女神「正月過ぎると暇じゃのう」宮司「だからってコタツで昼寝ですか?」(1000)

女神「ほっとけ、神だって寒いもんは寒いんじゃからしょーがないじゃろ」

宮司「情けないですね……神様なら寒さの一つや二つ、神通力でなんとかならないんですか?」

女神「お主ふざけとんのか。神通力を暖房代わりに使う神がどこにおるんじゃ」

宮司「減るもんでもないでしょうが。電気代がもったいないからそうしてくれると助かるんですけどね」

女神「神職のくせしてずいぶんと傲慢な態度を取るんじゃな」

宮司「神のくせにずいぶんと自堕落な生活態度ですねとでも返しておきますよ」

女神「祟り殺されたいのかお主は」

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女神「とにかくしばらくはここを出る気はないぞ。わしはコタツと一体となる」

宮司「ひどい神様だ。参拝客が来たらどうするんですか」

女神「あーん? 平気じゃろ。奴らはわしに会いに来とるんじゃのうて、賽銭入れて鈴鳴らすためにきとるんじゃろうからな」

宮司「そんな適当な対応じゃ困りますよ……」

女神「心配しなさんな、金を入れてくれた客には後で御利益を振りまいてやっとるから」

宮司「御利益ってそんな簡単にあげられるんですか」

女神「袖振ると出てくるんじゃが」

宮司「神様ってすごいですね」

宮司「で、コタツから出る気はないんですね」

女神「ない。おやすみ」

宮司「もう! 正月終わったってのにいつまでも寝正月気分じゃ困りますよ!」

女神「ぶっちゃけわしの正月は寝正月ではなかったんじゃが。正月終わってから睡眠モードに入ったから厳密には寝正月を引きずっているわけではないぞ」

宮司「ぶっちゃけどうでもいいですその辺の細かいこだわり」

女神「結構ばっさりいくなお主」

女神「怒る前にちょっと聞いてほしいんじゃがよいかの」

宮司「既に怒ってるんでその頼みを聞くのは無理ですね」

女神「じゃあ怒りながらでもよいわ。わしの話を聞いてくりゃれ」

宮司「私怒ると人の話とか耳に入らないタイプなんですが」

女神「耳に入らんのなら口でも鼻でもどこでもよいから聞いてくりゃれ」

宮司「口や鼻から話を聞く方法を教えてくれるならいいですよ」

女神「今気づいたんじゃがお主ハナからわしの話聞く気ないんじゃないのか」

宮司「ばれたか」

女神「さすがのわしも気づく程に聞く気の無さがひしひしと伝わってきおったわ」

女神「もう聞いてなくても構わんわ。わしの正月は仕事漬けだったわけじゃろ」

宮司「待ってください、何の話ですか」

女神「わしの遅れてきた寝正月についての弁明をしようかと思うてな」

宮司「ほう、面白そうですね。続けてください」

女神「なんでお主そんなに上から目線なんじゃ? ……まあよいわ、簡単に言うと正月働いたぶんだけ今休ませろということじゃ」

宮司「神様が休暇申請とか許されると思ってるんですか?」

女神「労働基準法におもいっきり引っかかりそうじゃなその発言」

宮司「まあ神に人権はないですからねえ……」

女神「もしもし労基署ですか? もしもし? えっ聞こえない? しまった、わしの声は普通の人間には聞こえないんじゃった。待ってイタズラじゃないの切らないで」

女神「労基が適用されない。そして人権が無い。加えて休みが無い。わしは我慢ならない」

宮司「おつむが足りない、を追加でよろしくお願いします」

女神「そんなお主には後悔する時間をも与えない、死に晒せ」

宮司「ごめんなさい、調子に乗ってました。だからその得体の知れない呪いをかけようとするのはやめてください」

女神「わかればよいのじゃ」

女神「どうしても休んじゃだめかのう」

宮司「そんなに休みたいんですか?」

女神「うむ、休みたい。休みたいが……駄目だと言うんじゃ仕方ないのう……宮司が働いてる横で神様が寝てるのもおかしな話じゃ」

宮司「え、そ、そうですか」

女神「すまんかったな……」

宮司「……」

女神「……」しょんぼり

宮司「……話くらいなら聞きますけど」

女神「え」

宮司「話くらいなら聞きますよ。話したとこらでどうなるかの保証はできませんけど」

女神「おおっ、本当か!? なんてことじゃ、ありがたいのう! 神に感謝せねばなるまいて!」

宮司「あんたが神様でしょうが」

女神「そんなことどーでもよいのじゃよ。お主が話を聞いてくれると聞いて、わしは嬉しゅうてたまらんのじゃ。うへへ」

宮司(かわいいなこの神様)

女神「えー、おほん。それでは始めたいと思うのじゃが、よいかの?」

宮司「いつでもどうぞ」

女神「そりゃどうも。じゃあいきなりじゃがお主に質問じゃ。正月の間にこの神社に何人くらいの参拝客が来たか覚えているか?」

宮司「そんなの覚えられるわけないでしょう。おみくじとかの売れた数からだいたいの予想をつけることくらいしかできませんよ」

女神「なんじゃ、宮司のくせしてだらしがないのう」

宮司「無茶言わないでくださいよ。だいたい女神様は覚えているんですか?」

女神「わしか? 覚えとるぞ」

宮司「え」

女神「どんな事を願ったか、賽銭をいくら入れたか。参拝に来た時間はもちろん一人ひとりの顔までぜーんぶ覚えとる。見直したか?」

宮司「……やっぱり神様ってすごいんですね」

女神「くくく、今頃気づきおったか」

宮司「しかしなんでまたそんな凄まじいことをする必要があるんです?」

女神「誰が来たか覚えとらんと誰にご利益を与えればよいのかわからんからな」

宮司「その場でささっとあげればいいでしょう」

女神「ところがどっこいしょ! そうは問屋が卸さないんじゃよ!」

宮司「女神様……」

女神「な、なんじゃ?」

宮司「女神様……くっ……」

女神「いかにも残念そうに首を横に振るのはやめんか! わしが手に負えないあほうだとでも申したいのか!?」

宮司(その通りでございます)

女神「ぬう……バカにしおって……お主、わしをコケにして楽しいのか? わし神じゃぞ?」

宮司「そんなことより話しの続きお願いしますよ」

女神「話題をずらしおって……まあ本題はこっちじゃからよいか」

宮司「なんでその場でご利益を与えられないのか、でしたっけ」

女神「うむ、それなんじゃが人にもよるんじゃよ。無病息災とかそういうたぐいの願いならその場でも構わんのよ」

宮司「じゃあその場では駄目なものは?」

女神「『第一志望に受かりますように』とか『素敵な人に出会えますように』とかじゃな」

宮司「あー、特にこの時期はそれ多そうですね」

女神「うむ、本当に多い。まったく、自分の人生の行き先や伴侶を他人任せにするなんて困った奴らじゃ」

宮司「人任せというか神任せですよね。神様に任せるのは別に間違ってないと思いますよ?」

女神「で、続きなんじゃが。ああいう願いはほら、時限性があるじゃろ?」

宮司「言ってる意味がわかりませんが」

女神「うーんとな……健康になりたい! なんて願いはいつでも叶えられるじゃろ?」

宮司「まあ神様ならそうでしょうね」

女神「しかしな、出会いだの受験だのというのは『その時にならなければ叶えられない』たぐいの願いなんじゃよ。わかるかのう?」

宮司「なるほど、なんとなくわかります。受験なんかは受験日当日にご利益を与えなければ意味がないってことですね」

女神「うむ。恥ずかしながらわしが与えることができるご利益はごく少量でな……無駄使いできないんじゃよ。だから事前に与えてやれないんじゃ」

宮司「なるほどねえ。……あれ? でも出会いはその日のうちにだって起こせませんか? 後回しにする必要ありますか?」

女神「最初はわしもそう思っとったんじゃが……そうはいかないんじゃ」

宮司「なぜです?」

女神「その手のお願いをする奴らは、ただ単に人と出会いたいのではなくて『自分の理想の人』と出会いたいんじゃよ」

宮司「つまりその場にその人の理想像に当てはまる人物がいなければ無理だと」

女神「そうなんじゃよ! そやつの理想の人を創り出すわけにもいかんし、連れてくるというのも運命を神がいたずらにかき回すことになるから駄目じゃ……ひたすら待つことしかできん」

宮司「たまたま近くに理想に当てはまる人物が来たら出会わせてあげる、というわけですね」

女神「うむ……しかしどんな形で出会うかといった保証はできん。こっちは同じような他の願いを叶えるのに忙しいからのう……」

宮司「話のタネに聞きたいんですけど、今までで一番最悪な出会い方ってどんなのでした?」

女神「お願いをした奴が万引きをして、そやつを捕まえたGメンが理想の人だった、というのならあったのう。」

宮司「なんて状況だ……」

女神「あー、なんか愚痴みたいになっとるな……」

宮司「いや別にいいですよ。あんまり堅苦しくなっでやりづらいですし」

女神「いやお主は本来堅苦しくなるべきじゃろ。何度も言うけどわし神様じゃよ?」

宮司「それは知ってますけど」

女神「神を目の前にしても固くならないとかお主は本当にあれじゃよな。肝が座ってるというかなんというか」

宮司「というか、あまり『神様』って感じがしないんですよね」

女神「な、なんじゃと……」

女神「わ、わしのどこがいけないんじゃ? 服装も性格も絵に描いたような神様そのものではないか?」

宮司「くるわ言葉崩れで話す白い着物を着た女の人があなたの描く神様像だということはわかりました」

女神「髪も伸ばしたんじゃぞ。驚くほど長い髪ってなんか神々しいじゃろ?」

宮司「そう思ってるのあなただけだと思いますよ」

女神「う、うそじゃ……」

宮司「まあ一番の理由は小さいからでしょうね……」

女神「あう」

宮司「ギリシャ神話とかにでてくる女神様ってほら、だいたい軒並み大きいじゃないですか」

女神「……」

宮司「あなたは……うーん、見たところ150……いや、160はありますかね?」

女神「五尺……」

宮司「え?」

女神「五尺、わしの身長じゃよ……」

宮司(一尺が三十センチだから……ああ……)

女神「うがぁぁぁ! わかっとる! わかっとるんじゃよ! わしが小さすぎる件については数百年前から気づいとったわ!」

宮司「見下ろしちゃうと神様って気がしませんからねえ」

女神「神を見下すとかお主怖いもの知らずじゃなぶち殺すぞ」

宮司「見下ろしたくてやってるんじゃないですよ」

女神「がー、やはり身長は大きいほうが威厳も大きいんじゃなあ……神社で身長が伸びるようにお願いしようかのう」

宮司「それ叶えるのあなたですよね」

女神「そうじゃった……」

宮司「そういえば神様って自分で自分の願いを叶えることってできるんですか?」

女神「できぬ。神の祝福が服を着て歩いてるような存在にこれ以上どうやってご利益を与えるというんじゃ」

宮司(じゃあ小さいまんまか……)

女神「自分に関係する事柄になればなるほどご利益が薄くなるからのう」

宮司「へえ……じゃあ神様って自分のことは二の次になっちゃうんですね。医者の不養生だ」

女神「あ、お主も人事ではないぞ」

宮司「へ?」

女神「わしに一番近い人間じゃからな、お主も神の加護のたぐいの恩恵は薄いぞ」

宮司「そんなの聞いてないんですけど」

女神「そんなの言ってなかったからの」

女神「ところで本題から脱線しまくってるんじゃがそろそろ軌道修正きてもよいかの?」

宮司「何の話でしたっけ?」

女神「わしが正月の間にここに来た参拝客を全部覚えているという話までじゃ」

宮司「あー、そうでしたね。女神様にしては凄いですよ本当に」

女神「それ褒めとんのか? 貶してるじゃろ?」

女神「とにかくじゃ。わしはこの数日間、皆の願いを叶えるべく不眠不休で奔走したわけじゃ」

宮司「眠りも休みも神様には必要ありませんよね」

女神「飲まず食わずで正月中ずうっと働き続けたんじゃぞ。この働きに免じてすこし休みをくれてもええじゃろ」

宮司「飲む必要も食う必要もありませんよね、神様って」

女神「お主は本当に揚げ足取るの好きじゃな」

女神「参拝客を全部覚えてなおかつそやつらの願いを叶えるんじゃぞ? これ死ぬほど疲れるんじゃぞ?」

宮司「しかし女神様は死んでないわけですから実際はその程度の仕事だったということですよね」

女神様「ぬうう! 神が死ぬわけないじゃろうがっ! 言葉のあやじゃ! あや!」

宮司「え? 神って死なないんですか?」

女神様「お主へんなとこに食いつくな……わしは神が死ぬと聞いたことはない」

宮司「じゃあ女神様って首を跳ねられたりいっそ殺して欲しくなるくらい暴力を振るわれたとしても死ねないんですか」

女神「例えが恐ろしく残酷なんじゃがお主わしのこと嫌いなのか? そうなんじゃな?」

宮司「そんなことありませんよ」

女神「やかましい、わしもお主なんか嫌いじゃ。どっかいけ」

宮司(あ、拗ねちゃった)

宮司「女神様。機嫌直してください」

女神「知らん」

宮司「拗ねてるんですか?」

女神「お主に説明する義務はありゃせんわ」

宮司「そんな薄情なこと言わないでくださいよ」

女神「ふん、薄情なのはどっちなんじゃ」

宮司「女神様ですかね」

女神「お主少しくらい反省せんのか?」

女神「お主がわしを嫌うというなら、わしも徹底的にお主のことを嫌ってみせるぞ」

宮司「そんな滅茶苦茶な」

女神「滅茶も苦茶もない。どっちかが折れるまでの根比べじゃ」

宮司「つまり女神様の心をへし折ればこの状況は解決するんですね?」

女神「そこで自分が折れる選択肢を出さないのがお主なんじゃよな」

宮司「でも心を折るっていっても具体的に何をすればいいのか……」

女神「罵倒でもすればいいじゃろ、このまぬけめ。そんなことも理解できんのか」

宮司「わざわざ実演ありがとうございます」

宮司「でも神様を罵倒するというのもなかなか気が引けますね……」

女神「ふふふ、そうじゃろうそうじゃろう。仮にも貴様は宮司!
そしてわしは神! この構図がある限りお主の負けは確定事項じゃ!」

宮司「あ、それなら平気です。あなたのことを神様だと思ったことは一度もありませんから」

女神「え」

宮司「さっきも言いましたけど、あなたからは神の威光が感じられないんですよね」

女神「で、でもお主わしのこと女神様って」

宮司「あんなの便宜上ですよ、名前も無いみたいだし」

宮司「そもそも無名の神っていうのもおかしいですよね。それに今まで神様らしいことなんてしたことないですし」

宮司「実のところ神を騙るただの幽霊とかじゃないんですか?」

女神「そ、そんなことはない」

宮司「どうだか。参拝客にご利益があるのかどうかだって怪しいですよ」

女神「……」

宮司「だいたいろくに動きもせずにうだうだしてるだけで神だなんてちゃんちゃらおかしいですよ」

宮司(……さすがに折れたかな)

女神「……ひっ、ひっく」

宮司「あ」


女神「あ、あんまりじゃ……あんまりじゃっ……」

宮司「め、女神様」

女神「確かにわしゃろくに動かんし、ご利益だってあるかわからんだめな神じゃ……」

女神「でも精一杯やってるんじゃよう……頑張ってるんじゃよぉぉ……うぇぇぇ……」

宮司「すいません……言い過ぎました」

女神「わしゃ、だめな神じゃ……駄目なんじゃ……ひっく、ひっく」

宮司(やりすぎた……)

女神「……わしゃ、社に戻る」

宮司「あの……女神様……」

女神「すまんが後にしとくれ……」スゥッ

宮司「あ……入っちゃった」


宮司「明日からはもう少し優しく接してあげよう……」


時は経ち、日は落ちる

巫女「それじゃあ私、あがりますね」

宮司「はいはい、お勤めご苦労様です」

巫女「あの……宮司様」

宮司「はい?」

巫女「先程お社の中から物音が聞こえてきたのですが、宮司様の仕業だったのですか?」

宮司「……私は入っていませんよ。ネズミか何かじゃありませんかね」

巫女「そうですか? 笑い声のようなものが聞こえた気がしたんですが……」

宮司(女神様何やってんだ)

宮司「きっと疲れているのでしょう。正月中働き詰めでしたしね、早くお帰りなさい」

巫女「憑かれているだなんて怖いこと言わないでください……なんだか寒気がしてきました、帰ります。お疲れ様です」

宮司「お疲れ様」(何かが間違って伝わった気がする)



宮司「さて……残るは女神様だが」

お社「ぐふふふ……ふふふ……」

宮司「ほんと中で何やってるんだろうか」

宮司「女神様ー? 入りますよ……うっ、酒臭い」

女神様「あん? なぁんじゃお主……何しにきおったんじゃあ?」

宮司(目が座っちゃってるよこのお方)

宮司「いや、あのご様子の方を」

女神「様子ぅ? ぅわしのか? おーかげ様で! 最悪にゃよ!」

宮司「舌が回ってませんよ……あの、お酒飲まれてますよね? 一体どこから……」

女神「なぁに呆けたこというとるんにゃーっ? いつも捧げておるじゃろぅに……げふ」

宮司(御神酒飲んだのかよ……)

宮司「ああ……一升瓶が二本も開けられている……なるほど真っ赤になるわけだ」

女神「ぶわーか、あんなもん水じゃ! 水!」バシバシ

宮司「痛っ、いたた。叩かないでくださいよ!……あれ?」

女神「あん?」

宮司「なんで触れるんですか? いつもならすり抜けるはずなのに」

女神「お主は、ほんとーにたわけ者じゃあのう! ひっく。実体化せんと酒も飲めんにゃろうが? こっちの世に降臨しただけ……うい、じゃよ! ふひひ」

宮司「酒飲むためにわざわざ一人で神降ろししたんですか……」

女神「一柱と言え、ひとはしら。わしゃ神にゃんじゃぞぅ……ふが」

宮司(と、いうことはこちらからも触れるのかな?)

女神「ほ?」

宮司「……」ぷに

女神「にゃんじゃ、わしの頬に何かついとるかぁ?」

宮司「おお、触れる。なんだか感動」ぷにぷに

女神「ぬふふ、なんじゃ。くすぐったいのう」

宮司「これが神様ねえ……」ぐいぐい

女神「ほい、ひっはるへない。ふまくひゃべれんへわにゃいか」

宮司「まるで子供だ」ぎゅー

女神「あだだだだだだだだやめろやめろ」

女神「まったく……わしがせーっかくこっちに降りてきとるとゆーのに、あんまりら処遇ではにゃいか?」

宮司「ああ、すいません。決していじめようだとか思ったわけじゃないですよ」

女神「信用れきないのう! お主ら人は嘘ばかり吐きおるものなぁ」

宮司「まあそれは否定できませんけど」

女神「なんじゃ、否定せんのか」

宮司「実はいじめようと思ってましたから」

女神「それは否定してほしかったんじゃが? お主へんなところれ正直にゃなぁ……ういー」

女神「まあ、お主がわしに対してつめたーい態度をとるってぇのはいつものことにゃしのう」

宮司「そうですかね?」

女神「そうにきまってるにゃろー? げっぷ。お主はいつもわしにだけ冷たいらぁ」

宮司「言われてみるとそうかも」

女神「そうにゃろー? さっきもわしゃ見とったんにゃぞ?」

宮司「何をです?」

女神「うちの巫女には優しく休めって言っとったよなあ? わしには言わんのになあ?」

宮司(社から覗いてたのか)

女神「『きっと疲れているのでしょう。正月中働き詰めでしたしね、早くお帰りなさい』……けっさくじゃのう! けっさく! ひひひ、とても同一人物とは思えんわ!」

宮司「いや……彼女は一人で頑張って働いてくれてますし」

女神「わしだって一柱にゃ! それに精一杯がんばっとるよ? だいたい常勤の巫女があやつだけという話で、助勤のやつもちょくちょく雇ってるじゃろーが。」

宮司「でも彼女は人間ですよ? 女神様は神じゃないですか」

女神「じゃあいまのわしが神に見えるか? ん? どう見ても間違えて酒飲んじゃった子供にゃろー?」

宮司「自分で言ってて悲しくなりません?」

女神「だいたい人間だろーと神だろーと関係ないのら。七日で世界を作ったどこらかの神だって七日目は休んだというらろ?」

宮司「まあそうですが……ところでだんだん呂律が回らなくなってきてますよ」

女神「ほっとけ……んぐ、んぐ」

宮司「ちょっ……まだ飲むんですか!? 駄目です、お酒は没収です!」

女神「んがあ。わしがわしの酒を飲んで何が悪いんら? 返さんかい」

宮司「御神酒は神様が飲むためのものではないですよ……神前に捧げた後に私達人間が飲むんですから」

女神「嘘じゃろ初耳じゃわ」

宮司「何年神様やってんですか……あと急にシラフに戻るのやめてください」

女神「だって喋りづらいんじゃもの。気分は紛れるがあれじゃ会話出来んわ」

宮司「というか酔い覚ましなんてどうやったんですか」

女神「神を舐めるでない。この程度の体調不良なら気合で治るわ」

宮司「やっぱり神って万能なんですね」

女神「実はそうでもなくて割と重症だと治せなかったりするんじゃが」

宮司「凄いんだか凄くないんだかわからなくなってきましたよ」

女神「なーに、治せんほどの病気や怪我をしたんなら肉体を放棄すればいいんじゃよ」

宮司「その感覚ちょっとわかりません」

女神「まあお主らは肉体捨てたらそれまでじゃしな。不便じゃのう」

女神「ところでな、酔っ払ったらいいことを思いついたんじゃ」

宮司「そうですかすごいですね」

女神「おい真面目に聞かんか。しまいにゃ怒るぞ」

宮司「真面目に言ってるんなら真面目に聞きますけどねえ……」

女神「なんでわしが真面目なことを言わないのが前提なんじゃ。お主やっぱりわしのこと嫌いじゃろ」

宮司「そんなことないです。好きですよ」

女神「なんじゃと本当か!?」

宮司「二度は言いませんけど」

女神「そ、そうか……」

宮司「……」

女神「……」

宮司「……好きですよー」

女神「!! も、もっかい言っとくれ! もっかい!」

宮司(いかん、可愛い)

女神「なー、後生じゃからもう一回だけ言ってくれんかー」

宮司「三度目はないです」

女神「そういわんでくれ。な、一度でいいから。わしの目を見て」

宮司「嫌ですよ!」

女神「そこまで露骨に嫌がらなくてもいいじゃろ……」

宮司「そこまで落ち込まなくてもいいでしょう。見てるこっちも落ち込みます」

女神「落ち込ませておいてそれはないじゃろ。鬼かお主」

女神「もう耐えられんおうちかえりたい」

宮司「何弱音吐いてるんですか、神なのに。というかあなたの家ってここなんじゃないんですか?」

女神「そうじゃった……」

宮司「ほらそんなことよりも話の続きを聞かせてくださいよ」

女神「なんじゃったっけ?」

宮司(記憶力は凄いんじゃなかったっけこの神様)

女神「あー、8000年前に天界と地上を行き来して世界を救ったあの男の話じゃったな」

宮司「その話凄く聞いてみたくはあるんですけどそれじゃないです」

女神「あれ? これじゃなかったかのう……」

女神「あ、思い出した。わしがいいことを思いついたんじゃった」

宮司「しっかりしてくださいよ。で、何を思いついたんですって?」

女神「わし巫女やろうと思うんじゃが」

宮司「多分それも何か別の話と間違えてませんかね」

女神「どういう意味じゃ。わしが巫女やったらいかんのか」

宮司「寝言は寝て言ってください」

女神「寝ていいんなら今すぐにでも寝るんじゃが」

宮司「あー、やっぱりいいです」

宮司「本気で言ってますか、それ? さっきまで休みが欲しいとか言ってたのにどういう心境の変化ですか」

女神「いや、ぶっちゃけると休みが欲しいわけじゃないんでのう」

宮司「は?」

女神「神の仕事ってヒマなんじゃよ。休みでもなんでも構わんからいつもと変わったことがやりたいんじゃ」

宮司「暇な仕事を文句ひとつ言わずこなすのが神ってもんでしょう」

女神「そうは言ってもお主な、何万年と同じことばかりしてたらいくら神といえ飽きも来るってもんじゃぞ」

宮司「前から聞いてみたかったんですけどあなた何歳なんですか?」

女神「ふん、六桁目になってから数えてないわ。そんなもん」

宮司(想像以上に年増だった)

宮司「すいません、見た目で舐めてたフシがありました」

女神「うむ、知っとったがな」

宮司「つきましてはせめてものお詫びにあなた様の願いを聞き入れたく存じ上げます」

女神「おお、まことか! 男に二言はないじゃろうな!?」

宮司「もちろんございませんゆえ、どうぞご安心ください」

女神「やけに素直じゃな……なにか企みがあるんじゃなかろうな?」

宮司「めっそうもございません」

女神「それならいいんじゃが」

宮司「じゃあ明日からは七時起きでお願いしますね。あと給料は出ませんよ。それと休憩は昼の30分のみですので」

女神「おい」

宮司「おいとはなんですか、おいとは」

女神「おいともいいたくなるじゃろ今のは。面接終わった後に職務条件通達とかどこのブラック企業じゃ」

宮司「どこで憶えてくるんですかそんな言葉」

女神「参拝客の記憶を覗けばいくらでも憶えられるわ」

宮司「記憶覗けるんですか」

女神「覗けるが今はそんなこと問題ではないわ。そうやって話を逸らそうとしてるじゃろ」

宮司「ばれたか」

女神「ばれるわ」

宮司「いつもは簡単に話が脱線するんですけどね」

女神「さすがのわしも毎度毎度同じ手口じゃ気づくわ」

女神「お主あれじゃろ、わしを徹底的に利用する気じゃろ」

宮司「働かせてくれっていったのは女神様じゃないですか」

女神「誰も馬車馬のごとくこき使ってくれとは言ってないじゃろ」

宮司「馬車馬のごとくだなんて人聞き悪いですね、そんなことしませんよ?」

女神「だったらどうするっていうんじゃ」

宮司「家畜のごとく這いつくばらせます」

女神「恐い! お主恐い! やっぱ辞める! さっきの話は無しじゃ!! 無し!」

宮司「ごめんなさい男に二言はないんで」

女神「それそういう意味で使う言葉じゃないじゃろ! 神様ー! わしを救ってくれー!」

宮司「救済はセルフサービスとなっております」

女神「くそう……なんじゃこの感覚。わしの望みどおりの結果なのに騙された気分じゃ」

宮司「まあ実際騙されてると思いますよ」

女神「ふざけるなよお主、騙してる自覚はあったんじゃな」

宮司「そりゃあるでしょうよ」

女神「開き直りおって……こいつの業は底が見えん……」

宮司「業ってそれ仏教用語ですよ」

女神「ちっ……いちいち目ざといの。小姑かおぬしは」

宮司「つまり私のやっていたのは嫁いびりだったんですね」

女神「嫁いびりの感覚で神を弄ぶのはやめんか」

いつの間にか酉はずれとったんじゃが

女神「神の朝は早い」

女神「日の出から三時間ほど遅れて起床。世をあまねく照らす天照大御神に感謝しつつ社を出発する」

女神「神は言う。『ええ、この仕事は速度が命ですからね。早起きは重要なんです』」

宮司「女神様」

女神「社を出て向かう先はもちろん境内。賽銭がいくら入っているかちらりと覗き、そのまま素通り……」

宮司「女神様!」

女神「なんじゃ」

宮司「……朝っぱらからなにやってんですか?」

女神「ドキュメンタリー番組ごっこじゃ」

宮司「やっぱりアホなのかな……この人。いや、神か」

女神「そういう言葉は心の中で言わんか」

宮司「でも見直しました。ちゃんと起きてきたんですね」

女神「ふふん、これがわしの実力じゃ」

宮司「正直言うと昼過ぎまで寝てると思ってました」

女神(あー……ありそうで否定できんな……)

宮司「というか日の出から三時間後の起床ってあまり誇れるものではないですよね。普通ですよそれ」

女神(こやつ……核心を突いてきおったな……まあいつものことじゃが)

宮司「女神様? 急に黙ってどうかしましたか?」

女神「……別にどうもせんよ」

そうか
今は一月だったか……

普通に日の出の時間を間違えた
おれの体内時計は夏で止まっていたらしい
脳内補完よろしく

女神「ほれ、そんなことより早くわしに服をよこさんか、服。純白の和服では巫女には見えんのでな」

宮司「なんというか死装束みたいですよね、それ」

女神「しばくぞ」

宮司「まあ確かにその格好は巫女には見えませんねえ」

女神「最悪緋袴だけでよいから貸してくりゃれ」

宮司「このサイズの袴はうちにはありませんよ」

女神「嘘じゃろ五尺じゃぞ」

宮司「五尺だからこそ無いんです。あなた小さすぎるんですよ」

女神「は? 五尺はワールドスタンダードなサイズじゃろーが」

宮司「どこの世界の話をしてるんですかね」

女神「確認のためにもう一度訊くんじゃが、一着もないのかえ?」

宮司「うーん……無いこともないんですけど」

女神「なんじゃい、あるんならあると最初から言えばいいんじゃ。ほれ、はよよこせ」

宮司「でも渡したところで今は着られないんじゃ……あ、もしかして昨晩からずっと実体のままなんですか?」

女神「そうじゃが」

宮司「まさか社の中で夜を明かしたのでは」

女神「当たり前じゃろ。神といえ実体の状態ではお主ら人と同じように眠くなるし腹も減るんじゃから」

宮司「……人と同じということは……社の中は寒かったんじゃないんですか?」

女神「うむ、寒かった……それに暗くて怖かったのう。いつもは意識しないんじゃが……厠に行けなくなりそうじゃったわ」

宮司(なんか子供みたいだな)

宮司「実体から戻ればよかったんじゃないですかね」

女神「無茶言うでないわ。戻るのにも結構な力が必要なんじゃぞ。そんなぽんぽん実体になったり戻ったりなんぞ出来んわ」

宮司「それがわかってたのに酒飲むためだけに実体になったわけですよね」

女神「ちょっと早まったかなと今では反省している」

宮司「前に言ってたように肉体捨てればいいんじゃないんですかね」

女神「ありゃあ緊急時の最終手段じゃ。それなりのリスクがあるんじゃぞ」

宮司「例えば?」

女神「ここ一年分くらいの記憶が吹っ飛ぶ」

宮司「ちょっとシャレになりませんねそれ」

女神「だから最終手段じゃといっとろうが」

女神「また話が脱線しておるぞ。わしの巫女装束はまだかいな」

宮司「そういえばそうでした。取ってきます」

女神「うむ。あるならはよしとくれ」

女神「……」

女神「へくちっ」

女神「寒いな」

宮司「ありました」

女神「早いなお主」

宮司「だって早くしろって言ったじゃないですか」

女神「見たところ大きさはちょうどよいようじゃな」

宮司「でしょうね」

女神「さっきまで無いとか言っておったくせにちゃんとあるではないか」

宮司「正式な巫女装束じゃないんですよそれ」

女神「は? どういうことじゃ?」

宮司「ほら、年に一、二回くらいうちで巫女の一日体験講座を開くじゃないですか」

女神「そんなのあったかのう」

宮司「あなた本当に記憶力凄いんですか?」

女神「そのはずなんじゃが」

宮司「とりあえず女神様が三歩歩けば物事を忘れる鳥頭の持ち主だったとかそういうことについては今は言及しません」

女神「鳥頭の神とか嫌なんじゃが。ホルス神か、わしは」

宮司「うまいこと言ったと思ってんですか? まあいいです、とにかくその巫女装束はその一日体験で貸し出すためのものです」

女神「なるほど。厳密には正式なものではないかもしれんなあ……でも殆ど同じようなもんじゃろ」

宮司「そうですね。結局違いは無いわけですし」

女神「ならいいんじゃ」

宮司「ちなみに言うと中学生でもそのサイズの巫女装束はあまり着ないですね」

女神「その情報はいらんじゃろ。なぜお主はわしの心にちまちま攻撃を与えてくるんじゃ」

宮司「女神様の外見が中学生、下手をすれば小学生並みだということをお教えしようかと思いまして」

女神「余計なお世話じゃ」

女神「で、着替えようと思うんじゃが」

宮司「はあ、そうですか」

女神「うむ」

宮司「……」

女神「……」

宮司「……」

女神「おい、お主そこでわしが着替えるのを見ているつもりか?」

宮司「つまり出て行けと」

女神「当たり前じゃろこの変態め。男はみんなそうなんか」

宮司「私が男だなんていつ言いましたっけ」

女神「は? ……いや、えっ……は?」

女神「……いやいやいや。ないわ、ないじゃろ……ないじゃろ」

宮司「なにをぶつぶつ言ってるんです」

女神「いやお主どう見たって男じゃろ」

宮司「そうですか」

女神「いや、しかし中性的な顔立ちともいえなくはない……」

女神「髪型は……男でも女でもありえなくはないのう……」

女神「ちょっと待って、お主名前なんじゃったっけ」

宮司「光です」

女神「ぐわぁぁぁ! どっちじゃかわからん!」

女神「いかん……これは本気でわからんぞ……男だと思えば男に見えるし、女だと思えばそう見える……」

宮司「今まで私の性別も知らなかったんですか、しっかりしてくださいよ」

女神「だって男だと思ってたんじゃもの! 実は女でしたとかいまさら何言ってんじゃこの野郎」

宮司「女だとも言った覚えは無いですけどね」

女神「くそう……わしで遊んどるな……ん。いやちょっと待て……おぬし神主、もとい宮司じゃろ?」

宮司「そうですよ、ご存知のとおりです」

女神「神主は男しかなれない筈じゃ」

宮司「最近は女の神主さんもいますけどね」

女神「もう何も信じられん」

宮司「……着替えるんじゃないんですか?」

女神「着替える。着替えるが……だって……お主男なんじゃ……」

宮司「そう思います?」

女神「じゃ、じゃあ……女?」

宮司「そうかもしれませんね」

女神「……信じてよいのか?」

宮司「さあ……」

女神「……」

宮司「……」

女神「着替える」

宮司「そうですか」

女神「……帯が固くて脱げん。わしの力じゃ無理じゃ」

宮司「いつも誰かに締めてもらってるんですか?」

女神「いや、御霊の時は想像するだけで服装も変えられるんじゃ……こんなことならあらかじめ帯を解いてから神下ろしするんじゃった……」

宮司「自分で解けないほど固く締めないでくださいよ」

女神「だって着替えるなんて思ってもなかったわけじゃし……もういやじゃ、お主手伝ってくれ」

宮司「仕方ないですね……」

女神「こっち引っ張ってくりゃれ」

宮司「こうですかね」

女神「痛い痛い締まっとるそっち逆じゃ締まっとる中身出る中身」

女神「……帯が固くて脱げん。わしの力じゃ無理じゃ」

宮司「いつも誰かに締めてもらってるんですか?」

女神「いや、御霊の時は想像するだけで服装も変えられるんじゃ……こんなことならあらかじめ帯を解いてから神下ろしするんじゃった……」

宮司「自分で解けないほど固く締めないでくださいよ」

女神「だって着替えるなんて思ってもなかったわけじゃし……もういやじゃ、お主手伝ってくれ」

宮司「仕方ないですね……」

女神「こっち引っ張ってくりゃれ」

宮司「こうですかね」

女神「痛い痛い締まっとるそっち逆じゃ締まっとる中身出る中身」

あうだとID変わるから連打すると25秒連投規制の壁突破しちゃうことがあるのか
クッキー固定されないからなのか知らんけど困るな 忍法帖も作れねーし


女神「はあ……はあ……お主、わしを[ピーーー]気か」

宮司「申し訳ございません」

女神「……よいわ、帯は解けたわけじゃしな。さっさと着替えてしまうか」

宮司「あ、脱ぎますか」

女神「阿呆、脱がずに着られるとでもいうのか?」

宮司「じゃあ私はしばらく外に出ていましょうかね」

女神「え」

宮司「何ぽかんとしてるんですか?」

女神「お主女なんじゃ……」

宮司「そんなわけないでしょうが……私は男ですよ。見てわかんないんですか?」

女神「もう上はだけちゃったんじゃが……」

宮司「……そうですね。さらし巻いてますけど」

女神「……ゃぁぁぁぁああああっ! へ、変態! 出てけ! 変態! 変態め! さっさと出ていかんかぁぁぁ!!」

宮司「あはは、ひどい言われようだ。騙しがいがありますねえ」

女神「黙れ黙れ!! よくもわしを騙しおったな! 今に見ておれ、お主の一族根絶やしにしてくれるわ!!」

宮司「いいから早く服着ましょうよ」

女神「もうぅぅぅぅ!! 見るなよぉぉぉ!! 見ないで!! こっちみんな!! 見るなと言っとるじゃろ!!」

宮司(混乱しすぎて口調がおかしくなってるな)

vipの話
忍法帖あったら書込ねーよww

宮司「女神様ー。着替え終わりましたかー?」

女神「…………‥」

宮司「女神様? 開けますよ?」

女神「…‥けっ」

宮司「着替え終わってるじゃないですか。終わったなら終わったと言ってくださいよ」

女神「黙れ」

宮司(あー…‥怒ってる…‥)

宮司「…‥ちょっと悪趣味だったかなとは思ってますよ」

女神「黙らんか」

女神「…‥そこに直れ」

宮司「…‥はい」

女神「お主わかってないじゃろ」

宮司「…‥なんの事について仰っているのか説明をいただけませんでしょうか」

女神「わしのことじゃよどあほう」

宮司「女神様のこと、でありますか」

女神「あのさ、わし神だけどさ…‥それ以前に女なわけよ」

宮司「存じ上げております」

女神「…‥着替え見るとかありえないじゃろ…‥しかも覗くでもなく堂々と」

宮司「…‥申し訳ございません」

女神「いくら神でも裸見られりゃ恥ずかしいんじゃ…‥厳密には裸ではかったが」

宮司「…‥はい」

女神「…‥はぁ」

宮司「…‥」

女神「…‥ちょっと訊きたいんじゃが」

宮司「はい」

女神「さっきのはわしをからかいたかっただけなのか?」

宮司「はい」

女神「…‥着替えが見たかったのではなく?」

宮司「私に少女偏愛の気はありませんよ」

女神「腹たつなちくしょう」

女神「わしに女としての魅力が無いのは知っとる。それでも改めて少女とか言われるとへこむんじゃが」

宮司「別に問題ないと思うんですが」

女神「問題大ありじゃわ。大人の女性でいたいんじゃわしは」

宮司「そのままでもいいじゃないですか可愛らしくて。少なくとも私はそう思いますけどね」

女神「…………」

宮司(あ、また怒らせたかな……)

女神「……か、可愛いか……そうか……」

宮司「……あれ、なんかまんざらでもなさそうですね」

女神「い、いや。お主がそう言うなら別にいいかと思ってな……」

宮司(……デレてる? もしかしてデレてるのかこれ?)

女神「……あ。でもお主のことを許したりはせんぞ」

宮司(ああ、デレてなかった)

女神「謝ってもらわんと気がすまんのでな」

宮司「いいですよ、女神様の気が済むまで謝りましょう」

女神「言ったな? じゃあとりあえず……そうじゃな、土下座せい。土下座」

宮司「こうですか」

女神「そこで謝罪の言葉じゃ」

宮司「申し訳ございません」

女神「舐めとんのか? 全然謝罪の気持ちが伝わってこんぞ」

宮司(チンピラかよこの神様……)

宮司「申し訳ございません!」

女神「もっとへりくだらんか!」

宮司「この度は誠に申し訳ございませんでした!」

女神「全然足りんわ!」

宮司「この度は女神様のお手数を煩わせてしまい誠に申し訳ございませんでした!」

女神「もっと自虐を入れて!」

宮司「私のような出来損ないが女神様に歯向かったりしてしまい申し訳ございません!」

女神「……うふ、うふふ……ええのう……これ……」

宮司(いかん! 女神様がサディスト的性格になりつつある!)

巫女「おはようございまーす」

巫女「……あれ? 宮司様がいない?」

巫女「おかしいなあ……いつもならもう来てるのに……まさか寝坊?」

巫女「うーん……宮司様に限ってそれはないよねえ……どこ行っちゃったんだろう」

巫女「あら? 拝殿のほうから声が……? 宮司様、そこにいらっしゃるのですか?」

女神「ほらほらぁ! 跪いて赦しを乞わんか! さもなくば死ね! それとも踏まれ続けるのが好みか!?」

宮司「産まれてきてごめんなさい! というかそろそろ許してください!」

女神「ひひひ、まだまだやるわい! お主をいたぶるのがこんなに面白いとは思わんかったでなあ!」

巫女「うわぁぁぁ!! な、なんだか私の知らない世界が広がってるぅぅぅぅ!!」

巫女「ぐ、ぐ、宮司様。これは一体何をしているのですか!?」

宮司「おや、あなたですか。おはようございます」

巫女「おはようございます! なんで冷静なんですか!? 土下座しつつ真顔で挨拶をされたのは生まれて初めてです!」

女神「あ、はじめまして。おはようございます」

巫女「おはようございます! あなたも冷静なんですね! 宮司様の頭を踏みつけながら挨拶をする巫女の方に出会ったのはやはり生まれて初めてです!」

女神「そうですか、ならこれから慣れていきましょう」グリグリ

宮司「いたたたた禿げる禿げる」

巫女「こんな状況で訊くことではないかもしれませんが、ひとつ質問よろしいですか?」

宮司「構いませんよあいたたた」

女神「なんでしょうか」グリグリ

巫女「その方は一体誰なのですか? 見たところ小学生……いや、中学生? そのくらいに見えますけれども……」

女神「しょ、小学生……」

宮司「あー……この子はですね……」

宮司(どうしよう。まさか女神だなんて言えないしなあ……)

女神「宮司……様。宮司様。ちょっとこちらへ」

宮司「え? あ、はいはい……あ、少しそこで待っていてくださいね」

巫女「はあ」


女神「……巫女にわしをどう紹介するか迷っとるな?」

宮司「神様ですとは言えませんからね」

女神「娘とでも言えばええじゃろ」

宮司「私独身ですよふざけてんですか」

女神「ふざけとらんわ。隠し子の一人や二人いたところで特に問題ではないじゃろ」

宮司「大問題です。そんなこと公言したら私殺されますよ、社会的に」

女神「死んだら死んだでいいじゃろ。世俗を捨てて山にでもこもれば万事解決じゃ」

宮司「それ何も解決しませんよ。逃げてるだけじゃないですか」

女神「面倒な奴じゃのう……なら嫁とでも紹介すればいいじゃろ」

宮司「かなり無理があります」

女神「無理なもんか。ちょっと前までは十代半ばの童が嫁に行くのなぞ当たり前のことじゃったわ。最近ではロリコンどもが多いし不自然ではないと思うが」

宮司「最近ってそれいつの話ですか」

女神「ほんの数百年前じゃな」

宮司「神の視点で物を語らないでください」

宮司「もう姪でいいです。姪ということにしましょう。私の姉の娘ということでよろしくお願いします」

女神「ベタじゃなあ……お主姉おるのか?」

宮司「いるわけないでしょう。それもでっちあげですよ」

女神「嘘に嘘を重ねるとは中々罪深い奴じゃな」

宮司「あなたの為にやってるんですけど……」

女神「そういやそうじゃった」

宮司「とにかく、彼女の前では私の姪を演じ切ってくださいね」

女神「ちょっと待て。自信がないのじゃが」

宮司「ならちょっと練習しますか。あまり長々待たせられないんで手短にいきましょう」

女神「任せろ、二分で覚えてやるわ」

宮司「まず私のことは宮司様と呼んでください」

女神「さっきやったから平気じゃよ宮司様」

宮司「くるわ言葉もやめて現代語、それも敬語でお願いします。まあくるわ言葉ですらないですけど」

女神「わかりました宮司様」

宮司「飲み込みが早いですね」

女神「ひひっ、神ですからね……ところで常に宮司様と呼ばなければいけないのですか?」

宮司「もう完璧ですね……宮司様以外の呼び方がありますか?」

女神「お兄ちゃん! とかありますけど」

宮司(いかん)

女神「宮司様? 宮司様?……おい、聞いとんのか?」

宮司「き、聞いてますよ。お兄ちゃんは無しでいきましょう。無しで」

女神「けっ、つまらんなあ」

女神「あ、肝心なこと忘れとった」

宮司「どうかしましたか?」

女神「お主はわしを何と呼ぶ気じゃ」

宮司「……そうですね、それは考えていませんでした」

女神「抜けとるな、あほうめ」

宮司「申し訳ありません……女神様には名前などは?」

女神「ない」

宮司「ですよねえ」

女神「お主つけとくれんか」

宮司「は?」

女神「わしに名前をつけろと言っとるんじゃ」

宮司「いやいや、そんな恐れ多いことはできませんよ」

女神「なーに言っとんじゃ。その恐れ多いことをいつも進んでやっとるくせに」

宮司「それもそうですね」

女神「へりくだったかと思ったらもう開き直りおって……まったく」

女神「ほれほれ、はよせんか。あの巫女をいつまでも待たせるわけにはいかんのじゃぞ」

宮司「わかってますよ」

女神「わかっとるならよいわ」

宮司「……何も思いつきません」

女神「語彙はそこそこ豊富なくせに想像力は乏しいなあ、お主。立派なのは口先だけじゃったか?」

宮司(やっぱりサディストになりつつあるよなあ)

女神「もうよいわ。自分でつける……お主の名前ってヒカリじゃっけ? それともヒカルじゃったっけ?」

宮司「光です。ひ、か、る」

女神「ならヒカリとかどうじゃろう」

宮司「これまたなんのひねりも無い……」

女神「なんのヒカリも無いと言えば完璧じゃったな」

宮司「意味がわかりません」

宮司「ヒカルとヒカリじゃ漢字で名前書いた時にやたら紛らわしいと思いますよ」

女神「うるさいのう。ならば他に案があるのか?」

宮司「ありませんけれども……」

女神「ならこれでええじゃろ。さっさと巫女を呼んでやらんか」

宮司「はい……もう入ってきて良いですよー」

女神「……なあ、ヒカルとヒカリだと兄妹みたいじゃな」

宮司「だから紛らわしいと……」

女神「ね、お兄ちゃん」

宮司「ちょ、急に……やめてください!」

女神「嫌がらなくてもいいじゃないですか……私が妹じゃ駄目なんですか?」

宮司「どこで覚えたんですかそんな言葉!! あぁ、記憶読めるんだっけ……」



巫女「呼ばれました。失礼します」

女神「お兄ちゃん! 巫女様来ましたよ!」

宮司「わかってます! わかってるからその呼び方を止めてください!」

巫女「あれ、妹さんだったんですか?」

宮司「違います! 違いますよ! 姪です、姪!」

女神「顔真っ赤にして否定するようなことじゃないでしょ。お兄ちゃんたら変なの」

宮司(ああもう、なんで顔真っ赤にしてるかわかってるのかなあ?)

巫女「へえー、宮司様の姪っ子さんですか……可愛いですね」

女神「えへへ、ありがとうございます」

巫女「お名前は?」

女神「ひかりです」

巫女「ひかりちゃんね。宮司様も同じ名前じゃありませんでした?」

宮司「私は『ひかる』ですよ……」

巫女「あ、申し訳ございません……ひかるちゃんはおいくつなんですか?」

女神「あの、私はひかりですよ」

巫女「え? あれ?」

宮司「ひかるはここにいます」

巫女「あれ? え!? ご、ごめんなさい!」

宮司(この間違いははたしてこの娘がアホの子だからなのか、私達の名前が紛らわしいからなのか……)

宮司「残念ながら前者の占める割合の方が多いんでしょうねえ……」

巫女「な、何か仰りましたか?」

宮司「独り言ですよ、気にしないでください」

女神「ひかる兄ちゃんが独り言を言う時はだいたい人を馬鹿にしてますので気をつけてくださいね」

宮司「こら! ひかり! 余計なことは言うんじゃありません!」

女神「お。らしくなってきましたね」

宮司(こう面と向かって女神様を年下扱いするってのもなんか変な気分だなあ……)

巫女「い、一体何がらしくなったって言うんですか?」

女神「うふふ、独り言です」

巫女(うう……もしかして馬鹿にされてるのかなあ)

巫女「……おほん、気を取り直して……ひかりちゃんはおいくつなんですか?」

女神「数えたのは六桁ですねえ」
 
巫女「え……?」

女神「あ」

宮司「か、数えで六年と言ったのかな?! そう、六年生です! 新年度から六年生になるんですよ!」

巫女「ああ、なるほど。じゃあ12歳くらいですかね?」

女神「そ、そうなんです! そのくらいです! 11歳! そういえば私11歳でした!」

宮司「が、学年じゃなくて歳を言えばいいのに! まったくひかりはおっちょこちょいですね!」

女神「あ、あははは! ごめん!」

女神(いかん、つい実年齢を言ってしまったわ……六桁までしか数えてないってだけじゃが)

巫女「しかし数え歳なんてなかなか複雑なもので年齢を計算するとは凄いですね! まだ小学生なんでしょう?」

宮司「やっぱりそう思いますか!! いやあ、ひかりは頭がいいんですよ!」

巫女「それにとてもしっかりした話し方をしますよね。とても小学生には見えませんよね、凄いです」

宮司「しっかり者ですから!」

女神(おいおい、だんだんごまかし方がずさんになってきとるぞ……やけっぱちになっとるんかのう?)

