【ゆゆゆ】大門大は喧嘩番長である【デジモンセイバーズ】 (27)

かつて、消滅の危機に瀕した人間界とデジタルワールド。
かけがえのない仲間たちや、全世界の人間やデジモン、そして唯一無二の相棒であるアグモンと力を合わせ、2つの世界を救った英雄がいた。
その名は、大門 大。イグドラシルとの戦いを終えた彼がその後、アグモンと共にデジタルワールドに冒険の旅に出たのは周知の事実である。
この物語は、彼がデジタルワールドに降り立つ直前の、ひとつの戦いの記録である。

大門大は喧嘩番長である

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「ん?もうデジタルワールドに着いたのか?今まで見てきたのとは随分感じが違うな」

DATS本部の転送装置により、デジモンたちと共にデジタルワールドに転送されたはずの大。
そんな彼が降り立ったのは、灼熱の炎が吹き上がる異空間であった。
周囲にいたはずのデジモンたちも、相棒のアグモン以外その姿が見当たらない。
その事に気づいたアグモンが、大へと声をかける。

「兄貴、どうもオレたちだけ皆とはぐれちゃったみたいだよ」

「そうみてぇだな。けど、まぁいいだろ。俺たちは俺たちの喧嘩をするだけだ!」

自分たちの置かれた状況にも全く動じる事なく、決意を新たにする大。

「あの、すいません。あなたたちは…?」

すると、大に背後から呼びかける声が耳に届いた。
大とアグモンが振り返ると、そこに立っていたのは、桃色の衣装を身に纏った少女だった。
その背後には、同様に色とりどりの衣装を身に纏った4人の少女の姿があった。
彼女たちは、讃州中学勇者部。『ある使命』を課せられた、少女達の一団である。
勇者部の姿を目にした大は、怪訝な表情で少女たちに声をかける。

「俺か?俺は大門 大。こっちは相棒のアグモンだ。
 それより、ゲートは閉じたはずだろ?なんでデジタルワールドに俺以外の人間がいるんだ?
 その周りにいるちっこいの、デジモンだろ?って事は、お前らもテイマーなのか?」

大の口から発せられる数々の耳慣れない単語に戸惑う少女たち。
5人を代表して、桃色の衣装の少女が大に話しかける。

「ええっと…とりあえず、私は結城 友奈っていいます。
 あなたが言っているデジタルワールドとか、デジモンっていうのが何のことかは分かりませんけど…
 アグモンちゃん、でしたっけ?精霊を連れてるって事は、大さんも勇者なんですか?」

「勇者?そんな大層なもんじゃねぇよ。俺はただの喧嘩番長だ」

大の要領を得ない説明に、ますます混乱する友奈たち。疑問は山ほどある。
勇者でもない人間が、なぜ壁の外にいるのか。
仮に勇者だとして、なぜ変身もせずにこの炎の中で平気でいられるのか。
そもそも勇者とは、無垢な少女しかなれないはずではないのか。
5人が頭を悩ませていると、唐突に『それ』は現れた。
頭上の空間に空いた巨大なブラックホール。そして、その中から出現する無数の白い異形。
その名はバーテックス。天の神が人類を滅ぼすべくして遣わした、究極の生命体である。
それを目にした大は、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「おいでなすったか、デジモンども!」

「大さん、危険です!下がってください!」

「冗談じゃねぇ!敵を目の前にして、おめおめと逃げられっかよ!行くぞアグモン!」

「合点だ!兄貴!」

「ちょ、ちょっと!?」

友奈の制止を無視し、敵の大群へ向けて駆けだす大とアグモン。
そしてその直後、友奈たちは信じ難い光景を目の当たりにする。

「そらぁ!」

大がバーテックスへ向けて跳躍し、右の拳を振るう。
すると、勇者以外の攻撃では傷一つ付かないはずのバーテックスが、跡形もなく爆発四散したのだ。

「え…えぇっ!?」

「な、生身の人間がバーテックスを…!?」

我が目を疑う光景に騒然となる友奈たち。
当の大はそんな事など意に介さず、輝く右の拳を掲げながら叫ぶ。

「行くぞアグモン!進化だ!」

「おう!」

「デジソウルチャージ!オーバードライブ!」

大が左手に握った装置、デジヴァイスに右手のデジソウルをチャージする。
それによってアグモンの身体に変化が生じ、眩い光を放ちながら巨大化する。
その輝きの中から姿を現したのは、白金の装甲を纏った聖竜・シャイングレイモンである。

