犬勇者「わんわんお!」 (145)


――魔王城

勇者「はぁ、はぁ……」

魔王「くっくっく、どうしたもう終わりか勇者よ」
「我を倒すには、ちとレベルが足らんかった様だなぁ……?」

くそったれの魔王が厭らしい笑みを浮かべる。
あと一歩まで追い詰めたはずだが、未だに魔王は余裕を持った顔だ。

勇者「うるせぇ……やせ我慢、してんじゃねぇよ魔王!」

魔王「やせ我慢? くっく、それはどうかな勇者よ……?」

ぶぉん、と魔王の禍々しい右手がドス黒く輝く。
やばい、やばすぎる―――マジで、アイツは余力を残してやがる!?

魔王「貴様のパーティは既に壊滅。残るは貴様……くはは、もう諦めるが良い」
「それとも、その塵芥と同様に散らしてやろうか? 我が軍門に下るなら、命までは取らぬぞ」

背後に倒れた仲間。戦士、僧侶、魔法使い……みんな、激闘の末に殺された……。
俺を守る為、死んでいった。街の教会に戻れば……戻る事ができれば、蘇生魔法も施せるけど……。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1438520810


勇者「くそったれめ! ふざけんなよ、お前なんかに命乞いなんかしてみろ……こいつらに、なんて詫びればいいんだよ!」

魔王「ふん、くだらん」

魔王がつまらなさそうに、黒い波動を放つ……それを、俺はモロに右足に受けてしまう。

勇者「う、うわあああああああああああああああ!!!」

ごろごろ、と惨めに床に転がる。くそったれ、本当に、勝てない。

魔王「あと一歩まで追い詰めたと勘違いしたのが運の尽きだ。やれやれ、貴様もやはり我を倒せん……つまらんなあ」
「ああ、実につまらん。その潰れた右足では、もはや聖剣を振りかぶる事もできまい?」

魔王の言う通りだった。既に魔力は枯渇し、治癒魔法も唱える事が出来ない。
道具袋の回復剤は残り少なく、潰れた右足を癒やすには絶望的に数が足りない。

勇者「くそ、くそ……お前なんか、お前なんかに……!」

涙が出てくる。無残にも散った仲間達。きっと魔王は、街にまで易々と俺達を帰してはくれない。
つまり、蘇生は不可能。数時間も経てば魂は完全に剥がれ落ちて、永遠の死に……。

魔王「ほう、この先を想像したか? 察する通り、我は貴様らを決してこの城から出さん」
「町の教会で蘇生魔法など行われては面倒だ。つまり……だ、分かるな勇者よ?」

頼みの綱は王より受けた恩恵の”強制帰還”の魔法―――勇者が死ねば、パーティ全員が最後に立ち寄った教会に戻れる。

魔王「くっくっく、故に貴様は殺さん」

ならば、と舌を噛み切ろうとするが……突然、身体が言うことを効かなくなる。

魔王「捕縛魔法。こうすれば、貴様は自決も出来ぬ」


勇者「あが、あがが……」

言葉も上手く話せない。絶望が、ゆっくりと、しかし確実に襲ってきた。

魔王「さて、殺さずに貴様を城に封印するのも考えたが……それはそれで、面白くない」
「かといって放置する気もない。故に、我は面白い事を考えたのだ勇者よ」

何だ……?

魔王「貴様は弱いとはいえ、脅威だ。次回があるなら、その時は我は敗北を喫するかもしれん」
「人間の成長と言うのは侮れんからなあ……つまりだ、貴様は我の天敵である事に違いはない」

だから何だってんだ!

魔王「おお、怖い目をする。まあ、そう急くな……失血死する前には、済ませてやる」
「貴様が死ねば面倒だからな。次世代の勇者が信託を受けてまた現れても、面倒だ……」

俺の右足を見て、薄ら笑いを浮かべながら言い切りやがる……流石に、失血死は期待出来なかったらしい。
魔王を倒すと息巻いてた俺が、今となっては死ぬ事を期待してる辺り、情けない事この上ない。

魔王「さて、その天敵を生かさず殺さず。それでいて我が面白い様に、この世に縛り続けてやるにはどうすれば良いか」

ぱんぱん、と魔王が手を叩く。
魔王の背後、玉座の奥から一人の女が歩いてくる。

魔女「呼びましたか? 魔王様……あら、勇者は瀕死ですのね」

にやり、と黒衣の女は……俺を見て笑う。艶かしい目が、酷く不快だ。

魔王「くっくっく、始めろ」

魔女「畏まりましたわ」

魔女はにたにたと笑いながら、俺に近づいて来て……。


どくん、どくん―――魔女が、俺の身体に触れる。心臓が、爆音を立てる。
魔女の手に何かが、吸い取られて行く気がする、いや、確かに吸い取られていた。

勇者「が、ががあああああああああああ!!!!????」

魔女「勇者といえど、瀕死なら……こんなに簡単に、取り出せるんですのね……?」

視界が、暗く堕ちて行く……。
全ての感覚が閉じて行く……。
真っ暗に……何もかもが……分からなくなって……。

魔王「では勇者よ。また会う機会があれば、その時は可愛がってやるぞ……くっく、はっはっは!」

最後に聞こえた言葉は……憎らしい、化物の高笑いだった……。


――とある家族の家

「――――だいじょうぶ?」

…………?

「おかあさーん、起きたみたいだよー!」

「あらあら、じゃあご飯の用意をしてあげなくちゃねえ」

薄らと目を開けば、見慣れない……家の中?
俺を覗きこむ、小さな女の子と、慌ただしく料理を作る女性。

そうだ、俺は魔女に……!
一体、何がどうなってやがる……それに、此処は何処だ……!?

起き上がろうとして、身体が上手く動かない事に気づく。
痛みはないが、どうにも起き上がれない。どういうことだ。

「おかあさーん、ワンちゃんがあばれてるー」

「うふふ、お腹がすいてるのかしらね―。もう少しで出来るから、待っててねーって言ってあげて?」

「うん! ワンちゃん、もうすこしまっててねー!」

…………はい?


勇者「…………ぅ、うぅ」

え? なんだこの声……ていうか……。

勇者「………うぅ~……」

まあ待て、落ち着け。ちゃんと発声してみよう。声をお腹から出して、大きくだ。
よーし言うぞ。ここは何処ですか! はい、せーの!

犬勇者「わぉん!!!!」

「きゃっ」

……………!?

「急に吠えちゃ、駄目でしょー」

犬勇者「わん、わんわんわん!!」

何度も、何度も俺は吠えました。
いくら人間の言葉を話したくても、俺はどうしようもなく……犬だったのです。

犬勇者「わんわん、わんわん……っ!!!!」
(ふざけるなあああああああああああああああああああああああ!!!)


あの後、俺はあの女性にご飯を頂いた。勿論、犬用でした。
女の子は俺の事を撫でまわしてくるし、俺もそれなりに気持よくなってしまった。

犬勇者(問題はこの状況からどうやって脱出するか、である)

「すぴー、すぴー……」

ソファの上で、俺を枕に女の子は寝ている。
もうなんていうか、頭が追いついていない状況で色々ありすぎた……抵抗も、出来ないまま数時間経ってしまった。

犬勇者(………と、とりあえずこの子は寝たみたいだし、状況を整理しよう)

①自分は犬である。
自分で考えつつ悲しくなった。さっきから部屋の鏡に写る自分は、間違いなく犬なので疑いようがない。
白い毛並みの、少し大きめの犬。それが今の俺……なんてこったい。
原因は恐らく魔女の最後のアレ。何をされたのか分からないけど、間違いなく呪いの類である。
人間を犬に変える? なんてこった……これじゃ、手も足もでないし、まず言葉が話せないぞ……。

②魔法は使えない。
そもそも魔力を身体に感じない。完全にただの犬だ。ただの白いもふもふした犬だ。
そのお陰でパーティの気配も感じとれない……やっぱり、あのまま魔王城に……。

③筋力はわりとある。
これについては意外だが、普通の犬よりも動ける気がする。いや、普通の犬の動きがどれくらいまで出来るかしらんけど。
とにかく感覚的だけど、俺がモンスターとして対峙したコボルト(狼)くらいは動けそうな気がする。
だからと言って魔王と対峙できるかと言えばあり得ない話だろう。下位の魔物のコボルト程度では元の体でも指先一つでダウン必至。


犬勇者(……状況は絶望的だぜ。とんでもない事してくれるなあ、魔王め……)

自決する事も考えたが、この身体になってしまってなお強制帰還の魔法が働いているのかわからなかった。
いや、恐らくは魔王が俺を”生かしている”時点で発動するとは思うが、発動しなかった場合の事を考えるとゾッとする。

犬勇者(このまま、犬として死ねば魔王の思うツボだしなあ……)

そもそも、自決する事でのメリットが殆どなくなってしまっている。
パーティを組めば情報を共有できるが、パーティ情報が何もない。つまり、強制的に解散させられている。
これは魔王の仕業だろう。あの場で俺を殺せば、仲間全員で街に戻れたし、レベル上げもできたしな……。
それに最後の街に仮に一人で戻れたとしても、犬の自分に人間と意思疎通は出来ない。俺は勇者だ、とも言えるわけがないし。
加えて最終手段で言えば次世代の勇者に託す事だ。死ねば神々は新たな勇者へと加護を与える。
……が、勇者の血縁は俺のみだろうし、仮に親戚に及んだとしても何年、何百年後かの話だ。

一旦、犬にしてからパーティを解散させて完全に俺を孤立させた上での放置しても問題ない状態に仕立てあげる魔王の策。
正直な話、生き地獄というのを今まさに味わっている気分だった……犬の自分に、何も出来ないのは確かだ……。

犬勇者(あー……くそ、完全に詰んでる……)

自分の手を見てみる。いや、前足ですか。
ぷにっぷにの肉球があった。夢なら覚めてほしい。

犬勇者「わふぅ……」

溜息をついたら、溜息まで犬で……もう、なんていうか、笑うしかない。


「はーい、わんちゃんお風呂入ろうねー」

目が覚めた少女により、俺は今……大変な出来事に遭遇していた。
風呂である。どうやら彼女は、俺を風呂に入れたい様だ。
抵抗はしたが、彼女の母も合わせて二人がかりで担がれては……無茶も出来ないもん。

「きゃっきゃ」

あー、すげぇ楽しそう。ガキの身体なんかに興味はないけど、お前の目の前の犬はお前の倍は年食った男だぞ、と。

犬勇者「わふ、わふ……!」

そして俺の意志とは無関係に身体は嬉しがっていた。彼女が俺の身体を洗う度、気持ちよくなって尻尾まで振ってしまう。
おかしいなあ、犬って風呂嫌いなんじゃないのかなあ。俺、今、凄い気持ちいい……。

「痒い所はないですかー?」

犬勇者「あおーん」

ええい、もう好きにしてくれ!


犬勇者「…………わふぅ」

風呂でエキサイトしすぎた俺は、彼女の寝室でぐったりしていた。
我を忘れて風呂を堪能しすぎたのである。湯船で彼女と遊びすぎた。何をしてるんだろう……。

「すぴー……すぴー……」

それにしてもよく寝る子供だ。寝る子は育つって言うし、良い事だ。
彼女と彼女の母はきっと、俺を飼い犬として不自由ない生活を提供してくれるのだろう。
先程帰ってきた彼女の父もまた、俺を撫でくりまわして「しょうがないなあ」の一言だった。

犬勇者(この家に飼われる犬は、きっと幸せだろうなあ……)

このまま犬としての人生を歩むのだろうか。それもまた幸せの一つだろうか……。

犬勇者(……………いや、そんなわけない)

彼女たちの幸せを脅かす存在が、未だこの世に解き放たれたままなのだから。
何れ、この家も魔王軍の手により凄惨な末路を辿る事は目に見えていた。勇者という障害を取り払った今、魔王軍の士気は高まるばかりだろう。

犬勇者(幹部級は大方、倒したけど。魔王はきっと新たな魔物を生み出す……それに、あの魔女が厄介すぎる……)

そこでピンと来た。

犬勇者(……あの魔女なら、倒せるんじゃないか!?)

そうだ、あの魔女を倒せばきっとこの身体は元に戻る。

犬勇者(んなわけねーだろ……コボルト級で、恐らくは幹部級の魔女に勝てるわけねーわ……)

手詰まり。やはり現実は非情だった。
はっはっは、と開けたくもない口を開いて舌を乾燥させて体温を調節して―――ああ、どうしようもなく犬だわ。


けれども、魔王を倒す事を諦める訳にはいかないのは事実だった。
自分に課された使命……ただそれだけが、犬になってしまった今でも俺を諦めさせてくれない。

犬勇者(よし、この家をでよう……ごめんな、お嬢ちゃん。俺が無事、元の身体に戻れたら犬の一匹くらい、プレゼントしてやるさ)

むくり、と起き上がり半開きになった窓を見る。幸いにして此処は一階、これなら外に飛び出せる。
もし二階以上なら、逃げ出せなかっただろう。その時はなんで猫じゃないのか、と魔王を恨むだろうけど。

犬勇者「…………」

ふんふん、と少女の額に鼻を押し当てて、別れの挨拶を済ませる。犬方式である。くそったれ。

犬勇者(悪いな。仲間たちの為にも、世界の為にも……俺は、やれることはやらなくちゃなんねーんだ)

音を立てない様に、するりと窓から飛び出し―――少女の家を後にする。勿体無いことしたのかなあ、と多少は後悔の念も有り。


――港町

犬勇者(あー、なるほどなるほど。この町なのね……)

人気のない町をてとてと歩いてみる。どうやら此処は俺が旅立った始まりの街の近くの港町だった。

犬勇者(魔王め結構遠くまで飛ばしやがったな……犬の足じゃ、苦労するぜ)

てとてと、てとてと……アテもなく、歩いてみる。
歩きながら、考えをまとめていく。これからどうするべきか。先ずは呪いを解く方向しかないと思われる。

犬勇者(人間を動物に変える呪いなんて聞いた事ないけど、王都の神官ならきっと解けるはずだ)

だけど、問題は……。

犬勇者(その神官に俺が元人間だって事をどう伝えるかだよなあ……)

吠えるしか脳がない。犬の言語を理解してくれる人間が居れば、話は別なのだが。
モンスターテイマーという職業もあるが……あいつら、言語を理解してるわけじゃなくて、感情を読み取ってるだけだしなあ……。

犬勇者(はっ、犬同士なら言語を理解し合えるんじゃね!?)

これは名案と、野良犬を探す事を考えつく―――と、考えた矢先に視界の端には野良犬がいた。

犬勇者(おお! 仲間よ……いや仲間じゃねぇけど、とにかく話が通じるヤツ発見だ!)

