冬優子「あいつの部屋と、二人の場所」 (42)

アイドルマスターシャイニーカラーズのSSです。
いわゆるPドルですので、ご注意ください。

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「あー、仕事中なのにスマホでやらしーの見てる。いけないんだー」

「あっ、こら、覗くなよ」

「ショックですぅ……ふゆのプロデューサーさんが、そんなえっちな人だったなんて……」

「これは別にそういうのじゃなくてだな」

「あ、言い訳するんだ。かっこわる」

「っていうか、別にいいだろ。今は休憩中なんだよ」

「サボってるように見えるけど?」

「こうやって適度に手を抜くのも、大人の処世術だ」

「大人ってずるいわね」

「何とでも言え」

最初は、そんな会話。

何でもない、いつもの軽口。

ただ、いつも生真面目に仕事しているあいつが、やけに熱中しているのが気になって。

おまけに画面には、かわいい女の子のキャラ。

失礼しちゃう。

目の前に、こんなにかわいいアイドルがいるのに。

……あいつも、あーいう子の方が好きなのかな。

「で?何をそんなに真剣に読んでんのよ」

「これか?俺が学生の頃にやってた漫画でな。作者が無料公開始めたみたいなんだよ」

「最近流行ってるもんね、一話だけ公開して、続きはこちらから、みたいなやつ」

「家にも単行本あるんだけど、最近読んでなくてな。たまたま見かけたから久しぶりに読んでみたら止まらなくて」

「へー……そんなに面白いの?」

「おう。……まぁ、周りじゃあんまり読んでたやついなかったんだけどな」

「ふ~ん……」

少し寂しそうだったその顔は、普段あまり見ないあいつの顔で。

知らなかったあいつの表情を見られたのが、なんだか嬉しくて。

少し、踏み込んでみようかな、って思った。

これが、多分最初。


「ちょっと読んでみようかな。なんていうタイトル?」

「えっ?」

「あんたがいうなら、面白いんでしょ。ちょっと、興味出てきた」

「本当か!?」

ぱぁっと明るくなった表情は、まるで仲間を見つけた子どもみたいな笑顔。

「待て、だったら明日単行本持ってきてやる!」

「は?いや、別にそこまで……」

「いいから!紙で読んだ方が絶対いい!」

「わかった!わかったから!……もう」

あまりのテンションの変わり様に、すっかり気圧されてしまった。

あんな真っすぐな目で見られたら、断るに断れない。

まぁもう少しだけなら、付き合ってあげてもいいかな。

それにしても、あんな真剣な表情、滅多に見たことない。

……ひょっとすると、ふゆをスカウトした時よりも真剣だったんじゃ。

あれ?なんかだんだん腹立ってきたかも。

これで面白くなかったら、文句のひとつでもいってやろうか。

なんて、思ってた。



「ねぇ、続きの巻ちょーだい」

「え、もう読んだの?はやくない?」

「いーいーかーらー!今いいとこなのよ」

「お、おぉ……ほら」

次の日、あいつが持ってきた漫画に、ふゆはドハマりしてしまって。

次の巻、次の巻と読み進める手が止まらなかった。

絵もそれなりに可愛かったんだけど、何よりストーリーに引き込まれた。

結局、持ってきてもらった分を、その日のうちに読み切ってしまった。

「は~…………よかった」

「なっ?面白かったろ?」

「……なんであんたがどや顔してんのよ」

「そりゃ、好きだったもんを褒められたら嬉しいからな」

「……ま、いい作品を知れたのは感謝はしてるけどね」

「だろ?」

「でもよかったわ。あのヒロインの子、ちゃんと主人公の隣に立てるようになったのね」

「そうなんだよ、地道な努力が実を結んだんだよ……」

「守られてばかりじゃなくて、守れるように成長して……」

「最後はちゃんと結ばれたしな」

「あのラスト、ズルいわよ。泣くかと思ったじゃない」

「ちなみにだけど、俺は初めて読んだ時めっちゃ泣いたぞ」

「……最初の方、ぶっちゃけいつ死んじゃうのかなってハラハラしてたのに」

「それな……前例があっただけに怖かったわ」


無邪気に語る笑顔は、本当に子どもみたいで。

またあいつの知らなかった一面を見られたみたい。

些細なことだけど、あいつのことだと思うと、嬉しくなる。

こうして、少しでも知っていけるなら、ちょっと頑張ってよかったかなって思った。


