美希「二十歳のコーヒー」 (94)



律子「―――では、そちらの方」


記者1「月刊『 Music Zone 』の__です。映画ではなく来週発表の新曲についての質問です」

記者1「20代最初のリリースとなる今度の新曲は悲しい恋がテーマだと聞きました。
     どのようなものになるのでしょうか?」



美希「うーん、一言で悲しい、っていうのとはちょっと違うかな。クリスマスも近いしね」


美希「フラれたりとか別れたりっていうのじゃなくてね。会えなくなった二人を歌った歌なんだ」



―――― 201X年12月1X日土曜日 東京都千代田区有楽町 映画館『 丸の内シネマズ 』 PM05:15




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楽しい話じゃないです。



美希「気持ちはそのまま離れ離れになって、お互いに一人の時間を過ごす内に
   昔の二人には戻れなくなったことがわかるの」


美希「相手のことを何より大切に思っているのに、その距離を埋める方法が見つからなくてね」


美希「何度もすれ違いを繰り返して、それでも二人は答えを探そうとするの」



美希「悲しいけど続いていく。そんな強い恋の歌なんだ」

美希「幸せな人も今はそうでない人も、ぜひ聴いてみて欲しいな」



記者1「ありがとうございました。リリースを楽しみにしています」

美希「ありがとうなの。楽しい歌じゃないけど、気に入ってもらえたら嬉しいな」




律子「では次の質問です。そちらのグレーのスーツの女性の方」


記者2「○×テレビ『 モーニングスクランブル 』の__です。
    遅くなりましたが、20歳のお誕生日おめでとうございます」

美希「あはっ、ありがとうございますなのー」



記者2「二十歳(はたち)になって三週間ほど経ちますが、お酒はもう大分飲まれましたか?」

美希「お誕生日に家でシャンパンを飲んだだけかな。
   お酒は初めてだったけど、家族みんな一緒だったから美味しかったのー」

律子「誠に申し訳ありませんが本日は映画の試写会です。
   星井個人のプライベートな質問はご遠慮ください」



律子「次の質問に移らせていただきます。………では、そちらの方」





記者3「どーも、週刊『 SATURDAY 』の__です。それでは映画についての質問です」

記者3「共演者のですね、若手実力派俳優のA山さんとはどうでしたか?」

美希「A山さんと一緒の場面はあんまりなかったけど、お仕事できて楽しかったの」



記者3「お二人の仲は良かった?」

美希「A山さんはよく現場にチョコの差し入れを持ってきてくれてね。
   撮影の合間に他の共演者さんやスタッフさん達と一緒にそれでコーヒーを飲んだの」


美希「それがおっかしいの!ミキが『 若いのに気が利くね 』ってA山さんのことを褒めたら、
   A山さんも他のみんなも大笑いして撮影が止まっちゃったんだ!」




美希「カントクは困った顔で場が収まるの待ってたけど、ホントは自分も笑いを堪えてたの!」

美希「すっごく楽しい現場だったから、スクリーンからもお客さんにその雰囲気が伝わると思うな」

記者3「……なるほど、ありがとうございました」

律子「時間も押していますので、勝手ながら次で最後の質問とさせていただきます」



記者4「はい」

律子「……では、そちらの方」


記者4「はいどうも、××テレビ『 午後からワイド! 』の__です。よろしくお願いしますよ」

美希「こちらこそ、よろしくお願いしますなのー」




記者4「もうすぐね、年末恒例の『 女性が選ぶ、女の敵タレント 』ランキングの発表があるけど
     自信の程はどうですか?」


美希「ミキ的にはそんなに自信無いけど、今年も色んなお仕事ができて充実した一年だったの。
    女の子達にもっと認めてもらえるように最後までがんばるだけ、かな?」

