阿良々木暦「かなこエレファント」 (47)

・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です

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ID変わりますがしばらくしたら書き込みます。

待ってた

スレタイでなぜか笑った
ごめんかな子



001


「今日はイチゴのタルト、ですか」

アーニャが苺の乗ったタルトを一口含み、顔を綻ばせる。
年齢の割に大人びたイメージの強いアーニャにしては珍しい光景だ。
ロシアには日本で言う生クリーム主体のケーキが文化として少ないと聞く。
ひょっとしたら、故郷を思い出しているのかも知れなかった。

タルト。パートシュクレと呼ばれるタルト生地の上にたっぷりのクリームと旬の果物を乗せたものを指す。
バターをたっぷりと使用した濃厚な生地の味わいとクリームの相性は抜群だが、上記の通りカロリーは群を抜いて高いので女の子にとってはジレンマを呼び起こす類のスイーツだろう。

「アーニャさん、ロシアのお菓子ってあんまり聞かないですけど、どんなのなんですか?」

椎名がシナモンミルクティーを飲み干しながらアーニャに問う。
椎名は忍と同じで大のドーナツ好きだが、やはり年頃の女の子の常識を問うにあたり、甘いものを嫌うという選択肢は初めから存在しないのだろう。
実に幸せそうな笑顔でタルトを頬張っていた。

甘いものが嫌いな女の子なんてのは、そうはいないだろう。
あの唐辛子とデスソースで身体が錬成されている、と言われても違和感がないひたぎですらケーキを食べている時は笑顔で機嫌も良く、実に女子力が増す。
スイーツの力は偉大なのだ。
ちなみに僕もあまり進んで食べはしないが甘いものは好きだ。
甘いお菓子が女の子の独壇場であることは百も承知な上に同意することにも遺憾を示さないが、男がスイーツを好んではいけない理由にはなり得ない。
今度、ひたぎを誘って昔みたいにケーキバイキングにでも行こうかな……。


「ロシアは、リンゴを使ったお菓子が多いです。簡単なものだとヴァトリュシカ……ジャムやチーズを塗って食べるパイや、チャク・チャクという蜂蜜の焼き菓子がとても美味しい、ですよ」

話は変わるが、巷にはフードファイト、という催し物がある。
その名の通り、食べるという至極普遍的な行為において優劣を競うのだが、僕はこの対決を平和の象徴として捉えている。
過去においては食糧不足で人が死ぬことなど日常茶飯事、とまでは行かなくとも珍しい事ではなかったと聞く。
現在でも発展途上国では稀に見られる光景ではあるらしいが、少なくとも世界一平和な国に産まれて来た身としては実感が湧かない、というのが不謹慎極まりないが本音だ。
食べる、という行為はそのものが人間の欲求に根付いているだけあって、睡眠と繁殖に並んで大切であり、人生においての楽しみにもなり得る。
近代化において食事の質も一定標準を保てるようになり、食品の過剰流通とその廃棄が問題になる程だ。
ひょっとしたら現代がこの先の未来も含め、人類歴において最も食に関して豊かな時代なのかも知れない。
ならば場合によっては食文化を冒涜しているとも取れるフードファイトを、娯楽として楽しめると思うのも致し方ないというものだ。

「リンゴかぁ……だったら今度、アップルパイを焼いてくるね!」

三村が口周りにタルト生地をくっつけながら微笑む。

三村は、本当に美味しそうにものを食べる。
三村を見ていると、食べる、という当たり前の行為がさぞ神聖で尊いものであるかのように思えてくるから不思議だ。
その幸せそうな笑顔に、餌付けをしてやりたいと何度も思ったのは僕だけではあるまい。

しかし……平均年齢十五歳のアイドルたちに囲まれてアイドル手作りのスイーツを食べる、なんてファンに見られたら撲殺されそうな場面だな……。


話を戻そう。
結局僕が何を言いたいのかというと、よく食べる女の子は好ましい、ということだ。

僕の知り合いにはあまり食に関してこだわる人間はいない。
敢えて言えば忍がドーナツ好き、というくらいだが、彼女にとっての本当の意味での食は人間の血液なのであって、ドーナツを含める他の食物は嗜好品に過ぎない。

忍が人間の血液に好き嫌いがあるのかどうかは不明だし、聞きたくもない。
もし僕の血が人間の中では不味い、なんて言われた日には泣いてしまうかも知れない。

「アップルパイ……ハラショー、素晴らしいです」

「アップルパイってリンゴを一番おいしく食べられるお菓子だと思うんですよ!」

「そうだよね! あのサクサクしたパイ生地としっとりとしたタルト生地のハーモニーにリンゴの酸味……」

アップルパイについて目を輝かせながら語る女の子の脇で、三村謹製の切り分けられたタルトを一口で頬張る。
苺の酸味とタルトの卵とバターの甘味が絶妙に相乗効果となってお互いを高め合っている。
うん、美味い。
これなら身内贔屓抜きにしても喫茶店でも開けそうだ。
何でも三村はお菓子作りが趣味なのだとのこと。
趣味でこれ程の腕前ならば普段からあれだけ自分で作って食べてを繰り返しても仕方ないというものか。

「どうですかプロデューサーさん?」

「ああ、すごく美味しいよ。三村はお菓子作りが得意なんだな」

口元を拭い、これまた三村の淹れてくれたシナモンティーに口をつける。
シナモンは男女共通で好みの分かれる素材だと聞くが、僕はかなり好きな類に入る。
確かに多少癖はあるがつんと鼻腔をくすぐりながらも、華やかな花壇をイメージさせる高貴な香りだと思うのだ。
……と、詩人になっている場合ではない。

「ありがとうございます。えへへ、私、嫌なことがあったりするとストレス発散も兼ねてお菓子作りに没頭したりしちゃって……」

気付いたら趣味になっちゃいました、と三村。


「へえ、三村らしいな」

……ん?

ちょっと待て。今なんて言った?
ストレス発散も兼ねてお菓子作り?
今僕は何か気付いてはいけない真実を知ってしまった気がするぞ?

ストレスとは、先程三村も述べたように、嫌なことがあったり心身に負担があった場合に溜まる生体における歪みを指す。
つまり、三村は悲しいこと、辛いことがあるとお菓子を作るのだ。
そして出来たお菓子は毎回捨てる訳でもあるまい。
今日のようにアイドルたちにお裾分けすることはあれど、何割かは三村の魅惑的なお腹の中へ収められる、と考えていいだろう。
ということは、だ。

ストレス溜まる→お菓子を作る。

うん、ここまではいい。何の問題もない。

→食べる→太る(悲しいこと)→ストレス溜まる→お菓子を作る→食べる→以下エンドレス。

…………。

「本末転倒にも程があるぞ!?」

「ええっ!?」

三村が他のアイドルと比べてふっくらしている理由がこんなところにあったなんて!

いや、僕は三村くらいふっくらしている方が好きなんだけれどね。
ぶっちゃけ、女の子としてはごく普通の体型だと思うし。

だが、ひたぎと言い神原と言い渋谷と言い木場さんと言い、僕の周りの女性は痩せ過ぎてて心配になるレベルの女の子が多すぎるのだ。
だからと言ってデラックス体型が好き、という訳でもないのだけれど、要するに健康的な女の子が好きなのだ。

まあ、体型維持もアイドルの仕事だし、僕は男だから太れとは言いにくいのが実際のところだ。
そんな世の女性に対し反旗を翻すような我らがシンデレラプロダクションにおいて、平均的女性体型を体現している三村が推しメンになったのは至極当然の結果と言えよう。
だから少々意地悪と称して三村を突つきたくなってしまうのも仕方ないのだ。

「三村……お前、太ってないか?」

「はうっ!?」

紅茶を吹き出しそうになりながら、目を点にして仰け反る三村。

しまった、女の子は太らない、と昔ひたぎに注意されたのを忘れていた。
ええと、女の子に体型の変化の真否を問う場合はどう言えばいいんだっけ?


