設定はモバマスの原作とアニメと二次もごちゃまぜなので
ノリと勢いでお楽しみください
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「飛鳥ちゃん!」
塩見周子と何気ない雑談のつもりで出したキーワード
“開かずの間”
このワードを出した時、たまたま近くを通りかかったのであろう安斎都に、はっきりと名を呼ばれた。
「今話していたことを私にも教えて!」
僕は、二宮飛鳥は突然のことに驚いた。
Tシャツに短パンという現代ファッションに、チェック柄の探偵風ケープを羽織った都の瞳はキラキラしていた。
まるで必然的に姿を現したのだと、僕は理解した。
「なるほど……探偵アイドルか。
周子さんとの何気ない日常会話から、推理小説の世界にシフトしたようだ」
都は私の言葉を吸い込むように胸を張って言った。
「はい! 私は探偵兼アイドルをしています、安斎都と申します。
二人とも、お疲れさまです」
僕と周子の二人と握手をした都は、再び叫んだ。
「とういうわけで、今の“開かずの間”とやらの話、私にも教えて下さいな!」
「まぁ、都ちゃん的には気になる話だったかもなぁ」周子が軽やかに答える。
「最近、アイドルたちの間でまことしやかに噂されている話なんだけど、
各部門が倉庫として使っている部屋が固まっている場所があるでしょ?」
「ええ、記憶しています」
都は言いつつ、メモをポケットから取り出して頷いた。
「そこのアイドル部門の倉庫の向かいの部屋がくだんの“開かずの間”なんだけど、
三カ月ぐらい前には映像製作部門がその部屋を倉庫として使ってたらしいのね。
で、映像機器とか映像データが増えてきたからって、もっと大きな部屋に荷物を移動させることになったわけ」
周子が横目で僕を見た。
続けて話せという合図だ。
大方、全部を説明するのが早くも億劫になったからだろうと思った。
「そう……順調に部屋は片付けられ、無事に作業も終了したかに思われたが……――」
ただの雑談のつもりだったが、熱心に聞いてくれる都へのサービスとして、
そして僕自身も会話を楽しむために、ミステリアスな雰囲気を匂わせるように言った。
「しかしその時、神のいたずらによってその部屋の鍵は消えたんだ。気付いた時には誰も持っていなかった」
「つまり鍵を失くしたと?」
都に実務的に返され、僕は肩透かしを食らった。
「まぁ……つまり、そういうことになるね。だけど、これだけならただの日常。ここからが非日常さ」
微笑む周子と、依然として目をキラつかせる都をゆっくりと見た僕は、
十分に間を置いてから言った。
「鍵を失くしたはずのその部屋から、『物音を聞いた』という人物が一人いた。その人物はアーティスト部門の人だ。
彼はロックバンドのギタリストで、オカルトとかそういったモノも好きな人らしい。
普段からそういった冗談を口にする人だったから、初めはいつもの冗談だということで特に話題にはならなかった。
……しかし、音を聞いたという人が一人、二人と徐々に増えていくものだから、
念のために確認をしようということになったんだ」
「ふむ、謎の物音、と」都がメモに書き込んだ。
「確認は総務の人がやることになって、その人物はマスターキーを使って部屋を開けた。
案の定、その部屋で物音がするような物は無く、
映像製作部門の物も全て間違いなく部屋を移されていて、もぬけの殻だった。
総務部の見解は……美城事務所そのものが大きな建物でもあるので、この部屋から物音がしたのではなく、
どこか別の場所で鳴った音をこの部屋から聞こえたのだと勘違いしただけなのではないか、ということになった」
話し終わった僕は、この話がとんでもなく普遍的なオカルトの類の話であることに気付き、
今更ながらつまらない話を随分と大仰に話してしまったと後悔した。
「……こんな風に話しておいてなんだけど、都さんが興味を惹くような迷宮入りの大事件というわけじゃなかったね」
しかし僕のこの言葉を、都は慌てて否定した。
「とんでもない! 私は正直、探偵業の方は暇だからね。音の正体については、ちょっと調べてみようかと思ったよ」
これを聞いた周子の口角がニヤリと上がった。
「っということはもしかして、美城一の名探偵さんの大活躍が、これから見られる?」
都は顎に手を当てて考え込む姿勢を見せた後、唸った。
「ふ~む……名探偵か迷探偵か、私の名を売るチャンスなのは間違いないでしょう。
ですが、いくつか質問がありますね」
次に都は、思い出したかのように姿勢を変え、顎を胸に付けるように俯き、後ろ手に組んで言った。
「物音とのことですが、具体的にはどういった音なんでしょう?」
その質問になら、僕が答えられそうだった。
「最初の人も、次の人も、皆が大体『ガタッ』だとか『ゴトッ』だとか、典型的な物音だったと言っていたらしいよ」
「抽象的ですが、同じタイプの音のようですね。
鍵を失くしたのに気付いたのはいつなのでしょうか?」
「倉庫を片付け終わってすぐだったらしい。
つまり今から大体三か月前だね」
「では、総務部の人が物音を調べた時はいつの話ですか?」
「それは二カ月前だと聞いたよ」
「なるほど……では、現場を見てみたいですね。
マスターキーを私たちが借りることは可能なのでしょうか」
これには周子が割って答えた。
「私たちは無理そうだけど、プロデューサーとか、ちひろさんなら借りれるかも。
おっとー、面白くなってきましたっ♪」
「よし、では早速行きましょう!」
「ちょっと待ってくれ」僕は楽し気にはしゃぐ周子と都を押し留めて言った。
「水を差すようだけど、僕だって非日常を覗ける機会だというなら喜んで参加したい。
だが“開かずの間”の話を聞いて、都さんはただのオカルトだと思わないのかい?
その様子は、かなり乗り気のように見えるが」
僕のこの疑問は、普段の僕のスタイルからすれば矛盾した発想だった。
しかし、実務的なことを何よりも良しとする探偵が、
この“開かずの間”の眉唾な話に対して、何の疑問も無く行動に打って出ようとするその姿に違和感が生じたのだ。
しかし、そんな僕の違和感を、都はしっかり汲んだようだった。
僕に微笑みかけ、次にしたり顔で、都は答えた。
「では、飛鳥ちゃん。いえ飛鳥くん。
まず開かずの間の物音が本当に実在すると仮定を立ててみよう。
あ、その前に……観察するということと、ただ見ているだけは違うのは分かりますかね?」
「ああ、言いたい事は理解る。
物事の本質は常に見えていても、観察しなければ見抜けない」
「その通り!」都は大声で肯定しつつ、人差し指を立てた。
「それでは……部屋を調べたという総務部の人は『一体何を見て』、“開かずの間”を『もぬけの殻』だと判断したのかな?
ただ部屋を鍵で開けて、電気を付けて、見回して、結果として何もなかったのだろうけど、
探偵である私は、自分自身でその部屋を見るまでこの『謎の物音』がただの幻聴か本物か判断できないんだよ。
物音が“開かずの間”で鳴っているのだと仮定したら、まず部屋には必ず何かがある。
それが人の気配なのか、それとも機械や自然現象の痕跡か、それは分からないけどね。
そして、その部屋の鍵は偶然にも失くしてしまっているとなれば……面白そうだ」
僕は言った。
「確かにそうだが、それじゃあ、部屋に何も無かったら?」
「その時に初めて、幻聴の可能性を考えてみても遅くないでしょう。
飛鳥くん、そういった先入観を満載して事件に挑む探偵はいないのですよ。
そして更に言えば、データが出揃う前にあれやこれやと考えて憶測を述べるのも探偵的にナンセンス。
つまり、今はプロデューサーか、ちひろさんを探すのを楽しくやりましょう。
では、飛鳥くん、早速彼らを探しに行こうか!」
「なるほど……」最もな答えに僕は面食らった。
確かに都の言う通りだ。
「探偵に諭されるこの感じ……僕は期せずしてワトソン先生の位置に付いてしまったようだ。だったら周子さんは誰になる?」
「私? んー、じゃあレストレード警部とか?」
「レストレード!」都が叫んだ。
「では、周子さんが私に捜査協力を要請したという事ですね」
「そういうこと。よろしくお願いしますよ探偵さん」
「CuP(キュートプロデューサー)なら、イエローリリーの3人組を迎えに行ったにゃ」
「CoP君は、営業で外回りをしているはずよ。その後の予定は二時間後にレッスンの付き添いで――」
「PaPはドンキに育毛剤買いに行ったで」
「まぁプロデューサーさん達が忙しいのは仕方がないとして」
先頭を歩く都は、言いながらもずんずんと進んでいった。
都と周子、そして僕達三人は例の“開かずの間”の扉がある廊下まで歩いて来ていた。
この倉庫群は美城プロ本館の奥にあり、現在では必要性の低い雑多な物をしまっておくような場所だ。
各部門の倉庫がひとつずつあったのだが、映像製作部門が一足先に大きな倉庫を用意して貰ったとのことで、
物置同然の部屋から新しい倉庫に全ての物を移したのが“開かずの間”の始まりである。
倉庫は主要な大きい廊下から脇に二回ほど曲がった先の行き止まりに固まっており、
倉庫に用が無い人物はそもそもこの場所を通る事は無いような立地だ。
周子が不思議そうに呟いた。
「物音を聞いた人たちって、この倉庫に用がある人がたまたま聞いたんだよね、きっと」
倉庫群の中の一つの部屋の前で立ち止まった都が答えた。
「間違いないですね。この廊下は行き止まりですからね。
……そして、この部屋はどうやらアイドル部門の倉庫のようですね」
