柳瀬美由紀の失恋 (24)

これは成人した美由紀ちゃんが過去を振り返るお話です。

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ねぇみんな、初恋って覚えてる?
まぁまぁ聞いてよ。昔話も兼ねてさ。
さーて、どこから話そうかな。そうだなー、あたしが中1の3学期にお父さんに居間に呼び出された所かな?
「美由紀、東京へ行ってみないか」
開口一番こう言われたんだ。あたしはてっきり春休みに旅行へ連れていってくれるものだと思ったからうんっ! って答えたよ。
そしたら一枚の写真を取り出して、
「よし、なら彼にお前の事は頼むからな」
って満足そうな笑顔であたしに言ったの。今考えたら信じられないよね?
そこからはトントン拍子で転校の手続きとかがあって、クラスではお別れ会もしてもらって、気付いたらキャリーバッグを持って空港にいたの。

お父さんからしてみたら、将来的に跡を継がせたいからまだ身軽な内に色々と見て貰いたかったんだろうね。
向こうの空港も人が多かったけど、こっちはくらべものにならない位人が多くて凄かった! 手元のメモと案内板を何度見返しても無事に目的地まで着ける気がしなかったもん。
目的の駅に着いたら、お父さんから渡された写真の人がスーツを着てが“ウェルカム柳瀬美由紀ちゃん”ってボード持って立ってたのを見て安心したなぁ。
うん、安心。もちろん知らない土地で初めて知ってる人に会えたっていうのもあったけど、見てると安心出来る人だったんだよね。
それが、プロデューサーさん……柳瀬美由紀の初恋の人との出会い。

あ、言っておくけど一目惚れとかそんなんじゃないよ? あくまで最初はお兄ちゃん、って感じかな。優しくって、頼りになるお兄ちゃん。
……話が少し逸れちゃうんだけどね? あたし、昔は結構大胆な事をプロデューサーさんに言ってたの思い出しちゃった。
「プロデューサーさんが本当の家族だったら嬉しいのになぁ」とか
「ずっと近くでみゆきのこと見ててね」とか。
取りようによってはプロポーズに近いよね、これ。
あたしがもう少し大人だったら、少しは意識してくれたりしたのかなぁ……。
あー、ゴメンゴメン! 少し湿っぽいよね。

そういう事をサラッと言えちゃう位には、あたしはプロデューサーさんの事をお兄ちゃんみたいに思ってたの。
でも、そんなあたしもお仕事を重ねて行く中で少しずつだけど変わっていった。
プロデューサーさんに誉められると胸がドキドキしたり、笑顔を向けられるとより一層頑張れたり。
そんな頃かな、歌のお仕事で初めてバラードを歌う事になったのは。
それまではL.M.B.G.のお仕事の時みたいな明るい曲ばかりだったから、すっごく苦労したの。ゆったりとしたテンポもそうだけど、感傷的なメロディがどうしても分からなくって。

それを正直にトレーナーさんに伝えたら、こうアドバイスされたの。
「大切な人を想って歌ってみろ」
って。
あたし、最初に頭に浮かんだのがプロデューサーさんだったんだ。
それまでのあたしだったら先ず北海道の両親を浮かべてた筈なのにね。
そしたらその後はすっごくスムーズに進んだんだ。自分でもびっくりする位。
プロデューサーさんもすっごく嬉しそうだった。
「美由紀、成長したな」って。
でもね、あたしは少し不満だったんだ。だって、プロデューサーさんの笑顔がお父さんのそれに似てたんだもん。
でも、その時のあたしはなんでそれが不満なのか分からなかった。
今思えば子ども扱いが嫌だったんだって分かるけどね。

