新人P「杏さん」杏「……杏的生活」 (101)

先輩P「ったく、なんてやつだ!」ドタバタ

新人P「どうしたんですか?」

先輩P「うちに移籍してきたお姫様だよ。一体、何日動かないつもりだか」

新人P「ああ、双葉杏……でしたっけ」

ちひろ「機嫌、悪いんですか?」

先輩P「悪いで済めば楽なんですがね! 働いてくれなきゃいい加減、社長もブチ切れますよ」

ちひろ「やっぱり……」

新人P「何かあるんです?」

ちひろ「前の事務所のPさんと相性が良かったって聞きましたから」

ちひろ「その……移籍の時に随分揉めたって」

先輩P「よっぽど甘やかしてたんじゃないですか~?」

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やさぐれ杏さんと、ダメPの話だよ。感謝的生活

先輩P「なだめてもすかしても……飴もちらつかせてるのに、全然ですよ」

新人P「飴?」

ちひろ「無類の飴好きらしいですよ?」

新人P「へええ」

先輩P「せっかく権利関係もトレードしたのに、働いてくれないんじゃ、移籍ライブも出来ませんよ」

先輩P「ちひろさん、なんとかなりませんか?」

ちひろ「先方に少し問い合わせて見ましょう」

ちひろ「担当してたPさんを呼び寄せて……」

新人P「それまではどうするんです?」

先輩P「お前、やれ」

新人P「ええっ!」

先輩P「俺だって、凛が待ってるんだよ。ビッグネームだから、俺にって話になったけどさ」

新人P「いや、僕、入社して日も浅いし……」

先輩P「どうせ元の担当じゃなきゃダメだってんなら、誰がやっても同じだろう」

新人P「はぁ。そんなもんですかね」

先輩P「じゃあ、頼むぞ! 営業行ってくる」バッ

新人P「あっ」

ちひろ「……仕方ありませんね。お願いしてもいいですか?」

新人P「気難しい女の子のご機嫌取るのは……」

ちひろ「女の子は誰でも難しいと言えば難しいんですよ!」

新人P「そんなもんですかね」

――応接室。

新人P「はぁ……」

ちひろ『とりあえず、こちらから失礼な態度だけは取らないで……』

ちひろ『適当に応じてください。動けるようならレッスンにでもお願いします』

新人P「って、言われてもな」

新人P「……」

新人P「よし」

新人P「……双葉杏さん」コンコン

<シーン

新人P「……」

新人P「杏さん」コンコン

<……

新人P「入りますよー」

新人P「……」

新人P「失礼します」ガチャ

杏「……」カチカチ

新人P(うおお、応接室にまさかの据え置き機)

新人P(ヘッドホンまでして……これは大物……)

杏「……」カチャカチャ

新人P「……ん、んー」

新人P「双葉杏さん! 失礼します!」

杏「うおっ」ガタン

新人P「おはようございます」

杏「……おはようございます」

杏「……。誰?」

新人P「新人のプロデューサーです」

杏「……あ、そう」

新人P「初めてじゃないんですけど」

杏「ふうん、印象薄くて、記憶になかったよ」

新人P「学生時代は『薄井影男』と呼ばれてました」

杏「……そ、そう」

新人P(動揺したぞ)

杏「それで、何か用?」

新人P「杏さんのお世話をするようにと」

杏「いらないよ」

新人P「はあ」

杏「言っとくけどね、杏は働かないよ」

杏「前の事務所でたっぷり稼いだんだ。移籍して曲関係の印税も、あんた達のところに移ったんでしょ?」

杏「それで食ってけばいいんだよ。何も問題ないじゃん」

新人P「ということは……」

杏「杏はここでずっとダラダラするんだ~い」ゴロゴロ

新人P「……ですが」

杏「何?」

新人P「いえ、さすがに事務所内でペットボトルに用を足されては」

杏「と、トイレくらいちゃんとするよっ!」

新人P「いやいや、やはりお世話に仰せつかったからには、失礼のないように」

杏「十分失礼なんだけど」

新人P「見解の相違ですね。よくあることです」

杏「……と、とにかく、女の子にそういうことを言う男は信用出来ないね」

杏「さっさと出て行って」

新人P(ここ、事務所でしかも応接室なんだけどなぁ)

新人P「む。それでは、こんなのはいかがでしょう」サッ

杏「は?」

新人P「飴ちゃんです」

杏「あ、飴ちゃん!?」

新人P「すみません、飴好きとは知らなかったので、手近なところで用意させていただきました」

杏「お、おう。も○もり山のくだもの飴か……定番だね」

新人P「どうぞ」

杏「う、うむ。くるしゅうない」

新人P「今日はぶどうがオススメです」

杏「杏はももが好きだな」

新人P「見解の相違ですね」

杏「……別に突っ込まなくていいから」

杏「ん……飴、おいしー♪」

新人P「では、杏さん」

杏「なに?」

新人P「レッスンに行きましょう」

杏「……は?」

新人P「仕事じゃないですから、大丈夫です」

杏「いやいや、レッスンも、仕事の内、じゃん?」

新人P「はっはっは」

杏「はっはっはって……」

新人P「見解の相違ですね。よくあることです」

杏「いやいやいや、前のプロデューサーがそう言ってたんだけど」

新人P「そのPさん、鬼畜ですね」

杏「何言ってんの?」

新人P「じゃあ……移動はお姫様抱っこで手を打ちましょう」

杏「いやいや、最初からレッスンもしないって言ってるじゃん」

新人P「おかしい、飴をあげたら機嫌が良くなると攻略本に……」

杏「どこの本だよ」

新人P「じゃあ、ゲームしましょうか、チームプレイ」

杏「あんた、仕事は」

新人P「杏さんのお世話がお仕事です!」

杏(絶対怒られると思うんだけど)

