勇者山本一樹(26) (248)
新しい、って言葉は人をワクワクさせる力がある。
今、俺のバッグの中には新しく買ったゲームソフト。当然ワクワクしてる。
これで俺が小学生ならば、きっとソフトを開けて説明書を読み耽っていた頃だろう。
ただ、ここは親の車の中じゃなくて、電車の中。公共の場だ。
26のおじさんがそれをやるには少し勇気と恥を捨てる覚悟が必要だ。
要は人目が気になるし無理。
このゲームをやるために明日明後日は休みを取っておいた。
そのせいでここ数日は残業続きだったけど。
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こういう時はやたらと家が遠く感じる。
電車もっと早く走れよ。おらそこ乗ってくんじゃねえ。
俺の最寄り駅まで誰も乗り降りするな。
早く帰らせろ。
そんな理不尽な願いはもちろん届かず、それどころかいつもより電車は混んでた。
むわっとした熱気が車内を包む。暑苦しい。
「そいえばさーあのゲーム今日発売じゃね?」
「え、マジ!?今日財布持ってきてねーよ・・・最悪・・・」
近くにいた男子高校生たちの会話が聞こえた。
きっとこれのことを言っているんだろう。
残念だったなクソガキども。
俺がお前らの分も楽しく遊んでやるから感謝しろ。
とりあえず降りるな。
大人気なくそんなことを考える。
このゲーム自体は発表されて、もう数年が経っている。
確か俺が入社してすぐに発表されていたから、4年ほどか。
そこから延期に延期が繰り返され、遂に今日に至ったわけだ。
「なんだっけ、超すげえんだっけ」
「なんかそんな宣伝してたなー」
頭の悪そうな学生たちだ。
ちらっと様子を伺う。あ、あの詰め襟の紋章見覚えある。
俺の母校の生徒だった。なんか悲しくなる。
「あ、これこれ。”最高峰のグラフィックと最品質の音楽、最高のRPGをあなたに”だって」
「なんかありきたりだな」
「ようはやべーすげーってことだな」
「そだな」
身も蓋もない。けど、確かにそうかもしれない。
改めてそう言われると、ちょっと普通すぎる気もする。
まあでも、PVとかシステム紹介を見て俺は気に入ったんだ。
気にしない気にしない。
「お降りのお客様はお忘れ物がございませんように・・・」
高校生たちの会話を聞いているうちに、降りる駅に着いていた。
やるじゃん。ちょっとだけ褒めてやる。
駅を出て、自転車を全力で漕いで家に向かう。
食材はもう買い溜めておいた。お菓子とペットボトルの用意も。完璧だ。
今までにない速さで服を脱ぎ捨てて、ジャージに着替える。
逸る気持ちを抑えて、説明書を取り出す。
最近は説明書がペラッペラのゲームが多くて悲しい。
説明書をじっくりと読むのが楽しいのに。分かってないな。
残念ながらこのゲームもそれに漏れず、説明書は操作方法3ページ程度で終わっていた。
少し残念な気持ちになったが、割り切ろう。
ゲームが面白ければ何の問題もない。
ハードにゲームディスクを挿入する。
ウィーン・・・という読み込み音。
聞いていると、なんだか無性に眠たくなった。
世界がぐにゃりと歪んで、真っ暗に
。
ふと目を覚ます。周りは真っ暗で、何も見えなかった。
「君の性別は?」
急に聞かれる。めっちゃ声かっこいい人に。
これが、頭がしっかり働いていたらもっとちゃんと考えられたんだろう。
でも、この時は頭がぼんやりしてたから馬鹿正直に答えた。
「男ですけど」
「ふむ、男で良かったかな?」
「見ての通りですけど」
なんだこのおっさん。
というか誰だ。
「それじゃあ、君の名前を教えてもらおうか」
「いや、誰だよあんた」
「いや、誰だよあんたで良かったかな?」
「よくねーよバカ」
マジで何なんだこいつ。
「山本一樹です」
「山本一樹で良かったかな?」
「いいよ」
なんとなく嫌な予感がする。
そういえば、知らないおじさんに名前を聞かれても教えちゃいけないって小学校の時に習ったな。
やべえハイエースされちゃうかも。
こんなおじさんが?
いや、ねえか。
でも、どういう目的で聞かれたんだろう。
もしかしたら怪しげな契約かもしれない。
「それでは、勇者山本一樹よ。これからの至難の旅を乗り越え、魔王を倒すのだ!」
は?今なんて言った。ちょっと待て。
視界が急に明るくなる。と言うか、真っ白で何も見えない。
また意識を失う。
自分はゲームやるため休みとるくせに、ゲームを話題にしてる学生を頭が悪そうだと見下すって
一事が万事どういう神経してんだコイツ
やべーやべーしか言ってないからじゃないすかね
目を覚ます。ケルト風のBGMが聞こえる。
何があったんだっけ。
ゲームを買ってきて、帰ってきて起動を待ってる間に眠くなって寝ちゃったのか。
寝ちゃったのか俺!?
ゲームする時間が削れた。それはまずい。
そこまで考えて、気付く。
どこだここ。
レンガ造りの部屋。中はシンプルな木製の家具が並べられている。
部屋の隅にはかまどの火が灯っていた。
いや、おかしい。
俺の部屋はこんな西洋風でもないしおしゃれでもない。
レンガじゃなくて微妙に黄ばんだ白の壁紙だし、家具だってニトリで安かった黒いテーブルと座布団だ。
かまどなんて論外。あるわけねえだろ。
大きく深呼吸して、もう一度考えてみる。
ここは、どこだ。
さっきあった出来事を思い出す。最後の言葉。
”それでは勇者山本一樹よ。これからの”
”勇者山本一樹”
・・・マジ?
これは、あれか。よくラノベとかである異世界転移ってやつか。
もしそうだったら怪しげな契約なんてレベルじゃねえな。
クーリングオフ効くかな。
辻褄は合う気がする。でも納得は出来ない。
だって、ありえねえし。
いくら技術が進歩してて、VRがどうとか言ってる時代でもこれはないだろ。
でも、ドッキリとか仕掛けられるような人間でもないし。
俺どうしたら良いんだろう。
軽快なBGMが妙に気に障る。
・・・というかこれもだよ。
どっから掛かってんだこのBGM。
後ろから聞こえてくる。けど、後ろを振り返っても誰もいなかった。
改めて自分のことを見直すと、服装も変わってた。
高校の頃の体育用ジャージじゃなくて、ゲームとかに出てくる町人Aとかの服だ。
もうわけわかめ。
頭がパンクしそうだ。
一回落ち着こう。
ベッドから起き上がって、洗面所を探す。
なかったらどうしようかと思ったけど、ちゃんとあった。
冷たい水でおもいっきり顔を洗う。
顔を上げると、鏡にはいつもどおりの俺が映っていた。少しだけ安心する。
そして、その後ろに民族楽器を演奏するおっさん2人と、カメラを構えた妖精みたいなの。
「誰だお前ら!?」
慌てて後ろを振り返っても誰もいなかった。
相変わらず後ろの方から音楽が聞こえる。
もしかしたら俺の頭はおかしくなったのかもしれない。
それかこれは夢なんだ。
もう一度顔を洗って、顔を上げる。
鏡には、やっぱりいつもどおりの俺と、一生懸命楽器を演奏するおっさん2人。妖精1匹。
なんだろう。もう、どこから突っ込めばいいのか分からない。
千歩くらい譲って、俺はゲームの世界に入り込んでしまったと認めよう。
こんな舞台裏俺は見たくなかったぞ。
このおっさんたちも仕事で頑張ってるんだろうか。
今月の給料は多かった、とかで一喜一憂してるんだろうか。
世知辛いな。
なんともやるせない気分になる。
なんでそんなところばっかり現実的なんだよ。
魔法の力でほいほいーみたいな感じにしとけや。
俺のツッコミは誰にも届かなかった。
これで後ろのおっさんたちが食いついて来られてもそれはそれでやりづらい。
「そうなんだよ、今月実は結構きつくてさ・・・」
みたいな。俺もお、おうってなっちゃうよ。
BGMが盛り上がりどころに差し掛かって、演奏に力が増す。
おっさんたちの顔の赤みも増す。
頑張れおっさん。俺は応援してるぞ。
そこでちょっと気になることが出来た。
これ壁に背中あわせたらどうなんの。
やってみよう。
ごり。
がっ、ごごご、ごり。
背中にめっちゃカメラ当たってる感触がある。
あ、尻に当たった。痛い。
ゲームとかで壁際に寄った時を思い出す。
カメラが不安定になって、背中とかがズームされる。
あれってこういう状態だったんだな。
壁から背を離す。
カメラが当たらない、痛くない。
また一つ舞台裏を知ってしまった。
複雑な気持ちになる。
さて、どうしたもんか。
ここが何処なのか未だによく分かんないけど、少なくとも俺が住んでたところとは違いそうだ。