「せ、精霊が変身した…」

「もう、何がどうなってるのよ…」

姉妹の勇者である犬吠埼 樹とその姉、風が驚きと呆れの入り混じった表情でつぶやく。
一方のシャイングレイモンは、肩に大を乗せた状態で飛翔しながら、星屑のバーテックスたちを木の葉のごとく蹴散らしてゆく。
危機を感じた星屑たちは集結し、ヴァルゴ・バーテックスへと合体する。

「おらぁ!」

しかし、そのヴァルゴ・バーテックスも大の鉄拳により一撃で爆発四散したのだった。
再び唖然とした表情を浮かべる勇者部員たち。そんな中、いち早く我に返った友奈が、他の勇者たちへと呼びかける。

「そ、それよりみんな!早く東郷さんを助けないと!」

「こ、ここは…」

「東郷さん!気が付いたんだね!」

「心配したんだよ~、わっしー」

とある病院のベッドの上で、黒髪の少女が目を覚ました。
勇者部によって救出された、勇者部最後の一人、東郷 美森である。
東郷の周囲には、他の勇者部のメンバーが揃い踏みしていた。

「友奈ちゃん、そのっち…それにみんなも…えっと、そちらの方々は…?」

東郷は勇者部メンバーの中に入り混じる、見慣れない1人と1匹の姿を確認し、疑問を投げかける。

「俺は大門 大ってもんだ」

「オレ、アグモン!よろしくな!」

「は、はぁ…こちらこそ…」

いまひとつ状況を理解できていない東郷が、困惑しながら頭を下げる。
そんな状況の中、三好 夏凛が困ったように頬をかきながら口を開いた。

「正直、私たちも何が何だか分からない状況なのよね…
 ひとまず、お互いの知っている情報を確認して、状況を整理しましょ」

部外者である大にバーテックスや勇者の存在を明かす事には少々のためらいはあった。
しかし、先程の戦闘を見ても、大が一般人ではない事は明らかだ。
何よりこのまま情報を隠していても、おそらくはお互いの混乱が増すばかりだろう。
そう判断した勇者部は、大と情報の共用をする決断を下した。
その会談の結果、お互いが相手の素性を知る事となった。
この世界が、天の神が遣わしたバーテックスにより、滅亡の危機に瀕していること。
友奈たちがそのバーテックスと戦う任務を課せられた勇者であること。
東郷が壁の一部を破壊した事により、活性化していた外の世界の炎の勢いが、何らかの原因により平常に戻ったこと。
そして、大とアグモンが経験した、人間世界とデジタルワールドを股に掛けた戦いのこと。

「なんていうか、ちょっと信じられないわね…」

「あぁ、俺もだ…」

風と大が同じ意見を口にした。お互いの混乱を解くのが目的だったはずの会談。
しかし、結果は混乱をさらに深めるだけに終わった。
勇者ではない大が、天の神やバーテックスの存在を知らなかったとしても、不思議ではない。
しかし、大の言う事が事実だとしたら、そんな世界規模の出来事を自分たちが知らないなど、あり得るのだろうか。
デジモン、DATS、デジタルワールド、そして、恐らくは天の神にも匹敵するであろう力を有していると思われるイグドラシル。
それらの存在を、勇者である自分たちが何ひとつ知らないなど、そんな事があり得るのだろうか。
勇者部の全員が同じ疑問を抱いていた。
しかし、壁の外における大とシャイングレイモンの戦いを見せられた後では、大の言っている事がまったくのデタラメとも思えなかった。
その場にいる全員が頭を悩ませる中、脳内でひとつの仮設に至った東郷が、ゆっくりと大に語り掛けた。

「大さん、並行世界という言葉をご存じですか?」

「は?ベ、ベーコン…なんだって?」

「並行世界。簡単に言ってしまえば、大さんの言うデジタルワールドのような完全な異世界ではなく
 我々の住む世界と似たような世界が無数に存在しているのではないか、という仮説です。
 もしも、大さんがこの世界とは別の…すなわち並行世界から来たのだとすれば、私たちと大さんの情報が食い違うのも納得できます。
恐らくは大さんの言うゲートでデジタルワールドに転送される最中、装置の故障なのか分かりませんが…
 なんらかの原因で大さんとアグモンちゃんだけが、こちらの世界に転送されたのだと思います」

