周子「切なさ想いシューコちゃん」 (36)
周子が可愛くて書きながら他の方のSSを読んでたらそれらのあまりの完成度に打ちひしがれ、心折れそうになりながらもなんとか完成したので、よろしければご覧ください。
諸先輩方の100000分の1でいいから才能ほしい……
※
・地の文多め
・妄想設定あり(周子とPが15歳の時に一度出会っている、劇中の周子は二十歳、大学在学)
よろしくおねがいします。
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「んみゅ……」
瞼の裏を照らす綺麗な光と、パチパチと無機質なキーボードの弾ける音で目が覚めた。
「起きたか」
寝ぼけまどろみながら瞼を開くと、いつもと違うせんべい布団のシーツと、きゅっとあたしを現実に引き戻してくれる低めの声。
ああ、この感じ。めっちゃひさびさやなあ。
「おはよー、Pさーん……」
「飯、テーブルの上に置いといたから。食べちゃいな。」
「んー……」
頭をもたげると、私を柔らかく包んでいたタオルケットが落ちる。同時に霧散する、心地良い匂い。
昨日の夜、ずっとあたしを包んでくれた、Pさんの香り。
その主はといえば、シューコちゃんに背中を向けてパソコンに向かってパチパチやってる。
ああ、これ。出会ったときと全く一緒だ。
それが嬉しいやら、腹立たしいやら。
出会ったときから、二人の間は随分色んなものが変わったと思うんだけど。例えば……あたしは、Pさんの香りがふっと逃げてっちゃっただけで、どーも寂しくなっちゃうくらいには、今じゃあんたがそばに居てくれなきゃ調子出ないのに。
あんたは寝起きのしゅーこちゃんほっぽっといて、熱心に資料作りかい。本当、あのときから変わらないね。
ムカついたから、昨日あなたがしてくれたのと同じくらいの強さで、後ろから抱き締めてやった。
「ん……こら。冷めるぞ、朝ごはん。」
「あんなー、Pはん」
「うん?」
あの時は私はたしか15歳で、Pさんはプロデューサーじゃなくて、マネージャーだった。
高校に行く、行かないでおとんと大喧嘩して、実家を飛び出したきり行き倒れ同然になってたあたしを拾ってくれたあのときも、Pさんは一枚だけのせんべい布団にあたしを寝かせて、自分は背中向いてパチパチパソコン打ってたっけな。
四畳間に一枚しか敷けない布団を譲って、高熱出してひっくり返ってた見ず知らずのあたしのこと、一晩中見ててくれたんでしょ。
少女マンガみたいに優しくて甘々なくせに、君は絶対、俺は優しいって、あたしに伝えてくれないんだ。
こっち向きなよ、もう。
「……この、いけず」
「なんで?」
結局、一緒に暮らした……もとい、匿ってもらったのは一ヶ月くらいだったのかな。
実家は大切にしろ、学校は行けるなら行け、ってPさんにも言われたねー。
あの時、あたし噛み付いたなー。今思えば、Pさんに捨てられるって思ったのかな。
それっくらい、Pさんに受け止めてもらってたんだね。あたしの色んな部分を。10代の家出娘を一ヶ月も匿うって事だけでも、ちょっと考えたってムチャなことだって思うし。
そしたら、「もしそれでも面白い事が何も無かったら、俺が周子を迎えに行く。周子をアイドルにして、一緒に面白い事探すから。必ず行くから、それまで頑張れ。」って言ってくれた。
本当に迎えに来てくれたときは驚いたよ。「すっかり看板娘だな」って笑ったPさんが店先に立ってた瞬間は、たぶん一生忘れないよ。
「俺もようやくプロデューサーだ。」って。サラッと言ったPさんが、その一言を言うためにどれくらい真剣に仕事に打ち込んでくれたのかって、当時はわからなかったけど。
あんとき魔法をかけてもらったんだって、あたしはハッキリわかるよ。
「ありがと……」
「なんだい、それ。」
「うっさい……」
聞き返さんといて。これでも、精一杯なんやから。
「へんなしゅーこー」
うっさいあほ。
あたしがこないへにゃへにゃになってまうの、あんたのせいやよ。
