まゆ「ソウシソウアイ」 (32)
注意
※地の文
※コレジャナイ感
※まったり不定期更新
以上の3点を踏まえてお読みください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1369841111
16歳になる年、まゆはモデルの撮影をしていた。
事務所にも入って、正式なモデルとしてのきちんとした仕事。
続けていくうちにそれは既に日常の一環となって、撮影場所やカメラマンさん、スタッフの皆さん。
色んな人や、物が、見慣れたもので溢れていた。
変化があるとすれば、たまに朝起きて作った料理を差し入れすると凄く喜ばれたり、逆にお菓子の差し入れを貰ったり。
そんな日々が続く、そんな毎日。飽きていたなんて、思ってもない。
ただ……何かが足りなかったんだと思う。
その何かが気づけていなかっただけで、ただ……それだけで。
同じ年のある日、その日は丁度梅雨が始まる前の頃。
まゆが今までの生活を振り返って『何も無い日々だった』と思えるようになった日。
その日はいつもの撮影場所じゃなくて野外での撮影だった。
しかも、アイドルと一緒の合同の撮影らしい。
どんな子が来るんだろう、と少しだけワクワクしいたら、撮影場所に一足早く着いてしまった。
それでもスタッフさんは相変わらず全員揃っていて、凄いなぁって思ってると、見知らぬ男性が1人スタッフさん達の中に紛れ込んでいた。
誰だろうと思って近づいて、ふと目が向き合う。
「あ……やぁ、こんにちは。君がまゆちゃん?」
「は、はい。そうですけど……」
彼は私の事を知っているらしい。
私は彼をどう呼んでいいか分からず、言葉が続かなかったけれど、彼はすぐに慌てた様子で名刺を差し出してきた。
「私は遠くから来たこういう者で……って、硬苦しいかな? ともかく、アイドルのプロデューサーをやってるんだ」
第一印象は気さくそうな雰囲気。
返せる名刺は無いけれど、会釈して名刺を見て、大事に懐にしまった。
「今日だけだけど、よろしくね。まゆちゃん」
顔を上げると、彼は満面の笑みでそう言って……
その笑顔を見て、まゆの胸の中で何かが弾けた。
突如、胸の奥底に襲いかかってくるこの緊張感。
さっき、はっきりと音が聞こえた……そして、回らない頭で考えてすぐに分かった。
これはきっと、恋に落ちた音……まゆは、この人に一目惚れしちゃったんだと。
その音を聞いてから、今日はあの人を見ると胸がドキドキするような気がする。
よく分からないけど、ちょっとだけ息が止まりそうになる。
……間違いない、これが『恋』なんだと。
まゆが今まで一度も経験したことの無かった事。
感じたことのなかったこの感情を抑えようなんて、ありえない。
そして、1つの思いで頭が一杯になる。
もっとあの人の近くに居たい。
こんな離れた場所じゃなくて、もっと近くで。
その日の撮影はよく覚えてなかった。記憶があまり無いと言ったほうが正しいかもしれない。
内容だけじゃなくて上手くいったのか、それともあんまり良くはなかったとか、それすらも覚えていない。
覚えてたのはただ1人、あの人の事だけ。
特に仕事が終わった時の、名残惜しそうな表情で手を振ってくれた事。
何故あんな表情をしていたのか、よく分からなかったけれど……
まゆはその時の顔が頭に焼き付いて離れなくて、むしろ離れないことが嬉しかった。
だって鮮明にあの人の顔を思い浮かべれるのだから。
撮影が終わってから、一目散に家に帰って彼から貰った名刺の事務所を調べる。
……分かったことは、都会の方で本当にまゆの居る場所から遠い所。
有名どころと比べて見劣りは当然しているものの、まゆにとってはその事務所の存在そのものが何よりも魅力的に見えた。
だって、あの人がいるから。
それだけで行く価値はあるのだから。
場所を調べた後は、すぐ行動に移ることにした。
理由は……もたもたしていられなかったから。
この気持ちがいつ収まってしまうのか分からなくて、収まってしまうのが怖くて。
次の日に事務所の人に辞めることを伝えると、驚かれたり、悲しまれたりした。
ちょっとだけ申し訳無いなと思ったけれど、事務所の人達もまゆの思いを大事にしてくれて、何も言わずに辞めさせてくれた。
事務所の皆さん、ごめんなさい。
それでも、まゆはあの人の所に行きたいから。
最後に、いつも以上に力を入れて作った差し入れの料理を振舞って……
スタッフさんの見送りの中、お世話になった事務所から離れた。
あの人の居る事務所はここから遠い都会にある。
自宅からなんてとてもじゃないけど行き帰りは無理だから、上京をする準備をして。