「―――ねぇ、他にはないの?」

「他?」

「結構色々知ってそうだし。他のも読んでみたい」

「ん~……って言っても、本当に色々あるしなぁ」

「別にあんたのチョイスでいいわよ。あんたのセンスなら間違いなさそうだし」

「いや、出来るなら全部読んでもらいたい」

「無茶言うわね……」


「そうだ。俺の家、来るか?」

「えっ?」

我ながら、なかなか抜けた声が出たと思う。

それくらい、あいつの言い出したことは予想外で。

そりゃチャンスだとは思ったけど、ふゆにも準備ってものがあるのに。

「い、いいの?」

「本当に結構種類あるからさ。どうせだったら自分で選んだ方がいいんじゃないかって」


「そ、それは……そう、だけど。その、色々と、大丈夫?」

「何がだ?」

キョトンとした表情。

あぁだめだ。

普段よく気がきくクセに、どうしてこういうのはニブいのか。

「まぁ確かに、最近忙しくて片付けられてないけど、足の踏み場もないってほどじゃないぞ」

「ふゆが言いたいのはそうことじゃないんだけど……」

「大丈夫だよ。きっと気に入るのがあると思う」


本当にわかってないみたいで。

もう、どの漫画を勧めるかしか頭にないみたいだった。

ほんと、周りが見えていない。

こう、と決めたらそこにまっすぐ突っ走る。

まぁ、その真っすぐさに救われたこともあるんだけど。

……ほんと、苦労しそう。

どうしてこいつなんだろう。

「はぁ……わかったわよ。今日の帰り、寄らせてもらうわ」

「おう!」

それでも、あいつが喜ぶ顔が見られるならいいかな、って思っちゃうふゆも、きっと大概なんだろう。


「さ、上がってくれ」

「お邪魔しま~す……ふぅん」

「あんまりきょろきょろしないでくれ」

「なによ、見られて困るものでもあるの?」

「そういうわけじゃないけど、散らかってるだろ」

そうはいうものの、初めて上がるあいつの部屋。

思わず、見回してしまう。

男の一人暮らしにしては随分片付いていて。

しっかりしてんるんだなぁ、とか。

几帳面なあいつらしいなぁ、とか。

勝手にそんなことを思っていた。


「ほら、ここから選んでくれ」

と言われて見せられたのが、天井に迫りそうな本棚。

それが全部、漫画の本で埋まっていた。

「……うわー、本当に結構な量ね」

「実家にもだいぶ置いてきたんだけどな。気づいたらまた集めちゃってて」

「あんたにもこういう趣味があったのね……意外かも」

「そうか?」

「てっきり、仕事が恋人、ってくらいかと思ってたのに。……あ、これ、絵が可愛い」

「失礼な。俺だって趣味のひとつやふたつはある。ちなみにそれ、30巻くらい出てるぞ」

「多いわね」

「人気作だったんだよ、それ」

「ふぅん」

パラパラとページをめくりつつ、相槌を打つ。


ほんと、意外。

というより、全然知らないことばっかりだったんだなって、ちょっと凹んでた。

まぁ、今まで踏み込まないように、踏み込ませないようにしていたのはふゆの方だから仕方ないんだけど。

「……まぁいいわ。これにする」

「おう、待ってろ、紙袋持ってきてやるから」

「でもさすがに一度に全部は持って帰れないわよ」

「んなの、また借りに来ればいい」

「……いいの?」

「もちろん。何だったら暇な時に読みに来てもいい」

「ほんと?」

「あぁ。ま、ネカフェと違って」

「ふふっ。じゃあ、お言葉に甘えて。しばらく通わせてもらうわ」

「おう」


ほんと、意外。

というより、全然知らないことばっかりだったんだなって、ちょっと凹んでた。

まぁ、今まで踏み込まないように、踏み込ませないようにしていたのはふゆの方だから仕方ないんだけど。

「……まぁいいわ。これにする」

「おう、待ってろ、紙袋持ってきてやるから」

「でもさすがに一度に全部は持って帰れないわよ」

「んなの、また借りに来ればいい」

「……いいの?」

「もちろん。何だったら暇な時に読みに来てもいい」

「ほんと?」

「あぁ。ま、ネカフェと違って大したものは出せないけどな」

「ふふっ。じゃあ、お言葉に甘えて。しばらく通わせてもらうわ」

「おう」

すみません、>>16に一部セリフ抜けがありました。
>>17から続いて読んでいただけると助かります。


