苗木「彼女との再会」 (44)
・小説形式です、長さは分かりにくいかもしれませんが約45000文字です
・希望ヶ峰学園入学当日の苗木君と舞園さんの話で、台詞も二人のみの構成になってます
・言及する必要はないかもしれませんが、一応平和な世界観設定です(江ノ島がただの超高校級のギャルだったりと)
・基本的に原作の設定を使用していますが、都合上変更したり新しく追加している点もあります
・キャラの性格や口調、文章自体におかしな所が見受けられるかもしれません
この板での書き込みは初めてで見苦しい所があるかもしれませんが、よろしくお願いします
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「んーっ……」
カーテンの隙間から漏れた日差しを受けて目を覚まし、横になったまま寝起きの身体をぐーっ
と大きく伸ばす。続いてゆっくりと起き上がると、僕は目をぱちぱちと何度か瞬かせた。昨夜は
早く眠りについたお陰か、普段のように大きな欠伸が出るなんて事もない。目覚めは実に爽快だ。
何だか今日一日は、不思議と何でも上手く行きそうな気がする。まあ、実際はそんな事は全然な
いんだろうけど……それでも、気分がいいに越した事はないよな。
ベッドから降りて立ち上がると、窓まで歩み寄ってカーテンを全開にした。温かい春の日差し
が、僕の全身をぽかぽかと照らす。昨日に負けないくらい、気持ちのいい朝だ。まるで新しい門
出を迎えた僕を、祝福しているようにも感じられる――。
(……今日から、本格的に学園生活が始まるんだよな)
振り向いてからざっと見渡したこの部屋は、僕の部屋と言えば僕の部屋なんだけど、決して住
み慣れた実家の部屋じゃない。ここはとある学園の敷地内にある寄宿舎の一室で、これから僕が
新しく生活を送っていく場所なんだ。……そう。新しい門出、新しい生活。
――私立、希望ヶ峰学園。東京のど真ん中にある、他の高校とは一線を画す政府公認の超特権
的な学園。入学希望者の募集はしておらず、学園自らが超一流の才能を持った高校生を全国から
スカウトして、その才能の育成や研究を日々行っている。そんなとんでもなくすごい学園に、僕
も昨日無事に入学を果たしたんだ。まあ、僕が入学出来たのは『運』のお陰なんだけど……。そ
れでも、入学出来た事に変わりはないんだ。だから、出来うる限りの力を以って頑張っていきた
い。個性豊かなクラスの皆と……そして、再会を果たした『彼女』と。
「もう起きてる……かな?」
窓枠に背中を預けてそう呟きながら、横の壁に視線を移す。規則正しい彼女の事だから、僕よ
り早く目を覚ましてるのかもしれない。
……会えるのをずっと心待ちにしていた彼女との再会だけど、それは残念ながら情けない形で
の物となってしまった。ハンカチを拾ってあげた相手がその人だったとか、不良に絡まれてる所
を助けてあげたとか、決してそんなかっこいい展開なんかじゃない。寧ろ、誰が聞いてもかっこ
悪いと感想を抱くような物だったと思う。実際、家族に話したら案の定笑われちゃったし……。
けど、別にそれでも構わない。だって、例えかっこ悪くても――僕達の再会がドラマチックだ
ったと言う事に、何ら変わりはないんだから。
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希望ヶ峰学園、入学式当日。時刻は朝の7時40分――僕は新入生の集合場所である玄関ホールに向かって、すたすたと足を運ばせていた。
「えっと……後は下りるだけ、か」
足を運ばせていると言っても、今歩いている場所は学園の外じゃない。実は僕はもう学園の中にいて、今は三階から二階へと続く階段を下りている所だ。普通なら外から玄関ホールに入ってくるのに、どうして僕がこんな所にいるのか……それにはちょっとした理由がある。
と言うのも、実は僕は三十分程前……7時10分には、もう既に玄関ホールに着いていたんだ。だけど学園側から指定された集合時間は8時で、流石に早く来すぎてしまった。集合時間まではまだ五十分もあり、まさかその間ずっと待ってる訳にもいかなくて……そんな訳で、僕は思い切って校内を見学してみる事にしたんだ。僕だってもうこの学園の生徒なんだから、きっと大丈夫だろうって。それで暫く校内を見て回ってたんだけど、集合時間が近づいてきたから見学を切り上げたと言う訳だ。
それにしても五十分前集合なんて、本当に幾らなんでも早すぎだった。途中何度か教員の人達に会ったんだけど、その事を伝えたら揃って笑われちゃったし……。家族の皆も言ってた通り、もう少し遅めに家を出てもよかったかもしれない。
(でも、早く来たお陰でこうして見学出来た訳だしな)
三十分間、この校内をじっくり見て回ったけど――ここが政府公認の超特権的な施設だと、僕は改めて思い知る事になった。前の夕闇高校と比べると何から何までが段違いで、何と言っても途轍もなく大きくて、そして広い。校門前で外観を見上げた時点で分かりきってたとは言え、実際に中を見て回るとより実感する事が出来た。この校舎がある場所も敷地の中のほんの一部って言うんだから、本当にすごいよな。それに普通の高校にはない特殊な設備、普通の高校じゃ有り得ない絢爛な内装。どれを取っても、何から何までがハイスペックだった。
ただ案の定、見学時間は全然足らなかった。元より全ての場所を回り切れるなんて思ってなかったけど、この校舎ですら、三十分程度じゃ半分も見て回れない程の広さを有していた。まあ、時間を持て余してたから見学したってだけだし。残りは学校生活を送りながら、またゆっくりと見ていけばいい。
「あっ」
階段を下りて一階の廊下に出ると、遠くの曲がり角が目に映る。確かあそこを曲がれば、その先に玄関ホールが見えてくるはずだ。
(もう何人か来てる……かな?)
二十分前なんだし、誰かしら来ていても何らおかしくはない。僕以外の新入生がどんな人達なのかは、前日にも改めて調べ直したけど……いざ本人達と対面する事を考えると、やっぱりどうしても緊張するな。……あの人だって、いる訳だし。
「舞園……さん」
『超高校級のアイドル』――舞園さやか。国内で知らない者はいないと言われている、国民的アイドルグループ……そのセンターマイクを務める、今を生きる現役女子高生アイドル。そんな華やかな存在である彼女も、この希望ヶ峰学園の新入生の内の一人なんだ。
で、そんな舞園さんに対して、どうして『あの人』なんて含みのある言い方をしてるのかと言うと……実は僕は、本物の舞園さんと会うのは今からが初めてって訳じゃない。……僕と舞園さんは、同じ中学に通っていた同級生だったんだ。
(――根黒六中)
そこで三年間、僕と舞園さんは一緒に学校生活を送った。一緒になんて言うと何か関わりがあった風に聞こえそうだけど、実際は僕達に『同級生』として以外の接点なんて、何もありはしなかった。同じクラスじゃなかったし、会話どころか挨拶すら交わした事もない。精々、何度も目が合った事がある……ただ、それだけだ。それを接点だとは、とてもじゃないけど呼べないだろう。
中学を卒業して離れ離れになってからは、僕はもう舞園さんを生で見る事なんて、二度とないだろうと思っていた。ライブに行けた場合はそれも叶うには叶うけど、そもそも僕がライブチケットに当選するはずがない。だから、もうテレビや雑誌の中でしかその姿を目にする事は出来ない……そう、諦めていた。
だけど――あの日希望ヶ峰学園の入学通知が届いてから、僕の心境は一変した。舞園さんが希望ヶ峰学園に入学する事は、僕に入学通知が届く以前から決まっていた。それはテレビで大々的に報道されてたから、当然僕の耳にもちゃんと入っていた。だから僕は、希望ヶ峰学園に入学出来る事を家族と喜び合って――それから入学するこの日まで、また舞園さんに会える事に……そして、また一緒に学校生活を送れる事に期待に胸を踊らせていた。
……ただ、舞園さんと違って僕はどこにでもいるような平凡な人間。この希望ヶ峰学園に入学出来たのも、『超高校級の幸運』という文字通り運によるもので、別に何かしら超一流の才能を持っている訳じゃない。まあ、運も実力の内と言うけど……それでも、僕が平凡な人間である事に変わりはない。僕が舞園さんの事を覚えていたとしても、それは一方通行だ。舞園さんはきっと、単なる一生徒でしかなかった僕の事なんて覚えていないだろう。
――でも、覚えてもらえてなくても、だったらこれから覚えてもらえばいい話だ。中学の頃は話しかける事すら叶わなかったけど、これからは何て言ったって一緒のクラス。話を交わしてそこから仲良くなれる可能性は、幾らでもあると思う。まず、その話しかける事自体が出来るかどうか怪しいけど……仮に出来たとしても、会話が続くかどうかさえも。でもまあ、そこは前向きに考えないとな。だって、それこそが僕の唯一の取り柄なんだから。
取り敢えず三レス載せてみたけどめちゃくちゃ読みにくいですね
wordと色々違うから当然なんだろうけど……先にどうやったら見やすくなるか考えた方がいいかなあこれ
読みにくいけど期待
ちょくちょく改行入れて一行開くようにしてみたら?
ありがとう御座います
他の方の作品を参考に、適度に改行を入れてみようと思います
(……よしっ)
僕は一旦立ち止まり、両手でぱんっと頬を叩いて気を引き締めた。それから再び歩き始める。
曲がり角が近づくにつれて、ホールの方から微かに話し声が聞こえ始めてきた。
この先を曲がって更に進んでいけば、超高校級の生徒の皆が僕を待っている。
圧倒されてしまいそうだけど……運での入学とは言え、僕だって新入生の一人なんだ。
堂々とはいかなくても、気後れなんてせずに普通に振る舞えばいい。
緊張と期待を携えながら、曲がり角の目の前までやってくる。
そして、意気揚々とその曲がり角を抜けた――途端、僕の視界は大きく揺らいだ。
「――いだっ!?」
その視界はぐるぐると歪んだ後に暗転し、目を覚ましたら見覚えのない教室にいた――なんて、そんな漫画のような展開になる事は全然なく。
体勢を崩した僕の身体は、勢いよく冷たい床に打ちつけられた。……つまる所、情けない事に僕は転んでしまったんだ。
「いてて……」
咄嗟に手を床につけたお陰で、強く打ちすぎたり顔をぶつける事はなかったものの……それでも、やっぱり痛いものは痛い。
何とも間抜けな転び方だったと思う。転んだ本人でさえそう思うんだから、傍から見たら一周して鮮やかに見える程だったんじゃないだろうか。
……けど、どうして転んでしまったんだろう。何かを踏んだ感触なんてなかったし、突起に足を引っ掛けてもいないのに……。
そうなると、僕は何もないただの平面で転んでしまったという事になる。
(最悪だ……)
角を曲がる前ならまだしも、ここで転んでしまうなんて……もしかしたら、今の光景を誰かに見られたかもしれない。
転んだ時に出した声だって、聞こえてしまったんじゃないだろうか。もしそうだったとしたら、余りにもかっこ悪すぎる……。
幸先悪すぎだろ……一応、超高校級の幸運のはずなのに。結局僕は今まで通り、不運のままなんだな……。
「……?」
と、重く溜め息を吐きながら、ゆっくりと身体を起き上がらせようとしたその時。
ホールの方から、足音が段々こちらへと近づいてくるのに気がついた。
「あの……大丈夫、ですか?」
そしてその足音は僕の前でぴたりと止まり、今度は心配そうな声が頭上から降りかかる。
……どうやら、やっぱり誰かに見られていたみたいだ。恥ずかしさにたまらなく頬が熱くなる。
でもこの可愛らしい声、僕には随分と聞き覚えが――。
「あ、大丈夫で……」
何ともない風に装いながら、そっと顔を上げる。けど、声を掛けてくれたその人物を見て――僕は大きく目を見開く事になった。
「ま、舞園さん……!」
思わずその人物の名前を口に出す。――そう。僕を心配して駆けつけてくれたのは、何とあの舞園さんだったんだ。
三年間ずっと遠目に見ていた、卒業してからも媒体越しにずっと見ていた姿。その舞園さん本人が、僕の目の前に立っていた。
中学でも廊下で擦れ違う事こそあったけど、舞園さんの周りにはいつも人がいたから、ここまで近くで見れた事なんてなかった。
どの道対面する機会はあっただろうけど、まさかこんないきなりだなんて……予想だにしなかった展開に、僕は驚きを隠せなかった。
……でも、驚いたのは僕だけじゃなかったんだ。
「…………!」
顔を合わせた直後、舞園さんも両手で口元を押さえながら、明らかに狼狽えた様子を見せていた。
けど、どうして舞園さんがそんな反応をしたのかちっとも分からない。僕、別に顔に怪我だってしてないだろうし……何か別の理由でもあるんだろうか。
と、そんな風に不思議に思っていたのも束の間。舞園さんははっと我に返った様子を見せると、また僕に声を掛けてくれた。
「あ、ごめんなさい。その、立てますか?」
「あっ、う、うん! ありがとう……」
すっと差し伸べられたその手を握り、僕は床からゆっくりと立ち上がる。
……手、触っちゃった。それ所か、ぎゅっと握って……舞園さんの手、小さくて柔らかかった。すべすべしてて、すごく手触りも……。
話しかける事が出来るかどうか心配してたら、舞園さんの方から話しかけられた。それにこんな形とは言え、触れ合う事だって出来て……。
それも転んだお陰だと考えると、幸先は悪い所か、寧ろ良かったんじゃないのかな。
……でも、転んだ所を見られたんだと思うと、そこはやっぱり恥ずかしかったり……。
(それにしても、ほんと綺麗だな……)
舞園さんと向かい合い、目の前でじっくりとその姿を視認する。
くりっとした大きな目に、すっと鼻筋が通った端整な顔立ち。スカートから伸びるむちむちとした長い脚が魅せる、抜群のプロポーション。
腰まですーっと伸びている、キューティクルの整った艶のある美しい黒髪。その黒とは対照的に、透き通るように真っ白な肌。
全身から溢れ出る清楚な雰囲気は今も変わらず、芸能人特有のオーラは、最後に見た中学の卒業式の時よりも更に磨きが掛かっている。
それから仄かに漂う、今まで嗅いだ事もないような良い匂い。中学の時は分からなかったけど、舞園さんの側ってこんな甘い香りがするんだな……。
身長は公表されてるから分かってたけど、こうして向かい合うように立つと、やっぱり僕より背が高いんだと改めて実感する。
僕がほんの少し見上げる形になって、舞園さんがほんの少し見下ろす形になるんだ。妹のこまると同じくらいだろうか……。
そう言えばこの制服って、根黒高校のだよな。この制服姿は写真では見た事があるけど、こうして生で見るのはもちろん初めてだ。
ピンク色の大きなリボンが舞園さんによく似合ってて、とっても可愛い……。
「あの……」
「あっ……なな、何かな?」
再び声を掛けられて、僕は慌てて返事をした。
ど、どうしよう。流石にじっくり見すぎちゃったかな……? 失礼だったかもしれないと、少し不安になる。
でも、僕のその心配はただの杞憂で……だけど次に舞園さんの口から出た言葉は、また僕の目を大きく見開かせる物だった。
「……苗木君、ですよね?」
「……え?」
余りの出来事に、僕はぽかんと口を開ける。ま、舞園さん、今『苗木君』って言ったような……。
いや、聞き間違いなんかじゃない。舞園さんの口から出たのは、確かに僕の名前だった。でも、どうして僕の名前を知って……?