「おう…そ、そうか…」

完全には理解できない大だったが、それでも、ここが自分たちがいた人間界とは別世界だという事はなんとか理解できたようだった。

「ところで東郷さん、この事は大赦に話した方がいいのかな?」

大が異世界人である事を認識した友奈が、今後の方針について話し合うべく、東郷に疑問を投げかけた。
友奈の問いかけに、東郷は険しい表情を浮かべながら答える。

「難しい所ね…確かに、大赦に話せば、新たな情報が手に入る可能性は高いけど…
 でも、私個人としては、あまり話す気にはなれないわね」

「私も同意見ね。大が異世界人だなんて知ったら、大赦の奴ら何しでかすか分かったもんじゃないわ」

風が東郷の意見に賛同する。残りの勇者部員も無言で頷き、二人の意見に同意したのだった。
しかし、それに対し樹が異を唱える。

「でも、大赦に話せないとなると、大さんとアグモンちゃんの住む場所はどうしましょうか?」

「ん?そんなもん、野宿でいいだろ。な?アグモン」

「オレは別に構わないぜ!」

「いえ、さすがにそれはどうかと思いますが…」

「ん~、それじゃあ、私に任せてもらえるかな~?」

樹と大、アグモンの会話に、乃木 園子が割って入る。

「自慢じゃないけど、私の家なら1人や2人増えたくらい、どうって事ないから、うちに泊まるといいよ~。
 親には私の方からうまい事いっておくからさ~」

「やったね兄貴!これで空きっ腹を抱えずにすむぜ!」

「いや、そうは言うけどよ…
 いいのか、園子?俺みたいな初対面の奴が世話になってもよ?」

無邪気に喜ぶアグモンとは対照的に、出会って間もない少女の家に居候になる事に負い目を感じる大。
そんな大を、東郷が説得する。

「大さん、別に遠慮する必要ないと思いますよ?
 私たち勇者部の目的は、人々のためになることを勇んで実施する事なんですから。
 それに中学生と恐竜?が野宿したたら、それはそれで問題ありますし…」

「んんー…まぁ、そこまで言うなら…
 そんじゃ、しばらく世話になるけど、よろしくな!園子!」

「合点承知の助だよ~」

「はいはいみんな、今日はもう遅いし、そろそろ解散!
 東郷も、しっかり休んで早く元気になるのよ!」

「はい、ありがとうございます」

風の呼びかけにより、東郷を除く全員が病室を後にする。
この時、友奈の身体の異変に気付いた者は、彼女自身を除いて他にいなかった。

「えっと…どうしたの、みんな?怖い顔して…」

友奈が不安げな声で問いかける。
大が友奈たちの世界に来てから2週間後、勇者部員と大、アグモンらは勇者部の部室に集合していた。
その場に集まった全員が、これまで見た事のない真剣な表情で友奈を見つめている。
部室に張り詰めるような緊張感が立ち込める中、東郷が意を決して口を開いた。

「友奈ちゃん、ごめんなさい。これ、読ませてもらったわ」

「そ、それは…!」

東郷がカバンから取り出したのは『勇者御記』と記された一冊の日記。

「本当にごめんなさい…でも最近、友奈ちゃんの様子がおかしかったから、絶対に何かあると思って…」

勇者部員たちは、口には出さねど友奈に対してある違和感を感じていた。
ここ数日、勇者部のムードメーカーである彼女から、明らかに生気が減退していたのだ。
それを不審に感じた東郷は、前日に友奈の部屋に忍び込み、そしてこの勇者御記を発見したのだった。
そこに記されていたのは、友奈が天の神の祟りによって苛まれているという事実。
友奈はその祟りが他者に伝染せぬよう、この事実をひた隠しにしてきたのだった。

「友奈。私、もう友奈がこれ以上苦しむのを黙って見てるなんてできない。
 今からみんなで一緒に大赦に行きましょ。きっとなにか解決策があるはずよ」

夏凛が友奈を諭すように静かに語りかける。
だが、友奈は無言で首を横に振り、それを否定する。

「ありがとう夏凛ちゃん。でも、それはできないよ。
 私、まだみんなに話さなきゃいけない事があって…」

友奈は今にも泣き出しそうな表情で昨夜の出来事を語りだした。

「いや怪しいでしょ!何引き受けようとしてんの!」 

「違うと思います!」

風と樹が友奈の意見を否定する。
友奈が語ったのは昨夜、彼女の自宅を訪れた大赦の神官から伝えられた事実。
300年間に渡りこの世界を守ってきた神樹の寿命が近づきつつある事。
神樹が寿命を迎えれば結界は消滅し、世界は炎に包まれて消滅してしまうのだという。
世界を救う道はただひとつ。聖なる乙女が神樹と神婚の儀を結び、神樹を延命させる事。
そして、その生贄として選ばれたのが、友奈だという事実であった。
風と樹以外の勇者部員たちも、当然のごとくそれを否定した。