記者4「うーん、さすが王者の貫禄、といったとこですかねえ。今年も連覇、期待してますよ」

美希「あはっ、ありがとうございますなのー」



律子「では以上で終了とさせて――」

記者4「いやいやいやいや!今のはちょっとした挨拶みたいなものだから!」



記者4「次の質問がね、今日のメインなんですよ。星井さん、まだいいですよねえ?」

律子「…………」

美希「あはっ、どうぞなのー」





記者4「それじゃあお言葉に甘えて本題に入らせてもらいますよ」


記者4「星井さん、あなた、今週の水曜日の夜ね。
     新宿のスペイン料理店でA山さんを含む男女4人組で食事しましたね?」

美希「あはっ、よく知ってるね。でもお食事はしてないよ。少しお話しただけ」

美希「ミキ達がご飯食べてたらいきなりA山さんが声かけて来るんだもん、びっくりしちゃった」



記者4「へえー? いきなり、ねえ。随分お話が弾んだようですが?」

美希「十分くらいかな、撮影の思い出話で盛り上がったんだ。
    さっきも言ったけど、すっごく楽しいお仕事だったからね」

記者4「なるほど。彼との仕事は楽しかった、と」





記者4「星井さん、このニュースを聞いたらA山さんのファンの子達はきっと戦々恐々でしょうねえ?」

記者4「若きスターが芸能界から引退するんじゃないか、って」


美希「ミキはそんなこと無いと思うよ?A山さんはまだ若いし、いい俳優さんだもん」

美希「この映画を観てもらえればファンも増える、って思うな。あはっ」



記者4「アナタの方が若いけどね、まあ芸歴で言えば先輩か。恋愛歴ではどうなるのかな?」

美希「あはっ、ミキはファンとお仕事が恋人だもん。
    A山さん、カッコイイから勝負にならない、って思うな」

律子「時間も無いのでこれで終了とさせていただきます。星井は移動の必要があるので失礼します」



美希「みんな、お疲れ様なのー。すっごく楽しい映画だからまだ観てない人もゼッタイ観てねっ」

律子「行きましょう」





「 星井さん! A山さんは新しい彼氏ですか!? 」


「 引退した前恋人のK崎さんに一言お願いします! 」


「 星井さん! 後何人引退させるおつもりですか!? 」


「 星井さん! 逃げないで答えてくださいよ! 」


「 星井さん! 」



「 星井さん! 」


――――

――




『 星井さん、でいいかな? 』

『 そんなヨソヨソしいの、や 』


『 いや、君は基礎レッスンを終えたばっかりでまだよく知らないから 』

『 千早さんや律子は呼び捨てなのに、ミキだけ名字なんておかしいの 』


『 それは一緒に働く内に自然にそうなったっていうかさ。それとホラ、あずささんはあずささんだぞ 』

『 それでもや、なの。ミキだけ仲間外れにされてるみたいなの 』


『 この仕事始めて何年か経つけどさ、女の子を呼び捨てにするのってなんか慣れないんだよ 』

『 ミキが呼び捨てでいいって言ってるのに……。プロデューサーさん、なんだかカッコ悪いの 』


『 ごめんな、努力するから機嫌直してくれよ 』

『 フン、だ。情けないの 』





――

――――数分後、律子の車


ザーーーーーー―――......



律子「まったく……、二十歳の小娘相手に大の大人が情けないわね」

美希「仕方ないよ。あの人達はあれがお仕事だもん。ほら、青だよ」

律子「会見中は何があっても笑顔を絶やすな、って言ったけど、私の方がどうにかなりそうだったわ」



律子「美希、安い挑発に乗って振り返ったりしなかったでしょうね?」

美希「いつものことだもん、心配いらないの。ミキの怒った顔を撮りたいだけだもんね」

律子「そうよ、その為だったら何でもするんだから。あんな中傷、いちいちまともに受け取っちゃ駄目よ」


美希「別に、どうでもいいの」




ザーーーーーー―――......



美希「すごい雨だね。お昼までは何ともなかったのに」

律子「今日も明日も、記録的な大雨ですって」



律子「あんたもついてないわね。明日は久しぶりのオフなのに」

美希「別にいいよ、家でゆっくりするの」

律子「それがいいわね。A山の件みたいにまた何か仕込まれても困るし」




律子「今日はこのまま家まで送っていくわよ」

美希「あれ? 候補生の子のレッスンは?」

律子「千早一人でいいでしょう。彼女の担当になるんだし、連絡はしておいたから」



律子「電車も止まってるし、タクシーだってこの雨じゃ捕まらないもの。
   ウチの稼ぎ頭には一秒でも早くオフに入って欲しいからね」

美希「ありがとね、プロデューサー」


ザーーーーーー―――......




律子「ああっ! それにしても腹が立つ!」

美希「最後の質問の人? 結構有名な芸能リポーターさんだよね?
    ミキ、どうしてもあのオジサンの名前忘れちゃうんだけど」

律子「あの男にさん付けなんてする必要ないわ。私の前ではね」



律子「あの男が自分の番組じゃなくて会見でスッパ抜いたってことは
    どのメディアも協力態勢が整ってるってことじゃない」


律子「夕刊には間に合わないけど明日の、いえ、六時のニュースからまた一斉報道が始まるわよ」





美希「ごめんね、ミキが不注意だったの」


律子「美希は悪くないわ。共演者相手にそう邪険には出来ないものね」

美希「うん……、お姉ちゃんもいたからね。トラブルは避けたかったの」



律子「菜緒さん、気にしてるでしょ」

美希「うん、悪いのはミキなのにね。お姉ちゃんの顔、出ないよね?」


律子「その点は大丈夫でしょ。ウチは報道が出るまでは動けないけど、菜緒さんは一般人だし」

美希「そうだね。それなら別にいいの」




律子「仕方ないわね。この手の厄介事は相手がその気になれば防ぎようが無いもの」

律子「向こうにしてみればそれっぽい画が撮れればいいわけだしね。
    例え数分でも一緒にいれば記事は作れるから」



律子「ハー……」

律子「話題作りなら他所でやって欲しいものね。今度の曲はまともに売り出せると思ってたのに」

美希「別に、何も変わらないよ。今までと」

律子「…………」


ザーーーーーー―――......





