久「咲は私のことが好きなんでしょう?」 (386)

清澄高校の優勝で幕を閉じたインターハイ団体戦最終日。

祝勝会の前に久に呼び出された咲は、突然の久の言葉にじんわりと汗がにじむのを感じていた。

バレてしまっていたのか。

ずっと隠してきたつもりだったのに。

咲「…否定はしません」

今さら違うといったところで久はごまかされてはくれまい。

仕方なく咲は頷いた。

久は緩い微笑みを浮かべたまま咲を見つめていた。

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久「今日は本当に良い試合だったわね。お祝いにいいものをあげるわ」

咲「っ!!」

咲の乾き切った唇に、柔らかいものが触れた。

それは紛れもなく久の唇だった。

咲「…どうして」

久「言ったでしょ?いいものをあげると」

顔を離した久は微笑んでいた。

その笑みはやはり余裕を孕んだ完璧なもので、つい数秒前に唇を重ねたとは思えなかった。

久は咲の頬を撫でると、再び十分な距離を取った。

久「ああ、意外に時間が経ってるわね。早く祝勝会に行きましょう」

今日の一番の主役はあなたなんだから。

と促す久の顔がぼやける。

触れられた頬が熱い。唇が震えた。

久「さあ、咲」

咲「…はい」

その直後のことは、ちゃんと思い出すことが出来ない。

ただ、気付けば清澄の仲間たちが待ちわびた顔で迎えてくれていたから

そこでようやく咲は自身の心臓が驚くほど速く脈打っていることに気付いたのだ。



*****



*****



電気も消したうす暗い部屋に寄り添う二つの影がある。

一方はベッドに腰掛け、もう一方は床に膝を付いて懸命に顔を上げている。

容赦なく掴まれた顎を、互いに含みきれなかった唾液が伝っていく。

咲「…ン、ぁ…あ、久さ…んっ」

徐々に深くなる口付けの合間に名前を呼べば、それすら飲み込まれてしまった。

薄い舌が咲の歯列をなぞる度に甘い声が勝手に漏れる。

抑えようとしても、この口付けを与えているのが久だと意識するだけで咲の声は大きくなった。

咲と久の関係は、インターハイ以来変化した。

互いの家を行き来して、互いの唇を貪り合う関係になった。

久に何か言われたわけではない。

ただインターハイ最終日、久とこっそり触れるだけの口付けを交わしてからというもの

久から不規則に連絡がくるようになったのだ。


初めて久が咲の元を訪れた時はただ家に遊びに来たのだと思った。

だから部屋に通して、当然のように唇を奪われた時は抵抗した。

咲「…やめて、ください…っ」

からかわれているだけなら止めてほしかった。

そんな本音が久にバレてしまってもいい。

だから一度蓋をした恋心を掘り返さないで欲しかった。

久「咲は、私とキスするのが嫌なの?」

咲「…っ」

否、とは応えられなかった。

一度許してしまえば後はもうなし崩し。

今では久に呼び出されることに違和感さえ感じなくなっていた。

最初は触れるだけだった行為も徐々にエスカレートしていく。

触れ合う時間が長くなり、舌を絡ませるようになって、この間は押し倒された。

それでも咲が久を拒絶することはなかった。

久も確認を取ることはしない。

咲「…ん、はァ…っふ、」

容易く身体を持ち上げられ、ベッドに組み敷かれる。

寝転がった咲が顔を上げると、いつもの微笑みを称えて咲を見下ろす久がいた。

その瞳が初めて見る、焼け付くような熱を孕んでいたから下肢がはしたなく疼く。

彼女は何も言葉にしないというのに、咲は不思議な力に後押しされるように久の首に腕を回した。

まるで自分から強請っているようだ。

くすりと笑った久の声に、ぞくっと肌が泡立つ。

離れている時間が惜しいとでも言うように、性急に唇を塞がれた。

咲「…っ、ん…んぁ…っ」

何度触れても、たまにこれが本当に現実なのか疑いたくなる。

これは彼女を求め続けた咲の幻想なのではないか。

どうしてこんなところでいやらしいキスを、久と交わしているのだろう。

それでも身体は素直だった。久との触れ合いに自然と腰が揺れる。

咲の唇を奪う久の触れ方は意外にも優しい。

その優しさに戸惑う咲を余所に、久の手が咲の服に伸びた。

覚悟はしていても、身体は勝手に硬くなる。

その微妙な変化に気付いたのか、初めて久の動きが止まった。

久「咲」

咲「…久さん?」

久「あなたの望みを言ってごらんなさい」

咲「…っ」

狡い、と思った。

そんな聞き方をされれば、咲の答えなど一つしかないというのに。

咲が求めない限り、久はそれ以上与えることをしないだろう。

久に咲の気持ちがばれた時から二人の力関係はすでに決まっていたのだ。

咲「…あなたが、ほしいです」

震える声を隠すことも出来ないまま、咲は素直な気持ちを伝えた。

満足そうに微笑む久に、胸が締め付けられる。


この人に、全て支配されたいと思った。


こんな愚かしい望みはとうに捨てたと思っていたのに。

久「いいわ。望むものをあげる」

久の手が今度こそ躊躇なく咲の服を引き上げた。

とりあえずここまでです。

この日、咲は久に全て暴かれた。

愛の言葉など一切囁くことのない快楽だけを求める関係だというのに

久の所作が終始優しくどろどろに甘やかすものだったから

咲は行為の最中何度も声を上げて泣きそうになった。




二人の関係は高校を卒業し、久が長野の大学を卒業した後も続いた。

その後も二人は逢瀬を重ねつづけ、半ば同棲のようになるのに時間はかからなかった。

この時も久は家に増えていく咲の私物を眺めても特に何も言わなかった。

ただ泊まっていくのかと尋ねることがなくなり、気付けば咲は実家を出ていたのだ。

勿論、それでも二人は恋人同士というわけではない。

久は相変わらず愛を囁くことはしなかったし、行為中はまず咲に望みを聞いた。

あくまで自分が与えているのだ、という姿勢を崩さない。

咲も特に不満は言わなかった。

何だかんだ久は特定の彼女を作らない。

身体の関係は自分としか結んでいないことを知っていた。

だからそこにあるのが一般的な愛ではなくても、それなりに必要とされているのだと思っていた。

久が何となくその日あったことを咲に話して聞かせる時、

告白してきた女性を容赦なく拒んだと聞く度に、咲は一人胸を撫で下ろすのだ。

直接尋ねることは出来なかった。

面倒くさいと突き放されるのが怖かったからだ。

結局のところ惚れた弱みというやつだろう。

それでも咲は不幸だったわけではない。

セックスをすることを除けば久と咲は普通の友人のように麻雀もしたし、笑い合った。

夕飯も食べない時はマメに連絡をくれたし、誕生日は丁寧に祝ってくれた。

久に貰った本は何度も繰り返し読み過ぎて、すでに所々よれてしまっている。

久が時折見せる柔らかい微笑みや、咲に向ける優しい言動に

いつしか咲の心は完全に久に奪われていた。



だからその事実を告げられた時、すぐには理解できなかった。

いつもと変わらぬ金曜日だったはずだ。

この時すでに咲は大学四年生。就職先も決まっていた。

特に今後について話したわけではないが、きっとこの生活は続くのだろうと思っていた。

なんだかんだ、咲は久を信じていたのかもしれない。

仕事から帰った久とそのままセックスに雪崩れ込み、行為を終え呼吸を整えている時

久がミネラルウォーターを飲みながら言った言葉に咲は呼吸すら忘れた。


久「そうだわ咲。今度の週末、婚約者に会わせるから予定は空けておいてね」

咲「………え?」


半分以上を飲み干したペットボトルを差し出されるが、受け取ることも出来ず呆然と久を見上げた。

久が不思議そうに首を傾げている。

久「あら、もう何か予定を入れてしまったの?大した用じゃないなら断って」

久「一緒に暮らしている友人がいると話したら、友人の顔が見てみたいと言われたのよ」

咲は僅かに口を開いたまま、何も言葉を返すことが出来なかった。

そんな咲に気付いているのかいないのか久は話し続ける。

久「一応フレンチの店だからフォーマルな格好でね。もしちょうど良いものがないなら私のを貸してあげる」

久は親切心で言っているのだろう。どれが良いか思案を始めた。

時計の音がやけに響く。耳鳴りが酷い。

脳味噌が熱い。鈍く痛む。

だからだろうか。久の言葉が上手く処理出来ないのは。

久「まあ会わせると言っても実際に式を挙げるのは来年になるんだけど」

久「この家は好きにしていいわ。元々咲に譲ろうと思っていたのよ」

その代わり荷造りは手伝ってよ、と久は笑う。

その微笑みがあまりにいつも通りで咲は自分がおかしいのかと首を傾げたくなった。



一体何から問えばいい?

友人と言われたことだろうか。

久に婚約者がいたことだろうか。

来週の顔合わせについてだろうか。

服装について?結婚について?

この家から久が出て行くことについて?

この家に咲が一人残されることについて?



自分たちの関係について?



ぐにゃりと視界が歪む。

美しく整っているはずの久の顔が初めて醜く見えた。

咲「――――っ」

悲鳴を上げなかったのは片隅に残っていた自分のなけなしのプライドのおかげだった。

咲は転がるようにベッドから降りると、床に散らばっていた服を拾い、寝室から飛び出した。

久が背後で何か言っていた気がするが、今は彼女の声を聞きたくない。

耳を潰してしまいたかった。

いつの間にか外は雨が降り出していた。

咲は靴も履かず外に飛び出すとどんよりと曇った雲を見上げ、ようやっと声をあげて泣いた。



自分は思い上がっていたのだ。

久にとっては退屈を凌がせるおもちゃでしかなかったのに。

簡単に手放してしまえる程度のものだったのに。

久が丁寧に扱うから、自分には価値があると思いこんでいた。



こんなことならもっと早くに捨てて欲しかった。

おもちゃに感情が芽生える前に突き放してくれれば良かったのだ。



こんなにも、彼女を愛してしまう前に。

とりあえずここまで。

突然出て行った時は内心随分と驚いたものだけれど、咲は思いの外呆気なく戻ってきた。

携帯も持たずに飛び出したからどうしたものかと途方にくれていたのだ。

鍵をかけずにおいた扉が遠慮がちに開く。

久は瞬時にその音を拾うと玄関へ向かった。

そして戻ってきた咲を一目見て、ぴしりと固まる。

咲「…すみません、勝手に飛び出したりして」

久「そんなことはどうでもいいわ。身体…」

咲「ああ…雨が降ってきたので濡れてしまいまし…っくしゅ」

言葉を最後まで紡ぐ前に我慢できずにくしゃみが出た。

久「馬鹿!風邪をひいたらどうするの!さっさと風呂へいきなさい!」

久の怒鳴り声なんて初めて聞いた咲は、その場に呆然と立ち尽くした。

そんな咲を余所に、久は強制的に腕を引いて風呂場まで連れて行く。

その過程で咲が裸足だったこともばれ、久に二重に怒られることになった。

結局、嫌がる咲に拒否権は与えず久は咲を丸洗いした。

久監視の元、お湯にたっぷり20分浸かり、風呂から上がるとすぐに分厚いバスタオルに包まれる。

そこまでしなくて良いと言ったけれど久はすでにドライヤーを手にして待っていた。

ベッドに腰掛けながら髪を梳く久の指先は優しい。



外はまだ強い雨が降っていた。

ドライヤーを止めれば、窓に雨がぶつかる音しか聴こえない。

時計はすでに日付を跨いでいた。

久「…これで大丈夫」

咲「あの…ありがとうございます」

久「咲は本当に目が離せないわね」

くすりと笑う久があまりにいつもと変わらないから、咲はさっきのやりとりは夢だったんじゃないだろうかと思った。

話を最後まで聞かなかったけれど、もしかしたら久はあの後断るつもりだと言うはずだったのかもしれない。

勝手に早とちりして久に迷惑をかけてしまった。

子どものように泣いた自分が恥ずかしくて、咲は僅かに俯く。

久「どうかしたの?」

咲「…あの、さっきの婚約の件ですけど…すみませんでした。少し驚いてしまって」

頬に熱が集中する感覚がして、どうにかごまかせないものかと思う。

久「いえ、気にしないで。私も驚かせて悪かったわ」

咲「久さん…じゃあ、」

声にあからさまな期待が滲み出てしまった。

ただ、少し悔しい気はしたけれど勘違いであったならそれに越したことはない。

良かった、これでいつも通り。

また一緒にいることが出来る。

咲はドライヤーを握る久の手を探した。



久「本当は彼女を紹介された時咲に話しておこうかと考えたんだけど」

久「どうせいつかはやってくることだし、それなら特段急ぐこともないかと思っていたの」



まさか紹介してくれと言われるとは思わなかった、と久が言う。

心臓が止まった気がした。

咲「…え?あの…」

久「直接会う前に写真でも見ておく?」

咲は人見知りだからね、と笑う久の声が遠い。

どういうことだ。あれは聞き間違いではなかったのか。

でも久は優しい。いつもと変わらない優しさだ。

咲に愛想が尽きたのではないんだろうか。

咲「…久さん、私はあなたになにかしましたか?」

久「え?」

咲「何か気分を害するようなことをしてしまったんでしょうか…だから」

久「どうしたの、今日は変よ?」

咲「私のこと、嫌いになったんですか…?」

これを聞くのは怖かった。堪らなく。

それでも聞くしかなかった。もし気に食わない部分があるなら直す努力をしよう。

それとも縋ってみようか。そんなのはガラじゃないけれど、どうしても離れたくなかった。

久「何を馬鹿なことを言ってるの。咲のことは大切に思ってるわ」

だからそばに置いてるの。

存外に久はそう言った。

咲「なら…どうして?嫌いになったわけじゃないのに婚約だなんて…」

久「咲?何がおかしいの。当然のことじゃない?」

咲「…え?」

この後に続いた久の言葉は、咲の心をズタズタに引き裂いた。


久「元々私達の関係は期限付きのものでしょう。咲だって分かっていたはずよ」


分かっていたはず、だなんて平然と言ってのける久が信じられなかった。

今まで久は、常に二人の関係が終わる瞬間を考えながら咲を抱いていたのだろうか。

久「会社の重役の娘さんなの。いい縁談だし、断る理由もないでしょ」

久「iPS細胞の普及で同性同士の結婚も盛んになったし、私も特に抵抗ないしね」

咲(……そうか)

咲はそこでようやっと気付いた。

久には悪意がない。ただ無関心なのだ。

どんなに咲を大切に扱おうと、そこには物に対する気遣い以上の感情はない。

ただ壊さないように可愛がるだけ。

そのおもちゃが何を思い、何を考えているかには到底興味がないのだ。

咲「…っふ、」

ならばもう、どう足掻いても無駄じゃないか。

久「咲?」

咲「ふ、ふふ…っ」


気付いてしまえば簡単なことだ。

久は最初から咲を愛してなどいない。

おもちゃを楽しむ以上の関心もない。

久「どうしたの、急に笑い出して…変な子ね。あら、そういえば目が赤くない?」

咲「大丈夫です。さっきリンスが目に入った時に擦ったんです。気にしないでください」

それでも尚気遣う素振りを見せる久の腕からするりと抜け出す。

体温が消えて一瞬悪寒が走ったけれど、あのまま彼女のそばにいるよりましだと思えた。

咲「やっぱり週末は久さんの服を貸してください。私はきちんとした洋服なんて持ってませんから」

きっと今、自分は随分と情けない笑顔を向けていることだろう。

そんな自分の姿が滑稽で、咲はどうやって溢れそうになる涙を堪えようか必死で考えていた。




*****


久に強制的に取り付けられた約束の日は、思いの外あっけなく訪れた。

久の選んだ服に着替えさせられ、タクシーに押し込まれる。

待ち合わせの場所に行くまでの道のりは長くも短くもなかった。

拒否権なく繋がれた指先に所在なさを感じて振り払おうとするものの、久には到底敵わなかった。

どうか冷え切った手には気付かないでほしい。


久「紹介するわ。彼女は――――…」


高級なホテルのなかにあるフレンチレストラン。

明るい店内は自然の木漏れ日を生かしたつくりになっていて、どの席に座っても心地が良いだろう。

その中でも最も日当たりが良い席に、自分たちは案内されていた。

久の後ろを優雅に歩く女性は、咲とそう変わらない年齢だろうに落ち着きがあって気品すら感じられた。

咲は使い慣れない銀食器を扱い、絶品のはずの料理を切り刻むばかりで一向に胃袋には入らなかった。

食欲すら沸かず、早く片付けて欲しいとさえ願っていた。

久「今日は良い天気でよかったわね」

婚約者「ええ、そうですね」

綺麗に色付けされた爪をくっつけた女性の指が、優雅に食器の中身を片づけていく。

彼女に甘ったるい微笑みを称えながら愛を囁く久の姿を想像して、

咲は原形を思い出すのが難しいほど切り刻んだ肉の塊を食べることを完全に諦めた。



久の表情は晴れやかだ。

上司の娘との結婚を機に将来の重役ポストを約束されたのだから。

きっとこの二人の関係は滞りなく進んでいくだろう。その時咲の存在は邪魔でしかない。

何より、自分以外の誰かと微笑み合う久をそばで見続けることなど咲には出来なかった。

久「そうそう、この間は…」

咲「久さん」

耳に心地よい音楽が三人の間を流れていく。

久はほぼ初めて口を開く咲の静かで、それでいて思わず会話を止めてしまうような不思議な力を持つ声にふと口を噤んだ。

咲の透き通った瞳がいつしか久を見つめていた。

どくり、誰にも気付かれないような脈動だったけれど、確かに久の心臓は跳ねた。

どうしたというのだろう。これじゃあまるで。



咲「ご婚約おめでとうございます」

咲は表情を隠したまま頭を下げた。

随分と深いお辞儀だったから婚約者が焦ったように久の方を盗み見た。久も少し戸惑いながら頷く。

久「…ありがとう」

咲「幸せになってくださいね」

顔を上げ、にこりと微笑んだ咲は綺麗な笑みを浮かべていた。

しかし綺麗だと思うと同時に、まるで生のない人形のようにそれは造りものめいた微笑でもあった。

久「……」

何かあったのだろうか。久は内心首を傾げた。

まあいいか。咲がもし不機嫌なのだとしても、家に帰ってからじっくり聞けば良い。

久にとっては咲の些細な違和感などその程度のことだったのだ。

その時久はまだ知らなかった。

ようやっと顔を上げた咲が、気分が優れないからと先に帰ったのを見送り

和やかな食事を終えて帰宅した時には

部屋には久の帰りを待っているはずの存在がいないことを。



随分と冷えた部屋のなか、変化のない家具。

日常的な光景のなかで彼女のお気に入りの本と、鞄だけがなくなっていた。

そしてその鞄の持ち主もまた、一晩経っても久の元に戻ってくることはなかったのだ。



久「………咲?」



立ち尽くす久を嘲笑うように、主を失った携帯が充電ゼロを伝えるバイブ音を響かせた。

続きます。
ちょっと長くなるかも。



*****


一人きりで過ごす夜は久しぶりだった。

咲が帰ってこない。



今日は昼食を食べに行った。単に食事をすることが目的なわけではない。

久は外食があまり好きではなかった。

金はあるが外で食べるくらいなら家で咲の作った家庭的な料理を食べる方がいい。

だから今日は特別だったのだ。



久の婚約者を咲に紹介するため。相手の女性に合わせてそれなりの場所を選んだ。

雰囲気も従業員の対応も料理も旨い。

しかし、久は婚約者と美味しいとか何とか言葉を交わして微笑みながら

心の内では咲の作る鯖の味噌煮が食べたくて帰ったら頼んでみようとすら考えていたのだ。

なのに咲はさっさと先に帰ってしまった。

顔色が悪かったから、最初は機嫌を損ねたのかと思ったけれど、そうではなかったらしい。

体調不良を訴え、心配する婚約者に頭を下げながら申し訳なさそうに帰っていった。

見送る久は思わずタクシーに乗り込む咲に続きそうになって、すんでのところで踏みとどまる。

久の服の裾を掴む彼女の手がなかったらうっかり乗り込んでいたかもしれない。

優しい婚約者が咲を心配して表情を曇らせる様を見て、安心させるように彼女の肩を抱いた。

その後婚約者を喜ばせるために、彼女の好みそうな場所にエスコートする。



彼女との婚約を受けたのは運命を感じたからでも好みのタイプだったからでもない。

ただ単に上司の娘だったからという、それだけの理由だ。

同性同士の結婚も認められた今、相手の両親も優秀な久を向かえ入れることに積極的だった。

久の方も、この婚約に僅かな疑問も抱いていなかった。

久「…どこに行ったの、咲」

そんな久は今、ソファに身を沈ませ途方に暮れている。

先に帰ったはずの咲は深夜になっても戻ってこない。

一度帰った形跡はあるのだ。

彼女の鞄がなくなっているし、咲が大切にしていた本もなくなっている。

しかし久に言いようのない不安を抱かせるのは、咲が携帯を置いて出かけたことと

お気に入りとはいえ、すでに何十回も読んだであろう本をわざわざ持って出たことにある。

なにか咲からの重大なメッセージな気がしてならない。

一度そう考えると落ち着かなくて、22時を回った今も食事すらしていない。

外に出る気もしないし食欲も沸かない。

携帯を置いて行ったとはいえ、情報化の整っている時代だ。

連絡の一つや二つ何処からでも入れることは出来る。

もし咲から連絡がないとすれば、それは彼女が連絡をしたくとも出来ない状況にあるか、もしくは。

久(…タクシー会社に連絡したら、咲はちゃんとマンションまで戻ってきたというし…)