何をしたらいいのかもわからないし。
取り敢えず外に出てみよう。
~Holly Land~
外に出ると、あのイケボのおじさんが耳元で囁いた。
ビビる。横を見てももういなかった。
無駄に発音良いのが腹立つな。
怒りを抑えて、辺りを見渡す。
煉瓦造りの街並み。所々に吊り下げられている黒いランプは街灯だろう。
少し歩くと、石煉瓦の道がコツコツと小気味の良い音を立てる。
柔らかい風が道を吹き抜ける。
どうやら今の家は大通りに面していたらしい。
道が真っ直ぐと、城まで伸びているのが見えた。
そしてBGMが、ケルト風から優美なオーケストラに。
少しぶらついてみる。
車は世界観に合わないからか、見かけなかった。
たくさんの人が広々とした道を歩いている。
現代社会ではなかなかお目にかかれない光景だ。
基本的には西洋ファンタジーの世界をモチーフにしているらしい。
ゲームではよく見るけど、実際に歩いたことなんてなかったからすげえワクワクする。
歩いていると、知らない人でも関係なく声をかけられた。
「当ててやろうか?誰かに、スイート・ロールを盗まれたかな?」
誰だよお前。そんな辛気臭い面してねえよ。
というかこの国そんな治安悪いのかよ。
先行きが不安だ。
あと、スイート・ロールってなに。
歩いていると衛兵にも声をかけられた。
「昔はお前のような冒険者だったのだが、膝に矢を受けてしまって・・・」
そうか、頑張れよ。
俺冒険まだしてねえけどな。
まああっちの世界だと、せいぜい仕事での業務連絡くらいしか話さなかったわけだし。
久しぶりに会話するのは楽しかった。
情報を集めてみる。
・・・・・・
チュートリアル的なおじさんがいた。
「メニューを開きたい時はStartボタンを押すんだ。ん?何の話かって?まあ君は気にしないでいいよ!はっはっは!」
気にするわぼけ。
というか操作主とかいねえから、俺以外聞いてねえよ。
どうしよ、流石に手元にコントローラーないし。
頭の中でコントローラーをイメージして、スタートボタンを押してみる。
周囲の動きが止まって、目の前にウィンドウが出る。これで良いんだ。
とりあえず持ち物をチェックしてみる。
[装備] 町人の服
[持ち物] なし
・・・服だけって。
悲しい気持ちになる。
所持金は辛うじて500ゴールド持ってた。
通貨単位はゴールドらしい。安易だ。
設定画面もあった。
とりあえずカメラ感度を上げる。特に効果は感じられなかった。
あらかた街の人と話して、疲れた。
美味しそうだったカフェに入って、メニューにあった牛乳とスイート・ロールとやらを頼む。
出てきたのは、フレンチクルーラーの従兄弟みたいなやつ。
段々が付いてない代わりに高さが増してて、なおかつ砂糖がよりたっぷりかかってる。
カロリー高そうだ。
これはケーキのように食べれば良いんだろうか。
フォークを使って、外側から切り崩して一口齧る。
・・・うまいけど甘いな。
あれだ、ミニスナックゴールドみたいな。
こういう食べ物は食べていると喉が渇く。
一緒に頼んだ牛乳に口をつける。
素朴な味。砂糖菓子とはまた別のほのかな甘味。
渇いた喉を冷たい牛乳が通り抜ける。
たまにはこういうのも悪く無い。
スイート・ロールを食べながらここまでに聞いた話を整理してみる。
なんか使えそうな情報あったっけ。
ヘルゲンがドラゴンに襲われた、防具は装備しないと意味がない、ぼくはわるいスライムじゃないよ・・・。
どれも使えねえな。
というか魔王とか勇者とか一言も聞かなかったんだけど。どうなってんのこれ。
窓から外を眺める。けど、外は曇が出てきていて中の方が明るかった。鏡のように、後ろが映って見える。
8人のおっさんが頑張ってオーケストラしてるのがチラッと見えた。
・・・無視しよう。気にしない。
結局、収穫といえばコントローラーが使えるくらいか。
一度家に帰るとしよう。
~勇者の家~
扉を開けると、またイケボのおっさんが囁く。
マジでイラっとする。
もうちょっと説明してくれても良いんじゃないか。
自由度が高いとかじゃなくて、何の説明もないのは困る。
あ。
本棚調べてない。
RPGの鉄板なのに。
家には本棚が3つあった。多過ぎる。
並んでいる本を見る。
"悪魔の証明" "びっくりモンキーでもわかる経済学"
"あの勇者様が実はゾンビだったなんて!3巻" "魔王と勇者の関係 #1"
うわ、露骨。
他の奴じゃなくてこれ読めよ、っていう恣意を感じる。
あえて、あの勇者様が!を読んでみよう。
・・・クソつまんねえ。3ページで投げた。
おとなしく魔王と勇者の関係読もう。
"百年に一度、魔の力が強大になる。
魔の力が強大になる時、光の水晶玉が輝き、勇者を示すだろう。
勇者は女神の加護を受ける。
身体能力が増強され、死すらも乗り越える。"
ありきたりだ。多分今がその百年目なんだろうな。
で、水晶玉が俺を示す、と。
他のページは歴代の勇者の紹介や、日記やらが出ていた。興味はない。
次読んでみよう、次。
隣の本棚をチェックする。
"びっくりモンキーでもわかる帝王学" "ねむれるもりのぷぷ"
"アルゴニアンの侍女 第1巻" "アルゴニアンの侍女 第2巻" "魔王と勇者の関係 #2"
あったあった。
"魔の力が強大になるとき、魔の物が王を擁立する。
その者、魔王と呼ばれる。
魔王は特別な力を持つ。
勇者の力でないとその身に傷はつかない。
また、魔の物を召喚することも出来る。
召喚される魔物は魔王によって異なるようだ。"
今度は各魔王の情報。
これ面白い。攻略本的な。
思わず読み耽る。
全部読み切ってしまった。面白かった。
過去に17回魔王が現れているらしい。
そんだけ湧いてたら一回くらい世界征服出来てそうなもんだけどな。
17回全部失敗してるから、街の人達も話題にしないんだろうか。
最後だ。
最後だ。
"アスタルテ" "スパイダー実験メモ" "スライムでもわかるさんすう" "魔王...者...関... 3"
3巻目だけ異様に古びていた。
表紙は変わらないから、多分これだと思うんだけど。
"魔...倒れ......き、......も....る。
2人......世を....い...滅...る
た......一......け転...成......た勇......ると.......
そ......由は.........かと......って......"
うん。ぜんっぜん分かんない。
まあいいや。
今日は色々ありすぎて頭が疲れた。寝よう。
もしかしたら、起きたら戻ってるかもしれないし。
ベッドに潜り込む。
スイミンマホウ!
あっさりと眠りn
聞き馴染みのある音楽で目を覚ます。
てーれーれーれーれってってー。
起きたら顔を洗う。いつもの習慣。
と、そこで気付く。
後ろのおっさんが1人しかいない。
しかもBGMが暗い。
これは、あれか。
寝てる間にイベント進んだやつか。
切なそうな表情をしたおっさんがハーモニカを吹き狂う。
かっこいいぞおっさん。
哀愁を感じるぞ、やるなおっさん。
は?
~Holly Land~
イケボのおっさんはもう無視だ。
外に出ると、空は厚い雲に覆われていた。
街の人たちも不安げな表情をしている。
「聞いたか?魔王が出たらしいぞ・・・」
「本当!?勇者様早くお助けを・・・」
あ、はい。
このゲーム、ちょっと前から思ってたけどクソゲー臭がする。
これがプレイヤーとしてやってたら間違いなく積んでる。
そんなことを考えていると、衛兵に声をかけられる。
「む、貴様。その顔は・・・」
そう言うと、手元の紙と俺の顔を見比べる。
なんとなく察した。
「や、やはりそうだ!ちょっと王城までご同行願いたい!」
意識が途切れる。え。
~国王城~
おっさんの囁き声で目を覚ます。
石煉瓦造りの大広間。過度すぎず、質素すぎない装飾品。ワインレッドのカーペット。
壮大なBGM。
そしてカーペットの先には玉座。
道の脇には兵士が並んで控えている。
「山本一樹よ。魔王と勇者の話、君は知っておるかな」
「はい」
「それは話が早い。光の水晶玉が次の勇者を示した。それが・・・君だ」
まあ、想像通りだ。
「決して軽いものではない。魔王討伐の任・・・頼めるかな?」
魔がさす。いいえ選びたい。
「いいえ」
「なんと、無理だと申すか?」
「はい」
「なんと、無理だと申すか?」
あ、これ無限ループだ。
「いいえ」
「それでは魔王討伐の任・・・頼めるかな?」
「・・・はい」
「よくぞ言ってくれた、勇者山本一樹よ!