「あ、すまん、間違えた。三村、お前貫禄が出て来てない?」

「言い方がほんの少しマイルドになっただけで変わってません!」

言い直したことで悪意が増しました!と三村。

むう、難しいな。
ああ、貫禄は男に言う場合だったか。僕もまだ勉強不足だな。

「ダー、お菓子は好きですけど、食べ過ぎるとバハルネール……太って、しまいますからね」

「うぅ……そうなんですよねぇ……」

「いや、お前ら二人はもう少し太った方がいいと思う」

成長期の真っ只中である椎名はともかく、アーニャは見ているだけで折れそうだ。
述懐したようにアーニャと椎名に限った事ではない。
シンデレラプロダクションの所属アイドルは皆、五キロくらい増えた方がいい。
いや本当に。

「で、どうなんだ三村」

「蒸し返さないでくださいよう……」

「いや、正直なところを言えば三村くらいふっくらしている方が僕の好みなんだが……」

「こ、好みって……」

「僕の好みはどうでもいい。けれどライブも控えているんだ、当日になって衣装が入らない、なんて状態になったら事だぞ」

アイドルの衣装っていうのは割ときつく作られている。
理由は無論、細く見せるためなのだが、そのせいでちょっと気を抜くとスカートが入らない……なんてこともあり得るのだ。

誠に申し訳ありませんが、本日のライブは三村かな子のウエストが増加して衣装を着られなかった為、中止とさせていただきます。
うん、違う意味で伝説になるかも知れないがあまりにも酷すぎるな。

「だ、大丈夫ですよ?」

「……まぁ、男の僕が殊更首を突っ込む話でもないんだが、プロデューサーとして一応な」

それにこういう話は千川さんの役目だ。
が、やっぱり三村に体型の話を振るのはとっても楽しい。
男としてもプロデューサーとしても下衆なこと極まりないが、可愛い女の子を弄るのは僕のライフワークと言ってもいい。

「好きなものを食べるなとは言わないが、お腹が出ない程度にな」

「は、はいぃ……でも最近、何を食べてもおいしくて……」

プロデューサーとして言えるのはこの辺りが限界だろう。三村も心当たりがあるのか、萎縮してしまった。
ううん、少しやり過ぎたか?


「……僕のお腹を触るか?」

「結構です!」

お腹を見せる、という行為は犬や猫にとって白旗を上げるに等しいと聞く。
それに倣いカッターシャツと紳士肌着をはだけて腹を見せるが、何が気に入らないのか三村はそっぽを向いてしまった。
なんでだよ。

「プロデューサー、とっても腹筋綺麗ですね」

「ほんとだー、鍛えてるんですか?」

「まぁな」

「ふっきん……」

実際には鍛えているのではなく体質なのだが、そこは黙っておこう。
僕の腹筋を見て濡れた仔犬のように震えている三村がちょっと怖いし、触らぬ神に何とやらだ。

「わかりました……プロデューサーさんがそこまで言うのなら、私も覚悟を決めます!」

「覚悟?」

何らかの決意を固めたらしい三村が拳を握り立ち上がる。

「わたし……痩せます!」

「そうか、頑張れよ」

「反応が薄いです!」

「かな子はそのままが一番ミーラャ……かわいい、ですよ」

「そうですよー、かな子ちゃんは痩せなくていいですって」

それには激しく同意だ。
何度も言うようだが、女の子は三村くらいが一番健康的で可愛いと思う。

ああ、八九寺とか羽川とかもっと食って太らないかな。
太って逃げ足の遅くなった八九寺を追いかけ回したいなぁ。

「いいえ! プロデューサーさんにそこまで言われたからにはやり遂げて見せます!」

何だか気合の入っている三村だった。
僕が何を言ったっていうんだ。



「ほう……いい度胸だ三村。ならば勝負だ」

「勝負……ですか?」

「ああ、三村が現在プロフィールに公表されている体重よりも下まで下げられたら三村の勝ち。そうでなければ僕の勝ちだ」

「私の体重が増えていることが前提で話が進んでいませんか!?」

「増えてないのか?」

「…………増えてます、ごめんなさい」

やっぱりな。
最近事務所で見かける度に何か食べていたし。

「そして勝負の報酬だが……三村が勝った場合、なんでも言うことを聞いてやろう」

「なんでも、ですか」

「ああ、死ねと言われたら死んでやる。だが僕が勝った場合……」

ごくり、と三村が息を嚥下する音がやけに大きく響く。
緊張感溢れる一瞬だった。

「そのお腹を、つまんで弄んで撫でさせてもらう」

「……はい?」

「……プロデューサーの命、軽いんですね」

だって三村のお腹だよ!?
それこそ羽川の胸くらいの価値はある筈だ!

「い、いいですよ……そ、その代わりなんでも聞いてくださいよ!」

「約束しよう。期限はお前が決めろ、三村」

「え、と……じゃあ三週間で!」

「受けて立とう。それまでにリンパ腺マッサージをマスターしておいてやる!」

女の子の体重。

後になって悔やむからこそ後悔と呼ぶ。
その言葉通り、僕はその後悔と共に実感することになった訳だが、アイドルとしても、女の子としても非常にデリケートな話題である体重の話に、僕は初めから触れるべきでは無かったのだ。



002


総じて、日本におけるスイーツの立ち位置は『女の子の好物』である傾向にある、と思う。

「それで、私を増やしてどうしようと言うのかしら」

「いや、どうしようもこうしようもないんだが……」

なんでもイタリア辺りではスイーツは男の食べるもの、という認識の方が強いらしい。

「そんなに私が大勢いた方がいいみたいね。愛されているようでとても嬉しいわ」

「僕も喜んでくれているようでとても嬉しいよ」

何処でその差異が形作られたのかは知る由もないが、喫茶店やケーキ専門店において女子の割合が高いのは事実である。

「そこまで求められているのなら、階段で亀を踏みまくるべきかしら」

「お前は髭の配管工か!」

今、僕とひたぎがいるケーキ専門店もそうだ。
カップルは数組いるものの、男性の二人組や一人で来ている客は一人もいない。

男一人でケーキ屋に入る、という行為自体がかなり勇気のいるものだと自然に思ってしまうあたりが、この国における男性とスイーツの関係性を顕著に表していると言えるだろう。

それはさておき僕の目の前にいるひたぎさんは、どうやら多分にご機嫌らしい。
チーズケーキを口に含み、口元を緩ませるその表情を見れただけでも誘った甲斐があったというものだ。
先日の三村たちの会話を受け、思い立ったが吉日、と先人の言葉にあやかり、オフを利用してひたぎをケーキバイキングに誘ったのだった。
ちなみに先程からひたぎが言っている増えるという表現は、三村に対しても使ったが女の子は太らない、増えるのよ、というひたぎの言に基づくものである。

だが実際にひたぎが何人と増えられても困る。
一人ですら未だに手に負えないというのに、だ。
それに本当に増えるわけないだろう、なんて言った次の季節には分身の術くらい身に着けて来そうなあたりが戦場ヶ原ひたぎという女の恐ろしいところでもある。

「ところで、誘ってくれたのは嬉しいのだけれど、何故いきなりこんな催しを思い付いたのかしら」

「ああ、昨日アイドルたちがケーキの話をしていたからな、僕も食べたくなったんだ」

これは嘘と真実が半々といったところだ。
実際には久し振りにひたぎに会いたかった、という側面の方が遥かに強いのだが、そんなことを言った日には主導権を丸一日どころか向こう半年くらいは握られそうだ。


