モバP「アイドルと、銃口と」(96)

窓の外には雨が見える。
か細い筋が何本も何本も浮かんでは消えてを繰り返す。

俺はといえば、薄暗い事務所の壁にもたれかかり、床にへたり込んでいる。
大の大人が、まるで怯えた仔鹿のように力なく。
まるですがりつくように、壁に身を預けている。

独り立ちして何年も経つ。
いっぱしの社会人として、『大人』というやつにもなれてきた頃合だと思っていた。
酒や煙草の美味さ、週末の夜の幸福感。
そんなものもわかってきた年頃だと。

それでも

銃口を俺に向ける少女を前に、そんなものは何の役にも立たなかったのだ。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371285176

注意
原作内容と異なるオリジナル設定あり。
途中経過であれこれとある可能性があるので、許容できない方は読まない方がいいかもしれません。



「それ、よくできてるな……。だけど、こっちに向けるのは止めてくれないか」

自分でもわかるくらいに腑抜けた声。
口から出る台詞は小刻みに震え、ところどころ裏返ってしまっていた。

彼女の後ろにテーブルが見える。
その上に広がる茶褐色の液体、きらきらと光る陶器の破片も。

つい数分前のことだった。
彼女は突然、銃を俺に向け、発砲した。

幸い、目の前にあったローテーブルに着弾したのだが、彼女の手に握られたそれの脅威を知らせるには十二分だった。

テーブルの木目は深々とえぐれ、コーヒーカップとソーサーは目の前で弾け飛んだ。
兆弾はソファに突き刺さり、破片のいくつかは頬を掠めた。

こんな映画のような出来事は夢であって欲しかったのだが、そうはいかないらしい。
頬に滲む赤と、その疼痛はがこれは現実なのだと知らせていた。

チャカを入手できそうなアイドル……

>4巴だな

「避けないで欲しかったナ。それが、プロデューサーにとって一番賢い選択だと思うヨ」

そういうと少女はもう一度、調整するように銃口をこちらへと向け直す。
黒く、重く、鈍い光を纏った鉄の塊。
その中心に、まるで深遠にでも通じているかのような穴が見える。
間違いなく、この銃口は俺を殺す準備ができている。

「今度は、ジッとしていてネ?痛くはしないカラ」

褐色の肌に黒く長いまつげが影を落とす。
口角が上がり、肉感のある唇が薄く伸びていく。

普段と同じような笑顔で彼女は引き金に指をかけた。

彼女も俺を殺す準備ができたらしい。

何があったねん奈多郎……

ナ太郎かと思った? ffダヨー

彼女は両腕でしっかりと銃を支えると、引き金を引く。
細くはあるが、しなやかな筋肉に力が入っていくのがわかる。
彼女の白いワンピースから覗く足にも力が入る。

その一瞬の間ではあったが、彼女の後ろでがちゃりと玄関のドアが開いた。
「ただいま戻りましたにゃー!あれれ?誰もいないのかにゃ?」



彼女の意識が一瞬、背後に逸れる。

その隙に壁を思い切り突き飛ばし、その反動で跳ね起きる。
そして、彼女の視線が再びこちらに戻る前に彼女を突き飛ばす。
彼女の身体は羽のように軽かった。


生存本能とでも言うのだろうか。

震える足腰、回らない頭。
そんな状況下でも無意識のうちに一連の行動を流れるように行うことができた。

「え、え?Pチャン?これって……」

入り口で困惑する少女の手を取り、全速力で階段を駆け下りる。

壁際まで思い切り突き飛ばしてやったのだ。
簡単には追いつけないだろう。

とりあえず、導入部終わりです。
これから本編に入ります。



職業は芸能事務所のアイドル部プロデューサー。
もう少し詳しく言うのであれば、中小芸能事務所のアイドル部プロデューサー兼マネージャー。

企画関連のプロデューサー業から、所属アイドルのスケジュール管理からスカウト、オーディションまでをこなす。

最近は仕事の調子も良く、事務所の業績も緩やかに右肩上がり。
かといって、大手のプロダクションを脅かすには少し時間が掛かるだろう。

給料にしても、いくらかのボーナスを支給されたものの高給取りとはとても言い難い。

仕事上の人間関係も概ね良好。強いて言うなら二件となりの飼い猫に嫌われている程度だ。
痴情の縺れも特になし。悲しいかなこの数年間は彼女の一人もいない。

そう、それこそ命を狙われる謂れなどどこにもないはずだ。

社会的な地位にしても、出自にしても金銭的な理由にしても。


ましてや、日々ともに活動するアイドルにこの命を狙われるなんて露程も思わなかった。

「Pチャン?話聞いてる?」

事務所の階段を転がり落ちるように外へ出た。
多少の雨が降っていたが、運よくすぐにタクシーを拾うことができた。
そのおかげで、然程濡れる事もなかった。

「ねぇ、Pチャン!」

隣に座る少女が俺の耳を引っ張りながら、大きな声でそういった。

「ああ、聞こえてる。話はもう少ししてからだ。俺にも何がなんだかわからない」

妙な客を拾ってしまったと思っているのだろう。
タクシーの運転手は怪訝そうに顔をしかめた。


だが、俺には関係ないことだ。
まずは、一刻も早く、少しでも事務所から離れる。

それが今最優先で考えるべき事なのだ。

今日はここまでになりそうです



どうしてこうなった

ところどころチープな表現が気になるかな
地の文は斜め読みすればいいだけだけど

(キリッ

(ドヤァ

ご指摘ありがとうございます。
何分、サスペンスっぽい描写や三人称ではない地の文が初めてなので……。

このSS書き上げる頃には上達してるといいなと思います。

---

「ありがとうございます。このあたりで降ろしてください」

タクシーで30分と少しのところまで来た。
駅前の商店街。
ここならば、人通りもそれなりに多く滅多なことはできないだろう。
少なくとも銃を抜くことはまずできないはずだ。

「ねぇ、Pチャン?そろそろ教えて欲しいにゃ」

前川みくは俺に続いてタクシーから降りると特徴的な口調で尋ねた。

落ち着いた茶色のボブカットヘアにゆったりとしたワンピースとカーディガン。
まだ女子高生だというのに、発育しきった胸部にあどけなさを残した顔立ち。
その輪郭に収まる猫のような大きな目は普段ならば、溌剌と輝いているのだが、今は困惑の色に染まっている。
そのせいなのか、今も俺のシャツを、ついとつまんで軽くひっぱている

