渋谷凛「四人電話」 (14)
例えば……
他人には絶対にされたくないようなこと。
気を許せる友人になら、まぁされてもいいかと思えるようなこと。
プロデューサーからだったなら……それはむしろ、してほしいと思っちゃう。
例えば……
自分で自分を触ったって何もない。
他の誰かに触れられると、ちょっとくすぐったく感じちゃう。
プロデューサーに触れてもらえたら……蕩けてしまいそうになるくらい、もうたまらなく心地いい。
例えば……
なんでもない相手のことは、普段考えたりなんてしない。
大切な人のことは、その人を思い起こさせる何かに出会う度思い描く。
プロデューサーのことは……ずっと。ずっとずうっと、目覚めてから眠りに落ちるまで……その後の夢の中でだって、ずっと想い続けてる。
つまり、そう。特別。
特別なんだよ。プロデューサーは、私にとって。
たくさんある好きなもの。いっぱいある大切なもの。数えきれないくらいにある私のそんないろいろの中で、やっぱりどれより大好きで一番に大切なのはプロデューサーなの。
好き。好きだよ。
嘘偽りなく言える。心の底から思える。私は好き。
プロデューサーのこと。私にとってたった一人だけの、代わりなんていないかけがえのない人のこと。
だから。
うん。だから、そうだね。
『凛のところのプロデューサーは、ほんっと愛されてるもんなー』っていうさっきのそれ。それは、本当にそう。
愛されてるよ、プロデューサーは。
こんなに……こんなにも……もうどうしようもないくらい、愛されてる。
こんなに、こんなにも、私に。
……ふふ。まぁ、あれだね。奈緒のプロデューサーも、きっと私のプロデューサーに負けないくらい愛されてるんだろうけど……。
つまりはまぁ、それ。そういうこと。
『愛してるよ、プロデューサーのこと。それこそきっと、世界中の誰よりも』
「……ふふ。うん、そうだよ。……あいしてる」
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『……』
『……』
『……なぁ、凛』
『ん?』
『なんていうか、こう、その……恥ずかしくないのか……?』
『なんで? 全然?』
『だって、ほら、そんな……愛してる、とか……世界中の誰よりも、とか……』
『事実だし』
『かもしれないけど!』
『それに相手が奈緒だからね。奈緒とか、加蓮とか……私がプロデューサーのことを好きだ、ってもう知ってる相手には隠す意味とかもべつにないし』
『いや、隠す意味はないとか、そういうんじゃないもっとそもそもの……』
『というか』
『……ん?』
『そんなこと言ったら奈緒もじゃん。ほら、昨日だって……』
『あれはそういうんじゃないから! あれはこう……あれだ、凛の惚け話をいくつもいくつも聞かされて、それで、なんかもうよく分かんなくなって……!』
『つまり』
『……つまり?』
『負けたくなかったんでしょ』
『……は?』
『ほら、私とプロデューサーとの話を聞いてさ。……あたしのプロデューサーだって凄いんだ! 凛のプロデューサーも良い人なんだろうけど、あたしのプロデューサーのほうがずっともっと! それに……惚けも、仲の良さも、愛し合う想いの深さだって……あたしたちのほうが、もっと! ……みたいな』
『ち、違うし! そんなんじゃ……』
『奈緒ってば、自分のプロデューサーのことになるとすぐムキになるからね』
『ならないってのー!』
『好きなんだ、ってもうずっと前から知られてるんだから、そんな無理に否定とかしなくても』
『そんな、好き……とかじゃ……』
『そうだね、好きじゃなくて大好きのほうだったね』
『ちーがーうー!』
『はいはい』
『……このぉ……全部お見通しだよ、みたいな感じで流してー……』
『お見通しだからね』
『違うってのに……』
『なら嫌い?』
『……そういう話じゃないだろ……嫌いとか……』
『だよね。奈緒は奈緒のプロデューサーのこと、嫌いじゃないもんね』
『……』
『……』
『……まぁ、うん。嫌いとかじゃ、ないけどさ……それは絶対……』
一瞬止まって。何か、様子を伺うようなほんの少しの時間を置いて、それから奈緒が言った。
それを聞いた私は思わず頬を緩めてしまう。
そうだよね、言えないよね。嫌いだなんて、たとえそれが本心じゃなくたって。
今の奈緒のこと。電話の向こうの奈緒の様子を想像して、その光景……きっとほとんど間違っていない、描いたその想像に笑みが漏れる。
「……私も嫌いじゃないよ、もちろんね。……まぁ、私以外にも優しすぎるのはちょっと……好きで、でも嫌いだけど」
『……凛が凛のプロデューサーと想いあってるのは、もう嫌になるくらい知ってるよ……』
『ん? ……うん、そうだね』
奈緒の言葉を聞きながら寝返り。
ベッドの上に寝かせていた身体を動かして、それまでとは逆の向きに寝返りをうつ。そして顔をぎゅうっと。枕にしているそれ、すこし固くて温かいそれへ顔を押し付ける。
