春香「ジーニアス」 (68)

「こうやって歌ってたんだよ!」

ある少女が言った

もう1人の少女は首をかしげる

「おうた…?」

すると少女は頷いた

「うん!こう…こんなふうに」

手を前に広げて歌ってみせ、
嬉しそうに笑う

「ふーん…」

その様子を見ていた少女は
特に感じた様子もなく相槌を打つ



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お帰り、僕らの

ここは公園

出会ったばっかりの名前も知らない2人がお互い向き合って話していた

リボンを髪に結んだ赤髪の少女と
青くサラサラした長髪の少女

2人の少女はたまたま公園で知り合い、
赤髪の少女が会場で見た歌を真似して見せていたのだ

長髪の少女は興味の無さそうな顔でキョロキョロと見回すと、ある所で目を止めた

太った猫が少女を見ていたのだ
毛は銀色でフサフサしており、まるまるとした体型をしている

図太い顔でじっとしているその猫に
長髪の少女は釘付けになった

赤髪の少女は相手が話を聞いていない事に気がつくと長髪の少女の目線を追った

そして、それがその猫に向けられているものだと分かると指をさして言った

「あ…猫がいる!」

長髪の少女は猫を見ながら頷いた

「…うん」

赤髪の少女は長髪の少女を見て顔を伺う

「あの猫が気になるの?」

それに反応することもなく、長髪の少女はじっと猫を見続ける

しばらく猫と少女を交互に見ていた赤髪の少女は、パッと長髪の少女の前に身を乗り出した

「もっと近くに行ってみようよ!」

「えっ…」

「ほらっ行こ!」

手を引いて猫に向かって歩き出す赤髪の少女に長髪の少女は抵抗することもなく着いていく

そして、猫の側まで近づくと
赤髪の少女がしゃがんで言った

「大っきいね!」

猫は逃げることもなく、ビクともせずじっとしている
目を薄っすらと開けて2人を見下ろすような目で見ていた

長髪の少女は呟いた

「不思議な色…」

偶にうろうろする猫を見ることはあっても、銀色のフサフサした毛をした猫は見たことが無かった

猫を見ていた赤髪の少女も次第に興味深そうな顔になり
2人してしばらくその猫を眺めていた

そして不意に赤髪の少女が手を伸ばした

「なでたらどうなるかな」

その時、猫はさっと身を引いて少女の手から離れた

「あっ!」

赤髪の少女は声を上げてまた手を伸ばす

「まって!」

猫は立ち上がると、のそのそと走って逃げていく

それを見た赤髪の少女は目をまん丸くした

「うわぁ…」

座っている時と違い立ち上がると更に猫は大きく見えたのだ
ますます興味を持った少女は長髪の少女に言った

「追いかけよっ!」

「えっ?」

「逃げちゃうよ」

「…でも、お母さんが公園から出たらダメって」

赤髪の少女は、乗り気じゃない少女の腕を掴むと今度は力強く引いた

「あっ…」

長髪の少女は引っ張られて抵抗もできずに連れて行かれる

どの春香?

