並木芽衣子「ハネウマトラベラー」 (43)
秋と聞くと、一人一人違ったイメージがある。
例えば、食欲の季節であったり、芸術の季節であったり、後は・・・恋愛の季節でもあったり。
だけど、秋は他の季節とは違って夜まで騒いだりするようなイベントは少なくて、その代わりに食べ物や自然の大切さに感謝する行事が多くある静かな季節だ。
そんな涼しげな気候と同じように、ちょっと落ち着いた雰囲気のするこの季節が私は大好き。
多くの食べ物が旬を迎え、紅葉を初めとした美しい景色が彩られるこの時期は、私の趣味である旅行の楽しみを沢山用意してくれる。
恋愛については・・・残念ながら無縁だったけど。まぁ、良しとしよう。
「んー♪いい天気っ!」
そんな穏やかな秋空の広がる、9月下旬のある日の事。私はある場所へと向かっていた。
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しかし、こう天気がいいと思わず歌いたくなってしまう。気づくと、私の口は自然と歌を口ずさんでいた。
「まわるよー、まわる♪ちきゅうはー、まわるっ♪」
お気に入りの帽子と服とカバンを身に着けて、雲ひとつない青空の下で大好きな曲を口ずさむ。
これだけで、旅に出かけているような楽しい気分になってくる。
アイドルという仕事を志してから、以前とは比べ物にならないくらい忙しくなった。でも、それ以上に楽しい事の方に出逢うが多い。
だから、趣味の旅行が出来なくてもストレスを溜めずに頑張れるんだと思う。
昔々のその昔、人生とは旅をすることだと言った偉人がいるって先生から教わったけれど、ひょっとすると、こういう事なのかもしれない。
「なきたく、なる、よーなときもっ♪きみにあいーにいきーたくなぁーてーもっ♪」
ハンドサイズの地図を片手に、見慣れない道をグイグイ進んでいく。旅の経験は、こんな日常の一幕でも私の事を助けてくれる。
それは、私が積み重ねてきた頑張りは決して無駄じゃなかったのだと教えてくれるようで、思わず嬉しくなる。
きっと、私が何かにつけて旅をしたくなるのも、そんな嬉しさが関係してるんじゃないかと改めて思う。
「よーし、到着っと!」
そうこうしている間に目的地に到着した。
住宅街の中にぽつんとある、少し大きな一軒家。
ショーケースに守られた沢山の二輪車。
そう、バイク屋さんである。それも、中古車の専門店だ。
「わー、目移りしちゃいそう!どれにしようかなー♪」
ここへ来た目的は当然一つ。昔からの夢だった、バイク旅の相棒を捜す事だ!
「・・・でも、中古車でも結構お値段が張るんだね。ちょっと、甘く考えてたかも・・・。」
しかし、実際のところ選択肢はほとんどなかったりする。今回の予算はそこまで多くないのだ。
アイドルはお給料もすごいとみんな言うけれど、実際のところ、そんな人は一握りだけ。
私も例にもれず、まだ一握りのレベルまで到達できていないアイドルの一人。だから、まだまだ頑張らないと!
「いらっしゃいませ。何か御探しでしょうか?」
「え?」
考えに没頭していたせいで、隣に人がいたことに気づかなかった。
・・・青いスーツにネクタイ。多分、ここの店員さんだ。
「あ、はい。実は、バイクを買おうと思ってて・・・。」
「なるほど。そのご様子ですと、バイクは初めてですか?」
「はい!」
優しく声をかけてくれた店員さんに、素直に答える。
店員さんも予想していたのか、動じる事も無く話を続けた。
「そうですか、それなら初心者の方向けにいい品があるんです。少々お待ちください。」
「はーい♪」
そう言うと、店員さんは店に入らず裏通りの方へと向かっていった。
・・・数分後、店員さんは一台のバイクを持ってきた。
そのマシンは少し古風な外見で、だけどきっと旅をするのにピッタリな一台。そんな気がした。
「少し古風な外観ですが、しっかりと整備された一品です。構造も頑丈に出来ていますので、長距離の旅行にも使えますよ。」
「旅っ!?」
その単語に思わず反応してしまった。まさか、私の考えていた事と同じだなんて・・・。
「いかがでしょうか?今なら表示価格よりもお安く出来ますよ?」
「買いますっ!」
即決だった。こんなに早く出会えたのはビックリだけど、逆に良かったかもしれない。
「かしこまりました。では、必要書類等の話はこちらで説明いたします。どうぞ。」
「はーい!」
私の即答すら予測していたのか、店員さんは始終穏やかな姿勢を崩すことなくショールームへと案内する。
そんな店員さんに続いて、私もショールームへと向かう。
でも、その前に・・・。
「・・・よろしく、私の新しい相棒さんっ♪」
新しい相棒にはじめましての挨拶をする。
これからはオフの日が楽しくなりそうっ♪
それから一週間くらいして、私の相棒はようやく私の手元へとやってきた。
念願のバイクが手に入ったこの日は、あまりの嬉しさにバイクに飛び乗って女子寮を飛び出してしまったくらいだ。
そして今は・・・。
「ふぅ、疲れたー!でも、楽しいーっ♪」
私のプロデューサーが営業に来ている(らしい)テレビ局の側まで来てしまっていた。
今日は折角のオフだし、プロデューサーを誘ってお出かけするのもいいかも!
「うん。そうと決まれば早速行動しなきゃっ!」
目的が決まれば後は簡単。テレビ局に併設されている駐車スペースにバイクを停めて、徒歩でプロデューサーを探すだけ。
早速、バイクを駐車スペースまで運ぶとエンジンを停止させた。
「よっと。・・・あ、あれ?」
バイクから降りた瞬間、思わずよろめいてしまった。
旅行とお稽古で体力には自信があると思ったけど、久しぶりに乗るバイクに普段以上の体力をつかったのかな?
ううん。ひょっとしたらお稽古に慣れた事もあって、最近は少し手を抜いていたのかもしれない。
次回からは気をつけなくちゃ、と気持ちを引き締める。
でも、今はそれを置いといて・・・。
「えーと、東の出入り口だったっけ?確か、そろそろ打ち合わせが終わるはずなんだけどな~。」
本日はここまでになります。
ここまで読んで頂きましてありがとうございます。
続きは明日上げます。
乙! 楽しみにしてます!
