佐久間まゆ「甘えさせてくれる貴方と」 (10)


「…………はぁ……」

「…………はぁ……」

「……幸せ、ですねぇ……プロデューサーさん……」

「……幸せ、だねぇ……まゆ……」



 恍惚とした吐息。熱に浮かされた、もうとろとろに蕩けてしまっているような息を吐きながら呟きを漏らす。

 火照った身体。高鳴る心。自分のいろいろが、溢れて止まらない想いにすっかり染められているのを自覚しながら、首元の少しくすぐったい感触を受け止める。

 自分と同じように吐かれた息。熱に浮かされ蕩けきって……けれど、ふるふると細かく余裕なさげに震える様子も伝えてくる、プロデューサーさんの吐息。

 そしてお腹。背中。お尻。触れ合う場所のすべてから……胡座の上にまゆを乗せて、隙間なく密着しながら後ろ抱きにまゆを包んでくれているプロデューサーさんの身体……重なったそのどこからもそれが伝わってくる。吐息と同じ。どこか余裕のないような、どこか意識がここにないような、そんな様子。



「プロデューサーさん?」

「ん。……うん?」

「いえ、なんだかぼうっとしているようだったので……どうかしたのかな、と思って……」

「あ……いや、なんでもないよ。大丈夫、ごめんね」

「?」

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 もぞもぞ、と座る位置を調整しながら身体を移動。それまで後ろから抱かれていたのを、今度は横から抱かれる形へ変えて。首元へと埋められていた顔、ほんのり淡く上気したプロデューサーさんの顔のすぐ目の前へ自分の顔を近付け寄せる。

 そうして言う。熱っぽい首へと腕を回して、無自覚に無防備な風を装いながら傍へ傍へ……熱く濡れた吐息が混ざり合う、もう視界にお互いの姿しか映らないような傍へ寄って。そうして言葉をプロデューサーさんへ。



(……よかった。ちゃんと、意識してくれてる……)



 身のない返事。いつも真剣に話を聞いてくれる、いつも真面目に言葉を選んでくれるプロデューサーさんが、けれど今は気もそぞろな返事を返してくる。

 それに……そんなプロデューサーさんの様子に、思わず身体が熱くなる。

 ホッと安心するような、それでいてとくんとくん高鳴るような、そんな別々の波が同時に身体の中へ沸き立ってきて……そして熱くなる。焼けるような、でも心地のいい熱。

「そうですかぁ……何もないなら、いいんですけど……」



 うっすら濡れてゆらゆら揺れる……けれど逸らすことはしないでまっすぐ前へ向けられるそこ、その瞳を一途にじいっと見つめながら言葉。しっかりと感じてもらえるように……吐く息の湿り気を帯びた熱い感触を感じてもらえるように心を込めて。想いを乗せて、心を尽くして。吐息と一緒に言葉を贈る。



「……」

「……」

「…………」

「…………」



 首へと回した腕を動かして、すりすりとそれを擦り付けてみたり。

 居心地が悪いわけじゃない。別に必要じゃない。けれどもぞもぞ。押し付けるようにして何度も何度も座る位置をずらしてみたり。

 深く息を吸って、愛しく甘い香りに身体をぶるりと震わせて。深く息を吐いて、貰った以上の愛しい想いを注いで届けて。大きく深呼吸をしてみたり。

 会話はない。絡み合った視線だけは解いてしまわずに交わし続けて、見つめあったまま無言の時間。

 それを過ごす。ゆっくりとゆったりと。たっぷりいっぱい贅沢に。



「…………あ、ら……うふ……」

「……まゆ?」

「いえ、ごめんなさい。なんでも。……それより、その」

「うん?」

「そろそろいいですかぁ……? また、前のときみたいに……」

「前の、っていうと……」

「はい、あれです。まゆから……プロデューサーさんに抱きしめてもらいながら、まゆからもプロデューサーさんに。ぎゅうって、いっぱい、するやつを……」

「あー……えっと……」

「……駄目、ですかぁ?」

「いや、駄目とかじゃないんだけど……」

「プロデューサーさんはまゆにされるの、嫌……なんですかぁ……?」

「嫌なわけはないよ。それは絶対。うん。ないんだけど」

 長いこと押し潰されていたそこ。まゆの身体を乗せるプロデューサーさんのそこのいろいろを……熱を、感触を、震えを確かめて。プロデューサーさんが、確かにまゆを意識してくれていることを改めて確かめて。それから切り出す。