「ナターリアに銃で撃たれた。理由は俺もわからん」

周囲をニ、三度見回し誰にも聞こえないように彼女に耳打ちをした。


「はぁ?Pチャンは何言ってるのにゃ?映画じゃああるまいし……」

みくは眉間に皺を寄せ、やや大きな声でそういった。
心底呆れたような表情で。


彼女とは日ごろからイタズラをしあう仲なのだがそれが裏目に出たらしい。
信じてもらえるまじっくりと話す必要がありそうだ。


俺はみくの手を引くとひとまず、ゆっくりと話せる場所を探す事にした。

商店街の近くで降りてよかった。
通路の天井を覆うルーフのお陰で、この雨の中でも濡れる事もなさそうだ。

「ふんふん、なるほどにゃあ……」

みくは腕を組み、わざとらしく数回頷いた。

営業から戻り、事務所のソファに腰掛けてコーヒーを飲んでいた。
そして事務所のアイドルに突然、銃で撃たれた。
何がなんだかわからないまま判反射的に逃げてきて今に至る。

寂れた喫茶店の一画、新聞を広げる老人が一人カウンター席に座っているのが見える。


俺の視点から事務所で起きたことの全てをみくに話したのだが、どうやら信じてくれていないようだ。
彼女はずずず、とストローで音を立てながらメロンソーダを飲み干した。

「まぁ、よくできた花しだにゃーって、いうのが感想かな?」
みくは両手の平を上に向けると思い切り伸びをした。

「でも、それが本当ならいろいろとまずいんじゃないかにゃ?」

俺の顔を下から覗きながら彼女は、にやりと意地悪げに微笑んだ。

「どういうことだ?」

背中に嫌な汗が流れる。
事務所から離れようと必死になるあまり、思考を放棄していたことは否定ができない。
よくよく考えてみれば、事務所であれだけのことがあったのだ。
その後に起こり得ることは、おおよそ検討がつく……。

むしろ、何故すぐにそれに気がつかなかったのか。

「だって、日中の事務所を舞台にしちゃってるんだよ?」

みくは手元のグラスに刺さったストローでグラスをかき混ぜ始めた。

「すぐに誰かが帰ってきて……」

彼女の言葉がスローに聞こえる。
聞くのを恐れていた可能性をゆっくりと。

「鉢合わせしちゃうんじゃないかにゃ?」

目の前に突きつけられた。

慌てて懐から携帯電話を取り出し、電話帳から「千川ちひろ」と書かれた番号を選びだす。

所属アイドルのスケジュールは把握している。
普段は忙しさのあまり恨めしくもなるスケジュール管理の職務が功を奏した。
今日仕事のあるアイドルはこの時間は出払っている。

もし、ナターリアとの鉢合わせがあるとしたら事務員のちひろさん以外にはありえないだろう。

1コール、2コール。
電子音の間隔が随分と長く感じる。
早く出てくれと思えば思うほどに。

「はい、千川です。」

5コール目で彼女への電話は繋がった。

「ちひろさん、今どこにいるんですか?」

「ええと、事務所の前にいるんですが……」

「事務所には入らないで、すぐにそこから離れてください!」

目の前ではみくが目を白黒とさせている。
思わず、大きな声を出してしまった。
カウンター席の老人もこちらをじっと見ている。

「話は後でします。だからそこからすぐに離れてください」

電話に手をあて、努めて静かに話す。

「いえ、入るも何も……。」

電話越しのちひろさんの声は酷く困惑しているようだった。

「事務所の入り口が封鎖されているんです。黄色いテープと、張り紙で……」

「え……?」

予想外の自体に、俺は声を失うしかなかった。

「ええと、差押って書いてありますね。立ち入りを禁ずるとも書いてあります」

差押?何のことだ?
事務所の経営については詳しくはないが、少なくとも最近は良い傾向だったはずだ。

業績の改善と、職務の成果を理由に賞与の支給もあったし、備品の新調も増えていた。

「イタズラでしょうか?一応、中に入ってみましょうか?」

電話越しにちひろさんが尋ねてくる。
ナターリアがまだ事務所にいる可能性もある。事務所にちひろさんを入れるのは得策ではない。

「いえ、大丈夫です。俺も一度そっちに行きますから、それまでは人通りの多いところにいてください」

やっとの思いで逃げ出した事務所にとんぼ返りをするのは気が進まないがやむをえないだろう。
一応、事務所への嫌がらせあるいはイタズラがあったという口実で警察を伴って出向けば何とかなるはずだ。


「わかりました。でも、人通りの多いところですか?どうして……」

「後できちんと説明しますから、今は俺のいう事に従ってください」

「わかりました……」

納得はしていないような声だったが、わかってはくれたようだ。


「あと、ナターリアはいますか?」

「ナターリアちゃんですか?それどころか誰もいませんよ?」

「……わかりました。それでは気をつけてください」


「ええ?わかりました」


電話をきると、画面の時刻表示は午後3時48分を示していた。
それだけを確認して、俺は懐へと携帯をしまいこんだ。

ここで中断します。
駄文失礼しました。
昨日のようなアドバイスもお気軽にどうぞ。



時計の針は午後8時を指している。
日中、降り続いた雨も上がっていた。

窓の外には仕事を終えた人々が傘を抱えて家路についているのが見える。


「プロデューサーさん……。明日からどうしましょうか……」

とある喫茶店の奥まった席で、ちひろさんはうなだれていた。
両手をテーブルについて、がっくりと肩を落とす。

「どうしようもないでしょう。こうなってしまった以上は仕事もできないでしょうし……」

正直なところ、居酒屋にでも直行したい気分だった。
アルコールで洗い流しでもしなければ、やってらいられない。
恐らく誰だってそう思うし、仮に今俺がそうしたとしても批判を浴びる事はないのではないだろうか。


「借金に詐欺、ついでに横領ねぇ……」

前髪で顔が隠れるくらいに落ち込んだ彼女を前に、俺は所在なさげに営業用のメモ帳をボールペンで塗りつぶしたりしていた。

事務所の貼られた差押の張り紙とテープ。
それらは、イタズラでもなんでもなかった。


ちひろさんへの電話を切った後で警察を伴い事務所へと出向いた。
雨に濡れたアスファルトの濃いグレー。
事務所へと続く薄暗い階段。

それらは事務所の入り口に張られた鮮やかな黄色を俺の脳裏に鮮明に焼き付けた。
ドアのとってを使い器用に結ばれたテープとドアに張られた一枚の張り紙をしばらくの間は忘れられそうにはない。


