杏「15cm程度の付き合い」 (29)
「ねぇプロデューサー」
だらだら。
「なに?」
ぐうぐう。
「今日、オフだよね?」
ぬくぬく。
「オフ、だね」
むにゃむにゃ。
「じゃあなんで――」
はぴはぴ!
「――きらりんルームにいるわけ……」
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幸子「12cmの贈り物」
幸子「12cmの贈り物」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387993629/)
の続編となっています。合わせてそちらもどうぞ。
「それは、ほら、きらりが、ね?」
隣でいっしょに横になってごろごろしているのは杏の担当プロデューサー。いつもはスーツを着ているんだけど、今日は私服。メガネも、いつもと違って赤渕のメガネ。
「それで吃っちゃうのはプロデューサーとしてどうなの。その分もっと杏のお仕事減らしてよ」
いつものように軽口を叩く。やっぱりプロデューサーを煽るのは面白い。
「お休み増やして、じゃないの?」
「うるさいなぁ」
本当に、うるさい。
「暇だね」
喋ることも無くなって、互いに無言になったあと、ぼそりと呟いた。本当に暇で、いつもなら思わない、感じない、気まずさがそこにあった。
「お菓子と、ぬいぐるみがたくさんあるけどね」
「プロデューサーってやっぱり女心ってのをわかってないよ。杏は暇が良いんだよ」
「……俺には、わからないなぁ」
暇が良い、暇が欲しいとはいうけれど、今みたいな暇は正直嫌だ。隣にプロデューサーがいるのが、気まずい。
「あー、じゃあ知ってる? プロデューサーと杏の距離」
「なにそれ。既視感を感じる展開」
――プロデューサーさん知っていますか? 先日聞いた、その台詞が脳内に響く。頭を振って、そのまやかしを振り払う。
「そりゃ、この間前例があったわけだし」
「何で知ってるんだよ」
「ほら、ちひろがね」
プロデューサーの顔が見れない。天井の装飾を見て、なんかごたごたしてるなぁだなんて、きらりのセンスを考えていた。耳に入るプロデューサーの小言が、少し怖かった。
「……あんの緑の悪魔め」
「それで通じちゃうあたりちひろは凄いね」
「ちなみに、いくらだった?」
「500モバコイン。スタドリ2本付き」
「プライバシーもへったくれもないね……」
「まぁまぁ、身内で楽しむものだしね。そもそも見られたくないことなら事務所でやらないことだね」
「それは、うん。迂闊だった」
プロデューサーはひとつため息をつく。最近、ため息が多いことに気がついている娘はいるのだろうか。件の話を知って、私はプロデューサーが少し、少しだけ心配になった。
「それで話戻すけどね」
「戻さなくていいのに」
「いいの、いいの。杏とプロデューサーの距離は15cmだから」
15cmの距離。それは、12cmとどれほど違うものなのだろうか。
「……それで?」
プロデューサーがこっちを見ているのがわかる。私は、プロデューサーの顔を見れない。
「理想のカップルの身長差だってさ」
「あぁ、そう」
言うことに躊躇いはなかった。杏は迷うのが面倒だから。
「なんか反応薄いね。杏でも傷つくよ」
「だって、そんなつもりもないでしょ?」
「まぁね」
こうやって軽口を叩いて、できた傷跡を無視していく。私の15cmは、プロデューサーにとっての何cmなのだろうか。
また、喋ることが無くなって気まずくなる。ちらりと横に山になっているお菓子の山を見る。チョコレート、クッキー、スナック菓子、パンケーキ類、そして――キャンディ。キャンディのスペースを見る限り、私の好みのものばかりだった。
こういうとき、きらりのことを好きになっていくのだろう。脳内はぴはぴに見えても、芯はしっかりした優しい女の子、それが私の親友。
ふと、思い出したことを問いかける。
「そういえばさ、プロデューサーは事務所の窓見た?」
「窓?」
「そう、窓」
「見てないけど」
「へー」
本当にどうでも良かった。垂れた雫の後も、乾いて後になった一つの傘も、気が付かなければ何の意味も為さないのかもしれない。
