なのかな。いや、何人か鼻の下伸ばしながら描いてる。ラッキーだと思いながら描いてるみたいだ。

くそ。授業に格好つけたセクハラのような気もしたんだが、ミカサは眠そうにしている。

オレはあんまり下半身を見ないように絵を描いてしまった。

そのせいで顔が大きくなりすぎて、上半身が中心の絵になってしまった。

ユミルに後で突っ込まれた時はひやっとしたが、気合入れて顔を描けと言われたから、そうする事にした。

後片付けの途中でジャンとミカサが話し込んでいるのに気付いた。

ミカサがこっちに視線を向ける。何だ?

話を聞いてみると、どうやらGWにジャンがうちに遊びに来たいと言ってるようだ。

ミカサ「エレン、いいのだろうか?」

エレン「はあ?! 何でうちに来るんだよ」

勘弁してくれよ。休みの日まで気遣わせるなよ。ミカサに。

絶対ゴージャスなおもてなしするぞ。んで、ジャンが有頂天になるに決まってる。

それを想像すると、また頭を抱えたい気分になった。

エレン「マルコは別にいいけど、ジャンはダメだ」

マルコ「まあまあエレン、そう意地悪しないであげてよ」

ジャンにわざとそう言い聞かせると、あいつ本気で涙目になった。

うっ……ちょっと意地悪し過ぎたか?

ミカサ「何でそうジャンに意地悪するの?」

エレン「それは……別にいいだろ。オレとジャンはそんなに仲良くねえし」

アルミン「まあ、でも喧嘩するほど仲がいいとも言うよね」

エレン「アルミン、どっちの味方だよ」

アルミン「え? 僕? 僕はどっちの味方もしないよ」

アルミンも気づいてるんだろ。ジャンの下心に。

はあ。頭いてえ。

アルミン「GWは僕も予定は今のところ何もないかな。遊びに行ってもいい?」

エレン「おう、勿論いいぞ。うち来い」

マルコ「だったら皆で遊べばいいじゃない。ね? エレン」

アルミンとマルコだけなら平和だからいいけど。

ジャンが来ると面倒臭そうで嫌なんだよな。本当は。

でもここでジャンだけ除け者にするとミカサが怒り出しそうだ。

ジャンはおまけだ。お菓子のおまけみたいなもんだ。そう思う事にした。

エレン「………分かったよ。仕方ねえな」

ミカサ「では、私もそのつもりで準備しておく」

ミカサがすっかりやる気満々だ。あーもう。人の気も知らんで。

でも仕方ねえか。ミカサはこういうの、好きなんだよな。

いろいろ複雑な思いを抱えながら、オレはため息をつくしかなかった。






次の日。5月1日。この日は放課後、委員会活動だった。

月の初めの日、月に一度のペースで委員会の会議が行われる事になっている。

オレ達は演劇部の方でもリヴァイ先生とは会っていたが、委員会の方で会うのは初めてだった。

リヴァイ先生の担当クラスは3年1組なので3年生のクラスに初めて足を踏み入れる事になった。

1年生は3階、2年は2階、3年生は1階という教室の割り振りだから、1年の間はあんまり1階に用はない。

だからつい、物珍しく思って3年の教室をジロジロ見ちまった。

部屋の造りは1年と変わらない。だけど掲示板とかに貼られているプリント等が沢山あった。

大学の資料と思われるキャンパス情報が沢山、貼られていた。

リヴァイ先生がまだ来てないので、ちょっとその辺をこっそり見させて貰う。

するとそこにペトラ先輩とオルオ先輩が顔を出してきた。

ペトラ「あら、エレン。あなたも整備なの?」

エレン「あ、ペトラ先輩、オルオ先輩」

オルオ「ミカサも整備か。つくづく縁があるな」

ミカサ「みたいですね」

知ってる顔がいたので安心した。そういやこの二人は3年1組だったな。

ちょっとこのプリントについて聞いてみるか。

エレン「オルオ先輩、県外の大学の情報も結構貼ってるんですね」

オルオ「ああ。1組は大学進学を目指してるクラスだからな」

ペトラ「大学になると全国いろいろあるからね。いくつか候補をあげておいた方がいいわよ」

オルオ「なんだ? エレンは大学進学組か?」

エレン「いえ……まだはっきりとは決めてないんですが」

ペトラ「まあ、まだ1年になったばかりだしね。今はまだ先の話に感じるわよね」

エレン「それはそうなんですけど……うちは親が出したがってるみたいなんです」

と言うと、オルオ先輩が納得した表情で言った。

オルオ「そりゃ男は大学出ておかないと後々きついからな。高卒と大卒だと初任給からして差が出る。大学は出ておいて損はないぞ」

エレン「やっぱりそうなんですかね」

親父もその辺を見越しているんだろうか。

ペトラ「1年のうちからでも、興味があるなら資料は貰える筈よ。進路指導のエルヴィン先生に頼んでみたら?」

エレン「それは知らなかったです。後で聞いてみます」

そんな感じで話していたらリヴァイ先生が教室にやってきたんで席についた。

リヴァイ「今日は新しい委員の紹介と、あと委員長と副委員を決めたいと思うが……」

リヴァイ先生は集まった生徒を見渡して、

リヴァイ「多数決で決めるのも時間の無駄だから指名して決める。3年1組のオルオ、ペトラ。お前らやれ」

顔見知りの特権を使ってさっさと決めてしまったようだ。

先輩達はまさか指名されるとは思ってなかったようでびっくりしていたが、二つ返事でOKした。

リヴァイ「整備委員の活動は月に一度、校内の全体の点検を行うのが主な仕事だ。まず各クラスの掃除用具の点検。不備のある用具が見つかったらチェックして報告しろ。新品と交換する。その後は、校舎の外に出て落ち葉の清掃や危険物(割れたガラス等)がないかのチェックだ。それが終わったら……」

リヴァイ先生の指示を聞き漏らさないように注意する。

リヴァイ「……以上だ。手早くやればそう時間はかからん。全員で一気に終わらせるぞ」

一同「「「はい!」」」

という訳で、普段の掃除の時間とはまた違った校内清掃が始まった。

1時間かかったかな? かからないくらいの時間で全てのチェックが終わったようだ。

リヴァイ「ふむ。終わったようだな」

無事に終わったんで、次は部活だな。と意識が逸れていたその時、

リヴァイ「……おい、お前」

3年男子1「は、はい…!」

急にリヴァイ先生の顔色が変わったから皆、一斉にびっくりしたんだ。

何かもめてる? げ! リヴァイ先生、男子生徒の頭を片手で掴んでるぞ。

アイアンクローみたいな攻撃を食らって、3年の男子はすっかりびびっていた。

リヴァイ「………髪の毛にタバコの匂いが微かに残っている。どこで吸った」

3年男子1「いえ、吸ってません! 吸ってるのは父親で、移り香です!」

リヴァイ「分かった。では保護者に確認しよう。少し待ってろ」

3年男子1「!」

タバコかよ! 受験のストレスから逃げたかったのかな。

でもそこで誤魔化したのは間違いだったな。

3年男子1「す、すみません! 嘘をつきました! その……昼休みに校内の便所で少しだけ、吸いました」

と、その男子が白状した瞬間、リヴァイ先生は携帯を切っていきなりその男子の頭を掴んで一発、腹バンを決めた。

エレン「!」

お、おう…。オレも腹バン食らった(オレは足蹴りだけど)からその痛みは分かるぜ。

すっげー痛かった。いや、手加減して貰ってたとは思うけど、痛かったぜ。

3年の男子も痛そうに必死に堪えている。

リヴァイ「………未成年の喫煙は校則ではなく、法律で禁止されているのは知っているよな?」

3年男子1「は、はい……(うげえ…)」

リヴァイ「知っていて、その上で校内で吸ったという事は、そのせいで他の奴らにまで迷惑がかかる事も知っているよな?」

3年男子1「は、はい……」

リヴァイ「それでも誘惑に負けて吸ったと言うことは、貴様自身が悪いって自覚はあるんだな?」

3年男子1「は、はい! もう二度と吸いません! 絶対に!」

リヴァイ「……………二度目はないぞ」

緊張した。すっげー怒ってたな。

エレン「き、厳しい先生だな……」

皆が解散した後、オレがポツリと言うとオルオ先輩は「そうか?」と首を傾げた。

オルオ「あれでも丸くなった方だぞ。オレ達が1年の頃は、もっと厳しかった」

ペトラ「そもそもリヴァイ先生に会うって分かってる日にタバコ吸ってくるってのが舐めてる証拠よね」

潔癖症で有名な先生に会うのにタバコ吸うってのは、確かに舐めてる証拠だ。

自業自得だとは思うが、にしてもあの体罰はすげえ。

ミカサ「でももし、今のを訴えられたらリヴァイ先生が不利なのでは……」

ミカサがポツリと言うと、ペトラ先輩は「それはないと思うよ」と言った。

ペトラ「そもそもあの男子がタバコ吸ったのが悪いんだし。もし訴えたらその事実が保護者に露見しちゃうでしょ」

ミカサ「でも、そういう自分の子供の非を棚に上げて訴えてくる親も多いので……」

ああ、いたな。小学校の頃は特にそういうの多かった。

オルオ「まあ、でもそん時は見ていたオレ達が証人になるしかねえよ」

ペトラ「そうね。というか、この程度の事でウダウダ言う方も言う方よ」

ペトラ「さてと、委員会の方は終わったし、遅くなったけど部活に合流しましょ」

先輩達はさっさと移動する。

エレン「………」

ミカサ「エレン?」

ミカサに顔を覗かれた。おっと、つい黙り込んじまった。

エレン「いや、オレの親父とは違った意味で、大人だなって思っただけだ」

親父は暴力では訴えない。毎回、理論的に諭す感じだ。

でも、やってる事は、同じなのかもしれない。

エレン「今のってさ、どう見てもリヴァイ先生の方が立場、不利になるよな。それなのに、指導したって事は、それだけ相手に情がねえと出来ねえよ」

面倒臭いから見て見ぬふりだって出来た筈だ。気づかなかった事にすればいい。

でもそれをしないで、生徒を諌めたのは、それだけ生徒を思っている証拠だ。

普通はやらねえよ。あそこまでは。

エレン「なんか、リヴァイ先生ってタバコに対して恨みでもあるのかな。憎んでいるようにすら見えたけど」

ミカサ「そうね。ちょっと傍で見ていて神経質過ぎるような気もしたけれど」

その原因は、後でハンネスさんに教えて貰う事になるんだが……。

それを聞いて妙にストンと落ちた。やっぱり因果関係ってあるんだなと思った。

部活が終わって帰宅途中、下駄箱に向かう途中で、ハンネスさんとリヴァイ先生が話し込んでいるのに遭遇した。

リヴァイ先生は整備委員の引継ぎをハンネスさんに渡してたみたいだった。

ちなみにこの日はジャンは生活委員の方の活動が忙しくて、結局、部活には来れなかったんだよな。

エレン「あ、ハンネスさんだ。こんばんはー」

ハンネス「今、帰りか?」

エレン「ああ。部活終わったから帰る」

リヴァイ「では今日の分の点検結果の補充の発注を頼む」

ハンネス「了解了解♪」

リヴァイ先生が職員室に帰ってから顔を覗き込んだ。

エレン「それ何?」

ハンネス「ああ、今日委員会があっただろ? 整備委員のお仕事の引き継ぎだ。補充する分の掃除用具の発注は俺の仕事なんだよ」

エレン「へーそうなんだ。事務員さんじゃなくて用務員の仕事なのか」

ハンネス「事務員さんは書類の作成の仕事の方がメインだな。俺は校内の雑用係だよ」

エレン「そっかー…ハンネスさんが用務員になったと知った時はびっくりしたけど、板についてきたみたいだな」

ハンネス「ははは……まあな。俺もまさかこの学校でエレンと再会するとは思わなかったよ」

ハンネスさんはうちが家を建てた時からお世話になってる近所のおっちゃんだ。

まだ小さかった時からずっとお世話になってて、ハンネスさん自身も親父に世話になってる。

ハンネスさんが怪我した時、手術を執刀したのもうちの親父だ。

うちの親父はこう見えても結構腕の立つ外科医なんだ。内科も一応、やってるけどな。メインは外科の方って言ってた。

ハンネスさんは怪我が原因で警察の方はやめて、今は用務員の仕事をしている。

部活終わりにこうやって時々会う。丁度、校内の見回り時間とかち合うんだ。

ハンネス「再会で思い出したが、まさかあのリヴァイが学校の先生とはねえ…」

エレン「え? ハンネスさん、リヴァイ先生の事知ってるの?」

ハンネス「ああ。知ってるも何も、俺が若い頃、警官の頃に何度も補導したよ。あいつを」

エレン「ええええ? リヴァイ先生を補導したって……」

ハンネス「中学、高校生の頃かな。有名な不良だったんだよ。毎日タバコ吸っててさ。彼は所謂不良チームの頭だったんだよ」

へー。そんな過去があったのか。

じゃあ喧嘩とかも強いんだろうな。きっと。

ハンネス「今はタバコを吸ってないようだが……アレかな。思春期の頃に吸いすぎたせいで身長が伸びなかった事を気にしているのかもしれん」

エレン「え……じゃあ、まさか……」

ミカサ「恐らく、そうなのかもしれない」

ハンネス「ん? どうした?」

ミカサは今日のリヴァイ先生の指導の件をハンネスさんにちょっとだけ説明した。

するとハンネスさんはぶっと吹き出して笑いを堪えきれずしゃがんでしまったんだ。

ハンネス「あーははっはあ! こりゃあたまげたぜ。それは確実にタバコを吸ってた事を後悔しているな」

エレン「身長伸びなくなるっていうのは本当か? ハンネスさん」

ハンネス「まあ、統計学的に見ればそうだな。成長期に酒やタバコをやりすぎるとそうなるっていう説はある。遺伝的要素もあるが、成長は外的要因もかなり影響するからな。その辺の事は、イェーガー先生の方が詳しいんじゃないか?」

エレン「なるほど……オレ、絶対酒とタバコはしないでおくよ」

成長の妨げになるなら絶対やらん! 心に決めた。今決めた。

ハンネス「まあやらないに越したことはないがな。イェーガー先生もその辺の事は厳しいだろうし」

ハンネス「ただあんまり真面目に生きるのもそれはそれで問題だぞ、エレン」

エレン「え? 何でだよ」

ハンネス「自分の体の酒の限界がどの辺にあるのか早めに知っておけば、社会に出た時に役に立つ。知りたいなら、今度俺の奢りでこっそり飲ませてやるよ」

エレン「元警察官が未成年に飲酒を勧めてくるなよな!」

ハンネスさんは昔から酒好きだ。油断するとすぐ酔い潰れる。

体に悪いって分かってて何で飲み過ぎるんだろうな。親父みたいに量を決めて飲めばいいのに。

ハンネス「ははは! 冗談だよ。ま、二人共気をつけて帰れ。最近、変な奴も多いからな」

エレン「おう! じゃあまたな! ハンネスさん!」

エレン「にしてもリヴァイ先生が元不良だったなんてなあ、想像つかねえや」

ミカサ「…………」

エレン「ってことは喧嘩とかも強いんだろな。きっと。ちょっと見てみたい気もするけど」

ミカサ「…………」

エレン「ん? どうしたミカサ?」

帰り道、やけにミカサが静かだったから一度立ち止まった。

するとミカサはちょっとだけ汗掻いて、

ミカサ「何でもない。リヴァイ先生の過去がちょっと意外だと思ってただけ」

この時のミカサにちょっとだけ違和感があったけど、

エレン「そうだなー。見た目は真面目そうに見えてたから余計にそう思うぜ」

具体的にどう変なのかは分からなかったんで、そのままスルーしたんだ。

エレン「人は見かけによらねえって事だな」

見た目は真面目そうだったから余計にそう思ったんだ。

あ、後、酒で思い出したが、まさかミカサがあれだけ極端に酒に弱いとも、この時は思ってなかった。

酒のせいでいろいろ、こう……ハプニングが続出する事になるけど、その件はまた追々。




そしてまた月日が流れて、5月2日の夜の事。

オレは前日の夜からいそいそと何やらキッチンで準備をし始めたミカサを止めた。

やっぱりこいつ、ゴージャスなおもてなしをする気満々だった。

エレン「おいミカサ。何してるんだ」

ミカサ「明日の下ごしらえを……」

エプロン姿のミカサが可愛い。………じゃなくて。

エレン「何を作る気だ。つか、何品作る気だ」

ミカサ「………5品くらい?」

ほらな! やっぱりこうなった!

エレン「ご馳走し過ぎだ! 明日の昼頃、うち来るって言ってたけど、昼飯は食ってくるかもしれんだろ。そんなに沢山こっちで用意しなくていいだろ?!」

ミカサ「でも……」

エレン「お菓子を用意するって言っただろ? それだけで十分だ! 昼飯食って来なかった奴には、朝飯の残りをやっておけばいいんだよ!」

ミカサ「では朝食を多めに作ればいいの?」

エレン「そうそう。そんなもんでいいんだよ。クリスマスや誕生日パーティーじゃねえんだから、気合入れすぎるなよ」

ミカサ「そういう時は10品作る(キラーン☆☆)」

エレン「グレードアップすんな!」

はあ。全く。ミカサ、張り切り過ぎだろ。

料理が好きなのは分かるが、そんな腕前をジャンに披露したら、今すぐにでも嫁に来いと思われる。

頼むから少し気を楽にしてくれ…。オレの方が疲れるぞ。

そんな訳で前日、ミカサが張り切り過ぎようとしたのを渋々、諌めさせて、当日。

予定通りジャン達がうちに来た。昼飯は皆バラバラだった。

エレン「まあいいや。じゃあ腹減ってる奴はミカサが朝に作った肉じゃがの残りでいいよな?」

ジャン「料理はミカサが作ってるのか?」

ミカサ「毎日ではないけれど。今日は朝から母とおじさんが出かけているので」

親父とおばさんは今夜は帰ってこない。一泊してくるって言ってた。

まあ、新婚だしな。うちより外の方がイチャイチャしやすいんだろ。

エレン「親父の休みもそんなにある訳じゃねえしな。休みの日はおばさん優先だよ。食べたい奴は手あげろ」

んで、結局皆、肉じゃが食いやがった。

ジャンの顔が、綻んでいるのが何とも言えない気持ちになったが、我慢だ。

そして昼食をとった後、オレの部屋に皆で集まる事になった。

ジャン「くそ……オレの部屋の倍近くある」

部屋に入るなり嫉妬するジャンにうんざりする。

エレン「いちいち嫉妬するなよ。面倒臭い奴だな」

ジャン「いや、するなって言うほうが無理だろ。なあ、アルミン」

アルミン「え? 僕はもう慣れたよ。小さい頃から遊びに来てるし」

アルミンとの付き合いは長い。そうだよ。相手には慣れて貰うしかねえんだ。

それが出来ない相手なら、オレは友人としては付き合わない。

ジャン「ゲーム機いろいろあるな。うあ……お前、まだSFC(スーパーファミコン)持ってるんか?!」

エレン「まだ現役だが何か?」

ジャン「いや、SFCには名作多いから分かるが、今はもうWiiやPS3の時代だぞ」

エレン「そっちもそっちで持ってるけどな。でもソフト数で言ったらSFCとPSとPS2の方が多いかもな」

アルミン「あ、プレステ2のスイッチ入れちゃったけど、SFCの方やるの?」

エレン「ジャンは何がやりたいんだ?」

ジャン「この中だったらこれやってもいいか?」

ジャンが手に取ったソフトは………。

すっげえ懐かしいソフトを手に取りやがった。そしてなかなかの通だと分かった。

こいつを選ぶとは。お目が高いぜ、ジャン。

………ん? んー。いやいや、絆されるな、オレ。

エレン「セルタの伝説~時のオカリナ~か~でもそれRPGだから皆でやるのには向かないぞ」

面白いけどな。面白いけど、それは一人でやる時の話だ。

アルミン「しかもそれ、64の方だよね。最近、64は全然やってないけど」

エレン「ちょっと待て。押し入れに片付けてる筈……ああ、あったあった」

エレン「まあオレもやるの久々だし、細部は忘れてると思うからいいけどな」

ジャン「そうか。いやオレ、昔これ欲しかったんだけど、結局買えなくてやれずにいたゲームなんだよ。不朽の名作ってやつだろ?」

エレン「ん~まあ好みは分かれると思うけどな。オレは割と好きだぞ」

いや、本当はかなり好きなんだけど。

ジャンと好みが被るっていうのが、何か癪でわざとそう言ったんだ。

………というか、多分、オレとジャンの好みって結構、似通っているのかもしれない。

後で逆転の話をした時も好きなヒロイン、被ったし。

何かそういうのって、分かるんだよな。

と言う訳でPS2は一旦、消してセルタの伝説をやる事になった。

ウイイイン………

ゲームソフトを読み込んで早速スタートさせる。

ここから先の回想を全部やると長いから、省略する。

セルタの続きが気になる奴は3DSの方でもリメイク版が出ているから、是非やってくれ。

んでゲームを一旦終了させて、休憩して夕飯時になった時の事だ。

ミカサ「夕食を用意するので少し待ってて欲しい。準備する」

ジャン「いや、オレ達も手伝う。今日は何を作るつもりなんだ?」

ミカサ「カレーを作るつもりだったけれども。それでよいだろうか?」

ジャン「イエス! (小さなガッツポーズ)」

ミカサ「?」

ジャン「いや、何でもない。十分だ。カレー食べようぜ」

エレン「…………」

アルミン「………………」

カレーでこれなんだ。

ミカサが本気出してたら、ジャンの奴、どうなってたと思う?

想像したくねえけど、ミカサはジャンの好感度を無自覚に上げ過ぎてメーターMAX振り切れさせてたと思う。

昨日の夜、諌めて正解だった。本当に。

マルコ「まあまあ、皆で作ろうよ」

ミカサ「エレン? アルミン?」

エレン「いや、何でもねえよ。下に行こうぜ」

カレーならうちに大体ストックがあるので、すぐに作れる。ルーも常備しているしな。

ミカサ「辛さはどうしたらいい? 甘口と辛口、二種類作った方がいいなら作るけども」

エレン「うちはいつも中辛だけど、お前らは?」

ジャン「中辛で構わん」

マルコ「うん、大丈夫だよ」

アルミン「うっ……この中で甘口派は僕だけか…」

ミカサ「だったら中辛と甘口で分ける。私は甘口派なのでちょうどいい」

ジャン「だったらオレも甘口でいいよ」

ミカサ「? 中辛派ではないの?」

ジャン「あ、いや……どっちも食うよ。その方が鍋も減っていいだろ?」

ああやっぱり。オレとジャン、好みが似てるんだ。

本当は中辛なんだろな。でもミカサに合わせる気だな。

調理はジャンも手伝ってくれたけど、かなり危なっかしかった。

包丁で皮を剥こうとして失敗しかけたんで、急遽、ピューラーを使わせた。

普段ピューラーはごぼうの笹垣を作る時とかくらいにしか使わないんだが、今回は仕方ない。

モタモタしながらでも手伝ってくれるジャンに、ミカサは少し困ってた様子だったけど、満更でもない表情だった。

ミカサ、ジャンの事、友人として本当に好きなのかな。

今はそうでも、いずれそれが変わる事があるかもしれない。

そう、一瞬、掠めて、妙にもやっとした。

野菜サラダと一緒にカレーを食べる。はあ。何だか胃が重い。

そんな風に考えていたら、ミカサがうちで漬けてる漬物を出してきた。

しまった。これはうちに常備している奴だ。

そうか。昨日、オレがおもてなしの下ごしらえを止めたから、せめてこれだけは…と思って出してきたんだろう。

ミカサ「うちで漬けてる漬物だけども、良かったら一緒にどうぞ」

ジャン「おおお……自家製か。すごいな」

ミカサ「口に合うといいけれども」

ジャン「ああ、有難く頂く」

美味そうに食うジャンが本当、イラッとした。

ジャン「美味い……ミカサは料理上手だな」

エレン「ああ。ミカサの料理はいつも美味いぞ」

だからつい、口からそう出ちまって。

ジャン「お前には言ってねえよ! ミカサ、その……もし良ければ漬物を少し分けて貰えないか?」

おい、ちょっと待て。コラ。

ミカサ「持って帰る? 待って。タッパーを用意する」

そしてミカサも反応するなよ!

エレン「後にしろ! 後に! ミカサもいちいち構うなよ」

つい、怒鳴ってしまった。するとミカサが珍しくムッとした表情で、

ミカサ「………そんな言い方しなくても」

と、言い返してきた。

マルコ「いや、ミカサもゆっくり食べ終えてからでいいと思うよ」

ジャン「ああ、悪い。もちろん、後ででいいんだ。すまん…」

当然だ。順番ってものがあるだろ。飯くらいゆっくり食わせてやれよ。

と、オレは思ってたのに…。

ミカサ「ジャンが謝る事ではない。私は嬉しかった」

ジャン「!」

肝心のミカサの方がほんの少し、頬を赤らめて答えから、

オレは何か、その時、妙な胸騒ぎを感じたんだ。

ミカサ「ついでに余ったらカレーも持って帰っていい。タッパーならいっぱいあるので」

エレン「おいおい、そこまでしなくてもいいだろ……」

まずい。まずいぞ、これ。

アルミン「あ、それなら僕だって欲しいよ。余った分、おじいちゃんと食べたいな」

ミカサ「勿論、構わない」

ミカサ「マルコも持って帰る?」

マルコ「え、ええ……なんか悪いなあ」

エレン「………はあ、全くもう」

やっぱりな! 皆、ミカサに甘えだした。

こういう空気になるのが嫌だったから、下ごしらえも止めさせたのに。

結局、こうなるのか。がっくりしたぜ。本当に、もう!

ジャン(ニヤニヤニヤ)

エレン「おい、ジャン」

ジャン「なんだよ」

エレン「その馬鹿面やめろ。気持ち悪い」

お前の中のミカサ好感度はMAXいってるんだろ。分かってるよそんな事は。

ジャン「は? 何言ってんだ。嫉妬は見苦しいぞ、エレン」

エレン「嫉妬じゃねえよ。つか、オレはいつでもミカサの飯食えるし」

ジャン「は! そりゃ家族ならそうだろうな。オレが言ってるのはそこじゃねえよ。お前も本当は気づいてんだろ」

そうだ。オレがイライラしているのは、ミカサの飯を食ってるジャンではなくて、

ミカサがジャンを丁寧におもてなししている。という事実の方だ。

そこに必要以上の気遣いを感じる。ジャンもそれに気づいているようだ。

それが何を意味しているのか。オレはそれを確認するのが怖かったんだ。

エレン「…………だったら何だってんだよ」

自分でもびっくりした。酷い声が出た事に。

唸る犬のような声が出たんだ。醜い。とても汚い自分だった。

ドロドロしたものが噴き出そうになったその時、

ミカサ「二人とも、喧嘩はやめて。ご飯がまずくなる」

エレン「ぐっ………」

我に返った。ミカサの制止で。

ジャン「悪い悪い。オレのせいだな。飯は楽しく食べようぜ♪」

エレン「…………」

機嫌のいいジャンにイライラする。

マルコ「まあまあ、ご飯の時くらいは喧嘩はひっこめよう、エレン」

アルミン「そうそう。折角のカレーだしね」

エレン「…………」

本当は面倒臭い。こういうのは。でも、しょうがねえ。

止める為には、もうこれしかねえ!

オレは急いでカレーをかきこんで、2杯目にいくことにした。

ミカサ「え? 2杯目いくの? 珍しい…」

エレン「悪いかよ。残さなければ、おすそ分けする必要ねえだろ」

ジャン「!」

アルミン「なるほど、そうきたか」

ジャン「てめえ、何意地はってるんだよ!」

エレン「うるせえな! 腹減ってんだからおかわりしていいだろ?!」

ミカサ「え、ええ……いいけど」

ミカサはオロオロしているが、放っておいた。

ジャン「てめえええ……くそ、そっちがその気なら!」

ガツガツガツ……

ジャン「おかわりお願いします!」

ミカサ「ええええ……」

ジャンも負けじと食べる事にしたようだ。受けて立ってやる!

エレン「てめええ……」

ジャン「お前に全部食われてたまるか!」

ミカサ「あの、二人とも、アルミンと、マルコの分も残して……」

エレン「は! 食いだめしていく気か? そうはさせるか!」

ジャン「あ! てめえ、ぬけがけすんなよ!」

ミカサ「…………」

ミカサは呆れかえってるけどこっちも引けないんだよ!

アルミン「あーあ」

マルコ「あはは……」

ミカサ「ご、ごめんなさい。二人とも」

アルミン「いいよいいよ。また今度、で」

マルコ「うん。漬物だけでも、十分だしね」

二人は思慮深い性格をしているからいいんだが。

ジャンは調子に乗り過ぎる。絶対ここで食い止めないと、碌なことにならん!

意地になってカレーをお互いに食いまくって、二人ともダウンした。

食い過ぎたせいで暫くは動けなかった。

その間に、ミカサは風呂に行ってくるようだ。

ジャン「うっぷ……」

ジャンも食い過ぎて苦しんでいる。リビングで二人とも床の上に転がった。

ジャン「何なんだよ。そんなに土産を持たせたくないのか、てめえ」

エレン「当然だろうが」

ジャン「本人がいいって言ってるのに、何で邪魔すんだよ」

エレン「お前が後々、調子に乗るにきまってるからだ。うっぷ…」

見えてる未来を見越してやったんだ。悪く思うな。

ジャン「あーつまりそれは、オレがミカサの彼氏になって、イチャイチャする未来を想像したって事か? エレン」

エレン「違う! そういうんじゃなくてだな……」

ジャンはこう見えても人の心を見る意味では聡い。頭の回転は悪くねえ。

オレの心の深層意識をあいつはきっと、この時点で既に読み取ってたんだ。

ジャン「ははは! こりゃ面倒臭い小姑だな!」

と、ジャンが余裕の顔を見せてくるから余計にイラッとした。

エレン「ああ?!」

ジャン「もうバレてるから別にお互いに隠さなくていいだろ。つまりはそういう事なんだろ?」

エレン「そういう事って、何だよ」

ジャン「お前も焼きもち妬きって事だろ。ま、気持ちは分かるけど」

エレン「だから、焼きもちじゃねえって……」

ジャン「どの口が言ってんだ! 焼きもちじゃねえなら、何だってんだ」

エレン「だーから、オレはミカサの負担をかけすぎたくねえって話だよ!」

そうだ。この時点では焼きもちではないと、思ってたんだ。

………いや、本当は焼きもちだったのかもしれんが、でも!

この時はそれ以上に、ミカサの負担を増やさせたくなかったんだよ。

エレン「あのな、そういう気遣いを最初にしたら、その後もそういうの、お前、期待するだろ?! そうなったら、ミカサはどんどんサービス過剰になっていく。下手すりゃ自分の睡眠時間を削ってまで、相手に尽くそうとするかもしれねえだろ」

オレはミカサのそういう「気質」を心配していた。

あいつは根が優しいから、多分、好きになった相手にはとことん尽くしたいタイプなんだろう。

友情の範囲内ですら既にこれなんだ。これが恋人とかになったら、もっと酷くなるに決まってる。

家族のオレにも、油断するとすぐ何でもやってくれそうになる。

酷い時はオレのパンツも畳んでタンスに入れようとしてたしな。あの時は焦ったぜ。

……って、今はその話じゃねえ!

エレン「だからミカサのそういうのは、どこかでブレーキかけさせないと、あいつ、自分でも気づかないうちに疲労がたまっていつか倒れるんじゃねえかって、心配になるんだよ!」

ジャン「…………」

ジャンはオレの言ってる意味がようやく理解できたのか「悪かった」と謝ってきた。

ジャン「そういう意味でなら、確かにオレも調子に乗ってたわ。そうだな。そういうおもてなしを何回もして貰ったら、自覚のないまま、期待するようになってたかもしれない」

ジャンはオレの横で天井を見上げながら続けた。

ジャン「ミカサって、オレの母親にちょっと似てるんだよな。そういう世話好き気質っていうんかな。だから、お前がミカサを心配する気持ち、分かるぜ」

エレン「……………」

ジャン「お前の気持ちは分かった。だが、そういう気持ちが出てくる出所は、お前自身、どっちだと思ってるんだ?」

エレン「え?」

ジャン「だからつまり………」

ジャンが何やら真剣な表情で何かを言おうとしたその時、

ミカサ「エレン、風呂が空いた……ので」

エレン「あ、ああ……」

ジャン「!」

ミカサ「ジャン、まだ苦しいの?」

ジャン「もう治ったぞ! ああ、大丈夫だ!」

ミカサが風呂からあがってきた。だから話は途中で途切れちまったけど、

ミカサ「今日の風呂の順番は……」

エレン「………オレとアルミンが先だ。ジャンとマルコは後にしろ」

ジャン「あ、ああ……」

ミカサ「四人で一緒に入らないの?」

エレン「男四人じゃさすがにきつい。二人ずつでいいだろ」

ジャン「ああ、ああ……」

ジャンが見とれてる。無理もねえな。風呂上がりのミカサ、可愛いもんな。

ミカサ「では私はその間、片づけをしておくので」

エレン「おう、任せた」

ジャン「て、てつだ……」

ミカサ「いい。皿洗いは私の担当なので」

エレン「下手な奴がやると皿を割りかねないからな。手伝うなよ」

仕事を増やしかねないから止めさせておいた。

ジャンでは戦力にならないのは分かってたからだ。

ジャンはしょんぼりしてたが、オレはアルミンと風呂に入ることにした。

アルミン「一緒に入るの久々だねー」

エレン「かもな」

と、話しながらアルミンに先に体を洗わせて、その後にシャワーを浴びる。

アルミンを先に湯船に入れさせると、

アルミン「さっきジャンと何か話してたね」

エレン「ああ」

アルミン「ジャン、納得してた?」

エレン「多分な」

土産の件は妨害した理由をちゃんと言ったからこれ以上、揉める事はないとは思う。

アルミン「いや、僕が言いたいのはそっちじゃなくて」

エレン「え?」

アルミン「どっちなのかなって話だよ。ジャンも聞いてたでしょ」

エレン「だから、どっちって何だよ」

オレはシャワーを止めてアルミンの隣に座った。

風呂の中で話を続ける。するとアルミンは困った顔で、

アルミン「あー…家族愛の範疇なのか、それともそれ以上かって事じゃないの?」

エレン「何の話だよ?」

イマイチ理解出来ずに聞き返したら、

アルミン「………エレン、ミカサの事、好きなんじゃないの?」

オレはその質問にすぐに答えられない自分がいた。

アルミンの言う好きが「異性として」という意味なのはさすがに分かっていた。

エレン「それって、ジャンにそう、疑われてるって話か」

アルミン「そうだね。少なくともジャンは疑ってるね」

エレン「…………アルミンはどう見える?」

アルミン「僕? 僕もほぼ同じかな。でも、もしそうだったとしても、僕はエレンを責められないなあ」

と、アルミンはブツブツ言い出した。

アルミン「僕がエレンの立場なら、そりゃ心が揺らぐ。気持ちが揺れない方が嘘だよ」

エレン「……………」

オレはこの時、自分の気持ちが良く分からなくなっていた。

客観的に見た場合、オレはミカサを好いているように見えるらしいけど。

エレン「なあ、アルミン」

アルミン「なんだい?」

エレン「吊り橋効果って話、聞いたことあるか?」

アルミン「あるよ。男女が一緒に吊り橋を渡ると、そのドキドキ感を恋愛感情と勘違いするっていうアレでしょ」

エレン「ああ。今のオレって、まさにそれと同じなんじゃねえかなって思うんだが」

いきなり一緒に暮らすようになるという、特殊な状況下で、ドキドキしているせいで、それ自体は本当の「恋愛感情」ではないのかもしれない。

そう思う自分も、何処かに居るんだ。

アルミン「わお。エレン、凄いね。自分をちゃんと客観視してるんだ」

エレン「そりゃな。正直言えばミカサと一緒に暮らすようになってからは、ドキドキの連続だ」

ラッキースケベも起きたしな。裸見たり太ももの感触とか。

エレン「驚く事ばっかりだよ。でも、それは今だけで、もう少し慣れたら自然と消える可能性だってあるだろ?」

アルミン「うーん。まあ、そういう考え方もあるのかもしれないけど」

アルミンはちょっと意見が違うようだ。

アルミン「じゃあエレンの理論で言うなら、もうちょっと様子を見て、それでもミカサにドキドキするようなら、それはもう、本当にミカサが好きで異性として見ているという事になるのかな?」

証明されちゃうよね。数学みたいに。と、アルミンは言ってくる。

エレン「え? そ、そうなっちまうかな?」

アルミン「エレンの言い分はそういう事だよ。ま、それでいいんじゃない?」

とアルミンが勝手に結論付けた。うーん。やっぱりそうなるんかな。

いやでもな。ミカサは家族なんだよ。

家族になった相手にそういう感情を持って本当にいいんか?

…………いかん。頭の中が考えすぎて爆発しそうだ。

これ以上、考えるのはやめよう。一旦、放棄しよう。

風呂にあがってジャンとマルコに風呂を譲って、全員風呂に入り終わってゲーム再開。

ロンロン牧場のところに行って、なんやかんやあって、大人リンクになって、

んで、気がついたらいつの間にかミカサが先に寝落ちしてた。

あー。普段、あんまり0時を跨ぐ程の夜更かしはしないタイプだから眠かったんだろうな。

ミカサのすーすー寝ている姿をジャンが物凄く幸せそうな顔で見ている。

アルミンが布団をかぶせてやっていた。ミカサはそのまま暫くは寝かせてやろう。

で、夜中の1時を過ぎた頃、今度はアルミンとマルコが寝落ちした。

ミカサ→アルミン→マルコの順で徐々に寝落ちして、最後に残ったのはオレとジャン。

眠い眠いと言いながらオレ達二人は体力ギリギリまで、いろいろ話しながらゲームを進めたんだ。

ジャン「…………さっきの話の続き、していいか」

アルミンとマルコが寝付いたのを見計らって、ゲームをしながらジャンが問う。

ジャンはもうちょい起きているつもりのようだ。

エレン「どっちなんだって話か?」

ジャン「ああ。お前、どっちなんだよ」

オレはつい、顰め面になってジャンに答えた。

ここで嘘をついてもしょうがねえと思いつつ。

エレン「そりゃミカサの裸を見ちまったら、普通に息子は勃起するぜ」

ジャン「!?」

エレン「でも、それって血繋がってない他人なんだから当たり前の話だろ」

そう伝えると、ジャンは真剣な表情でゲームを続けた。

ジャン「…………じゃあ、ミカサの事は、異性として好きじゃねえのか?」

エレン「ミカサはオレにとっては家族だよ」

オレはゲーム画面を見つめながら言った。お互いにお互いを見ない。ゲーム画面に集中した。

エレン「家族だからな。そんな風な目で見たら、ミカサが嫌悪感を持つだろ」

ジャン「……………」

エレン「一緒に暮らしているんだし。家族としてやっていきたいんだ」

そうだ。オレの中にストンと落ちた。

オレにとって、ミカサは家族だ。だから大事にしたいんだ。

ジャン「…………そうか」

これで納得してくれたんかな。でも、ジャンはまだ続けた。

ジャン「お前の気持ちは良く分かった。でもオレは、ミカサが好きだからな」

エレン「知ってる。とっくに」

ジャン「だからお前には遠慮しない。これからも、な」

エレン「はー。そうかよ。勝手にしろ。オレもオレで勝手にする」

ジャンがうぜえと思ったら妨害するのはやめるつもりはない。

ジャン「その結果、もしミカサと付き合うようになって、結婚する事になったら、お前はオレの義理の義理の弟だからな」

エレン「先の話をし過ぎだろ。そもそもミカサがジャンを選ぶか分からねえだろうが」

ジャン「もしそうなったら、オレは多分、公務員で転勤族になるから、将来はミカサと全国津々浦々渡り歩くだろうな」

エレン「人の話を聞け!」

妄想話が飛躍し過ぎだ。ここまでくると逆にすげえけど。

でも、その時のジャンは、目の奥は笑ってなかった。

ジャン「もしもそういう未来が来たとしても、その時になって文句言うんじゃねえぞ。エレン」

エレン「………………」

何が言いたいんだよ。

ジャン「いいか、エレン。絶対、文句言うなよ。大事な事だから2回言っておく」

エレン「テンプレ通りに言わなくていい。分かってるよ、そんな事は」

ジャン「……………」

ジャンはまだ何か言いたげだった。

ジャン「本当に……知らねえからな」

エレン「何が?」

ジャン「何でもねえ!」

ジャンにキレられた。何なんだ。全く。

そんなこんなで目が赤くなるまでゲームしてたらジャンがダウンした。

だからゲームの電源を切って、そこでお仕舞にしたんだ。

急に静かになった。当然か。起きてるのオレだけだし。

エレン「……………」

ミカサがその時、目を覚ました。はっとした表情で涎を拭いている。

ミカサ「……………………………は!」

エレン「よお、ミカサ、起きたか」

ミカサ「エレン……今、何時?」

エレン「朝の4時半くらいかな」

ミカサ「?!」

ミカサ「げ、ゲームは……」

エレン「ああ、途中でセーブして一旦、止めたけど」

ミカサ「み、皆は…? あ、寝てる」

エレン「ああ。さっきまでジャンが起きて続きをやってたけど、さすがに限界だったみたいだな。寝ちまったよ」

オレも本当は眠い。だけどミカサが起きたからもうちょい起きる。

ミカサ「エレン、まだ寝てないの?」

エレン「オレ、夜更かし得意だからさ。ミカサが起きるまで起きとこうかと思ってな」

というか、ミカサに起きて場所を空けて貰わないとオレ、寝れないし。

ミカサ「な、なんで?」

エレン「いや、オレの部屋、広いけど、5人寝るのにはさすがに狭いしな」

ミカサ「ご、ごめんなさい…」

エレン「謝る事じゃねえよ。んじゃ、そろっと起きて部屋に戻れ」

ミカサ「う、うん……」

ミカサを部屋まで送ってやる。そろっとな。

んで、ちょっとゲームの話をして、引き返そうと思ったんだけど。

エレン「…………」

ミカサ「?」

エレン「いや、なんか、その………」

どうするかな。言おうかな。やめとくか。

エレン「何でもねえ。やっぱりいいや」

ミカサ「気になる言い方しないでほしい」

ミカサに困った顔をされてしまった。

ミカサ「前にも似たような事があったような」

エレン「あ、そうだったか?」

ミカサ「(こくり)エレンはたまに気になる言い方をするので困る」

エレン「…………」

ミカサ「言いたいことははっきり伝えて欲しい。もやもやさせないで」

エレン「分かった。じゃあ言うけどさ……」

ミカサ「うん」

これ、言っておかないとな。ジャンを喜ばせる必要はねえもん。

エレン「あ、朝飯は、おすそ分け出来るようなもん、作るなよ」

ミカサ「え?」

エレン「じゃあな。おやすみ。オレも、もう寝る」

それだけ言ってオレは部屋に戻った。ミカサが寝ていた場所に滑り込んで、瞼を閉じる。

眠気が限界だったオレは、そのまま数分も待たずに意識を闇に落としたのだった。

今回はここまでです。

ジャン、ここでエレンの深層心理に気づいてます。
ミカサ編で
ジャン「全く。あいつ、自分の気持ちに気づいてなければいいが………」
とぼやいてたのはそのせいです。


ジャンがエレンとミカサの同居の件を聞いた時の葛藤はこんな感じ。

ジャン(は?! 一緒に住んでる?! なんて羨ましい!)

ジャン(……いやまてまて。義理とはいえ、家族になったら結婚とか出来ないんじゃ?)

ジャン(あ、でも血のつながりないなら大丈夫だったっけ? ダメだ! うろ覚えだ!)

ジャン(その件は後で調べよう。いや、それよりも何よりも)

ジャン(現時点では、まだミカサは、フリーって事だよな? 怪しいと思ってたエレンは、家族だからって言ってるし)

ジャン(この様子だと、そうなんだよな? オレ、まだ希望があると思っててもいいのか?!)

ジャン(よっしゃあああ! このままミカサとの距離、詰めてやる!)


みたいな感じだったんで、忙しなかったんです。
表情が安定してないのはそのせいです(笑)。







軽い仮眠を取って目が覚めた。

オレより皆、先に起きてた。当然か。オレが一番寝るの遅かったし。

起きた時にはもう朝飯が出来てた。

味噌汁と納豆と焼き魚。あー日本の朝飯だー。

シンプルだけどいいよな。これで十分なんだよ。

皆、うまいうまい言ってる。当然だろ。

ミカサは出汁も手抜かない。カツオだったり煮干しだったり、昆布だったりするけど。

今日は昆布だしかな。うん。美味い。

ジャン「エレン、もっと感謝の気持ちを出せよ。贅沢な奴だな」

エレン「あ? ああ……うまいうまい」

別に嘘はついてない。ただ、ちょっといつもより味は濃いかなとは思ってた。

でも許容範囲内だし、言うのもアレかなと思って黙ってたけど。

ミカサ「表情と感想が一致してないような…」

エレン「ん? んな事ねえよ」

ミカサ「嘘、ついてない?」

あ、ミカサに勘づかれたな。こういう時、嘘つくと拗ねるから、素直に言う事にする。

エレン「……………強いて言うなら、いつもよりちょっとだけ味噌汁が濃いかなってくらいか?」

ミカサ「そう? んー……あ、本当だ。ごめんなさい。お湯を足して」

ミカサは料理に関してはちゃんと評価されたい方だから、味にはうるさい方だけど。

今日はたまたま、そうなっただけだと思う。

昨日、夜更かししたせいかな。多分。

ジャン「そうか? オレは丁度いいけどな」

マルコ「うん……いいと思うよ」

アルミン「ははは……エレン、細かいねー」

エレン「いや、昨日はミカサ、いつもと違うリズムで寝たからさ。調子悪いかなと思って、別にこれでもいいかと思ったんだよ」

ジャン「………………」

ジャンに睨まれた。普段のミカサを知ってる事と、その違いに気づいた事、両方に嫉妬しているようだ。

ふん。一緒に暮らしているんだからこれくらいは当然だ。

ミカサ「ジャン?」

ジャン「あ、いや、何でもねえよ」

ジャンは放置して飯を食べる。

エレン「飯食ったら、とりあえずいったん帰れよ。そろそろ親父達も帰ってくるだろうし」

アルミン「あ、うん。そうだね」

ジャン「ゲームの続きはまた来た時にさせてもらってもいいか?」

エレン「えー……もう、面倒くせえから、本体ごと借りて行けよ」

ジャン「は? え? いいのか?」

エレン「通われるのは面倒くさい。…………別にどうしても通いたい理由なんてないだろ?」

ミカサと会う為の口実には使わせねえよ。

ジャン「うぐっ………分かった。じゃあ借りていくよ」

目論見が外れて悔しそうにしてた。ま、ミカサとの話題のネタには出来るんだから感謝しろ。

そしてミカサと一緒に三人を見送りに行ってその帰り道。

エレン「しっかしミカサ、お前って本当、すげえな」

ミカサ「え? 何が」

エレン「いろいろ。初見で大体の事、こなしやがって。オレが初めてセルタをやった時はあんなにサクサクプレイはやれなかったぞ」

ミカサ「そう? でも、兵士にはすぐ見つかった」

エレン「あれはそれが普通だよ。マルコはマルコで異常だな。ま、でもなんか懐かしかったな」

ミカサ「そうなの?」

エレン「ああ。うちにゲームがいっぱいあるのはさ、親父が元々ゲームが好きっていうのもあるけど、母さんが亡くなってから、親父がオレに寂しがらせないようにいろいろ買ってくれたんだと思うんだよな」

ミカサが「おお」という顔をした。

エレン「親父は毎日忙しいしさ。あんまり構う暇、なかったし、オレもそれで仕方ないと思ってたし、でも、やっぱり一人でするゲームより、誰かとやるゲームの方が断然、面白れえよ」

ミカサも小さく笑ってくれた。

ミカサ「そうね。また、機会があれば皆で違うゲームをやってもいいかもしれない」

エレン「おう。今度は桃色鉄道でもいいかもな」

ミカサ「うぐっ……桃鉄はちょっと」

ミカサは桃鉄がトラウマになっちまったようだ。

エレン「そうか? まあパワプロとかも好きだけどな。Wiiでやってもいいか」

ミカサ「パワプロ?」

エレン「野球ゲームだ。実際に体を動かしてやれるゲームだからミカサに向いてる」

ミカサ「では、次はぜひそれをやろう」

そんな風にのんびりとミカサと話しながら、オレ達は家に帰ったんだ。






連休が終わるとすぐさま中間テストがやってきた。

体調を崩す事もなく無事に試験を受けて、次にやってきたのは5月25日。体育祭だ。

最低でも一人2種目出るのが義務だ。上限はないからミカサは出れる分だけ出る事になった。

50m走、100m走、400m走、騎馬戦、そして団対抗代表リレー。

特に団対抗代表リレーは推薦で一発で代表選手に決まった。ちなみに男子はライナーになった。

オレは男子の50m走と綱引きとパン食い競争に出る予定だ。

ちなみにパン食い競争は男子に人気のある競技だ。タダでパンが食えるからな。

オレ以外にもコニーやライナー、あと女子はサシャも出る予定だ。

団は全部で10色。組ごとに縦割りで団を作って色別にテントを張ってそこで応援したりもする。

1組は抽選で緑色になったんで緑団になった。団長はオルオ先輩だった。

団長だけは黒学ランの着用を義務づけられているようだ。このくそ暑い中、ご苦労様だと思った。

テントの中ですら暑い。水分補給は忘れないようにしないとな。

………ん?

オレの隣に座ってたミカサが妙に落ち着かない様子だった。

キョロキョロ周りを見た後、俯いてしまった。

エレン「? ミカサ、気分でも悪いのか?」

ミカサ「い、いえ……別に」

エレン「喉乾いたなら、ポカリあるぞ。飲んでおけよ」

ミカサは出る種目が多いからな。飲める時に飲んでおいた方がいいと思ったんだ。

ミカサ「あ、ありがとう…」

エレン「ほら、アルミンの出番だぞ。技巧走が始まるから応援しようぜ」

レースの途中に網があったり、クイズがあったり。

罠とかも仕掛けられているからそれを避けたり。

いろんな障害を乗り越えてゴールまで目指すのが技巧走だ。

アルミンは体育は苦手だが、技巧走だけは毎回1位でゴールする。

昔からこういうのは得意なんだよな。

エレン「いいぞアルミーン!」

アルミンがこっちに気づいて手を振ってくれた。嬉しそうだな。

放送『続きましては……女子騎馬戦に出る選手は東門に集まって下さい』

エレン「お? ミカサの出番だな。行って来い」

ミカサ「うん」

ミカサが一人で移動した。

それと入れ替わりにアルミンが戻ってきた。お疲れさん。

アルミン「いやーにしても、体育祭は素晴らしいね」

エレン「そうだなー」

オレはアルミンと一緒にちょっとだけニヤッとしていた。

何故なら、この日だけは女子をじっくり鑑賞する事が出来るからだ。

ちなみにうちの高校は女子は長ズボンジャージ、ハーフパンツ、ブルマーの3種類ある。どれを着用するかは本人が自由に決めていいんだ。ついでなので、この日の女子の服装を発表しよう。

長ズボンジャージ組はユミル、アニ。この二人は足肌を見せたくない派のようだ。

ハーフパンツ組はミーナ、ハンナ。この二人は普通。他の女子も殆どがハーフパンツだ。

ブルマー組はヒッチ、クリスタ、サシャ、ミカサ。この4人はブルマーで参加していた。

アルミン「絶滅危惧種のブルマー派が4人もいるなんて、僕達は幸せだよ」

エレン「ああ。そうだな…」

ミカサのいる前では言えなかったが、心から感謝している。

理由を聞いてみたら「ガチで走るつもりなので空気抵抗が少ない方がいい」というのはミカサとサシャの談だった。

サシャはオレと同じパン食い競争に後で出る予定だからそれに備えてブルマー着用しているみたいだ。

クリスタは「男子にどうしてもって頼まれたの」という事でリクエストに応えてそうなったそうだ。

誰が頼み込んだのかは怖くて直接クリスタには聞けなかった。………多分、ライナーかな。

ヒッチは、まあ、そういうのが好きなのかな、と察したけど。

ちなみに男子も長ズボンジャージかハーフパンツだ。

今日は暑いからオレもアルミンもハーフパンツだ。

上は半袖の白Tシャツタイプに学校のロゴが胸のとこに小さく入っている。

女子の中には日焼けしたくないのか、その上に長袖ジャージ派もいる。

しかし暑いから耐え切れずに二の腕を見せている女子が過半数だ。

アルミン「自由な校風の学校で良かった。本当に。心からそう思うよ」

エレン「ああ。同感だ。ブルマーが生き残ってるのって珍しいんだよな」

アルミン「そうだよ。他の高校も殆どがハーフパンツらしいよ。まあハーフパンツも悪くはないけど、ブルマーの破壊力には勝てないよね」

エレン「太ももが見放題だもんな」

アルミン「それに加えてお尻のシルエットも……(ぐっ)」

男だからな。女子がいない時はこういう話をしたりする事もあるんだよ。

放送『女子騎馬戦に出場予定のミカサ・アッカーマンさん。もうすぐ競技が始まりますので東門に集まって下さい。繰り返します……』

エレン「あれ?」

さっき、アナウンスに呼ばれて東門に向かった筈のミカサがもう一回呼ばれていた。

おかしいな。テントと門の距離はそう遠くはないんだが。

ましてやミカサが時間に遅れるなんて、妙だと思った。

アルミン「どうしたんだろ」

アルミンも不審に思ったようだ。

エレン「オレ、ちょっとその辺みてくるわ」

アルミン「うん」

オレはアルミンにそう言ってテントから出た。

その辺を探す。テントの周りは在校生や来客がバタバタと往来しているせいで、忙しなかった。

高校の体育祭だからか、中学時代の友達や先輩後輩も遊びに来ているようだ。

私服の同い年くらいの奴らがわらわらいる。

そして辺りを探していたら、ミカサの声が聞こえた。

ミカサ「やめて下さい。その……」

ミカサが見知らぬ金髪の男に絡まれていた。げ! またナンパか?

そう思って駆け寄ろうとしたら、オレより先にミカサを助けた奴がいた。

ジャンだ。

ジャン「おい、そこのアンタ」

金髪の男「あ? なんだよ」

ジャン「アンタ、ミカサの何なんだ。もうすぐミカサは出番なんだよ。邪魔するなよ」

険悪な空気が瞬時に流れたのが分かった。

金髪の男「…………なんだよ。もう、新しい男作ってんのか、ミカサは」

ミカサ「は…?」

金髪の男「おいお前、ミカサとはもうヤッたのか?」

ジャン「は? 何言ってるんだ?」

何だ? まさかミカサの元彼氏とかなのか?

いや、でもミカサは初恋もまだとか前に言ってたし、それはないよな。

だとしたら、ストーカーか? そう過った直後、

金髪の男「まあ、無理かもな。こいつ、人に散々、期待させといて貢がせといてヤらせない、ずるい女だもんな」

話の前後が良く分からないが、男がミカサに対して暴言を吐いたのは分かった。

いかん。

考えるよりも先に体が反応した。

オレはその後に起こるであろう事態に備えて、ジャンの背中を思いっきり蹴ったんだ。

間一髪、間に合った。ジャンの拳が相手に届く前に。

危なかった。今、ジャンの奴、本気で相手をぶちのめそうとしてた。

ジャンが体勢を崩した。でもすぐ立て直して、奴は叫んだ。

ジャン「てめえ! 何しやがる!」

エレン「それはこっちの台詞だ。こんな人の往来の激しいところで何しようとしてんだ」

案の定、周りがざわついてる。これ以上騒ぎを起こしたらまずい。

ジャン「でも、こいつは……!」

エレン「ミカサ、次、女子の騎馬戦だろ。アナウンス、名指しで呼び出されてんのに気づいてなかったのか?」

オレは努めて冷静に言った。今はミカサを引き離す方が先だ。

エレン「早く行け。待たせたら全体の進行が遅れるだろうが」

ミカサ「…………」

ミカサが泣きそうな顔してたのは分かってたけど、今は仕方ない。

ミカサが東門に向かったのを確認した後、オレは相手に向き直った。何がどうなっているのか分かんねえけど、金髪の男に言ってやった。

エレン「選手の邪魔をしないで下さい。今度やったら、先生呼びますよ」

リヴァイ先生か、キース先生。他にも屈強な先生達がいる。

金髪の男「………ちっ」

男は舌打ちしてその場を去って行った。

でも暫くは警戒しておいた方がよさそうだ。

あの表情、諦めた様子ではなかった。ミカサと何か因縁がありそうだった。

ジャン「エレン、てめえなあ」

エレン「いいから席に戻れ。ここにいると他の奴らの邪魔だ」

オレはジャンを無理やりテントに引き戻した。

ジャンはキレていた。ミカサの心を傷つけたあいつを許せないようだ。

歯を食いしばって堪えているのが分かる。

女子の騎馬戦を見つめながら怒りを凝縮しているようだった。

ジャンの異変に気づいてアルミンが聞いてきた。

アルミン「…? 何かあったの?」

エレン「ああ、何かミカサがちょっと、変な奴に絡まれてたみたいでな」

オレは簡潔にアルミンに事情を説明した。

エレン「ジャンがキレそうになったから、無理やり止めて連れ戻してきた」

アルミン「ええ? そ、そうだったの? 通りで」

ミカサが遅刻したのを納得したアルミンだったが、

アルミン「そっか。そうだね。今日は部外者も自由に校内に行き来出来る日だから気をつけた方がいいかも」

と神妙な顔になった。

ジャンの怒りはまだ収まらないようで、

ジャン「……………何なんだよ、あいつ。エレン、知ってる奴か?」

エレン「いや、知らねえ。でも、ミカサとは知り合いなんじゃねえかな」

多分、そんな感じだった。

重い空気が流れる。女子の騎馬戦はミカサが大活躍していた。

ミカサの活躍のおかげであっさり勝敗が決まり、女子が退場していく。

それを見つめながら、ジャンが、

ジャン「エレン、てめえを見損なったぞ」

エレン「はあ?」

ジャン「ミカサ、泣きそうになってただろうがっ……」

言いたい事は分かるが、少し落ち着け。

エレン「あのな、ジャン………」

諌めようと思ったのに。ジャンは拳を握り続ける。

ジャン「なんで止めた! あんな野郎、殴って当然だろうが!」

あーもう。ダメだ。こいつ。頭に血が上ってやがる。

オレは自分の頭をわしわし掻き毟って言い返した。

エレン「気持ちは分かるがミカサの前でトラブル起こすなっつってんだよ! 下手したらお前が停学くらってただろうが!」

皆が見ている前で先に手出したら絶対、ジャンの方が悪く思われる。

だからオレは止めたんだ。もしそんな事になったらミカサが悲しむだろ。

ジャン「そうだけどよ! くそ……あの野郎、今度あったら絶対、陰でぶん殴ってやる!」

ミカサ「やめて、ジャン。貴方が手を汚してはいけない」

ジャン「ミカサ!」

その時、騎馬戦から帰ってきたミカサとかち合った。

ジャン「ミカサ……あいつは一体誰なんだ?」

ミカサ「……………」

ミカサは複雑そうな表情で視線を逸らした。今、ここで言うべきか迷っているようだ。

それを見かねてオレは助け船を出した。

エレン「…………ジャン、そんなのはどうでもいいだろ」

ジャン「どうでも良くねえよ! ミカサに暴言吐く奴なんて許せないだろうが!」

エレン「そうだとしても、それはミカサのプライベートな部分だろうが。今、ここで話すような事じゃねえよ」

周りの奴らも何か、こっちの騒ぎを見てるしな。

何だ? って顔して遠巻きに見てる奴だっている。

それに気づいてジャンがようやく頭が冷えたのか、

ジャン「うっ……そ、それはそうだが」

と、自分の気持ちを一旦、引っ込める事にしたようだ。

ジャン「分かった。今は聞かないでおくけどよ……もし、何か困った事態が起きたら絶対、オレに話してくれよ、ミカサ!」

ミカサ「う、うん……」

ジャンが玉入れ競技の為にテントを離れた。

オレはミカサと並んで座って黙り込む。アルミンもそれを気にしながら、ジャンの後を追った。アルミンも次の競技に出るからだ。

さて、どうするかな。

ミカサは俯いてるし、今はとても話を聞けるような空気じゃない。

とりあえずそっとして置こう。そう思い、オレは無言でいた。

そして暫くして、

ミーナ「あいたたた……」

ハンナ「大丈夫? ミーナ」

ミーナ「さっきの騎馬戦で足ひねっちゃったあ」

ミーナとハンナが少し遅れてテントにやってきた。

ハンナ「困ったね。玉入れの後の、二人三脚出る予定だったでしょ。マルコと」

ミーナ「そうなのよねーどうしよう」

マルコ「無理しない方がいいよ。誰か代わりにやってくれる人を探そう」

ミカサ「!」

なるほど。代役を探す為にこっちに来たのか。

ミカサ「だったら私が代わりにでよう」

その時、ミカサが自分から言い出した。

マルコ「いいの? ミカサ」

ハンナ「え、でもミカサ、確か他にもたくさん種目出てなかったけ? きつくない?」

ミカサ「体力なら余っている。問題ない」

マルコ「ミカサがいいならいいけど……」

マルコが意味深にこっちを見てくる。

別にいちいち許可とかは要らねえよ。

エレン「何だよ」

マルコ「いや、いいかな? エレン」

エレン「本人がいいって言ってんだ。いいよ」

マルコ「じゃあ、ミカサを借りてくね」

ミカサがほっとしているのが分かった。

ああ、やっぱりまだ話したくない事なんだな。アレ。

エレン「…………」

話したくないのは別にいいけど。

でも、どうすっかな、アレ。

チラリと、相手に悟られない程度にオレは金髪の男の姿を目に入れた。

何か、言いたげにずっと緑団のテントを見ていたし、ミカサの後姿を目で追ってる。

ストーカーかなとも思ったが、それにしては、悲しげな表情だ。

変に引っかかって、オレはどうするべきか悩んだ。

何かが起きてからじゃ遅い。でも、下手に騒いだらミカサに迷惑をかけるかもしれない。

あんまり表沙汰にしたくないんだったら、外野がつつくのは逆効果だ。

だから本当はミカサに詳しい事情を聞いておきたかったんだが。

………しょうがねえ。今は様子を見て警戒するだけに留めておこう。

そう思い、オレは神経を張りつめて相手の気配を追っていたんだ。

金髪の男は昼飯時もずっとこっちを見てた。

アルミンにも一応、事情は話しておいた。だから極力、ミカサの意識をあいつに向けさせないようにして貰ってたんだが。

ミカサ「エレン? どこを見てるの?」

しまった。オレの警戒が強すぎてミカサに悟られてしまった。

エレン「ん? いや、何でもねえよ」

ミカサ「嘘、誰かを探しているような目を…」

ミカサ「!」

ダメだったか。気づかれたなら仕方ない。

エレン「馬鹿、ミカサ。目合わせるんじゃねえよ」

ミカサのこの青ざめた表情からすると、ストーカーの可能性も出てきたな。

もしくは逆恨みとか。ミカサに振られた腹いせに嫌がらせしてるのか。

アルミン「さっきからのチラチラうっとしい視線、ミカサ狙いだよね」

エレン「ああ」

アルミンの場所からでもあいつの気配は分かるようだ。

アルミン「…………ミカサ、今日は一人になっちゃダメだと思うよ」

ミカサ「う、うん……」

アルミン「こういう外部の人が校内に入れるイベントの時は気をつけないとね」

エレン「ああ。不審者も混じれるからな。用心しとかねえとな」

そして午後の日程が始まった。ミカサを極力一人にはさせないようにしてたけど、便所だけはどうにもならない。

ミカサはアニに付き添って貰って便所に行った。

アニはミカサ並みに腹筋がある女子らしいから、きっと任せても大丈夫だろう。

そしてミカサが便所から戻ってきて数分後、いよいよ花形競技である団対抗リレーが始まった。

しっかりストレッチをしている。でもミカサの表情がどこか固かった。

緊張してるのかな。皆に見られてるから。

いや、でも何か、そういう感じでもない気がする。

うまく言えないが、何となくこの時、オレは嫌な予感がしたんだ。




パーン!



ピストルの合図と共に一斉に走り出した。

女子の間では当然、ミカサがトップに躍り出たのだが……。

エレン「!」

げ!

ミカサが途中で、まさかのバトンを落とすという凡ミスをして、大幅に順位を下げてしまったんだ。

な、何でだ?! あいつ、確かにドジなところもあるけど、こういう凡ミスをするような奴じゃないのに!

そう思った直後、ミカサが何故かトラックを抜け出して勝手に離脱した。

え? え? 何でトラックを抜け出すんだ?

走り終わった選手はトラック内で待機だろ?!

ミカサの突然の暴走に周りも首を傾げている。

オレは嫌な予感がして、ミカサの後を追った!

ジャンも一緒についてきた。その先には案の定、例の金髪の男がいたんだ。

金髪の男「話したかったのは、あの時の事だ。謝ろうと思ってた。ずっと」

男とミカサの会話が聞こえた。

真剣な気配に、すぐに声をかけられなかった。

それはジャンも同じで、オレ達はミカサの背中越しにその男を見つめてしまったんだ。

金髪の男「あと、さっきは言いすぎた。悪かった。なんか、仲良さげな男が傍にいたから、つい……」

さっきとは雰囲気が全然、違った。

柔和な印象の男だった。こっちが本来の、奴の顔なのか。

金髪の男「ミカサはモテるからな。いろんな男に言い寄られるだろ」

ちょっと卑屈で。

金髪の男「美人だし、優しいし、料理上手だし、気遣いも出来るし、たまにドジだけど……」

ミカサの事を良く見ていて。

金髪の男「そこもカワイイと思ってる。多分、ミカサのそれは欠点じゃないんだ」

ミカサをちゃんと評価して。

金髪の男「あー何言ってるんだ、オレ」

自問自答して。

金髪の男「とにかく、そういう事なんだよ」

そいつは、結論付けた。

金髪の男「…………やっぱりオレじゃダメなのか?」

ミカサ「ごめんなさい……」

何でだろ。さっきまではそいつの事が気持ち悪くてしょうがなかったのに、

その様子を見た瞬間、急に、それが消えちまった。

金髪の男「……他に好きな奴でも出来たか?」

ミカサ「そ、それは………」

金髪の男「彼氏がいるなら、きっぱり諦めもつくんだけどな。いねえの?」

ミカサ「…………(こくり)」

ミカサが頷いたその時、その男はオレ達の方を見た。

金髪の男「いや、でも……もうすぐ出来るのかもな」

ミカサ「え?」

金髪の男「そんなに睨まなくても、何もしねえよ」

睨んだつもりはなかったんだが、向こうはそうは受け取らなかったようだ。

ミカサが慌ててこっちを振り向く。

ミカサ「えっ……どうして」

エレン「あんな顔でグラウンド抜けたら誰だって気になるだろうが」

ジャン「何もされてないか、ミカサ」

ミカサ「う、うん……」

金髪の男「人をストーカーみたいに言うなよ。何もしてねえよ」

ジャン「は! どうだかな!」

エレン「ミカサ、帰るぞ」

ミカサ「うん……」

ミカサがきっぱり振った訳だし、これ以上の事はないだろうと。

そう思いながらオレ達はミカサを回収したんだが。

ミカサが足を止めた。そしてくるっと振り向いて、

何か吹っ切れたような表情で、叫んだんだ。

ミカサ「先輩!」

エレン「!」

ジャン「!」

ミカサ「肋骨を、折っちゃってごめんなさい!」

お辞儀をして謝るミカサに奴は苦笑してた。

エレン「え?」

ジャン「え?」

金髪の男「もうとっくの昔に治ってるから大丈夫だ!」

それだけ答えて、向こうも爽やかに学校の外へ出ていった。

あいつが出ていくのを見送ってからオレ達は、ミカサを見た。

エレン「肋骨、折った……?」

ジャン「何の話だ?」

オレは大体、察する事は出来たが…。

やっぱりミカサ本人の口から詳しい説明をされた時は驚きを隠せなかったんだ。

ミカサ「あの人は、私を初めて押し倒そうとしてきた人」

エレン「はあ?!」

ジャン「なななな!」

ミカサ「その時に私は抵抗して、彼の肋骨折ってしまった。ボキッと」

エレン「はー?!」

ジャン「え? 本当に折っちまったのか?」

ミカサ「本当に折った。肘鉄で反撃して、病院送りにした。彼以外にも、何名か、やった」

エレン「え……何名か、って、えええええええ?!」

確かに出合い頭にハイキックは見たけど。素晴らしい蹴りだったけどな!

相手の骨を折るくらいの強さがあるなんて、そこまで想像はしてなかった。

ミカサ「だって全員、こちらの同意も無しに事を進めようとした。……ので、当然の報い」

ああ。正当防衛だって事だよな。

いや、でも、場合によっては過剰防衛で逆に訴えられそうで怖いな。

ミカサ「でもそのせいで、私の評判は地に堕ちた。それまでは普通の生徒だったのに。集英高校もそのせいで内申が悪くなって落ちた。点数的には問題なかったけど、暴力沙汰を起こしたような生徒は要らないと跳ね除けられたの」

ジャン「そ、そうだったのか……」

ミカサ「なので講談高校の方に拾ってもらった。こっちの高校は私の言い分を正当性があるとして認めてくれて、内申で落とされる事はなかった。本当、拾われて良かった…」

あー。ここでようやく謎が解けたんだ。

ミカサの様子がおかしかった理由が全てそこに繋がった。

ミカサ「ごめんなさい。なかなか話すふんぎりがつかなくて。今まで話せなかった」

ジャン「いや、それは仕方ないだろ。そういう事なら仕方ねえよ」

エレン「ああ……同感だ。でも、なんか納得したぞ」

エレン「ミカサと初めて会った時、すげえ強い女だなって思ったけど、ソレが原因だったんなら、講談に来たのも頷ける」

ジャン「でもオレにとってはかえって良かった。ミカサとこうして会えたんだしな」

ミカサ「そうかしら?」

ジャン「集英の方にいってたら、こうして一緒に話してないだろ」

ミカサ「そうね。すれ違ってもいないと思う」

ジャン「だったら、この偶然に感謝しねえとな」

ミカサ「………私の事、怖くないだろうか?」

エレン「えっと、全く怖くないと言えば嘘になるが……」

張り手を食らった身としては、嘘はつけない。

エレン「元々悪いのは、その無理やり言い寄ってきた奴らだろ。ミカサは悪くねえんだし、別にいいよ」

ジャン「そうだな。っていうか、それくらい貞操観念がしっかりしている女の方がオレは…………」

ミカサ「え?」

ジャン「……な、何でもねえ!」

うぜえええええ………。

エレン「…………(半眼)」

もう突っ込む気力もねえよ。

ジャンは口笛を吹き始めてしまった。誤魔化し方も雑だな、おい。

エレン「しかし、反撃されるの分かってて迫ってくる奴らがいたって……どれだけドМな奴らだ」

ジャン「むしろそれが目当てだったんじゃねえか?」

エレン「あり得るな。十分あり得るぜ」

ミカサ「え? どういう事?」

エレン「いや、ミカサにぶん殴られたい願望の奴らがその事件を切っ掛けに群がってきたのかと思って」

ミカサ「は? ぶん殴られたい……? 意味が分からない」

普通は分からんだろうな。多分、特殊な性癖の持ち主じゃねえと分からん。

どう説明すれば感覚が伝わるのか。オレはしばし悩んだ。

エレン「あー……なんていうかな。子供の頃、親父にわざと、ブーンとかやられなかったか?」

ジャン「こう、乱暴に扱われるというか……ジャイアントスイングみたいな奴だろ?」

エレン「そうそう。高い高いだったり、ちょっとそういう、ドキドキ? みたいなもんを好むというべきか……そういうのが異常に好きな変態も世の中にはいるんだよな」

ミカサ「え、えええええ………」

それを聞いた瞬間のミカサの顔が酷かった。

想像もしてなかったんだろうな。まさかそんな奴らがいるなんて。

でも、一定層の数でいるんだ。この世界は残酷だよな。

ミカサ「では私が反撃していたのは逆効果だったのだろうか…?」

エレン「いや、反撃は勿論していいんだが、そっちが目当てで近寄ってた奴も中には少なからず居たのかもしれん。でねえと、そう何人も病院送りにする事態にはならねえと思うんだが」

ジャン「ミカサ、病院送りにしちまった奴らから陰湿な報復を受けたりした事あったか?」

ミカサ「いえ……というより、同じ人から何度も迫られてしまったり、同じ事の繰り返しで辟易していた」

ジャン「だったら決まりだな」

エレン「ああ……確定だ。ミカサに惚れてた奴らは、ドМだ」

ミカサ「え、えええええ………」

もっと可哀想な顔になった。

自覚のないままSMの女王様のような扱われ方をしてたのにやっと気づいたんだな。

ミカサ「ではその彼らがドМだったせいで、私の悪評が立ってしまった訳なのね」

エレン「ん? 悪評? そんなもん、あったのか?」

ミカサ「周りからは『頭の良い不良少女』とか呼ばれてた。まるでスケ番のような扱いを受けていた……ので」

エレン「あー……その、不良集団の頭の男に『オレの女になれ』みたいな事言われたとかか?」

ミカサ「どうして分かるの?!」

ジャン「いや、まあ……ありそうな話だな、それは」

ジャンも頷いている。大体想像がつく。

ミカサ「そうなの。撃退しても撃退しても、次々と、アプローチがきてしまって……」

ミカサ「しまいにはそれらしい不良っぽい同級生に『あたいの男を取るな!』と言いがかりをつけられたり、決闘をさせられたり……もう散々な中学時代だったの」

ミカサ「孤独だったの。あの頃は。喧嘩を吹っ掛けられる事も多くて……こっちから仕掛けたことは一度もないのに、周りが私を放っておかなかった」

エレン「大変だったな……」

美人なのも良し悪しだな。オレ、普通の顔で良かった。

ミカサ「(こくり)今は、もうそういう事はないので助かっている。たまに変なナンパはあるけど」

ジャン「何っ……くっ……(拳握る)」

ミカサ「先輩には悪いとは思っている。けど………こちらの気持ちを無視して事を進めようとする男の人に魅力は感じない。強引なのはダメ」

ジャン「そ、そんなのは当たり前の話だろ」

エレン「まあな」

ミカサ「同意してくれてありがとう。つまり、そういう訳なのでお騒がせして申し訳なかった」

エレン「いいさ。こっちも事情を知れてほっとしたよ」

ジャン「そうだな。今度もし、またミカサに無理やり言い寄るような奴がいたら、駆けつけて加勢してやるよ」

エレン「…………………(冷たい目)」

ジャン。お前もあの金髪先輩の二の舞にならない保証はどこにもねえんだぞ。頼むから早まるなよ。

ミカサ「ありがとう。でももう、大丈夫だと思う。気持ちだけでも嬉しい」

ミカサの表情が明るくなった。

ま、胸のつかえが取れたのはいい事だな。うん。

放送『3年生によるフォークダンスを始めます。3年生は東門の方へ集まって下さい。繰り返します…』

アナウンスがグラウンドに響いた。もうすぐ体育祭も終わる。

結果はどうなるか。現在点数の集計中の筈だが…。

ちゃらららら~ちゃららららら~♪

お馴染みの音楽が流れて3年生が踊りだした。

オルオ先輩と、ペトラ先輩が一緒に手を繋いでいる。

ペトラ先輩が嫌そうにして、別れ際にも喧嘩してたな。

別に仲が悪い訳じゃないんだろうけど、アレが二人の会話なんだろうな。

1年はそれを眺めながら、雑談をしながら、まったりと時間を過ごした。

そして爆竹が鳴り響き、全日程が終わった。

結果発表だ。今年は……ああ、残念だ。優勝は逃してしまったな。緑団は2位だ。

エレン「また、来年もあるさ」

ミカサ「うん」

来年はきっと、もっとミカサの本気が見れる筈だ。

そう思いながらいろいろあった体育祭が終わったんだ。





後片付けをして教室に帰る。男女共に着替え終わって、暫く教室でだらだらしていたら、

逆転弁護士の話になって、何故かヒロイン論争に発展しちまったんだよな。

ライナー「馬鹿野郎! 逆転シリーズの真のヒロインはあやめだろうが!」

アルミン「異議なし!」

エレン「はあ?! メインヒロインはまよいちゃんだろ? 何言ってんだ」

ライナー「メインはまよいだ。しかし、なるほどうの初恋の相手という、不動の位置に存在している」

エレン「いやいや、それは分かるが、真のヒロインは言いすぎだろ」

ライナー「あやめの良さが分からんとは、つまらん奴め」

アルミン「僕は分かるよ、ライナー」

ライナー「同志よ!(ガシィ!)」

ミカサ「………何の話?」

ミカサがこっちに近寄ってきた。

エレン「逆転弁護士っていうゲームの話。先月、シリーズの総集編版のソフトが出たからさ。やったことあるかって話してたらいつの間にかヒロイン論争に発展しちまった」

ミカサ「そうなの…」

ミカサはまだやった事ないゲームの話だからさっぱり分からないだろうな。

でも周りはすっかり白熱しちまって、

ベルトルト「僕はめいが好きだけど……」

ライナー「鞭を振るう暴力女だぞ? あんなののどこがいいんだ?」

ベルトルト「うっ……でも、実は優しいところもあるじゃないか」

マルコ「あー分かる。テンプレ的なツンデレキャラだよね」

コニー「オレはちひろさん好きだなーあのおっぱいがいい」

ジャン「おめーはおっぱいがあれば誰でもいいんだろ…」

コニー「いや! 大きければいいんじゃなくて、形も大事だぞ」

ジャン「はいはい」

マルコ「ジャンは誰が好き?」

ジャン「あー……特別好きって程のキャラはいねえが、強いて言うならオレもめい派かもな」

ベルトルト「良かった。めいもいいよね」

ジャン「ああ、あのキリッとしたところ、いいじゃねえか」

とまあ、ジャンまで話に加わって盛り上がっちまったんだよ。

エレン「でもあいつ、結構面倒臭くねえか? まよいちゃんが一番だろ」

アルミン「エレンはああいう明るい子がいいの?」

エレン「んーなんていうか、一緒に居て一番しっくりくるヒロインだろ」

エレン「逆境の中に居てもいつも、頑張ってるっていうか……」

エレン「なるほど君の横にいるのは、まよいちゃんが一番だろ」

ライナー「いや、そういう意味なら確かにまよいが一番だが」

ベルトルト「僕たちが言ってるのは、自分の嫁にするなら、って意味だよ」

エレン「へ? 嫁?」

ライナー「そうだ。単に好みの話をしている。もし付き合えるなら、どのキャラがいいかって事だ」

エレン「うー……(唸ってる)」

何だ。オレ、てっきりカップリング的な意味合いで話してたんだと思ってた。

そういう事なら話が変わってくるぞ。

ミカサ「なるほど。妄想の話なのね」

ベルトルト「そうそう。妄想だからいいんだよ。エレン、強いて言うなら誰?」

エレン「オレは………めいかなあ」

思い浮かんだのは完璧を持ってよしとするあのヒロインだった。

ジャン「おま、さっき面倒臭いって言ってなかったか?」

エレン「いや、それはなるほど君の相棒として見た時の話で、ゲーム中でもそういう場面、多々あっただろ? 自分の好みの話なら別だよ」

ライナー「ドМ共め。鞭にしばかれたいのか」

アルミン「僕は遠慮したいなあ…」

いや、オレはドМではない。断じて。

エレン「いや、別にしばかれたい訳じゃねえけど、なんていうか、強いんだけど、弱いところに惹かれたかな」

ミカサ「強いけど、弱い???」

あーこれ、逆転やってない人には意味が通じないよな。

ジャン「そうだな。気は強いけど、弱いところもあるところがいいよな」

エレン「ああ。守ってやりたくなる感じだな。………ジャンと意見が重なるのは珍しいが」

好みに関しては何故かジャンとは良く被る。

それ以外の意見は論争になっちまうのに。不思議だ。

アルミン「守ってやりたくなるのはあやめの方じゃない?」

ライナー「ああ。彼女ほど、可憐な女性キャラはいないだろう」

ミカサ「ん? あやめもめいも可憐なキャラなの?」

ミカサが混乱しているようだ。

エレン「いや、めいの方は可憐とは言えないが……あえて分類するなら、あやめはクリスタみたいな感じで、めいはアニっぽい感じかな」

マルコ「ん? めいはミカサっぽいような気がするけど。ビジュアル似てない? 同じおかっぱだし」

ミカサ「そうなの?」

エレン「いや、ミカサはめいほどプライドが高い感じじゃねえし。ちょっと違うかな」

ジャン「雰囲気で言うなら、年齢は違うけど、検事の方のはかりさんの方に似てるかもな」

エレン「ああ、分かる。却下! って木槌振り下ろすのは似合いそうだな」

ミカサ「? では実際にやってみよう」

ミカサがまさか物真似をやってくれるとは思わなかった。

ミカサ「却下!」

エレン「ぶふーっ」

ジャン「ぶふーっ」

アルミン「あははは! 似合ってるよミカサ」

意外とはまっててびっくりした。

こうなってくると、アニの方も見てみたくなるな。

ベルトルト「ああ、ここにアニがいてくれたらなあ……先に帰っちゃったしね」

マルコ「見たかったね。アニの「異議あり!」も」

アニ「何が見たいって?」

おお? なんていいタイミングだ!

ミカサ「? 忘れ物?」

アニ「今度は弁当箱忘れた……まったく、自分が嫌になるよ」

エレン「アニ! 鞭を構えて「異議あり!」やってくれよ」

アニ「はあ? 何の話なの」

コニー「おお、似合いそうだな。見てみてえかも!」

エレン「絶対似合うって。やってくれよ」

アニ「無理。なんで私がそんな事を……」

ライナーが縄跳び持ってきた。用意がいいな!

アニ「?! ちょっと、ライナー! 何をやらせる気なの」

ライナー「真似だけでいいんだ。頼む。この通り!」

アニ「電車の時間、余裕ないんだけど……」

ライナー「電車なんて1本遅らせればいいだろう」

アニ「………全く、この借りは後で返して貰うからね。じゃあ、そこで誰か四つん這いの馬になってよ(キリッ)」

コニー「馬と言えばジャンだな」

ジャン「なんでオレだよ。別にぶたれたい訳じゃねえよ!」

バシーン!

その時、縄跳びを使いこなしてアニは言った。

アニ「誰でもいい……やらないなら帰る」

ライナー「ベルトルト、いけ」

ベルトルト「ええええ?! 僕?!」

マルコ「最初にめい派って言ったのはベルトルトだしね」

エレン「そういえばそうだったな。じゃあベルトルトで」

ベルトルト「しょ、しょうがないなあ……」

ベルトルトが本当に四つん這いになった。

アニ「いくよ……」

バシーン!

アニ「異議あり!(キリッ)」

エレン「ぶふーっ」

ジャン「ぶふーっ」

ライナー「ぶふーっ」

ミカサ「格好いい……惚れる」

ミカサが何故か頬を赤らめていた。気持ちは分かる。

ベルトルトは声にならない悶絶をして耐えている。男だな!

アルミン「予想以上にはまってるねえ」

アニ「ふっ……狩魔は完璧をもって良しとする」

マルコ「台詞まで完璧だ……」

アニ「………これでいいかい? もう帰るよ」

エレン「ああ、ありがとうな! アニ」

いやー面白かったぜ! いいもん見れた!

エレン「あいつ、実は逆転シリーズやりこんでるな」

アルミン「だね。でないと咄嗟にあそこまで出来ないよ」

ミカサ「その逆転シリーズとやらを私もやってみたい」

お? ミカサが興味出てきたみたいだ。

だったら是非ともやらせてやろう。

エレン「おお、いいぜ。やってみろ。ミカサがどんな反応するか楽しみだな」

ジャン「だな」

明日は振り替え休日だし、ゲームやるのには丁度いい。

そう思ってオレは3DSごと、ミカサにソフトを貸し出したんだ。







あれ? ミカサが起きてこねえ。

もう昼の12時過ぎてるんだが。昨日の体育祭で疲れたんかな。

でも今日は午後から演劇部の部活動あるし、起こさないと。

そう思ってそろっとミカサの部屋を覗いたら……

エレン「ぶ!」

なんだ? 変な寝方してる。

布団、被ってない。3DSを持ったまま、そのまま倒れたような感じだ。

あーこれはもしかして、やり込み過ぎて寝落ちしたのかな。

そう思いながらミカサを揺り起こす。

エレン「…………ミカサ、おい、ミカサ」

ミカサ「ん……?」

エレン「今日は午後から部活だろ。昼飯どうすんだ? 食う時間なくなるぞ」

ミカサ「!」

起きた直後のミカサの顔が凄かった。

まるで殺人でも犯したかのような、重罪を犯してしまった犯人のような顔になったんだ。

エレン「何、世界の終りみたいな顔してんだ。たかが寝坊くらいで…昨日、体育祭で疲れてたんだろ?」

その上でゲームもやったらそりゃ寝過ごすよな。

ミカサ「ち、違うの……!」

オレは別にミカサを責めるつもりは毛頭なかったんだが、何故かミカサは土下座した。

ミカサ「ご、ごめんなさい! ゲームをやり過ぎて、徹夜して、寝たのが朝方だったの! そのせいで、起きれなくて……ご飯も用意出来なかった!」

エレン「え? まさかあの後、一気にクリアしちまったのか?」

ミカサ「1と2まで。3はまだだけど…こんな筈じゃなかったの。本当にごめんなさい!」

うおおおすげええ!

徹夜とはいえ、1と2を一気にクリアしたんだ。

しかもノーヒントだろ? ミカサの部屋ネット繋いでないし。

携帯も、ミカサはネット検索は使わない方だし。

これ、実際やれる奴ってあんまりいないと思う。

いや、多分、出来なくはないが、相当頭良くないと無理だ。

逆転シリーズは、やってみれば分かるが、かなり頭を悩ませるゲームだ。

だから一気にやりたくなるし、徹夜でクリアする奴も多いと思う。

でも、1と2を続けてやって徹夜…つまり10時間ないくらいでクリアするのはかなり難易度が高い筈だ。

初見なら猶更だ。オレはこの時、素直に「ミカサすげええ」と思ってた。

と当時に、こんなにうっかりゲームに夢中になってるミカサが、すっげえ可愛いと思っちまったんだ。

エレン「あーあるある。良くある事だ。気にすんな」

ミカサ「でも!」

あーやべえ。ニヤニヤが止まらない。

何だろ。自分の勧めた物が予想以上に相手に気に入って貰えると嬉しいよな。

何かもう、スキップしたくなるような心地になったんだ。しないけど。

エレン「じゃあ昼飯はカップラーメンだけにするか。確かストックあっただろ」

ミカサが逆転をクリアするまではオレが家事代行するかなーと思いながらオレは階段を下りて行った。

だからこの時、ミカサが泣き出しそうな声で、叫んだのは本当に、びっくりしたんだ。

ミカサ「なんで怒ってくれないの?!」

エレン「はあ?」

え? え? 何で泣きかぶってるんだ。ミカサ?

意味分からん。オレ、何かしたっけ?

ミカサ「だって、こんなの……ダメ。私は悪いことをしたのに」

ああ、ミカサは家事をさぼった事を気にしているのか。

なーんだ。びびらせるなよ。

エレン「大げさだな……気にすんなって言っただろ? それに逆転シリーズは面白いからな。つい徹夜で一気にクリアしたくなるゲームだし、ミカサだけじゃないだろ。全国に似たような奴は一杯いると思うぞ?」

ミカサ「そ、そんなの関係ない! わ、私は……自分の仕事をサボってしまった!」

別にたまにはいいだろ。というか、ここでウダウダ言ってる時間が勿体ない。

エレン「あーもう、反省は後々! 急がないと部活に遅れるぞ! 早く身支度済ませて降りて来い」

そんな訳で昼はカップラーメンだけ食って部活に行った。

ミカサはすっかり落ち込んでたけど、部活の時は一応、顔をあげていた。

今日はキャスティングのオーディションの日だ。

気持ち切り替えて気合入れないとな!

出来上がっている分の台本を元に台詞を皆の前で言う。

ミカサは今日の事を引きずっているのか、いつもにも増して棒読みだった。

男子もヒロイン役をやってみる。

オレはこの中だったら、マリーナかスカーレット先輩かと思ってたんだが。

全員の演技を見てペトラ先輩は唸り始めた。

ペトラ「うう~~~~ん……」

オルオ「どうしたペトラ」

ペトラ「あのね、我儘を言ってもいいかしら?」

エルド「別にいいが」

ペトラ「一番イメージに近いの、ミカサかもしれない……」

ミカサ「………はい?」

意外な選択だった。え? でも、ミカサ、かなり棒読みだったぞ。

むしろその棒読みが良かったんかな。そう思ってたら、

ミカサ「わ、私は役者は無理です。その、今のは一応、全員やれって話だったからやっただけで…」

案の定、ミカサが拒否し始めた。

ペトラ「それは分かってる! 重々分かってるんだけど…!」

ペトラ先輩が腕を組んで唸り続ける。

ペトラ「でも、イメージぴったりなんだよね。知的な雰囲気で、落ち着いてて、所作も綺麗なのに、力仕事も似合うっていう。スパナ持ってるところとか、すっごい様になってたし…」

ミカサ「で、でも…しゅ、主役なんですよね。絶対、無理です!」

ペトラ「そこを何とか! お願い! (合掌)」

へー。こういう事もあるんだな。と呑気にしていたら、

オルオ「でも台詞の按配は棒読みだったぞ。オレはエレンでもいいかなって思ったが」

エレン「オレっすか?!」

今度はもっとぶったまげた。

ええええええ? オレなのか?!

オルオ「ああ。演技力はエレンの方があった。この姫様は、ボーイッシュな部分もあるから、男子がやっても問題はないぞ」

エレン「う、ううう……」

嘘だろ…。マジか? そうなのか?

急展開に頭が追い付かねえ。

ミカサ「エレン! お願いする」

エレン「でも、脚本書いたペトラ先輩はミカサを推薦してんだろ。脚本家の意見を優先した方が……」

ミカサ「でも部長はこう言っている……ので問題ない」

エレン「ううう………」

いきなりヒロイン役。しかも主役。

台詞の量だって一番多いだろうし、覚えられるかな。

不安だ。出来るかな。オレが女役なんて。

グンタ「俺は………エレンの方がいいな」

エレン「え……グンタ先輩、オレっすか」

不安に思ってたらグンタ先輩までオレを推してきた。

グンタ「ああ。ペトラのいう事も一理あるが、いかんせん、ミカサは台詞の読み方が棒過ぎる。本人も無理だと言ってるのに無理強いは出来ないだろ」

そうだった。ミカサは壇上にあがって皆に見られるのが苦手なんだ。

演技とか出来るタイプじゃない。根っからの裏方なんだ。

ミカサに無理強いさせるくらいならオレがやった方がいいか。

そう、自分を納得させたんだ。

エレン「ううっ……そうっすね。じゃあオレが主役のヒロイン役やります」

オレがそう決意したらミカサが露骨に喜んだ。よほど役者やりたくなかったんだろうな。

エレン「顔、出さなくていいのが唯一のメリットか」

この時点ではヒロインはほぼ仮面をかぶって演技をする予定だったので、安心してたけど。

実際は、まあいろいろあって結局途中から顔出しになったんだよな。

ミカサ「そうそう。顔は一切出さないので大丈夫」

エレン「開けるのは目と口のところだけっすよね。視界悪いんすかね」

ペトラ「それだけが難点なのよね。でも頑張ってもらうしかないわ」

エレン「分かりました」

あーいきなりの主役。大丈夫かな、オレ。

ペトラ「じゃあ続いて相手役のタイ・カプリコーン王子の役を決めます」

んでいろいろ演技をやらせて、

ペトラ「ライ王子はオルオ、タイ王子はジャンで決定でーす」

ジャン「ま、まじっすか…!」

ペトラ「うん。マジ。男同士でラブシーンやるけど頑張ってね♪」

エレン「………なんとなく、そうなる予感はしてたんだよな(遠い目)」

ジャン「よりによってエレンとラブシーンかよ……(がっくり)」

オレの相手役はなんとジャンになっちまったんだ。

ううう。男同士でラブシーンか。ハードル高すぎるぜ。

ペトラ「どんまい☆ 大丈夫。キスシーンはあるけど、実際はしなくていいから」

ジャン「げげっ…! そうなんですか?!」

エレン(遠い目)

きついなー。それでも十分きつい。

ペトラ「観客席からそう見える立ち位置に立ってそれっぽくして貰うだけよ。まあ、うっかり本当にやっても全然問題ないけどね」

オルオ「本当はやった方が面白いけどな」

エレン「絶対しませんよ!」

ジャン「絶対するか!」

尺の関係でキスシーンはカットになったから良かったけど。

お姫様抱っこはアレはアレで結構、恥ずかしかったんだぞ。

ペトラ「あ、タイ王子は黒縁眼鏡キャラだから、出来れば今日からジャンは伊達眼鏡をかけて本番まで慣らしておいてね」

ジャン「え? そこまで徹底するんですか?」

ペトラ「眼鏡の仕草は1日2日じゃ身につかないよ。あとエレン、あなたは髪切るの禁止」

エレン「げっ……のばすんですか?」

ペトラ「うん。カツラ買うお金をケチりたいから、髪は地毛でやってもらうわよ」

エレン「長髪なんて今まで一度もなったことないですよ」

ペトラ「なら、今からなるのよ。という訳で、二人とも頑張ってね!」

今のオレはゴムで縛って小さなしっぽが出来るくらいの髪の長さだ。

九州大会も髪は伸ばしたままだろう。もし負けたら、切る事になると思うけど。

この長い髪を切る頃には、オレも女役を卒業していると思う。

その日は出来てる台本を使いながら演技の練習をスタートさせた。

初日はもうグダグダだった。ジャンとのラブシーンに何度もNGが出て、ストップがかかってしまったんで、それ以外のシーンの練習からさせて貰った。

正直、この時点では不安しかない状態だったが、まあそれでも練習を終えて家に帰った。

リビングにあるオレの母さんと、親父と、オレが小さかった頃の写真を見る。

オレがまだ2~3歳の時の写真かな。これ。

帽子かぶって網持ってる。この頃は虫採るのが好きだったんだ。

母さんは髪が長かった。そう。髪を切る前のミカサくらい長かった。

ミカサ「…………エレン?」

エレン「あ、ああ……別に何でもねえよ」

ふと、懐かしい気持ちで写真を見てたらミカサに首を傾げられた。

ミカサ「写真、見てなかった?」

エレン「ん? ああ……その、なんだ。そういや、この写真ミカサに見せたっけ?」

ミカサ「見せて貰ったというより、勝手に見た。その女性がエレンのお母さんよね」

エレン「ああ。今のオレ、女装したら多分、母さんそっくりになるよな」

ミカサ「!」

エレン「………ま、そういう事だ。それがちょっとだけ、な」

母さんが親父と結婚して、オレを生んだのは20歳の時だったらしい。

で、オレが9歳の年に亡くなったから、30歳になる前くらいに亡くなったんだ。

ひき逃げ事件に巻き込まれたせいでオレの母さんはこの世からいなくなった。

その報いはあいつらに味あわせたけど。母さんは還ってこない。

今のオレは、女装したら母さんそっくりになるだろう。それは仕方がない事だ。

エレン「でも結果的にはオレで良かったかもな。相手役がジャンなら、ミカサにヒロインはさせられん」

ミカサ「え?」

エレン「あ、いや……こっちの話。何でもねえ。夕飯、食べようぜ」

あぶね。口が滑るところだった。

ミカサ「…………」

ミカサが変な顔してたけど、気にしない事にした。






んで、6月に入ったら雨がぼちぼち増えてきた。

この時期は洗濯物もそうだが、カビも気をつけないといけない。

食べ物がカビやすいんだよな。食パンとかのストックが多く持てない。

だからミカサはきっちり量を計算して料理して余らせないように作る。

余った場合は早めに食べてしまう。単純だけど、これ、実際毎日やるとなると、大変なんだ。

人間の腹なんて計算出来ないだろ? 普通は。

でもミカサもミカサのお母さんも、それが出来るんだ。

頭の中、どうなってるのか不思議でしょうがねえ。

ミカサ曰く「腐らせたらそれを処理する時間が勿体ない」そうだ。

いや、言うは易し。行うは難しだぞ、それ。

それに加えて掃除も洗濯もきっちりこなしてる。

そのせいでオレの出番があんまりなくて、楽なのは楽なんだが。

やってるのは自分の下着を畳んでタンスに入れるくらいかな。

雨が酷い日のお休みも、ミカサはまめに働いている。

そういや最近、全然あいつ、ゲームしてる素振りがねえな。

エレン「…………おーい、ミカサ」

ミカサ「何?」

エレン「最近、逆転進んでるか? 分からないところあったら教えるぞ」

ミカサ「ごめんなさい…実はあれからあまり進めてないの」

エレン「え? 何でだよ」

ミカサ「だって……あのゲームは魔物だから」

その時のミカサの顔が、なんていうか、怖かった。

憎いのか。そんなにゲームが。

でもオレはゲームを嫌いになって欲しくなかったから、つい、

エレン「ええ? 3が一番面白いのに。勿体ねえな」

と言ってしまったんだ。するとミカサがピクンと反応した。

ミカサ「………そうなの?」

エレン「ああ。シナリオのボリュームもすげえし、何よりゴドーが出るし」

ミカサ「ゴドー?」

エレン「3の新キャラだよ。すっげえ面白いキャラだぞ。人気キャラだ」

ミカサ「ううう………」

お? なんか表情が変わった。うるうるしている。

我慢してただけなのか。なーんだ。心配し過ぎたな。

エレン「ミカサは普段、しっかりしてんだからさ。たまには息抜きしたらどうだ?」

ミカサ「そ、そう言われても。アレは気合が抜けすぎるので困る」

エレン「…………そうか? オレは気合抜けてるくらいで丁度いいと思うけどな」

ミカサ「え?」

エレン「まあでも、ミカサが嫌なら無理強いはしねえよ。気が向いたら再開してくれ」

本当はやりたいんだろ? でも押して引いた。

その方が、ミカサもやりやすいかなと思ったからだ。

するとミカサが案の定、罠に引っかかって、その日は料理を手抜きしてゲームを再開させちまったんだ。

よしゃああああ!

こっそりミカサの様子を覗き見てオレはガッツポーズ。

なんかこう、飛びついたミカサが可愛くて可愛くて。

ミカサがゲームしてるのを確認した後、オレはルンルン気分で皿洗ったりしたんだ。

んで、家事を一通り代行して、空いた時間に台本読み直したりしてたら、ミカサが部屋にやってきた。

あ、今の一人練習、見られたっぽい。はずいな!

エレン「馬鹿っ……勝手に覗くなよ」

ミカサ「ごめんなさい。エレン、その……ゲームをクリアしたので返そうと思って」

ええええ? 嘘だろ。3が一番難しいのに。

もうクリアしたのか。凄すぎる。

エレン「えらい早かったな。3が一番手こずると思ってたんだが」

ミカサ「う、うん……難しかった。かなり」

エレン「だろだろー? でも面白かったよなー3が一番、シナリオいいよなー」

でもミカサならやりかねないと思ったから、早速3の話題を持ち出したんだ。

エレン「でも、法廷パートのラストの証拠品は泣けるよなーまさかアレがああなるとは…」

ミカサ「う、うん……泣けた。とても感動的」

エレン「だろ? オレ、男キャラならゴドーが好きだな。あの仮面の裏側にまさかあんな傷を隠してたなんてなー」

ミカサ「そ、そうね……傷跡を隠していたから仮面をしていたのね」

エレン「もうなんていうか、男として格好良すぎるぜ。ああいう男らしい男には憧れるんだよな」

ミカサ「そ、そうね…」

エレン「ミカサは3作品の中で誰が一番好きだ?」

ミカサ「ええっと……なるほど君がいいと思った」

エレン「おお! なるほど君いいよな! 見ていて飽きないよな。ツッコミが絶妙だし」

ミカサ「そうそう。会話の端々に鋭いツッコミがあって面白かった」

あー楽しい! こういうクリア後の話って、最高だよな!

……って、折角思ってたのに。

エレン「ツッコミで思い出したけど……オレ、第5話のさ、ましすの絵には爆笑したなあ」

エレン「あの絵がなければ切り抜けられなかった訳だけど、それにしても、そこから推理を展開させるなるほど君は天才だと思ったぜ」

ミカサ「う、うん……」

あれ? なんか様子が変だ。ミカサの表情が曇ってる。

ミカサ「そ、その新しいキャラクターのおかげで切り抜けられた。確かに」

ミカサ「逆転シリーズの登場人物は皆、個性豊かで面白い」

エレン「………まあ、そうだな。皆、キャラが濃いよな」

エレン「でもましすの濃さは群を抜いてたな。まさかあんな風になるとは…」

何でだろ? ましすは絶対、突っ込むよな?

アレ、スルー出来る奴、いねえよな? 普通は。

エレン「人は見かけによらないよな。まさかましすにあんな才能があったとは…」

エレン「ミカサもそう思っただろ? ましすの絵の才能、すごかったよな。ある意味で」

ミカサ「そ、そうね……」

この後のミカサの発言に対して、皆でせーので言おうぜ。

「異議あり!」と。

ミカサ「天才画家よね、ましすは。確かに」

エレン「…………」

ミカサ「………エレン?」

エレン「……………」

はー。オレも舐められたもんだなー。

でも大体想像はついた。ミカサの行動の矛盾する意味を。

ミカサ「?」

エレン「異議あり! ミカサはまだ、全クリアをしていない!」

ミカサ「ぎ、ぎくうう! (何故バレた?!)」

エレン「その証拠は、セーブデータの続きを見ればわかる!」

ミカサ「!」

エレン「全クリアしていれば、つづきから、を見た時に第5話の途中からの筈だ!」

ミカサ「うぐうう!」

電源を入れなおして、確認した。ほらな。やっぱり途中までのデータしか残ってない。

全クリアしてれば、こういうデータの残し方はまずしねえよ。

エレン「……4話目の途中までしかやってないじゃねえか」

ミカサ「ううう……」

ミカサ「ど、どうして気づいたの?」

エレン「それは、お前が5話までやれば分かる話だ」

ましすは絵本画家だからな。普通の画家とはちょっと違う。

めいちゃんのむちむち大冒険を描く予定の絵本作家なんだから。

エレン「…………何で途中で返すんだ? 面白かったんだろ?」

ミカサ「ううう………」

エレン「ミカサが途中で詰まらなく思って返すんなら、全然いいんだけどさ。何で「面白い」と思ったのに途中で止めるんだよ」

ミカサ「ううう………」

まあ、本当は想像はついてたけど。でも、ミカサの口から言わせたかった。

それに加えてオレはもう、抱えていた自分の気持ちをミカサに伝える決意もしてたんだ。

ミカサ「じ、自分の生活が乱れるから……」

エレン「え?」

でも、この瞬間のミカサの色っぽさときたら。

吐息交じりに言われたから、オレ、一瞬、本気で硬直しかけた。

ミカサ「さ、皿洗いを忘れる程、没頭するなんて、ダメ。こんな事を続けたら、か、家族に迷惑をかけてしまう」

やべええええ。なんだこの可愛い生き物は!

いかんいかんいかん。自重しろ。乱れるという言葉に反応するな!

必死に笑みを噛み殺した。傍から見たら不機嫌な表情に見えたかもしれないけど。

この時のオレは、萌えと一緒に深く息を吐き出して、気持ちを必死に落ち着かせたんだ。

ミカサ「だ、だから……面白いけど、ここで止める事にする。もう、十分楽しんだ……ので」

嘘つけえ! 自分に嘘つくなよ!

エレン「迷惑だなんて思わねえよ。それは心配のし過ぎだ」

ミカサ「でも! 実際に私は今日のお昼のお皿を洗うのを忘れていた。母に洗って貰ったのなら、それは……」

エレン「え? 皿洗ったの、オレだぞ。おばさんはやってねえよ」

ミカサ「え?」

その瞬間、ミカサは凄く驚いた表情になったけど。

オレはこのタイミングで、ずっと抱えていた気持ちをミカサに伝える事にしたんだ。

エレン「つか、言おうかどうか迷ってたけどさ……もう、この際だからはっきり言ってもいいか?」

ミカサに家事やって貰えるのは助かる。それは正直な気持ちだ。

でもそのせいでミカサ自身の生活が犠牲になるのは、オレが嫌なんだ。

エレン「お前、うちに来てからちょっと働き過ぎじゃねえか? そんなに完璧に家の仕事こなさなくても別にいいんだぞ?」

ミカサ「え? え?」

エレン「オレも母さんが亡くなってからは親父の代わりに家事やってたんだしさ…そりゃミカサに比べたら下手かもしれんが、皿洗ったり、料理したり、買い物行ったりする事ぐらいは一人でも出来るぞ。一通り」

ミカサ「そ、そう……」

ミカサはオレが「出来ない」と思い込んでいるかもしれないが、多分、ジャンとかに比べたら出来る方じゃねえかと思うんだ。

まあミカサから見たら「下手くそ」な部類に入るのかもわからんが。

でも、まるで戦力外のような扱いをされるのも、何だか傷つくんだよ。

エレン「だからさー…洗濯物とかも、山が出来たらすぐ畳んでタンスに仕舞わなくても別にいいし、料理もたまには手抜いたって、全然かまわねえよ。それよりも、家にいる間はさ、ミカサもこう……たまには寛いで欲しいんだよな」

ミカサ「く、くつろぐ……?」

そういう発想がなかったんかな。

でもだとしたら、これからそうなってほしい。

エレン「そうだよ。逆転の狩魔めいじゃないんだからさ、完璧をもって良しとしなくてもいいんだよ。というか、それをやられると、オレの方が居心地悪く感じてしまうんだよな」

ミカサ「うぐっ……!」

家の中、綺麗過ぎると逆に嫌っていうのも贅沢なのかもしれないが。

我が家が我が家じゃないみたいなのも、変な感じだったんだ。

ミカサ「ご、ごめんなさい…」

エレン「いや、別に謝るような事じゃねえんだけどな。その………家族なんだし、ミカサが家事やりたくない時はオレが交替してやるしさ。もうちょっと、こう……な? 気抜いてくれたっていいんだよ。この間の、ジャン達が泊まりで遊びに来た時だってそうだ。土産まで持たせるほど、相手に気遣わなくていい。どうせまたあいつら、別の機会に遊びに来るだろうし…毎回土産持たせるような空気なったら、その度にミカサが大変だろうが」

ミカサ「そ、そう……」

実際、家事って大変なんだぜ?

やってみれば分かる。地味に体力削られるし。神経遣うし。

塵も積もればってやつだ。だから、負担は女が背負うもんでもねえ。

出来る方がやればいい。オレはそういう考えなんだ。

多分、親父の影響もあるけど。うちは今までそうやってきたんだ。

エレン「あんな気遣いはそれこそ、恋人が出来た時にとっとけよ。じゃねえといろいろ勘違いされるだろ。ミカサのそういうところは、いいところでもあるけど、やり過ぎると、ダメだぞ?」

恋人に尽くすのはまあ、それはいいけど。

きっとやられた方は勘違いするよな。多分。

ミカサはオレのいう事に納得したのか、晴れやかな顔になっていた。

ミカサ「わ、分かった。今度から気を付ける」

エレン「おう。逆転、あともうちょっとで終わるだろ? その間は、オレがミカサの代わりに家事をやっとくからさ。折角だから最後まで頑張ってみろよ」

ミカサ「うん……」

という訳で、結局、ミカサに逆転123を全部やらせる事になったんだ。

クリア後に今度は検事の方も出してみる。

エレン「今度は検事の方もやってくれよ♪」

ミカサ「ええ? まだシリーズがあるの?」

エレン「おう! 是非全クリアしてくれよな!」

ミカサ「うう……エレンが私を誘惑する……」

真っ赤になって困るミカサに、オレは意地悪した。

だって、可愛いと思ったんだ。ミカサ自身が、楽しんでいる様子が。

今までは、ゲームに「つき合わせてた」って感じだったけど今回は違う。

ミカサ自身が「ゲームをやりたい」と思ってくれたんだ。

この違い、分かるだろ? 全然、違うんだ。

すげえ嬉しかった。ミカサを自分の世界に引っ張り込めた感じで。

繋がってる感じがした。ミカサと。

だから、多分、オレはこの時に、自分でも気づかないうちに。

ミカサ好感度のゲージを更に増加させていたんだ。







さてと。ここでまた一旦、休憩するぞ。

次はお待ちかねの第3章だ。というか、がけっぷちの第3章だ。

ああ。既に今までの回想でもオレ、かなり危ない感じだったけどな。

オレの気持ちが決定的にやばいと思ったのは、そう。

皆と海行って、その帰りにバス乗り間違えて、ミカサと一緒に一泊したあの夜だ。

あの時に、オレはもう自分でも「ダメだ」と諦めた。

白旗あげたんだ。ミカサに堕ちた、自分を自覚したんだ。

そこに至るまでのオレの回想、知りたいか?

まあ、今更どうにもならないような気もするが。

しょうがねえ。あの時の事も、振り返るとするか……。

ここまでにしときます。
次の章でいよいよ、お待ちかねのエレン視点の海編に入るかな。
あ、その前にプールもあるか。水着も買うしね。

ではでは続きはまた。

ジャンうざいと思ってたけどエレンも大概だな…

>>306
大体あってる。むしろ似た者同士。

エレン視点の物語は、最初から予定してましたよ。
ただ、どのタイミングでやるかはかなり迷ってました。
最初から同時に二つスレを進行させるか。
でも、当時は新スレ立てにくい状況だったし、
ミカサ視点がある程度、
いいところまで書いてからチェンジでもいいかと思い直したんですね。

案としては
1.ミカサ視点で全シリーズ書く
2.ミカサ→エレン→ミカサ→エレンと交互に書く。
3.ミカサ視点が終わってから、エレン編を全部やる

のみっつを考えていて、結局、選んだのは2番目ですね。
なのでエレン編が終わったらまた、ミカサ編に戻る感じで予定してます。

むしろ、最初はエレン編からやるべきか? と悩んだくらいですけどね。
でもミカサから先にやった方が面白いかなーと思ってこうなった。
読者に「エレンうぜえええ」と思わせるタイミングは後の方がいいかと思って。

一応、いろいろ考えながらやってるんですが、
読者側からしたら、何言っても信じて貰えないかもですね。
だから安価以外での案は拾いたくないし、
拾ったら、「オレの案が採用された」と勘違いさせる。
元々、その予定だったのに…
と、予定を狂わせられると、こっちも大変なんですよね。修正が。

もうそいつ相手にしないでスルーした方がいいと思うぞ
>>1も反論したくなるとは思うが今までのSSには誰も何も言わなかったんだから安価だとか案についてはみんな分かってるはず

>>313
すんません。つい。作業に戻ります…。



7月に入ると、オレの髪も大分のびてきた。

ゴムでくくれるくらいの長さの髪だ。長髪にするのは人生初だからまだ慣れない。

ちなみにうちの高校は頭髪に関してもそんなに厳しくない。

さすがにピンクとか紫とか変な色の髪の奴はいないが、黒、茶、金、それぞれいる。

地毛でそういう色の奴も多いし、勿論、染めている奴もいるだろう。

禁止されているのはピアスとかだ。過剰な装飾品は基本NGだ。

ペンダントくらいならOKだ。宗教上の理由で十字架持ってる奴もいるくらいだ。

生活委員が厳重に取り締まるのは服装よりも、変な物を持ち込んでいないかの所持品検査の方だ。

自由をはき違えてたまにごついサバイバルナイフとかサバゲー用の銃とか持ち込んでる奴がいるから、そういうのは没収するそうだ。

ジャン「全く。生活委員は本当に地味に面倒くせえ」

委員会の活動は月一だ。委員会のあった日の次の日、部活の時にジャンがぼやいていた。

ミカサ「大変なの? 生活委員は」

ジャン「大変……というより、没収した物を管理するのが面倒だ」

エレン「どんなのがあるんだ?」

ジャン「いろいろあるぜ? 使ってない花火とか。一定期間、保管した後は基本的には本人に返却するんだが、明らかにヤバい物はこっちで処分する場合もある」

ミカサ「花火……学校でこっそりやるつもりだったのかしら?」

エレン「ありそうだな。でもやりたくなる気持ちは分からんでもない」

夏と言えば花火だな。オレもやりてえかも。

でもジャンは「火遊びはやめとけ」と言ってきた。

ジャン「昔、うちの学校でもボヤ騒ぎを起こして近所に迷惑かけた事があるらしいぞ。それ以来、学校での花火は絶対禁止になった。この時期は特に厳しく取り締まるらしいぜ。停学食らいたくなかったらやめとけよ。やるんなら、川行ってやれ」

エレン「お、おう…」

ジャンが真面目に返してきて意外だった。ミカサがオレに耳打ちする。

ミカサ「………ジャン、意外と生活委員に向いてるのでは?」

エレン「かもな」

今はジャンの奴が伊達眼鏡君になってるから、余計に生活委員が似合って見えた。

んで、花火とくれば次はプールの話題も忘れちゃいけない。

夏になると体育の授業は水泳に変わる。女子は屋内プールで、男子は屋外だ。

その理由は、まあ大体察してくれ。こういう時は男が外に追い出されるもんだ。

7月5日。土曜日の体育も水泳だった。

月曜日は午後から2限連続だからいいけど、土曜日は水泳の後にも授業あるからだるい。

しかもクロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎの4種目をひたすら泳がされるから授業内容も単調だ。

オレは出来るなら水球とかの方がいい。そっちの方が面白いし。

とか思ってたら、リヴァイ先生に「1番最初にノルマこなして時間が余った奴は、この双眼鏡を貸してやる。余った時間は自由にこいつを使っていいぞ」と言い出したので男子は俄然、やる気が出た。

水泳の授業は特に監視が必要なので、リヴァイ先生は双眼鏡を持参してたんだ。

その直後の男子のノルマをこなすスピードは……そりゃもう凄かった。

時間が余れば、女子の水着を覗けるかもしれない。

でも、その純粋な思いが争いを生んだ。

先生の笛の合図をフライングして、飛び込む奴が続出したんだ。

時間の間隔を空けないと、当然ぶつかる。ぶつかると、時間をロスする。

真面目に飛び込まないといけないのに、皆、焦ってフライング気味になっちまう。

そうなると、今度は追い抜きをする奴が現れ始めた。

ジャン「コニー! てめえきたねえぞ! ルール守れよ!」

追い抜きされてキレ出した。マナー違反だ。

でもコニーも双眼鏡をゲットしたいのか、ジャンを無視してクロールで突き進む。

追いかけるジャン。そんな感じであちこち争いが起きて……。

一応、全員ノルマはこなせたものの、時間が余るというご都合主義は起きなかった。

リヴァイ「ふむ。この調子ならもう少しノルマを増やしてもいけそうだな。次の水泳はメニューを1.2倍にしよう」

一同(((ずーん…)))

そんな感じで結局はリヴァイ先生の手の上で踊らされたような結果に終わっちまった。とほほ。

授業が終わって男子は皆、落ち込んでいた。オレも例外じゃない。

上がって、落ちると、テンションを戻すのは至難の業だ。

着替え終わった女子が教室に戻ってきた。

クリスタ「どこのプールがいいかな。屋内プールってこの辺だとどこが近いかな」

ユミル「そうだなー。あそことかいいんじゃねえか? 市民体育館とか」

ミカサ「あそこは料金も安かった気がする。そこにする?」

クリスタ「そうだねー。そこいこっか。明日の午前中、よろしくね」

今、廊下で何だかキャッキャうふふな会話が聞こえた気がする。

もしかして、もしかして、女子同士でプールに行く話か…?

やべえ! 気になる。ミカサに聞きてえ!

でも授業が始まったし、授業中にメールは出来ないし。

もやもやして授業を聞いてたら、後ろの席でコニーとサシャがこそこそ話し始めた。

コニー「なーサシャ! もしかして明日、女子だけでプールいくんか?」

サシャ「え? ああ、クリスタの泳ぎをミカサが特訓して上手にする話ですかね? でも私は誘われてないです」

コニー「だったらさー。オレ達はオレ達で明日、いかね? 同じプールに」

サシャ「いいですよー。ついでにかき氷も食べましょう!」

その声を聞いて確信した。そっか。明日、ミカサとクリスタ、プールに行くのか。

多分、午前中だけだろうな。午後からは部活あるし。

オレは前の席のアルミンの背中をツンツン、叩いた。

するとアルミンも何も言わず「OK」サインを出した。

で、その会話を聞いてたジャンも多分、後でマルコを誘ったんだろうな。

アニは…まあ、元々一人でも便乗するつもりだったのかもな。

ユミルがついてくるのは予想できたが、ライナーもベルトルトもついでにこっちに来た。

そんな訳で全員、示し合わせた訳じゃないのに、便乗して集まったんだ。

ミカサは「一体、いつの間に打ち合わせたの?」と怪訝な表情をしていたが、まあ人の口に戸は立てられないって奴だな。

ミカサ「あの、皆……今日は午前中しか泳ぐつもりはないけど……いいのだろうか」

ライナー「ああ、構わん! というより水泳は1~2時間泳いだら、一度休憩した方がいいぞ。思っている以上に体力を消耗するからな」

クリスタ「皆、なんかごめんね」

サシャ「謝る事じゃないですよ! クリスタに便乗して、皆、自由に泳ぎたいだけですから!」

コニー「そうそう。授業じゃただ、泳がされてるだけだしなー。自由に遊びたいよなー」

サシャとコニーのおかげだけどな。全員、便乗できたのも。

こいつらが先に行動を起こしたから、乗る事が出来たんだ。

ミカサ「では、私はクリスタと……アルミンもよね。泳ぎ方の指導をするので、他の皆は自由に遊んでて欲しい」

ユミル「いや、私は一緒に見とくよ。ミカサの泳ぎ方も見てみたいしな」

アニ「うん。そうだね。私もいい?」

エレン「………オレも見てていいか?」

クリスタ「あ、あんまり大勢にみられると恥ずかしいんだけどなあ」

アルミンも恥ずかしそうにしている。それもそうか。

エレン「そっか。じゃあ仕方ねえな。着替えたら、一度集合して、その後分かれるか」

ジャン「あ、ああ……了解した」

んで、女子が水着に着替え終わるのをプールサイドで待つ。

男子は下がパンツだから着替えるのは早い。

ジャン「!」

エレン「!」

ライナー「!」

ベルトルト「!」

マルコ「!」

コニー「!」

アルミン「エクセレント! (小声)」

アルミンだけ、何故か思わずそう言った。小さい声で。

どうしたアルミン。何で英語になった。

クリスタ→白いワンピース水着。ユミル→競泳用の太ももまで隠れる水着。サシャ→赤いビキニ水着。アニ→花柄ワンピースでパレオ付き。

そしてミカサはスクール水着。この中だと目立つな。

ミカサ「では、まずはストレッチから……」

ミカサの合図で皆我に返ってストレッチを始めた。

オレ達男子はそれが終わってからひそひそと感想を言い合った。

アルミン「サシャ、意外とおっぱいあるなあ」

エレン「ぶふーっ」

初っ端からそこに触れるか、アルミン。

アルミン「着やせするタイプだったみたいだね。ラッキー」

アルミン、顔がいつもと違うぞ。自重を忘れている顔だ。

エレン「おま、クリスタ推しじゃなかったんか?」

アルミン「え? それはそれ、これはこれだよ」

アルミンが女子の「デザートは別腹」という時の顔して言ってる。

ライナー「ふん。浮気者め。オレはクリスタ一択だ」

アルミン「え? クリスタ以外の子も見たよね? ライナー。………アニとか」

ベルトルト「え? (ざわっ)」

ライナー「いやいやいや、見てないぞ! アニの胸なんて、見てないぞ?」

ベルトルト「ライナー……ちょっとこっちに来ようか(黒い笑顔)」

ライナー「ご、誤解だベルトルト! そういうお前だって、ユミルの……」

と、普段気になってた女子以外の水着を見て、気分が高揚するのは男の性(サガ)だ。

浮足立っているのは仕方がない。オレもミカサの水着が見れるのは嬉しいが、他の女子のそれだって見たい。

というか、全員のが見たい。それが男という生き物だ。許せ。

ジャンが何故か右腕を上げて両目を閉じている。そのポーズやめろ。昇天するぞ。

ミカサ「皆、プールに入らないの?」

ミカサが怪訝そうな顔をしていた。あ、やっべ。水の中に入ろう。

徐々に体を慣らしてプールの中に入ると、ミカサはクリスタとアルミンの指導にまわり、オレ達は自由に遊ぶことにした。

エレン「何して遊ぶ?」

サシャ「プールでやれる遊びと言えば、潜水とかですかね?」

ジャン「誰が一番長く潜れるか競争するとかか?」

マルコ「うーん、僕は潜水はちょっと苦手だな」

コニー「じゃあ鬼ごっこしようぜ! 背中にタッチして、時間内で自由に逃げ回るの! 泳ぐのは無しで!」

ライナー「ん? では水中を走るだけか?」

コニー「そうそう。足腰鍛えるのに結構いいんだぜ? タッチは背中だけ! それ以外はノーカンで、最後に鬼だった奴は、全員分のかき氷奢るのどう?」

サシャ「それはいいですねー乗ります!」

ユミル「じゃあ別の場所を間違えてタッチした場合は、ペナルティ追加だな」

アニ「胸触ったら、別料金でかき氷追加だね」

それはかき氷を奢るなら胸を触ってもいいのか?

と、一瞬思ったが、やめた。そういうドサクサは考えちゃいかん。

という訳で、最初の鬼はじゃんけんで決めて、ユミルが鬼になった。

時間はきっかり1時間と決めて、時計を見ながらスタートさせた。

水中を走る。うー? うまく進まねえなこれ! 意外と難しい!

ざばざばざばとかき分けて進むが、他のお客さんもいるから、避けながら逃げる。

うわ! ユミルがライナーにタッチした。

んで、ライナーからベルトルト、アニ、サシャ、マルコ、ジャン、コニー、ユミル、またライナーになって、ぐるぐる鬼が変わっていく。

やべええ! ライナーがこっちにくる!

逃げろ逃げろ! 偶然、ジャンと一緒に逃げる。

ライナー「ふははは! 追いついたぞ!」

ジャン「げ!」

ジャンが捕まった。今度はこっちにくる!

ジャン「エレン、まてええ!」

逃げろ逃げろ! 先を行くサシャに追いついた!

サシャ「なんでこっちに来るんですか!?」

エレン「知らん!」

わーわーわー!

かき氷代がかかっているから皆真剣だった。

サシャの背中にジャンがタッチした。

やべ! サシャに一番、近いのオレだ!

エレン「馬鹿! サシャ、こっちくんな! (ザバザバ)」

サシャ「ふははは! まてえええ! (ザバザバ)」

何だろこれ。桃鉄に近いスリルがあった。

今のサシャは貧乏神がとりついた時のプレイヤーのような迫力があった。

オレはミカサのいるところ辺りまでざばざば移動した。

エレン「ミカサ! どいてくれ! (ザバザバ)」

ミカサ「え? え?」

ドン☆ むにゅ。

ミカサ「?!」

プールの中でミカサとぶつかってしまった。

その隙に背中にタッチされて、遂にオレが鬼になった。

エレン「ぶふっ!」

サシャ「はーははは! エレン、アウトー! タッチです! 次はエレンが鬼ですよ!」

エレン「くそおお……残り何分だ?!」

時間が来た時に最後に鬼だった奴が負けだ。

あ、もう残り1分しかない! 意外と時間が経つのが早かった。

エレン「あと1分か! くそ、逆転してやる!」

一番近い位置にいたのはコニーだったから、追いかけた。

やばいやばい! 絶対、タッチする!

コニーに追いついた。背中に触ってUターンする。

コニー「げえ?! 残り30秒かよ! かき氷、おごんのやだよ!」

ジャン「てめえが言い出したんだろうが! 負けた奴が全員分、おごるってな!」

残り30秒切った。一番近いのは、ジャンだ。

あ、ジャンが鬼になった。その直後、

サシャ「終了でーす! 時間ですよ! ジャンの負けですね!」

と、時計を見ていたサシャが万歳した。

よっしゃあああ! 免れた! 勝ったぜ!

わいわい言いながらプールから全員、あがる。短い時間だったけど、楽しかったぜ。

んでそれぞれ、更衣室で着替えて、体育館の中にある売店でかき氷を食う事になった。

ジャン「くそ! ラスト10秒で逆転された……」

渋々金出してる。人の金で食うのは美味いな。特にジャンの奢りだと思うと美味い。

しかしその時、ミカサが心配そうな顔で、

ミカサ「あの……ジャン……」

と、声をかけたんだ。

ミカサ「お、お昼はお弁当持ってきてるの?」

ジャン「いや、今日は持ってきてねえよ。昼は途中でパンでも買って部室で食おうと思ってたんだが…」

ミカサ「…………」

ん? 何かこれ、まずい空気か?

考え込んでる。まさか、ミカサ…。

クリスタ「おにぎりで良ければ、ジャンに1個分けてあげようか?」

ジャン「いいのか?」

クリスタ「いいよ。今日はお弁当持ってきてるし、何も腹に入れないのは辛いでしょ?」

と、ミカサより先にクリスタが動いた瞬間、アルミンとライナーの顔が嫉妬に染まった。

ジャン「わ、悪いな……」

ミカサ「ではおかずは私の物を後で分けてあげよう」

ジャン「え?!」

ミカサ「部室で一緒に食べよう、ジャン」

なんだよ! 結局、得してるじゃねえか!

エレン「それじゃ罰ゲームになんねえだろうが!」

ライナー「そ、そうだ! かえって得しているではないか!」

コニー「ジャンのくせに生意気だぞ!」

ジャン「うるせえよ! ゴチになった奴らが文句言うな!」

ジャンは「ざまあ」って顔してオレ達を見てやがった。

クリスタとミカサの飯を分けて貰えるから、調子に乗ってる。

マルコとベルトルトは「まあまあ」と間に入ってたけど、

ジャンの機嫌の良さに暫くはイライラさせられたな。

午後は部活に行く為に学校に移動した。いつもの音楽室に劇部メンバーが集まる。

今日は衣装合わせの予定だ。オレは部室でガーネット先輩にエンパイア・ドレスを着せられていた。

なんかこれ、めっちゃくちゃ本格的な衣装だな。こんなのがくるとは思ってなかった。

もっと、テレビのタレントがたまにやる、コスプレみたいなドレスにすると思ってたんだが。

エレン「すごい衣装ですね。これ、本当に自分達で作ったんですか?」

ガーネット「そうだよ。うちは家が服関係の会社やってるから、一通りの材料とかは、余ってる布とかを貰えたりするんだ」

エレン「へーすごいっすね。じゃあこのドレスもそこから?」

ガーネット「リサイクルだね。要らない布かき集めて、レースとかも自分で作ったよ」

エレン「ほー」

感嘆するしかない。いや、マジで。

衣装合わせをして音楽室に戻ると、皆に「おおおお」と感動された。

ペトラ「ちょっと緩めに作ってあるけど、大丈夫かな? 肩とか落ちない?」

エレン「丁度いいっすよ。問題ないです」

ペトラ「じゃあ今日は一日、このエンパイア・ドレスで過ごしてみて。足さばきに慣れて貰うわよ」

エレン「了解しました」

よし。頑張るぞ。と、歩いたその時、

エレン「うお? む、難しい…」

やべえ。これ、難しい。足をどう動かせばいいんだ?