律子「五時半、か。もう春香達のラジオが始まってるわね」


律子「ラジオつけてもいい? 生だし、一応チェックしておきたいの」

美希「うん」



雪歩『――……及び都内ほぼ全ての私鉄各線において運休と大幅なダイヤの乱れが発生しており、
    主要な高速道路は通行止めによる大規模な渋滞となっています』


美希「のどかわいちゃった」ゴソゴソ

律子「またコーヒー? ねえ、最近飲み過ぎじゃない?」



美希「飲みたくないの?」

律子「そうは言ってないでしょ。いつもの場所に紙コップがあるから、それに入れてちょうだい」





美希「はい、ホルダーに置いとくよ。今日はコロンビアなの」

律子「いい香りね、ありがと」



雪歩『気象庁の発表ではこの雨は今日の午後九時を境に一度雨脚の弱まるものの、
    明日の午前二時頃より再び激しく振り出すと予想され、その降水量は一時間あたりに…………』


美希「雪歩、何だかアナウンサーみたいだね」

律子「こーゆーのは春香より雪歩の方がいいでしょうね」


律子「ふうっ……、暖まるわね」

美希「うん」





律子「『 魔法瓶 』、ねえ。よく言ったもんだわ」

美希「?」


律子「いやね、魔法瓶ってホントに便利だな、って話。
    何時間も前に淹れたコーヒーがそのまま飲めるんだから」

美希「そうでもないよ。温度はそのままでも酸化が進んじゃうから味は大分落ちちゃうんだ」



律子「そう……なの?美希が使ってるそれって、結構高いやつなんでしょ?」

美希「うん。ミキも色々試したけど、時間が経っちゃうとどうしてもダメなんだ」

律子(やだ、私って実は味音痴なのかしら……)





律子「いつも貰ってばかりじゃ悪いし、私もコーヒーのこと、勉強しようかな」

美希「美味しく飲んでくれれば、それでいいの」



雪歩『大雨関連のニュースは以上です。続報が入り次第、番組内でお伝えします』

春香『皆さーん、くれぐれも慌てずに!落ち着いて行動してくださいねー』


美希「春香に慌てるなとか言われると、なんだかおかしいの」クスクス



春香『それじゃあ雪歩!次のハガキいってみようか!』




雪歩『東京都杉並区のペンネーム、高井戸わっほい! さんからのお便りです』

春香『わっほい!』



律子「それで、A山はどうなの?」

美希「演技は悪くないの。今までの人と違って力はかなりある、って思うな。
    この映画まで埋もれてたのが不思議なくらいなの」


律子「力があっても売れるかどうかは別だからね。
    ざっと洗ってみたけど現場側の評判もいいし、悪い噂も特に無いわね」

美希「顔はいいけど、本人が前に出たがるタイプじゃないみたい。この業界じゃ珍しいの」





雪歩『春香ちゃん、雪歩ちゃん、こんにちは。私は主婦の傍らタクシーの運転手をしているのですが、
    毎週毎週、仕事中に楽しく聞かせてもらっています』

春香『えへへ、高井戸わっほい! さん、こんにちは! いつも聞いてくれてありがとー』

雪歩『今もお仕事中かな? 雨が凄いけど、気をつけてくださいねー』



美希「欲が無いって、あーゆー人のことを言うんじゃないかな?
    ホントはコツコツやってくタイプなのに、あっちの事務所が焦ってるだけだと思うの」

律子「そう。少しだけ気が楽になったわ」


律子「法務の方に話は通してあるし、どっちにしろ抗議は報道待ちね」

美希「うん、今までと同じ」


ザーーーーーー―――......





雪歩『我が家には娘が二人いるのですが、上の娘は私と誕生日が同じなのです。
    先日、娘は14歳になり、私も一つ年をとりました』

春香『へぇー、親子そろって誕生日を迎えるってなんだか素敵ですねー』



律子「はあ」

美希「どうしたの?」





雪歩『身体も心も大人へと変わり始めるこの時期の子育てはとにかく難しいものです。
    私自身も、自分が中学生だった頃を振り返ってみれば……――――』



律子「美希もとうとう二十歳かー、って思ってね。そりゃあ、私も年を取るわけだわ」

美希「もう三週間も前の話だし、プロデューサーだってまだ若いの」



美希「それ、小鳥の前で言っちゃダメだよ?」

律子「あはははは。わかってるって」





律子「そうそう、忘れるとこだった」

美希「?」


律子「その音無総務部長からあんた宛に書類が来てるのよ。私の鞄に入ってるから出していいわ」

美希「小鳥が?何?」


律子「聞いてないの。出かける直前にやってきて、私から直接本人に渡してくれって」

美希「ふーん」

律子「急ぎじゃないけど、今日の仕事が終わったら出来るだけ早く目を通して欲しいそうよ」




美希「書類だらけでわけわかんないの」ガサガサ

律子「グレーの大きい封筒。いつもと違って765のロゴが入ってないからすぐにわかると思うけど」


美希「プロデューサー、何でもかんでも突っ込むのやめよ?
    いいバッグなのに、形が崩れちゃってるの」ガサガサ

律子「仕方ないでしょ。急に必要になることもあるし、何だかんだで現物が一番早いのよ」

美希「あったの。何の書類だろ?」



雪歩『――……そんな私のリクエストは先月お誕生日を迎えた星井美希ちゃんの“ relations ”です』



美希「げっ」

律子「あら、懐かしい」





雪歩『私も娘達も美希ちゃんのファンで、小さい頃はよく一緒に歌っていました。
    今も美希ちゃんのファッションを彼女達なりに一生懸命真似しています』



律子「ですって」

美希「前を見て運転するの」



雪歩『歌詞の意味もわからず得意になって歌っていた長女も、当時の美希ちゃんと同じ年齢となりました』

雪歩『この歌の様な悲しい恋愛を、とは言いませんが、美希ちゃんやお二人の様に
    人様の辛さや悲しみをしっかりとわかってあげられる、優しく強い人に育って欲しいものです』