「ふうん……まあ、そういうことにしておいてあげましょう」

僕の思考程度、全て見透かしていると言わんばかりに不敵な微笑を浮かべる。

「でもね暦、女というものはデートの最中に他の女の話はして欲しくないものよ」

それが例え仕事でもね、と付け足すひたぎさん。
まぁ、僕も久し振りの逢瀬で他の男の話をされても気持ち良くはならないだろう。
ひたぎの言うことは一理ある。

返事代わりにシューロールを口に入れた。
粉砂糖の甘味とシュー生地の口内での溶けるような具合が心地よい。
と、ひたぎが相変わらずの意地の悪い笑顔を浮かべてティラミスにフォークを刺す。

「私、こう見えても面倒くさい女なのよ」

「それはお前が階段から落ちて受け止めた時に思い知らされたよ」

世界中のどんな物語を紐解いたところで、あんなショッキングな恋の出会いはないだろう。
あれは登校中にパンを咥えて走る少女と交差点でぶつかるくらいの衝撃だった。
それにこう見えても、ということは自分ではどう思っているんだ?

「五キロなのに重い女だった、と言いたいのね。流石は暦、ジョークのセンスも一流だわ」

「ブラックにも程があるだろ!」

次の瞬間、自分の自虐ネタが可笑しいのか、笑顔を保ったままひたぎは凶行に及んだ。

「はい暦、あーん」

「な…………」

小振りなフォークに刺したティラミスを僕の口元まで持ってくる。

戦場ヶ原ひたぎという女は、決して人前でいちゃつくことをステータスと考えている類の人間ではない。
二人きりの時には戯れに気紛れにこういうことをする事も過去にあることはあったが、いくら機嫌が良かろうと人前でこのような惨劇を巻き起こすような女ではなかった筈だ。

まだこの場で乱入してきた強盗をフォーク一本で制圧した、と言われた方が信憑性がある。
もしかして僕は知らない間に池袋に脳を改造されてしまったのだろうか。
いや、彼女ならもっと面白可笑しい改造を施す筈だ。
例えばアホ毛からビームが出るとか、アホ毛がアイスラッガーみたいに飛び道具になるとか。

……何を企んでいる?

今までかつてないほどに僕のお脳が高速回転する。
考えろ、考えるんだ僕。
ひたぎが公衆の面前でこのような挑戦を僕に仕向けてきたからには、何かしら思惑があるに違いない。

まず思い付くのが、僕を貶めるためだ。
これが最も可能性が高いと思われる。
だがここは地元ではないし、慎重に全神経と吸血鬼の眼を駆使して周囲を探るが僕の知り合いはいない。

もう一つの可能性としては、本当に機嫌が良い場合だ。
その場合、僕は今、人前でデレるひたぎさんというマインドシーカーのエンディングに匹敵する貴重なものを見ていることになる。

「どうしたの、手が疲れちゃうじゃない」

こう見えても広辞苑より重いものは持ったことないのよ、と微妙なチョイスをしながら催促してくるひたぎ。
その顔は、少なくとも何かを企んでいるようには見えなかった。

ああ……僕は馬鹿だ。
なぜ僕との距離を詰めようと、衆目の真っ只中であるにも関わらずこうして無理をしている恋人の気遣いを疑ったりしたんだ。

ひたぎだって人間だ。
歴とした年頃の女性なのだ。
時にはこうして恋人との蜜月を過ごしたいと思うのも当然じゃないか。
ならばもう思い悩むことすらも失礼にあたる。
一刻も早く愛するひたぎの要望に応えるべきだ。


「あーん」

喜色満面で口を開ける。
少々恥ずかしかったが、僕の羞恥心などひたぎとの愛の前には些末な問題でしかない。

間もなく口内にショコラ味のケーキが放り込まれる。
ほろ苦いショコラと甘いスポンジの感触がえも言われないハーモニーを醸し出していた。

「美味しい? ダーリン」

「美味しいよ、ハニー」

僕とひたぎが形成する桃色空間に対し、周囲の女性の方々から爆発しろとテレパシーが送られてきている気がするが気のせいだろう。
と、その視線を寄越す衆目の中に見知る顔があった。

「……プロデューサーさん?」

「……だよね、人違いかと思ったけど」

三村と十時だった。
どうやら僕の死角、真後ろにいたらしい。僕の真後ろならばひたぎにとっては丸見えだったということだ。

「三村、十時……何故ここにいるんだ」

ギギギと音を立てかねない程重厚に、首を九十度回転させる。
首傾げすぎランキング二位のひたぎにも負けていない。
ちなみに一位は言うまでもなく鉄板で斧乃木ちゃんだ。

「今日はかな子ちゃんと動物園デートしてきたんですよ」

なにそれ、僕も行きたかった。
ひたぎも連れてダブルデート。
素晴らしい響きだ。

「で、おなかも空いたので、前から来たかったここに来たんです」

「いつから……見てた?」

そこが問題だ。
返答とその後の反応次第では、彼女たちを亡き者にしなければならないかも知れない。

「ほぼ全部、でしょうかね」

「愛梨ちゃん、お邪魔しちゃダメだよ……」

三村は一応気を遣ってくれているらしいが、その気遣いも今は痛い。

というか……これが狙いか……。
ひたぎを見ると、心底楽しそうな笑みを浮かべている。

「でもプロデューサーさんの意外な一面だよね!」

「確かに、プロデューサーさん、ホモ疑惑があるくらいだもんね」

「あらまあ」

「何その迷惑な疑惑!!」

「だって常にあんなに多くのアイドルと一緒に仕事してて、そういう噂を一切聞かない、ってある意味異常だよ?」

いや、そもそもそんな噂あってもらったら困る。
担当アイドルに手を出す程、僕は外道には落ちていないつもりだぞ?
いや、コミュニケーションのために物理的に手を出すことはあるけどね。
それはそれ、これはこれ。

そんなことよりもホモ疑惑って!
犯人は大西か!?

「神原が全裸で喜びそうな噂ね」

「全裸で喜びそう、って何だよ……」

恐らくは裸足で逃げ出すの語形変化なのだろうが、全く違和感がないのが神原の日頃の行いを物語っているな……。


「二人とも……この事は黙っておいてくれないか?」

プロデューサーたる僕がオフにケーキ屋でバカップルを演じていたなんて噂が広がったらアイドルたちに何を言われるかわかったものじゃない。
最悪、命の危険を伴うケースも考えられる。
ここは前向きに目撃されたのが人間拡声機たる城々崎姉妹や人間搾取機たる千川さんでなかったことを幸運に思おう。
ポジティブシンキングだ。

「ここのお会計、奢ってくれたらいいですよ?」

「あ、愛梨ちゃん……」

小悪魔的な笑みを浮かべて目を細める十時。
少々財布が痛むが、この程度で済むならば問題はなかろう。

「……わかった、精々食いまくってエンゲル係数と体重を上げやがれ」

……あれ?