僕の目線より少しだけ高い位置にプレートがあり、
そこにはアイドル部門倉庫とだけ書かれたプレートが貼ってあった。
「この部屋にちひろさんが……シッ!」都が口元に指を当てて静止した。
僕も周子も息を飲んで止まった。
早速、“開かずの間”の謎の物音が聞こえてきたのかと思って気持ちが昂ぶった。
聴覚に意識が集中していくようだ。
すると、アイドル部門倉庫の中から、カサカサと乾いた音が、
続いて細い息遣いのような音が僅かながらに聞こえてきた。
事務員のちひろがこの倉庫の中で荷物を整理中だということは
通りすがりの社員から聞いていたので、
この音の発生源は恐らく、アイドル部門倉庫の中で作業をしているちひろだ。
緊迫した空気を口から吐き出した僕達三人は、
ちひろにマスターキーを借りてきて貰うという頼み事をするためにここに来た。
だから僕は扉をノックしようとした。
いきなり扉を開けてしまっては、ちひろが驚くだろうと思ったからだ。
「ちひ――」しかし、僕の呼びかけは途中で遮られ、
叩こうと思った扉はすでに動き始めていた。
「ちひろさーん」
周子が唐突に扉を開けたからである。
たちまち、部屋の中の様子が僕達の目に入った。
扉を開けた周子、その肩越しから僕が、更に後ろから都が、部屋の中を見た。
少なくとも、僕が想像していた光景とは全く違った。
部屋にはステンレス製だと思われる三段の背の高いラックがいくつか並んでいて、
棚の段には大小様々なダンボールがしまってあった。
ダンボールの分かりやすい位置に、内容物がマジックペンで書き込まれており、
どこに何がしまってあるのかは明白だった。
何より、この倉庫は思っていた以上に管理が行き届いている様子だ。
ダンボールに積もった埃に目を瞑れば、だったが。
しかし、この光景は予想通りの倉庫であって、
僕が驚いたのは倉庫の使われ方が綺麗だということなどでは勿論なかった。
僕達の予想通り、ちひろが居た。
壁にもたれかかっているちひろは僕達を見て、口を開けたまま止まった。
言葉にならないという様子だ。
頬は真っ赤に色付き、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
そんなちひろに覆い被さり、壁に追いやる様にして、
武内Pがこれまた僕達を凝視しながら静止した。
ちひろさんの衣服は少しばかり乱れており、
二人のお互いの顔の距離も15cm未満の距離まで接近していた。
そんな男女が、僕達の乱入によって完全に動きを止めてしまったのだ。
まるで秒針が次の秒に進むのを躊躇っているかのようだった。
体感にしてたっぷり何十秒も経った気がしたとき、
「こ、これは壁ドンです!」
「違うの!」「違うんですッ!」
都の無慈悲な叫びと、それを否定するちひろと武内Pの叫びが重なった。
「いや、壁ドンでしょ」周子が続き、
「そ、そういうのじゃないの!」ちひろが否定し、
「す、すみません千川さん」武内Pが謝り、
「これ以上ないくらいの壁ドンです!」都が食い下がり、
僕は思わず噴き出した。
「ぷっはははは! ある意味、僕達三人で良かったですし、武内Pとちひろさんで助かった」
僕の言葉を聞いた皆は、どういうことか意味を理解しようとして口をつぐんだ様子だった。
狙い通りだ。
「もしもの話ですが、もしこの現場を目撃したのが前川みくさんだったらどうだったでしょう?
難波恵美さんだったらどうでしょう?
武内Pの相手が……例えばそうだな。
もし橘ありすだったとしたら重大な事件でしょう?
そしてもしちひろさんと武内Pではなくて、
CuPと佐久間まゆさんという組み合わせだったら、僕達は大いに反応に困っていたでしょう」
「もしものことを考えると、僕達とお二人がここで出会ったのは
最悪のタイミングではあっても、最高の組み合わせだったと思いますけどね。
そうは思わないかい、周子さん?」
周子が僕の言う事の行間を読むのに慣れているということも、
この混乱を素早く収めるのにプラスに働くという確信が僕にはあった。
「なるほどねー、組み合わせ次第によっては警察沙汰だった可能性があるわけか。
まぁー……良くて社会的立場の喪失とか?」
この言葉に顔を青くするちひろさんと武内Pに、周子は慌てて付け足す。
「ああ、いやいや、私達なら大丈夫。この事は絶対に言わないって。
私は応援するよー、祝福するよー」
都も続いた。
「そうですね、お似合いですよ。納得のカップルです!」
「……すみません」
この時までちひろと顔が近いままだった武内Pは、
謝りながらゆっくりと離れた。
「社会人としてお恥ずかしい場面をお見せしました……。
職場で、というのもさることながら、
アイドルの皆さんに自制するように言う立場である私がこのような……」
「武内Pさんのせいでは無いんです!」ちひろが勢いよく遮った。
「私の方こそ、軽率でした!
シンデレラプロジェクトが一段落付いたとはいえ、
まだまだ忙しいはずの武内Pさんを……そ、その……」
「えええっ! ちひろさんから誘ったの!?」
行間を読むのが得意な周子が言葉を遮った。
「千川さんのせいではありません!」
「いいえ、私が悪いんです!」
「ちひろさんカッコイイ!」
またこの場が混沌と化すような気がしてきたので、
僕はワザとらしい咳ばらいをしてから、都の肩に手を置いた。
「ゴホンゴホン、ではホームズ。
例え銃弾の雨に降られていたとしても、本題から入らないのはキミらしくないんじゃないかい?」
「君の言う通りだワトソン。この件は“開かずの間”とはそれほど関係なさそうだしね」
「お二人に聞きますが」場の混乱を収めようと、都もまた一回り大きな声で言った。
「この部屋に来てから、あちらのラックのダンボールを動かしたりしましたか?」
都は入り口に一番近いラックを指さした。
周子にからかわれて、青白くなっていたちひろと武内Pの顔はいくらか朱が戻っていた。
というより、今度は少し赤くなり過ぎていると思った。
「いえ、私はここの……このダンボールに用がありましたから」
ちひろが目線を向けた先には、少しだけ小さめのダンボール箱が床に置いてあり、
蓋のないその箱にはA4紙がビッシリと詰まっていた。
「なるほど、では武内Pは?」
「私は、書類に関して千川さんに質問がありまして、
ここにいらっしゃると伺いましたのでそれで……」
周子がにやつくのが横目に見えたので、脇を肘で小突いておいた。
都が質問を終えると「なるほど、変ですねぇ」と、ラックに近付きながら言った。
「都さん、何が変なのか教えてくれないか?
さっそく探偵らしくなってきたようだけど、
ワトソン博士の役割はストーリーテラーでもあるのだからね」
「見たところ、このラックに入ってるダンボールにも、
足元に積まれているダンボールにもですが、
中身がマジックペンによって書かれていますね。
これは事務所用の雑具で、こっちは仮眠室用の予備寝具、
こちらは宣材写真……ってこれ宣材写真ですか!」
僕も周子も驚いて、都に駆け寄った。
確かに、中身は写真の束が入っていた。
しかし、どの人物も見覚えが無い写真ばかりだ。
「それは確かに、宣材のようですが……」武内Pが首に手を当てながら言った。
「この事務所を辞めてしまった、もしくは移籍してしまった方々の物……だと思われます。
本来ならすぐに処分するものなのですが、どうしてここに……」
武内Pは振り返ってちひろを見た。
「私も知りませんでしたね。
随分古そうな物ですけど……他のPさん達からも聞いてませんよ?」
「ですが!
宣材写真は今回の“開かずの間”には全く関係なさそうです」
都の言葉に思わず滑ってしまいそうになった。
「関係無いんかーい!?」
珍しい周子のツッコミを受けて、都はぺろりと舌を出した。
「すみません、でもこのダンボールをしっかり見て下さい」
しっかり見て。
と言われ、僕もまじまじと一番手前のラックに入っているダンボール達を見た。
「んー……ここのラックは他のラックと比べて、あまり整理されていないように見える。
宣材が入っている箱の隣は寝具が入っている箱で、その隣は『事務所雑具』と書かれている、
雑具とは、ホワイトボード用のペンとかメジャーとかガムテープ、業者さんからもらったカレンダーとかのようだね。
それにこれは……何かの撮影の小道具、なのかな?
演劇の練習用かもしれないが……木でできた剣というか、杖というか、まぁそんな感じの物がある。
どちらにしろ、もう少し同じ種類をまとめて仕舞うべきなんじゃないかい?」
「さすが飛鳥くん。良く観察(み)ているではないですか」
「あ、私この流れ知ってるよ」周子が口を挟んだ。
「ワトソンは一見正しいところを見ているようで、実はちょっと違うって流れのやつだよね?」
僕はその言葉に、存外むっとしてしまったようだ。
「なら周子さんはどう思うんだい?」
「ふふん、まぁ年の功というヤツだと思うけどねー。
このダンボール、向きがバラバラだと思うんだ。
マジックでちゃんとダンボールの中身を書いているのに、
あっち向いたりこっち向いたりしてるでしょ?
マジックで書いた面を正面に向けておかないと、何が入っているのか分からないのに」
言われて、僕も気付いた。
悔しいが周子の言う通りだった。
他のラックに入っているダンボールは全て正面にマジックペンで内容部が書かれていた。
しかし、なぜかこのラックだけはバラバラだ。
全ての箱にしっかりとマジックで内容部が書き込まれているにも関わらず、
向きは考慮されていなかった。
都が叫んだ。
「惜しい!
