鬼姫「わたしの愛は美しいでしょう?」 (55)
この世界には、大きく分けて二つの種がある。
一つは人間、魔物と呼ばれる化け物に怯えながら暮らす弱い弱い種族だ。
まあ、中には化け物より強い奴、化け物を狩って生きてる奴もいる。 極少数だが。
魔法なんていう奇っ怪なものを扱う人間もいるが、それもまあ少数だ。
もう一つの種は魔族、こっちは魔物なんかよりもずっと凶悪だ。
生まれながらにして魔法を使える奴なんてざらにいるし、素手で岩を砕くくらいわけない。
まず、普通の人間なんかが太刀打ち出来る相手じゃないだろう。
会ったら最後、あの世逝きだ。
勿論、言葉も話せれば人間とさほど風貌が変わらない奴もいる。中身はまったく違うけどな。
俺は前者、弱い弱い人間だ。
化け物と戦える強さもなければ、魔法なんてものは使えやしない。
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ただの人間、人間の中の人間。
それとあちらさん、魔族にも国や政治があって、魔王と呼ばれる王様もいる。
そこら辺は人間と変わりない。決定的に違うのは、強い奴が偉いってことだ。
そんで、今現在の魔王。
一番強くて、一番頭の切れる御方が人間と和平を結んでくれたお陰で、世界は随分と平和になった。
人間は、魔族に怯えて暮らすこともなくなったわけだ。
和平が結ばれてから随分経って、今じゃあ魔族領に住む人間もいるくらいだ。
俺も、その一人。
両親と兄弟は人間領で暮らしてる。
俺が魔族領に行くと決めた時、そりゃあ反対されたけど、事情が事情だったんだ。
あまり裕福じゃないし、弟は体が弱いし、色々と大変で金が必要だった。
そんな時、人間領に来ていた魔族の姫様に気に入られ、私の屋敷で働かないかと誘われたわけだ。
庭仕事や掃除、言ってしまえば雑用係みたいなもんだったが、給料はかなり良かった。
俺は反発する両親を説得して、身支度を済ませ、姫様の屋敷で働くことにした。
うまい話しには裏がある。
そんな、馬鹿でも知っている言葉を忘れて、目の前の餌に飛び付いちまったんだ。
これが、俺の人生で最初で最後の大失敗だった。
庭仕事も掃除もすることはなかったが、金はきちんと故郷に送られている。
じゃあどうやって金を得ているかって? それは……
鬼姫「あなたの瞳って本当に綺麗ね」
くそっ、目玉を舐められた。相変わらず気色悪い女だ。
声に出して言ってやりたいが声が出ない。俺は、この女に声を奪われた。
餌を待つ鯉みたいに口をぱくぱくさせるだけ。間抜けなもんだ。
どうやって金を得ているかだったな。簡単な話し、俺はこの女の玩具になった。
勿論、家族は知らない。真面目にお屋敷で働いていると思っているだろう。
言っておくが好んで玩具になったわけじゃない、無理矢理に玩具にさせられたんだ。
玩具って言っても特殊な玩具だ。
皮膚を灼かれたり削がれたり、鞭で叩かれたり爪剥がされたり、肉を喰われたり。
まあ、他にも色々やられたよ。
どうもこの鬼姫って女は、痛めつけるのが大好きな加虐趣味の変態らしい。
本当の本当に、毎日が苦痛だ。
いや、苦痛なんてもんじゃない。激痛だ、激痛。
ズタズタに傷付けておいて魔法で治すってんだから余計に質が悪い。
何しろ、死にたくても死ねないんだからな。
舌を噛み切ろうとしても、妙な力で自害出来ないようにされちまったんだ。
魔法、まったく忌々しい力だよ。
鬼姫「いいわ。とてもいい……その目で見つめられると、ぞくぞくする」
黙れ。睨んでんだよ、変態女。
小さい頃から気にしていた目つきの悪さ。それを初めて褒めてくれたのが、この変態女だ。
この女の何も知らなかった頃は、それはそれは嬉しかったもんさ。舞い上がるくらいに。
何しろ綺麗だし、肌は真っ白、腕なんか凄く細くて、守ってやりたくなった。
正直、目を奪われた。
こんなにも美しい女性が、この世界にいるのかと思った。
彼女と一言二言を交わすだけで、その日は最高の気分になれたんだ。
でも、今は違う。
鬼姫「わたし、男と二人きりになるなんてことないのよ。あなただけ……んっ」
耳の中に舌を入れるな、そんなこと言われても全然嬉しくないんだよ屑女。
絶世の美女が、今じゃあ気狂いの変態女だ。
ったく。男ってのは本当に単純で馬鹿な生き物だよなぁ。
自分の馬鹿さ加減と愚かさに呆れ果て、情けなさすぎて涙が出てくる。
あ~あ、本当に阿呆だよな。
鬼姫「あなたは、わたしの物。あなたがいれば何も要らないわ」
だったら真っ当な愛情表現をしろ。舐めるな、噛むな、服を着ろ変態。
鬼姫「やん、おっきくなった……」
くそっ、また始まった。
何をされても欲情なんてしないのに、魔法一つでこのざまだ。