警察から知らされたいくつかの事実。

社長には多額の借金があったこと。
それを補うためなのか、営業と称して詐欺を働いていたこと。
そして、事務所の利益にも手をつけていたこと。

そして、その社長は行方をくらませている事。

それらが俺達に突きつけられた現実だった。
あまりにも唐突に、あまりにも不条理に。

アイドルを含め、従業員の全てが一瞬でよりどころをなくした。

この事実は明日の朝には新聞に載るだろうし、週刊誌も放っては置かないだろう。
社会のほぼ全てから信頼を失うのだ。もうこの事務所は死んだも同然といってもいい。

仮に、もしも奇跡的に社会が我々を迎え入れてくれたとする。
社長の罪は社長のものであり、俺達従業員は無関係である、と。

それでも、俺達には何もない。
性質が悪いことに、社長は自分の名義と会社の名義で多額の借金をしていたのだ。

事務所の備品をはじめ、会社の資産はほぼ全てがその返済に充てられるのだ。
そのあとには何も残らない。

両手足をもがれた状況よりもなお悪い。

現状、俺達にできることはなにもない。

「まぁ、アイドル達には一通り連絡が取れたってだけでも良しとしましょう」

「泣いちゃった子もいましたけどね……」

ちひろさんはゆっくりと顔を上げる。
目元が腫れぼったくなっているし、よくよく注意してみると目も赤い。

『泣いちゃった子』には、ちひろさんも含まれるのだろう。

光り輝くステージ、そしてスターダムへと至る道。
それら全てが忽然と目の前から消えてなくなったのだ。

それどころか、どぶ川にも等しいような現実へと突き落とされたのだ。
見ず知らずのところで行われた汚い大人の所業が、純粋な少女の夢を刈り取ってしまうような世界。
それが、本当の現実なのだ。

本当の現実。
もうひとつ、見過ごせない現実があるのだがそちらは何の手がかりもなかった。

ちひろさんにも言ったとおり、『一通り』のアイドルとは連絡をとることができた。

そう『一通り』のアイドルには。

その中には昼間、俺に向けて突然発砲した彼女は含まれていない。
携帯もつながらない。一言で言ってしまえば音信不通なのだ。

頬にゆっくりと手を沿わせると、硬い筋が感じられる。
彼女の発砲の際に負ったかすり傷。

血は止まっていたが、それでもずきずきとした痛みがあるように感じる。

それは、まるで目の前の現実から目を背けぬように、俺の意識へと呼びかけているようだった。



今日はここまでです。
ありがとうございました。

あー……
撃たれてもしょうがないかなー

無理心中?



けたたましく響く電子音に目が覚めた。
その音を止めようと枕元へと伸ばした手が空を切る。

寝ぼけた頭には聞き慣れた目覚ましの音ととの区別が難しかったのだ。

のっそりと、まるで冬眠から覚めた熊のように起き上がる。
そしてゆっくりと部屋を見渡した。

窓から差し込む朝日は見覚えのない家具たちを照らしていた。


そうだ。昨日は部屋には戻らなかったんだった。
ちひろさんを駅に送った後でビジネスホテルに泊まった事を思い出した。

万が一、ということもある。
ナターリアの行方がわからない以上、慣れ親しんだ部屋には戻れなかった。

彼女を部屋に招いた事はないのだが、予測される危険は避けるべきだという判断だった。

現在の時刻は午前8時過ぎ。
普段ならば、7時前には家を出る。
仕事へと向かわなければならないからだ。

しかし、今の俺にはその必要はない。

向かうべき事務所はどこにもないのだから。


昨夜、ちひろさんと喫茶店に入ったのは今後の事を話し合うためだった。

当初は二人とも話し合いどころではない程には憔悴していたのだが、大人の俺達が踏ん張らなければならないということで何とか持ち直した。

互いに無理をしているのははっきりとわかったのだが、そこに触れるような無粋なマネはしなかった。
この状況下で余計な労力を使うなど、愚の骨頂なのだから。

前川……ヒロインポジではやはりなかったか

身体もろくに拭かずにバスルームを出る。
適温に調整された空調が心地よかった。


「とりあえず、やるべきことはやらないと、な」

俺は湿った前髪を頭頂部へと掻き揚げると、ベッドの上に無造作に放られていた携帯を手に取った。


なにもできないなりにもするべきことがある。
それが俺達大人の役回りなのだから。

---

「……、というわけ我らがモバマスプロは無期限で活動を休止する」

何人かの少女達の前で、努めて冷静にことのあらましを説明した。
もちろん、彼女達への負担が最小限で済むように全ては伝えてはいない。


例えば、社長が犯罪に手を染めていた事。
例えば、今後、これまでのようにスターダムを目指すことが限りなく困難になった事。


例えば


彼女達の仲間が一人行方不明であること。
そして、彼女は俺に殺意を向け、実際に実行にまで移していた事。


年端もいかない少女達には知る必要のないことが多すぎたのだ。

社長は多額の借金を抱えていた。
そして、この事務所にも借金があった。
事務所は金策のためにしばらくは使えない。
だが、代わりの事務所が見つかれば、すぐにでも活動を再開する。


自分達の事務所が破産しかかっている。それは彼女達にとって、それなりにショッキングな出来事ではあるだろう。
それでも、最小限のダメージで現状に納得してもらうには、そう説明するしかなかった。

幸か不幸か我が事務所、モバマスプロダクションへの社会の関心は低かったらしい。
社長の汚職等という不祥事があったにも関わらず、メディアは然程騒ぎはしなかった。


だからこそ、彼女達にはフィルターを通して不必要な情報を排除しながら、ことのあらましを伝えることができたのだ。

「ふう……」

会議室を去るアイドル達の背中を見送ったあと、大きなため息とともに俺はパイプチェアへと崩れこんだ。
平静を装い、説明を続けることがこんなにも心身を消耗するものだとは思っても見なかった。


俺の話に一通り納得し、「頑張りましょう」といった旨の言葉を掛けてくれたアイドルもいれば、俺の手を握り気遣ってくれるアイドルもいた。

だが、全員が全員、俺の説明に納得したわけではなかったようだ。

例えば、晶葉はその小さな身体には似つかわしくないような鋭い目つきで「助手よ、私に嘘はついていないな?」と詰め寄ってきた。
その目つきは、彼女が研究に勤しむ際に度々見せるそれによく似ていた。