裾を踏みそうになる。こけたらまずいのに。

ペトラ「このエンパイア・ドレスは結婚式のシーンで使うからあまり汚さないように気をつけてね」

エレン「え、あ……そっか。結婚式のシーンあるのか…」

このドレスは花嫁衣裳なのか。通りで豪華な衣装だと思った。

ジャンと結婚式やるのか。はあ…。

ペトラ「ふふふ……その嫌そうな顔、いいわあ。実際の演技でも、二人はお互いに嫌そうに結婚するから好都合だわ」

エレン「政略結婚だから当然か…」

ジャン「だな……」

ジャンはジャンで、男の方の正装だ。貴族の正装って感じの。

時代はどの辺を参考にしてるのかな。世界史詳しい訳じゃないから良く分からんが、ゲームで出てきそうな凝った衣装だ。

ペトラ「今日はついでにメイクものせてみようか、エレン♪」

エレン「え? メイクもですか?」

その時、ペトラ先輩が悪い顔をした。

ペトラ「いいじゃなーい。折角だしー。うふふふふ……美少女にさ・せ・て♪」

お、おう…。まあ、別にいいけど。

オレはペトラ先輩に従って椅子に座って、ビニールをドレスの上からかけてもらって、メイクアップされてしまった。

その間、皆、好きに活動している。発声練習とか。柔軟とか。

オレのメイクの完成をわくわくして待っているようだ。

そして一時間後くらいにようやく完成した。

ペトラ「出来たわ。最高傑作よ」

ペトラ「もう、化粧のノリがいいのなんのって! エレン、素晴らしい逸材よ!」

えっへん! とペトラ先輩が自慢げだ。ちょっと可愛い。

ミカサ「綺麗……」

ジャン「い、意外と悪くないな」

オルオ「お? うまく出来たな」

エルド「可愛いな」

グンタ「ペトラの化粧技術もうまいが……確かにいいな」

エレン「ま、まじっすか…?」

評判がいい。どんな顔になったんだろ?

ペトラ「んじゃ、自分とご対面~♪」

エレン「…………」

鏡を見せて貰った。そこに映ってるのは………

誰だお前?! と思うくらい別人のオレだった。

母さんともちょっと違う、自分で言うのも何だが結構、美少女かな?

エレン「こ、これがオレなのか……なんかこそばゆい感じ何だが」

可愛らしく変身した。いつもの自分じゃない。

例えるなら、お金持ちのいいところのお嬢様風に変えられてしまった。

ペトラ「うふふふ~その初々しい反応いいわ~オルオとは全然違うわね」

ペトラ「オルオの初女装の時は、ちょっとイラッとしたもんね」

オルオ「ふん……オレくらいになると、女装も難なくこなせるんだよ」

エルド「おばちゃん役、似合ってたもんな」

グンタ「ああ……あんなにおばちゃんが似合うとは思わなかったな」

ああ、女役は先輩達もやってるのか。だったらちょっと安心した。

そ、その時、

マーガレット「先輩、小道具大体完成したんですけど、こんな感じでいいですか?」

ペトラ「おおお、サンキュー! いい仕事してくれてるわね!」

マーガレット先輩が持ってきたのは舞台上で使う小道具だった。

マーガレット「立体機動装置ヴァージョン4.5ってところですかね」

うおおおやべええ! 格好いい!

設計図の段階から見せて貰ってたけど、あれが形になったのか。

しかもこれ、驚く事に材料は「ほぼ段ボール」で作ってあるんだ。

先輩達曰く「段ボール舐めるな」らしいが、にしても器用過ぎて興奮する。

アルミンもこういう立体の工作が好きだから、これ見たら喜びそうだよなー。

ミカサ「立体機動装置? とは一体…」

マーガレット「ええっと、タイ王子が独自に開発させている兵士用の機動力向上用の機械って感じかな。元々あった、古の機械、立体機動装置を更に独自に進化させたって設定なんだ」

ミカサ「古の機械、ですか……」

マーガレット「そうそう。この世界にはかつて、巨人と呼ばれる人類を食らう化け物がいたんだけど、それを人類が長い長い闘いののち、絶滅させたの。その時に使われたのがこの立体機動装置。巨人がいなくなってから、人類は次第に巨人の存在を忘れていった。だから、そんな古の機械に興味を示すタイ王子は周りから奇異な目で見られていたのね」

ミカサ「ほうほう…」

マーガレット「そんなタイ王子に唯一、理解を示したのがこのヒロイン。レナよ。レナだけは、立体機動装置の存在を否定しなかった。そこから二人の愛が芽生え始めるのよねー」

愛か。芽生えちゃうのか…。

ペトラ「今日はゆっくり時間があるから、出来てる分の衣装と小道具を合わせながら通し稽古しよっか」

と、ペトラ先輩の合図でオレ達は本格的な練習に入ることになった。

この時はまだ、台本を持ったままの稽古だった。

自分の役の台詞が頭の中に全部入ってる人は見ないでやってるけど。

オレとジャンはまだ、無理だった。一番台詞が多いからというのもあるけど。

それ以前に、恋愛感情が芽生えるシーンとそれ以後が、メタメタにダメだったからだ。

特にオレの方がダメだった。ジャンが真面目な顔をすると、つい吹いてしまって。

ペトラ「ちょっとちょっと、エレン。笑い過ぎよ!」

エレン「す、すみません……」

ジャン「おい、エレン。お前真剣にやれよ」

エレン「分かってる。分かってるんだが、真剣にやればやるほど、くそ……」

この段階の台本は、実際の舞台の時よりも気障な台詞が多かったんだ。

後半は背中が痒いシーンが多すぎて、正直、どうにもならんかった。

ペトラ「参ったわねーエレン、ジャンを愛せるように頑張ってよ」

エレン「無茶言わないで下さいよ。オレ、そっちの趣味はないですよ」

ペトラ「しょうがないなー…じゃあ、エレンとジャンは一回休憩して別のシーン、練習しようか」

オルオ先輩とペトラ先輩の夫婦漫才もこの劇のいいスパイスだ。

そっちを先に練習して貰って、オレは休憩させて貰った。

その練習風景を見つめながらオレはジャンに言った。

エレン「やっぱり男同士でラブシーンは無茶なんじゃないか?」

ジャン「演劇なんだからそういう事もあるだろ………多分」

すると、練習の合間にオルオ先輩がわざわざアドバイスをくれた。

オルオ「ああ、あるぞ。女同士の場合もあるしな。その辺は演技が問われる部分だな」

エルド「コツを言えば、相手を脳内で別の人間にすり替えるって手もあるぞ」

グンタ「ああ。相手役を本当に愛する必要はないからな。演技中は自分の好きな人を思い浮かべて重ねるってのも、手だ」

ジャン「…………」

エレン「そ、そうっすか」

好きな相手、ねえ。

女が男を好きになるってどんな感じなのかな。

まずそこの段階から、オレには理解出来ない。

当たり前だよな。だってオレ、男だし。

この時のオレはまだ「ただの女装している男」だった。

だから迷いもあったし、ジャンとの練習もうまくいかなかったんだ。

練習が終わって、家に帰る。そこでもミカサに心配されちまった。

ミカサ「エレン、大丈夫?」

エレン「あ? あああ……」

ミカサ「やはり女性の役は難しいのだろうか」

あー。そうだな。確かに難しい。

でもそれ以前の段階でも躓いているんだよな。

エレン「いや、それ以前の問題だ。その………例え男役だったとしても、ラブシーンは難しいと思うぞ」

ミカサ「そうなの?」

エレン「ああ。なんか、こう、分かってるんだが、誤魔化したくなるんだよ。むずむずしてさ」

あーあーあーと耳塞ぎたくなるような感覚、分かるか? あんな感じになるんだ。

多分、オレ、もし万が一、恋人が出来たとしても、同じような事が出来るとは思えない。

何でこんなオレがヒロインに選ばれたんだろうな。しかも恋愛劇の。

モブ役でも全然、良かったんだけどな。

ミカサ「つまり、そういう空気その物が苦手なのね」

エレン「言ってしまえばそういう事だ」

ミカサ「…………」

ミカサがその時、何故かキリッとなった。

ミカサ『レナは私の妻だ。例え兄上であろうと、譲る気はない。レナを返して頂きたい!』

エレン「!」

ミカサ『レナ、大丈夫か。何もされなかったか』

エレン「………」

ミカサ『良かった。本当に……』

エレン「や、やめろ。そのシーンが一番、こそばゆいだろうが!」

ぎゃああああ!

分かってても恥ずかしい。そこ、一番イケメンになるシーンだし。

ヒロインは、ドキドキするべき場面だ。

ミカサ「エレンが慣れるまで、私がタイ王子の代役をやっても良い」

エレン「やめろ! おま、ヒロインは嫌でヒーロー役はやるって本末転倒だろうが!」

しかも悔しい事に意外と似合ってた。男役、うまいな。ミカサ。

ミカサ「練習は全然平気。本番で舞台上にあがるのが嫌なだけ」

エレン「この我儘が!」

本番に弱いタイプかよ! 知ってるけど!

エレン「大体なあ、ペトラ先輩のイメージだとミカサの方が近かったんだぞ。オレの方がある意味、代役だろうが! だったらミカサがオレに見本を見せるべきなんじゃねえのか?!」

ミカサ「そう? でも棒読みだとオルオ先輩には言われた」

エレン「いや、それは皆が見てたからだろ? オレの前だけなら、自然に出来るかもしれないだろ」

そうだ。一回、逆をやってみて客観的にヒロインを見つめてみよう。

ミカサ「では、練習で私がレナ王女、エレンがタイ王子の方をやってみる?」

エレン「おう、いいぞ」

キャスティングを交替しての演技練習を試しにミカサとやってみる。

ミカサ『また、徹夜されたのですか? タイ様』

エレン『あ、ああ……すまない。ついつい、研究の手を止められなくてね』

ミカサ『以前から気になっていたのですが……一体何の研究をされているのですか?』

エレン『ん……女性にはあまり興味のない代物だよ。機械いじりだ』

ミカサ『まあ! 一体、どんな機械をいじっているのですか?』

エレン『…………興味があるのかい?』

ミカサ『ぜひ! 見せて下さい。私にも』

何だよ! 意外と出来てるじゃねえか。

それくらい普通に演技が出来るなら、ミカサの方がヒロインとして相応しい。

……けど、皆の前じゃ出来ないんだよな。悲しい事に。

ミカサ『これは……見たことのない装置です。これは一体……』

エレン『だろうね。これは大昔、兵士が使っていたと言われる「立体機動装置」の原型だ』

エレン『その昔、人間は巨人と呼ばれる怪物に支配されていた時代があった』

エレン『それを絶滅させる為に人類が開発した装置、それがこの「立体機動装置」だ』

エレン『我が国に一つだけ残された、その原型がそれだ』

エレン『もう錆びている部分が殆どで、動力源も残っていないが、その構造自体は理解出来た』

エレン『だからそれを原型にして、もう少し軽量化して、長時間使える物を作れないかと思って、独自に研究していたんだ』

エレン『………まあ、何の為にやってるんだ、と突っ込まれたら「趣味だ」としか言えないんだけど』

ミカサ『まあ……なんてロマンチックな研究! それなら是非、私にも手伝わせて下さい』

エレン『え?』

ミカサ『私、機械をいじるのは得意なんです! こう見えても、工作が得意なんですよ!』

エレン『し、しかし……』

ミカサ『着替えてきます! ああもう、こんなヒラヒラした服とはおさらばよ! うふふふ♪』

エレン『ちょ、ちょっと待ってくれ、レナ! その……気持ちは有難いが、知識のない人にあまり研究室に出入りされてもらっては……』

ここだ。ここから物語が変わっていく。

オレはミカサの手を握った。部屋を出ていくのを一度、止める為に。

その時、その手の柔らかさにドキッとした。

温かい。

人の肌に触れた瞬間、何かが、繋がった。

うまく言えない。でも、引き合う磁石のような力が動いた。

何だ? ミカサの顔を見たら、同じように驚いてる。

そして我に返る。いつまで手、握ってるんだ、オレ! みたいな。

自問自答。でも、手を離したくない気持ち。

でも、離す。

相反するものが混ぜこぜになる。

行動と感情が一致しない。

頭の中がぼーっとする。痺れるような、夢のような。

その直後、おばさんのの声が聞こえた。夕飯らしい。

ミカサ「ど、どうだっただろうか?」

ミカサはいつものミカサに戻っていた。

エレン「あ、ああ…なんか、参考になったかも」

うまく言えない。でも、やる前とやった後では何かが変わった。

言葉に出来なくてすまん。でも、オレ、とっかかりが見えた気がする。

エレン「あ、ありがとうな、ミカサ。おかげでヒロインのイメージがようやく掴めたかもしれん」

ミカサ「ほ、本当?」

エレン「あ、ああ……多分、な」

いや、正しくはタイ王子の方の感覚かもしれないが、

でも、これって、多分、そうなんだ。

見えない「何か」に引っ張られるような感覚。

それは物理的な意味合いではなくて、もっと深い感覚だ。

重力よりも重くて、空を飛ぶよりも軽い。

何言ってるんだ? と思わないでくれ。オレにもうまく説明出来ないんだ。

夕飯を食べてからオレはミカサに頼み込んだ。

ここから先は徹底的にやってみるしかないと思ったんだ。

エレン「ミカサ、家にいる間だけでいいんだが、ロングスカートを貸してくれねえか」

ミカサ「え? 着るの?」

エレン「ああ。前半だけとはいえ、ロングスカートで演技するからな。慣れておかねえと、こけたら怖いし」

レナ王女は前半はロングスカート、後半はツナギでいる事が多い。

だから衣装に慣れておくべきなのは当然だが、オレがこの時、それを必要としたのはもっと深い理由がある。

そう。ミカサだ。ミカサ自身を参考にして、「女」というものをもっと理解する必要があると思ったんだ。

オレはそれから出来るだけ毎日、ミカサを観察した。

ペトラ先輩が言った「ミカサが一番イメージに近い」と言った理由を探ろうと思った。

棒読みだったのに、ペトラ先輩がそう判断した理由が絶対ある筈だ。

ミカサの家事のやり方とか、しゃべり方も日常の中で良く観察する。

するとミカサが途中で照れて「な、なに?」と言う。

エレン「何でもねえよ。内緒だ」

ミカサ「それは何でもないとは言わないような」

エレン「すまん。でも内緒だ」

変に意識させると探れない気がして、詳しい事は言わなかった。

ミカサは首を傾げていたがそれ以上は追及しなかった。

そしてオレはある日、面白い事に気づいた。

ミカサはテレビを見ながら電話をしながらメモを取るという不思議な行動をしたんだ。

エレン「ミカサ、今、テレビ見るのと電話とメモ書くの、同時にやったよな」

ミカサ「え?」

エレン「そう見えたんだけど、違うか?」

ミカサ「え、ええ…そうだけど。何?」

エレン「何で同時に出来るんだ? 普通、電話しながらメモ取るくらいしか出来ないだろ?」

ミカサ「どうしてと言われても……」

ミカサは首を深く傾げた。

ミカサ「同時に別の動作を行ったり、同時進行でいろいろするのは普通」

エレン「え? そうなのか?」

ミカサ「うん。段取り通りに行かない場合もあるけど、洗濯物を畳みながら、次のご飯のメニューや買い物の事を考えたりする」

エレン「え? 畳んでいる時は畳むことに集中しないのか?」

ミカサ「? 集中している。けど、他の事も同時に考える」

ど、どうなってるんだ? ミカサの頭の中は。

何か頭の構造がオレと違うような気がするぞ。

エレン「図にしてくれないか?」

オレは感覚的にそれを知りたくてミカサにお願いした。

ミカサ「うーん」

ミカサはいろいろ考えて、オレに説明してくれた。

ミカサ「こう、頭の中に丸い線があって…」

ミカサが丸い円を描いた。

ミカサ「やるべきことは、こう、生えている感じで」

と、円に毛が一本ずつ生えていく。その先にやる事を一杯書いていく。

ミカサ「こんな感じ?」

と、まるで毛虫のような頭の構造が出来上がった。

エレン「でもいっぺんにやる事が増えたら訳分からなくならないか? やる事をある程度捨てて一本に絞るべきじゃないか?」

ミカサ「そうかしら?」

この時点ではミカサはそういう経験がなかったのか、はたまた想像出来なかったのか。

ミカサ「でも、結局全部やる事が多い…ので」

と、オレの言いたい意味が伝わらなかったようだ。

でも、そうか。これってある意味では女に一歩、近づけたかもしれない。

脳みその構造が電気で言うところの「並列繋ぎ」みたいなもんかな。

男は「直列繋ぎ」みたいな感じで、ぎゅーんとまっすぐな方がやりやすい。

一本道を走るだけとか、出来るだけ単純な方がいいんだ。

でも女の子は多分、それじゃない。

体も丸いけど、頭の中も多分「丸い」んだ。

意味分からんと、言われそうで怖いな。でも、多分、そうなんだ。

その感覚を知ってから、オレはいろいろ自分でも調べた。

反対の物。海と山。光と影。陰陽説。そういうの、片っ端から調べた。

何の為に? と言わないでくれ。これも感覚的な話だから。

そしてオレはそういう知識の下準備をした上で、アルミンにも相談した。

アルミンは女役の先輩だ。小さい頃だけど、2回もヒロイン演じてる。

だからアルミンにも話を聞いておきたいと思ったんだ。

そんな訳で女役に真剣に取り組んでいるエレンです。
女役の先輩であるアルミンがアドバイスするところは次回で。

ではまた。

期末テストが始まる前の日。自分の家でアルミンと一緒に数学の勉強をしていた時に、ついでにアルミンに聞いてみた。

例のミカサの不思議な行動についてだ。するとアルミンは、

アルミン「ん? テレビ見ながら電話してメモ取るの僕もよくやるけど」

という意外な答えが返ってきた。

エレン「ええ? アルミンも出来るのか? そういうの」

アルミン「僕の場合はパソコンでスカイプしながら別の人とはチャットで文字打ち込みながら…とかもあるねえ」

何か頭の構造がまるで違うな。

って事はこれって、男だからとか女だからとかじゃないんかな? 単に脳みその出来が違うだけなのか?

と、思っていたらアルミンの方から質問を返された。

アルミン「ああ、もしかしてエレンは「男性脳」と「女性脳」について調べてるの?」

エレン「え? いや、そういう訳じゃないんだが」

アルミン「ん? 違うの? でも、同時にいろいろやるのは女性寄りってのが通説ではあるよ」

エレン「そ、そうなのか?」

アルミンは頷いた。

アルミン「僕の場合はどっちも出来るタイプだから中性的と言えるかな。集中的に論理的に行動出来るのは男性的で、同時にいろんな事をこなすのは女性的と良く言われるね」

エレン「そ、そうなのか……」

アルミン、すげえ。どっちも出来るんだ。

しかもオレが薄々感じていた事をとっくの昔に知ってたのか。

アルミン「それは人間が昔、まだ農耕生活に入る前に狩猟生活をしていた時に、男女の……」

おっと、アルミンの話が長くなりそうだ。

オレが聞きたいのはそこじゃない。

エレン「アルミン、オレは男女の頭の違いについて知りたい訳じゃねえ」

アルミン「あれ? そういう話じゃなかったの?」

エレン「いや、全く関係ない訳じゃないんだが、オレ、今度の劇で女役をやる事になったんだよ」

アルミン「えええ? そうなんだ! 初耳だよ」

エレン「悪い。言ってなかったな。んで、その女役をやる為にいろいろ調べている最中なんだ」

アルミン「なるほど。そういう事なんだね」

アルミンは頭の回転が速いから、全部を言わなくても、断片的に話しても大体話が通じる。

アルミン「役作りの為に研究中ってところか。なるほど。どんなヒロインを演じるの?」

エレン「ええっと、頭は良くて、気は優しいけど、頑固で、大胆なところもある。そういうヒロインだな」

アルミン「見た目は?」

エレン「美少女って設定だ。でも顔は隠して演じるから、あくまでそういう設定になる」

アルミン「ふむふむ。育ちは?」

エレン「小さな王国の第一王女だ。でも政略結婚で嫁がされる王女役だ」

アルミン「へー王女様か。だったら気品のあるお嬢様って感じかな」

エレン「ああ。それは先輩達にも散々言われた。王女様だから、気品を忘れないでって」

アルミン「へーへーいいなあ」

アルミンがわくわくしている。

アルミン「舞台はいつの予定?」

エレン「えーっと、8月だな。詳しい日程は後でメールする。場所とかも一緒に」

アルミン「絶対見に行くよ。頑張ってね。エレン」

エレン「おう………」

まだまだ不安だらけで怖いけどな。

だから本題をアルミンに話す事にする。

エレン「アルミンも昔、ヒロインを演じたよな」

アルミン「え? ああ……そうだね。小学生の頃、2回やったねえ。あの時は満場一致で僕が指名されてびっくりしたよ」

エレン「だよな。でも似合ってたよな。アルミンのお姫様」

アルミン「ちょっと複雑だったけどね。僕だって本当は王子様をやりたかったんだよ?」

エレン「悪いな。2回ともオレがやる事になっちまったけど」

アルミン「でも、エレンの王子様、格好良かったよ。皆に演技が上手だって褒められてたじゃない」

エレン「そうだったか? オレ、はっきりとは覚えてないんだよな」

まあでも、悪い思い出じゃなかったのは覚えている。結構楽しかったんだよな。

アルミン「そうだよ。だからエレンなら女役も大丈夫だって」

励まされても今はまだ、不安だ。

だからオレは、アルミンにアドバイスを頼み込んだ。

エレン「アルミン、オレに何かアドバイスはねえか?」

アルミン「ええ? 僕がアドバイス??」

エレン「おう。やっぱり経験者の話を聞いた方がいいだろ?」

アルミン「うーん。と言っても、昔の話だけどねえ…」

と言いつつも、アルミンは、事情を察して、

アルミン「練習、うまくいってないの?」

エレン「ああ。ダメ出しばっかりだな」

アルミン「そうなんだ。やっぱり男が抜け切れてないからとか?」

エレン「それもあるけど………」

一番の問題はむず痒いシーンを耐え切れない事だな。

エレン「相手役がジャンだからっていうのもあるが、むずむずするシーンで吹いちまう」

アルミン「ああ、なるほど。確かにジャンが真面目に気障な台詞言ったら、僕も笑うかも」

既に想像して笑っているアルミンだ。

アルミン「でもそれって、ジャンが言うから笑っちゃうんだよね。ジャンだと思わないようにしないと」

エレン「それが出来れば苦労はしねえよ」

アルミン「でも、それが演劇でしょ? 僕も演技中は、エレンをエレンだとは思わなかったよ」

エレン「………そうか?」

アルミン「うん。それに自分も女の子に成りきって、自分じゃないって思う様にしてたよ」

エレン「自分じゃない……」

アルミン「だって、それが演劇でしょ?」

そうか。そりゃそうか。当たり前だけど、すっかり忘れてた。

自分が女を演じる以前に、オレはジャンをジャンだと思わないようにしないといけなかったんだ。

エレン「アルミン、オレと白雪姫とシンデレラを演じた時、どうやってオレをオレだと思わないようにしたんだ?」

アルミン「んー……いや、僕の場合は意識的にそうしてたというより、エレンが既に役に「入ってた」から、自然とそうなった感じだったよ」

エレン「役に「入ってた」?」

覚えてない。どんな感じだったのか。

アルミン「うん。僕はエレンに引っ張られるような感じだった。だから凄くやりやすかったし、舞台上のエレン、格好いいなあと自然と思ったよ」

エレン「……………」

そうか。じゃあオレも女役に「入る」事が出来ればきっと、ジャンを見ても吹き出さないようになれるかもしれない。

アルミン「あー覚えてないなら、その時のビデオ見る? 僕の家におじいちゃんがとっててくれた映像残ってるかもしれないよ?」

エレン「! まじか! じゃあ頼んでもいいか?」

アルミン「うん。今度、探してエレンの家に持ってくるよ」

という訳で、期末テストが終わってからすぐ、アルミンに家に来てもらって当時のビデオを見させて貰う事にした。

小さい頃のオレだ。おお。なんか凛々しい格好してるな。

録画を観ていたら、あーぼんやり思い出してきたぞ。そうだ。

お姫様のアルミン、すっげえ可愛かったし、この時は本当にドキドキしたんだった。

エレン「アルミン、今見てもすっげえ可愛いなー」

アルミン「や、やめてよ……恥ずかしいな」

エレン「いやいや。お世辞抜きだ。アルミン、本当に女の子に見えるぜ?」

アルミン「まあ僕も、この時は「理想の女の子」を自分の中で想像して演じたんだけどね」

エレン「理想の女の子?」

アルミン「そうそう。僕は男だし、どう逆立ちしたって本物の女には成れないんだから、演じるなら自分の理想でいいかなって、そう思ったんだ」

エレン「それってつまり「自分の理想の女の子」をモデルにして、ヒロインを演じたって事か?」

アルミン「そうだね。エレンもとっかかりが掴めないなら、誰かをモデルにして演じてもいいんじゃない?」

そうか。何で気づかなかった。オレ。

ペトラ先輩が「イメージに近いのはミカサ」って言ってたんだから、ミカサをモデルにして演じれば一番、いいじゃねえか。

ペトラ先輩が何でミカサなのかはこの際、分からなくてもいい。

肝心なのは、オレがそれを演じる事なんだから。それでいい筈だ。

何だか頭の中でうまい具合に整理がついたんですっきりした。

やっぱりアルミンに話して正解だったぜ。

そんな訳で、問題も少し解決して光が見え始めたその頃、

期末テストも終わって気が緩んでいるのか、休み時間、サシャとコニーが何故か教室の後ろの方で一発芸を始めた。

サシャ「一発芸、始めます!」

コニー「ガチャ」

コニー「ただいまー(ネクタイ外すような仕草)」

サシャ「おかえりなさい、貴方♪(新妻風)」

サシャ「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・り・ど・り?(鷲のポーズ☆)」

コニー「更にかまいたち! (シャキーン☆)」

エレン「ぶふーっ!」

二人の決めポーズにうっかり吹いてしまった。

ミーナ「くくく……くだらない!」

ハンナ「本当、なにこのくだらなさ…!」

フランツ「よくこんなの思いつくね…」

ミリウス「アホだ…」

ナック「本当にな」

サシャ「期末テストの最中に思いつきました!」

コニー「さすがサシャ! オレの一番弟子だ!」

ダメだろ。テスト中にそんな事を考えちゃ。

そんなアホな事をやってたせいか、案の定、期末テストの返却の時、

イアン「残念、サシャ・ブラウス、コニー・スプリンガー。二人は赤点の数が多いから夏休み、補習決定だ」

サシャ「げげ!」

コニー「まじっすか!」

と、二人だけ補習を食らう羽目になっちまったようだ。

イアン「まじだ。いくらうちが学力緩めの学校とはいえ、平均点の半分以下の奴らを進級はさせられん。みっちり教えてやるぞ」

サシャ「そんなあ……」

コニー「まじかよ~」

お笑い芸人の道を行くっていう手もあるぞ、サシャ。コニー。

二人で同時に凹んでいる様子に、イアン先生も困った顔だ。

イアン「特に二人は現国の成績が一番悪いみたいだな。たまには読書もしろよ?」

サシャ「うひい……」

コニー「漫画なら読むけどなあ」

あいつらに国語力を求める方が間違っているかもしれない。

あ、でも補習受けるんだったら、海の話はどうなるんかな。

サシャはやたら「海! 夏は絶対、海ですよ!」とここ最近、はしゃいでたんだが。

案の定、クリスタが心配そうにサシャに声をかけた。

クリスタ「海はどうする? 夏休みの補習ってどれくらいあるの?」

サシャ「うう…一週間くらいですかね」

クリスタ「じゃあ、海はその後だね。頑張ってね、二人とも」

コニー「くそー……補習のせいで、部活の方もいけねー」

自業自得だな。

ミカサ「では、皆で海に行く話は……いつ頃にしよう?」

クリスタ「んー…やっぱり7月の終りの方かな」

ユミル「平日の方がすいてるかもな。28日くらいにするか?」

サシャ「そうですね。そのあたりで考えておきましょう」

くらげが出る前に行かないとな。お盆過ぎたら、くらげに刺されるから海の中に入れない。

そしてその時、ミカサが、

ミカサ「では、その前に新しい水着を買いたい……ので、誰かいい店を教えて欲しい」

クリスタ「いいよ。一緒に行こうか。いい店知ってるよ」

ユミル「ああ。そうだな。買いに行くか」

お? ミカサは新しい水着を買うみたいだな。ちょっと楽しみだな、と思っていたら、

その次の日の終業式が終わった直後、教室に戻る直前に、いきなりユミルに絡まれた。

ユミル「おい、エレン。お前、この後、体貸せ」

エレン「は? 何で」

ユミル「荷物持ちだ。同行しろ」

エレン「はあ? やだよ。オレ、家帰って飯食うし」

ユミル「この後、ミカサとクリスタと私の三人で水着見に行くんだが?」

それを先に言え。

エレン「分かった。荷物持ちはオレだけか?」

ユミル「いや、ライナーも誘う。多分、水着以外にもいろいろ見て回るだろうしな」

エレン「………ライナーまでにしといてくれよ」

あんまり同行者が多いと碌な事にならない。

ユミル「? ああ、分かった。了解」

ユミルは一瞬で、オレの思惑を察した様だ。

くそ! ニヤニヤすんなよ。あいつ、本当に性格悪い。

………いや、別に嫌いじゃねえけどさ。ユミルの事は。

そんな訳で放課後は家に帰らず、そのまま買い物に行く事になったんだ。

ミカサ「…………」

ミカサがまた怪訝な顔をしていた。プールの時と同じような顔だった。

ユミル「ほら、荷物持ちがいた方がいいだろ。男の手が必要だから」

ライナー「ああ、女性の荷物を持つのは男の仕事だからな。構わんぞ」

エレン「…………まあ、別に荷物持ちぐらいいいけどな」

ミカサ「申し訳ない……」

ミカサ、こういう時は別に甘えてもいいんだぞ。

エレン「気にするな。で、電車でこのまま移動するのか?」

クリスタ「途中でお昼食べようよ。あのね、美味しいパスタ屋さん知ってるんだ♪」

ユミル「最近、良く食ってんな、クリスタ」

クリスタ「うっ……いいじゃない。食べ盛りなんだから」

という訳で、まずは腹ごしらえ。クリスタお勧めの店で昼飯を食べてから、電車で移動して、ショッピングモールに到着した。

オレ達以外にも制服姿の高校生がちらほらいる。

今日は終業式のところが多いんだろう。放課後、遊んでるんだろうな。

まず最初に水着売り場に行く。そこには色とりどりの女物の水着があった。

か、可愛い。デザインもいろいろあるな。

クリスタ「ミカサーどんなのにする?」

ミカサ「どんなのがいいだろうか?」

ユミル「こういう、際どいのとかどうよ?wwww」

ミカサ「! そういうのは、無理」

おいコラ。布の面積、ちょっとしかねえだろ、それ!

グラビアアイドルじゃねえんだから、やめてくれよ!

ライナー「まあ、オレは有りだが」

エレン「うっ……いや、オレは無理だ」

ユミル「ふふふ……エレン、嘘ついてんじゃねえぞー」

エレン「う、嘘じゃねえし! ミカサはそういうのより、こういう、スポーティなのが似合うだろ?」

そうだ。ミカサは腹筋割れてるし、腹を見せない水着の方がいいだろう。

上がタンクトップタイプの水着を突き付けてみる。

ユミル「タンキニか。まあ悪くないな。じゃあ下が短パンのでも大丈夫か?」

ふーん。これ、タンキニって言うのか。適当に選んだんだが、初めて知った。

エレン「ああ、いいんじゃねえの? その……腹は隠れてるタイプの水着がいいだろ」

ユミル「え? 何で」

クリスタ「! う、うん、そうね! 女の子だもんね!」

ああ、そっか。研修旅行の時、ユミルは風呂の中で会話してなかったな。そういえば。

だからユミルはミカサの腹筋が割れている事を知らないんだろう。

ミカサ「うん。お腹は隠れている水着の方がいい」

ユミル「じゃあビキニ型は外すか。タンキニの中から選ぶか?」

ミカサ「そうね。下は短パン(ホットパンツ)で、上はキャミ型でいいかも」

ユミル「そうだなータンキニは露出が少なめだから鎖骨くらいは出しておかないとな」

ミカサが候補を3つまで絞った。

1つ目は黒ベースの白い水玉柄のタンキニ。

2つ目は薄い紫色ベースに白いチェック入りのタンキニ。

3つ目はピンク色ベースに少しだけ白いフリル入りのタンキニだった。

ミカサ「エレンはどれがいいと思う?」

ミカサの好みの色で考えるならピンクが一番かもしれないが…。

オレはこの時、自分の好みでそれを選んでみた。

エレン「お、オレは……薄い紫色ベースに白いチェック入りのタンキニかな」

薄い色の私服は結構、ミカサは持ってた気がするが「紫系統」の物はあまりなかった気がする。

藤色っていうのかな。上品な色だ。こういうのもたまには悪くないんじゃねえかなって思ったんだけど。

ミカサ「では薄い紫色ベースのチェックで」

クリスタ「うん、可愛いと思うよ」

ユミル「イメージに合うな。いいんじゃないか?」

ライナー「うむ。ミカサらしい色合いだ」

エレン「………オレが決めちまってよかったのか?」

ミカサは多分、ピンクの方が好きなんじゃねえかなとは思ったけど。

ミカサ「いい。客観的な意見が聞きたかったので」

ユミル「エレンの好みに合わせたかったんだよな。察しろよ、エレン」

エレン「え?! ………いや、その……よけいになんか悪いな」

ミカサ「? 何が?」

エレン「いや、何でもねえ」

オレの好みに合わせてくれたんなら嬉しいけどな。

まあいいや。どっちでも。ミカサもたまには違う色に挑戦したかったのかもしれんし。

ミカサ「?」

クリスタ「まあまあ、次は洋服を買いに行きましょうか」

ミカサ「え? 水着だけではないの?」

クリスタ「海に行くんだから、帽子とかも要るよー。ね?」

ユミル「そうだな。上から羽織る夏物とかもついでに買いたかったしな」

はいはい。そこは予想の範疇だ。好きにしろ。

ミカサは麦わら帽子を見ていた。海に行くなら帽子はいるよな。

あ、やっぱりピンクのリボンの麦わら帽子が気になるようだ。かぶってる。

エレン「おーいいんじゃねえの?」

ミカサ「ツバは広めだけど、これくらいでいいだろうか?」

エレン「ああ、違和感ねえよ」

ミカサ「色はどうしよう…」

今度はミカサの好きな色でいいと思った。

エレン「今かぶってる色でいいんじゃないか? 似合ってるぞ」

ミカサ「そうだろうか?」

クリスタ「うん、可愛いよ。ピンクのそれにしちゃいなよ」

ミカサはそれを一度外して、値札を見て元の位置に戻そうとした。ん?

エレン「どうした? 普通だろ。この値段なら」

同じシリーズの別の色の帽子が1900円くらいで売られていた。

麦わら帽子ならこのくらいするよな? 普通。

クリスタ「お手頃価格だよ」

ミカサ「も、もちょっと安い方がいいかと」

エレン「予算いくらだよ」

ミカサ「1000円くらいで」

ちょっとそれは安すぎやしないか?

エレン「はあ? そんな安物じゃなくてもいいだろ。すぐやぶけちゃったらどうすんだ」

ミカサ「で、でも…」

エレン「金が足りない訳じゃねえんだろ?」

ミカサ「ギリギリだろうか」

足りるんだったら、買った方がいいぞ。

エレン「じゃあいいじゃねえか。もし足りなかったらオレ出しといてやるし」

一応、財布に金がない訳じゃない。

ユミル「ひゅーひゅー男らしいな、エレン」

エレン「馬鹿、そんなんじゃねえよ」

ミカサ「………むー」

ミカサは顰め面だったが、暫く考え込んで、決めたようだ。

ミカサ「分かった。私はこれで今日の買い物をお仕舞にするので、買う」

エレン「おう、いいと思うぞ」

これで目的である「海に行くのに必要な物」は買えたな。

オレも親父に「今度皆で海に行く予定だ」って言ってあるから、必要な物があったら買っていいと金はそれなりに貰ってはいるんだが。

どうするかな。後でイルカの浮き輪でも買おうかな。

と、思いながら女子の買い物に付き合っていると、

クリスタ「私も同じシリーズの色違いを買おうかな♪」

ユミル「おお、いいかもな。このブラウンとか似合いそうだぞ、クリスタ」

クリスタ「えへへ~そうかな~?」

と、クリスタも帽子を買う事にしたようだった。

ライナー「ああ、いいと思うぞ」

エレン「似合うな」

次はユミルの上着を買いに行くようだ。コーナーを移動する。

ユミル「男物のパーカーでいいかなあ」

クリスタ「ええ? もうちょっと女の子っぽいのにしようよ」

ユミル「っつっても、サイズがなあ。男物の方が種類合ったりするんだよな」

ミカサ「これとかどうだろうか?」

ユミル「えらいまた、可愛い色の夏物カーディガンだな。パステルカラーって、私の柄じゃねえよ…」

クリスタ「そんなことないよ。薄い緑色だから似合うよ」

ユミル「そおかあ? うーん、まあ悪くはないけど……」

ユミルにそういう明るい色はイメージじゃねえな。

エレン「………ユミルはグレーとかも似合いそうじゃないか?」

と、手に取ったのはグレーのノーカラーの薄手のジャケットだ。

シンプルなのが似合うと思ったんだが。

エレン「ちょっと羽織ってみたらどうだ?」

ユミル「ん……じゃあとりあえず」

ユミルはオトナっぽい雰囲気があるから、こういうのは似合うようだ。

ユミル「着心地も悪くない。値段は2980円くらいか。まあ予算内かな」

クリスタ「それにしちゃう?」

ユミル「ああ、意外とエレンの選択は悪くないのが多いしな」

エレン「そうか? まあ、それならいいんだが」

会計を済ませると、

ユミル「お前らは水着を買わなくていいのか?」

ライナー「ん? スクール水着で十分だろう。わざわざ買うような物でもない」

エレン「だな」

ユミル「ふーん、そっか。ライナーの男物ビキニとか見てみたいなあとクリスタと前に話してたんだけどな」

クリスタ「ちょっとユミル!」

ライナー「何? 本当か、クリスタ」

クリスタ「うっ……じょ、冗談に決まってるじゃない! 本気にしないで!」

ライナー「クリスタが見たいのであれば、買うのはやぶさかではない」

おーい、ライナー。冗談だって言ってるのに。あーあ。

ミカサ「エレンは新しい水着を買わないの?」

エレン「買わねえ。必要ねえよ」

ミカサ「そう……」

エレン「男のビキニなんて、それこそライナーくらい体格が良くないと似合わないだろ」

ミカサ「いえ、別にビキニが見たい訳ではないけど」

エレン「けど?」

ミカサ「男物の水着も今はいろんな種類があるから、ひとつくらい持っていてもいいような気がして」

エレン「うーん、そうか? いや、でもなあ」

新しい水着は買うつもりはなかったが…。

まあ、ライナーじゃねえけど、ミカサがそういうなら買ってもいいか。

ライナー「この緑色のビキニにするぞ。クリスタ、楽しみにしていてくれ」

クリスタ「んもう、ユミルの馬鹿…」

ユミル「ククク……」

ライナーの会計が済んだ後、オレもやっぱり買う事にした。

エレン「……皆、結局、1個以上買い物しちまったな。オレ以外は」

エレン「んー……まあ、買ってもいいけどさ。どんなのがいいんだ?」

ミカサ「それは、エレンの自由に」

エレン「おま、人には選ばせといて自分は選ばないのかよ」

ミカサ「……では、サーフパンツなどどうだろうか?」

ミカサの視線の先には男性用のサーフパンツが並んでいた。

色も結構種類があって、カラフルな物も多い。

ミカサが選んだのは、白がベースのグリーン、ブルーのボーダーが入った爽やかな柄だ。

エレン「サーフパンツか…」

ミカサ「エレンの体系だとSからMサイズになるようね」

エレン「うっ……普通の服とは何でそんなに違うんだ?」

ミカサ「さあ? 規格は物によって違うからでは?」

エレン「うーん、まあボーダーなら無難だし、いっか」

オレも最後に会計を済ませた。

ミカサ「ではこれで買い物も済んだし、そろそろ帰り支度を……」

クリスタ「え?! もう帰っちゃうの? まだ時間はあるよ。余った時間、遊ばない?」

ミカサ「しかしもう遊ぶお金はないので……」

クリスタ「少しくらいなら奢ってもいいよ?」

ミカサ「そ、それは申し訳ないので、ダメ」

クリスタがしょげてるな。

ユミル「あー……この間の水泳のお礼も兼ねてなんかしてあげたかったんだよな、クリスタ」

クリスタ「う、うん……まあそんなところだけど」

ミカサ「え?! いや、それは気にするような事では…」

エレン「まあ、ここは奢られておけよ。そういうもんだぜ? なあミカサ」

お礼の形もいろいろあるんだよ。ここは受け取っておいていいと思う。

ミカサ「いいのだろうか……」

ライナー「うむ。もうちょっとだけならいいと思うぞ」

エレン「ミカサは何して遊びたい?」

ミカサ「そもそも、あまり遊ぶ場所を知らない……ので」

クリスタ「じゃあミカサ向きの遊びをしようよ。ボーリングとか、どう?」

ユミル「いいな。ボーリング、久々にやりたいな」

ライナー「お、いいぞ。ボーリングは得意だ」

エレン「おし、じゃあボーリングするか」

ミカサ「ボーリングとは、あの、ボールを投げてピンを倒すアレよね」

エレン「そうそう。やったことあるか?」

ミカサ「いえ……テレビで見た事があるだけ」

クリスタ「でもミカサは運動神経いいからすぐ上達すると思うよ。移動しよっか」

ボーリングは久々だ。腕が鳴るぜ。

……と、思ってたのに。

ユミル「一番倒せなかった奴は罰ゲームにしようぜ。皆に一発芸を見せるとか」

エレン「一発芸?!」

ユミル「金もかからん罰ゲームだろ? それならいいよな」

ライナー「ああ、構わんぞ」

エレン「うーん、分かった。それでいこう」

ミカサ「一発芸……分かった」

クリスタ「うう……私が一番不利かも~」

まじかよ。こりゃ負けられん!

と、気合入れてやったら、うっかりガーターを2回もやっちまった。

やっべえ! このメンバーで2回もガーターしたら絶対、ビリだ!

つかクリスタ! お前、一番不利とか嘘つけえ!

その小柄な体格でストライク連発してるじゃねえか!

スピードはないけど、コントロールがいいみたいで、見事にピンを倒していく。

あああ……ミカサは当然、パワーでごり押しでストライク取るし、

ユミルもライナーもそれなりにうまかった。

結果、最初の方で立ち上がりの悪かったオレがどべだった。

ユミル「よし、なんか一発芸しろ(ニヤニヤ)」

エレン「って、言われてもなあ……」

エレン「あー……」

一発芸で思い出した。アレやろう。

エレン「ミカサ、旦那の役をやってくれ」

ミカサに簡単な説明を入れて最初の出だしだけ指示する。

ミカサ「? いいけど…」

ミカサ「ガチャ」

ミカサ「ただいまー(こんな感じ?)」

エレン「おかえりなさい、貴方♪(新妻風)」

エレン「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・り・ど・り?(鷲のポーズ)」

ユミル「ぶふーっ!」

クリスタ「ぶー!」

ライナー「ぐふっ……く、くだらない…」

ミカサ「? 何が面白いのか分からない…」

エレン「そこは分からないならそれでいい。サシャがコニーとよくこのネタやってるのを見ててな。思い出したんだよ」

ユミル「いや、まさかエレンがやるとは思わなかったが……まあ、良しとするか」

クリスタ「そうね。一発芸だもんね」

ミカサ「???」

ミカサ、頼むから流してくれ。あんまり気にするな。

でも家に帰ってからも、

ミカサ「………お笑い番組を見て研究した方がいいのだろうか?」

エレン「そこまで真剣に考え込まんでいい」

やれやれ。ウケなかった時の一発芸の悲しさは酷い。

もうオレはミカサの前で一発芸はやらないでおこうと思った。

一発芸は滑ると居た堪れなくなるもろ刃の刃。

と言う訳で今回はここまで。次回はいよいよ海編です。

7月28日。

その日はコニーだけが野球部の都合で来れない事になり、コニーを除いたメンバーで海に行く事になった。

ジャン「野球部は夏が一番忙しいからな。今、予選の真っ最中だろ」

サシャ「そうみたいです。残念です……」

マルコ「仕方ないよ。練習の方が大事だよ」

列車にはジャン、マルコ、向かい合ってサシャ、クリスタ。

その道を挟んで反対側にオレとアルミン、向かい合ってミカサ、アニ。

んで、その隣にベルトルト、ライナー、ユミルが座っていた。

サシャ「いっそ、負けてしまっていれば暇になったと思いますが」

ミカサ「サシャ、そんな事は言ってはいけない」

サシャ「うっ……すみません」

ミカサ「予選の決勝大会はいつの予定なのかしら」

ジャン「ああ、30日だって言ってたな。29日が準決で、勝ちあがったら二試合連続になるって言ってたな」

ミカサ「では今日は調整練習をしている真っ最中ね」

ライナー「明日はコニーの方の試合を見に行ってやるか」

ベルトルト「そうだね。明日も暇だしね」

弓道部はそんなに忙しくないんかな。ミカサも同じことを思ったようで、

ミカサ「弓道部の活動は忙しくないのだろうか?」

ユミル「ああ、個人競技だから、調整はある程度出来る。週に3~4回くらい行けばいいかな」

クリスタ「演劇部の方はどうなの?」

ミカサ「8月に入ったら一気に忙しくなる。8月10日から県予選、17日から九州大会、31日からが全国大会という日程になっている」

エレン「皆で遊べるのは今日までだな。明日からはオレ達も暇なくなるんだよ」

海行く事を事前に先輩達に言ったら、ペトラ先輩に「絶対、顔を焼かないでねw」と忠告された。

なので今回は思いっきり遊ぶのは出来ないな。残念だけど。

クリスタ「じゃあ皆ではコニーの応援にはいけないのね。残念…」

ジャン「中継で見てやるしかねえな」

アルミン「僕達は見に行ってもいいかも」

マルコ「そうだね。野球は生で見る方が楽しいよ」

アニ「………でも、暑くない?」

マルコ「暑いよー。観戦する方も体力勝負だよ」

ベルトルト「アニは見に行かないの?」

アニ「見に行ってやってもいいけど……」

クリスタ「じゃあ行こうよ。折角だしさ」

ユミル「演劇部組を除いてになるが、仕方ねえな」

ミカサ「私達の分まで応援してあげて欲しい」

クリスタ「うん、応援してくるよ」

と、列車の中で適当に話しながら移動する。

海行くのは久しぶりだ。前に行ったのいつぶりかな。はっきり覚えてない。

天気も幸い恵まれて、いい海水浴日和だった。

最寄り駅についた。列車から降りると潮風をすぐに感じた。

今日、海水浴に来ているのはオレ達だけじゃない。

当然だけど、人が大勢いた。家族連れや若いグループが闊歩している。

ミカサ「おおお……」

平日でこれだ。土日だったらもっと混雑してただろうな。

ユミル「やっぱ、夏休みだから多いかー」

そして海の家ではトウモロコシや焼きそば、アイス、かき氷、等々の店が展開していた。

サシャ「うひょー! 海いいいいい!」

早いな! サシャ! 反応が!

あっという間に店の方に突撃しやがった。

ユミル「おい、サシャ! 泳ぐ前に食う気か?!」

サシャ「はい! 食べてから泳ぎます! 朝ご飯抜いてきたんで、お腹ぺこぺこなんですよ!」

クリスタ「あーあ、これじゃ海に来たと言うより、食べに来たって感じだね」

しょうがねえ奴だ。ま、オレ達は先に着替えよう。

ミカサの新しい水着のお披露目だ。すっげえ楽しみだ。

ミカサが更衣室から出てくると、ジャンが早速反応した。

ジャン「す、すっごく似合ってるぞ、ミカサ…」

おうおう。ぽーとしやがって。

でもこの水着、選んだのはオレだけどな。ふふっ。

ミカサ「ありがとう。エレンに選んで貰った」

ジャン「何?! 一緒に買いに行ったのか?! (ガーン)」

ミカサ「? そうだけど……」

ジャン「誘ってくれたらオレも行ったのに……(がっくり)」

ユミルに頼んで正解だった。ジャンを連れて行ったら、ミカサの水着でもめてたな。

いや、逆に被ってお互いに気まずくなってたかもしれないが。

ミカサ「いや、そもそも本当は女子だけで行く予定だったのを、ユミルが予定外にエレンとライナーを連行した…ので」

ジャン「ユミル~(歯ギリギリ)」

あ、やべ。ユミルに口止めしておくの忘れてた。

ユミル「いや、あんまり人数多いのも面倒だし、二人くらいでいいかと思ったんだよ」

と、こっちにウインクしてくれる。

あ、そこは伏せてくれるのか。有りがたいけど。

ジャン「二人も三人も大して変わんねえだろ?!」

マルコ「まあまあジャン、そういう事もあるよ」

ミカサ「………ジャンも新しい水着を買いたかったの?」

ジャン「いや、別にそういうんじゃねえけど、その……女子の買い物に付き合うのは、男の役目というか…」

ライナー「ははは! 光栄な役目は、オレ達が担ったから、今回は残念だったな!」

ジャン(しょんぼり)

ジャン、まるで散歩に連れていかれなかった犬みたいな感じだぞ。

すっかりミカサの犬化しているな。いや、むしろそうなりたいんかな?

アルミン「クリスタも…その茶色の麦わら帽子、可愛いよ」

クリスタ「ありがとう! ユミルに選んで貰ったんだ~♪」

ベルトルト「ライナー……そのアグレッシブな水着は一体……」

ライナー「うむ。クリスタのリクエストだ」

クリスタ「! ちょっと、ライナー! 言いふらさないで! (真っ赤)」

ライナーだから着こなせるんだよな。アレ。

オレがビキニはいたら、ただのお笑い芸人だ。

そしてようやくその頃、食べ終わったサシャが合流した。

サシャ「あ、みなさん着替えてきたんですねー(げほー)」

アニ「あんた、いきなり食い過ぎじゃない? お腹出てるよ」

サシャ「(てへぺろ☆)私は荷物番してますんで、皆さん自由に泳いでいいですよ。食った直後は動きたくないんで」

クリスタ「でもサシャ一人だと、ナンパされそうで危なくないかな」

ユミル「誰か男も一緒にいた方がいいな」

アルミン「じゃあ僕が一緒に居るよ」

ライナー「いや、アルミンが一緒に居たら余計にナンパされるだろ」

ジャン「そうだな……」

アルミン「うっ……そ、そうかな」

エレン「じゃあオレも一緒にいてやるよ。男2人に女1人なら大丈夫だろ」

そんな訳でオレとアルミンとサシャが荷物番になった。

パラソルを適当な場所に立ててシートを広げる。

サシャはごろんと横になると、すぐむにゃむにゃ言い出した。

ミカサ達が海の中に入って泳いでいるのを遠くから見守る。

海は暑いけど、潮風が気持ちいいから、街中よりは不快感が少ない。

アルミン「僕もちょっと何か食べようかなー」

サシャを見ていたら、アルミンも何か口に入れたくなったようだ。

アルミン「ちょっと行ってきていい? エレンも食べる?」

エレン「おう。いちご味のかき氷頼むわ」

アルミン「了解~」

という訳でアルミンにかき氷を買ってきて貰う事にした。

待っている間、一人ぼーっとする。

あ、クリスタがナンパされてるけど、ライナーが睨みつけて追っ払った。

そうか。海はナンパにも気を付けないとな。

特にミカサは、頭の悪そうな不良っぽい奴らに絡まれるみたいだし。

……まあ、今はジャンが傍にいるから大丈夫そうだけど。

んで、少し時間が経ってから、ミカサが一度海からあがってこっちに来た。

エレン「おかえり」

ミカサ「ただいま……サシャ、眠ってしまったようね」

エレン「ああ。飯食って眠くなったみたいだ」

ミカサ「折角海に来たのに、泳がないでいいのだろうか?」

エレン「いいんじゃねえの? 楽しみ方は人それぞれだし」

ミカサ「ではエレン、交替しよう。エレンも泳いできたらいい」

ああ。気遣ってこっちに戻ってきたのか。ミカサらしいな。

エレン「オレはいいわ。日陰で待機で」

ミカサ「え? 何故…」

エレン「実はさ、ペトラ先輩に『海に行くのはいいけど、絶対、顔を焼かないでね。焼いたら殺すw』とにこやかに言われてるんだよ」

ミカサ「あ……なるほど」

新しい水着、買った意味なかった気もするが、まあいいや。

こっちの方がオシャレっちゃオシャレだしな。

エレン「だからあんまり日に当たり過ぎたくねえんだ。今日は一応、日焼け止めもしてるけど、それでも夏の日差しは強いからな。用心に越したことはねえ」

ミカサ「そうね。でも…残念ね。エレンだけ遊べない」

エレン「いいよ。別に。潮風に当たるだけでも気持ちいいしさ」

風が気持ちいいんだ。本当に。

この風を浴びに来ただけでも、海に来た価値はあると思う。

一度、目を閉じてそう思っていたら、

目を開けると、ミカサの様子が変だった。

エレン「ん? どうした?」

ミカサ「な、何でもない…」

なんか、急に顔が赤くなったような?

ミカサ「な、なに…?」

エレン「いや、顔赤い気がして……大丈夫か?」

ミカサ「だ、大丈夫……(ドキドキ)」

ミカサが大丈夫っていう時はあんまり信用出来ない気がする。

多分、熱に弱いのかもしれん。そう思って、オレは言った。

エレン「日差しに当たり過ぎたのかもな。待ってろ。もうすぐアルミンがこっちに戻ってくる筈…」

アルミン「あ、ミカサおかえりー」

と、その時、アルミンがかき氷を持って戻ってきた。

丁度良かった。ナイスタイミング。さすがアルミン。

エレン「アルミン、オレの分、ミカサに先にやってくれ」

アルミン「え? いいの?」

エレン「オレはオレで買ってくる。ここで待っててくれ」

ミカサの麦わら帽子を借りてパラソルを出た。

かき氷だけじゃ足りないかもしれない。ジュースも追加して買ってこよう。

そう思って、出店のゾーンに足を運んだら…。

???「やあやあそこの美少年君! 青春しているかね?」

と、見知らぬ女性に声をかけられてしまった。……誰?

???「おや? 一人? だったらお姉さんと一緒にちょっとデートしない?」

え? え? これってまさか、逆ナンパか?!

いきなりの逆ナンパにオレは一瞬、たじろぎ……

そしてその女性をよくよく観察して、何処かで見覚えがある事に気づいた。

ジャージ姿だ。海の浜辺でジャージは目立つ。泳ぎにきたような空気じゃない。

何か本来の目的と格好がずれている気がする。

エレン「あの……すみません。どこかでお会いした事、ありましたっけ?」

顔見知りのような気がしてそう言うと、

ハンジ「あれ? 分かんない? 私だよ。ハンジ先生だよー?」

エレン「あー……」

眼鏡ないのと、髪おろしているから一瞬、誰かと思ったら。

そういえば声はハンジ先生だ。うちの学校の生物の女の先生だ。

ハンジ「君は1年1組のエレン・イェーガー君だろ? ナンパしにきたのかい?」

エレン「んなわけないでしょう。オレ達、普通に皆と海に遊びに来たんですよ」

ハンジ「おお! 青春しに来てたんだね! ひと夏の恋を探しに来たのか」

ダメだこれ。話が通じない。

……というより、これは酒入っているっぽいな。顔が赤い。

エレン「いや、探してないですし、オレはかき氷とかジュースを買いに来ただけですよ」

ハンジ「そうなの? ダメだよイェーガー君。夏は短いんだから、青春しないと」

やたら青春を推してくるハンジ先生だ。

そしてそのままオレの背中にダイブして、乗っかってきた。おい!

エレン「ちょっと、ハンジ先生?!」

ハンジ「という訳で、エレン好みの女の子をナンパしにいくぞー!」

呼び方も滅茶苦茶だ。というか、何しにここに来たんだハンジ先生?!

そんな感じで酔っぱらったハンジ先生に絡まれてあちこち引きずりまわされた。

目的のかき氷が買えないじゃねえか! 全くもう!

エレン「……ハンジ先生、いい加減にして下さい! そもそも何しにここに来たんですか!」

ハンジ「え? えーっと……時間つぶしかな?」

エレン「時間つぶし?」

ハンジ「そうそう。今ね、男子と女子の体操部の合同合宿をそこの民宿でやっててね。休憩時間、ちょっとだけ連れと浜辺を散策してたけど、わざと一人にさせれば、声をかけたい生徒が行動しやすいと思ってね。粋な計らいをする為に、席を外している訳ですよ。うふふ」

オレは背中に張り付いたハンジ先生を無理やり落とした。

ハンジ「あん……いけずぅ」

文句言われたけど知らん!

エレン「帰りましょう! 今頃きっと、探してますよ!」

つまりハンジ先生は連れの先生を置き去りにしてわざと迷子になってたんだよ。

ひでえ話だ。きっと今頃、もう一人の先生がハンジ先生を探してる!

ハンジ「えー? それはないって~今頃きっと、女子があいつを離してない筈…」

だめだこの教師。早く何とかしないと。

エレン「そもそも顧問の先生がこんなところでサボってていい訳ないでしょう?!」

ハンジ「あーそうね。本当はいけないんだけどね。ほら、ビールとか、トウモロコシとかが私を呼んでたのよね」

サシャみたいな言い訳すんなよな、教師なのに。

エレン「とにかく、連れを探しますよ! どの辺でわざとはぐれたんですか?!」

ハンジ「ええっとね~」

と、話し込んでいたその時、

ジャン「エレン、てめえ何してんだよ!」

ジャンがこっちを見つけて合流してくれたんだ。助かった!

この酔っ払い、一人じゃ手に負えなかったんだよ!

エレン「え? あ、ああ……悪い。ちょっと、な」

ハンジ「あはははー! 皆来てたんだね! 偶然だね! うぃ~」

ああもう、また勝手に人の背中に乗ってから!

エレン「ちょっと、酔っ払い過ぎですよ! しっかりして下さいよ!」

一応、生徒の前なのに。しっかりしろよ!

ライナー「ん? どこかで見覚えのある女性だな」

ジャン「………あ、もしかして、ハンジ先生っすか?!」

ハンジ「イエース! 皆、青春してる~?」

ミカサもようやく気付いたようだ。確かにぱっと見分からんよな。

ジャン「何だよ…逆ナンされてるかもって思ったじゃねえか」

エレン「あ? ああ……ある意味では確かに逆ナンパだな」

ハンジ「イエース! エレン少年を逆ナンパしてました! うふ♪」

エレン「はいはい、もう……連れはどこですか?! どの辺ではぐれたんですか?!」

ハンジ「んふー♪ たーぶん、この辺の筈なんだけどねえ~」

ハンジ先生を抱っこするような感じで、辺りを見て回る。

すると、人ごみに紛れて背の低い、リヴァイ先生がこっちに走ってきた。

あ、怒ってる。もしかして、連れってリヴァイ先生の事か。

リヴァイ「このクソ眼鏡……どこほっつき歩いてやがった…」

うわーこえー。でもハンジ先生は何の事もない。

ハンジ「ごめんごめんー迷子になっちゃった♪ あいた!」

すっげえ音がした。うひぃ。痛そうな音だった。

リヴァイ「てめえは顧問の自覚はあるのか? 遊びに来たんじゃねえんだぞ?」

ハンジ「ごめんってばー! 殴らなくてもいいじゃない」

リヴァイ「女子の体操部はてめえの担当だろうが。女子の分まで俺に押し付けるな」

ハンジ「いやほら、顧問なんて席を外した方が彼女達も青春出来るだろ? 人気者のリヴァイと話せるチャンスを作ってあげようと…」

リヴァイ「余計なお世話だ。大体、合宿に来てるのに、顧問が酒飲んで遊ぶ奴があるか。戻るぞ」

ハンジ「ああ~せめて焼きそばだけは食べさせて~」

リヴァイ「知るか!」

エレン「そういや、リヴァイ先生は体操部の顧問もしてたんだっけな」

気苦労が絶えない感じだな。あの様子だと。

ミカサ「忙しいみたいね」

リヴァイ「おい、エレン!」

エレン「はい! なんすか?」

遠くからリヴァイ先生が叫んでいる。

リヴァイ「演劇部の方の合宿も大会前にやる予定だからな。忘れるなよ!」

エレン「は、はい!」

リヴァイ先生、本当にいい人だな。真面目だ。

やっと帰れる。そう思った直後、

ハンジ「……あれ? そういや私、眼鏡どこやったっけ?」

リヴァイ「あ? ああ……そう言われればないな。落としたのか」

ハンジ「かもしれない。おーい、そこの少年たち! 先生を助けて!」

エレン「え、ええええ………」

立ち去ろうとしたその時、また呼び止められてしまった。

リヴァイ「全く……」

リヴァイ先生もがっくりしている。そりゃそうだ。

とりあえず、眼鏡を探す。この辺に落ちていればいいけどな。

ミカサ「ありました」

ハンジ「ありがとー♪」

ミカサが見つけてくれたようだ。ほっとしたぜ。

ハンジ「じゃ、ありがとねー」

何故か投げキッスのお礼を受けてオレ達は帰る事にした。

エレン「ふーやれやれだ」

疲れた。すっかりハンジ先生に振り回されたぜ。

ジャン「でもハンジ先生って、ああやってみると美人だよな」

ライナー「ああ。眼鏡を外して髪をおろすと印象がまるで違ったな」

ジャン「でもああいう破天荒な女性はお守りをする方が大変だな…」

ライナー「言えてるな。確かに。リヴァイ先生も大変だな」

本当にそう思う。そんな感じで話しながらパラソルに戻ると、

アルミン「そりゃ大変だったねー。そうか、合宿で海の近くに来ている人達もいるんだね」

アニ「砂浜でのトレーニングは下半身の強化になるしね」

ミカサ「なるほど。砂浜で体を動かすのもいいのね」

アニ「砂に足をとられるから、しっかり足を動かさないといけないしね」

クリスタ「あ、じゃあ次はビーチバレーしない? ボールは持ってきてるよ」

ライナー「いいな。是非やろう」

と、いう訳で今度は2対2ずつでビーチバレーを始める事になったんだ。




オレは日焼け厳禁だったから、ビーチバレーに参加出来なかった。

その代り審判をやった。もちろん、麦わら帽子を被ったままでな。

サシャがやっと仮眠から起きて水着に着替えてきた。

くじ引きでペアを決めて、地面にブロック表を書いた。

ジャン「なんでこの芋女とペアなんだよ」

サシャ「芋女は失礼ですよ!」

と、一部のペアだけ文句が出たが、他は概ね文句はないようだった。

ビーチバレーは普通のバレーと違って動きが制限されるからか、初めはミカサも苦戦していた。

一番慣れている感じだったのはユミルとベルトルトだった。意外だ。

コンビネーションも悪くない。二人とも背が高いから、じわじわと点を取っていた。

ライナー・クリスタペアはどうしてもクリスタが狙われたし、ミカサ・アニペアもアニの背が低いせいで、どうしてもブロックに穴があった。

その分、レシーブで持ちこたえてたけど、最後はやはり背丈のハンデがあったせいでミカサ・アニペアも負けちまった。

アニ「ちっ……大型め」

ベルトルト「うっ……」

ベルトルトは複雑そうな顔してたな。

ミカサ「負けてしまった…」

ミカサも珍しくしょんぼりしてた。可愛い。

……って、言ってる場合じゃないか。

そしてそのままユミル・ベルトルトペアが優勝した。

マルコ「負けちゃったかー」

アルミン「ご、ごめんマルコ…」

マルコ「いいって、気にしないで」

マルコとアルミンペアが最下位だった。ユミルとベルトルトは二人にゴチになる。

そして一通り試合が終わると、

サシャ「そろそろお腹減りましたー」

ジャン「おま、さっき食ったばっかだろうが」

サシャ「動いたらお腹減りますよー。皆でお昼にしましょう!」

ミカサ「そうね。時間も頃合いだし……どこで食べる?」

サシャ「あそこ! 海の幸が食べられるっぽいですよ。あそこにしましょう!」

オシャレな洋風のレストランが海沿いにあった。

人気のある店のようだ。行列が出来ているから時間かかりそうだな。

クリスタ「並ぶのはちょっとなあ…」

ユミル「あっちの居酒屋風のでも良くないか?」

サシャ「あ、そっちでもいいですよー! あっちも美味しそうですね!」

あーこの時の選択、今思うと、ミスった。

人がすいてるって事はイコール、評判が良くない。もしくはまずい店だと考えるべきだったんだ。

幸い飯はうまかったけど、接客の方に問題があったとは。この時は思ってもみなかったんだ。

店員「オレンジ3つ、ウーロン3つ、カルピス1つ、クリームソーダ1つ、アイスコーヒーが2つで間違いないでしょうか?」

ユミルとクリスタとライナーはオレンジ、私とエレンとジャンがウーロン、カルピスがアルミン、クリームソーダがサシャ、アイスコーヒーがベルトルトとアニだ。

ジャン「マルコは飲まないのか?」

マルコ「あーうん、ちょっと待って」

マルコは注文を迷っているようだ。

マルコ「じゃあこのミックスジュースで」

店員「かしこまりました。ミックスジュースを追加ですね」

という訳で飲み物を先に注文して各々、好きな物を注文することになった。

サシャ「彩り野菜のバーニャカウダ、とりあえずの枝豆、タコわさ、とろっと半熟卵のポテトサラダ、ネギホルモン、卵焼き~明太子マヨソースで~、ブラックペッパー&チョリソーセージ、春雨ともやしのピリ辛炒め……後は…」

ジャン「ちょちょちょ! 一気に注文しすぎだろ! 少しは遠慮しろ!」

サシャ「ダメですか?」

サシャの選択は悪くはねえが、量が多すぎるな。

アルミン「ダメじゃないけど、もし残したら勿体ないからちょっとずつ注文しようよ」

サシャ「残しませんよ? 全部食べますから!」

マルコ「いや、でも、万が一があるから。とりあえず今言った分だけ注文しとこう」

サシャ「うーん、まあそれもそうですね。ではそれで!」

サシャが決めたメニューに皆も乗っかった。その方が早いと思ったからだ。

料理が来る前にソフトドリンクがきて、各々飲み始める。

>>362
訂正
ユミルとクリスタとライナーはオレンジ、ミカサとオレとジャンがウーロン、カルピスがアルミン、クリームソーダがサシャ、アイスコーヒーがベルトルトとアニだ。

また間違えたー。ごめん。

ミカサがごくごく飲んでいた。ビーチバレーしたから喉乾いてたのかな。

オレはウーロン茶にすぐ手をつけなかった。氷が少し解けてから飲もうと思ったからだ。

ミカサ「………?」

ミカサが首を傾げていた。ん?

ミカサ「エレン、暑くない?」

エレン「ん? いや別に……」

ミカサ「そう……」

料理が来る前に皆、適当に話している。

でもミカサはぼーっとしていた。相槌も打たない。

ちょっと様子が変だな、とは思ってたけど。

まさかこの後、あんな事態になるとは思わなかった。

料理が次から次にやってきた。おお、肉が美味しそうだ。

ミカサ「はふはふ……」

ミカサが美味そうに食ってた。オレも食べよう。

と、皆がソーセージに食いついてたその頃、

店員「ウーロン茶のお客様ーどうぞー」

エレン「? もう、ウーロン茶きてますけど」

店員「え?! あっ……(まずい、ウーロンハイと間違えて渡してる?!)」

店員「も、申し訳ありません……商品を間違えてお渡ししてたようで……すぐ交換致しますので! (ササっ)」

エレン「は、はあ……」

ミカサ「あら、ではこれはウーロン茶ではなかったの?」

エレン「みてえだな。………ミカサ?」

ミカサ「なあに? (ぽやん)」

ああああ……可愛い顔、しやがって。

エレン「…………まさか」

ミカサ「ん?」

エレン「お前、全部飲んでたよな」

ミカサ「美味しかった……ので(ぽやん)」

あちゃー。酒、飲んじまったな。不可抗力だけど。

オレは幸い手つけなかったけど、ジャンはどうかな。

エレン「ジャン、お前全部飲んだか?」

ジャン「いや、ちょっとしか飲んでねえけど……まさか」

ジャンも幸い、殆ど手をつけてなかった。

こいつも氷が解けてから飲む派だったみたいだ。つくづく好みが似てるな。

エレン「多分、ウーロン茶とウーロンハイ、間違えて渡されてたんじゃねえか?」

ジャン「げげ! まじか! じゃあミカサ、1杯飲んじまったのか?!」

エレン「多分な……いや、これは店側の過失だからバレてもいい訳は出来るけど」

ジャン「だ、大丈夫かな。ミカサ、気分悪くないか?」

ミカサ「じぇーんじぇん♪」

その瞬間、オレとジャンはほぼ同時にガタッと動揺した。

ジャン、お前の考えている事は分かるし、お前も分かるだろうな。

くそ! 何かふよふよ動くおもちゃみたいな反応してるぞ、ミカサ!

ミカサ「むしろ気分がいい。とても楽しい。うふふふふ……」

あーあ。楽しそうだな。酔っぱらってるな。

こりゃもうどうしようもねえ。酒が抜けるまで大人しくさせないと。

エレン「ば、バレねえようにしねえとな。ミカサ、大人しくしとけよ」

ミカサ「うん……エレンがそういうなら大人しくする」

と、言ったのに。

ミカサが急に上着を脱ぎだしたので、オレとジャンで慌てて止めた。

ジャン「!?」

エレン「おま! 大人しくしとけって言っただろ! 脱ぐなよ!」

ミカサ「でも…暑いので」

エレン「我慢しろ! あ、こら! それ以上脱ぐなあああ!」

いかん! ストリップを始めそうになったミカサを必死に止めた。

物凄く暑がってる。気持ちは分かるが、ここで暴れるなよ!

アニ「なっ……ちょ、ミカサ、何してるの」

ユミル「おいおい、店の中だぞ、常識的に考えろよ」

ミカサ「脱いではいけないの?」

ユミル「ダメに決まってるだろ。イチャコラしたいなら飯食ってからにしろ」

エレン「そういう話じゃねえんだよ!」

冗談言ってる場合じゃねえ!

ジャン「実はさっきのウーロン茶、ウーロンハイだったみたいで、ミカサが全部飲んじまってたんだ」

ユミル「………たった一杯で酔っちまったのか? 嘘だろ?」

エレン「こいつ、酒飲んだ事ねえんだよ、多分。ああもう、暴れるなミカサ!」

ミカサは力が強いから男二人がかりでようやく押さえつけられたけど。

傍から見たら抵抗しているのを無理やりヤろうとしているようにも見えたかもしれない。

…………逆だぞ?! 言っとくけど!

ミカサ「だったら汗拭いて! エレン!」

エレン「はぁ?!」

ミカサ「汗かいた。気持ち悪い。お願いします」

こら! 土下座すんな! そんなお願いは男にするもんじゃねえ!

クリスタ「み、ミカサ……それはダメだよ。私が代わりにしてあげるから、お手洗い行こう?」

ユミル「だな。ちょっとミカサ確保するぞ」

クリスタとユミルに連行されてミカサは女子トイレに運ばれてしまった。

あーほっとした。とりあえず二人に任せよう。

でもこの後、どうするんだ? って話になって。

アルミン「お店側の過失なんだから、ここで暫く休ませて貰ったらどうだろ?」

マルコ「でもどの店員さんに渡されたか覚えてないよ。もし向こうが認めなかったらどうする?」

アルミン「あ、それは大丈夫。さっきの眼鏡の若い人が回収してたの見てたし」

アルミンは抜け目がない。助かった。

早速事情を話すと、店長が出てきて謝罪された。

どうやらこう言った場合は、未成年に酒を出したお店側に責任が発生するらしく、店長さんが店の裏でミカサを休ませてくれる事になった。

店長が何度も平謝りしていた。お詫びに昼飯の代金まで免除して貰った。

結果的にはタダ飯になったからサシャが一番喜んでいたな。

さすがに全員、裏で休むわけにはいかないんで、オレとジャンがミカサの傍に残る事にした。

エレン「すまねえな、気づいてやれなくて…」

ミカサ「いえ、変だなと思いながらも飲んでしまったのが悪かった…ので」

相槌も打たずにぼーっとしてたあの時点で、やっぱりおかしかったんだな。

ミカサはそんなにおしゃべりじゃないけど相槌はちゃんと打ってくれる。

人の話はちゃんと聞いてる。それに気づかなかったオレも馬鹿だった。

一時間くらい寝かせると、ミカサの調子も大分良くなったようだ。

ジャン「顔色も戻ったな。良かった」

エレン「起きれるか?」

ミカサ「うん…」

海に戻ると皆に心配された。

ミカサ「ごめんなさい。迷惑をかけた…」

クリスタ「ううん、いいって。良かったね。アルコール抜けたみたいで」

ユミル「でも一応、今日はこれ以上は泳がない方がいいな」

ミカサ「確かに。皆はもう少し泳ぐ?」

ユミル「んー……今何時だっけ?」

クリスタ「3時半くらいかな」

ユミル「もう体力的に疲れたから……砂遊びしようぜ」

クリスタ「いいよ。お城作ろうか♪」

ユミル「ライナー埋めてやろうぜ♪」

ライナー「何? 何をする気だ?!」

ライナーがユミルに拉致られた。埋められるんだろうな。アレ。

人の数が最初に来た時より減ったような気がする。

だから砂遊びをしている奴らがぼちぼち増えているみたいだった。

ジャンもマルコもアルミンも、便乗して砂遊びを始めた。

ベルトルトとアニはそれを眺めて何か二人で話しているようだ。

その会話が聞こえる訳じゃないが、ベルトルト、頑張れよ。

オレはとりあえずミカサの隣にいた。

ミカサが麦わら帽子を見ている。そういや、借りっぱだった。

エレン「ん? ………ああ、悪い悪い。借りっぱだったな」

ミカサに麦わら帽子を返そうとした、その時、

ぴゅううううう……

ミカサ「あ」

風が、邪魔をした。潮風が一度強く吹いて、飛んでいく。

ミカサが慌てて追いかけた。海の方に行きそうになる。

おい、どこまで飛んでいくんだよ。新品なのに。

オレも遅れて追いかけた。拾ったのは、柄の悪そうな男達だった。

あ、まずい。何か嫌な予感がする。

ミカサ「すみません。ありがとうございます」

男1「お姉さん、人にお礼をいう時は人の目を見て言ってよー」

男2「そうそう、上目づかいで、ちゃんと、胸を寄せて」

男3「なつかしの、だっちゅーのポーズでしょ!」

無茶ぶりしてるみたいだ。くそ! あともうちょい。

ミカサは礼を言い直している。律儀に返す必要なんてねえのに。

男1「いいね、お姉さん、名前なんていうの?」

ミカサ「…………あの、帽子を」

男1「まだ返さないよ。お姉さんが名前と携帯番号を教えてくれないとね」

やっと追いついた。全く。面倒な奴らだ。

エレン「おい、帽子返してくれよ」

ミカサ「エレン……」

エレン「ミカサ、何も教えるなよ。こいつらには」

ミカサ「う、うん」

するとあいつらは帽子を勝手にくるくる回し始めて、

男1「おいおい、随分な言い方だな。折角ミカサちゃんの帽子を拾ってあげたのに」

男2「そうだよな。それが人に対する態度か?」

エレン「だから返してくれって言ってるだろ」

男1「ミカサちゃんの携帯番号と交換だな。じゃねえと返さないよん」

人の物で勝手に遊ぶな。丁寧に扱えよ。

いや、扱わないような奴らだから、まともに相手する方が間違ってるな。

もう、いっそ、砂かけて目つぶしでもしてやろうか。

そう思ったその時、

ジャン「おい、なんの騒ぎだ」

マルコ「どうかしたのかい?」

男1「うっ……」

ジャンとマルコもこっちに追いついた。するとあいつらは態度を変えて、

男2「なんだよ。逆ハー状態かよ。だったら無理か~」

男3「悪い悪い。ちょっとからかいすぎたわ」

と、さっきまでのしつこさは消えて帽子を返してきた。

エレン「…………」

ジャン「なんだぁあいつら。変な奴らだな」

ちっ。ジャンの方を見て、あいつら態度を急変させやがった。

オレは体が細いし、男としては頼りない印象だからだろう。

やっぱり、オレって男として舐められるんだよな。

ミカサ「ごめんなさい、エレン。私のせいで……」

エレン「は? 何の話だよ」

ミカサ「だって、私が彼らに絡まれたから」

エレン「そんなのは、良くある事なんだろ。つか……」

こんな事を言うのは男としては格好悪い。それは分かってたけど、つい、

口から出ちまった。情けない。

エレン「ジャン達が来た途端、引きやがって。やっぱオレって舐められてるよな。男として」

ミカサ「そんな事ない」

エレン「そんな事、あるんだよ。だってそうだろが。くそっ…」

ミカサ「………」

ミカサを困らせてしまった。ああ、もう。

こういう時の自分を制御できない自分にまた、腹が立つ。

ジャン「ナンパだったのか?」

ミカサ「ええ、まあ…」

ジャン「全く。油断も隙もねえな。気持ちは分からなくはねえが……(ごにょごにょ)」

ミカサ「ジャン?」

ジャン「何でもない。とにかく、エレン。今みたいな時はすぐ応援を呼べ。相手はお前を舐めたんじゃなくて、数で引いただけだ。だからあんまり気にするんじゃねえよ」

エレン「……………分かった」

ジャンにフォローされたのが、余計に辛かった。

酔うと壊れたおもちゃみたいな動きをするミカサ。多分、変な動きしてます。
酔っぱらったミカサを押さえつけるのって男二人がかりでも大変そうだ。

という訳でここまで。続きは次回です。

酔っ払ったミカサぺろぺろしてえええええ
おつおつ

>>370
ミカサにぺろぺろするのはもう少し待ってて。待機して。
お楽しみはもうちょっと後回しだ。







夕方になると人の数が大分減った。

そろそろ帰り支度を済ませている人達も多い。

ミカサと一緒に荷物番してたけど、オレはあまり話せなかった。

さっきの事が尾を引いてて、自分でも自分がうぜえって思う。

でも、すぐにテンションを戻せなかった。こういうところは、オレの悪いところだ。

ジャン「ミカサ! 出来たぞ。どうだこれ」

ミカサ「おおお……」

ジャンがミカサを誘っていった。

砂の城が完成した様だ。つか、すげえな。

あいつも意外と手が器用らしい。アルミンとマルコの方も、なんかいろいろ、作ってる。

ミカサ「記念写真、撮ってもいいだろうか」

ジャン「勿論だ。一緒に写ろうぜ」

アルミンに頼んで写真を撮ってる。

その様子を、別に普通に眺めているオレがいる。

何でだろ。今までだったら、ジャンうぜえって思ってたのに。

今までのような嫉妬の感情が出てこない自分にちょっと自分で驚いていた。

ユミル「ぶははは! いい出来だなこれ」

クリスタ「ひどい……いや、いい意味で、だけど、これは酷いよユミル!」

ユミル達の方も大体完成したみたいで、ライナーを指さして笑ってた。

アニとベルトルトも笑いを堪えている。

ライナーの体の上にはボインの女体が作られてて、女体化ライナーになっていた。

ライナー「一体、どんな状態なんだ…」

寝かせられているライナーは詳細が見えない。困った顔をしていた。

ユミル「記念撮影しようぜ! 皆集まれ! サシャ、お前も食ってばっかいないでこっちこい!」

サシャ「はひはひ(はいはい)」

サシャは一人だけソフトクリームを食ってた。砂に埋まったライナーを中心に記念撮影する。

アルミン「撮るよーエレンもこっちおいでよ」

エレン「あ? オレはいい。荷物あるし」

貴重品あるからな。人が少なくなってきたとはいえ、誰も見てないのは危険だ。

ジャン「本人がいいって言ってるから仕方ねえよ。アルミン、撮ってくれ」

アルミン「しょうがないなーじゃあチーズ」

パシャ☆

皆が楽しそうに記念撮影をするのを横目で眺める。

ライナー「もう起きてもいいか?」

クリスタ「いいよー」

ライナー「やれやれ……」

砂から起き上って作品が壊れた。短い戯れだったな。

ベルトルト「帰りの時間、どうする?」

マルコ「あー…あんまり遅くなると、良くないよね。そろそろ帰り支度する?」

クリスタ「んーでも、まだ時間が微妙かも。あと一時間くらいずらさないと乗り継ぎが面倒かも?」

アルミン「今の時間は混んでいるかもね。あとちょっとだけ、居ようか」

マルコ「だったら、エレンもちょっと遊んだら? ほとんどパラソルにいただろ?」

エレン「え?」

その時、意外な事を言われてちょっと驚いた。

マルコ「夕方になってきたし、真昼より日差しは弱いから、少しくらいならいいんじゃない?」

エレン「いいのか?」

マルコ「うん、パラソル番、交替するよ」

オレはちょっと迷ったけど、マルコの言葉に甘える事にした。

暫く一人になりたい。そんな気分だったからだ。

上着を一枚だけ引っかけて辺りを散策しよう思った。

でも、ミカサがそれについて来ようとしたから、

エレン「悪い。ちょっと一人にしてくんね?」

と苦笑しながら言って、オレはミカサをジャンに任せる事にした。

とりあえず、西側に向かって歩いてみる。こっちの方はもっと人気が減っていて、遊んでいる人数も少なかった。

砂浜をずんずん進んでいって、とりあえず海を静かに眺めた。

波の音が、聞こえる。ただ、ひたすらゆっくりと。

綺麗だな、と思った。ただ、海を眺めているだけなのに。

波の音に耳を傾けていたら少しずつ、自分の中の苛立ちも収まってきた。

そしてジャンの言った言葉を自分の中でゆっくりと消化する。

ジャン『とにかく、エレン。今みたいな時はすぐ応援を呼べ。相手はお前を舐めたんじゃなくて、数で引いただけだ。だからあんまり気にするんじゃねえよ』

もしもジャンが一人でミカサの傍にいたら、あいつらを追っ払えただろうか。

それは分からない。でもきっとジャンは追っ払えなかった時は冷静に、自分から応援を呼んだだろう。

そうだよな。自分の出来ない事はやらない。加勢を頼む方がいい場合もある。

そう、思ったその時、オレ、ジャンの大人な対応に嫉妬してたんだな、って分かった。

恥ずかしいな。こういうの。認めるのって、本当に恥ずかしい。

でもだからこそ、さっきのミカサとの様子を見てて嫉妬しなかったんだろう。

それはオレが少しずつ、ジャンの事を認め始めた証拠でもある。

あいつは、オレとは似てないけど、好みは似ている、変な奴だ。

悪い奴じゃねえのも分かってる。たまにうざいけど。

でも、ミカサを見つめる表情はいつだって真剣だ。

あいつ、将来を真剣に考えているみたいだし、ミカサを本気で幸せにする気なら。

いつか、もし本当にそういう未来が来たとしたら、受け入れるしかねえかな。

………なんて、ちょっとだけセンチメンタルな事を考えていたら。

ふと、視線の先に、見覚えのある顔があった。

いや、正確にいえば他人のそら似だけど。

まるで白雪姫を演じた時のアルミン。そう、黒い髪のアルミンだと思った。

黒い髪のアルミンそっくりな女の子が、凄くうろうろして、引き返して、またうろうろしてという、不審な動きをしていたんだ。

何をやってるのか良く分からなかった。でも観察して見ると…

もしかして、これかな?

近くに立札があった。そこには満潮時には行けないけど、引き潮の時にだけ歩いて渡れる小島の案内が書かれていた。

オレは思い切ってその女の子に声をかけてみた。

エレン「あの……」

???(びく!!!!)

物凄く驚かれた。声、かけたらまずかったかな?

エレン「もしかして、ここに行きたいんですか?」

と、指を指して看板を示すと、物凄い勢いで驚かれた。

???「な、なんで分かったんですか?」

エレン「いや、さっきからずっと、行ったり来たりして看板見ては落ち込んでるから」

???「…………」

彼女は落ち込んでしまった。おっと、お節介が過ぎただろうか?

???「………あの、今、お時間、ありますか?」

エレン「え?」

???「図々しいのは承知の上でお願いします! あの小島に、一緒に行って頂けないですか?」

エレン「え? え?」

いきなりのお願いにオレは面喰った。何でだ? 一人で行くのが怖いんか?

エレン「いや、ついていくのは別に構わないですけど……お一人なんですか?」

???「はい。時間内に一人で探しきれるか自信がなくて」

エレン「何か探しているんですか?」

???「実は……」

彼女の話を簡単にまとめると、その小島にあると言われるピンクの石には恋愛成就の力があるという言い伝えがあるらしい。

まあ何ともアレだ。観光客を釣る為の嘘くさい話だとも思ったが……。

恐らく日の関係で言えば次の干潮時が今日のラストチャンスかもしれない。

彼女が明日もここに滞在するなら話は別だが、もしかしたら夜には帰らないといけないかもしれないし。

深い事情は分からないが、その程度の人助けならいいだろうと思って、オレは安易にその頼みを引き受けたんだ。

チャンスがやってくるまで少し待って、オレは彼女と一緒にその細い道を急いで渡った。

小島には人気は全くなく、訪れたのはオレ達二人だけだった。

エレン「……で、そのピンクの石ってのはどの辺にあるんですか?」

???「えっと、砂浜に混ざってるらしいんですが、ハートっぽい形をした小さなピンクの石です」

エレン「砂浜の中に隠れているのを探せばいいんですね」

???「はい」

とりあえず、片っ端から砂を掘って探してみた。

しかし小島とはいえ、砂浜はそれなりにあったから、探し出すのは容易ではなかった。

でもそういう「宝探し」みたいな作業って、結構楽しくてさ。

ついつい、時間を忘れて二人であちこち探してしまったんだ。

そして気がついたら、辺りが大分薄暗くなってて。

二人で「あった!」と目的の物を探した頃には大分、太陽が傾いてしまってたんだ。

エレン「あ、やっべえええ!」

時間を完全に忘れてた。一回、連絡しないと!

と、思って携帯を開いたら…。

電池、切れてた。最悪だ!

エレン「い、急いで帰りましょう!」

???(青ざめ)

彼女の目線の先は、道が無くなっていた。

エレン「ああああああ!」

しまった。道が無くなってる! どうする!?

???「あー……間に合わなかった」

しまった。オレがもっと早く探していれば。

そう思ってたけど、彼女の方はほっとしていた。

???「…………でも、見つかったから良かった」

一個だけしか見つからなかったけど、彼女の言うハートっぽい形のピンクの石は本当にあったんだ。

大きさは2センチあるかな? ないくらいの小さい石だったけど。

見つけるのにすっげえ苦労した。でも実際にあって良かったぜ。

エレン「あの、携帯は持ってますか?」

???「いえ、持って来てないです」

エレン「ええええ? じゃあどうやって連絡を……」

参ったな。両方連絡できないんじゃどうしようもねえ。

しかしその時、

???「うふふ。大丈夫です。一晩くらいなら、どうにでもなります」

と、意味深な答えが返ってきた。

え? どういう意味だ?

???「あ、そういえばまだ、名乗ってませんでしたね」

ニファ「私、ニファと言います。講談高校の3年で、体操部に所属しているんです」

エレン「え?!」

あ、もしかして、合宿に来ていたから、ここに居たのか。彼女は。

ニファ「合宿は31日の朝まで行う予定なので、明日の朝までに部屋に戻れば十分大丈夫です」

エレン「ええ? だったらそんなに慌てて探しに来なくても良かったんじゃ…」

ニファ「ええ。騙してごめんなさい。でも、もし一人でここにきて、夜をこっちで明かす事になったら、さすがに怖かったので」

と言う事は何か。

彼女は今夜は戻れない事を覚悟の上で、それを前提に迷ってたんだな。

エレン「いや、それならそれを先に言って下さい。というか、二人で探すより、人を集めて皆で探す方が早かったでしょう」

ニファ「え?」

エレン「オレ、連れがいたんですよ。沢山。そいつら連れて来てれば、もっと早く見つけられましたよ」

ニファ「ええ? そ、それはごめんなさい。悪い事をしました」

しょぼーんとする様は可愛いから許すけどさ。

アルミンに似た顔で落ち込まれると怒る気にもなれないし。

でもどうする? オレ一人だけここに今夜残る訳にもいかんのだが。

あいつら、今頃心配して探しているかもしれないし…。

いっそ泳いで渡って帰ろうか。そう思ったその時、

ニファ「あの、もう少し待てばまた、渡って帰れるかもしれませんし、もう少し、待ちませんか?」

エレン「でもな……はっきりとした時間が分からんし、連れに心配かけてるだろうし、ここに残る訳にもいかないんですけど」

ニファ「でも…夕方の海は危ないですよ。もし離岸流に引っかかったら、戻れなくなるかもしれないですし」

エレン「あー…そっか。そうだな。その辺は素人だから、下手に手出さない方がいいな」

もういっそボートで来るべきだったかな。迂闊だった。

どうするかな。そう思って落ち込んでいたその時、ニファと言った彼女がまた、砂浜を掘り起こしていた。

エレン「?」

ニファ「もう一個探しませんか? あなたの分も探しましょう」

エレン「いや、オレは別に要りませんよ」

ニファ「そう言わず。時間が勿体ないですから」

まあ、戻れないからしょうがないか。ただ待ってても時間の無駄だし。

という訳で2個目のピンクの石を探してみる。

今度は3センチくらいのちょっと大きめのそれを見つけた。

ニファ「わあ……こっちの方が大きいですね」

エレン「交換します?」

ニファ「いいの?」

エレン「大きい方が効果がありそうな気がしますしね」

何となくそう思ったから、交換してあげた。

すると、彼女は凄く嬉しそうにしていた。

余程、目当てのお相手はイケメンなのかな。

そう思わせるほどの、乙女の顔をしてたんだ。

オレは小さい方のピンクの石を貰って、その後はどうするか悩んだ。

道は元に戻る気配が全くない。

満潮と干潮の仕組みを詳しく知らないから、後どれくらいで道が出来るか分からない。

ただ、ずっとここに閉じ込められるという事はない筈だ。

明日の同じ時間辺りになれば、きっと大丈夫だろうけど。

…………ミカサ、怒りそうだよなあ。

過ったミカサの事を思うと、やっぱりどうにかしなきゃと思い直した。

エレン「おーい! 誰かー!」

ニファ「!」

エレン「原始的ですけど、誰かが声に反応してくれりゃ、ボートで来てくれるかもしれないんで」

ニファ「そ、そうですね! 気づかなくてごめんなさい!」

という訳で、オレ達二人はとりあえず、誰かが気づいてくれる事を祈って声を張り上げた。

すると、暫くすると、見覚えのある顔が近づいてきた。

あ、やった! ジャンがボートに乗ってこっちに来た!

ミカサも乗ってる。オレ達はおおーいと手を振って二人に声を飛ばした。

あいつら二人がこっちに乗り付けて、そしてジャンに頭を殴られた。

まあ、しょうがない。オレの不手際のせいで心配かけたからな。

エレン「わ、悪い……まさかこんなに早く満潮になるとは思わなくて」

ニファ「すみません! 私が無理を言ったせいで」

ジャン「そちらの方は……」

ニファ「ニファと言います。講談高校の3年です。その、私のせいなんです。ここの石を持ち帰ると、願い事が叶うと言われる逸話があってそれを探しに行きたくて、でも、一人だと心細かったんで、たまたま一緒になった彼に、その……手伝って貰って」

ミカサ「…………」

とりあえず、ニファさんのおかげでジャンの怒りも鎮まったようだ。

ジャン「せめて連絡しろよ……心配したんだぞ」

エレン「すまん。携帯の電池が切れててな」

ジャン「外出する前は充電をちゃんとしとけよ! 全く…」

面目ねえ。いや、本当に。

そしてオレ達はアルミン達のところに合流して事情を説明して謝罪した。

アルミンは自分に似たニファさんと会ってちょっとだけびっくりした様子だったけど。

別れ際にニファさんに名前と学年とクラスだけ聞かれて、後でお礼をさせて欲しいと言われた。

そしてようやく帰りの列車に乗ることになったんだ。

クリスタ「…にしても、似てたね。アルミンに。他人のそら似かな」

アルミン「う、うん……僕もびっくりした。しかも同じ高校の先輩だったなんて」

ジャン「演劇部の先輩達に聞いてみるか」

ミカサ「そうね。3年同士なら知っているかもしれない」

列車の中でもオレは罪悪感でついつい、何度も「すまねえ」と言ってしまった。

エレン「あの小島にある、ピンク色の石を持ち帰ると、恋愛成就するっていう逸話があってな。それ、探すの手伝っていたらいつの間にか満潮になってたんだ」

ライナー「ほほう。それはロマンチックだな。しかしエレン、本当は逆ナンパされていたのではないのか?」

エレン「は?!」

んなわけねえだろ。

ベルトルト「言い訳でつき合わせただけ……の可能性もあるね。アドレスとか交換した?」

エレン「いや、そういうのはねえけど……」

聞かれたのは名前と学年とクラスだけだった。

エレン「今度お礼をさせてくれって、学年とクラスは聞かれたな」

ユミル「何? それは怪しいな。本当はエレン狙いだったんじゃねえか?」

エレン「は? んなわけないだろ…!」

オレは何度も否定した。ニファさんのあの様子を見ればさすがに分かる。

アレはよほどのイケメン(?)に惚れてるんだと思うぜ。

競争率の激しそうな相手だから、願掛けに来たんじゃねえのかな。

クリスタ「どうだろう? アルミンに似てる女性だったでしょ? 可愛いよね。ありえそうじゃない?」

アルミン「あははは……」

あ、ちなみに何でニファさんが歩いて渡ったのか皆、不思議に思ってるかもしれないな。

実は「道を渡る勇気ある者」にしか、その恩恵が得られないという説明書きがあったんだ。

つまり、歩いて小島まで渡って、そのピンクの石を見つけないと効果がないらしい。

なんじゃそらって話だよな。ボートで行く方が楽に決まってるけど。

その辺は多分、観光客用に話を都合よく捻じ曲げるような気もしたんだが。

帰りはボートで帰ったけど、看板には「道を渡る者」とあったから、片道だけでも大丈夫だろ。多分。

ジャン「逆ナンパだったら許せねえな……この野郎」

ライナー「全くだ。許せんな」

エレン「ち、違うだろ…? た、多分…」

確認した訳じゃないけど。いや、逆ナンじゃねえよ。アレは。きっと。

と、オレは何度も否定していたら、その時、

クリスタが思わぬ話題を放り投げてきたんだ。

クリスタ「あ、許せないで思い出したけど、この間のプールの時のアレ、ちゃんと謝ったの? エレン」

エレン「へ? プール?」

何でいきなりプールの話? と思ったら、

クリスタ「私がミカサに泳ぎ方を教えて貰ってた時の事だよ! 皆が水中鬼ごっこしてた時、最後の方でミカサの胸に突撃して、ぶつかったじゃない」

ジャン「な、なんだってー?!」

…………………あー!

そういえば、ぶつかった! なんか、むにゅっとした感触、あったわ!

アレ、ミカサのおっぱいだったんか!

ゲームに夢中になっててその時は気づかなかったけど、うわ!

オレの馬鹿! 何でその柔らかい感触をその時、味わってない!

………じゃなくて、すぐ謝らなかったんだ!

ジャン「てんんめえええええ! 逆ナンパより許せん! このラッキースケベ野郎が!」

エレン「な、あれは事故だろうが! その、ミカサ……すまん、謝るの忘れてたけど」

ミカサ「別にどうでもいい。骨折した訳でもあるまいし」

お、おう……?

ミカサ? 何か、顔が、怖いぞ? どうしたんだ?

エレン「み、ミカサ……怒ってるのか?」

ミカサ「何が?」

エレン「いや、その、すまんかった」

ミカサ「だから、何が?」

エレン「プールでの事だよ。怒ってるんだろ?」

ミカサ「別に怒ってない。むしろ忘れていたくらいなので」

エレン「じゃあ何でそう、怖い顔してんだ…?」

地雷を踏んだような気配がした。嫌な音、みたいな。

しまった。触れない方が良かったか? と思ってたら、ユミルがため息交じりに、

ユミル「………ニファとかいう先輩の件だろ? 察しろ」

と、言ってきた。え? ニファさんの件?

え? 何でミカサがニファさんの件で怒るんだ? オレ、事情をちゃんと話したよな?

しかも逆ナンパの件は、違うだろうって否定したのに。

まさか、ミカサ、疑ってるのか? ニファさんに逆ナンパされたと思ってるのか?

そのせいで、機嫌が悪いのか? え?

ミカサ「違う。怒ってない」

エレン「いや、怒ってるだろ。その、何だ。何かすまん」

ミカサ「もういい。別にどうでも」

シーン…

空気が重くなった。でもオレは、どうしたらいいのか分からなかった。

というか、もし、それが本当で、焼きもち妬いてるんだとしたら。

……………ミカサ、それって、今までのお前の反応と違うって事になるぞ。

だって、球技大会の時は、全然、全く、これっぽちも、焼きもちを焼く素振りなかった。

それが今は、違うって事は、まさか。

…………いやいや、勘違いするな。調子に乗ったらいかんぞ、オレ。

マルコ「ま、まあまあ……エレンも無事だったんだし、細かい事は水に流そうよ」

ベルトルト「そうだよ。下手したらエレン、そのまま一晩、その小島に閉じ込められていたかもしれないしね」

アルミン「いや、一晩は大げさだけど、そうだね。うん、見つからないのよりはマシだよ」

ミカサ「……………」

重い空気に見かねてフォロー役の三人が空気を換えようとした。

でもミカサの機嫌が直る気配が全くねえ。

オレはどうしたらいいか分からず、がっくり両肩を落とすしかなかった。

するとそこに光をさす様に、アニが、

アニ「………そのラッキースケベの件といい、今回の先輩の件といい、ちょっとエレン、ミカサに対する態度が酷くない?」

エレン「え?」

アニ「ミカサが怒っているのは、そういう部分なんじゃないの? 違う?」

多分、ヒントのような物を投げてくれた。

アニなりの気遣いだろう。それがとても有難かった。

そうか。オレ自身はそういうつもりはなかったけど、ミカサはオレの態度に不満があるんだ。

だから怒ってるんだ。きっと。

それは誤解かもしれないし、もし誤解じゃなくても、オレの方が何となく悪いって事は分かった。

エレン「そうなのか? ミカサ」

ミカサ「…………」

エレン「お、オレはどうしたらいいんだ?」

アニ「そんなのは自分で考える事だよ。まあせいぜい、暫くはミカサの機嫌取りに努める事だね」

ユミル「だな。そうした方がいいな」

クリスタ「だね」

サシャ「何か美味しい物を食べさせた方がいいですよ」

クリスタ「それはサシャ限定だよ」

機嫌取りか。分かった。とりあえず、そうする事にする。

エレン「そっか……まあ、うん。分かったよ」

これから先は気をつけよう。どう、気をつけるべきかはいまいち分かってなかったけど。

今は分からなくても、後で分かるかもしれない。そう思う事にした。

んで、皆とは交通センター(バスや電車などの中継地点的存在)でそれぞれ分かれる事になって、オレは当然、ミカサと一緒に家に帰る。

バス停を確認したら、げ! オレの家に向かうバスが後1本しか残ってない!

……と、その時は思い込んでしまって、オレは間違えて、家と反対方向のバスに慌てて飛び乗っちまったんだ。

間違えた事に気づいたのは、ある程度、進んじまってからで。

慌てて途中下車したものの、もう交通センターに戻れるバスの路線が残ってなかったんだ。

エレン「嘘だろ……次の路線がもうねえ」

しかもここ、何処か良く分からん。

ミカサ「え、エレン……お金はあるの?」

エレン「いや、オレもそんなに余分な金はねえ。どうしよう。どうやって帰ろう…」

お互いにお互いを見合わせて困惑する。オレの携帯の電池は切れたままだ。地図も見れない。

ミカサが慌てて自宅に電話した。するとおばさんが出てくれたみたいで、

ミカサの母『あらあら…それは困ったわね。仕方ないわ。どこか近辺で泊まれるところを探して、明日帰ってきなさい』

ミカサ「でも、ここは何処か良く分からない…」

ミカサの母『とりあえず、コンビニを探しなさい。店員さんに聞けば、どうにかなるわよ。エレン君もいるんだし、大丈夫よ。お金が足りなかったら、後で私がそっちに行って払ってあげるわ』

ミカサ「……と、いう訳だけど」

大体の指示を聞いてその通りに動く事にした。

エレン「そうか……しょうがねえな。コンビニ探そう」

エレン「そうか……しょうがねえな。コンビニ探そう」

幸い、近くにコンビニはあった。

店員に話を詳しく聞くと、とりあえず一軒だけこの近くに泊まれるところはあるらしい。

教えて貰ったそこに行くと……なんと、そこは……。

エレン「温泉旅館、か……」

ミカサ「温泉旅館、ね」

少し古い感じの温泉旅館だ。部屋が空いているといいが。

中に入ると若い女将さんがいた。一応、部屋は空いていたが、和室の一部屋だけだった。

別に部屋を取る事が出来ず、ミカサと一緒に寝泊まりすることになった。

この夜の事はきっと、ずっと忘れる事は出来ないだろう。

それくらい、衝撃的な夜だった。

そしてオレはこの日の夜、その衝撃のせいで自分の気持ちが劇的に変化しちまったんだ。

さてさて。いよいよ、あの日の夜編突入です。
今回はここまで。続きは次回で。ではまた。







チェックインを済ませる時も殆ど会話がなかった。

淡々と事務的処理を済ませて、とりあえず部屋に入る。

エレン「………」

ミカサ「………」

とりあえず、やるべきことを先にやろうと思った。

エレン「おばさんに旅館の場所、伝えておいた方がいいよな」

するとミカサは頷いて、連絡を入れてくれた。

畳の上にお互い座ってふーと息をついた。

エレン「親父にもう少し大目に金、貰っておけば良かったな。遠出する時は気をつけないと。勉強になったぜ」

ミカサ「そうね。思わぬトラブルが発生する事もある」

エレン「………飯はついてねえけど、腹は減ってるか?」

ミカサ「そんなには。でも、後で減るかもしれない」

エレン「………売店でパン買うくらいしか出来ねえな」

ミカサ「それでも十分なので、一応買っておこう」

パタパタと、音を立てながら、廊下を歩いて売店まで移動する。

会話はなかった。売れ残っているパンを2個だけ買って部屋に戻る。

テレビを見ながらもぐもぐ食べて、部屋にある茶を飲んで…。

もう、することが無いな。どうするか。

考えていたら、ミカサが先に、

ミカサ「お風呂、入る?」

エレン「あーそうだな。一応、入っておくか」

着替えは一応、汗掻いた時の為に1回分だけ持って来てたんで、それに着替える事にする。

大浴場にはじいさん達がわらわらいた。若いのはオレくらいだった。

居心地が悪いのもあってさっさと入浴を済ませてあがる。

ミカサを待っていると、

エレン「おかえり」

ミカサ「ただいま」

………。

ん? 何か、ミカサに凝視された。

ミカサ「エレン、髪を乾かさずに出てきたの?」

エレン「あ? ああ……そうだな」

そういえば乾かすの忘れてたな。

ミカサ「それはいけない。部屋に戻ったら乾かそう」

エレン「ああ、そうだな」

二人で部屋に戻り、オレは洗面所に向かった。

ミカサはテレビをつけたようだ。何か面白い番組あったかな?

まあいいや。好きにさせておこう。髪乾かして部屋に戻る。

ふー。何か空気が重いな。どうするかな。

やっぱりまだ、ミカサの奴、機嫌悪いみたいだな。

でも、オレもどうすればいいか分からないし、下手につつくと藪蛇な気もするし。

ミカサ「水買ってくる」

エレン「オレも行く」

おっと、だからと言ってミカサを一人にする訳にもいかない。

もしまた変なのに絡まれたら困るしな。

しかし自販機には水がなかった。残念。売り切れだ。

ミカサは代わりにジュースを買う事にしたようだ。飲み残したジュースは冷蔵庫に入れている。

この時、オレ自身も飲み残しのジュースをミカサの後に入れて置いたから、中にチューハイが設置されてたのは知ってた。

こういう古い旅館とかだと、たまにあるんだ。冷蔵庫に先にお酒が入ってるっていう、旅館側のサービスが。

親父と母さんと三人で昔、旅行に行った時に、親父に「飲んじゃダメだよ」って前もって言われた記憶があったから間違いない。

だからオレもその事をミカサに伝えるべきだったんだけど。

この時はそれに気づかないでスルーしちまったのが、後々、響いてとんでもない事になった。

エレン「………そろそろ寝るか?」

ミカサ「そうね」

今日は疲れたし、もう寝よう。そう思って、布団を敷いて寝る事にした。

勿論、お互いの布団をくっつけたりはしない。

ちょっとだけ距離を保って、布団を並べて寝る事にした。

オレもあちこち歩き回ったりしたから、疲れてたのかすぐに寝た。

一回、深い眠りに落ちて、多分、浅い眠りに切り替わったその時、

何やら隣で気配を感じてうっかり起きてしまったんだ。

エレン「ん……?」

目、開けたら、ミカサがまた、自分の服を脱ごうとしていた。

そう、酒が入って酔って暴れたあの時のように。

エレン「?! な、なにやってんだミカサ?!」

ミカサ「暑い……ので」

エレン「エアコンさげりゃいいだろ?! 服脱ぐな馬鹿!」

ミカサ「にゃー……」

にゃーって何だ?! 猫みたいな声だしやがって!

くそ! 可愛いだろ?! オレにどうして欲しいんだ!?

脱いでるのを邪魔すると、

ミカサ「また邪魔してーもう、ひどい。エレンの馬鹿」

エレン「ひどいのはどっちだ! ああもう……まさかとは思うが、冷蔵庫の備え付けのチューハイ、勝手に飲んだな?!」

ミカサ「ちゅーはい?」

エレン「ラベル見なかったのか?! 缶チューハイだっただろ?! アレは旅館のサービスじゃねえから! 飲んだら後で代金支払うんだぞ?!」

ミカサ「そーなの?」

ドジっ子もここまでくると、もはや天然なのか。

とにかく二度目の醜態だ。ミカサ、どれくらい飲んだ?

エレン「何本飲んだ?」

ミカサ「にぃ~」

ピースサインしてすっかりご機嫌だ。

オレは手で口を隠してよそを向いた。直視出来ねえよ。

もう、何なんだよ。この可愛い生き物は! ぎゅーってしたくなるだろうが!

でもオレは堪えた。堪えないといけないと、自分に言い聞かせた。

ミカサ「どうしたの? (首かしげ)」

エレン「何でもねえよ! くそ……何なんだよ今日は。厄日か?!」

ミカサ「厄日? エレン、ついてない?」

エレン「ああ、ついてねえよ! なんだってこうトラブルばっか起きるんだ今日は!」

ミカサ「そう……ごめんなさい。私のせい? (しゅん…)」

そしてしゅんとするミカサ。もう、な。どこからツッコミ入れたらいいか分からん。

怒る気にもなれない。だって、可愛いもん。

可愛いは正義とは、良く言ったもんだ。うん。

エレン「いや、オレも「冷蔵庫のやつは飲むな」って言えば良かったな。今日、あんな事があったばかりだったのに」

ミカサ「そんな事ない。私がイケナイ事をしただけ」

ふわふわしているのが良く分かる。こう、ぼよよんと動く変なおもちゃみたいだ。

くそう。頭を叩きたい。変な動きをしてふよふよしそうだ。

でも、ミカサをおもちゃみたいに扱う訳にもいかない。

ミカサはタオルをごそごそ取り出して、胸の谷間にそれを挟んでそのまま寝転がった。

エレン「おま、そのまま寝るのか…」

ミカサ「イケナイ?」

エレン「いや、別にいいけど。その……暑いんだろ?」

ミカサ「正直言えば、暑い。けど、エアコンの温度を下げ過ぎるとエレンに迷惑」

エレン「横でダラダラ汗掻きながら寝られる方が迷惑だ」

ミカサ「じゃあ下げる?」

エレン「いいよ。下げよう。ちょっとだけな」

今夜はミカサに合わせて寝よう。そう思って温度を23度まで下げた。

いつもよりちょっと寒いけど、しょうがねえ。

ミカサ「エレン、寒くない?」

エレン「寒くねえよ」

そのうち慣れるだろ。そう考えてたけど、やっぱり寒いもんは寒かった。

毛布1枚しか用意してないから、余計にそう感じた。

でもいいや。我慢我慢。

ミカサ「エレン……」

エレン「何?」

ミカサ「やはり、私が薄着になるので、エアコンの温度を元に戻そう」

エレン「は? 別にいいって。このままで」

ミカサ「良くない。エレンの方に合わせるべき」

エレン「いや、いいんだって。そういうのはやめろ」

ミカサ「どうして?」

エレン「男がこんくらい我慢できなくてどうすんだ」

というか、オレが我慢しないとミカサがまた、服を脱ぎ始める。

もし全裸になられたら、いくら何でも別の意味で我慢しきれるか自信なかった。

ピッ。

ピッ。

エレン「あ、てめ、このやろ」

ピッ。

ピッ。

ミカサ「む……」

ピッ。

ピッ。

何で温度を元に戻すんだよ!

エレン「返せ」

ミカサ「ダメ」

エレン「汗、掻いてるくせに何言ってんだ」

ミカサ「汗は拭けばいい…ので問題ない」

エレン「寝苦しいだろうが。つか、お前、オレの前でそんな、薄着になって、抵抗ねえのか」

ちったあ恥じらってくれよ! 頼むから!

ミカサ「?」

エレン「オレも、一応、男だぞ」

ミカサ「エレンは家族なので……」

エレン「そうだけど、その前に、男だ。だからお前も女らしく、しておけよ」

ミカサ「女らしく……」

エレン「男に甘えておけって言ってるんだよ。いいから、元の温度に戻せ」

オレがリモコンを返せ! と、いうポーズを取ったら、

ミカサ「………エレンが不快に思うなら、私は外で寝よう」

と、とんでもない反則技を出してきたミカサにオレは仰天した。

エレン「何馬鹿な事しようとしてんだ! この酔っ払いが!」

ミカサ「では、エアコンの温度を元に戻してくれる?」

エレン「~~~っ!」

そんな真似されたら、妥協せざる負えないじゃねえか!

エレン「くそっ……腹立つな」

温度を戻したら当然、ミカサは服を脱ぎだして、下着姿になって、おまけにタオルをブラジャーで胸の谷間に挟んだまま。

そんな無防備な格好で布団の上に転がって、天井をぼーっと見つめるミカサが、色っぽくて。

つい、目が離せなくて、じっと見ていたら……

ミカサ「ん?」

ミカサとも目が合ってしまった。

エレン「…………ミカサ」

オレはもう、視線を逸らせなかった。

薄明りのオレンジの世界で、ミカサの体の輪郭を凝視している。

自然と喉が渇いてきたの感じた。生唾を、飲み込んで。

ミカサ「何?」

エレン「その、なんか、水着と違って、なんか……」

心臓が自然と早く脈打っていた。何だ。こんなに凄い動悸、初めて感じる。

エロ本とか見てオナニーする時の比じゃねえ。

遊園地でジェットコースター乗るのよりも、ドキドキする。

今まで経験したことない、胸の音を感じる。

強い、強い、鼓動だ。

収まらない。自力で鎮めようとしても、止まらない。

もしこの時、ミカサが行動を起こさなかったらオレ、この後、どうしてたか分からねえ。

ミカサは立ち上がって何故か電気をつけた。それがかえって、オレを我に返らせたんだ。

エレン「何やってんだよ」

ミカサ「しっかり見たいのかと思って」

エレン「いや、そうじゃねえけど、つか、いい加減、寝ろ!」

電気を消して、座り込む。下半身が、痛いくらいだった。

ミカサ「? 違ったの?」

エレン「いや、あのな、ミカサ……お前、そういちいち、気遣うなよ。今日、一日疲れただろ?」

ミカサ「さっき、一度深く寝たので、今はそこまで眠くない」

エレン「ああそうかよ……参ったな、これどうしよう」

ミカサ「?」

ミカサがじーっとこっちを見てる。

目の焦点が合ってるのか合ってないのか良く分からないが。

でも、オレのあそこは、悲しいくらいに反応していて。

服を破きそうな勢いで、そそり立ってて、誤魔化しきれない証拠が、そこにあった。

見られてしまったから、もう、そういう知識のあるミカサにも気づかれただろうと、この時は、思った。

だってこいつ、何度もそういう状態の男に迫られて、返り討ちにしたって言ってたし。

見た事はある筈だし。気づかない筈はないと、思ってしまって。

エレン「便所、いってくるか。お前、先に寝てろよ?」

ミカサ「うーん、まあ、寝れたら、寝る」

エレン「寝てくれ。頼むから。はあ……」

オレはとりあえず、それを処理する方向に転換した。

あの金髪先輩の二の舞になる訳にもいかんし、何より酔ってるミカサを襲うなんて鬼畜な真似はオレには出来なかった。

…………で、便所に逃げ込んだ訳だが。

その時、自分で自分のあそこを見る訳だ。

そりゃ当然だな。アレを出さないと、処理は出来ないんだから。

でも、その時のなんていうか、下品な言い方で申し訳ねえが。

そのパワーのような? ええっと、固さっていうべきか? これ。

今までの比じゃない、力をその時に感じてしまって。

今まで経験したことのない、漲ったものをそこに感じてしまった。

エロ本等のオカズを元にしてやる時の、ソレとは全く別物だと思った。

ついでに言うなら、初めてミカサの裸を見た時の興奮よりも、酷かった。

体が反応してたんだ。ビンビンに。

重ねて言う。下品ですまねえ。でも、そう言うしか、他に方法がねえ。

エレン「何なんだよこれ……」

当然、量だって多かった。だからいつもより処理に時間がかかった。

何でこうなった? どうしてこんな風に変わって……。

その時思い出したのは、ミカサの怒った顔だった。

不機嫌な表情でいたあの時の、ミカサ。

アレを思い出すと、また、ビクンと体が反応してしまった。

エレン「……?」

あれ?

オレ、もしかして、あの時の、拗ねたような、怒ったミカサを見て……。

エレン「嬉しかった……のか?」

もしかしたら勘違いかもしれない。でも、焼きもちかもしれない。

そう考えた時、オレは心が躍りそうになって、慌てて自重したけど。

でも、心の奥底では、嬉しい自分は隠せなくて。

これって、これってもしかして。

エレン「……………………」

追い詰められた気がした。というか、もう、既に堕ちてたんだろうけど。

オレはその瞬間、便所の中で頭を抱える羽目になったんだ…。

便所の中で自覚するという情緒もへったくれもない状態だが、許してくれ。

この時のオレはそれをどうする事も出来なかったし、出来る事はとにかく気持ちを鎮める為にやるべき事をやるだけだ。

とりあえず、何回か出し切ったら、気持ちも少し落ち着いた。

だから便所から出て布団に戻ろうとしたら、

エレン「……寝ろって言っただろ」

ミカサ「遅いな、と思って」

ミカサが起きててちょっと驚いた。

びくっと、また震えそうになる自分を抑える。

エレン「ちょっと、な。もう大丈夫だから心配するな」

そう自分に言い聞かせるようにミカサにも伝えた。

ミカサはそれで安心したようで、目を閉じてスヤスヤと寝息をたて始めた。

穏やかに眠るミカサを見ていたら、自然とその顔を触っていた。

…………気持ちいいな。ミカサのほっぺ。

ずっと触っていたい気持ちになる。

………………。

いかん。さっき抑え込んだ筈のムラムラが、また。

あっさり復活してきた。

手を引っ込めよう。そう思ったその時、

ミカサ(ニヤッ)

寝ている時に、たまに笑う赤ちゃん、いるだろ?

あんな感じで、ミカサが小さく可愛らしく笑ったんだ。

その瞬間、オレ、何か、また。

こう、こみあげてくるものがあって。

だから、オレは…………

(*ここで選択肢です。エレンの行動を安価で決めるよ!)

1.寝ているミカサのほっぺにキスする。

2.寝ているミカサのまぶたにキスする。

3.寝ているミカサのおでこにキスする。

4.寝ているミカサの唇に軽い触れるだけのキスをする。

5.寝ているミカサに耳元で「好きだ」と告白する。

6.寝ているミカサに何もしない。「おやすみ」と言うだけ。



ペロペロチャンスだ! このチャンスをどうするかは安価次第。

安価は>>400のレスの秒数で決まるぞ!

1→00~09秒
2→10~19秒
3→20~29秒
4→30~39秒
5→40~49秒
6→50~59秒

いいかんじ
おもしろいよー

46秒なので、

5.寝ているミカサに耳元で「好きだ」と告白する。

に決定です。では続きます。

オレは自分の唇をミカサの耳元に寄せた。

しっかり寝ているから聞こえないだろうと思って、ずるい方法で、その言葉を伝えた。

エレン「…………………好きだ」

そう、試しに言ってみて、ああ、何かもう、戻れないと思った。

ジャンには悪いと思ったけど、オレも参戦する事になりそうだ。

ミカサに片思いをする男達の名簿の中に、オレの名前も刻まれちまったんだから。

ミカサはオレの告白に全く気付いてない。深く眠っているようだ。

それに安心すると同時に、ちょっとだけやるせなくもなる。

ああ、混ぜこぜの感情だ。そうか。それが「恋」なんだ。

「初恋」は、ただ淡い感情だったけど、「恋」はもっと、味が濃い。

……しゃ、洒落じゃないぞ? 偶然そう思っただけだ。

なんてどうでもいい事を思いながら、オレはミカサからゆっくり離れた。

そして毛布の布団をお腹の上にだけ乗せて、そのまま瞼を閉じて、眠ってしまったんだ。








ミカサ「エレン、起きて。そろそろ出る準備をしないと」

エレン「んー……」

翌日。目が覚めると意外と気分がすっきりしていた。

昨日はいろいろあったけど、自分の気持ちに整理がついて、しっかりしている自分に気づく。

むっくり上半身を起こす。ミカサに加勢してもらう。

ミカサ「!?」

エレン「ん? ああ……悪い。便所行ってくる」

ミカサの顔が赤かった。ああ、こいつのせいだな。

視線を下にやって、納得して便所に移動する。

朝だしな。自然にこうなる。

まあいつもの事だし、手早く処理して便所を済ませる。

処理しなくても、いつの間にか収まる時もあるけど。

出した方が気持ちもいいので、オレは出す事の方が多いかな。

便所を済ませて、手洗って、洗面周りをチェックする。

チェックアウトの準備を済ませて、オレはミカサに声をかけた。

エレン「ミカサ、出るぞ。忘れ物すんなよ」

ミカサ「う、うん……」

そんな訳でオレはこの日を境に、自分の気持ちに気づいた。

ただこれから先、どうするかは、まだ決めてなくて。

この時点ではミカサに告白するとかは全然、考えていなくて。

胸の中に仕舞っておこう。そう、考えていたんだ。






次の日の部活の時、オレはまた別の衣装の試着をしていた。

今度は西洋風のドレスだ。時代は中世っぽい。

その微調整を部室でしていたら、ペトラ先輩の声がドア越しに聞こえた。

廊下でミカサと話し込んでいるようだ。

ペトラ「それ本当? ニファの奴、そんな事してたわけ?」

ミカサ「お知合いですか?」

ペトラ「ああ…まあ、ね。3年2組の女子体操部のキャプテンよ。あの子、まさか……」

声が一気に低くなった。どんな顔しているか想像したくねえな。

オルオ「ああ、もしかしたらそうかもな」

するとそこにオルオ先輩も加わって、

ペトラ「むきー! あの女狐め! リヴァイ先生に手出したら絶対許さん!」

ミカサ「え? もしかして、ニファ先輩の相手って、リヴァイ先生なんですか?」

ああ、なるほど。通りで。

リヴァイ先生が相手ならそういう願掛けをしたくなるのも頷ける。

あの先生、意外と人気あるんだよ。女子に。

ペトラ先輩だけじゃねえよ? オレ、廊下とかで他の女子生徒が噂話してるの聞いたことあるし。

怖いという評価と、格好良くて優しいという評価で割れてるんだ。

オルオ「んーそういう噂があるけどな。オレは直接本人に聞いたわけじゃないけど、結構、あからさまにリヴァイ先生にアプローチしてるっていう話だが」

ペトラ「リヴァイ先生は優しいから、生徒のそういうのを無下に出来ないだけよ!」

オルオ「お前も大概だけどな。ニファとどっこいだろ」

ペトラ「う、うるさいわね! しょうがないじゃない! 好きなんだから!」

ミカサ「え? ペトラ先輩、あのリヴァイ先生の事、好きなんですか?」

オレは何となく、察してたけどな。

ライクのボーカルが好きだと言った時点で、ああいう感じが好きなんだろうと思ってた。似てるんだよ。背格好とか。雰囲気も。

ペトラ「その……憧れなのかもしれないけど、うん。今、一番好きなのはリヴァイ先生…かな?」

さっきのどす黒い声とは打って変わって乙女な声だった。

ペトラ「体操部の合宿は確か7月末までだったはずよ。8月に入ったら、今度は演劇部の番よ。絶対取り返しちゃる」

ああ、でもまたどす黒い声に戻った。ペトラ先輩、そのギャップが怖いっす。

オルオ「全く……リヴァイ先生はモテるんだから、お前みたいなちんちくりんを相手にする訳ないだろ」

ああ、オルオ先輩、ペトラ先輩の事、憎からず思ってるみたいだもんな。

だからつい、そう言っちまったんだろう。

ペトラ「そんなのはあんたに言われなくとも分かってるわよ! いいのよ。報われなくとも! でも、ニファにも渡さないわ!」

その辺はペトラ先輩も分かってて言ってるみたいだ。

恋が叶うかどうかって問題じゃねえもんな。好きなら、もう、しょうがねえよ。うん。

そんな感じで盗み聞きしてたらいつの間にか試着が完成したようで、

マーガレット「お見合い時の衣装、完成しましたー」

と、皆の前に出る。着替えた後は音楽室で歩行練習だ。

ペトラ「おお? いいわね! エレン、大分、うまくなったわね」

エレン「そうっすかね」

ペトラ「その調子でお願いね! 演技の方もよろしくね!」

今日の練習は以前よりスムーズにいった。

アルミンのアドバイスと、ミカサの観察の成果が少しずつ出てきたみたいだ。

ジャン「………エレン、お前」

エレン「ん? なんだよ」

ジャン「所作が急にうまくなったな。なんていうか、ミカサみてえだ」

だろうな。相当、注意深く観察して研究したからな。

エレン「ああ、ミカサを真似してるからな」

ミカサ「え? そうなの?」

エレン「細かい動きはミカサの普段の生活の仕草を参考にしてんだ。その方が女らしくなるだろ?」

ミカサが「なるほど」という顔をした。

ジャン「通りで急にうまくなったと思ったぜ。くそ……悔しいが綺麗だ」

オレが役に入りきれればジャンもきっと演じやすいだろう。

ジャンはミカサみてえな、所作の綺麗で凛とした女が元々好きなんだから。

エレン「お前のそういうとこは、嫌いじゃねえんだがな」

ジャン「は? 急に何の話だ」

エレン「自分に正直だろ、ジャンは。そういう奴の方がオレは好きだ」

ジャン「…………お前に好かれても気持ち悪いだけなんだが」

エレン「だろうな。オレも言ってて自分で気持ち悪い」

ジャン「だったら言うなよ、アホかお前は」

オレが女装している時だけはジャンも少しだけ態度が柔和だった。

その気持ちは分かる。オレもアルミンと組んだ時、そんな感じだったし。

分かってても、やっぱり「女」に対しては態度が柔くなるのが男なんだよ。

そんな訳で練習は順調だった。特に問題はないと思ってた、その時……

エルド「おい、ペトラまずいぞ」

ペトラ「え?」

エルド「今の通し稽古のタイムを計ってたら……尺オーバーになった」

ペトラ「ええ?! どれくらい?」

エルド「かなりある。10分くらい、オーバーだ」

ペトラ「嘘……マジで?! 私、脚本の量多かった?!」

エルド「いや、うーん、ギリギリってところか? でもこのままだとまずいぞ。いくつかシーンをカットしないと、規定時間をオーバーする可能性が高い」

ミカサ「尺オーバー? 制限時間を超えているんですか?」

エルド「ああ。規定は1時間以内だ。1秒でもオーバーしたら失格になる」

うお? それは大変だ。どうにかしないと。

ペトラ「うーん、どうしよう。どこをカットするべきなのか」

ペトラ先輩が唸ったその時、オレはすかさず、提案した。

エレン「キスシーンをカットしてください!」

ジャン「キスシーンをカットするべきだと思います!」

ジャンもオレと同じことを考えてたようだ。こういう時は気が合うんだよな。

ペトラ「ええ?! でも、そこは一番盛り上がるところなのよ?! そこを外してどうするのよ!」

エレン「でも、尺がオーバーするなら背に腹は代えられないですよ!」

ジャン「そうですよ。そのシーンがなくても、二人の愛はもう、伝わりますよ観客には!」

キスシーンが嫌だからカットを願い出たのは勿論だが、それ自体が、そもそも尺を取られる演出になってたからな。

ここをカットすれば30秒~1分くらいまず削れる。だからカットするべきだと思ったんだ。

ペトラ「でも恋愛劇でキスシーンがないなんて、メインディッシュのないフルコースのようなもんじゃない。困ったわ…」

エルド「台詞をいくつかカットして、平均的に巻いていくっていう手もあるが…」

ペトラ「いや、それだと忙しない劇になるからそれは最後の手段よ。やるべきなのは、要らないシーンをカットする方が先だわ」

オルオ「キスシーンをなくす代わりに、別のやり方で表現するって手もあるぞ。その辺は演出次第なんじゃないか?」

ペトラ「うう~ん……」

唸り続けるペトラ先輩に周りも困惑したな。

ここにきてこんな根本的な問題が発生したんだ。無理もねえ。

マーガレット「まだ背景セットが全部完成している訳ではないので、場転の時間も加えたら更にオーバーする可能性もありますしね。確かに、大幅なカットは必要かもしれないです」

ペトラ「でもそうなると、折角作ってもらったセット、無駄にする可能性もあるのよ?」

マーガレット「その時は仕方がないです。それが大道具の宿命ですから」

所謂、没ってことだ。捨てるしかない。

ペトラ「分かったわ…話の辻褄が崩れないように調整しながら、脚本を見直してみる」

ペトラ先輩はすっかり落ち込んでしまったが、とりあえず、今日のところは練習をそこまでにして、解散になった。

帰り道、ついつい上機嫌になる自分を隠せなかったから、ミカサには呆れられた。

エレン「♪」

ミカサ「エレン、楽しそうね」

エレン「え? ああ……そりゃなあ。野郎同士でキスシーンしなくて済むかもしれんのだから、そら浮かれるわな」

ミカサ「でも、恋愛物でキスシーンがないのは、味気ないのでは?」

エレン「そうか? オレはないならなくても全然平気だが」

ミカサ「つまりエレンは、恋人とキス出来なくても構わないのね」

エレン「は? それは嫌に決まってるだろ。何言ってんだ?」

恋人とはキスするに決まってるだろ?