この女、どういうわけか、ここだけは絶対に傷付けない。やりたきゃ他の男とやれ。
屈辱だ。こんなことをされるくらいなら、いっそ切り落とされた方がマシだ。
鬼姫「愛してるわ。さあ、わたしを満たして」
狂ってる。
痛めつけて、傷付けて、愛してるって囁いて、何度も何度も肌を重ねる。
肌は爛れ、肉は焦げ、髪は焼かれ、頭皮は捲れ、一見すれば死体みたいな様だ。
こんな姿にしておいて愛してるだと? 気狂いの変態め、さっさと死んじまえ。
鬼姫「んっ…そうよ、その目がたまらないの」
よがってんじゃねえ、さっさと終わろ。
俺は何もしない、こいつの場合、ぶん殴ったって悦ぶだけだからな。
鬼姫「やん、おっきくなった……」
くそっ、また始まった。
何をされても欲情なんてしないのに、魔法一つでこのざまだ。
この女、どういうわけか、ここだけは絶対に傷付けない。やりたきゃ他の男とやれ。
屈辱だ。こんなことをされるくらいなら、いっそ切り落とされた方がマシだ。
鬼姫「愛してるわ。さあ、わたしを満たして」
狂ってる。
痛めつけて、傷付けて、愛してるって囁いて、何度も何度も肌を重ねる。
肌は爛れ、肉は焦げ、髪は焼かれ、頭皮は捲れ、一見すれば死体みたいな様だ。
こんな姿にしておいて愛してるだと? 気狂いの変態め、さっさと死んじまえ。
鬼姫「んっ…そうよ、その目がたまらないの」
よがってんじゃねえ、さっさと終わらせろ。
俺は何もしない、こいつの場合、ぶん殴ったって悦ぶだけだからな。
鬼姫「あっ…出てる……んっ…」
出てるんじゃなくて『出させた』んだろうが。
俺はあちこち痛くてそれどころじゃないんだよ。
さっさとどけ、気色悪い。
鬼姫「あんっ……もう少し余韻に浸らせてくれてもいいじゃない。いじわる」
黙れ塵女、終わったんならさっさと出て行け。
大体、そんな風に頬を膨らませて拗ねたって全然可愛くないんだよ。
俺にこんな仕打ちをしておきながら、そんな表情を作れるなんてどうかしてる。
鬼姫「こんなに愛しているのに、あなたはいつになったら愛してくれるの?」
死ぬまで有り得ない。死んでも有り得ない。
お前を愛するだと? そうなったら俺もいよいよ終わりだな。
鬼姫「くすくす。まあいいわ、必ず虜にしてみせるから。じゃあ、またね……」
こいつが出て行くと痛みが消え失せる。いつものことだが、これがキツい。
勿論、これも魔法だ。
自分がいない間は痛みをなくして、此処へ来たら痛みを与える。
痛みに慣れさせない為の手段だろう。よく考えたもんだ。その頭を他に回せないもんかね。
それにしても、魔法ってやつは本当に便利だ。
焼いたり、凍らせたり、雷を落としたり、風を起こしたり、傷を癒したり。
高位の魔族ともなれば、死人を生き返らせることも可能らしい。
魔法。
強い者にはめっぽう優しくて、弱い者にはとことん厳しい。
それが、魔法に対するイメージ。
もし人生で一度きり、とんでもなく強力な魔法使えるなら、今すぐにあの女を殺してやりたい。
こんな風に、何度も何度も考えた。
あいつを殺すことを、あいつが苦しむ様を妄想した。
あいつが俺にしたように、充分に苦しめてから殺すことも考えたが、それは止めた。
だって、あの女ときたら、首を絞めても悦ぶし、馬乗りになって殴っても悦ぶんだ。
加虐趣味で被虐趣味。
正に、異常性欲者だ。
人間なら死ぬほどの痛みでも、あの女には甘い快楽にしかすぎない。
だから、やられてる間は抵抗しない。
わざわざ悦ばせたくもないからだ。だが、それすらも、鬼姫にかかれば快楽になる。
俺が拳を握り締め、震えて堪えている様が、鬼姫にはたまらないらしい。
何をしても、何もしなくても、鬼姫に悦楽を与える。
これから先も、ずっと。
結論、俺は弄ばれ、いずれは気が狂って死ぬ。
そりゃあ一矢報いたいとは思うさ。
でも、相手は魔族だ。その見込みはない。
これが現実、抗いようのない現実なんだ。
人間の俺には、鬼姫に傷一つ付ける手段もない。
>>>>>>
嗚呼、退屈。
彼との時間が唯一の至福の時、瞬きの間に終わる幸せなひととき。
今日も彼は変わらなかった。
だから愛しい。だから愛させたい。振り向いて欲しい。んっ、まだ奥が熱い。
でも、今は退屈。
父が魔王に尽くした結果、わたしは裕福な暮らしを約束された。
魔族領の内乱を『力』で抑えたのは、わたしの父。魔王に心酔した屑。
魔王の思想に共感して、数多の戦いに身を投じ、理想の為に命を落とした愚かな男。
哀れよね。
自分の為に力を使えば良かったものを、誰かの為に使うなんて。
どんなに賞賛されようと、魔王に利用されたことには変わりはないのに……
まあいいわ。
わたしはそうならない、わたしの力はわたしの力。誰の為でもない、わたしだけの力。
蹂躙、支配、終わりなき闘争。