「大学どうだ?」
「どう? んー、むー? ふつう、かなー?」
「彼氏出来たか?」
「あれ、作って良いの?」
「ダメ。」
「あかんのかーい。」
高校も行かずこの業界に飛び込んだPさんにとっては、スクールとかキャンパスってのはちょっと憧れらしい。よく、「大学楽しいか?」みたいなことを聞いてくる。芸能関係者さんて、T大KY大ですみたいなヒトも珍しくないもんね。あたしはそういうの、よくわかんないけど。
大学……たぶん普通に通えばそれなりに楽しさもあるんだろうけど。正直、仕事の事を考えてる方がワクワクする。あのシューコちゃんがよくもまあこんなにアクティブになったって、自分でもよう思うけどね。たぶん、Pさんがくれた世界以上の衝撃は、そこには無いなぁって予感がしてる。
大体、お陰さんで大学でもすっかりレアキャラ扱いだしなー。ちゃんと単位取りきって卒業したフレちゃんは偉いと思うよ。
……仕事がワクワク、なんて、実家の手伝い嫌々やってたあたしが聞いたら、どんなカオするだろーね。それくらい、あの時迎えに来てくれた魔法使いさんから始まった毎日は鮮やかで、色んな意味でかけがえがないんだ。
あ、そうそう、いまシューコちゃんは奏と同じ大学に通ってます。わたしはなんだかんだもたもたやって一年遅れたから、ストレートで入った奏と同学年なんだけどね。一芸推薦ってやつ、あれ便利だね。
大学でも結局奏と居ちゃうから、大学生活が特別なもの、って認識もあまりないんだと思う。あの子と居ると目立ってしょーがないんだけど。
「最近、ますますオーラほとばしってるからさーあの子。キャンパス歩いてるとモーセの十戒みたいになるのね。みんな遠巻きに見守るみたいな。」
「案外、速水さんの方はお前の方が原因だと思ってんじゃないのか。」
「……前から思ってたんだけどさぁ、Pさんって奏にだけさん付け敬語だよね。」
「なんだろうな、それこそ……オーラ?」
「ちょいーPはん〜ほしたら呼び捨てタメ口のシューコちゃんはちんちくりんってことなん?」
「食う・寝る・食うの狐娘は何時まで経ってもちんちくりんや。」
「あたしの餌付け楽しいくせに〜」
「餌付けされとる自覚あるんかい。」
「……Pさんてあたしと一緒にいるようになってからちょっとずつ、京言葉っぽくなってきたよね。」
「そういう周子はずいぶん標準語っぽいぞ。ガキの頃の周子はもっとはんなりしてた。」
「え、そう?」
「そうおす。」
「じゃーあたしが京都要素薄いのって、Pさんのせいかな。」
「そやなぁ……」
そやなぁって、どっちよ。
今のはちょっとわざとらしかった。
移るもんなのかな、そういうの。
Pさんがあたしに染まって、あたしもPさんに染まっていくってのは、なんていうか、うん、悪くない、気がする。
……シューコちゃんって、こんな重い女だったかな。
Pさんは澄まし顔で伏し目がちにコーヒーを啜る。こうやって見るPさんは、随分と年上のお兄さんに見えた。他のアイドルとプロデューサーのコンビに比べたら、あたしたちってそんなに年齢差ないはずなんだけど。
考えてみれば、今のあたしと、出会った頃のPさんが同い年なんだもんね。昔からこの人は同年代の男の子より大人びた男性だったんだろう。あたしよりずっと、大人にならなきゃいけないスピードがこの人は速かったんだよね。
あたしはPさんと歩んできたけど、Pさんにもそういう人、居んのかな。
子供から大人になる間のPさんのことを、あたしは知らない。いったいどんな風に過ごしたんだろ。知ることが叶わないのが、少しだけ歯がゆい。
恋したこと、あったのかな。誰かに焦がれて、その人の事だけ考えて過ごした夜が、この人にもあったのかな。
あたしが柄にもなく、そうだったみたいにさ。
「奏はあれで結構、初心なんよーPさん」
「へぇ……でも、いまや魔性の女の代名詞じゃん」
「例えば、こないだ美嘉姉ぇが初体験済ませたときの話なんだけどさ」
「ぶーっ!!!!」