律子「へえ~?」

美希「勘弁して欲しいの……」



春香『それでは高井戸わっほい!さんのリクエストです。星井美希で “ relations ” お聴きください』





律子「そうそう、この前奏! リリース時の音源じゃない。ホントに懐かしいわね」

美希「せめて復帰してからの録音を使って欲しかったの……」



 ―― 夜の 駐車場で ――


律子「あれっ、ショートバージョンか」

美希「テレビで歌ってたのはこっちだね。雨のニュースが入ってくるんじゃないかな」



 ―― アナタは何も 言わないまま ―― 


美希「ミキ、下手だね」

律子「そうじゃないわ。昔より上手くなっただけよ」





 ―― ラジオから流れるメロディ 私は今日を振り返るの ――


律子「この頃の美希は茶髪だったわね」

美希「うん。でも結局、染めなおしちゃった」ガサガサ



 ―― あの海 あの街角は 思い出に残りそうで ――


律子「思い出すわね。あの頃は私も千早も他の皆もまだまだ無名のアイドルで……」

美希(この報告書なんだろ?それと……地図?)



 ―― この恋が 遊びならば ――


律子「765プロはたるき亭の上の小さな事務所で、スタッフも両手で数えられるほどしかいなくて……」

美希(11月10日、捜査開始……。対象は昨年度、及びそれ以前の依頼と同一の――――……)



 ―― 割り切れるのに 簡単じゃない ―― 





 ――「じゃあね」なんて言わないで 「またね」って言って ――


律子「美希?」

美希「ちょっと電話するね」



 ―― 私のモノにならなくていい そばにいるだけでいい ――


律子「ラジオ消しましょうか?」

美希「ううん、そのままでいいの」


美希「もしもし、お姉ちゃん?うん、雨すごいね。今どこ?」



 ―― あのコにもしも飽きたら すぐに呼び出して ――――――


――――

――




『 壊れるくらいに抱きしめて~♪ 』

『 おっ! また歌ってるな。ほら、ご注文のキャラメルマキアート。火傷するなよ 』


『 ミキ、この曲だーい好きなの! もっと練習して早くみんなの前で歌いたいなー 』

『 ははは、そんなに気に入ったか 』


『 今まではカワイイ曲ばかりだったから、とっても新鮮なの。イメチェン、ってやつかな? 』

『 美希みたいにクルクル変われる子は初めてだからな。早いうちに色んな表情が
  出来るってとこを見せたいんだよ。その分だけ、仕事が来るようになるからな 』


『 ふ~ん……、そっか 』

『 Cランクまで来たし、このまま勢いをつけて一息に駆け上がるぞ 』


『 ねえ、プロデューサーさん? 』

『 うん? 』


『 髪の短いコって、どう思う? 』





――

―――同日、都内千代田区神田神保町 律子の車 PM05:45


ザーーーーーー―――......



律子「はい、ヘアピン。帽子も被るから大丈夫だとは思うけど、一応留めておきなさい」

美希「ありがと」



律子「言われたとおり神保町まで来たけど……。本当にここでいいの?」

美希「うん、お姉ちゃんの車、もう近くまで来てるはずだから」

律子「雨も凄いし、道路も混んでるわよ。連絡来るまで車にいたら?」

美希「大丈夫なの。千早さん、車持ってないし、プロデューサーはそっちに行ってあげて」



美希「やっぱり大きい鏡がないとダメかな。地毛がでちゃうの」

律子「私がやってあげるから、むこう向きなさい」

美希「うん」




律子「この茶色のウィッグ、昔みたいね」

美希「長さは違うけどね」

律子「はい、出来たわよ。帽子とサングラスは?」

美希「今つけるの」



律子「傘は?」

美希「折りたたみ持ってるの」

律子「そんな小さいのじゃ話にならないって。私の持ってきなさい。私はトランクに予備があるから」

美希「あはっ、さすがはプロデューサーなの。じゃあ遠慮なく借りてくね」


律子「…………」




律子「ねえ美希。A山のこともあるし、やっぱり車で待っていた方がいいんじゃない?」

美希「大丈夫だよ。しばらくは同じネタで引っ張るもん。いつだってそうだったの」

律子「それはそうだけど……」

美希「向こうだってお仕事なの。新鮮なニュースがあるのに、
    こんな大雨の中まで似たようなネタを仕込みには来ないの」



律子「それでも万が一ってこともあるし、リスクは避けたいのよ」

美希「ごめんね、時間ないんだ。オフは家にいるから何かあったらそっちにも連絡してね」


律子「美希」

美希「ミキ、行くね。傘ありがとう」


ザーーーーーー―――......


――――

――





『 星井さん! 人気絶頂の今になって、なぜ活動休止なんですか!? 』


『 今年のIA(アイドルアカデミー)大賞のノミネートは確実なんですよ!? 』


『 星井さん! IA大賞なんていらないってことですか!? 』


『 星井さん! 先日辞職した__プロデューサーに一言お願いします! 』


『 お二人の関係はどの様なものだったのでしょうか!? 』


『 星井さん! ファンは納得しませんよ! 』


『 星井さん! 何か一言お願いします! 』


『 星井さん! 』




――

―――同日、都内千代田区神田神保町 PM05:52


美希「『 喫茶スターライト 』……、ここなの」


ザーーーーーー―――......



