剣士 「勇者め、いつのまにそんな新しい魔法を……！」

剣士 「あれは、あいつの最も得意とする袈裟斬りの構え……！」

勇者 「袈裟斬り（改）！！！！！」


ちゅどーん！！


勇者 「よし、当たったぞ！！」

魔法使い 「煙で何も見えないっ……」

剣士 「やったか！？」


剣士 （どうせやられてなんていないんだろ？）

剣士 （さぁ来い魔王。本当の戦いはここからだ！！）

魔法使い 「少しずつ煙が引いていきます！」


魔王 「ぐぇぇ……」



勇者 「よっしゃー！！！」

勇者 「魔王を倒したぞ！！！」

剣士 「えっ！？」

魔法使い 「へっ……？」

勇者 「喜べよ二人共っ」

勇者 「俺達はあの魔王を討ち倒したんだぞ！！」

魔法使い 「本当に…勝ったんですか……？」

勇者 「ああ！！ 勝ったんだよっ」

勇者 「魔王を倒す為だけに僕が覚えた大魔法を見ただろう！！！」

勇者 「一か八かだったけど、どうにか成功して良かったっ」

剣士 「は？」

剣士 「ちょっと待て」

勇者 「ん？ どうしたんだい剣士」

勇者 「もっと喜び合おうじゃないか！！」

剣士 「いやそういうノリ要らないから」

勇者 「えっ？ どういうこと？」

剣士 「お前のさっきの魔法、あれ何だったんだ？」

勇者 「世界に勇者たった一人しか使えない、禁断の大魔法だよ？」

剣士 「えちょっと待って何お前……」

剣士 「えっ…それを出会いがしらにぶっ放したの？」

勇者 「そうだよ。この大英断は、きっと後世に語り継がれていくだろうね！！」

　
剣士 「はっ？ 意味分かんねぇ」

剣士 「普通魔王って一発で倒したりしねぇだろ」

剣士 「必死で戦って満身創痍になりながら、最後の最後もう駄目だって時にお前が覚醒したりして倒すモンだろ」

剣士 「それを最初の一発ってお前……」

剣士 「出会いがしらの新技ってお前……」

剣士 「もう冗談にしか見えねぇわ」

勇者 「何を言っているんだ、剣士」

剣士 「いやてめぇが何言ってんだよ」

剣士 「俺達の旅は辛かったよな？」

剣士 「艱難辛苦の旅の果てがここなんだよな？」

剣士 「何度も死にそうになったり、仲間がもう戦えないくらいの大怪我折ったりさぁ」

剣士 「色んな試練を乗り越えて俺達はここに立ってるわけだよ」

剣士 「なのにその集約が魔王一発ＫＯとか笑えねぇわ」
　

剣士 「なぁ、俺は一体どんな顔して王国に帰りゃいいだよ？」

剣士 「魔王相手に何もしてねぇのに英雄気取りにはなれねぇし……」

剣士 「なぁどうしたらいいかな？」

剣士 「教えてくれよ勇者君」

勇者 「胸を張れよ剣士」

勇者 「君は僕に武の道の険しさを教えてくれた、正真正銘の英雄だよ！」

剣士 「そーいう事言ってんじゃないのぉぉ！！」

剣士 「勇者の英雄譚にはさぁ、もっとこう、適した終わり方ってのがあるだろ！？」

剣士 「なのにてめぇが空気読めねぇばっかりに、こんな中途半端に終わって憤ってんだよこっちは！！」

剣士 「お前に剣術を一から叩き込んだのは俺だ」

剣士 「身の丈に合わない雄図を恥ずかしげも無く語るガキだったてめぇに、俺が何で剣を教えたか分かるか？」