それから、あいつの家に遊びに行くようになって。

最初は、本当に漫画を読ませてもらってただけ。

この漫画のこのキャラがカッコいいんだとか。

時には、この解釈はこうなんだとか話したり。

ふゆが読んでいる横で、あいつが仕事をしていたり。

そのうち、打ち合わせなんかも、あいつの家でするようになって。

外食ばかりだって言ってたから、ご飯も作ってあげたり。

知らない場所だったあいつの家が、とても居心地のいいところになっていた。


ただ

男と女が一つの部屋にいれば。

いつかはそうなるもので。


「ほーら、やっぱりあるじゃない!」

「あっ、お前!どこから出したそれ!」

「次はもうちょっとうまく隠すのね!」

「こら!返せ!」

「へ~、こういうのが好きなんだ~」

「見るな!」

「うわぁ、これはちょっとマニアック過ぎない……?」

次に読む漫画を探してたら、あいつのお宝本を見つけて。

からかってやろうとしたら、取り合いになって。


「見るなっての!」

「わっ、ちょ……!きゃぁ!」

「……!」

そのまま、二人して、ベッドに倒れ込んでしまった。

「あっ……」

「……」


あいつが、ふゆに覆いかぶさってて。

いわゆる、押し倒された形。

お互いの顔が近くて。

すごく恥ずかしかったけど、逃げようとは思わなかった。

いつかは、こうなるのかな。

こうなるといいな、って思ってはいたから。

いざその時になると、緊張して何も言えなくなっちゃってけど。

あいつの喉が鳴るのが聞こえて、思わずぎゅっと目をつぶってしまった。


「ごめん、冬優子」

「えっ……?」

それでも、あいつは謝った。

拒絶されたのかと、思った。


「……いいか?」

「……!」

けど、あいつはふゆを求めてくれた。

今思うと、ベタな展開だなって我ながらあきれる。

いつもは、ふゆがわがままを言ってばかりで。

何かをしてもらってばっかりだったから。

あいつから、はっきりと求めてもらえたことが。

とても。

とっても、嬉しくて。


「???冬優子?」

「???うん」

そっと、あいつの背に手を回して。

「きて」

答えて、今度は、そっと目を閉じた。


「ねぇ、これの続きってどこにあるの?」

「あ~、それなら向こうの棚だったかな」

「ん、ありがと」

それから。

あいつの家によく泊まるようになった。

週に何度か、休みの日はほとんど毎回。


漫画を読みにくるだけじゃなくて、たまに料理も作ってあげたり。

特に用がない時、ゴロゴロして。

……ときには、そういうこともして。

ただ、この関係を明確にはしなかった。

あいつははっきり言わなかったし、ふゆも言葉にはしていなかったから。

今のこの関係が、心地よかった。

「……さて。これ読んだら、今日は寝ようかなぁ」

「珍しく早寝だな」

「明日はオフだし、朝からお買い物いこうかなって」

「そっか。俺も明日は休みだし、付き合うよ」

「とーぜん。荷物持ち、お願いね」

「はいはい」

そんなやり取りをしながら、寝支度をする。

泊り用の荷物から、洗顔用具を出そうとして。

……その間にも、あいつからの視線を感じた。


「……何よ?」

「いや、別に」

「何でもないってことはないでしょ」

「……今日は、ずいぶん早いなって思っただけだ」

「あー、そういうこと」

「なんだよ」

「はっきり言えばいいのに。このすけべ」

「うっさい」

―――これも、知らなかったこと。

結構、がっつくタイプだったみたい。

求められるのは嬉しいけど、どうしてもからかいたくなる。

そういうところが可愛いと思えるようになったのも、変化の一つ。


「あっ」

「?どうした」

「歯ブラシ、忘れちゃった」

泊まる時には、いつも持ち歩くように持ってくるようにしていたんだけど。
今日に限って忘れてきたみたいだった。

「ちょっと買ってくる」

「あ~……いや、いいよ行かなくて」

「……?」

意地悪を言うつもりじゃなかったんだけど、妙に歯切れの悪いあいつの言い方が気になった。

「まさか、もう待てないとかいうんじゃないでしょうね」

「そんなこと言うわけないだろ!そうじゃなくて、その……」

「……?」


「……俺の予備があるから、それ使って」

「いいの?あんたのでしょ」

「また買っておけばいいだけだし」