ちょっと待って、何かさっきから違和感が……。

あ、そうだ。

「なんでこんなところにいるんだ、三村……」

「わ、私ですか?」

「お前、痩せるって言った次の日にケーキ食い放題とか……意志が弱いにも程があるんじゃないのか」

まあ、失敗したなら失敗したで僕が得するだけだから一向に構わないのだけれど……それにしたって、ねえ。

「あ、明日から頑張ります!」

「かな子ちゃん、それ駄目な人っぽいよ……」

「暦、紹介して頂戴」

「ん、ああ」

三村に気を取られていてすっかり忘れていた。


「三村、十時、彼女が戦場ヶ原ひたぎ。僕の恋人だ」

「よろしくお願いします」

「十時愛梨です!」

「三村かな子です」

握手を交わすひたぎと二人。

「確かにこれだけ美人な彼女さんがいたら、プロデューサーさんもアイドルたちに手を出しませんよね」

「あら嬉しい。光栄だわ」

完璧にひたぎさんはよそ行きスタイルだ。

出来ることならひたぎの存在は永遠にひた隠しにしておきたかったのだが……。
いや、恥ずかしいじゃない。
でも少しでも安心してもらうために彼女いるとは公言していたから、時間の問題だったのだろうけれども。
プロデューサーはプロデューサーで大変なのだ。

「じゃあ私たちこっちに移動しますね、お話しましょう!」

「ええ、是非」

「ちょっと待っててくださいね」

席移動のために元いた席へと戻る二人。

女三人寄れば何とやら。
ある意味日常茶飯事ではあるので慣れてはいるが、ひたぎを含めた女子トークに巻き込まれるのかと思うと少々気が重かった。
あの空間に入るのにはかなり自分を捨てる必要があるのだ。
今更だとも感じるが。

ふと見ると、ひたぎが自分の右手をまじまじと凝視していた。
陽光に透かしたり、裏表を繰り返し見たり。

「…………」

「どうした、ひたぎ?」

「いえ……気のせいよね。そんな筈ないわ」

「……?」

「何でもないのよ。さあ、折角の食べ放題なのだから血液が砂糖になる程食べ尽くしましょう」

比喩なのだろうが、ひたぎが言うと割と冗談に聞こえない辺りが怖い。

後日、忍に血が甘いと言われない程度にしよう、と心の隅に留め起きながら、その日は僕の悪口で盛り上がる三人と共に久々の甘味を貪るのであった。



003


ここで陳腐な表現ではあるが、時計の針を五時間ほど進ませてもらう。

僕は今、プロデューサー用に用意されたシンデレラプロ社宅の安アパートの居間で正座をしている。
向かい合うように机の上に置いてあるのは、昔撮った写真だ。
高校生時代の僕、ひたぎ、羽川、神原……ああ、あの頃は僕も若かったなぁ。
写真と比べると髪もだいぶ伸びた。
放っておくと橘あたりがうるさいからまた切らないとな。
それよりも教えておくれよ昔の僕。
僕はどうしたらいいんだ。

ちなみにアイドル用の社宅とはセキュリティも内装も雲泥の差だ。
いいところと言えば仕事場に近くて目の前にコンビニがある、くらいである。

今の僕の表情は、苦虫をミキサーにかけジョッキ一杯飲み干したような、と形容するのが相応しいと思われるだろう。
同時に膝の上に乗せた両拳の震えが止まらない。
顎部へと伝う冷や汗が静かにフローリングを濡らしている。

浅慮は無知と同等の罪だ。
知らなかった、考えていなかった、では許されない。
そして無意識とは言え犯してしまった罪から発生する罰の還るべき場所は、当の本人と相場は決まっている。
その時ばかりは、僕はうっかりしていた、と言わざるを得なかったのである。


「今日は泊まって行くわ。よろしくね」

その一言で覚えていた筈の明日のスケジュールが全て吹っ飛んだ。

ひたぎをこちらに招いた以上は、そういう展開も考慮に入れておくべきだったのだ。
一応、僕のあるかもわからない名誉の為に言い訳をしておくと、決してひたぎに隠しておくべきやましいことがあってこんなに震えている訳ではない。

初めてなのだ。

ひたぎと一夜を共にする、なんてイベントは今までありそうで無かったのだ。

掃除は好きなのでこまめにやっているからいいのだが、何せ布団が万年床の煎餅布団一枚しかない。
つまり、そういうことだ。
当のひたぎは今、風呂場でシャワーを浴びている。

流れる水の音がやけに耳を打つ。
喉がひりつく。
動悸は激しく収まらない。
視界が点滅しているような錯覚を覚える。

いや、僕ももう子供ではない。
シャワーを浴びているひたぎの裸体を想像して興奮したりはしない。
ただでさえひたぎには初めて会ったその日にほぼ全裸を見せつけられた訳だから、その点だけは自信を持って言える。

しかし、どういうことだ?
もしかして僕はもう、ダイエットの過程で空腹のあまり野獣と化した三村に食い殺されているんじゃないのか?

じゃなきゃ、夢でも見ているのか。
述懐した通り、ひたぎはこのようなことをする女ではない。
さっきの三村と十時の件からも窺えるように、僕をからかうためには自分の恥をも厭わない彼女ではあるが、流石にこれはやり過ぎだ。

だって僕、男の子だよ!?
彼氏とはいえ男の、しかも独り暮らしの家に泊まるなんて……それって……。

あ、鼻血出てきた。
そうだな、とりあえずエッチな本は絶対に見つからない場所に隠さなきゃな。

「……お前様よ、いい加減心を落ち着けよ。儂まで落ち着かんわ」

「忍……」

僕がエロ本の移動先を模索していると、影から忍が呆れた様子で顔半分だけを出す。
なんだよ、こっちは必死なんだからな。


「どう思う、この状況」

「知らんわ。犬にでも食わせておけ」

「そんな冷たいこと言わないでよのぶえもん!」

「その呼び方はやめい!」

「暦、上がったわよ」

風呂場からひたぎの声が届く。

「と、とりあえず、この本を影に隠しておいてくれないか」

「…………」

溜息と共に僕の手から数冊のエロ本を受け取り影に消える忍。

ああ、僕も男だ。
覚悟を決めようじゃないか。

「お先、戴いたわ」

「あ、あぁ」

濡れた髪にタオルを巻きながら現れる風呂上がりのひたぎさん。
相変わらずアイドルたちにも負けずとも劣らぬプロポーションだ。

「ドライヤーはないの?」

「あるよ、洗面所の横の棚だ。だがアイロンはないからな」

「そう。借りるわね……暦も入ってきたらどう?」

「あ、ああ……そうするよ」

すれ違った時に鼻腔をくすぐるひたぎの香りに思わずくらりと来る。
なんで女の子って風呂上がりとか関係なしにいい匂いがするんだろう。
永遠の謎だ。

ともかく頭を冷やすためにも速攻で風呂に入り、頭から冷水シャワーに打たれる。
気分は修行僧だ。
現在の状況を考えたらあながち間違ってはいないだろう。

「そんなことをしておっても悟りなんぞ開けんぞ」

「忍……」

冷水が体温を下げると共に思考を幾らか平常時に戻してくれた。

「お前と初めて会った時のことを思い出したよ」

「初めて……? 電灯の下で儂が倒れておった時のことか?」

「ああ、あの時と同じくらい、どうするべきなのか葛藤している」

「……お前様のそのくだらん葛藤と天秤に掛けられる儂の身にもなってみろ。まったく、そんなもの考えるまでもないじゃろうが」

「え?」

「やっちゃえば良かろう」

「いや……お前はそう簡単に言うけれどさ、やっぱり心の準備とか、色々あるだろう?」

「どれだけチキンなのじゃ……別に他に操を立てておる女がおる訳でもない、ましてや相手は正真正銘の恋人ではないか。お前様が女であればまだしも、男じゃろうに」

怪異である儂に相談しておる時点でおかしいじゃろ、と忍。

言われてみれば確かにそうだった。
そもそも、泊まると言い出したのはひたぎの方だ。
独り暮らしの恋人の家に泊まるという行為がどんな結果を誘発するのか、わからないひたぎではあるまい。

遂に僕に春が来たのか?

