P「不治の病……ですか」 (97)


看護婦にはそう言われてしまった

その病気は決して治ることはない……と

でも、なんかどうでも良く感じてしまう

それもこの病気によるもの

無気力、無関心、無感情

何もかもが失われてしまう病気

この病には前例がなく

薬や治療法なんかも存在していない

ただ、唯一

この病気を押さえ込み

この虚脱感から

無気力、無関心、無感情という状態から

一時的に抜け出す方法があると

その方法とは――

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「天海春香さんを抱きしめることです」

「そ、それだけで良いんですか?」

あまりにも驚きだ

前例がない

治療薬も治療法もない

不治の病とさえ言われたこの病気を

そんなことだけで抑えられるのだから

「それだけもなにも、貴方が天海春香さんを抱きしめた日から、貴方は無気力になっていたと思われます」

看護師Aはそう言うが

思い出してみれば

そのあとから段々と鬱病のような感覚に陥っていってしまった気がする

「そうですね。ですから。発症した時と同じことをすれば貴方はまた正気を取り戻すことができるはずなのです」

と、看護師Mは教えてくれた

「じゃぁ、俺はまだ生きていられるんですね?」

「ええ、天海春香さんの協力さえあれば。ですが」


「だ、だけど……春香は女の子です。ずっと抱きしめていることを許してくれるのでしょうか?」

「んっふっふ~それは相談次第でしょう」

「いっそ付き合っちゃえばモーマンタイっしょー」

2人は簡単に言うけど

それはかなり難しい

春香はアイドルで

俺はプロデューサーだ

そうそう簡単に承諾して貰えるとも思えない

「でも、やるしかないんですね?」

「はい。やるしかありません」

なら……やろう

「そうそう、この病気ですが名前をつけておきました」

看護師Aこと双海亜美は病名をここに告げた

はるるニウム欠乏症……と


「と言う訳ではるるん、兄ちゃんを助けるために~」

「と言う訳でって……そんな簡単に言われても」

「はるるんは兄ちゃんが死んでもいいの!?」

看護師Mこと真美の気迫に

春香は少したじろぎ

怪訝そうな顔つきで俺達を見つめた

「ま、まずさ、その……なんだっけ?」

「はるるニウム欠乏症?」

「そう、それ。ありえないよね? それ」

確かに自分でもありえないとは思う

思う……が

「真っ赤な嘘ではないんだ……最近、どうもやる気が出なくて」

「ため息が多いってはるるんも心配してたっしょー?」

「それは……そうだけど」


うつ病と同じかもしれないが

全然違うんだよな……

無気力、無関心、無感情

もはや生きているのが怠く感じてしまいそうなレベルだが

春香を見るとちょっとだけ元気がわく

その上、抱きしめたくてしょうがないし

加えてその隠れたうなじに鼻をあてがい

掃除機のように勢いよく吸い込み

体中をめぐる酸素を春香に染め上げたいとさえ思う

頭がおかしいと思われるかもしれないが

それ以外には全くもって興味を抱くことが出来ないのだから仕方がない

「あの、本当に私を抱きしめるだけで十分なの?」

「亜美の考えは間違ってないって!」

「なになに~? はるるんはその先もお望み?」

「そ、そんなわけ無いってば!」

真っ赤になって怒る春香も可愛い

ああ……抱きしめたいなぁ!


「はぁ……はぁっ……」

「プ、プロデューサー……さん?」

春香の俺を見る目が怯えていた

そんなに今の俺は怖いのか?

