男「夏の通り雨、神社にて」 (36)
婆「お釣りね。またおいで~」
男「はい、また来ます。では」ガラッ
男(ついにこの和菓子屋で買ってしまった。前から興味があったんだけど、行く機会が無かったからな)
男(人柄の良いお婆さんだったな……この辺はあまり来ないけど、また今度来てみよう)
男(今日は暑いなあ……湿気が多い。雲も出てるし雨が降りそうだな)
ポツッ
男「ん」
ポツッ ポツッポツポツポツ……
男「げっ、結構強……」
ザァアアァアァァアアァ……!
男(やばい、どこか……この道はあまり建物が……あ、こんな所に神社が!)タッ
男(ひとまずここで雨宿りしよう。通り雨みたいだし)
男「ふぅ……せっかくだしお賽銭を」チャリーン
女「こんにちは」
男「!? こ、こんにちは」
男(人がいたのか、気付かなかった!)
男「生憎の雨ですね」
女「あら、私は好きですよ。雨の音は落ち着きます」
男「ああ、そういう人も多いですね」
男(しかしこの人……着物か。夏だし祭りがあるのかな?)
女「くんくん……甘い匂いがしますね」
男「!? え、ええ。和菓子屋に行った帰りですが……」
女「そうなのですか」ジー
男「……た、食べます?」
女「良いのですか?」パァァ
男「まあ、一つではありませんし……」
女「ありがとうございます。この恩は忘れません」フカブカ
男「うわっ、何もそこまでしなくても。大した事はしてません。頭を上げて下さい」ゴソゴソ
男「はい、練り切りですね、爪楊枝もつけてくれてます」
女「綺麗……これは桃を模ったものですね」
男「おおっ、これは美味しい。良い店見つけたな」モグ
女「甘さがとてもさっぱりしていますね。生地も非常に滑らかです」
男「後一つ、どら焼きを買ったんですが……」
女「! どうぞ召し上がって下さい、一つだけなのでしょう?」
男「はは、随分と和菓子が好きなんですね。そうだなぁ……よし、ここの神様にお供えする事にします」
女「えっ」
男「どちらが食べるとなると、お互い気にしますからね。これでよしっと」ポン
女「あ……」
男「……お、雨がましになってきた。僕はそろそろ帰る事にします」
女「あら、もうですか?」
男「ええ、話し合い相手になっていただいて楽しかったです。では」ペコ
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期待しえん
婆「へえぇ、あの神社にねぇ~」
男「はい、不思議な雰囲気を持つ女性でした」
婆「もしかしたら、神様なのかもしれないよぉ」
男「あはは……」
婆「あながち間違いでも無いと思うけどねぇ」
男「? 何か理由でもあるのですか?」
婆「あすこの神社はね、狐の神様を祭っているんだよぉ」
男「狐の神様」
婆「そう、一風変わった神様でねぇ、狐なのにおいなりさんじゃなくて、甘い物が大好きなのさ」
男「甘党の狐の神様、ですか」
婆「そうとも。ただ、すっかり寂れちゃってねえ。今じゃほとんど人が足を運ばないのよぉ。私も腰が悪いしねぇ……」アタタ
男「ああ、無理はなさらずに」
婆「またあすこに行くってんなら、これおまけしてあげるから、お供えしてくれないかい?」スッ
男「はい。せっかくですし、多めに買って行こうかな」
婆「ありがとさん~。でも、本当に神様とは限らないよ? 祭りもあるしねぇ」
男「あはは……その時は自分の分が増えるだけですよ」
婆「そりゃいいわな、あっはっはっは!」
男「それじゃ、そろそろ顔を出してみます」
婆「はいよ~」
男(しかし今日は打って変わって雲一つない快晴だ。熱中症になりそう)
男「っと、道どこだったっけ……来た道、は建物があまり無かったし……もっと先だったかな」
男(……ここだな。ああ、急いでたから気が付かなかったけど、確かに狐の像が。しかし寂れているな)
女「また来てくれたんですね」ニコ
男「! ええ」
男「あの」
女「はい、何でしょう?」
男「神様……ですか?」
女「……え?」
「……」
男(し、しまった! これじゃ完全に変な人だ!)
