【ミリマスSS】「桂馬が跳ねたら」 (33)

長考。
といってもまだ5分ほど。
だけど長考。
プロでもアマの強豪でもない二人の暇潰しだから、それはもう十分に長考だろう。

事務所休憩室のテーブル上の将棋盤。
対面には先手の宮尾美也。
本日2連敗中。

「なんか駒を落とそうか?」

の問いかけに、眉間に軽くシワを寄せながら

「次はきっと勝ちますから~」

と答えた彼女。
そして始まった3戦目。
現在、相矢倉から中盤に差し掛かったところで、旗色はよろしくない。
もちろん、彼女にとっての。

時刻は14時すぎ。
冷房は、止めてある。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1529986366

まだ梅雨の真っ只中だというのに、本日の東京都の気温は34℃。
どう考えてもエアコンをフル回転させねばならないハズだ。

だけど、可愛い可愛い我が後輩プロデューサーであるところの可愛い可愛いA月R子女史による、

「まだ6月なのにいまからそんなにエアコンを使っていたら夏本番になったとき身体が暑さについていけませんよ」

から始まる可愛い可愛い講義により、

『窓全開』

という暑さ対策が採用されることとなった。
あれは間違いなく講義であり、断じてお説教ではない。
断じて。

ときおり吹き込んでくる風は梅雨らしい湿り気と遠くで走る電車の音を運んでくる。
あぁ、もう夏だな、と感じる。

そろそろ長考10分目を迎えそうな美也は盤面を見つめながうんうん唸っている。
いや、うん、ではなく、

「ん~」

かな。
「うん」と「ふぬ~」のちょうど真ん中あたりの、

「ん~」

たまに小首をかしげたり腕を組んだりしながらの、

「ん~」

まだ時間がかかりそうだな、と思いながら視線をフラフラさせていると、小鳥さんと目があった。

小鳥さんは微笑みながら、右手でグラスを口に運ぶジェスチャー。

あれはきっと、

「暑いですね。仕事帰りに一杯どうですか?今日は焼き鳥の気分なんです。冷えたビールをキュっとやりながら、砂肝をコリコリしましょうよ」

ではなく、

「何か冷たいもの飲みますか?」

という意味だろう。
もしくは両方。

現時点で喉か乾いているのは確かなので、こちらも微笑みながら頷いた。

矢倉は終わった

待ったはアリなんですか
なら気長に待ちます

気長に待つぜ

「はい、麦茶どうぞ。美也ちゃんも」

「すいません、いただきます」

「ありがとうございます~」

運ばれてきたグラスを二人で同時に傾けた

俺は右手で。
美也は両手で。

「たくさん作ってありますから、おかわりのときは言って下さいね」

そう言って自分のデスクに戻る小鳥さんに

「焼き鳥のあとは?」

と声をかけると、よく分かりましたね、と言いたげな微笑みとともに

「ラーメン…じゃなくて冷たいおソバ。今日は」

と返ってきた。
三手先を読むのは将棋の基本である。
きっと人生においても。

そんな深遠ぶったことを考えながら、対面のアイドル、つまり宮尾美也のオーディションのときの様子を思い出した。

応募したきっかけについて聞かれて、

「歴史の教科書に載りたいと思ったからです~」

なんということを、三手どころか一億と二手先まで読みきったような顔で言われたもんだから、そこにいた全員の顔に!と?が大量に浮かんでいた。
まぁ、原因は社長がプロジェクトに付けたキャッチコピーのせいだったんだけども。

「将棋と囲碁、好きなの?」

履歴書に書いてあった渋い趣味について尋ねると、

「はい~。おじいちゃんに教わりました~。角の頭は槍で突け~、って。あれ?」

「どうしたの?」

「槍って駒、ありましたっけ?」

「たぶん香車のことじゃないかな…」

「あ~!ほほ~!なるほど~!」

まぁなんというか、オーディションの現場で大人たちを前にしても自分のペースを崩さない彼女に、大きな可能性を感じたわけだ。
少なくとも俺は。

だから宮尾美也は、アイドルとしてここにいる。
蒸し暑い事務所で、将棋を指しながら。

「プロデューサーさん、打ちましたよ~」

その声で我に返り盤面に目をやると、どうやら銀を上げたようだ。

「おっ、その銀で俺をイジメる気だな?」

「むふふ~」

悪戯っぽさと純真さと華やかさがミックスされたその笑顔を、担当プロデューサーながら可愛いと思った。
やっぱりアイドルだな、と。
いつか教科書に載せてやりたいな、と。