剣士 「それはお前の目に少年らしい熱い魂を見たからだよ！！」

剣士 「こっちも感化しちまいそうなぐらい勇敢な冒険心をひしひしと感じたからだよ！！」

剣士 「なのになんだこれ……」

剣士 「俺の中に芽生えていた少年さながらの冒険心は不完全燃焼しましたっ」

剣士 「やたら気分の悪くなりそうな煙を立ち上らせ、不満そうに燻ぶっていますっ」

剣士 「あー、やる気無くしたわー」

剣士 「空気の読めない勇者君のせいで、人生を掛けて挑戦した偉業に対するやる気無くしたわ―」

剣士 「あーやるせね」

剣士 「涙をこらえながら戦線を離脱した僧侶も泣いてるだろうなぁ」

剣士 「まさか勇者君がここまで空気を読めないなんて思いもせず、頬に涙が伝ってるだろうなぁ」

勇者 「うん……なんかゴメン」

魔法使い 「あの…剣士さん？ あまり勇者様をせめるのは……」

魔法使い 「確かに唐突ではありましたが、魔王を打倒出来た事に変わりはありませんし……」

剣士 「勇者様とかｗｗｗｗｗ」

剣士 「知ってるから」

剣士 「お前達が生き別れの兄妹だってのは知ってるから」

剣士 「結婚したいが為に、お互いの関係をずっと隠して来たのお兄さん知ってるから」

剣士 「責めるつもりはないよ？」

剣士 「兄妹で結婚しようが、過酷を極める旅を共にした仲間に嘘を突こうが責めないよ？」

剣士 「どちらかといえば、俺自身お前達の婚約を影ながら応援するつもりのスタンスだったから」

剣士 「全然責めるつもりはない」

剣士 「そうだけどさ、この終わり方は無いだろ」

剣士 「僧侶って俺の嫁の妹なんだよ」

剣士 「話したよね、嫁が魔王に殺された事」

剣士 「言葉にもしたくねぇ程不愉快に辱めれらて、慰み者にされて、挙句見せしめのために殺されたのは話したよね」

剣士 「僧侶はさ、その嫁にすんげぇ似てるんだわ」

剣士 「綺麗で長い黒髪に、アイツの一族特有の碧眼とかさ」

剣士 「生き写しみてぇで、一緒に旅をするのがすげぇ辛かった」

剣士 「まるでアイツと一緒に旅をしているような錯覚がしてよぉ」

剣士 「絶対に死なせねぇって、命に賭けても守るって、俺ずっとそう思ってた」

剣士 「それに僧侶は、魔王を自分の手で葬ることばかり考えていたしな」

剣士 「分かるか？ アイツのやろうとしていた事は復讐なんだよ」

剣士 「俺の嫁が最も毛嫌いしていた憎しみの連鎖が、そこにあったんだよ」

剣士 「だからアイツが無茶して大けがした時、死ぬほど旅をさせた事を後悔したと同時に安堵しちまったんだ」

剣士 「コイツにもう辛い思いをさせなくて済むってよ」

剣士 「姉の事が大好きな妹のままにしてやれるってよ」

剣士 「もちろんアイツは俺達について来ようとするわな」

剣士 「戦線を離脱する事は、復讐が失敗に終わるって事だもんなぁ」

剣士 「だから俺はアイツに言ったんだ」

剣士 「お前の代わりに、俺が魔王の鼻っ面をへし折ってきてやるって」

剣士 「殺すなんて言えなかった。そんな言葉でアイツを穢したくなかった」

剣士 「アイツ泣いてたよ。唇を血が出るまで強く噛んで、俺の腕にしがみ付いてよ」

剣士 「俺の言いたいことを全部理解してたんだよ」

剣士 「復讐なんてやめろ。そんなことは無意味だって」