「うわっ、きたなっ! こっち向かんとってよ!」
むせるPさんを見て、あたしはケラケラ笑う。
「げほっ……おまっ、マジで……えぇ!?」
「いやー期待通りのリアクションありがとうございます。」
「だってお前……あのカリスマJK改めカリスマJDの城ヶ崎美嘉が……?」
「はい」
「見た目に反してウブな純情、常に高水準の守備力に定評のある処女ヶ崎美嘉が……、」
「はい」
「えぇ……いや……うわぁ……え、相手は?」
「ん? いや、ほら、プロデューサーさん、美嘉の。」
「……マジかぁ〜〜?」
おうおう、動揺していらっしゃる。
そうそう、シューコちゃんと一緒のときはたまには、そうやって大人びた澄まし顔、崩すといいよ。
あたしが仮に、好きな人出来たーん、なんて言ったら、どんなカオするのかな、この人。
こんな風に焦ってんのが見られんのかな。
「奏とフレちゃんが自分のプロデューサーさんとキスした時の話をしててさー」
「おおう……当然のように社内恋愛がまかり通っている……」
「で、美嘉ちゃんの様子がいつもと違ったから問い詰めたら……こないだ、致しましたと。」
「俺、美嘉Pさんとこないだ飲んだばっかだぜ……」
「可愛かったよー? 茹でだこみたいに真っ赤になってる美嘉ちゃんに奏が『どうやってその気にさせたの!?』ってさー、必死に細かいディティールを聞き出そうとするから美嘉ちゃんオーバーヒートしちゃって。」
「あの研いだナイフのような美嘉Pさんと美嘉姉ぇがな……やべーな、次に会ったら絶対思い出しちまう。」
「ファンが聞いたら卒倒だね〜」
「ケラケラ笑うなお前は……」
「ちなみに最近でいちばん盛り上がったシチュエーションってのが、カリスマJK時代の制服を引っ張ってきて……」
「友人の夜事情ベラベラしゃべりすぎとちゃう、お前?」
奏はプロデューサーさんの事になると美嘉ちゃん顔負けの乙女になっちゃうらしく、どーやって今より一歩距離を縮めたら良いか悩んでるみたい。フレちゃんはまぁ……甘々デリカな毎日みたいね。
アイドルの魅力があたしたちの内側から生まれるものだとするなら、そーゆーファクターは間違いなく、彼女たちのキラキラのエンジンとして機能してるんだと思う。本気で惚れ抜いてる人の為に出す力って、やっぱすごいもんね。それは、ファンへ恩返しするときもおんなしだけど。
自分のオトコの話してるとき、みんな幸せそうやもんねー。アイドルがそーゆーことって、賛否あるだろうけど、あのカオを見たらあたしはアリだと思う。ダメや言われても、好きなもんは好きやろしな。
一癖も二癖もあるあのコたちをあんなにメロメロにしちゃうパートナーさんは、やっぱり素敵な男性なんだろうね。
「Lippsと言えばさーPさん。」
「おう。」
「志希ちゃんのプロデューサーさんがごばっと担当増えたらしいじゃん、最近」
「いま勢いあるからなー、彼は」
「もうね、露骨に機嫌悪い、志希ちゃん」
「なにそれ可愛いかよ。……あの子、そういうの隠すの上手そうだけどな。飄々としてるっていうか。」
「あたしは結構気付いちゃうな。おっかない顔してはるわーと思ったらふと寂しそうにしてたり」
「なにそれ抱き締めたい」
「意外と独占欲強いからねー」
「あー、なんかわかる」
「んー、わたしもわかるなー」
「依存監禁されたいアイドルランキングCu部門の毎回上位なだけはあるな。」
「そー、あたしも18歳の時さー」
「うん」
「15歳の時に『プロデューサーになって絶対に迎えにいく』って言ったきり別れたお兄さんが本当に迎えに来てくれてさー」
「う……ん?」
「ガラにもなく王子さまかよー、なんてときめいちゃったんだけど、そのお兄さんはもう何人もプロデュースしててね。聞いたらあたしは4番目か5番目の女だったらしいんだよねー、がっくしだよー」
「うっ……」
「カボチャの馬車に乗っていったら、既に舞踏会には何人ものシンデレラ候補が王子さまに唾をつけられてたっていう。あんときはちょっとメラっときたよねー」