新人P「さぁ! こう見えてもスマブラでは歴代クッパのプレイヤーとして名を馳せた僕を」

杏「勝率は?」

新人P「1割にも満ちません!」

杏「……あと、これ、RPGだけど」

新人P「2P操作で足を引っ張る役ですね、得意です」

杏「やめろ」

――10分後。

杏「あああーっ! イライラする!」

新人P「どうしたんですか?」

杏「なんで中央位置にセットしないのさ!」

新人P「やっぱり落ち物系は苦手ですね」

杏「全部じゃん! 全部苦手なんじゃん!」

新人P「こんな僕にも出来るモバゲー」

杏「うるさいっ!」

新人P「じゃあ、ゲームは辞めて、レッスンに行きましょうか」

杏「い、行くわけ無いでしょ!」

新人P「でも、これだけ溜まったストレスを発散できるとしたら……?」

杏「誰のせいだよっ」

新人P「ふぅ~、平行線ですね」

杏「誰かさんがもう少しゲームの腕がマトモだったらクロスしてたよ」

新人P「そうでしょうか? どちらかと言うと、連結しているだけで」

杏「はぁ……」

新人P「それで、元気は出ましたか?」

杏「は?」

新人P「一人でゲームをしていたら、出るものも出ませんからね」

杏「……」

新人P「あ、出るって物理的もとい生理的な意味じゃないですよ」

杏「うるさいっ!」

新人P「はっはっは」

杏「……元気ってさ」

新人P「はい?」

杏「元気って、無理やり出すものじゃないじゃん」

新人P「……」

杏「別に……私は、アイドルとか……」

杏「い、いいじゃない。どんどん、新しいアイドルが出てくるんだし」

杏「私一人が働かなくても、誰も困らないよ」

新人P「……」

杏「それなら……」

新人P「言ってることがよく分かりませんが」

杏「……」イラッ

新人P「元気はうんこみたいなもんでしょ」

杏「はあ~?」

新人P「そりゃお腹に溜まってないのに無理やり出すことは出来ませんけど、ちゃんと力まないと出ませんよ」

杏「あんた、何言ってるのか分かってる?」

新人P「トイレに行きたい時はちゃんと言ってくだされば」

杏「誰も言ってないじゃん! あんたが勝手に言ってるだけじゃん!」

新人P「それに、杏さんみたいなアイドルは他にいませんし」

杏「……あんたみたいなプロデューサーも他にいないよね」

新人P「待てよ。まさか……ニートブーム……」ハッ

杏「いらないから。そんなブーム」

新人P「ですよね」

ちひろ「プロデューサーさん」ガチャ

新人P「はい、なんでしょう」

ちひろ「すみませんが、新人のレッスンの予定があるので、ついていっていただけますか?」

新人P「わかりました。では、杏さん」ガタッ

杏「な、なに? 行かないよ?」

新人P「いえ、杏さんにまったく失礼なく対応できた自分を褒めてやりたいと思うんですが」

杏「おい、ふざけんな」

新人P「これからレッスン場で吹聴して回りたいと思います」

杏「あーもー! 分かったよ、分かりましたよ!」ガタン

杏「余計なことを言われたくなければ、ついてこいっていうんでしょ!?」

新人P「えっ」

ちひろ「えっ!?」

杏「……ん?」

ちょっと休憩

――レッスン場。

新人P「いやあ、まさか杏さんが来てくださるとは」

ベテラントレーナー「一体、どうやったんだ?」

新人P「全く分かりません」

新人P「ただ、ゲームをして、失礼のないように対応していたら……」

ベテトレ「ものすごく不機嫌そうな顔をしていたぞ」

新人P「僕の人徳かな?」

ベテトレ(とりあえず徳はなさそうだな)

新人P「それで、どうですか?」

ベテトレ「ああ……そうだな」

ベテトレ「ブランクがあると思っていたんだが、一度やった振り付けは完璧にこなしている」

ベテトレ「……一度しかやってくれないが」

新人P「さすがですね」

ベテトレ「ただ、新しいステージなので、別のアイドルとユニットを組んでやりたいんだが」


珠美「あ、杏殿! もう一度、もう一度だけ……!」

杏「やだ。」

珠美「そんなぁぁ~~っ!」

杏「杏は出来てるから大丈夫」


ベテトレ「……このザマでな」

新人P「さすがですね」

ベテトレ「どの辺がさすがなんだ?」

新人P「いいえ、先輩は相変わらず隠れロリコンだなと」

ベテトレ「……」

新人P「この組み合わせ、先輩が考えたんですよ。僕じゃないんです」

新人P「杏珠フレッシュ! ユニット名もひどい!」

新人P「それともただの貧乳好きかな? どう思います?」

ベテトレ「聞かないでくれ」

新人P「杏さん」

杏「……あー」どかっ カパッ

新人P「あっ、3DS禁止ですよ」

杏「それよりも、先に渡すものがあるんじゃないの?」

新人P「ドリンクとミルクミントのど飴です」

杏「……チョイスがひどい」

新人P「僕好きなんです。龍角散ののど飴とか」

杏「いや、別にいいんだけどさ」

新人P「今日はこれで終わりにしましょうか」

杏「えっ、いいの?」

新人P「え? だって、もう出来てるんでしょ」

杏「いや……相手との合わせとか……」

新人P「はっはっは」

杏「はっはっは、って」

新人P「初日に全部合うわけないじゃないですか」

杏「……そりゃ、そうだろうけどさ」

新人P「いやあ、それにしても、移籍後初レッスンでしたね!」

杏「……うん」

新人P「疲れたんで帰りますか」

杏「えっ」

新人P「何か?」

杏「感想聞くとかさ、いろいろあるでしょ」

杏「これから、働いてもらえるのかとかさ」

新人P「聞かないとダメなんですか?」

杏「プロデューサーは、そういうのを聞くもんなの!」

新人P「と言っても、僕は杏さんのお世話を仰せつかっただけで」

杏「ああああ、日本人ならそういう気を回さないといけないじゃん!?」

杏「仕事以上の仕事をしないとダメなの!」

新人P「僕は働かないぞ!」

杏「働け!!」

新人P「杏さんから働けと罵られる喜び」

ベテトレ「……ちょっといいかな?」

新人P「はい」

杏「……すごい……疲れる……」

ベテトレ「その、双葉杏くん、実に良かった」

杏「……どうも」

ベテトレ「正直な話、いつステージに立っても大丈夫だろう」

ベテトレ「体力的な不安も、まさか、一発ずつとはいえ、全曲踊ってもらえるとは思っていなかったからな」

ベテトレ「問題ないと思う」

新人P「すごいですね」

ベテトレ「それで、だな。向こうの時に、やりかけていた新曲なんだが……」

杏「やらない。」

ベテトレ「……」

新人P(む……! これは杏さんがしょぼくれるフラグ!)