剣士 「その日はアイツを抱きしめて、一晩寝ずに過ごしたよ」

剣士 「俺の腕の中で震えるアイツが、憐れで、情けなくて、許せなくて……」

剣士 「情欲なんかじゃ決してねぇ。庇護欲でもねぇんだ」

剣士 「ただ一人の男として、アイツが泣くのを止めたかった」

剣士 「その原因を作った野郎をぶちのめしたかった」

剣士 「ああ、勘違いするなよ」

剣士 「俺は最初から復讐をするつもりなんて無い」

剣士 「ただ愚直に思いを込めた拳で、一発思いっきりぶん殴りたかっただけんだ」

剣士 「そうすりゃ俺の中に渦巻く憎しみだとか怒りだとかが、魔王に伝わると思ったからな」

剣士 「そういう思いを背負って俺はこの戦いに臨んだ」

勇者 「そっ…そうだったんですか」

剣士 「同情しろってんじゃねぇんだ」

剣士 「ただよぉ、お前も妹さんと大事な約束事の一つでもあったんじゃねぇか？」

勇者 「え…いえ、そんなものは……」

魔法使い 「あった……」

魔法使い 「お兄ちゃん、忘れちゃってたんだね」

魔法使い 「私がまだ小さくて、お兄ちゃんと一緒に暮らしてた時だよ」

魔法使い 「悪い事をする魔物達に家を燃やされ、村を荒らされて……」

魔法使い 「その時、お兄ちゃん言ったよね？」

魔法使い 「俺が魔王をぶっ倒す。正々堂々、誰も文句が言えないぐらいの正義を振りかざして……って」

魔法使い 「だから私、お兄ちゃんが魔王を倒す勇者になったって聞いた時、その約束を果たす為なんだって思ってた」

魔法使い 「でも違ったんだね」

勇者 「そんなこと……あったっけ？」

魔法使い 「ううん。もうそんな事はいいの」

魔法使い 「私、この旅で沢山の魔法を覚えた」

魔法使い 「もう王国から大魔導の称号を頂けることも決まったわ」

魔法使い 「お兄ちゃん。なんで私が魔導を選んだか分かる？」

勇者 「それは……魔王を倒す旅に出るためなんじゃ……？」

魔法使い 「違うの。全部お兄ちゃんのためだったの」

魔法使い 「剣術は剣士さんが、回復は僧侶さんが」

魔法使い 「でもあの時はまだ、魔導士だけいなかったよね？」

魔法使い 「だから私は魔法使いになった。このパーティーでの不足を埋めるために」

魔法使い 「逆を言えば、私は何にでもなれた」

魔法使い 「剣士でも僧侶でも魔法使いでも……勇者でも」

魔法使い 「それだけの才能も努力も……全て私は持ってる」

魔法使い 「でも最後はお兄ちゃんが魔王を倒してほしかった」

魔法使い 「その為に、攻撃魔法より多く身体補助魔法を覚えたんだよ」

魔法使い 「その内のほとんどは私が開発したの」

魔法使い 「それが評価されて私は大魔導の一人になれるんだ」

魔法使い 「全部お兄ちゃんのため……」

魔法使い 「例え相手が魔王でも、少しの傷も負ってほしく無かったから頑張ったのに……」

魔法使い 「なのにお兄ちゃん、あれは賭けだったとか馬鹿な事言ってたよね」

魔法使い 「本当に魔王は賭けに出なければ勝てない相手だったの？」

魔法使い 「私たちの技量も正確に測れないくせに、自分一人で勝負を決める気だったの？」

魔法使い 「多分気付いてないと思うから言うけど、このパーティーで一番弱いのはお兄ちゃんだよ」