俺は走りより、大きな声で吠える。


犬勇者「わんわん! わんわんわん!」(おい、俺をちょっと助けてくれないか!?)

犬「………ぐるる」

あれ、なんかおかしい。

犬勇者「わおーん!? わん、わんわん、わんわんお!」(何唸ってるんだよ、俺は敵じゃねーぜ!?)

犬「ぅわん! わんっ! わんっ!」

犬勇者「わふぅ!? きゃいん、きゃいん……!」(ちょっ、ごめ、なに!?)

俺に一方的に吠えた後、野良犬は走り去って行ってしまった。
一人、いや一匹残された俺は絶望する―――あいつの言葉、まるっきりわかんねえ。

犬勇者(嘘だろ、おいおい……犬語理解できねー……しかも、多分伝わってねー……)

つまりである。犬にも成りきれない、半端な犬勇者が此処に居たのだった。
こうしてまた、絶望が俺の頭をぼやーっと染め出す―――もう、諦めたいぜ……。


――港町・郊外

再度、アテもなく町を歩く。てとてと。いつしか歩きすぎて、町の外に出たけどまあ気にしない。
犬になったけど、犬同士で言語を理解し合えるわけではないらしい。
そもそも犬が言語を以てコミュニケーションを取っていると思っていたのが間違っていたのか?
とにかく、言語がないなら何かしらで取れるんだろうが……犬歴1日未満の俺にはその方法は分からなかった。

犬勇者(あー、もうマジ詰んでるよね。くっそ神々コラ! 俺を助けろ、マジ助けろ! 加護はどうした!?)

犬勇者「あおおおおおおおおおおおん!!!」

空に浮かぶ丸い月に向かって吠える。気分的には狼である。もう、神様に八つ当たりするしかないわ。

雄叫びをあげていると、闇の中に蠢く何かを感じた。鼻についた匂いは、酷く魔物臭い―――。


コボルト「………がう?」


硬直。闇から顔を覗かせたのはコボルト(狼)だった。二足歩行の狼面、四足歩行の俺を馬鹿にしてる様に見える。


犬勇者「わ、わおーん!?」(なんでこんな町の近くに、魔物が……っ!?)

コボルトA「がうがう、がうがうがう!」
コボルトB「がう?」
コボルトC「がうwwwwがうがうwwwwww」

しかも群れだった。何を言ってるのかわからないが、きっと俺の事を馬鹿にしてる。
それにしてもアイツらの様子から見ると……何やら、不穏。

犬勇者(まさか、町を襲うつもりか……?)

コボルトの群れは一様に町を目指して歩いていた。犬の俺に一瞥して、真っ直ぐに。

犬勇者(………この身体は、コボルト程度なら)

きっと、倒せるはずだ!

そう思った時には駆けていた。3対1は分が悪いだとか、そういう事は考えていなかった。
町を襲おうとするヤツらを許せない、勇者魂というやつが――――燃えていたんだろう。


犬勇者「うがぁるぁああああ!」(死ねや、くそったれ二足歩行!!)

突如として吠え、走りだして襲い掛かってくる犬にコボルト達は吃驚したのだろう。
身体を震わせて、信じられない馬鹿を見るような目で一瞬立ちすくむ。

その隙を狙う様に、俺は大きく口を広げて牙をコボルトの一匹へと食らい付く―――見事、深々とコボルトの喉笛へと。

コボルトA「ぎゃ、ぎゃががががが!!」

振り払おうとコボルトは俺の身体を掴んだり、叩いたりするが俺は決して離そうとしない。
不意をつかれれば人間も魔物も同じ。ましてや同じような身体能力なら、先に致命を与えた方が勝つのは道理だ。

コボルトB「ぎゃ!」
コボルトC「ぎゃががwwwww」

しかし、だ。

犬勇者「――――ぎゃうん!?」

多勢に無勢とはこの事なんだろう。俺は残る二匹の攻撃を受け、呆気無く引き剥がされてしまう。
ぞり、と腹をコボルトの爪が二対、奔った―――傷は浅いが、出血したのを感じた。


コボルトA「がう! ぎゃがう!」
コボルトB「ぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!!」
コボルトC「がうwwwwwwぎゃがうwwwwwww」

殴る、蹴る、引き裂く―――コボルト達は執拗に、そして玩具を弄ぶ様にゆっくりと俺の身体を甚振る。
死には至らないが、激痛が身体を襲う。これでは嬲り殺しだ。

犬勇者(………くっそ! サシなら絶対負けねえのに……ッ!)

視界がゆっくりと閉じて行く。意識が、遠のいて行く――――。

「―――――爆ぜろ」

刹那、コボルト達が爆発した。比喩ではなく、本当に爆発したのだ。
というよりも俺を囲っていた三匹の間で、小規模の爆発が起きた。モロに喰らった三匹は三方向へと吹き飛ばされ、やがて鳴き声を消した。
爆風に煽られ、多少俺も地面へと押し付けられる感覚も味わったが―――そんな事より、何が起こったのかが知りたかった。

犬勇者(なん、だ……誰、だ?)

ぐったりとした身体に力を入れて、顔だけを声のした方へと向ける。

「…………酷いことをする」

一人の、黒いローブを身に纏った女―――見知った顔がそこには、あった。


「犬、大丈夫?」

屈みこんで、俺を覗きこむ顔は確かに見知った顔だった―――魔法使い、だ。

「勇敢……魔物に立ち向かう、犬……」

俺を撫でながら、その手から治癒魔法を感じ取った。徐々に身体の傷が癒えて行くのを感じる。

犬勇者「……わ、ん……わんわん! わんわん!」(お前生きてたのか!? つーかなんで此処にいるの!?)

嬉しくなった。魔王に殺されて、俺がこんなになったばかりに……きっと、今頃は魂は天に昇ったであろうと思われる魔法使いが!
生きていたのだ! 嬉しくなって俺は身体の傷が癒えるのを待つ事もなく、吠え続ける。

「………ふふ、よかった、元気。君は……野良?」

………いや、待て、何かおかしい。

「……ん、家くる?」

微笑を浮かべて、何処か影のある顔―――俺の知っている魔法使いは、こんな表情をする女じゃない。

「私も、一人……寂しいし、君を飼おうかな?」

一体、どういうことなんだろうか……?
俺の返答を待つでもなく(返答できないけども)、彼女は魔法を俺に施して、浮遊させ歩き出す。港町とは逆の、森の中へと。

犬勇者(他人の空似か……? にしては似すぎだろ……でも、もっとハキハキ話すヤツだったし……)

兎にも角にも、とりあえずはこの魔法使いに似た女に連れ去られる事を良しとした。
どちらにせよ、完全に治癒していない身体では……どうにも、できやしないのだから。

ここまで(・ε・)
長くなりそうです
書き溜めがあるうちは円滑に投下していこうと思います


――森の家屋・呪術師の家

彼女の家は森の中にあった。簡素な、台風でもやってくれば吹き飛びそうな小さな小屋の様な家だった。

「汚い家でごめんね。殆ど寝るだけの家だから……」

黒いローブを脱いで、部屋着へと着替えながら彼女は俺に言う。
ベ、別に着替えシーンが見たい訳じゃないから俺はそっぽを向いていた―――ふと、目に写ったのは一枚の写真だった。

「それは妹。同じ顔が二つあると、犬でも驚く?」

写真には確かに魔法使いが……二人、並んで映っていた。
見れば見るほどどちらが、どちらなのか分からない。つまり、双子……いや、でも魔法使いはそんな事を俺に言わなかった。
天涯孤独の身だと、アイツは俺に言っていたはずだった。嘘、ついてたってことか?

呪術師「妹は魔法使いって言う。私は呪術師。妹はもういないんだ」

犬勇者「…………わん?」

呪術師「ふふ、聞きたい? 妹は勇者と一緒に行っちゃった」
「嬉しそうに……今頃は、魔王討伐に精を出してると思う」

犬勇者(………)

申し訳ない気持ちに襲われてしまう。妹さんは殺されたし、付いて行った男は情けなくも生き長らえて犬になっているんだから。

呪術師「だから、私一人。君も一人? 私と……一緒だね」

頭を撫でられ、俺はぐうの音も出ない。この人にはきっと恨まれているだろうし、魔法使いの事を知らない彼女に撫でられる権利など無いと思っているから。

呪術師「君は勇敢。まるで勇者みたい。でも、あんな無謀な事はしちゃ駄目。勇者は、特別……他の存在に、真似はできないんだよ」

悲しそうに、目を伏せて彼女は言う。俺は何とも言えず、只々項垂れるしか出来なかった。


―――呪術師の家で世話になる事、数日が過ぎた。
俺は彼女の寂しそうな佇まいに、以前の少女の家の様に飛び出す事が出来ずにいた。
彼女は俺がいなくなれば、悲しんでしまう様な気がして。これが俺に出来る、彼女への償いの様な気がしていたからだ。

呪術師「じゃ、行ってくる。ご飯は、きちんと時間通りにね」

俺の食事を置いて彼女は早朝から晩にかけて外出する。
その行き先は何処か知らないが……帰ってくる頃には、酷く疲労している様だ。


そして、今日は……疲労だけではなく、彼女の腕からは血が流れていた……。

犬勇者「わん、わんわん!?」(どうしたんだ!?)

呪術師「あ、ただいま……ちょっと、ミスした。まあ、かすり傷だから、気にしないでね」

彼女は平然と微笑を浮かべて、腕の傷へと治癒を施し続ける。
恐らく帰ってくるまでに、何度もかけ続けていたはずだ。それでも完治していない、という事は……深手だったのは想像するに容易だ。

呪術師「私は、妹みたいに上手くやれない……」

犬勇者「………くぅん」

呪術師「………本当は、私もちゃんとした冒険者になりたかった。けどね、ダメなんだ」

俺を抱きしめて、呪術師は語りだす。今日の傷の所為で、何か思うことがあるかのように。


呪術師「あの時、魔法使いは勇者の話を毎日してた。そして、選ばれた時……舞い上がって、喜んで」
「私たちは魔術や呪術の素養が高い。だから、妹は適正。だけど、私は? 妹が正なら、私は負」
「人に褒められる適正を得たのは、妹……私のは、魔術じゃなくて呪術……」

犬勇者(魔術じゃなかったのか。だから、魔法使いも双子の事を俺には黙っていたのか)

つまり、自身の魔力を媒体として発動する魔術ではなく、自身の血肉を媒体に発動する呪術の才を得たから。
そして呪術という存在は……魔術とは相反して、忌まわしいと位置付けられる力。
故に王都は呪術を一部での使用しか認めていない。それが冒険者ギルドであり、呪術は徹底的に管理されている。

犬勇者(俺には魔術か呪術か判別出来ないからなあ……ま、別に俺は呪術を忌避したりはしないけど)

呪術師「私の呪術は人を怖がらせる。だから、勇者のパーティには志願できないでいたから……」

人に畏怖の目で見られる。だから、志願できず、魔法使いを……羨んで、いた……か。

呪術師「ふふ、何を話してるのかな。とにかく……私は、この力を大々的に使う事はできない」
「だから今日みたいに、冒険者ギルドの掃除屋みたいな真似をする。それくらいしか、私の力の使い道はない……」

察するに、彼女は冒険者ギルドの掃除屋……つまり、野盗などの”掃除”を専門的に行っているのだろう。
魔法使いが正規に王都に認められ、勇者の名の下に魔王、またはそれに付随する者の排除を使命とした一方で……彼女は、暗殺者の様な、冒険者の側面を担っている。


犬勇者(……使い方次第、とは思うけどな。魔術も呪術も、悪人が使用すれば結局は同じ事だぜ)

呪術師「でもそれでいい。きっと妹は勇者と魔王を倒して、平和な世の中にしてくれる」
「私に出来るのは、この忌避される力で……出来る事を、するだけ……」

彼女の腕の傷は、きっと野盗などに負わされた傷だろう。そして、彼女はこれまでも多くの傷を負ってきた。
彼女の心には一体どれほどの傷があるのだろう―――やっぱり、俺は此処から、出て行く事はできない。

呪術師「さて、暗い話ばかり、ごめん。今日は……ふふ、一緒にお風呂に入ろう?」

犬勇者「わん」(そうだな)





そうだな……うん、彼女にしてやれる事は、愛玩動物であり続ける……って、ちょいまて。







犬勇者「わん!!!??」(えっ!!!!???)


そしてこのパターンである。お風呂、気持ちいいから好きだ。犬になってからは、更に好きになった。
……何時もは呪術師は服を来て、俺を洗ってくれていた。ああ、それは問題ない。
だがな、だがしかしだ―――今日は、完全に裸体を曝け出して、俺と入浴……だ、よ?

犬勇者(それは不味いんじゃないか、不味いんじゃないのか!?)


先程までの暗いムードも消し飛んだ。真面目に考えこんだのも脳裏の彼方―――目に映るのは、ふたつの肉……。


呪術師「君は結構、大きい……少し、(お風呂に)入れるのが難しい……」

犬勇者「わ、わふううううううううう!!」(やめろ、やめろおおおおおおお!!!)



魔法使いと同じ顔で、同じ身体……あががが、つまりはダイナマイトボディ。
仲間だったし、同じ旅をしていたから多少意識もしたが……いや、白状しよう、少し恋心は抱いていた。

だがしかし、戦士が先に手をだしたから諦めていた。僧侶は聖職者だから、論外として……だから、女に飢えていたんです、俺は。


呪術師「何を興奮してるの? もう、君は結構……えっちぃのかな?」

犬勇者「はっはっはっはっは」(いや、ホント勘弁してください)


この前の女の子は正直ガキ過ぎて、むしろ父性愛が湧いたレベルだったけど今、目の前にいるのはうら若き乙女である。
それを前にして、俺は……俺は! ああ、人間でなくてよかった! なんて事まで思ってしまう……やばい、このままでは理性が……。


呪術師「ほら、しっかり洗わないと……ふふ、全身くまなく、洗お?」

犬勇者(うわああああああああああああ! 生き地獄、生き地獄だああああああああ! せめて目を、目をつむるんだ俺ええええええええ!!)




この後、滅茶苦茶いろんな所、洗われた……。


ちゃぽん、と湯船に一緒に浸かる。もう……至福の時すぎて、死にそう……。

呪術師「ふぅー。こうして誰かと、一緒にお風呂に入るのは……久しぶり」

犬勇者「わん、わん、わん……」(すいませんすいませんすいません)

まったりしている彼女の腕の中、俺は執拗に謝り続けていた。
背中に当たる肉の山が、今なお俺の理性をゴリゴリ削り取っていた―――早く、早く出たい。

呪術師「勇者……か。今頃、アイツ……何をしてるのかな?」

犬勇者(貴女と一緒にお風呂入ってます……)

呪術師「妹に手を、出してないかな……」

犬勇者(出せませんでした! 戦士に取られました!!)

