魔王「魔王を倒そう」 (133)
側近「……は? どうしたんです、魔王様。長い窓際生活で、ついに頭が?」
魔王「黙れ側近。聞けば勇者再臨の噂があるそうじゃないか」
側近「聞けばというか、言ったの私ですよね」
魔王「これを利用しない手はない……我が兄弟の魔王達を駆逐してやろうではないか」
側近「はあ、できるんですか? 5人兄弟の中で最も落ちこぼれである魔王様に」
魔王「では側近よ! こんな小島としか呼べないようなところしか領地が無くていいのか!」
側近「まあ確かに、他の4人は巨大な大陸が領地ですけど……」
魔王「これは自由を勝ち取るための戦いだ! こんな生活からの脱却を目指すのだ!」
――――――
側近「魔王様、勇者が本格的な魔王討伐へと乗りきったようです」
魔王「そうか……それで、勇者の現在位置は?」
側近「地図で言えば南西の大陸です。城にはまだ遠いようですが」
魔王「あの大陸の城というと、弟のか」
側近「はい。魔王様を遥かに上回る才能を持ち、幼くして世界の4大陸のうちの1つを任された弟様の城です」
魔王「……殺されたくなければその程度にしておけ。お前が側近だからといって、俺は容赦をしない」
側近「私が死ねば、困るのは魔王様ですよ? 我ながらここまで優秀な魔族は、魔王の血筋を除けば存在しないかと」
魔王「犯すぞ」
側近「殺されたくなければ、からランクダウンしましたね。あと、レディーに対する言葉としては最低の最低レベルです」
魔王「……」
魔王「まあいい。勇者の精確な座標を導き出して……」
???「こんにちは~、弟くん!」
魔王「ぐっ……その声は姉上ですか。俺ももう子供ではありません。急に現れて急に抱きついてくるのはやめてください」
姉魔王「いいじゃない。いつまでたっても、弟くんは私の弟くんよ?」
側近「姉上様。ご訪問でしたら、玉座の間へ直接テレポートするのではなく、正門から……」
姉魔王「あら、私に正門から歩いてこいってことかしら?」
側近「は……」
魔王「側近の言うとおりだ姉上。急に来られてしまっては、もてなしをする準備もできない」
姉魔王「良いのよもてなしなんて。私にとっては弟くんと一緒にいられることが最高のもてなしなの」
魔王「しかし……」
姉魔王「それで、何か面白い話をしていたようだけれど?」
魔王「……聞いていらっしゃったので」
姉魔王「いいえ、最後の方だけよ。勇者の座標がどうとかというところだけ」
魔王「そうですか。単純な話です。我々魔王の敵である勇者の動向を知りたいというだけで」
姉魔王「敵?」
魔王「……そうですが、それが何か」
姉魔王「ぷっ、ふふ……あ、はははははははっ!」
魔王「姉上……」
姉魔王「敵! 敵ねぇ! 所詮勇者なんてちょっと強い程度の人間でしょう? 敵だなんて……! ぷっ」
魔王「……」
姉魔王「ふふっ……ああ、ごめんなさい。それで敵……ぷっ……勇者がどうしたって?」
魔王「南西の大陸で行動を開始しているようです。あそこは弟の大陸ですから、少し心配を」
姉魔王「ああ、下の弟くん? 確かに5人きょうだいの中では一番小さい子だけど……大丈夫じゃない?」
魔王「ええ、素質だけでいえば俺は勿論のこと、姉上や兄上をも上回っていますから」
姉魔王「そうみたいねぇ。お兄様は下の弟くんに凄く目を置いていらっしゃるみたいだけど……私は弟くんのほうが好きよ? 5人の中で最も才能が無くても、ね」
魔王「今はそういう話をしているのではありません」
姉魔王「あら、気を悪くしちゃった? 可愛い~」
魔王「……姉上が先程おっしゃったように、勇者は所詮人間に過ぎません。弟であれば充分に消し去ることができるでしょう。しかし」
魔王「勇者の恐ろしさは潜在能力にあります。無限に成長する力は間違いなく我々魔王の障害となるでしょう。万が一弟が討たれるようなことがあれば……」
姉魔王「勇者はさらに潜在能力を引き出し、次の標的は自分たちへ?」
魔王「ええ。勇者の血筋は父上を討った実績があるのです。今回も場合によっては我々魔王は……」
姉魔王「……」
魔王「姉上?」
姉魔王「……いい」
魔王「は?」
姉魔王「可愛いっ!! クールな顔してるくせに未知の脅威に恐れおののく弟くん……! 凄く良いわ!」
魔王「姉上、茶化さないでください」
姉魔王「茶化してなんかいないわ。つまり弟くんは、勇者っていう人間が怖いのね?」
魔王「それは否定できませんが」
姉魔王「じゃあこうしましょう! こんな小さな孤島の城なんて捨てて、私の城に来なさい? ずっと守ってあげるし、甘えさせてもあげるから、ね?」
魔王「それは父上の意思に反しています。俺はこの島を任されているので」
姉魔王「死んだヒトの言葉を重要視するなんて、律儀ねぇ……それに任されていると言っても、他の4人4大陸と比べて露骨な閑職じゃない」
魔王「それもわかっています。ですが姉上、俺にもプライドというものがあります」
魔王(なにより、姉上と同じところにいては何かと動きづらいからな)
姉魔王「そう、残念……まあいいわ。今日はそろそろ帰るけど、気が変わったらいつでも言ってね?」
魔王「ええ、お身体にお気をつけて」
姉魔王「大袈裟ねぇ。じゃあ、またね」
魔王「ふ、う……」
側近「お疲れ様です。相変わらずあの女は……いえ、姉上様は嵐のようなお方ですね」
魔王「間違っても喧嘩を売るんじゃないぞ。姉上から少しでも傷を負えば、その傷口から腐り落とされたりするからな」