杏「杏は……もう働かない」

杏「新曲なんて、いらない」

ベテトレ「……そうか」

新人P「トレーナーさん、杏さんはいわば今日がリスタート初日ですよ」

新人P「まったくアイドルをいじめないでください」

ベテトレ「ん?」

新人P「まあ、若くてロリィにトレーナーさんも嫉妬するのは分かりますが」

ベテトレ「……」

杏「それとこれとは話が違うんだけど」

新人P「20代も半ばを過ぎて、焦っているのは分かりますがね」

ベテトレ「ほほう」

杏「あ、杏、着替えてくるから」ササッ

――数日後。

ちひろ「すごいですねぇ」

新人P「なにがですか?」ボロッ

ちひろ「何をどうしたら、そんなに生傷を増やせるんですか」

新人P「いえ、杏さんに失礼のないようにフォローをしようと心がけていたら、どうも周りの女性が嫉妬してしまっているようで」

ちひろ「絶対違うと思います」

新人P「見解の相違ですね。よくあります」

ちひろ(自分が特殊だとは思わないのかしら)

新人P「何にしても、これで僕も杏さんのお世話係が板についてキマシタネ」

ちひろ(ボロボロなのにイキイキしてるわ……)

ちひろ「ん? お世話係?」

新人P「え、最初からお世話をしていてくれと」

ちひろ「もう、この際、杏ちゃんのプロデューサーになっちゃえばいいじゃないですか~」

新人P「それはちょっと」

ちひろ「何か嫌なんです?」

新人P「いや、単に杏さんのお世話は出来てもプロデュースまでは……」

新人P「そもそも、前の事務所の前Pさんはどうなったんです?」

ちひろ「難航してます」

新人P「はあ」

ちひろ「いやあの、実はですね。向こうのプロダクションの管理職になってまして」

新人P「ははぁ」

ちひろ「それで、ちょっと」

新人P「確かに、課長だ、部長だとなると、うちに来てくれって訳にも……」

先輩P「しかし、これじゃあ仕事になりませんからって言ったらどうです?」ひょい

新人P「先輩」

ちひろ「ううん、それで聞いてくれればいいんですけどね」

先輩P「まあ、よく分からないが、相性がいいならお前が続けたっていいと思うぞ」

新人P「思いつき人事を言われましても」

先輩P「言うじゃねぇか」

新人P「それに、杏さんを前にすると、緊張でガクガク来ちゃいます」

先輩P「楽しそうに見えるが」

ちひろ「ですね」

新人P「この何日間かで、体重も減りましたし」

先輩P「元から太ってただけじゃねぇか?」

ちひろ「そう思います」

新人P「そうですかねぇ」

杏「……新人Pいる?」

新人P「はいはい、なんでしょう、杏さん」タタッ

杏「喉が乾いちゃったから、お茶」

新人P「そう来るだろうと思って懐で温めて」

杏「冷蔵庫から出してよっ」

先輩P・ちひろ(楽しそうだけど)

――物置。

新人P「しかし、杏さん」

杏「ん~?」カチャカチャ

新人P「働きたくないと言いつつ、事務所には来るんですね」

杏「……そ、そりゃ、所属アイドルだからね」

新人P「アイドルは応接室で据え置き機のゲームをやったりしないと思いますが」

杏「……」

新人P「ま、もっとも今は物置に追いやられてしまいましたが」

杏「あんたのせいでしょ」

新人P「なにかしましたっけ?」

杏「あ、あんたが大声でゲームのリアクションを取るから、バレたんじゃん」

新人P「元々やってることはバレてたと思いますが」

杏「あんたも遊んでることだよっ」

新人P「そんな……ただ、僕は『ナイスショット!』とか『ナイスプレー!』とか杏さんを褒めちぎっていただけで……」

杏「そういうのいいから」

新人P「こういうのはどうです? 恋愛ゲーで『杏さんの口説き文句が決まったァーっ!』」

杏「人の話、聞いてた?」

新人P「盛り上げベタだなとはよく言われます」

杏「よっぽど先輩に恵まれてたんだね」

新人P「確かに学生の時は不思議と年上に囲まれていたような気がします」

新人P「おかげで年下の女の子にはドキドキしてしまって」

杏「別に嬉しくないんだけど」

新人P「おかしいですね、ここでドキドキ感を演出して好感度アップと……」

杏「攻略本を探すな」

珠美「プロデューサー殿ぉ……」

新人P「なんでしょう、珠美さん」

珠美「仕事はまだですか……」

新人P「……? いえ、杏さんのお世話が私の仕事で」

珠美「いやいやいや! ちひろ殿に聞きましたら、私の担当はあなたと」

新人P「おかしいですね」

杏「……仕事、行ったら?」

新人P「ええ~?」

珠美「ええー……あ、杏殿は行かないのですか」

杏「杏はいいよ、ここで待ってる」

新人P「……」

杏「珠ちゃんは未来があるんだから、一生懸命やった方がいいでしょ」

杏「杏はもういらない子だから、ここでゲームでもしてるよ」

珠美「そ、そんな……」オロオロ

新人P「さて、今回の飴ですが」

杏「う」ピクッ

新人P「ヨーグルフ○ーズンキャンディです」

杏「くぅ……! 新作かぁ」

新人P「では、珠美さんもひとつどうぞ」

珠美「あ、は、はい」

杏「……杏には?」

新人P「二袋あります」

杏「わ、分かってんじゃん、まったく」

珠美「むー……」

新人P「どうかしましたか?」

珠美「あ、杏殿、失礼ではありませんか」

珠美「P殿はいわば直属の上司、目上の方においしい飴を頂いたなら、感謝せねば」

杏「ふーん、いいんだよー、杏はビッグだから」

珠美「どう見ても珠美より小さいと思いますが……」

新人P「はっはっは、どっちも大差ありませんよ」

珠美「はっ! た、珠美はちっちゃくないですし!」

新人P「どの口が言うのかと」

杏「……」

新人P(はっ、しまった、機嫌を損ねたか?)