頬杖ついて、ちょっと口尖らせながら言ってやる。
「……いや、すまんて」
「ん? 謝ることないやん、あたしが勝手に勘違いしとっただけやしー、ただあんなにハッキリ『迎えに行く』って殺し文句言われちゃってたからさー、真っ先にあたしのところに来てくれたんだって思い込んでたもんでさー。」
「いやあ……な? しゅーこ」
「まあ舞い上がってた純情シューコちゃんに芸能界の現実を突き付けるっていう意味では? ちょっと苦めの良い薬だったかなーって思うし? 仕事は仕事だって今はちゃんと理解できるから。だから全然、これっぽっちもー? やきもちとか妬いてませんけどねーうん。」
「……勘弁してくれ、周子」
怒ってなんていないよ、ってのはホント。あの時のPさんはガムシャラに経験と実績を求めなきゃいけなくて、それがいまのあたしのプロデュースに繋がっているんだから、感謝こそすれ、そんな事で拗ねたりしないって。
ただ、Pさんのそーゆーカワイイ顔が見たくなっただけ。
あたしが君に伝えたいのは、そんな事じゃないんだ。
「ほーん、反省してんの?」
「う………まあ」
「ふーん?」
「ぐっ……望みを言えい!」
「ふっふっ、くるしゅうなーい。」
あたしたちは話題も笑いも豊富すぎて、却っていつも肝心なところに触れられない。
昨日みたいに寄り添って眠るほど近くにいても、心のいちばんやらかいところに交わらないようにして、ここまで来た。
けどなー、シューコちゃん、煮え切らないのは案外、性に合わんのよ。
だからさ。
「今夜、一杯奢ってよ、Pさん♪」
「ダーツバー好きだな、お前。」
「えーやん、ダーツ出来るしここなら個室みたいなもんだし。」
「俺はたまには寿司が食いたい。」
「回るやつならええよ。」
「普通、回らんやつなら、っていうんじゃないのか?」
「なんか多少ガチャガチャしてないと落ち着かないんだよねー」
「そういうところ、変わってるよな」
「ミステリアスアイドルしゅーこちゃん」
「なに?」
「なんでもー」
去年の12月、20歳の記念にPさんに初めてPさんとお酒を飲んだダーツバー。大成功させたライブの時も、シンデレラガールになったときも、ごほうびはここだったね。
ふたりだけの、内緒の打ち上げ。あのときは、お酒はなかったけど。
「未成年のアイドルが盛り場に来るのは印象良いもんじゃない。周子も好きだろうけど、普段は控えろよ。今日はトクベツ、だ。」
なんて、妹に火遊びを教えるみたいに、下手くそなウィンク決めていたずらっぽく言ってたっけ。
そう、特別な場所、だよ。君と来るこの場所は、あたしにとって。
「Pさん、右で相手してあげよっか〜?」
「及ばねぇよ。」
Pさんは強いお酒を好む。夜が似合う人だ、と思う。
「あまり強い酒をがぶ飲みするなよ、喉を痛めるからな。」なんて自分のアイドルには言うけど、喉が焼けるような尖ったお酒をかぽんと一息で煽り、言葉少ないままにスタンスを決めるシュッとした姿は、ダーツバーの薄暗さに映える。
昔、ミッドナイトフェアリーってやったけど、あれはPさんとあたしの組み合わせあっての企画だったと思う。あの頃のPさんはダーツ下手っぴだったけど、あの時から君は夜が似合ってた。
「おっ、ナイストン。Pさん、上手くなったよねー」
「周子の遊び相手くらいにはなるか?」
ブルを二本決めてきたPさんを迎えると、Pさんは返事代わりのように一口目で既に半分以上減っていた琥珀色の液体を、くいっと一気に飲み干した。
濡れた唇に、色っぽさを感じた。
「ねえ、勝負しよーよ。」
「うん?」
「あたしが勝ったら、お願い聞いてもらうけどね♪」
「ほーう、俺が勝ったらどうする?」
「んー?」
短めのスカートだけど、これ見よがしに片膝を椅子に掛けたまま抱いてみた。
グラスを遊ばせながら、ちらりとしたPさんの視線を感じる。普段抑えてる、雄の視線。
隠してるつもり、そーゆーの、シューコちゃんは鋭いんだよ?
