周子「残金、240円也」 (215)

塩見周子(18)
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「さてはて、参っちゃったな」

 お財布の中身を確認して呟いてみる。
 残金、240円也。

 昨日、献血にいったばかりだから次にいけるのは2週間後。
 散々ねばったのでカロリーは摂取できた。お菓子をいくらかチョロまかして今日のごはんにできた。

「でも、どう考えてもまずいよねぇ……」

 夜も開いてるお店はいくらかあるけど、最低ラインで100円。
 あと2晩立てばこの寒空を野宿することになってしまう。下手したら死んじゃう。
 下手しなくってもご飯食べられないと死んじゃう。


 ふと、あんまり好きじゃないはずだった八つ橋の味を思い出した。
 実家のある京都から飛び出したのは1ヶ月ぐらい前だったっけ。

 友達の家じゃすぐ捕まるし、アレコレとうるさくされるのは嫌だし。
 そういうわけでちょっとためておいたお小遣いと、どこかに消えたはずのお年玉。
 あたしのとっておきを持ってなんとはるばる東京へ来てしまったというわけだ。

 ……うん、我ながら考え無しだね。

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 この服、何日目だっけ。そんなことをぼーっと考えながら来たばっかりのころを思い返してみる。

 最初のうちは割と何とかなってた。
 小金持ちな自分がスゴい気がして、何もなくブラブラしたりしてた。

 寝るところは漫画喫茶とか、カプセルホテルとか。
 すごいね、眠らない街。あんなギンギンギラギラやってたら京都だったら逮捕だよ、たぶん。
 まぁ、だから楽しかったんだけど。

 あれこれやって、ダーツして。
 ううむ、思い返すと結構無駄遣いしてるね。なにやってんのあたし。
 あの時のあたしは未熟だった。はんせーしなきゃね、うん。


 ……気が付けば諭吉さんどころか野口さんすらお財布から家出してしまっていたんだから笑えない。
 これじゃあ、夜を越すのも大変だ……あと、家に帰りようがない。

 あたしは「家出少女」さんなのだ。
 結局、家の外に出ている女の子なわけで。家に帰ればただの女の子に戻るのだ。
 女の子に戻るために、外で汚れた分は家に戻るときに綺麗にさせられるわけだけど。
 ……要するにお説教をされてしまうわけだけど、それが嫌でこんな遠出をしたわけだけど。

400ml献血は三ヶ月あけないといけない

 それが原因で自分から退路を断ってしまうとは、まったくもって不覚だ。
 お財布も、「そろそろ帰れなくなっちゃうよ」ってアナウンスのひとつぐらい流してくれてもいいのに。

「だからって、帰るかって言われたらびみょーかぁ……うーん、乙女心は複雑だなぁ」

 自分のことなのに他人事みたいに口にしてしまう。
 仕方ないじゃない、乙女だし。


 まぁ、とにかくこのままじゃマズい。
 お金を補給する手段を早急に考えねばならないのだ。
 バイト。こんな住所不定を雇うような怪しいところはできればご遠慮したいけど。

 めんどくさいのはあんまり好きじゃない。
 看板娘なんて祭り上げられたっていいことは何にもない。
 あたしが他人向けのアトラクションになってあげる道理はないのだ。

 しゅーこさんは自慢じゃないがモテる。
 だけど結局そのモテは、しゅーこさんブランドに対する求心力のようなものがあるからだとあたしは思う。
 「みんなが好きだと言ってるのでぼくもすきです」なんて、そういうの。

 あたしに告白するのが、あたしにフられるのが目的なんてなんだっていうのか。
 こっちだって生きてるのに。んもう。

 ……また関係ないこと考えてたな。
 冷たーい空気を肺に吸い込み頭をリセットさせる。うむ、寒い。

 とにかく、このままじゃダメだ。
 住所不定のあたし。あと2日夜を越せるかのお金。ギリギリ小奇麗な恰好。
 うむ……お金仕入れる方法、心当たりはある。あるにはるけど、気は進まない。

「別にロマンチックなお嫁さんなんて夢見てたわけじゃないけどさ……」

 思わずため息が出る。
 はてさて参った。本当に参った。お腹はすいた。お腹すいたーん。

 一応何も考えてなかったわけじゃないのだ。ここ3日はアレコレ試してみてはいるんだから。
 だけどバイトはことごくダメ。怪しいところか、お金がもらえるのが当分先になりそうなところぐらいしかない。
 入っていきなりお給料くださいは流石に無理があったか。ううむ、しゅーこちゃんウカツ。

 だったら、変なことにムリヤリされる前に自分から飛び込んじゃったほうがいいかもしれない。

 だってしゅーこさんはモテるから。
 お小遣いぐらいくれる優しいお兄さんがいるかもしれない。
 ……手を握るぐらいで勘弁してくれたりしないかな。寝床まで用意してもらったら無理があるか。

 実家に電話するって手も、ないわけじゃない。
 たぶんタウンページに載ってるし。だけどそれでどうしろっていうのだ。

 『家に帰りたくないから東京までいったら今度は帰れなくなっちゃった。お金ちょーだい』
 とでも言えばいいのか。ううむ、なんという考え無しか。こんなやつはもうしらん!
 ……冷静に考えれば、そういわれること間違いなしだ。


 万にひとつお金がもらえて帰れたとして、それはもう大きな大きな借りと枷をつけられることになる。
 もう二度とあたしは自由気ままなしゅーこちゃんになれなくなってしまうだろう。

 ――わかってるのだ。このままならあたしは実家を継いで、適当な人とお見合いして、シアワセに生きていくのだろう。
 逃げられっこない。そんなシアワセがなんだかすごく怖い。
 だからって何かしたいことがあるわけじゃない。ただ逆らいたがってるだけのお子様だ。

 あぁ、寒い。外の気温も、お財布の中身も、このどうしようもない思考回路も寒い。
 あったかーいお茶が飲みたいな。白い息を吐きながら空を見上げる。

 お星さまのキラキラなんて、街のギラギラに比べればちっぽけでほとんど何も見えなかった。

 帰りたくないなら、やることはしないと。
 変なところに安く買いたたかれるぐらいなら、自分の価値を自分で決めたほうがいいかもしれない。

 あたしのことを『援助』してもらうのだ。
 これだけ可愛いしゅーこちゃんなら、オジサンもちょっとぐらい色をつけてくれるんじゃないだろうか。
 相場とか全く知らないけど、吹っかけたっていいはずだ。あたし、そういうことしたことないし。

