ドアを開けて姿を見せた彼女は、ずいぶんと機嫌が悪そうにそう言った。
吐き捨てる……って言った方がいいのかもしれない。初対面だと言うのに、少しだけ不愛想過ぎる気がする。
(……あ、初対面だからこそ不愛想なのかも)
そんなことを考えていると、彼女は実にめんどくさそうにしながら、かつ、まるで不審者を見るかのようなジト目を僕に向け、口を開いた。
「……で?それがどうかしたの?」
「い、いや……どうかしたってわけじゃないんだけど……」
「だったらもういい?今、ちょっと忙しいのよ」
「あ、うん……」
「……フン」
そう言い残し、彼女は荒々しくドアを閉める。
引っ越したばかりだと言うのに、なんともとんでもなく先行きが不安になってしまった。そう思ったら――
「……はぁ」
――思わず、溜め息をこぼしてしまっていた。
なんか始まった
「――ただいま……」
「おかえりなさい、シンジ」
玄関を開けるなり、奥からエプロン姿の母さんが小走りで駆け寄って来た。とても優しい笑顔を向けて。
「挨拶はどうだった?ちゃんとやれた?」
「ああ……うん……やったのはやったんだけど……」
(……うまくいったとは、到底言えないな……)
「……なんだか煮え切らない反応ね。何かあったの?」
「ええと……」
少しだけ、考えてみた。ありのままの出来事を母さんに話すか、それとも黙ってるか……。こう見えて、母さんはかなり行動的だ。文句の一つでも言いに行ったら、後々面倒なことになるかもしれない。
「……何でもないよ」
――よって僕の思考は、8対2で“平和”という選択を可決させた。
「あらそう?……まあいいわ。ほら、ご飯出来てるわよ」
少しだけ疑うような視線を向けた母さんは、すぐに表情を笑顔に戻してパタパタと奥へと引っ込んでいった。
(……悟られたかな?)
母親に隠し事は難しい……そういうことだろうか。
何だか心の奥まで見透かされたような気分のまま、僕もまた母さんの後に続いて家の中に入って行った。
台所では、味噌汁のいい香りが漂っていた。
テーブルには既に食器が並べられ、中央にはおかずが3品ほど置かれていた。今日は、から揚げのようだ。
「……おかえり」
父さんは、顔を隠すように新聞を読んでいた。新聞が重力に負けて下に曲がれば、一瞬だけサングラスが姿を見せる。
……家の中くらい、外せばいいのに。
「ああもう!またサングラスかけてる!家の中は外してくださいって何回言えばいいんですか!」
母さんもまた、僕と同じことを考えたようだ。父さんの隣に立って声を上げていた。
「……問題ない」
父さんはいつものように言葉を返す。
「問題あります!ありまくります!」
「う、うう……」
母さんの圧力に、父さんは新聞で身を隠したまま身を小さくする。
(今日の勝負も、母さんの圧勝、と……)
というより、父さんが勝ったところを見たことがない。でも、これだけ言ってるけど、最終的にはそのままにさせるあたり、母さんのやさしさなのかもしれない。
それから、僕らは夕食を食べ始める。
その光景も、前に住んでいた家と何も変わらなかった。
笑顔で僕に話しかけながら食べる母さん。黙々と食べながら、時折母さんに怒られる父さん。そして、それを眺める僕。
これまでと何も変わらない、とても暖かい光景だった。
「――シンジ、明日の用意は出来てる?」
「あ、うん。終わってるよ」
「そう。失礼がないようにね」
「分かってるって……」
僕は明日から、新しい中学校に編入する。知らない街の知らない学校に転校するのは、これで何度目か分からない。元々父さんが転勤族ということもあり、ころころと家を変えている。
もっとも、今回はかなり長く住むらしい。父さんの仕事の拠点が、ここになるからだ。
……それと、僕のためでもあった。転校ばかり繰り返す僕を哀れに思った母さんは、父さんに詰め寄った。
『いい加減転校ばかりさせたら、シンジが可哀想です!次に引っ越した街の学校に、シンジは卒業まで通わせます。あなたが転勤になったら、単身赴任をしてください』
『……!!!』
あの時の父さんの顔、本当にショックを受けていた。それから、今の仕事場に長くいれるようにと、同じ職場の冬月さんに人知れずお願いしていたのを僕は知っている。よほど単身赴任が嫌なようだ。
正直なところ、僕としてはどっちでもいい。
だけど、そんな二人(?)の気づかいには、本当に感謝している。
ふぇー
「……そういえば、アスカから何か聞いてなかった?」
「え?」
唐突に、母さんが言い出した。
そんなことを言われても……。
「……アスカ?誰?」
「あら?何も聞いてないの?」
僕が本当に何も知らないと分かるや、母さんは視線を逸らして何かを考え込む。
「……キョウコったら……何も言ってないのかしら……」
ぼそりと呟く母さん。
「え?なんか言った?」
「……なんでもないわよ。それよりほら。早く食べて今日は早く寝なさい。明日寝坊するわよ」
「う、うん……」
……なんだか、凄く誤魔化されたような気がした。
夜。布団に寝転がったまま、色々と考えていた。
窓からの月のランプに照らされた室内は、まだ荷物を出していない段ボールが積まれている。
前の家より部屋が狭いからか、やけに荷物が多く感じる。
「……」
愛用のカセットテープを聞きながら、ふと、隣のあの子のことを思い出していた。
凄く不愛想で、感じが悪い。
だけど、長い栗色の髪はサラサラと風に揺れていた。そして何より……。
「――可愛かったな……」
心の声が、口に出てしまった。
確かにそうだ。凄く可愛かった。
……だがしかし、あんだけ気が強いのは勘弁してもらいたい。あんなのと一緒にいたら、きっと疲れてしまうだろう。
(何様だよ、僕は……)
そんな上から目線のようなことを考えていた自分がなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。
……ともあれ、明日は学校だ。
母さんよろしく、今日は早く寝ることにしようか。僕は見慣れない天井の下で、見慣れた布団の中に潜り込んだ。
霧島さん期待
なに
育成計画がやりたいの?
おーぷんで珍しく
くおりちーが高いな
支援
ホモはいらんぞホモは
翌朝。初登校で緊張するかもしれないと思いきや、悲しいかな、普段の癖で早朝から目が覚めた。
そしていつもの通り、朝ご飯を作る。
「……あらシンジ。今日は良かったのに……」
母さんが部屋から出て来た。出勤前ということもあり、薄い桃色のスーツを着て、軽くメイクをしていた。ナチュラルメイクって言うのかな?
「僕もそんなつもりはなかったんだけどね。でも、いつもと違うと、なんだか気持ち悪くて……。朝ご飯作ってた方が、気が楽だよ」
「ホント、主婦の鏡ね。私がお婿に貰いたいくらいだわ」
母さんは笑いながら言ってきた。……それ、褒め言葉なのだろうか。僕、一応男なんだけど……。
「あ、もうご飯出来たから。父さん起こして来る」
「はーい」
母さんは椅子に座り、両手を合わせながら返事をする。それを確認した後、父さんの部屋に向かった。
父さんの部屋では、布団に包まれた“物体”がもぞもぞと動いていた。
父さんの部屋は、少し狭い。ただ、荷物が少ないのか、すっきりとしていた。唯一ごちゃごちゃしているのは、机の上のパソコンくらいだろうか。パソコンのパネルには、たくさんの付箋が貼られている。仕事で使っているのだろう。
「……父さん、朝だよ。起きて」
「……うぅ……」
僕の声に反応して、もぞもぞは更に大きくなる。だが、目覚めには程遠いかもしれない。
「仕事遅れるよ?」
「……問題ない……」
「いや、問題だらけだよ……」
父さんは朝が弱い。これもいつものことではある。そして、ここから――
「――あなた!早く起きてください!何時だと思ってるんですか!」
ご飯を食べたのか、母さんが室内に怒鳴り声を響かせる。その声に反応して、一瞬だけ父さんの体がビクリと動いた。
「ほらほら!いつまでもダラダラと寝てないで、顔を洗ってきてください!」
母さんは強引に父さんの布団をはぎ取る。剥き出しになった父さんは、まるで冬眠中のクマのように、体を丸めていた。
「……ああ」
観念したのか、ようやく起き上がる父さん。頭をぼりぼりとかきながら、洗面台へと向かって行った。
「まったく……。こういうのは、普通シンジに言うことなんだけどね。あの人ったら……」
母さんは溜め息を吐きながら、そう呟いた。僕は、とりあえず苦笑いをすることにした。
玄関で靴を履いた母さんは、家の中に声をかけた。
「――遅れないように出てくださいね?ちゃんと鍵もかけてくださいよ?」
「わかった……」
奥からこもったような父さんの声が聞こえる。
これから、僕は学校に、母さんは仕事場に向かう。父さんは少しだけ遅く出勤するようだ。母さんが言うには、遅刻ギリギリで仕事場に来るらしいが。
玄関を開けると、朝の陽ざしが通路を照らしていた。昨日来たのは夕方だったから、これも初めての光景だ。純白の建物が光を反射して、少しだけ眩しい。
「――あらユイ。今から出勤?」
ふと、僕らに声がかかった。
「ああ、キョウコ。そうそう。今から出勤」
どうやら、母さんの知り合いのようだ。話す感じから、母さんと同じ会社なのかもしれない。
とても綺麗な人だった。長い栗色の髪は細く、僕のところまで柔らかい匂いを運んでいた。だがしかし、その髪の色は、どこかで見覚えがあった。
(これは……確か……)
記憶の中を探っていると、母さんはその女性――キョウコさんの背後に向けて、声をかけた。
「――アスカも、これから学校?」
「……アスカ?」
母さんの言葉で、僕もその方向に視線を送る。そこには――
「あ……」
「……」
――昨日の、仏頂面が立っていた。
「……」
どうやら、彼女が昨日母さんが言っていた、アスカという子らしい。睨み付けるようにしながら、僕を見ていた。
「ええと……」
「……ママ。早く行こ」
反応に困ってると、彼女は我関せずのようにその場を歩き始めた。
「あ、ちょっと待ってアスカ」
そんな彼女を、キョウコさんは引き留める。
「アスカ、こちらは同じ職場の、碇さん。で、隣にいるのが、息子さんのシンジくん」
「今更だけど、よろしくね」
キョウコさんの紹介に、母さんは笑顔で会釈する。どうやら、母さんはアスカとも知り合いのようだ。
「……ヨロシク」
一応、形式的な挨拶する彼女。相変わらずの不愛想ぶりで。
「……アスカ、シンジくんを学校まで案内してあげて」
突然、キョウコさんは言い出した。言い出してしまった。
「……え?」
「はぁ!?なんで私が!」
それを聞いたアスカは、声を荒げる。だがキョウコさんは、ニコニコしながら続けた。
「だって、シンジくん、学校の場所をよく分からないじゃない。私もユイも、これから仕事だし。同じ学校なんだから、別にいいでしょ?」
「で、でも……!」
「アスカ―――“お願い”」
舌を出しながら、キョウコさんはアスカの頭を撫でる。
「……」
少しだけ顔を赤くしたアスカは、凄く小さめに頷いていた。
ほうほう
支援しとこう
よっしゃパンツ脱いだ
「……キョウコ、あなた、アスカに何も言ってなかったでしょ」
横で母さんが、小声でキョウコさんに聞いていた。
「うん。そうよ」
「そうってあなた……」
「だって、そっちの方がロマンチックじゃない!隣に引っ越してきた年頃の男の子と恋に落ちる……!――ん~、素敵!」
「あなたって人は……」
呆れる母さんと、頭上にお花を咲かせるキョウコさん。対照的な2人の前で、僕は固まりアスカは僕を睨んでいた。
続ききたー!!!!