ダンボールのおかしな点はそれと併せて……」
ここで、意外にもちひろから声が挙がった。
「なるほど、つまりこのダンボールを棚に入れたとき、
その作業者はそれに気付かないぐらい急いでいた。
もしくは気にしていなかった……。
もし武内く……プロデューサーさんなら――」
「武内“くん”?
たけうちくん~?」
「武内プロデューサー! 武内プロデューサーなら、
こんなに雑に物を入れるなんてことないですよね?」
「わ、私は確かに、もし自分が作業者ならば、
こういう点は気になります。
先輩方がこの倉庫に物を取りに来ることもあるかもしれないので、
整理整頓はしっかり行うべきだと思っていますから」
先輩方とは、CuP達のことだ。
確かに、仕事場が整理されていることは大事なのだろうと僕も理解できるが……。
「ですが、他のPさん達が武内Pと同じように整理整頓を心掛けているでしょうか?
僕が思うに、PaPとかはこういう仕事をぱぱっと適当に終わらせてしまいそうな気がします」
「しかし、先輩方なら尚の事、こういう点については私よりしっかりしているのではと思います」
武内Pの目線がまた、ちひろの方に向けられた。
「私もそう思いますね。
PaPは見た目は陽気そうに見えますけど、ああ見えて仕事は凄い真面目ですし。
そして、もし私のような事務員の方々なら尚更、
プロデューサー達の誰が何を探しに来るか分からない以上は
なおざりに荷物をしまうなんてことは無いと思います」
都が手を挙げて言った。
「Pさん達ならこのようなことはしない。
そして、事務員の方々もこのようなことはしない、ということですね。
ではお二人に質問しますが、最近この倉庫を使ったのは誰でしょう?
ご存知でしょうか?」
都の表情は、どこか自信に満ちていた。
この質問でどういう回答が返ってくるか確信しているかのようだ。
この質問にはちひろが答えた。
「最近……二カ月以上は誰も使ってないと思います。
それこそ、先程“開かずの間”という言葉が出てきましたが、
その時に鍵を失くしてしまったということもありましたので、
こういう部屋の鍵を総務部から借りるときには
今日の日付と持ち出す人の名前を書いておく紙が用意されているんです」
ちひろは続けて言った。
「そして、その紙に書いてあった以前の日付が二カ月前でして、
その時の人物は確かPaPだったはずですよ。
さっき私が鍵を借りる時にも紙に記入してますので、
間違いないと思います」
僕は話が先に進まなくて、堪えきれなくなってきた。
それが顔に出てしまっていたのか、
都が僕の顔を見てニヤリと笑った。
「ではでは、そろそろ答え合わせしましょうか。
私が見る限り、倉庫の入り口に一番近いこのダンボール、
特に寝具が入ったダンボールですが、
仮眠室用の寝具が入ったこのダンボールを、例えばPaPさんが二カ月前に動かしたのだと仮定しても、
この埃の量を見て下さいよ」
僕は言われてハッとした。
他のラックに仕舞われているダンボールは埃にまみれているのに、
都が指摘したダンボールは所々、埃が払われているようだ。
まるで誰かが触った跡が残っているような物もある。
「いいですか?
この埃の量から察するに、このダンボールに誰かが触れて埃が払われたのは
二カ月前よりもっと最近のようですね。
でなければ、拭われた埃の上にまた、放置された分の埃が積もっているはずです。
要するに、鍵を使用する時に記名するという記録に残らない形で、
この部屋を最近使用した人が他にいると思われます」
しかし、都は異を唱えた。
「勿論私も、鍵を使わずにこの部屋に入る方法を考えました。
天井を見て下さい、換気扇が取り付けてあるだけです。
そして、忍者屋敷のような反転する壁のような細工が施されているとは到底思えません。
床面も同様です。
そして、記録に関してですが、
忘れたわけではなく意図的に書かなかった可能性もあります。
総務の方々もずっと鍵の置き場に注視しているわけではないでしょう?
お昼休みとかはどうでしょうか?
鍵を持ち出そうと思えば簡単に持ち出せてしまうのでは?」
武内Pばかりでなく、ちひろの顔も曇った。
武内Pは言った。
「仮にそうだとした場合、ではその人物はこの部屋に何の用事が?」
都は飄々と答えた。
「寝具が用事だったとも考えられますし、このダンボール箱に用事があったとも考えられます。
そこで先程ちひろさんが言った推測なのですが、
つまりこの箱は急いでいた人が手に取ったんです。
入り口から一番近い位置にあるのは、このラックの箱なんですから」
僕達は当初の目的を武内Pとちひろに話した。
“開かずの間”の究明に乗り出したこと、マスターキーで“開かずの間”に入るには、
二人のどちらかにマスターキーを借りてきて貰う必要があるということだ。
アイドル部門倉庫の不審な点が見逃せなかったのか、
武内Pとちひろの二人は僕達に同行してくれることになった。
アイドル部門倉庫から出て、向かいに位置する“開かずの間”の扉の前で待っていると、
総務部から武内Pが戻って来たようだ。
今は完全に仕事モードの顔つきといった感じだった。
「安斎さん、マスターキーを借りてきました」
都は受け取り、鍵を差して扉を開けた。
「では皆さん、部屋に入って電気を付ける前に扉の位置からざっと中を見てみましょう」
それに一体なんの意味があるのかまるで分からないが、
僕達は都に従って見回してみた。
暗いので廊下から差し込む光だけが頼りだった。
部屋に差し込む光は、僅かな床面と、空気中の埃をキラキラと光らせるだけだ。
床に注目してみても、特になにか気になるような点は無かった。
都は言った。
「二カ月前、謎の物音の調査をしようとした総務部の人も、
恐らく今の皆さんと同じ気持ちになって、部屋の電気を付けたくなったでしょう」
僕だけではなく、皆もそう思っているだろうことは分かり切っていることだ。
「確かにそれが道理さ。
建物の中にあって、どの壁も外壁に面していないから窓もない。
この部屋に太陽光を取り入れる方法は完全に無いわけだ。
だから、部屋の電気を付けなければ、闇に包まれた部屋を調べることはできない」
「飛鳥くんの言う通りです。では電気を付けましょう」
都がスイッチを切り替えたとき、部屋の蛍光灯は全て点灯した。
先程より鮮明に目に映るようになった部屋の様子は、こうだ。
八畳間程の部屋で、窓は一切なく、
荷物と呼べるようなものも全くなかった。
何もない部屋だ。
プラスチックのようなタイル状の床面は、相変わらず何もおかしな点はないようだったが、
部屋の隅に、一匹の蜘蛛が天井に足を向けて引っ繰り返っているのを見つけた。
壁もシンプルに白い壁紙で、おかしいと思う点は見当たらない。
天井には蛍光灯と換気扇、天井裏に入るための点検用の扉があった。
周子がはしゃぎながら言った。
「見て見て! 天井のあの、よくある点検用の扉!
この部屋は鍵が無くても出入りできるんやない!?」
「まぁまぁレストレード警部」都は周子をなだめながら言った。
「まず私たちは、二カ月前の総務部の人の気持ちになって考えてみましょう。
謎の物音を調べるために、マスターキーで部屋を開けた総務部の……A氏としましょう。
A氏はこの部屋をざっと見て『異常なし』と思いました」
異常らしい異常など何もない。
しいて挙げるなら、蜘蛛の亡骸ぐらいだろうと思った。
武内Pが都の言葉に同意した。
「確かに、もしA氏と同じ立場として考えれば、
私もこの部屋に異常があるとは思えません」
都が質問した。
「では、物音がしたというのもこの部屋ではない、という物音への結論に関しては?」
「そう思うのが妥当だと思います」
「そうでしょうそうでしょう」都は満足そうに頷きながら、
入り口で屈みこんでポケットから虫眼鏡を取り出した。
そして、入り口から数歩程のところまでをじっくりと観察し始めた。
「都さん、確かホームズがそうするときは
大体タバコの灰や足跡を調べるときのはずだったと僕は記憶しているが」
「その通り、三カ月も放置された床の上には埃が積もってるはずですし、
足跡があっても不思議ではありません」
「それで、足跡はあったのかい?」
言いながら、僕も屈みこんで床面を凝視してみた。
その時、僕は違和感に気付いてハッとした。
僕が驚いたのと同時に、都がつぶやいた。
「面白いことに、埃もない。
埃がないですよ、皆さん」
皆も慌てて床面をまじまじと眺めた。
「ホントだ、掃除……されてる?」
周子も気付いたようだ。
ちひろが全員の疑問を代弁した。
「でも、おかしいですね。
鍵が紛失している部屋をわざわざ掃除した人がいるってことになりますよね?
だったら……あそこでお亡くなりになってる蜘蛛は……」
皆の視線が、今度は蜘蛛の亡骸に移った。
「ちひろさんの疑問は最もです」都が続けた。
「もし誰かが気を利かせて掃除をしたのだとういうのなら、
あそこの蜘蛛も掃除されていて然るべきです」
「まぁ、掃除する人も気持ち悪くてスルーしたんじゃない?」と周子が言った。
僕も、密室で天寿を全うしてしまった蜘蛛を哀れみこそすれ、
掃除しろと言われたら気が進まない。
周子は続けて言った。
「それに、掃除をし終わった後になって、蜘蛛があそこで死んじゃったのかもね?
だったら、別におかしいところはないと思うけど」
周子の言う通りだと思い、僕達は頷いた。
しかし、都だけはニヤリと微笑んで、蜘蛛の亡骸に近寄っていった。
そして手に持った虫眼鏡で、蜘蛛を観察し始めた。
「周子さんの仮説は、掃除した後に蜘蛛が死んでしまったということですね?