男「あ、あのですね! 違うんです! あの、おいなりより甘い狐……じゃなくて!」アタフタ
女「」クスッ
女「そうですよ?」
男「狐の神様が好きで……え?」
女「私は狐です。……あら、何だか悪い女みたい」フフ
男「え、ええ……本当に? そんなあっさり……」
女「心の綺麗な方にしか姿を見せませんよ。そんな事よりも、また甘い匂いが」スンスン
男「」ポカーン
男「……はは、何だかしまりがない神様だなあ。今日は和菓子屋のお婆さんから、神様にとおまけを貰いましたよ」
女「やった!」
良い雰囲気の話だな
男「まずは安倍川餅です」
女「いただきます!」
女「おいしい」モニューン
男(神様……言っていたのは本当なのか? しかし)
女「?」ニコ
男(もっと威厳があるもんだと思ってた……)
女「あれ、食べないのですかー? だったら」
男「いただきます」パクッ
女「美味しいですね、もっちりとよく伸びます」
男「うん、美味しい……さて」
女「それは?」
男「お婆さんにおまけしてもらった栗饅頭とほうじ茶です。紙コップも二個くれました」コポポ
女「ああ、良い香り」
男「まずは」ゴク
女「はぁ~……落ち着きますねぇ」
男「こんな暑い日に飲むものじゃないですけどね」ハハ
女「でも涼しい風が吹いてますよ?」
男「そうですね、では頂きましょう」
女「……これも美味しいです! これは白あんですか、形が栗なのも可愛いですね」
男「この下部分の白い粒も良いアクセントですね、ケシの実だったかな」
女「そしてこのほうじ茶を一口」ゴク
男「はー……」
女「落ち着きますね……」
男「そうだ、あのどら焼き、美味しかったですか?」
女「はい! 中に求肥と栗の粒が入っていて、すごく美味しかったです」
男「それは良かった、金平糖も食べます?」
女「ぜひっ!」
男「お茶をもらってよかった」ぽりぽり
女「和菓子とお茶は合いますねー」ぽりぽり
ヒュウウゥウゥウゥ……
ミーンミンミーン……ミンミーン……
男(吹き抜ける爽やかな風)
男(降り注ぐ蝉時雨)
男「ああ……」
男(落ち着くなぁ)
男「あの」
女「何でしょう?」
男「証拠……みたいなのって、ありますか?」
女「まあ、神様ですと言われましても、そう簡単には信じられませんよね。失礼」ポンッ
男(うお、狐の耳が生えた!)
女「……信じていただけましたか?」
男「ええ、そりゃあこんなの見せられたらね。信じざるを得ません」
女「そうですか」パッ
男「ああ、戻すんですね」
女「中途半端な変化は嫌いなのです」
男「へえ……あ、まだありますよ、かるかん饅頭です」
女「わあ。確か山芋をすりおろして混ぜたお菓子ですね」
男「ええ……うん、うまい。ふわふわだ」
女「ふわふわしっとりとした優しい口あたりですね、おいしい」
男「……何だか、神様とお茶をしている実感が湧きません」ハハ
男「何故僕の前に現れたんですか?」
女「……寂しかったから、ですかね」
男「ああ、確かにここは人が……」
女「いえ、そうでは無くて」
女「私――もうすぐ消滅するんです」
男「……!?」
女「この辺りの信仰心が年々減っていて、もう力がほとんど残っていません」
男「え、そんないきなり……」
女「誰の心にも存在しないまま消えてしまうのが嫌だった……ですから、つい此処を訪れた貴方に声をかけてしまったんです」テヘ
男「……何か出来る事は無いんですか?」
女「もう良いんです。これも運命でしょうから」
女「でも、一度だけお祭りに行ってみたかったな……」
男「……」
女「あら、湿っぽい空気にしてしまいましたね。できれば消滅するまでの間、ここで話し相手になってくれたら嬉しいです」
男「お祭り、行けないんですか?」
女「ここから移動出来ませんからね……」
男「……」
男「……何、食べたいんですか?」
女「えっ」
男「せめて買ってきますよ」ニコ
女「……りんご飴とかき氷、です」
男「はい。楽しみにしておいて下さい」
女「はいっ!」ニコ
婆「へえ、本当に神様だったのかい」