久(それに同じ階の人間が見ているし、防犯カメラの映像にも映ってた。どうして連絡も寄越さず出かけたりするの…)

久はたった数時間で、咲に危険が及んだと思われるあらゆる手段を考えた。

彼女が乗ったタクシーの運転手を探し出して話も聞いたし、管理人を使って同じマンションの住人からも話を聞いた。

防犯カメラだって調べたのだ。しかしどれも結果は同じ。

咲はきちんとマンションに辿り着いて、帰宅した。

それから三十分ほどで家を出た。小さな鞄一つを持って。

防犯カメラに写っている映像では、その時の咲の表情までは分からなかった。

一体どんな顔でこの家を出たのだろう。

久(やはり体調が優れず病院に?いや、もしかしたら事故にあった可能性も…)

近隣の病院に手あたり次第に電話をした。

迷惑そうな対応をされても有無を言わさず相手をさせた。事故の可能性も考えて警察にも連絡をした。

しかし咲の行方は掴めない。

久(携帯には特にこれといった約束を交わした相手もいなかったし)

礼儀に反するかとは思ったけれど背に腹は代えられない。

久は咲の携帯を充電し、メールを見た。

流石にこの瞬間は、自分のあまりに行き過ぎた行動に首を傾げた。

まだたった数時間しか経っていないのにここまでする必要があるのか。

大学生なら外泊くらい当然ではないのか。

しかし、頭ではそう思っていても久の手は勝手にメールの受信箱を開いている。

結局それらしいやりとりも、電話の履歴もなかった。


久(…あと、可能性があるとすれば)

そこまでして久はようやく最後の可能性について考えた。

これは考えたくなかった。

だが、状況が。それしかないのではないかと訴えかけてくる。


久「咲、あなたは自分の意思で出て行ったの…?私を置いて」


言葉にして初めて、久は自分の声が震えていることに気付いた。

全身の震えも止まらない。この悪寒はなんだろう。

久は深いため息を吐き出すと、ソファの背もたれに頭を預けた。

ギシリと軋んだソファは、この部屋でルームシェアを始めた時に咲と選んだものだ。

久は部屋の洒落た内装に合う黒いソファを選ぶつもりだったのに、

温かみのある暖色が気に入っていると咲が微笑んだ。

結局久はいつの間にか柔らかい橙色のソファを購入していた。

この2年間、二人分の重みを支えてきたソファだ。


ふと、ソファの端に置かれた二つのクッションに目が留まった。

形も色も異なるそれらは各々の好みで選ぼうと言って購入したものだ。

久は自分で選んだ低反発が売りのモノトーンのクッションをどかすと、

タオル生地のクリーム色のクッションを引き寄せた。

咲は犬の形が可愛いと言って、よく抱き枕のように抱き締めていた。

そんな咲を久はいつも横目で眺めていたのだ。

ぎゅっと力を込めればふにゃりと形を変える。

歪んだ犬の顔は阿呆面でほんとにこれが可愛いのだろうか。

とても同意は出来なかったけれど、手放すこともしなかった。

そろそろと顔を埋めると、ふんわりと咲の匂いがする。

嗅ぎ慣れたそれは久を安心させ、柄にもなくほっと息をついた。

いつの間にか震えは止まっていた。


ふいに睡魔が襲ってくる。

久は抗うことをせず、クッションを腕に抱いたまま、段々と重たくなる瞼を閉じた。


夢の中でいいから咲に会いたい。

無性に咲の笑顔が見たかった。


結局夢を見ることは出来なかった。何処までも続く暗闇が広がるだけ。

そんななかで、久の優秀な頭はとうに一つの結論を弾きだしていた。

続きます。



*****


行く宛てはなかった。ただもう一緒にはいられないと思った。


久が婚約者とのデートを楽しんでいた頃。

二人の元から逃げるように去り、咲は一人マンションに帰っていた。


部屋の電気を付け、久と一緒に買いに行ったソファに腰掛ける。

いつもは二人分の重みを受け止めるソファが物足りなさそうにキシリと鳴いた。

咲「…これ」

咲はふとソファに置かれていたクッションを拾い上げた。

それぞれ自分の好みで購入したものだ。

犬型の抱き枕のようなクッションを選んだ咲とは対照的に、

久はモノトーンのシンプルなデザインのものを選んだ。

久は特に何も言わなかったけれど、彼女の好みは本来このクッションのようにシンプルなものだ。

ソファを選びに行った時だって彼女が目で追っていたのは黒いソファだった。

しかし結局久は橙色の方を注文していた。

咲がそちらを欲しがるから譲ってくれたのだ。

久は知らないだろう。彼女の気まぐれの優しさが、咲をどれだけ幸福にしていたか。

咲は一人で留守番をしている時も、大抵ソファの上で過ごすほどこの場所を気に入っていた。

我ながら単純で容易く、僅かな彼女の優しさに縋りつく様は浅ましいと思う。

咲は二つのクッションを両腕に抱いて力を込める。

全く違うデザインのクッションはまるで自分たちのようだと思った。

咲「…っふ」

我慢していた涙が溢れてくる。声を押し殺して泣くのは慣れていた。

久と身体の関係を結ぶようになって何度彼女の残酷な優しさに傷付き涙したことか。

盛り上がる水滴に視界がぼやけていく。

タオル生地のクッションは咲の涙を丁寧に吸い取ってくれた。



何が悲しいのかすら分からなかった。

ただ、もうここにはいられないのだということだけは分かっていた。

久は結婚するまでと言ったけれど、咲にはそれまでの日々に耐えられる自信がなかった。

このまま彼女のそばに居続ければ自分はいつか壊れるだろう。

咲「…いや、お別れ、なんて…」

咲「出て行きたくない…久さんのそばに…いたい…っ」

久には到底告げることの出来ない本音も今だけは許してほしい。

あと少しで全て諦めるから。久の邪魔はしないから。

咲「すき…好きなんです…ずっと、あなたのことを愛してたんです…」

咲「他の人のものに、なんか、なら…な、で…っ」

いくら叫んでもどうにもならないと分かっていた。


ずっと胸に秘めてきた想いは、しんとした部屋に溶けていった。

使い慣れた鞄に必要最低限の物だけ突っ込んで、

最後にベッドサイドに立てかけておいた本を仕舞い住み慣れた家を後にした。

携帯はわざと置いてきた。あっても邪魔になるだけだ。

本気で彼女との鎖を断ち切らなくては。



最後に、数年間暮らした家を振り返る。

しんと静まり返った部屋はもう二度と咲を迎えることはないだろう。

別れとは意外にあっさりとしたものだった。



*****

途中で力尽きた…とりあえずここまでです。



*****


池田華菜は喫茶店での勤務を終え、帰路につく途中だった。

いつも利用しているバスに乗り込むと吊り革に掴まり空いた片手で器用に携帯を弄る。

メールボックスを開けば三件ほど届いている。

一件ずつ開いていくと二通はすぐに返さなくて良い内容、

後の一件は大学時代の友人からで今から遊ばないかという内容だった。

華菜(りょーかい、じゃあ駅前に8時でどうだし?…っと)

華菜(…ん?あれって…)

バスが停留所で停車したのと同時に送信ボタンを押そうとして、ふと華菜はその手を止める。


宮永咲。彼女がどうしてこんなところにいるのか。


華菜は発車を始めたバスのおかげで遠くなっていく咲の背中を追いかけながら、

一瞬垣間見えた横顔に釘づけになった。

華菜(……っ)

気付けば華菜は携帯の送信ボタンではなく、慌てて停車ボタンを押していた。


*****

どんよりとした空は、昼間の天候とはえらい違いだった。まるで自分の心のようだ。

醜く重苦しい空は息が詰まる。とぼとぼと歩く咲に行く宛てはない。

咲「…ああ、私って本当に馬鹿だな…これ、久さんの服だった」

ふと、道端に留めてあった車の窓に映る自分を見て自嘲する。

折角マンションに戻ったというのに、久の服を返しておくのを忘れていた。

必要最低限のものしか持たずに出た咲には自分の服さえ手元にないのだ。


久はどうしているだろうか。

ホテルを出る時、心配そうな婚約者の肩を優しく抱いていた久。

大切にしているのだろう。今頃二人きりの甘い時を過ごしているのだろうか。

咲(彼女を、抱いているのかな…)

セックスの時の彼女を知る人間が咲以外にいるなんて夢にも思わなかった。

久は滅多に私用を作らなかったし、外泊もほとんどなかった。

とはいえ、久にしてみれば咲に怪しまれないように密会するくらい造作もないことなのだろうが。

咲(彼女を抱いた手で私に触れていたんですか?)

どろどろに甘やかす抱き方は久の癖なのだろう。

ああやって、彼女の温もりを感じて背中が軋むくらい強く抱き締められる心地良さ。

これから先味わうことが出来るのは咲ではない。あの婚約者だけだ。

咲(私がいくら望んでももらえなかった言葉を、彼女は得られるんだろうな…)