 だけど問題はそういう作法とかも全く知らないことだ。
 ……前に話した子の言ってた『拾われ掲示板』のURL、教えてもらっておけばよかったかな。
 そうしたら周りを見てどういうものなのか把握できただろうし。

 どうすればいいのかな。駅前とかでお金もってそうな人に声かければいいのかな?
 『あたしに援助してくれない?』みたいな感じで。だけどそれだとなんかスれてる感じになるか。ううむ。

「まぁ、なんとかなるか。どうにでもなーれってね」

 電池切れ寸前の携帯を持って歩く。
 時間を潰すだけなら、ダーツバーで御一緒した人とおしゃべりするぐらいでイケるけど。
 今しなきゃいけないのはお財布の補充だ。楽しいおしゃべりだけではきっと済ましてはくれない。

 ああ、夢みたいな初体験とはいかないよね。
 せめて痛くないといいな、なんて。それぐらいは望んでもいいはずだ。
 死ぬよりは、帰るよりはきっとマシだ。あたしはまだ自由に生きていたいから。

――

 適当に歩いて、繁華街。
 あたし似たような家出少女と、割と煤けた感じのオジさんがいっぱいいるあたりをうろうろしてみる。

「んー、さてと……」

 あたしのハジメテになるかもしれないと思うと、なかなか迷う。
 せめてそこそこイケてる人にしたいし、できればお金も持ってた方がいい。
 いきなり声かけてくるタイプはアレだ。基本的にアブないにおいがするのでパス。

 あ、なんだかちょっと頭もクールになって来たかも。
 寒さのおかげか不思議と冷静なまま、あたしは道行く人を物色する。
 オジさん、家出少女、ヘンな人。いろんな人が歩いていく。

 その途中でちょっと太目の脂性っぽいオジさんに声をかけられた。
 『3本でどう?』って。3万円。諭吉さん3人。ううむ、なかなかのミリキだ。
 だけどしゅーこさんのハジメテを売るには安い気がする。

 でも「ハジメテなので高くして」って言ったら食いつかれそうなのでパス。
 テキトーにあしらうのは得意だったので煙に巻いてそのまますたこらさっさとさせてもらった。
 なかなかいい人はいない。まぁ、女の子をお金で買おうなんてイイヒトがいるわけないんだろうけど。

 人の良さそうなオジサンとかのほうがいいんだろうか。
 こっちから適当にくっついて、巻き上げるだけ巻き上げて逃げてしまう。
 そんな案が浮かんだ。……わぁ、これはひどい。アブない。

 だけどそれでいらない地雷を踏む方が危ない気がする。
 ほら、優しそうな人のほうがそういうのため込むっていうし。


 思考のループは止まらない。踏み出す勇気も帰る度胸もあたしにはありはしない。
 このまま諦めて凍え死ぬのはごめんだ。だけどこのまま考えても前には進めない。
 きっとあれこれ理由をつけて、あたしは夜が明けるまで寒さに震えてることになってしまう。

 ――ええい、ままよ。
 次にそっちから歩いてきた男の人に声をかける。そう決めてしゅーこさんは目を閉じた。
 できればイケてる若くてお金も持ってて紳士なお兄さんがいいな。
 そんなことを思いながら、くるり、と一回転。

「ねぇ、そこの人」

 自分の前を通り過ぎようとする気配に向けて声を出す。
 こっちを見た気配がしたので、あたしも目を開ける。

 そこにいたのは、40歳ぐらいのオジさんだった。
 ああ、まぁこんなもんかな。結構、清潔感はあるし。
 どこか諦めた頭で話を繰り出してみる。

「あたし、泊まるところがないんだ。エンジョしてくれないかな?」

「援助? ………あぁ」

 一瞬怪訝な顔をした後、あたしの身体を上から下まで見てから納得いったように声を出す。
 むむ、安い女じゃないよ? 買いたたかれないようにちょっと不敵な笑みってやつを浮かべてみる。

「ダメ?」

「…………泊まるところがないんだな?」

 オジさんは確認するようにいう。
 うんうん、あとついでに――

「お腹もすいてるから助けてくれるととーっても嬉しいかな」

 あたしがいうと、オジさんがもう一回大きなため息をついた。
 ありゃ、ノリ気じゃない? ご飯もっていうのはずうずうしいのかな?

「………まぁ、いい。で、いくらだ?」

 オジさんが聞いて来る。
 えーっと、そうだなぁ。さっきの太目さんに3本って言われたってことはそれぐらいの価値はあるんだよね?
 だったらハジメテの補正もあわせて……あとモロモロとか、当面のアレコレとか……

「……じゅっぽんぐらい?」

「ハァ?」

 あ、吹っかけすぎたかな。
 しまったと思うけど、オジさんは頭をボリボリ掻いた後に諦めたような顔をして言う。

「……わかった、10本な。別か? 込みか?」

「コミ? ……あー、じゃあコミ……でいいや」

 あたしの返事を聞いて、オジさんが「そうか」とだけ答えた。

「ついて来い。あとオプションは?」

「オプション? ……あー、別料金だよ」

 オプション。なんとなく嫌な感じだし、ヘンタイ行為はご遠慮願いたい。
 いや、こんなこと持ちかけといてって思うかもしれないけど、ハジメテでいきなりは流石に怖いし。
 オジさんはさらに何かに納得した様子で前を歩き始めた。

 流石にこれでヘンな事務所に連れ込まれてとかはないよね。
 そう思いながら、歩く、歩く……駅裏のホテル街とかじゃないのかな。

 考えがフラフラしてきたところでオジさんが振り返った。

「飯、何がいい」

 いきなり言われたのでちょっと驚く。
 てっきりご飯は食べさせてくれないのかと思ってたので、不意を突かれたお腹がくぅと鳴った。
 ……白いご飯が食べたいな。ファストフードばっかりだったし、お茶も飲みたい。

 家に帰りたいわけなんかじゃないけれど、ちょっとだけ和ってやつを感じたい。
 オモテナシはできないけどね、あたしからは。


 そういう感じのことを言ったら、おじさんはまた「そうか」とだけ言って歩いていく。
 ……その先にあったのはスーパーマーケットだった。どういうこと?

 さっさと歩いていっちゃうオジさんに置いてかれそうになってついていくとカゴの中にアレコレいれていっている。
 え、これってアレ? 手料理ごちそうしてくれるカンジなの?