実験に潜む失敗の原因や、論理のほつれを暴こうと思索する。
そんなときにする目つきだった。

「ああ、ついていない」
そう返すと、彼女は「ならばいいんだ」と一拍ほど置いて答えて部屋を後にした。

彼女の後姿からは顎に手をあて、何かを考えている様が見て取れた。

今日はここで一度切ります。
区切りいいところまで書きたかったです。

がんばって。期待してます

その他にも、何人かのアイドルには詰め寄られかけたのだが、そこはちひろさんや各アイドル達が上手く対応してくれた。

凛は不機嫌そうな顔をしていたが、未央と卯月に手を引かれ会議室を後にした。
重くどんよりとした雰囲気にあてられた年少組みのアイドル達は楓さんや早苗さんをはじめとする年長者がなだめてくれた。

そうして一人、また一人とモバマスプロの面々は会議室を後にしたのだった。

二人だけを除いて。

「おい、話はもう終わったぞ?帰らなくていいのか?」

みくは長机に肩肘をつき、ぼーっと虚空を見つめていた。
どうやら、こちらの声には気がついていないらしい。

「なあ、聞こえてるか?」

彼女の肩を叩きながら再び、尋ねる。すると、びくんと彼女の身体が反応した。

「Pチャン、驚かせないで欲しいにゃ。大丈夫、聞いてるよ!」

彼女はやや大げさに口を開けてそう答えた。溌剌とした表情に見えるのだが、口角が僅かに引きつっている。

「Pチャン?一個だけ聞いてもいいかにゃ?」

「いいぞ。何でも答えてやる」


彼女は、この場で伏せていた事実を唯一知るアイドルなのだ。
だからこそ、彼女には逸れ相応の対応が必要になる。

その覚悟はしていた。
それでも、一瞬表情がこわばりかけた。


「昨日のことって、冗談……だよね?」


予測どおりの質問だった。既に答えは用意してある。

「ああ、昨日のあれはナターリアに協力してもらったイタズラだよ」

間を空けぬように、すぐさま彼女の質問に答える。
スーツの裏では冷や汗がシャツを濡らした。

「じゃあ、なんでナターリアは今日、ここに来てないのかにゃ?」

「ナターリアだけじゃないだろう?それは。ことがことだからな。ここに来る事を止められているやつらもいるさ」


ある意味当然なのかもしれない。
不祥事を起こした事務所に娘を預けようとは思わない親御さんがいてもおかしくはない。
むしろ、数人を除いてみんな集まってくれたことが奇跡的なのだ。

流石に未成年のアイドルの親には報告義務がある。
だからこそ、昨夜のうちに彼女達への連絡に先立って先刻、彼女達に話した内容を親御さんには連絡してあった。

夜分であったことに加え、内容が内容だっただけに胃が痛んだ事は言うまでもないだろう。

「……そっか。そうだよね。うん、わかったにゃ。じゃあね、Pチャン」

「何かあったら、いや、何もなくてもいい。いつでも連絡してくれよ」


彼女は了解の返事をすると早足で会議室を後にした。



アイドル達は全員会議室を去った。
ちひろさんは飲み物を買いに行ってくれている。今後のことを話しあわなければならない。
もちろん会議室のレンタル時間はその時間も勘定に入れて設定していた。

「お疲れ様じゃのう、Pよ」


パイプ椅子に沈み込み、床へと落としていた視線をあげるとそこには、黒のスカジャンを羽織った一人の少女が立っていた。

「巴……、いつからそこにいた?」

「いつから、か。酷いのう、Pは。ずっと目の前に居ったじゃろうが」

彼女は赤銅色の髪を掻き揚げながらそう答えた。細い指が彼女の髪をゆっくりと分け入っていく。

会議室に誰もいなくなったことは、ちひろさんと確認したはずだった。
それなのに、どこからか現れた小さな少女に不意を疲れてしまった。

平静を装う準備もとれずに、驚愕に表情が崩れているのを自分で感じられた。


「まぁ、そんなことはどうでもええ。本題はこっちじゃけえ」

そういうと彼女はスカジャンのポケットから封筒を取り出した。

「ウチの親父からじゃ。どうするかはPが決めればええよ」

巴は封筒を俺に押し付けると、そのまま会議室を去っていった。







彼女から受け取った封筒。
その中には何か硬いものが入っていた。

俺はこの封筒を開けるべきなのだろうか。
一瞬、そんな考えが浮かんだ。形状、硬さ、重さ、その全てがあるものを連想させる。

彼女の実家の稼業から考えても、封を開けることにはなかなか気が進まなかった。

それでも、このまま封筒を放置するというわけにもいかない。




恐る恐る、封を開けていく。
しゃりしゃりと音を立て、封筒が破れていく。
ぎざぎざとした切り口からは、数枚の紙が覗いた。
そして、最後まで封を切り、封筒を傾ける。


中からは一発の使用済みの銃弾が転がり落ちてきた。

とりあず、昨日投下したかった分はここまで出です。
今日の分は投下できるかわからないので、ここで一応一区切りにします。

http://i.imgur.com/CQSZkm1.jpg
http://i.imgur.com/oBk5n1a.jpg
ナターリア(14)

http://i.imgur.com/TuHZNhU.jpg
http://i.imgur.com/YmpiWB5.jpg
前川みく(15)

http://i.imgur.com/BwBlwIU.jpg
http://i.imgur.com/Gsvm2ip.jpg
村上巴(13)



「P様ですね。お待ちしておりました。お部屋は1809号室です、お連れ様は先にいらしていますよ」


とあるホテルのフロントで受付を済ませる。
エントランスは煌びやかなシャンデリアに照らされていた。

普段、営業で利用するホテルよりもいくらかランクの高いホテルだった。
注意してみれば、内装もそれなりのものを使っているのだろうが、今の俺にその余裕は無い。


一歩進むたびに、心臓の鼓動が早くなる。
まるで、俺の胸を飛び出してこの場から逃げ出そうとするように。

一番逃げ出したいのは俺自身なのだが、それはできないのだろう。


封筒に入っていたのは3枚の紙と1発の銃弾。
それを俺に手渡した少女は言った。
行動の選択肢は俺にある、と。

しかし、実際にはそんなものはない。
俺に選べる行動は一つしか用意されていない。


目の前のランプが付くと、重々しくエレベーターの扉が開いた。
その中には誰も乗っていなかったし、乗り込むのも俺一人だけだった。

一枚は、今日の夜9時に指定の場所へと来るように書かれていた。

腕時計を確認すると、8時50分になろうとしていた。
指定の場所は○○ホテル。部屋は受付に尋ねろとの指示だった。

一枚には、ずらりと会社名のようなものが並んでいる。その横には桁数の多い数字が並んでいる。
それらを数えることも可能だったが、あえて止めておいた。
俺の予想が正しければ、その行為には何の意味も無い。
ただ、落胆を深めるだけになるだろう。