公園の出口に向かっていた猫は
出口を抜けると茂みの中へと走っていく

赤髪の少女は懸命に長髪の少女の腕を引きながら追いかける

長髪の少女はパッと腕を払った

「いたいよっ」

赤髪の少女は猫に夢中になっていて、少女の腕を強く握りしめていたのだ
赤髪の少女は、あっと腕を振りほどかれた

「えっ」

「自分で走るからいい」

長髪の少女は我先にと走った
赤髪の少女も一緒になって走る



のそのそと走る猫は、
茂みの中へと入っていった

長髪の少女も負けじと茂みへと入っていく

「いこ!」

長髪の少女の言葉に、赤髪の少女も頷いた

掻き分けて進むとすぐに茂みを抜けた
抜けた先はとても入り組んでいて、
少し進めばすぐに迷いそうな道が続いていた

長髪の少女は指をさした

「あそこにいる!」

長髪の少女は御構い無しに足を動かした
赤髪の少女も頷いて着いていく

この時にはもう長髪の少女も自分から喋るようになっていた
やっぱり猫が気になったのだ

のそのそと走る猫に2人は少しずつ近づいて行った


「もう少しだねっ」

赤髪の少女が懸命に、
でも嬉しそうな顔で笑う

猫はもうすぐ近くまで来ていた
疲れたのかゆっくりと歩いている

「うん」

長髪の少女も薄笑いを浮かべながら猫に近づいた

もう少し近づけば手で触れられそうな所で来た時、赤髪の少女が手を伸ばした

「それっ!」

赤髪の少女は捕まえたっとにこにこした

…だが、その時だった

猫はびっくりしたように振り返り、
さっと少女の手を避けた

「わっ」

赤髪の少女は呆気にとられ、猫を見直した

「…??」

猫は戸惑ったようにフゥーッと唸ると、
物凄い速さで走り出した

「あっ…まって!」

長髪の少女はすぐ様追いかける

だが、赤髪の少女も長髪の少女もまだまだ幼かった
小さな2人には到底追いつけることもなく、猫はそのまま去って行ってしまった

猫を見失い、その場に残された2人は暫くぼぅっとしていた

長髪の少女は残念そうにその場に座り込む

「あーあ」

「…行っちゃったね」

赤髪の少女に長髪の少女は頷く

「…うん」

猫が去っていった方向を見ていた2人だったが、やがて赤髪の少女がくるっと向きを変えて言った

「戻ろっかっ!」

「…うん」

座っていた長髪の少女も立ち上がり、
赤髪の少女と共に元来た道を引き返し始める

「おっきかったねっ」

「…うん」

「走ったら速かったね」

「…うん」

猫に逃げられたのが残念だったのか、
戻っている間も長髪の少女は元気が無かった

ある所で赤髪の少女が立ち止まる

「こっちだったね」

「うん…」

やや前を歩く赤髪の少女に、
長髪の少女は偶に返事しては黙って着いていく

「もう少しで捕まえられたのにね」

「うん…」

何を問いかけても小さな返事しか返ってこないので、赤髪の少女は長髪の少女をちらっと見た

「逃げられたの、そんなに嫌だった?」

長髪の少女ははっと赤髪の少女を見る

「また会えるといいねっ」

その時、長髪の少女がやっと別の言葉を口にした

「会えるかな…」

赤髪の少女はああっと声を出すと、ニコッと笑った

「会えるよ!」

それを見た長髪の少女は少しだけ元気になる

「…うんっ」

そうして2人は来た道を戻っていたが、
歩いても歩いても中々出口が見えてこなかった

赤髪の少女が不思議そうな顔で長髪の少女を見る

「…遠いね」

「…うん」

長髪の少女はまた元気を無くしていった

その後も見えてくるのは同じ景色ばかりだった
数々の木、生い茂った雑草、入り組んだ複雑な道

てくてくと歩いていた赤髪の少女も段々とゆっくりになっていった

いつまでも出口が見えてこないので、
とうとう長髪の少女が立ち止まった

「…こわい」

赤髪の少女も立ち止まり、その時初めて気がついた

(迷った!)

「公園…どこ?」

泣き出しそうな顔で聞く長髪の少女

赤髪の少女は答えなかった
自分にも分からなかったのだ

赤髪の少女は長髪の少女の手を握った

「もうすぐだよっ!」

すると、長髪の少女はまた歩き始める

赤髪の少女は手を引いて歩きながらふと空を見た

沢山の木が立っているせいで視野は狭かったが、それでも空が見えるくらいには隙間はあった

空を見た赤髪の少女は、
手を引く力を強めやや早歩きになる

英和辞典がどうしたって?

空は今にも雨が降りそうなくらい暗くなり、分厚い雲に覆われていた

(早くもどらないと!)