「聞いておいて何その態度」
「別になんでもないよ。今日も寒いね」
結露を纏った窓を思い出し、外を想像する。凍てつく風が吹く中、一番カワイイあいつはどう思ってるんだろうか。
「きらりんルームは暖かいけどね」
きらりんルーム。きらりの部屋。そうだ、きらりだ。きらりは何処にいるんだろうか。私が目が覚めた時にはもうここにいなかったから、プロデューサーに聞いてみる。
「……そういえばきらりは?」
「仕事」
「はぁ、出掛けるなら閉じ込めなくてもいいじゃんか」
何かと自分に不都合なことがあると悪態をつくのは、杏の悪い癖だ。本当は、私はわかっているのに。
「杏はゆっくりと自室のベッドでぬくぬく寝ていたいのに」
「俺だって、オフなんだから自室にいたかったよ」
そんな二人がこうやってきらりんルームにいるのは何でなんだろうか。プロデューサーはわかっているのかな。はぁ、めんどくさい。
――――
――
―
「……ねぇ、プロデューサー。聞いていい?」
「なに?」
「どうだった、幸子」
「……どうもこうもないよ」
長い間をあけて答えられたその一言に、私は同情せざるを得ない。横目で見たプロデューサーの目は、虚空を見ていた。
「可哀想だね、幸子」
「やけに今日はしゃべるね。ぐうたら杏じゃなかったっけ?」
プロデューサーの声色に、少し怒気が混じる。いつも駄々をこねる杏を叱るときのような声じゃなくて、少し怖かった。
「そういう日もあるの。それに、オフだしね」
何秒か、何十秒か、何十分かの静寂の後、少し本腰を入れて聞いてみる。勿論、精一杯の皮肉を込めて。
「それで、どうするつもりなの? プロデューサーさん?」
「怒らせたいわけなのか、杏は」
「違うよ。プロデューサーとしてじゃなくて、男としての責務を果たしたほうが良いってだけ」
「余計なお世話だよ」
「だろうね。でもちひろがやってることに意味はあると杏は思うよ」
ちひろが無闇に人の嫌なことをするわけもない――と信じたいだけだけど、彼女がこうやって私に知らせてくれた理由、それをプロデューサーには考えてもらいたい。
本当に、めんどう。
次第に無言の空気に耐えられなくなったのか、プロデューサーは喋りだした。
「……幸子は、まだ14歳だよ」
「うん」
相槌を打つ。
「俺とは10歳も離れている」
「うん」
目を合わせる。
「それに、幸子はアイドルだ」
「うん」
プロデューサーがメガネを外して、目頭を押さえる。
「世間的に、無理だよ」
「そうだね」
最後に、ひとつ肯定をする。
「だから――」
「プロデューサーは最低だよ」
そして、プロデューサーの吐く、何かに縋るように、隠れるように、逃げるような、そんな言葉を途切り悪態をつく。
「……なんでさ」
「周りの目ばっかり気にしてる。プロデューサーの身長と同じだよ。等身大の自分を見ていないんじゃない?」
「どういうことだよ」
「その身の丈にあった精神年齢なんだよ。杏にはそうにしか見えないね」
そう言うと、プロデューサーは今まで見せたことのないような顔をして、起き上がる。だから、言ってやった。
「プロデューサー自身の気持ちを理由にしないと、幸子が可哀想だよ」
「そんなの――」
プロデューサーが目を伏せる。彼は今何に苛まれているのだろうか。私にはそれがわからなかった。
「そんなの?」
「――そんなの、難しいよ」
――――
――
―
私とプロデューサーが出会ったのは、ずっと昔。双葉杏というアイドルがデビューした半年前。思い出すのもめんどうだから、割愛しよう。
その時から常に思っていたことがある。プロデューサーは、プロデューサーとしてじゃなくて、男としてアイドルを扱えているのかということ。私にとっては下手なら下手ほど楽できるから良いなとは思っていた。
ごろりと、一つ寝返りをうってプロデューサーに聞く。
「プロデューサーってさ、学生時代彼女とかいたことある?」
「……ない」
打って変わっての話題に面食らったのかどうかはわからないけど、プロデューサーは少し不服そうに答える。
「なんで?」
「何でも何も、モテなかったらそうなるでしょ」
