藤原肇「見つめて、すうっと、ぼけていく」 (27)
アイドルマスターシンデレラガールズ藤原肇のss
地の文あり。
誕生日おめでとうございます。
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事務所から私の住む寮までの帰り道。
ふと立ち寄った公園から見える夕陽がとても綺麗で、思わずカメラを取り出します。
画面を見つめながらボタンを半押し。
ピピッという電子音が鳴ったら更に強く押し込む。
カシャという音と共にプレビュー画面が表示されます。
「う~ん。やっぱりピントがボケちゃうなぁ……」
三ヶ月ほど前、ノルウェーでオーロラに出会ったとき、私の持っていた二つ折りの携帯電話のカメラでは全然綺麗に写らなくて、「この感動は写せないものだから、心に焼き付けるべきなんだ」なんてこと考えていました。
「カメラのことなら私にお任せください」
「良いですね! わたしもカメラについてお勉強したいです!」
オシャレな路地裏のカフェでそんなオーロラの事を話していると、藍子ちゃんが優しくふんわりと提案し、加奈ちゃんが元気良くその提案に乗っかってきました。
その足で電気屋さんに向かい、三人それぞれ色違いでお揃いのカメラを購入した事を、手元にある水色のデジタルカメラを眺めながら思い出します。
どこかぼんやりとした風景の写真に困惑しつつ、せっかく藍子ちゃんに使い方を教えてもらったのに、やっぱり私にはこういう機械はどうしても苦手なようです。
ため息をひとつ吐き、ベンチに腰掛けます。
「おや? 肇ちゃんだ! こんにちはー」
ふと顔を上げると、棒アイスをくわえながら周子さんが目の前で立っていました。
「お仕事のお帰りですか?」
「そーそー。肇ちゃんは?」
「私はレッスンからの帰りです」
ふむ。と周子さんが私の手元にあるカメラに目を向けます。
恥ずかしいのでなるべく隠しておきたかったのですが聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
「実は……」
ーーーーー
ーーー
ー
「ああこれねー。スーパーマクロの設定になってるからだよ」
「マクロ……? カメラ。詳しいんですね」
少し困ったような顔をしながら、これぐらいは普通だよと周子さんがスッスッとカメラをいじり、ポンと手渡してくれました。
「シューコちゃんのお店のサイトで商品の写真とかアップしてたからね~」
あれやるとお小遣もらえるんだよ。良いバイトだったなぁと懐かしむように零しました。
「でも父親がネットに対してあんまり乗り気じゃなかったからそこら辺めんどくさかったけど……」
男ってそういうのアレだよねぇと唇を尖らせながらぶーぶー言いはじめます。
アレというのは良く分かりませんが、私のおじいちゃんもきっと、ネットには手を出さないでしょうし。
便利になっていく世の中で流れに逆らうのも大変だとは思います。
電機窯でたくさん備前焼を作れるのに敢えてそれをしない。
でも、いつだって思うことは……
「できることなら手作りがいい」
どきりとしました。
まるで私の気持ちが声に出てしまったのかと錯覚してしまう程にピタリと周子さんは図星を言い当てます。
「周子さんは人の心を読めるんですか?」
「あたしは妖狐だからねー」
じっと目を見つめながら周子さんは妖しく笑います。
ふと、周りを見れば夕陽が落ちかけ、昼と夜が入れ替わる。逢魔ヶ刻。
思わず「誰そ彼?」と周子さんに尋ねそうになってしまいました。
「誰ってあたしは周子。シューコちゃんだよ!」
いつものように周子さんがあははと笑います。
「もうすぐ夜だし冷えちゃうからあたしは帰るよ? 肇ちゃんも、もうお帰りよ」
「そうですね。周子さんもちゃんと寮に帰って来ますよね」
「うんうん。コンビニでお菓子買ってから帰るよ~」
そうでしたか、それではまた明日と言いながら手を振る周子さんを見送りました。
私も周子さんが設定してくれたカメラをケースに入れ寮に帰ることにします。
寮に戻ると私宛てに封筒が送られて来ました。
贈り主を見てみると実家のお母さんからで、中身を確認すると可愛らしいカエルの絵が描かれた便箋が入っていました。
私の身体を気遣うことや簡単な挨拶、当たり障りのない内容と合わせて、最後に誕生日プレゼントはこっちに用意してあるから、時間が空いたときに取りにいらっしゃいと書いてありました。