赤髪の少女はずんずんと歩いていった

しかし…その足も再び止まる

「あれ?」

歩いてきた少女達の前には長い橋が連なっていた

「どうしよう…」

赤髪の少女は困った
猫を追いかけていた時も橋など渡らなかった

暫くその場に立ち尽くしていると、
とうとう長髪の少女が泣き出した

「お母さんの…とこに、帰りたい…」

赤髪の少女は手を強く引くと、
また道を引き返し始めた

赤髪の少女は強かった

隣にいる少女が泣いていても、
手を握ったまま黙って歩き続けた

随分と歩いたせいでとても疲れていたのだが、それでも足を止めなかった

しかし、そんな少女の頭にふと
ポツポツ…と水滴のような物が落ちた

「…あ」

赤髪の少女は空を見上げた

少女の頭に水滴のようなものはどんどん落ちてきた

(あっ!)

赤髪の少女はそれは雨だと分かった
今にも降りそうだった空から、とうとう雨が降り出したのだ

春香っていっぱいいるからわからないんですが…

雨は次第に強くなってきて、入り組んだ道の中にもパラパラと音が鳴り始めた

そしてザーッと降り出してきて、
道は少しずつ水が溜まった

足元は滑りやすくなり、
赤髪の少女は長髪の少女に呼びかける

「しっかり握ってて!」

だが、長髪の少女は手を握ったままその場にしゃがみ込んでしまった

「どうしたの?」

赤髪の少女が聞いても顔を伏せたまま返事がない

よく考えれば長髪の少女ももう随分と歩いているのだ
疲れきってしまい歩けなくなっていた

赤髪の少女はまた、困った

「歩こっ!」

長髪の少女は首を振る

雨は更に強くなって、バッと2人に降りつけた

「わっ!」

赤髪の少女は手で雨を遮る

「おうちに帰れなくなるよ!」

「帰れない!」

赤髪の少女はふっと黙り込んだ

周りを見渡しても同じ景色ばかり

何処を歩いても辿り着くのは入り組んだ先の長い道

大雨で視界も悪くなりとても帰れると言える様子では無かった

赤髪の少女も段々と心細くなっていった

このままどうなってしまうのだろうか
もう帰れないのだろうか



…その時、赤髪の少女は遠くに何かを見つけた

「…あっ!」

赤髪の少女は長髪の少女の手を引いた

長髪の少女は引かれまいと逆らって手を引き返す

「あれ見て!」

赤髪の少女は、長髪の少女が顔を上げようとしないので大きく叫んだ

「猫!!」

すると長髪の少女は、はっと顔を上げた

無視しないで答えてよ

「どこ…?」

指のさす先を眺める

そして、長髪の少女も赤髪の少女と同じものを見つけた

遠くでさっきまで追いかけていた猫がこっちを見ていた

まるまると太った体を座らせ、フサフサした銀色の毛はずぶ濡れになりツヤツヤと輝いていた

じっと座っていた猫は立ち上がると、ゆっくりと尾を向けて歩き出す

猫は少し歩くとちらっと2人に振り返り、また前を向いて歩いていく

その姿に、2人は心を動かされた

「いこっ」

「うん」

座っていた長髪の少女も、
ぎゅっと手を握って立ち上がる

猫は入り組んだ道を軽快に渡っていく

赤髪の少女が手を引いて
長髪の少女は転けないように着いていく

猫は、3本に別れた道の前で振り返ると、
左側の道を歩いていく

そして暫く歩くと今度は登り道を歩く

その途中で左側へと下りに入り、景色は雑草に囲まれた

猫はぴょんとその中に入って先を歩いていく

2人は無言でそれに着いていく

「大丈夫?」

「…うん」

時折そんな言葉を交わしながら先へと歩いていく

歩きながら赤髪の少女はふと思った

(あの猫…もしかして公園に…)