側近「さすがは腐食王……」
魔王「その二つ名も、本人は気に入っていないから気をつけろ。姉上の機嫌が悪いというだけで魔族が数百匹消しとんだことがある」
側近「……それで、私は勇者の位置を調べればよいのですか?」
魔王「ああ、そうだな。どのくらいの時間が必要だ?」
側近「18時間以内には」
魔王「優秀だな。またあの腐食王が来たりする前に、事を進めておきたい。急いでくれ」
側近「わかりました」
―――――――
側近「……様。……魔王様」
魔王「ん……ああ、側近か……」
側近「私が努力している間、呑気に昼寝とは羨ましい限りです」
魔王「貴様……」
側近「ふふ、冗談です。申し訳ありません、眠っていらっしゃったのに」
魔王「いや……それで、どうした」
側近「勇者の位置を特定しました」
魔王「よくやった。それで、どのあたりだ?」
側近「はい。弟様の城から南へ約……」
魔王「驚いたな……侵攻速度が予想より数段早い」
側近「どうなさりますか?」
魔王「勇者に直接会ってくる。その間の留守は頼む」
側近「討伐なさるので?」
魔王「……まさか。その逆だ。宝物庫から今から言うものを持ってきてくれ」
側近「わかりました」
勇者「せやァッ!」
魔物「ガ、アガアアアアアアァァァ!!!」
魔王(あいつが勇者か……なるほど、確かに普通の人間よりも圧倒的な能力を持っているようだ)
勇者「……よし、この辺りの魔族は、これで倒しきったかな」
魔王「もし」
勇者「誰だッ!」
魔王「剣を下ろしてください。自分は魔物ではありません」
勇者「す、すみません。こんなところに人がいるなんて思わなかった。ここは危険ですから、すぐに近くの村か町へ……ここから南にいけばいくつかあるはずです」
魔王「いえ、自分はあなたを追ってきたのです」
勇者「僕を……?」
魔王(目つきが変わった。ただのバカではないようだな)
勇者「それで、僕に何のようなんです?」
魔王「自分はここより東へ存在する大陸の、さらに向こうの者でございます。お見受けしたところ、あなたはさぞ力のある戦士……いや、勇者様と見える」
勇者「そ、そっか。わかるものなのかな?」
魔王「ええ、あなたの戦いぶりをみればどんな者であっても気付きましょう。勇者再臨の知らせは遥か東にまで届いております」
魔王「自分どもは魔王達によって苦しい立場に置かれています。ですから、勇者様に頼る他はありません」
勇者「ま、待ってください。今、『魔王達』と?」
魔王(そういえば側近の話によると、人間にとって魔王は1人しか存在しないと伝わっているのだったな。情報を流す意味でも直接会えたのは正解だったか)
勇者「答えてください! 魔王は多数存在するのですか!」
魔王「ええ、魔王は5人います。4大陸それぞれ魔王城が存在しているのはご存知でしょう。そこに1人ずつと、……辺境に1人」
勇者「そんな……城だけでなく、魔王も多数いるとは……」
魔王「城が多数あれば、王も多数存在する。当然の道理でございましょう。勇者様にはお苦しい旅になると思います」
勇者「ええ……正直言って、ここの魔王1体を倒すのですら人生の全てを賭けるつもりでした」
魔王「ですから、その勇者様にせめてもの贈り物をと」
勇者「贈り物?」
魔王「ええ、これを」
勇者「これは……鎧? 剣や盾、金貨も!」
魔王「その装備は、小人の鍛冶師達が数百年をかけて作りだしたものです。これを身に纏った勇者様であればきっとこの大陸の魔王は討てましょう」
勇者「しかし、本当のいいんですか?」
魔王「対価として、この世界の平和を望みます。どうか御武運を……」
勇者「ありがとうございます! わあ、本当に良い装備だ……金貨だってたくさんある」
魔王(その装備をもってしても、弟を倒せるかどうかは良くて五分と言ったところだろうがな。精々頑張ってくれよ)
勇者「ああ、そうだ。近くの村まで護衛を……ってあれ……いない?」
×勇者「本当のいいんですか?」
○勇者「本当にいいんですか?」
側近「おかえりなさい。大丈夫でしたか?」
魔王「ああ。いかにも単純そうな奴だったよ」
側近「そんな者が、本当に弟様を討てるのですか? 弟様の才能は魔王様を遥かに……」
魔王「側近、それはもう良いだろう」
側近「しかし、事実です。いくら人間が扱える最高クラスの装備を身に付けたとはいえ、勇者はまだ十数歳と聞いています。人間の感覚で言ってもまだ少年と呼ぶ年齢でしょう」
魔王「魔族の感覚で言えば、弟もまだ少年だろう」
側近「それはそうですが……」
魔王「確かに弟の才能は非常に高い。しかしまだ幼すぎる。力の扱い方というものを理解していない」
魔王「しかも自分が非凡だ天才だと誉めたたえられるものだから、上手く扱えないはずの己の力を過信しすぎている。まあ、それがあのクソ生意気な性格に表れているわけだが」
側近「この間お会いしたときは、魔王様に『あぁ、まだ生きてたんだ。上の姉ちゃんのおっぱいでも吸ってんの? なんか御利益ありそうだよね』とか言われてましたね」
魔王「思い出させるな。あの場で兄上がいなければ即刻制裁していたところだったんだが」
側近「ところで、吸ってるんですか?」
魔王「ん?」
側近「吸ってるんですか? 姉上様のおっぱい」
魔王「お前を制裁しない理由は、ここには無いぞ?」
――――――
側近「どうして私が床に磔(はりつけ)にされないといけないんですか」
魔王「自分の胸に聞け」