支援
「……」
「……」
母さんたちと別れ、僕達は学校に向け歩いていた。……いや、“僕達”ってのは、少し違うかもしれない。
二人の間に、およそ数メートルの距離を保ったままだった。傍から見れば、きっと何一つ関係のないように見えるだろう。もっとも、昨日今日会ったばかりの僕らに、もともとそこまでの関係はないだろうが。
でも、こう重苦しい初日は嫌だったりする。まったくこちらを振り向かず歩き続ける彼女に、声をかけてみた。
「……ね、ねえ。その中学校ってどんなところ?」
「……」
「生徒は何人くらいいるの?先生はどんな人?」
「……」
……まったく反応がない。完全に無視されている。もしかしたら聞こえていないのかもしれない……そんな、雀の涙ほどの可能性にすがって、もう一度声をかける。
「ね、ねえ……」
「――一つ、言っておくわ!」
突然、彼女は足を止め、僕の方を振り返る。腕を組み、仁王立ちをする彼女。なだらかな上り坂で、彼女は僕を見下ろしていた。
「確かに、あんたのお母さんと私のママは友達だけど、私とあんたには一っっ切関係はないんだからね!そこんとこ、勘違いしないでよね!」
そう言い放った彼女は、踵を返し、再び歩き始めた。
僕はというと、彼女のなんとも言えない迫力に圧倒されていた。
学校に着くなり、アスカはどこかへ行ってしまった。まあ、おそらく自分の教室に行ったんだろうが……。
それにしても、ずいぶんと嫌われたようだ。何か思い当たる節があるかと胸に手を当ててみたが、何も思い浮かばない。
……それも当然だろう。何しろ僕は、挨拶くらいしかしていないのだから。だとしたら、あの不愛想っぷりは元からなのかもしれない。
あそこまで露骨にされると、なぜか清々しくすらもある。見た目は可愛いが、あれでは彼氏などいないのかもしれない。いるとするなら、それはきっと、菩薩のような男なんだろう。
そんなことをぐだぐだと考えながら、僕は職員室に向かった。担任の先生に会うためだ。
「――失礼します」
ガララとドアを開ければ、中では先生たちがせわしなくそれぞれ動き回っていた。これから学校が始まるから、その準備なのかもしれない。
「――あ、来た来た!おーい!こっちこっち!」
並べられた机の一角から、僕に向かって声がかかる。その声に向かって、職員室の中を歩いて行った。
そしてその人の前に着いた時、その人は、僕に笑顔を向けた。
「碇……シンジくんね?」
「あ、はい……」
「私が、担任の葛城ミサト。ミサトでいいわよ。よろしくね」
「……」
ずいぶんと、軽い人のようだ。さすがに先生を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶわけにもいかないだろうに……。
「みんないい子達ばっかりよ~?シンジくん、ついてるわね」
「は、はあ……」
ミサトさん(最終的にはここで落ち着いた)に案内され、僕は教室に向かう。
新しい学校、新しい教室、新しい毎日……なんだか、昨日までなかった緊張が一気に押し寄せて来た。
それでも、今更引き返すことなんて出来ない。
(やるしか……ないよな……)
歩く足に力が入る。振る手を握り締める。
そして僕は、新しい扉を開けた。
「は~い!みんな席について~!」
ミサトさんが教室に入るなり、ガヤガヤと騒いでいた生徒達は、すたすたと自分の席に座る。そして全員が席に座った後に、教壇に立つミサトさんは話し始めた。
「今日は、転校生がいます。――さあ、シンジくん」
「は、はい……」
ミサトさんに促され、僕は教卓の横に立った。一度頭を下げた後、大きく息を吸い込む。
「……は、初めまして、今日からこの学校に通う、碇シンジで―――」
そこまで言ったところで、僕は気付いた。気付いてしまった。
……神様、を信じるだろうか。僕は、どっちでもない。
ただ、もしいるとするなら、その人はきっと、とても意地悪な人なのかもしれない。
「……」
「……」
教室の窓際、前から三番目の席に、彼女が座っていた。
栗色のツインテール。とても綺麗な顔立ち。……だが、今の彼女の表情は、驚愕に満ちていた。そして、おそらくは僕も同じだろう。
「ア、アスカ……?」
「な、なんでアンタがここに……!」
教卓の横、日当たりのいい机……それぞれの場所で、僕らの時間だけが止まった。
固まる僕らを交互に見ながら、ミサトさんは首を傾げる。
「……あれぇ?もしかして、二人は知り合い?」
その言葉に、アスカは我に返る。そして席から立ち上がり、バンと机を手で叩いた。
「ち、違うわよ!誰がこんなさえない男なんかと……!」
「さ、さえないは余計だろ!?」
「うるさい!あんたは黙ってて!ていうか、何さりげなく呼び捨てで呼んでるのよ!」
「キミだって、初対面から“アンタ”呼ばわりしてるじゃないか!」
「私は別にいいの!」
「わがまま過ぎるだろ!」
不毛な言い争いが、教室内に響く。ふと室内を見渡せば、全員がぽかんとした顔で僕らを見ていた。
「ふむ……つまり、二人は既に親しい仲、と……」
ふいに、ミサトさんが呟く。
「「親しくない!!」」
僕とアスカは、はもりながら全力で否定した。
「熱いの~!二人とも~!」
「夫婦漫才なら他所でやれ!」
静まり返っていた教室は、さっきまで打って変わり、僕らへのひやかしが飛び交う。
「……!」
その声に、アスカは顔を真っ赤にさせながら席に座った。
僕はというと……何だか、凄まじく帰りたくなっていた。
見てるぞ
続けたまえ
それから授業は進み、ようやく昼休みになった。
「――シンジ……でいいのかな?」
突然、後ろから声をかけられた。振り返った僕の前にいたのは、ジャージ姿とメガネをかけた男子がいた。
「ええと……ごめん、名前まだ覚えてないんだ」
「気にせんでええって。ワイは鈴原トウジ。トウジでええで」
「僕は相田ケンスケ。ケンスケって呼んでよ」
「ああ、ありがと。僕、碇シンジ。よろしく」
「……それで、シンジ……」
名乗り終えたところで、トウジは耳打ちをしてきた。
「……アスカとは、どないな関係なんや?」
「え?」
驚いていると、ケンスケも続いた。
「とぼけるなよ。女帝とも言われたあのアスカと、あれだけ仲良さそうにする奴なんてそうそういないんだぞ?」
「じょ、女帝……?」
「シンジは知らなくて当然やな」
「あ、そっか。ほら、アスカって見た目はすげえ美人だろ?だからモテるんだよ。告白なんてざらに受けてるみたいだし。で、それをことごとく断る、と」
「きっつ~い言葉と一緒にな」
「……ああ、なるほど……」
それで女帝か。妙に納得してしまった。まあ、確かに見た目は可愛いからな。……見た目は、ね。
「なあなあ、教えてや。どうやって仲良くなったんや?」
「仲良くはないと思うけど……むしろ、毛嫌いされてる感じだと思う」
「でも、あれだけ正面から言い合えるのは、シンジくらいだと思うよ?」
「そ、そうなの?」
「うん。そう」
それから、執拗に二人からの質問攻めを受けていた。それを適当にあしらいつつ、ふとアスカの方を見る。
彼女は、パンを2つほど食べていた。あれが昼食なのだろうか……。
放課後、一人来た道を帰る。
夕暮れ時の街並みは、全体がオレンジ色に染まっていた。鳥たちは巣へと向かっているのだろうか。今日の終わりを告げるように、空全体に鳴き声を響かせる。
前に住んでいた町よりも、高層ビルが多い。それでも、空の色だけは変わらなかった。
それにしても、今日は散々な目にあった。
まさか、あのアスカが同じクラスになるとは。最初の言い合い以降、ろくに目すら合わせなかったし。
それが、隣に住んでいるもんだから質が悪い。これからも顔を合わせることは多いだろうけど、いったいどんな顔をすればいいのやら。
そう思うと、思わずため息が出てしまった。
そんなことを考える僕の前のバス停に、バスが一台止まった。そして中から、ぞろぞろと人が降りてくる。
制服の学生、スーツの大人、カジュアルな服の男女……。みんな家路についているのだろうか。隣を歩く人物と話したり、前方斜め下くらいを見ながら黙ったりしながら、僕の方に歩いてきた。
道の端に移動して、その集団とすれ違う。
「――楽しんでる?」
ふと、そんな女性の声が聞こえた。
「――え?」
足を止めて振り返ると、その集団は既に僕から離れはじめていた。
あれは、僕に言った言葉なのだろうか。人も多かったし、友達と話す声が耳に入っただけなのかもしれない。
……だけど、その言葉は、やけに耳に残っていた。
翌朝、いつもの通り朝起きてご飯を作る。
昨日は学校の様子を見るためだったから作らなかったけど、今日はお弁当も作ろう。
栄養バランスを考え、体にいい弁当を作るのが僕の楽しみだったりする。
(……こんなんだから、母さんに“主婦”って言われるんだろうな……)
そうまでして弁当をいそいそと作っている自分の姿が、なんだかとても滑稽に思えた。
(……そう言えば……)
ふと、思い出した。
アスカは、学校でパンを食べていた。友達と話してはいたが、とてもつまらなさそうにかじる姿が、とても印象深く残っている。
考えてみれば、彼女の家はどうやらお父さんはいないようだ。何か事情があるのだろうが、そこまで踏み込もうとは思わない。
だけど、キョウコさんは働きに出ていて、アスカは基本一人。弁当なんて作る暇はないだろう。
「……」
いつの間にか、僕の手は動いていた。普段よりも、少しだけ素早く。
(……さて、どうしたものか……)
見慣れない弁当箱を前に、腕を組んで考える。
とりあえず作ってみたのはいいものの、それから先のことを考えていなかった。
この弁当は、彼女の分として作ったものだ。
だがこれを彼女が食べるには、二つの大きな障害がある。
まず一つが、どうやって彼女に渡すか。
彼女は、おそらく今日も僕を避けるだろう。そんな中でタイミングよくばったりと会い、これを渡す機会があるかどうか……。学校で渡すことも出来るが、ひやかしにより阻止される可能性もある。出来れば、登校時に渡したい。
そして二つ目。これが、おそらく一番難しい。そもそも、彼女はこれを食べるのか。
あれだけ嫌われているなら、受け取る可能性の方が低いだろう。いや、おそらく受け取らない。受け取るはずがない。
それをどうやって食べさせるか……。
(……何やってんだろ、僕……)
ふと、無性に虚しくなった。
そうまでして、なにゆえ彼女に弁当を食べさせなければならないのか。僕は彼女の保護者か何かか?断じて違う。
それなら、そこまで僕がしてやる義理はない。ないのだが、せっかく作ったのだから、作った身分としてはぜひ食べてもらいたい。
気を引くわけでもない。同情……が強いのかも。
(……まあ、受け取らないならそれでもいっか)
最終的には、そんな妥協を脳内で決定し、玄関を出た。
「――あ」
「……あ」
玄関を開けた通路には、彼女が立っていた。ばったりと、偶然。
(タイミングがいいというか、ご都合主義というか……)
何だかあっさりと、彼女に会ってしまった。
しえん
「……」
「……」
僕らは通学路を歩く。何も言葉を発することなく。
アスカの歩く速度は早い。昨日と同じだった。後ろを振り返らず、ただ黙々と歩を進める。僕から離れようとしているのだろうか。
このまま離されるなら、それもいいかもしれない。でもその前に、一応声をかけてみることにした。
「――ねえ、アスカ」
「……」
意外にも、僕の言葉に、アスカは足を止めた。そのまま前を向いたまま、言葉だけを向ける。
「……何よ」
「ええと……あのさ、昨日昼御飯でパンを食べてたけど、いつもあんな感じ?」
「だとしたら何?別にいいでしょ。私の勝手だし」
そりゃごもっとも。まさに正論。もはや勝率は限りなく低いだろう。それでも、やっぱり一応言ってみた。
「あ、あのさ……良かったら、これ……」
「……ん?」
そして僕は、彼女にピンク色のハンカチに包んだ“それ”を渡す。
彼女はそれを手に取り、凝視していた。そのうち、それがなんなのか分かったようだら、すごく、驚いた表情を見せた。
「こ、これ……」
「お弁当。良かったら食べてよ」
「な、なんで――」
そこまで言ったところで、彼女は言葉を飲み込む。そして、口をグッと噛み締めた。
(あ、これは突き返されるな……)
半ば諦めの予想が脳裏を過る。仕方ない。トウジにでも食べさせて――
「――仕方ないわね。いいわ。食べてあげる」
「だよね。別にいいよ。あんまり期待は…………って、へ?」
「だから、もらってあげるって言ってんのよ」
「え、ええと……」
……これは、予想外だった。
「もういい?」
「え?」
「私、学校行くから」
そう言い残したアスカは、颯爽と歩いていってしまった。
それにしても、よくわからない。
普通出会って二日目の男子から、弁当を受けとるのか?僕が言うのもなんだが。
これは本来安堵する場面だとは思う。作った弁当を受け取ってもらったことだし。でも不思議と、頭の中は戸惑っていた。
物事がうまくいきすぎると、こうなるのかもしれない。
神様のイタズラか、はたまた彼女の気まぐれか。
ちょっとした超常現象を目の当たりにした気分のまま、僕もまた学校に向かった。
結局、学校では、昨日と同じようにアスカは僕と接することはなかった。
昼御飯の時は、他のクラスの友達のところへ行っていたようで、姿は見えなかった。きちんと食べてくれたのだろうか……。
「――はい、これ」
「え?」
「弁当箱。返すわよ」
……そんな割とどうでもいい疑問を払拭するかのように、放課後の正門で、彼女は弁当箱を渡してきた。