呪術師「………一目惚れ、本当にあるから面白い」

犬勇者(………ふぁっ!?)

それは一体どういう事だろう……!? 魔法使いが、魔法使いが実は俺の事を……っ!?

呪術師「妹は興味なかったみたいだけど……私は、好きだな……」

犬勇者「わんわん!?」(ちょ、おま!?)

衝撃的事実が二つ。魔法使いは鼻から俺に興味がなかった。そしてお姉さまは、俺の事好き……だとぅ!?

呪術師「勇者、会えたら……嬉しいな……」

犬勇者(…………あ、もうなんか俺この人と一生いたい)

もう犬でいいんじゃないか……俺は、そう思ってしまいました。今度は、わりと本気で。


更に数日が経った。その日は生憎の雨で、散歩にも行けやしない……正直、少し苛立っていた。
それは呪術師の家に留まり続ける自分への、葛藤だったのかもしれない。

呪術師「……ん、美味しくできた」

呪術師は珍しく、丸一日家で俺とのんびりしている。ギルドからの要請もないし、今日はダラダラ過ごしたいとの事。

呪術師「犬、今日はご馳走……ささ、早くこっちにおいで?」

にこり、と手招きをする彼女。この数日で、彼女の表情は柔らかく変化していったと思う。
初対面で感じた翳りは、幾分か……鳴りを潜めている様に思える。

犬勇者「わふわふ」(飯だ飯だ―っ!)

……良い匂いだった。どうやら今日は肉を砂糖やらなんやらで煮詰めたやつらしい。
卵に漬けると美味い……らしい。料理は得意じゃないし、よく知らないけど。


―――ドン、ドン、ドン


重く、鈍く。木の扉を叩く音がする。思わず、俺は身体を震わせてしまう。

犬勇者(……呪術師の家に、人がくるなんて珍しいな)

呪術師も俺同様に、不可思議に思いながらも、扉を開く。
扉の向こうに居たのは雨に打たれた模様の、しかめっ面の兵士……王都直属の使者だった。


使者「呪術師殿は居られるか」

呪術師「……私、だけど」

使者は呪術師の顔を知らないのか、彼女が答えると少し眉間にシワを寄せた。

使者「貴女は勇者パーティの一員である、魔法使い殿の姉君である事に間違いはないな?」

呪術師「そう、だけど」

使者は短く唸ると、更に眉間にシワを寄せた。
溜息混じりに、しかめっ面が一転して困り顔へと変わる。

使者「……この度、勇者パーティである戦士殿、僧侶殿、そして魔法使い殿が王都へと現れた」

犬勇者(なんだって……っ!?)

呪術師「魔王討伐が為された、と?」

使者は首を振り、言葉を続ける。

使者「分からん。だが、可能性は低いだろう。三人は……昏睡状態で、王都の門前に現れたのだ」

呪術師「……勇者、は」

使者「勇者様の姿は確認出来なかった。パーティである三人が、眠った様な状態で……門前に倒れていたのだ」

犬勇者(眠った……? じゃあ、生きているって事か……!)

では魔王はあの三人を蘇生し、その上で王都に送り込んで来たという事だろうか。
さっぱり訳がわからない……そんな事をするメリットはない。
強制帰還の魔法が発動したのかと思ったが、俺が生きている以上はあり得ないし……。


犬勇者(それにしても勇者の姿が確認出来なかったか。まあ、そりゃ俺がここにいるからな……)

とはいえ三人が昏睡状態とはいえ、生存の確認がとれたのは僥倖だ。
魔王の目論見は不明だし、考えれば考える程……最悪のパターンも想像出来なくはないが、今は素直に喜ぶ。

呪術師「……それで、妹たちは?」

使者「城内の神官室にて眠っておられる。呪いの類かと、神官総出で目覚めさせようとしている」

呪術師「そう……勇者はいないけど、妹たちの生存が確認出来たのは嬉しい。でも、それだけじゃないでしょう」

使者は頷く。その顔は険しく、少しばかりの嫌悪も混じった視線があった。

使者「ついては呪いの分野に詳しい、貴女にも解呪を願う。これは王家から冒険者ギルドへの正式な依頼だ」

呪術師「……良いの?」

使者「確かに、呪術は忌避されるものだ。だからこそ、正規に冒険者ギルドへ登録されている貴女にしか頼めん」

……以前呪術師が言っていた通り、やはり呪術というものは恐れられている。
王都としては極力、その存在を明るみに出したくないが……状況が状況なだけに、仕方ないと言った所か。

使者「明日にでも来てくれ。出来る限り、人の目には触れずな。以上だ……失礼する」

使者はそれだけ伝えると、踵を返し扉を閉める。
やけに静かになった家屋で、俺は呪術師の背中を眺めていた―――少し、震えていた様に見えた。

ここまで
書き溜めに追いつかない様にセーブしてるので、少ない投下で申し訳ない(・ε・)

最近、暑すぎますね
39℃は完全に殺しに来てる(・ε・)

でっかく文字はまず書く道具を器用に(壊さないように)使うのが難しいという事で……

セーブしないほうが良いのかな?
それならぱぱーと投下しちゃって、週1投下になるかもしれませんが
がっつり投下する方針を望む声が多ければそうします(・ε・)


――王都

翌朝、呪術師は俺を連れて王都へと向かった。
俺が付いて行きたいが為に彼女を離そうとしなかったのもあるが、呪術師なりに王都に赴くのは一人では不安だった様だ。

呪術師「呪術師と言う。冒険者ギルド所属。今日は、依頼を受けて来た」

兵士「ああ、聞いているよ。では通ってくれ……くれぐれも、城下では呪術を使わない様にな……」

門前で兵士に通行許可を願う。やはりこの兵士も、呪術師を恐れる様な目で見ていた。
これほどまでに呪術というのは忌避されていたのか。

呪術師「…………大丈夫、気にしてないよ」

犬勇者「………くーん」

心配そうに見つめていると、呪術師が少し微笑んで俺の頭を撫でる。
その手は微かに震えていた。悔しいのだろうか、悲しいのだろうか。

犬勇者(こんなに嫌われてるのか。呪術か……考えた事も、なかったな……)

この世界において神官や魔法使いが振るう魔術が一般的であり、魔法の大半を魔術が占めている。
呪術はその存在こそ知られているが、振るう者が少ない事から異端とされている。
その理由については血肉を代償としているから―――その程度で此処まで、忌避されるものなのか?


犬勇者(けっ。天下の勇者パーティの一人、魔法使いの姉に対して結構な扱いをしてやがるんだな)

兵士「ん、犬を連れているのか。呪術の生贄か?」

なんて事を言いやがる。思わず俺はイラっと来て、吠えてやろうとしたけども。

呪術師「私は自分以外の、何者も犠牲にはしない」

きっ、と鋭い目つきで呪術師が兵士を睨む。兵士は生唾を飲み込んで、少し後退する。

呪術師「この子は私の家族も同然。次、そんな事を考えたら……私も、少し怒る」

兵士「あ、ああ……すまない」

兵士も自分の発言が酷いものだと反省したのか……いや、別に反省していないだろう。
自分も呪術の生贄にされたら嫌だ、とかそんな感じの恐怖からの言葉にしか聞こえない。

犬勇者(呪術師、すげぇ怒ってるなあ)

唇を噛み締め、無表情のまま門をくぐる呪術師の後を付いて行く―――やれやれ、兵士でこれなら城内はもっと酷いんだろう。


――王城内・謁見の間

王「よく来てくれた……呪術師よ」

呪術師「……お久しぶり、です」

始まりの日、謁見した場所で俺は再び王に謁見している。
とはいえ今回は犬で……王は、呪術師のペット程度にしか俺を見ていないだろうけど。

王「皆のもの、ちーっとばかりワシと呪術師……あと、彼女のペットだけにしてくれんかの」

王の発言に、ザワつく兵士達。口々に危険だとかを口走りやがる。
なんだかイライラする。呪術師が何かしたのだろうか……してない、だろうに……。

王「二度は言わぬ。そちら……二度、王に同じ言葉を紡がすのか」

その一言に近衛兵から大臣に至るまでが、顔面を蒼白にして謁見の間を出て行く。
俺が謁見した時はニコニコしたおっさんだと思っていたが、どうやら怖い顔も出来るらしいな。

呪術師「……良い、のですか」

王「良い。ワシはそなたを信頼しておるからの。勇者パーティの解呪に入る前に……少し、話をせんかの」

呪術師「ですが、妹が……」

王「うむ、だが生命に別状はあるまい。少しで良い……ワシには、そなたに会いに行く事が出来んからの……」

犬勇者(ん? 呪術師の事、やけに目にかけてるんだな……初対面、じゃないのか)

呪術師「分かりました。では、少しだけ―――……はあ、お久しぶり、父上」


…………ふぁっ!?


思わず勢い良く見上げてしまった。ち、ちちち、父上……!?


王「久方ぶりにそう呼ばれるのは、こそばゆいな」

呪術師「私としては、既に縁は切ったつもり……迷惑、かけるよ」

王「お前は頑固だ。別にワシは気にせんと言うのに、まったく」

王と呪術師の会話がくだけたものになった。どういう事だってばよ……。
確か王には子供は最近生まれたばかりの、息子一人じゃなかったのか。

王「お前と、魔法使いを拾った日から、ワシは本当の娘たちだと思っているのだが」

犬勇者(拾い子だって? じゃあ血の繋がりはないのか)

呪術師「ありがとう。だけど、それは魔法使いにだけ注いでくれれば良い」

王「魔法使いも、冒険者になりたいからとワシの手元から離れてしまったからのう」
「あの子は魔術、お前は呪術……道を極める為、王家から離反するとはな……ふっふっふ」

呪術師「父上の元では、七光。それに、血の繋がらない私達を、王族に加える事は……父上の、名に傷がつく」

王「まったく、優しい娘達じゃ。じゃが……お前の、呪術だけは……ワシは、どうにもしてやれん」

呪術師「構わない。私の力は忌避されるべき。呪いを扱うなんて、認められて良い訳はない」

王「故にお前には苦しい思いをさせている。ワシは無力じゃな。娘の為に世論も変えてやれん」
「呪術を捨て、またこの城で過ごす事は考えてはくれないのか……?」

……王は、呪術師とまた過ごしたいと考えている様に思えた。
だけど、呪術師が呪術を行使する存在である限りは……叶わない、と。


呪術師「……今は、私はこの力で、冒険者ギルドを通して……平和を、求めたいから……ダメ」
「魔法使いが勇者と魔王を倒す様に、私は彼らに出来ない事をする。だから、まだ捨てられない」

王「そうか。まったく、頑固であるな」

呪術師「でも、世界が平和になったら、魔王が本当に倒れたら……その時は、考える」

王の顔がにっこりと、しわくちゃの顔を歪めて笑った。

王「期待しておるよ……その日が来る事を」

呪術師「それで、妹たちの詳しい状況が知りたい」

それは確かにさっきから気になっていた。王が落ち着いている所を見ると、そこまで酷い状況ではないのだろうけど。

王「昏睡状態であるが、生命に別状はないのだ。だが、一向に目覚める気配がない……」

呪術師「呪い……なの?」

王「わからん。魔術の反応は見て取れんらしい。ならば、呪いの類かと判断している」

呪術師「……勇者は、確かにいなかったの?」

俺は此処にいるんだけどなー……。


王「残念ながら。彼らにかけた強制帰還の魔法が発動したわけではないらしい」
「勇者たちが最後に確認されたのは、最果ての街……魔王城の近く、らしいが……」

呪術師「では、魔王に敗れた……? そんなはずない。だったら、妹たちが……生きているワケがない……」

王「そうだ。見せしめなら殺せば良い。だが、生きている。確信はないが、ワシは勇者が三人を逃したのではないかと……」

……そうだったら、どんなに良かったか。
俺は確かに魔王に殺された三人を見たし、俺自身もまた魔王と魔女の手で……。

呪術師「……考えても、分からない。とにかく今は、三人の目を覚まさせないといけない」

王「うむ、そうじゃな……長々と引き止めてすまない。では、魔法使いを診てやってくれ」

呪術師「分かった。行こう、犬……」

犬勇者「わ、わん」

俺は呪術師に撫でられ、謁見の間を後にしようとする―――。

王「ああ、ちょっと待て。その犬は……お前の、家族か?」

呪術師「そう。最近、拾ったの」

王「ふむ……名前くらい、つけてやったらどうだ。犬、と言うのはなんとも……」

あー、そうなんだよ。呪術師、犬としか呼ばないんだよ
とはいえ変な名前つけられるのもなあ……。

呪術師「……ふふ、考えておく。父上、嫉妬してたり?」

王「ふっふっふ、確かにそうかもしれんな。犬よ、呪術師を頼むぞ……?」

……王が、旅立ちの日に俺に向けた視線と同じものを向けてくれていた。
あの時は、魔王を倒せと、そして魔法使いを守れと……そして、今は呪術師を守れと……。

犬勇者「わん!」

俺は、あの時と同じように力強く返答した。


呪術師「驚いた?」

王城の廊下で、呪術師は俺に笑いかけて言った。

犬勇者「わんわん」(いや、そりゃそうだろ……)

まさか、呪術師と魔法使いが王の義理の娘とは思わなかった。
だとしたら俺は大変な人間をパーティに加えてて、大変な人間と……お風呂、入ったんだなあ。

犬勇者(王にバレたら殺されるんじゃないだろうか。やだやだ、近衛兵とかめっちゃビビってたし)

呪術師「王に拾われて、王家の一員として育った。今でも、あの人は私たちを娘と思ってくれている」
「だけど……魔法使いはともかく、私は相応しくない。まったく……優しすぎるのが、あの人の悪いところ……」

犬勇者(……だけど、嬉しそうだな呪術師)

ぶつくさ言いながらも、少し微笑みを浮かべる呪術師に見惚れた。

呪術師「さて、着いた。ごめんね、関係ない君まで一緒に連れて来て)

犬勇者(関係ありまくりなんで、問題ないんだなあこれが)

呪術師が扉を開くと、仰々しく装飾の施された室内が目に入った。
儀礼用の祭壇の様な場所に、見知った顔が三人寝かしつけられていた……。


神官「随分と遅い到着ですね、呪術師殿」

一人の神官が呪術師を確認すると、少し嫌味ったらしく微笑む。
ちらり、と俺を見るとやはり嫌味ったらしく目を細めやがる。

呪術師「これでも急いで来た。それで、呪いなの?」

神官「いやはや、私どもにはさっぱり。とにかく魔術を施された形跡はありませんな」
「神聖魔法による意識回復も試しましたが、特に効果はありません。呪いの類であるなら、私どもでは少しばかり知識不足ですね」

呪術師は僅かに顔を曇らせながら、眠る魔法使いの額に手を触れる。
次いで、戦士、僧侶と思案する様に触れて行く。

犬勇者(……生きてるんだよな。こうして実物を見るまで安心できなかったけど、とりあえずは安心か)

とはいえ昏睡状態から目覚めないのは問題だ。これが呪いの類であるなら、呪術師に期待するしかないのだが……。

呪術師「……呪い? 恐らくは、魔力に淀みが少し感じられる事から、昏睡の呪いかと思われる」
「もし昏睡の呪いなら、数日もすれば目覚めるはずだけど……解呪、というよりは自然に解けるのを待つのが良いかもしれない」

神官「では、やはり呪いの類なのですか」

呪術師「断言はできない。私の知る限り、昏睡の呪いはそう何日も保たない。それに、呪術は使用者によって波長が異なる」
「媒介である血肉、または魂を媒介にする故に使用者以外には解く事は難しい……上書きなら、可能だけど」

神官「ふーむ。流石の呪術師殿でも解呪は不可と。我らが知る限りでは、貴女以上の呪術使いは存じ上げないのですがね」

呪術師「……とにかく、高度な呪いだとしても数日以内に目覚めるのは明らか。無理に呪いの上書きをするより、自然回復を待つのが妥当」

神官「では呪術によるものではなく、医学的なものであると仮定すれば……いや、それなら魔術による治癒で……」

ぶつぶつ、と神官が真剣に考え始める。魔術や呪術に対してそれほど知識のない俺には、今の会話はさっぱりだ。
とにかく呪術師が調べた限り、呪いっぽいけど、パターンが違うから断定は出来ないって感じか?