どんなに身体を重ねても、同じ時間を共有しても決して愛の言葉を囁かなかった久の唇は、

彼女に今何を語っているのだろう。

腹の底に居座るどす黒い感情をもてあます。

嫉妬で目の前が真っ暗になった。そんな権利など端からないというのに。



久に別れを告げるつもりで家を飛び出してきたけれど、咲の中で久が消えることはない。

むしろ胸は痛みを増すばかり。恋しさが募って心が壊れそうだと思った。

この苦しみから解放される日はくるのだろうか。

永遠にこのままだというのなら、生きていても辛いだけだ。

咲「……なら、いっそ」

生気の抜け落ちた呟きを拾う者はいない。

ふらふらと歩く咲はようやっと自分の行き先を見つけた気がした。

小さく微笑んでみる。

目の前では信号機が忙しなく点滅を繰り返している。

白と黒のボーダーが咲を誘った。



華菜「……っ、宮永!!」



上手く働かない頭で歩き続けていた咲はふいに強い力で腕を引かれた。

耳を劈くようなクラクションが鳴り、トラックがもの凄いスピードで目の前を横切っていく。

驚いて目を瞠り、咲はゆっくりと振り返った。

肘の上が熱を持ってジクジクと痛む。しかし咲を掴む手はとても冷たかった。

咲「…池田、さん?」

振り返った先には、はあはあと息を切らせる華菜がいた。

吊り目がちな瞳は、今はこれでもかというほど厳しい眼差しを咲に向けている。

震える唇は華菜をなかなか喋らせなかった。

いや、後で聞いたがこの時華菜は全身を震わせていた。

自分があと数秒遅れていたら一体どうなっていたのか、考えるだけで足が竦んだという。


華菜「……こンの、ばかっ!!!!」

咲「…っ」

記憶の中で無邪気に笑う華菜とはかけ離れた怒声だった。

そこでようやく咲は華菜が酷く怒っていることに気付く。

目にはうっすらと涙の膜が張っていた。

寒さのせいかもっと他の何かが原因なのか、咲には判断がつかない。

咲「あの、」

華菜「なにしてんだし?!私が間に合ってなかったら死ぬとこだったんだぞ?!」

咲「……ぁ、」


そこでようやく咲の耳に音が戻ってきた。

それまではまるで咲だけが世界から切り取られたような無音だったのに

今は華菜の息遣いも車のブレーキ音も排気を吐き出す音も人の声も全部聴こえる。

まるで気付いてなかったのだ、音がなくなっていたことに。

咲「…あ…、私…」

視界が一気に歪んでいく。

華菜の唇が震えていると思っていたのに、いつしか咲の膝もガクガクと音がしそうなほど震えていた。

よろけそうになるのを何とか華菜に支えてもらいながら立っている状況だった。

華菜は涙を零す咲を見て幾分か冷静になったらしかった。

力のこもっていた指が緩み、解放を許される。しかしすぐに手を取られた。

そこで華菜の手は冷えていたのではなく汗ばんでいたのだと気付いた。

伏せた瞳は勢いがなく、バツが悪そうに時折彷徨う。

華菜「……悪かったし、怒鳴ったりして」

咲「いえ、気にしないで…くださ…」

華菜「歩けるか?お茶でもしよう…私が奢るし」

咲「…はい」

少し戸惑うような素振りを見せた後、小さく頷いた咲に安堵する。

まだ全身が震えているが、とにかく間に合って良かったと華菜は息を吐いた。



*****

華菜「ここはデザートが絶品なんだし!」

私の勤務先のライバル店だけどな、と悪戯が成功した子どものように屈託なく笑う華菜に、咲はようやく肩の力を抜いた。


店内は落ち着いた内装と、香ばしいコーヒー豆の香りが漂っている。

咲はようやく自分が全身に力を込めていたことに気付いた。

聞き慣れないジャズはコアなファンには堪らないものなのだろう。

一人で訪れている客もちらほらと見られ、中には瞼を閉じて曲に耳を傾けている者もいた。

利用する客層は咲達より一回りも二回りも上で、マナーは徹底されている。

明らかに場違いな咲達が入店しても目で追う者はいなかった。

店主に席を促され、数少ないボックス席に座る。

これも、訳ありそうな二人への店主の配慮なのか見晴らしの良い窓際ではなく

観葉植物の置かれた隅の席に案内された。


華菜「あ、ケーキセット二つ」

慣れた様子で咲の分も適当に頼むと、コップに注がれた水を一口飲み込んだ。

華菜「………で、どうして車に突っ込んでったわけ」

急にトーンダウンした声音は不意打ちだった。

華菜はもう笑っていない。真剣な瞳で咲を見つめていた。

理由を話したわけではないのに、その瞳には咲の小さな嘘さえ見抜いてしまいそうな雰囲気がある。

咲「考え事をしていたので音が耳に入らなくて…」

華菜「私の記憶じゃそんな軽率な奴じゃないんだけどなぁ…一体何考えてたし?」

咲「…」

華菜「私には話したくないってか」

言ってから今のは少し棘があったな、と反省する。

咲と華菜は知り合いといっても高校も大学も違うし、たまに麻雀をする程度の関係だ。

一年ぶりに会った人間に自分のことを洗いざらい話せるほど華菜もオープンではない。

咲が言い淀むのも当然だと思った。


少し嫌な沈黙を破ったのは店主が運んできたコーヒーとケーキだった。

お待たせいたしました、という上品な低音と共に真っ白い湯気が立ち昇るコーヒーが置かれた。

コーヒーの香りは脳を落ち着かせる。華菜はそこで初めて自分が冷静さを欠いていることに気付いた。

我に返ったのは咲も同じようで、淀んでいた瞳に僅かだが光がさした気がした。

ちらりと視線を上げた咲に、華菜は目で一口飲んでみろと促す。

遠慮がちにカップを持った咲は綺麗な所作で口を付けた。

華菜もそれを見届けてから口を付ける。

口内に広がる苦味と挽きたての豆の香ばしさに口元が緩む。

ああ、勤務先のマスターには悪いがやはりここのコーヒーは旨い。

華菜「どうだし?」

咲「……美味しい、です」

声の調子はいつもの自分に戻っていた。二口目を飲み込んだ咲に安堵した。

華菜「だろ?ケーキも食べてみるし!今日はモンブランか…おいしそーっ」

苦味のあるコーヒーと甘いケーキとの相性はきっと抜群だ。

今の時期に旬の栗は艶やかな光沢を放ちながらマロンクリームの上に鎮座している。

そういえば仕事上がりから何も食べていなかった。華菜の腹がきゅうと鳴った。

早速、と皿の横に置かれていたフォークで切り分け口に運んだ。

栗の甘みと濃厚なクリームが絶妙なバランスで解けていく。

かといって甘すぎないのが本来辛いもの好きな華菜に旨いと言わせる所以である。

華菜「やっぱ最高だし!」

咲「…」

華菜「食べないのか?もしかして栗嫌いだった?」

咲「……いえ、頂きます」

じっと、ケーキを頬張る華菜を見つめているだけだった咲に食べてみろと促す。

コーヒー同様ここのケーキも気に入るに違いないのだ。

しかし咲はなかなか動かない。

ようやっとフォークを手にしたかと思えば、まるで欠片のような一口を切り分けて口に運んだ。

何度も咀嚼し、こくりと飲み込む。

そして口元を覆った咲に華菜は満面の笑みを浮かべた。感動するほど旨かったのだろう。

華菜「っな?うまいだろ!」

咲「……は、い………っう、」

しかし、咲は途切れ途切れの返事をするとそのまま勢い良く立ち上がった。

透明感のある肌が真っ青だった。華菜の笑顔は瞬時に凍る。

表情を厳しくすると咲の腕を掴んで立ち上がった。

華菜「トイレ行こう。こっちだから!」


半ば引き摺るようにして俯く咲を洗面所に連れて行った。

そしてえずく背中をさすってやる。

咲「っぐ、…ぅ…っ」

結局、咲は今しがた飲み込んだ分も含め、胃液ごと全て吐きだしてしまったのだった。

すっかり項垂れてしまった咲を、席に戻った華菜はじっと眺めていた。

暫くして華菜が重い口を開く。びくり、と震えた咲の薄い肩は可哀想なくらいだった。

華菜「…落ち着いたし?」

咲「はい…」

華菜「いつから食べてない?」

咲「……昨日です。風邪気味で…」

華菜「嘘つくな」

咲「………一週間前からです」

華菜「そ、分かった―――…行こっか」

咲「…え?」

簡単に確認だけすると、華菜はそれ以上追及することなく立ち上がった。

思わず呆けたような声を上げる咲を余所にさっさと会計を済ませに行く。

華菜「先に外行ってるし。逃げんなよ」

その声は咲に有無を言わせない迫力があった。

仕方なく外で待つ。冷やかな風は胸のむかつきが残っていた気分をいくらか和らげた。

どうしてこんなことになったのか、鞄を握り締めながら唇を噛む。

華菜「お待たせ、じゃあ行こーか」

自然に伸ばされた手が咲を掴まえる。

しかし二の腕ではなく、今度はちゃんと掌だった。

華菜はそれ以上何も喋らなかった。

先を行く華菜の背中を見つめながら、咲はじんわりと伝わる人の温もりが随分と久しぶりな気がしていた。



咲「…ここは?」

華菜「私ん家だし」



華菜が連れてきたのは、店から徒歩で10分ほどのアパートだった。

二階建てでだいぶ年季を感じさせる外装は、就職したてでお金のない社会人が利用するには丁度よさそうな物件だった。

華菜「入るし」

促されるままに足を踏み入れる。

外に剥き出しになった階段を上った二階の一番左端に華菜の部屋はあった。



外装の割に中はまともな1Kで案外綺麗だった。

少し肌寒い部屋につくとすぐにブランケットを放られる。

厚手のそれに包まると丁度良い温かさになった。

華菜「ちょっとそこで待ってるし。テレビとか適当に見てていーから」

華菜はすぐにキッチンに向かうと(とはいえ玄関から丸見えの、薄い扉一枚挟んだ向こう側だが)忙しなく動き始める。

口を挟める雰囲気でもなかったので咲は仕方なくテレビを付けた。

腕時計を見ると時刻は丁度19時になったところだった。

テレビはバラエティばかり流れている。

正直見たいものがあるわけではなかったが、下らない雑談や明るい画面は咲の気を紛らわせるには十分だった。


ぼんやりと過ごすこと数十分。

キッチンに籠りきりだった華菜がようやく戻ってきた。

咲「……これ」

華菜「華菜ちゃん特製タマゴ粥だし。折角作ったんだから残さず食べるんだぞ」

まあ残り物の冷や飯で作ったんだけどな、と気恥ずかしさを誤魔化すように華菜は笑った。

鼻を擽る優しい香りの正体はお椀に盛られた卵粥だった。

戸惑う咲を余所に華菜は目の前にとん、とお椀を置いて食べるように促す。

華菜「さっきは無理に食わせて悪かったし。一週間何も食べてないのにケーキなんか食ったら胃もびっくりするよな」

華菜「でも栄養は取らなきゃ駄目だし。これ一杯…いや、半分でも良いから食べて」


華菜の声は優しかった。

言葉も決して圧するようなものではなく、咲への気遣いに溢れていた。

咲「いただきます…」

アルミのスプーンを手に取り、ゆっくり口に運ぶ。

柔らかい米の食感は随分と久しぶりに感じた。

ふんわり広がる卵と醤油の味が空っぽの胃に馴染んでいく。

咲「…おいしいです」

華菜「そっか、気分悪くなったら言うし。急がなくていいから…ゆっくりな」

咲「は、い」


ここ数日。食べ物を美味しいと思って食べたことはなかった。

久の手前、無理矢理口にはするけれど必ず後で吐いていた。

込み上げる吐き気に耐えられず、口の中に指を突っ込んでいる瞬間は生理的なものとは別に情けなくて涙が溢れた。

咲「とても、美味しいです…すごく、す…っ」

華菜「あーもう!食うか泣くかどっちかにしろって!」

華菜が苦笑しながらティッシュを押し付ける。

華菜「まあ、なんで元気ないのか知らないけどさ。腹いっぱいになったら少しは前向きに考えられるようになるだろ?」

咲「…池田さん」

華菜「今日これから予定ないならうちに泊まっていくし。今までちゃんと話したことなかっただろ?」

華菜「宮永とは一度じっくり語り合いたいなーと思ってたし」

咲「私は…」

屈託なく笑う華菜が咲を気遣っていることは咲にもよく分かっていた。


この厚意に甘えていいのだろうか。

ぐるぐると回る思考は咲を誘惑し、手を取れと叫ぶ。

しかしその一方で誰かに依存することの恐ろしさを知った今、素直に頷くことに躊躇する。


華菜「咲」

華菜が導くように自分の肩に咲の頭を寄せた。

驚いて身を硬くしてたけれど、華菜が呼吸する度に上下する肩のリズムが次第に心地良くなってきて、

段々と瞼が重くなってくる。

華菜「私さ、咲とトモダチになりたいんだ。麻雀のライバルでも知り合いでもなく、池田華菜として」

咲「…池田さん」

華菜「な?だから今日は泊まっていくし」

髪を撫で続ける華菜の指先が気持ちよくて、咲は返事を返す前に急激にやってきた眠気に抗うことに必死になる。

するとそんな咲のブランケットを掛け直しながら華菜が遠くの方で笑ったような気がした。

華菜「…疲れただろ?少し眠るし」

咲「…でも…」

華菜「大丈夫。一時間したら起こしてやるし…今夜は語り明かすんだもんな」

咲「…は、い」

華菜「咲?」

咲「……」

華菜「…寝たか」


やがて控えめに規則正しい寝息が聞こえてきた。

全体重を預けているはずなのに咲はとても軽い。

一年前に会った時より痩せているように感じるのは気のせいではないだろう。

指摘しなかったけれど目の下の隈が濃い。食事だけでなく睡眠も碌にとれていなかったに違いない。

華菜は宮永咲という人間をほとんど知らないけれど、どうしてかここで投げ出す気にはなれなかった。

それは華菜が咲に興味を持っているという理由からでもあったし、

今にも壊れそうに映ったからほっとけなかったのかもしれない。

何より咲は一人で我慢するのだろうと思ったのだ。

もし咲が誰にも悟られず独りで壊れていくのだとしたら、それはとても切ない。

華菜は自分に大層な力がないことなど知っていたけど、それでも一晩宿を貸すくらいはしてやりたかった。

どうやら熟睡しているらしい咲を抱えるようにして持ち上げると、ベッドへ連れて行った。

起こさないように慎重に下ろし、布団を掛けてやる。

目元の隈をなぞればむずがるように眉を寄せる。

起こしてしまったかと焦ったけれど、すぐに穏やかな寝息に変わり安堵した。

華菜「なぁ、一体何があったんだし」

咲には言わなかったけれど、彼女の眼は真っ赤だった。

まるで泣き腫らした後のような。

痛々しい赤さの理由は彼女に尋ねてはいけない気がして何度も欲求を抑え込んだ。

それに、と布団から覗くやけに高そうな服を見つめる。

洒落てはいるが明らかに咲の趣味ではない服は誰から与えられたものなのか。

きっちりと着込んだその服が苦しそうなので、そっとボタンを外していく。

そして胸元が開けた時、思わず動きを止めて固まった。

華菜「…おいおい、これって…」

服の下にはまるでどろどろとした執着を顕わすかのように黒く変色した無数の鬱血が散らばっていた。

華菜「キスマーク、ってやつか…?しかも、こんなに沢山…」

咲の新雪のような肌に似つかわしくない醜く卑猥なそれは、華菜の目には咲を縛る鎖に映った。

とりあえずここまでです。

唖然としている華菜の携帯がふいに震えた。マナーモードしておいて良かったと心底思う。

携帯のディスプレイを見て思わず安堵のため息を漏らす。

華菜「流石はまこ…ナイスタイミングだし」

電話の相手は同じ大学の友人であった染谷まこだった。

用件は単に暇なときに麻雀でもしないかと誘うためだったらしい。

華菜が大まかな流れを伝えただけで、まこは夜9時を過ぎた頃に華菜の家をわざわざ訪ねてきた。



呼吸を乱し、息を荒くするまこを前に華菜は無言でベッドまで促す。

すやすやと眠る咲の顔色があまり良くないことに、まこは眉を顰めた。

まこ「……で、どういうことなんじゃ」

暫く寝入る咲を黙って見下ろしていたまこは、腕を組んだまま華菜を振り返った。

華菜「だーから、私も分かんないんだって!ただ碌に周りも見ないで歩く咲が気になって捕まえたんだし」

華菜「そんでここ一週間ほとんどご飯も食べてないっていうから家に連れ帰ったってわけ」

まこ「…そうか。華菜、色々と迷惑をかけたな」

華菜「なんだそれ。まこってば咲の親みたいだし」

ブリッジを押し上げながら考え込むまこはきっと何か知っているのだろう。

華菜は昔から勘が良い。軽い口調で誤魔化したけれど気にならないわけがなかった。

まこには敢えて話していないが咲は自殺未遂紛いのことまでしたのだ。きっと相応の理由があるに違いなかった。

まこ「誰が親じゃ!というか、咲と仲良うなったんか?」

華菜「友だちになったからな、私と咲。だから迷惑なんかじゃないし!」

まこ「そうか…今夜はわしもここに泊まる。咲は明日引き取るからおんしは心配せんでもええ」

華菜「…はぁ?」

勝手に話を進めるまこに華菜は声を荒げた。

まこ「少なくともわしはおんしより状況を把握してるからの。だから咲はわしが引き取るべきだと言ってるんじゃ」

華菜「ちょ、ちょっと待って!私だって…」

まこ「おんしは何も知らんじゃろ」

華菜「だ、から…っ!」

段々と苛々してきた。頭の 硬い友人はこういう時厄介だ。

華菜「私も咲のことが心配なんだし!まこは何か知ってるんだろ?教えてくれとは言わないけど、でもな」

華菜「咲を見つけたのは私だし。例えまこでも譲らないし!」


真剣な華菜の表情にまこは押し黙る。

咲は携帯を持っていなかった。忘れてきたのか、或いは意図的か。

あくまで推測だが咲は敢えて誰にも連絡しなかったのではないかと思う。

かつてのチームメイトにすら助けを求めないことにも意味があるのかもしれない。

そう思うと、何も知らない華菜の元にいる方が咲のためになるような気がした。

まこ「…華菜」

華菜「なんだよ」

まこは暫し葛藤を続けていたようだった。

しかし、ふいに深いため息を吐きだすと華菜を呼んだ。

まこ「わしはやることが出来た…咲のことはおんしに頼んでも良いか」

華菜「だぁから咲はダチなんだって。まこに頼まれなくても面倒見るし」

まこ「……そうか」

華菜は大学時代、まこが最も信頼を置いていた友人だった。

普段憎まれ口を叩いていてもいざとなった時、彼女ほど頼りになる人間はいない。

だから大丈夫だろうと思った。

それよりも自分にはやらなければならないことがあった。


まこ「夜分遅くにすまんかったな。わしはもう帰る」

華菜「え?もう夜遅いし泊まってけば?」

まこ「起きた時にわしがいては咲が驚くじゃろ」

華菜「…」

まこ「じゃあな。華菜」

そう言うとまこはさっさと靴を履いて出ていってしまった。

やはりまこは事情を知っていた。

きっと咲にとって良い方向に進むように測ってくれるだろう。

華菜はほっと息をついた。

そして未だ深い眠りについたままの咲の元に歩み寄った。

鎖骨に散らばる無数の痕は濃くグロテスクに見える。

華菜「……あーあ、咲ってばどんだけ愛されてるんだし」

華菜としてはそんな重たい愛など願い下げだが、

それほど誰かを愛せることを少しだけ羨ましいとも思えた。


さて、と華菜は立ち上がる。

自分は食べかけの卵粥でも片付けるとしよう。

ギィと音を立ててまこはアパートのドアを閉めた。

正直、咲を拾ったのが華菜で良かったと思う。

咲は誰にも連絡を寄越さなかった。

これは想像の域を出ないが華菜から聞いた咲の様子から推測するに多分間違いないだろう。

つまり聞かれたくないことなのだ。

そしてまこには、咲がかつての部活仲間にさえ触れてほしくない事柄に覚えがある。


多分、きっと。

久が 関係しているはずだ。



*****


続きます。


この部屋を訪れるのは随分と久しぶりだった。

久と咲の住むマンションのセキュリティルームで、

まこは記憶を手繰り寄せながら久の部屋番号を打つ。


携帯電話は繋がらなかった。留守ならば諦めるしかない。

しかし、呼び鈴を押して一分ほど経過した時、懐かしい声がまこの名を紡いだ。

話がある。とだけ簡潔に答えると、ややあって勝手に入るように言われた。

すんなりと解除されたロックに安堵しつつエレベーターに乗り込む。

最上階の角部屋。

こんな良い部屋に住めるとは流石は大手商社の若手エリートといったところだろうか。

インターホンを押したけれど返事はない。

まこはため息を一つ吐き出すとドアノブに手を掛けた。

鍵は掛かっていない。勝手に入ってこいということなのだろう。

まこ「…邪魔するぞ」

控え目に声を掛けながらドアを開けた。

今はまだ明け方で辺りはうす暗いけれど、呼び鈴に応えた久は起きているはずだ。

なのに部屋の電気が消えているのはおかしかった。

不気味なほどの静けさに息を呑む。


まこ「久、いるんじゃろ」

声をかけてみる。しかし返答はない。

仕方なく靴を脱いで廊下に一歩を踏み出した。

冷たい床がまこの足に現実感を持たせる。

リビングへと続く扉を開けてまこは思わず彼女の名を呼んだ。

まこ「……久?」

久「どうしたの、まこ。あなたが訪ねてくるなんて珍しいじゃない」


久は確かにそこにいた。

リビングに置いてある大きめのソファに腰掛けてまこを見ていた。

まこ「いや…」

久「マナーにうるさいまこにしてはインターホンを押す時間が早すぎない?」

私が寝ていたらどうするつもりだったの、と問う久は前に見た記憶のままだった。

まこ「…あんたこそ、どうしてこんな時間に…」

久「ああ、寝覚めが悪くてね。昨日早く眠り過ぎたのかもしれないわね」

まこ「本当に寝ていたんか?」

久「…。何が言いたいの?」

まこが表情を硬くするのは久があまりにいつも通りだったからである。

いっそ不自然なほどに。

思わず探るような物言いになる。それに気付かない久ではなかった。

笑みは浮かべたままだが、目は笑っていない。

その瞳には底の見えない暗さがあった。

まこの足は自然と後退していた。距離を詰めるように久が立ち上がる。

その拍子にポスリと軽い音を立ててソファに置いてあったクッションが落ちる。

久はそれを一瞥するとすぐに興味を失ったようにまこに向かって歩き出した。

久「まこ、あなたが私の家を訪ねてきた理由をさっさと言ったらどう?」

まこ「…咲と何があったんじゃ」

久「別に何もないけど?」

まこ「そんなわけないじゃろ!でなけりゃあ咲が…っ」

久「…咲が、なに?」


しまった、と思った時には遅かった。

久の貼り付けたような笑みが消える。

漂う空気は冷たく針で刺されるようではあったけれど、

不気味な笑みを向けられるくらいならこちらの方がいくらかましだと思った。

まこ「…昨日、街をふらついていた咲を華菜が拾ったんじゃ」

まこ「だいぶ弱っていたようじゃから家に連れ帰ったらしい」

久「…へえ、彼女が」

まこ「咲の体調が落ち着くまで預かりたいと言ってた」

咲には一晩だけといっていたが、華菜ならそうするだろうと思って嘘をついた。

何より久の反応が気になったのだ。

しかし久は表情を変えなかった。


久「わざわざ私に許しを請う必要はないわ。咲はこの家を出て行ったから」

まこ「…は?」

久「携帯を置いていったの。何処へ行くとも連絡がないし、最低限の物もなくなってた。つまり出ていったんでしょう」

まこには久が言っている言葉の意味がよく分からない。

しかし淡々と話す久は飲み物でもどうかと勧めてくる。

キッチンに向かう後ろ姿を追いながら、まこは全身から嫌な汗が噴き出るのを感じていた。

まこ「どうしてそう平気な顔をしていられるんじゃ?原因を探ろうとは思わんのか」

久「何故」

まこ「何故って…普通気になるじゃろ」

ことりと首を傾げて振り返った久にまこは言葉を失った。最後の方は消え入りそうになる。

久「咲は自分の意思で出て行った。どうしてそれを私が止めるの?」

と笑う久の表情は歪んでいた。ぞくりと悪寒が走った。

まこ「…あんたは咲のこと追いかけんのか」

久はコーヒーでも淹れるつもりなのかポットに水を注いでいる。

勢いよく流れる水道の音がやけに響いていた。

久は鼻歌でも歌い始めそうなほど上機嫌で、それが逆にまこを苛立たせた。

久「私は咲が望むからそばにおいてたの。あの子が離れたいと望むなら私が止める理由はないわ」

それに、と続いた言葉にまこは今度こそ絶句した。


久「私、婚約したのよ。来年には式を挙げるつもりだから丁度良い機会だったんでしょう」


まこ「……は?」

久「このマンションは咲に譲ると言ったんだけど、あの子のことだから遠慮でもしたのかもしれないわね」

まこ「―――婚約?」

久「ええ、先方たっての希望でね。私も正式に受けようと思っているの」

まこ「…咲に話したんか」

久「当たり前でしょ。一緒に住んでるんだから。引っ越しや諸々のことを考えても早めに知っておいた方がいいし。」

久「それに彼女が咲に会いたいと言ってね。昨日は婚約者を紹介したのよ」

まこ「……そんな、馬鹿なことを」

久「顔色が悪いわよ、まこ?」

まこ「…どうしてなんじゃ」

久「まこ?」

わなわなと震える唇のせいでうまく話すことが出来ない。

沸き上がる激情のせいで全身が熱かった。


まこ「どうしてそんなことをしたんじゃ…っ?!」


華菜の家で眠る咲は憔悴しきっていた。

目元は赤く腫れていたし、多分華菜の口ぶりではさらに酷い症状も出ているのだろう。

まこ「…久、あんたは咲を愛してるんじゃないんか?」

久「…愛?」

久は一度言葉を切った。そしてゆっくりとガスの火を止める。

すっかり沸騰したポットはひっきりなしに湯気を立てていた。

振り返った久の表情は穏やかだった。

まるで用意された答えを述べるように溢れる言葉は滑らかだった。

久「私は誰かを特別に想ったりはしないわ」

久「気に入った人間はみな平等にその価値を大切にするけれど、それ以上の感情はないし」

まこ「…咲と寝ていたんじゃろ」

久「咲が望んだから叶えてやっただけよ」

久が嗤う。もう我慢ならなかった。


まこ「ふざけるな…っ!!」


目の前が怒りで真っ赤に染まりながら、手を挙げなかったのは

まこの中に残っていた僅かな理性のおかげだった。

中途半端に振り上げた拳を戦慄かせて耐える。

ようやっと下ろした腕は、しかし拳を緩めることは出来なかった。

まこ「………殴る価値もない。あんたがここまで愚かだとは思わんかった」

それは諦めにも似た声だった。

引き結んだ唇から吐息を漏らすとまこは久に背を向けた。



あんなにも尊敬していた竹井久という人間が一気に崩れていく。

その事実が悲しかったし悔しかった。

けれど、そんな風に久に失望しながら心の何処かで期待してしまうのだ。

久の服は皺だらけだった。

あんな乱れた格好を見たのは初めてだった。

端正な顔には微笑みを乗せていたけれど目の下の隈は濃く、何処となく疲れているようだった。


咲がいなくなったことで余裕がないのではないか。

心配で眠れなかったのではないか。

そう思うから完全に諦めることは出来ない。

いや、単にそうであってほしいというまこの希望なのかもしれないけれど。


まこ「やっぱりあんたは、咲を愛しているんじゃと思うぞ…」


高くそびえるマンションを振り返りながら、返ってくるはずのない問いを漏らす。

今頃久はあのだだっ広いマンションの中で何を考えているのだろう。

少しでも自分の気持ちと向き合っていればいい、そうまこは思った。



*****



続きます。

和は久しぶりに浮かれていた。

高校を卒業するとともにプロ雀士としての道を歩んだのはいいが

忙しすぎてなかなか決まったお休みがとれないでいた。

今日は本当に久々のオフだった。

そしてこんな風に時間が出来た時の和の予定といえば一つしかない。


和「良かった。久々に咲さんと会えます」

はやる心を抑えつけて念入りに身だしなみを整えた。

家を出る前に、もう一度昨夜メールを送った咲から返信はないかと携帯を確認したが返事はない。

ざわりと妙な胸騒ぎがした。

ほぼ毎日のように連絡を入れ続けて一週間。

メールも電話も返ってこないのは初めてのことだった。

咲は昔から機械音痴ながら律儀なのだ。一文でも返事はくれる。

和と同じくプロに進んだ衣も、少し前から咲と連絡がとれないとこぼしていた。


和(もし咲さんの家に行って留守だったら、諦めて買い物にでも行きましょうか)