テレビ局の入り口はいくつかあるけれど、私はまっすぐに東の出入り口へと向かう。
私のプロデューサーは時間を大切にする人だから、きっと最寄りの駅に一番近いこの出入り口から出てくるはず。
・・・そう思って待つこと数分、全く人が出てくる気配もない。
ここにいるのは、退屈そうに入り口を眺める受付の人と私だけだ。
「うーん、ひょっとしてもう帰っちゃったのかなぁ・・・あ、いた!」
諦めて帰ろうかと思った矢先に、探していた人はやってきた。
丁度、お仕事も終わったらしく受付の人に入館バッチを返しているところだった。
「プロデューサー!こっちこっち!」
「め、芽衣子!?」
ここに私がいるとは思わなかったのだろう。いつも冷静で滅多なことでは表情を崩さないプロデューサーが、目を丸くして驚いている。
プロデューサーは慌てて入館バッチを受付に置くと、こちらに向かって走ってきた。
「やっほー、今日もお疲れ様♪」
「ああ、お疲れ様。君はいつもの一人旅か?」
「ううん。今日はプロデューサーを迎えにきたんだよ♪」
「・・・俺を?」
「うん、この後はお仕事ないんでしょ?だから、お出かけのお誘いにきたんだ!こんなにいい天気なのに出かけないともったいないよっ!」
二人そろってのお休みなんだから、一緒にいろんな所を巡ってみたい。
でも、ひょっとしたらお休みだからこそ、ゆっくり休んでいたいのかもしれない。
そんな、期待と不安を込めてプロデューサーに問いかける。
彼は、なんて答えてくれるんだろう・・・。
「・・・そうだな。是非、同行させてもらおう。」
「本当?やったー!」
少し考えた後、プロデューサーは自分のお休みよりも私とのお出かけを選んでくれた。
嬉しくて、思わず飛び跳ねたくなってしまう。
「うれしいのはわかったから、まずは落ち着くんだ。しかし、わざわざ迎えにきてもらってすまない。こんな辺鄙な場所まで大変だったろう?」
「ううん、大丈夫!今日の私には翼があるんだ!」
えっへん、と自慢げに胸を張る。
いけない事とはわかっていても、新しい物を手に入れると、ついつい自慢したくなっちゃう。
「翼・・・?ひょっとして、何か乗り物でも買ったのか?」
「あ、わかった?実は、この前買ったんだけど今日届いたんだ!それで、早速乗ってきたの♪」
「なるほど、それなら君のテンションが高いのも頷ける。では、まずその"新しい乗り物"とやらを見せてもらおうかな?」
「うん、こっちに停めてあるの。見て見てっ♪」
そう言って、プロデューサーの手を引き駐車スペースまで案内する。
「どれどれ・・・ぶっ!?あ、新しい乗り物ってバイクだったのか!」
私のバイクを見たプロデューサーは、今までお仕事をしてきた中で一番驚いた表情をしている。
この人のこんな表情を一日に二回も見れるなんて、今日はラッキーデーなのかも!
「えへへ、びっくりした?」
「び、びっくりしたなんてレベルじゃないぞ。しかも、これGB250じゃないか!よくこんなものを見つけてきたな。」
「うん!『中々手に入らないから今が買い時だ』って、店員さんが言ってたんだよっ!」
「・・・確かにこんな車両は今時手に入らないだろう。最終型ですら、俺より年上なんだからな。」
「そうなんだ?」
「そうなんだ。だが、君が普通二輪の免許を持っていたのはもっと驚いた。一体、いつ取得したんだ?」
「スカウトされてから少ししてかな?いつか、バイクに乗って旅がしたいって話を社長にしたんだけど、『今のうちに取っておかないと取りづらくなるよ』って言われたの。それで早めに取っておこうと思って頑張ったんだ!」
その時の事は今でもよく覚えている。
社長も私と同じようにバイクの旅には憧れがあったらしく、とても楽しそうに話しを聞いてくれた。
「そうか、アイドル候補生時代に資金繰りは大変だったろう。言ってくれれば、学費くらいは立て替えたんだぞ?」
「それがね、社長がちひろさんに頼んで全部経費で出してくれたの!『アイドル活動にとってもプラスになる事だから、頑張りなさい』って!」
最初は申し訳なくて断ったのだけど、社長の応援とちひろさんの後押しもあって、お言葉に甘えることに決めた。
あの時も、今も、あの二人にはお世話になりっぱなしだ。本当に感謝で頭が上がらない。
もちろん、私の目の前にいる人もその一人だけどね。
「ほー、社長もちひろさんも太っ腹だ。俺も見習わなけれーーーん?芽衣子、ちょっと待ってくれ。」
「どうかしたの?」
「それは1年前くらいの話であっているか?」
「うん、そうだよ。」
「・・・丁度その頃、理由も無く俺の経費予算が大幅に減額された記憶がある。まさか、俺の経費で賄ったのか?いや、まさかな・・・。」
1年前と言う単語を聞いた途端、プロデューサーは考え込んでしまった。
ひょっとすると昔に何かあったのかもしれない。よくよく思い出せば、あの時社長とちひろさんはプロデューサーがなんとかって言っていた気もするし・・・。
「プロデューサー?」
でも、今日はなかなか無い二人そろってのオフなのだ。彼には悪いけど、話を戻させてもらおう。
「ああ、すまない。しかし、俺個人としては諸手を上げて賛同できない。出来れば買う前に一言相談してもらいたかったよ。」
・・・賛同できない、と聞いて急に不安になった。今まで、私のやる事、やりたい事を否定するなんてことがなかっただけに、驚きと緊張感で胸が苦しくなる。
「・・・ダメ、かな?」
確かに、バイクに乗って事故を起こすタレントさんも多いって聞いてるし、普通に考えればプロデューサーも反対というのも納得できる。
・・・でも、やっぱり夢を夢のままで終わらせたくはない。
「芽衣子。賛同できないと言ったけれど、別に反対している訳ではないんだ。」
「え?」
よほど不安な顔をしていたのか、プロデューサーはそうじゃないと笑顔で返事をしてくれた。
「バイクを買うのも乗るのも、それ自体は構わない。しかし、これはかなりの中古品だろう?ちゃんと整備されているのかが不安に思っただけなんだ。」
「そっか。でも、それなら大丈夫!お店の人もきちんと整備してくれたし、『元々の状態も良好だから大丈夫』って言ってたし何とかなるよっ!」
「・・・本当にそうか?」
「大丈夫、大丈夫!」
最後の方はほとんど勢いだけの説得になった気がするけど、無理やり押し切る!
プロデューサーは優しいから、これできっと・・・。
「・・・・・・・・。」
・・・うん、わかってた。
そもそも、几帳面なプロデューサー相手にノリと勢いだけで説得しようという事自体が間違っている。
でも、ここまで来たからには簡単には諦められない。
私にできるかわからないけれど、出来る範囲で説得してみせる!
「・・・やっぱり、ダメかな?」
「・・・まぁ、ここで議論していても仕方がないし、とりあえず出発しようか。」
「え!?・・・乗ってもいいの?」
意外にも、プロデューサーはあっさりと認めてくれた。
こうなったらプロデューサーが根を上げるまで頑張るっ!と思っていただけに、なんだか肩透かしを受けた気分だ。
「ああ。ここまで無事に来れたんだ、おそらく問題は無いはずだと思う。・・・多分な。」
「うんうん!じゃあ、早速出発だよー!」
「お、おいおい、押さないでくれ。」
「さ、乗って乗って!後ろはプロデューサーだけの特等席なんだからっ♪」
そうと決まれば、プロデューサーの気が変わらないうちに行動あるのみ!