「何でもシテあげるよ。Pさんのシテほしいこと。」
あたしは隠す気無いよ、今夜は、何もかも。
「んくっ……んくっ……ぷはっ。ふー……。」
「限界か? なら、残り貰うぞ。」
「あん、ちょっとー、飲むのに。」
「……っふう、すぐ同じの、頼んでやるよ。」
負けたらイッキの約束で、あたしのグラスは半分くらい空くと、Pさんに取られてしまう。Pさんなりの、あたしがハメを外しすぎないようにって気遣い。
Pさんはと言えば、もう4回くらい、あたしのより明らかにキツそうなカクテルを飲み干してた。
「んもー、飲みすぎやないのん?」
それっぽく心配してるようなそぶりで、ぺたりとPさんの頬っぺたを触る。掌から伝わる体温、あたしにフィードバックしてくる多幸感。
Pさんに触れたいってズルい下心は、バレちゃまずいって気持ちと、知って欲しいって気持ちが入れ違いに組上がって出来ている。
「お前が飲ますんだろ?」
シューコの手ぇ冷てぇ、と笑いながら、あたしの手に手を重ねて来た。
ドキッとする、昼とは違う夜の顔。
「周子とこんな風に酒が飲めるなんてな。」
もうちょい艶っぽい雰囲気で伝えるつもりだったんだけど。
その、相変わらず妹を相手にしてるようなしみじみとした言い方にムカッときて、思わず言っちゃった。
「あたしさ、Pさんのこと好きなんだ。」
Pさんの頬っぺたに、戸惑いが差した。
「次、あたしでしょ。投げてくるね。」
なにか言おうとしたPさんの手からするりと抜けた。
わざと目と目を外して、背中を向ける。
「いつから?」
ダーツ盤の青白いディスプレイ越しに、Pさんの姿が見える。
そーゆー言い方、好きじゃないな。
「んー? 15歳の頃くらいからかな。」
「出会った頃からじゃねーか」
「そーだね。」
あたしは今夜で、隠すのはヤメにするんだ。
だからさ、Pさんもハッキリさせよう。
「あきっぽいシューコちゃんがさー」
すとん。ブルに入る。
「5年も片思いはさ、辛いんよ」
お、またブル。
ハットトリック出るかー?
「実らないなら……もうさ! スッパリ……諦めさせてよ」
緊張の第三投目はカン、って間抜けな音がして。
尻切れになっちゃったあたしの言葉とおんなしように、刺さらず落ちた。
一旦ここで切ります。
仕事で数日家を空けるので、再開できるのは戻ってきてから、日曜くらいには再開できるかと思います。
……おちないよね?
しえん
落ちないよ
中卒でアシ、マネージャーを、経て10年目でプロデューサーか
叩き上げだな
しゅうこれかわいい
次からスレタイにモバマスかデレステって入れた方がいいよ
同じ名前のキャラっているのか?