巫女「それで、一体どうして姪っ子さんが巫女の格好をしているんです?」

宮司「将来の巫女に今から教育を施しておこうと思いまして」

巫女「あら、巫女になるんですか?」

女神「はい! 私も神様にご奉仕をしたいのです!」

巫女「あらあら。立派な心構えですね」

女神「神様のおかげで毎日を平穏に過ごすことができるのですから、そう思うのは当然です!」

宮司(これが自画自賛というやつか……)

宮司「……じゃあ朝拝やっちゃいましょうか」

巫女「あ、はい。よろしくお願いします」

宮司「さて、朝拝も終わりましたから境内の清掃をお願いしますね。私は門を開けてきます」

巫女「姪っ子さんは?」

宮司(放っておいても問題ないと思うけど……)

巫女「なんなら私がお世話しますよ?」

宮司「おや、そうですか……それならあなたと同じ仕事をやらせてみましょう。今日一日世話を見てもらえます?」

巫女「任せてください!」

女神(あ、この野郎……自分が面倒みるのが嫌だからって人に任せおったな……)

宮司(女神様が睨んでいる……面倒臭がったのがばれたか……)

女神(ちっ……結局置いていかれてしもうた。まあこの巫女がおるから良いのじゃが)

巫女「じゃあ……やろうか?」

女神「えっ? な、何を?」

巫女「掃除だよ、掃除。はい箒」

女神「あ、どうも」

巫女「じゃあこの鳥居から向かって右側の掃除を任せてもいいかな?」

女神「任せてください!」

巫女「広くてちょっと大変かもしれないから気をつけてね」

女神「おや……侮ってますね? 良いでしょう! 私が本気で掃除をしたらどうなるか見せてあげます!」

巫女(面白い子だなあ)

女神「くっくっくっ、掃除とはいえ所詮は敷石の砂と落葉を掃くだけの作業よ」

女神「この程度、労働のうちにも入らんわ! 余裕余裕!」


女神「余裕じゃ!」


女神「余裕……」


女神「よ……余裕……」


女神「ぜえ……ぜえ……」


巫女「あらら、バテちゃってる……終わったら手伝ってあげたほうがいいかなあ? でもあれだけ自信満々だったわけだしプライドをへし折っちゃいそう……」


女神「い……いかん……疲労の概念をすっかり忘れとった……肉体があるってのは不便じゃな……」

女神「ぜえ……ぜえ……あの巫女の体力はどうなっとんのじゃ……わしの倍以上の速度で掃除をこなしておるじゃないか……」

女神「あやつならなんと言うじゃろう……『あの子が早いのではなく、あなたがひ弱すぎるんですよ』とかか」

女神「……あー、言うわ。絶対言うなこれ……想像しただけでなんか腹たってきてしもうた……」

女神「……あやつがどのように煽りにくるかなぞはどうでもよい。しかしこのままではわしの面目が丸つぶれじゃ」

女神「かくなるうえは最終手段しゃ……」



巫女「ふう、掃除終わりっと」

女神「私も終わりましたよ!」

巫女「え!? もう!?」

女神「もうですよ。なんなら見て確かめますか?」

巫女「……本当だ……それに塵すら無い……凄いね」

女神「えへへ」

宮司「ひかり、ちょっとこっちきなさい」

女神「はーい」



宮司「神風で掃き掃除するのはどうかと思いますよ」

女神「な、なんのことやらさっぱりわからんな」

宮司「神風で手抜きした件については目をつむりましょう。それより授与所開けましたからさっさといってください」

女神「授与所?」

宮司「……あなたここに何年いるんですか? お守りとかお札とかどこで授けると思ってるんですか」

女神「や、やだなあ……わかっとるって……お守り売っとるとこじゃろ? ほんの冗談じゃよ」

宮司「その割には本気で動揺してるように見えますけど……あと『売る』でなく『授ける』と言ってくださいよ……」


女神(授与所……あそこ授与所って言うんか……販売所とか適当呼んでたわ……)


宮司「知らなかった、って顔してますよ」

女神「えっ、うそっ」

宮司「嘘です。早いところ授与所行ってお守り並べてきてください」

女神「ぬう……あやつめ、またしてもわしをからかいおって……まあよいわ。授与所じゃな……」



巫女「並べました」

女神「並べましたね」

巫女「この仕事はこれで終わりです」

女神「次は何をやるんですか?」

巫女「参拝された方々にお守りを授けます。神社では『売る』とは言わずに『授ける』と言うから注意してね?」

女神「なるほど、それで授与所か……」

巫女「え?」

女神「いやなんでもないです。それより早く授けてしまいましょう」

巫女「そうね。人が来ないことにはどうしようもないからのんびり待ちましょうか」

女神「さすがに5分待ったくらいじゃ誰も来ませんねー」

巫女「なかなか来ないからねえ」



女神「あれから30分経ちましたけど誰も来ません……」

巫女「ふわぁ……そうだねぇ……」



女神「……1時間経ったけど」

巫女「ぐう……ぐう……」



女神「…………そろそろ2時間経つんじゃが」

巫女「ぐう……ぐう……」

女神「一体どういうことじゃ」

女神「…………おい、いくらなんでもこれはおかしいじゃろ。起きろ」

巫女「……はい?」

女神「はいじゃない。これはどういうことじゃ」

巫女「え?……え? 何が? どれが?」

女神「参拝客の少なさについてじゃ! 目を覚まさんか!」

巫女「はっ、はい!」

女神「2時間じゃぞ!? 2時間!! お守り並べてからそれだけ経つのに誰もここに来ないっちゅうのはどういうことなんじゃ!?」

巫女「えっ。あっ、す、すいません」

女神「こんのたわけがぁっ!! 謝罪を求めとるんではないわぁ!! 理由を聞いとるんじゃ!」

巫女「ひい!! ごっ、ごめんなさい!!」

女神「謝罪はいらんと言っとろうがぁぁぁぁ!! 祟り殺されたいのか大馬鹿もんがっ!!」

巫女「ごめんなさい!! ああ!! ごめんなさいって言ってごめんなさい!!」

女神「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! そこになおれぇぇぇぇぇぇ!!」

女神「何故なんじゃ!? 何故参拝客が来ないんじゃ!?」

巫女「ひとりも来なかったわけじゃあ……」

女神「確かに来とったよ!! 婆さまが二人ほどな!! じゃが賽銭入れてっただけでこっちには目もくれんかったぞ!!」

巫女「そ、そうですね」

女神「それ以前にやっぱりおかしいじゃろ!! 2時間で二人じゃぞ!? 1時間に一人って集客率低すぎやせんか!? こんなもんなんか!?」

巫女「あ、あの……」

女神「なんじゃ!?」

巫女「ひっ」

女神「いちいちひるむな!」

巫女「すいま……なんでもないです。あの……」

女神「言いたい事はさっさと申せ!!」

巫女「……あなた様は一体誰なんですか?」

女神「あ…………」

巫女「……も、もしもーし?」

女神「……ひ、ひかりちゃんですよー」

巫女(ええぇ……)

宮司「で、正体をばらしたわけですか」

女神「まあそういうことになる」

宮司「……前から薄々、というかかなり色濃く気づいてたことではありますけどね」

女神「何がじゃ?」

宮司「あなたが救いようのない馬鹿だってことです」

女神「なんかだんだんわし自身もそんな気がしてきた」

宮司「しっかりしてくださいよ……腐っても神様でしょうが」

女神「わし神様向いてないのかもしれん」

宮司「真顔で弱音吐かないでくださいよ……あなたらしくもない」

女神「最近自分の阿呆さ加減に呆れてきたんじゃよ」

宮司「最近になってやっと気づいたって時点で既に手遅れですね」

女神「おい表出ろこの野郎」

宮司「ところで彼女はあなたの言うことを信じたんですか?」

女神「あの巫女のことか? うーむ……信じたというか、知ってたというか……」

宮司「知ってたですって?」

女神「いや、なんかあやつ見えるらしい」

宮司「何が? 何を?」

女神「巫女が、わしを」

宮司「……?」

女神「わし見えてたんじゃって」

宮司「はあ……えっ……ちょっと、え!? はあ!? 見えてた!? どういうことですか!!」

女神「どうもくそもそのままじゃろ……お主にも馬鹿がうつりつつあるんかのう」

宮司「つまり御霊の状態の女神様も見えてたと」

女神「うむ、ぼんやりながら見えとったらしい。今まで全部見られてたと思うたらあまりにも恥ずかしくて逃げてきてしもうた」

宮司「別に大した事してないでしょうが……声が聞こえるみたいなことはたまに言ってたんですがね。まさか見えてるとは思いませんでした」

女神「普通の人間には見えんからなあ……」

宮司「なんだかんだで彼女は実家がお偉い神社ですから普通ではないですさどね」

女神「あ、そうなんか? 知らんかったわ」

宮司「ちょっと知らないこと多すぎやしませんか? 記憶読めばいいじゃないですか……」

女神「記憶を読めんのじゃから仕方がないじゃろ」

宮司「どういうことです。ちょっと詳しく聞きたいですね」

女神「その話、結構長くなるがよいのか?」

宮司「いいですよ、どうせ誰も来ませんし。誰か来たとしても授与所の彼女が対応してくれるでしょう」

女神「お主も意外にてきとうな人間じゃな」

宮司「女神様に似てきたんですかね」

女神「否定すんの面倒じゃわ」

女神「でじゃ、話してやってもいいんじゃがその前にわしの質問にひとつ答えてくれんかの」

宮司「質問の内容によります」

女神「なぜこんなにも人が来ないのか聞きたいだけじゃ」

宮司「なんだそんなことですか……正月とか行事が無い時はだいたいこんなもんですよ。いつも見てなかったんですか?」

女神「わし引き篭もり系女神じゃし」

宮司「肉食系女子みたいに言うのやめてください」

女神「ふふん、最近の流行りを取り入れてみたんじゃよ」

宮司「人の記憶を読めるだけあって流行にはそこそこついていけるみたいですね」

女神「ああ……しかしここまで閑散としてるとへこむのう……」

宮司「常々思ってたんですけど女神様って人間臭いですよね。感情豊かなところとか」

女神「褒め言葉として受け取っておくがそれは逆じゃ。お主ら人が神に似てるだけのことよ」

宮司「神は自らに似せて人を作ったってやつですか」

女神「それ別の宗教じゃが」

女神「ええい、どうせ誰も来やしないんならじっくりと語ってやろうではないか」

宮司「そのいきです」

女神「このまま明日の朝まで語り明かすつもりで臨む」

宮司「迷惑なんでそれはやめてください」

女神「そこは後押しせんか」

宮司「女神様相手にそれをやると本気で朝まで語りかねないんで」

女神「まあ暇じゃし」

宮司「今日に限っては暇じゃありませんよ。話が終わったらまた働いてもらうつもりですからね」

女神「嘘じゃろ、もう巫女には正体ばれてるんじゃぞ」

宮司「だからなんです? 仕事に支障は出ないでしょう?」

女神「酷い、酷すぎる……神を使役する人間なんて今までにおったじゃろうか……しかもこやつ宮司じゃし……世の中には神も仏もおらんのか」

宮司「もうその類の発言につっこむの面倒くさいんですけど」

女神「……いや、話が終わったらということはつまり話してる間は働かされないということじゃよな」

宮司「瞬時に働かなくて済む方法に気づくなんてどれだけ怠慢な思考してるんですか?」

女神「もう怠惰の女神に改名しちまうかの」

宮司「洒落にならないんでやめてください」

女神「わーっとるわい、するわけないじゃろ……それで何の話をするんじゃったか……あー、記憶読むうんぬんのことか」

宮司「そうそうそれですよ。」

女神「他の神ができるのかは知らんがわしは基本的に人の記憶を読めるんじゃけど」

宮司「うちの巫女みたいに記憶が読めない場合もあるってことですか」

女神「そういうこと。ちなみにお主の記憶も読めんぞ」

宮司「何が基準なんですか?」

女神「どれだけわしに近い存在かによる。近ければ近いほど読みづらい」

宮司「ご利益の話のときも同じようなこと言ってましたね」

女神「神は他人の世話は見るが自分の世話はしないからのう。神に接している存在ほど神がかり的な力の効果は薄くなると考えてよい。神自身にはもはや意味がないしな」

宮司「神様が不死身だったりするのは神がかり的な力の作用ではないんですか?」

女神「それは内向きの力じゃからいいの。ご利益とか読心とかのいわゆる外向きの力を自分に向けることはできんというだけじゃ」

宮司「よくわかりませんねえ」

女神「なんなら朝まで解説を」

宮司「それは遠慮します」

女神「ちっ……」

見ないうちにすげー伸びてると思ったらこういうことかワロタ
まあなんだ、俺は嫌いじゃないけど変態アピールは空気読んでほどほどにな 女神との約束だ
じゃあ投下するか

女神「そういえば記憶以外にそやつの未来も読めたりするんじゃが」

宮司「あ、それは凄いですね」

女神「例によってお主の未来は見えんがな。巫女も多分無理じゃ」

宮司「やっぱりあなたに近い人の未来は読めないんですね」

女神「そうじゃな。それ以外にも読めない理由があることもあるが……まあそんなの知っててもどうしようもないじゃろ」

宮司「別に話したいなら聞きますけど」

女神「話すの面倒じゃからやめとく」

宮司「そうですか」

女神「そこで食い下がらんのか」

宮司「だって女神様が話さないと仰ったわけですし」

女神「たまに不気味なくらい素直になるよなお主」

女神「まあ話はこんなところじゃな」

宮司「えっ? 他には?」

女神「他に……って、何が?」

宮司「話がです。さっきじっくり話し込むとか朝まで語り明かすとか言ってたじゃないですか」

女神「わしも最初はそのつもりだったんじゃが、よう考えたらそんなに話すこと無かったわ」

宮司「その場の勢いだけで発言する癖、直したほうがいいですよ」

女神「わかっとるわい」

宮司「しかし話が終わりとなると女神様には仕事を手伝ってもらわなければなりませんね」

女神「あっしまった。それがあったんじゃった」

宮司「手始めにお守りを作ってもらいたいんですが」

女神「待って待って! あった! 話すことあったわ! もうびっくりするほどあったわ」

宮司「さぼりたいからってちょっとこれは必死すぎじゃありませんか」

女神「さぼることに全力を注いで何が悪いというんじゃ!!」

宮司(なぜか怒られた……)

宮司「で、どんな話なんですか」

女神「えーとえーと……ちょいと待つのじゃ」

宮司「まさか今から考えるんですか?」

女神「ち、違う! 断じてそのようなことはない!」

宮司「やはり女神様にはお守りを作る仕事を手伝ってもらわなければ」

女神「違うと言っておろうが! ほら……あれじゃ! あれ!……そう! 未来の話!」

宮司「私の未来は読めないと女神様が言ったんですよ」

女神「違うの! それじゃないの! それじゃなくて……あれなの! あれ……もうあれってどれなの!? わかんないの!!」

宮司(あ、混乱しててちょっとかわいい)

宮司「まあ、なんです……とりあえず落ち着きましょうか」

女神「わ、わかった」

宮司「よろしい。やればできるじゃないですか」

女神「いつの間にかお主の態度が凄く高圧的になっている気がするんじゃが……気のせいか?」

宮司「果てしなく気のせいですね。被害妄想というやつです」

女神「いややっぱり高圧的じゃろその言い方は。わしはいま聞いて確信したわ」

宮司「それについてはどうでもいいので置いておきましょう。私がいま聞きたいのは女神様の話です。話すことが無いなら仕事の方をですね」

女神「あっ、あっ、待って待って。ある! 話すことならあるぞ!」

宮司「なら話が終わるまで待ちましょうか」

女神「とっておきの話じゃからな……数時間は潰せるはずじゃ」

宮司「言っておきますけど、くだらない話だったら止めませますよ」

女神「なら大丈夫じゃ、さっきちょろっと話したように未来の話じゃ。お主ら人間がこの手の話題に興味がないわけがないじゃろ」

宮司「でも私の未来は読めないんじゃ」

女神「誰もお主の未来の話なんて言ってないじゃろ」

宮司「じゃあ誰のです?」

女神「もちろん今日最初にうちに来たばーさんのに決まっとろうが」

宮司「ばーさ……は?」

女神「今回は特別にばーさんがこの世に生を受けた瞬間からあの世に旅立つその日までをダイジェストにしてお送りしてやろうではないか」

宮司「さ、行きますよ女神様。仕事はいっぱいありますからね」

女神「え!? なんで!? お主興味ないんか!? 聞かんか、おい! 聞けって! ちょっ、痛い痛い引っ張るな! 腕が抜ける!」

宮司「そういうわけで引っ張って連れてきました」

巫女「は、はあ……」

女神「うー、痛かった……なあ、わしの肩なんともなってない? 血とか出てない?」

宮司「じゃああとは任せます、こき使ってあげてください。よろしく」

女神「おい! それはあんまりじゃろ! この鬼! 神をないがしろにしてるとろくな目に合わんぞ!」

巫女「…………」

女神「……ん? どうしたお主」

巫女「あ、いや……女神様、なんですよね?」

女神「まあ一応そういうことになるんじゃろうな」

巫女「私なんかがご尊顔を拝見してもよろしいのでしょうか……」

女神「そ、そんなにへりくだらんでもよいじゃろ。顔なんて見たところで減るもんでもないし」

巫女「そういう問題ではございません! 私めのような未熟者が神様と直接対面するなど本来許されざる行為であって……」

女神「お主……良い奴じゃな……!」

巫女「えっ?」

女神「うわぁぁん! すまんがしばしお主の胸の中で泣かせてくれぇぇ!」

巫女「えっ!? ちょ、えっ!? なに!? 何なのどういうこと!? あぁ、よしよし……」

女神「うぅ……あのくそ野郎とはえらい違いじゃなぁ……ちくしょう……お主に宮司やってほしかったわ……」

巫女「泣かないで泣かないで……よしよし、辛かったね……」

女神「あー、ぐすっ……今まで不当に虐げられてきたことによる積年の鬱憤が晴れていくようじゃ……甘えられるって良いなぁ……幸せ……」

巫女(こうしてると子供みたい……だけど神様なんだよね)

巫女「ええと……あのう……そろそろ離していただけませんでしょうか」

女神「えー、嫌じゃ。まだしばらくこうしていたい。このままお主の腕の中で死ぬ……いっそお主の胸に挟まれて窒息死する」

巫女「神様へのご奉仕がまだ……ああ、神様は貴方様でした。とにかく奉仕、というか仕事が残っているのですが」

女神「神が神に奉仕するってどういう状況じゃ。自作自演にもほどがあるじゃろ。寂しいことこの上ない……わしゃやらんぞ」

巫女「困ったなあ」

女神「ううむ。ふかふかじゃなあ……くそう、わしとはえらい違いじゃ……というか……」

巫女「な、なんですか?」

女神(でかいな……下着はつけとるんじゃろうがそれでもなおこの大きさというのはなかなか……)

巫女「……? どうかしましたか?」

女神(こやつは確かに豊満な体つきじゃが……もしかしてわしは特に貧相すぎるんじゃ……)

女神「……よし、仕事を始めようか」

巫女「え? 今の今までやらないって……」

女神「気づいてはいかんことに気付きそうになったからちょっと気を紛らわせたい」

巫女「なんだかよくわかりませんけど……」

女神「おら、はよ仕事よこさんか仕事!」

巫女「ひい。急に横暴になられた気がします」

女神「やかましい!  んなもん気のせいじゃ! くそ、どいつもこいつもわしを馬鹿にしとるのか……」

巫女(……)

女神「な、なんじゃ。急にじろじろ見おって……」

巫女「いえ……もしかして女神様、拗ねてますか?」

女神「すっ……拗ねてなんかおらんぞ! 別にお主のことを羨ましく思ったりなぞしとらんわ!」

巫女「やっぱりそう思ってたんですね」

女神「ちっ、違うんじゃ!」

巫女「宮司様と仕事中一緒にいられる私のような巫女を羨望の目付きで眺めていたんですね」

女神「ちが……え? は?」

巫女「急に機嫌を悪くされたのは私のせいで宮司様を独占できないからで、嫉妬してたってことなんですね」

女神「どういう曲解の仕方じゃ。わしが羨んでたのはお主の体つきじゃぞ」

巫女「確かに巫女はご奉仕中も宮司様と結構顔を合わせますからね……」

女神「聞いとんのか? あやつの顔なんぞ飽きるほど見とるから今更見たいとは思わんわ」

巫女「あ! それで巫女をやってみたいとお思いになられたんですね。宮司様がご奉仕中でも触れ合えるようにと……」

女神「わざわざ巫女なんぞやらなくても今までのままで十分触れ合えとるわ。むしろうざったいくらいじゃ
……それとお主わしの話聞いてないよな」

巫女「わかりましたよ! わかりました! 女神様は宮司様に会えなくて寂しかったんですね!」

女神「わしもわかったぞ。お主アホじゃろ」

巫女「あれ? 違いましたか?」

女神「かすりもしとらん。どうしてそういう考えに至ったのかお主の頭切り開いて中覗いてみたいわ」

巫女「でも宮司様のことはお好きなんですよね?」

女神「だからどうしてそうなるんじゃ……あんな意地の悪い鬼のような奴のことなぞ……」

巫女「じゃあお嫌いなんですか?」

女神「い、いや……別に嫌いとまではいかんが……」

巫女(おや?)

女神「御霊のままのわしと意思疎通ができる唯一の人間じゃしな……なんだかんだであやつより信頼できる人間はおらんから嫌いではないのう」

巫女「それって好きなんじゃ」

女神「あのなあ……好きとか嫌いとかそういう問題ではなくて……」

巫女「じゃあじゃあ! 好きか嫌いかで言ったらどっちですか!?」

女神「……お主なんでそんなにいきいきしとるん?」

巫女「女性はこういう話が好きだからですよ!」

女神「一応わしも女なんじゃが……さっぱりわからん」

今日は巫女の日らしい

女神「言っておくがな、お主の思っているような甘々な関係が繰り広げられていたりはせんぞ」

巫女「なんだ残念……でも宮司様との付き合いは長いのでしょう?」

女神「残念って……そりゃあ長いぞ。あやつは産まれた時からわしが見えてたからな。弟のように可愛がったもんじゃが今ではとんだ下衆じゃ」

巫女「随分な言い様ですね……」

女神「いつからあんな憎たらしい野郎になったんじゃろ……そういや中学生の頃じゃったか? 露骨にわしを無視してた期間があったな」

巫女「それからあの性格なんですか?」

女神「いや、それから高校に入ったあたりから急によそよそしくなって……そこじゃな、あやつが憎たらしくなったのは……あのくそ野郎め」

巫女「どうでもいいかもしれませんけど子供の頃の宮司様ってちょっと想像できません」

女神「わからんでもない。若い頃が想像できん奴っておるよな」

巫女「女神様はその筆頭でございますね」

女神「わしゃ神じゃもの。人に限定して話をせんか」

宮司「話じゃなくて仕事してくださいよ。様子を見に来たらこれですか」 

女神「うげ、来おったのか……はいはいやりますやりますよ」

宮司「私は私の職務があるので戻りますが……さぼらないでくださいよ?」

女神「ふん。わしがさぼるように見えるか?」

宮司「見えます。女神様がさぼっていたら容赦なくしばいてもらって結構ですので監視お願いできますかね」

巫女「ええぇ……しばくって……」

宮司「仕事を手伝わせるだけでいいんです。見てないと絶対手を抜きますから」

女神「信用ないんじゃなあ、わしって……」

宮司「でも誰も見てなかったらさぼっちゃいますよね?」

女神「うん、さぼっちゃうかも」

宮司「正直なのはいいことです。女神様のそういうところ好きですよ」

女神「!! もう一回言ってくれ!」

宮司「またそのパターンですか……時間が惜しいので嫌です、私はもう戻りますよ」

女神「くっそー! 一度しか言わんのなら前もって言うと予告せい! 聞く方にも心の準備ってもんがあるじゃろ!」

宮司「嫌ですよそんな恥ずかしいこと……」

女神「あ? 今なんと言った? ぼそぼそ喋らずにもっと声を張らんか」

宮司「いいんです。気にしないでください」

巫女(むう……私の入る余地が無い……)

女神「ちぇー本当に行ってもうた。薄情な奴じゃなあ」

巫女「…………」

女神「仕方ない、しばかれるのも嫌じゃしやるとするか……お守り作るんじゃったっけ?」

巫女「女神様」

女神「あん?」

巫女「言います」

女神「ん? 何を?」

巫女「好きです」

女神「…………」

巫女「…………」

女神「……お主、どこか打ったのか? 頭とか……」

巫女「ひ、ひどい!」

女神「ひどいのはお主の頭じゃろ」

巫女「うう、ひどい……」

女神「もしかしてお主ついにおかしくなったのか?」

巫女「ついにってなんですか!」

女神「てっきりアホをこじらせたのかと」

巫女「こじらせるほど私はアホじゃないです! うー……女神様が喜ぶと思ってやったのに……」

女神「わしが?」

巫女「だって予告してから好きって言えって言った……じゃなくて仰っていたではないですか」

女神「あー……それで……」

巫女「それなのに喜ぶどころか正気を疑われる始末……宮司様が仰ったときは子供のようにはしゃいでおられたのに……」

女神「なっ……! す……好きだと言われたら誰でも嬉しくなるじゃろ! 別に他意はないわ!」

巫女「しかし私が申し上げた時には喜んでくれませんでした……」

女神「そ、それは……」

巫女「やはり私などでは宮司様の足元にも及ばないのですね……」

女神「おい、元気ださんか……というかそこまで落ち込むようなことでもないじゃろ」

巫女「宮司様ほど愛していただきたいなどと贅沢は申しませんが、できれば私も女神様に好かれてみたく思うのです」

女神「おいっ、待たんか! わしがいつあやつを愛したとな!? ふっざけんなよ!! わしゃあやつのことなぞなんとも……」

宮司「仕事してくださいよ!」

女神「ぎゃああああぁぁぁ!!」

宮司「うわあああぁぁぁぁ!!」

宮司「ああ、おどろいた。いきなり叫ばないでくださいよ」

女神「ば……ばっ、ばかもん! 急に声をかけたのはどこのどいつだと思っとんのじゃ!」

宮司「案の定さぼってたからですよ。だいたい声をかけただけであんなに驚くことないでしょう」

女神「それは……それは……うう……す、すまんかった」

宮司「やけに素直ですね」

女神「そ、そうか……?」

宮司「……なんでもじもじしてるんですか」

女神「え? いや、別に……」

巫女「……女神様、顔赤いですよー」

女神「余計なことは言わんでよい!」

宮司「もしかして小水でも我慢してるんですか?」

女神「おまっ……死ね!!」

宮司「痛っ! どうして殴るんです!」

女神「女性に向かってよくそんなデリカシーの欠片もない発言できるな!? どうかしとるぞ!!」

巫女「違いますよ宮司様。女神様が真っ赤になってたのは」

女神「わぁぁぁぁぁ!! わー!! わー!! やめろ!!」

宮司「なんですって? 女神様がうるさくて聞こえませんよ!」

女神「仕事!! お守り作るぞー!! よーし!! やるぞー!! 巫女手伝え!! さっさと終わらせるとするかの!!」

女神「ふう、なんとかごまかせたな。我ながらあっぱれじゃ」

巫女「恐れ多くも申し上げますが、ごまかしきれていないと思います……」

女神「もしそうだったとしてもあの場を乗り切れたのは事実じゃからなんら問題はない。それよりも仕事じゃ」

巫女「ああ、それはごまかさずにおやりになられるのですね」

女神「これ以上さぼってあやつにどやされてもかなわん。どうせ暇じゃしやっちまったほうが賢いというもんじゃ」

巫女「宮司様にお褒めいただけるかもしれませんしね」

女神「……なあ、そこ重要か?」

巫女「女神様にとってはこの上なく重要なことではございませんか?」

女神「そんなわけないじゃろ!」

女神「はあー……どうしてわしがあやつを好きにならにゃいかんのじゃ!?」

巫女「嫌いなんですか? 宮司様」

女神「あ? べつに嫌いとまではいわんが」

巫女「嫌いじゃないのは確かなんですね」

女神「うん。いや、うーん、そうなるのか? まあなんだかんだあやつには世話になっとるし……」

巫女「…………」

女神「ここ数百年ぶりにできた話し相手じゃからなー……嫌いにはなれんよ。わしのどうでもいい話に付き合ってくれたりしてああ見えて優しい所も……おい、なににやついてんじゃお主」

巫女「ふふ、別になんでもないです。本当に宮司様が好きなんだなあって思っただけですよ」

女神「えっ、なんで!? なんでそうなるんじゃ!?」

巫女「……ああっ!! 可愛いなあ、もう!!」

女神「うぐぇ、きゅ、急に抱きつくな! 苦しい! 息ができん! 胸無駄にでけーんじゃよお主はぁ!」

巫女「申し訳ございませんでした……私ったらとんだご無礼を……」

女神「圧殺されるかと思ったわ。乳に顔うずめて死ぬとかさすがの神でも笑えんぞ」

巫女「誠に申し訳ございません……」

女神「まあ気持ちよかったから許す」

巫女「は?」

女神「忘れろ。それよりいい加減お守り作らんか? さっきからやろうとするたび横槍が入っとる気がするぞ。で、どこにあるんじゃ?」

巫女「そちらにございます」

女神「ダンボール箱しか見えぬ」

巫女「その中です」

女神「えっ。お守りじゃぞ? 」

巫女「うちは外注ですから……お守りの外側の部分はこんな形で送られてくるんです」

女神「うっそお前だってこれ……うわあ、本当じゃ。なんか見てはいかん物を見た気分じゃぞ」

巫女「一から全部ここで作ってるお守りもありますよ。それにどこで作ったからといってお守りの価値が下がったりはしませんでしょう?」

女神「んー。まあそれもそうじゃ」

巫女「祈祷が施してあれば何でもお守りになりますし、その人にとって特別な物なら例え神の加護がなくたってそれは立派なお守りですよ」

女神「ハードウェアとしての性能よりソフトウェアとしての性能のほうが重要というわけじゃな」

巫女「は、はあ……? よくわかりませんがおそらくそういうことです」

女神「うむ、そうじゃろうな」

巫女「中にはしっかり神札が入っていますし、効果は保証しますよ! 神様にいうのもなんですけど……」

女神「でもこれらには入っていないようじゃが……」

巫女「それを込めるのが今からやる作業です」

女神「あー。そういうことね……」

女神「神札ってこれかいな」

巫女「はい。女神様の力が篭っているありがたいお札です。これをお守りの中に込めることで……」

女神「わしこんなのに力込めた記憶がないんじゃが」

巫女「女神様の加護を……って、えっ!?」

女神「いや、これ……今はじめて見たわ……」

巫女「ええっ!! じゃ、じゃあ今まで作ってきたお守りにはまったく神様の、いや女神様の力は込められていなかったんですか!?」

女神「宮司のやつが祈祷してるはずじゃし、まったくってことはないじゃろうけど……ちょっぴりしか篭ってなかったかもなあ」

巫女「…………」

女神「そんな目で見るな……」

巫女「……これから。そう、これから頑張りましょう! 過ぎたものはしょうがないですから!」

女神「優しすぎてなんか泣きそう」

巫女「気を取り直して作りましょう? 神様が直々に作るんですからご利益がないわけありせんよね!」

女神「そうとは思うが……実際のところどうなのかはわからんな。で、どうやるん?」

巫女「札を入れて口を閉めるだけです。簡単でしょう?」

女神「こうか……うむ、簡単じゃな」

巫女「それではさくさく作っていきましょうか」

女神「よしきた。わしの本気を見せてや……あっ」

巫女「え? どうかなさいましたか? 何か問題でも?」

女神「いや、そうでのうて……気づいたんじゃ」

巫女「?」

女神「この仕事つまらん。果てしないほどに」

巫女「始めてまだ30秒も経ってませんよ!?」

巫女「つまらなくても途中で投げちゃ駄目ですよー。最後までやってくださいね?」

女神「わーっとるわい。それはいいとしてお主もう口調が幼子を相手にする時のそれに近くなっとるよな」

巫女「あっ……も、申し訳ございません!!」

女神「別に構いやせんぞ? あんまりかしこまられるとこっちも息が詰まるしな。堅苦しいのは苦手じゃ」

巫女「は……はあ……」

女神「むしろ妹にでも接するように話しかけてくれて構わん。というかそうしてくれ」

巫女「妹いませんよ私……それに恐れ多くてそんなことできません」

女神「神がいいっちゅーんじゃからいいの。とにかくもっとフレンドリーに話しかけること、わかったな?」

巫女「ええぇ……善処します……」

女神「さあ、仕事の続きをやるかの」

巫女「ああ、そうですね」

女神「…………」

巫女「…………」

女神「それ取って」

巫女「ん? これですか?」

女神「そうそれ、ありがとう」

巫女「どういたしまして」

女神「…………」

巫女「…………」

女神「…………」

巫女(どうしよう……黙々と作業されていらっしゃるのはいいんだけとこれじゃあまりに静かすぎるよ……)

巫女(どうしよう……心なしか空気が重い……何か話さなきゃ、何か話さなきゃ!)

女神「……あれ、なかなか収まらんなこれ……」

巫女「あっ、あのっ!!」

女神「あん?」

巫女「目玉焼きには塩ですよねっ!?」

女神「…………」

巫女「…………」

巫女(あぁぁぁ!! バカ! 私のバカ! 何訊いてんの!? もっと話が広がるようなことを言うべきでしょ!)

巫女(というか意味がわからなすぎる! なんでいま目玉焼き!? しかも心底どうでもいい内容! また女神様に正気を疑われちゃう……)

女神「……塩じゃな」

巫女「えっ」

女神「え、とはなんじゃ。あんなこと言っておいてお主は塩派じゃないんか?」

巫女「いえ塩ですけど……質問が意味不明すぎててっきり馬鹿にされると思ってました」

女神「なんで今そんなこと訊くんかなあとは思ったが……別に馬鹿にはせんよ」

巫女「ああ、そうでしたか……なんか安心しました」

女神(もう馬鹿だとわかってたから今更指摘する必要がなかっただけじゃ、とは言わんほうがいいな)

巫女「ええと、あとはですね……卵焼きは甘いのと甘くないのどっちが好きですか?」

女神「甘いのじゃなあ」

巫女「えーっと、えーと……!! 卵かけご飯は卵を溶いてからご飯にかけますか!? それとも卵を落としてから溶きますか!?」

女神「溶いてからじゃ」

巫女「えーと!! うーん……!! ゆっ、ゆで卵!! ゆで卵は半熟と完熟どちらが好きです!?」

女神「半熟」

巫女「あとはあとは……!! えーとえーと……温泉卵は」

女神「おい」

巫女「はい!?」

女神「少し待たんか……いつまでこのやりとりを続ける気なんじゃ、お主」

巫女「え……この作業が終わるまでです」

女神「……話でもして気を紛らわせようとしてくれたんじゃな。それは分かるしありがたいが……あんまりじゃなかろうか」

巫女「あ、あんまりって……はっ、私は無意識のうちに何か女神様のお気に触るようなご無礼を働いてしまったのでしょうか!?」

女神「いや、そういう意味であんまりと言ったんではない」

巫女「もしかして……卵はお嫌いでごさいましたでしょうか……」

女神「なんでそうなる? 発想のベクトルが明後日の方向に行っとんのか?」

巫女「申し訳ございません……」

女神「内容が意味不明すぎてあまりに酷いと言いたかったんじゃが……あれじゃな、お主はなんかずれとるよな」

巫女「うう……私もそう思います……」

女神「自覚があるのがせめてもの救いなんじゃろうか」

女神「話っちゅうもんはな、無理にするもんじゃのうて勝手にでてくるもんなんじゃ」

巫女「勝手に、ですか……」

女神「うむ。だからあんなに頭ひねらんでもいいわけじゃよ。話なんてほっといてもどんどん広がっていくしな」

巫女「私にはできないかもしれません……」

女神「ならわしがやろう。そうじゃな、例えば……お主、さっきあんなに卵ばかり話題に出してきていたが卵好きなんか?」

巫女「え? まあ嫌いではありませんが特別好きってわけでもないですね……」

女神「ほう、そうか」

巫女「はい」

女神「そうか……」

巫女「…………」

女神「うん……」

巫女「……広がります?」

女神「……広がらんな。なんも思いつかんわ」

巫女(この神様大丈夫かしら……)

女神「嘘でもいいから卵が好きと言ってくれれば話を繋げられたかもしれんのになあ」

巫女「そう言われましても……すいません」

女神「まったく……しかしお主、卵じゃないなら一体何が好きなんじゃ?」

巫女「あっ、話が広がりましたね」

女神「あん? あー、ほんとじゃな。ほれみろ、勝手に広がってくんじゃよ話ってのはな……で、何が好きなんじゃ?」

巫女「そうですね、犬とか大好きですよ!」

女神「いっ……犬とな……?」

巫女「はい!! 可愛いですよね!!」

女神「いや、うん……可愛いけど……可愛すぎて食べちゃいたいというのは聞いたことあるが本当に食う奴がおるとは……」

巫女「えっ? やだなあ、いくら私でも犬は食べませんよ! 動物として好きだってことです」

女神「いやいやいや! 話の流れからしてどう考えても食糧として好きだって言ってるようにしか聞こえんかったぞ!?」

巫女「そうですか?」

女神「そうに決まっとんじゃろ! なんで急に動物の話になるんじゃ? やっぱお主どこかずれてるわ……」

巫女「あっ……そういえば先月整体行ったら骨盤がずれてるって」

女神「ちがわぁぁぁ!! その『ずれ』とわしの言ってる『ずれ』は別物じゃわ、どあほう!! そういうところがずれてるっつっとんのじゃ!!」

巫女「えっ、骨盤がですか!?」

女神「なんでそうなるんじゃぁぁぁ!!! お前の骨の状態なんかわしが知るかぁぁ!!! バーカ!! バーカ!!」

巫女「駄目ですよそうやってすぐ怒っちゃ……神様の骨の状態は分かりませんがたぶんカルシウム足りてないと思いますよ」

女神「……なんで? なんでそんな冷静なん? お主ってたまにすごく肝っ玉座っとる時あるよな……うまいこと骨の話広げようとしたのは褒めてやらんこともないが」

女神「なんかお主を相手に全力で怒るのって虚しいな……のれんにうで押しというかなんというか」

巫女「床に釘とか」

女神「ぬかじゃろ。床に釘ってばっちり打てると思うんじゃが」

巫女「肘に灸とか」

女神「石に灸じゃっけ? 肘に灸を据えたら普通に効くじゃろ。ツボがあるのかは知らんけど……」

巫女「豆腐にタフガイとか」

女神「なあ、わざとやっとんの? わざとやっとんのかそれ?」

巫女「さすがにばれました?」

女神「いや、もしかしたら本気で間違えてんじゃなかろうかと少し心配した」

巫女「私ってそんなに頭悪そうに見えますか……?」

女神「まあそこまで馬鹿そうには見えんがだいたい巨乳は馬鹿って相場が決まっとるの」

巫女「なるほど! それで女神様は聡明でいらっしゃったわけなんですね!!」

女神「わしが死神でなくてよかったな。もしそうだったら今すぐ三途の川渡らせてたところじゃ」

女神「ちょうど胸の話になったから訊くけど、いったい何食ったらそんなんなるんじゃ? 卵?」

巫女「卵は関係ないと思いますよ……」

女神「嘘こけ。お主絶対毎日一個は卵喰ってるじゃろ」

巫女「まあ確かに今日の朝食は卵かけご飯でしたけど」

女神「本当に喰っとったんかい。これは本当に卵が鍵な気がしないでもないのう」

巫女「そういえば昨日の朝も卵かけご飯だったかも……」

女神「決めた、わしもこれから毎日一個卵食おう。他には何か毎日喰っとるものないんか?」

巫女「うーん、他というと……毎日必ず牛乳を飲んでますね。卵も牛乳も単に好きなだけなんですけど」

女神「卵と牛乳か……なるほど、毎朝一杯ミルクセーキ作ればいいんじゃな!」

巫女「ご、ご飯にそれをかけるんですか……? さすがの私もそれはちょっと……」

女神「なんで卵かけご飯に牛乳ぶち込むと思ったん? さすがのわしでもそんなぶっ飛んだ料理は作らんぞ」

女神「おーし、明日からは1日1ミルクセーキじゃ。もう御神酒をミルクセーキにしてもらってもええかもしれんな」

巫女「それはちょっと……でも女神様ってずうっとそのお姿のままなんですよね?」

女神「そうじゃが、何か問題でも?」

巫女「はたして成長するのかなあ……と思いまして……」

女神「あ……」

巫女「…………」

女神「い……いや、ほら、わし髪は伸びるし? 爪も伸びるし? 成長はしとると思うぞ? だから身長や胸囲が変わる可能性だってなきにしもあらず……」

巫女「女神様……」

女神様「憐れむような目つきでわしを見るのはやめんか!!」

女神「ちくしょう……わしだって神なんかじゃなければ大人の女性になれたかもしれんのに……」

巫女「な、泣かないでください……」

女神「泣いとらんわ、くそ……」

巫女「ハンカチです」

女神「……やっぱりたま子は優しいな……」

巫女「待ってください。たま子って誰ですか……もしかして私のことですか?」

女神「え? お主以外におらんじゃろ? ハンカチ返すわ、ありがとう」

巫女「あっ、どういたしまして……私はそんな名前ではないのですが……」

女神「卵大好きたま子さん。今わしが名付けた」

巫女「勝手にへんな名前つけないでください!」

女神「ええじゃないか、素敵な名前じゃぞ」

巫女「う……うーん。悪い気はしないけど納得できない……」

女神「しかし……なんちゅうか理不尽じゃよなあ」

巫女「何がですか?」

女神「他人の願いはそこそこ叶えられなくもないのに、わし自身の願いは逆立ちしたってどうにもならないってのは……」

巫女「それが神様ってものでしょう? ……でも神様にも願い事ってあるものなんですねえ……」

女神「神にも欲くらいあるわ。なんじゃ、幻滅したんか?」

巫女「いや、そうではありませんが……神様ってなんだか人間みたいですね」

女神「人間が神に似てるんじゃってば……まあわしは神の中でも特別俗っぽいとは思う」

巫女「やっぱり他の神様は威厳に満ちていらっしゃるんですか?」

女神「遠まわしにわしには威厳がないと言っとんのか」

巫女「あっ、違います! そんな意味で申したのでは……」

女神「ふん、別に構わんわ。どうせわしにゃ威厳もへったくれもありませんよーだ」

巫女(すねちゃった……)

女神「わしに威厳がないのなんて今に始まったことではないっちゅうんに、今更なぜ蒸し返すんじゃ? 嫌味か?」

巫女「本当に申し訳ありません……そのような意図は決してございませんので……」

女神「どうだか……わしのことが見える奴らは皆『あなたには威厳がない』みたいなことを言ってきおったわ。お主もそう思っとんのじゃろ」

巫女「そんな……」

女神「わしに威厳がないのが悪いんじゃ。けっ、わしゃほんとに駄目な女神じゃな。ダ女神じゃ、ダ女神」

巫女「ま、まあまあ……そうくさらないで……」

女神「数百年にわたって威厳がないってレッテル貼られ続けてくさるなっちゅう方が無理じゃろ……」

巫女(すごくへこんでらっしゃる……元気づけてあげなきゃ……)

巫女「確かに女神様には威厳がないかもしれません」

女神「なんでわざわざ確認取るの? なんで死人に鞭打つの? 鬼畜すぎるじゃろお主」

巫女「まあまあ、最後まで聞いてください」

女神「聞いたところで何が変わるっていうんじゃ」

巫女「続けますよ。こうは考えられませんか? 女神様には威厳がないのではなく、必要ないのではないか……と」

女神「……どういうことじゃ?」

巫女「神様と一括りにいっても様々な方がいらっしゃいます。中には威厳を保つ必要のない方がいらしてもなんら不思議ではありません」

女神「さっぱり意味がわからん」

巫女「簡単に言うとですね」

女神「簡単に言えるなら最初からそうせんか」

巫女「女神様はとびきりかわいらしいから威厳なんて必要ないんです!!」

女神「はあ」

巫女「どうです?」

女神「ちょっと無理があるじゃろ……」

巫女「…………」

女神「無理があるというか……あれじゃよな、こじつけっちゅうんか? 即興で無理矢理考えましたって感じがひしひしと……」

巫女「……もぉぉぉぉっ!! どうしてなんですかぁっ!!」

女神「どっ、どうした!? 何が気に障ったんじゃ!?」

巫女「酷いじゃないですか!! 『かわいらしい』なんて宮司様に言われたら腰砕けになるくせに!! 私が言ったら『無理がある』ってなんですかそれ!?」

女神「だからなんでそこであやつが出てくんのじゃ!! あと言っとくが別に腰砕けになんかならんわい!!」

巫女「いーや、なりますね!! なんてったって女神様は宮司様にご執心ですからねえ!! 私なんか眼中にないですものね!!」

女神「ふざけんのも大概にせえよ!! さっきからなんなんじゃお主!? 妬いとんのか!?」

巫女「私はただ女神様のお役に立ちたいだけなんですよ!!……それなのに女神様ときたらまるで私に興味がないし……悔しい……うっ……うぅ……」

女神「お、おい。さっきまで怒ってたと思ったら今度は泣くんか……」

巫女「泣きながら怒ってるんですよ゛ぉっ!!」

女神「うわっ!! 鼻水出たぞ!! 拭け、拭け!!」

巫女「ほっといてください!!」

巫女「だいたいねぇっ、女神様はちょっと情けなさすぎるんですよ!!」

女神「はあ!? いきなりどういう話の展開のしかたじゃ!? 八つ当たりか!?」

巫女「事実でしょうが!! すぐうじうじするし、怠けグセはついてるし、やたら偉そうだし!!」

女神「な……そんな風に思っとったんか」

巫女「そのくせ肝心なところでは変に奥手になるし!! これだけ情けないんだから威厳がないのも納得ですよね!!」

女神「な、なんなんじゃ……なんなんじゃ……お主に何がわかんのじゃ……わしだって精一杯やっとんのじゃぞ……」

巫女「私だって精一杯やってるんですよぉっ!! うぅっ、うわぁぁん!!」

女神「わしだってこれが精一杯なんじゃぁぁっ!! お主に何がわかんのじゃぁぁ!! び、びぇぇぇーっ!!」



宮司「二人とも、終わりましたか?」

巫女「うぅっ、うぁっ……うぅ……」

女神「びぇぇぇん……ひっく、ひっく……」

宮司「……なにこれ」

巫女「あなたのせいですよぉっ!!」

女神「てめーのせいじゃわぁっ!!」

宮司「私のせいなんですか!!?」



宮司「落ち着きましたか」

巫女「はい……」

女神「…………」

宮司「話はよくわかりませんが、これだけは言えます」

巫女「な、なんでしょう」

宮司「あんたらアホですか」

女神「あう……」

巫女「返す言葉もございません……」

宮司「いい年こいて声あげて泣くほどの喧嘩ってあなた達ねえ……しかも片方は神ですよ? あなた自覚あります?」

女神「殺せ……もういっそ殺してくれ……それでたま子を許してやってくれ……」

巫女「女神様を責めないでください……悪いのは私なんです」

宮司「さっきまで喧嘩してたとは思えませんね……というかたま子って誰ですか」

女神「卵大好きたま子さん……」

宮司「いや、フルネームとかどうでもいいんで」

女神「『卵大好き』は苗字でなくてただの修飾語じゃ」

宮司「果てしなくどうでもいいです」

巫女「卵好きでごめんなさい……」

宮司「なんで謝ってるんですかあなたは……」

宮司「で、一体なんで喧嘩してたんですか」

女神「お前のせいじゃな」

巫女「宮司様のせいですね」

宮司「そこは一貫してるんですね……意味がわからないので詳しく説明してください」

女神「嫌じゃ」

宮司「即答ですか」

女神「正直言ってなんで喧嘩してたのかわしもようわからん。たま子に聞け。わしゃ厠に行ってくるでな」

巫女「わ、私が言うんですか……」

宮司「あなたたま子なんて名前でしたっけ……? あ、待ってください女神様。逃げる気ですか?」

女神「漏らす気でいられるよりはマシじゃろ。それに仕事はあらかた終わったし逃げたところでどうってことないと思うがの」

宮司「うーん、それもそうですね。なら漏らす前にさっさと行ってきてください」

女神「わしが小便ちびると本気で思っとんのか?」

宮司「女神様なら当たり前のように漏らすと思ったんですけど違うんですか」

女神「上等だ表でろ」

宮司「表に出る前に小水が出ちゃいませんか?」

女神「死にたいのか? 死にたいんじゃな?」

巫女(なにこの夫婦漫才……)

宮司「やれやれ、行ったみたいですね。まったく女神様は血の気が多くて困る……どうかしましたか?」

巫女「え? 何がですか?」

宮司「なんとなく不機嫌そうな表情をしているように見えたので」

巫女「えっ。不機嫌そうな顔してましたか? 私」

宮司「なんとなくそう見えただけですよ、なんとなく。違ったなら謝ります」

巫女「いや、合ってますよ。顔に出ちゃってたか、参ったなあ……嫉妬してたんです」

宮司「嫉妬……? 一体何に?」

巫女「あなたに、ですかね?」

宮司「私? 私に嫉妬していたんですか? ……すいません、説明してくれますかね。意味がさっぱり……」

巫女「女神様と親しげにお話しする宮司様に嫉妬していた、といえばわかりますか?」

宮司「はあ。分かりましたが納得はできませんね……嫉妬するほどのことでもないでしょう? 女神様と話をする機会なんかあなたにだってあるでしょう?」

巫女「私に対してお話しする時の女神様はもっとよそよそしいですよ。少なくとも『好きです』と言って無邪気に喜ばれたりはしませんでした」

宮司「私の知らない所で何とんでもないこと喋ってるんですか」

巫女「神様とお話が出来て、その上親密な関係を築き上げてらっしゃる……そんな宮司様が羨ましいんですよ」

宮司「私には羨ましがる意味がわかりませんね……」

巫女「相手は神様ですよ? 私達がお仕えしている方そのものじゃないですか。その神様に懐かれるだなんて……羨ましい以外にどんな感情を抱くというんです?」

宮司「うっとおしいとかあるじゃないですか」

巫女「神様ですよ!? 神様に対してうっとおしいはないでしょう!?」

宮司「うーん……あなたは女神様のことを『神様』だと思って接しているんですか?」

巫女「へ? それはそうですよ。『女神』様ですから」

宮司「そこがもう私と違うんですよね。私は女神様を『神様』だと思ったことはないですよ。まあまったくないのかと訊かれると微妙なところですが」

巫女「えっ!? でも女神様って呼んでいるじゃないですか!?」

宮司「それは便宜的そう呼んでるだけです。名前も特にないようですし」

巫女「じゃあ一体ぜんたい女神様を何だと思っているんですか?」

宮司「何でしょうねえ……これといって思いつきません」

巫女「妹ですか?」

宮司「それはありえません! 断じてありえません!」

巫女「そんなに全力で否定しなくても……」

宮司「私が子供の頃は母親の代わりみたいな存在でしたから家族って意味では間違ってはいませんが……妹はないです、絶対に」

巫女「確か宮司様のお母様はお亡くなりに……?」

宮司「ええ、父によれば私を産んですぐ亡くなったそうです。まあ女神様がいたので寂しくはありませんでしたね……よく一緒に遊んでくれましたよ」

巫女「お母様の代わりになってくれていたのでしょうか?」

宮司「私も当時は母親の代わりを演じているのかと思いましたけど、あれはただ単に女神様が遊びたかっただけなんじゃないかと今では考えています。というか多分そうです」

巫女(もしそうなら女神様ちょっとかわいい……)

宮司「私の父親もその父親も、そのまた父親も女神様が見えなかったそうで……五百年だか六百年振りとか言ってたような気もします。ずっと一柱で寂しかったんでしょうね」

巫女「へえ……」

宮司「まあ、いくら数百年の間寂しかったからってそれを埋め合わせるかのごとく毎日ぐだぐだ絡まれるのは勘弁してほしいですね。そろそろ手が出そうです」

巫女「容赦ありませんね……」



女神「へくちっ」

女神「……誰かがわしの噂話をしとるな……あっ、くそ、鼻水垂れてきよった。上から下から色々出過ぎじゃろ……大忙しじゃな、わし……」

女神「くっそ、肉体ってやっぱり不便じゃな……御霊の状態ならいくら寒くても鼻水出たりはせんかったのに……」

女神「これ……便所紙で鼻水ふいても平気じゃよな……? 汚くないよな? 誰かに訊こうにも誰もおらんしなあ……ま、大丈夫じゃろ」

女神「しっかし、椅子に座って用を足すっちゅうのは慣れんな。これも一種のジェネレーションギャップか……」

女神「…………」

女神「ふー……」

女神「……といれーにはー」

女神「それはーそれはきれいなー……」

青年「……すいませーん。誰かいませんか?」

女神「めーがーみーさまが……ん?」

青年「あのー。誰もいないんですか?」

女神「誰じゃろ……宮司のやつも巫女もおらんのか? 仕方ない、わしが直々に出てやるとするかの」

青年「うーん……もう今日は閉めちゃったのかな……出直してこよう」

女神「いや、ひとりここにおるぞ」

青年「え? ……どこですか?」

女神「厠、もとい便所じゃ。今からそっち行くでな。そこでちょいと待っておれ」

青年「あ、はい。どうもすいません」

女神「あれ? この便器どうやって水流す……わ! 勝手に流れるのか!? なんじゃこれ、凄い! 最近は便器も気が利く時代なんじゃな!」

青年(……年配の方なのかな?)

女神「すまんな、待たせたのう」

青年「あれ?」

女神「どうした?」

青年「さっきの人はどこに?」

女神「は? さっきからここにはわししかおらんぞ」

青年「えっ!? そんなばかな」

女神「ばかなって……どんな奴が出てくると思っとったんじゃ」

青年「いや……話しぶりと声からお婆さんだと思ってた」

女神「初対面で婆よばわりとはこいつなかなかふざけた野郎じゃな。なんでわしの周りにはこんなのしか寄ってこないんじゃ」

女神「婆くさい声だと言われたことはあるが、見ず知らずの奴に面と向かって言われるとは思わんかったわ」

青年「あはは、ごめんごめん」

女神「あとお主な、わしのことただの子供だと思っとらんか? こうみえてわしゃ結構偉いんじゃぞ」

青年「へえ、そうなんだ! えらいねー」

女神「わっ! 頭なでんな! 変態!」

青年「あ、嫌だった? ごめんね」

女神(くっそ……なんて馴れ馴れしい奴なんじゃ……しかもわしの話をまったく信じてないな)

青年「お名前は?」

女神「……知るか」

女神(こんなことなら最初からひかりちゃんで押し通すべきだったかのう……でもあれ良い子ちゃんぶるの疲れるんじゃよなー)

女神「ところでお主なんの用があってここに来たんじゃ?」

青年「うん? ああ、それはね」

女神「用がないならさっさとお帰り願いたいところなんじゃが」

青年「まだ何も言ってないよ」

女神「ぶっちゃけ面倒くさいから用があってもお帰り願いたい」

青年「あはは、これは面白い巫女さんだ」

女神(こいつ……何言っても手応えがないっちゅうか……のれんにうで押し、ぬかに釘……なんかいらつくな)

青年「実はお守りが欲しくてね」

女神「買え」

青年「うん、だから買いに来たんだよ。でも誰もいないみたいで……」

女神「わしがいるじゃろうが」

青年「そう、だから君に聞きたくてね」

女神「そうか」

青年「そうなんだよ」

女神(……あれ? もしかしてあしらうつもりで墓穴掘ったのか、わし?)

