やよい「はるのあしおと」 (18)
今までの寒い風がだんだんと吹かなくなって、
ぽかぽかなお日様が暖かく街中を照らしてくれる、そんな一日。
わたしは朝早くから、事務所の近くの公園にあなたを連れてきていました。
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わたしにとっての特別な日が、あなたにとって特別な日なのかは、分からないけれど。
それでも、初めて出会ったこの公園で待ち合わせをしたくて。
「……ねえ、プロデューサー?」
――覚えていますか?
わたしを初めて導いてくれた、あの日のこと。
100人ぐらいでいっぱいになるライブハウスで、必死になって歌って踊ったわたしを、あなたはずっと真剣に見守ってくれていました。
初めてのライブ。セットリストは、今でも頭の中に入っています。
「『未来は誰にも見えないモノ』……」
だから、わたしも夢を見ました。
トップアイドルになりたくて、いろんな曲を歌って、振り付けを覚えて。ビジュアルを磨いて。
あなたと二人三脚で、オーディションも通過していって。
伊織ちゃんと真さんと3人でユニットを組んだ時も、すっごく楽しかったです!
だって、初めてのユニットで、歌える曲も種類が増えて。
……喧嘩もありましたけど。
そのうち、伊織ちゃんも真さんもソロで売れる実力をつけていって。
……わたしだけ、売れなかったですよね。
ふたりは忙しそうにしていたけれど、わたしはあんまりお仕事が無いままで。
あなたはしきりに、謝っていましたよね。
その度にわたしは、あなたは悪く無いです、わたしのせいです、って言って。
そんなあなたが取ってきてくれた仕事が「お料理さしすせそ」でしたよね。
この番組がダメだったら、高槻やよいは引退だ、なんて噂もあって。
それでも、ゲストには伊織ちゃんも、真さんも、春香さんもみーんな来てくれて。
わたしもお料理が好きだったから、いろんな人が番組を見てくれるようになりましたよね。
その番組の名前、覚えていますか?
「『高槻やよいのお料理さしすせそ』ですよ」
声に出して読みたくなるような、かわいらしい番組名にしよう……って、あなたが提案してくれたんです。
わたし、すっごく嬉しくて。
それからでしたよね。
わたしのアイドルランクが上がって、セカンドライブが決まったのは。
嬉しかったです……あんなに広い場所、2000人以上が見守ってくれるステージは、初めてだったから。
ユニットでも立てなかったステージから見るオレンジ色の光はとても綺麗で。
でも挫折しかけて、もう歌ったり踊ったりできない……って事務所を飛び出した時。
あなたは迷わず、この公園に来てくれましたよね。
覚えてます。手の動き、かけてくれた声。ぜんぶ、ぜんぶ。
『俺がついてる』って。そう言って、泣いてしまったわたしの涙を、拭ってくれました。
……どうしてあの時事務所を飛び出したか、って?
え、っと……あなたが言っていた、大事なライブがありましたよね。
そう、アイドルがいっぱい集まって、1曲ずつステージで歌うものでした。
人生で初めてのアリーナだったんです。
観客席から見ているときは、あんな場所で歌う時が来るなんて思わなくて。
当たり前ですけど、わたしはソロで活動しています。
周りに助けてくれる仲間は居ませんでした。
リハーサルで、あんな広い場所にわたしだけが立っていることを実感して、怖くなって。
「……あの時は、ごめんなさい」
……でも、あなたが励ましてくれたおかげで、大成功! でしたよね。
だから、もっと勇気が出たのかもしれません。
わたしはあなたに、告白しました。
もちろん、断られちゃいましたけど……分かってましたから、後悔はしてなかったんですよ。
分かってたからこそ……あんな約束を通したんじゃないか、って思います。
何年も何年も特訓して、ダンスもボーカルもビジュアルも磨いて、やっと。
あなたがわたしに言った通り、わたしはアイドルアルティメイトに出て。
そして、あのトロフィーを手に入れました。
トップアイドルになったら、わたしと結婚してくれませんか。
……その約束、今からちゃんと言い直しますね。
わたし、お酒を飲めるようになりましたよ。
あの頃よりも、ずっと輝けるようになりました。
それは全部、あなたのおかげです。だから――。
「……結婚してください、プロデューサー」
春のにおいに包まれながら、わたしはあなたに初めて会った時よりも明るい笑顔で言いました。
やよい役の仁後真耶子さん、結婚おめでとうございます。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
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