手に取ってみれば、明らかに軽い。ちゃんと食べてくれたようだ。
「なかなかだったわよ。あんた、料理できるのね」
彼女は視線を合わさないまま、“お褒めの言葉”を授けてきた。
美味しいなら美味しいと言ってほしかったけど、女帝なんて言われる彼女なりの、精一杯のお礼なのかもしれない。そう思うと、自然と頬が緩んだ。
「……うん。家で作ってるからね」
「ふ~ん……。変わってるわね」
「そうかな?……でも、こうやって誰かに食べてもらうの、悪くないよ」
「……やっぱ、変わってる」
そのまま彼女は、歩き始めた。
別に他意はあったわけじゃない。ただなんとなく、作ってみた弁当。
それでも、これで今の関係が多少なりとも改善されれば、少なくとも、朝から憂鬱になることは減るだろう。
(……なんて、そんなに都合よくは……)
「――なにしてんのよ」
ふと、彼女の言葉が聞こえた。慌てて視線を向けると、僕から少し離れたところで、彼女は立ち止まり、僕を見ていた。
「……え?」
「あんたも帰るんでしょ?」
「あ、うん。帰るけど……」
「だったら早く行くわよ」
そして、彼女は再び歩き出した。
「……」
……やっぱり、よくわからない人だ。
「……」
「……」
帰り道は、いつものとおり僕らは無言のままだった。
それでも、朝よりも二人の距離は近い。付かず、離れず。リードに繋がれた犬みたいに、僕は彼女の2歩後ろを歩いていた。
心なしか、雰囲気が柔らかくなった気がする。それは単に、僕の勘違いかもしれないが。
黄昏の光に照らされた彼女の足元からは、長い影が僕の近くまで伸びる。
特に意味はないが、なんとなく、僕は彼女の影を踏まないように気を付けながら、後ろを歩いていた。
「――なんでわざわざ作ったの?」
ふいに、彼女の方からそう聞こえた。
「え?」
「弁当。なんで私に作ったのよ」
これも、いつも通りの光景だった。
けっして振り返ることなく、僕を見ることなく、彼女ははなしかけてくる。
トウジ達は言っていた。やりとりをする奴は珍しいと。ゆえに女帝と。
でも実際は、なんてことはない、少し無愛想なだけの、普通の子なのかもしれない。
……そう思うと、なぜか嬉しくなった気がした。
エヴァのss最近少ないからありがたい
うむ
良作の予感
「……ご飯、つまらなさそうだったから」
「は?」
「昨日、パン食べてたよね?その顔が、凄くつまらなさそうだったから、なんとなく。美味しいものを食べたら、少しは楽しくしてくれるかなって思って……」
「……」
「僕の家じゃ、ご飯を食べるときは楽しいんだ。母さんは笑顔で話しかけてきて、父さんは時々母さんに怒られてる。僕は、それを見て笑うんだ。
食事って、食べ物を食べるだけじゃないと思うんだ。きっと食べ物と一緒に、いろんなものを取り入れるんだよ。きっと」
「……詭弁ね。食事なんて、しょせんは栄養やエネルギーの補給でしかないわ」
「まあ、それもそうなんだけど。ただ、それでも、楽しいと食事もいいもんだよ」
「……よく、わかんないわ、その感覚」
「アスカは、お母さんとご飯食べないの?」
「……ママは、忙しいのよ。優秀だからね。仕事で必要とされてるし、その期待に応えるだけの能力がある。
私は、そんなママを誇りに思うわ。だから、特になんとも」
「……」
彼女は、毅然とそう言った。でもどこか、寂しそうにも聞こえた。
まるでガラス細工みたいだ。見た目は綺麗だけど、どこか脆くも見える。
そう考えると、なんだかほっとけなくなった。
「――アスカ、うちでご飯食べる?」
「……は?」
あまりに驚いたのか、彼女は振り返った。
「一人の時とか、僕の家に来なよ。父さんも母さんも、きっと賛成してくれるだろうし。
一緒に、ご飯食べようよ」
「な、なんで私が……」
「いいじゃない。ご近所さんだし、母さんとアスカのお母さんも友達だし」
「で、でも……」
「無理にとは言わないよ。良ければってこと。気が向いた時でいいから。あったかいスープ、作っておくからさ」
「……考えとくわ」
そう言った後、彼女はプイッと背中を見せて歩き出した。
それから、また僕達の間には沈黙が流れる。
だけど、周囲の空気は、一段と柔らかくなった気がした。
期待
それから数日後の夕暮れ時、玄関からチャイムが響いた。
「――はぁい」
僕は夕食作りを一旦中断し、玄関へと向かう。そしてエプロン姿のまま扉を開ければ、そこには見知った人物が立っていた。
「……」
どこか申し訳なさそうに立つ彼女。長い髪はポニーテール状にまとめられ、風に靡いていた。視線を逸らし、目を合わせようとしない。
もしかしたら、躊躇しながらようやく来たのかもしれない。
だから僕は、彼女――アスカに笑顔を向けた。
「……いらっしゃい」
僕の顔を見て、少し安心したのかもしれない。ここでようやく、彼女は口を開いた。
「……き、来てやったわよ」
「うん。上がってよ。ご飯、もうすぐ出来るからさ」
「……」
家の中に彼女を招く。でも彼女は、その場を動こうとしない。
「ん?どうしたの?」
「……変なことしないでしょうね?」
「しないよ!するわけないだろ!」
「ちょっと!それってどういう意味よ!」
「どうって……!――ああもう!とにかく入ってよ!」
「言われなくても入るわよ!」
……僕は、変態か何かと思われたのだろうか……。
「へえ……綺麗にしてんのね」
アスカは部屋の中を見渡しながら、キッチンへ入ってきた。
「適当に座っててよ。もうすぐ母さんたちも帰って来るからさ」
「ええ。そうさせてもらうわ」
席に座ったアスカは、一度体を伸ばした後に、もう一度キッチンを見渡した。よほど人の家が珍しいのだろうか……。
ある程度首を動かした後、今度は彼女は、僕の方を見はじめた。
ご飯を作っていると、背後から視線をひしひしと感じる。しばらく様子を見たけど、いっこうに視線が収まる気配がなかった。
「……ええと……なに?」
僕の問いに、彼女は不機嫌そうに言った。
「……あんた、本当に料理出来るのね」
「信用してなかったの?」
「そういうわけじゃないけど。ただ、男子で料理をする奴が珍しいだけよ」
「ん……アスカは、料理したりしないの?」
「……したことない」
少しだけ、言い悪そうにしていた。
「そっか。今度作ってみる?」
「気が向いたらね……」
それから、彼女は口を閉ざした。時折僕の方を見ながら、机につっぷくしたりして時間を潰していたようだ。
室内には料理の音と、時計の音だけが響く。ぐつぐつ……じゅーじゅー……いつも聞いている音ではある。でもどこか、その音は僕の心を緊張させていた。
「ただいま。……あら?」
母さんは帰るなり、そのお客さんに気が付いた。そして優しく彼女に微笑みかけた。
「――いらっしゃいアスカ。待ってたわよ」
「気が向いただけよ。それに、ご飯食べたら帰るし」
「相変わらず、素直じゃないわね……」
母さんは笑顔のまま呟き、テーブル上に荷物を置く。アスカはというと、何だか言い負けたような複雑な顔をしていた。
これぞ、大人の対応って言うのかもしれない。
「もうすぐご飯出来るよ」
「ありがとう、シンジ。……あらあら。いつもよりも気合入れちゃって」
クスリと笑う母さん。それは言わないで欲しかった。
今の、当然アスカも聞いてたよな……。
ちらりとアスカの方を見てみたが、そっぽを向いていた。ホッとしたような、がっかりしたような……。人の気持ちとは、かくも難しいものなのかもしれない。
それから父さんも家に帰り、四人で食卓を囲む。
一応キョウコさんはいいのかとアスカに聞いてみたが―――
「ああ、ママはいいのよ。どうせ遅くなるし、勝手に食べてるだろうし」
――とのことだった。
これも一種の信頼関係なのかもしれない。ただどことなく、そう話すアスカが寂しそうにも見えたのは、僕が気にし過ぎてるだけだろうか。
「……アスカ、どう?シンジのごはん、美味しいでしょ?」
相変わらずの、母さんスマイル。アスカはご飯をもぐもぐと噛みながら、素っ気なく答える。
「まあまあね。悪くないわ」
「あら。アスカとしては、最高の褒め言葉ね。よほど気に入ったみたいね」
クスクスと微笑む母さんを、ジト目で見つめるアスカ。
(……凄い。完全にアスカを圧倒している。さすが母さん……)
……ここでふと、父さんの方を見てみた。
「……ユイ、醤油……」
ぼそぼそと呟くが、アスカと話す母さんには届いていなかった。
「……ユイ。醤油……ユイ……しょ……」
しばらく呟いていた父さんだったが、戦意を喪失したのか、最終的には自分で取りに行ってしまった。
(……父さん……)
僕が、取ってあげれば良かったかもしれない。ごめん、父さん……。
「……一応、お礼言ってて上げる。まあまあだったわ」
(いや、それはお礼とは言わないんだけど……)
「――あ、そうだ。アスカ、これ……」
僕は彼女に、小さな鍋を渡す。
「……これは?」
「今日の夕飯の残り。キョウコさんがお腹空いてたらいけないし。もし食べなかったら、明日にでも食べてよ」
「……あんた、つくづく変わってるわ」
「そ、そうかな……」
褒められたような、バカにされたような……。まだ僕には、母さんみたいに上手い返しは出来ないようだ。
「アスカ。キョウコによろしくね」
「ええ。分かったわ。――じゃあね」
最後まで彼女らしく、玄関は閉められた。
それと同時に、母さんが言ってきた。
「……あの子はね、寂しいのよ。キョウコは忙しくて、小さい頃から一人で過ごすことが多かったし。誰かに甘えるっていうのが、よく分からないのよ」
「……」
「シンジ。アスカをよろしくね。一番近くにいれるのは、たぶんあなただから」
「……よろしくって言われても、こんな感じだからね」
「ええ、そうね。凄くいい感じよ」
「ええ……嘘でしょ……」
「いずれ分かるわ……」
小さく笑みをこぼした母さんは、そのまま奥へと歩いて行った。
母さんの背中を見送った後、僕はもう一度閉められた玄関に視線を戻す。
誰もいない部屋。暗い部屋。そこへ帰る彼女は、どういう気持ちなのだろうか……。それはきっと、父さんも母さんもこうして家に長くいる僕には、分からないのかもしれない。
(……明日も、弁当作るかな……)
そして僕は仕込みをするために、キッチンへ向かって行くのだった。
やはり最近で一番良いSSだ
読み易くて興味深い
支援
支援
翌朝。玄関を出れば、相変わらずの朝日が見渡す景色を明るく照らしていた。
近頃は学校にも慣れたこともあり、陽の光が余計に眩しく見える。
何気なく、アスカの家の方を見てみた。
扉は閉められ、開く気配はない。キョウコさんは仕事だろうが、アスカはどうだろうか。学校に行ったのか、はたまた寝てるのか……。これまで数日、遅刻はしたことなかったみたいだから、おそらくは前者だろう。
(待つのもあれだし、僕も行くかな……)
軽快に階段を降りる。
背中にはリュック。片手には手提げ袋。その中には、青いハンカチに包まれた弁当箱。そして――
「……あれ?」
「――遅いわよ。何してたのよ」
階段を降りた道路。その壁際には、アスカが立っていた。
腕を組み、相変わらずご機嫌ななめの御様子。ていうか、未だかつて機嫌がよかったところを見たことがない。
彼女も、笑うことがあるのだろうか……。
「……と、何してるの?こんなところで」
「……別に。ただ、なんとなくよ」
(全然答えになってない……)
その時、彼女に用件があることを思い出した。理由は分からないけど、こうして目の前にいるのはちょうどいい。
「はい、これ……」
彼女に、手提げ袋の中のもう一つの弁当箱を差し出す。
「……また、作ったわけ?」
「うん。いらなかった?」
少しだけ、彼女は弁当箱を見つめていた。何を想ってるのだろうか。同じ体勢で、大きな瞳をピンク色のハンカチに包まれたそれに向けていた。そして――
「――仕方ないわね。受け取ってあげるわ」
彼女は、弁当を受け取る。――笑顔を見せながら。
「あ……」
「……何よ。バカみたいな顔して……」
「いや、アスカも笑うんだなって思って……」
「え?」
「初めて見たよ。アスカのその表情。……うん、いいと思うよ。とっても」
「~~~~ッ!!」
突然、彼女はたじろぎ始める。その場を後退りながら、手で顔を隠そうとしていた。
「……?どうしたの?」
「な、なんでもないわよ!」
「いやでも……」
「なんでもないって言ってるでしょ!」
彼女はそっぽを向いて、学校へと向かう。一瞬見えた彼女の顔は、真っ赤に染まっていた。
そして彼女は、顔を見せないまま声を荒げる。
「ほら!さっさと行くわよ!――シンジ!!」
「……え?」
(今、僕のことを名前で……)
……どうやら、彼女は自分の感情を表すのが“かなり”苦手なようだ。もちろん僕も人のことは言えないけど、彼女の場合、段違いにそれが強い。
女帝なんて言われてるけど、とても人間くさい。でも、なんだかとても安心した。
そんな不器用な彼女を、僕は追いかける。なだらかな上り坂を駆けあがって……。
「遅いわよ!シンジ!」
「待ってよ!アスカ!」
空には雲一つない。今日もよく晴れそうだ。
イイハナシダー(´;
とりあえず、プロローグ的なの終わり
ちょっと疲れた(´-ω-`)
再開
わく(((o(*゚▽゚*)o)))わく
「――シンジ!早くしなさいよ!」
「ああ、ちょっと待ってよ!アスカも少しは手伝ってくれても……!」
「あんたバカぁ?か弱い女の子に荷物持たせるなんて、男の風上にも置けないわね」
(……か弱いかな?)