そして、最後の一枚には、とある少女についての記述がされていた。
正確に言えば、少女の周辺環境も含めての記載がされていたのだ。



チン、と高い音がした。
エレベーターが静かに止まり、扉が開く。
通路の端から端まで敷き詰められた絨毯。
等間隔に配置され、適度な薄暗さを保つ照明は、足元の深紅を深めていた。

短いですが、今日はこれだけです。
ありがとうございました。

おつおつ

深く息を吸い込み、思い切り肺を膨らませる。
目の前には深い茶色のドア。薄明かりの中に仄かに浮かぶ木目に最低限の装飾を施したシックな扉。

三回、狭い間隔でドアを叩いた。
鼓動は際限なく早くなる。汗がどっと吹き出て頬を伝う。

ドアが開くまでの僅かな時間が悠久のようにさえ感じた。


かちゃりと静かにドアが開くと、頭一つ低い位置に巴の顔が見えた。

「よくきたのう、待っとったぞ。」

ゆったりとした広めのシングル。その中は壁際のランプにぼんやりと照らされていた。

「聞いておきたい。巴は封筒の中身を知っていたのか?」

部屋の奥へと進む小さな背中に問いかける。

「さて、どうじゃろうな。その件についてはゆっくりと話そうじゃないか。コーヒーと紅茶、好きなほうを選べ。そのくらいは振舞えるけえ」

巴はちらりと振り向くと、余裕のある口調でにやりと笑って見せた。
足取りはそのままに。

「よく言うな。こんな部屋に呼んでおいて」


ベッドの横には男が二人立っている。
黒いスーツに、短く調えられた黒々とした髪。
身長は俺と然程変わらないのだが、体つきはまるで違う。
スーツ越しの輪郭からでも、この二人には敵わないと即断できる。


「なんじゃ?二人きりのほうが良かったか?」

スーツの男の鋭い視線が俺に突き刺さる。

「ああ、二人で会いたかったよ。あと、コーヒーで頼むガムシロは一つでいい」

巴は短く返事をすると、コーヒーカップを二つ手にとった。

「立ち話も何じゃからな、まぁ掛けてくれ」

壁際のテーブルの椅子を巴が引いた。

「単刀直入に聞く。あの封筒の意味はなんだ。巴は何を知っている?」

俺は彼女の引いた椅子に座ると、差し出されたコーヒーに口を付けることもなく尋ねた。
テーブルの正面に座った巴はカップに口を運ぶと、一口コーヒーを口に含んだ。

こくりと小さく彼女はそれを飲み下した。

「知っているといえば、知っている。じゃが、それはバカ親父からの又聞きじゃ」

彼女は両肘をテーブルに付き、組んだ手の上に小さな顎を乗せた。

「うちが知っていることはそう多くはない。事務所に入れなくなったあの日のことと、それに関係しそうな事をいくつかだけじゃ」

赤銅色の髪から覗く彼女の目が鋭くなる。
それは年端もいかぬ少女のする目つきではなかった。

「順を追って話そうかの。Pよ、お前はうちの家業を知っとるか?」

「……、村上組だ。極道、とでも言えばいいのか?」

「まあ、大体はあってるかのう。自分で言うのも何じゃが、それなりに力は持っとる」

「それで?それが何か関係あるのか?」

「Pはどうじゃ?関係があると思うか?」

巴は組んでいた手を解くと、そのままテーブルの上へと置いた。
ランプに照らされた部屋の中、彼女の髪がさらりと揺れた。

「例えばその鉛玉がどこから来たものか、とかの」

彼女の口元が僅かに微笑む。
しかし、それには威圧の色が強く感じられた。

「目的はなんだ?家の名前に泥を塗ったことへの落とし前か?」

「せっかちじゃのう、Pは。誰もそんなことは言っとらんよ」

巴は呆れたような表情をすると、ふうとため息をついた。


「うちの親父は酷い親ばかでのう。うちがアイドルを始めたきっかけも親父のわがままじゃった。うちの娘が一番可愛いんじゃ!巴、全国の茶の間に見せたれい、なんて勝手なことを言い腐っての。おかしいじゃろ?」


そういうと彼女はコーヒーカップをソーサーの上でくるりと回した。
かちゃりと陶器の擦れる音がする。

「つまり、なにが言いたいんだ?」

俺は、余裕を漂わせた口調で話す巴をにらみつけた。

「そんな親ばかな親父が一人娘を遠くに放っておくと思うか、Pは?」

「思わないよ」

「そう、その通りじゃ。大体事務所とうちの周りには何人か、うちの若いもんがついとる。過保護なもんじゃ、本当にのう……」

そういうと彼女はコーヒーカップを回す指を止めた。
そして、こちらを下からのぞきこむようにして、

「じゃからの、あの日のことは知っとるんじゃ。Pが死にかけとったことも……。それが誰の仕業なのかも」


と、言った。
先ほどまでのかすかな笑みも、その表情からは消えていた。


「P、封筒を出してみい?そして中身をテーブルに置いてくれんか?」

巴に言われるがまま、鞄から封筒を取り出し、その中身をテーブルの上へと並べた。
からからと音を立てながら、歪んだ金属片が転がる。

それを彼女の細やかな指が拾い上げた。

「これから話すことには何一つ、偽りはない。それはうちの仁義に賭けていい。アイドルの誇りでも」

彼女の小さな手が銃弾を握り締める。


「この事務所は嵌められてる」

彼女の瞳には揺らぎがなかった。
真っ直ぐな視線だけが俺に突き刺さる。

その真剣な視線に俺は声を出すことができなかった。

今日はここまでです。
ありがとうございました。



黒ちゃんとこはこういうハメ方はしないよな


961は銃を用意したりはできんだろう。
ナタってことは… 楽しみだな

本職はもちろんアーニャさんですよね?

おつ

ヒロインは巴とみてよろしいですね?