魔王を討伐した際には、我が娘セーラとの婚約を約束しよう!」
ここで一つ、重大なミスに気付いた。
俺の名前めっちゃ浮いてる。
和だし。フルネームだし。
あの時の自分を悔やむ。
というか男じゃなくて女選べば性転換までしてたのか。そしたら顔どうなるんだろう。
後悔先に立たず。
どうしようもない、諦めよう。
切り替えは早い方なのだ。
「それでは、ささやかではあるが魔王討伐に赴く勇者、山本一樹に武器と金を用意した。使ってくれ」
あれか、棍棒と50ゴールドとかか。
ゴミカスみたいなやつを押し付けてくるのか。
大臣的なおっさんが宝箱を持ってくる。
つるりとした頭に汗が見える。
なんでわしが・・・みたいな表情をしてた。
確かに、もっと下のやつに持ってこさせてもいいと思う。
宝箱を開ける。
「この国では騎士団長しか持っていない鋼の剣と5000ゴールド、魔法の袋を用意しておいた。励んでくれたまえ」
この国王、有能だ。やるじゃん。
剣を手に取る。
こういう物は結構重いと、ネットで見たことがある。
ぐっと力を込める。
でも予想に反して軽々と持つことが出来た。
女神の加護、とやらなんだろうか。
兵士たちが羨ましそうな目で見てるのを感じる。
なんかごめん。
魔法の袋は、見た目ただの巾着袋だった。
口を開けて中を覗いてみてもやっぱり普通の巾着袋だ。
「魔法の力で、どんな大きなものでもしまうことが出来るぞ。
取り出したいときは念じながら手を入れると取り出せる」
あらなんて便利な。
試しに、手に持っている剣を中にしまう。
するりと袋の中に入る。
口に引っかかるようなサイズのところは、近付いた時に勝手に縮まった。
魔法ってなんでもありなんだな。
「いくら勇者といえど、一人旅では厳しかろう。城下の酒場で仲間を募集すると良いぞ」
これはテンプレ通りだ。
仲間か。どうしよ。
「あ、あとこれ。勇者の証じゃ。旅先で使うと良い。
魔法の力がかかっておるから、悪意があるものには使えんぞ」
おまけみたいな感じで渡される。
これ大事なものだろ。
手の平大の、金属製の板に紋章が掘ってある。
なんか、コースターみたいだ。
腰に着けてる袋に放り込む。
「よし、それでは勇者山本一樹よ!魔王を、頼んだぞ!」
締まらない名前だ。
微妙にやるせない気分になる。
意識が遠くなる。
あ、これ移動のt
~Holly Land~
おっさんの囁きで目を覚ます。
ホント寝覚めが悪いからやめて欲しいこれ。
移動の時は毎回、気を失うらしい。
暗転の舞台裏はこうなっていたのか。辛い。
とりあえず国王に言われたとおり、酒場を目指すことにした。
昨日色々回っているときに見かけたから、場所は分かっていた。
西部劇のような、両開きの扉。
ジョッキに入ったビールのマークが描かれた看板が吊り下げられている。
中に入ると、それなりに賑わっていた。
まだ真っ昼間なんだけどな。
この世界は昼間から酒を飲んでも何も言われないらしい。
「あぁ、やっぱりハチミツ酒はいいな・・・」
「こっちにはミートシチュー2つだ!」
やべえ。ワクワクする。
でっかい木製のテーブルと、樽椅子。
若い綺麗な姉ちゃんが食い物を運んでる。
壁にはコルクボード、紙が何枚か釘付けにされていた。
一人客だし、端のカウンター席に腰掛ける。
「いらっしゃい兄ちゃん、注文は?」
きょどる。メニューとかねえのかここ。
「め、メニューとかって・・・?」
「いらっしゃい兄ちゃん、注文は?」
ダメだこいつプログラミングされてやがる。
「こっちはミートシチュー2つだ!」
うるせえ黙ってろ俺のワクワクを返せ。
普通の人のように見える。
けど、プログラムの外のセリフは喋れないらしい。困る。
あ、わかった。
脳内でコントローラーを取り出す。
○ボタン。
「いらっしゃい兄ちゃん、注文は?」
メニューが目の前に表示される。
これかなり面倒くさいな。
気になったものを幾つか頼む。
この世界のビールが100ゴールドってことを考えると、5000ゴールドは結構な額らしい。
それでも、無駄遣いは出来ない。
まあ別に、そこまで腹ペコってわけでもないし。
「はいよ、そいじゃビールとキジのローストとホリーシチュー」
樽ジョッキにビールがなみなみと注がれている。傾けると溢れそうだ。
微妙に樽が汗をかいているのも、また美味そうに見える。
ぐいっと飲む。うめえ。
そして、ローストにかぶり付く。キジは食べたことがなかったけど、これは臭みもなくて普通の鶏肉のようだった。
燻した食い物独特の風味。パリッと張りのある皮。熱々の肉。
もう一度ビールに口をつける。
火傷しそうに熱かった口の中がきゅうっと冷たくなる。
最高のひととき。至福。
ホリーシチューはこの国の名前を模したメニューだ。
キャベツ、人参、じゃがいものシンプルな材料で出来ている。健康的だ。
付いてきた木彫りのスプーンを使って、一口頬張る。
シチューの甘みの中にピリリとペッパーが効いている。
ほくほくのじゃがいも、甘みのある人参。
そしてキャベツのシャキッとした歯応え。
なんか食い物の描写が妙に上手いな
なんやかんや読んでしまった。期待
食べていると、あっという間にビールが無くなった。どうしよ。
気持ちをぐっと抑える。
どうせこれから先も色々食べれるんだろうし。
腹ごしらえも済ましたところで、仲間を探そう。
忘れかけてた。だってうめえんだもん。
「なあ、なんか仲間探してる奴とか見なかったか?」
「あぁ」
お、早速見つけたか?
「やっぱりハチミツ酒はいいな・・・」
俺、お前、嫌い。
一生酒飲んでやがれ。
「こっちにはミートシチュー2つだ!」
お前はもう分かったから、頼むから黙っててくれ。
他の奴に声をかける。
「ふふふ・・・聞いてくれよ、この前うちの妻がさぁ」
仲間作りには役に立たなそうだけど、情報は大事だ。
妻がどうした。
「・・・」
おい、妻はどうしたんだよ。
続きはまだか。
「ふふふ・・・聞いてくれよ、この前うちの妻がさぁ」
続きねえのかよ。
プログラマー呼んでこい。これくらいサボんな。
隣にいる男に声をかける。
「マジかよ!すげえなお前んとこの奥さん・・・」
なんで会話通じてんだよ。
読心術かなんかか。
俺も混ぜてくれよ、淋しいだろ。
くぅ、あたし、負けないっ。
この低クオリティな世界から早く抜け出したい。
一般人さえしっかりしてくれれば最高の世界なのに。
壁に寄りかかって、キザにグラスを傾けている吟遊詩人に声をかける。
こういうやつは、案外いい情報を持っていたりするもんだ。
「ねぇ、知ってる?」
頭の中を豆柴がよぎる。
あいつ可愛いから好きだ。
「魔王がまた性懲りもなく出てきたんだって。さっき、掲示板に勇者の顔写真が貼ってあったよ」
性懲りもなくって・・・。
なんか魔王が可哀想になる。
え、顔写真?
「そいえば君、似てるね?勇者さまかい?」
Yes or No.
こういう時にノーを選びたくなるのは、天邪鬼なんだろうか。
「ああ、そうだ」
結局、素直にイエスを選んでおいた。
「ほう・・・!やはりそうか!これ、俺は使わないからあげるよ」
お、良いイベント引けたっぽい。
指輪を渡される。
シンプルな銀の指輪。
小さな赤色の宝石が埋め込まれている。
「おお、ありがとう」
「魔王討伐、頑張ってくれよ」
久しぶりに人と会話が出来た。嬉しい。
メニューを開いて、アイテムを確認する。
[小さな生命の指輪]
古くから伝わる小さな赤い宝石の指輪
HPが少し増える
指輪には、様々な力が込められている
旅の途中でそれらを見つければ
大きな助けになることだろう
装備のフレーバーテキストに力が入っているゲームは好きだ。
世界への没入感が深まる。
あとワクワクする。
良い物をもらった。
「魔王討伐、頑張ってくれよ」
わかったってば。
他の人にも声をかけてみたが、大した情報はなかった。
まあ、指輪もらえたし十分かな。
・・・仲間どうしよう。
「ちょっと!山本一樹!」
名前を呼ばれて後ろを振り返ると、いかにも魔法使いっぽいネーチャン。
やっぱこの名前失敗だよなぁ。
世界観に合ってねーしなぁ。
「あんた、魔王倒しに行くんでしょ!?あたしも連れて行きなさいよ!」
「・・・誰?」
「まさか、幼馴染のこと忘れたってわけじゃないわよね?」
ほほう。幼馴染キャラか。
個人的には魔法使いはお姉さま派なんだけど。
まあ幼馴染も悪く無いな、うん。
「あたしの名前、言ってみなさいよ!」
「彼女の名前は?」
イケボのおっさんが囁く。
ビビる。
システムコメントはこのおっさんの管轄らしい。
名前か。どうしよう。
俺が山本一樹なんだし、この娘には岡本俊美とかにしてもらおうかな。
でも、山本一樹と岡本俊美の冒険って響き的にいやだ。
洋風な名前・・・?
