王子「エルフの里……ですか?」 (13)
王「どうしたというのだ、王子よ。その眉間の皺から察するに、まだ何か言いたげなようだが?」
王はいぶかしげな様子で王子の顔を覗き込んだ。
その視線に気づいた王子はすぐに気を取り直して、何でもない風を装った。
王子「……いえ、なんでもございません。父上の頼みとあらば、この身を粉にする所存であります」
王「おお、その頼もしい言葉、耳にした父はまことに嬉しく思うぞ。さあ、今日はもう遅い、今夜はゆっくりと体を休めて、明日の明朝に発つがよい」
王子「はい、そうさせていただきます」
その返事に満足そうに頷いた王は、今度は王子の隣にいる女性の方に向き直った。
白銀の鎧に包まれたその姿は凛々しくて美しい。
王「女将軍もよろしく頼んだぞ。明日からは王子をしっかりと補佐してやってくれ。まあ、貴公に任せておけば何の問題もなかろうが……一応な」
女将軍「かしこまりました。この命に代えましても必ず」
王「うむ、頼りにしておるぞ。エルフの里はガラリア城攻略の本拠点にするにあたっては、まさにうってつけの地。ゆえに、どうしても確保しておきたいのだ」
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王子はその発言に疑問を感じていた。それを口に出してはまずいと思っていたが、直情家の彼は我慢をすることが大の苦手だった。
そして、気がついた時には言葉を紡ぎ始めていた。
王子「……恐れながら、父上に一つ申し上げたいことが」
王「む?」
王子「エルフが我が軍に抵抗した場合は、どうなるのでしょう?」
王は王子の予想外の言葉に面を喰らって、目を大きく見開いた。
王「……ぷっ!」
王子「……父上?」
王「はっはっは!何を言い出すかと思えば!まったく、冗談も休み休みにするがよい」
王子「父上、私は真剣です!はぐらかさすようなことはなさらずに、真面目にお答えになってください!」
王「……決まっておろう?」
王は口元をにやりと歪めた。
王「抵抗するものはみな逆賊とみなす。よって、然るべき罰を与えても構わぬ。奴隷にするなり、さらし首にするなり好きにせい」
王子「な……」
王子は怒りに震えていた。その勢いは王の胸元に今にも掴みかかろうとするほどだった。
だが……
女将軍「王子、やめておけ」
直前で、女将軍に肩を掴まれて止められた。
その間、女将軍は顔色を一切崩さなかった。彼女はいつでも冷静沈着だった。
王子「女将軍、しかし……」
王子は何かを言いかけたが、それは女将軍によって遮られた。
女将軍「陛下、私たちは明日の出立に備えて、そろそろお暇をいただきたく存じます。ですので、失礼させていただきます」
王「おお、すまぬ、つい引き止めてしまった。では、くれぐれもよろしく頼んだぞ」
女将軍「はっ、万事仰せの通りに」
女将軍は恭しく会釈をしたあとに玉座をあとにした。
王子も慌ててそれに続いたあと、すぐに彼女のあとを追った。
王「…………」
王子たちが去ったあとの謁見の間は静まり返っていた。
この時間になると、いつも近衛兵は後ろに下がらせてある。
王は深く腰を下ろして、ゆっくりと目をつぶった。
それから1時間ほど経っただろうか。
謎の黒い影が玉座の背後から音も立てず現れた。
だが、実際にはそれは影ではなく、黒装束を身にまとった誰かだった。
黒装束は肌を覆い隠すように全身を包んでおり、男か女かどうか、それ以前に人間かどうかも判別がつかなかった。
謎の黒装束は低い声で言った。
黒装束「手筈はどうだ?」
王「そ、それがまだ一つも……」
黒装束「急げよ。"大神官様"のお気が変わらぬうちにな」
王「それはもう!重々承知しておりますゆえ!明日には精鋭を向かわせますので、近いうちには必ず!はい!」
黒装束「その台詞は何度目だ?いい加減、聞き飽きたぞ」
王「うう……」
王の顔には汗が一筋伝っていた。それは冷や汗だった。
膝もがくがくと落ち着きなく震えている。彼は冷たい恐怖を感じていた。
黒装束「とにかく急げよ。"あれ"なしでは儀式は行えぬ」
その言葉を最後に黒装束はどこかへ消えてしまった。