和(でも竹井先輩がいるか知れません。そうすれば、咲さんが帰ってくるの待って…)

和(ふふっ、竹井先輩はおそらく嫌な顔しそうですが)


あからさまに顔を歪める久を想像して思わず笑みが漏れる。

和の咲に対する不埒な感情を知っているからか、久は和を歓迎しない。

とはいえ、和もそんな久に遠慮はしない。何だかんだ居座ってやろうと息巻いていた。

和(…あれは、染谷先輩?)

そんな和が懐かしい顔を見つけたのは偶々だった。

まこが書店から出てくるのを見かけた和は、足早に近づき声をかける。

和「染谷先輩、お久しぶりですね」

まこ「~~~っ!!」

和「先輩?」

軽く腕に触れただけが、予想以上に肩を跳ね上げたまこに和は戸惑う。

勢いよく振り返った顔は何故か緊張に固まっていた。

和「どうかしたんですか?」

まこ「い、いや。ちょっとびっくりしただけじゃ」

和「そうですか。染谷先輩が本を買われるなんて珍しいですね」

まこが手にしている書店の袋を見やって和が告げる。

まこ「そ、そうか?わしだって…本くらい読むぞ」

歯切れの悪い物言いは珍しい。

まこはその場に漂う微妙な空気を誤魔化すように、早口で言った。

まこ「それより和は一人でお出かけか?珍しいのう」

和「今日は久々のお休みなので、今から咲さんの家に向かおうかと思っていたんです」

何も考えず事実だけ述べた。しかし和の発言にまこの肩が明らかに揺れた。

和は不審げに目を細める。


まこが持っている本の入った袋。そして咲の名前を出した途端のまこの態度。

和「染谷先輩…ひょっとして咲さんに会いに行くんですか?」

それは確信を持った声音だった。

和「ねえ、咲さんはどこにいるんですか。連絡は繋がらないし、先輩は何か知っているんでしょう?」

段々と苛立ちを含み始め早口になる和にまこはため息をついた。

和は一度こうなると厄介だ。きっと真実を言うまで纏わりついて離れないだろう。

まこ「はあ…おんしには知られたくなかったが、どの道咲の家に行けば全て知ることになるじゃろうしな」

和「染谷先輩?」

まこ「…咲は今、華菜の元にいるんじゃ」

和「えっ?」

それからまこは華菜の家に到着するまでの道すがら、ここ一週間で起こった出来事を全て和に話した。

和は口を挟むことなく大人しく聞いていたが、その静けさが逆にまこを不安にさせた。

和「…つまり咲さんは竹井先輩に婚約者がいることを知ってショックを受けて家を出てきたんですね」

まこ「ああ」

和「竹井先輩は全て了承済みなんですね」

まこ「……ああ」

和「……分かりました」

まこ「和、おかしなことは考えるんじゃないぞ」

和「おかしなことって何ですか?」

まこ「いや…」

和「とにかく咲さんに会わせてほしいです」


和は思いの外冷静だった。

最後まで話を聞いた後、どうしても咲に会いたいと言った。

続きます。
次は水曜に投下予定です。




*****


咲が久の家を出て一週間。

依然として咲は華菜の家に世話になっていた。


一晩泊まって、翌日出て行くと言い張ったけれど、華菜とまこは全力で阻止した。

最終的には華菜の、咲がこの家を出て行くなら自分も出て行く、という意味不明な主張に折れたのだ。

相変わらず食は細いままだけれど、咲は少しづつ元気になってきた。

ただ笑顔だけは駄目だった。

一応微笑んではくれるけれど、それは咲の心からの笑顔ではない。

華菜はそれが悲しかった。こればかりは時間が解決してくれるのを待つほかないのだろうか。


華菜はこのまま咲を住まわせても良いと思っている。

献身的に世話をする華菜に咲が見せるようになった信頼だとか安心だとかを感じるたびに胸が震えた。

咲を苦しめるものから守りたい。もう傷付かずに済むようにそばにいたい。

そんな思いを抱えながら、咲とともに過ごすようになった。

華菜「はあ?駄目に決まってるし。折角咲も落ち着いてきたってのに」

アパートの扉に寄り掛かりながら華菜は和を睨み付けた。

しかし、牽制するような華菜の剣呑な雰囲気に臆することなく和は静かな眼差しで華菜を見つめ返した。

和「咲さんと話がしたいんです。会わせてください」

華菜「無理。これ以上咲を刺激したくないし!」

和「池田さんには感謝しています。咲さんが一番大変な時に傍にいてくれて」

和「だけど今、咲さんの気持ちを分かってあげられるのは私だけなんです」

華菜「…はあ?その自信はどっからくるわけ」

華菜「今のお前が冷静に咲に向き合えるとは思えないし。諦めて…、っ!!!」

華菜が最後まで言い切る前に、和がドアを無理矢理こじ開けた。

華菜「ちょっ…待て…っ!!」

今にも射殺しそうな鋭い瞳で華菜を見る和に思わず動きが止まる。有無を言わせない迫力があった。

そんな華菜を容易く退かし、和は扉の向こうへ姿を消した。

華菜「……なんだよあれ」

まこ「和なら大丈夫じゃ」

華菜「全然大丈夫には見えないし!」

まこ「大丈夫じゃ」

華菜「意味わかんないし!!」

大丈夫としか言わないまこに焦れたのか、華菜ははっとしたように閉まったままの扉を開けた。

仕方なくまこも続く。

和 「お久しぶりです、咲さん。ずっと会いたかったんですよ」

そこには先ほどまでの鋭さなどまるでない、柔らかな微笑を浮かべる和がいた。

咲「和ちゃん…?」

和「はい。私が来たからもう大丈夫ですよ」

和は椅子に座っている咲を柔らかく抱き締めていた。

その所作の一つひとつが繊細で、和がいかに咲を大切にしているかが窺える。

華菜はまこを振り返った。

華菜「……まこ」

まこ「だから大丈夫だと言ったんじゃ。和は咲を傷つけるような真似だけはしないんじゃから」

和は咲に恋をしている。高校時代からずっとだ。

咲が例え他の人を見ていようと構わなかった。

自分のものにしたいと願った時期もあったけれど、今はただ咲が幸せであれば良い。

だから目の前にいる咲に対して和が出来ることは、

自分勝手な感情をぶつけることでも自分の元へ連れ去ることでもない。

和「ずっと家の中にいたんじゃ元気も出ませんよ。私とデートしましょう」

ただ咲の傍にいて、彼女を笑顔にすることだ。



*****


冷たい風が顔や身体に当たる。

咲は落ちないように必死になりながら前にいる和の腰を掴む。

油断したら振り落とされそうだった。

和「咲さん、大丈夫ですか?寒くありません?」

咲「う、うん…大丈夫」


二人が乗っているのは華菜の自転車だ。

アパートを出るとき、和が足になるものが何かないかと尋ね、華菜がキーを投げて寄越したのだ。

自転車の二人乗りなど慣れていない咲は不安定な体勢に慣れることに必死で

今の状況について考える余裕もなくされるがままだった。

最初は団地を走っていた。次いでビルの立ち並ぶオフィス街を。

街中に出ると適当なカフェに自転車を止めてふらりと立ち寄ってみる。

食欲はなかったけれど和は何も言わなかった。

飲み物だけを注文する咲に自分の頼んだメニューを一口差し出す。

美味しいと言えば、和は心底嬉しそうに笑った。


何処に行くという目的もなかった。

ただ自転車を飛ばし興味を惹かれたところで立ち止まる。

和はその都度楽しいかと尋ね、楽しいと答えれば嬉しそうに笑う。

まるで上手く笑顔を作れない咲の分も笑っているかのようだった。

徐々に日が傾き、太陽も低くなってきた。

そのまま道路沿いを走ってトンネルを抜けるとそこには森林公園があった。

咲「わあ…広いね…」

何処までも続く深緑には惹き込まれるような魅力があった。

夕日に反射する木々に目を細める。自転車はそこでようやく停車した。

和はキーを抜いて咲の手を引いた。

和「中に入ってみましょうか」

咲「うん」

夕方という時間帯のせいか、中には人一人いなかった。

延々と続く広大な森林を、腰をおろし肩を並べて眺めた。

和はじっと前だけを見つめている。

咲はその端正な横顔に視線をやってほう、と息をついた。

咲「……和ちゃん、ありがとう」

和「何のことですか?私はただ咲さんにデート付き合ってもらっただけですよ。むしろ私がお礼を言いたいくらいです」

咲が楽しんでくれたなら自分も嬉しい、と言う和は昔から変わらない。

いつだって咲の気持ちを一番に優先する。



咲が一人で泣いていた所を見つけたのは偶然だった。

用事があって部活に行くのが遅れた日。

もう他のメンバーは全員帰ったと思っていたのに、まだ部室に灯りがついていることに首を傾げる。

自然と足音を消して近付いていた。

咲「…っふ、…う、…っ」

啜り泣く声にビクリと身体を揺らした。

ドアの向こうから聞こえる押し殺すような嗚咽が咲のものだと気付くのに時間はかからなかった。

和はぐるぐると回る思考のなかでドアノブに手を伸ばした。

これはチャンスだろうか。

咲の心につけ入ることが出来るかもしれない。

こくり、と乾いた喉を潤す。

咲に優しい言葉をかけて、肩を引き寄せて。


咲「……ぶ、ちょ…」


その瞬間、咲の口から洩れた名前に全身が強張った。

咲が久を特別に思っているのは知っていた。

指示をする久を見つめる熱い視線。

浮かされたようなあの眼差しは、はじめは憧れからくるものだと思っていた。

和や他の部員たちと同じように久を尊敬してのものだと。


だが、違った。

咲は久のことが好きなのだ。

それは和が咲に抱く感情と同じように。

何があったか知らないけれど、咲はきっと久を想って泣いているのだ。

そんな咲に和は何と言葉を掛ければいいのだろう。

秘めた想いだったはずだ。

誰にも知られずにいたかったに違いない。

咲がそう望むなら和はその決意を踏みにじることなど絶対にしたくなかった。

結局、和はドアに背を預けて座り込むことを選んだ。

時折漏れる咲の嗚咽を背中越しに聞きながら冷えた掌に白い息を吐き出す。


和には咲を満たすことは出来ない。

それならばせめて傍にいようと思った。

和(……ごめんなさい咲さん。だけどどうか、見守ることだけは許してください)