青年「どうかな? もし大人の人とかいたら教えてもらいたいんだけど」

女神「…………」

青年「あれ、喋らなくなっちゃった」

女神(これ答えたら案内しなきゃいかんのじゃろ? 知らんふりしとこ……わしゃ面倒が嫌いなんじゃ)

青年「わからなかったかな? うーん、君みたいな小さい子に訊くようなことじゃなかったかな」

女神「ちっ……小さい子じゃと?」

青年「難しいこと訊いてごめんね? 他の人を探してみるよ」

女神「おい待て! わしが案内してやる! お守りが欲しいんじゃろ!? それなら授与所じゃ、こっちじゃ! はよ来い!」

青年「いや、無理しなくてもいいよ」

女神「無理なんかしとらんわ! たわけめ! こうまで子供扱いされて黙っていられるか!」

青年「何言ってるの、君は子供じゃないか。面白い子だなあ」

女神(くそが……これもわしに威厳がないからか……)

青年「どうかな? もし大人の人とかいたら教えてもらいたいんだけど」

女神「…………」

青年「あれ、喋らなくなっちゃった」

女神(これ答えたら案内しなきゃいかんのじゃろ? 知らんふりしとこ……わしゃ面倒が嫌いなんじゃ)

青年「わからなかったかな? うーん、君みたいな小さい子に訊くようなことじゃなかったかな」

女神「ちっ……小さい子じゃと?」

青年「難しいこと訊いてごめんね? 他の人を探してみるよ」

女神「おい待て! わしが案内してやる! お守りが欲しいんじゃろ!? それなら授与所じゃ、こっちじゃ! はよ来い!」

青年「いや、無理しなくてもいいよ」

女神「無理なんかしとらんわ! たわけめ! こうまで子供扱いされて黙っていられるか!」

青年「何言ってるの、君は子供じゃないか。面白い子だなあ」

女神(くそが……これもわしに威厳がないからか……)

一度しか送信してないんだが、と思ってよく見たら時空歪んでるじゃねえか
不可抗力だ

271 名前: ◆hCMplRvBEY[saga] 投稿日:2012/04/17(火) 09:21:33.68 ID:Vmg536+no
272 名前: ◆hCMplRvBEY[saga] 投稿日:2012/04/17(火) 09:21:33.59 ID:oJCPCfBo

たらこというか荒巻


女神「ほれ、ここが授与所じゃ! ここでええんじゃろ!」

青年「どうもありがとう。あれ、でもここにも誰もいないね……やっぱり誰か呼んできてくれるかな? 駄目ならまた今度……」

女神「お主の目は節穴か? ここにひとりおるじゃろーが! お守りのひとつやふたつ、わしにも扱えるわ!」

青年「えっ。でも……」

女神「やかましい! 男ならごたごた言わずにばしっと買っていかんか!」

青年「うーん、そう言うんなら君に任せてみようかな」

女神「よしきた! ほら、何が入用なんじゃ? お守りは一律五百円! 御札は千円!」

青年「五百円。なるほどねえ……」

女神「それともおみくじでも引いていくか? 三百円じゃ。凶が出ても責任は持てんが」

青年「ありがたいけど、僕が欲しいのはお守りなんだ。ごめんね」

女神「わかっとるわ。なんじゃい、つまらんやつじゃなあ」

青年「うーん。どれがぴったりなのかなあ……」

女神「何をそんなに迷っとんのじゃ? 自分のお守りじゃろ?」

青年「ん? いや、違うよ」

女神「違う? ……ははあ、さては女じゃな?」

青年「うん。まあそんなところだね」

女神「へっ。何が『そんなところだね』じゃ、すかしおって。どおりで慎重に選んどるわけじゃわ」

青年「あはは」

女神「しかし……プレゼントがお守りってお主なあ……時代錯誤もいいとこじゃぞ」

青年「いや、これがいいんだよ」

女神「お守りがかいな……本当にわけのわからんやつじゃのう……」

女神(しかしお守り貰って喜ぶ奴なんかおるのか? どんな奴に渡すんじゃろ……ちょっとこやつの未来を覗いてみるか……)

女神「……ん?……あ、あれ?」

青年「うん? どうかしたの?」

女神「なんでもない! なんでもないぞ!」

青年「? へんな子だなあ」

女神(こやつ……わしと近しくなったから未来が読めなくなっとるわ……ちぇっ、どんな奴か知りたかったのに)

青年「うん、よし……すいません。これください」

女神「あ? やっと決まったか、どれどれ……健康祈願? ふむ、この中じゃ一番確実かのう」

青年「確実?」

女神「お稲荷さんの五穀豊穣のように、健康祈願や病気平癒がここの神の最も代表的な御利益なんじゃ」

青年「ああ、そういうことか」

女神「だから他のやつよりは確実に御利益があると思うぞ」

青年「そうなんだ。それは助かるね」

女神「まあ……わしとしてはあんまり自信ないんじゃが」

青年「え? 何か言った?」

女神「何も言っとらんよ?」

青年「それならいいんだけど」

女神「でもなんで健康祈願? てっきり八方避けとか選ぶもんだと思っとったんじゃが。あれ万能じゃし」

青年「病気を治すようなお守りを探してたからね。一点に集中したほうが御利益も大きいんでしょ?」

女神「別にそういうことはないが…… で、なに? 病気を治す? ってことはその子は病気なんか? 訊いちゃまずかったかのう」

青年「いやいや、気にしないでいいよ」

女神「はあ、それはなんとも気の毒というか残念というか……うん。まあ、なんだ……元気出せ」

青年「優しいね、ありがとう」

女神「いや優しいか? これ……お主のほうがよっぽど優しいように見えるぞ。少なくともここの宮司よりは確実に優しい」

青年「宮司?」

女神「ああ、神主じゃよ神主。ただ以下のくそ野郎じゃ……で、健康祈願でええんじゃな? ひとつか?」

青年「そうそう、ひとつで」

女神「……お主、これを買うためだけにわざわざここに来たのか?」

青年「うん? そうだけど?」

女神「医者を探すでもなく病院に行くでもなく、神社に来るってお主変わってるのう」

青年「おいおい、想像で決めつけないでよ。病院には行かせたし医者だって探したよ。ここは最後に来たってわけ」

女神「なんだ。困った時の神頼みというわけか」

青年「それそれ……まあ、困った時だけ神様を頼るのもどうかと思うけどね」

女神「別にええじゃろ。神ってのは頼られるためにいるもんじゃし」

青年「巫女さんが言うと説得力があるね」

女神(巫女どころか神なんじゃが)

女神「……変なこと訊くが本当に信じとるのか?」

青年「何を?」

女神「お守りじゃよ。わざわざ来てくれてんのにこんなこと言いたかないんじゃが……意味あると思うか? それ」

青年「え? ないの?」

女神「そうは言っとらん。その布の袋が病気を治してくれる……つまり神がいると本気で思うか? そう訊いているんじゃ」

青年「ちょっとちょっと、巫女さんがそんなこと言っていいの?」

女神「いいの」

青年「いいのかなあ……でもなんでそんなことを訊くんだい」

女神「……さあ、なんでじゃろうな……」

青年「わからないの? 変な子だなあ」

女神「変なのはわかっとるよ。神はいると思うかどうかが知りたいだけじゃ」

青年「神様ねえ……いるかどうかなんて僕にはわからないよ。見たこともないし」

女神(今見てるのがその神だとは夢にも思わんのじゃろうな)

青年「でも、もしいるとするなら……なんであの子を病気にさせたんだろうね。相当意地が悪いよ」

女神「そ、それは疫病神の管轄でわしの仕業じゃ……!」

青年「え?」

女神「う……なんでもない」

青年「? ……とにかく神様がいるにしてはこの世は随分と生きづらいよ」

女神「……じゃあお主は神はいないと思うわけじゃな」

青年「いや、いるんじゃないかな」

女神「え? な……なんで?」

青年「神様がいつでも助けてくれるとは思ってないからねえ。自分からお願いにいかなきゃ助けてくれないんじゃないかな、神様って」

女神「……ほう」

青年「大切なのはいるかいないかじゃなくて、信じるかどうかなんじゃないのかな……ごめん、素人が適当言って」

女神「いや、全然いい。続けてくりゃれ」

青年「いると思うならその人の中では神様はいるんだろうし、いないと思うならいないんだよ。きっと」

女神「…………」

青年「さっきも言ったけど僕はいると思ってるよ。もしいなかったら夢も希望もないしね。困ったときの神頼みすらできないなんて嫌だよ」

女神「そうじゃな……」

青年「それに神様がいたほうが楽しいじゃない。もしかしたらこの話を聞いてて『あいつ無礼だな』なんて思ってるかもしれないよ」

女神「……くふふ、そうかもな」

青年「そろそろ行かないと」

女神「そういやここもそろそろ閉まるんじゃった……時間を取らせてすまんかったな」

青年「僕はまったく構わないよ。でもあんまり待たせると機嫌が悪くなるんだよね」

女神「なに一人でのろけとんのじゃ? 恋愛成就は専門外じゃぞ。さっさと帰れ」

青年「まあまあそう嫉妬しないで……というかまだお守り貰ってないよ」

女神「あー、そうじゃったな」

青年「頼むよ。あの子のために買いにきたんだから。健康祈願ね」

女神「はいはいこれひとつね……よっぽどそいつのことが気がかりなようじゃな」

青年「そりゃそうだよ」

女神「好きか?」

青年「もちろん。大好きだね」

女神「まったく……そんな言葉よく恥ずかしげもなく言えるな……よし、ちょっと待っとれ」

青年「えっ? お守りはここにあるじゃない」

女神「いいから黙って待っとれ! 一分……違うな、二分! いや、やっば三分! 三分待っとれ!」

青年「……一体何だっていうんだ」



女神「待たせたな。ご希望の品を包んできたぞ、ほれ」

青年「ありがとう……これ、そこのお守りとは何か違ったりするのかな?」

女神「見た目こそ同じじゃがもはや別物じゃ」

青年「一体なんなんだい?」

女神「わしの直筆、直祈りのこもった神札を入れた特別製じゃからな!」

青年「……きみのかい? 神主様ではなくて?」

女神「うむ」

青年「……ぷっ、ふふっ」

女神「なっ! なんじゃ! 何がおかしい!? 失礼な奴じゃな!」

青年「ふふふ……ごめんごめん。いや、そうか。きみのお手製かあ、それは確かに特別製だね! ご利益がありそうだ! ありがとう」

女神(神のお手製お守りなんじゃぞ……もっとありがたがらんか、ちくしょう)

女神「……まあいいわ。この世にふたつとない貴重なもんじゃからな、大事にしろよ」

青年「……ん、あれ? なんかもう一個入ってないかい、これ。僕が頼んだのはひとつだけだよ」

女神「ごめん。さっきの発言をこの世にふたつしかない、に訂正しておいてくれ」

女神「忘れとったわ。ふたつ作ったんじゃった」

青年「ふたつもいるのかい?」

女神「片方はお主の分じゃ」

青年「僕のだって? 僕は病気じゃないよ」

女神「あほう、だから病気にならないように持っておけと言っとるんじゃ。お主が元気でないとその女も困るし、何より悲しむじゃろ」

青年「……ありがとう」

女神「お主の為というかその女の為にやったんじゃがな……まあどういたしまして」

青年「あ、代金……ふたつだから千円だよね」

女神「金はいらん、わしからの餞別じゃ」

青年「餞別って会ったばっかりなのに……ただで貰うことはできないよ」

女神「人の好意は素直に受け取っておくもんじゃぞ。だからその千円札をしまえ! そんではよ帰れ! 帰れったら!」

青年「いてててて、わかった! わかったから押さないで! 自分で歩いて出ていくよ!」

女神「わかればいいんじゃ。素直でよろしい」

青年「でも、せっかくだし帰る前にガラガラを鳴らしていこうかな」

女神「ガラガラ……? 鈴緒のことか? 賽銭箱の上についてるやつ」

青年「うん、それだ! どこにあるのか案内してくれない?」

女神「ったく……仕方ないのう。それにしてもガラガラってお前……せめて鈴とか鐘とか言い様があるじゃろうに」

青年「うちではそう呼んでたんだ」

女神「よかったな、ひとつ賢くなって……ここじゃ」

青年「そうそう、これこれ」

女神「それじゃあわしはもう戻るけど……早めに帰れよ、もう閉まっちまうぞ」

青年「うん、今日はありがとうね」

女神「なんか困ったらまた来いよ。別に何ができるってわけではないが、気休め程度にはなるじゃろ」

青年「うん、ありがとう――」



宮司「女神様」

女神「なんじゃ」

宮司「正直に答えてください。今日、何かしましたか?」

女神「それじゃあ答えようがないわ、あほう。もっと具体的に言え」

宮司「人の話を聞くときは顔を見てください。あと寝っ転がってテレビ見るのもやめてください……どこのおっさんですか」

女神「この姿勢は落ち着くんじゃ……」

宮司「聞いてますか?」

女神「もう、聞いとるって。聞いとるからもっと具体的に言えってば」

宮司「氏子を脅したりしませんでしたか。あとはへんな神力使ったりとか」

女神「あほらし。んなことするかいな……」

宮司「してないならいいんです」

女神「でもなんでそんなこと訊くん?」

宮司「賽銭箱に大金が入っていたので、もしかして女神様が参拝者からむしり取ったのではと思いまして」

女神「……いくら入ってた?」

宮司「おばあさん二人が入れた五円が一枚ずつと千円札が一枚です。私達がいない間に人が来たのか……女神様? どうしました?」

女神「……ちくしょう、やられた!
 あいつ考えおったな!」

宮司「女神様、まだあります」

女神「くっそー、とぼけた顔してたくせになかなか狡猾な野郎じゃわ……なんか言った?」

宮司「その件についてはまた後日お尋ねするので、今は目の前の問題を片付けたいと思います」

女神「問題? どんな?」

宮司「私は寝ます」

女神「え? なに?」

宮司「寝ます」

女神「ああそう、おやすみ」

宮司「ちょっと。なんでこたつに潜るんですか」

女神「わしも寝る」

宮司「こたつで寝たら風邪ひきますよ……社で寝るよりはマシでしょうけど」

女神「だったら布団出せっちゅーの……」

宮司「女神様? ちょっと女神様? 半分寝てますね……起きてください。寝るなら布団でお願いします」

女神「うぅー、眠たい……いつにもまして眠たい……生身だからなんじゃろうな……」

宮司「御霊の状態でもこたつ入って昼寝してたから説得力皆無ですね」

女神「うん……」

宮司(眠すぎて言い返す気力もないのかこの方は) 

女神「早いとこ寝たいから布団敷いとくれ……」

宮司「布団ならそこにありますよ」

女神「用意がいいな、さすがわしの下僕」

宮司「誰が下僕ですか。それにその布団は私が寝るために敷いたものです」

女神「あーそうなん? すまんな……ん、待て。じゃあお主どこで寝るん?」

宮司「床で」

女神「床とな」

宮司「だって他にありませんもの」

女神「先代が使ってた布団とか無いのか?」

宮司「父の布団はここにはないですよ。結構前に持っていかれました」

女神「持っていかれたって誰に」

宮司「父にです。『俺は隠居するから後はお前に任せた』っていって布団と通帳だけ持って出て行きました」

女神「面白いやつじゃな……それだけにわしが見えなかったのが悔やまれる……」

女神「なあなあ、本気で床に寝るつもりか? 今1月じゃぞ? 死ぬぞ?」

宮司「さすがに死にたくはないんで……離れの物置に布団がしまいこんであった気がするんで探してきます」

女神「それ簡単に見つかるのか?」

宮司「いや、あるかどうかも怪しいんで……あったとしても寝られるのは丑三つ時とかになりそうですね」

女神「ふーん……そうじゃ、いいこと思いついた。わしと一緒に寝たらいいんじゃ」

宮司「頭おかしいのかなこの人」

女神「そこまでストレートに正気を疑われたのは初めてじゃ」

宮司「疑いもしますよ。意味わかって言ってんですか?」

女神「凍死するまえにわしの布団に入れてやる、それ以外の意味などないわ」

宮司「それは私の布団です」

女神「いいえそれはトムです」

宮司(うぜえ……)

宮司「……布団探してきます」

女神「待てっつーの」

宮司「寝ませんよ」

女神「なんで?」

宮司「なんでって……私は男ですよ」

女神「うん」

宮司「……はあ。で、あなたは女、というか女神ですけど」

女神「どこに問題が?」

宮司「むしろ問題がないところを探すほうが難しいでしょうがこんなの」

女神「いや、問題点を探すほうが至難の業じゃろ。例えばどこが問題なんじゃ」

宮司「女神様の頭とか」

女神「永遠に眠らせてやろうか」

女神「ほんとお主は神に対しても遠慮が無いよな」

宮司「それは前からですしどうでもいいので早く寝てください。さっきまで気絶しそうな表情してたじゃないですか」

女神「なんかお主と言い合ってたら目が冴えてしもうたわ」

宮司「布団入ってりゃそのうち眠くなりますよ。だから私のことは放っておいて寝てください」

女神「えー、お主も入れよう」

宮司「……なんでそんなに何度も言うんですか」

女神「だって人肌恋しいんじゃもん。一柱にしたら寂しくて死ぬぞ、わし」

宮司「はあー……ウサギですか、あんた……」

女神「御霊と違って生身って心細いんじゃぞ。空気から直接孤独感が伝わってくる」

宮司「意味がわかりません」

女神「まあとりあえず寝よう、それから考えても遅くはないじゃろ」

宮司「ちょっと冷静になって自分の発言を反芻してみてください。あなたかなりとんでもないこと言ってますよ」

女神「とんでもないとかあるとかはいい。早く寝なさい」

宮司「あのねえ……仮にも男と女なわけですから寝るとかそういう発言は謹んでいただかないと……」

女神「慎むってなんで……あ。わかった、そういうことか!」

宮司「やっとわかったんですか……お願いですからよそではこんなこと言わないでくださ……」

女神「ふんふん、つまりお主はあれなんじゃな? どう見ても齢11、12のわしに襲いかかってしまう変態だというわけか?」

宮司「ちょっ……そんなこと言ってないでしょうが!! ただ形式的にも風紀的にも危ないので……」

女神「なるほどなるほど。ここの宮司は年端もいかぬいたいけな少女を見て興奮する危ない趣味の人間だったと」

宮司「話を聞いてください! というかこんなときだけ年少アピールするのは汚いですよ!!」

女神「汚い? 汚いのはお主の心じゃろ。汚れに汚れ切ってるわ、この変態め」

宮司(なんなんだこの女神……)

女神「……そんな変態のお主がわしと寝たら自制がきかないものなあ」

宮司「自制もくそも最初から何かしようだなんて考えてませんよ!!」

女神「お主はわしの貞操を思ってあえて身を引いたんじゃな……わしは嬉しいよ」

宮司「なんで薄ら笑ってんですか!? 私には少女偏愛の気はありませんよ!!」

女神「口ではどうとでも言えるわなあ? 本当は今すぐにでも襲いたいとか思っとんのじゃないの? ロリコンさんよ?」

宮司「こんの、くそ女神……わかった! わかりました! そこまで言うなら添い寝でも夜伽でもなんでもしてやりますよ!」

女神「よしきた! さすが宮司は話がわかる! いよっ、太っ腹!」

宮司「ただし! 何が起きてもそれは挑発した女神様のせいですからね。私のせいじゃないんで覚悟しておいてください」

女神「え? ……何? 何する気? ちょっと、聞いとんのか? 目が怖いんじゃが……」

宮司「……寝かせる気はないとだけ言っておきましょう」

女神「え? ……え? ……嘘じゃろ? いや、あの、わしのあれは冗談で……え?」

そういやまだ1月なんだよな さっさと終わらせるように努力する

中途半端だけどちょっと番外

女神「たま子ー。たま子はおるかー」

巫女「はいはい、ここにいますよ」

女神「おったか。実はお主に話したいことがあってな」

巫女「話したいこと?」

女神「うむ……実はな」

巫女「?」

女神「子供ができた」

巫女「えっ……ええっ!? ちょっ……えええ!?」

女神「正直混乱しとる……」

巫女「だ、誰の!? いつ!? どこで!?」

女神「実は半年くらい前から宮司のやつに無理やり……」

巫女「あ、あの人がそんな人だったなんて……」

女神「わしどうすればええんじゃろ……」

巫女「ま、まず! 落ち着きましょう! 落ち着いて! 深呼吸! リラックス!」

女神「うっ……ううぅ……」

巫女「あわわ……な、泣かないで……どうしよう……」

女神「ぅ……く……」

巫女「どうしよう、どうしよう……誰に相談すればいいの。宮司様……は駄目だし……」

女神「……くく……くっくっく……」

巫女「女神様……は張本人だし……? あれ? 女神様?」

女神「ぷくく……ふっ、あっははははは!」

巫女「め、女神様!? ああ、どうしよう。おかしくなってしまわれた」

女神「ばーか! おかしくなぞなっとらんわ! ひっひっひ……あー、おっかしい。おかしいのはお主じゃったな」

巫女「い、いったいどういう……あ。もしかして全部嘘だったんですか?」

女神「ひっひっひっ……ふはー、やっと気づきおったか。間抜けめ! まず神と人の間に子ができるって時点で疑わんか!」

巫女「だ、だってそういう神話も……」

女神「神話とか人間の想像上のお話じゃろーが。今ここで実物が『ありえない』っつっとんのじゃぞ?」

巫女「いや、そうなんですけど……そうですね……うん、そうですね」

女神「理解が早くて助かるわ」

巫女「でもなんでいきなりこんな嘘を?」

女神「ふふん、今日が何の日かわかっとらんようじゃな? カレンダー見てみろ、何月何日じゃ?」

巫女「五月一日ですけど……」

女神「そう! 五月一日!」

巫女「…………」

女神「五月一日じゃ」

巫女「…………え?」

女神「……え、って何? ……あれ? 今日じゃよな?」

巫女「何がですか?」

女神「……エイプリルフール」

巫女「えええ……」

女神「ち、違うんか!? 今日だって教えられたんじゃが」

巫女「エイプリルフールはちょうどひと月前です……誰が言ってたんですか?」

女神「宮司」

巫女「ですよね……一体なんて言われたんです?」

女神「なんてって……まあ……」

――――――――――――

宮司「女神様、エイプリルフールって知ってますか?」

女神「急に何じゃ? 知っとるぞ、四月馬鹿ってやつじゃろ? 嘘をついてもいい日じゃっけ」

宮司「そうです、五月一日にやるイベントですね」

女神「え? 五月? 四月一日じゃろ?」

宮司「何いってんですか。五月ですよ」

女神「でも四月馬鹿じゃぞ」

宮司「だからこそです。詳しい由来を説明しましょうか?」

女神「頼む」

宮司「エイプリルフールっていうのは五月一日に『今日は四月一日だよ』という嘘をついたエイプリル伯爵にちなんでつけられたんです」

女神「へー。そうなんじゃな」

宮司「つまり四月馬鹿っていうのは『五月を四月と間違えたバカ』っていう意味が含まれているんですよ」

女神「知らんかったわ」

宮司「もともとは馬鹿のエイプリル、という蔑称だったわけですね。ちなみに英語で四月をエイプリルというのもこれが由来なんですよ」

女神「ふーん。勉強になるな……」

女神「……でもなんでわしにこんなこと説明するん? いつもなら言わずにおいて当日どでかい嘘をついてわしを騙しそうなもんじゃが」

宮司「騙すだなんてそんなことしませんよ。なんでそう思うんですか?」

女神「だってお主わし嫌いじゃろ」

宮司「はい。嫌いですね」

女神「さらっと言うなやちょっと泣きそうになったぞ」

宮司「でもそれとこれとは話が別です。女神様にこの世の常識を教えてあげようと思ったんですよ」

女神「ふん、白々しい……ご親切にどうも」

宮司「どういたしまして」

――――――――――――

女神「と、こんなことがあってな」

巫女「うわあ、嘘だらけですね……それいつの話なんですか?」

女神「うむ、ちょうど一ヶ月前の四月……あ」

巫女「ああ……エイプリルフールですね……」

女神「……ちっくしょう!! あの野郎騙しおったなあ!! なにからなにまで嘘だったんか!! とんだ嘘八百じゃ!!」

巫女「ついていい嘘はひとつだけなんて言いますけど、さすがは宮司様……あれ?」

女神「なんじゃ、なにか気になる点でも?」

巫女「いや……宮司様がおっしゃったのはおそらく全部嘘なんですよね?」

女神「じゃろうな。あやつのことじゃし嘘を徹底的につきとおしたに決まっとるわ!」

巫女「ふうん……それならそこまで怒らなくてもいいんじゃないんですか?」

女神「えっ、なんで? 何? なんで薄ら笑っとんの? バカにしとんの? わしのこと五月馬鹿伯爵って言いたいのか?」

巫女「いやいや。そんなことは決してないですよ……うふふ」

女神「なんじゃこいつ、気味が悪いな……なんなんじゃ一体……」

おわり

>>310から


女神「へくちっ!」


女神「おい……お主なんで布団にくるまって寝とるんじゃ。ただでさえ一人分の大きさなのに」

宮司「そうですね」

女神「わし布団に入れてないから全身外に丸出しなんじゃが」

宮司「そうなんですか、それはお気の毒に」

女神「……わしが悪かった。謝る……謝るから掛布団をもう少しこっちに伸ばしてくれんか? な?」

宮司「ちょっと何言ってるか聞こえませんねえ」

女神「悪魔じゃ……うぅ、寒くて眠れない……体が氷のように冷たい……こやつの心はそれよりも冷たい……」

宮司「なにぶつぶつ言ってんですか。寝られないんで静かにしてくれませんか」

女神「血も涙もないのか……冗談抜きでこのままだと凍死しちまうんじゃが……」

宮司「たしか神様は死なないって言ってましたよね? それなら平気ですよ」

女神「たしかにそう言ったかもしれんがもしかしたら死ぬかもしれないじゃろ! そしたらどうすんのじゃ!」

宮司「まあその時になったら考えましょう」

女神「その時になったらもう手遅れじゃろーが!! ……ああ、指の感覚が無くなってきた……」

女神「ううぅ……ほんとに寒い……なあ、人助けだと思って手を差し伸べてくれんか……人じゃないけど」

宮司「困った人に手を差し伸べるのは神様の仕事でしょうに」

女神「わしにだって困るときくらいある! 神に手を差し伸べる役目を負う人間がいてもええじゃろ!」

宮司「いてもいいとは思います。でも私がその役目を負うのだけはごめんです」

女神「ぬうぅ……なんてひどい野郎……こうなったら奥の手じゃ……」

宮司「奥の手?」

女神「言ってわからぬなら……許せよ、宮司! とう!」

宮司「う、うわ。布団にくるまってる相手に対してマウント取るのは反則じゃ……」

女神「知るかぁ! こっちは文字通り命懸けなんじゃぞ! 喰らえ、腕ひしぎ十字!」

宮司「いだだだだだだだだ! 肩が! 肩が外れる! その体のどこにそんな力があるんですか!」

女神「生き物ってのはなぁ! 死に直面すると本来の何倍もの力が出せんのじゃよ! 火事場の馬鹿力ってやつじゃ!」

宮司「火事じゃなくても馬鹿なのに……」

女神「ほう……そうかそうか……」

宮司「ぎゃぁぁぁぁあっ! げ、限界限界! わかりました! わかりましたからやめてください!」



女神「はー……やっぱり温かいっていいなあ……」

宮司「あー……腕ひしぎ十字固めって痛いな……」

女神「最初っからこうすれば腕を痛めることもなかったというのに……」

宮司「仮にも女性に一緒の布団で寝ましょうと言われて、そう簡単にいいですよと返せるわけないでしょうが」

女神「おやぁ? もしかしてまだいかがわしい目付きでわしを見ちゃってんの?」

宮司「何を……違うに決まってるでしょうが! ありえませんよ、そんな馬鹿げたこと!」

女神「どーだか? 腹の底では何考えとんのかなんてわかりゃせんからなあ? 意外と性的な目線で見てたりすんじゃないのお?」

宮司「完全におっさんですよ、今の女神様……そのねちっこい物言いとかエロおやじそのものです」

女神「ふひっひっひっ……なんとでも言うがよい。もはやわしを止めることは神ですら叶わんのだからな」

宮司「だから神はあなたでしょうっての……はあ。もう寝るだけなんですからもっとテンション下げてくださいよ……」

女神「いやあ、なんか目が冴えてテンション上がっちゃってのう。わしが眠くなるまで話に付き合えよ」

宮司「なんて面倒な神様なんだ」

女神「そういうのは思っても言うなよ。失礼じゃろ」

宮司「今更なに言ってんですか。お互い無礼講で通してるってのに」

女神「わしのほうが偉いのにおかしくない? おかしいよな?」

宮司「うるさいですねえ、布団から蹴り出しますよ」

女神「なんでも暴力で解決しようとするのはよくないと思う」

宮司「さっき腕ひしぎ十字固めをかけた方の台詞とは思えませんね」

女神「あーあー、聞こえなーい」

宮司「……ほんと面倒な神様だ」

女神「でもさー、実際のところどう思っとんの?」

宮司「…………」

女神「……おい」

宮司「ぐう……」

女神「狸寝入りなんぞでわしを騙せると思っとんのか? 起きろ!」

宮司「ぐ、ぐう……」

女神「あくまで寝たふりを続けようってんじゃな……よろしい。それならわしはお主の鼻と口を塞いでやるとしよう」

宮司「んぐ……ぐ、ぐ、だぁぁあ! 明日も早いんですから寝かせてくださいよ! なんなんですか一体!」

女神「だから実際のところどう思っとんのかって話」

宮司「質問するなら相手に内容がわかるように言ってくださいよ……」

女神「わしのことどう思っとるのって訊いとんの」

宮司「は? ……何が? いや、何がですか?」

女神「ほら、同じ布団で寝るにあたってわしに対するなんらかの感情が沸き上がったりとか」

宮司「狭いので追い出したいという感情なら結構前から沸き上がってますよ」

女神「そういうんじゃのうて……こんな美しい女性と一夜を共にできるのじゃぞ? なんかあるじゃろ?」

宮司「えっ……美しい女性……? 一体どこに……?」

女神「こっちこっち、わしを見ろ。見ろってば。おい、泣くぞ。くそ」

女神「ちくしょう。わしに魅力がないからってバカにしくさって……」

宮司「今に始まったことじゃないでしょ……おやすみなさい」

女神「待てぇ! わしにだって魅力的な点のひとつやふたつあるはずじゃ! 挙げてみろ!」

宮司「さすがに無いものは挙げられませんよ……」

女神「無いとかやめろや、おい」

宮司「まあどう見ても背格好は子供ですしねえ。魅力は皆無ですよ」

女神「気にしてることを……なら格好以外で魅力的な点を探せばいいじゃろ! 声とか性格とか」

宮司「声は知りませんけど性格は最悪ですよね」

女神「お主がそれを言うか」

宮司「なあに、女神様には負けますよ」

女神「そういう言葉が出てくる時点でお主のほうが性悪じゃろ」

宮司「はっはっは、面白いことを仰る」

女神「なんで余裕かましてんのじゃ? そのツラぶん殴ってもよいか?」

宮司「あー、駄目ですよ。そうやって粗野で粗暴な女性は魅力的とは言えませんから」

女神「ぐ……ぬぅぅぅぅ……」

宮司「女神様は魅力云々の前にもっとやるべきことがあると思いますよ」

女神「例えばどんな?」

宮司「少しは女性らしく振る舞ってみるとか」

女神「女らしさとかわしの最も嫌いな言葉のうちのひとつなんじゃが」

宮司「うわあ……駄目だこりゃ」

女神「だいたい女らしさって何? おしとかやかでいることか? それとも男に好かれること?」

女神「あー、やだやだ。どうせどっかの誰かが生みだしたくだらん価値観なんじゃろ」

宮司「知りませんよそんなの……」

女神「わけのわからん他人の価値観を押し付けられるくらいならわしはいつまでもわしらしく振る舞う」

宮司「いい話っぽくまとめようとしてますけど要は自分を変えるのが面倒くさいんですよね」

女神「だってわし幾数万年ずうっとこの性格じゃぞ!? 今更変えられるわけなかろうも!!」

宮司「せめて変わる努力をしてから言ってください」

女神「嫌じゃ、ありのままのわしを受け止めて欲しい。というか受け止めろ。これで妥協しろ」

宮司「もう十二分に受け止めてると思うんですけど。妥協に妥協を重ねてるこっちの気持ちを考えたことあります?」

女神「あ、そうだったんか? ありがたいのう。褒美としてわしを物理的に受け止める権利をやろう」

宮司「なんでこっち寄ってくるんですか……暑苦しいですよ」

女神「暑苦しいってことはないじゃろ? むしろ寒いくらいじゃ」

宮司「気分の問題ですよ……こうもくっつかれちゃ寝られるものも寝られなくなります……ああ、眠い。ふわぁ……」

女神「でも嫌な気はしないんじゃろ」

宮司「ふぁ、あぁー。そうで……も、ないです! 嫌に決まってるじゃないですか」

女神「い、今『そうですね』って言おうとしたな!? そうじゃろ、そうなんじゃろ!?」

宮司「…………」

女神「寝たふりをするのはやめんか! そんなに早く寝られるわけがないじゃろ! わしの質問に答えろ!」

宮司「いやです。おやすみなさい」

女神「おいっ! 都合の悪い時だけ黙りこくるのは卑怯じゃぞ! なんとか言わんか!」

宮司(眠くて気が緩んでしまった。あぶないあぶない……)

女神「この野郎……もういい。わしも寝る! けっ、いけ好かない奴……」




巫女「おはようございまーす」

宮司「おや、貴女ですか。おはよう」

巫女「あれ? 今日は女神様はいないんですか?」

宮司「いますよ」

巫女「……? 一体どこに?」

宮司「社務所です。『寒くて布団から出たくない』と駄々をこねるので置いてきました」

巫女「ええぇ……」

宮司「それはそうと、あなたに折り入ってお願いがあるんです」

巫女「はい、なんでしょう?」

宮司「神社閉めた後、女神様引き取ってくれませんかね」

巫女「えっ、どうして? 何か問題でもあったんですか?」

宮司「問題なんてもんじゃありませんよ……いいですか、あのお子様のせいで私は昨日ろくに寝られなかったんですよ」

巫女「えっ……」

宮司「構って欲しいのはわかりますけど、こっちもそう毎晩相手にしていたら体が持ちませんよ……」

巫女「あー……あの、お二方が何をしようと私は、まぁ……構わないのですが……あまり声には出さないで頂けますか」

宮司「え?」

巫女「宮司様も知っての通り、神社は神聖な所ですから……ね? 汚れを持ち込むのはちょっと……控えて……」

宮司「何を言っているんですかあなたは」

巫女「いや、ですから……なんというか……社務所とはいえ神社の中ですし……じょ、情事にふけるのはまずいかと……」

宮司「……説明不足だったのはわかりました。とりあえず私に弁解の余地を与えてください」

実父でくれ

宮司「まあ話せば長くなるんですが、布団が確保できなかったので女神様と同衾したんですよ」

巫女「どうきん……?」

宮司「共寝のことです。添い寝って言ったほうが伝わるんでしょうか?」

巫女「ああ、なるほど……って、さりげなく何やらかしてるんですか!?」

宮司「仕方ないでしょう。女神様に執拗に迫られたんですから」

巫女「せ、迫られたって……」

宮司「……言い方が悪かったですね。とにかく1つの布団で寝たんですよ」

巫女「それで、どうなったんですか?」

宮司「どうもこうもありませんよ……あの馬鹿、寝ぼけて掛布団を全部自分の方に引っ張っていきやがりましてね……」

巫女「馬鹿だなんてそんな言い方駄目ですよ!」

宮司「みの虫の如く布団にくるまってる女神様の横で一晩中寒い思いをしました。まともに寝てないんですよ、私」

巫女「いや、まあ……それはご愁傷様ですけど……」

宮司「だからあの方……いや、あの馬鹿を引き取ってください。私の手には負えません」

巫女「わざわざ言い直してまで馬鹿って言わないであげてください!」

宮司「うーん。それ以外に言いようがないんですよねぇ……」

巫女「それに宮司様でもどうにもならない危険物を私がどうこうできるわけないですよぉ! お断りします!」

宮司「なにげに酷いですねあなた」

女神「黙っておれば好き放題言いよってからに……この不信心者めらが……おお、さむ」

宮司「おや、起きてきたんですか」

巫女「おはようございます」

女神「おはよ……一応ここの神じゃしずっと寝てるのも氏子に申し訳ないと思うて」

宮司「女神様の口から申し訳ないなんて言葉が出るとは夢にも思いませんでした」

女神「こいつ……」

巫女「宮司様ったらまたそういう……」

宮司「まあ昨日ろくに寝てないから夢も見れやしなかったんですが」

巫女(……もしかして根に持ってる?)

女神「そんなに寝たいんなら寝かしつけてやろうか。永遠にな」

宮司「それだけは死んでもごめんです」

女神「死ぬのだけは死んでもごめんってどういう状況なんじゃろうか」

宮司「私が知るわけないでしょうが……もし知ってても教えませんけどね」

女神「お主はいちいちうるさいんじゃよ……」

巫女「……ふふっ」

女神「おい、たま子。なんで笑っとんの? 馬鹿にしとんのか?」

宮司「やれやれ、馬鹿はこうやってすぐ他人に突っかかるから困る」

女神「なんじゃと!? それならお主も馬鹿じゃろ! 毎度毎度いちゃもんつけおって!」

宮司「馬鹿のおもりしてるだけですよ。それもわからないから馬鹿って言われるんでしょ」

女神「きぃぃぃぃぃぃぃい! 一発殴らせろぉぉぉ!!」

巫女(うふふ……ほんと仲いいなあ)

巫女「……あれ。そういえば女神様、今日も巫女装束なんですね」

女神「あ? そうじゃな……昨日からずっとこの格好じゃし」

巫女「えっ……そ、そのまま床につかれたのですか……?」

女神「そうじゃが」

巫女(罰当たり……なのかなぁ? いや、それよりも眠りづらくなかったのかしら)

宮司「あー……風呂にも入ってませんよね、女神様」

女神「風呂……? ああ、そんなんもあったのう」

巫女「そんなんって……女神様だって女性なんですから身だしなみに気を付けないと」

女神「かーっ、また女らしくいろっていう説教か……昨晩も宮司から聞いたわ」

宮司「女性らしさとか抜きにしても風呂には入ってください。文明人としての最低限の作法ですよ」

女神「わし文明が生まれる前から生活してるし? 文明人じゃないから別に構わんし?」

宮司「…………」

宮司「単刀直入に言いましょうか」

女神「なんて?」

宮司「くさいから風呂に入れ」

女神「びぇぇん! たま子ぉ! 宮司がいじめるぅぅ!」

宮司「あっ、たま子さんを味方につけるとは卑怯な」

巫女「たま子じゃないのに……おぉ、よしよし……宮司様! 女の子にそんな言い方ないでしょう、最低ですよ!」

宮司「すいません……」

女神(くっくっくっ……これでやつは何もできまい)

巫女「いいですか宮司様! いくら本当のことでも言っていいことと悪いことってのが世の中にはあるんです!」

宮司「ぶっ」

女神「はぐっ」

巫女「面倒くさいうえに体臭もくさい……二重にくさいのはわかります。でも黙ってるのが優しさってもんでしょう!?」

女神「うぅぅ……宮司ぃぃ……たま子がいじめるぅぅぅ……」

宮司「よしよし……あの、たま子さん。さすがにそれは女神様泣いちゃうんでやめてあげてください」

巫女「……あれ?」

巫女「ちょっと待ってください。なんで私が悪者みたいになってるんですか?」

宮司「悪者っていうか悪いのはたぶん頭……」

巫女「そんなぁ」

女神「しーっ。本当のことでも言っていいことと悪いことがあるんじゃぞ、宮司よ」

巫女「女神様まで……ひどい」

女神「ひどいのはお主じゃ。わしゃ言うほど臭くはないぞ、なぁ宮司よ?」

宮司「嗅いでないから知りません」

女神「……知らんのに臭いから風呂入れとか言っとったん? なら今嗅げ、今」

宮司「え、嫌ですよ」

女神「臭くないから平気じゃって。ほれ、ほれ」

宮司「頭押しつけないでくださ……ん……これは……」

女神「ふふん、どうじゃ? 清潔そのものじゃろ?」

宮司「あー……いや、臭くはないんですけど……なんだこれ。たま子さん、ちょっと嗅いでみてください」

巫女「私もですか…………ん?」

宮司「どうですか?」

巫女「えーと……なんていうか、小鳥……? 実家で飼ってたインコの匂いに似てます」

女神「…………普通に臭いほうがまだ良かったんじゃが」

巫女「いや、この匂い私は好きですよ?」

女神「擁護になっとらんわ……」

宮司「私は嫌いですね」

女神「なんで追い打ちかけんの?」

宮司「匂う匂わないは風呂に入ればたぶん解決するからどうでもいいです」

女神「解決しなかったら金輪際こっちの世界に降臨するのやめるわ」

巫女「えっ、そんな……私は鳥くさい女神様も好きですよ」

女神「それ地味に傷つくからやめんか」

宮司「……まあさすがに風呂入ったら臭いも落ちると思いますよ。気になるほど臭うわけでもないですし」

女神「そう? ならいいんじゃが……」

宮司「そんなことより女神様。今日は初宮参りがあるのでよろしくお願いしますよ」

女神「……何?」

宮司「初宮参りに来られる方がいますと言ったんです」

女神「……なにそれ?」

宮司「はぁー……たま子さん、お願いします」

巫女「女神様、初宮参りというのは赤ちゃんが生まれてから無事に一ヶ月経った事を産土神様に報告する行事です」

女神「……あー、それね! はいはい! 初宮参り! 知っとった! 知っとったよ? それ」

宮司「嘘ですよね」

女神「うん」

宮司「正直なのはいいことです」

巫女(かわいいなあ)

女神「でもなんでわしによろしくなんて言うんじゃ?」

宮司「産土神があなただからでしょうが。一応この土地の神様なんでしょう?」

女神「土地の神って氏神っちゅうんじゃないの? その、なんとか神とはまた違うような」

宮司「うぶすながみ、です。ちゃんと覚えてください……今では産土神と氏神はほぼ同一視されていますから問題はありません」

女神「そうなんか? ふうん、ならわしが見てやらんと意味が無いっちゅうわけか」

巫女「今まではどうされていたのですか?」

女神「どんな行事かわからなくてもとりあえずその場にはおったけど……おらんでもよかった気がするのう」

宮司「そんな適当な感覚でやられちゃ困りますよ……」

女神「だって祝詞読み上げるのお主じゃし、そもそも普段は氏子達にはわし見えんのじゃからいてもいなくても変わらんと思うじゃろ」

宮司「何かをするとかじゃなくてそこにいることが重要なんです。だいたい女神様が何かの役に立つなんてことありえませんし」

女神「く……くそう……そこまではっきり言うか……」

巫女「そんなことありません! 女神様は色々とお役に立たれていらっしゃると思います!」

女神「……例えば?」

巫女「はい、例えば……例えばですか!? ……ええと。例えば、例えば……」

女神「……わしが悪かった」

宮司「ほらほら、昼前には来るらしいですから早いとこ散ってください」

女神「え。ここでやるんじゃないんか?」

宮司「ええ、座敷でやりますよ。神前ですし」

女神「さっきはわしにその場にいろっつっとったのに今度は出てけってか? なんで?」

宮司「何度も申し上げているように今の女神様はただの子供にしか見えませんから」

女神「あー……はいはい」

巫女「巫女装束着るなら中にいても構わないとは思いますけどどうします? 着替えますか女神様?」

女神「いいわ面倒くさい……障子ちょっと開けて覗くから」

宮司「そんなんで平気なんですか」

女神「平気に決まっとるじゃろ。どんな形であれ神が見ていることには変わらん」

宮司「とはいえやってることは覗きですよ。どこの出歯亀ですか」

女神「あのさー、仮にも神社の主に対して出歯亀はちょっと失礼な言い草だとは思わんか?」

宮司「神社の主は私です。神主ですから」

女神「……腹立つ! ほんと腹立つ野郎じゃな! お主!」

女神「常々思っとったんじゃが、お主には少し教育が必要だと思うんじゃ」

宮司「教育? なんのですか」

女神「わしがいかに偉いかをわからせてやる。そうして二度と生意気な口が聞けないようにしてやるんじゃ」

宮司「あ、すいません女神様。初宮参りのご家族が見えましたのでその話はあとにしてください」

女神「あっ、こやつずるい! 逃げんのか! 腰抜け! 腑抜け! 」

宮司「お願いですから静かにしてください。氏子さん達に聞こえますから……」

女神「聞こえたところでなんだっちゅうんじゃ! だいたいお主はそうやっていっつもわしの話を」

宮司「女神様、お静かに」

女神「う…………」

巫女(えっ)

宮司「終わってからにしてください。分かりましたか?」

女神「……わかった、外行ってる」

宮司「たま子さんは授与所に……まあ誰も来ないでしょうし女神様と一緒になって覗いていても構いませんよ」

巫女「……なにか仕込んだんですか? 女神様に」

宮司「仕込むって……犬じゃあるまいし。別に何もしちゃいませんけど?」

巫女「でも、あんなに聞き分けのいい女神様は見たことがありませんよ」

宮司「真顔でちょっときつめに言うとすぐ静かになるんです、女神様は。怒られると思うんですかね」

巫女「……手綱のとりかたを知り尽くしてますね」

宮司「何年あの方と一緒にいると思ってるんですか。じゃあ行ってきます」

納豆ミサイルが欲しかったな




女神「…………」

巫女「あ、女神様」

女神「なんじゃ、お主か」

巫女「暇なので私も一緒に覗きますよ」

女神「その覗くって言い方やめんか」

巫女「いいじゃないですか、二人で覗けば怖くないですよ。きっと」

女神「わけがわからん……ところでこれいつ始まるんじゃ? 氏子は位置についとるのに宮司がおらんぞ」

巫女「すぐ入ってこられますよ。少々準備が必要ですからね」

女神「祝詞あげておおぬさ振り回すだけじゃろ。一体なにを準備すんのじゃ」

巫女「振り回すって……ちゃんとした儀式なんですよ?」

女神「知ってるけどぉー……幾度となく見てきてるからなんちゅうかありがたみがない……」

巫女「神様がそんなこと言っちゃダメです!!」

女神「ばか、声が大きい」

美琴「あっ、すいません」

google予測変換先生勘弁して下さい美琴って誰だよ

女神「しかしこうして見ておるわけじゃが……特に変わったこともありゃあせん。いつも通りで退屈じゃなあ……」

巫女「仕事してる宮司様のお姿ってなかなかお目にかかれませんよね……」

女神「ん? ああ、そうかもな……食いつくところおかしくない?」

巫女「だって宮司様がご祈祷しているところなど普段はなかなか拝見できないんですよ?」

女神「わしは何度も見てるけど……頼めば普通に見せてくれんじゃないの?」

巫女「そうでしょうか……あー。でも、うーん……そうかもしれませんね……今度頼んでみます」

女神「頼みこんでまで見たいのか……? 変な奴じゃな」

巫女「だって、だって宮司様のご祈祷ですよ!? 見るだけでも勉強になること間違いなしじゃないですか!」

女神「わかった。わかったからもうちょっと静かに喋ってくれんか」

巫女「すいません、ちょっと興奮してしまいました」

女神「食いつくところも興奮するところもおかしいと思うんじゃが……巫女ってどいつもこんなもんなの?」

巫女「えーと……私が変わってるだけなんだと思います」

女神「じゃろうな」

巫女「……わかってるなら訊かないでくださいよお……」

女神「いや、たま子のことじゃから万が一のことがあるかと思って」

巫女「万が一何が起こるっていうんですか? ……女神様、私の扱いがだんだん酷くなってる気がします」

女神「だんだん? そりゃ間違いじゃ。最初から最悪だったからのう」

巫女「ひ、ひどい……」

女神「ふわ……あぁ、あー」

巫女「……眠いんですか?」

女神「んうー、眠いっちゅうか疲れがな……なんだかんだ言って生身は久しぶりじゃからなあ……」

巫女「以前、生身になられたのはいつなんですか?」

女神「いつじゃろうな? たぶん七、八百年くらい前かのう」

巫女「そんなに……」

女神「そんなに? 何言っとんのじゃ、たったの八世紀前じゃろうが」

巫女「いやいやいや、私達からしたら相当前ですよ」

女神「そりゃお主らの感性で考えりゃそうじゃろう。わしにとっちゃあ百年も千年も一瞬よ」

巫女「そういうお話を聞くと改めて神様って凄いと感じますね……」

女神「もっと褒めてもよいんじゃぞ?」

巫女「えっ、褒め…………うーん……」

女神「……嘘でもいいから褒めてほしかったわ」

巫女「ちょ、ちょっと待って下さい! 褒めます! 褒めまくりますから!」

女神「無理すんな」

巫女「そっ! その着物! 素敵ですね!」

女神「もう何百年もこのまんまじゃがありがとう」

女神「……まだ終わらんのか」

巫女「ご祈祷のことですか? まだまだ続きますよ。全体で30分くらいはありますからね」

女神「うぇー、長いのう。いつも思うがなんでこんなに長いん?」

巫女「なんでと言われましても……そういうものなんですよ」

女神「だってわしがご利益振りまくときは一瞬じゃぞ。祈祷も同じようにぱーっとやってサッと終わらせんか」

巫女「そんな無茶な……女神様と私達では格が違い過ぎますからそのようなことは難しすぎてできませんよ」

女神「うーむ、それもそうか」

巫女「女神様なら一瞬で出来る事でも、私達がやるとなると時間をかけなければできませんからねえ」

女神「お主らは大変じゃな」

巫女「その大変なことを女神様はさらっとやってしまうんですから……凄いですよね」

女神「え? そ、そう? うへへ……そうかのう? 凄い?」

巫女(……あ! こうやって褒めれば良かったのね……!)

巫女「そういえば女神様、すこしお尋ねしたいことが」

女神「ふっふーん、何じゃ? なんでも訊くがよい! この”凄い”女神様がずばり答えてやる」

巫女「女神様って何ができるんですか?」

女神「え、何? そういう感じの質問なん? 排水口のぬめりを取る方法を訊きたいとかじゃなくて?」

巫女「それはそれで教えて頂きたいのですが、知りたいのは女神様に何ができるのかという事なんです」

女神「えー……なにそれ? 変わっとんなあ、お主。なんでこのタイミングで訊こうと思ったんじゃか」

巫女「だ、だって前々から気になっていたんですもの……一体どんな凄いことができるのかなーって」

女神「凄いこと……凄いことか……気になる? 知りたいか?」

巫女「はい! 是非教えてください!!」

女神「よしよし、そんなに知りたいなら教えてやるわい」

巫女「ありがとうございます!!」

女神「そうじゃな……まず何から教えようかのう……」

巫女「なんだって構いませんよ?」

女神「うーむ……そうじゃな…………」

巫女「…………」

女神「……あれ?」

巫女(あれ?)