それきり反応を返さずにいると、舞園さんは更に問い掛けてくる。
「根黒六中の二組だった、苗木誠君……。そう、ですよね?」
「う、うん。そうだけど……」
「わあ……! やっぱりっ!」
ぎこちなくながらも僕が頷くと、舞園さんはぱあっと顔を輝かせてから、その場でぴょんぴょんと跳ね始めた。
す、すごく嬉しそうだ。こんな風に嬉々としてはしゃぐ姿、中学の時にだって見た事がない……。
……ところで、舞園さんは僕の在籍していた組、そして下の名前まで言い当てた。まさかとは思うけど、これってつまり――。
「あ、あの、舞園さん。もしかして僕の事、覚えてくれてたの……?」
気になって仕方がなく、内心期待をしながらそう尋ねる。すると舞園さんは『うんっ!』と、飛び切りの笑顔で頷いてくれた。
「当然じゃないですか! だって、三年間も同じ学校だったんですよ?」
「それはそうだけど……だからと言って同じクラスでもなかったし、僕以外にも生徒は沢山いたのに……。で、でもありがとう。嬉しいよ」
僕の事なんて、絶対覚えてもらえてないと思ってたのに……絶対、一方通行だと思ってたのに。あの舞園さんが、僕の事を……!
「苗木君の方こそ、私の事を覚えてくれてたんですね。嬉しいです」
「そ、それこそ当然だよ。舞園さんは中学の頃から、超が何個もつく程の有名人だったんだから……」
「そ、それは言いすぎじゃないですか? でも、ありがとう御座います。そのお陰で、苗木君にも覚えてもらえてたんですよね」
「う、うん」
頷く僕を見て、舞園さんは『ふふっ』と可愛らしく笑みを零す。舞園さんの笑顔って、反則的に可愛いよな。見ているだけで癒されるよ……。
間近で、それも僕に向けられている物なんだから、その効果も絶大だ。
話しかけられたのはいいとして、会話が続くかどうか心配だったけど……ちゃんと問題なく出来てると思う。
何だか、まるで中学時代が嘘みたいだ。気分が自然と高まっていくのを感じる。
「それにしても、本当に嬉しいよ。舞園さんに覚えてもらえてたなんてさ」
「もう、大袈裟ですよ?」
「ううん、そんな事ないって。だって舞園さんみたいな人気者は、僕みたいな目立たない奴の事なんか、気に留まらないと思ってたから……」
「え……」
……と、僕が何気なくそう言うと、舞園さんは表情に曇りを見せる。
「私、そんな冷たい人間だと思われてたんですか……?」
「へ? あ、い、いや……!」
「うう、ショックです……」
それから悲しそうに呟きながら、両手で顔を覆い俯いてしまった。僕は思わず動揺し、咄嗟に頭を下げて謝る。
「ご、ごめん! 別に、そんなつもりじゃ……!」
ど、どうしよう。不本意とは言え、舞園さんを傷つけてしまった。話し始めてまだ間もないっていうのに、僕はなんて事を……!
さっきまでの浮かれ気分は一転して、頭の中はどうしたら許してもらえるかと、その事で一杯になっていた。
「……ふふっ、ふふふふ……」
……と、そんな風に焦っていると、突然頭上から舞園さんの笑い声が聞こえ始める。
「じょーだんですっ!」
「……え?」
続いて耳に届いたのは、朗らかな声音によるそんな言葉だった。
思わず顔を上げてみると、舞園さんは両手を顔の左右に広げて、満面の笑みを僕に向けていた。ショックを受けている様子は微塵も見受けられない。
……どうやら、さっきのは本当に冗談だったみたいだ。固まっていた僕の全身から力が抜けていく……。
「も、もう。舞園さん、からかわないでよ……」
「ふふ、うふふふっ……」
ほっと胸を撫で下ろす僕を前に、舞園さんは透き通るような声で嬉しそうに笑い続けた。その姿に自然と僕の頬も緩む。
舞園さんが僕の事を覚えてくれていて、こんな表情まで見せてくれるなんて……まるで夢みたいだ。でも、夢じゃないんだよな……!
「それにしても、まさかこんな所で苗木君と再会出来るなんて、思ってもいませんでした! あの……ここにいるって事は、苗木君も新入生の一人なんですよね?」
「うん。と言っても、僕が入学出来たのはただの運なんだけどね……」
「運……?」
「えっと……『超高校級の幸運』って言って、全国にいる普通の学生の中から、抽選で一人だけ選ばれる枠があるみたいなんだ。それに僕が選ばれて……っと、これが入学通知なんだけど」
制服のポケットから折り畳んである入学通知を取り出し、舞園さんに手渡す。
少しの間読み終わるのを待ち、やがて舞園さんは顔を上げると明るい表情を浮かべた。
「この抽選で選ばれる確率って、とんでもなく低いですよね? 何せ、全国からたった一人なんですし……それに選ばれるなんてすごいです!」
「はは……けど、結局は運のお陰だからね。僕には舞園さんみたいに、何か特別な才能がある訳じゃないから……」
「そんな、謙遜する事ないですよ。……だって、その運のお陰で随分助かった人がいるんですから」
「え、助かった……? い、一体誰が?」
「それはですね……私、です」
「舞園さん……?」
ど、どういう事だろう? 僕の運のお陰で、舞園さんが助かったって……。
そんな風に不思議に思っていると、舞園さんは少し表情を暗くして、それからぽつぽつと心情を吐露し始めた。
「あのですね……私、正直不安だったんです」
「不安……?」
「はい。入学を決意してここに来たのはいいけど、私なんかがこんなすごい所で、本当にやっていけるのかなって……。周りの人達は面識なんて全くない、知らない人ばかりですしね。他の新入生の人達だって……。もちろん、話してみたら親しみ易いと感じる人だっていました。けど……それでも、不安を拭い切る事は出来なかったんです」
「舞園さん……」
……そうだったのか。舞園さんは芸能界で幾つもの場数を踏んでるだろうから、この程度の事なんて物ともしないんだろうなって、僕は勝手にそう決めつけていた。
けど、そうじゃなかったんだ。舞園さんだって僕みたいに、人並みに不安を感じていたんだ……。
「でも、そんな不安を苗木君が取り除いてくれたんです」
舞園さんは話し始めとは打って変わって、今度はさっきまでのように明るい表情で続きを話す。
「知ってる人と……苗木君と再会出来て、また一緒に学校生活が送れる。そうだと分かったら、心の中でつかえてた不安なんて一瞬で吹き飛んじゃいました。これって、すごい事じゃないですか? 他の超高校級の人達にだって出来なかった事です。きっと、苗木君にしか出来なかった事ですよ」
「僕にしか、出来なかった……」
「その運のお陰で……選ばれたのが苗木君だからこそ、私はこうしてほっと安心出来ているんです。だから、ただの運なんかじゃないですよ。私は、苗木君だってすごいと思います」
そう言って、舞園さんはまた満面の笑みを僕に向けてくれた。
……胸の底から、嬉しさがこみ上げて来るのを感じる。まさか僕自身が、他でもない舞園さんの力になれてたなんて……。
そうだよな、僕が舞園さんとこうして再会する事が出来たのだって、この運があってこそなんだ。それなのに、『ただの運』だと貶めるのは間違ってた。
この運は、決してただの運なんかじゃない――歴とした、『超高校級の幸運』なんだ。
「あ、ありがとう。舞園さんにそこまで言ってもらえるなんて光栄だよ」
「ふふ、私の方こそありがとう御座います。苗木君がいてくれて本当に心強いです」
舞園さんは心底嬉しそうに、僕へと笑いかけてくれる。この笑顔が自分の力で起こせてるんだと思うと、たまらなく嬉しい。
もちろん、心強いのは僕だって同じだ。胸の中にあった不安はすっかり消えていて、今は期待だけがとめどなく溢れている。
舞園さんと一緒なら、この希望ヶ峰学園でも難なくやっていける――不思議とそう思える。
「あの、私達ってもう友達ですよね? だって、こんなに仲良く話せてるんですし」
「そ、そうだね。友達……だよね」
「はい! これからよろしくお願いします、苗木君っ」
そう言って、舞園さんは元気よく右手を差し出してきた。同じく右手を差し出し、その手をぎゅっと握る。
「……うん。これからよろしくね、舞園さん」
「うふふ……苗木君との学園生活、とっても楽しみです」
柔らかい、すべすべとした気持ちいい手触りが僕の手肌を撫でる。仲良くなりたいと思ってたら、こんな早くに友達になれちゃった。
それも、入学して初めての友達……やっぱり幸先が良い。舞園さんとの学園生活、僕もすごく楽しみだ……!
「あ、そろそろ集合しておいた方がよさそうですね。時間も近づいてきてるでしょうし」
舞園さんは僕から手を離すと、スカートのポケットから携帯を取り出す。僕も携帯を取り出し、それから画面に表示されている時間を確認した。
(7時50分、か)
集合時間の十分前。舞園さんと話してたら、いつの間にかこんなに時間が迫っていた。確かに、そろそろホールにいた方がいいか。
……でも、もっとたくさん話したかったな。出来たら、中学の頃の思い出話とか……。
「あの、苗木君。良かったら今日の日程が終わった後にでも、お話の続きをしませんか?」
「え! い、いいの……?」
「もちろん! 今日は入学当日なのでお仕事もないですしね。私、苗木君ともっと色々お話したいです!」
「ぼ、僕もだよ。舞園さんともっと色々話したいって、ちょうどそう思ってたんだ」
「わあ、本当ですか? ありがとう御座います。いっぱい、いーっぱいお話しましょうね!」
「うん!」
そうして僕達は、仲良くそんな約束を交わした。へへ……待ち遠しいな。早く舞園さんと色々な話がしたい……。
「じゃあ舞園さん、また後で……」
ホールに向かう為、僕は手を振り舞園さんと一旦別れようとする。
「もう、何言ってるんですか。せっかく友達になったんですから、一緒に行きましょう?」
「え? ……わっ!」
だけど舞園さんは僕のその手を掴むと、そのまま玄関ホールに向かって軽やかに走り始めた。
「わ、わわっ」
「うふふっ」
転ばないように足取りに気をつけながら、舞園さんに手を引かれて廊下を進んでいく。程なくして、僕達は玄関ホールへと辿り着いた。
でも、そこには既に他の新入生の人達が集まっていた訳で。当然と言うべきか、手を繋いでやってきた僕達にたくさんの視線が注がれて。
……羞恥心に、僕の顔はたちまち熱に埋め尽くされていった。
キリがいいのでここまでにしておきます
大分読み易くなったとは思うけどどうも時間がかかる……そして慣れない
「それにしても、本当にすごかったですね。まさか敷地内にショッピングセンターまであるなんて、思ってもいませんでした」
「政府公認の施設、って言うだけあるよね……感動せずにはいられなかったよ」
希望ヶ峰学園の南地区に建てられてある、全生徒が利用する大規模な寄宿舎。僕はその建物内を自分の部屋に向かって、舞園さんと肩を並べて歩いていた。
――あれから八時になると学園長自らがホールへとやって来て、軽い挨拶の後、僕達はその場で入学式の流れの説明を受けた。
学園長は『霧切仁』というハンサムな男性で、見た感じ三十台後半と学園長としてはかなり若いと思う。
こんな学園の一番偉い人となると、やっぱり老人なんじゃないか……僕は勝手にそう推測してたから、不意を突かれて少しびっくりした。
ちなみにその学園長は新入生の一人である、霧切響子――霧切さんのお父さんらしく、『霧切仁』と名前を名乗った直後に、僕を含む大半の生徒が霧切さんの方へと顔を向けていた。
その時は単に苗字が一緒なだけなんじゃないかと思ったんだけど、後で朝日奈さんが霧切さんに尋ねた所、お父さんだと判明したんだ。
……ただ、霧切さんの反応を見た限りだと、どうも仲は良くなさそうに思える。詮索する訳にはいかないけど、何か色々事情があったりするのかな……。
学園長から説明を受けた後は、体育館へ向かってそこで入学式が執り行われた。学園長式辞や来賓祝辞に国歌斉唱など、滞りなくスムーズに進んだと思う。
式の形式こそ他の高校と大差こそなかったけど、来賓者のレベルにおいてはやはりと言うか一線を画していた。まさか、あんなお偉いさんが招かれてるなんて……流石、政府公認の超特権的な学園。
ただでさえそれなりに緊張していたのに、僕の身体は余計に強張ってしまった。
そんなこんなで式が無事に終わると、僕達は教室に移動して、あらかじめ割り当てられていた席にそれぞれ座った。僕と舞園さんは何と隣同士で、舞園さんは喜びながら僕の両手をぎゅっと握ってきた。
中学の頃に一度は憧れた、同じクラスでの隣の席。それが実現する日が来るなんて……。隣同士ならわざわざ席を立って移動しなくても、座ったままお喋りだって出来るんだよな。
消しゴムなんかの貸し借りだとか、宿題を確認し合ったりとか、そう言った事だって。想像するだけでも楽しそうだ……。
それから最初のホームルームが行われ、既にホールである程度済ませてた自己紹介を、改めて正式に行う事になった。
石丸君みたいに色々と語る人もいれば、十神君のようにごくごく手短に済ませる人もいたり。自己紹介って、少なからずその人の性格が表れるよな……。
ちなみに僕がした自己紹介は、名前や出身地に好きな食べ物、その後によろしくお願いします……と、やっぱり至って普通な物だった。
男子は石丸清多夏君、大和田紋土君、桑田怜恩君、十神白夜君、葉隠康比呂君、山田一二三君。
女子は朝日奈葵さん、戦刃むくろさん、江ノ島盾子さん、大神さくらさん、霧切響子さん、セレスティア・ルーデンベルクさん、腐川冬子さん、不二咲千尋さん、そして舞園さん。
以上の十五人が、これから一緒の教室で学園生活を送っていく僕のクラスメイトだ。見ての通り男子が僕を含め七人で女子が九人と、女子の方が多かったりする。
何だか個性が強そうな人達ばかりだけど……出来たら全員と仲良くしていきたい。
その後はプリントや学生証、電子生徒手帳などが各自に配られた。電子生徒手帳は希望ヶ峰学園特有の情報端末との事で、様々な機能を備えている高性能な端末らしい。
何でもIDとしての役割もあるらしく、これを呈示しないと利用できない施設もあるんだとか。なくさないよう、肌身離さず持ってないとな……。