>>18
自分でスレ探すのもめっちゃ時間かかりました……
再開します。
「Pさんはさ。」
ちょっと弱気になるあたしの心を、背筋伸ばして建て直す。
「お人好しだから。なんでもない只の親切だったかもしんないけど。あたしはホント、救われたんだよ。」
行き場が無くなってたあたしのこと受け入れて、同じ目線でとことん付き合ってくれたの、Pさんがはじめてだったからさ。
だから実家にも戻れたし、そのあとの人生が「活きてる」って感じになったんだ。
たぶん、あの時飛び出さなかったら、あたしはどっか居づらいなと感じながらも実家を継いで、適当な人とお見合いをして、シアワセな生活を送ったんだと思う。そんな知れ切ったシアワセが、逃げ場の無い閉じた未来に感じられて、たまらなく怖かった。
けど一人じゃ結局、ダメでさ。あたしはあたしで居たくて……知れ切った往生の枠に填められたくなくて逃げ出したけど、生身のあたしってのは世間様に対してどーしようもなく非力でさ。いよいよ持たなくなって、家出少女らしく援助でもしてもらうしかないかなー、なんて自棄くそな考えが頭を掠めた、あの時に出会ったのがPさんじゃなかったら、あたしは本当にどうなってたんだろう。
それから一ヶ月、Pさんはあたしに時間をくれた。自分と向き合って、時々Pさんに感情の塊をぶつけて。Pさんは全部許してくれた。見ず知らずのあたしのこと。
知れ切った未来に向き合う勇気も、それを変えていく力も、全部Pさんに教えてもらったんだよね。
「出会ってくれて、ありがと。こんなの、ホントに、あたしの、ガラじゃ、ないなっ、て、わかってるん、だけどっ……」
おっと、がんばれ、あたし。
まだちょっと早いぞ。エンディングまで泣くんじゃない。
まずは言わなきゃいけないこと、全部Pさんに伝えるんだ。
Pさんとあたしは、ずっとそうやって来たんだから。
「Pさんの事が好きだよ。こんなに誰かを好きになることは、きっと二度と無いから。だからっ……」
だーっ、くそう。決壊しちゃった。
Pさんにその気がないなら諦めるから、とか、それでもアイドルは続けたい、とか、当分は好きでいさせてほしい、とか。
言おうとしてたことは結構あったんだけど、本音って難しいね。うまく言葉にならなくて、代わりに嗚咽が漏れてきた。
しゃくりあげそうになった時、体温の高いぬくもりに包まれた。
一瞬わかんなかったけど、Pさんが後ろから抱きしめていてくれていた。
「すまん。その……俺もうまく伝えられるかわからないから、少しの間、こうさせてくれ。」
あたしの肩、こんなに細かったんだな、って思うくらい、Pさんの腕や胸の感触はごつごつしてて。ちょっとだけ力を込めたら、全然動かなくて、びっくりした。
「……正直、俺は生きてきて良かったと思えたことはあまり無かった。帰る場所もねえし……それなりに頑張っても、中々上手くもいかねえし、人にも好かれねえ、何のために頑張るのかも自分でよくわかんねえ。でも……あのボロアパートに帰ってきたとき、周子が『あ、おかえりー』って、コンビニの菓子頬張って待っててくれるあの時の生活は……はじめて生きてて良かったと思ったよ。」
あたしはメイクの崩れた泣き顔をPさんの腕にうずめて、ただその言葉を聞いていた。
あたしが逃げていかないように、捕まえていてくれる大きな腕。ふわりとしたお酒の匂い、優しい声。
「あの一時の為だけに生きてみようと思えたもんさ。周子が幸せになれれば良いと思った。周子にはもっともっと可能性があるから……もっと色んな世界見て、そこから自分の幸せを見つけて欲しいと思ってた。けど、お前はもう何処に出ても恥ずかしくねえ大人の女だもんな。」
グッと、Pさんの力が強くなる。
あたしの顔が熱くなって、心臓が跳ね上がる。
「大学卒業して、アイドルも突っ走り切ったら、そしたら一緒になろう。周子が許してくれる限り、俺も周子の傍に居たい。」
へたくそな告白だな、って思ったよ。
けど。想いが通じたことの、胸に広がった暖かさのおかげで、気になんなくなった。
へたくそな告白も、Pさんのダーツと同じ、あたしの歌やダンスと一緒で、二人で一緒にうまくなっていけばそれでいいよね。
……今日のあたしは、言いたい事を言う日だって決めたからさ。