その時、猫がひゅんっと駆け出した

「あっ!」

赤髪の少女は長髪の少女に

「早くいこ!」

長髪の少女は頷いて歩く足を速める

「まって!」

赤髪の少女が呼びかけても猫は足を止めなかった
大きな体も小さくなっていき、やがて見えなくなる

見えなくなった所まで来た2人は立ち止まった

「いないね…」

赤髪の少女が周りを見渡して呟く

すると、長髪の少女があっと口を開けた

「どうしたの?」

「これ」

赤髪の少女は長髪の少女の見る先に目を移す

そこには大きな茂みが続いていた

「あっ…」

赤髪の少女もぽかんと口を開けた

そこは猫を追いかける時、最初に入った茂みによく似ていた

「いこっか」

「うん」

2人はその中へと入っていった

掻き分けて進むとすぐに茂みを抜けた
抜けた先は見覚えのある道が続いていた

2人が出たところは、公園のすぐ近くにある道の一端

無事2人は元の場所に戻ってこれたのである

「わぁっ」

赤髪の少女が楽しそうに笑った

「戻ってこれたね!」

長髪の少女は安心したような顔で頷いた

「あぁ!!」

遠くからびっくりしたような声がする

「どこに行ってたの!?」

そう言って近づいてくるのは大人の人だった

「お母さん…」

長髪の少女が呟く
その人は長髪の少女の母だった
自分の娘が居なくなったのを知って、必死になって探していたのだ

母は駆け足で寄ってきて長髪の少女の少女を抱きしめる

「ずぶ濡れになって…心配したのよ」

そう言って暫く抱きしめていたが、
ふと怖い顔になるとポンッと少女の頭を叩いた

「来なさい!」

そうして長髪の少女は、母の手に連れて行かれる

その場に1人その様子を見ていた赤髪の少女は暫く歩いていく親子を見ていた

少女の顔は無表情だった

やがて親子の姿も見えなくなる頃、
別の慌てた声が赤髪の少女を呼んだ

「何処にいたの!!」

そうして赤髪の少女もその場から連れさられていき、公園付近には誰もいなくなる

山や手入れのされていない雑草が多い街では大雨が降ってるなか、外に出る人はいない

小さな少女達は奇跡的に何事もなく済んだ

街並み離れた、ある小さな街での出来事だった

>>30
雑談スレ53>>49を読んでいただけると助かります

>>30
やっと意味が分かりました
アイマスです

アイマスならアイマスとか>>1に書かないと何のSSかわからないからちゃんと次回から書こうか
初心者だったとしても普通それくらいわかると思うな

何でこいつこんなに突っかかってんの?