女神「……わし、何ができるんじゃろう」

巫女「え」

巫女「何ができるかって、それは女神様が一番良くわかっておられるのでは?」

女神「いや……そうなんじゃけどよくよく考えてみると特にこれといったことをやってないような……」

巫女「いやいや、女神様に限ってそんなはずは……」

女神「そんなはずがあるかもしれん……正月を過ぎてからというもの仕事らしい仕事をやっていない」

巫女「お守り作ったりしたじゃないですか」

女神「あれはやれって言われたからやっただけじゃし……もしかしてわしって役立たず……」

巫女「そんなことありませんって!」

女神「だいたい神降ろししたのだって酒呑むためっていうアホみたいな理由じゃし……クズじゃわ」

巫女「ちょっと女神様? 女神様? 聞こえてます?」

女神「わしって……糞の役にも立たない穀潰しじゃったんじゃな……うぅ……」

巫女「どうしてそこまで自分を卑下するんですか!?」

女神「やっぱりダ女神じゃったんじゃ……わしは役立たずだったんじゃ……」

巫女(さっきまで得意げにしていた方とはとても思えない……)

巫女「女神様、元気出しましょう? ね? あなたにはいろいろと出来ることがあるじゃないですか」

女神「気休めはよしとくれ……」

巫女「気休めじゃありません。聞きましたよ? 人の記憶と未来を見ることができるって」

女神「……そういやそんなこともできるのう」

巫女「ほら! 出来ることがあるじゃないですか!」

女神「そうは言っても誰彼構わず見られるわけじゃないし……意外と制限があって、例えば……」

巫女「そんなの気にしない! この調子で他にも出来ることを探してみましょう!」

女神「お主なんでそんなにノリノリなん……?」

巫女「え? そ……それは、女神様を元気づけようと……目障りでしたか? ……申し訳ございません」

女神「いや、そういうわけではない……やっぱいい子じゃなあ、たま子は……ありがとう、ちょっと元気出た」

巫女「えっ、ありがとうだなんてそんな……こちらこそありがとうございます!」

女神「お主がお礼を言う必要はないじゃろ。……よーし、たま子のためにももう少し元気を出してみるとするかのう」

巫女「その意気です! まずは他にも女神様にできることがないか探してみましょう!」

女神「あ、それまだやんの? 別に構わんけど」

巫女「やはり神様なわけですから超常現象とか起こせたりするわけですよね? 」

女神「あー、わしはそういうの専門外じゃからちょっと無理。神風程度ならいつでも吹かせられるけどな」

巫女「そうなんですか……ちょっと残念」

女神「超常現象とはちょっと違うかもじゃが天気いじったりはできるぞ」

巫女「天候を変えられるってことですか!? それは凄いですね!」

女神「でもわしの意思でいじることができるわけじゃないんじゃよなあ……」

巫女「つまりどういうことなんでしょうか」


女神「うーん、感情とリンクしてるって言うん? 嬉しいと晴れたり、悲しいと雨になったりとかそんな感じ」


巫女「なるほど、わかりやすいです! つまり今は晴れてるから女神様の機嫌は良いということですよね?」


女神「それがそうでもなくて……心の底からの感情じゃないと空も反応しないっちゅうか……わかるかなあ」


巫女「うーん、なんとなくわかります」


女神「空とか天気を司る神じゃったらちょっと念じるだけで天気を変えられるそうじゃがわしは違うし」


巫女「へえー……」

女神「まあそんなのどうでもいいわ。どうせわしのせいで天気が変わることなんて滅多にないし」

巫女「私としてはもうちょっと掘り下げたかったんですけれども……」

女神「掘り下げんでいいよ、この話つまんないから……それよりお主に教えたいわしの力があるのを思い出した」

巫女「何でしょう、ぜひ教えていただきたいです!」

女神「神託じゃよ。頭の中に直接わしの言葉をぶち込むやつ」

巫女「神託……ご神託ですか? いわゆる『天の声』ってやつですよね? うわあ! ぜひ見てみたい、あ、いや、聞いてみたい!」

女神「くふふ、お主なら食いつくと思っとったぞ。どれ、その熱心な姿勢に応えて特別にお主に信託を賜らせてやろうではないか」

巫女「ほんとですか!?」

女神「ふふん、ほんとだとも。じゃあ準備するからちょっと頭からっぽにして」

巫女「大丈夫です! もともと空っぽですから!」

女神「……言ってて悲しくならんか? それ……」

女神「よーし、それではやってみようではないか」

巫女「いつでも大丈夫です」

女神「むん……んむむ……」

巫女「…………」

女神「…………」



  (夕飯はカレーがいいな)



巫女「はっ! きました! きましたよ! こう、ビリッときました!」

女神「おお、きたか! よかった、久しぶりにやったから失敗するかと思ったが、どうやらうまくいったようじゃな!」

巫女「…………カレー?」

女神「うん」

巫女「え……ご神託ってもっとこう、重要なことを伝えるものなんじゃ……」

女神「重要なこと? お主は『夕飯の献立はなにになるのか』はさほど重要なことではないと言うんか」

巫女「ご神託で伝えるような内容ではないかと……」

女神「いーや、そんなことない。わしにとって夕飯の献立よりも重要なものがこの世に存在すると思っとんのか?」

巫女「妙に説得力がある……」

女神「他にできることといえば霊体と実体を使い分けたりとか……」

巫女「あ、それを忘れちゃいけませんね。それとご利益を私達に授けてくださるのも」

女神「そうじゃな。うーむ、そんくらいかのう?」

巫女「うーん、なんだか感動……女神様ってやっぱりすごいんですね」

女神「す、凄いか? ふへっ、いや、そんなに大したことじゃないんじゃがな? ふひひ……」

巫女「いやあ、充分すごいですよ! 憧れちゃいますよね」

女神「ばっかお主そんな大げさな……褒めてもなにも出やせんぞお? でへへ」

巫女「その笑顔も素敵です!!」

女神「ぶっ……いや、それはなんか違うじゃろ。まあ……嬉しいけど」

巫女「照れなくたっていいんですよ?」

女神「ばっ、ちが、照れてなんかおらんぞ!」

巫女「顔真っ赤になってますけど?」

女神「なっておらん! なってない! なってたとしてもそれは違う! とにかく違う!」

女神「これは、えーと、あれじゃっ! 信託やら幻視と同じで神の特技! 神は好きな時に顔赤くできんの!」

巫女「いくら私が頭空っぽだからってそんなばればれな嘘には引っかかりませんよ!」

女神「うぬぅぅ! 嘘じゃないもん!」

巫女「嘘じゃない“もん”?」

女神「あ、間違えた。おほん。嘘じゃないっちゅうの」

巫女「言い直すんですか。」

女神「そこにはつっこまなくてよい。重要なことじゃないから」

巫女「少なくとも私にとってはカレーよりはよほど重要です! 女神様の口調が変わるだなんて」

女神「別に驚くことでもないわい。昔はそっちの口調で喋っとったし」

巫女「そうだったんですか。ならどうしてわざわざ今のような話し方をされるんです?」

女神「あ、いや……それは……普通にしとったら格好がつかないから……」

巫女「格好がつかない?」

女神「……すまんがこれ以上掘り下げんでくれ。恥ずかしい」

巫女「興味が湧いたので駄目です。逃がしませんよ?」

女神「鬼じゃ……鬼がおる……」

巫女「女神様は格好をつけるためにそのような喋り方をされているというわけですか?」

女神「だってわしどこからどう見たって小童にしか見えんじゃろ」

巫女「……? 何の話をしていらっしゃるのですか?」

女神「まるで小童なわしが常人と同じ言葉遣いなんかしてみろ。それこそ小童になってまう」

巫女「まあそうですけど、その話は一体?」

女神「せめて口調だけでも神らしくあろうと頑張ったんじゃよ……」

巫女「……あ。なるほど。その口調は子供っぽく見られてしまう女神様が威厳を持とうとした結果だったと」

女神「やめて。恥ずかしいからもうやめて」

巫女「わかりましたよ! つまり女神様は頑張ってキャラを作っていたわけなんですね!」

女神「あーあー。聞こえない聞こえない」

巫女「ちなみにいつからその喋り方になられたのですか?」

女神「あん? もうずうっと前じゃ。この婆くさい喋り方でいる期間のほうが長い」

巫女「なあんだ。それならこの喋り方が女神様の普通なんですね」

女神「じゃからこそ恥ずかしいんじゃよ……わしがまだぺーぺーだった頃の負の歴史を掘り起こされてんのじゃぞ……」

巫女「そんなに恥ずかしいことでもないと思うんですけれどもねえ」

女神「だったらお主ちょっと想像してみろ。わしがあどけない少女のごとく宮司に話しかけるさまを」

巫女「想像ですか……」

――――――――――――――――――

女神「ねえねえ、宮司ー」

宮司「なんですか」

女神「お正月いっぱい働いたからお休みが欲しいの」

宮司「お休みですか。ありませんよ、そんなもの」

女神「えー! なんでなんで!? 少しくらいならいいでしょ?」

宮司「駄目ですよ。氏子さん達にご利益を与えてもらわなきゃならないんですから」

女神「ぶー。ケチ!」

宮司「けちとかそういう問題じゃないでしょう。神様稼業は年中無休ですよ」

女神「稼業っていうんならお給料ちょうだい」

宮司「なんて現金な……」

――――――――――――――――――

女神「どうじゃ? 威厳もへったくれもないじゃろ? だから恥ずかしいって……おい、聞いとんのか?」

巫女「うう。んもう、かわいい!」

女神「ぐえ、なんで急に抱きつくんじゃ!? 苦しいからやめろってば!」

宮司「騒がしいですねえ。初宮参りに来たご家族が帰られますからもう少し静かにしてくれませんか」

巫女「あら、宮司様。お疲れ様です」

宮司「あら。じゃないですよ。仕事はどうしたんです……っていっても誰も来ませんよね」

女神「宮司か! ちょうどよかった、たま子ひっぺがしてくりゃれ。苦しい」

宮司「苦しい? そりゃよかった。ならしばらくそのままでいてください」

女神「そりゃないじゃろ、お主も鬼か。知ってたけど」

巫女「宮司様、女神様がかわいいので自宅に連れて帰りたいのですが! あわよくば一緒に暮らしたいです」

女神「やめて。それはやめて。こやつに連れ去られたら何されるかわからん」

宮司「うーん……残念ながら女神様はここの神社の主なのでそれはちょっとできかねますね」

女神「助かった……」

宮司「まあそのかわり連れ帰らなければ何したって構いませんよ」

巫女「きゃー! ありがとうございます!」

女神「ちょっと! 宮司、それはいかんって! 危ない! わしの命が危ない!」

宮司「あなた死なないんでしょう? なら平気ですって」

女神「そうだけどそうじゃなくて! 精神的に殺される気がする!」

宮司「そんなのどうでもいいから静かにしてください」

宮司「私はあのご家族に挨拶をしてきますのであんまりうるさくしないでくださいよ?」

女神「わかったわかった、そう何度も言わんでもいいわ。はよ行ってこい」

宮司「たま子さん、女神様がうるさくしたらそのまま締め落としていいんでよろしく」

女神「締め落とすってお主なあ……たま子がそんな野蛮なことするわけないじゃろ」

巫女「私がやるんですか……? が、頑張ります」

女神「頑張っちゃうんか? わし締め殺されちゃうんか? わしの味方はおらんのか?」

宮司「女神様」

女神「あっ、は、はい」

宮司「……お静かに」

女神「…………」コクコク

宮司「よしよし、良い子ですね。じゃあちょっと行ってきます」

巫女(聞き分けがいいんだか悪いんだか……)

女神「おお、こわ……殴られるかと思ったわ」

巫女「宮司様はそんなことしないと思いますけどねえ」

女神「いやいや、そんなことするじゃろ。あの顔見たか? ありゃ鬼のそれじゃぞ……」

巫女(宮司様いわく真顔で喋るだけなのにこんなに効果があるのね……)

巫女「鬼だなんて大げさな。ほら、今の宮司様を見てください。優しい顔をしていらっしゃいますよ」

女神「あれは氏子達と話してるからじゃろ? ありゃいわゆるよそ行きの顔なわけであって猫かぶっとるだけじゃよ」

巫女「あんなに優しそうなお方がそんなことしますかねえ……ほら、あの柔和なお顔立ち。まるで仏様です」

女神「仏頂面って言いたいんじゃな? 分かっとる分かっとる、あやつは鉄仮面被っとるからな」

巫女「えっ、違……そういう意味で言ったんじゃないのに……」

女神「しっかし神主のくせして仏のような顔とは……これも一種の神仏習合かのう……」

女神「しかしあやつは何を話しとんのじゃ?」

巫女「ちょっとした挨拶でしょう。本日はどうもありがとうございました、とかそういう類のだと」

女神「これから帰ろうって奴らをわざわざ引き止めることもあるまいに。赤ん坊が疲れちまうじゃろ」

巫女「うーん、確かにそれは一理あるかも……」

女神「じゃろ? まったく宮司はそういうところ抜けとるよな。見ろ、歳くった婆さんも一人連れてるっちゅうのに……おや?」

巫女「え?」

女神「あの婆さん……ほほー、こりゃ懐かしいなあ」

巫女「あのおばあさんがどうかしましたか?」

女神「昔この辺に住んでた奴じゃよ。たしか引っ越してったんじゃが……先々代の居たころじゃから八十年くらい前か?」

巫女「ええー、本当ですか? そんなに経っているのなら顔も随分変わってしまっていると思いますけど……」

女神「へっへっへ、ばかめ。顔なんぞさほど重要ではないわ。なんせ記憶読めばいいんじゃからな」

巫女「なるほど。人の記憶を読めるって便利ですねえ」

女神「ふふん、うらやましいか?」

女神「しかしあの婆さんがああやって初宮参りについて来とるってことは、あの赤子はあやつの孫か」

巫女「となると初宮参りに来るのは父方の祖母ですから、お父さんがあの人の息子さんなんでしょうね」

女神「言われてみれば眉毛とか似とるな」

巫女「眉毛というか目のあたりが全体的に似てますね」

女神「うむ。あのさ、これわしの経験則なんじゃけどやっぱり血が繋がってるとどこかしら似るよな」

巫女「そうですね、顔とか性格とか……女神様は長生きですから実際にその例を何度も見てきたわけでしょう?」

女神「そりゃもう数えきれんほどにな。面白いことに忘れた頃にそっくりな奴が産まれたりするんじゃよ」

巫女「忘れた頃に……って何を忘れるんですか?」

女神「説明が足りんかったか。そうじゃな、例えばお主に子供がいるとしてな」

巫女「こ、子供なんかいませんよ! 心当たりもありません!」

女神「例えっつったじゃろしばくぞ。とにかくお主の子供がまた子供を産んで、子孫が繁栄していくとするじゃろ」

巫女「はあ」

女神「そしたらわしがお主のこと忘れるくらい時間が経った頃に、顔も性格も全部お主そっくりな奴が産まれたりするってこと」

巫女「ああー……なるほど」

女神「まあお主みたいな底抜けの馬鹿の世話などもう二度としたくないがのう」

巫女「そ、そんなひどいこと言わないでくださいよ……」

女神「思い返してみればお主らのような奴らには初めて会ったかもしれんな」

巫女「そうなんですか? えへへ、なんだか照れますねえ」

女神「照れんな。こんなに神をないがしろにする奴らはなかなかおらんかったって言おうとしてたんじゃぞ」

巫女「えええ……そんなことないのに……私は女神様のこと尊敬してますよ! 大好きです!」

女神「お主は表現の仕方がおかしい。好きすぎて壊しちゃうタイプっちゅうのか……ストーカーの素質があるよな、うん」

巫女「うう……ひどい言われよう……女神様は私のことが嫌いなのですか……」

女神「あー、いや、悪い奴じゃないのはわかっとるよ? 仕事熱心ではあるしストーカーというか一途なだけじゃし」

巫女「落としてから持ち上げるだなんて……上げてもらっておいてなんなんですけどもう落ちそうです。恋に」

女神「前言撤回、やっぱりお主悪い奴じゃ。何が悪いってたちが悪い、たちが」

巫女「女神様は口が悪いと思います!」

女神「あっ、こやつめ……うまいこと言ったつもりか? 憎たらしいのう。ほんっと、こんな奴今まで会ったことないわ」

宮司「女神様」

女神「うげえ、きおったぞ。一番憎たらしいのが……さっきの家族連れはどうしたんじゃ」

宮司「たったいま境内を出ていかれたのを見てなかったんですか」

女神「なんだ、あやつら帰ったのか。宮司も一緒に出てっちまえばよかったんじゃが」

宮司「よかったですね。そのご要望には応えられますよ」

女神「ん? 何? どっか行くの?」

巫女「そういえば地鎮祭があるんでしたね」

宮司「ええ。詳しいことは知りませんが駅の方に今度大きいビルを建てるとかで」

女神「地鎮祭ぃ? まーたなんか建てるんか。もう空いてる場所なんてないじゃろ」

巫女「まだまだ建つと思います。昔とは違って少しでも土地があればそこには何かしら建ちますから」
 
女神「別に空き地があってもええじゃないか。やれビルだのそれ駐車場だのと現代人はやたら物を建てたがるのう」

宮司「貧乏性なんでしょ、みんな。土地が余ってるともったいなくて何かしら建てたくなるんですよ」

女神「わしからしたら片っ端から空き地を潰しちまうほうがもったいないわ。ちょっとくらい余りがあってもえーのに……」

宮司「女神様」

女神「うげえ、きおったぞ。一番憎たらしいのが……さっきの家族連れはどうしたんじゃ」

宮司「たったいま境内を出ていかれたのを見てなかったんですか」

女神「なんだ、あやつら帰ったのか。宮司も一緒に出てっちまえばよかったんじゃが」

宮司「よかったですね。そのご要望には応えられますよ」

女神「ん? 何? どっか行くの?」

巫女「そういえば地鎮祭があるんでしたね」

宮司「ええ。詳しいことは知りませんが駅の方に今度大きいビルを建てるとかで」

女神「地鎮祭ぃ? まーたなんか建てるんか。もう空いてる場所なんてないじゃろ」

巫女「まだまだ建つと思います。昔とは違って少しでも土地があればそこには何かしら建ちますから」
 
女神「別に空き地があってもええじゃないか。やれビルだのそれ駐車場だのと現代人はやたら物を建てたがるのう」

宮司「貧乏性なんでしょ、みんな。土地が余ってるともったいなくて何かしら建てたくなるんですよ」

女神「わしからしたら片っ端から空き地を潰しちまうほうがもったいないわ。ちょっとくらい余りがあってもえーのに……」

女神「ほんと空き地も無くなってきたよなあ……自然が残っとる場所なんてこの辺りじゃこの神社くらいになってもうた」

巫女「そう考えると神社は空き地に似てるんですかね……ごめんなさい、女神様を侮辱しているわけではないんです」

女神「構わんよ。神域なんて神がいなけりゃ空き地とおんなじじゃ」

宮司「それならここはもう殆ど空き地みたいなもんですね」

女神「遠まわしにお前は神じゃないって言っとるよな、それ」

宮司「そのうちここも買い取られて駐車場にされるかもしれませんよ」

女神「駐車場化だけは全力で阻止してくりゃれ」

宮司「提示された金額によってはちょっと保証できないかもしれません」

女神「ふざけんなよこの守銭奴め」

巫女「駐車場神社……斬新ですね……」

女神「なんで食いついとんの? まさか駐車場作んの?」

巫女「駐車場神社はやはりコインパーキングの感覚で賽銭箱にお金入れてもらうんでしょうか?」

宮司「駐車場よりドライブスルー方式のほうが回転率は高いと思います。境内をぐるっと回って帰るような」

巫女「なるほど……境内を通過する氏子さん達に賽銭箱の前で一時停止してお金を入れてもらうのね……」

女神「まるで高速道の料金所じゃな……そのうちETCゲート設置するとか言い出しかねんな」

宮司「ハイウェイ神社。時代に合わせた新しい形の神社ということでひとつ試してみますか」

女神「もはや神社である必要がなくなっちまうじゃろーが」

巫女「確かにそれだけ近未来的になると神社らしくないですね。それになんだかありがたみがまるでない……」

女神「ん? いや、待てよ……神社である必要がない?  つまり神社ではない。それならわしも働く必要がない!」

巫女「気にするのはそこなんですか!? 着眼点がずれてますよ!」

宮司「着眼点だけじゃなく感性もずれてますね」

七月から本気出す

女神「これは新時代始まったかもしれん! ハイウェイ神社ええじゃないか! やろやろ! やっちまおう!」

宮司「残念ながら天地がひっくり返ったとしてもやりませんよ」

女神「んだよちくしょう。ぬか喜びさせおって」

巫女「ぬか喜びって……もし実現したら今の神社はなくなってしまうんですよ?」

女神「わしの仕事が減るんならそれでもいいかなーって」

巫女(こ、この神様は……)

宮司「はあー……女神様ってやつはとことんクズですね」

女神「ナチュラルにクズ呼ばわりするでないわ。冗談のつもりだったのになんだか泣きそうじゃ」

宮司「女神様の場合、あんまりクズすぎてどこまでが冗談なのか分かりづらいんですよ」

女神「おいお主、神をバカにするのもそのへんにしとけよ。さもないとわしが泣くぞ」

巫女(脅しになってるのかなあ、それ……)

宮司「あなたが泣くことで私に何かしらの不利益が生じるとでも思ってるんですか? むしろ罵倒に磨きがかかるだけです」

女神「うーわ……人として最低じゃわこいつ……クズじゃな、クズ。軽蔑するわ」

宮司「どうぞお好きに。あんまり遊んでる時間もないんで私は出かけます」

女神「あ、待て。わしも連れてけ」

宮司「は?」

女神「は? じゃなくてわしも連れてけって言ってんの」

宮司「え? 連れてけって……ふ、ふふ、くっくっくっ……」

女神「なんでそこで笑うん!?」

宮司「くっくっ、いやごめんなさい。まさか女神様の口からそんな言葉がでるとは思っていなかったので」

女神「そりゃどういう意味じゃ」

宮司「だって出不精で面倒くさがりで引きこもりの女神様が自分から出かけると言うだなんて想像すらしないでしょう?」

女神「ほう……お主はわしのことをそういう目で見とったんじゃな。ぶち殺すぞ」

宮司「本当のことでしょうが。まった、付き合いきれませんね」

女神「仕方ないじゃろーが! 神が神社を留守にするわけにはいかんのじゃから! いない間に誰か来たらどーすんじゃ!」

巫女「神使はいないんですか? お稲荷様でいうところのお狐様のように使いの方に留守番させておくって手も……」

女神「神使か……うちにはおらんのじゃよなあ」

巫女「えっ!? そうなんですか? ニワトリが神使だと聞いたのですが」

女神「名前だけな。アマテラスのばっちゃがニワトリ神使にしとるっちゅうからわしもそうしただけで特に意味はないし」

巫女(アマテラスのばっちゃって……)

巫女「女神様、アマテラスのばっちゃといいますと……」

女神「は? お主天照大御神知らんのか? 巫女失格じゃな」

巫女「知ってますよ! 知ってますけどそんな近所のおばちゃんみたいな呼び方されたら一瞬戸惑うじゃないですか!」

女神「実際見りゃ分かるが近所のおばちゃんじゃぞ。いや、お姉さんか。そういや最近会ってないのう」

巫女「おばちゃんだなんて恐れ多いことを……ああ、言ったのは私だった……天照大御神様、申し訳ございません」

女神「あの方はそんなことで怒らんから気にするでないわ」

巫女「よく知っていらっしゃるような口ぶりですが……」

女神「よく知っとるよ? 高天原に帰るたんび会うしな。気立てはいいし人がらもいいし……人じゃのうて神じゃけど」

巫女「へえー、一度会ってみたいです……」

女神「でもあの方以外の神はもう本当に駄目。話が合わない。だいたい話しかけたところで返事する奴のが少ないし」

巫女「あら……そうなんですか」

女神「全員カタブツなんじゃよ! 地上を見てないっちゅうか天上しか見てないっちゅうか……古くせーの! みんな!」

巫女「は、はあ」

女神「雲の上から覗いてるだけで全部分かると思ってんの、あのクソじじい共は! はん! わっかるわけないじゃろーが!」

巫女(……どうしよう。なんか入っちゃいけないスイッチが入っちゃったみたい)

女神「ちくしょー。思い出したら腹立ってきた……歳ばっかり無駄にくって結局なんの役にも立たん腑抜け共めが……」

巫女「あ、あのう……」

女神「神使に任せっきりのくせして神を名乗って恥ずかしくないんか、ほんと……」

巫女「えーと……なんだか色々とおありだったようですね」

女神「んあ? 別にたいした事ではない。どこの世界にも嫌なやつっちゅうのはいるってだけのことでな」

巫女「誰かと馬が合わなかったんですか? 天上にもそういうごたごたがあるとは……」

女神「仲違いなんてしょっちゅうじゃよ。どいつもこいつも頭かてーから自分の主張を曲げなくてなあ」

巫女「みなさん神様ですから我が強いんですかね?」

女神「しかも誰も死なないし忘れないから一度仲がこじれると數億年単位でこじれっぱなしでたちが悪いのなんの」

巫女「あの世も大変なんですね……」

女神「ほんと大変なんじゃぞ! 地上に降りるってだけでうだうだ言ってくるし! 神が天上に引き篭ってても仕方ねーじゃろっちゅーの!」

巫女(またスイッチ入っちゃったみたい……)

女神「な、聞いてくりゃれ! あのアホども『神は人間にむやみと接触するべきではない』とか言ってくんの!」

巫女「あ。え、は、はい」

女神「天界から下界を覗いて、すべての物事に目を通したうえで何をするのか考えるべきとか言っちゃってさ! わかる!?」

巫女「はっ! はい! わかります! わかりますよ!」

女神「上から見てるだけで全部分かるなら苦労しねーわ! 地上のことは実際に地上行ってみんとわからんじゃろ!」

巫女「そう! そうですね! ……あ、それで女神様はこっちにいらっしゃるのですね」

女神「そうじゃよ! でも上の連中は地上で人と触れ合うのは神使に任せっきりで高みの見物決め込んでるだけ!」

巫女「うーん……ひどいといえばひどいですね」

女神「あやつらは自分が降りてくのがめんどくさいからって分かったフリしとるだけなんじゃ! 糞野郎なんじゃ!」

巫女「はあ」

女神「実際になにかやってるんならまだしも上に引き篭ってるやつらは何にもやらんし! 見てるだけかいバーカ!」

女神「人の世を良い方向に導くのが神の役目なんじゃないんか?! 見るだけなら神じゃなくて猿でもできらあ!」

女神「そりゃ地上に降りてきてる神だっておるよ? でも神のほとんどが天上に引き篭ってるってのはどうなん!?」

女神「せめて正月くらい降りてこいや! てめーの神社に来た氏子にくらい報いてやってもええんじゃないのか!?」

女神「神の責務を果たさずに神様気取りなんてちゃんちゃらおかしいじゃろーが! ぶっ飛ばすぞ!」

巫女(……そうとう大喧嘩したのかなあ)

女神「おらぁー! 見とんじゃろどうせ! 今すぐ降りてこい! 一発ぶん殴ってやる!」

巫女「降りてこいってそんな無茶な……変な人だと思われるから空に向かって叫ぶのはやめましょ? ね?」

女神「腹の虫が収まらん……決めた! 一旦この体を捨てて高天原に戻って殴りにいく! たま子、体の始末頼んだ!」

巫女「えっ!? 体残るんですか!? ちょっ、ちょっと困りますよ! 待ってください! 早まらないで!」

女神「離せ、たま子! わしは天上に行ってバカどもに鉄拳による制裁を加えなきゃいかんのじゃ!」

巫女「落ち着いてくださいって! 宮司様についていかれるんじゃないんですか!?」

女神「そうそれ! それだってこの辺りの様子を人の目線で観察するっちゅう目的があって言ってたんじゃよ!」

巫女「あっ、そうだったんですか!? さすがは女神様……暇だからなんていう理由ではなかったんですね」

女神「いや、まあそれも理由としてはちょっとあるけど……うーん、ちょっとどころか半分くらいは……」

巫女(あらら……予想通りというかなんというか……)

女神「なんかあほらしくなってもうた……このさい鉄拳制裁は後回しじゃ。地鎮祭見てくる」

巫女「よかった……いってらっしゃいませ」

女神「で、宮司はどこにおるん?」

巫女「え? 出かけていきましたよ?」

女神「は? いつ?」

巫女「付き合いきれませんって言ったあとすぐ出て行かれましたけど……」

女神「このばかちんがぁ! なんですぐ教えてくれんかったのじゃ!」

巫女「ご、ごめんなさい。女神様のお話が魅力的でつい聞き惚れてしまいまして……」

女神「あ、そう? そうなん? でへへ……頭あげろ頭、もう許したから」

女神「しかしついていくって言っとったのに置いていくだなんて宮司もひどい奴じゃわ。知っとったけど」

巫女「今から追いかけます?」

女神「どーせあいつ車で行ったんじゃろ? まさか祭壇担いでったわけもあるまい。追いつけんし諦めるわ」

巫女「そうですか……」

女神「はー……やっぱ高天原行ってくるかのう」

巫女「困りますよ! 体だけ残されても、私どうすればいいのかわかりませんもの……」

女神「言ってみただけじゃって。だいたい上の奴らの大半とは顔も合わせたくないし、冷静に考えりゃ帰ろうなんて思わん」

巫女「もしかして随分と長いことお帰りになられていないんですか?」

女神「言うほど長くもないがな。たしか二千年くらいは帰ってない気がするんじゃが」

巫女「充分長いと思います……」

女神「わしらにとっては長くないの。たった二千年顔見なかっただけで怒りがおさまるわけないわ」

巫女「……ん? あれ? それほど長い間顔を見てないってことは……女神様って神無月はどうなされているんですか?」

女神「神無月? 全国の神が出雲大社に集まるとかいうあれ信じとんのか?」

巫女「えっ!? 嘘なんですか、あれ!」

女神「いや嘘じゃないけど……今のご時世まともに行く奴なんておらんからなあ」

巫女「それって一体どういうことなんですか?」

女神「そのまんまじゃが? 出席率が著しく悪いってこと」

巫女「だっ、だって神様みんなで縁結びとか一年のことを話し合うんですよね? 欠席なんか許されるんですか?」

女神「それは知らんが上の奴らはまず来ない。降りんのが面倒くさいんじゃろうな。そんなに面倒なら神も辞めちまえや」

巫女「じゃあ地上の神様方は……」

女神「そこそこ来るよ。代わりに神使が来るとこもあるが、まあ来るだけ上の連中よりはましじゃな」

巫女「女神様は?」

女神「行くよ。オオクニヌシさんの話聞いてるだけだけど」

巫女「へえぇ、大国主様ですか……どんなお話をなされているんですか?」

女神「最近はいっつもおんなじじゃぞ。各自の持ち場は自分の判断で何とかしてくださいとしか言わない」

巫女「……投げやりですね」

女神「毎年出席率悪くなってくから拗ねてんのかね? 集まり悪くて話し合えないからそう言うしかないんじゃろうけど」

女神「あーあ、なんだかこんな話ずっとしとったら神がなんだかわからなくなってきたわ」

巫女「わからなくなった……とはどういうことでしょう」

女神「なんちゅうかさ……神って今の時代だとなんもしてないじゃろ。それならなんで存在してんのかなーって」

巫女「何もしてないってことはないんじゃ」

女神「いや、ぶっちゃけるとここ数百年はほとんどやることなかった。ほっといても何とかなってるんじゃよね」

女神「世界の流れっちゅうの? それの根本的なところはもちろん神抜きには動かないんじゃよ。それは今も昔もおんなじ」

女神「でも細かいところは神が関与しなくても成り立っててな。昔ほど人が神を必要としなくなってきたんじゃ」

巫女「言われてみれば みなさんお正月くらいしか神社に来られませんものね……」

女神「じゃろ? もう神がでしゃばる時代は終わったんじゃなあってつくづく思い知らされたわ」

巫女「でしゃばるだなんて言い方よしてください! 女神様はやるべきことをやっているだけなんですから」

女神「……結局のところ放任主義を貫いた上の奴らのほうが賢かったってことなんじゃろうか」

巫女「そんなことは……ああもう、元気だしてくださいってば」

女神「なんだか虚しいのう……」

巫女(どうしよう、なんとか励まさなきゃ……)



女神「はー……」

巫女「うーん……」

宮司「……二人して頭抱えて何やってるんです?」

巫女「へっ!? はっ、宮司様っ!? お、お疲れ様です!」

宮司「ちょっと驚きすぎですよ」

巫女「いや、少し考え事をしていまして……あれ、宮司様がお帰りになったということは……今何時ですか?」

宮司「時間ですか? 正午くらいだと思いますよ。もう過ぎたかな?」

巫女(ああぁ……宮司様がお出かけになったのが九時半くらいだから結局二時間近く唸ってたのね、私……)

宮司「お昼はまだ食べていませんよね? 先に食べちゃいなさい。私はその後頂きますから」

巫女「はい……お先に失礼します」

宮司(なんだか元気無いなあ)

巫女(どう女神様を励ますかはお昼ご飯食べながら考えよう……)

女神「…………」

宮司「ところで女神様、さっきから一言も喋ってませんけど何かありましたか?」

女神「…………」

宮司「あら、聞いてない」

宮司「完全に自分の世界に閉じこもっちゃってるな。女神様ー、もしもーし」

女神「……うん? あ、なんだお主か……おかえり」

宮司「はいただいま。どうしました、あなたも元気無いですね」

女神「あなたもじゃと? 見たところ元気そうじゃが」

宮司「元気がないのは私じゃなくて彼女ですよ。えーと、なんだっけ? そうそう、たま子」

女神「ああ、たま子ね……」

宮司「何かあったんですか?」

女神「いや……たま子と話してたら神って一体なんなんだかわからなくなってきてしもうてな……」

宮司「はあ? どういう意味です」

女神「ほとんどの人間が神を信じないこのご時世にわしら神がいる必要ってあんのかなあって思って……」

宮司「珍しく難しいこと考えてるじゃないですか」

女神「うん……」

宮司(あれ、普段なら『珍しくとはなんじゃ! いつもどうでもいいこと考えとると言いたいんか!』とか言いそうなのに)

女神「…………」

宮司「ふむ……相当悩んでますね」

女神「うん……」

宮司「訊きたいんですけど、神様に存在意義って必要なんですか?」

女神「わからん……じゃけどもし無いんだとしたらいてもいなくても同じなんじゃなかろうか……」

宮司「いてもいなくても同じということは、逆に考えればいても構わないということにもなりますよね」

女神「まあそうかもしれんけど……」

宮司「それに皆が神様を信じていないのなら初詣の習慣どころか神社だって今頃は残ってませんよ」

女神「うーむ……」

宮司「だいたいこんな小さい神社にすらほぼ毎日誰かしら来るんですから神様が必要とされていないわけがないでしょ」

女神「そんなもんかなあ」

宮司「そんなもんです。それに参拝者が少ないのはこの神社が小さいからですしね」

女神「うん……うん?」

宮司「来るところにはいっぱい来てるんですよ。出雲大社とか明治神宮なんかはいつでも人で賑わってると聞きますし」

女神「つまり?」

宮司「女神様のもとを訪ねる人が少ないのはあなたの甲斐性が無いからであって、神様を信じていないわけではありません」

女神「なっ!? わしが役立たずなだけだと言うんか!?」

宮司「まあぶっちゃけちゃうとそうです。氏子さんも確実にご利益があるほうを選ぶでしょうから」

女神「なにぶっちゃけちゃってくれとんの!? そういうのは気を使って黙っとかんか!」

宮司「駄目なところは指摘しないと改善できませんからね」

女神「お主は指摘とかいう大義名分のもと面と向かって悪口言うのが楽しいだけじゃろ!」

宮司「ばれましたか」

女神「いつもそうなんじゃからばれるに決まっとんじゃろ! くそ! 少しは敬え!」

宮司「敬えと言われましても敬いようがありませんよね。女神様って」

女神「なんじゃとお!? 神職にあるまじき問題発言じゃろそれは!」

宮司「いえ、神様は敬いますし崇めますよ。しかし女神様が神様かどうかと言われるとちょっと……」

女神「この神社はわしを祀っとるんじゃないんか!? 崇めたくないとか今更すぎるじゃろ! 女神じゃぞ!? 女『神』!」

宮司「まあそうなんですけどあまりにも威厳がなさすぎて女神様を祀っているという実感が……ねえ?」

女神「また威厳か! だったらあれか、威厳さえあれば敬うんじゃな!? わしのことを祭神だと認めるんじゃな!」

宮司「威厳と徳と知識と……足りないものが多すぎますねえ。おつむも足りてるとは言いがたいですし」

女神「きぃぃぃぃぃぃ! あったまきた! ずけずけと失礼なことばかり言いおって!」

宮司「そうやってすぐ怒る。我慢が足りませんよ。まあ女神様に一番足りないのは信徒なんですけどね」

女神「……そういうぐさっとくるのやめんか。お主さあ、定期的にわしの心えぐりにくるよな……遠慮が足りてないと思う」

宮司「いまさら他人行儀でやっていくのもなんだか気持ち悪いじゃないですか。足りないくらいで丁度いいんですよ」

女神「いいこと言ってるみたいだけどそのセリフは本来わしが言うべきもんじゃからな? 自己弁護はやめんか」

宮司「細かいことを気にしますねえ。そんなんだから頼りにされないんですよ」

女神「おいやめろこう見えてもわしのハートはガラス製なんじゃぞ」

宮司「脳みそはスポンジ製でしたっけ」

女神「はい砕けた。わしの心砕けて破片が胸へと突き刺さってるよー」

宮司「胸は鋼鉄製だから平気でしょう。鉄壁ですもんね」

女神「お前のハートを物理的にえぐり出してやろうか」

女神「わかった、妥協する。心臓ぶち抜かせろとは言わんからせめて一発殴らせろ」

宮司「嫌ですよ。なんで私が殴られなきゃいけないんですか」

女神「お主が言いたい放題言いやがったからじゃわ! このままじゃわしの気が収まらんのじゃ!」

宮司「なら好きなだけ言い返してください。手を上げるのはフェアじゃないですから」

女神「フェアぁ!? 不平等、不公平を信念に行動する奴が言うセリフじゃないじゃろ!」

宮司「あなた私をそんな風に見てたんですか。とにかく言葉には言葉で立ち向かってください」

女神「わしが悪口の言い合いでお主に勝てるわけねーじゃろーが!」

宮司「だからって暴力に訴えるのはどうかと」

女神「お主だっていわば言葉の暴力でいつもわしを責め立ててるくせに!」

宮司「しかし暴力に訴えたところで女神樣が勝てるとは思えないんですが? でもそれで気が済むならご自由にどうぞ」

女神「ははーん……言ったな? それならご自由にやらせてもらうとしようかの」

宮司「構いませんよ」

女神「ならお言葉に甘えて平手打ちでもかましてやろうかの……せいっ!」

宮司「おっと」

女神「ちょっ、なんで避けてんのじゃ」

宮司「黙って殴られるわけないでしょ。全力で避けさせてもらいます」

女神「話が違う! いくらでも殴れって言ったじゃろ!」

宮司「ご自由に、と言っただけで避ける避けないはまた別の問題です。私が避けなくても当たるかどうか怪しいですけど」

女神「がぁぁぁぁぁ! やっぱ心臓ぶち抜かせろやぁぁぁ!」

宮司「おおっと、あぶないあぶない」

女神「くそっ、当たらん……お主、はなからわしに殴られる気なんて無かったな? わしを弄ぶのが目的だったんじゃろ?」

宮司「おや、気が付きましたか。まあそういうことです」

女神「お主はわしを弄ぶくせに逆のパターンを行わせないのはフェアじゃないと思う!」

宮司「フェアかどうかなんて考えてたら他人を弄ぶことはできませ……」

女神「くそがっ!」

宮司「あぶなっ、話の途中で殴りかかってくるとは卑怯な」

女神「避けんなって!」

宮司「それはできない相談ですね」

女神「ちくしょっ、くそっ!」

宮司「よっと」

女神「くそ……くそうっ」

宮司「ふふふ、かすりもしませんね」

女神「ば……馬鹿にしおって……」

宮司「ほーら、ほーら、どうしました? もうおしまいですか?」

女神「うぐぐ……うぅ……」

宮司「握り拳震えさせながらこっちを睨んだところで私は殴れやしませんよ」

女神「うー……うぅー」

宮司「なにうーうー唸ってんですか。犬じゃあるまいしみっともないから……ん?」

女神「うぅーっ……うーっ」

宮司(あっ……まずい、やりすぎた……泣いてる)

女神「うー……うぅ……」

宮司「あー、えーっと……」

女神「う……うぅっ……うぁっ……」

宮司「す……すいません。調子に乗り過ぎました」

女神「ひっく、ひっく」

宮司「ああ、顔が涙でぐしゃぐしゃ……いま拭きます」

女神「……しゃがんだな?」

宮司「えっ?」

女神「喰らいやがれぇぇッ!」

宮司「ぐっ!? ぐぇはっ!!」

女神「やれやれ、お主が馬鹿で助かった……泣き真似につられてしゃがむのを待っていたんじゃ……」

宮司「げっ、げほっ! げほっ!」

女神「非力なわしがお主に致命傷を与えられる場所……そう、首がわしの射程に入るのを待っていた。そして来た!」

宮司「がはっ、ごほ……キャラが変わってますよ。あなたそんなに策士って感じではないと思うんですけど……」

女神「知るか! とどめ行かせてもらうぞ! 手を地についたが運のつき!」

宮司「ぎっ! いでででで! 腕がっ! また腕ひしぎ十字固めですかっ!」

女神「ふふーん! こいつだけは得意じゃからな! お主のお言葉に甘えてご自由にやらせてもらうとするかのう!」

宮司「かっ、勘弁してください! 私が悪うござんしたっ! お許しいだだだだだ!」

女神「悪かったと思っとんのかあ? 謝る気はあんのか!?
あん!?」

宮司「あがぁぁぁぁ! 私が全面的に悪かったんです! 謝ります、謝らせてください!」



巫女「ごちそうさま」

巫女「はあー……結局なにも思いつかない……女神様どうしてるかなあ」

巫女「元気だして欲しいけど……なんだか思いつめたような表情してたし……」

巫女「……はっ! まさか女神様、早まったことを考えてたりしたんじゃ……! あの憂いの表情はそのせい!?」

巫女「そんな……! 大変! 早く女神様のもとに行かなくちゃ!」

巫女「女神様ーっ! 女神様ーっ! 駄目です! 早まらないでくださーいっ!」

巫女「ああもう、どこにいらっしゃるのかしら? あ、そういえば先程まで拝殿に……ならここにいるはずね! 開けますよ!」

女神「お主にゃそうやって床に這いつくばった姿がお似合いじゃ! 額を床に擦り付けんか! おら! 擦り付けんじゃよ!」

宮司「いててて! 頭踏まないでください!」

女神「ああ!? 誰が喋っていいって言ったんじゃ? 言いつけを守れん犬にはおしおきが必要かのう!」

宮司「ひ、ひぃー! わん! わん!」

女神「ひっひっひ! 鳴け鳴け!
今のお主にゃそれしかできんのじゃからな! ほら、わかったら床を舐めて綺麗にせんか!」

巫女「うっ、うわぁぁぁぁぁ! 私の知らない女神様がいらっしゃるぅぅぅぅ!」

女神「お、たま子か。お主もやるか?」

巫女「めっ、女神様!? なんですかこれは!? どういうことです!?」

女神「何って……しつけじゃが?」

巫女「しつけ!?」

女神「うむ。ちょっとばかし聞き分けの悪い駄犬におしおきをしただけじゃ……なあ? わしの愛しいわんちゃん?」

宮司「わ、わん!」

巫女「宮司様……」

宮司「かわいそうな人を見るような目つきはやめてください! これはやりたくてやってるわけじゃなくて」

女神「ん? おかしいのう、わしの犬がこのへんにいたはずなんじゃが? 逃げたならおしおきをしておかなければなあ」

宮司「わっ! わんわん! わん!」

女神「おや、いるじゃないかえ。うい奴め……本当に愛しい奴じゃ……殺したい程にな……? ふふ……」

巫女(ひぃぃぃぃ……女神様が思いつめすぎて壊れちゃった……)

女神「ふへへ……なんだか楽しいのう……」

巫女「め、女神様……いったいどうしちゃったんですか……」

宮司「へんなスイッチ入っちゃったみたいで……一種のトランス状態といいますか」

巫女「正気でないということですか? 治るんでしょうか?」

宮司「方法はあると思いますが……」

女神「こらあ! 犬は犬らしく這いつくばらんかあ!」

宮司「ひー! わんわん!」

巫女「ああっ、宮司様ついに四つん這いに……もう見てられない!」 

女神「くっふっふ、ええじゃないか! どれ、どんな声で鳴くのか聞かせてもらおうかのう! ほれ、鳴いてみせんか!」

宮司「きゃ、きゃいん! きゃいん!」

巫女「これ以上壊れたお二人を見てはいられません! 宮司様、女神様を正気に戻す方法を教えて下さい! はやく!」

宮司「ひっぱたけばたぶん治るわん! 寝ぼけてるのと同じだわん!」

巫女「ううっ、宮司様……お可哀想に、あんなに犬らしさが染み付いちゃって……」

女神「犬が喋るでない! 主人の言うことを聞かない駄犬には鞭をくれてやるわ!」

宮司「どっから持ってきたんですか鞭なんて!」

女神「喋るなと言っとろうが!」ピシィン

宮司「きゃいーん!」

巫女「ああぁ、女神様もすっかり別人に……待っていてください、今正気に戻します!」

巫女「……女神様」

女神「ん? なんじゃたま子? 真剣な顔しちゃって」

巫女(うっ……さっきまでとはうってかわってこのあどけない表情……この愛らしい顔を殴るなんてできない……)

巫女(ううん、駄目よ! これは女神様のためでもあるの! 心を鬼にして殴らなきゃいけないのよ、私!)

女神「たま子?」

巫女(あああ!! こうやって首をかしげる御姿も素敵で……じゃなくて! こんな調子じゃいつまでも先に進まないわ!)

巫女(何も見ない! 何も聞かない! そう、無心! 無心で殴るのよ、私! それが女神様のためでもあるし私のためでもある!)

巫女「女神様……ご、ごめんなさいいぃっ!」パーン

女神「ふぎゃ!」

宮司「綺麗な平手打ちですね」

女神「……はっ。わしは今まで何を……」

宮司(あ、正気に戻った)

巫女「ごめんなさい!」パーン

女神「ぎゃっ!」

巫女「ごめんなさいっ!」パーン

女神「痛っ! えっ?! 何!? 何?!」

宮司(あれ……女神様が正気に戻ったのに気がついてない?)

巫女「ごめんなさいっ!」パーン

女神「いったぁ! 何ではたくんじゃ!? わし何か悪いことしたか!?」

巫女「ごめんなさいっ!」パーン

女神「ぎゃっ! ご、ごめん! 謝るからやめて!」

宮司(おもしろい)

巫女「ごめんなさいっ!」パーン

女神「ふぎっ、ごめんなさい!」

宮司「飯食べてこよう」

巫女「ごめんなさいっ!」パーン

女神「あぎっ、ごめんなさい!」




宮司「と、そんな感じで昨日は小一時間女神様をひっぱたき続けていたわけですか」

巫女「はい……」

宮司「なんでまたそんなことに」

巫女「女神様を殴るのがあまりにしのびなかったので無心になってひっぱたいていたんです……それで気がつくのが遅れて……」

宮司「無心といってもあまりにも無心すぎますよ。宗教が宗教なら悟り開いて解脱できるんじゃないですか?」

巫女「うう……申し訳ございません」

宮司「いや、私としてはまったく構わないので謝る必要はありませんよ」

巫女「……女神様はどうなさっていますか?」

宮司「寝てますよ。ごめんなさいごめんなさいって寝言つぶやきながら唸ってましたけど。よほどトラウマになったんでしょうね」

巫女「ああぁ……なんてことをしてしまったの……」

宮司「まあいいクスリになったと思えばいいんじゃないでしょうか。昨日は女神様もちょっとはしゃぎすぎましたから」

巫女「たしかにいつもの女神様と違って別人のように振舞われていましたが……あら?」

女神「……」

宮司「あれ、女神様じゃないですか。そんなところで隠れてないでこっち来たらどうです?」

女神「……」ササッ

宮司「なんで私の後ろに行くんですか」

巫女(ああ、あきらかに私を避けている……)

巫女「め、女神様」

女神「ひっ」ビクッ

宮司「怯えられてますね」

巫女(悲しい……)

宮司「大丈夫ですよ。たま子さんは何もしませんって。ほら、前に出てきて顔合わせてみましょうって」

女神「やっ……やだ! いやじゃ! 絶対いやじゃ!」

宮司「だからって私にしがみつかれても困るんですけど」

巫女(女神様に嫌われた……故郷のお母さん、近いうちに戻ります。私はもう神様にご奉仕するどころか合わせる顔すらありません……)

巫女「宮司様……女神様に嫌われてしまったとなれば、私はもうこの神社にお仕えすることはできません……」

宮司「気にしなくていいですよ。そんなこといったら私はとっくに宮司辞めてますから」

巫女「いや、それは宮司様ですから……私とは女神様とのつきあいが違いますので」

宮司「つきあいとかそんなものどうってことないですよ。女神様のごきげんなんて物で釣ればどうとでもなります」

女神「おい。わしが物で釣られるような安っぽい神だと申すのか」

宮司「事実を口にしたまでです。なんなら今から試してみましょうか……たま子さん、女神様を連れて社務所に行ってみてください」

巫女「えっ?」

女神「えっ! いやじゃ!」

宮司「あなたに決定権はありません、黙っていてください。またたま子さんに殴られますよ」

女神「!! …………」

巫女「ぐ、宮司様ぁ……よけいに女神様からの印象が悪くなってるじゃないですか……」

宮司「いまから挽回できますから辛抱してください。とにかく社務所に行って戸棚を開けてください」

巫女「なにか入ってたりするんですか?」

宮司「女神様を釣るのに最適なものが入ってます。適当なぶんだけあげれば女神様の警戒心も鎮まるでしょう」

巫女「?」

宮司「行けばわかりますよ。私はそのうちに今日の仕事をこなしておくとします」

巫女「うーん……とりあえず行ってみます……め、女神様、行きましょうか」

女神「やあぁぁ……」ガクガク

巫女(震えてる……)

宮司「子供ですかあんたは……あんまりぐずってるとたま子さんも手が出るって言ってますよ?」

女神「いっ、行きます! ごめんなさい! 行くから殴らないで!」

巫女「宮司様っ!! 私は手も足も出しませんよ!! だから宮司様もよけいな口を出すのはやめてください!!」

宮司「……すいません。これっきりにします」

巫女「社務所にはすぐ着いたけど……ここに何があるっていうのかしら」

女神「帰りたい……」

巫女「戸棚って仰っていたよね……これかな? 何が入ってるのかな……」

女神「…………」

巫女「……? 特にこれといったものは……食器にお茶っ葉と……この箱は? なになに、羊羹?」

巫女(……まさか、これで釣れと? 羊羹で一本釣りをしろというの? しかし女神様が羊羹ひとつで態度を変えるとは……)

女神「……」

巫女(と思ったけどものすごくこっち見てる)

女神「……羊羹」

巫女(戻したらどうなるのかしら)サッ

女神「あっ……」

巫女(残念そうなお顔をしてらっしゃる……)

女神「……」ショボ

巫女「……」サッ

女神「あ……!」

巫女「……」サッ

女神「あっ……」

巫女「……」サッ

女神「あ……!」

巫女(……おもしろい)

女神「羊羹……」

巫女「……た、食べます?」

女神「!? た、食べる!」

巫女(あ、釣れた)

巫女「好きなんですか? 羊羹」

女神「好きじゃ! 三度の飯より好きじゃ!」

巫女「へえー」

女神「いや待てよ……やっぱ飯は飯でまた喰いたいのう……ごめんいまの無しで」

巫女(食い意地がはってらっしやる……でも普段は御霊の状態のはずだし物を食べる機会なんてあんまりないはずなのに……不思議)

女神「なあなあ、はよ寄越してくれんか。わしゃ早く食べとうてしゃーないのじゃ」

巫女「あ、すいません少々お待ちを……どのくらい食べます?」

女神「どのくらい……?」

巫女「ええ、おっしゃっていただければ手頃な大きさに切りますので」

女神「うーん……一竿かのう……」

巫女「わかりました、一竿ですね! ん? 一竿? 一竿!? 一切じゃなくて!? 一本まるまる食べる気ですか!?」

女神「え? 普通そうじゃないのか?」

巫女「それはどこの国の普通ですか!? 普通は切って食べるんですよ!?」

女神「あ、そうなの? 知らなんだ……昔何度か供物として貰ったことがあったんじゃがその時は丸のままだったから……」

巫女「供物って神様が食べるんですか? 神前に捧げたあと皆で食べてしまうような気が……」

女神「わしは食わんよ? というか食えん。いつも実体があるわけじゃないしのう」

巫女「ならどうして味を知っているのですか?」

女神「食わんでも味ならわかる。なんでわかるのかって言われても知らんぞ? そういうもんなんじゃ」

巫女「ふむふむ、勉強になります」

女神「勉強とかはどうでもいい。はよ羊羹寄越せ」

巫女「ああ、ごめんなさい」



女神「ぷはー、やっぱり実際に食べてみると一味も二味も違うのう」

巫女「そうですか。よかったですねえ」

巫女(結局一竿ぜんぶ食べちゃったけどよかったのかしら)

女神「なあ、たま子」

巫女「はい?」

女神「お主ええやつじゃったんじゃな」

巫女「えっ? なんですか急に」

女神「さっきまでは得体も知れんし掴みどころもようわからん暴力的で不気味なやつだと思ったんじゃ」

巫女「なにもそこまで言わなくても……」

女神「でもわしは今ので確信した! お主はええやつじゃ!」

巫女「今の……とは? すみませんが心当たりが……」

女神「なーに言ってんじゃわかっとるくせに」

巫女「……羊羹?」

女神「それ」

巫女「羊羹あげたから?」

女神「うん」

巫女「えっ、羊羹あげたから!?」

女神「そうじゃが」

巫女(宮司様、確かに女神様は物で釣れました。でもこれはいくらなんでも心変わりが早すぎるのではないでしょうか)

巫女「女神様、いくらなんでも羊羹一つで私に対する態度ががらっと変わるのはおかしいと思います」

女神「おかしいもんか。昔っからうまいもんをご馳走してくれる奴は良い人って相場が決まっとんの。だからお主は良い奴。これは事実」

巫女「そんな単純なことで……」

女神「ええじゃないか、わかりやすくて。それともお主はわしにずっと嫌われていたいのか? ……わしはそんなのごめんじゃが」

巫女「私だって嫌ですよそんなの!」

女神「じゃろ?」

巫女「ですが女神様」

女神「ん?」

巫女「くれぐれも知らない人に『お菓子あげる』なんて言われてもついていったりしないでくださいね……」

女神「バカにしとんの?」

巫女(だって女神様ならやりかねないんですもの)

女神「あ……でも目の前で練羊羹ちらつかされたらついてってしまうかもしれんなあ」

巫女「…………」

女神「お、おいおい。そんな目で見るな……冗談じゃって、冗談」

巫女「冗談には聞こえませんよ……私、心配です……」

女神「大丈夫じゃって! どうせ何されたってわしゃ死なんしな。いざとなれば神力使って逃げてくるから」

巫女「そういう問題ではないと思うのですが……」



巫女「とまあそんな感じで女神様との仲を修復することができました」

宮司「うまくいきましたか。よかったよかった」

巫女「ええ、よかったと思います……思いますが……」

宮司「どうしました、なにか問題でも起きましたか?」

巫女「問題というか……羊羹ひとつでころっと態度が変わっちゃうだなんて……ちょっと驚きです」

宮司「そういうもんなんですよ、神様って」

巫女「本当ですかあ?」

宮司「本当も何もその目で見てきたでしょう。感情の浮き沈みの幅が大きいんです。ようは気分屋なんですよ、あの方」

巫女「気分屋……」

宮司「ほんとやることなすこと全部その時の気分でころころ変わりますからね。ご機嫌取りは重要です」

巫女「そのための羊羹なんですか」

宮司「ええ。しかも捧げるだけなので実際には減りませんし悪くなるまで使い回せますから便利です。練羊羹なら一年は持ちますからね」

巫女(供物を使い回しちゃっていいのかしら……女神様なら許してくださるかなあ?)