「あんな、Pはん」
Pさんの拘束から抜けて、腕の中で向き直る。
やば、顔見たら、またあふれそう。
それを噛むように飲み込んで、唇が震えないように頑張って言った。
「そーゆー大事なことはさ、面と向かっていわなあかんえ?」
一瞬だけ、Pさんが怯えるような顔をした。Pさんでも、そんな顔するんだね。
大丈夫だよ、それは。五光が出るって決まってる花札みたいなもんだから。
あんたの育てたシューコちゃんを信用しぃ。
「……周、」
「あ、ちょいまち。」
「えっ」
「五年もいけずされたんやし、口約束じゃ足りないかなー」
と何か言いかけたPさんの顔の前に、しゅび、っと手を出して、指先で少し背の高い唇にちょんと触れる。
「証文ちょーだい? 恋の認め印的な。」
そのまま、あたしの唇を指す。
知ってる? 唇は喋る為じゃなく――――って、Pさんが知らないわけ、無いよね。
「認め印っておまえ……古いぞ。」
「うっさいあほ。ほら! 逃げないから。」
Pさんの顔が赤くなってる。お酒のせい、じゃないよね。
あたしの顔も、きっとあっかいあっかい。真っ赤っか。
シューコは白いから赤くなるとわかりやすい、って、言われたことがある。きっといまも、Pさんには全部お見通し。
いっそ都合が良い、今日のあたしには、隠すことなんてなにもないのだ。
ぽんと押すように、Pさんの背中に手を回すと、あたしの大好きな優しい手が、そっとあたしの頬に触れる。
その日、あたしは世界で一番幸せな女になった。
「はーあ、あたしのファーストキスはお酒の味かあー」
「……俺はちょっとしょっぱかったな。涙味。」
「んー? ファーストやったん? ほんまに?」
「……それ、やっぱ正直に言わなきゃダメか?」
「ふーん……なーんか妙に慣れてはったもんねー。Pはんにとって、あたしは何番目の女なんやろか。はー、あたしにとっては最初で最後の男やと思うのになぁ。上手くいかんもんやねえ。」
「うっ……」
「ふふっ、いいよ。許したげる。」
「飄々としてからに……あのあと結局ぼろ泣きしてた、しおらしい周子はどこ行ったんだ?」
「涙は女の武器どすー♪」
「ちきしょう。」
「しおらしおみー」
「なんだって?」
「なんでもー」
小指を絡めて、たらーんたらーんと歩きながら、涙味、なんて洒落たこというPさんをからかってやった。
夜の街から離れた、あの四畳一間に続く帰り道は、静かな暗闇に街灯でぼうっと浮かび上がらされて、世界で二人だけになったみたい。
「その代わり、こっから先は、あたしの独り占めっ♪」
Pさんと昔一夜を過ごしたかもしれない、名前もわからない女の子に対抗心を燃やしてしまうあたしは、可愛くないかな。
あたしって結構、独占欲強かったんだねえ。
さっきから余韻の続いてる、ふわふわした多幸感に任せて、胸のなかにPさんの腕をひったくる。
「おっ……!? あ、あんまり、外でくっつくなよ。」
「……イヤなん?」
「〜っ!」
腕に耳をぴったりくっつけて、お澄まし顔で少し不安そうにPさんを見つめる。
ふふっ、この見上げられ方、結構好きでしょ。ちゃんと知ってるよ。
「……俺はたぶん、一生周子には敵わないんだろうな。」
「あ、それ、一生一緒に居てくれや宣言? やったーん! シューコちゃん嫁入り確定♪」
「……まあ、どんな形になるかわからんが、そうなれるように頑張れるよ。」
「期待してるーん。ふふっ、信じてるからね?」
「ん。」
「ふっふ〜……んふふ。」
「なんだよ。」
「ようやっと一方通行から相互通行になったわけやしー将来の話もいちおーまとまったし。」
「うん。」
「……ナカヨシ、します?」
「……しません。」
「えー?」
もう一回、今度はもっと胸を押し付けて、上目遣い攻撃。
効果ばつぐんなのはわかってるんだぞ。うりうり。
つかね、あたしだって恥ずいんよ。けどPさんはっきりさせんと全然前に進まんやんか。
「……っ! そういうのは、だなあ。ちゃんとお父様お母様にご挨拶申し上げて、結納なりかんなり済ませてから……」
「Pさん……古くない?」
「うっさいな! 周子に対してはそういうのちゃんとしたいの! 俺!」
「へっ……!?」
あっかい顔したPさんに、今度はあたしが赤くさせられた。
