アイドルマスターシンデレラガールズの白菊ほたると高森藍子の小話です。
地の文あり、マイナーCP、ちょい濃いめの百合要素、注意してください。
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天気は気分屋だ。
ちっぽけな人間たちに操ることは難しい。
そう、例えば折り畳み傘の有無で変えることなど、不可能に決まっているのだ。
「ふふっ♪」
しかし、だからこそ今日は最高の日と言えるだろう。
これから「雨の日が好きです!」なんて、インタビューで話しちゃう日も近いかも。
なんせ、この『黒猫さんアンブレラ』初披露の日が——!
「……」
前言撤回、雨が好きだった日など一度もない。
そもそも雨が好きとはなんだ、どうして濡れ犬になるのを好きになれようか。
取り出した傘は、未使用にも拘らずボロボロだった。
芸術的に折れた骨組みに引き延ばされて、黒猫さんが不細工な顔を晒している。
ああ、神よ、罪なき黒猫を……
雨、きらい。
「そうだ、プロデューサーさんに……」
しかし、スマホは電源が切れて反応してくれなかった。
どのボタンを押しても、画面は黒色を映してびくともしない。
……茄子さん、今度はスマホ用のお守りをお願いします。
「さて、どうしようかな……」
どうするかなんて、一つだろうけれど。
この駅から事務所は二十分程度。
でも、歩いても転ぶ私が走りなんてしたら……
いや、迷っていても雨は止みそうにない。
ここは意を決して……
「あれ、ほたるちゃん。いまから事務所ですか?」
「あ、藍子さん……」
○○○ ○○○ ○○○
「うわ、やっぱり強い……」
「ほたるちゃん、もう少し寄っていいですか?」
「は、はい」
もともと一人用の傘だ。二人で入ると体が密着することになる。
ひんやりとした肩に肌が触れる。
顔が近い。
その整った顔立ちを見ると、一緒の傘に入ることさえ不釣り合いだと思えてくる。
叩きつける雨に合わせて、鼓動の音も早まる。
雨の強い臭いで、彼女のシャンプーの匂いが薄まるのだけが心の余裕だった。
「藍子さん、迷惑じゃないですか?」
「いや、迷惑だなんて…… それに、困っていたら助け合うのは普通じゃないかな?」
「……ありがとうございます」
雨足は、少しだけ弱まってきていた。
なるべく濡れないように、ペースを合わせてゆっくりと歩く。
肩を並べて、プラスチックの屋根の、狭い密室の下を。
しばらく一緒に歩いていて、あることに気付いた。
「藍子さん、もしかして雨が好きなんですか?」
「えっ、どうして?」
「その、とても楽しそうな顔をしていたので……」
お気に入りの音楽でも聴くような表情で、嬉しそうに歩いていたのだ。
「私、楽しそうでした?」
「はい、とても」
そう答えると、藍子さんは上のほうを見ながら黙ってしまった。
あれ? 私の思い違いだったかな?
やがて、藍子さんが徐に口を開いた。
「確かに、空が鈍色で悲しい気持ちになるかもしれないけど……」
「うん、嫌いじゃないですね」
「嫌いじゃない、ですか?」
「はい♪」
この重たい空とは似合わないくらいの笑顔で、彼女は答えた。
まるで、この傘の下にだけ、日の光が照らすようだった。
「雨の日の街は、いつもと違って楽しいですよ。空気が色々な匂いを運んでくるし、見かけない生物がいて…… あっ、ほら」
「えっ? って、きゃあ!」
藍子さんが指した方向。
濡れたブロック塀の上、粘液で光沢を帯びたカエルが私を見つめていた。
黄緑色の、妙にテカテカと光るカエルが……
驚いて、藍子さんの服の裾にしがみ付く。
声の出し方を忘れてしまった私は、彼女の腕の下に埋もれるしかなかった。
「あ、あれ? カエルは苦手でしたか?」
「~っ!~~ッ!!」
「ご、ごめんね! ほら、カエルさんあっち行って~」
藍子さんの手に追い払われ、アマガエルと思わしき黄緑の両生類は、塀の向こう側へと跳んで行った。
「ほら、もうあっちに行きましたよ」
「はぁ、はぁ…… ありがとうございます」
「あの、大丈夫?」
「はい、もう……」
固く握っていた裾を離して、深呼吸をする。
びっくりした。目が合いました。
「カエル、あまり好きにはなれなくて……」
「うーん、人それぞれですね……」
ため息がてら、空を見上げる。
雨は、また少し弱くなっていた。
しかし、嫌な色合いだ。
夏の青を閉ざして、息を詰まらせるような灰が敷き詰められている。
「やはり、雨は嫌いです。靴は水を吸って重くなるし、湿気でベタベタします。それに、狙ったように降ってきますし……」
「そっか」
「はい、どうしても……」
きっと、これから先も好きになることは無いのだろう。
そのくらい、この曇天は私の気分を静めてくる。
手足も重くなるようだ。
「あっ、それなら」
しかし、藍子さんは何か思いついた様子で、嬉しそうに声を上げた。
戸惑い気味の私に体を寄せて、もう一度にこりと笑って——。
そうして彼女は、傘を握る私の左手に右手を重ねた。
驚いて、体が数センチ跳ね上がる。
「今日は藍子さんが、この最悪な天気から守ってあげます! なんて、ダメかな?」
「藍子さん……」
その照れ笑いに、心臓が水圧で押されているような感覚がした。
耳が熱い。
雨で冷えた心と体が、触れた手を通して暖かくなるようだ。
「ほ、ほたるちゃ~ん?」
そのまま、時が止まったみたいに動けなかった。
しばらく頭が真っ白で、何も考えられなくて……
傘の下で、もう蝉の声が反響を始めていた。
「……あれっ、蝉? ああ、残念。もう、雨は止んじゃったみたいですね」
「あっ、本当だ……」
いつしか、辺りは一段とは明るくなっていた。
雲の切れ間から、太陽の光が射し込んでいる。
「あっ、ほたるちゃん。見て」
藍子さんが、傘の外に抜けて空を指した。
その先が気になって、視界を阻む傘をどかしてみる。
頭上、晴天の訪れを告げるように、七色の虹が架かっていた。
「雨も、悪くはないでしょう?」
「……はい、嫌いじゃない、です」
うん……
たまには、こういう天気も悪くないのかもしれない。
「その、さっきはごめんね? 変なこと言って」
「いえ、嬉しかったですよ」
「なんか、恥ずかしいですね……」
さて、歩道で咲いていた傘の花は、もうほとんど閉じている。
事務所に帰ろう。私ももう、傘は閉じて——。
「……藍子さん」
「どうしました?」
これでは、何かがもったいない気がした。
何かは、分からないけど。
「その、事務所まで、まだ一緒の傘に、入りませんか?」
「……いいですよ♪」
そして、また藍子さんが傘の下に戻ってきてくれた。
また、他愛ない話をしながら歩き始める。
日光は遮れるものじゃないけど、しっかりと差そう。
一緒に並んで歩きやすいように。
天気は気分屋だ。
ちっぽけな私たちに操ることは難しい。
でも、こうして誰かと楽しめるのなら、案外悪くないのかもしれない。
雨は、もう完全に止んでいた。
それでも傘を差して、ペースを合わせてゆっくりと歩く。
肩を並べて、二人だけの小さい部屋を。
おしまい。
書き切ってから出すから終わるの早い……
HTML依頼してきます。藍ほた、よろしくお願いしますね?
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