八幡「雪ノ下が壊れた日」 (435)
それはいつも通りの日になるはずだった。少なくとも俺はそう思っていた。
この日は由比ヶ浜が部室に来るのが少し遅れるとの事だった。隣のクラスの友達と少し話す事があるらしい。俺と雪ノ下はいつも通り部室で本を読んで、由比ヶ浜、あるいは依頼が来るのを待っていた。
そんな時に、不意に雪ノ下が口を開いた。
雪ノ下「比企谷君、私、葉山君と付き合う事になったの」
八幡「…………」
咄嗟に声が出なかった。
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雪ノ下が葉山と……。それだけは有り得ないと思っていた。いや、正確にはそう思い込んでいたって事になる。瞬間、頭の中が真っ白になった。まさかという思いよりも動揺の方が遥かに強かった。
八幡「そうか……」
辛うじて出た言葉がこれだった。雪ノ下が「ええ」と答えながら小説のページをめくる。その音がやけにかすれて聞こえた。
俺は何を雪ノ下に言えばいいんだろうか? 内心では酷く動揺している俺に比べて、雪ノ下はいつも通りだった。何も変わりがない。昨日と全く同じの、俺がよく知る雪ノ下雪乃だ。
文庫本から少しだけ目を離して俺の顔を見る雪ノ下の表情は、その名前通り雪の様に白く、そして凛としていた。
またこういうのか
てか名前いらなくね?
また八幡がgdgd愚痴ってる間に雪乃が不幸になる話?
とりあえずビール頼んでいい?
うーん、もうこっち系の需要はそんな無いと思うんだが……
走馬灯の様に嫌な想い出が甦ってきた。普段は自虐ネタとして使っているあれらだ。結局、俺は中学の時から何一つ変わっていない。期待するのをやめたと思っていたのに俺はまた不様にも期待していたのだ。
何が、なんて事は言いたくない。言えば急に安っぽいものに変わる気がした。この気持ちだけは何があっても自虐ネタとして使いたくもない。俺が言えるのはそれだけで、それ以上の事を言えば、感情が一気に溢れそうになる。理性の怪物だと自負する俺としては、それらを押さえつけて、別の答えを探す必要があった。
雪ノ下雪乃に何を言えばいいのか。
しばらく考えた末に、俺は結論を出した。これは『いつも』の事だ。俺は卑屈に俺らしく答えればいい。それは何も変わらない。
八幡「ぁ……」
一旦、口を開いて、慌てて俺は声を出す直前でまた閉じた。出した声が震え声になりそうで怖かった。雪ノ下が俺の方にしっかりと顔を向ける。気が付けば俺は、脳内で考えていた事とはまるで違う言葉を口から出していた。
八幡「よ……良かったな」
雪乃「…………」
まるで蛇がゆっくりと鼠を飲み込んでいくように、雪ノ下はその言葉を黙って聞いていた。長い長い時間をかけて、ようやく一言だけ。
雪乃「そうね」
そして、また読書に戻った。
また量産型居酒屋か
今ならもれなくレス貰えるもんな
そもそも選ばないとか現状維持は八幡自身が否定してるんだけどな
選ばないのは葉山。選ぶとか無しで現状維持したがったのは結衣だし
レスコジキの量産型に整合性求めるとか鬼畜やな
俺はもちろんそれ以上何も言えない状態にあった。雪ノ下もきっとそうだろう。
つまり、由比ヶ浜が来るまで、この気まずい空気の中にいなきゃいけない事になる。俺はその時は理由もなくそう思っていた。これまでの経験から出た答えだから当然だ。
だが、現実はまるで違っていた。
それから数分ぐらい経った頃だろうか。雪ノ下が「比企谷君」と言って、不意に立ち上がった。俺の座っている席までゆっくりと移動してくる。
雪乃「この本、図書館から借りてきた物なんだけど」
座っている俺に対して、雪ノ下は立って目の前にいる。自然と俺は見上げる結果となる。
雪乃「あなた、返しておいてもらえるかしら」
その直後、俺の頬にかなりの衝撃が走った。耳元で激しい音が響き、そして頭の中にキーンという甲高い金属音が聞こえた。一瞬、何が起こったのかわからなかった。それを理解したのは、つかつかと部室から去っていく雪ノ下の後ろ姿と、床に落ちてよれ曲がっている文庫本を眺めた後だった。
はたかれたのだ。思いっきり。雪ノ下に、文庫本で、頬を……。
ぴしゃりと閉じられた部室の中で、俺は多分信じられないぐらいの間抜け面を晒していたと思う。実際、何が起きたかを理解した後でも、起こった出来事が信じられなかった。
あの雪ノ下雪乃が、文庫本を使って俺の頬を手加減なしに叩く……?
俺は口の中に血の味を感じながら、落ちた文庫本をそっと拾い上げた。その文庫本には書店のブックカバーがつけられていて、無論、図書館の管理カードも入っていなかった……。
とりまここまで
原作との整合性がある程度無ければ原作改変キャラ改変のきつい最低SSにしかならんからなー
居酒屋のも最初のスレの時点でで教科書みたいな最低SSだと言われたままで突っ走っただけだし
ある程度の改変ならともかく矛盾させたら駄目だろ
スレタイと雪乃の行動からして、この後はキチのんの奇行を楽しむギャグSSだという流れを期待する
案外葉山と付き合うってのはウソで、その事について何も言わなかった八幡に
対して、自分の事に関心が無いって誤解してしまい、結果壊れたっていう話か?
嘘吐いた時点で雪乃のキャラ崩壊だけどな
雪乃は嘘は吐かないで、黙るからな
また量産型のゴミが増えるのか
ゴミヒロインの雪ノ下が寝取られても痛くも痒くもないだろ。そんなに殺気立つなよ。
もう散々量産された人のパクリをしてまでレスが欲しいって
よほどリアルの人間関係に飢えてるのか?
無理やり付き合わされることになってとかじゃ
んほおおおおおセックス気持ちいいいいい→はい
嘘ついたー→キャラ崩壊だろ[ピーーー]
ガイジかな?
なんでみんなそんなひどいことゆうの٩(๑`^´๑)۶
居酒屋の真似をした所で居酒屋には成れんて事だな
なんの罪もない文庫本が……酷いよ…
あれから一週間。
言葉にするとたったそれだけだが、ずいぶん長い時間が経った様に思う。
あの日、俺は由比ヶ浜が来るのを待たず早々に部室から去った。頬がきっと赤く腫れていただろうから、その姿を由比ヶ浜が見れば何か尋ねてくるに決まってる。帰るしかなかった。
案の定、帰り道の途中で由比ヶ浜から電話。「ヒッキー、それにゆきのん、今、どこにいるの?」
「用事があるとかで雪ノ下は帰った」
そう伝えた。伝えた後で、部室を出る前に由比ヶ浜に先に電話をしておくべきだったと気が付いた。そんな事も思い浮かばないほど、あの時の俺は動揺していた。
「じゃあ、ヒッキーはどこにいるの?」
帰る途中だ、とは言えない。
「今、部室にいるんだけど、誰もいなくて……」
「悪い。いきなり平塚先生から呼び出し食らったんだ。遅くなりそうだから、由比ヶ浜も今日は先に帰ってくれ」
「あ、うん……」
どことなく曖昧に由比ヶ浜は頷いたが、電話を切ろうとはしない。悪いと思ったが「それじゃあな」とこちらから電話を切った。通話が切れた液晶画面を眺め、それから軽く空を眺める。
空は悔しい程に晴れていて、俺はすぐに地面に目を戻した。煙草の吸い殻やゴミが落ちているアスファルト、それを眺めていた方が遥かに心が落ち着く俺がいた。
「ねぇ、ヒッキー。今日は朝から雨でなんかあれだよね。テンションが上がらないって言うかさ」
「……そうだな」
そして、現在。俺と雪ノ下と由比ヶ浜は『いつも通り』部室にいる。いるだけで、それが普段の『いつも通り』なのかは別としてだ。
「ゆきのんもさ、雨の日はちょっとこう憂鬱気味になったりとかさ。そういう事あるよね?」
「……そうね」
「あ……ぅ……」
困ったように俺と雪ノ下の両方を間の席で代わる代わる眺める由比ヶ浜。それから小さく溜め息。この一週間はずっとこんな感じだ。
前も似たような事があった。その繰り返し、その再現だ。俺と雪ノ下は揃って喋らない。
奉仕部は一度崩壊しかけ、それが直ったと思ったらまた崩壊しかける。だったら、最初からなかった方が良かったと今の俺は思いはしないが、だからといって今回の場合は俺が動いて直せるものではないと思う。
例え、俺がいつもの様に雪ノ下と接したとしても、今の雪ノ下は恐らく何も会話する気はないと言わんばかりの返事しかしないだろう。それだけあの日の雪ノ下が取った行動は決定的であったし、そして雪ノ下雪乃らしさがまるでなかった。
俺は人間観察が得意だと自分で思っているし、それを裏付ける結果も少なからず出してきた。その俺がはっきり言える。
雪ノ下雪乃は、嘘をつかないし、暴力で事態の解決を図らない。
だが、それがイコール雪ノ下雪乃が誠実で平和的な人間だという事ではない。雪ノ下は聖人君子ではないし、ガンジーの様な平和主義者でもない。むしろ、肉食獣の様な攻撃的な一面すら持っている。だが、それでもあいつは嘘をつかないし、暴力に訴える事は絶対にない。もっと別のやり方であいつは動く。
これまで雪ノ下と長い間近くにいた俺だから確信を持ってそう言える。雪ノ下本人以上にそれは保証してもいい。
ところが、今回の場合、信じにくいが雪ノ下はその両方を行使した。それが何を意味するかは、深いところまで俺は理解できない。だが、はっきりと言える事もある。
雪ノ下は俺に対して怒りを覚えていて、それは恐らく非常に激しく理不尽な怒りだという事だ。
理屈を立てて俺を責められないから、雪ノ下は俺に暴力を振るった。それしか手段がなかったからだ。
それが何故理屈を立てられないかはわからないし、もしくはその理屈を俺に対して言えない事だったのかもしれない。だから、雪ノ下はその怒りを一旦鞘におさめたはずだ。
おさめたが何かがきっかけとなり、結局おさめきれず暴発した。
そう考えるのが妥当だろう。
そして、それは葉山と付き合う事になったという、その事に関係している様に俺には思えるのだった。
「悪いけど、由比ヶ浜さん」
意識が急に現実に戻された。伺うように目を向けると、本を鞄の中にしまって帰り支度をしている雪ノ下の姿が目に映った。
「今日はどうにも気分が優れないの。もう帰らせてもらうわね」
そう言って、返事も待たずに雪ノ下は部室の戸を開けて出ていった。「あ、あの、ゆきのん……」慌てて戸口まで追いかけて行った由比ヶ浜だが、諦めた様に一つ息を吐き、自分の席へと戻ってきた。
俺はと言えば、雪ノ下が断りを入れる時、俺の名前が出されなかったのが地味に傷ついていた。いつもの事だ、と思えないのがより辛い。出会った頃に時間を戻せれば、傷つく事もなかったんだろうなと考えている自分も嫌だった。
「ねぇ、ヒッキー」
まるで平塚先生の様に、言葉の前に深い溜め息をついてから、由比ヶ浜が俺を呼んだ。
「ゆきのんと何があったの?」
その表情は俺を責めているというより、心配している様な印象の方が強かった。
Q:雪ノ下の「葉山と付き合うことになりました」といういきなりの報告に戸惑いつつもとりあえず善意から「おめでとう」と言ったら、何故か文庫本で血が出るくらい強く殴られました。それから彼女とは何の音沙汰もないのですが、俺はどうすればいいのでしょうか。
何もない、と言うのは簡単だ。だが、由比ヶ浜はきっとその返答では納得しないだろう。むしろ、これまで一言もその話題について触れてこなかったのが驚きなぐらいだ。
多分、由比ヶ浜は由比ヶ浜で、俺と雪ノ下の事について気をつかっていたのだろう。ただ、それも限界にきていた。俺も似たような気分だった。
「……直接的には何もない」
俺はそう嘘をついていた。雪ノ下と違って俺は嘘をつく事に躊躇や迷いはない。この嘘で雪ノ下や由比ヶ浜が傷つく事もないだろう。なら、別に構わない。あの事は口にするべきではないと思ったし、口にしたとしても恐らく由比ヶ浜は信じないだろう。俺と由比ヶ浜が逆の立場でもきっとそうだ。「雪ノ下はそんな事をしない」その一言で片がつく。
「ただ、雪ノ下が葉山と付き合う事になったという話を雪ノ下から聞いた」
「え!?」
由比ヶ浜は自分の口に手を当てる。そりゃ当然驚くだろうな。聞いていないなら尚更だ。むしろ、どうして今まで雪ノ下はその事を由比ヶ浜に言わなかったのか、そっちの方が不思議なくらいだ。
八幡を試したのかどうか知らんけど雪乃下まじでコミュ障だな
期待
「ヒッキー、それ、本当?」
「嘘や冗談でこんな事言えるか」
本当に。まったく確かに。
「でも、ゆきのんが隼人君と付き合うなんて……」
由比ヶ浜の表情は戸部の時のそれと違って、目を輝かせてなんかいなかった。それどころか真逆だ。物憂げな目を俺に向ける。
「ねぇ、ヒッキー。それ、どこ情報? 誰から聞いたの」
「……雪ノ下本人からだ」
「ゆきのんが?」
「ああ。だから俺は雪ノ下に難癖つけられないよう、大人しくしてる。中学の頃から常に恋愛対象外にいた俺が今更雪ノ下と話したところで、葉山は誤解も嫉妬もしないだろうが、万が一の危険は避けたいからな」
自分で言っていてこれほど空しくなった自虐もそうはなかっただろう。だが、由比ヶ浜はそれには耳も向けず、再び同じ事をこれ以上はないというほど真剣な表情で確認してきた。
「ヒッキー、それ本当なんだよね?」
「……ああ、本当だ。雪ノ下は今、葉山と付き合っているって俺はそう聞いた」
「そうなんだ」
由比ヶ浜は一つ小さく頷くと、何かを決意したかのように鞄を手にさっさと立ち上がった。
「ヒッキー、悪いけど私も今日は先に帰るね。鍵、お願い」
そして、駆け足気味に走り出した。戸を開け廊下へと出ていく。やや急ぎ足に聞こえる足音がそのままの速度で遠ざかっていった。
俺はしばらくじっと席に座っていた。雪ノ下がさっきまで座っていた空間を眺め、由比ヶ浜が座っていた空間も眺める。当たり前の事かもしれないが、誰もいない部室はいつもよりも広く思えた。
雪ノ下雪乃は葉山隼人と付き合っている。
思えば、口に出してそれを言ったのはこれが初めての事だった。
俺は立ち上がって、鍵を返しに行くため職員室に向かった。俺一人しかいない奉仕部は奉仕部ではない。だから、俺がここにいる必要もない。真剣にそう思えた。
>>28
A:左の頬を差し出しましょう
おもしろい。
まーた格安チェーン店かと思いきや
糞SSと格の違いを見せつけつつあるな。
その翌日は明らかに教室の雰囲気が違っていた。
多分、この雰囲気の違いに気付いてるのは俺と当事者ぐらいなものだろうな、というその程度のものだが、変化ははっきりとしていた。
当事者は葉山グループだ。いつもの活気がそこには存在してなかった。戸部なんかが何とかして盛り上げようと空回りしているのが余計に痛々しい。
その原因は恐らく葉山だろう。例えば、他の奴等がテンション低くても葉山グループ全体には特に影響をもたらさないが、中心がぐらつけばそれは別の話だ。そして、それに輪をかけるようにして、今日は女王蜂の三浦が休んでいる。
由比ヶ浜も海老名も男子グループには接触しようとせず、教室の端の方で何やら声を抑えてずっと話していた。由比ヶ浜の表情は浮かず、海老名も似たようなものだ。俺は寝たふりをしてそれらを観察していたが、たまに海老名が俺の方に視線を向けてくるのが見えた。その後、また由比ヶ浜と二人で何やら話し出す。
この状況からいって、何となく会話の内容は想像出来た。三浦が休んだ理由もだ。このタイミングで額面通り風邪をひいたと思えるほど、俺の脳は馬鹿正直じゃない。
恐らく昨日、由比ヶ浜が三浦とかに尋ねて確かめたんだろう。そして、知らなかった三浦がそれを葉山に思いきって確かめた。確信はないがそういう事としか思えなかった。
だとしたら、その過程で何があったかは簡単に想像出来る。葉山は隠していた事を話し、三浦の片想いは終わりを告げた。それだけの事だろう。どこにでもあるし、よく聞く話だ。大して珍しくもない。
本当に、大して珍しくもない。
俺は寝たふりをやめて目を閉じた。疑っていた訳ではないが、本当に雪ノ下は葉山と付き合っていたという事だ。でなければこんな状況が生まれるはずがない。
別に大した事じゃないけどな。そう自分に言い聞かせた。とある高校で一組の美男美女カップルが人知れず誕生していただけの事だ。客観的に見るなら、本当にそれだけの事でしかないのだから。
細かくてすまんが八幡は海老名には「さん」付けでっせ
とはいえ、正直、部活に行く気には俺はまったくなれなかった。
行ったところでいつもの気まずい沈黙が待っているだけだ。依頼が訪れるというならまだ話は別だが、そういった雰囲気は皆無に思えた。元から依頼が少ない部なのだからより期待出来ない。
つつがなく不毛な時間が過ぎるだけだ。しかもそれはその場にいる人間にとって決してプラスにはならず、むしろマイナスまである。なのに、足をわざわざ運ぶ自分が馬鹿の様に思えた。
そういう気分も手伝って、俺はこの日の授業後、部室に立ち寄る前に生徒会室を覗いてみた。いつもなら廊下で待っている由比ヶ浜が今日はいなかったのも理由の一つだ。
しかし、駄目な時は駄目だし、ついてない時はとことんついてない法則とでもいうのか、一色の姿はそこには見当たらなかった。いれば、生徒会の手伝いという名目でサボる事も出来ただろうが、それも叶わない。仕方なく足を部室へと向ける。途中、廊下で誰か知り合いと出会わないかと考えていたが、残念な事にそれもなかった。元から知り合いが極端に少ない事が完全に災いしていた。
一つ大きな溜め息をついてから、俺は戸に手をかける。そして、手をかけた瞬間、固まった。中から俺の名前を含んだ会話が聞こえた様な気がしたからだ。
「比企……君……それ……事……を見……だか……」
声が小さくてよく聞き取れなかったが、それは雪ノ下の声に間違いなかった。俺は咄嗟にステルスモードを全開にして聞き耳を立てる。ぼっちにとってこれはほとんど条件反射の様なものだ。自分の名前が出てくる話題については非常に敏感に反応する。
「そういう意味にお……比企谷君は……確かに……だけど……結局のと……必要で……事なの……」
それから、しばらくの沈黙が流れる……。結局、聞き耳を立てても雪ノ下が何を言っていたのかまではよくわからないのか。が、不意打ちのように今度は由比ヶ浜のはっきりとした声が聞こえた。
「ゆきのん。真剣に答えて。ゆきのんは本当に隼人君の事を好きなの」
「ええ、そう……そんな事……きってるじゃないの……好きでもない人と……私は付き合わ……」
「それ、本当? 今だから言うけど、私はゆきのんがヒッキーの事を好きじゃないかってずっと思ってた。本当の本当にゆきのんは隼人君の事が好きなの? ヒッキーの事はどう思ってるの」
今だから言える。俺はこの時、この場から即立ち去るべきだった。俺は聞かなくていい事を聞いていたのだ。
「比企谷君は……なく奉仕部……一員よ……。そして、友……それ以上でも……ない……。葉山君は……よく……だから私は……事にしたの……」
「本当にそうなんだね、ゆきのん? 嘘じゃないって信じるよ、私。ゆきのんは隼人君と付き合っていて今幸せだって、そう思うよ。ヒッキーは恋愛対象として元から見てないって、そう信じるよ、私」
「ええ、それ……そういう……構わない……」
今更だと思う。俺は遅まきながら、その場から静かに立ち去った。
廊下をしばらく歩いて階段を下り、下駄箱の前まで来てから俺はポケットを探ってスマホを取り出した。
由比ヶ浜にメールを打つ。
『悪い。今日は家の用事がある。部活は休む』
これも中学の時からよくあった事だ。今更の事だ。いつもの事だ。いつもの俺が戻ってきただけの事だ。
告白する前に女子にフラれる。一般的にこれも結構よくある事だ。そして、俺はこの時、雪ノ下が好きだったという事を初めて自分でもしっかりと認めた。
認めなければ、捨てる事も出来ないのだから。
ここまで
>>36
サンクス、気を付ける
乙です
これはもう壊れてるのか?
あるいはこれから段々壊れるのか?
壊れるのは雪ノ下か?雪ノ下家か?
八幡の中にあった「雪ノ下」像か?
なかなか面白くなりそうなSSだな
スピードワゴンさん……
今のところはまぁまぁかな
今のところは
乙です
結衣がこれを機に傷心の八幡を慰めて八幡と恋人になり、雪ノ下が壊れる可能性も…。
◆2
誰が最初に言ったかなんてのは知らないが、こういう言葉がある。
『作るのは難しい。しかし、壊すのは簡単だ』
今日は由比ヶ浜が学校を休んだ。
三浦は来ていた。ただし、葉山と話そうとはせず、海老名さんと二人で、昨日の由比ヶ浜と同じ様に教室の隅で何やら声を抑えて話していた。
流石に葉山グループの面々も今の不穏な空気に気付き始めているのだろう。いつもならうるさいぐらいに聞こえてくる戸部の声も今日は小さくなりがちだった。しかし、それでもグループ内の会話はずっと続いている。パッと見だけなら、以前と同じ様な明るさで。
それは、どこか倒産間際の会社を見ている様だった。社長は経営の悪化を喋らない。しかし、社員は雰囲気で薄々それに気付いている。路頭に迷いたくないものだから、社長と社員は前の経営が良かった頃に戻そうと努力する。しかし、そんな程度で戻るのなら、元々、傾いたりはしないのだ。
三浦は恐らくだが、もう葉山グループには戻らない気がした。
あいつはあいつで葉山から自然と距離を置いていき、それが段々と当たり前の様になり、その内、三浦を中心とした新しいグループが別に形成されるんじゃないだろうか。もしもその予想が当たっていたとしたら、事実上、葉山グループは現時点で消滅したと言える。葉山の現状維持をしたいという願いは結局葉山自身の手によって消える事になりそうだなと俺は観察していた。
なら、俺の所属していた雪ノ下グループはこれからどうなるんだろうな。
良いも悪いもなく、奉仕部は雪ノ下が中心だった。あいつが部長で、中心で、雪ノ下の周りに俺達はくっついた。周りに合わせて生きるぐらいならむしろ孤独でいたがった俺が、気が付けばそんなグループに所属していてそれを心地好いと思っていた。それが壊れてしまった今だからこそ、俺はその事実を否定できない。
由比ヶ浜は風邪だそうだ。
風邪とはどうしても思えない俺がいる。
昨日。あの後。雪ノ下と由比ヶ浜の間では他の会話も交わされたはずだ。あれだけで終わって、じゃあまたね、なんて事は有り得ない。
その結果が今日の休みなんじゃないのか?