男「ええ、目の前で狐の耳を生やしてくれました」
婆「そりゃすごいねぇ……で? その娘の事をどう思っているんだい?」ニヤ
男「……この地域の信仰心が薄れ、もう存在を保っていられないそうです」
婆「そりゃ難儀な……また人が来るようになれば、復活するって事かい?」
男「かもしれませんが……」
婆「……その娘はなんて言ってた?」
男「運命だから受け入れる……と。消えるまで話し相手になってくれたら嬉しい、とも」
男「……でも、何とかしてあげたいんです、何か……」
婆「お兄ちゃん……その娘は自分で消える事を受け入れているんだろ?」
男「はい」
婆「だったら、消えるまで側にいてやる事を考えたらどうだい?」
婆「助けたい気持ちはよく分かるけど、それにやっきになってその娘をないがしろにするのは良く無いと思うよぉ」
男「……」
男(そうかもしれないな……時間も無い今、僕が出来る事なんて、たかが知れてる)
男(うん、残りの時間、精一杯楽しませてあげよう)
男「ありがとうございました)
婆「いいえ~……男ならにっこり笑って、安心させてあげなよぉ」
男「あはは……肝に銘じておきます」
男「こんにちは、神様」
女「こんにちは……あら?」
男「どうしました?」
女「よく考えれば、お互い自己紹介してませんでしたね」
男「ああ、そう言えば……僕は男と言います」
女「私は女です、何だか変な感じですね」クスクス
男「ですね……あはは」ポリポリ
男「あ、今日は和菓子の他にプレゼントがあるんです」
女「何でしょう、期待してしまいます」ワクワク
男「どうぞ」スッ
女「これは……髪留めですね!」
男「恥ずかしながら、何を贈ればいいのか分からなくて……ありきたり、と言われれば何も言えませんが」
女「いえ、とっても嬉しいです! 大切にしますね!」スッ
男「良かった、ばっちり似合ってますよ」
女「♪」クルッ
男「さて、頂きますか。今日は芋けんぴとせんべいです」
女「……」
男「? もしかして嫌いでしたか?」
女「いえ、その……私は貰ってばかりで、男さんに何も……」
男「あはは、良いんですよ。僕がやりたくてやってるんですから。お気になさらず」ニコ
男「ほら、暗い顔じゃ和菓子も美味しくないですよ?」
女「……はい!」ニコ
男「今日は冷たい麦茶を頂きました」コポ
女「ごくごく……はぁ、すっきりしますね!」
男「ですね、夏にぴったりだ」
男「ああ、そうだ、女さんは後どれくらい存在していられますか?」
女「えーと……この感じだと、祭りが終わって数日後ですかね」
男「そうですか……せめて、それまでにいっぱい思い出を作りましょう」
女「……はい、ありがとうございます」ニコ
男「こんな暑い日は、少し塩っ気が欲しくなりますね」パリッ
女「そうですねー、せんべい美味しいです」パリパリ
男「甘党だから嬉しくないかな、と思ったのですが」
女「そんな事ありませんよ?」
男「なら良かったです。ああ、そう言えばこの前、面白い事が……」
――
男「……だったんですよ」
女「ふふ……それは災難でしたね。あら、もう夕焼けが」
男「ああ、本当だ……おお、此処は空がよく見えますね」
女「ええ、とても綺麗でしょ?」
男「はい……何だか子供の時の頃を思い出します」
男「そろそろ帰りますね。また来ますから」
女「はい、待ってます」ニコ
紫煙
男(風変わりな甘党の神様……女さんと話している時間は楽しい)
男(しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう)
男(時間とは残酷なものだ)
男(「また明日」――その言葉が後何度言えるだろうか。そんな事が頭によぎるようになってきて)
男(気が付けば、教えてもらった祭りの日の前日になっていた)
とてもいい……
好きな雰囲気だ支援
ミーンミンミーン……
男「こんにちは、今日も良い天気ですね」
女「こんにちは」ニコ
男「いよいよ明日ですね、かき氷とりんご飴、でしたっけ」
