胡蝶は器用だ。俺なんかよりもずっと。
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「全く、包帯くらい自分で巻けるようになってくださいね」
以前治療してもらった傷に薬を塗って、包帯を巻き直そうと思った。けれど、加減がわからない。戦いの最中に取れることのないようにきつく結んでいたら
「ちょっと、冨岡さん。きつく結びすぎです。苦しいでしょう?」
と胡蝶に呼び止められた。
「別に気にならない。取れてしまうよりかはいい」
「…かしてください」
そこから冒頭のセリフを言われる。胡蝶に巻いてもらった包帯は、きつすぎもせず、かと言ってずれることもなく完璧に巻かれていた。
「…胡蝶は天才か?」
「ふふ…なんですかそれ?冨岡さんが不器用なだけですよ」
楽しそうに笑う胡蝶には、俺が本気でそう思っていることなんて伝わっていないようだ。
「慣れているだけですよ。今までどれくらい包帯を巻いてきたと思っているんですか…」
「胡蝶…」
そう言って、俺の包帯に触れながら、しかし胡蝶は別のところを見ていた。自分の屋敷を隊士の治療院として開放している彼女には、きっと今まで助けられなかった隊士たちの姿が見えているのだろう…そして、その中には、姉である胡蝶カナエも入っているのだろう。
「ほら、巻けましたよ、冨岡さん」
「…あぁ」
その小さな背中に…同年代の女性と比較しても小さすぎるくらいに小さい背中に、どれほどの想いを背負っているのだろう。そんなことを考えながら胡蝶の顔を見る。
「冨岡さん?」
その顔にはいつも通り、彼女の姉を彷彿とさせる笑顔が張り付いている。そう、胡蝶の笑顔ではない。胡蝶の笑顔はもっと…
「人の顔を黙って見つめて、どうしたんですか?失礼ですよ?」
「…すまない」
そう、今少し近づいた。勝気で、強気で、お転婆な、そんな笑顔だった。この笑顔は偽物だ。だが、この笑顔に救われた人間はきっと山ほどいるのだろう。
「本当にどうしたんですか?今日の冨岡さん、何か変ですよ?」
まぁ、いつも変なんですけれど。と続ける胡蝶をよそに、俺は更に考える。胡蝶の笑顔に救われた人がいる。胡蝶の治療があるから安心して戦える人がいる。胡蝶の強さがあるから守られた人がいる…では、胡蝶は?誰に守られているのだろうか?
柱でさえも、怪我をすれば彼女の世話になる。では彼女が怪我をした時は…
「…なぁ、胡蝶」
「はい?どうしました?冨岡さん」
それは不器用な俺が必死に考えて、ようやく口にできた一言だった。
「…これからも、俺の包帯はお前が巻いてくれないか?」
「は?」
胡蝶には意味がわからないだろう。けれど、俺は自分を殺して他人を助ける胡蝶が、いつか自分の命すら、誰かのために使ってしまうのではないかと思ってしまった。
「俺ではこんなに綺麗に包帯を巻けない…」
「いや、こんなの、私じゃなくても蝶屋敷にいる人間なら誰だって…」
「それでも俺は胡蝶がいい…だめか?」
「っ…」
沢山の人間を守っている胡蝶は誰に守られているのだろうか。柱とは言え、十八の少女なのだ。
「もしも、嫌だというのなら、自分で巻く…」
「…はぁ、わかりました。巻いて差し上げますよ。私でいいのなら…」
これでも私は忙しいんですよ。と嫌味を言う胡蝶に安心する。胡蝶のように沢山の人間なんて守れないが、生きてさえいれば、生きてさえいてくれたら、戦いの中でなら、こんな俺でも胡蝶一人くらいなら守れると思うから。
「だからそんなほいほい怪我をされても…って、聞いてます?冨岡さん?」
「あぁ…できるだけ、怪我はしないように心がける」
包帯と同じように、こんな風に力まかせでしか、不器用にしかお前のことをつなぎ止められないけれど、ひょっとしたら、迷惑に感じるような、痛いくらいの結び方かもしれないけれど、それでもお前がもう少し、自分のことを大切にしてくれればと思う。
つよくつよく、むすんだその糸が切られてしまうまで…
終わり
尊い
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