「じゃあ俺も銀でイジメてやろうかな」

そう言って同じく銀を上げると、

「プロデューサーさん、マネっこですか~?いけませんね~」

と叱られた。
気分は悪くない。
これもプロデューサー特権である、ということにしておこう。

別に将棋を過大評価するつもりはないけれど、二人の人間同士の意思や感情やその他アレコレのやり取りの場として、将棋以上のものを俺は知らない。

だからこそ何百年もの昔から、名のある城の一間で、宿場町の茶屋で、夕暮れどきの縁側で、将棋は存在し続けてきたんだろう。

たとえばすべての局面が出尽くして先手必勝になったとしても。
たとえばAI相手に百戦百敗する時代が訪れたとしても。

きっとそれは変わらないように思う。
競技としての将棋が命日を迎えてしまったとしても、きっと。

二人の人間が盤面を挟んで向かいあい、脳の右か左かをフル回転させる。
一夜漬けの試験勉強でもなく悪徳商人の悪巧みでもない。
相手の玉を詰ますというその一点に向かって、思考力のすべてを注ぐ。
余分なものは何も無い。

だからこそ、その隙間から指し手の「本質」のようなものが顔を出す。
それがたまらなく面白い。

天才たちの集まるプロ棋士の中の、さらにトップ同士が対局するタイトル戦。
いわば、ピラミッドの頂点だ。
そこで二時間を越える長考の末に放たれた一手が、素人目にも分かるほどの悪手だったりする。
そしてそれに気付き、苦悶の表情を浮かべる。
「人間」が出る。

そうだ。
将棋とは、「人間を見せてくれる競技」なんだ、と強く思う。

そしてそれは素人の暇潰しでも変わらない。
十三手詰めの問題なんてとても解けないような素人でも、素人なりに思考をフル回転させる。
腕を組んでうんうん唸る。
「本質」や「人間」が顔を出す。
無意識のうちに。

「私、やっぱり向いてないんじゃないか、って思うことがあるんです~」

ほら、こんなふうに。

ほうほう

ふむ

>>12の訂正

そしてそれは素人の暇潰しでも変わらない。
十三手詰めの問題なんてとても解けないような素人でも、素人なりに思考をフル回転させる。
腕を組んでうんうん唸る。
「本質」や「人間」が顔を出す。
無意識のうちに。

「私、やっぱり向いてないんじゃないか、って思うことがあるんですよ~」

ほら、こんなふうに。

「どうしてそう思うんだ?」

そう問われた美也は顔を上げ、小首をかしげた。

「私、言葉に出ちゃってましたか……?」

やっぱり無意識に口にしていたらしく、なんだか気恥ずかしそうに顔を伏せた。
ほのかに赤らんだ顔を。

「麦茶のおかわり、飲むか?」

「…いただきます~」

二つのグラスを手に立ち上がると小鳥さんと目があった。
俺と美也とのやり取りが聞こえていたらしく、

「私がやりますよ」

とは言わずに、小さく頷いた。


>>16の訂正

「どうしてそう思うんだ?」

そう問われた美也は顔を上げ、小首をかしげた。

「私、言葉に出ちゃってましたか……?」

やっぱり無意識に口にしていたらしく、なんだか気恥ずかしそうに顔を伏せた。
ほのかに赤らんだ顔を。

「麦茶のおかわり、飲むか?」

「…いただきます~」

二つのグラスを手に立ち上がると小鳥さんと目があった。
俺と美也とのやり取りが聞こえていたらしく、

「私がやりますよ」

とは言わずに、小さく頷いた。
長い付き合いなだけあって、いろいろと察してくれたようだ。
さすが、大人の女性である。

…訂正。
大人の女の子である。

どうしてそう思う、と問うたけれど、理由はなんとなく分かっていた。
美也のことを毎日見ているんだもの、それくらいは分かる。

「理由分かってるならさっさと教えてやれよ」

と言われるかもしれないが、それは違う。
悩みを自覚できるでまでうんと悩ませるのも、指導する側の配慮と責任だと思うからだ。
そこは、将棋と一緒だろう。

簡単に

「あそこに角を指すといいですよ」

なんて言ってしまっては、指し手のためにならない。
間違ってもいいから思いっきり悩めばいいんだ、と思う。

グラスに麦茶を満たしてテーブルに帰ると、美也は顔を伏せたままだった。
そして組んだ両手を膝の上に置き、「モジモジ」という擬音が聞こえてきそうなくらいモジモジしていた。
どこかの辞典の「モジモジ」の項目の参考画像として使えそうなほどのモジモジ具合だ。