魔法使い 「剣術は剣士さんの足元にも及ばない」

魔法使い 「使える魔法も、全て私が教えた物」

魔法使い 「回復や蘇生に関しては論外」

魔法使い 「第一、勇者の加護だって私の魔法だし……」

魔法使い 「魔王を倒したあの魔法だって、私が旅に出る初期の段階で使えたわ」

魔法使い 「僧侶さんが大怪我をしたのも、お兄ちゃんが四天王の一人を無理に倒そうとしたからだよね」

魔法使い 「瀕死のお兄ちゃんを蘇生させながら、四天王相手に単独で勝利するのは流石に僧侶さんでもキツイよ」

魔法使い 「戦闘要員でもない味方に助けられた挙句、足まで引っ張って……」

魔法使い 「僧侶さんの筋力って人外なの」

魔法使い 「生身で四天王と戦いながら、遠隔で蘇生魔法を掛け続けるって、普通じゃ有り得ない」

魔法使い 「でも僧侶さんの全力はそんなものじゃないの」

魔法使い 「自分に蘇生魔法を掛けた時が一番凄いわ」

魔法使い 「攻撃を受ける度に瞬間回復」

魔法使い 「それどころか、やられる毎に強くなっていく」

魔法使い 「私でも苦戦しちゃうぐらい」

魔法使い 「お兄ちゃんがいなければ、一人で四天王くらい殲滅出来たかも」

勇者 「そ…そんな……」

魔法使い 「あんまりに愚か過ぎるわ、お兄ちゃん」

魔法使い 「私達が魔王を倒すのは決定事項。問題はそこへ至るまでのプロセス」

魔法使い 「中々良い形で来たはずなのにね」

魔法使い 「魔王を倒してくれてありがとう」

魔法使い 「 ゆ う しゃ さ ま 」

勇者 「あぁ…僕はなんてことを……」


『変わりたいか？』

『一人善がりの勇者よ』

『ならば力をやろう』


ｺﾞｺﾞｺﾞｺﾞ……


剣士 「なんだこの音！？」

魔法使い 「見てください！ 魔王が……！」

勇者 「僕は……変わるんだ」

勇者 「誰も文句の言えない正義を振りかざして……」

勇者 「魔王を倒すんだ……」


魔王 「私は変わる……」

魔王 「誰もが従う恐怖を振りかざして……」

魔王 「世界を支配する……」


『時は来た』

『今こそ、数千年の時を経て真の魔王が復活する時』

『恐れよ、慄け、そして我に突き従うがよい』

『世界は再び、暗黒の時代を迎えるのだ！！！』

　

勇者＋魔王＝大魔王　　


剣士 「なんだってー！」

剣士 「大魔王は、勇者と魔王が合体する事で生まれるのかー！？」

魔法使い 「そういうのいいですから、ちゃっちゃとお兄ちゃんを助けますよ」

魔法使い 「さ、早く僧侶さんも出てきてください」

僧侶 「本当の戦いはここからだ！！」



　　

　　　



３メートルを超える長身に、足元まで伸びる黒いマント

手には勇者の愛刀 「干天の慈雨」

胸には妖しい光を放つ宝玉が埋め込まれていた

その相貌は正に魔王

勇者の真に倒すべき相手だった


剣士 「前衛一人に後衛二人」

剣士 「それぞれ接近、援護、回復」

剣士 「あとは各自柔軟に」

魔法使い 「分かりました」

僧侶 「久しぶりの共闘だね、義兄さん」

剣士 「ああ、そうだな義妹」
　

魔法使い 「天神の加護を、勇む彼の者に……」

魔法使い 「加護魔法　『一式』！！」


ﾀﾞﾝｯ!!