私はプロデューサーの後ろに回り込んで、無理矢理バイクの後部座席へと彼を押し出した。
「わかった、わかった。だが、危なくなったらすぐに停車するんだぞ?」
「はーい!それじゃ、出発進行っ♪」
二人でおそろいのヘルメットを着け、テレビ局を後にする。
目的地は無いけれど、二人ならきっと楽しい旅になるはずっ!
―――そう、テレビ局を出発するまでは思っていた。
「・・・・・・。」
「芽衣子。つらそうに見えるが、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。心配しないで!」
運転を始めて、はや数十分。
私の体力は限界に近づいていた。
「・・・なぁ、芽衣子。大丈夫ついでに、もう一つ確認してもいいか?」
「な、何かな?」
「さっきからハンドリングが重いように見えるのだが、それも問題ないと思っていいのか?」
ぎくっ!?
図星を突かれて思わず焦った。
正直、テレビ局に向かう時もかなり重く感じたのだけど、プロデューサーが後ろに乗ってさらに重く感じる。
やっぱり、このバイクは私には大きすぎたのかもしれない・・・。
「そ、それはプロデューサーが太ったからだよ。駄目だよ、カップラーメンばっか食べちゃ。私、ちゃーんと知ってるんだからねっ!」
でも、今それを言ったらプロデューサーが不安に思ってしまう。不安と本音を日頃の不満で包み込んでプロデューサーに言い返した。
「・・・そういう事にしておこう。あ、次の曲がり角を左に曲がってくれ。少し、事務所に寄りたい。」
「うん、しょっ!よい・・・しょっと!」
プロデューサーの指示通り、少し減速してから左に曲がる。
まっすぐ走るだけでも大変なのに、曲がるのはもっと重労働だ。
「なんだか立ち上がりの加速も弱い気がするな。まぁ、昔の車両であるし多少は仕方ないか。」
「た、多分、そうだって!」
「本当にそれが原因ならいいのだが・・・。おっと、赤信号だ。ブレーキングは早めにな。」
「う、うん。」
ギアを落としてエンジンブレーキをかけ、さらに手元と足元のブレーキを同時にかける。
だけど、思うように減速してくれない。
「・・・っ!このぉっ!!」
さらにブレーキを強く握りしめて、ようやく止まってくれた。
「なぁ、芽衣子。俺に気を使ってブレーキングを丁寧にしようとしなくてもいいんだぞ?」
「そ、そう?気を付けるよ、あはは、はぁ・・・。」
自分以外の人間を乗せて走るのがこんなに大変だったなんて・・・。
数十分前の自分に会ったら、平手打ちをしてお説教をしたい気分だ。
でも、運転が大変なのはハンドリングやプロデューサーを乗せている事だけじゃない。
このバイク、ブレーキの利きが悪いように感じる。
「ふぅ・・・。」
・・・本当に迂闊だった。こんな調子じゃ私はもちろんプロデューサーまで危険な目に合わせてしまう。
今からでも遅くない。きちんとプロデューサーに説明してお出かけはまた今度の機会にしよう。
今日はここまでになります。
ここまで読んで頂きましてありがとうございました。
進捗も悪い上に、コレじゃない感が漂っていて非常に不安ですが頑張ります!
ご意見、御指摘があればコメントしていただけるとありがたいです。
明日も続きを上げます。
「あの、プロデュ―――。」
「・・・芽衣子、今すぐこいつを路肩に寄せてくれ。いくつか確認したい事が出来た。」
「え?」
「いいから早くするんだ!」
「は、はい!」
慌ててプロデューサーの指示にしたがい、路肩に停車する。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと見せてくれ。」
「う、うん・・・。」
そう言うと、プロデューサーはハンドルを左右に動かしたりブレーキをかけながら前後に動かしたりと、よくわからない行動を始めた。
そんな、よくわからない行動が一頻り終わった後、プロデューサーは気まずそうに口を開いた。
「・・・思った通りだ。こんな暴れ馬を乗りこなすとは、君の体力は人並み以上だな。」
「あの、プロデューサー。一体どういう事?」
「はっきり言おう、こいつは危険すぎる。整備不良の欠陥品だ。」
「う、嘘!だって、しっかり整備してもらったんだよ!?」
「気持ちは分かるが実際コレの状態は最悪だ。そもそも、ハンドルが思うようにきれない時点で、何か怪しいと君も思っただろう?」
「そ、それは・・・。」
プロデューサーの言うとおり、私も薄々勘付いていたと思う。
ううん、ひょっとしたら目をそらしていただけなのかもしれない。
・・・でも、正直認めたくはなかった。
大事に大事に稼いだお金で買ったものが、価値のない物になってしまうなんて・・・。
「・・・そう考えると、さっきの低速トルクの低さも整備不良が関係していそうだ。芽衣子、きみはこいつをどこで購入したんだ?」
「隣町の鷹屋輪業ってお店。社長が紹介してくれたお店なんだよ?」
「おやじさんの店か。あの人がこんなヘマをやらかすとは思えないが・・・。」
「・・・プロデューサー、どうしよう?」
「とりあえず、このマシンの状態を調べよう。確か、後輩の担当しているアイドルにバイクに詳しい人間がいたはずだ。彼女にも協力してもらおう。」
「うん、そうしよっか。」
「よし、連絡するから少し待っていてくれ。」
そう言うと、プロデューサーはスーツの上着からスマートフォンを取り出して電話をかけた。
「はぁ・・・結構、値段張ったのになぁ・・・。」
普通のサラリーマン二か月分近くの貯金を全部はたいて購入したのに、こんな事態になったのはすごくショックだ。
なんだか、悪い夢を見ているような気分・・・。
これが夢なら早く覚めてほしいよ。
そっか!これが夢なら、ほっぺたを引っ張ったら目が覚めるかもしれない!
・・・うん、普通に痛い。
悲しいけれど、これが現実みたいだ・・・。
「芽衣子、大丈夫か?」
「あ、プロデューサー。ごめん、ちょっとボーっとしてた・・・。」
「いや、気にしないでくれ。こんな事態になれば誰だってそうなる。」
「・・・それで、どうだった?」
「彼女は今、女子寮で愛車のメンテをしているらしい、レッスンが始まる前までなら看てくれるそうだ。急ぐぞ!」
「あ、待って!バイクは私が持ってく!」
さりげなくバイクを運んでいこうとするプロデューサーから、自分のバイクを取り返す。
ただでさえ迷惑をかけているのに、これ以上の迷惑はかけられない!
