青年「君が俺に惚れたら『それ』取ってよ」(100)

少女「……」

青年「ねえ」

少女「いいですよ」

青年「あれ? 意外と素直」

少女「これが物語だとしたら、その方が面白いでしょう」

青年「もしそうなったら、悲しい話になるな」

少女「私はどうしようもなく悲しい、救いようのない話が好きなんです」

青年「いい趣味だ」

少女「貴方は?」

青年「俺は勇者が格好良く魔王を倒す話が好き」

少女「ありきたりですね」

青年「それがいいんだ。分かりやすくて」

少女「貴方は勇者でしょうか」

青年「ははっ。俺は魔王だろう」

少女「……」

青年「よし。いつまでもこんな暗い所にいないで、出発しようか」

少女「……」

青年「おーい。早く来いよー」


少女「どうして、そんなに悲しそうに笑うの……」

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申し訳程度のファンタジー要素を含んだ恋物語になる予定です。

『省かれた出会い』


青年「ぐがあっ!」

少女「すみません。手加減はしたのですが」

青年「いってえ! 絶対に嘘だ! ってか、そのでっかい水晶の付いた杖は鈍器かよ! 見た目が僧侶っぽいのはフェイクだな!?」

少女「ごちゃごちゃうるさいですね。今度『これ』に触ったら、こちらで攻撃させていただきますよ」

青年「お? そんな杖の先っぽじゃあ、俺は貫けないよ?」

少女「刺して致命傷を負わせようなんて思っていませんよ。先が尖っていないのは、相手を油断させるためのフェイクです」

少女「水晶を回せば、どんな魔物も即死の毒針がこんにちは」

青年「またまたご冗談を」

少女「刺してみましょうか? さすがの貴方でもかなり痛いと思いますが」

青年「……ごめん。もう触らないから許して」

少女「はい。お願いしますね」

青年「哀れなハムスター、俺」

少女「右の頬袋も膨らませてあげましょうか?」

青年「うう……むかつく。でも可愛いなー」

少女「これほどまで有り難みの無い褒め言葉は初めてです」

青年「なんで? 可愛いなんて言われたら嬉しいだろう?」

少女「ちゃんと私の顔を見てから言ってください」

青年「見たらハムスターにするくせに!」

少女「貴方が約束を破ろうとするからです」

青年「あー。俺、君と上手くやっていける気がしないわ」

少女「上手くやる気は毛頭ないです」

青年「……」

少女「それより、仕事場にはまだ着かないんですか?」

青年「ん。もう見えてる。うちの看板娘が迎えてくれるはずだよ」

少女「へえ。随分とコンパクトなお家ですね」

青年「そうだろう? もっと褒めるがいいさ!」

少女「……調子が狂う」

青年「姫ー! 帰ったよー!」

少女「姫?」

姫「おかえりー! あっ。もしかして依頼人?」

青年「そそ。商店街に突っ立ってて、かなり目立ってたから拾ってきた」

少女「どでかいハンマーを平然と背負っている人には言われたくないです」

姫「ふふっ。そうですよね……って、あれ? 兄さん、新しい服買ったの?」

青年「ああ。姫には見せられないくらい汚れちゃってね」

少女「……」

姫「そんなに? 一体何があったの?」

青年「水たまりにダイブしただけ。ほら。お客さんを待たせちゃいけないよ」

姫「あ! どうぞあがってください! 狭くて危ないですから、お手をどうぞ」

少女「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」スッ

姫「え……」

青年「な? 俺なんかよりずっと目立つだろう?」

姫「う、うん……」

青年「ソファーに座って」

少女「ありがとうございます」

姫「紅茶です。ミルクとお砂糖はどうしますか?」

少女「ミルクと角砂糖を三つでお願いします」

青年「みっつ!? 想像しただけでブラックコーヒーが飲みたくなるわ……」

少女「人の好みにケチをつけないでください」ヒョイッ

青年「いって! ひとんちの砂糖を投げるな!」

姫「あのぅ……」

少女「ごめんなさい。はしたないことをしてしまって」

姫「いえ、それはいいんですけど……」

少女「どうしました?」

姫「えっと……見えているんですか?」

少女「……」

姫「そんなに真っ赤なリボンで、目隠しをしているのに……」

青年「ごく自然な反応、疑問だ。でも無駄だよ、姫」

姫「え?」

青年「彼女はその目隠しについては何も話さない」

少女「ええ。話しません」

青年「触ればハムスターにされる」

姫「ハ、ハムスター?」

少女「貴女にも容赦はしないでしょうね」

姫「……」

青年「こらこら。姫を怖がらせないでよ」

少女「ごめんなさい。紅茶、いただきますね」

姫「どうぞ……」

青年「ふーん。ティーカップの位置は少し探らないと見つからないか。ということは、見えてるわけじゃなさそうだね」

姫「気配、とか?」

少女「そういうことにしておきましょうか」

青年「並大抵の経験じゃあ、そうはならないよね?」

少女「そろそろ本題に入りましょう」

青年「これ以上踏み込むと、ハムスターか」

姫「依頼内容を話してもらえますか? マスター」

少女「マスター?」

青年「依頼人は俺達のご主人様。名前を言いたがらない人もいるから、一貫してそう呼ぶように決めたんだ」

少女「そうでしたか。少しむず痒いですが」

青年「君が望むなら、名前で呼んであげてもいいんだよ?」

少女「遠慮しときます」

青年「残念」

姫「ねえ。兄さんはこういう女の子が好き?」

青年「俺は甘えてくれる子が好きだよ。でもまあ、これは何としてもデレさせたくなるな……」

少女「いまいち会話についていけません。それに『兄さん』と『姫』と呼び合う仲とは一体……」

青年「ただのあだ名だよ」

姫「色んな方と関わるので」

少女「確かに本名を知られるのは危険かもしれませんね」

青年「……」

姫「で! 依頼の方なんですが!」

少女「ああ。そうですね」

少女「では、単刀直入に」

姫「はい」

少女「そこのハンマー男を下さい」

姫「へ?」

少女「そこのマヌケヅラした男を下さい、と言いました」

青年「誰がマヌケだ? あ?」

姫「なっ……! そ、それは駄目ですよ!」

少女「なんでも屋さんと聞きましたが」

姫「なんでも引き受けるわけじゃないです!」

少女「それは困りました」

姫「えええ」

青年「うーん。でもマスターはお金持ちらしいからなー」

姫「兄さん!?」

青年「姫がこの先なんの不自由もなく生きていけるなら、俺はどんなことになったって構わないんだよ?」

姫「そんな……やだ」

青年「うんうん。やっぱりそうだよな」

姫「え?」

青年「お兄さん安心した」ナデナデ

姫「……兄さん」

少女「どうしてでしょう。今とても、お二人を杖で殴りたいという衝動に駆られています」

姫「ええ!?」

青年「やきもちかな?」

少女「ありえません」

青年「まあ冗談はさておき……だよ。姫」

少女「はい。ちょっとした冗談でした」

姫「二人でお揃いなんてずるいです!」

青年「怒るべきはそこじゃないだろう……」

少女「ことごとく本題から話がずれていきますね」

青年「全くだ」

姫「……じゃあ早くその本題を言っちゃってください」

青年「はいはい。すねないの」

姫「うう……」

少女「本題」

青年「あ、本題ね」

青年「俺はここへ来る途中に、少し話を聞いてるんだけど……」

少女「そうですね」

青年「うん。要約するとだな。マスターは、ある人を殺したいそうだ」

姫「ええ!?」

少女「端折りすぎていますが。まあ、そうですね」

姫「まさか! 私達にその人を暗殺しろと言うんですか!?」

少女「いえ。自分の手で殺さなければ意味がありませんから」

姫「……復讐、ですか?」

少女「そうですね」

少女「でも、今のままでは駄目なんです」

