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肇「はい…」
驚いた聖來さんに、私は肩を落としながら答える。
「ウインクが出来ない」
それは、日頃からビジュアルレッスンで、「表情が固い」とトレーナーさんに指摘される私の、特に苦手な課題。
最近ようやく、笑顔は自然になってきたと言われるようになったものの、未だにウインクだけは克服できなかった。
ポップなアイドルの曲では、当然振り付けにウインクも含まれていて、避けては通れない。
今日のレッスンでも怒られてしまい、戻った事務所で大きなため息をついたところを、たまたま居合わせた同僚たちに見られ、相談に乗ってくれたのだけど…
聖來「なるほどねぇ…」
いつき「うーん、ウインクかぁ…特に意識しなくても出来ちゃってたからなぁ…」
紗枝「うちもやなぁ。肇はん、こないな感じに、ぱちこーんって、出来へん?」
いつきさんも紗枝ちゃんも、パチンと、いとも簡単に見事なウインクをきめる。
うん、とてもかわいい。
肇「…頭の中でイメージは出来るんです。でも、思うように瞼が動かなくて…」
いつき「うーん、難しく考えすぎなんじゃない?もっとらく~に考えてみようよ!」
聖來「んー、確かにそれはあるかもね。まぁ、肇ちゃん真面目だし、そこが可愛いところでもあるんだけどね。」
そう言って聖來さんも素敵なウインクをきめる。
うぅ、優しいフォローが今は痛いです…
紗枝「ちなみに肇はん、苦手いうんはどこまでなもんなんやろ?」
いつき「あーそうだね。とりあえずちょっとやって見せてよ。」
肇「いいですけど…ほんとに出来ませんよ?」
聖來「まぁまぁ。何かアドバイス出来るかもしれないし。試しに、ね?」
肇「わかりました…」
確かに、出来る人にアドバイスをもらうのが一番かもしれない。
軽く息を吸って、覚悟を決める。
肇「じゃあ、いきます。」
3人の視線を受けながら、私なりのウインクをする。
肇「…………」
3人「…………」
肇「…………」
いつき「……あー」
聖來「……これは、なかなか強敵だね…」
紗枝「……あらぁ…」
三者三様の反応。
そのどれからも、何とかフォローしようという空気を感じる。
うぅ…だから言ったのに…
肇「……えっと、どう、でした?」
紗枝「……想像以上やったわぁ。」
グサッ
思わずこぼれたであろう、紗枝ちゃんの一言が刺さる。
思ったことをはっきりと言ってくれる。
この子のいいところなんだけれども、今回はもうちょっと、オブラートに包んで欲しかった。
彼女の場合は八つ橋に…?
いや、それだと周子さんか。
そんなくだらないことを考えて、何とか心の平静を保つ。
大丈夫、まだ頑張れる。
聖來「えーっと、とりあえずは、どっちかの目を開けるといいんじゃないかな?」
肇「これでも一応開いてはいるんです…」
いつき「えっ、うそ。どっちが?」
肇「……左が。」
いつき「……あれでかぁ。」
紗枝「……両方瞑ってはるようにしか、見えへんかったなぁ。」
グサグサッ
今度は、二人からの本音。
あ、ちょっと挫けそう。
聖來「ま、まぁ、一応は開けられるんだし、少しずつ、もっとぱっちり開くように練習しよう!ね!きっと出来るよ!」
聖來さんの言葉で、折れかかった心が何とか踏ん張る。
肇「うぅ、でも、具体的にどうやったら…」
いつき「あっ、あれは?視力検査みたいなやつ!」
聖來「閉じる方の目を押さえてみる方法ね。ちょっとやってみようか。利き目は左?」
肇「えっと、開けられているのは左なので、左目かと。」
紗枝「……うっすら」
肇「もう!紗枝ちゃん!」
聖來「はいはいからかわないの!いつきも笑わない!」
そういう聖來さんも、少し笑いを堪えている。
……そんなに変だったのかなぁ。
聖來「こほん!で、左が利き目だから…ちょっと右目押さえてみて。」
肇「わかりました。」
軽く、右の瞼を指で押さえる。
左目は、パッチリと開いている。
聖來「あら、ちゃんと開くじゃない。」
肇「まぁ、今まで視力検査はこなせてきてましたので。」
いつき「やっぱり、難しく考えすぎだったんじゃない?案外簡単に出来そうじゃん!」
肇「確かに、なんか出来そうな気がしてきました。」
聖來「じゃあ離してみよう!」
肇「はい!」
ぱっと、指を離す。
その瞬間、右目もパッチリと開く。
そのままぱちくりと、二度三度と瞬きを繰り返す。
3人「……………」
肇「……………」
3人「………(プルプル」
肇「……どうぞ、笑ってください…」
紗枝「な、なんでやの……(プルプル」
紗枝ちゃんがちっちゃい肩を震わせながら尋ねてくるけど、そんなの私が知りたい。
なんでこの瞼は言うことを聞いてくれないのか。
いつき「肇ちゃん、意外と不器用なんだねぇ」
肇「手先には、それなりに自信あるんですけど…」
結局、その後も数回試しはしたものの、結果は全部同じ。
どうも、この方法はダメみたい。
聖來「……なら、逆を試してみましょ。」
肇「逆、ですか?」
聖來「開こうとするのを押さえるのがダメなら、閉じようとする方を押さえてみるの。」
いつき「あー、目薬さす時にやるような感じ?」
肇「なるほど…」
左目を指で開かせながら、右目をぎゅっと瞑ってみる。
>>彼女の場合は八つ橋に…?