そう考えていいのか!?

のぶえもんはまずいからしのえもんにしよう


「わかった……僕は覚悟を決めたぜ、忍」

「応、儂の主人の名に恥じぬ男気を見せるがよいぞ、主様よ」

風呂場の鏡に映る、幼女に後押しされてようやく踏ん切りを付ける男の姿は何処か悲しかった。

両手で頬を張り、刮目して風呂を出る。
さあ、決着をつけに行こう。

「あら、早かったのね」

「あぁ」

居間に戻ると、ひたぎはちょうど髪を乾かし終えるところだった。
寝間着姿のひたぎ。
何気に初見である。

話は変わるが、僕は他人の前でひたぎを褒めるということをあまりしない。
その逆もまた然りだ。
気恥ずかしいというのもあるが、惚気というやつが嫌いなのだ。
だが今日のところはひたぎさんをべた褒めさせていただこう。

ひたぎさん最高!

オレンジ色を基調とした蟹柄のパジャマもすげー似合ってる!

加えて風呂上がりの上気した肌色!

僕の彼女ってこんなに美人だったんだ……。
ひょっとして、いやひょっとしなくても世界一美人なんじゃないか?

ああ、僕はつくづく馬鹿だ。
こんなに可愛くて美人な恋人がいたというのに、八九寺や橘にセクハラをしたり、忍の脇腹で遊んだりして。
誓おう。
僕は金輪際ひたぎ以外の女性に必要以上に手を出したりしない!

「少し早いけれど、そろそろ寝ましょうか」

「おう!」

いつもの生活を思えば少しどころではないが、標準的には生物として眠りにつく時間帯だ。
標準最高。

「暦はソファで寝て頂戴」

「わかった…………ん?」

んん?
今なんか空耳が聞こえたような。

それはつまり、私は布団で寝るから僕はソファで寝ろという意図か?

「あの……ひたぎさん?」

「暦なら、ソファでも熟睡できるでしょう?」

いや、仮眠を取れる時に取っておかなければならない仕事上、何処でも眠れるのび太君体質にはなったけれども。

いやいや、そういう問題じゃないだろ。

「ごめんひたぎ、僕、耳が悪くなったかも知れない」

「まあ、それは大変。耳掃除してあげるわ」

「いや……そんなことより、さ」

「してあげるわ」

「ひた――――」

「恋人からの耳掃除、嫌なのかしら?」

「……いえ、して下さい」

結局いつものペースだった。
反論する暇もなく、言われるがままに正座するひたぎの太ももに頭を乗せる。

ツンどデレの落差が物凄い


でも柔らかいひたぎの太ももは、これで嬉しかった。
ああ、いい匂いがする。
女の子ってなんでこんないい匂いがするんだろう。
怪異なんかよりよっぽど不思議だ。

ひたぎは器用にもタクトのように掌で弄びながら、耳かきを僕の耳に突っ込む。
あ、すげー気持ちいい。

「暦ったら、もしかしたらいやらしいことを考えていたのかしら?」

「な……っ!」

「動かないで。手元が狂ったら剥がれるわよ」

「何が!?」

「間違えた。千切れるわよ」

「だから何が!? もっと怖いよ!」

忘れていた。
相手は状況が状況だったとはいえ、かつて口内をホッチキスで留めることをも平気の平左でやってのけたあの戦場ヶ原さんであることを。
今でこそ丸くなり普通と呼べるとまでにはなったものの、根底にあの性格の素養があったことを僕は生涯忘れてはいけないのだ。
そんなひたぎに身体の中でもデリケートな部分を預けているなんて、よく考えると恐ろしいことこの上ない。
だがこの態勢にまで来てしまったからには、ひたぎさんの機嫌を損ねないよう努めるしかないだろう。

「しかし汚いわね……まるで暦の心のようだわ」

「それは悪うございましたね」

「掃除のし甲斐があるからいいのだけれど……普段から耳掃除、していないの?」

「言われてみるとしていないな……」

耳掃除なんて偶然耳かきを発見した時くらいしかしないしな。

ふと、指先を動かしながらひたぎが口を開く。

「本当のところを言うとね、嫌ではないのよ」

「へ?」

「でも、こうしている普通の暦との時間が、とても幸せなの」

「……そうか」

ならば、僕から何も言うべきことはない。
目を閉じてここからは見えないひたぎの表情を想像する。

それは何度思い返しても、薄く笑っていた。

「ありがとう、暦」


「僕の方こそ」

「ボス発見」

ひたぎの手が止まる。
ボス?

「大人しくしていなさい」

「え……いぎぃっ!?」

突如として一変した動きを見せる耳かきの先端。
イメージ映像としてはフルドリライズが削岩して洞窟を作っている感じだ。

「わーたしーのーすーべてーをー」

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?」

「ひきかえーにしーてーもー」

「――――――――っ!!」

首から下が反射でびくんびくんと痙攣する。
ひたぎが頭を万力のように固定していなかったら、更なる惨劇が展開されていたかも知れない。
いやもう僕にとっては充分惨劇だけど!

「はい取れた」

「う…………あ……」

事後、そこには生気のない目で転がる僕がいた。

本気で死ぬかと思った……。
耳掃除なんてベタベタな恋人イベントで相手を瀕死に追い込むとは……流石はひたぎ……。

「じゃあ、反対側を」

「全力でお断りさせてください!」

「何よ、セカンドシーズンは恒例じゃないの」

「望まれない続編もこの世にはあるんだ!」

何がとは言わないが、アメリカの映画によくあるよね。
何がとは言わないけど。

「昔、神原にもやってあげたのだけれど、片方で断られたのよね……何故かしら」

冗談じゃない、もう一回あの地獄見るくらいなら自分でやった方がいい。
しかも自覚ないのかよ。

と、タイミング良く机に置いてあった僕の携帯が鳴る。
発信先は三村だ。
背後でひたぎが舌打ちをしていた。


逃げるように通話ボタンを押す。

「はいっもしもし!」

『プ、プロデューサーさんですか!?』

声の主は昼間会ったばかりの三村だった。
その声色は焦燥に満ちているように聞こえる。

「どうしたんだ、こんな時間に」

『あのっ、その、うまく言えないんですけど、大変なことにっ!』

「落ち着けよ、何があったんだ?」

『とにかく来てください! わ、私もうどうしたらいいか……!』

三村は他人を気遣えない女の子でもなければ、非常識な人間でもない。
少なくとも直に日付が変わろうとしている時間帯に、ふざけて人を呼びつけるようなことはしないだろう。