「無理をするな、エンジンのかかっていないバイクを運ぶのは骨が折れるぞ。」
「いいの!これ、私のバイクなんだから、ちゃんと自分で面倒を見たい!」
「やれやれ、相変わらず妙な所で頑固な子だ。わかった、その代わり無理だと判断したら交代するんだぞ。」
「うん!」
ここから女子寮までは大体徒歩で15分くらい。
さっきよりもさらに重くなったバイクを押しながら、ゆっくりと歩いていく。
「よいしょ、よいしょっと・・・。」
「・・・大丈夫か?」
「う、うん!まだまだ、頑張れるよっ!」
「もうすぐ女子寮だ、頑張れ。」
「うん!」
プロデューサに励まされて少し元気が出てきた。
歩く中で押し方のコツも身に着けたし、このペースならまだまだ頑張れそう!
「・・・あれ?あの後ろ姿は・・・。」
「どうやら、わざわざ門の前で待っていてくれたようだ。」
女子寮の正門が見えたと同時に、正門の前で誰かを待っている女の人を見つけた。
彼女は綺麗なショートの黒髪を頭の天辺で結び、青いツナギとノースリーブのシャツを身につけている。
・・・あの姿は多分・・・。
「・・・あ!芽衣子さんにプロデューサーさん、お疲れ様です!」
「お疲れさまです、美世さん。」
私の思った通り、入り口にいた女の人はアイドル仲間の原田美世ちゃんだった。
彼女は朗らかな笑顔でこちらに駆け寄ってくれた。
「・・・バイクに詳しいアイドルって美世ちゃんの事だったんだ。」
「ああ。意外だったか?」
「うん。私、てっきり拓海ちゃんだと思ってた。」
「・・・あたし、クルマだけじゃなくてバイクも詳しいですよ?」
しまった!と思った時にはもう遅かった。
私の無神経な発言が彼女のプライドを傷つけてしまったらしく、美世ちゃんはさっきとは一転して、不機嫌な表情に変わってしまった。
と、とにかく謝らないとっ!
「あ、ごめん!その、そういう意味じゃなくてね?えっと・・・。」
「ふふっ♪ごめんなさい。ちょっと意地悪なこと言っちゃいましたね。」
「確かに拓海ちゃんもバイクに詳しいが、実務経験のある美世さんの方がより安心できると思ったんだ。別に問題はないだろう?」
「うん、そうだね。美世ちゃん、よろしくお願いします。」
「任されました!それで、看てほしいバイクってどこにあるんですか?」
「え、えっと。・・・これです。」
そう言って、美世ちゃんに今私が押しているバイクを見せる。
明日へ続きます。
乙乙
「わぁっ、GB250だ!うんうん、レトロな外観がいい感じだねっ♪芽衣子さんはいいバイクを選ぶなぁ~!」
「あ、ありがと・・・。」
「じゃあ、早速看ますね!」
「ええ。それと、俺は少し席を外します。すぐに戻りますから、その間に検査をお願いします。」
「はーい。」
「・・・美世ちゃん、急にごめんね。」
「気にしないで下さい。あたし、こういうの大好きですから!さて、とりあえずステアリングの調子は・・・って、あれ?な、なんだかすっごく重いんだけど・・・っ!?」
「やっぱり重いんだ・・・。」
「重いなんてもんじゃないですよ!・・・これは、分解して調べたほうが早いかも。芽衣子さん、ガレージの棚から赤い工具箱を取ってもらえますか?あたし、この子を庭まで運びますから!」
「う、うん!」
美世ちゃんの指示通り、私はガレージの中から"M・H"とイニシャルの入った赤い工具箱を掴むと、女子寮の庭へと向かった。
一方の美世ちゃんはと言うと、私が戻るころにはカバーを外したり、小さなライトでバイクの中をあちこち見回していた。
彼女に工具箱を渡すと、今度はバイクの部品を細かく分解し始めた。
作業を始めてから数十分がたった。
美世ちゃんはステージに立つ前と同じような真剣な表情でバイクを分解していく。
でも、分解すればするほど、中を除けば覗くほど、美世ちゃんの表情は険しいものへと変わっていった。
やがて、美世ちゃんは持っていたスパナを乱暴に地面に置くと、静かに立ち上がった。
「・・・信じらんない!ステムベアリングはオイルが完全に抜け切ってるし、ブレーキフルードは劣化し切ってる!エンジンオイルも真っ黒で前回いつ取り替えたのかもわからないし、クラッチワイヤーに至ってはいつ切れてもおかしくない!」
そう呟くと、今度は厳しい表情で私に向かい合った。
「芽衣子さん!!こんなバイクで公道を走るなんて、何考えてるのっ!!一歩間違えていたら命を落としていたかもしれないんだよっ!!」
・・・その言葉を聞いて、今すぐ消えてなくなりたいくらい後悔した。
ハンドルが動かなくて曲がれないのも、ブレーキが軋んで止まれなくても、私一人なら自業自得で納得できる。
でも、さっき私の後ろにはプロデューサーがいた。
大切な人の命を私の不注意で失う事になっていたかもしれないんだ・・・。
「・・・・・・ごめんなさい。」
私は目の前の美世ちゃんと、ここにはいないプロデューサーに謝った。
念願の夢をかなえて浮かれていた自分がすごく恥ずかしい・・・。
「あ!こっちこそ、ごめんなさい!そもそも芽衣子さんは、バイク屋さんの事を信頼していただけなんですよね。」
落ち込む私を気遣ってくれたのか、美世ちゃんは厳しい表情から一転して、いつもの穏やかな表情へと戻った。
「ううん、今回は私が悪いから・・・。少し考えれば、おかしいってことに気づけたはずだし・・・。」
「・・・と、とにかく。このままじゃ危ないから、販売店に修理か返品をお願いしてみて下さい。多分、無償でやってくれるはずです。」
「うん、後で聞いてみる。」
「もし駄目だったら、あたしに言ってください。知り合い全員に掛け合って無理矢理にでも修理させますから!」
「そ、その時はお願いしようかな?あ、あはは・・・。」
「・・・いや、残念だが無理みたいだ。」
「え?」
意気込む美世ちゃんの言葉をさえぎる形でプロデューサーは戻ってきた。
「プロデューサー、どういう事?」
「さっき鷹屋のおやじさんに確認してきたんだが、そいつは委託商品だったらしい。出来る限りの手は尽くしてくれるそうだが、返品や無償修理は難しいだろうとの話だ。」
「ちょ、ちょっと待って。いくらなんでも、おかしいですよ!!普通、人気アイドルにこんな酷い商品を売りつけたなんてわかったら、販売側はすぐ対応するのが基本じゃないですか!!」
「委託元は幽霊会社。おまけに芽衣子にポンコツを売りつけた張本人は、数日前に行方を眩ましたそうです。此処まで言えば、後はわかりますね?」
「それって・・・、まさか詐欺!?」
「・・・っ!!」
「十中八九、詐欺です。そもそも、少しでも良識のあるセールスなら、素人にGB250なんて骨董品を勧めはしません。否定する余地はないでしょう。」
「じゃあ、芽衣子さんは騙されたって事ですか!?酷いっ!!許せないっ!!」
「・・・・・・。」
本当にショックな出来事に直面すると何も考えられなくなるのは本当の事みたいだ。
・・・今、私の頭の中は真っ白になっている・・・。
「・・・優しかったのに、あのセールスマンさん・・・。」
『初めてですか?』って、優しく声をかけてくれた。
バイクに詳しくない私にも、いやな顔一つせず丁寧に説明してくれた。
あんなに優しい人が、人を騙すような人だなんて・・・。私は何を信じればいいんだろう・・・。
そんな事を思っていたら、ふと、頭の上に暖かい掌が乗せられた。
「・・・あ、プロデューサー・・・。」
「・・・芽衣子、大丈夫か?」
プロデューサーは心配そうな目で見つめてくる。
・・・そうだった。プロデューサーはいつだって、私の事を心配してくれた。
プロデューサーだけじゃない、事務所の皆もファンの皆もいつだって私の事を支えてくれた。
だから、その人達だけは信じてあげなくちゃ!
