勇者山本一樹(26) (248)
新しい、って言葉は人をワクワクさせる力がある。
今、俺のバッグの中には新しく買ったゲームソフト。当然ワクワクしてる。
これで俺が小学生ならば、きっとソフトを開けて説明書を読み耽っていた頃だろう。
ただ、ここは親の車の中じゃなくて、電車の中。公共の場だ。
26のおじさんがそれをやるには少し勇気と恥を捨てる覚悟が必要だ。
要は人目が気になるし無理。
このゲームをやるために明日明後日は休みを取っておいた。
そのせいでここ数日は残業続きだったけど。
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こういう時はやたらと家が遠く感じる。
電車もっと早く走れよ。おらそこ乗ってくんじゃねえ。
俺の最寄り駅まで誰も乗り降りするな。
早く帰らせろ。
そんな理不尽な願いはもちろん届かず、それどころかいつもより電車は混んでた。
むわっとした熱気が車内を包む。暑苦しい。
「そいえばさーあのゲーム今日発売じゃね?」
「え、マジ!?今日財布持ってきてねーよ・・・最悪・・・」
近くにいた男子高校生たちの会話が聞こえた。
きっとこれのことを言っているんだろう。
残念だったなクソガキども。
俺がお前らの分も楽しく遊んでやるから感謝しろ。
とりあえず降りるな。
大人気なくそんなことを考える。
このゲーム自体は発表されて、もう数年が経っている。
確か俺が入社してすぐに発表されていたから、4年ほどか。
そこから延期に延期が繰り返され、遂に今日に至ったわけだ。
「なんだっけ、超すげえんだっけ」
「なんかそんな宣伝してたなー」
頭の悪そうな学生たちだ。
ちらっと様子を伺う。あ、あの詰め襟の紋章見覚えある。
俺の母校の生徒だった。なんか悲しくなる。
「あ、これこれ。”最高峰のグラフィックと最品質の音楽、最高のRPGをあなたに”だって」
「なんかありきたりだな」
「ようはやべーすげーってことだな」
「そだな」
身も蓋もない。けど、確かにそうかもしれない。
改めてそう言われると、ちょっと普通すぎる気もする。
まあでも、PVとかシステム紹介を見て俺は気に入ったんだ。
気にしない気にしない。
「お降りのお客様はお忘れ物がございませんように・・・」
高校生たちの会話を聞いているうちに、降りる駅に着いていた。
やるじゃん。ちょっとだけ褒めてやる。
駅を出て、自転車を全力で漕いで家に向かう。
食材はもう買い溜めておいた。お菓子とペットボトルの用意も。完璧だ。
今までにない速さで服を脱ぎ捨てて、ジャージに着替える。
逸る気持ちを抑えて、説明書を取り出す。
最近は説明書がペラッペラのゲームが多くて悲しい。
説明書をじっくりと読むのが楽しいのに。分かってないな。
残念ながらこのゲームもそれに漏れず、説明書は操作方法3ページ程度で終わっていた。
少し残念な気持ちになったが、割り切ろう。
ゲームが面白ければ何の問題もない。
ハードにゲームディスクを挿入する。
ウィーン・・・という読み込み音。
聞いていると、なんだか無性に眠たくなった。
世界がぐにゃりと歪んで、真っ暗に
。
ふと目を覚ます。周りは真っ暗で、何も見えなかった。
「君の性別は?」
急に聞かれる。めっちゃ声かっこいい人に。
これが、頭がしっかり働いていたらもっとちゃんと考えられたんだろう。
でも、この時は頭がぼんやりしてたから馬鹿正直に答えた。
「男ですけど」
「ふむ、男で良かったかな?」
「見ての通りですけど」
なんだこのおっさん。
というか誰だ。
「それじゃあ、君の名前を教えてもらおうか」
「いや、誰だよあんた」
「いや、誰だよあんたで良かったかな?」
「よくねーよバカ」
マジで何なんだこいつ。
「山本一樹です」
「山本一樹で良かったかな?」
「いいよ」
なんとなく嫌な予感がする。
そういえば、知らないおじさんに名前を聞かれても教えちゃいけないって小学校の時に習ったな。
やべえハイエースされちゃうかも。
こんなおじさんが?