それが魔族のあるべき姿なのに、人間と和平を結ぶなんて有り得ない。
弱者は滅び、強者が生きる。
弱者を踏んで強者が立つ、それが世界のあるべき姿。
だから今日、わたしは魔王を殺す。
わたしより弱い者が上に立つのが気に入らない。
わたしより弱い者が世界を回すのが気に入らない。
強者は、我が儘であるべきなのだ。
わたしは、我が儘であることを許された強者。だから、思うままに生きる。
わたしの好きなように壊して壊して、終わらない争いを始める。
日和って平和呆けした愚かな魔族の目を、わたしが覚ましてあげる。
まあ、それもこれも、彼と結ばれるまでの暇潰しに過ぎないのだけれど。
嗚呼、早く彼に会いたい。彼の瞳が見たい。
あの瞳、あたしを憎む瞳。
どれだけ痛みを与えても、甘い快楽を与えても、決して消えない憎悪の炎。
あの瞳が、たまらない。
だからこそ、精一杯『愛して』あげたい。
思い出すたびに身震いする。
彼がいた場所が、わたしの奥が疼く。女として生まれて良かったと、心から思える。
側近「どうなさいました」
彼の声を与えた部下が言う。
これで、彼の声を忘れずに済む。
鬼姫「なんでもないわ」
側近「そろそろ魔王が到着するようです。もう少しの辛抱ですよ」
彼の声がすぐ側にある、心が昂ぶる。
あんまり喚くものだから、声を奪って部下に与えた。だって、勿体ないもの。
でも、これでは駄目ね……ますます彼に会いたくなってしまうもの。
愚かな魔王様、早く来て下さい。
彼を抱いても身体が疼いて仕方がないの。だから、さっさと殺させてくださいませ。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
魔王「ぐっ。鬼姫、何故だ。何故こんなことを」
そんなの決まっているじゃない。退屈だからよ。
何の争いもなく人間とと和平を結ぶなんて、わたしには堪えられない。
魔族は強くあるべきなの。平和などとは無縁の、果てない闘争を続ける存在なのよ。
魔王様、あなたが捧げた数百年の安寧は、わたしの気紛れで消える。
魔族とは、そうあるべきだわ。
力あるべき者が世を統べる。それが魔族の持つ、生来の性なのだから。
には目もくれず争い続ける日々、戦いに明け暮れる日々。
それが魔族。
それが強者。
この世界は、わたしの為だけにある。
暇だから戦って、暇だから壊す。
彼以外の生物なんて、わたしには何の意味も持たない。
犬も、魔族も、人間も、生物という点において、わたしにとっては何も違わない。
魔王「愚かな。力に狂ったか」
いいえ、わたしは自分の力を示しただけ。
供も置かずに此処に来たあなたの失態。
あなたの信じた父に恩義を示す為にお一人で来たのだろうけど、本当に馬鹿ね。
わたしのように、未だに争いを望む者がいることを知らなかったのだから。
魔族を忘れた魔王様、さようなら。
さあ、死になさい。
魔王「がっ…」
わたしはこの直後、とても後悔することになる。
この後に起きた、たった一つの偶然が、わたしの手から彼を奪った。
それはとても寂しくて切ないけれど、同時に嬉しくもある。
だって、彼がわたしを求めているのが手に取るように分かるのだから。
彼の発する強い魔力が、彼の想いが、全てわたしに向けられているのだから……
>>>>>>
何か、上が騒がしいな。
この部屋にまで響くなんて相当だぞ、爆弾でも爆発したのか?
それとも、拷問趣味がバレて踏み込まれたのか?
いいぞ、派手にやっちまえ。
出来れば死んで欲しいが、爆発如きで死ぬような奴じゃないだろうな。
魔王「ぐっ……」
な、何だ……
何かが、落ちて来やがった。屋敷から地下まで突き抜けて来たのか?
駄目だ。煙が酷過ぎて、落ちてきたのが何なのかさっぱり分からない。
魔王「誰か、おるのか?」
人? いや、そんなことは有り得ない。人間なら原型を留めていられる筈が無い。
ここに落ちるまでに、皮膚やら肉やらが削ぎ落とされてズタボロになってるはずだ。
って事は魔族か? 上で一体何があったんだ?
魔王「……魔族かと思ったが、人間だったか」
こんな形だからな、そう思われても仕方ない。っていうか誰だよ、この爺さん。
見てくれは貴族っぽいけど、手酷くやられたのかぼろぼろだ。
魔王「お主、声を奪われておるのか。余程、鬼姫が憎いと見える」
何だこの爺さん、魔族には違いないだろうが、変な感じだ。
確かに鬼姫は憎いが、それをどこから知った。
魔王「その憎悪が、お前を魔族と勘違いさせた原因か。その憎悪、魔力と似ておる」
まさか、俺の心と記憶を読んだのか。
魔族ってのは、平気でそういうことするんだな。
あの鬼姫ですら、そんな真似はしないってのによ。
魔王「………話している時間はない。お主に、鬼姫を倒す力を与えよう」
何言ってんだ?あんたは誰だ?