側近「胸ですか? 確かに私の胸は姉上様ほど豊満ではありません。しかし、あそこまで大きいのは流石に嫌味というか下品というか、むしろ私くらいが丁度良いという」
魔王「反省していないな?」
側近「いいえ、反省しています。ですから他の場所に替えて欲しいです。床は冷たいので」
魔王「床が嫌なら壁か? 天井か? どこも変わらんと思うが」
側近「玉座で」
――――――
側近「本当に最低です。えっち。変態。馬鹿。アホ。マヌケ。雑魚魔王」
魔王「最後のだけは効くからあまり使うなよ」
側近「だったら服を返してください。恥ずかしいんですから!」
魔王「そんなことを言っているが俺はお前の裸体を見ても何とも思わんし、正直言ってお前も俺に裸体を見られて何とも思ってないだろ?」
側近「いやっ、本当に恥ずかしいですウエストとか。床の冷たさが増すから嫌、とかそんなことではないです」
魔王「お前は魔族の中でも最上級だから経験したことはないんだろうが、魔王の中に底辺で這いつくばる俺の屈辱と冷たさをそこで知れ」
側近「あ、鼻毛見えますよ? ……ああ、嘘……ではないですけどそれはともかく、こんなところ誰かが来たらどう言い訳するんですか」
???「おぃーっす!」
側近「ほら言わんこっちゃない……」
???「んー? なんだこれ。どういう状況? 兄ちゃん」
魔王「弟か。ちょっとお仕置き中だ。深い意味はない」
側近「いらっしゃいませ弟様。どうかお助けください」
弟魔王「兄ちゃんがやってることだからオレには何ともねー。ひょいっ」
側近「やっ……弟様っ、やめっ……そこは……」
魔王「俺の物だ、あまり触るな。……それで、何のようだ?」
弟魔王「ちぇっ、面白いのに……。用ってのは、兄ちゃんに頼みごとがあるんだよね」
魔王「頼みごとだと? お前が俺にか」
弟魔王「そうそう。使いを送るんじゃなくてわざわざオレ自身が出向いたんだから、感謝して欲しいよねー」
魔王「それで、頼みごととは何だ」
弟魔王「勇者って奴がさぁ、うちの大陸にいるの知ってるよね?」
魔王「……ああ、聞いている」
魔王(まさか、俺が勇者に接触したことに感づかれたか……?)
弟魔王「でさぁ、あいつオレんとこの魔物とか魔族殺しまくっちゃってるわけ。本当はオレが相手すれば良いんだけど、オレって遊びたい盛りじゃん?」
魔王「何が良いたい」
弟魔王「オレが自ら相手しなくても勝手に消えて貰えるようにさ、強い魔族を送って貰おうかなーと思って」
側近「そんな……」
魔王「まさかお前……」
弟魔王「ああ、違う違う! そこで寝てるヒトはオレ要らないよ。だって兄ちゃんが持ってる唯一の配下だもんね。オレってさ、そこらへん大人だから。そもそもそのヒト、オレの好みじゃないし」
側近「……」
魔王「戦力の派遣が出来ないのはお前が知っての通りだ。だったらなぜ俺のところに来た?」
弟魔王「上の姉ちゃんにさ、ちょっと具申して貰えないかなーって。ほら、兄ちゃんの取り得なんて姉ちゃんに気に入られてることくらいしか無いんだし、活かさないと損じゃん?」
魔王「……」
弟魔王「ね、いいでしょ? 可愛い弟がこんなに頼んでるんだからさー。いいでしょ?」
魔王「わかった……姉上に相談してみよう。一人で行くほうが都合がいいから、お前はもう帰れ」
弟魔王「サンキュー、話が早いね! じゃあ頼むね! 失敗したら怒るかんねー! バイバーイ」
魔王「……」
側近「魔王様……」
魔王「くっ……くくく……」
側近「……?」
魔王「く、あっはっははははは!!」
側近「苛立っているかと思いきや、酷く上機嫌ですね」
魔王「ハッハハ! 側近よ、僥倖とはまさにこのことだとは思わないか!」
側近「何のことです?」
魔王「姉上の城へ行ってくる! 留守を頼むぞ!」
側近「あ……」
側近「全裸のまま磔にされて、留守も何もないでしょう……」
――――――
側近「魔王様! 魔王様!!」
魔王「どうした、そんなに慌てて。お前らしくもないな」
側近「弟様の城へと突入した勇者が、無事に城を出たとの情報が!」
魔王「そうか……クックク……思っていたよりも早かったな」
側近「姉上様が戦力の派遣を行ったと言うのに、どうして……」
魔王「それだよ」
側近「それって……戦力の派遣、ですか?」
魔王「ああ」
魔王「弟が俺の城にくるまでは、勇者が弟に勝てるかどうかは微妙なところだった。しかも、勇者は弟の城まであと一歩と言ったところまで近づいていたしな」
側近「ええ、しかし、弟様が敗れる敗因と戦力の派遣にどんな関係が?」
魔王「考えてもみろ。勇者はあの時点で既に、下級ではあるものの魔王に肉薄しようかという実力を持つ者だったのだ。姉上が他の領地へ派遣を行える程度の魔族や魔物では、歯が立つわけがない」
側近「考えてみれば、確かに……」
魔王「しかも弟の性格上から考えるに、派遣された魔物や魔族は一挙に勇者へけしかけさせたことだろう。そんなことをすれば……」
側近「勇者のレベルは鰻登りですね。本来ならば上がるはずのなかった……」
魔王「その通りだ。姉上や兄上ならともかく、幼い弟が相手できるような存在ではない」
魔王「側近よ、弟の城にいくぞ」
側近「は……しかし、弟様の生存は絶望的では?」
魔王「仮にも肉親だ。亡骸くらいは目に納めてやろうじゃないか」
側近「では、お供させて頂きます」
魔王「ああ」
魔王「立派な城だったのに、酷い荒れ方だな……あの弟らしい」