いや、ねえか。
でも、どういう目的で聞かれたんだろう。
もしかしたら怪しげな契約かもしれない。
「それでは、勇者山本一樹よ。これからの至難の旅を乗り越え、魔王を倒すのだ!」
は?今なんて言った。ちょっと待て。
視界が急に明るくなる。と言うか、真っ白で何も見えない。
また意識を失う。
自分はゲームやるため休みとるくせに、ゲームを話題にしてる学生を頭が悪そうだと見下すって
一事が万事どういう神経してんだコイツ
やべーやべーしか言ってないからじゃないすかね
目を覚ます。ケルト風のBGMが聞こえる。
何があったんだっけ。
ゲームを買ってきて、帰ってきて起動を待ってる間に眠くなって寝ちゃったのか。
寝ちゃったのか俺!?
ゲームする時間が削れた。それはまずい。
そこまで考えて、気付く。
どこだここ。
レンガ造りの部屋。中はシンプルな木製の家具が並べられている。
部屋の隅にはかまどの火が灯っていた。
いや、おかしい。
俺の部屋はこんな西洋風でもないしおしゃれでもない。
レンガじゃなくて微妙に黄ばんだ白の壁紙だし、家具だってニトリで安かった黒いテーブルと座布団だ。
かまどなんて論外。あるわけねえだろ。
大きく深呼吸して、もう一度考えてみる。
ここは、どこだ。
さっきあった出来事を思い出す。最後の言葉。
”それでは勇者山本一樹よ。これからの”
”勇者山本一樹”
・・・マジ?
これは、あれか。よくラノベとかである異世界転移ってやつか。
もしそうだったら怪しげな契約なんてレベルじゃねえな。
クーリングオフ効くかな。
辻褄は合う気がする。でも納得は出来ない。
だって、ありえねえし。
いくら技術が進歩してて、VRがどうとか言ってる時代でもこれはないだろ。
でも、ドッキリとか仕掛けられるような人間でもないし。
俺どうしたら良いんだろう。
軽快なBGMが妙に気に障る。
・・・というかこれもだよ。
どっから掛かってんだこのBGM。
後ろから聞こえてくる。けど、後ろを振り返っても誰もいなかった。
改めて自分のことを見直すと、服装も変わってた。
高校の頃の体育用ジャージじゃなくて、ゲームとかに出てくる町人Aとかの服だ。
もうわけわかめ。
頭がパンクしそうだ。
一回落ち着こう。
ベッドから起き上がって、洗面所を探す。
なかったらどうしようかと思ったけど、ちゃんとあった。
冷たい水でおもいっきり顔を洗う。
顔を上げると、鏡にはいつもどおりの俺が映っていた。少しだけ安心する。
そして、その後ろに民族楽器を演奏するおっさん2人と、カメラを構えた妖精みたいなの。
「誰だお前ら!?」
慌てて後ろを振り返っても誰もいなかった。
相変わらず後ろの方から音楽が聞こえる。
もしかしたら俺の頭はおかしくなったのかもしれない。
それかこれは夢なんだ。
もう一度顔を洗って、顔を上げる。
鏡には、やっぱりいつもどおりの俺と、一生懸命楽器を演奏するおっさん2人。妖精1匹。
なんだろう。もう、どこから突っ込めばいいのか分からない。
千歩くらい譲って、俺はゲームの世界に入り込んでしまったと認めよう。
こんな舞台裏俺は見たくなかったぞ。
このおっさんたちも仕事で頑張ってるんだろうか。
今月の給料は多かった、とかで一喜一憂してるんだろうか。
世知辛いな。
なんともやるせない気分になる。
なんでそんなところばっかり現実的なんだよ。
魔法の力でほいほいーみたいな感じにしとけや。
俺のツッコミは誰にも届かなかった。
これで後ろのおっさんたちが食いついて来られてもそれはそれでやりづらい。