少女「だからその人を殺すための術を探しています。それを手伝ってほしいんです」

姫「でも、人を殺めるためのお手伝いは……」

少女「どんな報酬にもお応えしましょう」

姫「そんな……! 報酬なんて関係な……」

青年「ご依頼承りました! マスター!」

姫「兄さん!?」

少女「ありがとうございます。報酬の方は後払いでも大丈夫ですか?」

青年「勿論ですとも。僕達はマスターを信じてこそ、本気で仕事ができるってもんです」

姫「そう言ってタダ働きになったことも少なくないでしょう!」

青年「こらこら。人のためになるのなら、タダで働くのだって惜しくはないだろう?」

姫「それは依頼内容による!」

青年「こんなに可憐な子を放っておけるわけがない!」

姫「兄さんの好みなんて関係ない!」

青年「本当に、彼女が困っているのは分かるだろう?」

姫「でも! 復讐ができないからといって死ぬわけでは……」

少女「……」

姫「……ごめんなさい。嫌なことを言ってしまいました」

少女「いえ。貴女の言うことは正しいです」

少女「でも、私はこの復讐を必ず遂げなければならないんです」

姫「……」

青年「嫌なら留守番をしてくれたらいい。本音を言うと、姫にはしてほしくない仕事だし」

姫「……」

青年「でも、俺は行くからね」

姫「じゃあ、私も行く」

青年「無理はしないでほしい」

姫「兄さんが離れてしまうことの方が辛いの」

青年「……」

姫「ごめんなさい。お手洗いに行ってきます」タタッ

青年「……」

少女「愛されていますね」

青年「ははっ。そうだろう?」

少女「感情が空っぽの声ですね」

青年「なんで? 嬉しいよ」

少女「私は貴方を嘲笑います」

青年「勝手にしてくれ」

少女「なんて、可哀想なんでしょう」

青年「なんとでも言え」

少女「いっそのこと、私を好きになったらどうですか?」

青年「もう惚れちゃったの?」

少女「冗談です」

青年「……目を見ることができないってのは、厄介だな」

少女「……」

青年「君の感情も見えないや。声だけじゃよく分からない」

少女「そうですね」


少女「……そのための目隠しだったら、面白かったかもしれませんね」

本日の更新はこれで終わりです。

『違う二人』


姫「今晩はここでお休みになってください。明日支度をして、明後日には旅に出ましょう」

少女「ありがとうございます」

姫「いえいえ。少し毛布が埃っぽくて申し訳ないです」

少女「構いませんよ。埃のにおいは割と好きですから」

姫「変わってますね?」

少女「そうですか?」

姫「ふふっ。そうですよ」

少女「……」

姫「私も、今日はここで寝ようかな」

少女「やめておいた方がいいです。私は寝相が悪いらしいので」

姫「それは意外です」

少女「そうですか?」

姫「そうですよ」

姫「……って、これ二回目ですね。ふふっ」

少女「……」

姫「あ。ひとつ、質問してもいいですか?」

少女「はい」

姫「マスターと兄さんは、今日初めて会ったんですよね?」

少女「はい」

姫「なんだか仲が良いので……」

少女「ご心配には及びません。彼は貴女を好きなようですし。自信を持っては?」

姫「いえ、私達はそういう関係ではありませんから……」

少女「では、私への質問の意図はなんだったんでしょう?」

姫「……」

少女「とにかく私は貴女の恋敵にはなりませんので。安心してください」

姫「そうですか。……良かったです」

少女「可愛いですね」

姫「え?」

少女「なんとなく、そう思っただけです」

姫「……」

少女「おやすみなさい」

姫「……おやすみなさい」

二日後。


青年「よーし! 出発するか!」ブンッ

少女「ハンマーを振り回すのはやめてください」

青年「それもそうだな。姫がぶっ飛んじゃう」

少女「……」

青年「マスターは片手で受け止められるだろう?」

少女「それ以上は、ハムスターを覚悟してください」

青年「おー怖い怖い」

姫「マスター、気にしないでくださいね?」

少女「あんな煽りに感情が揺らいでしまうとは。もっと大人にならなければいけませんね」

青年「……意外と、女の子なんだねえ」

少女「……」ブンッ

青年「うおおっ! あっぶねえ!」

姫「わあああっ!」

少女「さあ、行きましょう」

青年「……」

姫「……」

支援

>>18

支援ありがとうございます。

少女「そういえば、姫は武器を持っていないようですけど」

青年「俺が格好良く守るから心配ないよ」

少女「そうですか」

青年「納得するんだ」

少女「姫が戦えるようには思えませんから」

青年「だってさ」

姫「私は……」

青年「……姫! 止まれ!」

姫「えっ? あっ……わあああああ!」ドテッ

少女「物凄いジャンプ力の魔物ですね」

青年「しかも速いなー。近づいてくるの見えなかった。……姫、膝擦りむいてない?」

姫「だ……大丈夫! 私も戦います!」

少女「姫は下がっていてください」

青年「下がっているのはマスターの方だよ……っと!」ドオオオオオンッ

少女「なっ……」ユラッ

姫「氷魔法!」

青年「おおっ。跳ぶねー」

姫「……凍れぇっ!」ピキッ

少女「え……」

青年「姫ナーイス!」

姫「もう。ちゃんと合図をくれないと、跳ぶのが遅れちゃうでしょう?」

青年「いやー。久々だから忘れてた」

少女「……なんですか。これは」

青年「俺達の戦い方」

少女「そのハンマーは、地面を叩いて揺らすためのものだったんですか?」

青年「勿論。こんなので生き物を叩いちゃったら、大変なことになるだろう?」

少女「それに姫は、攻撃魔法を……」

姫「私は治癒術がメインなんですけど、相手を凍らせるくらいならできますよ」

少女「さっきのはそんな簡単なものじゃないです。二種類の氷魔法をほぼ同時に……しかも片方は人間より大きな魔物を一瞬で凍らせるほどの威力……」

青年「ねえ。俺のことも褒めてよ」

姫「そうです。これは兄さんが考えた戦い方なんですから」

少女「……」

姫「兄さんが地面を叩く瞬間に、私は自分の足元にダスト状の氷を放って、その勢いで魔物より高く跳びます」

姫「突然の揺れに魔物は動けず、頭上はスキだらけ。そこを狙って凍りづけにするというものです」

青年「な? すごいだろう?」

少女「単純ですね。頭の悪い魔物にしか使えない。それに貴方は地面を叩いているだけでしょう」

青年「まあ、そうだけど」

姫「とにかくお役に立てて嬉しいです。魔物は体温が高いですから、氷が溶けてしまわないうちに行きましょう」

少女「……殺さないのが、貴方達のやり方なんですね」

青年「できるだけ……ね」

姫「それにしてもマスターは凄いですね。まるで目が見えているみたいです」

少女「誰にでもできますよ」

姫「無理ですよ! 凄いです!」

青年「あらあら。仲良しさんだね」

少女「急ぎましょう。日が暮れます」

青年「とりあえずの目的地は緑の国だな。この深い森の中の」

姫「じゃあ、本当に暗くならないうちに行かないとね」

少女「姫は木の枝で肌を傷つけないように気を付けてください」

姫「はい!」

青年「さあ、歩くぞー」

緑の国。


姫「……はあ」

青年「大丈夫か? だからおんぶしてやるって言ったのに」

姫「だって……」

少女「本気で怒らなくてもいいじゃないですか。姫は貴方に迷惑をかけたくなかったんでしょう」

青年「……」

姫「……」

少女「噂には聞いていましたが、こんな風に森のど真ん中を切り拓いて作られた国なんて珍しいですね」

青年「ああ。こんな場所だから、他の国との交流も少ない。だからこそ、平和な国とも言えるな」

姫「……」

青年「あ、ここの植物は人を惑わすから。気を付けて」

少女「え?」

姫「食卓に飾ったら……とっても綺麗なんでしょうね」

青年「姫はすっかり花の虜だ。一時間はここを動かないぞ」

少女「そういう意味ですか」

青年「でも、マスターは花になんて興味ないか」