これは推測というより、俺の不安に近いかもしれない。だが、昨日、何があったのかを俺は正確に知りたかった。何もなかったなら笑い話で済む話だ。何もなさそうな気がまるでしないから、俺は心配になっている。
知る手段は、あるにはある。由比ヶ浜にメールなり電話なりをして聞けばいい。それが最も早く、最も効率がいい。だが、俺にはそれが出来ない。
由比ヶ浜に聞いても本当の事を言うとは限らない。聞いても教えてくれないかもしれない。そもそも電話に出る事すらないかもしれない。もしくは全部俺の思い違いで本当に風邪をひいただけの事かもしれない。
そういう聞かないで済む言い訳は山ほどある。だが、それとは別に、やはり俺は由比ヶ浜に昨日何があったのかを聞けないのだ。
俺は自分の左頬を軽く押さえる。
痛みはもうない。傷は癒えてる。
俺は出していたスマホをそっとポケットの中にしまいこんだ。駄目だ、やはり由比ヶ浜には聞けない。俺の中の何かがそれを強く否定していた。
戸部の音量マジで雰囲気のバロメーターだな便利
授業が終わり、俺は部室へと重い足を運ぶ。由比ヶ浜が休みだという事を伝えなければならないし、それ以外にも大事な用件があったからだ。
戸を開けると雪ノ下はもう来ていた。『いつも通り』椅子に座って文庫本を読んでいる。背筋が綺麗に伸びていて、それだけで育ちの良さが伺える、あの座り方でだ。
「……うす」
「…………」
雪ノ下は無言。顔を上げようともしない。俺も期待していないから別に構わないが。あれからずっとこんな感じなのだから。
「今日は由比ヶ浜は休みだ。風邪をひいたらしい」
「…………」
そう言いながら、俺は鞄の中から一冊の文庫本を取り出した。あの日からずっと鞄の中に眠り続けていた本だ。今日はこれを雪ノ下に返すと決めていた。昨日の夜からそう決めていた事だ。
「これ……図書館の本じゃなかったからな。お前に返すぞ」
雪ノ下に近付いて、机の上にそれを置いた。表紙はブックカバーによって隠されているが、その本の題名は『夜と霧』だ。中身を勝手に読むのは気がとがめたので、見ずにネットで調べてみたが、第二次世界大戦中のドイツの強制収容所での話だそうだ。有名な文学作品らしい。雪ノ下が読んでいても不思議ではない系統の本だなと思った。
「ここに置いとくからな」
そう言って少しだけ本を雪ノ下の方に寄せた。雪ノ下は眉一つ動かさなかった。
俺は踵を返して定位置の椅子へと座る。雪ノ下が軽く読んでいた文庫本のページをめくった。紙がめくれる微かな音が、静かな部室にやけに響いた。
その音はこれまで積み重ねていた何かが終わりを告げた様に俺には感じられた。だが、雪ノ下の中ではこれは始まりの音に聞こえていたのかもしれない。
内容は割と良いけどちょっと投下スピードが遅いな
「比企谷君」
驚いて、雪ノ下の方に顔を向ける。雪ノ下はさっきと変わらず文庫本に目を落としたままだった。おかげで幻聴かとすら最初は思った程だ。
「この本は図書館に返しておいてと私があなたにお願いした本よね」
目線をこちらに向ける事なく、雪ノ下は文庫本に話しかける様にして話す。
「あ、ああ……そうだ。だけど、それは図書館の本じゃなかったから」
「比企谷君。あなた、目だけでなくとうとう脳まで腐ってしまったのかしら? 私は『図書館に返しておいて』と頼んだはずよ。なのに、それをせずに言い訳を並べるなんてどういう了見をしているのかしらね」
……は? おい、ちょっと雪ノ下さん……? ようやく話しかけてきたかと思ったら、のっけから飛ばし過ぎじゃ……。
「こっちに来て、そこで正座してもらえないかしら。でないと、あなたの事を許せそうにないから」
そう言って雪ノ下が指差したのは、自分の正面下の何もない空間だった。一般的に床と呼ばれる場所だ。
「……雪ノ下。それは……冗談で言ってるんだよな? 言っとくが、俺はそんな事を」
「早くして。不愉快なの」
「…………」
この会話の間、雪ノ下はずっと文庫本の方に目線を向けていた。それは明らかに『いつも』の毒舌とはまったく種類の違うものだった。
先に言っておくが、床に正座するぐらい俺にとっては余裕の事だ。なんなら、土下座までして靴を舐めるまである。だが、今問題となっているのは俺のプライドのなさじゃない。それで解決出来るような事態なら俺は迷わずそうしただろうが、そうでないから俺は困っていた。
雪ノ下の言い分はほとんどというか全部イチャモンだ。
じゃあ、それは一体何を目的としているのか。
俺に対しての怒り、あるいは恨みから来る憂さ晴らし。やはりどうしてもそう考えるのが妥当に思える。ただ、少なくともはっきりと言える事は、悪ノリや遊びでないのだけは確かだという事だ。そんな表情や口調を雪ノ下はまるでしていなかった。
「比企谷君。やはりあなたは脳も耳も腐っているのかしらね? 聞こえなかったのかしら? そこに正座してもらえる、と私は言ったのだけれど」
顔は常に真顔だった。口調はと言えば、例えば戸部が奉仕部に依頼に来た時に雪ノ下が垣間見せた様なその口調だ。あの時、雪ノ下は戸部の事を礼節もわきまえず礼儀も知らないと語気を強めて非難したが、今はその語気で礼節も礼儀も知らない事を俺に要求している。
「お前……本当にどうしたんだ……」
思わず呟いていた。さっきから、俺の中の雪ノ下雪乃という像が本人によって容赦なく粉砕されていく。あるいは、それに対する弱々しい抗議だったのかもしれない。雪ノ下はそこで初めて顔を上げて俺の方を見たが、それは質問に答える為ではなかった。
「っ……!」
文庫本が飛んできた。それも顔面目掛けてだ。距離があったから咄嗟に手で防げたが、手の当たった箇所から鈍い痛みが伝わって俺は思わず奥歯を噛み締めた。威力からいって、牽制や威嚇とかではなく、本気で投げつけたはずだ。
「比企谷君。私は過去から学習しない人間はこの世で最も愚かな人間だと思っているの。だから、何回も同じ事を言わせないで欲しいわね。そこに正座して」
『いつも』通りの凛とした雰囲気のまま、雪ノ下はそう床を指した。見かけと仕草『だけ』なら、それは完璧に俺の知っている雪ノ下雪乃だった。逆に言えば、それ以外は俺にはまったく別人の様に思えた。
とりまここまで
>>50
すまん、遅筆なんだ
葉山は自分からグループ壊したか
雪ノ下が暴力ふるって八幡が為す術なくされるがままなら駄作決定。主人公が弱い話はゴミ。
乙です!
もしかして、葉山は只の当て馬として雪乃に付き合わされていて、実際はデート
すらさせてもらてなかったり?
親同士の取り決めで無理矢理付き合わされて結果こわれたのかもよ?
シリアスポンコツのん
これは危ないお薬ヤってますわ
雪乃は親の命令とかだろ、多分。葉山は読み切れないが、どちらにせよ雪乃は不幸にしかなるまい
今のうちに狂えた事がまだ幸せってオチも無きにしもあらずかも知れないけど
狂うのは自己防衛だったりするからな
八幡に当たってるのは反応が薄かったからか
だからといって八幡からしたらどうせえっちゅうねんだろうけどな
ただ当たるのなら葉山にも当たれよなと思うけどなうまくいけば破断に持ち込めるかもなんだし
壊れた人形でも問題無いってパターンもあるけどな
あくまでも道具として見なしてる場合はだけど。とりあえず生きてる状態でそこにあれば問題無いってパターンだな
自分が本当に伝えたいことは言葉にせず、そのくせ他人には「察しろ」とか「学習しろ」とか都合よすぎ
あるいは糖質等々になったのか
葉山は庇っただけとか
今からゆきのんが八幡を犯すだけだろ
やり返せよ八幡
意味不明過ぎてやり返すのも戸惑うレベルだろこれ
電車の中で池沼に絡まれた時と同じ反応だな
どうする……?
むしろ、どうすればいい?
俺は今の雪ノ下に対して、どう応じればいい……?
素直に言う事をきくのか? それとも、理由もわからず謝るのか? それとも話し合いを提案すればいいのか?
俺は時間を稼ぐために、椅子から立ち上がって雪ノ下に一歩一歩ゆっくりと近付きながら、その間に思考をフル回転させていた。
今の状況自体は簡単だ。雪ノ下は俺に対して何か激怒している。それは最早憎しみと言ってもいいぐらいのレベルでだ。そして、俺に対して理不尽な要求を突きつけている。この状況で俺がすべき事は何だ。
そうして考えた末に、俺は今の状況が以前あった状況とよく似ていた事に気が付いた。それはテニスの時の三浦だ。程度は違えど、これはあの時の状況とかなり似ていた。理不尽な要求に、人の意見をまったく聞かないところ。だとしたら、雪ノ下の今の状態は純粋な怒りではなくワガママを遥かに通り越したヒステリーに近いはずだ。
雪ノ下雪乃のヒステリー。それは俺には想像のつかないものだったが、それを言うなら文庫本を投げつけてくる雪ノ下も想像が出来ない。なら、やはりそうだと考えるべきなのだろう。
とはいえ、これまでの俺の経験や人間観察からすれば、ヒステリーというのは極めて厄介な代物だ。オモチャ売り場で床に寝転んで手足をばたつかせながら泣きわめく子供の方がまだマシだと言える。
何故なら、子供のワガママは自分の要求が通ればとりあえず大人しくなるが、ヒステリーは自分の要求が通っても決して大人しくならないからだ。単に不満やストレスをあちこちに吐き出しているだけだから、それが全て吐き出されるまでは決して大人しくならない。最もタチが悪い種類の怒り方だと俺は確信している。
やはり、第一条件はそのヒステリーをおさえる事だ。そうでなければ会話すら成立しないだろう。
もしもの話をしよう。仮に葉山がこの場にいたとして、俺と同じ状況に陥っていたとする。すると、恐らくあいつは、「まあまあ」と言ってまずなだめにかかり、「とにかく物を投げたりするのは良くない、少し落ち着こうか」と相手の悪いところを指摘してお互い様みたいな空気を作り出し、「もちろん、雪ノ下さんが意味もなくこんな事をするとは思えない。何か理由があるんだよね?」と、君は本当はこんな事をする人じゃないアピールをしてそれによって相手に一旦矛をおさめさせた後で、「だから、雪ノ下さんの話はちゃんと聞くよ。最後まで邪魔せずに全部聞く」と安心感を植え付けて、極めて平和的でスマートな解決の仕方へと持っていくだろう。だが、俺はあいつと違って、相手を安心させる様な微笑も空気も作れないし、何より、雪ノ下雪乃はそういった事で懐柔される様な精神の持ち主でない事を俺は知っている。
別に葉山のやり方を否定している訳じゃない。あいつにはあいつのやり方があって、それは恐らく常に王道をいくものだ。俺には真似出来ないし、真似たとしても決して上手くいかない類いのものばかりだろう。王道にはそれが集まっているからだ。だが、どこかひねくれている奴らには王道は効果が薄いし、場合によっては逆効果にしかならない。
だから、俺は俺のやり方で、選べる数が少ない中からそれが一番だと思う選択肢を取るしかない。目的の為に手段を選ばないのではなく、選べる手段自体が元から少ないのだ。卑屈だろうと、陰湿だろうと、惨めだろうと、それしか方法が俺にないのなら、それが最善だと信じられる限り、俺は躊躇いなくその方法を選ぶ。
だから、俺は……。
うわうわやめろ、本当二冊やめろ
俺は雪ノ下の目前まで来た。床に座れと目で促す雪ノ下に対し、俺は行動する代わりに言葉をぶつけた。
「ふざけるなよ。さっきから何言ってやがる。俺はお前の奴隷かよ」
その言葉に雪ノ下がほんの少しだけ眉を上げた。だとしたら上々だ。俺は言葉を続ける。
「その本は図書館の物じゃなかったから返しに来たってついさっき言ったばかりだよな。どっちの耳が腐ってるんだ? 今のお前の場合は間違いなく頭の方も腐ってそうだがな」
「…………」
「大体、謝るのは俺じゃなくてお前の方だろ。いきなり人の頬をはたいて、それからずっと謝罪も何もなしとかどういうつもりだよ。事故の時からそうだったから、お前のクズさ加減には慣れているつもりだったが、その俺でも今回のお前のその常識の無さには呆れてるぞ」
「…………」
「これまでずっと黙っていたが、俺も不満やストレスがずっと溜まってたんだよ。お前は奉仕部の部長だから、気まずい空気を作りたくもないし、文句を直接言わなかったってだけの事で」
「…………」
「あれだけ毎日何種類もの暴言を俺は聞いてきたんだ。恨みが溜まるのは当然だろ。正直、もう限界に来てるんだ。俺はお前の顔なんか見たくもないし、声すら聞きたくないと思ってる。今すぐここから出ていってくれないか? それとも俺が出ていこうか? 鬱陶しいんだわ、お前。見てるだけで」
Mにはたまらないご褒美です
ゆきのん攻められるのには慣れてないからな
泣いちゃうかも
わーい八幡が怒ったー
トドメか…
これMのんだったらご褒美ですよね
そこまで言葉を吐き終えた時、雪ノ下はそっとうつ向いて片手で口を覆った。
やり過ぎたか、とは思った。雪ノ下は実はそれほど強くない。虚勢を張り態度には絶対に出さないが、その実、内面はそこまで強くない。由比ヶ浜の方が強いと思う時だってある。だが、これはやり過ぎでなければ効果がない。俺は一旦言葉を区切って雪ノ下を眺めた。雪ノ下は小さく震えていた。
「っ……」
声がやや漏れた。だが、その声は俺の想像とはまったく違ったものだった。
それは笑いを噛み殺している声だった。
「ひ、比企谷君……っ……なにかしら、それ?」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。次の言葉がまるで出てこなかった。
急いで逃げなくてはならない
これは気がふれてますわ
さぁ由比ガ浜とデートの約束でもするか
このゆきのんは葉山に丸投げしてもいい
こうもイカれる位葉山嫌ってるって事かぁ
狂われても自殺されるよりマシと取るべきか否か……
居酒屋居酒屋行ってた癖にすっかり夢中になっててワロタ
「っ……。本当に何かしらね、それ」
ようやく笑いが止まったのか、雪ノ下は口を覆っていた手を外した。そこには微笑と言うより、嘲笑が隠れていた。
「あなたが必死に考えて出した答えがそれなの? だとしたら呆れるわね。ミジンコと比べるのが失礼なくらいの単細胞と言わざるを得ないわ」
「…………」
「ちなみに比企谷君、あなたは孫子という本を知っているかしら?」
「……孫子?」
オウム返しになった。いきなり話が飛んだ。
「古代の中国の兵法書よ。今風に言うと、戦争の教科書みたいなものかしらね。でも、孫子が登場してから二千年以上も経っているのに、その時から戦争のやり方は一切変わっていないと言われているわ。それぐらいよく出来た教科書なのよ。その理論は経営や営業にも使えるという事で、今はビジネス書としても読まれているぐらいにね」
「……だから、何だよ」
この時既に雪ノ下のペースにはまっている事を俺は自覚すべきだった。
「その孫子の中にこういう言葉があるのよ。敵が普段と違う行動を起こしたら、それは罠をかけようとしているから注意しろ、ってね」
「…………」
「私をわざと怒らせるか、もしくは泣かせるつもりだったのかしら? どちらにしろ、相模さんの時の二番煎じの様なものよね。それで呆れられても仕方ないと思わないのなら、大したものだと思うわ。誤解されると困るから一応言っておくけど、悪い意味でよ」
「…………」
「その程度の事しか思いつかなくなってしまったなんて。あなた本当につまらない男に成り果てたわね」
「…………」
一応ヒステリーとまったし会話になったから
目論見成功なんだろな
なるほど、孫子の話でヒステリーからヒストリーに切り替わったのか!
もうヒステリーとか通り越してるよこれ
いつもと違う行動取ったのは誰って話?
これは調教ですわ
雪ノ下の推測はほぼ合っていた。だから、俺は何も言い返せない。
なだめるのが無理なら、いっその事、感情を爆発させてやればいいと俺は考えていた。火山が噴火する様に一時は荒れるだろうが、その後は冷静になるはずだと。
荒れの部分は俺が引き受ける。なだめたり慰める部分は彼氏の葉山に押し付ける。そういうシナリオだった。その過程で雪ノ下のストレスが多少は解消されると思ったし、原因をどこかで吐露する可能性は高いと思っていた。それさえ聞ければ、根本的な解決に至らなくとも、どこかで折り合いをつける地点が見つかるだろうと俺は考えていたのだ。
だが、雪ノ下はそれを見透かした上で、完全に拒否をした。鼻で笑うのではなくその考えを腹の底から嘲笑っていた。
不意に、そもそもこいつは本当に怒りを覚えていたのかという疑問が俺の中にわいてきた。激怒している中でだ、ヒステリーを起こしている中で、果たして腹の底から笑える奴がいるのだろうか。例えそれが嘲笑だったとしてもだ。
俺は雪ノ下雪乃という人物像を再び見失った。
最初の方で居酒屋とか量産型とか喚いてた恥ずかしい連中はどんな顔して読んでんだろうなこれ
「どうなのかしらね、比企谷君」
落ち着いた『いつも』の声が届く。『いつも通り』ではない雪ノ下から。
「最初の頃のあなたなら、さっきの選択は絶対に取らなかったという事にあなた自身は気付いているのかしら?」
「…………」
「昔のあなたなら、何も言わず無言で外に出たはずよ。自分には関係ない、面倒ごとは御免だ、といった表情でね。いつからあなたは妙な勘違いを起こす様になったのかしら?」
雪ノ下の言葉一つ一つが、まるで銃弾の様に俺の体を撃ち抜いていく。
「何も持たない事があなたの強みだったはずよね。それなら、今のあなたは一体何を持った気になっているのかしらね?」
「…………」
「今のあなたが見て感じ思う事は、全部、本物ではなくあなたの痛々しい妄想ではないの? どうしてかと言えば、今はあなた自身が紛い物へと変化しているからよ。そんな腐った目で見た物が本物であるはずがないもの」
紛い物か……。確かにそうかもしれないな。
「本当につまらない男になったわね。ヒキタニ君」
じゃあ、今のお前は本物なのか、雪ノ下雪乃?
いま荒らされてないってことは居酒屋信者はもう読んでないってことだろ。
これ、黙って外に出た場合は
本物発言持ち出していたぶられてた流れなのでは……
頭おかしいゆきのんは捨てて結衣の方に行こう
正論つついて反感を買う
今のゆきのんは何時だかの誰かさんにそっくり
暗に今の自分は紛い物だと予防線を張ってるな
本当の自分すら素直に出せなくなったなら、表に出してる今の紛い物こそ本物だろ
めんどくさいのはほっといて由比ガ浜とデートしようぜ
潰せ・潰せ・ゴミノ下を潰せ・
俺は黙ったまま踵を返した。そして、さっき雪ノ下が投げつけてきた文庫本のところまで行きそれを拾い上げた。
本はやはりブックカバーがついていて、表紙が見えない。軽く開けて題名を見てみると、『若きウェルテルの悩み』とそこには書かれていた。これも有名な文学作品だ。俺でも知っている。
落ちて変な感じに折り目がついていた本を、ページをめくって丁寧に直した。ブックカバーも外れかけていたのでそれも元通りに直す。それから、表紙と背表紙の両面を軽くはたいてついていた埃を落とした。
「雪ノ下、落ちてたぞ」
雪ノ下の目の前まで言ってそう告げる。それから、手を振り上げ横に向けて勢いよく下ろした。
「っ!」
前に俺がされた事とまったく同じ事を、俺は雪ノ下にした。文庫本を使って一切の手加減なく雪ノ下の頬をはたいた。
反射的に仰け反ったからか、雪ノ下の座っていた椅子が後ろに揺れて小さな音がした。俺は自然と文庫本から手を離していた。それが床に落ちる音。雪ノ下の長く綺麗な髪は強風にあったかのように乱れていた。唇の端は腫れて内出血を起こしている。
雪ノ下ははたかれた体勢のまま、わずかに首をもたげて横を向いていた。目は閉じていなかった。そして、微かに口元を上げて笑っていた。
どっちもぶっ飛んでるな
ゆきのんのやり方に付き合う事にしたんか
雪乃がまるで避けない時点でおかしいからな
やっぱりMか
「零点ね」
髪も直さず、雪ノ下は向き直ってそう言った。
「一瞬でも、そんな心配そうな顔を見せたら何も意味がないわよ。つまらないミスをしたわね」
思わず息が詰まった。
雪ノ下は『いつも』と同じ静かな口調で告げた。
「あなたはやはり『紛い物』よ。それについてだけはこの私が保証してあげる」
髪を軽く直しつつ、雪ノ下は自分の鞄を取り上げた。そして落ちた文庫本も机の上に置いてある文庫本もしまわずに立ち上がった。
「それ、図書館に返しておいてちょうだい。……頼んだわよ、ヒキタニ君」
そう言い残して部室から去っていた。
誰もいなくなった静かな部室で俺は独語する。
「じゃあ……。どうすれば良かったんだよ」
何も言わず俺がここから出ていけば、お前は満足したのか?
雪ノ下雪乃はそれに答えを示そうとしない。
俺は雪ノ下に暴力を振るった事を今更ながら酷く後悔していた。
ここまで
図書館に寄贈すればいいと思います乙
ブックオフに売るとか
乙です
処分したら処分したでいちゃもんつけられそう
乙
一体何がしたいんだ、この雪乃は?
葉山の方も、単純に付き合う訳では無さそうだし
一応何か事情はあるんだろうが、めんどくさい事この上ないな
とりあえず次からは妙な禅問答は腹パンで黙らせよう
結局作者は何がしたかったのか5文字で誰か説明してたまえ
八幡受胎だしょ
まだ全部書き終わってもいないのに何言ってんだ。
誤爆
おまえらいいかげんにしないとはちま◯こ展開に移行するぞ
っていう脅しレスを最近見かけて笑った記憶がある
雪ノ下が敢えて受けたのかは分からないが、雪ノ下に一発入れられる八幡ってすごくね?
原作基準なら掠りもしないスペックなはず
避けたくなかったんじゃない?
紛い物って姉の劣化コピーの分際でよく言うぜ。
乙です
部室の鍵を返し、職員室から出ていく。
平塚先生はやや怪訝そうな顔をしていたが、俺が雪ノ下の体調が悪くなったので、と告げると、「そうか……。あいつもそう体が強い方じゃないだろうからな」と納得した様に頷いた。
「君も気を付けろよ、比企谷。最近、風邪が流行っているみたいだからな」
「善処します」
それだけ答えて足早に去った。結局、二冊の文庫本は俺の鞄の中だ。置いていこうかとも思ったが、雪ノ下がそれを見つけたらまた何か言われるに決まっている。置いていく訳にはいかなかった。
肩に重さ以上の何かを感じる。それは決して気のせいじゃないだろう。よく殴った方も痛いなんて言葉を聞くがそんなものは嘘だ。殴られた方だけが痛いに決まっている。痛いんじゃなくて重い。まるで鉛の入った鉄の鞄を持たされている気分だった。
家へと帰りドアを開ける。小町の「あれー。お兄ちゃん、今日はやけに早いね」という疑問に対しては平塚先生にしたのとまったく同じ答えを返した。
「そっかー。雪乃さん、体弱そうだもんね。……っていうか、お兄ちゃんも大丈夫? なんか顔色悪いんだけど。いつも以上にゾンビっぽくなってるよ」
「……大丈夫だ。それはいつもの事だ」
「……なんか、本当に体調悪そうだね。そんな普通の返し方しかしないなんて」
「悪いが、俺はもう部屋行くぞ。少し寝る」
「あ、うん……。気を付けてね」
何に対しての気を付けてなんだろうな。そう思いつつ部屋まで行くとすぐに横になった。実際、眠気はまったくなかったが、何もする気になれなかったからそうした。何もしていないのに酷く疲れがたまっていた。
世の中にどれだけ正しいものがあるかは知らないが、時間だけはいつだって正確に過ぎていく。相対性理論だとか抜きにして考えればの話だが。
何もしてもしなくても、夕方になるし、夜にもなる。そして、夜になれば晩飯も食べるし風呂にも入る。日常はいつだって何事もなかったかのように流れていく。
だから、日常じゃないものに対しては、いつだって人は敏感だ。唐突に、それは何の前触れもなく訪れる。
風呂から出たら、スマホの着信を示すランプが点灯していた。
俺は一瞬固まり、それから慌てて部屋のドアを閉め、急いで確認した。
由比ヶ浜からだった……。由比ヶ浜からのメールだ。雪ノ下ではなかった。
どこか拍子抜けした感があったのは確かだった。俺は雪ノ下からだと疑わなかったからだ。雪ノ下のアドレスも知らないのにそう思い込んだ。どうかしている。
深く息を吐いた。それから、ほとんど無意識的にメールを開けた。最初の『ヒッキー、今日は休んでごめんね』という一文を見て、一瞬少し考えた。今日、由比ヶ浜が学校を休んでいた事自体、俺はいつのまにかすっかり忘れていたのだ。
メールはこう続いていた。
『突然の事で驚くかもしれないと思って、先にメールする事にした。今日一日、色々と考えたんだけど、やっぱりそうする。私、奉仕部を辞めるね』
手から力がふっと抜けた。信じられなくて、もう一度俺はメールを読み直した。
『私、奉仕部を辞めるね』
……何があったんだよ。どうして……お前が辞める事になるんだ。
俺はすぐに由比ヶ浜に電話をかけた。まるでそれを予期していたかの様に1コールで電話は繋がった。
「由比ヶ浜か?」
「うん……」
「用件は……わかるよな。理由を教えてくれ」
しばらくの沈黙。それから決意したかのように息を深く吸う音が微かに聞こえた。が、また沈黙。
俺は辛抱強く待っていた。由比ヶ浜が自分から話し出す事を。理由はわからないが、俺から何か話したら、由比ヶ浜は何も言わなくなるような気がした。だから何も言わず待っていたのだが、それでも結局……。
「ヒッキー、やっぱり電話じゃ話しにくいや……ごめんね。あと、私も伝えたい事がまとまってないっていうか……その……」
「もしかして原因は雪ノ下なのか?」思わず出かけた言葉を俺は無理矢理飲み込んだ。薮蛇になるかもしれなかったし、もしそうなったとしたらそれは致命傷となる。
「ごめん。明日には、整理してきちんと話すから……」
「約束、してもらってもいいか?」
「うん……。約束する」
「……わかった。それじゃあな。急に電話をかけて悪かった」
「ううん。気にしないでいいよ。……それじゃあね」
「ああ」
そこで電話を切った。俺は『通話終了』と表示された画面をずっと眺め続けていた。
原因は雪ノ下なのか?