「あたしが言えた事じゃないと思いますけど、いきなり詐欺にあったなんて事実を告げられたらショックですよ。今度からはもうちょっと優しく言ってあげてください。」
「す、すまない芽衣子。だが・・・」
「うん、わかってるよ。美世ちゃんも心配させてごめんね?私、大丈夫!」
「芽衣子さん・・・。」
ちょっと空元気かもしれないけど、心配しないでと笑顔で返事をする。
お金ならまた稼げばいい。
頑張ればどんなことだって出来るって事を教えてくれたのは、他でもない皆なんだ。
だから、何度だって頑張ればいいだけ。
皆がいてくれるから、私はまだまだ頑張れるよっ!
「とりあえず、このバイクは破棄しなくちゃね。走れないのに置いておいても仕方ないもん!」
「いや、それは待ってくれ。諦めるにはまだ早いかもしれない。」
「え?・・・プロデューサー?」
そんな私の決意とは裏腹に、プロデューサーには別の考えがあるみたいだ。
プロデューサーは少し考えた後、美世ちゃんの方に向かい合った。
明日へ続く
「美世さん。質問ですが、貴女の腕でこいつを修理するのは可能ですか?」
「え?いくらなんでもここまで酷くちゃ・・・。」
「交換可能なパーツを全て交換する前提で検証して下さい。一見すると致命的な状態に見えますが、肝である車体やエンジンにガタがきている感覚はありませんでした。素人の見立てですが可能性はあると思います。」
「あー、それならいけるかも。ちょっと待ってて下さい!」
「うん。プロデューサーさんの言う通り、フレームは問題ない。エンジンは走行できるレベルで動作しているみたいだし、痛んでるパーツを交換さえすればいけるかもしれない!」
「ほ、本当に直せるの?」
「はい、直せると思います。でも、すっごくお金がかかるかもしれませんよ?」
「うっ、もうお金がない・・・。」
もう、生活費以外の貯金は残っていない。
ちひろさんにお願いすれば、お給料を前借させてくれるかもしれないけれど・・・。
「費用は全部俺が出します。美世さん、お願いできますか?」
「えっ!?」
「あたしは別にいいですけど、目玉が飛び出ちゃうような額になるかもしれませんよ?」
「承知の上です。」
「そ、そんなの悪いよっ!元はと言えば私がいけないんだから、プロデューサーがお金を出す必要なんてないよ!!」
「では、これは君への誕生日プレゼントという事にする。それなら何も問題ないだろう?」
「そ、そんなのもっと受け取れないよ!私が買った時より、もっとお金がかかるかもしれないんだよ!?」
「どうしても気になると言うなら、いつか大きな仕事を俺の代わりに取ってきてくれればいい。俺は君の心意気を無駄にしたくないんだ。」
隣にいる美世ちゃんも大きくうなずく。
そんな姿を見ていたら、断る事は出来なくなっていた。
「・・・ごめん、二人共。私の失敗に巻き込んじゃって・・・。」
「気にしないで!クルマやバイクにはこういうのはつきものなんだから!」
「そういう事だ。いつまでもクヨクヨしているのは君らしくないぞ?」
「・・・え?」
「『笑顔を忘れちゃいけないよ!』以前、君が俺に教えてくれた言葉だ。」
「あ・・・。」
「まさか、忘れたわけじゃないよな?」
「・・・うん、笑顔を忘れちゃいけないよねっ!ありがとう、プロデューサーっ!!」
「どういたしまして。」
「へー。芽衣子のプロデューサーさんって、優しくて男らしいね!」
「・・・そうですか?」
「そうですよ!特に、莫大な修理費用が掛かるかもしれない作業を二つ返事で頼むなんて、普通の人にはなかなか出来ませんって!」
美世ちゃんの言葉に私も大きくうなずく。
私の大切な人が、こうやって他の人に認められるのは自分が褒められるよりもうれしい!
「いや。俺はふざけた詐欺師の思い通りになるのが気に食わなかっただけで、別に褒められる程の事では・・・。」
「それならもっと凄い!今のプロデューサーさんは、あたしのプロデューサーの次にかっこいいですよっ!」
「・・・ど、どうも・・・。」
「プロデューサー、どうしたの?褒めてもらえたのに嬉しくないの?」
「まぁ、嬉しい事は嬉しいんだが・・・。後輩の次では手放しで喜ベない。」
「ふふっ♪じゃあ、もっと頑張らないとだね!」
「ああ、そうだな。さて、大分話はそれましたが、修理をお願いします。」
「はい、やっておきますね!」
「あ、待って!私も手伝うっ!」
「え?」
「芽衣子?」
「自分の愛車だもん、自分で面倒を見たいよ。お願い、美世ちゃんっ!」
そう言って、美世ちゃんに頭を下げる。
なにより、誰かにお仕事を任せて自分だけが楽するなんて絶対におかしいと思うから!
「そういうことなら喜んで!でも、あたしは厳しいですよ?」
「頑張るよっ!」
「よろしい、しっかりついて来てね!」
「うんっ!」
「ありがとうございます、美世さん。俺も出来る事は・・・いや、どんな事でも手伝わさせて貰います。いつでも声をかけて下さい。」
「・・・どんな事でも?それって、パーツの調達でも大丈夫ですか?」
「ええ、勿論です。違法なパーツ以外なら何でも揃えてみせます!」
「・・・んー。ちょっと待ってて下さいね!」
そう言うと、美世ちゃんはガレージの中に置いてあったバイク雑誌を片手に、何かのメモを書き始めた。
そんな彼女の姿は心なしか楽しそう。やっぱり、大好きなことをしている時ってみんな同じように楽しくて仕方ないんだろうなぁ。
「お待たせしました!これに書いてあるのをお願いします!」
「へー。芽衣子のプロデューサーさんって、優しくて男らしいね!」
「・・・そうですか?」
「そうですよ!特に、莫大な修理費用が掛かるかもしれない作業を二つ返事で頼むなんて、普通の人にはなかなか出来ませんって!」
美世ちゃんの言葉に私も大きくうなずく。
私の大切な人が、こうやって他の人に認められるのは自分が褒められるよりもうれしい!