するとミカサは「当然」と言った顔で、

ミカサ「エレン、それが普通だと思う。だったらタイ王子にキスをさせないのは酷だと思わないの?」

エレン「ええ……ああ、そういう事か。いや、でもなあ」

ミカサの言いたい事は分かった。実際、恋人同士や夫婦はキスをするんだから、タイ王子もしたい筈だと。

ジャンではなく、タイ王子としての視点でそう言ったんだ。

でもオレは反論した。あくまでオレの持論だけど。

エレン「オレは逆にご都合主義のような気もするけどな」

ミカサ「ご都合主義?」

エレン「んーなんていうか、キスってさ。基本的に人前でするもんじゃねえだろ? オレだったら、周りに人がいる時にはしねえけどな。確かに妻を救い出した直後に、感情が高ぶって…というのはあるかもしれんが、オレだったら、あの場面じゃしねえなあ」

ライ王子と剣で勝負して、勝った後に、ライ王子の眼前で見せつけるようにキスするんだぜ?

ちょっと、なんか、なあと思うんだよな。あのシナリオ。

大げさすぎるというか。タイ王子キャラ崩壊というべきか。何か違う感があったんだ。

まあ、ペトラ先輩にはそこまでは言わないけどさ。

ミカサ「だったらどのタイミングなら、いいの?」

エレン「そりゃ、家に帰ってほっと息をついた時だろ。安らぎの時間、つまり夫婦の時間が始まる前にするもんじゃねえの?」

ミカサ「なるほど。確かにその通りかもしれない」

これは一般的な考え方だとは思うけどな。

ミカサ「でも、それでは劇にならないような」

エレン「それは分かってるが、リアルだとそうだよなって話だよ」

ミカサ「じゃあエレンが脚本家だったら、どう変更する?」

エレン「オレ? んーそうだな」

オレがタイ王子の立場なら、という仮定で考えて想像する。

エレン「あ、レナにマフラーでも巻いてやって、そのまま手繋いで帰るかな」

ミカサ「マフラー?」

エレン「だって、ラストのレナは部屋着の薄着だろ? 寒そうにしてんだし、まずは上着でも着せてやった方がいい。でも、タイ王子は上着を着てきてなかったし、だったらマフラーかなって」

思い出したのは、昔の事だ。

あの女の子にあげたのは、オレの母さんが作った手作りのマフラーと手袋だ。

世界で一つしかない。だけど、それをあげる価値はあると思った。

それで精一杯なんじゃねえかな、普通は。

エレン「まあ、手袋とかでもいいけど、とにかくそういう事だよ。そっちの方がいいんじゃねえかな」

ミカサ「………」

エレン「……?」

あれ? ミカサが不自然に立ち止まった。

ミカサ「あ、そ、そうね」

エレン「どうかしたのか?」

ミカサ「いいえ、ちょっと、ね。確かに普通は、救出した相手を温めるのが先かもしれない」

エレン「だろ? まあ決めるのはペトラ先輩だけどさー」

何だろうな。たまに、こういう唐突に変な間がある時がある。

良く分からんが。でも別に気に障った様子でもないし。

まあいいや。突っ込むような事でもないと思って、オレはその時はスルーした。

んで次の日、ペトラ先輩は修正案を皆の前に出してきた。

ペトラ「何も着ないで慌てて飛び出すシーンにしようかと思ったけど、タイ王子に上着だけはひっかけて飛び出させるわ。んで、妻を救出後には、自分の上着を着せてそのまま連れ帰る。んで、手を繋いでいるところを後ろから照明を映して……フェードアウト。それでいきましょ」

これなら少し時間を短く出来る。という事だったのでそれに変更になった。

オレとジャンは同時にガッツポーズをした。

でも周りは少しざわざわしていた。

マリーナ「そうですか……残念ですね」

マーガレット「まあ、仕方がないよ。そういう事もある」

キーヤン「いいんじゃないっすか」

もにょもにょしているようだ。消化不良を起こしているような。

妥協した空気の中で喜んでいるのは役者のオレとジャンだけのようだ。

それに対してオレ達二人は少しだけ、罪悪感があったけど。

気持ちを切り替えてオルオ先輩が言った。

オルオ「でも、キスシーンっていう分かりやすい記号がなくなるから、かえって難しくなるぞ」

エレン「え?」

オルオ「見つめ合うだけで、愛しあっているのを表現するんだぞ。演技の難易度はかえって高くなった。二人とも、覚悟しろよ」

エレン「うぐっ」

ジャン「わ、分かってますって」

そうか。見つめ合うだけで愛し合うのか。確かに難しいな。

でも後には引けないと思った。やるしかねえ。

そんな感じでいくつかの変更点を交えながら練習が進んだ。

ジャンとの息もだんだん合ってきた。というかキスシーンが無くなったおかげで、プレッシャーから解放されたみたいで、演技がのびのびしてきた気がする。

やっぱりそこだけはよほど嫌だったんだろうな。気持ちは分かる。

エレン「………もう、昼か」

時間が経つのは早いと思った。

ペトラ「ふーちょっとお昼の休憩しようか」

午前中から活動しっぱなしだったので、そうペトラ先輩が言うと、

ジャン「あ、そういえばそろそろ、決勝大会の中継始まる頃じゃないっすかね」

ペトラ「あ、そうだったね! テレビつけようか!」

7月30日。この日は予選の決勝大会だ。

皆、一旦休憩する事にして、部室に集まって弁当を食いながら野球観戦をした。

ジャン「おお、4回まで進んでたか。……って、コニーの打席じゃねえか!」

コニーがテレビに映ってる。

無事に決勝戦まで勝ち上がってたようだな。

ジャン「あー2-0で負けてるか。やっぱ、決勝なだけあって相手も強いな」

エレン「相手どこだ?」

ジャン「小学館高校だな。ここも毎年勝ち上がってくる常連校だよ」

ジャンの表情が生き生きしてたな。野球少年の顔に戻ってた。

テレビの前に集まって、見入っている。コニーのスイングは短いけど鋭かった。

ジャン「あー追い込まれた! 三振はすんなよ、コニー!」

ジャンの奴、すっかり応援してるな。メガホン持たせてやりたい。

審判『ファール!』

コニー、粘ってるな。すげえ。

ジャン「相手投手は……左のアンダースローだと?! 珍しい投手だな」

エレン「そうなのか?」

ジャン「ああ、左ってだけでもすげえのに、それにアンダースローなんて、滅多にいねえぞ」

ジャンの解説を交えながら観戦を続ける。

アナウンサー『粘りますね~さすが、小さな巨人と呼ばれるだけありますね。コニー・スプリンガー君は小学生の頃から野球をやっているそうです。そのバッティングのフォームがミスター巨人こと、長島選手の若い頃のものと似ているところから、小さな巨人と呼ばれるようになったそうですが…』

解説『対する投手のキタロー・キタオオジ君は中学時代に左のアンダースローの投げ方をマスターし、エースピッチャーとして活躍するようになりました。先日の、彼の完全試合の記録はまだ記憶に新しいと思いますが、今日の調子はまずまずといったところでしょうか』

アナウンサー『しかし球数を投げさせて疲労させる作戦のようですね。もう20球近く粘っていますよ』

解説『決勝大会ですからねー。さすがのキタロー君も疲れが出始める頃だと思いますよ』

キン……!

わあああ……

ジャン「おしゃあああ抜けたあああああ走れ走れ走れ!」

コニーが遂にヒットを打った!

1塁に出た。試合が盛り上がってきたな!

アナウンス『8番、捕手、フランツ君』

ミカサ「あら、フランツも野球部だったの?」

エレン「あの髪型の奴らは大体野球部だろ」

ミカサ「1年なのにレギュラーなのはスゴイ。二人とも頑張ってる」

フランツがバントを決めてコニーが進んだ。

アナウンス『9番、投手、キュクロ君』

ジャン「あれ? 坊主頭じゃない奴がいるな。珍しい」

エレン「本当だ。あんな奴、うちの学校にいたっけ?」

ミカサ「他のクラスの子ではないだろうか」

ジャン「ちっ……投手だから優遇されてるのか? 気に食わねえな」

いや、そういう感じでもない。何だろ。多分違うんじゃねえか?

と、思ったけどその理由を提示出来そうになかったんで、オレは黙った。

ジャン「!」

エレン「!」

第一球目、なんと初球から打った。

アナウンサー『おおっと、のびるのびるのびる………入った! ホームランです! 初球に甘く入ったところを遂に狙われました!』

解説『今の球は甘かったですねー…いやはいや、でもまだ2-2ですから。試合はこれからですよ』

ジャン「すげえ、投手なのにホームラン打ちやがった」

エレン「実力のある選手だから、坊主も免除されてんのかな?」

もしかしたらそういう事なのか?

ジャン「か、かもしれんが……いや、でもすげえな」

その後の試合は拮抗して進み、延長までもつれ込んだ。

その様子を見ながらジャンがため息を漏らした。

ジャン「あのキュクロとかいう投手、速球派のいい球投げるな」

エレン「分かるのか?」

ジャン「ああ、手元でのびるストレートだ。相手は技巧派のアンダースローだが、対照的な投手だな」

ミカサ「ジャンも投手やってたのよね」

ジャン「あ、ああ……オレは打たせて取るタイプだったけどな」

三振をバンバン取っていくキュクロ投手。キタロー投手はぱしっと打たせて取る。

ジャンの言う通り対照的な二人だと思った。試合が全然、崩れない。

そしてまた、コニーの打席が回ってきた。

講談高校は裏の攻撃だ。点を取れば、さよならだ。

2アウト。塁にはランナー無し。

コニーは粘っていた。でも相手投手の球はここにきて速度が上がっている。

ジャン「うわっ……典型的な尻上がり型かよ。やりにくいだろうな、コニー」

ミカサ「尻上がり?」

ジャン「試合の後半、球の速度が上がったり、キレが良くなる投手の事だ。所謂スロースターターだな」

ミカサ「なるほど」

ジャン「完投型の投手には多いんだ。コニー、負けるなよ」

コニーは粘っている。球を選んだ。4ボールで塁に出た!

ジャン「よしよしよし! それでいいぞ、コニー!」

ドキドキしてきた。風が変わった気がする。

ここがこの試合のターニングポイントだ。

フランツはバントが使えない。2アウトだからな。

どうするんだろ。そう思ったその時、なんと!

コニーの奴が初球から盗塁を決めやがったんだ!

ミカサ「すごい度胸……」

エレン「間一髪だったな」

ジャン「いや、投手にいいプレッシャーかけてるぜ。いけいけ!」

今のは完全に相手バッテリーの虚を突いた。

リズムが崩れだしたのを感じた。

だからだろうか。捕手がボールを取り損ねて、フランツが降り逃げ出来たんだ。

ジャン「おおおおお……チャンスが回ってきたぞ!」

2アウト、2塁、1塁。打者は4回でホームランを打ったキュクロに回ってきた。

これは面白れえ! マジで面白い展開になってきた!

わくわくしながら試合を見守る。

ブラスバンドの音が大いに盛り上がる。

ププププープーププププープー♪

プププププププー♪ プープー♪

続きが一番気になる、その瞬間………

アナウンサー『番組の途中ですが、放送時刻が終了いたします。結果はWEBで発表させて頂きます!』

ジャン「だあああ! (ズッコケ)」

エレン「嘘だろ?! 決勝大会なんだから最後まで放送しろよ!」

ジャン「いや、延長はいっちまったからな……そうなるだろうな」

ミカサ「放送予定時刻を大幅にオーバーしていたようね」

ペトラ「はいはい、残念だけど気持ち切り替えて! 練習続けるわよ」

ジャン「はい~」

エレン「とほほ」

部活が終わるまで結果はお預けだ。

試合を見に行ったアルミン達に後で電話で聞いてみよう。

そして部活後、アルミンに電話してみた。すると案の定、興奮した声で、

アルミン『うん、最後はね、キュクロ君がライト側にヒットを打って、コニーが物凄い勢いで走って……相手のレーザービームとの一騎打ちだったよ! でもコニーの足が一歩速くてさ、さよなら勝ちだった! もう、すっごい興奮したよ~!』

エレン「おお、ってことは甲子園出場か! めでたいな!」

アルミン『だね! 僕、野球観戦初めてだったけど、生で見てよかったよ!』

報告を聞き終えて、オレはつい、

エレン「甲子園か~……応援に行ってやりてえけど……」

ジャン「部活の日程と被るかもな。残念だけど」

エレン「だな。くそ~!」

と、悔しがってしまった。この気持ち、分かるだろ?

ジャンも例外じゃないようで、

ジャン「あーやっべ。見てたら野球やりたくなってきた」

と、体がむずむずし始めたようだった。

その時、ミカサがジャンの様子を見て、

ミカサ「ジャン、野球部に入らなかった事、後悔してない?」

と質問していた。

おいおい、その質問は地雷に近いぞ、ミカサ。

ジャンはちょっとだけ困った顔をしていたが、

ジャン「あ? いや、後悔はしてねえよ。でも、キュクロっていう投手を見てたら、羨ましいなとは思ったぜ」

意外とあっけらかんと答えたんで、オレもほっとした。

なんだ。取り越し苦労か。だったら話題を繋いでも良さそうだな。

エレン「ああ、あの投手凄かったな。140キロ代の球をバシバシ投げてたよな」

ジャン「いや、そこじゃなくて……明日からあいつ、女子にモテモテになるだろうなって思うとなー」

エレン(ズコー)

まさかそういう返しが来るとは予想できず、オレは大げさにずっこけてしまった。

ミカサに心配されたが「大丈夫だ」と答えて、

エレン「お前なあ……」

ジャン「だってそうだろ? 絶対あいつ、モテモテになる。オレが投手始めたきっかけも、それだしな」

ミカサ「投手はモテるの?」

ジャン「結果を出せば、な。オレは残念ながら、投手としてはそこそこで、中継ぎが殆どだったしな」

そう言ったジャンの表情には少しだけ陰りがあった。

つまり本当は髪型だけが理由じゃなかったんだ。

そうだよな。野球が好きなら、髪型は妥協出来ない部分じゃねえ。

ジャン「限界だなと思ったんだ。マルコのリードがうまかったおかげで勝てた事もあるけど、マルコ以外の捕手だと、大抵ダメだった。そんな使いにくい投手、監督もやりにくいだろ? マルコはここには特待生で入ってるし。一緒に野球を続けようぜとは言えなかったんだよ」

エレン「あー……そっか。なるほどな」

マルコと続けられないなら、止めるっていうのも頷けた。

コニーは割と誰とでも仲良くなれるみたいだが、そういう奴は稀だ。

オレも人を選ぶ方だからジャンの気持ちは凄く理解出来た。

エレン「お前みたいな扱いにくい奴、マルコ以外で相手すんの無理だもんな」

ジャン「エレン、お前もアルミン以外の奴と組んだら似たようなもんだろ」

まあ、確かにその通りだが。

エレン「…………そういう意味じゃオレ達は似てるのかもな」

ジャン「やめろ。お前と同じにはなりたくねえ」

エレン「お前が先に言い出したんだろうが」

ジャン「まあそうだが……もうこの話は止めようぜ」

ジャンはもう野球は過去の物なんだろう。今はミカサが優先だから。

だからそこでジャンは話を打ち切った。

校門でジャンと別れて、オレはミカサと一緒に家に帰る。

でもやっぱりオレは、ジャンが馬鹿だと思った。

エレン「ジャンも馬鹿だな」

ミカサ「え?」

エレン「もし続けたいって言ってたら、マルコの事だ。一緒にやってたと思うけどな」

マルコの事だ。ジャンの誘いを待っていた可能性もある。

ミカサ「うん。マルコならきっと、そうだと思う。でも、ジャンはマルコに負担をかけたくなかったのでは?」

エレン「うーん、野球と勉強の両立は難しいかもしれんが……それでも、マルコは待ってたのかもしれねえよ?」

ミカサ「そうね。すれ違っていただけなのかも。エレンがジャンの立場なら、どうする?」

………。

あーそうだよな。オレも同じ事しそうだ。

エレン「………………あー、アルミンも無理しそうだな。うん。やっぱ、ジャンの選択と同じだったかもな」

相手を思いやってるからこそ言い出せない事もある。

でもあいつらの友情がそれで壊れた訳じゃないし、今は今だ。

本人が未練を残してないのなら、それでよしとするべきだな。

ポツ……ポツ……

エレン「ん?」

ミカサ「あ」

ザー……

エレン「げえ?! 雨かよ?! 夕立ちか!?」

ミカサ「エレン、雨宿りしないと」

そんな風に考えていたらいきなりの夕立だ。参ったな。

幸い近くにコンビニがあった。とりあえずそこに駆け込んで、傘を探す。

コンビニに傘が1本だけ売ってあった。

透明のビニール傘だ。1本500円。よっしゃ残ってた!

エレン「ほい、ミカサ。これ使え」

ミカサ「エレン……私はいい」

エレン「駅までだから。濡れるの嫌だろ?」

ミカサ「エレンだけ、濡れている方がダメ」

エレン「別にいいよ。家帰ったら風呂入るし」

ミカサ「………一緒に使わない?」

ドキッ……

それって、つまり、相合傘か?

エレン「あ……いや、でも、ダメだろ。それは」

恋人同士みたいで恥ずかしい。いや、やりたくない訳じゃないけど。

誰かに見られたら、勘違いされるかもしれない。

ミカサ「どうして?」

エレン「だ、誰かに見られたらどうすんだ」

ミカサ「この時間帯なら、学生も少ない」

エレン「で、でも…万が一がある。やめとこうぜ」

ミカサ「では、雨がやむまでここで待つ」

ザーザーザー

雨宿りしてたら、帰るの遅くなるのに。

遅くまでコンビニに立ち止まらせたくなかったオレは、ついつい、

ミカサ「?」

エレン「仕方ねえな」

傘を広げてミカサと一緒に帰る事にした。

エレン「駅まで、だからな。相合傘」

ミカサ「改めて言われるとちょっと照れる」

エレン「お前が言い出したんだろうが! ったく……」

ああ恥ずかしい。でも、本当は嬉しい。

オレは左手で傘を持って、鞄は右手に持って、出来るだけミカサを濡らさないように注意して相合傘をしたんだ。

駅までは5分程度の道のりだ。近いから出来るだけゆっくり歩いて帰った。のんびりと、慌てずに。

時々、二の腕にミカサの気配を感じた。相合傘だから、どうしても当たっちまうんだよな。

掠れるような接触だけど、その度にドキドキした。

明日からは絶対、折り畳み傘、持ち歩こう。

そう、自分に言い聞かせながら、駅まで無事に歩いていったんだ。

今回はここまで。続きはまた。







家に帰って着替えてから、ミカサがリビングのテレビをつけると、丁度、ヒーローインタビューの様子が映っていた。

キュクロという投手は2年生エースみたいだな。

恥ずかしそうにインタビューにたどたどしく答えている。

コニーもインタビューにしっかり答えていた。クラスで見る時のコニーより大人っぽく見える。

コニー『……はい、あの時は行くしかないと思って、思い切って走りました』

コニー『一か八かだったんですけど、ベンチの指示は任せるとあったので』

コニー『ピクシス監督のおかげっす。感謝してます』

あ、美術のピクシス先生だ。

野球部の顧問やってたのか。知らなかったぜ。

ピクシス『ふむ。時には選手に任せるのも野球のひとつの手じゃて」

ピクシス『無論、そこで失敗する可能性もあった。ただ、わしは普段の彼の足の速さを知っておったからな』

ピクシス『向こうの投手よりも、攻めるなら捕手だと思ったんじゃ。結果は御覧の通りだが』

ピクシス『甲子園は久々の出場じゃからな。次も狙いますよ、当然』

と、嬉しそうなピクシス先生のインタビューが終わり、番組は他県の試合結果などを放送していた。

エレン「おー何か、別人みてえだったな、コニーの奴」

ミカサ「そうね。すごく大人っぽく見えた。クラスでの彼とはまるで違う」

エレン「だな。あいつ、野球好きなんだな」

頑張ってる姿を見ていると応援してやりたくなるな。

そして翌日。7月31日。

早速学校には「甲子園出場おめでとう!」の垂れ幕が屋上から掲げられた。

オレ達もコニーに負けられねえ。明日からは学校で合宿だ。

8月1日から5日まで学校のセミナーハウスを借りての合宿をする。

セミナーハウスは他の部の合宿にもよく使われる宿泊施設だ。安上がりで合宿が出来る。

施設の宿泊は人気があるので予約制で、希望が被った場合は抽選になるそうだ。

今回はペトラ先輩が前々からその日程を押さえて準備してくれてたんだ。

ペトラ「明日からハウスでの合宿が始まります。食事は自分達で用意することになるから、材料の調達は私達3年でやるけど、調理は1年にやってもらいます。掃除は2年生ね。集合は朝の9時から。皆、遅れないように集合して下さい。以上、解散!」

その日の活動は軽めに流して、明日からの合宿に備える。

着替えにはちゃんと名前を書いて、台本も忘れないようにする。

研修旅行とはまた違ったわくわくがあった。

皆と一緒に過ごすんだ。楽しみでしょうがねえ。

……一名だけ、不安材料がいるけど。今はそれは考えない。

んで、その日は早めに寝て、開始予定時刻の9時にきちんと集合して、全員の点呼が終わったその時……

オルオ先輩が凄く困った顔で言い出したんだ。

オルオ「えー皆に残念なお知らせがある」

部長のオルオ先輩とペトラ先輩が落ち込んでいるように見えた。

良く見れば顧問のリヴァイ先生も、微妙な顔をしている。

何だ? 予定外の事が起きたのかな?

オルオ「野球部が甲子園出場を決めたのは知ってるよな」

そりゃ、まあ皆、知ってる筈だ。

オルオ「その関係で、野球部の合宿が延長になったそうだ」

オルオ「つまり、オレ達は1部屋、野球部に譲らないといけなくなった」

オルオ「………ここで選択肢がある」

オルオ「1部屋を、男女混合で使うか。今回の合宿を諦めるか、だ」

エレン「えっ………1部屋譲るっていう話はもう確定なんですか?」

セミナーハウスは確か大きな和室が二つ。会議室、調理場、食堂が一緒になった建物だ。

学校の中で寝泊まりできるのはこのセミナーハウスと用務員さんの部屋だけの筈だ。

そのひとつを譲らないといけないなら、全員で一部屋使う事になるのか?

オルオ「そうだ。急な話で申し訳ないんだが……リヴァイ先生」

リヴァイ「ああ。そういう事だ」

ざわざわざわ。オレ達は顔を見合わせた。

リヴァイ「本来なら年頃の男女を同じ部屋で寝泊まりさせるというのは、倫理的にはアウトなんだろうが……無茶を言ってきたのは向こうだ。だから今回の件は、お前らに判断を任せようと思う」

ミカサ「……………」

リヴァイ「好きな方を選べ。男女混合で合宿をするか。中止にするか。中止にする場合は、練習時間が短くなるのは否めないが」

エルド「俺達3年は別にそれでも構わんが……2年と1年の気持ち次第だな」

ペトラ「そうね。今更別に同じ部屋で寝泊まりしても、問題ないし」

そうなんだ。ペトラ先輩、気にしないのか。

ああでも、付き合いが長くなるとそういうもんなのかもしれないな。

マーガレット「うー…男女を別に分けないんですか。それはちょっと…」

スカーレット「いろいろ問題ありますよね」

ガーネット「困りましたね」

マリーナ「うーん、寝起きドッキリは勘弁してほしいです」

ミカサ「寝起きドッキリ?」

マリーナ「やられそうで怖いじゃないですか。ノーメイク見る気でしょう?」

アーロン「いや、それはさすがにしないが」

エレン「部屋の広さは一部屋どれくらいなんですか?」

とりあえず一番気になる事を尋ねてみた。

リヴァイ「20畳くらいだったか? はっきりとは覚えてないが、畳の部屋だ」

ペトラ「リヴァイ先生を含めて16人ですね。ちょっと狭いかもしれないけど」

アーロン「この場合は仕方ないんじゃないんですか? オレは続行でも構いません」

エーレン「オレも異議なしです」

ミカサ「エレンは?」

エレン「オレ? うーん、まあ、男子は見られても別に困るようなもんねえし、女子の気持ち次第じゃねえの?」

女子が反対するなら続行は無理だな。

女子のグループはお互いに顔を見合わせているようだ。

ペトラ「大丈夫よ。襲われたりとかは絶対ないって。もし変なことしてきたら、返り討ちにする自信あるし」

オルオ「むしろ女子に襲われそうで怖いよな。ペトラ、くれぐれもやるなよ」

ペトラ「や、やらないわよ。やる訳ないでしょ!」

ペトラ先輩は何か企んでいるようだ。大方、リヴァイ先生絡みだろうけど。

ジャン「………」

ジャンが無言でいる。どうしたんだ?

ミカサ「ジャン?」

ジャン「あ、いや……エレンの言う通りだ。女子が嫌なら、諦めるしかないと思うぞ」

おいおい、もしかして今、実際そうなった場合の状況を妄想してたんか?

本当、こいつは先の事を考え過ぎだ。ニヤニヤしていたら気持ち悪く思われるだろ。

ミカサ「ジャンのエッチ……」

ジャン「ごはああああ!」

おっと、鈍いミカサもさすがに気づいて珍しくツッコミを入れた。

地面の上で転がるジャンがちょっと面白かった。

ジャン「ご、誤解だ! 決して女子と一緒に過ごせることを喜んでいる訳ではなくて、その…! この場合は女子の判断に委ねるしかねえし、その……!」

ミカサ「冗談のつもりだったのに」

ミカサの冗談は破壊力がすげえ。ジャンは一応、立ち直って、

ジャン「と、とにかくその……いつまでもここで立ってる訳にもいかねえし、方針を決めませんか」

ペトラ「男子は全員、続行OKね。女子の中に一人でも嫌な子がいたら、中止にするわ。それでいい?」

オルオ「構わんよ」

ペトラ「じゃあ女子は全員、こっちに集まって」

女子は女子同士で会議を始めたようだ。数分後……

ペトラ「合宿、やるわよ! スタートよ!」

どう言いくるめたのかは知らんが、説得した様だ。

リヴァイ「分かった。では、合宿を始めるぞ」

リヴァイ先生の合図でオレ達は荷物を運び入れた。

こうしてオレ達は男女混合で同じ部屋を使うという、特殊な合宿をスタートさせたのだった。






コニー「お、お前ら来たな! わりーな、今回は」

荷物を部屋に運んでいたら、先に到着していたコニーが野球部のユニフォーム姿で声をかけてきた。

ジャンがコニーに捕まって相手をしていた。

ジャン「あーそっちは甲子園出場決めたんだから、仕方ねえよ。仕方ねえ」

コニー「とか言っちゃって。本当は嬉しいんだろ? ジャン♪」

ジャン「う、嬉しいとかじゃねえよ。なあ、エレン」

エレン「え? ああ……まあな。寝るところ狭くなるしな」

………と、いう事にしておかないとな。一応な。

コニー「えー…このハプニング、超楽しそうじゃん。そっちはいいよなー女子いるし。こっちはマネージャーのシャルルしかいねえんだぞ。しかもキュクロの恋人っぽいし」

と、野球部の内部事情を聞いて耳ダンボするジャンだ。

お前、本当、そういうゴシップ大好きだなー。

ジャン「まじか……やっぱりエースとマネージャーは付き合うケース多いよな」

コニー「本人達は否定してるけどなー。ま、そんな訳で、こっちは花が一輪しかないわけよ。その点、そっちは女子とも交流あるし、恵まれてるだろ。だから今回は我慢してくれ」

ジャン「そのつもりだが……女子の方は親には内緒にしといた方がいいかもな。いろいろ言われそうだ」

ミカサ「う? そ、そういうものかしら」

リヴァイ「ああ、言うのを忘れていたが、親御さんには今回の件の詳細を伏せておけよ」

リヴァイ先生が話に加わってきた。

リヴァイ「合宿の通達の時点では男女分かれて部屋を取る旨を伝えてあるしな。もし変更になった点を知られたら、絶対、中止にしろと言ってくる。でもお前らは合宿続行を望んだから、顧問としてはやらせてやる。くれぐれも、この件は外部には漏らすなよ」

コニー「え? でも、オレ達野球部がハウスに入ってるから、どのみちバレるんじゃ」

リヴァイ「最中にさえ、バレなきゃいい。事後報告でごり押しする」

ジャン「えええ? リヴァイ先生、それ、結構やばくないっすか?!」

もし何か問題が起きたらリヴァイ先生に責任が行くだろう。

でも、リヴァイ先生はそれを覚悟の上で承諾しているんだ。有難いな。

リヴァイ「何か問題を起こされたら、困るがな。問題さえ起こさなければ大丈夫だ」

でもその表情は何処か悪戯をする悪ガキのような感じだ。

悪い事をするのは、ちょっとだけ楽しいもんな。気持ちは良く分かる。

コニー「つっても、組み合わせ抽選会が8月5日にあるから、その前日の4日の早朝には野球部はここを出発するんだけどな」

ミカサ「では、全部の日程を男女一緒に過ごすわけではないのね」

コニー「そっちは5日までハウス使うんだろ? 4日の朝からは部屋空くし。ええっと、1、2、3日までか。たった3日間だろ。いいじゃん、そんくらい」

3日間か。どうなんだろ? 短いけど、長く感じるかもな。

ジャン「いや、たった3日。されど、3日だ。問題起こしたらリヴァイ先生の首は飛ぶな」

リヴァイ「ああ。まあ、一応、部屋は真ん中で男女を区切らせて貰うけどな。境界線上に俺が寝る」

おっと、この瞬間、ペトラ先輩がこっちを見た。

目が光ったな。アレは何かする気の顔だ。

リヴァイ「まあ首が飛んだら飛んだ時だ。その時考える。今は俺の事より、お前ら自身の事を考えろ。言ってなかったが、合宿を続行する場合は、3日目までは野球部との合同練習を予定しているからな」

ジャン「へ?」

エレン「は?」

リヴァイ「さっさと着替えろ」

そしてリヴァイ先生はさっきよりも機嫌のよい顔で言ったんだ。

リヴァイ「演劇も体育会系だって事を、この合宿で教えてやる」

その言葉の意味を、オレ達はこの合宿で知る事になる…。







まずはウォーミングアップ。ランニング。体操、ストレッチ。

ここまでは同じだった。ここからが野球部特有の練習メニューだった。

キャッチボール、シートノック、バッティング練習。この三つをまずやる。

今日は大会前だという事で軽めのメニューらしいが、それでも結構大変だった。

特にシートノック(守備練習の事。選手が守備位置につき、ノッカーの打つボールを捕球し。各塁などへ送球を行ってチーム守備を訓練するもの)は最初、説明だけは理解出来ず、何度も送球先を間違えてしまった。

エレン「あれ? 投げるのどっちだ? (キョロキョロ)」

ジャン「1塁だ! 早く投げろ!」

ジャンの的確なフォローがなかったら、守備練習は到底出来なかった。

とりあえず一通り終わってバッティング練習に移動する。

順番待ちの間、オレはジャンの近くでその様子を見ていた。

ジャンは経験者なだけあって、すぐに練習に馴染んだ。

野球部員と引けを取らない鋭いスイングにコニーも驚いたようで、

コニー「お前、打つのセンスあんじゃん!」

ジャン「は? お世辞は別にいいよ」

コニー「いやいや、お世辞じゃねえし。何で野球部入ってないんだよ。うち入れよ!」

ジャン「はあ? 今更何言ってんだ。無理言うな」

コニー「いやいや、マジだって。途中加入大歓迎よ?」

と、割と本気で勧誘を始めちまったんだ。

ジャン「甲子園出場を決めたような部に途中から入る馬鹿がいるか」

コニー「え? キュクロは途中加入だけど? 何か?」

ジャン「はあ?! 嘘だろ? マジで?」

へえ。それは意外だった。2年生で途中からの奴もいるのか。

コニー「まじまじ! あいつ入ってきたの、7月の予選大会始まる直前だったかなー? 何か、一人でボール投げてるところたまたま見かけてさ。オレ、声かけたんだよ。最初は野生動物かって思うくらい警戒心強くてさ。会話も成り立たなかったんだけど、次第に慣れて、うちにきたんだよ」

ジャン「へ、へええ……」

と言う事は実質、本格的に始めてからまだ一か月もないくらいなのか。

だとしたらすげえ才能じゃねえか? それって。

あ、ジャンの口の端が小さく痙攣を起こしている。これは嫉妬しているな。

コニー「だからさ、別に途中から入っても全然問題ないんだって! 野球やれる奴なら大歓迎よ?」

ジャン「いや、だけどな、オレはもう、こっちに入ってるし。無理だって」

コニー「ちぇー…うち、打撃力がいまいちだから、打力ある奴が欲しいんだけどな」

コニーの言葉は嘘じゃないんだろう。そういう部分で嘘を言うような奴じゃない。

でも今のジャンはミカサが優先なんだ。もしミカサが野球部のマネージャーをやるってなら、話は別だろうけど。

ジャンを釣りたいんだったら、ジャン自身よりミカサを味方に引き入れた方が早い。

しかしそんな事を言ってしまったら、今度はオレの方がミカサとの距離が出来てしまうから、言えなかった。

自分勝手で済まないな。オレも自分が可愛いんだよ。

そんな風に思っていたら、ミカサの方から意外な質問が飛び出した。

ミカサ「コニー、そのキュクロ君の事だけど、彼が丸坊主ではないのは、何故?」

コニー「あー……」

するとコニーはちょっとだけ言いにくそうに言った。

コニー「一応、オレがバラした事は言うなよ? あいつ、実は体のあちこちに、傷があるんだ」

ミカサ「傷?」

コニー「そ。いろいろ事情が複雑みたいでさ。頭や額にも結構酷い傷跡があるんだ。丸坊主にしちまうと、それが目立つからって事で、ピクシス監督が気遣って免除してくれたんだよ」

ミカサ「では、彼だけ特別扱いという訳でないのね」

コニー「ん? ああ…実力があるから、って? そういう話じゃないな。本人は、丸坊主にしてもいいって言ってたけど、ピクシス監督がそういうのを晒すものじゃないってさ。ま、そういう事なんだ」

ミカサ「なるほど」

そっか。それなら仕方がないな。

オレが直感的に思っていた違和感は間違っていなかったらしい。

やっぱり何か事情がないと、そういうのは免除して貰えないだろう。

コニー「あーでもそっか。丸坊主が嫌で野球部を敬遠する奴は多いもんなー。オレは坊主好きなんだけどな」

ジャン「…………」

ジャンがよそ向いている。複雑そうな顔をしていた。

コニー「ジャン、お前もそうなんだろ?」

ジャン「コニー、お前サボってていいのか? レギュラーなんだろ? 他の奴らに示しがつかねえぞ」

コニー「おっと、脱線しすぎたか。わりーわりーまたな!」

と、コニーは自分の持ち場に帰って行った。

ミカサ「……………」

ジャン「ミカサ、気持ちは嬉しいが、この件はもうあんまり突っ込まないでくれ」

珍しくジャンの声音が固かった。オレもジャンの立場なら同じように傷つくだろう。

ミカサのした事はまるで、今のジャンを追い出すような行為だ。

ジャン自身はミカサの傍に居たくて演劇部に居るのに。

なのにその本人が、野球部を勧めるような事をしたら、嫌だよな。

ミカサ「う、ご、ごめんなさい…」

ミカサも悪気があってした事じゃない。それは分かってるけどな。

だからジャンも複雑そうだった。ミカサの頭をポンポン撫でている。

ジャン「オレはこっちの方がいいんだよ。ミカサがいるんだし」

ミカサ「え………?」

あ、まずい。だからと言って、そういう雰囲気をオレは許した訳じゃない。

ジャンには悪いと思ったけど今はまだ合宿中だ。オレの目の前でそういう事はすんな。

エレン「おい、そこ。サボってるんじゃねえぞ。終わったんなら、次のメニュー行くぞ」

ミカサ「あ、うん。今、行く」

ジャンの舌打ちが露骨に聞こえたけど聞こえないふりをした。

気を取り直して次のメニューへ進む。

ベースランニング、大縄跳び、タイヤ運びダッシュ、8の字走ダッシュ、踏み台昇降、そして綱上り。

細かいメニューだなと思った。一個の量は少ないけど、次々と違う事するのは結構しんどい。

……結構、じゃない。かなりしんどい。いや、本当はバテバテだった。

3年の先輩とミカサと、あとジャンもかな。余裕があったのはそのメンバーだけだった。

他のメンバーはしゃべるのもきつそうな表情だった。

エレン「くそ! お前ら平気なのか?」

ジャン「ああ? 平気じゃねえよ。顔に出すな馬鹿!」

エレン「出してねえし!」

ジャンはやせ我慢か。なら大丈夫なのはミカサだけかな。

毎日、普段から地味にトレーニングしているだけあるな。

オレも今日からミカサに付き合ってトレーニングしないといけないと思った。

リヴァイ「ほう……まだ余裕があるな」

ミカサ「はあ……」

その時、リヴァイ先生が何かメモを取っていた。

何だ? 何か気になる事でもあったんかな?

リヴァイ「1年は昼食の準備に入れ。2年、3年はこの後の声だしランニングに合流だ」

3年「はい!」

2年「は、はい…(ぐったり)」

カジカジ「た、助かった……」

マリーナ「初日からハードだったあ…」

キーヤン「あーきつかった」

エレン「………」

ミカサ「エレン、大丈夫?」

エレン「あ? だ、大丈夫だ」

いや、本当は大丈夫じゃないけど。足とかふらふらだけど。

ミカサの前で、倒れるのは格好悪いから堪えてたんだ。

ジャン「あーでも、最近体なまってたから、丁度いいわ」

エレン「あ? 嘘つけ。お前もへばってただろうが」

ジャン「勘が戻れば、なんてことねーよ。おめーの方がへばってるだろ」

エレン「へばってねえし!」

ミカサ「二人とも、さっさと手を洗って欲しい。準備を手伝って」

あーそうだった。飯の準備があるんだった。

急いで着替えてエプロンを準備して、髪を頭巾で保護する。

手を念入りに洗ってさあ調理開始だ。

ホワイトボードの指示には「オムライスとサラダとコンソメスープ」とあった。

ミカサ「初日はオムライスと、サラダとコンソメスープね」

ジャン「お、オムライスか」

ミカサ「まずは野菜を刻みましょう。人参と玉ねぎね」

ミカサが自然とリーダーになって調理開始だ。

カカカカカカカカ…

ミカサの本気の包丁捌きだ。すっげえ早い。

ジャン「! は、早い…」

ミカサの動きに見とれているジャンを押しのける。

エレン「ジャン、ぼーっと突っ立ってないで、どけ! ミカサが動きづらいだろうが!」

ジャン「わ、悪い…!」

ミカサ「手、空いてる人は卵を準備して!」

エレン「分かった。ボールに割ればいいんだな?!」

ミカサ「殻を入れないように注意して! 混ぜ方は軽めでいいから!」

エレン「了解した!」

マリーナ「サラダ準備終わったよ! ドレッシングある?」

キーヤン「買ってきてあるぞ。先にかけた方がいいか?」

ミカサ「待って! ドレッシングは各自でいい。それよりスープの方を取り分けて!」

わいわいガヤガヤ。

皆で協力しながら準備したら何とか間に合った。

配膳を完了して皆が集合する。2年、3年生が「おお」と声をあげた。

オルオ「これは……」

エルド「当たり年だな」

一同「「「いただきまーす」」」

オルオ先輩が………泣いてる?

オルオ「美味い…」

エルド「ああ、美味い」

グンタ「美味い!」

オルオ先輩だけじゃない。3年の男子メンバーが全員泣いていた。

ジャン「ああ、美味いな。このトロトロ加減が絶妙だ」

ミカサ「うっ……でもこれ、本当は手抜きなの。時間短縮の為に半熟にした」

ちなみに今回のオムライスはミカサの提案で、チキンライスの上に半熟オムレツをのせて真ん中で包丁で線を入れて広げる方法で盛った。

本当はオムライスの場合は卵を焼いてその上にチキンライスをのせて、フライパンの上でくるくる回して包むんだけど、その方法だと、出来る人にしか焼けないってんで、時間がかかると判断したんだ。

ちなみに半熟オムレツの部分は全部オレが焼いたんだ。

切ったのはジャンとかだな。チキンライスの部分はミカサが殆ど作った。

オルオ「これが手抜きだって? 冗談だろ? ペトラに比べたら、雲泥の差だ。こいつが作った年はな……」

ペトラ「ちょっとオルオ! バラさないでよ馬鹿!」

エルド「砂糖と塩を間違えて入れて悲惨な食事になったもんな」

ペトラ「エルドやめてよー! (涙)」

へー。ペトラ先輩、手先が器用なのに料理は苦手なんだ。

ちょっと意外だな。

エレン「ベタな間違いですね」

ペトラ「しょ、しょうがないじゃない! 1年の頃はまだ体力無くて、ふらふらな状態でご飯作ったんだもの! 間違えるわよ!」

リヴァイ「ああ、懐かしいな。アレは確かにしょっぱいおかずだった」

ペトラ「あああ…思い出さないで下さい先生ー!」

顔が赤いな。いいな、こういう昔の恥ずかしい話聞くの、結構楽しい。

皆でニヤニヤしてたら、ミカサの隣の席のエルド先輩がこっそり、

エルド「でもな、そんなくそまずいおかずをリヴァイ先生は全部、残さず食べたんだ。残すのは勿体ないって言ってな。その男気に、ペトラはコロッと堕ちたんだよ」

と、ミカサに教えていたんで、更に吹き出しそうになった。

リヴァイ先生、男前だな。いや、本当に。

ペトラ「い、今は普通に作れますから! 大丈夫ですから!」

オルオ「本当か? 怪しいな。料理が苦手なのは変わらんだろ?」

ペトラ「う、うるさい! 人間、欠点のひとつくらいあるもんでしょ?」

オルオ「ふん……花嫁修業は早めにしておかないと貰い手がなくなるぞ」

ペトラ「酷い! それでも、も、貰ってくれる人はいるわよ、多分!」

ペトラ先輩がそう主張すると、

リヴァイ「ああ、大丈夫だろ。ペトラは」

と、リヴァイ先生も口を挟んで、

ペトラ「!」

リヴァイ「ペトラは同じ失敗を何度も繰り返す馬鹿じゃない。違う失敗は繰り返すが、それを重ねていけば、それなりにうまくなっていくもんだ」

と、先生なりのフォローを入れたんだ。

リヴァイ「失敗しない奴なんていない。問題はその後どうするか、だ」

ペトラ「は、はい……」

リヴァイ先生、それ以上たらし込まない方がいいと思いますよ。

でも自覚ないんだろうな、アレ。きっと。

エレン「リヴァイ先生も、失敗したことあるんですか?」

話題を少しずらしてみる。オレはリヴァイ先生自身の話も聞いてみたかった。

リヴァイ「ある。むしろ失敗だらけだ」

エレン「へー…そういうイメージは全然ないっすけど」

リヴァイ「まあそれでも、その都度、悔いのない選択をするしかない。失敗は、その為の物だ。そう思うようにしている」

紅茶を不思議な持ち方で飲みながら答えてくれた。

リヴァイ「一度、大きな失敗をすれば失敗を恐れるようになる。それは悪い事のように見えるが、お前らには必要な事だ。だから、失敗してもいい。その為に俺がいる」

いつかリヴァイ先生の失敗談も詳しく聞いてみたいな。機会があれば。

リヴァイ「飯食ったら、昼寝するぞ。1時間休憩だ。その後はまた野球部と合流する」

一同「「「はい!」」」

と、いう訳でオレ達は素早く食事を済ませて午後休憩を挟み、その日の日程を終えたのだった。





部屋の真ん中に天井からカーテンを下すことになった。

これで便宜上、部屋を二つに分ける事が出来る。

ペトラ「ああ、嘆きの壁ならぬ、嘆きのカーテン…」

カーテン越しにペトラ先輩の悲しそうな声が聞こえた。

マーガレット「いや、むしろこっちの方がエロくないですか?」

ミカサ「そうですか?」

マーガレット「シルエット、見えるんだよ? 男子の。想像しない?」

先輩! それ、諸刃の発言ですよ!

こっちも女子のシルエット、見えるんですから!

ペトラ「リヴァイ先生の着替えのシルエットが見えるかもしれない……確かに(ハアハア)」

ペトラ先輩の興奮具合に呆れてオルオ先輩が立ち上がった。

オルオ「おい、音は丸聞こえだぞ。自重しろ、ペトラ(カーテンから顔出す)」

ペトラ「おっと、そうだった。ごめんね(てへぺろ☆)」

オルオ「全く……(顔戻す)」

やれやれ。オルオ先輩も気苦労が絶えないみたいだな。エルド先輩も苦笑していた。

今は先にカジとキーヤン、リヴァイ先生、あとグンタ、エーレン、アーロン先輩が風呂に入ってる。

オレとジャンは台本を読んでいた。台詞が多いから必死に覚えている最中だ。

オルオ先輩も同じく台本を読んでいた。エルド先輩は台本に書き込みをしていた。

するとカーテン越しに女子の会話が聞こえてきた。

ペトラ「あーミカサは真面目ねえ。宿題持ってきたんだ」

ミカサ「一応。まだ全部は終わってないので」

ペトラ「どれどれ、お姉さんが教えてさしあげよう」

ペトラ「なつかし! 今、ここ習ってるんだ」

ミカサ「はい。分かりますか?」

ペトラ「んーとね。思い出すね。ちょっと待って」

ペトラ「……は! しまった。私が解いちゃダメよね。勝手に問題解いてごめんね」

ミカサ「いえいえ。一問得しました。ペトラ先輩は、勉強が出来る方なんですね」

ペトラ「まあね。一応、教育学部系目指してるから。将来は教師になるのが目標よ」

マーガレット「物凄く分かりやすい動機ですね」

ペトラ「バレバレ? まあいいじゃない」

ああ、なるほど。リヴァイ先生を追いかける気満々なんだな。

ミカサ「専攻は?」

ペトラ「一応、国語かな。一番得意だし。二人は進路決めてるの?」

マーガレット「いえいえ、まだまだそんな」

ミカサ「漠然としてます」

ペトラ「まあ、それもそうか。でも、決めるなら早くした方がいいわよ。もし大学行くなら、最低でも3年の始めには志望校を決めた方がいいから。早い子は2年の初めで決めるしね」

マーガレット「うぐっ……」

オレはマーガレット先輩と同じ表情になっただろうと思う。気持ちがわかる。

マーガレット「つまり、2年の周りは早い子は決めてる訳ですね」

ペトラ「うん。私も2年の2学期には設定したからね。この夏が終わる頃にはせめて学部だけでも考えてた方がいいよ」

マーガレット「現実が攻めてくる。ああ……」

ミカサ「大学に行く人は多いんですか?」

ペトラ「んー半々かな。半分くらいが大学進学で、残り半分が就職・専門・家業の跡取りとか? かな。そのままフリーターになっちゃう子も毎年いるらしいけど」

ミカサ「なるほど」

ペトラ「うちは他の進学校に比べたら緩い方よ。課外も希望者だけだし。自由な校風な分、選択は早い方が有利よ。ずるずる勉強しないでいて、後で後悔しても遅いしね」

マーガレット「ああ、耳が痛いです」

ペトラ「分かんないところあったら教えるわよ。エルドも教えるのうまいしね。あいつ、学年首席だし」

マーガレット「あ、後でお願いしようかな……」

ミカサ「そうですね。先輩たちがいると思うと心強い……ので」

ペトラ「うふふ。まあ、任せておきなさい。力になるわよ」

マリーナ「お風呂空きましたー」

先に風呂に入ってた組が戻ってきたようだ。

カーテンがしゃーっと開いて、

ペトラ「ぐふうう……風呂上がり!」

リヴァイ「?」

風呂にあがったばっかりで、下がジャージで、上はタンクトップ一枚しか着てないリヴァイ先生に反応して、ペトラ先輩が倒れかけた。

リヴァイ先生はきょとんとしていた。当然、意味は分かってない。

ミカサ「先輩、いきましょう」

ペトラ「ああ……」

ミカサ達がペトラ先輩を運んでいく。大道具のセットのように。

リヴァイ「どうしたんだ? ペトラは」

オルオ「気にしないで下さい、先生」

オルオ先輩はやれやれと、肩をすくめていた。

とりあえずここまで。続きはまた。

風呂の中でオルオ先輩の背中を流すことになった。

その時に、オレはさっきのペトラ先輩の話を思い出して、オルオ先輩に進路の相談をしてみる事にした。

エレン「あの、オルオ先輩…」

オルオ「ん? どうした」

エレン「先輩は、どうして大学に行くんですか? ペトラ先輩みたいにはっきりとした目的があるんですか?」

オルオ「ああ、そうだな。オレも教育学部を狙っている。専攻は英語だが」

エレン「英語?!」

意外だった。たまに練習中も舌を噛んでる時があるから、英語が苦手だとばかり勝手に思ってた。

するとオルオ先輩は「あ?」と睨んできたので慌てて、

エレン「いえ、凄いなって思ったんで。じゃあエルド先輩もグンタ先輩も、教育学部ですかね」

オルオ「いや、エルドは将来的に海外で働くのが夢らしいから、教育系じゃなくて、語学系に行く予定だよな」

エルド「ああ。大学も海外に行くつもりだ」

エレン「ええええ? 外国の大学っすか?!」

エルド「別に珍しい事じゃないぞ。成績次第じゃ、推薦して貰える大学もあるんだ」

エレン「へー」

先の話だけど皆、先が見えてて羨ましいなと素直に思った。

エルド「ちなみにグンタは放送系の仕事につきたいらしい。大道具とは場所が違うが、所謂、裏方の仕事だな。テレビ局とかも視野に入れてるらしいが。ただ大学はまだはっきり絞ってないらしい。だからリヴァイ先生とちょっと話したいって言って、先に風呂入ったんだよ」

あ、そっか。リヴァイ先生と話したいから一緒に風呂に入ってたのか。

ジャン「オレは公務員関係の仕事にいきたいんすけど」

と、その時ジャンも話に加わった。

オルオ先輩の背中を流して皆で湯船に入って話を続ける。

オルオ「お? 公務員関係か。だったら、とにかく真面目に頑張るしかないな。内申点、結構影響するからな」

ジャン「それは勿論ですけど、大学行った方がいいですかね」

オルオ「場所によるな。警察官とかなら、高卒とかでもいけるが、上のキャリア組を目指すなら、大学出てないと厳しいぞ。公務員も同じだ」

ジャン「下っ端でもいいなら高卒、上目指すなら大学、って事ですか」

オルオ「ざっくりとした言い方になるが、そうなるな」

オレだけ完全に仲間外れだな。とほほ。

オルオ「エレンは何か将来、やりたい事はないのか?」

エレン「オレっすか………」

まだ何も見えてない状態では答えようがなかった。

エルド「とりあえず大学に行っておくってのも手ではあるけど、そうなると本当にやりたい事が見つかった場合、遠回りになるからな」

オルオ「確かに。4年間という時間は貴重だしな」

エレン「うぐっ……」

このままだとただ適当に大学を出て、適当に何処かの中小企業に就職してサラリーマンになって、という未来か、それすら成れずにフリーターで親父の脛をかじるような奴になりかねないかもしれない。

周りがしっかりしていると、余計に焦りを感じた。オレって、一体何がやりたんだろう?

悩んでいるオレの様子を見かねてエルド先輩が言った。

エルド「オレは意外とエレンは、海外でもやっていけそうな気がするけどな」

エレン「海外っすか?」

エルド「ああ。自分の意見ははっきり言うし、受け答えもしっかりしているし、度胸もあるし。文系と理系、どっちだっけ? エレンは」

エレン「成績だけ見るなら文系っすね」

エルド「だったら、そっちに力を入れて語学を生かした仕事をするのもいいんじゃないか? オレと似たような路線になるけど」

エレン「語学……」

数学よりかは確かに英語の方が勉強も好きだ。

英語は単語をひたすら覚えればある程度、点数取れるし、国語も点数が悪い方じゃない。

文系なら文系の知識を生かした方向に向かうのもいいかもしれない。

エルド「まあでも、海外に出るなら家族の了承は不可欠だけどね。その辺は話し合って決めた方がいいかもしれないが」

エレン「そ、そうっすね。ちょっと考えてみます」

エルド先輩のおかげで、とりあえず一個目の選択肢が見えた気がする。

それだけでも、今は十分有難かった。

そんな訳で風呂から上がると、丁度、女子と廊下で出くわした。

風呂上がりのミカサを見るなり、ジャンがポッと赤くなってやがった。

気持ちは分かるが、ちょっとイラッとする。

ミカサ「あ、ジャン、エレン、今、風呂からあがったのね」

エレン「まあな。ん? どうかしたのか?」

ミカサが微妙な顔をしていた。マーガレット先輩は苦笑している。

ミカサ「いえ、まだペトラ先輩がぽーっとしていて、どうしたものかと」

廊下で立ったまま、まだぽーっとしているペトラ先輩だ。見かねてオルオ先輩が言った。

オルオ「おい、ペトラ! 部屋に戻るぞ! 早く戻らないとリヴァイ先生に怒られるぞ!」

ペトラ「は!」

やっと我に返ったペトラ先輩はこくこく頷いてオルオ先輩の後を追った。

エレン「ジャン、お前もぽーっとすんなよ」

ジャン「わ、分かってるよ!」

ミカサ「?」

という訳でさっさと皆、部屋に戻って、布団の用意をして、すぐ寝る事になった。

一日目のトレーニングで皆、疲れていたんだろう。オレもすぐ眠気が来て、寝てしまった。

一回、深く眠って、浅い眠りに切り替わった頃、

オレはその騒音に気づいた。


ぐごおおおおお………


何だこのイビキ! 酷過ぎるだろ!

誰のイビキだ? あ、これはオルオ先輩っぽい。

ペトラ「ううう……オルオの奴、またなのぉ?」

カーテン越しにペトラ先輩の起きる気配がした。

ペトラ「ちょっと叩き起こしてくる」

カーテンが開いた。

ぺしぺしぺし!

容赦ない音が夜の部屋に響いている。

オルオ「んはぁ?!」

ペトラ「あんた、イビキうるさすぎ。どうにか出来ないの?! (小声)」

オルオ「む、無茶言うなよ……無自覚に起きている事をどうにか出来るか! (小声)」

ペトラ「でも、他の子も起きちゃったのよ。ほら、ミカサ(小声)」

ミカサ「すみません。起きてしまいました(小声)」

ミカサも釣られて起きてしまったようだ。無理ねえな。

オルオ「うーん、すまん。しかしどうしたらいいのか(小声)」

ペトラ「寝るな。徹夜しなさい(小声)」

オルオ「それこそ無茶だろう! (小声)」

オレも目が醒めちまったしな。どうするべきか。

ペトラ先輩達のひそひそを盗み聞きしながら考えていると、

ペトラ「………うふっ♪ (ごそごそ)」

オルオ「こら、スマホを取り出すなペトラ。写すんじゃない(小声)」

ペトラ「一枚だけ! 一枚だけ! (小声)」

何やら違う気配だ。あ、盗み撮りしようとしてるのか。

でもさすがにその気配は気づくだろう。境界線に寝ていたリヴァイ先生が目を覚ました。

リヴァイ「ん? 誰だ。カーテンを開けた奴は(目パチパチ)」

ペトラ「う、すみません……オルオのイビキがうるさくて、つい」

リヴァイ「そうか………オルオ、仰向けで寝ないで横向きで寝てみろ」

オルオ「横向きですか」

リヴァイ「とりあえず、それで改善される場合もある。それでも治らない場合は病院に行った方がいいぞ。無呼吸症候群かもしれん」

オルオ「わ、分かりました…」

………。今度は大丈夫そうだな。オルオ先輩のイビキの気配がない。

カーテンが閉まって、

ペトラ「見て見て。無音で撮っちゃった♪(小声)」

ミカサ「…………これって盗撮みたいなものですよね。大丈夫なんですか? (小声)」

ペトラ「内緒にしててね。宝物にしたいの(小声)」

ミカサ「いえ、それは別に構いませんが…(小声)」

結局、盗み撮りしたんか。ペトラ先輩、やるな。

まあ、でもそれくらいの事なら許容範囲内だな。黙ってればいい話だ。

オルオ先輩のイビキが沈静化したんで、オレも安心して目を閉じる。

そしてゆっくりと、また、眠りに落ちていった。

ごめん、今日はちょっと調子悪いので眠い。ここまでにします。またね。







目が覚めた。体がいつもよりだるい。昨日の筋トレが早速体に響いていた。

エレン「うー」

眠い眼を擦りながら洗面所に行くとミカサが先にそこにいた。

エレン「うー……体だりぃ……」

エレン「ん? ミカサ起きてたのか。おはよー」

ミカサ「おはよう。エレン、私、そんなに疲れて見える?」

いきなり朝から質問されて「ん?」と思った。

言われてみれば少し疲れているように見えなくもないが。

エレン「んー? いや、そこまでは。普段とそんなに変わらんが」

ミカサ「そうよね」

ミカサの眉間に皺が寄ってる。何かあったんかな?

よく観察して見ると、髪がちょっとだけ、ぴょんと跳ねてた。

エレン「んー……あ、でもちょっと髪が跳ねてるな。軽く寝癖ついてんぞ」

ミカサ「……エレンの方が酷い」

エレン「だろうな! あーもう、なんか知らんが、疲れてると髪がぐちゃぐちゃになりやすいよなー」

ミカサ「そうなの?」

エレン「オレはそうだな。艶がなくなるんじゃねえの? 多分」

オレがそういうと、ますます深刻な顔になった。

だから何があったんだよ、ミカサ?

ジャン「うー……おはよー」

その時、ジャンも起きてきた。ジャンの髪型はちょっとだけ乱れていた。

ミカサ「ジャン、疲れてる?」

ジャン「ん? ああ……そりゃちょっとは疲れてるさ。でもあんくらいのメニューで疲れたなんて言ってられないだろ。多分、今日はもっと増えるぞ」

エレン「げっ……そうなのか?」

ジャン「オレが野球してた時はそうだった。同じメニューの量を徐々に増やしたりしてたな。つか昨日のアレは、野球部の正規のメニューの半分だったし、手加減して貰っていたんだぞ。多分」

エレン「くっ……アレで手加減したメニューだったのか」

今後は自分でもミカサみたいに自主トレしねえといけないと、ますますそう思った。

ジャン「オレ達はあくまでお客さん扱いだよ。体験入部に近い感じだ。ま、野球の経験が全くない奴にやらせるメニューとしては妥当だけどな」

エレン「………でも、何でそんなもんをオレ達にやらせるんだろうな?」

ジャン「さあな。基礎体力つけるだけなら、別に野球部のメニューでなくともランニングで十分だし……別の狙いがあるんだろうけど、オレには分からん」

そういえばリヴァイ先生、時々、メモを取っていたな。あれが関係しているのかな。

そう考えながら野球部の合同練習2日目を開始した。

この日は実際の試合形式での練習に参加させて貰った。

レギュラー以外の、所謂2軍と呼ばれるメンバーとの試合だ。

メンバーは演劇部の部員と野球部員の混ぜこぜにして紅白戦を行った。

野球部のレギュラーは別の練習メニューをこなしていた。その中にはコニーとフランツ、キュクロ投手の姿もあった。

コニーの表情に余裕は全くなかった。やっぱりレギュラーはメニューのレベルが違うようだな。

オレは人生初打席は殆ど三振。ヒットは1本も打てなかった。

でも、送りバントってやつは成功して、ちゃんと次に繋げる事は出来た。

その様子をまた、何やらメモしているリヴァイ先生に気づいた。

今思うと、野球をやらせて、新入部員の性格や技量を判断していたんだろうな。

そんな訳で2日目の野球部との合同練習は夕方には終わった。

昨日よりは体力に余裕があった。ホワイトボードには「シチュー」という指示があった。

でも時間で言えば昨日より余裕はなかった。25分くらいで終わらせないといけない。

エレン「なあ、じゃがいもの芽だけむいて皮は剥かないで、そのままぶちこんだらダメか?」

ミカサ「食べられなくはないけど……美味しくはないと思う」

エレン「でも皮ついてた方が栄養はあるって父さんが前に言ってたぞ」

ミカサ「そんな事言い出したら皮を剥く意味がなくなる」

そっか。出来るけど、美味しいのは出来ないって事か。

いいアイデアかな? と思ったんだけどダメだったみたいだ。

ミカサ「うー、どうしたらいいかしら」

ミカサが思案している。何かいい手を思いついたようだ。

ミカサ「……順番を逆転させましょう。じゃがいもは皮つきのまま茹でて、粗熱を取ってから皮むき。これならジャン達でも出来る」

あ、そっか。その手があったな。さすがミカサだ。

ミカサのやり方でシチューを作る。パンは食パンを買ってきてあるからそれを皿にのせていけばいいから簡単だ。

トースターで焼きたい人はお好みで、という事にする。

皆の評判は良かった。3年生の先輩達が特に喜んでくれてこっちも嬉しかったな。

リヴァイ「美味いな」

リヴァイ先生も表情を変えている。眉毛を上にあげたんだ。

やっぱりミカサの作る料理はうめーもんな。

リヴァイ「……しかし、時間がギリギリだったな。完成するのに」

ミカサ「うっ……」

ん? 間に合ったんだから別に良くないか?

何でリヴァイ先生、渋い顔しているんだろ?

オルオ「ギリギリまで頑張ってくれたんだな。有難いな」

エルド「ああ、これならすぐにでも嫁に行けるぞ」

ペトラ(じろり)

エルド「おっと、口が滑った」

3年生のブラックジョークで皆が笑った。でも、ミカサだけが、微妙に口を噤んでいた。

リヴァイ先生の反応を伺っている感じだ。

まずいって言われた訳じゃないし、時間も間に合ったんだから、何も悪くない筈なのに。

オレはミカサの評価を上げて欲しくて、

エレン「オレは皮つきのままぶち込んで煮たら早いかなと思ったんですけどね」

と、言ってリヴァイ先生に説明した。

リヴァイ「(ぴく)ほう、そういう案も出したのか、エレン」

エレン「手抜きっすけどねー。でもミカサに止められたんで。ま、こっちの方が美味いんで、ミカサの判断の方が良かったって事っすかね」

リヴァイ「…………」

オレに任せていたら、早くてもあまり美味しくないシチューが出ていた事を伝える。

こうすれば、ミカサの方が正しかったって分かるだろうと思ってそう言ったんだ。

でもリヴァイ先生の表情は変わらなかった。むしろ何か、もっと酷くなったような気がする。

何だろ? リヴァイ先生が何を思っているのか、この時はさっぱり予想も出来なかった。

そんな風に気になる態度を取られつつ、合宿3日目に突入した。

この日は夕飯の支度をする時間が殆どないギリギリの時間まで練習をさせられた。

一年は慌ててハウスに戻ったけど、時計を確認すると夕食の予定時刻まで残り15分しかなかった。

15分か。寝坊した時の朝飯みてえな感じだなと思いながら、オレは手早く準備を済ませた。

指示には「豚汁」とあったんで、オレはすぐさま出来る事をチョイスした。

すると何故かミカサに、

ミカサ「そ、それでは豚汁とは言えない!」

と反対されて驚いたんだ。

エレン「ええ? でも里芋とか人参切ってる時間はねえぞ? 豚汁は豚肉入ってりゃ豚汁だろ?」

ミカサ「そ、そうかしら…」

エレン「ほらほら、急がねえと小葱入れる時間もなくなるぞ~」

しゃべってる時間も勿体ない。オレはミカサを無理やり納得させて、とりあえず出来る事だけやったんだ。

豚肉を切って鍋にぶちこんで、火が通ったら味噌汁溶かして小葱を散らす。

そして少し煮て、小葱が馴染んだらあっという間に時間前。

飯は窯に残っていたから、それをよそって手早く準備を済ませた。

これだけだと味気ないんで、ふりかけとか海苔とかを一緒に食べたい奴は食べられるように出しておく。

先輩達は今日のおかずの出来に「えー」と渋い顔をしていたけど、

オルオ「なんだこの豚汁……本当に豚肉しかねえのか」

エレン「小葱も一応ありますよ?」

オルオ「こんな豚汁は初めて食べるぞ…………」

時間がなかったんだから妥協して貰った。

オルオ「………案外、食べられるな」

エルド「ああ、まあ、まずくはない」

グンタ「でも、昨日のとかに比べると見劣りするな」

オルオ「ああ、まあそうだが……食えない事はねえな」

まずくはない。でも美味しくもない。そんな感じだった。

ミカサはさっきからずーんと落ち込んでいる。だってしょうがないだろー。

すると何故か今度はリヴァイ先生がニヤニヤし始めた。

なんていうか、悪い顔だ。

リヴァイ「なるほど。大体分かった」

オルオ「え? 何がですか?」

リヴァイ「いや、こっちの話だ。気にするな」

エルド「そう言われると気になりますよ。先生」

リヴァイ「ふん……まあ、別にネタばらしをしてやってもいいが」

と、前置きしてからリヴァイ先生は言った。

リヴァイ「作品を作り上げる時に一番大事な事は何だ?」

オルオ「え?」

リヴァイ「オルオ、答えてみろ」

オルオ「ええっと、作品に自分の名前や作品名を書き忘れないようにする事…ですかね」

リヴァイ「惜しい。それも含む。もっと大枠で言うなら『規定を守る事』だ」

と、リヴァイ先生の話が唐突に始まったんだ。

リヴァイ「演劇という作品もそれに当てはまる。この場合は「時間」だな。演劇という作品は限られた「時間」の中でしか発表できない。それをオーバーしたらよほどの事がない限り即失格になる」

今回の大会は規定が「1時間」だって言ってたな。そういえば。

リヴァイ「だから時間の使い方が重要になってくる。劇中では想定外の事が多々起こる。そのせいで遅れが生じたり逆に時間が余り過ぎたりする。そういう「予定外」の事が起きた時、どう動くのか。それが問われる」

一同「……………」

オレ達はお互いに顔を見合わせた。

この時点で何となくだけど、リヴァイ先生のやりたかった事が見えてきたからだ。

リヴァイ「一年の事はまだ、あまり良く知らないんでな。手荒い方法なのは悪かったが、人間性を見てみたくて試させて貰った。「料理」というのはそいつの人となりを見るのに一番、手っ取り早いからな」

ミカサ「では、15分しか調理時間がなかったのも、そのせいですか」

ミカサが少しだけ不満げな表情でそう言った。

リヴァイ「その通りだ。15分で16人分のおかずを作るのはかなりの発想の機転をきかせないと無理だ。そういう意味では、一番逆境に強いのはエレンのようだな」

エレン「え? オレっすか?」

え? 何で?

リヴァイ「ああ。こっちは予定時間をオーバーするだろうと思って待っていた。そのオーバーする時間がどの程度になるのか、それを見るつもりだったのに、規定内におさめてきやがった。料理そのものは、大した事なくても、一応完成させて場に出す方が難しい。そういう意味では、エレンはなかなか優秀だ」

急に褒められてびっくりした。いや、褒められるようなことしてないんだけどな。

エレン「え、でも…こんなの、誰だって作れると思いますよ? 多分、ペトラ先輩でも」

ペトラ「エレン? それはどういう意味かしら? (ゴゴゴ)」

おっと、言葉がストレート過ぎた。

エレン「いや、そうじゃなくて、ええっと、オレは大した事はしてないって意味ですよ。それよりミカサの方が料理について詳しいし、指示も的確だったし…」

オレはミカサみたいに小まめな料理は作れない。

所謂、定番の「男の料理」というか、簡単な物しか作らない。

だから卵だけのオムレツとかは出来る。味噌汁だって面倒で具を1個だけとかもよくやる。

それは傍から見ればただの「手抜き料理」なだけで、褒められるようなもんじゃないんだ。

リヴァイ「確かに。味で言えばミカサの料理が上だ。しかしもし3日目の夕食をミカサに任せていたら、断言しよう。予定時刻には間に合わなかった」

ミカサ「うっ……」

ミカサが傷ついた顔をしていた。うーん。困ったな。

確かにリヴァイ先生のいう事は分かるけど、これじゃオレが正しいみたいな空気になっちまう。

リヴァイ「これが演劇の場合、どんなにミカサの演技がうまくても、点数的にはエレンの方が上になる。それがルールだ。規定とはそういうものだ」

ミカサ「…………」

そうか。時間という観点で言えば、オレのような手抜き料理の方がいい場合もあるのか。

…………でもミカサは納得してない顔だなあ。

リヴァイ「エレンは里芋と人参を捨てた代わりに野菜の中で小葱だけは最低限入れた。豚汁の中で人参と里芋を捨てるのは、なかなか普通の神経じゃねえ。ある意味、異常だ。料理人としてはな。だが、時としてそれが必要な場面は多々ある。そういう場合、それをやれるか否か。そこが難しい問題なんだ」

豚汁は普通、里芋、人参とか入れるもんな。

でも、オレはないならなくても構わん派だからそうなっただけで、本当は入れなくちゃダメだぜ?

あんまり真似するなよ? オレのやり方を。

リヴァイ先生は豚汁を飲みながら、続けて、

リヴァイ「誤解のないように言っておくが、これはエレンが正しいとか、ミカサが間違っているとかそういう次元の話じゃない。単にタイプの話をしている。エレンのような判断が必要な時もあれば、ミカサのようにギリギリまで粘るのが必要な場面だってある。人生はケースバイケースだからな」

ああ、良かった。そう言って貰えて。

でないと誤解されるもんな。オレが必ずしも正しい訳じゃないからな。

リヴァイ「野球部の練習に混ぜて貰ったのも、慣れない環境下でどこまで出来るのか。お前らの適応力を見てみたかったからだ。演技力とは、そういう部分に直結するからな」

ジャン「ああ、なるほど。通りで……」

リヴァイ先生がメモ取っていたのも、そのせいだったんだよな。

リヴァイ「この3日間で1年の大体のところは分かった。明日からはそれを踏まえて実践的な練習に入る。ペトラの脚本が尺オーバー気味だという話も聞いてるし、裏方の動きも含めて削れる部分はもう少し削っていくぞ。いいな」

一同「「「はい!」」」

という訳で、リヴァイ先生の話も終わり、オレ達は簡素な夕食を終えた。

ミカサ「…………」

夕飯を食い終わってからも部屋の隅っこでまだ落ち込むミカサに声をかけた。

エレン「ミカサ、何凹んでんだ?」

ジャンも心配そうに見ていたけど、何て声かけりゃいいか分からん様子だった。

エレン「さっきの事、気にしてんのか? リヴァイ先生も言ってただろ? 単にタイプの話だって。それを見る為にわざとしたんだって」

ミカサ「そうだけど………」

体育座りで落ち込んでやがる。くそ、珍しく酷く落ち込んでいるな。

ミカサ「私は、出来なかった……ので」

エレン「ん? 何がだよ」

ミカサ「思うように出来なかったので、悔しい」

時間が足りなくて思う様に作れなかったことを悔やんでいるミカサにオレは言ってやった。

エレン「何当たり前の事言ってんだ」

だって、ちょっとだけムッとしたからだ。

エレン「そんなの、皆そうだろ? でも、いろんな条件が重なって万全なとこまで出来ねえなんて良くある事じゃねえか」

ミカサ「そうだけど……」

ミカサはしっかりしているから、計画通りに生活して、家事に時間が足りないなんて経験が少なかったのかもしれない。

でもそれは今まで、そういう恵まれた環境にいたから出来た事で、これからも必ずそうであるとは限らない。

オレの場合は、ゲームに夢中になって、そのしわ寄せのせいで時間が足りずに手抜きをしたりしていたけど。

例えばいつか家族が多くなって、物理的にそれが出来なくなる場合もあるかもしれない。

今回の集団生活はいい経験じゃねえか。ミカサはもっと、そういう経験をした方がいい。

エレン「ミカサは出来る事の方が多いから、出来ねえ時の凹み方が激しいんかな」

ミカサ「え?」

エレン「まあオレも人の事は言えねえけどな。出来ないと落ち込む気持ちは分かるけど……」

ミカサ「…………」

エレン「オレとしては、そんな風に落ち込んでいるミカサを見ていると……」

ミカサ「見ていると?」

エレン「凸ピンしたくなる(ピシ!)」

ぴしっ!

ミカサ「いた! 酷い、エレン……」

酷くない。さっさと気持ちを切り替える方が大事だ。

エレン「リヴァイ先生も言ってただろ? 失敗はしてもいいって。今回の失敗を次に生かせばいいんだよ」

ミカサ「では、どう対応すれば……」

エレン「んー……一番理想なのは、手抜きをして美味い料理を作ることじゃねえの?」

それが出来れば一番だよな。

ミカサ「エレン、料理はひと手間かけるから美味しいのであって、反比例する事を同時には無理」

エレン「そこをどうにかするんだよ! ほら、発想を逆転させろ!」

と、ゲームの名言を言ってみる。

無茶なのは百も承知だ。でも、そうするしかねえ気もする。

ミカサ「では、美味しくて手抜きの料理を作るという事?」

エレン「そうなるな。手抜くって事は、工程を一個省く事だから、使う材料を減らしたり、自分じゃなくても出来る事は誰かに仕事を回したり、すればいいんじゃねえの?」

ミカサ「でもそれで美味しくするにはどうしたらいいのか」

ミカサはそれ以上、考えをまとめられない様子だったけど、とりあえず、凹んでいたのは治ったようだ。

その様子にジャンもほっとしていた。

ジャン「オレから言わせれば、悩むような事でもない気がするんだが」

エレン「だよな」

ミカサはちょっと完璧を求め過ぎる時がある。

肩の力を抜くのが、一番の解決方法だと思うんだが、それは本人が気づかないとどうにもならん。

そう思いながら、オレはその日は布団に入って寝る事にしたのだった。






そして合宿4日目。その日は体育館のステージでの通し練習になった。

音楽室での通し稽古とはまた違った本格的な練習だった。

今回は実際に、出来上がっている背景セットを大道具が運んだり、照明、音楽も合わせたりする。

その様子をリヴァイ先生、オルオ先輩、ペトラ先輩の三名が中心になって見ながら、調整を行っていった。

オレ達役者はこの段階では台本無しでやっている。躓いてもいいから慣れないといけないと言われたんだ。

正直、まだうろ覚えの部分もあったけど、何とか練習を乗り切った。

リヴァイ先生が何やら話し込んでジャンとオレを呼んだ。ステージから降りて駆けつける。

リヴァイ「実際演じているジャンに問う。お前、演じてみてどこか違和感を覚える個所はなかったか?」

ジャン「違和感っすか?」

リヴァイ「そうだ。お前自身の心に問う。感覚的なものでいい。断片的にでも、構わん。何かないか」

ジャン「んーそうっすねえ」

どうやらまた台本の変更をする気配だ。

あんまりコロコロ変えられると、前の台本と頭の中がごっちゃになりそうで怖いんだが。

ジャンはついでに水分補給をしながら、

ジャン「なんていうか、立体機動装置の研究を通じて仲が良くなるのは分かるんですが、その後の展開が急すぎる感じもしますね」

リヴァイ「ほう? というと?」

ジャン「この相手役の彼、最初は女性が苦手という設定だったじゃないですか。なのにレナを意識し始めてから割と、それが大丈夫になっているというか……そんなに急に変わるもんかな? っていうのはありましたね」

ジャン「むしろ、相手の事を好きになればなるだけ……その、普通はうまく出来ないもんじゃないっすかね? 女性が苦手だったのなら、なおさら」

リヴァイ「なるほど。俺は恋愛感情が良く分からんが、そういうもんか」

ジャン「そうっすね。そういう「躊躇」や「葛藤」するシーンが少ないかな? とは思いましたね」

ペトラ「ああ……そっか、冷静に考えればその通りよね」

と、ペトラ先輩が項垂れてしまった。

ペトラ「ごめんなさい。無意識に自分の願望もぶちこんでたのかも。リアリティを置いてけぼりにしていたわ」

リヴァイ「いや、願望や理想をぶち込むのは構わん。劇とはそういうもんだ」

と、リヴァイ先生がフォローする。

リヴァイ「劇はリアルにすればいいってもんでもない。観客は劇の中に「理想」を見るんだから、理想は入れるべきだ。ただ、その理想がかけ離れ過ぎていると、感情移入もしづらくなる。そのさじ加減が難しい。その為には役者側の意見も必要なんだ」

エレン「つまり、リアルと理想の割合を丁度いい感じにしないといけないって事ですか?」

リヴァイ「まあそうだ。何でもさじ加減次第だ。塩も砂糖も入れすぎるとまずくなる」

と、リヴァイ先生は料理に例えながら、

リヴァイ「そういう意味ではラストシーンはほんの少し、砂糖が少なく感じたんだが……減らし過ぎたんじゃないのか?」

ペトラ「……かもしれないですね」

リヴァイ「ジャン、お前ならどうする? この味付けを、最後どうしたい?」

ジャン「え? オレが決めるんですか?」

リヴァイ「エレンでも構わん。二人で少し話し合え。ここがこの劇のターニングポイントだ」

オレ達は顔を見合わせて、「分かりました」と答えて皆から一旦、離れた。

そしてオレはジャンと詳しい話をしてみたんだ。

ジャン「どうする?」

エレン「うーん、砂糖が少なすぎるっていう事は、もうちょっと甘酸っぱい感じにしろって事だよな?」

ジャン「だろうな。甘さが控えめ過ぎるのもダメなんだろ」

エレン「だったら、あんまりごちゃごちゃ考えるよりも、ジャン自身がどうするかで考えようぜ」

ジャン「と、言うと?」

エレン「ジャン、レナがミカサだったら、お前どうする?」

ガタッ

ストレートな質問過ぎたかな? でもこの質問が一番、てっとり早いと思ったんだ。

ジャン「なななな、いきなり何を言い出す!」

エレン「いや、だから、お前は実際、好きな子を助けた後、キス出来るか? って話だ」

ジャン「出来る訳ねえだろ! その、したくても出来ねえよ、多分」

エレン「だったらもう、答えは決まったようなもんじゃねえか?」

オレがそういうと、ジャンも納得した様だ。

ジャン「…………キスしたくても、出来ないエンド、か?」

エレン「タイ王子のキャラを考えたらそっちの方が自然だろ? 一回試しにそれでやってみないか?」

ジャン「そうだな。それでダメだったら、また違う方法を考えるか」

という訳でさくっと案をまとめて提出する事にした。

エレン「あー……提案したいことが出てきたんですが」

ペトラ「聞かせて」

エレン「思い切って、タイ王子をもっと、ヘタレにしたらどうっすかね?」

ペトラ「ヘタレ? どういう事?」

ジャン「その……キスはしたくて堪らないけど、王子は勇気が出なくて結局出来ない。っていう感じの方が自然かと思いまして」

エレン「オレもその意見には賛成です。キスシーンは入れなくても、それで十分いけるんじゃないかと」

ペトラ「ヘタレ王子ね。うん、とりあえず、それをやってみましょうか」

オレとジャンの案を実際に提案してやってみる。

その様子をペトラ先輩は真剣に見つめていたけど……

ペトラ「どうですか? リヴァイ先生」

リヴァイ「さっきよりはいいな。大分良くなった」

と、リヴァイ先生から合格が出た。

リヴァイ「王子の方の性格をヘタレを軸に考えるなら……この辺りのシーンもカット出来るな」

と、リヴァイ先生が矛盾する箇所を削っていった。

するとジャンが「ああ、なるほど」と納得した様子だった。

ジャン「確かに。でもこれで大分、すっきりしましたね」

リヴァイ「どうだ? ペトラ。一度この流れでやってみるぞ。違和感があったら止めろ」

ペトラ「分かりました」

という訳で、ラストシーンのちょっと前から実演する。

すると、ペトラ先輩は「ううーん」と首を傾げた。

ペトラ「難しいわ。これでいいのかしら? マーガレット! 萌えを感じる?」

マーガレット「萌えの観点で言えば、男同士の方が萌えますが何か?」

いきなりのカミングアウト(?)にオレとジャンは一緒に吹いた。

ペトラ「そこは置いといて! さすがにBLを劇でやるのはまずいわよ!」

ミカサ「BL? 何の話ですか?」

マーガレット「ググったら分かるよ」

BL(ボーイズラブ)と書いて「ビーエル」と読む。

男同士の友情等を糧に生きる人々を腐った女子、こと腐女子というが、まさかマーガレット先輩がそれだとは思わなかった。

…あ、いやでも、少年漫画好きだって言っていたな。そういう斜めの視点で観ていたのか。

リヴァイ「BLは規定違反になるんだったか?」

リヴァイ先生、ちょっと待って下さい。

真面目に先生が「ビーエル」とか言い出すとは思わず、ペトラ先輩も狼狽している。

ペトラ「え?! いや……どうでしたっけ? いや、厳密にいえばダメではないかもしれませんが、さすがにBLを劇でやってるところは見た事ないですけど」

リヴァイ「前例がないならそれも有りかもしれんな。ヒロインの性別を変えるって手もあるぞ」

ペトラ「えええええ?! ちょっと、それはさすがに勇気が……!」

マーガレット先輩の目が光った。やばい! 空気がやばい!

マーガレット「ああ、いいですねそれ。そう言えばチョイ役でレナ王女にレキ王子という弟キャラがいましたよね。その子とレナ王女が実は入れ替わってたとか、でもいいんじゃないんですか? 仮面をかぶっている必要性がもっとリアルになりますし」

ペトラ「えええええ………いや、確かにそれは出来なくはないけど、いやしかし、でも…」

いかん。これは止めた方がいい。オレ達はすぐさまツッコミを入れた。

エレン「ええと、つまりそうなると、主人公がレナじゃなくてレキの方になるんですか?」

ジャン「台詞とか覚えなおすの難しいんじゃないんですか?」

リヴァイ「いや、台詞は殆ど変えない。ただ、設定が変わるだけだ。どうする? ペトラ」

ペトラ「す、すぐには決められないですよ。こんな大事な……」

リヴァイ「今、決めろ。時間の余裕はねえ。変えるのか、変えないのか。どっちだ」

ペトラ「ううううう………」

ペトラ先輩、屈したらダメだ! オレとジャンは同時に首を振って応援した。

するとその意思が通じたのか、

ペトラ「や、やっぱりダメです! BLは客層を狭めます! ここはNLでいくべきです!」

マーガレット「ちっ……」

良かった。ぶれないペトラ先輩にマーガレット先輩が黒い顔になっていたけど。

そういうのは、そういう土俵でやってくれ。うん。

リヴァイ「分かった。そこは今のままで行くんだな。だが、最後のシーンがまだしっくりきてない様子だったが……その原因は自分でも分からんようだな」

ペトラ「すみません。我儘言ってしまって……」

リヴァイ「構わん。ただ、NLで行きたいと思った理由を自分なりにもっと深く考えてみろ。恐らくそこが分かればきっと、ラストシーンに繋がる筈だ」

ペトラ「分かりました…」

リヴァイ「今日はここまでにしよう。最終日にもう一回、全体練習をやってみる。ペトラも明日までには新しい案を考えておけ。以上、解散」

一同「「「はい!」」」

という訳で、今日の練習はそこで終了となり、直後、ペトラ先輩が崩れ落ちた。

オルオ「だ、大丈夫か? ペトラ……」

ペトラ「だ、大丈夫じゃない……けど、大丈夫」

精神的な疲労のせいで疲れている様子だった。無理ねえな。

ペトラ「焦った……まさかのBL物に変化しそうになるなんて」

マーガレット「ダメですかねー?」

ペトラ「BLは客を選ぶからね。私はそういうのをやりたい訳じゃないのよ」

マーガレット「んー……? BLでは出来ない部分をやりたいって事ですか?」

ペトラ「うん……男女の恋愛でしかやれない劇の方がいいわ。BLはBLでしかやれないものがあるように、男女の恋愛物も、それでしか出来ないものが有るはずよ」

マーガレット「うーん、どっちも恋愛物っていうカテゴリで考えればさほど差があるようには思えませんが」

エレン「いや、モーゼの川くらいに溝がありますって」

ジャン「ああ、男女と男同士では、全然違いますよ」

オレとジャンはこういう時は息が合う。不思議なくらいに。

するとその時、ミカサが、

ミカサ「えっと、BLというのは、男同士の恋愛という意味で捉えていいのかしら?」

と質問してきたんで頷いた。

エレン「オレも女子として演技するから出来るんであって、もし男同士っていう設定だったら恋愛物は無理ですよ」

ジャン「ああ、オレも同じだ」

マーガレット「そんなあ……そんなにダメかな? やってる事は変わんないよ?」

エレン「いや、気持ちの持ちようが180度変わりますって。うまく言えないですけど」

ジャン「180度どころじゃねえな。もっと、角度がありそうな感覚ですね」

何だろな。男が男に惚れるっていうのは、片方がもし「オカマ」で最初から心が女性であるなら、別におかしくないんだ。

でも男同士の場合は、男という性のまま男に惚れるっていう特殊な状態だ。

オレは好んでそういうBL物を読もうとは思わないが、そういうゲームが存在しているのは知っている。

あとクラスの女子がそういう話でたまに教室でわいわいやっているのも聞いたことあるし、そういう世界があるのも知っているが、それを理解しろというのは無理な話だ。

遠い世界。オレにとってはそんな感じだからそれを演じろと言われても、いきなりは無理だ。

もしやるのであれば、それこそBLゲームでも実際やってみて、研究したりするしかない。

もう時間もそうある訳じゃないし、演技に差支えが出てくる。オレはそう判断した。

それにペトラ先輩も急すぎる変更はしたくないようだ。

ペトラ「うん。今回はもう、男女物って決めてるし。そこは動かしたくないのよね。やってる人間は男同士だけど、でも、ごめん」

マーガレット「いや、謝らないで下さいよ。私もちょっと調子に乗り過ぎました。すみません」

マーガレット先輩がそう謝った直後、

オルオ「…………なあ、ふと思いついたんだが」

と、その時オルオ先輩が口を挟んだ。

オルオ「ベタかもしれんが………タイ王子が妻をお姫様抱っこで連れ帰る、とかはダメなのか?」

女子一同「「「「?!」」」」

オルオ「女子って、そういうのが好きなんだろ? そういう「夢」を見るのが演劇の醍醐味だとオレは思うんだが」

ペトラ「それ採用おおおおおおおおお!」

ペトラ先輩が生き返った。

ペトラ「それいいわ! オルオ、よく思いついたわね! そうなの! 女の子はそういうのが好きなのよ!」

お、お姫様抱っこか。ありがちだけど、確かに華はある。

ジャン「えええ? オレ、エレンを抱えるんすか?! お前体重何キロある?」

エレン「63キロだ。それなりにあるぞ」

ジャン「まじかよ……分かった。まあ抱えられん事もないだろう。やってみるさ」

ペトラ「失敗したらしたでいいわ! それはそれでヘタレだし!」

エレン「あ、だったら抱えられなくて「重い…」ってなるのでも有りですね」

ペトラ「ヘタレ度倍増ね! それは萌えるわ!」

ペトラ先輩がくるくる回っている。器用だな。それだけ嬉しいんだろうな。

ペトラ「ああもう、オルオあんた、実は天才ね! 見直したわ! そうなのよ! 男女物の恋愛は女の子の夢を詰め込めるの! ドリーム爆発させるのよ! 私がやりたいのはそこなのよ!」

オルオ「お、おう……」

オルオ先輩が若干引いている。まさかこんなに気に入られるとは本人も思ってなかったようだ。

ペトラ「持ち上げて、舞台はけるところまで運んで、はけてから失敗してしまった音声だけ流す感じにするの。どう?!」

ミカサ「いいと思います」

エルド「そっちの方が華もあるし、いいと思うな」

ジャン「あーしばらくは姫抱っこの練習か…」

そんな感じで大体のイメージが沸いたところで区切りがついた。

実際の舞台ではこの時の案を更に煮詰めて修正は加えたけど、この時のオルオ先輩の発言がなかったら、うまくいかなかっただろう。

そういう意味ではオルオ先輩には感謝だな。

ペトラ「エレンと同じか、それ以上の体重の子は交替でジャンに協力してね! 本番までに練習しておいて!」

一同「「「はい!」」」

ペトラ「では、以上で解散! 一年は夕食お願いね!」

という訳で、4日目の夕食の準備に取り掛かるオレ達だった。

指示には「ヤキソバかパスタ」とあった。材料は両方用意されている。

ミカサ「どちらかに決めて欲しいのに」

ミカサは顰め面だったが、オレは今の気分で、

エレン「オレはヤキソバの気分だな!」

と言ったら、

ジャン「オレはパスタがいい」

ジャンは違う方を選んだ。今度は被らなかったな。

マリーナ「私もパスタで」

キーヤン「男はヤキソバだろうが」

カジカジ「ヤキソバだよな」

エレン「ヤキソバが多いからヤキソバにしようぜ♪」

ジャン「待て。ミカサの意見がまだだ」

ミカサ「私は……別にどっちでも」

エレン「ヤキソバだよな?」

ジャン「パスタにしてくれよ」

意見が分かれちまったな。どうすっかな。

ミカサ「今日は時間も余裕があるので、どちらも作りましょう」

エレン「え? いいのか? 大変じゃないか?」

ミカサ「大丈夫。両方作れる……ので」

でもそういう事なら、

エレン「んーだったらそれよっか、二つに分けないか? ヤキソバ食べたい奴はヤキソバで、パスタはパスタで」

ジャン「その方が早いかもな。そうしようぜ」

ミカサ「でも…」

エレン「大丈夫だって! ミカサはパスタの方を作ってくれよ。そっちが人数少ないだろ?」

ミカサ「………分かった」

ヤキソバみたいな簡単な奴ならオレにだって作れるぞ。

野菜を切ってソースで炒めて麺をからめりゃいいんだからな!

ミカサにはパスタを作って貰う。ジャンはミカサを手伝っていた。

出来上がった料理を盛る前に、今回はセルフサービスにする旨をミカサが皆に伝える。

ミカサ「えー……ヤキソバか、パスタとありましたが、決まらなかったので両方作りました。好きな方を選んで自分で皿に盛って下さい」

リヴァイ「ほう」

リヴァイ先生は先にパスタを盛っていった。

オルオ「両方貰ってもいいか?」

ミカサ「構いません。量は多めに作ってありますので」

オルオ「じゃあ遠慮なく頂くぞ」

オルオ先輩はひとつの皿に両方のせていった。

ペトラ「私もパスタかな~」

エルド「俺はヤキソバで」

グンタ「俺もヤキソバで」

マーガレット「パスタ貰っていくわ」

ガーネット「んじゃ私もパスタで」

スカーレット「ヤキソバ頂き~」

アーロン「ヤキソバで」

エーレン「こっちだな。ヤキソバで」

大体半分ずつ分かれていった。良かった。ヤキソバも食う奴がちゃんといた。

オルオ「パスタもヤキソバも美味いな。両方とも、ミカサが主体で作ったのか?」

ミカサ「いえ、今回は2班に分かれて作りました。パスタチームとヤキソバチームで」

オルオ「おお、それはいい方法だ。何だか得した気分だな」

ペトラ「ヤキソバも美味いの? じゃあ食べようかな」

パスタチームも、ヤキソバチームも結局は両方食べていき、麺はすっかり空になった。

ミカサ「あら……」

多めに作ってたつもりだったのに、一気になくなった。

やっぱり麺類は軽いから沢山食べたくなるもんな。

リヴァイ「…………」

リヴァイ先生はまた紅茶を不思議な持ち方で飲んでいる。

なんだろな? 何であの持ち方なのか、良く分からねえ。

ミカサがじーっとリヴァイ先生を見ていたせいか、リヴァイ先生が「ん?」と言った。

ミカサ「いえ……何でもないです」

リヴァイ「安心しろ。今回は別に性格判断でも何でもねえ」

ミカサ「そうですか…」

リヴァイ「ただ、ヤキソバとパスタと書いたら、両方お前が作る気がしてな。ヤキソバかパスタって書けば、2班に分かれて行動するだろうと思ったんだよ」

ミカサ「? 意味が良く分かりませんが」

リヴァイ「ふん、分からんならそれでいい」

リヴァイ先生の機嫌が良いように見えた。でもそれとは対照的に……

ペトラ「…………」

うわあ。ペトラ先輩が露骨だった。

リヴァイ先生がミカサを気にかけているというのが、気に食わないようだ。

リヴァイ「?」

しかし当然リヴァイ先生はその意図に気づいてねえ。

あーあ。参ったなこれ。面倒臭い事になりそうだな。

そう思っていたら案の定、最終日もそんな空気になってしまった。

ミカサは大道具の新人だし、教える事も多いんだろう。だからリヴァイ先生がミカサに声をかける機会が多いのは当然だ。

それは頭の中で分かってても、感情は別物なのかな。

ペトラ先輩は顔は微笑みを浮かべていても目の奥が笑っていなかった。

その様子を目の端に入れておきながら、オレは休憩時間もジャンと台本を読み合わせる。

こっちはこっちで忙しい。フォローしてやりたいけど、どうしたもんかと思ってたら、

エルド先輩がミカサに何やら話しかけていた。何だ?

そして悪い顔をしたかと思うと、

エルド「おーい、ペトラ! ミカサに好きな人がいるらしいぞー」

と、体育館中に聞こえるような大声で暴露したんだ。

エレン「えっ……」

ジャン「な、なんだってー?!」

ペトラ「え? そ、そうだったの? 知らなかった。誰?」

皆、興味津々にミカサの周りに集まっちまった。

ミカサ「エルド先輩……その……」

エルド「実はな………」

ミカサ「だ、ダメです! やめて下さい!」

エルド「えー? しょうがないな。じゃあヒントだけだな。同級生だってさ」

ペトラ「そ、そう……(ほっ)」

これって多分、エルド先輩が気きかせてそういう事にしてくれたんだよな?

本当の話じゃねえよな? …………多分。

でも、ミカサの様子は、結構、オロオロしていて。

本当なのかそうでないのか、判断するが難しかった。

もし、これが演技なら、ミカサは名女優だけど。

…………。

ペトラ先輩も信じたようだ。

ペトラ「そっか、ミカサ、うまくいくといいわね」

ミカサ「うっ………」

周りはニヤニヤしている。オレとジャンを除いてだけど。

オルオ「青春だな……」

グンタ「ああ、青春だ」

そんな風にヒューヒューと言われて赤面するミカサに、ジャンが露骨に狼狽していた。

ジャン「………………」

大丈夫かな、こいつ。真に受けてなけりゃいいが。

その後の練習は一応、ちゃんとこなしてはくれたけど。

やっぱり、この時の事が尾を引いて、休み明けの練習の時に影響が出ちまったんだよな。

まあ、その時の事は後で振り返るとして。

今日は合宿最終日だから、夕飯はリヴァイ先生がサービスしてくれることになった。

早く寝て早く活動する方が体にはいいな。今回はここまで。次回また。

リヴァイ「………今日は最終日だからな。お前らに特別サービスしてやろう」

と言って、リヴァイ先生が腕まくりをして、自前のエプロンを装着した。

リヴァイ「お前らに、うまいもんを食わせてやる。席について待っていろ」

一同「「「あざーっす!」」」

じゅわわあああああ…………

いい匂いがする。

皆、席について待ってろと言われたのにソワソワしちまってる。

エレン「やべえ……匂いだけでマジやべえ……(クンクン)」

ジャン「め、メニューは出来上がるまで分かんねえのか」

ミカサ「うまいもん、としか言わなかった……ので」

待っている時間が長く感じた。せめてテレビをつけて待っていたいんだが。

でも誰も自分からは言い出せない。すると、

オルオ「あの、先生。テレビつけて待っててもいいですか?」

リヴァイ「構わん。好きにしろ」

という訳でオルオ先輩がテレビをつけてくれた。

テレビをつけると丁度、全国高校野球大会の抽選会の様子が放送されていた。

そういえば8月5日は抽選会があるとコニーが前に言っていた。

講談高校は何処と当たるんだろ?

アナウンサー『F県講談高校はT都カプコン高校と当たる事になりました』

ジャン「ぶふーーーーー! いきなり強豪校きたな、おい」

ミカサ「そうなの?」

ジャン「ああ、大体毎年、甲子園行きを決めてるような常連高校だ。うわー運がねえ…」

カプコン高校の生徒が紹介された。確かに皆、筋骨隆々な生徒ばかりだ。

皆、本当に高校生か? 顔がおっさんみたいなのばっかりだ。

失礼だとは思ったが、実際その通りなんだ。顔も体も高校生じゃねえ。

年齢を誤魔化しているんじゃねえか? と疑いたくなる程の屈強な選手たちが紹介された。

オルオ「だがくじ運でそうなってしまった。仕方がない」

エルド「試合は……8月10日の第一試合か。朝の8時からか。とても中継を見れないな。残念だが」

ジャン「録画しますよ。うちは。後で見るしかないけど…」

コニー達、大丈夫なんかな。ちょっとだけ心配だ。

ざわざわざわ。

野球部の話題をしていたら、あっという間に夕食が出来上がったようだ。

リヴァイ「ほら、残さず食え。今日はゴーヤチャンプルーだ」

夏の料理の定番メニューがきた。う、ゴーヤが入っているのか。

ゴーヤはちょっとだけ苦手何だが…仕方ねえか。

リヴァイ「あと、冷やし中華と素麺も用意した。フルーツ食べたい奴はスイカも切ってある。好きに取れ」

オルオ「あ、ありがとうございます!」

一同「「「「いただきまーす!」」」」

エレン「!」

あれ? 意外と食べられる。苦味が薄い。

エレン「オレ、ゴーヤちょっと苦手だけど、これはいける!」

ジャン「うめええええ!」

オルオ「うまいっすー!」

ご飯がどんどん進む。おかわりしよっと♪

ミカサ「エレン、おかわり早い……」

エレン「だってうめえんだもん(もぐもぐ)」

リヴァイ「冷やし中華の方も食えよ」

ペトラ「食べます食べますー!」

こりゃうめえ! 定食屋とかで食べる飯と変わらない程美味かった!

胃に流し込むように食べちまう。箸が全然止まらなかった。

ミカサも美味しそうに食っていた。その様子が、ちょっと可愛い。

そんな訳で腹一杯、飯を食って、後片付けをした。

明日(6日)の早朝にはハウスを出る。今夜が皆で眠る最終日になる。

途中まで男女混合で寝ていたが、特にこれといった問題は起きずに済んだ。

カーテン越しに着替えの様子がちょっとだけシルエットが分かるのだけ、気を遣ったけど。

男女が分かれて眠る最後の夜。

この日の夜は、ちょっとだけ寝苦しい夜だった。

何故なら…………。

エレン「……………」

エルド先輩に言わされたんだよな? あの時は。

きっとそうだ。そうだと思いたいけど。でも……。

ミカサの様子が、気になって仕方なくて。

本当は今すぐにでも問い詰めにいきたいけど、我慢した。

明日、家に帰る時に聞けたら聞こう。そう思いながら、寝る事にしたんだ。





6日の朝。部屋のチェックをしてハウスを出る。

今日は一日オフになるが、7日からまた練習が始まり、9日まで続けて稽古だ。

10日はいよいよ本番だ。会場には現地集合になる。

本番まで間もない。台詞が頭の中に入っているか、まだ自信がないけど。

完成度は7割程度だ。残りの日程で詰め込んでいくしかない。

舞台に上がるのは久々だ。子供の頃のそれとは比べられないほど、緊張してきた。

でも、やるしかない。オレが主役なんだから。オレがしっかりしないとな。

リヴァイ「怪我や体調管理には十分注意しろ。合宿の疲れは今日中に取れ。以上、解散!」

一同「「「はい!」」」

解散して各自、帰宅する。その途中でオレはすぐミカサを捕まえた。

エレン「ミカサ、お前、アレ、言わされたんだよな?」

ミカサ「え?」

勿論、ペトラ先輩達とは完全に別れて、話を聞かれない事を確認した上で。

エレン「なんか、様子が変だったからさ。アレ、エルド先輩がからかっただけ何だろ?」

ミカサ「う、うん……」

あー焦った。やっぱりそうだったか。

ペトラ先輩の嫉妬の矛先を変える為に、そうしただけなんだよな。

分かってたけど、実際に確認すると、ほっとした。

と、同時にちょっとだけ、イラッともしたので、



ピシっ!



ミカサ「痛い……何するの」

エレン「おしおき」

ミカサ「何で?!」

エレン「何ででも、だ!」

やれやれ。焦らせやがって。参るぞ、本当に。

ミカサは「?」という表情をしていたけど、説明してやる気にはなれなかった。








一日オフを挟んで練習再開だ。

でもそこで、ジャンのNGが連発した。

集中力が切れて台詞が飛んでばかりいる。

その回数が多くてさすがにペトラ先輩が一旦止めた。

ペトラ「休憩いれましょーか。10分休憩!」

と、異変に気づいて進行を止める。

オレはその原因には気づいていたけど、参ったな。

ペトラ「どうしたの? 風邪でもひいた?」

ジャン「いや、体調は完璧です! その……」

ペトラ「もしかして途中でキャラ変したから台詞こんがらがってる?」

ジャン「いや、そうじゃないんですけど……すみません。気持ちを入れ替えます」

ふーと、息をついてジャンが頭を振っている。

ミカサ「ジャン、何か悩んでいるの?」

ジャン「!」

ジャンが露骨にミカサを避けている。

いかん。ダメだアレ。

ジャン「大丈夫だ。心配かけてすまん。もう大丈夫だ」

無理しているのがバレバレだ。

見かねてオレは、ジャンを捕獲した。

エレン「……………ジャン、ちょっとこっち来い」

皆には聞かれない距離を取って、ジャンと話す事にした。

エレン「合宿の時のアレ、気にしてるんだろ」

ジャン「ギクッ」

エレン「あれな、後で確認したんだが、エルド先輩に言わされただけだって」

ジャン「え? 言わされた? 何で?」

ジャンはちょっとだけ後ろに引いて飛び上がった。

エレン「ペトラ先輩、リヴァイ先生の事、好きだろ? だから、リヴァイ先生がミカサを気にかけているのが、嫌だったみたいで、頭で分かってても、嫉妬しているのが見え見えだっただろ?」

ジャン「あ、ああ……確かにその通りだったな」

ジャンはそういうゴシップには聡い。ここまで言えば大体想像はつくだろう。

ジャン「そうか。ペトラ先輩の嫉妬の矛先を逸らす為に、嘘ついたのか」

エレン「多分、エルド先輩が気きかせてそうしたんだよ。だからミカサはそれに話を合わせただけだ」

ジャン「な、なんだ……じゃあ焦る必要はなかったんだな」

エレン「その通りだ。分かったか?」

ジャン「ああ! もう大丈夫だ」

胸を撫で下ろして晴れやかな顔に戻った。もう大丈夫だろう。

皆の元に二人で戻る。

ジャン「お騒がせしてすみませんでした!」

ジャンが元に戻ったんで、順調に練習も進んだ。

このまま何事もなく進めばいいと、思ったその時………


ビリッ………


嫌な、音がした。

ペトラ「あああああああああああ」

オルオ「あーあ」

ミカサ「エレン……」

エレン「す、すみません!!!!!!」

気をつけていたつもりだったのに、スカートを破いちまったんだ。

ストッキングに伝線が入るような、アレな。ビリーって感じで。

女子がやる分にはエロいからいいけど、男がこれやっても、なあ。

案の定、先輩達や、ジャンが萎えた顔していた。

でも女子の先輩達には何故かニヤニヤ笑われてしまった。

ペトラ「あーもう、セクシーになっちゃって……」

マーガレット「今から直します?」

ペトラ「しかないわね。ほらほら脱いで! (グイグイ)」

エレン「ちょ! ここで脱がさないで下さいよ! (赤面)」

ペトラ「時間が勿体ないからさっさと脱ぐ!」



ポイッ


ぎゃああああ! 逆セクハラっすよ先輩!!!

慌ててズボンを取りに行く。ズボン姿に戻って、

エレン「あービビった」

と、息をついた。

エレン「どこで引っかけたんだ? 気をつけてたのに…」

ミカサ「恐らくこれじゃないかしら?」

ミカサが見つけたのは、釘だ。

壁に打ち付けてある釘が一本だけ、ほんの少し出ているのがあった。

エレン「うわ! こんなの、気づかねえよ。くそ……あぶねえなあ」

ミカサ「そうね。応急処置をしておきましょう」

トントントン

ミカサが慣れた手つきで処置をする。その様が、すっげえ似合っていて思わず見惚れてしまった。

格好いい……。って、いかんいかん。これじゃ女子の思考回路だ。

役柄で女役をやっているせいかな。

ミカサの大道具姿を見ていると、たまに変な風にときめいてしまう。

それを悟られないように、気持ちを整えて、

エレン「お前、なぐり持ってるの、様になってんな」

ミカサ「そうだろうか?」

エレン「ああ。その大道具姿も、格好いいぞ。くそー羨ましいぜ」

と、慌てて男の思考に戻す。でもその時、

ミカサ「ごめんなさい。エレン」

エレン「え? 何が?」

ミカサ「ヒロイン役を押し付けたようなものなので」

と、ミカサが言ってきたので、ちょっと困ってしまった。

エレン「今頃言われてもな! でも、しょうがねえだろ。実際、ミカサの大道具は似合ってるし。でも怪我には気を付けろよ。こういうの、処理する役目なんだから」

ミカサの大道具姿、本当に格好いいんだよ。

でもその分、危険もあるから、怪我だけはしてほしくねえんだよな。

ミカサ「うん。気を付ける」

ペトラ「はい、とりあえず、直しておいたわよ。予備の布がもうなかったから、今回はスリット入れたまんまにしましょ」

エレン「ええ? スリット入りですか?!」

ペトラ「解れは縫っておいたわよ? だから大丈夫よ。もう引っかけないでね」

エレン「とほほ」

という訳で、ロングスカートには少しだけ、スリットが入ってしまった。

ちょっとだけスースーするけど仕方がないな。

ペトラ「あ、でもまずいか」

ミカサ「? 何がですか?」

ペトラ「脛毛よ! 脛! 脛の処理が必要になるわね、これだと」

エレン「えええええ……」

脛毛?! 剃るのか?! そ、そっちゃうのか?!

エレン「オレ、脛毛は濃くないから大丈夫じゃないっすかね…?」

ペトラ「ちょっと失礼(スッ)あ、本当ね。意外と生えてないわ」

ミカサ「エレンはまだ体毛が薄いの?」

エレン「そういう言い方はやめろ! 傷つくだろ!」

お子様みたいな扱いは傷つくだろうが!

ペトラ「うーん、体毛薄いのね。むかつくわー」

ペトラ先輩は何故か舌打ちしている。この様子だと、処理が大変なのかな?

あんまり想像はしたくなかったが、

ペトラ「なら剃らなくても大丈夫ね。まあ、剃った方が本当はいいけど」

と、今回は免除してもらえる事になった。

剃るのは嫌だけど、剃らなくて済むっていうのも嫌だった。男心は複雑だ。

練習はその後も、問題なく終わり、帰り道、

ミカサ「エレン、ごめんなさい」

ミカサが気を遣って謝ってきたけど……

エレン「……いいよ、もう。どうせオレはまだお子様だよ」

ついつい拗ねてしまう自分にまた自己嫌悪する羽目になった。

ミカサ「脛毛は生えてた方がいいの? でも、海に行った時、他の男子も似たようなものだった」

それは分かっているが、生えている方が大人の男っぽいんだよ。

エレン「生えてる方が男らしいんだよ」

ミカサ「そう……」

ミカサはピンとは来てない様子だったんで、

エレン「いや、こればっかりは体質だから、仕方ねえけどな」

と、オレもそれ以上は無い物ねだりだと思って諦めた。

ミカサ「私は毛の薄い方がいいと思うけど」

エレン「あ? 体毛濃い男は嫌いか?」

ミカサ「嫌いではないけど………」

ミカサがちょっとだけ首を傾けた。この仕草も可愛い。

何だろうな。ミカサの事が好きだって気づいてから、ミカサのいろんな仕草が逐一可愛く思えるようになった。

と、ついつい内心、でれっと思っていたら、

ミカサ「チクチクする、のであんまり好きではない」

エレン「チクチク?」

予想していなかった言葉が返ってきた。

ミカサ「うん。接触したときに、チクチクする、ので」

そんな風に言われたら、ついつい想像するだろうが!

何を? 聞くな! その、いろいろだ!

ミカサ「?」

エレン「あ、いや、そうか。そうだな。それは盲点だったなー」

もじゃもじゃだったら、イチャイチャする時に差支えが出ると言いたいのかな。

いや、そこまで考えて言ってる訳じゃないんだろうけど、ついつい。

ミカサ「うん。特に髭は……亡くなった父がちょっとだけ生やしていたので」

エレン「! ああ……そっか」

ああ、親父か。そうか。そうだよな。

馬鹿か、オレ。何変な事を想像してんだよ。普通はそういう方向で考えるよな。

でもミカサは首を振って気にしないように、と言わんばかりで、

ミカサ「いい。きっとエレンも、今は薄くても、父と同じくらいの年齢になれば髭も生える」

エレン「…………だといいけどな~」

大分先の話だな。それは。でも、その年になってもミカサと一緒に居られたらいいな。

だからちょっと複雑な顔で、オレは笑ってしまって、

ミカサ「………ぷっ」

でも、何故かミカサに笑われてしまって、

エレン「あ、てめ、このやろ。今、想像しやがったな」

ミカサ「そんな事はない」

エレン「嘘つくなよー」

未来を妄想してしまった。くすぐったいけど、悪くねえなと思った。

髭、似合わないかもしれんが、生やせたら、いつか生やしたいなと、思ったんだ。




そしてあっという間に大会当日が訪れた。

8月10日。この日は天候に恵まれ過ぎる程の汗ばむ暑さだった。

この暑い最中、甲子園球場でも熱戦が繰り広げられると思うと、野球部の凄さを思わずにはいられない。

オレ達、演劇大会の方は開演を午前10時からを予定している。

場所はA会場、B会場に分かれていて、それぞれ2日間にかけて行われる。

オレ達がいるのは、A会場の方だった。

午前中に2校、午後は4校。計6校分の演劇が一日で上演される予定だ。

部員は午前7時には会場に入りして荷物や小道具、衣装、背景セット等を確認した。

リヴァイ先生も大道具の恰好に着替えた。黒装束に腰に大道具セットをぶら下げて、口元にはマスク、頭には頭巾をかぶっていた。しゃべる時は一応、マスクはずらして、

リヴァイ「道具リスト、2回目のチェックは済んだか?」

オルオ「はい、全部完了してます」

リヴァイ「開始時刻は10時からだったな。他校の奴らにも会ったら必ず挨拶しろよ」

一同「「「はい!」」」

と、一応の注意が終わると、急に顰め面になった。

リヴァイ「ちっ……今年も仕込みの時間が殺人的だな。正気の沙汰じゃねえ」

ミカサ「?」

リヴァイ「普通の神経してたら生徒にこんな危ない真似はさせないもんだが……改善する気が全くねえな、上のアホどもが」

ミカサ「リヴァイ先生?」

スケジュール表を見ながらブツブツ文句を言ってるようだ。

オルオ「でも俺達の代に比べればマシになってますよ。会場搬入が7時半からになってますし、8時からだった時に比べると……」

リヴァイ「いや、これでもまだ足りん。これだけの規模なら、本来なら仕込み時間は3時間、欲しいところだぞ。それを40分で済ませろっていうスケジュールを組ませる側がおかしい」

ミカサ「?!」

えええ? 3時間かかる作業を40分でやるって、なんだそれ?!

リヴァイ先生が顰め面になるのも分かる気がした。

リヴァイ「これを実際にやるのは高校生の素人集団だぞ。正気の沙汰とは思えん。全く、わざわざ直訴したのに結局は反映してねえな」

ペトラ「でも10分増えてますから。その10分はリヴァイ先生のおかげですよ」

リヴァイ「………くそ、今年も後でまた同じ直訴をするしかねえな」

と、言ってリヴァイ先生はスケジュール表を折り畳みポケットに入れた。

リヴァイ「会場搬入が始まる前にいくつか注意事項を言っておく。大会は他校だけでなく、一般の方の来場者も大勢来る。挨拶は必ず気合を入れろ」

一同「「「はい!」」」

リヴァイ「それと、もし具合が悪くなったらすぐに誰かに言え。ギリギリまで我慢をするな。急に倒れられたら、そっちの方が迷惑だからだ。早めに言うようにしろ。後の事は必ず俺が調整をする。だから心配せずに言ってくれ」

一同「「「はい!」」」

リヴァイ「あと、自分の荷物は自分で管理しろ。もし紛失した場合はすぐ「遺失物管理」の係に届ける事。拾った者も同様だ。それ以上の事はするな。時間の無駄になるからな」

一同「「「はい!」」」

リヴァイ「…………あと、これは余計な事かもしれんが、他校の異性との交流は、大会期間中は携帯メアドの交換までにしろ。それ以上の事をやりやがった奴は、後で締める」

一年一同「「「ぶふーっ!」」」

一年は皆、吹き出した。思わぬ注意事項だったからだ。

オレは思わず突っ込んだ。

エレン「んな事やる奴、いないっすよ……」

リヴァイ「いや、毎年いるんだ。こっちがクソ忙しい時にナンパをしてくる他校の奴らがな。そいつらに構ってたら時間を無駄にする」

どういう部活動だよ。ナンパな奴らが集まっているのかな。

ミカサは注意しとかないといけないな。リヴァイ先生が傍に居てくれるなら大丈夫だろうけど。

リヴァイ「特に女子はヤバいと思ったらすぐ俺か男子に助けて貰う事。最悪の場合は叫べ。会場中に聞こえても構わん」

ミカサ「は、はい」

マリーナ「はい…」

リヴァイ「逆ナンパもしかりだ。女子の集団に囲まれたら、嘘でもいい。彼女がいるという事にでもして逃げろ。いいな」

男子一同「「「は、はあ……」」」

まあ、オレはないと思うけどな。

リヴァイ「とにかく今日は時間との勝負だ。無駄話は極力するな。だが、分からない事が出てきたら遠慮なく誰かに聞け。疑問に思ったら、行動を起こす前に一度、立ち止まるようにしろ。自分の仕事に責任を持つ為にはそれが必要だ」

一同「「「はい!」」」

リヴァイ「では各自、準備運動とストレッチを始めるぞ」

入念な準備を行って、いよいよ舞台が始まるぜ。

スタッフ『順番にお願いします! 会場内は絶対に走らないで下さい!』

と、会場側のスタッフさんもインカムで叫びながら協力してくれている。

ざわざわと、人の熱が騒ぎ出した。

さてと、いよいよ本番が始まる。気合入れていくか!







他校の生徒達も交えて大道具、照明、音響、衣装、受付、広報、会場のグループに分かれた。

受付、広報、会場というのはその会場に来て下さったお客様に対応する側の係だ。

大道具はマーガレット先輩、スカーレット先輩、ミカサ。照明はエルド先輩。音響はグンタ先輩。衣装はペトラ先輩。ガーネット先輩。受付はオルオ先輩、マリーナ。広報はキーヤン、カジカジ。会場はオレとジャンに分かれてそれぞれの仕事に取り掛かった。

会場の主な仕事はドアマンだ。お客様が来たらその都度、ドアを開けて入場を勧める。

あと会場内を定期的に歩いて、不審な物がないかどうかをチェックしたりもする。

変な物を持ち込んで騒ぎを起こされたら演劇大会その物が中止になっちまうからな。

会場担当の先生の話を聞いて、しっかりと会場の見取り図を頭の中に入れる。広いな。何人ぐらいの観客が入るんだろう。

会場のドアは2つ。そこに2人ずつ立ってドアマンをするから、4人は必ずドアの前に立たないといけない。

あと、万が一の時の避難経路も頭に入れておく。もしもの時は観客を誘導をする役目も担うからだ。

各学校から2~3人、いるから、12~15人くらいかな。

ローテーションを組んでドアマンをする事になった。割り振りを決めて、空いている時間は会場内を歩いて、不審な物がないかをチェックする事になる。

大体の方針が決まったから、オレとジャンは早速、それぞれ会場内を一通り歩いて見回る事にした。

ジャン「じゃ、後でな」

エレン「おう」

とりあえず一旦分かれて、オレは会場内をうろうろしてみた。

>>467
訂正。

大道具はマーガレット先輩、スカーレット先輩、ミカサ。照明はエルド先輩、エーレン先輩。音響はグンタ先輩、アーロン先輩。衣装はペトラ先輩。ガーネット先輩。受付はオルオ先輩、マリーナ。広報はキーヤン、カジカジ。会場はオレとジャンに分かれてそれぞれの仕事に取り掛かった。

照明、音響が一人ずつになってた。
一人じゃ無理だ。すまん。モブキャラ追加で。

すると途中で受付係のオルオ先輩とマリーナと会った。

オルオ「お? どうだ。会場の雰囲気は頭に入ったか?」

エレン「あ、いえ。今から歩いて確認するところです」

オルオ「そうか。まあ会場はそう忙しい部署じゃないからな。他の学校の公演中、ずっと立ちっぱなしなのがきついだけだ」

エレン「受付はどんな感じっすか?」

オルオ「忙しい時は忙しいぞ。客の波によるな。こっちもローテーションは決まったし、空いた時間は他の学校の公演を見る事も出来るぞ」

エレン「へーいいですね」

と、オルオ先輩と話していたら、

エレン「あ、お茶菓子がある」

受付の奥の方にお茶とお茶菓子が用意されているのを見つけてしまった。

マリーナ「これは来賓の方にお出しする分だよ。私達が食べる訳じゃないよ?」

エレン「え? ああ……それもそうか」

オルオ「合同リハが終わってから受付の仕事は動き出すからな。会場も30分前からが忙しくなるぞ」

エレン「じゃあ今は割と暇な時間なんですね」

オルオ「大道具は地獄の時間だがな。40分間で終わらなかったら、リハーサルの方にしわ寄せがくるから、もしそうなった場合は役者はほぼぶっつけ本番になっちまう」

エレン「ええ……」

ミカサ、大丈夫かな…。

オルオ「まあでも、オレ達の時よりはいい。30分しか仕込みがなかったし、大道具もオレとペトラだけだったしな。今年は3人いるだけ楽な方だ」

エレン「そうなんですね」

その時、アナウンスがかかった。

アナウンス『講談高校の生徒の皆様にお知らせします。場見を行いますので至急、舞台の方へ集まって下さい。繰り返します…』

オルオ「おっと、もううちの高校の場見に入ったか。早いな。さすがだ。いくぞ!」

エレン「は、はい!」

マリーナ「はい!」

仕込み開始からまだ10分くらいなのに早いな。

オレ達役者組はすぐさま舞台に呼ばれて、照明を当てながら舞台上に場見を貼っていった。

エレン「おおおお……」

実際に舞台に立ってみると、体育館とはまた違う趣があった。なんていうか、規模がまるで違う!

頭の上には沢山照明が吊るされているし、その広さも倍近くあった。

こんな広い場所で、演劇をするんだ。そう思うと、ドキドキしてきた。

ミカサ「エレン、場見が終わったならすぐはけて」

エレン「あ、悪い悪い」

大道具のミカサに注意されてしまった。慌てて袖にはける。

というか、ミカサの場見を貼る速度、すげえ早い。

他の先輩と引けを取らないというか、作業が早いというか。

その様子についつい見とれていたら、オルオ先輩が「役者の場見が終わったから、移動するぞ!」とすぐさま号令をかけたんだ。

ああ、ちょっとしか見れなかった。舞台裏。もっと見たかったんだが…。

次は背景セットの場見を始めたようだ。その様子は真剣そのものだった。

エレン「…………」

悔しいけど格好いい。ミカサ、大道具頑張っているんだな。

そう思うと、胸がドキドキした。いかん、また女子の思考回路になっているな、オレ。

ジャン「ミカサ、すげえなあ」

舞台を降りたジャンもオレと同じことを思ったようだ。

ジャン「あんなに大きい背景セットなのに、ひょいひょい担いでやがる」

そうなんだ。絶対重いに違いない物を軽々と運んでいる。次々と。

男からしてみれば、ちょっと嫉妬したくなる程だ。

オルオ「おい、そこ! ぼーっとするな! 邪魔になるぞ!」

エレン「す、すみません」

オレ達は慌てて我に返って客席通路から出た。

ミカサの頑張る姿を、目の端に入れながら、オレはオレの仕事に戻る事にした。

そして会場内を一通りぐるっと歩き回って、ゴミとかもついでに回収して、廊下を歩いていたら、

エレン「あれ?」

何でこんなところになぐりが落ちているんだ?

誰のだろ? そう思って、廊下の端に落ちていたそれを拾った。

エレン「ええ? 何でここにミカサのなぐりがあるんだ?」

何がどうなってここにミカサのなぐりがあるのかさっぱり分からんかったが、道具がないと困るだろうと思って、オレはその時、すぐに遺失物管理のスタッフの方にそれを届けようと思った。

………だけど。

この時、ちょっとだけ、自分の中の好奇心が、むくむくと膨れてしまって。

持ち主が分かっているんだから、直接渡した方が早いよな。

と、その時はずっかけてしまって、オレはもう一度、舞台の方に足を運ぶ事にしたんだ。

時間は仕込みが始まって30分くらい経っていた。

予定通りに進んでいればそろそろ仕込みも折り返しの筈だ。

もう一回だけ、舞台裏を覗いてみたくて、オレは舞台に戻った。

エレン「おーい、ミカサ。なぐり届けに来たぞ」

ミカサは舞台の上にいたし、舞台上に他の生徒もいなかったから、オレはひょいっと舞台に上ったんだ。

ミカサ「エレン? どうしてここに?」

エレン「あ、さっき、その辺の廊下に落ちてたからさ。ついでだし届けに来たんだよ。ダメだぞ。大事なもんなんだから、置きっぱなしにしちゃ……」

でもこの時、オレの死角から、その気配が近づいていたんだ。

ミカサ「危ない!」



ドン……!



他校大道具女子「きゃ!」

ドシーン……

ミカサの声に反応しきれず、オレは背後から接近していた彼らとぶつかっちまったんだ。

他校大道具女子「すみません! バックで運んでたんで、まさか人がいるなんて気づかなくて」

他校大道具男子「大丈夫か?! 怪我してないか?」

他校大道具男子「あんた、どこの高校だ?! 仕込み中に勝手に舞台に上がらないでくれよ! 危ないだろうが!」

エレン「す、すんません……」

やっべ! まさか後ろから人が来ているとは思わなかった。

そしてその直後、リヴァイ先生がやってきて、

リヴァイ「おい、何があった」

エレン「えっと、実は……」

事情を説明すると、リヴァイ先生の顔が急激に強張った。そして、



ゴス!


電光石火の膝蹴りが、オレの腹部を打ったんだ。

エレン「!」


ざわっ……。


一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。

痛みが腹に直撃した後、続けざまに2発、3発、4発!

何回蹴られたかな。覚えてないけど、オレはそのまま転がされて、踏みつけられたんだ。

他校大道具男子「ちょっと、あの……」

ミカサ「先生! やめて下さい! いくら何でもやりすぎ……」

ミカサの制止の声に被さる様に、リヴァイ先生がオレに言い放った。

その目の奥には怒りが見えた。でも、悲しそうな表情でもあった。

リヴァイ「俺は前もって言った筈だ。自分の荷物は自分で管理しろ。もし紛失した場合はすぐ「遺失物管理」の係に届ける事。拾った者も同様だ。それ以上の事はするな。とな」

エレン「………」

オレはこの時のリヴァイ先生の注意の意味をしっかりとは理解していなかったんだ。

理解していれば、こんな馬鹿な真似はしなかった。

後悔した。何でもっと、その意味をちゃんと考えなかったんだろうと。

リヴァイ「エレン、何故俺の言った事を守らなかった」

エレン「そ、それは……」

リヴァイ「当ててやろうか。『そろそろ仕込みも終わる頃だ。舞台裏がどんな風になってるのか、ちょっと覗いてみてえなあ』っていう下心があったんだろ」

エレン「!」

見透かされた。その通りだ。

オレはついつい、自分勝手に行動をして、その結果、事故を起こしたんだ。

リヴァイ「場見の時、一瞬しか見れなかったから、本当はもう少しじっくり見てみたい。そう、思ったんじゃないのか」

エレン「…………はい」

嘘をついても仕方がない。オレは素直に白状した。

エレン「なぐりを拾ったんで、ミカサのところに行くついでに、見れたらな、と思いました」

リヴァイ「そうか。だがお前は役者としてやってはいけない事をやった。そのせいで事故が起きた。もしそのせいで二人が死んでいたら、お前は責任が取れたのか?」

エレン「…………」

オレはこの時、自分がした事の大きさを理解していなかった。

演劇をやる人間の間では常識であるその禁忌を、オレは空気を読まずにやっちまったんだ。

なんていうか、赤信号の時に道路を渡ってはいけない。

それくらいのレベルの常識だったせいで、先輩達もそれを改めて伝えるという事を忘れていたんだそうだ。

ジャンには後で「お前、野球部だったらケツバットだぞ。良かったな。リヴァイ先生が優しくて」と呆れられた。

ミカサ「事故は、軽傷です! そこまで大げさにしなくてもいい!」

他校大道具男子「あの、そうですよ。こっちは別に怪我した訳じゃないんで」

他校大道具女子「こっちもちゃんとバックを見てなかったのが悪かったですし」

リヴァイ「だがそれはたまたまだ。この二人が抱えていたセットがもっと大きくて重い物だったら、運が悪けりゃ下敷きになって本当に死んでいたかもしれない」

そうなんだ。オレはたまたま運が良かっただけなんだ。

ぞっとした。自分の馬鹿さ加減に。本当に。

リヴァイ「舞台裏は命賭けの現場だ。何の為に裏方が命を張ってるのか考えろ。お前ら役者の為だろうが。お前らを危険から守る為に神経張りつめている。それを役者のお前が邪魔したら、本末転倒だ。言ってる意味は、分かるな?」

エレン「………はい」

オレは頷いた。するとようやくリヴァイ先生も足をどけてくれて、一緒に謝ってくれた。

そしてオレのせいで、大事な時間を無駄に消費させてしまった。

その事も申し訳なかったし、リヴァイ先生に対しても、すげえ悪い事したと思った。

腹は痛かったけど、腹よりも胸が痛かった。

その後は、自分の仕事に戻った。合同リハーサルは時間通りに行われて、事なきを得たけど。

その間ずっと、ミカサの顔が般若のように強張っていたからどうしたもんかと思った。

昼の休憩時間になってもミカサの表情は変わらなかった。根に持っているようだ。

だから先輩達が「どうしたの?」と聞いてきて、事情を説明する事になり、そこでもオレは先輩達に怒られてしまう羽目になる。

オルオ「おま、それ、最悪だぞ。仕込み中は自分の立ち位置をバミってる時以外は、役者は絶対、舞台にあがっちゃいかんぞ」

ペトラ「ましてや、他校の背景セットをバミってる時にそれやっちゃうとは……死人が出なくて幸いよ」

エルド「本当だな。いや、でもこれは……」

グンタ「ああ、俺達の教育不足だった。こんな基本的な事、伝え忘れてたなんてな」

ペトラ「ごめんね。エレン。お腹、大丈夫?」

エレン「腹は腹筋鍛えてたんで大丈夫っすけど……」

ペトラ「けど?」

エレン「み、ミカサの機嫌がえらいことになりました…」

ミカサの顔が元に戻る気配が全くない。

いや、怒ってくれるのは嬉しいが、今回は全面的にオレが悪いからな。

蹴られて当然の事をしでかしたんだ。むしろ、リヴァイ先生には感謝しているくらいなんだぞ。

エレン「ミカサ、いい加減その顔やめろよ。本気で怖いぞ」

ミカサ「……(もぐもぐ)」

空気が重い…。本当、このまま本番を迎えるのは嫌なんだが。

するとその時、マーガレット先輩がため息をついて、

マーガレット「教育不足だったのは私も同じです。道具は知ってる奴にしか貸すなって前もって言っておくべきでした」

ミカサ「うっ…すみません」

つまりミカサが他の学校の奴らになぐりを貸して、それが置きっぱなしになっていたのをオレが拾った訳なんだ。

廊下でこっそり修理していたんだろうな。んで、慌てていたから道具を返すのを忘れて放置していた、と。

世の中、いい奴ばかりじゃねえって事だな。気をつけないと。

スカーレット「私はなぐりとポーチを繋げられるように自分で改造してますしね」

と、スカーレット先輩がミカサに見せていた。

なぐりの端っこに紐をつけてポーチで繋いでいる。おお、凄いな。

スカーレット「着脱式だからすぐ外せるけど、基本は繋いだまま使うね。これなら置き忘れも防げるし。今度改造してあげるね」

ミカサ「お、お願いします」

ペトラ「あー本当、うちらはまだまだね。先輩として不甲斐ないわ」

オルオ「だな……今頃きっと、リヴァイ先生、呆れかえってるだろうな」

リヴァイ「ああ、その通りだな」

一同「「「「!」」」」

その時、リヴァイ先生が戻ってきた。疲れているみたいだ。

リヴァイ「………なんだその面は。しけた面しやがって」

オルオ「うっ……すみません」

リヴァイ「だから何を謝っている」

ペトラ「私達、先輩として不甲斐ない、ですよね」

リヴァイ「? 何の話だ」

エルド「先生、今の会話聞こえてたんですよね? 俺達に呆れてるんじゃ…」

リヴァイ「どうしてそうなる。呆れるのは自分自身だ」

と、リヴァイ先生は少し苛立った表情で席について弁当を広げた。

あぐらをかいて、持参の水筒から紅茶をついで飲み始めた。

リヴァイ「これでも頑張っている方なんだが……俺は表現力が足りねえ。圧倒的に。ハンジにもよく言われる。あいつが傍に居たら、俺の言葉をもっと分かりやすくお前らに伝えられたかもしれんが」

と、ため息交じりに先生が続けた。

リヴァイ「俺自身の言いたい事がしっかりとは伝わってなかった。お前らの性格は大体把握してたつもりだったのに……すまなかった」

ああ、だからあの時、怒っているのに、悲しそうな顔をしていたのか。

言葉のボールが届いていなくて、それにがっかりしていたんだな。

リヴァイ「エレンが元々、大道具志望だったのは知っていた。興味があればつい、裏方を覗きたくなる事もあるだろう。だからもっと、舞台裏の危険性を俺が前もって言っておくべきだったんだ」

エレン「いや、今回の事はオレが横着したのが悪いんすよ! 先生!」

オレは慌ててリヴァイ先生にそう言った。自分を責めないで欲しかった。

客観的に見てどう考えてもオレが悪いのに、むしろもっと怒ってくれてもいいのに。

リヴァイ「いや、エレンが好奇心が強くて思い切りのいい性格なのは分かっていた。出ないとあんな突飛な豚汁は作れん」

ああ、料理の出来栄えでそんなところまで分析していたのか。すげえな。

………って感心している場合じゃねえ!