「なんだ、菓子でも買うか?」

 あたしの視線に気づいたオジさんがいうけど、そうじゃない。
 これ、家まで連れ込まれるってことじゃないか。ホテルみたいに時間で追い出されない場所へ――

(……別に、いいか)

 まぁ、死ぬことはないだろう。流石に。
 監禁されてアレコレされるなんていうのはごめんだけども、流石にありえないし。

 今日はたぶん平日だ。
 金曜日でも、土曜日でもなかったはず。うん、間違いない。
 だったらオジさんだって生活のために夜通しアレコレもしづらいだろうし、大丈夫。

 ……アブノーマルなのが来たら頑張って逃げよう。
 それだけは決意して、オジさんの持ってるカゴの中にそっとコアラのマーチを忍び込ませた。

「……買わないんじゃなかったのか?」

 2秒でばれた。早い。
 いや、あたしは買わないとは言ってない。ただ何も言わなかっただけだ。

「まぁ、いいが………あとは……」

 おじさんはまたため息をついてから買うものを頭の中で整理し始める。
 割と所帯じみたその行動に笑いがでそうになったけど我慢した。

今日はここまで

なんかしゅーこのSSが書きたかったけど眠い
ゆっくり書いていくと思うけど、明日からはコミケいってくるからまた来年

よいお年を


>>5
成分献血は2週間に1回、年に12回まで
拘束時間は長めでそのためにDVDとか見れる環境が献血台にある

……って、どこの献血ルームも共通じゃないの?

支度完了、出発前にちょっと投下

しゅーこのキャラ解釈は人によるけど、このSSは「ぼくのかんがえたかわいいしゅーこちゃん」でできてるから許してね

――

 買い物が終わり、歩いていく。おじさんの家はそんなに高そうじゃないアパートだった。
 防音とかしっかりしてなさそうだし、叫んだら逃げられそうだななんて思いつつご飯を作ってくれるのを待つ。

 割とサマになってる。あ、お味噌汁が赤みそだ。うちは白みそだもんなー、関東はそういうものか。
 うどんだって黒いし、カルチャーショックうけたよねー、アレ。

 そんなことを考えてたら、いつの間にやらあたしの前にはお皿が並んでいた。
 卵焼き、お味噌汁、きんぴらごぼうに豚のしょうが焼き。
 むむむ、なんと。結構凝ってるじゃないか。

 きんぴらごぼうはお店で出来合いのを買ってたけど他は手作りだ。
 割ときちんとしててびっくりしてると、オジさんが「食べないのか」って聞いて来る。
 いやいや、食べるよ。食べますよ。お腹がまたくぅくぅ鳴ってそう主張した。

「いただきます」

 ちゃんと手を合わせて言う。
 やだ、しゅーこちゃんてば育ちがいいんだから。

「ん………ん、これは……」

 ううむ、美味しい。独り身のオジさんなのになかなかできる。
 手際もよかったし、プロのおひとりさまなのかもしれない。

「……飯食ったらシャワー浴びてこい」

 感心してるあたしにオジさんの声がかかる。
 あぁ、うん。そうだよね、そりゃそうだ。

 着替えをどうしようかな、なんて思ってたらおじさんが大きいジャージを投げつけてきた。
 驚いて受け取ったら値札がまだついてるみたいだった。

「新品だから安心しろ。着とけ」

 ほぇー、用意がいいなぁ。
 でもあんまり色っぽくないよ? あと、下着どうすんのかなコレ。
 素肌にジャージってあんまりよろしくなさそうなんだけど。

 ……裸ジャージ? 男の人ってそういうのが好きなのか。
 へー、知らなかった。感心しちゃうよ、ホント。

 いろいろ考えてたらオジさんが怪訝そうな表情をする。
 まぁ、ブラは無しでいいか。どうせ脱ぐんだろうし。
 ショーツだけ一応……お風呂あがったらオジさんがブラかぶってるとかそういうドッキリ要素はないよね?

 久々に浴びるシャワーはスゴく気持ち良かった。
 いくら寒くたって汗はかくし、汚れはたまる。生きてるんだから仕方ない。
 出たらアレコレされるんだろうなーって思うとなかなか憂鬱だ。

 ここで普通に出てから服持って「ご飯とシャワーありがとー」って言って外に出るのはダメかな。
 ダメだよね、どっちにしろお金ないし。寝るところないし。
 湯冷めしちゃうし、風邪ひいちゃうし。

 ……どうにもならないことを再認識してしまったところで、はて、と見てみる。
 このオジさんの家、なんでやたらよさげなトリートメントおいてあるんだろう。

 え、ひょっとして髪の毛すっごく気にしてるの? サラッサラな髪になりたいのかな。
 確かに薄くはなってなかったけど。でも男の人用のは別であるし……女の子用?
 わぁお、手慣れてるぅー。優しくしてくれるといいなー。ロマンチックさとかカケラもないけど。
 あぁ、お風呂でたくないなぁ。今更怖気づいちゃった。

 でもこのお風呂、カギとかないしいきなりあけて入ってこられる可能性もゼロじゃないよね。
 そっちのほうがなんかこう、イヤだなぁ。オジさんもお風呂には入ってほしいし。

 イヤだイヤだと言ってもどうにもならない。
 サッパリした体と頭をちょっとくたびれたショーツと新品のジャージがつつんだ。

 うーむ、とりあえずお金もらったら下着買おう。これはなんかいろいろ落ち着かないし気持ち悪い。
 あたしのブラは無事に転がってた。どうしようかなぁと悩んだのでジャージのポッケに突っ込んでみる。
 どこかで洗濯するにしたって干せないし、処分するにしたって……と、考えたところで名案。

「オジさーん」

「……だから、拾ったんだよ。ほっとけ――切るぞ、じゃあな。……なんだ?」

 オジさんは何やら電話してたみたいだけど、声をかけたらあっという間に切ってしまった。
 む、ひょっとしてコイビトさんか。あたしとは浮気の愛人関係ってやつか。
 単身赴任とかなのかな。その割には電話口への声は愛情とかそういうのはあんまり感じなかったけど。

「……おい?」

「あ、なんでもない。ねぇねぇ、あたしの着けてたブラ買う?」

 これぞ、妙案。
 どうせなら処分を頼んでしまおうという作戦なのだ。うむ、すごい。
 お金もらえたらここですたこら逃げる手もあるし。

 そしたらオジさんはまたため息をついた。ああ、幸せが逃げるよ?

「洗濯物なら洗濯機突っ込んどけ。洗ってやるから」

「いや、そうじゃなくって」

 洗濯してくれるのはありがたいけどさ。
 そうじゃなくって……というか乾くまで待てないし。
 なに、そんなに長い間する気なの。絶倫ってやつ?