美希「思ってたより小さいお店なの、お客さんもいないし」

美希「………………」


美希「まだギリギリ営業時間だし、いいよね」



カランカラン......


店主「いらっしゃいませ」




美希「閉店間際にすみません。コーヒーを一杯だけ、いいですか?」

店主「ええ、もちろんです。お好きなお席にどうぞ」

美希「じゃあカウンターで」



テレビの声『 夕方より関東を襲った集中豪雨によって首都圏の鉄道は、
         午後五時五十四分現在、ほぼ全域で全面運休となっており―――― 』



店主「この雨です、随分冷えたでしょう」





美希「ええ。バッグも濡れちゃって、中まで水が入ってないといいんですけど」

店主「よろしければ、おしぼりの他にこのタオルをお使いください」

美希「ありがとうございます」

店主「こちらがメニューになります」



テレビの声『 ――――板橋区、中野区及び練馬区を除いた都内全域で
         冠水被害が報告されています 』



美希「『 本日のブレンド 』をお願いします」

店主「かしこまりました」





テレビの声『 豪雨は一向に弱まる気配を見せず、都心の道路状況は今後いっそうの混乱を迎えるでしょう 』

テレビの声『 以上、新橋駅前より__がお伝えしました 』



テレビの声『 ありがとうございました。続報が入り次第、スタジオよりお伝えします 』

テレビの声『 本日は番組の予定を一部変更して、大雨関連のニュースをお送りしています。
         予めご了承ください 』



テレビの声『 続いては芸能ニュースです 』





テレビの声『 一週間まるわかり!とれたて芸能ニュース! 』


テレビの声『 かねてより恋多きアイドルとして知られ、多くの男性芸能人と浮名を流した
         765プロダクションの星井美希さんに新たな恋人の―――』プツッ