「いや。俺はふざけた詐欺師の思い通りになるのが気に食わなかっただけで、別に褒められる程の事では・・・。」
「それならもっと凄い!今のプロデューサーさんは、あたしのプロデューサーの次にかっこいいですよっ!」
「・・・ど、どうも・・・。」
「プロデューサー、どうしたの?褒めてもらえたのに嬉しくないの?」
「まぁ、嬉しい事は嬉しいんだが・・・。後輩の次では手放しで喜ベない。」
「ふふっ♪じゃあ、もっと頑張らないとだね!」
「ああ、そうだな。さて、大分話はそれましたが、修理をお願いします。」
「はい、やっておきますね!」
「あ、待って!私も手伝うっ!」
「え?」
「芽衣子?」
「自分の愛車だもん、自分で面倒を見たいよ。お願い、美世ちゃんっ!」
そう言って、美世ちゃんに頭を下げる。
なにより、誰かにお仕事を任せて自分だけが楽するなんて絶対におかしいと思うから!
「そういうことなら喜んで!でも、あたしは厳しいですよ?」
「頑張るよっ!」
「よろしい、しっかりついて来てね!」
「うんっ!」
「ありがとうございます、美世さん。俺も出来る事は・・・いや、どんな事でも手伝わさせて貰います。いつでも声をかけて下さい。」
「・・・どんな事でも?それって、パーツの調達でも大丈夫ですか?」
「ええ、勿論です。違法なパーツ以外なら何でも揃えてみせます!」
「・・・んー。ちょっと待ってて下さいね!」
そう言うと、美世ちゃんはガレージの中に置いてあったバイク雑誌を片手に、何かのメモを書き始めた。
そんな彼女の姿は心なしか楽しそう。やっぱり、大好きなことをしている時ってみんな同じように楽しくて仕方ないんだろうなぁ。
「お待たせしました!これに書いてあるのをお願いします!」
「な、なんだかよくわからない・・・。」
そう言って手渡されたメモはよくわからないカタカナと英語でいっぱいだった。
「・・・各種機械油にタイヤ、ホイール、触媒、ヘッドライト等々・・・ざっと見ですが結構ありますね。」
でも、私にはよくわからないカタカナの羅列もプロデューサーには手に取るようにわかるらしい。
本当にプロデューサーは頼りになるなぁ!
「はい、よろしくお願いします!」
「了解です。ですが本当に全部必要なんでしょうか?」
プロデューサーがそんな言葉を放った次の瞬間、穏やかだったガレージの中の空気が一瞬にして凍りついた。
「・・・『全部、必要なのか?』・・・ですって?」
「・・・み、美世ちゃん?」
私のプロデューサーはいつも几帳面で頼りになるけど、今回はその几帳面さが裏目に出たみたい。
美世ちゃんの機嫌が目に見えて急降下していく。
「え、ええ。中には不要な物もあるのではな―――。」
「ぷ、プロ―――っ!?」
「芽衣子さんのプロデューサーさん!バイクを甘く見たら駄目だっていつも言っているでしょ!!」
「は、はいっ!?」
何言ってるの!と言おうとした時にはもう手遅れだった。
あまりの無神経発言に、美世ちゃんの怒りはとうとう大爆発してしまった。
「あ、あのね美世ちゃん。プロデューサーは思った事をそのまま言っただけで、別に美世ちゃんのやり方に文句があるわけじゃな―――。」
「芽衣子さんは黙ってて!」
「は、はい!」
「いい!?メンテを疎かにするって事は危険が増えるってことなんだよ!?その分、事故の可能性が増えるってことなの!わかる!?」
「た、確かにその通りだと思います。ですが、少々やりすぎではないかと・・・。」
「やりすぎても足りないくらいなの!もし、手を抜いた結果、芽衣子さんが事故にあって下半身不随にでもなったらどうするのっ!!責任とって結婚できる!?どうなの!?」
「み、美世ちゃんっ!!」
さわらぬ神に祟りなしと、さっきまで静観を続けてきたけど。その発言はちょっと見過ごせない!
だって、プロデューサーと結婚なんて、嫌・・・じゃないけどっ!それとこれとは話が別!!
隣のプロデューサーも同じように思っているらしく、助けを求めるような視線を送ってきた。
ここは、二人で協力して美世ちゃんを落ち着かせなくちゃ!
「も、もちろん責任は取ります。ですが・・・幾ら何でも飛躍しすぎでは?」
「う、うんうん!」
「うるさい!とにかく、大切な担当アイドルの安全の為なんだからケチっちゃダメッ!わかった!?」
「は、はい。俺が間違っていました!芽衣子も異論はないな!?」
「う、うん!」
「・・・ふぅ。わかってくれればいいです♪」
言いたいことを全部言ってすっきりしたのか、美世ちゃんはいつもの美世ちゃんに戻ってくれた。
「あ、ありがとうございます。それで、いつまでにこれらを揃えればいいですか?」
「なる早で!」
「わかりました、明後日までには全て揃えてきます。」
「ぷ、プロデューサー、無理しちゃ駄目だって!プロデューサーには、普段のお仕事だってあるんだから!!」
「善は急げというだろう?早いに越した事は無い。」
「でもっ!」
「それに担当アイドルの問題は俺の問題でもある、君がなんと言おうと勝手にやらせてもらう。」
「・・・もう。さっきの事と言い強引なんだから・・・。」
「君にだけは言われたくないな。」
・・・否定できないので黙るしかないけど、ちょっとだけカチンときた。
普段の私も結構強引だと思うけれど、プロデューサーだって人の事言えないじゃない!
「ふふっ♪・・・あ、いけない!もうこんな時間だ!!」
「俺が送っていきますよ。芽衣子、申し訳ないが今日の約束は・・・。」
「あ、うん。バイクもこんな調子だし、また今度行こうねっ♪」
「すまない。それでは美世さん、行きましょう。」
「はい、お願いします!それじゃ芽衣子さん。また明日の夜に、ここにきて下さいね!」
「うん!」
美世ちゃんはそう言い残すと、プロデューサーと一緒にガレージに停めてある営業車に乗って仕事場へと出発した。
気が付くと、時間は午後の六時過ぎ。もうすぐ晩御飯の時間だ。
「よーし!今日はゆっくり休んで、明日から頑張るぞっ!!」
誰もいないガレージで、一人大きな声で気合いを入れた後、皆のいる女子寮へと向かっていった。
今日の一日で色々な事が起きたけれど、明日からはとっても楽しい事になりそう!