ということは、それ相応の何かがあったのだ。

「わかった、事務所にいるんだな? すぐに行くから、大人しくしていろよ」

『は、はい!』

通話ボタンを押して立ち上がり、パンツと紳士肌着の状態からカッターシャツを羽織る。

「仕事?」

「いや、今日は完全にオフにしたから違うんだけれど……」

「ひょっとして、三村さん?」

「……なんでわかったんだ?」

「昼、彼女と握手した時にちょっと、ね。懐かしい雰囲気がしたから」

「懐かしい……?」

「蟹に、そっくりだったのよ」

おもし蟹。
かつて家庭の不和により蟹と行き遭ったひたぎ、想いと共に重さを奪われた。

心がざわつく。

それは、確信に近い予感だった。

「……悪い、ひたぎ。折角来てくれたのに。すぐ、戻るから」

「いいのよ。私に出来ることはあるかしら?」

「ここで、待っていてくれ」

「行ってらっしゃい」

ひたぎに見送られながら、僕はアパートを後にしたのだった。

自分なら確実に嘔吐してるよ……



004


今日は千川さんも早目に帰宅したらしく、事務所に灯りはなく、入口にあたるビルの前に三村はいた。
見た感じでは昼間と何ら変わりはないようではある。

が、こんな夜に僕を呼んだのだ。
何かはあったのだろう。

「悪い三村、待たせた」

「プロデューサーさん……」

「何が、あったんだ」

ゆっくりと、それでいて三村を動揺させないように出来得る限り優しく訊く。

万が一のことも考えて忍にも話はつけてある。
いざとなったら吸血鬼化も厭わない。
僕がプロデューサーである以上、担当アイドルは、何があろうと僕が護る。

三村は深刻な表情をそのままに、その柔らかそうな唇を開いた。

「その……た、体重が」

「……体重?」

「増えてしまいまして……」

「…………」

うん。
そうか、それは大変だ。
体重が増えてしまうとは一大事に違いない。
そうかそうか。

「帰る」

「待ってくださいプロデューサーさん! お話を……!」

三村が踵を返す僕の服の端を掴む。
と、ずん、と地震が来たのかと思わせる程の衝撃が身体全体を伝う。

「いいっ!?」

「きゃあ!?」

視界がくるりと入れ替わる。
気付けば、僕は仰向けに倒れていた。
背中に疼痛を感じる。

どうやら僕は、三村に渋川先生よろしくその場で『ひっくり返された』らしい。
だがそれは三村が実は合気道の達人だった、なんて衝撃的事実があった訳ではない。
僕は、もの凄い力で地面に叩きつけられたのだ。

「三村、体重計に乗ってみろ!」

「え……ええ!?」

すぐに起き上がり事務所の鍵を開ける。
急いで持って来るのはアイドルのプロフィール作成に御用達の体重計だ。
そこまで必要だとは到底思えないが、250kgまで量れる優れものである。
アメリカンな人達への配慮だろうか。


「早く!」

「は、はいっ!」

意を決してそっと体重計に爪先を乗せる三村。
ゆっくり乗っても体重は変わらないぞ。

「…………っ!」

僕と三村は言葉を失った。

そこには、プロフィールで公開されている三村の体重の、約四倍……凡そ三村の体型では考えられない数値が弾き出されていた。

「あう」

あまりにもショックだったのか、ふらり、と三村が倒れかかる。
急いで支えようと背中を抱える、が。

「うおおおおお!?」

体重計の故障という唯一の希望を破壊するかのように、とても女の子とは思えない程の重量を三村から感じる。
先ほど体重計が算出した数値は、残念ながら間違っていなかったらしい。
気を失った三村を支える僕の足ががくがくと悲鳴を上げている。

「起きろ三村! 頼むから起きてくれ! 僕の腕のために!」

……。
…………。
………………。

「お待たせ。ほら、ミルクティー」

「あ、ありがとうございます」

それから数十分後、事務所は危険、と判断した僕は近くの公園で待つよう三村に指示したのだ。

石段に腰掛けていた三村に、途中に寄ったコンビニで購入したペットボトルのミルクティーを渡し、僕も隣に座る。
コンビニで買い込んできた、計四つの大袋を下ろし三村に向き直った。

「三村……心して聞いてくれ。今、三村には良くないものが取り憑いている」

「取り憑いて……?」

出来ることならば懇切丁寧に怪異の在り方や起源なども教えたいところだが、時間がない。
少々強引でも三村には理解してもらおう。

蟹の逆なのね わかるわ

偽物語って暦くんがどーてー捨てたみたいに解釈できる描写あるよね


「象掛……きさがけと呼ばれている、拒食症の象の怪異だ。怪異ってのはお化けや妖怪の類だと思ってくれていい。象掛は主に年頃の女子に憑く。この怪異に取り憑かれると、対処をしない限り体重が倍々に増えて行く」

「ば、倍……!?」

「ああ、今量って200kgとちょっとだから……次は400kgだな」

三村の公表プロフィールの体重は52kg。
倍の倍で208kg……とは実際にはならなかったのはまぁ、そういうことだ。
三村の名誉のためにも正確な数値は伏せておこう。

場所を事務所から移したのもこの為だ。
一般的な建築物の一平方メートルあたりの最低耐荷重の基準は180kgくらいらしい。
事務所の床が三村の重みで抜けたら笑い話にはなるかも知れないが怒られるのは間違いなく僕だ。
怒った千川さんはキレた影縫さんレベルで怖いのだ。

「そ、そんな! 今のままでも辛いのに……!」

そりゃそうだ。
体重表記がkgじゃなくてtなアイドルなんて前代未聞だ。

「ともかく、一度発症するとすぐに体重は倍になっていく。早く手を打つぞ!」

「手があるんで……きゃあ!?」

「なぁっ!?」

治る手がある喜びのあまりか身を乗り出す三村だったが、その勢いと現在の重さが慣性の法則により、僕に倒れこんできた。

「三村あああぁぁぁ!! 潰れる潰れる!」

「ご、ごめんなさい!」

辛うじて支えるが、腰あたりが悲鳴をあげている。
女の子の胸へのダイブは望むところだが、さすがに200kgは洒落になっていない。

解呪の方法は確かにある。
あるが、それは三村に言えるものではない。
言ってしまったら、解答が歪んでしまう。

象掛は拒食の象を根源とした怪異だ。
恐らくは十時と動物園に行った時にでも行き遭ったと予想される。

象掛は、ものが食べられずに死亡した象の怪異。
この世に未練を遺した、言わば亡霊だ。
ひたぎの時のように、『お願い』は通用しない。
加えて厄介な事に、神原の猿の手のように『宿主と一体化する』タイプの怪異でもある。
心渡で斬り捨てたいところだが、三村本人にどんな影響があるかわからない以上は使う訳には行かない。

となれば、その未練を祓うために彼を満足させてやればいい。
象掛は宿主と同調する習性があると聞く。
要するに宿主、今は三村にひたすら食事をさせ、三村に『食べる幸せ』を感じさせることでいい。
解呪の方法を話すと解答が歪むというのはそういう理由だ。
幸せというものは決して他人に強制されるものではない。


というわけで。

「三村……これを食べるんだ」

僕は先程下ろした、中身の詰まったビニール袋四つを三村の前に掲げる。

「これは?」

先ほどコンビニで買い込んだものだ。
三村も気付いていただろうが、外見からだけでもかなりの量が入っているとわかる。

中身を広げると、あらゆる食物がその姿を現す。
パックのご飯、駄菓子、アイスクリーム、お茶、スナック菓子、フライヤーのチキンやフランクフルト、ハンバーガーやピザ、中華まんにおでん、クッキーの詰め合わせ、山程のおにぎり、菓子パンに惣菜パン、飴玉にガムにチョコレート、種々雑多なカップ麺に缶詰、と今から食糧危機でも起こると危惧している人間のようだった。
実際、手当たり次第食べ物を買って来たので店員さんにも奇異の視線で見られた。

「あ、あの、これ……」

「詳しい話をしている暇はないんだ! さあ食い尽くせ三村!」

「無理ですよこんな量!」

「大丈夫だ、今の三村はいくら食べても満腹にはならない筈だ……身に覚え、あるだろう?」

「…………! はい……最近、何を食べてもおいしくて……いくら食べてもお腹が減って……」

それが、三村が最近見かける度に何かを口にしていた理由だ。
いつも何かしら食べているイメージがあったのでちっとも違和感がなかったのは、今でこそ皮肉でしかないが。

それでも三村はアイドルだ。
自制が効かない齢でも向こう見ずな性格でもない。
ダイエット勝負だって、彼女ならばやってのけると思ったからこそ、提案したのだから。

「詳しく話す時間はないが、体重が倍になるのは怪異が顔を出し始めた証拠だ。危険であると同時にチャンスでもある。三村は今までよく我慢したよ、食べるなら今しかない」

そう、今ならば『退治』が出来る。

逆に言えば、食べる行為が怪異に通用するのは体重が倍化した今しかないのだ。
本来ならば象掛は欲望のままに食事を続け、体が先に壊れてしまう恐ろしい怪異だ。
その点で、三村は本当によく我慢した。