『す、うー…………ん、……はぁ……』
『……凛?』
『んー……ごめん、なんでもない。ちょっと寝返り』
『そっか』
『うん。最近レッスンきついから、身体がちょっとね。ずっと同じ体勢でいると痛くって』
『もうすぐニュージェネのでっかいライブだもんなぁ』
『そうそう』
『でも凛がそこまでなる、って相当じゃないか? 普段から大分ハードなレッスンこなしてるのに』
『まぁ、今回はプロデューサーのためでもあるからね』
『プロデューサー?』
『そ。今回のライブ、企画したの私のプロデューサーなんだ。指揮とかいろいろ、主導してるのあの人だから。それならまぁ、担当アイドルとしては頑張らないといけないかな、と思って』
『あーなるほど。今回のはそうだったっけ』
『そうそ。……まぁ、普段のライブも当然全部全力なんだけどさ。今回は特に気持ちが、っていうね』
すりすり。枕へ頬を何度か押し付け擦り付けて、それからゆっくり深呼吸。
すぅ。はぁ。少し濡れた熱い空気を吸い込んで、代わりに胸の中の空気を外へ出す。口の先。唇の向こう。目の前の、私の枕へ吐きかける。
『…………』
『…………』
『…………奈緒』
『…………ん……あ、あぁ、なんだ……?』
「…………頭かな、これは、多分」
深呼吸のために自分から作ってしまった空白。それを破って奈緒の名前を呼ぶと、どこか惚けたような溶けた声。
なるほど、こっちが浸っている間にあっちもしっかり浸っていたわけか。と、そんなふうに思いながら呟く。小さくそっと、受話器の向こうへは届かないように。これは頭かな、と。
『…………』
「…………」
思惑通り受話器の向こうへは届かなかったらしい声。この部屋の中、私の枕にだけ届いて響いたその声。それを発して、それからいくらかじっと待つ。
無言で。少し上のほうを見ながら。何秒か。
「……ん、っ…………」
『りんー?』
『……ああいや、ごめん。さっきの話の続きなんだけど』
呼ばれるのに応えて話し出す。
さっきまでよりも少し弾んだ声。つい明るくなる声で。
『さっきのって』
『さっきのはさっきのだよ。私と、私のプロデューサーの話』
『……えぇ』
『何、その反応』
『いや……こう……なんというか、今日はもうお腹いっぱいというか……』
『何を言ってるの。今日のはまだ語り始めもいいところ、前菜にだって辿り着いてないくらいなのに』
『いやまぁ、凛からすればそうなんだろうけどさ。こう……どろっどろに甘ったるい惚け話を聞かされる側のあたしとしてはさー……』
不満気な……でも私と同じ、少し弾んで明るい声で奈緒が言う。
受話器の向こうからはそんな声と、それからかすかな衣擦れのような音。きっと奈緒も私と同じなんだろう。気付かれたのならそれはそれで、とそこまで隠してもいない私と違って奈緒はなんとか隠そうとしているらしいけど……声も、音も、丸聞こえ。本当に分かりやすい。
『そっか。……まあ確かに、私のほうばっかりっていうのはフェアじゃなかったね』
『フェア……? まあ、あぁ』
『というわけで。……はい、どうぞ』
『……どうぞ?』
『うん、どうぞ。……溜まってるんでしょ、惚け話。言いたくて仕方ないんでしょ、自分のプロデューサーとのこと。大丈夫、分かってるよ』
『う、んん……? いや、……はぁ?』
『確かにさっきまでは私ばっかりだったからね。ここからは奈緒のを聞くよ。奈緒から奈緒のプロデューサーへの想いとか、告白とか、そういうの』
そこまで言ってから顔を前へ。
頬を、鼻を、唇を。顔を、枕へと押し付ける。
『い、いやっ、べつにあたしは……』
『…………』
『っていうかあれだ! あたしにはべつにそういう、惚け話とかないし……愛してるとか、そういうのも……その……』
『…………』
『……や、べつに嫌いとかじゃ本当に全然少しもないんだけど……でも、こう……今のこの、ここでそういうことを言うみたいなのは……ちょっと……』
『…………』
『…………なんか言えよぉ! 完全聞く体勢に入るなー!』
『…………』
『…………』
『ふふぉすー』
『どんな返事だそれ! 顔埋めてるな!? 羨ましい!』
枕へ顔を埋めたまま、吐息だけで返事を返す。
口元と枕との間で潰されて、そこから漏れ出すように溢れて頬から耳までをなぞる私のその吐息。濡れて、熱くて。たまらなく焼けたその感触に思わずぶるりと身体を震わせながら、それを悟らせないように声音を抑えて言葉。
『羨ましい……?』
『……あっ。……いや、えっと、違くて』
『うん?』
『あー! ……なんていうか、こう……もうー……!』
バタバタ。見えてはいないけれど、でもしっかりはっきり脳裏に浮かべられてしまう奈緒の様子。
きっと私と同じ。ベッドの上。枕の上。そこで身体を横にしながら、きっと今はバタバタゴロゴロ暴れているんだろう。
『……っ、なに…………ぁ……』
『?』
『…………ん、ぅあー……』
『…………』
『…………』
『…………奈緒?』