犬勇者(まあ、呪いだと仮定するなら、そのうち目覚めるか……良かった、本当に……)

思わず、吠えてしまいそうになる。あー、感情が昂ぶると吠えたくなるのが犬の性だね。

神官「ふう。まあいいでしょう。これから脳への損傷などを鑑みて、治癒魔法も施してみます」
「それで無理なら、貴女の言う通り呪術による昏睡の呪いなのでしょう……貴女の、解けないね」

呪術師「力になれなくて申し訳ない。呪術というのは、魔術と違って複雑だから……」

呪術師の言葉に、神官の眉がひくりと動いた。背後に並ぶ他の神官達も少し、ざわつく。

神官「それは、呪術のほうが魔術よりも優れているという意味と取っても宜しいのかな?」

呪術師「そうではない。単に構成と経路の違いを言っている。魔術は魔力という一つの物質から、魔導書や法杖を通して出力する道筋が決まっている」
「対して呪術は血肉、魂を代償にする事で使用者の願望を成就させる。その叶え方は呪いとして対象物に顕現し、魔術とは違う過程で結果をもたらす」

神官「……つまりは魔術は量産的であり、呪術はごく一部のものにしか扱えないとしか聞こえませんが?」

呪術師「……魔術は結果に対して単一化しているけど、呪術は結果に対して複数の経由で発現する」
「そこに優劣はない。魔術は誰もが鍛錬次第で魔力値によって発現出来るけど、呪術は確かに限られた人間にしか扱えない」

神官「であれば、呪術が選ばれし者にしか扱えないという事ではないのですかねえ」

呪術師「優劣はないと言った。それに呪術には願う呪(まじな)いに比例して代償は大きくなる。普及するには、少々危険」

神官「はっ。それを扱う貴女が何を言うのです。魔術で到達出来ない地点に、呪術が至ると確信しているのでしょうに」

呪術師「魔力は体内で空気中の物質を取り込み、無尽蔵に製造できるけど、血肉はそう簡単ではない。コストパフォーマンスの問題」
「魂など代償にすれば再生する事はない。大きな目的を遂げる為に取り返しの付かないものを代償にするなら、魔術を極める事でいずれ辿り着けばいい」


神官「それでは遅いのですよ……! 魔族による危機は今、正に我々が直面している問題だ!」
「呪術による現段階で成し得る到達点に、魔術ではいつ到達出来るかわからない! ならば、呪術を知るものが……っ!」

呪術師は溜息をついて、神官の口に手を添える。その仕草は妖艶で、あまりにも緩やかな動きで、見るもの全てが止まったかの様に思えた。

呪術師「魔術が呪術に劣ると言っている様なもの。そうではない、と言った。一人でダメなら、二人、三人と同時に行使すればいい」
「同じ骨格で発動しているなら、複合も可能でしょう。人類は支えあって生きている……何か、一人で為そうとする存在は滅びる」

神官「……くっ、失礼した。つい取り乱したようですね」

呪術師「……でも、あなたの言う事も分からなくもない。だから、呪術の才覚のある者が為さなくてはならない事があるのは分かっている」

神官「えぇ、えぇ。王が貴女から呪術を取り上げられない理由は、存じ上げておりますとも」
「王が娘同然に扱う貴女だ。王はさぞ辛いでしょう……。それでも、我々は呪術を忌避しながらも、有用に扱わなくてはならない」

呪術師「……理解している。だから私は進んで、管理されている。そして……ギルドの名の下、暗部を担っているでしょう」

神官「それについては感謝しておりますよ。呪術は我々が管理できればいい。衰退し、緩やかに消えて行くならばそれにこした事はない」
「世に広まり、悪用されてはいけない力だ。蔓延るのは魔術だけで良い……。貴女は、呪術を知る者として他者を排除し、世から呪術を消し去ってくれれば良い」

犬勇者(……すごい舌戦すぎて、俺わけわからん。とにかく、呪術は広めちゃいけないから呪術師が他の呪術使用者を消すってことか?)

そういう方針の癖に、この神官は呪術の力に憧れを抱いている様にも見える。というよりは劣等感なのだろうか。
というか、呪術が此処まで危険視されるのは代償のでかさと普及しては危険だから……なのだろうか? それだけにしては、どうにも……。

呪術師「此処に来ると、いつも突っかかってこられて困る。私はどちらかと言えば、魔術の方が優秀だと思うけど……」

神官「勿論、それは間違いありません。呪術などという禍々しく、忌避される法とは一線を画しております」
「しかし要は最高地点のお話です。呪術で成就できる願望こそが、我々の最大幸福に繋がるのは紛れもない事実……まあ、それには相応の代償は必要ですがね」

呪術師「分かっているなら、魔術で対抗して欲しい。こちらとしても、この力は私を最後に消し去りたいとは思っている」

神官「そうあって欲しいと思いますよ。魔王さえ討たれれば、それが成就する事も間違いはないのですが……ねえ」

ちらり、と昏睡状態の三人を見て眉間にシワを寄せる。どうやら、実現が難しいとでも考えているみたいだった。

犬勇者(魔王が討たれれば、呪術が広まらなくなる……? うーん、どういう事だ……)


――王都・郊外

呪術師はあの後、神官たちから更に嫌味を追撃されつつも、さらりと流しながら三人の状態について再度述べて帰路についた。
どうやらやはりあの三人は昏睡の呪いにかかっていると見て良い様だ。使用者と波長が違うから、解呪は不可能だとかなんとか。

犬勇者(ふーん、呪術って随分と複雑なんだな。それに燃費も悪そうだ……使い勝手は、あまり良くないとみた)

魔術同様の結果をもたらすけど、使用者によって波長が異なる為に使用者にしか解呪は難しいか。低級の呪術なら、解呪は出来るらしいけど。

犬勇者(ややこしやー。俺は魔術もほとんど勘で使ってるから、学がないんだよなあ~……)

しかも呪術は波長が異なっていても、発動結果は同じと来た。単純に面倒じゃないか。いくつか他にも問題はあるけど、忌避される理由はよくわかった。

犬勇者(それにしても、魔王が討たれれば呪術は根絶出来る、か。じゃあ、魔王は呪術を使うのか? げっ、アイツのって魔術じゃねーんだ)
(それとも魔術も使えるんだったりして……だって、魔術だって完全に認識してたもんなあ……いや、ていうか、魔女が呪術使うんじゃね?)
(つーかあいつらを昏睡状態にしてるのは、多分魔女だよな……うーん、何が目的なんだ……いや、生きてて嬉しいんだけどさあ……)

ぐーるぐると頭を考えが巡る。魔王が呪術使用者なら、俺にだってわかったはずだし、魔女が俺を犬に変えているのだから、完全に呪いだし?
色々と考察が頭を右往左往して、どうにも気分が悪くなる。昔から、考え込みすぎると頭が爆発しそうになるのだ。

呪術師「ふう。おつかれ、犬。今日はいっぱい話たから……つかれた……」

王都を背に、森へと向かう呪術師の顔は疲弊に満ちていた。そりゃ、普段そこまで話さない呪術師がいっぱい話すのは珍しいもんなあ。

呪術師「まったく、神官は劣等感が強すぎる。妹みたいに、理解があれば良いものを……」

ぶつくさ、と呪術師が愚痴をたれる。むう、これもまた珍しい……。

犬勇者(…………あっ! 神官に俺の呪い解いてもらうの忘れて……いや、多分無理だな、あの会話聞いた後だと)

まず言語が通じないので意思疎通ができない。加えて俺にかかってるのは低級の呪いとは思えない。
以上の二点から不可能に等しい―――とにかく、俺の呪術への知識があの場で増えた事で、神官はボツだ。

犬勇者(だとすると、呪術師に診てもらうのが早いな。王都じゃ一番の使い手って感じだし。問題は意思疎通だよなあ)

じーっ、とまだぶつくさ文句をたれている呪術師の顔を覗きこんでいると、呪術師がはたと気付き俺に微笑を浮かべてた。

呪術師「ふふ、ストレスも溜まったし、今日はお風呂で、いっぱい遊ぼう」

犬勇者「わ、わん……」(げっ、また俺の理性が……)

逆に俺のストレスが溜まりそうだぜ、と困った返答を返しておく。
犬の身であっても、呪術師の身体は色々毒だし、俺の身体にはオスであるが故のうんたらかんたらが溜まるわけでして。


――森の家屋・呪術師の家

王都で三人を診た日から数えて、2日ほど経っただろうか。
その日、ギルドからの手紙を受け取った呪術師の顔が険しくなったのを俺は感じ取った。

呪術師「……勇者、が?」

犬勇者「わん?」(え、なに?)

手紙を握り締め、勇者と言葉を発した姿に思わず唸る。一体、その手紙には何が書かれているというのだろうか。
呪術師はその手紙に直ぐに何かを書き入れ、言伝に来た使者へと渡す。使者は何も言わず、直ぐ様去っていった。

呪術師「……犬、今日は帰りが遅くなるかもしれない」

呪術師はいつもより多めの支度をして、俺をひと撫ですると険しい顔つきで外出した。
恐らく、ギルドからの依頼があったのだろう―――そして、それは勇者、つまり俺に関連した何かで……。


犬勇者(とにかく、あの手紙……いや、依頼書か? あれが何か知りたいな。とはいえ、一人で外には出られないし……むう、帰宅を待つしかないのか?)

うろうろ、と家屋の中を彷徨く。気になるが、知る術はないし、出る事は禁止されてるし。
フラストレーションが溜まるじゃないか、と一心不乱に室内をぐるぐると回っていた。


……そして、用意されていた食事も済まし、適当にくつろいでいると時間の経過に気づく。
既に日は暮れ、いつもの呪術師の帰宅時間からもオーバーしていると気づいた。

犬勇者(何かあったのか? いや、だけど遅くなるとも言っていたし……)

引っかかるのは呪術師の口から零れた言葉だった。
勇者、と確かに聞こえた―――いや、だけど俺は此処にいるわけだし……?

犬勇者(……悠長に考えてる暇はないか。あの表情は流石におかしい……よな?)

ちらり、と窓の外を見る。恨めしく、青白い月が目に入った――不気味で、嫌な予感がする。
窓枠を前足で確かめて、思考する。思い切りぶつかれば、壊れるんじゃね?

犬勇者(えーと、犬になってから鼻は鋭いしな……匂いさえ辿っていけば、呪術師を見つけられるか!)

よし、名案だ。既にちょっとどころではなく、帰宅時間は遅いんだ。
多少の無茶も許されると信じて―――俺は、呪術師の匂いが染み込んだ物を探す事を始めた。

犬勇者(嗅ぎながらじゃないと、判別できねーからな! ベ、別にやましい気持ちはないんだからねっ)

事は重大かもしれないと言うのに、洗濯物から衣類を探す俺は……はたから見れば、ただの変態犬なんだろうな。


――とある廃砦

『勇者の姿が確認された』

その一文だけで、私の胸が高鳴ったのが分かった。

呪術師「……ここ、か」

探索を続け、漸く見つけたのが目の前に聳える廃砦だった。
ギルドからの依頼書には、この廃砦へ入る勇者と思われる姿が確認されたと記載されていた。

呪術師(真偽の確認を、か)

この周辺は勇者が確認される様な、治安の良い場所とは言えなかった。
魔物が多く生息し、盗賊団の出没も報告として挙がっている……。

呪術師(もしかしたら、魔王の罠かもしれない)

だとしても、勇者があの廃砦に居るとするなら、私に見過ごせるはずがない。

呪術師(……ギルドも、父も……不安になっている、という事か)

魔王討伐に向かったパーティの内、勇者を除き帰還した。
その事実は勇者の”失敗”と”死亡”を示唆しているのだ。
故に小さな報告でも、信憑性の薄い案件でも人類に見過ごせる訳がない。

呪術師(そして誰よりも、私が……見過ごせるわけ、ない)

強く、そう想う。

最近忙しすぎる……
エタりはしないのでご安心を(・ε・)


――冒険者ギルド・一年前

私が勇者と出会ったのは妹のギルドへの登録願いに付き添った時だった。
父の下から離れ、妹は魔法学院へ。私はギルドの管理の下で、呪術を研究させてもらっていた。

魔法使い「お姉ちゃん! 私、冒険者になりたいんだ!」

私がいち早くギルドに所属し、冒険者の肩書を持っている事を羨んでいたらしい。
私としては、然るべき機関で魔術を学んでいる妹の方が羨ましかったのだけど……。

呪術師「……好きにすると、良いけど」

妹なら、快く迎え入れられる事は間違いなかった。魔法学院での成績は優秀で、卒業を迎えた今の彼女なら引く手数多だ。
対して私はやはり忌避される存在。それでもギルドは呪術の情報を私に提供し、私を育てる事で”仕事”を提供してくれる。

呪術師「貴女なら、きっと良い冒険者になれる」

魔法使い「そうかな? お姉ちゃんの方が、立派だよ」

妹はそんな私の状況を知りながらも、私がギルドの肩書を以て”汚れ仕事”を進んでする事を尊敬していた。
呪術の淘汰を望み、呪術を以て制する――才覚の差、運命の差か。私はずっと妹が羨ましいと思っているのに。