でも例えば、マリリン・モンローと山本一樹っていうのもなぁ。
あ、そうだ。
「魔法使い、だろ?」
「ちゃ、ちゃんと分かってたのね・・・それなら良かったんだけど」
これなら無難だし。良いんじゃね。
「とにかく!あんた1人だと寂しいだろうしあたしが一緒に行ってあげる!感謝してよね!」
~魔法使いが仲間になった~
仲間が増えたらまずやることは一つ。
ステータス確認です。
うわ体力ひっく。
魔法使い名乗ってるくせに、使える魔法すっくねえ。
まあ、まだレベル1だし仕方ないだろうけど。
とりあえずさっきもらった指輪を装備させる。
「この指輪、使いなよ」
「・・・」
・・・悲しい。
やっぱりプログラムされていないところでは喋ってくれないらしい。
メニュー。装備。小さな生命の指輪。
体力上限が少し増える。これならまだマシだろう。
他の仲間も欲しいけどなぁ・・・
やっぱこういうのは勇者、戦士、魔法使い、僧侶の王道パーティで行きたいところ。
あとは戦士と僧侶か。
探してみよう。
城下町の至る所を探索する。
めんどくさいのでダイジェストでお送りいたします。
~町人の家~
RPGの醍醐味。家漁り。
いかにもなツボが3つと、クローゼットが1つ。
あ、あと住人が1人。
ツボを持ち上げて投げ捨てる。破片が地面に散らばる。
町人がすごい嫌そうな目でこっちを見てくる。
中は空っぽだった。使えねえ。
残りの2つも投げ割る。
お、なんかの草だ。薬草かな。
道具を確認する。毒消し草だった。
なんかちょっと残念。
毒消し草も悪くはないけど、薬草のほうが欲しいよね。
クローゼットを開ける。空っぽだ。
湿気てやがる。
戸を閉めて振り返ると、ニヤニヤ顔の町人。
・・・なるほど。
再びクローゼットを開けて、隠し扉を探す。
底の右端に小さな穴。手をかけて引き上げる。
「・・・」
70ゴールドを手に入れた。
町人がとても悲しそうな顔をしていた。
俺も悲しくなった。
~兵士詰所~
戦士を探すならやっぱりここだろう。
衛兵が何人か休んでいる。
テーブルの上にはトランプとコイン。
賭け事でもしているのだろうか。
「へへへ・・・この勝負、いただきだぜ」
「ふふふ・・・この勝負、勝ったっ」
ポーカーをしているらしい。
2人の手札を覗いてみた。
ツーペアとスリーカード。レベルの低い戦いだ。
奥に目をやると、1人剣を磨いているやつがいた。
強者の匂い。
だって他のやつとグラフィックが違うし。
「どうした・・・ここは一般人が立ち寄るような場所じゃないぞ」
おお、かっこいい・・・。
なんか、俺も良い感じに返したい。
「一般人じゃなかったら・・・どうする?」
言ってみて、すごく恥ずかしくなる。
やべえきもい。
顔が火照る。体が熱い。
「ん、その顔・・・もしや勇者さまか」
幸い、特に突っ込まれなかった。
良かった、食いつかれたら死ねる。
「仲間になってくれる戦士を探している」
「もしや、仲間をお探しかっ」
ん、あれ。
なんか微妙に話が噛み合ってない気がする。
「ぜひ、俺を連れて行ってくれないか」
「それは助かる、ぜひ一緒に来てくれ」
「自分で言うのもなんだが、剣には多少心得があるぞ?」
「だから一緒に行こうってば」
思わず突っ込む。
微妙にちぐはぐだ。
「決して、強いとは言えないかもしれないが・・・どうだ?」
・・・分かった。
これ、俺の言葉に返事してるわけじゃないんだな。
たまたま会話が噛み合ってただけみたいだ。悲しい。
「・・・よろしく」
「そうか!これからよろしく頼む!」
「彼の名前は?」
まあ、ここはさっきまでと同じように。
「よろしくな、戦士」
職名で良いだろう。
~教会~
あとは僧侶が欲しい所なんだけど。
回復役がいると便利だ。
薬草を買わずに済む。
できれば可愛い子がいいな。
魔法使いは美人って感じだし。
「神に導かれし迷える子羊よ、どのようなご用件でしょう?」
一回黙っていてみよう。
会話の進み方がよく分からん。
「・・・」
「・・・」
何も喋らない。
俺が何かを言わないと、話は進まないらしい。
「仲間を探している」
「それはそれは。ですが、うちには勇者さまについていけるような子は・・・」
「うっせー!ばーかばーか!」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません。勇者さまに神のご加護がありますように」
俺が何か言いさえすれば、話は進むらしい。
良い人すぎてちょっと申し訳ない気持ちになった。
とはいえ、ここで僧侶は仲間に出来なさそうだ。
諦めることにしよう。
「神に導かれし迷える子羊よ、どのようなご用件でしょう?」
イベントが終わったみたいだ。
◯ボタンで話しかける。
メニューが開かれる。
蘇生に神のお告げ、解呪。
冒険の書に記録はしてくれないらしい。
神のお告げを授かってみる。
「山本一樹が次のレベルになるにはあと32の経験値が必要じゃな」
「魔法使いが次のレベルになるにはあと28の経験値が必要じゃな」
「戦士が次のレベルになるにはあと48の経験値が必要じゃな」
相変わらずひどい名前だ。
戦士は衛兵としての経験がある分、俺たち2人より少しレベルが高いらしい。
「わかったよ、ありがと神父さん」
「神のご加護がありますように」
そうして教会を後にした。
~鍛冶屋~
さっき魔法使いに装備着せるときに気付いたけど、俺防具着てねえ。町人の服のままだ。
更に言うと魔法使いも布のローブだった。
流石にこれで行くのは無理がある。装備買おう。
「へいらっしゃい!」
鉄の匂い。
壁にはたくさんの武器が立てかけられていた。
窓際には防具がディスプレイされている。
割と狂気の世界だな
レベルE思い出した
>>102 さん
コメントありがとうございますー!
たしかにそう考えてみると結構歪んだ感じがするかもしれない・・・ゴクッ
「ふおぉ・・・」
現実でこんなところには来たことがない。当たり前だけど。
武器はもうあるから要らないけど、つい見ちゃう。
槍、直剣、曲刀、大剣。
はたまた棍棒やらモーニングスター、杖なんてのもあった。
この杖木製だけど、鍛冶屋でいいのかな。
そういえば2人の武器はどうなんだろう。
樫の杖に鉄の剣。なんか普通だ。
序盤の方なんだし、武器は買い替えなくても良いかな。
今までのゲーム経験からして、武器は割とダンジョンで事足りる気がする。
魔法使いには樫の杖で頑張ってもらおう。
さて、メインは防具だ。
プレートアーマーにチェインメイル、皮の鎧。
旅人の服に、鱗の鎧もある。
さて、どうしようかな。
やっぱりプレートアーマーかな、かっこいいし。
鎧!って感じがする。
でもお高いんだろうなぁ・・・
結局コスパ的には鱗の鎧なんだろうか。
でもこれダサいしなぁ。
「おっさん、このプレートアーマーくれよ」
「へいらっしゃい!」
あ。ここもメニューから買う感じか。
コントローラーを取り出して、◯ボタンで話しかける。
「へいらっしゃい!」
メニューが表示される。
店に並んでる商品が全然載ってないじゃんかよ。
モーニングスターも槍も曲刀も大剣もなかった。
武器は銅の剣とブーメランだけだ。
あそこに並んでる奴はどうした。
防具は逆に、店に出てない商品も載っていた。
プレートアーマーは載ってなかったけど。
コスパに優れていた鋲付き防具を2セット、それと鋲付きの盾を1つ買う。
性能も値段もそこそこだ。
魔法使いには魔法使いのローブを買ってやった。
文字通りだし。ちょっと魔力が増えるらしい。
こういう、装備を考えたりしてるのってワクワクする。
これから先もこういうのが出来るって考えると、少し嬉しい。
[鋲付き装備]
鋲が打ち込まれた皮の装備
皮の装備の柔軟性と重量の軽さを維持しつつ
鋲が防御効果を増している
制作難度が低く値段も安価なためありふれている
そのため山賊や盗賊などがよく身に着けている
[魔法使いのローブ]
夜の絹糸で織られたローブ
魔力が少し増える
過去は高級品とされていた夜の絹糸も
魔物から下位等級品の生産が可能となった
その結果過去に使われていたものより性能は落ちたが
一般層に普及するようになった
ふむ
ダイジェスト終わり。
俺、魔法使い、戦士の3人で冒険をすることになった。
まあ、道中で仲間が増えるかもしれないし。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
「・・・」
「・・・」
冷めたパーティだ。
足を踏み出して城門から外に出る。
「勇者さま、何か冒険に出る前に一言気合を入れようではないか」
「そうだよ山本一樹!これから旅が始まるんだしさぁ」
さっき言ったじゃん・・・。
イベントが始まる手前だったらしい。
コホン。
「匂いの付かないムシューダー」
「流石勇者さま!こちらも滾ってくるというものです」
「へぇ・・・意外と言葉上手なんだねっ」
こいつら耳ついてんのか。
これだと俺のモチベーションがだだ下がる。
それなりにまともなことを言うようにしておこう。
萎える。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
「・・・」
「・・・」
