男(さっき文房具屋で買った、一冊の大学ノート……)
男(今日からこの大学ノートをデスノートだと思い込もう!)
男(だれかにムカつく目にあわされたら、すかさずそいつの名前を書き込んで)
男(どんどんあの世に送ってやる!)
男(正確にはあの世に送る気分に浸るだけなんだけど……やってやる!)
― 大学 ―
学生「……」カタカタ…
男(隣のヤツ、さっきから貧乏ゆすりがうるせぇな……)チラッ
男(注意したいけど……見た目がかなり怖そうだしな)
男(ええい、こういう時こそデスノートの出番だ!)
男(あとでデスノートに名前を書いてやる!)
― 自宅 ―
男(さいわい手荷物から名前が分かったし、顔もバッチリ覚えてる)
男(つまりデスノートで殺すための条件は満たしたってことだ)
男「……」カリカリ…
男「書いた……書いてしまった……。デスノートデビューをしてしまった……」
男「これでヤツは心臓麻痺で死ぬ! ざまあみろ!」
男(いや、死にはしないんだけどさ……)
男(他人の名前を書くだけで、結構デスノート気分は味わえるもんだな)
― 居酒屋 ―
先輩「おい、飲めよ! 全然飲んでねえじゃねえか!」
男「いや、もう……気持ち悪くて……」ウップ
先輩「ああん!? 俺の酒が飲めねえってのか!?」
男「そういうわけじゃないですけど……」
男(この先輩、酔うとすぐ絡んでくるんだよな……ホントうんざりするよ)
男(これはもう、デスノートの出番だな!)
― 自宅 ―
男「あぁ~、アタマがいてえ! 二日酔いになっちまった!」ズキズキ…
男(この恨みはデスノートで晴らさせてもらう!)
男(死因は……そうだ、急性アルコール中毒にしてやる!)
男「……」カリカリ…
男「これでよし、と! アンタが悪いんだからな、先輩!」
― コンビニ ―
店長「休みぃ~? んなもんダメに決まってるだろ」
男「だけど、どうしてもその日は休まないといけないんですよ……」
店長「ハッ! 近頃の学生ってのはホント自分勝手なんだな!」
店長「ったく……」ブツブツ…
男「すみません……」
男(休みをもらおうとするたびこれだ。女の子ならイヤミもいわず休ませるくせによ)
男(バイトが終わったら、この店長の名前もデスノート入りだ!)
― 自宅 ―
男(今日は最悪だった……次々と仕事押し付けられて……)
男(さっそくデスノートに店長の名前を書いてやろう)
男(死因は……トラックにでもひかれてろ! ドカーンってな!)
男「……」カリカリ…
男(よし書けた! せいせいしたぜ!)
― 大学 ―
女「は? なにいってんの?」
女「アンタ程度がアタシと釣り合うと思ってんの?」
男「!」ガーン
女「それじゃ」スタスタ…
男「……」ワナワナ…
男(フラれるのは仕方ないとしても、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ!)
― 自宅 ―
男(自分をフッた相手をデスノートに書くなんて、正直かなり情けないハナシだけど)
男(ええい、かまやしねえ! 本当に死ぬわけじゃないんだし!)
男「……」カリカリ…
男(ふう、スッキリした! 失恋のことはさっぱり忘れよう!)
男(いつまでも引きずったって、いいこと一つもないからな)
それからも、男は“デスノート”を活用し続けた。
~
男「……」カリカリ…
男(よし、あのムカつく教授の名前を書いてやったぜ)
男(書いたところで、本当に死ぬわけじゃないんだけどな)
男(だけど……ムカついたヤツの名前を恨みをこめて書くってだけで)
男(案外スカッとするもんなんだな)
男(昔より心が穏やかになった気がするよ)
~
~
男(今日は同じゼミのうっとうしいヤツに散々イライラさせられた……)
男(デスノートに名前を書いて、ストレス解消だ!)
男(あ、だけど俺、アイツのフルネーム知らないや!)
男(くそっ、人の名前はちゃんと覚えるクセをつけとかないとな……)
男(デスノートで始末する気分を味わえなくなってしまう……)
~
~
男「……」カリカリ…
男(そういや、コイツの名前、これで書くの何度目だ?)
男(もう20回くらいは殺してる気がする)
男(つまり、20回以上コイツと関わって嫌な目にあってるってことだ)
男(ううん……)
男(なんとか、コイツとうまく付き合う方法、考えなきゃな……)
~
~
男(ちくしょう! 今日はムカつくことだらけだった!)
男(アイツら全員の顔と名前ちゃんと覚えたし、きっちりデスノートに書いてやる!)
男「……」カリカリカリカリ…
男「……」カリカリカリカリ…
男(はかどらない……)
男(もっと速く字を書く方法、習おっかな)
~
~
男「……」ペラ…
男(あらためて俺のデスノートを振り返ってみると――)
男(字、きたねえな……。特に画数の多い漢字はひどいもんだ)
男(やっぱりキレイな字で書いた方が、“デスノートで罰してる感”が出るし)
男(字をキレイにする努力、してみるかな)
~
やがて――
男(就活やら卒論やらなんやらで、忙しくなって)
男(すっかりデスノートに名前書かなくなっちゃったなぁ)
男(デスノートにしょっちゅう名前書いてた連中とも、近頃はうまくいってるしな)
男(しばらくデスノートは引き出しの奥にしまっておこう)ガタッ
………………
…………
……
― 会社 ―
男「こちら、先ほどの会議の議事録になります」サッ
課長「うむ、君はとてもキレイな字を書くねえ」
課長「それに書くのも早いしねえ」
課長「今日の会議はハイペースで、話題も右往左往してたのに大したもんだよ」
男「ありがとうございます」
課長「それに……君は人の顔と名前を覚えるのも得意だよねえ」
課長「なにか、コツがあるのかね?」
男「いや……単なるクセですよ」
男「この人とはこういうことがあった、ってことはなるべく記憶するようにしてるんです」
男「そうすると、自然と名前と顔も覚えられますから」
課長「なるほどねえ、立派なもんだ」
男「……」
男(そういや、ずっとしまいっ放しだったな……)
― 自宅 ―
男「……あった」
男「すっかりホコリをかぶっちゃってるな……」パッパッ
男(このノート……俺にはもう、必要ないな)
男(燃やして……供養しよう)
男「……」シュボッ…
メラメラ…… パチパチ……
男(俺が書いた無数の名前――思い出とともに、ノートが燃えていく……)
男(俺が立派な大人になれたのは、こいつのおかげだ……)
男「ありがとう……俺のデスノート……」
― おわり ―
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