新人P「いやあ、そんなお二人のために、今回のドリンクは牛乳を用意させていただきました!」

珠美「いやあの」

新人P「ふっ、それで、杏さん、今度の飴はいかがでしょう」

杏「うーん、うまー♪ シャリシャリ感がたまんないね」

新人P「それは良かった」

新人P「では、行きましょうか」ダキッ

杏「えっ」

新人P「珠美さん、レッツラゴーですよ」

珠美「よ、よろしいのですか」

杏「ち、ちょっと待った! 杏は働かないって……!」

新人P「いえいえ、コンビを組むとはいえ、杏さんが大ベテラン」

新人P「ここはひとつ、珠美さんの授業参観をしてもらわねば」

杏「はぁ~!?」

新人P「見るだけなら仕事じゃありませんよ」

杏「し、知るか! 離せ!」ジタバタ

珠美「えーっと」

新人P「ギャラは発生しませんから!」

杏「そっちの方が嫌だよ!」

珠美「ううむ」

新人P「どうかしましたか」

珠美「い、いや。杏殿っ!」

杏「な、なに?」

珠美「これは、その、他の娘たちに比べればチャンスもチャンスではないですかっ!」

珠美「そのようなチャンスをみすみす逃すなど……!」

杏「そりゃすでに杏は売れてるからね」

珠美「ですよね!」

杏「むしろ珠ちゃんを売り込むブーストみたいなもんでしょ、私は」

新人P「さすがわかっていらっしゃる」

珠美「……うっ! ありがとうございますッ!」

新人P「はっはっは、珠ちゃんえらいえらい」なでなで

珠美「子ども扱いしないでください!」

新人P「珠美さんは見かけによらず、礼儀正しくて良い子ですね」

珠美「恐悦至極ッ!」

杏「……どのみち子ども扱いされてるでしょ……」

新人P「じゃあ、行きましょうか」

杏「ちくしょう……恨んでやる……」

新人P「おかしのまち◯か」

杏 ピクッ

新人P「帰り道にあるんですよね」

杏「あ、杏がそんな駄菓子に釣られるなんて……」

新人P「あっ、でも、仕事に行かないと途中で寄れないですね」

杏「し、仕方ないなぁ」

珠美「ちょろい……」

――取材。

記者「ありがとうございましたー」

珠美「ありがとうございましたー!」

記者「いや、しかし、元気いっぱいですね」

珠美「はい、珠美は元気が取り柄ですから!」

記者「今度、組む、その……双葉杏ちゃんとは全然違うよね」

珠美「そ、そうですね」


杏「……」ペロペロ


記者「あの、杏ちゃんは取材は」

新人P「あ、今日は授業参観みたいなものなので」

記者「はぁ……」

新人P「ギャラも発生しないんです」

記者(何しに来たんだろう)

記者「あの、じゃあ、記事にするとか、取材じゃないけど、お話はしてもいいですか?」

新人P「とかなんとか言っちゃって、どうせネタにしまい込むんでしょ~」

記者「ははは」

記者(イラッとする)

新人P「杏さん、どうですか?」

杏「……別に、なんでもいいし」

珠美「あうう、珠美が仕事しているのに、杏殿がメインなのですね……」

新人P「まあまあ」

記者「杏ちゃん、今の事務所に移ってどう?」

杏「……さぁ」

記者「やっぱり、こないだのイベントがうまく行かなかったからかな、トレードは」

杏「……杏は、出てなかったし」

記者「……ごめん、気を悪くした?」

杏「……」ペロペロ

記者「あー、やっぱり、前のプロデューサーさんとじゃないと元気出ないかな……」

杏「関係ない!」

記者「は、はい」

新人P「おっと、記者さん、うちのお姫様をいじめたらいけませんよ」

記者「いや、雑談をしようと……」

杏「杏帰る」スタスタ

新人P「あっ、待って!」

珠美「杏殿!」

記者「あ、あー……ごめんなさい」

新人P「いやいや、どうも失礼しまして」

新人P「……杏さん! 帰りが肝心ですよ! おかしのー!」

杏「はいはいわかったからー」スタスタ

珠美「お待ちなさい!」テテッ

記者「いやはや……」

新人P「すみませんね、ホント」

記者「いや、収穫でした。ここまでとは思わなかったんで」

新人P「そうですか。それでは、今日はこれで」

記者「えっ」

新人P「何かあるんですか?」

記者「い、いや、その、ご存知ですよね? 杏ちゃんと前の事務所の話」

新人P「知りませんけど」

記者「……」

新人P「ああ、揉めたことくらいは聞いてますが、僕、下っ端なんで」

記者「し、知りたくないですか?」

新人P「おお! 教えてくれるんですね! ありがとうございます」

記者「あ、え、う、はい」

記者「……こないだのイベントで、あそこの事務所、そ~~とう、赤が出たみたいなんですよ」

新人P「へぇぇ」

記者「それで、いくつかのプロダクションと合併することになって、その際にアイドルを整理しろって言われたらしくて……」

新人P「ふぅん」

記者「杏ちゃん、随分当時のPと仲が良かったらしいのに、新しいプロのイメージに合わないからって」

新人P「なるほど」

記者「オタクの事務所も、かなりお金積んだんでしょ?」

新人P「知らないんですよね」

記者「……自分の会社のことくらい、知っておいた方がいいと思いますよ」

新人P「記者さんて親切なんですねぇ!」

記者(本気で言ってるくさい)