宮司「ですが実際に食われるとなると買い足さなきゃいけませんね……出費がかさむなあ……はてさて、どうしたものか」

巫女「一種の供物ですし必要経費として割りきりましょう」

宮司「いや、あれは供物なんて高尚なものじゃあありません。エサですよ、エサ」

巫女「えさ?」

宮司「女神様をこの神社に繋ぎ止めておくためのエサです。野良猫に餌付けしてるのと同じ感覚ですね」

巫女「宮司様の中では女神様は野良猫と同じなんですか!?」

宮司「場合によってはそれ以下かも……」

巫女(宮司様の中の女神様っていったいなんなんだろう……)



巫女「とまあそんな感じで女神様との仲を修復することができました」

宮司「うまくいきましたか。よかったよかった」

巫女「ええ、よかったと思います……思いますが……」

宮司「どうしました、なにか問題でも起きましたか?」

巫女「問題というか……羊羹ひとつでころっと態度が変わっちゃうだなんて……ちょっと驚きです」

宮司「そういうもんなんですよ、神様って」

巫女「本当ですかあ?」

宮司「本当も何もその目で見てきたでしょう。感情の浮き沈みの幅が大きいんです。ようは気分屋なんですよ、あの方」

巫女「気分屋……」

宮司「ほんとやることなすこと全部その時の気分でころころ変わりますからね。ご機嫌取りは重要です」

巫女「そのための羊羹なんですか」

宮司「ええ。しかも捧げるだけなので実際には減りませんし悪くなるまで使い回せますから便利です。練羊羹なら一年は持ちますからね」

巫女(供物を使い回しちゃっていいのかしら……女神様なら許してくださるかなあ?)

宮司「ですが実際に食われるとなると買い足さなきゃいけませんね……出費がかさむなあ……はてさて、どうしたものか」

巫女「一種の供物ですし必要経費として割りきりましょう」

宮司「いや、あれは供物なんて高尚なものじゃあありません。エサですよ、エサ」

巫女「えさ?」

宮司「女神様をこの神社に繋ぎ止めておくためのエサです。野良猫に餌付けしてるのと同じ感覚ですね」

巫女「宮司様の中では女神様は野良猫と同じなんですか!?」

宮司「場合によってはそれ以下かも……」

巫女(宮司様の中の女神様っていったいなんなんだろう……)

連投……この間わずか0.06秒
0.06秒というとロンドン五輪で200メートル平泳ぎ男子での立石(3着)と北島(4着)のタイム差と同じである
わりとどうでもいい

巫女「宮司様って女神様のことをどのように思っているのですか?」

宮司「……前にもしませんでしたか、その質問」

巫女「そうですけどあの時はよくわからないって」

宮司「実際よくわからないんですから仕方ないでしょう」

巫女「私もよくわかりません」

宮司「なにがですか?」

巫女「宮司様が女神様をなんだと思っているのかがです」

宮司「そりゃわからないでしょうよ。あなたは私じゃないんですから」

巫女「そういう次元の話ではありません。時には愛でているかと思ったら、その次の瞬間には貶していたり……正直言ってめちゃくちゃです」

宮司「あー……そういう……」

巫女「はたから見てるとどうも歪んでいるというか素直じゃないというか……」

宮司「歪んでいますか」

巫女「そうですよ、言ってることがぶれているんですもの。女神様が好きなんだか嫌いなんだか見てるだけじゃよくわかりません」

宮司「……自分でも歪んでいると思います。いえ、歪ませていると言うほうが正しいんですかね、私の場合は」

巫女「どういうことですか?」

宮司「うーん……あなたもそのうちわかるようになるかもしれません……」

巫女「そのうち? そう言わずに今教えていただくことはできませんか?」

宮司「できないってことはありませんが……気が進まないんですよね……知らぬが仏なんですよ。あの方は仏じゃなくて神様ですが……」

巫女「?」

宮司「それに、氏子さんがお一人いらっしゃっているようなので話している余裕は無さそうですし」

巫女「えっ? あっ、ほんと! こうしてる暇はありませんね、授与所に行ってまいります!」

宮司「あっ、行ってまいりますって……行っちゃった。私も行くんだけどなあ……」

宮司「私はそこまで急がなくてもいいからゆっくりいくとしますかね」

宮司(そういや女神様どこにいるんだろう。また昼寝でもしてるのか?)

宮司「……ん、あれは」

少女「…………」

宮司「ありゃ、随分と小さな氏子さんがいらっしゃったものですねえ」

宮司(見たところ10歳くらいかな? ……女神様と大差ないな。改めてうちの祭神様の幼さを認識させられる……)

少女「?」

宮司(あ、こっち気がついた)

少女「おじさん、誰?」

宮司「おっ……おじさん? 誰のことを言ってるのかな?」

少女「おじさんはおじさんよ? 他に誰もいないでしょ?」

宮司(ああ……子供に面と向かって『おじさん』と言われるのがこんなにもつらいだなんて知らなかった……)

少女「おじさん大丈夫? なんだかつらそうだよ?」

宮司「う……大丈夫、大丈夫だよ」

少女「どこか痛いの?」

宮司「痛いわけじゃないけど……しいて言うなら心かな……ははは……」

少女「? 変なおじさん」

宮司(あー、こういう無邪気な子は苦手だなあ……)

宮司「……おじさんじゃなくて神主さんと呼んでほしいな」

少女「カンヌシさん? 変わった名前ね」

宮司「いや、名前じゃなくて……なんて言えばいいんだろう。役職……係? そう、係の呼び名だよ」

少女「飼育係とか?」

宮司(女神様飼育係……)

少女「おじさん?」

宮司「ん。ああ、そうそう、そんな感じだよ」

少女「へえー、偉いの?」

宮司「まあ一応は……この神社で二番目に偉いかなあ」

少女「一番は?」

宮司「神様だね」

少女「なあんだ。じゃあ一番偉いんじゃない」

宮司「え? 一番は神様だって……」

少女「神様なんていないもの」

宮司(あー……この子は女神様に会わせられないな……)

宮司「神様なんていないと思ってるのかい?」

少女「うん」

宮司「どうして?」

少女「おしえない」

宮司「へ?」

少女「しらない人と話しちゃいけないってお母さんに言われたもの」

宮司(どうしろと……)

少女「だから言わない」

宮司「うーん……じゃあ知ってる人同士になれば教えてくれるかな?」

少女「どういうこと?」

宮司「お互いに自己紹介しようっていうことだよ」

少女「それ知ってる! 名前とか好きなものとかをおしえるんだよね!」

宮司「うんうん、そうだよ」

少女「おじさんから教えて!」

宮司「もうおじさんでいいか……おじさんの名前はひかるっていいます」

少女「えっ? ほんと?」

宮司「嘘じゃないよ、どうして?」

少女「わたしもヒカルだよ!」

宮司「えっ。嘘でしょ?」

少女「ウソじゃないよ! ひどい!」

宮司(なんてこった)

少女「おなじ名前なんだ! すごいねえ!」

宮司「う、うーん……すごいね」

少女「なんでそんなに顔をしかめてるの?」

宮司「え、そんな顔してたかい?」

少女「うん」

宮司(昔から男だか女だかわからんって言われ続けてきた記憶が脳裏に蘇っちゃって……この名前が嫌いなわけじゃないけど……)

少女「あ、もしかして……」

宮司「?」

少女「おじさんじゃなくておばさんだった? だからちょっとフキゲンなの?」

宮司「違うよ!?」

少女「なあんだ、まちがっちゃったかと思ってどきどきしたのに」

宮司(こんな子供にまで女扱いされるとは……男に見えないのかなあ? そういえば女神様も中性的な顔とか言ってたような)

少女「じゃあなんで苦虫をかみつぶしたような顔をしてたの?」

宮司「ん、ああ。大した理由じゃないよ……それにしても苦虫を噛み潰した顔だなんてなかなか難しい言葉知ってるね」

少女「そう?」

宮司「そうだよ。ひかるちゃんは頭が良いんだね」

少女「え、そう? そう思う? えへへ」

宮司(褒めると喜ぶあたり女神様に似てるな。いや、女神様が子供っぽいだけか……? それにしても何しに来たんだろうこの子)

宮司「ところで、ひかるちゃんはどうしてここに来たのかな」

少女「どうしてって?」

宮司「ほら、神社っていうと神様にお願いをしに来るのが普通じゃない」

少女「うん」

宮司「でも神様はいないって思ってるってさっき言ってたでしょ?」

少女「いないと思ってるんじゃないよ、いないの。実際にいないの」

宮司「いないってことはないと思うけどなあ」

少女「神様を信じてない人が神社にくるのはいけないことなの?」

宮司「そんなことはないけど……それにうちの神様なら許してくれると思うよ」

少女「よかった。追い出されちゃうかと思った」

宮司「そんな乱暴なことしないよ。居たければいつまでも居たって構わないし」

少女「ほんと? おじさんいい人だね」

宮司「でもこんなところにいても楽しくないよ? 何も無いし人はこないし」

少女「それでいいの。ううん、それがいいの」

宮司「……?」

少女「でも今日はもう帰らなきゃ。夕方から用事があるの」

宮司「あら、そうなんだ」

少女「ここはとっても気に入ったわ。だからまたくるね、バイバイおじさん」

宮司「またいつでもおいで」

宮司(うーん……結局なんで来たのか分からなかったな……)




宮司「と、まあそんな子が来ていたわけです」

巫女「帰っちゃったんですか……どおりでここで待ってても誰も来ないと思いました」

宮司「授与所まで来たところで何も欲しくなさそうでしたけどね。神様なんていないとかいってましたから」

女神「なんか今聞き捨てならん言葉が聞こえたような気がするんじゃが」

巫女「あら女神様。社務所にいたはずじゃ?」

女神「誰もおらんし寂しいからこっち来た。ひとりでぼーっとしててもつまらんのでな」

宮司(寂しい……寂しいのか、やっぱり……)

女神「おい宮司、なにをそんな深刻そうな顔をしとるんじゃ」

宮司「え、そんな顔してましたか?」

女神「うん」

宮司(……あれ、このやりとりさっきやったような……あ)

宮司「……ぷっ」

女神「なっ!? なんじゃお主! 人の顔、いや神の顔見ていきなり笑うとか失礼にも程があるじゃろ!」

宮司「ふふ、いや違うんですよ。今のやりとりがたったさっき氏子さんと交わした会話とあまりにそっくりだったもので」

女神「あ? 誰か来とったの? 鈴の音は聞こえんかったが……」

巫女「八つか九つくらいの子が来ていたらしいのですが、鳥居をくぐってすぐ帰っちゃったそうです」

女神「なにそれ。何しに来たんじゃそいつ……あー、わかった。そいつが神なんぞおらんって言ったんじゃな?」

宮司「お察しの通りです」

女神「神なぞおらんとか言う奴って大抵なにかひどい目にあってたりするんじゃよな。その子、なんか嫌なことでもあったんじゃろうか」

宮司「知りませんよ、そこまでは訊いてないんですから。名前くらいしか知りません」

女神「名前だけでもええから教えて」

宮司「……ひかる」

女神「たわけ。誰かお主の名前を教えろと言った? さっき来てた童の名前を教えろと言っとるんじゃ」

宮司「だからひかるですよ……」

女神「お主わしの話きいてた?」

宮司「だから! ひかるちゃんです! さっき来ていた女の子はひかるという名前なんです!」

女神「あ、ほんと? へー、面白いこともあるもんじゃのう……ま、お主の名前が女みたいだからってのが大きいんじゃろうが」

宮司「言わないでくださいよ、気にしてるんですから……」

巫女「ひかるちゃんかあ、少しお話ししてみたかったなあ。なにを話したんですか?」

宮司「特にこれといったことは話してませんよ。すぐ帰っちゃいましたし」

女神「お主らどっちもひかるだっんじゃろ? 名前どうやって呼び合ってたんじゃ?」

巫女「あ、それ私も気になります」

宮司「ふつうにひかるちゃんと呼んでましたよ」

女神「お主はなんて呼ばれとったの?」

宮司「それは……まあ……おじさん、と」

巫女「ぷっ」

女神「ぶふっ」

宮司「笑わないでくださいよ! たま子さんまでなに笑ってんですか!」

女神「いやっ、これ笑うなってほうが無理っ……ぶっはははははっ!!」

巫女「ふふふ……! ごめんなさい、決して馬鹿にしているわけでは……ふふっ、あははは!」

女神「おじさん! ぶはっ! おじさんだってよ、おじさん! ふっはははは! おっかしー!」

宮司「笑うなって言ってるでしょうが! まだおじさんなんて呼ばれる歳じゃありません!」

女神「そりゃお主がそう思っとるだけ! 子供から見りゃもう立派におじさんじゃよ! ふひーっひっひっひっ! あー、面白い!」

宮司「なにも面白くないですよ! 失礼な方ですね!」

巫女「くくっ……ふふふ……!」

宮司「たま子さん!! あなたもですよ! なんで一緒になって笑ってんですか!」

巫女「ちが……ふふっ、違うんですよ……! おじさんと呼ばれたことにショックを受けている宮司様がなんだか新鮮で……! あははっ!」

宮司「な……何も違わないじゃないですか! 結局は私をあざ笑ってるんですね、あなたも!」

女神「はは、そうカリカリしなさんなって『おじさん』!」

宮司「女神様っ! 怒りますよ!」

巫女「あはは、女神様! はは、それはちょっと! ちょっとヒドイですね! ふっ、ふふふっ!」

宮司「たま子さん!!」

巫女「うふふ、ごめんなさい! いや、ほんとにすいません! ふふっ……くっくっくっ……」

女神「ぶはーっ、はっはっはっ! はっはっ……はっ……わはははは! ひー、ひーっ! 笑い死ぬ! し、ぬっはっはっ……!」

宮司「はあ、だめだこりゃ……いつまで笑ってるつもりですか……」

宮司(私の『プライド』ってやつが音を立てて崩れそうだ……)

宮司「ほんと勘弁してくださいよ……まだおじさんなんて呼ばれる歳じゃないと自分では思ってたんですから」

女神「ひーっひっひっひっ……あー、面白い。まあたしかにお主はまだケツの青い若造じゃが相手はお主の半分も生きとらん童じゃからな」

宮司「半分も生きてない子供か……確かにそうですが、だからっておじさん扱いは納得行かないというか……」

女神「じゃあなんて呼ばれりゃ満足だったん?」

宮司「え? いや、おじさんじゃなければなんでも……」

巫女「うーん……『お兄ちゃん』とかですか?」

女神「それだ!! お兄ちゃんって呼ばれたかったんじゃろ!!」

宮司「なっ、ちがっ! 違いますよ!」

女神「ムキになるのが逆にそれを裏付けとるわな。ふっふーん……なるほどねえ……残念じゃったのう?」

宮司「だから! 別にそう呼ばれたかったわけでもないしこれから呼ばれたいと思うこともありません!」

女神「ふうん? なるほどねえ……にひひ」

宮司「なんです、その不気味な笑みは……」

女神「……おにーいちゃん!」

宮司「ちょっ……! その呼び方はやめなさいと言ったでしょうが!」

女神「なんでー? お兄ちゃん嬉しそうだよー?」

宮司「な、なんなんですかその口調は……! 嬉しいとか嬉しくないとか関係ありませんから!」

女神「ということは嬉しいんじゃな? そうなんじゃろ? まったくどうしようもないお兄ちゃんじゃなあ」

宮司「なんでそうなるんですか!! たま子さん! 何とか言ってやってくださいよ!!」

女神「そうじゃ! たま子も呼んでやればええんじゃ! 言ったれ言ったれ!」

巫女「え!? えっ、えっ、えーと……お、お兄ちゃん!!」

宮司「なんでそうなるんですか!? くそ、敵だらけかここは! 離脱します!」

女神「あっ、何で逃げるのお兄ちゃん! 待って! 待てってば! くそっ! 逃がさんぞ、兄上!」

宮司(ちょっとドキッとしたなんて口が裂けても言えない……)

巫女「うふふ、お二人とも楽しそうですねえ」





少女「こんにちは」

宮司「はい? ……おや、ひかるちゃんですか」

少女「覚えててくれたんだ」

宮司「自分と同じ名前の子なんて、忘れようにも忘れられないよ」

少女「そうだよね、私もそうだもん」

宮司「だよねえ……」

少女「ねー……」

宮司「…………」

少女「…………」

宮司(……会話が広がらない……)

少女「…………」

宮司(何か話しかけるべきだろうか)

少女「ふわぁ……」

宮司(とは言え何を話せばいいのか……共通の話題なんて無さそうだし)

少女「…………」チラ

宮司(あ、こっち見た……だいたい子供の相手なんて私には向いてないんですよ。こういうのはうちの女性陣とかのほうが――)

少女「ねえ」

宮司「はい!?」

少女「……どうしたの? 変な声出しちゃって」

宮司「いや……押し黙ってたのに急に話しかけられたからびっくりしちゃって」

少女「おどろくようなことかなあ? うふふ、変なおじさん」

宮司「ああ、やっぱりおじさんなんだ……」

少女「おじさんって呼んじゃだめなの?」

宮司「う、ううーん……駄目ってわけじゃないけどまだそんな歳じゃないっていうか……」

少女「じゃあなんて呼んだらいいの?」

宮司「そうだなあ、できれば……お兄さんと呼んでほしいかなー……なんて」

少女「お兄……? どうして? おじさんはお兄ちゃんじゃないよ?」

宮司(ぐわ……ここまではっきりと『お前は若くない』と言われるとキツい……)

少女「おじさんはおじさん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもの」

宮司「わ、わかった。わかりました……もう大丈夫です。そうだね、おじさんはおじさんだね……ハハハ……」

少女「そうよ、おじさんはおじさんよ」

宮司「話題、話題を変えようか……このままではしばらく立ち直れなくなりそうです」

少女「?」

宮司「ひかるちゃんが前来たのはおとといだっけ?」

少女「えーとね……三日前だと思う」

宮司「ああ、三日前か。あの時は特に意味なく来たみたいだったけど、今日はなんでまたここに来たんだい?」

少女「やっぱり来ちゃだめだった?」

宮司「いやいや、そうじゃないよ。ただ単純に気になっただけで深い意味はないんだ」

少女「へー、私とおなじだね。私もとくに意味があって来たわけじゃないもの」

宮司「やっぱり特に理由はないんだね」

少女「でも理由があるとしたら……気に入ったからなのかなあ? よくわかんないけど、ここのふんいきは好き。なんとなく好き」

宮司「なんとなく……なんとなくかあ、そういう感覚わかるよ。なんか、こう……説明はできないけどね」

少女「ほんと? おじさんとは気が合いそう。ねえ、今日はずっとここにいてもいい?」

宮司「いいよ。前にも言ったけど暗くなる前には帰りなさいね」

少女「うん、ありがと」

暗くなる前に帰れなんて前に言ったっけと思ったらやっぱ言ってなかった
「いいけど暗くなる前には帰りなさいね」てな感じで脳内補正よろしく
ついでに伝えておくけど誤字脱字は修正してるとキリがないので各自脳内で補正、補完しといて





宮司「やれやれ、今日も一日平穏無事に過ぎていきましたね。ありがたいことです」

女神「ふっへっへっへ……ここにおったのか宮司さんよぉ。のんきにお茶なんか飲んじゃって」

宮司「おや、女神さ……なんですかその気持ち悪い笑みは……なにを企んでいるんです」

女神「ふひひ……わしは聞いたぞ?」

宮司「聞いた? 何を? 幻聴か何かですか?」

女神「へっへっへ……『できればお兄さんと呼んでほしいかなー……なんて』」

宮司「ぶほっ!!」

女神「うわぁ! お茶吹くな、ばかもん! かかるところじゃったぞ……きったないのう!」

宮司「きっ、きっ……聞いてたんですか!? どこで!!」

女神「にしし、ちょっと境内をふらついてたらたまたまな。あやつがひかるちゃんじゃな?」

宮司(最悪だ! 一番聞かれたくない相手に聞かれていたなんて!)

宮司「ち、違うんです。違うんですよ、あれはですね……」

女神「わーい! 宮司の弱み握っちゃったー! こりゃたま子に報告じゃなあ!」

宮司「やっ! やめてくださいって、ほんとに! あなたが話すとあることないことごっちゃになるんですから!」

女神「へーきへーき、無い事しか話さないつもりじゃから。『宮司は少女にお兄ちゃんと無理矢理呼ばせる下衆ロリコン野郎』とでも伝えておくわ」

宮司「なにも平気じゃない! というか無い事しか話さないなら弱み握る意味ないじゃないですか!」

女神「それならありのままにさっき起こったことを話してきてもええんじゃな? よし! ちょっとたま子のところ行ってくる!」

宮司「あっ、ちょっ……ストップ!」

女神「うっ、裾を掴むな! 一張羅なんじゃぞ、これ! 伸びたらどうする!」

宮司「なら歩こうとするのをやめればいいでしょう! くっ、よしっ! 捕まえたっ!」

女神「うぎゃ! いたいけな少女を羽交い締めにするだなんて! 必死すぎじゃろ、お主にゃプライドってもんがないのか!?」

宮司「ここであなたを逃したら私のプライドは完膚なきまでに叩き潰されるじゃないですか! これが一番被害の少なく済む方法なんですよ!」

女神「くっそー! 離せ! 離せったらっ! はーなーせーっ!」

宮司「行かせません! 行かせませんよ!」

巫女「おや、お二方お揃いで……何をしているのですか? まさか喧嘩ですか!? それはおやめください!」

女神「おお! たま子いいところに!」

宮司「うわあああ! あなたがこっちに来ちゃうんですか!?」

巫女「えっ? えっ?」

女神「聞いとくれよ! こやつさっきひかるちゃんが来たときにさあ」

宮司「うわー! わー! わー! ストップ!」

女神「できればお兄――うぐっ」

宮司(あ……あぶなかった)

巫女「ぐ、宮司様? 女神様の口を塞いでしまったようですがよろしいのですか? なにか話したそうにしていたような……」

宮司「いいんです! どうせくだらないことですから!」

巫女「は、はあ……そうですか……あ、私はやることがあるので失礼しますね……」

女神「うぐぐ」

宮司「……はー、助かった……」

女神「うぐぐ、うぐ」

宮司「ああ、口塞ぎっぱなしだった……どうもすいません」

女神「ぶはぁ。羽交い締めにしたり口塞いだりと好き放題しおって……ちょっと荒っぽすぎるんじゃないのかお主」

宮司「そうでもしないと喋っていたでしょうが……今日のことをたま子さんに話すのは許しません。わかりましたね?」

女神「ちぇっ。はいはい……つまらんのう」

女神(……まあ、あとでこっそり教えちまうつもりなんじゃが。『おじさんはお兄ちゃんじゃないよ?』は傑作じゃったな……ふふふ)





女神「ん……はわぁ……よく寝た」

女神「なんじゃ、外が真っ暗じゃな。早起きしすぎたかな?」

宮司「ぐぅ……」

女神「こいつも寝とるし。やっぱり早すぎたかのう? いま何時? そーねだいたいね……うへえ、三時とな……」

女神「もう一眠りしたいところじゃがなんか目が冴えちまったなあ」

女神「……散歩でもしてこようかのう。天気はどうなんじゃろう」

宮司「ぐー」

女神「おい、こういうときに限って雨が降ってるとはどういうことじゃ。恨むぞアマテラスのばっちゃ……」

女神「やることがないのう。寒いし腹も減ってきたし……待てよ」

女神「……飯。そう、飯じゃ。飯を作ればええんじゃないのか? 時間は潰せるし腹は満たせるし一石二鳥じゃ!」

女神「そうと決まればさっそく台所へゴーじゃ。ふふふ、お主はそこで寝て待ってろ! 女神お手製朝ごはんで出迎えてやる」

宮司「すー……」

女神「で、じゃ……台所に来たのはいいが何がどこにあるのかさっぱりわからん」

女神「これ……炊飯器じゃっけ? 米入ってんの? うん、入ってない」

女神「米なんてかまどで炊いたことしかないが……まあ使い方はわかるし平気じゃろ。人の記憶読めるってのがここで役に立つとは」

女神「どうせなら宮司の記憶も読めりゃよかったんじゃがなあ……肝心の生米がどこにあるのかわかりゃせん」

女神「たぶんここじゃろ……違った。調味料しか入ってないのう……お! 味噌がある、味噌が」

女神「決めた、味噌汁作ろう味噌汁。となるとダシとか欲しくなるんじゃが煮干しとか無いの? ……鰹節があった。これでいいか」

女神「ここは包丁が入っとるな……待てよ、鍋は? 鍋無かったらなにも出来ないじゃろ。まずはそれから探すべきじゃった、アホかわしは」

女神「ない、無いぞ。どこにしまってるんじゃろ……まさか上の戸棚に入っとんのか? えー、届かないんじゃけど」

女神「くっ……背伸びしたところで届くわけもなし。どうするか……神通力で開けちまっても構わんかなあ?」

女神「えい、開いたわ。いやー、神って便利でええのう! ついでに鍋も『ひょい』ってな感じで取っちまおう」

女神「んっ……なんじゃ、取れんな。他の鍋に引っかかっとるのか? 詰め込むようにしまうからこうなるんじゃ、あのバカ……」

女神「あっ、いかん! 落ちっ……神通力……いや、素手で取れる? いける! わしならいける! そおいっ! ほら取れた! やった!」 

女神「いやあ、今のは神がかってた……まあ神じゃしな。なんか楽しくなってきた、この調子でガンガン料理してっちゃおうかのう!」



宮司「ふわ……んん、よく寝た」

宮司「女神様、起きてくださ……あれ? いないな。もう起きてるのかな」

宮司「……? なんの臭いだろう? 台所から漂ってくるような……女神様が変なことやってるのか」

宮司「女神様ー? 起きてるんですか? そこにいるんですか?」

女神「おっ、やっと起きてきおったか。おはよう、もう出来るからちょい待ち」

宮司「おはようございます……なにやってるんですか」

女神「何って見てわからんのか? 朝飯を作っとるんじゃ」

宮司「それはわかります」

女神「なら訊くな」

宮司「そうじゃなくて、なんでこんなことしてるんですかという意味で訊いたんです」

女神「暇だから」

宮司「暇だとご飯を作るんですか」

女神「暇だったからからってのはたんなる動機で、主な理由はわしにも料理くらいできるってところをみせてやろうってことなんじゃが」

宮司「女神様って料理作れたんですか?」

女神「ふふーん、多少はな? 久しぶりなもんじゃから腕が鳴るわい」

宮司「……なんだろう、凄く不安だ」



女神「できたぞ。さあ喰らうが良い」

宮司「喰らうが良いって……あれっ」

女神「あれとはなんじゃ、あれとは」

宮司「いや……」

宮司(見た目は悪くない……それどころかむしろおいしそうに見える……匂いもだ)

女神「さては予想外に旨そうな仕上がりを見て面食らったんじゃな? ひひひ、どうじゃ? わしもやるもんじゃろ?」

宮司「……見た目だけ取り繕うんならままごと遊びと変わりませんよ。肝心なのは味ですから」

女神「そんなこと言うんじゃったら喰って確かめればええじゃろ。はよ喰え」

宮司「急かさないでくださいよ、気が進まないんですから……まあ食べますが。いただきます」

女神「あ、待って待って。米をよそってやるのを忘れとった」

宮司「食べさせたいのか食べさせたくないのかわかりませんね」

女神「やかましい。ほれ米じゃ、黙って喰え」

宮司「ありがとうございます…………」

女神「何で茶碗をまじまじと覗き込むの? なんか見えるの? 米粒の具合で人の行く先を占ったりできちゃうの?」

宮司「いや、お粥になってたりはしないんだなーと思って」

女神「そんな初歩中の初歩の間違いをこのわしがするわけないじゃろ」

宮司(しそうだと思ったんだけどなあ……まあ米は炊飯器に任せれば炊けるか。問題なのはここからで……)

宮司「これは味噌汁ですか?」

女神「お主にはそれがクラムチャウダーにでも見えんのか? たしかにアサリは入っとるがいくらなんでもそりゃないじゃろ」

宮司「アサリ使ったんですか。酒蒸しにしようと思って昨日買ってきたんだけどなあ……」

女神「そうだったん? ま、でも新鮮なうちに頂いちゃったほうがええと思うしそれでよしってことで」

宮司「よしってことで、じゃないでしょまったく……これで味がひどかったら怒りますよ」

女神「大丈夫じゃ、自信はある。どう? どうなん?」

宮司「これは……」

宮司(おかしい……旨い……? 馬鹿な、そんなはずは……いや! 旨い! こんなことがあり得るのか……!!)

女神「おい、どうなんじゃ? 黙ってたら分からん。それともあまりの旨さに驚いて閉口しとるのか」

宮司「……ま、まあ悪くないですね」

女神「じゃろ? じゃ、次の品行ってみようか」

宮司「これは冷奴ですかね。ご丁寧に鰹節まで……」

女神「あ、それはあれじゃ。最初は鰹節でだしをとって豆腐を入れる味噌汁を作ろうとしてたんじゃけどアサリを見つけちゃったから不要になってな」

宮司「それで弾かれた豆腐と鰹節を冷奴として出したと」

女神「そーいうこと。醤油なり何なりかけて喰って」

宮司(行き当たりばったりな調理法だな……)

女神「そいつは見てのとおりアジの開き。なんか結構古そうだったしさっさと喰っちまったほうがいいと思って焼いたんじゃ」

宮司「たしかにいつ冷凍室に入れたか覚えてませんね……」

女神「駄目じゃろそういう食べ物を粗末にするのは……ま、冷奴とアジは『出しただけ』と『焼いただけ』だからまずくは無いじゃろ」

宮司「……うん、確かに美味しいです」

女神「褒めるんならわしが作ったもんを褒めてくれんかなあ」

女神「ほら、その玉子焼きとか綺麗なもんじゃろ?」

宮司「確かに見てくれはいいですが肝心なのは味ですって……あぐ」

女神「どうじゃ?」

宮司(……何故だ、旨い)

女神「そ、そんなに険しい表情しなくても……あっ、お主もしかして砂糖入った玉子焼きは駄目じゃったか?」

宮司「え? あ、いや違います。むしろそっちのほうが好きです」

女神「なんだ、よかった。で? 味は? 当然旨かったじゃろ?」

宮司「……及第点ってところですかね」

女神「ちぇっ、素直じゃないのう」

宮司(何が起きているんだ……いつもの女神様なら失敗するのが定石のはず……)

宮司「……これは?」

女神「それ? もやしとピーマンの炒め物。野菜が無いと思ったから急遽作ったんじゃ! めんつゆで適当に炒めてみたんじゃがどうかな」

宮司(恐らくこれも……)

女神「おっ、一気にいくのう。嬉しいねえ、どうじゃどうじゃ?」

宮司「やっぱりだ……旨い」

女神「なに!! ほ、本当か!? 旨いか!! いやあ、作ったかいがあったのう!!」

宮司「あっ、しまった! つい本音が」

女神「そういう本音なら大歓迎じゃ! ふひひ、ふひひひひ! 嬉しいなあ! さあ、お主にも褒めてもらえたしわしも朝飯頂こうかな!」

宮司(なんてこった、女神様は料理が出来たのか……もう今後一切この人に料理任せちゃえばいいような気がしてきた)

女神「いただきます」

宮司「…………」

女神「うん、旨い! 我ながらあっぱれじゃな! いやあ、ご飯が進む……なんでこっち見とんの?」

宮司「……女神様って料理できたんですね。ちょっと、というかだいぶびっくりです」

女神「お主の中のわしは相当なアホになっとるようじゃな」

宮司「塩と砂糖を間違えるくらいは余裕でやらかすと思ってたんですが」

女神「そんな間違いせんわ! それにここにあったの三温糖じゃろうが。あれと塩を間違える天然記念物級のバカなんているわけないじゃろ」

宮司「まあ確かに……」

女神「ちょっとは見直したか?」

宮司「え?」

女神「だから、見直したかって言っとんの」

宮司「見直したかどうかで言えば……見る目は変わりそうです」

女神「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。もっと褒めろ」

宮司「まさか料理ができるとは……おや? 女神様、あなたの飲んでるそれは一体?」

女神「ん、これ? ミルクセーキ」

宮司「ミルクセーキ……? なんでまたそんなものを? 和食に合うとは思えないんですが……しかも卵焼きで既に卵を使ってるってのに」

女神「……ほっとけ!!」





巫女「はあー」

宮司「どうしたんですかため息なんかついて……ここ二、三日くらいずっとそんな調子じゃないですか」

巫女「宮司様が羨ましくて羨ましくて……もうしょうがないんですよ」

宮司「羨ましいと言いますと」

巫女「おととい言ってましたよね……女神様に朝ご飯を作っていただいたって。あれから毎日女神様の手料理を食べているんでしょう?」

宮司「ああ、そのことですか……」

巫女「なんですかその残念そうな表情は! 嫌なら私が全部食べますから代わってください!」

宮司「そうではなくてですね……あの人、あれ以来何も作ってませんよ」

巫女「え? そうなんですか?」

宮司「そうですとも。よく考えてみてください、あの女神様ですよ? 面倒くさがりで気まぐれな女神様ですよ? そんな方が毎日台所に立つと思います?」

巫女「そう言われると……」

宮司「でしょう? 気まぐれに付き合わされるのも疲れますって、ほんと」

巫女「そんなことないでしょう?」

宮司「そんなことあります。それにあの方、食事中だっていうのにやたらと話しかけてくるんですよ」

巫女「食事中の会話ですか……確かにあんまり褒められた行為ではありませんが……」

宮司「仮にも神道の長なんですよ? それなのにねえ……神様としての自覚がないですよ、やっぱり」

巫女「でも、女神様を無視するほうが無作法かもしれないので私にはなんとも言えません……」

宮司「そうでしょうか?」

巫女「そうですよ」

少女「こんにちはーっ」

巫女「ん? あら、可愛いお客さんだこと。こんにちは」

宮司「お……こんにちは」

少女「あれ? おじさん、今日は巫女さんと一緒?」

宮司(やっぱりおじさんなんだよなあ)

巫女「おじ……ぷふっ。もしかしてあなた、ひかるちゃん?」

少女「え? 知ってるの?」

巫女「おじさんがあなたのことを話していたの。まだ自分は若いのにおじさんと呼んでくる同じ名前の子がいるって」

宮司「なんであなたまでおじさんって言ってるんですか!」

少女「ふうん……でもおじさん以外の呼び方が思いつかないんだもの」

宮司(何故……何故お兄さんという呼び名が出てこないんだ……この子は……)

巫女「くくっ、しかしおじさんって……本当にそう呼ばれてたんですね」

宮司「あー……もうなんとでも呼んでください。ほーら、ひかるおじさんですよー」

少女「おじさん、やけになってる?」

宮司「そんなことありませーん。おじさんはやけになってなんかいませーん」

巫女「やけになってますね」

少女「やけだね、どう見ても」

宮司「あーもう! もともと私には向いてないんですよ子供との会話なんて! たま子さん、もう全部あなたに任せます!」

巫女「任せるって……あっ、宮司様! 一体どこへ行かれるのですか!?」

宮司「えーと、えーと。ちょっと今日中に片付けなければいけない書類が……そういうわけで! あとはよろしく!」

巫女「ちょっと宮司様ー!」

少女「にげるように去っていったね」

巫女「ええ……」

少女「わたし嫌われてるのかなあ」

巫女「うーん……そうじゃなくて、ただ単におじさんおじさんと弄られるのが苦手なんじゃないかしら」

少女「へえ……ところでお姉さんはだれ?」

巫女(あ、私はお姉さんなんだ……)

巫女「私はおじさ……宮司様と同じくここで神様にお仕えしているの。巫女ってことよ」

少女「それはわかるよ、巫女さんの格好してるもん。その格好で巫女じゃないってほうがおかしいよ」

巫女「……そういえばそうね」

少女「ふふふ。お姉さん意外とぬけてるね」

巫女「なっ……会ったばかりの子供にそんなことを言われるなんて……」

少女「ここの神社には楽しい人達ばかりいるんだねえ。変わってるね、うん」

巫女(うう……出会って数分で私の本質を見抜かれた気がする……)

巫女「でも言うほど変わってるかしら、私……いや、私達ね。宮司様も含めて」

少女「変わってると思うよ? 私を見ても何も言わないし」

巫女「え? ひかるちゃんを見て? ……どこかおかしな所でもあるのかしら。全くわからないけど」

少女「そうじゃないよ。まあ普通じゃない所はあるけどそれは関係なくて……だって今日は月曜日だよ?」

巫女「そう……だったっけ?」

少女「そ、そこから説明しなきゃだめなの?」

巫女「うーん、あんまり曜日って意識して行動しないから……」

少女「やっぱり変わってるよお姉さん……と、そうじゃなくて。月曜の真昼間から子供が神社をうろうろしてるんだよ?」

巫女「うん」

少女「……なにも思わないの?」

巫女「……?」

少女「……」

巫女「?」

少女「いや、何も思わないならそれでいいけど……」

巫女「えっ、なにそれ。気になる」

少女「いいのいいの、気にしないで」



巫女「そして彼女は去って行きました……意味深な言葉を私に残して」

宮司「なんでちょっと事件っぽいテイストに仕立て上げて話したんですか。雨が降ってきたから帰っただけでしょう?」

巫女「いや、まあそうなんですけど……そっちのほうが奇妙さが伝わるでしょう?」

宮司「奇妙というほどのことでもないと思いますよ」

巫女「それならあの子の言葉の意味が宮司様には分かりますか? 私は特になんとも思わないんですが……」

宮司「普通に考えれば『学校はどうした』と思いますよね。そういうことじゃないんですか?」

巫女「……あっ」

宮司「いま気がついたんですか?」

巫女「言われてみれば……そうね、あの子学校はどうしてるのかしら? もしかしてサボってる?」

宮司「どうでしょうね? そんな子には見えませんが。まあ、わざわざこっちから詮索するようなことではないでしょう」

女神「やむを得ない理由があるのかもしれんぞ? 家庭の事情とかさ」

宮司「いたんですか」

女神「さっきからずっとな。こたつから出たくなくて……いやあ、社務所にこたつがあるってのはほんとええなあ」

宮司「ほぼあなたしか使ってませんけどね。それにしてもいつまでそこでぐうたらしてるつもりですか? 少しは出てきて外の掃除でもしたらどうです」

女神「神に神社の掃除させんの? 雨も降ってるってぇのにお主なかなか恐れ多いこと言うな……まあ前にやったけど」

宮司「自分の部屋の掃除をするのとおんなじでしょう? 常識的に考えれば掃除をするのは至極当然のことですよ」

女神「神に常識論が通用すると思っとんの? 掃除はわしに奉仕してるお主らの仕事じゃろ。ほれ、さっさと行ってこんか」

宮司「なんでこんなに偉そうなのこの神様」

女神「いや『偉そう』じゃなくて『偉い』からね? わし偉いんだからね? 神じゃからな?」

宮司「神? こたつの付喪神か何かですか?」

女神「上等じゃ表出ろ」

宮司「出るんですか? 雨降ってますよ? 私は構いませんけど」

女神「ごめん今の無しで」

巫女(確かに楽しい人達ばかりいるかもなあ……)

来週あたり復帰予定





女神「おはよう。何じゃお主、こんなにいい天気なのに授与所に篭っとんのか」

巫女「あら、女神様。しかたがないでしょう? これが私の役目なんですから……あれ? 今日は早いですね」

女神「もう11時になるところじゃけど……もしかしてバカにされてる? 別にいいけど……いやあ、最近寒くてあんまり眠れないんじゃよね」

巫女「別に馬鹿にしてるわけじゃ……まあ確かに寒いですね。雪が降っててもおかしくないと思いますし」

女神「うへえ、もう二月も終わりだってのに勘弁して欲しいのう……雪は見たいけどな」

巫女「ここ数年積もるほどの雪は降ってませんもんね。私も久しぶりに銀世界を見てみたくはあります」

女神「一面真っ白な空間に真っ赤な鳥居が立ってるっちゅうのがなかなか綺麗なんじゃよ」

巫女「ここのは石鳥居だから赤くないんですけどね」

女神「それが問題なんじゃよな。今のうちに塗装しちまおうかのう? 宮司にはバレなきゃ怒られんじゃろ」

巫女「いや、さすがにバレると思いますよ……」

女神「じゃよな、やめとく。塗料もないし……ところで今日はあやつ来とらんのか?」

巫女「宮司様ですか? 社務所か拝殿にいらっしゃるかと……」

女神「そいつはどうでもええの。わしが訊いてるのはひかるのこと」

巫女「……宮司様ではないんですか?」

女神「おじさんじゃないほうの」

巫女「ああ、あの子ですね。うーん……今日は来てませんよ。これから来るのかもしれませんが……」

女神「なんだ、残念。ちょっと喋ってみたかったんじゃが」

女神「せっかく何世紀ぶりにか人と話せる状態になったんじゃし、やっぱりいろんな奴と話をしてみたいよなあ」

巫女(そっか……御霊のままじゃ誰にも見えないんだっけ)

女神「今年の正月まで話相手は宮司しかおらんかったしな。お主もわしが見えてたんなら早いとこ話しかければよかったわ」

巫女「いえ、見えるといってもそんなにはっきり見えたことはありませんし……」

女神「そりゃお主がわしをまじまじと見たことがなかったからじゃろ。」

巫女「そうでしょうか」

女神「そうに決まっとる。ところで、あやつはまだ来ないの? ちっちゃいほうのひかる」

巫女「来てませんってば……今日は来ない日なのかもしれませんよ」

女神「えー、来るじゃろ……というか来い。仕方が無いからそれまで時間を潰すとするかのう」

巫女「女神様、どちらへ?」

女神「別にどこへ行こうってわけでもない。ちょっとその辺を散歩してくる」

巫女「そうですか」

女神「うん」

巫女「いつごろお帰りになられるんです?」

女神「夕方……過ぎごろ?」

巫女「あら、意外とかかりますね。その時間だともしひかるちゃんが来てたとしても帰っちゃうから会えないんじゃ……」

女神「言われてみればそうじゃな……まあいい! 会えたら会えたで、会えなかったらまた次の機会ってことで」

巫女(時間潰しで本来の目的を逃しちゃったら時間を潰した意味が……本末転倒ですよ……)

女神「じゃ、行ってくるわ」

巫女「あ、お待ちください。宮司様に一言伝えておいたほうがよいのでは?」

女神「…………」

巫女「女神様?」

女神「そ、そうじゃな……じゃあ出かけるって言ってから行くとするかの」

巫女「私がお伝えしておきますよ」

女神「わっ、な、ならん!! それはならん!!」

巫女「え?」

女神「いや、わしが自分で直接言うからさ……お主はここで自分の職務をまっとうしておれ」

巫女「はあ、そうですか……お気をつけて」

女神「気をつけるもくそもないんじゃが……わしにとっちゃあ自宅の庭を歩くようなもんじゃし」

巫女「いえ、気をつけて頂きたいのは天気のことです。夕方から雨が降ると聞いていますので……」

女神「そうなん? こんなに晴れとるのに。もしかして雨が降るからひかるは来ないんじゃろうか……まあええか、ありがとうな」

巫女「行ってらっしゃいませ」

巫女「ふう……」

巫女「ひかるちゃんどころか人っ子一人来やしませんねえ。今日は人が来ない日なのかも……」

宮司「すいません、女神様見ませんでした?」

巫女「あっ、宮司様。女神様ですか? さっきまでここにおられましたが……何か?」

宮司「お祓いをしたいって来られた方がいるので、できるなら女神様に同伴していただこうかと」

巫女「あらっ……ご予約入ってましたっけ?」

宮司「いえ。参拝のついでにできるのならお祓いも、とついさっき頼まれたので予約などは特にありませんけど」

巫女「参ったなあ……女神様はつい先ほどお出かけになられてしまって……女神様からお聞きになられたのでは?」

宮司「えっ、そんな話聞いてませんよ」

巫女「聞いていないですって?」

宮司「ええ、聞いてません。どこへ行くって行ってましたか?」

巫女「ええー、なんで黙って行っちゃったのかなあ……ちょっとそのへん、なんて仰っていましたけど」

宮司「どっちに行きましたか? いつ頃帰るとか言ってました? というかなんで止めなかったんです?」

巫女「方角はあっちですが、いつ頃帰るかまでは……止めるべきでしたか?」

宮司「止めるべきもくそもありません! 女神様をひとりで外に出したことなんてめったにないんですよ!」

巫女「えっ、そうなんですか?」

宮司「あの方は外に出たがりますがね。そのつど私が止めているんです」

巫女(なるほど。言えば止められると思ったから宮司様に何も言わずに出かけていったのね)

宮司「私にくっついてちょくちょく外出してるっていうのに……まあひとりで出かけたくなる気持ちはわからなくはないですけど」

巫女「女神様も平気だとおっしゃっていましたし、おひとりでも大丈夫かと思ったのですが……」

宮司「そんなこと言って何かあったらどうするんです。女神様のことだから道に迷ったり知らない人に付いて行ったりするかもしれないのに」

巫女「子供じゃあるまいしさすがにそれは……」

宮司「ないとは言い切れないでしょう? あなたはちょっと危機感がないような気がしますよ。神様とはいえ見た目はただの子供なわけですし……」

巫女「……そんなに心配なんですか?」

宮司「え? あ、いや、心配っていうか……心配なんかしてませんよ? でもほら、あれじゃないですか……そう、祭神! うちの祭神様ですから!」

巫女「心配なんですね」

宮司「違います! 仮にそうだとしても『女神様』を心配しているのではなく、『祭神様』を心配しているんです! 勘違いも甚だしいですよ!」

巫女「結局心配しているじゃないですか。素直じゃありませんねえ」

宮司「違……うー、あー! くそっ! そうですよ! 心配ですとも! ですがね! 宮司が神様を心配して何が悪いってんですか!」

巫女「いや、悪いとは言ってませんよ!?」

宮司「あの方は滅多に神社から出たりはしない筋金入りの箱入り娘なんですからきっとなにかやらかすに決まってるんです!」

巫女(なんか過保護なお父さんみたい……)