(薄い餅みたいな八つ橋の皮のことやったら求肥って言うんやで)
紗枝「……なんや、もう左目がぷるぷるしてはるけども…」
いつき「……そういう紗枝ちゃんも、もうぷるぷるしてるよね…」
紗枝「いつきはんかて……」
聖來「……二人は気にしなくていいから。肇ちゃん、指を離してみて。」
肇「はい…」
変なツボに入ったのか、既に笑いを堪えている二人をよそに、そっと指を離す。
すると――
聖來「出来てる!出来てるよ肇ちゃん!あーでも左目どんどん細くなってってる!」
肇「う~、そ、そんなこと言われても~」
紗枝「あかん!あかんよ肇はん!ここで目ぇ閉じたらあかん!ほら!うちを見て!しゃっきりしぃ!」
いつき「なんで雪山で遭難したみたいになってるの!っていうか肇ちゃんも見なくていいから!」
聖來「ちょっと!すごい顔になっちゃってるわよ!アイドルがしちゃいけない顔になってる!」
そう言いながら、3人とも笑ってる。
もう、釣られて私まで笑っちゃって、結局この方法でもダメ。
しばらく4人で笑いあって、落ち着くまでに10分くらい掛かった。
肇「はぁ…結局無理なんですかね~…」
この日、何度目かになるため息をつく。
いつき「……まぁ、あれで出来たとしても、自然にできるようにならないとダメだよね~」
聖來「最初は感覚を覚え込ませてって思ったんだけどなぁ…あとは表情筋を鍛えるってのがあるみたいだけど。」
紗枝「……地道~にやるしか、あらへんのかなぁ。」
肇「……まだしばらくは、レッスンで怒られるのかな~」
すっかり諦めムードで落ち込んでしまう。
ふと、開いていた窓から、びゅーっと、強めの風が。
顔にまともに受けてしまって思わず目を閉じる。
肇「痛っ…」
紗枝「どないしたん?」
肇「左目に、埃が入っちゃったみたい…ゴロゴロする…」
いつき「あー、今目薬持ってないや。瞬きしたほうがいいよ。」
いつきさんに促されるまま何度か瞬きをする。
繰り返すうちにじんわりと涙が出てきて、埃を洗い流してくれた。
肇「んー、取れた、かな。いつきさん、ありがとうございま……?」
ハンカチで涙を拭いて顔を上げると、3人ともポカンとして私を見ている。
なんだろう、涙で目でも腫れちゃったんだろうか。
肇「えっと…?」
紗枝「肇はん!出来とった!ういんく、出来とったよ!」
肇「……は?」
紗枝ちゃんに言われて、今の行動を思い返す。
いつきさんに促されるまま、涙を流そうと瞬きを繰り返した。
無意識のうちに、埃の入った、左目だけを。
それは、今まで散々苦労しても出来なかったことで――
肇「――あっ」
やっと、出来た。
出来てしまえば、なんてことはなかった。
なぜこんなことが出来なかったのか、不思議に思えるくらい、あっさりと。
いつき「なるほどねー、そういうことかー。」
聖來「利き目が逆だったんだね。どうりでやりづらいわけだよ。」
紗枝「よかったなぁ、肇はん。」
でも、よかった。
これでレッスンもこなせる。
やっと、次のステップに進める。
じんわりと、安堵と、感謝の気持ちが、胸にわいてきた。
肇「みなさん…ありがとうございます!」
いつき「いいっていいって。そんな大したことはしてないし。」
紗枝「せやなぁ。結局うちもあんましお手伝い出来へんかったんに、そんなお礼なんてなぁ?」
肇「……えっ。」
いつき「そうだねー。まぁクレープ辺りが妥当かなー。」
肇「えっ、あのっ。」
聖來「そういえば、この前駅の近くに美味しそうなお店がオープンしたんだってね。そこにしようか♪」
肇「あれ、聖來さんまで。」
いつき「…肇ちゃん、最近元気なかったからちょっと心配してたんだよ。」
聖來「なんとなく、上手くいってないのはわかったしね。」
紗枝「うちらで、なんとか元気づけられんかなーって、話しとったんよ。」
肇「えっ、あっ…」
ポカンとしているうちに、3人は私を置いて足早に歩いて行ってしまう。
照れ隠し、なんだろうか。
……なんだか結局、振り回されっぱなしだ。
もっとも、相談には乗ってもらったし、ありがたいことに、解決まで付き合ってくれたけども。
先にいった3人は、振り返ると早く来いと言わんばかりに笑って手招いている。
……まぁ、このくらいはいい、かな。
苦笑しながら息を吐く。
今度は、ため息ではなかった。
以上になります。
ありがとうございましたー。
乙乙
両目ともウインクできんわ
乙です。
可愛いなぁ
>>45
両目でウィンクすればよくね?
紗枝「こやろか?」グギギ
周子「思ってた百万倍くらいへたくそやな」
のイラスト思い出した
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