 そう思ってたら、なかなか気まずい無言が流れた。
 しまった、何か言うべきだったか。考えてたらオジさんが唐突に立ち上がった。

「……風呂入ってくる」

 あ、逃げた。
 ……まぁ、結構……かなりフっかけたしね。料金内かなぁ。
 本当にお金もらえるなら、仕方ないかぁ。中身がいただかれちゃうわけだし。

 オジさんよろしくでかけたため息を飲み込んであたしは考える。
 ダメダメ、幸せが逃げちゃうゾ。ってね。

 こんなことになってる時点で幸せなんかじゃないか。ごもっとも。

 シャワーの音を聞いてるうちに、お金を探してそのまま持ち出してトンズラする案が浮かぶ。
 これならアレコレはされないで済むし、お金も手に入る。万々歳だ。

 寝るところはまた漫画喫茶やカプセルホテルに戻ればいい。
 出すっていってる以上どこかにお金はあるはずだし、たくさん持ち出してしまえばまたしばらく持つ。

 だけど、それを実行する気にはどうしてもなれなかった。
 あたしの身体を売ること以上に手遅れになる気がしてならなかったから。
 身体は売っても心は悪魔に売り渡さない。むむ、カッコイイねこれ。

 ……身体を売るのは犯罪じゃない。
 買うのは犯罪だけどね。オジさんが捕まっちゃうね。
 ようするにあたしは被害者でいたいのだ。加害者に、悪い子になりたくないのだ。

 家出までしておいて何を考えているのやら、本当に救えない。
 あたしの身体を売っても結局ケガするのはあたしだけだし。

 人様のお金を盗んでたっていうのは流石にダメじゃないかな。なんてチグハグな倫理観。

――

「……逃げてなかったんだな」

 お風呂からあがったオジさんが驚いた顔をする。
 どういうことよ。あたし信用されてなかったってこと?
 ……うん、当たり前だけども。それにしたって心外だ。

「まぁいい……布団とベッド、どっちがいい」

 そう思ってたらオジさんが押入れからおせんべいみたいな布団を引っ張り出しながら聞いてきた。
 ありゃ、そっちのベッドでやるもんだとばっかり思ってたけど違うのかぁ。

 でもそのフカフカさの足りなさそうなおふとんはいやだなぁ。背中痛くなりそうだし。

「ベッドがいいかな、堅そうだし」

「……そうか」

 オジさんは布団を床に敷くとそのまま横になった。
 え、なにそれ嫌がらせ? あえていやがる方を選ぶタイプなの?

「どうした。ベッド使うんだろ?」

「……へ?」

 何いってるの、このオジさん。
 一応はカクゴ決めてたあたしは、思わずずっこけそうになった。

 ひょっとしてアレかな。寝てるところにイロイロしたいからさっさと寝ろってこと?
 うーん、そっちの方が楽そうだけどちゃんと避妊とかしてもらえるか心配だな。
 アレコレ考えてたらオジさんがベッドからゆっくりと起き上がってあたしに質問する。

「……お前、家どこだ?」

「なんで?」

「別に。家出するガキのことなんぞわかるとは言えんが……手慣れてなさすぎだ。興味本位でやるもんじゃねぇ」

 あ。見抜かれてた。
 やっぱりプロの女の子買いさんなのかなぁこのオジさん。
 大したものだ。いや、こちとら切羽詰ってるんだけどね?

「興味本位じゃないよ。生きるためだもん」

「生きたいなら帰れ。飯も風呂も布団も家の方が上等だろ」

 あたしが言うと、オジさんは答える。うむ、ごもっとも。
 だけど帰ることすらできない状態なんだから仕方ない。
 それに――

「――帰ったら、死んじゃうよ。看板娘にされちゃうもん」

「看板娘?」

 オジさんが「何言ってるんだ?」って言いたそうな顔をする。
 まぁ、そりゃそうだ。どこが悪いのかわかんないだろうし、そもそも何言ってるのかすらわかんないかもしれない。

「あたしがあたしらしくいられるのはもう家の外だけだもん。家出少女しかしゅーこちゃんの生きる道はないのだ」

「……そうか。めんどくさいやつだな」

 投げやりな返事。
 うん。だろうねぇ。あたしも人から聞かされたらそんな返事すると思うもの。
 あたしもそこらへん深く説明する気はないし、沈黙がまた流れた。

「まぁ、なんでもいい。帰りの電車賃ぐらいはやるから今日は寝ろ」

「え、10本は?」

 また横になったオジさんに、思わずあたしが言葉にしてしまう。
 おぉう、ずうずうしいね。するとオジさんが手だけだして棚の方を指さした。

 ……うまい棒がいっぱい入ってる。

「10本でも20本でももってけ。電車賃は1000円もあれば足りるだろ」

 なんと。一本取られたね。これから10本持ってくけどね。

 ……じゃなくって。

「いや、足りないよ?」

「ハァ? なんだ、県外か? どこだ?」

 またオジさんが起き上がった。寝たり起きたり忙しい人だね。

「あたしの実家、京都だもん」

 オジさんが固まる音がした………気がした。

今年はここまで

改めて、よいお年を

「だいたい、これ考えたの社長だから仕方ないじゃないですか。うちの方針なんだぞーって周知させろって言われてるし……」

 お姉さんがぶつぶつ文句を言ってる。
 大変だねぇ。周知させるために羞恥させられるなんて……

 ……うむ、今のはなかったことにしておこう。言わなくてよかった。

「ま、そういうわけだ。どうする? 実家に帰る気はどうせないんだろ」

 オジさんが半ば決めつけたような言い方をしてくる。
 ううむ、そこまでお見通しか。そうだね、お金もらっても帰らないよ? 言わないけどね。

 だけど、だからってなんで面倒見てくれるのかな? お金はないし、昨日手を出したわけでもなし。
 オジさんひょっとしなくてもおせっかいさんなのかな?

「ねぇ、オジさん。どうしてそこまでしてくれようとするの?」

「別に……なんでもいいだろう。気まぐれだ気まぐれ」

「気まぐれでこんなにしてくれるの? へぇー、東京も捨てたもんじゃないね」

 捨てる神あれば拾う神あり、ってやつかな?
 まぁ、あたしは自分から落っこちたから捨てられたわけじゃないんだけど。

「京都に帰る気になるまで。面倒見てやってもいい」

 オジさんがそういうと、後ろでへこんでいたお姉さんが咳払いをひとつ。
 近づいてきて、指を立てて「ただし」と付け加えた。

「あなたが帰りたくない理由が『なんとなく』程度のものなら、オススメしません。やめといてもいいですよ?」

「そしたら野垂れ死にしちゃうんだけど?」

「コネもありますから、普通のアルバイトを紹介してもいいです」

 お姉さんは結構魅力的な提案をしてくれる。
 だけど、住むところがない。どっちにしろ無理じゃない?