「別にプロデューサーはモテないわけないと思うけどね。顔は整ってる方だし、性格も悪くない。杏は嫌いじゃないよ?」
プロデューサーの顔を改めて見る。今は不機嫌そうな顔をしているけども、悪くない方だとは思う。そりゃ、芸能界を歩きまわるアイドルの杏たちにとっては足りないところもあるかもしれないけど、杏にとってはそれを求めるのも面倒だし、嫌いじゃない。
「でも、クールのお姉様方見てればわかるでしょ?」
と、思っていたけども、プロデューサーの悲壮な一言で現実がわかってしまう。彼は何をしたってマスコットなんだ。ただ小さいという特徴だけを見られる。
だから、彼のことを等身大で見れるのが、幸子や――いや、よそう。
「あー、うん。そっか、ごめんごめん」
「謝らないでよ……」
「まぁまぁ、それでね、単にプロデューサーは経験が足りてないだけだと思うね」
プロデューサーの意気地なしも、優柔不断も、それを隠そうとする虚勢も、どれも経験不足。ロックにおける李衣菜みたいなものだね、なつきちにも呆れられるよ。
「杏が言えるのそれ」
「……うるさいなぁ!」
セクハラで訴えてやろうか。本当にもう、うるさいなぁ。
「まぁそんなんだから気持ちの整理がつかないだけでしょ。もう杏は飴でも食べて寝るよ」
だから、最後にそう伝えて、飴の山に這っていった。
しばらくの時間、飴を舐めていた。いちご、ぶどう、メロン、オレンジ、りんご。レーベルは違えども、きらりはやっぱり私のツボを抑えている。見たこともない飴でも、美味しいかった。
そうしている内に、プロデューサーが一言、溜息と一緒に呟いた。
「……どうしようかなぁ」
「めんどくさいなぁ。杏はめんどくさいことが嫌いなのに」
本音だった。誰に頼まれたわけでもなく、なんでこんなことをプロデューサーに話しているんだろうか。
だけども、ついつい反応してしまう自分がいる。口の中にあった飴をかみ砕き、喉に通す。
「ごめん」
「いいよ、杏のプロデューサーはプロデューサーだけだし、慣れちゃった」
謝るプロデューサーに向けて、飴を一つ放り投げる。等身大の自分を見れていないのは、プロデューサーも、杏もなのかもしれない。
そうして飴を舐めながら、またも暫くの間あれこれと一人で考えるプロデューサーに、一つ進言をする。輿水幸子がそうしたように、私も――杏も。
「杏はね、悩むくらいなら妥協しちゃったりするよ」
「妥協?」
「うん」
プロデューサーにとっての輿水幸子は12cm。双葉杏は15cm。その間3cmはどうやって埋めていけばいいのだろうか。
だらだらと、ぐうぐうと過ごしてきた双葉杏を、どれだけプロデューサーが気にかけてきたのか。杏は幸子のように動いてやっていない。だけど私は、彼をずっと見ていたということに偽りはない。
「だからね、プロデューサー」
互いに寝返りを何度も打っていたからか、プロデューサーが近い。手を伸ばせば届く距離に、彼がいる。ただ、腕を伸ばすのも面倒。
「プロデューサーは杏と15cm程度しかないけど」
この少しの距離、プロデューサーは腕を伸ばしてくれるだろうか。
「杏にとっては、その15cmは杏だけのものなんだよ」
この、彼と培ってきた15cmの付き合い、私だけの15cm、彼にはどう見えているのだろうか。
「だって15cmは――」
ひんやりとした手に、暖かいものを感じる。柄にもなく、紅くなってるかもしれない。だってほら、プロデューサーの顔も――。
「――理想の恋人の、身長差だからね」
きらりんルームから出た時、きらりは一つウインクをして、どうだったと一言聞いてきた。どうも素直になれない杏の口は一言「良い飴のチョイスだったよ」と伝えて女子寮に戻った。
杏はぐうたらだからね、想いをぶつけるのも面倒なんだよ。働き過ぎのプロデューサーに、休みたがりの杏。みんなにとって小さい彼は、杏にとって調度いいくらい。
15cmの距離は、埋めるつもりもないかな。
終わりです。コミケ前にはどうしても書きたかったのです。
それと前スレのタイトルだけで邪なこと想像する人多すぎてワロタ。
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