美希「消さなくてもいいのに」

店主「いいんだ。雨の情報が見たかっただけだから」





店主「お待たせしました。こちら本日のブレンドです」

店主「マンデリンをベースに、コロンビアとブラジル・サントスを加えました。
    お好みでミルクをお使いください。ごゆっくりどうぞ」

美希「ありがとうございますなのー」



美希「はふはふ」

店主「寒かったろ?ちょっとだけ熱く、濃くしたからな」


美希「うん、なかなかいけるの」

店主「ミルクも使っていいんだぞ」


美希「一口目はそのまま飲むのが、ミキのコーヒー道なの」

店主「ははっ、言うじゃないか」





美希「ねえ、ミキだってすぐにわかった?」

店主「当たり前だろ」


美希「ホントかなー? 変装してるし、背だってけっこー伸びたの」

店主「そうだな。まるでモデルさんみたいだけど、雰囲気は変わってないよ」


美希「そっか……。サングラスしたままだけど、ゴメンね」

店主「別にいいさ。ゆっくりしていけよ」




美希「それとゴメンね。こんな時間に来ちゃって」

店主「いや、困ってる人には悪いが書き入れ時だからな。電車が動くまでは開けておくつもりだったんだ」


美希「お客さん、一人もいないよ?」

店主「これでも昼間は結構繁盛してるんだぞ」


美希「コーヒー、そこそこ美味しいのにね」

店主「こういう日は駅から近い順に埋まっていくんだよ。何事も忍耐だ」



店主「それとな、そこそこは余計だ」

美希「あはっ、ごめんなさいなのー」




店主「元気だったか?」

美希「うん」


店主「よくこの店がわかったな。場所は言ってなかったと思うんだが」

美希「たまたま小耳に挟んだんだ。凝ったお店だね。さすがなの」

店主「いや、内装は手を加えてないんだ。古い店だから、どこかを変えると全部変えなきゃいけなくなる」



店主「それにお袋の代からの、それこそ俺が子供の頃からの常連さん達が今でも来てくれるからな」

店主「できるだけ、そのままにしておきたいんだよ」

美希「ふーん」




店主「腹は減ってないか?ケーキもあるし、なんだったら苺のパイとかもあるぞ?」

美希「ううん、今はコーヒーだけでいいの」


店主「なあ、本当にミルクも砂糖も入れないでいいのか?昔はブラックなんて飲めなかったろ」

美希「ミキはもう子供じゃないの。お酒だって飲んでもいいの」



店主「そうか、そういえば少し前に二十歳になったんだよな」


店主「何にも用意してないけど、誕生日おめでとう」

美希「あはっ」




美希「このお店、一人でやってるの?」

店主「ああ、お袋が三年前に逝って、それからは俺一人だ」


美希「そうだったんだ……、ゴメンね。ミキ、何も知らなかったから」

店主「別にいいさ。小さい店だから人を雇う必要もない、気楽にやってるよ」



美希「ならよかったの。ミキ、路頭に迷ってるんじゃないかって心配してたんだよ?」

店主「ははは、立場が逆転しちゃったな」

美希「…………」



美希「みんなのこと、聞かないんだね」

店主「皆有名になったからな、大体はわかる」


美希「じゃあミキのことも、知ってるんだね」

店主「まあな」




美希「この五年間で七人、ううん、八人かな」


美希「『 こりないアイドル、芸能界復帰の星井美希に新恋人発覚! 』
    最初の人の顔も名前も忘れちゃったけど、この見出しだけは覚えてるの」


美希「ミキもね、昔はちゃんと抗議してたし、事務所任せにしないで
    自分の口でハッキリ言ってたの。いいかげんなこと書かないで、って」


美希「そんなこと、何の意味も無かったんだよね」



美希「ミキが怒って激しく否定するほど、記者の人達は面白がって変な質問をしてきたの」


美希「ミキが怒ったり、泣きそうになったりする画は数字が取れたからね」




美希「記者会見やインタビューに応じなくても、それはそれで話題になったの」

美希「簡単なんだね。ニュースを作るのって」

店主「売れっ子相手ならな」

美希「そうだね。ドラマもバラエティも、お仕事だけはそれなりにあったから」



美希「復帰してしばらくはね、社長や律子さんがミキにくっついてあの人達から守ってくれたの」

美希「それでも、いつまでも二人の陰に隠れてるわけにはいかないし、
    ミキが対応しないとみんなの活動に影響が出てくるの」

美希「何よりミキ、誰からも逃げたくなかったんだ」



美希「馬鹿だったね。記者さんとケンカしたって良いことないの」

美希「そのことに気付いてからは、楽になったかな」




美希「俳優さんとか、芸人さんとかね。
    ミキの知らないトコでいろんな人がミキの恋人にされたの」


美希「事務所のプッシュがもらえなくて、話題欲しさにアタックしてくる人もいたけどね。
    そーゆー人はニュースになる前に消えていったっけ」



美希「ミキは相手にしなかったけど、そんなのどうでもよかったの」


美希「だってその人達、みーんないなくなっちゃうんだ」





美希「古い人が消えて、また新しい人が来て」


美希「いつの間にかそれがミキのステータスになったの」


美希「恋多きアイドルなんて呼び名、ゼンゼンいい方なんだ」


美希「おっかしいよね。勝手に仕込んで、消えていったくせにさ」


美希「ミキの名前で売れたのに、向こうの力不足や不祥事まで
    ミキのせいにされちゃうんだもん。たまんないよ」

店主「…………」



店主「律子は?」

美希「え?」





店主「他のスタッフはともかく、そんなのは律子のやり方じゃないだろ。
    あの子は何をやってるんだ」


美希「そうだね。律子さんは今でも悪いイメージを消そうと頑張ってくれてるの」

店主「律子はまっすぐな子だからな」



美希「でも無理なんだよ。昔と違って765も大きくなったからね」

美希「色んな部署や役職がいっぱい出来て、どんな小さな仕事でもたくさんの人が関わるようになったの」


美希「一人のプロデューサーに決められることなんて、もうそんなにないんだ」