 突っ込む前に、お姉さんがさらに追加で条件を加えた。

「その間の住むところも確保しましょう。2週間ほどで帰れるお金も溜まって、家賃を天引いた残金も差し上げます」

 ……あれ。これすっごくいい案じゃない?
 うん。家に帰るならこれだけでいいよね。2か月弱の家出ってことなるし、向こうも結構心配するかも。

 ちょっとはあたしの日常は変わるかもしれない。あの、看板娘からは離れられるかもしれない。


 でも、それはきっと『ちょっと』だけ。せいぜいこってり絞られて、ほんの少し自由が認められるだけ。

 完全に逃げられるわけなんかじゃ、絶対にない。

 変わりたいと思ってるわけじゃない。
 あたしはただ、あの日常から逃げたいだけだ。

 あはは、消極的だね。こんな理由でいいのかな。言ったらダメって言われるだろうね。
 だけどこれは、個人的には結構大きな理由。少なくとも挑戦するだけの価値はある。

「やってみたい、かな。結構ホンキで」

 あたしの人生を左右する――かもしれない、大決断。
 結局、なるようにしかならないのだ。だったらこの垂れ下がってる蜘蛛の糸にだってしがみついてみてやろう。

 お金がなくて、身体売りながらその日暮らしをし続けるなんていう最悪のエンディングだけはどうやら避けられたらしいから。
 次に目指すのは笑顔で終わる、ハッピーエンド。どんな形になるかは、わかんない。

 それでもいいじゃないか。あたしはただ、幸せになりたい。
 どういうことが幸せなのかもわかんないけど。逃げるだけじゃない結末に行きたい。

「……わかりました。それなら準備しましょう」

 緑のお姉さんが了承する。
 オジさんは何も言わずに頷いていた。

 ――ところで。


「何やるの?」

「そこからですか!?」

――

 そこからいろいろ聞かせてもらった。お話をまとめると、ここはアイドル事務所らしい。
 なんと、初耳。魔法使いの秘密基地じゃなかったのか。

 ちちんぷいぷい、とか言ってるだけでお金がもらえるお仕事はなかったんだね。残念。
 そんなことを思いつつオジさんの顔を見る。

「そういや、言ってなかったか……」

「うん、初耳だねー。てっきりプロの女の子買いさんとかかと思ったよ」

 あたしの軽いジョークに、オジさんは重たいため息で返事をした。
 緑のお姉さんもやれやれと頭を振っている。

 いやいや、大丈夫。今は思ってないから。
 だけどアイドルかぁ。うーむむ、大丈夫かしら、しゅーこちゃん。
 まぁどうにかなるかな。なるといいな、するしかないね、しましょうか。

「大丈夫、仕事はちゃんとやるからさ。ま、よろしく頼むよ!」

 ぽん、と自分の胸を叩く。
 緑のお姉さんがあたしの手を握って「頑張りましょうね」と笑った。

 オジさんはちょっぴり遠い目をしてた。
 そんなに信頼ならないというのか。おのれ。

今日はここまで
今週思ったより書けなかったから、書けたら月曜日までにもう5レスほど投下したい

少なくとも週1更新ぐらいで、ゆるくお待ちを

――

「さ、ここです。今はちょうど……愛梨ちゃんがレッスン中ですね」

 中から聞こえるのは、あまーいボイス。
 さっき見たプロフィールの柔らかな笑顔ではなく、キリっと引き締まった目。
 指の先まで人を魅了するようなフリ。ステップは軽やかで、簡単そうにやってみせてる。

 トレーナーらしき人の檄が飛んで、すぐに動きを修正。
 あたしの知ってる『可愛い』アイドルが頑張っている姿は、イメージよりもずっとかっこよかった。

「へぇー…………」

「……中、入ってみたいですか?」

 思わず見とれて黙ってしまったあたしをお姉さんはニコニコしながら眺めていた。
 ……これは、ハズい。とても恥ずかしい。

 さーてどうでしょう、なんて誤魔化そうとしてたら部屋の中から何やら声が。
 ……こちらから見えるということは、あちらからも見えるということなわけで。

 ようするに、この声は――

「ちひろさん、見に来てくれたんですか? それから……えーっと……?」

 今まで歌ってたアイドル。
 『十時愛梨』のものだというわけなのだ。

「ふふ、新しく事務所に所属することになる子ですよ♪」

 どう会話するべきか。悩んでいる間にお姉さんがあたしの紹介を始めてしまう。
 おぉう、なんとも。流され系乙女じゃないんだけどな。流浪人系ではあるけどね。

 気を取り直して。
 さてと自分の名前を言おうとするよりも早く、あたしの手は愛梨ちゃんの両手で挟んで包み込まれてしまった。
 なんという速さ、これがアイドルか。侮りがたし。

「わぁ、新しく……私、十時愛梨です! よろしくね?」

 にこやかな笑顔。自然で、明るくて、テレビで見てた印象そのもの……というか、それよりも朗らかかも。

 てっきりアイドルっていうのは女のドロドロした部分の塊みたいなものでもあったりするかなと思ってた。
 だけど目の前の女の子は……アイドル十時愛梨、そのものだ。
 同じ事務所に所属する、って紹介されて、本心から喜んでくれてるんだなっていうのがよーく伝わってくる。

 可愛いな、素晴らしい。プロだよプロ。
 感心していると愛梨ちゃんはあたしの手を握ったまま首をかしげる。

「えっと……お名前は?」

「ん。えーっと……周子。塩見周子。家出少女やってました。よろしゅー♪」

「家出!?」

 ありゃ、初耳?
 それもそうか。当たり前だよねー。心配されちゃうかな?
 参ったなー、なんて考えてたら愛梨ちゃんは何やら納得した様子で何度か頷く。

「そっかー、大変そうだね……家出かぁ。寒そうかも……」

 ……え。リアクションそれだけ?
 別に心配してほしかったわけじゃないけれども……なんというか、かんというか。
 確かに外は寒かったけどね? どうも何やら、ズレてるらしい。