「はい、どうぞ」

そう言ってテーブルにグラスを置くと、氷同士がぶつかって小さな音を立てた。
カラン、と。

駒の音と氷の音。
ここにセミの鳴き声でも加わればなおさら良い。
あぁ、将棋は夏だよな、と一人で勝手に納得した。

「あの~、ですねぇ…ええっとぉ……」

自身なさげなこの姿を見たら、美也のファンは驚くかもしれない。

「みゃおみゃも悩んだりするんだ!?」

って。

それは認識不足だぞ、ファンの諸君。
何の悩みもなく、不安もなく、挫折も屈折もない人間が、ステージの上で輝けはしないだろう。
麗花や海美やまつりも、それぞれがそれぞれの悩み方で悩むんだ。
美也だって同じだ。

茜?
茜は……。
茜かぁ‥‥。
茜なぁ……。

…そ、それぞれがそれぞれの悩み方で悩むんだ。
例外はない。
きっと、ない。
ない…きっと……。

AKANEちゃんェ……

茜のせいで話がそれてしまった。
ペナルティとして何だかよく分からない野々原茜ミニゲームを作ってHPから配布してやろう。
いまは美也のことだ。

「私、ダンスも歌も好きなんですけど…頭の中で考えてることに身体がついていかないんですよ~……」

「自分で思ってるようにできない?」

「はい~。みなさんお上手なのに、私、ぜんぜん上達できなくてですね……」

「そんなことないよ」

とは言わない。

そんなことある、と感じているから美也は悩んでいるわけで、安易な誉め言葉は解決にはならないと思うからだ。

「ならもっと練習頑張ろう!」

とも言わない。
美也はずっと頑張ってきて、それでも悩んでいると知っているからだ。
じゃあなんて声をかけるか?

「下手なままでも良いんじゃないかな」

俺はそう答えた。

それが正解がどうかは知らない。
はなから定石なんてないんだ、それで構わない。
無責任?
この場合の無責任とは、どこかの名言集から借りてきたような言葉で取り繕うことだろう。

「下手なままでも、ですか~……」

「うん。じゃあ美也は、真や響みたいになりたいのか?」

「それは……」

「まぁ、上手くなるにこしたことはないけどな。でも真や響を目指しても、真や響になるだけだ。分かるかな?」

「私じゃない、ってことでしょうか?」

「そういうこと」

自分は自分、と言うのは簡単だ。
だけどその言葉は、多くの場合「逃げ口上」として使われる。

「私は私だから放っておいてください」

みたいに。
何だかどこかで聞いたようなセリフだけれど、あれはどこの蒼い鳥さんだったかな?

「練習しなくてもいい、ってことでしょうか……?」

「練習は必要だよ。上手くなるため、という以上に視野と可能性を拡げるためにな」

このセリフ以前にも言ったことがあるな、と思い出して笑いかけてしまった。
どこかの蒼い鳥さん相手に、何度も。
それがいまではCAの制服を着て満更でもなさそうな顔をしているんだから、俺の指導力もなかなかのものだろう。
たぶん、自賛してもよい。

「視野と可能性、ですか~?」

「そう。桃子はダンサーやボーカリストになりたがってると思うか?」

「いえ~……」

「アイツは負けず劣らずだから本気でさらに上達しようとしてるんだろうけど、でも本質は視野と可能性さ。たぶん桃子は、それを分かってる」

もう少し肩の力を抜いてくれたらな、という感想は口には出さないでおいた。
ここで美也に言うことではないし、桃子本人にも言うつもりはない。

「お兄ちゃん、桃子の心配より自分の出世の心配したら?」

って返されるのが目に見えてるし。
そう遠くない将来、桃子が行き詰まるときがきっとくる。
そのときまでは、いまの桃子のままで構わないと思っている。

「では、私はどんなアイドルになればいいのでしょう~?」

さぁ、きた、と思った。
いままで何人のアイドルからこの質問を投げかけられてきたことか。
そしてその度に強く強く感じた。

「この問いかけに答えるためにプロデューサーをやっているんだ」

と。
まだ原石の状態の少女を宝石にするための最初の研磨。
こんなにも怖くて、冷や汗をかいて、身震いして……。
けれどそんなことがどうでも良くなってしまうほどに「光栄」なことが他にあるだろうか?