女「……その事なんですが、明日祭りに行く前に、一度寄ってくれませんか?」
男「? 良いですが……」
女「何だか、少し不安で……」
男「……ええ、喜んで」ニコ
女「ありがとうございます」ニコ
男「今日はわらび餅を買ってきました。本わらびを使っているそうですよ」スッ
女「わあ、ふるふるで……」
男「口の中でとろっと溶けてじんわりと広がりますね……うん、うまい」
男「今日は冷たい緑茶です」コポポ
女「はぁ、おいしい……」
男「ふー……落ち着くなぁ」
女「和菓子は心を豊かにしてくれますね……」
男「ええ……でも、この神社の空気も関わってると思いますよ、それに一人より二人の方が美味しい」
女「あら、遠回しに私といると落ち着くと言ってます?」クス
男「えっ!! ……まぁ、そうですね」
女「ふふふ、私もですよ」ニコ
男「あはは……恥ずかしいなぁ」ニコ
女「……あら? こんな所に野良猫が」
猫「ニャーン」ノソッ
男「人が来ない事を考えると、そう珍しくは無さそうですが……」
女「ふふ、おいで」
猫「ニャー」ピョンッ
男「おお、随分と人懐っこい猫だなぁ」
女「可愛いですねー」ナデナデ
男(しかし……)
女「?」
猫「ゴロゴロ」クルシュウナイゾ
男(見ててすごくほっこりする……何だこの癒しオーラは)
猫「ミャーォ」ノソッ
男「うおお、今度は僕の方へ」
女「ほら、撫でてあげて下さい」
男「はい……こうかな?」ナデナデ
猫「ゴロゴロ」マァマァダナ
猫「……」スー
男「もう寝たよ……何だか眠たくなってきた」
女「良い天気ですし、この子とお昼寝でもしましょうか」クス
男「ですね……」
男「……zz」
女「……zz」
男(……昼寝したせいで、全然寝れない)
男(いや……違う。本当は分かってるんだ)
男(もう、別れがすぐそこまで迫ってきている事を)
男「……寝れない。空でも見るか……」ガラ
男(この数週間……女さんを楽しませる事が出来ただろうか?)
男(まだ現実味が無い……もう少しであの人が消えるなんて。もしかしたら作り話なのでは、と思ってしまう)
男(やっぱり何とかしてあげたい……けど……)
男(……今すぐあの神社が栄えるなんて、無理な話だ)
男(せめて……一緒に祭りに行けたらな)
キラッ!
男「あ……流れ星……!」
男(……神様だっているんだ。こんなささやかな願いくらい叶えてくれても良いよな?)
男「どうか……明日、一緒に祭りに行けますように」
男(……寄ってくれ、って頼まれたし、いつも通りの時間でいいかな? でも祭りまで時間が余るぞ……)
男(まあいいか、その分話せるし)
男「……よし、行こう」ガラッ
男(良かった、今日も良い天気だ)
女「……!」
男「あはは……せっかくですし、早めに来てしまいました」ポリポリ
女「男さん! 大変です!」
男「ど、どうしました?」
女「神社から離れられるようになったんです! ほら!」パタパタ
男「!?」
女「どうしてでしょう!? とにかく、お祭りに行けますよ!!」
男「まさか……いやそんな……」
女「何かあったんですか?」
男「昨日流れ星に……その……お願いをしたんですが……まさか本当に……?」
女「……くす、案外乙女チックな事するんですね、可愛いです」
男「それ以上はやめて下さい、死んでしまいます」
女(願い、か……)
女(願いには代償がある)
女(昨日よりもずっと身体が軽い……多分、数日も持たない。おそらく明日で私は……)
男「……どうしました?」
女「いえ、お出かけできる喜びに感動していただけです! 所で、いつも買っている和菓子屋とは!?」
男「ああ、近くですよ。行きましょうか」
女「はいっ!」
婆「へえ~……不思議な事もあるもんだねぇ」
女「今まで美味しい和菓子を贈って下さって、ありがとうございます」ニコ
婆「いえいえ~、ごめんねぇ、私は腰が悪くてちっとも行けなくて」
女「坂道の上ですから、お気になさらず」
婆「せっかく神様が来てくれてるんだから、和菓子でもサービスしようかね」ホホ
女「やった!」
