【デレマス】白菊ほたる「雨の嫌いな私と、藍子さんとの帰り道」 (21)

アイドルマスターシンデレラガールズの白菊ほたると高森藍子の小話です。

地の文あり、マイナーCP、ちょい濃いめの百合要素、注意してください。

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 天気は気分屋だ。
 ちっぽけな人間たちに操ることは難しい。

 そう、例えば折り畳み傘の有無で変えることなど、不可能に決まっているのだ。

「ふふっ♪」

 しかし、だからこそ今日は最高の日と言えるだろう。
 これから「雨の日が好きです!」なんて、インタビューで話しちゃう日も近いかも。

 なんせ、この『黒猫さんアンブレラ』初披露の日が——!


「……」

 前言撤回、雨が好きだった日など一度もない。

 そもそも雨が好きとはなんだ、どうして濡れ犬になるのを好きになれようか。

 取り出した傘は、未使用にも拘らずボロボロだった。
 芸術的に折れた骨組みに引き延ばされて、黒猫さんが不細工な顔を晒している。

 ああ、神よ、罪なき黒猫を……

 雨、きらい。


「そうだ、プロデューサーさんに……」

 しかし、スマホは電源が切れて反応してくれなかった。
 どのボタンを押しても、画面は黒色を映してびくともしない。

 ……茄子さん、今度はスマホ用のお守りをお願いします。

「さて、どうしようかな……」

 どうするかなんて、一つだろうけれど。


 この駅から事務所は二十分程度。
 でも、歩いても転ぶ私が走りなんてしたら……

 いや、迷っていても雨は止みそうにない。
 ここは意を決して……

「あれ、ほたるちゃん。いまから事務所ですか?」
「あ、藍子さん……」


○○○ ○○○ ○○○

「うわ、やっぱり強い……」
「ほたるちゃん、もう少し寄っていいですか?」
「は、はい」

 もともと一人用の傘だ。二人で入ると体が密着することになる。

 ひんやりとした肩に肌が触れる。

 顔が近い。
 その整った顔立ちを見ると、一緒の傘に入ることさえ不釣り合いだと思えてくる。


 叩きつける雨に合わせて、鼓動の音も早まる。
 雨の強い臭いで、彼女のシャンプーの匂いが薄まるのだけが心の余裕だった。

「藍子さん、迷惑じゃないですか?」
「いや、迷惑だなんて…… それに、困っていたら助け合うのは普通じゃないかな?」
「……ありがとうございます」

 雨足は、少しだけ弱まってきていた。

 なるべく濡れないように、ペースを合わせてゆっくりと歩く。
 肩を並べて、プラスチックの屋根の、狭い密室の下を。


 しばらく一緒に歩いていて、あることに気付いた。

「藍子さん、もしかして雨が好きなんですか?」
「えっ、どうして?」
「その、とても楽しそうな顔をしていたので……」

 お気に入りの音楽でも聴くような表情で、嬉しそうに歩いていたのだ。

「私、楽しそうでした?」
「はい、とても」

 そう答えると、藍子さんは上のほうを見ながら黙ってしまった。

 あれ? 私の思い違いだったかな?