・・・それから一週間ほど経ったある日。
「美世ちゃ~ん、次は何をすればいいの?」
あの日から、私は美世ちゃんの指導の元、自分の愛車を修理していた。
もちろん、お互いにお稽古やお仕事があるから集まるのは夜遅くだったけれど、美世ちゃんの的確な指導で順調に進んでいた。
今日はお互いのオフが重なったこともあり、朝から作業を進めている。
「・・・うーん。じゃあ、スパナ取って来て下さい!」
「えっと・・・。これでいい?」
「はい。・・・よいしょっと!」
「・・・はぁ。結局、美世ちゃんにほとんど任せきりになっちゃったね。」
実際、私は部品を運んだり、ごみを片づけたり、美世ちゃんの御夜食を作ったりと修理とは全く関係のない事ばかりをしていた。
「そんなことないですよ。一人で作業するよりも楽ですし、結構助かってます。」
「うーん、でもなぁ・・・。」
「あ!芽衣子さん。ガレージ奥からブレーキパット持ってきてもらえます?あたし、ちょっと手が離せなくて・・・。」
「うん、わかった!」
とは言え、一番大事なのは美世ちゃんの作業をやりやすくすること。
雑務ばっかりで役に立っているのかはやっぱり疑問だけど、今私にできることを全力でやらなくちゃ!
「・・・えっと、プロデューサーが持ってきてくれた部品はこの辺に置いてあるはずだから・・・。」
ガレージの隅で山積みになった部品の中から目的の物を探し始める。
普段のお仕事もあるはずなのに約束通り二日で部品を集めてくるなんて、すごいと思う。
最初はお仕事がおろそかになるんじゃないかって心配したけれど、実際は全然そんな事なくて、ちょっとでもプロデューサーを疑った自分が恥ずかしい。
「あ、これかな?ブレーキパットって書いてあるし、多分あってるよね?」
「芽衣子さーん!ついでにミラーもお願いしまーす!!」
「はーい!ミラー、ミラー・・・あった!」
今度は部品の山からミラーと書かれた箱を持ち上げる。
目的の品はすぐに見つかり、急いで美世ちゃんの元へと戻る。
「はい、これであってる?」
「はい、大丈夫です!それじゃあ、あたしは古いオイルを捨てに行くんでミラーの方はお願いしますね!」
「え?私がつけていいの?」
「大丈夫です、根本のナットを回せばいいだけですから簡単にできますよ。スパナはそこのを使ってください!それじゃ!」
「うん!・・・さてと。」
オイルがなみなみと入った缶を捨てに行く美世ちゃんを見送ると、彼女が使っていたスパナを借りて作業を始める。
美世ちゃんが簡単にできると言っただけあって、私一人でもできそうだ。
「・・・うん!ミラー、取り付けよしっ!」
作業する事、数分。両方とも新しいミラーに付け替えられた。
ちょっとした事かもしれないけど、自分の力でやる事って達成感があって嬉しくなる!
「・・・あ!」
そんな風に取り付けたばかりのミラーを見ていたら、ミラー越しに大切な人の姿が見えた。
ちょっと強引だけど、いつだって私の事を一番考えてくれる旅のパートナーの姿が。
「プロデューサー!」
「お疲れ様。見た感じだと作業は順調そうだが、感触としてはどうだろうか?」
「うん、いい調子!大変だけど、凄く新鮮なんだ!」
「それはよかった。ところで、美世さんはいないだろうか?」
「美世ちゃん?今はオイルを捨てに行ってるけど、美世ちゃんがどうしたの?」
「実は、鷹屋のおやじさんがこの一件について、芽衣子にお詫びがしたいと申し出てくれたんだ。」
「ほ、本当に!?」
「『初めての思い出を嫌なものにしてほしくない。』だそうだ。ありがたく受け取っておくといい。」
「・・・うん!」
意外な申し出に、嬉しさがこみ上げてきた。
本当ならバイク屋さんが一番の被害者なのに、私の事を考えてくれたことが何よりもうれしく思う!
「で、美世さんの技術でも困難な作業があるなら、おやじさんに依頼しようと思って相談に来たんだ。もちろん、君の意見を最優先にする。」
「うん。プロデューサーもありがとう!」
「どういたしまして、それで希望はあるか?」
「うーん?やっぱり旅がしたいのが一番の目的だから、乗ってても疲れないような改造がいいかな。私、機械のことはわからないから、美世ちゃんにお願いする。」
「わかった。」
「あ、芽衣子さんのプロデューサーさん!こんにちはっ!」
「こんにちは。実は、バイク屋のおやじさんが改造作業を引き受けてくれるそうで、その連絡にと思いまして。これが一覧です。」
「へー!ステップにシートにメーターにETC、あらかたのことはやってくれるんですね。あ、コンデンサチューンやランプのLED化もやってくれるんだ!しかも安い!」
「この一件の詫びだからその金額だそうです。普段はもっと取っていますよ。」
「へー、いいお店ですね。芽衣子さん、折角ですから色々お願いしたらどうですか?」
「うん。でも、私は機械音痴だから、どうするかは美世ちゃんが選んでほしいな。」
「そういう時はですね、全部やればいいんですよっ!」
「ええっ!?」
あまりにも豪胆な発言に、心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
「やめて下さい、俺が破産してしまいます。」
「うんうん!」
「・・・じゃあ、何処までなら大丈夫なんですか?」
「追加予算は五万円前後。出来れば、ロングドライブに適したチューンを意識して貰えると助かります。」
「わかりました!さーて、どーれーにーしーよーうーかーなー?」
プロデューサーから受けとった資料を片手に楽しそうに微笑む美世ちゃん。
本当にバイクが好きなんだろうなぁ!
「ところで、修理はいつ頃に完了しそうですか?」
「修理自体は今日には終わりそうです。もし改造を依頼したとしても、芽衣子さんの誕生日には間に合うと思いますよ!」
「そうですか、それなら丁度いいですね。」
「えへへ、今年の誕生日は今までで一番うれしいな♪二人にも何かお礼をしなくちゃ!」
「あたしは別にいいですよ。プロデューサーさんのお陰で普段出来ないことも沢山やらせて貰いましたし、あたしの分はプロデューサーさんが貰ってください。」
「俺も何もいらない、芽衣子が喜んでくれればそれで十分だ。」
「・・・むー。」
何て言うか、すっごく納得がいかない。
美世ちゃんもそうだけど、プロデューサーにはもっとお世話になってるんだから私にだって何かさせてほしい!