「ち、ちなみに食べないとどうなります?」

「体重が増え続けて、やがてはその重さに耐えきれず自壊する……」

「…………っ!!」

三村の表情が戦慄に歪む。
と、同時に地面が微かな悲鳴を上げた。
見ると、僅かではあるが土が凹んでいる。
また、三村の体重が倍化したのだ。

現在、凡そ400kg。

「食べたら、治るんですよね……?」

「ああ、保証しよう」

100%ではないが、今はそう言うしかない。

「……いただきます!」

気合を入れて手を合わせる律儀な三村だった。

良し、後は僕も言葉での誘導に努めよう。


スナック菓子の袋をパーティー開けし、掴み取りで口に入れる三村。

それを皮切りに、宴は開催された。
僕も便乗して次々と食料の包装を解いていく。

「お前は凄いよ、三村」

菓子パンをコーヒー牛乳で流し込み、箸休めにオイルサーディンをつまむ。
口直しの百円タルトは三村の手作りに比べたら駄菓子だろう。

「そんなに食べるのが好きなのに、絶妙とも言える一定の体型を維持している」

コンビニのおにぎりは日本古来のおにぎりの定義を覆した存在だ。
冷たくても美味い。

そして米にはやはりおかずが必要だ。
パックの焼き鳥やおでんとの組み合わせは鉄板と言えよう。

「僕は……そんな三村を誇りにさえ思う」

いつもは遠慮がちな甘いものへの遠慮も今日ばかりは関係ない。
チョコレートやマシュマロといった菓子類を鬼気迫る様子で次々と摂取していくその姿は、神々しくも見えた。

同時に座る三村から衝撃音。
現在、凡そ900kg。

「三村は痩せる必要なんてない。そのままの三村が、一番魅力的だ」

事務所から拝借してきたポットで作ったカップ麺をスープ代わりに、ライスと中華まんを消化する。
炭水化物の三重奏だ。

アイドルは人前でものを口にすることも制限される。
普段では絶対にあり得ない光景だった。

「それに、三村が美味しそうに何かを食べている姿は……見ていて、こっちも幸せになれる」

合間に挟むのは甘味。
だが飴玉を溶けるまで舐めるなんて悠長なことはしていられない。
今の三村にとって飴とは噛み砕くものだ。
チョコレートとガムも一緒に食べればチョコレートの油分でガムが溶けて効率がいい。

「だからさ、三村。他の皆みたいに痩せるなんて悲しいこと、言わないでくれよ」

お次はジャンクフードだ。
ハンバーガーやピザ、ポテトチップスの類をコーラで流し込む。
女の子に、ましてやアイドルにあるまじきその三村の様相は、尊いもののように見えて。

けしかけたのは暦


「自信を持て、三村かな子。お前は、全世界の体型に悩む女の子の希望だ」

いくら食べても空腹が満たされないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。

人類は、果たして何処まで進化出来るのだろう。

そんな、出処も曖昧な感無量の感情の奔流が止まらないせいか、僕の目から涙がこぼれ落ちた。

「頑張れ三村! ものを食べているお前は誰よりも美しい……それに……!」

再び大きな音が三村から発せられる。
急激な体重の増加にコンクリートに微かなヒビが入っていた。

現在、2トン弱。
そろそろ限界だ。
これ以上増えたらまずい。

「お腹のお肉が余っていない三村なんて、三村じゃねえんだよ!」

「……ひどい、プロデューサーさん……」

口の周りをクッキーの欠片で彩りながら、三村はそんなことを口走った。
無論、食事の手は止めない。

「……美味いか、三村」

「はひぃ……おいひいれふぅ……」

ぽろぽろと涙をこぼしながら三村は答える。

その涙がどんな意義を孕んでいるのか、僕には量りかねるけれど。

「あ…………」

次の瞬間、三村に纏わりついていた独特の気配が消えた。
確かめる為に、三村の腰あたりを掴んで上方向に力を入れる。
柔らかくていい感触だ。

「な、なんですかプロデューサーさん!? あはっ、く、くすぐったいですよ!」

無事、僕の力でも三村は持ち上がった。
三村が呆気に取られたような表情で僕を見下ろしている。

「あ……プロデューサーさん!」

「戻った……みたいだな」

「よ……良かった……」

下ろすと、三村は脱力してへたり込んだ。
僕も安堵の息が漏れる。

「良くやったな三村。これだけのことをやったなら、もう怖いものなんてないだろ」

「……はい」

さすがに体重とかな、とは言わない。


「なあ三村、拒食症と過食症は根源が同じ、って話、知ってるか?」

「いえ……そうなんですか?」

拒食症も過食症も症状こそ真逆に見えるようだが、その実、在り方は非常に似通っている。
よく考えれば分かることだ。

「過食は太りたくないというストレスからの背反行為。拒食は太りたくないという意識が如実に顕れたものだ」

そう、二つとも根源は『太りたくない』という場所から来ている。
最も、他に別の原因もあるだろうが今は置いておこう。

そもそも、女の子は体型を気にしすぎだと思う。
細い方がいい、なんて風潮はどこから発生したものなのだろうか。

「太りたくない、体型を維持したいから、って身体を壊していたら元も子もないよな」

「それはそうですけれど……私は」

アイドルですから、と少し寂しそうに三村は言った。
もし、三村がそこまで過敏に体型を気にしないアイドルをやっていなかったらどうなっていただろう、と想像するとちょっと怖かった。

「アイドルも普通の女の子も一緒だよ。僕が言いたいのは、食べる行為そのものは推奨されて然るべしなんだ。ご飯は美味しいからな」

「でも、やっぱり私はアイドルをやめたいとは思いません。今はすごく楽しいですし、色々な人に出逢えました」

僕もそうだ。
僕だって、三村を含めた大勢のアイドルたちと出逢えた。
この出会いは一生の糧になると胸を張って言える。

「やめなくたっていいさ。好きなだけ食べればいい」

ただし、と付け加える 。

「増えたら増えた分は動いて、元に戻せばいいだけの話だ」

「あ……」

簡単な話なのだ。
いや、実行すること自体は難しいかも知れないが、その気になれば人生なんとかなってしまうのが人間というものだ。
吸血鬼と化しておいてなんとかなってしまっている僕という最たる前例がある。

「よし、それじゃあ明日からダイエット強化週間だ! 僕も協力するぞ、三村」

「はいっ! ……あ、そ、その前に一つだけ……お願いが」

「何だ?」

「手を、貸してもらえますか……? 腰、抜けちゃって……」

顔を赤くしながら笑う三村の手を引き、タクシーに乗せると僕は帰途につく。


そして。

「ふう……」

ワイシャツのボタンを緩め安アパートの扉の前で鍵を出そうと懐に手を掛けた所で気が付いた。

そうだった、今日はひたぎがいたんだ。
すっかり忘れていた訳ではないけれど、いつもの習慣というものは恐ろしい。
ひたぎのことだ、どんな迎え方をしてきても動じないくらいの心構えはしておこう。

ドアノブに手を掛けて扉を引く。
我が家に足を踏み入れた瞬間、食欲をそそる匂いに包まれた。
玄関から見える寂れたキッチンにひたぎが立って何かを煮ている。

「あら、お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともた・わ・し?」

「……たわしって何だよ、私じゃないのか?」

「たわしで間違いないわ。たわし100%よ」

あまり使った覚えのないたわしを掲げるひたぎ。
仕事上、自炊も滅多にしないので最低限のものが置いてあるだけなのだ。

「何作ってるんだ? こんな夜中に」

「みそラーメンよ」

小腹が空いたのよ、と付け足す。
買い置きのインスタントラーメンを煮ていたらしい。

「……あげないわよ」

どう反応すべきか迷っている僕にラーメンを取られると思ったのか、そんなことをのたまうひたぎさん。

久しく忘れていた。
家に帰って誰かいる、という感覚が、まるで遠い昔のことのように感じる。

……たまには実家に戻ろうかな。

「じゃあ、もう一つ作ってくれ」

「それならいいわよ」

いつの日か、こんな光景を毎日見る日が来るのだろうか。

そんな事を夢想しながら笑いを浮かべる僕は、傍から見たら変人に映っていたのかも知れない。
ひたぎが怪訝な視線を向けていた。

ああ、こういうのも悪くない。

「ただいま、ひたぎ」



005


後日談というか、今回のオチ。

「次、腕立て三十回!」

「はっ、はいっ!」

めでたく象掛を祓い、被害を僕の財布だけで済ませた僕と三村だったが、その後遺症は過酷にも僕たちに消え難い傷跡を残していた。

何を隠そう三村の体重だ。
あの異常な体重と食欲は元に戻ったものの、祓う過程で大量に食べた分(+ケーキバイキング)が自動で差し引かれるなんて都合のいいことはなく、元の体重にプラスされる運びとなった。
かのイースト菌の女王、大原も裸足で米を食い出す程に食べた三村は現在特殊強化ダイエット週間に突入していた。
何しろこのままじゃ本当に洒落では済まなくなってしまう。
三村がデブドルとして名を馳せてしまう前に僕が何とかしてやらなければならない。
『空腹 is 親友』と描かれたTシャツを着た三村は僕の指導のもと腕立てを始める……が。

「いち……にい……さ…………ん…………ん……」

三回目で力尽きる。

「おいおい……腕立てもまともに出来ないのかよ」

「駄目よ暦、女の子に腕力なんて必要ないんだから」

箸とマイクが持てればいいのよ、なんて横槍を入れるひたぎ。
本来なら三村を言いくるめてブルマを履かせる予定だったのに……誰のお蔭で中止になったと思ってるんだ。

「なら腹筋だ! そのお腹をへこませるぞ!」

「はいっ!」

座り込み、三村の両足を両手両足でがっちり固定する。
正しい二人一組の腹筋のやり方だ。

ああ、三村の太もも、超やらかい。
ひたぎの手前、理性を総動員してなんとか飛翔してしまいそうな本能を押し留める。

「いぃ…………い……いいいぃぃ……ぃ……!」

「……おい」

「あぅ……」

が、一回の腹筋も出来ずにぱたりと倒れこむ三村。

マジかよ……。
もしかして筋肉がないんじゃないか?
三村の柔らかさを考えるとあながち間違いでもない気がしてくるから怖い。


「どうなってるんだ、このお腹……」

三村の、ちょっとだけ突き出した魅惑の腹部を突っつく。
予想通りの素晴らしい柔らかさだった。

「あひゃいっ!?」

「なるほど……ふむ、左様……」

「あはっ、あはははははっ! く、くすぐったいですよう!!」

これだと思いっきり笑った方が腹筋鍛えられるんじゃないか?

と、僕が三村いじりに傾倒していると後ろから肩を掴まれた。
首だけで振り向くと、菩薩のような笑顔を浮かべたひたぎがいた。

「楽しそうね阿良々木くん。三村さん、こんな変態に指導されても効果は薄いわよ」

ひたぎさんが静かなる殺意の波動に目覚めていた。
長年付き合ってきた僕にはわかる。
あの顔は出会ったばかりの頃の戦場ヶ原ひたぎと同様か、もしくはそれ以上の怒気を孕んでいる顔だ。
それに僕のことを阿良々木くんと呼ぶのは極端に照れているか怒っているかのどちらかである。

この場合、考察するまでもなく後者であろう。

「こ、恋人を変態呼ばわりするな!」

「担当アイドルのお腹を触って喜んでいるプロデューサーは変態ではないのかしら?」

「違う……と思うぞ」

情けないことに反論の語気は弱かった。
でも反抗する意志がある箇所だけは褒めて欲しい。
昔、母さんにも僕はやれば出来る子だって言われたじゃないか!

「そう……暦はおろか私ごときの愚か者じゃわからないのも当然ね。ここは何でも知ってる羽川さんに聞いてみましょう」

「すいませんごめんなさい! 僕はアイドルのお腹を触って喜ぶ変態野郎です!」

携帯を取り出すひたぎを全力で止める。
これ以上羽川に失望されたら生きる望みが無くなってしまうかも知れない。
僕に失うだけの望みがあるのかどうかは怪しいところだけれど。


「効果がないって、じゃあひたぎなら出来るのか? 言っておくがライブまで一ヶ月切ってる。そう簡単なことじゃないぞ」

いざとなったら少々値は張るがトレーナーさん四姉妹を召喚して地獄のシェイプアップを、と思っていたのだが。

僕の言葉なんて鼓膜にすら届いていないのか、ひたぎは笑い疲れて寝転ぶ三村を覗き込む。

「三村さん、良かったら私が過去に二週間で五キロ落とした特別メニューがあるのだけれど」

「や、やります! ください!」

「いつも阿良々木くんがお世話になっているようだし、後ほど彼にメニューをメールで送らせて貰うわ」

「ありがとうございます!」

「その代わりとは言っては何だけれど、連絡先を教えて頂戴」

「え……いいですけど」

「メル友になりましょう。そして阿良々木くんの蛮行を逐一報告して欲しいの」

「いいっ!?」

何てことだ。唯一の聖域であった仕事場にまでひたぎの手が!?

「はい、私もひたぎさんとお友達になれて嬉しいです」

癒しの笑顔で返す三村。
中々に美しい光景だったが、僕はそれどころじゃない。
僕の築き上げてきたセクハラ容認の社会的地位が……。

ひたぎはそこまでしてようやく気も済んだのか、再び腹筋をしようと四苦八苦する三村から離れ僕の元へやって来た。

「暦は、三村さんのような体型の子が好きなのかしら」

「……何だよ、浮気はしていないぞ」

「それは心配していないわ。私の知る暦は浮気する時も馬鹿正直に私に言うでしょうから」

信頼されているのか貶されているのか微妙な線だった。

「まあ……ひたぎももうちょっとふと……増えた方が可愛いんじゃないか」

どう答えるのが正解なのか、ひたぎの表情からは読み取れなかったので正直なところを言うことにする。

「そう」

と、その時は一言返しただけであった。

後日、神原から悲鳴と共に『戦場ヶ原先輩がやたら高カロリーの食事に誘って私を太らせようとしてくる』と連絡が来るのはそう遠くはない未来だったのだ。


かなこエレファント END

乙です

拙文失礼いたしました。

納期と戦っており思うように書けません。
今月の相手はダンバイン。
次は未定ですがままゆあたりの予定です。

ありがとうございました。

ままゆがくるぞ!

かなこエレファント(意味深)

スレタイで草不可避

ままゆ!!まゆ!まゆまゆ!!まゆゆゆん!!!!

まゆはヤンデレ系の怪異で確定……ここのまゆは略奪愛とかするのかな?

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