少女「……」

青年「姫。宿を探すぞ」グイッ

姫「はーい」

少女「……私だって」ブチッ

青年「部屋を二つ用意してくれ」

少女「二つ?」

姫「ふたつ?」

青年「俺と姫、マスターの部屋」

姫「兄さん!」

少女「……」

青年「ん? マスターはご不満かな?」

少女「いえ。姫の満面の笑みに見惚れていただけです。では」

青年「ほーう」

姫「……」

少女「明日の朝、食堂で待ち合わせましょう」

青年「寝坊したらごめんね?」

少女「したら、どうなるのかは分かっているんでしょう?」

青年「もちろん」

少女「……では」

青年「おやすみー」

姫「おやすみなさい」

少女「……」パタン

少女「私だって、この花を見て綺麗だと思うのに」

少女「……駄目だ。あいつに惑わされちゃ」

少女「……」

青年『姫がぶっ飛んじゃう』

青年『マスターは片手で受け止められるだろう?』

少女「……」

青年『姫はすっかり花の虜だ』

青年『マスターは花になんて興味ないか』

少女「……」

姫『食卓に飾ったら……綺麗なんでしょうね』

少女「姫はそう言いながら、花を摘もうとはしなかった」

少女「でも、私は……」

少女「この花は、このまま朽ちていくだけ」

少女「……」

少女「私と姫は違う……か」

隣の部屋。


青年「姫、脚の方は大丈夫ですか? 枝に擦れて怪我をされたのでは……」

姫「大丈夫だよ。すぐに治癒できるから」

青年「しかし、痛いことには変わりないでしょう」

青年「やはり、そのような軽装では……」

姫「私はこの服が好きなの。脚を出している女の子の方が、魅力的でしょう?」

青年「安全の方が、大切です」

姫「ねえ。貴方はいつまでそのままなの?」

青年「……」

姫「私はもう、ただの女の子になったの」

姫「二人きりのときも、いつもの貴方でいて欲しい」

青年「これが、本当の僕ですよ」

姫「……」

青年「たとえ貴女が変わったとしても、僕は変わらず、貴女に仕える身であり続けます」

姫「……」

青年「姫?」

姫「やめて。その喋り方」

青年「……」

姫「これは、命令よ」

青年「姫……」

姫「……お願い。本当はこんなこと言いたくない」

姫「私は、貴方を駒になんてしたくない」

青年「……」

姫「私と貴方を、同じにしてよ」

青年「……申し訳ありません」

姫「……」

青年「せめて二人でいるときは、こんな僕でいさせてください」

姫「……」

青年「お願いします」

姫「……分かった」

姫「貴方が強く、そう望むなら」

青年「……」

姫「そういえば、マスターを一人にして良かったの?」

青年「僕と同じ部屋もどうかと思いましたので」

姫「じゃあ、貴方が一人になればよかったんじゃない?」

青年「姫」

姫「なんてね」

姫「意地悪言ってごめんなさい。私のためだって、ちゃんと分かってるから」

青年「……」

姫「本当に、優しいね」

青年「姫は昔っから甘えん坊でしたから」

姫「これからも、一緒に寝てね」

青年「ははっ……なんだそりゃ」ボソッ

姫「え?」

青年「いえ。髪を解いて、眠りましょうか」シュルッ

姫「あ、そういえばこのリボン……」

青年「……」


姫「マスターの目隠しと、同じ」

ここまでです。

kitai

>>30

ありがとうございます!

『それぞれの目的』


少女「早いですね」

青年「殴られるのは嫌だからね」

姫「マスター、おはようございます」

少女「おはようございます。良い匂いですね」

姫「マスターも飲みますか? コーンスープ」

少女「いえ、私は……」

青年「もっと腹持ちするのが良いよな」

少女「……そうですね。サンドイッチをいただいてきます」

青年「お願いしたらハム多めにしてもらえるぞー」

少女「……」

姫「兄さんは食べ過ぎだよ」

青年「姫はそれだけでいいの? 分けてあげるから、もっとお食べ」

姫「ん。ありがとう」パクッ

少女「……あの、おばさん。サンドイッチを野菜多めにして……」

おば「こら! 先生! 食べかけのもんを持ってくるんじゃないよ! 行儀悪い!」

少女「くださ……い」

先生「おばちゃんが悪いんだよう!」

青年「なんだ? カウンターが騒がしいな。マスターが縮こまってる」

姫「あの白衣の人……」

先生「僕トマト嫌いだって前に言ったよねえ!? 思いっきり口の中に入れちゃったよう! にゅるっと気持ち悪い!」

おば「毎回言ってくれなきゃ分からんよ! こっちだって忙しいんだ!」

先生「んじゃあ、ハム多めのトマト抜きでもう一個作って! ああ! アボカドが入ってると、この上なく嬉しいなあ!」

おば「へらへらした顔で我儘ばっか言ってんじゃないよ! あんたは仮にも『先生』だろう? もっとしゃきっとしな!」

先生「僕に名前が無いから皆そう呼んでるだけだよう。じゃあ、待ってるからねえ! アボカドたっぷりでお願いねえ!」

少女「……あ、あの」

おば「……ったく。あの子はどうしてああなっちゃったんだか」

少女「あのぅ……」

おば「はあ……」

青年「おばちゃん」バンッ

おば「あ、ああ! 気が付かなくてごめんね。何にする?」

青年「サンドイッチひとつ。ハム多めで」

おば「タマゴをサービスしとくよ。ちょいと待っててね」

青年「ありがとう。そこのテーブルね」

少女「……」

青年「ハム多めで、良かった?」

少女「……大きなお世話です」

青年「食べたら俺に感謝したくなるよ。すっごく美味いから」

少女「……」

おば「おまちどおさま」

少女「いただきます」パクッ

姫「美味しいですか?」

少女「ええ。とっても」

青年「ほーら。言っただろう?」

少女「食事中に話しかけないでください」

青年「……」

おば「兄ちゃん、二人も可愛い子連れてるんだねえ。どっちかあの子に紹介してやってよ」

青年「冗談と受け取るけど、真剣にこの子達はあげられないよ。特にアボカド野郎には」

おば「そりゃ残念だねえ。あの子はちょっと変だけどさ、結構やるんだよ?」

青年「まあ『先生』って呼ばれるくらいだから、想像はつくよ」

姫「兄さん。私、あの人知ってるかもしれない」ボソッ

青年「え?」

姫「かもしれない……だけど」

青年「うーん。それはちょっと気になるな」

少女「……」モグモグ

先生「やっぱりアボカドは美味いなあ。このもったり感がたまらねえ」

青年「お隣、いいですか?」

先生「んん? 美少年に興味はないよお」

青年「……」

姫「私も、ここに座っていいですか?」

先生「おお! どうぞどうぞ。お姫さま」

青年「なっ」

姫「えっ」

先生「んー? どうしたのお? お姫さまみたいに可愛い子だなあって意味だよお」

青年「……なんだそりゃ」

姫「あ、ありがとうございます……」

先生「んー。可愛いねえ。栗色の髪と赤いリボンがよく似合うよお」

青年「その眠くなる話し方、やめてくれないか」

先生「ごめんねえ。これは僕の個性なんだあ。乱暴な口調よりは良いだろう?」

姫「構いませんよ。穏やかで、私は好きです」

青年「姫!」

先生「まさに姫だねえ。僕も君とお話がしたいや」

姫「では、聞きたいことがあるんですが……」

先生「うん。なんでも聞いてよお」

姫「貴方は、青の国を訪れたことがありませんか?」

先生「ああ。行ってたよお。11年前にねえ」

青年「11年前……」

姫「緑の国の人が別の国へ訪れるなんて珍しいですよね」

先生「僕は幼い頃から魔法の研究をしててねえ。青の国へは一年くらい勉強しに行ってたのさあ」

青年「どこの研究室に通っていたんだ?」

先生「僕は優秀だったからねえ。王の元に直接通っていたんだあ」

青年「……なるほど」

先生「あそこはいい国だったねえ。でも、10年前に戦争が起こっただろう? 僕は怖くてすぐ逃げたんだあ。目が緑色だからか、兵士に見つかっても攻撃はされなかったけどねえ」