休日のとある日、僕とアスカは街に買い物に来ていた。とは言っても、僕の方は強制連行に近いものだったけど。
なんでも、買い出さなきゃいけないものがあったらしい。まあ少しならいいかなぁなんて甘い考えのまま来てみれば、アスカは怒涛のショッピングを行い、あっという間に僕の両手には大量の紙袋が携えられていた。
正直に言えば、両手は既に限界が近い。しかし、そんな僕とは対照的に、彼女の両手はフリー。実に軽そうにひらひらと動かしていた。
なんだか釈然としない。納得できない。
でも、そんなことを口にした日には、凄まじい剣幕で反撃に遭うこと必至だったことから、なくなく戦うことなく白旗を上げるほかなかった。
……その点を見れば、男の風上にも置けないという彼女の言葉は、的を射ているのかもしれない。
男のプライド……そう呼ばれるモノは、少しは僕にもあるだろう。だがそれ以上に、僕の心は面倒事を回避したいようだ。
「ほら、しゃんと歩きなさいよ!次行くわよ、次」
「ま、まだ行くの?」
「当たり前よ。あと、4、5件は回るわよ」
「し、4、5件……」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
意気揚々と、鼻歌交じりに行進するアスカ。
その後ろで肩を落とした僕は、紙袋が地面に着かないように細心の注意を払いつつ歩き始めた。
「………はぁぁ」
大きな、溜め息と共に。
「――それで?買い物はどうだった?」
夕食で、母さんはそう切り出した。
「もう大変だったよ。アスカの荷物が多くて……」
「あらそう。でも、女の子の買い物はそんなものよ?」
「そうは言っても、アスカって全く手加減しないし……」
「――買い物に手加減なんて聞いたことないわよ」
アスカは、お茶を一口飲んだ後呟く。
あれから、彼女は頻繁に僕の家にご飯を食べるよになっていた。頻繁というより、ほぼ毎日の状態だが。
なんでも、母さんがキョウコさんに言ったらしい。仕事が遅れる時は、我が家で食事をさせる、と。
アスカも最初は日付を空けて気を使ってる感じではあったが、徐々に当たり前のように我が家で来るようになった。
そしてもう一つ、変わったことがある。
彼女の笑顔もまた、当たり前のように見れるようになったことだ。
刺々した性格は変わらないが、表情の一つ一つ、言葉の一つ一つに、排他的な印象がなくなった気がする。
自然体……そう言った方が分かりやすいかもしれない。
それは学校でもそうだった。笑みを見せるようになり、他の人を寄せ付けないような雰囲気は収まっていた。その変わり様に一番驚いたのは、全校男子生徒一同だろう。
今では、それまで水面下で動いていた“アスカファンクラブ”たる集団も、精力的に活動するようになった。(おかげで僕は度々尋問のようなものを受けているが)
僕としても、心を開いてくれたことは素直に嬉しく思う。
だがしかし、それによる被害は着実に拡大しつつあった。休日ともなれば、荷馬車のように動かされる毎日。
心を開いた分、遠慮もどこかへ旅だって帰ってこなくなったようだ。その断片くらいは、カムバックしてほしいものだ。
夕食は和やかに進む。弾む会話。響く笑い声。
「……ユイ。ソース……」
……そして今日もまた、父さんの呟きは掻き消されていた。
司令wwwwwww
……司令……
良いねぇこういうの
翌日も休日だったことから、僕は海に来ていた。正確に言えば、“来た”ではなく、“辿り着いた”ではあるが。
好きな音楽を録音したカセットテープを聞きながら、ふらふらと散歩をする。
一見退屈なように見えるだろうが、僕は、わりと好きだった。
防波堤の上に座り、イヤホンを外して目を閉じる。
寄せては返すさざ波の音。空を飛ぶ海鳥の鳴き声。風の通り過ぎる音……全てが溶けこみ、音楽を奏でるように一つになる。
海は生命の母というが、どこか納得してしまう。
とても、心地よかった。
「――風、気持ちいいね」
ふと、海の音楽の中に一つの声が混じった。
「……ん?」
声は僕の隣から。気になってその方向を見てみた。
そこには、一人の少女が立っていた。
赤色が混じったようなショートヘア。大きな目の中心には、透き通るような、海の色をした瞳。
白いワンピース姿で立つ彼女は、僕と同じように海を見ていた。
「……」
僕は、言葉を忘れていた。
彼女の存在は、どこか違うように思えた。
純然と、間違いなく僕の横に立つ彼女。真っ直ぐと海を見つめ、髪をかき上げる仕草。それは誰が見ても、ただの少女である。
それでも、何かが違う。うまく言えないけど、まるで景色と一体になるような、そんな風に見えた。
僕は全ての行動を忘れ、しばらくの間、彼女という存在を確認するかのように、ただ見つめていた。
き、霧島さんか!?(大興奮)
「――海、好きなんだ」
彼女の言葉に、我に返った。
「……え?」
「全ての生命の源、母なる海……。潮の香りとたくさんの水は、お母さんの体内みたいじゃない?
海を見ていたらね、全ての始まりを考えちゃうんだ。自分はどこから来て、どこへ行くんだろ……。そんな風に、ね……」
「は、はあ……」
「海は、好き?」
海を見ていた彼女の瞳は、僕に向けられる。その目を見ていると、吸い込まれそうになった。
「……嫌いじゃない、かな。もともとここに来たのは、特に理由があったわけじゃないし」
「つまり、好きってことだよね?」
「ああ……まあ、そういうことになるのかも……」
「フフフ。良かった」
一度微笑みかけた彼女は、再び海を眺めた。
ついつい彼女の問いに答えた僕だったが、ここでようやく聞くべきことを思い出した。
「……あの……キミは?」
「ん?私?」
「うん。そう」
すると彼女は、クスリと笑う。そして体を反転させ、立ったまま僕の顔に自分の顔を近づけた。
何かを確認するように、ジッと僕を見つめる彼女。
(な、なんなんだ?)
しばらく見つめた後で、彼女は顔を離して、口を開いた。
「――私は、マナ。霧島マナ。よろしくね」
霧島さんキターーーー(°▽°)ーーーー!!!
「霧島……マナ……」
「マナでいいよ。マナって呼んで」
優しい表情を浮かべる彼女は、そう言った。
「う、うん……」
僕が頷いたのを見るや、彼女は今度は空を見上げる。
「……この世界のこと、どう思う?」
「こ、この世界?」
「そう。あなたがいて、私がいて、家族がいて、友人がいて……。取り巻く全てを含んだ、この世界」
「ええと……」
なんだろうか。壮大過ぎる質問だけど。哲学か何かかな?
「……嫌いじゃない、かな……」
「つまり、好きってことだよね?」
「ああ……うん……」
(……あれ?デジャヴ?)
そして彼女はクスリと笑い、防波堤の上から地面に飛び降りた。くるりと体を回転させ、僕の方を向く。
「……今日はこの辺で帰るね。またすぐ会いに来るから」
「え?ぼ、僕に?」
「そうそう。それ以外に、目的がある?」
(それ以前に、なんでそれが目的?)
「……じゃあね」
最後に軽く手を振った彼女は、踵を返し街の方へ歩き始めた。――と、その時……。
「――あ、そうそう」
彼女は、もう一度僕の方を振り返る。
「もうすぐ、一人目の子が来るからね」
「え?」
「大丈夫。何もないから。いつも通り接してあげて」
「???」
何を言ってるのか、まったく分からない。
果てしなく疑問符を浮かべていると、彼女は再び手を振ってきた。
「じゃあ、今度こそ帰るね。――またね、シンジ!」
「あ、うん……」
そして彼女は、走り去っていった。
まったくもって、謎だ。初対面なのに、あそこまでフランクに話しかけられるとは。
それにしても、どこか安心感がある。強制的に、心の中をこじ開けられた気分だ。
「………あれ?そう言えば……」
(僕、名前言ったっけ?)
……僕の頭の中に、ますます疑問符が増えてしまった。
なんだこの流れ
育成計画じゃない?
ちょっと違う、と思う
再開
機体
家に帰りながら、あの子のことを考えていた。確か、霧島マナとか言ってたけど……。
聞いたこともない名前だし、そもそもあの子の顔すら知らない。
(でも、僕の名前知ってたんだよな……)
もしかして、僕が忘れているだけだろうか……。だとしても、それなら思い出しても良さそうだけど。
謎が謎を呼ぶ、不思議少女……。
(……まあ、深く考えるだけ無駄かな……)
このままいつまでも唸り声をあげるわけにもいかないし、早々に考えを止めることにした。
「ただいま……」
誰もいない家に帰る。どうやら父さんも母さんもまだのようだ。もう少ししたら、おそらくアスカがご飯を食べに来るだろう。そろそろご飯の用意をしないと……。
エプロンをつけながら、キッチンへと進んだ。
「……」
「……あれ?」
……誰か、いた。同い年くらいの少女のようだが。タオルで髪を拭きながら、奥にある浴室の方から歩いて来ていた。
青白い髪と、紅い目。そして……裸。
「ええと……」
「……」
見たところ風呂上がりのようではあるが……ふつうこういう場合、悲鳴をあげるものじゃないだろうか。
しかし彼女は、髪にタオルを当てたまま、ジッと僕の方を見ていた。
(あれ?ここ、僕の家だよね……)
家の中を見渡してみた。やっぱり、僕の家だった。
(………だれ?)