家族にはちゃんと話して、同意も得ることができたから、後はまゆ自身の勇気だけ。
慣れない乗り物に揺られて、あの人の顔を思い浮かんで都会へ向かった。
着いた時にまず目に入ったのは、全く違う景色。人がぐるぐる動いて、目が回って混乱しそうになる。
迷いそうだったけれど、唯一頼れる地図を頼りに人ごみの中をひたすらに進んだ。
……駅の中が一番迷ったのは、仕方ない事だと思いたい。
なんとか外に出て、タクシーなんか使っちゃったりして、そして見つかった1つの事務所。
間違っていないか何度も何度も、一字一句確認をする。……ここで間違いない。
意を決して、入り口であろう扉を叩く。
『はい、今開けます』
聞こえてきた声は、あの人の声。
開かれた扉の奥には素敵なあの人が、記憶と違わぬままそこに居た。
「……あれ、まゆちゃん……?」
唖然とする表情でまゆを見つめる彼。
そんな彼に、まゆは悪い印象を与えないようにっこりと微笑む。
……裏ではずっとドキドキしてるのは、内緒。
「はいっ、この前一緒にお仕事したまゆですよぉ」
初対面では一番の笑顔を見せれなかったから、それのお返し。
上手くできたかな? ちゃんとやったつもりではあるけど、振り返るとちょっとだけ不安になる。
「いや、あの……どうして、ここに?」
困惑する彼は手で頭を書いて、苦笑。といった感じ。
そういう顔も魅力的で、うっとりしそうになる。
けれども、それだけじゃ話は進まない。
彼はプロデューサーなのだから、まゆが言うことはただ1つ。
「まゆは……貴方にプロデュースされるために、アイドルになりにきました♪」
ゆっくりと、確実に言い切る。
……しばらく、彼はまゆのことをじっと見つめていた。
そして、見る見るうちに表情が変化していって……結構、面白かったかもしれない。
「え、ええっ!? だ、だって、あそこの事務所でモデルやってて……えっ、嘘っ!? 1人で!?」
「うふふ、そうですよぉ」
「事務所、事務所は……ああ、それ以前に1人で来たってことはまず寮……いや、まて、まずは……何をやれば!? しゃ、社長ー!」
誰から見ても慌てふためいてると分かるような、そんな彼を見て笑いが零れる。
ああ、やっぱり来てよかった。
だって、こんなにも充実した時間が、今後過ごせれるだろうと思うと嬉しくて仕方がなかった。
今回はここまで、目指せ完結。
乙
期待
無事、この事務所のアイドルになったまゆは、仕事の日でもオフの日でも、事務所に居座るようになった。
あの人が傍に居るのならまゆはそれだけで幸せだから、事務所に居座るのは当然だと自分自身でも思う。
寮が事務所から全然遠くないのも要因の1つで、知った時はスキップをしたくなったくらいに喜んだ。
まゆがオフの日でも、あの人はいつも通り仕事だけれども……
それでも、真剣に何かをする様はたまらなく素敵で、いつまでも眺めたくなってしまう。
眺め続けていると気づかれてしまってそんな表情も崩れちゃうけど、代わりにこっちを微笑んで見てくれる。
どっちも素敵で、まゆの最近の嬉しい悩み。
ただ、まゆだって彼を見つめてるだけじゃない。
彼のために、何かしたいのは常に思ってる。それこそ、彼の家に言って自慢の料理を振舞いたいなんて思ったり。
今はまだそんな事はできないけど、今やれる事だってある。
「どうぞ、プロデューサーさん」
「ありがとう、まゆちゃん。……んっ、美味しいな、お茶淹れ慣れてる?」
「頑張って練習したんですよぉ」
たとえば、最近では事務所の人の代わりにこうやって彼にお茶を淹れたりもする。
普段はあまり自分から買わない茶葉を買って、本やインターネットでお茶の美味しい淹れ方を調べて何度も練習した。
おかげで自分でも分かるほど美味しくお茶を淹れれるようになった。
「これだけ美味しいと本当に練習したんだな。まゆちゃんは凄いなぁ」
だから、こうやって言われるとたまらなく嬉しくなる。
ああ、この人のために頑張れたんだって思えるから。
しかも、褒められるだけでも嬉しいのに、向き合って……尚且つ笑顔でそう言ってくれる。
人生の中での一番の幸せがどんどん塗り替えられる。
外は小降りのようで力強い雨が音を立て、中では彼が出す軽快にキーボードを叩く音。
それら以外の音は殆ど無い殺風景さでも、彼と同じ空間というだけでとても心地が良い。
幸せというのはこういう事なんだろう。
その日はオフじゃない他のアイドルの子達が来るまで、2人っきりの空間を楽しんだ。
梅雨が明けた初夏の頃。
アイドルになってしばらくして、仕事も慣れてきた頃。
あの人はまゆの後に新しく入ったアイドルも担当を取って、最近はその子につきっきり。