オレは「そんな事ないですよ!」と続けようとしたけど、

リヴァイ「それとミカサ、お前もだ。基本的にお前は人がいい。自分が無理をしても相手に尽くしてしまう傾向にある。だからなぐりの件も、ちゃんと前もって注意するべきだった」

ミカサ「………」

と、ミカサの方に対しても自分を責めているようで、オレは言葉を出せなくなった。

すげえ。リヴァイ先生って、見てないようでちゃんと生徒の事を見ているんだ。

そんなに長い時間、一緒にいる訳じゃないのに。そのハンデを観察力と分析力で補おうとしていたんだ。

リヴァイ「失敗のパターンというのは、そいつの性格に大体繋がっている。俺の場合は、表現力だな。自分の言いたい事が伝わり切れなくて失敗する。だから本来は上に立つリーダータイプじゃねえんだが……」

顧問をするって大変なんだな。そう思わずにはいられなかった。

でもオレはリヴァイ先生が顧問で良かったと思っている。ここにいるメンバー、全員そう思って欲しいくらいだ。

リヴァイ「それでも、一応お前らの顧問だ。やれる事はやってやるつもりだ。午後の本番までには気持ち切り替えておいてくれ。いいな」

一同「「「「はい!」」」」

ミカサ「………」

ミカサだけ、反抗しているけど。

エレン「ミカサ!」

ミカサ「………はい」

その場では一緒に返事をさせたんだ。





昼食を終えて会場に戻ると、丁度そこにアルミン、マルコ、アニの三人が到着していた。

アルミン「あ、エレン! ミカサ! ジャン! おーい」

ぴょこぴょこ飛んで手を振るアルミンと、マルコ、そして少し遅れてアニがいる。

おお? アニがちょっとだけ綺麗になっている。

気合入れて来てくれたんだ。嬉しいな。こういうの。

アルミン「間に合ってよかったよ! 初めて来る会場だから道に迷いかけてね」

マルコ「………にしても人が多いね。席、取れるかな」

アニ「最悪、立ち見でも構わないけど……」

ジャン「ああ、学校別に大体席を区切ってあるから、オレらが出演してる時は、オレ達の席で座って見てればいい。案内してやるよ」

と、ジャンが先頭に立ってエスコートした。皆で移動していると、

アルミン「…………ミカサ、大丈夫? 顔色良くないよ?」

ミカサ「いいえ。私は大丈夫」

エレン「まあ、ちょっとな。いろいろあって、な」

アルミン「? うーん、今日は暑いからね。熱中症にだけは気を付けてよ」

と、アルミンは扇子をパタパタさせながら言った。

ジャン「そういや、サシャ達いねえな。あいつら、甲子園の方に行ってるのか」

アニ「うん。サシャがどうしてもコニーの応援行きたいって言って。夜行バスでライナー、ベルトルト、ユミル、クリスタの4人を引き連れて5人で行ける旅行パックで行ってくるって」

ジャン「まじか。ビデオ頼んでおけば良かったな」

マルコ「それは大丈夫。僕がライナーに預けてきたから」

ジャン「お? さすがマルコ。気が利くな」

マルコ「ジャンがきっと後で見たいだろうと思ってね」

と、話していたらあっという間に席に到着した。

ジャン「この真ん中辺りが講談高校の席だ。この辺で見ててくれ。午後は二つ目だ」

アルミン「うん、分かった」

エレン「オレ達はそれぞれの係とかあっから、一緒に居てはやれねえけど、楽しんでくれ」

アニ「うん。こっちはこっちでやっとくよ」

という訳で、アルミン達と別れてそれぞれの持ち場に戻るオレ達だった。

リヴァイ先生に蹴られて反省中のエレン。
常識って、常識過ぎると初心者は知らずにやらかす例もある。
掲示板でも良くある事ですよね。

という訳でまた次回。

早く寝すぎて早く起き過ぎた。でもまた眠くなったので寝ます。
おやすみなさい。お気遣いありがとう。ではではノシ








午前中にドアマンをやったので、午後は会場の中で客席通路の端っこに立っていた。

舞台会場内で他のお客様の誘導をするのも会場の仕事だ。具合の悪い人を見つけたら、一緒に医務室に連れていく役目もある。

幸い、お客様は皆、何事もなく劇を見ていた。

集英高校の劇はコメディ中心の劇だった。会場がどっと笑いに包まれて、始終、笑い声が絶えない劇だった。

劇が終わってからも「面白かった!」という声がちらほら聞こえてしまって、この劇の後にやるのかと思うと胃が痛くなった。

ジャンも同じように思ったらしく、渋い顔をしていたが、集英が撤収してオレ達の番になると、幕の裏側で皆で円陣を組んだ。

オルオ「あー集英の後ってのは非常にやりづらいが……俺達は自分の劇をやるだけだ。余計な事は考えない。台詞忘れても劇は止めるな。アドリブで繋げ。それっぽく。怪我には注意だ。楽しんで、最後までやるぞ!」

一同「「「「おー!」」」」

と、オルオ部長の掛け声で気合を入れなおした。

そうだ。前の劇が良かったからといって、尻込みしている場合じゃないんだ。

やるだけの事はやってきた。後は本番に全てをぶつけるだけだ。

そう言い聞かせて、幕が上がるのを待った。

マリーナのナレーションの声が聞こえた。

そしてゆっくりと幕が上がっていった………。






エレン「……………」

すまない。ここで一旦、中断する。

というか、ここで演技をしていた時の事、思い出すの、省略してもいいか? ダメか?

何でって? その……恥ずかしいんだよ。改めて演技中の事を思い出すのは!

自分で描いた絵を時間が経ってから見直すと、下手くそ過ぎて喚きたくなるような、そんな気分になったことないか?

もしくはテストの回答が酷過ぎて、過去の自分を殴りたくなるような。そんな経験、ないか?

つまり舞台の事を思い出すのは、オレにとっては恥ずかしい記憶なんだ。

ここは省略でもいいよな? いいよな?

………え? 一か所だけ気になるところがある? どこだよ。

ああ、オレが何で仮面を被りなおさずに、素顔を前面に押し出したのか。

あのアレンジの意味を知りたいって?

そんなに大した事じゃないんだが、まあいいや。

じゃあ、ミカサに質問した、あのシーンから振り返るか。それでいいよな?





劇の途中で仮面が外れて、話の筋がずれてしまうというハプニングをどう修正するべきか。

この後のシーンをそのまま演じてしまっては微妙な違和感が残る。

だからぶっつけ本番で、話の筋を「素顔がバレた」前提で進めないといけない。

エレン「………」

オレはミカサに確認する事にした。

オレの中の「レナ」はミカサをモデルにしているからだ。

エレン「……ミカサ(小声)」

ミカサ「何? (小声)」

エレン「お前ならどうする? (小声)」

ミカサ「私? (小声)」

エレン「もし、自分の好きな人……愛する人に隠し事がバレてしまったら、それをずっと誤魔化し続けるか?」

ミカサはすぐさま否定してくれた。

ミカサ「いいえ。嘘を突き通せる程、私は器用ではない……ので(小声)」

エレン「………だよな(小声)」

だとしたら、不器用なレナもきっと、同じことをするんじゃないかって。

そう、オレは思ったんだよ。

エレン「ペトラ先輩、この後のシーン、少しアレンジを入れさせて下さい(小声)」

ペトラ「修正できそう? (小声)」

エレン「多分。その代り、オレ、この後のシーンで観客に素顔を全面的に見せます(小声)」

ペトラ「え?! (小声)」

エレン「台詞の流れはほぼ同じで、その代わりタイ王子の反応を少しだけ変更します。いいですか? (小声)」

ペトラ先輩はすぐに頷いた。

ペトラ「任せるわ。頑張って! (小声)」

時間が迫っている。詳しい説明をする時間はなかった。

だからオレはジャンに言ったんだ。

エレン「ジャン、オレの演技に合わせろ(小声)」

ジャンは何も言わず、ただ小さく一度だけ、頷いた。

オレが先に舞台に出る。風呂で偶然、居合わせるこのシーンで、オレはそれをやると決めた。

レナ(エレン)『あっ………』

レナ(エレン)『タイ……様』

仮面は被りなおさない。もう自分の素顔を晒すと決めた。

それは真実を話す決意と、自分の気持ちに嘘をつかないという、決意の表れ。

タイ王子(ジャン)『……顔……火傷……してない』

もう誤魔化さない。例えタイ王子にそれを咎められたとしても。

ジャンはオレに合わせて台詞のニュアンスを変えてくれた。

さすがだ。空気の読める男だな、ジャンは。

レナ(エレン)『…………』

タイ王子(ジャン)『あの時は、嘘をついていたのか』

冷静に事実を確認するように言う。それでいい。

レナ(エレン)『………はい』

タイ王子(ジャン)『……もしかして、兄上に見初められるのが嫌で……か?』

ここはそのまま。

レナ(エレン)『はい。加えて言うなら、カプリコーン国との婚儀そのものを壊すつもりでした』

タイ王子(ジャン)『……すまなかったね。そうとは知らず、自分が代わりに君を貰ってしまった』

レナ(エレン)『いいえ。それは…』

タイ王子(ジャン)『よほど、結婚が嫌だったのだろう? 今からでも遅くはない。君が望むのであれば、今の関係も解消して……』

レナ(エレン)『それは嫌です! (食い気味に)』

タイ王子(ジャン)『!』

レナ(エレン)『その……離縁になれば両国の関係が悪化しかねないですし、その…今更そんな事をする意味が…』

タイ王子(ジャン)『しかし自身の気持ちを犠牲にするのは意味がない。君自身に無理強いをさせているのだとしたら…』

レナ(エレン)『無理はしておりません! (再び食い気味に)』

タイ王子(ジャン)『? そ、そうか…では、今まで通り、私の妻でいると、いうのか』

レナ(エレン)『……はい』

もう逃げない。そう決めた彼女を、タイ王子は受け入れる。

ここがこのシーンの一番大事なところだ。ヒロイン力を見せつけろ!

………ヒロイン力って何だよ? っていうツッコミは無しで頼む。

タイ王子(ジャン)『分かった。しかし、君が本当は火傷を負ってなかった事が、もし兄上にバレたら……………面倒だ。その仮面は今まで通りつけ続けてくれるか?』

レナ(エレン)『それは、勿論です(こくり)』

タイ王子(ジャン)『………二人きりの時は、外していても構わないが』

レナ(エレン)『え?』

タイ王子(ジャン)『あ、いや、何でもない! そこは君の自由にしていてくれ!』

ジャンが先にはける。

それを見つめながら照れ隠しをするレナ王女。仮面をつけなおして、王子を追いかける。

袖にはけた後、緊張感が緩んで思わず息をふーっと吐いた。

しんどかった。とりあえず、うまくいったかな。多分。

ペトラ「エレン! 良くやった! 今のシーンのおかげで流れを修正出来たわ! (小声)」

オルオ「ああ。ここから先は台本通りでいける。もう心配いらないな(小声)」

エレン「……まあ、演じてるのが男だって全面的にバレたでしょうけどね(小声)」

ペトラ「そこはもう、いいわよ。問題はそこじゃないもの(小声)」

オルオ「ああ。問題は男だろうが女だろうが、レナを「美少女」として観客が認めたかどうかだ(小声)」

まあ、もし美少女として認められなくてもそこはしょうがねえ。

でもオレは素顔を晒す方が、レナ王女の気持ちがより、観客に伝わると思ったんだ。

レナ王女はタイ王子が好きだ。だから真実を伝えた。

「好き」という言葉は言ってないけど、態度で告白したようなものだ。

元の台本の方ではこの時点で真実がバレたのに、妻で居続けるという答えを出したレナ自身が、やっと自分の気持ちに気づくんだ。

だから「………はい」のシーンも、思わずそう言ってしまったような感じなんだけど、オレはそこをもっとはっきりとした回答に変えた。

だってレナ王女は、タイ王子と一緒に昼夜を過ごしたあの時から、彼に惹かれていたから。

仮面で隠していたのは、嘘だけじゃない。自分の気持ちそのもの。

蓋をしていたものを、晒してしまった。でも、もう後戻りはしない。そういう強い彼女の決意をここで見せるべきだと思ったんだ。

ハプニングのせいで台本の流れを変えざる負えなくて、ペトラ先輩には悪い事をしたと思ってるけど、本人は全然凹んでいなかった。それだけが、救いだった。本当に。

そんな訳で、なんやかんやで何とか劇も終わって、何でか体操部と合同のカラオケ打ち上げ会を行って、夜も更けた頃に家に帰った。

家の中に入る直前にさ、見上げた空に、綺麗な満月が見えたんだ。

その月明かりに照らされたミカサが、もっと綺麗でさ。

なんていうか、「今日は月が綺麗ですね」と、世間話をするくらいの気持ちで、つい、

「やっぱりミカサが好きだな」って思ってしまったんだよな。あの時。

それに加えて、あの夜は劇をした後の高揚感がまだ、残っていてさ。

レナ王女の強さに、オレ、影響されていたのかもしれないけど。

なんか、勢い余って、ミカサに告白してしまったんだ。

馬鹿だよな。オレ。結果は御覧の通りだけどさ。

あーもう、布団から出たくねえ。一生、ここに引き籠りたい。

……とか思っていたら、何か、いい匂いがしてきたんで、頭を起こした。

何だ? 朝ご飯の時間にはまだ早くないか?

現在、朝の5時くらいだ。徹夜した腹には、丁度いい匂い。

ぐるるる……腹減ったな。下に降りてみるか…。

のそのそと、音を立てないように下に降りてみると……

エレン「?!」

ぎょっとした。なんだこれ?!

テーブルの上にご馳走が並べられている。というか、今日は正月か盆か?!

何なんだ。この料理の数は! 作っているのは……。

エレン「ミカサあああああ?!」

そう、なんとミカサが何故か朝っぱらから料理をしまくって食材を全部使う勢いで作業をしていたんだ。

エレン「ちょちょちょ! ミカサ! 何やってるんだよ!?」

ミカサ(ぼーっ)

いかん! 全然聞こえてない様子だ。ぼーっとしている。

ぼーっとしているのに、手だけはちゃんと動かして料理している。

これどういう状態なんだ? オレは一体どうしたら…。

ミカサの母「あらら? もう、朝早くから何?」

エレン「おばさん!」

騒ぎに起きてきたおばさんが「まあ」という顔をした。

ミカサの母「参ったわ。どうしましょう」

エレン「おばさん! これ、どういう状態なんですか?」

ミカサの母「ええっとね、ミカサはね、悩み事があると、食材を全部使い切るまで無心で料理をしちゃう癖があるのよ」

エレン「え、ええええ?」

ミカサの母「しかも絶対、その悩み事を話してはくれないのよね。困ったわ」

と言う事は何か? オレが昨日の夜、告白したせいでこんな変な状態になっちまったのか?

ミカサの母「まあでも大丈夫よ、エレン君。食材が尽きたら自然と収まるから」

エレン「え、でも…」

ミカサの母「困った子でごめんなさいね。ミカサのこの悪い癖、なかなか直らないのよ」

と、のほほんとしている。

そして二度寝をしに階段を戻っていくおばさんだった。

ミカサは本当に冷蔵庫の中やストックの粉物等を全部使い切った後、我に返った。

ミカサ「は!」

テーブルの上に並べられた豪華な料理を目の当たりにして、自分のやらかした事を認めたようだ。

ミカサ「しまった……またやってしまった!」

ずーんと落ち込んでいるミカサを見ていると、何と言えばいいのか分からんかった。

エレン「あのさ、ミカサ……」

ミカサ(ビクッ)

あ、目を合わせてくれない。

仕方ない。オレも出来るだけ目線を合わせないようにした。

エレン「飯、ちょっと貰っていいか? 腹減ってるからさ」

ミカサ「どうぞ……」

とりあえず、全部を食うのは無理だけど、丁度腹減ってたから、頂く事にした。

卵焼き。ホットケーキ。スパゲティミートソース。白玉フルーツ。野菜炒め。カレーライス。炒飯。野菜の酢和え。等々。

和風洋風、ごちゃまぜで作っていたようだ。手あたり次第って感じだな。

ミカサ「どうしよう。食べきれない量を作ってしまった」

エレン「………今日、うちに皆を呼ぶか?」

ミカサ「え?」

エレン「人数呼んで食って貰うしかないだろ、これ」

夏場だから保存も長くは効かない。作ったらすぐ食べてしまう方がいい。

エレン「アルミンとかに後で連絡してみる。ミカサも少し腹に入れたらどうだ?」

ミカサ「う、うん……」

ミカサも席についた。オレの席の斜め前に。

いつもと違う席だ。距離を感じるのは否めない。

あああもう、時間を巻き戻してしまいたい。

そしたら過去の自分を、告白する直前で背中蹴って止めるのにな。

気まずい朝飯だった。会話がない……。

オレはとりあえず、朝からホットケーキや卵焼きを頂いて腹を膨らませた。

今は下手に触らない方がいいのかな。

というか、この反応をどう捉えたらいいんだ? オレは。

頭の中では後悔をしつつも、ミカサの不思議な反応に戸惑いを隠せない。

一応、オレの言った事を悩んでくれているのかな。

いや、でも、どう断ろうかと、それで悩んでいるのかもしれない。

もういっそ、聞かなかった事にして、無かった事にされる方がいいんだろうか。

と、オレの中でも、ぐるぐる葛藤していたその時、

ミカサ「え、エレンは……」

エレン「ん?」

こっちを見ないまま、ミカサがやっと口を開いた。

ミカサ「エレンは、私の、何が、好き?」

エレン「え?」

ミカサ「私の、どこが、好き?」

うお?! なんかゲームの選択肢みたいな質問来たな!

やばい。ここで間違えたらオレ、バッドエンドに直行する。

せめてノーマルエンドを選びたいと思ったオレは、必死に頭の中を巡らせた。

オレの中でいくつかの選択肢が浮かんでいく。

1.エレン「可愛いところが好きだ」

2.エレン「頑張っている姿が好きだ」

3.エレン「色気ムンムンなところが好きだ」

………いかん、3番はダメなルートだ。そこは絶対選んじゃダメだ!

1番か、2番かな。うん、ここは1番で行こう。そう、決意した直後、

ミカサ「が、外見が好き? なの?」

と、先制攻撃をされてしまった。ぐは!

エレン「そ、それは当然、それも含むけど…」

ダメだ。これは外見を褒めてもダメな気がする。

中身だ。中身で勝負する。

1.エレン「世話好きなところが好きだ」

2.エレン「優しいところが好きだ」

3.エレン「ヤキモチ妬きなところが好きだ」

おいいいい! 3番! バッドエンドに誘導するんじゃねえ!

1番で行こう。ここはオーソドックスに、1番で勝負だ。

そう、選択肢を選ぼうとしたら、またしても……

ミカサ「それは本当?」

と、心を見透かしたように、まだ答えてないのにそう言われてしまった。

エレン「うぐ! 1番に決まってるだろ?!」

ミカサ「え?」

エレン「いや、何でもねえ。こっちの話だ。ええっと、何の話だっけ」

ミカサ「………もういい」

と、ぷいっとそっぽ向かれてしまった。

あああああしまった! 時間オーバーか?!

ミカサはもぐもぐご飯を食べ終えて自分の部屋に戻ってしまった。テーブルの上の料理を放置したまま。

あー……いかん。もうダメだ。

やっぱり告白するべきじゃなかった。この気まずい空気、耐えられん。

オレはとほほな気分で、料理を写メして、アルミンにメールを送った。

そして暫くして返信が来た。マルコやジャン、あとアニも連れてこっちに来てくれるらしい。

まだ足りないな。サシャがいれば一番早いんだが、オレ、サシャのメルアド知らないんだよな。

すると、その後にアニからメールが来て(多分、アルミンがオレのアドレスを教えたんだろう)、ライナー→クリスタ→サシャ経由で連絡ついたから、サシャも連れてくるという話がついた。

サシャ達は昨日の夜に家に帰っていたらしく、こっちに来れるとの事だった。

それはつまり………

エレン「コニー、初戦敗退か」

朝の朝刊を見てみたら、やっぱりそうだった。

昨日の試合はやはり、負けたようだ。4-3だ。いい試合をしていたようだ。

オレはアニに「コニーも連れてこれるかな?」と返信したら、アニが「確認してみる」と、連絡をしてくれたようだ。

アニの奴、意外といい奴だな。そしてコニーから直接電話の連絡がきた。

エレン「よお、コニー」

コニー『おはよーさん! 今日、そっちでタダ飯食えるって本当か? 本当にいいのか?』

エレン「おう! ミカサが作り過ぎちまって、困ってるんだ。皆で食ってくれ!」

コニー『何時ごろ、そっちいけばいい?』

エレン「いつでもいいぜ! 家分からんなら、駅まで迎えにいくけど」

コニー『いや、多分、大丈夫だろ。アルミン達と全員、一緒に合流していく方が早い』

エレン「そっか。じゃあこっちは待ってるからな」

という訳で、今日はミカサの料理のおかげで家でプチパーティーになりそうだ。

という訳でお待たせしました。
回想終了&エレン視点で物語再開です。
ここでやっと、エレンの家庭の事情が皆に知れ渡る回です。
ミカサはまだもやっとしていますが、続きは次回で。ではまた。

そんな訳で、11時くらいかな。皆が集まってうちに来た。

コニー、ライナー、ベルトルト、ユミル、サシャ、クリスタ、アニは今回初めての来訪だ。

で、この時についでにうちの家庭の事情も皆に話す事になった。

既に知っているアニは通常運転だったが、ライナーやベルトルトはさすがに驚いていた。

ユミルは「へーなるほど」と納得した顔してクリスタは「それは大変だね」と何故か心配されて、サシャには「家族が増えていいですね!」とあっさり言われた。

コニーも「家族が増えていいじゃん?」とあんまり深刻には捉えてないようだ。

料理をテーブルからリビングの方に移動させて皆で食べる事にする。

ミカサが降りてきた。一度、ちゃんと着替えて身支度した様だ。

オレがリビングに料理を運んでいるのを見て「手伝う」と言ってくれたけど、

エレン「いいって。もうほとんど終わったし」

アルミン「うん、もう準備は終わったよ」

ミカサ「ごめんなさい…」

エレン「いいから、とにかく席につけ」

と、言ってミカサを無理やりオレの隣に座らせて、皆で飯を食う事になった。

アルミン、オレとミカサ、ジャン、マルコ、コニー、サシャ、クリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルト、アニ、でぐるっと料理を囲んで少し早い昼飯になった。

エレン「悪いな、皆。急に呼びつけて」

サシャ「全然いいですよーこういうのだったらいつでも駆けつけますからね!」

コニー「タダ飯食えるならどこでもいくぜ!」

と、早速ガツガツ食べ始める二人だ。この二人がいれば飯が残る事はまずないだろ。

ジャン「なあ、エレン。ビデオ繋いでもいいか?」

エレン「ああ、昨日の試合か。いいぜ。ちょっと待て」

ビデオカメラをテレビに繋いで直接映像を流す。

コニーの前で観てもいいんかな? とも思ったけど、コニーはむしろ「見ようぜ!」と明るい反応だった。

コニー「試合は早いうちに反省しねえとな!」

と、頭の切り替えが早いようだ。羨ましい性格をしている。

そんな訳でビデオを見ながら食事会だ。

皆でミカサの手料理を食べながらコニーの試合を観戦する。

ライナー「最初はリードしていたんだがな……」

ミカサ「え? 先制点は講談が取ったの?」

ミカサがそういうとコニーが説明した。

コニー「オレのヒットで2点取ったんだ。その後にキュクロのソロホームランもあった」

エレン「へーすげえなお前。甲子園で打ったのか」

試合結果しか見てなかったから、その内容までは知らなかった。

コニー「おう! 甲子園で打つのが夢だったしな!」

と、自慢げだ。夢がひとつ叶って良かったな。

でも後半、じわじわと追い上げられた。8回の満塁の後の、グランドスラム。

所謂満塁ホームランをカプコン高校に決められて、心が折れたのか、9回で追いつけずに負けた。

コニー「1点差だったんだ。でも、その1点が取れなかったんだよなあ」

と、コニーは悔しそうにしている。

ジャン「なあ、なんでキュクロを8回まで使わず、7回で降ろしたんだ?」

と、ジャンが問い詰める。

ジャン「前の試合の疲れが残っていたのか? それとも途中で怪我とか…」

コニー「ビンゴ。7回で爪が剥げちまって、続投出来なくなったんだ」

ジャン「げ! まじかよ、それ……爪のケアしてなかったのか?」

コニー「んにゃ。厳密にしていたけど、それでも耐え切れない程、爪に負荷がかかってさ。あのストレートだろ? 指先に結構力入れていたみたいだし、うっかりやっちまったんだって」

アルミン「うひい……それはきつかったね」

アルミンがまるで自分の事のように青ざめる。

ミカサ「爪が割れる事もあるのね」

ミカサがちょっと驚いていたようだ。するとジャンが親切に解説する。

ジャン「あるぜ。女子がよくやってるだろ? あんな感じで投手は爪もちゃんと手入れするけど、それでも割れる時は割れる。特に速球派は気をつけないとやりやすいからな」

コニー「でも負けたのはキュクロのせいじゃねえよ」

と、コニーが白玉を食いながらきっぱり言い切った。

コニー「オレの……いや、オレ達の力が足りなかったから負けたんだ。特に打力がなかったせいだ」

ジャン「そうか? 結構、ヒットは打ってるだろ?」

コニー「ヒットは打っても、ホームラン性の当たりが少ないんだよ。見ろよ。カプコン高校の打線。ファールも多いけど、飛距離が全然違うだろ」

そう言われて改めて見ればその通りかもな、と思った。

コニー「うちには所謂、ホームランバッターが少ないんだ。悔しいけど、一打で流れが変わる時もある。オレにはそれが出来ねえけど」

コニーは体が小さいからか、ホームランバッター向きじゃねえのかな?

オレは野球についてはパワプロで得た知識程度にしか知らないから推測だけど。

コニー「なあ、ジャン。何度もしつけえって思うかもしれんけどさ、野球部に入らねえか?」

ジャン「はあ?」

と、コニーが再び勧誘を仕掛けてきた。

コニー「オレが見た限り、お前、ホームランバッター向きの、いいセンス持ってる。オレには出来ない事をジャンなら出来ると思うんだよ!」

ジャン「……………」

ジャンの視線がミカサに動いて、そしてコニーに移動した。

コニー「途中加入でも全然いい! 次は秋の大会があるし、新チームが始まるし、そのタイミングなら、ジャンも………」

マルコ「コニー、ダメだよ。本人に無理強いしちゃ」

コニー「でもよお! ジャン、野球好きなんだろ?!」

ジャンの顔が、一瞬強張ったのを、コニーは見逃さなかった。

コニー「オレ、嬉しかったんだぜ? 甲子園、来られないのにビデオ持たせて、ライナーに撮らせたって話を聞いてさ。マルコに頼まれたって聞いて、マルコはジャンに見せたいからって、今日だって、すげえビデオの試合真剣に見てるし、ジャン、絶対、野球大好きだろ?」

そう言い切られてジャンも少しコニーに気押されていたけど、

ジャン「そ、そりゃ好きだけど、実際やるかは別だろ。オレ、頭を剃りたくねえし」

と、用意していた言い訳を使って逃げるようだ。

コニー「そこを何とか! 頼むよジャン!」

ジャンが苦いお茶を飲んだような顔になってんな。コニーに拝み倒されて困り果てているようだ。

ジャン「無理だ。大体、演劇部だって九州大会に行くんだ。そっちの方が大事なんだよ。今更辞めて、野球部に合流出来るかよ」

コニー「そ、そうなんか……」

コニーがようやく諦めたのか、がっくり肩を落とした。

もっと早い段階で誘っていれば結果は違ったかもしれないが。

クリスタ「あのね、コニー。そのことで、私も相談したいと思ってたんだけど」

コニー「え?」

クリスタが唐突に話に割って入った。何だ?

何か照れくさそうにしているな。告白でもするのか? ってくらいに。

クリスタ「その…………………」

クリスタが言い淀んでいる。何だろな。気になるな。

その時ユミルが「言っていい」と合図をした。その後、

クリスタ「あのね。私、弓道部と野球部のマネージャー、掛け持ちしたいんだけど、出来るかな?」

コニー「へ?」

クリスタ「掛け持ち禁止なら、弓道部を辞める。急で悪いんだけど、野球部のマネージャーをやらせて欲しいの」

と急に言い出したものだからライナーがお茶をぶーっと吹き出してしまった。

コニー「え? 何で? 何で急に?」

ユミル「生で野球を観ちまった、からかな」

と、ユミルが一緒になって言った。

ユミル「あの熱気を味わってしまったせいで、野球観戦の虜になっちまったってところかな」

クリスタ「う、うん……まあ、ストレートに言ってしまえばそうね」

と、二人が苦笑して言い合う。

ユミル「私はクリスタと一緒に行動するから、私もついでにマネージャーやるぜ」

コニー「えー……」

と、ユミルの方に対しては嫌そうな顔をするコニーだった。

ユミル「あ? 何か文句あるか?」

コニー「クリスタだけで十分だけどなー」

ユミル「他校の彼女にその言葉、ちくるぞ」

コニー「ちょ! 何でユミルがオレの彼女の事、知ってんだよ!」

サシャ「え? 言ったらダメでしたか?」

コニー「サシャのアホ!」

と、アホにアホと言われてムッとするサシャだ。

サシャ、お前は別に悪くねえぞ。多分。

コニー「そりゃマネージャー増えるのは大歓迎だけど、掛け持ちすんの?」

クリスタ「ダメなら辞めるよ。その辺は確認して貰えるかな?」

コニー「分かった。ピクシス監督に聞いてみる。まあ、監督は女子には甘いから大丈夫だとは思うけどな」

と、そっちの件は一件落着した様だ。

ライナー「……………」

しかしライナーの額には滝のような汗が浮かんでいる。

ライナーの想像している事は分かっている。

男の巣のような野球部に可憐なクリスタを投入すれば、どんな事が起きるか。

………と、妄想して胃がキリキリしているんだろうな。

ライナー「あの……」

おっと、漏れなくライナーがついてくるか?

ライナー「コニー、男子の方は掛け持ち出来るのか?」

コニー「ええ? 野球部員はさすがに掛け持ちは無理じゃねえ? え? もしかして、ライナー、野球部くんの?!」

ライナー「か、掛け持ち出来るのであれば……」

コニー「ええー……多分、無理じゃねえかな。マネージャーならともかく、部員はちょっとなあ」

ライナー「ではオレもマネージャーで……」

コニー「何、馬鹿な事言ってんだよ! さすがのオレでもキレるぞライナー!」

と、コニーがさすがにプンスカ怒り出してしまった。無理ねえ。

ライナーがマネージャーとか。適材不適所過ぎる。

コニー「野球部に来いよ! ライナーならすぐレギュラー取れるし!」

ライナー「ううう、しかし、いいのだろうか」

ベルトルト「しょうがないよ。ライナー」

ユミル「ライナー、野球好きなのか?」

クリスタ「野球やってるライナーも見てみたいかも」

ライナー「コニー、明日早速、入部届けを用意してくれ(キリッ)」

変わり身が早すぎて笑ってしまった。

ライナーが加入するなら、恐らくベルトルトも移籍する事になるだろう。

そうなればもう、コニーの勧誘も落ち着くだろうな。

その様子をちょっとだけ、複雑そうにジャンは眺めていたが、

マルコ「あ、あのさ……」

と、今度はマルコがさっきのクリスタのように照れくさそうにしていた。

もしや、この流れだと、まさか。

いや、でも、マルコまで野球部に入ったら、ジャンは……。

マルコ「僕も実は、部活に入ろうかなって、アルミンとも話してて」

エレン「え? アルミンと?」

アルミン「う、うん……実は、アニとマルコと僕は、演劇部の方に途中加入したいなあって、話していて」

と、こっちもびっくり発言されてオレとジャンとミカサは一緒に驚いた。

エレン「でもいいのか? アルミン。アルミンは特待生だし、マルコだって…」

アルミン「うん。成績の方は多分、問題ないよ。落とさずにやっていけると思う。ただ僕の場合はおじいちゃんの件もあるから、その件でイェーガー先生に相談したいんだ。近いうちに時間取れるようにお願いしてもいいかな?」

と、アルミンは成績よりも家庭の事情の方を懸念しているようだ。

そっか。アルミンの家はおじいちゃんが一人でいるから、そっちの方が不安だったんだな。

もしかしたら、施設の利用とか考えているのかもしれない。そういう話なら親父に聞いた方が早い。

エレン「ああ、それはもちろん、大丈夫だけど……」

横を見たら、ジャンがすげえ顔していた。なんていうか、宝くじが当たったみたいな顔かな。

いや、それよりもっと喜んでいるかもしれない。

だって、あいつ、本当は、マルコと一緒に活動したかったんだから。

ジャン「マルコ、お前、本当にいいのか?」

マルコ「野球部はさすがに無理だけど、文化系なら、成績落とさずに何とかなるかなって思って」

ジャン「もしかして、裏方か?」

マルコ「ああ、バレた? うん。あの舞台のセットとか、道具とか。凄く格好良かったから、僕もああいうの、作れたらなって思ったんだ」

照れくさそうに答えるマルコにジャンは「そっか…」と微笑み返していた。

良かったな。ジャン。

場所は違うけど、またコンビを組めるぜ。

ミカサ「アニは、何をしたいの? 役者?」

アニ「いや、私は衣装の方がやりたいかなって。あのドレス、凄く綺麗だったから……」

と、乙女な表情をしてアニが言った。

おおお、強力な戦力が加入してきた感じだな、これ!

エレン「やった! アルミンは手先が器用だし、大道具のセット、作るのとか得意そうだしな!」

アルミン「図面作るのとか大好きだよ。今度、大道具さん達と話させてね」

エレン「ああ、勿論だぜ!」

と、わいわい盛り上がっていたら………

サシャ「いいですねー皆青春してますねー」

と、一人だけサシャが麺類を食いながらぼそっと言った。

クリスタ「サシャは部活やらないの?」

サシャ「私ですか? 私はアルバイトをしているので、難しいですね」

と、一人だけ眉をひそめるサシャだった。

サシャ「コンビニ(早朝)とカフェ(土日)と本屋(深夜)とスーパー(深夜)4つ掛け持ちしているんで、さすがに部活をする余裕はないです」

エレン「ええええ? 何でそこまで働いているんだ?」

と、言ってはっとした。馬鹿かオレ。空気読めよ!

貧乏だったら仕方ない。そう思っていたら、

サシャ「えっと、食費代が足りないから、ですかね。タダで飯が食える部があれば、そこに入りますけど」

と、サシャの胃袋が訴えているようだった。

という訳で、演劇部はアルミン、マルコ、アニが。
野球部はライナー、ベルトルト、ユミル、クリスタが新勢力として加入です。
サシャだけ仲間はずれなのが可哀想ですが、
エンゲル係数をどうにかしないと彼女は部活出来ない…。

続きはまた。

サシャ「あ、勘違いしないで下さいね。うちは特別、貧乏って訳じゃないんで。ただ、お小遣いの範囲では食費が足りないだけなんです」

と言いながらも炒飯をかきこむサシャだった。

サシャ「もっと短時間でてっとり早く稼げる方法があればいいんですが……」

と、食べ終えてから「げほーっ」とゲップをするサシャにユミルが「そうだなー」と頭を悩ませる。

ユミル「確かにサシャの食いっぷりだと毎月、金かかるだろうな」

ジャン「そんだけ食ってよく太らないな」

サシャ「私、食べても太らない体質なんで」

クリスタ(じとー)

ユミル「クリスタ、無い物ねだりするな」

クリスタ「な、なんのこと?」

惚けるクリスタがちょっとだけ汗を掻いていた。

アルミン「あれ? でも待って、サシャ」

サシャ「何ですか?」

アルミン「サシャってまだ、18歳未満だよね? それだけのバイトやってるってことは、深夜もやってる?」

サシャ「やってますよ」

アルミン「確か深夜は18歳未満だとバイトは出来ない筈じゃ……」

サシャ「ぎ、ぎくー! ええっと、オフレコでお願いします」

ジャン「は? 年齢を誤魔化してやってるのか?! 悪い奴だな」

サシャ「し、仕方ないじゃないですか! 18歳未満だと、雇ってくれるところ少ないんですから!」

綱渡りもいいところだな。学校にバレたらまずいんじゃないか?

アニ「ねえ、もっと堅実で金の稼げる仕事をした方がいいんじゃないの?」

と、アニもさすがに言い出した。オレも同感だ。

アニ「コンビニとかって、賃金が安いよね。そういうところより、もっといいところ探した方がいいと思うけど」

サシャ「いい職場があればすぐにでも鞍替えしますよー」

ジャン「んー…」

そもそも、女の子が深夜に働くのって危なくないかな?

サシャは見た目は悪くないんだし、あまり長くそういうバイトをしない方がいい気がするが。

アニ「誰か、いい職場知らない?」

エレン「うーん、求人情報か……」

ジャン「生憎、分からんな」

ライナー「すまん。オレも分からない」

ミカサ「私も分からない」

アルミン「パソコンで調べる事は出来るけど、やってみようか?」

サシャ「いえ、それは既にやってます。その上で選んだのがその四つなんです。他は賃金が多くても、融通がきかないところも多いので」

うーん。煮詰まっちまったな。

マルコ「家庭教師とかは賃金がいいってよく聞くけどね」

ジャン「ははは! サシャに家庭教師は絶対無理だろ!」

サシャ「ぐさああ! 失礼ですね! 確かにその通りですけど!」

ジャン、サシャをあんまり苛めるなよ。可哀想に。

クリスタ「読者モデルとかは? 採用されれば、結構いい金額貰えるけど」

サシャ「え? いくらくらいですか?」

クリスタ「私は昔、トータルで×××××円くらい貰ったかな。小学生の頃、一回だけ、雑誌の編集者にスカウトされて、やったことあるけど」

ライナー「なにいいい! そ、その雑誌は、今も残っているのか?!」

クリスタ「家にあるけど……やだ、ライナー。見せないよ?」

ライナー「そ、そこを何とか……」

ライナーを無理してユミルが話を進める。

ユミル「確かにサシャは顔は悪くないし、モデルとして採用されれば、案外いけるんじゃないか?」

サシャ「どどどど、どうすれば採用されるんですかね?!」

と、サシャが早速食い気味にクリスタに詰め寄っていた。

クリスタ「自分で応募する場合と、スカウトされる場合の2通りあるらしいよ。サシャ、応募してみる?」

サシャ「はい! どこの雑誌に送ればいいですかね?!」

アニ「だったら少しメイクもした方がいいね。ちょっとおいで」

と、アニがサシャを捕獲して何やらごにょごにょ言っている。

アニ「ミカサ、洗面所借りてもいいかい?」

ミカサ「エレン……」

エレン「別にいいぞ」

アニ「じゃあちょっと借りるね」

という訳で、アニがサシャを試しにメイクアップしてみる事にしたようだ。

そして数十分後…………

サシャがイメチェンして皆の前に顔を見せた瞬間………

ジャン(ガタッ)

コニー(ガタガタ)

ライナー「おおおお!」

ベルトルト「すごい、イメージ変わったね」

マルコ「可愛い……」

アルミン「可愛いよ! サシャ、すごく可愛い!」

エレン「ああ、可愛いな」

と、オレ達男チームは全員「○」の札を上げたんだ。

サシャ「そ、そうですかね……自分では良く分かりませんが」

アニ「鏡見る?」

サシャ「お願いします」

サシャ「おおおお! 何だか違う人みたいですね!」

と、サシャは喜んでいた。

それも其の筈だ。いつもはポニーにしている髪を下して、ばっちりメイクをしているんだ。

元々、顔立ちははっきりしている方だから厚化粧じゃないけど、それでも十分、可愛い。

これ、いけるんじゃねえか? サシャはオレにちょい背が低いくらいだし、モデルとしての背丈も足りている。

何より、本人がすっかりやる気だ。金の為に頑張るという、下心はあるけど。

でも自分の武器を使わない手はないもんな。

クリスタ「ついでだから撮影もしちゃう?」

ユミル「そうだな。スマホでもいいのかな?」

クリスタ「いいんじゃない? じゃあサシャ、写すよー」

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

クリスタ「ちょっとサシャ! 変顔しないで!」

サシャ「は! す、すみません。つい!」

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

ユミル「ダメだな。表情がダメだ。面白過ぎる。真面目な写真が苦手なのか?」

サシャ「ついつい、照れくさくて………」

ユミル「真面目な空気が苦手なのか。これじゃモデルは無理だな……」

クリスタ「そこを何とか! 真面目に映る方法を教えてください!」

難しい注文が来たな。真面目に写真を撮られるのが苦手って。

普通の顔をしていればそれでいい筈なのに。どう説明するべきだこれ?

アルミン「履歴書の証明写真の時はどうやって撮ったの?」

サシャ「ええっと、入学の時の集合写真を拡大して焼きまわしました」

アルミン「えええ? それって有りなの?!」

サシャ「幸い、背景に誰もいなかったですし、家に写真を加工するソフトがあるので、背景は一色にして消して、家でプリントアウトしました」

エレン「と言う事は、誰かと一緒に映る時は普通でいられるのか?」

サシャ「? 多分、そうですかね」

エレン「じゃあ誰かと一緒に映ればいいんじゃないか?」

クリスタ「ダメだよ。それだと書類審査で通っても、仕事の時に使えないよ」

エレン「ああ、そうか……」

難しいな。根本的な問題が消えないとダメなのか。

サシャ「わ、分かりました。では真面目に一人でも写真に写れるように特訓します! 慣れれば何とかなるかもしれませんし」

ユミル「そうだな。習うより慣れろかもしれないな。じゃあ、今日はサシャの撮影会の練習だ。皆、一斉に撮ってみるぞ」

サシャ「えええ?! 全員で行くんですか? それはさすがに恥ずかしいですよ…」

ユミル「ダメだ。練習するんだろ? ほら、携帯スマホ持ってる奴は構えろ!」

と、何故か皆でサシャの写真映りの練習をする事になった。

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

パシャ☆ パシャ☆ パシャ☆

サシャ「うー…ど、どうですかね?」

クリスタ「何だろ。実物より写真の方が可愛くない」

サシャ「うが!」

ユミル「そうだな。実物の方が倍は可愛い。写真映りが悪い方なのかな」

サシャ「ひええ」

アニ「確かに。実物はこんなに可愛いのに」

サシャ「ううう……」

ジャン「やっぱり、芋女にはモデルは無理だな」

コニー「ああ、諦めろ、サシャ」

サシャ「とほほほ……いい案だと思ったんですが」

ライナー「まあまあそう落ち込むな。今すぐ答えが出なくてもいいだろ」

ベルトルト「そうだよ。新しい職場なら、もしかしたら後で見つかるかもしれないし」

サシャ「いい情報があったら、すぐ教えて下さいね……」

と、いう訳でその日はわいわい、いろんな事を話したり、遊んだりしたら、あっという間に時間が過ぎた。

もう夕方だ。飯は大体食べ終えたし、新しい食材を買いにいかないといけない。

冷蔵庫の中とか空っぽになったからな。

皆を玄関まで送って家の中に戻ると、ミカサと目が合った。

また、目を逸らされて地味に凹む。

あー。皆がいた間は普通にしてくれたんだけどなー。

やっぱり、二人きりになるとダメなのか。とほほ…。

>>501
訂正
サシャ「そこを何とか! 真面目に映る方法を教えてください!」

クリスタの台詞になっててびびった。サシャの台詞です。

ミカサの携帯が鳴った。何やら話しているようだ。多分、おばさんかな。

ミカサ「………分かった。気を付けてね。お母さん」

電話を切ってミカサが言った。

ミカサ「お母さん、パートの帰りに晩御飯の材料を買ってから帰るから少し遅くなるって」

エレン「そっか。じゃあ買い物はおばさんに任せていいんだな」

この後、買い物に行こうかと思ってたけど、任せていいなら任せよう。

ミカサ「うん……皆のお皿、片付けよう」

エレン「オレもやるよ。量が多いし」

ミカサ「…………エレンは皿を拭くだけでいい」

エレン「分かった」

キッチンに食べ終わった皿を運んで二人で後片付けをする事にした。

ミカサ「…………」

エレン「…………」

あー。徹夜しているせいか、さすがにちょっと眠くなってきたな。

これ終わったら一回、仮眠取ろう。そう思いながら皿を拭いていく。

カチャカチャ……

カチャカチャ……

カチャカチャ……

無言で作業が進む。あー空気が重いなあ。

でも下手に話しかけても、なあ。

オレは仕方なく、黙ってミカサの隣で自分の仕事に専念していた。

しかしその時………

つる………ガチャン!

珍しくミカサが皿を落とした。一枚小皿を割っちまったんだ。

エレン「おい、大丈夫か?」

慌てて割れた皿の破片を拾おうとした、その時、

ミカサの様子がおかしい事に気づいた。自分の体を必死に支えているのが分かる。

オレは割れた皿を放置して、ミカサの体を支えた。

エレン「おい、ミカサ?!」

なんかおかしい。触ってみると、妙に熱かった。

え? え? これって、まさか。

ミカサ「だ、大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ……」

エレン「大丈夫じゃねえだろ!」

酒は飲んでない。なのに熱いって事は、熱があるって事だ。

ミカサ「皿、片付けないと……」

しゃがもうとしたミカサが、そのまま蹲った。

エレン「!」

ミカサの様子が完全に、おかしい。

オレはすぐさまミカサをとりあえず、リビングのソファまで運んだ。

体温計を急いで取り出して測らせる。熱は38.1度あった。

何でこんな熱あるのに、平気なふりをするんだよ!!!

いや、つか、何でオレ、気づかなかった!

そう言えば皆が集まっている時、サシャの件で騒いでいた辺りから、ミカサ、あんまりしゃべってなかった。

というか、昨日の演劇で裏方やった挙句、多分、ほぼ徹夜で料理して、労働したら、そりゃ熱くらい出る!

過労だ! 完全に! とにかく今は安静にさせないと……。

と、思ったのに、ミカサはヨロヨロ起きようとして、

ミカサ「皿を片付け……」

エレン「オレがやっとくから! お前は寝てろ!」

ミカサ「………ごめんなさい」

エレン「謝るんじゃねえ! つか、部屋に戻れるか? 無理だよな。今日は下で寝るか? 仏間に布団敷くから、そこで寝るか?」

ミカサ「いい。部屋に戻るくらいなら出来る……」

だから、ヨロヨロ立ち上がるな!

ミカサ「あれ? 力が入らない……」

エレン「熱出りゃ皆、そうなる! つか、動くな!」

ミカサ「…………これが、熱?」

エレン「そうだよ! 過労だな。寝れば少しは落ち着く筈だ。ソファで寝るなら、腹にかけるもん持ってくるから!」

腹にかけるものだけ一枚持ってくると、ミカサが「うんうん」唸っていた。

ミカサ「お酒を飲んだ時と全然、違う……」

エレン「そりゃそうだろ。多分」

酒は健康な時に飲むもので、気分が陽気になるものだが、過労の時の熱とは別物だ。

オレは酒飲んだ経験がないから「多分」としか言えないが。

ミカサ「……………」

ミカサが両目を閉じた。その様子を眺めながらオレは落ち込んだ。

……熱出すくらい、悩ませたのかな。

もしそうだとしたら、オレ、告白なんてするんじゃなかった。

後悔した。本当に。くそ…情けねえ!

オレのせいで、こんな風になっちまうなんて。

暫く様子を見て熱が下がらないようだったら、親父の病院に直行しよう。

そう、考えていたら、

ミカサ「エレンは………」

エレン「ミカサ、今はしゃべるな」

オレはとにかくミカサを安静にさせたかった。

でもミカサはこっちを見て、

ミカサ「……………」

何かを言おうとしたみたいだったけど、口を閉ざした。

そしてそのままソファの上で仮眠をとり始めたミカサをみてオレもようやく安心した。

おばさんが7時頃に帰ってきた。すると「あらあら」と言い出して、

ミカサの母「熱出しちゃったの? 頑張り過ぎたのかしら?」

エレン「すみません。オレがついていながら……」

ミカサの母「まあいいわよ。ミカサが熱出すなんて、はしかやおたふく風邪以来かしらね」

エレン「え? そうなんですか? でも…」

あれ? でも前に熱を出した経験がないとか言ってたような。

ミカサの母「小さい頃の流行り病の記憶なんて誰も覚えてないでしょう? この子も熱くらいは出したことあるわよ」

と、言っていた。

頑張り過ぎてついにダウンしたミカサさん。
続きはまた。

おばさんはアイスノンを用意してミカサの額にのせたり、ポカリを用意している。

しまった! オレもそういう事をするべきだった。

慌てて手伝おうとしたら、「大丈夫よ」と止められた。

ミカサの母「エレン君は、キッチンを片付けて頂戴。お願いね」

エレン「は、はい…」

そうだった。割れた皿もまだ片付けていない。オレは皿の片づけをして、ミカサの看病はおばさんに任せた。

そして親父が帰ってきた。今日はいつもより早い。親父がリビングにやってくると、

グリシャ「ん? どうかしたのか? ………ミカサ?」

と、顔色を変えた。

エレン「親父! あの、ミカサが…」

グリシャ「ふむ…」

親父はすぐにミカサの傍について医者の顔に戻った。

グリシャ「熱は測ったか?」

エレン「38.1度いってた」

グリシャ「咳や吐き気は?」

エレン「いや、それは無かった。あ、でも、眩暈がするって…」

親父はミカサの手首を取って脈拍を確認して、

グリシャ「うん、正常値かな。エレン。ミカサの具合が悪くなる前の行動を詳しく教えてくれ」

オレは昨日の演劇部の活動と、その後の料理の事を親父に伝えた。すると、

グリシャ「うん、だとしたら軽い熱中症かもしれないね。今はこのまま休ませた方がいいな」

と言って、親父は玄関に戻った。

エレン「親父?」

グリシャ「念の為、一回病院に戻る。ミカサが目覚めたら、点滴を一本うちでうっておこう」

と言って、親父は一回病院に戻って治療道具を取りに戻った。

そして仮眠をとったミカサが目覚めた頃、点滴をうつ。

ミカサは針を刺される瞬間、ちょっと嫌そうに、まるで梅干を食べたような酸っぱい顔をしていたが、大人しく針を刺されていた。

手当てを済ませてから親父が言った。

グリシャ「昨日と今日、暑い環境で労働をしたせいで、一時的に自律神経が狂ったんだろう。夏場は多いんだ。料理中に熱中症になる事も決して珍しくはないんだよ」

ミカサ「で、でも…キッチンはちゃんとエアコンもつけていたのに。暑いって感覚はなかったのに…」

グリシャ「それはいけない。夏場は「暑い」って感覚があるのが普通だ。それがないって事は、危険信号を出している証拠だよ」

ミカサ「エアコンをつけていても、そうなるの?」

グリシャ「ああ。調理中は感覚が鈍くなる事も多いからね。ミカサ、罰として、8月一杯迄は料理禁止だよ」

ミカサ「ガーン…」

ミカサが露骨にショックを受けていた。

グリシャ「うん、そんな顔をしてもダメなものはダメ。エレン、8月中はミカサを見張っているように。いいね」

エレン「分かった」

親父は一度決めたら頑固だ。撤回はない。

ミカサはすっかり青ざめているが……。

グリシャ「ミカサ、熱中症を甘く見てはいけない。今回は軽度で済んだけど、酷い時は命を落とす場合もあるんだよ。夏場の体調管理はとても大切だ。ましてや部活で疲労しているところに、そんな過労をしては、倒れるのも当たり前だよ。どうしてそんな事をしたんだい?」

ミカサ「…………」

ミカサは親父から視線を逸らした。オレと目が合って、またプイッと逸らした。

うっ……。罪悪感で胸が痛くなる。するとそこに、

ミカサの母「ごめんなさいあなた。ミカサは悩み事があると、料理に没頭してしまう悪い癖あるのよ」

グリシャ「そうなのかい? それは初耳だ」

ミカサの母「でも、人には言わない……言えない悩みなのよね。そうでしょ? ミカサ」

ミカサ「………うん」

ごめん。ミカサ。オレのせいで。

こんなに悩ませるなら、言うんじゃなかった。

グリシャ「ふむ…。悩みがあるせいで、そういう行動をとった訳だね。だとしたら、悩みが解決しない事には、また、同じことを繰り返すかもしれないね」

ミカサ「………」

グリシャ「自分でどうしても解決したいんだね。分かった。詳しい事は聞かないよ。でも、もう2度と、同じ過ちをしてはいけないよ。分かったかい? ミカサ」

ミカサ「分かった」

そしてミカサはその日の夜、ゆっくりリビングで休む事になった。

次の日の朝になるとすっかり顔色も元に戻り、いつものミカサの姿になった。

オレも一晩ゆっくり眠ったおかげで気持ちも楽になった。頭の中で整理もついたし。

午後からミカサと部活に行く途中、オレは道の途中で、ミカサに言ったんだ。

エレン「悪かった」

ミカサ「え?」

エレン「この間の事、悪かった。突然、あんな事、言っちまって…」

オレは決めた。あの時の事を、忘れようと。

エレン「忘れてくれ。オレの言った事。ミカサの迷惑になるんなら……」

それはつまり、ミカサに振られるという事だ。

ミカサは優しいから、「ごめんなさい」が言えなくて苦しんだんだろう。

だったら、

自分から終わらせよう。そう、思ったんだ。

…………なのに。

ミカサ「迷惑なんて、言ってない……」

と、ミカサが言ってきたんだ。

エレン「ん? でも、ミカサ……」

ミカサ「悩んだのはエレンの事ではない……ので、エレンが気にする事ではない」

エレン「え?」

でも、オレが告白したせいでミカサの調子が狂ったんじゃないのか?

エレン「でも、ミカサが悩んだのって、オレがミカサに好きだって、告白したせいじゃ…」

ミカサ「………」

無言だ。肯定なのか、否定なのか。どっちだよ。

ミカサ「エレンは私の家族……なので」

ミカサは一度立ち止まって言った。

ミカサ「家族なので、大事にしたいと思っている……ので」

それは、オレも同じ気持ちだったけど。

今は、それよりも大きな気持ちになってしまっている。

……ミカサはオレとは違うんだろ?

エレン「ミカサ、もういいって」

それ以上、はっきりと言わせたくなかった。

答えはもう、見えたようなもんだ。

エレン「無理すんな。オレも悪かった。オレ達、家族になったんだし、そういうの、良くなかったよな。もう……そういう目では見ない様に、オレも気をつけるからさ」

オレ、うまく笑えているかな。

今、笑わないと、オレは大根役者になっちまう。

………だから。

エレン「忘れてくれ……な?」

と、自分の気持ちに蓋をして、再び偽りの仮面を被る事にしたんだ。

短いですけど、今日はここまで。
ヘタエレンさんですみません…。

ミカサはそれに対して、呆れたような、怒ったような、複雑な顔をしていたけど……。

ミカサ「エレンがそう言うなら……」

と、納得してくれたようだ。

音楽室に行くと、そこにはマルコ、アニ、ジャンの姿があった。

先輩達も大体集まっている。まだ全員揃ってないけど。

先に準備運動をしたりしていたみたいだ。

ニコニコしたマルコがこっちに声をかけてきた。

マルコ「やあエレン! ミカサ! 今日から早速、仮入部させて貰える事になったよ。よろしくね」

エレン「おう! よろしくな! ………アルミンは」

アニ「アルミンは8月末まではまだバタバタしているみたいで、こっちに来られるのは来週からになるかもしれないって」

エレン「……そっか。了解」

そう、すぐに入部出来る訳じゃねえか。

さてと。オレも気持ちを入れ替えて、部活しねえとな。

ミカサに振られた事は、部活に持ち込んじゃいけない。

そう思って、いつも以上に気合を入れた。

……でも、

ペトラ「ストーップ!」

ペトラ先輩が演技の途中で、ストップをかけてきた。

ペトラ「エレン、いつもより表情が硬いわよ? うーん、疲れが残っているのかしら?」

エレン「いえ、大丈夫です」

ペトラ「いーや、大丈夫じゃないわね。ちょっと休憩を入れましょうか」

ペトラ先輩の気遣いは有難い……訳じゃなかった。

今は別の事をしている方が気が紛れていいんだけどな。

でも、表情が硬いって事は、まだ気持ちの切り替えが出来てない証拠だ。

こういう時は、早口言葉をするに限る。

エレン「生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵…」

オルオ「遅いな。その倍は早く言わないと」

エレン「え?」

オルオ「生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生米生卵生麦生ごふっ!」

ペトラ「早くても、噛んじゃダメでしょうが」

音楽室がどっと笑いに包まれた。

オルオ先輩のこういうところ、有難いな。

なんていうか、ムードメーカー的な存在で、この人がいるだけで、部が明るくなる気がする。

オルオ「う、うるさいな! とにかく早口言葉は早く言わないと、ダメだろ。エレン、もっと気合入れて練習しておけよ」

エレン「はい!」

という訳で、生麦生米生卵や基本的な早口言葉を繰り返しやっていたら、自然と顔の強張りが取れてきた気がした。

休憩を挟んで練習再開。

今度はペトラ先輩に注意される事もなく、通し稽古が無事に終わった。

良かった。ちゃんと集中出来た。凹んでいたけど、そのせいで足を引っ張らなくて済んだみたいだ。

ペトラ「九州大会は今年はO県で行われるから、前日の朝にはここを出発するので、そのつもりで皆、準備しておいてね」

一同「「「はい!」」」

ペトラ「今日から仮入部の2名が入ってきたけど、2人も九州大会についてきて、皆のサポートをお願いするわ。宜しくね」

アニ「はい」

マルコ「はい!」

ペトラ「今年は例年と違って、ちょっと特殊な日程になっているからきついと思うけど、皆、頑張ろうね」

エレン「え? 例年と違う?」

オレは思わず、声に出してしまった。すると、オルオ先輩が、

オルオ「ああ。今年は何故か例年と違う日程なんだ。いつもの年なら、6月に地区大会があって、10月頃に県大会があって、12月頃にブロック大会、つまり九州大会があって、翌年の8月頃に全国大会になるんだが……」

ペトラ「うん。ブロック大会、つまり今回、九州大会で勝ち上がった場合は、また来年の夏の全国大会に上演するから、私達は九州大会でどのみち引退になるのよね」

と、今頃驚くような事を言われてびっくりした。

エレン「え? じゃあ今年は地区大会を飛ばしていきなり県大会をやったんですか?」

ペトラ「そうね。出場校が年々、減ってきているのと、予算とかの都合かしらね?」

オルオ「オレは前のやり方の方がいいけどな。慌ただしいだろう。実際」

エルド「でも試験的に今回、こういう日程になったらしいぞ。不評だったら元に戻るんじゃないか?」

ペトラ「もしかしたら、来年はまた元に戻るかもしれないわね」

と、先輩達がいろいろ言っている。

エレン「じゃあ今度の大会で、勝っても負けても、先輩達は引退になるんですね」

ペトラ「そうね。ま、悔いの残らないように精一杯、頑張るわよ」

と、3年の先輩達は全員、ぐっと拳を握っていた。

ペトラ「13、14、15日はお盆だから学校もさすがに開いてないわ。間違えて来ないように気をつけて。16日の朝9時、校門前に集まって、バスで移動するから遅れないようにしてね。以上、解散!」

という訳で、今日は軽めの練習をした後、家に帰ることになった。

オレはいつものようにミカサを待っていたけど………

ミカサ「あの、エレン。ごめんなさい」

エレン「ん?」

ミカサ「今日はちょっと、アニと一緒に寄るところがあるので、先に帰って貰えないだろうか」

と、珍しくミカサの方からそう言われてしまって、

エレン「あ、ああ……」

と、頷いた。

エレン「き、気をつけて帰れよ」

まだちょっと気まずいからかな。ミカサがぎこちない。

いや、それを言ったらオレもそうなんだけど。

仕方がない。今日は一人で帰るか…。

と、校門前でミカサとアニと分かれて、家の方向へ歩いていたら……

エレン「そういや、お盆は今年はどうするのかな」

と、ふと思った。

オレの家は毎年、母さんの墓参りに行く。

花とかをお供えに行って墓を掃除したりするんだけど。

もしかして、ミカサの家もそうなのかな。亡くなったお父さんの墓参りに行くのかもしれない。

まだお盆の日程については親父に聞いてないけど、お盆だけは毎年必ずお休みを取っているので、今年も墓参りにはいくとは思う。

帰りに花屋に寄って、お供え用の花を買って帰ろうかな。そう思いながら、駅に向かった。

エレン「今年は何の花を置こうかな」

駅を乗り継いで、商店街に立ち寄る。

母さんは花なら何でも大体好きだった。だから、こだわる必要はない。

エレン「今年は………>>518の花を供えようかな」

オレは花屋でその花を買う事にした。

カサブランカ

昔、母さんが育てていた、白くて綺麗な花だ。カサブランカを何本か店員さんに包んで貰って、家に帰る。

オレが家に帰った後、少し遅れてミカサが家に帰ってきた。

手には見慣れたビニール袋。本屋に寄ってきたようだ。

エレン「ミカサ、本、買ってきたのか?」

ミカサ「う、うん……」

びくびくしている。そんなに怯えられたら傷つくだろ。

どういう距離感で話せばいいか分からない。あんまりこっちから話しかけない方がいいのかな…。

しかし今度はミカサから話しかけて来て、

ミカサ「あ、カサブランカ……」

と、オレが買ってきた花に気づいたようだ。

エレン「ああ、お盆だし、母さんの墓参りに行くから、お供え用にと思って買ってきたんだ」

ミカサ「お花、好きだったの?」

エレン「まあな。昔はうちにもいろんな花、植えていたんだ」

オレは花にそう詳しい訳じゃないけど、母さんが育てていたものくらいなら、大体覚えている。

名前を覚えていないものもあるけど、花の形や色で覚えているんだ。

エレン「今は世話する人がいないから、ある程度処分しちまったけどな」

ミカサ「も、勿体ない。残っていたら、私が世話したのに」

エレン「ああ、庭を復活させたいなら、自由に使っていいぞ。ミカサの好きにしていい」

と、言ったら両目を輝かせて、ぱあっと明るくなった。

ミカサ「い、イタリアンパセリとか、植えようかしら」

エレン「え? パセリ?」

ちょっと意外なチョイスだと思った。しかし、それだけでは終わらず、

ミカサ「あ、でも、夏植えるものを優先した方がいいかもしれない。まずは畑を耕して、石灰を撒いて、土を作らないと…(ブツブツ)」

おい。すっかり本格的にやる気満々だな。

農家の娘の様だ。いや、多分、ミカサみたいなマメなタイプは農家の娘として歓迎されそうだけど。

ああでも、ミカサがそうやって趣味に没頭している様を見るのは嫌じゃない。

なんか可愛いって、つい思っちまう。無理しない程度に頑張って欲しいな。

そして今日も少し早めに親父が帰ってきた。

お盆前だから、仕事も早めに切り上げてきたようだ。

久々に四人揃って夕飯を食べている時に、お盆の日程を話し合った。

13日はオレの母さんの方の墓参り。

14日はミカサのお父さんの方の墓参り。

15日は4人揃って、家の方でお坊さんにお経をあげて貰うという事になった。

次の日。13日の午前中。家族全員、車で出発した。

幸いこの日は天気にも恵まれて、いい墓参り日和だった。

車の中で、ミカサと後部座席に並んで座っていた。

意外な事に、ミカサは昨日のようにびくびくしていない。機嫌がいいみたいだ。

晴れやかな顔をしている。墓参りがそんなに楽しみなのかな?

いや、でも自分の親の方ならともかく、ミカサにとってはオレの母さんの墓参りの方はテンションが上がるような事ではない筈だ。

まあでも、びくびくされたり、距離を取られたり、無理させるのよりはよっぽどいいか。

車で30分程度の距離にあるお寺に到着する。

母さんの墓はお寺に管理を任せているので、今日はついでにお布施もする筈だ。

某宗派のお寺の庭の敷地内に小さな墓がある。そこがうちの母さんのお墓だ。

墓を掃除して、水を換えて、花を添えて、線香をたてて、皆で手を合わせる。

今年一年の報告を、天国の母さんに心の中で伝える。

母さん……。

今年の春から家族が増えました。

親父は再婚したよ。母さんの事、忘れた訳じゃねえけど、

やっぱり男一人だと、寂しかったんだろうな。ごめんな。

母さんとは正反対の、おっとりとした、いいお母さんだ。

口喧しくねえし、優しいし、でも…。

オレは、いつも口喧しかった母さんの方が好きだ。

いつも、母さんのいう事、聞かなかった事、今も後悔してんだ。

生きている間に、もっと、母さんのいう事、聞けば良かったって今でも思ってる。

だから今は、母さんの言っていた事、出来るだけ思い出して、守る様にしている。…たまに忘れるけど。

オレも春から高校生になった。アルミン以外の奴とも、少しずつ、つるむようになったし、今は何より、連れ子のミカサが傍にいる。

家族だけど、もっと、大事にしたい。

そういう気持ちになっちまって、気持ちを伝えたら、振られちまったけど。

でも、それでも、好きな気持ちは変わってねえんだ。だから、

母さん、オレの好きな子を、紹介するよ。

……………。

口には出して言えない事を、両目を閉じて天に伝えた。

目を静かに開けると、親父とおばさんは席を外していた。

オレと、ミカサの二人きりだった。

エレン「あれ? 親父は」

ミカサ「お布施を払いに行くって」

エレン「あ、ああ…そっか」

沈黙が、落ちる。

ミカサ「……エレン」

エレン「ん?」

ミカサ「報告、終わった?」

エレン「…ああ」

少し長い黙祷だったから、察してくれたようだ。

ミカサ「あのね、エレン」

エレン「ん?」

ミカサ「やっぱり、私、無理かもしれない」

エレン「何が?」

突然、何の話だ? するとミカサは下を向いて、

ミカサ「エレンの言った事、忘れられない……」

と、あの時の事を、言い出したんだ。

エレン「あ、いや、でも…」

ミカサ「エレン、聞いて」

ミカサが遮るように言う。だからオレはすぐに押し黙った。

何だろう。大事な事を言われる予感があった。

緊張して、口の中が乾いていく…。

ミカサ「あの日の夜、私が悩んでいたのは、2つある」

エレン「ふ、2つ?」

え? オレの告白の件だけじゃなかったのか?

ミカサはこくり、と頷いてまた下を見る。

ミカサ「ひとつは、連れ子同士の場合は、日本の法律では結婚出来るのか、という点」

エレン「!」

あ、そう言えば前にアニが「恋人同士にはなれない」って言っていた気がする。

どうしよう。忘れていた。オレ、そう言う事、何も考えずに、勢いでミカサに告白しちまった。

それにジャンにミカサとの関係を言った時も、喜んでいたじゃねえか。

それってつまり、出来ないって事だよな。

ああ、だからミカサは冷静に、その事をちゃんと確認して、ダメだって分かったから、どうやってオレを傷つけないで断ろうかと、考えてああなったのか。

ミカサ、つくづくお前は優しいな。本当に。

と、オレがいろいろ考え込んでいたら、

ミカサ「その点については、アニと一緒に本屋に寄って、法律の本を買って確認したので、間違いないと思う」

エレン「……そうか」

そっか。わざわざ本屋で確認してきてくれたのか。アニもいい奴だな。

ミカサ「結論から言えば、私達は結婚出来る。法律上、問題ない」

エレン「そーかそーか、やっぱり……………って、え?」

なんだって?

聞き間違いじゃねえよな?

エレン「結婚……出来るのか?」

すぐには信じられなかった。するとミカサはやっとこっちを見て頷いた。

ミカサ「出来る。血の繋がりのない他人同士なので、大丈夫。問題ない」

エレン「え……じゃあ、何で……」

ミカサ「エレン、悩んだのは、2つあると言った」

そしてミカサは急にもじもじし始めたんだ。

ミカサ「あの…私が懸念するのは…その…もし、その……あの…」

やばい。ミカサ、可愛い。襲いたい。ぎゅっとしたい。ペロペロしたい。

……って、赤面するミカサに発情するな、オレ。

自重、自重、と、いつものように呪文を唱えて、ミカサの言葉を辛抱強く待つ。

ミカサ「そ、そういう空気になって、え、エッチな事をする時に、もし、万が一、私が、弾みで、反撃して、しまったら、その……エレンに怪我を負わせやしないかと、心配で……」

エレン「………え?」

ワンスモア?

ミカサ「い、いや、勿論! 抵抗しない様に、極力気をつける…ので、それにどうしようもなければ、最悪、体を縄等で拘束するという手もある……ので! でも、それすらも馬鹿力で解いて、やっぱり私が途中で「嫌だ」と思ったら、エレンの骨を折りかねないと思うと、怖くて、その……」

エレン「…………」

ミカサの言いたい事を要約すると、アレだ。

エッチの際、うっかり反撃して、オレが怪我しちまう可能性があるかもしれないから、心配ですぐに頷けなかっただけって事か?

それってつまり、ミカサ自身の気持ちの方は…。

ミカサ「な、なので! エレン、私から提案したいのは、その、段階を踏んで、徐々に慣らしていくようにしていけば、私も慣れるかもしれない……ので、その、そういう条件であれば、私は……」

オレはもう、我慢出来なかった。

母さん、ごめん。墓の前だけど。ミカサをその場で抱きしめた。

嬉しくて、嬉しくて、止められなかったんだ。

ミカサ「え、エレン…?」

エレン「それって、イエスって事だよな?」

ミカサ「…………(こくり)」

オレの腕の中でミカサが頷いた。

8月13日。オレ達はこの日、お互いの気持ちを確認し合い、両想いになった。

ミカサ「で、でも……その、エレン……うぐっ」

ミカサの唇に食いつくようなキスをした。

ミカサ「………!」

もう、骨を折られても、別にいいや。骨は折れても治るし。

嫌だったら、抵抗して見せろ。ミカサ。

でも、ミカサはキスくらいじゃ嫌がらなかった。

それはとても甘くて、気持ち良くて、刹那の時間だったけど……。

グリシャ「あー……おほん」

その声でハッと我に返った。

慌ててお互いの体を離す。ミカサとの距離を取った。

親父にじーっと見られた。やばい。まずい。親父達の事、完全に忘れていた。

自分達の世界に入り込んでいたせいで、親父達がすぐ戻ってくるだろうって事、忘れていた。

滝のような汗が背中に貼りついた。ミカサも凄い顔をして焦っている。

そして親父は残酷な現実を突きつけた。

グリシャ「エレン、家に帰ったら、家族会議だ(☆☆キラーン)」

ひい! 親父の眼鏡が光った! やばい!

オレは車の中で一言も話せず、またミカサも黙り込んで家に帰る事になった。

家に帰ってリビングでお茶を飲んで、4人で一旦落ち着くと、親父に「墓の前で何を報告していたんだい?」と黒い笑みを浮かべて言われちまった。

エレン「えっと、その……」

ミカサ「ご、ごめんなさい」

とりあえず二人そろって頭を下げる事にした。

二人して、説教かな。これ。

グリシャ「やれやれ。ここ最近、ミカサの様子が変だったのも、そのせいだったのかな」

ミカサ「………はい」

ミカサは素直に白状した。

グリシャ「ふむ、二人の事を、話せる範囲でいいから話しなさい。親として、知っておきたいからね」

と、言われちまったので、オレは親父達に、恥ずかしいけど、事の流れを詳しく説明する事になった。

オレの方から好きになった事。そして告白した事。

墓の前で返事を貰って、お互いの気持ちを確認した事。そして当然、キス以上の事はしていないと。

グリシャ「………では、二人はこれから男女のお付き合いをしたいと考えているのかい?」

オレは勿論、頷いた。

エレン「両想いになったんだ。別にいいだろ。法律だって禁止してないんだし」

と、オレはこっちの強みを前面に押し出した。

しかし親父はそれに難色を示したんだ。

グリシャ「……ダメだ」

エレン「え?」

グリシャ「二人の交際は認めないよ。父さんは反対だ」

えええ?! 何で?!

ミカサ「ど、どうしてですか?」

ミカサも当然疑問に思った。すると、オレは親父に睨まれて、

グリシャ「墓の前で手を出すような理性のない男は何を言っても信用がないよ、エレン」

エレン「うぐっ!」

あ、あれは勢い余って、ついつい…。

中途半端で申し訳ないけど、ここまで。
グリシャさん、おこなの? で続く。

グリシャ「はあ……やっぱりエレンは高校入学と同時に学校の寮に入れるべきだったかな」

エレン「え?」

グリシャ「迷ったんだよ。年頃の娘さんと年頃の息子を同居なんてさせて、もし万が一、間違いがあっては困るからね。でも母さんが、ミカサの為だけにエレンにそんな事はさせられないって……」

親父は頭を抱えているが、おばさんの方を見ると、相変わらずのんびりと優しい笑顔だった。

ミカサの母「家族は一緒に暮らすべきですよ。それにミカサなら、自分の意に沿わない事は絶対にやらないと、信じていましたから」

グリシャ「いやでも、しかしだね……」

ミカサの母「あなた、少し落ち着いて。お茶のおかわりは?」

グリシャ「ああ、頂くよ」

ズズズ……

お茶の音がうるさくリビングに響いた。

グリシャ「うちの愚息が本当にすみません……」

ミカサの母「いえいえ、頭を上げて下さい」

親父はおばさんに対して、申し訳なく思っているようだ。

でもおばさんの方は、落ち着いている。それが救いだった。

ミカサ「お母さんも、反対?」

恐る恐る、ミカサが言うと、

ミカサの母「ん? そうねえ。お母さんは賛成も反対もしないわ」

と、あくまで中立の立場らしい。

ミカサの母「ただ、親としては心配はするのよ。特に女の方には、妊娠と言うリスクがあるから」

ミカサ「そ、そんな事はしない…」

赤面して、ミカサがそう言うけど、

ミカサの母「今はしなくとも、付き合いが長くなれば、自然とそうなる場合もあるのよ。弾みでやってしまったり、お父さんも、その事を一番心配しているのよ。ねえ?」

グリシャ「ああ……エレン、前にお金の使い方についていろいろ言っていたのは、この為だったんだね?」

エレン「うぐっ…!」

正確に言えば違うけど、違うとは言えなくもない。

あの時はミカサと付き合う為とか考えていなくて、いつか来るかもしれない未来に備えての事だったけど。

多分、それを言っても信じては貰えないだろう。

グリシャ「全く……本当に参ったね。いやしかし、事前に露見して幸いだった。そういう事なら、以前言った事は撤回させて貰うよ」

エレン「え?」

グリシャ「エレン、隠れて外でミカサとラブホテルに休憩したりしたら、問答無用で家から追い出す。勿論、家の中でやった場合も同罪だ」

エレン「え、ええええ?!」

親父の目が本気だった。冗談を言っている顔じゃない。

グリシャ「今後、エレンからのそういった接触は一切禁止だ。これは命令だ。いいね、エレン」

ミカサ「そ、そんな……」

ミカサもオロオロし出した。

エレン「お、横暴過ぎんだろ! 親父?!」

こんな親父は珍しい。いつもなら、話せば分かってくれるのに。

オレ、そんなに信用ねえのか。

…………いや、当然か。

外で、しかも墓の前でミカサとキスなんかしたりしたから、親父、怒っているんだ。

でもここで、オレも引けなかった。引いちゃいけないと思った。

オレの本気を、親父に認めさせないと。

そう思って、すぐに決心した。

エレン「分かった……」

ミカサ「エレン…!?」

エレン「親父の言う通り、オレの方からは一切、そういう事はしない。でも……」

ここで言わなきゃ、男じゃねえ!

エレン「その代わり、ミカサと交際する事だけは認めてくれ! 絶対、手出さないから、オレ達の事、認めて欲しい!」

グリシャ「!」

ミカサの母「!」

ミカサ「……わ、私からもお願いします」

深々と、二人で頭を下げた。

すると親父はようやく表情を変えて、

グリシャ「エレンが18歳になる日の3月30日までだ」

エレン「!」

グリシャ「その日まで、エレンの方からはミカサに一切、性的な接触をしない。そう誓えるかい?」

エレン「ああ、誓う!」

すぐに答えた。ここは怯んでいる場合じゃねえ。

すると親父は納得してくれたのか、

グリシャ「……分かった。じゃあ誓約書を作ろうか」

親父は一度、自分の書斎に戻って簡単な書面を作ってくれた。

そして自分のサインを入れて、ちゃんと約束する。

これでもう、後には引けない。

約束を破ったら、オレは家を追い出される。

まずは親父を安心させないと。オレはやるしかねえんだ。

ミカサの母「………あなた、いいんですか?」

おばさんは少し心配そうに親父を見ている。

ミカサの母「この誓約書の内容だと……」

グリシャ「母さん、それはここでは(しっ)」

何だ? 何かごにょごにょ内密な話をしているようだけど。

ミカサの母「……分かりました。そういう事なら」

ミカサ「お母さん?」

ミカサの母「ううん、何でもないのよ。うふふ」

誓約書には、こう書かれていた。




グリシャ・イェーガー 殿


           誓約書

私、エレン・イェーガーは18歳になる2017年3月30日まで、

ミカサ・アッカーマンに対し、自分から性的な意味を持って接触しないとここに誓います。


           記

1.誓約を破った場合は、自宅から追い出される事に対し、不服申し立てを致しません。

2.誓約中は、ミカサとの交際を続行出来る権利を有します。




2014年8月13日

エレン・イェーガー


                        以上



別に何もおかしいところはねえよな?

とにかくアレだ。18歳になるまでは我慢しろって事だな。

………ある意味じゃ拷問だけど、これも試練だと思って耐えるしかねえ。

短いけどここまで。
さて、察しのいい人は気づくかしら?
この誓約書には、穴があります。ククク……。ではまた。

しかしその時、ミカサがおずおずと挙手したんだ。

ミカサ「あの、確認したい事が」

グリシャ「ん? 何だい?」

ミカサ「おはようやおやすみ、いってらっしゃい、いってきます等のキスは性的な意味ではないので、許可して下さい」

グリシャ(ズコーッ)

こっちがびっくりするくらい、親父がずっこけた。

ミカサ、ナイスだ。それはいいツッコミだ。

「バナナはおやつに入りますか?」みたいな質問だけど、そこをはっきりさせないとな。

グリシャ「だ、ダメだ! ここは日本なんだから、そんな挨拶は一般的ではないよ、ミカサ!」

エレン「でも、日本的ではないから、日本ではやっちゃいけないなんてルールはないだろ?」

ミカサの母「そうねえ。昔はミニスカートも日本的ではないから、非難されていたけれど、今はいつの間にか、ファッションとして浸透しているものね」

グリシャ「母さん!」

ミカサの母「いいじゃありませんか。親がしている事を、子供にしてはいけないとは言えませんよ」

エレン「え? そうだったのか? 親父」

グリシャ「…………(よそ向いている)」

親父が赤い。ほほう。隠れてやってやがったのか。それはいい事を聞いた。

エレン「じゃあキスはいいよな? そう言う意味じゃないなら、欧米では普通だし?」

ミカサ「うんうん」

グリシャ「……分かった。だったら追記するよ」

という訳で、挨拶のキスは、それぞれ一回だけ許可するという旨も付け加えられた。ただし5秒以内。

ちっ。こういうところは抜け目がねえな、親父は。

ミカサ「は、ハグもダメ…?」

グリシャ「それはダメ。それも許したらずるずる線引きがあいまいになるからね」

エレン「でもハグしないで、どうやってキスするんだよ。鳥みたいに口をつつき合うのは不自然だろ?」

グリシャ「うっ……」

ミカサの母「あなた」

グリシャ「……分かったよ。ハグも5秒以内だ。それなら許可する」

よっしゃあ! ミカサのおかげで細かい点も確認出来た。

ミカサの機転で一筋の光が見えた気がした。

そして正式に約束を取り交わして、この日は無事に終わった。

夜、寝る前に、ミカサの部屋の前で、おやすみのキスを1回だけする。

ああ、短い触れあいだけど、無いよりはマシか。

そして自分の部屋で寝ようと、部屋に戻ろうと、したら、

親父に捕まった。

グリシャ「エレン、今日から寝る時だけは、仏間を使いなさい(にっこり)」

親父の怒りはまだ解けそうにないけど。

取り敢えず、オレはこの日から、ミカサとの新しい関係を一歩、踏み出したのだった。






14、15日は親父の目もあってあんまり露骨にはイチャイチャ出来なかったけど、16日からは九州大会の移動の為、朝から家を出る。

家を離れたら、もう少しイチャイチャする時間を作れるかなと、考えていたんだけど、よく考えたら、こっちにはもっと重要な問題があった。

ジャンだ。

あいつ、ミカサに好きな人がいるかもしれない、となった時でさ、台詞が飛ぶほど動揺していたんだ。

もし、オレとミカサが付き合う事になったのを知られたら、まともに舞台に上がれなくなるんじゃ…。

それだけはまずい。3年の先輩達に申し訳が立たなすぎる。

だからミカサに、家を出る前に、言っておいたんだ。

エレン「ミカサ、オレ達の事は、学校の奴らには言うなよ」

ミカサ「え、でも…」

エレン「特にジャンには言わないでくれ。頼む!」

ミカサ「あ、アニにはもう、話してしまっているけど」

エレン「あ、アニだけならいい! アルミンとかには、オレから話すし、とにかくジャンにだけは、ミカサからは伝えないでくれ。頼む!」

ミカサ「わ、分かった」

理由を問わずとも頷いてくれた。助かったぜ。

少なくとも大会が終わるまでは言わないでおこう。

その後だったら、たとえバレたとしても、オレが殴られる程度で済む筈だ。

学校に到着すると、舞台のセット等の大荷物も同時に業者に頼んで運んで貰うところだった。

オレ達1年も当然それを手伝って、全員揃ってからバスに乗り込んだ。

今回は残念ながら、アルミンは同行出来ない。

入部は3年の先輩達の引退と入れ替わりになるだろう。

リヴァイ「忘れ物はないか?」

と、一応、念の為にリヴァイ先生が確認する。

リヴァイ「向こうに着くまでにバスで2時間くらいかかるから、もし忘れ物があっても取りに戻る事は出来ない。最終確認だ。不安だったらもう一度、確認しておけ」

皆、ごそごそと、自分の荷物を確認してOKを出した。

リヴァイ「では出発する。バスに酔ったら遠慮なく吐けよ」

エチケット袋もちゃんと用意してあった。

そしてバスは出発した。目指すO県の某旅館だ。

研修旅行の時はK県だったけど、今度はO県だ。O県もK県と負けないくらい温泉地がある。

湯上りのミカサが見れるかなと思うと、ついつい頬がにやけてしまった。

すると、隣の席のオルオ先輩が、

オルオ「何、ニヤニヤしているんだ? エレン。やらしい顔をしているぞ」

エレン「え? し、してませんよぉ」

やべー。顔に出ていたかな。

オルオ「いや、していたな。大方、入浴中の女子を妄想していたんだろ?」

エレン「うぐっ……」

大体あってるけど。

オルオ「言っておくが、混浴はないからな。残念だが」

エレン「期待していませんよ! 何言っているんですか?!」

オルオ「はは!」

オルオ先輩にからかわれてしまった。

その様子をミカサにも見られてくすっと笑われてしまった。恥ずかしい。

ちなみにバスの席順はこんな感じだ。


        前

エルド グンタ   ペトラ リヴァイ

アニ  ミカサ   エレン オルオ

マルコ ジャン   アーロン エーレン

マーガ ガーネ   スカーレット

カジ  キーヤン  マリーナ

皆で仲良くO県に移動します。では続きはまた次回。

なんでこんな席順になったかは、まあ……察してくれ。

後ろの方の席が空いているのに、リヴァイ先生の隣を真っ先にキープしたペトラ先輩とか、さり気にそのすぐ後ろの席を陣取ったオルオ先輩とか。

それ以外の席は適当だ。いつの間にかこうなった。

エルド「バスの中でカラオケやってもいいですか? 先生」

リヴァイ「ああ、別に構わんが、マイクは確か1本しかなかったと思うぞ」

エルド「十分です。では折角何で、向こうに着くまでにゲームでもいしょうか」

ペトラ「ゲーム? カラオケでゲームするの?」

グンタ「ああ、折角備えてあるんだし、使わないと勿体ないだろ?」

二人がまるで打ち合わせていたかのように意気ピッタリに言う。

もしかして、前もってゲームを考えて準備していたのかもしれない。

オルオ「別にいいが、カラオケでやれるゲームなんてあったか?」

ペトラ「うろ覚えでどこまで歌えるか、とかやるの?」

エルド「いや、それも楽しいけど、今回は別のをやろう。題して『カラオケdeしりとりゲーム』だ」

ズコーッ

オレはバスの中でずるっと、背中を滑らせてしまった。

またしりとりか。バスの中でやるのが流行ってんのか?

まあいいけど。今回は普通のしりとりとは違うみたいだし。

エルド「ルールは簡単だ。歌のタイトルでしりとりをしていく。一人目の歌が歌い終わるまでに次の人が曲を入力できなかったり、最後に「ん」のつくタイトルをうっかり間違えて選んだら負けだ」

ペトラ「曲名でしりとりねえ」

オルオ「勝敗がつきにくそうだな。歌詞を見ないで歌う目隠しも入れたらどうだ?」

ペトラ「そうね。そうなると歌える曲がかなり絞られるし、いいかもね」

エレン「え?! カラオケなのに、歌詞見ないで歌うんすか?!」

それはちょっときつい気がするけど…。

ペトラ「その方が面白いじゃない。……で? 勝ったら何か貰えたりするの? エルド」

エルド「ああ、勝ち残った奴は……先生」

リヴァイ「ああ、オレの金で何か奢ってやる」

ペトラ「え?! 何かプレゼントを貰えるんですか?」

リヴァイ「ああ。何を奢るかは、勝ってからのお楽しみだ」

ペトラ「やった! 燃えてきたわ!」

オルオ「まじですか……こりゃ負けられんぞ」

ミカサ「…………」

おーい。ミカサ、一人だけテンション下げるなよ。

他の皆は「何貰えるんだろ?」とわくわくしているのに、ミカサだけ、物凄く興味のない顔してる。

あの例の一件があって以来、ミカサは本当に、リヴァイ先生に対しては風当りが強くなっちまったよな。

オレはリヴァイ先生の事、嫌いじゃないし、むしろ好きな方だから、あんまり邪険にしてほしくねえんだけどな。

まあでも、仕方ねえ。

バスの中の暇つぶしだし、これも付き合いって奴だ。

エルド先輩からスタートしたスタートしたカラオケdeしりとりは、『紅蓮の弓矢』(エルド)→『やさしさに包まれたなら』(グンタ)→『らいおんハート』(ペトラ)→『とんぼのめがね』(オルオ)ときて次はオレの番だ。

エレン「ね?! ねのつく歌ってあったっけ?!」

意外な字がまわってきて混乱した。

しかも歌詞を暗記して歌える曲となると………

エレン「う、歌えるか分からんけど、>>556を歌います!」

(*タイトルに『ね』のつく歌をお願いします)

狙い通りのDestiny
黒子のバスケ緑間真太郎キャラソンより

オレが入力したのは『狙い通りのDestiny』というアニメのキャラソンだ。少年漫画のキャラソンだ。

知っている人がいないかもしれんが、マイナーな曲はダメという縛りはない。

イントロがかかると、マーガレット先輩がガタッと反応したのが分かった。

マーガレット「まさかの黒バス?! エレン、やるわね?!」

エレン「え? ああ…うろ覚えかもしれないですけど」

この曲自体はそう難しくはない。

ただ細部はどうかな。でもやるしかねえ。

エレン『言った筈だろ~決して落ちる訳はないの~だと~♪』

マイクを持って記憶の限り歌詞をなぞる。

アイマスク着用で歌っているので、判定は画面を見ている他のメンバーに委ねる事になる。

エレン『悪く思うな~運命が決めた~こと~だ~♪』

後ろでマーガレット先輩達がノリノリで合いの手を入れていた。

多分、ミカサは知らん曲だから聞いてもつまらんかもしれんが、オレ、この曲割と好きなんだよ。

受験応援ソングと某サイトでは言われているくらい、前向きで明るい曲なんだ。特に歌詞が。

一応歌い終わって、アイマスクを外して、

エレン「………歌詞、合ってました?」

するとすぐさま後ろの席から、

マーガレット「合格! ミス無しだったよ!」

エレン「ほっ……」

スカーレット「いやはや、アニソン有りなら私ら有利だね。入れちゃうよ? いろいろ」

ガーネット「ふふふ……」

オレがアニソンの流れを作ったから、先輩達もやる気になったようだ。

次はミカサだ。アイマスクとマイクをリレーして渡す。

曲は何を入れたんだろ?

ミカサ「……>>558を歌います」

(*タイトルに『い』のつく歌をお願いします)

LOVE PSYCHEDELICOの
It's you

ミカサ『情景はrain~揺れるyour long hair~♪』

エレン「?!」

英語の部分の歌詞の発音が完璧すぎてびびった。

前回の打ち上げの時は気づかなかったけど、ミカサ、英語歌ってもイケるのか。すげえ。

日本人っぽくない発音だ。綺麗な発音につい聞き惚れる。

オルオ「お? いい曲を選んできたな」

ペトラ「しぶいわね~♪」

そしてミカサは華麗に歌い終わった。新しい発見が出来てちょっと嬉しい。

エレン「ミカサ、うまかったぞ」

ジャン「ああ、ミカサは歌うまいな、本当に」

ミカサ「この曲は母がたまにきいているので」

へえ。おばさんの趣味なのか。初めて知ったぜ。

そして曲が終わりきる前に、アニが、

アニ「この場合、『ゆ』で続けるの? それとも『う』で続けるべき?」

と言った。すると、

オルオ「この場合は『う』だろうな」

ペトラ「そうね。『う』で統一しましょ」

アニ「分かりました。じゃ…>>560を歌います」

(*タイトルに『う』のつく歌をお願いします)

うそつき
初音ミク

>>1です。やっと体調が戻ってきたかな…。
でもあんまり無理は出来ないのでのんびり続けていきますよ。

アニ『会いたい~想いが~相対な君の手に~♪』

マーガレット「ボカロキタコレ!!!」

スカーレット「今年の一年、豊作ね」

ええっと、これはちょっとオレは良く知らない。ボカロ曲は有名どころしか知らん。

初音ミクで『うそつき』という曲らしいが、初音ミクの曲は多すぎてさすがに全部は把握無理だ。

しかしアニの奴、逆転の件といい、ボカロといい、案外オタク要素を持ってるのか?

今度ちょっとさり気に話を振ってみようと思ってしまった。

ペトラ「失恋ソングよね~これ。いい曲よね」

あれ? ペトラ先輩も知ってるのか。有名な曲なのか? 知らないのオレだけか?

エレン「ミカサはこの曲知ってるか?」

ミカサ「いえ、知らない……」

やっぱり知名度はそこまでメジャーではないよな? みっくみっくに比べたら。

淡々と歌いこなしてアニが歌い終わりそうだ。次はマルコだな。

マルコ「次は『き』かあ………どれにしよう」

早くしないと間に合わないぞ。多分。

時間ぎりぎりでマルコが曲を入れていた。何の曲を歌うのかな?

マルコ「ええっと、僕も歌詞は自信ないけど、>>565を歌います」

(*タイトルに『き』のつく歌をお願いします)

ももいろクローバーzの
キミノアト

バラード曲っぽいイントロだ。

反応したのは、何故かジャンだ。

ジャン「マルコ、おまっ……ここでモモクロいくか?!」

マルコ「これしか思いつかなかったんだよ…」

モモクロか。オレはアイドルの歌はそんなに詳しくない。

代表曲なら分かるけど、この曲は知らないな。

マルコ『旅立つ為に~無理に隠した~キミへの想いが胸を叩く~♪』

キミノアト。か。いい曲だな。

マルコらしい優しい感じの曲だ。いい曲選んできたなあ。

ジャンが頭悩ませているな。次は『と』だ。

曲が終わるまでに次の曲を入れるつーのは、意外と時間がない。

オレの時は特に「とんぼのめがね」だったから歌う時間短かったし。

ジャンがやっと決めたようだ。急いで入力している。

曲が大体終わりそうな気配が近づいて、マイクとアイマスクをリレーする。

意外と皆、歌詞を間違えずに歌えてるな。

これは脱落者、出ないで最後までいけるかな。

ジャン「オレは>>568を歌います」

(*タイトルに『と』のつく歌をお願いします)

あ、安価の数字、1個多かった。
カラオケdeしりとりで皆の趣味や知識がだんだん露見していく感じにしているので、
次はジャンの趣味を決めてやってください。

曇天
DOES

画面を見て吹いた。ジャン、気づいてねえのか?

マルコ「ジャン……これじゃ負けだよ」

ジャン「え……あ、しまったあああ!!!」

『曇天』じゃ、最後に『ん』ついているから負けじゃねえか。

オルオ「ははは! 脱落決定だな」

ペトラ「この場合、次の人は何を歌えばいいの?」

エルド「次の人も『と』から始めればいい」

アーロン「了解ー」

ジャン「ううう………これしか思いつかなかったんだよ」

マルコ「はは。ジャン、最後までちゃんと歌いなよ」

ジャン「分かってるよ」

その直後の、ジャンの本気の歌声にちょっと、いや、かなりビビった。

ジャン『鉛の空~重く垂れこみ~真白に澱んだ~太陽が砕けて~♪』

本気出し過ぎだろ! いや、ジャンが歌上手いのは知ってるんだが。

前回の打ち上げのカラオケの時も本気で歌ってたからな。

ジャン『耳鳴りを~尖らせる~♪』

ジャン『ひゅるり~ひゅるり~低いツバメが~♪』

ジャンのライブが続いている間、ミカサが「しまった」と言った。

ミカサ「わざと「ん」のつく曲を選んでドロップアウトすればよかった」

エレン「こらこら、それじゃゲームにならないだろ、ミカサ」

ミカサ「しかし私は先生のご褒美に興味ない……ので」

エレン「そんな事言うなよ。オレは楽しみだけどな」

ミカサ「む……エレンは欲しいの?」

エレン「そりゃな。何を貰えるか分からんけど」

ミカサ「むー……では仕方がない。頑張る」

よしよし。ミカサもちゃんと参加するようだ。良かった。

『時の河を越えて』(アーロン)→『手のひらを太陽に』(エーレン)→『虹』(スカーレット)→『じゃじゃ馬にさせないで』(ガーネット)→『でたらめな歌』(マーガレット)→『戦え! 仮面ライダーV3』(カジカジ)→『いーあるふぁんくらぶ』(キーヤン)→『ぶっ生き返す!!』(マリーナ)という風に回って、またエルド先輩に戻った。

つか、マリーナがまさかデス声出すとは思わなかった。芸達者過ぎるだろ。

あと、仮面ライダーV3って、相当昔の歌だろ。リヴァイ先生が吹いているのが聞こえたぞ。

だんだんカオスなカラオケになってきた気がするが……まだ時間はあるようだ。2週目に行くようだ。

エルド「じゃあオレは>>571を歌うよ」

(*タイトルに『す』のつく歌をお願いします)

ストップ ザ タイム ペンタゴンキャラソン

エルド『四次元空間こ~えて~戦う姿はボイジャー♪ ワープだ~ワープだ~クロノス~チェ~ンジ♪』

なんだこの曲? 全然知らん。

そしてリヴァイ先生がまた盛大に吹いたようだ。

リヴァイ「また古い曲を……お前ら、オレをどうしたいんだ」

エルド『いや~先生も知ってそうな曲がいいかと思いまして』

リヴァイ「他の奴らが完全においてけぼりだぞ」

エルド『別にいいですよ。それはそれで』

マーガレット「あ、大丈夫。私この曲分かるんで」

リヴァイ「マニアックな奴め……おっさんホイホイソングだぞ。しかも一部の」

そうなんだ。と言う事はそうとう古い曲なんだな。

エルド『ゆがんだ時間(とき)の流れに~一発逆転チャンス~♪ スペース~ファルコン~決めれば~I'll get you♪』

リヴァイ「やれやれ。筋肉マンのキャラソンがまさか入っているとは……」

筋肉マンの曲なのか。へー知らんかった。

『ストップ ザ タイム』っていう曲だから、次は『む』だな。

グンタ「む? むって難しくないか?」

しりとりの中でも「む」は次に繋げにくい言葉だもんな。あるかな。

グンタ「ええっと……じゃあオレは>>573でいきます」

(*タイトルに『む』のつく歌をお願いします)

無冠の帝王 ネプチューンマン キャラソン

グンタ『い・か・さ・まファイトで~♪ に~んきを稼ぐ~♪ ニセの仮面を~はいで~やる~♪』

またまたリヴァイ先生が吹いた。これも曲の感じからして古い感じだけど…。

リヴァイ「お前ら、筋肉マン世代じゃないだろう! 何で知ってるんだ」

グンタ『いや、親父が筋肉マン好きなんで、いろいろ持ってるんですよ」

エルド「そうなんですよ」

リヴァイ「ああ……そうか。お前らの親の世代がドンピシャか」

リヴァイ「ああ……オレも年くったな(遠い目)」

マーガレット「あ、うちも実はそうなんですよ。いまだに消しゴムありますよ?」

リヴァイ「今じゃプレミアムついているから、大事にとっておけよ」

筋消しのことだな。筋肉マンの形をした消しゴムが昔、流行ってたってのはさすがに知ってる。有名だから。

クイズ番組とかでも良く問題に出されるし、実物は見た事ないけど、名前くらいなら知ってる。

グンタ『正義も~悪魔も~みんなまとめて~俺のマントの~コレクション~♪』

ペトラ「えっと…この流れだと、古い歌を歌った方がいいのかしら???」

リヴァイ「無理するな。無理におっさんホイホイソングにしなくてもいい」

ペトラ「ええ…でも……」

ペトラ先輩は優しいな。一生懸命、古い曲を探しているようだ。

ペトラ「ええっと、私は『無冠の帝王』だから、『う』よね。>>575を歌います!」

(*タイトルに『う』のつく歌をお願いします。古い曲でも可)

ピンクレディーの
ウォンテッド

ペトラ『私の胸の鍵を~こわして逃げて行った~あいつはどこにいるのか~盗んだ心を返せ~♪』

リヴァイ先生がまた反応していた。笑いを必死に堪えているようだ。

ペトラ『う~Wanterd!! Wanted!!』

リヴァイ「ペトラ、お前もよくやるな…」

ペトラ『ぴんく・レディーなら大丈夫ですよね?!』

リヴァイ「ああ。リアルタイム世代じゃないけど、歌は分かる」

ペトラ『え?! そうなんですか? もしかしてもうちょっと上世代?!』

リヴァイ「エルヴィン世代だろうな。いや、でも分かる。大丈夫だ」

ぴんく・レディーは有名だもんな。これはオレ達の世代でも歌を聞いたことはあるだろう。

テレビ番組で懐かしの名曲では必ず出てくる曲だもんな。

ペトラ『あん畜生にあったら~今度はただでおかない~私の腕にかかえて~くちづけ責めにあ・わ・せ・る!』

何だかペトラ先輩にぴったり(?)な曲のように思えた。

そして何故か途中で声が変わった。

リヴァイ『ある時謎の運転手~ある時アラブの大富豪~ある時ニヒルな渡り鳥~あいつはあいつは大変装~♪』

ぶは! そこリヴァイ先生やっちゃった! 思わず吹いてしまった。

バスの中が爆笑に包まれた。しかもうまいし!

ペトラ先輩の声が乱れていた。無理ねえよ。リヴァイ先生、お茶目だなあ。

ペトラ『好きよ~好きよ~こんなに好きよ~♪ もうあなたなしでは~いられない~ほどよ~♪』

ペトラ『からっぽよ~心はうつろよ~何もないわ~あの日あなたが~盗んだのよ~♪』

と、1番を大体歌い終わったけど、

ペトラ『しまった! 2番はさすがに分からない! ごめーん!』

オルオ「ふん…ペトラは脱落だな」

リヴァイ「貸せ。続きは代わりに歌ってやる」

マジか。リヴァイ先生、酒入ってないのに歌ってくれるのか。ラッキーだなこれ。

リヴァイ『両手には鉄の手錠を~足には重い鎖を~♪』

オルオ「うーん、リヴァイ先生のおかげで繋いでいる間に次の曲を入れないと」

オルオ「『ど』か……どうするかな。よし、これにするか」

オルオ「オレは>>577を歌わせてもらう」

(*タイトルに『ど』または『と』のつく歌をお願いします)

スキマスイッチの
トラベラーズハイ

オルオ『道路は~続く~はるか遠い街まで~♪』

オルオ『スピードは~僕の気持ちを乗せて走る~♪』

ペトラ「スキマノスイッチ! トラベラーズ・ハイね!」

ミカサ「あ、これは知ってる。母がよく聞いている曲のひとつ」

エレン「おばさん、割といろいろ聞いているんだな」

ミカサ「音楽が好きなので。いろんな曲を聞きながら家事仕事をしている」

エレン「そっか」

そう言えばたまにリビングから曲が流れていたような気がする。

オルオ先輩も無事に歌い終わってオレに戻ってきた頃、リヴァイ先生が、

リヴァイ「そろそろつくぞ。エレンでラストだな」

エレン「ええ? まじっすか」

もうそんなに時間経ってたのか。びっくりだ。

エレン「オレでラストか……何歌おう?」

『い』のつく歌か。どれにしようかな……。

エレン「そうだ。ラストだから、これにします」

そして入れた曲は『いい日旅立ち』だ。中学生の時に音楽の授業で習った曲だ。

するとまたまたリヴァイ先生が反応して、

リヴァイ「お前ら、本当に10代なのか? 百枝ちゃん歌えるのか」

エレン『え? ももえちゃん? 誰ですか?』

ミカサ「この曲は学校の授業で習う定番のものですが」

ジャン「ああ、習ったな。確か」

マルコ「僕も習ったね」

リヴァイ「…………すまん。そうだったな。いちいち反応してしまった」

マーガレット「ああ、伝説のアイドル、山口百枝の代表曲ですもんね」

リヴァイ「マーガレット、お前の守備範囲もどうかしているぞ」

マーガレット「褒め言葉として受け取りますw」

そんな感じで皆でわいわい歌っていたら、あっという間に2時間近く経った。

皆、結構意外と歌えて、結局、脱落者はジャンとペトラ先輩の二名だけだった。

バスが旅館に到着して荷物を全部運び終わると、リヴァイ先生は言った。

リヴァイ「ご褒美は大会が終わってから渡す。今日は昼飯食ったら、会場の下見をした後は自由時間だ。好きにしていいぞ」

一同「「「あざーす!」」」

という訳で、下見が終わった後は、旅館の中で自由に過ごす事になった。

下見の為に見に行った会場は県大会の時より大きな会場だった。客席の数が前回の倍以上ある。

こんなに大きいところでまた、演劇をやるのか。そう思ったら急にぶるっと震えがきた。

リヴァイ「………急ごしらえでよくこれだけのキャパの会場をおさえられたな」

オルオ「え? 急ごしらえ? 会場は前々から押さえているもんじゃないんですか?」

リヴァイ「あ、いや………何でもない。気にするな」

何だろ? 今、リヴァイ先生が口を滑らせたような感じだった。

気になってつい、オレはツッコミを入れてしまう。

エレン「何か、あったんですか?」

漠然とだけど、リヴァイ先生は何か隠しているように思えた。

だからつい、そう言ったんだけど、

リヴァイ「……………」

エレン「リヴァイ先生?」

リヴァイ「あまり、大っぴらには言わないと誓えるか?」

エレン「………はい」

オレはすぐに頷いた。何か大事な話をされる予感があったからだ。

リヴァイ「………実はな、うちの県の去年の演劇大会で、大きな事故があったんだ」

オルオ「え? 何ですかそれ。初耳っすよ」

リヴァイ「あまり大っぴらには言えない事故だ。去年はお前らは九州大会に出てないから知らなかったかもしれんが………その年の九州大会で、考えられない事故が起きた。そのせいで、高校演劇の為に毎年会場を貸してくれていた責任者が、来年はもう貸し出せないって言い出してな」

エルド「え? じゃあまさか、今年、公演が変則的な日程になった理由って、本当は……」

リヴァイ「ああ。表向きには発表していないが、そういう事だ。例年、貸し出して貰っていた会場が押さえられなくて、地区大会をやる為の会場も押さえられなかったそうだ。だから前の年に県大会に出場した高校だけで予選大会をやる事になった」

ペトラ「そ、そうだったんですか……」

エレン「……………」

オレはなんて言葉を返せばいいのか分からなかった。

あの時、事故を起こしかけたオレには何も言う資格がない気がして。

重い空気の中、リヴァイ先生は続けた。

リヴァイ「正直言って、今の高校演劇は、そのバックアップがなさ過ぎて生徒に無茶な日程を組ませ過ぎる。その弊害が表に現れてしまったせいでその事故が起きたようなもんだ」

と、苦々しく言った。

リヴァイ「プロの世界ですら、仕込みには数日かけることもあるくらいなのに、平均して1時間もない時間でどうやって準備を完璧に仕上げられる。上の奴らにその無謀っぷりを何度も説き伏せたが、予算がないからと言って無理を強いる。これじゃ何の為の演劇なのかさっぱり分からん」

ミカサ「前回はでも、ギリギリセーフでしたけど、間に合いましたよね」

リヴァイ「そりゃ場見を最優先にしてそれ以外の事は殆ど省いているからだ。本来ならもっと、あらゆる事故が起きないように想定する作業が必要なんだ。それが起きなかったのは、ただ運が良かっただけとしか言えない」

ミカサ「……………」

リヴァイ「ま、こんな事を今言ってもしょうがねえけどな。改善出来ないのはオレ達大人の力不足だ。無理を強いてすまないと思っている」

リヴァイ「脅すような事を言ってすまない。しかしこれが現実だ。マーガレット、スカーレット、ミカサ。お前たち裏方三人は特に注意してくれ。そして決して無理はするな。何か起きた場合は、オレが体を張ってでも止める」

マーガレット「分かりました。約束します」

スカーレット「了解です」

ミカサ「…………了解」

そんな感じでしんみりとした空気に飲まれながらオレ達は旅館に帰る事になってしまった。

エレン「…………」

オレは余計な事を聞いたせいだな。

旅館に戻ってからも、何だか申し訳ない気持ちで一杯だったが、ペトラ先輩が、

ペトラ「エレンが落ち込むような事じゃないわよ」

と、わざわざ声をかけてくれた。

エレン「ペトラ先輩………」

ペトラ「先生が話してくれたって事は、それは私達が知ってもいいという情報よ。調べようとしなかっただけで、知らずにいた私達の方がダメだったのよ」

エレン「え、でも……」

ペトラ「エレンが聞いてくれたおかげでかえって気合が入ったから、結果オーライよ。だから落ち込まない。ね?」

エレン「…………」

そうだな。オレがここで落ち込んでもどうしようもねえ。

起きてしまった「過去」は変える事は出来ない。

なら、今後は同じことを起こさない様にするしかないんだ。

ペトラ「温泉、折角あるんだし、楽しみましょ? ね?」

エレン「はい」

夕飯を食べ終わった後、オレ達男子は全員一緒に男風呂に入ることになった。女子も同じく。

うおおおお? 露天風呂だ。湯気が凄い。つか、熱い?!

リヴァイ「………ちっ。湯加減が熱めだな」

ジャン「本当だ。ちょっと熱いっすね」

エレン「熱いの苦手か?」

ジャン「得意ではねえな。でも折角来たんだし、一応入ってみるさ」

エレン「そうだな」

オレも熱いのはそんなに得意じゃねえが、まあしょうがない。

あ、リヴァイ先生は足しか入れてない。熱いの苦手なのかな。

リヴァイ「この熱さなら足風呂で十分だ」

ジャン「オレは腰風呂でいいや」

エレン「オレもそうするわ」

肩まで入ったらのぼせそうな温度だった。

にしても、リヴァイ先生の腹筋、すげえな。ミカサもすげえんだけど、その上を行く腹筋だった。

何だろ。こうも体の違いを見せつけられると軽く凹むけど、同時に尊敬もする。

ジャン「あの、リヴァイ先生」

リヴァイ「なんだ」

ジャン「リヴァイ先生はいつ頃、その……裏方を経験されたんですか?」

あ、それはオレも聞いてみたかった事だ。すると、

リヴァイ「いつだったかな………」

何故かはぐらかされてしまった。ん? 聞いちゃダメは質問だったのかな?

と、思っていたらそうではなく、

リヴァイ「……………ああ、高校を中退した後、フラフラしてた時だったな。思い出した」

オルオ「?! 先生、高校を中退してるんですか?」

リヴァイ「ああ。言ってなかったか? オレは中退後に大検を受けて、教師の免許を取ったんだ。だから現役合格者ではないぞ」

と、さらりと言われてしまった。

何だろう。中退して大検取って、大学に入って、その間に何があったのか気になる。

リヴァイ「オレが初めて裏方を経験したのは、中退してフラフラしていた頃、劇団員をやっていたエルヴィンに拾われて、無理やり裏方をやらされたのが初めてだ」

オルオ「ええ? エルヴィン先生が劇団員? それも初めて聞きました」

リヴァイ「ああ。劇団員と言っても、プロのそれじゃなくて、所謂有志が集まってやる趣味の物だったがな。教師の仕事をしながら趣味でそっちの方の手伝いもしていたんだよ。エルヴィンは。その頃の奴に、その……何だ。無理やり裏方をやらされたのが切欠だ」

なんという裏話。すげえ。

エルヴィン先生、どうやって無理やりやらせたんだろ。気になる。

リヴァイ「こっちは何にも知らん素人なのに、今思うと奴に無理難題ばっかり押し付けられたな(遠い目)」

エレン「じゃあ先生は、そこからどうやって教師になろうと思ったんですか?」

リヴァイ「ん? ああ………なろうと思ってなったと言うより、エルヴィンに「お前は教師に向いている。億単位で賭けてもいい。だから大学に行け」ってまた無理やり勧められて大学に行く羽目になった」

リヴァイ「思えばオレの人生は奴に乗せられてばかりいる気がする……(更に遠い目)」

エレン「そ、そうだったんですか」

エルヴィン先生の勧めで教師になったのか。

意外だった。リヴァイ先生って「受け身」な人生を送っているんだ。

いや、勝手にオレが「自分の意志でガンガン行く」タイプだと勘違いしてただけだけど。

リヴァイ「オレ自身は全くこれっぽっちも教師に向いているとは思ってないんだがな。ただまあ、このご時世、教員免許はあっても学校に採用される枠が少ないから、ここに置いて貰えるだけでも有難いとは思っている」

リヴァイ「もしクビになっても、まあその時は土方仕事でもやれば食いっぱぐれはないだろう」

オルオ「そ、そんな事言わないで下さいよ、先生」

エルド「そうですよ。オレ達、リヴァイ先生が顧問で良かったと思ってますし」

リヴァイ「エルヴィンが演劇部の顧問をするっていう話もあったんだがな。奴は今は進路指導もやってるから、笑顔で『無理』と言われてオレが兼任する事になった」

リヴァイ「本来なら兼任より、ちゃんとした顧問が一人、常についている方がいいと思うんだがな」

オルオ「た、体操部の方をやめるって訳にはいかないんですか?」

リヴァイ「それも無理だ。オレ以外に指導が出来る教員がいねえ。体育教師が増えればそれも出来るんだろうが」

と、複雑そうな顔をするリヴァイ先生だった。

リヴァイ「……いや、一応、生物のハンジの奴が出来なくもないが、あいつも女子の方だけで手いっぱいだろうしな。リコも陸上部の方で手一杯だろうし……」

と、頭を悩ませるリヴァイ先生だった。

リヴァイ「本当なら演技指導の出来る教員が顧問をやった方がいいと思うんだがな……」

と、リヴァイ先生は更に頭を悩ませる。

リヴァイ「もし来年、そういう先生が入ってきたら、顧問にしてもらっても………」

エレン「それはダメです! 絶対ダメです!」

オルオ「そうですよ! リヴァイ先生があってこその、劇部ですから」

オレとオルオ先輩は二人してリヴァイ先生に訴えた。

だけどリヴァイ先生はまた困った顔になって、

リヴァイ「しかし県大会の公演で、オレは大失敗をやらかしたんだぞ」

オルオ「演出の件なら、あれはペトラも納得の上の事故でしかないですよ。先生のせいじゃないですし、怪我の功名と言うか、エレンの機転で劇は成功しました! だから気に病む事じゃないですよ!」

リヴァイ先生があの時の事をまだ気に病んでいたとは、思いもしなかった。

あ、もしかして、だからさっきのカラオケ大会も、あんな風に「ご褒美」とか言い出したのかな。

罪滅ぼしのつもりでゲームを考えたんだとしたら、何というか、いじらし過ぎるだろ。

その事が分かったのか、ジャンもオレと同じように複雑な顔になった。

ジャン「いや、アレはアレで結果オーライじゃないですか」

リヴァイ「だから、それは運が良かっただけとしか言えない……」

エレン「先生! 合宿でのこと、思い出して下さいよ!」

リヴァイ「!」

エレン「先生自身が「失敗」してもいいって言ったじゃないですか。それって、先生自身も含めての話ですよね?」

リヴァイ「…………」

エレン「だとしたら、先生の演出の失敗のおかげで、オレ達、九州大会に出られたようなもんじゃないですか。そう捉えてしまえば、失敗も活かせますよね?」

仮面の演出が変わってしまったのは、特殊メイクを省くというリヴァイ先生のアイデアを採用したせいではあるが、それを採用したのはオレ達だ。

先生一人が責任を感じる事じゃないし、何よりそれあったからこそ劇的に変化したんだ。

エレン「だったら、これっていい経験になるんじゃないんですか? そうですよね?」

リヴァイ「…………(はあ)」

リヴァイ「ブーメランになるとは、あの時は思わなかったな」

と、リヴァイ先生があきれ返っている。多分、自分自身に。

リヴァイ「…………続けても、いいんだな? 役に立たない顧問かもしれんが」

オルオ「続けて貰わないと困りますよ!」

エレン「そうですよ! なあ、みんな」

ジャン「そうですね。オレはリヴァイ先生が適任だと思いますよ」

エルド「勿論ですよ」

グンタ「全くです」

アーロン「いいと思いますよ」

エーレン「同じく」

カジカジ「異議なしです」

キーヤン「まあ、よくやってる方だと思いますよ」

マルコ「うーん、あの、話がよく見えてこないんだけど……」

と、マルコだけ、不思議な顔になっていた。

ジャン「あ、そういえばマルコはあの件、知らないんだったな」

マルコ「どういう事なの?」

ジャン「かくかくしかじか」

ジャンが簡潔に事情を説明すると、今更ながら「ええ?」と驚かれた。

マルコ「あの仮面が外れるところ、ガチだったの? それは全く分からなかった!」

と、言っていた。

>>584
訂正

あ、もしかして、だからさっきのカラオケ大会も、あんな風に「奢る」とか言い出したのかな。

ご褒美じゃなくて「奢る」でした。間違えた。
意味は通じるけど、ちょっとだけ違うので訂正。

マルコ「そうか……なるほど。リヴァイ先生のアイデアが仇になったせいで、脚本の流れが変更になって、アドリブを混ぜる事になったんだ」

エレン「まあな。でも、アレはアレで良かっただろ?」

マルコ「確かに。客観的に見ていた僕としては違和感はなかったけど………」

ジャン「けど? 何だよ」

マルコ「僕はリヴァイ先生の言い分も分かるよ。本当に自分がここにいていいのかって、不安に思うのも頷ける」

ジャン「おいおい、マルコ……でも」

マルコ「まあ聞いてよ。これってまるで野球でいう投手と捕手の関係に似ているじゃないか」

ジャン「え? 何でそうなる?」

マルコ「だってそうだろ? 捕手の指示通りに投手が投げたのに、まるでホームランを打たれたような……打たれたら傷つくのはどうやっても投手側だ。捕手じゃない。だからリヴァイ先生が胸を痛めてしまうのも当たり前だよ」

リヴァイ「…………なかなかいい表現だな。まあ、そういう事だ」

と、リヴァイ先生が照れたようにふいっと視線を逸らした。

ジャン「あ、ああ……なるほど。何となく、意味は分かりました」

オレはまだイマイチ分からないぞ。どういう事なんだよ?

エレン「マルコ、どういう事だよ」

マルコ「野球の場合は捕手が失敗すれば、公式の記録には投手側が傷つく。つまり演劇の場合は舞台に出ている役者が傷つく。支える側の人間にとって、それだけは許せない事なんだ」

エレン「そ、そういうもんか?」

マルコ「そういうものだよ。裏方には裏方のプライドがあるし、自分がそれが出来ないと思えば、出来る誰かにやって貰うべきだと考えるのも当たり前だ。悔しいけど、優先すべきものを間違えちゃいけないからね」

オルオ「……………そ、そうか」

エルド「オレ達は感情論だけで、考えてしまったな」

グンタ「でも、リヴァイ先生以外に適任の先生なんて……」

何だかもやもやしてきたぞ。どうすりゃいいんだこの問題。

マルコ「あの、今、兼任の話で思ったんですけど、演劇部の顧問の先生を「二人」にする事って出来ないんですか?」

リヴァイ「え?」

マルコ「一人で二つの顧問をするのがOKなら、その逆がダメな理屈はないですよね?」

リヴァイ「あ、ああ……そう言われればそうだな」

マルコ「だったら経験者である、エルヴィン先生にも「副顧問」の形でついてもらったらどうですか?」

リヴァイ「!」

マルコ「そうすれば、表はエルヴィン先生を中心に、リヴァイ先生が出来ないところはエルヴィン先生に頼んで、リヴァイ先生が裏方を中心に専念すれば、もっと効率よく出来ると思ったんですが」

リヴァイ「……………」

マルコ「だ、ダメですかね?」

リヴァイ「いや、それは有りかもしれない。というより、何でそれを思いつかなかったんだ……」

おお? 何かマルコのおかげで問題が一気に解決できそうな気配だぞ?

リヴァイ「マルコ。お前の言う通りだ。確かにその方が効率がいい。第一、オレにばっかり仕事を押し付けるエルヴィンが前々から気に食わなかったんだ。あいつにも、仕事を回してやる。ククク……」

おお? 何かリヴァイ先生の表情が一気に明るくなったぞ。

良かった。これがうまくいけば、リヴァイ先生の精神的な負担が軽くなるに違いない。

ジャン「マルコ、お前すげえな。さすがだな」

マルコ「え? そうかな? 僕は思った事を言ったまでだよ」

ジャン「いやいや、それに気づいて提案するってのが、なかなか出来ないんだ。やっぱりお前は大した奴だ」

エレン「そうだな。さすがマルコだぜ!」

そんな感じでオレ達の風呂は終わって、わいわいと部屋に戻ると、

ペトラ「あれ? 男子の方が遅かったですね。珍しい」

と、女子の方が先に部屋に戻っていたようだった。

今回はここまで。お休みなさい。

リヴァイ「ああ、ちょっと長話をしていたせいで遅くなった」

ペトラ「そ、そうですか……(羨ましい!)」

ペトラ先輩がオルオ先輩に「後で教えなさい(笑顔)」と呟いているのを聞いてしまった。

オルオ先輩も気苦労が絶えないな。いや、本当に。

就寝時間までまだ時間はある。まだ夜の8時だし寝るのには早すぎるな。

部屋は女子と男子で一応分けて団体部屋を取っているけど、女子は皆男子の部屋で待っていてくれていた。

手にはカードゲーム類がいくつか。準備がいいな。

ペトラ「ちょっと時間あるから遊ばない? いろいろ持ってきたわよ」

オルオ「お? やろうか。大富豪とか?」

ペトラ「まあ定番よね。参加する人~」

と、まあこんな感じで皆でトランプやらUNOやらで遊ぶことになった。

リヴァイ先生も一緒に交じって参加してくれた。付き合いがいいな。

そんな感じで夜も更けて、女子は自分の部屋に戻る事になったけど……

ミカサ「え、エレン……ちょっと」

と、オレはミカサに呼び出されて廊下に出る事にした。

エレン「ん? なんだ?」

ミカサ「お、おやすみの……」

エレン「ぶっ………や、やるのか?」

ミカサ「こ、こっそりお願いします」

キョロキョロ。一応、周りに誰もいないけど、見られないとも限らない。

ここでやるのはちょっとまずいな。

エレン「えっと、ちょっと外れようか。ここじゃまずい」

ミカサ「ん………」

オレとミカサは手を繋いで廊下を歩いて、非常階段の方に向かった。

非常階段には人気もない。ここなら大丈夫だろう。多分。

ミカサと真正面から視線が絡んで、ゆっくりと、キスをする。

家だと5秒以内と言うルールがあるから、触れるだけの軽いキスしかしてこなかったけど……。

ミカサ「ん………ん……」

今日は親父に見られる心配もないし、多少の秒数オーバーをしても咎められないだろう。

ミカサ「んー……」

ミカサも全く抵抗しない。腕を背中に回して、もっと、とせがんでいるようで。

その日、オレは初めて、ミカサの口の中に、入った。

ミカサ「あっ……」

だけど、ミカサは抵抗しない。

オレのしたいように、体を預けてくれる。

おやすみのキスが長すぎるだろ! というツッコミは入れないでくれ。

オレだっていろいろ、その、我慢していたせいで、この時は調子に乗ってしまったんだ。

何よりミカサの中が、気持ち良くて、頭の中、だんだん、薄らいでいくのが分かる。

…………この辺でやめておくか。

そう思って、唇を離そうとしたんだけど、

ミカサの方が、オレを離してくれなかった。

今度は、ミカサの方がオレの中に入ってこようとして、思わず、びくんと反応した。

エレン「み、ミカサ…?」

ミカサ「エレンと同じ事、する……」

ぐは! もう、可愛い。もう可愛い。なんだこの生き物!

ぎゅーっと抱きしめたくなるだろうが! ああもう、生殺し!

と、イチャイチャを堪能していたその時、

マルコ「非常口を確認するって、真面目だねえ…ジャン」

ジャン「あ? 旅行先についたら確認するのは当然だろ? 何が起きるか分からん世の中だし……」

人が来る気配がした。まずい。ジャン達がこっちにく………

と、オレが反応した時はもう、遅かった。

ジャン「…………………………え?」

オレとミカサが非常階段で二人きりで、至近距離で、いる。

勿論、唇は離したけど、その空気を見て、よほどの鈍感な奴じゃない限り、意味はバレるだろう。

エレン「…………………………」

まずいまずいまずいまずい。これはバレた。ジャンにバレた。

言い訳を必死に考える。だけど頭の中は真っ白で、何も出てこなかった。

ジャン「…………………………」

エレン「…………………………」

重苦しい空気が続いて誰も何も言わなかった。

するとその時、ミカサが先に、

ミカサ「ジャンも非常階段を確認しに来たの?」

ジャン「え? ああ……」

ミカサ「私達も、確認しに来た。大事な事なので」

ジャン「あ、ああ………そうだったのか」

ミカサ「うん。では、おやすみなさい」

と、言ってミカサは先に部屋に戻っていった。

そうだな。ここはミカサがいない方がいい。オレは頷いて、ミカサを見送った。

………直後、


バン!!!!