「そうだな…美也の好きな駒は?」

「将棋の、ですか~?」

「そう、将棋の」

そう言われて盤上に目をやる美也。
きっと、一つ一つの駒に何かを問いかけているんだろう。
やがてその対話を終え、再び俺を見ながら言った。

「桂馬、ですかね~。ピョンピョンしてますから~」

「後ろにはピョンピョンできないぞ?」

「前だけ見ながらピョンピョンしていけばいいんですよ~」

「はは。答えが出たみたいだな。少なくとも、美也の中では」

「……おぉ~!おぉ~!!おぉ~!!!」

パチパチ、と何度も何度も手を叩きながら、立ち上がった美也。

「桂馬美也に改名してもいいですかね~?」

「いや、それはダメだろ……」

「ダメですか~。ではピョンピョン宮尾はどうでしょう~?」

「ダメダメですね~」

「ダメダメですか~、そうですか~」

ただ前だけを見ながら跳ねていく。
後ろにできた道のカタチよりも、まだ誰の足跡もついていない前方だけを見ながら。
素敵じゃないか、と思う。
俺が出せる全ての力で支えてやろう、と。

定石の通用しない世界が、確かにある。
もちろん、指し直しも待ったもない。
「いま、ここ」で指した一手がその後のすべてに繋がっていく。
ひょっとしたら、死ぬ瞬間まで途切れることなく。

「まだ私の番でしたね~。バシーって指しちゃいますからね~」

「いま、ここ」にいる宮尾美也が「いま、遠く離れた舞台」に立つ日がくることを、本気で願う。
俺なんかの手が届かないほど遠く遠く離れた舞台に。
それはとても幸せなことだと思うから。

「3連敗は避けないとな、宮尾名人」

「参りました、って言わせてあげますからね~。むふふ~」

時計は15時すぎ。
冷房が動く気配はない。

あと30分もすれば、他のアイドルたちが帰ってくる。
香車や銀や角たちが。
ならば俺は歩兵でいよう、なんていう気取ったことを考えた。
どこまで進んでも金には成れない歩だけれど、俺にはそれでいい。

「このまま銀をあげちゃいますよ~!」

その声とともにパシっ、という乾いた駒音が小さく響き、俺の手番が回ってきた。
自陣の桂馬に目をやると、最初に置いた場所でまだ控えている。

「そろそろ桂馬の出番かな」

「むむむ~?ピョンピョン跳ねちゃいますか~?」

そう言って両手を頭の上に乗せ、ウサギの耳のように動かしている美也。
よし、いつか教科書に載せる写真はそのポーズにしようか。

乾いた音が再び響き、桂馬が跳ねた。
グラスの中では、溶け始めた氷がぶつかる音。
将棋盤の向こうには、高く高く跳ねる日の訪れを待つアイドル。
満面の笑顔の中に、かすかな汗をにじませながら。

あぁ、将棋はやっぱり夏だ、と思った。



お し ま い

終わりですー。
途中で時間が空いてしまい、申し訳なかったです。
読んで頂き感謝!
ミリオンSSがもっと増えますように!

おつよかったよ

乙!

みゃおみゃーのおっとりとした性格が、
ほのぼの感をアップさせてて和みます(^^)

美也らしさがあってよかった、乙です

>>1
宮尾美也(17) Vi/An
http://i.imgur.com/jF3bceI.jpg
http://i.imgur.com/rgEQBWX.jpg

>>3
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/04h1Z0h.jpg
http://i.imgur.com/ZBxZZAR.jpg

かなりよかったです
個人的にすっごく好き
52人アイドルがいる中で1人のアイドルをクローズアップすることってなかなか公式じゃできないし、ssでやれることの1つなんですよね
俺は将棋が全然分からないし、季節や関係ないって思ってたけどこのお話にはちゃんと夏があって、それを感じることができた。氷がカランとなる音は俺も好き
たまにAIが将棋界で話題になることがあるけど、将棋を指すことで人間性がみえるということに膝を打った。なるほど
美也はああ見えて意地張る部分もあるから、なかなか自分の弱音を吐き出さないと思うんです
そこを将棋を通して本質に迫るっていうのが、なるほど新しい。しかも彼女にはこれしかないとも感じる
しかもプロデューサーが答えもいいですよね
プロデューサーが正論を言ってしまうも白けてしまういますよね。、アイドルには個々に悩みがあるのにそれをあっさり解決したかのように振る舞う
このお話から引用すると、それが無責任というのでしょう
美也自身に埋まってる答えを引き出してるプロデューサー像には好感を持てたし、同時に美也以外のアイドルにも真摯に向き合ってることが伺えました
公式設定から見事に美也感を広げ、書ききった良作
美也Pにも読んでほしいが、特に美也をただのんびりしてる子だと思ってる人にぜひおすすめしたい作品

>>32
熱の籠った感想ありがとうございます。
書き終わったSSに作者が出向いてきてレスするのはよろしくないのかもしれないですが、感謝の気持ちを伝えたかったのでレスを返させて頂きます。
ミリオンSSが増えるよう、これからも微力を尽くしていこうと思います。
ありがとうございました。

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