………………

………………………















「おっはようございまーす!!!」

ドアが勢いよく開いて、元気な声が響き渡った

前髪をぱっつんと切り揃え、
頭には2つのリボンを結んだ明るい女子高生、天海春香だ

アイドルということもあり、
道を歩く時にバレないようにと、変装用に帽子とメガネを装着している

本人のトレードマークである頭のリボンが特徴であり
リボンを外すと全くの別人に見えるとか

そんなリボンを隠すために、帽子は欠かせないのである

>>45
訂正、削除

ここは東京

都会に並び立つ建物、数々のビル

季節は秋になり、道に添え立つ木から落ちる紅葉がその建物等を鮮やかに飾っていた

暑い夏も終わり街には涼しい風が流れ、街行く人は皆漂う風の心地よさに安らぐのである

眩しい日が照らし、一日の始まりに合わせて今日も活動する街であったが、
そのなかに同じように活動を始める4階建てのビル、その3階にあたる事務所があった


アイドル活動を主旨とする芸能事務所
765プロダクション、通称765プロ

数々のアイドルがここに集まってはそれぞれの仕事に向かい、時にはライブを行う

沢山の芸能事務所がある中でも比較的小さな事務所であり、お世辞にも大きいとは言えないのだが、それに反して活動は活発な所だ

そんな事務所に、
今日もいつも通り1人の女の子がやってきた

「おっはようございまーす!!!」

ドアが勢いよく開いて、元気な声が響き渡った

前髪をぱっつんと切り揃え、
頭には2つのリボンを結んだ明るい女子高生、天海春香だ

アイドルということもあり、
道を歩く時にはバレないようにと、変装用に帽子とメガネを装着している

本人のトレードマークである頭のリボンが特徴であり
リボンを外すと全くの別人に見えるとか

そんなリボンを隠すために、帽子は欠かせないのである

春香は帽子を脱ぐと真っ先にプロデューサーに一礼した

「おはようございます、プロデューサーさん!」

「おはよう、今日も元気だな」

椅子に座ってパソコンを眺めていた男性が挨拶を返す

少し長めの黒髪にメガネをかけている
多少爽やかにも見える顔に似て、ポジティブなプロデューサーだ

765プロには2人しかプロデューサーがいない

小さな事務所ということもあり、
あまり多くは雇えないのだ

活動が活発なのも、数少ないプロデューサーが日々頑張っているおかげでもある


春香は肩に背負っていたバックから、
小包のような物を取り出す

「はいっプロデューサーさん、今日も一日よろしくお願いしますね!」

「おっ、クッキーかぁ…春香が作るお菓子はいつも美味しいよな」

「えへへっそうですかぁ!?」

「なになにぃくっきぃ?」

「真美にも食べさせてよぉ〜」

「うん、一緒に食べよっ!」

春香に寄ってきた2人は、亜美と真美だ

よくいたずらをする双子の姉妹、
双海亜美、双海真美
春香と同様765プロで活動するアイドルであり、最年少だ

亜美はクッキーを口に入れると、
にやにやしながら小包を手に取った

「うーむ…これはおいしいですなぁ、真美隊員」

「そうですなぁ亜美隊員…これは我らが保管しないと」

「あぁ…ちょっと亜美、真美、それ私が作ったんだよ」

春香が慌てて小包を取ろうとするも、
亜美はひょいと春香の手を避けた

「はるるん、これは亜美に任せなよぉ〜」

「うんうんそうだよはるるん、真美達におまかせくだされ」

あぁっという春香の声も虚しく、
小包は2人に持っていかれる

「2人とも〜返してよぉ〜」

春香は困ったように呼びかけながら、
プロデューサーに頭を下げた

「すみませんプロデューサーさん、少しでも仕事の負担を減らせればと思って作ってきたんですけど…」

「あぁ…いや、気にしなくていいぞ」

亜美と真美は壁によって2人仲良くクッキーを食べている

その時、事務所の別の部屋…給湯室のドアが開いた

「はぁ…またやってるわけ?」

そこには如何にもお嬢様と思わせるような独特な風格を見せる小娘が立っていた

腰まで届く長い髪、
ヘアバンドを付けておでこを出し、
片腕にうさぎのぬいぐるみを抱えている

ゆっくりと歩きながら面倒くさそうに言った

「今日も朝から賑やかね…」



「あっはは…ごめん伊織、クッキー取られちゃって」

春香は申し訳なさそうに笑う

小娘の名前は水瀬伊織
目はパチっとしており可愛らしい外見をしている
見た目の通りとても裕福な家庭のお嬢様なのだが、本人は何でも与えられる環境をあまり好んではいないらしく、そのせいかとてもプライドが高い