咲がこんなにも弱々しく泣いている。その相手が自分でないことは切なかったけれど、

咲の恋を応援しようと思った。

いつだって自分だけは味方でいようと思った。

咲の瞳いっぱいに、戸惑うような複雑な表情をした和が写っている。

咲「和ちゃんが、あの時泣いてた私の傍にいてくれて嬉しかった」

和「……知ってた、んですか…?」

咲「……うん」

和「私……咲さんが泣いてたのに何も出来なかったんです」

和「ただそこにいることしかできなくて……ごめんなさい」

咲「ううん。黙って傍にいてくれた和ちゃんに、私は救われたんだよ」

囁きながら瞳を濡らしていく咲を、和はただ呆然と見つめていた。

咲「ごめん……今だけは、和ちゃんの目の前で泣いてもいいかな?」

咲の瞳に浮かび上がる透明の滴が、重力に耐えきれず頬を伝っていく。

静かに涙を流す咲に胸が押し潰されそうだった。

和の表情がぐしゃりと歪む。

思わず身体を引き寄せそうになるのを必死に堪えた。

和「……はい。咲さんの涙が止まるまで、ずっと傍にいますから」

咲「……っ」

懸命に堪えて啜り泣く咲。

肩に寄りかかった温もりが震えるたびに、和まで泣きそうになった。

和はかつてそうであったように黙って座っていた。

ただ以前と違うのは、今はきちんと和が咲を受け止めているということだ。

今度こそ、彼女を癒してやれるだろうか。

咲「和ちゃん、私……久さんが好きなの」

和「……そうですか」

咲「どんなに想っても無駄なのかもしれない。でも好きだって気持ちが消えることはなくて…何度も自分が嫌になった」

咲が自分の気持ちを吐露したのは初めてだった。

どんなに優しくされても、華菜にもまこにすら言えなかったのに、

和の前ではずっと燻っていた想いを吐き出すことが出来る。

和は苦しげな告白にずっと頷いていた。

咲「池田さんに止められる直前まで…死んでしまいたいとすら思った」

苦しげな告白に和の肩が揺れる。

しかし咲がその些細な変化に気付くことはなかった。

咲「久さんは、私じゃない他の人を選んだ」

咲「でも久さんが望んだことだから、私もそれを受け入れなきゃって思ってる……だけど、」

ぽたぽたと落ちる涙がすっかり暗くなった地面を濡らす。

すでに夕日は 姿を消し、幾千もの星々が輝いていた。

咲「それでも自分を選んでほしいって願う私は、愚かなのかな…?」

和「………違います」

和は初めて咲の言葉を否定した。

何度も違う、と繰り返す。

その声に嗚咽が混ざっていることに気付いたのは、肩に頭を預ける咲に和が額を擦り付けたからだ。

和「いいんですよ、咲さん…いっぱい求めて、我儘を言ったっていいんです…」

和「私、咲さんの好きって気持ち、殺してほしくないんです…」

咲「…どうして、和ちゃんまで泣いてるの…?」

和「咲さんが泣いてるから……」

いつの間にか和の瞳から涙が溢れていた。

まるで咲と半身を分け合うように。気持ちがシンクロするように。

和「咲さんが竹井先輩を好きな気持ちは間違ってなんていません。だから…自分を否定しないでください」

咲「和ちゃん……」

和「咲さんに、一つだけお願いがあるんです」

咲「…?」

和「自分の気持ちを内緒にしちゃ駄目です」

和「次先輩に会う時は怖がらないで、咲さんの好きって気持ちをちゃんと先輩に伝えてください」

約束です、と咲の手を取り小指を絡める。

名残惜しげに指を離し、和は咲の縁に溜まった涙を拭ってやった。

いつの間にか涙は止まっていた。

至近距離で見つめ合う二人の瞳はそれぞれ潤んでいる。

少し恥ずかしくて互いに照れ笑いを浮かべて誤魔化した。

和「寒くなってきたんで戻りましょうか。あんまり遅く帰ったのでは池田さんに怒られそうですし」

咲「池田さんは私のお母さんじゃないよ」

和「池田さんがお母さんなら、さしずめ染谷先輩はお父さんでしょうか」

咲「それを二人が聞いたら絶対に怒ると思うよ?」

咲の忠告など聞いていないのか、素敵な家族ですね、と和が笑う。

咲も少しだけ想像して微笑んだ。

あんなに笑うことを苦痛に感じていたのに、

和のおかげで、今はやけに自然に微笑むことが出来た。

咲「……今日はありがとう。和ちゃん」

和「私も楽しかったです。咲さんとのデート」

冷たいけれど穏やかな風に背中を押されながら、二人は公園を後にした。

続きます。
次は金曜に投下予定です。



*****


案の定、華菜は目をつりあげて怒っていた。

和が携帯を開くと10件近くの着信やらメールやらが入っている。

送り主はまこだったが華菜に言われて送ったのは明白だった。

彼女の心労を思うと少しだけ可哀想になる。

しかし不機嫌そうに眉を寄せていた華菜も、心配そうに視線を彷徨わせていたまこも、

和の後に続いて戻った咲の表情を見るなり安心したように肩の力を抜いた。

華菜「咲!」

今にも抱き締めそうな華菜たちの元へ咲が辿り着く前に、和は背後から咲を引き寄せた。

和「ではまた会いましょうね、咲さん」

咲「え?和ちゃん、ご飯食べていかないの?」

和「ご一緒したいのは山々なんですが、ちょっと野暮用があるんです」

まこ「!!和…まさか」

和「咲さんのこと、よろしくお願いします」

咲の髪に顔を埋めていた和が顔を上げた。

その表情を見た途端、まこと華菜は顔を強張らせた。

一瞬で変わった空気を不思議に思った咲が振り返る前に、和は距離を置いて背を向ける。

その背中は追及されることを拒んでいた。

和「またデートしましょうね。咲さん」

丁度その時アパートの前に一台のタクシーが止まった。

和はいつの間に呼んだのか、一気に階段を駆け降りタクシーに乗り込んだ。

車はさっさと発進する。全てが一瞬の出来事で暫し三人は家の前で固まっていた。

まこ「…あいつ、馬鹿なことを…っ!」

真っ先に動き出したのはまこだった。

まこ「全く世話が焼ける後輩じゃ!」

和がそうしたようにもの凄いスピードで階段を駆け降りた。

咲「染谷先輩…?」

華菜「さすがまこ!よく原村が自転車のキー持ったまま帰ったって分かったし!」

華菜「明日仕事行くのに使うから何とか取り戻してきてくれなー!」

咲「え、あの…」

華菜「じゃあ咲、私らはまこが戻ってくるまで夕飯の準備でもするし!」

和とまこの行き先を悟った華菜は、躊躇する咲を部屋に押し込んだ。



*****


和が咲たちと別れて向かったのは久のマンションだった。

つい一週間前まで咲の家でもあった場所。

インターホンを押す。

無言のまま解除されたロックに和も無言のままエレベーターに乗り込んだ。


和「……いるんでしょう?竹井先輩」

真っ暗な暗闇に向かって話しかける。

その声は普段の和を知る者が聞いたら耳を疑うほど低い。


すでに時刻は9時を回っている。

電気を付けない部屋は数歩先しか見えないほど暗い。

和はそんな部屋に勝手に上がり込みリビングへ続く扉をあけた。

開け放したカーテンがひらひらと舞っている。

月明かりはまるで計算したようにソファを照らしている。

和も随分と見慣れたソファだった。

いつか、久と一緒に選んだのだと咲が教えてくれたのを思い出す。

そのソファに久は腰かけていた。

上半身を屈ませ俯いたままの久の表情は分からない。

和の視線は部屋の中を一巡してもう一度久を捉えた。

外観は確かに通い慣れた部屋だというのに、室内は酷い有様に様変わりしていたのだ。

いつも清潔感の溢れる部屋だったはずだ。だが、今はどうだろう。

テーブルの上にあった様々なインテリアが床に叩きつけられていた。

中には割れているものもある。

まるで強盗でも入ったかのような乱れ方は明らかに人の手によるものだった。

そして和はこの状況を作り上げたのが、依然として俯いたままの久であることに気付いていた。

和「なんですか、これ」

驚愕すべき光景であるのに和の声は酷く冷めていた。

和「答えてください」

久「……うるさいわね、和」

久の声は枯れていた。

和「郵便受け、凄いことになってましたよ。もしかしてここ数日部屋から出てないんですか?」

久「和には関係ないでしょう」

階下にある郵便受けは今にも溢れそうなほど中身が溜まっていた。

だから大抵のことは想像がついていたのだ。まさかここまでとは思わなかったけれど。

和は緩く微笑むと、床に落ちていた時計を拾い上げた。

和「これ、咲さんが持ってきた物ですよね。…画面が割れて動かないですね」

和がそう言うとゆらり、と顔を上げた久の鋭い眼差しが和を見やった。

和「私が何をしに来たか、分かっているんでしょう」

和「関係ないって言われたってあなたのことだけは許せないんですよ。だから…」

和は久に歩み寄った。

そしてそのまま久の頬を容赦なく引っ叩いた。


久「………っ!!」


渾身の力で叩かれ、ソファから崩れそうになる久を和は無表情で見下ろした。

久は衝撃で横を向いたまま反応を示さなかったが、やがてくつくつと笑いだした。

久「…今のはなかなか効いたわ」

和「咲さんが泣いてました…あなたのことを想って!あの人を泣かせないでください!」

それまで冷静だった和がぶるぶると震える。

怒りに吊りあがった瞳の奥には悲しみがあった。

激昂した和は久の襟を掴んだまま揺さぶる。久は抵抗しない。

和「いい加減気付いてください!あなただって咲さんのことが好きなはずです!認めてください…!」



ずっと咲だけを見つめて追いかけていた和は気付いてしまった。

悔しいけれど咲を幸せに出来るのは久しかいない。自分では駄目なのだ。

だから、和は二人の幸福を祈ることにした。

和「頼むから言ってください!咲さんを愛してるって!傍にいるって私に誓ってください…!」

まるで懇願のようだ。

和は久から手を離した。そのまま放られた久の身体はソファに沈む。

これで駄目ならもう本当にどうしようもない。

和は一縷の望みをかけて久を見た。

久「……馬鹿ね、和は」

久は笑っていた。頬が腫れ上がっているせいで歪な微笑みを浮かべている。

久「私は誰も愛さない。そんなに咲が好きなら和…あなたが愛してやればいいじゃない」


どうしてそんなことが言えるのだろう。

あんなに咲に求められて。

あんなに痛いほど咲の愛を傍で感じて。

あんなに幸福そうに微笑んでおいて。


和の限界まで張り詰めていた何かが切れた気がした。

ぎり、と食いしばった歯は力を込め過ぎて砕けそうだ。

沸き上がる感情を抑えることが出来ない。


和「…ぶ、ちょおおおおお――…っっ!!」


次の瞬間、和は久に向かって腕を振り被っていた。

怒りに我を忘れながらふと写った久の瞳の中には、今にも泣きそうな顔をした自分がいた。



*****


まこは駅前でタクシーを拾い、マンションを目指した。

和が到着して30分は経っているだろう。危惧したようなことになっていなければいいが。

別れ際の和の眼差しは静かな怒りに燃えていた。

あの様子では久を前にして冷静でいられるとは思えなかった。

まこは丁度マンションに入っていく住人の後ろについてエントランス内に入ると、最上階を目指した。

まこ「…和、早まるんじゃないぞ」



まこは久と和がいるであろう部屋を訪れ、そして言葉を失った。

久「なんだ、まこじゃない…あなたも来たの」

耳に馴染む声が軽い調子でまこに話しかけた。

まこ「…これはどういうことなんじゃ」

久「殴りかかられたから、当て身を食らわせただけよ」

頬が腫れている久の足元。

うめき声をあげながら、和が倒れていた。

まこ「和!大丈夫か!?」

和「…は、い…」

久「早く和を連れていきなさい。タクシーを下に呼んであるから」

和に肩を貸すまこに、久がうっとおしげにそう告げる。

まこ「…久。おんしは笑ってるが、取り返しがつかなくなってからでは遅いんじゃよ…」


部屋を出る瞬間、まこは背を向けたまま呟いた。

ぱたん、と閉まった扉の前で久は小さく微笑んだ。



*****

続きます。次からは久視点で。
日曜か月曜あたりに投下予定です。

遅くなってすみません。
あまり書き溜めできてませんが投下します。

和が久の元を訪れる数日前。


まこが去った後、久はポットの火を止め、シンクに全て流して捨てるとソファに座り込んだ。

自分の呼吸の音しか聴こえない部屋に安堵し、そして同時に物足りなさを感じた。

その違和感が一体何処からくるものなのかは分からない。

思案することも無意味だと思う。

それよりも今は他に考えたいことがあった。


まこ『久、あんたは咲を愛してるんじゃないんか?』


何度もリピートされるまこの言葉。

久は誰かを好きになったことがない。

興味もない。


咲にキスしたのは気紛れだった。

彼女が自分に気があるのは普段からの態度で分かっていた。

そんな彼女が大会で自分達を優勝へと導いてくれた。

そのお礼に何かしたいと思った。

そこで思い付いたのが、自分に恋心を抱いていた咲への口付けだった。

そっと触れた唇は思いの外温かく、柔らかかった。

そして静かに顔を離した時、不安と疑念と期待の折り混ざった咲の熱っぽい瞳を見た。

―――その目を見た瞬間。

痺れるような快感があった。全身が総毛立つ。

それは経験したことのない、初めての感覚だった。

自覚するより早く、まるで自分の意思とは関係なく久の唇は弧を描いていた。

咲の瞳が見開かれた瞬間、キラキラと輝く涙の粒が散る。

それも舐めとってやろうかと思ったけれど、壁時計を見て祝勝会へ行くよう促した。

半ば放心状態のまま、隣りを歩く咲の細い肩を見つめながら

久は高鳴る鼓動をようやっと自覚していた。

その夜はなかなか寝付けなかった。

脳裏に蘇る、チームメイトの初めて浮かべた表情。

普段は色欲など微塵も感じさせない彼女の纏う清廉な雰囲気が僅かに変わった。

ほとんどが戸惑いだったがそのなかに確かに存在した期待。

潤んだ瞳も上気した頬も、ほんの少し湿った唇も艶めかしかった。

純粋に、もっと見たいと思ったのだ。

その穢れを知らないといった清楚な表情を自分の言動で操り、

もっと色んな表情を見せて欲しい。

こうして久は咲を自分の元に置くことを決めたのだ。

気紛れのように自分を扱う久に咲は文句ひとつ言わなかった。

それどころか明らかに普通ではない関係に至っても、黙って久を受け入れた。

何度回数を重ねても戸惑いながら身体を寄せる姿が悦だった。

この関係は久が興味を失った瞬間に終わるものだと聡い咲は分かっているだろうに

それでも傍から離れようとはしない。



誰にも触れられたことのない身体は新雪を踏み荒らすような背徳感を持って久を興奮させた。

一緒に暮らすようになってからも、咲は常に久の好きなようにさせた。

求めなければ与えないと言えば、唇を震わせながら懇願する。

そのくせ逆は絶対にしない。

久がそういったことを煩わしいと知っているからだろう。

そういう意味でも咲は非常に勝手が良い人間だった。

すぐに興味は尽きるだろうと思っていたのに思いの外関係は続いた。

共に過ごす時間は多くなり、いつしか家に二人分の息遣いがあることが普通になっていた。

咲の作る料理のなかにお気に入りが出来た。


そんな風に咲と過ごしながら、久はある時上司の娘との婚約を持ちかけられる。

自分の職場での地位をより強固なものにする為、久は二つ返事で承諾し

明らかに自分に対し好意を持っている女性に甘く微笑みかけた。


順調に進んでいく、近い未来で一緒になるための準備。

一年後には結婚し、家を出るだろう。

何気ない会話だった。

久は同居人について尋ねられ、隠す必要もないと咲の存在を明かした。

そして婚約者が咲に会いたいと言い出した時は軽い気持ちで了承したのだった。


その結果、咲は久の元を出て行った。

咲がいなくなった部屋に一人で佇むまで、彼女が自分の元を去るという可能性を失念していた。

多分、心の何処かで咲は自分なしでは生きられないと思っていたのだ。

咲は久に溺れていた。だから決して傍を離れることはないだろうと思い込んでいた。

だから結婚した後もこのマンションを訪れれば、いつでも咲に会えると本気で信じていたのだ。


馬鹿馬鹿しい。咲は就職を控えた22歳の大人なのに。

誰かに依存しなければ生きていけないほど弱くはない。

どうしてそんな簡単なことが抜け落ちていたのだろう。

そして訪ねてきたまこによって、咲はやはり久が思う以上にしたたかだということを知った。

華菜に拾われ、まこにまで世話を焼かれていた。

二人に大切にされているのはその様子を見なくとも分かる。

一体どんな目で華菜たちを見ているのだろう。

久に向けたものと同じ熱のこもった目で見つめているのだろうか。


久「………っ?」


咲が自分以外にそんな目を向ける想像をした瞬間、胸の奥が詰まるような感覚がした。

空っぽのはずの胃が重たくて気持ち悪い。

あまりの不快さに眉を潜めた。



そんな中携帯電話が部屋に鳴り響いた。

何となく予想のついた電話の相手と、今はあまり話す気分ではなかったけれど

昨日は別れてから一通のメールも送っていない。

久の様子が気になったのかもしれない。

受信画面を見ると、やはり婚約者の名前が表示されている。

電話の内容は、予想通り久から連絡がなかったことを不安に思ったのと

午後から買い物に付き合ってほしいというものだった。

特に予定もないし断る理由もないと了承する。

電話越しでも彼女の喜んでいる様子が伝わってきた。

久も殊更優しく聴こえるように意識して囁き、電話を切る。

もう一度寝直す気にはなれなかったので、早めに街に出て時間を潰していようと

クローゼットへ向かい服を選ぶことにした。

頭の中でコーディネートを考えながら、ふと思い描いていた服がないことに気付いた。

久(…ああ、あれは咲に貸したんだったわ)

部屋にはそれらしいものはなかった。

咲が着たまま出ていったのだろうか。

一瞬何とも言い難い感情が生まれたが、すぐさま新しい服を手に取って考えを排除する。

鏡に映った自分を見てまあこんなものかと納得した。

久は表情を消したまま部屋を出た。



*****

続きます。

デートはいつものように穏やかに過ぎていった。

彼女のために、高級感溢れるブティックに入り

高級な服を身に纏う彼女に賛美の言葉を送りながら次々選んでいく。

なかでも特に値の張りそうなものを心配させてしまったお詫びと言ってプレゼントした。

ふわりとカールした髪を揺らしながら頬を染める彼女に久も微笑みかける。



一通り買い物を終え、並木道を歩きながら彼女が自然と絡めてきた腕をそのままにする。

密着した身体はすぐに温かくなるはずなのに、

どんなに彼女の体温を分けてもらっても久の身体が温まることはなかった。

ふと、ハイヒールで優雅に歩く彼女の歩みが止まった。

どうしたのだろうと久が婚約者を見れば、潤んだ瞳と目が合った。

その眼差しに特別な熱を感じて久は押し黙る。

しばらく躊躇していた婚約者は、沈黙に耐えかねたように唇を微かに開いた。

そして。

今夜は帰りたくない、と囁いたのだ。


そこで初めて、久は自分がまだ一度も彼女と寝ていないことに気付いた。

付き合って一年が経とうとしているのに。

そしてもうひとつ。

彼女と寝たいと思っていない自分にも気付いてしまった。

キスはしたのだ。

甘い雰囲気になった時に促されるように唇を重ねた。

しかしセックスどころか外泊すらしたことがなかった。

所謂箱入り娘と言われる彼女だ。門限もある。

しかしいくら家が厳しいとは言え、

二十歳を過ぎた恋人に一向に手を出してこない久に焦れるのも無理はなかった。

久「不安にさせていたのね。悪かったわ…でも私はあなたを大事にしたいの」

久「きちんとご両親や親族の方に私たちの関係が許されてから進みたい…」

久「だから、今日はキスで我慢してくれない?」

甘さを含んだ声で耳元に囁きかける。

そしてその首筋にキスを落とせば素直な反応が返ってきた。

久の放つ色気にあてられたのか、ぼんやりとしたまま頷いた彼女に久は微笑を濃くした。

そして鼻先を触れ合わせた後、唇を重ねる。

何処から見ても幸せな恋人たちの姿に違いなかった。

しかし久は甘い口付けを送りながら、冷静にある一つの事実について考えていた。

確信を持って。


久(…多分、私は彼女の裸体を見ても何も感じないだろう。私が興奮するのは)


久の脳裏に浮かんだのは咲のそれ。

禁欲的で、恥ずかしがって逃げようとする身体を抑え込んで乱せば徐々に壮絶な色気を放ち始める。

久は咲のシミ一つない肌に痕をつけるのが好きだった。

首裏や鎖骨、腕、腰、胸、太股の際どい部分まで一つひとつ丁寧に所有印を残していく。

もどかしそうに久を求める眼差しが堪らないのだ。

咲は浅く呼吸を繰り返すたびに小さな口が隙間を作るから、

酸素が回らないくらいの激しいキスをしてやる。

もっと溺れてしまえば良いと思いながら。

何も考えられない頭で貪欲に久だけを求めれば良い。


咲だけだ。

久が欲しいと思うのも、抱きたいと思うのも。

久は自分がそこまで咲に執着していたことに驚いた。

婚約者を抱き寄せたまま考えることでは到底ない。


そんな刹那のことだった。

久(……っ)


久たちの立っている場所から数十メートル離れた店の中に咲がいた。

一人ではない。

隣には華菜がいる。

彼女らは何やら真剣に服を吟味しているようだった。

華菜が選んだ服を咲の身体に押し当てる。

そして暫し考え込んだ後、また違う服を手に取る、という行為の繰り返し。

咲の服を選びにきたらしく、咲以上に華菜の方が明らかに楽しんでいた。

久(…そうか。あの子は何も持たずに出て行ったんだったわね)