事務所には居ることは居るけれど、あの子とよく一緒に居る。
担当のプロデューサーが最初の頃に頼れるぐらいに付きっ切りになる事。
そうすれば、アイドルの子もプロデューサーを信頼していくようになって、今後の活動も円滑になって楽になる。
これは社長さんの言葉。
あの人もそれを分かっていて、実行しているだけ。まゆから見ても納得の行く話。
仕方ないとは分かっているけれど、どうしても嫉妬を隠し切れない。
どうして、どうして、と胸の底から声が出そうになる。
だけど、そんなことしたらあの人が困ってしまう。そんな思いをさせるのだけは嫌だ。
まゆの我侭をぐっと抑えて、今は我慢する。
別に、会えなくなる訳では無いのだから。
それだけで十分幸せじゃないの。
まゆは、まゆ自身に問いかける。
……欲張りなまゆは『もっともっと一緒に居たい』と、問いかけに答えた。
慣れてきてもアイドルの仕事はとにかく大変。
モデルのお仕事より多彩で覚えることがたくさんあるし、それ以外にもレッスンもしなくちゃいけない。
本当に忙しいときは目くるめくような勢いで……そのせいでついに体調を崩してしまった。
朝起きると咳が出る。体温計は微熱よりも上の数値。
仕事がある日だけれど行けるような体調でもない。
顔が見たいのに電話であの人と話をして、更に休む事を伝えなくちゃいけない。
当然、まゆの仕事のキャンセルのためにあの人が苦労する破目になるだろう。
そんな事を思うと、胸が締め付けられる。
ごめんなさいという声を心がずっとリピートされる。
恐る恐る携帯を取り、事務所に連絡する。たぶん、あの人が出てくれるだろう。
数回コールが鳴ってから、取られた電話越しに聞こえた声は予想通り、彼の声。
『まゆちゃんが朝に連絡なんて珍しいな。何かあったのか?』
「ごほっ、ごほっ……。その……まゆ、今日は体調を崩しちゃって……」
『何っ!? わ、分かった、今日の仕事はキャンセルしてくるから、まゆちゃんはゆっくり休んでて!』
咳を聞いてしまったからか、大きな音が鳴ると同時に焦っていると分かるぐらいの声。
音は立ち上がったような物音と思うとしっくりくるけれど、電話越しで聞こえるほど勢い良く立ち上がったのだろうか。
待ってくれない早口の放送のように、彼はその一言を言い放った途端に電話を切った。
謝ろうとしたけど、そんな余地が無かった。
……あの人の言うとおり、今日はゆっくり休もう。そして早く元気な姿を見せたい。
違う。
見せたい、じゃない。まゆが早くあの人の姿を見たいだけ。
1人寂しい思いを紛らわせたいだけ。
……本当にまゆは、我侭な子。
見てるよ
事務所に連絡してしばらくすると、まゆのお見舞いに数人の先輩のアイドル達が1人1人来てくれた。
先輩だけじゃなくて、まゆの後に入った後輩の子も。
みんな優しくて、ありがとうという気持ちよりも申し訳無いっていう気持ちが勝る。
勿論、お見舞いの品は無かったけれど、そんなのがあったらもっと申し訳無い。
今は感謝でしかお返しはできないけれど、今度まゆが作ったお菓子をみんなに配ろうかなと思う。
……みんなのおかげで寂しさは少し紛らわせれたかもしれないけど、根本的な解決にはなってなかった。
あの人に来て欲しい。
それはただの願望で、何度も思っているただの我侭。
唯でさえいつも仕事で忙しそうにしているのに、わざわざまゆの所になんて来れるはずがない。
そう思い続けて、日が暮れる。
体調も大分良くなってきて、料理ぐらいならしても大丈夫かなと思い台所へ向かおうとしたら、玄関から扉を叩く音が聞こえた。
こんな時間に誰だろう。
まさか、と思うけれどそんなはずはない。
あの人はこの時間でもいつも仕事をしているぐらい忙しいはずだから、そんなはずはない。
……だけど、期待してしまうまゆがそこに居た。そんなまさか。
ゆっくりと玄関へ歩いて、扉を開ける。
「……あっ、起きてて大丈夫?」
「は、はい。大丈夫ですよぉ、大分よくなりましたから……」
まさかの、それ。まゆがこの日ずっとお見舞いに来て欲しいと思っていたあの人が、居た。
携帯のボタンを押そうとしている瞬間で止まってて、神妙そうな顔からまゆを見た瞬間に笑顔になってて。
「部屋の前に来てから、無理に起こすより携帯で言った方がいいかなとか思ったんだけど、大丈夫ならいいか」
「はい、明日にはちゃんとお仕事できそうですよぉ」
「そうか……良かった良かった。じゃあ、これ、俺のお見舞いの品。つまらない物かもしれないけど……」
彼がカバンから綺麗な包装紙で飾られた箱を渡してくれた。
これは何だろう。
「それじゃまたね、まゆちゃん。女子寮だから許可とって入っても早く出ないと、俺怒られちゃうからさ……」
