【鬼滅の刃】鮭大根【ぎゆしの】 (28)
「義勇さんの好きな食べ物ってなんですか?」
ある日の任務の帰り道、炭治郎と義勇はたまたま出会い帰路を共にしている。というのも、二人とも目指す場所は蝶屋敷なのである。炭治郎は同期である善逸と伊之助がまだ治療を受けているのでお見舞いに。義勇の方は傷薬の軟膏が無くなったので補充をするために蝶屋敷に向かっていた。
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そんな中唐突に炭治郎が話題に出したのが好きな食べ物の話。話題としてはよくある部類だろう。義勇の方は口下手なので、こうして自分から話しかけてくれる炭治郎のような存在はありがたかった。
「…鮭大根」
「へぇ、そうなんですね!今日は蝶屋敷でご飯をご馳走になるんですか?」
「?」
話が繋がらない。なぜ鮭大根が好きだと言ったら蝶屋敷で夕飯を食べることになるのだろう。義勇がそう思案していると、それを察したのか炭治郎が更に続ける。
「いや、今日の夕飯は鮭大根だそうなので…」
「何!?」
柄にもなく大きな声を出す。これには弟弟子で義勇と比較的長い時間関わってきたと思っていた炭治郎でも見たことのない姿だった。
「…すまない」
「いえ、ちょっと驚いただけです」
よっぽどお好きなんですね。と続けられると義勇はバツの悪そうな表情を浮かべる。これで弟弟子の前では気取っていたかったのだろう。無口で口下手と言われる義勇だが、気を許した相手には意外と表情は雄弁なのだ。
「けど珍しいですよね、鮭大根って。何かきっかけがあったんですか」
「…姉の得意料理だった」
聞いてから炭治郎は『しまった』と思った。義勇の姉は祝言をあげる前日に義勇のことを庇って亡くなっている。辛い記憶を思い出させてしまったかもしれない。
「…気にするな」
炭治郎の表情を読み取ったのか、義勇が声をかける。
「鮭大根は姉さんの得意料理だった…俺は姉が好きだったから…好きな人が作ってくれる料理ほど旨いものはない」
「たしかに…」
決して上手い言い回しではなかったが、義勇の想いは伝わってくる。好きな人が作ってくれる料理に勝るものはない。炭治郎は幼い頃に作ってもらった母の手料理を思い出し、納得していた。
「水柱様、炭治郎さん、おかえりなさい」
そんな話をしていると蝶屋敷にたどり着いた。この屋敷に常駐し、家事や治療を取り仕切っている神崎アオイが挨拶を述べる。
「ただいま戻りました!」
「…あぁ」
こういう時に同じ流派でも、差が出てくる。人当たりの良い炭治郎と人付き合いの苦手な義勇では致し方ないことだ。
「今日の夕飯は義勇さんもご一緒しても構わないでしょうか?義勇さんは鮭大根が大好物だそうで…」
義勇に代わって炭治郎が聞く。
「え?はい…構いませんよ。そのつもりだと思いますし…」
少し不思議そうな顔をしてアオイが応える。
「…ありがとう」
言葉少なに礼を言うと、『胡蝶に会いに行く』と炭治郎に言い残し、義勇はスタスタと歩いていってしまった。
「せっかくの好物なんですから、もっと喜べばいいのに…」
「いや、大喜びしてましたよ」
「え?あれでですか!?」
匂いのわかる炭治郎以外にはわからないくらいの差しかない表情は、けれども確かに笑みを浮かべていた。よっぽど楽しみなのだろう。
「けど、凄いですね!鴉を飛ばしたのはついさっきだったのに、その間に義勇さんの分の夕食まで用意するなんて」
義勇は元々は蝶屋敷に寄るつもりは無かった。傷薬の軟膏も柱である義勇が使うことは少ない。大概はその場に居合わせた平隊員の治療に使ってしまう。自分で使っているわけではないからか、無くなって初めて気がつくのだ。今回もたまたま居合わせた炭治郎の傷に塗ろうと取り出すと残りが僅かなことに気がついたのだ。そこから鴉を飛ばして時間にして一時間程。その速さでもう一人分の夕食を追加するとは、炭治郎はアオイの手際の良さに驚愕していた。
「いえ、水柱様の分は元々作られていましたよ」
「ん?」
ここで炭治郎はある違和感に気づく。
『え?はい…構いませんよ。そのつもりだと思いますし…』
『いえ、水柱様の分は元々作られていましたよ』
そう、どこか他人事なのだ。
蝶屋敷の主人は他の誰でもない蟲柱、胡蝶しのぶである。傷を負った隊士の治療や機能回復訓練の責任者も主人であるしのぶである。しかし、患者の衣類の洗濯、生薬の買い付け、そして蝶屋敷での食べ物の調理は柱として任務に赴くしのぶのかわりにアオイが請け負っている。それなのに、どうしてこんなに他人事なのだろう。
「おかえり、炭治郎」