そう思えるほどに、俺の中の雪ノ下像は壊れていた。
翌朝は俺の気分とは反比例して雲一つない快晴だった。全てが上手くいきそうな天気のくせして、奉仕部は今、確実に壊れかけている。そして、その原因も未だに謎のままだ。どうすればいいかは俺にはわからなかったが、どうしたいかだけははっきりしていた。
俺は崩壊するのを恐らく止めようとしている。元の奉仕部に戻そうとしている。それはもう不可能な事かもしれないが、それでもこんなよくわからない状態のまま消滅するのだけは避けたかった。それは俺たちのこれまでの時間その全てを、『何もなかった』と言うのと同じような気がした。
誰もいない教室。
俺は普段より一時間も早く来ていた。昨日はなかなか眠れなくて深夜の三時頃に寝たかと思えば朝の五時には起きていた。それでも眠気はまったくなかった。
そのまま由比ヶ浜が登校してくるまで席に座ってじっと待つ。いつもの戸塚との会話も完全に上の空だったようで、戸塚から怒られもした。
「もう、八幡ってば! 全然話を聞いてくれないし」
「あ、悪い……今日はちょっとな」
だが、由比ヶ浜はいつまで経っても教室に現れなかった。由比ヶ浜がようやく姿を見せたのは、朝のHRが始まる直前だ。席に座っていた俺の方に伏し目がちな視線を向けて、それから自分の席へ。それとほぼ同時に担任がやって来て朝のHRが始まった。
『ごめん、昼休みに』
授業が始まる前、由比ヶ浜からそんな短いメールが俺のスマホに届いた。
午前の授業が終わり、俺と由比ヶ浜は外の駐輪場近くにあるベストプレイスまで来ていた。
二人とも食事は持ってきてない。俺は食べる気がしなかったからだが、由比ヶ浜の方は後で教室に戻って食べるのか、それとも俺と同じで食べる気がしなかったからかはわからない。
「それで……奉仕部を辞める理由を聞かせてもらえないか」
「うん……」
石段に座る事なく、俺も由比ヶ浜も立ったままだった。由比ヶ浜は少し躊躇った風だったが、やがて重い口を開いた。
「ゆきのん、の事で」
やっぱりか……。ある程度予想はしていたが、俺は自然と足元の地面に目を向けていた。まるで実刑判決を受けた時の被告人の様な気分だった。
ここまで
まったく先がよめない
乙です
乙
引っぱるなー。
「ゆきのん……最近ちょっとおかしいよね」
おかしいか……。変ではなく『おかしい』という言葉が耳に残って、魚の小骨の様に引っ掛かった。息を一つ吐いてから俺は尋ねる。
「……どう、おかしいんだ?」
「だって」
由比ヶ浜は何かを言いかけてすぐに口を閉じた。それから視線を横にずらして、絞り出す様に言った。
「ゆきのん、全然嬉しそうじゃない」
「……嬉しそうじゃないって言うのは、何についてだよ?」
「隼人君と付き合ってるっていうのに、全然嬉しそうじゃなかった」
そう言った。
「一昨日、私、聞いたの。ゆきのんは隼人君と付き合っていて幸せなんだよねって」
「…………」
「ゆきのんは幸せだって言ってた。でも、全然そんな顔してなかった。隼人君もそう。今日の朝、隼人君にも同じ事を私聞いたの。ゆきのんと付き合う事になって幸せ? って。そしたら、隼人君は当たり前だろって答えたけど、やっぱりそんな顔してなかった。他にも聞きたい事は多かったけど、用事があるからって、なんだか逃げる様にどこかに行っちゃったし」
由比ヶ浜はそこで一旦言葉を区切ってから、唇を噛み締める様に言った。
「私は二人が幸せだって全然思えない」
「…………」
「葉山の方は……三浦の事とかもあるんじゃないのか。今、あいつのグループ、ぎこちない感じがしてるし」
「うん。私も最初はそう考えたんだけど……。でも……」
また何かを言いかけて途中でやめる由比ヶ浜。俺の顔を眺め、再び視線を逸らす。それから、憂いを含んだ表情で呟く様に言った。
「やっぱり今のゆきのんはおかしいよ……。絶対、何かを隠してる」
隠している……。
隠している?
それは俺にとって意外な言葉に聞こえた。いや、だが、それを言うなら……。
「由比ヶ浜」
「……なに、ヒッキー?」
「お前も、さっきから何か隠してないか?」
そう聞くと、由比ヶ浜は一瞬怯えた様に体を震わせた。そして、「隠してない……」とそう一言。それから、口を固く閉ざした。きっと俺の指摘は当たっている。
結構おもしろい分投下スピードが悔やまれる
これも作戦ならまんまとひっかかったわ
「由比ヶ浜。お前は基本演技が下手だよな。ついでに言うなら言い訳も下手だ。だから、わかる。お前はさっきから二回も何かを言いかけて、それを途中でやめている。俺に言えない何かがあって、その言葉をずっと飲み込んでいるんじゃないのか?」
「違うし。何も隠してない。ていうか、ヒッキーには関係ない」
やはり言い訳が下手だった。それでは隠していると言っているのと同じ事だ。
「とにかく、そういう事なの。今のゆきのん、ちょっとおかしいし。だから……私、もう奉仕部は……」
「……おかしいのはお前の方もだろ、由比ヶ浜」
「え?」
「だって……お前。さっきから話がまるで繋がってないぞ」
「……どういう事……ヒッキー?」
「雪ノ下と葉山が付き合っているのに、二人とも幸せそうじゃないからおかしいってのは、まあ、わかる。付き合い始めなら、大体のカップルは周りに配慮しない幸せオーラを撒き散らしてるからな」
由比ヶ浜が小さく頷く。
「だけど、雪ノ下がおかしい事と、お前が奉仕部を辞める事に何の関係があるんだ? いくら何でも話が飛びすぎだろ」
「だってそれは……! ゆきのんが……!」
何かを言いかけ、しかし、由比ヶ浜はやはり途中で口を閉ざした。言いたい事をぐっと飲み込んだ感じだった。やはり由比ヶ浜は何か重要な事を隠している。俺はそれをこれで確信した。
「由比ヶ浜……。雪ノ下と何かあったんじゃないのか?」
「……何もない。何もなかった」
「じゃあ、どうしていきなり奉仕部を辞めるって結論になるんだ。何か理由がなきゃそうはならないだろ」
「ヒッキー。ごめん……もう戻るから」
これ以上話す気はないという意思表示。由比ヶ浜は返事も待たず踵を返した。
「おい、由比ヶ浜。待て」
「私は!」
背中を向いたままで由比ヶ浜は俺の言葉を強く遮った。
「私は……。ヒッキーにも奉仕部を辞めて欲しいってそう思ってる。そう説得するつもりでいた。でも……今のヒッキーは辞めそうにないね……。ヒッキー、ゆきのんの事しか見てないもん」
は……?
返事を待たずに歩き去っていく由比ヶ浜。俺は咄嗟に進みよってその肩を掴んでいた。
「ちょっ、ヒッキー……!」
「あ……悪い。その……」
由比ヶ浜が驚いた表情を見せた。たが、恐らく俺自身が一番自分の行動に驚いている。
由比ヶ浜の肩から恐る恐る手を外す。由比ヶ浜は困った様な顔をしながら、ゆっくり俺の方に向き直った。
「……なに、ヒッキー?」
聞きたい事は色々とあった。だが、それを尋ねても由比ヶ浜はきっと答えないだろう。
悩んだ末に、俺は一番気になっている事をそのまま口に出した。これだけは、はっきり聞いておかなければならないと思った。
「由比ヶ浜……。お前は今、雪ノ下の様子がおかしいって、そう思ってるんだよな」
「……うん」
「だったら……雪ノ下を助けようとか、そういう風には思わないのか……?」
俺の知っている由比ヶ浜なら間違いなくそう思うし、考える前にそうするはずだった。無理矢理な感じで「ヒッキー、どうにかしようよ! ゆきのん、きっと何か悩みを抱えてるんだと思う!」と言ってきて強引に俺を連れ回すまである。それは由比ヶ浜がお人好しやお節介だからではなく、純粋に雪ノ下の事を好きだからだ。
『待っててもどうしようもない人は待たない。待たないで、こっちから行くの』
だが、由比ヶ浜は何かを我慢する様な表情で乾いた息を吐いた。それは前に自分が吐いた言葉の再肯定ではなかった。
「昔のゆきのんなら、きっと何としてでも助けてた」
それだけ言うと、暗い表情を残して由比ヶ浜は校舎の中に戻っていった。
俺の目の前で見えない鉄の扉が閉ざされた気がした。
ここまで
乙です!
乙
乙。更新楽しみにしてます。
悪くない。
午後の授業が終わると、俺はすぐに荷物を鞄に放り込んで廊下へと出た。部室に行く気だった。行って雪ノ下に聞く事があった。
廊下を少し行った所で振り返る。由比ヶ浜が鞄を抱えて逆方向に歩いて行くのが見えた。雪ノ下に辞めると言う気すらないのか。俺は足を奉仕部の部室へと向けた。
雪ノ下は今日も先に来ていた。とはいえ、ついさっき来たばかりなのか、鞄から文庫本を取り出していつもの定位置に座るところだった。俺は歩いていき、その正面まで移動した。
「雪ノ下……。由比ヶ浜が奉仕部を辞めると言っていたぞ」
「…………」
無言。雪ノ下は文庫本を開いて読み始める。顔すらも上げない。眉も動かさない。それを見て疑惑はほぼ確信へと変わった。
「お前、由比ヶ浜に何を言った」
「…………」
ぺらり、とページをめくる音。俺は文庫本をひったくる様にして取り上げた。自分でもらしくないと思うが、今の雪ノ下に答えさせるにはそれぐらいの事が必要だった。
「由比ヶ浜に何をした」
そこで初めて雪ノ下は顔を上げた。雪ノ下はシーラカンスの生態でも詳しく聞かされたかのように、興味も関心もないといった、そんな表情をしていた。
「ヒキタニ君。窃盗は犯罪だという事をあなたは教わらなかったのかしら? それともあなたの脳味噌はそんな事も覚えられないほどお粗末なのかしらね」
「誤魔化すな。一昨日、由比ヶ浜に何を言って、何をした? でなきゃ由比ヶ浜がいきなり奉仕部を辞めるなんて言うはずがない」
「私は何も言っていないし、何もしていないわよ。いつもと同じだったわ」
「違うな。それは嘘だ」
「だとしたら、何か問題があるのかしら?」
「……開き直るのかよ」
「何か問題があるのかと私は聞いているのよ、ヒキタニ君。耳までゾンビ化しているなんて困ったものね。いっその事、ゴッホのように削ぎ落としたらどうかしら?」
「……言う気はないんだな」
「会話も謝罪も反省も出来ない猿以下の男に何を話せと言うのかしらね。これならインコとでも話していた方が余程有意義な時間が過ごせるでしょうね」
「……そうかよ。わかった」
俺は取り上げた文庫本を差し出して返した。意外と言えば意外だが、雪ノ下はそれを素直に受け取った。いきなり投げてもこない。再び開いてそれを読み始める。
「雪ノ下」
「何かしら?」
昨日の事は恐らく無駄ではなかった。下を向いて文庫本を読みながらではあるが、雪ノ下は返事をしてくる。対話出来ない相手から何かを聞き出そうとしたら、それはもう暴力や脅しで無理矢理話させるしか手段は残されてないが、会話が成立するならまだ可能性は残されている。
無言でその場に膝をついて俺は礼儀正しく座る。つまり、正座だ。今の雪ノ下からはまともな方法で何かを聞き出すのは不可能に思えた。なら、まともでない方法で聞き出すしかない。暴力や脅迫以外となれば、俺が取れる手段は大体決まっていた。
プライドを捨てる時には俺は徹底的に捨てる。床に手をついて深く頭を下げ、額を床にしっかりと擦りつけた。誰が見ても文句のつけようがないほどの完璧な土下座だったはずだ。
「俺にはお前が何を考えているかわからない。だが、それを何としてでも知りたいと思っている。……一昨日、由比ヶ浜に何をしたか、お前が何を求めているのか、それを教えてくれ」
「…………」
雪ノ下からの返事はなかった。だが、俺はそのまま土下座し続けた。雪ノ下が感情のある人間であれば、何らかのアクションを起こすと信じていたからだ。
それは修学旅行や文化祭での時の様に怒りかもしれない。また文庫本が飛んでくるかもしれない。しかし、無感情なままでは雪ノ下は永遠に答えないだろう。どんな方法でもいいから雪ノ下の感情を動かして揺さぶる必要があった。
雪ノ下からの突然の暴力に覚悟を決めて備えながら、俺はそのまま土下座し続けた。
「比企谷君」
……釣れた。雪ノ下が静かに声をかけてきた。
衆人環視の中の土下座なら意味もあったろうけど
ださ、主人公が土下座とかださ
関東土下座組組長じゃあるまいし。
もう少し強気で行っても良いのに。
雪ノ下を意識しまくって振り回される八幡を書きたいんだろ
八幡がここまでしてこだわる理由って何だろう
別にダサくないだろこの土下座は
解決に向かう土下座ならダサくなかったけど
そして居酒屋へ
少しだけ顔を上げる。視界の端に雪ノ下の足が動くのが見えた。それから文庫本を閉じる音。次いで椅子を後ろに下げる音。立ち上がったのか?
「顔を上げなさい」
また文庫本で頬をはたかれる可能性を考慮して、俺は奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと顔を上げた。
雪ノ下は椅子を下げて俺の正面に立っていた。それからスカートを押さえながら上品に膝をついた。足を揃え正座。それから床に手をついて……。
「ごめんなさい。教えられないわ」
頭を深々と丁寧に下げた。俺は目の前の光景が信じられなかった。雪ノ下雪乃が床に額をつけて土下座している。美術館に飾られている絵画の一枚の様に、雪ノ下は上品に土下座していた。
「残念だったわね、ヒキタニ君」
雪ノ下が顔をゆっくりと上げる。そこには勝ち誇ったように微笑している雪ノ下がいた。土下座されたにも関わらず、俺は精神的に敗北した気分だった。雪ノ下は土下座する事によって、俺から聞き出す手段を全て奪っていったのだから。今の雪ノ下からは本当に何も聞き出せる気がしない。
誇り高く人に頭を下げる事を良しとしなかった雪ノ下雪乃。その雪ノ下は今はもういない。あるいは最初からいなかったのか。あれは俺の勝手なイメージで、本物の雪ノ下は元からこうだったのか、それとも急激に変わってしまったのか。
これが俺の手に入れたかった本物だったのか。
俺はあまりにもどうしようもない絶望感に襲われていた。
「なんて顔をしているのかしら、ヒキタニ君。私が土下座した事がそんなにショックだったのかしら?」
雪ノ下が尋ねる。当たり前だ。酷く勝手な言い分だが、俺は雪ノ下にそんな事をしてほしくなかった。
雪ノ下は唇の端を上げて嘲笑う。
「裏切られたという顔ね。醜く歪んでいるわ。あなたの性格通りに。本当に自分勝手な男」
そうだ。俺はまた勝手に期待して、勝手に失望した。雪ノ下はこういう人間だと決めつけて、勝手に理想を押し付けた。それは酷く自分勝手な事だ。だが、今の俺はそれを責める気にはなれなかった。それぐらい雪ノ下は変わり過ぎていた。
俺の心を見透かした様に雪ノ下が言う。
「あなたは以前に本物が欲しいと言ったわね。その本物が今ここにあるわ。恐らく、あなたの理想に合わない本物が。それを見て一体どういう気持ちなのかしら?」
不意に雪ノ下の手が出された。両手で俺の顔をがしりと掴み、信じられないぐらいの力で無理矢理引き寄せられた。お互いの息がかかるぐらいの近い距離で雪ノ下は、はっきりとこう言った。
「自分勝手で卑怯な紛い物。生きる価値もないゴミね」
そして、強引に唇を奪われた。
俺ガイルである必要性厨マダー?
実際にこんな高校生活してる奴いるのかな。なんか怖い。
何が起きたのか理解できなかった。こじ開ける様にして舌が口の中に入れられた。俺はほとんど反射的に後ろに下がっていた。雪ノ下から逃れようとした。雪ノ下は逃しはしなかった。爪が皮膚に食い込むほどの強い力で俺の顔を掴み、絶対に離そうとしなかった。
雪ノ下の舌が俺の口の中を掻き回す様に動く。舌を絡めて貪る様に口内を舐め回す。雪ノ下は口の中全てを犯すかのように歯茎や粘膜などあらゆる場所に舌を伸ばした。それには宙を浮くような快感も伴ったが、それを相殺するかの様に雪ノ下は手に力を込めて俺の首や頬に爪を立てた。
例えるなら、それは暴風や竜巻の様なキスだった。激しく荒い、相手の事を一切考えないキスだ。むしろ傷つける様なキスだった。
雪ノ下はそのままキスしながらにじりよってきて、気が付けば俺の体にぴったりと密着する様に体を寄せていた。それと共に掴んだ頬や首の位置は微妙に変えられ、変わらず爪を立てられ続けた。鋭い痛みが時折走った。
嵐の様な時間だった。
やがて、雪ノ下が顔を離し、ゆっくりと手も離す。その爪の何本かには血が薄く付着していた。
雪ノ下はそれを無表情のまま一本一本口に入れて舐めとっていった。重く冷たい目だった。
「……雪ノ下。お前……何で……」
自分でも何が言いたかったのかはわからない。だが、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
「っ!!」
強烈な平手打ちがいきなり雪ノ下から飛んできた。一撃。そして、二撃。右に左に頬を叩かれ、訳がわからないまま咄嗟に手を出して顔をかばったら、今度は肩。思いきり後ろに突き飛ばされた。
受け身も取れないまま、俺は床に後頭部を強く打ち付けた。強烈な痛みから、無意識的に頭に手が伸びていて横に転がった。そのまま悶絶していたら、今度は腹に思いきり強い痛み。蹴られた。一撃。二撃。三撃。
息が出来なくなって酷くむせた。強く閉じていた目から思わず涙が溢れた。
「ぁ、がっ……!」
蹴りが止まった。息を必死で吸い込みながら、薄目で見上げる。そこには雪ノ下が立っていた。満足した様な笑みが俺に向けられていた。
「やはりあなたは地面に這いつくばっている方が素敵よ、比企谷君」
雪ノ下はそう言って何事もなかったかのように自分の鞄を持ち上げる。おい、まさか、このまま帰るつもりか……?
「それじゃあね、ゴミタニ君。鍵はあなたにお願いするわ。よろしくね。……また明日」
やがて静かに扉が閉められた。俺はまだ芋虫の様に丸まりながら床に倒れていた。上手く吸えない息を必死で吸って、どうにか呼吸を整えていた。
何なんだよ、あいつは一体……!
今の雪ノ下雪乃は『何かが』壊れている。俺がそう考え始める様になったのはこの時からだった。
ここまで
乙です!
>>158
乙
この雪乃は、頭のネジが全部外れた?
乙
壊れているのは雪ノ下なのか八幡なのか…
雪ノ下母が我の強いヒステリー持ちなんだっけ?
乙
まじで雪ノ下の行動が理解できん
ダラダラと続けるの止めたら?阿保らしい…
この段階で八幡が離れてないあたり、完全に雪ノ下の支配下だな
これ傷害罪で訴えなあかんレベルじゃないか
とりあえず恥を承知で陽乃さんに何があったかきくべきなんじゃね?
こんな目に遭わされるほど狂ってるんですがと
乙
普通の人間なら、付き合いきれないだろうし、実際みんな離れていく
由比ヶ浜は普通であり、八幡は普通では無いのだ
正直どうでも良いが、まだ具体的描写の少ない葉山も普通じゃないのだろう。
びっくりする位、行動がメンヘラ女のそれすぎてひどい
八幡からすれば、普段通りの生活してたら別に付き合ってるわけでもない女がいきなりメンヘラ発症して周囲の人間関係を破壊しだして訳分からんって状態
高校生の手に負える訳がないから素直に病院に連れてった方がいいなこれ
ボーダー女を演じてる感
限りなく体験談っぽくて怖い
もしかして、話の着地点が見えなくなったのか?
事情知った所でどうにかなるとも思えないが……
まさか雪乃と葉山が付き合う事になったらすぐさま雪乃の気が狂いましたと言いふらす訳にも行かないし、それに原因を取り除くとしても現状じゃ葉山を物理的に排除する事位しか無いだろうし
壊れたのは葉山と付き合ったからじゃなくてそれ聞いた八幡の反応が原因じゃないの?
乙。更新楽しみにしてる。
大体葉山と付き合い始めたのに、何で八幡にキスするんですかね?
このままだと、次は八幡に逆レイプするんじゃありませんか?
雪ノ下が八幡を逆レイポってそれまさかハチマ○コじゃ…
そもそも雪ノ下が本当のこと言ってる保証なんかどこにもねえし、実際に葉山と雪ノ下が付き合ってるかどうかは眉唾だとは言われてるけどね。むしろ、メンヘラ特有の気を引くための嘘だって方が納得できる
>>176
あれは逆じゃないから…
>>177
そもそも雪ノ下が本当のこと言ってる保証なんかどこにもねえし、
→わかる
実際に葉山と雪ノ下が付き合ってるかどうかは眉唾だとは言われてるけどね。
→言われてる?どこで?
むしろ、メンヘラ特有の気を引くための嘘だって方が納得できる
→葉山も認めてるんですが、それは……?
このSSって文章は長いけど核心に触れるようなことはまだほとんど表に出てない。
今から推測しても荒れるだけで何の意味もないから止めといたほうがいいぞ。
冒頭で湧いて出た調子こいた居酒屋信者も軒並み討ち死にしてるし。
ぶっちゃけ、作者の胸先三寸なんだから見守るしかない。
まだかな?