そうやって頭を掻いて苦笑している彼から目線を外すと、なるほど確かに。先輩アイドルの睨みが利いている。
まゆは全然大丈夫だけど彼が大丈夫じゃないので、名残惜しいけれど彼を見送る。
駆け足で去っていく彼が転びそうになったところで、思わず笑ってしまう。
……気がつくと、1人の寂しさは十分に消えていた。
あの人からの贈り物。
包装紙を丁寧に取ると、お洒落な箱。
開けると中にはかわいいピンク色のタオルが入っていた。
思わず、声が出た。
つまらない物なんてとんでもない、あの人からの物ってだけでまゆにとっての価値はとても高いのに——
それから、まゆが仕事やお出かけする時に手放せない物が、1つ増えた。
そういえば、パジャマ姿のままだった。
……今更なのに、恥ずかしい。
今日はここまで
雑談スレに誤爆したので反省として金曜日のお仕事の時間はずっと考察します
おつ
仕事はしよう(提案)
とても良い思いをしたあの日から調子が悪くなるような事はなく、日々順調にアイドルとして成長していってるまゆ。
あの人の傍に居るべき人としての成長は……よく分からない。
けれども、進展はあった。それは、決心してあの人のために弁当を作ってみた事。
あの人はいつも市販のパンばっかり食べてて、しっかりした昼食を取れてない。
毎日遅くまで仕事しているのに、そんなの絶対に健康に悪いはず。
だったら、まゆは自分の弁当だけじゃなくて、あの人の為の弁当も作る。
家で料理を振舞えないのなら、こっちから持っていけばいいのだ。
1人分を作るのも2人分を作るのも、そう変わらない。
ただ、手間隙が増えるだけでそんなに面倒じゃない。
むしろ、面倒となんて一切思わない。
だってあの人の為に作ってるんだから、そんなの当然。
こっそり買ってきた、まゆが使わない方の弁当箱に料理を詰めていく。
男性の食べる量はあまり分からないけれど、まゆの弁当よりも割と多めに盛って、愛情と栄養とボリュームたっぷり。
完成した弁当を風呂敷でしっかり包んで、これで大丈夫。後はこれを渡すだけ。
……行動だけならばただ弁当を渡すだけなのに、ドキドキが止まらない。
あの人は受け取ってくれるのだろうか。味はあの人に合うのだろうか。まずいって言われたらどうしようか。
けれど、色々な予想を立てても全部ただの妄想。ここまでやったのなら最後までやり通そう。
やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいに決まっている。
家を出た時の朝日は暑いくらいに眩しかった。
誰も来てないような朝早く、まゆよりもっと早く事務所に来ているのはあの人。
誰かが来るまでの時間だけど、まゆにとっては欠かせない2人だけの時間。
「まゆちゃんは早いね。家があの近さだったら、俺だったらもうちょっと寝てるなぁ……」
「でも、結局は早く着いてるじゃないですか。真面目なんですねぇ」
「ははは、本当はあんまり真面目じゃないんだけどなぁ」
こんな何気ない会話も、まゆにとっては大切な時間。今日はその時間に特別な事をするだけ。
仕事の準備をし始める彼に風呂敷で包んだ弁当を持っていく。
「それ、何?」
「まゆの手作りお弁当ですよぉ」
「……もしかして、俺の?」
「はい♪」
それを渡すと、彼の顔は今までで見たこともなかった表情に染まる。
あまり良い表情じゃなさそうだったから、渡すのがまずかったんだろうかと不安になる。
彼は何度か弁当とまゆを交互に見て、最後には笑顔で。
「あ、ありがとうまゆちゃん! ははっ、お昼が楽しみになってきたなぁ!」
彼からの返事は、本当に嬉しいと思っているような声。……良かった、受け取ってくれた。
弁当を持って喜んでいる彼を見て、まゆの疲れや不安が全て吹き飛んでいった。
愛妻弁当ってのは毎日こんな気持ちが味わえるのだろうか。だとしたら、作れる人は本当に幸せだなと思う。
まゆもいつか、そうなりたいな。
……後は味があの人に合うだけど、それはまだ分からない。
けれど、無事渡すことができたおかげか、この日の午前のレッスンはとても気持ちよく行うことができた。
今日は午前だけでレッスンは終わり。あの人は事務所には居なかった。
別のアイドルの子と仕事で遠出しているらしい。
ホワイトボードにある文字を見ると、あの人の予定はその通り。まゆの今日の予定は午前のレッスン以外は真っ白。
……他のアイドルの子も仕事やレッスンが無い時でも事務所に居るから、お話すれば暇な事もない。
ただ、他のみんなと会話しているとチクリチクリと胸が痛くなる。
