アルミン「ここはどこ?」(21)

※微ネタバレ(アニメまで)


「……あれ?」

ここはどこだ。
僕は今、何故こんな場所にいるのだろう。

辺りを見回しても、人一人見かけない。ただ閑静な街並みが佇んでいる。長閑で平和そうな街並みが。
空を仰げば、雲は1つもない青い空。風も吹いていない。

思い出した。ここはウォールシーナ内の街だ。
少し前に、ここには作戦のために訪れた。

脳裏にあの時の情景がフラッシュバックのように流れ出す。

ふたつの巨体が取っ組み合い、片方が殴られて倒れる。建物が崩れる。
それを見守る調査兵団達。突然の出来事に驚愕する憲兵団達。混乱する住民達。

「……」

「いたい…」

途端、背後から声が聞こえた。


「えっ?」

驚いて振り向くと、そこには一人の人間が立っていた。
白いロングスカートの格好からして女性のようだが、顔は暗くてよく見えない。
じっとそこに立ち止まったままだ。どうしたものか。

すると後ろから別の声が聞こえる。

「いたい…」

振り向くと、今度は小さな金髪の女の子だった。

「痛い…」

「痛い…?どこか痛いの?」

「助けてママ…」

突然辺りがざわめく。
はっとして顔をあげると、さっきまで人なんて全然いなかったのに、大勢の人間が僕を囲んでいる。

「……!?」

この人たちは誰だ。ウォールシーナ内の住民だろうか。


「何故ここに巨人が…」

「どうしてうちの家族が殺されなきゃいけないの…」

「王政から今回の事件は人類の前進になったと発表があった…」

「どうだか…そんなこと言われて納得できると思ってるのかしら…」

「俺の家が巨人に潰されたってのに、黙って眺めてやがった…」

「人殺し…人殺し…」

また一人、また一人と声を発する者が増えていく。

「……っ」

僕は気味の悪さすら覚え、その場から逃げるように走り出した。


「はぁ、はぁっ…」

人の塊が見えなくなるまで走ると、声は聞こえなくなった。

「……」

「人殺し…か」

「そりゃ…住民の中には、突然訳も分からず家族が死んだ人だっているだろう…」

兵士は大義として、巨人が現れればどんな状況でも戦い、人類の犠牲になることも覚悟しなくてはならない。
でも住民は違うだろう。5年前の僕達に何も為す術がなかったように。

考えないようにしてきた。人類のために戦っているのだから。

誰かにとっては正義でも、誰かにとっては悪魔にさえなり得るなんて……

「……」

「それでも……」


───────


───────


「…あれ」

景色が消えた。
上も下も、右も左も真っ白だ。
誰もいない。どこにもいない。自分が世界で独りぼっちになってしまったような孤独に襲われた。

「アルミン」

背後から僕を呼ぶ声が聞こえる。
この声は。

「エレン!ミカサ…!」

瞼の奥が熱くなる。不安が一気に溶かされていくようだった。

「会いたかった…」

声が勝手に湿る。何故だ?

「アルミン、また泣いてんのかよ」

からかう調子でエレンが言う。

「泣いてないよ…」

僕も笑って見せるけど、言葉とは裏腹に視界は涙でぼやけていく。慌てて目の縁を拭った。

「アルミン、泣かないで。顔を上げて」

「ミカサ…」

「アルミン、あなたは強い。すごく強い。とても逞しくなった。ので」


「ひとりでも生きていける」


久し振りに見たミカサの笑顔には、きっと日向に咲く向日葵が似合うだろうと思った。

「……僕は…無理だよ…」

「無理じゃねえよ。おまえはひとりじゃない。俺たちがずっとそばにいる。……一緒に外の世界を探検するんだろ?」

「だから、生きろ」

「………うん、うん…!」

泣くな、泣くな。


「……じゃあ、またな」

「……本当に行っちゃうの?」

「ああ……またな」

「またね、アルミン」

「また……会えるよね?」

「ええ、必ず」

「分かった……また会おう」

微笑んだつもりだったけど、ちゃんと笑えてるかな。

二人が僕に背を向け、歩き始める。

「あ……」

行ってしまう。追いかけたらまだ間に合うだろうか。一緒にいれるだろうか。
だめだ、そんなことしたら二人に心配させてしまう。だめだ。

足がふらふらと前に進む。しだいにすがるように走り出す。


「待って…!僕も一緒に……」

連れてって…!

手を思い切り伸ばす。
届く、と思った刹那。


消えた。


「…っ」


力無く膝が崩れる。

「エレン…ミカサ…」

「……あれ…」

……駄目だ。身体の力が抜けていく。視界に靄がかかって、意識が遠のいていく。

バタリと音を立てて身体が倒れた。


ぽつん。

頬に冷たいものが落ちる。
雨?
今自分ははどこにいるんだろう。何も見えない。

しとしとと降り注ぐ雨が、しだいに激しい音を立てた土砂降りになる。

ああ、まるで僕のすべてを流れ落としてくれるようだ。
全部流れて、綺麗に消え去ってくれたらいいのに。

何も考えなくていいように。

瞼を閉じた瞬間、頬に温かいものが流れるのを感じた。

────────────


────────────

「…ん…うう…」

眩しい。ここは……。

「はっ…」

起き上がると、自分はベッドで寝ていたことに気づいた。
鳥のさえずりが聞こえて窓に目をやると、薄いカーテンが風に揺れている。

夢を見ていたんだ…。

「……エレン…ミカサ…」

「ねえ、僕……生きてるよ…」

「生きてる…のに…なんでこんなに悲しいのかな?…なんでこんなに…切ないのかな…っ」

喉を押し上げるように嗚咽が漏れた。堪えていたものが溢れ出すようだ。


『アルミン、泣かないで、顔を上げて』

「……ミカサ」

「……しっかりしろ」

こんなんじゃ、また心配かけてしまう。


『生きろ』

「……うん、生きるよ、エレン」

また、会えるもんね。
だから大丈夫。

涙はいつしか止まっていた。

空は青く眩しく、美しく輝いている。
自由と平和の光を纏って、キラキラと。


「またね」


僕は今度こそ、堂々とした笑顔を見せることができた気がした。

ありがとう

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