 平静を装いながら、けれどおどおど気まずそうな……何か隠し事がバレていないか気にするような……そんな様子を消しきれていない声。それを聞いて、その可愛らしさに胸の高鳴りをもう一つ強くしながら提案。



「うふ……ならいい、ですよねぇ……?」



 言うが早いかぐいっと勢いよく身体を寄せて、そのままぎゅうっと深く抱きしめる。

 大きく広い胸板へと胸を押し付けて。

 赤く焼けた柔らかな頬へ頬を重ねて擦り付けて。

 ぎゅっと、ぎゅうっと、思いきり身体を密着させて触れ合わせる。



「…………あ、はぁ……」



 思わず込み上げてきてしまうのを吐息に込めて外へ。
 ぴとり、と触れる耳と唇。普段よりも赤みを増したその耳へ、唇を震わせて内から溢れ出してくるその想いの詰まった熱い息を吐きかける。

「…………」



 固まって、声も出さずに動かない。けれど抱きしめる腕は解いてしまうことなくしっかりとまゆを抱えたそのまま、胸を挟んで伝わってくる鼓動の刻みはどんどんと早くして、そうしてちゃんと反応を……嬉しい、高鳴る反応を返してくれるプロデューサーさん。

 それがたまらなく愛しくて、そのことにたまらなく昂ってしまう。

 昂るのは自分じゃない。本当に昂らないといけないのは……昂ってほしいのは、自分のほうじゃないのだけど。

 でも昂ってしまう。昂ってもらおうとして、でも自分のほうが。



「プロデューサーさん……プロデューサーさぁん……」



 いつものこと。

 初めてのライブを成功で終えたとき『なんでもいいから何か一つご褒美を』と言ってくれたプロデューサーさんに叶えてもらった『プロデューサーさんに甘えたい』なんてお願い。それが何度も繰り返されて、何重にも積み重なって届いたこの今。

 ライブの成功や、新しいプロジェクトへの選抜や……何かの記念日の度、叶えてもらってきたこれ。叶えてもらう度、少しずつ少しずつ深くなっていったこれ。初めは頭を撫でてもらうだけだったのが、こんな……二人きりの部屋の中、お互いにたまらなく熱くなりながら抱きしめ合うようにまでなったこれ。

 いつものこと。

 ……もう記念日も何も関係なく、人目を忍んでは毎日必ずどこかで交わすようになってしまったいつものこと。それをまた、今も。

「ん……あぁ……ねぇ、プロデューサーさん……」

「……え、っと……何かな」

「プロデューサーさん……まゆのこと、感じてますかぁ……?」

「感じて……まあ、うん、それは……こんな、くっついてるわけだし……」

「うふ、良かったぁ……。まゆもいっぱい感じます、プロデューサーさんのこと。いっぱい、いーっぱい……」

「…………まゆ……」

「うふふ……」



 ガチ、ガチ、と強張った身体で。けれど優しくそっと、慈しむように心を込めて柔らかく抱いてくれる。

 すりすり擦り付いて、むぎゅむぎゅ押し付いて……そうして触れてくるまゆの身体を、まゆのことを拒まずに受け入れてくれる。

 それが嬉しくて、幸せで。だからつい昂ってしまう。

 このいつものことで、またいつものように。



「…………ち、ぅ……」



 その昂りのまま、身を任せて先へ進む。

 いつもいつもそうしてきた。いつも通り、いつもよりも少し前へ。

 頭を差し出して待つ。それがいつからか胡座の上へ座るようになった。そしてそこからこうして抱きしめ合えるようにまで。少しずつ少しずつ、交わす度に前よりもどこかで少し先へと進む。いつもいつもこれまでいつもそうしてきたように、今日も、またこの前よりも少し前へ。