「そ。……じゃ、遠慮なく使わせてもらうわ」

「あぁ。洗面台の、左の扉に入ってるから」

「ありがと」

言われて、洗面所へ向かう。

どこに何があるか、すっかり覚えてしまっていた。

そんな自分の変化も喜びつつ、言われたところを探す。

「えっと、これ……かな?……ん?」


「見つけたか?」

「ねぇ」

「どうした?」

「『予備』って、これのこと?」

「……そうだよ」

応えるなり、そっぽを向いてしまう。

あいつが言った場所には、確かに一本、新品の歯ブラシがあった。

それも、かわいらしい、ふゆが好きなアニメキャラのデザインのものが。

明らかに男物じゃなくて。

「『予備』ねぇ……ふふっ」

「な、なんだよ」

「なんでもなーい♪」

素直に用意してくれてた、って言えばいいのに。

『俺の』なんて言ったのは、きっと照れ臭かったんだろう。


からかおうかとも思ったけど、そんなあいつのことを考えたら、なんだかこっちまで照れ臭くなっちゃって。

なんとなく、あいつから目を逸らして、部屋を見渡す。

色んなものが、目に入った。

テーブルに乗った、小さな鏡。

本棚の上にある、アクセサリーケース。

ソファの隅に座ってる、やけにかわいらしいクッション。

暇つぶしに、って置いてあったゲーム機には、真新しい二つ目のコントローラー。

そして、あの歯ブラシ。

それは全部、いつの間にかあいつが用意してくれていたもの。


ここは、あいつが生活している部屋で。

仕事以外の、プロデューサーではない、素のあいつの空間。

気づけば、そのいたるところにふゆの場所があって。

あいつの生活の一部に、ふゆがいて。

いつの間にか、それが当たり前みたいに思わせてくれていた。


あいつは、いつもそうだった。

いつもこうやって、ふゆに居場所をくれる。

それが、嬉しかった。

だから

「……?冬優子?」

「……別に、なんでもない」

こうやって、抱きしめたくなるのは当然のことで。

でも、恥ずかしいから、後ろから。

今のふゆの顔は、きっと見せられたものじゃないから。


「……ねぇ」

「……ん?」

「……ありがと」

「……おぅ」

交わしたのは、たったそれだけのやりとり。

それが、たまらなく心地よかった。


それから、どんどんあいつの部屋にふゆのものが増えて。

自分の家で過ごす時間より、あいつの部屋で過ごす時間の方が増えた頃。

「ほら、これ」

「……これって」

「前々から、早めに渡そうと思ってたんだけどな。作るのに時間がかかっちゃって」

差し出されたのは、真新しい鍵。

それが意味しているのは―――


「い、いいの?」

「今更だよ」

「で、でも―――」

「もうどこに何があるかもわかるだろ?」

「それは、そうだけど……」

「俺がいない時でも、いつでも来ていいから、ないと不便だろ」

確かに、もうすっかり、あそこは『あいつの部屋』ではなくなっていたけど。

そうじゃない。

そうじゃなくて。

ふゆが聞きたいのは


「……いや、違うな。悪い、照れくさくてな」

「俺が帰る時、冬優子に迎えてほしいんだ」

「あそこは、もう俺だけの部屋じゃないから」

「だから、持ってほしい」

改めて、差し出される鍵。


いつも、やきもきさせられたり、ハラハラさせられたりしたけど。

本当に欲しい時には、本当に欲しい言葉をくれる。

ふゆの気持ちを、ちゃんとわかってくれる。

だから、ふゆはこいつを。

この人を―――

「……うん、ありがとう」

涙ながらに、応えて、その鍵を受け取った。


そして

「お、お邪魔します」

いつもの習慣で、部屋に入る時に口を出た言葉。

そんなふゆを見て、あいつはちょっと笑っていた。

「冬優子、もう違うぞ」

「えっ……あっ」

言われて、ようやく気付く。

ここは、もう

「おかえり、冬優子」

「……うん」

いつかと同じ言葉でふゆを迎えてくれたあいつに。

「……ただいま!」

いつか、ちゃんと言えなかった言葉で、答えた。

以上になります。

冬優子は笑顔で幸せになってほしい。

HTML化依頼出してきます。
お付き合いいただきありがとうございました。

おつおつ
ふゆすき

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