魔法使い「こんにちは! 魔法学院の推薦で来ました、魔法使いです!」

ギルドの受付で、妹が元気良く挨拶する。それに釣られる様に、周囲の冒険者も笑顔になった。
妹は太陽みたいな、底なしの元気を分け与えてくれる存在だった。

受付「君みたいな逸材が冒険者として現れるとはなあ。こりゃ、勇者様のパーティへの期待も高まるな」

魔法使い「ええ! 勇者様ってまだパーティ探してるんですか?」

受付「中々、ピンと来る人がいないとブー垂れてたよ。もう3日も探し続けているのさ」

魔法使い「ほへー……じゃあ、私ってば良いタイミングで登録したんだ」

受付「はっは、もう一緒に行けると確信してるみたいな言い方だねえ」

呪術師「…………」

受付「ああ、呪術師さん。妹さんは元気で良いねえ」

呪術師「自慢の妹。これから姉妹で世話になるけど……」

受付「分かってるさ。特に姉妹関係を口外する事はない。王から睨まれるのも、嫌だしね」

妹との関係は知られる事を避けたい。多くの暗部の案件に関わる私は、敵も多く血縁関係が襲撃される事も想定できる。
私には身内がいないという事になっている。森の家屋にも結界を張っているし、その辺りは徹底している。


魔法使い「んもー、私は大丈夫なのに。一緒にも暮らせてないし、やんなっちゃうなあ」

呪術師「我侭、言わないで。こうして王都で、毎日会ってるじゃない」

魔法使い「そうだけど……うーん、まあ良いや。お姉ちゃんにはお姉ちゃんのやり方があるんもんね」

呪術師「物分かりが良くて、私は良い妹を持った」

にしし、と屈託ない笑みを浮かべる妹の頭を撫でる。
私が進んで茨の道を歩く事を、私の家族は快く背中を押してくれている。
妹も、父も……本当は是が非でも止めたいのに、強くは言わない。本当に我侭なのは、私なのかもしれない。


呪術師「さて、登録も終わったし……魔法使い、私はここまで」

魔法使い「えー、お姉ちゃんはお仕事?」

呪術師「そう。また、呪いの反応が見られた場所があったらしいから、調査」

魔法使い「まーじーでー。気をつけてね? 私も行っか?」

呪術師「新米は連れて行けない、かな」

魔法使い「あ! 馬鹿にした! 今、私を馬鹿にしたなあ!」

がーっと吠える妹の頭をまた撫でて、私はにっこりと微笑んであげた。
くしゃくしゃの頭を抑えながら、妹は唸っているけど……嬉しそう、だった。

妹と同じ仕事に挑む事は、まあないだろう。それは彼女も知る所だ。


――王都郊外・廃村

呪術師「…………此処で、何かあった」

ギルドの依頼で呪いの痕跡があった廃村に私は訪れていた。
一歩足を踏み入れただけで、特有の魔力の淀みが感じ取れた。

呪術師「中心部は……あの、井戸の底か……」

廃村の中心に、枯れ果てた井戸があった―――その仄暗い底から、濃度の高い呪いを感知した。

呪術師「…………重力、軽減」

ぷつ、と指先を噛んで血の滴を地面へと垂らす。私の血を代償に、私は呪術を起動する。
自身へとかかる重力の負荷を軽減し、私は躊躇う事なく井戸の底へと飛び降りる。

呪術師「―――――……酷い」

薄暗く、よくは見えなかったけども……そこは、地獄だった。
呪いのせいで空気が淀んでいたのもあるが、それ以上に”死臭”が空気を更に悍ましものにしている。

呪術師「…………」

呪術で火球を作り、頭上に掲げ、暗闇を胡散させれば―――視界にはっきりと、この地獄が目に入った。

まず目に留まったのは赤い壁。斑のあるその壁を赤く染めているのは、間違いなく血液だ。
地面の下にはいくつもの亡骸が倒れており、その全ての顔が”絶望”に染められていた。
彼らの一人一人は冒険者ギルドにも依頼されていた失踪者だった。写真で見た姿からはかけ離れていたが……。
縋る様に壁に手を伸ばしていた事から、壁の色は彼らの血液だと思われる。


呪術師「…………これ、は」

儀礼用と思われる祭壇が小規模ではあるが、設置されていた。
その上に置かれていた書物には、此処で研究されていたと思われる事が記されていた。

呪術師「魂の転移、抽出、汚染……成功例は、なし」

ぱらぱら、と読み漁るが……どれも、成功する見込みのない研究成果であった。
呪術が魂へと干渉する法である事から、魂を人間の手で自在に手繰るという夢物語。

呪術師「……狂っている」

ふと見れば、赤い壁の中心に違和感を覚えた。
彼らが手を伸ばす先が、その中心部分に集中していたからだ。
手を触れると、そこから濃度の高い呪いを感知した。

呪術師「これは……」

触れた先から伝わるのは結界の術式―――この先に、空間がある?

呪術師「呪術による結界なら―――……解呪、開け」

赤い壁に更に自分の血を塗りこみ、陣を描く。
簡単に結界は剥がれ、壁が崩れ去り空間が現れた。
壁の先には打って変わり、燭台による灯りに照らされた回廊があった――そして、夥しい呪いの気配が鼻をついて香った。

呪術師「この先に……いる」

迷うこと無く、私は回廊を歩く。一歩、また一歩と進む度に空気の淀みが一層、酷くなる。
回廊は無限に続くかの様に、先は見えない。これもまた、一種の結界かと思われる。


だけど、私には効かない―――。

呪術師「…………かくれんぼは、終わり」

指先から流れる血ではなく、黒衣の中にある私の血液が詰まった試験管を地面に叩きつける。
硝子の砕ける音が響き、血液が飛び散る―――そして、視界が歪み、呪術による結界を”上書き”する。

呪術師「小心者のわりに、術式が甘い」

術者「な、なななな……なんだと……っ!?」

無限の回廊を何もない、真っ白な一室へと変える。
その白い部屋にいたのは、小太りの見窄らしい、私と同じ黒衣の中年だった。

術者「何をした、貴様、何をした!?」
「二重にかけていた結界が、そう簡単に解呪されるわけがないだろう!?」

呪術師「扉は解呪。下級呪術にも程がある。無限回廊は上書きした……呪いは、呪いで上書きできる」

術者「そんな……馬鹿な……貴様、何者……っ」

呪術師「ギルドの人間。呪術の研究はギルド並びに王都の許可なくして禁止されている」
「貴方は許可を……取っていない。だから、私が此処に居る……観念、するべき」

術者「くっ、そう簡単に殺されてたまるか! お前も、呪術を使うのなら……何故、高みを目指さん!」
「なぜギルドや王族に媚びへつらい、探求に限界を決めているのだ……!?」

呪術師「………」

私は彼の言葉に耳を貸さない。呪術の探求の為に他者を犠牲にする者に貸す耳などありはしない。
私の頭上に浮かんだままの火球を掌に―――そして、彼へと突きつける。


術者「言っても無駄か、所詮は王都の犬―――志半ばに、死ねるかあああああ!」

呪術師「……………っ!?」

彼の身体が高純度の呪いに侵される。辺りに蔓延した呪いを吸収し、瘴気を生み出していた。
思わず口元を覆い、後退する―――彼の身体が、瘴気により、変貌していく。

術者「ぐ、ぐが、ぐがががぎごごげえごご!!!!!????」

見る見るうちに膨れ上がる身体は、黒く変色し、黒衣を引きちぎり、井戸の底を崩壊させんと更に肥大化していく。

呪術師(呪いで瘴気……!? 危険、一旦外へ……っ!)

私が上書きした結界はかき消され、、元の姿である石壁の一室へと変わる。
それを合図に私は走り、井戸の外へと文字通り”飛ぶ”。

呪術師「はあ、はあ……重力軽減、解呪……っ!」

廃村へと戻り、重力軽減の呪いを解く。少し、彼を見誤っていたと認識を改める。
結界は稚拙だったが、彼には呪術とはかけ離れた他の力がある様に思える。

ぐらぐら、と地面が揺れて―――件の彼は、井戸を破壊しその姿を顕現する。


術者「く、くくくく! どうだ、私の姿に驚いたか小娘ェ!!!!!!」

彼の姿は……正しく、魔物。大型魔獣に近い姿だった。
長い牙、肥大化した筋肉、爬虫類じみた双眸―――まるで、蜥蜴の様な。

呪術師「……人間、ではなかった?」

術者「いいやあ、私は人間だ……だが、あのお方に、私はさらなる力を頂いたのだああああああ!!!」

ぶおん、と振りかぶられる大きな爪―――それを、既の所で躱し、後退する。

呪術師「人間から魔物に? そんな呪い、知らない」

術者「だからお前は王都の犬なのだ! 呪術にはまだまだ先がある、魔術では成し得ない領域があるのだ!」
「それをお前らは、管理し、腐らせている――――くっくっく、呪術は魂ですら、手中に収められるのだあああああ!!」

更に、鋭い爪が迫る。それを躱すには、少々間合いが近すぎると判断した。
だけど、その爪が私の身体に触れる事は―――決して、ない。

呪術師「…………爆ぜて、消し飛べ」

術者「――――――ギッ!?」

私が言葉を走らせるだけで―――彼の四肢が”爆散”する。
びちゃあ、と不愉快な音を立てて、四肢を失った彼は血溜まりの中に落ちる。


術者「ひ、ひはっ!? ば、ばばば、ばかな……言葉、言葉、言葉だけで、私の身体に”呪い”を掛けたと言うのか……っ!?」

呪術師「はあ、はあ……別に、不思議な事じゃない……」

本来、少量の血やストックした試験管の血液で呪術を行使するが、緊急の場合には体内の血液を使う。
それだけに疲労は少なくないが、彼のスピードに対応するにはコレしかなかった。

呪術師「はぁ……貴方は呪術者としても、魔物としても中途半端。だから、簡単にそんな事になる……」

術者「ひ、ひい、せっかく、せっかくあのお方に……力を、与えてもらったのにぃ……っ!」

呪術師「はぁ、はぁ………あのお方、とは? 言え、言わないと……地獄の苦しみを、知ってもらう」
「人間を魔物に変える……そんな呪い、あってはならない。それに、魂を手繰る呪術を研究している理由も……言え」

息を整えつつ、身動きの出来ない彼を見下す。恐らく、私は酷い目をしているだろう。
こういった自己利益や歪んだ探究心の塊を見ると……酷く、吐き気を覚える。

術者「言えるか、言えるか小娘ェ! お前なんぞに、王都の犬に―――あのお方の、名前を言えるかああああああ!!」

彼が吠え、何処にそんな力があったのかと思う程の勢いで―――胴体だけで、私の首元目掛けて飛びかかってくる。

呪術師(しまった、まだそんな力が――――もう、一度っ!)

その瞬間に、がくん、と足に力が入らなくなった。視界が一瞬、ぼやけた。

呪術師(やら、れる―――っ)

急速に失った血液による目眩。それが私の身体を鈍らせる。
油断、という言葉が正しいのだろう。血液を多く使ったものの、彼を身動き出来ない状態に出来なかった自分が恨めしい。


術者「――――――ぐげぇえええぇえ!!????」

しかし、私に彼の牙が触れる事はなかった。
思わず閉じた目を、開けば……目の前には真っ二つに切り裂かれた、彼の姿と……。

「ふうー……切れ味、抜群!」

大きな背中が、猛々しく私の眼前にあった。彼はその太い腕で剣を振るい、邪悪を一刀両断したのだ。

「危なかったな? 変な魔力を感じて来て見りゃ、何事だよこりゃ……」

ぴくぴく、と物言わぬ亡骸になった魔物を一瞥して、彼は、私を見た。
その顔は凛々しく、人類の希望を背負った強い眼をしていた。私は、それに魅入られて……何も、言えなくて。

「もしもーし……あの、大丈夫か?」

呪術師「…………はっ、えっ、うん、大丈夫」

危ない、ぼーっとしてしまった。これは、きっと目眩のせいなんだろう。
急速に失われた血が、私の頭を惚けさせていたのだ。それだけの事だ……。

「そりゃ良かった。しっかし、アンタ強いな……コイツ、結構大型なのに四肢をぶっ飛ばすとはな」

呪術師「………そう?」

「ああ、俺のパーティに欲しいな」

呪術師「パーティ……? まさか、貴方……」

彼は、にかっと笑って……私にビシッと親指を立てた。

勇者「おうとも、勇者って言うんだ―――なあ、アンタ、俺と魔王討伐に行かないか!」

私はこの時、どうかしてたと思う。しどろもどろになり、眼の焦点もあわなかった。


呪術師「あ、えっと、その……」

そんな私を覗きこむ様に、近くまで顔を寄せて来る勇者。
本当に、私はどうかしてたと思う。そんな彼の顔を見て、変な汗が止まらなかった。

勇者「ん、んー? やっぱ、どっか怪我して……あっ、すまん! 近かった!」

察したのか、彼がぱっと後ろに退いた。それを見て、自分の顔が赤かった事に気づいた。
それがどうしようもなく恥ずかしくて、勇者の顔もまた赤くなった事にまた更に恥ずかしくなって―――。

呪術師「あ、あう、あの、その、わ、わわわ――――大、火球!」

特大の火球を作り、崩れ去った井戸へと放り投げる―――我ながら、こんな状態でも”任務”の全うを心がけた事を褒めて欲しい。
どかーん、と音を立てて井戸は火を噴き、完全に地下は消え去っただろう。亡骸も、火葬の意を込めて……。

呪術師「ぎ、ぎぎ、ぎるど……に……じゃ、さよなら」

私の行動を見て目が点になる勇者に、ギルドに来る様に言って――否、言えてなかったけど。とにかく私は全速力で駆け出す。
最後に特大火球を体内の血液を使って作ったせいで、目眩や嘔吐感や色々激しかったけど……そんな事より、此の場から早く逃げたかった。


勇者「って、えええええ!? ちょっと待っ―――うおぉ!? 火が家に!? 放火魔!?」

勇者が後ろから何か言ってたけど、私は耳を全く貸さずに王都へと逃げ帰ったのだ。

後から聞いた話では、廃村に残る家屋に火が燃え移り、危うく森まで火が燃え移る所だったらしい。
それを私が聞いたのは、魔法使いの口からだった―――あの火を消したのは、勇者であると。

私の言葉どおりにギルドに来た勇者は、凄い剣幕で受付に言ったらしい。

勇者「俺のパーティに加える、拒否権はない! すんごい乳のでかい、つり目で、すごい魔法を使うヤツだ!」

勇者が魔術と呪術の判別が曖昧な事が幸いした。そして、私達が双子なのも。
私は妹に口裏を合わせる様に言って、妹を勇者のパーティに入らせた。
妹は申し訳無さそうだったが、彼女の魔術の練度は私の呪術に劣る事はない。だから、これでいい。


私は勇者のパーティに入る事は出来ないのだから。

盆休みは、終わったんだ(・ε・)


呪術師「…………何を、思い出しているの」

思えばあの日から、妹から送られる手紙や、噂で聞く勇者を知る度に胸が高鳴った。
これが恋であり、誰かを愛する気持ちだと、その度に確信に近づいていった。
叶う事はない気持ちであり、叶ってはいけない想いだとも。

呪術師(だけど、想うだけなら……勝手、だから)

だから、今は行方不明である勇者の姿をこの眼で見たかった。
もしかすれば、この廃砦に勇者が囚われているという可能性もあるのだから。

呪術師(顔を隠して……準備万端、乗り込む……)

顔をスカーフで覆い、ローブをすっぽりと被り廃砦へと侵入する。


呪術師(………この感覚、魔力の淀み……呪術、か)

廃砦へと足を踏み入れ、探索を始める内に呪術の気配を感知出来た。
どうやら此処でも、呪術を行使する存在が居るらしい……。

呪術師(そんな所に有者が、いる……?)