ジャン「……………エレン、説明してもらおうか」

と、まさかのジャンの壁ドンを食らう羽目になった。

ジャンに壁ドンされても全くときめきが起きないが、当然だな。

般若のような顔をしている。オレは「顔だけは勘弁してくれよ」と一応、前置きして、

エレン「…………すまん」

と、一応、先に謝った。

本当なら舞台が終わってから伝えようと思ってたけど、もう無理だな。

エレン「ミカサと付き合う事になった」

ジャン「いつからだ」

エレン「13日。お盆からだ」

ジャン「………………いつ、気づいた?」

エレン「え?」

ジャン「自分の気持ちに蓋していたんじゃなかったのかよ!! お前!!!」

エレン「ええ? えっと、何の話だ」

気持ちに蓋? してたっけ? いつ?

ジャン「いいから答えろよ!!! 自覚したのはいつだって聞いてんだよ!!」

エレン「…………皆で海に行って、その帰りにいろいろあって、その時に」

そう答えたら、ジャンがずるーっと崩れ落ちてしまった。

マルコは何とも言えない表情でそれを見守っている。

ジャン「あああああああくそおおおおおおお!!!!」

と、物凄く悔しがるジャンに、

マルコ「だから早く告白した方がいいって、言ったのに……」

と、言っていた。

マルコ「仕方ないよ。この結果は」

ジャン「……………(ズーン)」

ジャンは返す言葉もないようだ。

エレン「……………すまん」

オレはジャンの気持ちを知っていたし、これはどう考えても、ジャンに対する裏切り行為だってのも分かってる。

でも、自分の気持ちに嘘はつけなかったし、何より告白したのはオレが先なんだ。

ジャンに断りもなく言ったのは、その……悪かったと思うけど。

あの時は、言わずにいられなくて、自分を止められなかったんだ。

それにまさかジャンが非常階段を確認しに来るなんて、……あ、いや良く考えればあり得るか。

こいつの安全思考は今に始まった事じゃない。石橋を叩いて渡るタイプだから、そういうところはマメだった。

くそ。オレも浮かれていたな。もっと考えるべきだった。キスする場所を。

ジャン「………………リア充爆ぜろ(ボソリ)」

エレン「うぐっ!」

言われると思ったよ。お決まりの台詞だもんな。

マルコ「ジャン………この場合は筋違いじゃない?」

ジャン「マルコ……」

マルコ「だってそうだろ? ジャンは何度もチャンスがあったのに、結局は自分の気持ちをミカサに伝えなかった。エレンはちゃんと勇気を出して、告白したんだろ?」

エレン「ああ……まあな」

勇気を出したというより、ついうっかり言ってしまったという方が正しいかもしれないが。

言わずには居られなかった。そんな感じでつい、ぽろっと告白しちまったんだよな。

マルコ「その結果がこうなった訳だから、ジャンも結果を受け入れるべきだと僕は思うけど」

ジャン「頭ではそう思っても、感情が納得しねえんだよ」

そりゃそうだな。オレもそう思うわ。

エレン「ジャン………」

でもオレのせいで落ち込んで明日の舞台に影響が出るのは避けたい。

虫のいい話だってのは分かってるけど、どうにかジャンの憂さを晴らしてやりたい。

エレン「顔だけは勘弁して貰えれば、殴ってくれても構わねえぞ」

ジャン「はあ? 何言ってんだ」

エレン「それくらい、オレの事憎いだろ。いいから、やれ」

それくらいしか思いつかなかった。けど、ジャンは、

ジャン「アホか。そんな格好悪い事出来るか。そんなことしたら、ますます惨めになるだけだろうが」

エレン「でも………」

ジャン「お前を殴って、何になる。ミカサを悲しませるような事、オレがすると思ってるなら見くびられたもんだな」

男らしい発言に感心したけど、精一杯の虚勢を張っているのを感じた。

でもそれがジャンなりのプライドなんだろう。それに気づいてオレも「分かった」と答えた。

エレン「ならいいが………明日の舞台に引きずるなよ」

ジャン「それも分かってるよ。全く………やれやれだ」

そしてジャンとマルコは先に部屋に帰って行った。

オレも遅れて部屋に戻ろうとすると………

心配していたのか、ミカサがひょこっと廊下の陰から現れて、

ミカサ「大丈夫?」

と、顔を出してきた。

エレン「ああ。もう話はついた」

ミカサ「ジャン、やっぱり嫉妬していた?」

ミカサはまだジャンの気持ちに気づいていないのか、そう言う。

いや、本当は薄々気づいて、そういう事にしておいているのかもしれない。

ただ今は「ジャンはリア充に嫉妬している」という認識で会話する。

エレン「嫉妬大爆発だったな。でもしょうがねえだろ? こればっかりは」

ミカサ「そう………」

ミカサも複雑そうに顔を伏せた。

ミカサ「ジャンはいい人なので、きっといい子が見つかる」

ミカサ、その台詞は本人には言わないでくれよ。吐血すんぞ。

だけどそれをいう訳にもいかず、オレは曖昧に「そうだな」と頷いておく事にした。











翌日。遂に九州大会の日程が始まった。

県大会の時とは比べられない程の人が集まった。客もそうだが、各県の代表校が一堂に集まる訳だから当然だな。

日程の大まかな流れは県大会の時と殆ど同じだから戸惑う事はなかったが、それでも、その規模がでかくなるとプレッシャーが違った。

マルコは裏方希望だったけど、いきなり裏に入るのは無理だと言う事で、とりあえず係は会場に入って貰う事になった。アニは衣装の方の手伝いだ。

マルコが間に入ってくれたのは助かった。昨日の今日でジャンと一緒に仕事をするのは気まず過ぎたからだ。

県大会より10分多い仕込み時間、つまり50分で仕込みを終えて合同リハをやって、いよいよ本番になった。

オレ達の出番は午後の3番目だった。だから今回も他の学校の公演を見る余裕があったけど…。

県大会の時よりレベルがぐっと上がっていた。声も良く出ているし、何より脚本も面白い。

創作脚本の学校が多い中、白泉高校は既存の方で勝負していた。

女子高だから当然、男役も女子がやっていたけど…。

その中の、少年役を演じていた女性が特に凄くて、オレは思わずその演技に見惚れてしまった。

男女逆の役柄を演じている者として、妙な対抗意識が芽生えてしまった。

白泉高校以外にも当然うまい学校はあった。他県になるが、再春館高校とか、ベネッセ高校とかもうまかった。

この沢山の学校の中から1校しか全国大会に行けないのか。

上に行くのは難しいかもしれないが、やれるだけの事はやるしかねえな。

そしてあっという間にオレ達の番になった。準備を済ませて、再び舞台裏で円陣を組む。

オルオ「九州大会の壁は高いが、ここまできたからには全国目指すぞ! 全力で挑め! いくぞ!!」

一同「「「「おー!!!」」」

そして再び、あの舞台が始まった。

舞台に出ると、県大会の時よりも多い客席に息を呑んだ。

すげえ。こんな大ホールで演技が出来るのか。

何だ。この高揚感。すげえ、楽しい!

人に見られている事。そして演技が出来る事。

その異空間で、オレは精一杯、レナ王女を演じた。

懸念していたジャンの不調も起きなかった。一晩で頭を切り替えてくれたようだ。

むしろ今までよりも演技にキレがあって、びっくりした。演技力が上がっている。

吹っ切れた表情が見えて、ほっとした。ジャンの強さに助けられた。

安心して演技を続ける。仮面のアクシデントも前回と同じようにやって、同じ演出で進めた。

何度も練習した台詞を間違えずに演じる。

そして多分、今までで一番いい出来の舞台を、無事に終える事が出来た。

拍手がきた。やった。観客の反応はまずまずだ。

急いで舞台をはけて、次の高校の為に舞台裏を空ける。

控室に戻ってから、三年の先輩達が全員、「終わったな…」としんみりしていた。

ペトラ「あっという間だったわね……」

オルオ「ああ。やってみれば、本当にその通りだったな」

エルド「本当にな。さて、急いで片付けるか」

グンタ「だな」

やる事はいつもと同じだと言わんばかりにさっさと手慣れた手つきで片付ける。

そして1日目の公演が無事に終わり、明日の公演を待つ。3日目の午後に出場高校が決定するのでそれまでは役者は係の仕事だけになる。

裏方のミカサ達はその間も忙しいけど、とりあえずの一区切りはついた。

そしてあっという間に3日間の公演日程が終わり、結果発表になった。

出場高校の生徒たちが一堂に客席について、神妙に結果を待った。

審査委員長の発表を順次待つ。結果は………

審査委員長『講談高校……優良賞』

ああ、ダメだったか。優良賞は努力賞とほとんど一緒だ。

最優秀賞はどこになるのか。

審査委員長『白泉高校……最優秀賞』

その瞬間、白泉高校の生徒がざわめいた。

審査委員長『二連覇、おめでとうございます。どうぞ、壇上へ』

二連覇か。すげえ! でも確かに白泉高校、良かったもんな。

特にあの少年役を演じた女性の演技力は、目を見張るものがあった。

名前、なんていうんだろ。

審査委員長『また白泉高校には同時にキョーコ・モナカさんに主演特別賞を贈らせて頂きます』

おお? なんだろ。素の感じが演じていた時と全く違う。

ごく普通のその辺にいそうな女の子だ。悪く言えば華がない。

だけど、演技が入るとまるで別人だった。あの子、すげえなあ。

そして審査委員長の総評が終わり、あっという間に九州大会が終わった。

バスで旅館に戻る道の中で、ペトラ先輩が言った。

ペトラ「完敗だったわ。やっぱり白泉高校は毎年強いわね…」

オルオ「連覇をするだけはある。役者もそうだが、演出、照明、大道具、どれも一定レベル以上を持っている」

ペトラ「しかも既存の脚本でしょ? どんだけ金注ぎ込んでいるのよって話よね」

オルオ「うちも既存が使えればもっと役者の練習に力を入れられるんだがな……」

ペトラ「お金ないから無理よ。無い物ねだりしてもしょうがないわ」

と、小さな愚痴を言っていた。

エレン「既存を使えればっていうのは、所謂、著作権料を払えればって話ですか?」

オルオ「まあそういう事だ。脚本が先に出来ていれば、それに合わせて裏も表も準備の動き出しを早く出来るから、有利ではあるんだが」

マーガレット「でもそうなると、大道具の予算を削らざる負えなくなるんで、金持ちの学校以外はまずやりませんね」

エレン「金かあ…」

そう言えば白泉は金持ちのお嬢様学校だったな。

特待生もいるという話だけど、多分、軍資金が他の学校の比じゃないんだろう。

ペトラ「来年からは誰が脚本やる? 今までは私かオルオがやってたけど、2年に脚本書ける子いないし、1年に任せるしかないかしら?」

エレン「え? そうなんですか? 2年の誰かがやるのかと思ってたんですけど」

マーガレット「ごめん。私は脚本だけは無理。コントなら書けるけど、中編脚本とか絶対無理」

スカーレット「私も無理だわ」

ガーネット「同じく」

アーロン「読むの専門だ」

エーレン「難しいですね」

OH……丸投げかよ。どうすんだ。先輩達、引退するのに。

アニ「…………アルミンなら、出来るかもしれない」

と、その時、アニがぼそっと口を出した。

ペトラ「アルミン? あ、後で入るって言ってたあの金髪の子?」

アニ「はい。本を読むのが好きだし、読書量は毎年2000冊超えるとか言っていたんで、出来るとすればアルミンじゃないかと」

ペトラ「嘘!? 読書量負けた?! 私の倍読んでるの?!」

オルオ「平均して一日5~6冊か。なかなかやるな」

アニ「まあラノベも含むと言ってたんで、休みの日とかは10冊くらい一気に読むとか言ってました」

エレン「ああ、確かにアルミンは本の虫だから、出来るとすればアルミンしかいねえかもな」

なるほど。アルミンならいけるかもな。相談してみるか。

と、今後の事をいろいろ相談していたその時、

リヴァイ「もしくはエルヴィンの奴に頼むかだな。あいつも脚本は書ける筈だ」

と、リヴァイ先生も発言した。

ペトラ「え? エルヴィン先生? ですか? でも……エルヴィン先生って演劇の事……」

あれ? まだペトラ先輩に話してなかったんかな? オルオ先輩。

オルオ先輩がその時、思い出したように、

オルオ「リヴァイ先生、いいですか?」

リヴァイ「構わん」

ペトラ「なになに? 二人だけ通じる話しないでよ」

オルオ「いや、実は……」

と、その時、オルオ先輩が今後について、エルヴィン先生が副顧問について貰うかもしれない旨を全員に説明した。

勿論、エルヴィン先生が演劇経験者である事も含めて伝えると、

ミカサ「顧問が二人……ですか」

と、ミカサがちょっと驚いていた。

ミカサ「いいと思います。その案」

マーガレット「へーエルヴィン先生を通じてリヴァイ先生が演劇に関わる事になったなんて、いい話ですねー」

スカーレット「どう無理やり勧誘したのかもっと詳しく知りたいところだけど(ニヤニヤ)」

マーガレット「そこ気になるよね。確かに」

リヴァイ「そこは気にするな。まあ、反対する者がいなければ、の話だがな。1年、2年はどう思う?」

マーガレット「別にいいですよ。エルヴィン先生なら」

ガーネット「うん、エルヴィン先生は優しいし、いいよね」

スカーレット「確かに兼任じゃ限界があるかもですもんねー」

マリーナ「今までは良かったけど、もし今後、リヴァイ先生に急な事が起きた場合、副顧問はいた方がいいよね」

カジカジ「うん。そうだね。何か起きてからじゃ遅いし」

アニ「むしろ何故、経験者のエルヴィン先生が顧問にならなかったのが疑問ですね」

リヴァイ「そこは大人の事情だ。まあ顧問は無理でも「副顧問」ならあいつなら出来るだろう。というか、させる」

と言う事で話が大体まとまって、旅館についた。今晩まではここに泊まって明日の朝、学校に帰る。

旅館に戻った直後、ミカサがふらーっと、よろめいてびっくりした。

エレン「ミカサ?! どうした?!」

ミカサ「ご、ごめんなさい。ちょっと疲れたみたい……」

エレン「バスに酔ったのか?」

ミカサ「いえ、そうじゃないけど……」

リヴァイ「今日の裏方はかなりハードだったからな。すぐに休め。裏方チームは全員、体がバキバキだろ」

マーガレット「イエース……」

スカーレット「夕飯の前に寝ていいですか?」

リヴァイ「許す。オレもちょっと仮眠をとる。他の奴らは自由に飯食ってていいぞ」

という訳で、裏方チームは旅館についた途端に気合が抜けたようにバタンキューと倒れた。

ミカサがここまで憔悴するって、どんだけハードだったんだ。

布団に入った女子3人は倒れるように眠ってしまった。

県大会の時はその後に料理をする体力が残っていたくらいだから、九州大会はその比じゃなかったんだろう。

眠っているミカサを見守っていたかったけど、ペトラ先輩に追い出されてしまった。

ペトラ「寝かせてあげて。私達は先にご飯を食べましょ」

エレン「そうっすね」

そして先にご飯を食べて部屋に戻ると、まだリヴァイ先生が爆睡していた。

このままだと、明日の朝まで何も食べずに寝てしまうんじゃないかと思ったが、もし夜中に起きてしまったら、夜食がいるよな。

コンビニに行っておにぎりとかパンを買っておこう。オレも腹減ったら食えるし。

するとオルオ先輩も同じことを思ったようで、結局オレとオルオ先輩とペトラ先輩の三人でコンビニまで行く事になった。

ペトラ「あーなんかこう、祭りの後って感じで切ないよねー」

大会が終わって、一息ついたせいで気合が抜けたペトラ先輩がそう言った。

コンビニまでの短い道のりの中、オルオ先輩も頷いた。

オルオ「ああ。あっという間だったな。後は受験だけか……」

ペトラ「事故の件は驚いたけど、でもおかげで九州大会の日程が早まった訳だから、3年にとっては好都合だったわよね」

オルオ「確かにな。例年通り12月の開催だったら、3年はどのみち出られなかったからな」

ペトラ「うん。県大会も怪しいわよね。10月開催だし。ギリギリよねー」

エレン「やっぱり3年は9月に入ったら一気に受験モードっすか?」

オルオ「そうなるな。進学組は9月から本格的な勉強に入るといっても過言じゃない」

ペトラ「早いわよ。時の流れは。あーもう! あと1年、高校生活やりたいくらいだけど!」

オルオ「留年する訳にもいかんしな。楽しかったのは、同感だが」

エレン「先輩達と離れるのは、寂しいっすね……」

素直に思った事を口に出したら、ペトラ先輩の頬が赤くなった。

ペトラ「ば、馬鹿! まだそういうのは早いわよ! 引退しても、ちゃんと遊びに行くからね?」

オルオ「おう。引継ぎの件とかいろいろ出てくるしな。次の部長と副部長を決めないといけないし……」

エレン「そうですよね。すぐ部活を離れる訳じゃないですよね」

ペトラ「当たり前でしょー? もう、あんまり追い出そうとしないでよ? こっちも寂しいんだから!」

と、ペトラ先輩が可愛く拗ねる。

エレン「はい。ギリギリまでいて欲しいです」

ペトラ「やだもう、この子ったら! キュンキュンするからやめて!」

たった半年程度の付き合いだけど、もう先輩達と離れるのが寂しいと思うくらいには、打ち解けていたと思う。

オルオ「エレン、たらし込むのはやめろ。こっちが恥ずかしいぞ」

エレン「え? そんなつもりは……」

ペトラ「全く。天然か! エレンの恋人になる子は大変ね!」

エレン「え? (真っ赤)」

ミカサの事がつい思い浮かんで、照れてしまう。

オルオ「ん? おや? その様子だと、いるんだな?」

ペトラ「あ、やっぱり? そうだったんだ」

エレン「ええっと……」

ペトラ「隠さなくても分かるわよ。相手はミカサでしょ?」

何故バレたし。

ペトラ「えー? そりゃ分かるわよ。分からない方がおかしいって。ねえ?」

オルオ「まあな。そんな気がしていたが、やはりそうだったか」

先輩達の観察力すげえ。いや、その、お恥ずかしい。

エレン「あーはい。まだ付き合い初めて間もないんですけど」

ペトラ「いやー! ほやほやカップルなのね。うん、羨ましいわー」

オルオ「ペトラ、お前も言ってる場合か。リヴァイ先生に告白しないのか?」

ペトラ「え? や、やだなあ。私は告白はしないわよぉ……」

と、ペトラ先輩がそっぽ向く。

ペトラ「迷惑になるだけだし、ね? 片思いのままで十分よ」

オルオ「…………そうか。でもこの機会を逃したら、次はないかもしれないぞ?」

ペトラ「やだ、今日はやけに煽るわね。な、なに? 何か企んでいるの?」

オルオ「別に企んじゃいないが………」

オルオ「リヴァイ先生のご褒美、本当は欲しかったんだろ?」

ペトラ「そりゃ欲しいに決まってるでしょ?! でもあの時はしょうがないじゃない! 空気読まないと!」

ああ、やっぱりアレ、わざとだったんだ。

古い曲の中で、うろ覚えの曲を選んだんだな。

多分、今の曲だったら全部歌えるくせに、先生に合わせて、そうしたんだ。

そういうところ、いじらしいよな。ペトラ先輩。

ペトラ「いいのよ! その、貰えないのは残念だけど、先生の隣で歌えたし、いい思い出作れたから!」

オルオ「俺の分、譲ってやろうか?」

ペトラ「え?! それこそ悪いわよ! あんただって、リヴァイ先生大好きな癖に……」

ペトラ「まあ、どうしてもくれるっていうなら、貰ってあげても…いいけど?」

オルオ「どこのツンデレだ。テンプレで返すなよ」

ペトラ「うっさいわね! まあ、くれるなら有難く頂きますけど?」

うはあ。こっちはこっちでなんか甘酸っぱい感じがする。

何だろう。オレから見ると、オルオ先輩、ペトラ先輩の事、好きなようにしか見えないんだが。

ペトラ先輩は、どう思ってるんだろ…。

オレ、お邪魔だったかな? と思いつつ荷物を持つ。

荷物係はオルオ先輩だけで良かったかもしれんと思いつつも、

オルオ「やれやれ…」

と、オルオ先輩自身も告白はする気はなさそうな気配だ。

エレン「すんません、オレ、ついてきちゃって」

オルオ「あ? 何を言ってる。むしろいてくれて助かったぞ」

エレン「そうですか?」

オルオ「ああ。気にするな」

そんな感じでオレ達は、コンビニから旅館に帰ると、やっとリヴァイ先生が目を覚ましたようだった。

今回はここまで。九州大会、あっさり消化してすみません。
同じことをもう1回やるだけなので、あんまり細かく書くのもなと思ってこうなった。

3年は引退して、9月から新体制に入ります。
新しい演劇部になりますよ。

ちょっとだけ追加。最後、安価出します。

リヴァイ「今何時だ……10時半か」

オルオ「ですね。食堂はギリ空いてますけど、とりあえず、夜食買ってきたんで、こっち食べてもいいですよ」

リヴァイ「悪い。くれ…」

という訳でリヴァイ先生におにぎりとかパンとかをあげて、

リヴァイ「…………はー生き返った」

と、お茶を飲み干して息をついたリヴァイ先生だった。

リヴァイ「3日間、本当に神経すり減らした。肉体より精神が削られたな……」

エレン「そんなにハードだったんですか」

リヴァイ「ああ。頭が疲れたよ。やはり急ごしらえな会場なだけあって、十分な設備とは言えなかった。何より裏方側の通路が狭すぎた。頭の中はずっとテトリス状態だった」

エレン「なるほど。荷物の移動が大変だったんですね」

テトリスってことは、要はそういう事だろう。

出したり入れたりする様をゲームのようにイメージしてみる。

リヴァイ「ああ。最終日の搬出の時が一番、気遣ったな」

リヴァイ「しかし無事に事故も起きずに終わったから、とりあえずめでたしめでたしだ」

と、お茶を注いであげるオルオ先輩に「ありがとう」と言いながら、先生は言った。

リヴァイ「そうだ。カラオケゲームに勝った奴らにまだ、何をやるか決めてないんだが、何がいいか?」

エレン「え? 決めてなかったんですか?」

リヴァイ「ああ。学生が好きそうな物が思い浮かばなくてな。聞いてからやろうと思ってたんだが……」

それもそうか。世代間のギャップというものがあるから、分からなくて当然だろう。

エレン「だったら、>>612とかどうですかね?」

(*リヴァイ先生からのプレゼントは何がいい?)

キン肉マン 新&旧 キャラソンCD

キン肉マン推しワロタwwww

リヴァイ「筋肉マンのキャラソンだと? そんなもん貰って嬉しいのか?」

エレン「いや、折角カラオケで歌ったんですし、元ネタ知りたいなーなんて」

リヴァイ「一応、全員に同じ物を配るつもりだったが…分かった。時間がかかるだろうが、集めるか」

エレン「え? 本当にそれでいいんですか?!」

冗談のつもりで言ったのに!

リヴァイ「………何? 今、お前がそう言ったんだろう?」

エレン「え、あ……いや、その……」

やっべ! これは後で皆に恨まれる気がする。どうしよう。

汗掻いていると、オルオ先輩が、

オルオ「あの、エルドとかグンタの場合は親父さんが持ってるから被るんじゃないんですか?」

リヴァイ「あ、そう言えばそうだったな」

リヴァイ「被る物を貰ってもしょうがないか。だったら、CDを買う為のギフトカードのようなものならどうだ?」

リヴァイ「キャラソンが気になる奴は自分で買え。それならいいだろう」

オルオ「まあ無難ちゃ無難ですかね」

リヴァイ「第一、今、筋肉マンのキャラソンを集めるとなると、相当手間がかかるぞ」

リヴァイ「あるところにはあるだろうが………全員分となると、きついかもな」

良かった。軌道修正して貰えた。やっべー。

オルオ先輩にこづかれた。いや、調子に乗ってすみません…。

という訳で、リヴァイ先生のご褒美は結局「図書カード」になった。

一人1000円ずつだ。これでCDも買えるからそれで新しい本でもCDでも買えという事になった。

翌日、学校に戻ってから、校門の前で少し待たされて、そのご褒美を受け取る。

でも、何故かオレの分だけ、筋肉マンのキャラソンが2枚入っていた。エルド先輩とグンタ先輩が歌っていたアレだ。

エレン「え? 何でオレだけ……」

リヴァイ「昨日の夜、エルヴィンに話したら、自宅にあると言ってたから、奴から貰ってきた。お前にやるよ」

エレン「ええ?! いいんですか?!」

リヴァイ「昔のCDだしな。いいそうだ。大事にしろよ」

という訳で、何故か筋肉マンのキャラソンを本当に貰う事になってしまった。

瓢箪から駒とはこのことだろう。

リヴァイ「原作も読めよ。筋肉マンは名作だからな」

エレン「はい! そうします!」

という訳で何だかちょっとだけ得した気分で、オレは家に帰る事になった。

エルドとグンタの親父さんがキャラソン持ってる(という事にしないと歌えないw)ので、
今回はエレンだけ、CD貰う事にしました。

では続きはまた。

あ、でも家に帰る前に、

エレン「オルオ先輩!」

オルオ先輩を呼び止めて、

オルオ「ん? 何だエレン」

エレン「図書カード、先輩にあげます」

オルオ「え?」

エレン「オレはCD貰ったんで……ペトラ先輩に1枚譲るなら、先輩の分がなくなるから」

オルオ「いいのか…?」

エレン「これで参考書でも買ってください。受験の為に使ってくれれば」

オルオ「そうか……ありがとう。有難く使わせて貰うよ」

ペトラ「オルオー? 何やってるのー?」

待ってるペトラ先輩が首を傾げていた。

オルオ「何でもない。帰るぞ」

ペトラ「うん。じゃあ皆、またね!」

という訳でその場で皆、解散になった。

その様子を見ていたミカサが首を傾げて、

ミカサ「エレン、オルオ先輩に図書カードあげちゃったの?」

エレン「ああ。オレ、ひょんなことからCD貰っちゃったからさ。これでいいやって思って」

ミカサ「そう……私のを譲っても良かったけど」

エレン「いや、ミカサはミカサでそれで何か買え。おばさんにCD買ってやったらどうだ?」

ミカサ「それもそうね。分かった。そうする」

そんな風に話していたら、突然携帯が鳴った。

アルミンだ。どうしたんだろう?

エレン「はい、もしもしーアルミンどうした?」

エレン「え…………………」

その時、アルミンから聞いた知らせにオレは目の前が一瞬、真っ白になった。

でも、すぐに気持ちを切り替えて答えた。

エレン「分かった。すぐに準備する。場所はどこだ。ああ、分かった」

そしてすぐに電話を切ってオレはミカサに言った。

エレン「ミカサ、家に帰って荷物置いたらすぐにまた出かけるぞ」

ミカサ「え?」

エレン「アルミンのおじいちゃんが、今朝亡くなったそうだ」

ミカサ「!」

ミカサ「……分かった」

そしてオレとミカサは一度自宅に戻ると、おばさんに事情を説明して車を出して貰った。

アルミンの家に到着すると、アルミンが自宅に一人、待っていてくれた。

アルミン「ごめんね、急に呼びつけて」

エレン「気遣うんじゃねえよ。分かってる。喪主はアルミンがするんだろう?」

アルミン「僕しかやれる人間がいないから。段取り分かんないから、どうしようかと思って」

ミカサの母「大丈夫よ。お手伝いできることがあれば、言って頂戴」

アルミン「すみません……」

アルミンはいつも通りの表情だったけど、それがかえって痛々しく思えた。

ミカサの母「親戚の方は?」

アルミン「遠縁の方が何名か……でも全然、連絡し合ってないし、付き合いがないので」

アルミン「両親は既に他界しています。実質、僕一人が身内みたいなものだったんで」

ミカサの母「そう…でも、連絡しない訳にはいかないわ。連絡先は分かる?」

アルミン「あ、はい、一応、連絡先は分かりますけど…」

ミカサの母「仲があまり良くなかったのね」

アルミン「すみません……」

ミカサの母「分かったわ。なら代わりに話してあげる。電話を貸して頂戴」

こういう時、頼りになる大人がいると助かるよな。

そしてその日は当然通夜になり、次の日に葬式を慌ただしく行う事になった。

葬式にはジャンもマルコも来てくれた。クリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルト、コニーは遅れて来てくれた。

アニも最後に来てくれた。「遅れてごめん」と言いながら、

アルミン「来てくれただけでも嬉しいよ。ごめんね。大会直後に」

アニ「関係ないよ。その……来ていいのか迷って」

アルミン「だよね。うん、でも来てくれて嬉しい」

そして皆、アルミンに気遣い、簡単に挨拶をして帰って行った。

オレは最後までアルミンの傍についていた。ミカサも同席している。

葬式があっという間に終わって、一息つくと、アルミンは何やら遠縁の人達と話し合いをしていたようだった。

アルミンの家の事情に踏み込むわけにもいかないので、つかず離れず様子を見守っていたが…。

アルミンの表情を見ていると、あまりいい空気ではなさそうだった。

話が終わってアルミンがこっちに合流してきた。

アルミン「エレン、頼みがあるんだけど」

エレン「おう、何でも言ってくれ」

アルミン「今日、エレンの家に泊めて貰える?」

エレン「おう! それくらい、いつでもいいぜ!」

アルミン「ありがとう。ちょっといろいろ考えをまとめたいんだ」

何やら問題が発生した様だ。でも、それに対して直接手助けは出来ないようだ。

でも間接的に助けられるなら、それでもいい。

葬式が終わってからそのままアルミンはうちに来る事になった。

そしてうちで夕飯を一緒に食べて、一息ついてからアルミンは言った。

アルミン「いやーこれから先、どうしようかな」

と、ぽつりと言って、

アルミン「僕、まだ未成年じゃない? だから遠縁の人達が僕を引き取るか否かでもめてさ。僕もいきなり知らない人と同居とか無理だし、断っちゃったよ」

エレン「そりゃそうだな。親戚とはいえ、付き合いないんじゃ、他人と殆ど一緒だ」

アルミン「んー……その、快く引き受けてくれる空気ならまだお世話になるのも有りなんだろうけど。なんていうか、厄介者を渋々って空気だったし、お世話になるのはちょっとね」

アルミン「一人でやっていくのは遺産をやりくりすれば何とかなると思うけど」

アルミン「今の家、賃貸なんだよね。おじいちゃんの名義で借りてたから、僕一人になった場合、継続して借りられるのかな」

エレン「ん? 問題あるのか? それって」

アルミン「うーん、契約更新の時にどうなるんだろうと思って。未成年にも継続して貸して貰えるのかなと」

ミカサの母「そうね。確かに未成年が賃貸を借りる場合は、親権者の同意がいるわ。保証人もいる」

ミカサの母「でも不動産屋の場合、安定して家賃を払えるかどうかをもっとも重要視するから、そこさえクリアすれば、後は何とでもなるわよ」

アルミン「そ、そうなんですか?」

ミカサの母「ええ。下世話な話だけどね。勿論、一番いいのは遠縁の方に保証人になって貰う事よ」

アルミン「ううう………やっぱりその辺が面倒臭い事になりそう」

と、アルミンがちょっぴりげんなりしている。

ミカサの母「最初の契約の時も、その遠縁の方に保証人になって貰っていたのなら、継続して貰えるように頼んだ方がいいわよ」

アルミン「まあ、そうなんですけどね。うまく話し合いが出来ればいいけど……」

と、アルミンが頭を抱えている。

オレは話の半分も意味が分かってないが、

エレン「うちに高校卒業まで一緒に住むのとか、ダメか?」

と、言ってみた。しかし、

アルミン「いや、そこまでお世話になるのは、僕としても申し訳ないよ」

と、アルミンに断られてしまった。

エレン「そうか……」

アルミン「うん、大丈夫。まあ、ちょっと面倒臭いだけだよ。大丈夫」

と、アルミンは苦笑いだ。

そしてその日の夜は、アルミンと一緒に寝た。寝る前に、アルミンは言った。

アルミン「おじいちゃんが亡くなる前にね」

エレン「うん」

アルミン「僕に、『部活に入ったらどうだ?』ってしきりに言っててね。僕はおじいちゃんの面倒を見ないといけないから、いいよって言ってたんだ。でもその度におじいちゃん『一人で大丈夫じゃ』と、強がってね。大丈夫じゃない癖に、何度もそう言って」

エレン「うん…」

アルミン「だから僕は条件を出して、『おじいちゃんが施設を利用するなら』って話をして、その方向で話を進めていたんだ。おじいちゃん、もう足腰が弱くて、一人じゃ近所も出かけられない状態だったし、介護をしながら、僕も高校生活を送ってたんだけど」

エレン「うん……」

アルミン「まさか、ガンを抱えていたなんて、知らなかった。おじいちゃんの部屋に、病院に行った形跡が残っていて。足腰が弱っていたのは、そのせいだったみたいで……」

アルミンの好きにさせてやろうと思った。今は、そうした方がいい。

アルミン「おじいちゃん、もう死期を悟っていたんだろうね。だから僕に、部活に入ったりして、高校生活を楽しく過ごして欲しいって思ったのかもしれない」

エレン「うん………」

アルミン「僕、もっと何か出来たんじゃないかな………」

エレン「…………」

アルミン「ちゃんとした治療を受けさせれば、もっと長生きしたかもしれないのに。何で、おじいちゃん、黙ってたんだろう……」

多分それは、アルミンに負担をこれ以上、かけさせたくないというおじいちゃんなりのプライドだったのかもしれない。

ただの推測だけど、ガンの治療をするとなると、家族の協力、そして負担は不可欠だ。

アルミンに高校生活に専念させてやりたくて、おじいちゃんは言い出せなかったのかもしれない。

……もちろん、ただの推測だけど。アルミンも多分、気づいている。

アルミン「エレン、僕、医者になりたい」

アルミン「おじいちゃんの為に何も出来なかった自分が悔しい。だから………」

エレン「ああ。アルミンなら、きっとなれるさ」

元々、アルミンは頭がいいんだ。ちょっと勉強すれば、すぐ医者の免許くらい取れるだろう。

うちの親父もいるんだし。何か協力出来る事もある筈だ。

アルミン「でも、おじいちゃんとの約束も守りたい。だから、部活にも入るよ」

エレン「おう。待ってるぞ。落ち着いたら、一緒に頑張ろうぜ」

アルミンはそう言って小さく笑って、オレも一緒に笑った。

辛い現実は、突然やってくる時がある。それはオレも経験しているから分かる。

人の死は、本当に突然、やってくる時があるのだ。

でもだからと言って、それにいつまでも縋り付いている訳にもいかない。

生きている人間にはまた明日がやってくるのだから………。







そしてアルミンの件で慌ただしく日々が過ぎた後の翌週。

そろそろ宿題を終わらせないといけねえなと思って家で必死に課題をこなしていたら、あっという間に夏休みは終わった。

海行って、部活やって、お盆を過ごして、いろいろあったけど、時間が過ぎるのは早かった。

ギリギリセーフで課題を終わらせて2学期を迎えて、部活の引継ぎも行う事になった。

アルミンは2学期から正式に演劇部の部員になり、自己紹介を終えた後、オルオ元部長がこう言った。

オルオ「えー3年全員で話し合った結果、次の部長はジャンを指名しようという事で可決した」

ジャン「はい?!」

指名されたジャンはぶったまげて、慌てて立ち上がって抗議した。

ジャン「ちょっと待って下さい! 普通、ここは2年が引き継ぐんじゃないんですか?!」

オルオ「いや、お前、進路が公務員希望だろ? 部活の部長とかやってた方が、内申点も上がるし、印象いいからやった方がいいんじゃないかと思って」

ジャン「確かにそれはいいましたけど、それなら来年でも十分ですよ! 1年にやらせるって無謀じゃないっすか?!」

マーガレット「んーいや、別に無謀じゃないわね」

スカーレット「ジャンは何気にメンタル強いし、いいと思うよ」

ジャン「いや、オレ、全然メンタル強くないですよ……買被り過ぎですよ」

ガーネット「え? そう? でも、アレでしょ? あの件、私達、知ってるよ?」

ジャン「あの件ってなんですか」

スカーレット「えー? ここで言っていいの? ほら、非常階段の件……」

ジャン「何で先輩達がソレ知ってるんすかあああああああ!!!!!!」

本当だよ。どこから漏れた。つか、女子の情報網こえええええ。

マーガレット「やだーゴシップネタを女子が知らないと思う方がおかしいわよ。ねえ?」

ペトラ「ふふふ………まあ、端的な情報でも組み立ててれば自ずと真実が見えてくるってものよ」

ペトラ「推理力ならそれなりにあるからね。だてにミステリー小説を読んでないわよw」

ん? ミカサの様子がおかしいな。

あ、これはペトラ先輩に吐かされたな。恐らく。

全部は言ってないんだろうが、ミカサの説明から真実に辿り着いたってところかな。

オルオ「そして副部長は……入ったばかりで悪いが、マルコ。指名していいだろうか」

マルコ「いいんですか? 経験浅いですけど」

オルオ「頼む。2年のマーガレットがやるっている案もあったんだが、こいつ、同人活動もあるから役職は無理だって言ってな」

マーガレット「ごめん! 二足の草鞋はいてて本当にごめん!」

マルコ「分かりました。でも、いろいろ分からないところが出てくると思うんで、その時はお願いします」

ペトラ「勿論よ。それは追々教えていくわ」

そんな訳で、ジャン部長による新体制に切り替わり新しい演劇部の活動が始まった。

オルオ「当面の次の目標は文化祭だな」

ペトラ「そうね。10月初めの文化祭に向けて、何やるか決めないとね」

オルオ「一応、台本はオレの書いたものもあるが、他にやりたい物があれば、そっちを優先していいぞ」

と、先輩達が言っている。さて、どうしよう。

ジャン「あー確か、オルオ先輩の台本は時代劇物でしたよね」

エレン「チャンバラいいっすね~」

男の子でチャンバラが嫌いな奴ってあんまりいないだろうな。

アニ「衣装は和服になるんですよね。和服って作るの難しいですか?」

ガーネット「いや、かえって簡単よ。直線縫いがメインになるし」

ミカサ「和服なら家にもいくつかある……女性用で良ければ」

おお、まじか。それはいいな。

ペトラ「時代劇でいいの? 他にやりたいものないの?」

エレン「ん~」

とりあえず、今は思いつかないが、さて、どうしよう。

(*文化祭の演目を決めよう! 何がいい? 案がなければ時代劇路線になります)

エレン「他に、というか、チャンバラだけでなくて、格闘シーンもやってみたいです。戦隊ものでよくあるような」

ジャン「ああ、いいかもな。それ。アクション劇やりたいよな」

オルオ「なるほど。そういう事なら一から脚本を作り直した方がいいな」

ペトラ「そうねー。オルオの劇はチャンバラシーンはあるけど、格闘シーンはないもんね」

オルオ「それにチャンバラと格闘がメインなら、恋愛要素は入れない方がいいだろう。勧善懲悪の単純なストーリーの方がまとめやすいし」

ペトラ「そうね。そっち主体で、新しく脚本を書き起こして……」

ペトラ「……って、続けて私達がやろうとしてどうするのよ。引退したのに」

オルオ「あっ……そうだったな」

ペトラ「もう。暫くは癖が抜けないわね。後は皆に任せるわ。脚本は、誰がやる?」

エレン「アルミン、出来そうか?」

アルミン「え? 僕?」

エレン「アルミン、本読むの好きだろ? だったら書く方も出来るんじゃないか?」

アルミン「いやいやいや、書いたことないし、僕は読むのが専門で……」

ミカサ「そうなの?」

アルミン「そんな、まだ何も分からないのにいきなり脚本書くなんて、そんな責任重大な事、引き受けられないよ」

アニ「でも、他の皆も脚本は書けないみたいだよ」

ジャン「オレも読むのが専門だからな。ミカサはどうだ?」

ミカサ「私も書いたことはない」

困ったな。アルミンなら出来るかなって思ってたけど、難しいみたいだ。

ペトラ「そういう時は、とにかく先に『アイデア』をまとめましょう。詳しいところは後で煮詰めれば何とでもなるわ。皆で話を考えればいいのよ」

エレン「おお…なるほど」

ペトラ「やりたい事を順次書き出していくわよ」

1.チャンバラ

2.格闘

3.和服

ペトラ「他に何かある? こういうの入れたいって言うの」

エレン「あー……今度の主人公は「男」にしませんか」

ジャン「あ、前回はヒロインが主人公だったからか」

エレン「ああ。だから次は主役は「男」でいきたいです」

ペトラ「了解。じゃあ加えるわよ」

4.男主人公

ペトラ「んー……とりあえず、押さえるのはこの4つかな」

ペトラ「主役のキャラはどんなのがいい?」

アーロン「強いキャラがいいんじゃないか?」

エーレン「そうだな。主役は強そうなのがいいと思うよ」

ペトラ「外見が強そうな感じ? それとも精神的に強そうな方?」

アーロン「両方だろう。男は心身ともに強くないと」

エレン「確かに」

ペトラ「うーん、あんまり完璧超人にしちゃうと、見ている方が共感を得にくいってのがあるのよね」

と、ペトラ先輩が言う。

ペトラ「強そうで実は弱い。弱そうで本当は強い。テンプレだけど、ギャップがあった方が面白いってよく言われるわよね」

マーガレット「でも、完璧系の主人公がいない訳じゃないですよ。テニヌとかそんなキャラばっかりですし」

ペトラ「まあねえ。でもテニヌは他のところで突き抜けているからウケているってのがあるし」

ミカサ「テニヌ? 何ですかそれ?」

エレン「テニスの王子様達っていう漫画の俗称だ。テニスしているうちに、テニスを突き抜けた事をし始めたから、スがヌに変わった」

ミカサ「………!」

言葉の意味を理解して、手をポンと打つミカサだった。

最初は分からんよな。オレも意味が分かった瞬間、同じ事したよ。

やべえ。リアルで執筆を邪魔されて続きが書けない。
暫く雲隠れします。すまんぬ!

ペトラ「ん~キャラクターは既存のキャラを参考にするっていう手もあるわね。こういうのがいいっていう、モデルにしたいキャラ、いる?」

マーガレット「それなら、火村剣心一択ですよ! チャンバラやるなら、最強のジャンプーキャラですしね!」

ジャンプー作品で剣士と言えば確かに剣心だろうな。

でも、剣心をモデルにするならひとつ、問題が出てくる。

剣心は身体が「小さい」。だから小さい奴がやらないと、違和感が出てきそうだな。

ペトラ「剣心っぽい感じにする? そうなると、演じられる子が絞られてくるわね」

ジャン「体格的にはアニかアルミンあたりになるよな」

アニ「えっ……!? (青ざめ)」

アルミン「えええ……僕が主役なんて、無理だよ。演技出来ないって」

エレン「いや、アルミンは意外と演技力あるから、オレは無理とは思わねえけど?」

アルミン「エレーン?!」

アニ「いや、私もそう思う(キリッ)」

アルミン「アニも?! 何で僕を持ち上げるの?!」

アルミンが本気で困惑している様子はちょっと面白かったけど、本人が嫌なら仕方ねえな。

エレン「…悪い。ただ、剣心のイメージに一番近い奴って言ったら、アルミンになっちまうな、と思っただけだ」

マーガレット「確かに、小柄で柔和な顔立ちで、男の子となると、この中だと、アルミンよね」

アルミン「ええっと、本当に剣心っぽい主人公でいくんですか…? (ちょい涙目)」

ペトラ「いや、まだ主役を決める話じゃないわよ? 話はあくまで、主人公をどんなキャラにするかの段階だから」

と、その時、様子を見守っていたエルド先輩が挙手した。

エルド「あ、でも、主役を最強キャラにするのであれば、ある程度、運動神経の良い奴じゃないと、演技するのが難しいんじゃないか?」

アルミン「!」

グンタ「ああ。キャラクター以前の問題が出てくるな。アクション満載にするなら、体力のある奴がやらないと、ダメだろうな」

するとオルオ先輩が立ち上がって、

オルオ「だったら今から、体力測定の時の成績をリヴァイ先生に見せて貰いに行こう」

ペトラ「そうね。そういう話なら、リヴァイ先生に聞いた方が早いわね」

という訳で、体操部の方に顔を出しているリヴァイ先生に会う為、オレ達部員全員、第三体育館へ移動した。

リヴァイ先生は黒いジャージ姿で体操部員の指導をしていた。

リヴァイ「ん? どうした。お前ら。珍しいな」

リヴァイ先生が体操部の方の指導をしている姿を見るのは初めてだ。

演劇部にいる時とはまた違った顔つきで、熱心に様子を見ていたけれど、途中で手を止めてこっちに来てくれた。

そしてオルオ先輩が一通り事情を話すと、

リヴァイ「なるほど。次の劇の為に、体力測定の時のデータを参考にしたいのか。分かった。ちょっと待ってろ」

リヴァイ先生は一度席を外すと、データを持って来てくれた。

リヴァイ「演劇部の全員の体力測定のデータだけ抜いてプリントしてきた。データだけでみるなら、向いているのは男子はジャン、女子はミカサになるな」

ミカサ(びくん!)

ジャン「へー。男子の中じゃ、オレが一番ですか。意外だったな」

リヴァイ「ジャンは得意もないが、不得意もない感じだ。平均的に成績がいい。ただ、持久力だけで言えばエレンの方が↑になる」

エレン「え? そうなんですか」

それも意外だった。

リヴァイ「ああ。データを参考にした上であえてランキングをつけるとすれば、ミカサ、ジャン、エレン、アニ、アーロン、エーレンの6人のうちの誰かが主役をやった方がいいかもしれんな」

ミカサ(びくびくん!)

あ、ミカサが汗掻いてびくびくしている。

そうか。アクション主体の劇をやるなら、ミカサが一番向いているという事になるのか。

リヴァイ「ただ、あくまでこれはデータ上の話だ。実際はどうかと言われたら、それはやってみないと分からん。丁度いい。お前ら全員、ここで逆立ちをやってみろ」

一同「「「?」」」

リヴァイ「女子はジャージを貸してやる。ちょっと待ってろ」

>>644
訂正
リヴァイ「ジャンは得意もないが、不得意もない感じだ。平均的に成績がいい。ただ、持久力だけで言えばエレンの方が上になる」

何で記号になった…。変換ミスしました。

そして全員、リヴァイ先生の補助を貰いながら、逆立ちをする事になった。その上でリヴァイ先生は言った。

リヴァイ「……ふむ。個人的な意見になるが、ランキングを入れ替えても良さそうだな」

エレン「え? 何か違ったんですか?」

リヴァイ「ああ。逆立ちの姿勢を見る限り、アクションに一番向いているのは………アニ、お前だな」

アニ(ギクー!)

リヴァイ「次点がミカサだ。アニ、お前はもしかして、体力測定の時、少し手を抜いていたんじゃないか?」

アニ「な、なんの事です? (汗)」

リヴァイ「……まあいい。あくまで俺個人の意見だからな。実際どうするかは、自分達で決めろ。ランキングをつけてやるから、両方のデータを参考にして決めるといい」

と言って、リヴァイ先生はメモを書いて渡してくれた。

音楽室に戻ったオレ達は、そのランキング表を黒板に貼って、考える事にした。


【体力測定を基にしたランキング】

1位ミカサ 2位ジャン 3位エレン 4位アニ 5位アーロン 6位エーレン

【個人的な主観に基づいたランキング】

1位アニ 2位ミカサ 3位ジャン 4位エレン 5位アーロン 6位エーレン


エーレン「どっちにしろ、裏方希望の二人がアクションに向いているって事でいいのかな」

マーガレット「だね。参ったね。向いている人が演技やらないっていうんじゃ、華がなくなるかも」

アニ(ギクッ)

ミカサ(ギクギクッ)

二人共、裏方希望だもんな。どうすんだ、これ。

ジャン「んーミカサもアニも裏方希望だから、またオレとエレンのどちらかが主役やるしかないですかね」

エレン「オレは今回は辞退してもいいぞ。ジャン、お前が主役やれば?」

ジャン「まあ…やってもいいけどさ。ただ、オレと剣心って、イメージ全然違うけど、いいのか?」

ペトラ「そうねえ。そうなると、剣心っぽい主人公っていうのを諦めるしかないかも…」

スカーレット「ジャンが主役になる場合は、また別のキャラを考えた方がよさげですね」

アニ「………」

ミカサ「………」

アニもミカサもバツが悪そうにしている。

いや、二人共、舞台に出たくねえんだから、仕方ねえけどさ。

でも、もし二人が舞台に出てくれるならきっと、迫力満点のアクション劇が出来そうな気がするんだよな。

勿論、ジャンが悪いっていう話じゃねえぞ?

でも、ジャンよりうまく出来る奴がいるなら、本来ならそうした方がいい。

ジャン自身も、別に主役に拘っている訳じゃなさそうだし。

ペトラ「ん~ちょっと煮詰まっている感じだから、一旦保留にしない? 考えても答えが出ないうちは、無理に考える必要はないわよ」

エレン「そうですね。そうしますか」

ジャン「だな。一回ちょっと休憩って事で。今日はここまでにしていいですかね」

という訳で、その日の話し合いはここまでになり、オレ達はそれぞれ解散する事になった。

帰り道の電車の中で、アルミンが複雑そうに言った。

アルミン「なんかごめんね。僕、運動神経悪いから」

エレン「いや、アルミンは別に悪くねえよ。オレも無理言って悪かったな」

アルミン「僕がせめて平均くらい運動神経があれば僕が主役で決まったのかな…」

エレン「でも、アルミンも裏方希望だろ?」

裏方希望が多いような気もするが、アルミンも裏方をやりたいと思っているんだ。

アルミン「んー…」

しかしアルミンは少し考えて、

アルミン「まあ、あくまで希望だよ。僕が一番やりたいのは、小道具を作ったり、背景セットとか組み立てたりする事だから、それに関わらせて貰えるなら、役者も兼任しても構わないよ。ただ、主役級をやっちゃうと、裏方の方に時間をかけられないから、やるなら脇役かなあって思ってたんだ」

と答えてくれた。その上で続ける。

アルミン「でも、剣心っぽいキャラでいきたいんだたら、確かに外見は僕が一番適任だし…とも思うし、ちょっと複雑な気持ちなんだよね」

エレン「まあな。ただまだ、話の輪郭も出来てねえし、これから皆で話し合って決めていくしかねえんじゃねえの?」

全員の希望が通る劇なんて無理だもんな。

オレだって、前回の仮面の王女の時は、裏方を妥協したんだし。

これからどうするかは、これから考えていくしかねえか。

ミカサ「………」

そしてミカサはさっきからずっと俯いて元気がねえ。

アルミンはミカサに「じゃあ僕はここで降りるね」って言った時、やっと顔を上げた。

アルミンとは駅の途中で別れる。

1学期は一緒に帰る事は滅多になかったけど、2学期からは一緒に帰る事が出来るようになったんだ。

だから3人で一緒に電車に乗ってたんだけど。

ミカサはすっかり考え込んでいた。大体、想像つくけど。

エレン「………まだ、忘れらんねえのか?」

ミカサ「うぐっ…!」

ミカサの舞台嫌いは入学式の大失敗が原因だ。

元々、人前に出るのが苦手なんだろうけど、アレのせいで余計にトラウマを抱えちまったんだよな。

ミカサは頷いていた。恥ずかしそうに。

ミカサ「うん…忘れていない。まだ」

エレン「そっか……」

本人のトラウマになってんなら、仕方ねえけどさ。

オレ自身は、もうほとんど忘れかけていたくらいなんだよな。

多分、ミカサが気にしている程、他の奴もあの時の事、覚えていないと思うんだが。

それを言っても仕方ねえし、本人が気にしている事を突っつくのも良くねえよな。

………でも。

エレン「オレは、見てみたいなあって、思うけどな」

ミカサ「え……?」

エレン「ミカサがアクションやってるとこ。舞台で観れるんだったら、サイコーに興奮すると思うぞ」

と、オレ自身の、本心を言ってみた。

偽りのない、本心を。そのまま。

するとミカサが両目をパチパチさせて、

ミカサ「エレン……見たいの? 私のアクションを」

エレン「おう! そりゃ見れるもんなら見てみたいぞ。格好良いだろうなって思うしな」

ミカサ「……」

ミカサの目の色が変わった。迷いが見える。

ミカサ「………」

そしてミカサはまた俯いちまったけど。

エレン「ま。無理にとは言わねえけどな」

と、あえてオレは押して引く。すると、

ミカサ「………条件次第では、出ても良い」

と、言い出したんだ。

エレン「条件?」

ミカサ「うん…条件をクリアすれば、出ても良い」

エレン「どんな条件だよ」

ミカサ「………」

そして言ったミカサの条件は………

ある意味、脚本家泣かせの無理難題に見えたが、

エレン「そっか。じゃあ明日、皆にもその事を話してみようぜ」

と、オレは言った。するとミカサは、

ミカサ「うん……」

と、少しだけ頬を赤くして頷いたのだった。








翌日。9月2日。その日は午前中に実力テストがあり、午後からはロングホームルームになった。

文化祭に向けてのクラスの出し物を決めないといけないからだ。

今年の文化祭は10月4~5日の2日間にかけて行われる予定だ。

準備期間は大体、1か月くらいしかない。文化委員のユミルとベルトルトが壇上に上がってユミルの司会で話し合いが始まった。

ユミル「えーちゃちゃっとやる事を決めるぞ。誰か何か案出せ」

と、ユミルの横暴な司会に怯むことなく、早速サシャが挙手した。

サシャ「はいはいはいはいはいはいはいはい!」

ユミル「サシャ、うるせえから「はい」は1回でいいぞ」

サシャ「はい! 食べ物屋で何かやりましょう!」

ユミル「あのなあ…だーから、その何かを言えよ」

と、ユミルは呆れる。すると、サシャが照れくさそうに、

サシャ「ええっと、私としては食べ物なら何でもいいですけど、強いて言うなら、焼き鳥屋がやりたいです!」

ユミル「焼き鳥屋……はい、1個目の案ね。ベルトルト、書いてくれ」

ベルトルト「うん…(カリカリ)」

黒板に1個目の案が出た。

ユミル「他、何かあるか? ちなみに食べ物関係は枠があるから、抽選になる。抽選から漏れたら、食べ物以外の第2希望をやる羽目になるからな」

サシャ「うぐ……そうなんですか?」

ユミル「場所の関係もあるし、全体のバランスもあるんだよ。全部のクラスが食べ物屋をしたら、それもう文化祭じゃなくてただのバザーだろ?」

一理あるな。確かに。

ユミル「……という訳で、焼き鳥屋がダメだった時の為の案も出してくれ。何かないか?」

クリスタ「喫茶店も食べ物関係に入るの?」

ユミル「んー……ちょっと待ってくれ。(パラパラ)ああ、部門は【食品販売】【室内販売】【展示発表】【舞台発表】の4部門に分かれているな。サシャの言う焼き鳥屋は食品販売に入る。喫茶店は室内販売に入るな。ただ、販売はどっちも枠あるから、どっちみち抽選になるぞ」

と、資料を見ながら答えるユミルだった。

なるほどな。ちゃんとバランスを考えてあるんだな。

クリスタ「そうなんだ。人気あるのね」

ユミル「そうだな。販売部門はどっちも人気ある。1番楽なのは展示発表だな。作品を教室に飾って、後は受付を適当に置けば他に殆どやる事ないしな。出来るなら、私は展示発表をやりたいが」

ミーナ「ええ? でもそれは味気なくない?」

ハンナ「折角の文化祭なのに……」

ユミル「部活やってる奴もいるから、あんまり大がかりな物は出来ねえよ。特に野球部とかは殆どこっちの準備、手伝えねえだろ?」

コニー「悪い…」

フランツ「うん…ごめん」

と、野球部員のコニーとフランツは頭を掻いている。ライナーは普通だったけど。

ライナーの場合は頼まれたらこっちの手伝いを優先しそうな気もするな。

ユミルもその辺を分かっているのか、それを想定して話しているようだ。

ユミル「だったらそこそこの準備で出来る物がいいんだよ。焼き鳥屋が通ればそれが1番いいけどな。はい、という訳で何か楽に出来そうな案をもう1個出してくれ」

楽に出来る物……か。難しいな。

オレ自身、何も思い浮かばず悩んでいると、

アルミン「はい!」

と、アルミンがその時、挙手したんだ。

ユミル「アルミン、何かあるか?」

アルミン「僕は写真の展示がいいと思う」

ユミル「写真の展示? どんな写真を飾るんだよ」

アルミン「勿論! 女子の水着……ごふっ?!」

チョークを投げつけられちまった。

アルミン、今のはお前が悪いぜ。フォロー出来ねえ…。

ユミル「ふざけんな。却下だ」

アルミン「は、話を最後まで聞いてくれ! 女子の水着とか、白衣とか、所謂、コスプレの写真だよ!」

ユミル「なお悪い!! チョーク2本目投げるぞ?!」

アルミン「待って待って! 女子のだけでなく、男子も勿論やるよ! 需要が高いのは女子だから、男子はおまけ扱いになるかもしれないけど……」

ミカサ「賛成(挙手)」

えええええ?!

ミカサが何故か賛成しやがった。

ミカサ「男女、両方やるのであれば、平等。問題ないと思う」

アルミン「ミカサ、ありがとう…。それに写真なら、部活が忙しい子もちょっと時間を作って貰えたら、撮影だけでも参加出来るし、ブロマイドみたいにして沢山展示すればいいかなって思ったんだけど…」

アニ「コスプレ衣装なら、演劇部の物を貸し出す事も出来るけど」

アルミン「そう! そうなんだよ! これなら低予算で出来るし、用意するのは撮影代と装飾用の額縁くらいだし、準備が楽だと思ったんだよ」

クリスタ「つまり、コスプレ写真館って感じなのね」

ミーナ「衣装にもよるかなあ。水着は無理だけど、他のならいいよ」

ハンナ「そうね。カワイイ衣装なら着てみたいかも」

クリスタ「んーあと、一人ずつ写るのはパスして貰えればいいかな。最低二人ずつなら、私はOKだよ」

ユミル「え……いいのかよ。クリスタ」

クリスタ「うん。一人で写ると、ほら、サシャが……」

ユミル「ああ、そうだったな。サシャは一人では真面目に写れない体質だったな。よし、分かった。じゃあ2案目はコスプレ写真館による展示発表でいいか?」

ジャン「あ、あの、それって、「販売」はしないのか?」

ん? 何だ?

ジャンが突然、挙手した。

ユミル「あ? 販売にしたら室内販売部門枠で抽選になるし、管理の手間が大変になるぞ?」

ジャン「そ、そっか……(がっくり)」

あいつ、どさくさに紛れてミカサの写真を買おうと思ったな。そうはいくか。

エレン「販売したらやる事増えて、大変だろうが」

ジャン「そ、それは分かっているんだが…(しゅん)」

と、折角諦めムードが漂っていたのに。思わぬ伏兵が意見を述べた。

マルコ「うーん、僕はやるんだったら室内販売にした方がいいと思うけどな」

エレン「?!」

まずい。マルコがジャンの味方になった。更に、

ライナー「俺もそう思う。売れると思うぞ」

ライナー! お前もか! 下心見え見えだぞ!!

まずい。このままだと、オレ以外の男子が販売寄りの意見になっちまう。

誰か反対する奴いねえかな。と、思ったその時、

ミーナ「えー?! でも売れ残ったら嫌じゃない? 優劣ついたら嫌だよ」

ハンナ「うん、そこは評価が分かれちゃうし…ねえ?」

と、女子の何人かが反対意見を言い始めたんだ。



ざわざわざわ……


教室の意見が真っ二つに割れた。

女子は販売はしたくない派が多く、男子は販売したい派が多い。

オレ自身は、ミカサの写真を売るのは嫌だから、販売はしたくねえんだけど。

ユミル「うーん、参ったな。まさか意見が割れるとは…」

ベルトルト「しかも第2案目で揉めるなんて…」

ユミル「どうすっかな。キース先生、どうしたらいいですかね?」

キース「ふむ。確かに販売は金の管理が大変だが、それは焼き鳥屋も同じだ。利益が出ればそれはクラスの打ち上げ代にしても良いし、全員で話し合って分配しても良い。利益を出せると踏めるなら、販売にした方がいい経験にはなるぞ」

と、あくまで生徒主体の意見を言ってくれた。

ユミル「利益か……」

ユミルが「利益」という言葉に揺れているのが分かる。

あいつ、金に関してはシビアなのかな。頭の中で計算している顔をしている。すると、

ジャン「利益は出せると思うぞ。もし万が一、赤字になった時はオレが自腹で負担しても構わねえ」

アルミン「それは僕も同じだ! 言いだしっぺだし、赤字になったら僕も責任取るよ!」

ライナー「俺もそうさせて貰おう。協力するぞ」

一致団結し過ぎだろ、お前ら…。

第一希望は「焼き鳥屋」だっての、忘れてねえか?

サシャ「ええっと、これってもしかして、焼き鳥屋より、写真館の方が希望者多いって事ですかね?」

と、サシャが心配そうに言っている。

ユミル「あーなんか空気がそんな感じになってきたな。多数決、とるか。一応」

すると案の定、写真館の方の希望者が増えちまった。(主に男子票)

おいおい、マジかよ…。

サシャ「うっ……焼き鳥屋より写真館が多いなら仕方がないですね」

と、サシャは諦めムードだ。何か可哀想だな。

エレン「でも、抽選から漏れたらどうすんだ?」

ユミル「そこなんだよな。問題は…」

アルミン「その時は、諦めて展示のみにすればいいよ。第1希望を「写真販売」、第2希望を「写真展示」にすればいい」

ユミル「あ、そうか。それもそうだな」

ユミルがあっさり丸め込まれちまった。

くそ…。アルミン、やっぱり頭良いな。

アルミンが考えた案だし、オレも反対はしたくねえんだけど。

………ミカサの写真が売られるのだけは、嫌なんだよ。

エレン「なあ、その写真って、写真に写るのが嫌な奴はどうすんだ?」

アルミン「え……あ、そっか。写真嫌いな人も、いるか」

ユミル「当然だな。私も基本、そこまで写るのが好きって程でもねえし、嫌いな奴だっているだろうな。どうしても嫌な奴は辞退しても良いよな?」

アルミン「うー。出来れば全員参加して欲しいけどね」

ジャン「参加しない奴は、それ以外のところで協力させればいいだろ? 受付とか。買い出しとか」

ユミル「まあ、そうなるな。あくまで強制しないで、写真撮られても良い奴を中心にやろう。それでいいよな?」

よし、これでミカサ自身を参加させない方向にすれば…。

ミカサ「ペアを組む相手は自分達で決めて良いだろうか」

と、思っていたその時、またミカサがノリノリで聞いてきた。

おい、ちょっと待て。ミカサ。

アルミン「勿論だよ。ペアじゃなくても、それ以上の人数で写ってもいいしね」

ミカサ「分かった。では私も頑張る(キラーン☆☆)」

げげげ!? 馬鹿! ミカサ! 宣言しやがった。

辞退させようと思っていたのに。何でそんなにノリ気なんだよ…。

ジャン「み、ミカサ。参加するのか?」

ミカサ「する。当然」

と、言っちまったせいでクラスがざわざわしちまった。

あーあーもう、これでミカサの写真が出回るのが確定じゃねえか。

人の気も知らねえで…。

ミカサ「衣装は演劇部にいろいろある。もし必要なら、私とアニで新しく作る事も可能」

アニ「うん。後は撮影場所だけが問題……」

サシャ「でしたら、うちの写真館、使用しても良いですよ」


ざわっ……


ユミル「ああ、そっか。その手があったな」

クリスタ「いいの? サシャ」

サシャ「父に聞いてみます。多分、スタジオ借りるのはタダで出来ると思いますよ」

え? まさかサシャの家って…。

サシャ「うちは父がカメラマンやってますし、スタジオも経営しているんで。設備は一通り揃ってますから大丈夫です。安心して下さい」

マジかよ。プロが撮影やってくれるのか?

サシャ「ま、さすがに撮影代を全部タダって訳にはいきませんが、サービス料金で受けてあげますよ。写真加工もお手の物なんで、多少盛った演出にする事も可能です。うふふふ……」

結局、サシャの営業のおかげで大体話がまとまってしまった。

ああ、後は本人の希望でコスプレをする事になったが…。

やれやれ。オレは何の衣装にするかな。

皆、それぞれ希望を各自、紙に書いていたら、ミカサが席を離れてこっちに来た。

ミカサ「エレン、私と一緒に写ろう」

エレン「え?」

ミカサ「なので……出来れば私と服の種類を合わせて欲しい」

エレン「おま……その為にあんなにノリノリだったのか」

ミカサ「? 私はエレンと写りたい……ので」

エレン「馬鹿! そんなのは言ってくれりゃいつでも写る! ………はあ。もういいけどさ。ったく……」

ミカサ「?」

エレン「いや、分かんないならいい。一緒に写るなら、ミカサの希望に合わせる。オレ、何を着たらいいんだ?」

ミカサ「………では>>657の衣装をお願いしたい」

(*エレンとミカサが一緒に写真に写ります。ミカサの衣装と対になる物でお願いします)

(*例:タキシード仮面様とセレニティのドレス。タイタニックの映画の主役の衣装等)

オーロラ姫と王子

ベタだけどアニメとかあんまり知らなそうだしピンク好きそうだから

王子の衣装はあんまりかっこ良くないけど…


こんなこと書いて起きながら他にいいのあったらそっちにして欲しいが…

ディズニーのオーロラ姫のアレですね? 了解しました!

ミカサ「………オーロラ姫と王子様をやろう」

エレン「オーロラ姫? あ、眠れる森の美女の衣装か」

ミカサ「うん。そ、その……エレンが王子様になって、私を起こす瞬間を写真に撮りたい……ので」

乙女チック大爆発だな。まあいいけど。

エレン「分かった。オレは王子様役か。王子役は3回目だから、まあいいか」

ミカサ「え? 3回目?」

エレン「アレ? 言ってなかったか? オレ、小学生の頃、白雪姫とシンデレラの王子役を、姫役のアルミンと一緒に演じたんだよ」

ミカサ「それは知らなかった…」

エレン「そっか。言い忘れてたな。すまん。という訳で王子役は3回目だから大丈夫だ。衣装はそれに近いやつ、劇部の部室にあったよな?」

ミカサ「うん。似ている衣装はあった筈。あれを使おう」

そんな訳でミカサとの打ち合わせは済み、他の奴らはどうするのか気になったので、聞いて回ってみる事にした。

取り敢えず、最初はアルミンの近くに移動する。

エレン「アルミン。アルミンは何のコスプレするんだ?」

アルミン「僕? 僕はNOゲームNOライフの空をやるよ。クリスタには白やって貰えるようにさっき拝み倒した」

仕事早いな! クリスタの方を見たら、苦笑しているぞ…。

クリスタは他の子にも依頼されているようで、囲まれている。

それをユミルがチェックして何やら文句つけているようだ。

アルミン「エレンは何やるの?」

エレン「ミカサと一緒に『眠れる森の美女』だな。オレは3回目の王子様役だ」

アルミン「おお…また王子様やるんだ。やるねー」

エレン「ミカサのリクエストだからな。これって、一人一役まで出れば、それでいいよな?」

アルミン「んー売上考えるなら、売れそうな子には多く出演して欲しいけど」

エレン「それならクリスタがいるから大丈夫だろ。ミカサは1枚だけで……」

と、オレが言いかけたその時、

ミカサ「あ、アニ……一緒に写って貰えないだろうか」

アニ「え? いいの?」

ミカサ「うん、是非」

アニ「しょうがないね…(照れる)」

ぎゃあああ?! ミカサの奴、アニをナンパしてやがる!?

くっ……! なんだこのもやもやは! し、嫉妬って奴か?

アルミン「……エレン。いくら彼氏になったからと言って、ミカサの自由まで拘束したらダメだよ」

エレン「うぐっ……! それは分かっているんだが………って、アレ?」

オレ、アルミンにミカサとの事、言ったっけ?

エレン「アルミン、気づいていたのか?」

アルミン「え? ああ……まあね。夏休みはおじいちゃんの件があったり、バタバタしていたから、自分から言い出しづらかったんでしょ?」

うっ。その通りだ。

エレン「ごめんな。こっちから報告するべきだったのに」

アルミン「いやいや、気遣わなくていいって。僕達の付き合い、何年だと思ってるのさ、エレン」

エレン「……10年くらいだっけ?」

アルミン「それくらいになるね。だからいいんだよ。それより、おめでとう、エレン」

エレン「お、おう…ありがとうな」

改めて言われると何だか照れるな。

そしてアニとしゃべっているミカサを見つつ、

エレン「………何かミカサがノリノリなのが意外だったな」

アルミン「え? そう? 海行った時も割と写真はノリノリだったじゃない」

エレン「まあそうなんだけど。オレはミカサの写真が売られるの、抵抗あんだよな……」

嫉妬乙! って言われそうだな。

しょうがねえだろ。自分の彼女の写真が拡散するのは気分悪いんだよ。

でも本人が1番やる気だしな。アルミンの言う通り、束縛すんのは良くねえか。

ミカサ「アニは何かやりたいもの……ある?」

アニ「そうだね。ミカサと写るんだったら、アレがいいかも」

ミカサ「アレとは?」

アニ「>>664とかどう?」

(*ミカサとアニで写ります。対になる衣装でお願いします)

(例:ボカロ曲のマグネットのアレ。ふたりはプリキュア等。女子同士で対になる衣装)

再開遅くなってすみません。こそこそ書いている身分なので自由が…。
身内にバレないように書いていますので、また更新空く事もあると思いますが、
地味に書き進めているのでご安心ください。んじゃ、安価お願いします。

じゃあ作者さんが言ってたプリキュアでよろしくお願いします。

>>1さん保守は任せてくださいって僕みたいな糞には言われたくないでしょうがね^_^

プリキュアは種類多いから、どれにしましょうかね?

あと保守なんて気が向いたらでいいので、そんな気遣わなくてOKですよ。

ミカサが白でアニが黒だと可愛いね

では初代にしましょうかね。>>668でいきます。

ミカサ「ぷりきゅあ?」

アニ「初代の方のぷりきゅあ。あんた、こういう感じのフリフリの衣装、好きだろ?」

と、言ってスマホで画面を見せてやるアニに、ミカサは「ふおおおおお…」と目を輝かせていた。

ミカサ「か、可愛い…」

アニ「言うと思った。これでいく?」

ミカサ「是非……(こくこく)」

ミカサがきゅあホワイトをやるらしい。ブラックはアニかな。

………想像すると、ちょっと身長差があり過ぎる気もしたが、そこは遠近法でも使って調整するんだろう。

ミカサのきゅあホワイト、結構可愛いかもな。アニのきゅあブラックもきっと似合いそうだ。

アルミン「いいねーぷりきゅあ。楽しみだなあ(デレデレ)」

エレン「アルミン、顔が崩れてんぞ」

アルミン「え? そう? ごめんごめん(ぺしぺし)」

アルミンはたまに油断すると本当にゲスい顔になるからこっちが注意してやんねえといけない。

普通の顔に戻ったアルミンは、こっちに向き直って、

アルミン「あ、そうだ。エレン、僕達も2人で写ろうよ」

エレン「え? 男同士の写真って需要あんのか?」

アルミン「あるよー。というかユミルに交換条件で頼まれたんだ。だからお願いしていいかな?」

エレン「まあ…別にいいけど。オレ達は何やる?」

アルミン「ええっと、頼まれたのは『お互いにエプロン着用で、炒飯を食べさせ合っている写真』だね。こういうのが一部の女子にウケるらしいよ」

OH…なんかマーガレット先輩がパクッと食いついて1本釣り出来そうなアレだな。

まあいいか。そんくらいなら別に。

エレン「それくらいなら準備も簡単だな」

アルミン「だね。本当は水着が1番安上がりだけど……」

エレン「さすがに水着になる奴はいねえんじゃねえか?」

アルミン「……やっぱりハードル高いかなあ」

エレン「高いと思うぞ。よほど体に自信のある奴じゃねえと……」

と、言ってふと思い出す。

そういや一人だけ、大丈夫そうな奴がいた。

ライナーだ。

エレン「……やれるとしたら、ライナーぐらいじゃないか?」

アルミン「OH……需要有るかな?」

エレン「いや、そこは分かんねえけど。ライナーは何やるつもりなんだろうな」

アルミン「ちょっと聞いてみようか」

という訳で、ライナーのいるところまで移動してみる事にした。

ライナー「ん? どうした?」

エレン「いや、ライナーは何やるつもりなのかと思って聞きに来た」

アルミン「良かったら教えて」

ライナー「ああ、俺はベルトルトと>>672をやるぞ」

(*ライナーはベルトルトと一緒に写ります。着せたい衣装を答えて下さい)

(*例:柔道着。剣道着。スポーツ物可。二人が似合いそうな物なら何でもOK)

軍服

ジャンル広いですけど、2次?(アニメ) 3次?(実際の軍服)

ライナー「ヘタレアとかいう作品のドイツとプロイセンの軍服を着ろとユミルに言われたぞ」

アルミン「軍服かあ……作るの?」

ライナー「作って貰う事になるな。女子がグループを作っていろいろ計画を立てているようだぞ」

エレン「へーそりゃすげえな」

ミカサも多分、その作業に携わる事になるんだろうな。

アルミン「それだけ本格的にやるなら、写真だけだと勿体ないかもね。当日も着ちゃったら?」

ライナー「ああ。そのつもりだ。俺達は客寄せパンダ係になるだろうな」

ライナー「しかしクリスタと一緒に写真が撮れるのであれば、これくらいお安いものだ(どや顔)」

エレン「あ、やっぱりライナーもクリスタと写るのか」

ライナー「うむ。ユミルの中での倫理規定をクリアする衣装でないとダメだと言われたから、クリスタとは野球部のユニホームでそのまま写る事になるな」

ああ、なる程。だからさっきからクリスタのマネージャーみたいな事しているのか、ユミルは。

エレン「クリスタがいろんな衣装をやってくれたら、もっと売上も上がりそうな気がするけどな」

アルミン「確かにそれは一理あるけど、クリスタはむしろ肌を見せない方が売れると思うよ(キリッ)」

エレン「え?」

ライナー「そうだな。自然な写真でも全然構わん。ワンピース姿とか、私服でも十分だな」

アルミン「ライナー分かってるね。僕もそれに同意するよ(がしっ)」

ライナー(がしっ)

やれやれ。また女の好みで結託しているな。

アルミンとは付き合い長いけど、女の好みだけは昔から合わないんだよな。

だからこそ、友達でいられるのかもしれんが。

………女の好みで思い出した。

そういや、ジャンの奴はどうする気かな。

この機会にミカサと一緒に写ろうとするんじゃねえか。

と、思い、慌てて教室内のジャンを探す。

しかしジャンは意外にも、ミカサに話しかけておらず、別の女子と話していた。

ヒッチだ。

ヒッチ「いいじゃん、協力してよ。あんた馬面だから、似合いそうじゃない?」

ジャン「馬面は余計だ! つか、何でオレを誘うんだよ?! マルロの方がいいだろ?」

ヒッチ「マルロはルパンの方をやってくれるの。あんたは五右衛門やってよ。私は富士子ちゃんをやりたいの」

ジャン「せめて次元だろ?! 五右衛門は別の奴に頼めよ!」

ヒッチ「えー…次元はイケメンキャラだからジャンにはちょっと……」

ひでえ事言ってんな。あそこはルパンⅢ世をやるらしい。

マルコ「まあまあ、ジャンは次元やりたいんだから、ヒッチも妥協してやってよ。五右衛門なら、僕がやってもいいからさ」

ヒッチ「えー? まあ、しょうがないか。次元ファンに笑われても知らないけどw」

ジャン「てめえこそ、惚れ直すなよ? ぜってー格好良くしてやんからな!!」

エレン「………」

ハードルを自分であげて首絞めてんな。大丈夫か?

ジャン「全く……ヒッチに構ってる場合じゃねえんだよ。こっちは。ミカサは……(キョロキョロ)」

ミカサはアニとまだ細かい打ち合わせを続けていた。

そこにジャンが無理やり加わる。

ジャン「み、ミカサ……何やるか、もう決めたのか?」

ミカサ「うん。大体。エレンと『眠れる森の美女』アニとは『初代ぷりきゅあ』をする」

ジャン「ぷりきゅあ?! また意外なところをついたな……」

ミカサ「ジャンは何やるの?」

ジャン「ルパンⅢ世の次元だ」

アニ「………次元ファンに怒られないといいけど」

ジャン「何でアニもヒッチと同じ事言うんだよ?!」

アニ「いや、次元って結構、女性の人気あるキャラだからね。似合う奴がやらないと、ファンががっかりすると思うけど?」

と、アニがズバズバ言っている。ジャンのライフは0に近い。

ミカサ「…………五右衛門の方が似合いそう?」

ジャン「ぐは!」

そして遂にライフが0になったようだ。可哀想に。

ジャン「くっ……そ、そんな事よりミカサ、オレとも写真に写ってくれないか?」

ミカサ「え? ジャンとも写真撮るの?」

ジャン「ああ………出来れば2人で」

おっと、そうはいくか。

エレン「ダメだ。2人きりの撮影は許さねえよ」

ジャン「お前には聞いてねえよ。オレはミカサに聞いているんだが?」

んな事は分かっているが、ダメなもんはダメだ。

人の彼女を他の男と一緒に、2人きりでの撮影を許すような心の広さは持ち合わせていないんだよ。

オレはミカサに目線で「ダメ」と訴えた。

しかし、ミカサは、

ミカサ「………3人でなら、いい」

エレン「え?」

ミカサ「もしくはアニも含めて4人。グループ撮影もOKなので、それで良いなら」

エレン「うぐぐ……」

今日のミカサは何か、頑固だな。思っていたより自分の意志を曲げない。

………いや、それが悪いって事じゃねえんだけど。なんだコレ。オレ、小さい男なのか。

ジャンは妥協して、それでも嬉しそうに、

ジャン「わかった。いいぜ。アニはどうする?」

アニ「どっちでもいいけど、それだったらテーマを先に決めて、それに合わせてメンバーを調整した方がいいと思う。ジャンはミカサにやらせたいのって、あるの?」

ジャン「オレは……>>680をやって欲しい」

(*ジャンがミカサにやって欲しいものを決めて下さい)

凪のあすからの陸の学校の制服。

アニ「凪とあすからでいくの? なら陸と海、両方の制服が必要だね。どっちをミカサに着せたいの?」

ジャン「陸の方を…」

アニ「じゃあ海は私がやろうか。男子のも両方作ってやるよ。ジャンはどっちを着る?」

ジャン「それはどっちでもいい。アニに任せる」

アニ「だったら……」

少し考えて、アニは言った。

アニ「うん、陸はエレン、ジャンが海側にしようか。その方が似合いそうだ」

アニ「キャラは別になぞらないでいいよね? カラコンとかは無しで」

ジャン「ああ。あくまで制服姿が見たいだけだから」

エレン「制服フェチか」

ジャン「ぐはっ……悪いかよ」

エレン「いや別に? 悪いなんて言ってねえだろ?」

ジャン「うぐぐ…(赤面)」

気持ちは分からんでもない。制服は正義だ。

可愛いは正義の次くらいに、正義だ。

しかしそれを口にするのは少し恥ずかしいんで、それ以上は言わない。

ミカサ「私はその『凪とあすから』の制服を知らないのだけど」

アニ「ああ…待って。見せてあげる」

スマホで検索して画像を見せてやるアニに、また、ミカサは「ふおおおお……」と反応していた。

ミカサ「どっちも可愛い……」

と、言っているミカサの方が可愛い。

と、思っていたら、ジャンも同じ事を思ったようで、

ジャン「………」

口元を隠して照れてやがった。

………やっぱりこいつ、まだミカサの事、諦めた訳じゃねえんだな。

でもだからと言って、ジャンの好意を許すわけにもいかねえ。

今回は妥協するけど、ジャンとミカサを2人きりにする事は防がないとな。

そんな訳で、皆大体やる事を決めてしまったようで、ユミルが紙を回収していた。

ユミル「……えっと、意外と不参加の奴はいなかったみたいだな。全員、最低1枚は写るのか」

と、回収した紙を大体見てそう言った。

ユミル「衣装を作るのが必要な奴の分のリストはこっちで作る。女子でチームを作って人海戦術でどんどん衣装を作っていくぞ。男子は当日用の展示のデザインを考えてくれ。そっちの指示はベルトルトに任せるから、てきとーに教室のレイアウトを考えておいてくれ。あと買い出しは後日やるから、必要なもんがある奴は早めに私に言ってくれ。以上。今日はここまで」

と言う訳で、ロングホームルームは無事に終わった。

放課後は慌ただしく、今度は演劇部の方の打ち合わせだ。

そして昨日話していた、ミカサの条件を皆の前で発表する事になったが……

ペトラ「えええええ?!」

と、1番びっくりしたのは反応を示したのはやはりペトラ先輩だった。

ペトラ「リヴァイ先生っぽい悪役を倒すシナリオなら、出てもいいって、そんな無茶な」

ミカサ「ダメですか?」

ペトラ「ダメっていうか……リヴァイ先生が許可するかしら?」

オルオ「いや、あくまでそれっぽい感じの悪役キャラだけなら、有りじゃないか?」

グンタ「後で怒られそうだけどな」

エルド「ああ。怒られるかもしれないが………面白そうではあると思う」

そう。ミカサの出した提案と言うのは、リヴァイ先生っぽい悪役キャラをフルボッコ出来るシナリオなら、出ても良いという物だった。

どんだけリヴァイ先生が嫌いなんだよ、とも思ったが、それで出てくれるっていうなら、シナリオをそっちにした方がいいかもしれないと思って、言う事にしたんだ。

すると、様子を見守っていたエルヴィン先生が、

エルヴィン「それは面白い。だったらいっそ、悪役としてリヴァイ本人も舞台に出て貰ったらどうだ?」

と言い出したんだ。

あ、ちなみにエルヴィン先生は今日から演劇部の副顧問として、活動に顔を出してくれる事になった。

リヴァイ先生と交替で、週一か週二くらいで来てくれるそうで、その日はたまたま、エルヴィン先生も同席していたんだ。

エレン「え……先生が舞台に出ちゃっていいんですか?」

エルヴィン「別に違反ではないよ。文化祭だからね。演劇大会ではないし、学校の行事なんだから、先生が参加しても別に問題ないよ」

ジャン「じゃあ、リヴァイ先生がもし、舞台に出てくれるなら、ミカサとリヴァイ先生の対決が見られるのか」

おおお?! なんかそれ、すげえ面白そうだな!

ミカサ「本人とやりあえるなら、尚良いです(シュッシュッ)」

ミカサが何故かファイティングポーズでシュシュと両腕を突き出している。

こんなにやる気(殺る気)満々なミカサを見るのは、ちょっと複雑だけど、これはこれでいいのかな。

エルヴィン「分かった。そういう事なら、リヴァイ本人が舞台に出るように私から説得しよう。どんな手を使ってでも承諾させてくるよ(ニコッ)」

うわあ。アルミンの黒い笑みより黒い笑みだ。

乗せられるリヴァイ先生が一瞬、馬車に乗せられて売られていくドナドナのように思えたけど、そこはつっこまない。

エルヴィン「後は問題は脚本だね。書ける子がいないという話だったが……」

ペトラ「1年も2年も、書けないって言ってます」

エルヴィン「ふむ。まあこの時期に脚本を3年にやらせるのは酷だからね。1年か2年で書ける子がいれば任せた方が良いけれど」

エルヴィン「アイデアは大体まとまってきているんだったね?」

ペトラ「はい、一応。やりたい事はざっとまとめてみました(資料手渡す)」

エルヴィン「ふむ。私がこれを元にして書く事も出来なくはないが、それだとやはり楽しみが半減するだろう。いっそ1年2年全員で脚本を書いてみたらどうだ?」

オルオ「全員ですか?」

エルヴィン「ああ。もちろん、物語を完成させなくていい。断片的でいいから『こういうシーンが欲しい』と思った部分をとりあえず出していこう。それを映画のカット割りのように繋いで脚本を繋いでいく方法も有る。最終的な辻褄は私が調整してあげよう」

エレン「なるほど…」

そんな訳でその日の部活は皆で断片的なシーンを出し合う、アイデア作業になった。

今日はここまでです。
うっかり外耳炎になってしまったんで、早めに寝ます。おやすみ。

再開するまでに『こういうシーン演じて』というアイデアがあれば↓にどうぞ。
全部は採用無理かもしれませんが、出来そうなのがあれば採用します。

エルヴィンwww

ワイヤーアクションは難しいかな?
前の大会で立体機動装置が出たからそれを実戦(ミカサvsリヴァイ)させたら楽しそう

お身体お大事にしてくださいね
乙です

前作でハンジさんと謀ったカラオケの時の写真で脅すのかなw

>>687
今回はるろ剣風の和風テイスト劇のつもりなので、立体機動装置は使いませんが、
剣心風の動きをするためなら、ワイヤーアクションは必要かもですね。
確か天井に足当てて、逆さまに移動するのとか原作であったし、
かなり激しい動きをリヴァイとミカサにさせたいと思います。

>>688
正解(笑)

エレン(ええっと、確か剣心は壁とか天井を使って必殺技を繰り出していたよな)

シーンだけでも良いという事だったので、オレはとにかく『必殺技』を推す事にした。

そして一通り皆のアイデアを提出すると、エルヴィン先生が何故かニヤニヤし始めたんだ。

エルヴィン「ふふふ……確かに時代劇と言えばお色気シーンは定番だが、本当に入浴シーンをそのままやるのかい?」

エレン「?!」

誰だ!? 入浴シーンなんて、エロネタぶっこんできた奴は!

仮面の王女の時は入浴後、のシーンだったけど、そこをそのまんま入れるそんな勇気のある奴なんて…。

と、周りを見渡したらアルミンがよそを向いていた。

やっぱりか! 分かってたけどな!

マーガレット「ええ? 入浴シーン、そのままやるんですか? 仮面の王女の時ですら、入浴後、だったのに」

マリーナ「女子がやるんですか?」

アニ「いや、そこは男子がやるべきだと思う(キリッ)」

ジャン「はあ? 男が入浴シーンなんて誰得過ぎだろ。絶対ブーイングくるぞ」

マーガレット「いやいや、そんな事はないよ? テニミュでは生着替えだってあったし(*事実です)男子も今は脱ぐ時代よ?」

えええっ……。そうなのか。

オレはてっきり女の子のお色気シーンだとばかり思っていたけど、男も需要有るのかよ。

エルヴィン先生は「クククッ…」と笑っていたけれど、

エルヴィン「まあそこはどっちでもいいじゃないか。分かった。入浴シーンは必ず入れよう。あと必殺技のシーンは……これは生身でやるには危険だろうね。補助の為にワイヤーが必要になるだろうな」

ジャン「ワイヤーアクション、出来るんですか?」

エルヴィン「設備はあるよ。最近は使っていなかったけど、昔はワイヤーアクションの劇をやったりしていたね」

エレン「すげえ! うちの高校すごいっすね!」

エルヴィン「ああ、体育館にはそれになりに投資しているから、いろいろやろうと思えば出来るよ。ただ事故は起こさない様に十分に注意しないといけないね」

という訳でエルヴィン先生が大体アイデアを把握してその日の話し合いは終わった。

そして次の日の部活では、項垂れて意気消沈しているリヴァイ先生が音楽室にやってきたのだった。

リヴァイ「………………」

リヴァイ先生がやっと顔をあげた。でも、その顔がすげえ。

まるで食中毒にでもあったのかってぐらいに憔悴しきっている。

リヴァイ「……………………………」

皆、笑いと動揺を押し殺して、リヴァイ先生の言葉を待っている。

そしてようやく一言。

リヴァイ「…………どうなっても、知らんぞ」

ジャン「それは、出演OKという事で……?」

リヴァイ「………(1回だけ頷く)」

一同「「「よしゃああああ!!」」」

そして皆でハイタッチを繰り出し、リヴァイ先生を歓迎したのだった。

先生本人は、頭抱えていたけど。

エレン「エルヴィン先生、どうやって説得したんだろうな? (小声)」

ジャン「ああ、すげえ気になるけど(小声)」

リヴァイ(……エルヴィンに『カラオケの時の酔っぱらった写真をフェイスブックに載せられたくなかったら、出演しろ』と言われたら、出ない訳にはいかんだろ)

エレン「リヴァイ先生? (スマホ見てる?)」

リヴァイ「いや、何でもねえ(スマホ隠す)」

リヴァイ「ああそれと、ミカサ」

ミカサ「? 何ですか」

リヴァイ「今日は部活終わったら、職員室で待っていろ」

ミカサ「え?」

リヴァイ「帰りは俺の車で家まで送ってやる」

ペトラ「?!」

その瞬間、ペトラ先輩がマネキンみたいな顔になった。やべえ!

しかしミカサは、

ミカサ「嫌です」

と、即答して嫌がった。すると、

リヴァイ「おい……お前が言いだしっぺなんだろ。断れる立場か?」

リヴァイ先生、それ以上、ペトラ先輩のライフを削らないで下さい。

多分、ペトラ先輩の想像している意味とは違うんだろうと思って、オレは言った。

エレン「あの、リヴァイ先生、どういう事ですか?」

リヴァイ「ん? 親御さんにも一応、あいさつしておこうと思ってな。アクションをやるのであれば、危険を伴う。万が一の事があった場合、俺が責任をとらないといけないだろ」

ペトラ「!」

ペトラ先輩が遂に倒れた。

先輩! 意味違う! その捉え方、違いますから!

オルオ先輩が陰で介抱しているけど、それを目の端に入れながら、オレは慌ててフォローした。

エレン「あの、それだったら、何も今日じゃなくても別の日でも良くないですか?」

リヴァイ「ん? 今日じゃダメなのか?」

ミカサ「母も仕事を持っているので、急に来られても困る」

リヴァイ「そうか。それもそうだな。すまん。では後日、挨拶させて貰うから、話を通しておいてくれ」

ミカサ「………分かりました」

ふう。という事は、リヴァイ先生、うちに来る事になるのか。

ミカサはすっごく「挨拶なんて要らないのに」とブチブチ言ってたけど。

まあ、こういうところはリヴァイ先生の性格なんだろうな。

そして後日、本当にリヴァイ先生がうちに来る事になった。

9月6日。土曜日。その日の授業が終わって、文化祭の打ち合わせや何やらいろいろ終わってから、リヴァイ先生がうちに来る事になった。

リヴァイ先生の車に乗るのは初めてだな。

ミカサはまだブチブチ言っていたけど、オレも一緒に乗って帰るという条件で承諾させたんだ。

後部座席に二人で並んで乗せて貰う。

リヴァイ先生の車の中は、想像していた以上に綺麗だった。

親父の車とは全然違う。塵ひとつねえ。

これは汚したら怒られるな。絶対。

緊張して座っていたら、横のミカサは早速窓全開にしてよそを向いていた。

リヴァイ「ん? 暑いのか? エアコン入れてもいいが」

ミカサ「いいえ。空気の入れ換えをしたいだけです」

リヴァイ「そうか」

ミカサ、それはまるで同じ空間の空気を吸いたくないと言っているようなもんだぞ。

やれやれ。ミカサのリヴァイ先生嫌いは治りそうにねえな。

車が発信して夕方の街並みをすいすい走る。

話題が何もなくて黙り込んでいたら、リヴァイ先生の方が先に口を開いた。

リヴァイ「道案内を頼む。一応、住所は把握したが、詳しい道は分からんからな」

エレン「あ、はい」

しゃべらないミカサの代わりにオレが道順を教えた。

そしていつもより少し早く自宅にたどり着くと、おばさんがお茶菓子を用意してリビングで待っていてくれた。

ミカサの母「まあまま、わざわざすみません。いつも娘がお世話になっております」

ミカサ「……」

リヴァイ「いえ、こちらこそ。お時間をとらせて貰ってすみません。少しお話をさせて頂きたいと思いまして」

ミカサの母「詳しい事は中でお聞きしますわ。さあどうぞ」

おばさんは紅茶とカステラを用意しておもてなしをしながら、リヴァイ先生の説明を真剣に聞いていた。

外耳炎、もうちょっとかかりそうかな。もう寝ます。お休み。
ちょっとずつしか進んでないけど、暫くはリヴァイ先生とミカサの絡みが続きます。

リヴァイ先生の説明を簡単にまとめると、

・文化祭でアクション主体の劇をやる事になりそうだという事。

・運動神経の点から見た場合、ミカサが適役である事から、主役級をミカサが演じる事になりそうだという事。

・そして今回の劇にはリヴァイ先生自身がそれに直接関わる予定だという事。

その3点を説明したのち、アクション劇には危険も伴う事を説明し、細心の注意を払って、それを行う事を約束した。

ミカサの母「まあまあ、ミカサ。エレン君に続いて、今度はミカサが主役級に抜擢されたのね。凄いじゃない」

ミカサ「…………」

ミカサの母「分かりました。そういう事でしたら、沢山練習なさって下さい。先生自身も、怪我には十分注意されて下さいね」

リヴァイ「はい、それは勿論。練習時間を確保する為に、今後は文化祭まで、ミカサさん自身を早朝、送迎させて貰っても良いでしょうか?」

ミカサ「?!」

え? 送迎してくれんの? そこまでサービスするのか。

ミカサの母「まあまあ、すみませんわざわざ……」

ミカサ「送迎なんて要らない。朝の時間が必要なら、私はちゃんとその時間通りに学校に行く」

ありゃ。しかしミカサは反発している。でもリヴァイ先生は、

リヴァイ「朝の4時に電車はまだ動いてないだろう」

と言い出したんだ。

ミカサ「?!」

リヴァイ「朝の4時から7時。1日3時間が最低ノルマだ。2人の息を合わせる作業には時間がかかる。文化祭まで一か月くらいしかないからな。みっちり練習するぞ」

ミカサ「そ、そんな…」

ミカサは想定外の提案に戸惑っているようだ。

エレン「あの、リヴァイ先生。ミカサはクラスの出し物の衣装制作にも携わる予定なんで、そこまでやるのはちょっと……」

と、オレが言ってやると、ミカサもうんうん頷いた。

しかし、

リヴァイ「それはミカサでないと、やれない仕事なのか?」

ミカサ「えっ……」

リヴァイ「他の奴らでも出来る事なら、仕事をそっちに回せ。これはミカサの為に言っている」

ミカサ「………」

リヴァイ「まあ、いきなり言って、すぐ「はいそうですか」と頷けないのは分かるが、俺が何故、それを必要だと言っているのか、説明してやろう。ミカサ、着替えて来い」

と、言われて、意図を察したミカサはラフな格好に着替えてきた。

そしてリビングから直接外に出て、庭の空いたスペースでリヴァイ先生とミカサの二人が対峙した。

リヴァイ「好きに攻撃して来い」

ミカサ「……………」

ミカサがパンチやキックを繰り出した。

それを寸前で避けるリヴァイ先生。

当たらない。絶妙なタイミングで避けて、避けて、避けて……

だんだん、ミカサの攻撃のリズムが速くなっていく。

それでも、なかなか当たらない。意地になるミカサ。

そして、唐突に、恐らくわざと一撃を食らった。

ミカサ「……!」

顔が歪んだのは、意外にもミカサの方だった。

リヴァイ先生は、眉ひとつ動かさない。

リヴァイ「……痛いだろ? 殺陣は、当ててしまった方が、痛いんだ。だから基本、寸止めで行う。攻撃を実際に当ててしまってはいけないんだ」

ミカサ「ガーン……」

どうやらミカサは実際に攻撃出来るもんだと勘違いしていたようだ。

リヴァイ「こっちも全く痛くない訳じゃないが、怪我をする可能性を考えれば、リスクが大きいのはミカサの方だ。だから殺陣のシーンは綿密に打ち合わせをする必要がある。これでもまだ、練習は必要ないと思うか?」

ミカサ「うぐっ……」

ミカサが嫌そうな顔をしている。その理由は想像つくけど。

エレン「……ミカサ」

オレはミカサを促した。ここはリヴァイ先生の方が正しいと思う。

ミカサ「分かりました。練習……します。でも…」

リヴァイ「でも…?」

ミカサ「リヴァイ先生と2人きりで練習するのは嫌なので、エレンも、付き添って貰えるだろうか」

エレン「え? オレも?」

ミカサ(こくこく)

オレ、でも、一緒に居てもする事ねえけどな。

リヴァイ「ああ、そうして貰えるとこっちも助かる。ビデオ撮影を頼みたい。動きをチェックしたいからな」

エレン「あ、なるほど」

そういう事なら、引き受けよう。

エレン「分かりました。オレも付き添います。練習はいつから始めますか?」

リヴァイ「エルヴィンの奴が大体の流れを繋いで台本が出来るのが恐らく、来週までかかると言っていたから、台本に合わせてやるのは13日以降になるだろうな。ただ、殺陣はアドリブでやる事も多いから、練習は先に初めていてもいい。月曜日から早速始めてもこちらは別に構わんが」

エレン「じゃあ月曜日からお願いします」

リヴァイ「朝の3時半には迎えに来るから、寝坊するなよ」

エレン「うっ……分かりました」

こりゃ文化祭が終わるまで、ゲーム禁止だな。

リヴァイ先生が帰った後、ミカサはすっかり落ち込んでいた。

ミカサ「こんな筈じゃなかった……(ズーン)」

エレン「ミカサ………」

ミカサ「私はリヴァイ先生に、あの時の報いを、仕返しが出来ればそれで良かったのに……」

エレン「いや、ある意味じゃ十分、仕返しになっているだろ、これ」

ミカサ「そうだろうか?」

エレン「リヴァイ先生、自分の時間を3時間も割いてくれるんだぞ? その分、負担してくれるんだから、それだけ苦労をかけているだろ」

ミカサ「苦痛を味わっているって事…?」

エレン「身も蓋もねえ言い方すれは、そうなるな」

そう言ってやると、ミカサがすっかり立ち直った。

ミカサ「そう……そうね。リヴァイ先生の睡眠時間を削ってやったと思えば……」

やれやれ。ま、その分、ミカサも寝る時間減るんだけどな。オレもだけど。

そんな訳で、ある意味ペトラ先輩が発狂しそうな事態になっちまったけど、そこは我慢して貰うしかなかった。

文化祭まで約一か月。

慌ただしい毎日が、これから始まろうとしていた……。

という訳でペトラが発狂しそうな展開になりましたが、
暫くの間、リヴァイ先生の車で学校に通う事になったエレンとミカサ。
正直、これでも練習時間足りないくらい何ですが、
そこはほら、リヴァイとミカサだから何とかするよ。多分。

という訳で、引き続き、台本のネタは↓に募集します。
エルヴィンが台本書き上げるシーンまでなら、間に合いますので。ではでは。










そして早速月曜日の朝。

リヴァイ先生は約束通り朝の3時半に迎えに来てくれた。

オレは前の日の夜9時前には寝て、一応6時間くらいは寝たけど、いきなり生活を朝方に切り替えたもんだから、ちょっと眠かった。

制服には着替えず、私服のまま車に乗って学校に向かう。ミカサも制服ではなく、練習に備えてジャージ姿になっていた。

朝飯は当然、食う時間はなかった。練習が終わってから、おばさんが持たせてくれた弁当を朝飯として食う事にする。

今日から弁当は2食分持たされる事になった。朝と昼。両方の飯をおばさんは作っておいてくれたから、感謝しねえとな。

朝の4時なんて時間に学校に行くのは初めての経験だったから、誰もいねえだろうと思っていたんだけど、そんな事はなかった。

校門は、何と開いていた。というかオレ達より先に学校に来ている生徒の気配があった。

野球部と、バスケ部の奴らだ。

エレン「え……えええ……こんな時間からもう、活動始めているんですか?」

リヴァイ「あ? ああ……野球部とバスケ部の奴らは朝4時には当番制で集まっている。活動は5時からだが、活動前の1時間は、当番の奴らがグラウンドの整備やら、体育館の掃除をやっているな」

そうなのか。野球部とバスケ部の奴ら、大変だな。入らなくて正解だったかも…と思ってしまった。

まだうす暗い最中なのに、照明をつけて活動を始めている。野球部のグラウンドにはコニー達の姿もあった。草むしりをしているようだ。

リヴァイ「活動場所は常に綺麗にして使う事。これはうちの伝統だからな。特に野球部とバスケ部は、その活動範囲が広いから、掃除も大変なんだ」

エレン「なるほど」

それを考えると音楽室で主に活動している演劇部はまだ楽な方なのかもしれないと思った。

そして第三体育館に辿り着くと、リヴァイ先生が体育館のドアを開けた。

こちらは誰もいなかった。体操部の部員はまだ朝練習には来ていないようだ。

リヴァイ「体操部の朝練は7時から8時までの1時間程度だ。7時迄にはきっちり練習を終わらせるから安心しろ」

エレン「あ、だから7時迄って言ったんですね」

リヴァイ「まあな。やるとすれば、この時間帯しか俺の方が空いていなかったんだ。さて、顧問の特権だ。第三体育館の床を思う存分、使わせてやるぞ」

そこは体操部用に造られているだけあって、普通の体育館とは少し感触が違った。

練習場所にはもってこいの場所を借りて早速始める事にする。

オレはビデオを設定して、スタンバイした。RECの合図が来たらいつでもボタンを押す準備をする。

リヴァイ先生とミカサは十分なストレッチをし終えた後、構えた。

リヴァイ「殺陣の流れを大まかに決めていくぞ。ミカサはどんな風に俺を倒したいんだ」

ミカサ「ボコボコにしたいです」

ミカサ! それじゃ端的過ぎるだろ!

と、思ったけど、リヴァイ先生には意外とそれで通じたようで、

リヴァイ「殴り合いたいのか。しかし今回の劇はチャンバラメインの、格闘有りの劇と聞いているが? 俺をバラバラに切り刻まなくていいのか?」

ミカサ「あ、そっちでも勿論構いません」

えええ。もっと酷くなった。嬉しそうな顔してんな、ミカサ。

でもリヴァイ先生は顔色ひとつ変えず、続けた。

リヴァイ「だったら本気の命のやり取りをするような、ギリギリの剣戟をやっていこう。俺の急所を躊躇いなく狙っていけ。俺はそれを受け流して、反撃していくスタイルにする。新聞紙を丸めた奴ですまんが、今日はこれを刀の代わりに使うぞ(ポイッ)」

と言う訳で、RECの合図がきたので、ここからは完全アドリブのリヴァイ先生VSミカサの殺陣になった。

当てちゃダメだと聞いた筈なのに、ミカサはやっぱり当てにいっているけど、それをリヴァイ先生がギリギリでかわして、受け流しているもんだから、すげえ迫力だった。

ミカサが何度も切りつけても、リヴァイ先生に致命傷を与えられないのが良く分かる。

それが悔しいのか、ミカサの表情がだんだん険しくなっていった。

リヴァイ先生は表情を変えずにミカサをじっと見つめている。

その様子はまるで、狩りをする野生の鷹のような目つきだ。見ている側の方がドキドキする。

そして、次の瞬間、ミカサの腹に一発、攻撃を当てにいった。

勿論、寸止めだけど、ミカサは完全に虚をつかれた表情で驚いていた。

リヴァイ「よし、一回止めろ。エレン、今の動きをチェックするぞ」

エレン「あ、はい」

という訳でこんな感じで、動いてはRECして、また動いてを何度も繰り返した。

そしてTAKE10回くらい繰り返した後、リヴァイ先生はダメ出しをした。

リヴァイ「ミカサはあまり俺の動きを見ていないな。殺意が前面に出過ぎて空回りしているぞ」

ミカサ「うぐっ…!」

どうやら図星のようだ。

リヴァイ「もう少し、じっくり戦うスタイルでもいいと思うが。間を取って、焦らず攻めて来い。いいな」

ミカサ「……分かりました」

そんなこんなで、TAKE11回目あたりから少し路線を変更してミカサがじりじり慎重に攻める殺陣になった。

こんな感じで何度もいろんなパターンの殺陣をやってはRECして、チェックして、を繰り返していたら、あっという間に3時間が過ぎてしまった。

リヴァイ「………今日はこの辺にしておくか。ビデオは後でエルヴィンにも見せるから、貸してくれ」

エレン「あ、はい」

すっかりADのような立場になっているオレだけど、これはこれで結構楽しかった。

ミカサは汗だくになっていて、ふーっと息をついていた。

さっきまでの鬼気とした表情は抜けて、いつものミカサだ。

………というか、運動したてのミカサの、このほっとした表情、何かエロい。

ついつい、凝視して見惚れてしまう。

汗の匂いもあるせいか、何か、こう、ムラムラくる。

しかしリヴァイ先生の前でそんなところを見せる訳にもいかず、自重、自重、と念仏のように心の中で唱えた。

リヴァイ「体育館のシャワー、使っていいぞ。教室に戻る前に身支度しておきたいだろ?」

ミカサ「あ、はい」

リヴァイ「俺も1回、シャワーを浴びてくる。エレンはどうする?」

エレン「あ、オレはいいです。別に汗掻いてないですし」

リヴァイ「そうか。では今日はここまでだな。また明日、続きをやるぞ」

と言って、リヴァイ先生とはそこで別れる事になった。

リヴァイ先生がシャワー室の方へいなくなったのを確かめてから、オレは女子のシャワー室に向かうミカサを、直前で捕まえて、後ろから抱きしめた。

ミカサ「え、エレン? 待って。今は汗を掻いているので、あまり近づかないで欲しい」

エレン「やだ」

ミカサ「え、ええ? (赤面)」

ミカサが赤くなった。つか、この汗の匂いを堪能したいんだから、今、捕まえないと意味ないだろ?

エレン「朝、バタバタしてたから、朝のキス、まだしてない」

ミカサ「そう言えばそうだった。今……するの?」

エレン「ダメか?」

ミカサ「ダメではないけど……」

エレン「けど?」

ミカサ「シャワー浴びてからの方が……」

エレン「やだ。今したい」

ミカサ「んもう……」

ミカサはちょっとだけ嫌がっていたけど、それは本音じゃなかった。

だって、目がトローンとしているんだ。声だって柔らかい。

こういう時のミカサは、満更じゃない筈だ。

こっちを振り向かせて、第三体育館の中で、朝のキスをした。

体操部員がやってくる前に。今はまだ、誰も部員が来ていないから、今のうちに…。

ミカサの体には汗がはりついていた。でも、それがかえって興奮させる。出来る事なら、今ここで、その汗の味を食らいたい程に。

強烈な誘惑に駆られる…。

ミカサ「んっ……あっ……エレン……ん……」

その時のオレは、ミカサとの濃厚なキスに溺れていた。

いつもより長く、深く、そして強引にキスを味わって、ちゅっちゅっと音をたてるくらいに、しつこいキスをしてしまった。

あーやべえ。なんだこれ。本当、汗掻いているミカサ、いい匂いする。

ミカサのフェロモンに吸い寄せられた虫のごとく、チューチュー蜜を味わっていたら、

リヴァイ「……………おい」

と、突然背後から、リヴァイ先生の声がして、心臓が飛び跳ねあがった。

リヴァイ「7時から体操部の奴らが集まってくるんだ。さっさと機材を片付けろ。エレン」

エレン「は、はい……!」

やっべえええ! うっかり忘れるところだった!

………って、アレ? リヴァイ先生がもう着替え終わってる?

エレン「リヴァイ先生、もうシャワー浴び終わったんですか?」

リヴァイ「ああ。3分もあれば十分だ。お前ら、3分もここで何やってたんだ?」

ギックー! すんません! 朝のキスをしてました!

………とは言えず、目を逸らすしかなかった。

リヴァイ「全く。長い朝の挨拶だな。程ほどにしておけよ」

あ、これはバレたな。見られていたっぽい。

お恥ずかしい。ついつい顔を赤くしていると、ミカサが何故か「ちっ」と言い出して、

ミカサ「馬に蹴られればいいのに」

とか言ってきたんでオレは慌てて「こら!」と諌めた。

そしてミカサが女子用のシャワー室に行ったのを見届けてから、今度こそ機材を片付ける。

三脚を畳んで、ビデオカメラを外す。カメラはうちにある物を使ったけど、それなりによく撮れたと思う。ビデオカメラをリヴァイ先生に渡して、

リヴァイ「…………エレン」

エレン「はい! 何でしょう?!」

先程の件もあって、多少気まずくて声がつい裏返ってしまった。

しかしリヴァイ先生は急に深刻になって、

リヴァイ「………オレの事を恨んでいるか?」

エレン「へ?」

突然、何だ? 恨むってなんだ?

意味が分からずきょとんとしていたら、目を逸らされてしまった。

リヴァイ「その……すまん。空気読めずに出て来てしまって」

エレン「いやいやいや! そこは気にするとこじゃないですから!」

うはあああ! 傷に塩塗り込まれているような気分だ! コレ!!

エレン「あの、むしろすんません……オレの方が悪いです。その、ついつい……」

リヴァイ「いや、まあ、気持ちは分からんでもないからな。次からはシャワーの時間を長めにする事にしよう……」

エレン「その気遣いは無用ですよ先生ー?!」

ぎゃああああ?! かえって恥ずかしい! 本当に!

リヴァイ「しかし、その……何だ。ミカサにはどうも恨まれているようだしな。せめてそれくらいは気を回さんと、ますます恨まれそうだ」

エレン「いや、でも、かえってその……ミカサの事は気にしないで下さい。リヴァイ先生」

あれはもう、どうやっても意識が変わりそうにない。

一度嫌いになってしまったら、ずっと根に持つタイプなんだと思う。ミカサは。

リヴァイ「しかし……これ以上嫌われるのもな。嫌悪のせいで、冷静さを欠いているようだし、あいつには極力、怪我をさせたくはないんだが……」

と、言った時のリヴァイ先生の表情は、少し複雑そうに見えた。

リヴァイ「俺の方は、別にミカサの事を嫌悪している訳ではないんだがな」

エレン「え?」

ドキッ

何だ? 今の感じ。

え? え? どういう事だ? 今の。

リヴァイ「まあいい。嫌われるのは仕方がない。むしろ役柄とマッチしているなら、問題はないな」

エレン「…………」

リヴァイ「明日も頼むぞ。エレン、よろしく頼む」

エレン「あ、はい」

まだ、心臓がバクバクしていた。

何だ。この感じ。

エレン「すんません、リヴァイ先生。やっぱり、シャワー借りてもいいですか?」

リヴァイ「え? ああ……それは別に構わんが」

オレは背中に噴き出た汗を流す為にシャワー室に逃げた。

エレン「………」

気のせいだと思いたかった。でも……

エレン「ま、まさかな……」

オレは自分の中に沸いた、嫌な予感を否定したくて、必死に体の汗を流した。

でも、リヴァイ先生の表情がまた、蘇る。



リヴァイ『俺の方は、別にミカサの事を嫌悪している訳ではないんだがな』



と、言った時の、リヴァイ先生の口元は確かに。

小さく、本当に小さく、笑っていた。

エレン「……………」

オレ、すっげえまずい事、しでかしたんじゃねえかって、この時になって初めて気づいた。

ペトラ先輩が気絶していたのは、あながち間違っていなかったって事になるのかな。

でもだからと言って、今のオレに出来る事は何もなかった。

どうか、この予感が気のせいでありますように。

……と、ただ祈る事しか出来なかったのだ。

はい、という訳でちょっとここから複雑な展開に。
リヴァミカ苦手な方はごめんなさい。
リヴァミカっぽいけど、リヴァミカにはならないから多分、大丈夫。
一旦、ここまで。続きはまた~ノシ

なんか心配させているようなのでさっさと続きを書いていこう。
もうちょっと待っててね。もりもり書いている最中なので。









アニ「……そうかい。そういう事なら、ミカサは衣装制作をする暇がないね」

教室に戻ってからオレ達はまずアニに事情を話す事になった。

アニ自身、リヴァイ先生がそこまで熱心に参加してくれるとは思っていなかったようで、意外な顔をしていた。

ミカサ「ごめん……アニ」

アニ「いや、いいよ。その分、私が頑張ればいい話だし、ミカサの分も私が作ってやるよ」

エレン「すまねえな…」

アニ「ううん。私の方こそ、舞台に出なくて、ごめん。やっぱりその……台詞を言ったりするのは、その、恥ずかしいし」

と、言って、頬を赤らめるアニがちょっと可愛い。

アニ「私の分まで頼むよ。ミカサの分は私が引き受けるから」

ミカサ「うん……ごめん。アニ」

アニ「2回も謝んなくていい。リヴァイ先生の言い分は理解出来るしね。確かに怪我したら元も子もない。練習は多くするに越したことはないよ」

と、アニは理解を示してくれた。

ミカサはすごく申し訳なさそうにしていたけど、アニも同じくらい顔を顰めていた。

お互いに負い目があるせいだろう。だから言ってやった。

エレン「オレにも何か出来る事があったら言ってくれ」

アニ「え?」

エレン「服作るのは出来ねえけど、布切ったりするのくらいなら出来るし、アニの手伝いするよ」

アニ「いいのかい? 朝、早いのはエレンも同じなんだろ?」

エレン「オレの場合はビデオで撮影するだけだからな。大して疲れる訳じゃないし。台本出来るまでは本格的な始動は出来ないし、それまでの間、空いた時間でオレが何かやれる事、ねえかな」

ミカサとアニの両方の負い目を拭ってやりたかった。

するとアニは少し笑って、

アニ「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ。分かった。だったら、型紙作るの手伝ってくれる?」

エレン「型紙?」

アニ「布を裁断する時に使うものだよ」

アニ「今回は作る量が多いからね。回せる仕事はどんどん回すよ。男子でも手の器用な奴には縫製やらせるから。エレンはそこまではやらなくていいけど」

エレン「分かった。暫くは部活とクラスの仕事を同時進行でやっていくぞ」

そして話が大体済んで、ミカサが自分の席についた後、アニがまたオレに話しかけた。

アニ「………すまなかったね。エレン」

エレン「え? 別にいいぞ。これくらい」

アニ「いや、さっきの話じゃなくて。………その、大分前の話だけど」

エレン「ん?」

アニ「前に『恋人同士になれない』って言った事。あの時は私、勘違いしていて。法律上、ダメなんだとばかり思い込んでいたんだ」

エレン「ああ!」

その事か! 突然何の話かと思ったら。それか!

エレン「いや、実はオレ自身も似たような勘違いをしていたんだよ。思い込みってこえーよな」

アニ「うん。そのせいでその……変に悩ませたんだろ? 悪かったね。謝るの、遅くなっちまったけど」

エレン「ああ、別にいいよ。結果オーライって奴だ。気にすんな」

あの時の勘違いがなければ、今のミカサとの関係もなかった訳だし、今が良ければ全て良しだ。

それにアニにはミカサの事で世話になっているし、アニを責めるのは筋違いだ。

するとアニは安心したようにほっとしたんで、こっちもほっとした。

と、その時、遅れてアルミンが教室にやってきた。

アルミンは割と朝はゆっくり学校に来る方だが、今日はいつもにも増して遅く来た。もう8時25分だぞ。

サシャとコニーよりは早いけど。どうしたんだ?

ショートホームルームは8時30分からだから、かなりギリギリだな。

アニ「おはよー。アルミン。頼んでいたもの、出来た?」

アルミン「イエス! ジェバンニ発動させて頑張ったよ」

ジェバンニは能力じゃねえけどな。キャラの名前だ。

でも「一晩で仕事を仕上げる事」をジェバンニすると言うのは、何故か浸透している気がする。

アニ「サンキュ。仕事早くて助かるよ。店のリスト、見せて貰うよ」

アルミンが出した資料は、ここ近辺の手芸店の布の在庫とその値段表をまとめた物だった。

そのファイルの量は、ジェバンニしたと言い切る量にしては多い気がした。

いや、だからこそジェバンニなんだろうけど、アルミン、本当に仕事早いな。

アルミン「布の色別に一応、資料を区分けしているよ。やっぱり値段がいいものはその布の質もいい。でも予算オーバーしないようにしないといけないから、どこかで妥協しないといけないね」

エレン「すげえ……これアルミン一人で調べてきたのか」

アルミン「あ、うん。こういうの自分の足で調べてくるのは得意だしね。昨日、休みだったし、ちょっとあちこちウロウロしてきたよ」

アニ「調べてきた情報を元に一晩で見やすく資料を作れるのは、アルミンしかいないね。ユミルの名采配だよ」

ユミルに頼まれていたのか。いつの間に。

アルミン「いやーおかげでちょっと寝不足だけどねー」

アニ「その分の甲斐はあるよ。あ、店別のセール情報もまとめてくれたんだ(パラパラ)」

アルミン「あ、その辺はネットで調べた物だけどね。でも、実際に店に行かないと分かんないところも結構あったから、下見の足を運んで正解だったよ」

と、アルミンはニコニコしていた。

そしてキース先生が教室にやってきたんで、話は途中で終わった。

徐々に忙しくなってきたな。でも授業は授業でちゃんとしないと、中間テストもあるから、手抜きは出来ない。

文化祭は10月4~5日だけど、中間テストは10月16~17日にある。日程が結構近いんだ。

朝早く起き過ぎてちょっと眠かったけど、そこは根性で何とか乗り切った。

そんな感じで初めのうちは朝型の生活に慣れなかったけど、日が経つにつれてだんだんオレも今の生活サイクルに慣れてきた。

早く寝て、朝早くから活動するのは、体には良い気がする。

何より肌の調子がツルツルな気がする。何でだろ? 早く寝るとこうも違うもんかな。

部活の方は、台本が完成する迄はやれる事が少ないのでその間はクラスの方の手伝いをした。

オレ達だけじゃなく、カジ達もマーガレット先輩達もクラスの事があるから、暫くは部活に出たり出なかったりだった。

そして正式なクラスの出し物が全て決定したのが11日だった。

そのリストが発表されて、クラスの男子は勝利の雄たけびをあげていた。

アルミン「写真販売、枠取れて良かったね!!」

ジャン「ああ! これで勝てる!」

何に? とも思ったが、口には出さなかった。

そう。ユミルは室内販売枠を見事勝ち取ってきたのだ。

ユミル「なんかすまん……私は別に枠取らなくても別に良かったんだけど、くじ運でこうなっちまった」

ミーナ「もうしょうがないよ。そこは諦めるよ」

ハンナ「うん。全てうまくいく事なんてないしね」

と、一部の女子は苦笑していたが。

と言う訳で、今回の文化祭のクラスの出し物の正式なリストを紹介しよう。

まずは3年生からだ。


3年1組 カレー(食品)

3年2組 野球拳(舞台)

3年3組 マジックショー(舞台)

3年4組 ミスコン(舞台)

3年5組 すべらない話(舞台)

3年6組 ヤキソバ(食品)

3年7組 お好み焼き(食品)

3年8組 プラネタリウム(展示)

3年9組 フィーリングカップル(舞台)

3年10組 コントと漫才(舞台)



注目すべきは2組の『野球拳』だ。それを目に入れた瞬間、クラスの男子がほぼ全員、ざわついた。

ジャン「なん……だと? さすが3年の先輩だ。目の付け所が違う」

アルミン「そこに痺れる憧れるね!」

ライナー「全くだ。しかも優勝者には景品が貰えるのか」

アニ「いや、これ、景品で釣っても、いくらなんでも女子の参加者はいないでしょ」

ユミル「いや、いるぞ。3年2組のニファ先輩が出演するのは確定していると言っていた」

えええ?! ニファ先輩出るのかよ?!

ライナー「何?! あの、アルミンに似た美人の先輩が出るのか」

マルコ「これは男の希望者が殺到しそうだね」

ユミル「男子の希望者は抽選だってさ。女子は無条件で参加出来るらしいよ」

それは当然だな。何なら女子同士で野球拳しても良いくらいだ。男は要らん。

エレン「しかしよく担任の先生、反対しなかったな。3年2組って、担任は誰だっけ?」

アルミン「確か生物のハンジ先生じゃなかった? あ、やっぱりそうだ(確認)」

エレン「そっか。あのハンジ先生が担任なら、この案が通ったのも頷けるな」

続いては2年の出し物を見てみよう。



2年1組 占いの館(室内)

2年2組 ミックスジュース(食品)

2年3組 手作りバザー(室内)

2年4組 たこ焼き(食品)

2年5組 わたあめ(食品)

2年6組 焼鳥屋(食品)

2年7組 アーチ制作(展示)

2年8組 ゲームセンター(展示)

2年9組 キッズアスレチック(展示)

2年10組 アイスクリーム屋(食品)


2年生は食品と展示が多いみたいだな。このゲームセンターっていうの何だろ?

まさかゲーセンの機械を持ってくるのかな? と一瞬思ったけどさすがにそれは無理だよな。

エレン「このゲームセンターっていうのは、何やるんだ?」

ユミル「ああ、それは射的とか、金魚すくいもどきとか、そういう遊べるものを無料でやるらしいよ。子供向けの出し物だな。そこは室内販売取れたら、金取るつもりだったらしいが、抽選で漏れたからタダで遊べるようにするらしい」

まじか! やった! 遊びに行こうかな♪

ユミル「文化祭には子供も来るからな。生徒の家族が来たりするから、子供向けの出し物も結構、毎年評判いいらしいんだ」

エレン「へーそうなのか」

抽選に漏れたのは可哀想だが、こっちとしてはラッキーだったな。

さて、最後に1年の出し物を紹介しよう。


1年1組 コスプレ写真館(室内)

1年2組 人形劇(舞台)

1年3組 ダンス発表(舞台)

1年4組 壁画制作(展示)

1年5組 お化け屋敷(室内)

1年6組 クレープ屋(食品)

1年7組 クイズ大会(舞台)

1年8組 唐揚げ(食品)

1年9組 和風甘味(室内)

1年10組 バンド演奏(舞台)



エレン「この和風甘味って、和風の喫茶店って事か?」

ユミル「そうだな。今年は意外と喫茶店が被らなかったらしい。今年は1年9組だけだな。喫茶店は」

エレン「じゃあ喫茶店の希望出しても通ったかもしれないって事か?」

ユミル「ま、それも抽選だけどな。抽選に漏れたクラスはあえなく展示や舞台に追いやられる結果になってるぞ(ニヤニヤ)」

エレン「そうなんだ。比率はどんな感じに決まったんだ?」

ユミル「食品が10クラス。室内が5クラス。展示が5クラス。舞台が10クラスだな」

ユミル「でもやっぱり食品を希望するクラスが多くてさ。そっちは倍率が激戦だった。室内販売の方がまだマシだったから、最初から室内販売を希望して正解だったかもしれん」

エレン「そっかー。大変だったんだな」

ユミル「まあな。でも大変なのはむしろここからだけどなー」

とユミルがぼやいている。

ユミル「去年もコスプレ写真館をやったクラスがあるんだけどさ。その資料を見る限り、どうもその時はお客さんとの記念撮影も一緒にやってたらしいんだ」

アルミン「え? そうなの?」

ユミル「ああ。売上収入的にはむしろそっちの方が売れたようなんだよな。衣装をお客さんにも貸し出して、指名されたキャラと一緒に写る方が稼げるかもしれないんだよな」

エレン「そうなのか。だったらそれも一緒にやったらいいんじゃないか?」

だけど意外にもアルミンが反対した。

アルミン「だ、ダメだよ! それこそ優劣がついて、指名されなかった子がもっと傷つく事になると思うよ」

マルコ「そうだね。写真が売れなかった場合は「まあ、しょうがないか」って思えるけど、記念撮影の場合は、もっと落ち込む子も出てくるかも」

アルミン「あと人気が出すぎる場合は逆にパニックになる可能性もあるよ。その場合の対処が難しいかもしれないし」

ユミル「ああ、私もむしろそっちの方が心配だから、やらない方がいいとは思うんだが、もし当日にお客の方からリクエストされた場合はどうする? 無下に断ったら評判が地に堕ちるぞ」

アルミン「あ、そっか……そういうケースも確かにあるね」

そういうもんかな。オレにはイマイチその感覚が分からないが。

エレン「ダメなもんはダメって断っちゃダメなのか?」

アルミン「う~~出来ればそうしたいのもあるけど、去年、同じような物があったなら、また今年もやるのかって、お客さんが最初から期待してやってくる可能性が高いよ。その場合「今年は記念撮影はしていません」って言ったらお客さん側はがっかりしちゃうかもしれないし……」

ユミル「そこなんだよな。難しいのは。私が先に調べておけば良かったんだが、すまん。そこまでは気が回らなくてな。だから放課後、ちょっと皆に残って貰って、話し合いする機会を設けてもいいか?」

アルミン「うん、その方がいいかもしれないね。これは全員で話し合うべきだと思うよ」

という訳で、その日の放課後、ちょっとクラス全員が居残ってその件について話し合う事になった。

コニー「オレ、どっちでもいいから、出来れば早く決めてくれー」

とぼやいているのはコニーだ。野球部は練習があるからあんまり時間取れないもんな。

ユミル「すまん。コニー。10分だけくれ。ええっと、今、大体説明した通りなんだが、お客さんの参加型にするべきか否か。皆の意見を聞かせてくれ」

すぐに挙手したのはミーナだった。

ミーナ「それって、全員が参加する必要はなくない? あと衣装も演劇部のレンタルが混ざるから、全部を私達で作る訳じゃないよ? レンタル分をお客さんに着せてもいいの?」

ユミル「んー……その辺は演劇部の部長さん、どうなんだ」

言われたジャンは、自分に問われているとすぐに気づかず、

ジャン「…………あ、そっか。オレか。ええっと、別に衣装を汚さなければ、昔、部で作った衣装を客に貸し出しても大丈夫だと思うが」

ユミル「じゃあ客に貸し出すのは、出来るっちゃ出来るんだな」

ジャン「た、多分……」

ユミル「多分じゃ困る。その辺は確認次第だな。分かった」

と、ユミルが何かノートにメモをしていた。

ユミル「去年の資料を見る限り、コスプレ写真館をやったのは演劇部員のマーガレットって人らしいけど。去年のやり方がどうだったか、詳しく聞いてみてくれないか? ジャン、知り合いなんだろ?」

ジャン「あ、ああ……先輩だ。分かった。聞いておくよ」

ユミル「うちらはあくまで「写真展示」がメインだ。だから去年とは違うやり方になっても、それはそれでいいと思うけど、客の反応を無視した出し物をするのも意味がないと思う。もし記念撮影をするとすれば、私は人数を絞って、やれる奴だけでやるのがいいと思うんだが、どうだ?」

コニー「いいんじゃねえか? 無理しないやり方がいいだろ」

ユミル「記念撮影自体をやりたくねえって奴はいるか?」

ミリウス「記念撮影をするとすれば、自由時間はかなり拘束されるよな?」

ナック「自分達が当日、他の店に見に行く時間も欲しいんだが」

ユミル「まあ確かにそうなるが、そこは時間を調整するしかねえな。ちゃんとスケジュールは考えるからそこは安心しろ」

と、ユミルが二人を宥める。

ユミル「私の意見になるが、やるとすれば、記念撮影は時間を限定して、人数も絞ってやるのがいいと思うんだ。一人あたり15分だけとかな。当日コスプレやれる奴がいれば、それが目玉商品にもなると思うが、やってもいいって奴、いるか?」

ライナー「15分程度なら別に構わんぞ。客寄せパンダの係はもともと請け負うつもりだったし、俺で良ければやってやろう」

ユミル「助かる。ライナーと、あとベルトルトもセットで出てくれるか?」

ベルトルト「う、うん。いいよ」

ユミル「後は、ミカサとアニ。2人も出れるか?」

アニ「制服の方ならいいよ。ぷりきゅあはちょっと、学校内でやるのはきついかな」

ミカサ「では私もそれで」

ユミル「よし。後は……」

クリスタ「わ、私もやるよ。アルミンとの撮影でセーラー服、着るから」

ユミル「クリスタ……(本当はやって欲しくないけど)」

ユミル「分かった。クリスタも参加だな。大体こんなもんでいいだろ。この5人と一緒に撮影できますっていう、告知しとけば、写真館を見てやろうって奴が集まるかもしれないしな」

綺麗どころが集まったな。ミカサが選ばれるのは仕方ねえか。

コニー「よし、そんな感じでいいんじゃねえか?」

ユミル「コニー、お前何もアイデア出してないだろ」

コニー「(てへペロ)だってよーオレ、やるのって天空城ラピュタのパズーだしー? 需要ねえだろ? 焼いたパン食いたいだけだもん」

コニーはパズーかよ。じゃあシータはもしかしてサシャかな?