新人P「つまり、杏さんは出てもいないイベントの責任を取らされて、うちに移籍してしまったと」

記者「結果的にね」

新人P「しかも、仲が良かったPと離れ離れになって」

記者「それがどうも、彼女を移籍しようって言い出したの、その彼らしいですよ」

新人P「……」

記者「移籍後、全然活動が見られないから、今日来たのを見てめちゃくちゃ興奮していたんですが……」

記者「あの調子じゃあ、相当深刻みたいですなぁ」

記者「やっぱりこれからは、厨二病アイドルの時代ですよ」

新人P「なるほどねぇ」

記者「闇に飲まれよ! なんちゃって」

新人P「そりゃ、元気も出せませんわ」

記者「あ、あの、反応してもらえないと恥ずかしいっていうか」

新人P「……よし!」

記者「……」

――駐車場。

珠美「杏殿!」

杏「……」テクテク

珠美「杏殿! 待ってください!」

杏「……」ピタッ

珠美「はぁー……やっと止まってくれた」

杏「あいつの車で来てるんだから、それで帰るに決まってるでしょ」

珠美「あ、あ、そうか」

杏「珠ちゃんはバカだなぁ」

珠美「てへへ……ではなくて!」

珠美「杏殿、いくらなんでも、あれは相手に失礼ではありませんか」

杏「あー、あれは相手のほうが失礼だからいいんだよ」

珠美「そ、そういうわけにはまいりません」

珠美「礼に始まり、礼に終わる。これこそ剣士の道と言うもの」

杏「杏は剣士じゃなくてアイドルなんだけど」

珠美「アイドル道も同じ事です!」

杏「アイドルも道なの?」

珠美「そうです! というか、そこが問題ではなくてですね……」

珠美「やっぱり、仕事が来れば素直に感謝し、ファンが増えれば心から喜び、それをお返しする気持ちでですね」

杏「……別に」

珠美「な、なんですか」

杏「周りが持ち上げているだけで、杏は働きたいわけじゃないし」

珠美「……!」


――バシッ!