「――シンジー。今日のごはんは―――」
その時、突然アスカが部屋に入ってきた。
「……アスカ?」
「……」
「……は?」
僕達三人は、言葉を失う。青白い髪の少女は、眠そうにゴシゴシと髪を拭いていた。
いいね
「……」
アスカは目を点にしたまま、僕と少女を交互に見ていた。
脳内で非常警報が鳴り響く。マズい。かなりマズい。
「ええと……アスカ……」
「……シンジ……」
ふと、アスカは顔を俯かせる。前髪が垂れ、彼女の表情を隠した。
見れば両手は握り締められ、震えている。
「い、いや……!違うんだ!僕だって何がなんだか――!!」
「――Ich hasse!!」
「へ?」
彼女が何かを叫んだ瞬間、僕の顔面に彼女の足刀蹴りが突き刺さる。
「あぐっ!」
体が吹き飛び、床に叩きつけられた。
その間にアスカはその場を駆け出し、玄関に向かう。
「――!あ、アスカ待ってよ!」
慌てて後を追うが、僕が玄関に着いた時には、扉は凄まじい音を立てて閉められた。
「……アスカ……」
重いアルミ製の扉の前で、僕は立ち尽くす。
ふと後ろを見れば、風呂上がりの少女はどこかへ行っていた。まるで我関せずのように。
鼻のあたりがジンジンと痛みを放つ。
どうやら、面倒なことになりそうだ……。
「……はぁぁ」
溜め息を吐きながら、キッチンへ戻る。おそらく、今日はもうアスカは来ないだろう。さらに言うなら、明日から冷たくされるかもしれない。
(誤解なんだけどな……)
肩を落としていると、いつの間にか目の前にあの少女が立っていることに気付いた。
「……キミは……」
「……大丈夫?」
「え?」
「顔……」
「……あ、ああ……。顔ね。大丈夫だよ。一応……」
「そう……」
彼女は僕をただ見ていた。色白の肌、短い水色の髪。それらの色が薄いからか、紅い瞳がやけに目立っていた。
「……ところで、キミはなんで僕の家に?」
「……お風呂、借りてた」
ぼそぼそと、彼女は言う。
「いや、そうだろうけど……。なんで僕の家の?」
「……叔母様が、使っていいって……」
「叔母様?それって……」
「――ただいまぁ」
その時、ちょうど母さんが帰ってきた。
「あ、母さん。実はこの子が――」
僕が言い終える前に、母さんは彼女に気付いた。
「――あらレイ。もう来てたの?」
母さんの言葉に、彼女は小さく頷いた。
「え?母さん、知ってるの?」
「ええ。――この子は、綾波レイ。遠縁ではあるけど、あなたの親戚よ。今日から、この家に住むの。仲良くしてね」
「……よろしく」
ぼそりと、彼女――綾波レイは呟く。
「………へ?」
しばらく、母さんが何を言っているのか理解出来なかった。
でも、唐突に、とんでもないことを口にしたことだけは、なんとなく察していた。
( ゚д゚)
その日の夜、ささやかな歓迎パーティーが開かれた。
テーブル上には、オードブルが並ぶ。綾波は母さんの隣に座り、小さく口を動かしていた。
そんな彼女に、母さんは笑顔で話しかける。綾波は時折母さんの方を見ながら、頷くことを繰り返していた。
「……って、その前に!」
「どうしたのよシンジ。そんな大声出して……」
「聞いてないよ!今日から一緒に住むなんて!」
「そりゃそうよ。だって、今日決まったことだし」
「そういう問題!?」
「仕方ないでしょ?彼女、祖父母と生活してたけど、二人とも入院しちゃって、行く当てがなかったのよ。それとも、彼女をたった一人で住ませろっていいたいの?」
「そうは言わないけど……ただ、一応僕とかもいるしさ、思春期の男子と女子が同じ家にいるっていいの?」
「大丈夫よ、シンジは何もしないから」
母さんは、笑いながら断言した。信用されていると言うべきなのか、甘く見られてると言うべきなのか……。
とにかく、母さんの中では決定事項のようだ。ここは、一家の大黒柱たる父さんの意見を聞こう。
「……父さん。父さんは、どう思うの?」
「……」
僕の問いに、父さんは持っていた味噌汁をテーブルの上に置いた。そして……。
「……問題ない」
「いや、問題だらけだと思うんだけど……」
すると父さんは、ニヤリとほくそ笑んだ。
「……娘が、欲しかったんだ……」
「……」
「……」
「……」
……リビング内に、沈黙が走った。その中で、綾波だけがもぐもぐと食事を進める。
父さんはというと、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ続けていた。他人が見れば凄まじく怪しい表情だが、僕や母さんにはすぐわかった。
これは、父さんの機嫌が最高潮にいい時に出る表情だ。
僕は、全てを諦めることにした。置いていた箸を再び手に持ち、乾いた笑みを浮かべたまま、最後の言葉を漏らした。
「……あ、そ……」
気体
あれ?なんか前に本家でこんなSSあった気がするな?
ちょっと探してみる
「……眠れない」
その日の夜、僕は不眠にうなされていた。
アスカのこと、綾波のこと、そして、霧島マナのこと……。
今日はいろんなことがありすぎた。おかげでなかなか眠ることが出来ない。一種の興奮状態なのだろうか。
「……外の風でも、当たるかな……」
部屋の掃き出し窓を開ける。それと同時に、外からは涼しい夜風が流れてきて、僕の前髪を揺らした。
ベランダに出る前に、空を眺めた。
漆黒の夜空には、綺麗な月のランプが灯る。月は満月じゃなくて、やや上の方が欠けているようだ。それでも、太陽の代わりになろうとするように、懸命に光を放つ。周りの星たちは、それを応援するように揺れていた。
夜空が織り成す光の劇場を少し見たあと、ベランダに足を踏み出した。
「……あれ?」
どうやら、先客がいたようだ。
「……」
月明かりの下、綾波は立っていた。
ぼーっとした表情で、空を見上げる彼女。白い肌は夜の闇の中で余計に存在感を示す。昼間よりも、はっきりと。その表情とは裏腹に、けっして景色に溶けることなく、凜然とその場に佇む。でもどこか、今にも消えそうな儚さもあった。
僕は、そんな彼女から目を離せなくなっていた。
言葉を置き去りにし、ただ彼女の神秘さを、目に写していた。
「……」
ふと、彼女が僕に気付き、赤い瞳を僕に向けた。
「……起きてたんだ」
そこでようやく自由を取り戻した僕は、彼女に話しかけながら手刷りに手をかける。
彼女は何も言わず、一度だけ頷いた。
「……」
「……」
沈黙が流れる。ただ、重苦しいわけじゃない。柔らかくて、包み込むような沈黙だった。
「……月、綺麗だね」
やはり彼女は何も言わず頷く。怒っている感じじゃないところを見ると、会話が苦手なのかもしれない。
「綾波も眠れないの?」
三度、頷く彼女。
「そっか。僕と一緒だね……」
「……そう」
ようやく、彼女の声が聞けた。
一度彼女に微笑みを送り、僕は再び、夜空を見上げた。
「……ごめんなさい」
しばらく経ったところで、彼女はそう呟いた。
「何が?」
「……ここに来ては、いけなかったみたいだから……」
表情を伏せ、話す彼女。
ここでようやく、自分の過ち付いた。
彼女が言っているのは、おそらく僕の言葉のこと。まるで彼女を追い出そうとするかのような言葉。
考えてみればああまりに無神経だった。
遠く知らない街に来たばかりで、しかもこれまでとは違う生活を送ることになった彼女。彼女の中で、少なからず不安があったはずだ。なぜなら、僕もまた同じだった。
にも関わらず、僕は心無いことを口にしてしまった。彼女の不安や苦悩なんてちっとも考えず、ただ思うままに言葉を言い捨てた。
彼女は、何も悪くないのに……。
僕はバカだ。最低だ。
自責の念が、頭の中で渦を巻く。
「……謝らなきゃいけないのは、僕の方だよ。何も考えてなかった。ごめん……」
「ううん。いいの……」
彼女は表情を俯かせたまま、小さく呟いた。
その姿は、僕の心を締め付けた。
「綾波は、明日から学校?」
「うん。そう……」
「……じゃあ、案内しなきゃね。と言っても、僕も来たばかりだけど」
「……ありがと」
彼女は、無表情のままお礼を口にした。
僕は、それ以上何も言えなかった。
すべてを誤魔化すように、僕は空を見上げた。そして彼女も、僕に続く。
僕が、彼女を支えよう……。
贖罪の気持ちを胸に、それからしばらく、揺れながら輝く月を見ていた。
彼女と、一緒に……。
翌朝、いつもよりも早く目が覚めた。
少し体が怠いのは、睡眠不足だからだろうか。ともあれ、今朝もキッチンに立つ。みんなの朝食と、僕らの弁当のために。
(……アスカの分、どうしようかな……)
少しだけ、考えてみた。
あの様子だと、怒りもかなりのようだし、作っても受け取らない可能性が高い。むしろ、濃高だろう。
しかしまあ、作らないわけにもいかないだろう。例のごとく、拒否されたならトウジにでも食べてもらおう。
「……おはよ」
ふと、背後から綾波の声が聞こえた。
彼女の方を見てみれば、既に制服を着ていた。
「ああ、おはよう。早いね綾波」
「うん……。碇くんは、何をしてるの?」
「ご飯作ってるんだ。朝ごはんと、お弁当」
「そう……。お水、もらってもいい?」
「ああ、好きに飲んでよ」
彼女は冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、コップに注いだ。
「綾波は、苦手な食べ物とかある?」
「……お肉、あまり好きじゃない」
「そっか……わかった」
テーブルに座った彼女は、こくこくと水を飲んでいた。
それを見守った僕は、音をたてながら野菜を炒めるフライパンに視線を戻した。
「――行ってきます」
僕と綾波は、玄関を出る。
ふと隣に視線を送るが、アスカが出てくる気配はない。階段を降りた先でも、彼女の姿はない。
少しだけ期待をしていた。いつかのように、階段を降りた先で彼女が待っていることを。
ただ、さすがにそこまで都合よくはいかないようだ。
「……あの子を、探してるの?」
綾波は呟いた。
「アスカのこと?」
「……怒らせて、しまったみたいで……」
これもまた、彼女は自分のせいだと思ってるのだろうか。
すぐさま否定をする。
「綾波のせいじゃないよ。それより、学校に行こ?」
「うん……」
僕と綾波は、学校に向けて歩き出した。
その途中、彼女はしきりに周囲を見渡す。僕もここに来た当初は、こんな感じだったのかもしれない。
そう思うとなんだかおかしくて、頬が緩んでいた。
「――ええ、今日は転校生を紹介します」
教壇のミサトさんは、高らかに声をあげる。
そしてミサトさんの隣に立つ彼女は、小さく呟いた。
「……綾波、レイです」
彼女の姿を見たクラスのみんなは、にわかに活気付く。
何しろ、彼女は物静かではあるものの、顔は非常に整っている。色白でか弱そうな見た目と言葉少ないその様は見事なくらいマッチしていて、さしずめ“薄氷美人”とでも言ったところか。
「レイは家の都合で、今日から通うの。みんな、仲良くしてね」
「はーい!」
元気に返事をする生徒達。主に男子だが。
「席は……そうね、シンジくんの隣にしましょうか」
「僕の?」
「そうそう。親戚なんでしょ?教育係に任命するわ!」
(ミサトさん、色々間違ってる……)
「ブーブー!」
ブーイングをする生徒達。全て男子だが。
綾波は一度僕に会釈した。僕は彼女に笑顔で手を振る。
ふと、遠くの席に座るアスカが見えた。
彼女は頬杖をついたまま僕を見ていたが、目が合った瞬間に視線を逸らし、外を眺め始めた。
(アスカ……)
それから、彼女が僕の方を見ることはなかった。
「……レイ、学校どうだった?」
その日の夜、母さんは聞いてきた。
「ああ、色んな人に話しかけられていたよ。綾波自身は戸惑ってたみたいだけどね」
「フフフ、そうなんだ」
母さんは、とても嬉しそうに笑っていた。
「レイね、前の学校じゃ、いつも一人だったみたいなの。誰が話しかけてもあんな感じでしょ?もちろん本人のことだから、周りがとやかく言うことではないんだけど……なにか、見てて不憫でね……」
母さんは綾波の部屋を見つめながら、そう話した。
そして僕の方を見つめ直し、頭に手を添える。
「レイのこと、シンジに任せて正解だったかも。これからも、あの“不器用さん”をよろしくね」
改まってそう言われると、なんだか照れてしまう。
何て反応すればいいのか分からず、僕は黙ってしまった。
「――あ、そうそう」
突然、母さんは何かを思い出したようだ。
「シンジ、ちょっとお使いに行っててくれない?」
「お使いって……こんな時間に?」
「うん。……“もう一人の不器用さん”に、これを渡してもらいたいのよ」
そして母さんは、何枚かの写真を手渡した。それは、少し前にしたホームパーティーの写真だった。
そこには、アスカが写っていた。
笑ったり、怒ったり、照れたり……彼女の喜怒哀楽が、そこに詰まっていた。
「……でも、僕が行っても相手にしないと思うよ?」
「そんなことないわよ。いいから、行ってきて」
「……」
拒否は、認められないようだ。仕方なく、首を縦に振る。
そして重い足取りで、彼女の家に向かった。
>>1、パンツどうする?
