モバP「アイドルと、銃口と」(96)

窓の外には雨が見える。
か細い筋が何本も何本も浮かんでは消えてを繰り返す。

俺はといえば、薄暗い事務所の壁にもたれかかり、床にへたり込んでいる。
大の大人が、まるで怯えた仔鹿のように力なく。
まるですがりつくように、壁に身を預けている。

独り立ちして何年も経つ。
いっぱしの社会人として、『大人』というやつにもなれてきた頃合だと思っていた。
酒や煙草の美味さ、週末の夜の幸福感。
そんなものもわかってきた年頃だと。

それでも

銃口を俺に向ける少女を前に、そんなものは何の役にも立たなかったのだ。



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注意
原作内容と異なるオリジナル設定あり。
途中経過であれこれとある可能性があるので、許容できない方は読まない方がいいかもしれません。



「それ、よくできてるな……。だけど、こっちに向けるのは止めてくれないか」

自分でもわかるくらいに腑抜けた声。
口から出る台詞は小刻みに震え、ところどころ裏返ってしまっていた。

彼女の後ろにテーブルが見える。
その上に広がる茶褐色の液体、きらきらと光る陶器の破片も。

つい数分前のことだった。
彼女は突然、銃を俺に向け、発砲した。

幸い、目の前にあったローテーブルに着弾したのだが、彼女の手に握られたそれの脅威を知らせるには十二分だった。

テーブルの木目は深々とえぐれ、コーヒーカップとソーサーは目の前で弾け飛んだ。
兆弾はソファに突き刺さり、破片のいくつかは頬を掠めた。

こんな映画のような出来事は夢であって欲しかったのだが、そうはいかないらしい。
頬に滲む赤と、その疼痛はがこれは現実なのだと知らせていた。

「避けないで欲しかったナ。それが、プロデューサーにとって一番賢い選択だと思うヨ」

そういうと少女はもう一度、調整するように銃口をこちらへと向け直す。
黒く、重く、鈍い光を纏った鉄の塊。
その中心に、まるで深遠にでも通じているかのような穴が見える。
間違いなく、この銃口は俺を殺す準備ができている。