サシャ「記念撮影でしたら、うちの父を当日、連れてきましょうか?」

サシャの方を見ていたら、いきなりそう言い出したんでびっくりした。

ユミル「だ、大丈夫なのか? スケジュール空いているのか?」

サシャ「2日全部は無理ですけど、1日だけならいけると思いますよ。今から予約入れておけば」

ユミル「助かる。じゃあ機材とかも……」

サシャ「はい。自宅から持ってくればいいんですよね? うちにある物を使いましょう」

という訳で、カメラマンはほぼタダでレンタル出来るようだ。助かったな。

そんなこんなで約束通り10分だけ話し合いをして方針が決まったので、放課後の残りの時間はそれぞれの活動になった。

オレ達は演劇部の方に顔を出して、すぐマーガレット先輩に話を聞く事になった。

マーガレット「出し物リスト見たよー! 1組はコスプレ写真館やるんだってね! うちらも去年やったよー!」

ジャン「はい。あの、それでお聞きしたい事が……」

マーガレット「うんうん、何でも聞いて?」

ジャン「その、お客さんとの記念撮影ってどんな感じだったんですか?」

マーガレット「ええっとね、うちの部にある衣装とガーネットが持ってるコスプレ衣装を全部足して、お客さんに貸し出して、クラスの中で綺麗どころを10人くらい選出して、どの子と一緒に写りますか? っていう感じでオーダー取って、その場で写真撮って、パソコンでプリントアウトしたよ。コスプレは、お客さんが着るのもいいし、着なくてもいいし、指名された側だけ、コスプレするっていうのも有りだった。いやー予想以上に繁盛してね? 稼がせて貰いましたよ。うふふ……」

ジャン「では、クラスの全員がコスプレするっていうやつじゃなかったんですね」

マーガレット「何それ?! ちょちょちょ、詳しく教えて!!」

マーガレット先輩の方が逆に食いついて、ジャンがうちのクラスの出し物を説明する事になった。

そしてマーガレット先輩はアルミンに突撃して、

マーガレット「おぬし、天才!! それ、買占めに行ってもいい?! 予約入れてもいい?!」

アルミン「あの、予約はしてないので、当日買いに来てください。すみません…」

マーガレット「NOOOOO! 特にその軍服の子達は今から予約したい……ぐぬぬ……」

欲望に忠実な人だな。本当に。

マーガレット「あ。でもひとつ問題があるよ。あのね、お客さんは、意外と外国の方が多かった。外人さんがわんさか団体でやってきて、写真撮りたがるから、英語出来る子を受付におかないと、パニックになるよ」

ジャン「英語?!」

アルミン「あ、そっか。コスプレ文化って、日本より外国の方が大らかだよね」

マーガレット「うん。だから英文で受付マニュアルを作っておいた方がいいよ。キース先生、英語の担当だし、先生に作って貰えばいいと思うよ」

アルミン「そうですね。頼んでみます」

マーガレット「あとそうだね……そういう事なら、ガーネットの手持ちのコスプレ衣装を今年も貸し出してもいいかもね。ちょっとメールするわ(スマホ取り出し)」

ガーネット先輩はまだ音楽室に来ていなかった。

しかし返事はすぐに届いて、

マーガレット「あ、OKだってさ。家にある奴、全部持って来てくれるって。貸し出せる物をリスト書いてくれたから、そっちに転送するね」

ジャン「あ、はい。お願いします」

そして届いたその衣装の数々に、オレ達一同は面喰う羽目になった。

ジャン「……………マジですか、これ」

マーガレット「マジだよ。あの子の家、そういうの専門に作ってる部門があるから、融通きくんだ~♪」

アニ「これなら、いくつか作らなくて済む物も出てきたね」

ミカサ「確かに。予定では部室にないものは自分達で作るつもりだったけど」

マーガレット「あ、そうだったの? 話してくれて良かったわ。あ、ちなみに今、新作も作ってる最中だから。皆、9月28日、空いてる?」

エレン「9月28日ですか? その頃は文化祭の準備とか演劇部の準備で慌ただしいんじゃ……」

マーガレット「10時から2時までだけでいいから! お願い! スケジュール空けといて!!」

ミカサ「その日に何かあるんですか?」

マーガレット「あるの。F県恒例の、大型イベントが。ヤホードームのコミケが!」

一同「「「「はあ?!」」」」

マーガレット「お願いします! コスプレチームをやりたいから、お願い! 皆、協力して!」

エレン「いやいやいや、ダメですよ。遊んでいる場合じゃないですよ」

マーガレット先輩、ダメだろそれ。

テスト前に遊ぶのとは訳が違う。準備があるのに、サボれるわけ…。

マーガレット「……参加してくれないなら、劇部の衣装もガーネットの衣装も貸してあげない(キリッ)」

アニ「えっ……(青ざめ)」

マーガレット「劇部の衣装、殆どガーネットが管理してた物よ? その権利はガーネットが一番持ってるわ」

ミカサ「ではガーネット先輩がいいと言えば、いい筈では?」

マーガレット「ふん……ガーネットがOKだすわけないわ。ねー?」

と、後ろを見るとガーネット先輩とスカーレット先輩が丁度到着した。

ガーネット「呼ばれて飛び出てきました。ええっと、話は大体分かったけど、1組もコスプレ館をやるのよね?」

スカーレット「私らの時よりグレードアップしているじゃない。やるわね」

アニ「あの、ガーネット先輩。28日、コミケに行くんですか?」

ガーネット「ああ、いくけど……え? 皆、いかないの? てっきり行くのかと思ってたけど」

エレン「いやいや無理ですよ!! 準備のまっ最中じゃないですか!」

マルコ「興味がない訳じゃないですけど、時期が悪すぎませんか?」

ガーネット「それはそれ、これはこれ。もうスペース申し込んでるしキャンセルは出来ないよ」

スカーレット「というか、既に皆の分も作ってるんだよね」

事後承諾過ぎるだろ! 話聞いてないし!

エレン「ええっと、一応聞いていいですか? 何やらせる気で?」

ガーネット「今年は神々の遊戯をやるつもり。エレンはアヌビス神化。ミカサはツキツキの神化。ジャンはトールの神化で作ってるよ」

ジャン「マジですか……リヴァイ先生にバレたら怒られるんじゃないんですかね?」

ガーネット「何で? コミケに出るのは漫研の活動として出る訳だから、正式な同好会の活動だよ?」

マーガレット「あれ? 言ってなかったけ? 私、漫研と兼部しているって。こっちの二人も席だけは置いてくれてるんだよ?」

スカーレット「漫画は描かないけどね」

ガーネット「うん。人数合わせに入ってるんだよ」

ああ、そうなんだ。だったら先生達が反対する事はないのか。

マルコ「あ、だったら僕とアルミンとアニは、コスプレしないで済むのかな」

アルミン「だね。店番とかすればいいのかな?」

ガーネット「いやいや、途中加入の君達の分も、作ろうと思えば間に合うよ。よし、アニはタケタケ神化、マルコはバルドル神化、アルミンはロキロキの神化を作ってあげよう」

アニアルミンマルコ「「「ええええ……」」」

マーガレット「いいじゃない。どうせクラスの出し物もコスプレなんでしょ? あ、後で神々のコスプレも貸し出してもいいよね?」

ガーネット「うん。いいよ。貸す貸す。ちなみにペトラ先輩はユイ役で出るの決定だから」

受験生巻き込むなよ!? いいのかそれ?!

ミカサ「ああ、合宿の時の約束のアレですか」

ガーネット「そうそうアレ。合宿の時の交換条件で、「何でもする」って言ったからには出て貰わないとね」

エレン「? 何の話だ?」

ミカサ「夏の合宿の時、女子が男子と一緒に泊まるか否かで話し合った時、ペトラ先輩が説き伏せた条件。コスプレするって約束した」

マジか……ペトラ先輩、どんだけ合宿したかったんだ。

まあ、リヴァイ先生と一緒に過ごせるチャンスを潰したくなかったのは分かるけどな。

エレン「ちなみにそのアヌビスってどんな奴ですか。一応、格好を確認させて下さい」

ガーネット「こいつ。こんな感じになるよ」

エレン「………………」

殆ど上半身裸じゃねえか! 馬鹿だろ?!

ミカサ「か、可愛い……(赤面)」

エレン「え?」

ミカサ「エレン、可愛いと思う」

エレン「何。やって欲しいのか?」

ミカサ「ぜ、是非……(こくっ)」

ああもう、ミカサにおねだりされたら断れない…。

エレン「分かりました。やりますけど、でも、10時から2時までは厳守して下さいね。多分、とんぼ帰りするだろうし」

ガーネット「それは勿論約束するよ。大丈夫」

ジャン「オレのどれ……」

ガーネット「ジャンはこれだよ」

ジャン「オレも結構、露出あるっすね…(ズーン)」

そういやミカサは大丈夫なのか? 一応、チェックしないと。

エレン「ミカサのも見せて下さい」

ガーネット「ツキツキはこれ。和風だから」

エレン「あー…」

良かった。ミカサのは大丈夫そうだ。これなら問題ない。

元ネタは全然知らんけど、まあいいや。

マーガレット「いやーコミケの準備と演劇部の準備が重なったせいで、まともに寝てないけどねー昨日、2時間しか寝てないよー」

ガーネット「あー分かる。私も3時間しか寝てないよ」

スカーレット「似たようなものだね。私も2時間だわ」

先輩達、ちゃんと寝ないと倒れますよ…。

オレもゲームする時は多少無茶やるけど、先輩達はもっと酷いな。

ミカサ「………何だか私ももう少し頑張れる気がしてきた」

エレン「真似するなよ?! 良い子は真似しちゃダメな例だからなコレ?!」

マーガレット「確かに。これは悪い子の例だね。いや、イベント終わったら20時間くらい寝るからいいよ」

エレン「それもどうかと思いますが、あの、体壊さないで下さいね……」

ガチで心配になる5秒前だな、とつい思ってしまったオレだった…。

高校生の時、睡眠時間の短さを何故か競い合っていた若い頃。なつい。
でも良い子の皆は真似しちゃダメ絶対。

一回休憩入れます。今回はここまで。ではまたノシ











そんな訳で衝撃の事態(コミケ強制参加)が起きたりクラスの準備やら部活の打ち合わせやらで日々を過ごしていたらあっという間に13日になった。

時間が経つのが早過ぎる。この調子で文化祭まで本当に間に合うのか不安だな。

その日の朝もリヴァイ先生に送迎されて早朝から殺陣の練習をしていたけど、リヴァイ先生は少しだけ渋い顔をしていた。

リヴァイ「……おい、何度も言わせるな。殺気を前面に出し過ぎて、動きが雑になってきているぞ」

ミカサ「うぐっ……」

リヴァイ「俺の事が嫌いなのは別に構わんが、そのせいで動きに影響が出るなら、殺陣の内容を変えざる負えない。それでもいいのか」

ミカサ「い、嫌です」

リヴァイ「だったらもう少し落ち着け。そんな毛が逆立った猫みたいな精神状態じゃ、いいものは作れないぞ」

ミカサ(ズーン……)

リヴァイ「少し休憩するか。水、飲んでくる」

と言ってリヴァイ先生は体育館を後にしてしまった。

その直後、ミカサは床に八つ当たりしていた。凄く悔しそうだ。

ミカサ「何故……何故、一回もドサクサに紛れて一発当てられないの…?」

エレン「ミカサ。まだそんな事を思っていたのか」

ミカサ「然るべき報いをする為にこの作戦を考えたのに……(ゲシゲシ)」

やれやれ。オレ自身はもう、あの時の腹バン、水に流しているのに。

ミカサの方が根に持ってるんだもんな。困ったな…。

ミカサ「何故……何故当てられない? 一矢報いたいのに」

エレン「あのな、ミカサ……」

ミカサ「今度こそ、今度こそはあいつに……(ブツブツ)」

その瞬間、何でか良く分からないけど、イラッとした。

なんだコレ。ミカサがこっちの話、聞いてないし。

ミカサの頭の中、リヴァイ先生への憎しみで一杯になってやがる。

そう、思った瞬間、胸の中がムカムカした。でも同時に、そんな小さな自分が嫌になった。

エレン「……………」

正直、然るべき報いなんて、オレにとってはどうでもいい。

リヴァイ先生がわざと一回、ミカサの攻撃を食らってくれたらいいんだけど、そうもいかねえよな。

リヴァイ先生が手加減したらすぐバレるだろうし、多分ミカサは自分の実力でリヴァイ先生をぎゃふんと言わせたいんだろう。

でもこのままじゃ良くないのも分かる。

どうするべきか。悩んだ挙句、オレはミカサに言った。

エレン「ミカサ、もうあの時の事、忘れないか?」

ミカサ「え?」

オレの方から言うしかない。だからそう言った。

エレン「オレ、リヴァイ先生に腹バンされた事、別に怒ってねえし。ミカサがそこまで怒る必要はねえぞ?」

ミカサ「エレンこそ、何故あの行為を許せるの? 私はまだ、許した訳ではない」

エレン「いや、だって悪いのはオレだし。リヴァイ先生は先生として叱っただけだろ?」

ミカサ「その行為が行き過ぎだと思う。何もあそこまで、皆の前でやらなくても良かった……」

ミカサの優しいところは嫌いじゃないけど。ちょっと感情移入し過ぎているよな。コレ。

エレン「いやもう、それ、済んだ事だし。そのせいでリヴァイ先生の事、嫌いになったんなら、何か申し訳ねえつーか……」

ミカサ「エレンはどうしてそこまでリヴァイ先生を尊敬するの?」

エレン「え? 尊敬?」

ミカサ「している。滲み出ている。私にはそれが理解出来ない」

エレン「…………そうなのかな」

自分で改めて考えてみると……確かに他の先生よりかは、自分の中の好感度が高い気がする。

ミカサ「私の憎悪はそこも含まれている。エレンの尊敬を勝ち取っているのがムカつく」

エレン「え、ええええ………」

腹バンの件だけじゃなかったのかよ!

それじゃあどうしようもねえじゃねえか。参ったな…。

ミカサ「……ので、エレンがなんと言おうと、私はリヴァイ先生に然るべき報いを与えたい。リヴァイ先生はそれを受けるべき」

エレン「………………」

火に油注いじまった。やべえ。

頭痛くなってきたけど、ギラギラしているミカサを見ていると、やっぱりムカついてくる。

オレが何と言おうとだって? オレの気持ちにも気づかないで馬鹿言うなよ。

今、この瞬間、ミカサの頭の中は、オレじゃなくて、リヴァイ先生の事で一杯じゃねえか。

くそ………どうすりゃ、ミカサの意識を自分に戻す事が出来るんだろ。

リヴァイ「待たせた。再開するぞ」

リヴァイ先生が休憩して戻ってきた。そしてまた練習再開になった。

今度はリヴァイ先生の方から先に仕掛ける殺陣になった。早い。相変わらず神業だ。

ミカサ「くっ!」

ミカサは受け流すだけで精一杯のようだ。そして、新聞紙の刀を、弾き飛ばして……

ミカサ「しまった!」

エレン「!」

リヴァイ先生が、丸腰のミカサの方に向かう。一歩、深く踏み込んで、そのまま……

ミカサは仰向けに倒れた。リヴァイ先生に、完全敗北した形で。

ミカサ「はあ……はあ……はあ……」

リヴァイ「…………もしも俺が本当の悪役だったら」

ミカサ「?」

リヴァイ「お前をここで殺したのち、そこのエレンも殺すだろうな。それを想像出来ないか?」

ミカサ「!」

何だ? いきなり何の話だ。

リヴァイ「お前は、誰かを守る為に剣を取るんだろ? だったら、その殺意を腹の奥に押し込めろ。敵を倒すその一瞬の為に剣を振れ。殺意が悪いとは言ってない。その出し方を、うまくコントロールするべきなんだ」

ミカサ「…………はい」

ミカサは起き上った。少し顔色が変わったようだ。

リヴァイ「まだ台本が完成した訳じゃないが、恐らくそういう役どころになるだろう。ヒーローは、負けてはいけない存在だからな」

と言ってリヴァイ先生は手を差し出した。それを嫌そうに、でも一応、手に取ってミカサは完全に立ち上がった。

それから先の動きはさっきよりは大分マシになった。

ミカサの動きに丁寧な部分が見られるようになったからだ。

それを見てリヴァイ先生がまた、あの時のように小さく笑っていた。

楽しそうだった。本人は気づいていないかもしれないけど……。

エレン「……………」

何だろ。始めた当初は、2人の殺陣を楽しみにしていたのに。

今になって、2人の殺陣を見るのが少し辛い自分がいる。

そのせいで1度RECを押し忘れてしまい、リヴァイ先生に注意されてしまった。

リヴァイ「おい、今の、結構いい感じだったのに、録画してなかったのか」

エレン「す、すみません…!」

リヴァイ「まあいい。それだけエレンが見惚れていたという事だな。精度が上がってきている証拠だ」

確かに。殺陣の完成度は一気に上がった。それに見惚れていたのも本心だ。

でも、胸の奥のイライラは消えていない。

こんな小さい自分を見せたくないけど、でも、何か、すげえモヤモヤが消えない。

リヴァイ「少し早いが練習をここで切り上げよう。今日はいよいよ、完成台本の読み合わせの予定の筈だ。それを踏まえて、来週からは台本に合わせた殺陣も盛り込んでいくぞ」

ミカサ「分かりました」

リヴァイ「………シャワーを浴びてくる。じゃあ、お先に」

と、リヴァイ先生は先に離れて行った。

リヴァイ先生の姿がなくなるのを確認したのち、オレはミカサを正面から抱きしめた。

もう恒例のハグだけど。今は、キスする気になれなかった。

ミカサ「……………? エレン?」

キスを待っていたのか、ミカサが不思議そうに首を傾げる。

ミカサ「どうしたの? エレン………?!」

オレはついつい、ミカサの背中をまさぐった。尻の方にも手を伸ばす。

ミカサ「あっ……エレン? どうしたの? 急に……あっ……」

震える声を無視してオレはミカサを自分の中に閉じ込めた。

嫌悪だろうが好意だろうが。

ミカサの頭の中に他の誰かがいるって考えた時、嫉妬する自分に気づいたんだ。

何だよこれ。ドロドロして気持ち悪い。

こんな感情、どうやってコントロールしたらいいんだ…。

ミカサ「エレン……あっ……ああっ……」

ミカサの嬌声が体育館に響くのが心地よく響いた。今ここで、抱きたい。

でも、それを阻む声が、唐突に聞こえた。

ハンジ「あれれー? こんな朝早くから第三体育館、使ってるの? まだ6時半だよー?」

ハンジ先生の声で我に返った。慌ててミカサを離す。

ハンジ「ありゃ? そこにいるのはエレンとミカサではないか。ん? もしかしてリヴァイもいるの?」

エレン「ああ、今、シャワー浴びてます」

ハンジ「まじかwwwwよし、こっそり突撃して、裸を見てやろうwww」

ダメだろ?! なんて酷いダメ教師なんだ。

ミカサ「リヴァイ先生の裸なんて見ても価値はないのでは?」

それはそれで酷い言いようだが、ハンジ先生は「そんな事ないよwww」と笑っている。

ハンジ「これはリヴァイをびっくりさせるのが目的のドッキリだよwwぷくく……では突撃してきまーすww」

忍び足でハンジ先生が本当に男子シャワー室に突入していった。

静寂。しばしの静寂。

そして、リヴァイ先生の叫び声が「うあああ?!」と響いて、ハンジ先生が爆笑していたのがドア越しに聞こえた。

リヴァイ「お前、何しに来た? 朝は弱いんじゃなかったのか?」

ハンジ「やーうん。これから仮眠取るとこだよ。昨日徹夜したからさー。この後寝るつもりだったけど、こんな早い時間に第三体育館の明かりがついてたから、リヴァイいるのかなーって思ってこっちに寄ってみた」

リヴァイ「相変わらず無茶してやがるな。たまには夜に寝ろよ。朝に寝て授業開始まで寝るサイクルはやめろと、いつも言ってるのに」

あれ? 何か普通に会話している。リヴァイ先生、シャワー終わってたのかな。

え? でも、リヴァイ先生がシャワー室入ってから1分も経ってない気がするけど。

まさか、リヴァイ先生、裸のままハンジ先生と会話している…?

ハンジ「それは分かってるけどね。いや、ついつい。朝練はリヴァイに任せっぱなしだからね。たまにはこの時間にも顔を出そうかと思って」

リヴァイ「寝ていない奴がいう台詞じゃねえな。目のクマは隠しきれてないぞ」

ザーザー…

シャワーの水音らしき音は止まってない。

えええ? リヴァイ先生、本当にシャワー浴びながら会話しているっぽい?!

ちょ…え? ハンジ先生とリヴァイ先生って、そういう関係だったっけ?!

ハンジ「リヴァイこそ、いつもよりちょっと早いじゃない。何してたの?」

リヴァイ「言ってなかったか? 今、演劇部の方の活動の為に、朝練習をここでさせて貰っているんだ。今度の文化祭で、何故か俺も舞台に上がる事になったから、生徒と殺陣の打ち合わせをしている最中なんだよ」

ハンジ「ええええ?! 聞いてないし! 何それ。早く言ってよ。ちょー楽しみwww」

リヴァイ「エルヴィンにまたしても乗せられたような気がするがな。殺陣の練習の為に朝の4時にここに来て練習している」

ハンジ「マゾイwwwwリヴァイ、あんた、本当によくやるよね。私はそこまでやれないわよ。あんたこそ、寝てないんじゃないの?」

リヴァイ「……毎日4時間は寝ているから大丈夫だろ」

リヴァイ先生、ちょっとそれ、睡眠時間少ない方ですよ。

6時間は寝ているオレが何だか贅沢な気がしてきたな。

ハンジ「あー10時に寝て2時起き? 確かにその時間帯は黄金の睡眠時間とは良く言われるけどね。でも、あんたの場合は労働もしてるんだから、もうちょっと寝てもいいんじゃないの?」

リヴァイ「クソ眼鏡がもっと協力的にしてくれれば、俺は6時間寝られるんだがな」

ハンジ「そう言えばそうだった! めんごめんご! 分かった! だったら来週からは朝練は私が担当するから、リヴァイはその1時間を休憩に使いなよ。文化祭終わるまでくらいなら、替わってあげてもいいわよ」

リヴァイ「………とか言って、来週にはすっかり忘れて「めんご!」って言うんだろ?」

ハンジ「信用ない?! そんなに私、信用ないの?!」

リヴァイ「ああ、ないな。今まで何回尻拭いしてきたと思っている。……そうだ」

リヴァイ「飛んで火に入る夏の虫、とはよく言ったもんだな。ハンジ。勝手にシャワー室に突入したからには、覚悟できているよな?」

ハンジ「え? 何の事? (すっとぼけ)」

リヴァイ「お前もついでに洗っていけ。髪、洗ってないだろ。何日洗ってない?」

ハンジ「………一週間くらいかなー? (てへぺろ)」

リヴァイ「よし、そこに座れ。今から洗う。抵抗するなよ。シャンプーが目にしみるからな」

ハンジ「ぎゃあああああお助けええええ!?」

そしてしばしの時間が流れ…。

本当にハンジ先生はリヴァイ先生に髪を洗われてしまったようで、髪をタオルでくるんでシャワー室から出てきたのだった。

ハンジ「もー強引なんだからー…」

リヴァイ「その台詞、そっくりそのまま返す。ん? エレン、ミカサ。まだイチャついていたのか?」

ミカサ「あ、いえ……」

リヴァイ「時間は無駄にするなよ。さっさとシャワー浴びて来い」

ミカサ「は、はい……」

と言ってミカサは先に女子のシャワー室に移動していった。

残ったオレはついつい、好奇心が疼いてしまって、

エレン「あの、もしかして、お二人は、お付き合いされているとか?」

リヴァイ「は? 何でそうなる」

エレン「え、でも、裸見られても、平気で会話してましたよね?」

リヴァイ「ああ。そうだが……」

エレン「それって普通、恋人同士くらいに親密じゃないとやりませんよ?」

リヴァイ「え……? (青ざめ)」

ハンジ「あははは! リヴァイの裸は見慣れているからね。というか、お互いに裸、見ても別に何ともないよね?」

リヴァイ「ああ、そうだな。お互いに何回見たのか覚えてないな。付き合い長いからな」

ええええ? どういう関係なんだ、この二人は。

リヴァイ「そんなに、変な事か?」

エレン「普通ではないと思いますけど………」

ハンジ「まあ、いいじゃない。私ら、いつもこんな感じなんだよ。だから別に付き合ってるとかじゃないんだよ?」

リヴァイ「ああ。恋人という関係じゃないな。腐れ縁と言った方が正しい」

本当に、そうなのだろうか。

ちょっとだけ、疑問に思ったけど、それをここで言うのはやめておいた。

でも何でだろ。さっきまでのイライラが少しだけ沈静化している自分に気づいた。

リヴァイ先生に女性の影(?)があるという事を知ったからだろうか。

リヴァイ先生はハンジ先生の前では、オレ達にはあまり見せない顔をしている。

砕けた表情だ。喜怒哀楽の幅がいつもより大きい気がする。

そう言えば、海に行った時も、リヴァイ先生、ハンジ先生の世話してたんだっけ。

あの時はすっげー怒ってたけど。もしかして、自覚ないのかな…。

もしそうだとしたら、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。

リヴァイ「おい、エレン。何ニヤニヤしてやがる。誤解だぞ? こいつとは、そういうのじゃないからな」

ハンジ「あははは! リヴァイがさっさと結婚しないのが悪いんじゃない。今年で39歳だっけ? そろそろやばいよねー」

え?! 39歳?! 嘘だろ!? 全然見えない。

オレ、てっきり25~30歳くらいだと思ってたけど。え、嘘だろ?

リヴァイ「36歳の女に言われたくはないな。お前が先に結婚しろ。ご祝儀は弾んでやるぞ。100万包んでやってもいい」

ハンジ「どんだけ喜んでるの?! かえって引くよ?! その額は嫌味なの?!」

そしてハンジ先生は36歳。若いな! 全然そうは見えない!

リヴァイ「いや、お守りから解放されると思えば安いもんだ。頼むから俺より先に結婚してくれ。俺は別に独身でも構わんが、一応女のお前が結婚するべきだろうが」

ハンジ「その考え方が古臭いよねー。女だからって、何で結婚しないといけないの。独身貴族の方が気楽でいいじゃない」

リヴァイ「いや、お前の場合は少し落ち着けと言っているんだが。はあ……全く。いつまで俺はこいつと縁があるんだろうな」

と、頭を抱えているけど、ハンジ先生は反省する様子は全くない。

ハンジ「あんたモテるくせに、何でか長続きしないよね。やっぱり潔癖症が過ぎて嫌われちゃうんじゃない?」

リヴァイ「ぐっ……お前の場合は片付けられない女だろうが。汚すぎて、前の彼氏がドン引きしたの、忘れたのか?」

ハンジ「いいもーん。片付けなんて、業者に頼めば片付けられるもーん」

リヴァイ「だからその他力本願なところを少しは……」

エレン「あの、リヴァイ先生。その辺で……」

いかん。これ以上会話させたら無限ループになりそうな気配だ。

リヴァイ「……そうだな。すまん。エレン、片付けたら帰っていいぞ。見苦しいところを見せてすまなかった」

ハンジ「まったねーエレン! 青春頑張れよ!」

また青春推しのハンジ先生が手を振ってくれた。オレは片付けて、更衣室で制服に着替えて、シャワーを終えたミカサと一緒に教室に戻る事にする。

何か、いろいろごちゃごちゃ考えてた自分が馬鹿みたいだったなあ。

ミカサ「え、エレン……?」

エレン「ん?」

ミカサ「さっきは、その……どうして、あんな事を…」

ミカサが廊下を歩きながら顔を赤くする。だからつい、

エレン「ああ、オレ、リヴァイ先生にヤキモチ妬いてたんだよ」

と、あっさり自分の気持ちを言う事にした。

ミカサ「え?」

ミカサはきょとんとしてたけど、まあ、いいか。

エレン「だーから、リヴァイ先生の事ばっか、考えるミカサが嫌だったんだよ! 嫌悪感でも、その感情に囚われている間は、オレの事、忘れているだろ。それが嫌だったんだよ」

ミカサ「!」

そしたらミカサが急に立ち止まって、顔を真っ赤にした。

ぽぽぽっと、ゆでだこみたいに。

ミカサ「そ、そうだったの……」

あ、可愛い。やっぱりこっちのミカサの方が断然いいな。

ミカサ「え、エレンが……ヤキモチ………」

エレン「だからさ、もうリヴァイ先生の事、恨むのやめてくれよ。ギラギラしているミカサを見るの、あんまり気分良くねえんだよ」

ミカサ「分かった……」

よしよし。これで一件落着かな。

ミカサ「そうね。あんな身長も低いチビ教師、嫌悪する価値もない。うふふ♪」

…………って、結局治ってねえ?!

まあでもいいか。オレがこう言えば、ミカサも少しは自重するだろう。多分。

そしてミカサはオレの腕を組んで、ルンルンとした表情で一緒に歩いた。

校内にはまだ、人気が少ない。朝の7時。

朝練習をしている生徒はいるけど。教室にはまだ人気も少ないから。

オレは朝飯前にちょっとだけ、ミカサとイチャイチャしながら、教室に戻る事にしたのだった。

やっと、リヴァイ(?)→ハンジのシーンが書けたああああ!
お互いに裸見ても何とも思わない大人の二人。
リヴァイ先生の年齢、39歳にしてすみません。ほら、中の人も同じくらいだし。
あとキン肉マン分かる世代にしちゃったもんだから、この年齢になりました。

ではでは、今回はこの辺で。続きはまたノシ

キン肉マン二世………

あ、すみません。今年で39歳なので、この時点ではまだ38歳です。
リヴァイの誕生日はもうちょっと先のクリスマスでしたから。
ハンジさんは誕生日きてます。9月生まれだからね。

>>744
キャラソンは初代のキン肉マンの方だったので…。
まあ30歳でもキン肉マン分かる人は分かりますけどね。
でも「お前らの親の世代がドンピシャか」と言ってるリヴァイにしたので、
やっぱり30代後半の方がしっくりくるかなーと。
老けさせてすみませんでした…。











13日の放課後、台本が9割仕上がったという事だったので、早速読み合わせになった。

リヴァイ先生は完成台本をざっと読むなり、

リヴァイ「おい……何で俺の入浴シーンがあるんだ?」

と、早速青ざめて文句を言っていた。

エルヴィン「いや、お色気シーンを入れようという事になって、折角だからオープニングでやろうと思ってこうなった」

そう。何故か初っ端から悪役のリヴァイ先生がお風呂に入っているシーンからこの物語は始まるのだ。

リヴァイ「俺の入浴シーンは一体、誰得なんだ……」

多分、リヴァイ先生ファン得です。

と、言ってあげたかったけど、さすがにその勇気はなかった。

エルヴィン「いいじゃないか。ほら、☆矢(セイヤ)では悪役のサガがしょっちゅう入浴していただろ? あのノリでいこう(キラーン☆)」

リヴァイ「この劇は、るろ剣テイストじゃなかったのか?」

エルヴィン「同じジャンプー作品だから気にしない(笑)。さて、リヴァイとミカサは出演決定だが、他のメンバーはまだ決めてないから、今日はキャスティングオーディションをしようか」

きた。運命のキャスト決めだ。

エルヴィン「今回の劇の大まかなあらすじを今から説明するよ」

リヴァイ先生の入浴シーンなんてペトラとニファが死ぬわw

このリヴァイとハンジは恋愛偏差値低そう
そのくせお互いの恋愛事情は詳しいとゆー

>>750
大体あってる。

おっと、ここから先はネタバレになるから、オフレコさせて貰うぜ。

劇の内容は文化祭までのお楽しみだ。練習風景は追々見せるけど、劇の内容は全部は見せないぜ。当日までの楽しみにしていてくれ。

とりあえず、今回のキャスト決めでは、オレは選考から漏れた事だけは言っておく。

つまり、役を貰えなかったので、今回の劇では初の裏方に回る事になったのだ。

エレン「おお、今回は裏方やれるのか」

何か違う意味で緊張してきたけど、頑張ろう。

前回の劇とは逆になった。ミカサが主役で、オレが裏方になる訳だからな。

そしてキャスティングオーディションが終わってから軽い練習をし終えて、帰り支度を済ませた。

しかしその時のオレはうっかり、自分のタオルを音楽室に置き忘れてしまい、慌てて一人で取りに戻った。

すると、まだ音楽室に残っている人がいた。

リヴァイ先生と、エルヴィン先生だった。2人は音楽室の中央で、佇んでいる。

リヴァイ「………なあ、エルヴィン」

エルヴィン「ん? 何だい」

リヴァイ「…………俺達は、変なのか?」

エルヴィン「ん? 誰と誰の事を言っているのかな?」

リヴァイ「俺と……ハンジだ」

ドキッ

なんだ。凄く意味深な会話をしているぞ。

途中で入っていく訳にもいかず、ドアの外で話が終わるまで待機するしかなかった。

すると、エルヴィン先生が凄く嬉しそうな声音で、

エルヴィン「誰かにそう言われたのかな?」

と言った。

リヴァイ「エレンに今朝、そう言われた。自覚はなかったが、恋人同士の距離に近いくらい親密でないと、やらないような事を、俺達は既にやっていたらしい」

エルヴィン「うん? 具体的に言うと何をやったんだい?」

リヴァイ「朝、体育館のシャワーを浴びていたら、ハンジが突然、シャワー室に乱入して驚かしに来た。そのまま、少しあいつとしゃべったが、その様子を見て、エレンはそう思ったらしいんだが……」

エルヴィン「ああ、裸のまんま、ハンジとしゃべっていたんだね。うん。まあ、それは君らにとってはいつもの事だね」

リヴァイ「ああ。だからエレンの言葉に少し驚いてしまった。俺達はやはり……変なのか?」

エルヴィン「うん。一般的ではないのは確かだけど、私に言わせれば『今頃気づいたのか?』と言いたいね」

リヴァイ「エルヴィンも、エレンと同じ事を思っていたのか」

エルヴィン「ああ……まあね。そもそもお互いに合鍵を持っていて、月に一度の貴重な休みの日に一緒に風呂入って、大抵ハンジと過ごしている時点で、リヴァイは恋人と大差ない事をしているよ?」

な、なんだってー?!

そんなに親密な仲なのに、恋人同士じゃないって、どういう事なんだ?!

これ以上は聞いちゃいけない気もするが、出るに出られず、悩む。

ジャンみたいにゴシップに耳ダンボするのは良くねえ事だと分かっているけど…。

リヴァイ先生とハンジ先生の関係は気になる。オレにとっては、無関係ではないからだ。

リヴァイ「だが俺は今まで1度も、ハンジに対して欲情した事はない。キスやセックスをしたいと、思った事が1度もないんだ」

エルヴィン「でも、ハンジの体は洗ってやりたいんだろ?」

リヴァイ「それはあいつが……放っておくと際限無しに臭くなっていくからだ。本当なら毎日でも洗ってやりたいくらいだが、俺もそこまで暇じゃない。月に一度の休みの日くらいしか、ハンジを洗ってやれないんだよ」

えええ? ハンジ先生を洗ってやるって、何だそれ?

まるで介護みたいな話だな、と思いつつ、話が続く。

リヴァイ「ついでに言うなら、その休みの日にはハンジの部屋も掃除してやっている。部屋も放っておくと、カビやダニやらが繁殖しているからな。腐海の森になるまえにそれをやらないと、後が大変なんだ」

エルヴィン「うん。やっている事はまるで通い妻だね。リヴァイ」

リヴァイ「それは分かっているが……何度言ってもあいつ、自分ではやらないからな。こっちも我慢出来ないんだよ」

エルヴィン「つまり別の意味で、ムラムラするっていう事だね」

言い方がなんかエロいけど、ここではエロい意味ではないらしい。

リヴァイ「まあ……そうだな。それにもう、この生活を始めて10年以上経っている。今更それを変えようとは思わんが、そう思う事が、やはり変なのだろうかと思ってな」

エルヴィン「ふふっ……本人同士がそれでいいと思っているなら、それでいいじゃないか。ただ、あんまりリヴァイがハンジを甘やかすと、その分、婚期が遅れるとは思うよ」

リヴァイ「うぐっ……そうだな。その問題があったな。やはりどうにかして、いつかハンジ自身に花嫁修業をさせるしかねえな……」

エルヴィン「ハンジは家事全般ダメだからね。リヴァイは逆に完璧すぎるけど。男女逆だったら良かったのに」

リヴァイ「全くだ。それは俺自身、そう思う時もある。だがこればっかりはどうしようもねえだろ」

エルヴィン「ハンジが家事を出来る男を捕まえれば何も問題ないと思うけどね」

リヴァイ「そんな奇特な奴が、ハンジに惚れてくれればいいんだが……」

おおお……何だコレ。腕がムズムズしてきたな。

2人がくっつけば、1番問題ない気がするけど、リヴァイ先生にはその気はないらしい。

でも、月に1度は必ず2人で過ごして、一緒に風呂入るって、しかもそれが10年以上続いているって……。

どんだけ、気の長い付き合いなんだよ。それって。

エルヴィン「………1人、思う奴がいない訳ではないが」

リヴァイ「ん? 誰かいるのか?」

エルヴィン「地学のモブリット先生だよ。確か年は今年で30歳になるんだったかな。彼はどうも、ハンジの事を好いているようだよ」

リヴァイ「何…だと? 何故、それを俺に言わない、エルヴィン!」

いや、それは言えないでしょう。リヴァイ先生。

エルヴィン「ん? 気になるのかい? リヴァイ」

リヴァイ「当然だ。ハンジの旦那候補がいるなら、そいつをくっつけさせるのが1番だ。今度こそ、破局させない様に、うまい事、こう……何とかする方法はないか?」

エルヴィン「だとしたら、文化祭のフィーリングカップルに出場させたらいいんじゃないかな?」

リヴァイ「フィーリングカップル?」

あ、そう言えばそんなのがあった気がする。リストの中に。

エルヴィン「3年9組の、ピクシス先生のところの出し物だよ。TV番組でよくあるような、フィーリングカップルを舞台上でやる予定だよ。まだ出演者を募集している筈だから、ハンジをそれに出場させればいい。モブリット先生には私から言っておこう」

リヴァイ「ああ、頼んだぞ。エルヴィン」

エルヴィン「任されたよ。………で、エレン。そろそろ出て来ても良いよ。忘れ物はこれかな? (タオル掲げてる)」

ギクッ

エルヴィン先生にはバレていたようだ。

そしてリヴァイ先生もこっちを見て、

リヴァイ「ああ、エレンか。何だ。入ってきても構わなかったのに」

エレン「いや、その、すみません。なんか内密なお話のようでしたし、つい……」

リヴァイ「別に大した話じゃない。入れ」

そしてタオルを受け取って、オレは先生達に帰りの挨拶をして音楽室を出て行った。

玄関でミカサ、アルミン、アニ、後何故かジャンとマルコも待っていてくれた。

エレン「ん? 何でジャンもマルコも待ってたんだ?」

ジャン「いや、何でもない(プイッ)」

アルミン「いやね、ジャンがさっきからしつこくってさ。フィーリングカップルに出ないのか? って言ってきて。エレンが戻ってくるまでその話でもめてたんだよ」

ミカサ「私は別に出る必要はない。ジャンは出たいなら出ても良いと思う」

ジャン「いや、さすがに一人で出るのは勇気要るし、その、団体参加でならいいかなって思ってな。景品も出るだろ? な? ダメか?」

お前は本当にしつこいなー。無茶言うなよ。

アニ「私達は舞台の準備で忙しいんじゃないの? 日程がどうなるかまだはっきり分かんないんだし、あんまりきついスケジュールにしない方がいいと思うけど」

アルミン「僕も同感。それにそういうのでくっつけられるのって、恥ずかしいし」

マルコ「うーん、僕もちょっと、そういうのは苦手だな」

ジャン「そうか……(ズーン)」

エレン「残念だったな。ジャン。それにフィーリングカップルには、多分、ハンジ先生が出るぞ」

ジャン「え?! 何で?! どこ情報だよ、それ!?」

エレン「さっき、音楽室に戻った時にリヴァイ先生がそう話していたんだ。学校の先生も出ていい企画みたいだぞ。どーすんだよ。もし、ハンジ先生とくっついちゃったら」

ジャン「ううう……そうか。さすがにハンジ先生はちょっとな。分かった。今回は諦めるとするよ」

よしよし。怪我の功名って奴だな。

ジャンを諦めさせる材料に使って申し訳ないけど、ハンジ先生には感謝しよう。

そしていつものように校門で二手に別れて帰る事にした。

帰り道はアニも途中までは一緒だ。アニ、アルミン、の順で駅を降りる。1番遠いのはオレのうちだな。

ジャンとマルコは別方向だから、一緒に帰る事はまずねえけど。

ジャンとマルコがいないからか、アルミンは「やれやれ」と言っていた。

アルミン「ジャンも早く彼女つくればいいのに……そしたら少しは落ち着くのにね」

アニ「ジャンは別にモテない訳じゃないのにね」

ミカサ「そうなの?」

ミカサが心底驚いていた。

ちょっと失礼だぞ、ミカサ。まあ別にいいけど。ジャンだし。

アニ「うん。この間、告白されているところをアルミンと一緒に見たからね。いつだったっけ?」

アルミン「あ~…2学期入ってすぐじゃなかったかな。確か。他のクラスの女子に告白されているところ、廊下で見たよ」

ミカサ「おおおお! それは良い事」

ミカサ、喜び過ぎだ。その反応は、ジャンを吐血させるぞ。

アルミン「ま、断ってたみたいだけどね。勿体ないけど」

ミカサ「そ、そう……(シュン)」

あーもう。シュンとするミカサ、可愛い。

ジャンには悪いけど。見せたくねえ可愛さだ。

アニ「でも文化祭って、カップルで着やすいって言うよね。ミカサとエレン以外にも、カップル誕生するかもよ?」

ミカサ「そうだといいけど」

エレン「いや、アニもアルミンも頑張れよ。人の事を言ってる場合じゃないだろ」

アルミン「うっ……耳が痛い」

アニ「うっ……胸が痛い」

と、下らない雑談をしながら、その日も平和に1日が終わったのだった。





そんなこんなでクラスの出し物の方の撮影も、衣装がある奴から順番に終わっていき、衣装が出来上がった奴は順次、サシャの家に寄って撮影を済ませた。

オレは23日の休みの時に『眠りの森の美女』から済ませた。メイクアップしたミカサは、金髪のかつらをつけて、別人のようになっている。

ううっ……こんな美人なミカサと、キス直前で耐えるって、生殺しだ。

本当にキスしちゃダメかな。どさくさに紛れてやっちゃうか?

でもな。本当にキスしたら、それを皆に見られるわけだし…。

サシャの父「いやー美人さんだねー。いいよいいよー。そこのベッドに寝転がって、撮影始めようか」

と、気さくなカメラマンのおじさんがパシャパシャ撮ってくれた。

顔は少し厳格なイメージだったけど、話してみたら意外と雰囲気のいいおじさんだった。

本格的なスタジオで写真撮るのって、七五三以来じゃねえかな。

皆、わいわい集まって、楽しそうに写真を撮られていた。この感じ、悪くねえよな。

サシャは親父さんのアシスタントに動き回っていた。教室で見る時のサシャよりしっかりしているように見える。

働いている時のサシャって、ちょっと別人な気がする。大人っぽい感じだ。

ジャン「……………」

エレン「おい、ジャン。次だぞ。ルパン組だろ?」

ジャン「あ、ああ……」

次元の恰好をしたジャンがサシャをじーっと凝視していた。

何だ? サシャに何かついているのか?

ヒッチ「なーに、男の顔してんのよ。鞍替えすんの~?」

ジャン「ばっ! な、何の話だ?!」

ヒッチ「うひひひ……いいじゃん別に隠さなくたって。ぷぷー」

ん? 何の話だろ。良く分からない話をヒッチとしている。

ジャン「お前、頼むから黙ってくれ!! さっさと撮影すんぞ!」

ヒッチ「はいはい~」

ヒッチを中心にして、ルパン組が撮影に入った。

ジャンとマルコは後ろに立つ。4人で写っている。

いくつかのポージングを撮って、はい終了。

意外と時間は短くて済んだ。それだけおじさんの手際がいいんだろうな。

オレとミカサの時もサクサク撮影済んだし、やっぱりプロに頼んで正解だったと思う。

サシャの父「……これで今日の分は終了か。また明日、放課後来っとかな?」

サシャ「ええっと、うん。あと15組残っとるけん、半分は終わったけん、あともうちょい」

サシャの父「よし。今日はここまでにしとこ。皆、お茶ば飲んでいきなっせ」

一同「「「「はーい」」」」

と、その時、ジャンの携帯がピロロン♪と鳴った。何だ?

画面を見て、すぐ青ざめた。メールだったのかな?

ジャン「おい、マルコ。これ、どうする?」

マルコ「どうしたの?」

ジャン「マーガレット先輩からメール来た。ただ一言『タスケテ』だって」

マルコ「うわあ………」

嫌なメール来たな。おい。

嫌な予感しかしないメールを見て一同は困惑した。

アルミン「ええっと、これって100%、コミケ関連の何かだよね」

アニ「衣装の方は順調に進んでいるってガーネット先輩、言ってたけど」

マルコ「だったらヤバいのは原稿の方なんじゃない? 落ちそうとか」

ジャン「ありえそう……どうする? これ?」

見捨てるのも可哀想な気がするが、でも、どうやって助けるんだよ。

ジャン「まあいいや。とりあえず、1回電話するわ」

トゥルルルルル……

電話が一応繋がって、ジャンがマーガレット先輩と話し込んでいる。

ジャン「……あーなるほど。明日の昼までに入稿しないとヤバいんですね。で、残り10ページも残っていると。馬鹿ですか?!」

ジャンが先輩相手に酷い暴言を吐いている。

気持ちは分かるがその辺にしておけ。一応、先輩だからさ。

ジャン「あーはい。下書きは終わってる。背景は無し。背景描ける子? ああ、下手なので良ければ、オレも一応出来ますけど…え? 飯作れる子? 時給出す? 2000円?! はあ?! 本当っすかソレ?!」

ジャンの声にサシャが耳ダンボした。

サシャ「何ですか?! 緊急のバイトですか?!」

ジャンはサシャを制止しながら話を聞いている。

ジャン「分かりました。住所教えて下さい。はい。領収書は必須ですね。分かりました。この後、そっちに行きます。はい、じゃあまた後で」

ピッ。

ジャン「緊急事態だ。なんか、マーガレット先輩のお母さんが急病で倒れたらしくって、ガチで原稿がヤバいらしい。お母さん、プロの漫画家なんだってさ」

一同「「「「ええええええ?!」」」」

それは初耳だった。あ、だから漫画に詳しいのかな。

ジャン「自分の原稿よりそっち優先しないといけなくなったらしくて、本当にヤバいらしい。今から時間ある奴。ついてきてくれるか?」

エレン「この後は演劇部の方の活動行こうと思ってたけど、それどころじゃねえな、それ」

ミカサ「うん。マーガレット先輩、死にかけているなら助けに行かないと」

ジャン「ああ。あとこの中で絵描ける奴、どんくらいいる?」

ユミル「ん? 漫画家さんのピンチなのか? 落書きなら得意だぞ」

ジャン「ユミル、美術いける方だよな。よし、あと飯作れる奴も来て欲しいって。とりあえず、オレについて来れる奴、一緒に来てくれ」

という訳で、某マンションの一室に、緊急でお邪魔する事になった。

マーガレット先輩の家に来るのは初めてだな。

すげえ高層マンションだ。いいところ住んでいるんだな。

マーガレット先輩が幽霊のような顔で出迎えてくれた。

マーガレット「あ、ありがとう……助かる。とりあえず、飲み物頂戴……」

ジャン「頼まれていたスポーツドリンクとカロリーメイト、あと食糧も買ってきました。今、どういう状況なんですか?」

マーガレット「とりあえず、中に入って頂戴……中で説明する(げっそり)」

こ、これがいわゆる、修羅場ってやつか。初めて見た。

中に入ると広い部屋に机がいくつか並んでいた。スカーレット先輩とガーネット先輩もこっちに来ていた。

スカーレット「あ、皆。来てくれたんだ。ありがとう。私らもさっき来たところだよ」

ガーネット「うん。ジャンがそれなりに絵が描ける子だってアニから聞いてたから、ごめん。呼び出しちゃった」

ジャン「オレもそんな大した絵は描けないですよ」

アニ「そんな事ないよ。あんたは多分、クラスで一番画力あるから」

ユミル「だな。ま、私は面白い絵しか描けないけど」

マーガレット「とりあえず、そこのソファに座ってくれる? 説明していいかしら(ヨロヨロ)」

ヤバい。マーガレット先輩、フラフラしているぞ。

マーガレット先輩、寝てないんだろうな。

マーガレット「ごめん。今、お母さん仮眠中だから。熱40度越えてて、ペン持てないから、とりあえず、復活するまではペン入れ終わってるところを消しゴムかけて、ベタ入れて、トーン貼りたいけど、背景はまだ書き込んでないんだよね。ジャン、背景を任せるからやってもらえないかしら」

ジャン「背景ですか。どんなやつですか」

マーガレット「こんな感じ。資料はこっち。これを、三点透視図で、少し調整して……」

ジャン「ああ、はいはい。大体分かります。ざっと下書きするんで、一応チェックして貰えますか」

マーガレット「お、お願い。本当なら背景専門のアシスタントさんに来て貰う予定だったんだけど、都合つかなくて、今日は来て貰えなかったんだよね」

ジャン「分かりました。まあ、やれるだけやりますよ。他の奴らは何させたらいいですか?」

マーガレット「と、とりあえず、何か飯を作って下さい……お願いします」

サシャ「まっかせてくださーい! じゃんじゃん作りますよ!!」

という訳で、戦力になるジャンとユミルは原稿の手伝い。それ以外のメンバーは飯を作る事にした。

腕まくりして、ミカサが気合を入れる。

ミカサ「皆疲れているようだから、お腹に優しいものを作りましょう」

サシャ「ですね!」

アニ「おじや系でいいのかな」

エレン「熱、40度も出ているなら病院に連れて行くか、医者に来て貰った方がいいと思うけどな」

正直、そっちの方が気がかりだった。でも仮眠中だって言ってたしな。

アルミン「うん……でも今、お医者様に来て貰ったら、強制入院させられるんじゃ」

マルコ「ありうるね。どうしたらいいんだろ」

ミカサ「容体が悪化し過ぎたら手遅れになる場合もある。エレン、おじさんはこういう場合、どうするべきだと言っていた?」

エレン「うーん。具合が悪くなる前後の状況をちゃんと把握した上で、これはまずいと思ったら遠慮なく救急車を呼べ。が親父の口癖だったな。熱は40度越えたらヤバいと言ってたけど……」

39度台までなら、家で様子を見るのは有りだが、40度越えたらさすがにヤバいラインになってくる。

でも、多分、仮眠を終えたらペン入れする気なんだよな。

それって、本当にやらせていい事なんだろうか?

マーガレット先輩もフラフラしていたし、冷静な状態じゃない。

もしお母さんがペン入れ出来ないってなったら、きっとパニックになりかねない。

エレン「うう~……」

救急車、呼ぶべきか呼ばざるべきか。

エレン「ペン入れってそんなに難しいのかな」

アルミン「素人が出来る事じゃないのは確かだよ。お母さんの絵の種類にもよるけど、繊細なタッチの絵柄だったら、線の細さが違うだけで読者のブーイングだね」

エレン「そうなのか。誰かペン入れも代わりに出来れば、お母さん、入院させてあげられるんだろうけど」

でも、もしも、もしも、放置して具合が悪化したら………。

オレはどうしてもお母さんの方が気になって、マーガレット先輩に頼んで救急車を呼んで貰う事にした。

マーガレット「え?! 救急車呼ぶの?! で、でも……」

エレン「先輩。気持ちは分かりますけど、今はお母さんの方を優先させた方がいいと思います。熱はいつから出ているんですか?」

マーガレット「2日くらい前から……」

エレン「それって結構、ヤバいですよ。先輩、付き添いに行っていいですから。行って下さい」

マーガレット「でも原稿あげないと、うちの死活問題なんだよ?!」

エレン「命の方が大事ですよ?! もしもの事があったらどうするんですか?!」

マーガレット(びくっ!!!)

しまった。言い過ぎたか。でも、つい、言っちまった。

マーガレット「そうね……ごめん。冷静じゃなかった。うん、救急車、呼ぶ。ありがとうね、エレン」

という訳で、オレはマーガレット先輩を説得して、救急車を呼ばせることにした。

マーガレット先輩はお母さんに付き添って、マンションを出た。

後はオレ達だけで何とかしないといけないけど。

………素人集団に出来る事って、あるのかな。やべえ。

スカーレット「さてさて。ピンチの時は笑いましょ。はい、口動かして」

エレン「え?」

スカーレット「大丈夫よ。一応、締め切りは明日の昼までというラインだろうけど、それはまだ、第二締切くらいよきっと」

ガーネット「我々の業界では第三、第四の締め切りと言うものがあるから、そこまでに仕上げれば何とかなる筈よ」

アルミン「俗に言う、締め切りの駆け引きですね」

スカーレット「そうそう。担当さんの催促がいつ来るか分かんないけど、電話がきたら事情をそのまま話しましょう。向こうもプロだし、調整は出来る筈よ」

ユミル「あの~……こんな感じでいいですかね」

と、ユミルがマイペースに原稿を見せていた。

スカーレット「おお、うまいじゃない。つやベタ綺麗だね。色塗り得意?」

ユミル「まあ、それなりに。ええっと、ここのスタジオって、パソコンは使ってやらないんですか?」

スカーレット「ええっと、トーンの処理はパソコンでも出来るけど、え? もしかして使えるの?」

ユミル「いや、私は無理ですけど。サシャ、お前、フォトショ使えるだろ?」

サシャ「はいはい。使えますよ。自宅でガンガン使っているんで」

スカーレット「フォトショ使えるんだ。じゃあ、ジャンの背景が終わったら、ええっと、ポニテの子に後の処理任せようか」

サシャ「サシャです。ええっと、私は料理しなくていいんですか?」

スカーレット「フォトショ使えるんだったら、そっち優先だね。ええっと、原稿の大体の方針はマーガレットに聞いているから、とりあえず出来るところまでは私らでやっておこうか」

エレン「あの、ペン入れってやっぱり、本人がやらないとダメなんですかね?」

スカーレット「んー………ま、この絵を真似出来るっていう勇気があれば、別の誰かがやってもいいけどね」

と、見せてくれたのは完成原稿の方だった。

パソコン画面を見ると、どうやらすげえ繊細なタッチだ。

ん………?

つか、え? これ、良く見たら、え?

エレン「結構、エロくないですか?」

バリバリにエロいシーンだった。少女漫画だったけど。

スカーレット「あーうん。いわゆる、そういう向けの大人向けの、漫画描いてらっしゃるのよね。知らない? ハーレークイーン系って」

うお……それは知らなかった。少女漫画もエロいのあるんだ。

スカーレット「ええと、マーガレットのお母さんは、原稿の下絵からペン入れ、つやベタまではアナログで、残りをパソコンでやってるやり方みたいなのよね。やっぱり、手で描かないと表現できない繊細な部分があるらしくて、そのやり方でやってるって。だから、私らが出来るのは、ペン入れ終わってる原稿のつやベタと、消しゴムかけと、ジャンの背景が終わったら、それをスキャンしてトーン処理をパソコンでやるくらいかな」

うーん、言ってる意味の半分しか分からんが、まあいいや。そこは聞き流そう。

スカーレット「マーガレットもペン入れ出来るけど、タッチが全然親子で違うんだよね。似ていたら、代わりにやれたんだろうけど」

ガーネット「まあ、無い物ねだりしてもしょうがないよ。出来る事だけ先にやりましょう」

という訳で、後は黙々と作業になった。







ジャン「あー指定された背景、全部終わりましたよっと」

そして夜の8時頃、ジャンが3時間くらいで担当していた作業を全て終わらせた。

スカーレット「はや! え? もう終わったの?」

ジャン「あーはい。こんなもんでいいですかね?」

ガーネット「わーうまい。しかも線が綺麗だよ。意外とやるのね」

スカーレット「ちょっと、こんなに絵心あるって聞いてないわよ。何で役者やってるの」

ジャン「いや、なんか成り行きでそうなったんで……」

ガーネット「これ、マーガレットと匹敵するほどじゃない? 絵、うまいわよ、ジャン」

ジャン「そうですかね? いや、そこまでじゃないと思いますけど」

褒められて満更でもないようだ。

ちなみにオレとマルコは消しゴムかけたりするお手伝いしかしていない。

アニとミカサは飯作ったりするだけで、原稿には手をつけていなかった。

サシャはパソコンとにらめっこしている。ユミルはペタペタつやべたをしていた。

スカーレット先輩達はパソコンでスキャンしたり、データをいじっていたけど、手を止めて、笑い出した。

スカーレット「ねえ、ちょっとジャン、つけペンやらせてみる?」

ガーネット「いいかもね。ちょっとやらせてみようか」

ジャン「はあ……」

スカーレット「ねえねえ、ちょっとこの絵をつけペンでなぞってみて?」

と、没と思われる下書きを取り出して、スカーレット先輩が言った。

ジャン「はあ、まあ、似せてなぞればいいんですよね?」

と、言ってジャンがなぞった。

すると………

中途半端ですが、今日はこの辺でお休みなさい。ではまたノシ

スカーレット「おお! これは思っていた以上に、やるね!」

ジャン「家では万年筆で絵を描いたりしているんで、まあ、タッチは似てますかね」

ガーネット「ああ、じゃあつけペンにそこまで違和感ないんだ?」

ジャン「実際に使うのは初めてですけど………」

スカーレット「ちょっと待ってね。スマホで写真送ってみる」

ジャン「え? まさか、オレが下絵、清書するんですか?」

スカーレット「やってもいいかどうか確認する。マーガレットにスマホで画像を送ってみるから」

そしてしばし待つ。その返事は……。

スカーレット「うん、練習させてからなら、やっちゃっていいって。ジャン、ちょっと練習してみて、イケるって思ったら清書をやっていいよ」

ジャン「ま、マジですか。責任重大っすね………」

と、ジャンは尻込みしていたが。

エレン「ジャン! お前しか頼れる奴がいねえんだ。頑張れよ」

ジャン「あーお前に応援されてもやる気は出ないわー」

ミカサ「ジャン、頑張ろう」

ジャン「よし、とりあえず練習するか」

変わり身早いな。こういう時は助かる。こいつの性格は。

という訳で、ジャンが緊急で下絵を完成させる事になり、と、その時、

アルミン「………よし、大体マニュアル読み終わった。サシャ、僕もフォトショを触らせて貰っていい?」

と、一人だけ別の事をしていたアルミンが本を閉じた。

サシャ「はいはい。いいですよ。パソコン2台目たちあげていいですよね? こっちもソフト入ってますよね?」

スカーレット「ん? 多分入ってるんじゃないかな。…………あーこっちはヴァージョン古い方みたいね」

アルミン「げっ……そうなんだ。どうしようか」

サシャ「あ、でもバージョン古い方が使いやすいですよ。使いながら教えますんで、アルミン、パソコン得意ですよね?」

アルミン「画像処理ソフトを使うのは初めてだけどね。でも、パソコン自体は使い慣れているから、多分、大丈夫かな」

サシャ「アルミンは頭いいから大丈夫ですよー。フォトショはチョンチョンチョンと囲ってばっとやってカットしてぱっと貼り付ける作業が殆どですから! 単純なお仕事ですよ!」

アルミン「うん、擬音で説明されてもいまいち分からないけどね。まあいいや。見様見真似で、今覚えるよ」

おおっと、アルミンすげえな。ぶっつけ本番で何かやろうとしているぞ。すげえ。

と、その時時間を確認してアニが言った。

アニ「あ、そろそろ家の人に連絡入れないとまずいんじゃない?」

ミカサ「そうね。今夜はここに泊まる事になりそうだし……」

スカーレット「そうだね。今のうちに皆、家に連絡入れておこうか」

サシャ「そうですねー分かりましたー」

という訳で各自、今晩はここに泊まる事を保護者に連絡して、作業を再開した。

ジャン「んー……清書する前に、ちょっと腹に何か入れて来ていいですかね?」

スカーレット「あ、それもそうだね。私も腹減ったな」

ミカサ「おじやとか、味噌汁は作りました」

ガーネット「味噌汁有難いね! 豆の力を頂こうか」

という訳で、皆で軽い飯を入れてから、9時から作業を再開する事になった。

しかしそこでひとつの問題が起きたのだ。

ジャン「んーちょっとこれ、下絵のデッサン、狂ってないですか?」

スカーレット「んーどれどれ? あ、本当だ。微妙に狂ってるね」

ジャン「意識朦朧とした中で下絵描いたんなら、多少狂っても仕方がないですけど、これ、このままなぞっていいんですかね……」

スカーレット「ちょい待って。確認するね」

と、いう訳でスマホでまたやりとりをする。すると……

スカーレット「あ、やっぱりそれ、そのままなぞったらまずいって。修正入れちゃっていいってよ」

ジャン「えええ……でも、さすがにこれ、何も見ないで修正するのは無理ですよ」

スカーレット「誰かにモデルやって貰うしかないんじゃない?」

ジャン「でも、男女の絡みっすよ? こんな濃厚な体位、誰がやる………」

エレン「ジャン、見せろ。どんな体位だ」

ジャン「あ、馬鹿! おい!」

ジャンが悩んでいたのは騎乗位だった。ここはオレ達の出番だな。

エレン「ミカサ、オレ達の出番だ。やるぞ」

ミカサ「? …………(真っ赤)」

ジャン「馬鹿! 誰がやれと言った!! お前らじゃなくても、別にいいんだが?!」

アニ「でも、この中で恋人同士ってエレンとミカサだけでしょ? ミカサ、嫌?」

ミカサ「ええっと……(真っ赤)」

ミカサ「嫌ではない……(真っ赤)」

アニ「じゃあいいじゃない。ジャン、時間ないんだから贅沢言わない。ほら、絡んで絡んで」

よしゃああああ! 超ラッキー!

ベッドの上に寝転んで、その上にミカサが乗る。実際にセックスする訳じゃないけど、こんな形でミカサと触れ合えるとは思わなかった。

これは誓約書の違反にはならねえよな。だって仕事だしな! (どや顔)

ミカサ「え、エレン……ちょっと、あの……興奮している?」

エレン「ま、ちょっとな」

ミカサが真っ赤になった。

悪い。でもこの状況で下半身が反応しねえ男っていねえと思うんだ。

ジャン「くそおお……速攻、下絵完成させてやる!!」

ジャンがイライラしながらすげえ勢いで下絵を修正していた。

ミカサを下から見るアングルだから、ジャンもオレの隣で寝転んで絵を描いている。

エレン「ジャン、この体位以外にも下絵が狂ってたらモデルになるぞ(どや顔)」

ジャン「ああそうかよ! 嬉しそうな顔すんな!」

いや、これ、無理だろ。楽し過ぎる。

やーいい仕事がきたな。もっといろいろやりたいくらいだ。

ユミル「んー……後半になるにつれて下絵のデッサン、確かに狂ってきているな。こっちとか、かなり酷いよ」

スカーレット「本当だ。よほど酷い状態で描いてたみたいだね」

ガーネット「今度は正常位、修正いれようか」

エレン「了解でーす」

やっほおおおお! 役得だなコレ!

ジャン「くっ………ジェバンニよりも早く仕上げて見せる…!」

スカーレット「うーん、こっちのキスシーンもかなりやばくない? うはあ……いつもの先生の絵じゃないよこれ……」

エレン「キスシーンもやばいですか? やりましょうか?」

ジャン「キスシーンはいい!! そこは見なくても修正出来る!!」

スカーレット「いや、でも、見た方が確実に修正出来るよね? だったら実演した方が」

エレン「やりましょう」

ミカサ「やる」

ジャン「お前らもう、これ以上、オレのライフ削るな!!」

と、まあ賑やかにわいわいやりながら、12時を過ぎるまで作業を進めた。

すると……

ピンポーン……

12時を過ぎた頃、誰かが来た。知らない人だった。

アシスタント「先生が倒れそうと聞いてこっちにヘルプきました……って、アレ?」

スカーレット「あ、すみません。先生は救急車で運ばれました」

アシスタント「マジですか?! え? じゃあ君達が緊急ヘルプ?」

スカーレット「あ、はい。マーガレットの同級生と後輩が来てます。絵、うまい子が入ったんで、代わりにやって貰ってます」

アシスタント「なにそれ!? 末恐ろしい子! いや、助かるけど、今、状況はどんな感じ?」

年は30歳くらいかな。眼鏡の女性がバタバタ部屋に入ってきた。

アシスタント「これは凄い………若いって凄いわ。うん、これならいけるかもしれない」

と、状況を大体把握した彼女は、スカーレット先輩に代わってリーダーになった。

アシスタント「ペン入れは私も手伝う。あと8頁よね。残り12時間前後か。うん、1時間半で1枚のペースでいけばギリいける筈。今のうちに、下絵清書してた子の体力回復させましょう。誰かマッサージ出来る子いる?」

アニ「あ、そういうのは得意です。ジャン、揉んでやるよ」

ジャン「あの、出来ればミカサに……」

アニ「贅沢言うんじゃない。ミカサはほら、あんたの応援要員だから」

ミカサ「ジャン、頑張って(何故かフラダンス)」

ジャン「ぶはっ…! (なんか可愛い)」

ミカサが夜中のテンションでちょっとおかしくなってきたな。

ジャンはアニにマッサージを受けて、肩を伸ばしたり背中のストレッチをして作業を再開させた。

そんな訳で、ジャンとアシスタントさんがペン入れ。つやベタはユミル。消しゴムはオレとマルコ。パソコン作業はサシャとアルミンとスカーレット先輩、ガーネット先輩の体勢でまた作業を再開した。

一番きついのはジャンだろうな。責任重大だし。

ミカサとアニは先に寝ていた。2人は朝飯を作ると言う役目があるから先に寝て貰ったんだ。

エレン「うー今何時だ。え? もう3時かよ」

時間が経つのは早いな…。今どの辺まで終わってるんだろ。

ジャン「やばい……眠い。くそ……まだ1枚しか終わってねえのに」

アシスタント「いや、3時間で1枚なら、上等よ。こっちも2枚目いってるから」

ジャン「でも休憩全く無しで描くの、無理ですよ……」

アシスタント「君、漫画家志望とかじゃないの?」

ジャン「違いますよ。ただのヘルプです。普段は落書き程度に、趣味程度に絵を描いてるだけですよ」

アシスタント「趣味でそれだけ描けるのね……凄いじゃない。特に女の子の表情、うまく描けているわ」

ジャン「まあ、普段、描いているのは女の絵ばっかりですからね」

おいおい、ジャン。それって微妙に変態発言だぞ。

アシスタント「女の表情を描けるのは、少女漫画の必須条件よ。そういう意味ではいい助っ人だわ。ありがとうね」

ジャン「はあ……まあ、役に立てたんだったら、幸いですけど」

アシスタント「うん。凄い戦力よ。でもそうね。ここで無理させるのは、後に響くからちょっとだけ気分転換していいよ。5分だけ、休憩入れて来て」

ジャン「あざーっす」

と、言ってジャンが立ち上がった瞬間、あいつ、ふらっとしやがった。

ジャン「あ、やっべ……(立ちくらみだな)」

アシスタント「あ、もしかしてずっと座ってた?」

ジャン「ええっと、便所以外は殆ど……もう10時間近く殆ど座りっぱなしだったです」

アシスタント「そりゃまずい。エコノミー症候群はまずいわ。ちょっと脹脛ほぐしてきて」

ジャン「ですね……分かりました」

そっか。そう言えばオレも大分座りっぱなしだったな。一回、席を立とう。

エレン「おいジャン、脹脛もんでやろうか?」

ジャン「はあ? 気持ち悪い事言うんじゃねえよ。お前に揉まれるのは嫌だ」

エレン「あーそうかよ。オレ、今手空いてるからしてやろうかと思ったけど、余計な事だったか」

ジャン「マルコに頼むよ。おいマルコ……って、おい」

マルコ「……あ、ごめん! 寝てた!」

机の上で寝てたみたいだ。もう3時過ぎたから眠いよな。普通は。

ジャン「あーそうか。そりゃそうだよな。いい。しょうがねえ。エレン、お前に頼む」

エレン「最初からそう言えよ」

ジャン「仕方なく頼むんだよ」

エレン「はいはい」

さすがのジャンも疲労からか、少しだけ素直になっていた。

そしてナンダカンダで根性で作業を進めて、朝になった。

ジャン「あ、朝日だ……」

やべえ。朝日が眩しく感じる。目に痛い。

ジャン「あと4枚ですよね」

アシスタント「うん。あと6時間ちょいで4枚。大丈夫。間に合わせる」

アシスタントさんは、締め切りを守るつもりのようだ。

凄い集中力だ。これがプロって奴なのか。仕事にかける情熱ってすげえ。

そしてその頃、ミカサとアニが朝飯を用意してくれた。

イイ匂いだーやばい。食いたい。

アシスタント「あー先に食べていいよ。私は食べないから」

ジャン「え? でも食べないと持たないですよ」

アシスタント「ははは! 今食べたら、絶対寝る自信しかないから、食べないよ」

ジャン「うっ……確かに」

アシスタント「でも君らはヘルプだから。食べてていいよ。そこまで無理はして欲しくないから」

ジャン「……………」

ジャンは立ち上がっていたけど、座りなおした。

ジャン「オレもこのまま進めます。食べたら絶対、寝る自信しかないんで」

アシスタント「……いいの?」

ジャン「ここまできたら最後までやりますよ。きっちりしねえと気持ち悪いんで」

アシスタント「君、もしかしてA型?」

ジャン「今、それ関係ないですよね?!」

あ、なんかそれっぽい気がする。顔赤いし、あいつ。

まあいいや。オレ達は先に朝飯食って、休憩をとった。

サシャもアルミンもマルコも、先輩達も仮眠とってたけど、起き出して朝飯を食い始めた。

ユミルはまだ寝ている。ユミルも地味に作業がきつかったんだろうな。

一旦休憩します。
ジャンはA型っぽい性格な気がするの。いや、ただの偏見です。すみません。
という訳でまたノシ

オレはジャンに釣られて徹夜しちまったけど、そんなにやれる事は少なかった。

原稿を早く乾かす為にドライヤー(冷風)を当てたり消しゴムかけたりしただけだしな。

ミカサ「お味はどう?」

エレン「おう、うまいぞ」

ジャン「そこ! イチャイチャすんな! 腹立つから!」

ミカサ「ご、ごめんなさい……(シュン)」

ジャン「いや、ミカサには言ってない。エレン、お前がうざいから視界からどけ」

無茶苦茶言ってやがるな。まあ仕方ねえな。

あいつの視界に入らない位置に移動してオレは朝飯を頂いた。

アルミン「あー学校、どうしようか」

朝の6時半。ふと現実に立ち返り、一同は「あ」という顔になった。

スカーレット「え? 私は休む気満々だったけど」

ガーネット「同じく」

マルコ「あーすみません。僕はちょっと休むのは……」

アルミン「うん、僕も出来れば休むのは……」

特待生組の二人は欠席日数が増えると困るから悩んでいるようだ。

オレはどうしようかな。まあ、休んでも別にいいんだが。

その時、ミカサの携帯が鳴った。嫌そうな顔をしている。あ、これはもしかして。

ミカサ「エレン、出て」

エレン「ああ、分かった」

リヴァイ先生からの連絡だろう。今回の件、そう言えば連絡してなかったな。

リヴァイ『おい、そっちの状況はどうなんだ』

エレン「あ、今朝飯食ってます。昨日、マーガレット先輩のお母さんが救急車に運ばれたんで、先輩に呼ばれて、漫画の制作の手伝いしてました。すみません』

リヴァイ『いや、その話はミカサのお母さん経由で既に聞いている。俺が聞きたいのは、マーガレットのお母さんの状況だ』

エレン「ええっと、救急車に運ばれてからは、まだ詳しい容体は聞いてません。こっちもバタバタしていたんでそこまで気が回らなくて……」

リヴァイ『そうか。分かった。車が必要なら迎えに行ってやってもいいが、今日は学校に来れるのか?』

エレン「ええっと、ちょっと待って下さいね」

と、一旦離して皆に聞いてみる。

エレン「リヴァイ先生が学校に来るつもりなら車出してやるって言ってるけど、どうする?」

アルミン「あーそれは助かるね」

マルコ「うん。幸い制服あるし、家に帰らないでそのまま学校に行けるしね」

昨日は授業が終わってから皆そのまま衣装を持参でサシャの家に寄って、そのままこっちに来たから、制服姿なんだ。

アルミン「僕とマルコはお世話になりたいかな。エレンはどうする?」

ミカサ「私は今日は休んでもいい」

アニ「まあ、1日くらいならいいよ」

サシャ「休みますー」

ユミルはまだ寝ている。あれは起きそうにないな。

エレン「まあ、そうだな。オレもついでに休むか。分かった」

エレン「アルミンとマルコは学校に行きます。それ以外はまだ、作業を手伝います」

リヴァイ『了解。あんまり無理はするなよ』

という訳で電話を終えた後、朝の8時くらいにリヴァイ先生が迎えに来てくれた。

リヴァイ「お土産だ。こういう時の特効薬を持ってきたぞ」

と、渡してくれたのは「ポリビタンD」だった。

エレン「あ、助かります」

リヴァイ「間に合いそうなのか?」

エレン「ギリギリですかね……ジャンの力にかかっていると思います」

リヴァイ「そうか……何もしてやれないが、すまないな」

エレン「いや、お土産だけでも助かりますよ」

リヴァイ「詳しい事が分かったら、後で教えてくれ」

エレン「分かりました」

という訳でアルミンとマルコは先に学校に行って、残りのラストスパートをかける事になった。

午前9時。ジャンのペースが徐々に速くなってきた。ペン入れ作業に慣れてきたらしい。

アシスタント「あと2枚。残りの清書は11時までに終わらせるわよ!」

ジャン「分かりました」

タイムリミットは12時あたりだと聞いていたが……。

ってことは、11時にペン入れ完成させて残りの1時間で仕上げを終わらせるのか。

仕上げ班は3人いるから何とかなるかな。あ、でもユミルのつやベタ、どうするんだろ。

ユミル、まだ起きないんだよな。

エレン「おい、ユミル、そろそろ起きろよ」

ユミル「ZZZZ」

ダメだ。全く起きる気配がねえ。

エレン「つやベタ、どうするんだ?」

アシスタント「え……? あ、そっか! つやベタの子、まだ起きてないんだっけ?!」

集中し過ぎて周りが見えてなかったようだ。

アシスタント「あー起きている子でいいから、つやベタお願い! 多少はみ出してもこっちで修正するから!」

エレン「や、やっていいんですか?」

アシスタント「残っているのはそう難しいつやベタじゃないから大丈夫!」

素人なのにいいのかよ?!

ミカサ「エレン、ここはもうやるしかない」

アニ「うん。ユミル程、綺麗に出来なくてもいいなら、やるよ」

ジャンがまた1枚仕上げた。原稿がまわってきて、オレ達の出番だ。

まずは乾かして、インクがちゃんと乾いているかをチェックする。

ここで間違えて乾いてないのに触ると、線がすれて台無しになるからだ。

最後の作業だ。慎重にいこう。乾いた事を確認して消しゴムを大体かけて、×の印を黒く塗っていくんだったな。

張りつめた空気が漂う中、オレ達は静かに作業を進めた。会話は殆どない。

アシスタント「よし、峠は越えた。後はベタをお願い!」

最後の1枚がきた。そして運命の12時まで集中して作業を進めて、アシスタントさんが最後のチェックを入れる。

アシスタント「……よし、これで完成。後はデータを転送するだけね」

エレン「あれ? 郵便じゃないんですか?」

アシスタント「パソコン使う様になってからは、データでも送れるようになったのよ。便利な世の中になったのよ」

と言って何やらオレには分からない作業を始めた。

そして電話連絡がきた。無事にデータを送れたみたいだ。

アシスタント「これで何も不備がなければお仕舞ね……」

ジャンは机の上に顔を伏せて寝ていた。もう限界だったみたいだな。

そして2回目の電話がきた。アシスタントさんが何やら青ざめている。

アシスタント「え? 原稿が足りない? そんな筈は……すみません。今、先生がいないので、その話は私にはちょっと分からないんですよ。え? カラー原稿のデータがない? 添付してない? 嘘ですよね? ちょっと待って下さい」

アシスタント「はい。来月号の表紙の方ですよね。はい。はい。えええ?! それ、本当ですか?! いや、でも、ちょっと、明日の昼の12時までって、無理ですよ?! 先生、救急車で運ばれたんですよ?!」

アシスタント「はい。はい。ああ……はい。分かりました。締めを伸ばして、夜の12時までですね。了解しましたー……」

アシスタントさんが項垂れた。何か、やらかしたらしい。

アシスタント「ええっと、表紙の方のカラー原稿、まだ入稿してなかったみたい。下絵のデータはあるらしいんだけど、色までは塗ってないそうです」

まだだ。まだ終わらんよ。

という展開にジャンが吐血した。(あくまで比喩表現だが)

ミカサ「ジャン? 大丈夫?」

ジャン「あははは……もう無理です。動けねえ……」

アシスタント「うん、彼にはもう寝て貰いましょう。色塗りだけだから、こっちでやるよ。でも、どの原稿がそれなのか、私、知らないんだよね」

シーン……

スカーレット「データ、漁るしかないって事ですか?」

ガーネット「それらしいデータを探すしかないって事ですか」

アシスタント「マーガレットちゃんに聞かないと分かんないかも。電話してみる」

という訳で電話だ。すると、

アシスタント「マーガレットちゃん、こっちに戻ってくるって。先生、肺炎起こしていたみたいで容体は安定してきたそうよ。データは彼女が分かるから大丈夫みたい」

良かった。でも、マーガレット先輩、こっちに戻ってくるのか。

アシスタント「彼女が戻ってくるなら大丈夫ね。うっ……(クラッ)」

その時、アシスタントさんが倒れかけた。だ、大丈夫かよ?!

アシスタント「さすがにこの年で2徹はきついなー。眠っても、いいかな?」

エレン「2徹?! 無茶苦茶ですよ?!」

アシスタント「あははは……若い頃は3徹とか余裕だったのにねー。年だなー」

ダメな大人だな。本当に死んだらどうするんだよ?!

と、いう訳でアシスタントさんも寝かせて、とりあえずマーガレット先輩がこっちに戻ってくるのを待った。

マーガレット「お待たせ! 皆、ありがとう! 原稿の方は無事に入稿したんだってね!」

スカーレット「うん。予定通りミッション終了したよ。残るのはカラー原稿だけ。明日の夜の12迄だよ」

マーガレット「それだけ時間あれば余裕ね。了解。後は私がやっておくから」

と、マーガレット先輩が晴れやかな顔でパソコンの前に座ったのだった。

エレン「あの、マーガレット先輩、寝たんですか?」

思わず心配になって聞くと、

マーガレット「うん。病院で寝てきた。6時間も寝たから元気元気!」

ミカサ「お母さんの方は付き添いしなくていいんですか?」

マーガレット「うん。お母さんに『カラー原稿お願いいいいいい!』って悲痛な顔で頼まれたからこっち優先でいいって」

すごい親子だな。まあ、大丈夫そうならそれでいいけど。

マーガレット「皆、ごめんね。本当に。今回の件は、どう考えても無茶をやり過ぎた。全員に時給出すから、何時からアシスタントに入ったか計算しておいてね」

エレン「え……あ、そっか」

これ、一応アルバイトになるんだよな。

ミカサ「あの、私達は大した事してないんですけど」

マーガレット「そんな事ないよ。人がいるだけで助かるんだし。ご飯作ってくれる人も戦力だよ。というか、今回の失敗は飯をちゃんと確保してなかったのがいけなかったのよね。やっぱり飯スタントさんも雇うべきかしら……」

サシャ「求人ですか?! 私、何でもやりますよ?! (キラーン☆☆)」

マーガレット「本当? じゃあ頼んじゃおうかな。今度から。臨時で時々お願いしてもいいかしら?」

サシャ「まっかせてくださーい! 頑張りますよ!」

おお? 何かサシャの問題もついでに解決したみたいだな。

そんな訳で、とりあえず峠が越えたのでオレ達はもう1回休憩させて貰った。

リヴァイ先生から貰ったポリビタンDとかカロリーメイトも頂きつつ、結局、家に帰ったのは夕方になってしまった。

今回の1番の功労者はジャンだな。あと何気にサシャとユミルも活躍していた。

オレはそんなに大した事してないけど、まあ、いいか。

ミカサ「エレン、格好良かった」

自宅にたどり着いてから何故かミカサにそう言われてしまった。

エレン「え? なにが?」

ミカサ「マーガレット先輩を叱った時。私も同じ事を思っていた。多分、皆も。でも、それを言い出す勇気がなかった。いくじがなくて、でもエレンは勇気を出して、ちゃんと言った。それが凄いと思った」

エレン「え? え? ああ……アレか!」

救急車呼べ! って言ったアレの事か。

エレン「いや、あれはだって……当然だろ? まあ、ちょっと言い過ぎたかなーとは思ったけどな」

と、頭を掻きつつオレは答えた。

でもミカサにはそれが格好良く見えたらしい。

ミカサ「ううん、きっとマーガレット先輩もそう思った筈。冷静じゃない時にああやって、叱ってくれる人は格好いいと思う」

おお? 褒められてしまった。なんかこそばゆいな。

エレン「んーまあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどな。ははは……」

と、照れていたら、ミカサが擦り寄ってきた。ん?

ミカサ「エレン、あのね……」

エレン「うん」

ミカサ「その……あの……」

グリシャ「おや? 何しているんだい二人とも(ドアの外から)」

エレン「うああああ?! 親父?! 今日帰り早いな!?」

グリシャ「うん。早い時もあるよ? どうしたのかな? リビングでイチャイチャしていたのかい?」

エレン「何でもねえし! なあミカサ?!」

ミカサ「う、うん……(真っ赤)」

グリシャ「ならいいけど。2人とも、さっさと宿題でもして寝なさいね」

こえー。親父の勘がこえー。

という訳で、話が有耶無耶のままオレは自分の部屋に戻った。

ミカサが何か言いかけたのは気になったけど、まあそれは後日聞くとしよう。

そんな訳で次の日。オレは以前から懸念していたもう一つの事をリヴァイ先生に話す事にした。

早朝4時からの練習の件についてだ。今回のマーガレット先輩のお母さんの件を見て、改めて思ったからだ。

エレン「あの、リヴァイ先生……」

リヴァイ「ん? 何だ?」

練習を終えた後にオレは勇気を出して言った。

エレン「そろそろ、朝練習の時間を減らしませんか? 先生の睡眠時間を削ってやってるから、無理させているんですよね?」

リヴァイ「ああ……まあ、多少はな」

エレン「マーガレット先輩のお母さん、肺炎起こしていたそうです。無理がたたって、そうなったみたいで。もし、リヴァイ先生も過労で倒れてしまったら、元も子もないし、負担を減らしたらダメですかね」

リヴァイ「ふむ……」

ミカサは練習時間が減ってもいいと思っているのか特に反対はしなかった。

リヴァイ「そうだな。ミカサも以前よりは、殺意がむき出しではないし、調子も上がってきている。このペースでいけるなら、多少時間を減らしても恐らくは大丈夫だろう」

エレン「やった!」

リヴァイ「ただし、それでも2時間は欲しいな。朝の5時から7時。それでやってみて……」

ハンジ「やっほーおはよーリヴァイー!」

リヴァイ「?!」

リヴァイ先生が凄く驚いていた。ハンジ先生がジャージ姿で朝からやってきたからだ。

リヴァイ「お前、また徹夜したのか?」

ハンジ「いいや? 今日はちゃんと寝てきたよ。寝る前に睡眠にいい食べ物を食べて、ちゃんと7時間寝てきたよ?」

リヴァイ「本当か? ああ……肌がつやつやしているな。嘘はついてないようだ」

エレン「?!」

うは?! ほっぺた触ってる。リヴァイ先生! やっぱり距離感おかしいですよ?!

でも言わない。言わない方がいい事もあるよな。うん。

ハンジ「でっしょー? ちょっと時間かかったけど生活サイクル修正したよ? だからリヴァイは文化祭までは朝練休んでいいよ?」

リヴァイ「今度こそ、信じていいんだな?」

ハンジ「うん。舞台楽しみにしているし。頑張ってよ」

リヴァイ「………聞いての通りだ。これなら朝練習は6時から8時の間で出来る。それならゆっくり寝られるが、それでいいか?」

ミカサ「送迎、止めて貰うのも出来ますよね?」

リヴァイ「ああ。朝の5時台なら電車も確か動いている筈だからな。必要ないだろう」

ミカサがガッツポーズした。よほど送迎が嫌だったらしい。

そんな訳で、朝練習のスケジュールが少し変更になって、次の日から睡眠時間が増える事になった。

やっぱり、人間、ちゃんと寝ないとダメだよな。オレもゲームのやり過ぎとか、気を付けよう。

そう思うには十分な騒動に巻き込まれて、つくづくそう思ったのだった。

ハンジ「あ、でもその代り、リヴァイ、野球拳に出てよ」

リヴァイ「は? 何で」

ハンジ「何でって、リヴァイの裸目当てに女の子が集まるから。客寄せパンダになってよー」

リヴァイ「いや、男子は抽選じゃなかったのか?」

ハンジ「抽選という名の、選出です。ここオフレコね。男子は綺麗どころしか野球拳させないよ。女子は普通の子でもいいけど」

おおっと、悪い事を聞いてしまった。裏事情って奴か。

リヴァイ(嫌そうな顔)

ハンジ「いいじゃーん。どうせ舞台の上でも脱ぐんでしょ?」

リヴァイ「エルヴィンから聞いたのか」

ハンジ「まあねー♪ リヴァイの腹筋は客寄せられるから盛り上げられるよー?」

リヴァイ「お前は出るのか?」

ハンジ「私? 私は司会やる予定だから無理だね。何? 一緒にやりたいの?」

リヴァイ「いや別に。ハンジが出ないなら安心だ。分かった。その代り、一枚も脱がなくても文句言うなよ」

ハンジ「おおっと?! 全勝する気?! 脱がす気満々だね! さすがリヴァイ!」

リヴァイ「当然だろうが。全員、全裸にひんむいてやるぞ? 俺はじゃんけんも強いからな。ククク………」

そうなんだ。凄いな。それは。

リヴァイ「その代り、演劇部の公演時間と被るなよ。被った場合はキャンセルだ。それでいいな?」

ハンジ「多分大丈夫じゃないかな。その辺は調整入れられると思うよ」

ハンジ「1日目と2日目で分けるし、毎年演劇部は2日目の後半でしょ? うちらみたいなアホ企画は掴みに使う場合が多いから1日目になるんじゃないかな」

リヴァイ「まあ、その辺は後で確認するさ。ところでハンジ、今日は何日、髪洗ってない?」

ハンジ「…………この間、リヴァイにここで洗って貰った時から洗ってないかもー?」

リヴァイ「10日くらい洗ってないな。よし、洗うから一緒に来い」

ハンジ「ちょっと待ってよ?! この後、朝練あるんだよ?! 今日は別にいいじゃない?!」

リヴァイ「5分もあれば終わる。その間、生徒は待たせればいい。コラ、逃げるな!」

あ、ミカサはいつの間にかいない。先に女子シャワー室に移動していたみたいだ。

あ、ハンジ先生が女子のシャワー室の方に逃げた。げげ?!

まだミカサ、シャワー室にいるよな? うわあああ?!

ドアが再び開いて、リヴァイ先生が飛び出した。掌底技を食らって、まるで波動拳のような技を食らって飛び出た。

その後、ミカサがリヴァイ先生に物凄い回し蹴りを食らわせた。今のは、入ったな。絶対。

リヴァイ先生が白目向いてる。き、決まった…。

ミカサ「変態教師。死ね」

エレン「あ、いや、今のはその、リヴァイ先生は……」

弁明しようとしたけど、それに被せるようにハンジ先生が言った。

ハンジ「ミカサありがとう~助かった~」

ミカサ「いいえ。これで然るべき報いを受けさせる事が出来て満足」

ああ、やっと一発殴れたから、すっきりしたみたいだな。

気絶したリヴァイ先生が可哀想だったけど、ミカサは「むふっ」と喜んでいる。

その様子がちょっとだけ可愛くて、いや、結構可愛いので、まあいいやと考える事を放棄した。

リヴァイ先生を体育館の端っこに運んで寝かせてやって、オレ達は片付けて教室に帰る事にした。

後の事はハンジ先生に任せよう。

ハンジ「ごめんね~リヴァイ~ま、朝練の間、ここで寝かせればいっか~♪」

と、言っていたので、多分、大丈夫……かな?

ミカサ「女子のシャワー室に突っ込んでくるなんて、変態教師過ぎる」

と言いながらミカサは廊下を歩いていた。

エレン「あ、あれは不可抗力と言う奴だったんだが……」

ミカサ「? 何故? ハンジ先生を無理やり襲おうとしたんでしょう? 変態だと思う」

合っているのか合ってないのか。微妙なラインだなこれ……。

エレン「ハンジ先生、自分じゃ髪を洗わないらしいんだよ。10日も洗ってない髪を洗わせようとして追いかけたら、ハンジ先生、女子のシャワー室に逃げ込んだんだよ」

ミカサ「ん? 何故、リヴァイ先生が洗わせようとするの?」

エレン「潔癖症だからじゃねえの?」

ミカサ「………?」

ミカサが腑に落ちない顔をしていた。

エレン「どうした?」

ミカサ「いえ、潔癖症なら猶更、そんな汚い髪に何故、触ろうとするの?」

エレン「え?」

ミカサ「私なら触りたくはない。自分で洗いなさいと説得すると思う」

エレン「いや、それが出来ないからああやって……」

ミカサ「それが出来ないなら諦めると思う。少なくとも、無理やり洗わせようとする行為は、やっぱり変態なのでは…?」

エレン「!」

ミカサの指摘に、オレもそう思っちまった。

そうだよな。ちょっと冷静に考えれば、変な話だよな? これは。

ミカサ「この間も思ったけど、ハンジ先生が可哀想。あんな変態教師に無理やり髪を洗われるなんて、おぞましい……(ぶるぶる)」

エレン「あ、いや、そこはもう、付き合い長いからお互いに承諾しているんじゃねえのか?」

ミカサ「? ハンジ先生、嫌がってたけど?」

エレン「まあ、そうだけど、それはほら、いやよいやよも好きのうち………」

ん?

あれ? なんだ? この違和感は。

ミカサ「……? どうしたの? エレン?」

エレン「いや、まさかな。うん、気のせいだよな」

オレがこの時思ったのは、とんでもない仮説だった。

多分、こんな事を思うのはオレくらいかもしれないが。

もしかしたら、合っているかもしれない。と思うと当時に「いやまさか」とも思う。

ミカサ「何が?」

エレン「いや、リヴァイ先生、SMに近い感覚で、ハンジ先生との風呂を楽しんでいるのかなって……」

ミカサ「私にはそうとしか見えないけど?」

エレン「え?! ミカサもそう思うのか?!」

ミカサ「(こくり)だから変態教師だと言った。いやらしい男……気持ち悪い」

エレン「でも、風呂だぞ? 別にエッチはしてないって、リヴァイ先生は言ってたし」

ミカサ「髪だけじゃないの? なんて破廉恥……(ガクブル)」

あ、やっべ。風呂の件はオレしか知らないんだった。

エレン「あ、今のは忘れてくれ。すまん。言っていい事じゃなかった」

ミカサ「え? でも、リヴァイ先生、ハンジ先生と無理やり一緒に風呂に入っているんでしょう? やっぱり変態教師……」

エレン「ええっと、でもエッチはしてないというか、身体を洗ってやるだけで、男女の仲じゃないのは確からしいんだ。エルヴィン先生もそう言っていたし……」

ミカサ「そうなの? うーん……でも」

と、ミカサはやっぱり変な顔をしている。

ミカサ「女の勘、だけど………私をナンパしてきた奴らの表情と、さっきのリヴァイ先生の顔は大差なかった気がする」

エレン「え……?」

ミカサ「雰囲気? だろうか。男の人の顔だったと思う。だからつい、私も咄嗟に本気を出して反撃してしまったので」

エレン「……………」

マジか? それ。そうか、それもそうだよな。

ミカサはそういう気配に敏感だ。だとしたら、間違っているのはリヴァイ先生の認識の方なのか?

でも、女としては見ていないと。キスもセックスもしたいと思った事ないって言ってたのに。

これって、どういう事なんだ? 頭の中が混乱してきたぞ?

ミカサ「ハンジ先生はもっと気をつけた方がいい。リヴァイ先生に狙われない様に私が守ってあげないと……」

エレン「いや、そこはミカサ、立ち入らない方がいいぞ。2人の問題だしな」

ミカサ「でも………」

エレン「まあ、様子見ようぜ。本気でハンジ先生が嫌がっている時は、さすがに止めてやった方がいいけどな」

ミカサ「分かった。エレンがそう言うなら……」

オレはミカサを宥めて、とりあえずは話を打ち切った。

頭の中には疑問が残ったままだけど、リヴァイ先生とハンジ先生の問題だし、あんまり首を突っ込むのも良くないだろう。

………正直、この奇妙な関係には興味は尽きないけど。

でも、これ以上はやめておこう。そう自分に言い聞かせる事にしたけれど。

ある時、ひょんな事から、真相(?)を聞く事になる。

そう、エルヴィン先生の視点から見た、リヴァイ先生とハンジ先生の関係を、オレは聞く事が出来たのだ。

その日の放課後の練習が終わって、オレはエルヴィン先生に「ちょっと残って」と頼まれて、音楽室に残る事になった。

エレン「エルヴィン先生、何ですか?」

エルヴィン「いや、今日、リヴァイが遂に殴られたって聞いてね。どんな感じだったのか詳しく聞きたくて。目撃していたんだよね? 教えてくれないかな?」

すっげえええ嬉しそうだ。本当、エルヴィン先生は性格悪い!

ニヤニヤしながら聞いてくるのでオレも答えない訳にはいかず、

エレン「ええっと、ハンジ先生がリヴァイ先生のシャンプーの魔の手から逃げて女子シャワー室に入って、それをリヴァイ先生が追いかけて、先にシャワー室の中にいたミカサが反撃しました。すげえ吹っ飛んでました。あと回し蹴りも一発食らってました……」

エルヴィン「いやーそれは生で観たかったな~惜しい事をした。動画、撮ってない?」

エレン「さすがに撮ってないですよ?! というか、何であんなにリヴァイ先生、ハンジ先生を洗わせたいんでしょうかね?」

エルヴィン「ん? んー……まあ、そうだね。リヴァイはほら、変態だからさ」

あれ? ミカサと同じ事を言っている。

じゃあやっぱり、リヴァイ先生自身の認識が間違っているのかな?

エレン「変態……じゃあ本当は、ハンジ先生を女性として見ているんですかね?」

エルヴィン「んーどうだろうね? 私は何とも言えないな」

はぐらかされてしまった。でも、エルヴィン先生は真相を知っている気配だ。

エレン「エルヴィン先生から見たら、2人はどう見えるんですか?」

エルヴィン「んーそうだねえ。需要と供給がここまで合致している2人を私は今まで見た事ないね。切っても切れない仲なんじゃないかな」

エレン「それって、腐れ縁という意味でですか? それとも……」

エルヴィン「どっちも、かな。本人達が気づいていないだけで、あの2人は立派に男女の仲だよ」

エレン「え?」

エルヴィン「リヴァイはどうも、キスとセックスがないと男女の仲だと思わないらしいが、私はそうは思わないよ。あの二人にとっては、一緒に風呂に入る行為自体が、セックスと同じ意味を持っている。ただ、お互いにそれに気づいてないんだよね」

エレン「え、ええええ?!」

じゃあやっぱり、ミカサの指摘が合ってたのか。

すげえな。ミカサ。さすがミカサだ。

エルヴィン「体を繋ぐことだけがセックスじゃないのにね。リヴァイは本当に、馬鹿だよなあ。そこが可愛いんだけど」

なんかリヴァイ先生が急に可哀想になってきた。

エレン「あの、それを指摘してあげた事は……?」

エルヴィン「ないよー。指摘しても絶対信じないしね。無駄だと思うよ?」

エレン「そ、そうですか………」

それって、いい変えれば、リヴァイ先生の『性癖』と言っていいんだろうか。

うわ?! そう考えたら急に変態な気がしてきた不思議!

エルヴィン「変わってるよねえ? 十代の頃も、しょっちゅう女の子から逆ナンパされていたらしいけど、必ず先に女の子を風呂に入れてからエッチしてたっていうし、ここまでくると病気だよね?」

エレン「た、確かに………」

そうか。リヴァイ先生のあの行為は、病気なのか。

オレ、そういうのじゃなくて良かった。多分、普通だよな?

エルヴィン「あ、でもこの事はオフレコしておいてね? リヴァイが先に気づくか、ハンジが先に気づくか、ピクシス先生と賭け事しているんだ。私はハンジが先に気づく方に100万賭けている」

何で博打してるんだよ?! このエルヴィン先生も別の意味で変態な気がしてきた。

エルヴィン「1年に10万づつ賭けてたらいつの間にかこの金額になっちゃってね。そろそろ結果が出てもいい頃だと思うんだけどね……あ、エレンも賭けたいなら賭けていいよ?」

エレン「学生に博打を勧めないで下さいよ……」

エルヴィン「ごめんごめん。まあ、気が向いたらでいいよ。じゃあ、気をつけて帰りなさい。引き留めて悪かったね」

エレン「はい……」

そんな訳で、オレはリヴァイ先生とハンジ先生の奇妙な関係の真相(?)を知る事になってしまった。

お互いにお互いの事を好きでいて、でも気づかないって事、あるんだな。

しかも10年以上だろ? すげえ気の長い恋愛もあるもんだと、思わずにはいられなかった。

あ、でも……。

エレン「10年後、か」

オレも出来れば10年後も、ミカサと一緒に居られたらいいな。

そう思いながら、玄関で待っているミカサとアルミンとアニの元に急いで駆け出すのだった。

はい。という訳で一番の変態はエルヴィンだという話でした(え)
今回はここまでです。ではまたノシ






9月28日。予定していたヤホードームのコミケに行く事になった。

クラスの方の出し物は8割出来上がってきているけど、演劇部の方はまだ完成度は6割程度なんだけどな。

イベントに遊びに行って本当にいいのかな…とも思うけど、しょうがない。約束だしな。

オレは人生初のコミケとやらに参加する事になった。

その日はドームまでの臨時のバスが出ていて、皆、それに乗り込んでいた。

オレとミカサとアルミンとアニは4人でそれに乗って、ジャンとマルコは現地で集合する事になった。

現地に到着すると、まあゴロゴロと、荷物を引いて歩く女性の集団が多い事。

男もいる事はいるけど、7割は女性の集団のように思えた。

長蛇の列が既に出来上がっていた。この日は天気も曇り。少し蒸し暑いけど真夏に比べれば大分マシだった。

ただ、人の熱気が凄くて……その人のエネルギーのせいで実際の温度より体感的に暑く感じた。

スタッフさんが大声で『一般来場の方は最後尾はこちらになります!!』と何度も叫んで走り回っていた。忙しそうだなあ。

オレ達は入場開始まで取り敢えず、その長蛇の列に並ぶ事にした。

スタッフ『サークル参加の方は急いで下さい!! 間もなく開場となりますので、皆さん、決して押さないように移動をお願いします!!』

エレン「サークル参加?」

アルミン「実際にお店を出す側の事だよ。先輩達はそっちで入場している筈だよ」

エレン「やけに詳しいな、アルミン」

アルミン「んー一応、予習はしてきた。僕もこういうのは初めてだからね」

ちなみに今日はマーガレット先輩自身はお母さんの付き添いの件があるので来れないそうだ。そりゃそうだな。お母さん、肺炎で入院しているからな。

その代りスカーレット先輩とガーネット先輩が頑張るらしい。こういう時は友達って助かるよな。

そんな訳でゾロゾロと入場を開始すると、徐々に人の流れが動き出した。

少し待って、中に入るとパンフレットを買わされた。これが通行証の代わりになるそうだ。

エレン「へーこんなのなんだ」

1センチくらいの厚さのパンフレットをパラパラ見ながら中の方に入っていく。

通路を通って、階段を降りると、眼前に広がる、そこは…………

エレン「おおおおおお?! なんじゃこりゃあああああああ?!」

あ、アレ言っていいか? これ、言っていいよな?!

アルミン「うん、せーので言おうか」

エレン「せーの……」

エレン&アルミン「「人がゴミのようだ!!」」

や、本当に。すげえ人の数なんだ! ドームの中にわらわら人が闊歩している。

これ、先輩達を探すのだけでも一苦労しそうだな。

ミカサ「すごい人の数……迷子になりそう」

アニ「だね。でも取り敢えず、先輩達のところに移動しないと」

ジャン「場所どこだったけ?」

マルコ「スペースは神々のところって言ってたけど」

パンフレットを見ながら、場所を確認する。どうやら図面上の端っこの方ようだ。

エレン「はぐれないようにしないとな……もしもの事があったら携帯に連絡しようぜ」

ジャン「今日はちゃんと充電してきてるよな?」

エレン「前回の教訓は守ってるよ。大丈夫だ」

ジャン「ならいいが……まあ、ここで突っ立ってるのも何だし、移動するか」

という訳でゾロゾロ移動する。先輩達のスペースにお邪魔すると、すっかりお店が出来上がっていた。

スカーレット「やっほー皆、おつかれー」

ガーネット「おつかれー」

エレン「あの、いつもこんな感じ何ですか?」

スカーレット「え? 何が?」

エレン「人の数ですよ。すげえ多いから……」

スカーレット「え? 多い? 全然多くないよ? 少ない方だよ?」

ガーネット「うん。サークル参加の数も、3000スペースだし。規模的には普通?」

スカーレット「夏コミとか冬コミとかに比べたら可愛い物だよね」

ガーネット「うん。ただここのコミケはコスプレが当日登録制で、販売だけじゃないからいいよね」

スカーレット「コスプレダメなところもあるからね」

エレン「あ、そうなんですか」

スカーレット「とりあえず、もうちょっと待っててくれる? まだペトラ先輩達がこっちに来てないから。合流してから交替で移動するから」

エレン「分かりました。……ん? ペトラ先輩、達?」

ジャン「ペトラ先輩だけじゃないんですか?」

スカーレット「あれ? 言ってなかったっけ? 3年は全員来てくれる予定だよ」

ガーネット「カジ君達も後で来るよ。今回は劇部全員、こっちに参加するから」

おいおい、いいのかよ。本当に。

演劇部、本業忘れすぎてねえか…?

スカーレット「大丈夫大丈夫! これもいい経験よ。あ、ハンジ先生も来たー!」

え? ハンジ先生?

ハンジ「いやーごめんごめん。遅くなって! あれ? エレン達も来てたのか」

エレン「あ、はい。ハンジ先生もこういうの、好きなんですか?」

ハンジ「いやいやいや! ぜんぜーん! 私、漫画の事は殆ど分かんないんだけど、一応、漫研の顧問も掛け持ちしているからね。こういう時はお手伝いに来ているのよ~」

えええ? そうだったのか。

ハンジ「分かるアニメは栄螺(サザエ)さんとかチビまるっ子ちゃんとかしか分かんないよ?」

エレン「よくそんなんで、コミケ来ようと思いましたね……」

ハンジ「いや、私はあくまで彼女らのお手伝いだからね。ええっと、リスト貰える?」

スカーレット「はい。今年もよろしくお願いします。先生(リスト手渡す)」

ハンジ「まーかせて! 『18禁の本の新刊を全部下さい。なければ健全で既刊本でも構いません』だよね?! この台詞言えば大体お買い物出来るから、簡単なお使いだよ!」

エレン「はい……?」

え? ちょっと待って。今、何て言った?

ハンジ「18禁本は大人じゃないと買えないからね。彼女達の勉学の為に一肌脱ごうと言う訳ですよ」

エレン「いやいやいや! ちょっと待って下さい。それ、グレーゾーンじゃないですよ?! 完全にアウトですよ?!」

スカーレット「固い事言わないでよ~18禁本があるからこそ、これだけコミケが繁盛するんだし」

エレン「いや、でも、法律的にはアウトですよね?」

ハンジ「アウトじゃないよ? だって買うのは私だから~ね?」

エレン「でも、大人がそれを未成年に与えるのもアウトじゃないんですか?」

スカーレット「そこはほら、ハンジ先生がそれを「ゴミ」として出しちゃえばいいから」

ガーネット「私らはそれを後でこっそり回収して堪能するわけです」

アルミン「頭いいですね~」

アルミン、感心している場合じゃねえだろ?!

エレン「ええっと、それ、本当に毎回やってるんですか?」

ハンジ「うん。部屋に適当に重ねて置いておけば、リヴァイが定期的にゴミとして出してくれるから、私はそれを確認して、すぐ彼女らに連絡入れて回収してもらってたよ。直接手渡すと、完全にアウトだから…」

リヴァイ「通りで何かおかしいと思った」


ざわっ………


その瞬間、居てはいけない人物の声が聞こえた気がした。

リヴァイ先生だ。え? 何で先生もこっちに来てるんだ?!

直後、ハンジ先生の頭に電光石火のげんこつ! げえ! すげえ音がした!

ハンジ「……いったーい! 結構、本気で殴ったね?!」

リヴァイ「当たり前だ。エロい小冊子が沢山ある割にはお前が読んだ形跡もない。手垢もついてないのに「もう捨てていいよ」って、言っていたのはその為だったんだな?」

ハンジ「えっと、全く読んでない訳じゃないよ? チラッとは読んだよ?」

リヴァイ「話を逸らすな。まあお前も、たまにはエロ本くらい読むのかなって思っていたが、自分の為じゃなくて、生徒の為に買っていたんだな?」

ハンジ「………はい。すみましぇえん」

と、ハンジ先生が可愛らしくごめんなさいをするけど、リヴァイ先生の顔は変わらなかった。

リヴァイ「全く。本当にお前は呆れた奴だな。そうと知ったからには見過ごすわけにもいかん。お使いは18禁本を無しにしろ」

ハンジ「ええええ……ダメなのおおおおお?」

リヴァイ「当たり前だ。そういう事は大人が戒めないといけないのに、加担してどうする」

ハンジ「でもでもお……彼女達、真剣に『勉強』の為に18禁本を読むんだよ?」

リヴァイ「その勉強は『今』するもんじゃないだろう。どうせ18歳を越えたらいくらでも勉強出来るんだ。それまで我慢しろ」

ハンジ「教育は、早めに仕込んだ方がいいと思うけどなー?」

リヴァイ「早すぎるのも問題だ。段階という物があるだろうが」

ハンジ「えええ……どうしてもダメなのおお?」

リヴァイ「ダメなものはダメだ」

と、2人が言い争っている後ろで、ペトラ先輩達が「あちゃー」という顔をしていた。

ペトラ「ご、ごめん……今日はリヴァイ先生に車出して貰ったから、一緒に来ちゃったんだよね。連れてこない方が良かったみたいね」

スカーレット「いえ、私もまさかリヴァイ先生がこっちに来るとは思ってなかったんで……体操部の方の活動は?」

ペトラ「今日はたまたまお休みだったみたい。日曜日は月に1度、お休みだから、丁度空いてるから送ってやるって先生が言ってくれて……」

オルオ「ああ。つい、甘えちまったんだよ。すまなかったな」

なるほど。そういう理由だったのか。

リヴァイ先生はまだハンジ先生と言い争っている。

ハンジ「どうしてもダメ? ダメなのおお?」

リヴァイ「しつこいぞ。諦めろ。これ以上食い下がるなら、この問題を表沙汰にしてやってもいいんだぞ?」

ハンジ「いやあああ! それは止めて! 彼女たちの為にもやめて!」

リヴァイ「だったら諦めろ。未成年は未成年らしく、出来る範囲で遊べ。いいな」

その時、ふと、オレはエルヴィン先生から聞いた情報を思い出した。

エレン「でもリヴァイ先生……10代の頃、誘われたら結構、エッチしてたんですよね?」



ピシッ………



オレの言葉はリヴァイ先生の顔を崩すには十分な効果を発揮したらしい。

ジャン「え? なんだその情報。どこから……」

リヴァイ「エレン、それ以上口を開くな。開いたら、タワーブリッジをかけるぞ」

筋肉マンの技で脅されたけど、オレは引かなかった。

エレン「エルヴィン先生から聞きましたよ? いろいろと。女の子とお風呂……(むぐっ)」

オレは窒息させられそうな程、口を塞がれた。

ミカサ「! やめて! エレンが死んじゃう!!!」

ミカサが頑張って引き離そうとするけどびくともしなかった。

あ、リヴァイ先生が照れてる。耳まで赤い。やべえ。面白いかも。

ペトラ先輩が酷い顔していたけど、申し訳ないけどここは駆け引きさせて貰う。

ハンジ「自分はその頃、沢山、お勉強してたくせに、生徒にはやらせないんだ。リヴァイずる~い」

リヴァイ「くっ……!」

案の定、ハンジ先生がニヤニヤし始めた。

オレの口を離してリヴァイ先生は「昔の事だ」と言ったけど……

エレン「でも、フライングしていたのは事実ですよね? リヴァイ先生?」

リヴァイ「うぐっ………」

エレン「ここは、アウトなところだけ、線引きしましょうよ。それで手を打ちませんか?」

リヴァイ「どういうつもりだ」

エレン「つまり、ハンジ先生が18禁本を買うのはセーフ。それを未成年が受け取って読むのがアウトなんだから、預かって貰っておけばいいじゃないですか。18歳まで」

スカーレット「なるほど。それは名案ね」

ガーネット「ハンジ先生、お願いしていいですか?」

ハンジ「全然OKだよ~1年2年なんて、私らにとっては一か月くらいの感覚だからね! すぐ過ぎちゃうよ」

スカーレット「そうなんですか?」

ハンジ「大人になると、そうなるんだよ。今、16歳か17歳でしょ? あともうちょっとだから我慢しておこうか」

スカーレット「お願いします」

という訳で、今回のところは問題も解決(?)したので良しとする。

いや、オレもエロ本には世話になるからな。でもハンジ先生が逮捕されるのも見過ごせなかったんだよ。

リヴァイ「………………分かった。そういう事なら俺もこれ以上は言わん。どうせハンジの部屋を片付けるのは俺だしな」

ペトラ「え?」

ペトラ先輩が「まさか……」って顔している。

あ、ヤバい。それ以上は聞かせない方がいいかもしれない。

でも、今の言葉だけでも、十分、ダメージを食らったように思える。

ペトラ先輩の異変には気付かず、ハンジ先生は言う。

ハンジ「あ、ついでだからリヴァイも18禁本買っていったら? まとめてリヴァイが管理しておいた方が確実かもね」

リヴァイ「そこまで甘えるんじゃない。それに俺は今日は送迎しに来ただけだ。買い物をしに来たわけじゃ……」

ハンジ「ええ? 折角だからリヴァイも楽しんでいこうよ~コミケ初体験でしょ?」

リヴァイ「まあ、そうだが……そもそも俺も漫画には詳しくないんだが」

ハンジ「詳しくなくても楽しめるって♪ お祭りなんだから。あ、リヴァイもコスプレしちゃうとかいいんじゃない? 衣装ある?」

リヴァイ「はあ?」

ガーネット「あ、ありますよ。プロトタイプですけど。ショタゼウスの衣装も一緒に持って来ています」

スカーレット「着せていいなら着せられると思いますよ。リヴァイ先生のサイズなら」

リヴァイ「おい、それはどういう意味だ……(青ざめ)」

あー。ペトラ先輩がどんどん落ち込んでいくな。

察したのかな。やっぱり気づくよな。

でも、遅かれ早かれ、きっとこうなってたよな。

オレはペトラ先輩を注視していたけど、その横でオルオ先輩が心配そうにしていた。

エルド先輩も、グンタ先輩も同じ顔だ。3年生は、何となく気づいたみたいだな。

と、その時、丁度カジ達も合流してきた。

カジカジ「遅くなってすみませーん! 場所分かんなくて迷ってましたー」

マリーナ「暑いですね~あれ? 皆、勢ぞろいだったんですか?」

キーヤン「ハンジ先生も来てたんですか~」

ハンジ「まあね~」

アーロン「ま、全員揃ったみたいだから着替えに行きますか」

エーレン「そうだね。店番は誰がする?」

ガーネット「じゃんけんで決めましょう。負けた2人が残って貰って、残りは更衣室に向かって着替えてきたらまた交替で」

ハンジ「了解~」

じゃんけんポン。という訳で、何故かオレとハンジ先生が店番をする事になった。

ハンジ「ありゃりゃ。まあいいか。エレン、よろしく~」

ガーネット「おつりはこの中にあるんで。後はいつも通りにお願いします」

ハンジ「大丈夫。任せて!」

という訳でハンジ先生としばし店番をする事になった。

お客さんはぼちぼち来た。おつりを渡したり、計算するのはハンジ先生の得意分野のようだ。ほぼ暗算で対応している。

オレはお客さんに本を手渡したりして、簡単な手伝いをした。

そしてちょっと暇になったので、

エレン「あの……ハンジ先生」

ハンジ「ん? 何?」

エレン「ハンジ先生って、リヴァイ先生とはいつ頃知り合ったんですか?」

10年以上と言っていたから、相当前何だろうけど。

2人の出会う切欠を聞いてみたくて話題を振ってみた。すると、

ハンジ「リヴァイと初めて会ったのは教育実習生の時だね~」

と、あっさり教えてくれた。

ハンジ「たまたま、教育実習先がリヴァイと被っちゃってね。その時に、初めて会ったんだ。あいつね、今は大分丸くなった方だけど、若い頃はもう、すごかったよ。教育実習生のくせに、担当教員と揉めたり。その教員が生徒にセクハラしている現場を目撃して、ぶん殴っちゃったんだよね」

エレン「え、ええええ……」

手早いな。いや、セクハラは良くないけど。殴っちゃったのか。

ハンジ「勿論、セクハラした教員の方が悪いんだけどね。でも、殴ったリヴァイも悪いから。問題になっちゃって。でもあいつ、絶対引かなかった。『権力を笠にしてセクハラするような奴はクソ以下だ』って言って、教育実習生の癖に歯向かっちゃって。その女子生徒を庇っちゃったんだよねー」

エレン「へえええ……」

何かすげえな。その頃から、生徒思いの先生だったんだ。

ハンジ「でも、そんな乱暴な性格だったから、誤解も生じる事が多くてね。私はあいつの傍で何度もそれを見て来て、ちょっと可哀想だなあって思って。んで、実習期間が終わってからは音沙汰なかったけど、たまたま、採用された講談高校でまた再会することになって……それ以来かな。よくつるむようになったよ」

と、懐かしそうに話してくれるハンジ先生だった。

ハンジ「リヴァイはね、『合意のない接触程、気色悪い物はない』ってよく言っててね。自分自身も痴漢に遭ったり、嫌な目に遭った事が過去に多々あるらしくて、割と女性の気持ちを理解してくれるんだよね。男にしては珍しいと思うけど、それを知ってからは、私、こいつと友達になりたいなあって思っちゃって。ついつい、私の方から絡むようになっちゃったんだ」

エレン「へーリヴァイ先生、痴漢にあった事あるんだ」

ハンジ「うん。男もあるし、痴女もあるって言ってたね。あいつ、潔癖症になっちゃったの、それも原因があるかもしれないよ」

エレン「も、モテ過ぎるのも問題あるんですね……」

ハンジ「問題あるよねー。私も昔はモテ過ぎて、いろいろと大変な目に遭ったもんだよー」

エレン「え? そうなんですか?」

ハンジ「うん。若い頃は身の危険を感じる事も多かったね。だから少林寺拳法とか空手を習ったよ。リヴァイ程じゃないけど、私もそれなりに武術の心得はあるんだよ?」

まるでミカサみたいだな。

ハンジ「でも、それでもあんまりアプローチの数が多いもんだからさ。ちょっと面倒臭くなってきてね。どうにか余計な虫を寄せ付けない方法はないかなーって思ってね。思い切って、汚女を目指してみる事にしたんだ」

エレン「へ……?」

何だって? 今、すげえこと聞いちゃったぞ?

エレン「ハンジ先生、風呂入らないの、わざとなんですか?」

ハンジ「いや、元々風呂嫌いだけどね。3日くらいなら入らなくて全然平気だったけど、ある時、テレビで汚女特集があっていて、それに対する男性の反応が酷くてさ。「ああ、この手があったか!」って閃いちゃって。実際やってみたら、今までのアプローチが嘘のように引いていったね!」

エレン「ええええ……」

何だかなあ…。

ハンジ「それからかなあ。慣れてくると、一か月くらい風呂入らなくても平気になってくるんだよね。でも、それでもたまに「それがいい」っていう変態さんもいたけど。まあそれは今までの人数に比べたら10分の1以下だし。いい奴だったらつきあってみたりしたんだけど。でも、汚女は許せても、汚部屋は許せない男の人が多くてね。結局は破局しちゃう事が多かったねー」

と、何故かハンジ先生の恋愛遍歴まで知ることになってしまった。

ハンジ「んで、汚女生活を始めて1年くらい経ってからかな……リヴァイに「もう我慢の限界だ」って言われて、風呂に連れ込まれちゃってね。最初は「え?! 何?!」って焦ったけど。一瞬、襲われるかと思ったけど、それは杞憂だったんだよね。あいつ、私の体を洗い始めてさー。綺麗にしてくれるようになっちゃったんだよね。私としては、綺麗にされ過ぎると、また変な人が寄ってくるから、困るんだけどね」

ああ、なるほど。

ハンジ先生がリヴァイ先生から逃げているのは、そういう理由だったのか。

ハンジ「でもさー折角洗ってくれる訳だし、あんまり無下にするのも悪いから、月1くらいのサイクルでならいっかーと思って、今では全部リヴァイに任せきりになっちゃったね。いやーあいつの洗い方、すっごい上手なんだよね。痒いところに手が届くって言うの? こっちが何も言わなくても、大体汚れているところが分かるみたいで、終わった後は、全自動にかけかれた洗濯物の気分が味わえるんだよねー」

おおお……もはやどこからツッコミ入れたらいいのか分からんな。

エレン「その、わざと汚女にしているっていう話はリヴァイ先生は知ってるんですか?」

ハンジ「んにゃ。知らないよ。だって言えないじゃない。モテ過ぎ防止の為に汚女やってるなんて知られたら、今までよりもっと洗おうとしてくるよ? だってあいつ、私を嫁に行かせたいみたいだし」

エレン「ああ。そうでしたね……」

ハンジ「そういう訳で、この事はあいつには内緒ね。知られたら面倒だし」

エレン「分かりました。でも、ハンジ先生、ひとつ聞いていいですか?」

ハンジ「ん?」

エレン「それって、つまりはハンジ先生にとって、いいと思える男性に出会えたら、汚女でいる必要はないって事ですよね?」

ハンジ「んー……まあ、理屈を言えばそうなるねえ」

エレン「だとしたら、汚女でも、汚部屋でも、それでもハンジ先生の傍に居てくれる男性が現れたら、心は動かないんですか?」

ハンジ「ん~そこもまた問題なんだよね~」

と、まだハンジ先生が唸っている。

ハンジ「あのね~私、実は今まで、トキメキってものを感じた事が一度もないのよ」

エレン「え?」

ハンジ「君達の年代なら必ず経験するよね? 「青春」ってやつを。こう、甘酸っぱくて、キュンとするような体験。私、まだそれがないんだよね」

エレン「えええ……まさかハンジ先生、青春をやたら推す理由って」

ハンジ「うん。ぶちゃけ君たちが羨ましいからだよ? だからせめてそれを眺めたくて、ついつい君たちの様子を観察しちゃうんだよね」

合点がいった。そういう事だったのか。

ハンジ先生の奇妙な行動の理由が繋がった気がした。

ハンジ「もう36歳になったっていうのに、そういうのが1度もないっていうの、異常だって分かってるけどねー……どうしたらいいんだろうね? 私も本当はトキメキを味わってみたいんだけど。やり方が分からないんだよ」

やり方…。こういうのってマニュアルがある訳じゃねえからな。難しいな。

エレン「うーん………こういうが好みっていう、異性のタイプもないんですか?」

ハンジ「ん~~~自分でも良く分かんない。ただ、束縛されるのは嫌だって事くらいしか分からないのよね」

エレン「そうですか……」

ハンジ「私、こんな調子だから結婚は諦めているんだけどね。でも、リヴァイはまだ諦めてないみたいで、たまに花嫁修業っぽい事をさせようとしてくるからちょっと困るんだよね」

エレン「花嫁修業ですか」

ハンジ「うん。とりあえず料理かな。包丁持たせようとして来るけど、私はカップ麺で十分だからね。あとリヴァイが作ってくれる方がうまいし。私が料理しても10回に1回しか成功しないよ? ある意味ギャンブルクッキングだよね」

エレン「OH……」

それは怖い。恐怖だな。

ハンジ「一回、物凄い大失敗して、何だろ……この世で1番まずい料理みたいな黒い物を……作っちゃったことあるけど、リヴァイの奴、味見して、気絶させて救急車に運ばれた事もあるのよね。それでも私に料理させようとしてくる時があるから、あいつ、Sに見せかけた本当はドMなんじゃないのかなって思う時もあるけど」

エレン「えええ……」

何か似たようなエピソードを聞いたことあるような。

あ、ペトラ先輩のまずい料理か。あの時も全部食べたって言ったっけ。

ハンジ「あいつがいろいろ世話してくれるのは有難いんだけどねー。でも正直、私は今のままで別に不満はないのよね。多分、それが一番いけないんだろうけど」

エレン「そうなんですか……」

今の生活に満足しちゃってるなら、変化は望めそうにないのかもしれない。

でもなあ。オレ、この2人、案外お似合いな気もするんだよな。

ペトラ先輩には悪いけど。すごく悪いとは思うけど。

ハンジ「エレンは、彼女のどこが好きなの?」

エレン「え?」

急にオレの方に話の矛先が向いて恥ずかしくなった。

エレン「やーそれは、ええっと……」

ハンジ「聞かせてよー人の恋話を聞くのは大好きなんだよねー」

エレン「いやはや、ええと……」

どこから話せばいいかなーと思って頭を掻いていたら、

ミカサ「エレン、着替えてきた。交替しよう」

と、ミカサがいち早くコスプレを済ませて戻ってきた。

おおおおおおおなんだこれ!? 予想以上に可愛い!!

え? でも、これ、男装なんだよな? すげえ! 似合ってる!

心臓バクバクしてきた。ヤバい。顔が赤いかも…。

ハンジ「可愛いねー! こりゃナンパされちゃうね! 私が持ち帰りたいくらいだわ」

エレン「ダメですよ! 持ち帰ったら!」

ミカサ「持ち帰るのはエレンのみ許可」

エレン「あ、オレならいいんだ?」

ミカサ(こくん)

やっべー! もう誘惑すんなよミカサあああああ!

うわああああ……どうしよ。思っていた以上にテンション上がってきた。

エレン「じゃあミカサ、交替して貰っていいか? オレも更衣室で着替えてくる」

ミカサ「うん。混んでいるので気を付けて」

エレン「了解!」

という訳でミカサと交替して更衣室に移動する事にした。

衣装はとりあえず、袋に入れて貰っていたのでそれを持っていく。

一応、キャラの全身絵が一緒に袋の中に入っていたのでそれを参考に着てみる。

と言っても、オレのキャラ、上半身が殆ど裸だけどな。

更衣室の中は確かに混雑していた。あ、アルミン達は着替え終わっているみたいだ。

エレン「今、ミカサと交替してきた。アルミン、可愛いな!」

アルミン「いやーまさかヘソ出しキャラとは思わなかったよ」

赤い髪。顔には黒子がいくつか。そしてセクシーなヘソだし衣装に着替えたアルミンが照れていた。

アルミン「でも僕のより、マルコのが凄い凝った衣装だよ。ねえ?」

マルコ「凄いよ。こんなの着るの初めてだよ」

マルコは白っぽい衣装で、髪型も白っぽかった。長い白髪のかつらをつけている。

凄い。荘厳な衣装だ。洋風の巫女さんっぽいデザインと言っていいのかな?

元ネタはゲームなんだよな? 確か。だったら衣装が凝っているのも頷けた。

オレは早速、自分の衣装に着替えた。オレのはそんなに衣装の面積ねえから着替えるのは早かった。

頭に耳(?)みたいなのをつけて完成だ。

エレン「よしいくぞ。あれ? ジャンは?」

ジャン「いるぞ」

エレン「うわあああ?! 気づかなかった?! 誰だよお前?!」

ジャン「うるせえな。トールとかいう奴らしいよ。髪を大分いじられたよ」

髪色が全然違ったから気づかなかった。剃り込み? っぽいのもある。

露出はオレとどっこいだな。さて、全員着替え終わったのかな?