先行きが不安だ。
フィールドに出る。
広大な草原の中を抜けて、道が続いている。
奥の方には森が見えた。
あの森には何があるんだろうか。ざわざわと風に揺られている。
風がこちらに来ると草がさらさらと波打つ。
ふんわりと、花の香り。風に乗ってきたんだろうか。
のどかな景色が目の前に広がっている。
そして、もう1つ見えるものがあった。
魔物だ。
あの青いプルプルはスライムだろう。
練習にはうってつけだ。
「うおおお!」
鞘から剣を引き抜いて斬りかかる。
『戦闘開始!』
いい仕事するじゃんイケボのおっさん。
スライムの体を斜めに斬り下ろす。
二撃目・・・は出来なかった。
体が勝手に後ろに下がる。
脇に戦士、そして少し後ろに魔法使い。
『スライムの攻撃!』
ちょ、あれ、体動かない。
「ぴぎー!」
腕に噛みつかれる。いてえ。
「こ、このっ離せっ」
腕をブンブン振って引き剥がす。
これは、もしかして。
『山本一樹はどうする?』
やっぱり。
このゲーム、ターン制だ。
とりあえずスライムに斬りかかる。
というか呪文とか覚えてないし。
あ、薬草買い忘れた。
上手いこと剣が当たんない。
端の方をスライスして終わる。
「あぁ!剣なんか振ったことねえんだよ畜生!」
なかなかかっこよくズバッと切れたりはしないもんだ。難しい。
『魔法使いのターン!』
「天と地の盟約において炎の精霊に命ず!我が怒りの炎で闇の使徒どもを焼き尽くせ!」
おお、強そうだ。
メラガイアーとか出てきそう。
「小火球!」
野球ボールくらいの炎の玉がスライムに飛んで行く。
ぽん、と音を立てて弾けた。
・・・え、あんな詠唱文強そうなのに。
しょぼい。
『戦士のターン!』
俺たちの中で1人だけレベルが高い。2だけど。
背負っていた大剣を引き抜く。
磨かれた刀身に太陽の光が反射する。
そして、一気に距離を詰め、振り下ろす。
それだけ。
刀身は見事にスライムの芯を捉えていた。
プルプルした体が弾け飛ぶ。
強い。
『スライムを倒した!』
『それぞれ6の経験値を得た!』
『3ゴールドを手に入れた!』
体が勝手に動いて、落ちている体の残骸を巾着袋にねじ込む。
『スライムゼリーを手に入れた!』
アイテムの取得は自動でやってくれるらしい。
どれが使えるかなんて分からないからありがたい。
・・・すっかりここの世界に馴染んできてるな。
なんか複雑な気持ち。
リアルになればなるほど違和感を増すもの、それがターン制
乙
改めてステータスを確認し直す。
思ってたほどダメージを受けてなかった。
所詮はスライムってことか。
剣をしまう。
本当は血を拭いたりだとかいると思うんだけど、そこはゲームの世界ってことで。
刀身は綺麗なままだ。
そこらで見かけた弱そうな敵を片っ端から狩る。
レベル上げは徹底的にやるタイプだ。
改めて考えるとターン制で良かったかもしれない。
立ち回りとか無理。
ただ、相手のターンは本当に辛い。
敵の攻撃をただ待つのだけは怖いからやめてほしい。
いや、そうするしか無いんだけど。
「ふぅ・・・そろそろかな」
結構な数の戦闘をこなしてきた。
いや、まあ敵はしょぼいんだけど。
いくつか分かったことがある。
一つ、自分のターンの時、制限時間はないらしい。
ただ、それなりに派手な動作をすると勝手にターンが進む。
ラジオ体操のうち、深呼吸は許された。
屈伸はダメだった。
二つ、仲間は自動行動しか出来ない。
さくせん的なものはないみたいだった。
ちょっと不便。
そして、三つ。これが一番の難点だった。
特技とか、呪文を使うときは自分でそれっぽい動きをしなくてはいけない。
これが困る。回復する度に厨二臭い言葉を言わないといけないのだ。恥ずかしい。
今はまだ、小回復魔法とためるくらいしか出来ないけど、今後はやぶさ斬りとかどうすればいいんだろう。
6のおじさんには色々と厳しい物がある。
それでも、頑張るしかないのだ。
あと、ついでに四つ目。こいつら全く喋らない。
よって旅の途中は、人と一緒にいるのにずっと静かだ。
なんか気まずい。
そろそろレベルも良い感じに上がったし、次の目的地を目指す。
どこか知らんけど。道なりに進めばなんとかなるっしょ。
しばらく進むとはずれに、なんかいた。
でっかいクワガタみたいな奴。
ペットにしたい。
この歳になってもクワガタとカブトムシはロマンだ。
これは誰にも譲れない。
足音を殺して、忍び寄る。
がさがさ。
パーティメンバーは気を使ってはくれなかった。
派手な音を立てる。
当然気付かれて、戦いが始まった。
『くわがた魔神が現れた!』
・・・なんとも言えない名前だ。
そしてこいつ、立ち上がりやがった。
器用に二足歩行している。
『くわがた魔神の攻撃!』
どんな攻撃をしてくるんだろう。
やっぱり角を使ってくるんだろうか。
ちなみにあれ、角じゃなくて顎って言うのが正しいんだぜ。
「魔の精霊に命ず!我が前に立ち塞がる人間共を喰らい尽くせ!」
「中魔弾!」
え。
白い光の弾が飛んで来る。
見事に腹に当たる。めっちゃ痛いんだけど。
慌てて体力を確認すると、半分以上削られてた。
これは無理っすわ。
『山本一樹たちは逃げ出した!』
あれはやばいわ。
声めっちゃかっこよかった。
初心者殺し要員だ。
勝ち目がない敵からは逃げるに限る。
おとなしく道なりに進むことにしよう。
乙
死んだらどうなるんだろう
>>136 さん
ありがとうございます!それは死ぬののお楽しみということで・・・
ただ、そこまで大層な設定は考えてないのでご了承ください(´・ω・`)
歩き始めて、数分で次の村が見えた。
ずっと国の周りでふらふらしてたから、普通に進んだら20分弱で来れた距離。
~Pueblo de inicio~
あのおっさん国際色豊かだ。
何語だろうか。
「ここはPueblo de inicioだよ」
どこだよ。
「ここはPueblo de inicioだよ」
違うんだ、なんて言ってるのかわかんないんだ。
村の入口御用達の、地名を話し続ける村人の隣に看板が立っていた。
『Pueblo de inicio』
ぷ・・・ぷえぶろ、で、いにしょ?
分からん。村だ。
始まりの村、とでも名付けようか。
あまり広くはない、かと言って狭くもない村だった。
それなりの数の建物もあるし、あの奥に見えるのは村長の家だろうか。でかい。
川と畑と走り回る子供。のどかな景色だ。
新しい土地に来たら、とりあえず。
最初にやることは一つしかない。
パリン。
ドカン。
パリン。
カパッ。
村の中のありとあらゆる全てのツボと樽を叩き割り、宝箱とクローゼットを覗いてきた。
結果、見つかったのは。
薬草3つと90ゴールド。あと鍋の蓋。
あまりにもしょっぱい。
これをどうしろっていうんだ。
まあ、一応バッグには仕舞っておくけどね。
アイテム収集が終わったら、次は情報集めだ。
「んー?困ってることぉ?特にねえなぁ」
「村長さんが解決してくれますから・・・」
ふぅむ。この村の村長はどうやら人望に厚い方らしい。
しかし、何もイベントがないというのも困る。ゲームの進行的に。
「あのな!俺のクワガッタンがどっか逃げちゃったんだよ!」
村の端でオロオロしていたガキンチョ。
クワガタ?
一瞬あの悪魔が頭をよぎる。
「どこ行っちゃったのかなぁ・・・そんな遠くには行ってないと思うんだけど・・・」
ハハ、マサカネ。
よろず屋のおじいちゃんに声をかける。
「村長か?俺と同じくらいの爺ちゃんだよ」
「あいつ嫁も子供もこさえないで、跡継ぎはどうするつもりなのかねぇ・・・」
あの広い家に一人暮らしをしているらしい。
それはなかなか、住むのも大変そうだ。
あらかた情報集めも終わったし、村長の家っぽいところに向かう。
あんまり有益な情報なかったけど。
「勇者さま、ですか?申し訳ございません、村長はただ今留守にしておりまして・・・」
メイドさんが出てきた。
一人暮らしじゃなかった。
掃除とか色々大変そうだもんな。
20歳前後といったところだろうか。かわいい。
ショートカットがよく似合っている。
「多分、裏の畑に行っているのだと思うんですけど・・・」
そこに行け、ということだろう。
メイドさんに礼を告げて、裏の畑とやらに向かう。
家の裏には、森が広がっていた。
そして、その草木の間に細い獣道。
青々と茂る雑草を掻き分けながら先へ進む。
幸い、距離は短かった。
その道を抜けた先には。
「おおー・・・」
黄金の小麦畑。
風が吹き抜けると、小麦がさらさらと揺れる。
畑の合間を縫うように、小さな川が流れていた。
水面に陽の光と黄金の小麦が反射して輝く。
森の一部を切り開いたんだろうか。辺りは木に囲まれていた。
すげえ綺麗だ。
最近色々忙しくて書き溜めが尽きそうなので、ちょっとペース落とします・・・
ごめんなさい・・・
乙
仲間が居るとは思えないほど淡々としてるなw
そして、畑の真ん中に1人の爺ちゃん。
あれが村長だろうか。
ぐねりと曲がった背筋。
木の杖にしがみつくように立っている。
・・・あれで畑仕事出来るんだろうか。
ん?
奥から何かがやってくるのが見える。
丸太のような何か。
あれ、魔物じゃね?
やばいじゃん!