おい、答えろ。 鬼姫を倒すって、どういう……
魔王「すぐに終わる。辛抱してくれ」
何だ、何かが、何かが入って来やがる。
うえっ、気持ちわりぃ、吐きそうだ。クソッ、何しやがった!?
魔王「儂の魔力を与えた。その力を以て、鬼姫を打ち倒してくれ」
そこからは、あまり記憶がない。
体中の血管が沸騰したみたいに熱くなって、壁にぶつかるのも構わず転げ回った。
頭は割れるほど痛み。心臓が、何度も爆発した。
魔王「どうか鬼姫を止めてくれ」
知るか阿呆、思い付く限りの罵詈雑言を喚き散らしたが、やっぱり声は出なかった。
喉元からどろりとした何かがせり上がってくる。吐き出すと、炭化した何かだった。
やっと痛みが落ち着くと、爺さんは消えていて、着ていた服だけが落ちていた。
死んだのだと、何となく思った。
あの女を倒せだと? ああ良いさ、殺しても構わないならな。
たが、今じゃない。
魔力の使い方も魔法の使い方も分からないのに戦いを挑んでも、勝ち目はない。
大体、あんな爺さんの魔力で勝てるかも怪しい。とにかく、このどさくさに紛れて屋敷を出よう。
>>>>>
何とか屋敷からは逃げ出せた。
屋敷の中だけでなく、そこかしこで戦闘が始まってたのが好都合だった。
あの爺さんは結構な要人だったのか? まあ、そんなことはどうでもいい。
今のところ追っ手は来ていないが、魔族領にいる限り安全とは言えない。
人間領まで行ければなんとかなるか? いや、見てくれはゾンビみたいなもんだ。
化け物だと思われて、兵士に殺されるかもしれない。何しろ、声を出せないのがキツい。
こんなナリで町中にいては、いずれ見付かる。保護されるとも思えない。
焦った俺は、逃げるように町を離れて山に入った。が、ある存在を忘れていた。
そう、魔物だ。
気付いた時には遅かった。気付いた時には、魔物はそこに迫っていた。
俺は混乱して、無我夢中で逃げた。
結局追い付かれ、組み敷かれ、喰われそうになった時、ふと頭を過ぎった。
『何で?』
そうだ。
何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。俺が何をしたって言うんだ。
ふざけんな、鬼姫も、魔物も、魔族も、全部全部死んじまえ。
俺と同じ痛みと苦しみを与えてやる。
呪ってやる。
死ね。死ね。死んじまえ。
どいつもこいつも死んじまえばいいんだ。
そう強く念じた瞬間、辺りに肉の焼け焦げたような悪臭が立ち籠めた。
そっと目を開けると、覚悟していた痛みなく、俺は喰われてはいなかった。
大口を開いて噛みつこうとしていた魔物は皮膚を剥がされ、焼け爛れて死んでいた。
理解するのに、そう時間は掛からなかった。
魔力、魔法だ。
手も触れず、念じるだけで殺す手段なんて『それ』しかない。
俺は、俺と同じ姿になった魔物を見下ろしながら、体に巡る力を理解した。
そして、理解した瞬間に誓った。
この力を使って、鬼姫を殺す。
>>>>>>
あの日、俺が魔力を手に入れてからどれくらいの時間が経っただろう
あれから、魔法について様々なことを魔物を相手に試してみた。
魔法は感情に左右される。
攻撃魔法は敵意や憎悪、治癒魔法は優しさや愛といった感じらしい。
他にも幻を見せたり出来るみたいだ。
試してみた結果、色々と分かった。
俺には攻撃魔法しか使えないらしい。まったく、随分と使い勝手の悪い力だ。
因みにこれは、愛や優しさなんてものが俺に残っていない証拠でもある。
なのに、変態鬼姫は治癒魔法を使える。
ってことは、奴は愛を持っているってことだ。
どうやら偏執的、変態的、倒錯した愛でも『愛』の内に入るみたいだな。
線引きが曖昧で腹が立つ。
あんな奴が、人を痛めつけるのが趣味の変態が、治癒魔法を使える。
なのに、やられた側の俺は使えない。
ふざけやがって、魔法ってのは本当に優しくないやつだ。
体中が痛くて眠れやしない、いつも鬼姫を殺す術だけを考えてる。
もう、どれくらい眠っていないだろう。
ただでさえ頭がおかしくなりそうなのに、一睡も出来ないときた。
睡眠ってのは大事なんだな。
鬼姫が俺から睡眠を奪わなかった理由がよく分かる。
簡単に狂ってしまわないように、睡眠をとらせたんだろう。
その『優しさ』すら、愛と捉えられるんだから余計に腹が立つ。
鬼姫はこの手で殺す、止めてくれとか言われたが知らん。
たとえ首だけになっても、喉笛を噛み千切って殺してやる。
でもまだだ、まだ使えてない。
鬼姫を殺す方法を見つけるまでは、この山からは下りない。外からは、戦の音が聞こえる。
大砲をぶっ放したような派手な音、つんざくような悲鳴。また、あいつに壊されたんだろう。
魔族、魔力、魔法、魔物。
力が法になる世界……
最初から間違っていたんだ。あんな奴等と、共に生きられるわけがない。
>>>>>>
彼がわたしの手を離れてから数ヶ月が経った。