なのだとしたら、蜘蛛さんの下も埃がなく綺麗になっているはずです。
ですが……見た限りでは蜘蛛の周りだけ埃が積もっていますね。
ついでに、蜘蛛さんも埃まみれです」
「だったら、やっぱり掃除する人も気持ち悪いからってスルーしたってことじゃないかな」
「ふむふむ、現状から判断するとその可能性は高いでしょう」
都は立ち上がって振り向き、まだ入り口で固まって突っ立っている僕達に言った。
「では、謎の物音を探る前に、謎の掃除人について考えてみましょう。
どうしてこの部屋を掃除する必要があったのでしょう?
ちひろさん、アイドル部門倉庫の掃除は誰が担当しているんです?」
「年末にアイドル部門担当の人たち、つまり私やプロデューサーさん達で掃除しますね」
「年末というと、半年近く前ということになりますね。
この“元”映像制作部門倉庫ですが、普通に考えると最後に掃除をしたのは
三カ月前、倉庫の引っ越しをした時と考えるのが妥当ですよね。
ここの荷物を新しい倉庫に移すついでに、床や壁を雑巾で拭く、ぐらいならしたかもしれません。
ということなら、掃除をしたのは映像制作部門の人達でしょう」
「きっとそうだと思いますよ」
「では……映像制作部門の人が、最近にもこの部屋の掃除をするでしょうか?
アイドル部門倉庫なら年末に一回、つまり年一回掃除するのが通例となっているのに、
三カ月前に掃除したにも関わらず、最近になってもう一度掃除するものでしょうか?
しかも、蜘蛛さんのご遺体はスルーするような、適当な掃除ですよ?
さらに、もうここは“元”倉庫で、映像制作部門の人たちが利用する部屋ではありませんよね」
武内Pが唸った。
「確かに、それはありえそうにないですね……」
都はすぐさま言った。
「だとしたら、誰が掃除をしたのでしょう?」
僕も周子も、考えてみたがはっきりとは思いつかなかった。
誰かが気まぐれに掃除するような部屋ではない。
ましてや、マスターキーを借りてまで部屋を掃除するだろうか。
「ということは……」僕は行きついた結論を口に出した。
「失くした鍵を拾った誰かが、何らかの目的でこの部屋に入って、
何らかの理由で掃除した……」
もやがかかった曖昧な結論だが、こう考えるしかない。
皆もそういう結論に至ったらしいが、肯定するには材料不足のようだ。
しかし、都だけはビシッと僕に親指を立てて叫んだ。
「流石ワトソン、君はやはり素晴らしいな!」
それを聞いたちひろが、ひとりごちた。
「私も役柄が欲しいですね……」
「僕は、一番ありえるという可能性を口にしたまでさ。
だけど……犯人、と便宜上呼ぶが、
犯人は何のためにこの部屋を掃除したんだい?
それに、“開かずの間”の鍵を拾ったのを黙っている理由は?」
僕は都に質問した。
「では、ホームズに習って作業仮説を立てましょう」
都は得意げに腕を組んで語り始めた。
「まず、鍵を拾ったのは美城事務所の関係者に他なりません。
部外者が美城事務所内で鍵を拾ったのなら、早急に届けてくれるはずです。
もし持っていたとしても、部外者の方なら使い道もないでしょうしね。
……ということで、犯人は身内ということになります。
次に、鍵を拾った犯人の行動についてですが、
その犯人は、拾った鍵が“開かずの間”の鍵であることを突き止めました。
もし拾った人がこの部屋に何も興味を惹かれなかったのだとしたら、
今頃“開かずの間”の鍵は無事に総務部に返却されていたことでしょう。
しかし、この部屋に入った犯人は、この部屋を有効活用する方法を思いついたようですね。
自分以外には入る事が出来ない部屋ということになりますから。
……ですが、犯人は目聡く気付きました。
埃まみれの床の上に、自分の足跡が付いてしまいました。
このままでは、誰かが何かの拍子のこの部屋を訪れたとき、
床面にある足跡を見て、人の気配に気付いてしまう可能性がありました。
実際に、総務部のA氏が物音を確認するためにこの部屋に訪れていますね。
ですが、A氏は部屋をざっと見て、部屋の隅に蜘蛛が転がってるのを発見し、
物音を発生させるようなものはないと思って部屋を後にしたわけです。
でもA氏に落ち度はありません。
私や飛鳥くんは床を凝視して、埃がなく、掃除されていることに気付きましたが、
ただ物音の正体を確認しに来ただけなのだとしたら、
床に埃が積もっているかどうか、部屋が掃除されているかどうかなんて気付きませんしね。
しかも、蜘蛛の亡骸が転がっているとなれば尚更です。
誰かがこの部屋を使っているように思えません。
すみません、ちょっと息継ぎを」
都がふぅと一息吐いている間に、武内Pが呟いた。
「なるほど……確かに掃除をしていなければ、
A氏も足跡に気が付いたかもしれませんね」
「ええ、犯人もそう考えて、掃除をして綺麗さっぱり足跡を消したのだと思います。
蜘蛛をスルーしたのは……まぁ、そこまで掃除する必要はないと思ったのでしょう。
結果として、より荒涼とした雰囲気が醸し出されたということになりました。
……ですが、この蜘蛛さんは私にダイイングメッセージを残してくれました。
先程調べた通り、蜘蛛さんの周りだけ埃にまみれていましたが、
それはつまり、三カ月も部屋を放置すれば、床には埃がつもるということの証明です。
ですが、三カ月放置されたはずの他の床面には埃がない。
ということは、掃除されたということの証明になります」
都はまた一呼吸置いたのち、蜘蛛の方を見て続けた。
「さらに言えば、小さな彼は見たところハエトリグモのようですが、彼らは巣を作らずに歩いて獲物を探します。
そして、蜘蛛というのは小さな隙間なら軽々と通り抜けられる生き物です。
しかし、皆さんが立っている入り口の扉を見て下さい。
扉の下の部分は隙間が無くなるように段になっています。
また、この部屋には窓が無く、蜘蛛にとっても密室だった可能性があります。
蜘蛛の餌になる虫も入って来そうになく、この部屋から出る方法も無かった蜘蛛は、
悲しいことにここで息絶え、その体にも埃がつもっている……そう考えると、
この蜘蛛は三カ月前、この倉庫が使われなくなった時に閉じ込められた可能性があります。
そして、出られないまま二カ月程彷徨ったのだと思われますね。
ということはつまり、犯人はここ最近になるまでこの部屋をそれほど使用していないのでは、と考えてます。
もし仮にもっと前から何度も入り口の扉が開くことがあれば、
蜘蛛にもこの部屋を出るチャンスがあったはずですからね。
我々が思っている以上に、蜘蛛は賢いです。
空気の通り道を察知して、そこから出入りできる可能性を模索するだけのことは出来る生き物です」
周子は感嘆した。
「すごい……凄いよ都ちゃん!」
「えへへ、それほどでも」
言葉とは裏腹に胸を反りかえらせている都は、
それでもまだ目に宿る探求心がくすぶっているように見えた。
「というわけで皆さん。
この部屋を使用している人物がいるようです。
現状として、ここの部屋を無断で使用しているのは褒められた行いではありません。
よって、私はやはり、この人物を特定したいと思っています」
僕は一つ、解決されていないことを指摘した。
「犯人を見つけるのは同意するが、物音の件はどうなるんだい?
君の先程の推理によると、犯人がこの部屋を使い始めたのは最近のようだ。
しかし、物音が聞こえたのは二、三カ月前の出来事。
A氏が確認しにきたのも二カ月前だし、物音は犯人によるものとは考えられないようだけど?」
僕の疑問にも、都はすぐに答えた。
「確かに、使い始めたのはここ最近のようです。
ですが、鍵を拾ったのは物音が聞こえ始めたと言われている時期でしょうね。
犯人は、この部屋で物音が出るようなことをした可能性は捨てきれません。
しかも、物音で話題になった当時、
この扉を開けたのは数回、片手で数えられる回数以下だったと思います。
もっと頻繁に扉を開けていれば、先程の通り、蜘蛛が脱出出来ていたかもしれません」
「僕が思うに、蜘蛛の行動を推理に流し込むのは少し不確定要素が強いんじゃないかな?
そこの蜘蛛も、もしかしたら生前は鈍感なヤツで、脱出出来る機会を何度も何度もふいにしていたかもしれない」
「まぁ、勿論そうなのですが……今考えられる仮説、ということでそこは目を瞑って頂きたいです。
あくまで推理作業をまとめるための仮説、ということですよ」
「まぁ、そういうことなら……」
都の自信溢れる目を見ていたら
僕の方が些か事を解明するのに性急過ぎたと思った。
「すまない、僕の心の底はどうしてもリアリストだし、天邪鬼かもしれない。
都さんの推理に文句を付けたかったわけじゃなかったんだ」
「良いのですよ飛鳥くん。ワトソン博士もそういう立ち回りですからね。
……まぁ、ホームズの推理を真っ先に疑うのはレストレード警部の方が適任かもしれませんが」
部屋の中に入って、壁をまじまじと見詰めていた周子が驚いた様子で振り返った。
「あ、ごめん! 私?」
「いえいえ、ところで――」都は周子に歩み寄て、周子が先程見詰めていた壁を眺めながら言った。
「周子さん、何かおかしな点は見つかりましたか?