姫「そうでしたか」

先生「君達は青の国の人間だろう? 無事で良かったねえ。まあ、青の国がずっと優勢だったけどねえ」

青年「……」

先生「それにしても、どうしてそんなことを聞くんだい? 青の国で僕のことを見かけたのかなあ?」

姫「はい。ずっと昔に見かけたような気がして。だから……気になって」

先生「僕はお城からあまり外には出ていなかったんだけどねえ。君はお城の中の人だったのお?」

姫「え……と」

青年「全く外に出ていないということではないだろう? それに珍しい緑の目の人間だ。たとえ見たのが一瞬でも、彼女の中ではかなり印象が強かったんだろう」

先生「そうだねえ。おまけに美しいしねえ」

姫「……そうですね」

先生「じゃあ約10年ぶりの、運命の再会ってやつだねえ!」ガシッ

姫「いえ……お顔は合わせていませんし……」

青年「離してくれる?」

先生「坊や。乱暴はいけないよお」

青年「手は出していないだろう」

先生「目がねえ。今にもその馬鹿でかいハンマーで、僕の頭をスイカみたいに割っちゃいそうなんだよねえ」

青年「そうなりたくなかったら離すんだな」

先生「はいはい。もう話は終わったのお?」

姫「そうですね。少し気になっただけですし」

青年「いや、まだ聞きたいことがある」

先生「僕は別に良いんだけどねえ。さっきから向こうのテーブルに座ってる空色の髪の女の子が、ずーっとこっちを見てるんだよねえ」

ここまでです。

青年「ああ。彼女は放っておいて構わない」

少女「……」

姫「兄さんひどい! 私が話相手になってくる!」テテテッ

青年「姫が暇つぶしに行ってくれたしね」

先生「普段から『姫』って呼んでるんだあ。恥ずかしくないのお?」

青年「別に。彼女にぴったりだろう?」

先生「そうだねえ。本物のお姫さまだったりしてえ」

青年「城へ通っていたなら、知っているだろう」

先生「知ってるよお。青の国の王に娘がいないってことはねえ」

青年「そうだ。彼女はただの俺のパートナーだ」

先生「へえ。パートナーねえ」

青年「で、聞きたいことなんだけど」

先生「なんだい?」

青年「王様の元で学んだ魔法の中に、妙な魔法はなかったか?」

先生「みょう?」

青年「凄い魔法、特別な魔法……とも言えるかな」

先生「うーん。そうやってぼやかされるのは好きじゃないなあ」

青年「……じゃあ、単刀直入に」

先生「うんうん」

青年「『永遠の命』に関する魔法を、知らないか?」

先生「ああ。それは今のところ青の国の王だけが使える魔法だねえ」

青年「それは知ってる」

先生「もしかして、その魔法をかけてもらいたいのかい?」

青年「まさか」

先生「そうだよねえ」

先生「うーん。僕も結構、興味あるんだよねえ。その魔法のこと」

青年「何も知らないのか?」

先生「当時の僕は、もっと他のことに興味があったからねえ。恋愛とかさあ」

青年「あんたの恋物語なんて、聞きたくないな」

先生「ひどいなあ。でもなんだか坊やのこと気に入っちゃったよお」

青年「あんたが気に入ったのは、姫だろう」

先生「そうかもしれないねえ。とにかくさ、僕も坊や達のグループに混ぜてよお」

青年「……」

先生「悪いことはしないよお。これは研究者としての探究心さ!」

青年「分かった。俺も先生に来ていただいた方が助かるかもしれないしな」

先生「『先生』だなんて照れくさいなあ。でも、他に呼び名も無いからねえ」

少女「長い長い長話は終わりましたか?」

先生「はじめましてえ。目隠しのお嬢さん」

少女「はじめまして。……なのに申し訳ないですが、その喋り方、やめていただきたいです」

姫「杖を振り上げないでください……マスター」

青年「これは先生の個性なんだそうだ。我慢してあげて」

先生「ごめんねえ。そして、これからよろしくう」

少女「え?」

姫「え?」

青年「旅の仲間が増えました。やったね」

少女「どうしてこんな展開に……」

姫「私はいいんだけど、どうして?」

先生「あのねえ……」

青年「俺と先生の間に友情が芽生えた。ただそれだけ」

先生「んん?」

青年「……」

先生「……殴られたくないから黙っとこおっと」

少女「怪しいですね」

姫「怪しいです!」

青年「二人こそ、何を話してたんだ?」

姫「赤いリボンお揃いですねっていう話だよ」

青年「ああ……」

先生「おお。そのリボン、祝福されてるねえ」

青年「……」

少女「……」

先生「まあ珍しいものでもないかあ。便利だよねえ。ちょっとくらいの傷だったらすぐに治っちゃう」

姫「私はよく転ぶので、重宝してます」

先生「これから転びそうになったときは、僕が支えてあげるよお」

青年「姫の隣を歩くのは俺だ」

姫「兄さん……」

先生「……なんて頑固なんだろうねえ。この人は」

少女「頑固な上に馬鹿ですよ」

先生「坊やのこと、よく知ってるんだねえ」

少女「数日程度の付き合いです。それだけで性質が分かってしまうほど、彼は単純なんです」

先生「ふうん」

少女「なんですか。その笑みは」

先生「僕はいつもこんな顔さあ」

青年「何こそこそ話してるんだ? 宿を出るぞー」

先生「ちょっとおばちゃんに挨拶してくるねえ」

青年「じゃあ、外で待ってる」パタン

少女「……本当に、彼を連れて行くんですか?」

青年「そうだよ」

少女「目的は何ですか?」

青年「仲間は多い方がいいだろう」

少女「仲間?」

青年「俺達は仲間じゃないの?」

少女「……どうして?」

少女「どうしてそんなことが言えるの!? ふざけるのは……!」

姫「……」

少女「あ……」

姫「これは、お仕事ですもんね」

少女「……」

姫「でも、ちょっとくらいは仲良くなれたらなって思います」

少女「……依頼が完了したら、二度と会うことはないですよ」

姫「言い切っちゃうんですね」

少女「ええ」

姫「分かりました」

姫「それまでは、よろしくお願いしますね?」

少女「なにをですか」

姫「仲良くしてくださいって意味です」

少女「……」

青年「あんまり姫を悲しませないでくれよ」

少女「……」

先生「おまたせえ!」

先生「あれ? なんだか重たい空気だねえ」

姫「気のせいです。行きましょう」

青年「そうだな。とりあえず国を出るか」

先生「とりあえず、僕の家でしょ?」

青年「何かいるものがあるのか?」

先生「ちょっとねえ。まあ、すぐそこだからさあ」

青年「どこだ?」

先生「宿屋の向かいの家。あれだよお」

姫「本当にすぐそこですね」

少女「宿屋は食堂代わりに利用していたんですか」

先生「たまに泊まるよお。あそこにはベッドがあるからねえ。やっぱり椅子で寝ても疲れは取れないやあ」

青年「その発言で、先生の部屋がどんなのか想像ついたよ」

姫「きっと彼方此方に本が置かれているんでしょうね」