「ゆーゆ、それしかないって考えはやめよう?
 神樹様の寿命がなくなるまでの間に、もっと考えれば良いんだよ…」

園子が穏やかな口調で友奈の説得を試みる。

「確かに、もうひとつだけ他の方法があるって、大赦の人も言ってた。
 でも、その方法は絶対に成功するとは限らないから、確実にみんなが助かるこの方法を…」

「…気に食わねぇな」

友奈の言葉を遮ったのは、それまで沈黙を守り続けてきた大だった。
大は友奈の眼前に歩み寄り、彼女の顔を見据える。
勇者部員やアグモンの身体に表れている、天の神の祟りの紋章が、なぜか大にだけ見当たらなかったが、友奈はそれを見なかった事にした。

「ま、大さん?」

「友奈、お前は本当にそれでいいのか?
 仲間の反対を押し切って、神樹なんて訳のわからねぇモンの生贄になって…
 世界がどうこう以前に『お前は』それに納得してるのかよ?」

「そ、それは…」

「それに、大赦の連中のやり方も気に食わねぇな。今回の件に限った話じゃねぇ。
 子供を守るはずの大人が、子供を『勇者』なんて大層な名前の兵士に育て上げて、自分たちは何もしねぇ。
 なにが勇者だ!ただの捨て駒じゃねぇか!」

大がさらに声と語気を荒げて叫ぶ。

「なにが神樹だ!なにが天の神だ!
 世界が滅びようって時に、この世界の神サマどもは一体なにしてやがる!
 世界を救えもしねぇ奴が、神を…神を名乗ってんじゃねぇ!」

大の魂の叫びに、勇者部一同は稲妻に打たれたかのごとき衝撃を受ける。

「友奈、神婚なんざする必要ねぇぞ。
 古今東西、神を自称する奴が正義であった試しはねぇんだ!」
 
「でも、私が行かないと世界が…」

「心配すんな。要は外の世界の炎がなくなっちまえばいいんだろ?
 だったら相手してやろうじゃねぇか!」

「な、何をするつもりですか!?」

動揺ぎみの夏凛が、大に問いかける。
それに対する大の答えは、勇者部全員を驚愕させるものだった。

「知れた事よ。これは俺と天の神のタイマン勝負だぜ!
 いや、天の神だけじゃねぇ。神樹も大赦もまとめてぶっ飛ばしてやらぁ!」

「兄貴!オレも行くぜ!」

「よっしゃ!さっそく殴り込みだ、アグモン!」

「二人ともやめてください!私さえ…私が行けば世界は…!」

もうその後は言葉にならなかった。友奈は瞳から大粒の涙を流しながら、勇者部部室を飛び出した。

「友奈ちゃん!」

「おい、待てよ友奈!」

「友奈~!逃げるなよ~!」

友奈の後を追いかけ、東郷が部室を飛び出す。
それに続き、大とアグモンもその後を追う。

「みんな、ちょっと待って!」

友奈たちの後を追いかけようとしていた勇者部部員を制したのは園子だった。
彼女の手に握られたスマートフォンの画面には、大赦からの着信を知らせるメッセージが表示されていた。

「こんな時に連絡なんて、きっとかなり重要な連絡だよ」

「…友奈の事は心配だけど、とにかく友奈はあの三人に任せましょ。
 私たちは大赦の用事をさっさと済ませて、友奈を探しに行くわよ」

しばし悩んだ末、風が決断を下した。
他の部員たちも、勇者部部長の指示に無言で頷く。
そして、意を決した園子が大赦からの着信に応じたのだった。



「兄貴、誰もいないぜ」

「クソッ、どこ行っちまったんだよ、友奈…」

友奈の捜索を続ける東郷らは、友奈のスマートフォンの反応を頼りに彼女の自宅を訪れていた。
しかし、そこに友奈の姿はなく、彼女の端末が残されているのみだった。
手詰まりの状況の中、東郷が思いつめた表情で大に自身の胸の内を語り始めた。

「大さん。私、なんとしてでも友奈ちゃんの事を助けたいです…」

「ああ、分かってるよ。友奈は大事な勇者部の仲間だもんな」

「いえ、もちろんそれもあるんですけど…なんて言うか、その…」

東郷が頬を赤らめ、身悶えしながら言葉を濁す。
まるで恋する乙女のごときその姿に、大もようやく東郷の胸中を察する。

「お前、もしかして友奈のこと…」

東郷が無言で、目を伏せたまま静かに頷いた。
以前から大も、友奈と東郷は勇者部の中でも特に仲がいい二人だとは感じていた。
だが、まさか東郷が友奈に恋心を抱いているとは予想外であった。
大は東郷に穏やかな話しかける。