当時は高校生だったから周りは恋の話でよく盛り上がってたんだけど、あたしは自分のプロデューサーさんへの感情が恋や愛のそれに結びつけられなかった。
もちろんアイドルだから恋愛は~~っていうのもあったけど、あくまでプロデューサーさんは頼りになるお兄ちゃんだったから。
でも、そんなあたしも自覚する時は来たよ。 ……余り嬉しい状況じゃ無かったけどね。
2年生の頃だったなぁ。夜、部屋で勉強してたら遅くなっちゃって、ホットミルクを作るために食堂へ降りたの。
そしたら入り口から明かりが漏れてたからてっきりあたしと同じような子がいるんだと思ったら、翠ちゃんと千秋さんの話し声が聞こえてきたの。

「私、どうしてもプロデューサーさんの事が好きなんです!」
時間が時間だからボリュームこそ抑え目だったけど、翠ちゃんは力強くそう言った。
……中学の頃のあたしだったら飛び出して「翠ちゃんプロデューサーさんの事好きなの!? みゆき、応援するね!」
とか言ってたんだろうけど、当時のあたしはその場で動けなくなっちゃった。
翠ちゃんはプロデューサーさんへの恋心とアイドルとしてのプロ意識の間ですっごく悩んでたみたいで、なんとか千秋さん相手にその想いを吐き出してた。
あたしはそれを聞いて、ショックだった。まさか翠ちゃんがそんなにプロデューサーさんの事が好きだなんて、って。
部屋に戻って、自分がショックを受けた理由をずっと考えてた。そして気付いたんだ。
あたしはプロデューサーさんの事がお兄ちゃんとしてじゃなくって一人の男性として意識してるんだって。

でもそれは同時に大きな悩みにもなった。先ずは、あたしなんかが翠ちゃんに勝てるのかって。
翠ちゃんは背も高くてスタイルも良くて、プロデューサーさんと並んでも様になってた。
あたしは中学の頃から余り背も伸びなかったし、かといって早苗さんみたいに背が低くても出るところ出てるって訳でも無かったし。
そしてもう1つ、こっちの方が重要かな。もしあたしがプロデューサーさんにアプローチして、プロデューサーさんもそれを意識してくれたとするじゃない?
いくら恋の駆け引きだとは言え、あたし翠ちゃんと仲違いするような事はしたくなかった。
それにもし、あたしとプロデューサーさんが付き合う事になったら絶対翠ちゃん悲しむじゃない。そんなの嫌。
でも、それはダメだって自分に言い聞かせれば言い聞かせる程、あたしはプロデューサーさんの事を意識していった。

でも結果としては、反抗期の娘みたいな変な接し方しか出来なくなっちゃって。
今まで異性として意識してなかったから真っ直ぐ顔も見れない、でも一挙手一投足を見ていたい。
あーあ、思い出すだけで恥ずかしいや。
……あたしがそんなことをしている間にも、翠ちゃんはプロデューサーさんとの距離を縮めていってた。
あたしね、プロデューサーさんの笑顔が大好きなの。優しくって、温かくって。
でもある日見ちゃったんだ。プロデューサーさんと翠ちゃんがお喋りしてる時に、あたしが見たこと無い笑顔を翠ちゃんに向けてるのを。
すっごく素敵な笑顔だった。そして、自分にはその笑顔が向けられる事は無いんだって気付いちゃった。
レッスンをすっぽかして、自分の部屋でワンワン泣いちゃった。失恋が悲しいのと、翠ちゃんに負けて悔しいのと、そんな感情を親友に向ける自分が許せないのと、色んな感情がごちゃ混ぜになってずーっと泣いてた。

……うん、これはあくまであたしがこの恋の負けを確信した時。もしかしたら逆転の可能性はあったのかもしれないけど、あの2人の仲を邪魔するだなんて出来なかった。
だって、どっちもあたしにとっては大切な人なんだもん。
そんな状態でもなんとか受験は上手くいって、春からは華の女子大生! なーんて思ってたら、翠ちゃんから嬉しそうに報告されたんだ。
「私、プロデューサーさんとお付き合いすることになりました」って。
ずっと相談に乗ってもらってた千秋さんよりも真っ先にだって。嬉しいやら複雑やらだったよ。
翠ちゃんが大学に通ってる頃から両想いだったらしいけど、そういうのはせめて卒業してからってプロデューサーさんから言われてたんだって。

