川島瑞樹「温泉旅行」 (17)
十年後です。
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千葉県で最古の温泉として語り伝えられている名湯。
「はぁ……気持ち良いわねぇ……」
「そうですねぇ……」
旅番組で訪れた南房総の温泉宿。
撮影が終わり、スタッフはそのまま撤収。
番組の計らいで、出演者である夫婦は、その温泉宿に宿泊する事となった。
──二人の出会いは10年前。
川島瑞樹は地方局のアナウンサーからアイドルに転向した。
28歳という遅いデビューではあったが、瞬く間に人気を博し、トップアイドルとなっていった。
それを支えたのが瑞樹の夫であり、当時、彼女の担当でもあったプロデューサーである。
そんな二人は、いつしか惹かれ合い結婚。
……どちらかと言えば瑞樹の積極的なアプローチもあってだが。
時に喧嘩をする事もあるが、現在でも仲睦まじく過ごしている。
「今日はお疲れ様でした」
「ふふっ、あなたもお疲れ様」
二人は宿自慢の貸し切り露天風呂で、撮影の疲れを癒していた。
「南房総は、あの源頼朝が英気を養ったと呼ばれている場所なんですよ」
「へぇ。詳しいじゃない」
「そりゃ、生まれ故郷ですからね」
「……というか、いつまで敬語なの?」
「いやぁ、子供の前じゃないとつい癖で……ははっ」
入籍から1年後、二人は子宝に恵まれ、今では8歳になる娘がいる。
今は撮影の為に、Pの実家である近くの祖父母の元へ預けられていた。
「でも大丈夫かな……いい子にしているかな……」
娘の事が気になるのか、心配そうに言う。
「はぁ……本人に親バカねぇ。私に似てしっかりしているから大丈夫よ」
呆れた表情で呟く。
「え? 俺は?」
「あなたは昔から、仕事以外はちょっと頼りない所があるのよね」
敏腕プロデューサーと呼ばれた彼も、プライベートでは優柔不断な所があるらしい。
「ははっ……」
これには、思わず苦笑いするしか無かった。
それにつられて、瑞樹もクスっと笑う。
「さて、のぼせちゃう前に上がりましょう」
川島さん期待
──
「気持ち良かったわねぇ」
二人は部屋に戻り、木製の座椅子にもたれかかりながら、一息つく。
い草の香りが心地よい。
そこでふと、瑞樹は自身に向けられた視線に気付く。
「なぁに? ずっとこっちを見て」
視線の先では、夫がこちらを見つめていた。改めて瑞樹に見惚れていたのだ。
彼女が当時から続けているアンチエイジングのお陰なのか、当時とほぼ変わらない美貌を保ち続けていた。
更に湯あがり美人とでも言うのだろうか。なんとも言えない色気を醸し出していた。
「いやぁ……」
「惚れ直したのかしら?」
「な!?」
図星を突かれ慌てる。
「ふふっ、ありがとう♪ 自分磨きを続けてきた甲斐があったわ。でもそういうのは、直接言って貰うのが嬉しいものなのよ?」
Pは敵わないなぁ、と小声で呟いた。
──
「さて、今日はパーッといきましょう! この辺りはご飯が美味しから、お酒が進んじゃうのよね♪」
夫の地元であるせいか、何度か飲む機会があった。
義理の父も無類の酒好きの為、よく飲み交わしたものだ。
「程々にしてくださいよ」
「わかってるわよ」
少しむくれながら、お猪口に酒を注ぐ。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯」
ちんっ、とお猪口が鳴り、ちびりちびりと風呂上がりの喉を潤していった。
──
「実は私、なめろうが郷土料理って知らなかったのよ」
「今や、どこの居酒屋でもありますからね。それを焼いた『さんが焼き』というのもありますよ?」
「是非食べてみたいわね! ──それにしても料理もお酒も本当に美味しいっ!」
「あっ、料理で思い出したんですけど、さっき神社で何をお願いしたんですか?」
先程、撮影で訪れた料理の神様を祀っているという、由緒ある神社だ。
「うーん、これからもあなた達に美味しいご飯を作ってあげたいから、その事についてよ」
「瑞樹さんのご飯は、いつも美味しいですよ。家事も完璧だし」
「何よ急に……でも嬉しいわ」
「いや、こういうのは直接言った方がいいって言ってたじゃないですか」
「改めて言われると……その、ちょっと恥ずかしいのよ」
お酒のせいなのか、言葉のせいなのか、手のひらでパタパタと顔を仰いだ。
──
「明日は実家に顔出して、子供を迎えてと。──その後どうしましょうか?」
「やっぱり新鮮なお魚を買って帰りたいわね」
「そうですね。あとはあの子を色々連れて行ってやりたいなぁ。あっ、城とか行ったら喜んでくれるかな!」
「…………」
「あれ? どうしたんですか?」
少しふくれて、瑞樹が呟く。
「せっかく今は二人きりなのに、子供の事ばっかり……ちょっと妬けちゃうわ」
「瑞樹さん……」
「なーんて、子供に嫉妬しても仕方ないわよね! 気を取り直して飲みましょ!」
「すみません」
「もう、なんで謝るのよ。あなたがちゃんと私達を大事にしてくれているって、わかってるわよ」
「そりゃもちろん! でも今日は瑞樹さんの事だけを考えます」
「そこまで言うなら、お言葉に甘えちゃうわよ? 」
──
「あら? もう飲まないの?」
「いやぁ、俺がテレビに映る側なんて考えられない事だったんで、疲れちゃって」
「気持ちはわかるわ。うーん、そうねぇ……なら、お姉さんが膝枕してあげましょうか?」
「それじゃあ、遠慮無く。──よいしょっと」
立ち上がり、瑞樹の横へ移動する。
そのまま頭を膝に預ける。何処と無く石鹸の良い香りがした。
「ふふっ、子供みたいね」
軽く頭を撫でながら瑞樹が呟く。
「男はいつだって童心を忘れないものなんですよ」
「それなら私だってまだまだオンナノコよ? キャピッ☆」
「…………」
「……何か言いなさいよ」
──
「ねぇ」
問い掛けたが、返事が無い。
「あら、寝ちゃったのかしら?」
……あのね、P君には本当に感謝してるのよ?
みんなに色々伝えられると思ってアナウンサーになったけど、何か違って……
それで何もかもが嫌になって、局を辞めた。
そんな時にアイドルにならないか? なんてスカウトしてくれて。
最初はどうなるかと思ったけど、想像以上にアイドルのお仕事は楽しくて。
もちろんつらい事もあったけど、事務所の皆や、あなたが支えてくれた。
多分あなたとじゃなかったら、あそこまで輝けなかったと思うの。
それに──私を選んでくれた。
私を、あなただけのアイドルにしてくれた。
……あんなに若くて魅力的な子が沢山いるのにね。
本当に嬉しかったわ。
なんてね──少し私も酔っちゃったかしら?
「瑞樹……」
寝言かしら?
ふふっ……これからもあなたの為に最高の私でいるわ。
だから、これからもよろしくね?
終わり
乙です
川島さんと結婚したい
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