「そうなんだよ、今月実は結構きつくてさ・・・」
みたいな。俺もお、おうってなっちゃうよ。
BGMが盛り上がりどころに差し掛かって、演奏に力が増す。
おっさんたちの顔の赤みも増す。
頑張れおっさん。俺は応援してるぞ。
そこでちょっと気になることが出来た。
これ壁に背中あわせたらどうなんの。
やってみよう。
ごり。
がっ、ごごご、ごり。
背中にめっちゃカメラ当たってる感触がある。
あ、尻に当たった。痛い。
ゲームとかで壁際に寄った時を思い出す。
カメラが不安定になって、背中とかがズームされる。
あれってこういう状態だったんだな。
壁から背を離す。
カメラが当たらない、痛くない。
また一つ舞台裏を知ってしまった。
複雑な気持ちになる。
さて、どうしたもんか。
ここが何処なのか未だによく分かんないけど、少なくとも俺が住んでたところとは違いそうだ。
何をしたらいいのかもわからないし。
取り敢えず外に出てみよう。
~Holly Land~
外に出ると、あのイケボのおじさんが耳元で囁いた。
ビビる。横を見てももういなかった。
無駄に発音良いのが腹立つな。
怒りを抑えて、辺りを見渡す。
煉瓦造りの街並み。所々に吊り下げられている黒いランプは街灯だろう。
少し歩くと、石煉瓦の道がコツコツと小気味の良い音を立てる。
柔らかい風が道を吹き抜ける。
どうやら今の家は大通りに面していたらしい。
道が真っ直ぐと、城まで伸びているのが見えた。
そしてBGMが、ケルト風から優美なオーケストラに。
少しぶらついてみる。
車は世界観に合わないからか、見かけなかった。
たくさんの人が広々とした道を歩いている。
現代社会ではなかなかお目にかかれない光景だ。
基本的には西洋ファンタジーの世界をモチーフにしているらしい。
ゲームではよく見るけど、実際に歩いたことなんてなかったからすげえワクワクする。
歩いていると、知らない人でも関係なく声をかけられた。
「当ててやろうか?誰かに、スイート・ロールを盗まれたかな?」
誰だよお前。そんな辛気臭い面してねえよ。
というかこの国そんな治安悪いのかよ。
先行きが不安だ。
あと、スイート・ロールってなに。
歩いていると衛兵にも声をかけられた。
「昔はお前のような冒険者だったのだが、膝に矢を受けてしまって・・・」
そうか、頑張れよ。
俺冒険まだしてねえけどな。
まああっちの世界だと、せいぜい仕事での業務連絡くらいしか話さなかったわけだし。
久しぶりに会話するのは楽しかった。
情報を集めてみる。
・・・・・・
チュートリアル的なおじさんがいた。
「メニューを開きたい時はStartボタンを押すんだ。ん?何の話かって?まあ君は気にしないでいいよ!はっはっは!」
気にするわぼけ。
というか操作主とかいねえから、俺以外聞いてねえよ。
どうしよ、流石に手元にコントローラーないし。
頭の中でコントローラーをイメージして、スタートボタンを押してみる。
周囲の動きが止まって、目の前にウィンドウが出る。これで良いんだ。
とりあえず持ち物をチェックしてみる。
[装備] 町人の服
[持ち物] なし
・・・服だけって。
悲しい気持ちになる。
所持金は辛うじて500ゴールド持ってた。
通貨単位はゴールドらしい。安易だ。
設定画面もあった。
とりあえずカメラ感度を上げる。特に効果は感じられなかった。
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