側近「弟様ですか? 勇者ではなく?」
魔王「ああ。これは弟の仕業だ。戦闘時になって力を制御しきれず、そこら中に拡散したんだろう」
側近「なるほど……あっ、魔王様! あれは!」
魔王「……弟」
弟魔王「に……いちゃん……痛い……いたいよ……」
魔王「まだ生きていたのか……勇者め、とどめを刺しきれていないじゃないか」
側近「……」
弟魔王「なん……か、あ…いつ……凄……く強くな……って」
魔王「ああ、だろうな」
弟魔王「兄……ちゃん……助け……てよ……」
魔王「残念ながら、無理だな。そんな虫の息では治癒魔法も効かんだろう。弱点の心臓が無事でもその肉体では、な」
弟魔王「でも……さ……兄ちゃ……ん……頼む……よ……わかる……だろ……?」
弟魔王「そのヒ……ト殺……しちゃ……ってさ……魔力……吸わ……してく……れれば……さ……治る……はずだか……ら」
魔王「末っ子で育ち盛りなだけあって、お前の自己治癒力は高いからな。だからこそそんな傷で生きていられるんだろうが」
弟魔王「頼む……よ……そい……つ殺……して……領地だ……って……あげ……るから……さ……欲し……いん……だろ……?」
側近「魔王様……!」
魔王「……確かに、苦しむ弟の姿を見るのは忍びない。仮にも血の繋がった兄弟だからな」
弟魔王「にい……ちゃん……!」
魔王「すぐ楽になる。じっとしてろ」
側近「まさか、本当に……? 魔王様、冗談ですよね?」
魔王「お前も黙ってじっとしていろ」
――――――
魔王「……俺の城は狭いな」
魔王「……狭い割に、使ってるスペースは異常に少ない」
魔王「……まあ、建物としては広いというか、でかいしな」
魔王「……なあ」
魔王「……なあ側近よ、俺は……思うんだ」
魔王「俺は、変な気を回して黙り込んでるお前が凄く気持ち悪い」
側近「えっ、本当ですか? センチメンタルになってる魔王様を変に刺激しないようにって配慮なんですが……」
魔王「なってないから安心しろ?」
――――――
側近「魔王様。弟様が亡くなられたため、南西の大陸は完全に解放されました。勇者は現在、東へ侵攻。南東の大陸へと到着した模様です」
魔王「今ここから見えている大陸の海岸、この丁度反対側だな」
側近「南東の大陸は妹様の領地です。妹様はどうするのでしょうか……」
魔王「あいつは弟ほど馬鹿ではないからな。おそらく相応の対策はしているだろう」
側近「ええ、そうなると勇者が倒されてしまう可能性があるのでは?」
魔王「どうだかな……正直言って、妹の考えていることは全く分からん。あいつは頭が回り過ぎる」
側近「どういたしますか?」
魔王「とりあえず様子を見ているしかないだろうな」
――――――
側近「魔王様、勇者が妹様の城の目前へと到達した模様です」
魔王「何……? いくらなんでも早すぎる。妙だな……」
側近「ええ、妹様の配下は魔王様達の中でも最精鋭のはずですからね」
魔王「やはり何か策を講じてきたか……妹め、何を考えている?」
側近「訪問を行いますか?」
魔王「いや、あいつと直接会うのは少々不味い。俺の態度からこちらの策略がバレかねない。気持ち悪いが、時を待つしかないだろう……」
――――――
妹魔王の側近「魔王様! 勇者が我が城へ到達しました!」
妹魔王「うむ。通せ」
妹魔王の側近「は、しかし……?」
妹魔王「わしの声が聞こえなかったか? 通せと言ったのじゃ」
妹魔王の側近「はっ!」
勇者「あなたも……魔王……?」
妹魔王「いかにも。しかし、お主も奇妙な奴じゃな。敵陣において剣すら抜いておらんとは」
勇者「それは僕のセリフです! 抵抗も何もされずに、ここへ案内されて……」
妹魔王「戦いたいのか?」
勇者「違います! けど……僕達は敵でしょう!」
妹魔王「ああ、敵じゃ。だからこそ、わしはお前とここで向かい合い、話をしておる」
勇者「言っている意味がわかりません……!」
妹魔王「奇妙な世界だとは思わんか? 魔族や魔物が人間を襲い、お前のような人間が魔族や魔物を倒す……お互いに痛みと悲しみ、憎しみを背負う世界じゃあないか」
勇者「それは……」
妹魔王「お前はそんな世界を変える力を持っておる。お前の持っている力は誰かを傷つけるためだけの力ではない」
勇者「変える……力」
妹魔王「わしはその力が正しく使われることを願っておるし、その結果を望んでおる。だから勇者よ」
妹魔王「どうかわしと一緒に、世界を変えてくれ」
――――――
側近「魔王様、勇者に動きがありました」
魔王「城から出たのか? 妹はどうなった?」
側近「はっきりしたことはわかりません……ただ、私の見立てでは生存している可能性が高いかと」
魔王「やはり何か奇妙な策を……それで、勇者はどこへ向かっている」
側近「北西です。北西の大陸へと侵攻している模様です」
魔王「兄上の領地か! 勝算があるのか……?」
側近「魔王様、どういたしますか」
魔王「おそらく、妹が勇者に何かを吹き込んだに違いない。しかし、兄上は我々5人の中でも別格だ。今の勇者では勝てるはずがない……」
側近「ええ、生前の父上様に一番近い存在ですから……」
魔王「妹め……お前は一体……」
側近「とにかく、情報収集に一層力を入れます」
魔王「頼むぞ」
――――――
魔王(ここから最も遠い大陸だけあって、側近とは言えやはり情報収集には手間取るか……)
魔王「くそっ!」
魔王(この無意味な時間はどうにかならないものか……側近、早く帰ってこい!)