最近岡山に帰っていない事を思い出し、家族からの突然の帰郷の催促に申し訳ない気持ちになりながらも、近いうちに帰ることをそっと約束します。
そして、追伸の欄に十年前の貴女から手紙が届いたのでそちらに送りますと書いてありました。
封筒の中をもう一度覗くともう一枚封筒が入っていました。
十年前……思い出しました。
確かあれは私の小学校か、市の企画で未来の自分へ手紙を書こうというものでした。
書いたものは提出し、どこかで保管され、そしてその時になったらお家に届くという。
何せ十年前の事ですから何を書いたか皆目検討がつかず、昔の私が今の私にどんなことを託したのかを考えると、少しだけ緊張してしまいます。
ゆっくりと封を開け、ふぅ。と息を吐き、そこに書いてある文字を読んでいきます。
便箋の真ん中にただ、一言だけ。
「十年ごのわたしはりっぱなとうげいアイドルになっているでしょうか? びぜんやきをもってテレビの中でおうたをうたっているでしょうか?」
と。真っ直ぐな言葉とは裏腹にぐにゃぐにゃと曲がったひらがなだらけの手紙には、やはり最後の藤原肇の名前までひらがなで書いてありました。
手紙を読んでいる間、オルゴールの箱を開けたときのように私の中でどこからか懐かしいメロディーが流れ出していきました。
テレビの前、畳の上で足をトントンと踏み鳴らしながらこぶしを握ってマイクに見立てて……おじいちゃんが手拍子を鳴らしている中で歌った歌。
つたなくて舌っ足らずで歌詞の意味も良く分かっていなかったけど笑いながら楽しくてキラキラとしていて……
あの頃の私は今と変わらず素敵な未来をイメージしながら歌を歌っていました。
陶芸アイドルというのも好きなものと好きなものを合わせたもので、きっと自分でもどういうものかイメージできていないはずだったと思い、少しだけ苦笑します。
陶芸とアイドルの二つだけではなく、故郷も家族も昔から大好きでした。
歳をとるにつれ好きなものがどんどん増えていきました。
きらめく舞台、夢を共にする仲間、応援してくださるファンの皆さん、それと……私の事をここまで連れて来てくれたプロデューサーさん。
きっとこれからたくさん、自分が想像できなかった未来へ進むことが多くなると思います。
たくさん歌って。
たくさん踊って。
その度に私の好きが増えていって。
その度に私を飾る彩りがひとつ増えていきます。
開けた窓から外を眺めれば、水分をたっぷり含んだ大気と薄く広がる雲のお陰で月の明かりが淡くふんわりと、ぼけて見えます。
「朧月夜は星を見るのには向かない。その代わりに花や草木、いつも自分が見ている景色がとても綺麗だということに気がつかせてくれる」
月の光を受けて青白く輝く新芽を眺めながら、そんな話をしたことを思い出しました。
巡る季節も、名前も、その中で違う顔を見せつづけてくれる風景のひとつひとつが美しいということも故郷で私の事を見守ってくれている人達が教えてくれたから。
その教えてもらった事をプロデューサーさんにもそのまま話してみるといつだって、肇は物知りだなと頭を撫でてくれます。
子供じゃないんですからなんてぷくっと頬を膨らませても今度はその頬を指でつついてカラカラと笑います。
そんな顔を見てしまったらもうこれ以上怒る事を諦めて、私もつられてふふっ。と笑ってしまいます。
プロデューサーさんはずるいと改めて思います。
明日は自主レッスンをすると決めた日だから、事務所に着いたらプロデューサーさんに何かわがままを言ってしまおう。
そんな事を考えながらすぅっと眠りにつきます。
※ ※ ※
「こんにちは!」
事務所のドアを開け、元気良く挨拶。
一日の初めはできる限り明るく。楽しく。
モットーと呼べるほどのものではありませんが、朝一番にランニングをすると気持ち良くその日が迎えられるので、きっと元気なのは大切な事だと思います。
「あら、肇ちゃん。こんにちは」
すぐ側に居たちひろさんがにこりといつもの笑顔を向けながら返事を返してくれました。
プロデューサーさんはいつも通りデスクに向かってにらめっこをしています。
突然プロデューサーさんに、肇。と名前を呼ばれながらちょいちょいと手招きをされたので、なんだろうと思いながらデスクへと足を運びます。
どうしました? と問い掛けますとプロデューサーさんは引き出しを開け、中から手の平に乗るくらいの立方体の箱を取り出しました。
「誕生日おめでとう」
突然の事で戸惑いながらもなんとか言葉を絞り出してありがとうございます。とプレゼントを受け取ります。
「……開けてみても良いですか?」