私も、次に何か証拠を探すなら、壁を見てみようと思っていました」
都のその言葉を聞いて、僕と武内P、そしてちひろも部屋に入って、
壁を食い入るように見つめた。
先程感じた通り、白い壁紙には特に違和感はない。
先程から推理の核として頻繁に出てくる“埃”についてはより一層注目したが、
壁にもある程度の埃が付着しているところを見ると、
犯人は壁の掃除まではしなかったようだ。
ちひろが言った。
「壁は埃で汚れていますね。
私が見た限りでは」
武内Pが頷くのが見えた。
しかし、首に手を当てながら壁を眺める武内Pが、動きを止めて一点を注視し始めた。
「都さん、すみませんがこの壁を見て頂けますか」
「プロデューサーさん、何か見つけましたか?」
都がトテトテと武内Pに近付いて、彼の脇に立った。
直後、これまた大きな声で都が叫んだ。
「これは! この部分だけ埃が無いですね!」
武内Pが見つけたその証拠はこういうものだ。
壁一面埃で汚れているはずなのだが、
その部分だけは縦に5cm、横に12、13cm程の長方形の形に埃が無くなっていた。
境界線は非常にくっきりとしている。
まるでそこの埃だけを削り取ったように見え、
床から120cm程の高さに、その長方形の跡が残っていた。
「素晴らしいです武内Pさん!」都が興奮して叫んだ。
「腰ほどの高さなのに、よく見つけましたね!
なるほど、120cmから130cmの高さ、縦幅は50mmの長方形……」
興奮する都の所に集まった皆は、
その跡に見覚えがある気がしたはずだ。
僕も、この跡を見れば、どういう物が貼ってあったのかすぐに思いついた。
「これはガムテープが貼ってあったみたいだ。
大きさ的に、丁度良いと思うのだけど?」
「飛鳥くん、鋭いですね。私もそう思いました」
ちひろが言った。
「埃が付いてないということは、最近剥がされたということですよね?
映像制作部門で倉庫として使っている時から既に貼られていたのか、
それとも犯人が必要に迫られて貼ったのか分かりませんけど、
少なくとも最近剥がされたから、埃がなくて、跡の境界線もはっきりとしているということですかね」
「ちひろさんも素晴らしい観察力です。
埃の有る無しの境界線がぼやけていたとしたら、剥がされてから時間が経っているかも推察できますが、
これほど埃がある所と無い所がはっきり確認できるということは、
遂最近に剥がされたと見て間違いない」
都は言いながら、その後に指を滑らせた。
「ふむ、更に付け足すのならば、倉庫として使われていた時から
ガムテープを張りっぱなしにしていたとすれば、
粘着物が時間によって溶けだして、もっとベタベタしていたかもしれません。
それにこの部分だけ、壁の色と違っているという可能性もありました。
ですが、この跡はまだサラサラとなめらかですし、見たところ壁の色がここだけ違うということもありません。
つまり、貼ったのも剥がしたのも最近の出来事のようです」
周子が天井を見やりながら言った。
「だけど、私が怪しいと思ってる天井の点検口より遠いね。
この壁の反対側の、向こうの壁の方が点検口と近いのに、こっちにこんな跡があるなんて」
「まぁまぁレストレード警部」都がまた、なだめるように言った。
「天井を調べる前に、もう少し壁を見てみましょう。
もしかしたらまだ何かあるかもしれません」
結果として、壁の怪しい点はここだけのようだった。
全員でくまなく調べたので、見落とした証拠もないだろう。
しかし、この間でちひろが見つけたことが一つあった。
部屋の四隅の床面は、掃除が甘いらしく、
角は特に埃がつもっているのを発見した。
都が言うには、足跡を消すための掃除なので、
四隅までは掃除する必要が無かったからだろうということらしい。
総務部のA氏のように、誰かが点検のために部屋に入ってきたとしても、
隅に埃がたまっているという点について不審がられることも無いと犯人が思ったのだろう、ということだった。
「そして、遂にこの時がやって参りましたー!」
周子が言うように、満を持して天井を調べることになった。
換気扇と天井口という要素がある天井は、
周子だけではなく、誰もが何かを期待していた。
「じゃあまず、武内Pさんにお願いがあるのですが、
私を肩車して頂けませんか?
天井に虫眼鏡を近づけようにも、私は天井まで距離がありますので」
「分かりました」
何の躊躇も無く行われるその行為に、
少しだけドキリとしたのは僕だけじゃないだろう。
周子とちひろも、言葉に出さずともそう思ったに違いない。
「では、いきますよ。大丈夫ですか、都さん?」
「ええ、そのまま……お願いします」
周子の口が何かを言いたそうに口をむずむずとさせているのが見えたので、
肘で小突いておいた。
武内Pが立ち上がると、
都は天井に付くのではと思う程高い位置にまで揚げられた。
「まずは換気扇ですが……」肩車という不安定な姿勢なので、
都は結局虫眼鏡を使えない状態になってしまっているが、
それでも問題無い様子で、換気扇の状態を呟いた。
「これは……カバーもフィルターも結構汚れていますね。
年末以降掃除されていないのでしょうから、仕方ないとは思います。
ですがまぁ、不審な点はなさそうです」
都の言葉を聞いた武内Pは、
点検口の下まで移動した。
「お待ちかねの点検口ですが……」
都は何かに気付いたようで、目が大きく見開いた。
次にくる大音量の叫びに、僕は意識を集中させた。
「スイッチです! 武内Pさん、スイッチですよ!」
「はぁ……スイッチですか?」
肩車をしている武内Pは上を見上げる事が出来ないので、困惑した声で返した。
「そうです、スイッチが一つありました!
質問しますが、この点検口はこのスイッチをスライドさせて扉を操作するものですね?」
都が言いながら触れたのは、点検口の横にある小さな棒状のスイッチだ。
点検口を使った事は無い僕でも、それが都の言う通り、
扉をロックしている機構だというのは何となく知っていた。
「ええ、私も詳しいわけではないですが、そうだと思います」
「ですがこのスイッチ、裁縫用の白くて細い紐が輪っかのように縛って取り付けられています。
業者の方はこういうことをしないと思いますが!?」
武内Pは頷いた。
「ええ……そのようなことをするとは聞いたことがありません」
周子がパチンと手を叩いた。
「やっぱり! その輪っかに何かを引っ掛ければ、
そのスイッチを操作するのも簡単だよねー。
つまり、犯人がそういう改造をした、ということだよね?」
ちひろが都を見上げながら指を差した。
「すみません都ちゃん。点検口は多分、ビスのようなもので止められているはずです。
扉を開けるにはビスを外して、スイッチをスライドさせるはずですが、
私にはビスが無くなっているように見えます。
ちょっとその小さな穴を確認してみてください」
都はすぐに穴を確認して、答えた。
「ちひろさんの言う通り、どうやらこの穴がビスを差し込む穴なのは間違いないです。
ですが、どうやらビスは取り除かれてますね。
ということはつまり、このスイッチを操作すれば点検口がすぐに開くように改造されてますね!」
「じゃあ早速開けてみよう!」周子も叫んだ。
僕も今までの曖昧な証拠ではなく、
明らかに人為的なこの証拠を前にして興奮してきた。
周子の言葉を聞いて、都は頷き、
スイッチをスライドさせた。
それだけでは扉が半開きになるだけのようなので、
都はスイッチを片手で固定したまま、開きかけた扉を下に引っ張った。
部屋の中から見る天井裏は真っ暗だったが、
そこに異様な物があるのが見えた。
丸まったロープのような、縄の塊のようなものが見えたのだ。
「これは、あっ!
縄梯子ですね!」
「な、縄梯子!?」
僕だけではなく、周子もちひろも武内Pも一同が全員叫んでいた。
「そのようです、梯子を降ろしてみましょう!
犯人はこの部屋ではなく、この部屋の天井裏に用があったようですね!」
都は天井裏に顔を突っ込んで、がさごそと音を立てて動いた。
そして、都が縄を掴んで引き下ろすと、丁度床面すれすれまでに縄で出来た梯子が垂れ下がった。
周子がそれを見て、「警察の特殊部隊や」と呟いた。
武内Pの肩から降りた都は、更にその手に長い棒状の物を持っていた。
「天井裏にはこの筒以外何もありませんでした」
皆の視線がその筒に集まった。
都がすばやく分析しながら呟いた。
「これはどうやら、ダンボールで出来た筒のようですね。
長さは120から130cmといったところでしょうか。
太さは直径15cm、頭にマイナスドライバーの先端だけが筒に対して垂直にガムテープで取り付けられています。
ということはつまり……」
都が天井に向けてその筒を掲げて、
点検口のスイッチに縛ってある輪っかに引っ掛けた。
それを見ていた周子が言った。
「なるほどねー、ドライバーが見つかったってことは、ビスを回したのもその筒を使ったみたいだし、
今度はドライバーを横に取り付けて、その先端をスイッチの輪っかに引っ掛けて操作するための棒でもあるわけだ」
しかし、都は首を振った。
「はい、ですが……用途としては少し違うかもしれません。
もしこの筒で点検口のスイッチをスライドさせても、
さっき私が開けた時のように、点検口は半開きになって止まります。
なので、更に半開きの点検口を開けるために、点検口の扉を引っ掛けるような道具が必要です。
もしかしたら、まだ上に道具があるかもしれません。
……ですが、この棒があることで一つ分かりました。
犯人はこの点検口を開けるために、
何か台のような、脚立のような物を用意出来ないがために、
こういう道具を用意したのだということです」
武内Pが肯定して続けた。
「ええ確かに、皆さん程の身長では当然ですが、
私の身長ですら点検口には手が届きません。
だからといって、脚立や台のような物を用意してしまえば、
この部屋には収納が無いので、台や脚立を隠すことは出来ないでしょう。
この部屋に誰かが入って来た時、そういった物が見つかれば真っ先に疑われていたはずです。
総務部のA氏がここに原因不明の物音を確認しに来たときに、
そのような物が置かれていたとなれば、
A氏も点検口を確認しようとしたでしょうね」
僕は天井裏の深い闇を見詰めた。
犯人は誰にも悟られないように、天井裏で何をしていたのだろうか。
入念に道具を用意し、自分の痕跡は出来る限り消し、
仮に誰かが部屋に入っても“開かずの間”には何もないということを演出しながら、
天井裏では何をしていたのだろう。
ちひろが顎に手を当てて唸った。
「うーん、もし仮に、という話なんですけど、
この状態で、一人で点検口を開けるにはどうしたらいいんでしょうか?