婆「ほら、白玉ぜんざいとお漬物だよぉ」
男「へえ、付け合わせにきゅうりの漬物ですか」
女「甘くておいしいです」モグ
男「おお、良い漬かり具合だ……うまい!」コキュ
婆「私特製のだからねぇ~、ぜんざいの甘さを引き立てるよぉ」
男「味をキリッと引き締めますね!」
女「白玉がもちもちでたまりませんね~」
婆「ほっほっほ、こんなので喜んでくれるならありがたいね」
女「いえいえ! とっても美味しいですよ」
婆「そりゃ良かった、まさか生きてるうちに神様に会えるとはねぇ」ナンマイダブ
女「は、恥ずかしいです……やめてください」
男「僕も拝んでおこう」ナンマイダブ
女「も、もうっ!」
こういうのほんと好き
男「はぁ……クーラーが効いて涼しいなぁ」
婆「おや、そろそろ祭りが始まるんじゃないかい?」
女「あら、もうそんな時間……」
婆「若い人二人で楽しんでおいでぇ。ああ……神様は違うわな、あっはっは!」
男「行きましょうか、お婆さん?」
女「蹴りますよ」
男「ごめんなさい」
婆「……達者でねぇ~」ニコ
女「はい」ニコ
男「また来ます」ガラッ
女「……」テクテク
男「……怒ってます?」
女「どうでしょうね」ツーン
男「……好きなだけおごりますから、許してくれませんか?」
女「……なら許してあげます」
男「良かった」
ドンッ ドドンッ……
男「お、太鼓の音が聞こえてきた……そろそろですね」
女「わぁ――」
「えー、フランクフルトいかがっすかー!」
「ビールキンッキンに冷えてますよー!」
「たこ焼き焼きたてでーす!」
女「すごい人ですねー!!」キラキラ
男(そうか……神社は坂道の上だし、この広場で祭りがあるんだな)
男「さあ、何から食べます? 遠慮はいりませんよ」
女「えっと、えーっと……まず、これが良いです」スッ
男「……! はい、分かりました」ニコ
男「一つ下さい」スッ
「まいどー!」
女(狐のお面)「ふふ……これで本当の女狐ですね、尻尾と耳も生やしましょうか?」ニコ
男「見つかったらすごい事になりますけど……」
女「冗談です、それよりっ、あれは何ですか!? 甘い匂いが!」
男「ああ、ベビーカステラね……すいません、一袋下さい」
「あいよっ、可愛い彼女連れて羨ましいねぇ」
男「えっ、いや……あはは」
「何だ、まだなのかい? 上手い事ゲットしろよ」グッ
男「はは……どうも」スッ
男「お待たせしました」
女「いただきます……蜂蜜の優しい甘さですね!」モグモグ
男「ですね、あ、そうだ……すいません」
女「?」
男「祭りと言えばラムネですからね、良かったらどうぞ」スッ
女「ラムネ……どんな味なんでしょう」ワクワク
女「……? これはどうやって飲むのでしょう」
男「ああ、こうして」ッポン!
女「なるほど……ふっ!」ボン!
女「えっえっえっ、溢れだして……ああああ、どうすれば」シュワワワワ
男「ああ、ついてないですね、すぐ収まりますよ」ハハ
女「減ってしまいました……」ショボン
男「僕のと変えますよ、はい、念のため水を持ってきたんです。洗い落としてからこれで拭いて下さい」ササッ
女「ありがとうございま……準備が良いですね、もしかしてこうなると分かってて」ジトー
男「何の事ですかね。はい、どうぞ」
女「……喉の奥でもごもごしてます」
男「そういう飲み物ですよ。すぐ慣れます」
女「……あ、慣れるとさっぱりして美味しいです」ゴク
男「それは良かった、あ、りんご飴の屋台ですよ」
女「わあ、これが……真っ赤ですね」
男「すいません、二つ下さい」
「はい、どうぞ」
女「ありがとうございます! でも、この中の玉はどうしましょう……」
男「ああ、このタイプの瓶は逆方向に回して……」コロン
女「すごいです、お祭りの達人ですね! せっかくだし持っておきます」
男「はは、じゃあ僕も持っておこうかな」
「わっしょい! わっしょい!」
男「おお、神輿がこっちまで……危ないですよ」
女「はい、あの……手……」
男「……! 失礼」ギュッ
男(……おや? 随分と軽いな……?)