◆3
『動かす』という言葉は『重い力』と書く。何かを動かそうとするなら、それが物であれ、社会であれ、人であれ、多大な『力』を必要とする。
『力』がなければ動かない。『重い』だけだ。だとしたら今の俺はひたすら重いだけなんだろう。雪ノ下にとって、俺は無力で重いだけの存在なのだろう。
雪ノ下が葉山と付き合っているという話を聞いてからずっと俺は雪ノ下に振り回されっぱなしだった。それなら俺はどうかと言えば、雪ノ下の本心を知る事もなく何も変えられず何も出来ていない。ただただ流されてきただけだ。
部室から出てトイレに行きハンカチを濡らす。設置されている薄汚れた鏡を見ると、案の定、両頬が赤く腫れている上に死んだ目をした俺がいた。首や頬には小さな血の痕が幾つも付いている。
このまま家に帰ると、まず間違いなく小町に何があったのかを尋ねられる。冷やしてどれだけ腫れが引くかはわからないが、とにかく今、家に帰る訳には行かなかった。
軽く絞って水気を抜き、ハンカチで首や頬の血を拭う。それからまた洗い、絞って、それを左頬に当てながら部室へと戻った。
『やっぱり今のゆきのんはおかしいよ……。絶対に何かを隠してる』
今の俺もそう思う。
雪ノ下雪乃は何かを隠している。そして、それは恐らくとても重大な何かだ。
正直、今はわからない事があまりにも多い。
疑問を言えばきりがなかった。
だが、今日の事で一つだけはっきりとした事がある。雪ノ下は葉山と上手くいってない。付き合っているというのなら、それがマイナスになっているのは明らかだ。そして、本当に付き合っているかどうかも今では疑ってかかるべきだ。
でなければ、俺へのキスの説明がつかない。
何もかも上手くいっている彼氏持ちの女が、他の男と、しかもゴミと断言した男とキスをするというのは有り得ない。
由比ヶ浜に、葉山と付き合っていて幸せだと雪ノ下は言った。幸せなら、どうしてこんな事をする。幸せじゃないからするんじゃないのか。
何かそこには訳や事情があって、それを雪ノ下は隠している気がした。
ハンカチを持つ手を代えて、逆の頬を冷やす。もう痛みは引いてるが、まだ心の痛みは消えてはいない。
口の中にはまだ雪ノ下の艶かしい舌の感触が残っていた。
あれが俺のファーストキスだ。雰囲気も何もなくただ強引に奪われた。それだけだ。
別に俺は乙女でもなければロマンチストでもない。だから、その事について純情を汚されたなんて馬鹿みたいな事を言うつもりはない。だが、あのキスが無理矢理なもので、心の蹂躙にも似た行為だったという事を否定するつもりもない。
これが逆なら犯罪だ。いや、暴行を受けている時点でもう立派な犯罪か。加害者は雪ノ下で、被害者は俺だ。雪ノ下にどんな事情があるにせよ、その事実だけは絶対に変わらない。
俺は雪ノ下から大切にしていたものを根こそぎ奪われた気がしていた。
居場所も、理想も、安らぎも、思い出も。
そして、由比ヶ浜も。あいつが奉仕部を辞めると言い出したのは、まず間違いなく雪ノ下のせいだ。
だが、それでも雪ノ下雪乃という存在を俺は心の底から憎めなかったのだ。由比ヶ浜の様に諦めもつかなかった。
『ねえ、比企谷君。いつか、私を助けてね』
ディスティニーランドの時の雪ノ下の言葉と表情が俺の中に甦る。俺はそれでも雪ノ下雪乃という存在が恐らくまだ好きなのだ。心のどこかで固く信じている。まだ間に合う、元に戻る事が出来ると。
雪ノ下が言っていた『いつか』は、『今』なんじゃないのかと。
それなら助ける為にはどうしたらいい。
雪ノ下の姉である陽乃さんは前に俺に言った。君は人の心の裏を読もうとすると。確かにそうだ。俺は今、雪ノ下の裏の心を考えている。
人が怒りや悲しみなどの感情を人にぶつけるのは何故か。それはたまったものを吐き出そうとする意味もあるが、相手に訴える為でもある。怒っていたり悲しんでいるという事を相手に伝えようとしているのだ。
なら雪ノ下は何を伝えようとしているのか。何の為に俺の弱く醜い部分を突き、暴行を振るい、キスをしたのか。
それに全て目的があったとしたなら、雪ノ下は俺を傷付け、俺をいたぶる事を目的としている。そして、自分の存在を刻み付けようとしている。
雪ノ下雪乃という存在を、俺が一生忘れる事が出来なくなるようにしている。その為のキスの様な気がした。
なら、何の為に雪ノ下はそれをしたのか。
愛情の反対は憎しみではなく無関心だ。無関心という点においては雪ノ下は正反対だった。だとしたら、雪ノ下の裏の心は。
雪ノ下は嫌われたいと望んでいる。
憎まれたいと望んでいる。
そして矛盾しているのだが、自分を見て欲しいと、そう望んでいる。そうとしか思えない。
ならそこから更に考えるべきだ。何の為に雪ノ下は、嫌われ、憎まれ、自分を見て欲しいと願うのか。
……考えられる仮説は幾つかあった。
だが、そのどれかまではわからない。仮説を裏付ける証拠が不足し過ぎている。組み上げるパーツが足りなさ過ぎる。
そして、雪ノ下雪乃をどうやって助けるのかも。今の段階ではぼんやりとしか見えない。情報が足りない。覚悟も足りない。
……何にしろ、あいつと一度会って話を聞く必要がある。
雪ノ下の彼氏である葉山隼人に。
頬を冷やして腫れを取る時間は、俺にとって完全に無駄な時間という訳ではなかった。サッカー部の練習が終わるまでどうせ待つ事になったのだ。
職員室に鍵を返しに行く。平塚先生は自分の恋愛以外の事となるとやけに的確で鋭い。目ざとく俺の頬回りの傷を見つけて、それについて聞かれた。
「どうしたんだ、比企谷。その傷は?」
「……飼い猫に今朝やられました」
予め用意しておいた嘘だ。最近、嘘ばかりついている。
「そうか。猫か」
そして、平塚先生はそれを疑わない。余計な事を言いはするが。
「私は傷跡からして、てっきり痴話喧嘩で女にひっかかれたものだと思ったんだがな。だが、君に限ってそんな事は有り得ないか」
むしろ、そう思うあなたの方がどうかしてます。かなり本気で。そういう目をしていたからか、平塚先生は少し困ったように息を吐いた。
「比企谷。言っておくが冗談だからな」
冗談に聞こえないから怖い。特に今の俺にとっては。
「……知っています。それじゃ、これで」
鍵をさっさと返して、俺は日の沈みかけたグラウンドへと向かった。丁度、サッカー部がボールを片付けて帰り支度をしているところだった。葉山の姿もそこにあった。
「話がある」
こうして葉山に話しかけるのは二回目だ。前は理系か文系かで尋ねたはずだ。
あの時と違って葉山は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「悪いが、今度にしてくれないか。今日はこの後、用事が入っているんだ」
「用件は雪ノ下の事でだ」
「…………」
葉山は良いとも悪いとも言わず、俺の目を見据えた。
「お前、雪ノ下と付き合ってるんだってな」
「だったら何だ?」
ほとんど喧嘩腰の様な反応だった。厳しい目を俺に向ける。やはり何かある。そう感じた俺はカマをかけた。
「雪ノ下から相談を受けた。お前の事でだ」
「……っ!」
ある程度の反応はすると予想していたが、予想以上の反応を葉山は見せた。一瞬、肩を震わせて、明らかに動揺した。
「……何を聞いた?」
普段のあいつなら絶対に見せない様なきつい表情が向けられた。俺が答えないでいると葉山は一歩詰め寄った。その時には動揺はもう消えていたが、代わりに完全に目が座っていた。
「どんな相談を受けたんだ、比企谷」
「…………」
「答えてもらおうか。その事で質問があったのは君の方だろう」
「答えなくてもお前はわかってるんじゃないのか? いや、わかっているよな?」
「さあね。俺には見当もつかない。だから、君の方から言ってもらわないとわからない」
「嘘をつくな」
「ついてなんかいないさ。で、雪ノ下さんから何を聞いた?」
そのまま更に一歩詰め寄られた。胸ぐらを掴もうと思えば掴める距離だ。そして今の葉山はそれをやりかねない雰囲気を漂わせていた。
「答えてもらおうか、比企谷。彼女から君は何を聞いた」
「…………」
このまま答えず、胸ぐらでも掴まれて更に一発ぐらいなら殴られてやろうかとも考えた。そうすれば、それを脅しとして葉山から聞き出す方法も取れるだろう。だが、元がはったりである以上、そこまで葉山を挑発出来るとは思えなかったし、何より葉山がそこで一線を引いたかのように冷静さを取り戻しつつあった。
「答えないなら、俺は帰らせてもらう」
本当にそうしそうな気配だった。ここまでか……。
俺は方針を変更した。
「はったりだ。俺は雪ノ下から何も相談を受けていない」
「やっぱりか」
葉山はどこか納得した様に頷いた。そして、話は終わったとばかりに踵を返して立ち去ろうとした。俺はその背中に向けて言った。
「だが、その反応でお前と雪ノ下の間に何かあるのはわかった」
「そうか」
興味がないようにそのまま速度を緩める事なく歩いていく葉山。俺の一つ目の弾丸は外れた。だが、二つ目のこの弾丸は恐らく外れない。
「お前がその事を俺に話す気がないなら、俺は雪ノ下とお前の事を噂で流すつもりでいる。付き合ってるとかそんな事じゃなくて、もっとどぎついやつだ」
「…………」
歩みが止まった。世間体といったものは葉山の数少ないウィークポイントだ。出来る事ならある事ない事ばらまかれたくはないだろう。止まらずにはいられないはずだ。
だが、その後には予想外の反応が返ってきた。
「好きにすればいい」
また葉山は歩き出す。俺は葉山の後を追いかけ、その腕を掴んだ。
「待てよ」
「待たない。その手を離せ、比企谷」
「お前と雪ノ下の間で何があったか、それを聞くまでは離さない」
「どうかしてるのか、比企谷」
振り向いて葉山は冷たい目を向けながら言った。
「君はこういう事をするタイプじゃないだろう」
「タイプなんか知るか。お前の勝手なイメージで俺を決めつけるな」
まるで今の雪ノ下の様な台詞だった。言って初めて気が付いた。
葉山は小さく息を吐いた。
「手を離せ、比企谷」
「……さっきも言っただろ。お前が何か話すまで、俺はこの手を離す気はない」
「何を話せと言うんだ? 俺は今雪ノ下さんと付き合っている。それだけだ。他に話す様な事は何もない」
「嘘だな。だったら、さっきの反応は何だ? 何かなければそんな反応はしないはずだ」
「彼女が俺の知らない何かを、別の誰かに相談したと聞いたら、それが気になるのは当然だろ」
「そうじゃないよな、葉山。雪ノ下の相談に自分が何か関係していると確信していたからお前は気になったんだ」
「違う」
「違わない」
そこで葉山は苛立った様に溜め息を吐いた。
「話が平行線だな」
「そうだな。お前のせいでな」
俺もここは譲る気はなかった。
葉山は心底わずらわしそうな顔で俺の掴んだ手を眺め、それから俺にまた視線を向ける。
「俺は何もないとさっきから言っている。だが、君はそれを信じない。仮に俺が何か他の事を言ったとしても、どうせ君は信じないだろう。自分が納得する言葉しか信じないと言っている様な奴に、俺がこれ以上何か話す意味があるのか。時間の無駄だ」
「だったら、どうして雪ノ下はあれだけ変わったんだ。彼氏のお前がそれを知らないとは言わせない。お前と付き合う事で雪ノ下は変わったんだ。お前が何か知っていなきゃおかしいだろ。どうして雪ノ下はあんなに変わってしまったんだよ」
「比企谷……。君は今日、鏡を見たか?」
「……何が言いたい?」
頬の傷の事を言われるのかと思った。だが、それは違った。
「見てないのなら、今すぐ見てきた方がいい。今の君は、普段とは別人だぞ。人を殺しそうな目をしている。少し普通じゃない」
一瞬、息が詰まった。が、すぐに、まさか、と思い直す。
「ずいぶん大袈裟な事を言うな、葉山。どうせ鏡を見に行かせたいだけだろ」
「本気だ。だから、そんな奴と会話するだけ無駄だと思っている。離せ」
「お前が隠している事を言えば、すぐにでも離す」
「……どうやら、もう話し合いは無理みたいだな」
「元から話し合いなんかしていた覚えは俺にはねーよ」
その言葉に、葉山は俺の掴んだ腕にまた視線を落とした。
「……そうか。君はそういうつもりか」
「ああ。形振り構わずお前から聞き出す。腕を掴まれていて、困るのは俺じゃなくてお前の方だ。何なら家まで俺も一緒について行ってもいいぞ。二泊三日で泊まってやってもいいぐらいだ」
葉山と俺はしばらくその場で睨みあった。「子供の喧嘩か」と、葉山は苦虫を噛み潰した様に呟いたが、子供だろうが大人だろうが関係ない。嫌がらせをするなら子供のやり方で十分だから、それを選んでいるだけの事だ 。
「……比企谷、その手をどうしても離すつもりはないんだな?」
「お前が本当の事を言うまではな。例え海老名さんが熱愛中のホモカップルと勘違いしようと、ずっと握り続けてやる」
「その言葉、意地でも撤回してもらうからな」
不意に肩を掴まれた。その瞬間、俺の体勢が崩れた。足が浮いた。視界が一気にぐるりと回って気が付けば俺は空を見上げる形になっていた。そして背中に強い衝撃。息が一瞬止まった。恐らく足をかけられて体ごと倒された。柔道技かよ……!
「俺はこれで帰る。それじゃあな」
見下ろされる形で葉山からそう言われた。いつのまにか俺は腕を離していたのだ。
どことなく後ろめたそうな面持ちで葉山は足早に去っていった。
俺はそれを追いかけなかった。別に追いかける必要がないからだ。葉山が完全に見えなくなるまで待ってから、俺は服の裏にガムテープでしっかりと張り付けておいたスマホを取り外し、アプリの録音停止ボタンを押した。
部室で一人試した時は、音がくぐもって聞き辛い感はあったが、判別がつく程度には問題なく録れていた。今回も問題ないはずだ。
俺はそれを最終的には雪ノ下陽乃さんに聞いてもらうつもりだった。
今回の録音で、葉山が雪ノ下と付き合っている事はあいつから言質が取れた。そして、雪ノ下の変化について俺が喋った時に葉山はそれを肯定はしなかったが否定もしなかった。雪ノ下が今おかしいという事、それを葉山は知っているという事、そして恐らく葉山も何か隠しているという事。この三つを雪ノ下さんに信じさせる状況証拠ぐらいにはなるはずだ。
ただ、それをする前に、俺は雪ノ下ともう一度あの部室で二人きりで話す必要があった。その会話も録音しなければならない。でないと、雪ノ下さんは妹が葉山と付き合っている事は信用しても、今の雪ノ下の普通ではない変化を決して信じないだろうからだ。
ただでさえ低い信頼性を誇る俺だ。何か証拠がないと、葉山や雪ノ下の事で妙な勘繰りや疑いを受け、次から俺の言葉がまったく信用されなくなるまである。時間と手間はかかるが、これは惜しんではいけない時間と手間だった。
明日だ。明日、雪ノ下ともう一度話す。態度からして葉山が関わっている事は確信出来た。だから、それについてまたカマをかけて話し、何かを聞き出す。
それで上手くいって核心に迫る事を聞ければいいが、もし駄目でまた雪ノ下が暴走を始めたなら……。
その時は、例え雪ノ下が実家へ強制的に戻る事になろうとも、その二つの録音を雪ノ下さんに聞いてもらうしかないだろう。それが雪ノ下にとっての最善だと信じざるを得ないからだ。
今の雪ノ下が精神的に病んでいる事を、俺は視野に入れている。入れたくはなかったが入れない訳にはいかなかった。そしてそれは、俺が考えた仮説の中での最悪のケースだ。
その場合、必要なのは原因を取り除いて事態を解決する事ではない。
必要なのは、精神科医と薬だ。
それは俺に用意出来るものではないのだ。
背中についた砂を払いながら俺は立ち上がる。この前から痛みばかりもらっている。主に雪ノ下からだ。昔、どこかで聞いた言葉を俺は思い出していた。
『痛みってのは、耐える事は出来ても、慣れる事は出来ない。痛いと思う気持ちは、何回繰り返しても痛い』
そして、体の傷は治っても、一度ついた心の傷は絶対に治らない……。確か、そんな言葉もあった気がするな。
俺は地面に置いておいた鞄を掴んで、家へと帰る為に歩きだした。耐える事は出来ても、慣れる事は出来ない。痛いと思う気持ちは、何回繰り返しても痛い。その言葉がやけに頭の中から離れなかった。
長くなったけど、ここまで
ほほ~う
>>194
乙
この葉山の屑っぷりよ
乙です!
うん、面白い。
しかしはるのんに相談する流れが唐突じゃないか?
何で葉山嫌われてんの?
ここスレじゃまだ何もしてねえじゃん
乙!
これだけ周りに被害及ぼしてんのにほったらかしにしてすっとぼける彼氏ってなあ…
それほどまでに自分が原因で壊れたと認めたくないのかこの屑山君は
何でSSの八幡って自分で捨てたものを他人に取られてからなりふり構わず暴れるのかね?
他人に迷惑をかけないぼっちどころか迷惑極まりないんだけど
んで、信者はそれをカッコイイと思い込んでるし。こんなやつ普通に友達いない理由わかるだろ
大体、ラノベ主人公は女には下心丸出しのくせに男にはやたら高圧的なのがデフォだから男友達いなくて当たり前だけどな
>>200
原作でやらかしまくってるからじゃね
>>201
自分も被害者だと思ってるんじゃね?最初は大人たちの事情で棚ぼた式に雪乃と彼女になれて喜んでたけど
実は大人たちの事情が洒落にならないような話だったとか。そのへんは陽乃も詳しいんだろうが、素直に話してくれるかどうか…
入院レベルの雪乃をいまだに放置してるようじゃ…
>>202
他のスレならともかく、ここでそれを言うお前が文盲なことだけはわかった
取られたとか取られてないとか
そういう問題じゃないんだよなぁ…
>>204
精々雪乃が壊れたけど俺は悪くない程度じゃね?葉山と言えば周りに責任を押し付けるような奴だし
まあ、俺じゃ不服か位は思いそうだけど
1乙。面白い。続き楽しみにしてるね。
俺と葉山の違いは腐るほどあるが、その中でも決定的に違うのが思考の差だ。リア充とぼっちでは思考が真逆になる。
葉山の場合、常に最高のケースを想定してそれを実現させようと行動する。俺の場合、常に最悪のケースを想定してそれを回避しようと行動する。
雪ノ下の件で最高のケースを言えば、これまでの事全部は葉山と上手くいっていない事が原因で起きた、雪ノ下のストレスから来る一時的な異常行動であり、最終的にはそれが解消され由比ヶ浜もそれを理解して奉仕部に戻ってくるという結末だ。完璧なハッピーエンドとはいかないだろうが、これならそう悪くはない。
それなら最悪のケースはと言えば、これは一言で済む。雪ノ下は既に精神が壊れていて、これから更に悪化していく。
それは俺にとって最も考えたくもない結果で、何としてでも回避しなければならない結末だった。
だから、俺は雪ノ下陽乃さんにいつでも頼れる様に準備をしておく必要があった。もし今の雪ノ下が精神的に壊れていたとしたら、助けを差し伸べる事が出来るのは、姉であり家族である彼女しか俺には思いつかなかったからだ。どうあがいても、それは俺ではない。俺には薬も医者も用意できない。
ただ、それはさっきも言った通り最悪のケースだ。俺は万が一に備えているだけで、今やっている事が徒労に終わる事は十分に有り得た。雪ノ下は単に不満を抱えていて、それを発散させているだけかもしれないし、俺に対して何か口に出来ない秘密を抱えていて、それを行動で訴えているのかもしれない。明日にはそれが全て判明して、事態はこれから良い方向に転がっていくかもしれない。
何より、俺は徒労で終わらせたいのだ。雪ノ下に実家に戻って欲しくはないし、雪ノ下が狂っているなんて考えたくもなかった。
何にせよ……。
次が本番だ。また、あいつに……。雪ノ下雪乃に会う必要があるのだ。あの部室で。二人きりで。
それには覚悟が必要だった。何をされるか本当にわからないのだから。正直、怖くもあった。明日また、という雪ノ下の言葉を思い出して、俺は思わず息を止めていた。蹴られた腹に軽く手を当てる。息を吸うと鉛の様に重い空気が俺の肺へとこぼれ落ちていった。
その日は、夕食を無理矢理胃に押し込んで、早々に部屋へと引きこもった。小町の訝しげな視線は完全に無視していたが、質問は避けられなかった。
「お兄ちゃん、その首とか頬の傷、どうしたの? まさか、雪乃さんや結衣さんに何か変な事をしたんじゃないよね?」
襲った挙げ句、逆襲を食らった犯人扱いか。むしろその逆だ、なんて言える訳もない。言ったところで絶対に信用されないだろう。「猫にやられた」そう答えるしかなかった。
他にも適当に言い繕っておいたが、小町はほとんど信用してなかったのか、刑事が容疑者を見るような目付きで俺を見ていた。
「まあ、お兄ちゃんにそんな度胸がある訳ないけども……」
だよな。俺もそう思う。明日、雪ノ下と会って話をするだけだというのに、俺は不安だらけだった。直接的な不安も多かったが、未来への不安の方がずっと多かった。あの日の夜よりも俺はずっとずっと不安に怯えていた。
翌日の学校の授業も、俺の頭の中にはまるで入ってこなかった。昨日から考えているのは雪ノ下の事ばかりだ。どうすればいいか、何をどう聞くか。昨日からずっと考えているのに、際限なく考える。終わりというものがまるでない。
由比ヶ浜はと言えば、あいつは三浦や海老名さんに混ざって会話をしていた。三人に笑顔が少ないのは当然だ。時折、由比ヶ浜が俺の方に不安げな目線を送ってきはしていたが、話しかけてくる事はなかった。俺もそれに倣った。
葉山グループは今日は三人で神妙な顔を付き合わせている。そこに葉山の姿がないからだ。どこに行ったのかは知らないが、今日はほとんど教室にいなかった。昨日の事で俺と顔を合わせない様にしているのかもしれない。あいつら三人だって葉山や三浦の事は感付いているだろうから、本人不在という事で何か話し合っているのだろう。興味がないからどうだっていいが。
「ねえ、八幡」
戸塚だ。顔を上げると心配そうな顔が俺に向けられていた。
「最近、なんか本当に元気がないよね。どうしたの? 悩んでる事があるなら、僕で良かったら相談に乗るけど……」
やはり天使はいつでも天使だ。もしこの天使が暴走して昨日の雪ノ下と同じ事をしてきたら俺は世界を呪って自殺する自信がある。だが、その天使に対しても俺は本当の事を言えないし相談も出来ない。
「悩みは……ない。大丈夫だ。ちょっと色々と疲れててな……」
自然と戸塚から目を逸らしていた。それを見て戸塚は、少し困ったような寂しげな顔を見せた。
「そっか……。でも、本当に何か悩みとかあったら話してよ。僕で役に立てるかはわからないし、何の力にもなれないかもしれないけど……」
「……悪いな、戸塚」
「ううん。いいよ」
また困ったような顔。恐らく戸塚もわかっている。俺が悩みを抱えていて、それを戸塚に打ち明けようとしてない事を。それを口に出さないのは戸塚の優しさだ。だけど……。
それは果たして『本物』の優しさなんだろうか。
自分が欲しがっていたものが、俺には段々とわからなくなってきていた。
授業が終わった。スマホの仕込みをする為に俺は部室ではなく男子トイレへと先に向かう。だが、その途中で由比ヶ浜に後ろから声をかけられた。
「ヒッキー、ちょっといい。こっち」
そう言いながら俺の袖を掴む。昨日俺がした事と似たような事をされた訳だが、由比ヶ浜は俺より強引だった。そのまま返事も待たずに引っ張りながら歩き出す。
「おい、由比ヶ浜、待て」
「いいから。こっちに来て」
離す気配はまるでない。引っ張られないように大人しく後をついていく。着いた先は屋上だった。そこに誰もいない事を確かめてから、由比ヶ浜は俺の袖をようやく離した。真剣な表情が俺に向けられた。
「その傷さ……」
ドアを閉めると同時に由比ヶ浜は質問してきた。
「なんか、引っ掛かれたみたいな傷だよね……。朝からずっと気になってた。どうしたの、それ?」
「……カマクラにやられた。あいつ、マタタビでも小町に貰ったのか知らないが、昨日は興奮してたからな」
「それ、本当に?」
嘘だ。だが、本当の事を言えば、由比ヶ浜はその時の事について詳しく聞いてくるだろう。血が出るぐらい強く掴まれてディープキスされたって言えばいいのか。嘘を突き通すしかなかった。
「……本当だ。カマクラにつけられた傷だ」
「ヒッキー、嘘ついてないよね? 本当の本当にそうなんだよね?」
相変わらずやけに真剣な目付きだった。逆にここまで念を押されて質問されれば、流石に俺もその事に気が付く。
「雪ノ下か?」
「え……?」
「雪ノ下につけられた傷だと、お前は思ったんじゃないのか?」
「…………」
沈黙。それも一つの答えだろう。由比ヶ浜は目を伏せて重たい表情を浮かべる。嫌な予想ってのはいつだって当たる気がした。
「そんなんじゃ……ないから」
由比ヶ浜が答える。少し悩んだが、俺は思いきって切り出した。
「由比ヶ浜。俺も隠していた事をお前に言う。だから、お前も隠している事を俺に言ってくれないか。雪ノ下にも昨日聞いたんだが、あいつはそれを教えてくれなかったからな」
前は、由比ヶ浜は信じてくれないだろうと思って言わなかった。だが、今はその状況も認識も変わっている。
「……隠していた事って?」
由比ヶ浜が疑い半分不安半分みたいな顔を見せた。俺はその目を見据えて口を開いた。
「前に俺は……雪ノ下から文庫本で殴られた。紛い物だと散々言われて本気で非難された」
由比ヶ浜が一瞬、目を大きく見開いた。だが、その後に出てきた言葉は否定とは真逆の言葉だった。視線を地面に落として独り言の様に由比ヶ浜は呟いた。
「そうなんだ……。ゆきのん、ヒッキーにも……」
やっぱりかという気持ちだった。正直、次を尋ねる事が嫌だった。だが、尋ねない訳にはいかない。
「……お前は、何をされたんだ?」
「私は……」
躊躇い。迷う表情。そこから長い間があった。
やがて由比ヶ浜はぽつりと呟いた。
「奉仕部を辞めろって……。鬱陶しい……邪魔だって。……何回もそう言われた。絶対あれ、本気だった……」
握られていた心臓を潰された気分だった。
「ヒッキーは……この事、信じる?」
ゆっくりと頷く。今の雪ノ下ならやりかねないと思った。というより、何をしても今ではおかしくないと思う。
「そっか……」と乾いた声。重苦しい空気が漂った。
しばらくして、由比ヶ浜は俺の目を見ながらはっきりと言った。
「やっぱりヒッキーも奉仕部を辞めるべきだよ。辞めなくても……もうゆきのんとは会わない方がいいよ」
……由比ヶ浜の言いたい事もわかる。強制ではないのだから、傷や嫌な思いを受けてまで部活に出る意味はない。だけど、それは……。
「雪ノ下を……見捨てろって言うのか」
それが俺には出来ない。見限る事も、忘れる事も出来ない。放っておく訳にはいかない。
由比ヶ浜が首を振った。
「そうじゃない……。そうじゃなくて……」
訴える様な声だった。由比ヶ浜は俺の目をじっと見つめる。
「見捨てるとかじゃないの。私も上手く言えないけど……でも、そうじゃないの。今のゆきのんは確かに変だよ。おかしいよ。でも、ヒッキーの考えてるおかしさとは少し違うと思う。今のゆきのんは何て言うか……」
そこで言葉が途切れた。何か言葉を探す様に口を動かすが、次の言葉が出てこないのか結局口を閉じる。やがて「……私にもよくわからないけど」と言い訳の様に小さく口にした。
「でも、とにかくヒッキーも奉仕部を辞めた方がいいと思う。今のゆきのんとは話さない方がいい。変な意味で言ってるんじゃない。このままじゃずるずる変な方に行っちゃうから。余計おかしくなっちゃう。ヒッキーまできっと巻き込まれる。ゆきのんは……ゆきのんはもう一人にしといた方がいいの」
それは由比ヶ浜の口から出たとは思えない言葉だった。
ゆきのんはもう一人にしといた方がいいの。
そんな訳……あるかよ。それだけは何故かはっきりとそう思った。
「……悪い、由比ヶ浜。俺はもう行く」
言いたい事はあったが、俺はそれを全部飲み込んだ。そのまま踵を返す。言ってもどうせ平行線にしかならない。そう思った。結局、俺はこの一年間奉仕部で何を見てきたのか。目が腐ってるどころか節穴の様にすら思えてきた。
「……どこ行くの、ヒッキー」
背中から声。振り向かずに俺はドアノブへと手をかけた。
「部活に出る。雪ノ下の事が心配だからな」
お前と違って、という言葉が口に出てきそうになってぐっと堪えた。それを言ったら二度と後戻り出来ない様な気がした。それは、まるで崩壊の呪文の様に思えた。
「ヒッキーって……いつもゆきのんの事ばかりだよね」
後ろから声。諦めと悔しさが入り交じった様な声。それはドアを閉める直前の事だった。
「私だって……好きでこんな事言ってるんじゃ……」
そこで由比ヶ浜は言葉を止めた。目を向けると、下を向いてこちらを見ようとはしない由比ヶ浜の姿が映った。それは何かに耐えている様な表情だった。
俺はしばらくの間、そのまま由比ヶ浜の次の言葉を待った。だが、その後を続ける気配は一向になかった。
「由比ヶ浜。出来る事なら……」
躊躇った末に俺は由比ヶ浜に向けて自分の本心を告げた。
「お前にも雪ノ下を助けて欲しいと、俺はそう思っている」
そして、ドアを閉めた。返事を聞く気はなかった。返事を聞くのが怖かっただけかもしれない。俺は単なる身勝手な願望を押し付けただけだ。そうわかっていた。まるで俺らしくない事を、俺はこの前からずっとしている。
ここまで
>>218
乙
雪カスが苦しんで死にますように
乙です!