5

とうに冷めてしまったコーヒーを今更のように飲み下す。
舌の上に僅かに酸味を感じて、巴から受け取ったガムシロップを入れ忘れた事に気が付いた。

「それじゃあ、本題に入ろうか」

巴の言葉に、ベッド脇にいた組員が姿勢を正す。

窓ガラスの上で部屋にいる4人とビルの明かりが重なりあっていた。

ここまでの巴の話を要約しておこう。

それは、村上の現在の組長、つまりは巴の父親と俺たちの事務所の社長との関係についてである。

二人は高校時代からの旧知の仲だった。
もう何十年も交友の続く、謂わば親友とでもいった仲だったらしい。
都合がつく日でもあれば、酒でも飲みながら話をする。そんなことも度々だった。


だからこそ、巴の父は社長に自分の娘を預けたのだ。

目に入れても痛くないほどの我が子であり、組の将来を左右するであろう一人娘の巴を。
そこからも巴の父が社長に寄せていた信頼の大きさが見て取れる。


事務所にそういったコネクションで入った巴は、次第にアイドルとして人気を高めていった。



問題はその後だった。


つい一ヶ月ほど前に社長から巴の父へと一本の電話があった。

それは近頃、何者かに後をつけられている、といった旨のものだった。

万が一、ということもある。
巴の関わりそうな場所、例えば巴の通う学校や練習場、営業先などに組員が配置された。

その中には当然、モバマスプロダクションの事務所も含まれている。


さらに、巴の父親はもう一箇所、見張りを配置した。

それは、社長の身の回りだった。
そして、そのことは社長には知らされていなかったのだ。

sagaいれなくていいの?

次からいれます。
変換されちゃってるのありましたかね?

いや、ないよ。大丈夫。続きよろしく

「仮に、巴の話が本当だとする。その場合、社長は信頼に足る人物で今回の一件は社長を付回していた「何者か」の関与が疑われる。そういうわけか?」

空になったコーヒーカップを無造作にテーブルの際へと寄せる。
組員の視線がこちらに向くのとほぼ同時に巴が軽く右手を上げて、それを制した。

「なんじゃ、まだ信じてくれんのか?さっきのうちの言葉は本気なんじゃがのう……」

「あくまで主観の話だろう?巴の覚悟は酌むさ。本気で言っていたのもわかる、俺の目もそこまで節穴じゃあない。」

「ふむ、主観の話、か。つまり、Pは物証が欲しい、という訳じゃな?」

「ああ、『嵌められている』と言い切るにはそれなりの証拠が必要だろう?」


巴の事を疑っているわけではない。
彼女の真剣さに偽りは無い。彼女はそういう眼をしていたのは間違いが無い。

だが、それだけで全ての情報を鵜呑みにすることはできない。

ナターリアと村上組には関係があるのかも知れない。彼女が持っていた拳銃の出所として村上組は一つの候補に挙げることもできる。
それに、何故、こんな形で呼び出されなればならなかったのかも理解に困る。
事情があるなら多少なり、伝えてくれればよかったのだ。
わざわざ封筒を使って、まるで脅迫のような手法で呼び出す必要性も無いではないか。


物事は客観的明らかな事象から判断しなければならない。

事が事なのだ。選択肢を違えることは許されない。

「この紙に書いているものは何じゃと思う?」

巴はテーブルの上に並べられた紙のうち、一枚をついと指で引いた。

「おそらく、社長の借金の貸主と各所への借金の額とでもいったところか?」

「御明察じゃな。その通りじゃ」

紙の上にはずらりと会社名と日付、そして数字が並んでいた。
甲銀行に、Aローン、Bファイナンス、エトセトラ……。

借金の額は数十万円から数百万、中にはその上の桁も見受けられた。
何しろ、借金先の数が数なのだ。その合計額はかなりのものになる。

「それで?このリストに何かあるというのか?」

「ああ、それはこれから話そう」

巴は再び、その細い指を絡ませその上に小さな顎を乗せた。



「P、さっきの話は覚えておるか?うちの若いんもんが社長の身の回りを固めておったことを」

「ああ、確か一月ほど前からだったな。きっかけは社長が『何者かに付回されている』との電話だった」

「そうじゃ。この一ヶ月、社長の外での行動はこちらで把握できとる。それについてはこれが証拠じゃ」

巴がちらりと組員に目配せをすると、一人の組員が写真をテーブルの上へと並べた。

そこには社長の姿が納められていた。写真の隅には日付の表示もある。

「P、これらを見て疑問に思うことはないかのう?」

瞳孔が開き、額に汗が伝うのを感じた。
唇が乾き、鼓動が大きく、早くなる。

リストと写真を交互に見返す。
気が付かないものはいないだろう。

「日付……。この一月の間の日付だ」


「そう。この一ヶ月の社長の動向はこちらで把握しておる。“にも関わらず”、社長はその間にも借金を重ねておる、そう何度も何度も。Pは、うちの若いもんの目を盗んでそんな事ができると思うか?」

巴の視線が鋭さを増す。

「まず不可能だろうな。少なくともこの一ヶ月の間にされた借金は社長が自らしたものではないし、それどころかそれ以前の借金にすら疑う余地が生じる」

その視線を正面から受け止め、こちらも巴の方へと視線を向ける。

「さらに社長の取り巻きは、今回の差押騒動で右往左往しておったし、社長は今一人暮らしじゃからのう。社長に代わって他の者が金を借りたというのも考えづらい」


巴はそういうと再び、右手を軽く挙げた。

「本当は封筒に入れたかったんじゃが、少し時間が掛かってしまった。すまんのう」

組員がテーブルに数枚の書類を足した。

「これは?」

「さっきのリストの中の会社と社長から詐欺を受けたとする会社の内数社についての書類じゃ。事務所の帳簿の写しじゃ。親父が全力で調べさせたんじゃがのう、案の定キナ臭いのが混じっとったわ」

巴の口元はにやりとその形を歪めた。





今日はここまでです。
ありがとうございました。

訂正
>>76

「さっきのリストの中の会社と社長から詐欺を受けたとする会社の内数社についての書類じゃ。それと事務所の帳簿の写かのう。親父が全力で調べさせたんじゃが、案の定キナ臭いのが混じっとったわ」


訂正は大きく区切れそうなところでまとめてすることにしますが、ここだけ直しておきます。

「リストにあげられている会社は関東圏に集中してるんじゃが、一方ではそれ以外の共通項は見られん。一見しただけじゃったらな」

巴はリストの上から下へと指を這わせる。

「例えば、設立年にしても会社の経営陣にしてもバラバラじゃ」

「それなら、特に不自然な点も無いだろう?金策に困った社長は次々に、金を貸してくれる金融を頼った。それだけの話だ」

「ほうじゃ。じゃが、調べていくうちに面白い共通点が見つかったんじゃ」

巴は組員がテーブルに置いた書類の中からひょい、と一枚を摘み上げた。


「どういうことだ?」

「まぁ、全うな会社じゃなければ珍しい事でもないんじゃ。隠れ蓑、あるいは藁人形とでも言ったらいいんじゃろうか。そういう用途で”ガワ”だけの会社を持ってることなんてザラにあるんじゃ」