女「……ふふ」
男「おお、すごい熱気だ」
女「わっしょいとは、皆で力を合わせて和を背負う事からわっしょい、と言われていますね」
男「へえ、そうなんですか……ちょっと神様っぽいですね」
女「ぽいではなく神様です!」
男「はいはい、りんご飴でも食べましょうか」
女「あ……まだとっておきます、それより先にかき氷が食べたいです!」
男「分かりました、味はどれにしますか?」
女「ぶるーはわい味……? お任せします」
男「はい」クス
男「いちご二つで」
「あいよー」
女「赤い……いちご味ですか!」
男「やはりシンプルなのが一番だなと思いまして。しかし良いかき氷だな、糸みたいにふわふわだ」
女「んー、美味しいです! 口の中でふわぁっと溶けて!」
男「夏の風物詩ですからね。それにしても美味しいなあ」
「えー、お集まりいただいた皆様、そろそろ花火の時間が近づいてきました!」
女「!」
男「ああ、そろそろ花火か」
女「男さん、その」
男「?」
女「せっかく来たのに失礼ですが……神社に戻りませんか?」
男「? 女さんが良いなら……」
女「ありがとうございます、ではりんご飴をなめながら行きましょう」
男「はい」テクテク
女「この赤いのは砂糖ですか? 甘いですね」
男「あー、それ触るとべたべたになるんですよね」
女「あら、気を付けないと」
男「確か砂糖と水を火にかけて、食紅か何かで色を付けたような気が」
女「そうなのですか」シャクッ
男「……着きましたよ」
女「ですね……ここなら」
……パンッ! パパンッ!!
男「おぉー! 花火がとてもよく見えますね!」
女「でしょう? この景色が見れるのは私と男さんだけです」
男「それは嬉しいですね……こんな綺麗な空で見る花火なんて初めてです」
女「今までずっと一人で見ていたのですが……最期に男さんと見れて良かったです」ニコ
男「……見るだけでいいんですか?」
女「え?」
男「閃光花火を持ってきたんです。マッチはどこだ……あった」ゴソゴソ
男「はい、行きますよ」シュッ
ヂ……ヂヂヂ……
パチッ……パチ……パチ……パチチチチチチ……
女「綺麗……」
男「今は火が噴きだす噴き出し花火と言うのもありますが、やはりこちらの方が風情がありますね……あ、足元気を付けて下さい」
女「……あ、火の玉が」プツッ
男「この儚さもまた良いですよね、次はどちらが長く持つか勝負しますか?」
女「ふふ、負けませんよ?」
男「ふっ……」ドヤァ
女「ああ、負けてしまいました……後少しだったのに」
パァン……パパパァン……パパパパ……
男「あちらの花火も終盤ですね、最後の特大花火、今年は何色かな?」
女「……男さん、ありがとうございます」
男「どうしたんですか、急に?」
女「ずっと一人でこの景色を見てきました」
女「お祭りの楽しそうな声も、綺麗な花火も……」
女「こんなに楽しい夏は初めて。貴方が来てくれて、本当に良かったです……!」ニコ
ドクン
男「……女さん」
女「……?」
「――月が綺麗ですね」
「……はい、とても」
その瞬間、最後の特大花火が夜空を照らした。
オレンジ色に染まる空の下、二人の影が重なり合った。
女「……嬉しいです、こんな素敵な思い出が出来て」ニコ
男「……僕の言った意味、伝わって良かったです」
女「ええ、今日は見事な満月ですから」
男「……え?」
女「え?」
男「……あの、月が綺麗ですね、と言うのはですね」ゴニョゴニョ
女「……まあ、そうなのですか?」
男「うわぁ……伝わってないのにキスしちゃったよ僕……」
女「……それでも以心伝心、ですよ」
男「……あはは」
女「今日は本当にありがとうございました。もう遅いですし、足元に気を付けてお帰りになって下さい」ペコ
男「はい、今日の所は帰ります。では」
男「……また明日」ニコ
女「……はい、また明日」ニコ
女「……はぁ、はぁ……帰ってくれて良かった……」
女(急に疲れが……もう神社の外に出られない、どころか)
女(この調子だと……男さんが明日来るまでの時間に間に合わない……)
女(嫌だ……せっかく……結ばれたのに……!)