魔力の淀み、つまり呪術の反応としては弱いものだった。
それに、呪術を禁忌と知って許可なく扱うものなら結界を張るくらいの事はするはずだが。

呪術師(どうにも、変な感じがする――――っ!?)

がやがや、と最奥の一部屋から複数人の声がした。
気配を殺し、耳を澄ますと、どうやら三、四人……どれも、下卑た声だった。


「がっはっは! こりゃいいや~!」
「いやあ、お頭、すげぇ事、考える……」
「きひひ、これがありゃ、食い物も、酒も、女も、金も!」
「なんでもやりたい放題ってね! あ~っ! お頭、最高っス~!」

どうやら野盗、らしい……。
野盗がまた、あの廃村での中年の様に……呪術を?

呪術師(だとすれば、勇者が居るというのはデマ? まあ、良い……コイツらを、縛り上げれば……)

私は迷うことなく、扉を開く―――たかが野盗が何人いた所で、敵ではない。
例え呪術を扱うとあっても、微力な反応と結界を張る用心の無さからも、取るに足らない相手と考えたからだ。

野盗A「なっ……誰だテメー!?」

扉を開くと、野盗の一人がこちらに気づき声を荒げる。
野盗たちは寛いでいたのだろう。立ち上がり、臨戦態勢を取る。

野盗B「けっ、なんだこの女ァ……此処が、誰のアジトだと思ってやがるゥ!?」

野盗C「きひひ、お頭! 生命知らずがやってきましたぜぇ」

三人の野盗の奥に、無精髭を生やした男がいた。
淀んだ目つきの、酷く醜悪な顔をした野盗……恐らく、頭領であると思われる。

お頭「がっはっは! よう、姉ちゃん……一人で、ノコノコどうしたんだい?」

頭領は大げさなほど巨大剣を片手に、下卑た笑いを飛ばす。
私は溜息をついて、彼の手に握られた剣を注視する―――それは、勇者の聖剣と酷似していた。


呪術師「…………その剣、どこで?」

お頭「あ~ん? こりゃ、作ったのさ。あまりにも、有名だろぉ……勇者様の、聖剣はよ!」

野盗A「コイツがありゃ、世の人々は勇者だって信じるんだから、驚きだよなあ!」

野盗B「流石、お頭! 勇者の聖剣を作るなんて! 頭がキレるっスねえ!」

野盗C「きしし! 勇者さまさま! 聖剣があればやりたい放題!」

…………頭が痛くなってきた。
勇者が此処に入って行くのを見られたというのは、聖剣を見ただけのお話だったのか。

呪術師「…………期待して、損した」

お頭「ん~? 勇者のファンか? お前はどうやら、勇者の顔を知っているらしいなぁ」

呪術師「冒険者ギルドの人間で、知らない者はいない」

野盗A「げげっ、ギルドの人間かよ……面倒くせぇ」

野盗B「ばっか、一人で何が出来るんだっての」

野盗C「きしし、それもそうだな。にしてもお頭ぁ、俺らのアジトバレてますぜ?」

お頭「そうみたいだな。こんな辺鄙な所まで目ざとく見つけてくるとは、ギルドも鼻が効くもんだ」

コイツら、危機感がない。いや、確かに私を見て警戒する程の知能があるとも思えない。
とにかく、私は落胆していた。勇者の正体は聖剣の贋作を握ったブ男なのだから。


呪術師(それにしても呪術の反応が弱々しくもある……これは、どういう事……)

私が思案していると、一人の野盗が近づいて来た。
それを冷静に見つめていると、野盗は少し眉間にシワを寄せて威嚇する様にナイフを取り出した。

野盗A「よぉ、姉ちゃん。ギルドの人間だかなんだか知らねぇけど、此処から逃げられると思ってるのか?」

呪術師「逃げるつもりなんて、ない」

野盗B「聞きましたかお頭! この女、犯されに来たみたいッス」

思わず溜息がまた出た。脳みそが、腐って行く気がした……阿呆らしい。
私は黒衣の中から、試験管を取り出して―――床へ、叩きつける。

呪術師「さっさと終わらせて、帰らせてもらう。もう、日が暮れる……無駄足、苛立つ」

お頭「あ? 何を言って――――んなっ!?」

頭領が怪訝な表情を見せるが、私の血を媒介に飛び散った”呪い”が彼らを捕縛する。
血液が固形化し、意志をもった触手の様に四人を縛り付け、身動きを取れない様に締め上げる。

野盗A「お、おおおぎゃああああ!!??」

野盗B「ニュル、ニュル!? 気持ち悪いぃぃぃぃ!」

お頭「テメっ……おいぃ、お前ら! 引きちぎらんかい!?」

野盗C「無理っす! 無理っす! こんなの無理っすいでででででででで!」

あまりにも呆気なくて、もう溜息すら惜しくなるレベルだ。
私は目の前に転がる野盗を踏み越えて、頭領の目の前に立つ。


野盗A「んぐぇ」

野盗B「あっ、ちょっとうらやましい」

野盗C「いだいぃぃぃぃぃぃぃ!」

お頭「お、お前らうるせぇ! 早く、俺を助け―――ひっ」

私は、頭領の顔に両手を当てて―――ああ、多分私は今、凄い眼をしている。

呪術師「勇者を語るとは良い度胸。生命知らずは、お前だ」

燃える様な、ドス黒い感情が湧いて出てくる気がする。
期待し、憂いがあった分……その分だけ、私は今、滅茶苦茶怒っている。

私の眼を見て、頭領は何も言えなくなった。それと同時に、屈辱に塗れた表情を見せた。

呪術師「……どうしたの? 呪術で、抵抗してみればいい」

お頭「じゅ、呪術だあ? そんなもん……俺は、使えねえよ……?」

薄ら笑いを浮かべて、頭領は言う。

呪術師「そんなはずはない。この廃砦に、呪術の反応がある……じゃあ、誰が使うの?」

ちらり、と背後に転がる野盗たちを見るが、一様に首を横に降る。
だが、そのどれもが―――薄ら笑いを浮かべているのが、不愉快だった。


野盗A「女ァ……お前、呪術を使うのか」

野盗B「って事は……お前が、そうなんだなァ」

野盗C「きしし、ねぇお頭ァ!」

………何を、言っているのか。
私は頭領に視線を戻すと――――頭領の背後に、先程までいなかった人影が居た。

お頭「これで良いんだろ、さっさと俺らを開放してくれや……?」

私と同じ、黒衣の女が、すっぽりと被ったローブの下で、薄ら笑いを浮かべて――――。

「ふふ、ご苦労様」

ぱちん、と女が指を鳴らすと、私の身体を”呪いが侵食”してきた。
私が野盗たちを縛ったのと同じ―――血液の、触手っ!?

呪術師「うぁ……っ!? あなた、なに……っ」

再度、ぱちんと女が指を鳴らせば野盗たちを縛る呪いが解呪される。
先程まで弱々しくも感じていた呪術の気配が、今は禍々しく、強大なものだった。

お頭「ふぃ~……死ぬかと思ったぜ」

野盗A「くっそ~……女ぁ、この借りはたぁっぷり返してやるからな?」

野盗B「ったく……一芝居打つのも、一苦労だぜえ」

野盗が反対に床に転がる形になった私のローブを剥いで、スカーフを剥ぎ取る。


野盗C「お~……乳だけじゃねぇな、色っぽい顔してるじゃん」

呪術師「答えろ、あなた……何者!」

私は野盗たちを無視して、私を見下ろして薄ら笑いを浮かべ続けるその存在を睨む。

「それは内緒。でも、これで王都きっての呪術使いが消える。貴女、目障りなのよ……妹さんと、一緒ね?」

呪術師「妹を……なぜ、知ってるの……」

「それも内緒。じゃ、後はごゆっくり……ちゃあんと、始末してね、野盗さん達?」

お頭「がっはっは、その前に報酬だろ?」

「あら、覚えてたの。はいはい、じゃあ……どうぞ」

黒衣の女が、懐から一冊の本を頭領に渡す。
あれは……一体、何なのだろうか―――ぎりぎり、と縛られ、段々と意識が薄れて行く。

「使い方は教えたわね? それでゆっくり、楽しんでね」

野盗A「ひゃっほー! お頭、やりましたねえ!」

野盗B「ひひひ、これでまたやりたい放題ッス」

野盗C「きしし、きしししっ!」

黒衣の女は、まるで初めからいなかったかのように―――私に笑みを浮かべて、消え去る。

呪術師「ま、て………」

お頭「がっはっは、こりゃ良いもんだ―――さあ、姉ちゃん、楽しもうじゃないか」

意識が飛んで行く。あの女が消えたというのに、私を締め付ける呪いが消える事はない様だった。
わけも分からず、野盗たちに囲まれ、私は…………。


――とある廃砦

犬勇者「はっはっはっは……」(あー、疲れた……)

森を抜けて、やたら滅多に走った。
匂いを追って闇雲に走ったが、まだ匂いを嗅ぎとるのに慣れていないせいか時間がかかった。

犬勇者(とにかく、此処が一番……匂いがキツい!)

廃砦から漂う匂いと、呪術師の下着からの匂いとが完全に合致した。
そうです、俺は今、彼女の下着を被っている―――許せ、呪術師。

犬勇者(とにかく、行くぞ……なんか、嫌な予感がするんだよ……)

半開きになっている扉を抜けて、砦内へと侵入する。
人気はなくて、どうやら魔物や大勢の人間がいる気配はない。
だが、聴覚も犬となった今では強化されている。最上階から、微かに声が聞こえる。

犬勇者(……最上階から、か……! よし、行くぞ……っ!)

螺旋階段を駆け登る。最上階へと近づくに連れて、呪術師の匂いも濃くなる。
甘ったるくて、優しい匂いだ―――この匂いが、どうやら俺を落ち着かせてくれている様だった。

犬勇者(冷静に考えて、本当に気持ち悪いな、俺。犬じゃなかったら、本当に変態だ)

下着を被った犬が駆ける。その姿ははたから見れば……なんなのだろう。


犬勇者(さて、この辺りのはずだけど――――むっ?)

最上階の、最奥の扉の先から声が聞こえる。
俺は気配を殺しながらも、耳を済ませる。野太い、男たちの声が聞こえる。

「お頭、次! 次やって!」
「しょ~がねえなあ~……次は、人格変化の呪いだ!」
「コイツ、陰気ッスからねえ……でも、その前に言語戻しません?」
「きしし、猫語も興奮したんだけどなあ」
「にゃんにゃんしか言えないのも、面白いけどなあ」
「お頭ぁ、早く早くぅ」
「うるせぇ、血を垂らさなきゃなんねーんだよ! ちょっと待ってろい」
「もう、さっきからそればっかじゃないッスか。針とかじゃなくて、どばっとナイフで切っちゃいません?」
「おめー……俺を、殺す気かよ」

何の会話をしてる―――いや、待て。

「…………にゃ、ん」

――――――っ!

か細い、疲弊した様な声が聞こえた。猫の様な、声だったけど。
それは紛れも無く、呪術師の声だった――――頭に血が上る。最悪の、想像が駆け巡る。


ぷっつんすると、視界が真っ白になる。
それは昔からの癖で、魔物達との戦いでもよく後先考えずに戦うなと仲間から言われていた。
だけど、感情を抑えきれない俺は、勢いで全てを成し遂げてしまう。悪い癖だけど、止められない。

犬勇者「――――――がるあああああああっ!!!」

扉を体当たりでぶち開けて、室内に入る。
眼に入ったのは、何かに縛られて、ぐったりとした呪術師――――衣類は、ビリビリに破かれていた。
そして驚くガタイの良い男が4人。俺はそいつらの一人へと、無我夢中に噛み付く。

野盗B「ひっ、なっ、なん――――いぎゃあああっ!?」

俺は喉笛を引き千切り、明確な殺意を以て食い破る―――次は、呪術師の近くに居る男だ。

野盗C「なんだこの犬、パンツかぶ!? やめろ、やめ……ごがっ」

次は、お前だ。

野盗A「お頭ぁ! つかって、それつかってええええぎゃあああああああああ!?」

犬勇者「ぅがるおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」(最後は、てめええええええだあああああああああああああっ!!!)

お頭「ひっ、来るな、来るなァ!!!!!」

最後の一噛みを喰らわせようと、走りだした瞬間、身体に何かがブツかった。


お頭「はっ、はっ、はっ……なんだってんだ、クソ、間違えちまった……だが、変態犬め……コレで、終わりだ!」

犬勇者(くそ、なんか喰らっちまった……けど、別に痛くも痒くもねえ……!)

どうやら暴発したらしい。当然だろう、人間突発的な動きなんざ、出来る事に限りがあるのだ。
そもそも、何を食らおうが絶対に――――殺してやる。

お頭「俺は無敵だ、呪術を使えるんだああああああ!」

がぶり、と男は指を噛んで大量の血液を手にした書物にぶちまける。
アレがどうやら呪術を使う鍵―――だが、遅いんだよ……っ!

駆ける。そして、男の足元に置かれた、一振りの剣を咥える。

犬勇者(俺の聖剣!? いや贋作か! だけど、おあつらえ向きだなァ!!)

咥えた剣を、上体を捻り上げて――――”切り上げる”。

お頭「ひっ、ああああああああああああああああっ!!!???」

贋作といえども、良い切れ味だ。書物を握っていた手は、綺麗に切り落としてやった。
落ちた書物を俺は後ろ足で蹴り、呪術師の方へと書物は転がって行く。


お頭「俺の、俺の手が、俺の手があああああああ!!」

無様に、床に尻もちをついてやがる。俺は、牙が折れるかと思うくらい噛み締めた剣を―――。

犬勇者「……………がああああああ!」

一閃。男の首を断つ様に、走り抜ける。

お頭「………………ぁ」

ごろん、と首が落ちた。勢い良く血しぶきが飛び散り、俺の白い身体を赤く染める。
こんなにも頭に血が昇ったのは、魔王戦以来かもしれないな―――そんな事を、辺りを見回しながら思った。

犬勇者(……ちっ、反吐が出る。呪術師、呪術師は……っ!)