そして、ある1人の子に目を向けた時、気づいてしまう。この子はあの人のことが好きなんだと。
顔をちょっと赤らめながら話すその様は……まゆと同じ、恋する乙女。
好きじゃないと口では言ってるけど、そんな姿見てしまったらただの照れ隠しにしか見えない。
確かに、あの人が好きそうなかわいい子。
そんな考えが出た瞬間、気づきたくないことに気づいてしまった。
まゆはあの人が好きだけど、あの人はまゆの事が本当に好きなんだろうか。
好きじゃないとしても、振り向かせる努力は怠りたくないけど、嫌いとか思われたらなんて思うと……
もし……あの人に言われたら、まゆはきっと耐えれないと思う。
もしもって事なのに、やけに現実味があって体が震える。そうなるかもしれないと言う考えが、震えを強くさせる。
まゆが思う未来は決してそんな事にはならないと、そう信じながら……まゆはあの人の帰りを待った。
日も暮れて、みんな自宅や寮に帰っていく。あの人はそろそろ戻ってくるはず。
アイドルの子は殆ど見えなくなり、日課になりそうなぐらいやっている事務所の掃除をしていると、とうとうあの人が戻ってきた。
彼と一緒に仕事に行ってたはずの子は、見当たらない。そのまま家に送ったのだろうか、まゆにとっては好都合だけど。
「おかえりなさい」
まるで夫の帰りを待つような妻の気分が半分。
あの時からずっと続いてる寒気で震えて怖い気持ちが半分。
「あれ、まゆちゃんこんな時間まで……あ、そっか。コレがあったね、返さないと」
彼はまゆを見ると、すぐに分かってくれた。
取り出すのは、結び直した跡がある風呂敷に包まれた弁当。
「ど、どうでした?」
「本当にまゆちゃんって料理上手なんだね。凄く美味しかった」
……まゆの弁当を、美味しいって言ってくれた。たまらなく嬉しい。
ずっと続いていた寒気は、この瞬間にどこかへ行ってしまった。
「だから……あ、あのさ」
「何ですかぁ?」
「また、まゆちゃんが良かったらだけどさ……お弁当作ってきてくれると俺も嬉しいかな、って……ダメかな?」
頭を掻いて、わざとらしく目を逸らしながらそう言う彼。そんな彼の表情はなんとも言えない表情。
けれど、まゆはそんな事気にする余裕は無かった。
何故なら……この言葉は、遠まわしに弁当を作ってきて欲しいという事なのだろう。
それを理解した瞬間に、まゆの心は幸せの一色に染まっていたから。
「勿論、いいですよ♪」
……それから、2人分の弁当を作ることが日課になった。
同時に、まゆの一番の幸せが塗り替えられたのは、言うまでもない事だと思う。
すみませんが、ちょっと休憩と構想します
おつ
うむ、待ってる
暦的には夏が終わって、けれども暑さはまだ続いてる。
そんな今日は9月6日、まゆの16歳の誕生日。
結婚できる歳になったけれど、まだそれは長い道になりそう。
いつも通り、朝早く事務所に着いて彼に弁当を渡す。
まゆの誕生日だから何か言ってくれるかな、なんて期待して——
「今日もありがとう、まゆちゃん」
返ってくる反応はいつも通り。……誕生日、気づかれてないのかな。
普段はそれだけで満足だけれど、今日はなんだか物足りない。
他の子が来るとその子と仕事だったのか、流れるように一緒に出てしまった。
……ちょっと、拗ねちゃいたい気分。
事務所のみんなからおめでとうと言われて、今日は嬉し恥ずかし、そんな感じ。
だけど、あの人からは何も言われてない。
嬉しいのは確かなんだけどそれが足りないから、やっぱり満足できない。
今日は本当にあっという間に日が暮れて。気づいたときにはもう彼も仕事の終わりの時間。
たぶん、彼は残業だろう。
「今日も美味しかった、ありがとう」
弁当を返してもらって、またいつもの返事。
本当に気づいてないんだろうか。プレゼントなんていいから、ただ彼に祝って欲しいだけなのに。
わざとらしく拗ねた振りでもしてみようか。
まゆらしくないことでもしようと思ったら彼が口を開いた。
お祝いの言葉なんだろうか、そんな予想をする。
「……まゆちゃん、ちょっといい?」
「何ですか?」
「今日の夜、時間って空いてるかな」
予想よりももっと斜め上。彼からの誘いの言葉。つまり……どういうことなんだろう。
突然の事すぎて分からなく、頭も混乱して考えがまとまらない。
「あ、空いてますけど……」
「そっか、良かった。じゃあ、8時半になったら事務所前に来てくれるかな?」
それはまるでデートのお誘いみたいで、まゆの頭の中に響く。
彼が本当は何をしたいのかが分からない。
けれど、きっとまゆの誕生日に関係することなんだろうというのは分かる。
お祝いの場? 素敵なところに連れてってくれるとか? それとも本当にデート?