少女「それは少し……懐かしい光景かもしれません」

姫「マスターのお家も本が沢山置かれていたんですか?」

少女「はい」

先生「もう。勝手に決め付けないでよお」

青年「忘れ物がないようにな。俺達はここで待ってるから」

先生「あがっていきなよお。外で待たせてると思うと、焦っちゃうからさあ」

青年「じゃあ、お邪魔させてもらうか」

先生「どうぞどうぞお」ガチャ

姫「お邪魔します」

少女「お邪魔します」

青年「……想像通りだ」

姫「散らかっているというよりは、物が多い感じですね。きちんと綺麗にはされています」

先生「さすがお姫さま。衛生面には気を付けないとねえ」

少女「……紙のにおい」

先生「落ち着くよねえ」

少女「……そうですね」

先生「座る場所は無いけど、くつろいでてねえ」

青年「ああ。ありがとう」

先生「あ、坊やだけちょっとこっちに来てくれるかなあ」

青年「なんだ?」

先生「いいからいいからあ。二人はここで待っててねえ」パタン

姫「兄さん!」

少女「あの二人、本当に怪しいですね」

姫「今日、会ったばかりなのに……」

少女「あの人にとられたりはしないですよ」

姫「そんなことは……心配してないです」

少女「難しいですね。貴女は」

姫「……私も、そう思います」

薄暗い部屋。


青年「なんだ……これは」

先生「坊やにはちょっと刺激が強すぎたかなあ」

青年「……」

先生「彼女達には、絶対に見せられないよねえ」

青年「多分、姫は泣くんだろうな」

先生「この人が可哀想でかなあ」

青年「先生が可哀想で……だろう」

先生「ははっ。そうだねえ。こんなことをしてる僕は、可哀想なんだろうねえ」

青年「どうしてこれを俺に?」

先生「……」

先生「これが、僕が坊や達と一緒に行きたい理由だから」

青年「……そっか」

先生「こうなった経緯は、また話すよお」

青年「……あ」

先生「どうしたのお? この人、坊やの好みかい?」

青年「……なんでも、ない」

先生「そうは見えないけどねえ。でも坊やがそう言うんなら、僕は聞かない方がいいんだろうねえ」

青年「……」

先生「戻ろうかあ」ガチャ

姫「きゃっ!」

先生「うわあっ!」

姫「あ……」

少女「……」

青年「……盗み聴きとは。はしたないですよ、姫」

姫「あの……」

先生「おお! なんだか執事みたいな話し方だねえ。わざとなのお?」

青年「……ちょっとやってみただけ」

少女「似合いませんね。全く」

青年「言われると思った」

姫「こ、この部屋は何なんですか? ドア越しから、他の部屋とは違う雰囲気を感じて……」

先生「女の子には教えられないよお」

姫「ええっ」

先生「男の一人暮らしなんだ。秘密の部屋があってもおかしくないよねえ」

姫「……」

少女「そうなんですか?」

先生「そういうもんだよお。ね?」

青年「一緒にしないでくれ」

先生「ええっ! 僕だけ汚れ役かい?」

青年「適役だね」

先生「嫌だよお。ごめんねえ。さっきのは冗談だよお」

姫「……」

少女「どういう冗談なんでしょう?」

姫「用が済んだのなら、もう行きます!」タタッ

少女「あっ。姫……」

先生「行っちゃったあ。お嬢さんはこういうのに疎いんだねえ」

少女「姫の真っ赤な顔を見て、少しは理解しました」

先生「そうだねえ。頬っぺたが真っ赤っかあ。可愛かったけどねえ」

青年「姫は一体どこでそんなことを……」

先生「坊やが教えてあげたんじゃないのお?」

青年「そんなわけないだろう! 俺は……!」

先生「大事にしてるんだねえ」

青年「……」

先生「ん?」

青年「大事に、しなきゃいけないんだ……」

少女「……」

先生「そっかあ」

青年「……」

先生「じゃあ、早く追いかけないとねえ」

青年「そうだな」

先生「……って。お姫さま、すっごいスピードで戻ってきたよお」

姫「兄さあん!」タタッ

青年「姫、落ち着いて。どうしたの?」

姫「勝手に走って行っちゃってごめんなさい」

青年「……そんなの、すぐに追いつくから」

姫「違うの。ひとりで走って、思ったの。私もちゃんと言わなきゃって」

青年「え?」


姫「私も、兄さんの隣を歩いていたい」

乙です

>>50

ありがとうございます。

『どこでもいい』


先生「ラブラブだねえ」

姫「……」

青年「そういうことは、二人っきりのときにお願いします」

姫「ごめんなさい」

先生「謝らなくていいんだよお。坊やも心の中では喜んで舞い上がってるんだからさあ」

青年「うるさい!」ブンッ

先生「わああああああ! ちょっとそれは洒落にならないってえ!」ドテッ

青年「ふんっ……」

少女「手、擦りむいてますね」パアッ

先生「おお。お嬢さんは治癒術を使えるんだねえ。ありがとう」

少女「これくらい誰でもできますから」

先生「確かに僕も使えるけどねえ。でも、人にしてもらうと心も温かくなるねえ」

少女「何を言っているんですか」

先生「ははっ。ちょっとは照れたあ?」

少女「照れていません。先生なんて、そのままずっと尻餅ついていればいいんです」

青年「……彼女を怒らせるとハムスターにされるから。気をつけて」ボソッ

先生「ええっ。僕、怒らせるような事は言ってないのになあ……」

姫「次はどこに向かいましょうか」

少女「情報が無ければ、地図を眺めていても意味がありませんね」

先生「どうする? 坊や」

青年「別にどこでもいいよ」

姫「え?」

少女「え?」

先生「ええ?」

青年「……なんだよ」

先生「坊や達は何か目的があって旅をしているんだよねえ? だったら、どこでもいいってことはないよねえ?」

青年「あー……そうだな」

姫「お仕事なんだから、真面目にやらないと」

青年「ごめん……」

姫「いや、そんなに責めるつもりは……」

少女「どこに行けばいいのか分からないのは、私の責任です」

姫「そんなことないですよ!」

少女「私の依頼内容が曖昧過ぎました。手がかりも何もないなんて」

青年「それでも引き受けたのは俺達だ。マスターは悪くない」

姫「そうです!」

先生「いまいち話が見えてこないねえ。君達の関係って一体何なんだい?」

青年「請負人と依頼人。俺達はマスターに雇われているんだ」

先生「へえ」

青年「依頼内容に関しては、俺達の口からは教えられない」

先生「意外としっかりしてるんだねえ。でも一緒に旅をしていたら、いつかは僕にバレちゃうんじゃない?」

青年「あ……」

少女「馬鹿ですね」

姫「全く疑問を抱かなかった私も同じです……」

少女「構いませんよ。姫」

青年「姫しか許してあげないんだ……」

少女「とにかく歩きましょう。ここにいるより、他の国へ行った方が情報を得られるでしょうから」

先生「坊や、元気出してえ」

姫「また森を抜けなければいけませんね」