巴の指先から紙が離れ、テーブルの上を滑る。

「問題は、社長がその活動もしていない会社から金を借りていることにある」

「確かに、おかしな話だが……。でも、それらの会社にしたって他に共通点なんてないんだろう?それなら、誰が社長を陥れたって言うんだ?」

「そう結論を急ぐな、P。まだ話は終わっとらん。親父も調べるのに相当な苦労をしとったみたいじゃが、もう一つ共通点はあるんじゃ……」


彼女の目つきが一層鋭くなる。
口元を絡めた指の後ろに隠して、意図的に間を空けているようだった。
それはこれから口に出すその言葉をゆっくりと反芻しているようにも見えた。


「今回の件には、桜井の財閥が絡んどると見て間違いない」

更新まで少し空きます

良いスレ発見

6
モバマスプロダクションには千差万別、様々な個性を持ったアイドルが在籍している。
例えば、元婦警の経歴をもつトランジスタグラマー。
例えば、異国の血が流れる褐色の肌の溌剌な少女。
例えば、広島弁を話す気の強い極道の娘。


「もう一度、聞いてもいいか?巴……」

壁に掛けられた時計の秒針の音が聞こえる。
とあるホテルの一室は静まりかえっている。

眼下に映る自動車の明かりはさながら流れ星のようだった。

願わくば聞き間違えであって欲しい。
地を行き交う星たちに願ってみた。

「ええよ」

巴はもう一度ゆっくりと口を開いた。

「事務所を潰そうとしているのは桜井桃華の家のモンじゃ」

どうやら俺の願いは届かなかったらしい。
首筋に汗が筋になって流れていくのを感じる。

巴の視線は真っ直ぐとこちらに向けられていた。

桜井桃華


古くから続く桜井財閥の令嬢。

やや強気な性格に、良家の育ちのよさを感じさせる物腰。
負けず嫌いなところもあるのだろう。
レッスンもサボらずに、常に一生懸命。

驕らずに、泥臭い日々の営業も笑顔でこなしている。

多少大人ぶった態度を取る事もあるのだが、それがかえって微笑ましい。

最近は、だんだんと人気も出てきたのかライブの動員もグッズの販売も右肩上がり。


彼女の実家を面談で訪れた際に彼女の母親と会ったこともあるのだが、娘の成長を目を細くして喜んでいた。

とてもじゃないが、彼女の将来を憂いて事務所を消そうとするようなことは考えられない。

少なくとも俺はそう感じていた。

「その根拠はなんだ?いきなりそんなことを言われても俺は納得できないぞ?こんなやり方はフェアじゃないし、桃華を辞めさせたいのなら事務所を潰す必要も、俺を殺す必要もないはずだ」

テーブルの下で握り締めた右手に汗が滲むのがわかった。
恐らく、顔もこわばっているだろう。表情が上手く作れない。

「P、少し落ち着いてはくれんかのう……。うちにとっても身内を、そしてその家族を疑う事は気持ちいことじゃないんじゃ」

巴の表情が絡めた指の上で僅かに歪んだ。

「さっきの資料があるじゃろ?“ガワ”だけの会社の資料じゃ。それらの会社の代表者とその周辺を調べてわかったことなんじゃがの。桜井の系列の会社の息がかかっとるんじゃ。それもいくつかの子会社や契約先を通して関係をわかりづらくしとる」

「偶然って事はないのか?それだけ関係が桜井の本体から離れているのなら、桜井財閥が意図していない形で各社が社長に関わったという可能性もあるんじゃないか?」


「確かに、顧客の一人ひとりを把握するなんて事は無いじゃろうし、その可能性もないとは言えない」

「だったら……」

「じゃが、それは一般的な場合の話じゃ。残念じゃが、今回のケースには当てはまらんよ」

巴は小さなため息とともに、言葉を吐いた。

若干の落胆をその小さな額に刻みながら。

「流石に情報筋まで教える事はできんが、黒い部分のある金貸しならうちの親父のコネで調べられる。その結果じゃけえ、情報は信頼してもらってええ」

巴は桃華の写真と情報の書かれた紙を拾い上げると俺へと差し出した。

「封筒の中身には一通り目は通したんじゃろ?その中にこの資料が入っていた段階で、心の準備は出来ておったと思ったんじゃがのう」

俺は巴からその紙を受け取り、一瞥した。
桃華の写真の笑顔がちくりと胸を刺激した。

「話には続きがあってのう。数ヶ月前、つまりは社長が借金をし始める少し前の事になるんじゃが、何社かの金融の周りで桜井の影がちらついていたんじゃ。もちろん、リストアップした会社の中にも複数入っとる正直、狙いはわからん。Pの言うとおり桃華を芸能界から離すことが目的かもしれんし、他になにかあるのかもしれん」

「ナターリアと桃華の家の関係は?」

「わからん。じゃが、関係がないとは言い切れん。これからまたPの命が狙われる事についても否定はできん」

言葉が出てこない。冷や汗に濡れたシャツの不快感とねっとりとした雰囲気が時間の経過を遅く感じさせる。

「……わかった。こっちでもいろいろと考えてみよう。だからわかったことがあればどんな事でもいい。教えてくれないか?」

「わかっとるよ、今日話せるのはそのくらいじゃけえ。不確定な情報を悪戯に広げてしまうのも気が引けるけえの」

巴は顔を上げると組員に視線をやった。

「Pの周りにはこれからうちの若いモンつける。万が一のためじゃ、事が起きてからでは遅いけえ。それとこの部屋は明日まで使える。好きに使ってもらってええよ。こんな時間まですまんかったのう」