鞘から剣を引き抜く。
「おじいさん危ない逃げろ!」
耳が遠いのか、おじいさんは微動だにしなかった。
この距離だと、間に合わない。
守りたい、その意思が俺に力を。
足が速くなったような気がする。
「・・・その光で闇を射抜け!」
おじいさんの杖から光の矢が飛ぶ。
ヘッドショット。魔物が倒れ、体が光に包まれる。
「むぅ、山賊かっ」
「ま、待て待てちがーう!」
別に足が速くなってたわけではなかった。
効果はあくまでも体感でした。てへっ。
結果、おじいさんからすると魔物と山賊が襲ってきたように見えるのかもしれない。
「我が契約に基づき命ず、その光で闇を射抜け!」
光の矢が目の前に飛んでくる。
まさか村長に殺されるとは思ってもなかった。
べしっ。
痛っ。
小石が当たったくらいのダメージ。
いや、痛いけどさ。
どうしようも無いし、剣を収めて話しかける。
「むぅ?山賊じゃなかったかの?」
「いや、勇者です」
「なんだって?」
「勇者です!」
耳が遠いのか。
俺の声は実際に聞こえてなかったようだ。
「あらーほんで光魔法で死なんわけだ」
物騒なことをおっしゃる。
「すごい魔力ですね!」
うわ、魔法使いが急に喋った。きええ。
今はイベントの途中らしい。
俺にはさっぱりわからんけど、すごい魔力を持ってるそうだ。
「昔はぶいぶい言わせておったんじゃが・・・寄る年波には勝てんでな」
「いえいえ、まだまだお強いじゃありませんか」
今度は戦士。
俺には全然話してくれないのに・・・。
なんかハブられてるみたいで辛い。
「まあ、知識だけはあるからの。そっちのお嬢ちゃんは魔法使いか?また後で来なさい」
「はい、分かりました!」
「・・・」
静寂。
俺のセリフ待ちか。
「あの、何かお困りごととかありますか?」
「むぅ、そうじゃのう・・・」
なんだろう。
こんだけ強いんだし、大して無さそうだけど。
「森の先に、でっかい塔が見えるじゃろ?あそこの頂上の女神像にこれを捧げてきて欲しいんじゃよ」
そう言って手渡されたのは、綺麗なネックレス。
大きな青色の宝石が埋め込まれている。
「祭りの時に借りてきたんじゃが、返すのを忘れておってのう・・・そしたら魔物が増えてこのザマじゃよ」
完全に自業自得じゃねーか。
なんかやる気無くすな。
「やってくれた暁には、お礼もやるから、の?」
「やります」
お礼欲しい。
やらないわけにはいかないだろう。
「でも・・・村長さんが行くのじゃダメなんですか?お強いじゃないですか」
「む、わしは・・・腰がのう・・・」
塔を登るのは面倒くさいから頼んだ、ってことか。
横着しやがって。
「3人だと少々きつかろう。うちのメイドを連れて行くといい」
「え、マジすか」
あのメイドさん戦えるの。
言っちゃなんだけどめっちゃ細いぞ。
武器持てるのか。
「あの子もだいぶ歳を取ったからの、そろそろ独り立ちせねばな」
まだ若いと思うんだけどなあ。
この世界のことはよくわからん。
「やっぱりロリが良いし」
おい今なんて言った。
小さい声だったけど、ロリって。
「さあ、それじゃ家に戻ろうか。わしの手料理で良ければご馳走するよ」
万能な爺ちゃんだな。
半ば押されるようにして、村長の家に戻った。
最後の言葉は知らないふりをしておこう。
じじいTUEEEEEE!!!!
なかなか先行きが見えないため、最後打ち切りエンドになってしまいました。
楽しみにしてる方がおられましたらごめんなさい・・・。
一気に最後まで投下します。
「それじゃ、いただきます!」
家のリビング。どっしりとしたテーブルをみんなで囲んで合掌する。
テーブルの上では食べ物が美味しそうな香りを放っている。
デミグラスハンバーグ、ベーコンポテトパイ、アボカドサラダにミネストローネ。そしてバゲット。
グラスには赤ワイン。
あと、黒く焦げたダークマターが一つ。
「アスパラとエリンギのバター炒めです」
メイドさんがにっこりと笑う。
このダークマターから垂れ出している化学物質のようなものはバターなのか。
よく見ると、たしかに棒状のものと薄い短冊型の何かで出来ていた。
「あの・・・この料理はすべてメイドさんが?」
「いえ、そちらのバター炒め以外は村長が。手伝わせてもらえなかったので・・・」
ちらりと村長の方を見ると、申し訳無さそうな表情。
まあ、この料理ならなぁ・・・。
こんな典型的な料理下手がこの世に存在するとは。
と考えて気付く。
ここ創作の世界なんだった。
まあ、他の料理は美味しそうだし、合間合間にはさんで少しずつ減らすしかない。
幸い量は少ない。
まずはパイから食べよう。熱いうちが華だ。
噛み付くと、パリパリと皮の食感が心地良い。
皮の中にはジャガイモとベーコン、そしてチーズが入っていた。
薄切りのジャガイモは、硬めのものが使用されているらしい。ベーコンも肉厚で噛み応えがある。
そしてそれをとろけたチーズが覆っている。
そして味。ベーコンから溢れる肉汁とジャガイモの甘み。そこにチーズの旨味がマッチしている。
わずかに黒胡椒がかかっているのか、ピリリとした刺激が味を飽きさせない。
これだけでもお腹いっぱい食べられそうだ。
こってりした口の中を、サラダで薄める。
この香りは生姜だろうか。
ドレッシングは少なめが好みだ。
おたまに少し掬って、軽くかける。
生姜の香り。具材としてみじん切りの玉ねぎが入っていた。
フォークで器用に食べる。
シャキシャキとしたサラダの食感の中を転がる、玉ねぎの粒が愛らしい。
アボカドのとろみも、生姜の香りで口に残らない。
さて。
ここらでそろそろダークマターを少し削らねば。
恐る恐るフォークを伸ばす。
これ用に、別のフォークは既に用意しておいた。
先でつつく。意外と柔らかい。
何というかふにゃふにゃしてる。
試しに一口食べてみる。
・・・苦い。
何の苦味だろう。焦げの苦味もだけど、なんか違う。
小学生の頃に食べた雑草みたいな味。
バターの塩っぱさが味を引き立てる。まずい。
だいたいなんだこの食感。舌にまとわりつくようだ。
ちらりと顔を上げると嬉しそうなメイドさんの顔。
涙をこらえて食べる。
攻略法を考えた。
できるだけ早く飲み込むのだ。
全力で噛み砕いて、すぐに飲み込む。
食道が食べ物を否定するのを感じる。
赤ワインで強引に流し込む。
何とか、半分弱は食べられた。
他に移ろう。これ以上は辛い。
ミネストローネに手を付ける。
中にはペンネと人参、そして玉ねぎ。
スプーンでひと掬いして口に入れると、暖かなトマトスープに涙が出そうになる。
圧倒的旨味。
優しい味。トマトの甘みが具材にしっかり染み込んでいる。
ペンネからは微かに感じる小麦の香り。
地獄の先には天国が待っていた。
全部飲みたくなるのを、何とか抑える。
さあ、メインディッシュ。ハンバーグだ。
フォークとナイフを使って端の方を切り分ける。そのままフォークで口に入れる。
旨い。野生的な肉の旨味に、デミグラスソースが気品を持たせる。
肉といえば肉汁。肉汁なのだ。溢れ出る旨味とデミグラスソースが混じり合う。
口の中に広がる肉の味を、バジルや玉ねぎが引き立てる。最後にふんわりと赤ワインの香りが鼻を抜ける。
バゲットをちぎって、食べる。
まだ残っているハンバーグの味と、ふんわり甘いバゲットが調和する。
バゲット特有の硬さも好きだ。一口一口噛みしめるように食べる。
そしてグラスを傾ける。
この世界の食べ物は何でこうも美味しいのか。
幸せだ。
・・・このダークマターを除けば。
決戦のとき。再び気合いを入れる。
「ご馳走様でした!」
とても美味しゅうございました。
途中でダークマターを消化しきって、最後は他を食べ続けられたのが勝因だ。
締めが良ければ全て良し。
「いやはや、お気に召して頂けたなら何より」
この老人、本当に万能人間だ。
ロリコンの容疑があるけど。
「それでは私はそろそろ眠るとします。老人の夜は早いんですよ」
そう言って立ち上がる。
「・・・」
寝室行かないのかこのじいちゃん。
時が止まる。
じいちゃんどころか、誰も動かない。
「え、俺のセリフ待ちなのこれ」
「ああそうでしたそうでした、それでしたら明日の朝でもよろしかったかな?」
「はいっ!」
魔法使いが元気よく返事する。
話の流れが全く読めない。
とりあえず明日の朝に何かあるっぽい。
村の外れの宿屋に泊まる。
こんなに運動したのはいつぶりだろうか。
色々あった気もするけど、まだ2日目なのだ。
ベッドに潜り込むと、あっという間に寝た。
小学生もびっくりなレベルで寝た。
朝。
起きて村長の家に向かう。
「おはようございます。それで、何からお教えしたら良いかな」
「・・・」
はいはい○ボタン○ボタン。
そいえば魔法教えるって言ってたもんな。
いくつか選択肢が出てくる。
呪文を教えるんじゃなくて、相性とかを教えてくれるらしい。
「そもそも魔法とは遥か昔、偉大なる大魔術師クローク様が・・・」