>>87
そういう展開にしたいのはやまやまだが、ここは涙を飲んで履いとけ
風邪引くぞ
「……」
アスカの家の前。静まり返った通路で、僕は立ち尽くしていた。
考えてみれば、写真を渡すだけならポストに入れておけばこと足りるわけだが……母さんに渡すように言われた出前、それをするのは、やはりはばかってしまう。
それでも、いつまでもこうしてるわけにもいかない。
行くべきか、行かざるべきか……。
いや、正確には行くしかないんだけど、どうも決心がつかず、手足が動いてくれない。
終わることない決断の憂鬱に頭を悩ませている僕に、横から声がかかった。
「――あれ?シンちゃん?」
……僕の周囲において、おふざけ以外で僕のことを“シンちゃん”と呼ぶ人物は、意外にも一人しかいない。意外と言うほどでもないけど。
とにかく、その人の姿を確認する前に、僕は声の主が誰かがわかっていた。
「……キョウコさん」
スーツ姿のキョウコさんは、不思議そうな顔を浮かべていた。
「何してるの?こんなところで……」
優しい顔を見せたキョウコさんは、歩み寄ってきた。
少しだけ、何て言おうか迷う自分がいた。
でも、嘘をつく理由なんて見付からず、控えめな口調で説明した。
「……実は、母さんに頼まれて、アスカに写真を渡そうと思ったんですけど……」
そこまで言って、言葉の勢いは衰えてしまった。その代わりを務めるように、視線を扉に移した。
察してください……。
そう言わんばかりの言動に見えるかもしれない。
自分のことではあるが、ずいぶんと卑怯な人間のように思えてしまった。
「……」
キョウコさんは、何かを考えながら僕と扉を交互に見る。いや、僕と家の中のアスカを、と言った方が適切かもしれない。
そして何かを悟った彼女は、ははーんと声を漏らす。
「……そういうことか」
見透かされたのかもしれない。そういう風に仕向けたんだけど。
「……ねえシンちゃん、ちょっと時間ある?」
「え?あるのはありますけど……なんでですか?」
「いいから。ちょっと付き合ってよ」
そう言い残したキョウコさんは、何を考えてるのか、せっかく帰って来た通路を戻り始めた。
彼女の真意が見えないまま、とりあえず、僕は彼女に続いて歩いた。
夜の町の片隅にある自動販売機は、明々と光を放っていた。
この時間になると、人や車の往来はほとんどない。静寂に包まれた町は、ただ密かに、ネオンを輝かせていた。
そんな自動販売機の隣にあるベンチに、僕はキョウコさんに促されるまま座っていた。
「……はい、これ。コーヒーで良かった?」
「あ、はい。ありがとうございます」
僕が缶コーヒーを受けとると、彼女は微笑みかけてきた。
「あの……」
用件を聞こうとしたところで、キョウコさんが遮るように口を開く。
「――ケンカしたんでしょ?アスカと」
「え?」
「あの子を見たらすぐ分かるわよ。一応、母親だし」
「……ええ、まあ……」
誤魔化すように、作り笑いをする。
そんな僕に、キョウコさんは話を続けた。
ちょっと休憩
この話、長くなりそうかも
長いのもいいと思いまっす!
再開
今日もマイペースな更新をする予定
わく(((o(*゚▽゚*)o)))わく
今度こそ再開します
「……あの子、ずいぶん変わったのよ?」
「アスカ……ですか?」
「そうそう。前のあの子は、どうも他の子に心を開かなくてね。強がって、意地張って、本当の自分を見せようとしなかったのよ」
「……今も、大して変わらないと思いますが……」
「そんなことないわよ。私の前だと色んな表情を見せるんだけど、よそだとまるでお人形さんだったのよ?」
「に、人形ですか……」
すると、キョウコさんは顔を俯かせた。
「……そうなったのは、たぶん私のせい。きっとあの子、寂しかったのね。それを隠すために、わざと平気なふりして……」
「……」
「私はいつも家にいないし、学校の行事だってあんまり行ったこともない。……あの子に、お弁当を作ってあげたことも、ね」
そしてキョウコさんは顔を上げ、僕の方を見た。
「アスカね、シンちゃんにお弁当を作ってもらったの、私に話してくれたわ。平静を装ってはいたけど、バレバレ。目を輝かせながら言ってたの。あれが入っていなかったとか、この味がいまいちだったとか」
(……アスカ、贅沢言わないでよ)
「でも、最後には言ってたわ。“まあまあだった”って。よほど、嬉しかったんでしょうね。シンちゃんに、お弁当を作ってもらったこと」
「……アスカが……」
追いついた
wktk
「あの子は色んなものに飢えてるのよ。優しさ、包容力、理解……たぶん、シンちゃんなら、全部埋めることが出来るわ」
「そんな……僕なんかじゃ……」
「本当よ?最近なんて、何も言わずにご飯食べに行っちゃうんだから。ちょっと寂しい……」
キョウコさんは、しゅんと肩をすぼめた。どうやら、最後のは本音のようだ。
(アスカ……一言断ろうよ……)
「……でもね、私、驚いてるの。アスカったら、シンちゃんの前だとすごく自然体でいるの。言いたいことを言って、したいことをして……シンちゃんは振り回されてるって思うかもしれないけど、あれはね、シンちゃんに甘えてるのよ」
甘えてる……とてもそうは思えないが。何しろ無理難題を押し付けられたり、買い物における荷物持ちをさせられたりと、どっちかと言えば付き人のような感じだし。
「同居人の件は、ユイから聞いてるわ。アスカも、もう少し素直になればいいんだけどね……」
残念そうに首を振るキョウコさん。いや、十分素直だと思うんだけど。
これのび太の人?
「……とにかく、一度会ってあげて?あの子、あれ以来落ち込んでるのよ」
「はあ……でも、会ってくれるかどうか……」
「それなら大丈夫!」
突如、彼女は声を張り、親指を立てた。何か考えがあるのだろうか……。
おもむろい携帯電話を取り出すキョウコさん。そして、どこかへ電話をかけ始めた。
静かな夜に、電話の向こうの着信音が微かに聞こえる。何回かコール音がした後、相手は電話を取った。
「――アスカ?今どこ?」
電話の相手は、アスカだった。なんて言ってるかは分からないが、彼女の声は聞こえた。
そしてキョウコさんは、唐突に言い出した。
「ああ、実はね、シンちゃんが、写真を渡したいみたいなのよ」
「――ッ!?」
(キョウコさん!ダイレクトすぎ!)
「……うん。そうそう。この前のパーティーの写真みたい。私、もう少し遅れそうだから、シンちゃんが来たら受け取ってね」
「……あの……キョウコさん、何を……」
「……はい。じゃあ、よろしくね。ばいば~い」
僕の言葉を聞き流したキョウコさんは、そのまま電話を切ってしまった。
「……家で待ってくれるって。良かったわね、シンちゃん」
携帯電話をしまったキョウコさんは、笑顔を向けて来た。
「でも、遅くなるって言っても、キョウコさんいるじゃないですか」
「うん。だから、私はもう少しここで時間潰しておくから。その間に行ってきて」
「え?」
「私がいたんじゃ、お邪魔でしょ?……キスまでなら、許してあげるわよ。私がいない間に、ちゃちゃっとしちゃいなさいね」
「な゛――!?」
「フフフ。冗談よ、冗談」
イタズラをする子供のような笑みを見せるキョウコさん。その言葉は、母親として言っていいことなのだろうか。
しかしキョウコさんは、すぐに表情を優しいものに変えた。
「……早く行ってきてあげて。アスカ、待ってるから……」
その顔は、僕にもすぐにわかった。それこそ、お母さんの顔だった。
優しく見守る、母性溢れる表情は、血の繋がっていない僕さえも心が温かくなる。
そんなキョウコさんに見送られて、僕はその場を後にした。
キョウコさんはベンチに座ったまま、手を振っていた。一度だけ小さく振り返し、僕はアスカの部屋へと向かった。
支援
さて、こうして再びアスカの家の前に来たわけだが、なかなかどうしてそれ以上踏み込むことが出来ない。
脳裏に過るのは、怒りに満ちたアスカの表情と、顔に受けた足刀蹴り。どうせまた、写真だけ受け取って閉められるんだろうな……。
(……ま、それならそれでもいいけど……)
どうとでもなれ――。心の中で強く念じ、インターホンを押した。
すると家の中から、なにやらどたどたと慌ただしい音が響き出す。そして目の前の扉は、勢いよく開かれた。
「……何よ」
ドアを開けるなり、アスカはじと目で僕を見る。さも機嫌が悪そうに。
「い、いや……写真、渡そうと思って……」
「そ。受け取っておくわ」
奪い取るように、差し出した写真を乱雑に受け取る彼女。そして扉を閉め――。
「――お茶くらい、飲んでく?」
――閉められなかった。
「……え?」
「どうすんのよ。飲むの?飲まないの?」
「ええと……いただこうかな……」
「なら、早く入ってよ。虫が入るし」
あくまでも素っ気なく、家の奥へと歩いて行く彼女。予想外のことを言われた僕は、混乱しながらも彼女に続いて行った。
キョウコさんてだれなん?
>>105
アスカの母親
ググったら出ると思う
支援
部屋の中はやけに暗かった。
同じマンションだから部屋の構図は同じはずなんだけど、やたらと殺風景に見える。家具が少ないのか?