「今度は、ジッとしていてネ?痛くはしないカラ」

褐色の肌に黒く長いまつげが影を落とす。
口角が上がり、肉感のある唇が薄く伸びていく。

普段と同じような笑顔で彼女は引き金に指をかけた。

彼女も俺を殺す準備ができたらしい。

彼女は両腕でしっかりと銃を支えると、引き金を引く。
細くはあるが、しなやかな筋肉に力が入っていくのがわかる。
彼女の白いワンピースから覗く足にも力が入る。

その一瞬の間ではあったが、彼女の後ろでがちゃりと玄関のドアが開いた。
「ただいま戻りましたにゃー!あれれ?誰もいないのかにゃ?」



彼女の意識が一瞬、背後に逸れる。

その隙に壁を思い切り突き飛ばし、その反動で跳ね起きる。
そして、彼女の視線が再びこちらに戻る前に彼女を突き飛ばす。
彼女の身体は羽のように軽かった。


生存本能とでも言うのだろうか。

震える足腰、回らない頭。
そんな状況下でも無意識のうちに一連の行動を流れるように行うことができた。

「え、え?Pチャン?これって……」

入り口で困惑する少女の手を取り、全速力で階段を駆け下りる。

壁際まで思い切り突き飛ばしてやったのだ。
簡単には追いつけないだろう。

とりあえず、導入部終わりです。
これから本編に入ります。



職業は芸能事務所のアイドル部プロデューサー。
もう少し詳しく言うのであれば、中小芸能事務所のアイドル部プロデューサー兼マネージャー。

企画関連のプロデューサー業から、所属アイドルのスケジュール管理からスカウト、オーディションまでをこなす。

最近は仕事の調子も良く、事務所の業績も緩やかに右肩上がり。
かといって、大手のプロダクションを脅かすには少し時間が掛かるだろう。

給料にしても、いくらかのボーナスを支給されたものの高給取りとはとても言い難い。

仕事上の人間関係も概ね良好。強いて言うなら二件となりの飼い猫に嫌われている程度だ。
痴情の縺れも特になし。悲しいかなこの数年間は彼女の一人もいない。

そう、それこそ命を狙われる謂れなどどこにもないはずだ。

社会的な地位にしても、出自にしても金銭的な理由にしても。


ましてや、日々ともに活動するアイドルにこの命を狙われるなんて露程も思わなかった。

「Pチャン?話聞いてる?」

事務所の階段を転がり落ちるように外へ出た。
多少の雨が降っていたが、運よくすぐにタクシーを拾うことができた。
そのおかげで、然程濡れる事もなかった。

「ねぇ、Pチャン!」

隣に座る少女が俺の耳を引っ張りながら、大きな声でそういった。

「ああ、聞こえてる。話はもう少ししてからだ。俺にも何がなんだかわからない」

妙な客を拾ってしまったと思っているのだろう。
タクシーの運転手は怪訝そうに顔をしかめた。


だが、俺には関係ないことだ。
まずは、一刻も早く、少しでも事務所から離れる。

それが今最優先で考えるべき事なのだ。

今日はここまでになりそうです



けたたましく響く電子音に目が覚めた。
その音を止めようと枕元へと伸ばした手が空を切る。

寝ぼけた頭には聞き慣れた目覚ましの音ととの区別が難しかったのだ。

のっそりと、まるで冬眠から覚めた熊のように起き上がる。
そしてゆっくりと部屋を見渡した。

窓から差し込む朝日は見覚えのない家具たちを照らしていた。


そうだ。昨日は部屋には戻らなかったんだった。
ちひろさんを駅に送った後でビジネスホテルに泊まった事を思い出した。

万が一、ということもある。
ナターリアの行方がわからない以上、慣れ親しんだ部屋には戻れなかった。

彼女を部屋に招いた事はないのだが、予測される危険は避けるべきだという判断だった。

現在の時刻は午前8時過ぎ。
普段ならば、7時前には家を出る。
仕事へと向かわなければならないからだ。

しかし、今の俺にはその必要はない。

向かうべき事務所はどこにもないのだから。


昨夜、ちひろさんと喫茶店に入ったのは今後の事を話し合うためだった。

当初は二人とも話し合いどころではない程には憔悴していたのだが、大人の俺達が踏ん張らなければならないということで何とか持ち直した。

互いに無理をしているのははっきりとわかったのだが、そこに触れるような無粋なマネはしなかった。
この状況下で余計な労力を使うなど、愚の骨頂なのだから。

身体もろくに拭かずにバスルームを出る。
適温に調整された空調が心地よかった。


「とりあえず、やるべきことはやらないと、な」

俺は湿った前髪を頭頂部へと掻き揚げると、ベッドの上に無造作に放られていた携帯を手に取った。


なにもできないなりにもするべきことがある。
それが俺達大人の役回りなのだから。

---

「……、というわけ我らがモバマスプロは無期限で活動を休止する」

何人かの少女達の前で、努めて冷静にことのあらましを説明した。
もちろん、彼女達への負担が最小限で済むように全ては伝えてはいない。


例えば、社長が犯罪に手を染めていた事。
例えば、今後、これまでのようにスターダムを目指すことが限りなく困難になった事。


例えば


彼女達の仲間が一人行方不明であること。
そして、彼女は俺に殺意を向け、実際に実行にまで移していた事。


年端もいかない少女達には知る必要のないことが多すぎたのだ。

社長は多額の借金を抱えていた。
そして、この事務所にも借金があった。
事務所は金策のためにしばらくは使えない。
だが、代わりの事務所が見つかれば、すぐにでも活動を再開する。


自分達の事務所が破産しかかっている。それは彼女達にとって、それなりにショッキングな出来事ではあるだろう。
それでも、最小限のダメージで現状に納得してもらうには、そう説明するしかなかった。

幸か不幸か我が事務所、モバマスプロダクションへの社会の関心は低かったらしい。
社長の汚職等という不祥事があったにも関わらず、メディアは然程騒ぎはしなかった。


だからこそ、彼女達にはフィルターを通して不必要な情報を排除しながら、ことのあらましを伝えることができたのだ。

「ふう……」

会議室を去るアイドル達の背中を見送ったあと、大きなため息とともに俺はパイプチェアへと崩れこんだ。
平静を装い、説明を続けることがこんなにも心身を消耗するものだとは思っても見なかった。


俺の話に一通り納得し、「頑張りましょう」といった旨の言葉を掛けてくれたアイドルもいれば、俺の手を握り気遣ってくれるアイドルもいた。

だが、全員が全員、俺の説明に納得したわけではなかったようだ。

例えば、晶葉はその小さな身体には似つかわしくないような鋭い目つきで「助手よ、私に嘘はついていないな?」と詰め寄ってきた。
その目つきは、彼女が研究に勤しむ際に度々見せるそれによく似ていた。

実験に潜む失敗の原因や、論理のほつれを暴こうと思索する。
そんなときにする目つきだった。

「ああ、ついていない」
そう返すと、彼女は「ならばいいんだ」と一拍ほど置いて答えて部屋を後にした。

彼女の後姿からは顎に手をあて、何かを考えている様が見て取れた。

今日はここで一度切ります。
区切りいいところまで書きたかったです。

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ナターリア(14)

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前川みく(15)

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村上巴(13)

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