長い。しかもつまらない。
こいつが先生なら生徒の半分以上は寝てる。
ノートをまとめる達人と呼ばれた俺が簡略化すると、凄い魔術師が精霊と契約する方法を見つけて魔法ゲット。
皆にそれを教えて皆も魔法ゲット。優しい世界だ。
一応契約の数に制限はないけど、適不適があるからある程度は限られてくるんだとか。
それと、魔法じゃなくて戦闘能力増加とかの恩恵をくれる脳筋精霊もいる。
多分戦士とかはその類なんだろう。
俺の女神の加護も、形式としては女神という精霊と契約したことになるらしい。
どんな人なんだろう。美人かな。
話を戻そう。
あとは属性によって、相性があるって話。
水とか雷とかは、あれだ。ポケモンイメージしたら良い。
ただ、闇と光だけは別物だ。
光魔法は、受け手の心の邪悪さ依存で、闇魔法は使い手の心の邪悪さ依存らしい。
闇魔法かっこいいから使ってみたかったんだけどな、残念。
「他に聞きたいことはあるかね?」
「いえ、ありがとうございました!」
丁寧に礼をする。
「それじゃ、うちのメイドを頼んだぞ」
『彼女の名前は?』
まあ、メイドでしょ。
流れ的に。
~メイドが仲間になった~
さあ、ステータスを確認する。
なんとなく予想はついてたけど、ヒーラーだ。
素早さが致命的に少ないことを除けば、バランスのとれた性能。
「よろしくお願いしますね!」
新しい仲間も加わったところで、村長さんから受けたクエストをこなしてこようか。
村を出て、大回りして塔を目指す。
エリアが変わったからか、敵が今までと変わっていた。
なんていうか、美味しそうな敵に。
野菜とか、牛とかね。
炎魔法で倒した時なんて美味しそうな香りが辺りに広がる。辛い。
敵が強くなった割には経験値と金がしょっぱい。
ドロップアイテムもあんまり使い道がなさそうだ。
牛仮面の肉、お化け切り株の苗木、にんじん小僧の帽子・・・。
肉。焼いたら食えるのかな。
一瞬考えて我に帰る。
やめとこう、いくら美味しそうでも魔物を食べるのはなんとなくやだ。
そんなことを考えているうちに、塔の足元に着いた。
めっちゃ高い。見上げると首がだるくなる。
かなりの歴史があるのだろうか、ところどころ風化して穴が空いているし、蔦も生い茂っていた。
穴から中の様子が見える。
燭台に火はなく、見たことのない魔物が時折穴の前を通る。
幸い陽の光が差し込んでいるから中は明るそうだ。夜になる前に攻略を終わりたい。
入り口の扉を開けると、魔物がちらほらと。
全部倒していけば、それなりにレベルも上がりそうだ。
・・・・・・
ここは何階建てなんだろうか。
もう結構登ってきたけど、まだ終わる気配はない。
敵はあんまり強くないから死んだりする心配はないけど。
何かって言うと、あれ。
歩くの疲れた。
「帰りたい・・・」
嘆く俺の後ろを、黙々とついてくるパーティメンバー。
辛い。
宝箱があった。
開けてみると、中から小さな針が飛んでくる。
ちょっとダメージ。罠だったらしい。
踏んだり蹴ったりとはこんなことを言うんだろう。
メニューを開いて、メイドさんに回復を頼む。
「我らが癒しの女神よ、そのお力を私にお貸しください・・・」
「小回復」
相変わらず大層な詠唱文だ。
じんわりと体に熱が宿り、傷口が塞がっていく。
「ありがとう、助かった」
「・・・」
早く帰りたいから、さっさと攻略してしまいたい気持ちと面倒くさいから進みたくない気持ちがせめぎ合っている。
女神の加護のおかげなのか、どれだけ歩いても全然疲れることはなかった。
ただ、精神的な部分は別だ。
ほとんどぼっちだし。歩くのめんどいし。
歩いてるとまた宝箱があった。どうしよう。
さっきの罠が頭をよぎる。
また罠って可能性もあるよな。
いや、今度こそ宝物ってことも。
男は度胸、女は愛嬌。
開けてみる。
「おぉ・・・!?」
『フルプレートアーマーを手に入れた』
滑らかな曲線。何の装飾もない無骨な見た目が、逆に美しさを醸し出している。
仄かに鉄の匂いが漂う。
関節部にはチェインメイルが裏にあててあった。
やばい。嬉しい。
装備してみる。
ずっしりとした重量感が、守り抜いてくれる安心感をくれる。
良いものを手に入れた。
・・・ただ、胴しかないけど。
見た目にはかなりカッコ悪いと思う。
胴だけずんぐりしてるし。
まあでも、フルプレートアーマーのロマンには勝てない。気にしないでおこう。
更に階層を進む。
敵がより強くなったのは、最上階が近いということなんだろうか。
ただ、お陰様でレベルもより上がった。
特技だって増えたのだ。
アイテムドロップもそれなりに使えそうなものが増えたし、悪いことばかりではない。
何より、防御が増したのは大きかった。
安定感がやばい。
体力全然減らない。すげえ。
そんなことを考えていると、最上階に着いた。
何の仕切りもない、円状の階層。
壁はない。柱が要所要所に立っているだけだ。
外を見下ろすと、かなりの高さがあることが分かる。
辺りが一望出来る。景色が綺麗だ。
そして、どういう仕組みなのだろうか。
奥には泉が湧いていた。
水は暗く濁っている。
そして---その更に奥には女神像が。
美しい彫刻。でも、その目には赤い光が怪しく灯っている。
「モット・・・モットダ・・・」
声が聞こえてくる。
怒りのこもった、低い声。
「サケビガタリナイ・・・ウラミガタリナイ・・・」
女神像が震える。
目の光が、より強くなる。
「モット・・・チカラヲ・・・」
水が噴き出す。
ドブのような臭いが周囲に立ち込める。
「---ゼツボウヲヨコセ!!」
『戦闘開始!』
良い演出だ。
壮大なオーケストラが雰囲気を盛り立てる。
『悪しき女神が滅びの歌を奏でる!』
BGMと合わせて奏でられる、美しい歌声。
その歌声は儚く、力無い。今にも折れそうな。
聞いていると不安になるような、恐怖に体が震えるようなメロディ。
『山本一樹たちの体力が削られる!』
ステータスを確認する。
ダメージは決して多くはない、せいぜい1割にも満たない量だ。
ただ、全体攻撃となるとなかなかに厄介だ。
『悪しき女神の攻撃!』
えっ。
水が噴き出す。
飛沫が飛んでくる。躱せない。
『山本一樹は毒状態になった!』
『魔法使いは毒状態になった!』
他2人は避けたのか、そもそも対象外だったのか。
取り敢えずは無事らしい。
全体攻撃に毒。2回行動だろうか。
中々にやらしい女神だ。
『魔法使いは毒消し草を使った!』
横目に見てみる。むしゃむしゃと毒消し草を食べる魔法使い。
そうやって使うのか・・・。
あんまり野菜は好きじゃない、ちょっとやだな。
『山本一樹のターン!』
取り敢えずバッグから毒消し草を取り出して食べる。
思ってたほどまずくはなかったけど、決して美味しくない。
生のキャベツ食べてるみたいな感じ。
出来ればもう毒に罹りたくはない。
『戦士の攻撃!』
いつもと同じ。剣を抜いて距離を詰めて、振り下ろす。
のだが、泉が邪魔だ。女神に攻撃が届かない。
水が波打つ。
ダメージを食らったからだろうか、量が減っている。
『メイドの攻撃!』
「聖なる女神よ、此の邪悪なる闇を払え!」
「小光弾!」
光の弾が女神を狙う。
魔法ならば泉が邪魔になることもない、女神の肩を射抜く。
「グ・・・ウゥ・・・」
光の魔法は受け手の闇次第でダメージが変わる。
こいつ相手だったら結構相性が良さそうだ。
『悪しき女神が滅びの歌を奏でる!』
また体力が削られる。
体力のパーセンテージ依存なんだろうか、皆ちょうど1割強削れている。
まだ、回復はなくてもいけるはず。
『悪しき女神の攻撃!』
女神の目が輝く。
泉の水が鋭い矢のように飛んでくる。
その矛先は、魔法使い。
脇腹を貫く。普通なら死に至る。
ただそこはゲームだから、ダメージを受けるだけで済んでいた。
残り体力は半分を切っている。
防御が低いことを考慮しても、それなりに火力があるんだろう。
『魔法使いの攻撃!』
「盟約において炎の精霊に命ず!怒りの炎で闇を焼き払え!」
「中火球!」
人の胴程の大きさの火球が女神に直撃する。
煙が晴れると、女神像の腹が溶けて爛れているのが見えた。
確実に体力を削れている。
この調子でいけば、勝てるかもしれない。
『戦士の攻撃!』
再び泉に剣を振り下ろす。
淀んだ水面がさらに波打つ。
もうそろそろかもしれない。
『山本一樹のターン!』
どうしたもんか。
メイドさんにヒールを任せて泉を叩き壊すか、一緒に回復してやるか。
薬草はここまでの戦いで切らしていた。
1人の回復じゃ、せいぜい半分ちょっとまでしか回復しないだろう。
いや、先に敵を減らした方が楽だろう。
「うおおおおおお!」
剣を握る。
足に力を込めて、飛び上がる。
女神の加護のおかげで身体能力が飛躍的に上昇している。
普段より高く、素早く。
そして、最高点で勢いを失う。
---そのまま剣を、泉に突き立てる。
水が激しく噴き出す。
激しく、より激しく。
・・・激しすぎじゃね?