まあ、それもそうかもしれない。何しろアスカはキョウコさんと二人暮らしであり、キョウコさんは仕事が忙しくて、ほとんど家にいない。
それが小さい頃からそうだったらしいから、アスカはこの薄暗い部屋に、いつも一人だったのだろう。
それを、考えると、何だか彼女が可哀想に思えた。
「……適当に座ってなさいよ。お茶、入れるから」
「あ、ああ……うん……」
彼女はキッチンに立つ。
何だか不思議な光景だった。普段家事とは何の縁もないような彼女が、こうしてそこに立っている。すごく貴重なものを見れた気がした僕は、ただその後姿を見ていた。
ふと、彼女が振り返る。そして少しだけ頬を赤くした。
「……ちょっと、そんなに見ないでくれる?気が散るんだけど……」
「……え? あ、ごめん……」
慌てて、下を見直した。
木の机の景色の中に、お湯が沸く音だけが聞こえていた。
「――あつっ!」
「――ッ!」
突然、物音と共に彼女の声が聞こえた。瞬時にその方向を見てみれば、彼女は手を押さえ苦悶の表情を浮かべていた。
火傷をしたのかもしれない。その姿を見て、咄嗟にそう思った。
「大丈夫!?」
席を立ちあがり、彼女の方に歩み寄る。
「だ、大丈夫よこのくらい」
眉間に皺をよせ、右手の甲を気にする彼女。お湯がかかったのかもしれない。
なれないことをしたせいなのか、はたまたちょっとした不注意なのか。
「すぐ冷やさないと……!」
彼女の手を掴み、水道の蛇口をひねる。
「だ、大丈夫だってば!」
「いいから!」
「――ッ!」
「……手、貸して」
「……う、うん……」
彼女の手を、流れる水につける。水は冷たくて僕の手が少し痛かった。
「……」
「……」
しばらく、水が流れる音だけが聞こえていた。彼女は何も言わず、ただなされるがままに手を差し出していた。
「……もう、いいわよ」
それまで黙っていたアスカは、突然そう呟いた。
「え?でも……」
「いいから。手、離してよ」
「う、うん……」
僕が彼女の手を解放するなり、彼女は素早く手を引っ込め、背中を向けてしまった。手を確認しているのか、両手は胸の前にあって様子が見えない。痕が残らないといいけど……。
「……ありがと」
背中越しに、彼女の声が聞こえた。後ろを向いたままこっちを見ようとしないのは、素直にお礼を言ったことの照れ隠しなのだろうか。
「いや、それはいいんだけど……手、大丈夫?」
「うん……」
「そっか……じゃあ、後は僕がやるからさ。アスカは座っててよ。また手を火傷したらいけないし……」
「……わかった」
珍しく、彼女は僕の提案をあっさりと飲んだ。そそくさと席に座り、そのまま俯いてしまった。
(……しょうがないな……)
結局、お茶は僕が淹れる。人の家まで来てこんなことをするのもあれだが、少なくとも彼女の好意は受け取れた。
「……」
「……」
テーブルの上には、湯気が揺れる湯呑が二つ並ぶ。それを間に、僕とアスカは向かい合い座っていた。
沈黙が流れる。時計だけが、必死に針を進め音を出す。
(……これ、なんなんだろう……)
ふいに、今の状況がとても変に思えた。
写真を渡しに来て、家に入れてもらい、お茶を前に黙り込む。第三者的な人が見れば、不思議な光景に思えるのかもしれない。
「……写真、ありがと」
長い沈黙を破ったのは、意外にもアスカの方だった。
「……どういたしまして」
なんて反応すればいいのか分からず、とりあえず定文を口にする。彼女は体を小刻みに動かしていた。聞きたいことがあるが、なんて言えばいいのか分からない――そう見えた。
ここで口を挟めば、せっかく出ようとしている言葉が戻ってしまうかもしれない。……僕は、彼女の言葉を待った。
「――……ねえ、シンジ……」
意を決したように、彼女は口を開く。
「……うん?」
「……あの子、誰?」
……アスカが言っているのは、おそらく綾波のことだろう。それしか思い当たる人物がいない。
「……僕の、親戚だって。僕も知らなかったんだけどね。家庭の事情で、僕の家にいるんだ」
「……シンジの、家に……」
「うん。口数は少ないけど、いい子だよ」
「……そう」
続きはよ
「……で?あの子のこと、どう思うの?」
「そうだね……。一緒に住むことについては、仕方ないかなって思ってる。同情じゃないって言ったら嘘になるけど、たった一人で暮らせって言うのも可哀想だし……」
ふと、彼女の視線に気付いた。呆れるように目を細める彼女は、溜め息と共に聞いてきた。
「……あんた、本気で言ってるの?」
「え?え?な、何が?」
「……」
すると彼女は、大きく天井を仰いだ。そして諦めたような口調で、話し始めた。
「……はぁあ。なんか、どうでもよくなった。あんたなんかにセンチなことを期待した私がバカだったわ……」
「え?それってどういうこと?」
僕の問いに、彼女はクスリと笑みを浮かべた。
何を思ったのだろうか。さっきまでの重い空気もどこかへ消え去っていた。どこか優しく、どこか普段通りの、アスカがそこにいた。
そして彼女は、ぼそりと呟いた。
「――あんた、ホントにバカね……」
「――ちょっとシンジ。あの子の玉子焼きの方が大きいんじゃない?」
「え?そんなことないと思うけど……」
学校の昼休み、アスカは不満そうな顔で文句を言う。
彼女が箸で示すのは、目の前に広げられた弁当箱。曰く、綾波の方が出来がいいらしい。同じおかずしか入れていないから、そんなことはないんだが……。
負けず嫌いな性格が、こんなところでも発揮されているのか。どうあっても、綾波には負けたくないようだ。
「……これ」
気まずくなったのか、綾波は弁当箱をアスカに差し出す。それはちょっとマズイ気もするが……。
「あんたの施しなんて受けたくないわよ!」
……やはり、怒ってしまった。
「……なんや、シンジも大変そうやのう……」
横でパンをかじるトウジは、ぼそりと呟いた。
「――鈴原ー!ちょっと来て!」
ふと、遠くで委員長である洞木ヒカリがトウジを呼ぶ。
「なんやねん……なんや委員長!用かいな!?」
しぶしぶと、トウジは席を離れていった。
教室の入り口で会話をする二人。よく見れば、だるそうにするトウジとは対照的に、委員長は楽しそうにしていた。
「……あの二人、いい感じだと思わないか?」
ケンスケが、小声で話す。
「いい感じ?」
「トウジと委員長だよ。お似合いだよな……」
そして彼は、僕とアスカ、綾波を見渡した。
「……シンジにはこの二人、トウジには委員長がいるっていうのに……僕は……僕は……!うわあああ!!」
頭をぐしゃぐしゃと手でかきながら、ケンスケは叫び出す。
「……どうしたの、ケンスケ」
「ほっときなさいよ。どうせ、バカみたいなことでしょ」
アスカは、淡々と答えていた。
アスカのうんこ…濃いだろうと予想
昼休みも残りわずかとなった時間。僕は、屋上にいた。
手すりに腕をかけ、そこから見える景色を眺める。
雲は足早にどこかへと流れていく。鳥たちもそれを追いかけるように飛んでいた。遠くに見える山々は陽の光を反射し、緑色に踊る。
体を通り抜ける風を感じながら、お気に入りの音楽を聞く。
心が休まる。こうしているのが、僕は何よりも好きだった。
それにしても、アスカと綾波も最初のころより変わったようだ。
黙りこくってた綾波は言葉を発するようになり、いつも不愛想だったアスカにも喜怒哀楽の表情が頻繁に出るようになった。
トウジとケンスケも気兼ねなく僕らの環に入ってくれる。
毎日が楽しくて、毎日が輝いているように思えた。これが、幸せって奴なのかもしれない。
(……なんてね)
柄にもないことを考えてしまった。考えてみれば、これは極普通のことなのかもしれない。僕はどうして、そんな当たり前のことを、“幸せ”と呼び噛み締めているのだろうか……。
上を見上げて、空の彼方に聞いてみた。空は、ただ青かった。
「――閉ざされた心と、冷え切った心……」
突然、背後から声がかけられた。後ろを振り返れば、彼女がそこにいた。
「二つの心を解放しつつあるわ。さすがね、シンジ」
「……キミは……」
――霧島マナは、僕に微笑みかけていた。
彼女は学校の制服を着ていた。ここの生徒だったのだろうか。でも僕は、彼女の姿を見たことはない。
彼女はゆっくりと僕に歩み寄ってきた。
「……やっぱり、この世界は素晴らしいわ。いつまでもいたくなるような、温かみもある」
「……」
「私も、もっとこの世界を見ていたい。もっと触れていたい。これから、あなたの周囲は、もっともっと明るく朗らかになるはずだから。
――でも、世界はそんなに悠長に待ってはくれないみたい」
ふと、彼女は表情を引き締めた。
そして鋭い視線を僕に向ける。何かを覚悟したかのような彼女の蒼い瞳は、僕の心を震えさせた。
「シンジ、間もなく世界が動き出すわ」
「……何を言ってるの?それに、キミはいったい……」
彼女の言葉は、ちっとも意味が分からない。何を意味するのか、何を指すのかも。
戸惑う僕に、彼女は続けた。
「……そうね。今のあなたが、知ってるはずもないものね……。――いいわ。話してあげる」
「話す?」
「シンジ。これから言うことを、よく聞いてね?信じられないかもしれない……ううん、到底、信じられないと思う。それでも、私が話すことは真実であり、全てなの……」
彼女の視線は、一切僕から離れない。ブレない。力強く、どこか弱々しく、ただ揺れていた。
その目を見た僕は、何も言えずに彼女の言葉を待つ。
――そして彼女は、口を開いた。
「――私は、人ではないわ」
「……え?」
「私は、世界の創造主――“神”の使徒、霧島マナ。……そして、その創造主は……。
――シンジ、あなたよ」
「………は?」
「この世界は、あなたによって作られたもう一つの可能性、もう一つの現実。塗り替えられた、世界なの……」
「……」
……いよいよ、彼女の言うことがわけが分からなくなってきた。
単調すぎてあくびが出る内容
文章も平板だし
同じ言い回しの連呼ばかり
心情描写もテンプレで薄っぺらい
小説王を薄めるとこうなる感じだな
>>118じゃあお前がこれよりおもろいやつ書いてみろよ
>>119
荒らしに反応するのはNG
俺は読んでて楽しいから続きお願いします
「……ええと……誰が神様って?」
耳で聞こえた話がいまいちよく理解出来なかった僕は、今一度彼女に聞き直す。
「だから、あなたよ。あ・な・た」
「僕が……神様……?」
やはり間違いない。彼女は、僕を神様だと言っている。凄まじく真面目な顔で、凄まじくぶっ飛んだことを言っている。
……もしや、危ない薬でも使っているのだろうか。それとも、心を病んでいるのだろうか。
どちらにしても、これはあまり関わらない方がいいのかもしれない。
「……ねえ、信じてないでしょ」
マナは、疑うような視線を向けて来た。
しかし、それはそうだろう。信じろっていう方が無理がある。むしろ彼女も、“信じられない話”って前置きをしてたし。
信じられない話を信じろとは、無茶にもほどがある。
……ここは、速やかにここから撤退しよう。
僕の思考は、そう判断した。
「……ごめん。僕ちょっと用事が――」
「――そんな悠長なことを言ってていいの?」
彼女の横を通り抜けようとした僕に、彼女は声をかける。
「……え?」
「世界が最初に選んだ人物は、あなたの大切な人なのよ?」
「……選ぶ?大切な人?」
「碇ユイ……あなたの、母親」
彼女の口から、母さんの名前が告げられる。
「え?な、なんで母さんの名前を……」
「碇ユイは、今日消される。世界によって」
……僕は彼女のことはよく知らない。彼女の言葉の意味も分からない。だけど、母さんをバカにされたような気がした。心は荒ぶり、顔が熱くなってきたのを感じる。
「……笑えない冗談はやめてほしいな。僕だって、怒る時はあるよ?」
「事実よ。……とにかく、私について来て。信じられないのなら、信じさせてあげる」
「……」
挑発しているのだろうか。だとしても、もしこれが嘘だとするなら、それで彼女と縁が切れるかもしれない。
こんな妙な嘘を平然と吐き捨てる人物とは、二度と関わりたくない。
「……わかった。ついて行くよ」
僕は、彼女の挑発に乗った。
そんな僕に、彼女は、無邪気な笑みを浮かべていた。
延々ありきたりのジェスチャーと薄っぺらい心情描写の羅列
寒い
ひたすら寒い
>>119
よく読んでみろ
ほとんどの外界表現がジェスチャーのみ
心情描写は馬鹿でも書ける一人称の幼稚な羅列
これでまともな体裁なしていると思うのはせいぜい頭の悪い小学生だけ
196: AVで男優の玉袋が女優のア○ルにビタンビタン叩きつけてるシーンwwwww (158)
いいから黙れよ。お前らのくだらん争いを見る為にスレ開いたんじゃないんだよ
>>127
このスレ見てもちつけ
他スレと合体しちゃってるがな
196: AVで男優の玉袋が女優のア○ルにビタンビタン叩きつけてるシーンwwwww (158)
は
よ
「……ごめん。僕ちょっと用事が――」
「――そんな悠長なことを言ってていいの?」
彼女の横を通り抜けようとした僕に、彼女は声をかける。
「……え?」
「世界が最初に選んだ人物は、あなたの大切な人なのよ?」
「……選ぶ?大切な人?」
「早くあなたの玉袋を渡しのア○ルにビタンビタン叩きつけて!」
彼女の口から、本音が告げられる。
玉袋ビタンビタン!