「ふくれられても困るのだが・・・。」
「それなら、芽衣子さんのテストドライブに付き合ってあげたらどうですか?」
「お、俺がですか!?」
「あ、それいい!ねぇ、どこにいこっか?」
「そ、そう言われても、すぐには思いつかない。それに、あまり遠出する訳には・・・。うーん・・・。」
即断即決即実行のプロデューサーにしては珍しく考え込んでしまった。
ここは旅慣れた私が何かアドバイスするべきなんだと思う。だけど、私もバイクでの旅は初めてだから、あんまり変な事を言って問題になっても困るし・・・。
「遠くがダメなら湘南の海沿いなんてどうですか?その位なら、下道でも十分日帰りできる距離ですし、初めてのドライブにはいいんじゃないですか?」
「海!今年の夏は行けなかったし、行ってみたいっ!」
「成る程、湘南くらいの距離であれば・・・ん?」
「どうかしたの?」
「着信のようだ、少し席を外します。」
「あ・・・。行っちゃった。」
「じゃあ、あたし達は続きをやりましょうか。」
明日へ続きます。
更新ペースが遅くて大変申し訳ないです。
「そうですね、危険な個所は一通り直しましたし一回エンジンかけてみましょう!」
「うん。」
美世ちゃんの指示に従って、エンジンをかけた。
「わっ!」
その瞬間、心臓に響くような力強い音が当たりに響き渡る。
一週間前までとは全然違う、ハンドルも、エンジンも、何もかもが新しくなっている!
「うん、いい音♪このエンジンだけは当たりですね!」
「なんか、生まれ変わったみたい・・・。」
「元々、GB250は良いマシンでしたよ。ただ、持ち主がほったらかすからこんなにボロボロになったんです。」
「そうだったんだ。何だか、可哀想・・・。」
「ふふっ、この子は幸せですね。芽衣子さんとプロデューサーさんに出会えて、生まれ変われたんですから。」
「・・・なんだか、プロデューサーと初めて会ったときの事を思い出しちゃうな。」
「プロデューサーさんと?」
「うん。もし、あの時プロデューサーが声をかけてくれなかったらアイドルになんかになれなかった。もしかしたら、このバイクみたいにボロボロに風化して行くだけの人生だったかもしれない。」
「そんな事無いですよ。寧ろ、この子みたいになるのはあたしの方です。あたしのプロデューサーがあのガレージからあたしを連れ出してくれなかったら、今もオイルだらけの小汚い女のままだったはずですし。」
「そんな事ないって!美世ちゃんはスタイルいいし、とっても可愛いよ!仮にアイドルにならなかったとしても、男の人が放っておかなかったと思う!」
「ありがとう、芽衣子さん。・・・でも、あたし、この子を修理してて思ったんです。」
「何を?」
「どんなに素晴らしいマシンでも、時間が経って錆び付いてきてしまえば誰も見向きもしてくれない。今回は優しい人がオーナーになってくれたお陰で蘇る事が出来たけど、誰もが優しい人じゃない。マシンだけじゃない、人間もきっとそう。」
「・・・うん、そうだね。」
「だから、ずっと大切にされたいのなら、年を重ねても、強く、魅力的でなくちゃダメなんだって。バイクも、クルマも、それと女の子も!」
「強く、魅力的に・・・か。うん、きっとそうだねっ!」
美世ちゃんの言葉に大きくうなずく。
誰にも見向きもされないなんて、寂しすぎるもの!
「はい、絶対そうですよ。」
「・・・と、言う訳で!より魅力的になる為に塗装も替えようと思うんですけど、どれにしますか?」
「え!?塗装ってこれじゃダメなの?」
突然の提案に驚いた。
確かにちょっと錆付いていてボロボロに見えるかもしれないけど、アメリカの荒野を駆け抜けてきた風格があるのに・・・。
「こんなサビの浮いたボディなんて、あたしは絶対に許しませんよ!第一、ぜんっぜん魅力的じゃないです!!」
「えー!?」
先週と同じように美世ちゃんにとって許せない事だったみたい。
「ほら、こんな機会はなかなかないですよ?やらなきゃ損です!ほらほらっ♪」
そう言って美世ちゃんはサンプルの本を押し付けてくる。
・・・この状態はやらないと怒られそうな気がする。
テンションの高い美世ちゃんをなだめつつ、私は渡されたサンプルをめくり始めた。
「うーん・・・。やるなら黄色とか明るい色にしようかな?」
「それなら赤がオススメですよ!特に、このローズレッドメタリックがカッコいいんです!!」
「赤、赤かぁ・・・。あ!」
ふと、サンプルを見ていると、その中に見慣れた色が見つかった。
「・・・うん、コレがいい。」
「ラピスブルー?明るい色がよかったんじゃないんですか?」
「この色は特別だから、コレにしたい。どうかな?」
「芽衣子さんが気に入ったんでしたら、それでいいと思いますよ。えっと、塗装はラピスブルーで、後はあれとそれと、これをやっておけば大丈夫!」
「うん!」
解
書けよ
楽しそうに作業する美世ちゃんを見つめていると、ガレージの外から聞きなれた足音が聞こえてきた。
どうやらプロデューサーの用事もひと段落ついたみたい。
「すみません、今戻りました。」
「あ、プロデューサーさん。これ、お願いしたい作業の一覧です。」
戻ってくるなり、美世ちゃんはさっきまで書き込んでいたメモをプロデューサーに手渡した。
プロデューサーも何のメモなのかは見当がついていたらしく、軽く目を通すとすぐに鞄へとしまった。
「ありがとうございます。これについては後でおやじさんに連絡しておきます。」
やっと、これでひと段落・・・と安心した瞬間、私のお腹の虫が可愛い悲鳴を上げた。
「・・・え、えへへ~。」
「そ、そういえば、もうお昼時ですね。なんだか、あたしもお腹すいてきたかも。」
「・・・お昼か。」
そんな私の恥ずかしい失態を美世ちゃんは上手くフォローしてくれた。
一方、プロデューサーは何かを思い出したかのように鞄を漁り始めた。
「・・・お、あったあった。二人共、お昼ご飯がまだならこれをどうぞ。」
そう言ってプロデューサーは、アルミホイルに包まれた小さな塊を二つ取り出し、私と美世ちゃんの手に乗せた。
「・・・ねぇプロデューサー。これって"いつもの"?」
「ああ、おかか梅のおにぎりだ。沢山あるから好きなだけ食べるといい。」
その言葉を聞いて途端にうれしくなった。
お弁当を作って来てくれたこともそうだけど、私の好物を憶えてくれていたことが何よりもうれしい!
「いっただきまーすっ♪」
「・・・おかか梅?」
「母から教わった料理です。まぁ料理と言っても、梅干しをほぐして鰹の削り節と混ぜ込んだだけの物なんですけどね、これが不思議とご飯に合うんですよ。」
「へー、おいしそう!」
「梅干しは彼女の故郷である"和歌山産"の梅干しなんで味は保証します。美世さんもお一つどうぞ。」
「それじゃあ、いただきます。」
「ええ、召し上がれ。」
来てたァ
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