ちなみに制服や体操服、それから教科書類といった物は、寄宿舎の各部屋に既に運ばれているらしい。入学前に学園側が運んでくれた自宅からの持ち込み品も、もちろん部屋に置かれているとの事。
受け取る物を受け取った後は、プリントを見ながら様々な話を聞いた。一年を通しての年間行事や明日からの授業日程、敷地内の区分についてや全施設の簡潔な説明などなど。
北地区、東地区、南地区、西地区にそれぞれ区分されてるみたいで、僕達が今いるこの校舎がある場所は東地区に該当するらしい。
敷地内の中央には中央広場もあって、寄宿舎まで来る際に実際に足を踏み入れたんだけど、木々が生い茂って噴水も設置されていたりと、広い公園のような場所だった。
ただ、この中央広場と東地区にいられるのは夜十時までらしい。それから朝の七時までは、備え付けの鉄柵が閉じられて進入出来なくなるみたいだ。
話が終わった後は教室で記念撮影を行い(ちなみに、舞園さんは僕の隣にきてくれた)、東地区から南地区へと移動した。
僕が今いる寄宿舎はこの地区にあり、他にはコンビニ・本屋・ショッピングセンターなど、様々な商業施設が併設されている。
つまりわざわざ学園の外に出なくても、生活に必要な物を揃えられるという事だ。前の夕闇高校や他の高校とはあまりにも違いすぎて、感嘆の溜め息が何度も出てしまった。
ゲームショップもあるみたいだし、新しいゲームはここで買う事になりそうだ。
そうして寄宿舎へと辿り着くと、生活上の注意事項や設備の説明を受けた。食事の開始時間や大浴場の入浴時間、貴重品を保管するロッカーやランドリーの利用について、などなど。
ちなみに言っておくと寄宿舎の利用料は無料で、母さんはそれを知った時『至れり尽せりね』なんて言ってたっけ。まあ、実際その通りだよな……。この待遇は正にその表現がぴったり当て嵌まる。
……と、長々と語っちゃったけど、あの後からの経緯はそんな感じだ。寄宿舎での説明を受けた後、最後にルームキーを各々手渡され――そこでようやく解散となった。
その後暫く皆と話を交わして(十神君と腐川さんは早々に部屋に行ったけど)、それから今に至るという訳だ。
「っと、ここだね」
やがて一つの部屋の前に辿り着き、一緒に足を止める。ドアには『苗木 誠』と書かれたネームプレートが飾られていて、すぐ側の壁には来客用に備えつけられたインターホン。
ここが、これから僕が日常生活を送る場所になるんだ。初めての寄宿舎生活……実家とは色々勝手が違うけど、早めに馴染めるといいな。
……さて、次に舞園さんの部屋だけど。割り当てられた場所は、一体どこだったのかと言うと――。
「うふふ……部屋まで苗木君とお隣同士だなんて、本当についてます」
すぐ側で嬉しそうに話す舞園さんの視線の先には、『舞園 さやか』と書かれたネームプレート付きのドアがある。そして僕の部屋からそこに行くまでには、数秒もかからない。
……そう。舞園さんが今言った通り、僕達の部屋は隣同士なんだ。部屋の割り当てを教えてもらった時、舞園さんは小声で『私達、お隣同士ですね!』と喜んでくれていた。
教室の席どころか、部屋まで舞園さんの隣。ひょっとしたら、僕は一生分の運を今日で使い果たしたのかもしれない……。
「苗木君、是非私の部屋に遊びにきて下さいね!」
「え……い、いいの? 僕が舞園さんの部屋に入っても……」
「当然じゃないですか、大歓迎ですよ? 私も苗木君のお部屋、ちょくちょく遊びに行きますね!」
「う、うん! 待ってるね」
「はい! 私もお待ちしてますっ」
約束を交わし、僕達はお互いに笑顔を浮かべる。友達になったとは言え、舞園さんの部屋に遊びに行けるなんて……!
舞園さんの事だから、やっぱり女の子らしい部屋なんだろうか。ぬいぐるみを置いてたりとか、お洒落な物が取り揃えてあるとか……何にせよ、すごく楽しみだ。
……でも、いざ入るとなるとかなり緊張しちゃいそうだな。何せ僕は妹のこまるを除けば、女の子の部屋に入った事なんて一度もない。
それなのに初めて入るのが、あの舞園さんの部屋なんだ。そんなの余計に緊張してしまう……。
「あ、そうだ! お話の続きなんですけど、苗木君のお部屋でしても構いませんか?」
「えっ!? ぼ、僕の部屋っ!?」
「はい! 早速お邪魔しちゃおうかと思って。お部屋の内装なんかも見てみたいですし」
「で、でも部屋の中は、男女で特に違いはないって……。それにまだ荷物も整理してないから、何ら面白味もないだろうし……」
「そんな事ないですよ? 苗木君のお部屋ってだけで、私は興味津々ですから。……それともやっぱり、いきなりお邪魔しちゃうのは失礼だった、とか……」
舞園さんはしゅんと、申し訳なさそうに視線を落とす。僕は焦り、咄嗟に両手をぶんぶんと振って否定した。
「そ、それは違うよ! びっくりしちゃっただけで、いきなり入っちゃ駄目とか、そんな事全然ないから!」
「そう……ですか? それならいいんですけど……。でも、ごめんなさい。驚かせちゃって」
「う、ううん、気にしないで。ちょっと待っててね、今開けるから」
ドアの目の前まで歩み寄り、握っていたルームキーを持ち替えて鍵穴へと差し込む。まさか、いきなり部屋に入りたいと言われるなんて思いもしなかった……。
よくよく考えたら、部屋に女の子を入れるのだって初めてなんだよな。その最初の人も舞園さんになるなんて……嬉しいけど、やっぱり緊張してしまう。
(……二人きりに、なるんだもんな)
部屋の中で話すって事は、つまりはそういう事になる。舞園さんと部屋で二人きり……まさか、初日からこんなイベントが起きるなんて。
何だか、漫画の主人公にでもなった気分だ。まあ、僕が主人公なんてちっとも相応しくないけど……。
程なくして鍵を解き、ドアノブを回してゆっくりとドアを開く。僕はそのまま横に逸れて、『どうぞ、舞園さん』と先に入るよう促した。
「いいんですか? 私から入っちゃっても」
「うん。構わないよ」
「ありがとう御座いますっ。それじゃ、失礼しますね」
舞園さんは気分を弾ませた様子で、部屋の中に足を踏み入れる。続いて僕も中に入り、一緒に奥の方へと進んでいった。
「わあ……広いですね!」
部屋の中央で立ち止まり、中を見渡しながら嘆声を漏らす舞園さん。隣に立つ僕も同じように、ただただ感心するしかなかった。
――寄宿舎の部屋の中は、一人用だとはとても思えない程の広さを有していた。実家の部屋の二倍はある気が……いや、下手したらそれ以上かもしれない。
これくらい広いと、大人数でも余裕でわいわい騒げちゃいそうだな……。これまで散々驚かされてきたけど、新しい所に来る度にそうせずにはいられない。
「すごいね。一人でこんなに広い部屋を使えるなんて……」
「それでいて無料なんですもんね。本当にいいんでしょうか……」
部屋の中には入口付近のクローゼットを始め、純白のシーツが敷かれたふかふかのベッド、複数人でも利用出来そうな程大きい作業机。
それから椅子が二脚添えられてある円形のハイテーブル、縦横二列で計四列の横に長い収納棚、専用の台に設置された高級感溢れるテレビ……など、様々な家具が備えつけられてある。
収納棚の上には制服や体操服に教科書類が、ハイテーブルの側には複数のダンボール箱が置かれていた。あのダンボール箱の中に、僕が持ち込んだ物の数々が収められているはずだ。
持っていたルームキーや配布された物達を、ハイテーブルの上に置く。色々見て回ろうという事で、僕達は手始めにベッドに向かい、シーツ越しにマットレスを触ってみた。
「わ、ふかふかですね。とっても弾力があります」
「本当だね……すごく寝心地良さそう」
「これなら毎日安眠出来そうですね。あの、良かったら座ってみてもいいですか?」
「も、もちろん」
舞園さんがスカートを両手で抑えながら、そっとベッドの上に腰を下ろす。
……まだ一度も使ってないとは言え、自分のベッドに舞園さんが座っているんだと考えると、妙にどきどきしてしまう。ただでさえ、部屋に二人きりな訳だし……。
自分だけ立ってるのも何だと思い、僕も少し距離を空けて隣に座った。自然と上がる心拍数を感じながら、ベッドに手を沈めて柔らかい弾力を味わう。
「ふふっ、座ってみるとふかふかなのがより実感出来ますね」
「うん」
こんなに柔らかいベッドで寝たのは、せいぜい家族旅行の時くらいだ。そんなベッドを、これからは毎日使う事が出来る。感動モノだけど、何だか恐れ多いな……。
「そう言えば苗木君、今日は随分と早起きでしたよね。普段も朝起きるのは早い方なんですか?」
「うーん……普通、かな? 早すぎず遅すぎずって感じだね。一応、早く起きる事も出来るけど……」
再会したあの時、舞園さんは校舎側からホールに向かってきた僕を不思議に思っていたらしい。だから早く起きて五十分も前に集合した事、暫く校内見学をしていた事なんかを教室で話したんだ。
そしたら石丸君の耳にも入ったようで、やたらと悔しがってたな……。何でも僕を除けば一番早く来ていたらしく、こだわる辺り流石は『超高校級の風紀委員』といった所だろうか。
「舞園さんはやっぱり早い方、だよね?」
「そうですね。お仕事の関係もありますけど、小さい頃からの習慣が染みついて、早く起きるのが当たり前になりました。ふふ……もし起きる時間が重なったら、苗木君と一緒に朝ご飯を食べられそうですね」
「そ、そうだね。だったら僕、毎日早めに起きようかな……」
「え、本当ですか?」
「うん。出来たら、舞園さんと一緒に食べたいし……」
「わあ……ありがとう御座います! それなら、今日のお昼も一緒に食べましょう?」
「う、うん。喜んで」
「うふふ……苗木君と一緒のご飯、楽しみです」
僕もすごく楽しみだ。中学の時は一緒に昼食を食べるなんてとても考えられなかったけど、これからは簡単に……それも朝食だって一緒に食べられる。
再会してから舞園さんとずっと一緒だし、僕、今すごく幸せ……。
そんな風に内心ほわほわと気分を浮き立たせながら、僕達は次に作業机の方へと移動した。
つやつやした表面を撫でてみると、触り心地の良さが掌に伝わる。
「ベッドもそうですけど、この机も大きいですよね。一人用だとは思えません」
「これだけ大きいと、広いスペースが必要な作業でも困らないね」
まあ、僕はそんな作業には縁がないけど……作家の山田君や腐川さんなら、やっぱり重宝するのかな?
そう言えば、部屋で勉強をする時はこの机を使う事になるのか。こんなに大きい机を使えるんだから、勉強だってぐんとやる気が……出るなんて事は、もちろんない。
机の引き出しの中はと言うと、当然何も入っておらず大半は空っぽだ。ただ説明された通り、下段の大きめの引き出しの中には、絆創膏や消毒液などと言った医療道具が豊富に揃っていた。
一人で出来る応急手当程度なら、わざわざ医務室に行く必要はないという訳だ。
「これなら、お部屋で転んじゃっても大丈夫ですね?」
「ま、舞園さん……」
「ふふっ、冗談ですよー」
流石の僕でも、部屋で転びはしないと思うけど……まあ、一応気をつけておいた方がいいか。
医療道具は他にも体温計や冷却シートがあり、これなら風邪を引いた時にも対処出来そうだ。僕は風邪をひき易い体質だし、それなりにお世話になると思う……。
次に僕達が向かったのは、専用の台に設置された高級そうなテレビだ。大画面で薄型の、いかにも値段の張りそうな物。
これでゲームをしたら迫力ありそうだな……。
「随分高そうなテレビですよね。お幾らするんでしょう……」
「うーん……テレビの値段なんて詳しく知らないけど、五万は越えてるとか? いや、下手したら十万行ったりして……」
一体、僕のお小遣いの何ヶ月分なんだろうか。舞園さんは年収とかすごそうだから、この程度の物は余裕で買えるだろうけど……。
とは言え舞園さんの性格上、お金遣いが荒いなんて事は全くないと思う。やっぱり貯金に回したり、お家に入れてそうなイメージだ。
「万が一壊しちゃったら、罪悪感がすごそうですね」
「な、何かそう言われると怖くなってきたよ……」
「やだ、別にそんな心配する事ないじゃないですか。倒れ易い訳でもないんですから」
「まあ、そうなんだけど……」
でも基本不運な僕の事だから、その万が一が有り得ないと言い切れないのが怖い。このテレビを扱う時はなるべく慎重になろう……。
試しにリモコンで電源を入れてみると、朝のニュースが画面に映った。よくよく考えたら、この大画面でテレビの舞園さんを見られるんだよな……楽しみだ。
目の前で見る本物はやっぱり格別だけど、テレビ越しに活躍する舞園さんだってとても魅力的だし。
テレビの前から移動して、次にハイテーブルの前にやってきた。作業机と同じく表面には光沢が走っていて、ついつい触ってしまう。
「椅子が二脚あるのは、やっぱり来客用の為なんだろうね」
「そうだと思います。お部屋を見て回った後は、ここでお話の続きをしましょうか?」
「うん。そうしよっか」
もちろん、舞園さんの部屋にも同じ物があるんだよな。遊びに行ったら、そこで話を弾ませる事になるんだろうか。
でも、やっぱり緊張するだろうから……何か、変に畏まっちゃいそうだ。椅子に座って固まる自分が容易に想像出来て情けない……。
「えっと……このダンボール箱の中に、苗木君の持ち込んだ物が入ってるんですよね?」
「そうだよ。多分、舞園さんの部屋もテーブルの側に置いてあるんだろうね」
「きっとそうでしょうね。出来たら今日中に整理したい所です」
僕も、整理はなるべく早い内に済ませたい。舞園さんが次に遊びにきた時にまだ段ボールが置いたままとか、想像するだけでかっこ悪いし……。
それにしても……舞園さんの持ち込み品か。何があるんだろう、すごく気になる。でも、女の子の持ち込み品を詮索するのはやっぱり良くないよな……。
「…………」
ただ、ふと横を見てみると、舞園さんはダンボール箱をじーっと見下ろしていた。……もしかして、舞園さんも僕の持ち込み品が気になるとか?