銜えていた剣を吐き出して、俺は呪術師の下に駆ける。
呪術師は何が起きたのか分からない、と言った眼で……俺を見ていた。

呪術師「………にゃん」

涙、が見えた。クソ、こりゃ最悪の場合が当たってたのか……?
ビリビリに破かれた衣類を見て、俺はどうしようもなく絶望を感じた。
あんな、あんな汚いヤツらに―――もっと、早く、来ていたら……。

犬勇者「ごめん……呪術師……っ!」

わおん、と雄叫びを上げる――――……上げる?


犬勇者「…………うおっ!?」

呪術師「にゃん、にゃん、にゃにゃ……!?」

二人して驚いた。ちょっと待て、俺、今……人間語を……っ!!

犬勇者「そんな事はどうでも良い! 今は、どうでも良い……っ!」

呪術師「にゃんにゃん、にゃんにゃんにゃん……!」

ぶんぶん、と呪術師は頭を振る。そんな事はどうでも良くないと、言った風に。

犬勇者「にゃんにゃんじゃない! 呪術師、何を言ってるのか分からない!」

踏み込む前のヤツらの会話からして、恐らくは……言語変化の、呪い?

呪術師「………っ! にゃん、にゃんにゃん!」

犬勇者「なに? その本を……そうか、呪いを解けば!」

俺は前足で本を蹴って、呪術師の手元へ寄越す―――呪術師は唇を噛み締め、血の滲んだ唇で書物に触れる。
すると、先ず呪術師を縛っていた”何か”が解かれて、呪術師が楽になった表情をして。

呪術師「………たす、かった」

犬勇者「だ、だだ大丈夫か……っ!? って、言葉も戻ったんだな、よかった!」

呪術師「……まあ、なんとか。でも、すこし、血が足りない……から……」

犬勇者「おい、しっかりしろって!!」

呪術師「……ぱんつ、わたしの……」

その言葉を最後に、呪術師はぐったりとして声を発さなくなった。
思わず死んだ、のかと思ったが―――どうやら、意識が朦朧としているようだ。


犬勇者「死にそうじゃねえか! ええい、どうすりゃいい、どうすりゃいい!」

パンツ被ってる俺の姿がどうだとか、もうそんな事よりも先ず、血液不足らしい呪術師を何とかしなければ。
ふと彼女の周囲を見ると、破り捨てられていたローブから赤黒い丸薬が散らばっていた。

犬勇者「あのローブは、呪術師の……これは、薬か……? おい、呪術師、これ何だ!?」

呪術師「薬……血液、作る……」

犬勇者「だと思った! 用意周到な事に感謝するぜ……ほら、飲め!」

呪術師「……………はぁ、はぁ」

ちっ、飲む元気もないってのか――――ああああああ、街まで連れてく時間もないし!
俺は散らばった丸薬をいくつか口に入れて……。

犬勇者「ごめん、呪術師…………はむっ!」

無理矢理に呪術師へと口移しで飲ませる。器用に、口先でこじあげて、舌で送り込む。
緊急だからとはいえ、犬なんかとキスだ。しかも自分のパンツを被った、血まみれの犬。

呪術師「……………っ!?」

だけど、これで呪術師が助かるなら……仕方ない、よなあ。

ここまで(・ε・)
大変長い時間があいてすまない

ごめんなさい!
かなりの期間が空いてしまいました!
とはいえまだPCすら触れない状況なのです
10月頭にはなんとかなりそうなのでもう暫しお待ちを……

…………。

酷く、変な時間が流れていた。

丸薬を呑ませた事で、呪術師は徐々に血の気を取り戻していた。
それに際して、呪術師の意識も覚醒し―――今に、至る。

呪術師「…………え、と」

混乱し、何がなんだか分からないと言った顔で俺を見る。
俺はと言うと、何から説明したら良いのか分からないでいた。俺もまた、状況に混乱していた。

犬勇者「ひ、ひとつずつ確認していこう。もう、身体は大丈夫か」

呪術師「……うん、だいじょうぶ。血を抜かれたけど、取り戻しつつある」

ほっ、と安心する。どうやら体調は良くなりつつあるらしい。

犬勇者「よ、よし。じゃあ、アイツらに……何か、されたのか……」

呪術師「服は破られたけど、弄られた程度……その、まだ……だいじょうぶ……」

犬勇者「そ、そそそうか。最悪の事態は避けられたな……」

本当に良かった。身体を弄られた程度なら、本当に……。
もし、アイツらが呪術師を犯していようものなら、俺は発狂していただろう。

呪術師「え、と……私から、質問しても……」

犬勇者「ああ、良いぞ。俺ばっかりするのは……な」

呪術師「…………なんで、私のぱんつ被ってる」

犬勇者「こ、これは……匂いを、辿って来るには……必要だったんだ……」

ぎくり、と胸が痛む。決して、疚しい気持ちなどないのだ!

呪術師「…………不問にする。でも、返して」

犬勇者「あ、はい」

するり、と取り上げられて少し切ない気持ちになった。
いや、決して名残惜しいとかではないのだが……ないのだが……。

呪術師「…………その」

犬勇者「…………おう」

呪術師「………………………えっと」

犬勇者「………………………なんだよ」

呪術師の顔が赤かった。俺の顔も、きっと人間の身体なら赤かった。
そりゃそうだ、緊急とはいえキスまでした。そして、俺の声は完全に”俺”なんだ。

呪術師「……………ゆ、ゆうしゃ?」

犬勇者「…………う、うっす」

呪術師「…………な、ななな、なんで犬」

犬勇者「悪い魔法使いに、変えられた……って感じで……」

呪術師「信じない」

犬勇者「信じてくれ、頼む」

呪術師「いっしょに、おふろ……きす……ぱんつ……」

呪文の様に呪術師がブツブツと呟く―――ああ、結構なダメージを負ってらっしゃる!

犬勇者「うん……ほんと、すいません……色々、すいません……!」

呪術師「もういい……とにかく、一旦、帰る……」

俺たちはこの気まずい雰囲気の中、漸く帰る事にした。
いつまでも、この凄惨な場所でのんびり話しているのも可笑しな話だろう。
こんな所で、ゆっくりと話なんて出来ない―――ああ、でも家に帰るのちょっと嫌だなあ。


――森の家屋・呪術師の家

呪術師「………………えっと」

椅子に隠れるように、凭れ掛かりながら呪術師が俺を見ていた。
俺は落ち着かなくて、どうしようもなく……部屋をいったりきたりしていた。

犬勇者「ん、んんー……何から、聞きたい?」

呪術師「…………まず、勇者だという、証拠が欲しい」

犬勇者「えぇ……この声、間違いなく俺じゃん……」

呪術師「そもそも人間の言語になったのは、呪いの所為。恐らく、あの男は言語変化の呪いを適当に放った」
「だとすれば、呪いで作られた声なんて……信用は、あまり出来ない……」

犬勇者「とはいってもなあ……魔法使いの、話とかすれば良いのか?」

呪術師「……こちらから、質問する」

疑惑の眼を向けられていると言うよりも、アレは気恥ずかしさだと思う。
かくいう俺も気恥ずかしく、なんとも言えない気持ちで……尻尾が、妙に暴れてやがる。


呪術師「……妹と、はじめて出会ったのは?」

うーん、と少し考える。確か、冒険者ギルドではなくて―――。

犬勇者「確か廃村だったかな。アイツ、ものすげぇデカイのと戦っててさー」

呪術師「分かった。信じる」

犬勇者「早くね!? そんな簡単なので信じてくれるなら最初から信じてよ!?」

何処かほっとした表情をしている呪術師を見て、思わず叫ぶ。
信用されるポイントが良くわからない……。

呪術師「なんで、そんな姿に……というか、詳しく教えて」

犬勇者「あぁ、分かった―――――」


そして、俺は事の顛末を呪術師へと事細かに話した。
魔王に敗れた事、パーティは全滅した事、そして魔女に犬に変えられた事。
あの日、コボルト達から助けて貰った事も、魔法使いとの姉妹関係も知らなかった事も。


犬勇者「―――――……って、感じだ。だから、ぶっちゃけ今話せて……すげぇ、嬉しい」

そう、本当に嬉しい。犬になってから長い間、人と話した事はなかった。
身近に呪術師がいながらも、意思疎通の出来ない状況は正しく孤独だったと言える。

呪術師「……ごめん、気づいてあげれなくて」

犬勇者「いや、いやいや、しょうがねえって。俺がゴリラにでも変えられてたら別よ? 文字でも書けるんだけどさ」
「ぶっちゃけ犬じゃね……それに、犬だから呪術師に出会えたみたいなもんだし―――ま、まあ、結果オーライ!?」

急に気恥ずかしさが増してきやがった。落ち込み、瞳を潤ませている呪術師を見ていると、どうにも落ち着かない。

呪術師「……でも、だとしたら、あの三人は……? 魔王が、生かす道理なんて」

犬勇者「そうだけどさあ……? でも、魔王はこの戦争をお遊びって感じで楽しんでた」
「だから……もしかしたら、希望を人類に持たせる事で、まだこの戦争を楽しみたいとか……?」

呪術師「……何にせよ、三人が目覚めるのを待つしかない。それよりも気になるのは、勇者を犬に変えた女……魔女?」

犬勇者「あぁ、アイツな。四天王は俺らは倒したから、アイツは多分それ以上の側近って感じだった」
「実力的にも魔王に次いで……って感じか? 幹部級なのは間違いない……マジで、厄介だわ……」

呪術師の顔が曇る。少し、思案して彼女は言い難そうに言葉を絞り出す。

呪術師「もしかしたら、私を罠にハメたのも……その、魔女かもしれない」

犬勇者「えっ!? アイツを見たのか?」

呪術師「私の呪術を簡単に解呪したし、顔はよく見えなかったけど……とにかく、呪術を操る女だった」
「勇者を犬に変える程の呪術を使うなら、その魔女しか考えられない。この、本を作れるのも……魔女、くらい」


廃砦から持ち帰った、書物を呪術師が見せてくる―――それは、呪術の才覚のない野盗にも扱える呪術書。

呪術師「この書物を経由する事で、呪術の才覚なしに発動出来る。仕組みとしては魔術に近くしている」
「私にさえ、そうした仕組みは作れない。間違いなく、私よりも上級の呪術者……かなり、厄介」

犬勇者「マジか……てことは、俺のこの身体も……元に戻せる見込みは?」

呪術師「殆ど皆無。自然に呪いが消えるのを待つか、魔女に解呪させるか……」

状況はどうにも絶望的らしい。神官では無理なのはわかっていたが、まさか呪術師でさえ……。

犬勇者「ちなみに、自然に戻るのを待つとすると……」

呪術師「少なく見積もって、100年」

犬勇者「なげぇ!? 無理だわ、それは無理だってば……マジなの?」

呪術師「分からない。人間を他の動物に変えるのは、呪術としては最上級。私も、噂話程度でしか聞かない……」
「神代の時代、魔族も人類も区別のなかった時代にしか存在した文献もない。今となっては、使えるのは魔女、可能性は低いけど魔王だけと考えられる」

犬勇者「お前、よくそんなヤツと戦って生きてたな……」

呪術師「戦ってない。一方的に戦闘不能にされた。呪術を使えない様に、血も抜かれたから……許さない……」

呪術師が物凄い真顔でぶつぶつと呟き始めた。こうなると本気で怒ってるって言うのが、良く分かる。
眼は細くなってまるでナイフみたいだ。うーん、あんまり怒らせたらダメなタイプだよなあ……。

犬勇者「じゃあさ、魔女はなんでお前を殺さなかったんだろう」

呪術師「分からない。けど、野盗を使って私を誘き寄せたのは間違いない。それに、野盗に始末はさせるつもりだった」
「誤算は……勇者が、助けに来るという事。それを計算していたなら、間違いなく魔女は私を殺していたはず」

犬勇者「んー……王都を、攻めるには呪術師が邪魔って事か? まあ、以外に詰めの甘いヤツって事か……」

呪術師「真意は分からない。でも、明確な敵である事には違いない―――少し、整理しよう」

犬勇者「そうだな……色々、ありすぎて、まだ整理がつかない」

彼女が頭の中で整理している間、俺もまた状況の整理をする事にした。


①犬化の呪いは魔女にしか解呪できない。
呪術の波長の問題だ。上級呪術になるにつれ、術者にしか解呪は不可能になる。
加えて人間を他の存在に変える呪術は神代の時代に失われたはずで、魔女にしか扱えないと考える。
魔王ももしかしたら使えるかもしれないが、実現の可能性は低いが魔女に解呪させるのが一番確率は高い。
もし魔王が使えたとしても、波長の問題から……不可能である可能性が高い、か。

②魔女の目的
野盗に呪術の書を引き換えに呪術師をおびき寄せた。
王都お抱えの呪術使いを始末したかった……? それにしてはツメが甘い気もするが。
とにかく王都に対してなんらかの計画が考えられる。それに呪術を広めているのは魔女と見て間違いない。
王都へと勇者(偽)の目撃情報を流したのも恐らくは魔女だろうか。


犬勇者「とりあえず……まあ、なんだ。色々、悪かったな」

呪術師「……仕方がない。それよりも、ありがとう。助けに来てくれないと、流石に死んでいた」

犬勇者「まあな。あんまり遅いし、なんか直感的にな……」

呪術師「でも、わ、わわた、私の……下着、は少し恥ずかしい」

ふい、と顔を逸らして呪術師は頬を染めて言う。
そう改めて恥ずかしがられると、俺もどうしようもなく恥ずかしくなるもんで。

犬勇者「き、緊急だったし! それにお互い、風呂に入った仲だろ!?」


…………あ。


呪術師「……っ! 反省の、色なし」


あ、あー……。


犬勇者「ごめん! 悪かった!」

呪術師「それに、私の……く、唇まで……!」

犬勇者「いや、それもほら! 緊急じゃん!?」

ああ、呪術師さんの顔がみるみる真っ赤に……。

呪術師「う、うぅ……き、きんきゅう……」

犬勇者「そ、そうだ。緊急だったから仕方がなかった! 全部、仕方がなかった!」

やばい、このままだと凄い怒られる気がする。
ていうか呪術師も俺に惚れてるなら、許してくれても――――。


呪術師「……でりかしー、ない」


犬勇者「!?」


呪術師の瞳から、大粒の涙が……。
そんなに、俺は悪い事―――あぁ、言ったよなあ。


犬勇者「ごめん……緊急でも、嫌だよな。ああいうのは、犬なんかに……」

呪術師「そうじゃ、ない……そうじゃない……」

犬勇者「いやでも、だってさ。俺、お前の気持ちは……聞いちゃったけど」

呪術師「――――っ!」

犬勇者「犬なんかになったら、恋も覚めるわな。お前を騙してたわけじゃないけど、甘んじてたのは悪いし」

呪術師「…………」

犬勇者「だからさ、なんていうか……申し訳ない。お前が好きだった、勇者ってヤツはやっぱり死んだも同然なんだ」

きっと呪術師が憧れていた、一目惚れした”勇者”は今の犬になった俺ではない。
だからこそ、彼女は涙しているし、羞恥も激しいし、嫌悪もあるだろう。


犬勇者「なんつーか……お前には、負い目もあるわけで。魔法使いの件もあるから……」

だから。

犬勇者「やっぱ全面的に俺が悪いわ。魔王と魔女にやられちゃったからな……悪い、迷惑かけた」

頭を深く下げる。今の俺に出来る事はやはり謝罪しかなくて……。
深く決意を決める。これからは呪術師に迷惑をかけちゃいけないんだ。

犬勇者「だから! 話せる様になった今! 俺はお前の世話にもなっちゃいけない!」
「これからは迷惑かけずに、魔女と魔王を倒してやる! だからそれでゆるs―――へぶっ!?!??」


―――――――ばしぃん。


呪術師「…………ふざ、けてるの?」

吹き飛んだ。おもいっきり、顔を横に張られて俺は転がる。
壁に激突して、見上げるといつの間にか側まで来ていた呪術師が、俺を見下ろしていた。

犬勇者「へっ……いや、だって……」

呪術師「………っ! もう、ほんきで、怒った!」

ぐしぐし、と手の甲で涙を拭って呪術師は俺の首根っこを掴む―――あ、すげぇ痛い!?