魔王を殺したのが知れると、魔王傘下の魔族が大挙として現れた。
あの軍勢を前にした時はほんの少しだけ興奮したけれど、やはり彼の前には及ばない。
殺しても殺しても、血を浴びて真っ赤になっても、最後の一人の懇願する顔を見ても……
城の天守に立っても……
結局、何をしても、わたしが満たされることはなかった。
あの時、わたしの屋敷の前に出来た血の流れ。あれだけは美しかった。
名だたる魔族が一つの川となり、地を赤に染める様だけは、美しいと思えた。
彼の血の一滴にも劣るけれど、夕陽も相まって、とても素敵な景色だったと思う。
鬼姫「はぁ、退屈」
最近は敵と呼べる者はめっきり来なくなったから、わたしから出向いて殺しに行っている。
わたしは確かに強いけれど、魔族ってこんなに弱かったのかしら。
泣き喚いて助けを請う姿は醜いったらない。
でも、そんな無様で惨めな姿も、彼だっら様になるのかしら。
いえ、そんなはずはない。彼なら助けてなんて言うはずがない。
きっと、あの燃えるような瞳であたしを睨みつけて、首に手を掛けようとするに違いない。
彼が人間としてでなく、魔族として生まれていたら……
それはそれで素敵だけれど、やっぱり人間だからこそ美しいのでしょうね。
弱く、儚い。だからこそ、彼は美しい。
側近「鬼姫様、もうじき到着するようです」
突然の彼の声に胸が高鳴る。
声の主が部下であることは分かっていても、否応なしに鼓動が早くなる。
でも、それも長くは続かない。
今日は久しぶりに、わたしを殺しに来た者と戦わなくてはならない。
それも魔族ではなく、人間。
彼以外の男、彼以外の人間。
屑、塵芥。
側近「俺が始末します。鬼姫様が出る必要はありません」
彼の声で話すにあたって、彼と同じように話すよう命令した。
その方が、耳心地が良い。
まだぎこちないけれど、彼女は良くやってくれている。
わたしを、楽しませる為に。
鬼姫「いいえ、遠路はるばる来てくれたんだもの、わたしが出ないと失礼だわ」
戦いを挑むからには、それなりの勝算があるのだろう。
そうでなければ、一人でわたしに挑むなんて有り得ないもの。
魔王傘下の残党と手を組んで、苦労して苦労してここまで来たのだから。
人間や残党からは、勇者と呼ばれていると、部下から聞いていた。
魔族でさえ、勇者なんて屑に頼る始末。
彼等には、魔族としての誇りもないのかしら。ないのでしょうね。
確か、希望の象徴であり平和をもたらす者……
そんな感じだったかしら。
本当に馬鹿馬鹿しい。
彼以外の人間を滅ぼすのは、もう何年か後にする予定だったのに……
側近「鬼姫様、そろそろ」
鬼姫「ええ、行ってくるわ」
荒れ地に立つ愚か者を見て、わたしは天守から飛び降りた。
すると、背後から彼の声。
側近「俺が来るまで死ぬなよ、鬼姫」
戦いに赴く度に言わせている台詞。
他はぎこちない部下も、これだけはさらりと言えるようになった。
わたしはふわりと浮いて、振り向かぬまま微笑する。
彼の姿を思い浮かべながら緩やかに落下する。
目を閉じて、愛を囁く。
鬼姫「わたしは死なないわ。あなたに会う、その時まで……」
そんな小さな喜びも、屑によって消されてしまった。矮小な、人間に。
彼とは違う、優しげな眼差し。
ただ、その奥には、自分が特別な存在だという自負が見える。
いえ、あれは自負じゃないわね。ただの自惚れ。傲慢。
勇者なんて呼ばれて、その名に酔っているのかしら。哀れだけれど、本人に自覚はないのよね。
世界を救うなんて言って、人々の為に奔走して……本当に馬鹿みたい。
自分の本質も見えていない盲目者、こんなちっぽけな存在が勇者だなんて笑えないわ。
少しは期待していたのに、期待していたわたしが馬鹿みたいじゃない。
いえ、目の前の屑に罪はない。
彼以外の男に期待なんてするからいけないのよ。わたしが愚かだったわ。
鬼姫「さあ、早く済ませましょう」
勇者「……いいだろう」
けれど、此処まで来てつまらない真似をしたのなら、どうしてやろうかしら。
あら、何かしら。何かがくる。
魔力、人間の許容量を超える魔力が収束してる。違う、あれは魔力じゃない。
なるほど、人々の『希望』とは良く言ったものね。 何千万のそれが、この屑に力を与えている正体。
下らない。
そんなものに頼らなければ戦えないなんて。そんなものに頼らなければ、わたしの前に立てないなんて。
鬼姫「……まどろっこしいのは嫌いなの、早くぶつけなさい」
勇者「人々の願いを喰らえ、鬼姫!!」
屑が、わたしの名を呼んだ。
彼以外の男が、わたしの名を呼んだ。
彼以外の声が、わたしの名を呼んだ。
彼以外の男が、わたしの名を呼んだ。
彼以外の声が、わたしの名を呼んだ。
わたしは渾身の力で放たれた希望を一振りで消し去り、屑の腕を、触れずに消し飛ばした。
勇者「な、何故だ!何故通じない!!」