「そうか…俺は恋だの愛だのとは無縁な人生を送ってきたから、偉そうにアドバイスなんて出来ねぇ。
 けどよ、誰かを好きになるのに、男も女も関係ねぇんじゃねぇのか?
 もちろん、その恋が必ず実るとは限らねぇ。女同士だから引き目を感じてるのも分かる。
 けど、『これだ』って思えるもんがあるなら、人の目ばっか気にしてちゃ損だろ?
 それによ、付き合い仮に断られたとしても、その程度で親友としての関係が壊れちまうほど、お前と友奈の関係はヤワなもんなのか?」

「いえ…」

「だろ?だったら、もう悩む必要はねぇ。当たって砕けろ、だ!
 その為にも、まずは絶対に友奈を助ける。そうだろ?」

「大さん…はい!ありがとうございます!」

瞳に活気と力強さが戻った様子の東郷に、大は安堵の笑みを浮かべる。

「やっと調子が戻ったみてぇだな。それでこそ勇者だ!
 男の…いや、人間の人生は常に命がけ!失敗を恐れた時点で、そいつは既に…」

「兄貴!兄貴~!」

「んだよ、アグモン!人がカッコよく決めようって時によ!」

「ゴメンよ兄貴。けど、コレ見てくれよ!」

友奈の自室を捜索していたアグモンが、大と東郷に一冊のノートを差し出す。
開かれたページには、友奈の筆跡でこう記されていた。

皆、色々ごめんなさい。
私は行きます。

「友奈ちゃん…まさか、神樹様の…」

東郷が友奈の行方を察した直後、彼女のスマートフォンの着信音が鳴り響く。
画面に表示された名前は園子のものであった。

「そのっち!?何があったの!?」



大赦からの連絡により、歴代の勇者たちが祀られている石碑へと呼び出された勇者部一同。
そこで彼女たちを待ち受けていたのは、小学生時代の園子と東郷の担任教師であり、現在は大赦の神官である安芸であった。
安芸の口から告げられたのは、必ず神婚を妨害しに来るであろう天の神の攻撃を防ぎきり、神婚を成立させよ、という指示。

「安芸先生…すっかり変わっちゃったね…
 悪いけど、神婚なんて絶対にさせない。今、わっしーにも来てもらうからね」

かつての師の変わり果てた様子を目の当たりにし、落胆する園子。
園子はスマートフォンを取り出し、東郷へと連絡する。

「わっしー、緊急事態だよ。すぐこっちに来てくれる?
 場所はミノさんの…」

園子と東郷の通話の最中、突如として勇者部全員のスマートフォンのアラームが鳴り響いた。
明らかに通常の樹海化警報ではない。

「来たようですね…」

安芸の呟きに呼応するように、空は紅く染まり、暗雲が立ち込める。
そして、紅の空に全ての元凶である巨大なる異形、天の神がその姿を現した。
困惑する勇者部とは対照的に、安芸は淡々とした口調で告げる。

「先程お伝えした通りです。これが最後のお役目。
 敵の攻撃を神婚成立まで防ぎ…」

『おぉ~~っと!その必要はありませんよ!』

安芸の言葉を遮り、緊迫したその場の雰囲気をかき消すように高揚した声がどこからか響き渡る。
勇者部と安芸が声の主を探り、振り返る。
すると、天井部にパラボナアンテナのような装置を載せた一台の大型車両が猛スピードで接近しつつあった。
どうやら先程の声は、あの車両の内部からスピーカーで拡散したもののようだ。
車両は急ブレーキをかけて停止すると、再び内部から声が発せられた。

『あなた方が戦う必要なんてありません!友奈さんから聞いていませんでしたか?
 世界を救う方法は、神婚以外にもうひとつあると!それを実現させる装置がようやく完成したのですよ!』

車両に搭載されたアンテナが可動し、上空へと先端が向けられる。
そして、天の神へと向けてアンテナから一筋の光が放たれた。その光線が天の神へと命中する。
直後、異変が起きた。それまで進攻を続けていた天の神の動きが、突然停止したのだ。
異変はそれだけではない。天の神の円盤状の身体の中央部が、内部から盛り上がり、変形してゆく。
それは次第に人面を形成しつつあった。
そして、変形が納まり、完全に形成された人面は両眼を見開き、先程の車両から発せられたものと同じ声で高らかに宣言する。

「はぁーはっはっはっ!どうです、見ましたか!
 この私の優秀な頭脳!最先端の科学!魔王ベルフェモンをも屈服させた強靭な精神力!
 それらを駆使すれば、天の神といえど無力!私こそが真の神なのですよ!」

大赦と深い繋がりを持つ園子には、その顔面に見覚えがあった。
それは勇者システムの開発担当の最高責任者にして、かつてのDATSの科学者、倉田 明宏その人であった。

(長かった…この日をどれだけ待ち望んだことか…)