王は張りつめていた肩をどっと下ろして、その場にへたり込んだ。
彼の体は解放感と疲労感であふれていた。
女将軍と別れたあとの王子は一直線に自分の寝室へと戻った。
それからベッドの上で仰向けになって、先ほどの王の言葉を頭の中で何度も反芻させていた。
すると、怒りがふつふつと湧き上がってきた。
王子「くそっ!」
拳を思いっきり枕に叩きつけたが、それでも彼の怒りは収まりそうになかった。
王子「父上はお変わりになってしまったのだ!以前は好き好んで戦争をするような方ではなかった!この国を、人民を愛していらしゃったのに!それがどうしてだ!今となっては、まる
で見る影もないじゃないか!」
王子「…………」
王子「いや、馬鹿なことを考えるのはやめよう。きっと今の僕はひどく疲れているんだ。とにかく余計なことは考えずに、今は明日のことだけを考えていればいいんだ。それだけでいい
んだ」
そんな言葉とは裏腹に、王子の内側には燃えるような感情が存在していた。
何度も拭おうとしたが、胸のうちにしっかりとこびりついていて、最早取れそうにはなかった。
そんな不器用な自分が彼は憎かった。そして、ますます自己嫌悪に陥るばかりだった。
そんな時だった。
女将軍「王子、入るぞ」
ノックもなしに女将軍が彼の寝室に入ってきた。
片方の手にはワインボトル、もう片方の手にはグラスが二つあった。
王子「どうしたんだ、突然?」
女将軍「いや、今日のお前を見ているとつい、な」
言いながら、女将軍はベッドの端っこに腰掛けた。
王子「また子ども扱いか?僕はきみの弟でもなんでもないんだけどな」
女将軍「まあ、そう冷たいことを言うんじゃない。たまには付き合えよ」
女将軍は楽しそうに笑っていた。
口調のわりには、王子も満更ではなかった。
さっぱりとした性格の女将軍は、王子にとって最も付き合いやすい人種だった。
女将軍「乾杯」
それから、二人は酒を酌み交わした。
ほんのりアルコールが回ってきたところで、王子は先ほどから気になっていたことを女将軍に尋ねてみた。
王子「……聞かないのか?」
女将軍「何をだよ?」
どうやら言葉が足りなかったようだった。
すかさず王子は付け足した。
王子「今日の僕の言動についてだよ」
女将軍「聞いたところで教えてくれるのか?」
王子「それは……」
図星だったので口ごもってしまった。
女将軍はそんな王子を見て、得意げに笑った。
女将軍「正直、お前が何を考えているのかはわたしにはさっぱり検討がつかん。それに、わたしは考え事が苦手な性質なんでな」
王子「女将軍……」
女将軍「おいおい、そんな泣きそうな顔をしないでくれよ。軍を動かす者がそれでは、兵の士気に関わるだろう?それにな……」
苦笑いを顔に浮かべたまま、女将軍は言葉を続ける。
女将軍「いつかは教えてくれるんだろう?だったら、お前が落ち着いて話せるようになるまで気長に待ってやるさ。わたしはお前と違って我慢強いからな」
王子「…………」
1、それは皮肉のつもりか?
2、ありがとう、女
>>11
2
王子「ありがとう、女。きみは僕の親友だよ」
女将軍「ば、馬鹿者……変なことを言うな。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか」
女将軍は唇を尖らせたまま、そっぽを向いた。
顔がいつの間にか真っ赤になっている。
いつもの冷静な彼女からはまるで想像がつかないほど女らしい表情だった。
王子はそのギャップに思わず吹き出しそうになった。
王子「なんだよ、なに焦ってるんだよ。いつものきみらしくもない」
女将軍「う、うるさい、酔っ払い!あー、くそ!顔が熱くて敵わん!わたしは夜風にあたることにするよ。お前もさっさと寝るんだぞ、いいな!」
王子「え、おい?」
一方的にまくしたてると、女将軍は部屋からさっさと出て行ってしまった。
王子だけが寝室に一人ぽつんと取り残された。
ワインボトルとグラスは部屋に残されたままだった。
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