「おめでとう、翠ちゃん!」
今まで積み重ねてきた演技レッスンのおかげで多分違和感なく祝福出来たと思う。嫌な子にならずにすんだよ。
それから暫くはアイドル活動に学業が忙しくて、余り進展具合は聞けてなかったかな。……意図的に聞かなかったっていうのも勿論あるけどね?
あたしがお酒を飲めるようになった頃、2人から発表があったよね。結婚するって。
笑顔がひきつってる子多かったよね~。あたしもその1人なんだけどさ。

さっきは恋の負けを確信した、って言ったでしょ? あたしがちゃんと失恋出来たのはこの後、今日みたいな感じで翠ちゃんを囲んで馴れ初めから結婚に至るまでの惚気を聞いてた時のお話。
……本当に聞きたい? 見苦しい所も見せちゃうよ? 今さらは酷いよ~!
じゃあ話すね。あれは翠ちゃんの独身最後の女子会の時のお話。

「ふにゅうぅ~~……」

「翠ちゃ~ん。あーあ、寝ちゃったね」

「そうね、彼女そんなにお酒強く無いもの。でも翌日には残らない質だから気にしないで」

「翠、幸せそうね?」

あの時はブリヤントフィーユの4人で飲んでて、翠ちゃんは早々に潰れちゃったんだよね。
で、プロデューサーさんに連絡して迎えに来て貰うことになって、来るまでの間あたしと千秋さんは飲み続けてたの。

「すまん、遅くなった」

「遅いぞしんろー!」

「美由紀、飲み過ぎ…」

「そうね、少し歩いて酔いを醒ましなさい。プロデューサー、転ぶといけないから一緒に行ってあげて?」

千秋さんには感謝しか無いよねー。あんな風に2人になるチャンスを作ってくれたんだもん。
あたしとプロデューサーさんは歩きながら近くの公園に向かったの。
その間、あたしは梨沙ちゃんに迎えにきて貰えるようにこっそりメッセージを送ってね。

「はーあ、夜風が気持ちいい~」

「結構飲んだみたいだな、美由紀」

「うん! 思い出話に花が咲いてねー。……思い出と言えばさ、プロデューサーさんはあたしと初めて会った時の事覚えてる?」

「ん? あぁ勿論。社長からいきなり『娘の美由紀を預かってくれ。あの子には見聞を広めて貰いたいんだ』とか言われて、一月も経たない内に本当にこっちに寄越すんだもんよ」