一人称とはいえ、地の文をこうまで読ませるのは才能だわな
ここまでされて見捨てないとかどんなメンタルだよwwwwww
むしろガハマちゃんの方を軽視してるよな
まあ人にはそれぞれ優先順位があるからな
ここの八幡にとって雪乃は何よりも大事だってことだろ
どっちが大事というか、明らかに雪ノ下の方が色んな意味で深刻だからそっちを優先せざるおえないだろ。
愛情の反対は無関心なんて原作で八幡が否定してることをわざわざ言わせてるあたり原作へのリスペクトもなくただぶっ壊したいだけなのは明らかだからな
>>226
わざとじゃないんだ。すまん。直す
>>185一部修正
愛情の反対は憎しみではなく無関心だ。無関心という点においては雪ノ下は正反対だった。だとしたら、雪ノ下の裏の心は。
差し替え↓
憎しみではない。憎しみだけではキスの説明がつかない。雪ノ下は何か別の感情も抱いている。だとしたら、雪ノ下の裏の心は。
階段を降りて男子トイレへと向かい、そこで念入りにスマホの仕込みを終えてから俺は部室へと向かった。普段よりも遅い分、雪ノ下はもう来ているだろう。
トイレで手を長めに洗っている間に気持ちは切り替えた。むしろ逆に踏ん切りがついた。後ろが崖ならもう前に進むしかないというそんな気持ちだ。
ドアを開ける前にアプリの録音ボタンを押す。最大で四十分近く録音出来る。その間に雪ノ下の反応がなければ、またトイレに行って録音し直せばいい。今日は朝から電源を切ったまま持ってきているから、電池切れの心配もまずない。友達からのメールやLINEなんか入ってこないからな。途中で録音が途切れる心配もない。
息を一つ吸い、覚悟を決めてからドアを開けた。
雪ノ下はやはり先に来ていた。『いつも』の場所で『いつも』の様に文庫本を読む雪ノ下。
「こんにちは」
顔を上げて、雪ノ下がそう言った。二週間前にはそれが当たり前みたいに思っていた。今では、タイムマシンに乗って過去へと紛れ込んだ様な気になる。それぐらい久しぶりに聞いた気がした。
「……話があるけどいいか」
距離を取って、雪ノ下にそう尋ねる。手元の文庫本にどうしても目がいった。不意に口の中に舌の感触が甦る。あまり近付くのを足が拒否していた。
「何かしら」
淡々とした声が返ってきた。視線も文庫本の方へと向けられている。関心がないといった素振り。実際、本当に関心がないのか、あるけど隠しているのか、それも俺には判断がつかない。
一つ間を置いて、溜めを作ってから、俺は雪ノ下にもカマをかけにいった。言う言葉は昨日から決めていた。
「葉山から全部聞いた」
反応は一瞬で現れた。背中に氷でも当てられたかの様に雪ノ下の肩が震えた。まるで誰もいない部屋で後ろから肩を叩かれた様な反応だった。手元にある文庫本が小さく震えている。震えているのはもちろん本ではなく雪ノ下の手の方だ。
予想以上に。予想よりも遥かに大きく。雪ノ下雪乃はその言葉に動揺を見せた。
「いいえ……それは嘘ね」
震え声。絞り出す様に雪ノ下が言った。唇も震えていた。
「……本当だ。昨日、葉山から全部聞いた」
「嘘よ」
そう言いつつも相変わらず手が震えている。畳み掛けるなら今しかないだろう。
「……由比ヶ浜との事も聞いた。ついさっき、屋上で聞かされた」
「…………」
「あいつに、奉仕部を辞めろって言ったんだよな。邪魔だとも。鬱陶しいとも」
「……嘘よ」
「どこが嘘なんだ? お前がそう言ったんだろ」
「由比ヶ浜さんの事ではなく、あの男の事よ。……あいつが言うはずないもの」
あの男。あいつ。お前の彼氏じゃなかったのか。その言葉には明らかに敵意がこもっていた。一体、葉山と雪ノ下の間に何があって、二人は何を隠している。
「嘘よね、比企谷君。あなたは何も聞いていないわ」
声は変わらず震えていた。断定口調のくせして、やけに不安げな響きがあった。そうあって欲しいと懇願している様にも聞こえた。
「いや……本当に全部聞いた」
俺の声はどうなんだろうな。多分、震えてはいないだろうが、自信の無さが現れてないか不安になった。俺も強気に出れない立場だ。
「それなら……」
そう雪ノ下は言った。
「それを聞いて……あなたはどう思ったのかしら」
相変わらず俯いたままで、喉の奥からようやく出した様に雪ノ下はそう尋ねてきた。
どう思ったか。
この質問によって雪ノ下は確信を得ようとしている。逆に言えば、これは俺にとって踏み絵の様なものだ。まともな回答を返せば雪ノ下を信じさせる事が出来るが、もしそうでなかった場合、雪ノ下は二度とカマに引っ掛かったりはしないだろう。
どう答える。由比ヶ浜や俺の事から考えて、雪ノ下が葉山に何かしたと考える方が自然だろう。しかもそれは知られるとかなりまずい出来事のようだ。雪ノ下はあからさまにそれが表に出る事を恐れている。
その上で俺に聞いてきている。こんな事をしたけど、あなたはどう思うかしら、と。俺はそれが何なのかを知るはずもないが、果たしてこれは肯定するべきか、否定すべきか。
もしも肯定すれば雪ノ下はどう思うだろうか。受け入れてくれたと思い気持ちを緩和させるだろうか。可能性はなくはない。逆に否定したら、前みたいに逆上する可能性が強い。録音を目的ともしているから逆上させても構わないが、それによって事態が解決する事はないだろう。だとしたら、やはり……。
まるで死刑判決を受ける前の罪人の様に、雪ノ下は俯いたまま小刻みに震えていた。俺は気持ちを落ち着けてから、雪ノ下に声をかけた。
「……どうも思ってない。雪ノ下は雪ノ下だ」
「…………」
沈黙。だが、変化はあった。雪ノ下の両目からすーっと涙がこぼれ落ち、それが頬を伝って持っていた文庫本に落ちた。一滴、二滴、絶え間なくずっと。
「やっぱり……」
雪ノ下はそこで顔を上げた。そこには泣きながら微笑を見せている雪ノ下の顔があった。
「嘘だったのね、比企谷君。あなたがそんな風に思うはずないもの」
その言葉には確信に満ちた響きがあった。雪ノ下は涙を拭こうともせず、一人わかりきった表情で泣いていた。
「雪ノ下……」
何を言えばいいかわからなくなった。どうして雪ノ下はあれだけの言葉で嘘だと見抜いたのか。そして何より、どうして泣き出したのか。
だがそんな事を考える暇もなく、雪ノ下から冷ややかな言葉が飛んできた。それは、氷という表現を通り越して体中を凍えさせる程の冷たさに満ちていた。
「比企谷君。そこに正座して」
雪ノ下は涙を今も流しながら目の前の床を指す。
「愚かにも私を騙そうとした罰よ。そこに正座しなさい」
まただ。またこの言葉。この前の続きの様に雪ノ下は床を指した。ただ、この前と違ってそこには有無を言わさぬ響きが含まれていた。雪ノ下は涙に濡れたままで厳しい視線を俺に向けていた。
「わかった……」
俺は素直に雪ノ下の言葉に従った。雪ノ下の口調や雰囲気からは絶対に断らせないといった意思があふれていたし、それに録音する機会でもあった。雪ノ下の変わりようを証拠として残すなら、言う事をきいた方がいい。
「……これでいいのか?」
椅子に座っている雪ノ下。その正面、足元から少し離れた場所に正座する。そのままだと、自然と目線が、雪ノ下の足、太もも、そしてスカートの奥にいく。流石にこれはまずい。俺は下を向いた。向かざるを得ない。
「…………」
雪ノ下はしばらく沈黙していたが、やがて俺の前に自分の足を伸ばすようにして差し出した。
「上履きを脱がせなさい」
はい?
一瞬の間が空いた後で、勢いよく文庫本が飛んできた。腹らへんに当たり、床にばさりと落ちる。不意打ちだったので息が詰まり思わずむせた。相変わらず無茶苦茶しやがる……!
「比企谷君。上履きを脱がせなさいと、私はそう言ったのよ。その残念な頭でも、それぐらいの事は理解出来るでしょう? それとも脳から体に命令が伝わるのが数秒もかかるほど、あなたは鈍い神経をしているのかしらね」
俺はどこかの恐竜かよ。そう思いながらも、雪ノ下の足に手を伸ばした。今はまだ逆らわないで、そのまま録音させる事を優先した。
雪ノ下の伸ばされた足。そのかかとあたりを手に取って、文句を言われないよう丁寧に上履きを脱がせた。一体何をしてるんだろうかと自分でも思う。床に正座して同級生の女の上履きを脱がせている姿は相当間抜けというかアレだろう。平塚先生あたりが見たらその場で固まりそうな気がする。
「脱がせたぞ……。この上履きはどこに置けばいい」
瞬間、頬に衝撃。痛みが来て、その後、熱がゆっくりと左頬全体に伝わった。視界の端に雪ノ下の整えられた手が見えた。
「おい、雪ノ下……。俺はどうして今、ビンタされたんだ?」
すぐさまもう一撃。今度は逆頬だ。「黙ってなさい」と雪ノ下は一言。最早、こいつは叩くのに理由なんか必要としていない。
「上履きはそこらにでも置いておけばいいわ。それより、次は靴下よ。早くしなさい」
それが当たり前だと言わんばかりの口調。溢れていた涙もいつのまにか止まっていた。そして、その涙が流れたのは、全部俺のせいといった睨み付ける様な瞳。
悔しさだとか怒りの感情が沸き上がる前に、空しさの方が先に込み上げてきた。黙って雪ノ下の言葉に従い靴下を脱がせにかかる俺は、録音の為とはいえ、自分でも本当に大馬鹿の様に思えた。
さっきと同じく、また踵あたりに手をかけて雪ノ下の足を固定し、空いている方の手で丁寧に靴下を脱がしにかかる。爪先あたりを引っ張って脱がすと、どうせまた手が飛んで来るのだろう。その未来図がありありと予想できたから、靴下を履く方の端を持って巻くように脱がしていった。
「…………」
無言。俺はずっと顔を上げない様にしていたから、雪ノ下が今どんな表情をしているかはわからないが、雰囲気からある程度察しはつく。どうせ冷たい目で見下ろしているのだろう。何を考えているのか本当にわからない。
脱がせた靴下は、上履きの中に入れた。するとすぐに逆の足が差し出された。
「こちらもよ」
「……ああ」
同じようにして、左足も上履きと靴下を脱がせる。別に匂いはしなかったが、そんな事を考えている時点で自己嫌悪に陥った。黙々と作業。そう、これは作業だ。そう言い聞かせ、二つとも脱がし終えた。雪ノ下の両足が裸足になる。
普段はまず見る事のない雪ノ下雪乃の素足。
それが目の前にあるというのが、何とも妙な気分だった。
これなんてプレイ?
ただの馬鹿だよなあ・・・
録音なのに言葉にせず行動だけしてるあたりがまた
想像するとすごいシュールですね
つーか、両者の反応からして葉山が雪ノ下母公認の下でレイプでもしたかしかけたんじゃないか?
それならまだ納得出来るぞ
逆に雪乃に葉山以外の結婚話が持ち上がり、雪乃が葉山に男避け依頼+八幡が
好きだという事を告げて、葉山に強引に認めさせたとか?
>>240
雪乃の態度からしてそれはないだろ。だったらああいう物言いにはならないと思うし
それにそういった話あるなら葉山こそ不適格だぞ?なら葉山で良いかとそのまま話進められかねないから
「今日はやけに素直ね、比企谷君」
不意に冷水をぶちまけた様な雪ノ下の冷たい声がかかった。
「私の言う通り、床に正座して、上履きと靴下を脱がせて、更に頬まで叩かれてるのに、何も文句が出ないなんて。むしろ、人として異常と言えるのではないかしら」
じゃあ、それをさせてるお前の方はどうなんだよ? そう思ったが口には出さなかった。どうせまた、はたかれるだけだ。
「本当にあなたには人間の尊厳と言うか、誇りと言うものがまったくないのね。それでは昆虫や家畜と同様よ。いえ、人間の役に立っている分、家畜の方がマシなぐらいね。家畜以下、昆虫未満といったところかしら?」
雪ノ下の毒舌が続く。それはいつもの事だから構わないが、その口調にはっきりと苛立ちが混ざっているのが気になった。これまで全て雪ノ下の言う通りに従ったというのに、それがまるで気に食わないといった口調だ。
「クズタニ君。あなた本当に人間? 実はヒキガエルで、それが人間のフリをしているだけではないの?」
おまけに悪意までこもっていた。そしてそれがエスカレートしていきそうな雰囲気を今の雪ノ下は醸し出していた。
「つまらない男ね。いえ、言い直すわ。本当につまらないヒキガエルね。何でそんなに面白味のない存在なのかしら」
雪ノ下が不意に椅子から立ち上がった。
「顔を上げなさい」
冷徹な口調。もう逆上されるのを覚悟でそろそろ終わりにすべきか迷った。だが、これまで雪ノ下の言う事を最後まできいた事は一度もない。きけばどういう反応を示すのかそれが気になった。何かが変わるかもしれないという可能性を俺は捨てきれなかった。
息を吸って、それから呼吸を止める。両頬は既に赤くなって腫れ上がっているだろう。いきなりのビンタにまた備えながら、俺は顔を上げた。
雪ノ下からの攻撃はない。というか、俺はそこで完全に固まった。
雪ノ下はためらいなくスカートの中に手を入れると、俺のすぐ目の前で見せつける様にゆっくりと下着を下ろしていった。膝あたりまで下ろして、それから片方の足を軽く上げて足から抜き取る。慌てて目を逸らした。だが、逸らしながらもどうしても目がいく。
雪ノ下はまた同じ事をして、下着を完全に脱ぎ終えた。白色のレースのついた可愛らしい下着。それを片手でつまむ様にして持ちながら、俺の目の前に突き出す。
「何て顔をしているのかしらね。気持ち悪い」
そう言った瞬間、雪ノ下の手が伸び俺は髪の毛をいきなり掴まれた。そのまま、強引に下に引かれる。
「おま……! 雪ノ下!」
「つまらないから面白くしてあげるわ、クズタニ君」
何を考えてるのか、雪ノ下は下着を俺の頭に押し付け、それをかぶせはじめた。本当にどうかしてる!
「やめろ! おい……! 雪ノ下っ!」
もちろん抵抗した。したが、正座の体勢で頭を下に無理矢理下げさせられると手も上手く出ない。見えない。力も入らない。
だったらいっその事正座を崩して逆に自分から床に寝転びにいくべきだった。だが、そんな事を思いつく余裕もなかった。無理矢理に頭から下着をかぶせられ、すぐさま真横に突き飛ばされた。
肘に電気が走る様な激痛。体をかばおうとして反射的に出してたのか、思いきり打った。そのせいで反応が遅れた。また腹に蹴り。一撃目をもろに受け息が詰まる。二撃目に備えて腹を手でかばったのは経験からくる反射的な防御だった。だが、今回はそれが完全に裏目に出た。
カシャッ。
携帯カメラのシャッター音。背中に流れる冷や汗を感じながら見上げると、スカートの中が見えるか見えないかのギリギリの位置で、スマホのカメラをこちらに向けている雪ノ下の姿。
カシャッ。もう一枚。カシャッ。もう一枚。
「い、今のあなた……。っ……」
吹き出しそうになっているのを必死に堪えている雪ノ下の顔。
「最高に……っ……す、素敵よ……」
カシャッ。カシャッ。カシャッ。
「頭からパンツをかぶって……っ。どこからどう見ても変態……。変質者そのものね……っ」
それは悪意と嘲笑が混ざった、悪魔の様な笑みだった。本当に楽しそうに雪ノ下は笑っていた。
とりまここまで
ドMにはご褒美なんだよなあ
>>245
乙
いやもう狙ってるのは分かってるんだけど
むりやり下着を頭にかぶせてくる雪ノ下はさすがに草
乙です
ご褒美にしか見えん
乙…
てか葉山に何をされたのかヒントみたいなのがないと
ただゆきのんが乱心して八幡いたぶって悦に浸る屑女でしかなくてヘイト溜まる一方だぞこれ
もう何日かすると八幡にもこれがご褒美になるんだろうな
八幡も壊れればいいじゃん
由比ヶ浜からみたら八幡も既に壊れてる
雪ノ下に何があったか引っ張りすぎだろ
葉山が雪乃を傷付けるような事をしたら、陽乃さんが黙ってないと思うけどね。
>>253
いや、それはおかしい。
奉仕部の親愛度は葉山の反応なんかからも見て7巻以降ぽいけど、
ここまで三人の内の一人が壊れたら他の二人は絶対原因究明するだろ。
由比ヶ浜は諦めよすぎ
まぁ、所詮VipSSだからそこまでと言えばそこまでか。
>>255
雪ノ下家が原因に絡んでなければ普通に潰しに行くだろうな。陽乃から見れば葉山がやらかすのこれで何度目だって話だし
10巻なんて噂だけで陽乃がうんざりしてる位だし、相当だろ
雪カスは苦しんで[ピーーー]よ
そろそろマンネリしてきたなあ
何にも進めないまま引っ張りすぎじゃないの
CMのあともまだまだ引っ張ります!
引っ張り過ぎか?
キレられて、反撃してキスされて、葉山に接触、ガハマに接触、カマかけて靴下だろ?
250もスレが進んでるが、ほとんどが雑談で恐らく100も進んでない。
こういうのは真実に至る思考の過程がキモなんだから急くのは筋違いだな
>>245 乙。
久々に雪ノ下スレでエタらない面白いのを見つけた。
更新楽しみにいてるわ。
最初はいいかと思ったけど、ちょっと引っ張りすぎな気がした
文章的には多くても、話事態はほとんど進んでないよなこれ
まとめて読むとそうでもないんだけど、小分けして出されると進行が遅く感じる罠。
週刊の連載マンガにありがちなやつだな。
後で単行本で読むとすごい面白いのに、ってやつ。
ワンパンマンのガロウ編ってことか(すっとぼけ)
・^・・・^・
1乙。続き楽しみで仕方ないんだ。
「渡せよ……それ」
いつのまにか声を出していた。かぶせられた下着を脱ぎ取り、床に放り投げる様に置く。
雪ノ下はまだ笑っていた。
「っ……。最高だったのに、な、何で取ってしまったの?」
俺は笑えなかった。笑える訳がない。
「そのスマホを渡せ、雪ノ下」
膝をついて起き上がる。雪ノ下はまだ吹き出しそうになりながらもスマホを庇うようにして両手で持った。
「意味がわからないわね……っ。どうして私が変態にスマホを渡さないといけないのかしら」
「渡せよ。今更、理由なんか言う必要があるか」
「世間一般ではそういうのを強盗と言うのよ。あなたの場合は……っ……へ、変態だけど」
「いいから渡せ」
「お断りよ。絶対にこれは渡さないわ。こんな貴重な写真、他にはないもの」
そう言いながら雪ノ下はまたカメラを俺に向ける。カシャッ。反射的に顔を撮られない様に手で覆っていた。
「変態のくせに意識してるのね……っ」
雪ノ下の堪える様な笑い声が物凄く耳障りだった。
どうする。隠して録音していたスマホの事を告げて、それで取引に持っていくべきか。
今の雪ノ下は絶対にスマホを素直に渡すはずがない。だったら、別の方法をこちらも使うしかないだろう。だが、スマホの録音の事を告げれば、雪ノ下は何をしてくるかわからない。最悪、また暴力を振るわれて、ただこちらのスマホだけが奪われる可能性もある。取引をするなら、自分の安全が確保された状態でするべきだ。
そんな事を考えていたら、雪ノ下がからかうというより、嘲弄する口調で言ってきた。
「別にあなたはこんなのを撮られても痛くも痒くもないでしょう? 元から昆虫の様な人生を送っていたのだもの。例えネット上にばら蒔かれたとしても、それであなたの生活が何か変わるとでも言うの?」
変わるに決まってる。だから、俺はこんなに真剣になっている。
「変態として後ろ指さされるのと、ぼっちとして人に迷惑かけずに生きてくのじゃ大違いだろ。戸塚に知られたら声もかけてもらえなくなるかもしれない。それに何より小町が可哀想だ」
「ああ、そうね。小町さん、総武高校に受験するって話だったわね。そうよね、変態の兄がいたら小町さんもきっと後ろ指さされて生きていく事になるんでしょうね。とても可哀想だわ。全部あなたのせいなのに」
そう言いながら雪ノ下は含み笑いをした。俺の中で何かがざわついた。
「お前……それ、本気でやる気じゃないだろうな?」
「何がかしら?」
そう言いつつ、片手でスマホを操作し始める雪ノ下。その瞬間、俺の中でざわついた何かが一気に弾けた。
「渡せ!」
気が付けば、俺は雪ノ下に掴みがかっていた。
どんな人間にだって触れてはいけない部分ってのはある。龍の鱗には一つだけ逆向きについている鱗があるという。それが逆鱗だ。
俺にとっての逆鱗は小町だ。ムカつく事もあるし生意気だと思う時もたまにはあるが、小町は俺の妹だ。大事な妹だ。それが何で俺のせいで後ろ指さされる事にならないといけない!