『呪われた泉が暴走する!』
水が弾け飛ぶ。
その水は刃となり槌となり、武器となる。
『山本一樹はダメージを受けた!』
『悪しき女神はダメージを受けた!』
『メイドはダメージを受けた!』
『山本一樹はダメージを受けた!』
『魔法使いはダメージを受けた!』
全体に区別なく、飛沫が飛び散る。
そして。
『魔法使いはダメージを受けた!魔法使いは倒れてしまった』
最初に読んだ本を思い出す。
女神の加護は、勇者たちに不死の力を与えてくれる、と。
だから、彼女も死んでしまったわけではない。
ただ、単純に戦う上で人数が減るのは困る。
『山本一樹はダメージを受けた!』
『悪しき女神はダメージを受けた!』
『泉の水は涸れてしまった』
これは、計算外だ。
女神にもダメージが入っていた、それは良いことだけど。
俺の体力があと2割しかない。
なんとか、メイドの回復を受けて耐え凌ぐしか。
「チカラヲ・・・カエセエエエエ!」
『悪しき女神の邪悪な叫び!』
『山本一樹は竦んでしまった』
『メイドは竦んでしまった』
しまっ---
『悪しき女神が滅びの歌を奏でる!』
『悪しき女神の攻撃!』
女神の瞳が怪しく光る。
目が合う。頭が割れるように痛む。
ドスン、と鈍い音がして、視界が暗くなっていく。
『山本一樹は倒れてしまった』
まだ、まだ戦える。
でも、立ち上がろうとしても手も足も動かなかった。
存在しているのかすらわからない。
何も感じられなかった。
ただ、思考回路だけがぐるぐると動き続ける。
何も見えない。何も聞こえない。
何も触れないし、何を触っているかもわからない。
夢の中の、ような、感覚。
どん、どんのうがふや、ける。
すいーとろーるはおかねがなべのふたでよろいのめがみでくわがた まおう?けんとうろこが
「おお、勇者山本一樹よ。お目覚めでしょうか・・・?」
一気に脳が正常を取り戻す。
じんわりと頭が痛む。
体を見ると、全身綺麗に治っていた。
ステータスを確認しても、皆体力は満タンだ。
「不死の身と言えど、死は恐ろしいもの。努努お忘れなきよう・・・」
現状を確認しよう。
あの戦いで俺は死んだんだろう。
主人公が死ぬとゲームオーバー、ということか。
まだ頭が痛い。微妙に吐き気もする。
窓から外の景色を見る。
始まりの村の教会だろうか。
ひとまず教会を出て宿屋に向かう。
この状態で戦うのは無理がある。
アイテムもお金も、もちろんレベルにも変化はない。
このゲームはデスペナルティが随分とぬるいようだ。
俺がプレイヤーだったなら、だけど。
何もする気が起きない。
宿を借りて、そのまま眠ってしまった。
目を覚ます。おはようございます。
一晩しっかり休んだら、だいぶすっきりした。
宿屋のおばちゃんのメニューを開く。なんか食べたい。
モーニングセットがあったからそれを頼む。
牛乳とトースト2枚。そして小さめの瓶が3つ。
中には砂糖、いちごジャム、ブルーベリージャムが入っていた。
お好みでかけろ、ということらしい。
いちごジャムを塗りたくりながら考える。
なんで負けたのか。
考えてみると、むしろ負けて当然のような気がする。
苦戦というほどではないけど、薬草切らす程度には雑魚相手に手こずってたし。
まだダンジョン内の探索だって完璧に済ませたわけじゃない。
未知の敵にも関わらず、回復よりも攻撃を優先した。
少し舐めていたのかもしれない。
気を抜くと死んでしまうような世界に今まで縁がなかったから。
いや、でも普通そんな奴いないわ。
また死ぬのは勘弁だけど、あんまり辛気くさくなってもね。
切り替えは早い方なのだ。
とりあえず探索。そしてレベル上げだ。
あとアイテムの準備もしっかりしておけば、勝てない相手じゃない。システム的に。
萬屋に向かう。
ありったけの薬草と、毒消し草を少々お買い上げ。
金ならあるのだ。敵からもぎ取った奴が。
一応鍛冶屋にも行ってみたけど、特に良い装備はなかった。
諦めるとしよう。
バッグの中を確認する。
薬草が47個。毒消し草は5個。
十分だ。
~女神の塔~
相変わらず敵が我が物顔で歩いている。
邪魔くさい。
視界に入ったやつに片っ端から戦いを挑む。
まあ、雑魚だから特に苦戦はしなかった。
まだ最初の階だし。
今回は探索もきちんとやろう。
もしかしたら宝があるかもしれないし。
探索を始めて早速、開けてない宝箱を見つける。ほらね。
『100ゴールドを手に入れた!』
・・・まあ、こんなもんでしょ。
まだ1階だしね。うん。悲しくない。
敵に片っ端から八つ当たりする。
クソが。レアアイテムよこせ。
何がスライムゼリーだプルプルしやがって。
・・・うめえ。
幾つか見落としていた宝箱があった。
そのうちの一つがこちら。
フルプレートヘルム。
遂にフルプレートシリーズ二つ目を見つけた。
ヘルムとアーマーだけがごつい。変態っぽさが増してしまった。
ともあれ、こうなるともしかしたら全身揃うのかもしれない。
そう考えよう。期待が膨らむ。
敵を狩り始めて30分程が経った。
目の前に敵が見える。あの輝き。鋼色。あれは。
メタルスライムだ。経験値稼ぎに御用達の魅惑のボディ。
後ろから・・・そーっと近付いて・・・!
斬りかかるッ!
『戦闘開始!』
メタルスライムが1匹。他と一緒なら逃げる前に倒しきらなきゃいけないはずだ。
今までにない緊張感が俺を襲う。
『魔法使いの攻撃!』
「盟約において炎の精霊に命ず!怒りの炎で闇を焼き払え!」
え、魔法効かないんじゃ。
「中火球!」
「ピギイイイ!」
割りと効いてた。
痛々しい声が響き渡る。
なんかちょっと申し訳ない。
そしたら、俺の剣も普通に通るんだろうか。
跳躍斬りを試す。
飛び上がりーーー重力に身を任せて剣を突き立てる。
ぐじゅり、と変わった感触。
結構ダメージが通ってる。
これは倒せそうだ。
『メタルゼリーの攻撃!』
メタルスライムじゃなくてメタルゼリーという名前らしい。
大人の事情が絡んできたんだろうか。
「ぴきー!ぴきぃ!ぴきぴき!」
何を言ってるのかわからない。
「ぴきー!」
突如、空に黒雲が立ち込める。
稲光が輝く。
つんざくような轟音が耳に突き刺さる。
慌てて後ろを振り返ると、魔法使いが倒れていた。
強すぎませんか。
体力を確認すると、僅かに残っていた。
一気に畳み掛ければ倒せるかな。
メイドが光魔法を詠唱する。
戦士が剣を振り下ろす。
魔法使いが中火球をぶち当てる。
ーーーそして。
俺の剣を突き立てる。
『メタルゼリーを倒した!』
さぞかし経験値も美味しいんだろう。
2ターンで終わったとはいえ、なかなかに強かった。
『それぞれ600の経験値を得た!』
・・・んぅ?結構しょぼい・・・?
『600ゴールドを手に入れた!』
メタルゼリーが溶けて、宝箱が残される。
『フルプレートレギンスを手に入れた!』
マジか。
これで、あとは手だけだ。
確定ドロップなのか、運が良かったのかはわからないけど手に入ったものはありがたく受け取ろう。
足の装備を変える。
今までとくらべて、大分見た目がかっこ良くなった。
頭、胴、足。
筋がしっかり通った感じ。
このまま手の装備も探しに行きたいところだけど、薬草もちょっと減ってきたし一度帰ることにしよう。
焦る必要はない。
言っちゃうと、ゲームなんだし。
時間制限はないんだから。
一度村でステータスを確認してみる。
前よりも皆のレベルは3ほど上がったし、俺の装備だって強くなった。
次は出来るだけ消耗しないように敵との接触を避けていけば勝てる、はず。
とりあえず今日は一旦宿屋で休もう。
一回リフレッシュだ。
明日こそ、あいつを倒すんだ。
ご愛読ありがとうございました先生の次回作にご期待くださいまる
すげえ中途半端に終わっちゃって申し訳ないです・・・。
無駄にゲーム性残すとすごい書きづらいことが分かったのでもうやりません。
こっちで色々書いてるので、もし良ければ見てみて頂けると喜びます。
http://blog.livedoor.jp/hirageeen/
おいおいそりゃないぜ>>1さんよ……
つまらん作品ならまだしも結構期待してたんだが
かなり中途半端じゃね?
レアアイテムとか集まっててこれからなのに……これは無いわ
>>243 さん
ご指摘ありがとうございます。
これに関しては自分も不満があるので、近いうちにリメイクを作ろうとは思っています。
ご期待に添えず申し訳ないです・・・。
打ち切りは仕方ないにしても、主人公が現実に戻れないまま終わるのはもやっとするな
まぁ次は素直に飯テロSS書いたら良いんじゃない
乙
>>245 さん
ご指摘ありがとうございます。
一応次は、こいつをしっかり書きなおすつもりでいます。
魔王勇者系は自分も好きなので・・・。
乙ありがとうございます。
今回の反省も兼ねてのリメイク版の方を、一旦ブログの方にて更新していくつもりです。
もし良ければ御覧頂けると嬉しいです。
ブログに人を集めたかっただけか
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