妹魔王「相変わらず、狭い島と城じゃのう」
魔王「!?」
妹魔王「久方ぶりじゃの。元気にしておったか?」
魔王「妹……」
妹魔王「なんじゃ、怖い顔をして。わしの顔に何かついておるか?」
魔王「何の用だ」
妹魔王「妹に向かって何の用だとは酷いのう。世間話をしにきただけじゃ」
魔王「世間話だと?」
妹魔王「弟が死んだ話……とかの」
魔王「……!」
魔王「勇者には弟を倒す力があって、弟にはそれに対抗する力がなかった。それだけの話だ」
妹魔王「ああ、確かに。しかし不思議なこともあっての」
魔王「なんだ」
妹魔王「この間勇者に会ったんじゃが、この城にあったはずの装備と同じものを勇者が身に着けておったんじゃよ」
魔王「……」
妹魔王「わしも勇者に殺されたくはない。奴の身につけているものの弱点くらいは知っておきたいと思ってな。どうじゃ? 見せてはくれんか」
妹魔王「ここは兄者の城だ。宝物庫を見せてくれなどというのは失礼極まりないことなど理解しておる。だが、わしの命がかかっているんじゃ。どうか頼めんか?」
魔王「……白々しいぞ。素直に考えを言ったらどうだ」
妹魔王「ふむ、それもそうじゃな。……兄者、弟が死ぬように仕向けたのはお主じゃな?」
魔王「だったらどうした」
妹魔王「否定せんのじゃな」
魔王「頭の良いお前のことだ。否定したところで無駄だろう」
妹魔王「ふむ。わしはそう考えられる兄者も頭が良いと思うぞ?」
魔王「馬鹿にしているようにしか聞こえんな」
魔王「それで、何をしにきた」
妹魔王「うむ、共同戦線の提案をな」
魔王「共同戦線だと?」
妹魔王「ああ。わしと兄者は利害が一致しておると踏んでおるのでな」
魔王「……」
妹魔王「まあ、わしの話を聞いて貰おう。その上で考えてくれればよい」
――――――
妹魔王「―――というわけじゃ」
魔王「しかし、可能なのか? 人間と魔族、魔物の共存など……」
妹魔王「可能じゃ。だがその障害になっているのが……」
魔王「姉上と兄上か。しかし、兄上はともかく姉上は比較的人間に寛容ではないのか?」
妹魔王「わしは昔、姉者に先程話したことと同じような理想を話したことがある。『あなたは世界を豚小屋にしたいの?』と一蹴されたよ」
魔王「存在の否定まではしないが、あくまで人間は格下というわけだな」
妹魔王「うむ。しかも、姉者はああいう性格をしておろう? 仮に理想の世界を作ったところで、いつ壊されるかわかったものではない」
魔王「『暇だ邪魔だ』の一言で人間どもの虐殺を始めそうだな」
妹魔王「その通りじゃ。そんなことになれば、再び争いになるのは間違いない」
魔王「聞きたいことがもう一つある」
妹魔王「勝算か?」
魔王「ああ。俺とお前と勇者で、兄上に勝てる確率はあるのか?」
妹魔王「ゼロじゃ」
魔王「なに……?」
妹魔王「わしら3人では間違いなく上の兄者には勝てん」
魔王「ではどうやって……! まさか……っ」
妹魔王「ああ、姉者にも手伝ってもらう」
魔王「ようやく読めてきた……だからこそ俺に共同戦線などという話を持ちかけたんだな? 勇者を北西へ向かわせたのも、姉上よりも先に兄上を倒さねば詰みとなるから……」
妹魔王「そうじゃ。そうでなければ、戦力的に不足な兄者なぞ頼らん」
魔王「はっきり言う……それで、俺が断ると言ったら?」
妹魔王「この場で殺す」
魔王「だろうな。……良いだろう。お前の話に乗ってやる」
妹魔王「本当か!」
魔王「だが、条件がある」
妹魔王「なんじゃ?」
魔王「今の話だと、最終的に魔王は2人残る。だから……」
妹魔王「ああ、それなら心配はいらんぞ。姉者と戦う際に、わしは死ぬからな」
魔王「なに……?」
妹魔王「上の兄者ほどではないとはいえ、姉者も強大な力を持っておる。おそらくわしら3人の力をぶつけても倒せはせんだろう」
魔王「3人もいるのだ。兄上はともかく、姉上であれば誰かが1人くらい心臓を貫くことができるんではないか?」
妹魔王「確かに、わしらの種族は心臓が弱点じゃ。しかし、姉者であってもそれは難しかろう。ああ見えて、上の兄者並みに用心深いぞ」
魔王「そうか……」
妹魔王「ただ、最近面白い魔法を開発してな? 自らの命を代償に他の者1人を葬る、というな。使うことができるのは世界中でわし1人しかおらんが」
――――――
魔王「こんにちは、姉上」
姉魔王「あら~、弟くんのほうから訪ねてくるなんて、下の弟くんが生きていた頃以来じゃない?」
魔王「……ええ、実は今回も頼みたいことがあって来ました」
姉魔王「弟くん、この間は弟くんだったからサービスしたけど……2回目となると、相応のコストっていうものを払って欲しいわよね~」
魔王「何が望みです?」
姉魔王「んっとね~、一生弟くんが私のお城で一緒に住んで、私のベッドで一緒に寝て、私と一緒に朝を迎えて欲しいなって思うの。素敵でしょう?」
魔王「……ええ、わかりました。お約束しましょう」
姉魔王「やった! それで、何をして欲しいのかしら?」
――――――
魔王「側近、そこに置いてある剣取ってくれ」
側近「どうぞ。……しかし、本当に良いのですか? 私が行かなくても……」
魔王「俺ですら足手纏いになりかねないからな。留守を頼む」
側近「お怪我のないように……というのは兄上様相手に魔王様程度の力では無理でしょうけど、死ぬのだけはやめてください。後処理が面倒なので」
魔王「ああ。この城は狭い割に広いからな。これ以上広くするわけにはいかん」