ほ
続きはよ
ID:bCcUm1EgAのせいで書く気なくなっちまったかな
楽しみにしてたのに
ほ
しゅ
「――ねえ、いつまで待てばいいの?」
「もう少しで碇ユイが来るから。ちょっと待ってて」
彼女に案内されたのは、何の変哲もない交差点。その角にあるベンチに、僕とマナは座り続けていた。昼頃から待ち続けて、既に夕方になっている。
しかし、来る途中に彼女は言っていた。曰く、夕方の薄暗くなり始めた時間に“それ”が起こるらしい。だからこそ、こうして待っているわけだが……。
ここは、僕の家から少し離れた場所。母さんの通勤路からも離れていて、母さんが通るはずもなく、ただ無駄な時間を過ごしているように思えてしまう。
学校を途中で抜け出してまで、こんなバカらしいことに付き合う僕もどうかとは思うが、これもこれ以上付き纏われないために必要なことだと割り切っていた。
でもさすがに待ちくたびれた。もうそろそろ晩御飯を作らないといけないのだが……。
「――……来た」
ふと、彼女が呟く。
その声に反応し顔を上げると、交差点の向こう側から母さんが歩いて来ていた。
「……本当に来た……」
正直、驚いた。
母さんの仕事場の位置からすると、かなり遠回りをしないとこんな道なんて通らない。何か用事があったのだろうか。
いずれにしても、まず一つ、マナの予言が当たったことになる。
でも、それはたまたまかもしれないし、もしかしたら母さんは仕事の関係でこの近くにいて、マナがそれを知っていただけかもしれない。
「……もういいでしょ?母さん、ちゃんと来たじゃないか」
「待って。……これからだから」
(またそれか。往生際が悪いと言うか何と言うか……)
いい加減、うんざりしてきた。さっさと母さんと合流して、もう二度と関わらないように言おう。
そう決めた僕は、ベンチから立ち上がり、母さんを出迎えた。
「……あら?シンジ?」
横断歩道を母さんは、僕に気付いて驚いた表情を浮かべていた。
それもそうだろう。僕もまた、本来この時間に、しかもこんなところへいるわけもない。さぞや不思議だろう。
「どうしたのよ、こんなところに一人で……」
「うん。ちょっとね………って、一人?」
母さんの言葉に、周囲を見渡していた。
僕の隣に立っていたはずのマナは、影も形もなくなっていた。
「あれ?マナ?」
「マナ?」
「うん。さっきまで一緒にいたんだけど……」
……どうやら、逃げられたようだ。
母さんがこの道を通ることまでは当たったが、それ以上は何かあるはずもない。ばつが悪くなって、立ち去ったのだろう。一言くらい残しても良かったのに……。
(……まあ、これでもう付き纏われることはないだろ。もし来ても、もう相手にはしないし)
どこか、安堵の息をもらす自分がいた。
母さんが消されるなんて物騒なことを言われたせいかもしれない。嘘とは分かっていながらも、心配になっていたんだろう。
(まったく……本当に人騒がせだな)
表情が解れたのが分かった。マナのことは、母さんには黙っていよう。
「……仕事終わったんでしょ?一緒に帰ろ」
「え、ええ……。変な子ね……」
それでも微笑んだ母さんと一緒に、僕は家の方に歩き出した。
その時、母さんが突然立ち止まった。
「――あ、いっけない……」
「どうしたの?」
「会社に大切な書類忘れてきちゃった。取りに行かなきゃ……」
「明日でいいんじゃない?」
「そういうわけにもいかないのよ。明日朝一に会議があって、それで使うから目を通しておきたいし」
「そうなんだ」
そして母さんは踵を返す。
「シンジは先に帰ってて。すぐ戻るから」
「うん。わかったよ」
そう言い残した母さんは、小走りで来た道を戻り始めた。
「……」
……ふと、マナの言葉が脳裏に過った。
――碇ユイは、今日消される。世界によって――
(……まさか、ね……)
そう思いながらも、僕の足は自然と母さんの後に続く。
信じたわけじゃない。でも、胸に過った憂いのようなものを、払拭したかった。
そしていつの間にか、母さんの背中を追う僕の足もまた、小走りになっていた。
少し進むと、先程の交差点にさしかかった。
見れば母さんは間もなく横断歩道に入る。歩行者用信号は、薄暗い景色の中で青い光を放っていた。
母さんはよほど慌ててるのか、少し距離があったからか、全く僕に気付いていなかった。
――と、その時、母さんの右方向から、一台の大型トラックが走り込んで来た。
それを見た僕は、すぐに異変に気付く。
母さんが進む方向は青色。ということは、トラックが走る方向は赤色信号。だがトラックは、間もなく交差点に着くというのに、一切速度を落としていなかった。
「――ッ!?」
咄嗟に、全速力で走り始める。嫌な予感で頭の中は埋め尽くされていた。背中に嫌な汗が流れる。体が、頭が、心が、その状況を瞬時に理解していた。
――母さんが危ない。
「母さん!避けて!」
あらん限りの叫び声を母さんに向ける。
「……え?シンジ?」
母さんは足を止め、後ろを振り返った。
「止まっちゃだめだ!トラックが――!!」
そして母さんは、ようやく迫るトラックに気が付く。だがトラックは、既に母さんの目の前まで迫っていた。
ヘッドライトが母さんの姿を強く照らし出す。硬直したように固まった母さんは、ただ大きく眼を見開いてトラックを見ていた。
「母さん!!」
全てが、スローモーションに感じた。
足を前に出そうとしても、体はコマ送りのようにしか進まない。叫び声を上げても、全く響かない。
相当な速度を出しているトラック。凶器と化した鉄の塊は、ゆっくりと、だが確実に母さんに迫る。
(ダメだ!ダメだダメだ!)
届かぬ手を必死に伸ばす。
母さんの温もり。母さんの優しさ。母さんの手。母さんの笑顔――。それまで見て来た母さんがいる光景が、写真のように断片的に浮かび上がる。
(消える!母さんが消えちゃう!)
血が凍りつく。息苦しい。
絶え間ない絶望が心を支配し、目の前の光景をモノクロに変える。
(――消させない!絶対に!)
よりいっそう、手を伸ばす。力を込め、想いを込め、未だ残る十数メートルを埋めるように、手を伸ばした。
「――消させない!!母さん!!」
――その時、黒い影が僕の横を通り抜けた。
「――ッ!?」
それが何かは分からない。酷くぼやけ姿がはっきりと分からない。ただ巨大な影だった。
影は風のような速度で伸び、瞬く間に母さんの元へ辿り着く。そして母さんと鉄塊の間に入り込んだ。
その刹那、凄まじい衝突音が当たり一帯に響き渡った。トラックは後部が浮き上がり、前部からは破片が飛び散る。
バウンドするように後輪が道路に戻れば、そのまま停止した。前部はへしゃげ、パキパキと音を鳴らす。
「……」
一瞬の出来事だった。何が起こったのかも分からず、僕はその場に立ちすくんでいた。そして辺りには、静寂が流れていた。
「……か、母さん!」
我に返った僕は、再び駆け出し母さんの元へと急ぐ。そして辿り着くなり、アスファルトに倒れていた母さんを抱き上げた。
母さんは気を失っていたが、ケガはしていないようだ。
(……良かった。本当に良かった……)
全身の力が抜けだした。幾度となく大きく息を吐く。
心臓は思い出したように激しく脈動する。顔が熱い。それでも、傷一つない母さんの顔を見て、自然と安堵の笑みが浮かんでいた。
(……それにしても、いったい何が……)
気になって、すぐ横に止まったトラックに視線を送る。
――そして僕は、気付いた。
「………ッ!!」
へしゃげたトラックの前面。激しく破損し、見るも無残な状態。
……その前面には、一つの巨大な手形があった。まるで巨大な手がトラックを止めたように、はっきりとその形でへこんでいた。
「な、なに、これ……」
「――それはあなたがしたのよ。シンジ……」
急に背後から声がかかる。慌てて声の方を振り返ると、そこにはマナが立っていた。
風に髪と制服のスカートをたなびかせながら、悠然と立ち僕を見下ろす彼女。
どこかこの世のモノとは思えない、説明しようのない存在感を感じた。
「……キミは、いったい……」
その問いに、彼女は微笑みを返す。
「改めて、自己紹介するわね」
そして彼女は、座り込む僕に手を差し出した。
「私は、霧島マナ。神の使徒。――この世界の創造主である、あなたの従者よ……」
運転手さんなんですぐ死んでしまうん?(´;ω;`)
(またそれか。往生際が悪いと言うか何と言うか……)
いい加減、うんざりしてきた。さっさと、もう二度とこのSSを更新しないように言おう。
それから救急車を呼び、母さんは病院へ運ばれた。ケガはなかったが、しばらく入院することになった。
同じくトラックの運転手さんも運ばれていった。ケガをしているものの、命に別状はないらしい。あの損傷状況からでは、奇跡に近いとか。
だが奇妙なことも分かった。運転手さんは事故の直前から、意識を失っていたらしい。
特に病気もしていなかったらしく、糸が切れたように目の前が真っ暗になったと、説明したとのこと。
これも、マナの言うところの“世界”って奴の仕業なのだろうか。
ちなみに、この件はしばらくこの街の話題となっていた。謎の手が女性を事故から救ったと。
警察も首をかしげていた。いったい何がぶつかってトラックが止まったのか、皆目見当もつかないといった様子だった。
「当たり前よ。普通に考えて分かることじゃないし」
病院の外のベンチで、マナはさも当然のようにそう言い放つ。
「じゃあ、誰がしたの?」
「だから、あなたよ」
「……」
普通なら、ここですぐに彼女の説明を否定をするところではあるだろう。
でも彼女はこのことを予見していたし、実際に目の前であの光景を見てしまった。
だからこそ、僕の口からは、何も言うことが出来なかった。
ただ、このまま何も知らないわけにもいかないだろう。
「……マナ。説明してくれる?」
彼女は、小さく頷いた。
「この世界はね、本来の流れとは違うの。“ある出来事”を経てあなたによって作られた、捻じ曲がった世界なの」
「ある出来事?」
「それについては、話すと長くなるから割愛するわね。……ただ、間違いなく言えるのは、この世界はシンジにとって、理想の世界なの。あなたの理想が、そのまま世界の新しい形になったのよ」
「僕の、理想……」
なんて途方もなく壮大なワガママだろうか。そんなことが許されるなんて、神様もけっこう適当なのかもしれない。
まあ、その神様は僕らしいが。
「確かに世界は作り変えられたわ。……ただ、捻じ曲げられた世界は、なんとか元の形に戻ろうとしてるの」
「元の形?」
「形状記憶素材って知ってる?」
「ああ、うん。曲げたりしても、元に戻るやつだよね」
「そうそう。簡単に言えば、世界はそんな感じなの。曲げられても、何とか帳尻を合わせて元の世界に戻ろうとするの」
「……それじゃあ、母さんは……」
「……うん。元の世界だと、碇ユイは消える。正確に言えば、死ぬってわけじゃないんだけど……それについても、長くなるから割愛するわね」
「それはいいんだけど……もしかして、母さんはまた世界に狙われるの?」
「それは大丈夫よ。帳尻合わせは、世界の最後の抵抗みたいなものなの。それを阻止すれば、世界はその事項について諦めるわ」
「そうなんだ……ていうか、よく知ってるね、そんなこと……」
「当たり前よ。だからこそ、私はここに来たんだし」
少しだけ胸を張り、誇らしそうにする彼女。
そうしているとこ悪いが、そろそろ聞いてみることにした。
「……じゃあ、もう大丈夫なんだよね?」
「ええ。大丈夫よ。――碇ユイは、だけどね」
「……え?」
雲行きが、怪しくなってきた。
一人ずっと顔真っ赤にして粘着してる奴いるけど親でも殺されたのか?
は
まだー?
続きは?
終わり?
は
あ
はい
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