「あはは! うん、あたしもいきなり東京に行かないか? って言われて、連休に遊びに行くんだと思ったら気付いたらキャリーバッグ持って空港にいたんだもん」

「豪快な人だよなー」

「本当にね。あたし、1人で東京に来てすっごく不安だったんだ。人は多いし道も複雑だし」

「迷いながらもなんとか待ち合わせ場所にたどり着いた時に見たプロデューサーさんの笑顔、安心したなぁ……」

「美由紀……」

多分、あたしが思い出話を始めた辺りからプロデューサーさんは何かを察してたと思う。
でもあたしの口は止まらなかった。

「あたし、1人っ子だからお兄ちゃんが出来たみたいで本当に嬉しかった。ずーっと一緒にいれたらいいな、って思ってた」

「でもね、それだけじゃないってある日気付いたんだ」

「高校の頃、夜遅くに寮の食堂に向かったら翠ちゃんと千秋さんがいたの。2人は何を話してたと思う?」

「……どんな、話だったんだい?」

「翠ちゃんがね、『私、プロデューサーさんの事が好きなんです!』って言って千秋さんに相談してたの」

「あたし、それを聞いてすっごくショックを受けたの。でも、最初はなんでショックなのか分かんなかった」

「……」

「あたしね、プロデューサーさんのことをいつの間にか男の人として好きになってたんだ!」

あたし明るく振る舞おうとしてたけど、多分もう顔は作れてなかったなー。だって結果が分かってるんだもん。

「ちゃんとした切っ掛けは覚えてないけど、翠ちゃんのあの言葉を聞いてからあたしはプロデューサーさんの顔を見るのも恥ずかしくなっちゃって……」

「ある日ね、プロデューサーさんと翠ちゃんがお話してる所を見かけたんだけど、びっくりしちゃったんだ」

「プロデューサーさん、あたしが見たこと無い笑顔で翠ちゃんとお話してるんだもん」

「あぁ、あたしはあの顔を見ることは無いんだー、って思ったら悲しくなって、部屋で…思いっきり泣いちゃった……」

「美由紀……」

「ねぇプロデューサーさん。もし、もしもあたしがこの気持ちに気づいた時に…告白してたら、プロデューサー…さんは、なんて、返事した……?」

「……それ、は」

「……ゴメン、いじわる…だったよね」

「ねぇプロデューサーさん! あたしは、柳瀬美由紀は貴方の事が大好きです! 貴方の声も、仕草も、その優しくて暖かい、え…笑顔が! 本当に大好き!!」

「本当は翠ちゃんにも負けたく無かった!! でも! 翠ちゃんを泣かせるような事もしたくは無かったのっ……」

「ねぇ…あたしは、どうするのが、正解…だっ、たの…かなぁ?」

……今まで抑えてた気持ちを吐き出して、多分顔はぐちゃぐちゃだったと思う。
でもプロデューサーさんは目を逸らさずに真っ直ぐあたしを見ていてくれた。

「……ねぇ、プロデューサーさん。もしあたしが『拐って』って言ったら、ここから連れ出してくれる?」

「……それは出来ない。俺が一番に守るのは翠だから」

「ふふっ、それでこそあたしが好きになったプロデューサーさんだ♪」

「……これがドラマとかだったら、最後にキスをねだったりするのかな?」

「……かも、しれないね」

「でも、あたしの身長じゃあ背伸びしても届かないや」

「プロデューサーさん! 素敵な初恋をありがとうございましたっ!!」

「翠ちゃんとお幸せにぃー! 泣かしたら承知しないんだからーー!!」

これがあたしの失恋の顛末。この後は迎えにきた梨沙ちゃんが運転する車に乗って、海でワンワン泣いて。
泣き疲れて、眠って。次の日の朝はとてもスッキリしてたなぁ。
それでね? その日もレッスンがあったから事務所に向かったら、部屋の中からバッチィィィイイイン!!! って大きな音がしたの。
何かと思って慌ててドアを開けたら、梨沙ちゃんがプロデューサーさんにビンタしてたの!
で、あたしの顔を見た梨沙ちゃんはプロデューサーさんのネクタイを引っ張って「片方空いてるけど、やる?」だって!
乙女を泣かせた罰って、流石にあれはやり過ぎだよ。……この場だから言えるけど、少しスッキリした♪
はい、これであたしの失恋のお話はおしまい!
ここからは旦那様との惚気になるけど、聞く? えーっ、少しは聞いてよー!
あー、確かにテーブルの上少しは片さないとね。 じゃあお言葉に甘えて、あたしはベランダで少し酔いを冷ますね。

もし、あの日お父さんがあたしを東京に行かせようとしなかったらどうなってたんだろう。
地元の高校に進学して、同級生か先輩と恋をして、失恋して……。大学に進学して、実家を継いで。結婚はお見合いかな?
きっとそんな人生も悪くは無いはず。でも、今のあたしはそれより幸せ!
プロデューサーさんへの失恋だって、こうして笑いながら話せるようになったし。
素敵な初恋、だったかなぁ。うん、素敵だった。
プロデューサーさん、あたしの初恋の人。本当にありがとうございました。

以上です。読んでいただいた方、ありがとうございました。



小さい子ってのは失恋話になりやすいもんだからね

……そもそも小中学生とらぶらぶになる大人が変なんだよな

高校生とちゅっちゅするのも大概おかしいんだよなぁ……

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