(1)
私は、子豚と暮らしています。
桜色の薄い体毛に覆われていて、小ぶりの木桶にぴたりと収まる大きさです。
他の豚がどうかは分かりませんが、彼の口角はいつも少しだけ上がっています。ですから、どんな時にでも微笑んでいるように見えるのです。もちろんそう見えているだけで、彼にも色々な感情があります。
例えば、お風呂のお湯が熱すぎると憤ったり、彼の大好きなとうもろこしが八百屋で売り切れていたら酷く哀しんだりします。ですが口元は微笑んでいるものですから、どんな時でも少しだけ幸せそうなのです。
その様子があまりに可愛らしいので、私はついついその顔見たさにいたずらをしてしまうことがあります。朝方にお布団の端から出ている鼻先を摘んでみたり、後ろからわっと言って驚かせてみたり。
私はそんな彼とずっと一緒にいたいのですが、そうもいきません。
私が勤め先へ行くときには、まさか連れて行くわけにもいきませんので、泣く泣く留守番をしてもらうのです。ですから、週に五日は朝と夜にしか彼の顔が見れません。私が帰った時に見せる嬉しそうな表情も好きなので、そう悪いことばかりではありませんが。
その分、週末は目一杯彼と過ごします。お昼ごはんも一緒ですし、お買い物だって一緒です。
窓からぽかぽかと暖かい日差しが入る午後。散歩がてらお買い物へ出かけることにしました。もちろん彼も一緒です。
玄関を出たところでふと良いことを思いつき、商店街まで行くには少し遠回りになりますが、お家の横を伸びる砂利道を抜けて、桜の木に囲まれた遊歩道に向かいました。
土曜日ですので、石畳の道にはちらほらと人通りがあります。春の訪れを喜んでいるのでしょう、どなたも何処か嬉しそうな表情です。
彼の短い歩幅に合わせてゆっくりと歩いていると、少し進んだところで少し強い風が吹きました。私の肩や隣を歩く彼の背中に、桜の花びらが零れます。
「これ、見せたかったんだ。君の色によく似てるでしょう?」
私が少し屈みそう囁くと、彼はくすぐったそうに数度身震いをして、いつもの微笑みでこちらを見上げました。
「そんなに似てるかい?」
品のあるテノールが私の耳をくすぐります。そうよと言葉を重ねると、彼は黙って空を仰ぎました。私も釣られて視線を上げます。
大きく見上げなければきっと気づかなかったでしょう。そこでは桜の木達が、楽しげに枝先を撫であわせていました。
綺麗に色ずくこの季節にしか触れ合えないのでしょう。風が吹くたびに嬉しそうにさりさりと零れる花びらは、まるで再会を喜ぶ涙のようです。
春風が三度頬を撫でるまで、私達はその軽やかな春の踊りを眺めていました。
(2)
男『こちら2番レール。こちら2番レール』
班長『はい管――室。ど――た、男』ザザ、ザ
男『さっきからレールの動き遅いんですよ。なにか挟まったと思うんですけど』
班長『あ――だから。肉――を――して、ペンチで、グイっと』ザザ、ザ
男『班長? すいません、ちょっと電波悪いみたいで。班長?』
班長『――して。――だってば』ザザ、ザ
同僚『こ――3板レール。午前中から無線調子悪いみたいなんだわ』ザザ、ザ
男『ああ、そうだったんですか』
同僚『話聞くから、ヘッドホン外し――っちこい。こっち向いて、はいどうも。ここね』ザザ
男『ああ、はい。行きます……あの、ヘッドホン外さないと駄目ですか?』
同僚『無線はレールと線繋がってるからしょうがないだろ』
男『はあ……』
同僚『えぇ、なに。新人?』
男『はい。先週この工場きたばかりで』
同僚『聞かないと慣れないぞ。でも、四六時中聞いてれば慣れるから大丈夫だ』
男『はい……』
同僚『とにかく早く来い。こっちも手一杯なんだわ』ザザ、ザ
男「スゥゥゥ……フウゥ」
スッ
豚「ギャアアアアアアアア痛い痛い痛いィィ!!!」
豚「殺さないでぇぇ!! 痛ッ、アアァァア」
豚「く、食うなんて、じょ、冗談だろ? な、なぁ。やめ、やギャアアア!」