そういう道具はあるにしても、脚立が無ければ到底出来そうにないと思いますけど」
ちひろの疑問については難問だったし、
複数犯の可能性もちらついてくる以上、重大な問題でもあった。
僕はちらりと都の方を見たが、
彼女の自信満々の目を見る限り、どうやら答えは出揃っているといった様子だった。
「ふふん、私は分かったよ。ワトソン」
都は僕の目を見て、言わんとしたことの答えを先に述べた。
「ですが、折角ですから皆さんも考えてみてください。
ホームズも言ってますね。
ワトソン、君も僕を真似して考えてみたらどうだ?」
都はそう言って、腕を組んで胸を張った。
「なるほどね」僕は大げさに肩をすくめて言った。
「なかなか悔しいことを言ってくれるじゃないか。
意地でも答えを見つけてやるって気持ちになったよ。
周子さんもそうでしょう?
武内Pもちひろさんも、僕が答えに辿り着くまでは
付き合って下さいますよね?」
僕の言葉を聞いた三人は、難しい顔をして頷いた。
僕だけでなく、三人もまた答えをだすために思考を巡らせているようだ。
僕はそんなとき、シャーロックホームズの一文を思い出した。
「……そういえば、ホームズはこんなことも言っていたはずだ。
物事を考えるためにも、口に出して誰かに説明するのは良いやり方だ、ってね?」
「はい、ありましたね」都は頷いた。
「では、僕はその手法を選んでみるよ。
まず第一に、床が掃除されていたことと、蜘蛛の亡骸。
これらの証拠が示すのは
『何者かがこの部屋を使用しているにも関わらず、自身の存在を隠ぺいしている』
ということへの証明に繋がっている。
では次に、壁にあったガムテープの跡だ。
あれは犯人が何か理由があってテープをあそこに貼った跡のようで、
その理由というのは分からないまま放置されていた。
次に天井口のスイッチについてだ。
これは裁縫用の細くて白い紐で輪っかが作られていた。
……なるほど、部屋に入って電気を付けて見回しても、
あれぐらい細くて、更に白い糸とあれば見逃してしまうだろう。
おまけに天井の高い位置にある点検口のスイッチとくれば、注目する人もそうはいないはずだ。
犯人はこういうところも気を付けているようだね。
その上で、あえてそのままこの紐の輪っかを縛ったままにしているということは、
点検口を開けるために、この紐の輪っかがある方が便利だという事だ。
とにかく、この紐に何かを通してスイッチをスライドさせれば――」
この時、僕は一つの疑問が浮かんだ。
「都さん、あのスイッチだが、あれはスライドすると固定されるのかい?
それともバネのような力で、指でスライドさせていない限りは自動で戻るようになっているのかい?
スイッチを押さえておかなければ、バネで元に戻るという機構なら、
尚更脚立でもないと大変な作業になると思うんだが」
「すみません、伝え忘れてました。
あのスイッチはバネ式のようです。
点検口の扉を開ける正式な手順としては、
まずビスを外す、そしてスイッチをスライドさせて指で固定する、
扉が半開きになるので、スイッチを固定したまま、もう片方の手で下に引く。
こういう手順で開けるものだと思います。
そして、スイッチをスライドすると扉が少しだけ開くようになっていましたが、
あの手応えから察するに、スイッチを戻すと半開きだった扉も閉まってしまう。
そういう機構なのだと思います」
「つまり、脚立も無しにその手順を踏むのだとしたら、
まずビスを回す為に、ドライバーを取り付けた棒状の物、つまりさっき見つけた筒でビスを回して外し、
スイッチをスライドしたまま固定しておくために、また先程の筒を片手で操作して、
更に半開きの扉を下に引っ張る道具をもう片手に持ち、
という作業が必要になるわけだね?
でも……ビスの場合は一度外してしまえばそれまでとはいえ、
点検口を開けるために毎回こんな面倒なことをしていたとは思えない。
もし僕だったら、スイッチのスライドをあらかじめテープか何かで固定しておくはずだ」
「いえいえ、それだと点検口は半開きになったままになってしまいます。
誰かが何かの拍子に部屋に入った時、例え天井だったとしても
すぐに目を惹いてしまうでしょう」
「ああ、それもそうか。
……僕が考え付くことは犯人も考え付くはずだ。
逆に犯人が考え付くことは僕にだって考え付くはずだ。
では、やはりあの輪っかを使ってスイッチを片手で操作して……――」
俯いて唸っていた周子が、
ハッと顔を上げて言った。
「スイッチをスライドさせたまま固定するんだから、
何か紐のようなものをスイッチに巻きつけて……。
壁にガムテープの跡があったでしょ?
スイッチに巻いて引っ張って来た紐を、さっきの壁にガムテープで固定すれば!」
僕は思わず叫んでしまった。
「そうか! そうすればスイッチをスライドさせたまま固定できる!
……と思ったけど、天井にある棒状のスイッチに、
どうやって床から紐を巻き付けるんだい?」
周子は一瞬考えて、肩をがっくりと落としながら言った。
「あ……あー、そりゃあんた、マジックハンドみたいな道具使ったんやない?」
僕は自分が重大な矛盾を抱えていると感じて、
今、自分が言った事を心の中で反復した。
天井にある棒状のスイッチに、床からどうやって紐を巻き付ける?
「ちょっと待った」僕は矛盾に気付いた。
「もう一度言うけど、どうやって床に立った状態で
点検口のスイッチに紐を巻き付けるんだ?
犯人はどうやって、あのスイッチに輪っか状に紐を巻き付けられたんだ?
がんじがらめにするならまだしも、輪っかの形に整えるなんて……」
「ああっ!」
今まで俯いていた武内Pが、
突然大声で叫んだ。
都の大声と比べると迫力があり、それは天と地ほどの違いがあったので、
僕達は全員、床から数センチ飛び上がる程驚いた。
「アイドル部門倉庫のダンボールの箱は、
埃が払われていたんですよね?
中には手で触ったような跡が残っている箱もあった。
しかもその箱は、誰かが急いで慌てて戻したかのように、
マジックで内容物が書かれているにも関わらず、
それぞれがバラバラの向きで仕舞われていた……!
他のラックにしまってある箱とは違って、
入り口から一番近いラックにしまってあるそれらの箱だけが……。
その箱の中には確か、事務所用の雑具としてガムテープ等も入ってましたよね?」
武内Pの言葉に、僕は興奮して同意した。
「そ、そうだ! その箱か!
都さんもさっき言いましたよね!?
アイドル部門倉庫の鍵は総務部で管理されているとはいっても、
あくまでその管理の仕方は紛失に対しての対策だ。
総務部も誰かが無断で持ち出すことは想定していない。
つまり、アイドル部門倉庫の鍵を持ち出すことそのものは可能かもしれない」
僕と同じように興奮している周子が、僕の言葉に割って入った。
「なるほど、そうか! だから犯人は無断でアイドル部門の倉庫の鍵を持ち出して、
その箱を“開かずの間”に持ってきたんだよ!
仮眠室用の寝具が入っているダンボールなら、
中は毛布とかだったんだろうし、箱を足場に出来ると思う。
他のダンボールに同じく寝具を詰めれば、
ダンボール箱が三つ、四つ分の足場が用意出来るはず!
それで点検口の扉を開ける為に色々と改造して、
縄梯子を設置するところまで急いで作業して、
今度は急いでアイドル部門倉庫にダンボールを戻したというわけね」
ちひろは先程から冷静なようだったが、
「なるほど、それならアイドル部門倉庫のダンボールの件については
説明が付きますね。
入り口から一番近いラックに入っている箱が、乱雑だったのも納得がいきます。
今までの作業の間にアイドル部門倉庫の鍵が必要な人物が
いつ現れるか分からないから、
無断で鍵を使用している手前、とにかく急ぐ必要があったというわけですね?」
皆と同じように、口数が増えているところをみると、
同じく興奮している様子だった。
僕はちひろの言葉を引き継いで、まくしたてるように言った。
「点検口の細工は、足場があれば楽勝なんだ。
まず、ダンボールで作った足場に上ってドライバーでビスを外した。
次にスイッチに紐で輪っか作って巻き付けて、スイッチのスライドを指で操作して固定した。
すると半開きになるから、点検口を開け、
縄梯子を点検口の傍に固定して、床からでも引っ張り降ろせるように簡単に丸めておいた。
後は点検口を天井に戻して、床の埃の上についてしまった足跡を掃除すれば、
注意深く観察されるようなことが無い限りは、至って異常の無い部屋に見える状態になったわけだ」
都が突然、僕の言葉を遮った。
「では、では次に点検口に上がりたいと犯人が思った時はどうするんです?」
僕が先程、言い掛けていたことの続きを言った。
「犯人は足場を使わずに点検口に上がるための細工を、
アイドル部門の倉庫にあるダンボールを足場に使って成し遂げた。
予めビスを外しておいて、スイッチに輪っかを取り付けて、
点検口に縄梯子を設置するということだ。
こういった改造を施した状態の点検口を、
床に立った状態で開けるためには、
多少面倒ではあるけれど、先ほどのドライバーが張り付けてあった筒を使えば良いんだ。
スイッチにある輪っかにそれを引っ掛ければスイッチをスライドさせられるし、
後は半開きの点検口を引っ掛ける道具がもう一つあれば点検口は開く。
開けることが出来れば、縄梯子を道具で引っ張って降ろせばいい。
……だけど問題は、天井裏で見つかった道具は、
ダンボールの筒にドライバーが取り付けられているこの筒一本だけ。
ここでしか使わない道具だと思うから、
天井裏に全ての道具が揃っていてもおかしくはないと思うんだけど……」
ちひろがぽつりと言った。
「そういえば、まだちゃんと天井裏を探していないですよね?