「……勿論」
フタを開け、円筒形にくるまれた包みを外してみると、中から綺麗な白色の湯飲みが出てきました。
よく見ると所々いびつでお店で売っていない物だと分かります。
しげしげと器を眺めていると隣に居るプロデューサーさんの顔がどんどん赤くなっていきます。
「……流石に都内で備前焼を作れるところは無くてな」
「ありがとうございます。あ、陶印もちゃんとありますね! Pって書いてあります」
あ、プロデューサーさんの顔がまたひとつ赤くなった。
「無理して使わなくていいぞ。ほらオブジェとしてでも……」
「もぅ! ダメですよ。物は使われてこそです。ちゃんと大切に使いますので」
「……そうか……それは良かった。お店で白の釉薬を使ったときの見本を見させてもらったときに肇の肌みたいに綺麗だったから思わず白を選んでしまってだな」
反撃と言わんばかりに器の白の綺麗さと私の肌を交互に褒める。
私の顔が一気に熱くなるのが分かりました。恐らくもう既に私の肌はこの器のような白では無いはずです。
そんな私たちのやり取りを眺めながらちひろさんがくすくす笑っているのが見えます。
どうやら私を助けてくれるつもりはなさそうです。
私を恥ずかしがらせる為にやっているのか天然なのかわからないところも、やっぱりプロデューサーさんはずるいと思います。
「プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
「わがままをひとつ聞いてください」
「肇がわがままなんて珍しいな。いいよ何でも言ってみなよ」
「ありがとうございます。私のーーー
シューズを履き替え、柔軟を終える。
レッスンを見てくださいなんてそんなのわがままの内に入らないよ。と笑いながら快く引き受けてくれたプロデューサーさんを鏡越しに見ながら、トレーナーさんに教えられた通り、振り付けをこなしてみせます。
時折、キュッキュッとなるスキール音を響かせながら。
いったん動きを止め、振り返り、プロデューサーに向かってにこりと笑顔を見せます。
プロデューサーさんも笑顔で応えてくれます。
なんだか歌を歌いたい気分でした。
気持ちをリズムに乗せるように。
言葉を歌詞に込めるように。
想いを大切な人に届けるイメージを。
音楽プレイヤーに手をかけ、大きく息を吸い込みます。
16歳の私が好きなものも、17歳の私が好きになるものも全部まとめて歌にしてみせます。
だから聴いてください。
私の歌を。
※ ※ ※
「なんだか……」
私が息を整えるのを待ってから、プロデューサーさんは重々しく口を開きました。
「この前見たときよりも歌が良くなってたよ」
「本当ですか?」
プロデューサーさんはあぁ、と言いながら親指を立てながら良かった良かったと繰り返します。
「何かコツでも掴んだのか?」
プロデューサーさんが私の目を見ながら優しく語りかけます。
私もプロデューサーさんの目を真っすぐに見つめ、すぅ。と息を深く吸い込みます。
ドクンドクンと跳ねている心臓を少しでも落ち着かせるために。
なんて事はない。
ただ、自分の気持ちを正直に歌うこと、ただその一点を取り上げただけです。と。
でもそのままその事を伝えてもちょっぴり味気ないと思いました。
いつか然るべき時に然るべき話を……昨日よりひとつ大人になった私は少しだけ勿体振って見せます。
だから。
「内緒です」
と、ふふっ。と笑いながらとぼけてみます。
「見つめて、すぅっとぼけていく」
おわり。
おまけ
「ところでプロデューサーさん」
「どうした意地悪な肇さん」
「……プクー」
「自分で言ってどうする。それで?」
「写真。一緒に写って頂けませんか?」
「俺と?」
「はい! プロデューサーさんと。です」
「待って。今日寝癖とか色々アレで……」
「大丈夫ですよ。いつも通りのプロデューサーさんです。ほら早く」
「わ、デジカメまで用意してるよこの子。ほんとどうしたの?」
「どうして……? う~ん、きっと十年後の私に送る為だと思います」
「十年後?」
「十年後です。きっと十年後の私は立派で素敵な陶芸アイドルになっているはずですから」
おわりです。
藤原肇ちゃん誕生日おめでとうございます!!
メンテが終わったらきっと彼女は17歳になっている筈です。
とにかく誕生日おめでとうございます!!
乙、貴方なら書いてくれると思ってた
いい加減消えろよ
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