だけど見るだけで何かを言い出す訳でもなく、僕達はすぐ近くにある収納棚の方へと足を進ませた。
とは言え棚自体にこれといった特徴はなく、僕達の関心は自然と上に乗せられている制服などに向けられる。
「これが希望ヶ峰学園の制服だね。ブレザーなんだ」
厚いビニールに包装された焦げ茶色のブレザーを手に取る。他には同じく焦げ茶色のスラックスが夏用と冬用、そのスラックス用のベルト。
他には長袖と半袖の真っ白なカッターシャツが数着ずつ、真っ赤なネクタイ、クリーム色のベスト、体操服と紺色のジャージが上下共に数着ずつ、学園指定のバッグ……など、色々と置かれていた。
夕闇高校の制服はこの通り真っ黒の学ランだったから、何だか新鮮な感じがする。けど、いかにも名門校の制服って感じだな……。僕が着ても服に着せられる事になりそうだ。
「女子のは所々違うんでしょうけど、大体は同じなんでしょうね。制服自体は今着てる方が好みなんですけど、希望ヶ峰学園の制服もシックな感じで悪くないと思います」
「舞園さんなら、希望ヶ峰学園の制服もよく似合いそうだね」
「うふふ、ありがとう御座います。苗木君もよく似合いそうですし、明日のお披露目が楽しみですよ」
「ぼ、僕は全然似合わないと思うけど……」
「ううん、きっと似合いますよ。今の学ランだって、よく似合ってますから」
「そ、そう? ありがとう……」
舞園さんに褒められると、普通の何倍も嬉しいな……。楽しみにしてもらってると分かると、早くこの希望ヶ峰学園の制服を着たくなってきた。
「そう言えば、制服に着用義務はないって言ってましたね。セレスさん辺りは着ないような気がします」
「あの服、同じの何着も持ってるって言ってたしね。恐らく、あれを制服代わりに着てくるんじゃないかな……」
「確かゴスロリ衣装、って言うんでしたよね。でも私、初めて見た時は舞台衣装かなって思っちゃいました」
「はは、見えなくもないかも」
新入生の中だと、舞園さんや大神さんを除けば、セレスさんは取り分け僕の目を引いていた。あの衣装の時点でそうだけど、何より名前が……。
外国人にしては日本語がえらい流暢だったし、やっぱり日本人……だよな? そうなると、やっぱりあれは偽名なんだろうか。うーん……謎だ。
それから山積みになった教科書を、お互い適当にパラパラと捲る。舞園さんや皆と楽しく学校生活を送る為にも、授業についていけるようにしないと。
……舞園さんは僕より頭がいいだろうし、もしかすると教えてもらえたりするんだろうか。
少なからず憧れてたシチュエーションだけど……まあ、出来る事なら教えてもらわなくても済むくらい、勉強が出来るようになった方がいいよな。
「あのドアの向こうがシャワールーム、ですよね?」
「だろうね。覗いてみよっか」
僕達が最後に向かったのは、部屋の一角に備えつけてあるシャワールームだ。ドアを開き、一緒に入口から中を窺う。
「わあ、ガラス張りになってますね。まるでホテルみたいです」
「これをいつでも使えるって言うんだから、流石としか言いようがないよね……」
舞園さんも言ってる通り、備えつけのシャワールームは、まるでホテルに来てるかのような錯覚を起こさせた。
入って左には大理石造りの洗面台と大きな対面鏡があり、分厚いガラスで出来た仕切りとドアの向こうには、高級感を漂わせているトイレとシャワーユニットがある。
シャワーの側のホルダーにシャンプーらしき物が置かれてるけど、あれもきっと高級なんだろうな……。
「でも、基本的には大浴場を利用する事になりそうかな。やっぱりお湯に浸かりたいし」
「私もです。お湯に浸かった方が疲れも取れますもんね」
「う、うん」
何気なく返された言葉に、僕はぎこちなく頷く。……同じ言葉でも、舞園さんが言うとどうしても強く意識してしまう。
やがてその意識は想像となり、頭の中に湯気を漂わせた舞園さんの入浴姿がほわほわと――
(……って、駄目だ駄目だ!)
ほんの一瞬浮かんだ煩悩を、すぐさま頭を振って振り払う。な、何を考えてるんだ僕は。すぐ側に舞園さんがいるのに、にゅ、入浴姿を想像しようとするなんて……!
「どうしたんですか?」
「あ、い、いや、何でも……!」
「……? ふふ、変な苗木君っ」
慌てる僕を見て、くすくすとおかしそうに笑う舞園さん。……ホント、何度見ても癒される笑顔だ。純粋無垢とか天真爛漫とか、そんな言葉がすごく似合う……。
(けど、これ以上シャワールームを見てると、また色々と想像しかねないな……)
「あ、もう閉めても大丈夫ですよ。充分見ましたから」
「あ、うん」
なんて思っていると舞園さんがそう言ってくれて、僕はシャワールームのドアをぱたんと閉じた。ずっと見続けていたら、今度はシャワーを浴びてる所を想像しちゃってたかも……。
とまあ、それはさておき。これで部屋の中はあらかた見て回った。今からは――
「えっと……じゃあ、そろそろ話の続きに移ろっか?」
「はい!」
舞園さんは元気よく頷く。入学式の前から心待ちにしていたこの時間が、ようやく訪れた。舞園さんも同じみたいで、溢れんばかりの嬉しさをその表情に湛えている。
一緒にハイテーブルまで向かい、椅子を引いてそれぞれ腰を下ろす。……楽しみにしてた話の続きだけど、いざするとなると何か少し緊張してきた。
と、改めて二人きりな事を意識していると、舞園さんが座ったまま、部屋の中をきょろきょろと見回し始めた。
「どうしたの? 舞園さん」
「あ、いえ……今更なんですけど、少し感慨深くなっちゃって。男の子のお部屋にいるんだなあ、って」
「え? ……もしかして、男子の部屋に入るのは初めてとか?」
「はい、そうですよ? そんな機会、今までありませんでしたからね。ただでさえお仕事が忙しかったですし……そもそも、そこまで仲の良い男の子の友達がいなかったんですけど」
「そ、そうなんだ……」
……って事は、彼氏なんかもいないって事でいいのかな? そうだと分かると、何か妙に安心してしまった……。
でも、仲の良い男友達すらいないのは意外だな。舞園さん、すごくモテそうなのに。……何にせよ、初めて入る男子の部屋が僕の部屋だなんて、無性に嬉しい。
「……苗木君はやっぱり、女の子の部屋に入った事はあるんですか?」
「へ!? い、いや、ある訳ないよっ! そもそも、女の子の家に遊びに行った事だってないし……!」
……何か、言ったら猛烈に虚しくなってきた。まあ、事実だから仕方ないんだけどさ……。
「そうなんですか? ……じゃあ、お家やお部屋に招いた事は?」
「そ、それもないけど……」
「そうですか……となると、私が初めてのお客さんになるんですね。うふふ」
そう口にする舞園さんは、僕の目にはとても喜んでいるように映った。気の所為……なんかじゃないと思う。何だか僕も余計に嬉しくなってきた。
(それにしても……)
ホント、夢みたいだ……舞園さんが僕の部屋にいるなんて。部屋の中で二人きりだなんて……。
こうして向かい合うと、ついついじっくりと見てしまう。顔や髪なんかもそうだけど、この白い肌なんかも。
触れてみるとすべすべしていた、舞園さんの美しさを一層際立たせている綺麗な肌。近くで見ると本当に真っ白で……まるで、お人形さんみたいだ。
「人形じゃありませんよ? 生きていますから」
……ん? 舞園さん、何を言――
「って、あれ!? もっ、もしかして、僕今口に出してた!?」
「うふふ……実は私、エスパーなんです」
「……は?」
思わず取り乱した僕に対して、舞園さんは間髪いれず、そんなとんでもない事を笑顔で打ち明けた。
エ、エスパー……ってつまり、今僕の考えていた事に返事が出来たのは、心の中を読み取ったからだって言いたいんだろうか。
でもまさか、そんな事が出来るなんて……。幾ら舞園さんがすごいからって、流石にそこまでは……。
「あはは、冗談ですっ! ただの勘ですよ」
と、僕がそんな風に訝しんでいると、舞園さんは両手を横に振りながらそう言った。
「な、何だ……はは」
「ふふっ」
勘だったのか……まあ、エスパーなんて実在するとは思えないしな。ただ、勘だとしてもそれはそれで鋭すぎる気がする……。
「それにしても、何だか不思議ですね。まさかこうして苗木君と仲良く話せる日が来るなんて、思ってもいませんでしたから……本当、嬉しいです」
「ぼ、僕もだよ。入学前から舞園さんと仲良くなれたらいいなって思ってたけど、まさかこんなすぐになれるなんて……」
「そう思ってくれてたんですか? ありがとう御座います! ……でも苗木君、どうして中学の時は話しかけてくれなかったんですか? それ所か、目だってあんまり合わせてくれませんでしたし……」
「そ、それはほら、舞園さんみたいな人気者に話しかける勇気がなくて……。だからって、あんまりジロジロ見る訳にもいかなかったし……」
正しく根黒六中のアイドルだった舞園さんは、いつだってたくさんの生徒達に囲まれていた。そんな中僕が声をかけるだなんて、そんなの到底無理な――
「……って、あれ? 舞園さん、どうして知ってるの? 僕が目もあんまり合わせなかったって……」
「私が、苗木君の事をちょくちょく見ていたからですよ」
「……え?」
舞園さん、今なんて……? 聞き間違いじゃなければ、僕の事をちょくちょく見てた、って……。
「実は……中学の時はずっと、苗木君に話しかける機会を窺っていたんです」
「僕に……話しかける機会を……?」
「はい。……でも、私の周りにいつも人がいた所為で、結局話せず終いで卒業……。それがずっと心残りだったんです」
舞園さんの口から明かされた、衝撃的な事実。……全然、気づかなかった。まさか、舞園さんが僕の事を見てくれてたなんて……その上、話しかけようともしてくれてたなんて。
けど、そうか。中学の時に不思議と目が合う事が多かったのは、そう言う事だったのか……。
でも――。
「な、何で僕の事をそんなに気に掛けてくれてたの? あの頃は僕と舞園さん、接点なんてまるでなかったのに……」
クラスメイトでもないただの一生徒に過ぎなかった僕を、一体どうして……。気になってそう尋ねると、舞園さんは思い返すような表情で話し始めた。
「……中学一年生の時、学校の池に大きな鳥が迷い込んで来ましたよね?」
「え? あ……うん。えっと、確か鶴だったよね?」
あったな、そんな事も。雀みたいな小鳥ならともかく、ただでさえ珍しい鶴があんな所に現れたもんだから、学校全体が騒然としてたっけ。
あの日はずっと、その話題で持ち切りになってたんだよな。あれももう、今から四年も前の事なのか……懐かしいや。
「はい。すごかったですよね、だって鶴ですもんね。余りにも珍しくて、学校中で注目の的になっていました。とは言え、池に迷い込んだまま放置する訳にはいかなくて……でもあんまり大きな鳥だから、先生達ですら手に負えず、何も出来ませんでした。それを……」
舞園さんはそこで一瞬だけ間を空けると……これまで以上にまっすぐに、僕の目を見つめ始めた。
「……苗木君が逃がしてあげたんですよね? あの鶴を、学校の裏の森まで……」
「た、確かにそうだけど……でもあれは、飼育委員だった所為で無理矢理やらされただけで……」
先生達ですら手を拱いてたのに、どうして生徒が……それも一年生の僕がやらないといけないんだって、頼まれた当時すごく嘆いたのを覚えてる。
『普段から人一倍動物の世話をしてあげてるから』って、学校で飼ってる動物達と鶴じゃ訳が違うのに……って。
だけど断る訳にもいかなかったし、結局昼休みを使って裏の森まで逃がす事になったんだ。
靴下と靴を脱いで、大勢いるギャラリーの視線を一重に浴びながら、池にいる鶴にそーっと近づいて行って……そして、両腕で抱き締めるように捕まえて。
鶴は最初の内は暴れに暴れてたけど、とにかく必死に宥めていたらその内大人しくなったんだよな。それから抱き抱えたまま裏の森まで歩いて行って、そこで僕は鶴を解放してあげた。
ほんの少しの間その場をうろちょろしてたけど、やがて一度僕の方に振り向いてから、鶴は空に向かって羽ばたいて行った。……と、それがあの日の一部始終だ。
「それでも私、すっごく感心したんですよ? まさか自分と同じ学年に、あんな事が出来る人がいるなんて、思ってもいませんでしたから」
「はは……僕も、出来るかどうか不安だったけどね……。それにしても、舞園さんも見てたんだね。気づかなかったよ」
「私以外にもいっぱい人がいましたからね。気づかなくても無理はないです」
鶴を捕まえてから森に逃がすまでの間は、たくさんのギャラリーに柵越しにずっと見られていた。それが何とも照れ臭かったんだけど……あの中に舞園さんもいたんだな。
鶴を抱き抱えて裏の森まで運ぶ僕の姿を、その目で見てくれてたんだ。ひょっとしたら、鶴を捕まえる前から見てくれてたのかも……。
「それでその一件を機に、苗木君の事をちょくちょく見るようになったんです。あの鶴を助けてあげた苗木君と、一度話してみたくて……。卒業して離れ離れになってからは、もう叶わないと思ってましたけど……でも、四年越しにようやく実現する事が出来ました。それだけじゃなく、友達にだってなれて。これも、苗木君が希望ヶ峰学園に選ばれてくれたお陰です」
「舞園さん……」
平凡な僕と高翌嶺の花だった舞園さんに、接点なんてないと思ってた……けど、そうじゃなかった。
舞園さんはあの時をきっかけに、それからずっと見てくれていたんだ。卒業するまで三年もの間、ずっと……。だからこそ、僕と再会出来てあんなにも喜んでくれてたんだ。
……あの鶴の一件だけど、実を言えば中学の思い出の一つだったりする。森に逃がしてやるのは確かに大変だったけど、何だかんだで楽しくもあったから。
鶴に触れられる機会なんて滅多にあるもんじゃなかったし、貴重な経験と言えば貴重な経験だった。そんな思い出が、舞園さんが僕を見るようになったきっかけになってたなんて……。