女「神様……どうか……」
女(……神様が神様にすがるなんて、なんて滑稽なんでしょう)
女(こんな私だから、消えてしまうんですね……)
ザアァアァアアァ……
男「ふわぁ……まだこんな時間か……早起きしたなぁ。通り雨みたいだし、すぐ止むだろう」ピシャッ
男(やっと女さんと両想いになれた……おかげさまでぐっすりだ)ニヤニヤ
男(もう時間は無いけど……それでも)
男「ん……?」
男(よく考えれば、何故女さんは外に出れたのだろう)
男(流れ星が叶えてくれた……としても)
男(あの時の手、何であんなに軽かったんだろう)
男(そんなに都合よく叶えてくれるものなのか……? もし残りの時間を代償に、外に出れたとしたら)
男「……!!」ゾッ
男(一度心に生まれた不安は、夏の入道雲のように膨らんでいき)
男(気が付けば……僕は家を飛び出ていた)
男「くそっ……こんな時に限って雨だ!」
男(女さん……昨日の笑顔、よく思い出せばどこか変だった気がする……)
男(情けない、浮かれるばかりで彼女をちっとも見れていなかったんだ)
男(もっと……もっと速く……!)ダダダダ
バチャッ!!
男「ッ……くそ!!」
男(転んだ数秒が惜しい、立ち上がる数秒が惜しい)
男「ハッ……ハッ……」
男(最後の坂道だ……! 走りきれ……!!)
男「ハッ――女さん!!」
女「男さん……どうして……?」
男「ハァ、ハァ……何となく、急に不安になって」
女「……ああ、気付いてしまいましたか……」
女「お察しの通り、もう時間が無いようです……男さん」
女「最期に素敵なプレゼントをくれてありがとう、孤独を救ってくれてありがとう」
女「貴方がいたから……私は……」ブルブル
男「……震えてますよ」
女「……あんな事を言いましたが、やっぱり怖いみたいです」
女「お恥ずかしいですが……消えるのが……怖い……」
男(……)
『男ならにっこり笑って、安心させてあげなよぉ』
男「……女さん」
男「大丈夫です、女さんは一人じゃないから……誰も知らずに消えたりなんかしません」
女「男、さん……」
男「少なくとも、僕は貴方と過ごした日々をずっと忘れませんよ」
男「だから……笑って下さい、悲しい別れなんかじゃなくて、笑顔でありがとうを言えるように」ニコ
女「……!」
女「……はい……!」ニコ
男「そう言えば、初めて会った時も、こんな通り雨でしたね……」
女「ええ、あの時は驚きました」
男『生憎の雨ですね』
女『あら、私は好きですよ。雨の音は落ち着きます』
男「はは……」
女「ふふ……」
女「……そろそろ、限界のようです」
男「……!! はい」
女「では、男さん。改めて」
女「最期に素敵なプレゼントをありがとう、孤独を救ってくれてありがとう」
女「貴方がいたから……私は、幸せでいられました」
男「……ええ」
女「私を好きになってくれてありがとう」
女「では……」スウゥウゥ
男「あ……!」
女「……」クス
「――また、いつか」
「……はい、またいつか」
女「男さん……大好きです」ニコ
カラン……
男(僕の目の前で、大好きな人は消えてしまった)
男(残されたのは、狐のお面と一つのビー玉)
ザアアァアァ……ァアァ……ァ……
……ミン……ミーンミンミンミー……ミーン……
男(空が晴れた)
男(吹き抜ける風は、何故かとても寒くて)
男(目が眩みそうな蝉時雨が鳴り響いているのに、彼女がいない神社はひどく静かに感じられて)
男「……あ、虹」
男(雨上がりの空は、大きな虹が出ていて――彼女が言っていた通り、空がよく見えて)
男「何で今なんだよ……はは」
男「女さん、虹が綺麗ですよ……でも、何故でしょうね。ちっとも心に響かない」
男(よく考えれば、僕は彼女に好きという言葉すら伝えていなかったではないか)
男「もう……何で今更気付くんだよ」
男(僕は声を上げて泣いた)
男(目から溢れる熱いものは、炎天下の熱に紛れ)
男(さらに大きくなった蝉時雨が、その声を静かに塗りつぶしていった)
ここまでなのか…?続きはあるのか…?