確かに呼吸が荒いし

目の前にいる春香を抱きしめることで頭の中がもう……

いっぱい、いっぱい、抱かせて欲しい

のヘヴン状態だ

「ヤ、ヤバいよはるるん! 兄ちゃんが苦しそうだよ!」

「う、うぅ~っ! わ、解ったよぉ!」

春香は両手をバッと広げ

俺を受け入れる体勢をとってくれた

「い、良いのか?」

「き、気が変わらないうちに済ませてください!」

そのOKが出た瞬間、俺は獣のように春香に飛びついていた


「すぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「~~~~っ」

「うわぁ……」

亜美と真美が後ずさっていくが

そんなことはどうでもいい

今はただただ、許される限りはるるニウムなる成分を

体中に染み渡らせていくことだけを考える

「そ、そんな強く吸っちゃ……ぁ、ぅぅ」

「すぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~」

胸元ではなく首筋これはかなり重要である

もちろん身長的問題もあるが

胸元では汗は服に吸収され、そして風や太陽光によって失くなってしまう

しかし、首筋はタオルで拭かない限り吸収されることはないし

裏側ゆえに正面からの風からは守られ後ろ髪によって太陽光からも守られている場所

よって、春香の汗というはるるニウムが大量に含まれているものを

一番摂取することができる場所なのだ


「あっひっ……ぁぅ……んっ」

「すぅぅぅ……ふぅ」

しばらくして吸うことに疲れ

抱きしめていた春香を手放すと、腰が抜けてしまったのか

その場に崩れ落ちてしまった

「春香、大丈夫か?」

「ぁぅ……ぅうっ……」

真っ赤な顔

涙を溜めた瞳

そんな春香が見上げてくると

物凄い罪悪感に苛まれてしまう

「す、吸うのは……許可、してないじゃないですか……」

「す、すまん……あまりにも良い匂いだったからつい……」

「まだ擽ったい感触がぁぁっ」

自分で首筋に手を当てただけで、春香は体をびくっと震わせた


「そ、それでそのぉ……兄ちゃん?」

「どうした?」

「体の調子は……どう?」

最初の雪歩並に距離を置いた2人は

恐る恐る訊ねてきた

そういえば……やる気に満ち溢れている

今ならなんだって頑張れる気がする

「最高だ! 今までのが嘘みたいだ」

「そ、そっかー……良かったね、はるるん」

「あはは……無駄にならなくて良かったよ……」

「うわぁ、はるるんが死んだ魚みたいな目になってる……」

そんなに嫌だったのか?

それはそうだよな……

俺は男だし、あの元凶だって嬉しさが有り余ってこその事故みたいなものだったしな


「ごめんな?」

「い、いえ……お世話になってましたし……」

「でも、嫌だったろ?」

「それは……」

春香は少し複雑そうな表情をし

それからあははっといつものような笑顔を見せてくれた

「吸うのは禁止ですよ? 抱きしめるだけなら……別に」

「え?」

「ゎ、私取材があるの忘れてました! それじゃ行ってきますねー!」

春香は慌ただしく飛び出していってしまった

抱きしめるくらいなら許してくれるのか……

それは俺が今まで春香の役にたててたからか?

それとも春香がただ優しい子だからなのかな

「兄ちゃん?」

「ああ……亜美、真美。これなら溜めちゃった仕事も出来そうだ。悪いが邪魔しないでくれよ?」

「う、うん。解った」


溜めてしまった仕事を終える頃には

亜美も真美もすでに事務所からはいなくなっていて

入れ替わりのように来た小鳥さんくらいしか

事務所には残っていなかった

少し前までは賑やかだった事務所も

みんなが有名になるにつれ寂れていってしまった

なんだか物悲しい気分になってしまう

「プロデューサーさん、仕事終わったんですか?」

「ええ、まぁなんとか……」

「なら早く帰った方が良いんじゃないですか? はるるニウムがあるううちに」

「あはは……聞いたんですか。あの2人から」

どうやら

小鳥さんが一言も喋りかけてこなかったのは

亜美達から連絡を貰っていたかららしい

あまりの腑抜けっぷりに嫌われてしまったのかと焦ってたよ


「十二分に補充したのでしばらくは平気そうです」

「油断大敵ですよ? 春香ちゃんも忙しくなってきて2人きりで会うなんて難しいんですから」

「解ってます」

2人きりが好ましいのは事実だが

765プロ内の誰かなら別に見られても問題はないような気もする

もちろん、説明は必須だけど

ただ問題は

春香が心から受け入れてくれているのか

優しさや恩返しのつもりで受けてくれているのか

そのどれなのか解らないということ

もしもそれが春香の心に傷を負わせていたり

精神的に辛い思いをさせてしまっているなら

俺は、はるるニウムを摂取して生き延びるのは止めるべきだよな


時間なのでここまで

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