持っていったのは久から借りた服だけ。

とすれば今着ているあれは新しく購入したのだろうか。

それとも背丈が近いし華菜のものでも借りているのだろうか。

そう考えた瞬間、どろりとした黒いものが胸から溢れるような気がした。

咄嗟にこれ以上視界に入れたくないと思った。

しかし見開かれた双方は、目の前の光景から離すことが出来なかった。


他人の服を身に纏っている咲。

服を押し当てるたび華菜の手が咲の身体に触れる。

弱いところでも掠ったのか咲がくすぐったそうに身を捩れば

華菜が面白がって更に触れる。


自分の知らぬところで咲が微笑んでいる。

例えそれが小さく微笑む程度のものだったとしても

久は咲が自分以外の人間と関わっている姿を見ることが堪えられなかった。

自然と表情が険しくなる。

気付かぬ内に力を込めていたのか、腕の中にいた婚約者が小さく呻いた。

反射的に手を離したけれど、普段の久であれば当然したであろう詫びの言葉すらおざなりだ。

一体どうしたの、と尋ねられても上手く答えられない。

すると久の視線の先を辿った婚約者が暫くして咲の存在に気付いた。

ああ、あの時の彼女。と楽しげに笑うのを久は無視した。

しかし下らない偶然がそんなにも嬉しいのか

それとも久の友人だから大切にしたいのか、挨拶に行こうと腕を引いてくる。


久「…っ、やめて!」


咄嗟に腕を振り払う。

思わず冷えた声がでた。

久「…ごめんなさい。急に腕を引かれて驚いただけよ」

久「それに向こうは私の知らない友人といるようだし、今日のところは声をかけるのを止めておくわ」

口早にそう言ってくるりと背を向けた。

婚約者も慌てて久についてくる。



無理矢理外した視線。

もう二度と振り返ることは出来ないだろうと思った。



*****

その後のデートは散々なもので、気分が優れないと言って早くに別れた。

心配して家までついてこようとする彼女をなだめすかして一人帰路につく。

別れ際、彼女が寂しげに次は家にお邪魔したいな、と呟いた時

久は未だに一度も婚約者を自宅に呼んでないことにも気付かされた。



ぽろぽろと少しずつ崩れていく気がする。

今まで見ないように努めてきた何かが。

続きます。

冷えたフローリングに立ち、ぐるりと部屋を見渡す。

やはり違和感が拭えない。

まるで住み慣れた自分の家ではないように思えた。

どうも落ち着かなくて、久はその原因を探すように部屋中をうろついた。

それは まともな人間が見たら異様な光景だったに違いない。

完全に情緒不安定になっている自分に気づかないまま、

久は手当たり次第手にとって眺めてみる。

久「…ちがうわ」

そして自分の求めるものでなければ躊躇なく床に叩き付けた。

久「…これもちがう」

生活に必要なものも。

久「これも、ちがう」

しかしそれら全てが主をなくし、行き場を失っている。

久「…、ちがうっ」

ならばいっそ壊してしまおう。


久「…………」


久の動きがようやく止まった時、既に部屋は原形をとどめてはいなかった。

乱れた呼吸を整え、どうしようもない不安感を拭おうと唯一無事だったソファに腰掛ける。

久は苦しげに眉を寄せると傍にあったクッションに顔を埋めた。

一瞬、 ふわりと漂った香りに久は目を見開いた。


何処を探しても見つからなかった違和感の正体を垣間見た気がしたのだ。

きつい香水でもない自然な香り。

ついこの間までこの残り香は部屋の至るところに見つけることが出来たのに。

今は僅かにクッションに残るだけ。

いや、もしかしたらそれさえも久が求め過ぎたために作り出した妄想かもしれなかった。


この部屋にあり続ける違和感。

ついこの間まで久が手を伸ばせばすぐに手に入れることの出来た、それ

ああ。

気付いてしまった。

そう、不安の正体は。

違和感は。

無意識に求め続けたものは。



久「……咲、あなただったのね」



全てが繋がった気がした。

咲は久にとってほんの気紛れか、好奇心で傍に置いていた存在でしかなかったはずだ。



まこ『久、あんたは咲を愛してるんじゃないんか?』



ええ、そうだわ。

まこ。

あなたの読みは大当たりだった。

華菜が、まこが、自分以外の誰かが咲に触れることが許せない。

他の人間に微笑みかける姿を見たくない。

彼女以外抱きたくない。

部屋にいて心を許せるのは彼女だけ。

彼女の静かな吐息がそばにないと眠ることも出来ない。

彼女の作った優しい食事でないと食べる気も起きない。

どんなに忙しくても彼女の待つ我が家に帰る幸福をいつも感じていた。

おかえりなさい、と出迎えられるたびに温かくなった。

言葉は少なかったけれど、いつもどんな時もそばにいてくれた。

そっと手を握って支えてくれた。

久「……私は」

どうして今まで気付けなかったんだろう。

久「私は、」

探して探して、 無意識に求め続けた彼女の姿。


久「私は咲を愛していたのね」


その呟き一つで全身の血が逆流しそうになる。

咲はこんなにも久の心を独占していたのだ。

誰よりも。

何よりも。

知らない間に、咲は久にとって必要不可欠な存在になっていた。

ああ、これが恋なのか。

他では代用出来ないたった一人に出会うこと。

ずっと理解できなかった感情を、ようやく知った。

自然と笑みが浮かぶ。

咲を好きだと自覚出来たことが嬉しかった。

この想いを素直に受け入れようと思えた。


そして久が真っ先に望んだことは、自分の気持ちを咲に告げることだった。

その瞬間を想像してどうしようもなく心臓が高鳴る。

咲に会いに行こう。

そして自分の想いを伝えよう。

全て知ってもらいたいと思った。

今しがた気付いたこの甘く痺れる感情を。

自分がどれほど咲を愛し、愛しく思っていたのか。


久は衝動のまま部屋を飛び出した。

この時の久は浮かれていたのだ。

初めての恋心に。

その柔らかな感覚が心地良くて、

半ば夢でも見ているようだった。


だからすっかり抜け落ちていたのだ。

どうして咲への想いに気付くことが出来たのかを。

自分が愛する人にしてきた仕打ちの数々を。



*****


続きます。

街角の花屋に駆け込んで両手に余るくらいの花束を作ってもらった。

様々な種類の美しい花を揃えて、水色のリボンを巻いた。

手ぶらでは駄目だ。

自分の気持ちと同じくらい大きな花束を共に贈ろう。


鼻歌でも歌いたい気分だった。

まるで世界が変わったようだ。

こんなにも誰かを愛することが気持ちの良いことだったなんて。

脳裏に浮かぶ咲の姿を想像すると歩調は徐々に早くなっていった。

早く咲に会いたかった。

久がその気になれば華菜の家を探し当てることは容易かった。

二階建てのアパートを見つけ、部屋の灯りがついていることを確認する。

やたら軋んだ音の出る階段を登って華菜の部屋の前に立った。

オレンジ色の光が半透明硝子から洩れている。

ボタン式のチャイムを鳴らそうとして、ふと動きを止めた。


想いを告げたら咲は一体どんな顔をするだろう。

そんな疑問が過ぎったのだ。

勢いのままここまで来た。

自分の気持ちを伝えることだけを考えていたから、

咲がどんな反応をするのか考えていなかった。


咲は久に恋をしている。

いや、しているはずだ。

久(……今も?)

今もはたして咲は久を好いているだろうか。


嫌な汗が噴き出してくる。肌に触れるブラウスが気持ち悪い。

チャイムに添えられた人差し指になかなか力を込めることが出来なかった。

自分を落ち着かせるために一緒に暮らしていた時の咲の笑顔を思い出そうとする。

せめて柔らかな微笑を思い描くことが出来れば、

このどうしようもない恐怖を埋めることが出来る気がした。

しかし。

久「………思い出せない」

脳裏に浮かぶ咲の表情はぼやけている。

あんなにも多くの時間を過ごしてきたはずなのに、

顔から上が曖昧で靄がかかっているようだった。

たった一つの笑顔さえ思い出すことが出来なくて動悸が増す。

喉が渇いて身体中の体温が一気に失われていった。



色々な表情を見てきたはずだ。

一緒に暮らしていたのだから。

咲は久をどんな眼差しで見つめていただろうか。

どんな風に微笑んでいただろうか。


久「……っ、」


恐怖に竦み上がる。

その刹那、薄っぺらい扉の向こうから明るい笑い声が聞こえてきた。

その馬鹿みたいに明るい声は華菜のものだった。

まこの呆れたような、しかし楽しげな声も聞こえてくる。

そして二人の声に重なるように咲の声が聴こえた。

穏やかで優しい声。安心しきった幸せそうな笑い声。


久(…どうして)


久はよろけるように一歩後ずさった。

花束が揺れて何枚か花弁が散っていく。


久(どうして!)


久は踵を返して階段を駆け下りた。

咲の楽しげな声がこんなにも近くで聴こえているのに、

それでも久は咲の笑顔を思い出すことが出来なかったのだ。

走るなんて最近はあまりしていなかったから、呼吸が上がるのが随分と早くなった。

闇雲に駆けていた久は、やがて徐々に歩調を緩め、最後には立ち止まった。

緩くなった掌からバサリと音を立てて花束が落ちる。

つい数分前までまるで久の心情を表すように美しく見えていた花々が今は醜く色褪せて見えた。


久がどんなに思い出そうとしても記憶の中の咲は決して微笑まない。

悲しげな 眼差しで久を見上げている。

時には気遣うように。

時には今にも泣きそうな顔で。

久はようやく自分の過ちに気がついた。

久を想いながらも自分の気持ちを抑え込まなければならなかった咲を、久は傷付けてきたのだ。

自分勝手に振る舞う久のそばで恋心を堪えて接することはどんなに辛かっただろう。

それはきっと抉られるような痛みだったはずだ。


久「……私は、馬鹿ね」


咲に婚約者だといって平然と女性を紹介した。

咲がどんな気持ちでそれを聞いていたのか考えもせずに三人で会おうと提案した。

彼女の前で婚約者の肩を抱いて、指を絡めて、微笑んだ。

そのくせ家に帰れば迷わず咲を引き寄せて抱いたのだ。

それは咲にとってどんなに堪え難い苦痛だっただろう。

久を好きだという気持ちだけでなく、咲の尊厳をも奪い続けていたのだ。

それでも翌朝には久のために早起きして料理を作り、見送ってくれた咲の姿を思い出す。

胸が潰れそうだった。

そして同時に、あまりに愚かな自分を殺したくなった。

今、もし手にしていたのが花束でなく拳銃であったなら迷わずトリガーを引いていたことだろう。


あんなに咲を傷付けておきながら恋心に気付いた途端、

態度を翻して咲を求めるなど出来ない。

いけしゃあしゃあと愛を囁くなんて出来るはずもなかった。

咲は笑っていた。

華菜とまこに囲まれて。

恐らく彼女を大切に想い、支え、守ってくれる人間はたくさんいるだろう。

今更久に咲を欲しがる権利などすでになかったのだ。


久「ふ、ふふ…驚いた。私がこんなに馬鹿だったなんて…。今更気付いても遅すぎる…」


吐いた吐息は白かった。

久は静かに両手で顔を覆った。

そこには多くの人から慕われた才女の姿はなく、

恋に苦しむ一人の愚かな女の姿があるだけだった。



*****

続きます。

和が久の元を訪れた数日後。


対局を終えた和をチームメイトの福路美穂子が出迎えた。

美穂子「お疲れ様、原村さん」

和「お疲れさまです」

美穂子「このところ調子が出ないみたいだけど、体調でも悪いのかしら?」

和「……」


美穂子の言葉に和が押し黙る。

しばしの沈黙の後、和はぼそりと呟いた。

和「竹井先輩に当て身を食らわされてから、ちょっと調子が出ないだけです」

美穂子「久から?」

久の名が出てきた途端、目を見開く美穂子。

和「でも後悔はしていません。私も全力で引っ叩いておきましたから」

和「それでもあの人を傷つけた罪はこんなものじゃ償いきれませんけど」

美穂子「久を叩いた?一体何が…」

原因を聞きだそうと和を見やる。

その眼差しが鋭いものだったから、美穂子は思わず反射的に姿勢を正した。

和「それは竹井先輩に直接聞いてください」

美穂子「久に?」

和「ああ、それに池田さん。あの人も事情を知っていますから。先にそちらに話を聞いてみてもいいかと」

和「何より咲さんが信頼している人ですし」

美穂子「……」


その一言でようやく和の言葉の意味が繋がった気がした。

和がこんなにも感情をむき出しにしたり執着したりすることは彼女以外にあり得ないのだ。

美穂子「…それで、久の様子はどうだった?」

和「どうでしょう。私としては発破をかけたつもりなんですが」

和「何しろ竹井先輩は妙なところで頑固者ですから」

美穂子「そういう原村さんも相当なものだと思うわ」

和「まあ、否定はしませんけど」

ふふ、と笑う和の声は何処か乾いている。

美穂子はちらりと和を一瞥して目を細めた。

美穂子「近々、私も久に会ってみようと思うわ」

和「そうですか」

美穂子「ええ。それじゃあ、私も対局室に行ってくるわね」

和「はい。行ってらっしゃい」

和は静かに頷いた。



和「……福路さんなら、何とか先輩を諭してくれるでしょうか。ねえ、咲さん…」



控え室へとゆっくり足を運びながら。

祈るように、和は呟いた。


*****


続きます。

久が指定された店の暖簾を潜り、店員に案内された個室へ入ると振り返った美穂子が出迎えた。

美穂子「お久しぶりです。久」

久「会うのは何ヶ月ぶりでしょうね。美穂子」

美穂子「半年前、加治木さんたちと飲んで以来です」

久「そうだったかしらね」

美穂子「…ところで、頬のそれ。痛くはないですか?」


美穂子は久の頬に未だに残る腫れを気遣わしげに見つめた。

久「もう痛みは治まったから平気よ」

家を訪ねてきた和に頬を叩かれてから十日後。

久は上司の娘との婚約を解消した。

泣きじゃくる婚約者に、久はただひたすら頭を下げるしかなかった。

安易に婚約を受けた自分のために彼女を傷つけてしまった。申し訳ない気持ちで一杯だ。

けじめのために会社も退職し、来週からは新しい職場で働くことも決まっている。



久は美穂子の向かいに腰を下ろすと店員から熱いお絞りを貰い、日本酒を注文する。

一応礼儀としてお通しに箸をつける。

食欲はあまりなかったけれど思ったより食べやすくて安堵する。

暫く沈黙が二人の間に流れたが、酒がきて乾杯をすればその問いを自然と口にしていた。

久「で、美穂子…あなたまで私に説教をしにきたの?」

美穂子「そんなことはありません。私はただ、久と飲みたかっただけですから」

華菜から話は聞いているだろうに、何も口にしない美穂子を久は訝しげに眺める。

そんな久の視線もどこ吹く風で、美穂子は日本酒を口にした。

美穂子「お酒なんて久しぶりです」

久「美穂子も?実は私もよ」

互いに運ばれてきた日本酒に舌鼓を打ちながらその口当たりの良さに破顔する。

美穂子は甘めのものを、久は少し辛みのあるものを選んでいた。

久「ああ、この舌が痺れる辛さが癖になるわね」

美穂子「顔、少し赤いですね。お酒弱かったでしたっけ?」

久「いえ、久しぶりだからね。家では呑まないし」

美穂子「宮永さんはお酒弱いんですか?」

久「………ええ」

一緒に生活をしていた咲は酒が極端に弱かった。

それこそチューハイ一杯で寝てしまう。だから自然と酒を飲む機会は減っていった。

久自身一人酒をするほどアルコールを好むわけではなかったし、

咲の作る料理は酒なしで米と共に味わう方が美味しいのだ。



流石に呑まなければそれなりに酒にも弱くなっているらしかった。

しかし、久しぶりに味わう酒は久を随分と良い気分にさせた。

身体中に熱が籠る感覚も、脳がふわふわと宙を漂うような感覚も心地良い。

気が付けば随分と杯を進めていた。



美穂子は杯に残っていた日本酒を一気に飲み干す。

アルコールが回ってきたのを感じたのか、ぐらつく頭を軽く振って息を吐き出した。

新たな酒を持ってきた店員から瓶を受け取ると空になっていた久の杯に注いだ。

美穂子はじっと水面を見つめながら杯の口をくるりと指先でなぞった。

その所作はとても丁寧で、久もその細い指の動きをじっと見つめる。



そしてそんな動作を見つめながらも、考えることはただ一人。

咲の存在のみだった。

子供の頃、冷えた家庭で育った。

両親は日々続いていた喧騒の末離婚。

そんな不実を思春期の頃に体験したせいかも知れない。

久は無意識のうちに、人を愛するという行為を避けつづけてきた。

両親のように傷つくのは嫌だ。人を愛して裏切られるのが怖い。

そんな思いから、恋情というものに蓋をして生きてきた。


咲と出会い、彼女に恋をするまでは。


美穂子「私はあなたにお説教しにきたわけじゃないんです。ただ…」

美穂子「大事なものはしっかり握っておかないと、なくしてからじゃ遅いんだって。そう言いたかっただけです」


まるで久の思考を読んだかのように、美穂子は呟いた。

その表情は穏やかなものだったけれど、言われた言葉に久の胸は僅かに痛んだ。

久の元を去った咲。

自分の本心に気付かず咲を傷付け、なくしてしまった大切な人。

本当は彼女を愛しているのだと気付いた時には独りになっていた。

取り戻そうかと葛藤もしたけれど、結局久は咲の幸せを願って手放すことを選んだ。



でももしこれから先、咲が自分以外の誰かと出会って幸せそうに微笑んでいたら。

久は穏やかな気持ちでいられるだろうか。

お幸せに、と彼女に告げることができるだろうか。


久「……そんなの」


そんなの無理に決まっている。



*****



続きます。
あと3回程で終わります。

華菜は夕飯作りの真っ只中、咲は取り込んだ洗濯物を畳んでいるところだった。

あと一枚というところで華菜の携帯が鳴った。

華菜「もしもーし。あ、キャプテン!」

華菜「…え、今から出れないかって?そんな急に…は?咲も連れてこい!?」

咲「…?」

華菜「何だか知らないけど、分かりました」

携帯を閉じた華菜は咲へと振り向いた。

華菜「咲。今から出かけるし!」

咲「え、こんな時間にですか…?」

華菜「それがキャプテンがどうしてもって言うから…ちょっと付き合ってくれるか?」

咲「はい。分かりました」

外に出るとすっかり暗くなっていた。

予想していたよりも寒くてふるりと全身を震わせると、

ふいに柔らかい何かが首を覆う。

華菜「風邪ひいたら大変だし」

それは華菜がついさっきまで首に巻いていたマフラーだった。

まだ華菜の体温が残っていて暖かい。

咲「え、でも…池田さんが冷えてしまいます」

華菜「華菜ちゃんは頑丈だし、心配すんな!」

咲「…ありがとうございます」

華菜には十分世話になっている。これ以上ないくらいに。

咲「あの、池田さん」

隣に立つ華菜のコートの裾をぎゅっと掴んだ。

不思議そうに首を傾げる華菜に、咲は更にコートを掴む手に力を込める。

咲「私、あなたには感謝してもしきれません。ずっと傍にいてくれて……」

華菜「……友人が困ってたら助けるのが当たり前だし。そんなの気にすんな!」

ばしっと背中を叩かれ、咲が華菜を見やるとその頬がわずかに赤く染まっていた。

咲「本当に、ありがとうございます」

華菜「さ…さっさと行くしっ」

咲「はい」

照れているのを見られたくないのか、華菜はずっと横を向いていた。

木枯らしが吹き抜けていく。

辺りはすでに街灯がなくては困るほど暗くなっていた。

それでも咲は首に巻かれたマフラーと華菜の優しさに包まれ、

温かな気持ちで駅までの道のりを歩くことが出来た。

華菜「キャプテン、お久しぶりです!」

美穂子「華菜。宮永さんも。急に呼び出してごめんなさいね」

指定された居酒屋に着くと、美穂子が入り口で佇んでいた。

華菜「キャプテン、お酒くさいし!」

美穂子の頬は赤く、吐きだす吐息にはアルコール臭が多分に含まれていた。

元々酒が強くない咲はそれだけで酔ってしまいそうだった。

咲「あの、一人で飲んでたんですか?」

美穂子「いえ。一人ではないわ」

咲「えっ?」

咲たちは首を傾げた。

華菜「じゃあ誰と…」

美穂子「いちばん奥の個室で休んでるわ。テーブルに突っ伏したまま動かなくなってしまったの」

咲「えっ?動かなくなったって…その人大丈夫なんですか?」

美穂子「大丈夫よ。それより私は華菜とつもる話があるから、宮永さんは個室の様子を見に行ってくれるかしら?」

咲「は、はい。一番奥の個室ですね。行ってきます」

咲はそのまま暖簾の向こうへ消えた。

その様子を美穂子は穏やかな表情で眺めている。

華菜は訳が分からず、そんな美穂子を訝しげに見やった。

華菜「あの、キャプテン?一体なにを…」

美穂子「ふふっ、ちょっと背中を押してあげただけよ」

美穂子「かつて好きだった人に、ね…」


ぼそっと囁いた美穂子は一瞬切なげな表情を浮かべるが、華菜が気づくことはなかった。

店員に通された個室に入った瞬間、咲は全身を強張らせた。

そこには確かに人がいた。テーブルに突っ伏すようにして。

近くには空になった酒瓶やらボトルやらが転がっていて、美穂子たちがどれくらい酒を煽ったのかが窺えた。

一気に乾いた唇、激しい動悸に襲われながら咲は目の前にある人物を見つめていた。


誰かなど、顔を上げずとも分かる。

忘れるはずがない。間違うはずがない。

彼女は未だにこんなにも、咲の心の大部分を占めているのだから。


咲「………久さん」


掠れながら紡いだ名前を、本人を前にして口に出すのは随分と久しぶりな気がした。

咲は暫く固まったようにその場から動けずにいたが

本当に久がぴくりとも動 かないので意を決して彼女の元に歩み寄った。

端正な顔は突っ伏しているため窺うことが出来ない。

それでも呼吸は落ち着いているし、えずく様子もないので眠っているだけだと安堵する。

咲(久さん…)