倉田が瞳を閉じ、回想にふける。
倉田 明宏。かつてベルフェモンと融合し、世界征服を企んだ男。
そんな彼がこの世界にやって来たのは、大とシャイングレイモンの戦いに敗れた直後。
時空振動爆弾によって生じた時空の裂け目に飲み込まれた彼は、2年前にこの世界へと降り立ったのだった。
彼はその後、時空の歪みを検知して捜索に訪れた大赦の職員によって保護され、その頭脳と経歴を買われ、
勇者システムの開発担当に配属されたのだった。そして、彼の手によって精霊と満開が実装されたのである。

「天の神との融合が完了した今、もうこんなちっぽけな世界に用はありません!」

倉田のの野望。それは、自身を否定した人間界とデジタルワールドへの復讐。
そして、全ての並行世界の支配。

「さらばです、勇者部のみなさん!そして弱小な人類よ!
 私はこんな荒廃した世界に興味はありません!
 これからあらゆる世界を支配する偉大なる王の旅立ちを、しっかりとその目に…」

「倉田!?てめぇ倉田なのか!?」

「なっ!?そ、その声はまさか…」

自身を呼ぶ聞き覚えのある声に、倉田は恐る恐る視線を降ろす。
そこには、勇者部の元へと駆け付けた東郷、アグモン、そして倉田の宿敵である大門 大の姿があった。

「だ…大門 大!?なぜ、あなたがここに!?」

「それはこっちのセリフだ!もう二度と会うことはないと思ってたぜ!まさか生きてやがったとはなぁ!」

倉田を見上げながら拳を握りしめ、叫ぶ大。
その全身は光り輝くデジソウルによって包まれていた。

「また懲りずにくだらねぇ野望を抱いてるみてぇだな!
 倉田!そして天の神!これ以上てめぇらの好き勝手にはさせねぇ!
 この俺が!この拳で!てめぇらに引導を渡してやる!
 行くぜアグモン!進化だ!」

「おう!」

「チャージ!デジソウルバースト!!」

大が全身のデジソウルを右手に込め、デジヴァイスにチャージする。
それによりアグモンの身体は炎に包まれながら巨大化し、紅の装甲と火炎を纏った姿へと変貌する。
究極を超えた力、シャイングレイモン バーストモードである。
大はシャイングレイモンの肩へと飛び乗り、勇者部へと告げる。

「こいつの相手は俺とシャイングレイモンに任せろ!
 お前らは友奈の所に行け!」

「大さん…すいません、お願いします!」

スマートフォンを取り出し、勇者へと変身する東郷。
他の勇者部員も後に続き、次々と勇者へと変身する。

「マッサン!ここは任せたよ!」

そう言い残し、勇者部員たちと共に駆け出していった園子。
大はその背中を見送ると、倉田へと向き直る。

「さぁてと、今度こそ決着をつけようぜ!倉田!」

「大門 大!以前の私と同じだと思ったら大間違いですよ!」

倉田がスコーピオン・バーテックスの毒針と、サジタリアス・バーテックスの光の矢を同時にシャイングレイモンへと放つ。

「ふんっ!!」

しかし、それらの攻撃はシャイングレイモンが手にした炎の双剣によって、難なく弾かれる。
続いて大が倉田に向けて吠える。

「無駄だ!てめぇは何も変わっちゃいねぇ!
 魔王だろうと神だろうと、どんな力を手にしたところで、てめぇは俺たちには勝てねぇんだよ!
 なんでか分かるか?てめぇには燃える魂も、背負ってる物も何もねぇからだ!!」

『な、なんだ貴様は!?本当にただの人間か!?
 勇者ですらない人間が、我に逆らおうというのか!』

倉田の肉体の内部から、何者かの声が響き渡る。
声の主は、大のあまりの気迫によって休眠から目覚めた天の神である。
大は天の神を指差し、堂々とした態度で言い放つ。

「ようやくお目覚めか!天の神!いいか、よく聞け!
 子供ってのは、親の背中を追いかけて育つもんだ!
 その背中を追い続けて、いつか追い抜く事が子供の目標で、最大の親孝行でもあるんだ!
 そしてその成長を見届ける事が、親にとっての喜びなんだよ!
 神であるてめぇにとって、人間は自分の子供みてぇなもんだ!
 なのに、てめぇは人間が神の力にに近づいた事に怒り、滅ぼそうとしやがった!
 子供の成長を拒んだてめぇに、親である資格はねぇ!ましてや神でもねぇ!
 てめぇは天のカスだ!分かったか、この天カス野郎!!」