新人P「……ありがとうございますッ!」

珠美「ぷ、プロデューサー殿!」

杏「な、なに、割り込んでるの」

新人P「はっはっは、うちの業界ではご褒美ですからね」

杏「はぁ」

珠美「だ、大丈夫ですか! 申し訳ありません!」

新人P「ご褒美ですし」

杏「……鼻血出てるよ、ほら」

新人P「おお、興奮しすぎて」

杏「これが感謝の心……?」

珠美「違いますよッ」

新人P「そんなことより、再デビュー前からこんな様子では、僕はとっても心配デス」

杏「……」

珠美「あ、あう……」

新人P「そこで交流を深めるために、事務所で寝泊まりゲーム大会を提案します!」

二人『!?』

新人P「使うゲームは桃鉄12で99年勝負!」

珠美「あ、あの、P殿」

新人P「なんですかね」

珠美「絶対怒られますよね」

新人P「はっはっは」

杏「しかも、負けるよね。あんた弱いし」

新人P「こう見えても、恐怖のハリケーン男と呼ばれてましてね」

杏「それ、弱いってことだよね?」

新人P「まあ、いいじゃないですか」サッ

杏「う、あ、飴ちゃんか」

新人P「どうです? 色え○ぴつキャンディです」バリッ

杏「カ○ロの回し者かなにか?」

珠美「P殿! このような、もので釣る態度が良くないと思うのです」

新人P「珠美ちゃんはいりません?」

珠美「いただきます!」

杏「ん~♪」

新人P「それじゃあ、とっとと帰って事務所を片づけましょう」

珠美「本気なんですか……」

――事務所。

ちひろ「……プロデューサーさん」

先輩P「ちひろさん。えーっと、どうでした? 例の、杏の元担当Pは」

ちひろ「残念ですが……」フルフル

先輩P「……。ま、まあ、正式に回答したわけでもないでしょうし」

ちひろ「いいえ。正式ではないですが、お断りのお手紙はいただいているんです」

先輩P「えっ」

ちひろ「その後もかなり、食い下がってみたのですが……」

先輩P「……そうですか」

ちひろ「ごめんなさい。相当な金額とはいえ、杏ちゃんの移籍は間違いない話だと思っていたので、私もこうなるとは思っていませんでした」

先輩P「いや、ちひろさんのせいじゃあありませんよ」

先輩P「ちひろさんの顔が広いから入っていただいてますが、本来はもっと俺達が丁寧に交渉すべきでした」

先輩P「うちのお姫様には悪いが、少し……騙しながらでも、所属してもらって」

ちひろ「その間に、新人Pさんに慣れてもらったりするしかないでしょうね」

先輩P「まあ、あいつで大丈夫なのかという不安はありますが」

ちひろ「あはは、まあ、なんというか、いい意味で空気がよめないというか」

先輩P「それが不安なんだよな」

ちひろ「大丈夫ですよ、多分」

先輩P「……ところで、その例のプロデューサーさんはなんて言って寄越したんです?」

ちひろ「えっと、読みます? とりあえず」

先輩P「失礼します」カサ

先輩P「えー…日頃より……まあ、ここはいいか」

先輩P「現在、新体制の下、日々の活動に邁進しており……双葉杏様には、新たな舞台でのご活躍をお祈り申し上げ……」

先輩P「なんか額面通りって感じですね。本当に仲が良かったのかねぇ」

ちひろ「それなんですよ」

ちひろ「食い下がって、ご本人にもお会いしたんですよ。そしたら……」


元P『悪いが、今の仕事が忙しいんだ。構っている暇なんてない』

ちひろ『そ、そうは言いますけど……杏ちゃんは、ものすごい才能を持ったアイドルですよ?』

元P『……だから?』

ちひろ『え、だ、だから、あなたが見るのが一番……』

元P『担当が変わったくらいで消えるなら、その方がいいでしょ。才能を持った子は、もっとたくさんいるんだから』

ちひろ『……!』

元P『もういいですか。本当に忙しいんです』

ちひろ『あ、あなたは……』

元P『……俺がいなくても大丈夫ですよ。あいつはね』

ちひろ『あ、ま、待ってください!』


ちひろ「……」

先輩P「……。はぁ~、なる、ほど……」

杏「……なるほど」

二人「!?」

ちひろ「あ、杏ちゃん、か、帰ってたの」

先輩P「あ、あー、その、なんだ? どこまで聞いてた?」

杏「……」バッ

先輩P「あっ、バカ、お前それ」

杏「……」ジーッ

ちひろ「あ、杏ちゃん? あのね、元Pさん、お忙しいみたいだから……」

杏「……」グググ

先輩P「ま、まったく、こんな時にあいつは何やってんだかな、新人Pは」

杏「ふんっ」バリッ

ちひろ「あっ!」

先輩P「ば、馬鹿野郎!」

杏「えい、えいっ、この!」ビリビリビリ

先輩P「やめろ、一応、大事な書類なんだぞ!」

杏「プロデューサーが、杏を要らないって書類!?」

先輩P「うっ」

杏「べ、別に……こんなの分かってた」

杏「プロデューサーには、もう、杏なんか必要じゃないんだって」

杏「あんた達だって似たようなもんじゃん。杏が必要なのは、杏がお金を作ってくれるからでしょ……」

ちひろ「そ、そんなことないわ」

杏「嘘ばっかり。事務所に来てゴロゴロしてても、文句の一つも言わずに我慢して」

杏「プロデューサーは、叱ってくれたよ」

先輩P「あ、あのなぁ……!」

杏「ごめんごめん。比べるなんて失礼だったね」

杏「と、とにかく、杏が働く理由なんて……」

バターン!