返事がない。
最後に蕩けた声を出してから、それから奈緒が声を返してくれなくなった。
「……それ。こっちこそ羨ましい、なんだけど」
多分合ってる想像に、羨ましさが込み上げてくる。
合ってたとして、べつに毎日してること。特別なことじゃない。でも毎日してるからこそ分かる、幸せな、欲しいこと。
今その幸せの中に浸ってるんだろう奈緒の姿を想像して、羨ましくなって。だから私も、奈緒と同じそれを求める。
「…………」
「…………」
「…………そう。うん、それ」
ぷは、と一度息を漏らしてから後ろへ。
それまで押し付けていた顔をゆっくり後ろへ離して、それから視線を上へ。携帯を持っているのとは逆の手で、頭の下の枕をぽんぽん叩く。
するとすぐ叶う。頭の下にあった枕が動いて消えて離れていって、代わりに全身を包まれるような感覚。温かくて安心するような、きっと奈緒も今叶えているんだろうそんなこと。それを私も。
『…………』
『…………』
『…………奈緒』
『……ん…………』
『なーおー』
『…………なん、だー……』
呼び掛けてみる。すると返ってくるのは緩い声。気のないような、まるで心ここにあらず、みたいな。
「……まぁ、こんなふうに……されちゃったらね……」
ましてや奈緒だし。
耐性のない奈緒のことを思ってそう漏らす。
自分も同じようになりながら。奈緒ほどじゃないけれど、でもいくらか同じように……心を他に奪われかけながら。蕩けかけた声で、思わず漏らしてしまう。
『……ねぇ奈緒』
『うーんー……?』
すっかり蕩けきった声。
本当に奈緒はちょろいなぁ。ほんの一瞬でこんなにしちゃう手腕も凄いなぁ。そんなふうに電話向こうの相手へ向けて思いながら……内心自分も余裕がないのもあって、だからそのまま言葉を続ける。
『奈緒、今気持ちいい?』
『きもちいいー……』
『幸せ?』
『しあわせー……』
『プロデューサーのこと好き?』
『だいすきー……』
『今日はこの後は?』
『ずっといっしょー……』
『そっか。それなら思う存分イチャイチャできるね』
『できるー……』
『それじゃあ邪魔しちゃ悪いし、早いけどもう切るね。今日聞けなかった分、今度また惚け話期待してるよ』
『んー……』
『ん、それじゃあおやすみ』
『おやすみー……』
緩い返事が返ってきたのを確かめて、それからそっと通話を切った。
それから携帯を手放す。見えないけれどベッドの上、視界を独占する壁の向こう側へ。ぽとん、と軽く跳ねて沈み込むその音……手放したそれが確かに落ちた音を聞いてから、それからぎゅっと抱きしめる。
腕の中のそれ。私を腕の中へ抱きしめたそれ。それを、ぎゅうっと。
「…………」
「…………」
「…………今日は早かったんだね」
「……ん……奈緒がやられちゃって。多分あれ、バタバタしてたのを抱きしめられて落ち着けられてたね」
「奈緒……神谷さんは、こう……本当ぞっこんだからね。あいつもあいつで、神谷さんのこと溺愛しちゃってるみたいだし」
「ほんと。それでいて耐性は付かないままだからね、奈緒」
抱きしめて、抱きしめられて。
初めは枕。ベッドの上に胡座をかいたプロデューサーのその上に乗って、そうして頭を撫でられて。寝返りを装ってぐりぐり顔を押し付けながら、触れ合った状態で深く息をして。そんなふうにしていたのを……今は、こうして抱きしめあう形へ変えて。
これまでずっと無言のまま、ひたすらまっすぐ私のことを見つめてくれていたプロデューサーの瞳を見つめ返して見つめあう。
「あと、プロデューサー」
「うん?」
「分かってるでしょ」
「……あー……うん、ごめん。つい」
「ついじゃない。……約束でしょ、二人でいるときは」
「分かってるよ。名前で呼ばない、ね」
「そ。……私とプロデューサーは恋人同士なんだから、だから……二人きりでいるときは、私以外のこと、名前で呼んだら駄目」
「難しいなぁ」
「私だってやってる」
「それはまぁ」
「ならプロデューサーも」
「でも凛は難しくないからなぁ、こっちの同僚のこと普段から名前呼びなんてしてないわけだし」
ずるいなぁ、なんて口に出すプロデューサー。
お詫びのつもりなのかなんなのか。私を抱きしめる腕……その片方で私の背中を、もう片方で私の頭をそれぞれ撫でてくる。
優しく、柔らかく、心を込めて慈しむみたいに。
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以上になります。
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以前に書いたものなど。よろしければ。
四ヶ国語麻雀じゃなかった
支部のと読み比べたけど>>10が書き込み失敗してるっぽいな
確かに投稿ミスでHTML依頼取り消してるね
でも投下がないのはなんでだろ
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