婆「そうかい……よくやったじゃないか」
男「でも、僕は彼女に好きすら言えずに……」
婆「……あの娘、店を出る前に私に目くばせしててね」
男「え?」
婆「机の上に、これを残してたんだよ」スッ
男「これは……机に置いてる和紙ですか?」
男(それは、不慣れであろうボールペンで書いた文章)
【これは男さんが来た時に、渡していただけたら嬉しいです】
【髪留め、とても嬉しかったです】
【不器用な貴方が選んでくれた贈り物、できればずっと持っていたい】
【ですが、もう時間が無いようです……どうせ消えてしまうのなら、思い出の品として、貴方に持っていて欲しいです】
【せっかく頂いたのに、ごめんなさい……でも、本当に嬉しかったですよ?】
婆「……これの事かい?」スッ
男「……はは、ずるいなぁ、女さんは」
男「無くなってから言われたら……断れないじゃないですか」
婆「……これでも食べて、元気だしな」コト
男「あ……白玉ぜんざい……」
男「……うまい」モグ
女『男さん』
女『はぁ~……落ち着きますねぇ』
女『はい、待ってます』
男「……」コキュ
男「この漬物、塩がきつ過ぎですよ……」
男「ぜんざい、が、しょっぱいです……」ポロッ
婆「……」
男「くそっ……もう泣いた、って、言うのに……」
婆「……」
婆「……落ち着いたかい?」
男「はい、失礼しました……」
婆「実はねぇ、そろそろこの店も閉めようと思うんだよぉ」
男「え」
婆「息子夫婦にねぇ、家に移らないかと言われててねえ……もう長くは無いし、続けていられる自信がないからねえ」
男「そんな……」
婆「お兄ちゃんには本当に感謝してるよぉ、この年寄りの話し相手になってくれて……おまけに神様にまで合わせてくれて」
婆「もう思い残す事はない、良い人生だったよ……それで、これからどうするつもりだい?」
男「……僕は」
『――また、いつか』
男「僕は……思いつきですけど、成功する自信なんてこれっぽっちもないし、甘い世界じゃないでしょうけど」
婆「うん」
男「――小説の勉強、してみようと思うんです」
男「この神社に来るのも、何年ぶりだろう……すっかり綺麗になって」
男(あの不思議な神様と過ごした夏から、およそ十年が経った)
男(ようやく僕の小説が、人に評価されるようになった)
男(ここはそのモデルとなった神社、と言う事で、今ではすっかり人気が出ている)
男(誰かが「恋愛成就の神様がいる」とか適当な事を言ったせいで、特に女性に人気があるそうだ)
男(その人気にあやかって、祭りもこの神社でやる事になったらしい)
男「……信仰心を取り戻しても、やっぱり消えたから駄目だったか」
男(真っ青な空には、立派な入道雲)
男(僕は目を閉じた)
アハハ……ソッチイッタゾー……
男(どこかで子供達が遊んでいる)
ヒュウウゥウゥウゥ……
男(涼しい風が、僕の首筋に流れた汗を払っていく)
ミーンミンミーン……ミンミーン……
男(木が多い神社の中は、相変わらず、目が眩みそうな蝉時雨で)
男(あの時の夏は、何よりも綺麗なものだったんだ)
男(もう戻ってくることはない。そう思った瞬間、急に胸が切なくなった)
「お久しぶりですね」
男「!!」バッ
女「今日は生憎の雨、ではありませんけど」
男「女……さん……」
男「……あの夏の忘れ物、届けにきましたよ」スッ
女「お面と玉……ずっと持っていたんですか?」
男「あはは、そりゃ持ってますよ。……それと」
男「髪留め……今度は、受け取ってくれますか?」
女「……はい!」ニコ
男「女さん……大好きです、あの時は言えなかったけど」ニコ
女「……ふふ、神様をこんなに待たせた罪は重いですよ?」
男「おや、何をすれば良いのでしょうか?」
女「……これからも、ずっと一緒に居てもらいます!」
男「はは、それは重いですねぇ」
男(僕の中で、十年前に止まっていた夏が、また色づいて動き始めた)
男(今度は、漠然とした不安を抱える事はない)
男(僕らの暑い暑い夏は、まだ始まったばかりなのだから)
終わり。
夏の空気は大好きですが、祭りの後の余韻が残る寂しさも好きです。
ついでに和菓子好き増えないかなぁ……
和菓子は大好きです。
>>1乙楽しかった!最後まで読めて良かった
ちょっと和菓子買ってくる
良いハッピーエンドだ
乙
祭りで信仰回復するのかと思った
前に読んだのもそんな感じのあったし
乙です
こういう雰囲気好きだしオチも素敵だし最高です
乙
いい雰囲気だった
和菓子おいしそう
乙
いいなぁ…乙です
和菓子は大好きだよ!
乙!
こういうの結構好き
乙
とてもよかった
乙
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