「大丈夫だった? 風邪とか、気を付けないとダメだよっ」

 だけど、嬉しい。
 素直に心配してくれることが、ストレートに思ってくれてることがよくわかるから。

 これならうまくやってけそうかな、なんて。思わず出た笑いを止められなかった。

「うん、おおきに……ふふ、よろしくね」

「はいっ、よろしくお願いしますっ♪」

「愛梨ちゃん、見学していってもいいですか?」

「はい、大丈夫です……トレーナーさん、いいですか?」

 お姉さんが聞くと、愛梨ちゃんは快くオッケーしてくれる。
 別の緑のお姉さん……トレーナーさんもオッケーしてくれたのでレッスンの見学を始めた。

 音楽が流れ始めると、愛梨ちゃんの表情が変わる。
 最初に見た、キリっとしてて……真剣で、カッコイイところ。

 すごいな、なんて子供みたいな感想しか出てこない。
 やっぱりアイドルっていうことなんだろうか。
 冷静に考えてみれば、踊りながら歌を歌うなんて大変そうなことをしているわけで。
 なのに辛そうにはとっても見えなくて、真剣なのにどこか楽しそうで。

 あぁ、やっぱりすごい。
 思わず出たため息に、お姉さんが笑う。

「あら、大丈夫ですか?」

「うん?いや、すごいなーって……これ、ライブを独占しちゃってるみたいじゃない?」

「あぁ、なるほど。そう考えたら私たちとっても贅沢してるんですねぇ……ふふっ」

 ごまかしたのに気づいているのか、気づいていないのか。
 わからないけど……お姉さんの笑いは穏やかで。なんだか見抜かれてる気がした。

――

「愛梨ちゃん、そろそろ私たちいきますね? ありがとうございました」

「あ、はーい! お疲れ様です」

 キリがついたところでお姉さんに連れられてその場を後にする。
 なんというか、すごかった。あんな風になれるものかな。

 ほんのちょっぴり心配になってくる。言った以上、やんなきゃなんないっていうのはわかってるんだけど。

「大丈夫ですよ」

「え?」

 お姉さんがそう言って笑う。どうやらあたしは大丈夫らしい。
 何が『大丈夫』なのかは……まぁ、なんとなく。見抜かれてたってことなのかな。

「あんな風に踊れるまでには時間もかかります。楽なことなんてありません」

「……そりゃ、そうだよね」

「そうです。だけど、大丈夫……楽じゃなくっても、楽しいって言えるように。私たちはそのためにいるんですから」

 さっきまでの翻弄されてたお姉さんと同一人物に見えないぐらい、真剣な表情。
 なんだかちょっぴり、ドキっとしてしまった。

「さ、他にもいろいろありますよ? 女子寮の施設とかも充実してて――」

 あたしが言葉に詰まっている間にお姉さんはさっきまでの調子に戻る。

 なんだったんだろう、さっきの。
 気にはなったけど、追求することはできなかった。

 でも。それでも――『大丈夫』って言葉は確かに響いた。
 大丈夫だなって、思えた。

「ありがと。お姉さん」

「ふふっ、名前で呼んでくれていいんですよ?」

 名前、か。
 お姉さん……ちひろさん。呼ぼうとして、ふと思いつく。

 お茶目なお姉さんに感じてる親しみと。
 しゅーこちゃんのお茶目をこめて――

「……おねえちゃーん」

「はーい♪ ……じゃなくって、もうっ!」

 あぁ、ノリがいいんだから。もう。

今日はここまで

かわいいしゅーことカッコイイおっさんとかわいくてすごいちひろさんが書けるといいなって
まだデビューしてないけどがんばる

>>122
十時愛梨(18) ※このSS内では20歳
ttp://i.imgur.com/kWj3o4m.jpg


画像を忘れてた
このSS内で多少アイドルの年齢が前後することがあるけど堪忍してつかぁーさい



「今日はこのあたりにしておこう」

 あれやこれやとやり続け、気づけば結構な時間がたっていた。
 しゅーこちゃんとしたことがうまくのせられてしまっていたらしい。ううむ。

 久々に味わう疲労感で身体が重たい。これを毎日っていうのは辛いかも。
 だけど満足感もあるわけで、嫌じゃないかもなんて考えていたらドリンクを差し出された。

「よければどうだ? 運動して喉も乾いただろう」

「わ、ありがとー……トレーナーさん、気が利くねぇ」

 いいつつ、ふたを開ける。
 やっぱり動いた後は喉も乾いてるしありがたい。

 チラ、と視線をやったら「全部飲んでも構わない」と許可ももらったし遠慮なくいただく。
 カラカラに乾いた身体に水分が――

「――っ!?」

 なんだこれは。とてもじゃないけど、人が飲めるものだって思えない。
 苦くてすっぱくてドロドロしてて、なのにほんのりと甘ったるい匂いと風味が口いっぱいに広がってくる。
 簡単に言えばまずい。難しく言っても不味い。

「やはりか……」

 なにが『やはり』なのか、納得したようにうなずくトレーナーさん。
 結構ポーカーフェイスはうまいほうのつもりだったけど、顔に出てたらしい。

 でもそれはつまり、これがとってもまずいということを知ってたってことなんだろう。
 いたいけなアイドル候補生になんというものを飲ませてくれたのやら、そう思っていたらトレーナーさんは笑いながら解説を始めた。

「なに、心配することはない。それは姉の特性ドリンクでね……味はともかく、体にはいいぞ?」

 なーるほど、悪いものじゃないってことか。
 納得、なっとく……って、そんなわけないって。味はともかくって自分で言っちゃってるし。

 この謎ドリンクはトレーナーさんのお姉さんが作ったものらしいけど……
 なんというか、うん。いろいろ思うところはあるけどひとつだけ言っておきたい。

「体はともかく、心には悪いと思うけどなー」

 ……子供が飲んだらトラウマになること必至だと思うレベルのやつ。
 のどからからで帰ってきて、冷蔵庫のビン出してお行儀悪く口つけたら麦茶でしたーん♪ みたいな?

 あれはね、しばらく麦茶にまでおびえることになっちゃうからね。
 食卓に上がってるお茶が本当にお茶なのかくんくん嗅いだりとかね。お行儀悪いって、仕方ないでしょ。ホント。

 そんな考えもあっての一言は、トレーナーさんには一笑に付された。

「安心しろ。心にもいい影響があるらしいからな」

 そんなバカな。喉元まで出た声をどうにか飲み込む。
 いや、きっと何かすごい根拠があるんだよね。ハーブとかそういうのでリラックスみたいな?