側近「……お気をつけて」
――――――
妹魔王「勇者よ、紹介しよう。こちらがわしの姉者と兄者じゃ」
勇者「あなた達が、妹魔王さんのお姉さんとお兄さん?」
姉魔王「よろしくね、勇者ちゃん? 投げキッス~チュッ」
勇者「あ、はい……よろしくお願いします……」
姉魔王「照れちゃって、人間の割には可愛いわ~。あ、弟くんが一番だから妬かなくていいわよ?」
魔王「妬く理由がありません」
勇者「あなたは、僕に装備とお金をくれた……!」
魔王「覚えていたか。久しぶりだな」
妹魔王「勇者よ、事情は先日話したな? 魔王と共闘など少々気持ちが悪いと思うが、頼むぞ」
勇者「は、はい。頑張ります」
姉魔王「弟くん、事情ってなぁに?」
魔王「俺が兄上と弟が嫌いだという事情です」
姉魔王「ぷっふふふ……なるほどね~」
勇者「……」
妹魔王「さあ、ゆくぞ」
――――――
姉魔王「と、言うわけでお兄様。申し訳ないのですけれど私の為に死んで頂けないかしら」
兄魔王「お前はもう少し利口だと思っていたがな。そこの出来損ないにそそのかされたか」
魔王「……」
姉魔王「そそのかされなくても、いつかはこうなったかもしれないわね~。だって私、お兄様のこと嫌いだもの。堅物だし、力こそ全てだ~とか思っていらっしゃるし、何よりも……可愛くないわ」
兄魔王「愚かな……」
妹魔王「愚かなのはどちらのほうじゃ? 古臭い考えはいい加減に捨てることをお勧めするぞ、兄者よ」
勇者「僕たちは世界を変えるんです!」
――――――
兄魔王「ぬ、う……」
姉魔王「あら、お兄様? さすがに多対1ではお辛いのかしら。さっさとお諦めになってはどう?」
兄魔王「黙れェッ!!」
姉魔王「きゃッ!? ……ふふ。良い度胸じゃないッ!!!」
魔王「ちっ、レベルが違いすぎて避けるので精いっぱいだ! 攻撃する暇がない!」
妹魔王「兄者、ここはできるだけ姉者に任せよう。今後の為にも……」
魔王「妹……わかった! 勇者!」
勇者「わかってます!」
――――――
姉魔王「ッつう……」
妹魔王「姉者っ! 駄目じゃ、わしも身体が動かん……!」
兄魔王「ふ、っははは……ここまでのようだな」
勇者「たああああッ!」
兄魔王「ふん、不意打ちのつもりか? 人間臭いニオイですぐにわかるわ……ぬんっ!」
勇者「ぐあっ! そ、そんな……」
兄魔王「もう一匹、出来損ないがいたはずだな……どこにいる? 尻尾を巻いて逃げたか? ハハハハ……」
魔王「ここにいる」
姉魔王「弟くん……!」
妹魔王「兄者っ!」
兄魔王「ふん、逃げてはいなかったか……しかし出来損ないは出来損ない。この状況では何もできまい?」
魔王「ああ、俺は兄上に何かできるような力は持っていない」
兄魔王「ならば大人しくくたばるがいい」
魔王「だが、他の3人はどうだろうな? 姉上! 妹! 勇者!」
兄魔王「なんだとっ!? ……違う、ハッタリか!?」
魔王「兄上も、中々お疲れのようだ!」
兄魔王「ちぃッ、こんな幼稚な手に!」
魔王「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
兄魔王「……クッ」
魔王「はぁっ……はぁっ……!」
兄魔王「クッ、……クックックッククク……! ハッハッハッハ!! 惜しかったなぁ弟よ。心臓を狙ったその一撃、悪くはなかったぞ?」
魔王「浅かったか……ッ!」
兄魔王「所詮、貴様は出来損ないということだ……ぬんッ!」
魔王「ぐあああっ!」
兄魔王「私に傷を付けた祝いだ。仲間が死ぬところをその目に刻みつけるがいい……」
兄魔王「まずは貴様だ。その首をへし折り、その骨で心臓を貫いてくれる……遺言はあるか?」
姉魔王「ああ……お兄様……。こんな傷を負ってしまって、可愛そう……」
兄魔王「この期に及んで命乞いか? 哀れな妹だ」
妹魔王「姉者……!」
姉魔王「本当に可愛そうだと思うわ……。ねえ、お兄様、私の二つ名を覚えていて?」
兄魔王「二つ名だと? そんなものはどうでもいい。言いたいことはそれだけか?」
姉魔王「ええ……さようなら、お兄様」
兄魔王「……!? は、離せ! 貴様は!」
姉魔王「こんなに小さな傷で死んでしまうのだから、本当に可愛そう……」
勇者「ってて……倒したんですか……? どうやって?」
魔王「我らは心臓が弱点だ。そこさえ損傷させてしまえば、例え兄上であろうと死に至る」
勇者「でも、傷は浅かったんじゃ……」
妹魔王「腐食じゃ。姉者は触れた傷から肉体を腐らせる力を持っていてな」
姉魔王「そういうこと。でも、普通に戦ってる分には傷一つ与えられなかったから苦戦したんだけれどね~。弟くんの大手柄よ」
魔王「こいつには何もできないだろう、という兄上が抱いた慢心のお陰だな。言ったのが俺じゃ無ければ、警戒してあんなハッタリには引っかからなかったはずだ」
妹魔王「だが……まだ終わりではない」
勇者「っ……」
魔王「……」
姉魔王「そうよ。弟くんには今回の報酬として、しっかりと言うこと聞いてもらうんだからね~?」
魔王「姉上、申し訳ないんだが、姉上の城で勇者と妹を休ませてやってはくれないか? こんな満身創痍では、皆自分の居場所へと帰れないだろう」
姉魔王「うーん、弟くんについては元々その予定だったけれど……まあいいわ。1日だけよ?」
妹魔王「助かる。姉者」
勇者「ありがとう、ございます……」
――――――
姉魔王「で、着いたわけだけれど~、妹ちゃん? どうしてそんなに殺気を漂わせているのかしら~?」