咲はそっと久の横に膝をつくと、その髪に触れた。

二度と会うまいと思っていたのに、いざ目の前にすると咲の意思に関わらず手が久を求めるように勝手に動く。

さらりした髪質が心地よい。

顔を見ることが出来ないのは残念だったけれど、かえってそれで良かったのかもしれない。

彼女の顔を見てしまえば、折角蓋をした気持ちが再び溢れ出るかもしれなかった。

もし久に少しでも意識があったとしたら、咲は迷わず背を向け逃げ出しただろう。

それでも今、目の前の久は眠っているから。

咲もついつい傍を離れることが出来ずにいる。


もう少し、もう少しだけ。

と繰り返しながら久を眺めていた。

腕の間から僅かに見える久の頬を見て、少しやつれただろうかと思案する。

婚約者と上手くいっていないのだろうか。

別れ際の久の様子からして自分のせいということはないだろうが、それでも以前より扱けた頬をそっと撫でる。

腕の隙間を縫うようにして指先だけで触れる程度のものだったけれど咲の胸は甘く痺れた。

ああ、やはりこの人を愛しているのだと実感する。

忘れようと努力をしても、本人を前にすれば意味を成さない。

ふと、咲の脳裏に和の言葉が蘇った。

和『次先輩に会う時は怖がらないで、咲さんの好きって気持ちをちゃんと先輩に伝えてください』

和はそう言って咲を励ましてくれた。

咲は少しだけ微笑んで首を横に振る。

咲「…和ちゃんの優しさは嬉しいけど、それは無理だよ」

咲「だって、幸せになろうとしてる久さんを困らせるようなことなんて出来ないから」

久には婚約者がいる。

美しくて教養のある素敵な女性だ。

彼女と久を苦しめるような真似など出来ない。


咲「…久さん、あなたのことを愛してました」

咲「多分、これから先もあなた以上に愛する人は現れないでしょう」

これで最後にしようと思った。

今度こそ二度と会うまいと心に決めて、言葉を紡いだ。


咲「どうか…幸せになって下さい」


折っていた膝を上げて立ちかける。

後は美穂子に任せてこの場を去ろうと思った。


咲「え……?」


しかし咲が踵を返して立ち上がろうとした瞬間、腕の辺りに軽い衝撃を感じて動きを止める。

ゆっくりと振り返れば、多分に熱を含んだ久の瞳が咲を見つめていた。

いつから目を覚ましていたのだろう。

咲は反射的に逃げようと力を込めたが、酔っているとは思えないほどの強い力で腕を引き戻される。


久「行かないで」


たった一言落とされた言葉に、咲は一切の抵抗を封じられ、気付いた時には久の腕の中にいた。

久の胸に頭を押し付けるようにして抱き締められている。

とくん、 とくんと規則正しい心臓の音が鼓膜を刺激した。

少し上で感じる吐息に混じってアルコールの匂いが漂うたびにクラクラした。

酔ってしまいそうだ。いやもしかしたら既に酔っているのかもしれない。

だからこの腕を拒むことが出来ないのだ。

そう思うしかなかった。


久「行かないで」


久がもう一度繰り返す。

力強い声音で。

咲「…っ、久さん…」

久の腕の感触や体温を感じるたびに涙が溢れる。

うわ言のように久の名を呼んだ。

咲「…久さん…ひさ…久さ、ん…」

ふいに、互いの間に僅かな隙間が出来た。

咲が顔を上げて久を見上げようとした刹那。

乾いた唇は驚くほど熱を含んだ久の唇に塞がれる。

久しぶりの温もりだった。

流石に拒まなくては、と久の服を掴むけれど弱々しい抵抗は意味をなさなかった。

最初は感触を確かめるように軽く触れた。

しかし序々に角度を変え、深くなる口付けの変わらない優しさに涙が後から後から流れていく。

それを丁寧に拭う久の指。

下唇を軽く甘噛みされ、咲は促されるままに薄く唇を開いた。

ぬるりと侵入する舌が焼けるように熱い。

咲「……ん、ンっ」

久「咲」

咲「…っ!!」


ふいに名前を呼ばれ、咲は我に返った。

閉じかけていた瞳をいっぱいに見開き久を見れば、熱に浮かされたように咲を見つめていた。

唇が戦慄く。掠れた声がどうして、と呻いた。

じんわりと盛り上がった涙が重力に従って目じりを滑っていく。

久「咲…」

咲「…な、んで…いま、私の名前を…呼ぶんですか…?」


久は正気じゃない。

だって咲を見つめる瞳は焦点が合っていないし、呼吸に余裕もない。

でも、それならばどうして夢うつつで口にするのが咲の名前なのだ。

どうして婚約者ではなく熱い口付けを交わしながら咲の名を呼ぶのだ。

久「咲、咲……」

咲「久さん、駄目です…せっかく、あなたから離れようと決めたのに…」

ちゅっ、とリップ音を立てて久の唇が咲のいたるところにキスの雨を降らせる。

止め処なく流れる涙を舌で掬われ、咲の顔がくしゃりと歪んだ。

久「……行かないで。咲」

咲「―――っ」

再びその言葉を聞いた瞬間、びくりと咲の身体が跳ねる。

久を凝視すれば、切なげに眉を寄せ咲を見下ろしていた。

久「行かないで…何処にも…、私から離れないで…」

まるで懇願するように訴えてくる。

その声音は不安や恐怖で震えていた。

こんなに弱々しい久を見たことは一度もなかった。

咲「…久さん?」

久「咲、私は……」

久は何かを紡ごうと口を開くがややあって閉じる。

その行為を繰り返していた。咲はじっとそんな久を見つめていた。

久「…っ、…、」

言葉にならないもどかしさに焦れるように久が吐息を吐き出す。

頬にはほとんど目立たないけれど痣があった。

咲はそうっと久の頬に触れた。

咲「久さん、どうか続きを教えてください」

久「だめ…よ」

ようやく形になったのは否定の言葉。

咲は首を振ってその否定を拒んだ。

咲「嫌です…教えてください」

久「駄目なの…私にはその資格がない…」

咲「どうして…っ、私はそんなものよりあなたの本心が知りたい」

久「……、っ」

自分の気持ちと葛藤するような苦しげな表情には覚えがあった。

いつか、鏡で見た自分の顔だ。

咲「久さん、その顔はまるで…あなたが私に、」

それ以上は言葉にならなかった。

久「…行かない、で……咲」

久は自分の頬に触れていた咲の手を取り口付けを落とすと、そのまま意識を失った。

今度こそ完全に潰れてしまったらしい。

体重をかけられ、その重みに呼吸を乱しながら

咲はずっと我慢していた嗚咽を漏らした。

咲「久さ…ずるいです…だって、あんな顔して…あんな目で見て…」

ぎゅうぎゅうと久の身体を抱き締めながらしゃくり上げる。


久は言葉にしなかった。

それでもあの眼差しが、表情が、全てを物語っていた。

嗚咽を混じらせ、泣いていた咲はやがてすっかり濡れそぼった瞳を乱暴に拭った。

その瞳にはすでに悲しい色はなかった。


酔い潰れた久の手は、咲の手をしっかりと握ったままで。

その手は久が目を覚ますまで決して離されることはなかった。



*****

もう少しだけ続きます。

華菜に促されるまま、まこは和にメールをした。

送った内容は『麻雀をしよう』ただそれだけ。

和からはすぐに了承の連絡がきた。



約束は日曜日。

皆で麻雀をしようと提案したのは美穂子だった。

華菜「咲たちはどうするんだし?」

まこ「咲は来るじゃろうが久は参加せんじゃろうな。だから久には知らせんでもええ」

華菜「…で、無理矢理引っ張ってくんだ?」

にやりと笑う華菜には既に彼女本来の明るさが戻っていた。

まこはそんな華菜を見て、内心ほっと胸を撫で下ろす。

咲が久の元へ戻ってから、ずっと元気のなかった華菜。

やはり彼女は馬鹿みたいに笑っていなくてはいけないのだ。

まこは存外この池田華菜という少女を気に入っていた。

華菜「じゃあマンションまで迎えにいくし!咲が着てきた竹井の服届けなきゃだし。案内してくれ、まこ」

まこ「了解じゃ」



日曜日は晴れるだろうか。

後で天気予報をチェックしておこうと、まこは眼鏡のブリッジを上げた。



*****


玄関の扉を開けた瞬間、身体を強張らせるくらいの冷気が吹き込んできた。

季節は完全に冬なのだと実感する。

もう一枚何か羽織るべきだったか、と久が思案した瞬間、

まるで端から全て見越していたようにカシミヤのマフラーと皮の手袋を渡された。

咲「外は寒いですから」

そう言って微笑む咲は部屋着のままだ。

鼻の頭が赤くなっていて、よく見れば小刻みに震えていた。

見送りはいらないと言ったのに勝手についてきたのだ。

全て咲の意思なのだから久が心を痛める必要はないけれど、

出来ることなら今すぐにでも薄い身体を抱き上げて暖かな部屋に連れ戻したかった。

久「…いってくるわね」

咲「いってらっしゃい」

ひらひらと振る咲の手は白い。

寝起きのまま来たのか裸足の足先を擦り合わせて寒さに堪えている。

それでも久が出掛けるのをじっと待つ姿は健気で愛しかった。

久が留まる限り咲もずっとそこに佇んでいるのだろう。

これでは本当に風邪をひいてしまう。

振り返らないように歩みを速めながら、久はエレベーターを目指した。

背後から扉の閉まる音はなかなかせず、それを嬉しく思っている自分がいることに久は気付いていた。

咲を連れ帰ってから一週間。

まだ久は咲にちゃんとした言葉を告げられずにいた。

一度は諦めた存在。

だが突如目の前に現れた咲に、閉じ込めていた思いが溢れかえって

無意識のうちに咲にぶつけてしまった。

どこにも行かないで。ずっと傍にいてほしい。

久の思いを受け止めた咲は、こうして自分の元に戻ってきてくれた。



今夜、咲にちゃんと想いを告げるつもりだ。

散々傷つけてしまったのに、まだこんな自分を好きでいてくれる愛しい人。

もう一時も離れていたくない。

咲を自分だけのものにしたい。

仕事が終わり、久は家路へと急ぐ。

手には指輪の入った小さな箱を持って。

自然と足早になる。

咲は今何をしているだろう。

久の帰りを待ってくれているのだろうか。

呼び鈴を鳴らして、目が合ったらまず何から伝えよう。

待たせてしまったことへの謝罪だろうか。

それともこの昂る感情のまま抱き締めてしまおうか。

久「咲…っ」

時々もつれそうになる足。

擦れ違った人々が何事かと振り返る。

呼吸を乱して髪なんて向かい風のせいでぐしゃぐしゃだ。

心臓は煩く鼓動しているのにまるで自分の背中に羽でも出来たように全身が軽い。


何度も咲の名前を呟きながら、久はマンションに戻ってきた。

いつもと変わらない様相でそびえるマンションのインターフォンを押す。

暫く待つと、機械の作動する音がして咲が出た。

その声を聞いただけで言いようのない熱い何かがぐっとせり上がってくる。

久「ただいま、咲」

咲『おかえりなさい久さん。あの、今…っ』

少し咲の背後のノイズが酷い。ついには話の途中で途切れてしまった。

いくら高級マンションを謳っていてもそれなりにガタがきているのだろうか。

久は諦めてエレベーターに乗り込んだ。

別にわざわざ機械越しに会話をせずとも直接顔を見て話せば良いのだ。

徐々に地上から離れていく視線の先、

エレベーター越しに見る景色は見慣れたものだというのにまるで初めて眺めるように新鮮だった。

朝、出掛けに咲から渡された手袋とマフラーを胸に抱くように瞼を閉じた。

久(愛の告白って、こんなにも緊張するものなのね…)

分厚いコートを介しても伝わる煩いくらいの鼓動。

風は冷たいというのに手袋を外した久の掌は汗ばんでいた。

ポケットに手袋をしまった瞬間、エレベーターが目的の階に到着したことを告げる。

久と咲の部屋は一番奥の角部屋だ。

エレベーターを降り、部屋を目指した。

もう少しで着こうかという時、ふいに扉が開いた。

もしや咲が久が帰ってくることを知って表に出てきてくれたのだろうか。

自然と緩む口角を抑えて、久はつとめて冷静に声をかけようとした。


久「え…?」

しかし出てきたのは咲ではなかった。

つり目がちな瞳の、見知った女性。

久「…池田さん?」

そこにいたのは、つい数週間前まで咲とともにいた華菜だった。

華菜も久に気付いたのかゆっくりと視線を向ける。

華菜「ああ、竹井さん。久しぶりだし」

一瞬驚いたような表情を浮かべた華菜がすぐに笑みを浮かべて話しかけてくる。

久「どうして、あなたが」


嫌な汗が噴き出した。

声は自分でもわかるくらいみっともなく震えている。

どうして華菜が久の家から出てくるのだろう。

久がいない間に咲が部屋に上げたのか。

何を話していた?