まゆの望むようにはきっとならないかもしれない。
「はい……!」
そうだとしても、今日の夜がとてもとても待ち遠しく感じるのは当然の事だと思う。
寮に戻って、ちょっとだけお化粧して。
服もお気に入りの、自分でも着こなせてると思う服を着て。
荷物もしっかりと持って、忘れ物はない。
……準備万端だけど、時間にはまだある。
なのに待ちきれなくて、1時間も早く来てしまったのは自分自身でもどうなのかと。
それほど待ちきれないのだから、仕方ない……っていうのは苦しい言い訳。
けれど、呼ばれたことにすごくドキドキしてて、待ちきれないっていうのは本当の事。
何があるのか分からない見えない道を探るような感じ。けれど、何か良いことがあるという確信。
その良いことに期待してしまって……湿気が高くてじめじめしてるけれど、気にはならなかった。
携帯の時計を見ると8時。あの人が私服でやってきた。そういえば、私服姿は今まで見たことなかったかなと。
凡庸な服装かもしれないけど、まゆから見たら真面目そうなスーツと違ってワイルドな感じがして素敵。
「待たせちゃった? ごめんね、まゆちゃん」
「そんなことないですよ」
待たせちゃったのではなくまゆが早く来ただけ、それだけである。
彼だって30分も予定の時間より早く来てるから五十歩百歩だろうか。
それでも彼は申し訳無さそうに、癖である頭を掻く行為と同時に謝った。
彼はまゆを車に誘導する。どこに行くのだろう。
乗るのは助手席にしようかとしたけど、彼の隣だなんて今のまゆじゃ耐えられないかもしれない。
必死で隠してるけど、ずっとずっとドキドキしている。
初めて会った時よりもずっと……
結局、まゆは後ろの座席に座って彼が運転の準備をするのをじっと待つ。
車が動き出して、ラジオが流れるかと思ったら流れるのはまゆが歌った曲。
「これ、まゆのですか?」
「うん、いつも聴いてるからさ」
……どうしてこう、彼はまゆが嬉しくなるような言葉を言ってくれるんだろうか。
「まゆちゃんの歌、俺、好きだよ」
じゃあ、まゆのことはどうなんですか?
なんて聞けない自分自身に嫌気が差す。ここまで好きなのに、いざ彼に答えを聞こうとするといつもこうだ。
それはやっぱり、怖いからなんだろう。
弁当渡したりとかはできるのに、一言言うだけのことができない。
……なんて、もどかしいんだろう。
今回はここまで
オンゲーは時間泥棒だってはっきり分かりますね(遠い目
乙
用法用量を守らないとね
しかしタイトル的にも不吉な予感がする
ハッピーかもしれないけれど
彼の車の中の匂いはなんだかとても安心できて、心地よくて、ほっとする。
ふと、外の景色を見ると、今は見慣れた都会の町並みが動いてゆく。
それを見るよりも彼に話しかけたいけど、運転の邪魔はいけないとか考えちゃって中々話しかけることができない。
景色以外に変化は無くて、いつ話かけてくるんだろうかと待ち構えているけれど……何も起こらない。
2人っきりなのにつまらない時間が続いて。
そして、心地よさについうとうと、と……
——気づいたときには、まどろんでいた。
意識が戻って、エンジンの音もまゆの曲も鳴ってなくて、いけないって思った時には目の前に彼の顔。
思ったよりも近くて、息が止まって呼吸ができなくなる。
「あ、起きた?」
「ご、ごめんなさい……寝ちゃいました」
「大丈夫だよ」
……寝顔見られたのかな。
恥ずかしがってると、鼻を通る磯の香り。
ここは海の近くなんだろうか。
彼に急かされるように車を降りて、その疑問はすぐに分かった。
海がすぐそこの小さな広場。
すぐ近くの向こう岸は、ビルの明かりが点々とあって夜も遅いはずなのに明るくて星のよう。
逆にこっちの明かりは少なくて薄暗いけれどそれもまたいい雰囲気で。
彼の魅力が一段と上がって見えるのも不思議じゃなかった。
「ここ、綺麗でしょ。まゆちゃんのところの自然がある景色もいいけど、こういうのもいいかなって」
広場のベンチで2人に座って遠くの綺麗な景色を見る。
お互い顔を向けずに、けれども密着するぐらい近づいて。
「……今日、誕生日だよね」
「わざわざ聞くんですか?」
こんな良いところに連れてっているのなら完全に彼も分かってるはずだろう。
まゆが言い返すと、気まずそうに頭を掻く彼。
「ごめんね、実は自信無くてさ。まゆちゃんの誕生日って今日だったかなって」
そんな曖昧なことを言う男の人は女の人に嫌われてしまいますよと、心の中での皮肉。
だけどまゆならそんな彼も許しちゃう。
「うふふ、今日で合ってますよ」
「……そっか、じゃあ。お誕生日おめでとう」
「……ありがとうございます♪」
彼からのお祝いの言葉をやっと聞けて、満足感が心を満たす。素敵な場所で2人っきりで、心残りなんてのはない。
だけど、その後も会話は続かず、言いようのない空気はそのまま続いて彼もまゆも黙りっぱなし。
緊張とドキドキで体が動かなくて、胸の鼓動ももしかしたら聞こえてるんじゃないと思うぐらいに大きくて。
……それでも、この空間はまゆに勇気を持たしてくれる。
今なら言えるかもしれない。
彼はまゆが誕生日だからここに連れてってくれたんだと思う。
だとすると、今この広場は2人っきりの特別な場所。
2人っきりの事務所とかではなく、もっともっと特別な場所。
だから、今こそ——
「あの——」
「あのさ——」
偶然にも同じタイミングで向き合って……また、固まってしまう。
彼も何か言いたいことがあったのか、それが気になってしまって口を開こうにも開けない。
そんな空気を切り出したのは、彼の方。
「……先に言っても、いいかな?」
「……いいですよ」
彼はお祝いの言葉以外になんて言うのだろう。
鳴り止まない鼓動を聞きながら、彼の言葉をじっと待つ。
「俺、一目惚れだったんだ。まゆちゃんに」
「……えっ?」
……今、彼はなんて言ったのだろう?