青年「……森のちょうど真ん中に国があるわけだから、裏門から出ても来た道と同じ距離を歩くことになるのか。長いなあ」

先生「楽しい話でもしようよお。そうすればあっという間だよお」

少女「気になっていたんですが、先生は武器を持っていませんね」

青年「また武器か。マスターは武器マニアなわけ?」

少女「話題を提供してあげているんです」

姫「私も気になります。先生はどうやって魔物と戦うんですか?」

先生「僕はねえ。髪に魔力を込めて攻撃するんだあ。沢山髪を抜いて放り投げれば、一度に大量の魔物を相手にすることができるんだよお。殺傷能力は低いけどねえ」

少女「……」

姫「……」

青年「引かれてるぞ」

先生「ええっ。結構便利なのになあ。縛って生け捕りにすることもできるしねえ」

先生「攻撃だけじゃなくて、癒しの魔力を込めた髪を対象に刺したり巻いたりすれば、体力を回復させたりもできるよお」

青年「それって激しい戦闘になったら……」

先生「んん?」

青年「苦戦して髪をいっぱい使う羽目になったら、先生の頭は……」

先生「それ以上言ったら刺すよお。いっぱいねえ」

少女「髪が赤く光ってます」

青年「痛みより、気味悪さが恐ろしいな……」

姫「別にそんな魔法にしなくても良かったんじゃ……」

先生「個性を活かそうと思ってねえ。ほら、僕は髪が長いだろう?」

青年「先生は個性に拘るんだな」

先生「まあねえ。皆同じだと、印象に残らないだろう?」

青年「確かに。先生のことは死ぬまで忘れることはできなさそうだ」

先生「誰かの記憶の中に居続けられるって、素敵なことだよねえ」

姫「私もそう思います」

少女「もし……」

少女「先生のことを恨んで、忘れられないのだとしても?」

青年「……」

姫「マスター?」

先生「そうだねえ……」

少女「……」

先生「忘れられるよりは、いいんじゃない?」

少女「……そうやって記憶の中に居座り続けられるのは……迷惑です」

姫「あっ……マスター! 待ってください!」

先生「……」

青年「先生のことを迷惑って言ったわけじゃないよ」

先生「分かってる」

先生「でも、後悔した。『忘れたい』と思っているのに『忘れられない』のは、とっても辛いことなのに」

青年「そうだな」

先生「恨まれても忘れられたくない……なんて。自分勝手だね」

青年「先生は、個性で覚えていてもらうんだろう?」

先生「ははっ。そうだねえ」

青年「無理して笑わなくてもいいのに」

先生「んん? 僕はいつだって笑顔だよお」

青年「……そっか」

先生「そうだよお。坊やも笑いながら二人を追いかけようよお」

青年「気持ちわるっ」

先生「ははっ。ひどいなあ」

ここまでです。

>>58

ありがとうございます。
更新が遅くて申し訳ありません。

数時間後。


姫「……なんとなく歩いて来ましたけど、すっかり暗くなってしまいましたね」

青年「姫、脚は痛くないか?」

姫「うん。ありがとう」

先生「お嬢さんは大丈夫?」

少女「心配ありません」

姫「先生、この辺りに宿屋はありませんか?」

先生「ご存知の通り、僕は国を滅多に出ないからねえ。知らないなあ」

少女「野宿ですか」

青年「駄目だ。姫にそんなことはさせられない」

少女「……」

先生「なんで森の中で迷っちゃったんだろうねえ。普通に歩いてたら、日没までに橙の国に着いていたはずなのにねえ」

青年「先生が『近道があるよお』なんて言って、道を外したからだろう」

少女「舗装されている道は直線の一本道なんですから、それ以上の近道なんて無いことにどうして気付かなかったんでしょうね。馬鹿だからですか」

青年「それ、自分で自分の首締めてるよ」

姫「うー……寒い」

先生「僕の髪を首に巻くかい? 魔法で温かくできるよお」

姫「えーと……それは遠慮させていただきます」

青年「姫、こっちにおいで」グイッ

先生「あー。奪われたあ。坊やって強引だねえ」

青年「違う」

少女「何かいますね」

先生「んん? よく見えないなあ」

姫「……私も」

青年「気配を上手く消そうとしてる。ちょっと厄介なやつかな」

少女「手元の明かりだけでは戦いにくいですね。燃やしましょうか」

青年「マスターは下がっててよ」

少女「この状況で姫は使えないでしょう。他にも貴方なりの戦い方があるんですか?」

青年「ないよ」

少女「なら、そのハンマーを魔物に振り下ろすしかないですね」

青年「おいおい。まだ魔物と決まったわけじゃ……」

先生「僕におまかせえ!」

青年「ちょっ……!」

先生「多めに髪を飛ばせば、姿が見えなくても当たるかもしれないよねえ!」ブチッ

姫「痛そう……」

青年「待て! 先生!」

先生「赤い髪! 飛んでけえええええ!」

「うわあああああああああ!」


まだまだ謎が一杯だな

>>62
ありがとうございます。
きちんと伏線回収できるよう頑張ります。

>>63
ありがとうございます。

先生「……あれえ? 人間の悲鳴だねえ」

青年「だから待てって言ったのに!」

先生「生け捕り用の魔法だから大丈夫だよお。ちょっと火傷はしちゃったかもしれないけどねえ」

姫「大丈夫ですかー!?」タタッ

青年「姫!」ダッ

少女「燃やさなくてよかったですね」

先生「そうだねえ。人を殺しちゃうなんて、恐ろしいもんねえ」

少女「……」

「うう……」

姫「大丈夫ですか? 今すぐ治癒しますね」パアッ

青年「姫! いい加減にしてください!」グイッ

姫「え?」

青年「魔物じゃないから……人間だから、という考えをお持ちなら、今すぐそんなものは捨ててしまってください」

姫「……」

青年「姫の隣を歩くなんて、軽率でした」

姫「……」

青年「僕は、姫の一歩、二歩前を歩いていなければならなかった」

姫「どうして……」

少女「喧嘩ですか?」

青年「……」

姫「……」

先生「今、解くからねえ」

青年「……おい!」

先生「んん?」

青年「そいつが安全かどうか確かめてから解いた方が……」

先生「大丈夫だよお」

青年「どうして……」

先生「だってほら。こんなに優しそうな顔をしているんだよお」

青年「……」

先生「はい。魔法は解いたよお。痛くしちゃってごめんねえ」

「こちらこそすみません。明かりが切れてしまったので、魔物に気付かれないよう静かに歩いていたのですが……。逆に怪しませてしまったようですね」

先生「そうだねえ。ちょっと怖かったなあ」

青年「先生は気付いてなかっただろう」

少女「どうしてこんなところにお一人で?」

宿屋「私、ここから少し歩いたところで宿屋を営んでおりまして。夜に迷っている方をご案内するために、毎日こうして歩き回っているんです」

姫「それは素敵なことですけど……あまりに危険じゃありませんか?」

宿屋「ただのおじさんだと思って、見くびってもらっては困りますよ?」