他愛もない世間話だろうか。

いや、違うかもしれない。

もしかして華菜は。


華菜「どうしたんだし?顔色真っ青じゃん。具合でも悪いのか?」

久「答えて…ここで何をしていたの…」

華菜「えー…?何って、」

わざとらしく語尾を伸ばしながら、華菜の腕がドアに隠れた何かを引っ張る。

よろけるように姿を現した茶色の髪がふわりと風に揺れた。


華菜「咲を迎えにきたんだし」


な?咲。

と囁く華菜に肩を抱かれたのは咲。

久は瞳を限界まで見開くと、まるで華菜や咲が佇む世界から切り離されたように足元が真っ暗になるのを感じた。

久「…咲、本当…なの…?」

みっともなく声が震える。

尋ねたはずなのに彼女の答えを聞きたくない。

出来るなら耳を塞いでしゃがみ込んでしまいたかった。

先ほどまで肌を刺すような寒さだと思っていたのに、今は何も感じない。

咲「あの、久さん。池田さんは…」

華菜「咲もさ。今まで散々あんたに傷付けられたんだし、そろそろ潮時だろ?」

咲の言葉を遮って華菜が声を張り上げる。


華菜「てことで咲のこと、連れて帰ることにしたから」


華菜の言葉が久を貫く。

久は蒼白な顔で立ち尽くしている。

華菜はそんな久を面白そうに眺めていた。

華菜「あ、ちなみに…」

ふいに、それまで馬鹿みたいに明るかった声が一切の感情を失った。

華菜「あんたに止める権利はないし」

久はこうして対峙して初めて華菜の怒りを知った。

彼女は咲に手を差し伸べ、まるで親鳥が雛を守るように咲を守り癒したらしい。

短い時間の中での関わりではあったけれど、華菜が咲を大切にしていたのは事実だ。

それを久が気付かないふりをして目を逸らしてきたに過ぎない。


咲『池田さんがいなければ、私は今ここにいなかったかもしれません』


マンションに戻ったばかりの頃、咲がクッションを抱きながら独り言のように呟いた言葉を思い出した。

彼女は本当に咲を連れて行ってしまうのだろうか。

久「…っ」

ならば、久に出来ることは一つしかなかった。


ゆっくりと膝を折り、コンクリートに跪く。

咲が息を飲むのが分かった。


久「……お願い、咲を連れて行かないで」


静かに、一滴の滴が水面を揺らすように久は懇願したのだ。

恥も外聞も、どうだって良かった。

久「私は確かに咲を傷付けた。たくさん泣かせた。あなたはそんな咲を傍で見守って涙を拭ってくれていたんでしょう?」

久「あなたが連れて行くと言うのなら、私に咲を止める権利なんてないのかもしれない。けど…」

一度言葉を切った久は地面に落とした震える拳を握り締めた。

久「だけど、私には咲が必要なの。他の誰でも駄目…咲でないと、駄目なの」

久の瞳が苦しみと絶望に歪む。

華菜はそんな久を冷たい眼差しで見下ろしていた。

咲の肩を抱く力を強め、ゆっくりと瞼を閉じる。

久「ごめんなさい、池田さん…、ごめんなさい、咲…」

咲「久、さん…」

華菜は暫くした後、はぁ…と長いため息を吐き出した。

その音に久の肩はぴくりと揺れた。

怯えるように瞳を上げれば華菜が不機嫌そうに遠くを眺めている。

華菜「……言えんじゃん」

久「……」

華菜「ちゃんと言えんじゃん。なんでさ、最初から咲にそう言ってやらなかったわけ?」

久「ごめ、なさい…」

華菜「はぁ、ほんっとなんで咲はこんなのに惚れてんだか…」

久「……」

華菜「でもさ。咲があんたのとこ、行きたくてしょうがないみたいだから…今回は譲ってやるし」

咲「……池田さん、ありがとう」


華菜が腕を離した途端、咲はつんのめるように走り出した。

真っすぐ、久を目指して。

咲が何度も転びそうになりながら大きく跳躍すると、

久は胸に飛び込んできた華奢な身体をしっかりと抱きとめた。

触れ合った箇所がとても熱い。

僅かでも隙間が出来るのが怖くて、互いの背中に腕を回し、決して離れぬように抱き合った。

久「咲…っ」

咲「久さん…」

咲の瞳から涙がぼろぼろと零れる。

視界が歪んで、身体中が熱くて。

それでもどんなにみっともない顔を見られたっていいから今は久の顔を見ていたかった。

苦しそうに眉を寄せる久も、決して背中に回した腕を解こうとはしない。


ダウンのポケットに両手を突っ込みながらそんな二人を眺めていた華菜が「あーあ!」と大きな声を出した。

思い切り息を吐き出すと白い煙が空気に溶けていく。

華菜「咲も見る目ないし。華菜ちゃんのが絶対イイ女なのに」

咲「…池田さん」

華菜「でも安心したし。もし咲を連れてくって言った時にあんたが少しでも引いてたら、ほんとに攫ってたかも」

久「池田さん…」

華菜「まぁ、あとはお二人さんだけでごゆっくりだし。邪魔ものは退散するからさ、な…まこ!」

久「…?」

聞き慣れた名前を口にしながら華菜が背後を振り返る。

すると、若干気まずそうに眼鏡のブリッジを押し上げながらまこがドアからのそりと姿を現した。

まさか華菜と咲以外の人間がいるとは思っていなかった久はじっとまこを見つめる。

まこは視線を上げて、久と目が合うと分かりやすく動揺し、視線を彷徨わせた。

まこ「…別に聞き耳を立てていたわけじゃないぞ。出るタイミングを失ってな…」

華菜「まこはトイレ籠りすぎっだっつーの!」

まこ「違うわ!わしは咲が出してくれたお茶を片付けていたんじゃ!おんしが無作法にも放置するから二人分洗ったんじゃぞ!」

華菜「ごめんって!そんな怒んなし。ほら、お二人さんも困ってるぞ?」

まこ「ふん、散々わしらに迷惑をかけたんじゃから少しくらい困らせても釣りが出るくらいじゃ」

久「…まこ。色々とごめんなさい」

まこ「どうやら目が覚めたようじゃな。まあ、安心したわ」

華菜「もう咲を泣かせるんじゃないし!」

久「分かってる。池田さんにも、色々と迷惑をかけてごめんなさい」

深々と頭を下げる久を、二人は優しい目で見守る。

まこ「…じゃあわしらはそろそろ退散するかの」

華菜「またな、咲。いつでも戻ってきていいし!」

二人はそう言いながら久たちの横をするりと擦り抜けていく。

ふと、頭の後ろに組まれていた指を解き、華菜が前を向いたままひらりと手を振る。

それを見た瞬間、咲は思わず叫ぶようにその名を呼んでいた。


咲「池田さん…っ!!」


言葉にならない咲の髪をあやすように撫で、久がその先を繋げた。

嗚咽を漏らす咲が言いたかったことは、すでに十分すぎるほど伝わっていたから。


久「―――…ありがとう」


シンプルな一言。

ただ、その五文字に久と、咲の感謝の気持ちが全て詰まっていた。



*****


続きます。
次でラストです。

二人の姿が完全に見えなくなると、ずっと抱きあったままだった久が僅かに腕の力を緩めた。

それだけで少し残念に思ってしまう自分はどれだけ久に惚れているのだろうと苦笑が漏れる。

しかし一瞬寂しそうに瞼を伏せた咲に気付いたのか、久は解いた手で咲の手に触れた。

しっかりと五本の指を絡ませ、甘く微笑む。

久「家に入りましょう。二人きりになりたいの」



部屋に足を踏み入れるや否や、靴を脱ごうとしていた咲はふいに腕を引かれて体勢を崩し床に倒れ込んだ。

背中に冷たいフローリングが触れる。

だけど 、寒いだとか痛いだとかそんな感想よりも咲は視界を占める光景に心を奪われた。

久の瞳がじっと咲を見下ろしていた。

両手で咲を囲い、腰や脚が触れ合う。

瞬きすることも忘れて魅入っていると自然と瞳から涙が零れた。

一瞬、久が苦しそうに眉を寄せるけれど違うのだと叫びたい。

咲は嬉しくて泣いているのだ。

久が自分を見ている。

真っすぐに、その瞳に咲の姿を映してくれていることがただ嬉しかった。

久「咲、やっぱりまこたちと行きたかったの?」

いつもは自信に満ちた表情が、今は何処か不安げに見える。

ちがうと否定しようとした唇は戦慄いた。

下唇を噛み締めて、咲は久から顔を背ける。

咲「ずるいです、久さんは私の気持ちなんて…ずっと前から知っているのに」

頬を伝った涙が鼓膜に流れていった。

その感覚は気持ちが悪かったけれどなじらずにはいられなかった。

久は咲の気持ちなどとうに知っているはずなのに。

ここにきてまだ咲にばかり言わせるつもりなのだろうか。

久「…ごめんなさい。泣かないで咲…私はもうあなたを泣かせたくないの」

咲「いや、です…はなして…」

久「嫌。例え咲がここを出たいと言っても離さないつもりだったわ」

久「こうやって、咲のことを囲ってでもそばに置くつもりだった」

咲「…久さん、なんて…きらい…」

久「嫌いなんて言わないで」

久が顔を背けようとする咲の首筋に顔を寄せる。

そしてぞわりとした感覚に大きく身体を揺らせる咲の耳元に唇を寄せた。



久「―――…愛してるわ、咲」



まるで一番の秘め事のように告げられたそれは、咲がずっと求め続けた愛の言葉だった。

咲「…久さ…」

ぼろりと零れる涙を、抑える術などない。

小さかった嗚咽が徐々に大きくなり、咲は啜り泣いた。

そんな咲さえ愛しむように、久が首筋に口付ける。

啄ばむような触れ方は、優しいばかりで触れられた箇所全てに熱が灯っていくような気がした。

久「愛してる…」

遅くなってごめんなさい、そう囁いた久の声も濡れていた。

久「私はまだ間に合うかしら」

咲「……だめです」

久「咲…」

咲「もっと言ってくれなきゃだめです。もっと、もっとください…久さんの、愛の言葉」

久「いくらでも、咲が望むままに」

すき、すき、あいしてる。

唇を重ねながら、何度も何度も繰り返し久は愛を囁き続けた。

音を拾う鼓膜がじんじんと熱くて、頭がぼんやりとしてくる。

じわじわと溢れてくる涙を、その度に久の指が拭っていく。

ふと久の顔を見上げれば、彼女の瞳もうっすらと濡れていた。

咲「久さんが、泣いているところなんて初めて見ました」

久「咲にだけよ、私のこんな姿を見せるのは。咲が…特別だから」

咲「そんなこと言っちゃだめですよ。嬉しくて死んでしまいそうです」

久「それは困るわ。もしも咲が死んでしまったら私もすぐに後を追うわよ。咲がいない世界なんてきっと耐えられないから」

咲「…久さん」

久「好きよ。咲」

咲「久さん、好き…私もあなたのことが大好きです」

咲「高校の時から…私はあなたのことだけ見てました」

ずっと言えなかった想いを、7年越しに口にする。

あの時は自分の気持ちに蓋をした。

久と身体を重ねるようになってからも、こんなにも自分の想いを素直に口にすることなど出来なかった。

肩を震わせながら想いを告げる咲の額に口付けを一つ落として、久は優しく微笑んだ。

そしてしっとりと濡れていた瞳から透明な粒が零れ落ちて咲の頬で弾けた。

久「…ありがとう」

ほた、ほたと涙の雨が降る。

止め処なく溢れる涙に反して久の表情は幸福に満ちていた。

久「私は知らなかったの」

久「人を好きになって、好きな人に自分と同じだけ想いを返してもらえることがこんなにも幸せなことだったなんて」


いつも心が冷めていた。

誰かを愛したことなどなかった。

だが今は、眼下にいる少女が愛しくて仕方ない。

潤んだ瞳も、真白い肌も、上気した頬も、しっとりと濡れた唇も、久を好きだと啜り泣く声も。

全部が愛しい。

久はどくどくと速さを増す心臓を抑えながら切なげに眉を寄せた。

久「…どうしましょう、咲」

その声は頼りなく、いつもの彼女とは程遠い。

熱い吐息を洩らしながらじっと咲を見下ろす久は色香を放っていた。

久「 咲のことが愛しくて堪らないわ」

掠めるだけのキスを贈った咲の唇はとても熱い。

久の緊張が伝線したように、咲の心臓も煩く響く。

久「今、この瞬間も」

久は咲の首元に顔を埋めながら囁く。

表情は見えないけれど、首にあたる吐息がこそばゆく時折ぞくりとした快感が走る。

久「どんどん咲を好きだという気持ちが大きくなってる」

熱を灯らせた瞳で咲を見下ろしてくる。

しかし久はそれ以上何もしてこなかった。ただじっと苦しげに咲を見下ろすだけ。

久は確かに欲情している。しかし自身の胸を抑える久の手が咲に伸びることはなかった。

だから咲は自ら唇を震わせて懇願する。

咲「私もです…もっとあなたを近くに感じたい」

久「…咲」

咲「もし、久さんも私と同じ気持ちなら…どうか、私を抱いて下さい」

久「…っ、」

咲「あなたが自分を責める気持ちも、許せない気持ちも分かります。でも、私はあなたに抱いてほしい」


少し前まで。久に抱かれていた時はいつだって快感を感じながら心の何処かで怯えていた。

彼女に嫌われないように、飽きられないように、捨てられないように。

そんな恐怖を抱きながら身体を繋げていたのだ。

もしも咲を愛しているというのなら、今は抱いてほしい。

過去の恐怖も消え去るくらいに深く刻んでほしい。

咲は羞恥を感じつつそんな本心を吐露した。

久の様子を窺うと、困ったように眉を下げている。

彼女にしては珍しい姿だとまじまじと見上げてしまった。

久「…でも咲。情けない話だけど、今の私はあなたを優しく抱ける自信がないの」

久「咲を欲する気持ちのままに抱いて、あなたを傷付けてしまいそうで怖いのよ 」

その言葉を聞いて咲は穏やかな微笑を浮かべた。

そして一向に触れてこようとしない久を抱き寄せる。

びくりと揺れた身体を逃がさないように両手で抱き締めて、その肩にすり寄った。

久の匂いが一層濃くなって甘いため息が漏れる。

今は布に包まれたこの身体を直に感じることが出来たらどんなに幸せだろう。


咲「…い、です…」

久「…咲?」

咲「いいです…めちゃくちゃにして、ください」

久「…――だけど、」

僅かに身体を持ち上げた久と鼻先が触れ合いそうな距離で向き合った咲は一度言葉を切った。

そしてはにかむように微笑んだ。

うっすらと目元が赤く染まり桃色の唇からふふ、と吐息にも似た笑みが漏れる。

咲「でも、どうかその次は、優しく抱いて下さいね」

久「…っ、ええ…どろどろに甘やかして、咲がもういいって言うくらい時間をかけて愛するわ」

そう言うやいなや、久は身体を起こすと咲の身体を抱き上げた。

急に浮いた身体に驚き不安定な体勢のため久の首にしがみついた咲は「下ろして」と焦った声を上げる。

しかし久は涼しい顔をして咲を抱いたまま寝室へ向かった。


ベッドに下ろされ両手を縫い留めるように押し倒されると、欲に濡れる久を真っすぐに見つめた。

欲情している時の久は扇情的ともいえるほど色っぽい。

掻き上げた赤い髪が はらりと米神にかかり、邪魔なのか僅かに眉を寄せながら耳にかける。

そんな何気ない所作さえ咲の心臓を高鳴らせた。

ただ見つめられているだけなのにまるで視姦でもされているかのようだ。

思わず自身の太股を擦り合わせれば、視線を巡らせた久が微笑みながらぺろりと唇を舐め上げた。

薄い唇から覗く真っ赤な舌を見た瞬間、咲はふいに猛烈な羞恥を覚えた 。

久と身体を重ねるのは初めてではないのに。

自分から強請ったくせに恥ずかしいなんて、もう二十歳を過ぎた大人が何を言っているのだと思うのに。

湧き上がる羞恥心はどうしようもなく、咲は久から視線を逸らした。

咲「あ、あの…っ、そういえば今日池田さんと染谷先輩が来てたのは、私達を麻雀に誘うためだったんです…っ」

咲「和ちゃんや福路さんも集まってるらしいですよ!あの、だから…っ…んうっ?!」

口早に話していた咲の唇は、最後まで言葉を紡ぐ前に唇ごと食べるように塞がれた。

突然のことに瞳を見開く咲を余所に唇を塞いだ張本人、久は好き勝手に唇を蹂躙していく。

咲「ん、…っ ふ…」

今までの軽い口付けとは違う明らかに本気のキスに、咲は動揺しつつ何とか酸素を取り込もうと唇を開いた。

すると待っていたとばかりに唇の隙間から歯列を割って久の舌が入り込んでくる。

焼けるように熱い舌は咲に呼吸を整える余裕も与えないまま歯裏をなぞり上顎を舐った。

反射的に逃げようとしていた咲の舌を吸い、絡ませる。

ぴちゃぴちゃと濡れた音と共に含みきれない唾液が口端から零れていく。

暫く濃厚な口付けを交わし、咲の思考がままならなくなった頃、ようやく久は唇を離した。

まだキスしかしていないというのに大きく胸を上下させた咲は少しでも酸素を取り込もうと必死になっていた。

ぼんやりと顔を上げれば、困ったように微笑む久がいた。

久「咲を好きだと自覚して、一つ気付いたことがあるわ」

咲「…?」

首を傾げる咲に久は小さく頷くと、唾液に濡れた咲の唇を親指で拭った。

久「私はね、どうやらとても心が狭いらしいの。咲の口から他の女の名前を聞くだけで嫉妬で胸が熱くなる」

咲「っ!!で、でも、池田さんたちは友人で…っ、ぁ…っ」

久「――…今は、私のことだけ考えて」

嫉妬と欲望を孕んだ声音は咲に再び熱を灯らせるには十分だった。

久の唇が首筋を這い、きつく吸い付く。

ちりりとした痛みを感じたのは一瞬で、すぐに快楽に変わった。

首筋や鎖骨、服から覗く箇所に次々と所有印を刻まれていく。

きっと明日は外出してもマフラーは外せないだろう。

それでも、例え一目に触れる耳の裏に吸い付かれても、決して嫌だとは思わなかった。

寧ろ久が証を残していることが堪らなく嬉しい。

咲は久の髪を撫でながら、くびれた腰に指を這わせた。

くすぐったいのか身を捩じらせた久は仕返しとばかりに咲の耳に舌を差し込んだ。

乾いた耳を湿った舌で突かれるたび腰が跳ねた。

頭がどうにかなりそうで必死に首を振ろうとするけれど、頭を固定されて逃れることが出来ない。

咲「…っ、ん…ゃ…、」

掠れるような喘ぎが 衣擦れの音と共に響く。


外はまだ寒いのだろう。時折風が窓を叩いている。

ベッドの中だけが暖かく、やがて剥き出しになった肌はしっとりと濡れていた。


廊下に残された携帯電話が微かに着信を告げる音がする。

しかしその知らせが二人の耳に届くことはなかった。

ベッドの軋む音と甘く掠れる互いの声を響かせて、二人は夢中になって求め合った。


*****


まこ「皆集まったな。それじゃあ始めるかの」

華菜「うぅ、まこの家めちゃくちゃ寒いし!ってか原村!なんでそんな薄着なんだし?!」

華菜はガチガチと歯をぶつけながら、季節感をまるで感じさせない服装で涼しい顔をしてる和を見て驚愕した。

和「別に、普段どおりの服装ですが?」

華菜「信じられないし…」

まこ「まあまあ。これが和の普段着じゃからのう」

まこが苦笑しながら華菜の肩に手を置いた。


美穂子「それで久と宮永さんは、やはり来れなさそうかしら?」

美穂子の言葉に、華菜がちらりとまこと視線を交わす。

華菜「咲たちは今頃お楽しみだし」

まこ「ま、そうじゃろうな」

二人の反応を見て和は顔色を真っ青に変え、しかし瞳を輝かせるという複雑な表情を浮かべた。

和「…よかったです」

華菜「ん?原村は咲のこと好きだったんじゃ?」

和「確かに咲さんのこと好きですけど、やっぱり竹井先輩と幸せになってほしいというか…」

和「まあ、結局咲さんが幸せなら何でもいいんです」

まこ「本当に…面倒くさい奴らじゃな」

華菜「ぶ!まこってばあんな心配してたくせにまじでツンデレだし!」

美穂子「ふふっ、今からみんなで久の家に押し掛けてみましょうか?」

そう言って美穂子は悪戯っぽく笑う。

まこ「わしはやめておくわ。馬に蹴られたくないしの」

華菜「華菜ちゃんもだし!」

和「そうですね。でも何にせよ、」

美穂子「二人が幸せなら何より、よね」


和の言葉の続きを、美穂子が微笑みながら受け継いだ。



*****

咲「久さん、眠らないんですか…?」

時計の針が0時を回った頃。

久のベッドで、久の腕の中で。

目元を小さく擦りながら、咲が眠たさに声を途切れさせながら呟いた。

久「咲は眠そうね…いいわよ、私に気にせず眠って」

額に口付けを落として、きゅっときつくない程度に抱きしめる。

そんな久に裸の身を摺り寄せて、ほぅっと咲が小さく吐息を漏らす。

咲「久さんの腕の中…あったかい…」

幸せそうに小さく微笑んで。

体を預けてくる。

久「咲もあったかいわ」

腕に抱いた咲の髪をそっと撫ぜる。

久「もう眠いんでしょ?無理をしないで」

咲「は…い…」


うっすらと瞼を閉じていく咲。

やがて穏やかな寝息が聞こえるようになってから、

久はサイドテーブルに置かれた小さな箱を見やった。

久「…結局今日中に渡せなかったわね」

自分の求婚に、咲はいったいどんな反応を見せてくれるのだろう。

それを考えただけで期待と興奮と緊張で胸が一杯になる。

もう深夜なのに、全く眠気は襲ってこない。


久「咲…」


隣りで眠る愛しい存在。

出来ることなら眠らずに。

何よりも大切な存在を見逃すことなく、瞳に焼き付けておきたい。

夢の中で会うのもいいけれど、現実の咲を映していたい。

これからも、時が刻まなくなるその瞬間でさえも一緒にいたいから。


何も変わらない日常の

何もかも違う毎日を

これからも二人でいる為に


終わり

ダラダラと2ヶ月も続いてしまいましたがこれで終わりです。
最後まで見てくださってありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年05月18日 (日) 13:48:52   ID: AmAXsgq5

楽しく読ませてもらっています。
次回が楽しみで早く読みたいです。
個人的には、最終的には和ちゃんと幸せになってほしいな。

2 :  SS好きの774さん   2014年05月18日 (日) 23:18:42   ID: VuRt_4jI

一途な咲がとっても良いです。
カプ信者の横槍を気にしないで好きなように書いてください。

3 :  SS好きの774さん   2014年05月22日 (木) 03:47:44   ID: -MlM0jMk

↑↑気持ち悪いです
>>1が久咲のつもりで書いてるって明白なのに和がいいとかカプ厨米してるけど、咲和スレで「個人差には部長と幸せになって欲しいです」とか言われて嬉しいのか少しは考えて欲しいです。

4 :  SS好きの774さん   2014年05月22日 (木) 16:27:15   ID: LtRqRkmD

なんで怒ってんだよ…

5 :  SS好きの774さん   2014年05月22日 (木) 17:13:42   ID: oXepFxTj

そりゃおこだろ?一番多いであろう咲和信者が他ssに出張る始末、どんだけ余裕ないんだよ?王道なんだから少しは懐の深いとこ見せろよ

6 :  SS好きの774さん   2014年05月23日 (金) 18:02:04   ID: ACJ9WaI5

>>3
2でコメントした者ですけど咲和信者じゃないです照咲が初期から好きで照咲ssで場違いな咲和カプ押しコメントに作者さんのやる気が削がれないかって以前から思っていた事があったので心配してのコメントです。
ssは無自覚で咲に依存しているっぽい久の心理描写が良いです。それと久咲って何か良いですね今更ながら嵌りそうだ

7 :  SS好きの774さん   2014年06月10日 (火) 01:34:01   ID: Tcd_sjdd

続き気になる〜(>人<;)
完結までがんばってください(((o(*゚▽゚*)o)))

8 :  SS好きの774さん   2014年07月07日 (月) 03:03:48   ID: UPxxAh23

乙!

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