店主「それでも、プロデューサーなら――」


美希「『 プロデューサーさん 』なら?」






美希「何も、言えないよね?」





店主「……スキャンダルを肯定したことは一度も無いんだ。ファンならそんなもの、関係ないよ」

美希「そうかもね。ファンの数は増えてるし、CDの売り上げだって同じなの」


美希「スキャンダルで入ってくる人もいるけど、
    ずーっとミキのファンでいてくれる人もいるんだ」

美希「あーゆー人達って何なんだろね?飽きっぽいミキにはわかんないの」



店主「いつだってちゃんと見ていてくれる人はいるんだ。
    入り口がどこだろうと、美希の歌ってる姿が好きならそれでいいじゃないか」

美希「そうかな?ファンはマーケティングと報道の煽りに乗って
    勝手なことを言ってるだけ、ミキのことなんて何も見てないよ」


美希「きっと今度の新曲も、いっぱい売れるだろうね」





店主「違う。ファンはそんなことは何もかも承知の上で、今の美希が好きだから支えてくれるんだ。
    応援してくれる人達に線引きする必要なんて無い」


美希「言ってたね、『 ファンを大切にしても、区別はするな 』って」

店主「そうだ。アイドルは常に目の前のファンだけ見ていればいい。
    外野が何を言おうと、そんなものは全て余所事に過ぎない」



店主「そうすれば、歌っていられる」

美希「あはっ」




美希「やっぱり、そうなんだね。よくわかったの」





店主「美希?」

美希「ごちそうさま。コーヒーを淹れてる姿、久しぶりに見たけどカッコ良かったよ」

美希「はい、お金。お釣りは結構です」


店主「…………どうやって帰るんだ?電車は止まってるし、タクシーだって拾えないぞ」

美希「ミキのこと、何だと思ってるのかな?帰りの足くらい用意してあるの」



店主「美希は何も変わってないよ」

美希「そう見えるだけだよ」




店主「また来いよ。定休日は水曜だからな」

美希「もう来ないの。その気も無いのにホントのスキャンダルになったらやだもん」


店主「土日は六時で閉めるけど、平日は七時まで開けてるからな」

美希「あはっ、ひょっとして勘違いさせちゃったかな?だったらゴメンね。
    ミキ、今の自分だって結構気に入ってるんだ」



美希「アイドルでこんな役が出来るの、ミキしかいないからね」





店主「なあ、美希」

美希「まっすぐな律子さんはね?今でも記者さんやあの人達のしたことを
    本気で怒ってるけど、そんな必要、どこにもないんだ」



店主「美希」

美希「ミキはスキャンダルをお金に変えられるし、傷モノのミキにチャンスをくれて、
    そーゆー風に作り変えてくれたのは他の誰でもないあの人達だから」



店主「美希」

美希「忘れられた頃に復帰させて、一つか二つ、新曲とゴシップを提供してそれでオシマイ」

美希「きっと、そんなカンジで考えてたんだろうね」



美希「あの人達だってもう、ミキが作るおっきなお金の流れの中から出られないの」


美希「これもみーんな、大切なファンのおかげ、かな?あはっ」

店主「…………」





店主「なあ、美希。ウチはコーヒーがメインだけど、他にも力を入れてるんだ」

美希「ミキはね、ファンや誰かさんが思ってる様ないい子じゃないの」



店主「ケーキも俺が作っててな。ドライフルーツとナッツのなんか評判いいぞ」

美希「上の人達とは色々あるけど、あの頃のみんなは今でも良くしてくれるんだ。
    ミキのこと、わかってるんだってさ」



店主「12月はネーブルのケーキだ。どのケーキも砂糖は控えめにして素材の甘さを出してるんだよ」

美希「笑っちゃうよね。本当のミキはウソツキで、もっともっとワガママなの」





店主「それにココアも特製でな。これからの寒い季節にはピッタリだ」

美希「ファンもみんなも、誰も何もわかってないの。ミキのことなんて見てないの」



店主「これも俺が始めたんだけど、味にちょっとした秘密があってな?
    甘味があるわりに糖分控えめで、ダイエット中の女性客に人気なんだ」

美希「ファンの為だけに歌うなんて、ミキにはゴメンなの」



店主「そのままでも美味しいけど、オプションでクリームをつけるんだよ。
    甘くて、いい香りがして、あったまるぞ」

美希「それだけじゃ、や、なの」



店主「忘れるなよ、水曜は休みだからな」

美希「ばいばい――――」


――――

――





『 プロデューサーさん、いつもブラックだね 』

『 そんなことないぞ。疲れた時はミルクを入れるし、カフェとかでもそうだな 』


『 自分で淹れる時は大抵ブラックなの 』

『 うーん、言われてみれば事務所ではそうかもな。よく見てるんだな 』


『 ミキも、プロデューサーさんのコーヒーはブラックで飲んだ方がいいのかな? 』

『 やめとけやめとけ。美希の好きな飲み方で飲んでくれるのが一番だよ 』


『 むー。なんだか子ども扱いされてる気がするの 』

『 そんなことないって 』


『 フン、だ。すぐにコーヒーの味がわかる大人になって見返してあげるの 』

『 そんなこと言ってる内はまだ子供だなー 』




――

―――


ザーーーーーー―――......


美希「――――あーあ」



美希「雨、ゼンゼンおさまってないの」

美希「どうしよっかな、ホントにお姉ちゃんに来てもらおうかな」




ザーーーーーー―――......


美希「やっぱいいや、今日はホテルに泊まるの」

美希「でもこの辺のこと知らないし、聞いたことないビジネスホテルなんてやなの」


美希「時間はたっぷりあるの。いっそ帝国ホテルまで歩いてこっかな。一回泊まってみたかったし」



律子「なに馬鹿言ってんのよ」




美希「律、……プロデューサー」

律子「今日はもう律子さんでいいわ。私もオフにしたから」


美希「へえ、珍しいね。熱でもあるの?」

律子「このままここに立ってたら、そうなるかもね」


ザーーーーーー―――......