妹魔王「手伝ってもらった末に申し訳ないが、姉者。お主には死んで貰わねばならん」
勇者「すみません……」
姉魔王「あら、私恨まれるようなことしたのかしら、弟くん?」
魔王「……」
妹魔王「お主は、わしが理想とする世界で生きるにはあまりに不安定で、危険すぎる」
姉魔王「あらあらあらあら、だったら仕方ないわね~。でも私は弟くんと一緒にいたいし、死ぬわけにはいかないの。だから諦めて妹ちゃんが死んで、ね?」
妹魔王「勇者!」
勇者「はい!」
姉魔王「あら……」
妹魔王「さすがの姉者とはいえあの激戦の後だ。動けはしまい?」
姉魔王「お得意の魔法を、勇者くんに教えたのね……万全の状態ならともかく、今はちょっと無理っぽいわ~」
妹魔王「そのために勇者にはあの戦いで力を温存して貰っておったからな」
姉魔王「弟くん、助けてよ~」
魔王「無理だな。妹の理想などはどうでもいいが、姉上は俺の自由を奪う存在だからな……」
妹魔王「詠唱を開始する! 勇者、そのまま頼むぞ!」
勇者「はい!」
妹魔王「兄者! 詠唱中、わしは何もできないからしっかりと護衛を頼むぞ!」
魔王「ああ」
姉魔王「ああ、残念……妾くらいになら許してあげたのに」
魔王「どういう意味だ?」
姉魔王「そこに水晶玉があるのわかるでしょう? それを覗いてみなさい」
魔王「何かが映っている……? 俺の城の……玉座の間か!」
姉魔王「よく見て? 玉座のところ……」
魔王「側近……!? 姉上、側近に何をした!」
姉魔王「まだ気を失ってるだけよ。でもあの子が今、首にかけてるネックレス……あれはあの子が気を失ってる間にかけたんだけれどね? ふふ、保険をかけておいて良かったわ」
魔王「姉上!」
姉魔王「私が死ぬとあのネックレスが反応して、着用者を猛スピードで腐らせちゃうのよね~。面白いと思わないかしら?」
魔王「―――!」
姉魔王「どうする? 今からあのお城へテレポートでもする? でも間に合うのかしらね~。ちょっと頑丈な作りだから外すのは結構手間取ると思うわ」
魔王「くそ……ッ!」
姉魔王「一番確実な方法は……わかるわよね。 弟 く ん ? 」
魔王「……」
妹魔王「あ、に……じゃ……ど……して……――――」
魔王「……」
姉魔王「心臓を一突き……見事なお手前ね~。弟くん」
勇者「魔王、さん……? ど、どうして!? ま、まさか、う、裏切ったんですか!!」
姉魔王「裏切りだなんて、心外よねぇ、弟くん? 先に裏切ったのは、どっちなのかしら」
勇者「っ!?」
魔王「……」
姉魔王「弟くんには言いたいことがたくさんあるけど~、とりあえずはそっちよね~?」
姉魔王「縛られるのはやっぱり好みじゃないわね~。どうせなら縛るほうがいいわ」
魔王「姉上、俺は側近を」
姉魔王「いってらっしゃ~い。側近ちゃんによろしくね~。私も後で行くから待っていてね?」
勇者「ま、待て! お前は僕が……ッ!」
姉魔王「勇者くんの相手はこっち。ね?」
勇者「くっ……!」
――――――
魔王「側近! 起きろ、側近!」
側近「ん、ぅ……まおう、さま……?」
魔王「良いか。今からお前のつけてるそのネックレスを剣で壊す。絶対に動くなよ」
側近「ネックレス……? いつの間に……」
魔王「動くな! いくぞ」
側近「いっ!? 魔王様、もう少し優しくやってください!」
魔王「そんなことはお前が寝てる間に試した! それでも壊れなかったから念のためにお前を起こしたんだ。……しかし、やっと壊れてくれたか」
側近「でも、これは一体……確か、姉上様がご訪問になってそれから……」
魔王「良いから、さっさと逃げるぞ! ここにいるのは危険すぎる!!」
側近「逃げるってどこへです? それに何故……」
姉魔王「あら、もう壊したの? 意外と早かったのね」
魔王「……!」
側近「姉上様……」
姉魔王「ぷっ、ふふふ……こんにちは、弟くん。お久しぶりだったかしら?」
魔王「……」
姉魔王「弟くん、安心して? 私怒ってないから。うん、過去のことなんて忘れるべきよね」
側近「魔王様……」
姉魔王「可愛い弟くんのためだものね。私があなたに憎しみを持ってはいけないもの」
魔王「それは……あなたの勝手です。姉上」
姉魔王「そうかしら? ええ、そうかもしれないわね……」
姉魔王「ところで弟くん、私思ったのよ。やっぱり約束の反故を防ぐためには、心の底から『守ろう』って気にさせることが大事だって、ね?」
魔王「……」
姉魔王「例えば今あなたは私に剣を向けているけれど……ああ、私は凄く悲しいわ」
魔王「……」
姉魔王「あなたは哀れな子……親に、兄弟に見捨てられて、愛されるどころか視界にすら入れて貰えない」
側近「姉上様、何を言って……」
姉魔王「おかしいわよねぇ。私がこんなに愛しているのに……あなたを愛するのは私だけのものかしら?」
魔王「いいか、側近。お前だけでもすぐにこの場から逃げろ。とにかくここ……姉上は危険なんだ」
側近「ど、どうしてです? 一体何が……」
姉魔王「あなたを愛しているのは私だけで、あなたを愛していいのは私だけ。それっておかしい道理かしら? 裏切られても愛するのは当然じゃないかしら」
魔王「側近、早く!」
側近「……っ!」
姉魔王「どこへ行くの? お前もどうせこの子を愛さないくせにッ!!」
側近「きゃッ!? ぐっ……」
魔王「側近!」
姉魔王「ん? あら、また気絶しちゃったみたい。結構忙しいのね」