一目惚れ、まゆに?
思考が止まって言葉の単語を部分部分に理解しかできないまま、彼は言葉を続ける。
「初めて会った時……うちのアイドルとまゆちゃんが一緒に撮影した時だったかな」
「その時にまゆちゃんの姿を見て、衝撃を受けたんだ」
「その日はもう、大変だった。他の事務所と同じ仕事だから集中しようにも、まゆちゃんが気になってしょうがなくて……」
「帰るとき、その場所を離れるのが惜しくて……もうちょっとお話しをしたかったかな、とか思って」
「メールアドレスぐらいは聞いておけば良かったって何度も後悔してさ……」
「だから、まゆちゃんが俺にプロデュースされに事務所に来たとき、たまらなく嬉しかった」
「何故、どうしての気持ちよりも嬉しさと焦りが強くて、あの時の俺って混乱しすぎだったよね」
「なんかその瞬間運命とか感じちゃって……はは、何か俺らしくないかな、うん」
そこでついた、彼の小さな溜息でまゆはやっと口を開けるようになった。
「まゆのことが、好きだったんですか?」
「……そうだよ、俺はまゆちゃんのことが好きだ。初めて会った時から、ずっとね」
そしてまた彼は再度、次々と言葉を続ける。
「まゆちゃんがうちの事務所に入って結構すぐに社長が別の子をスカウトしてきて…」
「しばらくその子に付きっ切りになった時は、悲しかったかな」
「何人も担当してるから仕方ないし社長の言葉も分かってたけど、それでもまゆちゃんと一緒に仕事する時間が減って……」
「その時は本当に講義しようか考えたかな。……どうしようもなく大人気ないね」
「でも、まゆちゃんはオフでも事務所に居てくれて、そんな考えも消えて……休んでるときよりも働いてる時の方が幸せだったかも」
「……事務所に入ってきてしばらくって言うと、熱で1日休んだこともあったね。あの時は正直仕事どころじゃなかったよ」
「急いで終わらせて、買ってきた薬は必要なくて良かったけど……」
「お見舞いの品、タオルなんてつまらないもの選んじゃて……俺、センスないなぁとか後悔して」
「……急に弁当をくれた時もあったね。あの瞬間、舞い上がる思いでさ……抑えるのが大変だったなぁ」
「いつもパンばっかりだったからさ、その嬉しさもあるけど何よりまゆちゃんに貰ったのが嬉しくて」
「他のアイドルの子に、テンションがおかしいよ、って何度言われたか……今思い出すと、恥ずかしい」
「味もまゆちゃんの優しさが直に感じれて……母さんには悪いけど、今まで食べたどんな物よりも美味しくて」
「また食べたいなと思って、勇気を出して言った、また作って欲しいっていうのを聞いてもらえた時はもう……何とも言えない気分だった」
「それからほぼ毎日作ってもらっちゃって、本当にまゆちゃんはいい子だなって思って……」
「ますます好きになっていって、俺じゃどうしようもなくなりそうだ」
「……まゆちゃんが来てからあんまり経ってないのに、思いだけでもこんなに語れるんだなって」
彼の思いが次々と語られる。
まゆはそれを聞いてるだけで、受けるだけで。
真剣な表情でまゆに向かってそう言い終わって、次の瞬間には不安な表情に彼はなっていた。
「まゆちゃんは、どうなのかな」
「……」
「……こんな場所に連れてきて、やっと全部言えたけど。結局はまゆちゃんの思い次第だから……さ」
初めて見る、今にも泣き出しそうな彼を見てまゆは……目を閉じた。
——嬉しい。
こんなにも嬉しい気持ちは、今までで絶対になかった。
あの人は、彼は、まゆのことが好きだった。
しかも初めから、ずっとずっと。
それは……まゆと一緒で。
まゆも、彼のことが初めて会った時からずっと、ずっと。
「まゆは……」
だから——
「まゆは、貴方のことが、好きですよ」
僅かな香りと共に一筋の潮風が、急に吹く。
やっと、やっと言えた。
まゆが臆病だから、怖がりだから、ずっと言えなかった言葉が。
面向かって、彼の顔を見て、しっかりと言えた。
……どのぐらい時間が経ったのだろう。
まゆが一言を言い終わってからの一瞬。
その一瞬が何秒何分なのか分からない、何も考えれなかった時間が続く。
そんな止まった時の中でゆっくりと彼が口を開いて、動き出す。
「……ほ、本当に?」
「はい……まゆは、貴方が好きです」
改めてもう一度言う。
今度はもう、勇気とかそんなのいらなかった。
彼はうつむいて、顔を隠す。そして——
「は、はは……あははははは!」
急に笑い出した。抑えていただろう涙を流しながら高々に、嬉々と。
頬を引っ張って、いたいいたいと、言いつつ。
「夢……夢じゃない、夢じゃないんだよな!」
「いて、いてて……夢じゃない! 夢じゃないぞ! あはははははははは、あっはははははははは!」