「……ちゅ…………ちゅっ……」



 耳へキス。

 隠せてはないと思う。隠そうとも思ってない。でも形だけ、偶然に触れ合っている故意ではないような形だけ装うふりをして、そうしながらキスを降らす。

 変態。色欲魔。恥ずかしい子。もしそんなふうに思われていたらどうしよう、と考えながら。でもやめない。

 きっとそんな余裕なんてない。誘っているのか、からかっているのか、なんてぐるぐる思考を巡らせながら……ありえない。まゆがプロデューサーさんのことをからかうなんてありえないと知っているのに、だけどそうして巡らせながら……余裕なく、きっと我慢してくれている。

 だからそれに甘えて、そんなふうになりながらも決して拒むことはしないで受け止めてくれるのに甘えて、何度も何度も繰り返す。



「プロデューサーさぁん……」



 プロデューサーさんはプロデューサーだから。だから応えられないことがある。

 まゆのことを誰よりも大事にしてくれて、何よりも大切に思ってくれて……でもだからこそ、応えてくれないたくさんがある。

 だから、こっちから。

 叶えられる限りを許してくれる、否定せずに受け入れてくれるプロデューサーさんへ、まゆから。

 甘えて、求めて、重なっていく。

「…………まゆ……」



 熱っぽい吐息。ぽつりと零すように名前を呼ぶ、濡れた声。

 抱き寄せられるわけじゃない。押し退けられるわけでもない。きっと無意識に漏れて溢れ出してきたんだろうそれ。プロデューサーさんのその声が、髪の先と首元をくすぐる熱い吐息と一緒に耳へ届く。

 たったの一言。ただぽつりと名前を呼ばれた、それだけ。それだけなのに……たったのそれだけなのに、瞬間身体が熱くなる。

 大好き。その熱が高まってくる。

 恋しい。そんな感情が沸き立ってしまう。

 愛しい。どうしようもないほどどうにもならない想いが満ちていく。

 好き好き好き。まゆの恋しいプロデューサーさん。愛してる。誰よりも何よりも、愛してる。

 言いたい。そう言ってしまいたい衝動が押し寄せてくる。このままそこへ、この唇の触れる場所へ、その告白を尽くしたい。そんなふうに思ってしまう。



「…………あぁ」

「…………」

「……プロデューサーさん、まゆは…………あぁ、プロデューサー……さん……」



 でも駄目。それは駄目。ここでそれは言っちゃ駄目。

 普段ならいい。好き。大好き。愛してる。そんなことを言ったって。毎日しているように何気なく、冗談めかしたりしながら……本当は当然、冗談なんかじゃないのだけど。そしてそれを、プロデューサーさんも分かってくれているのだけど……そんなふうにしながら、言ったって。

 でも今は駄目。今のこの、ここで、言ってしまうのは。

 だって……

「……まゆ…………」



 それをしてしまったら、きっとプロデューサーさんは応えてしまう。

 まゆの愛するプロデューサーさんは……まゆを愛してくれるプロデューサーさんは、きっと叶えられる限りを越えたそれ以上にまで応えてしまう。

 だから駄目。今はまだ、きっとまだ駄目だから。

 飲み込む。ぐっ、と。贈りたい言葉を飲み込んで、そうして代わりにキスの雨。

 だんだんともう、偶然を装うことさえやめて。元から隠すつもりもなかったそれを、何度も何度も、精一杯の想いを込めて。



「プロデューサーさん……」

「……まゆ…………」

「…………プロデューサーさん……」



 何度も何度も名前を呼んで、何度も何度もキスを注いで。何度も何度も、この胸の愛おしい想いを尽くす。

 大好き。恋しい人。愛しいプロデューサーさん。

 口には出せないそんなたくさんを溢れさせながら、そんなたくさんを向ける唯一最愛の相手と重なって、そして幸せに染められていく。

 好き。

 好き。

 好き。

 大好きです。

 愛しています。



「……プロデューサーさん……まゆは、貴方のまゆです……。……ずっと、ずうっと、いつまでも……まゆは……貴方だけの、まゆですよぉ……」

以上になります。



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