 だからいきなり否定するのは――

「なんでも、今回のコンセプトは『恋の味』らしい」

「そんなバカな」

 ……思わず出てしまった。
 いやいや、仕方ない。これは仕方ない。

 どうしてこんな複雑怪奇極まりない味つけが『恋の味』になるのやら。
 少なくともあたしには理解不能だ。レモンとかチョコとかイチゴとは言わないけども。

「まだまだわからないか。経験が足りないな」

「……トレーナーさんは理解できるの?」

 どこか得意げなトレーナーさんに聞き返してみる。
 これを恋と呼べるのなら、さぞケイケンホーフなのだろうという期待もこめて。

 ちひろさんが来てくれるまではヒマなんだし、面白い話題があったら聞いてみたい。
 別に意地の悪い気持ちはないのだ。これっぽっちぐらいしか。

「…………ハッハッハ」

 ……だから、この笑いの意味を詮索するのはやめとこうと思う。
 君子危うきに近寄らずっていうしね。やだ、トレーナーさんの目が怖い。

――

「周子ちゃん、お迎えですよー……って、どうしたの?」

「いろいろあって……んー、つかれたーん……」

 ――しばらくたってから、ちひろさんがお迎えにきてくれた。
 それまでにあったことはあたしの胸の奥へとしまっておこう。いや、なにがあったってわけでもないけれど。

 疲労感は休憩を取れば無くなるのかと思えば、体の奥へ奥へとしみこんで動く気力を奪っていく。
 具体的に言えばだるい。歩く気すらなくなって、ちょっぴり冷たい床にねっころがってしまいたい。

 どうにかこらえてちひろさんにもたれかかる形でストップしてみた。
 なかなかのもたれごこちだ。ううむ、余は快適じゃ。ちこーよれぇー……あたしが寄ってるのか。

「聖さん、ずいぶんハードにやったんですね……」

「主因は姉のドリンクだ。確かに、少し張り切りすぎたきらいはあるが……」

 ……うん。確かにそうかもしれない。
 原因がドリンクっていうのは、間違ってない。正しいかはおいといて。

 ほんのちょっぴり浮かんだ抗議の意思は、おなかからくぅくぅと主張を始めた。
 本当、タイミングのいいやつめ。ドリンクのおかわりを差し出されたらどうしてくれよう。

「周子ちゃんもお疲れみたいだし、今日はこのあたりであがりでいいですか?」

「あぁ、今回はみるためにいろいろさせたしゆっくり眠るようにな」

 もちろん、いわれずとも寝ますとも。
 おなかが減ってるからどうにかおきていられるけど、ふかふかお布団があれば今すぐにだって眠れちゃうからね。

――

 さてとちひろさんにつれられて、あたしは女子寮に向かうことにした。
 女子寮。東上……上京って言ったほうがいいのかな、うん。ようするに実家から出て東京へ出てきた人たちが住むところ。

 そのあたりの設備も整っているっていうことは、やっぱりここはしっかりしたところなんだろう。
 オジさんに拾われて助かったな、と改めて思った。うまい棒だけじゃないねぇ。

「その前に、ご飯を食べに行きましょうか。プロデューサーさんのおごりで♪」

「え、おごり? オジさんすごーい」

 さすがは社会人。若いオンナの一人程度なんともないのか。
 関心していたところ、ピッ、とちひろさんがカードを出した。……勝手に拝借したものじゃないよね?

「ちょっと遅れるかもしれないから、もしこなかったら勝手に払っておけって言ってましたよ。だから合意のうえ、です」

「へぇー……」

 ちひろさんは察しがいい。
 いや、あたしのポーカーフェイスがヘタになってるのかもしれないけれども。
 何もいっていないのにカードを持っている理由を説明してくれた。

 でもまぁ、信頼してるんだなぁ……持ち逃げとか考えないのかな。同僚だからって、できるもの?
 ……考えても仕方ないので、出きり限りリッチなご飯が食べれるといいなーとちひろさんにねだるほうを優先した。
 しゅーこちゃん、マショーのオンナだね。うっふん♪



「……まぁ、ファミレスなんだけれど」

「どうしました? ドリンクバー、何か飲みたいものあります?」

 ちひろさんが両手にグラスを持って、何を飲みたいか聞いている。
 懐にもやさしいチェーン店は、セルフサービスだけど格安で飲み放題プランがあるのだ。ソフトドリンクだけ。
 そもそもお酒の飲める年じゃないけどね。てへ。

 ……うーむ、おかしい。おしゃれなレストランでちょっぴりリッチに食べられると思ったんだけれどなぁ。
 どうやらちひろさんはあたしの上を行くマショーを持っているらしい。

 まぁ、女の人にはオネダリもそんなに効果がないってことかな。
 あたしの注文したハンバーグが届くのを待ちながらそんなことを考えてみた。

「あ。プロデューサーさーん」

 ドリンクをもって帰ってきたちひろさんがテーブルにコップを置いた後、何かに気付いたように手を振る。
 そちらに目をやってみれば、オジさんがちょっと恥ずかしそうに頭を掻いていた。

「目立つような真似はするな、まったく……」

 ……あ。こっちも結構な視線が集まってるね。どうも、どうも。

「えへへ、すみません。でも早かったですね……大丈夫ですか?」

「……あぁ、とりあえずな」

 席についたオジさんが注文を終えると、ちひろさんと話を始める。
 なんやかんやと言いつつも、やっぱりオジさんはプロデューサーだしいろいろと忙しいんだろう。

 アイドル。プロデューサー。
 なんともまぁ、非日常的な響きだと思う。

 何をするかはよくわかってないけれど、あのレッスンを毎日の一部にするのはきっと楽でもなさそうだし。
 それでも飛び込んだ以上、多少の無理はしないと家に強制送還なんてことになりそうだから頑張るけれど。

 別に実家が嫌いなわけじゃないし、夢があるわけでもないし。
 なのにこんな場に、っていうのはあんまり褒められたことじゃないのかもしれないなぁ。
 2人の会話をBGMに、ぽーっといろいろ考えていたところに声がかかる。

「――そういうわけだから、周子。お前は2週間後のライブでそれなりに活躍してもらうぞ」

「……へ?」

今日はここまで

同時期に同アイドルでペースもしっかりしたのがあると頑張らなきゃって思う
月末と頭がちょっと忙しいから今月中にもう1回は更新したい

 話は聞いてたけれど、実際に見てみても女子寮の施設は結構充実してる。
 寮母さんはすごく艶やかな髪をした、どこか浮世離れした雰囲気の美人なお姉さんだった。
 あの人も『アイドル』らしい。あたしとは一回り以上年が離れてるとか、いないとか。