そんな違和感に首を捻っていると、カナヲに声をかけられた。
「ん?あぁ、ただいまカナヲ!」
「炭治郎…あれ?水柱様と一緒じゃないの?」
「あぁ…義勇さんなら、先に…ってどうして義勇さんがいるって思ったんだ?」
「だって、今日は夕飯が鮭大根だから」
「ん?」
ますますわけがわからない。どうして今夜の夕飯が鮭大根なら義勇がいることになるのだろうか。いくら好物だとはいえ、好物の前に常に移動する人間などいないだろう。
「何故かわからないんですが、夕飯が鮭大根の日には水柱様がいらっしゃるんですよ」
そんなことがあるのだろうか。にわかには信じがたい。
「アオイさんが鮭大根を作るのを義勇さんが察知してるんですかね?」
「ん?鮭大根を作っているのは私ではありませんよ?」
「え?」
予想外の答えだったが、これで納得はできる。どこか他人事だったのではない。作っていないのだから本当に他人事だったのだ。しかし、それでは一体誰が作っているのだろう。
「鮭大根だけは、毎回師範が作る…」
「しのぶさんが?どうして?」
「しのぶ様曰く、『これしか作れないんですよ』って…」
なるほど、起きている時間の全てを鍛錬と鬼狩りに費やすのが鬼殺隊。しのぶはそれに加えて治療や毒の調合も行なっている。料理など勉強する暇などない。作れる料理が一つだけでも別段不思議はない。けれど…
「どうして鮭大根なんだろう?」
作れるのが鮭大根というのが引っかかる。決して作りやすい料理ではない。その上有名なわけでもない。そんな料理だけが、どうして作れるのだろうか。
「さぁ…そこまでは…」
「それに…」
「お!権八郎じゃねーか!勝負しろ!」
「おい!止めろよ!伊之助!」
そんな話をしているうちに、伊之助と善逸がやってきて話しかけてきた。この分だと二人ともだいぶよくなっているようだ。
「それよりほら、もう風呂入らないと夕飯に間に合わないぞ?」
「あ!?もう、そんな時間だったのか!」
善逸の一言でふと我に帰る。随分長い間話をしていたようだ。三人は夕飯を食べる前に風呂に向かうことにした。
「がははは!俺が一番だ!」
「こら、伊之助!廊下は歩かないとダメだろう?」
風呂から上がるなり、伊之助は走り出して一目散に食堂に向かっていった。炭治郎は最初、まだ脚の怪我が治っていない善逸を助けて一緒に行こうとしたが。善逸の方から
「俺はいいからアイツを止めてやってくれ。またしのぶさんに怒られちゃうよ…」
と言われたので伊之助を追いかけて来たのだ。
「…」
「あら、伊之助くん、炭治郎くん、いらっしゃい」
食堂には義勇としのぶが居た。しのぶの方は食べ終わっていたが、義勇の方はまだ鮭大根を残していた。
「それでは私はこのあたりで失礼しますね…」
そうして、しのぶが席を外すと同時に二人分の食事が運ばれてくる。
「おい、半々羽織!それいらねえのかよ?」
それとは鮭大根のことである。伊之助は丁寧に鮭大根だけを残している義勇を見て食べたくないと判断したのだ。
「…いや」
「義勇さんは、鮭大根が好物なんだよ」
「は?そんな珍しいものが好物なのかよ?なんでだ?」
驚くのも無理はない。
「…好きな人が作ってくれるからだ」
ドキンと心臓が跳ねた音がする。同じ台詞のはずなのに、この鮭大根を誰が作っているかどうかを聞く前と後では意味合いがまるで違うように聞こえる。
「…ここの鮭大根が一番旨い」
嗅いだこともないような優しい匂いがした。そしてそれ以上にこれまでの違和感が全て繋がった。
どうしてしのぶは鮭大根という珍しい料理だけを作るのか。
どうして義勇がやってくる日は毎回鮭大根なのか。
やってくる日がわかるのはきっと、薬を出している人と料理を作る人が同じだからだろう。いつも大体どれくらいで使い切るのかわかるのだ。
(義勇さんは知っているのだろうか、この鮭大根はしのぶさんが作っているのだと…)
知っていても知らなくても、多分二人が想いを告げる日はこないのだろう。二人とも大切な人を失った。鬼を殲滅することが何よりも優先すべきことなのだ。きっとこれからもしのぶは鮭大根を出し続け、義勇はそれを食べながらしのぶの話を聞く。それだけで満足なのだろう。
「お待た…って、炭治郎!?なんて音してるんだよ!?」
願わくば、そのいじらしい恋とも言えぬような淡いその気持ちだけは踏みにじらずにいてほしい。炭治郎はそう願わずにはいられなかった。
それほど二人の間からは、嗅いだことのないような幸せな匂いが漂っていた。
ぎゆしの人気で嬉しい
すごくほわほわする
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