形こそ違うけど、これも一種の『鶴の恩返し』と言えるんじゃないだろうか。
「今朝は本当にびっくりしましたよ? 誰かが転んじゃったみたいなので駆け寄ったら、あの苗木君だったんですから。夢みたいでした。……でも、夢じゃないんですよね。だって、こうして目の前でお話してるのは、紛れもなく苗木君ですもんね」
「う、うん」
テーブルの上に置いていた僕の両手を、伸びてきた舞園さんの両手がぎゅっと握り包む。舞園さんの喜びが、温もりを通して僕にも伝わってくるようだった。
「その……そう考えると、何だかドラマチックだね。僕達がこうして再会出来たのって……」
「……うふふ、そうですね。ドラマチックですよね。苗木君が主人公で、私がヒロインです」
「は、はは……舞園さんがヒロインはともかく、僕が主人公は似つかわしくないけどね」
「そんな事ないですよ? 私はぴったりだと思います」
「そ、そう……?」
「はい! ……でも、ヒロインって何か照れ臭いですね。自分で言っておいて何ですけど……」
舞園さんは僕の両手から手を離すと、今度はほんのりと赤らんだ自分の両頬に添えた。照れてる舞園さん、すごく可愛い……。
でも、照れ臭いのは僕だって同じだ。舞園さんがヒロイン……少し意識するだけでも、頬は更に熱を増していった。
「何か私達の距離って、一気に縮んだと思いませんか? あんなに遠く感じられた苗木君が、今はこんな近くにいますし……」
「うん……そうだね。もし中学の時に話せる機会があったら、今みたいに仲良くなれてたのかな……?」
「きっとなれてたはずですよ。そしたら私、毎日二組に遊びに行ってたと思います」
「もしそうだったら僕、学校に通うのがもっと楽しみになってたと思うよ」
ただ、クラスの男子から羨望と嫉妬の視線の集中砲火を浴びる事になってただろうけど……いや、クラスだけじゃないな。学年全体、下手したら学校全体か……。
「ふふっ、私もです。……でも、それも今では現実の物となりました。これからの学園生活が、毎日楽しみで楽しみで仕方ないんです。何て言ったって、中学の時と違ってこれからは同じクラスですからね。その上席も隣なので、いつでも気軽にお話する事が出来ます。苗木君、いっぱいお話しましょうね。私、どんどん話しかけちゃいますから!」
「……うん! 僕も、いっぱい舞園さんに話しかけるよ」
「はい! 心待ちにしていますっ」
そうして、僕達はお互いににっこりと笑い合った。今まで話せなかった分を取り戻すつもりで、これから舞園さんとたくさん話をしていきたい。色々な話を積み重ねて、もっともっと仲良くなりたいな。
「そうそう。実はですね、苗木君の事は卒業してからもアルバムを通して見ていたんですよ。苗木君が映ってる写真を、時折眺めさせてもらってたんです」
「そ、そうなの? ありがとう……」
僕と同じだ。僕も卒業後はたまにアルバムを開いて、舞園さんが映っている写真を眺めていた。まさか、舞園さんも同じ事をしてたなんて……。
「それでですね……実は私、アルバムをここに持ち込んでて……」
「あ、舞園さんもなんだ? 実は、僕も持ち込んでるんだけど……」
「わあ……! 苗木君もなんですか?」
「うん。もし舞園さんと仲良くなれたら、その時は一緒に見たいなって思って……。その、良かったら今から見ない?」
「はい、是非! 私もちょうど今、そのお誘いをしようと思っていたんですよ。苗木君から誘ってもらえるなんて嬉しいです」
僕の誘いを、舞園さんは快く受け入れてくれた。まさか初日から見られるなんて、再会前の僕なら思いもしなかっただろうな……。
それに、舞園さんは僕を覚えてくれてたんだ。覚えてもらえてなかった場合よりも、何倍も、何十倍も楽しく見る事が出来る。
「じゃあ、アルバムを取り出すね。ちょっと待ってて」
言うが早いか、僕は浮ついた気分で椅子から立ち上がる。
「あ、苗木君」
「ん?」
と、すぐさま側にあるダンボール箱の前に屈み込もうとした所で、舞園さんが僕を呼び止めた。
「どうしたの?」
「えっと、持ち込んでる物ってアルバムの他にもあるんですよね?」
「うん。そうだけど……」
これから寄宿舎で生活を送っていく訳だ。アルバム以外にもパジャマや私服といった衣類、それから漫画やゲームといった娯楽物なんかも、全部こっちに持ってきてある。
「でも、それがどうかしたの?」
「その……差し支えなかったら、持ち込んだ物を色々見せてもらえませんか?」
「え? ぼ、僕の持ち込んだ物を……?」
「はい。苗木君がどんな物を持っているのか、すごく興味があって……」
「え、えっと……」
さっき思った通り、やっぱり舞園さんは僕の持ち込み品が気になってたみたいだった。
で、でもどうしよう。興味を持ってもらえるのは嬉しいし、見せるのは別にいいんだけど……ただ、一つだけ小さな問題があると言うか。
僕が持ち込んだ物の中には、少しだけ見せ辛い物があって……。
「あ……やっぱり駄目でしたか? そうですよね、友達になったばかりなのに、流石に図々しすぎますよね……」
「あっ、いや、別に駄目なんて事はないよ! 見られたくない物がある訳でもないし……全然、見ても構わないから!」
「本当……ですか? その、無理にとは言いませんよ?」
「大丈夫だよ、気にしないで」
本当は前述した通り見せ辛い物があるんだけど、だからと言って『見られたくない』って訳じゃないし。その見せ辛いっていうのも、正しく言えば『見られると恥ずかしい』で……。
それに、僕達はもう友達なんだ。いずれは見せる時が来る訳で、せっかく興味を持ってくれてるんだから、それなら早く見せてあげた方がいいよな。
……多分、舞園さんは見たら喜んでくれると思うし。
「それならいいんですけど……じゃあ、見させてもらっちゃいますね?」
「うん」
舞園さんも椅子から立ち上がり、僕の隣にやってくる。一緒に屈み込んでから、僕は手前の小さいダンボール箱のガムテープに手を掛けた。
わくわくしている舞園さんに眺められながら、べりべりと剥がして箱を開封していく。そして、全てを剥がし終えると――そっと蓋を開いて中身を見せてあげた。
「あっ……!」
直後、舞園さんは小さく声を上げて驚く。
「これって、私達のCD……!」
それから驚いた表情のまま、一番上に収められていた物の内の一つを手に取った。――見ての通り、『見られると恥ずかしい』物というのは、舞園さん達アイドルグループのCDだったんだ。
僕が持ってきた娯楽物の中には、このCDだって当然含まれていた。舞園さん達のCDはデビュー曲から最新曲まで、欠ける事なく全て揃えてある。
本人がいるからって持っていかない理由にはならないし、こうして寄宿舎に持ち込んだ訳だけど……でも、いざ見られるとやっぱり恥ずかしいな。
「苗木君、買ってくれていたんですか……?」
「うん。その、まだ言ってなかったけど……実は、僕も舞園さんのファンなんだ」
「わあ……そうだったんですね! 嬉しいです!」
舞園さんはCDを両手に持ったまま、はち切れんばかりの笑顔を僕に向けた。思った通りだ。すごく喜んでくれてる……!
「私達の曲、全部聴いてくれてたんですね」
「もちろん、テレビも観てたよ。舞園さんの出演する番組は、欠かさずチェックしてたし……」
見逃しちゃう時もあったけど、画面越しに舞園さんを観るのをいつも楽しみにしていた。何度も観る為に、録画をした事だってある。
それは中学で舞園さんを遠目に見ていた時も、卒業して離れ離れになった後も――希望ヶ峰学園の入学通知が届いてから、再会出来るのを楽しみにしていた昨夜までも。
ずっと、変わらずそうしていた。
「そうだったんですか……。学校以外でも、私の事を見てくれていたんですね」
「舞園さんは色んな番組に出てたから、卒業後も姿を見る機会は幾らでもあったよ。テレビだけじゃなくて、雑誌なんかでも……」
「あ、雑誌もなんですか? 苗木君にそんなに見てもらえてたなんて……感激です」
舞園さんはしみじみと、感慨深そうに口にする。それは僕の台詞でもある。舞園さんにここまで喜んでもらえるなんて、僕の方こそ感激だ……。
「えっと、舞園さん。それで良かったら、そのCDにサインしてもらってもいいかな……?」
「はい、喜んで! えっと、ペンは……」
「あ、僕が出すよ」
ダンボール箱の中にある筆箱から太めの油性ペンを取り出して、舞園さんに手渡す。実はサインをしてもらえる時の為に、あらかじめ用意しておいたんだ。
「ありがとう御座います。それで、どこに書いたらいいですかね?」
「ジャケットの背景の、色が薄い所にお願いしてもいいかな? 出来たら、それなりに大きめに……」
「分かりました! 少し待ってて下さいね」
ケースから取り出したジャケットを渡すと、舞園さんは僕が指定したスペースにすらすらと文字を書いていく。流石舞園さん、書き慣れてるな。って言うか、字が女の子らしくて可愛い。
クイズ番組なんかでも観た事はあるんだけど、やっぱり生で見ると感動する。何て言ったって、これは僕へ直接宛てられた直筆のサインなんだし……。
程なくして舞園さんはサインを書き終わると、ジャケットを丁寧にケースに戻して、CDを両手で僕に差し出してくれた。
「はい、どうぞ! こんなサインで宜しければ」
「ありがとう、舞園さん! これ、宝物にするね」
「そ、そんな、宝物だなんて……大袈裟ですよ?」
「ううん、そんな事ないよ。今まで以上に大事にするから」
「苗木君……。うふふ、ありがとう御座います。そう言ってもらえて光栄ですっ」
ケース越しに浮かぶ、舞園さん直筆のサイン。『舞園さやか』のすぐ下には、少し小さく『苗木くんへ』とも書かれてある。
『へ』の隣にあるハートマークが何だか照れ臭い……でも、すごく嬉しいや。大切に、大切に保管しよう……。
サイン入りCDを机に置いて、僕達はまたダンボール箱の前に屈み込む。
「CDの下に卒業アルバムが入ってるはずだよ。この箱の中にあるのは、後は勉強に関する物くらいだね」
「なるほど……他には何を持ち込んだんですか?」
「えっと……漫画とかゲームとか、そういう物ばっかりなんだけど……」
他のダンボールも開封して、中にある漫画やゲームを舞園さんに見せてあげた。僕が持っている漫画やゲームソフトは、どれもランキングで一位になる物ばかりだったりする。
流行に流され易いというか……まあ、それだけ僕が凡庸な人間だって事だ。
「わあ、いっぱいありますね! 漫画やゲーム、好きなんですか?」
「うん。舞園さんはやっぱり、読んだ事とか遊んだ事はあんまりない……よね?」
「そうですね……漫画はともかく、ゲームはほとんどした事がないです。でも、最近のってすごいですよね。映像が本物みたいに綺麗だったり、自分の手の動きがゲームにもそのまま反映されたり……」
「昔とは随分違うよね。昔のは昔ので味があって、独特の面白さがあったけど……って、ごめん。こんなの言われても分からないよね……」
「ふふ、気にしなくてもいいのに。苗木君がゲームで遊んでる所、見てみたいです」
「え? ぼ、僕が遊んでる所なんて、見てもつまらないような……」
「つまらなくなんてないですよ? 私は苗木君が好きな事をしている所、見てみたいです。中学の時に見る事が出来たのは、学校生活だけですからね。これから一緒に寄宿舎で生活を送っていく訳ですし、そんな日常的な一面だって知りたいんです」
「そ、そっか」
まあ、僕だって舞園さんの事なら何でも知りたいしな……。アイドルのお仕事に関する事とか、休日の過ごし方とか、好きな物や苦手な物とか。
これまで知りようがなかった事を、色々と知っていきたい。
「ふふ、機会があったら隣で眺めさせて下さいね?」
「う、うん」
……思わず頷いちゃったけど、舞園さんに隣で眺められるってすごく緊張しそうだ。
ただでさえ、長らく隣にいると甘い香りに酔いしれそうになるのに……操作ミスを連発する自分の姿が、容易に想像出来てしまった。
「ダンボール、まだ一つ残ってますね。この中には何が?」
「あ、これは服だよ。家にあったのはほとんど持ってきたんだ」
「なるほど、服ですか。気になりますけど、服は流石に見ちゃう訳にはいきませんよね……」
「僕は、別に構わないけど……」
下着に関しては、一番下にあるから何とか見られずに済みそうだし。それに、変な服を持ってるって訳でもないしな。
「そうですか? んー……でも、やっぱり後の楽しみに取っておこうと思います。苗木君が実際に着ている所を見たいですから! 苗木君の私服姿、とっても楽しみです」
「ぼ、僕も舞園さんの私服姿、楽しみだな……」
「本当ですか? ご期待に添えられるといいんですけど。ふふっ、週末が待ち遠しいです」
舞園さんの私服姿を見る事が出来たのなんて、中学の時の修学旅行くらいだったんだよな。制服姿しか見れてなかった分、いつにも増して可愛く見えたなあ……。
これからは間近で色々な服装を見られる訳だし、寄宿舎生活様々だ。色々な舞園さんを、しっかりこの目に焼きつけないと。
「じゃあ、そろそろアルバムを見ましょうか? 持ち込んだ物、充分見せてもらえましたし」
「そうだね。そうしよっか」
ダンボール箱からアルバムを取り出し、それを片手に椅子に座り直す。アルバムを見るのも久し振りだな……最後に見たのは確か、入学通知が届いた日だったっけ。
「あの、苗木君。椅子、隣に寄せてもいいですか?」
「あ……う、うん。もちろん」
僕がそう返事をすると、舞園さんは自分の椅子を僕の椅子にくっつけた。そ、そうか。一緒に見るんだし、隣に座らないと当然見難いよな……。
『それじゃ、失礼しますね』と一言添えて、舞園さんはゆっくりと腰を下ろす。僕達の距離は、教室やベッドで座っていた時よりも遥かに近くなっていた。少し動けば肩が当たり合うような、そんなどきどきせざるを得ない距離。