「離しなさい、比企谷君……!」
俺は雪ノ下の腕を強く握って、もう片方の手でスマホを奪いにかかる。雪ノ下が手を振りほどこうともがき、肘や足を使って俺に攻撃をしてくる。鈍痛が胸や足に次々と走った。だが、俺もそんな程度で離す訳にはいかなかった。何が何でも奪い取る気でいた。だが、雪ノ下も意地でも離そうとしない。
形振り構わずだった。雪ノ下はとにかく渡すまいと抵抗し、暴れ続ける。俺の方も形振り構ってられない状態だったが、俺には心のどこかにまだ遠慮というか躊躇いが残っていた。前に雪ノ下の頬を思いきり叩いた時の事が甦る。
不意に雪ノ下が体を詰めてきた。また腹に膝蹴りをされると思い、瞬時に腹筋に力を込めて息を止める。が、強烈な痛みはいきなり首の方からきた。マジかよ……! 噛みやがった!
「っ! ……ぐっ!」
洒落になってなかった。本気で噛みついてるとしか思えない。とても堪えきれる様な痛みじゃなかった。思わず手を離す。間髪入れずに、ほとんど体当たりの様にして突き飛ばされた。よろめき、尻餅をつくような形で俺は床へと倒れる。
はぁ、はぁ、という荒い息。雪ノ下の顔からは数分前の笑みはすっかり消えていて、まるで臨戦態勢に入った猫の様だった。
「邪魔よ、ヒキガエルの分際で」
冷たい声。それと同時にまたスマホを片手で操作し始める。思わず俺は雪ノ下の足に掴みがかっていた。そのまま掬うように引く。雪ノ下がバランスを崩して倒れた。
「あ、ぐっ!」
受け身も取れず床になだれ込むように転び、雪ノ下の口から痛みを堪える声が漏れた。倒れた反動でスカートがめくり上がり太ももが露になる。ほとんど条件反射で目がいったが、そんな場合か。まだ雪ノ下がしっかりと握っていたスマホを急いで奪いにかかる。雪ノ下の肩に手をかけて体を押さえると、自然と馬乗りに近い形になった。
その瞬間、視界が飛んだ。真っ暗闇の中で線香花火が瞬いた感じだった。気が付けば俺は横に倒れ込む感じで床に転がっていた。右目の真横あたりから激痛。左目だけで目を開けると、スマホを握りながら、倒れたままで荒い息を吐いて俺を睨み付けている雪ノ下と目が合った。そこまでするか、雪ノ下、お前……!
殴られた。多分そうだ。スマホを使って思いきり横から殴られた。その瞬間、これまでの積み重ねもあってか、頭に血が一気に上った。俺の中でずっとしつこく、自分でも呆れる程に我慢して抑え込んでいた感情、それが暴発にも似た感じで噴き出した。
雪ノ下が立ち上がろうと体を起こす。俺は咄嗟に手を伸ばして雪ノ下の長い髪の毛を掴み、そのまま思いきり下に引っ張った。
「あ、い……っ!!」
痛みからか、雪ノ下が俺の顔めがけて手を伸ばしてきた。爪が強く頬を引っ掻いて通り過ぎていく。焼ける様な痛み。反射的に俺は寝転がった体勢のまま雪ノ下を蹴っていた。蹴りは雪ノ下の肩に当たり、体が大きく横に崩れた。
「ぐっ……!」
うめいて雪ノ下が床に転がったところで、体を半回転させて再び雪ノ下の上に乗る。途端に手が動いて再びスマホで顔面を殴打される。怯んだその隙に今度は逆に雪ノ下に髪の毛を掴まれ床に転がされた。もつれあうように俺と雪ノ下は床を転がり、それでも必死にスマホを奪い合った。
まるで子供の喧嘩だった。だが、俺も恐らく雪ノ下も本気だった。他にやりようは幾らでもあったかもしれない。途中でやめ時を見つけて中断させる事も出来ただろう。なのに、俺も雪ノ下もそれを選ばず、二人して最も似合わない上に最も理性的でない方法で解決を図ろうとした。
俺は暴力が嫌いだ。そんなものは理性的でない人間がする事で、感情をコントロール出来ない奴らだけがする馬鹿げた事だと思っている。
だが、俺は非暴力主義者ではあるが、無抵抗主義者ではない。それに感情を持たないロボットという訳でもない。右の頬を打たれたら左の頬を差し出したりもしない。場合によっては裏でそいつの悪い噂を流して徹底的に孤立させるまである。単に暴力という手段を使わないだけだ。
人間は何の為に脳が進化したのか。知恵を得る為だ。そしてその得た知恵によって地球の中で最も強い生物となった。ライオンや虎に力では叶わないが、それを道具で補う術を得た。だから、暴力で物事を解決しようとするのは、脳の退化と同じだ。
だが、そんな俺がこの時だけは退化していた。感情が怪物染みた理性に勝っていた。何より、最も優先されるのは雪ノ下からスマホを奪い取る事だったし、それが出来なかった場合は、俺はともかくとして小町にまで被害が及ぶ。それだけは絶対にさせるつもりはなかった。
スマホを掴み取ろうとした手に雪ノ下が噛みつく。俺がたまりかねて膝蹴りをする。雪ノ下が涙目になって咳き込むがすぐに俺の顔面目掛けて殴りかかる。
二人で何度ももつれ合いながら転がった。攻守を目まぐるしく逆転させながら争い続けた。お互いに傷と痛みだけを量産する、最低で最悪の時間だった。この時間には失う物しか存在しなかった。俺にとってそれは全て大事な物ばかりだったのに、それが次々と失われていった。もうやめて欲しいと叫びたかった。
体力のない雪乃ちゃんがこんな立派になって・・・・
ここまで
今回の分についてだけは、八幡の行動や思考にくっそ悩みました。あまりにらしくないなら、場合によっては訂正します
これ誰か入ってきたら地獄やな
乙
八幡迷うな躊躇うなその女を倒せ!小町を守るんだろ!
これ…結局壊れた理由もわからんまま終わるのか?
ここまでされたらさすがに縁切るだろ
乙です!
>>279
このスレはまだマシだろ、材木座が不登校のやつとか
600レス近く消費して不登校の原因不明なんだぞ?
これもう理由はマクガフィン的な何かだろ
下手すると、八幡は雪乃に婦女暴行でっち上げられて捕まる。
もう引き伸ばすのはいいからさっさと話を進めろよゴミクズ
まとめて読みましたがこういう話は新鮮です!続きを期待してます!!
引き伸ばすほどハードルが上がる
これで生理中とかくだらない理由だったら肩透かしってレベルじゃないしな
何があったらこんなになるのかオラワクワクしてきたぞ
投下量が少ないだけで別に引き伸ばしてなくね?
そんだけ続きが気になるって事なんだろうけど
小町巻き込もうとした時点でもう終わりだろ
雪カスは苦しんでしねよ
そもそも小町が八幡の逆鱗だってのは八幡に近い人間ならわかってるはずだしな
狂ったふりなのか本当に狂ってるのかの判断は微妙だけど、どちらにせよ葉山が原因だろうな
だが、どんな時間にも終わりは来る。俺にとっては最も救いのない形でそれはやってきた。
雪ノ下の振り回したスマホ、それを取ろうと手を掴まえた瞬間にいきなり来た。馬乗りになっていた体がぐらりと揺れ、そのまま床に崩れ落ちた。体にまったく力が入らなくなった。
顎をかすった。それに後から気付いた。ボクサーがよくやるような脳震盪だ。脳が揺れて一時的に起こる機能障害。目眩がして視界がぼやけ、顔を上げる事も出来なくなった。動けない。動けない。動けない。
横を見ると、雪ノ下が上体だけ起こしてこちらを見ていた。混乱している様な緊張している様な雪ノ下の表情。綺麗な髪はその面影もないほど乱れていて、唇にはどこかで打ち付けたのか血が付いていた。服もスカートも埃にまみれていてしわくちゃになっている。瞳は涙で潤んでいたが、そこには戸惑いの色が浮かんでいた。まるで俺がこうして倒れているのが納得出来ないといった表情だった。
身体的スペックの差はこの際ほとんど問題じゃない。影響したのは決意というより狂気の差だった。俺は雪ノ下の顔に対して攻撃する事が出来なかったし、そもそも攻撃自体、頭のどこかでブレーキが効いていて思いきりは出来ていなかった。対して、雪ノ下はまるで容赦なしだ。
俺がコーナーでブレーキを踏んで減速していたのに対し、雪ノ下はコース取りお構いなしでアクセルベタ踏みしていた様なものだ。ブレーキをかける事を雪ノ下は一切しなかった。その差がそのまま出た。
雪ノ下の息が段々と整っていく。だが、整うごとに雪ノ下の表情には苛立ちが混じっていった。
「あなたは本当に惨めで哀れな男ね。女に負けた上に、自分の妹すら守れないなんて」
小町。そう、小町。俺はこんなところで倒れていい訳がない。でないと小町が悲惨な目に遭う……!
体をなんとか動かそうとした。だが、頭を起こそうとする度に視界がぐるりと回り、気が付けば床に頬をつけていた。足だけは辛うじて動いてくれたが、膝を立てようとしてまた崩れる。動けない。何も出来ない。何も出来ない!
目から自然と涙が出てきた。俺は本当に何も出来ない……!
「無様なヒキガエル。臆病者で能無しで役立たず」
雪ノ下の言葉が痛烈に俺の心を抉っていった。能無しで役立たず。本当にそうだ。結局、俺は……小町を……! 小町を守る事が出来なかった……。
雪ノ下がよろめきながら立ち上がる。その手にはしっかりとスマホが握られている。
「雪ノ下……! 頼むから……やめろ。小町まで……」
巻き込むな。だが、その言葉を言い終わる前に、雪ノ下はスマホを思いきり床に叩きつけていた。
目の前の光景が信じられなかった。反動で二・三回転して床を転がるスマホ。表にひっくり返ったその液晶画面にはヒビが入っていた。
「…………」
何がしたいんだ。
そう思う間もなく、無言で雪ノ下はさっきまで自分の座っていた椅子を引きずってきた。それを頭の上まで持ち上げ、思いきりスマホに叩きつける。
床と椅子が派手にぶつかる音。ガシャリ、というガラスが潰れる様な鈍い音。更にもう一度。
終わった時には、液晶画面は粉々に砕け散っていて、スマホ自体も完全に砕けていた。誰がどう見ても修復不可能なまでに。
あれだけ俺に取られるのを拒み続けたスマホ。それを雪ノ下雪乃は自分の手で壊しきった。
もう一度椅子を持ち上げて、とどめとばかりにそれを叩きつける。そうやってスマホを破壊する雪ノ下の表情は怒りと憎しみに満ちていた。まるで、癇癪を起こした子供の様にも、サスペンスドラマに出てくる鈍器で人を殴り殺す犯人のようにも見えた。
俺はそれを見た時……雪ノ下について一つの確信を持った。
雪ノ下雪乃はもう壊れている。
どうしても、そう思わざるを得なかった。
スマホを完全に破壊し終えた雪ノ下は、しばらくそこでじっと粉々に砕け散った残骸を眺めていた。
やがて、一つ息を吐き出し、俺の方に視線を向ける。
「比企谷君」
その顔には、『いつも』の微笑があった。だが、雪ノ下はまた泣いていた。微笑みながら涙を溢していた。
「明日、また会いましょう。その下着はあなたにあげるわ」
鞄を取りに戻る雪ノ下。平然と雪ノ下はそれを口にした。
「夜のオカズにでも使いなさい。変態のあなたにはお似合いよ」
そして、靴下も上履きも履かないまま、雪ノ下はドアをそっと閉じて去っていった。
雪ノ下雪乃が絶対に口にしそうにない言葉。聞けば赤面して、理由もなく俺をなじるであろう言葉。それが雪ノ下の口から当たり前の様に吐かれた。それも涙を流しながらだ。
俺はもう、雪ノ下が何を思っているのか、何を隠しているのか、それを考えるのをやめにした。
昔の雪ノ下はもういない。俺の知っている『あの』雪ノ下雪乃はもう死んだ。そう思うしかなかった。
短いけどキリなんでここまで
あと、雪ノ下の理由が出てくるのはまだ先。今は着々と落とし穴を掘っている段階。予定だと、多分、あと五回ぐらい投下した後に出てくるはず
おつ
乙
落とし穴ってなんぞ
乙です!
乙
>俺はそれを見た時……雪ノ下について一つの確信を持った。
>雪ノ下雪乃はもう壊れている。
かなり最初からわかってるやん。だからそれを録音してはるのんに聞こうとしてたんだし
ヒッキーにとっては目をそらしたかったのかもしれんが
雪カスは苦しんでしねよ
>>296
普通に楽しく読んでるので、先々を予告しない方が自分は好みかもー
>>301
どういう方向で壊れてるのかから目を背け始めたんじゃない?
それでもゆきのんはきっと昔の八幡と同じことをしようとしてるでしょ?
短いながらもほぼ毎日投下してて好感もてるわ
たまにキリのいい所まで大量投下してくれたほうが好感持てると思うのです
無用な心配だろうが、展開を変える必要は全くないぞ。
今すごく面白いところだ
男と女のガチファイトってなんか好き。
リョナとかじゃなく、こう互角に夢中で取っ組み合うようなやつ。
◆4
二度ある事は三度あるというが、俺はそれを絶対にする気はない。ようやく目眩や吐き気がおさまり、昨日と同じくトイレに行って鏡を見て、そこで俺は愕然とした。
おい……。これ、どこの試合後のボクサーだよ……。
左頬と右目の真横あたりに紫色の痣がくっきりと残ってる。それだけじゃなく額や目元、頬にもかなりの切り傷が。首には歯形のみみずばれが出来てたし、それは手にもだ。これが葉山や戸部あたりならケンカでつけられた傷だと思ってくれるだろうが、俺の場合だとイジメを受けてるとしか思われないはずだ。
保健室だな……。そこに行って湿布だとかをもらってくるしかない。
前みたいに濡れたハンカチ程度では駄目だ。というか、本当に何だよ、これ。何で俺、こんな目に遭ってるんだ……?
何でかと言えば、雪ノ下のせいとなるのだが、実質的には俺のせいだ。君子危うきに近寄らずというのが俺のモットーであるというのに、自ら火中の栗を何回も拾いに行っている。誰がどう見ても馬鹿なのは俺だ。
不意に由比ヶ浜の声が甦った。
『ゆきのんは……ゆきのんはもう一人にしといた方がいいの』
……未だに俺はそう思わない。だが、由比ヶ浜の言ってる事も間違ってはいない様な気がした。
『このままじゃずるずる変な方に行っちゃうから。余計おかしくなっちゃう。ヒッキーまできっと巻き込まれる』
もう巻き込まれてる。後悔ってのは、本当に後からするものだと、そんな当たり前の事を痛感した。
保健室まで重い足取りで歩く。そして、ドアに鍵がかかっている事を知って更に重い足取りで再び部室へと戻った。そりゃそうだろう。少し考えればわかる事だ。俺はそんな事にすら頭が回ってなかった。
部室。雪ノ下が戻ってきている事はないだろうが、それでもその可能性を考慮して、ドアは慎重に開けた。目に映ったのはスマホの残骸と雪ノ下がいた痕跡だけだ。落ちてくしゃけた文庫本、放置されて倒れたままの椅子、自殺でもするかの様にしっかりと揃えられて置いてある上履きと靴下。
下着だけはそのままではなく、俺の鞄の中に入っている。部室に放置しておいて、もしそれが誰かに見つかったとしたら、後からそこにやってきたボコボコの顔をした男を疑うのは当然の事だろう。最悪、問題として職員会議にまでかけられ停学処分まである。
正直に言えば、少しもったいなくはあった。だが、帰りにどこかコンビニのゴミ箱にでもこっそり捨てるしかないだろう。もしも家に持ち帰って小町にでも見つかったら洒落になってない。怪我の事も合わせて本当に冗談では済まされない。間違いなくレイプ犯と勘違いされる事、疑いなしだ。
上履きと靴下は……そのままにしておく。これを捨てるのは躊躇いがあったし、部屋の隅にでも隠しておけばいいだろう。見つかったところでそう問題になるものとは思えない。だが、俺が持ち帰れば一気に事案発生だ。やはり置いていった方がいい。
雪ノ下のスマホは片付けて捨てる。もう使えないし修理もきかない。捨てても一向に構わないだろう。
落ちている文庫本を拾って鞄の中に放りいれた。これで三冊目だ。本の題名を見る気もしなかった。
さて……どうするか。
部屋の片付けを終えた後で、俺は顔の腫れと痣の事で困って途方に暮れていた。これはアレだ。テスト前日に部屋の掃除を始めるとやけに捗って、気が付けばテスト勉強を何もしてないのに深夜になっていた時と同じだ。つまりは、現実逃避だ。それが済んでしまったから、俺は見たくもない現実に目を向けなければならなくなっていた。
やはり……どうしようもないか……。
部室の鍵を返しに行かなければいけない以上、平塚先生とは嫌でも顔を会わせる事になる。例えば、一色あたりに代わりに鍵を返す事を頼んだとしても、どうせ明日の授業で会う事になる。その時に尋ねられるよりは、今、会いに行って話を済ませた方がいい。
ここまでは消去法だから問題はないというより仕方ない。だが、その次が問題だ。
どう言い訳するんだ、この傷と痣……。
触ってみるとまだずきずきと痛む。平塚先生もそうだが小町に対してもだ。明日の由比ヶ浜に対してもそうだし、戸塚に対してもそうだ。正直に話せばどれも面倒な事になる。
録音を確認する。きちんと録れていた。だから、これを聞いてもらえれば話を信じてもらえないという事はないだろう。しかし、これを平塚先生に聞かせた場合、どうなるか。喧嘩両成敗であっさり収めてくれればいいが、そうはならない予感がする。
特に雪ノ下は言動と行動がまずい。親に連絡がいき、更にややこしい事態になりそうだ。下手すればあいつの内申点にまで響いて受験に関わってくるだろう。雪ノ下さんに頼んで穏便におさめてくれるのを願っている俺としては、平塚先生にこの録音を聞かせる気はなかった。とはいえ、上手く誤魔化せるような嘘の言い訳も思い付かない。
詰んでるな、これ……。
いっその事、全部正直に話して丸投げにしたい気分だった。理由はどうあれ被害者は俺なのだし、それを証明してくれるテープもある。俺にとってはどう転んでも今より悪くなる事はないだろう。だが、雪ノ下にとっては。
……あいつを最悪の状態に持っていくか、それとも出来るだけ痛手にならないようにするか、その決定権が今の俺にはあった。そして、痛手にしない方が遥かに難しい状況なのだ。だが、楽な方を選べば俺は完全に雪ノ下を見捨てた事になる。それだけは、俺はする気はなかった。
職員室へと向かい扉を開ける。案の定、平塚先生は俺の顔を見てすぐさま眉を上げて尋ねてきた。「比企谷。その顔、何があった」やはり何もないでは済まされないだろうな。
「戸塚のテニスに付き合ってたら、ボールが当たりました」
そう答える。だが、予想通りというか、平塚先生は軽く溜め息の様なものを吐いた。
「つくならもう少しマシな嘘をつけ。ボールが当たって出来る様な痕じゃないだろう」
……だよな。俺自身もそれについては非常に同感だ。だが、他に思い付かなかったから、もうこれで突き通すしかない。
「戸塚、今日は絶好調だったんで。ボールが魔球の様に動いて、俺はそれに翻弄されて、気が付けばこうなってました」
「比企谷……。いい加減にしておけ。温厚な私でも流石に怒るぞ」
拳の準備を始める。温厚の意味を絶対に間違えている。
「とにかく、一度保健室に行くぞ。手当てをしてやる」
周囲の先生達の注目を集めながら、俺と平塚先生は職員室を出た。残っている先生達が少なかったのは不幸中の幸いだった。
並んで歩きながら、平塚先生はまた尋ねてきた。
「で、誰からイジメを受けた?」
イジメ前提かよ。
「それか、恐喝でもされたのか。そんな目をしているから君はそういう事をされるんだ」
むしろ、今、イジメを受けてね? 俺の目関係ないだろ。
「本当にテニスボールが当たったんです。……それだけなんですけどね」
そう言いながら、平塚先生の方にじっと目を向けた。これは賭けでもある。事情があって言いたくないという事を先生なら察してくれると思った。そして、それさえわかってくれれば平塚先生の場合、それ以上は聞いてこない気がした。放任主義とは違うが、自主性を重んじるとでもいうのか、この人は手放しに助けをしない。そういう面を持っている。
先生はやれやれといった感じで軽く頭を振った。
「雪ノ下か?」
予想外の言葉に俺は固まった。
「その反応だと図星か」
迂闊だった。俺のミスだ。十年前からわかっていたという顔を平塚先生は見せる。同じカマのかけ方でも平塚先生と俺とでは大違いだ。攻め方が直線的で強引なのだ、この人は。
「前から何かあるとは思ってたんだ。雪ノ下でなく君が何度も鍵を返しに来るし、由比ヶ浜も目に見えて沈んだ表情をしている。そして、昨日の引っ掻き傷、今日の君の痣とくれば、ピンとこない方がおかしいだろう」
私はいつでも君達を見ている、というこの人の言葉は、本当に冗談でも嘘でもないなと毎回忘れた頃に思い出す。いや、思い出させてくるのか、この人が。
「で、何を私に隠しているんだ、比企谷。雪ノ下と何があった? 素直に言った方が君の為だぞ。新しい傷を増やしたくあるまい」
いや、それ脅迫ですから。ポキポキ指を鳴らすのやめて下さい。かなり本気で。
仕方なく腹をくくった。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うしな。もっとも俺は正面から堂々と穴に入るなんて真似は絶対にしないが。一人が囮になって親虎を引き付けている間に、横穴を掘ってそこから入る事を提案する人間だ、俺は。
「……テニスボールに当たった、って事にしといてもらえませんか。先生に迷惑はかけない様におさめるつもりなんで」
「やはり訳ありか」
平塚先生はちらりと俺に目を向け、頭から足の爪先まで一周した後、また軽く溜め息をこぼした。
「まあ、どんな形かは知らんが、雪ノ下が君の怪我に関わっているというなら、君はそうするだろうな。表沙汰にならないように、内々で片付けるつもりなんだろう。違うか?」
「……図星です」
「それで、君の考えているやり方で事がおさまる自信はどうなんだ。あるのか?」
「さあ……。それはやってみないとわからないです。ただ……自信はともかく、このままだと俺もまずいんで。そう見えないかもしれないですけど、めちゃくちゃ真剣なんですよ。……どうにもならないって訳でもないですし」
「まったく、本当に君ってやつは……」
諦めた様な口調。恐らく、提案を受け入れてくれたのだろう。だが、それにほっとしたのも束の間だった。
「だが、一つだけ正直に答えてもらうぞ、比企谷。その怪我は誰からつけられた? 教師として、それだけは黙認出来ないからな。犯人をはっきり答えてもらうぞ」
一難去ってまた一難。そんな諺が思い浮かんだ。
「で、誰だ?」
話している間に保健室に着いた。平塚先生が鍵を開けながら、俺に聞いてくる。誰かを言えば、俺が隠しておきたい事を白状している様なもんなんだが。
溜め息を一つ。中に先に入った平塚先生から「ほら、入れ。手当てをしてやる」との声。「こういうのは慣れてるからな」怖いんですが。
実際、手際よく消毒やら湿布やらされた。先生のイメージからして救急箱を放り投げられて「手当てをしておけ」と言われそうな気がしていたが、そうではなかった。俺の勝手なイメージってのは、腐るほどある訳だ。今更だが、そんな事を思った。
「顔と手はこんなものか。次は体だな。脱げ」
「は……?」
「脱げ。抱いてやる」
ちょっと、先生……? なんかワイルドさに思わずドキッとしちゃったんですけど? 責任取ってもらえるんですか?