男「……」スタスタスタ
豚「助けでぇ……もうやだよぉぉ。なんで、俺達がこんな目に……」
豚「ガフッガッギッ! ギャガッ」ビクビク、ビク
男「ッ……」タッタッタ
先輩「おい走ったらあぶねぇぞ! 刃回ってんだから」
後輩「先輩首切れなかったみたいなんですけどー」
先輩「よくあるから。ほら、手で捌け」
後輩「マジすかー? グロっ。ははは」グチャ
男「ふぅ……」ガタ
同僚「おう、お疲れ。そうか、今日はそっちのレーンと休憩同じなんだな?」
男「あ、さっきはありがとうございました」
同僚「いいっていいって。あの後大丈夫だったか?」
男「はい。レールも刃もちゃんと回っていたので」
同僚「違う違う。ほれ、耳」
男「あ、ああ……はい、大丈夫です」
同僚「ほんとかー? いや、うちの工場……っていうかこの業種、入れ替わり激しいからさ」
男「……」
同僚「黙って辞めるくらいなら先に相談してくれな。もっと静かな部署もあるから」
男「あ、あの。食肉工場って、どこもあんなのなんですか?」
同僚「あんなの……ああ、ははは。そうだ、どこもうるさいぞ」
男「そうですか……」
同僚「ほい、コーヒー。いいって、奢りだ。そうかぁ、普通に暮らしてる分にはこうなってるって考えねぇもんなぁ」
男「そうですね……はい、僕もそうでした」
同僚「俺達も食わなきゃ生きていけないからなぁ。ま、あんま考えないのがコツだ。ははは」
男「そうですね……」
同僚「おっし、じゃあ戻るか! 気合入れていこう、わはは」
ガチャ
豚「ぎゃああぁぁ!!!! 助げでぇぇ!!!」
バタン
(3)
幼女「――そんなにおばあちゃんなの!? じゃあもう猫又じゃん!」
猫「どこでそんな話を聞いたのか知らないけれど、猫又なんて居ないわよ?」
幼女「そうなんだぁ」
猫「ええそうですとも。幼女ちゃんのおじいさんと同じで、猫も最後には天国に行くの」
幼女「うーん。よく分かんない」
猫「そうね、今はそれでいいわね」
幼女「ねぇなんでいっつも日向で寝てるのー?」
猫「暖かいからよ」
幼女「じゃあなんで高いところに登るのー?」
猫「幼女ちゃんは高いって思うでしょうけれど、私達にとっては高くないからよ」
幼女「じゃあどうしてネズミ好きなの?」
猫「私はそんなに好きじゃないわ。猫それぞれね」
幼女「えぇ!? そうなの!?」
猫「そうねぇ。まあ、素早く動くものは皆好きよ? こう、本能的にね」
幼女「ふーん」
母「幼女ーどこなのー、ご飯よー!」
幼女「あ、ママだ! ごめんもう行かなきゃ!」
猫「ええ、またね」
幼女「えへへ、今日はハンバーグなんだよー!」
猫「あらそう、良かったわね」
幼女「……あれ、そういえば豚って喋るの?」
猫「……そうねぇ、話すと思うわ」
幼女「そっかぁ……うーん……」
猫「どうしたの?」
幼女「じゃあなんでハンバーグって喋らないの?」
猫「あははっ。ふふ、そうねぇ」
幼女「だって変だよ! あれ豚なんでしょ?」
猫「あんまり難しいこと考えないの。ほら、もう行きなさい」
幼女「うーん。分かった、そしたらまたね!」タッタッタ
猫「……木や草も生きてるって言ったら、あの子どんな顔するのかしら」
猫「……ファーア。暖かいわぁ」zzz
完
完。
(1)が見づらかった人、申し訳ないです。
乙
もしこんな世界なら、屠殺の方法はもう少し何とかしてやりたいな
乙
食用である以上毒を仕込むとかはできないだろうし現状がきっと一番安価で安全な殺し方なんだと思うけどね
詳しく知らないけど
流石に古くから意思疏通が可能な相手なら食用にするような真似はしないんじゃなかろうか……一部の国を除いては。
あぁ、でも野性動物の営みから「そういうもの」と割り切ってしまう可能性も十分にあるか。
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