男「今日からこの大学ノートをデスノートだと思い込もう!」(32)

男(さっき文房具屋で買った、一冊の大学ノート……)

男(今日からこの大学ノートをデスノートだと思い込もう!)

男(だれかにムカつく目にあわされたら、すかさずそいつの名前を書き込んで)

男(どんどんあの世に送ってやる!)

男(正確にはあの世に送る気分に浸るだけなんだけど……やってやる!)

― 大学 ―

学生「……」カタカタ…



男(隣のヤツ、さっきから貧乏ゆすりがうるせぇな……)チラッ

男(注意したいけど……見た目がかなり怖そうだしな)

男(ええい、こういう時こそデスノートの出番だ!)

男(あとでデスノートに名前を書いてやる!)

― 自宅 ―

男(さいわい手荷物から名前が分かったし、顔もバッチリ覚えてる)

男(つまりデスノートで殺すための条件は満たしたってことだ)

男「……」カリカリ…

男「書いた……書いてしまった……。デスノートデビューをしてしまった……」

男「これでヤツは心臓麻痺で死ぬ! ざまあみろ!」

男(いや、死にはしないんだけどさ……)

男(他人の名前を書くだけで、結構デスノート気分は味わえるもんだな)

― 居酒屋 ―

先輩「おい、飲めよ! 全然飲んでねえじゃねえか!」

男「いや、もう……気持ち悪くて……」ウップ

先輩「ああん!? 俺の酒が飲めねえってのか!?」

男「そういうわけじゃないですけど……」

男(この先輩、酔うとすぐ絡んでくるんだよな……ホントうんざりするよ)

男(これはもう、デスノートの出番だな!)

― 自宅 ―

男「あぁ~、アタマがいてえ! 二日酔いになっちまった!」ズキズキ…

男(この恨みはデスノートで晴らさせてもらう!)

男(死因は……そうだ、急性アルコール中毒にしてやる!)

男「……」カリカリ…

男「これでよし、と! アンタが悪いんだからな、先輩!」

― コンビニ ―

店長「休みぃ~? んなもんダメに決まってるだろ」

男「だけど、どうしてもその日は休まないといけないんですよ……」

店長「ハッ! 近頃の学生ってのはホント自分勝手なんだな!」

店長「ったく……」ブツブツ…

男「すみません……」

男(休みをもらおうとするたびこれだ。女の子ならイヤミもいわず休ませるくせによ)

男(バイトが終わったら、この店長の名前もデスノート入りだ!)

― 自宅 ―

男(今日は最悪だった……次々と仕事押し付けられて……)

男(さっそくデスノートに店長の名前を書いてやろう)

男(死因は……トラックにでもひかれてろ! ドカーンってな!)

男「……」カリカリ…

男(よし書けた! せいせいしたぜ!)

― 大学 ―

女「は? なにいってんの?」

女「アンタ程度がアタシと釣り合うと思ってんの?」

男「!」ガーン

女「それじゃ」スタスタ…



男「……」ワナワナ…

男(フラれるのは仕方ないとしても、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ!)

― 自宅 ―

男(自分をフッた相手をデスノートに書くなんて、正直かなり情けないハナシだけど)

男(ええい、かまやしねえ! 本当に死ぬわけじゃないんだし!)

男「……」カリカリ…

男(ふう、スッキリした! 失恋のことはさっぱり忘れよう!)

男(いつまでも引きずったって、いいこと一つもないからな)

それからも、男は“デスノート”を活用し続けた。





男「……」カリカリ…

男(よし、あのムカつく教授の名前を書いてやったぜ)

男(書いたところで、本当に死ぬわけじゃないんだけどな)

男(だけど……ムカついたヤツの名前を恨みをこめて書くってだけで)

男(案外スカッとするもんなんだな)

男(昔より心が穏やかになった気がするよ)



男(今日は同じゼミのうっとうしいヤツに散々イライラさせられた……)

男(デスノートに名前を書いて、ストレス解消だ!)

男(あ、だけど俺、アイツのフルネーム知らないや!)

男(くそっ、人の名前はちゃんと覚えるクセをつけとかないとな……)

男(デスノートで始末する気分を味わえなくなってしまう……)



男「……」カリカリ…

男(そういや、コイツの名前、これで書くの何度目だ?)

男(もう20回くらいは殺してる気がする)

男(つまり、20回以上コイツと関わって嫌な目にあってるってことだ)

男(ううん……)

男(なんとか、コイツとうまく付き合う方法、考えなきゃな……)



男(ちくしょう! 今日はムカつくことだらけだった!)

男(アイツら全員の顔と名前ちゃんと覚えたし、きっちりデスノートに書いてやる!)

男「……」カリカリカリカリ…

男「……」カリカリカリカリ…

男(はかどらない……)

男(もっと速く字を書く方法、習おっかな)



男「……」ペラ…

男(あらためて俺のデスノートを振り返ってみると――)

男(字、きたねえな……。特に画数の多い漢字はひどいもんだ)

男(やっぱりキレイな字で書いた方が、“デスノートで罰してる感”が出るし)

男(字をキレイにする努力、してみるかな)

やがて――

男(就活やら卒論やらなんやらで、忙しくなって)

男(すっかりデスノートに名前書かなくなっちゃったなぁ)

男(デスノートにしょっちゅう名前書いてた連中とも、近頃はうまくいってるしな)

男(しばらくデスノートは引き出しの奥にしまっておこう)ガタッ



………………

…………

……

― 会社 ―

男「こちら、先ほどの会議の議事録になります」サッ

課長「うむ、君はとてもキレイな字を書くねえ」

課長「それに書くのも早いしねえ」

課長「今日の会議はハイペースで、話題も右往左往してたのに大したもんだよ」

男「ありがとうございます」

課長「それに……君は人の顔と名前を覚えるのも得意だよねえ」

課長「なにか、コツがあるのかね?」

男「いや……単なるクセですよ」

男「この人とはこういうことがあった、ってことはなるべく記憶するようにしてるんです」

男「そうすると、自然と名前と顔も覚えられますから」

課長「なるほどねえ、立派なもんだ」

男「……」



男(そういや、ずっとしまいっ放しだったな……)

― 自宅 ―

男「……あった」

男「すっかりホコリをかぶっちゃってるな……」パッパッ





男(このノート……俺にはもう、必要ないな)

男(燃やして……供養しよう)

男「……」シュボッ…

メラメラ…… パチパチ……

男(俺が書いた無数の名前――思い出とともに、ノートが燃えていく……)

男(俺が立派な大人になれたのは、こいつのおかげだ……)



男「ありがとう……俺のデスノート……」






                                 ― おわり ―

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