伊織は腕を組みながら、壁に掛けてある時計を見た

「出発時間の前に騒ぐのはあまりよくないわ、このあと仕事なんだから返しなさい」

えー、と亜美はクッキーを手にすると
それを見せびらかしながらにやにやと笑った

「いおりんも食べなよ〜ほら、こっちにおいで」

「うんうん、おいでよいおりん!」

はるるん、も、いおりん、も亜美と真美が春香と伊織を呼ぶ時の名称である

きりがないわね、と伊織はため息をつくと可愛らしい声で頭を下げる

「はい、亜美様、真美様…私はそのクッキーが食べたくて仕方がありません。ですが、私はまだ小さくて歩くことができません。どうか私の元に届けてください」

亜美と真美はケラケラと笑うと、
ずる賢い笑みを浮かべた

「あっはっは…おもちろいよいおりん〜」

「いおりんはまだ歩けないお子様だったんだね」

伊織は負けじと正座をした

「はい、この通りまだ歩くことができません。そのおいしそうなクッキーを私の所へ…」

「あっはは…やりすぎだよ伊織」

控えめに笑う春香とは対象に、亜美と真美はケラケラと笑う

「でこは成長しても足はまだまだですなぁ」

その時、伊織の眉がピクッと動いた

ヘアバンドを付けておでこを全開にするヘアスタイルをからかわれたのだ

伊織は時折、同事務所のアイドルからおでこについて、からかわれることがある

からかうのは主に1人しか居ないのだが、
亜美と真美はうっかりおでこについて触れてしまった

伊織はカッと眉間にしわを寄せると、
甲高い声で怒鳴った

「いいから早く渡しなさいって言ってんでしょうが!」

亜美はしまった…と顔をしかめた

あーあ、と真美が背伸びをする

伊織は立ち上がると春香に言った

「ほら、あんたもさっさとクッキー貰って来なさい」

「う…うんっ」

春香はよそよそと歩き2人に近づく
そばまで寄ってくると、ゆっくりと手を伸ばした


「ごめんね…亜美、真美。それ、元々はプロデューサーさんに作ってきた物だから」

「しょうがないなぁ…返すよ、はるるん」

亜美はほいっと、小包を出す
真美は名残惜しそうにクッキーを見ていた

春香が小包を受け取る際、真美は顔をにやにやさせながら春香に笑う

「ねぇねぇ…そのクッキー、どうしてもくれないのぉ?」

亜美も真美を見てニヤッとした笑みを浮かべる

「そうだよはるるん…亜美にちょうだいよぉ」

「だーめ」

春香はすぱっと遮ると、
亜美の持つ小包を掴む

そして、そのまま小包を取ろうとしたが
なかなか亜美の手から小包が離れなかった
亜美の手には力が入っている

「もう…亜美」

春香は少し顔をしかめた
自分の作ったクッキーを欲しがるのは嬉しいことだ

(皆の分も作ってくればよかったかな)

そう思いながら春香は亜美の目を見て言った


……その時だった

「お願い亜美、離……し……?」


春香は途中で話すのを止めた

「…どうしたの、亜美?」

さっきまでニヤニヤしていた亜美の顔は
ふっと真面目な顔になっていた


亜美の顔はとても怯えていた
見ている方もゾッとする程だ

目を大きく開き口を開け、
まるで、何か不吉な物を見てしまったかのような顔をしていた

春香はゴクッと息を飲んだ

「……はるるん」

「…な、なに?」

亜美は震えながら少しずつ言葉にする

「そういえば…話しておかないと、いけなかったんだ」

「う…うん」

春香は亜美の目をじっと見ながら頷く

「呪われた街の話を知ってる?」

「の、呪われた街?」

春香はぶるっと身震いした
亜美は真面目な顔で語る

「うん、名前の通り呪われている街なんだよ。そこには大きな門があって、門に『故郷』って書いてあるのさ、それで呪いにかかった人は街から漂う妙な空気を感じ取るんだよ…ここは何か変だって。それからその人の周りでは次々と不吉なことが起こり、自分を見失っていくんだ、その街にはとっても大きな森があってね…」