『て…天カスだと…!?』

「そうだ!てめぇなんか、うどんの上に乗せて、たぬきうどんにして食ってやるぜ!
 行くぞシャイングレイモン!」

「おう!」

猛スピードで飛翔しながら接近するシャイングレイモンと大。
倉田は自棄になったかのように、あらゆるバーテックスの能力を発現させて攻撃を繰り出す。
しかし、その全てががシャイングレイモンによって迎撃されてゆく。
その光景を目の当たりにした天の神が、狼狽した声で叫ぶ。

『や、奴が来るぞ、倉田!なんとかしろ!』

「何を情けない事を!あなた神でしょうが!
 あなたの方こそ、なんとか出来ないんですか!!」

敵の眼前で口論を繰り広げる、倉田と天の神。
その様子に、大は呆れたような声で言い放つ。

「一生やってろ!てめぇらみたいな小物は、そうやっていがみ合ってるのがお似合いだぜ!
 シャイングレイモン!奴らに一発ぶちかましてやれ!」

「合点!」

シャイングレイモンの全身に、炎のエネルギーが満ち溢れる。
そしてそのエネルギーを両手に集中させ、必殺技の体勢に入る。

「ファイナルシャイニングバースト!!」

シャイングレイモンの両手から放たれたエネルギーが、倉田の顔面へと炸裂し、大爆発を巻き起こす。
その炎は瞬く間に燃え広がり、倉田と天の神の身体を焼き焦がしてゆく。

『馬鹿な!我がこれほどの痛打を受けるとは!?』

「こ、こんな事、認めませんよ~~!!」

シャイングレイモンの攻撃による予想以上のダメージに、ますます動揺が拡大する倉田と天の神。
そんな二人に向かって、大はシャイングレイモンの肩を足場に跳躍する。

「『ひっ!?』」

「これで終わりだ倉田ぁぁぁ!!」

鬼気迫る大の姿に、同時に恐怖の悲鳴を上げる倉田と天の神。
大は倉田の顔面へと、自慢の右の拳を叩き込んだ。

『し、信じられん…我が、我が…!!』

「私の野望はこんな所で終わるはずでは~~~~!?」

大の一撃が決定打となり、天の神と倉田の身体が消滅してゆく。
こうして、人類を壊滅の危機に陥れた天の神、そして二度にわたって世界征服を企んだ倉田 明宏は、
肉片のひとつも残さずに完全に消え去ったのだった。
それを見届けた大が静かに呟いた。

「地獄でやってろ…」



「友奈ちゃん!助けに来たわよ!」

「東郷さん!?どうして…」

神婚の儀の最中の友奈の元へ、東郷が駆け付けた。
勇者部の協力を得て神樹の妨害を振り切り、友奈の元へと辿り着いたのである。

「帰ろう、友奈ちゃん!迎えに来たのよ!」

「でも…私がやらないと、世界が消えちゃう…
 誰かがやらないと…なら私が…」

あくまで世界を救うべく意地を張り続ける友奈。
そんな友奈の態度に、東郷はこれまで発したことのない荒々しい声で叫ぶ。

「友奈!本当のことを言ってよ。怖いなら怖いって…私には言ってよ!
 友達だって言うなら、助けてって言ってよ!」

東郷の魂の叫びに心打たれる友奈。
友奈からは、いつしか涙と共に本音が零れ落ちていた。

「死ぬの…嫌だよ…みんなと別れるのは嫌だよ!
 ずっと…ずっとみんなと一緒にいたいよ…!」

泣き崩れる友奈を救出すべく、必死に手を伸ばす東郷。
しかし、無情にも友奈の全身に触手がまとわりつき、東郷から引き離してゆく。

(そんな!このままじゃ友奈ちゃんが…!)

思わず東郷の表情が絶望に染まる。
そんな東郷をあざ笑うかのように、触手はどんどん友奈を引き離してゆく。

「さ せ る か ぁ ぁ ぁ ぁ !!」

突如、ひとつの影が高速で東郷の傍を横切った。
影はその勢いのまま拳を振るい、友奈を拘束する無数の触手を一撃ですべて断ち切ったのだった。
呆気にとられた表情を浮かべる友奈と東郷。友奈を救った人物は、歯を出した笑顔を浮かべながら二人に声をかける。

「よっ!待たせたな、二人とも!」

その人物は他でもない、大門 大であった。
否、大だけではない。残りの勇者部員たちも、シャイングレイモンの背に乗って友奈と東郷の元に駆けつけていた。

「安心しろ友奈、東郷!天の神と倉田は倒した!
 もう神婚なんぜする必要はねぇんだ!」

大の言う通り、壁の外の炎が消滅した以上、世界が滅ぶ危険はない。
しかし、あくまでも友奈との神婚を望む神樹は、再び友奈へと触手を伸ばす。

「いい加減にしやがれ、この野郎ーーーー!!」

神樹のあまりにも身勝手な態度に、激怒した大が叫ぶ。

「やい神樹!てめぇ神だろうが!
 神だったら、人間を見守るのが役目じゃねぇのかよ!
 なのに、300年も生きたクセして、自分の子供同然の人間を犠牲にして、まだ生き永らえようってのか!!」