青年「上手く気配を消そうとしていたしな。俺とマスターには気付かれたけど、それは貴方の問題じゃない」

宿屋「お若いのに大したものです」

青年「宿屋までの案内、頼みます」

宿屋「おまかせください。今夜は良い部屋が空いているんですよ。あなた方はついている」

姫「楽しみです」

先生「うーん。眠たいねえ。久々に歩いたからかなあ」

少女「明日は筋肉痛ですね」

先生「わああっ。絶対そうだよお。嫌だなあ」

宿屋「ご希望であれば、マッサージしますよ。お風呂上がりにでも呼んでください」

先生「おおっ! いいねえ。常連さんになっちゃおっかなあ」

少女「治癒術で癒せばいいじゃないですか」

青年「マスターは分かってないなー」

先生「そうだよお。自分で自分を癒してもねえ」

少女「……」

姫「あっ! あのオレンジ色の明かりが見える建物がそうですね?」

宿屋「はい。私は先に行って鍵を開けて来ますので、皆さんは焦らず歩いてきてください」ダッ

姫「……いい人そうで良かった」

青年「悪い奴だったら、どうするつもりだったんだ」

姫「それは……」

先生「坊やが守ればいいだろう? 簡単なことだよお」

青年「……」

少女「早く行きましょう。待たせては申し訳ないですから」

ここまでです。

>>69

ありがとうございます。

先生「おお。こんな場所にあるとは思えないほど、お洒落な建物だねえ。女の人が好きそうだなあ」

姫「そうですねー。とっても素敵です。奥さんの趣味なのかもしれませんね」

青年「でも不自然だな。手入れが全くされていない。花壇や鉢植えなんて、枯れっぱなしだし」

少女「綺麗な物を揃えるだけ揃えて、満足したんじゃないですか。花の面倒なんて、すぐに飽きそうですし」

青年「まあ、そう考えるのが自然……か」

姫「さあ、中に入りましょう」

先生「内装もどんな感じか気になるしねえ。おじゃましまーす!」ガチャ

宿屋「夜分遅くにいらっしゃいませ。何名様でしょうか? ……なーんて」

先生「もーう。分かってるくせにい!」

宿屋「ははっ。扉を開けられると、どうしても言いたくなってしまいまして」

青年「……」

姫「……」

少女「……」

宿屋「おや。どうされました?」

青年「……赤の国の、人間だったのか」

宿屋「……」

先生「ほんとだあ。赤い目だねえ。暗くてよく見えなかったよお」

青年「……」

宿屋「そんなに警戒しないでください。私は目の色に拘ったりはしませんから」

先生「そうだよお。目の色だけでその人を判断するのはどうかと思うよお」

青年「……」

宿屋「赤と青の争いは、10年前に終わっていますから……」

宿屋「あなた方が悪党でないならば、私は宿屋の主人として、お客様を暖かい部屋にご案内するだけですよ」

青年「あんたは俺達を信じられるのか?」

宿屋「青の国の人は、こちらが手を出さない限りは襲って来たりしないでしょう」

宿屋「あの戦争で圧倒的な勝利を収めたのは青。赤が青を恨むことがあっても、その逆は滅多に無いと考えています」

先生「そうだねえ。戦争後に起こった小さな争いは全部、赤の国の人間の復讐がきっかけだって聞くしねえ」

少女「貴方は、この人に復讐されるようなことをしたんですか?」

青年「……」

姫「兄さんはそんなこと、してません……!」

少女「……」

青年「……他に泊まる場所もない。部屋を貸してくれ」

先生「わーい! 早くベッドに飛び込みたいなあ!」

宿屋「部屋はいくつご案内しましょう? 一番広い部屋で、ベッドは三つになりますが」

青年「じゃあ二つ……いや、三つか?」

先生「んん? 僕と坊や、お姫さまとお嬢さんで二つじゃないのお?」

青年「いや……」

少女「私と先生、貴方と姫でいいでしょう。部屋は二つでお願いします」

宿屋「では、こちらが右手に見える部屋の鍵になります。何かありましたら、声をかけてください。ごゆっくり」

少女「ありがとうございます」

先生「お嬢さんは僕とでいいのお? なんか照れるなあ」

姫「マスター! やっぱり、女同士で……」

少女「ただ寝るだけなんですから、誰とでも同じです。……私は」

先生「じゃあ、おやすみい」

姫「……」

青年「彼女は姫のことを考えてくれているんですよ」

姫「うん」

青年「僕の次くらいに、ですけどね」

姫「私、我儘かな」

青年「そんなことはありません。周りの人間が、よく気が付くだけです」

姫「……」

青年「姫はもっと、我儘を言ってもいいんですよ」

姫「……」

青年「姫?」

姫「部屋、行こっか」

青年「はい」

宿屋「……」

先生「わあ! ふかふかベッドだねえ! おばさんのとこより良いやつだあ!」ボフッ

少女「子供みたいですね」

先生「んん? そんなこと言っていいのかなあ?」

少女「私がそう思ったんですから、いいんです」

先生「お嬢さんって、ちょっとやりにくいねえ」

少女「姫のように素直じゃないですからね」バッ

先生「あれ? もう寝るのお? お風呂はあ?」

少女「明日の朝にします」

先生「そっかあ。でもせっかく二人きりになったんだからさあ。ちょっとくらいはお話しようよお」

少女「じゃあ、質問してもいいですか?」

先生「どうぞお」

少女「この目隠しのこと、気にならないんですか?」

先生「あー。それねえ。聞かないようにしてたのになあ。聞いた方がいいのお?」

少女「いえ。ただ、聞いてこない人は珍しかったので」

先生「まあ気になるけどさあ……」

先生「そこまであからさまだと、怖くて聞けない」

少女「……」

先生「目の色って、僕達にとってはちょっと面倒くさいことだったりするから」

少女「……」

先生「まあ、僕は緑の国の人間だから、そう実感することはあまり無かったんだけどねえ。ははっ」

少女「……」

先生「でも、さっきの宿屋さんと坊やのやりとりを見てたら……」

先生「やっぱり、面倒くさいなあって思った」

少女「……」

先生「ん? どうしたのお?」

少女「先生は、私の目が何色か……気になりませんか?」

先生「その目隠しの意図は気になるけど、目の色なんてどうでもいいよ」

少女「……」

先生「まあそんなことも、僕が緑の国の人間だから言えるのかもしれないけどねえ。ははっ」

少女「……」

先生「そうだ。僕も気になってることがあるから、質問してもいいかなあ?」

少女「……どうぞ」

先生「お嬢さんは、坊やのことが好きなのお?」

少女「寝ます」バッ

先生「わわっ! 冗談だよお!」

少女「冗談でも、言って良いことと悪いことがあるんです」

先生「そんなに悪いことだったのお?」

少女「そうです。おやすみなさい」

先生「……」

少女「……」

先生「……それってさ。坊やのことが大好きか、大嫌いかのどっちか……ってこと?」ボソッ

ここまでです。

乙ー

乙!!

面白いです!
続きが気になります!