美希「あーあー、クロエのパンプスがびしょびしょなの」

律子「あんたのヴィヴィアンだって」


美希「車にいれば良かったのに」

律子「ここ、車は入れないのよねー。おかげで散々。今日は厄日ね」


美希「あはっ、お互いツいてないね」

律子「行きましょ」




バタン


律子「はー、やれやれ。カーヒーターを修理しといて正解だったわ」

美希「これからもっと寒くなるもんね」



美希「で、どうしよっか?」

律子「さあね、お酒でも飲んでさっさと寝たいかも」


律子「ほら、タオル。とりあえず濡れた靴を脱いで、足を拭きなさい」

美希「うん」




美希「ミキ、お酒に付き合ってあげてもいいよ?」

律子「嫌よ。今日はもう、あんたのお守りはゴメンだわ」



律子「ちゃんと拭いた?」

美希「うん」


律子「じゃあ、シートの後ろのボストンバッグに靴下が入ってるから
   今はそれを履いてなさい。足を冷やさないようにね」

美希「うん」




美希「千早さん達はいいの?」

律子「電車が止まった時点で事務所に連絡を取ったそうよ。手の空いてる誰かが送るでしょ」


美希「そっか。心配して損しちゃった」

律子「千早だってもう仕事を覚えたでしょうからね。いつまでも子どもじゃないのよ」



律子「早く履きなさい。風邪ひくわよ」

美希「どの色も服に合わないの」


律子「ワガママ言わない。嘘ついた罰よ」

美希「ねえ、どうしてわかったの?」

律子「あんたはね、演技は上手いくせに嘘が下手すぎるのよ」




美希「あーあ」

ドサッ


律子「やっぱ訂正。演技もダメだわ」


美希「車、出さないの?」

律子「そんな気になれなくてね」



美希「ミキの十代、終わっちゃったなー、って」

律子「そう」


美希「でもいいんだ。スッキリしたの」

律子「そう」


美希「怒んないの?」

律子「今はいいわ」




美希「やっぱり、報告する?」

律子「そうすべきなんだろうけど、ね。今日は考えたくないかも」


美希「小鳥、どうするのかな?」

律子「さあね。社長派にとっては痛手だけど、そんなのはあんた達には関係ないことよ」



美希「ミキ、馬鹿だったね。あんなつまらない人相手に何年もさ」

律子「そうね。美希がここまで馬鹿だなんて思いもよらなかったわ」

美希「あはっ」



律子「はあ」

美希「せっかくのオフなのにため息なんてつかないでほしいの。携帯鳴ってるよ?」

律子「言われなくてもわかってるわよ。――もしもし?」




春香『あっ、律子さん、お疲れ様です。番組と来週の打ち合わせ、終わりました』

律子「はい、お疲れ様」


春香『あのー、ひょっとして今ってマズかったですか?』

律子「別に大丈夫よ。今日は急ぐ仕事もないし、そのまま直帰してくれる?」



春香『それがその、事務所の車全部出ちゃってるみたいなんです。タクシーも相当待つみたいだし』

律子「ちょっとちょっと、この雨よ。そんなの予想できたでしょ?」


春香『すみません!行きの運転手さんに頼んでみたんですけど、その時点でいっぱいだったようで……』

春香『局の人も何とか手配しようとしてくれてるんですけど、どうにも厳しいみたいです』




律子「はあ……、雪歩も一緒ね?とにかくそっちに行くわ。
    時間かかるかもしれないけど、待機してて頂戴」

春香『すみません。私はアパートまででいいので、よろしくお願いします』

律子「はいはい、それじゃあね」



律子「だってさ」

美希「うん。待たせちゃ悪いし、行こっか」


律子「本当にいいの?」

美希「うん。目、覚めたし、時間がもったいないの」


律子「はあ」

美希「車、出してよ」





律子「美希だけじゃないわね。自分の立場を考えない小鳥さん。
    765プロを変えたいなんて馬鹿な考えを起こした千早」

美希「もういいの」


律子「あんたを守ってやらなかったあの人と、あの人達を責めるばかりで何も見てなかった私」

美希「もういいって」



律子「こんなに長く一緒にいたのに、馬鹿よ。揃いも揃って馬鹿ばっかり」

美希「ミキがもういいって言ってるの。律子さん、おかしいよ」

律子「冷たいのね。私だってそんな大人じゃないもの」


律子「はあ」

美希「早く行こうよ」


律子「もうサングラス取りなさいよ。誰も見ちゃいないから」





美希「別にいいの」

律子「強がんないの。邪魔でしょ?」

美希「そんなことないの」


律子「今意地張ったら、一生そのままよ」

美希「意味わかんないの」


律子「美希」

美希「しつこいの」


律子「美希」

美希「うっさいの」




律子「今まで、ごめんなさいね」





美希「…………」


美希「うっ…………」


美希「うっ……、ぐっ…………」


美希「ひっ、ひっ……ひぐっ……ぁっ……」



律子「もういいのよ」


美希「うあっ、あっ、うぁっ、うわああああああああああああああん!」






律子「まったく、器用なんだか不器用なんだか」


美希「うわああああああああああああああん!」



律子「その賢い頭で全部一人で背負い込んで」


美希「うわああああああああああああああん!」



律子「五年も我慢して、私の前でしか泣けないなんて」


美希「うわああああああああああああああん!」



律子「目が覚める前に、プロデューサーの前で泣ければ良かったのにね」


美希「うわああああああああああん!うっ、ひっ、ぐっ……――――」






『 ――――ねえ、どうしてもハニーって呼んじゃダメ? 』

『 当たり前だろ。アイドルなんて一度でも男のイメージがついたら、取り返しがつかないぞ 』


『 二人っきりでも? 』

『 そういうのは大人になって、本当に大切な人が出来た時の為にとっておきなさい 』


『 今は大人じゃなくても、プロデューサーさんはミキの大切な人なの! 』

『 残念だったなあ。俺はモデルさんみたいに、スラッとした大人の女性が好きなんだよ 』


『 むー、ミキをここまで本気にさせといてその態度は無い、って思うな 』

『 ほら、コーヒー出来たぞ。これ飲んだら局入りするからな 』


『 フン、だ。いつまでもコーヒーで誤魔化せると思ったら大間違いなの 』

『 飲まないのか? 』

『 そうは言ってないの 』






『 はふはふ 』

『 火傷するなよ 』


『 また子ども扱いして……。ねえねえ、今日の収録はプロデューサーさんの為に歌ってあげるね 』

『 ファンの為に歌いなさい 』


『 ファンのみんなとプロデューサーさんの為に歌うの!ミキのこと、ちゃんと見ててね! 』

『 あーもう、っていうか大切な相手に歌うならこの曲は無いんじゃないか? 』


『 え?何で? 』

『 だってこれ、失恋の歌だろ?男は恋人を捨てて新しい子の方に行くわけだから 』


『 それは違うよ。あのね、この歌はね―――― 』








――― “ relations ”はね、一途な強い恋の歌なの ―――








                     美希「二十歳のコーヒー」 おしまい

以上でこの話は終わりです。
ここまで読んでくれた人ありがとう。HTML化依頼出してきます

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