立ってる時もこれくらい身体を近づけてはいたけど、二人きりの部屋の中で椅子を寄せ合って座るとなると、緊張の度合いがまるで違う……。
「わくわくしますね。今まで一人で見ていたアルバムも、苗木君と一緒だともっと楽しく見る事が出来そうです」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいな。舞園さん、好きに見ていっていいよ」
「いいんですか? それじゃあ……」
アルバム特有の厚いページが、舞園さんの白く華奢な手で一枚一枚と捲られていく。少しして二組のクラス紹介のページに差し掛かった所で、その手の動きは止まった。
「苗木君、見ーつけたっ」
そして、そのページの中にある僕の写真をぴっと指差す。何度も見ていてどこに写真があるのかは分かってたんだろう、手の動きに迷いは感じられなかった。
「はは、何か写真撮った時からあんまり変わってないね」
「そうですか? 写真の方は少し幼い感じがしますよ。今の苗木君は、ちゃんと高校生らしい雰囲気を持ってると思います」
「そ、そうかな?」
「はい!」
正直、自分じゃよく分からないけど……舞園さんにそんな違いを感じてもらえてるのは、やっぱり嬉しい。
「そう言えば、苗木君は私が何組だったかは覚えてますか?」
「うん。舞園さんは四組だったよね」
僕は四組のクラス紹介のページを開いて、舞園さんの写真を指差した。僕も何度も見てただけあって、スムーズに指を運ぶ事が出来た。
「ピンポーン、正解ですっ! んー……でも、自分の写真を見ても、今とどう違うのか今一分かりませんね。苗木君から見て、昔の私と今の私とで何か違う所ってありますか?」
「ま、まあ、あるにはあるけど……」
「本当ですか? 良かったら教えて欲しいです」
気になるんだろう、舞園さんは期待の眼差しを僕に向ける。
正直、口に出すのは恥ずかしいんだけど……こんなに期待されてるんだし、言わない訳にもいかないか。
「え、えっと……今の舞園さんは、中学の時よりも……その、更に綺麗になってるな、って」
「あ……」
僕が訥々と素直にそう言うと、舞園さんの白い頬はほんのりと赤らむ。
「そ、そうですか? ありがとう、御座います……。苗木君にそう言ってもらえるなんて、嬉しいです」
それから照れ臭そうな表情を浮かべて、人差し指と中指で額髪を梳きながらそう言った。その仕草は表情も相俟って、僕の目にはとても魅力的に映った。
中学の時は年相応にあどけなさがあったけど、今の舞園さんはどこか大人びた雰囲気を漂わせている。その違いは、僕にとっては一目瞭然だった。
とは言えあどけなさがなくなった訳じゃなく、言動にはちらほらと無邪気な所が窺えて、そこがまたとても可愛い。
「舞園さんとは廊下なんかで結構すれ違ってたんだけど、気づいてた?」
「もちろん! すれ違う際には、必ず苗木君を見ていましたから」
「……そうだったの?」
「そうだったんです。目が合うと嬉しかったですよ? と言っても苗木君、いつもすぐに逸らしちゃってましたけど……」
「そ、それはほら……舞園さんと目が合うと、やっぱり何か恥ずかしかったから……」
「……うふふ。苗木君って、恥ずかしがり屋さんなんですね?」
そう言うと、舞園さんは面白そうに僕の目をじーっと見つめ始める。たまらず僕は数秒も経たない内に、舞園さんから視線を外した。
無意識にならまだしも、こんな間近で意識的に見つめられると……。
「あ、また逸らしちゃって。そんな反応をされたら、もっと見ていたくなっちゃいます」
「も、もう。かわかわないでってば」
「あはは、ごめんなさい、ついつい。まあ、恥ずかしがり屋さんなのは、中学の時点で薄々感づいてましたけどね。出来たら、もうちょっと目を合わせて欲しかったですけど」
「ご、ごめん……」
「あ、別に気にしなくていいんですよ? だってこれからはすぐ側で、好きな時に合わせる事が出来ますもんねっ」
「……うん」
あの時はお互いに見ているだけの関係だったけど、今は違う。目を合わせるだけじゃなく、仲良く話す事だって出来るんだ。
他の人に向けられていたこの笑顔だって、今は僕に向けられている――そう思うと、改めて胸の底から嬉しさが込み上げてきた。
「あ……そう言えば舞園さん、僕をちょくちょく見てたって言ってたよね?」
「はい。学校の色んな所で、色々な苗木君を見ていました」
「えっと、具体的にはどんな所を見てたの? 良かったら教えて欲しいな……」
「もちろん構いませんよ。例えばですね……」
舞園さんは口元に人差し指を添えて、中学の時を懐かしむように話し始める。
「登校して教室に向かう時の後ろ姿とか、教室でお友達と楽しそうに話している所とか、窓越しにグラウンドから校舎に入ってくる所とか、美味しそうにお弁当を食べている所とか。それから……飼育委員のお仕事で動物と触れ合ってる所も、他の生徒の落し物を拾って渡してあげている所も、プリントの束を持ち抱えて階段を昇る所も、一生懸命綺麗にしようとお掃除をしている所も。他にもまだまだ、数え切れないくらいあります」
「……そんなに、見てくれてたんだね」
舞園さんが遠目に僕を見る情景が、次々と頭の中に映し出されていった。何で気づかなかったんだろう、当時の僕は。そんなに舞園さんが見てくれてたって言うのに……。
出来るなら、当時の僕に教えてやりたい。舞園さんがいっぱい見てくれてるぞ、って。
「あ、筆箱の中身を全部廊下にバラまいちゃった所とか、外の水道でびしょ濡れになっちゃった所なんかも見ていましたよ?」
「そ、そういう所はあんまり見て欲しくなかったかな……」
そんなかっこ悪い所まで……。まあ、ちょくちょく見てたなら見られて当然かもしれないけど。
「まあまあ、いいじゃないですか。……そうそう、見ていたと言えば、妹さんとお話している所もですね」
「あ、妹も知ってるんだ?」
「最初は妹さんだとは分からなかったんですけどね。『お兄ちゃん』って呼ばれてたのを聞いて、その時に初めて知りました。ただ、お名前までは知らないんです」
「えっと、平仮名で『こまる』だよ。苗木こまる、だね」
「なるほど、こまるちゃんですか。同じ平仮名の三文字同士、何か親近感が湧きます」
「あ、言われてみれば」
苗木こまる、舞園さやか。確かに、苗字だって同じ漢字二文字だし。……何か、少しだけこまるが羨ましい。
「こまるちゃんって、背高かったですよね? 当時、私と同じくらいに見えました」
「うん、多分同じくらいだったと思うよ。ただ、あいつの方が僕より高かった所為で、周りからは僕の方が弟みたいって言われてたんだよね……」
友達にもよくからかわれてたな……まあ、仕方ないんだけどさ。大抵の兄妹は兄の方が背が高いだろうし……。
「ふふ、それでも苗木君はお兄ちゃんですよ。仲は良いんですか?」
「うーん……どうだろ? 僕は普通くらいだと思ってるけど、周りからは仲良すぎって言われてたかな……」
「まあ、一緒に登校だってしてましたもんね」
「あ、そんな所も見られてたんだ」
中学の時は、僕とこまるは一緒に登校していた。こまるは一つ下だから、僕が二年の時からだけど……舞園さんも見てたんだな。
「だから、私にはとても仲の良い兄妹に見えてました。私は一人っ子なので羨ましかったです」
「あ……そっか。舞園さんは一人っ子だったよね」
「はい。小さい時は毎日一人でお留守番をしなきゃいけなかったから、寂しかったです。あ、それと言うのも、ウチが父子家庭だったからなんですけど……苗木君、知ってました? 一応、テレビで話した事もあるんですけど」
「……うん。当時、僕もテレビで観てたよ」
子供の頃、お父さんは毎日夜遅くまで働いていたから、いつも一人でお留守番をしていた。
自分を養う為だという事は分かってたけど、まだ子供だったしそれでも寂しかった……と、当時の舞園さんは寂しげな表情でそう言っていた。
学校から家に帰っても誰もいなくて、子供一人にとっては広すぎる家で静かに過ごす。
母さんも妹もいて、留守番だって一人じゃなかった僕には、完全に共感する事は出来ないだろうけど……それでも寂しかっただろう事は、舞園さんの表情を通して僕にも伝わった。
「当時寂しさを紛らわせてくれたのが、テレビの中のアイドルだったんだよね? それが、舞園さんがアイドルを目指すきっかけにもなって……」
「はい! お姫様みたいに可愛くて、歌もうまくて、踊りも上手……そして、笑顔で皆を元気にして、勇気づける。そんなアイドルを夢見て、私はこの道を選びました」
「でも、最初はお父さんに猛反対されたんだよね?」
「されましたされました! 養うだけでも大変なのに、娘がアイドルになりたいだなんて言い出すんですからね。何とか説得出来てこの道に進む事が出来ましたけど、お父さんには随分無理をさせちゃってました。無事に恩が返せて良かったです」
「……舞園さんは本当にすごいよね。小さい頃からの夢を叶えたんだから……」
皆を元気にして勇気づける、そんなアイドルに。今の華やかな場所に立つ為に、きっと想像を絶するような努力をしてきたんだろう。
その努力が功を奏して、今のこの笑顔があるんだよな。一人のファンとして、友達として……本当に良かったと、僕も心からそう思う。
「前の高校でも、舞園さんのファンはたくさんいたよ。新曲が発売されたら、次の日は感想をお互いに言い合ったりして盛り上がってたね。皆、舞園さん達の歌に元気をもらってた」
「ふふ、やっぱり嬉しいですね。私達の歌が大勢の人達の心に届いてるって、こうして知る事が出来るのは……。その、苗木君はどうでしたか? 私達の歌は、苗木君の心にも届いてましたか?」
「もちろんだよ! 僕だって、中学を卒業してからも舞園さん達から元気をもらってたよ。歌を聴いたら嫌な事だってすぐに忘れられたし、テレビで活躍する姿を見たら次の日も頑張ろうって、そう思えてたから」
離れ離れになった後も、舞園さんは僕の励みになっていたんだ。そう本心を告げると、舞園さんの顔からは満面の笑みが零れた。
「良かった。苗木君の力にもちゃんとなる事が出来てたんですね」
そう言うと、舞園さんはさっきみたいに、また僕の両手を包み込むように握った。
舞園さんが喜ぶ姿を見ると、自然と僕も嬉しくなる。もっともっと、舞園さんのこの笑顔が見たくなる。
(それにしても……)
舞園さんって、よく手を握ってくるよな。玄関ホールに入る時、教室で隣の席だと分かった時、鶴の一件を話した時、そして今。
ひょっとして、スキンシップが好きなんだろうか。舞園さんと触れ合えるのは嬉しいからいいんだけど、やっぱりどきっとしてしまう……。
「っと、アルバムを見るはずだったのに話し込んじゃいましたね。続き、見ましょうか?」
「うん」
舞園さんは僕の両手から手を離し、再びアルバムのページを捲っていく。各クラス紹介を抜けると、活動風景のコーナーが目の前に広がった。
部活動や委員の仕事の一場面、授業中の光景や各学校行事など、三年間分の様々な場面の写真が、何ページにも渡って一杯に敷き詰められている。
「舞園さん、やっぱり写真でも目立ってるよね」
「そうですか?」
「うん。ほら、どの写真でも中心にいるし」
舞園さんが映っている写真の数々を指差していく。流石といった所か、舞園さんは写真に映っている数が他の人よりも断然多い。
それでいて、映ってない他の写真よりも一段と華を感じさせる。周りの皆が取り分け楽しそうに笑顔を浮かべてるのも、少なからず舞園さんが影響してるんだと思う。
「私は別に端でも良かったんですけど、皆が中心を勧めてきましたから……。それに私からしたら、苗木君の方が目立って見えますよ?」
「ほ、本当?」
「はい! 何度も見たからってのもあるんですけど、どこに映ってるのかすぐに分かります。まずはほら、二組の授業中の写真は左端のここですね」
クラス紹介のページの時みたいに、写真に収まっている僕を的確に指差す。
「文化祭の写真は右の方に、この調理実習の写真だと真ん中に。それから全体写真は後ろの方、ですっ」
そうやって、舞園さんは次々と僕の姿を指差していった。こんなにすらすらと見つけられるなんて……それも、何度も見てくれてたお陰なんだよな。
三年間の僕の姿を思い浮かべながら見てくれてたんだろうか。
「そうそう、私と苗木君が一緒に映ってる写真があるの、知ってます?」
「え……? そんな写真、あったっけ?」
「まあ、一緒に映ってるって言っていいのかは分かりませんけど……ほら、この写真です。修学旅行での一枚ですね」
「あ……ホントだ」
修学旅行で行ったテーマパークで、舞園さんが友達と、それからピンク色のウサギのマスコットキャラクターの着ぐるみと、並んで一緒に映っている一枚。
その右端に、小さい上に正面も向いてないけど確かに僕も映っていた。
(そう言えば……)
あの時、舞園さん達のグループが写真を撮る所を遠目に見ていた覚えがある。
でもこの写真に僕も映っていたなんて、舞園さんに言われて今初めて気づいた。舞園さんばかりに目が行ってたから……。
「あの時苗木君、後ろの方にいたんですね。気づかなかったです」
「僕は舞園さんがいたの、気づいてたよ。やけに人だかりが出来てたから、すぐに分かった」
「そうだったんですか? んー……もっとタイミングが良かったら、苗木君が正面を向いた写真を撮れてたかも……」
「はは、そうかもね」
まあ、一緒に映ってただけラッキーだ。こんな写真でも僕にとってはすごく嬉しい。
その写真の隣には、同級生達が文化祭で楽しむ姿が何枚も貼られている。舞園さんもそこに視線を移したようで、懐かしむように口にした。
「楽しかったですよね、文化祭。毎年、苗木君と話す機会を窺ってました」
「文化祭でも?」