新人P「杏さん、珠美さんを送り届けてきましたよー」

新人P「準備をしてから来るそうなんで……って、なんですか、この雰囲気?」

杏「……」ダダダッ

新人P「おおお?」

新人P「行っちゃいましたね……」

先輩P「バカ、追いかけろ!」

ちひろ「プロデューサーさん、ごめんなさい! 追いかけて!」

新人P「え? ん?」

新人P「……ははあ。二人共、さてはまた働いてないとかで責め立てたんじゃ」

先輩P「いいから追いかけろ! 頼むから!」

ちひろ「ここは何も聞かずに、追いかけてください!」

新人P「えーっ、でも、その」

二人『早く!』

新人P「わっ、分かりました」

――

杏「はあっ……はあっ……!」


元P『こらこら、何を寝っ転がっているんだ?』

元P『大丈夫だ、お前なら出来る』


杏「はっ、はあっ……!」


元P『よーしよし! よく出来た! 飴をやろう』

元P『分かってるって。印税に、お休み……休むのも仕事の内だしな』

元P『ん? そう言ってこないだから、休んだ記憶が無い? ははは! まあ、なんとか都合つけてやる』


杏「ぐっ……はあっ、はあっ……!」


元P『ダメダメ、飴をもらったら、ありがとう、だろ?』

元P『俺はお前を信じてるから、言うんだ。なんつってな』


杏「はっ……はっ……!」

元P『……すまん。今度のイベント、失敗しちまった』

元P『お前には、別のプロダクションに移ってもらわないといけない』


杏「は……はっ……」


元P『俺は……俺はイベントで指揮を取ったんだ。俺が残らないわけにはいかない』

元P『社員のほとんどが退職しちまうんだ。どうしようもない』


杏「ぐすっ、はあっ……ひっぐ……」


元P『いや、お前が、頑張るって言ってもな。キャラじゃないだろ』

元P『……別に必要ないなんて言ってない。向こうサイドの要請もあって……』

元P『頼むよ……お前を守るためでもあるんだ……』

元P『分かってくれ……』


杏「ううっ、ひっ、うあああぁぁぁぁ……」

杏「うっ、うあ、ううぅぅぅ……」

杏「うあぁぁぁん!」

新人P「杏さん」

杏「うっ」ビクッ

新人P「往来で大泣きしてるから、すぐ見つかりました」

杏「ひっ、うっ、うう」

新人P「……大丈夫ですか?」

杏「うっ、うう~……」ガシッ

新人P「うおっ!?」

杏「う、ううぅぅぅぅ」

新人P「……。よしよし」

杏「わっ、私……」

新人P「はい?」

杏「わたしっ、ホントは、何も……出来ない。ぷ、プロデューサーにっ」

新人P「……。落ち着いて、落ち着いて」

杏「うん……」

新人P「よしよし、ちょっと、飲み物でも買ってきましょう」

杏「……うっ、うん」

――

杏「……杏は、前の、プロデューサーにおだてられてやってきただけだから」

杏「一人じゃ、何も出来ないんだ」

杏「かっ、肝心な時に、本当に困ってる、人を……」

杏「助けられないっていうか」

杏「……だから、もう、何やっても……意味、ないんだ」

新人P「そうですかねぇ」

杏「……そりゃ、あんたには、利用価値はあるかもしれないけど」

新人P「いやいや、僕、一回彼女に振られましてね」

杏「……は?」

新人P「ちゃんと就職もせず、フラフラしてて、バカみたいなことしか言わないって怒られちゃって」

杏「……そもそもどうやって付き合ったの」

新人P「まあ、今はこれだけ杏さんと楽しくやれてるからいいわけですよ」

杏「はあ……」

新人P「ありがとうございます」ペコリ

杏「……」

新人P「楽しいですよ、今」

新人P「それってすごく意味があることだと思いますけど」

杏「……」

新人P「アイドルって、人を笑顔にする仕事なんじゃないですか?」

杏「……うん」

新人P「あー、うまく言えない。あの、ですね。とにかく、まず僕にとって意味があったから無意味じゃないっていうか」

杏「分かったよ……」

新人P「……元気出ました?」

杏「別に、全然お腹に溜まってないよ」

新人P「はっはっは、じゃあこれから目一杯元気になるもの食べてくださいな」

杏「……ん」

新人P「さあ、そんな杏さんに、僕イチオシのこれ」

杏「あ、飴? 持ってきてたの?」

新人P「男梅プレミアムです!」

杏「おお……!」

新人P「僕、酸っぱいの苦手なんですけど、男梅は行けるんですよねー」

杏「……ん、そ、そう」

新人P「はい、一粒」

杏「ん……。……ありがとう」

新人P「はい!」


――事務所。

新人P「ただいま、戻りました!」

先輩P「おう……うまく行ったみたいだな」

新人P「はい……どうしました?」

珠美「あ、P殿! た、珠美は悪くありません、よ?」

ちひろ「プロデューサーさん、杏ちゃんを連れてきたのはいいんですけどね……」

先輩P「なに? 事務所に泊まって徹夜で桃鉄するつもりだったって?」

新人P「」

杏「杏知らなーい」

新人P「ちょっ! 待っ!?」

ちひろ「認めるわけありませんから」

先輩P「調子に乗りすぎたな……」

新人P「待ってください! これは何かの陰謀で……」

先輩P「ああ。お前のな」

杏「ふひひ、なんとかしなよ、プロデューサー」

新人P「杏さん、助けてください!」

おしまい。

O☆MA☆KE
ーーある日の事務所。

先輩P「ふひーっ、なんつう忙しさだ」

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

先輩P「ああ…ちひろさん」

ちひろ「杏ちゃんが働くようになってから、事務所全体がすごい勢いですものね」

先輩P「まったくですよ。波及効果はあると思ってましたが、ここまでとは思いませんでした」

ちひろ「さすがトップクラスのアイドルですね」

先輩P「……しかし、これだけ忙しいと、休みたくなる気持ちも分かるな」

ちひろ「お休み取りますか?」

先輩P「まさか! 凛も調子いいんで、走れるだけ走ります」

ちひろ「そうですか」

ちひろ「それにしても、驚きましたねー、まさか新人Pさんがあんなアイデアを温めていたなんて」

先輩P「アイデアっつーか……無謀なチャレンジというか……」

--
新人P『やっぱりファンを待たせた分、新しいことをしないとって思うんですよね』

先輩P『ふーん。具体的には?』

新人P『ジャーン! 「双葉杏移籍後初ライブ」計画案!」ドサッ

先輩P『お、おう…』(なんだこの分量)

新人P『限定500人! 全曲生歌、全員握手、全員ツーショットあり!』

新人P『全部やります 杏の8時間労働ライブ!!』

先輩P『殺す気か』

ガタンっ

新人P『……?』

杏『過労死待ったなし』

珠美『珠美の出番は……?』

先輩P『インパクトはあると思うぞ』

杏『い、命が大事でしょぉ!?』

新人P『杏さんなら出来ますよ』

杏『だ、大体、ライブで8時間もやるってことは、その前にリハとかいろいろあるってことじゃん!』

新人P『ぶっつけ本番にしましょうか』

杏『そーいう問題じゃないっ!』

珠美『P殿……』

新人P『珠美さんには介錯をお願いしたく』

杏『切腹させる気!?』

杏『……はっ。そうだよ、珠ちゃんが半分くらい働けば』

新人P『珠美さんは「珠美チャレンジ」という企画が』

先輩P『そ、その辺にしておけ』

先輩P『いいか。いくら正式な担当プロデューサーになって張り切ってるからって、いきなりハード過ぎだ』

新人P『てへり』

杏『気持ち悪い』

新人P『僕はただ、杏さんに笑顔になってほしいと』

珠美『P殿、努力の方向音痴ですよ!』

新人P『そうでしたか。では、別の案を……』

杏『あ、あのさ』

新人P『はい?』

杏『……そりゃ、少しは働くって言ったし、その、前の事務所を見返したいとも言ったけどさ』

杏『杏には杏のペースがあるわけで……』

新人P『いやいや、杏さんの気持ちも考えずに大変失礼なことを……!』ギリギリ

杏『あ~、だからさ』

杏『十分、嬉しい……から』

新人P『へ?』

杏『ん……気を使ってくれてるのは分かってるから』

杏『ゆっくり、やろうよ』

新人P『……』

珠美『ほっこりします』

新人P『つまり……もっと長期日程を組めと?』

杏『……』

先輩P(ダメだこいつ)
--

先輩P「……」

ちひろ「そんなやりとりが……」

先輩P「まあ、アイデア出すだけなら誰でも出来ますからね。後輩指導しながら、準備を手伝うのはしんどかったですよ」

ちひろ「でも、結局やったんですよね、イベント」

先輩P「負担を減らす方向でやりましたからね」

先輩P「握手でぬいぐるみにやらせたりとか、スリーショットに切り替えるとか……」

先輩P「まあ、そういうわけで、あいつはもっと俺を敬った方がいいと思うんですよ」

ちひろ(自分で言わなければいい人なのに)

先輩P「杏ちゃんもそう思うだろ」


杏「……ま、まあね」キョロキョロ


ちひろ「杏ちゃん、帰ってたの?」

杏「しーっ、しーっ」

先輩P「……どうしたんだ?」

杏「プロデューサーはこっち来てないよね? 来たら、いないって言って!」

先輩P・ちひろ「……」

新人P「杏さん」

杏「うひゃああっ!」

新人P「どうしたんですか?」

杏「い、行かない! 杏は働かないんだー!」

先輩P「おいおい、どうしたんだ」

新人P「働くなんて滅相もない、僕はデートのお誘いをしただけですよ!」

杏「デートという名の次の現場の下見じゃん!」

新人P「確かに偶然、偶然次の現場に重なってしまいましたが」

新人P「これはデート。仕事ではありません」

杏「いやだぁあああああああっ!」

ちひろ「あの、プロデューサーさん」

新人P「これは、ちひろさん! 違うんですよ、これはデートという名の下見であって……」

ちひろ「いえ、嫌がる女の子を無理やり連れ出すのはどうかと思いますよ」

新人P「……!!」

新人P「くっ……! つまり、傍から見たら変態に見えると」

先輩P「遠目に見ても通報されるぞ」

杏「うんうん」コクコク

新人P「す、すみません。まさか、杏さんを楽しませるつもりが……」

ちひろ「一体、何をして楽しませるつもりだったんですか」

新人P「いえ……ただ、次の『杏のダラレポ』の現場が、あの、ハピキャン工場だったもので……」


※ハピキャン工場……ハピハピキャンディの国内生産拠点。大人の社会科見学でも人気のスポット。


杏「!!」

新人P「最近、怒涛の勢いで忙しくなっているから、ここはじっくり見れる機会をと」

ちひろ「ああ、そうだったんですか」(善意でやってるから困るなぁ)