>>77
ありがとうございます。

>>78
そう言っていただけると、執筆の際の励みになります。

>>79
ありがとうございます。

隣の部屋。


青年「姫。髪を解きましょうか」

姫「自分でやるからいいよ」

青年「そう言わずに」

姫「だって、似合わないもん」

青年「知っています」

姫「城にいたときから、こんなことは貴方の役割じゃなかった」

青年「昔は、優しい使用人がずっと傍にいましたもんね」

姫「……うん」

青年「僕といるより、彼女といる時間の方が長かったんじゃないですか?」

姫「そりゃあ、女同士だったし。それに貴方は、自分の仕事があったから……」

青年「だから僕はずっと、彼女に嫉妬していたんですよ」

姫「え?」

青年「僕もこうやって、貴女の髪に触りたいと思っていたんです」シュルッ

姫「嘘。私の髪よく引っ張ってたじゃない。あれ、痛かったんだから」

青年「ははっ。そういうことじゃないって」

姫「……」

青年「そうじゃなくて……」

姫「……私の使用人になりたかったってこと?」

青年「そうです」

姫「……」

青年「その方がもっと、三人で一緒にいられたでしょうから」

姫「……でも」

青年「でも?」

姫「あの頃の私は多分、それを望まなかったと思う」

青年「……」

姫「私は彼女ーー姉さんのことが大好きだったけど……」

青年「……」

姫「姉さんは、貴方のことが好きだったから」

青年「それは……初耳でした」

姫「だから私も姉さんに嫉妬してたの。姉さんは、貴方と同い年だったから」

青年「……」

姫「私は二人より七つも年下で、あの頃は本当にただの子供だった。でも、一丁前に恋は知ってて……」

姫「私は姉さんのことが、嫌いだった」

青年「でも、大好きだったんだろう?」

姫「……うん」

青年「それは知ってた」

姫「……ねえ」

青年「ん?」

姫「貴方は……姉さんの代わりになってくれているの?」

青年「……」

姫「その話し方も、振る舞いも……姉さんに似せているの?」

青年「……」

姫「ねえ」

青年「……」

姫「姉さんは今、どこに……」

青年「……」ゴトッ

姫「……ブラシ、転がっていっちゃったよ。ベッドの下」

青年「……大丈夫です」ゴソゴソ

姫「あ。シャツの裾、汚れてる」

青年「……っ!」バッ

姫「……え?」

青年「いや、触れられるのが嫌というわけではなくて……」

姫「そんなの、分かってるよ」

青年「……」

姫「シャツの下。何か隠してるの?」

青年「いえ」

姫「……誰かに襲われた傷の跡、とか」

青年「僕は元兵士ですから。傷の跡なんて、沢山ありますよ」

姫「……そうだね。兵士だったね」

青年「……」

姫「確かに、貴方は使用人だった方が良かったのかもしれないね」

青年「……」

姫「じゃあ、赤い色の憎しみなんて……背負わなくても良かったのに」

姫「……そういえば、宿屋さんの奥さん、見かけなかったね」

青年「未婚なのかもしれませんよ」

姫「この建物を見てたら、そうは思えないけど」

青年「じゃあ奥さんは今、どこかの国へ買い物に行っているとか」

姫「前向きな考え方だね」

青年「はい」

姫「そうだね。私も、そう思うよ」

青年「……」

姫「ここらへん、何にも無いもんね」

青年「だからこそ、この宿屋がありがたいんですけどね」

姫「……」

青年「……姫?」

姫「こんなところにずっと一人ぼっちなんて、悲しすぎるよね」

青年「……」

姫「誰か、帰ってくるんだよね」

青年「……」

青年「姫。今夜は一緒のベッドで寝てくれませんか?」グイッ

姫「へっ!?」ドサッ

青年「……」

姫「顔、真っ赤だけど……大丈夫?」

青年「それは……気にしないでください」

姫「そう言われても……」

青年「お願いします」ギュッ

姫「上に乗られたら……重いよ」

青年「我慢してください」

姫「……どうして?」

青年「姫が安心して、眠れるようにです」

姫「これじゃあ眠れないよ」

青年「大丈夫です。姫は昔から、眠くなればどんな状況でも眠っていましたから」

姫「……そんなことない」

青年「ずっと見てきたので、間違いありません」

姫「……」

青年「そうだろう?」

姫「……電気、消して」

青年「はい」カチッ

姫「……」

青年「おやすみなさい」

姫「……おやすみなさい」

ここまでです。

勢いでプロットに無い設定まで書いてしまったので、辻褄を合わせるために更新が遅れるかもしれません。

面白いです。続き期待してます。

>>88
>>89

ありがとうございます。
ゆっくり更新ですが、お付き合いいただけたらと思います。

真夜中。


宿屋「……っ!」グサッ

青年「くっ!」

姫「……ん」

宿屋「はあ……はあ……」

青年「寝込みを襲うなんて、なかなか狡いねー」

宿屋「……私は、貴方のような誇り高き兵士ではありませんので」

青年「俺、そんな風に名乗ったっけ?」

宿屋「部屋での話を……聞かせてもらいました」

青年「悪趣味だなー。俺達のこと、信じてたんじゃないの?」

宿屋「言ったでしょう。私は目の色には拘らない。あなた方が悪党でないならば、客として迎えます……と」

青年「で、会話を盗聴して判断したわけだ。俺達は悪党だと」

宿屋「悪党……とは違いますかね。青の国にとっては、貴方は正義ですから」

青年「よく分かってるね」

宿屋「……」

青年「片方からは感謝の声、もう片方からは怨嗟の声」

青年「正直、耳をちぎりたくなるよ」

宿屋「分かりませんね。私は兵士ではありませんから」

青年「そっかそっか」

宿屋「それにしても……おかしいですね。貴方はもう、死んでいるはずなのに」

青年「そうだね。死んじゃいたいくらい、痛いけど」

宿屋「……はあっ!」ブンッ

青年「おっと!」ドンッ

姫「いったー!」

青年「ごめん。頭打った?」

姫「……え? なに? ベッドから落ちたの?」

青年「うん。一緒に」

姫「ええええ」

宿屋「穴が空いてしまいました。……せっかく妻が、選んでくれたベッドだったのに」

姫「やどや……さん?」

青年「姫。俺から離れないで」

姫「え……」

宿屋「武器も持っていないのに、どうやって守るつもりですか?」

青年「勿論、この体で」

宿屋「さすが兵士さん。格好いいですね……っ!」ザッ

青年「うっ……」

姫「兄さん!」

青年「……ひとつさ、聞きたいことがあるんだけど」

宿屋「なんですか?」

青年「もし、このベッドに寝ているのが俺じゃなかったら……って考えなかった?」

姫「……」

宿屋「考えませんでした」

青年「別に姫を殺しても良かったってこと?」

宿屋「……そうです」

姫「……」

宿屋「ついでに、そこのお優しいお姫さまにも死んでもらおうと思っていましたから……!」ブンッ

青年「……っ」

姫「兄さん!」

青年「大丈夫。全部、かすり傷だから」

姫「……嘘つき」パアァ

青年「……」

宿屋「治癒術ですか。……いいですね。互いに助け合えるなんて」

青年「俺に、家族を殺されたの?」

姫「兄さん……!」ギュ

宿屋「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」

青年「そうだと思った。赤の国の人間を殺した兵士は、沢山いるから」

宿屋「でも……!」

青年「……」

宿屋「私は今! どうしても妻の仇を討ちたい……!」

青年「だから、青い目をした兵士なら誰でもいいんだ?」

宿屋「……くっ」

青年「……違う、か」

宿屋「……私は、こんな何も無い場所でひとりぼっちなんです」

青年「……」

姫「……」

宿屋「『買い物に行っているだけ』だとか……」

宿屋「『帰ってくるんだよね』なんて、言ってくれましたが……」

姫「……」

宿屋「妻の好きなもので溢れたこの家にはもう、妻は帰って来ないんです」

姫「……ごめんなさい」

宿屋「ただ優しいだけの言葉は! 悲しい現実を浮き彫りにするだけなんです……!」ダッ

姫「ごめんなさい!」バッ

青年「姫! なにを……!?」

宿屋「あああああああ!」

姫「これで……貴方の気持ちが救われるのなら……」

青年「姫! 伏せろ!」

先生「どうしたの!?」バンッ

宿屋「……」ピタッ

姫「……」

青年「馬鹿なことはしないでくれ! 頼むから!」

先生「どういう状況なの!?」

少女「とりあえず、電気をつけましょうか」パッ

先生「二人とも血塗れじゃないか……! どうして……!」

姫「……っ」

宿屋「……」

姫「ごめん、なさい……!」

先生「どうして……そんなに泣いて……」

少女「……」ドンッ

宿屋「うっ……」バタッ

少女「とりあえず、気絶させました」

青年「……さすが。容赦ないね」

少女「一応、先生の魔法で縛っておいてください」

先生「……うん」

青年「ありがとう。二人が来てくれなかったら、姫は切られてた」

少女「一体どうしたらこういう状況になるんですか」

姫「……」

先生「大丈夫?」

姫「私は大丈夫です。これは全部……兄さんの血だから……」

先生「え!? 坊や、死んじゃうよ!?」

青年「大丈夫。姫が治癒してくれたし」

少女「背中の傷は、まだ癒えていないようですけど」

青年「ああ。それは……」

少女「そこに落ちている短剣での一撃ですよね。ということは、彼は貴方にかなり接近して攻撃したことになります」

青年「……なにが言いたいの?」

少女「たとえ眠っていたとしても、貴方なら避けられたでしょう?」

青年「避けるつもりなんてなかったよ」

少女「どういうことですか」

姫「私を、守ってくれたんだよね」

少女「え?」

青年「俺の下で、姫が寝てたから」

先生「なにそれえ!? やっぱり二人はそういう関係なのお!?」

青年「この状況で、いやらしいことが想像できるのか。先生は」

先生「いや、ちょっと場を和ませようと思ったんだよお……」

少女「貴方は、彼が襲ってくるかもしれないと予想していたわけですか」

青年「……」

少女「だから姫を近くで守るために、一緒のベッドにいたんですね」

青年「そうだとしたら?」

少女「さすがですね」

青年「どうして?」

少女「自分が守るべきものは、命をかけて守るなんて。まるで国のために戦う兵士のようです」

先生「坊やが兵士?」

少女「例えてみただけですよ」

青年「……そんなことより、まずはこの状況をどうするかだ」

先生「そうだねえ。僕はまだよく分かってないよお。なんでこんなことになっているのかねえ」

姫「……」

少女「……姫、大丈夫ですか?」

姫「私のせいです」

少女「え?」

先生「どういうこと?」

姫「……宿屋さんは、奥さんを戦争で亡くされているようです」

少女「……」

先生「……なにそれ。だから、青の国の人間に復讐をしてやろうって? お姫さまや坊やが殺したわけじゃないのに?」

青年「……」

先生「目の色なんて関係ないって言ってたじゃないか……!」

姫「そうじゃありません!」

先生「……え?」

姫「私が、軽はずみなことを言ったから……」

姫「何も知らないくせに! もう二度と帰ってこない人を、きっと帰ってくるなんて言ったから……!」

先生「もう、帰ってこない人……」

青年「姫。落ち着いて」

少女「意味が分かりませんね」

姫「……」

少女「姫も、そして何故か先生までも冷静さを欠いている。こんな状況で話がまとまるとは思えません」

先生「……」

少女「とにかくこの血生臭い部屋を出ましょう」

少女「……そして、貴方の背中の傷を癒しましょう」

青年「……」

少女「どうして黙り込むんですか。私は今、一番正しい判断をしたつもりですが」

青年「ああ。完璧すぎて、びっくりした」

少女「……」

青年「ありがとう」

少女「……貴方のためじゃ、ありません」

青年「それは俺が一番、分かってるよ」ボソッ

少女「……」

本日の更新は、ここまでです。

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