宮司「……女神様連れ戻してきます」

巫女「えっ! ちょっと! お祓いはどうするんです!? 断わるんですか!?」

宮司「玉串料も受け取ってしまったしそれは無理です。だからあなたに任せます。大丈夫です、すぐに戻りますから」

巫女「私!? 無理ですよお!! 馬鹿なこと言ってないで戻りましょう! だいたい宮司様がやらなきゃ意味がないでしょ!」

宮司「ええい、離してください! 女神様をひとりにするわけにはいかないんですよ! このっ、見かけによらず力があるっ……」

巫女「んぐぐぐ……落ちついてください! 落ち着いてくださいってばっ、くっ、この親バカっ!」





女神「はー……外に出てみるってのもいいもんじゃなあ。やかましい宮司の小言を聞かなくて済むし……帰ったら小言三昧じゃろうとは思うがな」

女神「宮司にくっついていったっていつも同じ所しか行かんからつまらんのよな。あやつにゃ悪いが今日はわしだけでそのへんをぶらぶらさせてもらうぞ」

女神「しっかしほんとこの辺りも随分変わったのう……昔何があったんじゃっけ? たしかここら一帯は全部森だったような」

女神「高台から見渡してみたいが……はて、この辺りに丘があったような気がしたのは気のせいじゃったかな?」

女神「丘も削られちまったんかなあ……となるといつも眺めてたあの池も埋められちまっとんのかね」

女神「……なんつーか、時代の流れなんじゃろうけど……寂しいな」

女神「あっちゅうまにいろんな所が変わっちまう……変わらんのはわしだけじゃ」

女神「わし、取り残されてるなあ……」

女神「……あー、もう! せっかく久しぶりにひとりで外に出てきたってのに落ち込んでてどーすんのじゃ。バカかわしは」

女神「気分転換! 気分転換しよう! 丘……はもうないから山にでも登るか、そんなに遠くないしな! そうと決まれば早速出発じゃ!」



女神「おーし、着いた。この季節だと花が咲いたり葉が紅くなったりはしてないようじゃが……山はええもんじゃな」

女神「しかしバスに乗ると楽でええなあ。いくらか賽銭を拝借しておいてよかったわ! 氏子達は賽銭がわしのバス代になっとるなぞ思わんじゃろうが……」

女神「ふーむ、山は二百年前とさほど変わらんな。もしかしたら住宅地とかゴルフ場にでもなってるかもと思ってただけに安心したわ」

女神「登ろうかと思ったけどなんかもうここに来るだけで疲れちまったなあ……おやっ」

女神「湖……? 湖なんかあったか? わしの記憶じゃここには村があったはずじゃが」

女神「あ……そうか、ダムってやつじゃな。こやつのおかげでこのへんの水事情も随分と良くなったらしいな。昔は水害なんか酷かったもんなあ……ええことじゃ」

女神「しかしダムがあるってことは……あの村はこの湖に沈んだのか。うわー、神社に引きこもってる間にわしの知ってる場所がどんどんなくなっちまっとるよ……へこむなあ」

女神「あの村にあった神社はどうなっちまったんじゃろうか……あそこの祭神はいま何をしとるんかのう。この辺りには神はもうわししかおらんのかなあ」

女神「……いかん、急に寂しくなってきた。帰ろう」

女神「孤独だなあ、なんて思うとあの空もなんかどんよりしてるように見えてきちまって……あれ? なんかほんとにどんよりしとるし」

女神「あっ、いま一滴降ってきた! そういやたま子が夕方から雨だって言っとったな。しかもどんどん降ってきて……ちょっ、これシャレにならんぞ」

女神「ひいー、一瞬で大雨になっちまった! さっきまであんなに晴れとったのに! これが最近はやりのゲリラ豪雨ってやつか!」

女神「バス停! すぐそこじゃしバス停まで戻ろう! このまま雨ざらしだと場合によっては死ぬ! 死なないけど死ぬ! ひー! 走れ!」

女神「あっれー? どこじゃったかのう? すぐそこなんじゃけど……あっ、あった! ここじゃここじゃ」

女神「ふひー……ひー……無事に……いや無事じゃないけどバス停まで帰ってこられた……とりあえず屋根があるから一安心じゃ」

女神「しかしまだ昼過ぎじゃぞ。夕方から雨だって言っとったのに……騙されたわ。こんなに早くから降るって知ってたなら来なかったのに」

女神「来たばっかじゃが雨だというんなら仕方ない、このままバス乗って帰っちまおう。バス停からは歩いて帰るしかないかの」

女神「うがー、びっしゃびしゃじゃ。こんな体たらくじゃ座席にゃあ座れんなあ。つり革なんて届かんってのに立ちっぱなしか……きついなあ」

女神「そのうえバス停から歩いて帰るわけじゃろ。しかも雨が降る中カサもささずにさあ……」

女神「すぐ止みますように……お願いします神様、晴れにしてください……あ、バス来た」

女神「まてよ、金足りんのか? ひい、ふう……あ、足りない」

女神「行けても隣のバス停までってところか……」

女神「……どうせもうびしょ濡れじゃし、こっから歩いて帰っても変わらんか……はあ、憂鬱じゃ」



女神「あー、もー! 30分は歩いたぞ! くそっ! いつまで降っとるんじゃ! にわか雨ならそろそろ止んでもええんじゃないのか?」

女神「ここから神社まであとどのくらいかなあ。走ったらはよ帰れるじゃろうか」

女神「言うても急いだところで別に何があるわけでもないんじゃよな……ゆっくり歩こう」

女神「はあー……こんな真っ白な着物で頭からつま先までびっしゃびしゃにしてたら完全に不審者じゃわ。貞子みたい」

女神「バスの運転手にも凄い顔されたしな。こんな恰好、時代錯誤もいいとこじゃよな。ほんと時代遅れ……」

女神「……やっぱりわしだけ時代の流れに取り残されとるよな……」

女神「いかんな……どうも今日は気分が沈んで困る。雨だからじゃろうか?」

女神「なんだかいつにもまして孤独感がひどいんじゃよな……ここ数百年はこんなことなかったんじゃが、はて……」

女神「……そうか、宮司のやつのせいか」

女神「宮司のやつに会ってからじゃ。あやつのせいで人と過ごす時間の楽しさを思い出してもうた。久しく忘れとった感覚じゃったのにな」

女神「もう誰かがいることに慣れちまった。ひとりじゃないのがあたりまえになっちまったんじゃ」

女神「そのせいでひとりでいるのが寂しいと思うようになっちまったのか……何百年もひとりぼっちだったってのに今更じゃな」

女神「でもまあ今は宮司のやつがおる。わしゃ孤独じゃないぞ! ふふふ、あやつがおるからなあ……あやつが……」

女神「あやつが……」

女神「…………」

女神「あやつがおるって……いつまで?」

女神「ああ見えて宮司は優しいし、わしだけ残してどこかに行ったりはしないとは思う……」

女神「じゃがあやつだって人なんじゃ。永遠を生きるわしとは違う、ごくふつうの定命の者じゃ。時の流れに抗うことはできん」

女神「今までに会ってきた人間達と同じよ。いつまでも一緒にいるなんてそんなことできるはずがなかろう……」

女神「それって結局、またひとりになるってことなんじゃないのか……」

女神「いや、わかっとるよ? 神なんてもともと孤独じゃし? 地上に降りてきてるからにはそんなん承知のうえじゃし?」

女神「わかっとるよ。いくらわしだってそこまで馬鹿じゃないんじゃから……そんなことは百も承知なんじゃよ。だからわかっとる、わかっとるのに……」

女神「わかっとるのに……くそっ、なんで泣いとんのじゃ……わしはっ……」

女神「今日はほんとに天気も気分も晴れん日じゃ……ぐすっ……ちくしょう、涙が止まらん……」

女神「えぐっ………雨だし……泣いとったってバレやしないじゃろ……」

女神「……ひっく」

女神「うぅ……」



女神「寂しいよぉ……」

女神「ああぁ……疲れた……」

宮司「お疲れ様です。とりあえず祈祷は今ので終了です」

女神「今日はこれで終わりか? 寝ても良いのか?」

宮司「終わったのは祈祷だけで、まだまだ参拝する方はたくさん来られますよ。その祈祷だって受付が朝にはまた再開しますし」

女神「うう、だから元日って嫌いなんじゃ。昼夜の区別なく人が来よる……今はそこそこ落ち着いてるが」

宮司「仕方ないでしょう? なんといっても初詣なわけですし」

女神「だからって年明けてすぐ来ることないじゃろ……こっちの都合とか考えないのかのう」

宮司「……そんなに嫌なんですか」

女神「嫌じゃよ……別に人が多いのはええんじゃ、賑やかなのは楽しいしな。ちょっとしたお祭りみたいじゃし」

宮司「なら別にそこまで嫌がらなくてもいいのでは?」

女神「そこが違ってな……賑やかなのは好きじゃがやかましいのは嫌いなんじゃよ、わし……お主も聞いたろ?」

宮司「聞いたって……何をですか?」

女神「若造が大声でしゃべくってたの聞かなかったんか?」

宮司「ああ……まあ、毎年恒例といえば恒例ですけど」

女神「あんな恒例あってたまるか! 酒が入っとるのか知らんがうぇーいうぇーいとやかましいことこの上ないわ!」

宮司「あれが彼らなりの新年の祝い方なんですよ」

女神「どんな解釈じゃ……なんか悟ってないかお主。わしよりも神様っぽくない?」

宮司「気のせいです」

女神「というかさぁ……ああいう奴らを筆頭として、初詣来る意味あんのかって人が結構多いよな」

宮司「どういうことです」

女神「日付変わる前に待機列のそばをぐるっと回ってきたんじゃが、その時に聞こえてきた会話がまあ悲しくなる内容が多くてな」

宮司「例えばどんなのがあったんですか? 聞かせてもらいたいですね」

女神「例えばじゃな……『なんで列動かないの?』って言ってるのがいてな……まだ日付変わる前じゃぞ?」

宮司「それはなかなか……うーん、面白い人ですね」

女神「お主初詣に来たんじゃないの? 年越す前に行ったらそれ初詣じゃないじゃん! ……って言いたかったわ」

宮司「期日前投票みたいな感覚なんですかね。来年やってみますか? 期日前初詣」

女神「お主ふざけるなよ」

宮司「冗談です……他にはありました?」

女神「他か……ああ、あったわ。『ここって除夜の鐘鳴らさないんだね』ってのが」

宮司「ああ、それはよく聞きますね」

女神「除夜の鐘鳴らすのは寺じゃから……ここに限らずどこの神社でも除夜の鐘を鳴らすことはないっちゅうの」

宮司「108の煩悩を消すための鐘って言いますけど、煩悩がそもそも仏教の言葉ですもんね。そう覚えていれば間違えないかもしれませんね」

女神「まあ別に間違えたからってどうこうするってわけじゃないけど……除夜の鐘鳴らさないからこの神社は駄目だ、って言われて泣いたわ」

宮司「まあまあ元気出して……」

女神「他にも挙げだすときりがないんじゃが……手水舎使ってくれとかど真ん中通らんでくれとかそもそも神社は願い事をする場所じゃないとか」

宮司「そのあたりは参拝の作法ですね」

女神「まあわしは作法なんぞどうだっていいと思ってるんじゃがな。氏子が元気な顔を見せてくれるだけでもうそれでいいかなーって」

宮司「女神様ってほんとそういう決まりごとに関しては緩いですね。他の神社じゃ考えられませんよほんと」

女神「いや、そうはいうけどわしにだって許せんものはあるぞ。賽銭投げるのだけはほんと勘弁して欲しい」

宮司「おや、意外ですね? お金を粗末にするのは見過ごせませんか?」

女神「違う……というのもな、御霊のまま元日を迎えていた去年まで、わしは賽銭箱の裏あたりに待機して参拝者たちの願いを聞いとったんじゃ」

宮司「そういえば毎年あそこに座ってましたね……今年はあそこにいなくてもいいんですか? 聞き逃したりしませんか?」

女神「境内にいりゃ聞こえてくるから別に問題無いわ。神ってほんと便利じゃよな……話戻していい?」

宮司「どうぞ」

女神「とにかくわしは賽銭箱の裏に毎年待機してたの。お主以外には見えんがな……見えないからそんなところに神がいるとは知らん奴らが賽銭を、こう……」

宮司「ああ、賽銭が飛んできて怖いんですね」

女神「そういうこと。人だかりができててなかなか賽銭箱の近くに行けないからって投げつけるのだけは勘弁して欲しい……怖くてかなわんのよ」

宮司「苦労されてますね……心中お察しします」

女神「……なんかやけに優しいな、今日は」

宮司「元日くらい女神様を労ってもいいかな、と思いまして」

女神「その心意気は良い。良いんじゃが毎日労ってくれるともっと良い」

宮司「まあ話を聞いて大体は理解できましたよ。女神様が元日が嫌いな訳が」

女神「あん? いや、今挙げたのは元日が嫌いな理由じゃなくてただの愚痴みたいなもんじゃが」

宮司「……となると理由は他にあると?」

女神「うん」

宮司「やかましいのが嫌いだからというのは聞きましたが、他にもあるんですか?」

女神「うん。忙しくて……」

宮司「忙しいから? 忙しいってあなたねえ……そりゃないでしょ。大体いつも寝てばっかりなのに元日にすら働かなかったら……」

女神「違う違う。忙しくてお主とこうやって話す時間が無くなってしまうってのが寂しいんじゃ」

宮司「……は?」

女神「お主が近くにいるのに話せないなんてねえ……つまらんことこの上ないわ」

宮司「私と話すのそんなに楽しいんですか?」

女神「少なくともわしは楽しいぞ? お主と話してるとなんか元気でるし」

宮司「……ふうん……単純ですねえ。話をするだけで元気になるだなんて」

女神「はあ!? なんじゃその言い方! せっかくわしがお主のことを珍しく評価しとんのに!」

宮司「はいはい、ありがたいお言葉を賜りまして私この上なき幸せでございます」

女神「けっ、いけすかん奴じゃ……あ、ああ、ふわぁ……だめだ、眠いわ。朝まで寝ててもいい?」

宮司「別に構いませんよ」

女神「じゃあ寝てくるわ。朝になったら起こして……おやすみ」

宮司「おやすみなさい」

宮司「私と話をするのが楽しい、ねえ……」

巫女「宮司様? 宮司様? いらっしゃいますか? ああ、ここでしたか」

宮司「おや、たま子さん。何か用ですか?」

巫女「破魔矢の残りが少なくなってきているんですが、しまってあるのはどこに置きましたっ……け……?」

宮司「破魔矢ですか? それなら授与所に箱詰めして持って行ったはずです……ん? どうしました? 私の顔になにかついてますか?」

巫女「えっ? あ、いや……そういうわけではなくて……あの、なにかいい事でもありましたか?」

宮司「いいこと? なぜです?」

巫女「だって宮司様笑ってるんですもの」

宮司「え、それ本当ですか」

巫女「本当ですよ? なんだかこっちまで嬉しくなってくるくらい顔がほころんでますよ」

宮司「…………」

巫女「宮司様?」

宮司(……くそ、恥ずかしいな)

巫女「なにがあったんです?」

宮司「私も単純なんだな……」

巫女「?」

あけましておめでとう



宮司「うぅーん……」

巫女「女神様帰ってきませんねえ。もうすっかり日も落ちてしまって……そのうえ雨まで降っているというのに」

宮司「別にあなたは帰っても構わないんですよ? 社務所は既に閉めてますし」

巫女「いいんです、私が好きで残ってるんですから。それに女神様にお仕えするのが私の役目なわけですしね」

宮司「そうですか……うーん、それにしても遅い。私やっぱり女神様探してきます」

巫女「何度目ですかその発言……あっ、ちょっと! 本当に行く気ですか!? 駄目ですよ!」

宮司「離してくださいってば! まったく、その体のどこにこんな力が……なんで止めるんですか!?」

巫女「なんでって、あなたが場所の見当もつけずに飛び出していこうとするからでしょう!? どこか心当たりとかあるんですか?」

宮司「心当たり? そんなものがあるならこっちが教えてほしいくらいですよ!」

巫女「だーかーらー! なんでなにも手がかりがない状態で飛び出そうとするんですか! 冷静になりなさい!」

宮司「私は冷静ですよ!」

巫女「冷静じゃないから言ってるんでしょうが!!」

宮司「私が冷静じゃないってどうしてあなたにわかるんです?」

巫女「見てれば誰だってわかりますよ! そんなに取り乱した状態で探しに行ったら見つからないどころか事故にあうのがおちです!」

宮司「それはそうかもしれませんが……」

巫女「……はぁ。お願いです、落ち着いてください。心配なのはわかりますけど、そんな手がかりも何もないのに探しに行ったって見つかるわけがないじゃありませんか」

宮司「むう……すいません」

巫女「女神様ならきっと大丈夫ですよ。だから今は待ちましょう。ね?」

宮司「ただ待つだけってのが歯痒くて……だから言ったんです。何があるかわからないんだから外に出してはいけないと」

巫女「確かに女神様を外に出したのは軽率だったかもしれません……でも、ずうっとここに縛りつけておくっていうのもなんだかかわいそうで……」

宮司「……しかしそれはこの地の氏神としてこの神社にいる以上、仕方のないことだと思います」

巫女「仕方がないですませる問題でしょうか? 自分ではなく人の為に永遠に尽くさなくてはならないなんて……神様に自由はないんですか?」

宮司「それは確かに気の毒ではありますが……」

巫女「なんだか女神様を見てると私達のやってることは間違ってるんじゃないかって気がしてきますよ」

宮司「……間違っている?」

巫女「そうです。あんなに無邪気で可愛らしいお方を私達のわがままで永遠に振り回し続けるだなんて……酷ですよ」

宮司「……私もそう思いますよ」」

巫女「え? ……ん? どっちの意味……」

宮司「ときどき心配になるんです。私のやり方は間違っているんじゃないかと……」

巫女(あ……『間違っている』に対しての『そう思っている』ね。女神様が無邪気で可愛らしいと思っているのかと……)

宮司「考えれば考えるほど、女神様に対する接し方を誤っているような気がしてならないのです」

巫女(何がそんなに心配なんだろう……?)

巫女「あの、よければ詳しいお話を聞かせていただけますか?」

宮司「いいですよ」

宮司「女神様は他の神様とは違い、わざわざ天上から降りてきて私達と触れ合っています」

巫女「はあ」

宮司「地上にいるだけなら問題はないのですが、女神様は人間に近づきすぎていると思うんです。本来ならもう少し距離を取るべきだと思いますよ」

巫女「人間に近づきすぎている……と言いますと、まるで人のように見えるという意味ですか? それとも人に接しすぎているという意味ですか?」

宮司「両方ですね。人との距離が近くなりすぎたせいで自らも人として振る舞うようになり、結果として神としての尊厳が薄れているということです」

宮司「女神様を見ればわかるでしょう? まるで神の威厳を感じません。バカにしているとかそういうわけではなく、純粋にそうなんです」

巫女「うーん、言われてみると、私も一度は宮司様の姪とかいう嘘に騙されました。人ならざる者といった印象は受けませんね、女神様からは」

宮司「でしょう? ……しかし女神様が人間らしくなってしまっているこの状況を作ったのは、おそらく私なんじゃないかと思います」

巫女「宮司様が? なぜですか?」

宮司「物心ついたころから女神様は私のそばにいました。私にとっては家族も同然です。だから私はあの方を特別視したりしなかったんですよ」

宮司「そうやって私が女神様に歩み寄ってしまったせいで女神様は人との距離を大幅に縮めてしまいました」

宮司「つまり女神様が人に近づきすぎたというよりも、私が女神様に近づきすぎたと言ったほうが正しいんです」

巫女「でもそれって悪いことなんですか? 私はわけ隔てなく接する姿勢を悪いとは思いませんし、女神様だって人と触れ合うことを望んでいるはず……」

宮司「いいとか悪いとかを抜きにしても、女神様の神格は確実に下がっているはずです。あの方がただの人になりつつある……そんな気がするのです」

巫女「んん? そうかなあ……?」

宮司「今までずっと女神様を人と同じ様に扱ってきましたが……私は間違っていたんでしょうか。女神様がそう扱われることを望んでいたからといって、果たしてそれが正しかったのか……」

巫女「もう、考えすぎですって。たしかに女神様は神様らしくないかもしれませんが、ただの人とは違いますよ。ただの人が神風を吹かせたり神通力を操れたりしますか?」

宮司「ですが……いや、それもそうか」

巫女「お分かりいただけたようですね」

宮司「まあ今言ったことは全て憶測ですし、女神様が人のように見えるのはあの方の元来の性格のせいと言われたらそれまでですから」

巫女「あれ、そうなんですか? じゃあ何をそんなに心配しているんです?」

宮司「……私が死んだ後のことです」

宮司「いつになるかはわかりませんが、私は人ですからそのうち死にます」

巫女「ええ」

宮司「そうなったら女神様はどうなるんでしょうか?」

巫女「どうなるって……宮司様のご子息が新たにお付き合いするのでは……」

宮司「私の子が私と同じように女神様を見ることができるとは限りませんよ。現に私の父は女神様を見ることができませんでした」

巫女(そういえばそんなことを前に宮司様から聞いたっけ……)

宮司「つまり女神様は私が死んだ後、またひとりぼっちになってしまうかもしれないんです」

巫女「……それって何か問題になるんでしょうか」

宮司「問題になるのかですって? 大問題ですよ! あの方は孤独が大嫌いなんです。その証拠に私がいないときはずっとあなたにくっついているでしょう?」

巫女「言われてみると確かにそうかも……それか寝てるかですね」

宮司「でしょう?」

巫女「ですが、宮司様の何代も前の代からずっと女神様はひとりだったんですよね? 何百年もひとりで過ごしていたのなら孤独にはもう慣れたのでは?」

宮司「慣れているとは思えませんね。ひとり取り残されて半べそかいてる顔が容易に想像できますし」

巫女(どうしよう私にも想像できる)

巫女「でも……そうは言っても神様なんですよ? 子供じゃないんですから大丈夫だと思いますけど……」

宮司「いや、あの方はあなたが思っているよりずっと子供ですよ。わがままだし自分勝手だしすぐ泣くし……」

巫女「うーん」

宮司「手がかかってしょうがないったらありゃしないんですよ。そんな一人前とはとてもじゃないけど呼べない方をひとり置いて先に逝くなんてできますか」

巫女「……あのう、どうにも宮司様のお話を聞いていると……」

宮司「はい?」

巫女「女神様がひとりにされるのを嫌がっているというより……宮司様、あなたが女神様から離れるのを嫌がっているように聞こえてならないのですが」

宮司「…………」

巫女(あ、図星だ)

巫女「なあんだ。いろいろ理由をつけていましたけど、結局女神様がかわいくてしょうがないってだけじゃないですか」

宮司「何を馬鹿なことを……」

巫女「そっかあ、外に出したがらなかったのは女神様を自分の近くに置いておきたいからだったんですね」

宮司「そ……それは違いますよ! 目の届かないところで何をしでかすかわからないから目の届く範囲から外には出さないようにしてるんですってば!」

巫女「ふふ、同じようなものじゃないですか。それとも女神様がかわいくないとでも?」

宮司「そうは言ってないでしょう」

巫女「それはつまりかわいいと思ってるってことですよね! ね!」

宮司「なんでそんなキラキラした目で……近っ、近い! そんなに詮索して何が楽しいんですか!?」

巫女「普段はにこりともしない堅物の宮司様が実は女神様にはべた惚れでした、なんて面白いじゃないですか! 素敵!」

宮司「面白くないしなにも素敵じゃない! さり気なく馬鹿にされてるし! この話やめましょうよ!」

巫女「あ、女神様帰ってきた」

宮司「えっ、どこですか?」

巫女「嘘です」

宮司「…………」

巫女「やっぱり心配でしょうがないんですねえ? かわいくてしょうがないんですねえー?」

宮司「その二つには関連性がないでしょうが! だいたい前にも言った通り、宮司が祭神様の心配をして何がわる……何にやにやしてんですか!」

巫女「んー? 別に何もー? へへへ」

宮司「勘弁してくださいよ、もう……」

巫女「……ん……あれ?」

宮司「今度は何ですか!」

巫女「女神様じゃありませんか? あそこにいらっしゃるの……」

宮司「またそうやって騙そうとして……あっ! 女神様!」

巫女(騙そうとして……とか言いながら確認するあたりがかわいいなあ)

女神「…………」

宮司「女神様! どこ行ってたんですか! うわ、びっちゃびちゃ……あの、たま子さん。タオルかなんか持ってきてくれます?」

巫女「タオル……どこにあるんですか?」

宮司「あー、じゃあなんでもいいので拭けるもの持ってきてください。女神様、無断で外出するなと普段から口を酸っぱくして言ってるでしょう」

女神「…………」

宮司「うなだれてないでちゃんと私の顔を見たらどうですか。まったく……外に行くなら行くでせめて私に一言なにか言ってからにしてくださいよ」

女神「……ごめん……」

宮司「えっ? なんですって?」

女神「ごめん……」

宮司(素直に謝るだなんて珍しいな)

女神「……」

宮司「はあー、まあ無事に帰ってきてくれたからいいです。びしょ濡れですけどね……中、入りましょうか」

女神「……」

宮司「ほら、入った入った。そこでずっと立っててもしょうがないでしょう?」

女神「……」ギュゥ

宮司「あの、何をしてるんです? ……びしょ濡れのまま抱きつくのはやめてくださいよ。こっちまでびしょ濡れに……」

女神「おぬし、おぬしは……どこにも行かんよな?」

宮司「は?」

女神「わ、わしを見捨てたり……おいて行ったり、しっ、しない、よな……?」

宮司(……泣いてる?)

巫女「タオルありましたよー……って、どうしたんですかこれ」

宮司「…………」

女神「もう、もういやじゃ……ひとりはいやなんじゃっ、あぁぁ……」

女神「ひとりに……しないでくれ……わしを……」

宮司「よしよし……」

巫女(何かあったんですか?)ヒソヒソ

宮司(さあ……)ボソボソ

宮司「何があったかは知りませんがそんなに泣かないでください……たま子さん、女神様を着替えさせてもらえますか? 出来れば風呂にも……」

巫女「お安い御用です」

宮司「すいません。本来ならあなたに頼むようなことではないのですが……」

巫女「気にしないでください。さっきも言いましたよね? 私は女神様にお仕えするためにいるんですから、ね?」

宮司「……ありがとうございます」

巫女「じゃあ、ほら。女神様。びしょ濡れだと風邪ひいちゃいますからお風呂入りましょ? あったまりますよー」

女神「ぐ、ぐうじぃ……いっ、いやじゃ、はなれとうない……」

巫女「大丈夫ですって、宮司様はどこにも行ったりしませんよ。ねえ?」

女神「ほ……ほんとうか……?」

宮司「……もちろん」

巫女「ね? 大丈夫でしょう? だから安心して行きましょ……」

宮司「……」

宮司「はー……」



宮司「……やっぱり慣れてないじゃないか」



宮司「…………」

巫女「宮司様ー、女神様寝かしつけてきましたよー」

宮司「…………」

巫女「宮司様、聞いてます?」
 
宮司「え?」

巫女「聞いてなかったって顔ですね。女神様はお休みになられました」

宮司「ああ、そうでしたか。そこまで面倒を見てくださるとは……ほんと何から何まで申し訳ない」

巫女「いいんですよ私がやりたかっただけなんですから……それ、洗ってるの女神様の着物ですか?」

宮司「ええ。早く乾かしてやらないとあの人寝間着で過ごすことになっちゃうんで。ある意味一張羅なんでしょうけど着るものが一着しかないってのはどうかと思いますよ……」

巫女「縮んだりしないんですか? それ」

宮司「私もそう考えたんですけどどうも縮まないようなんです」

巫女「縮まないって……どういうことですか?」

宮司「さあ……塩水で洗うと汚れが全部落ちたり、やたらと乾くのが早かったりと謎が多い着物です。だいたい毎日これ一着で過ごしてるのに全然ヨレませんしね」

巫女「な、なんだか凄いですね」

宮司「何でできてるんてすかねえ……」

巫女「……あの」

宮司「ん?」

巫女「女神様のことなんですけど……」

宮司「はい」

巫女「ぜんぜん独りに慣れてませんでしたね……」

宮司「だから言ったでしょう?」

巫女「まさかあれほどひどいとは思ってなかったんですもの」

巫女「女神様、寝つくまでずっと宮司様のこと呼んでたんですよ」

宮司「あの駄女神……」

巫女「まあ今はもう泣き疲れて寝ちゃいましたけど」

宮司「……そうでないと困ります」

巫女「ずいぶんと懐かれてますね」

宮司「よしてくださいよ……」

巫女「またまた、照れちゃって……」

宮司「……どうなるんでしょうね」

巫女「何がですか?」

宮司「女神様がです。話を蒸し返すようですが、私がいなくなった後もちゃんとやっていけるんでしょうか……」

巫女「それは……ううん、どうでしょうかね……あの様子を拝見した後ですから少し心配ではありますが」

宮司「私もですよ……」

巫女「……」

宮司「……私のせいですよね」

巫女「え?」

宮司「女神様がああなったのは、やっぱり私のせいなんでしょうね」

巫女「またそれですか? 別に宮司様のせいではないでしょう? 責任を感じる必要はないと思います」

宮司「責任を感じるなって言われてもそんなの無理ですよ。実際、私がいなければ女神様も孤独を意識することだってなかったんですから」

巫女「そんなことは……」

宮司「ないとは思えませんがね」

宮司「……女神様が見える。これが特別なことだと知ったとき……7、8歳くらいの頃だったと思いますが、私は少し嬉しかったんです」

巫女「へえ……」

宮司「特別な人間だと知ったから嬉しかったんじゃありません。女神様を一人占めできたようでなんだか嬉しかったんです」

巫女「あら……ふふっ」

宮司(言ってて恥ずかしい……)

宮司「……でもそうやって私のわがままで女神様に接し続けた結果が今の状態だというのなら、やはり女神様とコミュニケーションをとるのは間違いだったんです」

宮司「昔の私を止められるものなら止めたい……ああ、こんなに後悔するくらいなら、いっそ女神様の姿なんて見えないほうが良かったんですよ……」

巫女「な……ちょっ、ちょっと! なんてこと言うんですか!」

宮司「なまじ女神様と意志の疎通ができるからこんなに悩むんです。だったら先代や先々代と同じように私も女神様が見なければ……」

巫女「そういう問題じゃないでしょう! ……はー、まったく……宮司様!」

宮司「なんですか?」

巫女「確かに宮司様は女神様の格を下げてしまっているのかもしれません。人恋しくて子供のように泣く神様なんて聞いたことありませんからね」

宮司「わかってます……」

巫女「ですけど、同時に宮司様がいるからこそ女神様は孤独に耐えることができているのではないでしょうか」

宮司「そうでしょうか……」

巫女「そうに決まってます! でなきゃあんなに甘えられたりしませんもの」

宮司「だからその甘えられるってのが問題で、それは結局女神様の格を下げているってことでしょう。だいたい孤独に耐えるも何も私がいなけりゃ孤独を意識するってことは……」

巫女「ええい!! 頭が固いなあ!! 格とか立場とか抜きにして考えられないんですか!!」

宮司「な……急に何を」

巫女「黙って聞いてください! はい、そこ座って!」

宮司「しかし」

巫女「黙って座る!!」

宮司「はい」

巫女「いいですか? 甘えられるということは宮司様が女神様の心の支えになっているってことなんですよ」

宮司「そんな大層なものじゃないですよ」

巫女「いいや、そんなことはありませんね。自分で気がついていないだけで宮司様は確実に女神様にとって欠かせない存在です」

巫女「……だから見えなければ良かったとか、そんなこと言わないでください。女神様が悲しみます」

宮司「…………」

巫女「わかりましたか?」

宮司「……もしかして元気づけてくれてるんですか」

巫女「ち、違います。私は女神様が悲しむ姿を見たくないだけです」

宮司「……ありがとう」

巫女「礼を言われるようなことはしてませんよ、ふん。だいたい宮司様は女神様に対して意地悪すぎるんです」

宮司「意地悪ですか、私は」

巫女「だってそうでしょう? 嫌いなわけでもないのに悪口を言ったり、わざと冷たく接したり」

宮司「それは……冷たくしたら愛想つかして天上に帰るかと思って。そうすれば女神様をひとり残していく心配もありませんし、神の威厳も取り戻せるじゃないですか」

巫女「まったく……そんなことをしたところで帰るような方ではないとわかってるでしょうに」

宮司「わかってますよ、わかってますけど他に方法が思いつかなかったんです」

巫女「女神様を心にもないことを言ってからけちょんけちょんに貶して……辛くありませんでしたか?」

宮司「心にもないかと言われるとどうでしょうかね。本気で罵倒していることもありましたよ」

巫女「またそんなこと言っちゃって。照れ隠しにしてはずいぶんと下手くそですよ」

宮司「……はー、なんでこういう時だけ勘が鋭いんですか」

巫女「ふふ、女神様並みに分かりやすい人。本当は宮司様だって女神様と一緒に居たいんじゃありませんか」

宮司「ま、そうなんですけど……それこそ私のわがままですから。こちらから女神様を地上に引き留めるようなことはしたくないんです」

巫女「まったく、ほんとに頭固いなあ……」

――――

女神「おはよ」

宮司「ん、女神様ですか」

巫女「おはようございます」

女神「……」

宮司「えーと、今日の予定は……」

女神「……なあ、昨日のことなんじゃが……その、すまんかった」

宮司「何がですか?」

女神「勝手に外に出たり、わがまま言って困らせたり……」

宮司「あー、それのことですか。まあいいんじゃないんですかね」

女神「……なんじゃと?」

宮司「女神様だって息抜きしたくなったり愚痴りたくなったりするでしょうからね。まあ気にしないでくださいよ」

女神「……おかしい」

宮司「は? 何がですか?」

女神「おかしいじゃろ! なんで怒らんの!? お主なら『ほんといい迷惑ですよ。次やったら家には入れませんからね』くらい言いそうなのに!」

宮司「あー、いや、それは……」

宮司(昨日たま子さんと色々話したせいでどうも強く出られなくて……たま子さん笑ってるよ、くそ)

女神「だいたいおはよって言ったときも『まだ寝てたんですか』とか嫌味の一つも言わんかったし! なんなんじゃ今日のお主!? 気色悪い!」

宮司「な……きっ、気色悪い!? 心外です! 私が何を考えてこんな態度をとってるかも知らないで!」

女神「やっぱりなんか企んどるのか! 何を企んどるんじゃ! 言え!」

宮司「さっきまでのしおらしい態度はどこにいったんですか! ああ、もう! こんな方に気なんか使ってられるか!」

女神「いつも気なんか使ってないじゃろお主は!」

巫女(あらあら、もういつもの調子に戻っちゃった)

巫女(うーん、それにしても本気で罵倒してるってのもあながち嘘じゃなかったのかも……生まれた頃から一緒だとあれくらいの言い合いが普通になるのかしら……)

女神「このやろう、そこに直れ! 今日という今日は許さん!」

宮司「なーにが『許さん』ですか! 偉そうに! だいたい私が何をしたってんですか!」

女神「偉そうなんじゃなくて偉いの! わしは! その態度を改めさせようとしてるんじゃろうが!」

女神「……ん……う、ふぁぁあ……」

女神「あー…………眠り足りないのに寒すぎて起きてしもうたわ。ちっくしょー、なんでこんなに寒いんじゃ? しかも暗いし……雨戸開けよ」

女神「宮司の奴、起きとんのなら雨戸開けてくれてもええじゃろ……くっ! 重い……あれ?」

女神「お、おおー! 雪じゃ、雪が降っとる! しかも積もっとる!」

宮司「おはようございます女神様。どうしたんです? 今日は随分と早起きですね」

女神「あっ、宮司! 雨戸も閉めっぱなしでどこ行っとったんじゃ! ちょっとこっち来い! 見て見て!」

宮司「どこってトイレですよ。今起きたばかりなので……なんですか? おや、雪ですね」

女神「じゃろ!? 雪じゃよな! しかも積もっとるんじゃよ! うひひ!」

宮司「なんでそんなに嬉しそうなんですか……去年も一昨年も降ったでしょう? まあ、積もりはしませんでしたが」

女神「たしかにそうじゃ! だが! 今年はひとつだけ違う点がある! わしが実体を持ってここに存在しているという点が!」

宮司「つまり触ってみたいんですね。もっといえば遊びたいと」

女神「そう! さすがお主はわしのことよくわかっとるな! しかも今年は積もっとるし! 雪遊びするなら今しかないじゃろ!」

宮司「やれやれ……子供ですか、あなたは。少しは自分が神だということを自覚するべきです」

女神「だ、だってほぼ毎年見てこそいるけど触ったのなんてもう何百年も前なんじゃもの」

宮司「だからってねえ……そういう子供みたいなことはあなたの沽券に関わりますから謹んでください。だから威厳がないって思われるんです」

女神「そ……そうか……そうじゃよな……」

女神「神じゃもんな、わし……お主がそういうんなら……仕方ないよなあ……」

宮司「…………」

女神「ちょっと早起きしすぎて気が変になってたわ……すまんがもう一眠りさせてくれ……」

宮司「……でも神様にも息抜きが必要な時はありますよね」

女神「……?」

宮司「いいんじゃないんですか。せっかく数百年ぶりに雪に触れるんですし、今くらい威厳とか抜きにしてはしゃいだって」

女神「えっ……えっ!? 正気か!? お主それ本気で言っとる!?」

宮司「失礼ですね、私はいつでも本気ですよ」

女神「でっ、でもっ……本当によいのか!?」

宮司「……私の気が変わらないうち行ったほうがいいんじゃないんですかね」

女神「それが聞きたかった!! ひゃっほう! いてもたってもいられん、ちょっと外いってくる! ありがとう宮司! 愛してる!」

宮司「待ってください、まさか寝間着で出るつもりですか? もっと厚着を」

女神「ええい、めんどくさい! 今行かずしていつ行くというんじゃ! ひゃっはぁー!」

宮司「行っちゃったし。まったく子供だよなあ」

宮司(まあ、気持ちはわからなくもないけど……)

女神「ぐ、ぐーじ」

宮司「え、もう戻ってきたんですか?」

女神「さむい……」

宮司「だから言ったじゃないですか……ほら、着替えてご飯食べましょう。外に出るのはその後でも遅くはないでしょう?」
 
女神「うん」

女神「そういうわけで服も変えた! 腹ごしらえもばっちり! 準備はできた! いざ鎌倉!」

宮司「かまくら作るんですか?」

女神「別にそれにかけて言ったわけじゃないわい」

宮司「そうですか」

女神「うーん、寒い! 今ですらこんなに寒いんじゃから寝間着で出たのは完全に失敗じゃったな」

宮司「だから言ったじゃないですか。厚着をしろって」

女神「気が変わらないうちに早く行けって言って急かしたのもお主じゃがな」

宮司「……なんのことやら」

女神「ひゃー! 冷たい! すっごく冷たい! 雪ってこんなに冷たかったっけ?」

宮司(はしゃいでるなあ……)

女神「あは! 歩くたびにザクザクいうのう! こりゃ面白い!」

宮司(……思えば、今まで息抜きらしい息抜きをさせてあげたことがなかったかもしれないな。外にもあんまり出してあげてないし)

女神「あはは! はは!」

宮司(……過保護なのかなあ)

女神「……ん? わしの顔になにかついとるか?」

宮司「いや……楽しそうだな、って」

女神「うむ! 楽しい!」

宮司「ふふ、そりゃよかった」

女神「なんで今笑ったん?」

宮司「え? あー……なんでですかね? よくわかりません」

女神「なんじゃそりゃ……気色悪いな」

宮司「はいはいそーですか」

女神「なあ、宮司!」

宮司「んー? なんですか?」

女神「お主とこの雪どっちのほうが冷たいかな!?」

宮司「そんなの知りませんよ」

女神「どうやらお主のほうが冷たいようじゃな……宮司!」

宮司「なんですか?」

女神「これにシロップかけたら喰えるかのう!?」

宮司「……好きにすればいいでしょう!」

女神「あとでやるか……宮司!」

宮司「だー! なんですか!」

女神「そりゃ!」ヒュッ

宮司「ぶっ」バス

女神「へへ、命中! これくらい避けられんのか? 雪玉だったからよかったものの、石とか砲丸だったら今頃お主の鼻は折れとるぞ」

宮司「くそ……不意打ちとは卑怯な……!」

女神「お? なんじゃ? やるのか? わしにかかってくるのか? 雪合戦始めちゃうのか?」

宮司「それ、あなたがやりたいだけでしょ……まあいいです。そんなに雪合戦がやりたいってんならやってやりますよ! 嫌というほど雪を喰らわせてあげます!」

女神「そうこなくっちゃ!」

宮司「土下座しながら許してくれって言ったって知りませんよ!」



巫女「ふう、やっと着いた……雪の中を漕いでくるのがこんなに大変だったなんて知らなかった……雪なんてこのあたりじゃめったに積もらないからなあ」

巫女「少し遅れちゃったけど大丈夫かな……電話しても出なかったし宮司様は一体何をしていらっしゃるのかしら……あら?」

宮司「お許しください」

女神「心がこもってない。やり直し」

宮司「お許しください」

女神「そんなんで許されると思っとんのか?」

宮司「お許しください……」

巫女「えーと……おはようございます」

女神「よっ、たま子! 遅かったのう。まあこんな天気じゃ遅くもなるか」

巫女「これはカノッサの屈辱ごっこか何かですか?」

女神「お主が何を言っとるのかさっぱりわからんな」

宮司「女神様と雪合戦して負けたんですよ……それでこの仕打ち」

巫女「ああ、そういうことでしたか」

宮司(もう何度もこんなことやってるからあんまり驚かなくなってきたな)

巫女「それにしても宮司様のほうが負けちゃうんですねー。ちょっと意外かも」

宮司「だって私が投げた雪玉を全部神通力で止めるんですよこの方……それを機関銃みたいにどばどば撃ち返してくるんですから勝てるわけがないでしょ……卑怯すぎますよ」

女神「ふふん、神に喧嘩を売ったお主が悪いんじゃ。土下座しながら許しを乞うたのはお主のほうじゃったな」

巫女「容赦ありませんね……」

ずっと難産続きで投下頻度が著しく落ちてたけど最近勘が戻りつつあるかもしれない
頻度上がるといいね

女神「あー、楽しい。こんなに楽しいなら早いとこ神降ろししときゃよかったわ……へくしっ!」

巫女「あら、くしゃみですか?」

女神「んー、どうにも寒くてな……くしゅっ! うう、いかん。鼻が垂れてきよった」

宮司「はしゃぎすぎですよ。もう戻りましょう」

女神「そうじゃな。今のところはこのくらいで満足じゃし……へぶしっ!」

宮司「あーもう。くしゃみするなら口を押さえてくださいよ」

女神「わかったわかった……あ、そうじゃ。あやつは?」

宮司「あやつ?」

女神「ふぁ……あっ……くしっ!」

巫女「もしかしてひかるちゃんのことですか?」

宮司「ひかる……」

女神「おい宮司。まさかお主忘れちまったんじゃあるまいな? わしと同じくらいの背丈をした女の子じゃよ!」

宮司「わかってますよ。忘れるわけないでしょ、自分と同じ名前の子なんて」

女神「覚えとるじゃないかえ。お主のことじゃから忘れとんのかと思っとったが」

宮司「女神様じゃあるまいし、そう簡単に忘れてたまりますか」

女神「わしは記憶した物事を忘れることがないって言わんかったっけ? お主よりは記憶力がいいんじゃ。なめるでない」

宮司「ならおとといの夕飯言えますか?」

女神「…………」

巫女「女神様……」

女神「そっ、そんな目で見るなぁ! 忘れないのと瞬時に思い出せるのは別物じゃ! 時間かけりゃわしだって……! あっ、思い出したぞ! 天ぷら!」

宮司「それ三日前です」

女神「えっ、あれっ!? んんと……ちょっ、ちょっと待……あ、南蛮そばか! そうだ、そうじゃった。危ない危ない……駄女神とか言われたらかなわんからな」

巫女「最初に思い出せなかった時点で駄目なのでは……」

女神「あん!?」

巫女「ひい。なんでもありません」

女神「おとといの夕飯なんかよりも今日の来客じゃ。今日は来るかのう? あやつ……」

宮司「ひかるちゃんですか? 私にはなんとも……いつも通り気長に待っていればいいんじゃないでしょうか」

女神「最近見てないから会いたいのう。話を聞いてみたい」

宮司「まーたそんなことを……むやみに人と接触するのは避けてくださいよ。あなたと接触した人間には神の力が及ばなくなるんでしょう? ご利益が失われるのだけは避けてもらわないと」

女神「わかっと、くしゅっ! ……あーちくしょ。わーっとるよそのくらい。だいいわしの加護が受けられなくなんてことは年単位で接してなきゃ起こらんぞ」

巫女「え?」

女神「ちょいと話し込むくらいなら、そやつの記憶と未来を覗けなくなる程度で済む。気にしなきゃいかんのはそのくらいかのう」

巫女「あれ、そうなんですか? ならそこまで深刻に考える必要は無さそうですね」

女神「お主らのように御霊のままのわしが見えるような奴らに限っては、はなから未来も覗けないしわしの力は及ばんのじゃが……なあ、ちり紙ない?」

宮司「ティッシュでもいいですよね」

女神「ありがと。あー、次から次へと鼻が垂れてきおる……まあ、記憶と未来を覗くのはわしにとっての数少ない楽しみじゃから安易に人と接触しないように気をつけてはいる」

宮司「でも前にお守り買いに来た男の子に普通に話しかけたって言ってませんでしたっけ。それで記憶が覗けなくなったとも」

女神「……そんなことあったかのう」

宮司「とぼけても無駄ですよ。あなた記憶力は抜群なんでしょ」

女神「あーあー聞こえない」

宮司「……たま子さん、私はたまに思うんです。こんな神様に付き従っていくのが果たして正しいのかどうかと」

巫女「えっ、それは……き、着替えます! わたし着替えてきますね!」

宮司(あ、逃げた)

女神「たま子はおいといてじゃ、このわしに人と話すなってそりゃ無理だと思わんか?」

宮司「まあ無理でしょうね。寂しがりですもの、あなたは」

女神「じゃろ? じゃから一人ふたりくらいなら話とかしてもええかなーって思ったりしたわけでな。なにしろわしは寂しがりじゃからな!」

宮司「いばらないでください。たとえ一人ふたりといえど過去、未来を覗けなくなったら問題なんですから寂しいからってほいほいしゃべりかけないでくださいよね」

女神「わかっとるよ。でもわかってたってやっぱり人と話すのは楽しくてなあ……駄目だとわかっててもつい話しかけちゃうんじゃ」

宮司「まるでわかってませんね」

女神「わかっとるって! でもな宮司。頭では理解していても体が勝手に動いちまうってこともあるんじゃぞ」

宮司「それは詭弁です。理解してないから動くんですよ」

女神「……いつにもまして手厳しいな、お主」

宮司「私は宮司ですからね。氏子さん方の安全と幸福を保証しなくちゃならないんですよ」

女神「わしの幸福は?」

宮司「氏子さんの幸せはあなたの幸せでしょう?」

女神「勝手に決めるな。あー、でもそうといえばそうなんじゃが……うー。それでもやっぱり人と話すなってわしには無理じゃよ」

宮司「寂しがりにも程があるでしょう」

女神「だって何百年ひとりにされてたと思っとんのよ」

宮司「はあー……だったら私がいくらでも話し相手になってあげますよ」

女神「えー、お主とは話し飽きたからええわ」

宮司「…………」

女神「何で黙って歩いてくんじゃ、話の途中じゃぞ。おい、待たんか」

宮司「お前とは話し飽きたって言われましたのでね」

女神「確かにそうは言ったが」

宮司「じゃあたま子さんとでも話してればいいじゃないですか」

女神(……あれ? もしかしてこやつ拗ねとる?)

宮司「なんで私に構うんですか。飽きたんでしょ? ほら行った行った」

女神「……拗ねとんのか?」

宮司「す、拗ねる? この私がですか?」

女神「そうじゃよ」

宮司「ははは、馬鹿も休み休み言ってくださいよ。どうして私が拗ねなきゃいけないんですか?」

女神「ふふふ、お主もかわいいとこあるのう。構ってもらえんからって拗ねるだなんて」

宮司「ちょっと、誰がいつ拗ねたってんですか」

女神「そう拗ねなさんな! 飽きたのは事実じゃが嫌いになったのとは違うんじゃからのう」

宮司「だから拗ねてませんってば!」

女神「だいたいわしにはお主しかおらんしさー。嫌いになぞなるわけないじゃろ、好きなんじゃから」

宮司「ん、ふっ」

女神「ん? どうした?」

宮司(これはまた……不意打ちすぎる)

女神「口押さえちゃってどうしたってんじゃ……吐くのか? 吐きそうなんか?」

宮司「違いますよ! さっきまでぴんぴんしてたでしょ! なんで吐かなきゃいけないんですか!」

女神「じゃあなんでまだ口押さえとんのじゃ」

宮司「それは……まあ……秘密です」

女神「秘密ぅ? なんじゃ、なんかやましい事でもあるんか! 隠し事をする奴は嫌われるぞ!」

宮司(隠し事っていうか口元が緩みっぱなしなのを隠してるんですよ……!)




女神「なあ」

宮司「…………」

女神「なあ」

宮司「…………」

女神「ぐーうじー」

宮司「あーもう、聞こえてますよ。なんですか」

女神「聞こえとんなら返事くらいせんか」

宮司「今しました」

女神「けっ、憎たらしいやつじゃな」

宮司「何の用ですか。見ての通り私は忙しいんです」

女神「見ての通りってお主何もしてないじゃろ」

宮司「あなたにとって事務仕事は何もしてないように見えるものなんだと今はじめて知りましたよ」

女神「何しとんのそれ」

宮司「祭りの準備とでも言いますか」

女神「雛祭り?」

宮司「それとは関係ないやつです。うちは雛祭りに特別なことはしませんよ」

女神「ふーん……そういえば雛祭りで思い出した」

宮司「何ですか」

女神「節分……もうひと月近く前のことじゃが豆撒いてないのう」

宮司「それはあなただけです。うちではちゃんとやりましたからね」

女神「え?! 一人で何しとんのじゃ! ずるい!」

宮司「もちろん女神様も呼ぼうとしましたよ? でも夕方すぎまで爆睡してらしたのでやめたんです」

女神「…………」

女神「あーあ、豆喰いたかったなあ」

宮司「豆ならまだありますよ。食べますか?」

女神「んうぅぅ! お主はわかっとらんな! 別に豆が喰いたいわけではないんじゃ!」

宮司「なら食べないんですね」

女神「喰うけど!」

宮司(食べるんだ)

女神「喰うけどさあ……節分に喰ってこそ意味があるんじゃよ。毎日炒り豆かじってるとかそれただの鳩じゃろ」

宮司「べつに鳩だっていつも豆食べてるわけじゃないでしょ……」

女神「それに年の数だけ食べるっていうじゃろ」

宮司「はい」

女神「そんなに喰えん」

宮司「そんなに用意できませんから安心してください」

女神「うーん……そうなると誕生日ケーキに刺すろうそくも凄まじいことになるのう……ケーキとろうそくどっちが本体なんじゃかわからんくなりそうじゃな」

宮司「あなた誕生日とかあるんですか?」

女神「あ、でもろうそくの数にあわせてケーキをでかくすれば問題なさそうじゃ……となるとわしの誕生日ケーキは規格外の大きさを誇るってことになるのう、宮司! 次の誕生日が楽しみじゃわ!」

宮司「だからあなたの誕生日っていつなんですか? ないでしょう?」

女神「…………これまで相当長いこと生きてきたが……今ほど人間になりたいと思ったことはない」

宮司「人間になったら年齢も人相応になりますよ」

女神「ああ、そっか……うーん。ジレンマじゃなあ」

女神「うーん、人もいいが神も捨てがたい……どっちが正解だったのか……」

宮司「ところで女神様」

女神「あん?」

宮司「……なんでここにいるんですか?」

女神「神社に神がいちゃ悪いんか」

宮司「そうじゃなくて……さっきひかるちゃんを待つって言ってたじゃないですか」

女神「待っとるけど?」

宮司「外で待つもんだと思ってましたけど」

女神「寒いからいやじゃ」

宮司「なんて神様だ……」

女神「さっき外ではしゃぎすぎたせいかなんか寒気がするしさあ……なるべく屋根のあるとこで待ちたい」

宮司「くしゃみ連発してましたしね。冷えたんでしょ」

女神「はんてんとかどっかになかったかのう……」

宮司「こたつにでも潜っててください」

女神「そうする」

宮司「くれぐれも邪魔だけはしないでくださいね」

女神「んー」



宮司「……ふー、こんなもんか」

宮司「まだ微妙に雪降ってるな……明日には雨になりそうだけど」

女神「……」

宮司「女神様、この調子じゃ今日はずっと雪ですよ。ひかるちゃんも来ないんじゃないんですか?」

宮司「あの、聞いてますか? ……あれ」

女神「……すぅ……すぅ……」

宮司「寝てる」

女神「……」

宮司(黙ってれば可愛いんだけどな)

女神「ん……」

宮司「……なんであんなにやかましいのやら」

女神「……」

宮司「まあそれでも可愛いんだけど……」

巫女「宮司様ー」

宮司「わあ!!」

巫女「きゃあ!!」

宮司「びっ……びっくりした……」

巫女「ああ……それは私の台詞ですよ!! 何をそんなに驚いて……あら、女神様が寝ていらっしゃる」

宮司「聞かれたかと……」

巫女「ん? 何をですか?」

宮司「いや、あなたに聞かれるならまだいいんですけどね」

巫女「?」

話の途中ですがお知らせです。
突然なのですが、このSSは今日をもってHTML化となります。

原因はVIP Service使用料金の滞納です。
前々から滞納と支払いを繰り返してはいたのですが、三月分を未払いとしたことにより総計で半年分を滞納となりました。
半年分を滞納した場合にはその次の月はじめに通知をした後、立てたスレをHTML化すると利用条項に書いてあるのですが、失念しておりました。
日付の変わった二時間半ほど前に権限者様から直々にご通達を承りました。

このSSの扱いについてですが、先述のとおりこのスレはここで終了させ、HTML化させます。
これはVIP Service利用条項に記述されている通りの処理法です。
急ではございますが、ご理解の程をよろしくお願い致します。

なお、HTML化は即座に行われるわけではないそうです。
それまではまだ時間がありますので最後に少し投下をして終わりとさせていただこうと思っております。
長い間、誠にありがとうございました。
最後の話をごゆっくりとお楽しみください。

女神「宮司」

宮司「なんです」

女神「お主に言わなきゃいかんことがある」

宮司「なんですか」

女神「心して聞いてくれ」

宮司「だからなんなんですか一体。勿体つけないではやく言ってくださいよ」

女神「いや、その……わし高天原に帰ることになった」

宮司「え?」

女神「なったっていうか前から決まっとったことなんじゃが……わしらが地上にいられる期間は千年でな」

宮司「……え? 天上に戻るってことですか?」

女神「千年たったら天上で千年過ごさないとまた降りては来られん」

宮司「……あー。へえ、そういうことですか」

女神「わしが地上に降りてから今日でちょうど千年でのう……口惜しいが戻らなければいかんのじゃ」

宮司「なら戻ってくださいよ」

女神「……悲しくないんか」

宮司「そうは言われても、ねえ?」

女神「この薄情者」

宮司「だって四月一日でしょう? 今日は」

女神「……」

宮司「エイプリルフールにしちゃ嘘がお粗末すぎますよ」

女神「ちくしょう! わかっとったんか!」

宮司「わかるに決まってるでしょ」

女神「くそ……たま子にも試してくる」

宮司「たま子さんならあなたの後ろにいますけど」

巫女「はぁい」

女神「うわあ! 驚かすない! 背後霊じゃないんじゃから!」

巫女「すいません……」

宮司「しかしあの程度の嘘で騙せると思ってたとはねえ。浅はかですね」

女神「やかましいわ!」

宮司「あんなちゃちな罠に引っかかるわけ無いでしょう? つくならもう少しひねった嘘をついてほしいですね」

女神「くそ……嫌味な奴じゃな」

宮司「もういいですか?」

女神「あ、待て。でも実際どうなんじゃ」

宮司「なにがです」

女神「あれが本当だったらちょっとは驚くじゃろ? 悲しんだりしない?」

宮司「……いや、本当だったとしても毛ほども悲しくないですよ」

女神「なんじゃと?」

宮司「引き止めもしませんし、悲しんだりもしません。どうぞどこへでも行ってくださいと言うでしょうね」

女神「な……そんな言い草ないじゃろ!! このひとでなし!!」

宮司「人でないのはあなたでしょ」

女神「きぃぃぃぃぃ!! 揚げ足取りも大概にせえよ!! もういい!! お前がどっか行け!!」

宮司「じゃあそうさせていただきます」

女神「あーそうするがええわ! はよ往ね!」

女神「……なんじゃあいつ! 腹立つ!」

巫女「いつもの宮司様でしたね」

女神「あそこまで薄情な奴だとは思わんかったぞ! ほんと嫌味な奴じゃな!」

巫女「そんなに嫌味な人でしょうか……」

女神「そんなに嫌味な人なの!! 今もわしにどんなにひどい嘘をついてやろうかと考えあぐねているに違いないんじゃ」

巫女「あ、それは無いと思います」

女神「いや、なくはないじゃろ」

巫女「無いですよ。たぶんですけど」

女神「……なんでそう思うんじゃ?」

巫女「だって宮司様はもう嘘をつきましたもの。おそらくはそれで満足したと思いますよ」

女神「え? 嘘ついた? いつの間に? 教えてたもれ」

巫女「えーと……ふふっ、『知りません』!」

女神「あっ、こいつ! それ嘘じゃろ!」

巫女「嘘じゃありませんよー。知りませーん」

女神「どいつもこいつも馬鹿にしおって! お主も嫌味な奴じゃな! 教えろったら!」

巫女「うふふ、嫌ですよーだ!」

うぉううぉうびーなす 番外用の酉なくした
なんか一年前の焼き直しになった
というか一年経ったことに驚き
そういうわけでまだ続く

巫女「聞かれるって何をですか?」

宮司「聞いてないならいいんです。それよりも何か用ですか?」

巫女「あ、そうだ。ひかるちゃんが来たんですよ」

宮司「え? あの子が? 雪が降ってるのによく来る気になりますね……」

巫女「でも女神様は寝てらっしゃるんですよね」

宮司「……いいんじゃないんですか? 変に起こして接触されても困りますし」

女神「すー……」

巫女「寝入ってますねー」

宮司「はしゃぎすぎて疲れたんだと思いますよ」

巫女「ふふっ、子供みたいですね。無邪気な寝顔……」

宮司「実際には邪気たっぷりですがね」

巫女「またそういうこと言う……」

宮司「本当の事です。よっこいせ」

巫女「あれ? どちらへ? 雪かきですか?」

宮司「あの子のところですよ。雪かきもしますけど、せっかく来たのに一人ぼっちというのも寂しいでしょう? まったく、ここに縁のある女性陣はみんな手間がかかって困ります……」

巫女「手間だとか言ってますけどなんだかんだ動いてくれますよね。私、宮司様のそういうところ好きです」

宮司「私が女神様に言うようなこと言ってんじゃありませんよ……じゃあ女神様よろしくお願いします。まあほっといてもいいんですけど」

巫女「いってらっしゃい」

巫女「…………」

女神「ぐぅ……」

巫女「……かわいいなあ」

巫女「…………」

巫女「一緒に寝ちゃおうかしら……」



少女「……寒いなあ」

宮司「やあ」

少女「あ、おじさん。久しぶり!」

宮司「そう呼ばれるのも久しぶりだよ……」

少女「なんか、来たくなってなんとなく来ちゃった」

宮司「いつ来ても構わないけど、こっちは何もおもてなしできないよ?」

少女「いいよ。この場所が好きでわたしが勝手に来てるんだもん。でも……」

宮司「でも?」

少女「雪かきくらいしてほしいなあって思う。雪の中を歩くのって大変なんだよ?」

宮司「あ、やっぱりそう? 私もそう思って今から雪かきをしようかとね」

少女「もうお昼すぎだよ? そう思ってたのならすぐ行動に移さないとだめだよ」

宮司「はは、ごめんごめん。すぐにやるよ……しかし『この場所が好き』か。前もそう言ってたけど、いったいこの神社のどのあたりが気に入ってるんだい?」

少女「んー……」

宮司「あ、わからないなら別にそれでいいけど」

少女「よくわかんないけど……静かなところかなあ」

宮司「静か? ……言われてみれば確かにそうかもね。木が多いからか周りの音もそれほどうるさく感じないし」

少女「うん。でも静かっていっても音がしないだけじゃない……全部静か。景色も、空気も、時間も。全部静かなの」

宮司「お……なかなか面白いことを言うね」

少女「うふふ、最近読んだ本にこんな感じのことが書いてあったの。『うけうり』ってやつ?」

宮司「なんだ、びっくりした。詩人みたいだと思っちゃったよ」

少女「でもほんとよ? ほんとにそう思ってるの。私は一ヶ月くらい前にここに初めて来たけど、なんだかここだけ何年も、何十年も……ううん、それよりももっと前から変わってないような気がする」

宮司(確かにそんな気がするような、しないような……もしそうだとしたら女神様の影響かな? あの人はいつまで経っても不変の存在だし)

少女「なんだか不思議なところだよね」

宮司「そういうひかるちゃんも不思議な子だよね」

少女「そうかなあ?」

少女「私のどこが不思議なの?」

宮司「不思議っていうかね……大人びてる気がする。すごく落ち着いてるし、物静かだし」

少女「そうかなあ?」

宮司(歳とってても子供みたいな神様だっているっていうのに……)

少女「……雪やまないね」

宮司「ん? そうだね。傘さしたまま立ちっぱなしってのも疲れるし、そこ座る?」

少女「そこって?」

宮司「お賽銭箱の横。ちょうど屋根もあるしさ」

少女「いいの?」

宮司「どうぞどうぞ。うちの神様だってそんなことで怒ったりしないだろうし」

少女「ふうん……」

宮司「……そういえば神様のこと、信じてないんだっけ?」

少女「どちらかというとそうかもしれないけど……信じるとか信じないとかいう問題じゃないかも」

宮司「ん? そうなの?」

少女「だって神様ってほんとはいないじゃない? いないんだから信じる信じない以前の問題よ」

宮司「いないとは思わないけど……」

少女「おじさんは神主さんなんだからそう言うに決まってるじゃない」

宮司「うーん、そういうものなのかな。おじさんは生まれた時から神様はいるものだってずっと思って生きてきたからその感覚はわからないや」

少女「見たこともないのに信じるの?」

宮司「うーん、見たことがない。なんてことないんだけど……」

少女「え?」

宮司「むしろ見ない日のほうが少な……っと」

少女「神様見たことあるの? おじさん」

宮司「いやいやなんでもない……さっきのは忘れて」

少女「……おじさんも十分ふしぎな人だよね」

宮司(変人を見る目で見られている気が……)

少女「神様かあ……いたらいいのに」

宮司「あれ、神様は信じてないんじゃ?」

少女「神様がいるとは信じてないかもだけど、ほんとはいたほうがいいなって思ってるの」

宮司「う、うーん……なんだか複雑な考え方してるね」

少女「そうでもないよ? ほんとはいないけどいたほうがいいな。そう思ってるだけだもん」

宮司「えーと、神様を信じてないけど、ほんとは信じたいってことかな」

少女「んー、そうかも」

宮司「なんだかよくわからないな……」

少女「それはおたがいさま。わたしだっておじさんがなんで神様を信じられるのかわからないもの」

宮司「そんなものなのかな」

少女「そうだよ……あれ、雪だと思ったら雨になってる?」

宮司「え? どれどれ……あら、ほんとだ。雨じゃなくてまだみぞれみたいだけど」

少女「地面がびちゃびちゃになっちゃう前に帰ろうかな。足が水びたしになるのはいやだし」

宮司「となると今日はお帰りかな?」

少女「うん。また来るね」

宮司「どうぞ。またおいで」

少女「じゃあね」

宮司「…………」

宮司「あの子の扱いがだんだん上手くなってきているような気が……」

投下ペース上げるとかいう大嘘ついたお詫びに何か番外の短編を投下しようと思うのでネタおくれ
スレ番1500台まで落ちてたのを見てさすがに申し訳なさを感じた

それもそうだな
把握



宮司(うーん、それにしてもあの子。謎の多い子だ……)

宮司「……戻りましたよーっと」

宮司「あれ、返事がない……ああそうか、女神様は寝てるんだった」

女神「すー……」

宮司「まあよく寝る神様だこと」

巫女「すー……」

宮司「……ん? あれ?」

巫女「うぅん……」

宮司「……なんでこの人まで寝てるんだ? しかも女神様を抱きまくらみたいにして……」

女神「……」

宮司(ちょっと目を離した隙に何が起きたっていうんだ。というかこの体制……女神様寝づらくないのかな)

巫女「ふふっ、んふふ……」

宮司(で、どうしてこの人はこんなに幸せそうな寝顔してるの)

巫女「えへへ……」

宮司(……うちの女性陣はみんな黙ってれば可愛いんだよなあ。わがままだったりあほの子だったりと性格が残念なだけで)

宮司「それにしても幸せそうな寝顔だな……どんな夢見てるんだろうか……」

巫女「すぅ……」

宮司(……ってなんでこの人の寝顔を観察してるんだ私は……一応仕事中だし起こさないと)

宮司「たま子さん、たま子さん。起きてください」

巫女「んん……」

宮司「たま子さーん」

巫女「……すぅ」

宮司「たま子じゃ駄目なんだろうか……でも本名って何だったかなあ」

巫女「ん……ふぁ……」

宮司「あれ、起きた……?」

巫女「ん……?」

宮司「起きて……るのかな? もしもし? しゃきっとしてください」

巫女「うー、なによう……休みの日くらい寝かせてってば……」

宮司(あ、これ寝ぼけてるな)

巫女「おやすみ……」

宮司「おやすみじゃなくて、起きて!」

巫女「うぅー、だいじょーぶだってお父さん……」

宮司「ぷっ……ふふっ」

巫女「今日は休みなんだってば……? ん……ん?」

宮司「くっくっく……あ、おはようございます」

巫女「……え? あ、れ? ……宮司さま?」

宮司「はい」

巫女「……あっ、いやっ、私間違えて……てっきり父かと……! ご、ごめんなさいっ! 寝ぼうっ、寝ぼけてました! さぼってすいません! あ、あの、すぐ仕事戻りますんで! それじゃっ!」

宮司「あ、ちょっと待って……もう行っちゃったよ。なんで女神様抱いて寝てたのか聞きたかったんだけどな……」

宮司(しかし父と間違えるって……いくら寝ぼけたってそんなベタなこと起こるか? いや、たま子さんレベルのあほの子ならやりかねなくは無いけど……)

宮司(……あの寝ぼけた表情可愛かったな)


巫女(あああああああ!!! あぁー!! もー! 嫌ぁ! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! 顔から火が出そう! あんな情けない姿を家族でもない人に見せるなんて! もうお嫁行けない!! うー!! 誰か私の記憶を消して!!)