さっき都ちゃんがちょっと入っただけですから」
都が頷きながら答えた。
「そうですね、私は手元にあるこの筒だけ持って降りてきましたが、
もっと奥には、飛鳥くんの推理通りの道具がもう一本ぐらいあるかもしれません。
余りにも暗かったので、ライトになる物を用意した方が良いでしょう」
「……そういえば、そうだね」周子がニヤリと口をゆがめた。
「ちょっと白熱して、ラストステージに上がるのを忘れてた。
じゃあ、武内Pとちひろさんは待ってて。
ここは私達三人が――」
周子が言い掛けたが、都は首を振った。
「いえ、お二人で見に行って下さい。
上は狭いですから、お二人でギリギリといったところでしょう」
垂れ下がった縄梯子をぐいぐいと上った僕と周子は、
手に持ったスマホのライトを点灯させて、辺りをぐるっと見回してみた。
埃っぽい熱気が充満していて、
汗と制汗剤の混じった匂いに包まれた。
しかし、見えてきた光景は、
期待していたものと違っていた。
というのも、断熱材だと思われるもの、部屋の骨組みのようなもの、
そして換気扇の空気の通り道だと思われるエアダクトのようなものに、
蛍光灯の配線だと思われるものが詰まっていそうなケースのようなもの、
とにかく、それっぽいものがたくさんあるのだが、
それ以外には特に何もなかった。
僕の推理によれば、手に持てば天井にまで届くような
長い棒状のような物が一つ見つかる算段だったが、
それも見つからなかった。
「犯人は何のために天井裏に上ったんだろう?」
同じ光景を見て、目に見えて落胆している周子がそう呟いた。
僕も周子と同じ気持ちだった。
心底がっかりした。
独り言の一つや二つでも呟きたくなった。
「何もない。
そんなわけないだろ?
点検口に上がるために縄梯子まであったんだ。
何もない所に縄梯子なんて用意してどうする?
見るではなく観察(み)るんだ……。
見えているのは何もない天井裏、
だけど観察すればそれは……」
僕はあちこちにスマホのライトを当てて観察(み)た。
……ただ空中を漂っている埃がキラキラと光っているだけだ。
どこに行くともなくフラフラと空気中を彷徨う埃が光って見えているだけだ。
少しだけ空気の流れを感じた。
天井裏というものは、居住性を考慮していないので、
あらゆる隙間がそこら中にあるからだろう。
蜘蛛の亡骸を思い出した。
空気の通り道を探すことが出来る賢い生物だ。
天井裏には隙間もあるようなので、
あの蜘蛛も天井裏にまで来られたのなら生き延びて脱出することも出来たかもしれない。
ハエトリグモという名前だったはずだ。
あの蜘蛛を家でも見たことがあった気がする。
天井をそろりそろりと歩いているのを見たはずだ。
重力を無視して動くその姿はまるで忍者だ。
「待てよ……」
「どうしたの、ワトソンちゃん」
「蜘蛛は空気の通り道を探して、“開かずの間”の密室から脱出する機会を探したはずさ。
僕が“あの彼”だったら……いや、蜘蛛の気持ちになるなんて笑っちゃうけどさ。
僕が彼だったら、換気扇と点検口は空気の通り道だと思ったはずだ。
つまり、床で扉が開くのを待つより、
天井で換気扇と点検口の近くにいる方が動物として正しいんじゃないか?
勿論蜘蛛だから、天井から感じる二つの空気の通り道が、
それぞれ換気扇と点検口だということは知りもしないだろけど、
空気の流れは間違いなく、天井にいる方が感じられたはずだ。
しかし、結局彼が待ち望んだ脱出路は開かれることは無かった。
換気扇から空気の流れを感じていたのにも関わらず、彼は死んでしまった。
きっと最期まで自分は正しいと思ってただろう。
……動物っていうのは必死に考えて、最善を選ぶ生き物だ。
周子さんも聞いたことがあるだろう?
最善を選べないのは人間だけだってさ」
今だから言わせて貰うが、
僕はこの時、本気で恥ずかしげも無く言い放っていた。
「理解(わか)ったよ……“開かずの間”の正体が!」
僕は、天井裏の奥、
限りなく漆黒の闇が広がる空間に向かって、
ライトモードにした状態のスマホを、そっと投げ込んだ。
僕が投げだスマホは光を辺りに撒き散らしながら、
天井裏の奥に飛んで行った。
だが、途中で柔らかい物に当たったかのように弾き飛ばされ、
物理法則を完全に無視したかのように僕の方へ跳ね返ってきた。
まだその奥に空間が広がっているように見えるのに、
スマホは跳ね返ってきたのだ。
「そこに居るのは誰か知らないが、
こんなに狭い所で汗をかくほどじっとしていたのなら、
そろそろ息も詰まってくる頃だろう。
恐らく君は、僕達が“開かずの間”に入って来た時からずっと、
天井裏から出て来れずに潜んで居たのだからね」
僕は闇に向かって問いかけた。
周子の方を振り向けば、綺麗に整ったその顔を僕に向けて、
信じられないといった表情をしていた。
「いやー、残念だな。結局見つかっちゃったかぁ」
「面目有りません。我が忍法、破れたり……」
聞きなれた声が二つ、闇の中から帰って来た。
未だに、そこに誰かが居るとは思えないほどに真っ暗だが、
間違いなく、その闇の中からくぐもった声が聞こえてきた。
下から都の声が聞こえてきた。
「飛鳥くーん、結局誰だったんですか?
美城プロのアイドルは皆個性的なものですから、
結局最後まで犯人は絞り切れませんでしたよー!」
「今行くよ!」
僕は叫んだ。
「二人とも、僕のスマホがそっちに落ちてるから拾って降りてきてくれ。
……それにしても、二人組だったのか。
それはそれは、さぞかし暑かっただろうね。
汗だくにもなるだろうさ」
縄梯子を伝って降りてきた僕達は、
都、武内P、ちひろが待つ部屋まで降りてきた。
周子が頬を膨らませて言った。
「結局、ワトソンちゃんに美味しいとこ取られた。
労せずして美味しいとこだけは頂いて行く私っぽくないなー」
僕は至ってクールにしているつもりだったが、
内心はしてやったりと大喜びだった。
都の目を見る限り、
花を持たせてもらったという気持ちもあるにはあるが、
何はともあれ、雲を掴むような出来事に決着がついて清々しいのは変わらなかった。
「ワトソン、レストレード、お疲れのようだな。
ブランデーでも飲もうか? それともタバコで一服するか?」
「僕が中年の紳士だったら、どちらも頂いていたところだよ」
「同じく私もー。
天井裏あっついわー……」
僕達とは違って、
降りてきた二人の犯人は完全に意気消沈していた。
それもそうだろう。
ちひろも武内Pも、二人の表情は随分と険しいものだった。
この顔を見れば、これから先どんな風にお叱りを受けるか火を見るより明らかだった。
双葉杏も浜口あやめも、肌を汗でしっとりとさせたまま、
俯いて武内Pの言葉を待った。
と思ったが、一番最初に話しかけたのは都だった。
「なるほど、あやめさんが持っているのは刀傘ですね?
随分と傘の部分が黒いようですが……。
もしかしてこれは、艶消しの塗料でしょうか?」
「おおっ! 都殿の仰る通り、原田殿や拓海殿といった、車用塗料に詳しい方々からの助言を頂きまして、
試行錯誤の末に完成したのがこの『村正』です!」
刀傘とは、刀の柄と鍔のような持ち手になっている傘のことのようだ。
『村正』と呼ばれたその刀は、傘の部分が真っ黒に塗装されていた。
暗闇の中で目を凝らして二人が見えなかったのは、この傘の裏に隠れていたからだ。
僕もついその名に心が躍ってしまうが、武内Pの顔を見て思い留まった。
「上から聞こえてたと思いますが、
それでは、この村正が“二本目の道具”ですよね?」
都の問いに、あやめは素直に首を縦に振った。
「そうです。お察しの通りです」
二本目の道具、と言われて、
僕は自分の推理が間違っていなかったことを知った。
つまり、杏がドライバー付きの筒でスイッチをスライドさせて、
半開きの扉を開けるのには、あやめの『村正』を引っ掛けたようだ。
ということは、点検口を開ける作業は、
元々一人でやることを想定していなかったということだった。
都はそれにも気づいていたのだろうか。
一人でやるには面倒な作業だが、
二人でやる作業だと言うのなら簡単なことだっただろう。
一人でやるには面倒な作業だが、
二人でやる作業だと言うのなら簡単なことだっただろう。
遂に武内Pが深いため息の後に言った。
「ふぅ……まず、私から言わせて貰いたいのは、
天井裏の点検口がどうしてこのように面倒な方法でしか開けられないか、ということです」
思っていたよりも変化球寄りの武内Pの言葉に、
全員が面食らった。
「良いですか? これは誰もが簡単に出入りできるようにしないという工夫です。
もしこういうところに入り込んで、怪我でもしたらどうなりますか?