と、周りを見てみると……

リヴァイ「はあ……今日は帰ってから自分の部屋の掃除をしようと思っていたんだがな」

と、ぼやいているリヴァイ先生を更衣室の中で発見した。

乗せられて着替えさせられたようだ。いや、実は満更でもないのかもしれないけど。

ショタゼウスとか言ってたな。ゼウスって、あのゼウスなのかな。ギリシャ神話の。

カジカジ「皆、着替え終わったなら一旦出ましょう~」

カジの奴はオレと似たような衣装だけど、服の面積は多かった。

エレン「なあカジ。お前のキャラ何?」

カジカジ「え? エレンと同じだよ。アヌビス。学生服の方だね」

エレン「ええ……同じキャラで衣装違うバージョンあるならそっちが良かったぜ」

カジカジ「ははは! 俺の方が先に衣装合わせしたから早い者勝ちだよん♪」

エレン「オレ、この元ネタ知らねえんだけど、カジは知ってる?」

カジカジ「うん。アニメにもなった乙女ゲームだよ。アニメはカオスな展開で面白かったよ~」

エレン「そっか~アニメになってるならそっちだけでも後で観ようかな」

とかいろいろ言いながら外に出ると、女子も大体着替え終わっていたようだ。

ハンジ「やっほー皆そろった~?」

いつの間にかハンジ先生も着替えていた。片眼鏡キャラになっている。

スカーレット「後で写真撮るからね。リヴァイ先生、お願いしていいですか?」

リヴァイ「はいはい」

と、少し投げやりなリヴァイ先生だった。

ガーネット「ハンジ先生! 壁ドンやって下さい! ペトラ先輩と!」

ハンジ「壁ドン?」

ガーネット「壁側にこう、手をドンってやって顔を近づけるんです!!」

ハンジ「こう? (ドン)」

ガーネット「もっと激しく!」

ハンジ「難しいなあ…こう? (ドン)」

リヴァイ「そうじゃねえだろ。こうだろ? (ドン!!)」

と、その時、その音に皆びっくりして注目されてしまった。

そして、何故か周囲から拍手が。

お客さん1「生壁ドンだー」

お客さん2「ショタゼウスの壁ドンだ!」

お客さん3「壁ドン先生も頑張って!」

と、何故か野次(?)られてしまった。

ペトラ先輩はリヴァイ先生に顔を近づけられて目を白黒している。

ペトラ「あの、先生……顔、近いです」

リヴァイ「あ、ああ……すまん」

ハンジ「あんたが私のキャラをやった方が良かったのかも?」

スカーレット「でも身長が足りないんです。すみません……」

リヴァイ「うぐっ……」

微妙に傷ついたのかリヴァイ先生が嫌な顔をしていた。

そんな感じで皆、それぞれにワイワイ、写真を撮ったり店番を交替したりして午前中を過ごしたらあっという間にお昼になった。

ミカサ「エレン、休憩しよう」

エレン「おう。そうだな」

ガーネット「あ、休憩するなら飲み物もお願いしていい?」

エレン「了解でーす」

という訳で自動販売機のところまで移動して、ちょっと外の空気を吸う事にした。

ミカサ「エレン、寒くない?」

エレン「んにゃ全然。むしろ丁度いいくらいだな。上半身裸だけど」

ミカサ「そう……(汗ダラダラ)」

エレン「あ、ミカサは着物だから暑いのか」

ミカサ「す、少し……(ぼーっ)」

エレン「んーもう写真も撮ったし、元の恰好に戻ってもいいんじゃねえか? ちょっと早いけど、先に着替えたらどうだ?」

ミカサ「う、うーん。でも……」

エレン「体調の方が大事だろ? 水、先輩達に渡して来たら着替えようぜ」

ミカサ「…………」

エレン「ん? どうした?」

ミカサの様子が変だな。

ミカサ「エレン……」

エレン「うん」

ミカサ「…………か、可愛い」

エレン「おう。ミカサの衣装、可愛いぞ」

ミカサ「そうじゃなくて、エレンの恰好、可愛い」

エレン「あ、オレ? そうかあ?」

ミカサ「……………(ハアハア)」

何だ? ミカサの様子が変だな。

息が荒い気がする。そのままオレの方に顔を寄せてきた。

そして、オレの胸の突起にそっと、指を触れてきて………

エレン「?!」

え?! ちょ……待て?! ミカサ、まさか!

発情しているのか?! まずいまずい! ここ、通行人にガッツリみられるし!

アヌビス神化コスプレにうっかり発情しちゃったミカサ。
エレン、どうする?! ってところで続く。続きはまたノシ

ちなみに、私はリヴァイ兵長と、エレンらぶです。

昨日は眠気に勝てず、変なところで区切ってすまんね…。
あ、>>812さん、ここのスレはリヴァエレは扱っていないんで、
雑談スレに移動して下さい…。(キャラ単体好きかも分からんが)

自販機の前でミカサがしなれかかって、オレの胸の突起を弄ってくる。

エレン「っ……!」

まずい。あっ……これ、本当にまずい…。

普段は乳首でここまで感じる事はないけど、この状況下と、ミカサのコスプレのせいでブーストかかっている感じだ。

思わず女みたいな声が出そうになって慌てて口を閉じる。

や、やめさせないと……通行人に気づかれちまう!

ミカサ「エレン……私、最近、変なの」

エレン「え?」

乳首いじりを止めさせようとしたその時、ミカサが呟いた。

ミカサ「体が火照って、熱っぽくなって、ま、股がびしょびしょに濡れる事が増えて……エレンの事を考えると、体の制御がきかないような、変な感じになるの」

エレン「!」

あ、もしかしてこれ、この間言いかけたあの話の続きか?

ミカサ「どうしたらいいの? こんな状態はとても辛い。どうしたら、どうしたらいいの?」

ウルウル見つめてくる男装ミカサにオレの下半身はビンビンに張りつめた。

うああああああ生殺しいいいいいいい!!


ざわざわざわざわ………


喧騒に包まれながらオレの脳内は天使と悪魔が大戦争を起こしていた。

悪魔エレン『ちょっとくらいイチャイチャしちまえよ! 死角に連れ込めばいいじゃん』

天使エレン『馬鹿! 通行人に気づかれるに決まってるだろうが!』

悪魔エレン『いや、意外とバレないって! 大丈夫大丈夫!』

天使エレン『何を根拠に言ってんだよ!? 無理だろ?! 人多すぎるだろ?!』

悪魔エレン『でも、こんな和服男装ミカサが折角、お誘いしているんだぞ?!』

天使エレン『で、でも、親父との約束が……』

悪魔エレン『誓約書にはあくまで「自分から接触してはいけない」だっただろ? ミカサから接触した場合はノーカンなんじゃないのか?』

天使エレン『!』

あ、今気づいた。そう言えばあの誓約書は「オレ」から接触してはいけないんであって、ミカサからの接触ってどうなるんだろ?

確認してなかった。これってどうなるんだろ?

悪魔エレン『だから、このケースの場合は違反じゃねえって! いけいけ!』

天使エレン『いや、でも……あああん!』

天使のオレが、ミカサの指テクで快感を覚え始めた。

天使エレン『で、でも……あの誓約書は、親父の信頼を得る為にした事だから、性的な接触そのものが違反になるんじゃ……』

悪魔エレン『そんなん知るか! 誓約書は誓約書だろうが! 違反してなければ、やっていいんだよ!』

天使エレン『そうなのかな……』

悪魔エレン『ミカサ、辛そうだろうが。ほら、熱を解放させてやらないと、どんどん辛くなる一方だぞ?!』


ごくり………


生唾を飲み込んで、オレはミカサと見つめ合った。

じりじりと脳内が焼けつくような感覚に囚われながら徐々に顔を近づける。

この時のオレは通行人の存在を完全に忘れていた。

公共の場なのに。ミカサの体温が、汗が、匂いが、オレの理性を完全に吹っ飛ばしかけていた。

でも、その時…………



ミカサの母『ただ、親としては心配はするのよ。特に女の方には、妊娠と言うリスクがあるから』



はっと思い出した。それはミカサのお母さんが発した言葉だ。

そうだった。あの誓約書を「何の為に」かわしたのかを忘れかけていた。

ミカサを守る為じゃねえか。なのに、ここでミカサとそういう事、していい訳ねえ!

悪魔のオレを土壇場でうっちゃりかまして土俵の外に追い出して、オレはミカサの額に頭突きをした。

ミカサ「うっ……!」

ぷしゅーっと、お互いにダメージを食らいながら倒れた。

ミカサ「え、エレン……酷い……」

ちょっと涙目のミカサが可哀想だったけど、ごめん。

エレン「わ、悪い。ちょっと頭冷やしたくてな……」

ミカサ「ううう………」

エレン「ミカサ、ここは公共の場だ。チチクリあっていい場所じゃないぞ」

ミカサ「は! そうだった……」

ミカサもようやく我に返ったのか、赤くなって俯いた。

ミカサ「ごめんなさい。つい……エレンの色気に負けそうになった」

エレン「そ、そうか……」

なんかミカサもたまに男みたいな事言うけど、女にもそういうのあるんかな。

ミカサ「と、とりあえず、戻ろう。一度着替えてリセットしたい」

エレン「ああ、そうだな」

という訳で自販機で水とかジュースとか買ってから、先輩達のところに戻る事にした。

そしてちょっと早いけど、オレとミカサは私服に戻って、今度はいろいろ店を見て回る事にした。

何かいろんなお店があるんだな。漫画だけじゃなくて、手芸を中心に売っているお店もある。

ペンダントとか、イヤリングとか。手作りっぽい。

ミカサ「あ、可愛い……」

その時、ミカサが足を止めて手芸を見ていた。

エレン「買って行くか?」

ミカサ「うーん、どうしよう?」

エレン「今日はイベント用に少しは金貰っているから、いいんじゃねえか?」

お祭りの時は何を買うかなんて計画立てないもんな。ノリで買い物するし。

ミカサ「ではひとつ、エレンと御揃いで……」

エレン「ん。どれにする?」

ミカサ「これ……」

と、指さしたのは、可愛いペンダントだった。

鍵の形をした、金属製のペンダントだ。

エレン「じゃあそれにするか。同じの2つ下さい」

という訳で、ちょっとした土産も買ったし。2人で満足していると、

ミカサ「そういえばさっきから不思議に思っていたけど、どうして男同士でエッチな事をしている漫画が多いのかしら?」

と、唐突にミカサが言い出したので吹いてしまった。

エレン「ぶふーっ……ああ、BLの事か」

ミカサ「うん……ちょっと先程、立ち読みをしたけれど、そういう本がとても多いように思えるけど、何故?」

エレン「いや、それはオレにも分からん。マーガレット先輩に聞くしかない」

ミカサ「今日は聞けないので残念……」

エレン「ミカサはこういうオタク文化って抵抗ねえのか?」

ミカサ「? 抵抗というより、よく分からないと言った方が正しい」

と、ミカサが言っていた。

ミカサ「疑問符が先に来て、いまいちよく分からない。エレンはジャンとよく喧嘩しているし、男同士でキスするのも抵抗があるように言っていたし、男同士でイチャイチャする事って、あまり現実ではないように思える」

エレン「まあ、フィクションだから別にいいんじゃねえの? そこは現実と同じじゃなくても」

ミカサ「それはそうだけど、では何故、それがこんなに人々に求められるのか。不思議」

OH……それは激しく同感だぜ。ミカサ。

ミカサ「多分、私には分からない何かがあるに違いない」

エレン「あ、あんまり興味は持たなくていいぞ、ミカサ。染まって欲しくねえからな」

ミカサ「そう……」

と、ミカサと雑談していたら、アルミンとアニのペアと遭遇した。

手荷物が結構ある。アニはぬいぐるみを沢山買っていたようだった。

アニ「あ、ミカサ。丁度良かった。これ、あげる」

ミカサ「……!」

アニ「神々の遊戯(あそび)のメリッサだよ。作っている人、やっぱりいた。あんたこういうの好きそうだと思って買っておいた」

ミカサ「お、お金は……」

アニ「いい。要らない。これはその……アレだよ。この間のお詫びだよ」

ミカサ「?」

アニ「その、ごめんね? 嘘情報言っちゃったから」

ああ、法律の件か。アニも律儀な奴だな。

ミカサ「で、でも……」

エレン「もらっておけばいいじゃねえか。なんかおでん君に似てるな、こいつ」

アニ「まあね。でも私はメリッサの方が可愛くて好きだよ」

ミカサ「この愛らしさ、いい……」

ふにふに遊んでいるミカサも可愛い。やっぱり女の子なんだなあ。

アルミンは一心不乱に立ち読みをしていた。

アルミン「うーん、もう3万使っちゃったし、これ以上買うのもやばいかな……」

?! おいおいアルミン、ちょっとそれは使い込み過ぎだぞ?!

エレン「あ、アルミン、帰りのバス代大丈夫か?」

アルミン「え? ああ……大丈夫。今日は一応、5万はおろしてきているよ」

エレン「?! なんでそんな大金持ち歩いてるんだよ?!」

アルミン「ええ? コミケってそれくらいお金使うって、ネット情報に書いてあったから。平均で3万は使うって。すごい人になると10万いくらしいよ」

エレン「えええええ………」

どんな世界だよ。皆、金持ちだなあ。

エレン「オレ、さっきペンダント買ったくらいだぞ……何をそんなに買い込んだんだよ」

アルミン「ええっと、一応健全本だけだけど、西方ものとか。アイマスとか。艦これもそこそこあったね」

アルミン、すっかり馴染んでやがる。適応能力すげえ。

アルミン「だって1冊500円~1000円くらいするんだよ。薄い本だけど、10冊買ったらあっという間に1万越えちゃうんだよ。しょうがないよ」

通りで手荷物多いと思ったよ。つか、アニにも持たせてるし。

アニ、体力あるからいいけどさ。普通、女子に荷物持たせるほど買わねえだろ…。

アニ「あ、心配しないで。アルミンと回し読みするから問題ないよ。私もジャンル分かるし。むしろ私がアルミンに買わせたようなもんだから」

エレン「え? アニ、その辺のジャンル分かるのか?」

アニ「私は腐っている方の女子じゃないけどね。いろいろジャンルは雑多だけど、漫画も含めて好きだよ」

ああ、やっぱりそうだったのか。アルミンと合う筈だな。

ミカサ「すごい。皆、すっかり楽しんでいる」

ミカサも感心していた。オレもそう思うよ。

と、その時、後ろの方から声が聞こえた。あ、リヴァイ先生とハンジ先生だ。

ハンジ「これで全部かなあ……すごいねえ。触手プレイとか、想像力豊かでびっくりするよ」

リヴァイ「お前、絶対、プレイそのものじゃなくて、触手の描写の方に興味あるだろ」

ハンジ「当たり前でしょ! 生物学的にあの造形は芸術的な美しさを持っていると思うよ?! 出来れば吸盤の部分をもっとリアルに描いてくれたら……」

リヴァイ先生がげんなりしている。そう言えばハンジ先生は生物の先生だった。

ハンジ「本当に18禁本買わないの? リヴァイ、最近、ご無沙汰しているんじゃないの? 大丈夫?」

リヴァイ「ご無沙汰しているのは事実だが、心配されるような事じゃない。それより早く帰って風呂に入りたいんだが……もう帰っていいか?」

ハンジ「ええ? もうそんな時間だっけ? あ、1時か。そろそろお開きムードだね」

リヴァイ「そうか。なら帰っていいな。よし、着替えてくるからオレは先に帰る」

ハンジ「あ、先に帰るなら荷物も一緒に持って帰ってよー私の部屋に置いておいてー」

リヴァイ「ああ、分かった。これで全部だな(ヒョイ)」

すげえ。リヴァイ先生、あれだけの手荷物を簡単に運んでいる。さすがだ。

なんかすっかり彼氏ポジションのような気がするんだけど、本人達気づいてないんだよな。

ハンジ「わーいありがとう! 今日は私、多分帰り遅くなるから」

リヴァイ「……何? この後、どこかに寄るのか?」

ハンジ「うん。モブリットと約束があってね。2人で飲みに行く予定なんだ♪」

リヴァイ「!」

え? そうなんだ。モブリット先生、さり気にやるな!

リヴァイ「………お前、風呂に入らないまま行く気か?」

ハンジ「え? そうだけど、何かまずい?」

リヴァイ「デートするのに汚いまんまで行く馬鹿がいるか! 今日の私服だって、男みたいな恰好だっただろう!」

ハンジ「え? デートじゃないよ? 飲みに行くだけだよ? ノミニケーションだよ?」

リヴァイ「アホか。そう思っているのはハンジだけだ。よし分かった。そういう事なら一緒に帰るぞ。服から全てコーディネートしてやる」

ハンジ「ちょっと待ってよ?! それは流石に悪いって!! あんた、自分の部屋の掃除するんじゃなかったの?!」

リヴァイ「俺の事は後回しでいい。いいから一緒に帰るぞ!!」

ハンジ「ええええ……本気なのおおおおお?!」

ずるずるずる………

あ、拉致られた。ハンジ先生、リヴァイ先生に完全に捕まったな。

ジャン「………なあ、あの2人って付き合ってるのか? 付き合ってないのか? どっちなんだ?」

その時、ジャンとマルコもこっちに合流してきてぽつりと呟いた。

ミカサ「良く分からない。でもリヴァイ先生は変態なんだと思う」

ジャン「ああ。オレもそれは今、思った。アレ、自分で気づいてねえのかな?」

エレン「気づいてないらしいぜ。エルヴィン先生に言わせると」

ジャン「うわあ……」

ジャンがドン引きしていた。こいつがドン引きするんだからよっぽどだよな。

マルコ「うーん、女性の服を自分でコーディネートしてやるっていう発想って、どう考えてもアレだよね」

アルミン「うん……アレだよね」

2人は優しいからか「アレ」で会話を済ませている。

アニ「あの2人って、のだめ☆カンタービレの主役二人みたいだね」

あー。確かに。似ているかもな。関係性が。

ただ、あの2人と違って、のだめっぽいハンジ先生は、リヴァイ先生の事、好きっていう自覚がないけど。

エレン「あ、そう言えば他のメンバーはどうしたんだ? もう帰っちゃったのかな」

アニ「ああ、3年生達はさすがにね。先に帰ったよ」

アルミン「カジ君達はまだ遊んでいるみたいだけど、2時までだからそろそろ僕達も帰り支度始めようか」

マルコ「そうだね。時間ぎりぎりに更衣室に戻ったら混雑しそうだし」

という訳で、皆もコスプレ姿から私服に戻って、スカーレット先輩達のところに戻ったのだった。







んで、2時にはきっちり退場してオレ達はそのまま学校に戻って演劇部の準備の方に戻った。

こっちはこっちで衣装とか背景のセットとかを制作している最中だ。背景は体育館の倉庫の近くの空いたスペースを借りて制作している。今日のコミケの戦利品を漁るのは後日にするらしいが、スカーレット先輩とガーネット先輩がうずうずしていて仕事にならなかった。

エレン「あー……読んでいいですよ。先輩達。オレ、残りの作業をやっておくんで……」

スカーレット「本当?! いいの?!」

エレン「目が泳いで集中してないでしょう」

スカーレット「本当にごめんなさい!!」

と、いう訳で先輩達は小休止。残りの作業はオレとアルミンとマルコの三人でトンカントンカンやる事になった。

エルヴィン「やあ皆。調子はどうだい?」

裏方作業をしていたら、休みの日なのにエルヴィン先生が様子を見に来てくれた。

エルヴィン先生、副顧問なのに割とまめにこっちの様子も見に来てくれる。有難い。

エレン「まー一応、この調子でいけば間に合いそうです」

エルヴィン「ふふっ。なら良かった。ところで、コミケは楽しかったかい?」

エレン「まあそれなりに。人多かったですけどね。あ、ハンジ先生とリヴァイ先生も来てました」

エルヴィン「そうか。では二人も楽しんだようだね。それは何より」

エレン「あの~今日、ハンジ先生とモブリット先生、飲みに行くらしいんですけど、ご存じでしたか?」

エルヴィン「うん。勿論知ってるよ」

エレン「その事がリヴァイ先生にもバレちゃって、リヴァイ先生、やたら張り切って、ハンジ先生をコーディネートするって言って拉致っていったんですけど」

エルヴィン「うん。まあ、リヴァイならそうするだろうね」

エレン「それって、やっぱりおかしいですよね。自覚ないのにも程があるっていうか……」

エルヴィン「自覚があったら、そもそも飲みに行かせないか、自分も飲みに参加するだろうね」

エレン「もし本当にハンジ先生とモブリット先生がくっついちゃったら、リヴァイ先生、どうするんだろ」

エルヴィン「ふふふっ………一生独身のままじゃないのかな?」

エレン「か、可哀想な気がしますけど」

エルヴィン「その時は自業自得だね。まあでも、大丈夫じゃないかな。私はあの2人が離れる未来は想像出来ないよ」

エレン「そ、そうなんですか?」

エルヴィン「うん。私はこう見えても博打が得意でね。ギャンブルが大好きなんだ。勝負師としての勘が、そう言っているから間違いないよ」

そう言えば賭け事していたんだっけ。人の恋路で。

とりあえずここまで~続きはまたノシ

酷い話だけど、だとすると、

エレン「その根拠はどこにあるんですか?」

エルヴィン「ん? 博打を打つ根拠の事を言ってるのかな?」

エレン「はい。それだけ自信満々で言い切るくらいだから、何か知っているのかと……」

エルヴィン「ふふふっ……気になるのかい?」

エレン「はい。かなり」

エルヴィン「知りたいなら、エレンも賭け事に参加だよ。お金は賭けなくてもいいけど、何か賭ける物はあるかな?」

エレン「ええええ………」

そんな事を言われても。何を賭けたらいんだろう?

エルヴィン「思いつかないならこっちが提案してもいいかい?」

エレン「はあ……まあ、いいですけど」

エルヴィン「そうだね。負けたら君自身の恋話も私とピクシス先生に全部暴露する事。それで手を打ってあげよう」

エレン「え……ええええ?!」

それは恥ずかしい賭け事だ。というか、人の恋路が好き過ぎるだろ。この先生!

エレン「わ、分かりました。ええっと、オレはリヴァイ先生とハンジ先生がくっつく方に賭けます」

エルヴィン「時期はいつにする?」

エレン「それもやるんですか? うーん………」

時期、かあ。

エレン「………………なんとなくですけど、クリスマスとか?」

エルヴィン「丁度、リヴァイの39歳の誕生日だね。分かった。そこまでをタイムリミットにしよう」

エレン「え? リヴァイ先生、クリスマスが誕生日なんですか」

エルヴィン「うん。そうだよ。12月25日生まれなんだ」

エレン「へー」

エルヴィン「まあ私もそのあたりまでには何か動きが起きるんじゃないかと思っているけどね」

エレン「じゃあ、エルヴィン先生の根拠を教えて貰っていいですか?」

エルヴィン「うん。いいよ。あの2人はね………」

ハンジ「エルヴィン!! 助けて!!」

と、その時何故か、タンクトップと短パン姿のハンジ先生がこっちに猛ダッシュしてきた。

え? なんでそんなに軽装なんだ? ハンジ先生。

エルヴィン「おやおや、どうしたんだいハンジ」

ハンジ「はあはあはあ……」

エルヴィン「相当、急いで逃げてきたみたいだね。髪、濡れているよ?」

ハンジ「あ、うん。髪、乾かす前に逃げてきた。ええっとね……」

その時、エルヴィン先生の携帯電話が鳴った。

エルヴィン「あーちょっと待ってね」

エルヴィン先生が電話に出た。相手は恐らく、

エルヴィン「うん、リヴァイか。どうしたんだ? ふむ。ハンジならここには来てないよ。え? 逃げた? 分かった。見つけたら知らせる。ん? ああ……モブリットとの飲み? うん。知ってたけど。何時から? 確か5時くらいとか言ってた気がするけど? でもモブリット先生の仕事が終わってからになるんじゃないかな? 彼、今年の文化祭の実行委員の担当教員だし。うん。ああ、分かった。じゃあね」

と、ナチュラルに嘘をついて煙に巻いたエルヴィン先生の手段に鳥肌が立った。

すげえ! あんなに自然に嘘つく人、初めて見た。

エルヴィン「とりあえず、隠しておいたけど。どうしたんだい?」

ハンジ「はーはー……あのね」

エルヴィン「うん」

ハンジ「リヴァイの奴、私にスカート、はかせようとしてきたから、あいつが私のスカートを探している間に、自分の部屋のベランダから飛び降りて逃げてきた」

エルヴィン「それはまたダイナミックな逃走劇だったね。ハンジの部屋は3階だろ?」

ハンジ「2階のリヴァイの部屋のベランダを伝って、何とか降りた。もーあいつ、はりきり過ぎだよ! 何でただの飲みにスカートはく必要があるのよ~!」

エルヴィン「ははは……リヴァイの中では、飲む時は女性はスカートをはいてて欲しいんじゃない?」

ハンジ「飲むのはリヴァイとじゃないんだけどな……モブリットはそういうの、希望したこともないよ?」

にしても、ハンジ先生、風呂に入りたてなのかな。なんか、いい匂いがする。

いつもと違う雰囲気に、ちょっとオレもうっかりドキドキしてしまった。

普段はちょっと臭いくらいだから、そのギャップが凄い。

それにいつもより綺麗に見える。人間、風呂に入るとやっぱり違うんだな。

エルヴィン「まあねえ。その辺はモブリットの趣味に合わせるべきだよね。で? どうするんだい? もう自宅には戻れないだろ? その恰好のまま、飲みに行くのかい?」

ハンジ「あーさすがにこれは軽装過ぎるよね。あ! 演劇部の衣装を貸してくれない? 今日はそれで妥協するよ」

エレン「えええ……でも、ハンジ先生が着れるサイズの服ってあったかなあ」

ハンジ先生の身長はオレとあんまり変わらない。

とりあえず、オレはハンジ先生と部室に戻って、ハンジ先生が着れそうな服を探してみる事にした。

エレン「んー……あ、仮面の王女の公演の時の衣装とかどうですか?」

ハンジ「どれどれ?」

エレン「これとか。オレが着た衣装ですけど。身長が近いからいけるんじゃないですかね?」

ハンジ「ええ……スカートはちょっと……」

エレン「ああ、そっか。んじゃあ、このツナギとかどうですか?」

それは劇の後半で着ることの多かったツナギの衣装だった。

ハンジ「あ、これにする! ありがとうエレン!」

という訳でハンジ先生がツナギを着る事になった。そして……

ハンジ「どう? 似合うかな?」

と、着替えて出てきたハンジ先生の姿は……

やべええ! なんか、体のラインがはっきり分かってかえってエロい!

そっか。体型はハンジ先生の方がちょっと太いのか。オレ、痩せているからギリギリだったのかもしれない。

エレン「きつくないですか?」

ハンジ「大丈夫だよ? のびる素材みたいだし。動きやすいし。普段着に欲しいくらいだよ」

エレン「そ、そうですか……」

ツナギ姿でデートって。まあ、ハンジ先生らしいと言えばらしいか。

ハンジ「男女で若干、体型のラインが違うからね。ちょっとお尻がぴちぴちだけど、許容範囲だよ」

エレン「そ、そっか……」

あ、それもそうか。この衣装、オレの体型ラインに合わせて作ってあるからそうなるのか。

いやーでも、これ、モブリット先生、見たら浮かれて喜びそうだよな。

そんな訳で、ツナギ姿になったハンジ先生と一緒にエルヴィン先生のいる作業場まで戻ると、

エルヴィン「おお。丁度いい衣装があって良かったね。似合ってるよ」

ハンジ「そう? なら良かった! モブリット、まだ仕事終わってないのかな?」

エルヴィン「予定ではそろそろの筈だけどね」

ハンジ「ちょっと電話して貰っていい? 私、何も持って来てなくて…」

エルヴィン「体一つで逃げてきたんだね。了解」

という訳でモブリット先生と連絡を取り合うエルヴィン先生だった。

エルヴィン「モブリット先生。エルヴィンです。はい。今、どんな状況ですか? はい。ああ、そうですか。分かりました。いえ、今、こっちにハンジ先生がいるものですから。はい。ああ、ついでに寄ってくれるんですね。分かりましたー」

と、言って電話を切った。

エルヴィン「丁度仕事が終わったところだよ。こっちに来てくれるって。そのまま飲みに行って来たらいいよ」

ハンジ「ありがと~エルヴィン! じゃあモブリットが来たら行ってくるね! ここで待たせて貰うね!」

と、いう訳で電話の後、5分もしないうちにモブリット先生がこっちに来た。

モブリット「やーすみません。いろいろ雑用が終わらなくて。今さっき、やっと終わりました………?!」

やっぱりモブリット先生が赤面した。やっぱりこうなるよな。

モブリット「あの、ハンジ先生。その衣装は……」

ハンジ「あはは! 演劇部の借り物なんだ! ごめんね! ちょっといろいろあって、この服しかなくてね」

モブリット「いえ、いいんですけど………いやあ、似合ってますね(デレデレ)」

と、2人は仲良さそうにデートに出かけてしまった。

そしてその10分後くらいに、今度はリヴァイ先生が作業場にやってきてしまった。

リヴァイ「……………」

うわあ。凄い顔している。こんな不機嫌な先生、初めて見るな。

リヴァイ「エルヴィン。ハンジを隠してないか?」

エルヴィン「ん? 何故そう思う?」

リヴァイ「いや、その可能性もあるなと思って、一応こっちに来たんだが……」

どうするんだろ。説明するのかな。エルヴィン先生。

やべえ。気になって作業がはかどらねえ。

リヴァイ「あいつ、財布も携帯も持たずに逃げ出したからな。一応、持って来てやったんだが」

エルヴィン「ふふっ……リヴァイ。それは心配無用だよ。さっき、モブリットと一緒に出掛けて行ったから」

言っちゃったー! これは煽る気満々だな。エルヴィン先生。

あれ? でもエルヴィン先生ってハンジ先生側にお金賭けてたような。

ま、いっか。とにかくリヴァイ先生の反応が見たくてチラチラ盗み見する。

リヴァイ「は? あの格好で行ったのか? 馬鹿かあいつ」

エルヴィン「いやいや、服はちゃんと着て行ったよ。演劇部にあった物を借りて行ったんだ」

リヴァイ「ああ……なるほど。そういう事か」

と、ちょっと安心した様だった。

リヴァイ「演劇部にもスカートはあったな。ワンピースや、女性物の服もあった筈だし」

エルヴィン「いや? ハンジはツナギ姿で出かけて行ったよ。スカートは選ばなかった」

リヴァイ「……………そうか」

あ、頭抱えている。よほどスカート推しだったんだな。アレ。

リヴァイ「ツナギか………まるで作業員のような格好だな。いいのかそれで」

エルヴィン「いいんじゃないのかな。別に。モブリットは喜んでいたよ」

リヴァイ「か、変わった奴だな。普通、こういう時はスカートをはくもんじゃないのか」

エルヴィン「それはリヴァイの希望だろ? エレン、そうは思わないかい?」

リヴァイ「そうなのか?」

こっちに話振ってきた! やべえ。なんて答えよう?

ちょっと迷ったけど正直に答える事にした。嘘ついてもしょうがねえし。

エレン「あーはい。正直言えば、ドキドキしました。すげえ似合ってたんで」

エルヴィン「うん。ハンジはツナギの似合う女性なんだよ。リヴァイ。彼女の事が気にかかるのは分かるが、今回はちょっとやり過ぎたんじゃないかな?」

リヴァイ「そ、そうか………」

リヴァイ先生が凹んでいる。やべえ。なんか可愛いな。

エルヴィン「リヴァイが焦るのはハンジの年齢のせいだね?」

リヴァイ「まあな。あいつ、もう36歳だし、今度の縁を逃したらもう、チャンスがないんじゃないかと思ってな」

エルヴィン「ふふっ……リヴァイは少し勘違いしているようだね」

リヴァイ「何がだ?」

エルヴィン「モブリットがハンジの外側だけを見て惚れていると思っているのかい?」

リヴァイ「え? 違うのか?」

エルヴィン「違うよ。彼はちゃんとハンジの内側の部分も知っている。月に一度の、綺麗な時のハンジにだけ声をかけている訳じゃない。ちゃんとハンジの汚い部屋の事も知っているし、そのままのハンジを好いているんだよ」

リヴァイ「め、珍しい奴もいたもんだな」

エルヴィン「そもそも、ハンジは結構モテるんだよ? だから例え40歳を超えたとしても、私は心配いらないと思うけどね」

リヴァイ「そうか。いや、でもしかし……」

エルヴィン「子供を産める年齢を越えたとしても、それはもうリヴァイの関与するべき部分じゃない。リヴァイ。今日はこの後、私と飲みに行かないか?」

リヴァイ「………そうだな。時間があるなら、頼む」

エルヴィン「素直で宜しい。じゃあエレン、あの話はまた今度でいいかな?」

エレン「あ、はい……」

気のせいだろうか。リヴァイ先生が揺れているように見えた。

ジャンがゴシップに耳ダンボする気持ちがちょっと分かってしまった気がする。

自分の時はそう思わなかったけど、人の恋路って客観的に見ていると楽しいもんだな。

リヴァイ先生とエルヴィン先生はきっと、今夜、大人の会話をするんだろう。その結果がどうなるにしろ、リヴァイ先生とハンジ先生がくっつくのか、それともモブリット先生とハンジ先生がくっつくのか。こればっかりは誰にも分からない。

先生達がその場を去ってから空気を読んでアルミンがオレの方に近づいてきた。

アルミン「ねえねえ、エレン。なんか面白い展開になってきたね」

と、ちゃっかり事態を見守っていたアルミンもニヤニヤしていた。

マルコ「だね。リヴァイ先生、ハンジ先生とくっつくのかな?」

エレン「さあな。でも、オレはそっちの方がいい気がするな」

と、オレ達三人は、クスクス笑いながらその日の残りの作業を進めていったのだった。





男装和服ミカサのミカサがオレの傍で寝転んでいた。

ミカサ『エレン、私の体を鎮めて……濡れ過ぎて困るの……』

おおおおおおお!?

今日のミカサは積極的だな。いや、ミカサは大体積極的だけど。

いつもよりもっと、積極的でけしからん。

男装和服のミカサが寄ってきて、まるで猫のように体を摺り寄せる。

いいぞいいぞ。もっとこっちにこい。

ふふふ……可愛いなあミカサ。

ミカサ『服が重いの。脱がせて……』

これ、どうやって脱がすんだろうな? 良く分からんが。

ミカサ『あん……!』

脱がさなくてもいいか。服の上から触ってもミカサは反応する。

ミカサ『やっ……エレン! そんな、触り方しないで』

無理だ。反応するミカサが悪い。

ミカサ『もっと、奥まで触って……もっと……』

よーしよし。前から尻の方まで手を伸ばして………




ミカサ「え、エレン! やっ……ちょっと待って!」

エレン「へ?」




我に返ると、そこは自分の部屋だった。

朝だった。ミカサが何故かオレの上に乗っていて、オレはミカサの股に手を伸ばして尻の方まで撫でていたようだ。

うああああああああ?! まさか夢とリンクしていたのか?!

慌ててミカサを離してその場で土下座する。

エレン「ごめんごめんごめんごめん!!! 寝ぼけてた。完全に今、寝ぼけてた!!!」

ミカサ「ううん、いいけれど。その……なかなか起きないから起こしに来ただけなので」

真っ赤になって、既にジャージ姿で準備していたミカサが照れていた。

そうだ。朝練があったんだった。忘れていたけど。

あー久々にいい夢見たな。朝練がなかったら夢の中で続きが出来たのになあ。

ミカサ「………朝練、サボりたい」

エレン「ダメだろ。今、考えた事はオレも思ったけど」

ミカサ「エレンとイチャイチャしたいのに」

エレン「ミカサ、オレもそう我慢強い方じゃないから誘惑するな」

ミカサ「ううう……(シュン)」

あーくそ! 親父との誓約書が今になって憎たらしく思う。

でもここでウダウダやっているわけにもいかず、オレは朝の準備をして早朝、いつものように学校に行った。

朝の6時に第三体育館に入ると、アレ?

リヴァイ先生の代わりにエルヴィン先生が朝から来ていた。

エルヴィン「やあおはよう。時間通りだね」

エレン「おはようございます。リヴァイ先生は……」

エルヴィン「ごめん。昨日ついつい飲ませすぎちゃってね。二日酔いにさせてしまったよ。今日は私が朝練を代行するから」

ミカサ「ありがとうございます! (キリッ)」

ミカサの気合の入れようが3倍になった。現金だなあ。

エレン「二日酔い……リヴァイ先生、酒弱かったんですっけ?」

カラオケの時は確かに陽気に酔っていたけれど。

戻したりはしてなかったから、ちょっと意外だった。

エルヴィン「いやいや。強い方だけど。昨日はほら、動揺していたみたいだし。ペース配分がおかしくなったみたいでね。私に合わせて飲んでいたら許容量を越えちゃったみたいだよ」

エレン「やっぱり、自分がおかしいってこと、まだ認められないんですかね」

エルヴィン「うーん……微妙なラインだね。でもさすがに昨日の件はやり過ぎたと反省していたよ。少し頭を冷やす時間が必要なんじゃないかな」

ミカサ「ずっと頭を冷やしておけばいい。水でもかぶって反省して欲しい」

エルヴィン「おっと、懐かしいフレーズだね。セーラーマーキュリーを思い出すなあ」

ミカサ「? セーラーマーキュリー?」

エルヴィン「ああ、今の子達は分からないのか。ぷりきゅあ世代だもんね」

ミカサ「?」

エルヴィン「ごめんごめん。ミカサはそういうのにあまり詳しくないようだね。さて、ストレッチしてから、いつもの練習をやっていこうか」

という訳でエルヴィン先生の殺陣を初めて見る事になった。

RECを用意して殺陣を撮影する。

おおお! エルヴィン先生もリヴァイ先生と負けない程、殺陣が綺麗だ。

何だろ。リヴァイ先生の殺陣が「豪」だとすればエルヴィン先生は「柔」って感じだ。

なめらかな動きについ見惚れてしまう。まるでダンスのような殺陣だった。

一通り終わって、ミカサはすぐ「すごい…」と言った。

ミカサ「リヴァイ先生とするのよりやりやすい。エルヴィン先生の方が殺陣がうまい」

エレン「そうなんだ」

ミカサ「うん。何故か良く分からないけど、動きが合わせやすいみたい」

エルヴィン「まあ、そうだろうね。殺陣は私の方が経験が長いから。最初に殺陣をリヴァイに教えたのは私だからね」

エレン「え!? そうだったんですか」

エルヴィン「うん。一応、こう見えても私は演劇関係者だったからね。役者も脚本も裏方も、一通り経験しているよ」

エレン「でしたら、余計にエルヴィン先生の方が顧問、向いているんじゃ」

ミカサ「リヴァイ先生と交替して下さい(キリッ)」

エルヴィン「いやいや、それは無理だよ。私もこの年になって、やる事が増えてしまってね。進路指導と3年の学年主任と、加えて麻雀同好会の顧問までやっている。それに演劇部の副顧問までやっているから、これ以上は難しいよ」

エレン「4つも掛け持ちしているんですか。先生達、大変なんですね」

エルヴィン「うーん。ま、私の場合はのらりくらりと、出来ない事はやらないように人に押し付けているけどね。リヴァイのように自分を犠牲にしてまでは生徒に尽くせないね」

エレン「でも、忙しいのは代わりないですよね?」

エルヴィン「忙しいのは大人になったら当たり前の事なんだよ。そこは自分で調整するしかないんだ。私が副顧問なら引き受けたのはそのせい。責任は負いたくないからだよ」

と、エルヴィン先生は苦笑いだった。

エルヴィン「ま、ずるい大人って事だよ。リヴァイはその辺、器用じゃないからうまくいかない事も多いんだよね。そこが可愛いんだけど」

可愛い2回目だ。エルヴィン先生にとってはリヴァイ先生は可愛い先生らしい。

あ、ミカサが「どこが?」って顔している。可愛いに賛同できないようだ。

エルヴィン「くくくっ………ま、リヴァイにとっては君達の方が可愛い存在なんだろうけどね。あいつは生徒の事が大好きだから」

ミカサ「!」

ミカサがガクブルし始めた。よほど嫌らしい。

エルヴィン「まあまあ、そこまで毛嫌いしないであげて。ミカサ。彼は君達生徒の事を、まるで自分の子供のように愛しちゃってる奴なんだ」

あーなるほど。だからか。

リヴァイ先生が時々、小さく笑っていたのはそのせいだったのか。

つまり、あの時の事はオレの勘違いだったんだな。

本当に良かった。あの嫌な予感が杞憂に終わって。

エルヴィン「そういう意味では恐らく、私よりリヴァイの方が教師に向いている。あいつ自身はそう思ってないようだが、技術的な部分より、精神的な部分の方が職業を選ぶ上で重要だと私は思うよ」

エレン「精神的な、部分……」

ちょっとその言葉が引っかかった。どういう意味なんだろう?

エルヴィン「うん。性格、と言い換えてもいいかもしれないね。私は確かに人に教える「技術」は持っているが、生徒の為に奔走する程、親身にはなれない。求められれば応えるけど、リヴァイのように自分が損してまで相手に働きかけようとは思わない性質なんだ」

ミカサ「で、でも……エルヴィン先生の授業は分かりやすいです」

と、ミカサはエルヴィン先生を贔屓しているけど、

エルヴィン「うん。でも、私の場合は生徒全員が分かる授業はやらないよ。35人中、20人分かればいいと思っているから残りの15人の事は見捨てるね。分からないですと自分から言わないなら、放っておく事にしている。でもリヴァイはそうじゃないんだよ」

エレン「あー確かに。そういう意味では滅茶苦茶親身に教えてくれますね。リヴァイ先生」

常に確認する感じだな。分からないところはないか? と自分から働きかけている気がする。

エルヴィン「うん。本来ならリヴァイの方が教育者として正しい姿だけど、それをやってしまうと、教えないといけない部分が終わらない。自分の仕事が終わらないと、今度は別の部分にしわ寄せがくる。それを続けて精神的に潰れていった教師を私は何人も今まで見てきているんだよ」

と、エルヴィン先生は苦い表情をしていた。

なんか、先生って思っていた以上に大変な職業なんだな。

エレン「じゃあエルヴィン先生がリヴァイ先生に教師を勧めた理由っていうのは、その「生徒思い」な部分を見抜いたからだったんですね」

エルヴィン「うん。生徒というか、もっと広い意味で言うと「子供」だね。あいつ、子供が好きなんだ。だから高校教師じゃなくても、中学でも小学でもやっていけると思うよ」

エレン「へーそうだったんですか」

リヴァイ先生は自分では向いてないと思っているのに、外から見たら向いていると思われるなんて、不思議な話だな。

エルヴィン「そういう意味では、必ずしも学業のレベルと高学歴が必要な職業が一致しない場合もあるね」

エレン「え?」

エルヴィン「頭がいいからと言って、医者や弁護士や政治家に全員向いている訳じゃないって事だよ。その辺の事を全く考えないで、頭が良いからといって、そういう職業を選ばせようとする親御さんが多いからね。いやはや、面倒臭いったら」

と、ちょっとだけ愚痴るエルヴィン先生だった。

エルヴィン「そういう意味では、特に学業で点数をとれる子の方が進路指導が難しいよ。親に洗脳されている場合もあるしね。ミカサの家は、その点どうなんだい?」

ミカサ「うちは……割と放任主義です。母は「あなたの判断に任せる」とよく言ってくれるので」

エルヴィン「それは良かった。だとしたら3年後が楽しみだね」

と、嬉しそうに笑ってエルヴィン先生はまた構えなおした。

そうか。先の事って言うのは、いろいろ総合的に考えた方がいいって事だよな。

オレはRECをしながら、今日のエルヴィン先生の話を頭に留めておくことにした。

そしてエルヴィン先生は2時間までせず、1時間で練習を終えてしまった。

エレン「え? もうおしまいでいいんですか?」

エルヴィン「うん。あんまり私との殺陣の癖をつけない方がいいし、軽く流す程度でいいよ。今日は」

エレン「そうなんですか」

ちょっと物足りない気もするけど、まあいいか。

そして朝の7時ちょい前。ハンジ先生が第三体育館にやってきた。

ハンジ「リヴァイおはよー! って、あれ? 今日はエルヴィンなの?」

エルヴィン「ああ。リヴァイは二日酔いでちょっと寝坊しているよ。8時15分からの職員会議までには学校に来ると思うけど」

ハンジ「えええ? 珍しいね。リヴァイ、二日酔いになるほど飲んだって事は、多分、20杯以上飲んでいるよね?」

そりゃ飲み過ぎだ!!!

エルヴィン「すまない。ついつい面白く……んんー私が飲ませ過ぎたんだ」

おや? 今、エルヴィン先生、何か言いかけたぞ?

ハンジ「そーなの? どうしたんだろうね? 何かあったのかな?」

あなたのせいですよ!! ハンジ先生!!!

エルヴィン「ははは………まあ、そのうち落ち着くさ。ところで昨日はどうだったんだい?」

ハンジ「楽しかったよー♪ モブリットはそんなに飲めない方だったけど、いろいろ話して楽しかった。また時間が合えば飲みに行くかもね」

エルヴィン「そうか。それは良かった。ところで、リヴァイからあの話は聞いたかな?」

ハンジ「何? 何の話?」

エルヴィン「フィーリングカップルの件だよ。出来ればハンジに出て欲しいって話」

ハンジ「え? それは聞いてないよ? え? 何で私??」

エルヴィン「そうか。じゃあ私から説明しよう。独身の女性の先生が何人か出て貰わないと企画が盛り上がらないって事なんだよね」

ハンジ「私より、リコとかイルゼ先生の方が良くない? 私、多分、女性の先生の中では最年長だよ? いいの?」

エルヴィン「うん。構わないよ。とりあえず人数合わせに参加して貰えないかな」

ハンジ「ん~まあ、人数合わせなら仕方ないか。いいよ。でも、野球拳の方が優先だからね」

エルヴィン「それは分かっているよ。大丈夫。調整するからね」

と、先生同士で話していたら、体操部員がそろそろぼちぼち集まってきた。

ミカサは先にシャワーを浴びていて、丁度戻ってきた。

エルヴィン「じゃあ今日はこの辺で。明日からはまたリヴァイとの練習に戻るからよろしくね」

ミカサ「はい……(残念)」

エルヴィン「じゃあまた後で」

と、いう訳であっさりとした朝練習が終わったのだった。

……ん? しゃ、洒落じゃないからな!? (今気づいた)

ハンジ「どーしよ。昨日、リヴァイプロデュースを断ったからヤケ酒煽ったのかな? でもねえ。そこまで落ち込むような事じゃないよねえ? どう思う? エレン」

エレン「え!? オレっすか?!」

どうしよう。何て答えたらいいのか。

汗だらだらしていたら、ミカサが先に答えた。

ミカサ「? 断って当然。恋人でもあるまいし、何故洋服の事に口を出されないといけないのか」

ハンジ「あ、いや、別に洋服の事に口出すのは別にいいんだよ。あいつ、服のセンスいいしね。ただ、昨日に限って言えば、ちょっとそれが仇に成りかねないなあって思ったからやめて貰ったんだ。私、別にモブリットを落とすつもりもなかったんだし」

エレン「あーそうですよね。確かに」

ハンジ先生にとってはただのノミニケーションだったんだしな。

ハンジ「あいつが服選んでくれるのは有難いと思ってるよ。というか、服の安売り情報とかまで回してくれるような奴だしね。その辺は感謝しているから。変な意味で勘違いしないで欲しいんだけど……」

と、ハンジ先生が困っている。

ミカサ「それって、普段はあのチビ教師に私服を選んで貰っているという事ですか?」

ハンジ「うん。洗濯とかも全部頼む場合もあるし、決めるのが面倒な時はあいつに任せるよ。その方が楽だもん」

こっちはこっちで問題あるなあ。本当に。

ミカサ「……………そうなってしまうと、リヴァイ先生の好みに染められてしまうのでは?」

ハンジ「え?」

ミカサ「いえ、それだけリヴァイ先生に任せきりにしてしまったら、恐らく、それはもう、リヴァイ先生の好みの物しか、ハンジ先生の服がなくなってしまうのでは、と思ったので」

ハンジ「え? ああ……別にそれでも構わないよ。私、基本的には服なんて着られればそれでいいもん」

ぐは! ある意味すげえなそれって。

ミカサ「だ、ダメだと思います。そんな事をしたら、ますますあのチビ教師が調子に乗る」

ハンジ「ええ? そうかな? もう丸投げしちゃった方が良くない?」

ミカサ「それは恋人同士でなら許されるかもしれませんが、ただの職場の同僚にそれを許してはいかがなものかと」

ハンジ「ええ? 私は別にいいのに? 許さない方がいいの?」

ミカサ「調子に乗ると思います。やめた方がいい(キリッ)」

ハンジ「そうかあ。そういう意見もあるのね。分かった。面倒臭いけど、今度から自分で私服を選ぶように頑張ってみる……(渋々)」

と、ハンジ先生といろいろ話してオレとミカサは教室に戻る事にした。

廊下を歩きながらオレは言った。

エレン「ミカサ、やけにハンジ先生を気にしているな」

ミカサ「あのチビ教師にハンジ先生は勿体ないと思うので。その、別の人とくっついた方がいいと思うので」

うっ……ミカサはモブリット先生派なのか。参ったな。

ミカサ「? どうしたの? エレン」

エレン「いや、何でもない」

エルヴィン先生と賭け事しているなんて、言えない。

リヴァイ先生の恋(?)の行方はどうなるのか。まだまだ先が見えなかった。

今回はここまで。もう寝ます。お休みなさいノシ

今更ながらハンジさんどんだけもてキャラなんだよ

>>843
いや、たまに掲示板でもハンジさん愛を熱く語ってる方が実際いらっしゃるので(笑)
そういう方はハンジさんの匂い嗅ぎたいとかくんかくんかしたいとか。
そういう方々をモデルにしてモテキャラにしています。
若い頃は美人だったよ! みたいな。






月曜日の時間割は午後から体育が2時間入っている。

その日のリヴァイ先生の授業はさすがにテンションが低く、皆、声をかけづらそうだった。

授業中、ジャンがこっそりオレに耳打ちする。

ジャン「なあエレン、アレ、なんかあったんかな?」

エレン「ああ……まあいろいろ」

ジャン「後でその『いろいろ』の部分を詳しく教えろよ」

エレン「別にいいけど、お前、やっぱりゴシップ好きだよな」

ジャン「あ? ああ……まあな。ついつい人事だと面白いと思っちまって」

エレン「自分の事は棚に上げて、か?」

ジャン「うるせえな。別にいいだろ。今はリヴァイ先生の話だろ」

と、こそこそ話しているのも、普段だったらすぐバレて「こら」と怒られるんだけどな。

気づいているのかいないのか。今日のリヴァイ先生は生徒のおしゃべりをスルーしている。

顔色もあまり良くないような気がする。大丈夫なのかな。体調の方は。

その日の授業は水泳の授業の最後の日だった。10月に入ったらまた別のスポーツをする予定の筈だ。

授業が終わってからすぐ、見慣れない人物の姿がプールサイドに現れた。

あ、ハンジ先生だ。噂の人物が自らリヴァイ先生に会いに来たようだ。

リヴァイ「? 何しに来たんだ? あいつ」

と、怪訝そうにしていたリヴァイ先生だったけど、一応、応対はするようだ。

皆、プールからあがって体を拭きながら、耳だけはリヴァイ先生とハンジ先生の会話に注目している。

ハンジ「やーリヴァイ。ちょっと様子を見に来たよ。授業はもう終わったよね?」

リヴァイ「ああ、丁度今、終わったところだ。今から片付ける。用事があるなら少し待ってろ」

と、手は動かしながら会話をしている。成績表をつけているようだ。

ハンジ「あ、いや、そんな大した用事じゃないんだ。ただ、昨日はごめんねーと言っておこうかと思って」

リヴァイ先生の顔が、ピシッと固まった。

おーっと、いい当たりだ。クリーンヒット! って感じだな。

リヴァイ「あ、ああ……オレも悪かったな。無理強いさせてしまったようだ。モブリットの趣味も知らず、自分の中の価値観を押し付けてしまった」

ハンジ「あはは……まあ、そう思うのも無理ないよ。やっぱり飲みの時は女がスカートはくのが常識だもんね。でも、昨日はそういう「目的」は全くなかったからさ。変にモブリットに誤解させたくなくて、スカートをはきたくなかったんだ。だから、別にスカートそのものが嫌いって訳じゃないし、あんたの趣味が悪いとか、そういう話じゃないから。勘違いしないで欲しいなあって思って、ちょっとこっちに来たんだよ」

リヴァイ「そうか………」

と、ちょっとだけ安心したようにリヴァイ先生が表情を緩めた。

リヴァイ「なら、いいが。でもエルヴィンに少し怒られたよ。俺はちょっと過保護だとな」

ちょっと? ちょっとかな? 大分過保護な気がするけど。

皆、笑いを必死に堪えている。特に劇部の男子メンバーが。オレも含めて。

リヴァイ「保護者面をし過ぎているらしい。モブリットが傍にいるなら、お役御免だし、今後は必要以上にお前の世話をしないように気を付ける」

ハンジ「えええ? ちょっと待ってよ。何でそういう話になるの? 私、別にあんたの世話になるの、嫌じゃないよ?」

リヴァイ「何? しかし昨日は……」

ハンジ「昨日はたまたま! 事情があったから仕方がないでしょー。普段は別に洋服選んで貰っても構わないんだよ。それ以外にも、いろいろやって貰っているし、あんたがやってくれないと、私、生活出来ないよ?」

酷い! 完全にあてにされていますよリヴァイ先生!!

でも、その言葉を聞いた瞬間のリヴァイ先生の顔、凄かった。

何ていうか、嬉しいような悲しいような、でも嬉しいような?

混乱しているように思えた。自分の気持ちが迷子になりかけているように見える。

リヴァイ「………いや、いかん。それがダメなんだろ。そもそも本来なら、自分の事はある程度自分で……」

ハンジ「ああ、それは分かっているんだけどね。やれない事はもう、やらない方がいいというか、無駄というか、スペシャリストに任せた方がいいじゃない。ね?」

今の、小首を傾げた「ね?」がちょっと可愛かった。

ハンジ先生って結構、その辺計算しているのかな。だとすれば、とんだ小悪魔女子だ。

ああ、ハンジ先生、若い頃はモテたっていう話は嘘じゃないのかもしれない。

リヴァイ「………………」

すげえ。リヴァイ先生の眼光がすげえ。

リヴァイ「………お前の婚期が遅れているのは、やっぱり俺のせいなのか?」

ハンジ「え? 何で今、婚期の話?」

リヴァイ「分かった。もう、俺も心を鬼にする。今後一切、お前の世話は焼かない。自分の事は、自分でなんとかしろ。掃除も洗濯も風呂も買い物も、全て、自分でやれ。もしくはモブリットにやってもらえ! その方がお前の為だ!」

ハンジ「ちょっと待ってよおおおおおお! 酷いよ!? 私を見捨てないでよリヴァイいいいいい!! (がばちょ!)」

リヴァイ「くっつくな! 俺は今から成績表を出すから邪魔するんじゃない!!」

と、まあ痴話喧嘩(?)が始まってプールサイドは愉快な事になった。

ジャンが、またオレの方に近寄ってきて言った。

ジャン「エレン、ちょっと今の会話で分からん部分があったんだが、解説してくれ」

エレン「ああ、実はな……」

と、昨日の事件のあらすじを大体話すと、ジャンの頬がすげえ緩んだ。

ジャン「なんだよそれ! 面白すぎるだろ! くそおお現場にいたかったな」

エレン「お前は役者で音楽室で練習中だったからな。残念だったな」

アルミン「いや~生で見てたけど、面白かったよね」

マルコ「うん。他人事だけど、面白かった」

オレ達3人は同じように悪い顔をしてしまった。

あ。ハンジ先生が遂にプールに落とされた。リヴァイ先生、結構酷い。

ハンジ「……ぷはあ! ちょっと?! プールに落とすなんて酷過ぎない?! 私、着替え持って来てないんだけど?!」

リヴァイ「知るか! 俺は忙しい。自分で何とかしろ!!」

ハンジ「えええええ………何でそんなに怒ってるのおおおおおお?!」

と、眼鏡がずれたハンジ先生は「よいしょっ」と言いながらプールから出てきた。

ずぶ濡れだ。ちょっと可哀想だったんで、タオルを貸してやった。

ハンジ「ありがとーエレン。いやあ。まさかこんな展開になってしまうとは……」

と、顔を拭いて困った顔をしていた。

ハンジ「何がいけなかったんだろー。私、リヴァイに飯作って貰わないと結構ガチで餓死するかもしんない」

本当、ダメ女だなあ。そこはコンビニで買い物すればいいのに。

エレン「惣菜を自分で買ったらどうですか?」

ハンジ「うーん。でも私の場合、自分の仕事とか集中していると、ご飯を食い忘れちゃうんだよね。買いに行くのも面倒で、ついつい抜いちゃう方だから。だからリヴァイが作り置きしてくれるのを冷蔵庫から出して食べていたんだ」

エルヴィン先生の「通い妻」の意味が今、はっきりと分かった気がした。

ハンジ先生、本当にリヴァイ先生に甘えまくっていたんだな。

ハンジ「モブリットにやってもらえって………それって、モブリットとくっつけって言う意味なのかなー?」

エレン「まあ、リヴァイ先生、ハンジ先生の婚期を気にしているみたいですからね」

ハンジ「いや、私、本当、結婚とかは全然考えてないし、それ以前の問題もまだ解決してないのに、そんな先の事まで考えられないよ」

エレン「ああ、『トキメキ』ですか」

ハンジ「そう。それすら知らないのに、何で結婚? 順番がおかしくない?」

エレン「まあそうですね。普通は、ときめいて、付き合って、そして結婚ですもんね」

ハンジ「そうそう。トキメキの謎を解明するまでは、私、意地でも結婚したくないんだよ。ダメなのかな? こういうの」

エレン「いや、別にいいんじゃないんですか? 割と普通だと思いますけど」

ただ、年齢の問題があるんだよな。それがリヴァイ先生を苛立たせている原因だから。

ハンジ「ありがとーエレン! 君は私の味方になってくれるんだね! さすが彼女持ち!」

エレン「え? いやあ……それほどでも」

と、つい照れてしまう。

ハンジ「あーもう、リヴァイの意地悪のせいでずぶ濡れになっちゃったから、また演劇部の衣装、貸して貰える?」

エレン「いいですよ。あ、昨日のツナギはまだ自宅ですか?」

ハンジ「うん。クリーニングに出してから返すよ。やっぱりほら、匂いとか残したらまずいし」

エレン「分かりました。じゃあオレ達も着替えてくるんで、先に部室に向かっていて下さい。放課後すぐ、行きますんで」

ハンジ「了解ー」

という訳でハンジ先生が先にプールを出ていった。

アルミン「あーあのまんま、校内を歩くつもりなのかな。せめてバスタオルかぶっていった方が良かったかも?」

エレン「あ、そっか。やべえな。ちょっとリヴァイ先生にバスタオル借りて……」

ジャン「いや、無理だろ。もう世話しねえって言ったばかりだし」

エレン「え? 口だけだろ? あんなの。大丈夫じゃないか?」

アルミン「あ、リヴァイ先生がこっちに来た」

離れていたリヴァイ先生がこっちに来てバスタオルをオレに渡してくれた。

リヴァイ「エレン、ハンジにこれ、かぶっていけと言って来い。渡してきてくれ」

エレン「あ、はい。了解です」

ほらな。どうせ無理なんだって。

という訳で、オレはハンジ先生を追いかけて、バスタオルを渡しに行った。

ハンジ先生は「ありがとー!」とニコニコしながら去って行ったのだった。





エレン「うーん、やっぱりもう、ハンジ先生の着れるサイズだと、あとはこれしか残ってないですね」

放課後、オレは部室の衣装部屋に先に足を運んで服を選んでいた。

仮面の王女の時の衣装は結構、好評だったので、クラスの撮影の為にいくつか貸し出していた。

今日も放課後、撮影している筈で、多分、女子が先に衣装を借りて行っていったんだろう。

昨日あった筈の衣装がいくつかなくなっており、現在、残っていたのは花嫁衣装のエンパイアドレスだけだった。

ハンジ「綺麗なドレスだねー入るかなー?」

エレン「とりあえず、これ着ててもらっていいですか? 誰かジャージ貸してくれる人がいないかどうか探してきます」

ハンジ「うん。そうだね……へっくしゅん!」

エレン「ああ、9月とはいえ、濡れたままだと風邪ひきますよね」

ハンジ「うん……さすがにね。んじゃ着替えてくるね」

そして部室でハンジ先生が着替え終わる。

皆、こっそり様子を気にしている。野次馬根性だ。

そしてハンジ先生が部室から出てくると……

ハンジ「うん。サイズは大丈夫だった。こんな感じかな」

エレン「おおおお……」

やっぱり女性がエンパイアドレスを着ると全然違うな。

似合っている。綺麗だ。ハンジ先生、着飾ると別人になるんだな。

ミカサ「………エレン」

エレン「ん? どうした?」

ミカサ「いえ、花嫁衣装は、結婚前に着るといきおくれるというジンクスが……」

エレン「え? そんなのあるのか?」

ミカサ「迷信かもしれないけど、そういう話を聞いたことがある」

ハンジ「あはは! そりゃ参ったね! まあしょうがないよ! 今回は!」

ミカサ「あの、ジャージを新しく買ってきましょうか? 売店にあれば、それに着替えた方がいいと思います」

あ、そっか。その手もあったか。

ハンジ「あ、うん。お願いしていいかなー?」

ミカサ「サイズは私と同じでいいですよね」

ハンジ「うん。2Lで宜しく~」

という訳で、ミカサが戻ってくるまではハンジ先生に花嫁衣装で我慢して貰うしかない。

モブリット「ハンジ先生~ハンジ先生~」

と、その時、ハンジ先生を探しているモブリット先生の声がこっちに近づいてきた。

モブリット「ああ、いたいた。すみません、野球拳のプログラムの順番について…………?!」

あ、また赤面した。モブリット先生、2回目だな。

モブリット「なななんあなな……ハンジ先生?! どうして花嫁衣装に?!」

ハンジ「いや、いろいろあって、また服がね。ちょっと借りているんだ。これ」

モブリット「どうしてわざわざ? あの、服がないなら自分のを貸しましょうか?」

ハンジ「いや、今、ジャージを買いに行って貰ってるから大丈夫だよ。ごめんね。心配かけて」

モブリット「いえ……その、似合っているので(デレデレ)」

そうなるよな。やっぱり。顔が崩れているな。モブリット先生。

でもこの様子、リヴァイ先生が見たらまた複雑な顔になりそうだな。

エルヴィン「おお? おやおや。遂に結婚を決めたのかい? ハンジ」

と、様子を見に来たエルヴィン先生がこっちに来てニヤニヤしてきた。

ハンジ「あ、違う違う。リヴァイにプールに落とされちゃってさ。服がずぶ濡れになったから、着替えがなくて。とりあえず、ジャージ買ってきて貰うまで、この衣装に着替えさせてもらっているんだ」

モブリット「?!」

あ、モブリット先生のいる前で言わない方が良かったんじゃ。

ハンジ先生自身も「あ」って顔している。うっかり口が滑ったようだ。

モブリット「プールに落とされたって……なんて酷い事を」

ハンジ「あ、いやいや。なんか私がリヴァイを怒らせちゃったみたいだから。そのせいだから、しょうがないのよ」

モブリット「それにしたって酷すぎますよ。ちょっと抗議してきましょうか?」

ハンジ「あーややこしい事になりそうだから、いいって。大丈夫大丈夫」

と、ハンジ先生は気楽に答えていたけど、それがかえってモブリット先生の気持ちを揺さぶったようで、

モブリット「そうですか。分かりました。でも、自分はリヴァイ先生を許しませんよ」

と、まるでミカサみたいな事を言い出したモブリット先生だった。

あ、顔は笑っているけど怒ってる。これは根に持たれそうだ。

先生達の権威ガタ落ちw
10年来こんな感じで隠してる風でもないのになんでペトラは気づかないのか…

>>853
A.リヴァイ自身が否定しているからです。なのでその言葉を信じていました。あの時までは。

ハンジ「えええ? 何でモブリットが怒るのよ。怒っちゃやーよ♪」


ツン……


ぐはあああああ!? なんだそれ?! 今、ツン! って、額をツンってやった!

やっぱりアレだ。ハンジ先生、結構、魔性の女系なのか?!

でもこれ狙ってやってるのかそうじゃないのか分からねえ。天然だとしたら、尚怖い!

モブリット「し、しかし……(赤面)」

ハンジ「大丈夫大丈夫♪ モブリットが怒る事じゃないんだから。私が悪いんだし。リヴァイ先生の怒りは、まあ、エルヴィン先生が何とかしてくれるよね?」

エルヴィン「ん? なんとかしちゃっていいのかな?」

ハンジ「おねがーい! とりあえず、怒りをある程度鎮めておいてよ。その後にもう1回、私から謝りに行くからさ」

エルヴィン「ふふ……ハンジのお願いなら仕方がないね。引き受けた」

と、エルヴィン先生が悪い顔をしている。エルヴィン先生、何かやらかす気満々だな、コレ。

エルヴィン「そうだ。折角だから記念写真を撮っておこう。ハンジ。エレン。ミカサ。モブリット先生も。4人を写してあげよう」

という訳で唐突にスマホで記念写真を採り出すエルヴィン先生だった。

エルヴィン「うん。よく撮れた。綺麗だね。ハンジ」

ハンジ「ありがとー! いやーどうせ着る事もないと思ってたけど、着れる機会があって嬉しかったよ。こういうのも悪くないね」

エルヴィン「ん? 本番はしないつもりなのかい?」

ハンジ「あはは! 本物の式なんてあげるつもりないよー。もう36歳だし。無理無理」

モブリット「そ、そうでしょうか」

モブリット先生がすかさず反論した。お? さり気に攻めるな。

ハンジ「うーん。だって、ねえ? 私、酒癖も悪いし、家事仕事も碌に出来ないし、女としての戦闘力、0以下だもん」

モブリット「戦闘力?」

ハンジ「ほら、今流行りの。違ったっけ? あれ?」

エルヴィン「それを言うなら『女子力』じゃない?」

ハンジ「ああ、それそれ! 女子力がないのよ。だから結婚は無理じゃない?」

モブリット「それって、家事仕事が出来る男性なら、ハンジさんの許容範囲って事ですか?」

ハンジ「あーというか、最低ライン? 出来て貰わないと生活が出来ないと思うよ?」

モブリット「そうですか……(ほっ)」

あれ? あからさまに今、モブリット先生、安堵したぞ。何でだ?

ミカサ「あの、すみません。ジャージ……」

あ、そう言えば、ミカサ、戻って来たんだった。

喋らないから、話が勝手に進んでしまった。写真撮ってる場合じゃないよな。

モブリット「あ、すみません。ハンジ先生………着替えられるんですよね」

ハンジ「うん。ちょっと待っててね。アレでしょ? 野球拳の件だよね。すぐ着替えるから」

モブリット先生は廊下で待たされることになった。その時、

エルヴィン「そのままの姿で打ち合わせしても良かったのに、と思った?」

モブリット「ぐっ……な、なに言い出すんですか。エルヴィン先生」

エルヴィン「いやいや、明らかにがっかりされていたから。ハンジのドレス姿、見惚れていたでしょう?」

モブリット「まあ、それはそうですけど……本当に、結婚はされるつもりはないんですかね? ハンジ先生は」

エルヴィン「ずっとそう言ってるけどね。ただ、人間なんていい加減なものですからね。そういう人間に限って、ある日突然、結婚したりする例もありますよ。宿題を「やってない」という奴ほどやっている法則と一緒ですよ」

モブリット「で、ですよねえ~」

と、何やら言い合っている。確かに。それは一理ある。

エルヴィン「でも良かったですね。モブリット先生。貴方も、それなりに家事はこなせる方でしたよね」

モブリット「え? まあ……そうですね。休みの日は自分の部屋の掃除くらいしかする事ない人間ですから」

おや? これはもしかして?

エルヴィン「だとすれば、いいアピールになるかもしれませんよ。モブリット先生」

モブリット「ええ? そ、そうですかね~」

と、モブリット先生が照れていた。

これは、対抗馬としてはかなり、強力な、ダークホース的存在なんだろうか。

家事仕事が出来るという最低ラインをクリアしているなら、ハンジ先生、そっちにいっちゃう可能性、あるかもしれない。

ハンジ「お待たせ! じゃあ行こうか、モブリット先生!」

と、ハンジ先生がジャージに着替えて廊下に出てきた。

そして2人は廊下を歩いて部室前を去っていき………

ミカサ「あの2人の方がお似合いだと思う。やっぱりリヴァイ先生が邪魔」

うぐっ! それは言ってやるな! ミカサ!

エルヴィン「おや? ミカサはモブリット先生を推すのかい?」

ミカサ「リヴァイ先生なんかより、よほど印象のいい先生なので」

エルヴィン「……じゃあ賭ける? あの2人がくっつく方に」

あああああ! まずい! エルヴィン先生、ミカサを巻き込んだらダメだ!!!

ミカサ「いいですけど。何を賭けたら……」

エレン「だ、ダメだミカサ! 賭け事なんて……」

エルヴィン「エレン、ダメだよ。ここは平等に。負けたらミカサ自身の恋話(以下略)」

ミカサ「その程度の事なら、むしろ賭けなくても、今話しても構わないくらいですが」

エレン「あああああ! (頭掻き毟る)」

これじゃどっちみち、エルヴィン先生にバレるじゃねえか!

でもオレの事は無視してエルヴィン先生はミカサを引き込む。

エルヴィン「そこはほら、ゲームだから。賭けた方が面白いよ」

ミカサ「そうですね。では、それで」

エルヴィン「クリスマスまでにくっつくかどうか、賭けようか」

ミカサ「はい。きっとくっつくと思います」

あーもう。何だかなあ。嵌めるの上手すぎるだろ、エルヴィン先生…。

エルヴィン「よしよし、モブリット先生側にも味方がついた。いよいよ面白くなってきたな」

と、エルヴィン先生が実に楽しそうだった。

エルヴィン「いい加減、そろそろときめきの導火線に火をつけてもいい頃だよね」

エレン「え?」

ヤバい。何だ。エルヴィン先生、本当に何をやらかす気なんだ。

この時は、それが具体的には分からなかったけど。

その答えはもう少し先の、そう、文化祭で、オレは知る事になるのだが。

まあ、それはまだ時間があるので、ここでは追求しない。

エルヴィン「ふふふっ……今年の文化祭は、実に楽しみだな」

と、エルヴィン先生はとにかく不気味に意味深に笑うのだった。










そして次の日。9月30日。

遂に、文化祭のプログラムが正式に発表された。

1日目は校内だけのもの(保護者家族含む)で、2日目が一般開放日で誰でも来場が可能だ。

少し長くなるが、その日程表をここでも紹介させて貰う。

まずは1日目のプログラムだ。

中途半端ですみません。今日はここまでです。プログラムは次回。
ときめきの導火線、ネタ分かる人いるかな…不安だ(笑)
分からない方は検索かけてね! いい歌だから!

あ…….なんか、すみません。前のとこが雑談ばっかで慣れてたので、ごめんなさい。
書き込みはしないんで見るだけ見てていいですか?不快な気持ちにさせてすみませんでした。
こーゆーとことしらないのに来てごめいわくおかけしました。
ちなみに、リヴァエレがすきってゆーわけじゃなく、ただたんに好きなだけです。ほんとすみません!

>>861
このスレはエレミカ(ミカエレ)中心でやっているので、
もしリヴァエレの話をここで出されたら困るなあと思ってました。
また残りのスレが足りるか自信ないので、出来れば読むだけでお願いします。

>>読んでくれる皆様へ
エレミカとリヴァイ×ハンジ&モブリット×ハンジといろいろカップルが忙しい感じの展開で、
自分も1000レス以内に収まるか自信ないまま書いています。
もし越えちゃったら2スレ目立てますが、ここの板、新しいスレが立てられない時あるんで、
出来れば文化祭編は1000レス以内に収めたいですが……ぶっつけ本番です。
オーバーしたらごめんなさい。また先に謝っておきます。

文化祭【1日目】

 9:00 開会式

 9:30 舞台設営(設置)

10:00 クイズ大会(1年7組)

11:00 マジックショー(3年3組)

12:00 昼休み

13:00 フィーリングカップル(3年9組)

14:00 野球拳(3年2組)

15:00 すべらない話(3年5組)

16:00 コントと漫才(3年10組)

17:00 ダンス発表(1年3組)

18:00 舞台設営(片付け&次の日の為の準備&リハーサル)

19:00 解散予定

*設営の関係でプログラムの順番が前後・変更する場合もあります。予めご了承下さい。


大体こんなスケジュールの予定になっている。

注意書きの説明は、もし何か不具合があった場合は、例えばマジックショーの方がクイズ大会より先にやる場合もあるよ。という事らしい。

続いては2日目のプログラムを見てみよう。


文化祭【2日目】

 9:00 舞台設営(設置)

10:00 ミスコン(3年4組)

11:00 イントロクイズ(放送部)

12:00 昼休み

13:00 人形劇 三国志演義(1年2組)

14:00 侍恋歌ーサムライレンカー(演劇部)

15:00 英語劇 風と共に去りぬ(英会話部)

16:00 懐かしのゲームBGM集(吹奏楽部)

17:00 バンド演奏(1年10組)

18:00 舞台設営(キャンプワファイヤー)

19:00 後夜祭(打ち上げ&閉会式)

*設営の関係でプログラムの順番が前後・変更する場合もあります。予めご了承下さい。



大事な事なので2回言いましたって感じかな。

順番は前後する事もあるそうなので、あくまでこれは目安だ。

そうだ。オレ達演劇部の劇のタイトルはオルオ先輩の台本の『侍・悲恋歌』をちょっと変更して『侍恋歌』になった。

エルヴィン先生曰く、タイトルで悲しいイメージをつけるより、語呂もいいこっちの方がいいんじゃないかと言う事になった。

エルヴィン先生はオルオ先輩の台本と、るろ剣と、あと皆のアイデアを総合的に混ぜこぜにして台本を作ったんだけど、そのせいで、その台本に出てくるリヴァイ先生は、悪役と言うより、何だろ。ニヒルな役どころに変わってしまい、初めはミカサが不満そうにしていたんだけど、そしたらエルヴィン先生が「だったらリヴァイ殺しちゃおうかw」と言い出したんで、ミカサはそれを了承したのだった。

そして舞台に出る予定のなかったアニがどうしても、出る事になってしまい、アニ自身はちょっと嫌そうにしていたけど、このヒロインはアニにしか出来ないという事で、エルヴィン先生が説得していた。

実はアニもミカサとの殺陣のシーンを追加でする事になり、こっちもこっちで凄い迫力の殺陣になったんだ。

そろそろ、キャストの方も全員分、発表してもいい頃かな。

今回の劇の主要な役どころだけ、皆に教えようと思う。


主人公 三村 万心(みむら まんしん) ミカサ

警察官 斎藤 雀(さいとう すずめ) ジャン

ロミオ(前世) アルミン

ジュリエット(前世) マリーナ

ロミオ(現世) アルミン

ジュリエット(現世) マリーナ

仕置き人 神谷 赤司(かみや あかし) リヴァイ

使用人の女 アニ(ヒロイン的ポジション)

ジュリエット家の家長 アーロン

ロミオ家の家長 エーレン

噂の商人 カジカジ

噂の商人2 キーヤン


この物語は、ロミオとジュリエットの記憶を持つ二人が明治時代に生まれ変わって、再び悲恋に見舞われそうになるところから話が始まる。

前世では二人で心中した二人だったけど、現世(明治時代)では勇気を出して駆け落ちをするという設定だ。

追手から逃げる二人を偶然、助けるのが流浪人の三村万心こと、ミカサである。

とまあ、いろいろツッコミどころ満載な感じなんだけど、一番アレなのは、一部、BLぽいシーンがある事だ。

三村が斎藤を色仕掛けして、無理やり自分を事件の捜査に加えさせるシーンがあり、警察官としてはダメ過ぎる役どころをジャンが演じる事になった。

中身は男女何だけど、役どころは完全にBLだよな。いいのかな。

と思っていたら、エルヴィン先生が「日本にも昔は衆道という概念があったから大丈夫」と言い出したんで、マーガレット先輩がガチで喜んだのはまあ、予想通りだった。

でも明治時代に衆道ってあったんだっけ? その辺詳しくねえから分かんねえけどさ。

まああんまり深い事を考えたらダメだな。文化祭だから楽しんだものが勝ちだ。

そんな訳で10月5日の公演に向けてせっせと舞台裏の小道具を制作したりする。

衣装合わせも徐々に出来上がっていき、ミカサの男装和服をもう一度、見る事になった。

剣心は緋色だけど、ミカサは紫をベースにした着物を着る事になった。

男装のミカサ、可愛い。やべえ。最近、オレ、男装女子に萌えるようになっちまったな。

アルミンはロミオの恰好、前世バージョンと明治バージョンを着る予定だ。

アルミン「一瞬だけど、ロミオを演じる事になるとは思わなかったよー」

と、言って笑っている。でも似合うと思うぞ。アルミンに適役だ。

アニ「出来るのかな……(ブツブツ)」

忍者のような格好になったアニが台本片手にブルブルしている。

エレン「アニ、そんなに緊張しないでもいいぞ。台詞はちょっとしかねえんだろ?」

アニ「うん。ミカサに比べたら少ないけど、アルミンよりも少ないけど、でも、皆に演技を見られるのがやっぱり恥ずかしい…(赤面)」

アルミン「大丈夫だよ。この役はアニにしか出来ないって言われたんだし、多少とちっても、大丈夫だよ。むしろ、死ぬシーンの方を頑張らないと」

アニ「う、うん……(ガチガチ)」

と、まあ初めての事でアニは緊張しているけど、アルミンは慣れているのかリラックスしていた。

でも一番緊張しているのはきっと、主役のミカサだろうな。

エレン「ミカサ、大丈夫か? 緊張していないか?」

ミカサ「うん。今のところは大丈夫だけど……」

エレン「どうした? 浮かない顔だな」

ミカサ「いえ、本音を言えばもっと、リヴァイ先生が皆に憎まれるような役どころをやらせたかったので」

エレン「そこまで贅沢言うなよー。ミカサ自身が初めに『リヴァイ先生っぽいキャラを倒す役なら』って言ったんだろ?」

ミカサ「でも、結局実力では倒せない訳だし、自害に近い形で死ぬし……」

と、まあちょっと不満なところもあるらしいが、こればっかりは仕方がない。

エレン「リヴァイ先生は人気あるからな。あんまり酷い悪役はやらせられないんだろ。きっと」

ミカサ「ちっ……皆、騙されている」

と、ミカサは文句たらたら言っている。もうーしょうがねえ奴だな。

オレはミカサの頭をすりすり撫でてやった。犬を落ち着かせるような感じで。

すると、ちょっと機嫌が良くなったのか、ぽっと赤くなるミカサだった。

ミカサ「……エレン?」

エレン「あんまりカッカすんなって。ほら、撫でてやるから」

ミカサ「うん……(うっとり)」

と、ちょっとだけイチャイチャしていたら、それを妨害するように、

ジャン「おい、衣装合わせ終わったなら、通し稽古始めるぞ」

と、部長権限でこちらを邪魔しに来たのだった。

ちなみに今回の裏方は、

照明 スカーレット・キーヤン・カジカジ

音響・衣装 ガーネット・マリーナ

大道具 マーガレット・エレン・マルコ・アルミン

という感じだ。アルミンは最初の方だけの出番だから終わったらすぐ裏方にチェンジする。

カジ達も同じだ。自分の出番が終わったら裏方を手伝う。

少しずつ、劇を通して裏方の出来る子も育成しないといけないからだ。

そして通し稽古の、リヴァイ先生が入れない時は「代役」としてオレがリヴァイ先生の殺陣をやる事になった。

元々、リヴァイ先生も「代役」としての殺陣を昔やっていたそうで、実際に舞台の上で殺陣を演じるのは初めての事らしい。

だからだろうか。リヴァイ先生自身も徐々に緊張してきているような気がする。

リヴァイ「ふーっ……」

と、息を吐き出して緊張を紛らわしているのが良く分かる。

リヴァイ先生の恰好は、るろ剣の蒼紫の衣装に近い感じだ。アレンジを加えているところもあるけど、雰囲気は似ている。

リヴァイ「時間の方は収まりそうか?」

エルヴィン「まあ、多少オーバーしても演劇大会みたいに失格になる訳じゃないから大丈夫。持ち時間は50分だけど、1時間以内に終われると思うよ」

リヴァイ「そうか。なら良かった。文化祭まで残り間3日か……。最終リハーサルはもう練習には数えないから、通し稽古が出来るのもあと3回くらいか」

エルヴィン「そうなるね。大丈夫? そろそろ疲れが溜まってきた頃じゃない?」

リヴァイ「俺ももう、そう若くないからな。疲労回復力が落ちているのは否めない」

と、言いながらストレッチを念入りにするリヴァイ先生だ。

この時点では音楽室で通し稽古を1回、体育館を使って実際にワイヤーアクションを含めた通し稽古を2回している。

放課後、時間を延長して貰って夜の9時まで練習をさせて貰っているので、もう辺りは薄暗い。

さすがにこの時間になると腹が減ってくるけど、そこは我慢するしかない。食べたら絶対寝るからな。

あと残り30分くらいかな。今日の練習はそこまでしか出来ないだろう。

リヴァイ「ラスト30分、確認したい部分だけやるぞ。ミカサ、やりたい部分はないか?」

ミカサ「アニとの殺陣の方ももう少し練習しておきたいです。時間は短いですが、練習時間が足りてないように思うので」

リヴァイ「分かった。残りの時間はアニとミカサの練習をやっていこう」

と、いろいろ調整しながら練習を重ねて、今日の練習がやっと終わった。

そして素早くいつものように片付けて、皆で撤収する。

さすがに疲労が溜まってきたのか、皆「疲れたー」という顔をしながら第一体育館を出た。

でも、疲れているのはオレ達だけじゃない。

良く見ると、他のクラスも最後の追い込みをかけているようで、明かりが窓からもちらほら見える。

お化け屋敷の1年5組とか、壁画制作の1年4組とか、あと意外とコントと漫才の3年10組とかも教室の明かりがついているみたいだ。

皆で音楽室で帰り支度をしていたら、先生2人が話し始めた。

エルヴィン「そう言えばリヴァイ、自分のクラスの方の出し物の進行は大丈夫なのかい?」

リヴァイ「ああ。うちのクラスにはオルオとペトラがいるからな。あいつら2人に殆ど任せているから、俺の仕事は殆どない。劇部仕込みの手腕でうまくまとめてやってくれているようだ」

エルヴィン「それは良かったな。うちももう、殆ど終わりかけだね。ミスコンの方の準備はほぼ終わっているよ」

リヴァイ「ミスコン出場者は決まったのか? なかなか候補が集まらないという話だったが」

エルヴィン「ふふふ……綺麗な子達を集めたよ。でもまだ誰が出場するかは内緒。本人たちにも箝口令(かんこうれい)強いているからね」

教えてくれないのか。残念だ。

ん? ミカサがこっち見ている。何だろ?

エレン「ミカサ?」

ミカサ「な、何でもない……(ギクッ)」

エレン「…………」

まさか。

エレン「ミカサ、まさかミスコン出るのか?」

ミカサ「な、なんのことだろうか? (汗ダラダラ)」

エレン「そんなあからさまに動揺しているくせに、誤魔化すなよ! 出るんだろ?」

ミカサ「…………ごめんなさい(シュン)」

エレン「あ、いや、別にそこまで落ち込まなくていいけど。エルヴィン先生に頼まれたのか?」

ミカサ「そう。推薦者の人数が10人以上集まった女性に声をかけているって、言われて、出来れば出て欲しいと」

ってことは、ミカサは10人以上の支持を集めているって事か。

うー。こういう時、美人の彼女を持つといろいろ苦労するな。

エレン「まだ、内情は話せないんだよな」

ミカサ「うん。当日までは内緒にしないと意味ないと」

エレン「ま、そりゃそうか。うーん、まあしょうがねえか」

これはもう美人の宿命みたいなもんだと諦めよう。

と、オレがいろいろ考え込んでいたその時、

リヴァイ「エルヴィン、お前、何か企んでないか?」

と、リヴァイ先生が疑惑の目を向けていた。

エルヴィン「ん? 何の事かな?」

リヴァイ「いや、気のせいならいいんだが……」

エルヴィン先生の意味深な笑みに嫌な予感を感じたのかリヴァイ先生が警戒している。

リヴァイ先生! その勘は大体合っていますよ!

と、言ってあげたいけど言えない。オレにもその詳細は分からないからだ。

リヴァイ「……………まさかとは思うが、そのミスコン、女性職員は出ないよな?」

エルヴィン「さあね? 詳細はまだ言えないよ。守秘義務があるからね」

リヴァイ「……………」

ああああリヴァイ先生、頭抱えだした。多分、その予想は合っているのかもしれない。

リヴァイ「ある意味、公開処刑だろ。それやったら……」

エルヴィン「失礼な言い方だね。まだ私は何も言ってないのに(ニヤニヤ)」

でも多分、それで合っているような気がした。

ハンジ先生、ミスコンの方にも出るのかもしれない。

なるほど。ときめきの導火線というのは、その事だったのかな。

と、オレはいろいろ気になりながら帰り支度を済ませて、音楽室を出る。

リヴァイ先生はまだ頭抱えていたけど、とりあえず、帰りの挨拶をしてくれたのだった。

とりあえず今日はここまで。
キャストの名前とかはるろ剣要素をいろいろ混ぜこぜにした。
赤司にするか赤紫にするか迷ったけど、あえて赤司にしました(笑)
では続きはまたノシ







10月1日。水曜日。この日の4限目は生物だった。

ハンジ先生の授業がいつものように終わり、昼休みに入ったその時、思わぬ人物が生物室にやって来た。

リヴァイ先生、だ。この間とは逆になったな。

ハンジ「ん? リヴァイ? どうしたの? あ、もしかして、私の分のお昼のお弁当、作ってきてくれたとか?!」

リヴァイ「いいや? 作ってないが。何か?」

ハンジ「酷いいいいい! まだあの事、根に持ってるのおおお? いい加減、許してよー」

リヴァイ「いや、俺も最近忙しくて作る暇がなくてな。その………」

乙女か! 手に持っているそのコンビニの袋が見え隠れていますよ!

ハンジ「あ、おにぎり! 頂戴! 頂戴! (わんこ化)」

リヴァイ「やってもいいが、条件がある。ちょっと面を貸せ」

ハンジ「はいはい! 面でも何でも貸しちゃうよ!」

と、言ってハンジ先生はリヴァイ先生についていってしまった。

エレン「………………」

ミカサ「また、あのチビ教師、調子に乗ってハンジ先生を………」

エレン「ミカサ、落ち着け。とりあえず、昼飯食おう」

ミカサ「でも……」

エレン「気になるのは分かるけど、あんまり首を突っ込んだら……って」

ジャンとアルミンとマルコがこっそり尾行を始めようとしていた。

エレン「お前ら……」

席を立って3人のところに行く。ミカサも当然ついてきた。

エレン「やめとけって(小声)」

ジャン「いや、でも、気になるだろアレ! 気にするなって方が無理だろ? (小声)」

アルミン「あ、階段に座った。そんなに長い話をする訳じゃなさそうだよ(小声)」

マルコ「しかも階段ってことは、内密でもないんじゃない? (小声)」

ジャン「だったら聞いていいよな? 多分」

もう、しょうがねえ奴らだな。いや、オレも本当は気になるけど。

アニも遅れてこっちにきた。結局全員で野次馬根性丸出しだ。

リヴァイ「ほらよ。鮭おにぎり1個だ(ポイッ)」

ハンジ「1個?! 酷くない?! 2個頂戴よ!」

リヴァイ「それは質問に答えたら、やる。ハンジ、お前、まさかとは思うが、ミスコンに出場しろとエルヴィンに言われたか?」

ハンジ「え? ミスコン? んにゃ? え? 何で?」

リヴァイ「本当か? 嘘、ついてないよな? (じーっ)」

ハンジ「嘘ついてどうすんのよ! それに待って。ミスコンに出られるのは推薦者の人数が10人を超えた女子だけだよ? 私に10票以上も入る訳ないでしょ。何考えているの?」

リヴァイ「……………それもそうか」

あ、そう言えばミカサもそんな事を言っていたな。確か。

リヴァイ「じゃあ、ミスコンじゃなくて、何なんだ? あいつは何を企んでいるんだ」

ハンジ「え? エルヴィンがいろいろ企てるのはいつもの事じゃない? エルヴィン、サプライズ好きじゃない」

リヴァイ「いや、オレが感じているのはそんな類の物じゃない。こう、早めに知っておかないと、取り返しのつかないような何かが迫っているような気配がするんだ」

第六感がそう訴えているらしい。リヴァイ先生、よっぽどエルヴィン先生の事が怖いんだな。

でも確かにエルヴィン先生は目的の為ならずるや卑怯な事を平気でやりそうな人に見える。

電話で自然に嘘つけるし、ミカサも賭け事に巻き込んだりしたし…。

ハンジ「考えすぎじゃない? (もぐもぐもぐもぐ)あ、リヴァイ、2個目頂戴♪」

リヴァイ「ああ、ほらよ(ポイッ)」

と、餌付けしながら自白させる辺り、リヴァイ先生も切羽詰っているのかな。

リヴァイ「………分からん。俺にはエルヴィンの行動が読めない。いや、読めた試しがない。あいつはいつも突飛な事ばかり突然言い出すし、考えるだけ無駄か」

ハンジ「(もぐもぐ)そうだね。分かんない事を考えてもしょうがないよ」

リヴァイ「それもそうだな。…………ハンジ」

ハンジ「ん? 何?」

リヴァイ「いや、良く見たら顔色悪いな。お前」

と、ハンジ先生の顔を見てはっきり言うリヴァイ先生だった。

ハンジ「んー? そうかな? 気のせいじゃない?」

リヴァイ「飯、食ってなかったのか」

ハンジ「うーん、そうだね。私もいろいろ仕事を掛け持ちしているからねえ。生物部の出し物と、野球拳と、あと漫研? 一応、ちょこっとずつお手伝いはしているよ。リヴァイとかエルヴィンに比べればマシだけど、それなりに忙しいのは忙しいよ。この時期はしょうがないもん」

リヴァイ「そうか………」

あ、リヴァイ先生、ちょっと罪悪感があるのか青ざめている。

ハンジ「ああでも、美味しかった! ご馳走様! おにぎり2個食べられただけでも幸せだよ! ありがとうね! リヴァイはもうご飯食べたの?」

リヴァイ「いや、まだだ。俺はこの後、学食の方に生徒に混ざって食べて来ようと思う」

ハンジ「あ、そうなんだ。だったら私も一緒に行こうかな。もうちょっと食べられそうだし」

と言って二人は1階にある学生食堂へ向かって階段を下りて行った。

そんな二人を見送った後、アルミンが言った。

アルミン「そういうシステムだったんだ。知らなかった」

マルコ「職員室の前にミスコンの投票箱はあったけど、票数とかの規定は知らなかったね」

アルミン「うん。知っていれば組織票で出す奴が出るからかな? 一人1票が原則だったもんね」

ジャン「だろうな。そうなると、本当の意味で美人が出場出来ねえもんな」

ミカサ「…………」

ミカサ、まだ言うな。ジャンが浮かれるからまだ言っちゃダメだ。

オレは目で合図して、ミカサもそれに頷いた。

アニ「………」

あれ? アニも何か様子がおかしいな。

エレン「アニ?」

アニ「な、なに? (ドキッ)」

エレン「いや、なんとなく…………」

ん? この流れって、まさか。

オレはアニと内緒話をした。

エレン「まさかと思うけど、推薦されたのか? (耳打ち)」

アニ「な、何で分かったの……(小声)」

エレン「いや、この流れでその反応ならそれしかねえだろ。出るのか?」

アニ「ま、まだ迷ってる。その、いろいろあって(小声)」

アルミン「何、内緒話しているの? 2人とも」

アニ「な、何でもないよ……(プイッ)」

ミカサ「アニ、お昼を食べよう。早く食べて、残った時間は宿題をやらなければ」

アニ「そうだね。昼休みを逃したら宿題をやれないし」

と、そそくさと女子は先に1年1組の教室へ戻っていった。

うーん、アニも出るかもしれないのか。これはなかなか。

想像してちょっとにやける自分がいる。ミスコンの時間は観客しに行こうかなー。

と、その時、モブリット先生が生物室の方にやってきて、キョロキョロしていた。

ジャン「ああ、モブリット先生。ハンジ先生なら学食の方に行きましたよ」

あ、ジャンが言っちまった。すると、モブリット先生は「ありがとう」と行ってそっちに移動した。

ジャン「………オレ、今日は学食食べるわ」

マルコ「言うと思った。僕も行くよ」

アルミン「ぼくもそっちに行く」

お前ら……。

アルミン「エレンはどうする? ミカサとアニの方に戻る?」

エレン「うーん、どうしようかな」

いつもミカサと一緒に昼飯食っているからなあ。

ミカサにメールしてみると、

ミカサ『気になるけど、宿題も大事なのでエレンに任せる』

と、さすがにそれ以上は野次馬をしないようだ。

ミカサ『モブリット先生に頑張ってと言ってあげて』

とも書いてあって、どうしたもんかと悩む。

一応、ミカサも後で気になるかもしれないから、見に行くか。

エレン「分かった。今日はオレも学食で弁当を食べるわ」

アルミン「そうこなくっちゃ♪」

ちなみにうちの学生食堂はメニューは「日替わり定食」だけだ。一食800円だ。

学生食堂、という名前に一応なっているけど、利用者は先生達や職員の方が多いかもしれない。

飲み物は「麦茶」と「緑茶」のどちらかが選べるタンクがあり、セルフサービスだ。

生徒も一応いる事はいるけど、弁当の方が多いかもな。弁当忘れた奴の為の救済処置なのかもしれない。

売店のパンの方が格段に安いので学生はそっちに流れて、それが売り切れていたらこっちに渋々来る奴も多いらしい。

こっちに来て弁当を広げて食べても別にいい。それは禁止されていない。

オレとアルミンは弁当だったけど、ジャンとマルコは学食を頼んだようだ。

そしてさり気にリヴァイ先生達の会話が聞こえる位置に移動して席についた。

リヴァイ「学生食堂で一緒に飯を食うのは久しぶりだな。何か月ぶりだ?」

ハンジ「うーん、2学期入ってから食ってないよね。1学期の最後あたりじゃない?」

リヴァイ「そうだったかな。2学期に入ってからは俺も料理をする暇がなかなか取れなくてな。弁当までは気が回らない状態だった。コンビニ弁当の日々だったよ」

ハンジ「それでも朝と夜だけはちゃんと作っていたから偉いじゃーん。リヴァイのご飯が恋しいなー。ね? そろそろ、許して貰えません? ん?」

リヴァイ「……………別に怒っていた訳じゃないんだが」

ハンジ「プールに人を落としておいてそれ言う?! 明らかに怒っていたよね?!」

怒っていたというか、やけくそになっただけのような気がする。

本当はリヴァイ先生、ハンジ先生の世話するの嫌いじゃない筈だし。

リヴァイ「あ、いや、あれはつい、勢いで落としただけで、深い意味はない」

ハンジ「あ、そうだったの? 何よーそれ早く言ってよーリヴァイ、怒らせたのかなーって思って、気にしていたのに」

リヴァイ「………気にしていたのか?」

ハンジ「うん。そりゃあ、それくらいの事くらいは思いますよ。私でも。おかげでちょっと寝不足……」

リヴァイ「は?」

ハンジ「あ、いや、なんでもないです。げふんげふん。あーハンバーグ美味しいなあ(パクパク)」

リヴァイ「お前にそんな繊細なところ、あったのか?」

ハンジ「何気に酷い台詞だよね。まあ、いつもの事だけどー」

リヴァイ「いや、そういう事だったのなら、すまない。俺もやり過ぎた」

ハンジ「じゃあ明日からご飯、恵んでくれる? (キラキラ)」

リヴァイ「食費代はちゃんと入れろよ。あくまで家事代行だからな」

ハンジ「はいはい。1食500円でしょ? 分かっていますって、旦那♪」

あ、なんだ。ちゃんと金を貰った上でやっていたのか。

完全なボランティアかと勘違いしていた。もしそうだったら、リヴァイ先生マゾ過ぎるよな。

リヴァイ「食糧代は500円以内にきっちり収める。余ったおつりは俺の紅茶代に回す。それでずっとやってきたが、お前、本当にこれからもそれでいいのか?」

ハンジ「馬鹿ねえ。それが! いいのよ。500円でリヴァイの手作りのご飯を食えるんだから、安いもんよー学生食堂の日替わり定食より、あんたの飯の方が3倍は美味いわよ?」

リヴァイ「…………そうか」

あ、満更でもない顔している。嬉しいんだ。きっと。

ああああもう、なんだこの2人。むず痒い。

アルミンもマルコもジャンも同じ事を思ったのか、口元を必死に引き締めている。

笑ってはいけないアレの感覚だな。これ。吹いたら「アウトー!」だ。

リヴァイ「分かった。そこまで言うなら仕方がない。前回の事は撤回してやる」

ハンジ「ありがとーリヴァイ、本当にありがとー! これからもよろしくー」

リヴァイ「はいはい」

と、残りの飯を食べるリヴァイ先生に対抗するように、やっとモブリット先生がやってきた。

うおおお三角関係勃発だ。生でこういうの見るのって、何か心臓に悪いな。

ハンジ「あ、モブリット先生! こっちで食べるんですか?」

モブリット「あ、はい。同席してもいいですか?」

ハンジ「リヴァイ、いいよね?」

リヴァイ「別に構わない」

と、大人三人が昼食タイムだ。どんな戦いになるんだコレ。

ごくり。唾を飲み込んで耳を立てる。

モブリット「ハンジ先生、リヴァイ先生、後夜祭の後は、時間空いてますか?」

ハンジ「後夜祭の後? ああ、8時には終わるんだよね? 予定では。その後って事?」

モブリット「はい。一応、職員と保護者の二次会がある予定なんですが……参加されますか?」

ハンジ「いやー無理じゃないかな? さすがに。多分、バテバテだと思うよ。私達は」

モブリット「そうですか。欠席されるんですか」

ハンジ「うーん、保護者との飲み会は、あんまりねー気が進まないのがねー」

リヴァイ「すまん。俺もそうだな。根掘り葉掘り、いろんな事を聞かれるのが苦手なんだ」

ハンジ「特に私らみたいな独身貴族はねー嫌味ったらしい事も言われちゃうからねーごめんね!」

リヴァイ「もしやるなら、俺は生徒との二次会の方に出る。多分、3年との最後の馬鹿騒ぎになるだろうしな。引率に格好つけてそっちに行かせて貰う」

ハンジ「あ、私もそうしようかなー。3年の子達と騒ごうよ。1組と2組、合同でやらない? 演劇部も体操部も混ぜていいし」

リヴァイ「人数多すぎる気もするが、まあ、来たい奴だけ来るのであれば、それでもいいか。ハンジ、場所は確保しておいてくれるか?」

ハンジ「アイアイサー! 私の出番だね! 了解したよ!」

と、2人の間でサクサク打ち合わせが済んでしまってモブリット先生が少し苦笑いをしていた。

モブリット「御2人は本当に生徒さん思いの先生ですね」

ハンジ「え? 何で一括り? 私はそうでもないって。リヴァイはともかく」

リヴァイ「おい、何言ってやがる」

ハンジ「だって、私は馬鹿騒ぎ自体が好きなんだもーん♪ 気遣う飲み会より、遣わない飲み会行くでしょ~」

リヴァイ「それを言ったら俺も似たようなもんだ。俺の場合は、それを眺める方が好きだが」

ハンジ「いや~参加させるよ? 今度もお酒飲ませちゃうからねw」

リヴァイ「不意打ちでまた飲ませる気か? 全く……(呆れる)」

モブリット「あの、お2人は、同期の先生なんですよね?」

ハンジ「だね。あ、でも年はこいつが3つ上だよ。リヴァイは現役じゃないから」

リヴァイ「そうだな。お前が現役で大学院まで卒業して、採用されたのが卒業した年の24歳の時で、俺が27歳の時に講談高校に来た」

ハンジ「そこからずっと、ここにいるから……げえ? もう12年くらい?! 凄くない? もうそんなになるんだ」

モブリット「大学院……大学卒業後、すぐ教員じゃなかったんですね」

ハンジ「ああ、私は一応、大学院まで行って2年そこにいた。勉強する時間は6年かけているよ」

モブリット「珍しいですね。教師になる方は大学卒業後、そのまま教員採用試験を受けて、受かったらそのままそっちに行く場合が多いのに。もしかして、学校を選んでいたんですか?」

ハンジ「いやいや! 私、元々は教師になろうと思っていた訳じゃないの。研究員になりたかったんだ。昔は」

リヴァイ「それは初耳だな」

ハンジ「あれ? 言った事なかったっけ?」

リヴァイ「いや、大学院まで出た事までしか俺は知らん。そうか。だからお前、やたら生物についてオタクなのか」

ハンジ「まあねー現在注目されている、某細胞については、私も運が良ければ研究チームに参加出来たんだろうけどね」

それって、S……いかんいかん、ここで言っていい事じゃない気がするからスルーしよう。

ハンジ「でも、私は教師に転向して良かったと思っているよ。リヴァイにも、再会出来たんだしね」

リヴァイ「再会? 待て。教師になる以前にお前に会った事、あったか?」

ハンジ「あれ?! 覚えてないの?! ほら、教育実習生の頃、会ったでしょ? 覚えてない?」

リヴァイ「………………どんな髪型だった?」

ハンジ「その頃は今より髪長くて、こう、ちょっとキュルーンとして、メイクもまだちゃんとしていた頃! まだ私が女子力をかろうじで持っていた頃!」

その直後、リヴァイ先生がガタガタっと動揺した。

リヴァイ「待て、アレ、お前だったのか?」

ハンジ「あーうん。コンタクトもしていたし、一応、まだオシャレしていた頃だしね?」

リヴァイ先生が口をパクパクしていた。同一人物だとは思っていなかったらしい。

ハンジ「あちゃー、同じ人物だと認識されていなかったなんて、残念だなー。ま、今と違い過ぎるからしょうがないと言えばそうだけど」

モブリット「ハンジ先生の若い頃の写真、ありますか?」

ハンジ「あ、待ってね。スマホに1枚くらいならあるかも」

と、言ってハンジ先生は2人に若い自分を見せていた。

リヴァイ「……完全に、思い出した。すまん。同じ奴だと思っていなかった」

ハンジ「あ、やっぱりー? 通りで再会したとき、なんか変だったなーと思った。そっか、なら仕方がないね」

リヴァイ「いや、そもそも何でそれを自分から言わなかったんだ」

ハンジ「え? いや、私もまさか認識されてないとは思ってなかったし」

リヴァイ「通りで最初からなんか馴れ馴れしい奴だと思った訳だ。2回目なら、そうなるのも当たり前だな」

ハンジ「あーだから最初はなんか警戒していたんだ。ごめんねー」

リヴァイ「いや、こっちも悪かった。そうか。お前が、あの時の、あの女だったのか……」

モブリット「あの、2人だけで分かる話をしないで下さい…」

と、ちょっとだけ涙目のモブリット先生だった。

ハンジ「ああごめん! あのね、リヴァイは教育実習生時代に、担当教員のセクハラを目撃してぶん殴ってちょっと問題起こしちゃった問題教習生だったのよ」

モブリット「え、えええ……」

リヴァイ「その時、間に入って奔走してくれた同期の教習生がいたんだ。それが、こいつ」

と、言って指さしたのがハンジ先生だった。

ああ、そっか。つまりハンジ先生が間に入って、宥めたりしていたって事か。

リヴァイ「その時の目撃証言がもし、俺だけだったなら、俺は今頃ここにいないな。こいつも一緒に目撃してくれたから、俺の証言は周りに信じて貰えたんだ」

ハンジ「いやーあの時はいろいろ焦ったよねー」

と、懐かしい話をしているようだ。

ハンジ「まさか電光石火で殴りに行くとは私も予想出来なかったよ。うん。あんた、あの頃から喧嘩慣れしていたでしょ?」

リヴァイ「…………すまん。実は元ヤンだ」

ハンジ「やっぱり! そんな気がしていたんだよね。あんたの身のこなし、普通じゃないもん」

と、やっぱり2人の方が会話が盛り上がっていてモブリット先生の入る隙がない。

ああ、なんか見ていてだんだん可哀想になってきたな…。

リヴァイ「まあ、昔の事はその辺にしよう。昼休みは限られている。続きはまた今度な」

ハンジ「あ、もうそんな時間だっけ? やっべ! 残りの飯、早く食べないと! ほら、モブリット先生も食べる!」

モブリット「は、はい……」

でもモブリット先生は半分も食べきれず、残してしまったようだった。

そして3人の先生達は次の授業の為にそれぞれの準備にバラバラに別れたけど…

アルミン「うーん……」

一通りの事情を聴き終わったアルミンは微妙な顔をしていた。

ジャン「なんか、モブリット先生が他人に思えなくなってきた」

エレン「うっ……」

立場的にはジャンはモブリット先生と似たようなところにいるもんな。

ジャン「オレ、モブリット先生を個人的に応援しようかな」

エレン「や、やめろよ。お前まで加担するな」

ジャン「ん? お前まで? 他に誰か応援している奴いるのか?」

あ、しまった。俺の馬鹿!!!

マルコ「エルヴィン先生、とか?」

エレン「あ、そうそう。エルヴィン先生だな」

と、咄嗟にそれに便乗する事にした。

ジャン「へーならいいじゃねえか。オレ、モブリット先生を応援するぜ。影ながらだけどな」

エレン「うぐっ……!」

賭ける人数が増えてきた気がする。オレの方が劣勢だ。

あ、でも、エルヴィン先生とピクシス先生はリヴァイ先生なんだよな。

これ以上、モブリット先生派が増えて貰うのも困るので、オレは言った。

エレン「あ、あんまり干渉し過ぎるなよ? こうやって盗み聞きしているのもグレーゾーンなんだし」

ジャン「まあそうだけどな。それは分かっているけどな」

と、ジャンは言う。

ジャン「でもオレも誰かさんのおかげで片思いの辛さは身に染みているからな」

エレン「うぐっ……!」

やっぱり抜け駆け的に先にミカサに告白した事をまだ根に持ってやがるなこいつ。

ジャン「出来る事なんて何もねえだろうけど、心の中でひっそり応援させて貰うぜ」

と、そう言いながら、ジャンは昼飯を食い終わったのだった。







そして10月3日。文化祭の前日。

その日は丸一日、準備の為に時間が設けられて最後の追い込みとなった。

クラスの出し物である『コスプレ写真館』は写真さえ出来上がってしまえば、後はそれを飾っていくだけだったのでそこまで面倒な作業ではなかった。

壁を一面、一色に統一して、椅子も用意して休めるようにして、端っこで写真を撮れるようにスペースを作る。

ユミルの采配が的確だったからか、予定していた時間より早く全ての準備が終了したのだった。

ユミル「ふーこんなもんかな。上出来だな」

と、出来上がった教室を眺めてユミルが言った。

エレン「イイ感じに出来上がったなー」

ユミル「まあな。いや、まさかこんなに皆、協力的に仕事をやってくれるとは、始めた当初は思ってなかった。絶対、誰かサボる奴が出てくると思っていたんだがな」

エレン「やっぱり、ナンダカンダで皆、楽しかったんじゃねえの? 準備が」

ユミル「そうかな。ま、今回の出し物はアルミンが言いだしっぺだし、あいつが陰でいろいろサポートしてくれたのも大きいけどな」

エレン「ああ、なるほど……」

むしろ気合入れすぎて「大丈夫か?」と言いたくなる程、頑張っていたもんな。アルミンは。

他の男子も割と好意的にコスプレ写真館に参加してくれたのは、やっぱりアルミンの戦略のおかげだろう。

ユミル「あと、サシャの家に協力して貰ったのも大きい。勿論、広告は入れさせて貰うけど、それにしたってすげえ安上がりで撮影させて貰ったしな」

エレン「サシャが何気に活躍していたな。今回は」

ユミル「ああ。あいつには個人的に何か、餌付けしてやらねえとな」

サシャ「はいはい?! 何か呼びましたかユミル?!」

ユミル「後でな。後でご褒美やるって言ってんの」

サシャ「マジですか?! 今、下さいよ!」

ユミル「文化祭が終わってからな!」

とか何とかいろいろしゃべりながら、皆、教室でまったりムードだ。

出来上がった写真を眺めてそれぞれ感想を言い合っている。

ミカサ「エレン、エレン」

エレン「ん? どうした?」

ミカサ「エレンの王子様、格好いい…(うっとり)」

エレン「ああ、眠りの森の美女か」

ミカサは目を閉じている。それにキスしようとしているオレがいる。

ミカサ「キスをする時は目を閉じる事が多いので、エレンがどんな顔をしているのか、一度見てみたかった」

エレン「あれ?! それが目当てでそれを言い出したのか?!」

ミカサ「うん……ごめんなさい(照れる)」

エレン「ああ、別にいいけど。何だよ。何か照れるなそれ」

オレも釣られて照れていると、その隣には、ぷりきゅあの恰好で戦うミカサとアニの、合成写真があった。

エレン「おお! ちゃんとアニメになぞって構図を作ったのか。なんか、こういうシーンあったよな」

ミカサ「そうなの? エレンはぷりきゅあ見た事あるの?」

エレン「子供の頃、ちらっとな。割と格闘シーンが多かったから、男の子も見れる女の子向けアニメだったぞ」

ミカサ「そうなのね。私の家は小さい頃、テレビがなかったので知らなかった」

エレン「え? そうなのか」

ミカサ「うん。母がそういう方針だった。中学に上がってからようやくテレビがうちに来たので、それ以前のテレビの話題についていけなくてがっかりした記憶もあるけど」

おお、それは現代人にとってはきつい生活だな。

ミカサ「でもその分、テレビが見れない時間は身体を動かしていたりした。子供の頃に鍛えたので今の自分がいるのだと思う」

エレン「なるほど。いいこともあるな」

ミカサ「うん。なので、昔の作品は今からでも観ようと思う。ぷりきゅあも今度まとめて観てみる」

エレン「大きくなってから昔の作品を観るのも味があっていいぞ」

見え方が変わってくるからな。オレはたまにそういう見方もしたりする。

ヒッチ「やっぱり次元、やばいって! これ、ファン泣いちゃうんじゃない?」

ジャン「うるせえな! 格好いいだろ?!」

マルロ「まあ、悪くはないが、何か違う感があるな」

マルコ「まあまあ、そこはほら、役に入っている訳だから」

と、ルパンチームも何やら話している。

そう言えばジャンの次元、まだ見てねえや。

ミカサと一緒に移動して見てみると、あ、確かにこれは何か違う。

エレン「ジャン、お前、思い切ったな……」

ジャン「エレンまで言うのかよ?!」

エレン「いや、まあ、悪くはないんだけど。ちょっとナルシスト入ってるぜ」

マルロ「ああ。それは俺も思ったな」

ジャン「うぐぐぐ……」

可哀想だがそれが現実だ。まあでも、ヒッチの富士子ちゃんが似合ってるからいいんじゃねえかな。

アルミン「ユミル、お釣りの方は大丈夫? 小銭足りそう?」

ユミル「ああ、一応、多めに用意はしているぞ」

アルミン「1枚100円で売る訳だから、千円を出す人の為に500円硬貨と100円硬貨は多めにね。あと、万札出す人もたまにいるから、5千円札も少しはあった方がいいって、マーガレット先輩が言ってたよ」

ユミル「あ、5千円の存在は忘れていたな。分かった。明日の朝までに万札を崩しておくよ」

と、つり銭の事について話し合っている。

アルミン「この間、コミケ行ってきた時にいろいろ、ノウハウは聞いておいたよ。電卓はある? 暗算出来る子はいいけど、一応用意した方がいいらしいよ」

ユミル「それは大丈夫だ。サシャとコニー用に真っ先に準備しているからな」

コニー「なんか言ったか?」

ユミル「いや、別に」

と、コニーの声にユミルは誤魔化す。

ユミル「あと何かやる事あったかな……忘れていそうで怖いな」

ベルトルト「アンケート用紙を書くスペースに飴玉とか置いたらダメかな? 無料で」

ユミル「ああ、それはいいかもしれないな。ちょっと疲れた時ように置いておくか」

と、当日までにする事を追加するユミルだった。

ユミル「よし、皆! とりあえずこれでクラスの出し物の準備は終了だ! 部活ある奴は行ってきていいぞ! あと、他のクラスの事が気になる奴は見に行って来い! 私が許す!」

一同「「「はーい」」」

という訳でオレも他のクラスの準備をこっそり覗きに行く事にした。

オレとミカサは2人で他の教室を見て回る事にした。

エレン「まずはどこ行く?」

ミカサ「マーガレット先輩のところの占い館をみてみたい」

エレン「そうだな。ちょっと覗いてみるか」

という訳で最初は2年1組に行ってみる事にした。

エレン「あ、マーガレット先輩がコスプレしている」

廊下を歩いていた先輩を見つけて声をかけた。占い師っぽい格好になっている。

マーガレット「あ、エレン、ミカサ。そっちは準備終わった?」

エレン「あ、はい。大体終わったんで解散しました。後は本番を待つだけです」

マーガレット「そっかそっかーそっち、フライングで見に行きたいけど、今、宣伝中なんだよね。あ、良かったら当日も遊びに来てね」

ミカサ「はい。勿論。あの、占いはどんなものをするんですか?」

マーガレット「いろいろやるよ。タロット、12星座、血液型、手相……全部まとめてやっちゃう感じ。何なら今、試しに二人の相性占いやってあげようか?」

ミカサ「是非お願いします(キリッ)」

マジか。やった。ラッキー。

という訳で2年1組にお邪魔してオレ達はマーガレット先輩に占って貰う事になった。

マーガレット「誕生日を教えてくれる?」

エレン「3月30日です」

ミカサ「2月10日です」

マーガレット「お羊座ボーイと水瓶座ガールか……あ、相性は悪くないみたいだよ」

本当か。それは良かった。

マーガレット「エレンはねー『実直で男気があり、常に前向きで好奇心の旺盛な行動派』だってさ。当たってる?」

エレン「男気は分かりませんが、まあ行動派っていうのは当たってますね」

ミカサ「そんな事はない。エレンは男気がある」

エレン「あ、そうなのか? 自分じゃ良く分からんが」

マーガレット「ミカサはねー『恋愛に関しては興味津々。好奇心が旺盛』とあるけど、つまり結構、エッチって事?」

ミカサ「うぐっ!? (赤面)」

ああ、まあ、間違ってはいないな。

ミカサ「え、エッチかもしれない……(赤面)」

マーガレット「へーそうなんだ。やるー(口笛)」

エレン「先輩、続き」

マーガレット「あ、はいはい。2人の相性だと、どうもミカサの方がエレンに惚れ込む可能性が高いとあるね。ミカサから告白したの?」

エレン「あ、いや、それはさすがにオレからですけど、へーそうなんだ」

オレって結構、愛されているのかな。だとしたら嬉しいけど。

マーガレット「2人の恋愛関係を保つには、彼氏側が常に変化のある内容の濃いデートを心がけるといいでしょう。ってあるよ。マンネリは厳禁みたい。エレン、ミカサにちゃんと構ってあげないとダメみたいだよ」

エレン「あ、そっか…デートか」

そう言われて気づいた。オレ達、まだまともなデート、2人でしてねえ。

エレン「今度、落ち着いたら2人でどっか行くか?」

ミカサ「え、エレンに任せる……(ゆでだこ)」

マーガレット「相性は相性度数だと10段階中9、パーセントの方だと75%以上ってあるから、かなり高めだね。いいんじゃない? なかなか」

エレン「おお、思っていたより相性いいんですね」

それは嬉しいな。素直に嬉しい。

マーガレット「ええっと、ついでに運命の人も占ってあげよう。エレンは『自分の言い分に耳を傾けてくれる、自然体な自分でいられる人』で、ミカサは『頭脳よりも感覚で動く人』とあるね。当てはまっているなら、お互いが運命の人かもしれないよ?」

エレン「あーそうだと嬉しいですね」

頭で考えるより体が先に動いちまうタイプのオレは、ミカサの運命のパートナーに当てはまるのかな。

もしそうだとしたらいいな。ミカサが運命の人であって欲しい。

エレン「あの、ついでに他のカップルを占うのって出来ますかね?」

マーガレット「出来るよ。誕生日だけで占えるから」

エレン「では、リヴァイ先生とハンジ先生、こっそり占って貰えないですかね?」

ミカサ「エレン?! ま、まさか、エレンはやっぱり、リヴァイ先生贔屓……」

エレン「いや、そういうんじゃないけど、ほら、あれだけ喧嘩ばっかりしているから、相性悪いんかなと思ってな」

と、いう言い訳をしつつ、ちょっと打診してみた。すると、

マーガレット「ええっと、誕生日はいつだっけ?」

エレン「リヴァイ先生は12月25日だそうですけど、ハンジ先生が分からないんですよね」

マーガレット「あ、待って。だったらメールで聞いてみる」

という訳で、尋ねたところ、

マーガレット「9月5日だって。誕生日過ぎていたんだ。こりゃ後でプレゼントしないといけないね」

といいつつ、今度はリヴァイ先生とハンジ先生の相性を占う事になった。

マーガレット「ええっと、リヴァイ先生は『ルール重視、誠実だが融通の効かないタイプ』でハンジ先生は『思慮深く、慎重なこだわり派』とあるね。山羊座は『一見大人しめに見えるけど、内側は情熱家。唯我独尊的に融通が効かない時があるのが欠点。誠実で朴訥な一方、その内在パワーは相当な物。誠実さの押し付け過ぎで彼女側が息苦しくならない様に気を付けよう』ってあるけど、何かやらかしたの? エレン」

エレン「ぶは!!!!」

スカート事件の事だなこれ。すげえ! 当たってる!!

マーガレット「まあいいや。続けるよ。乙女座は『様々な術数で恋愛相手をいろいろと振り回す事がありますが、いざという時は本音を必ず出してくるので、彼女のサインを常によく見極めてあげましょう』とあるね。『几帳面で神経質。ピュアでロマンチックな面もあり、いくつになっても夢を持ち続ける乙女チックなロマンスを求めすぎる事も。異性に関してはチェックは厳しい方です』ともある。あれ? でもハンジ先生って、几帳面でもないし、神経質でもないよね? 当たってない?」

エレン「あーまあ、でも、ロマンチストであるのは間違いないですよ」

いまだに「青春」や「トキメキ」を追い求めているんだから間違いない。

マーガレット「あ、そうなんだ。じゃあまあ、その辺は大体合っていればいいか。相性度数が6で、%の方が90%っていう、変な数字が出ているね。まあでも、同じ『土』の属性同士だから相性は悪くない筈だよ」

エレン「土? 何ですかそれは」

マーガレット「ええっと、RPGゲームでいうところの『属性』みたいなもので、エレンは「火」でミカサが「風」属性になるんだ。リヴァイ先生が「土」でハンジ先生も「土」なるんだよ」

エレン「そうなんですか。オレは勝手なイメージでハンジ先生は「風」かなと思ってましたけど」

マーガレット「自由奔放なところがそう見えるよね。でも、案外中身は違うのかもよ? 土属性の人はどっしりとした価値観を持っていて揺らぐことが少ない事が特徴だって。所謂、大器晩成型が多いのが特徴だよ」

エレン「へーそうなんだ」

マーガレット「属性の観点から言えば、火属性と風属性は、またちょっと結果が違ってくるんだけどね」

エレン「え?」

マーガレット「いい時はいいけど、悪い時はとことん悪い……そんな感じで波乱万丈な感じになりそうよ。悪い方の結果も聞きたい?」

エレン「うー怖いけどお願いします」

マーガレット「分かった。あのね、ぶっちゃけると、風属性のミカサがある程度、エレンの頑固な面に目を瞑らないといけないみたいだよ」

ミカサ「目を瞑る?」

マーガレット「うーん、今はまだ見えてないかもしれないけど、エレン、相当頑固な気質を持っていて、一度「こうする」と決めたら梃子でも動かないのよ。心当たりあるでしょ」

エレン「うー……中らずと雖も遠からずな気がしますが、そうですね。当たっていると思います」

マーガレット「ただ、他人から言われてもどうってことない事が、風のミカサに言われると「カチン」と来たり、喧嘩の原因になったりする事もあるそうよ。そこは気を付けようね」

ミカサ「わ、分かりました……」

何だか未来を案じているようで怖いな。まあ、でも一応、耳に入れておこう。

マーガレット「リヴァイ先生とハンジ先生は同じ「土」同士だから、恋愛に関しては物凄く時間がかかるのが特徴だね。所謂「遅咲きの恋」になりやすいのが土属性の特徴だから。逆に火属性のエレンは結構、最初からガンガン行くタイプでしょ?」

エレン「えっと、はい。まあ、結果的にはそうなりましたね」

好きになってから、堪え切れずにすぐ告白しちまったからな。

マーガレット「やっぱりね。まあでも、基本的に火と風は相性いいから。心配はしなくていいと思うよ。大丈夫」

エレン「そうですか……」

そう言って貰えると嬉しいな。

マーガレット「むしろ心配なのはリヴァイ先生とハンジ先生の方だね。ずっと同じ関係のままでいるつもりなのかな」

ミカサ「ハンジ先生はモブリット先生の方がいいと思います(キリッ)」

マーガレット「ええ? でも、私はリヴァイ先生、本当はハンジ先生の事、好きなんだと思うけどなー。ハンジ先生も、かなりリヴァイ先生に依存しているでしょ。どう見ても」

と、マーガレット先輩もいろいろ気づいているようだ。

先輩達はオレ達よりも長く2人の関係を見ている筈だから、そう思うのも無理ねえと思う。

ミカサ「でも、リヴァイ先生は乱暴過ぎる。ハンジ先生が可哀想」

マーガレット「いや、そこはSとМがうまく噛みあうんだったら相性がいいって事になるし」

さすが腐った女子。観点がそこから始まるのか。

ミカサ「うむむ………でも、しかし」

マーガレット「ま、どれだけ相性が良くても、結局は本人達がどうするかだもんね。占いはあくまで天気予報みたいなもんだから、当たってる時は頷いて、当たってないところはスルーでいいよ」

と、ケロリとしたもんだった。

そんな訳でマーガレット先輩のところは一旦、出て今度は別の教室に向かう事にした。

エレン「次は何処に行こうかな~あ、次はガーネット先輩ところに行くか」

確か手芸店をやっていた筈だ。ミカサが好きだから、見に行こう。

一旦、区切ります。休憩します。ではまたノシ

お邪魔すると、そこにはいろんなぬいぐるみや可愛いグッズ。あと皿とかタオルとかも売ってあった。

ここは小さなフリーマーケットみたいなブースだな。バザーだからそうなるか。

ガーネット「あ、エレン、ミカサ。そっち、終わったんだ」

エレン「はい。準備は終了しています。もう終わりました?」

ガーネット「うん。大体。まあ、コミケでこういうのは慣れているから段取りは楽勝よ」

値札シールまでちゃんとついている。おお、すげえ。うちはそこまではしてない。

ミカサ「ふおおおおおおお………(キラキラ)」

ミカサが興奮している。欲しい物が見つかったようだ。

丸っこいゆるキャラらしき何かを触っている。

ミカサ「これ、欲しい……(フニフニ)」

ガーネット「ありがとう。でも予約は出来ないから早めにうちに来てね」

ミカサ「分かりました。すぐに来ます(キリッ)」

ミカサは本当に可愛い物が好きだよな。どんどん部屋を占領されていきそうだ。

ガーネット「今日は演劇部の方はどうなるのかな。クラスによっては進行状況が違うから、練習出来ないかもしれないけど。ジャン、何か言ってた?」

エレン「あーそっか。カジのところは人形劇もやるから練習大変だって言ってたな」

声は別撮りで、それに合わせて動きをつける人形劇をやるそうだ。

多分、今頃、舞台の上で最終チェックをしている最中だろう。

エレン「ジャンは多分、どっちでもいいっていいそうですね」

ガーネット「どのみち、場見は文化祭1日目が終わってからになるけど、今日は他のクラスの練習もあるから、舞台での練習は難しいんじゃないかな」

エレン「やるなら音楽室ですかね」

ガーネット「うん。そうなるかも。後で一応、一回音楽室に集合しようか」

エレン「了解しました」

という訳で、下見が終わったら音楽室に移動する方針になった。

エレン「他に見たいところ、あるか?」

ミカサ「食品ブースも見てみたい」

エレン「お、そうだな。そっちも見てみるか」

という訳で今度は食品ブースに足を運んでみるとする。

第一体育館が舞台中心だとすると、第二体育館が食品ブースだ。

雨天の時も考えて、体育館の中で食品販売をするそうだ。

オレはこういうの、小さい頃、外でやっているのしか見た事ないけど、体育館の中でやるっていうのはちょっと斬新だなと思った。普通は外にテント張ってそこで作るもんな。

でも、いろんな店が並んでいるのを見ると出店を思い出す。お祭りみたいだ。

文化祭のパンフレットには食品ブースの配置も確か掲載されていた筈だ。

ちょっと確認しよう。


     【舞 台】

カレー屋       アイスクリーム屋
(3年1組)     (2年10組)

ヤキソバ       ミックスジュース
(3年6組)     (2年2組)

お好み焼き      わたあめ
(3年7組)     (2年5組)

焼鳥屋        クレープ屋
(2年6組)     (1年6組)

たこ焼き屋      から揚げ屋
(2年4組)     (1年8組)


     【入 口】

こんな感じだ。通路は広めに取られていて、入り口側にはテーブルと椅子も有り、そこで食べられるようになっている。

あと食品ブース以外にも、食べるところは当然ある。

和風甘味とか、あと料理部の調理室とか。麻雀同好会と棋道部(将棋)も部室の室内で喫茶店をするらしい。

茶道部ではお茶を飲めるんだったかな。お菓子も頂けるらしい。

園芸部は苗を販売するって書いてあった。グラウンドにテントを作ってそこで販売するそうだ。

校門の方は何やら凄いでかい立体造形物が出来上がっていた。

なんだアレ?! 巨人か?! 顔が怖いけど。上半身だけの、変なのが出迎えている。

壁画の方はでっかい校内案内図を描いたようだ。それを入り口のところに立てて、分かりやすく立札も作られていた。

エレン「すげえ……なんか、こう、わくわくしてきたな」

ミカサ「うん……明日が凄く楽しみ」

エレン「全部見て回れるかなー時間足りねえ気がする」

ミカサ「エレン、どうしても行きたい場所を予めピックアップしておくべき」

エレン「そうだな。明日に備えてそれ、やっておくよ」

という訳で、第二体育館の中の方に入ると、ペトラ先輩、オルオ先輩がエプロン姿で出迎えてくれた。

ペトラ「あ、エレンだ。ミカサもこっちに来た。前売り券、要る?」

エレン「え? 前売り券?」

ペトラ「あれ? 知らないの? 希望者は前売り券買えるよ? これあった方が会計早く済むから、こっちとしては有難いんだけど」

エレン「あ、そうだったんですか。すんません、見過ごしていました」

ミカサ「では1枚ずつ、買います」

ペトラ「はいはい。1杯300円だよ~」

エレン「やす! え? それ、なんでそんなに安いんですか?!」

ペトラ「あ、大盛りなら400円だよ。特盛が500円。量に合わせて値段が変わるよ」

エレン「ど、どれくらいが並なんですかね」

ペトラ「んー……口で説明するのは難しいわね。しゃもじでご飯1回が並。2回が大盛り。3回以上が特盛かな?」

なるほど。それならオレは大盛りにしよう。

ミカサ「私も大盛りにします」

ペトラ「毎度あり~そっちも準備終わったのかな?」

エレン「はい。もう終わっているんで他のブースの様子を見に来ました」

オルオ「そうか。俺達もそっちに行きたいが、もう少し時間がかかりそうだ」

ペトラ「うん。下ごしらえがね。あと、もうちょい」

エレン「あ、すんません。作業邪魔して」

ペトラ「いやいや、いいのよ。ちょっと休憩もしないとね」

オルオ「他のところもぼちぼちって感じだな。明日に備えて、ある程度終わったら早めに寝ろよ」

エレン「そうですね。遠足前の子供みたいになりそうですけど」

ミカサ「私もなりそう」

ペトラ「気持ち分かるわ~私らもそうなるかも」

と、笑いながら雑談して、他のブースに移動した。次はスカーレット先輩のところだ。

スカーレット「お? ご両人、前売り券買わない? 1枚100円だよ」

エレン「どんなジュースがあるんですか?」

スカーレット「ミックスだから、自分で選べるんだよ。オレンジ、りんご、パイナップル、いちご、キウイ、バナナ、ヨーグルト、大体何でも揃っているよ」

エレン「へーそうなんだ。美味しそうっすね」

ミカサ「オレンジとりんごとヨーグルトで」

エレン「オレも同じのでいいかな。カレーにミックスジュースが合うのか分からんけど」

スカーレット「た、多分、合うんじゃない? んじゃ、前売り券渡すね。はい」

と、言う事でこちらも前売り券を買う事になった。

エレン「アーロン先輩んとこも行くか」

ミカサ「たしか、たこ焼き屋だった筈」

という訳で、次は2年4組のブースに移動した。

アーロン「お? エレンとミカサが来たな。前売り券、買わないか?」

やっぱり前売り券を推している。まあ、いいか。買って行こう。

エレン「いくらですか?」

アーロン「8個入りで400円だ。4個だと200円になる」

エレン「あ、こっちも量に合わせて値段変えているんですね」

アーロン「ああ。子供連れの客も想定して設定しているんだ。子供だけが食べる場合は4個で十分だろ」

エレン「へー。なるほど。だからカレー屋も量によって値段変えてあるんだな」

アーロン「ま、その分こっちは手間がとられるが、そこは仕方がない。何個買う?」

エレン「じゃあ8個を1枚。ミカサと一緒に食べます」

アーロン「了解。毎度あり~」

さてさて。とりあえずこんなもんかな。時間的に、見て回れるのは。

前売り券を買ったオレ達は一度教室に戻って、荷物を持って音楽室に移動した。

音楽室にはジャンとマルコとアルミン、アニ、後、エルヴィン先生とリヴァイ先生が先に来ていた。

リヴァイ「ああ、2人ともこっちに来たのか」

エレン「はい、一応。今日の練習はどうしますか?」

リヴァイ「舞台の方が使えないからな。音楽室でやるしかないが……2組は人形劇の方の練習もあるから、通しの稽古は出来そうにない。今日は出来る部分だけ、やっていく方針にしようと、さっきジャンと話していた」

エレン「分かりました。衣装に着替えますか?」

リヴァイ「いや、今日はもう軽く流す程度でいい。今日、衣装を洗濯して明日中に乾かして、本番まで衣装を汗で汚さない様にしたい」

エレン「て、徹底してますね」

リヴァイ「やるんだったら、汗臭い衣装でやるより、綺麗な衣装できっちりやりたいだろ」

確かに。今までの練習のせいで相当、汗は染み込んでいる筈だ。

そう言う訳で、その日の練習は音楽室で軽めの練習になった。今までの復習のような練習だ。

仕上がりは上々だと思う。このまま無事に進めばいいな。

………と、思ったその時、何故か嫌な予感がした。

そうだ。前回も同じことを思った瞬間、トラブルが起きた。

尺がオーバーしたり、衣装を破ったり。

フラグ乙! っていう事だよな。いかんいかん。考えたらいかん。

そう、思っていたのに。



フラッ………



練習の途中で目の前で、リヴァイ先生が片膝をついたんだ。

ミカサ「? どうしたんですか?」

リヴァイ「……何でもない。ちょっと汗で足を滑らせた」

そんな雰囲気じゃなかった。おかしい。

異変に気付いたのはオレだけじゃなかった。エルヴィン先生もすぐに険しい顔になって、

エルヴィン「リヴァイ。今日の睡眠時間を言いなさい」

リヴァイ「ちゃんと6時間は寝ているぞ」

エルヴィン「それは、横になっただけで、本当は寝ていないんじゃないかい? 誤魔化してもダメだよ」

リヴァイ「………ちっ」

え? リヴァイ先生、寝てないのか? 何で……。

リヴァイ「夕べ、紅茶を飲み過ぎたかな」

エルヴィン「自分を誤魔化すんじゃない。何か、気にかかる事でもあるんじゃないのか」

リヴァイ「……………」

リヴァイ先生は答えない。何でだろ。

リヴァイ「てめえのせいだろ。エルヴィン」

そして大分、間をとってから絞り出すような声でリヴァイ先生が答えた。

エルヴィン「私?」

リヴァイ「お前が意味深に笑うから、気になって仕方がないんだ。明日、何か仕掛ける気じゃないかって」

エルヴィン「ああ、その事……別に何も仕掛けないよ。私は」

リヴァイ「本当か? ハンジの奴にも一応、確認したが、あいつはミスコンには出ないと言っていた。あの時笑っていたのは、その件じゃないんだよな?」

エルヴィン「うん。ハンジはミスコンには出ないからね。出るのはフィーリングカップルと野球拳の司会だ」

リヴァイ「そのどちらかで、何かする気なんじゃないのか? エルヴィン」

エルヴィン「だから、私は何もしないって。どうしてそう疑うんだい?」

リヴァイ「………お前、オレとハンジがくっつけばいいと心の中で思ってないか?」

見破った! 遂に見破った! というか、言っちまった!