「そ…それで?」

「その人が森に入ったら…」

春香は恐る恐る聞いた

「…入ったら、どうなるの?」

亜美は目を瞑ってぼそっと呟いた

「2度と出てこれなくなるらしい」

「えぇ〜〜」

春香は思わず声を上げた
亜美は目を開けるとまた話し始める

「その人は必死に森から出ようとするんだよ、でも最後には深い川に落ちて溺れてしまうんだって」

「うわぁ…」

「いいかいはるるん、その街にはキラキラ光る壺が沢山あるんだよ、その壺を割ったりしたらいけないよ」

「は…はい」

うんうんと頷く春香の頭を
何かがポンッと叩いた

それに春香はびっくりして、わっと飛び上がった

「バカね」

振り返ると、
伊織が腕を組みながらため息をついていた

「壺がなにかしら。よく聞こえなかったけど、その顔からしてどうせ妙な話でも聞かされてたんでしょ」

「え?」

春香が素っ頓狂な顔をすると、
クスクスと笑う声が聞こえてきた

「はるるん、傑作だよぉ〜」

亜美が腹を抱えてあっはっはと笑う

「ねぇそれアレでしょアレ!」

と、真美が聞くと亜美は頷く

「そうそうアレだよぉ〜」

「え………え?…」

春香だけが状況についていけず、
何度もみんなの顔を交互に見つめていた

伊織が面倒くさそうな顔で首を振った

「はーあ、あんたもマヌケね〜。見てる私が疲れてきちゃうわ」

未だに唖然とした顔をしている春香に
伊織は顔をしかめた

「ホラ話よ!」

「…………えっ?」

春香はピタッと固まった

「どうせどっかの本かなんかに載ってた話でも覚えたんでしょ、いちいち耳を貸すのはやめなさい」

真面目な顔で話していた亜美はニヤニヤしている

春香はようやく自分の置かれている状況を把握した

(騙された!)

「あーーーー!!!」

春香はキッと亜美を睨んだ
亜美はクックック…と笑いを堪えながら

「はるるん、話の続き聞きたい〜?」

春香は小包を掴む手を強く引いた

「もう!変なことばっかり言わないでよ亜美」

亜美は小包を取られても、ケラケラと笑っていた

このように、
亜美はいつもいたずらをするのである

春香は亜美にまんまと騙されたのであった

伊織は諦めたように給湯室へと戻っていく

「どっちもどっちね…」

そう呟くのが聞こえた

真美が、あっ…と何か思いついたように言った

「はるるんを騙したご褒美に、クッキーひとつちょうだぃ?」

亜美も、あっ…と閃いたように、

「亜美にもちょうだいよぉ」

「もう…騙したご褒美ってなに?」

春香がムスッと顔をさせると、
亜美は両手を合わせておねだりする

「ねっ、ひとつくらいいいでしょぉ。亜美の演技ちょー上手かったっしょ、いつもレッスン頑張ってる証拠だね」

春香は、はぁ…とため息をついた
…仕方ないなぁ、と小包を出した

「こんなことにレッスンの成果を出さないでよね」

うんうん、わかったよぉと亜美は白い歯を見せながら小包を覗く

「じゃあ亜美ははるるんの髪の色にちなんで赤色を!」

「えっ…じゃあ、真美はいおりんの髪の色にちなんで茶色のクッキー!」

2人ともニコニコしながらクッキーを食べる

こういうところはまだまだ子供なのだ
春香はふっと小さく微笑んだ

春香は赤髪じゃないんだが

クッキーもあげ終えたので、
春香は小包を持って再びプロデューサーの元に届けに行った

少し中身は無くなったものの、
クッキーの入った小包を両手に添えて、春香はプロデューサーに手渡した

「はいっ、プロデューサーさん」

すると、プロデューサーはこう言うのだ

「春香達は…皆、本当に仲が良いよな」

「えっ?」

「あ、いや…俺はこんな事務所に勤められて幸せだなって思っただけさ」

「は…はぁ」

プロデューサーは、クッキーを食べながら事務所内を眺める

春香も一緒になって事務所のなかを見渡した

重大なミスを犯したので建て直します
指摘ありがとうございます

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