大の言葉に続くように、勇者たちが神樹へと語り掛ける。

「神樹様」

「人は、いろんな人がいます」

「それでも、本当に人を救おうというなら」

「人を、信じてくれませんか?」

夏凛が、樹が、風が、園子が、神樹へと語り掛ける。
彼女たちが言葉を紡ぐたび、その周囲には歴代の勇者や巫女の英霊たちが姿を現してゆく。
その中には、東郷のかつての親友とおぼしき姿も見受けられた。

「銀…」

「そういう事だ神樹。こいつらは…人間はもう神の助けを必要とするほど、弱くはねぇんだよ。
 ここはひとつ、大人しく引き下がっちゃくれねぇか?」

勇者部と大の説得に、神樹は無言で触手を引き下げる。
そして、光を放ちながら静かに消滅していった。
残された力の全てを使い、世界を本来あるべき姿へと再生したのである。

「分かってくれたみてぇだな」

安堵の笑みを浮かべる大。
それにつられるように、勇者たちは歓喜の声を上げるのだった。

「大さん、本当に行っちゃうんですか?」

「ああ、冒険が俺を待ってるからな。友奈、今まで世話になったな」

天の神との最終決戦から数日後、勇者部は大赦にて大とアグモンとの最後の別れを惜しんでいた。
大のデジタルワールドへの転送は、倉田が残していたデジタルゲートが用いられる事となった。
天の神との融合が完了した暁には、全ての並行世界の支配を企んでいた倉田。
真っ先にデジタルワールドを消滅させるつもりだったらしく、ゲートの転送先はデジタルワールドに設定されていた。

「大さん、あなたには本当にお世話になりました。なんとお礼とお詫びをすればいいのやら…」

仮面を外した素顔の安芸が、深々と頭を下げる。
大をこのデジタルゲートに案内したのは、他ならぬ彼女である。
大は安芸の緊張を解くような軽い口調で語りかける。

「いいって事よ。それより、これからは教師として、一人の大人として、
 こいつらをしっかり面倒みてやってくれよ!」

「はい…」

「あー…それと最後に、東郷ちょっといいか?」

「はい?」

大がゆっくりと東郷の元へと歩み寄り、静かに耳打ちする。

「しっかり頑張れよ。友奈との事、応援してるぜ」

「なっ!?」

「兄貴ー!早く早くー!!」

赤面する東郷の様子にも気づかず、アグモンが呑気な声で大を呼ぶ。
大はその呼びかけに応え、転送カプセルの中に入る。

「わぁーってるよ、アグモン!じゃあな!みんな達者でな!!」

大は最後にそう言い残し、アグモンと共にこの世界を去ったのだった。

「行っちゃいましたね…」

「本当に、嵐みたいな人だったね~」

「でも、なんだかんだ言って楽しかったわよね」

「さぁさぁ、あんた達!余韻に浸ってる暇はないわよ!
 私たちには勇者部の仕事が山ほどあるんだからね!」

樹、園子、夏凛、風がそれぞれ口にする。
勇者部はここ数日、本来の姿に戻ったことにより混乱する人々の手助けをする仕事に奔走していた。
風たちの後に続いて歩きだす友奈の背中を、東郷が呼び止めた。

「あの、友奈ちゃん!」

「うん?どうしたの東郷さん?」

「あの、私、友奈ちゃんの事が…!」



「なんだぁ?ここは俺らの縄張りだぞ?」

「あぁ!?やんのかコラ!」

「上等だ!やってやろうじゃねぇか!」

デジタルワールドの荒野。そこで言い争いを繰り広げる2種族のデジモンがいた。
ゴブリモンとシャーマモンである。今にも戦闘に突入しそうな、一触即発の雰囲気である。

「ちょっと待ったぁぁぁ!!」

その口論を、何者かの叫び声が遮った。
ゴブリモンたちは同時に声の方向へと首を傾ける。

「デジタルワールドの平和を乱すやつぁ、この大門 大さまが許さねぇ!行くぞアグモン!」

「おう!」

大門 大とアグモン。彼らの冒険は、まだまだ始まったばかりである。

なんというか、戦闘力でもキャラ的にも兄貴が強すぎて、勇者部を食ってしまった感が半端ない。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

セイバーズ懐かしい

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