魔王「姉上……悪かった。頼むから側近には手を出さないでくれ」
姉魔王「ふーん、良いけど。その剣、貸して?」
魔王「……あ、ああ。だが側近には……」
姉魔王「わかっているわ。私は約束を守るもの。誰かさんと違って、ね?」
姉魔王「腕、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね? 大丈夫、切り落としたりなんてしないから」
魔王「姉上、一体……ぐあッ!」
姉魔王「綺麗な血……れるっ……」
魔王「な、何を……! が、ああああああ!!」
姉魔王「痛い? 痛いわよねぇ。腐っちゃってるもの。なぜかあの勇者には効かなかったけれど……。ふふ、跪くほど痛いのね……れろ……」
魔王「やめ、ろおおおおッ!」
姉魔王「必死で抵抗しようとしているけれど、全然力が入ってないわよ? ほら、簡単に押し倒せる……。剣は邪魔ね。ぽいっと」
魔王「た、頼む。姉上……やめて、くれ……!」
姉魔王「約束してくれたらやめてあげる。ね、弟くん……? れろ……」
魔王「っづああああああッ!! や、約束!? 約束ってなんだ!!」
姉魔王「暗くて冷たい部屋でね……しばらく過ごすの。大丈夫よ、邪魔な生き物を全部消したら、出してあげるから……れろ……」
魔王「ぐあ、あああああ……ッ!! そんなこと……!!」
姉魔王「悪い条件じゃないと思うけれど? ちょっとの間我慢するだけ……そうすれば、世界も、自由も、愛も、全部あなたのものになる」
魔王「例え空や海があっても……そんな箱庭みたいな世界で……自由があるわけ、ないだろう……! それに……あいつは、どうなる……!」
姉魔王「あいつ……? ああ、今部屋の隅で寝てる子? 大丈夫よ。考え得る中で一番楽な方法で殺してあげるから。それならいいでしょう、ね?」
魔王「良いわけないだろう……そんなこと……!」
姉魔王「そう? 良いと思ったのだけれど……れる……」
魔王「がああ、ああああああッ!」
姉魔王「ねえ、わかる? 腕だけじゃなくて、どんどん身体の中央へと腐食が迫っていること……。このまま心臓まで届けば、どうなるのかしら」
魔王「っはぁ……っはああ……」
姉魔王「見たことがあるのだし、考えるまでもないわよね~。でも、あの時と今の私は違うの……今、弟くんの命を握っているのだと思うと、凄く興奮する……れろっ……」
魔王「ぐああああああああァッ!」
姉魔王「ねぇ、私のここ、凄いことになってるでしょう? 多分あと3回くらい舐めたら心臓まで届いちゃうのに、私止められないの……れるっ……」
魔王「がああ、あああ、ああ! たの……む……やめ……」
姉魔王「約束、してくれたらいつでもやめてあげる」
魔王「暗くても……冷たく、ても良い……あん、たの言うことは……なんでも、聞く」
姉魔王「本当……? じゃあ……!」
魔王「だが……あい、つは……!」
姉魔王「……れろっ……ぴちゅっ」
魔王「づ、ああああああアアアアアッ!」
姉魔王「あと1回で届くのね……ああ……これほど幸せなことなんてあるのかしら……」
魔王「ッ……!」
姉魔王「これで最後……本当に約束、してくれない?」
魔王「あいつ……だけは……」
姉魔王「そう……残念……さようなら、弟くん……」
姉魔王「……? げほっ……が……あ?」
魔王「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
側近「はあ……はあ……!」
姉魔王「そっか……げほッ……起き、ちゃって……たんだ……気付か……がはッ……ざんね……――――」
魔王「側近……!」
側近「魔王様! 大丈夫ですか!?」
魔王「ああ……何とか助かった……すまない」
側近「治療に必要なものを急いで持ってきます!」
魔王「側近、待て……。どうせ致命傷じゃないんだ。急がなくて良い……こんなときだけは、丈夫が身体がありがたいな」
側近「ですが……!」
魔王「だからな、側近……少しだけ、傍にいてくれ……」
側近「……はい」
もう少しなのにさるが辛い。おわるときはおわりって書きます
側近「本当に……本当に大丈夫なんですか? 実は怪我が深くて……とかありませんよね?」
魔王「心配性だな……こっちまで心配したくなるだろう。本当に大丈夫だ。腕は腐ってるが……まあそのうち新しいのが生えるだろう」
側近「泳げますか?」
魔王「は?」
側近「泳げるように、なりますか?」
魔王「まあ、腕が治ればな」
側近「だ、だったら、今度海にいきましょう。海!」
魔王「海なんて、この島の周り全部そうだろう」
側近「そうじゃなくて、もっと南です。妹様の領地の!」
魔王「……ああ。そうだな。いつか行こう」
側近「それから……!」
魔王「落ち着け。計画はまたゆっくり立てよう。時間はたっぷりあるんだ」
側近「そ、そうですね……すみません」
魔王「時間は、たっぷりあるんだ……」
側近「で、では、そろそろ治療道具を持ってきます。魔王様は……ここ……で……」
魔王「はは……冗談だろ……?」
勇者「……」
魔王「……生きていたんだな」
勇者「結局、間違いだったんだ……魔族を信じるなんて……」
側近「魔王様……!」
勇者「裏切り者め……ッ! 僕が……僕が消してやるッ!!」
魔王「……側近。旅行は無期延期にしよう。残念ながら、まだ終わっていなかったようだ」
おわり
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よかった