時計に目をやると既に日付は変わっていた。
巴は椅子を引き、組員は帰りの支度を始めた。

「巴、こんなこといえる立場じゃないが、あまり危ない事に首を突っ込むなよ。お前の年齢で知るべきではないことが多すぎる」

「心配してくれるんか?ありがたいがそういう家庭じゃけえの。ある程度は慣れとるよ。うちは大丈夫じゃけえ」


組員がドアを開くと、ぼんやりと薄暗い明かりが見えた。

一瞬彼女が見せた困ったような笑顔が脳裏に焼きついた気がした。

とりあえず一区切りです。
そろそろ展開できたらなと思います


泥のように深い眠りから目が覚めた。

たった二日の間にこれだけのことがあったのだ。消耗するのは無理が無い。
村上組からの保護を受けられることもありがたい。
身の安全が保証されただけでここまで深く眠ることができたのだから。


枕もとのデジタル表示では時刻は11時を回っていた。
たっぷりと睡眠をとったおかげか、頭がすっきりとして心地が良かった。


ゆっくりとベッドから立ち上がり、コーヒーを一杯入れる。
そして昨日、巴から受け取った資料をもう一度テーブルの上へと広げたのだった。

期待

巴から得た情報は大きかった。
それでも、わからないことが多すぎる。


桜井財閥が事務所を潰しにかかった理由。
社長の消息。
そして、ナターリアが俺の命を狙った理由。

巴は“不確かな情報は流すべきではない”と言った。
村上組ではどこまで掴んでいる?


今、俺がすべき事は……?

次々に広げた資料に目を通していく。


事務所のアイドルを集めて、今後についての説明もした。
その場に現れなかったアイドルは桃華、ナターリアを合わせて複数名。


事態を打開するために明らかにしなければならないことはいくつもある。

それに対して俺に何ができる?


時計に目をやると11時30分を過ぎていた。
チェックアウトの時間が近い。
俺はもう一度資料をまとめなおし、ベッドに放っていた携帯を手に取った。

着信が数件入っている。

ちひろさんから3件。
事務所の仕事先から数件。

そして、ナターリアからの着信と留守番電話が1件。


携帯を持つ手に汗が滲む。
俺は一呼吸置いた後に、携帯を耳へと当てた。












8

しくじっちゃったヨ、頭か胸を打ち抜けばそれだけでよかっタのニ……。

生暖かな街の夜風は少しのぬめりを帯びているようだった。
路地裏から通りを覗けば雑踏が目に映る。

空は晴れているはずなのに、星は見えない。
街明かりが塗りつぶしてしまっているのだ。

手に持った拳銃がずっしりと重く、引き金は固い。

銃を向けられたプロデューサーの顔が脳裏に浮かぶ。

始めは背後から、気が付かれる前に引き金を引くつもりだった。

行動と労力は最小限に、且つ結果は最大限に。
それだけでよかったはずだった。

それなのニ、なんで待ってたんだろうネ?プロデューサーがこっちに気が付くのヲ……。

ナターリアの白いワンピースが夜風に揺らいだ。

次で決めなくちゃイケナイネ。

ナターリアは脇に抱えた鞄から携帯を取り出すと、手馴れた手つきで電話を掛けた。
これまでに何度も何度も掛けてきた番号。指先がしっかりと覚えている。

プロデューサー、出てくれルかナ?

彼女の耳元では携帯のコール音だけが響いていた。



待ち合わせは午後3時。
場所は事務所から歩いて10分程度の場所にある公園の時計の前。


取引先へも現状と今後の説明をしなければならなかったが、直接の訪問は明日以降にアポイントメントを取った。
これで、今日は今日すべき事に集中が出来る。

ホテルを出てすぐに巴にも連絡は入れた。
周囲には何人もの組員が隠れている。誰であれ怪しい行動をとればすぐに俺の身を守ってくれるだろう。


公園の時計に目をやると約束の時間まで15分ほどの余裕があった。
ベンチには鳩に餌をやる初老の男性や、仲睦まじく並ぶカップルの姿。

昼下がりの公園ののどかな雰囲気がここ数日のあわただしい日々を忘れさせてくれる。


待ち時間の間に缶コーヒーの一本は飲めるだろう。
そう思い、自動販売機へ向かおうとした時、ベンチの向こう側に彼女の姿を見つけた。


こちらに気が付いた彼女が足早に近づいてくる。
その後ろに小さな影が二つ見えた。

どうやら一人ではないようだ。

「Pさん、待ちましたか?」

彼女は肩に回した栗色のロングヘアを揺らし尋ねた。

「いえ、今来たばかりですよ。ちひろさん」

ホテルを出てすぐに俺はちひろさんに電話を掛けて待ち合わせの約束をした。
そして今ここにいる。

「後ろの二人はどうしたんですか?てっきりちひろさんだけだと思っていたんですが……」

あちひろさんの後ろには晶葉とまゆの二人が並んでいた。

「Pを呼んだのは私だ。流石に直接連絡するのは避けるべきだと判断したんだ。こんな状況だからな」

晶葉は俺を見上げるような格好でそういった。

「そうなんです。それでここに来る前に晶葉ちゃんと待ち合わせをしていたんですが……」

ちひろさんはちらりともう一人の連れに視線をやった。

「こんにちは、Pさん。ちひろさんと晶葉ちゃんに頼んで付いてきちゃいました」

まゆはくすりと笑う。
やや垂れ目がちな目元が薄く伸びた。

まゆの顔を見るのが随分と久しぶりに感じられた。
二日前に会議室にアイドルを集めた際に彼女は姿を見せなかったのがその理由なのかもしれない。

一応、ちひろさん経由で事情の説明は受けていると思われるのだが、直接話せるのであればそれもまたいいだろう。


「そうか、わかった。それじゃあ、場所を移そうか。流石に昼間の公園で立ち話というわけにもいかないだろう?」

目の前にいるモバマスプロの三人はそれぞれに了解の仕草を見せた。
それを確認すると、俺たちはゆっくりとした歩調で公園を後にした。

>>93
訂正

×二日前
○昨日

---

「そろそろ俺を呼んだ理由を教えてもらえるか?」
他愛のない世間話をあえて自分から遮る。

公園から国道を隔てたとある喫茶店。
そのボックス席に俺たち四人は座っていた。

正面にちひろさんと晶葉、その対面の窓側に俺、隣にはまゆという席順だった。
それぞれが注文したドリンクは半分ほどになっていた。

「ああ、すまんな。つい話が長くなってしまった……。」

晶葉はそういうとアイスティーのグラスを少しだけテーブルの墨へと動かした。

「話、というよりは相談になるのかも知れないが……」

晶葉はそういうと机の下からクリアファイルを取り出し、今しがたグラスを退けたスペースに置いた。
クリアファイルにはパンフレットのようなものが挟まっているように見えた。



てか桜井じゃなくて櫻井だからな

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