笑いすぎて、周りに人が居たら絶対に迷惑だなって、どうでもいいこと考えちゃって。
「うふふ……あははは……!」
まゆも彼に釣られて笑ってしまった。
笑いに誘われたのか彼の行動が変だったのか、嬉しかったのか、そんなことはどうでもいい。
ただただ、彼と一緒に笑いたかった。
『あっはははははは!』
誰も居ない広場が、2人の笑い声で埋め尽くされる。
経った時間が分からないと思ったのは、今日何度目だろう。
そのまま、2人揃って気の済むまで……笑い続けた。
今回はここまで、ここまでなんです
えんだぁぁぁあああああ
縺�d縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠
あの後、同じようにまゆも今までの思いを全て伝えた。
途中から何を言ってるのか自分自身でも分からなかったけれど、その時の彼の恥ずかしそうな仕草は忘れられないと思う。
遠慮して彼と少し距離を取っていた少し前のまゆ。
今では彼のしっかりした体に、べったりとくっついてる。
好きな人に思いっきり抱きつけるこの幸福感がたまらなくて、中々離れることができない。
離そうとしない彼のせいで益々離れられない。
それと同時に思い出したかのように鳴り出す胸の鼓動。恥ずかしさはもうないけれど。
「初めてかもなぁ」
「何がですか?」
「こんなにスッキリした気分なのは」
「うふふ、まゆもですよ」
この時間が、ずっと続けばいいのにと考えて……ちょっと待ってと、自分で待ったをかけて。
してもらいたいことは一杯あるけれど、今一番してもらいたいことを伝えたくて——
「……まゆちゃん、ちょっとこっち向いてくれるかな」
「何です——」
「——っ」
突然の優しいキス。
頭の中が真っ白になって。
次の瞬間には真っ赤な彼の顔が目の前にあった。
まゆは確認するように自分の唇に触れる。
……一番してもらいたいことを、言うよりも先にされてしまった。
ファーストキス、貰われちゃった。
まゆの目の前で恥ずかしがって、ぶつぶつと呟いてる彼を見て、誰があの行動をした人だと理解できるのだろう。
彼らしくない強引さだったけど、すごく……良かった。
頭を掻いて明後日の方向を向いて、けれども顔の赤さを隠せない彼を見て。
ちょっとからかいたくなる。
「……まゆ、強引な男の人は嫌いですよぉ……」
彼に対してそうは思ってないけれど、わざとらしく嫌そうな声を出して言葉にすると真っ赤な顔を真っ青にして。
「あ、あああああ!? ご、ごめん、本当にごめんっ!? うわぁぁぁぁ、俺のドアホー!」
豹変っぷりにまゆの方が狼狽して、なんとか誤解を解く。
いつも通りの彼には戻ったけど、本当に謝る感じが脳裏に浮かんで、おかしくて笑いが顔に出そうだった。
「……どうして、キスしたんですか?」
「……まゆちゃんがかわいかったから、我慢できなかった……かな」
単純な理由すぎて、我慢してた笑いが出てしまった。
でも、それだけ思ってくれてるののが嬉しくて、また彼に抱きつく。
普段よりも口数が少ないけど、しっかりと抱き返してきて。
この、夢のような時間がずっと続けばいいのに——
「うわっ!?」
彼が突如大声を出して、びっくりした。
何があったのかと思ってると、携帯の時計をまゆに見せる。
表示されてる数字は23……午後11時。
数字を見て、まゆも急いで携帯を取り出す。
彼との時間を邪魔されたくなくて電源を切っていたけれど、今はそれどころじゃない。
何も言わずに外に出てこんな夜遅くまで帰ってこないなんて、普通は心配して連絡の1つは入れる。
そんな予想通り、点いた画面には何回も電話してきたみんなの着信履歴があって、冷や汗が出る。
これだけ幸せな気持ちになれたのだから、もうちょっと素敵な終わり方がよかったなと、みんなに電話で謝りながら思った。
帰りの車も、まゆは後ろの座席。
助手席でも良かったけれど、今日はこっちの方が行く時との違いが分かっていいかなって。
ハプニングもあったけど、あの唇の感触はまだ鮮明に残ってる。
もう一度唇を触れて思い出して……欲張りさんなまゆにはやっぱり、物足りない。
「……突然だったから、今度はゆっくりキスしたいですねぇ♪」
「ははっ、そうだな」
行きとは違って会話が弾む、憧れていた恋人同士の会話。
ドキドキはもうしなくて、逆にこれからの幸せな人生にワクワクしてくる。
素敵な彼と一緒に過ごす人生を想像して、幻視して。
そうしていると、彼がいきなり神妙な顔になってまゆに一言言った。
「ところで、言い訳……どうするの?」
……せっかく忘れてたのに、言っちゃだめですよぉ……ばか。
少ないけど、今回はここまで
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