中に居る時にたまたま、病気で具合が悪くなったらどうなりますか?
ここにいる私も、千川さんも、都さんでさえ、
あなた達がこんな所にいるとは想像も出来なかったのです。
もしあなた達二人がこんな所に潜り込んで居た時、地震や火事が起きたらどうですか?
誰もあなた達がどこにいるか分からないとなれば、
私だけでなく、CuPやCoP、PaPも心配するでしょう。
勿論、アイドルの皆さん全員が、心配します。
……アイドル部門の倉庫の鍵を無断で借りたようですが、
これには間違いありませんか?」
あやめが手を挙げて答えた。
「私が……私がしました。
すみません」
杏が付け足すようにつぶやいた。
「私がやるようにお願いしたんです。
すみませんでした」
武内Pはその言葉を聞いて、一拍置いてから続けた。
「……では、ここの鍵を無断で所持しているのも間違いありませんか?」
杏がポケットから鍵を差し出した。
「はい、持ってます」
「……お二人とも、安全をないがしろにすれば、私は今日のように怒ります。
それ以外のことでしたら、私は怒りません。
言っている意味が分かりますか?」
「はい」「分かります」
「では、鍵の件については不問としますので、
今後はこういう所で遊ぶのは止めて下さい。
何かあってからでは遅いですから」
武内Pは、“開かずの間”の鍵を手に、
部屋から出て行ってしまった。
ちひろが面白がっているような表情で、武内Pの背中を見送った。
そして武内Pが部屋から出ていった時、杏とあやめに振り向いて微笑んだ。
「……ふふ、私の推理が正しければ、
二人とも、もうちょっと怒られるって心配してたんじゃないですか?」
杏が大きくため息をついて言った。
「はぁー……そりゃ、武内Pって大きくて怖いじゃん?
今まで武内Pに本気で怒られたことある人いないみたいだし、
どんな風に怒られるかと思うと縮みあがったよ……」
「確かに、肝が潰れるかと思いました……。
ですが、確かに私たちは自分の身の安全について何も考えていませんでしたね、杏殿」
杏が同意する。
「確かに、平穏無事に寝ていられる場所を見つけたと思って喜んでたけど、
危ない場所だって認識はなかったかもしれない」
微笑んだままのちひろも、頷いて言った。
「武内Pさんの言いたかったことが、ちゃんと伝わっているようで安心しました。
では、私もそろそろ――」
ちひろが踵を返したその瞬間、
杏がとんでもないことを言い出した。
「それにしても良かったよ。クビにされるかもしれないって時のための、
とっておきの『切り札』をきる必要はなくなったみたいだ。
ねぇあやめちゃん?」
あやめの顔が、途端に首まで真っ赤に染まった。
「あ、杏殿! ちひろ殿と武内殿の件は内密に……ハッ!?」
あやめが部屋の入り口を見て息を飲みこんだのを見て、
僕達も釣られて部屋の入り口へ振り向いた。
そこには、あやめぐらい顔を真っ赤にした武内プロデューサーが、
身体を震わせて立っていた。
一体何事かと思案したが、
都の顔もまた赤くほんのり染まっているのを見て、
アイドル部門倉庫での一幕が脳裏に浮かんだ。
周子が空気を読まずに発言した。
「あっ、なるほど換気扇か!
アイドル部門倉庫の天井にも換気扇はあったよね。
隣の部屋とはいえ、ダクトを通ってこっちの天井裏にも聞こえてきてたってわけね?
ははあーん、なるほどなるほど!
武内くんも大変ですねぇ」
周子の顔を見るに、面白がってわざと空気を読んでいないのは明白だ。
行間は読めるのに空気は読めない人物が居るとは聞いたことがない。
「……っところで杏ちゃん。
二人はどこまでやってたの?
私たちが来た時には壁ドンしてたけど、壁ドン」
「塩見さん!」「周子ちゃん!」
武内Pもちひろも顔を真っ赤にして叫んでいた。
「それがさ、武内Pも『好きです、ちひろさん!』って言ってたよ」
「ふ、双葉さん……」「杏ちゃん……」
もう手遅れだと悟って、
武内Pもちひろも項垂れて呟いていた。
「まぁ音声だけだったけどさ、あの音声から想像するに、
そりゃもう濃厚な感じでこう、“ぶちゅーっ”とあったに違いない!
ねぇ、あやめちゃんも聞いてたでしょ?」
「あ、ああああ、杏殿!」
――――――――――――――――――
「こんな素晴らしいキャンディーを貰える私は、
きっと特別な存在なのだと感じました」
何やら特別そうな飴玉を口に頬張りながら、
杏は満足そうにつぶやいた。
「杏殿、わたくしにもお一つ頂きたく」
「今では私があげる番、あやめちゃんにあげるのはもちろんヴェルタースオリジナル
なぜなら、彼女もまた特別な存在だからです」
「ああー、杏ちゃーん、私にもいっこくれへんー?」
「頭脳労働の友、糖分ですね! 私にも下さいな!」
“開かずの間”での事件から間もなくして、
あの時のメンバーがたまたま事務所に居合わせることになった。
僕はやれやれと肩を竦めて言った。
「武内P、ちひろさんコンビも、杏さんあやめさんコンビも、褒められたことはしていない。
なのに、杏さんが武内Pに飴玉を買ってもらう結果に収まったのは納得いかないな」
「この飴玉はそういう賄賂的な物とは違うよ。
ただ武内Pとちひろさんが日頃の労いとして私に買ってくれただけだよ」
「それが欺瞞であると僕が気付けないと思って言っているのかい?」
「まあまあ、飴玉どうぞ。
それにしても、都ちゃんにはしてやられたなぁ」
「まるでシャーロックホームズのようでした!
わたくしも読んだことぐらいはありますよ?」
「レストレード警部としては、私も役割を演じきれたかな?」
「へぇ、周子さんはレストレードだったの?
じゃあ私はモリアーティ教授になろうかな」
「杏さんが教授なら、これからもまだまだ対決がありそうですねぇ。
次もご協力願いたいな、ワトソン!」
都のこの言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
「ははは、これからも対決するなら、ワトソン役は勘弁してくれ。
僕は割と言葉遊びで忙しいんでね」
杏から手渡された飴玉を口に入れて、
僕はあの事件のことを思い出した。
結局、杏が“開かずの間”を占拠したかった理由は、
ぐーたらしてても誰にもバレない場所だったからだ。
三カ月前、偶然“開かずの間”の鍵を手に入れた杏は、
早速、一人で倉庫の部屋の中でゴロゴロしていたらしいが、
ある日、外が騒がしいことに気付いたので、噂話を収集してみると、
『開かずの間で謎の物音が聞こえる』という噂が立っているのに気付いた。
このままではこの倉庫も安全ではないということに気付いた杏は、
一時期、開かずの間への出入りを控えるようにしたらしい。
廊下の突き当りという立地条件とはいえ、噂が経てば誰かがやってくる可能性も増えたからだ。
しかしある日、どうしても開かずの間の、
誰にも絶対に邪魔されないという最強の部屋を諦めるのは惜しいと感じた杏は、
天井裏ならば安全だと思い、
そういう場所に詳しそうな忍者アイドルである浜口あやめを仲間に引き入れた。
あやめとしても、忍者として頼られることが単純に嬉しかったことと、
折角手に入れた忍者グッズである縄梯子が有効活用出来るということもあり、
杏の申し出に協力することを決意。
持ち前の忍者ステルステクニックを駆使して、
総務部にさり気なく潜入、アイドル部門倉庫の鍵を持ち去り、
後は僕達が推理した通りのようだ。
杏が廊下の見張りをしつつ、
あやめがアイドル部門倉庫からダンボールをいくつか持ち出し、
今度は二人でダンボール箱を足場にして、
開かずの間の天井裏に潜伏する準備を行い、
部屋の痕跡も出来る限り消した。
蜘蛛は触りたくないから放置したらしい。
――因みに、壁に合ったガムテープの跡は、
杏が天井裏を使おうとする前、そこにスケジュール表をガムテープで張り付けていたらしい。
そして、天井裏からは仮眠室用の予備寝具が一組出てきた。
つまり杏は、アイドル部門倉庫に仮眠室用の予備寝具があることもリサーチ済みだったわけだ。
杏もあやめも、結構満喫していたようである――
とのことだった。
しかし、結局のところ謎の物音は解明されずに謎として残ってしまった。
開かずの間にいた杏が、部屋でゴロゴロしていただけでは物音が出た可能性は低く、
総務部のA氏が考えた通り、どこかの音が反響なりなんなりして、
開かずの間から聞こえているように錯覚してしまった、という結論が一番真実のように感じられた。
我らが名探偵である安斎都も、
この物音に関しては『分からない』として諦めた様子だった。
この一連の話の中で、都が『分からない』まま問題を諦めるのが、
僕は少しばかり不思議に思ったが、
この“開かずの間”の事件の中で唯一、命を落としてしまった彼に習って、
僕は空気を読んでこれ以上追及するのを止めることにした。
なので最後は悔し紛れに、この言葉で締めくくろうと思う。
「それに、僕はあの一連の出来事で理解(わか)ったよ……。
真実は都さんだけのものだってね」
安斎都の冒険『開かずの間』完
依頼出して来ます
おっつん
乙です
面白かったけど物音の謎がわかんなくてもやもやするw
>>59
物音の謎は
都が『わからない』と諦めたことを飛鳥が疑問視しつつもスルーしているというのがヒントの一つです
ですが確定できる情報が無く、推理物としてもやもやしてしまう状態にしてしまったのは僕の反省点ですね
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