 やがて、藍子さんが徐に口を開いた。

「確かに、空が鈍色で悲しい気持ちになるかもしれないけど……」

「うん、嫌いじゃないですね」
「嫌いじゃない、ですか?」
「はい♪」

 この重たい空とは似合わないくらいの笑顔で、彼女は答えた。
 まるで、この傘の下にだけ、日の光が照らすようだった。


「雨の日の街は、いつもと違って楽しいですよ。空気が色々な匂いを運んでくるし、見かけない生物がいて…… あっ、ほら」
「えっ? って、きゃあ!」

 藍子さんが指した方向。
 濡れたブロック塀の上、粘液で光沢を帯びたカエルが私を見つめていた。
 黄緑色の、妙にテカテカと光るカエルが……

 驚いて、藍子さんの服の裾にしがみ付く。
 声の出し方を忘れてしまった私は、彼女の腕の下に埋もれるしかなかった。


「あ、あれ? カエルは苦手でしたか?」
「~っ!~~ッ!!」
「ご、ごめんね! ほら、カエルさんあっち行って~」

 藍子さんの手に追い払われ、アマガエルと思わしき黄緑の両生類は、塀の向こう側へと跳んで行った。

「ほら、もうあっちに行きましたよ」
「はぁ、はぁ…… ありがとうございます」

「あの、大丈夫?」
「はい、もう……」

 固く握っていた裾を離して、深呼吸をする。
 びっくりした。目が合いました。


「カエル、あまり好きにはなれなくて……」
「うーん、人それぞれですね……」

 ため息がてら、空を見上げる。
 雨は、また少し弱くなっていた。

 しかし、嫌な色合いだ。
 夏の青を閉ざして、息を詰まらせるような灰が敷き詰められている。


「やはり、雨は嫌いです。靴は水を吸って重くなるし、湿気でベタベタします。それに、狙ったように降ってきますし……」
「そっか」
「はい、どうしても……」

 きっと、これから先も好きになることは無いのだろう。
 そのくらい、この曇天は私の気分を静めてくる。
 手足も重くなるようだ。


「あっ、それなら」

 しかし、藍子さんは何か思いついた様子で、嬉しそうに声を上げた。
 
 戸惑い気味の私に体を寄せて、もう一度にこりと笑って——。

 そうして彼女は、傘を握る私の左手に右手を重ねた。

 驚いて、体が数センチ跳ね上がる。

「今日は藍子さんが、この最悪な天気から守ってあげます! なんて、ダメかな?」
「藍子さん……」


 その照れ笑いに、心臓が水圧で押されているような感覚がした。

 耳が熱い。
 雨で冷えた心と体が、触れた手を通して暖かくなるようだ。

「ほ、ほたるちゃ~ん?」

 そのまま、時が止まったみたいに動けなかった。
 しばらく頭が真っ白で、何も考えられなくて……

 傘の下で、もう蝉の声が反響を始めていた。


「……あれっ、蝉? ああ、残念。もう、雨は止んじゃったみたいですね」
「あっ、本当だ……」

 いつしか、辺りは一段とは明るくなっていた。
 雲の切れ間から、太陽の光が射し込んでいる。

「あっ、ほたるちゃん。見て」


 藍子さんが、傘の外に抜けて空を指した。

 その先が気になって、視界を阻む傘をどかしてみる。
 頭上、晴天の訪れを告げるように、七色の虹が架かっていた。

「雨も、悪くはないでしょう?」
「……はい、嫌いじゃない、です」

 うん……
 たまには、こういう天気も悪くないのかもしれない。


「その、さっきはごめんね? 変なこと言って」
「いえ、嬉しかったですよ」
「なんか、恥ずかしいですね……」

 さて、歩道で咲いていた傘の花は、もうほとんど閉じている。
 事務所に帰ろう。私ももう、傘は閉じて——。
 
「……藍子さん」
「どうしました?」

 これでは、何かがもったいない気がした。
 何かは、分からないけど。


「その、事務所まで、まだ一緒の傘に、入りませんか?」
「……いいですよ♪」

 そして、また藍子さんが傘の下に戻ってきてくれた。
 また、他愛ない話をしながら歩き始める。

 日光は遮れるものじゃないけど、しっかりと差そう。
 一緒に並んで歩きやすいように。


 天気は気分屋だ。
 ちっぽけな私たちに操ることは難しい。

 でも、こうして誰かと楽しめるのなら、案外悪くないのかもしれない。
 
 雨は、もう完全に止んでいた。

 それでも傘を差して、ペースを合わせてゆっくりと歩く。
 肩を並べて、二人だけの小さい部屋を。

おしまい。

書き切ってから出すから終わるの早い……

HTML依頼してきます。藍ほた、よろしくお願いしますね?

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