「はい。苗木君のクラスって確か、一年の時はフランクフルト、二年の時はチョコバナナ、三年の時は焼きそば……でしたよね?」
「えっと、確かそうだったね。僕も毎年店番してたよ」
「毎年してたんですね……私が苗木君が店番をすると知ったのは、二年の時だけでした。それでも、毎年二組のお店に窺ってたんですよ。もしちょうど苗木君が店番をしてたら、話しかけるチャンスでしたから……。でも、それも結局叶わなかったんです」
「そうだったんだ……」
実は僕も、もしかしたら舞園さんが買いに来るかもしれないって、毎年ほんの少しとは言え期待していた。
結局来なくて、店番が終わる度に残念に思ってたんだけど……舞園さん、僕のクラスの店に来てくれてたんだ。
「それなら、もうちょっと長く店番をしておけばよかったね。そしたら舞園さんと話せてたかも……」
「そうかもしれませんね……苗木君の作った料理、食べてみたかったです。あ、ちなみに私達のクラスは何を出してたか、覚えてますか?」
「えっと……一年の時はフルーツポンチ、二年の時はたこ焼き、三年の時はクレープじゃなかった?」
「はい、その通りです! 実は、私も毎年店番をしていたんですよ。苗木君、四組のお店には来てくれてました? 私は見かけませんでしたけど……」
「その……僕も、舞園さんが店番の時に行ってみてはいたんだ。舞園さんが店番をしてる時は皆騒いでたから、知る事自体は簡単だったし。ただ、長蛇の列になっててとても買えそうになかったから、早々に諦めちゃって……」
あれ、ほとんど舞園さん目当てだったんだろうな。かくいう僕もそのつもりだったから、人の事は全く言えないけど……。
「そうだったんですね……苗木君にも食べて欲しかったです」
「うん……」
……けどまあ、売り子姿の舞園さんが見れただけでも良かったけど。舞園さんは店番以外に売り子もしていたんだ。
少しふりふりした感じの衣装を着た、舞園さんの売り子姿。あんまり可愛いもんだから、少しの間友達と見惚れてたっけ……。
あの衣装を着て呼び掛ける舞園さんの集客力は、それはもうすさまじかった。
「そう言えば、舞園さんって料理は得意な方なんだよね?」
「はい、一応そうですけど……苗木君、知ってたんですか?」
「うん。ほら、料理番組に出てた時に言ってたよね? 子供の頃からお父さんに作ってあげてたから、レパートリーもそれなりにあるとか……」
「わあ、料理番組も見てくれてたんですね! 嬉しいです」
「アイドル活動を続けながら料理も作ってたんだから、すごいよね……。ちなみに、得意料理とかはあるの?」
「はいっ! ラー油ですっ!」
「調味料!?」
「うふふ……なーんて、冗談ですよ」
「な、何だ……」
舞園さんは悪戯にくすくすと笑う。冗談か……思わずツッコんでしまった。
「取り分け得意、って言える物は残念ながらないんですよね。お父さんはよく肉じゃがを好んでいたので、それを作る事は多かったですけど」
「肉じゃが……」
なるほど、定番だな。女の子に作ってもらいたい料理ランキングで、度々一位になるメニューだ。
舞園さんの作る肉じゃが、もし何かしら機会があったら食べてみたい……。
「苗木君は料理とかするんですか?」
「いや、僕は調理実習以外でした事は……。家では食器を運んだりはしてたけど、料理は母さんとこまるの担当だったね」
「あ、こまるちゃんも料理するんですね」
「手伝う程度だけどね。そう言えば、僕が希望ヶ峰学園に行ったら一人分減って楽になるから、今まで以上に料理頑張るーとか言ってたような……薄情な奴だよ」
「ふふ、冗談だったんじゃないですか?」
「どうだろ……分かんないや」
まあ、上手くなるのに越した事はないな。上達したあいつの料理も、何だかんだで食べてみたい。……上達出来るのかどうかは別として。
「運動会も懐かしいですね。苗木君とは三年の時同じチームでしたよね」
「うん。出来たら三年間、ずっと同じチームが良かったけど……」
玉投げ、障害物競争、騎馬戦、大玉運び……学校中の生徒達が様々な競技で競い合っている運動会の光景も、多く写真に収められている。
舞園さんも当然映っていて、白い太股がより露わになった体操服姿は……その、見る度にどうしても目が行ってしまう。
運動会の時は、多くの男子が体操服姿の舞園さんに見惚れてたっけ……。恥ずかしながら、僕もその一人だ。
「でも私、一年や二年の時も苗木君を応援していたんですよ。名前を呼んでいた訳じゃなかったので、相手チームを応援してるってバレたりもしませんでした」
「あ、ありがとう……応援、してくれてたんだ」
舞園さんが『頑張れー!』って叫んでるのが聞こえた時は何度もあったけど、あの中に僕に向けられていた応援もあったって事だよな。嬉しい……。
「苗木君の出番はなるべく見逃さないようにしてましたよ。運動会は一日にいっぱい苗木君を見る事が出来たので、毎年楽しみにしてました」
「まあ、活躍は全然してないんだけどね……。舞園さんと同じチームになった三年の時とか、寧ろ転けてビリになって、足を引っ張っちゃったし……」
「あ、それって徒競争の時ですよね?」
「う、うん。やっぱりあれも見られてたんだ」
三年の時の徒競争では半分くらい走った後、バランスを崩して勢いよく転んじゃったんだよな。全校生徒と先生達、それに生徒の家族も見ている中で転ぶのは、それはもう恥ずかしかった。
舞園さんにだって見られてたかもしれなかったし、穴があったら入りたいくらいだった。結果、やっぱり見られてた事がたった今判明してしまった訳だけど……。思い返すと改めて恥ずかしくなってきた。
「転んだ際、膝を擦り剥いてましたよね? 痛そうでした」
「はは、言う程じゃなかったけどね。擦り剥いたっていっても少しだし」
「でも、心配していたんですよ? 苗木君、怪我をしたのにその後の競技も参加してたから……」
「それはほら、怪我をしたからって、僕だけ休む訳にもいかなかったから……。幸い、他に残ってた競技は何とかなる物ばかりだったしね。まあ、流石に騎馬戦は無理だったけど……」
「……うふふ。苗木君って、責任感が強いんですね」
「べ、別にそんな事は……」
「謙遜する事ないですよ。あの時鶴を逃がしてあげたのだって、最後までちゃんとやり遂げたのは、責任感が強かったからじゃないですか? それって、素敵な事だと思います」
「あ、ありがとう」
照れ臭さに、僕はぽりぽりと頬を掻く。……舞園さんに素敵って言われちゃった。どうしよう、嬉しすぎてニヤニヤが抑え切れない……。
「そう言えば、これからは体育だって一緒に受けられるんですよね。楽しみですね」
「う、うん」
今まで舞園さんと一緒に受けた事は当然なかったし、確かに楽しみだ。
今までは遠目にしか見られなかった体操服姿を、間近で見る事が……い、いや、もちろん一緒に授業が受けられる事自体も、純粋に楽しみだけど……。
それから、残りの写真も和気藹々と一緒に眺めていく。今日友達になったばかりとは思えない程仲良く、それでいてどこか良い雰囲気を漂わせながら、僕達は一緒にアルバム鑑賞を楽しんだ。
その時間は今までの人生で一番幸せと言ってもいい、正に至福の一時だったと思う。
やがて全ての写真を見終わると、舞園さんはアルバムをパタンと閉じた。
「ありがとう御座いました! 苗木君と一緒のアルバム鑑賞、とっても楽しかったです!」
「こちらこそありがとう。僕も舞園さんと一緒に見るの、すごく楽しかったよ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです。やっぱり、一人で見るのと一緒に見るのじゃ全然違いましたね。……一人の時は、見終わった後にどうしようもない寂しさを感じていましたから。必ず、卒業式の日の事を思い出しちゃってました」
「卒業式の日の事……?」
そう口にした舞園さんの表情は、少し翳りを見せていた。僕が聞き返すと、ゆっくりと無言で頷く。
「――卒業式の日も、私は苗木君の姿を目で追っていました。苗木君が卒業証書を受け取る時も、答辞を終えて壇上で振り返った時も、式を終えて教室に戻る時も……。苗木君の姿を見られるのは、その日が最後でしたから。目に焼きつけておこうって思っていたんです。……でも、それだけじゃないんですよ。あの日、最後のホームルームが終わった後……私、苗木君に会いに行こうとしたんです」
「僕に、会いに……」
「はい。……でも、すぐにクラスの皆に囲まれちゃって。別れを惜しんでくれる皆を無視する事なんて出来なくて、暫く四組にとどまっていたんです。それで、それも終わって急いで二組の教室に向かったんですけど……苗木君は、既にいなくなった後でした」
「……最後まで、僕に話し掛けようとしてくれてたんだね」
僕はクラスの皆と話を終えて帰ろうとする前、四組の教室前の廊下に寄っていた。生の舞園さんを見られるのはその日が最後だったから、一目見ておこうと思ってたんだ。
僕と同じ考えの人は大勢いたようで、四組の教室前の廊下は他の教室前よりも賑わっていた。それでも、何とかクラスメイトと話してる舞園さんを見る事が出来て……そうして、僕は根黒六中を去った。
でも、舞園さんはあの時も僕に話しかけようと思っていたんだ。最後まで、僕の事を考えてくれていたんだ――。
「せめて、電話番号とメールアドレスだけでも交換したかったんです。そうしたら、離れ離れになってもお話が出来ると思って……」
「……じゃあ、今から交換しようよ。一年も待たせる事になっちゃったけど……それに僕達、もう友達同士なんだしさ」
ポケットから携帯を取り出し、差し出すように向ける。僕がそう提案すると、舞園さんはぱあっと表情を輝かせた。
「……はい、喜んでっ! そう言えば友達になったっていうのに、まだ交換してませんでしたよね。すぐに準備します!」
「うん!」
舞園さんも携帯を取り出し、僕達は赤外線通信で電話番号とメールアドレスを交換した。電話帳に追加された舞園さんの項目を見て、自ずと頬が緩む。
同じように、舞園さんもほくほく顔で携帯の画面を見つめていた。よかった、喜んでもらえて。
「ありがとう御座います! 苗木君、遠慮せずに電話やメールして下さいね?」
「うん! 舞園さんも遠慮しないでね」
「はい! 今まで出来なかった分、取り戻すつもりでいっぱいしますね。早速、何かメールしてみたいです……」
そう言うと、口元に人差し指を宛てがって『んー……』と考え始める。舞園さんからの初メールか……一体どんな内容なんだろう。
それからすぐに何かを閃いたのか、舞園さんは張り切った様子で僕に顔を向けた。
「苗木君、よかったら一緒に写真を撮りませんか?」
「写真?」
「せっかくこうして仲良くなれたんですし、記念に撮っておきたいなと思って。それで、その写真を苗木君にも送ろうかと……どうですか?」
「なるほど……うん、もちろん構わないよ。舞園さんと一緒に映った写真、僕も欲しいし……」
「じゃあ撮りましょう! ちょっと待ってて下さいね」
カメラを起動させるんだろう、舞園さんは携帯を操作し始める。……一緒に撮るって、つまりツーショットって事だよな。教室で撮った写真も舞園さんは隣にいたけど、ツーショットとなると全然違う。
こうしてずっと二人でいる時点でそうだけど、今の僕って、相当羨ましい立場にいるんだよな……。
そんな事を考えている内に、舞園さんは携帯を持っている方の腕をぴんと前に伸ばした。カメラモードになった画面に、僕達の姿が映し出される。
ただ、お互いに少し見切れてしまっていた。
「んー……もっと寄らないと駄目みたいですね。ちょっと失礼します」
「え?」
と、僕がまともに反応をする間もなく――何と舞園さんは、いきなり僕との距離を更に詰めた。
(わ、わあっ……!)
空いていた隙間は完全に埋まり、お互いの肩と腕がぎゅうぎゅうと密着する。ち、近い。アルバムを見てる時でも充分近かったのに、今はくっついて……!
「ま、舞園さん。その、近すぎるんじゃ……」
「だって、こうしないと一緒に撮れませんよ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
でも、僕の心臓はとんでもないくらいバクバクしている。こんなにどきどきしてるの、生まれて初めてかもしれない……。
「……よし、これなら大丈夫そうです。苗木君、お顔を少し近づけてもらってもいいですか?」
「へ? わ、分かった……」
顔を近づけるって、とんでもなく大胆な気がするけど……ここまで来れば、もう幾らどきどきしようと同じ事だ。
僕は自分にそう言い聞かせ、顔を少し舞園さんへと寄せる。舞園さんも同じように寄せてきて、それだけで甘い香りが一層強くなり、緊張しながらも甘美な居心地に浸させられた。
「じゃあ、撮りますね?」
「う、うん」
「行きますよー? はい、チーズッ」
パシャッ――撮影ボタンが押されると共に、乾いたシャッター音が短く鳴る。目はちゃんと開けてたけど、上手く撮れたかな……?
舞園さんは僕から身体を離すと、携帯を手元に引き寄せて画面を確認した。
「どう?」
「上手く撮れました! ほら、こんな感じですっ」
僕が見えるように携帯の画面を向ける。そこには、誰が見ても一目で分かるくらい頬を真っ赤に染めた僕と、楽しそうにピースをしている舞園さんが鮮明に映っていた。
「苗木君ったら、頬が真っ赤っ赤ですね」
「だ、だって……」
「うふふ……明日、グループの皆にも見せてあげないと」
「ええ!? み、見せるってそんな、恥ずかしいよ……!」
「まあまあ、いいじゃないですかっ。それじゃあ、苗木君にも送りますね?」
舞園さんは嬉し気にぽちぽちと携帯を操作する。そもそも、僕と撮った写真を見せても意味なんてないような……グループの子達は僕の事なんて知らないだろうし。
それとも舞園さん、僕の事を話してるとか……?