犬勇者「いた、いたたた! なに、なにするの……っ!?」

呪術師「うるさい、うるさい、ばか、ばか」

ずりずり、と床を引き摺られ―――あれ、その先は……。


―――――かぽーん。

犬勇者「…………」

呪術師「…………」

そして、俺は呪術師に風呂に入れられていた。
無論、呪術師は水着の様な物を着用しているが……二人で、浴槽に浸かってるわけで。

犬勇者「お、怒ったんじゃないのかよ」

呪術師「おこった。だけど、まずは汚れた身体を流すべき」

犬勇者「えーと……じゃあ、なんで」

呪術師「口答えしないで」

犬勇者「あ、はい」

うぅ……なんて理不尽な。
俺は良かれと思って、呪術師の迷惑になるまいと……女は難しい。

無言の時間がゆっくりと過ぎて行く。
呪術師は時折俺を抱きながら、溜息をついては舌打ちをする。
その度に胸が当たったり、吐息が耳にかかって擽ったくて、どうにも俺はびくっとしてしまう。

呪術師「…………私は、勇者が好き」

犬勇者「ぐぬっ」

呪術師「それは、犬になった今でも……変わらない……」

突然の告白に、何も言い返せないでいた。


呪術師「私が、好きなのは勇者。それがどんな形になっても、好き……それを、否定しないで」
「妹だとか、犬になったとか……それはこれから、解決していける問題。そもそも、勇者に非なんてない」

犬勇者「いや、でもさ……」

呪術師「…………勇者」

ぐるり、と俺の顔が呪術師の眼前に固定される。
彼女の眼は潤んでいるが、怒りや羞恥ではなく、どこか決意の様なもので染められていた。

呪術師「もう一度言う。私は、貴方を愛している。犬になる前も、犬になってからも……好き」

犬勇者「…………そ、そうか」

呪術師「貴方と培った思い出は犬になってからの方が多い。けれども、私はずっと貴方に憧れていた」

真顔で、本気で、心底狂おしい程に―――彼女は、嘘偽りなく俺に愛を囁く。
彼女の顔が紅潮しているのは、きっとその所為で、どこか艶っぽくて、くらくらさせてくる。

犬勇者「お、おれは……おれも……いや、でも……」

呪術師「……意気地なし」

犬勇者「ぎゃふん……」

だって、俺に応えれるだけの度量はないんですよ。
こんな犬の姿にならなきゃ、俺も好きだって言い返せるんだが―――。


呪術師「私が勇者を打ったのは、悲しかったから」
「私に迷惑だとか、私を関係ない人間みたいに言わないで欲しい」

犬勇者「でも……」

呪術師「私の事が嫌いなら、呪術を使う私を忌避するなら……それでもいいけど……」

犬勇者「んなわけねーだろ! お前みたいな、優しい女を嫌えるかよ!?」

呪術師「だったら……!」

だけど、それとこれとは話が別だろうが――――っ!

犬勇者「今の俺に、お前を幸せに出来るって断言できるほど……強くねえよ!」
「俺だって、俺だってそう言い切りたい! だけど、犬の分際で、惚れたり出来るかよ!」

思わず、本心を吐露する事になってしまったが、もういい。
迷惑だなんだと言ってるけど、幸せにする自信がないし、繋ぎ止められていられる自信がないのだ。
なんというか、まあ、自分に自信がないというわけだ。

だけど、彼女はにっこりと笑って――――。

呪術師「私だって、一度は諦めた。けど、こうして出会えた」
「だから勇者も諦めないで欲しい。もし、私を好いてくれてるなら……だけど」

ぐ、ぐぬぬ。バレてんだろうな、ああ、バレてんだろうな……。

犬勇者「……降参。わかった、なんかもう、俺も素直になるわ」

呪術師「…………うん」

犬勇者「好きだよ、呪術師が。犬の俺を拾ってくれて、色々世話してくれるうちに惚れてたよ!」
「俺を好きだって言ってくれたからじゃない、お前の仕草や考え方や人生に魅力を感じまくりだ!」


――――――…………。



呪術師「…………ふふ、うれしい」

犬勇者「………また、犬にキスなんかしちゃってからに」

呪術師「人間に戻ったら、もっといっぱいしよう」


そりゃ、どんな幸せなんだ。今、これだけ幸せだってのに……。


呪術師「それと、私を幸せにするとか考えなくても良い。最悪、犬でも私が勇者を幸せにする」


そりゃなんとも心強い。


風呂から出た後、俺達はやっぱり少しぎこちなかった。
小っ恥ずかしいのだ。恋人同士になった、というのが……なんだか、もうね。
だけども、それよりもまずはこれからの方針を決めなくては。

犬勇者「ごほん……え、えーと、呪術師さんや」

呪術師「ん、ん……なに?」

犬勇者「明日、王都に行こうと思う」

呪術師「うん……私も、そう思ってた」

犬勇者「野盗の件、王とギルドに報告した方が良い。ありゃ、なんか企んでる」

悪い予感は外れないものだ。杞憂では済まされない。

呪術師「それもそうだし、勇者の現状と魔王の件についても、報告するべき」

犬勇者「そうだな。王には悪い報告かもしれないけど、俺が生きてるってだけでも不幸中の幸いだ」

呪術師「それから対策を神官達とも練るべき。勇者を人間に戻すには、魔女をなんとかしないと」

そうなんだよなあ……。
とはいえ、言葉を話せなかった時から考えれば大きな進歩だ。
これを皮切りに事態が円滑に進めば良いんだが。


呪術師「本当に、話せるようになって良かった。そういう意味では、あの野盗には感謝している」

犬勇者「まあな……けど、お前の身体を弄ったのは、ちょっと殺しただけでは足りないんですが?」

呪術師「ふふ、まだまだ綺麗な身体だよ?」

悪戯っぽく、にこりと笑って呪術師は俺の頭を撫でる。
なんだろうか、一枚か二枚ほど上手な気がするぜ……俺、尻に敷かれる?

犬勇者「げふんげふん、とにかく明日は早起きだ。こんな姿だけど、勇者様の凱旋としよう」

呪術師「妹たちも、王都にいる。私も、もう一度、あの子達の解呪を試みてみる」
「自然の解呪を促進させる事は、もしかすると出来るかもしれない……王都の書物を、読み漁ってみる」

犬勇者「ほんと、心強いよ」

ん、そういやあ……呪術師以外には、呪術の心得があるヤツって?

犬勇者「なあ、呪術を使えるヤツって王都には他にいないのか?」

呪術師「居る。けれど、あまり使えない……元々は、単独で王都の外で呪術を使ってた者達」
「私が捕まえて、王都の管理下に強制的に置いているから、あまり人格的に信頼はできない」

犬勇者「あぁ……じゃあ、正規で使うのはお前だけなんだ」

呪術師「そう。才覚の面でも、私の足元にも及ばない……」

犬勇者「そう考えると、呪術師ってすげぇ優秀なんだなあ」

少し、照れた様に呪術師は頬を緩ませていた。
くるくる、と髪の毛を指で巻いている辺り、嬉しいのだろう。


犬勇者「すげぇよな。呪術の才覚に目覚めて、王から独立して……暗部の仕事を担って」

呪術師「力がある人間には使命がある。それだけの事」

犬勇者「ご立派だよ。俺なんてさ、勇者の家系だから、なんとなく勇者になっちまった」

決して、勇者になりたくて勇者になったわけじゃなかった。
信託を受けるまでは、それなりに将来の夢とかもあった。

犬勇者「十五の頃に神様からお告げがあって、魔王を倒せと来たもんだ」
「親父はとうの昔に魔王討伐で死んでたし、王都騎士団で修行の日々だ……まあ、楽しかったんだけど」

呪術師「始めてみれば、しっくりきた?」

犬勇者「あぁ、勇者としての使命感ってのはその時に湧いて来た。なんか、俺の生きる道は此処なんだなーって」
「呪術師みたいに、やらなくちゃって言うより……やらざるを得ないってのが、近いんだろうけどな」

呪術師「だけど、勇者の道を疑いもせずに真直ぐ進んでる。それも立派」

犬勇者「ふはは、もっと褒めろー……! まあ、辛い事もいっぱいあったから、挫折しそうにもなったけどな」

本当に、挫折しそうな事はいっぱいあった。
まず勇者であると認められるまでに、騎士団からのシゴキが凄かったし、それだけにプレッシャーも多くて。

犬勇者「魔術の素養はなかったけど、幸い剣術の素養はあったみたいで。だから、騎士団からの修行にもついていけた」
「だけど本当に辛かったのは、旅に出てからな。リーダーだから、みんなを守らなきゃだし、助けれない人達も少なくなかった」

勇者は、万能ではないと知った。

犬勇者「なっちまった以上、全力は尽くさないといけない。それに後悔はないけど、やっぱり堪えるものはあったな」
「使命感や義務感、責任感。全部引っ括めて、俺の力になってくれてたけど―――まあ、負けちまってさ」

完膚なきまでに、魔王に蹂躙されて。


犬勇者「こうして犬になって、使命感だけで乗り切って来たけど……呪術師に会えなきゃ、心が折れてたな」

呪術師「本当に? だとしたら、少しうれしい」

犬勇者「それに実際、俺は無知だ。呪術の事なんてそんなにだしな。魔法使いとお前、最初見分けられなかったくらいに」

呪術師「それはまあ、双子だから。魔術と呪術が感じ分けられないなら、仕方ない」

ふぅ、と一息つく。俺の旅は、一旦犬にされた事で終わってしまったんだなあ、と感じる。

呪術師「だけど、めげずに勇者は今此処にいる。生きているし、まだ立ち上がれる」

そうだ、俺の旅はまだ終わっていない。
そして、明日から俺の旅は―――新たな局面を迎えるわけだ。

犬勇者「ま、何が言いたいのか分からなくなったけど。呪術師みたいな、新たにパーティの仲間を見つけれてよかった」

呪術師「…………うん」

少し、躊躇いがちに眼を伏せるが―――呪術師は、直ぐに決意の固まった眼を俺に向けて。

呪術師「本来、私は日陰の人間だから勇者のパーティには入る事を許されない」
「けれど、なりふり構ってられる状況でもない……だから、私も勇者と戦いたい」

犬勇者「はは、ありがとう。あの魔法使いの姉さんだ、期待してるよ」

呪術師「妹はやっぱり有能だった?」

犬勇者「あぁ、そりゃアイツは凄かったぜ―――――」


そして、俺は眠くなるまで旅の話を語り聞かせた。
魔法使いの活躍も、戦士と魔法使いが好き合っていた事も……俺が魔法使いを好きだったのは、内緒にしておいた。
それによく戦士と魔法使いがいちゃらぶしすぎて、僧侶にこっぴどく怒られていた事も。ほんと、聖職者は頭が硬いと呪術師は笑っていた。

そんな雑談をして、夜は更けていく。
そう、俺の……俺たちの旅は、また新たに始まるのだ。



その第二幕は、最低最悪の出だしになるとは、幸福の絶頂に居た俺には予想できるはずがない。


勇者帰還す――その号外は王都のみならず、周辺の村々にまで伝わる事となった。
全世界が勇者一行へと注目している。それは平和を望む声の大きさがそうさせているわけで。
王都へと僧侶、魔法使い、戦士が昏睡状態で打ち捨てられてから数日と経たない内の事だったから、王都はてんやわんや。

王「ああ、勇者よ……よくぞ、よくぞ生きて帰って参った。国々がそなたを心配しておったぞ」

王は心底安堵したかの様に……しかし、それでいて恐る恐る勇者の顔を見つめていた。
それもそのはずだ。勇者が此処に居るという事は「魔王討伐」の成功か、撤退かを意味する。
件の三人からしても、後者の方が色濃いという判断になるのだから……。

「申し訳ありません。魔王討伐は……」

その一言に周囲の兵士達はざわめいた。絶望、失望、困惑……ありとあらゆる負の感情が玉座の間を包む。

王「……良い、そなたが生きている事が希望よの。今宵は旅の疲れをゆるりと癒やすが良い」

王もまた、落胆の色は隠せなかった。だがしかし、戦い、疲弊し、一人帰ってきた”勇者”に誰が難癖をつけられようか。

王「じゃがその前に、此度の旅の話を聞かせてくれるかの。皆々、不安に思っておるのでな……」

勇者は暫く、訝しげに眉を顰めていた。それも直ぐに消え、申し訳なさげに口を開く。




「はっ。それでは暫しお聞き下さい――――私が、魔王を”討伐した”話を」



その顔は、正しく勇者たる精悍な相貌。一つの偉業を成し遂げた人間の顔に相違なかった。

やった!第一幕!完!

……長い期間が空いてすいませんでした(・ε・)
いちゃらぶシーン書くのが苦痛すぎて……ね……
とはいえまだまだのんびりとした投下になりますので、申し訳ありません

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom