勇者「俺は殴り殴られた分だけ強くなるんだ」ぼく「……」(30)

 

 001


 勇者くんと出会ったのは、所謂始まりの町だった。
 細かく言うと、見かけたのが町。
 勇者くんは王様に任命された勇者で、ぼくは見習い魔法使いだった。

 初めて会話をしたのは、始まりの町にほど近い森だ。
 その森の入口で、勇者君は倒れていた。


ぼく「……………何に、やられたんですか」

勇者「スライムだ」

ぼく「……………」


 町周辺の出現モンスターはスライム一種。
 攻撃パターンなんてその場に止まり滅茶苦茶にブルブル震えてからの突進のみ。
 しかも突進距離は1メートルもいかない。
 攻撃後はべちゃっと広がり、露出した急所である核を隠そうとぷるぷるしながら形状を戻す。
 この戻す作業が遅いこと遅いこと。
 広がっているので核を守るゼリー状の皮膜が薄く、子供でも簡単に踏み抜く事が出来る。
 正直な話、大人なら通常状態のスライムの核を踏み抜ける。倒せる。
 その事実から、

 
ぼく「スライムは、この世界最弱のモンスターと言われています」

勇者「そうか。俺には強く感じたよ」

ぼく「…………」

ぼく「回復魔法をかけます、動かないで下さいね」

勇者「動きたくても動けないから大丈夫だ。頼む」

ぼく「ホイミ」

勇者「--助かった、ありがとう」


 ガサゴソ
スライム「」プルプルプルプルプルプル


勇者「む、スライムか」

ぼく「援護しましょうか?」

勇者「いや、いい」


勇者「俺は殴り殴られた分だけ強くなるんだ」

 
 そしてまた、勇者くんは倒れていた。
 さっきより少しだけ、傷は少なかった。





 001


 勇者くんには外で待ってもらって、
 ぼくは師匠に別れの挨拶をしに行った。


師匠「なに?旅に出る?見習いのお前がか?」

ぼく「はい。確かにぼくは見習いですが、一人にするにはとても心配に思える人が出来てしまいました」

師匠「………………」

ぼく「お世話になりました」

師匠「しばし待て、見習いよ」

ぼく「?」


 師匠は部屋の奥へ行き、すぐに戻ってきた。
 手には膨らんだ麻袋があった。

 
師匠「持って行け。中には薬草と魔法の聖水が入っている」

ぼく「え……?」

師匠「薬草は傷の手当てに、聖水はMPの回復に使え」

師匠「そしてこれは……少ないが、ゴールドだ。杖や防具の購入に役立ててくれ」

ぼく「そんな……駄目です、こんなに頂くなんて出来ません」

師匠「遠慮するな。受け取れ」

ぼく「でも、」

師匠「勇者と一緒に行くんだろう?」

ぼく「………はい」

師匠「………………」

師匠「見習いよ」

ぼく「はい、師匠」

師匠「元気でな……怪我するんじゃないぞ……辛くなったらすぐに戻ってくるんだぞ……」


 師匠は号泣していた。
 プルプル震える姿にスライムを思い出した。

 
ぼく「泣かないで下さいよ」

ぼく「師匠こそ、朝ご飯ちゃんと食べて下さいね。研究だからって夜更かしもほどほどに」

師匠「うむ、うむ……」

ぼく「では、行ってきます。道具とお金、ありがとうございました」

ぼく「お元気で、師匠」

師匠「見習いぃいいい……!!」


 むせび泣く師匠に一礼して、外に出た。


勇者「良いお師匠だな……」


 勇者くんも泣いていた。





 001


 観察していてわかった。

 
 勇者くんはとにかく突っ込む傾向がある。


ぼく「ホイミ」

勇者「……助かった。ありがとう」

ぼく「勇者くん、敵の動作を観察するのも大切だと思います」

勇者「……動作の観察か……わかった。次回挑戦してみる」


ぼく「頑張って下さい」





 結果。勇者くんは、敵の動作をじっと見て、把握して--殴られた。



ぼく「ホイミ」

勇者「……助かった、ありがとう」

ぼく「殴られるのがわかってて何で殴られるんですか」

勇者「え、あ、す、すまん。身体が回避行動に移れなかった」

 
ぼく「今まで避けていた攻撃にも当たりましたよね」

勇者「む、むむ……」

ぼく「何故ですか?」

勇者「……俺は、殴り殴られた分、強くなる」

ぼく「出会った時に聞きました」

勇者「俺は……考えるより感じろ派だ。戦闘は直感だけで動くタイプだ」

ぼく「馬鹿って事ですか?」

勇者「馬鹿って事だな」

ぼく「…………」

勇者「…………」

ぼく「わかりました。勇者くんの戦闘スタイルについてとやかく言うのはやめます」

勇者「すまんな」

ぼく「いえ、ぼくこそ。後衛がでしゃばりました。すみません」

ぼく「ぼくも、ぼくなりに頑張ります。勇者くんをサポートするのがぼくの役目ですから」

 
 001


 ぼくは強くなった。
 勇者くんはスライムと死闘を繰り広げていたとは思えない程強くなった。


勇者「旅も終わりが近いな」

ぼく「そうですね」

勇者「遠くに見える、魔王城。あの城が、旅の最終目的地」

ぼく「あの城にいる魔王を倒せば、旅は終わる」

ぼく「世界は平和になる、というわけですか」

勇者「そうだな」

ぼく「…………」

勇者「…………」

勇者「少し早いが、今日はここで休もう」

勇者「こうしてゆっくり休めるのは、これが最後かもしれないからな」

ぼく「そうですね」

 

勇者「…………」

ぼく「…………」


勇者「訊いていいか?」

ぼく「いいですよ」

勇者「何故俺について来てくれた?」

ぼく「心配だったからです。スライムにすら負けていたので」

勇者「俺が弱かったから、というわけか?」

ぼく「どうですかね、もう少し強かったとしても、ついていったと思います」

勇者「何故だ?」

ぼく「心配だったからです」

勇者「今はどうだ?俺は強くなったぞ」

ぼく「そうですね、強くなった」

ぼく「殴り殴られ、何時しか殴られなくなった」

ぼく「殴られる事で磨いていたのは、直感なんですね。今の勇者くんなら、初見の相手でも無傷で倒せる」

ぼく「例え魔王でも。ぼくのサポートがあれば」

勇者「俺一人では心配か」

ぼく「心配ではないです。勇者くん、強いですもん」

ぼく「今は、ただ単にぼくが勇者くんと一緒にいたいから」

ぼく「それが答えです。今、君についていく、答え」

勇者「そうか」

ぼく「質問は終わりですか?」

勇者「終わりだ」

ぼく「そうですか」

勇者「お前からは何か無いのか?」

ぼく「何か、と言いますと?」

勇者「俺に対しての質問」

ぼく「…………特に無いですね」

勇者「そうか」

 旅の終わりが近い。
 最終決戦は、もうすぐ。

 
 001


 勇者くんは強い。
 滅茶苦茶に強い。


魔王「ふはははは!よく来たな勇者よ!」


 一直線に突っ込むのは変わらない。


ぼく「ピオラ、バイキルト」


 だから、素早さと攻撃力の上昇。


勇者「…………」


 勇者くんは斬りつける。


魔王「まぁ落ちつけ、そう死に急ぐことは--」

ぼく「ルカニ、ボミエ」

 
 ぼくの役目は勇者くんのサポート。
 相手の素早さと守備力を下げる。


勇者「………………」


 勇者くんの剣は、ぼくの目には追えない。


魔王「死に急ぐことは、ない!私を怒らせるなよ、」

勇者「……………」


 あ、魔王の血も赤いのか。
 血飛沫が雨のようだ。


魔王「おのれ、おのれおのれおのれぇええええ!!!!」

魔王「勇者ああああああああああ!!!!」


 魔王が怒った。
 魔法がくる。


ぼく「マホカンタ」

 
 魔法なら、ぼくが跳ね返す。 


魔王「ぐわあああああああ!!」


 爆発が魔王に跳ね返った。
 おそらく、イオグランデ。


勇者「とどめだ」

魔王「!!」


 魔王の攻撃は、勇者くんには届かない。
 最後まで、絶対。
 勇者くんの研ぎ澄まされた直感は、相手の行動を予測する。
 いや、予測ではない。
 正しくは、確定の行動だ。
 外れることの無い、数瞬先の未来予知。
 殴り倒された経験が身体に積み重なり、
 気付けば身体が殴り倒される事を予測し始めて、
 最後は、予測が予知に変わる。

 勇者くんは強くなった。
 殴り殴られた分だけ強くなる。
 宣言通りに、魔王すらも楽に倒してみせるまで。

 
ぼく「お疲れ様です」

勇者「…………」


 痴溜まりに沈んだ魔王は動かない。
 怪我はないであろう、勇者にぼくは駆け寄った。


ぼく「勇者くん」


 勇者くんが振り返る。
 返り血を浴びた勇者くんの顔は、真っ赤だった。


ぼく「顔を拭かせて下さい。血がついています」

勇者「ああ、頼む」

ぼく「…………」

勇者「魔法使い」

ぼく「何ですか?」

勇者「魔王を倒したぞ」

ぼく「そうですね。--終わりました。少しはマシになったと思います」

 
勇者「ありがとう」

ぼく「どういたしまして」

勇者「魔法使い」

ぼく「何ですか?」

勇者「魔王を倒したぞ」

ぼく「そうですね」

勇者「他に何か無いのか?」

ぼく「ありますよ」

ぼく「魔王は倒れました。勇者くんは、世界を救った英雄です」

ぼく「もう気軽に勇者くんなんて呼べなくなりますね」

勇者「勇者くんでいい」

ぼく「いいんですか?」

勇者「勇者くんがいい」

ぼく「わかりました」

勇者「……魔法使い」

 
ぼく「何ですか?」

勇者「魔王を倒したぞ」

ぼく「そうですね」

勇者「クリアだ」

ぼく「そうですね。国王から承った任務は完遂しました」

勇者「クリアした」

勇者「クリアしてしまった」

ぼく「そうですね」

ぼく「旅は終わりです。寂しくなりますね」

勇者「ああ、そうだな」


 勇者くんは、頷き。
 少しだけ、笑って、言った。


勇者「終わりは、寂しいな」


 その世界はそれで終わり。

 

 002

 少し前、隣国から勇者が旅立ったという噂を耳にした。
 ぼくは町の魔法使い。
 魔法薬を売る小さな店を開いていた。


町の子供「魔法使いさん!大変大変!」

ぼく「どうしたんですか?そんなに慌てて」

町の子供「勇者さまが来たよ!」

ぼく「勇者、さま?」

町の子供「ほら!勇者さま!!こっちこっち!」

ぼく「?」

勇者「魔法薬を売る店はここか」


 記憶にある勇者くんそのままの人が、そこにはいた。


ぼく「……はい、ここです」

勇者「薬草を含め……旅に役立つ物をいくつか欲しい」

 
町の子供「魔法使いさん、なんとか安く出来ない?勇者さま、あまりお金を持っていないの」

勇者「う、」

町の子供「お宿に泊まったら、道具が買えなくなっちゃうんだって。だから今日は野宿で」

勇者「うう、」

町の子供「道具を買ったらすぐ行っちゃうんだって」

ぼく「…………」

町の子供「勇者さま、疲れてるのに、」

町の子供「泊まるお金が無いなんて、可哀想」

ぼく「…………」

勇者「…………今の話は、聞かなかったことにしてくれ。正規の値段で頼む」

ぼく「…………あの、もし差し支えなければ、」

ぼく「ぼくの家に泊まっていかれますか?」

勇者「!!」
町の子供「魔法使いさん!ほんと!?ほんとにいいの!?」

ぼく「部屋は余っているので、一人分の寝床には充分足りるかと」

町の子供「やったああ!!良かったね勇者さま!良かったね!!これでゆっくり休めるね!」

勇者「いや、その……流石に、悪いというか」

ぼく「ぼくは構いませんが」

町の子供「ほら!魔法使いさんも大丈夫って言ってる!泊まろうよ!ね!ね!?」

勇者「…………う、」

町の子供「勇者さま~!」

勇者「すまない、よろしく……頼む」

町の子供「やったあああ!!」



 その日の夜。
 話してくれた、勇者くんと町の子供との出会いに、ぼくは笑ってしまった。



勇者「郊外の森で倒れていた所を、子供に発見された」

ぼく「倒れていた、というと……何かあったんですか?」

勇者「3匹のスライムに囲まれてな、なんとか勝ったが、力尽きた」

ぼく「…………スライムとは、その……世界最弱といわれる、あの、」

 
勇者「あのスライム、で合っている。最弱と言うが、俺には強く感じた」

ぼく「そうですか」

勇者「…………」

ぼく「…………」

勇者「倒れていた俺は、子供にまで心配をかけたらしい」

勇者「起き上がれる程に回復するまでずっと側にいてくれていた」

勇者「途中スライムが現れたんだが、子供が倒してしまった」

勇者「今時の子供はメラが使えるのか、驚いたよ」

ぼく「あの子は魔法使いの家系ですので」

勇者「そうか」

ぼく「……それで、仲良くなったと?」

勇者「そうだ。口は動いたからな」

勇者「……話さない方がいいであろう事も話してしまった」

ぼく「すみません……あの子、ぐいぐい訊くタイプなので」

勇者「いや、その、迷惑だったわけじゃなく……こうして、魔法使い殿の家に泊めてもらえる事に繋がったわけだし」

紫煙

殴られなかったら弱くなる...ということか?

おもしろそう

 
勇者「……すまんな、いきなり泊まる事に、おまけに夕御飯までご馳走になった」

ぼく「いえ。部屋が余っているのは本当ですし、」

ぼく「ぼくは、一人暮らしなので。久しぶりに誰かとご飯を食べました」

ぼく「楽しかったです、君を泊める事になって良かったと思います」

勇者「……………」

勇者「子供が、言ったんだ」

勇者「『お母さんは、犬猫を拾って帰ると、凄く怒る』」

勇者「『でも、一度関わった案件を放り投げるのは、家の教えに反する』」

勇者「だから子供は……俺のために必死に考えて、……お人好しな魔法使い殿に……押し付ける、と言えば語弊があるが、」

ぼく「ふふっ、君は犬猫なんですね」

勇者「そのようだ」

ぼく「ぼくはお人好しと思われていたわけですか」

勇者「俺も、そう思う」

ぼく「否定する事は難しそうです」

ぼく「…………」

 
ぼく「明日は早いと聞きました」

ぼく「お疲れのはずなのに、ぼくとの会話に長く付き合わせるのは申し訳無いです」

ぼく「お部屋に案内します」

勇者「すまない、頼む」

ぼく「いえ。広くは無いですが、掃除は行き届いていると思います。ゆっくりとお休み下さい」

勇者「わかった。ありがとう」


 勇者くんを部屋に送り、


ぼく「……………」


 ぼくは店を閉める準備を始めた。




 翌日。早朝。

ぼく「おはようございます」

勇者「おはよう」

 
ぼく「よく眠れましたか?」

勇者「ああ。眠れた」

ぼく「それは良かった」

ぼく「朝ご飯にしましょう。作りました」

勇者「……お言葉に甘えさせてもらう」

勇者「早いな、何時もこの時間に起きているのか?」

ぼく「そうですね。朝日が昇ると目が覚めてしまうので」

勇者「そうか」

勇者「ところで、魔法使い殿」

ぼく「なんでしょうか」

勇者「室内の様子が、昨晩から大きく変わっているように見えるのだが」

ぼく「ああ、変わってますね。昨晩店を閉める準備をしていたので」

勇者「店を、閉める?」

ぼく「はい。閉めます。店の主がいなくなってしまうので」

勇者「何か、あったのか?」

 
ぼく「…………」

ぼく「ぼくは魔法使いです。回復、攻撃、補助、状態異常、大抵の魔法は習得、または習得可能です」

ぼく「ぼくも一緒に連れて行って下さい、勇者様」

勇者「!!」

ぼく「回復魔法を使えるぼくは、旅の間とても役に立つと思います」

勇者「危険な旅だ」

ぼく「存じています」

勇者「知っていて、何故俺に、」

ぼく「君を一人にするには、心配です」

勇者「俺が心配だと」

ぼく「心配です。スライムに負けたと聞いたからには」

勇者「負けてはいない。勝った」

ぼく「そうでしたね、失礼しました」

勇者「……俺としては、」

ぼく「…………」

 
勇者「魔法使い殿が一緒となれば、とても助かる。有り難いと思う」

ぼく「では、同行を許可すると」

勇者「…………すまない、不甲斐ない所を見せたばっかりに」

勇者「俺は、許可と言える身分ではない。……魔法使い殿、同行を、頼めるだろうか」

ぼく「はい。よろしくお願いします。勇者様」

勇者「…………」

勇者「魔法使い殿」

ぼく「はい」

勇者「その……勇者『様』というのをやめて頂けないだろうか」

ぼく「ならば、勇者くん、でいかがでしょう」

勇者「…………それでいい、頼む」

ぼく「わかりました」

ぼく「勇者くんも、ぼくの事は魔法使いと呼び捨てにして頂けると」

勇者「わかった」

ぼく「では、改めてまして」

 
ぼく「ふつつか者ですが、よろしくお願いします。勇者くん」

勇者「こちらこそ、まだまだ不甲斐ないが、よろしく。魔法使い」


 こうしてぼくは、また勇者くんと旅をすることになった。
 何故ぼくに、勇者くんと旅をした覚えのない記憶があるかはわからない。
 けれど、勇者くんの隣に立つのは、何故かとてもしっくりきた。
 まるで、勇者くんの隣にいるのが正しくて、当たり前のような。そんな気がした。





 002


ぼく「勇者くんの戦闘スタイルは面白いですね」

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