「比企谷……。真に受けるな。冗談だ」
「いや、俺はそんな、別に……」
顔に出ていたらしい。恥ずかしさから思わず目を逸らした。今ここに列車がやって来て、それに「姉御女房エンド行き、平塚ルート経由」と書かれてあったら、俺は迷わず切符を買って乗車していただろう。いや、それは嘘だ。誰か早いとこもらってあげて。色々拗らせちゃってるから。
「私が思うに、男というものはそれぐらい大胆に言ってきてもいいと思うんだが、昨今の男は草食系ばかりでな。例えばデートに行くにしても、どこに行く? と聞いてくるやつばかりで、ついて来い、なんて私は言われた事すらないぞ」
そりゃ、先生にそんな事を言う男はいないでしょうね。言ったら泣き出しそうな気がしたので流石にやめた。
「体の方は自分でやっておけ。セクハラパワハラと最近はうるさいからな。背中だけは手伝ってやってもいいが、どうする?」
「いや……どうするという前に、多分、背中には怪我とかないんで」
腹の方も多分大丈夫だろう。怪我の原因は爪とスマホによる殴打がほとんどだからな。
「そうか。だが、一応確認しておけ。恥ずかしいというなら、私は後ろでも向いてるし、君はそっちのカーテン付きのベッドで脱げば問題ない。男の裸を覗く趣味は私にはないからな」
本当ですかね、それ? 思わず疑ってしまう俺がいる。いや、本当だろうけどな。特に俺の裸なんて見てもどうしようもないだろうし。流石にこれは偏見というものだ。
「で、誰だ?」
話している間に保健室に着いた。平塚先生が鍵を開けながら、俺に聞いてくる。誰かを言えば、俺が隠しておきたい事を白状している様なもんなんだが。
溜め息を一つ。中に先に入った平塚先生から「ほら、入れ。手当てをしてやる」との声。「こういうのは慣れてるからな」怖いんですが。
実際、手際よく消毒やら湿布やらされた。先生のイメージからして救急箱を放り投げられて「手当てをしておけ」と言われそうな気がしていたが、そうではなかった。俺の勝手なイメージってのは、腐るほどある訳だ。今更だが、そんな事を思った。
「顔と手はこんなものか。次は体だな。脱げ」
「は……?」
「脱げ。抱いてやる」
ちょっと、先生……? なんかワイルドさに思わずドキッとしちゃったんですけど? 責任取ってもらえるんですか?
「比企谷……。真に受けるな。冗談だ」
「いや、俺はそんな、別に……」
顔に出ていたらしい。恥ずかしさから思わず目を逸らした。今ここに列車がやって来て、それに「姉御女房エンド行き、平塚ルート経由」と書かれてあったら、俺は迷わず切符を買って乗車していただろう。いや、それは嘘だ。誰か早いとこもらってあげて。色々拗らせちゃってるから。
「私が思うに、男というものはそれぐらい大胆に言ってきてもいいと思うんだが、昨今の男は草食系ばかりでな。例えばデートに行くにしても、どこに行く? と聞いてくるやつばかりで、ついて来い、なんて私は言われた事すらないぞ」
そりゃ、先生にそんな事を言う男はいないでしょうね。言ったら泣き出しそうな気がしたので流石にやめた。
「体の方は自分でやっておけ。セクハラパワハラと最近はうるさいからな。背中だけは手伝ってやってもいいが、どうする?」
「いや……どうするという前に、多分、背中には怪我とかないんで」
腹の方も多分大丈夫だろう。怪我の原因は爪とスマホによる殴打がほとんどだからな。
「そうか。だが、一応確認しておけ。恥ずかしいというなら、私は後ろでも向いてるし、君はそっちのカーテン付きのベッドで脱げば問題ない。男の裸を覗く趣味は私にはないからな」
本当ですかね、それ? 思わず疑ってしまう俺がいる。いや、本当だろうけどな。特に俺の裸なんて見てもどうしようもないだろうし。流石にこれは偏見というものだ。
>>317
連投ミス
飛ばして
「それで、比企谷……」
素直にカーテンを引いてベッドで服を脱いでる時に言われた。何故かドキリとした。やはり俺の青春ラブコメ間違ってないか? 普通これ逆だよな?
だが、やはり間違っていなかった。それを瞬時に思い知らされた。
「話を最初に戻すが、その怪我は誰につけられたんだ? そろそろ話したらどうだ」
蝶が飛び回る庭園をのんびり歩いていたら、いきなり蜂の大群が飛んできた気分だった。どう答えるべきか考えながら、自分の体を確認する。腰や足らへんに小さな青痣が出来ている程度だ。これなら湿布もいらないだろう。
はだけたシャツを着直しながら、俺はカーテン越しに答えた。正面から攻めず搦め手から攻めるのは変わらないが。
「……雪ノ下陽乃さんに相談するつもりなんで。それを返答の代わりにしといてもらえませんか」
「陽乃に?」
意外という感じの声。それから「陽乃にか……」と呟く。そのまま長い事沈黙があり、それは俺が服を着直してカーテンを開けるまで続いた。
「……終わりましたけど」
渡された湿布やら消毒薬やらを返す。「ああ」と平塚先生は受け取ってそれをしまい始めた。それから「そうか、陽乃にか……」とまた呟く。
しまい終えてから、それが区切りの様に平塚先生は向き直って告げた。
「まあ、いいだろう。今回だけは君を信用して教師の理念を曲げてやる。誰がつけたかは聞かないでおこう」
俺は黙って頭を下げた。他の教師ならこうは言ってくれなかっただろう。何だかんだで俺は平塚先生に世話になりすぎている。
「ただ、比企谷。それは君の責任だという事を覚えておけよ」
真面目な顔で真面目な口調だった。俺は当然頷く。
「わかってます。さっきも言いましたけど、先生には迷惑はかけないんで」
「そうじゃないんだ。君はやはりわかっていないな」
半ば呆れた様な声だった。「……それって、どういう意味ですか?」
「その判断の結果、君が泣く様な事になったとしても、他に責任を押し付けるな、という事だ」
「それもわかっているつもりなんですけどね……」
「それが既に間違いだ。つもりと、わかっているとでは、何千万光年も離れているのだからな。東大に受かるつもりでいるのと、東大に受かるのとでは大違いだろ?」
それは確かにそうだろう。だが……。
「比企谷。世の中ってのは、冷たい様だが、行動は全て自己責任だと言うのは事実だ。何かをした結果、それで泣くも笑うも全部自分に返ってくる。そこまではわかるな?」
「ええ……まあ」
「だから、良い結果が出たなら自分を誇るといい。悪い結果なら反省するといい。それが普通だ」
「…………」
「だがな、たまに反省では足りない結果が出てくる時があるんだ。それについて一生後悔する様な結果がな」
一生、後悔か……。
「それを自分ではなく他のせいにするのは簡単だから、人はいとも容易く責任を転嫁する。自分は悪くない、あの時の状況ではああするしかなかった、仕方ない事だ、と自分を誤魔化して正当化する。結果的にそうなってしまったんだ、運やタイミングが悪かった。だが、そんな訳がない。特殊な例を除けば、大体は本人の責任だ」
修学旅行での告白、文化祭の時の相模への言葉の一件、それを暗に言われている気がした。俺にとっては耳が痛い事だらけだった。
「私はな、比企谷。君がいつか、そういう一生ものの後悔をしそうで怖いんだ」
平塚先生は尚も続ける。
「あの時の事は間違っていない、あの時はああするしかなかった、そう思い込んでまた同じ様な事をする。君にはそういう心配があるんだ。身に覚えがないとは言わせないぞ」
返す言葉がなかった。
「君は優しい、と私は思っている。だが、その優しさを自分に向けないのは誉められた事ではない。自分を省みない事を武器にするのは良くない。それは、自分が傷つくだけでなく、他人をも傷つける両刃の剣だ。君はそれを何回か味わっているだろう? 私の言いたい事はわかるか?」
「……はい」
「『正論は常に正しい、だが優しくない』という言葉が世の中にはある。正論で責められたら、どれだけその人に事情があろうとも反論出来ないからだ。正論は厳しいと言ってもいい。逆に言えば、正しくない事は優しい事でもある。だが、どれだけ優しくても間違いは間違いなんだ。優しさにより犯人を逮捕しない警察官は無能だと謗られるし、それ以前に害悪でもある。正しい事と優しい事、それを君は履き違えないようにしたまえ」
「……はい」
「そのせいで君が一生後悔する様な傷を負ったとしても、それは自分の責任になるのだからな。誰も君の痛みを肩代わり出来ないんだ。だから、それを忘れないようにした上で、君にとっての最善の行動を探すといい」
「……うす」
平塚先生は納得したように一つ頷いた。
「よし。説教はここまでだ。私は仕事がまだあるから戻るが、君はもう帰りたまえ。その怪我の事は、他の先生方には上手く誤魔化しておいてやるから安心しろ」
「……助かります」
軽く頭を下げる。「なに、構わんさ。大した事ではない」そんな言葉をかけられた。本当にこの人には頭が上がらない。
みてるでー
二人で保健室を出たが、行き先が違うので途中で別れた。別れる前に、最後に平塚先生は軽く微笑んで見せた。
「仮に、君の怪我が色々とバレて問題になろうとも、その時は私がつけた傷だとすればいい。君の御両親に私が土下座して謝れば大体の事はそれで片付く。遠慮なくやれ」
いや、流石にそれはまずいだろ……。だが、平塚先生は悪戯を仕掛ける前の子供の様な顔を見せた。
「もちろん、その時は君がムラムラきて私を襲ってきたという事にするがな。私は過剰防衛、君は強姦未遂だ。学校側も君の御両親も、どちらも隠しておきたい事情があるのだから、公になる事はない」
俺が言うのもあれだが、えげつないな……。流石だ、この人。男関係以外は油断も隙もない……。
「ま、そういう訳だから君は好きにやるといい。私はいつだって君の味方だ」
そう言って微笑してみせる平塚先生は、一瞬だがとても綺麗に見えた。いや、前から美人なのは確かなんだが、それ以上にという意味で。危うく惚れかけて慌てて思い直す。教師としてって意味だから。別に他に意味はないから。
『だから、いざという時は遠慮なく頼ってくるといい。私をあまり見くびるなよ』
また俺の勘違いや期待の押し付けかもしれないが、平塚先生の微笑はそう語っている様な気がした。
「それじゃあな、気を付けて帰れよ」
廊下を歩いて去っていく平塚先生の後ろ姿。俺はその背中に向けて自然と頭を下げていた。見えないのだから、この礼にははっきり言って意味がない。だが、意味がなくても俺はそれをした。俺にとって、それは意味のある行為なのだから。
ここまで
あっそ
乙。面白い。更新楽しみにしてる。
乙です
乙
これは優しいんじゃなくてゆきのんに未練タラタラなだけじゃね?
まだ理由は明かされないらしいしもう一捻りあるんかな
はるのんも敵なのかー?先生教えてーなー
乙
一応の伏線というかメッセージは張ってたのかゆきのん
乙!
先生がいい人過ぎるわw
惚れてまう
ここまでされてるのに雪ノ下を助けようとするのは惚れた弱味だろうな
八幡は別に聖人君子という訳ではないだろうから
おいおいすぐに惚れたはれたいうなんてとんだリア充じゃねえか。ぼっちに初めてできた居場所だから奉仕部は大切なんだろう?
いやモノローグをそのまま受け取れば惚れたからとしか読めないだろ
どうみても奉仕部じゃなく雪乃個人に執着してるしな じゃなければもっとガハマさんと協力する方向でいかないとおかしい
八幡がリア充なのなんて今にはじまったことじゃないし
八幡はガハマさんにも協力して欲しいことを告げてるし他人に行動を強制するやつではない。
雪乃に惚れてるか惚れてないかはこれから作中で語られることだろうに『惚れたからだろ?(ドヤ)』っていうのはあまりに短絡。ちんこすぎ。
いろいろ含んだ複雑な感情を推し量る読む方の方が味わい深い。
たかがSS如きに味わい深いとか何言ってんのこの人…
>>337
八幡だけが雪ノ下を助けようとするならともかく否定的な由比ヶ浜に協力を依頼してる時点で雪ノ下への比重が大きい
両者とも感情が同等なら否定的な人間に協力は依頼しない
少なくとも八幡の中では雪ノ下の方が上
どちらも大切とかではない
酷い目に合わされるの承知のうえで結衣に助けを求めるってことは
雪乃のために結衣に犠牲になれって言ってるも同然だしなぁ
この八幡は結衣をコマくらいにしか思ってないよ
叩かれてたからどうかと思ったけど、意外と満足
平塚先生がちゃんと大人と教師やってると理解度深いなぁと思える
>>339
感情が同等とかそうではないとか言ってるのがもうなんか考え方変だね。別の人に抱く感情はそれぞれ別々だろうに。
>>340
酷い目にあうかどうかはあの時点で八幡にはわかっていなかったしその上八幡は強制しなかったじゃん八幡。君の言ってること凄く矛盾してるよ。
雪ノ下が宝箱で由比ヶ浜が道具箱なのかもしれないけど結局道具の不調からは目を背けてる
あと協力を要請した時点で八幡は理不尽に引っ叩かれてたよね。酷い目かどうかはわからないけど
>>342
暴行被害者に暴行加害者の弁護を頼もうとする様なものだな
ここで言う被害者は由比ヶ浜で加害者は雪ノ下
こう書けば強制云々関係なく八幡の思考がおかしいのはわかるはず
結衣と話した時には暴力受けてたし結衣の態度で雪乃に何かされたのは察せられるよね
結衣に関しては雪乃のほうから邪魔だ奉仕部辞めろと言われたと言ってる
そこに暴力があったかは知らんが結衣にはせんだろ?
雪ノ下は由比ヶ浜に既に精神的暴力をあたえているから由比ヶ浜が何もされないというのはおかしい
あんま議論ばかりしてもしょうがないだろ
この>>1にはちゃんとした考えがあってこういう展開にしてるんだろうし。きっと納得させてくれるから大人しく待とうぜ
>>346
言いづらいことは言ってないだけかもしれないしあの結衣が雪乃を見限る理由としてそれじゃ弱いと思う
雪乃にはめられてチンピラにまわされるくらいはされてるんじゃない
平塚先生を見送って、俺は校舎の外に。歩きながらスマホを取り出し、雪ノ下さんに電話をかける。
1コール、2コール。そういえば雪ノ下さんに俺からかけるのは初めてだ。つうか、誰かに電話をかける事自体、滅多にないんだが。
「ひゃっはろー。もしもーし。陽乃お姉さんだよー」
繋がった。てか、テンション高いな、おい。
「比企谷君からだなんて珍しいねえ。雪でも降るんじゃないかな。なになに、私の声が聞きたくなっちゃった?」
「……違います。ちょっと聞いて欲しい用件があったんで」
「なんだ、そうなんだー。比企谷君から電話だったんで結構テンション上がっちゃったんだけどねー。……で、何かな?」
不意に声のトーンが下がる。警戒心が上がった声だ。やっぱ怖えよ、この人。
「雪ノ下の事なんですけど……」
「へえ、雪乃ちゃんの事でねえ。ふうん、なんか面白そうだね」
また声の質が微妙に変わる。表情がないから逆にわかる。面白そうだなんて本当は微塵も思ってないだろう。雪ノ下さんはやはり苦手だ。
「で、何? 雪乃ちゃんと何か楽しい進展でもあったのかなー? だったらお姉さん嬉しいんだけど」
「……雪ノ下と葉山が付き合ってるって、雪ノ下さん、知ってますか?」
「は?」
それが雪ノ下さんからの返事だった。葉山や雪ノ下の反応からいって、雪ノ下さんがその事を知らない可能性はあるとは思っていたが、本当に知らなかったみたいだ。
「比企谷君、何を言ってるのかなー? 雪乃ちゃんと隼人が付き合う訳ないじゃん。流石にそれは無理があるよ。それとも、そうやって私に雪乃ちゃんがフリーかどうか聞き出そうとか考えてる訳?」
「……マジなんですけどね」
陽乃さんは声を立てて笑った。
「ないない。それに、もし雪乃ちゃんが隼人と付き合う事になったら、絶対、私の耳に入ってくるはずだもの。だから、余計な心配は無用だよ、比企谷君。遠慮なくいきなよ」
何を遠慮なくいけばいいんですか、とか、いちいち構うつもりはなかった。
「……証拠があるって言ったら、聞いてくれますか?」
「は?」
二回目のそれは、一回目のとはまったく異質な響きを含んでいた。
「証拠って何かな、比企谷君? 君は一体何を企んでるのか、お姉さん気になっちゃうんだけど? 隼人にでもお願いされたの?」
完全に疑われてる。録音を先に録っといて良かったと、自分の疑い深さを改めて誉めたい気分だ。
「違います。そうじゃなくて、言っても信じてもらえないだろうと思ってした事です。今回だけは素直に言いますけど、助けてもらえませんか」
俺と雪ノ下の両方を。その言葉は流石に思いとどまった。
「助け、ねえ……。君は何でも自分一人で片付けちゃう人間だと思ってたけど、違ったのかな?」
嫌味の様に言われた。いや、俺がそう勝手に感じてしまうのかもしれないが。どちらにしろ、好感は持たれてない様ではあった。
「文化祭の時の雪ノ下と同じで、貸しでいいです。後からその貸し、最大限に使ってもらって構わないんで、お願いできませんか」
「君の貸しなんて私はちっとも嬉しくないんだけどね。何かの役に立つとも思えないし」
葉山の言葉が思い出された。『あの人は興味のないものには何もせず、好きなものは構いすぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すことしかしない』だが、今はこの人以外に事態を解決出来そうな人はいない。
「俺だけじゃどうにもならない事になって、困ってる事があるんで。それに雪ノ下が関わってます。俺の為じゃなくて、雪ノ下の為にお願いできませんか」
「へえ……。ずいぶんつまんない事を言うようになっちゃったね、比企谷君。生意気な可愛さがなくなっちゃってるよ」
雪ノ下の姉だけある。そう思った。
「……雪ノ下さんが知らない妹の重要な情報を、赤の他人の俺が知っている、ってだけでも聞く価値はあると思いますけど」
そう言うと、雪ノ下さんはまた楽しそうに笑い声を上げた。
「いいねえ、うん。やっぱり比企谷君はそうでなきゃつまんないや。そういうところ、私は気に入ってるんだしさ」
まったく喜ぶ気にはなれなかった。結局はオモチャ扱いされてるのと変わらないんだからな。
雪ノ下さんと駅で午後八時に落ち合う約束をつけて、俺は電話を切った。家には帰りたくなかったが、帰らない訳にもいかない。小町に何を言われるか想像しただけでも憂鬱な気分になる。
「ちょっと、お兄ちゃん。なにその怪我どうしたの!?」
完璧なまでに予想通りだった。口をあんぐりと開けて、鳩が豆鉄砲を乱射された時の様な顔を見せる。
「イジメ!? イジメだよね! 誰にやられたの!? ちゃんと証拠写真は撮った!?」
こっちも流石に俺の妹だ。アホの子だが、そこらへんの思考回路は似てる。つうか、お前もイジメ前提かよ。
「イジメとかじゃない。野球のボールが当たってこけたんだ」
「嘘だよ、そんなの! お兄ちゃんがチームスポーツをやるなんて有り得ないし」
「いや、ボールが当たる事と、野球をやるやらないは別の事だからな?」
「あ、それもそうか……。でもでも、それ本当にボールが当たって出来た怪我なの? そんな感じしないんだけど」
「他にどうやったら出来るんだよ。言っとくが俺のぼっちスキルは不良にすら絡まれないレベルだぞ。最早、完全に空気だからな。いても、背景と一緒だ。相手にすらされない」
「それ、自慢気に言う事じゃないんだけど……。ていうか、いきなりそんな怪我して帰ってきたら、イジメだと思って心配になるの当たり前じゃん。あ、今の小町的にポイント高い!」
いつものやり取りに戻った。内心、胸を撫で下ろす。
「つう訳で……ボール当てた相手がお詫びに飯を奢るって言ってきてるから、俺は八時前には出掛けるからな」
「ふうん。そっか。……でも、なんかお兄ちゃんらしくないね。めんどくさいし気まずいから嫌だって言って断りそうな感じなんだけど」
俺ってそんな感じか? と思ったが、間違いなくそんな感じだ。見知らぬ人間と飯だとか、むしろ苦痛でしかないだろ。
「……向こうがどうしてもって譲らなかったんだ。断りきれなかったんだよ」
「ふうん……」
まるで鑑定士が壺を見る様な目つきが俺に向けられた。昨日の引っ掻き傷の事もあるしやはり疑われてるのだろう。だが、疑わしきは罰せずという言葉が世の中にはある。とりあえず、更に新しい怪我を作ってこなければこれ以上疑われる心配はないはずだ。
「じゃ、そういう訳なんで、俺は引きこもる。コミュ力を温存しておきたいからな」
「コミュ力って温存出来るような力だっけ?」
「俺の場合はそうだ」
そんな感じで小町の質問を回避しつつ自分の部屋に。スマホの充電をして、時間が来るまで待った。気が重いのはどうしようもない。
午後七時五十分。駅前の待ち合わせのカフェまで行くと、雪ノ下さんはもう先に来ていた。手を上げて「ひゃっはろー」と言いかけ途中で固まる。この人の驚く顔を俺は初めて見た気がする。
「なに、比企谷君。君、ボクシングでも始めたの?」
おたくの妹さんにやられたんですけどね。
「ちょっとこれも訳ありなんで……。それより、これ」
俺は席につくとすぐに鞄からスマホとヘッドホンを出した。「その中の録音アプリの中に言ってたものが入ってます。葉山のと雪ノ下の二つです。長い方が雪ノ下です。これ、ヘッドホンなんで。それつけて聞いて下さい」
雪ノ下さんは眉を寄せながらも受け取った。警戒四割、戸惑い六割というところか。
「聞けばわかるの? 君のその怪我の事とかもさ」
「全部はわからないと思うんで後から説明はします。ただ、先に聞いてもらった方が話が早いと思ったんで」
「訳のわからない事ばかりだね。君の雰囲気も微妙に変わってるし」
「雰囲気?」
「気付いてないの? まあ、自分じゃ気付かないかもね。特に君の場合は」
「……何か変わったんですか?」
「そうやって素直に聞いてくるところとか、だよ」
獲物が罠にかかったかのように、にんまりと笑う。やはりこの人の事はあまり好きになれない。
「……わからない事は恥ずかしがらずに聞けって、昔から母ちゃんにしつけられてるんで」
「そっか、そっか。なら君はごく最近までその躾を守ってなかったんだねえ」
楽しそうに笑う雪ノ下さん。あくまで表情はだが。実際何を考えているかなんてわかりはしない。
「それじゃ、聞かせてもらうよ。でも、その前にさ、君も何か頼みなよ。君だけ水ってのもあれだし」
そう言ってメニューを俺の前に広げる。「ちなみに比企谷君、ご飯は食べてきた?」
「いえ……。帰りにどこかで食おうと思ってたんで」
「そ。なら、ついでに好きなものを頼んだら。私の奢りだよ。年下の君に払わせるなんてけちくさい真似はしないから、遠慮なく頼んでいいよ」
にっこりと笑いかけてくる。ただ、この人の場合、笑顔なんてコピーペーストして貼り付けてる様なものだ。何の判断材料にもならない事を俺は知っている。
「いえ。後が怖いんで、自分で払います。ただより高いものはないって言いますし」
「何を言ってるのかなー? ただより安いものなんて私見た事ないよ。大丈夫、比企谷君?」
「……浦島太郎はただでもらった宝箱を開けて爺さんになってるじゃないですか。昔話から教訓を学ぶ男なんで、俺は」
「違うんだなー、それ。浦島太郎は鶴になって飛び立っていったってのが本当なんだよ。鶴は神様の使いだから、結局得をしてるんだよ。浦島太郎は」
「鶴になりたかったらそうでしょうね。俺は人間でいたいんですよ」
「ふーん、残念。折角、私が奢ってあげようって言うのに、それを断っちゃうんだー」
「自分の分を自分で頼むだけです。気を悪くさせたなら、謝ります」
「本当だよねー。これがデートだったら完全失格だよ、君。女の子には気を使わないと」
そう言いつつも雪ノ下さんはそれ以上絡んでは来なかった。俺が持ってきた小さめのヘッドホンをして、スマホを確認するように操作し始める。
俺はその間、注文したアメリカンクラブハウスサンドとかいう長ったらしい名前のサンドイッチをどう行儀よく食うべきかで苦闘していたが、食べ終えてモカカプチーノとかいう甘くないコーヒーに手をつけた時には、雪ノ下さんの表情はかなり厳しいものに変わっていた。何も喋らず、軽くヘッドホンに片手を当ててじっと聞いている。