確かに発想は面白いけれど、その程度でわたしを殺せると思っていたのかしら。
救いようのない生き物ね。
薄っぺらい希望なんてものより、確かに存在しているものが勝っただけよ。
何千万の人間が命を捧げたのなら、わたしを倒せたかもしれないわね。
勇者「……何をした」
鬼姫「何もしていないわ」
鬼姫「これは愛。何千何万の希望に、わたしの愛が勝った。それだけよ」
勇者「そんな馬鹿なことがッ!?」
鬼姫「なんて汚い声……弾けなさい」
どんな醜男でも、弾ける時は美しい。
それにしても、彼以外の生き物って、わたしを苛立たせるのが上手いわね。
でも、少し嬉しいわ。何千万人もの弱者が託した『希望』。
それを、わたしの『愛』が打ち砕いたのだから。
わたしがどれだけ彼を愛しているのか、それが証明されたのだもの。
鬼姫「……あら、狼だなんて珍しい」
少しうっとりとしていて、視線に気付かなかった。 もしかしたら、ずっと見ていたのかしら。
あの刺すような視線、彼に良く似ている。
ふと近付こうとした時、わたしの魔力を察知したのか、狼は何処かへと消えてしまった。
>>>>>>
勇者だったか、随分呆気ないな。
まあ『人間』ならあんなもんだろうさ。
でもなるほど、あんな魔力の使い方もあるわけか。勉強になったよ。
でも、あれじゃあ弱い。もっと確実に、一撃で『鬼姫』のみを殺す方法があるはずだ。
くそっ、憎い憎いと思いながら鬼姫のことばかりを考えている。
例え魔法でも、この憎しみは消せないだろう。
大体、何が愛だ。
変態嗜好の気狂い女の愛なんて、肥溜めの中の死体みたいなもんだ。
あの女の愛を形にしたら、とんでもないことになるんだろうな。
想像するだけで虫唾が走る。
まあいい、狼を通して見たあれは参考になった。
問題はどうやって改良応用するかだ。
魔力を集めてぶつける、それは通じない。
そもそも、受け継いだ力は鬼姫に劣っているわけだしな。
いや待て、確かあの時……
『憎悪は魔力に似ている』
そうだ、確かにそう言っていた。いや、ただの憎悪じゃない。
俺が持つのは『鬼姫への憎悪』だ。 それは俺の核、力の根源。
殺したい、痛みを与えたい、消えない傷を与え、絶対の死、あの女を、滅ぼしたい。
だが、魔力だけでは届かない。もっと別の、俺そのものの力をぶつける方法。
俺、そのもの?
……そうか、これなら殺せる。
これは俺にしか出来ず、俺だけが持つ、鬼姫しか殺せない魔法だ。
他の奴等に効くかどうかは分からないが、鬼姫に対してだけは絶大な威力を発揮する。
よし、狼も無事に帰って来た。策も練った。もう、待つ必要はない。俺には時間もない。
さあ、行こう。
ぼろ切れを羽織った死体が、狼の背に跨がって山を下りる。滑稽だな。
そういやこの前、魔族に協力頼まれたっけな。断ったけど。
俺を屍の王なんて言いやがって、俺は人間だってんだよ。
俺は誰かの為に戦うわけじゃない、俺の為に戦う。
誰かを救う為でもない、ただ鬼姫を殺す為に戦う。
だからこそ、鬼姫を殺せる。
まだ城が見えないってのに、血と腐った肉の臭いがする。
俺同様、狼も顔を顰めてる。
でもまあ、随分と慣れたもんだ。環境に適応する力ってのは中々馬鹿に出来ないな。
ちゃんと人間やってた頃なら、間違いなく吐いていただろう。
今や声がなくても会話出来るし、魔物なんて虫けらみたいに殺せる。
以前なら怖くて怖くて仕方がなかった化け物も、一瞬で殺せるようになった。
力を得て、試して、殺した。
どこまで出来るのかを試した結果、俺が想像していた範囲外のことすら可能になった。
今なら、鬼姫の居場所まで一瞬にして移動出来るだろう。
それなのに、わざわざ狼に跨がって移動するのは何故だろう。
きっと考える時間が欲しくて、そして、悩みたかったんだろう。
人間として、悩みたかったんだろう。
……鬼姫と出逢って、魔族領に来た。
度重なる拷問と性交。 鬼姫に人生を狂わされ、死体みたいな姿にされた。
そう、人生だ。人としての生を奪われた。
俺はもう、人としては生きられない。きっと、人だとは認めてもらえないだろう。
今じゃあ、屍の王なんて呼ばれる始末だ。
お供に狼、他に仲間はなく、肉を剥き出しにした、おぞましく、醜い存在。
魔王の如き魔力を持ち、数多の魔物を葬る怪物。
屍を生む屍、屍に立つ屍。
それが、魔族から見た俺らしい。
俺はただ、魔物から身を守ってただけだってのに、何とも酷い言われようだ。
確かに魔物を相手に魔法を試したし、魔物を殺して喰ったりもした。
俺の噂を聞きつけてやって来た魔族は、人間が魔族を見るような目で俺を見ていた。
醜いと、得体の知れない魔だと、おぞましいと思ったのだろう。
言わずとも、目がそう語っていた。蔑みながら、怖れていた。
まあいいさ、何とでも思うがいい。
全ては生きる為にしたことだ。
大体、今更になって魔族と協力して、仲良しこよしで鬼姫を倒そうなんて思えない。