女神「ん……うぅ、ん」

宮司「あれ、女神様もお目覚めですか?」

女神「あー……? あー、うん……何?」

宮司「おはようございます」

女神「…………うん?」

宮司「寝ぼけてます?」

女神「いや大丈夫……」

宮司「なんか話が微妙に噛み合ってませんね。寝ぼけてるでしょ?」

女神「うー……」

宮司「……」

女神「……おはよう」

宮司「おはようございます」

女神「ここどこ……ああ、こたつか……え、今何時?」

宮司「六時です」

女神「九時?」

宮司「く、じゃなくてろく。六時です。十八時って言ったほうがいいですか?」

女神「ああ、六時か……」

宮司「……」

女神「……九時と宮司って似てると思う」

宮司「やっぱ寝ぼけてませんか?」

女神「そうかもしれん」

宮司「ところで、なんでたま子さんに抱きかかえられて寝てたんですか?」

女神「……え? そんなことになっとったの? なんで?」

宮司「私が聞いてるんですけど……当の本人がわからないんなら私にわかるわけないでしょ」

女神「それもそうじゃな。ふーん、抱きかかえられとったのか……ってことはたま子も寝てたんか?」

宮司「ええ、子供みたいに無邪気な寝顔でしたよ。女神様とは大違いですね」

女神「ふん! わしゃ子供じゃのうて女神じゃからな。童子のようでなくて結構。むしろ喜ばしい限りじゃわ」

宮司「容姿はどこからどうみても子供のそれですよ」

女神「やかましい! わかっとるよ! いちいち声に出さなくてもええじゃろ! ええい、人が気にしとることを!」

宮司(だから人じゃないのに)

女神「くそう……なんで姿は変えられんのじゃ……わしだってアマテラスのばっちゃみたいな大人の魅力溢れる女性の姿で現れたかったのに……」

宮司「あれ? 女神様って自分の姿変えられないんでしたっけ? 神様といったらいろんな姿に化けるイメージが……」

女神「できる奴はできるが……わしゃできん。まったく無理ってわけでもないが、せいぜい髪の長さ変えるとかそのくらいしかできんのよ。だいたい化けられるんならこんな姿になったりはせん」

宮司「子供っぽいのは嫌なんですか?」

女神「嫌に決まっとろうも。この容姿のせいで天上でも馬鹿にされたんじゃぞ……別に幼い容姿の神がわしだけというわけではないが……なあ、お主はどう思う?」

宮司「その姿をどう思うかってことですか? 大人っぽくは見えないとは思いますよ」

女神「うう……やっぱそうなのか」

宮司「顔も体格も子供ですから。ついでに言うと性格も子供ですよね」

女神「ここぞとばかりにずけずけ言いよるな。そこまで言うことないじゃろ!」

宮司「でも本当のことですよね」

女神「本当のことでも言っちゃいけないことと悪いことがあるって言われたじゃろ! これは言っちゃいかん事! くれぐれもわしが嫌がるようなことは言わんように! ええな!」

宮司「そんなわがままな……」

女神「ふんだ。わしゃ子供じゃからわがままでもいーの!」

宮司「都合の良い時だけ子供ぶらないでくださいよ。やっぱり性格も子供ですね」 

宮司「まったく、これで神様だっていうんだから呆れる。これじゃあの子のほうがよっぽど大人じゃないですか」

女神「ん? あの子って?」

宮司「あの子ですよ」

女神「あの子じゃわからん」

宮司「相談しますか?」

女神「相談はいいから誰だか教えんか」

宮司「一人しかいないでしょ」

女神「たま子?」

宮司「違いますよ……ひかるちゃんです」

女神「ああ、なるほど」

宮司「さっきもひかるちゃんが大人びてるという話を本人としてきたばかりですし、よけいに女神様の子供っぽさが目に付くというか……」

女神「本人とねえ……って、えっ、あやつ来とるのか!? いつ来たんじゃ!?」

宮司「あなたが起きる直前までいました」

女神「いましたじゃと!? ってことはもう帰っちまったのか!?」

宮司「ええ、なんでも雪が雨に変わって足がびしょ濡れに前に帰るとか」

女神「ええーっ!! 待っとったのに……なんでわしを呼ばんかったんじゃ!」

宮司「呼べなんて言ってましたっけ」

女神「言っちゃおらんけど……! んうぅぅ! 気のきかんやっちゃな! そのくらい察しろっちゅうんじゃ!」

宮司「そういわれても。あなたが寝てたのが悪いんじゃないんですか?」

女神「ぐ……そうかもしれんが……ちっ、仕方ない。また次来た時は必ずわしを呼ぶこと! いいな!」

宮司「はいはい、わかりましたよ……」





宮司「あー、やっぱり凍ってるな……」

巫女「何が凍ってるんですか?」

宮司「昨日降った雪ですよ。あの後の雨で水気を含んで、夜の内にそれが凍ったみたいです。あたり一面スケートリンクみたいになってます」

巫女「ああ、雪ですか! 私も今日ここに来るまで道が凍ってて何度も転びそうになりましたよ……」

宮司「あー、駄目だ。思ったより頑丈で砕けない……これは誰か来たら滑るかもしれません。ちょっと危ないな」

巫女「これだけ歩き辛いと今日はみんな外に出るのを控えると思いますよ。人もこないんじゃないですか?」

宮司「来ないならそれでいいんですけど……」

女神「ぐーじぃ……」

巫女「あっ、おはようございます女神様! ……あれ、どうかしましたか? どうも顔色が優れないようですけど」

巫女「なんだかな、だるいんじゃ……」

宮司「だるいのはいつものことでしょ」

女神「頭いたい……喉も……」

巫女「あら……」

宮司「……ちょっとおでこ出してください」

女神「う……」

宮司「あー……熱がありますね」

巫女「風邪でしょうか?」

宮司「おそらくそうかと」

宮司「神様が風邪ねえ……神力でなんとかならないんですか? 確かちょっとした体調不良なら気合で治るとか言ってませんでしたっけ?」

女神「げふ……それができるならとうにやっとるわ……どうもそこそこ重症みたいでっ、げっ、げほ、ごほっ」

巫女「あっ、大丈夫ですか? なんでまた風邪なんか……」

宮司「昨日の雪遊びのせいでしょう。鼻を垂らしてましたし、くしゃみだってしてましたからね」

巫女「それはわかるんですけど……この方は神様なわけじゃないですか。神様が病気になるだなんてそんなことありえるんですか?」

宮司「まあそれは私も思いましたけど、現に病気になってる神様がここに一柱いるじゃないですか」

女神「げほ……」

巫女(納得できたようなできないような)

宮司「女神様、とりあえず今日は安静にしましょう。布団に戻って横になればいくらかましになると思います」

女神「うぅ……なんか今日は優しいな」

宮司「病人相手なんですから当たり前でしょう。それともいつもどおり扱ったほうがいいですか?」

女神「それは勘弁……ごほ。ああ、くらくらする……」

巫女「大丈夫ですか? 大丈夫じゃありませんよね。私がおともしますから、布団に戻って寝てましょ?」

女神「うー、すまん……」

宮司(しかし風邪か……神様が人の病気にかかるってのはちょっとあり得ないよなあ。やっぱり神よりも人になりつつあるんじゃなかろうか……でも御霊の状態と違って肉体があるわけだし病気も怪我もするのかな? わからん……)

女神「うぅ……地に足がついとる感覚がない。なんかふわふわしとる……」

巫女「熱のせいでしょうか」

女神「布団までのせいぜい十数メートルがこんなにも遠く感じるとは……」

巫女「お辛いでしょうがもう少しの辛抱です! ほら、着きました!」

女神「ぐぁ、やっとか……もーだめじゃ動けん……げほっ……あぁ、布団はええのう。ちょっと元気になった気がする」

巫女「あ、寝る前に着替えときましょ? 着物のままだと汗かいた時に面倒なことになっちゃいますよ」

女神「立ち上がる気力がない……」

巫女「なら私が立ち上がせてあげますから。ほーら、ぐいーっと……軽いですね女神様。ちゃんと食べてますか?」

女神「この体躯じゃ軽くてあたりまえじゃろ……くそう、こんなことなら寝間着のままでいりゃよかった……」

巫女「着替え手伝いますよ」

女神「巫女装束とは勝手が違うが……わかるんか?」

巫女「だいたいはわかります!」

女神「じゃあ帯緩めてくれんか……手に力がはいらんのじゃ」

巫女「はい! こうですね!」ギュゥゥゥ

女神「いだだだだだだバカバカ締まっとるそれ締まっとるから逆逆逆」

巫女「ん? 間違ったかな……」



宮司「氷まくら持ってきましたよ……あれ、なんだかやけに元気がありませんね。やっぱり重症のようですね」

女神「ぜえ、ぜえ……はぁー……ああ、『重傷』じゃよ……こやつのせいでな」

巫女「も、申し訳ございません……あ、あの、私もう戻りますから……宮司様、あとはよろしくお願いします……」

宮司(一体何があったんだ)

>>309
この火炎呪文に、燃やせないものなど何一つ無い!
――灰になった火炎術師の最期の言葉

誤爆 2nd style

宮司「はい、氷まくらです。頭上げて」

女神「うぅ、すまんの……」

宮司「一応風邪薬も飲んでおきましょうか。咳止め程度の効果しかありませんけど、少し楽になると思います。はい、口開けて」

女神「あ……」

宮司「はい、麦茶。一息に飲み込んじゃってください」

女神「んぐ……っはぁ」
 
宮司(飲ませておいてなんだけど、神様に薬って効くんだろうか。まあ気休めってことで……)

宮司「これマスクです。これで喉と鼻がいくらかましになるでしょう」

女神「うむ……」

宮司「麦茶とタオルここに置いときます。汗かくと思うんで」

女神「わかった……」

宮司「あー、汗かいたときは塩分も補給しなきゃいけないんだっけ」

女神「……」

宮司「とにかく気分が悪くなったらすぐに呼んでください」

女神「げっほ、げほ……わかった」

宮司「寒気はしますか? もし寒いなら毛布をいくらか持ってきますが」

女神「いや、いい……」

宮司「他に何かしてほしい事はありますか?」

女神「……いろいろしてくれるのはありがたいが……げほ。今はほっといてくれんか……ちょっと頭痛くて……話すのが辛いんじゃ」

宮司「あ……なんかすいません、押し付けがましくて。今出ていきますので」

女神「いや、こっちこそすまん……」

宮司「……お節介がすぎたかな。おや、たま子さん。部屋の外に居たんですか」

巫女「ええ」

宮司「なんかにやついてません?」

巫女「いや、まるでお父さんだなあって思いましてね。過保護なくらいですよ」

宮司「おじさんとかお父さんとか最近歳を感じさせる言い回しをよく聞きますね……」

巫女「じゃあお兄」

宮司「それは駄目です!」

巫女(おもしろい)

宮司「はー……だいたい病人に対して過保護もくそもないでしょう? 心配なだけです」

巫女「でも病気だってことを考慮してもあれはやりすぎですって。しつこいくらいでしたもの。心配なのはわかりますけど、しつこいのは女神様に嫌われますよ?」

宮司「嫌われるのと引き換えに元気になるんならいいんじゃないですかね。まあほっといてくれって言われましたけど」

巫女「あらまあ、随分と献身的なことで……そんなに心配ならつきっきりで看病してあげてくださいよー。ねえ? 神社のほうは私がなんとかしますから」

宮司「何を言ってるんですか……私の役目を放り出すわけにはいかないでしょ」

巫女「祭神様の面倒を見るのも仕事の内だと思いますよ?」

宮司「そうだとしても女神様がほっといてくれって言ってるんだから、そうしておいたほうがいいじゃないですか。世話の焼きすぎも考えものです」

巫女「宮司様がそれ言っちゃうんですか」

宮司「いけませんか?」

巫女「いえ、別に?」

宮司「なら問題ありませんね。さあ、いつまでもこうしてるわけにはいきませんよ。女神様がいなくても神社は平常運転ですからね。持ち場に戻った戻った」

巫女「はーい」



巫女「持ち場に戻れとは言われたものの……」

巫女「やっぱり誰も来ないんだよねえ。こんなに地面が凍ってて歩き辛い日に、わざわざ神社に来る方なんてこのご時世にはいませんよね……ただでさえあまり人が来ませんし……って、やだ。私だれに話してんだろ……」

巫女(……掃除くらいしかやることがないなあ。でもいつも隅々までやってるから掃除するところがない……)

巫女「女神様はどうしていらっしゃるのかしら」

巫女(誰も来ないならちょっとくらい授与所空けても平気よね? 誰かが来たなら呼び鈴鳴らすだろうし……でも駄目かな? 勝手に空けたら宮司様に怒られるかしら……許可をとればいいんだけど)

巫女「そういえば宮司様は何してるのかなあ」



宮司「はあ……今日は随分と手が空きそうだなあ。で、こういう日に限って予定が入ってない。ある意味ちょうど良かったのかな? 不幸中の幸いというか……」

宮司(いつもならこういう時には女神様がどうでもいいような話を投げかけてきたりするんだけど……)

宮司「…………」

宮司「……女神様がいないと静かだな」

宮司(いや、別にだからなんだってわけじゃないけどさ。どうもあのやかましいのがいる日常に慣れちゃうと……なんというか寂しい)

宮司「早く元気になればいいんだけど……」

宮司「……はー、なんか落ち着かないな」

巫女「宮司様ぁー」

宮司「あれ、何か用ですか? たま子さん」

巫女「用があるってわけじゃないんですけど……」

宮司「女神様のことですか?」

巫女「……まだ何も言ってないのに」

宮司「……そうかなと思いまして」

巫女「でもまっさきに出てくるなんて」

宮司「今はそれくらいしか話題が無いじゃないですか。別に他意はありませんよ」

巫女「わざわざ他意はないっていうあたりがねえ……」

宮司「なんですかその疑惑の眼差しは……」

巫女(なんだかんだ宮司様って女神様大好きなのよねー……)

宮司「あー、もう! 私よりも女神様でしょうに。女神様がどうかしたっていうんですか?」

巫女「ああ、そうでした。ほら、女神様は今日何も召し上がっていませんよね?」

宮司「そうですね。起きるなり布団へとんぼ返りですから」

巫女「で、もうすぐお昼ですよね?」

宮司「ええ」

巫女「女神様のお昼ご飯はどうなさるおつもりですか?」

宮司「とりあえずお粥でも作ろうかと思ってますけど、今のあの方に食欲があるかどうか……」

巫女「それ、私に作らせてください!」

宮司「え?」

巫女「私も何かお役に立ちたいんです! 女神様が苦しんでいるというのに何の役にも立てなかったら神様にお仕えする者として失格ですもの!」

宮司「別に構いませんけど……」

巫女「……? なんですか、そのなんともいえない表情は」

宮司「いや……料理とかできるのかなと思って」

巫女「む、失礼な! できますよ!」

宮司「ゆで卵は料理にカウントしないって言ったら?」

巫女「……できます! 馬鹿にしないでください!」

宮司(なんだ今の間は)

宮司「失敗する姿しか想像できないんですけど……」

巫女「私だってお粥くらい作れますから! 目にもの見せてあげますよ!」

宮司「……不安だなあ」

宮司(とはいえ……一番失敗しそうな方が失敗しなかった前例があるから平気かな)


女神「へっくし……うう、寒……」



巫女「女神様。気分はいかがですか?」

女神「……たま子か。おかげさまで少しはましになった……なんじゃ、その手に持っとるのは」

巫女「お昼ご飯です」

女神「うー、どうも食欲が湧かんでな……」

巫女「食べなきゃ駄目ですよー。朝ごはんだって食べてないんですから……食べないと倒れちゃいます」

女神「もう倒れとるが……いや、わしだって腹は減っとるよ。じゃが喰える気がせんのじゃ」

巫女「お粥でも入りそうにありませんか?」

女神「お粥?」

巫女「はい。私が作りました!」

女神「ふぅん、たま子が作った粥か……」

巫女「はい!」

女神「……たまご粥?」

巫女「えっ、見てないのにどうしてわかったんですか? 匂い?」

女神「いや、たま子じゃからそうかなって……うん、ありがとう。せっかく作ってくれたんじゃし、ちょっと喰ってみるかのう」

巫女「体起こすのきつくありませんか?」

女神「いや、平気じゃ。ほれ、早う粥をこっちによこさんか」

巫女「はい、あーん」

女神「……別に自分で喰えるんじゃが」

巫女「まあまあそう言わずに。看病と言ったらこれでしょう? こうやって風邪で弱った人にあーん、だなんて……憧れるシチュエーションですよね!」

女神「お主なんか楽しんでない? まあいいか……あぐ」

巫女「どうですか?」

女神「ふむ……ん? これは……!」

巫女「どうかしましたか?」

女神「ちょいと器貸してくりゃれ……よっこらしょ」

巫女「なんで立ち上がる必要が、って、え、どこ行くんですか!? 安静にしてないと……ちょっと待って! ほんとにどこ行くんですか!?」

女神「わしの舌が馬鹿になってないかを確かめに行くんじゃ!」

巫女「意味がわかりません! ああもう、なんて素早いの……」

女神「おい宮司! 宮司はおるか!」

宮司「呼びましたか? ……ん、あれ? なんで歩き回ってるんです? あら、たま子さんまで」

巫女「はぁ、はぁ……なんで健康体の私よりも走るのが早いのかしら……」

女神「ここにおったか!」

宮司「いや、おったか、じゃなくて。女神様、安静にしてろって言いましたよね? 風邪ってのはちょっと体調が良くなった時に無理をするとひどくぶり返すんですよ」

巫女「もっと言ってあげてくださいよ……女神様ったら風邪ひいてるのに急にこんな……」

女神「説教は後で聞く! ひとまずこいつを喰ってみろ!」

宮司「……たま子粥、じゃない。たまご粥ですよね? なんでそんなことを……」

女神「喰えばわかるから! じゃから喰え!」

宮司「まるでわけがわからん……女神様、これ食べたら布団に戻ってくれますか?」

女神「うん」

宮司「わかりました。じゃあ食べますから蓮華貸してください」

女神「……な、なあ、わしが食わせてやろうか?」

宮司「いや、自分で食べられますから。あぐ」

女神「あっ……ふん、まあええわ。そっちは本題ではないからな。味どうじゃ?」

巫女「味? 味がどうかしたんですか? あ、もしかしてお口に会いませんでしたか……」

宮司「……甘い、ですね……これ。たま子さん、あなたまさか台所の三温糖を……」

女神「じゃよな!? 甘いよな!? これ絶対に砂糖と塩間違えとるよな!! こやつ三温糖と食塩間違える天然記念物級のバカじゃわ!!」

巫女「え!? そんなはず……げほっ、甘っ!! 嘘っ!? 間違えた!?」

宮司「ここまで甘いってことはそうとうな量を入れたでしょ、たま子さん……もしこれが塩だったとしても、それはそれで悲惨なことに……」

女神「病人になんつーもん喰わせようとしとんのじゃ……味見とかしないんか? というか上白糖ならまだわからんこともないが塩と三温糖は間違えようがないじゃろ……」

巫女「う、ううぅ……ごめんなさい……」

巫女(違う、違うの……普段はこんなことしないのよ……ただちょっと女神様に直接的なご奉仕ができると思ったらなんだか舞い上がっちゃってちょっと手元が狂って……)

宮司(期待を裏切らない娘だなー)

巫女(ああ、ちょっとじゃすまないほど狂ってるからこんなの言い訳にもならないわよね……)



女神「と、まあそんな感じで、昨日はさんざんな目に合わされたわけじゃ。お主も知っとろうが」

宮司「はい」
 
女神「とはいえ昨日は食欲が無かったし、飯にありつけんでもそれはさしたる問題ではなかったんじゃ」

宮司「はあ」

女神「じゃが今日は違う! まだだるさは残っとるが、腹は減っとる!」

宮司「飯をよこせと言いたいんですね」

女神「そういうことじゃ! 昨日食ってないぶん余計に腹が減ってのう。お腹と背中がくっつきそうなくらいじゃよ」

宮司「また大げさな……まあご飯が食べたいのはわかりました。用意しますけど、何か食べたいもの……」

女神「待った!!」

宮司「どうしました?」

女神「……たま子にだけは作らせんといてくれんか」

宮司(あー……)

女神「わかるじゃろ? な?」

宮司「……わかりました」

女神「お主が話のわかるやつで助かる」

宮司「で、何か食べたいものはありますか?」

女神「特別喰いたいもんがあるわけではないが……」

宮司「そうですねえ。それならまだ熱もありますしうどんとかで様子見ってことでもいいですか」

女神「んー、それでも構わんが……昨日お粥食いっぱぐれたから米が恋しいんじゃよなあ」

宮司「それなら雑炊でも作りましょうかね。用意してきます」

女神「うい。すまんの」



巫女「宮司様」

宮司「なんでしょう」

巫女「どうしても駄目なんですか? 手伝っちゃいけませんか?」

宮司「女神様からの要求ですので……すいません」

巫女「卵を割るのも? ネギをちらすのも駄目なんですか? 味にかかわらなければ大丈夫でしょう? なんでもいいのでお手伝いさせてくださいませんか……」

宮司「すいません、もう完成しちゃいました……」

巫女「…………ぐす」

宮司「あー、もう。泣かないで……まあ、あんまり気にしないほうがいいですよ……」

巫女「うぅ……女神様ぁ……」

宮司「できましたよ」

女神「お? 早いな」

宮司「そうですか? 別に早くできた気はしませんけどね」

女神「見せてみ……うっ」

宮司「?」

女神「……たまご粥、いや……卵雑炊? おい、お主まさか……」

宮司「そうびくびくしないでくださいってば……卵が入ってたらなんでもたま子さんが作ったってわけじゃないんですから。私のお手製ですよ」

女神「ならええんじゃが……本当か?」

宮司「そこの襖の蔭に隠れてこっちを恨めしそうに見ている人に訊いてみたらわかるんじゃないですか?」

巫女(うぐぐぐ……何の役にも立てない自分が悔しい……)

女神「……いや、なんかあの表情でなんとなく嘘じゃないってわかったからええわ」

宮司「それはよかった。じゃあ……雑炊、ここ置いときますから」

女神「へっ? ちょっと待て」

宮司「はい?」

女神「……え? 食わせてはくれんのか?」

宮司「はあ? 自分で食べられるでしょうが」

女神「看病といったら病人にあーん、がつきものだって聞いたんじゃが」

宮司「誰に聞いたんですかそれ……そんな恒例はありません。だいたいあなたそんなに元気なんだから看病もくそもないでしょ」

女神「……ごほ! ごっほん! あー、おほん! 風邪がひどくなった気がする。あー喉が痛い」

宮司「なるほど、それならこれも食べられそうにありませんね」

女神「あー待って! うそうそ! 下げないで!」

女神「ったくもう……! なんでそうお主は冷たいんじゃ! もうすこしわしに優しく接そうとか考えんのか?」

宮司「最大限優しく接してるつもりですけど……まあ甘やかしすぎて調子に乗られても困るので」

女神「相手は病人じゃぞ!? 少しくらい調子に乗らせてくれてもええじゃろ!」

宮司「あなたの場合は少しと言わず、思いっきり調子に乗るじゃないですか。だから駄目です。雑炊は自分で食べるんですね」

女神「ぶー! ケチ!」

宮司「ケチで結構」

女神「ケチンボが……どうしても駄目か?」

宮司「ええ、どうしても駄目です」

女神「……うぅ」

宮司「ん……え? ちょ、なに泣いてんですか……」

女神「後生じゃから……後生じゃからさ……」

宮司(うっ……こう、上目遣いで泣きそうになりながら頼み込まれると……)

女神「頼む……」

宮司「はー……一回だけですよ!」

女神「よっしゃあ! さすが宮司! わかってるぅ!」

宮司「ちょっ、ちょっと待った! 元気になりすぎじゃありませんか……あ、まさか今のは演技だったんですか!?」

女神「へっへーん! あんなお粗末な泣き落としにひっかかる阿呆が悪いんじゃ! ちょろいわ、雑魚が! バーカバーカ!」

宮司「ここぞとばかりに煽らないでください! くそ、女神様のくせに頭を使うとは……!」

女神「おい! さりげなくいつもは頭使ってないって貶すのをやめんか! いいから早くわしに雑炊を献上しろ!」

宮司「あああ! くそっ、わかりましたよ観念しますよ! まったく、偉そうにしちゃって!」

女神「偉そうなんじゃなくて、ほんとに偉いんじゃって何度言わせんのじゃ!」

宮司(あーあ……せっかく毅然とした態度でつっぱねてたのに台無しだよ……)

巫女(宮司様って……女神様に甘いというか弱いというか……うーん、見てて面白い)

宮司「ったく……なんで私がこんなことしなくちゃいけないんですか」

女神「とか文句いいつつやるあたり律儀じゃなあ。お主、なんだかんだで優しいよな」

宮司「……余計なことは言わなくていいです。ほら、さっさと口開ける!」

女神「あー」

宮司「……」

女神「ほぇ? ほうひは?」

宮司「どうしたって言われても……どうもしませんけど」

女神(わしの言ったことじゃが、よく聞き取れたなこやつ……)

宮司「ただ、そうやって口開けてご飯待ってる姿がなんだかツバメのヒナみたいで面白いな、と思いまして」

女神「ほう」

宮司「おや、ツバメかと思ったらフクロウでしたか」

女神「別にそういう意味でほう、と言ったわけではないわ。いいからはよせんか」

宮司「わかりましたよ……はい、あーん」

女神「あぐ」

宮司「……」

女神「……ほへ、おいひい」

宮司「食事中に喋らないでください」

女神「すまん。でもこれほんと美味しい……」

宮司「たま子さん特製砂糖粥の後に味わった初めての食事だからじゃないんですかね」

女神「いや、それ抜きにしても旨いぞ」

宮司「……ありがとうございます」

女神「おい、せっかく褒めてんのじゃからもっと喜ばんか」

宮司「これ以上は無理です」

女神「無理ってことはないじゃろ。もっと嬉しそうな表情するとかあるじゃろ」

宮司「いや、無理です」

女神「ふん……つれない奴じゃな」

宮司(一度表情を崩したら、にやけっぱなしになったまま戻らない気がするからです。とは言えないな……)

宮司「……まだ食べますか?」

女神「あん? もちろん食べるが」

宮司「……じゃ、はい。あーん」

女神「え? あれ? 一回だけとか言っとらんかった?」

宮司「気が変わりました。喋らないで黙々と食べるというのなら食べさせてあげます」

女神「んー? ……どういう風の吹き回しじゃ?」

宮司「いらないんですか?」

女神「待て待て、わかったわかった! せっかちじゃのう」

宮司「はい、あーん」

女神「あぐ……うん、うまい! ……お主も喰うか?」

宮司「私? 私はいいですよ」

女神「まあまあ遠慮するない……貸せ、わしが喰わせてやろう。ほーら、あーん」

宮司「いいですってば……やめてください」

女神「なにがそんなに嫌なんじゃ?」

宮司「恥ずかしいから……」

女神「恥ずかしいからわしの飯が喰えんというのか? 許さん! 喰え! どうしても喰わんというのなら貴様の子孫を末代まで祟ってやるぞ!」

宮司「んな無茶な! 自分の力と地位を悪用しないでくださいよ! というかあなたが作ったわけじゃないのにわしの飯って言わないでください!」

女神「渡してくれた時点でわしのものになったからええの。神もパワハラする時代になったと思って諦めんか。ほれ、口開けろ。開けんのなら鼻から詰め込むが」

宮司「わかりましたよ! まったく、わがままなんだから……!」



巫女「うぐぐぐ……なんで私がいないとあんなに楽しそうなの……私、いないほうがいいのかなあ……あぁ、泣いちゃだめよ私。これは試練なのよ……」

宮司(食べたり食べさせたりで、結局最後まで付き合ってしまった……意志が弱いな、私は)

女神「ふう……」

宮司「これで満足ですか?」

女神「うむ、満腹になった……なったが……」

宮司「まだ何かあるんですか?」

女神「ちょっと気分が悪うてな……うげ、食いすぎたんじゃろうか」

宮司「勘弁してくださいよ……気持ち悪くなるまで飯を食べる必要がどこにあるってんですか」

女神「別に気持ち悪くなるまで喰おうとしてたわけではない。喰うのに夢中になっててな……」

宮司「夢中ではなく必死というんですよ、そういうのは」

女神「うー、ちょっと風に当たりたい……縁側まで肩貸してくれんか」

宮司「世話が焼けますねえ、まったく」

女神「……昨日は世話焼きまくっとったぞ」

宮司「それもこれとはまた違いますから」

女神「何も違わん……」

宮司「それが違うんですよ。ま、女神様にはわからないかもしれませんけど」

女神「……知らん」

宮司「なんかだんだん口数が減ってませんか?」

女神「……」

宮司(余裕がないくらいに気持ち悪くなってきてるのかな……)

女神「……早いところ連れてってくれんか」

宮司「そんなにせかさないでくださいってば……」

宮司「はい、縁側です。気が済むまでいつまでもいてください」

女神「うー……」

宮司「……顔色悪いですよ」

女神「だから、気持ち悪いって、言っとるじゃろ……」

宮司「想像以上につらそうな顔してますね……冷や汗かいてますし」

女神「……いかん、なんか急に……きた」

宮司「大丈夫ですか? んー、布団戻りましょうか」

女神「や、やめ、で」

宮司「え? ……動くのもつらい感じですか?」

女神「……」コクコク

宮司「喋るのもつらいみたいですね……」

宮司(涙目になってるもんな……これはちょっとやばいか……)

宮司「……ああ、無理に喋らなくてもいいです。背中さすりましょうか?」

女神「……」コクコク

宮司「ほーら、落ち着いて……深呼吸しましょうか。気分が良くなってきますよ」

女神「……ぅ」

宮司(こんなんじゃダメか……)

女神「う、うっ……おぇっ……」

宮司「吐きそうなんですか? 吐きそうなら我慢しないで吐いちゃってくださいね……たま子さん、たま子さーん。ちょっと来てください、女神様が……」



宮司「……どうです、たま子さん。女神様の具合は」

巫女「んー、食べすぎて一時的に気分が悪くなっちゃっただけみたいですよ。今はもう落ち着いてますし。普段の女神様ならあんな量、屁でもなかったんでしょうけど、まだ治りかけですからねえ」

宮司(私のせいだな……女神様に褒められたのが嬉しくて、調子に乗って食べさせすぎた。まだ治ってないのを考慮したら、途中で止めるべきだったのに……)

巫女「宮司様、自分のせいだとか思ってませんか?」

宮司「……なんでそう思うんですか?」

巫女「いつもの宮司様なら『食い意地がはってるからこうなるんです。自分の体なんだから体調管理くらい自分でしてほしいですよ』とかなんとか言うはずですから」

宮司(う……確かに私に非が無かったらそのくらいは言うかも……)

巫女「別に誰のせいでもないんですから、あんまり自分を責めるのはやめてくださいね」

宮司「そんなことしませんよ……」

巫女「ならいいんです。ところで、さっきお伝えしたとおり、女神様の状態は落ち着いてます。でももしもっと具合が悪くなりでもしたらどうします?」

宮司「どうしますって? 何をですか?」

巫女「病院、連れて行かれます?」

宮司「……あの方を病院には連れていくのは無理ですよ」

巫女「え? どうしてですか?」

宮司「考えてもみてください。あの方は神です」

巫女「……?」

宮司「もっとわかりやすく言いましょうか。あの方は人間ではないんです」

巫女「あ……まさか!」

宮司「……気が付きましたか?」

巫女「いや、でも……ああ、そんな……」

宮司「あなたの思っているとおりですよ……そう、あの方は人ではない。すなわち……」



宮司「保険が降りないんですよ!! 保険無しの診察代なんていくらになるかわからないんですから、あの方を病院に連れて行くわけにはいかないんです!!」

巫女「保険証なんて持ってませんもんね。戸籍がないんじゃ作れるわけありませんし……その前に女神様の本籍地ってどこなんでしょうか?」

宮司「天上がどうとかよく言ってますし、高天原じゃないんですかね?」

巫女(女神様の戸籍謄本がもしあったら、神話的な内容になるのかなあ……)

宮司「で、今はどうしてるんですか?」

巫女「どうしてるって?」

宮司「何をしているのかなって」

巫女「え? 別に何をしてるってわけでもありませんけど……強いて言えば宮司様とお話を」

宮司「……あなたじゃなくて女神様のことなんですが」

巫女「え? あ、ごめんなさい……女神様ならこの襖の向こうでぐっすりと寝込んでますよ」

宮司「そうですか……」

巫女「……あれ? 呼び鈴鳴ってませんか? ほら、ビーって」

宮司「ん? ……あ、鳴ってますね。誰か来たんでしょうか」

巫女「私が見てきますよ。宮司様は女神様の様子を見ていてくださいますか?」

宮司「わかりました」

宮司(……とはいえ、何を見てろって言うんだろうか。寝てるんなら様子を見るもなにもあったもんじゃないと思うんだけど)

宮司「……失礼します」

女神「すぅ……すぅ……」

宮司(おや……確かにぐっすりと眠ってるみたいだ。熱はあるのかな……」

女神「すぅ……」

宮司(熱があるのか確かめたいけど、触って起こしたりしたらかわいそうだしな……というかいつの間にか額に冷えピタが貼ってあるし。たま子さんが貼ったのかな)

宮司(となると額を触っても熱はわからない……他にどこを触ればいいんだろう。体温計は脇に挟むわけだけど……じゃあ脇?)

女神「すぅ……」

宮司(いやいや、そりゃいかんだろ……意識のない女の子の服の中に手を突っ込んで脇をまさぐることになるんだぞ。いろいろと問題だよ)

宮司(……しかし相手は女神様、家族同然だし……変に意識するほうがおかしいのか? やらなきゃいけないのか? 避けては通れないのか……!?)

巫女「宮司様ー」

宮司「!!」

巫女「……宮司様?」

宮司「は、はい」

巫女「なんだか動きがぎこちない気がしますけど……何かあったんですか? なんだかすっごく汗をかいてるみたいですけど」

宮司「……なんでもないんです、ええ。本当になんでもないんです。まだ……」

巫女「なんでもないんなら別にいいんですけど……あ、そうだ。さっきの呼び鈴、誰だったと思います? それがひかるちゃんなんですよ」

宮司「そうでしたか」

巫女「あれ? もっと驚くかと思ったんですが……」

宮司「なんとなくそんな気はしてましたよ」

巫女「わかるんですか?」

宮司「いや、うちを訪ねてくる人がそもそも少ないですからね……あの子なんじゃないか、というよりはあの子以外ないんじゃないかと」

巫女「もうすっかり常連さんですもんね」

宮司「何でこんな寂れた神社に足しげく通うのかはわかりませんけどね……この静けさがいいんだとか言ってましたけど」

巫女「謎の多い子ですよねー。そういえばあの子のこと名前以外何も知らないかも? どこに住んでるとか何をしてるとか」

宮司「確かにそうですね。でも変に詮索するのも野暮ってもんでしょう。話したくなったらあっちから話してくれますよ」

巫女「そうですよね」

宮司「ところで今あの子は外で待ってるんですか?」

巫女「はい……あの、宮司様」

宮司「なんですか?」

巫女「あの子、ここに上げちゃ駄目ですか? 外も寒いですし……」

宮司「構いませんよ。そんな些細なことなら別に私に許可を取らないで勝手にやっちゃってもいいんですよ」

巫女「やった! ありがとうございます! それでは早速ひかるちゃんの相手をしてきます!」

宮司「行ってらっしゃい……となると私は女神様の相手をしていればいいのかな?」

女神「ぐぅ……」

宮司「とはいえ寝てるだけだから特にすることもないんだけど……」

女神「すー……」

宮司「ひたすら寝顔を見続けるだけってのもな……まあ、嫌じゃないけどさ」

宮司(天使のような寝顔、なんて言い回しがあるけど……女神の寝顔っていうのはそれに含まれるのかな)

女神「すー……」

宮司(こう、黙ってりゃ可愛いんだけどな。この方は)

宮司「しっかしほんとよく寝るよなあ。まったく昔からなんも変わっちゃいないんだから。まあ今はしょうがないけど」

宮司「よく寝るといえば……昔はよく並んで昼寝とかしたなあ。ね、女神様」

女神「すー……」

宮司(こうやって横に並んで大の字にばーんと手足を開いて……あー、懐かしいな)

女神「すー……」

宮司(寝顔も、服装も、格好も……全部あの頃と同じなんですね、女神様は)

宮司(……その頃から本当に何も変わってないんだな。この方は)

女神「んん……」

宮司(私は変わりましたけどね。女神様を子供扱いできるくらいには見た目も成長しましたし)

宮司「でも女神様は変わりませんね」

女神「……すぅ」

宮司(そう、いつまでたっても相変わらずかわいいんだよなあ……)

女神「すー……」

宮司(こんなの本人には絶対に言いませんけどね。調子に乗るに決まってますから)

宮司(それにあんまり可愛がるのは女神様にとって良くないですしね……私がいなくなったあとの孤独感を引き立てるだけですよ、そんなの)

宮司(……だから、夢の中で可愛がるのなら大丈夫ですよね?)ナデナデ

女神「ん……ふふ……」

宮司(……あなたと違って私はいつの間にかおじさんになってましたよ、女神様)ナデナデ

女神「ん……ふ、ふふ……」

宮司(これから私が歳を重ねていってもあなたはこの姿のままなんですよね)ナデナデ

女神「にゃ……にひひ……」

宮司(もちろん私が死んでも……)

女神「ん……う……」

宮司(あとどれだけ一緒にいられるんでしょうかね? 私はあなたと違って人ですからいつかは死にます。あなたを残して)

宮司(……その時、残されたあなたはどうするんですか?)

女神「すー……すー……」

宮司(わかってるんですか、あなたは)

女神「…………」

宮司(私が死んだら、あなたはまたひとりぼっちになるんですよ……?)

女神「ん……」

宮司(……はあ、なんで女神様が風邪ひいただけでこんなに感傷的になってるんだか……我ながら唐突すぎてわけがわからないな)

宮司「元はといえば昔のことを思い出したのがいけないんだよ……ノスタルジーに浸ってるからこんな湿っぽい気分になるんだ」

女神「んぅっ……」

宮司「というかもう昔を懐かしむような歳になったのかと思うとへこむな……やっぱりおじさんなのか、私は」

女神「……ぐうじぃ」

宮司「はいはい、なんですか」

女神「……」

宮司「……寝言か」

女神「ん……んぅ……たま子か……?」

宮司「あれ……起きてたんですか?」

女神「んうう、起きちゃ悪いんか」

宮司「いえ、急に呼ばれたのでてっきり寝言を言ってるのかと思ったんです」

女神「は……? 呼んでなぞおらんが……たった今起きたところじゃし」

宮司「なんだ、じゃあやっぱり寝言だったんですね。もしかして起こしちゃいましたか?」

女神「気にするでないわ。うぁー、なんだかだるい……調子こいて雑炊たいらげたのがいかんかったんじゃろうか……」

宮司「……すいませんでした」

女神「なんで謝っとんの? 別にお主のせいではないじゃろ……うぅ、体が重い」

宮司「吐き気とかします?」

女神「いや、それはもう平気じゃが……」

宮司「まだ寝てたほうがいいんじゃないんですか?」

女神「そうする……」

宮司「……あの、女神様」

女神「なんじゃ」

宮司「もし私が……いえ、なんでもないです」

女神「……? なんじゃ、気になるな」

宮司「いえ、ほんとくだらないことなんで大丈夫です」

女神「くだらないこと?」

宮司「ま、あんまり気にしないで……ゆっくり休んで体を治してください。私はちょっと外に出てきますんで……それではおやすみなさい」

女神(……何を聞こうとしてたんじゃろ)

女神「ま、いっか……」

宮司「はぁー……」

宮司(もし私が死んだらどうしますかだなんて……聞けるわけないよ)

宮司(私たちがいなくなる前から独りになった時のことを考えさせるのは酷だし……最悪また泣き出すかも)

宮司「かといって、私が人間であの方が神様である限り、いつまでも目を背けられるわけがないし……」

宮司(死ぬのは仕方ないとして、女神様を独りにするのはつらいなあ……)

宮司「はあー……たま子さん達と話でもして気分変えようかな……」



巫女「ふっ、このっ! 当たりさえすればっ! 当たりさえすれば!」

少女「あはは! どこ投げてるのお姉さん!」

宮司(……で、この子らはなんで雪合戦してるの?)

少女「あ! おじさーん! こんにちはー!」

巫女「宮司様もやります?」

宮司「いや、やりませんけど……」

巫女「なあんだ、残念」

宮司「……たま子さん、何がどうなってこうなったんですかね? 社務所にあげるとか言ってませんでしたっけ?」

巫女「それが話すと長くなるんですよ」

宮司「話してみてください」

巫女「ひかるちゃんが雪合戦しようって持ちかけてきたんです」

宮司(なんてこった。全然長くない)

巫女「部屋の中でぬくぬくしてようと言ってみたんですけど、屋根の下でじっとしているのは嫌なんですって」

宮司「へえ? そんなに活発な子だったんですね。そんなイメージはありませんでしたけど。どちらかというと大人しそうに見えますし」

巫女「いえ、実際あの子は大人しいですよ? でもほら、子供の頃って雪を見るとなんだか浮かれるじゃないですか。どんなに大人しい子でも遊ばなきゃ勿体無い! と感じるんですよ」

宮司「そんなもんなんですかね? まあ確かに雪国生まれでもない限りそうかもしれませんが……」

巫女「まあいいじゃないですか、楽しいんですから!」

宮司「でも雪合戦っていっても雪なんてもう殆ど凍ってますよ。氷の投げ合いになってるんじゃないですか?」

巫女「日向ならまだかろうじて凍ってません! それにいざとなったら氷を削ればいいんです!」

宮司(雪合戦ってそこまでしてやるようなものだろうか……)

少女「おじさーん。おじさんは雪合戦やらないの?」

宮司「おじさんはやりません……おとといひどい目にあったばかりだし」

少女「ひどい目? 雪合戦で?」

宮司「ひどいなんてもんじゃないね。一方的な暴力とでもいうのか……」

少女「雪合戦ってそんなに怖いものだったっけ」

宮司「雪合戦のせいじゃなくて、相手が悪かったんだよ……だってめ……おほん」

少女「め? 誰?」

宮司「め……姪っ子、です」

巫女(あらら……またその嘘を使うんですか)

宮司(くそっ、たま子さんが『またそれかよ』と言いたげな目でこっちを見ている……! 仕方ないじゃないですか! 女神だなんて言えないんですから!)