「写真、ちゃんと貼れてますか?」
「えっと……うん、大丈夫だよ」
添付ファイルを開くと、さっき撮った写真が画面いっぱいに表示された。……舞園さんと共有する、僕達だけが持つツーショット写真。
(後でこっそり待受にしよう……)
恥ずかしがってる自分を見る羽目になるのは何だけど、せっかく舞園さんと一緒に映ってるんだし。ただ、舞園さんに見られないようにしないとな……もちろん、他の皆にも。
メール自体はと言うと、タイトルには二つのハートマークに挟まれて『お友達記念』と、本文には絵文字つきで『苗木君もどうぞ』とそれぞれ記されてあった。
……舞園さん、メールも女の子らしくて可愛いな。せっかくの初メールだし、消えないように保護しておこう。
さて……メールをもらった訳だし、返信しておかないと。僕はタイトルに『ありがとう』と、本文に『写真、大切にするね』と書いて舞園さんに送った。
受信したメールを確認して、舞園さんは表情を綻ばせる。
「ごめんね、何か味気ない内容で……」
「ううん、とっても嬉しいです。苗木君からの初メール、大切に保護しておきますね!」
「うん。ありがとう、舞園さん」
その言葉に、自ずと顔には笑みが浮かぶ。舞園さんも同じ事を考えてくれた……その事に、たまらなく喜びを感じられた。
「っと、舞園さん、そろそろ食堂に行かない?」
「あ、そうしましょうか。もうお昼ですもんね」
番号とアドレスを交換した時点でもうお昼前だったんだけど、今はもう既に十二時を回っていた。
舞園さんと一緒の昼食……皆もいるから今みたいに二人きりって訳じゃないけど、それでも嬉しい事に何ら変わりはない。
一緒に椅子から立ち上がり、舞園さんは自分の持ち物を、僕はルームキーを手に取る。そうして部屋のドアに向かって、肩を並べて歩き出した。
「食堂のご飯、きっと美味しいんでしょうね。楽しみです」
「期待しちゃうよね。早く食べたいな……実は僕、さっきから結構お腹が減ってたんだ」
「私もです。苗木君程じゃないですけど、朝出発した時間はそれなりに早かったですから」
「何食べようかな……メニューも豊富そうだし、決めるの迷っちゃいそ――」
――ぐうぅぅぅぅ……。
「あっ……!?」
なんて会話を弾ませていると、突然それを遮るように、お腹の虫が情けなく響き渡った。僕は咄嗟にお腹を両手で抑える。な、なんてタイミングで……!
恥ずかしさに、たちまち頬がかーっと熱くなる。そんな僕を見て、舞園さんはくすくすと笑いを漏らした。
「お腹が空いてるの、本当みたいですね?」
「う、うん……」
「それじゃあ苗木君の為にも、早く行きましょうか。プリントとか、急いで部屋に置いてきますね!」
「あ、あはは……」
喋ってる途中でお腹が鳴るとか、何か漫画みたいにベタな展開だ……。なんてそう思いながら、僕は舞園さんと一緒に寄宿舎の廊下に出た。
自分の部屋へと入っていった舞園さんを、壁に背を預けて待つ。その短い間に、またお腹の虫が今度は短めに鳴った。
それから程なくして出てきた舞園さんと、話を交わしながら食堂に向かって一緒に歩いていく。……この分だと、食べるまでにまた何回か鳴りそうだ。
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「……変に見えない、よな……?」
あれから僕は顔を洗い髪を整え、希望ヶ峰学園の制服に着替えて、その新しい制服姿をシャワールームの対面鏡で確認していた。
着慣れていた夕闇高校の学ラン姿と比べると、やっぱり受ける印象は全然違う。こうしていざ着てみると、こんな僕でもちゃんと希望ヶ峰学園の生徒に見える。
まあ、制服を着てるんだから当たり前と言えば当たり前なんだけど……とにかく、この学園の一員に相応しい姿じゃないかと、自分でもそう思えた。
……ただ、やっぱり服に着せられてる感が拭えない。舞園さんはきっと似合うって言ってくれてたけど、自分で見てもどうも……。
まあ、舞園さんならきっと褒めてくれるはずだ。最後にきゅっとネクタイを締め直して、僕はシャワールームを後にした。
(ほんと、昨日は楽しかったな)
昨日の事を思い返しながら、ベッドに座り改めて横の壁へと視線を送る。この向こうの部屋で、舞園さんももう身支度を済ませた頃だろうか。
――あの後僕達は昼食を食べてから、一緒に東地区の校舎を見学しに行った。舞園さんの提案によるもので、ホームルームでの説明で見学は自由だと聞いた時から、僕を誘うつもりでいたらしい。
もちろん僕は喜んでその誘いに応じて、引き続き舞園さんと一緒に行動を共にした。とは言え他にも見学に参加した人はいたから、二人だけって訳じゃなかったけど。
ちなみに僕は既に少しだけ見学をしていたから、もう見て回った場所に関しては案内役を買って出た。まだ見て回ってなかった場所は、訪れる度に皆と一緒に驚いたり感心したりしたな。
そんな中、隣で見る舞園さんの表情の数々は、どれも写真に収めたくなるくらい綺麗だった。
見学してる最中も、舞園さんとは色々と話を交わした。舞園さんの歌を聴いてた事やテレビを観てた事を詳しく話したり、お仕事の話を聞かせてもらったり、お互いに前にいた高校の話をしたり。
入学通知が届いた日、バスの中で強盗に遭遇したあの事件の事も話したっけ。ひょんな事から巻き込まれて、意外な結末を迎えて、それからみっちり事情聴取を受ける羽目になった一連の経緯を……。
舞園さんはニュースを見てその件自体は知ってはいたけど、現場にまさか僕が鉢合わせていたとは、当然思ってもいなかったらしい。
ナイフを突きつけられた事を話したら、いきなり顔をぐいっと近づけて迫られたのはびっくりしたな……。僕を心配しての無意識での行動だったとは言え、当然どきどきした。
でも、本気で心配してくれて本当に嬉しかったな。何ともなかった事を話すと、舞園さんは心底嬉しそうに、ほっと安堵の溜め息を吐いてくれた。
見学を終えると寄宿舎に戻り、夕食を一緒に食べる約束をして、僕達は解散して自分の部屋へと戻った。
制服などの学校生活に使用する物や、持ち込んだ物の数々……それらの整理をしなければいけなかったからだ。とは言え時間は充分にあったし、荷物も言う程多くはなかった。
僕は時間に余裕を持って整理を終えて、それから夕食まではのんびりと部屋で寛いでいた。
……待受にした舞園さんとのツーショット写真を眺めて、嬉しさの余りベッドをごろごろ寝転がってたのは誰にも秘密。
それからインターホンを鳴らした舞園さんに呼ばれて、その日二度目となる一緒の食事を楽しんだ。美味しそうに食べる舞園さん、可愛かったなあ……。
夕食を食べた後は大浴場でお風呂を済ませて、部屋に戻って実家に電話をかけた。夜になったら連絡を入れると出発前に約束していたお陰か、電話はワンコールの後にすぐに繋がった。
取ったのはこまるで、僕からの報告を母さんと一緒に楽しみにしていたらしい。
話せる事は全部話したけど、その中でも舞園さんが僕を覚えてた事……そして早々に友達になった事を伝えると、今までにないくらいに驚いてたな。
一緒に写真を撮った事も伝えたら、証拠としてメールで送るようにしつこくねだられたっけ……。
恥ずかしがってる自分を見られたくないから送りたくはなかったけど、母さんにも頼まれて、僕は仕方なくこまる宛てに例の写真を添付して送った。
写真を見た二人はそれはもう、きゃーきゃーとうるさく騒いでた……まあ、無理もないけど。
(……二人だけの思い出、か)
話せる事は全部話したと言ったけど、家族に話してない事が一つだけある。それは何かと言うと――舞園さんが僕を覚えていたのに、あの鶴の一件が関わっていた事だ。
僕を覚えてくれていた事やずっと見てくれていた事は話しても、そのきっかけがあの鶴の一件だった事だけは秘密にしてある。
……と言うのも、事前に舞園さんから『二人だけの思い出にしたい』と、そうお願いされていたからだ。クラスの皆にも、出来たら家族にも秘密にしていて欲しい……と。
舞園さんと共有する、僕達だけの秘密――もちろん断る理由なんてなく、僕は舞園さんの希望通り、家族にはその事は話さずにおいた。
きっかけについて詳しく聞きたがってたこまるも、その旨を伝えたら大人しく引き下がってくれた。
まあ、代わりにやたらとからかわれたけど。あいつ、電話越しに絶対ニヤニヤしてたよな……。
そんなこんなで電話を終えた後はゆったりと過ごし、翌日に備えて早めに就寝――と、その前に。
実は消灯する直前、舞園さんが僕の部屋を訪れたんだ。
『えっと、特に用事があってきた訳じゃないんです。……お休みなさい、って言いたくて』
何か用があるのかと思って尋ねた僕に、舞園さんはそう返事をしてきた。
いつでも気軽に声をかけられる、この寄宿舎生活……せっかく部屋も隣同士だからと、その一言を言いたくてわざわざ出向いてくれたらしい。
メールでもなく電話でもなく、足を運んで直接言いにきてくれた事。それが僕には、またたまらなく嬉しかった。
僕も気分を弾ませながらお休みと挨拶を交わし、小さく手を振り合って舞園さんと別れた。
そうして幸せな心持ちのまま、ふかふかのベッドに潜り込み、舞園さんの事を思いながら深い眠りについた。
ついつい思い耽って長くなっちゃったけど、昨日のあの後の流れはそんな感じだ。舞園さんに始まり、舞園さんに終わる……正に舞園さん尽くしの、『最高』と言うべき一日だった。
「っと、そろそろ出るか」
壁に掛けられてある時計を見上げて、ベッドから腰を上げる。長々と思い返してた内に、いつの間にか朝食時間が近づいていた。
舞園さんと一緒に食べる為にも、一秒たりとも遅れる訳にはいかない。僕はルームキーを手に、意気揚々と部屋の外に出た。
部屋の鍵を閉めて、隣の舞園さんの部屋の前まで移動する。まだ廊下にいない所を見るに、僕の方が早かったみたいだ。
昨日と同じように側の壁に背を預けて、舞園さんが出てくるのを待つ。
(舞園さんのパジャマ姿、可愛かったな……)
昨夜お休みなさいと言いにきてくれた時なんだけど、当然と言うべきか、舞園さんもパジャマに身を包んでいた。
白を基調とした、大小様々なピンク色の水玉模様に彩られた物で、舞園さんにとてもよく似合っていた。でも、制服と違って生活感に溢れたその姿に、何だかどきどきしちゃったり……。
ちなみに僕は紺色の無地の奴を着てたんだけど、舞園さんはじっくりと見て喜んでくれていた。早くこの制服姿も褒めてもらいたい……。
――ガチャッ。
「!」
と、そう思ってる内に、隣のドアが音を立てて開く。
「あ、苗木君!」
そして中から舞園さんが出てきて、僕を見ると嬉しそうにすぐ側までやってきた。
「おはよう御座います! 昨日に続き、今日もいい天気になりましたね!」
「う、うん。舞園さんもおはよう」
見た人全ての表情を和らげさせるような、そんな弾ける笑顔が僕に向けられる。流石は舞園さん、挨拶のレベルが違う……。
こんな笑顔を朝早く、それもこれから毎日目の前で見られるなんて幸せだ。
「それにしても苗木君、早いですね。もしかして待たせちゃいました?」
「ううん、そんな事ないよ。僕も今さっき部屋から出てきたばかりだから」
「それなら良かったです。ふふっ……これから毎日、一緒に朝ご飯が食べられますね。嬉しいです」
「ぼ、僕も」
食堂の料理が美味しいのはもちろんだけど、舞園さんの隣で食べるとより一層美味しく感じられるんだよな。それはきっと、気の所為なんかじゃないはずだ。
と、今はそれよりも――
(舞園さん、やっぱり似合うな……)
目の前の舞園さんも、言うまでもなく僕と同じ希望ヶ峰学園の制服姿だ。ピンクや紺が目立ってた根黒高校のセーラー服とは打って変わって、男子と同じく全体的に茶色のシックな制服。
明るい色合いから落ち着いた色合いになった分、元が学ラン姿だった僕よりも、受ける印象が昨日と今日とで大分違う。けど、舞園さんはそんな希望ヶ峰学園の制服も難なく着こなしている。
僕と違って、服に着せられてるなんて事は全然ない。流石は『超高校級のアイドル』だ。
「わ、私の制服姿、何かおかしいですか……?」
「へっ!? ど、どうして?」
「その……苗木君、じっと見てたもので。おかしい所があったら、遠慮せずに言ってくれると助かります」
「お、おかしくなんてないよ! 舞園さん、すごく似合ってるから!」
単に、思わず魅入ってしまってただけだ。お世辞なんかじゃなく、本当によく似合っている。
「本当ですか? ありがとう御座いますっ。苗木君も思った通り、とっても似合ってますね」
「そ、そうかな? 自分じゃどうも着せられてるように見えるんだけど……」
「そんな、ちゃんと着こなしてるじゃないですか。素敵だと思います」
「あ、ありがとう……」
照れ臭くなり、頬をぽりぽり掻きながら伏し目がちに呟く。やっぱり褒めてくれた……それに、また素敵って言われて。
舞園さんに褒められたこの制服、明日からは自信を持って着る事が出来そうだ。
「うふふ……同じ学校の制服を着てるって、やっぱりいいですね。思わず頬が緩んじゃいます」
「……うん。これからは、また一緒に学校生活を送れるんだもんね」
「はい! 一緒に、です!」
そう言うと、舞園さんはぎゅっと僕の両手を握り、胸の前まで持っていった。一緒に……その言葉を、深く深く噛み締めているようだった。
「苗木君。この希望ヶ峰学園でいっぱい、いーっぱい思い出を作っていきましょうね。一緒に、楽しい思い出を!」
「うんっ!」
僕も喜びを噛み締めるように、元気良く、力強く頷いた。そして昨日と同じように、食堂までの道のりを肩を揃えて一緒に進んでいく。
……中学の時は遠目に見ていただけだったけど、この希望ヶ峰学園ではすぐ側で一緒に過ごす事が出来るんだ。
それに自宅通学だった中学の時とは違って、これからは寄宿舎生活。僕達が共有出来る時間は、あの時よりもずっとずっと多くなる。
そんな時間の中で色々な出来事を通して、これから舞園さんと仲を深めていきたい。
そうして一緒の時間を重ねていき、やがて僕達は特別な関係になるんだけど――それはまだ、暫く先の話。
読んでる方がいるのかは分かりませんが、以上になります
やっぱり回想描写?がどうも長くてくどいですね
ちょい遅くなりました乙です
今このスレに気付いて一気に読んだ
こういう淡い青春みたいな話好き
これで終わりなのが名残惜しい
読んでたよー
乙
乙 二人とも可愛いな
まだ?
このSSまとめへのコメント
今のところフィルタかかってると最後の方見れないから注意