俺には、絶対に思えない。
どいつもこいつも信用出来ない。信用出来るのは、こいつだけだ。
こいつは俺のような醜い化け物と昼夜を共に過ごし、寒い夜は俺を包んでくれた。
魔法で懐かせたわけじゃない。この狼は、自ら俺といることを望んでくれた。
人間、魔族。果ては世界がどうなろうが、俺にはもう、どうでもいい。
この力を使って何かを支配しようだなんて微塵も思わない。あるから利用する、それだけだ。
力の使い道も目的も、一つだけだ。
ほら、見えてきた。
魔族を敵に回した魔族、化け物の頂点、あれが鬼姫だ。
あれが、この力の向かう先。あの女さえ殺せれば、後はどうなっても構わない。
……あの女、俺と初めて出逢った時と同じ着物を着てやがる。
当然、分かってて着てるんだろうな。
俺は出逢った時の姿には二度と戻れないってのに、あの糞女め。
狼、お前はもう戻れ。
分かるだろ、お前はこんな所にいては駄目だ。
此処には、俺と鬼姫だけでいいんだ。ほら、もう行け。よし良い子だ。
今まで、ありがとう。元気でな。
鬼姫「お帰りなさい。お別れは済んだのかしら」
ああ、終わった。
此処には、俺とお前の二人だけだ。
鬼姫「ええ、二人きり。わたし、この時をずっと待っていたの」
そうかい、それはそれは有り難いな。
お前がいつ山に来るものかと、不安に思ったこともあったんだ。
俺がお前を殺せるようになるまで待ってくれて、本当に良かった。
鬼姫「あら、てっきりわたしが恋しくて戻って来てくれたと思ったのに」
ふざけるなよ変態女。
今じゃあお前が笑う度に殺したくて仕方ないんだよ。美しさなんてものは一切感じない。
気持ち悪いんだよ、犬畜生にも劣る塵屑が。
鬼姫「酷い……」
鬼姫「わたしはこんなにも愛しているのに……見て、この着物。美しいでしょう?」
なるほど、お前は本当に救いようのない変態だな。その着物、俺の皮膚で造ったのか。
どこかが違うとは思ったが、よくそんなものを想像出来るな。気狂いが。
鬼姫「だって、あなたを傍に感じられるんだもの」
黒髪を震わせ、頬を赤らめながら己の女を弄る。恥じらいも何もあったもんじゃない。
見せ付けるようにして抜いた指は、てらてらと光っていて、とろりとした透き通った糸を引いた。
変わってない。
いや、あいつは生まれながらに『そう』だったのだろう。
まあいい、俺は終わらせに来た。
愛する男の皮膚で着物を作る異常者、俺をこんな姿にした張本人。
俺は、お前を滅ぼす為に此処へ来た。
鬼姫「……そう。なら、声を返すわ」
鬼姫「悲しいけれど、あなたの意志は固いようだし。最期、なのよね」
屍王「ああ、最期だ。俺が、お前を殺す」
長い間使ってなかった為に上手く声が出なかったが、何とか口にした。
眼前に立つ鬼姫は、心底嬉しそうな顔で、初めて会った日と同じ顔で笑っている。
事実、嬉しいんだろう。
自分の趣味嗜好、歪んだ愛情を、鬼姫は否定しない。 あれは、そういう女だ。
鬼姫「さあ、ちょうだい。あなたの全てを、わたしに魅せて……」
俺は俺に集中した。
魔翌力の根源に潜り、俺と繋げた。
俺そのもの。肉ではなく、精神。
俺を俺たらしめる物。ごく簡単に言えば、命ってやつだ。
何とも皮肉な話だが、俺の鬼姫に対する憎悪、想いは、どこの誰にも負けはしない。
その想いと命を繋いで、俺自身を魔法として放つ。正に、一度きりの魔法。
そして、言うんだ。
まだ自分を保っていられる内に、 鬼姫にしか通用しない、魔法の言葉を……
屍王「さあ、鬼姫。俺の想いを、受け取ってくれ」
嗚呼、なんてこと。
そんなこと言われたら、受け入れるしかないじゃない。拒絶なんてするわけないじゃない。
だって、あなたは、わたしだけの物なのだから。
だからわたしは、あなたの全てを受け入れてみせる。全てを抱き止めてみせるわ。
そもそも、あなたのいない世界になど未練はない。だから、この命を失おうと構わない。
嗚呼、入ってくる。
あなたの叫び、呪い、狂気、憎悪、侮蔑、殺意。
この全てが、わたしに向けられているものなのね。なんて、なんて素敵な贈り物なのかしら。
あなたの皮膚、肉、髪、爪、歯……
そのどれよりも美しくて、刺激的な贈り物。
これが、あなたの『想い』なのね。
出来るのなら、ずっとずっと一緒にいたかった。きっと良い夫婦になれたと思う。
けれど、こんなものを貰ってしまったら、その夢は諦めるしかなさそうね。
もう一度、あなたの瞳を見たいけれど、どうやらそれも無理みたい。
だって、わたし……
この素敵な素敵な魔法に、あなたの想いに満足してしまったの。
だからもう、どうなってもいい。
あなたとなら、消えたって構わないわ。
もう、あんな窮屈で退屈な世界にいる必要はないのよね。
何だか、とっても気分が良いわ。
こんなに満たしてくれるなんて、やっぱり、あなたは最高の男性だわ。
わたし、しあわせよ?