この人のこういう顔を見たのも、俺は初めてだった。
「……ふうん」
三十分ほど後の事だ。全部再生し終えたのか、雪ノ下さんはようやくヘッドホンを外し、それをテーブルの上にコトンと置いた。俺に目が向けられる。
「ちなみにさ、比企谷君。この録音、コピーしても構わないよね?」
「……どうぞ」
「ありがと」
そう言うと雪ノ下さんはすぐにバッグからノートパソコンを取り出した。端子も一緒に出して、スマホと繋ぐ。
「丁度持ってきといて良かったよ」と言ってはいたが、偶然ではなく初めから持ってくるつもりだったと俺は推測している。証拠と言えば写真や録音テープが基本だ。そして、そのどちらもスマホで取れるものだ。これぐらいの事は予測してそうな人だし、今この会話をこっそりノートパソコンで録音していたとしても俺はまったく意外とは思わない。
「さてと……それじゃ本題に入ろうか。でも、その前に場所を変えよう。ここでするような話じゃないし、ちょっと長居し過ぎてるからね」
そう言うや否や、伝票を掴んでレジの方に歩いていく。会計を払おうと俺も後を追ったが、雪ノ下さんがさっさと先に支払ってしまった。この場で支払いの事で揉めるのは流石に人目につく。そうでなくても俺は今、人目につく様な派手な顔面をしている。結局、そのまま店を出て、一人で勝手に歩いていく雪ノ下さんの後に続く事になった。
「比企谷君さあ、横に並んでくれない。話しにくいじゃん」
不意に雪ノ下さんが軽く振り返ってそう告げた。「歩きながら話したいからさ、横に来て」
仕方なく横に並ぶ。それと、さっき用意した俺の会計分を差し出した。「受け取ってもらえますか」
「ああ、さっきの会計の分ね。まあいいや、もらっておくよ」
意外なほど素直に受け取った。その金を財布にしまいながら雪ノ下さんが口を開ける。
「ちょっと最初から詳しく話してもらおうか、比企谷君。私がそれを信じる信じないかは別の話だけどね。君の怪我の事についても、最後らへんに入ってた雪乃ちゃんの痛みを堪える様な声についても、詳しく教えてもらうよ。その上で雪乃ちゃんからも話を聞いて確かめさせてもらうから」
さっきまでのテンションとはうってかわって、静かで落ち着いた声だった。かぶっていた仮面が一枚取れた気がしたが、あと何枚仮面をかぶっているかは伺いしれないところはある。
適当に駅前あたりを歩きながら、俺は最初から順番に雪ノ下との事を話していった。葉山と付き合っていると告げられたあの日の事からだ。途中、合間合間に雪ノ下さんが質問を挟んで詳しく聞いてきたので、終わるまでには結構な時間がかかった。時刻は既に十時近くになっていた。
俺は雪ノ下との事について、一切嘘をつかなかったし、包み隠さず話した。
雪ノ下を文庫本で思いきりはたいた時の事、取っ組み合いの喧嘩になった事は、俺にとって喋らない方が有利な事実だろうというのはわかってる。だが、それは俺の立場にとって有利だというだけであって、雪ノ下の現状にとっては何らプラスにならない。俺は雪ノ下を糾弾したいのではなく、雪ノ下が元の『雪ノ下雪乃』に戻ってくれる事を願っているのだ。隠す意味がないし、それは俺にとってもマイナスにしかならない。
告げた時は雪ノ下さんの眉が上がったが、それでも雪ノ下さんは最後まで大人しく聞いていた。そして、聞き終わった後に大きな溜め息をついた。
「わかった。雪乃ちゃんの事は大体わかった。信じにくい事も多いけど、録音の事もあるし一応は信じてあげるよ。後で雪乃ちゃんと隼人にも確認するけど」
「助かります」
俺は軽く頭を下げた。とりあえずこれで一段落ついたのは確かだった。
「原因は多分隼人だろうね。あいつがきっと何かやらかしたんだろうけど」
雪ノ下さんはそう言った。だが、俺はその逆だと思っている。雪ノ下が何かをし、それを葉山が隠していると考えている。それを口にするかどうか迷ったが、その前に雪ノ下さんから俺の方に質問が飛んできた。
「それで、君はどうしたいの? 慰謝料とか要求したい訳?」
そうじゃない。すぐさま反論しようとしたが、雪ノ下さんの顔を見てそれを思いとどまった。普段は滅多に見せないほどの、ひどく真面目な顔をしていた。俺は一旦息を吸う。
「いえ……。そんなもの俺は欲しくないです。雪ノ下が普段通りに戻ってくれればそれで。……怪我も大した事ないですし、俺も雪ノ下に反撃してるんで」
「ふうん。つまり痛み分けでおさめてくれるって認識でいいかな? もちろん雪乃ちゃんが君より酷い怪我をしてたら、それは逆になるだろうけどさ。でも、そうでなかったら、この件はこれでお仕舞いにしてくれるって思って間違いない?」
「ええ、そう思ってもらっていいです。俺からどうのこうのは言いませんので」
「そう。それなら助かるかな。うちの母親はこういうのうるさいからさ。いざとなれば、裁判でも警察でもどこでも持ってくだろうし、面倒くさいんだよね。事実だと信じようとしないし、その事実の方を揉み消しにかかるタイプだから」
不意に、少し気になって尋ねた。
「……雪ノ下さんはどういうタイプなんですか?」
「私? どうだろうね。私も似たようなタイプじゃないかな。雪乃ちゃんと私が違うのはそういうところかも。むしろ、雪乃ちゃんの方が異端なんだよ、雪ノ下家の中では」
「…………」
「とにかくもういいよ、わかったから。雪乃ちゃんの事は私が引き受ける。だから、君はもう何もしないでもらえるかな」
その言葉には見えないトゲが幾つも混ざっている様な気がした。
「具体的には、しばらく雪乃ちゃんに近付かないでもらおうかな。でないと、雪乃ちゃん、更に酷い事になりそうだしね。君が原因とは私は思わないけど、トリガーになってるのは間違いないだろうから」
「トリガー?」
「雪乃ちゃんの憎しみのトリガー。それが君」
そう雪ノ下さんは断言した。
「つまり、俺が憎まれてるって事ですよね……それ?」
そうは思えないと否定する感情がある。だが、やはりかと思う気持ちもある。俺自身、どちらなのか、どう捉えてどう考えればいいのか、その自信がない。
だが、雪ノ下さんは当たり前だとばかりに、そう決めつけた。
「それ以外考えられないからね」
「由比ヶ浜も、雪ノ下から暴言受けてるんですけど……」
「だから、君個人じゃなく、周りのもの全部に悪意を撒き散らしてるだけだって言いたいの? 違うよ。引き金を引いてるのは君だけだよ。それについては間違いないだろうね」
何でそんな事が断言出来るのか。そもそも何で俺が雪ノ下から憎まれる事になったのか。
「どうして、俺……そこまで雪ノ下に嫌われてるんですかね?」
「君がそういう風に何もわかってないからだよ」
答えはそれだけだった。それ以上の事を雪ノ下さんは答えない。
「この場に雪乃ちゃんがいたら、きっとまた殴られていただろうね。良かったねー、比企谷君」
おまけに、明らかに侮蔑を含んだ口調でそう付け加えられた。何か反論しようと思ったが、結局、言葉が出てこない。
不意に雪ノ下さんが真顔に戻った。
「まあ、私も雪乃ちゃんの事が全部わかってる訳じゃないんだけどね。大体わかったつもりでいるだけだよ。でも、雪乃ちゃんが何をしたいかはわかる。別に変な風になんかなってないよ。雪乃ちゃんは目的があってそうしてるだけ。多分、それで合ってる。ただ、隼人と付き合うってところだけわかんないけどね。こっちは隼人から聞き出した方がいいか」
半ば独り言の様に雪ノ下さんは言う。
「という事でさ、比企谷君」
思い出した様に俺の方を見て、雪ノ下さんは裁判官が判決を下す時のように告げた。
「しばらくは雪乃ちゃんと話すの禁止だから。私がいいよって言うまでは絶対に会話しないようにしなよ。もしも雪乃ちゃんの方から何か言われても相手にせず無視する事。雪乃ちゃんには近付かない様にする事。これが私からのお願い。わかったよね?」
それは有無を言わせぬ口調だった。お願いと言ってはいるが、ほとんど命令と捉えて間違いないだろう。
「わかった?」
雪ノ下さんは顔を近付けて覗き込むように念を押してくる。俺は少し迷ったが、結局は頷いた。
俺よりも雪ノ下さんの方が今の雪ノ下の事をわかっているのは、恐らく確かだ。そして、俺にはこれ以上どうしていいかわからない。だから、雪ノ下さんを頼った。その雪ノ下さんが俺にそう言ってきている。逆らう理由が俺にはなかったのだ。
ここまで
乙
ちょっと予想外の展開
おつおつ 話が進んだようで何より
ところでちんこってNGワードじゃなかったんだな
乙です!
「君がそういう風に何もわかってないからだよ」
これだけで君は殴られても蹴られても仕方がないと、妹がふるった暴力を正当化するのか。
察しろよって感じが凄いな。まだどう転ぶか分からし続き待ってる。
>>366
それの一つ前のレスを読むんだ
これ八幡視点だから読んでる方も全然わからんけど、
周りから見れば一目瞭然ってくらい八幡の方がおかしいのかね
確かにかなり八幡は雪乃に執着というか、過剰に心配してるとは思うが…おかしいのはやっぱ雪乃に思うんだがなぁ…
ていうか何も詳しいこと話さずに、曖昧な言葉で濁してるのに、何もわかってないとか言われても困るだろ…。分かるわけねぇだろ
詳しいことは何も言わない癖に、わかってないからだとか…どうすればいいんだよ。分かるわけねぇ
>>366
こういう文盲なやつってつっこみ待ちなの?釣りなの?
理由を聞かれたから答えた→妹の暴力正当化 ってほんとに同じ日本語読んでるの?
陽乃は双方事実確認ののちに示談の方向で話進めてるのに正当化?ww
あれやな、日本人特有のさっしろみたいな感じ。
どこの国の人だろうが構わない
最後まで書いてくれ
俺は素直に面白いと思ってる。続き楽しみにしてる。
楽しみなんだけど、放置されかかってる!?
投下きたってろくに話進みゃしないんだし放置でも大した変わりはないような気もする
人は誰でも本音と建前を使い分ける。要は人間関係を悪化させないように、嘘をつく訳だ。
例えば、その相手が苦手だったり嫌いだったとしても、わざわざそれを口にするのは戦争を始める様なものだ。相手に嫌われたり憎まれたりしても構わないという意思がない限り、人はまずそれをしない。
俺と葉山、三浦と雪ノ下とかがそうだ。俺の場合は葉山の誘いを断りたかったからそれを口にした面もあるが、三浦の場合は感情をストレートにぶつけただけだ。どちらも相手に嫌われたとしても何ら不都合はないからそれをした。逆に言えば、そうでない場合は、まず自分の感情を隠して建前で通す。
それなら雪ノ下もそうだったのか……?
俺は今、そんな事を考えている。初めから俺が嫌いで、それでもこれまでずっと我慢してそれを隠してきたのだろうかと。普段のあの毒舌を冗談とかと捉えず、全て悪意から吐かれた言葉だと考えると、それが納得出来てしまうのだった。
『それ以外考えられないからね』
『雪乃ちゃんの憎しみのトリガー。それが君』
だが、それならあのキスは何だったのかと問う俺がいる。嫌いな相手に、憎んでいる相手にそれをするだろうか。だが、雪ノ下さんはそれを聞いた上でそう言った。それが、俺の『何もわかってない』というその理由なのだろうか。
「それじゃ、私は今から雪乃ちゃんのマンションに行くから。……一応聞くけど、送らなくても平気だよね?」
俺が頷くと雪ノ下さんはタクシーをつかまえて、それで早々と去っていった。「何かあったらこっちから連絡するから」その言葉を残して。
つまり、それ以外は連絡してくるなと言われた様なものだ。雪ノ下と会う事も禁止されているのだから、これからどうすればいいかを考える必要すら俺にはなくなってしまった。
その日は家に帰るとすぐに眠りに落ちた。昨日、ろくに寝れなかったのが影響した。どんな形だろうと心配事が消えてしまった事もその原因かもしれない。泥のように眠り、気が付けば朝だ。小町に起こされ、そこで急がないと遅刻する時間だという事を知らされた。
頭が重い。出来れば休みたかった。普段は使わない勤勉的な精神力を無理矢理使ってなんとか起きた。
洗面所で頬の湿布を張り替える。由比ヶ浜に怪我の事を聞かれるだろうな、と思い、また行く気がなくなった。だが、遅刻すれば怪我の事もあって、一瞬とはいえクラス中の注目を集めるだろう。それは出来れば避けたい。
鏡の前の俺は相変わらず死んだ目をしていた。眠たさも相まって酷い目付きだ。深夜にでもうろうろしてたら不審人物として通報されるまである。
さっさと鞄を用意して、俺は外へ出た。陽射しが痛いぐらい眩しくて吸血鬼の様な気分になった。
「八幡! どうしたの、それ!」
学校に着き、教室に入るなりそう言われた。というか、戸塚、声大きい。心配してくれるのは嬉しいけど、やめて、目立っちゃうだろ。
「何があったの! 誰かに殴られたみたいなそんな怪我だよ!」
「いや、これはだな、戸塚」
説明をしようとしたら、横から更に大きな声。
「あっれー! なにそれ、ヒキタニ君! 誰かに殴られたってそれマジで!?」
……やめろ、戸部。お前の声、教室中に響くんだから、マジで!
「ちょっとちょっとー、しかも結構痛そうじゃーん! どしたの! カツアゲでもされたん?」
そう言いながら俺の方へ好奇心六割な表情で、素早く近寄ってくる。勘弁してくれないか。
「なに、ヒキオ。あんたカツアゲされたん? どこで、誰に?」
三浦まで近寄ってきた。それにつられる様に海老名さんや大岡・大和まで俺の席の方へと寄ってくる。放っておいて欲しい時だけ、どうしてリア充はやって来る習性があるのか。
教室をさりげなく見回すと、やはりと言うべきか視線のほとんどが俺へと突き刺さっていた。別に心配している訳ではなく野次馬と同じで好奇心による視線だ。相模に至っては、ざまあみろ、といった薄笑いまで浮かべていて、逆にそっちの方が安心出来るまである。
例外はと言えば、葉山と由比ヶ浜だ。葉山は軽く俺に冷たい視線を向けただけで、すぐに別の方を向いた。由比ヶ浜は何か言いたげに俺に厳しい視線を向けている。
戸塚が不意に俺の袖を軽く引っ張った。
「ねぇ、八幡……。泣き寝入りは僕、良くないと思うんだ。それに、八幡の事が心配だし……だから」
上目遣い。なにこれ反則だろ可愛い。いや、だけど俺カツアゲされてる訳じゃないからね? 何でそれいつのまにか確定してるの?
「で、いくら取られたん、ヒキオ? そいつ、うちの学校のやつらなん?」
「ヒキタニ君、言って言ってー。流石にこれは酷いからさー。俺らも協力すっから、取られたお金、取り戻そうぜー。な? 二人も協力してくれるっしょ?」
「ああ、もちろん」
「だよな」
大岡、大和。お前ら目立たないのにいいやつだな……。
「ほら、二人ともこう言ってくれてるしー。それに、優美子たちもそうっしょ?」
「ま、ね。ちょい許せないしさ。あーし、そういうの大嫌いだから」
「私もこれは酷いと思うからね。ヒキタニ君、出来るだけ力にはなるよ」
本当にこんな時だけいいやつらだな、おい……。いや、三浦も戸部も他の面子も元からそこまで悪いやつじゃないが。
しかし、今の俺にとっては逆に迷惑でしかない。小さな親切、余計なお世話って言葉があるだろ。リア充ってのはそこらを理解しない事が多い。目立たなく生きたいという思いがどうしてわからないのか。
非常に面倒だったが、俺は昨日小町にしたのと同じ嘘を並べて、だから別にカツアゲでもイジメでもないという事を説明した。
「野球のボールとかマジで危ないっしょー。ヒキタニ君マジで運ないわー。ついてなさすぎじゃね、これ?」
「ヒキオ、それマジなん? そういう風に言えって脅されてるとかじゃないわけ?」
覗き込むように俺を見てくるあーしさん。ホント、こいつ、たまに普通にいいやつだよな。
「ああ、本当だ。向こうにも、もう謝られてるし、謝罪の菓子折りまでもらった。わざとじゃないから、俺も何も言う気はないし……」
「ふーん……。ならいいけどさ」
「でも、カツアゲじゃなくて良かったね。あ、ごめん、ヒキタニ君的には悪い事なんだろうけど」
「僕、すごい心配したよ、八幡。その怪我、痛まない? 平気?」
戸塚からも覗き込まれた。なにこれ可愛い。萌え死にするまである。
「でも、そんな話、聞いた事ないけどな……」
大岡が誰ともなしに呟く。しまった、そういえば大岡は野球部だったか。だが、その呟きを聞いていたのは俺ぐらいだったらしい。丁度それにかぶさるようにして戸部が上げたすっとんきょうな声の方に全員の関心が集まったからだ。
「あれ、そういえば隼人君いなくね?」
そう。いつのまにか葉山は教室からいなくなっていた。いつ出ていったのか誰も気が付かなかった。戸部たちが隼人君隼人君騒ぐ中、三浦だけが顔を俯けてぽつりと呟いていた。
「隼人、最近変だし……。前なら真っ先に来てたのに」
その声には、心配というより、若干非難する様な雰囲気があった。
昼休みになり、俺がベストプレイスで焼きそばパンを頬張っていたら、由比ヶ浜が現れた。休み時間中もずっと見られていて、話しかけるタイミングを探していたようだから別に驚きはしない。
「ヒッキー」
すぐ隣に座る。そして、目を逸らさず真っ直ぐに言われた。
「その怪我……本当はゆきのんだよね? そうなんでしょ?」
悪い意味で予想通りだった。だが、俺はもう由比ヶ浜を誤魔化す気はなかった。
「ああ……。雪ノ下からだ」
そう答え、取っ組みあいになった事とその経緯を話した。流石に雪ノ下が下着を脱いでそれをかぶせてきたという話は出来なかったから、その事だけは伏せて、小町に対するとある脅しを受けたとだけに留めたが。
「やっぱりゆきのん、どうかしてるよ……。いくらなんでもそこまでするなんて……」
下唇を噛む由比ヶ浜。俺は溜め息をついた後、天を仰いだ。今日は雲一つない青空で陽射しが眩しかった。俺の気分と天気はまるで反比例している様だった。
「それで、ヒッキー……。どうするの? まだゆきのんに構うつもり……?」
構う? その言い方に違和感を覚えたが、俺は雪ノ下さんに頼み込んだ事を告げて、それから会うのを禁止された事も一緒に告げた。「だから、俺もしばらくの間は、奉仕部には出ないつもりだけどな」
辞めるとは言わない。言えない。
だが、それを聞いて由比ヶ浜は安心したように一つ息を吐いた。
「うん。それがいいと思う。そっか。雪ノ下さんにお願いしたんだ。そっか」
納得した様に何回か小さく頷く由比ヶ浜。その表情がどこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「それでいいと思う。ゆきのんとヒッキーはもう会わない方がいいって私も思うし」
その言葉は錆び付いた鉄を使って塗り絵をする様に、俺の心に何かざらついた物を塗りたくっていった。
しばらく俺も由比ヶ浜も無言だった。俺は焼きそばパンをまるで深海魚の様にゆっくりと食べつつ、グラウンドを眺めていた。由比ヶ浜は下を眺めながらじっとしていた。
パンを食べ終わる。と、タイミングをようやく捕まえたかの様に由比ヶ浜が口を開いた。
「……ねえ、ヒッキー。学校、明日休みだよね」
唐突にそう尋ねてくる由比ヶ浜。だが、それは質問でも確認でもなかった。由比ヶ浜はまた俺の目を覗き込んで真っ直ぐ見つめてくる。
「どこか遊びに行かない? 気分転換って訳じゃないけど……」
じゃあ、どういう意味なんだ。思わずそう尋ねそうになった。そもそも今俺は『遊ぶ』なんて気持ちになれなかった。家でひたすら引きこもっていたい。
俺が黙ってると、由比ヶ浜は少し困った様な表情を見せた。
「その……ええとね。正直、気分転換したいのは私っていうか……」
俺の反応を見るかの様にそこで止める。それでも俺が黙っていると、由比ヶ浜は仕方なくといった感じで続けた。
「ゆきのんの事でショック受けてるの、ヒッキーだけじゃないよ……。私もなんだよ。ヒッキーもそれ、わかってくれるよね……?」
それはわかる。
いや、わかると思うだけかもしれない。
自分で思ってるよりも雪ノ下の事が好きだと言っていた由比ヶ浜。雪ノ下が困っていたら助けてと頼んできた由比ヶ浜結衣。奉仕部を辞めろと言われ、邪魔だと本気で言われたのなら、雪ノ下に愛想を尽かすというのもわかる。それが恐らく普通だろう。だが、これまでの雪ノ下と由比ヶ浜の付き合いを思うと、それが酷く軽薄な言葉の様に俺には感じられるのだ。
所詮は、うわべだけの付き合いだったのではないかと、俺はそう思ってしまうのだ。
なら、俺と由比ヶ浜の付き合いもその程度のものなんじゃないかと。
由比ヶ浜結衣は優しい。誰かが悩んでたり落ち込んでたりすれば放っておけない。それがわかっているからこそ、俺は余計にその領域に足を踏み入れるのが怖いのだ。
これまで奉仕部で色々とあった。そして紆余曲折を経て、俺はその領域に普通に足を踏み入れていた。だが、その『普通の領域』が、今の俺にはまた怖く感じられるのだった。
ここまで
乙
乙です!
乙
>>小さな親切、余計なお世話って言葉があるだろ。リア充ってのはそこらを理解しない事が多い
自分のことは棚に上げる設定、イイネ…
続ききてよかった。
今後も期待してます
乙。続き楽しみ
お疲れ様です
続き待ってます
この話の八幡さんは由比ヶ浜が同じことしたら見捨てるんだろうな
おつ!
こういうのって人が書いたものを読むから意味があるんだよね。続きを自分の頭で妄想してもなんか虚しいだけ。
こういうの大好き
今更かもしれないけど、このssは雪乃が持ってた文庫本に大きな要素がありそう。
3冊のうち2冊題名が書かれてるから、あらすじだけ調べてみたらいかにも関係がありそうな内容ですた。
こういう空気読めない馬鹿ってさあ…
まあまあ変に叩く奴よりいいじゃん
続き待ってるぜ笑笑
数日振りに来てみたら進んでない
あげんな
続き楽しみなんだが、まだかな?
1の体調不良とかなら、早期回復を祈る。
由比ヶ浜が腹黒にしか見えん…
ここもエタったか…残念だ
引っ張るだけ引っ張るとこは完結しない法則
まだ一週間しかたってないやん。まだわからんやん。
1週間後に投稿しますといっておきながら一年が経った動画があってな
ここも五年後のスレみたいにエタるのか…
最後がどうなるかだけ知りたい
最後まで考えずに雪野と八幡のガチバトルが閃いてしまって衝動的に書いてたり?ww
わざとわかりにくく書いてます
正解は読者の皆さんで議論してみてください
申し訳ないが他スレのファッションキチガイはNG
>>411
それコピペにするほどか?
落ち着け
どこまで引っ張るのか
エタったのかエタってないのかだけ教えて欲しい。
ここまで引っ張ったらハードルあがりすぎで書けないだろ
結局材木座不登校の二の舞なのか
展開のしかたよかったのにね。
あとVSゆきのん戦とか暴力だけじゃなくてさなかに知恵比べもあって熱かった
エタったら何の意味もないけどな
ほしゆ
続きはよ
(´・ω・`)
>>417
本当それな、ハードル上げ過ぎで納得のいくオチが思いつかなくなったんだろう。
エタってしまった作品は幾つも知ってるが、この筆者ほど腹が立った奴は居ない、心底軽蔑する。
ほ
それだけ面白かったんだよなぁ
ほんと残念
まだかな
うむ
a
あ
a
あ
あ
a
このSSまとめへのコメント
え?雪の下を殴った?
殴られたんじゃ無いの?
本スレ見たら分かるけど途中の話がまとめられてない
※1
無効化して見ると話が変わるよ
なんかこう、イライラする
こんだけ引っ張っといて途中で終わるのか、面白かった分残念
この作者日本語大丈夫か?
haha
本スレの方見てきたが
一体この雪乃はなにがしたいのかわからん・・てか
障害事件やんかあれ・・
意味がわからない
いつ八幡はキスされた?
しっかしgdgdやな
作者は海外出身の方なのかな
ここで読んだらワケがわからなかったけど
本スレ見て納得
早く続きが読みたい
話自体は面白いのだがなぜか見てるとイライラしてくる。
とりまはよ
うん、死ね☆
雪ノ下の比企ヶ谷への気持ちは
ただ一つってわけね。