エルヴィン「お似合いだとは前々から思っているよ。でも、それを決めるのは君達次第だろ?」

リヴァイ「いや、そういう類の物じゃなくてだな。……まあいい」

リヴァイ先生、その勘は当たってます。エルヴィン先生、賭け事してますから。

意味が若干違う事をなんとなく悟っているんだろう。リヴァイ先生は苦々しい顔だ。

リヴァイ「明日、ハンジとモブリット先生がフィーリングカップルに出るんだから、それを切欠に、2人が付き合い出せば、俺の役目も自然に消えていくだろう。俺はそれまでの、繋ぎでいい」

なんだそれ?! えらい自虐的な発言ですよ?!

この間、飯を作り続ける約束をハンジ先生としたばかりなのに、何でそうなるんですか先生!?

エルヴィン「そうやって、前もって最悪の事態を想定して心を準備する癖、相変わらずだね」

リヴァイ「最悪じゃない。むしろ最良だ。ハンジが幸せになる選択をして欲しいと、友人として、思っているからな」

うわああああ……もう、殴りてえ。リヴァイ先生を殴りてえ。

拳をプルプルさせて、俺は必死に自重した。

ここでこっそり、エルヴィン先生がウインクしなかったら、多分、殴っていたと思う。

エルヴィン「友人ね。便利な言葉に甘えているのはリヴァイだけなのかな?」

リヴァイ「は?」

エルヴィン「まあいい。今日の練習はここまでにしよう。体力温存も大事だしね」

という訳で、その日の練習は軽めに済ませてオレ達は帰る事になった。

帰り際、エルヴィン先生はオレにこっそり耳打ちした。

エルヴィン「明日のフィーリングカップル、爆弾仕掛けておいたから。今のやりとりで、着火準備は整ったよ」

エレン「!」

ああああああやっぱり、ミスコンじゃなくて、そっちが本命だったんだ。

つまり、ミスコンはブラフ! リヴァイ先生の気持ちを揺さぶる為の、ただのダミー。

うわああああどうなるんだ。嫌な予感しかしねえええええ!

ミカサ「エレン?」

エレン「い、いや何でもねえ……」

他人事だけど、何かもう、可哀想になってきた。リヴァイ先生が。

でもその事を誰にもいう訳にもいかず、オレは項垂れながら家に帰るしかなかったのだった。






そして遂に10月4日。文化祭1日目が始まった。

学校の先生の挨拶、諸注意があって、舞台設営が早速始まる。タイムスケジュール上は10;00から開始だけど、早く準備が済んだら、フライングで開店しても構わない。

オレ達はまずは自分の教室に戻って、店番のローテーションを確認したのち、各自自由時間となった。

オレ達演劇部員は1日目の方のローテーションに主に入れて貰った。2日目は殆どこっちに来ることが出来ないからだ。

後、接客に向いてない奴はそう長い時間は入らせない。

計算が得意な奴と、人当たりのいい奴は少し多めに負担して貰う事になった。

ちなみに店番のスケジュールはこんな感じだ。


文化祭 1日目 

コスプレ写真館 店番ローテーション

10:00 ユミル クリスタ アルミン ダズ

11:00 ライナー ベルトルト トム ユミル

12:00 サシャ コニー アルミン クリスタ

13:00 ミーナ ハンナ フランツ マルロ

14:00 ミリウス ナック サムエル トーマス

15:00 ジャン マルコ サシャ ヒッチ

16:00 アルミン アニ ライナー ベルトルト

17:00 エレン ミカサ ジャン マルコ


オレとミカサは接客にはあまり向いていないので夕方の17:00からの1時間だけ店番をする事になった。

アルミンは計算が早いから3回入る事になっている。というか、本音はコスプレ写真を眺めたいんだろう。

という訳で、ここから先は暫くは自由に散策できる。

ミカサ(ウズウズ)

エレン「ミカサ、あのぬいぐるみ、買いに行くか?」

ミカサ「い、行ってもいいの?」

エレン「ああ、早く買わないと売り切れるかもしれないだろ? 一緒に行くぞ」

という訳でさっさと移動する。バザーの方のお客さんはボチボチだった。

ミカサはぬいぐるみ以外にもいろいろ吟味しているようだ。ついでに他の物も買うようだ。

エレン「オレはどうしようかなー」

と、商品を眺めていると、籠の中に大量の懐かしいゲームソフトがあった。

誰かが要らなくなったゲームソフトを出したのかな。ごそごそ漁っていると……

思わぬ掘り出し物を見つけてしまったのだ。

エレン「何?! これ、ゲームボーイ版のSAGA3~時空の覇者~じゃねえか! 今、これなかなか手に入らないんだぞ?!」

DS版は持っているが、白黒時代の方のSAGA3は持っていない。かなり古いゲームだからだ。

エレン「やっべええええ! いくらだ? 100円?! 馬鹿だ?! これ、売るところ、絶対間違えているぞ!」

やった! 超ラッキー! これ、買って行こう♪

白黒の方のゲームボーイは確か親父が保管していた筈だ。1回やってみたかったんだよな。これ。

ミカサ「エレン、買い物終わった」

エレン「オレも終わった。いやー超いい買い物したぞ。早めに来て正解だった」

ミカサ「それは良かった。次はどこに行こう?」

エレン「ん~そうだな。>>915に行ってみるか」

>>719>>721>>722を参照。舞台でも可)

お化け屋敷(・∀・)

エレン「お化け屋敷行こうぜ。お化け屋敷!」

ミカサ「お、お化け屋敷? (ドキッ)」

エレン「なんだ? お化け怖いのか? (ニヤニヤ)」

ミカサ「べ、別に怖くはない」

エレン「へーそうなのか。じゃあ行こうぜ♪」

オレ、こういうアトラクション系の物も好きなんだ。わくわくするだろ?

お化け屋敷のある1年5組に向かうと、まだ時間帯が早いおかげか、人の数はそこまで多くなかった。5分くらい待ったらすぐ順番が回ってきた。

受付「はい。男女ペアの方は割引価格で御1人様1回100円です。それ以外だと200円になります」

エレン「分かりました。はいどうぞ」

受付「では、ごゆっくり~」

中に入ってミカサと手を繋いで進んでみると、そこは真っ暗な空間だった。

エレン「おお! 意外と本格的だ。教室が真っ暗だ」

ミカサ「エレン、手を離さないで」

エレン「おお。足元気を付けろよ………うお?! (ベチ!)」

こんにゃくが降ってきた。定番だけどびびる!

ミカサ「ひゃああ! 足元に冷風が! (ドキドキ)」

エレン「さむ! くそ! 地味に攻撃してくるな!」

と、恐る恐る次に進む。そして、壁沿いに落ち武者の首が沢山並んでいるのを見た。

うわあああ! 生首来たああああ!

くるっとこっち向いたあああああ! 全員一斉に来たああああ!

ニタリと、笑ってくる。これ、人形なんだろうけど、すげえいい出来だな。

生首役「人形だと思った? 残念! 本物でした! (生首役の人が出てくる)」

エレン「うわああああああ?!」

生首役「ははははは! いいね! その反応! はい、飴ちゃんあげるよ」

と、何故か飴ちゃんを貰って次に進む。

エレン「あーびっくりした。人形の中に本物が混ざっているなんて、思わなかった」

ミカサ「びっくりしたー(ドキドキ)」

とまあそんなこんなで、ゆっくり進む。ミカサとの距離は近いまま。

ミカサの胸がオレの二の腕に当たっている。当ててんのか?

まあいいや。しっかり握ってくれていた方が助かる。

あ、小さな小池がある。ここは跨がないと進めないみたいだな。

エレン「よいっしょ」

と、マリオになった気分で池の中の小石をちょんと乗って、飛び越えていると、

河童役「きゅうりをおくれええええ(壁から出てきた)」

エレン「うあああああ?! (*死角の外だった)」

ミカサ「?!」

河童役「きゅうりをくれないと悪戯するぞおおおおお!」

それ、ハロウィンだからな! 間違っているぞ!!

河童のおねだり攻撃をかわして先に進む。

今度は回転ドアを潜って先に進まないといけないようだ。

ミカサと一緒に狭い回転ドアを潜る。キス出来るような距離感に、思わず、ドキッとするけど。

回転ドアを何度も通り抜け、出た先には、いきなり両手が壁から飛び出てびびった!

何だよもう! 予想してねえ攻撃ばっかりくるな!

お化け屋敷だからしょうがねえけど、意識が別のところにいっている隙に攻撃がくるもんだから、本当、びびる。

そんな感じで時間にしては15分くらいでクリア出来る簡単なお化け屋敷だったけど、結構面白かった。

ミカサの息がちょっと荒くなっていた。びびったんだな。

ミカサ「はあ……はあ……結構、ドキドキした」

エレン「おう。オレもだ。予想出来ねえ攻撃ばっかりだったな」

ミカサ「エレンと回転ドア、潜ったの、楽しかった……」

エレン「ああ、オレもアレは別の意味でドキドキしたな」

ミカサ「うん……楽しかった(赤面)」

ああああもう、可愛い。ミカサ最高だ!

今、オレ、人生の絶頂期なんじゃねえかな。そう思うくらいに気分が浮かれてしまう。

エレン「次は何処に行ってみる? 今、10:40分か」

ミカサ「次はゲームセンターに行こう」

エレン「え? いいのか?」

ミカサ「エレンはゲームが好きなので、きっと行きたいだろうと思っていた」

エレン「サンキュ♪ じゃあ行くか!」

次は2年8組まで移動すると、そこにはお祭りで見かけるような「射的」「金魚すくい(もどき)」「輪投げ」「ボーリング」「型抜き」「くじ引き」等いろんな遊び場が出来ていた。

エレン「おおおお! 射的やろうっと!」

当てて落としたらその景品は貰えるらしい。ぬいぐるみもあるし、取りたいよな。

まだ子供が来る時間帯ではなかったので、生徒達が先に遊んでいた。

エレン「あーくそ! 当たらない!」

ミカサ「エレン、私がやってみせよう」

エレン「えー自力で取りたいんだよ!」

ミカサ「そうなの?」

エレン「そうそう。こういうのは何度か失敗して、やっと取れた時が楽しいんだよ!」

と、射的で何度か失敗して、10回目でやっと1個当たった。

エレン「よしゃあああ! ころ助GETだぜ!」

ころ助のぬいぐるみを取って見せた。時間かかったけど、取れて良かった。

次は輪投げをしてみた。ミカサにやらせてみたら、全部呆気なくクリアして、担当者が青ざめていた。

輪投げの係「うそー全部持っていかれたら、もう次の人が遊べないよー」

ミカサ「いえ、商品はいいです。輪投げ自体が楽しかったので」

輪投げの成功回数によって景品が貰える仕組みだったけど、ミカサがやると総取りになっちまう事が分かった。

エレン「難易度、少しあげてもいいと思いますよ。難し過ぎると子供泣くかもしれんけど」

輪投げの係「そうですねーそうしますー」

とまあ、こんな感じで遊んでいたらボチボチ子供達も集まってきた。

今、11:00か。20分くらいここで遊んじまったな。

11:00を過ぎると人の数が大分増えた。生徒の保護者や親兄弟が来て楽しんでいる様子が分かる。

エレン「次は何処に行こうかなーあ、漫画研究同好会! マーガレット先輩のところ、顔出さないと!」

ミカサ「漫研の部室はどこだろう?」

エレン「ええっと、4階だな。美術室の近くだ。行こうぜ!」

という訳で、2年の教室からまた上に上って漫研に顔を出しに行った。

マーガレット「あーエレン! ミカサ! 来てくれてありがとう!」

エレン「どんな感じですか?」

スカーレット「こっちはまったりムードだよ。出来上がった合同誌を読んでいたよ」

と、先輩二人と人見知りっぽい1年女子が何名かいた。男子は1人だけ居た。黙々と漫画を読んでいる。

エレン「おお、マーガレット先輩達の本、売ってるんですね。買いますよ」

マーガレット「いやあああ恥ずかしいいいいいい」

エレン「恥ずかしがっちゃダメですよ。1冊いくらですか?」

マーガレット「300円。コピー本でごめんね。予算なくて。同人誌の方はオフセット出せるけど。お母さんに借金すれば」

親子間で借金って。ダメ過ぎるだろ。

エレン「じゃあ漫画本、読ませて貰いますね(ペラペラ)」

マーガレット「あ、今読まなくてもいいよ。持って帰ってからで十分だよ。時間勿体ないし、他のところにも遊びに行きなよ」

エレン「ええ? いいんですか?」

マーガレット「漫研は、本来ならおうちでの活動が一番だからね。ここは、漫研の歴史というか、今まで出してきた歴代の合同誌とかを展示したり、イラストを展示しているくらいだよ。あ、一応、ポストカードとかしおりとか、グッズもオリジナルで作っているけどね」

エレン「へー。じゃあしおり1枚買いましょうか?」

マーガレット「いやあああ恥ずかしいいいいい!」

商売っ気がなさ過ぎる。大丈夫なのかいろいろと。

そんな訳でしおりを無理やり(?)1枚だけ買って、漫研を後にすると、

美術室の近くを通ったので、折角なのでそこにも顔を出してみる事にした。

エレン「おおお。授業で描いたのとか、展示してある」

ミカサ「! わ、私の絵が展示されている……」

エレン「え?! どこだ?! うわ! ジャンの絵、展示されていたのかよ!!」

完成した鉛筆デッサンが展示されていた。

ミカサをモデルにして描いた、アレだ。チャイナドレスの。

すげえ! 足綺麗だ。まるで写真のようだし、表情も綺麗で、売れるんじゃねえかってくらい上手い。

良く見ると、ジャンの絵を見ているのはオレ達だけじゃない。

他のお客さんも「おお」と言ったり、「これはなかなか」と呟いている。

ミカサ「なんだか少し照れくさい」

エレン「だろうな。やっぱりあいつ、女の絵はぴか一だな」

ミカサ「私、ここまで美人ではない」

エレン「いやいや、そんなことはねえぞ? 絵より本物が美人だからな」

ミカサ「う……うーん」

と、ミカサは困った顔をしていた。

さてさて。こんな感じであちこちいろいろ見て回っていたら、あっと言う間に12時を過ぎてしまった。

エレン「あ! そろそろ飯、食いに行くか! 食品ブースに行こうぜ!」

ミカサ「うん」

第二体育館に向かうと、人の数が一気に多くなっていた。

昼休みだから、皆、わらわら食事にありついている。

さて、腹ごしらえしたらその後は、第一体育館の方に移動しようかな。

エルヴィン先生の企みが何であれ、やっぱり気にかかるしな。うん。

舞台の方も12:00~13:00までは幕が降りている。

その間は仕込みの時間として使うんだろう。バタバタ音だけは聞こえている。

と、その時、舞台の裏から大道具の恰好をしたユミルが飛び出てきた。

ユミルは10:00~12:00の間はコスプレ間の店番やっていた筈なんだが。

昼飯抜きで働いているのか? 実行委員、大変だな。

エレン「ユミル?! お前、何、裏方やってるんだよ」

ユミル「ああ?! 今、忙しいんだよ! 話しかけんな! モブリット先生、見なかったか?」

ミカサ「いえ、見てないけど……」

ユミル「何でこっちに来てないんだよ。段取りと違うだろ。進行表、勘違いしてやがるのか?」

ミカサ「もしかして、フィーリングカップルの件?」

ユミル「そうだよ。モブリット先生も参加する予定なんだが、こっちに来てない。くそ……放送は出来るなら使いたくねえんだが、どこほっつき歩いてやがるんだ。あと10分しかねえのに」

エレン「何なら探してこようか? オレ達、昼飯食い終わったし」

ミカサ「もしかしたら昼ご飯をまだ食べているのでは……」

エレン「だったら食品ブースから探してみるか」

ユミル「もしモブリット先生がこっちに間に合わなかったら、代役立てるからって本人に伝えておいてくれ。じゃあな。頼んだぞ」

エレン「ああ、分かった」

代役か。しょうがねえよな。

…………………………。

その瞬間、オレは圧倒的閃きに襲われた。

その時、オレの脳裏に電流が走るー!

ミカサ「エレン?」

エレン「やべえ……そういう事だったのか」

エルヴィン先生のときめきの導火線は、つまり。

エレン「ミカサ、やっぱりミカサはモブリット先生の方の味方をするのか?」

ミカサ「え、ええ……でも、何故今、その話を」

エレン「だったら早く探さないと、手遅れになるかも」

オレは事情を説明する間もなく、とにかく食品関係のところを探し回った。

校内放送もモブリット先生を第一体育館に呼びつけている。5分前だ。

ミカサ「ど、どういう事なの? エレン……」

走りながら、ミカサは問う。オレは説明する時間がなくて、とにかくモブリット先生を探した。

すると………

エレン「いたあああああ!」

何故かモブリット先生は1年5組のお化け屋敷のところから出てきた。

モブリット「どうしたんだい? 2人とも」

エレン「モブリット先生、時間! 時間ヤバいですよ!」

モブリット「え? 何で?」

エレン「フィーリングカップル、出場するんでしょう?」

モブリット「ああ、その件なら野球拳とプログラムが急遽、入れ替わる事になって、順番が逆になった筈だよ。朝、そういう連絡が来て……」

エレン「それはおかしいですよ。さっき、実行委員の子がモブリット先生を探しまくってましたよ! 予定は変更されてないんじゃないんですか?!」

モブリット「えっ………」

モブリット先生は慌ててスマホを取り出して、実行委員と連絡を取っていた。

裏付けが取れたモブリット先生は顔面蒼白になって、そのまま急いで走って第一体育館に戻った。

演目は既に始まっていた。本来、モブリット先生がいるべき席には、別の男性教員が座っている。

まるで逆転のなるほど君が、絶体絶命のピンチに陥った時に頭を抱える。

あのポーズをとって、その人物は項垂れていた。

モブリット「なんで………何で、リヴァイ先生が舞台に……」

エレン「ユミルが言ってました。モブリット先生がこっちに戻ってくるのが間に合わない場合は代役を立てると。恐らく、野球拳の準備の為に早めに舞台袖近くに待機していたんですよ。リヴァイ先生しか、代役の出来る男性教員がいなかった」

このフィーリングカップルは独身女性教員と独身男性教員のバージョンと、生徒バージョンがある。

先生バージョンを先にやるという話だったが、つまり、エルヴィン先生は最初からこれを狙っていたのだ。

モブリット「そ、そんな………」

モブリット先生が可哀想だった。

連絡がどう行き来したのか分からないけど、エルヴィン先生がきっと、情報操作をしたに違いない。

つまり、これがエルヴィン先生の「ときめきの導火線」作戦の全容だったのだ。

巧妙だ。なんてえげつない。心、折れるだろ。これ…。

モブリット先生が魂抜けた顔で舞台を見ている。

死人のような顔色だ。思わずがくりと倒れそうになったので支えてやる。

ミカサは「あのクソちび教師!」と、抗議に行こうとするが、

エレン「ダメだミカサ! 舞台に乱入したら、演目が無茶苦茶になる!」

ミカサ「でも!」

エレン「もう、舞台は始まっちまったんだ。オレ達に出来る事は何もねえ。どんな理由があっても、邪魔したら、ダメだろ!」

ミカサ「うぐううううううう!!!!」

ミカサもその辺の事は演劇部の経験で理解しているのか歯がゆそうだった。

ミカサ「悔しい! あのリヴァイ先生が、フィーリングカップルに出るなんて。モブリット先生を差し置いて!!」

でも、会場の盛り上がりは凄かった。リヴァイ先生に対する黄色い声援がすげえ。

女子生徒は「いやー!」と叫びつつも、リヴァイ先生を舞台の上で観れるのが嬉しいようだ。

そんな訳で、エルヴィン先生の「ときめきの導火線」は見事に着火して、もう、その火を止める事は誰も出来なかった。

オレとミカサとモブリット先生は、その火の行方をただ、黙って見守るしかなかったのだ…。

ときめきの導火線、着火!

という訳で、最初からエルヴィンはこれを狙っていました。
フィーリングカップルに無理やり出場させられた、リヴァイでした。
続きはまた。トキメキながら次回へ続く!

ほんと目的のために手段選ばないw
エルヴィンが言いかけた根拠は結局なんだったんだ

>>925
A.リヴァイが泥酔すると、その答えが分かります。詳細は後ほど。

ちょっと筆が進んだので延長戦投下しますね。







ピクシス『皆さん、では今回出場する独身の教員をご紹介するぞ!』

ピクシス先生がノリノリだった。燕尾服と蝶ネクタイでインカムをつけて司会をしている。

男女は左右に席を設けられ、それぞれ座っている。完全にテレビのバラエティ番組のノリだ。

ピクシス『まずはレディーファーストじゃ! エントリーナンバー1番! その眼鏡の奥の眼光で熱く睨まれたい女教師ナンバー1! 体育科担当のリコ先生!』

リコ『2年1組の担当教諭リコ・ブレツェンスカだ。宜しく。歳は24歳だ』

と、リコ先生らしい簡潔な挨拶が終わった。

ピクシス『続いてはエントリーナンバー2! そばかすっ子は萌えの印! 家庭科担当イルゼ先生!』

イルゼ『2年3組の担当教諭イルゼ・ラングナーです。26歳です。こういう場に参加するのは初めてなので緊張しています。宜しくお願いします』

ピクシス『エントリーナンバー3番! 女性からもモテる、ストイックな女性じゃ! 地理科担当のナナバ先生!』

ナナバ『2年2組の担当教諭ナナバです。30歳です。宜しくお願いします』

ピクシス『そして最後のエントリーナンバー4! 女性教員の中では最年長! 元祖眼鏡っ子の生物科担当のハンジ先生!』

ハンジ『3年2組の担当教諭、ハンジだよ~! いえ~い! (ピース)あ、年言わなくてもいい? オフレコしてもいい?』

ピクシス『ダメじゃ。全員の年齢を知りたいからな』

ハンジ『もう、女性の年齢バラすなんて酷い企画だよね。そこはオフレコのまま進めて欲しかったな~9月で36歳になったばかりのハンジ先生だよー!』

と、会場は爆笑した。ハンジ先生、空気掴むの上手いなあ。

ピクシス『では続いては男性教員を紹介するぞ! エントリーナンバー1! その甘い朗読ボイスにメロメロされる女子生徒多数! 国語科担当のイアン先生!』

イアン『どうも。イアンです。1年2組の担当教諭です。歳はナナバ先生と同じ30歳です』

キャー! という黄色い声が聞こえた。

イアン先生も結構、女子に人気あるんだよな。

ピクシス『続いてエントリーナンバー2! 寡黙じゃがきっちり仕事はこなす化学科担当のミケ先生!』

ミケ『3年3組担当教諭、ミケです。32歳です。どうも宜しくお願いします』

ピクシス『エントリーナンバー3! いい加減、お主は結婚した方がいいぞ! 世界史科担当のエルヴィン先生!』

エルヴィン『いやはや、いつの間にかこの年齢になりました。3年4組担当教諭、エルヴィン・スミスです。歳は43歳です』

見えなーい! という野次馬の声が聞こえた。だよな。オレも驚いたよ。

ピクシス『ラストじゃ! 悲鳴はまだ上げてはならんぞ? お主もそろそろ結婚しろ! 体育科担当のリヴァイ先生!』

リヴァイ『……………』

ピクシス『リヴァイ先生? 自己紹介をお願いするぞ』

リヴァイ『3年1組担当教諭、リヴァイだ。歳は38歳。以上……』


きゃあああああああああ!!!!!!


リヴァイ先生がしゃべった瞬間、女子生徒が盛り上がりまくってヤバかった。

おいおい、今からそんなんで大丈夫か? どんだけ人気あるんだよ。リヴァイ先生。

ピクシス『ではルールをわしの方から説明させて貰おう。このフィーリングカップルは、いろんな課題をこなしながら、最も相性の良い男女を探し出すのが目的じゃ。クイズ形式で問題を出していくので、その正解数が一番多かったペアが晴れてカップルとして成立する。カップルとして認められた男女はこのカップルシートに座って5分間、2人だけの時間をゆっくり過ごして貰うという物じゃ』

カップルシートがかなりいかがわしいデザイン、もとい、派手なソファだった。

真っ赤なソファにハートのクッションが二つ。なんだこれ。

ピクシス『まずはお題を出していくぞ。1問目はこちらじゃ!』

ドン!

画面に出たのは、『初デートでは彼女を何処に連れていく?』というテーマだった。

ピクシス『まず、男性教員が先に全員、答えを書いていくので、パネルを出す前に、女性側はその人物が答えそうな内容を予想して出して貰うんじゃ』

ピクシス『まずはデモストレーション的にやってみるぞ。わしが回答するので、女性側はわしの答えを予想するのじゃ』

リコ『なるほど。了解した』

イルゼ『なるほどなるほど』

ナナバ『ふむ。ピクシス先生とデートか……』

ハンジ『ええっと、やっぱりこれしかないでしょ~』

ピクシス『答えは終わったかな? では順にパネルをオープン!』


リコ→映画館

イルゼ→公園

ナナバ→海

ハンジ→居酒屋で飲み


ピクシス『ほほう、そう来たか。わしの回答は………ハンジ先生、正解じゃ! 『個室の居酒屋でデート』じゃ!』

会場が笑いに包まれた。ピクシス先生らしい回答だったからだ。

ピクシス『と、こういう感じで答えていって貰うぞ。まずはイアン先生からお願いしますぞ』

イアン『了解しました』

という訳でクイズ形式で進行していった。

オレは他の教員の答えより、何より、リヴァイ先生の事が気がかりだった。

これって、リヴァイ先生もハンジ先生も、案外お互いに当ててしまうんじゃ……。

ピクシス『ではそろそろ良いかな? 女性陣、答えをオープン!』


リコ→図書館

イルゼ→遊園地

ナナバ→自宅

ハンジ→居酒屋で飲み


ハンジ先生、どんだけ飲みたいんだよ。同じ答え書いているし。

ピクシス『イアン先生の答えは?』

イアン『図書館だ。静かにゆっくり時間をかけて話せるから、落ち着けると思ってね』


きゃああ! 連れてって!


という声も聞こえる。女子生徒もノリノリ過ぎてちょっと怖い。

ピクシス『リコ先生にイアンポイントがついたぞ! これでまずは一歩リードじゃ!』

リコ『そ、そういうものか。いや、他に思い浮かばなかっただけなんだが』

ピクシス『ふふふ…2人は案外、相性が良いのかもしれんのう。続いては、ミケ先生じゃ!』


リコ→買い物(モールとか?)

イルゼ→スポーツ観戦

ナナバ→山。またはキャンプ。

ハンジ→居酒屋で飲み


3回連続同じで吹いた。それはもう、ハンジ先生の願望なだけだろ。

ピクシス『ではミケ先生、お願いするぞ』

ミケ『………居酒屋で飲み、ですね』

おおおおおお?! 数打ち当たる戦法で当たった!

ピクシス『ほほう? その心は?』

ミケ『やはり、酒を飲みながらでないと、本音が話せないので』

ピクシス『意外とシャイじゃの! ハンジ先生、ミケポイント獲得じゃ!』

ハンジ『いえーい! 今度、飲みに行こうね!』

と、ハンジ先生は絶好調だ。

ピクシス『続いてはエルヴィン先生じゃ。お主はいろいろマニアックじゃからのう。当てられる女性がおるかのう?』

エルヴィン『ははは! まあ、難しいでしょうね。この年まで独身の男の思考を読むのは』

と、言っている。さてさてどうなるか。


リコ→ドライブ

イルゼ→ゴルフ

ナナバ→旅行

ハンジ→コミックマーケット


ピクシス『うむ? ハンジ先生。そのコミックマーケットとやらはなんじゃ?』

ハンジ『漫画のお祭りだよ! 所謂、漫画が好きな子が集まって、わいわいやるイベントの事だよ!』

えええええ。この間行った、コミケの事か。まさか、そんな……。

エルヴィン『ハンジ、正解。コミケに連れていくよ』

ピクシス『なんじゃと?! 色気のないデートじゃのう!』

エルヴィン『すみません。コミケに連れて行けば、相手の女性の大体の人間性が掴めるので。あえて連れて行きます』

ひでえ。心理テスト扱いだ。連れて行かれた女性達が可哀想だな。初デートなのに。

いや、コミケが悪いんじゃねえぞ? あれはアレで楽しかったし。

でも、初デートにそれっていうのは、あんまりな気もするんだ。

ハンジ『やっぱりね! コミケ行ったら人間性出るよね! 分かる分かる!』

と、ハンジ先生とエルヴィン先生だけが分かる会話をしている。

会場は失笑の空気だった。

ピクシス『では最後にリヴァイ先生、回答を頼むぞ!』

リヴァイ『…………(すっごい嫌そう)』

ごくり。皆、ざわざわしている。答えが気になる。

女性陣は頭を悩ませているようだ。

リコ『全く予想がつかないな。リヴァイ先生といえば家事が趣味な事くらいしか……』

イルゼ『あ、だったら買い物とか、ですかね』

リコ『ああ、ありえそうだな。スーパーとかでもいいかもしれない』

と、こそこそ話し合いながら回答しているようだ。

ピクシス『では、女性陣、回答オープン!』


リコ→スーパーで食材購入

イルゼ→洋服を買いに行く

ナナバ→家電製品を買いに行く

ハンジ→相手の希望に合わせる


ピクシス『おや? ハンジ先生だけ、ちょっと違う回答じゃの?』

ハンジ『ん? 多分、これじゃないかなーと思ったんだけど。ダメ?』

ピクシス『それは回答を見ないと分からんからの。では、リヴァイ先生、どうぞ』

リヴァイ(頭を抱えている)

ピクシス『リヴァイ先生? どうされました?』

リヴァイ『いや、……………ハンジがほぼ正解だ』

あ、やっぱり。読んだな。

やっぱりそういうのも分かるんだろうな。

リヴァイ『厳密に言えば「相手が行きたい場所に連れていく。相手が出かけない場合は引き籠る」だな。俺自身はあまり外を出歩く趣味はない。家の中にいたい方だから』

ピクシス『じゃったら、「自宅でデート」でも良さそうなもんじゃが……そうではないのか?』

リヴァイ『それだと、相手が可哀想だろ。後、決めるのが面倒臭いというのもある』

女子生徒が「じゃあラブホテル連れてってー!」と、酷い事を言い出した。

おいおい、ちょっと、自重しろ! 誰だよ今の野次は! ひでえな!

しかし、リヴァイ先生はマイクを取って、

リヴァイ『女子高生は連れて行かない。残念だが、子供は俺の守備範囲ではないからな』

と、あっさり言われて、「いやあああん」と何故か女子が喜んでいた。

あ、今の、会話したかっただけっぽいな。すげえ。

ファン心理ってすげえな。リヴァイ先生なら何でもいいのかもしれない。

ピクシス『ふむ。なるほど。そういう答えも有りじゃの! という訳で、今回の女性陣のポイントは、今のところハンジ先生がトップじゃ!』

ハンジ『いえーい!』

意外と回答率が高くてびっくりした。やっぱり、年の功って奴なんだろうか?

リヴァイ先生だけかと思ったら、ミケ先生もエルヴィン先生も当ててきたもんな。

ピクシス『では、今度は逆の質問に行くぞ? 今度は男性側が女性陣の答えを予想して答えて貰うぞ。2問目のテーマはこれじゃ!』

ドン!

そして出た次のテーマは、>>932だった。

(*1問目の流れを参考に、女性側のテーマを決めて下さい。多少アダルトな質問でも可)

セックスしたい男性

ぶふうううううう!? せ、セックスしたい男性だって?!

ストレートにも程があり過ぎる。さすがに観客も赤面しているぞ。

ハンジ『はいはい質問!』

ピクシス『なんじゃ? ハンジ先生』

ハンジ『それって、4人の中から選べって事? それとも、芸能人とか、架空の人物とか、歴史上の人物でもOK?』

ピクシス『イイ質問じゃ。勿論、4人の中から選んでも良し。芸能人、2次元、歴史上の人物もOK。または、具体的な条件を持つ男、でも可じゃ』

ハンジ『ああ、つまり「年収1000万以上の稼ぎがある男」とかでもいいんだ』

ピクシス『OKじゃ! 最低限、これがないと無理! という条件でも良いぞ!』

ハンジ『OK~だったら書けるかな』

リヴァイ『……………』

リヴァイ先生が頭抱えている。だよなあ。

ピクシス『では、まずはリコ先生からじゃ! 男性陣、答えをオープン!』


イアン→精神的に大人な男性

ミケ→セクシーな男性

エルヴィン→体力のある男性

リヴァイ→金持ちの男性



あ、リヴァイ先生、結構投げやりに書いているぽい。字がいつもより雑だ。

ピクシス『では、リコ先生、答えをオープン!』

リコ『………これは、イアン先生が当たっているのだろうか。「自分より大人の男性」と書いたんですが』

ピクシス『意味合い的には近いな。じゃろ?』

イアン『んー……厳密に言えば違いますが、まあ、年下であっても、所謂性格が「大人」でないとダメなのかと思いまして』

リコ『ああ、なるほど。自分は「年上」という意味で書きましたが、そういう意味なら、イアン先生の意味の方が合っているかもしれないです』

ピクシス『なるほど! ではイアン先生にもリコポイントじゃ!』

何気にイアン先生とリコ先生、相性いいのかな。しれっと正解している。

ピクシス『なかなかいい感じじゃの! 続いてはイルゼ先生じゃ! 男性陣、答えをオープン!』


イアン→格好いい男性

ミケ→見た目が良い男性

エルヴィン→男前の男性

リヴァイ→顔がいいと思える男性


ピクシス『おおっと?! 意味合い的には殆ど同じじゃが、イルゼ先生、どうじゃ?』

イルゼ『もう………恥ずかしいですけど、はい。イケメンです。全員正解です』

ありゃ。イルゼ先生、面食いなんだ。

ピクシス『まさかの全員正解じゃ! 案外女心は単純じゃの! 続いてはナナバ先生!』


イアン→精神的にタフな男性

ミケ→オシャレな男性

エルヴィン→服のセンスがいい男性

リヴァイ→金持ちの男性


あ、リヴァイ先生。分かんない奴は「金持ちの男性」でいくつもりだな。

ナナバ『なんでバレた。お金持ちの男性……です』

ピクシス『おおっと、意外と腹黒いキャラじゃったか?! リヴァイ先生にナナバポイントじゃー!』

リヴァイ『まさか当たるとは思わなかった』

ナナバ『まさかリヴァイ先生に当てられるとは思わなかった』

ピクシス『まあ、そういう事もあるからこのコーナーは面白いんじゃ! 最後にハンジ先生じゃ!』


イアン→一緒に居て楽しい男性

ミケ→小柄な男性

エルヴィン→頑固な男性

リヴァイ→磯野波兵


ピクシス『む? 一人だけ人物名じゃの。これは、もしかして』

リヴァイ『2次元可って言っただろ。だったらこいつしかいねえ』

ピクシス『ハンジ先生、答えはどうじゃ?』

ハンジ『大正解ー! もう、理想の日本のお父さんだよね!? 私、大好き!』

と、言った直後、会場がどっと笑いに包まれた。

オレもうっかり吹きそうになった。いやまさか、ハンジ先生の理想が波兵さんとは。

ピクシス『まさかの2次元の回答とは………やっぱりハンジ先生は変わっておるのう。そしてそれを当ててきたリヴァイ先生も凄いの! ハンジポイントじゃ!』

リヴァイ(ぐったり……)

わざと回答を間違えればいいものの。それが出来ない辺り、やっぱりリヴァイ先生だよな。

ピクシス『今回は、何気にリヴァイ先生がトップかの? いやはや、意外な展開になってきたのう。では、続いてはこちら!』

ジャジャン♪

画面にまた別の文章が写された。そこには、


『目を閉じて、手を握って、誰かを当ててみよう!』


と、あった。


ピクシス『続いての課題は少し問題が変わるぞ。目隠しをした状態で、相手を触って、相手が誰であるか直感で答えると言う問題じゃ。触る場所は「手」のみじゃ。握手しただけの情報で、どれだけ読み取れるかを競い合うぞ』

これは難しいんじゃないか? 当てられるのかな。

ピクシス『ではまずはイアン先生からやって貰おうかの!』

しかしやはり、手だけの情報では正解が出ず、イアン先生は全員不正解だった。

ミケ先生もダメだった。「匂いだったら分かるのに」と言っていたけど。本当かな。

エルヴィン先生も、ダメだった。残るはリヴァイ先生だけだ。

リヴァイ『……………』

リヴァイ先生はなんと、ハンジ先生だけは当ててきた。

他の先生は一個ずつずれて間違えたけど、すげえ。

ハンジ『おーすごいねえ! よく当てたねえ!』

ピクシス『どこで分かったんじゃ?』

リヴァイ『手先が一番冷たかった。緊張していると、人間は末梢神経から冷たくなる傾向にある……って言ってたのはハンジ自身だろ』

ハンジ『ギクッ!』

リヴァイ『慣れない舞台で本当は緊張しているんだろうなと思っていた。そうだろ?』

ハンジ『もう~バラさないでよ恥ずかしい~』

ピクシス『ほほう? ハンジ先生、実は緊張しておったのか』

ハンジ『だあって、一番私がおばちゃんじゃないですか~やっぱり本当は恥ずかしいですよおお?』

と、ちょっと照れているハンジ先生が可愛かった。

そうなんだ。さっきから変にテンションが高いのは緊張を紛らわす為だったのかな。

でも、そんな風に会場が和やかなムードの最中、モブリット先生は、舞台を睨みつけていた。

あ、これはジャンでお馴染みの嫉妬の眼差しだ。

モブリット先生、今、相当、堪えて舞台を見ているんだろうな…。

ピクシス『そんなのは関係ないと思うがのう……年上には年上の良さがあるもんじゃ。さて、続いてのお題はこちら!』

ジャジャン♪

『目を閉じて、>>939を触って、誰かを当ててみよう!』

ピクシス『今度は女性側が男性を触る番じゃ。よいかの?』

(*急所以外の場所を指定して下さい(笑)あそこはダメよん)



ミケとエルヴィンのハンジに対する解答がリヴァイ前提で笑ったw

肩を触って誰かを当てるのか。これは手だけよりは当てやすいかもしれない。

最初はリコ先生からだ。リコ先生はエルヴィン先生だけは当ててきた。

ピクシス『どこで分かったんじゃ?』

リコ『いや、単純に一番、肩幅が大きい筈だと思って』

ピクシス『おっと、これは迂闊じゃった! お主、一番体格が良いからのう』

エルヴィン『サービス問題になっちゃったみたいだね』

と、エルヴィン先生は苦笑いだった。

イルゼ先生もエルヴィン先生だけは当てて、ナナバ先生も同様だった。

そしてハンジ先生は……

ハンジ『ん~1番目がミケ、2番目がイアン先生、3番目がリヴァイ、4番目がエルヴィン!』

ピクシス『なんと全員正解じゃ! 何で分かったんじゃ?』

と、会場が一瞬、どよめいた。するとハンジ先生は、

ハンジ『ええっとねー、ミケとイアン先生の肩の形が一番似ているんだけどね、筋肉のつき方が若干違うんだよね。前に一度、触らせて貰った事があって、それを覚えていたから違いはなんとなく分かったよ。んで、リヴァイのは、一番筋肉が柔らかい! 鶏肉かってくらい、ふわってしているんだ! エルヴィンは一番大きいから分かりやすいね!』

と、いう解説に会場の観客は「おおおお」とどよめいていた。

イアン『いや、触らせたのは大分前の話じゃないか? 良く覚えていたね』

ミケ『ああ。しかも1度だけだと思う。1、2年前か?』

ハンジ『ん? もうそんなになるっけ? そこは覚えてないけど、1年なんて一か月くらいの感覚だしね~年とるとそうなるよ?』

と、前にも似たような事を言っていたな。ああ、コミケの時か。

ピクシス『何気にハンジ先生は凄いの! ポイントを一番稼いでいるようじゃ! では続いてのお題はこちら!』

ジャジャン♪


『2人で大縄跳びをやってみよう!』


ピクシス『これは、アレじゃ! 所謂「おじょうさん、お入りなさい♪ でお馴染みの縄跳びじゃ! 大繩はこちらで回すので、男性が1人先に入り、女性が1人後から入って、飛べる回数を競い合うものじゃ。体育教師には有利な課題かもしれんが、息を合わせるのは何気に難しいから、パートナーとの相性が試されるぞ!』

と、割と健全な課題がやってきた。これはマシな方かな。

ピクシス『では準備をするので少し待て。イアン先生とリコ先生から初めて貰うぞ。次はミケ先生とイルゼ先生の番になる。よろしいか?』

イアン『分かりました』

縄跳びかあ。どれくらい飛べるんだろう。

ピクシス『では、参りますぞ。お嬢さん♪ お入りなさい♪ の合図でスタートじゃ!』

そしてイアン先生&リコ先生の大繩飛びが始まった。

おおお! うまい! 難なくジャンプして回数を稼いでいる。

そしてイアン先生&リコ先生は120回飛んだ。すげえ。初見で120回って!

ピクシス『スゴイの! お主ら実はこっそり練習しておったな?』

イアン『してないですよ。リコ先生が上手なんですよ』

リコ『いや、なんか飛びやすくて、つい』

ピクシス『何気にベストカップルかもしれんの! では続いてはミケ先生とイルゼ先生!』

この2人は30回目でアウトだった。イルゼ先生は普通の体力しかないようだ。

ピクシス『ふむ。前の2人が凄かったせいで少なく感じるかもしれんが、これが普通じゃからな』

イルゼ『すみませ~ん。運動不足がたたりました……』

ミケ『いえいえ』

ピクシス『続いてはエルヴィン先生とナナバ先生じゃ!』

エルヴィン先生とナナバ先生も100回を超えた。でも、101回目でエルヴィン先生が足を引っかけた。

ピクシス『なんでそんな数字で失敗するんじゃ! 101回って』

エルヴィン『いやいや、僕はしにましぇんよ』

ピクシス『誤魔化してもダメじゃ! 全く。そのネタはさすがに若いもんは分からんじゃろう……』

101回? なんかあるのかな。その数字。

ピクシス『では次はハンジ先生とリヴァイ先生!』

そして、皆、会場のお客さんはどよめいた。

なんと2人は200回を超えても平気な顔をして飛び続けたからだ。

ピクシス『尺の問題もあるんじゃから、その辺で良いんじゃが』

ハンジ『あれ?! もうやめていいの? どうするリヴァイ?』

リヴァイ『ああ? わざとやめるのは、性に合わないんだが』

ハンジ『あ、じゃあ、じゃんけんしながらやろうよ。そしたらいいハンデじゃない?』

リヴァイ『分かった』

と、途中で何故かじゃんけんしながら遊んで、ハンジ先生が240回目あたりでやっと足を引っかけた。

ど、どんだけ体力あるんだよ。いや、それ以前に相性良すぎる。

そんな感じでパートナーを変えながら大縄跳びを繰り返し、1番飛べたペアにポイントが入った。

当然、トップはリヴァイ先生とハンジ先生だった。次点はイアン先生とリコ先生だった。

ピクシス『今のところ、リヴァイ先生とハンジ先生はもしかして、お互いのポイントを全部とっておるのか? 何気に凄い2人じゃのう……』

リヴァイ『うぐっ……! (しまった)』

あ、リヴァイ先生。我に返って焦ってる。

手抜きする筈が、するのを忘れていた顔だな。アレは。

もう諦めるしかねえんじゃねえのかな。そう思っちまうけど。

そんなこんなでいくつかの課題をこなしながらいよいよ最終課題になった。

ピクシス『……では次でいよいよラストの課題じゃ! 最後の課題はちと難しいぞ!』

ジャジャン♪


『キスマークを見て、どの女性か当てよう!』



ピクシス『これから女性陣には全員、同じ色の口紅をつけて貰うぞ。それを色紙にキスして、そのキスの跡だけを見て、どれが誰のキスマークなのかを当てる問題じゃ! ここは完全に直感が試される課題じゃ! 男性陣はその間、アイマスクをして待機して貰うぞ。会場の皆さんは、答えを教えるが、くれぐれもヒントをあげないようにお願いするぞ!』

わあああ………

会場がざわめいた。これはなかなか、なんというか、セクシーな問題だな。

でもキスの形だけを見て誰か当てるって、相当、普段から唇の形を観察していないと分からないんじゃねえかな。

そして準備が整うと、アシスタントの女子生徒が色紙をそれぞれ提示した。

正解は①ハンジ ②リコ ③ナナバ ④イルゼ

という事になった。会場のお客さんはわくわくして待っている。

ピクシス『では、今回は一斉にパネルをどうぞ! オープン!』



イアン→①ナナバ ②リコ ③ハンジ ④イルゼ

ミケ→①ナナバ ②イルゼ ③ハンジ ④リコ

エルヴィン→①ハンジ ②リコ ③ナナバ ④イルゼ

リヴァイ→①ハンジ ②イルゼ ③リコ ④ナナバ



エルヴィン先生がなんと全問正解だった!

ピクシス『なんとこの問題はエルヴィン先生が総取りじゃ! 最終問題なので、他の男性も当てた分はポイントがそれぞれ加算されるぞ!』

観客は「エルヴィン先生エローい!!」と笑っていたけど、エルヴィン先生はしたり顔だった。

リヴァイ先生、ハンジ先生のだけ当てたな。でも本人は訝しげに首を捻っている。

リヴァイ『何で当たったんだ……?』

ピクシス『ふむ? ハンジ先生のだけ当てたようじゃの。リヴァイ先生、よく見ておるのお~』

リヴァイ『いや、根拠は何もない。ただの直感だったんだが………』

と、当てた本人が一番驚いているようだった。

ピクシス『この問題はそういうものじゃからの! 集計結果が出たようじゃ。先生部門フィーリングカップルの最終カップルは……当然、リヴァイ先生とハンジ先生じゃ! おめでとう!」


わあああ……


拍手に包まれてハンジ先生も照れ臭そうだった。

ハンジ『いやーまさか、全問正解するとは思わなかったね』

リヴァイ『あ、ああ………(困惑中)』

中央に追い出された2人は「おめでとー」と観客に言われつつ、女子生徒の一部は「いやあああ!」と、複雑な黄色い悲鳴をあげていた。

ピクシス『次点はイアン先生とリコ先生じゃった。この2人にも今回は特別にカップルシートを急遽、用意したのでそちらでイチャイチャして頂くぞ!』

リコ『へ?』

イアン『ははっ……いいんですか? リヴァイ先生とハンジ先生を舞台に2人きりにさせなくて』

ピクシス『いいんじゃよ。その代わり、イアン先生達は1分だけじゃ』

イアン『了解しました』

そんな訳で、予選から漏れたメンバーはそのまま退場になった。

残った2つのカップルは、照明に照らされながら、静かにカップルシートに座る事になった。

イアン『なかなか楽しかったね。リコ先生はどうだった?』

リコ『まあ、それなりに。しかしまさか、ここまでイアン先生と合うとは思いませんでした』

イアン『それを言ったら私もだ。案外、私達は相性がいいのかもしれない』

リコ『そ、そうですかね』

イアン『今度、一緒に図書館に行ってみる?』

リコ『わ、私はあまり読書をする方ではないんですが』

イアン『それは構わないよ。リコは雑誌でも読んでいればいい。私の話を聞いてくれるだけでも嬉しいよ』

リコ『………考えておきます』


わあああ……


少しの時間だけお話して、そして先にイアン先生とリコ先生がはけた。

残すはリヴァイ先生とハンジ先生だ。

ハンジ『やー残り時間、どうしようかね? 漫才でもやっておく? 即興で』

リヴァイ『いや、いきなりネタを振られても困る』

ハンジ『あ、そう? でもリヴァイ凄いね。波兵さん、よく分かったね?』

リヴァイ『あの髪の毛が1本だけ残っているのが不思議でしょうがないって以前、言っていただろうが』

ハンジ『いや、まあ、そうなんだけどさ。それ、いつ言ったっけ?』

リヴァイ『…………それは覚えていないが、お前は栄螺(サザエ)さんだけは割と観ているだろ。ビデオに撮っているしな』

ハンジ『チビまるっ子ちゃんもたまに見てるよ! それ以外のアニメはあんまり面白さが分かんなくて、観ないけど』

リヴァイ『珍しいよな。その2つがイチオシアニメっていうのも』

ハンジ『そうかな? 国民的アニメでしょ? リヴァイは筋肉マンは好きだよね』

リヴァイ『ジャンプー黄金世代の生まれだからな。北斗と筋肉マンと☆矢とかDBは分かるが、最近の作品はあまり良く知らないな。るろ剣くらいまでだな。かろうじで分かるのは』

ハンジ『うーん、タイトルだけなら分かるけど、中身はあんまり知らないんだよね。皆、知ってる?』

知ってる知ってるー! という男子生徒の声が返ってくる。

ハンジ『そうなんだ。ごめんねー私、その辺、詳しくなくて。エルヴィン先生なら詳しいんだけどね』

エルヴィン『呼んだ? (顔だけ出す)』

ピクシス『こらエルヴィン! 顔を出したらダメじゃぞ!』

と、笑いが起きた。

ハンジ『あはは! でもリヴァイのだけじゃなくて、エルヴィンのとか、他の先生の分も当てられるとは思っていなかったよ。私、まだ女子力が残っていたのかな?』

リヴァイ『いや、そこは年の功ってやつじゃないのか?』

ハンジ『酷い! まあ、事実だけど。でもなんか嬉しかったな。問題が分かったのは』

リヴァイ『それだけ、ハンジが聡明である証拠だろ。案外、人の事をよく見ているしな』

ハンジ『わーい。久々にリヴァイに褒められたー! 明日は雨降っちゃうかもね』

リヴァイ『縁起でもねえ事を言うな。明日も文化祭、あるんだぞ。晴れた方がいいだろ』

ハンジ『まあそれもそうだね。ねえ? そろそろ5分じゃない? あ、まだ後もうちょい? どうしよう? 後は何話す?』

リヴァイ『もう早めに切り上げても良くないか? 尺余っても別にいいだろ』

ハンジ『え? ダメなの? あ、次の準備がもうちょいかかる? あ、そう。どうしよう? リヴァイ。何か話してよ』

リヴァイ『無茶振りにも程があるな。全く………』

と、その時男子生徒から「何で最後の問題、分かったんですかー?」という野次が飛んだ。

ハンジ『あ、それは私も気になった。私、普段口紅全くつけないのに何で分かったの?』

リヴァイ『いや、だからあれはただの勘だ。直感で選んだら当たったんだ』

ハンジ『でも、ナナバ先生と私のを間違えていた先生もいたよね。それってナナバ先生と私の口が似ている証拠じゃない? よく見分けがついたね』

リヴァイ『うーん……(頭掻いている)』

そんなもん、決まっている。

普段から、リヴァイ先生がハンジ先生の顔をよく見ているからに決まっているだろ。

オレはそう思ったけど、リヴァイ先生自身は『本当に何でだろうな?』と首を傾げるだけだった。

リヴァイ『俺にも良く分からん。たまたまじゃないのか?』

ハンジ『そうかな? ま、そうかもね。あんまり考えてもしょうがないか』

リヴァイ『そうだな。じゃあそろそろ………』

と、その時、男子生徒の一人が「キスしないんですかー?」という野次を飛ばしてきた。

なんだこの絶妙なタイミング。

もしかして、サクラか?! 仕込まれているのか?! 会場の中に。

リヴァイ『は?』

キッス! キッス! キッス!

キスコールが徐々に浸透していってハンジ先生が『ええ?』と狼狽していた。

ハンジ『ちょ、ちょっと待って。それは話に聞いてないよ? ここでおしゃべりするだけじゃないの?』

リヴァイ『俺もそうとしか聞いてないんだが?』

でも「キッス!」コールはなかなか鳴り止まない。ど、どうすんだコレ…。

鳴りやまない催促コールにミカサは横で顔面蒼白している。

突然の事態に、青ざめるしか出来ないようだ。

ハンジ『もう、しょうがないな~する?』

リヴァイ『断る(キリッ)』

ハンジ『でも、ほら、なんか、催促されているし、やらないと終わらないみたいだよ?』

リヴァイ『嫌なものは嫌だ。というか、ハンジも本当は嫌なんだろ』

ハンジ『え? うー…場所によるかなあ。ほっぺとかなら、いいよ?』

おおおおお?! これは意外だ。ハンジ先生、ほっぺキスなら許せるんだ。

でもリヴァイ先生は嫌そうにしている。

リヴァイ『お前なあ……』

ハンジ『ほらほら、早くしないと。舞台終わらないよ? あ、それとも私からしようか?』

リヴァイ『それはもっと嫌だな』

ハンジ『何気に本当に失礼だね! リヴァイは! じゃあ、ほら、リヴァイからでいいから!』

と、言って、ハンジ先生が両目を閉じた。

リヴァイ先生はため息をついていたけど、周りは「ヒューヒュー」の嵐だ。

一度、ポケットに手を突っ込んでいた手を出して、自分の方にハンジ先生を引き寄せる。

そして眼鏡を外してやって、カップルシートの端に追いやると、リヴァイ先生は………


チュッ……


顎を持ち上げて、本当にキスを1回だけした。リップ音が、聞こえたから間違いない。

角度的に完全には見えなかったけど、でも、あの距離なら間違いない。やった。

本当にキス、しちまったんだ。

リヴァイ『これでいいか? じゃあ撤収するぞ、ハンジ!』

ハンジ(こくこく)

という訳で2人は慌ててはけていった。これで先生部門は終了だ。

終わった直後、モブリット先生とミカサが同時に倒れかけて、オレは2人分支える羽目になった。

と、その時、その後ろから、ミカサの方を支えてくれる奴が現れた。

ジャン「マジか。リヴァイ先生、やりやがったな……」

エレン「ジャン……来てたのか」

ジャン「当たり前だろうが。気になってたからな。後ろの方で観てたよ。にしても……」

マルコ「さ、最後、凄かったね。本当に皆の前でキスしちゃった…」

ジャン「いや、今の、本当にキス、したのか?」

マルコ「え?」

ジャン「なんか怪しい気がするんだが。エレンはどう思った?」

エレン「え? したんじゃねえの? 音だってしたし」

ジャン「いや、そんなもんは音出せばいい話だし。覚えてないか? オレとキスシーン入れるって話になった時に、キスに見える角度で顔をギリギリまで近づけるテクニック、教えて貰っただろ」

エレン「あ、ああ……そう言えばそうだったな」

仮面の王女の時の話だ。最初はキスシーン有りで練習していたからな。

え? でも今のって、その角度だったんかな?

ジャン「なんか今の、そんな感じに見えたんだが、気のせいか?」

エレン「え? じゃあ本当はキスしてねえって事か?」

ジャン「その可能性もありそうだなって思って。………確認してえな」

ニヤリと、ジャンが笑う。オレも同じ事を思った。

ジャン「エレン、ミカサはオレが預かるから、リヴァイ先生にこっそり確認して来いよ」

エレン「え? でも……」

マルコ「大丈夫。ジャンが変な事しようとしたら僕が止めるよ」

ジャン「しねえよ! ……多分」

多分が余計だ。でも、確かに気になるのは気になる。

今、生徒の方のフィーリングカップルが始まったから、聞くならこのタイミングしかない。

ジャン「どの道、モブリット先生を裏方まで運んだ方がいいだろ?」

エレン「ああ、そうだな」

気絶しているけど、モブリット先生は文化祭の担当教員だし、裏に連れていく必要がある。

オレはこっそり舞台裏の方にモブリット先生を支えながら連れて行った。

舞台裏では壮絶なピリピリとした空気が流れていた。

リヴァイ先生がキレていたからだ。エルヴィン先生とピクシス先生をその場で正座させて説教していたんだ。

どっちも年上の先生なのに。容赦ねえええええ……。

リヴァイ「おい、エルヴィン。お前言ったよな? 何も仕掛けないと。アレは嘘だったのか?」

エルヴィン「嘘はついてないよ。私は何も仕掛けていない。今回の事を仕掛けたのはピクシス先生だから」

ピクシス「すまんのう。舞台を盛り上げたくて、ついな」

リヴァイ「ピクシス先生。とりあえず、モブリット先生を何処に拉致して監禁したのか教えて頂きましょうか(ジロリ)」

エレン「あの、すみません……」

間に入るのは怖かったけど言わない訳には行かなかった。

するとやっとこっちに気づいたリヴァイ先生がほっとした表情で、

リヴァイ「エレン、でかした。モブリット先生を救出してきたのか」

エレン「え、いや…その……救出とはちょっと違うんですけど」

お化け屋敷から出てきたところを連れてきただけだしな。

でもリヴァイ先生はそんな事はどうでもいいみたいで、とにかく「良かった。無事で」と安心したようだった。

リヴァイ「全く………こいつがなかったら、ガチでキスする羽目になるところだったな」

と、リヴァイ先生はポケットから何か取り出した。

エレン「そ、それは一体」

リヴァイ「透明のガムテだ。ゴミ取り用に常にポケットに少量、携帯している。ハンジにキスする直前、こいつをあいつの唇に貼りつけて、その上からキスしてやった」

よく見ると、ハンジ先生がまだ口をガムテで押さえられていた。可哀想に。

エレン「剥がしてあげていいですか?」

リヴァイ「ああ、構わん」

オレはそろーっと、ハンジ先生の口のガムテを剥がしてあげた。

ハンジ「ぷは! いやーまさか口を封じられるとは思ってもみなかったよ。リヴァイ、策士だね!」

リヴァイ「どっちがだ! エルヴィン達に比べたら可愛いもんだろうが!」

エルヴィン「いやーまさかリヴァイが乱馬1/2のロミオとジュリエットネタを知っているとは思わなかったよ。懐かしいね。乱馬とあかねちゃんもそれで偽のキスシーンやったねえ」

リヴァイ「すまんがオレはマンデー派じゃない。乱馬のネタを知っていた訳じゃないが、これしか乗り切る方法が思い浮かばなかったんだ」

ピクシス「相性ばっちりのくせに、何でそう頑ななんじゃろうな~」

と、ピクシス先生は不思議がっている。まあ、気持ちは分からなくもないけど。

リヴァイ「あれはあくまで、ハンジとの付き合いが長いから知っていただけだ。カンニングペーパー有りでテストを受けたようなもんですが?」

と、リヴァイ先生はあくまでそう主張する。

ピクシス「だったら何故、最後の問題も当てたのじゃ。アレは完全に「勘」の世界じゃ。エルヴィンのような変態でない限りは、それこそ、気をつけて常に見ていないと分からないと思うんじゃがのう……」

というピクシス先生の主張にリヴァイ先生は「たまたま当たっただけですよ」と答える。

リヴァイ「偶然という事もある。気にするような事じゃ……」

ピクシス「本当かのう? お主、何故そんなにハンジから逃げておるんじゃ」

リヴァイ「は?」

リヴァイ先生が心外だと言わんばかりに言い返す。

リヴァイ「言っている意味が分からない。何の話だ」

ピクシス「ふむ。まあいい。意味が分からんなら話しても無駄じゃ。ハンジ先生、次の野球拳の為の司会の衣装に着替えた方がよかろう?」

ハンジ「あ、そうですね。今のうちに着替えますね~」

と、ハンジ先生は先に更衣室の方へ移動した。舞台袖には一応、仕切りを立てて着替える場所を分けているからだ。

リヴァイ「エルヴィン、これ以上は何も仕掛けてないよな? 今度こそ、まともにやらせろよ?」

エルヴィン「だから私は何もしてないのに……」

リヴァイ「知っていて黙っているのも同罪だろうが! ピクシス先生もこれ以上、余計な事はしないで頂きたい」

ピクシス「しょうがないのう……」

という訳で、一応話に区切りがついたようだ。

リヴァイ「エレン、さっきのゴミ、渡してくれ。俺が後で捨てておくから」

エレン「あ、はい」

ハンジ先生の唇を塞いでいた透明ガムテだ。ゴミとなったそれをリヴァイ先生に渡す。

それをポケットに入れると、リヴァイ先生はエルヴィン先生とピクシス先生とオレの3人を舞台裏から追い出した。

ここからの時間は野球拳の関係者以外はもう、舞台裏に入っちゃいけないからだ。

ピクシス「ゴミくらい、彼に捨てさせればいいのにのう。どこまで独占欲が強いのじゃ。あの男は」

エルヴィン「まあ、そこが可愛いんですよ」

エレン「え?」

何の話か分からないけど、先生2人はニヤニヤしている。

舞台裏から客席側に移動して、オレは先生達を引き連れてミカサのいるところまで戻ってきた。

ミカサは客席の端っこの方でぐったりして死んだ魚のような両目をしていた。

ミカサ「気持ち悪い……こんなに気持ち悪いの、初めてかもしれない……うぷっ……」

エレン「だ、大丈夫かミカサ……」

ミカサ「なんであのクソちび教師のキスシーンなんか見ないといけないの……ハンジ先生が穢された……(ブツブツ)」

精神的ショックが酷かったようだ。これは野球拳、見せない方がいいかもしれない。

オレはジャンからミカサを受け取って引き連れて、取り敢えず一回、第一体育館を出る事にした。

ミカサ「許せない。モブリット先生が犠牲になった……許せない。なんとしても天誅を……」

エレン「ミカサ、その事なんだけど。リヴァイ先生、アレ、本当はキスしてないって言っていたぞ」

ミカサ「え?」

エレン「直前で透明ガムテを張り付けて、その上からキスしたんだって。直接した訳じゃないんだってさ。お芝居だよ」

ミカサ「お、お芝居…? 何故、お芝居を……?」

エレン「そりゃ、舞台だからだろ? 皆を盛り上げる為に、あえて「嘘」をついたんだよ」

こういえば少しは落ち着くかな。

ミカサ「で、でも、ハンジ先生は、『ほっぺならいい』って言ったのに」

エレン「え? ああ……」

確かにそう言っていたな。でもあの空気じゃほっぺじゃブーイングだったんじゃないか?

それを見越して唇に行ったんだろうし。

と、思っていたら、ミカサが泣き出しそうな顔でこう続けた。

ミカサ「ほっぺにキスされると思って我慢して待っていたのに、唇にいきなりキスされたら、嫌だと思う。例えそれがガムテ越しでも、私なら好きでもない男にされたら、発狂する」

エレン「え………」

あ、そっか。ミカサはハンジ先生がどの程度リヴァイ先生の事を好きなのかイマイチ分かってないんだ。

だからついつい「可哀想」だと思っているんだ。多分、そんなんじゃねえと思うけどな。

エレン「ハンジ先生は別に発狂してないぞ。さっき会ったけど、普通だった。いつも通りだったよ」

ミカサ「そんな筈はない。ハンジ先生は我慢しているだけ。きっと今頃、頭の中は大混乱している筈」

エレン「え………」

そ、そうなのかな。でも、ミカサがそう言うなら、その可能性もあるのかな。

ハンジ先生の様子が気になってそろーっと入り口から第一体育館の中を覗いた。

野球拳が始まるようだ。リヴァイ先生の2度目の登場に会場は大盛り上がりで、騒いでいる。

ハンジ先生は男装した燕尾服姿で出て来て、ルールを説明していた。

ハンジ先生の背景には、野球部の恰好をした男子生徒とチアガールの恰好をした女子生徒が雛壇に上って待機していた。

いつもの野球拳の音楽が流れると、その音楽に合わせて背景の彼らが一緒に踊ってくれるようだ。


野球~するなら~こういう具合にしやさんせ~♪

アウト! セーフ! よよいのよい!


というお決まりのアレを説明するハンジ先生。特に変わった様子はないけれど。

そして壇上に出てきたのは、意外と女子生徒が多いな。

ああああ! ニファ先輩とペトラ先輩、両方出てる!!!

マジか。女の戦いが勃発してやがる。

リヴァイ先生VS女子生徒軍団の構図が出来上がっている。

っていうか、男子生徒は参加しねえのかこれ?

ああああ……リヴァイ先生、本当にじゃんけん強い! 3連続で勝った!

すげ! 本当に女子側がどんどん脱がされているぞ?! いいのかコレ?!

けしからん。実にけしからん……。

ミカサ「エレン……? (ゴゴゴ……)」

は! しまった! 一瞬、ミカサの事を忘れかけて見入っていた。

エレン「いや、ほら、何ともないみたいだぞ? ミカサの気のせいじゃないか?」

ミカサ「でも………」

エレン「心配し過ぎだって。ハンジ先生は大人なんだし、ノリでそういう事もあるってきっと割り切ってると思うぜ?」

ミカサ「エレン、そんな筈はない。ハンジ先生は女性。強く見えても、女性なので」

エレン「そ、そうかあ~?」

うーん。ミカサが折れないなあ。

まあ、そこまで言うなら注意して見てあげた方がいいのか?

ペトラ先輩、負けているのに悠然と立っている。

一応、下にビキニの水着は着ているけれど、にしても、これだけの観客の前で堂々と服を脱げるって、すげえな。

ニファ先輩も同様だ。というか、オレの勘違いかな。むしろ喜んで脱いでいるように見えなくもないけど。

リヴァイ先生も淡々と勝っていくな。容赦ねえ。一回くらい負けてあげたらいいのに。

あ、一応、ビキニ姿になったら負けみたいだ。手ブラはやらないようだ。

そりゃそうだよな。手ブラやったら、PTAが黙っちゃいないよな。

いや、既にこの時点でアウトだという説もあるけど、そこは片目瞑って欲しい。

そんな訳で、野球拳で大いに盛り上がっていたその頃、ようやくアルミンがこっちに来た。

アルミン「エレン~!」

エレン「あ、アルミン! 遅かったな」

アルミン「いや~クリスタと一緒にお昼を食べていたせいでついつい時間を忘れていたよ。野球拳、始まった?」

エレン「ああ、始まっているぜ。どんどん先輩達、脱いでる」

アルミン「本当だ! スゴイ! これはいいイベントだね!! (興奮)」

エレン「ああ、企画した奴は天才だな。ハンジ先生が許したのも凄いけど」

と、ついつい遠くから見入っていたんだけど……。

女子生徒をあらかた征服したリヴァイ先生に対して、野次が飛んだ。

「ハンジ先生も参加して下さいよー!」という声だ。

ハンジ『え? 私? 私はやらないよ? 司会だもん』

「そこをなんとかお願いしますー!」と、無茶ブリする男子がいる。

ハンジ『もー貧乳なんか見てもしょうがないでしょー?』

「むしろステータスです! 希少価値です!」といつもの合いの手がやってきた。

貧乳=希少価値という変な価値観が浸透したのは某漫画のせいだろうけど。

ハンジ先生は汗を掻いて頭も一緒に掻いている。

ハンジ『こ、困ったなあ。じゃあ、やっちゃう? リヴァイ』

リヴァイ『参加しないんじゃなかったのか?』

ハンジ『だって、観客が望むならやらない訳にはいかないじゃなーい』

リヴァイ『………はあ』

と、リヴァイ先生はしょうがない顔になって構えた。

リヴァイ『分かった。後悔するなよ』

ハンジ『うん。リヴァイの腹筋、お披露目するよ!!』

という訳で何故かリヴァイ先生VSハンジ先生も勃発して、会場は大盛り上がりになった。

そして何度かシーソーゲームが続いて、あ、リヴァイ先生が負けた。

上着を1枚脱いだら、女子生徒が「きゃあああああ!!!!!」と金切り声をあげたので耳が痛かった。

もう、リヴァイ先生のファン、ちょっとは自重しろよ。

スカーフも脱いで、シャツも脱いで、下着も脱いで。

リヴァイ先生、さっきまでの連勝が嘘みたいに負けていくな。

そして遂に腹筋のお披露目だ。その瞬間、女子の観客がバタバタと何名か気絶していった。

実行委員が担架を予め用意していたのか手早く回収して保健室に運んでいく。

その様子にさすがにハンジ先生も異変に気付いたのか、

ハンジ『あんた、わざと負けてない?』

と言い出した。

リヴァイ『腹筋お披露目しろと言ったのはハンジだろうが』

ハンジ『いや、言いましたけどね。まさかこのタイミングでやってくれるとは思わなくてね』

ぶーぶー! 今度は男子生徒がブーイングだ。

「リヴァイ先生ー! 脱がせて下さいよー!」と野次を飛ばす。

しかしリヴァイ先生は野次を完全無視している。

そしてやっぱり、最終的にはわざと(?)全部負けてパンツ1枚になると、敗者となって、舞台をはけていった。

ハンジ『ありゃりゃ、全勝しちゃったよ。ごめんねー脱がなくて!』

と、ハンジ先生は可愛くごめんなさいをしている。

ぶーぶー! という声がやまないけど、こればっかりはしょうがないよな。

時間的にも終わるの丁度いいし、お開きかな。この辺で。

と、思っていたんだけど……

まさかの「脱いで」コールが始まって、ハンジ先生が赤面していた。

ハンジ『ええ?! 36歳のおばちゃん捕まえてそれ言う?!』

「大丈夫大丈夫ー!」という声も出てきた。おいおい。なんだこの異様な空気は。

ハンジ『いや、あの…脱ぐのだけやったらそれはもう、ただのストリップだからね? もう時間も来ているし、この辺でお開きするよ。ごめんね? ね?』

と、ハンジ先生が言っていたその時、上着を1枚だけ引っかけたリヴァイ先生が颯爽と舞台裏から出て来て、野次を飛ばしていた男子生徒にげんこつかました。

いきなりの体罰に周りは「うわああ?!」とびっくりしていたけど、リヴァイ先生が殴るのも無理ねえな。

ちょっと、調子に乗り過ぎだ。アレはオレでもやるわ。

リヴァイ『いい加減にしろ。頭を冷やせ。馬鹿が』

インカムつけたままだから、声が響くな。男子生徒は「す、すんません…」と涙目だった。

リヴァイ『野球拳はこれでお終いだ。次の演目の準備する奴は早く舞台裏に行け』

と、言ってリヴァイ先生はその男子生徒をひっ捕まえてどこかに移動した様だ。

あ、もしかして、あの男子生徒、サクラだったのかもしれない。

ピクシス先生に頼まれたとか、ありそうだな。

そして野球拳が無事に終わって、ハンジ先生が舞台裏から出てきた。

インカムはもう外している。ふーっと疲れ切った様子だった。

ハンジ「…………」

あれ? 顔が赤い。どうしたんだろ?

エレン「ハンジ先生?」

ハンジ「うわあびっくりした! エレン、いたんだね?!」

エレン「まあ、そうですけど。大丈夫ですか?」

ハンジ「な、何が?」

エレン「いや、いろいろハプニングがあったから。ミカサも心配してましたよ」

ミカサ「ハンジ先生、必要ならリヴァイ先生に報復してきますので申し付けて下さい(キリッ)」

ハンジ「いやいや! 報復なんてしなくていいからね! 大丈夫! ほら、元気元気!」

と、ハンジ先生は笑っているが…。

ミカサ「ダメです。ハンジ先生。我慢しては、ダメ」

と、ミカサがずいっと一歩出て言う。

ハンジ「え、ええ? 我慢なんてしてないよ?」

ミカサ「でも、キスされたこと、嫌だったのでは」

ハンジ「あーキスっていうか、ね」

ハンジ先生は困ったように言った。

ハンジ「あいつ、私にキス出来たんだーと思ったら、ちょっと何か、こう、もやもやしてね? いや、ガムテ越しだけど。私、てっきりガムテを「ほっぺ」に貼ってやるんだとあの時、思ったからさ。まさか口の方にくるとは思わなかったのよ」

ミカサ「嫌ではなかったんですか?」

ハンジ「んー……これ、どっちなのかな? 自分でも良く分かんないのよね」

と、頬を赤らめてハンジ先生が言う。

ハンジ「なんか、さっきから、変、なんだよね。こう、もやもやしていて。なんだろ? これ。こういうの、初めて経験するんだけど」

ミカサ「そ、それが「嫌だ」という感情なのでは?」

ハンジ「いや、嫌じゃないの。嫌じゃないのだけは分かるんだけど……ああああ分からん! 未知の感覚! 初めての経験だよこれ?!」

それってもしかして。もしかして、兆候が出ているのか?

ハンジ先生にとっての、恋の芽吹きみたいなもんが、さっきのガムテ越しのキスで、始まっちまったのか?

うわあああああどうすんだこれ?! いや、オレはどうしようもねえけど?!

ハンジ「ちょっと後でノートにまとめよう。うん。ちょっと書き出さないと訳分かんない。自分観察やらないと自己分析出来ないわ」

と、頭を悩ませている。ハンジ先生、そんな時まで研究者の顔が抜けないのか。難儀な性格しているな。

ハンジ「まあいいや。自分の事は後回しだよ。それより、今回の事で、またリヴァイのファンの子達に恨まれちゃうなあ……」

エレン「え? ああ……そうか。そうですね」

リヴァイ先生のファンの女子がなんか、ちょっと異常だったもんな。

ハンジ「うーん。それが怖かったのもあって、「ほっぺ」を指定したんだけどね。あいつ、非公式ファンクラブの存在を知らないからなあ」

エレン「え? 何ですかそれ」

なんか今、ぞくっとしたぞ。背中が寒くなった。気のせいか?

するとハンジ先生は急に声のトーンを落としてオレ達だけに聞こえる大きさで話した。

ハンジ「あ、これ、リヴァイにはオフレコしておいてね。リヴァイ、人気があり過ぎて、本人知らない間に、校内の女子生徒の間でファンクラブが勝手に作られていたみたいでね。もう5年目くらいかな? 最初は5人くらいの小さな集まりだったんだけど、今じゃOG含めたら100人くらい会員がいるんだよね」

エレン「ひゃ、100人?! 何ですかそれ?!」

もうそれ、芸能人のアイドルクラスの人気じゃないのか?!

ハンジ「あーなんかいつの間にか増えていたみたいだね。私がその事を知ったのは、ここ数年なんだけど、ちょっと年々、ファンの子達が過激になってきていてね。1回、リヴァイのロッカーを勝手に漁って盗撮したり、あいつのパンツ盗もうとしていたりしていたから、流石にそれは私が止めたんだけどね。それがあって、私も初めてファンクラブの存在を知ったんだけど。そういう訳で、リヴァイと友人でいるのは良いけど、必要以上にくっつくと、いろいろ弊害も出るのよね。参ったなあ…」

と、ハンジ先生は困った顔をしていた。いや、なんかもう、何を言ったらいいか分からん。

アルミン「あの、それはちゃんと表沙汰にして、リヴァイ先生に伝えた方がいいのでは」

ハンジ「あーそんなことしたらあいつ、問答無用でファンクラブ解散させるよ。そしたら活動が水面下になるだけで、存在だけは無くならない。もしそうなったら、もっと動向を探るのが難しくなる。適度に発散させて泳がせておくのが一番だよ。こういうのは」

アルミン「でも、もしリヴァイ先生自身に被害が及んだら……」

ハンジ「あ、それは大丈夫。エルヴィンが体張って学校内を監視してくれているから。リヴァイは全く気付いてないけど。少なくとも校内で下手な真似は打てない様にしているし、あいつの生活は教員用のマンションと学校の往復が殆どで、それ以外は生徒のたまの送迎くらいだから。私も校内では女子生徒をある程度、注意して見ているし、あいつに被害が及ばない様には気を付けているよ」

エレン「な、なんか思っていた以上に大変な事態じゃないんですか? それは……」

ミカサもちょっと変な奴らに絡まれる事はあるけど、その比じゃねえ気がする。

だって100人だぞ? 数が三桁だからな。

ハンジ「うーん。でもたまには彼女らを発散させないと、ますますストレス爆発するみたいだしねえ。私が夏に一度、顧問をサボってリヴァイから離れたのもそのせい。リヴァイを泳がせて、ちょっと遠目でリヴァイを観察していたんだよね。女子がどういう行動を起こすか。マークすべき女子は誰か。炙り出したかったんだけどねえ……」

エレン「ええええええ? ちょっと待って下さい。アレ、酔っぱらっていたのって」

ハンジ「ごめんね☆ うん。あれ、演技だから。酔ったふりは得意なんだよ。私。ただあの時、ちょっと私の注意が女子に気づかれそうになってね。ごめん。誤魔化す為にエレンを巻き込んだけど」

エレン(ポカーン)

なんだこれ。まるで映画で観るような、ミッションみてえだな。

スパイ映画的な。ハンジ先生、捜査官になれるんじゃねえか?

ハンジ「健全にリヴァイを愛でてくれるなら何も問題ないんだけどね。というか、こんな事態になっちゃったのは、リヴァイ自身が誰彼構わず生徒に優しくするのがいけないのよ。あいつ、生徒には基本的に優しいからね。さっきみたいに調子に乗った奴にはげんこつかますけど。それ以外の時は、本当に何というか、面倒見が良すぎて、気づかないうちに女子生徒落としているんだから。ちったあ自重して欲しいけど。自覚がないから無理なのよね。だからこっちは、適当に宥めて、こうやってたまにリヴァイのお色気を出して発散させるくらいしか出来ないのよね。我慢させたら、もっと大変な事になるから」

と、その瞬間のハンジ先生は大人の女性に見えた。36歳の年相応の顔だ。そんな独特の顔だった。

ハンジ「だから私、本当、リヴァイとどうこうなろうとか、思った事はないのよね。エルヴィンとかピクシス先生は、そうじゃないみたいだけど、リヴァイの隣に異性がいる場合は「友人」としての枠しかないのよ。万が一、恋人になっちゃったら、毎日ファンの子に暗殺される恐怖と戦う事となるかもしれない。割とガチで」

こえええええ。リヴァイファン、こえええよ!!

ハンジ「あーごめん。愚痴っちゃった。本当、こんなの生徒に言う話じゃなかったね。あーもう、私が男だったらなあ! こんな面倒な事考えずに、あいつと毎日飲みに行けたんだけどな!」

と、腹を立てている様子がちょっとだけ可愛かった。

そしてハンジ先生は「じゃあまた後でね! お腹すいたからちょっと食べてくる」と言って離れて行った。

なるほど。なんかだんだん、全容が分かってきたぞ。

リヴァイ先生の交際が長続きしないのも。

ハンジ先生がリヴァイ先生の友人に拘る理由も。

微妙なバランスで今の状態が成り立っているんだ。

その均衡を崩すのを、ハンジ先生は無意識に怖がっているのかもしれない。

なんかこの感覚、オレ、覚えているぞ。そうだ。

オレ自身が、ミカサとの交際に踏み切る前に、ウダウダしていたあの頃だ。

思い出した。ジャンにGWにいろいろ言われたことを。

そして交際がバレた直後、「気持ちに蓋していたんじゃなかったのか?」と問われた事も。

つまり、オレの場合は「家族としてやっていきたい」理性と。

「本当はミカサが好きだ」という本能の板挟みになっていた訳で。

オレの場合は結局、本能の方が勝った訳だけど、ハンジ先生の場合も、無意識のうちに「理性」で押さえこんでいる可能性がある。

でも100人の同性に恨まれる覚悟を持たないと、リヴァイ先生の恋人の場所に居られないなら、確かにちょっとこええよな。

オレだって既にジャンに恨まれているし、多分、見えないだけでミカサのファンだっている筈だ。

ミスコンで支持者が10人以上集まったって言ってたし。そういう部分は切っても切り離せない。

多分、これから一生、抱えていかないといけない問題になるんだ。こういうのは。

でも、だけど。

だからと言って、リヴァイ先生がずっと独身でいたら。

リヴァイ先生自身は、幸せになれなくねえか?

ミカサ「エレン……?」

ああああもう! オレの馬鹿! オレに出来る事って、何も思い浮かばねえ!

こんな事態になっても、見守る事しか出来ねえのか…。

アルミン「エレン、何かいろいろ考えているみたいだけど。なるようにしかならないよ」

エレン「アルミン……」

アルミン「話は大体分かったよ。疑問に思っていた部分も、これで繋がった。でも、だからと言って、僕らには何も出来ない気がするよ」

エレン「そうだよな。大人の問題だもんな。首突っ込むわけにはいかねえよな」

アルミン「まあでも、あんまり心配しなくていいんじゃないかな? 僕もエレンと同じ意見だし」

エレン「アルミンもそう思うのか?」

アルミン「うん。考えは大体同じだと思う。だって様子を見ていれば分かるじゃないか」

ミカサ「2人だけで分かる話をしないで欲しい(涙目)」

悪い! うっかりミカサを放置しちまった。

エレン「すまん! その……人間についていろいろ考えちまった」

ミカサ「人間について? どういう事?」

エレン「その……こう、なんだ。人間って、自分の「本当の気持ち」ってやつを、簡単に「理性」ってやつで封じ込めちまう生き物なんだなって思って」

ミカサ「封じ込める……」

エレン「勿論、そうしないといけない場面もあるけど、それって限界があるだろ? いつか決壊して、壊れるのは分かってる。だったらもう、吹き出すものを我慢する必要はないんじゃねえかって、思うんだけど」

と、言ったら、ミカサが真っ赤になって、

ミカサ「エレン、それは大人の階段を登りたいという意味?」

と聞いてきたんで「違う!」と言ってやった。

エレン「あ、いや、違わなくもないんだろうけど、その、この場合は違うんだよ!」

ミカサ「? どっちなの?」

エレン「と、とにかく、その、なんていうか、我慢のし過ぎは良くねえよって話だよ!」

ミカサ(ポッ)

あ、ミカサがエッチな方向で考えているな。

ミカサ「エレン、その……誓約書の事なんだけど」

エレン「え?」

急になんだ?

ミカサ「後で、ちょっと確認したい事があるので、文化祭が終わってから、落ち着いてから話したい」

エレン「あ、ああ……そうだな」

そういえばその問題もあったな。っていうか、もうなんか忙しいなここ最近!

でも時間は有限だ。悩んでいたってしょうがねえ!

エレン「まだ見て回ってないところ、行ってみるか」

アルミン「あ、そうだね。僕も一緒にいいかな?」

ミカサ「勿論。いい。3人で回ろう」

アルミン「ハンジ先生の生物室、もう見て回った?」

エレン「いや、まだだな。折角だから行ってみるか」

ハンジ先生の生物室は確か珍しい生き物を飼っていて、それを展示している筈だ。

カメレオンとか、爬虫類系も飼っている。ハンジ先生が主に世話をしているそうだ。

生物室は別館の、職員室がある方の3階にあるので、一旦、第一体育館を離れて売店、学生食堂を通り抜け、職員室を通り過ぎて階段を登っていく。

そして生物室の方に顔を出してみると、そこには思わぬ事件が待ち構えていた。

エレン「ん………?」

何か、異様な空気だった。ざわざわしていて人だかりが出来ている。

中を覗いてみると、そこには……

エレン「!」

水槽とか、割れていた。動物の死骸もあって、異様な臭気を漂わせていた。

生物部部長「すみません! 中には入らないで下さい! 現在、展示は中止しております。中には入らないで下さい!」

生物部の部長らしき男子生徒がオレ達を廊下に追い出してしまった。

お客さんは展示を見るどころじゃない。生物部の部員たちが深刻な表情で何やら話し合っている。

生物部部員「どうする? ハンジ先生に連絡するべきなのかな」

生物部部長「しない訳にはいかないだろ。でも……」

ざわざわざわ……

何だコレ。悪戯にしては悪質じゃねえか?

生物室で飼っていた生き物が誰かに殺された。そう思っていいのかな。

そして遅れてハンジ先生が生物室に戻ってきた。連絡を受けて急いで戻ってきたようだ。

ハンジ「はあはあ…ごめん! 遅くなって!」

バタバタと生物室に入ってきた先生は、その教室の飼育ブースを見るなり「うあああああああ」と叫んだ。

ハンジ「嘘……本当に? これ、全部?」

生物部部長「はい。すみません。ちょっと、目を離した隙にやられていたみたいで。こっちに誰もいない時間帯があったみたいで、すんません! 俺のローテーションミスのせいです!」

ハンジ「う、ううん……部長のせいじゃないわよ。大丈夫。気を落とさないで」

いや、一番気を落としているのはハンジ先生自身だろ。

一体、誰がこんな事を……。

ミカサ「なんて酷い……」

アルミン「まさか、ハンジ先生を妬んで、誰かがやったのかな」

エレン「そうとしか思えないだろ。あ……」

そう言えば、思い出した。

黄色い悲鳴が多い中、一度だけ異様な声があった気がする。

そう、リヴァイ先生とハンジ先生が最終カップルに選ばれた直後、一部の女子が変な悲鳴をあげていた。

あの時は、ただのヒステリックな悲鳴にしか聞こえなかったけど。

もしかして、あの時の女子が、これをやったのか……?

ハンジ先生はすぐに誰かに連絡を入れていた。

そして生物室にはモブリット先生とエルヴィン先生が慌ててやってきたのだった。

モブリット「! これは酷い……」

エルヴィン「大丈夫か。怪我はないか」

ハンジ「うん。幸い怪我人は出なかったみたいだけど」

ハンジ先生の目の色が変わった。いつもの先生の目じゃない。

鋭い眼光の中に暗い、光が見えた。

ハンジ「エルヴィン、監視カメラ。見せて。学校中に仕掛けている監視カメラ、今から総チェックするから。特にフィーリングカップルが終わりかけになった時間から、野球拳を行っていた時間帯。その時間帯を徹底的に調べさせて」

エルヴィン「何故、その時間に断定する」

ハンジ「腐敗の浸食が真新しい。これは殺してすぐの物だよ。恐らく、やったのは私に対する嫉妬からの犯行だと思うから」

エルヴィン「分かった。手分けしてビデオをチェックしよう」

エレン「あの、オレ達も手伝いましょうか?」

差し出がましいかもしれないが、ハンジ先生の手助けをしたかった。すると、

ハンジ「エルヴィン、いい?」

エルヴィン「人手が多い方が助かるが、一応、これはオフレコでお願いするよ」

エレン「分かりました。約束します」

そしてオレとアルミン、ミカサの3人と、あと生物部の部員も交えて、先生達と一緒に監視カメラの総チェックを行う事になった。

エルヴィン先生は職員室のすぐ隣にある進路指導室のドアを開けて、その奥の隠し部屋を教えてくれた。

ちょっと忍者屋敷を思わせる仕組みでその隠し部屋に入ると、奥には膨大な数のテレビ画面が設置されていて、まるでテレビ局の中のような錯覚を覚えた。

アルミン「すごい機材だ。これ、全部学校内を監視しているんですか?」

エルヴィン「ああ。かなりの数を録画しているよ。ただこの事は一般には公表はしていないから、くれぐれも内密にしてね」

エレン「分かりました」

最近、物騒な事件が多いもんな。これくらいの自衛はしていて当然かもしれない。

校内でも盗難とかある事もあるし、学校内で事件が起きる時もある。

オレ達は先生の指示を仰ぎながら画面を食い入るように見た。

そしてアルミンが真っ先に、「あ、あの子! 生物室に入りました!」と言った。

ハンジ「拡大して」

エルヴィン先生が操作する。そしてその犯行の瞬間がバッチリ収められていた。

ハンジ「監視カメラ、数を増やして正解だったね。犯人が分かった」

エレン「誰だったんですか」

ハンジ「悲しいけど、リヴァイのクラスの子だよ。3年1組の女子だ。確か、2年の時は登校拒否を起こしていて、3年になってからようやく復帰したんだったよね。この子」

エルヴィン「ああ。リヴァイが言っていたな。2年の3学期あたりだったか。このままだと卒業出来なくなるから、一応、家庭訪問してくるって言っていたあの女子だな」

ハンジ「リヴァイの呼びかけでちょっとずつ学校に来るようになったんだよね。何だって、こんな事を………」

ギリッ……

ハンジ先生が強く拳を握り過ぎて血を出している。

モブリット「ハンジ先生! 血が……」

ハンジ「あ? ああ……ごめんごめん」

ハンジ先生は我に返って、

ハンジ「この子を確保していいよね。証拠はあるし」

エルヴィン「そうだな。これはもう、器物破損罪で訴えていいレベルの悪戯だ。学校所有の生き物を殺しているし、隠し通せる問題じゃないけど」

ハンジ「けど?」

エルヴィン「リヴァイはどうする? あいつが担任教師である以上、隠し通せるものじゃないと思うが、この問題はデリケートだぞ」

ハンジ「………………………」

ハンジ先生が長考していた。まるで将棋を指す名人のような真剣な空気で。

一手を間違えたら、全てが台無しになる。そんな予感を携えながら。

ハンジ「文化祭の最中だけど、こっちを優先させたい。彼女を確保しましょう」

エルヴィン「分かった。では彼女を進路指導室に呼び出そう」

エルヴィン先生が忙しく動いていた。そして、

ハンジ「ここから先はちょっと、君達には見せられないね。ごめんね」

痛々しい顔でハンジ先生がオレ達生徒全員を部屋から追い出した。

生物部の部員メンバーも心配そうにしていた。

オレ達もこれ以上は何も言えなくて、お互いに見合ってしまう。

多分、停学。下手すれば退学処分もあり得る。

どんな結果になるか分からないけど、オレ達はこれ以上立ち入る事は出来なかった。

アルミン「………もうすぐ16:00だね。写真館の方に戻らないと」

エレン「ああ、もうそんな時間か」

ミカサ「私達も一緒に戻る?」

エレン「そうだな。その方がいいな」

後ろ髪をひかれる思いを抱えながら、オレ達はハンジ先生を案じた。

重い空気を抱えながら、オレ達3人が自分の教室に戻ると、

ヒッチ「うひひ~本当は嫌いじゃない癖に、素直じゃないよねジャンって」

ジャン「だーから、その話は誤解だっつってんだろ?! 誰がこの芋女を……」

サシャ「さっきから失礼な事ばかり言ってますね! 芋女は余計ですよ!」

ジャン「教室で芋ばっか食ってる奴には芋女で丁度いいんだよ!」

マルコ「あ、皆おかえりー。どうだった? いろいろ見てきた?」

エレン「…………ああ、まあ、楽しかったよ」

生物室での事はあまり人に話さない方がいいだろうと思ってオレは苦笑して答えた。

ヒッチ「だってあんたさぁ~見たよ? ミスコンの投票箱の前で、ミカサに出すかサシャに出すか、すっごい悩んで頭抱えていたじゃない」

サシャ「え? そうだったんですか?」

ジャン「違う! オレはすぐにミカサに1票入れた! サシャのは、その、コニーに頼まれていただけで」

ヒッチ「うっそだ~! コニーは彼女持ちだから「そんなの誰でもいいよ。オレの票はジャンに任せるわ」って言ってたから、コニーがサシャを指定する筈ないじゃーん」

サシャ「ああ、それもそうですね。それだったら、ミカサに2票入れた方がいいですよね」

ジャン「うぐ!」

マルコ「あーもう、バレたんだからいいじゃない。ジャン。自分の意志でそれぞれ1票ずつ入れたって言えば……」

ジャン「うううう………(真っ赤)」

アレ? 何だ。ジャンの奴、サシャの事も気になり出しているのか。

気の多い奴だな。まあ、それはそれで有難いけど。

サシャ「まあでもおかげで私もミスコン出ますけどね。1票あざーっす!」

ヒッチ「そうなんだ。良かったね~サシャ♪ 馬面のおかげで出られるよ。優勝狙っていきなって」

サシャ「はい! 優勝者には景品が出ますからね! 優勝狙いますよ!」

と、サシャはウキウキしている。その様子を見てミカサは「………」となっていた。

エレン「ミカサ?」

ミカサ「いえ、だったらもう、ジャンとサシャが付き合えばいいのに」

と、爆弾発言を突然落としたもんだから、ジャンが物凄い顔になってショックに陥った。

ジャン(パクパクパク)

ミカサ「ジャン、票を入れてくれたのは嬉しいけれど、私にはエレンがいるので。ジャンも早く彼女を作った方がいいと思う」

フルボッコ来たな。か、可哀想だからその辺にしておけよ、ミカサ。

明日、一応、お前とジャンが主役級で頑張らないといけないんだからさ。

前日に爆弾放り込むな。頼むから。

サシャ「ええっと、ジャンは私の事が好きなんですか?」

ジャン「違うっつってんだろ! 調子に乗るんじゃねえよ!」

サシャ「え? でも、1票くれたんですよね? それって矛盾していませんか?」

ジャン「か、勘違いするなよ! たまたま、コニーの奴が自分の票をオレに丸投げしたから、出してやっただけだ!」

サシャ「ええ? でもそれだったらミカサに2票で良くないですか?」

ジャン「コニーがミカサ書いたら、違和感あるだろうが! 一応、バレないようにしねえといけないと思ったんだよ!」

サシャ「ああ、コニーだったら私に票を入れてくれそうだと。そう思った訳ですね」

ヒッチ「絶対嘘だ~」

ジャン「いいからお前はもう黙れ!!!」

と、何だか賑やかにじゃれあっている。

店番やっている間に、いろいろ親交が深まったみたいだな。こいつらも。

アルミン「騒いでいるところ悪いけど、そろそろ交替の時間だよ。引継ぎぼちぼちやるよ」

サシャ「はいはい。そうですね。落とし物は財布の落とし物が1件だけで、連絡はしてありますが、まだ取りに来てないんで、財布を渡す時は必ず財布の特徴とか、受け渡す前に中身の確認をして下さいね。たまに嘘ついて持っていこうとする方がいるんで。車の免許証入っているんで、顔写真で確認するのが一番ですね」

アルミン「了解。さすがアルバイター。しっかりしているね」

サシャ「いえいえ。前に間違えて確認せずにそのまま渡して店長にしこたま怒られた事あるんで。覚えちゃったんですよ」

と、先に社会経験をしているサシャはやっぱり、ちょっと他と違って見えた。

サシャ「在庫の売り切れはないので今のところ、大丈夫ですが、やはりクリスタとミカサ、アニの写真はよく男子に売れましたね。軍服コンビのライナーとベルトルトのも在庫が少なくなってきました。明日の為に焼き回ししておいた方がいいですかね?」

アルミン「うん。そうだね。ちょっと思っていた以上に売れたみたいだし、在庫追加しようか」

サシャ「了解です。では私は抜けますので、何かあったら携帯に連絡してくださいね~」

と、サシャは手慣れた感じで教室を去って行った。

ジャン「…………」

マルコ「ジャン、いい加減に認めなよ。サシャも可愛いじゃないか」

ジャン「うるせえよ! んなわけねえだろ」

一旦、休憩します。

ジャンがミカサとサシャを同時に好きになるという珍事が起きていますが(笑)、
ジャンサシャダメな方、いますかね?
ジャンミカサルートはもうエレミカ確定した時点で片思いしか出来ないの確定なんですが、
どっちルートがいいか迷っています。
1.ずっとミカサ片思いルート
2.ジャンサシャルート
まあ、正直どっちでもいけるっちゃいけるんですが、
ちょっと迷っているので一応意見を参考にしたいと思います。

ではまた後ほど。ノシ

ジャンは素直じゃねえからな。まあ、当分はフラフラするかもな。これは。

と、半眼で見つめながら思っていたら、アニとベルトルトとライナーがこっちに来た。

次の当番のメンバーだ。3人で回っていたのかな。

アニ「ごめん。少し遅くなった」

アルミン「いや、僕らも今さっき戻ってきたところだよ。楽しめた?」

アニ「まあまあってところだね。和風甘味は結構美味しかったよね。ねえベルトルト」

ベルトルト「う、うん……(赤面)」

ライナー「ベルトルトの奢りで食べてきた。和風のウェイトレスさんもなかなか乙だったぞ」

アルミン「そうなんだーいいねー」

と、アルミン達が話していたら、

ハンネス「すいませ~ん、財布落としちゃった者ですが」

と、なんとハンネスさんがこっちにやって来たのだった。

エレン「ハンネスさん!」

ハンネス「おーいたな! エレン! アルミン! ミカサ! さっき会おうと思ってこっち来たがすれ違ったみたいでな。すまん、財布を落としていたよ」

アルミン「ああ、本当だ。免許証の写真、ハンネスさんだ。いくら入ってるのかな~」

ハンネス「こらこら、金額は1000円しかねえよ。小銭で」

アルミン「本当だ。子供みたいな財布だね」

エレン「ハンネスさん、写真買ってくれよー」

ハンネス「おう! それはもう買ったぞ。王子様のエレンとかな。おめーさん、スケベな顔するようになったなあ……ククク…」

エレン「す、スケベじゃねえし! 何言ってるんだよもう!」

と、ついついハンネスさんと話し込んでしまう。

ハンネス「いやいや、いい事だぜ? そうやって男は徐々に大人になっていくってもんさ。美人の彼女のおかげだな」

ミカサ「どうも(ポッ)」

ミカサがちょっと照れている。

ハンネス「そうそう。彼女が出来た記念に俺からプレゼントをやろうと思っていたんだよ。エレン、これをやる」

エレン「ん? 何だ? この小箱」

ハンネス「それは開けてからのお楽しみだ。文化祭が終わった頃にでも開けてくれ」

エレン「分かった。ありがとうハンネスさん!」

中身何だろう? まあいいや。後の楽しみに取っておこう。

そんな感じで夕方は和やかに店番も終わって、18:00からは次の日の為の舞台設営になった。

オレ達演劇部はここからが本番だ。他のクラスも舞台に出るので合同で設営をしていく。

最終リハーサルも無事に始まった。バタバタ活動していたらあっという間に1時間が経過した。

やべえ。場見がまだ終わってねえ。これは延長になりそうだな。

そんなこんなで、予定より30分オーバーしたけど、何とか準備を終えると一応の解散になった。

解散の合図が終わった直後、リヴァイ先生がオレを呼び留めて、

リヴァイ「エレン、ちょっと残ってくれ」

と、言われたのでオレは自分の片づけが終わり次第、リヴァイ先生のもとへ向かった。

リヴァイ先生は売店のところで待っていると言っていた。

自動販売機の前に立っていて、オレに1本、ジュースを奢ってくれた。

ミカサは玄関で待っているように伝えている。リヴァイ先生に呼び出された事を言ったら、苦い顔をしていたけれど、待っていると言ってくれた。

リヴァイ「ふーっ…………」

売店の前にも少人数の人間が座れる椅子とテーブルがちょっとだけある。

そこに腰を落ろしてリヴァイ先生は「まあ座れ」と言ってくれたので向かって座る事にする。

何だろう。明日の公演について、裏方の心構えでも教えてくれるのかな。

そう、身構えていたら、予想と違う事を言い出した。

リヴァイ「なあ、エレン」

エレン「はい、何ですか」

リヴァイ「愛って、何だろうな………」

エレン「?!」

何かいきなり哲学的な事を言い出したぞ。大丈夫かリヴァイ先生?!

リヴァイ「学生に聞くのもアレだが、どう思う? エレン」

エレン「えっと、それはあくまでオレ自身の答えでいいんですか?」

リヴァイ「構わない。ミカサとつきあっているお前の方が俺よりも的確な答えを知っているんじゃないかと思ってな」

オレの倍以上長く生きているリヴァイ先生の方が恋愛経験値少ないってのもすげえ話だけど。

その時のリヴァイ先生はどうにも弱り切っているのが目に見えていたから、オレも茶化したりはしなかった。

エレン「あの、あれからハンジ先生と何かあったんですか?」

慎重に言葉を選ぼう。背景を何も知らずに答えたら地雷踏むかもしれんし。

リヴァイ「あ、ああ……ハンジというより、オレのクラスの生徒の事だけどな」

エレン「あ……」

何だ。そっちの方に頭悩ませていたのか。

リヴァイ「話は既に聞いているかもしれないが、エレン達も偶然、生物室に居合わせたんだろ? エルヴィンからその件については話を聞いている」

エレン「あ、はい。すみません。でしゃばったかなとも思ったんですけど」

リヴァイ「いや、あの時は仕方がない。人手が欲しかった訳だしな。あの後、俺も呼び出されて事実の確認を行った。フィーリングカップルでの俺とハンジに嫉妬して犯行をしたと認めたよ。俺は彼女を……生徒を深く傷つけてしまった」

と、言って悲しい表情になってコーヒーの缶を両手で握るリヴァイ先生だった。

リヴァイ「特に最後の、俺とハンジのキスシーンに深く傷ついて、衝動的に犯行に及んでしまったそうだ。一応、今回の事は保護者に弁償金を出して貰う事で、5日間の停学処分までで収まったが、ハンジも相当、気が荒立ってしまってな。今はまともに会話出来そうにない」

エレン「そうですか……」

5日間の停学処分か。これが軽い方なのか重い方なのか分からないけど、退学よりはマシなのかな。

オレ自身は正直言って、その女子生徒の方に同情は出来なかったが、リヴァイ先生は胸を痛めているようだ。

リヴァイ「俺は自分の出来る限りの事を生徒にやっただけのつもりだったんだが、彼女はそれを切欠にして俺に心底、惚れてしまったらしい。俺はそれに全く気付いていなくて、まさかそんな風に思われているとは思っていなかった。好きで好きで堪らなくて……どうしたらいいか分からなくて、その気持ちを制御出来なくなって、衝動的にハンジを傷つけてやりたくなって、犯行に及んだと言った。ハンジはハンジでその事に物凄く傷ついてしまった」

エレン「……でしょうね」

生物室を荒らされた現場を見て一番ショックを受けていたのはハンジ先生だったもんな。

リヴァイ「そして今回の事を切っ掛けに俺は自分の非公認ファンクラブの存在を知った。聞かされた時は、本当に驚いた。まさか100人前後の人間が既に会員として加入していて、俺の事を密かに思っていたなんて、俄かには信じられなかったが、証拠として会員制のパスワード制のウェブサイトの存在がある事を知らされて、信じない訳にはいかなくなった」

例の非公認ファンクラブの件、やっぱり結局話す事にしたんだな。

そうだよな。始めた当初の5人程度の小さなものならともかく、それだけの規模のファンクラブを本人が知らないなんて、ある意味気持ち悪い事だもんな。

リヴァイ「見せて貰ったんだ。そのサイトでは俺の情報が、つまり生徒から見た俺の印象とか、今日の俺はどうだったとか、そういうどうでもいいような事を、本当に嬉しそうに書いて情報を交換し合っていた。学校での俺の姿がとんでもなく美化されているような気もしたが、彼女らにとってはそう見えるらしい。正直、鳥肌が立った。俺はそんなに綺麗な人間なんかじゃねえのにどうして彼女達はそこまで俺を好いてくれるのか。全く理解出来なかったんだ」

エレン「うーん………」

リヴァイ「俺のしてきた事は、恐らく間違っていたんだろうな。でも俺はただ、その時その時、自分が出来る限りの事をただ、繰り返ししてきただけだ。それ以外の事は何もしていない。けっしてスーパーマンではないし、アイドルでもない。ただの元ヤンの体育教師だ。それが今の俺なんだよ」

リヴァイ先生は疲れているように見えた。いや、実際相当疲れていたんだろう。

だからこそ、こんなただの男子生徒に愚痴るくらいしか出来なかったんだろう。

何だろ。そんな風に弱っているリヴァイ先生を見ていると、エルヴィン先生じゃねえけど、可愛いって思っちまった。男なのに。

決してBL的な意味じゃねえけどな。なんていうか、迷子の子供を見るような気分だった。

リヴァイ「皆、過大評価し過ぎだ。幻影を俺に求められても困る。俺は愛されても、それに対して同じようには愛し返してやれないのに………」

エレン「本当に、そうでしょうか」

オレは自分の胸の内を正直に話す事にした。今はただ、迷子になっちまった先生の為に。

手を引いてやることぐらいしか出来ねえけど。

リヴァイ「どういう意味だ。エレン」

エレン「いや、その、幻影とかなんとか。幻影じゃないのかもしれないじゃないですか」

リヴァイ「何、言ってやがる。俺はそんなに綺麗な人間じゃ……」

エレン「そういう意味じゃなくて、その……先生、実際、綺麗ですよ? 多分」

リヴァイ「………は?」

ポカーンとしたリヴァイ先生が面白すぎて写メ撮りたくなった。

よし、1枚撮ってエルヴィン先生に送っちゃおう。ぴろりーん♪

リヴァイ「?! 待て。今の顔、撮るな!!!」

エレン「まあまあ、話を最後まで聞いて下さいよ」

と言って宥めて続ける。

エレン「外見がどういうという意味じゃなくて、なんていうか、生き方が綺麗なんですよ」

リヴァイ「生き方……だと?」

エレン「多分。オレ、今まで出会ってきた教師の中ではリヴァイ先生が一番好きですよ」

先生として、だけどな。

リヴァイ「はあ? お前までそんな事を言い出すのか」

エレン「いや、ミカサは逆に嫌いみたいですけど、まあそういう生徒もいるでしょうけど、とにかく、リヴァイ先生って、教師向いてないって自分で言う割には生徒の為に奔走したり、サービスしてくれたりしますよね?」

リヴァイ「向いていないからこそ、やるんだろうが。でないとますますダメに………」

エレン「そこですよ。多分、皆が好きになっちゃう理由は」

リヴァイ「………え?」

あー面白い。やべえ! 2枚目撮ろう♪

リヴァイ「だから撮るなとさっきから!」

エレン「まあまあ、待って下さい。話は終わってないんで」

といいつつ、エルヴィン先生に写真を送る為にフォルダをこっそり作っておく。

エレン「リヴァイ先生、生徒の為に動ける……生徒思いの先生ですよね。だからそれがストレートに伝わっちゃって、たまに伝わり過ぎて嫌われる事もあるけど、とにかく良くも悪くも、真っ直ぐに。自分の気持ちに正直で、不器用だけど、優しいから。皆、リヴァイ先生を嫌いになれないんじゃないんですか?」

リヴァイ「……………………」

過去最高に面白い顔になった! やべえええ! 連写しよう。

リヴァイ「あの、エレン。だから、もう写真はやめろと」

エレン「はいはい(棒読み)あー良く考えたらエルヴィン先生のメルアド知らないや。どうしようかな」

リヴァイ「エルヴィンにだけは送るな! 頼む!」

エレン「えーダメですかね? まあ、今度会った時でいいか」

と、ガラケーをポケットにしまう。

エレン「まあ、そう言う訳だからもうしょうがないんじゃないんですかね? ファンクラブの件は、リヴァイ先生の公認にしちゃえばかえって運営もはかどるし、適当に遊ばせてやればいいと思いますよ。どうせ今だけですよ。キャッキャ言ってるのは」

リヴァイ「そうだといいんだが……(げんなり)」

エレン「むしろ俺はその事より、リヴァイ先生自身の事が心配ですよ」

リヴァイ「俺、自身……だと?」

エレン「はい。ご結婚、されないんですか? もうすぐ39歳になるのに」

リヴァイ「!!!」

おおっと、反応がいいぞコレ。なんか、すげえいいヒット打った気分だ。

リヴァイ「いや、結婚したらかえってその、ファンクラブの生徒達ががっかりするだろう……」

エレン「そんな事言い出したらもう、完全にアイドルですよ。先生、さっき自分で「アイドルじゃない」って言っていたじゃないですか」

リヴァイ「う………それもそうだった」

あーあ。ブーメランって怖い怖い。

リヴァイ「だが、しかし…その、アレだ。相手の事が……」

エレン「ハンジ先生と結婚しちゃえばいいじゃないですか」

リヴァイ「!!!!!!!」

おおっと、今度はもっと大きい当たりがキター! って感じだ。

汗掻いているリヴァイ先生が超面白い。なんだこれ。

リヴァイ「いや、ハンジとは、その、そういう関係ではないしな………」

エレン「あれ? でもなんか、この間の反応と微妙に違いますよ? リヴァイ先生」

リヴァイ「そ、そうか?」

エレン「はい。顔、赤いですよ?」

リヴァイ「!」

慌ててスマホで確認するリヴァイ先生の行動がマジで面白い。

リヴァイ「赤くなってねえじゃねえか。嘘ついたな、エレン」

エレン「え? そうですか? じゃあ気のせいですかね?」

と、あえて惚けてみる。

エレン「まあ、それはどうでもいいんですけど、リヴァイ先生。オレに尋ねた答え、言いますね」

リヴァイ「あ、ああ……」

忘れていたのかな。今、思い出した顔でリヴァイ先生が頷く。

リヴァイ「聞かせてくれ。エレンなりの解釈を」

エレン「オレは、『愛とは、自分じゃどうにもならん物』です」

リヴァイ「……………? すまん。もう1回言ってくれ」

エレン「だーから、自分でこう、「こうしよう」と思ってもそうなかなか思う様にならないというか、何でだよ?! の連続というか。我慢の連続というか、忍耐を要求されるというか……」

リヴァイ「言いたい事が多過ぎる。もっと絞れ」

エレン「あーつまり、もう一人の自分に委ねるしかない感じですかね」

リヴァイ「もう一人の自分? 自分は一人しかいないだろ」

エレン「いいえ? 天使と悪魔がいますよ? いつも脳内会議して騒がしいですよ」

所謂、理性と本能の話だけどな。

リヴァイ「ああ、つまり理性と本能の話か。それは」

エレン「そうです。普段は理性に預けて生活しているけど、愛だけは、理性じゃ動かせない。本能の自分にハンドルを握らせないと動かないんですよ」

リヴァイ「………まさかエレンがそんな哲学的な答えを出すとは」

エレン「え? そうですか? というか、こんなの皆、知っていると思いますよ? 感覚的に皆、覚えていくもんじゃないんですか? 自転車の運転と同じですよ」

リヴァイ「……まるで俺が自転車に乗れないような言い方だな」

エレン「実際、乗れてないじゃないですか。リヴァイ先生、こと恋愛に関してだけはオレより経験値なさすぎですよ」

リヴァイ「うぐっ………! (ぐさあああ)」

クリティカルヒットおおおお! いい顔していて面白い。

エルヴィン先生がリヴァイ先生を「可愛い」言ってる理由がだんだんわかってきた気がする。

エレン「リヴァイ先生、理性で動く事が多いから、本能の声が聞こえにくくなっているんじゃないんですかね」

リヴァイ「本能の声……」

エレン「んー頭とか腹の中にいる、声? みたいなものですかね。なんかこう、自分の内側から出てくるエネルギーみたいな」

リヴァイ「そういうものは経験したことがないな……」

エレン「あ、そうなんですか。原始的な欲求……みたいなものだと思うんですけどね。腹減ったら飯食いたい。眠くなったら寝る。それに近いですよ。愛もそのひとつですよ」

リヴァイ「うーん………(頭抱えている)」

リヴァイ先生が長考を始めた。これ以上、何を悩んでいるんだろう?

リヴァイ「………エルヴィンに言われたんだが」

エレン「何をですか?」

リヴァイ「実は、フィーリングカップルの時、キスコールは確かに起こしたが、何も本当にする必要性はなかったらしい」

エレン「え?」

リヴァイ「エルヴィンは『時間が来たら強制終了するつもりだったし、それまで二人がキスをごねていれば、そのまま幕を閉めるつもりだったのに、本当に2人がキスするとは思わなかった』って後で言われて……」

ぶっは! それは酷いwwww

リヴァイ「だから俺はあのまま、ただ、ハンジとしゃべっていさえすれば、キスはしないで済んだんだ。でも、あの時はそれに気づかなくて……そしたらエルヴィンが『仕事に格好つけて、本当はハンジにキスしたかっただけなんじゃないの?』って言ってきて……」

腹が痛い。笑ってはいけないアレのノリだな。これは。

リヴァイ「咄嗟に言い返せない自分に気づいて、正直混乱したんだ。俺はあの時、もしかして、本当は……」

エレン「じゃあもう、答えが見えたようなもんじゃないですか」

オレは言ってやった。やっとここかよ! って気分もあるけど。

時間かかっても、気づき始めたなら、もうそれを無視は出来ない。

恋愛ってそういうもんだからな。

エレン「リヴァイ先生、ハンジ先生にキス、したかったんですよ。心の奥の、底の底の底の、地底くらいの底で」

リヴァイ「…………地下深すぎるだろ」

と、自分で自分にツッコミを入れているリヴァイ先生だった。

エレン「掘り起こせばいいじゃないですか。ほら、芋づる式に」

リヴァイ「ハンジはさつま芋じゃねえんだぞ……」

エレン「さつま芋、美味いから問題ないです。ほら、そうと決まったら食べましょう! 腐る前に!」

リヴァイ「…………無理だ。今のハンジとまともに会話出来る自信がねえ」

だあああああもう! ヘタレだな!

エレン「何でですか」

リヴァイ「俺があいつにキスしたせいで、結果的にあいつの大事な物をぶっ壊してしまったからだ。死んでしまった命はもう、還らない」

エレン「あ………」

しまった。そうか。そしてそこに繋がるのか。だから今、リヴァイ先生、弱っちまっているのか。

リヴァイ「取り返しのつかないことをしてしまったと思っている。こんなに自分の選択に悔いを残すのは生まれて初めてかもしれない」

エレン「うーん………」

そうだよな。もし新しい生物を飼ったとしても、それはもう前に飼っていた奴らとは違う訳だし。

時間が解決してくれるといいんだけど。確かに今すぐには無理かもしれねえな。

リヴァイ「今のハンジになんて声をかければいいか分からない。……冬眠してしまいたいくらいだ」

いかん。リヴァイ先生がどんどんマイナス思考になっていく。止めないと。

エレン「気持ち分かりますけど、ダメですよ! オレもしんどい時ありましたけど、ちゃんとミカサと向き合って今があるんで、絶対ここで現実逃避したらダメですから!」

リヴァイ「…………………明日の演劇、オレの代役しないか?」

エレン「弱気にも程がありますよリヴァイ先生!!!」

どうしたらいいんだろう。こういう時は。

あーもう、38歳の大人のやる事じゃねえ気がするけど。

恋愛にぐだまきするリヴァイ先生の姿を見られるとは思いもよらなかった。

なんかいい手ねえかな。そう考えていたら………



じーっ<●><●>



エレン「うわ! びっくりした! ミカサ! いつの間に背後に?!」

気配殺して迎えに来ていたミカサにびっくりした。すっげえ目を開いている。

ミカサ「エレンが遅いので、こっちに来てみた。リヴァイ先生、いい加減、エレンを解放して下さい」

リヴァイ「ああ、すまなかったな。用事は大体済んだ。もう帰っていいぞ」

いや、今帰ったらこの先生、明日舞台立てないんじゃねえかな。

と、うっかり思うくらいにはリヴァイ先生が弱っているので、オレは思い切ってミカサに活を入れて貰う事にした。

エレン「ミカサ、リヴァイ先生、今日の事を物凄く反省しているってさ」

ミカサ「え?」

エレン「ハンジ先生にキスした事、今になって後悔しているんだって。どうやって謝ったらいいか分かんねえんだって」

ミカサ「そう………」

ミカサはそれを聞くとちょっとだけ機嫌が良くなって、

ミカサ「だったら一生苦しめばいい。ハンジ先生に振られろ」

リヴァイ「うぐっ………!」

だああ! ちょっとやり過ぎたかな。リヴァイ先生、精神的に大ダメージだな。

ミカサ「ハンジ先生にはモブリット先生の方がお似合い。クソちび教師は一生独身で孤独死するといい」

うわあ。ミカサ、容赦ねえ。リヴァイ先生、目頭押さえているぞ。

リヴァイ「………久々にこう、ボディーブローを食らうような言葉を聞いたな」

と、言いながら、リヴァイ先生は苦笑した。

リヴァイ「だが、今の言葉で目が覚めた。確かに今のままでは俺は、孤独死しかねん。それは嫌だな」

ミカサ「ふん……今になってハンジ先生の存在の有難さに気づいても遅い」

リヴァイ「確かに遅い。それも分かっている。だが………」

そう言って、リヴァイ先生は思い切って立ち上がった。

リヴァイ「ここで動かなければ恐らく、俺は人生最大の後悔を残す。そうだろう? エレン」

エレン「はい!!」

リヴァイ「行ってくる。長く引き留めて済まなかった。じゃあ、また明日。気をつけて帰れよ」

と、言ってようやくリヴァイ先生が自分の足で動き出した。

その時、ミカサが言った。

ミカサ「エレンの裏切者……」

エレン「え? 何で」

ミカサ「やっぱりリヴァイ先生をこっそり応援していた。リヴァイ先生を贔屓していた。私にはあれだけの事を言っておいて、自分はリヴァイ先生の事ばかり考えて……(ブツブツ)」

うわああああやべええええ!

ミカサがすげえ怒ってる。ヤバイヤバイ。

浮気してないのに、浮気を責められている男のような心地でオレは平謝りした。

エレン「ごめんごめんごめん!! 本当にごめん!!」

ミカサ(ツーン)

うわあああ拗ねられた! こんなに露骨に拗ねられるのは初めてじゃねえか?!

エレン「隠していて悪かった!!! 本当にごめん!! どうしたら許してくれるんだミカサ?!」

ミカサ<●><●>

目が怖い……。なんかすっげえ見つめられているんだが。

ミカサ「……………教えない。自分で考えて欲しい」

と言ってミカサは先に帰って行こうとする。

エレン「わー待ってくれ! 一緒に帰るんだろ?! 先に行くなって!」

オレはミカサを慌てて追いかけて捕まえた。すると、

ミカサ「……………ヤキモチ」

エレン「え?」

ミカサ「エレンがまた、ヤキモチを妬いてくれたら許す」

エレン「ええ?」

ミカサ「私だって、いろんな人に結構モテるので、あまり安心しきって貰うと困る」

エレン「オレが悪かったです本当にごめんなさい!!!!!(がばちょ!)」

あぶねー! ミカサに本気出されたら絶対、他の男を落とすのなんてイチコロだ。

ジャンとかジャンとかジャンとか。隙あらば狙ってくるぞ。

ミカサ「………それだけ? あの時は、もっと、強引だったのに」

エレン「え?」

あの時………あ!

オレがリヴァイ先生の事を勘違いして、抱きしめたアレの事か?!

エレン「うわあ……その、なんだ。アレ思い出すと、すげえ恥ずかしいんだけど」

ミカサ「でも、あの時のエレン、格好良かった。(ぴとっ)」

エレン「う?!」

いかん。ここは学校だろ。放課後だけど。人の気配はゼロじゃねえのに。

ミカサ「エレン、もっと私を求めて欲しい。そしたら私も、あのクソちび教師を忘れられる。だから……」

エレン「…………………」

ドックンドックンドックンドックン……

心臓がどんどん痛くなる。学校でこっそりやっちまうか?

馬鹿! 明日舞台なのに何考えてるんだよオレは!! ブンブン!!

エレン「ミカサ! 明日は舞台なんだぞ。そ、そういう事している場合じゃねえから!」

ミカサ「うん……それは分かっている」

エレン「だったら、ほら、帰ろうぜ。な? な?」

理性焼き切れる前に家に帰らないとな。

ミカサ「でも、もうちょっとだけこうしていたい(ぴとぴと)」

うあああああん! もう誓約書のばっきゃろおおおおお!!!

と、心の中で絶叫しながら、今日もまた生殺しの日々が続く。

リヴァイ先生には偉そうな事言っちまったけど、オレだって正直、自分の事で一杯一杯だ。

でも………

まさか忘れ去っていたあの事が原因でその均衡が崩れる事になるなんて、この時のオレは思ってもいなかった。

そしてその事件が切欠でオレとミカサの関係はまた、大きく変わる事になるのだが。

それはまた、舞台が終わってから話そうと思う。

エレン「み、ミカサ……」

ミカサ「エレン……」

キスをする5秒前! 4! 3! 2! 1!


ルルルル……!


ズコー! 携帯電話が鳴った。あ、親父からだった。

エレン「はい、エレンだけど?!」

くっそー! 見られていたんかなってくらいの絶妙なタイミングだったな。

グリシャ『やあエレン。明日の事なんだけど、父さん、休み取れたから文化祭、母さんと遊びにいってみるよ』

エレン「え、ええええ……」

親父来るのかよ。マジで?

グリシャ『くれぐれも、校内でミカサとイチャイチャし過ぎるなよ。エレン? じゃあね』

プープープー♪

切れた。あああもう、親父の念みたいなもんが怖い。ああ怖い。

ミカサ「おじさん?」

エレン「ああ。明日、文化祭に遊びに来るってさ。休み取れたんだって」

ミカサ「そう……」

エレン「とりあえず帰ろうか。明日もあるしな」

ミカサ「うん(ニコッ)」

やれやれ。機嫌は直ったようだけど、まだまだ先は前途多難だな。

そんな風に思いながら、オレはミカサと手を繋いで玄関に向かうのだった。








(*エレン「この長い髪を切る頃には」2に続けます)

このまま文化祭2日目やっちゃうと、中途半端に区切る事になるので、
一旦ここで区切らせて貰います。
エレン視点がもう1回続けます。ミカサ視点の切り替えポイントまで、
もうちょいかかるのでこのまま進めます。すみません。


新スレはちょっと日付を空けて休憩してから立てます。それではまたノシ

乙!次スレ楽しみにしてる
ミカサがエレンの画像フォルダ見たら怒りそうだなww
彼女が出来た記念のプレゼントにも多いに期待

乙!ミカサがひたすら可愛くて楽しかった!
楽しみにしてんよ

>>980
速攻、処分させそうですね。
まあエレンもエルヴィン先生に画像をあげられたらそれでいいと思っているんでw

>>981
エレン視点だとミカサの可愛らしさが2倍になるようです。


ここから↓のレスは余白みたいなものなので、雑談に多少使っても構わないです。
1000まで埋めても構わないので、何か質問&疑問等があればどうぞ。
現時点で回答出来る物は回答していきます。

いいところで終わるなー(笑)
早く続きが読みたいよ
エルヴィンはハンジが先に気付くと踏んでたけど、
つまりは賭けに負けた?

>>983
ここでの賭け事は『一緒に風呂に入る行為自体が、2人にとってのセックス』という事に、
どちらが先に気づくかというものなので、まだ、結果は出ていません。

というか、実は『どっちが先に告白するか』とか『プロポーズはどっちからか』等々、
いろんな項目で賭け事をしあっている最中なので、
一個が負けても、別の賭けで取り戻すつもりでいる両者です。馬鹿です(笑)。

あ、もし良かったら他の項目、↓にアイデア書いて下されば、
ある程度採用しますよ。バンバン賭け事させますので。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年05月28日 (水) 18:57:35   ID: 4hyNzjvI

エレンからミカサへの接触は駄目だけれど、ミカサからエレンへの接触はいいんでしょうか?

2 :  SS好きの774さん   2014年07月15日 (火) 01:40:03   ID: dqAHPZhD

リヴァミカ嫌だな〜。基本的にエレン以外絡ませないで欲しい。

3 :  SS好きの774さん   2014年07月23日 (水) 23:51:55   ID: xmhUejhS

ジャンしつこいねー。
ミカサと絡むなよ〜。

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