あのね、一つだけ内緒にしていることがあるの。
そんな顔をしなくても大丈夫。これは、とってもとっても幸せなことだから。
わたしとあなたは消えてしまうけれど、わたしとあなたの繋がりは消えないの。
もう遠くなってしまったあの世界に、わたしは、それを残してきたわ。
ちょっと寂しいでしょうけれど、こればかりは仕方ないわよね。
だって子供は、いずれ親から離れなければならないでしょう?
ただ、それが早まっただけのことなのよ。
あの子には悪いけれど、わたしはわたしの幸せの為に生きると決めたの。
出来ることなら、あの子にもそうあって欲しいものだわ。
いえ、きっとなれるわ。
だって、わたしとあなたの子なのだから。
くすくす、吃驚した?
わたしね、その顔が見たくって、ずっとず~っと黙っていたのよ?
そんなに喜んで(憎んで)くれるなんて、とっても嬉しいわ。
わたしとあなたは、二つで一つ。憎みながら愛し合うように出来てるの。
他の夫婦とはちょっと違うけれど、あなたと結ばれるなら、何の不満もないわ。
肉体が消えてしまっても
魂が消えてしまっても
わたしと、あなたは、ずっとずっと共にあるの。世界から消えても、永遠に。
ねえ、愛しい愛しい旦那様……
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側近「これが、姫様のご両親、屍王様と鬼姫様の最期です」
少女は目を閉じて、両親の愛の形に想いを馳せる。母は身勝手で我が儘。
父はそんな母を憎み、自分諸共消し去った。
両親がいないのは寂しいが、その物語はとても美しく思えた。
倒錯した女の愛と、愛された男の憎しみ。母はその憎しみすら受け入れて、父を愛したのだ。
少女には母の想いが痛い程に理解出来た。父が如何に魅力的な男性だったのかも理解した。
わたしにも、そんな男が現れるのだろうか? こんなにも素敵な出逢いがあるのだろうか?
少女は一時悩んだが、一瞬にして振り払った。
母に出来て、自分に出来ないわけがない。
なぜなら、少女にはそれだけの力がある。我が儘に、強者として生きられる。
嘗て、母がそうであったように。
弱者の上に立ち、世の全てを思うがままにしてみせる。
屍鬼姫「わたしも、そうなれるかしら」
側近「ええ、なれますとも」
屍鬼姫「お母様のように、なる」
少女は物語りを聞くたび、そう決意する。
屍鬼姫「わたしも、お父様のような素敵な男性と出逢えるかしら」
側近「屍鬼姫様がそう望むのなら」
屍鬼姫「…………」
少女は父に想いを馳せる。母のような『女』をどうやって虜にしたのだろうと。
元は人間だったと聞く、それが屍の王と呼ばれる存在にまでなった。
それはそれは、とても素敵な男性なのだろう。 少女は、父に逢いたくなった。
母しか見たことのない父の姿が見たかった。母だけが知る父を知りたかった。
屍鬼姫「この世界に、お父様のような人間はいるの? わたしに見合う者が……」
側近「ええ、きっとおられるでしょう。姫様がそう望むのなら、必ずや現れるはずです」
屍鬼姫「……そうね。そうよね。だって、世界はわたしの為にあるのだから」
少女は立ち上がり、ふっと消えた。
己に見合う、たった一人の男を手に入れる為に。父を手に入れた母のように。
母と父のような……
『理想的』な夫婦になりたいと願いながら。
ーー少女は、母に似ていた。
鬼姫「わたしの愛は美しいでしょう?」
終わります。ありがとうございました。
ごめん
なにがしたいSSなのかさっぱりだった
>>47 最後まで読んでくれてありがとうございます
倒錯してるけど、俺は好き
最後まで手の平の上と言うか
やることなすこと全て鬼姫を喜ばせてる
どうやったら鬼姫に痛みを与えられたのだろうか?自殺?
結構好き
>>52これは何年か前に私が書いたものです。
元のSSには酉を付けていないので証明は出来ませんが、本人です。
タイトルを変えて投稿したらどうなるだろうと思って、ちょっと書き足して再投稿してみました。
まとめられてもいないし、特別好評価を受けたものでもないので、まさか気付く人がいるとは思いもしませんでした。
そっか無粋なまねしてごめんね
好きだったから覚えててね気になったのよ
>>54覚えている方がいるなんて思ってもいなかったので、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
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