「……そーゆー不意打ちは、反則かなーって」
「うっさい。大体お前、寮に外泊届け出してるのか。」
「んー……Pはん、うまいことやってな♪」
「お前なぁ」
「むー、なにさーカノジョの可愛いワガママ聞いてくんないのー?」
「彼女……な。うん。彼女だな。」
「そーだよ! カ……カノジョだよ。」
「自分で言って照れんなよ。」
「うっさいあほ。」
これ以上に撃ち合ってもお互いを傷つけるだけだとして、ここらで手打ちにしてやるとした。
このくらいで勘弁してやる、ってやつだ。
「てかさ、Pさん。あのアパート引っ越さんの? 結構シューコちゃんで稼いではると思うんですけど?」
「イヤな言い方するなよ。」
「二人で住むにはやっぱりちょっち狭いしさー」
「住むなよ。」
「……もしかしたら、あそこさ。あたしが突然帰ってきたりしても大丈夫なように、そのままにしておいてくれてたり、した?」
「……言わなきゃダメか?」
「……ん、聞きたいかな。」
「……また、お前がおかえりって言ってくれるような気がして、引っ越せなかったんだよ。」
「……うぅ……」
「……これ、めっちゃ恥ずいぞ。」
「う、うん……そだね。」
あかん。めっちゃこそばい。けど気持ちいい。なんなん、こーゆーやりとり。
この感覚は、重ねるとどんどん歯止めが利かなくなりそう。
こうやって人はバカップルというものに成っていくんだろう。人って、業の深い生き物だ。
世のバカップルたち、ごめんよ。いままで白けた目で見てたけど、恐らくあたしたちもその仲間入りを果たすだろう。
それも、べったべたの、砂糖吐きそうなほど胸やけするくらいのやつだ。
「すまんな。本当にこういうの、慣れてないんだ。どう接して良いのかわからない。」
カン、カン、カン、ふたりでアパートの階段を歩いていく。あたしの後から昇ってきたPさんが、ふとそんなことをつぶやいた。
「いいんじゃない、それでも。」
振り返ったPさんが、不安そうだったから。
心臓をくっつけるように、強く。Pさんを抱き締めた。
「ふたりでのんびり歩いていこ。あたしはずっと、傍におるよ?」
ダメになりそうな夜も、壊れそうなくらい辛かった時も、二人で越えてきたじゃんか。
寂しさを、心の穴を埋めることくらい、ふたりだったら、楽勝だよ。
告白がへたくそでも、距離感や触れ合い方がわからなくなっても。
あたしはなんでも、付き合ったげるから。Pさんがあたしにそうしてくれたように。
「ありがとう。」
泣きそうなような、はにかんだような。そんな顔で、Pさんはあたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ふたりだったら、無敵だよ。だってこんなに幸せじゃんか。
「あ、ちょい待って」
「ん? またか?」
部屋のドアを開けて中に入ろうとしたPさんを制止し、Pさんを押しのけ、あたしは先に入り、ドアを閉め、また開けた。
怪訝な顔をするPさん。
そんなPさんに、あたしは言ってやった。
「――――――おかえり、Pさん!」
今日、とびっきりの笑顔で。
Pさん、お澄ましよりも笑ったあたしのほうが好きだから。
Pさんの話を聞いてから、これは絶対、やってあげたかったんだ。
「……ただいま!」
あたしの良い人は、あたしの好きなその顔をくしゃくしゃにして、飛び込むようにあたしを抱き締めた。
あたしの輝ける場所を、未来を作ってくれたのは君だから。
あたしは、君の帰る場所になる。
そしたらほら――――――怖いものなんて、なさそうでしょ?
以上です。ありがとうございました。
二人は幸せな初夜を過ごし終了。
周子にうっさいあほ、いけず! って言われたいだけの人生だった。
寝て起きたら周子がおはようって言ってくんないですかね。
周子がおはようって言ってくる続きはよ
乙乙
これはブラックコーヒーが捗るわあ
おかわり淹れてくるから次回作はやくよこすのです
奏の「ここで、キスして」書いた人?
乙
出逢ったばかりの周子とPの話も読みたい
乙
さあ同棲生活を書く作業に戻るんだ
乙
続きはよ
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