先輩P「だからって無理やりは良くないだろ」

新人P「そうでしたね……」

杏「……ま、待った」

杏「……しょうがないな」

新人P「えっ?」

杏「……よーく考えてみたら、プロデューサーは女の子に振られてるんだったね」

杏「杏を使ってデートの練習をしたい、と。そういうわけでしょ?」

新人P「いや、違いますよ」

杏「杏、仕事は嫌だけど、人助けは好きだし……」

新人P「ええと……」

杏「ハピキャン工場のおみやげも期待大だから、ついてってあげるよ、うん」

新人P「杏さんは、人助けが好き、ボランティアなども企画出来そう、と」カキカキ

先輩P(なんかいろんな墓穴掘ってるぞ、杏ちゃん)

新人P「じゃあ、とりあえず、今日の飴です」

杏「おお、塩レモンかっ、ありがとプロデューサー!」

新人P「はっはっは、代わりにジュースは飲み過ぎちゃダメですよ」

杏「分かってるよ」

新人P「それでは、打ち合わせに行きましょうか。珠美さんが待ってますよ」

杏「うぐっ……! ま、まだ今日も残ってたっけ、仕事」

新人P「そのとおりです! ささ、ここは僕の背中に負ぶさって!」

新人P「舐めている間に、移動しちゃいますからね」

杏「うっ、し、仕方ないな」ヨジヨジ


ちひろ「……」

先輩P「……」

新人P「それじゃあ、先輩、ちひろさん、これが終わったら直帰します」

先輩P「あ、ああ」

ちひろ「はい、一応、メールだけ入れてくださいね」

新人P「了解しました」

杏「んー……飴、うま……」

バタン。


先輩P「……」

ちひろ「……うーん」

先輩P「なんか、すごい仲の良さだなぁ」

ちひろ「プロデューサーさんも、凛ちゃんには似たような感じじゃないんですか?」

先輩P「そんな、滅相もない」

ちひろ「本当ですか?」ニコニコ

先輩P「ううっ」ダラダラ

――

新人P「杏さん」

杏「んー?」

新人P「頑張って、元Pさん、見返してやりましょうね」

杏「……ん。ま、まあ、そうだね」

新人P「やっぱり、抵抗はありますか? 仲が、その、良かったですし」

杏「いや、ええと……」

杏「……プロデューサーが、前に話してたじゃん」

新人P「何の話ですか」

杏「えっとー、ほら、今が楽しいのも、大事なことだって」

新人P「ああ、はい」

杏「杏も、楽しいよ、今は」

杏「だから、そういうのにも、感謝しとこうかなって」

新人P「杏さん……」

杏「ち、ちょっとだよ、ちょっとだけ」

杏「あ! 働くのが楽しいとかそういう訳じゃなくて」

新人P「……ぐすっ」

杏「な、泣いてるの?」

新人P「はっはっは、いや、別に」

杏「もー、プロデューサーは泣き虫だな」

新人P「これは、嬉し涙ってやつです」

杏「泣いてるんじゃん」

新人P「見解の相違ですね」

杏「いや、まあ、何でもいいけどさ」

新人P「……分かりましたよ、やっぱり楽しく行かないといけませんね!」

杏「うんうん。そのためには休息も大事だと思うし」

新人P「では今度のイベントは寝泊まりライブを!」

杏「うんうん……うん?」

新人P「ぜひファンと徹夜で桃鉄対戦を!」

杏「絶対怒られると思う」

――こうして、一人のアイドルが再び舞台へ戻ってきた。

過去の涙を噛み締め、新たな涙を抱きしめながら。

負けるな、杏!
たたかえ、杏!
いつかトップをつかむ、その日まで――

おしまい

あれ…? 結局、打ち切りエンドになってしまったぞ……
仕方ないから、各自適当に杏ちゃんprprしてください

・元P:よりは戻さない。会社に対する責任感と、杏に対する罪悪感から、担当する資格はないとかそういう風に思ってる感じ
・描写不足:ヤサグレ杏ちゃん書いたら満足してしまった
・続き書けない:書けない
・元ネタ:「感謝的生活」って杏ちゃんにピッタリだと思う
・珠ちゃん:珠美Pには大変申し訳無いことをした
・杏ちゃん:「杏ちゃんはなんらかの挫折の経験があり(親にやたらといろいろ比べられたとかそういう)、自分で自分のことを認められずにいた。
 才能だけなら溢れているにも関わらず、やる気を出し、本気を出して負けた経験から、引きこもりと堕落を敢えて自分に課すように。
 当然それは、幼い内であれば、勝てない瞬間も無理からぬことであったが、天才性故に、自分に見切りをつけてしまったのだ。
 しかし、一度元Pに見出され、厳しくも熱い指導の下にプロデューサーを慕うようになり、アイドルで才能を開花させる杏ちゃん。
 この当時のアイドル生活は、苦しさもあったものの、充実感のある日々だった。しかし、それでも、杏ちゃんは自分を信じることは出来なかった。
 そして元Pとの別離、いや、事務所からの追い出しというべきか、充実していた場所から放り出され、他人への信頼を失い、自分の無力さを思い知り、杏ちゃんは愕然とする。
 諦めきれない杏ちゃんは、新しい事務所に来ても、それでも元Pが迎えに来るのでは、と、応接室に陣取って待ち続ける日々を過ごしていた。
 しかし、いよいよ帰ってこないという意思を突きつけられた時、杏ちゃんはすべてを投げ捨てようと逃げ出した。
 
 が、そこへ空気の読めない新Pが!」

HTML化依頼出しときます。お疲れ様でした。

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