 ……アイドルってすごいなぁ、なんて感心しちゃう。
 ぽーっと考えつつ、ちひろさんについて歩いていたらなんだかいいにおいが鼻を刺激した。

 どうやらすぐそこの食堂からしているようだ。
 さっき食べてきたところだからお腹は減ってないけれど、それでもなかなかにそそる香りだ。

「……ん? でもご飯の時間にしては遅くない?」

「あー……たぶんですけれど個人用のお夜食ですね」

「お夜食? へぇー、自分で作るのもありなんだ」

 こんな夜でもお腹は減る。お仕事とか大変だろうし、そういうことだろう。

 まぁ、あたしは自分ではつくったりはしないだろうけれど。
 というかアイドルとしていいのかな? ほら、カロリーとか。 

「それは……見てもらったほうが早いですかね。入りますよー、葵ちゃん」

首藤葵(13)
ttp://i.imgur.com/49IMnxk.jpg

「なぁにみくちゃん、そない急かしてももうちょっち待ってくれんとどうにもならんけん……ね?」

 そこにいたのは割烹着がやたらとしっくりくる女の子。
 幼な妻というか、若女将というか……見た目と纏ってる空気が違いすぎる。

 その子も頭の上に疑問符を浮かべて、あたしの方をみている。
 お互いフリーズしているのを見かねてちひろさんが口を開いた。

「葵ちゃん、こちら周子ちゃん。今度からお世話になる子ですよ」

「あ、どうも……えーっと、あおいちゃん? よろしく……」

「なるほどぉ、しゅーこさん。うん、よろしくっ! さっそくやけど、苦手なもんとかある?」

「へ?」

 初対面で好き嫌いを聞かれる経験は今までなかったのもあり、面喰ってしまう。
 ……というかあたし、ちひろさん以外には不意打たれ続けてるような気もする。

「葵ちゃん、みくちゃんにお夜食作ってあげてたの?」

「今日は撮影が長引いちってお腹ペコペコっていってたっちゃ。だから軽くね」

 言われて見てみれば、そこにはおいしそうな卵焼き。
 香りからして、出汁巻きかな? 隣には小さ目のおにぎりがいくつか転がっている。

「あぁ、周子ちゃん。女子寮のご飯だけど、アイドルの子たちでいくらか持ち回りしてたりするの」

「へぇー……あたし、自信ないけどなぁ」

「あたしは好きで作ってるけん、気にせんとええよ? お料理番組の前の練習とかでいっしょにお手伝いすることはあるっちゃけど」

 確かにこなれた感じはするし、下手にあたしが手出しするよりもずっといいかもしれない。
 お食事担当も、寮母さんもアイドルとは豪華だなぁなんて感心してしまう。

 そこに当番表も貼ってあるし。どうやらこれはまともなお仕事の一環みたい。
 大きな冷蔵庫には『個人用品は名前を書くこと』の張り紙付き。

 おぉ、寮だ。よくわからないけど、寮だ。
 実にそれっぽいような気がする。気がするだけで合ってるのかは知らないけれど。

「葵ちゃーん、お腹すいたにゃ……にゃ?」

 状況と空気を楽しんでる間にさらに新手が現れる。
 この子は結構有名だ。愛梨ちゃんと同じくテレビで見た覚えがある。

 ブレないキャラ。自分を曲げないって言ってたけどオフでもこのノリとは恐れ入る。
 確か名前は――

「にゃにゃ、ひょっとして新人さんかにゃ? にゃふふ、お友達がふえるのは嬉しいにゃあ」

「そうだね、よろしく……前田さん」

「ふにゃあっ!? みくは前田じゃなくて前川にゃ! ……ってあ! おにぎり! いっただきまーすっ!」

 ……本当、表情がコロコロ変わって面白い。
 ぷんすかと怒るみくちゃんはおにぎりに気づくとすぐにまた笑顔に戻って飛びついた。

 もぐもぐと美味しそうに笑ったらかと思うと今度は青ざめた顔になり涙目に変わり、弱弱しくふにゃあと鳴く。
 せつろしい人だなぁと思っていたら葵ちゃんが「あぁ」と頭を抱えた。

「みくちゃん、それあたしの……鮭やけん、無理っちゃろーおもっちよけといたんよ」

「先に言ってほしかったにゃあ……ぐすっ……」

 ネコなのにお魚はダメなのか。キャラはぶれないけれど無理なものは無理なんだろうなぁ。
 前田さん……もとい、みくちゃんはこだわりの強い子なんだっていうのはよくわかった。

 仲良くなれるかは置いとくとしても、楽しくはなりそうだ。


前川みく
ttp://i.imgur.com/2Y8rPF8.jpg

――――

「うーん、思ったより盛り上がっちゃいましたね……起きてるかしら?」

 しばらくおしゃべりを楽しんだ後、ぬるく淹れたお茶を一杯いただいてわかれた。
 あたしの部屋……もとい「あたしたち」の部屋になるらしい部屋の前でちひろさんが腕を組みぶつぶつとつぶやく。

 ともあれ、と咳払いをひとつするとちひろさんはとんとんとん、とノックを3回した。
 少しだけ間をおいて中からけだるげな声が返ってくる。

「はーい、どちら様……ちひろさん?」

 ドアが開いて、中からネグリジェ姿の女の子が現れた。
 吸い込まれそうなぐらい透き通った金の瞳に、輪郭を隠さないショートの髪。
 ほっそりとしたシルエット。暗がりでも浮かび上がるような白い肌。

「ああ、じゃあそっちにいるのがプロデューサーの言ってた子ね……」

 ちょっぴり浮世離れした雰囲気のある美人さんは、こちらに気が付くとなにやら合点がいった様子だった。

速水奏(17)
ttp://i.imgur.com/eWgTIfW.jpg


「はじめまして。私、速水奏よ……よろしく」

 奏……さん? ちゃん? まぁ、それはおいといて。
 彼女はあたしのイメージする『くーるびゅーてぃー』ってやつにぴったりな、涼やかな笑みを浮かべて手をこちらへ差しだした。

 今日だけで何度目かは覚えてないけれど、あたしも軽く自己紹介。
 あいさつ回りとかもするとしたら、これからもたくさん挨拶はしていくんだろうけど。

「しゅーこどすー。よろしゅう♪」

 にっ、とちょっぴり不敵に笑みを浮かべてみる。

 オジさんが何を考えているかはわかんないけれど、何かしらを考えているのは間違いないだろうというわけで。
 『くーるびゅーてぃー』さんとの邂逅も、仕掛けの一部かもしれない。

 今日だけで、あたしの中になんとなくあった『アイドル』のイメージは壊れてる。
 ほわほわしたかわいい子やら、キリリとした美人さんやら、お料理上手に、にゃんこに、お姉さん。

 さてはて、どうなるんだろう。少なくとも昨日の晩に感じてたのとは別物の、もう少しばかり素敵なドキドキは静かに胸の奥で鳴っていた。

今日はここまで

ごめんね、今月も更新怪しいの
横道逸れるの楽しすぎるからそろそろちゃんと話進める

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