少女「ふーん。なんて名前?」

巫女「ひかりって言うの。ですよね、宮司様?」

少女「へえ! わたしと似てる名前だね! 会いたい!」

宮司「会うのはちょっと難しいかなあ……」

少女「どうして? 今いないの?」

宮司「いや、いるけど風邪引いちゃっててね。寝込んでるから……」

少女「神社のひとでも病気になるんだ。お守りとか御札とか、いっぱいあるのに」

宮司「あー……それは……」

少女「神様って病気とか怪我とか治してくれるんじゃないの? うそなの? 神様ってやっぱりいない?」

宮司(なんて言えばいいんだ……風邪をひいてるのが神様だから実は神様も結構まぬけなんだとかは言えないし)

巫女「おほん……ひかるちゃん、それはうそじゃないよ。神様はいるし、私達を助けてくれるのよ。でも本当に助けが必要な人を助けるのに忙しいから、私達みたいにすぐ近くの人にはあんまり気がつかないだけなの」

少女「それじゃお姉さん達がかわいそう」

巫女「うふふ、ひかるちゃんは優しいね? いいのよ私達は。神様の近くでお手伝いができることがうれしくて、自分から進んでやってるんだから」

少女「へえ……すごいね」

巫女「へへへ、それほどでも」

宮司(納得してくれたようでよかった……ありがとう、たま子さん)

少女「……ねえおじさん。神様ってどんな願い事も叶えてくれるの?」

宮司「あれ、神様のことは信じてないんじゃなかったっけ?」

少女「もしいたらの話。どうなのおねーさん?」

巫女「叶えてくれるよー」

少女「本当に? なんで?」

巫女「え? なんで? ……なんでかなあ?」

少女「……おねーさん、てきとうなこと言ってない?」

巫女「そっ、そんなことないよ!」

少女「……」ジトー

巫女「……ぐ、宮司様ぁ」

宮司「そこで私にパスするんですか」

巫女「ひかるちゃんに神様のことを信じさせるには私じゃ力不足なんです……」

宮司「別に無理して信じさせることないでしょ……」

少女「おじさんはなんで神様が願い事を叶えてくれるのかわかる?」

宮司「うーん、まずその考えが違うかもね……神様は願い事を叶えてくれるわけじゃないと思うんだよね」

巫女「え゛っ」

少女「えっ?」

巫女(あ、あの、さっき叶えてくれるとか言っちゃった私の立場が無くなってしまうのですが……)

宮司「そもそも神社っていうのは願い事をする場所では無いんだよね。神様を崇拝する場所なわけで……」

少女「お願いしちゃいけないんだ」

宮司「いや、もうお約束みたいなものだし、今更咎める人もいないよ。少なくとも私は止めないし、叶うかは別としてお願いをすること自体は悪いことじゃないよ」

少女「願い事って叶わないの?」

宮司「いや、叶わないってことはないんだけどね……」

宮司(現に女神様も願い事を叶えようと正月にはやたらはりきるし)

少女「でもさっき神様は願い事を叶えてくれるわけじゃないって言ったよ」

宮司「それはね……うーん、なんて言ったらいいのかな? 願い事を叶えてくれるけど、願うだけじゃ駄目だってこと。伝わるかな」

少女「?」

宮司「ただ『これこれこうなりたいです』って一方的に願うだけじゃ駄目なんだ。なんの努力もしないでただ願うだけじゃ、神様は呆れて手を貸してくれない」

少女「……なんとなくわかるかも」

宮司「一生懸命努力して自分の力で頑張って、その上で神様に願ったときに初めて神様は背中を押してくれるんだよ」

巫女「結局は自分の頑張りがないと駄目、ということでいいんですか?」

宮司「ええ、そうです。だから願いを叶えてくれるというよりは、願いを叶えようと頑張る人に手を貸してくれるって言ったほうが合ってるのかな、と思ったりして……まあ私見だからあんまり鵜呑みにしないでね」

少女「へえー……そうなんだ」

宮司「あと、ついでにいうとこんな言葉があるんだ。『神は人の敬により威を増し、人は神の徳によりて運を添う』」

少女「どういう意味?」

巫女「簡単に言うと、神様は人が誉めたたえたり感謝したりすることで力を強めて、人はそれによって幸せになる……って感じでしょうか?」

宮司「そんな感じですね。神様は人の信仰があってこそ力を発揮できるってこと。自分のことを信じてくれる人がいるほうが、神様もやる気が出るんだ」

少女「そうなんだ」

宮司「だからさ、できればひかるちゃんにもうちの神様のことを信じてもらいたいなあなんて思ったりしてるんだけどね」

少女「……そっか」

宮司「できればお賽銭も入れてほしいななんて」

少女「……台無しだよ、おじさん」

巫女「宮司様……」

宮司「すいません。柄にもなく真面目に話しすぎて調子が狂いそうだったので……」

>>871
余談だが伊勢神宮行ったら放し飼いの鶏探してみると面白いかもしれん
尾羽と鶏冠が立派過ぎて一瞬神の化身なんじゃないかと思えてくるレベルで神々しいぞ

少女「おじさんにはがっかりだよ」

巫女「私も失望しました」

宮司「なんかすいません……」

少女「これはおしおきが必要だね。ねっ、おねーさん」

巫女「そうですねえ」

宮司「お仕置き? 一体なんですかそれはっ」バス

少女「えへへ、こういうこと!」

巫女「ひかるちゃん上手い! さっすが!」

宮司「ぶぇっ……なっ……何するんですか! 雪玉とはいえ、顔に投げるのはどうかと」バス

少女「おねーさんも上手!」

巫女「やった! 当たった!」

宮司「ぶっ、ぺっ、ぺっ……口に雪が……二対一でかかってくるなんて卑怯ですよ! というかなんで急に、うわっ、危なっ!」

少女「あっ、避けられた!」

巫女「大丈夫よひかるちゃん! まだ雪玉は十分にあるわ!」

宮司「人の話は最後まで聞きなさい! もう怒った! そっちがその気ならやってやろうじゃありませんか!」

少女「やった! おじさんと雪合戦だ!」



女神「なんか外がやかましいなあ……何話してんのかは聞こえんが……」

女神「おちおち眠れもせんわい……あ、嘘。眠くなってきたわ。布団は偉大じゃ」

女神「にしても、誰が来とるんじゃろ」

女神「……体調も良くなってきたし、ちょっと見てみるかのう」

巫女「それっ!」

宮司「なんの! くらえっ!」

女神「何やっとるんじゃ、あやつらは。いい歳こいて……わしにはね返ってくるからこれ以上言うのやめよ」

少女「おっと! 当たらないよー!」

女神「おや……あやつは初めて見る顔じゃな……あ、もしかしてひかるちゃんとやらか?」

宮司「くそ、ちょこまか動き回って……すばしっこい! おりゃあ!」

巫女「ひかるちゃん危ない!」

少女「きゃあ! 今のは当たるところだったかも!」

女神(お、やっぱりあれがひかるちゃんなんじゃな)

女神「それにしても……」

巫女「観念してください宮司様! 二対一で勝てると思ってるんですか!」

宮司「勝てます! そっちこそ今のうちに降参したほうが身のためですよ!」

女神(…………)

少女「はいお姉さん! 雪玉だよ!」

宮司「あっ、雪玉を作る係と投げる係で役割分担するとは卑怯な!」

巫女「卑怯じゃありませんよーだ! これは立派な戦術です! さあ、私達に楯突いたことを後悔させてあげますよ!」

女神「あやつら、なんか楽しそうじゃな……」

女神(……わしの前であんなに生き生きとした姿を見せたことがあったか? たま子はともかく宮司の方は……)

女神「…………」チラ

少女「きゃはは! おじさん雪まみれ!」

女神(……なんじゃ、この感覚は)

巫女「あー! 楽しかったですねえ、宮司様!」

宮司「私はあんまり……結局一方的にやられてただけだったので……」

巫女「まあまあ。ひかるちゃんも楽しんでくれましたし、いいじゃないですか? ニコニコしながら帰っていきましたよ、あの子」

宮司「私はピエロですか。別に楽しませるのは仕事じゃありませんから……」

女神「おい」

宮司「ん? あれ、女神様……風邪はもう治ったんですか?」

女神「そんなんもう治ったわ。なかなか楽しそうなことやっとったのう? え?」

宮司「見てたんですか? いや、そうは言いますけれどもね。実際ああなると言うほど楽しくはないですよ……」

巫女「私はなかなか楽しめましたけどね!」

宮司「そりゃあなた達はねえ」

女神「けっ、仕事ほっぽりだして雪合戦かいな」

宮司「仕事らしい仕事がないからあんなことやってたんですがね……あれじゃ仕事やってたほうがいいですよ」

女神「ふん。どうだか……」

宮司「女神様、ほんとに風邪はもういいんですか?」

女神「治ったっつっとるじゃろ。しつこいな……」

宮司(んー? なんか不機嫌だな……)

女神「……」

宮司「どうかしたんですか?」

女神「……なにが?」

宮司「いや、なんだか機嫌がよろしくないようなので」

女神「別に。機嫌が悪いように見えたか?」

宮司「そう見えたんですが……」

巫女「ふーむ……」

女神「おい、たま子。さっきからわしの顔をじろじろ見とるが、なんか言いたいことでもあるんか?」

巫女「いえ、女神様の機嫌が悪い理由がわかっちゃいまして」

宮司「なんですって?」

巫女「女神様、ひかるちゃんに嫉妬してるんでしょう?」

女神「……何言っとるんじゃ。そんなことあるわけないじゃろ」

宮司「そうですよ。ついこの間、女神様とだって雪合戦したんですよ? 嫉妬ってことはないでしょう」

女神(確かにしたが……あの時は嫌々ながらやっとる顔をしとったぞ)

女神「……ふん」

巫女「あら、行っちゃった」

宮司(何か気に触ることでも言ったかな……)

女神(くそ……なんだかいらつく。なぜか知らんがいらつく)

女神(わしゃ風邪引いて寝込んどったんじゃぞ。病人じゃぞ? 看病の必要な病人じゃったんじゃぞ)

女神(それなのに、そのわしを放っぽって雪合戦ってどういうことじゃ。どうでもええのか? わしは)

女神(……とはいえ四六時中くっついとるわけにもいかんし、もうほとんど治ってたから放っぽっといても大丈夫だったが……)

女神(結構無茶言っとるな、わし。いや、言ってすらおらんか。宮司からしたらわけ分からんよな……急に不機嫌になってぶーたれてるんじゃから)

女神(…………)

  『ひかるちゃんに嫉妬してるんでしょう?』

女神「そうなのかもしれんな……」

女神「……それにしてもほんとに楽しそうじゃったな」

女神(わしと居ても楽しくないんかな……)

女神「ううぅぅぅ! なんかモヤモヤする! ああー!! ちくしょー!」

宮司「うるさいですよ! 近所迷惑になるでしょうが!」

女神「あぁ!?」キッ

宮司(うっ、怖っ! なんでこんなに怒ってるんだ……)

女神「宮司……」

宮司「は、はい」

女神(……わしは宮司に何を言おうとしとるんじゃ? 看病してくれんかったという恨み言か? 風邪はきつかったとかいう愚痴か? それとも構ってくれっていうわがままか?)

女神「……宮司」

宮司「なんでしょうか……」

女神(それでなけりゃなんじゃ? それでなけりゃ……わしとあのひかるちゃんのどっちといるのが楽しいのかとかいう質問か?)

宮司「女神様?」

女神(……聞きたい。聞きたいが……聞いて、わしよりあの娘といるほうが楽しいって言われたら……)

女神「……ぐ、う……う、うっ……」

宮司「えっ、へっ? なんで泣いて……え?」

女神「ぐす……泣いてなどおらん! 馬鹿者! ひっく、ちくしょう!

宮司「いや、泣いてるじゃないですか……どうしたんです? 何かあったんですか?」

女神「うるさい! わしに構うな! 出てけ!」

宮司「出てけって言われても」

女神「うるさいったらうるさい! 出ていかんのなら神力で吹き飛ばすぞ!」

宮司「わ、わかりましたよ……」

女神「しっしっ! 往ね!」

女神「くそ……」

女神「…………」

女神「ああ……何をやっとるんじゃ、わしは……」




宮司「たま子さーん。たま子さーん」

巫女「呼びました?」

宮司「呼びました。あの、女神様見ませんでしたか?」

巫女「……何かあったんですか?」

宮司「なんか今朝から見かけないんですよ。どこにいるんですかね」

巫女「いや、女神様なら私の後ろに隠れてます。ここにいるんですよ」

宮司「え?」

女神「…………」

宮司「あら、ほんとだ」

巫女「この通り女神様はここにいるんですけど……」

宮司「ん、なにか気になることでも?」

巫女「なんだかむすっとしてるというか……とにかく不機嫌なんです。怒ってるというような感じではないんですが」

女神「……」

宮司(確かに不機嫌そうに見える)

巫女「さっきまでは私の袖を握りながら行動してたんですけど、宮司様が来るなり後ろに隠れちゃって……」

宮司(なんだそれ……どういうこと?)

巫女「あの、もう一度聞きますけど……何かあったんですか?」

宮司「……何があったんでしょうか。さっぱりです」

巫女「そうはいっても女神様のこの態度、何もないようには思えませんよー」

宮司「女神様」

女神「…………」プイ

宮司(目を合わせてくれない……)

宮司「女神様」

女神「ふん……」

宮司(……駄目だ、どうしても目を合わせてくれない。回り込んでもそっぽ向いちゃう)

女神「……」サッ

巫女「あらあら……」

宮司(またたま子さんの後ろに隠れてしまった……)

宮司「……何があったっていうんだ」

巫女「んー……私にはなんとなく理由がわかっているんですけどね」

宮司「え?」

女神「……たま子」

巫女「なんでしょうか?」

女神「授与所……人が来とるぞ」

巫女「え? あ、本当……行かなくちゃ」

女神「うむ」

宮司「えっ、女神様も行くんですか?」

女神「……」

宮司(うーん……あくまで無視か……たま子さんにくっついてっちゃったよ)

宮司「えー……何かやらかしたかなあ……」

宮司「女神様に無視されるほどのことをしたような覚えは無いんだけどな……うーん、考えてもよくわからない」

宮司(今までの経験からすると、食べ物関係のことで怒ってるのかと思ったけど……昨日は特にそれ関係で揉めたりしなかったし……)

宮司(そういえば昨日の時点で既に不機嫌だったんだよな。泣きながら怒鳴られたし。そう考えたら、機嫌が悪い理由ってやっぱり……)



女神「……神社に来とった娘っ子がおったじゃろ。あやつに嫉妬してたんじゃ」

巫女「やっぱりー。女神様って分かりやすいですからね」

女神「そんなにわかりやすいか」

巫女「ええ、すごく。宮司様も薄々気づいてると思います」

女神「うー、それは勘弁してほしいなあ……」

巫女「でもなんで宮司様を無視なさるんですか? ひかるちゃんはいないわけですし、むしろ構ってもらえるいいチャンスだと思うんですが」

女神「それは……あやつに同じことを仕返してやろうかと思って……」

巫女「どういうことですか?」

女神「とことん宮司を無視するじゃろ。それでいてお主、たま子にはべったりくっつく……そしたら、そのうち奴が拗ねるんじゃなかろうかと思うて……」

巫女「嫉妬させたかったんですね」

女神「だ、だってこっちから構ってくれって言うのは恥じゃろ……」

巫女(かわいい)

女神「……宮司は、わしよりあの娘っ子の方がいいんじゃろうか。同じひかるなのに」

巫女「別にどっちがいいとか、そういうのはないと思いますよー?」

女神「でも、わしにはあんなに生き生きした楽しそうな表情は見せたことがない」

巫女「それはあの人が照れ屋だからですよ。本当は女神様にでれでれですからね、あの人。それこそ私が嫉妬しちゃうくらいに」

女神「……想像できん。嘘じゃろ」

巫女「嘘じゃありませんよー! 女神様が聞いてないところでそう言ってるんです」

女神「そんなん言われても実際に聞かんことには信じられんわ。だいたいわしの前で言わんのなら意味がないし、お主が嘘をついていたとしてもわしには確かめる術がない」

巫女「確かに……」

女神「……寝る」

巫女「わーっ! お待ちください! そんなことありませんから、どうかこたつに潜ってふて寝しようとするのはやめてください!」

女神「もう誰も信じられん……」

巫女「違いますって! 宮司様は本当に女神様のことを良く言ってます! 決して私が嘘をついているわけでは……出てきてくださいよう」

女神「なら証明してみせんか。宮司がわしのことを良く言っているというんなら、その言葉をわしに聞かせてみい」

巫女「お安い御用です!」

女神「……少しくらいたじろぐかと思っておったが、やけに自信満々じゃな。秘策でもあるんか? 言っておくが録音とかいう味気ない方法は許さんぞ」

巫女「そんなことはしません! 確実にお聞かせしてみせます!」

女神「できんかったらどうする?」

巫女「その時はお詫びとして羊羹百本買ってきますよ!!」

女神「本当に大丈夫なんか……? 安請け合いは身を滅ぼすぞ」

巫女「大丈夫です、秘策がありますから! 女神様がいないところで話すってんなら、隠れれば万事解決。要は私と宮司様の会話を隠れて盗み聞きすればいいんですよ!」

女神「……秘策っちゅうか、幼稚園児でも考えつきそうな凡策じゃな」

巫女「う……ま、まあそれはこの際いいじゃないですか!」

女神「隠れるとしたらどこに隠れりゃええんじゃ?」

巫女「え? いま女神様が入っているそのこたつでいいと思いますよ」

女神「……ここに隠れるんか」

巫女「こたつといえば隠れる場所ですからね! 誰もが一度は全身を潜らせたことがあるはずです!」

女神「そ、そうなの?」

巫女「はい! 扇風機の前で宇宙人ごっこ、指にとんがりコーンをはめると並んで日本人が必ず通る三つの道のうち一つと言われています!」

女神「わしゃお主より長生きじゃが、そんな話は聞いたことないぞ……」

巫女「大丈夫ですって、ね? ばれませんよ! 宮司様呼んできますね!」

女神(ばれるじゃろ、これ……)

巫女「宮司様ー! 宮司様はいらっしゃいますかー!」

宮司「はいはい、呼びました?」

巫女「いましたね! いや、なんでもないんです! 用があるわけではないんです! ただいらっしゃるかどうかを確認したかっただけですので!」

宮司「は、はあ……?」

女神(不自然すぎるじゃろ、この阿呆! もう少し自然な振る舞いはできんのか!)

巫女「よっこらしょ……っと。それにしても寒いですねえ、宮司様」

女神(あ? なんじゃ、こやつもこたつ入るんか……まあいいか。脚に頭乗せとこ)

巫女(ふっふっふ。こうやって腰を据えて話しかけることによって、宮司様をこの場に留める作戦よ! おまけに寒いですねと言う事によりこたつに入る動作を自然に見せることができる!)

女神(あー、こやつの太もも柔らかいのう……)

宮司「確かに寒いですね……あの、なんでそのこたつ入ってるんですか?」

巫女「えっ? ああ、いや、寒かったんで……入っちゃ駄目なこたつでしたか?」

宮司「いや別に構いやしませんけどね……その電気こたつ、コード抜いてあるやつで……」

巫女「えっ!? うそ!? あっ、本当だ! 電源入らない!」

宮司「暖かくすると女神様がそこに根っこ生やしちゃうんで、電源コード抜いてるんですよ。だから暖かくならないはずのになんでこたつに入ってるのかなって思いまして」

巫女「で、でもスイッチ入れると熱いくらいなんで、体温で温めるくらいがちょうどいいかななんて? 思っちゃったり? あ、あははは」

宮司「……確かにそうかもしれませんね」

巫女「いや、ほんとにちょうどいいんですよ! 自分の体温でほんのり暖かくなって、暑すぎず寒すぎずといった環境を作ることができまして……!」

宮司(……女神様だけじゃなくて、たま子さんも変になったみたいだ)

巫女(なんだかかわいそうな人を見る目で見られている気がする……)

巫女「女神様には良いところがいっぱいあるでしょう! どうしてそこを褒めずに悪いように言ったりするんです?」

宮司「別に悪口を言おうとしているわけではありませんよ。ただ思ったことを素直に口に出しただけです」

巫女「でも結果的に悪口になってるじゃないですか……」

宮司「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ……」

巫女「宮司様なら女神様のいいところなんて山のように挙げられるでしょう?」

宮司「山のようにとはいきませんが」

巫女「いきませんが? どのくらいならいけるんですか? ちょっと口に出してみてください!」

宮司「……なんでそんなに必死なんですか?」

巫女「え、必死に見えます?」

巫女(羊羹百本を買うかどうかがかかってるから……)

宮司「そう見えたんですけどね」

巫女「必死になってるつもりはありませんよー。私は宮司様と違って女神様のことはほとんど何も知りませんから、女神様のことにはなんでも興味があって……ちょっと食いつき過ぎたかなとは思いますけど」

巫女(あ、すごい……お金がかかってるとこんな白々しいことも真顔で言えちゃう。いつもはどうしても嘘くさくなるのに……あれ、もしかして私って守銭奴?)

宮司「ふうん、そうですか」

巫女「だから、ね? 女神様のいいところ、教えてくださいよー」

宮司「んー……まあ隠すようなものでもないですし、構いませんけど」

巫女「やった!」

宮司「聞いてどうするんですか?」

巫女「え、それは……今後の参考にしたり?」

宮司「どう参考にするのか全くわからないんですけど……まあいいか」

宮司「怠けることもありますけど、やることはやります」

巫女「ふんふん」

宮司「つまり根は真面目なんですよね。氏子さん達のお願い事は必ず全部聞いているようですし。ぼーっとしながら散歩しているのかと思いきや、絵馬の内容を確認しているなんてこともあります」

巫女「へえぇー」

宮司「なんだかんだ神様としての責務は十分すぎるくらい果たしてると思うんですよね」

巫女「なるほどなるほど。もっと女神様を身近に感じられるような点をお聞きしたいなー、なんて思うんですが」

宮司「……例えば?」

巫女「字がうまいとか」

宮司「ああ、字は上手いですよ。達筆というより、綺麗な字を書くって感じですかね……上手いといえば料理。料理作るのが上手いとは思いませんでしたね」

巫女「羨ましいなあ……」

宮司「他には……」

巫女「外見的ないいところは? ありますよね?」

宮司「外見……いつも白い着物だから清潔感がある、とか」

巫女「ああ、そうですねえ。他には?」

宮司「濡羽色の長髪が綺麗だと思います」

巫女「あー、そうそう! そうですね! 他に何かありませんか?」

宮司「他に……?」

巫女「もっと全体的なことですよ。性格と見た目を合わせた総合評価といいますか……」

宮司「?」

巫女「えーと……女神様を一言で表すなら?」

宮司「……かわいい?」

巫女「きゃあ!! そう!! それが聞きたかったんですよ!! やったあ!!」

宮司(なんなんだ、この娘は……)

巫女「もう一回! 女神様は?」

宮司「かわいい」

巫女「んんんぅ!! いいですねぇ!! ほらもう一回! 大きな声で! 女神様は!?」

宮司「もう嫌です、言いませんよ」

巫女「そんなあ。ま、いっか! 二回も聞けたら充分です!」

巫女「やっぱり宮司様も女神様のことかわいいと思いますよね!?」

宮司「まあ思いますけど、それがどうしたっていうんですか?」

巫女「いや、同意が得られたならそれでいいんです! 私もかわいいなって思ってて!! でも他に言える人なんていないし、女神様に直接言ったら怒られそうだしって思いまして! 宮司様からその言葉を聞きたくて!」

宮司「はあ……? まあ、私も直接言ったことはないですよ。たまーに茶化すときに言ったりしますけど、顔を突き合わせて言うのはさすがに恥ずかしいので」

巫女「えー? 面と向かって好きですとか言ってたくせに、今更そんなことで恥ずかしがってどうするんですか?」

宮司「それだって茶化して言ってるんですよ! 茶化しでもしないと、そんな赤面ものの台詞吐けませんよ」

巫女「え? じゃあ本当は嫌いなんですか?」

宮司「いや、嫌いとは言ってないでしょう」

巫女「なら好き?」

宮司「……たま子さんって、好きか嫌いかはっきりしてないと気が済まないタイプなんですか? 好きか嫌いかなんてそんなに重要なことじゃないと思うんですよね、私は」

巫女「でも私は重要だと思います! で、好きなんですか?」

宮司「……はー。好きだって言わなきゃいつまでも聞き続けるつもりなんでしょう? 言いますよ、好きですよ」

巫女「ふっ、ひひ、ははは……! すいません! あ、もう結構ですので! 元の作業に戻っていただいて結構です! それではありがとうございました!」

宮司(気味が悪い笑い方をするなあ……なんか怖い。薄笑いを浮かべながら明後日の方向に目線が行ってるし……深く関わらないほうがよさそうだ)

宮司「じゃ、じゃあ私はこれで……」

巫女「さよならー! ありがとうございましたー!」

あと100レスで終わらせられるのかこれ

巫女「……女神様! ふふふ、聞きましたか? 女神様の目の前だったら絶対に言わないような言葉を引き出しましたよ! これは永久保存版ですよ!」

女神「…………」

巫女「あれ、うつ伏せになっちゃってどうしたんですか……もしかして寝てるのかな?」

女神「……寝てはおらん」

巫女「なんだ、起きてるじゃないですか! なら今の聞きましたよね!」

女神「聞いた」

巫女「なら話が早い!」

女神「……」

巫女「もー、いつまでこたつの中で床とキスしてるんですか。こっち出てきて話しましょうよー。出てこないんなら引っ張り出しちゃいますよぉ? ほーら、よいしょっと!」

女神「あっ、ばかっ、よせ!」

巫女「おや……顔、真っ赤ですね?」

女神「……こたつの中が暑くて」

巫女「電源の入らない電気こたつの中が暑くなるわけないと思いますけど」

女神「う、うるさい!」

巫女「あらあら、照れちゃって……でも、これで分かっていただけましたよね? あの方、ほんとに女神様が好きなんですよ。だから宮司様を無視したりするのはもうやめてあげてくださいね」

女神「……くそう、離せっ」

巫女「あっ、どこへ行かれるんですか?」

女神「宮司のところ」

巫女(あら、何をしに行くのかしら?)



宮司(うーん、テンションが上がると別人みたいになるんだなあ、たま子さんは……でもなんであんなにハイテンションだったんだろうか)

女神「おい」

宮司「あ……女神様」

宮司(気まずいなあ……機嫌が悪い理由もまだよくわかってないのに)

女神「…………」

宮司「えーと……」

女神「……ごめん」

宮司「え?」

女神「ごめん、って言っとるんじゃ」

宮司(……えっ? どういうこと? なんで女神様が謝ってるんだ?)

宮司「……どうして急に謝ったりなんか?」

女神「別になんでもない。わしの気がすまんかったからじゃ、と言えば満足か?」

宮司「はあ……」

女神「……あまりじろじろ見るでない」

宮司「え?」

女神「いや、その……」

宮司(どうしてもじもじしてるんだろうか……前にもこんなことあったような……)

女神「……」チラ

宮司「?」

女神(くそう、あんなのを聞いたあとだからか。妙に意識してもうて……)

宮司「どうかしましたか」

女神「……なんでもない! 用事はそれだけじゃ! 邪魔したな! さらば!」

宮司「行っちゃった……なんだったんだ、一体」

女神(くそぅ……まともに顔が見られんかった……)

巫女「あら、お早いお帰りで」

女神「ただいま」

巫女「宮司様のところで何をしてきたんですか?」

女神「謝った」

巫女「謝ったって、一体何を?」

女神「さあ……」

巫女「さあって……ご自身のことですよ?」

女神「そうじゃなあ……」

巫女(……何か別のことを考えてるって顔ですね)

女神「…………」

巫女「…………」

女神「なあ」

巫女「はい?」

女神「あやつの言っとるのはどういう意味なんじゃろうか」

巫女「……? どの言葉のことですか?」

女神「いや、だからその……好きっちゅうのはどういう意味の好きなのかと思うて」

巫女「……ほうほう、どういうことか説明をいただけますでしょうか?」

女神「説明と言われても何といえばいいのか……ほら、好きにもいろいろあるじゃろ。相手が変われば程度も変わるし」

巫女「友達同士でいう好きと、恋人同士でいう好きは、微妙に意味が違うような気がしますが、つまりそういうことでしょうか」

女神「そう」

巫女「つまり宮司様がいうところの『好き』がどういうニュアンスを含んでいるのか気になると」

女神「いや、別に気になるってほどのことではないんじゃが……」

巫女「気にならないのなら別に構わないのではありませんか?」

女神「そういうわけでも……うー、わかった。ほんとのこと言うと気になるんじゃよ」

巫女「気になりますか?」

女神「そりゃあな……社交辞令的な意味での好きよりも、少なからずとも好意を持ってくれてるほうが嬉しいっちゃあ嬉しいし……」

巫女「気が置けないとか、話してて楽しいとか、そういう意味で言ってほしいと」

女神「それは確かに嬉しいんじゃが……その……そうじゃなくてな……できれば、うぅ、駄目じゃ。これ言うの恥ずかしい……」

巫女「なーに恥ずかしがってるんですか。私と女神様の仲でしょう? 言ってみてくださいよー」

女神「……女として好きだと言われたい」

巫女「……」

女神「……」

巫女「……へえー?」
 
女神「……無し。やっぱり今の無し! 忘れろ! 何言っとるんじゃろうな、わしは!」

巫女「ほほぉーう、なるほどねぇー? はー、ふぅーん?」

女神「その馬鹿にしたような目つきをやめんか! ちくしょう。つい勢いで言ってしもうたが、言うんじゃなかった……」

巫女「大丈夫です、宮司様には言いませんから! うふふ……!」

女神「絶対言うな! 言ったらただじゃおかんからな! ええい、笑うなぁ!!」



女神「ん……」

女神「……あぁ、よく寝た。今何時じゃろ」

女神「げっ、正午回っとる。宮司にどやされるなあ……」

女神(しかし昼まで寝てて、起こしには来ないなんて珍しいのう。それとも、もうとっくに起こしに来たんじゃろうか?)

女神「……なんだか話し声がするのう。外におるのか? 寒いからあんまり外出たくないんじゃが……窓から覗いてみるかの」

宮司「うーん、どっちと言われても……迷うね」

女神(おー、やはり外におったか……おや?)

少女「でもどっちもってことはないでしょ?」

宮司「うーん、そうだね。どっちかというとカレーライスかな?」

女神(来とったのか……あやつ)

少女「だよねえ? ふつうはカレーライスって言うよねえ? ライスカレーなんて聞かないよ」

宮司「うーん、ただ単にカレーって言うことが多いからねえ。実はライスカレー派の人もいっぱいいるかも」

少女「うそだぁ。そんなのありないよー」

宮司「でも最初はライスカレーのほうが普通だったらしいよ?」

女神(なんの話をしとるかは知らんが……ずいぶんと仲良さそうじゃな)

少女「そうなの? じゃあお年寄りはみんなそう言うのかな」

宮司「どうだろうね。みんながみんなそうじゃないと思うけど」

女神(……あんな小娘に嫉妬するなど、わしもなかなか見苦しいのう。今思えばほんとに下らんことじゃったわ)

女神「……ふぇっ、くしっ!」

女神「う……寒ぅ」

女神(そもそも嫉妬する理由など、どこにもなかったんじゃよなあ。あの娘っ子とわしとでは宮司と接している時間が桁違いじゃもの。むしろわしはあやつに嫉妬される側じゃ)

女神(あやつは宮司に会おうと神社に通う身。しかしわしは宮司と一つ屋根の下で寝食を共にしておるのじゃからな)

女神「しかし今日はいちだんと寒いのう……ストーブつけちまおうかの」

女神(……そう考えると、わしってかなり無茶苦茶言っとったんじゃなかろうか。一日の大半を一緒に過ごしとるというのに、数時間他の女の元に行っただけで嫉妬とは……)

女神(いや、しかし四六時中一緒じゃからこそ嫉妬するんではなかろうか。夫婦が相手の浮気をよく思わないようなものだと考えるとしっくりくるな)

女神(……夫婦。そうか、同じ屋根の下で暮らしとるんじゃもんな。わしゃ、あやつの妻みたいなもんか。ふ、ふひ、ひひ……そうか、そうじゃな……)

女神「ふふ……あれ。火が点かんな、これ。んー……? あ、灯油が切れとる! ちぇっ、暖まりたかったのに……」

女神(夫婦か……いい響きじゃのう。口には出してないが……ふふ。でも一緒に暮らしとるだけで、夫婦らしいことなんか何もしとらんからなあ。やっぱり、どっちかというと兄妹か?)

女神(でも血の繋がりも何もないしなあ。義理の関係でもない。となると夫婦が一番自然な関係なのでは……しかしそこで夫婦らしいことを何ひとつしていないという問題点が浮き彫りに……)

女神(夫婦らしいことっちゅうと……炊事? 洗濯? 掃除? どれもまともにやってなんかおらんからなあ……そうなると、わしとあやつって一体どんな関係なんじゃ?)

女神「……この話、長くなりそうじゃなあ」

女神(今考えると、わしの身の回りのことってだいたい宮司がなんとかしてくれるんじゃよなあ。だからわしは家事をやらんわけであって……)

女神「ん? これって……主従関係?」

女神(え……えぇー……ちょっと人さまには話せんのう……これじゃわしがあやつを召使い代わりにこき使ってるみたいではないか。夫婦のほうがいい。というか夫婦がいい)

巫女「あら女神様。おはようございます……もうお昼でしたね。こんにちはのほうがいいんでしょうか?」

女神「あ、たま子……そうじゃ、ちょっとお主に尋ねたいことがあるんじゃが」

巫女「なんでしょうか?」

女神「わしと宮司ってどんな関係なんじゃろうか。兄妹? 主従? それとも、め、めおととか……?」

巫女「神社の祭神さまとそれにお仕えする神職では?」

女神「……うん、そうじゃな。ありがとう。分かっとったよ」

巫女「あ、あれ……この感じ。私、間違ってしまったのでは」

女神「いや、今回ばかりは間違っとらんよ。間違っていてほしかったが……」

巫女「ど、どういうことですかそれ……?」

女神「はあー……せめて家族程度の関係性くらいは持ちたかったんじゃが……結局は主従関係か……」

巫女「あのう……やっぱり私、何かまずいことを言ってしまったのでは……」

女神「まずいことなどありゃあせんよ。お主は気にするでない」

巫女「は、はあ……そうですか」

女神(主従関係かあ……いや、わしゃ神じゃしさ。神職との関係は、そうなるのが普通なんじゃが……)

女神(なんというか、あやつとは今までの宮司達とはまた違う……特別な付き合い方をしてきたでな。ほとんど対等に接してるのに主従ってのも変な話じゃしなあ)

女神(とはいえ結局は赤の他人じゃけどな。まあそんなこと言ったら、どいつもこいつも赤の他人なわけなんじゃが。あの娘っ子だって……)

女神「……そうだ。あの宮司と同じ名前の娘っ子……あやつはどんな関係なんじゃ? 宮司と……」

巫女「え?」

女神「よく神社に来るって言ってた娘がおるじゃろ。ほら、今も外におる。あやつとお主らはどういう関係なんじゃ? わしゃあやつと直に話したこともないし、よう知らんのじゃ」

巫女「どんな関係……うーん。どんな関係なんでしょうか?」

女神「おいおい、そんなんわしが聞きたいわ。知っとるんじゃろ?」

巫女「いえ、実は私もあの子についてよく知らないんです。名前以外はほとんど何も……」

女神「なに? 名前以外何も知らん? ……どこに住んでるかとかもか」

巫女「はい」

女神「歳も? 普段何をしとるかも分からんのか?」

巫女「あれこれ聞き出すのも変かなと思いましたので……それに自分から言うこともありませんでしたから。そういう話題にもなりませんでしたし」

女神「ふーむ、謎の多い子と言うわけじゃな。まあわしには筒抜けじゃが」

巫女「あ、そっか。女神様は人の記憶が読めますもんね」

女神「ふふん、まあな」

巫女「となると……やっぱり女神様は、あの子のことは何もかも知り尽くしてたりするんですか?」

女神「いや? あやつの記憶はまだ読んどらんし、未来だって見ておらんよ」

巫女「あら、そうだったんですか。どうしてですか?」

女神「どうしてと言われてものう。必要がなかったというか、興味がなかったから。それにわしが気づいた時にはすでに帰っちゃってたしな」

巫女「なら今からやってみるのはいかがです?」

女神「そうじゃな。神域で隠し事は出来んということを教えてやらねばいかんな……そうと決まれば早速!」

巫女「あれ、ひかるちゃんが見当たりませんね」

女神「え? さっきまで外におったではないか……ほんとじゃ。おらんのう。どこに行きおった」

巫女「まさか、女神様に記憶を読まれるのを察知して逃げた……?」

女神「んなわきゃないじゃろ。と言いたいところなんじゃが……こうも毎回わしの目から逃げるように帰られると、もしかするとそうなのかもなあとすら思えてくるわい」

巫女「ほんの数十秒前までいたんですから、帰ったとしてもまだ近くに……あっ、いましたよ!」

女神「えっ、どこどこ。どこじゃ?」

巫女「ほらあそこ! 鳥居を抜けたあたり……ああっ、角を曲がって見えなくなっちゃった」

女神「あっ、くそう! あんな一瞬ではほとんど何もわからんではないか……」

巫女「あの子のこと、なにかわかりましたか?」

女神「記憶を読むには読めたが……ほんのちょっとだけな」

巫女「ほんのちょっとといいますと、例えばどのようなことでしょう?」

女神「あやつにまつわる基本的なことじゃ。住所と氏名、連絡先とか」
 
巫女(懸賞の必須記入要項みたい)

女神「まあそれ以外にもあるがな。ほんとは時間さえかければどんなことでもわかるんじゃが」

巫女「へえー。女神様の手にかかれば、道行く人みんな個人情報だだ漏れになっちゃうんですね」

女神「間違っちゃおらんがその言い方なんかヤダ」

女神「まあそれは置いといてな。あの娘の記憶を読んだわけじゃが……名前は知っとるからいいとして、歳は11歳。四人家族でこの町に住んどることがわかった」

巫女「ほほー、11歳でしたか……」

女神「ちなみに好きな食べ物はいちご大福で、嫌いなものはしいたけ」

巫女「あら、ふふふ。可愛らしい」

女神「人見知りしない性格で思ったことをずばっというタイプじゃな」

巫女「宮司様に面と向かっておじさんと言いますものね」

女神「あと特技は草笛……ばあちゃんに教えてもらったとのことじゃ」

巫女「へえ! そんなことまでわかっちゃうんですか!」

女神「まあこのくらいの簡単なことならちらと見るだけで分かるものでな」

巫女「すごいですね!」

女神「す、すごい? わしにとっちゃ当たり前すぎてそんな気はしなかったんじゃが……凄いか?」

巫女「すごいですよ! まるで神業です!」

女神「お主たまにわしが神だと忘れてる時あるよな」

巫女「あ、そっか。神様だから神業なのは当たり前でしたね……他には何か分かったりしました?」

女神「他に? うーん、あるけれども……言うのをはばかられるな」

巫女「あら、そんなにプライバシーに踏み入ったことなんですか?」

女神「そういう話ではなくてな……なんというか変な心配させそうで。でも伝えといたほうがええか」

巫女「心配させるって……一体どんな話なんです」

女神「あやつはどうも体が悪いようじゃ。なにか病気を患っとるようじゃな……」

巫女「えっ」

女神「どんな病気かは分からんが、ここ最近は入院しとって学校にも満足に行けていないみたいなんじゃが、お主知っとったか?」

巫女「……病気? あの子が? ひかるちゃんが?」

女神「うむ。その様子じゃ知らんかったようじゃの」

巫女「ええ……いえ、知りませんでしたがそうかもとは思っていました」

女神「なに?」

巫女「あの子くらいの歳の子なら学校に行っている時間にここに来たりするので、なにか特殊な事情があるのかなとは思っていたんです」

女神「ふうん、普通でないと感じてはおったんじゃな」

巫女「入院しているのだとしたら、いつも病院を抜け出してここまで来てるってことなんでしょうか? そうだとしたら決まった時間に外出はできそうにありませんね」

女神「いつもここに来る時間がまちまちなうえにわりと早く帰っちまう理由はそれじゃったわけじゃな……」

巫女「見つからないように抜け出して、バレないうちに帰ってるんですかね。それでいつも早く帰っちゃうから女神様にも会わないと」

女神「何度も繰り返し抜け出せばさすがにバレるとは思うが……回診の予定が入っとるとか家族が面会に来るとか、そういう理由もあるんじゃろ」

巫女「なるほどねえ……でもなんで神社に来るんでしょうか。他に行くところなんていっぱいありそうなのに……神頼みをしに来てるのかな?」

女神「神様なんていないとか言ってたしそれは違うじゃろ。多分お主や宮司といった話相手がいるからだと思うぞ? そうなると最初に来た理由がいまいちわからんが、まあ偶然寄っただけかな」

巫女「それにしたってわざわざ神社に来ますかね? もっとおあつらえ向きの所が……学校とかでは駄目なんでしょうか?」

女神「休みがちだと行きづらいんじゃろ。なんとなく後ろめたいものを感じちまうんじゃなかろうか。それに話のあう友人ってのが作りにくいじゃろうからな」

巫女「なるほど……それは心を読んだからわかったんですか?」

女神「え? 違うわい、こりゃわしの勝手な想像じゃよ。とはいえ大体当たっとるとは思うがな。病気以外のことを話せる話相手が欲しくてここに足繁く通っとるんじゃろう」

巫女「うーん、そう言われるとそんな気がしてきました。病気以外の話ができる人……病気のことを一時的にでもいいから忘れたくてここに来てるのかな?」

女神「そうじゃなかろうか。じゃが、それはあまりいい傾向ではない……辛いことから目を背けたくなるのはわかるし、現実と向き合えというのも酷なんじゃが、やはり気の持ちようで体調ってのはずいぶん変わるからのう」

巫女「病は気から、なんて言いますものね」

女神「ありゃ本当のことじゃよ。穢れとると体調もおかしくなっちまうんじゃ」

巫女「けがれ、ですか?」

女神「うむ。あ、けがれというてもよごれとるって意味では無いぞ。汚いという意味のけがれとは音は同じじゃが微妙に違う……まあある意味よごれとるんじゃが」

巫女「どういうことでしょうか」

女神「わしが言っとる穢れっちゅうのは精神的なもんでな。気が滅入っとるとか意気消沈しとるとか、そういう状態のことを言っとるのじゃ」

女神「気が枯れると書いて気枯れ(けがれ)……気が枯れとる状態では何事も上手くいかんのよ。そもそも気って何かっちゅうと……まあ、生きるための力とでも思っといてくれりゃええ。そんな感じのもんじゃ」

女神「とにかくな、その生きる力が枯れてくるとやることなす事ぜんぶ空回りしちまうんじゃ。災いも吸い寄せちまうし、それを跳ね除けたりするだけの力がないからいつもより悪い目に会いやすくなる」

女神「何もうまくいかんのじゃから、そんな状態で病気が治るはずもないのじゃ。そもそも生きる力が枯れとったら病気をどうにかできるわけないわな。病は気からというのはそういう意味だと思ってくりゃれ」

女神「まあ精神のよごれみたいなもんじゃよ、穢れってのはな。わかったか」

巫女「……あんまり急にいっぱい詰め込んだので頭が混乱してますけど、なんとかわかりました」

女神「おいおい、大丈夫か?」

巫女「ひかるちゃんの気は大丈夫なんでしょうか」

女神「それなんじゃがな。宮司とお主の話を聞く限りは最初にここに来た時よりもずいぶんと元気になったみたいじゃし……あ、肉体的にじゃなくて精神的にな? 初めて来た時のことはわからんが、今は大丈夫だと思うぞ」

巫女「それならいいのですが……」

女神「大丈夫じゃって! わしが見る限りあやつの気は枯れとらん。満ち溢れとるとは言えんが、普通以上にはなっとるよ。だから心配は無用じゃ」

巫女「そうですかー……良かったあ。ありがとうございます、女神様。勉強になりました!」

女神「いや、勉強になったというけどな……巫女なら穢れについてまったく知らんということはないと思っとったのじゃが」

巫女「え?」

女神「ちょっと前からそうなんじゃと思っておったことなんじゃがの……もしかしてお主って相当間抜け……」

巫女「な、何を言うんですか、失礼な! いくら女神様でもひどいですよ! 怒りますよ!」

女神「まあ知識が希薄な状態で巫女の役目を果たせるっちゅうのは、もはやそれはそれで凄いことなんじゃがの……それこそ神業じゃわ」

今日で二年かよ……

荒巻いわく翌朝5時頃からバックアップとメンテをやる予定らしいからそれまでは不安定かもね
とりあえずスレも俺も生きてます

女神「……と、いうわけでな。昨日はそんなことが起こってたわけなんじゃよ」

宮司「へえ……」

女神「急に病気だなんて言われてもどうすりゃええのか分からんかもしれんが、まあ今まで通り接すりゃええと思う。お主なら上手くやれるじゃろ」

宮司「まあ特に接し方が変わったりとかはしませんけど……その情報は正確なんですね? 間違っていることは絶対にないと言い切れますか?」

女神「ああ、絶対にないのう。わしがいままで神様やってきて覗き見てきた他人の記憶が間違いだったことは、今まで一度もない」

宮司「そうですか……」

女神「見たのが未来のことなら、ほんの少し内容が変わることもあるんじゃがな。過去に起こったことは事実じゃから変わりようがない」

宮司「なるほど。でもどうして昨日の時点で教えてくれなかったんです」

女神「どう伝えたもんかと悩んどったんじゃよ! 結局こうやってストレートに言うことになったがな。まあ今のところ命に別状はないから安心せい。少なくともむこう数ヶ月は絶対に安全じゃ」

宮司「やけに自信がある物言いですね。過去を見ただけで未来を見たんじゃないんでしょう? 数ヶ月は絶対に安全なんて言い切れるとは思えないんですけど」

女神「根拠はあるぞ? 死期が近い人間はな、未来も過去も見えなくなるんじゃ。だから未来を見てなくても、過去を見ることができた時点であやつの死期は今ではないということがわかるんじゃよ」

宮司「そうなんですか?」

女神「これは遥か昔からずうっと変わらんから安心せい」

宮司「私にはわからない領域のことですけど、女神様がそういうなら大丈夫なんでしょうね」

女神「そう、大丈夫! わしが言うんだから! はい、なにか質問はあるか?」

宮司「質問? 疑問点はもうあらかた質問したんですが……強いて言うならひとつあります」

女神「なんじゃ? この女神様がなんでも答えてやろう!」

宮司「そういう重要な話をこたつに入って横になりながら話すのはちょっとどうかと思うんですが、それについてはどうお考えですか?」

女神「…………」

宮司「狸寝入りしても駄目です」

宮司「これはちょっとひどいですよね。威厳とかそういうのじゃなくて、人としてどうなのかという問題ですよ」

女神「そこまで言うか! なら深刻そうな顔して声を震わせながら言ったほうがよかったとでも?」

宮司「そこまでは言ってませんけど」

女神「あのな、わしの名誉のために言っておくが、これはわしなりの気遣いじゃよ。変に深刻ぶっても無駄に不安を煽るだけじゃろ? それをお主ときたら……」

宮司「でもそれも理由の半分ですよね」

女神「半分なんかじゃないわい。全部じゃ」

宮司「もう半分には『ただ単に寒いから』という理由があるはずです」

女神「またそういう……んなことないわ!」

宮司「あるはずです」

女神「ない!」

宮司「ありますよね?」

女神「ないったらない!」

宮司「天照大御神様に誓って絶対にないと言えますか?」

女神「な……ない、かも……?」

宮司「なんですかその言い方は。はっきり言ってください」

女神「いや、ないけど絶対とまでいうとなんか嘘っぽいし……いや、あるわけではないんじゃが……でもほんとのこと言うとちょっぴりあるかも……」

宮司「女神様って、嘘をつけない方ですよね」

女神「アマテラスのばっちゃに嘘はつけんわ……そもそも今日はいつもよりも寒いんじゃよ。だいたい人としてどうなのかって言われてもわし人じゃのうて神じゃし……」

宮司「これがほんとの人でなし」

女神「やかましい」

宮司「そんなに寒いってんなら体動かせばいいでしょう? すぐに暖かくなりますよ。それにこたつでいびきかいてるよりも健康的ですし」

女神「いびきなんかかいとらんじゃろ。ったく……体動かすって外に行けっちゅうことじゃろ? 無理じゃ無理じゃ! こんなに寒かったら外に出る前に玄関で凍っちまうわい。ひょっとしたら下駄も凍っとるかも」

宮司「下駄が凍るってなんですか……そこまで外に出たくないとは、女神様は生粋の出不精ですね」

女神「神が外に出まくるほうが変じゃろ。いいの、わしはこれで!」

宮司「だいたいこたつがない時代はどうしてたんですか?」

女神「簡単じゃ。肉体があるから寒いわけで、御霊になっちまえば暑いも寒いもない」

宮司「それはなんというか……神様ならではの発想ですね」

女神「とはいえ昔は今より頻繁に肉体を持って行動しとったからなあ。寒いときはほんと寒かった」

宮司「ならそういう時はどうしてたんですか?」

女神「氏子というかなんというか、信者がいっぱいいてな。わしの暖を取ってくれてた。着るものくれたり火を起こしたり」

宮司「うわ、なんですかそのいたれりつくせり。まるでお嬢様ですね」

女神「ふふん、凄いじゃろ? わしのことが見えるやつらがまだたくさんいた時代の話じゃ。あの頃は頼られてるって感じがして嬉しかったなあ。それに純粋に楽しかったわ」

宮司「ほう」

女神「でもお主とこうして喋っとるほうが楽しいがな。うやうやしく崇め奉られとるよりは、こっちのほうがわしの性に合っとる。こたつで永遠にごろ寝しながらくだらん話に花を咲かせたい」

宮司「……そう言われるのは嬉しいんですけど、そんなことだから威厳がなくなっていくんだと思いますよ」

女神「わしもなんとなくそう思っとった」

宮司「分かってるなら改善しましょうよ」

女神「分かっとるんじゃが、それすらめんどくさくなってきててな」

宮司「駄目だこれ駄女神だ」

女神「なんかそれ早口言葉みたいじゃな」

宮司「ついに言い返すことすらしなくなってしまった」

宮司「やっぱ駄目ですね、こたつは。女神様の駄目っぷりが増してしまいます」

女神「何を言う! 断じて駄目ではない! よしんば駄目だったとしてもそれはわしが駄目なのであってこたつが駄目なのではない!」

宮司「なんかもういろいろと駄目になってるみたいですね……というかその電気こたつ、電源コードを引っこ抜いて別の場所で保管してるのはずなのに、どうして暖かいんですか?」

女神「神をなめるなよ。この程度の小さい空間なら神力で温度を変えることはそう難しいことではないわ」

宮司「なんてことに神力使ってんですか。そんなろくでもないことに使わないでくださいよ」

女神「いーじゃろ、別に減るもんでもなし。それにわし程度の力じゃろくでもないことしか起こせんのじゃから」

宮司「だからって神の力を私用で使わないでくださいよ……」

女神「なんとでも言うがよいわ」

宮司「もういいですよ。言いたいことはだいたい言いました」

女神「あっそ……はあ、暇じゃなー」

宮司「またそうやってこたつに突っ伏す」

女神「……」

宮司「まったく。女神様を見てると神様って何なのか分からなくなりそうですよ」

女神「宮司」

宮司「なんですか?」

女神「暇」

宮司「さっき聞きました」

女神「暇なんじゃ」

宮司「そうですか」

女神「ひまー!」

宮司「わかりましたってば! 分かりましたから全身使ってのしかかるのはやめてください! 重い!」

女神「レディーにむかって重いとは何じゃ! この!」

宮司「あだだだ、耳ひっぱらないで! 頭にのしかかられたら誰が乗ったって重いでしょうが! 首痛いんでどいてください!」

女神「暇じゃよー」

宮司「あー首折れるかと思った……あの、頭から降りてくれたのはいいんですけど……まだ背中にのしかかってるのはなんでなんですか」

女神「気分」

宮司「気分ってどんな気分ですか……これじゃまるで羽織のない二人羽織ですよ。二人羽織でもしたい気分なんですか?」

女神「そうかもなあ」

宮司「……適当言ってますね」

女神「そうかもなあ」

宮司「はあ……あの、降りてくれませんか?」

女神「なんで。頭に乗ってるわけじゃなくて、背中にのしかかってるんじゃからええじゃろ」

宮司「そうやって後ろからだらんと寄りかかられると、あなたのあごが私の首元に刺さって痛いんですよ……喋るたびに食い込むし」

女神「あ、そうなの?」

宮司「そうなんです。そういうわけですからどいてもらいますよ。よっこいしょ」

女神「あっ、くそっ。このわしの全体重を使ったのしかかりをいとも簡単に振りほどきおって……ふん、堪え性のない奴じゃ」

宮司「こんなわけのわからないことしてないで、もうちょっと時間を有効に使ったほうがいいと思いますよ」

女神「どうやって」

宮司「へ?」

女神「どうやって」

宮司「どうやってとは?」

女神「だーかーらー。時間を有効に使うっちゅうのはどうやりゃええのか教えろ」

宮司「……何十万年と神様やってきたあなたがそれを言うんですか」

女神「むしろ何十万年と神様やってきてるからこそ時間の有効活用法がわからん。わしにとっちゃ時間は無限にあるようなもんじゃし、無駄に使ったところでなんら支障はない」

女神(……ぶっちゃけ、ただ単にめんどくさいから動きたくないってだけなんじゃが)

宮司(時間の使い方がわからないんじゃなくて、ただめんどくさいから動きたくないだけなんだろうなあ……)

今日の夜に次スレ立てるから続きはそっちで
このスレの残った部分で番外編でもやろうかと思ったけど特にネタが思いつかないので雑談するなりなんなり各自好きなように使ってくれ
ただ一週間経っても埋まりそうになかったら依頼出す

ちなみに>>895>>896の間に入るべき1レスが丸ごと吹っ飛んでることに気がついたんだけど何を書く気だったのかもはや記憶にないのでこのまま行く
以上連絡おしまい

HTML化依頼出すかと思ったけど埋まりそうだし埋めちゃうか
埋めるついでに去年の夏に伊勢神宮行った話する
実は去年の九月の頭に三重行ってた
天照大御神様にはこんなSS書いてすいませんと謝ると同時にこれからもよろしくお願いしますと両手を合わせてきました……

伊勢神宮には外宮と内宮があって、それぞれ数キロ離れてるんだけどちゃんと両方回った
内宮は想像の数倍広かった……というかもはや山か森まるごと神社なんじゃないのかという規模
去年は20年に一度の式年遷宮っていう大引っ越しの年でそれに関する特設資料館が外宮にあったけど今もまだあるかはちょっとわからん

ちなみに内宮を見て回ってたときににわか雨が降ったんだけど、あれは天照大御神様が怒ってたんですかね……
あと>>872の言うとおり境内を鶏が歩いてたよ 雨で濡れてしぼんじゃってたけど堂々とした出で立ちだった

ほとんど下調べもせずに現地に行ったのでやり残したことが大量にあって若干後悔してる
お前ら、もし行くなら下調べはちゃんとしてけよ

これが鶏と正宮の写真
正宮は引っ越ししたわけだからおそらくこの写真の場所には今は何もないと思う
また二十年後にここに戻ってくるらしいけど
ちなみに引越し先はほんとすぐ隣で、俺が行った時にはもう新しいのが出来上がってた(少なくとも外から見える範囲は完成していた)

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4944116.jpg
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org4944119.jpg

埋めます

埋め

言い忘れてたけど画像は約5200x3500とクソでかいから携帯で開くのは無謀かもしれない

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