駆け出すための一歩目

加速するためだけのそれが、石の床を抉った

加速と言うには、あまりに生ぬるい

移動と言うには、あまりに疾い

瞬間移動とでも形容すべきか

魔法使いの身体補助を受けた剣士が魔王に肉迫する


剣士 「袈裟斬り！」


右肩から左下に振り下ろす剣術

剣士が最初に勇者に教えた技の一つだった

大魔王 「ぬるいわ」


ｶﾞｼｨｯ

大魔王の頑強な手が、剣士の一閃を容易く止める

目で追うまでも無いとでも言わんばかりに、目視せず

止めたというよりは、剣を持ったといった具合

そこに単純な力量差が表れていた


大魔王 「『闇の現』」


剣を掴んだ右手をそのままに、脇から妖刀「干天の慈雨」を剣士に向ける

刺突はしない

ただ剣先を剣士の胸に向けただけ

剣先が淡く光る

次の瞬間、「干天の慈雨」から放たれたモノは、光を漏らさず吸い込むかと言う程にどす黒い「光」

剣士を包み込み破壊する黒い光の柱だった　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

剣士 「ぐぅぅっ……！！」


剣士の剣は退魔の剣

単なる魔法であれば、熟達した剣術と相まって鉄壁の盾となる代物だった

実際、大魔王のそれは魔法の一種

しかし出力が圧倒的過ぎた

熱せられた石に冷却のための水をしこたまぶっかけたはずが、一向に石は冷えない

あろうことかその熱せられた石が、こちらへ飛来してくるのだ

防御もできず、カウンターゆえ退避もできず、剣士はその黒い光にただ飲み込まれる他なかった


大魔王 「たわいもない。なんてことのない小童か」

全身を焼かれ、四肢を地面に打ち付けながら剣士は倒れこむ

先の攻防に優劣をつけるならば、剣士は間違いなく劣

それでも身体が残っただけの実力はあった

相殺できずとも、彼の剣はしっかり大魔王の攻撃を緩和していたのだ


大魔王 「残ったのは雌２匹……」

大魔王 「我の誕生を祝うにはもの寂しいな」


僧侶 「地に伏す彼の者に、今一度の栄光を」

僧侶 「信仰魔法 『二式』」


ゆっくりと、全身丸焦げになった剣士が立ち上がる

見るもおぞましくケロイド状に爛れる肌は、見る間に生者のハリを取り戻していった


剣士 「待てよ……。まだ俺は倒れちゃいねぇぞ」


切っ先を大魔王に向け、彼は勇む

一度あっさり殺された事をまるで知らぬかのように

大魔王 「ほぉ、あの短時間で蘇生とは、そこの雌もやるではないか」


剣士 「お前の魔力……覚えたぜ」


剣士 「ここは、阿修羅頂く伏魔殿」

剣士 「先住魔法　『三式』」


大魔王 「ぬっ……！？」

大魔王 「我の魔力が消えただと？」


魔法使い 「求めよ、与えよ。我が天神に不足なし」

魔法使い 「加護魔法　『裏一式』」


剣士は地面を蹴った

そして――消えた


ｷｨｨﾝｯ

一弾指の中に六十五回訪れるとされる刹那
「或槽」
その内の一つさえ置き去りにする神速

それを剣士は纏った

目では負えぬ一閃を止めたのは、妖刀「干天の慈雨」
「難苦」
残ったものは剣戟の残響だけ

二人は静止し、互いの眼を貫かんと睨む
「臨刑」
魔法の使えない大魔王と、魔法使いの補助と僧侶の蘇生を背に立つ剣士が拮抗したのだ

そして打ち合う

全て致命傷を狙った連撃
「欲壽終」
視認はできない

まるでそれが当然のように、二人は斬り合い防ぎ合った

「念彼」
大魔王 「我とまともに殺し合えるとは……」

大魔王 「貴様も大したものだ」

大魔王 「だか神にはまだ遠い」

　

「観音力」


僧侶 「刀尋段々壊」


或槽難苦臨刑欲壽終念彼観音力刀尋段々壊


僧侶 （これは詠唱が長くて嫌なるのよね）


大魔王 「さぁ名さえ持たぬ、終焉の一撃によって死ぬがよい」


神速さえも及ばぬ「魔速」の剣が剣士の眼前にあった

過程はない

始動さえも

ただ残るは結果だけ

両断したという終焉だけ

　

僧侶 「祈念せよ、されば凶刃は寸断に崩れ去り」

僧侶 「信仰魔法　『裏二式』」


ﾊﾟｷｯ……


始動も過程もない「結果の剣」が止まった

剣士に触れるほんの数ミリ前で瞬間的に崩れ去る


大魔王 「これは夢か幻か……」

大魔王 「我の想像を遥かに凌駕しておる」


剣士 「纏うな、偽るな、手にするな。全てを―――捨てよ」

剣士 「先住魔法　『裏三式』」

　　

剣士 「終わりだ！！！」


剣士の剣が、持ち主を失い落下する

そして「魔速の拳」が大魔王を捉えた

大魔法の剣と同じく、初動と過程はない

漆黒の宝玉が、砕かれ……そして欠片一つ残さず消滅する


大魔王 「なっ……」

　

　

鎖が切れた

楔が抜けた

暗黒の終わり

栄光の始まり

魔王の捲土重来

勇者の起死回生

今再び両者が、立つ―――


勇者 「くっ……。一体何が……っ」


魔王 「くそっ、何だと言うのだ！？」


勇者 「お前は魔王！」

魔王 「貴様は勇者！」

　


剣士 「おお、これは意外な結末」

魔法使い 「大魔王が倒されると、勇者と魔王に戻るんですね」

僧侶 「本当の戦いはこれからだ！」


　

　


勇者 「僕は確か魔王を倒したはずじゃ！？」

勇者 「それに君は僧侶！！」

勇者 「なんでここにいるんだ！？」

僧侶 「そんなことより、これで本当に最後だよ」


魔王 「勇者め、これで終わりだぁ！！」


魔王 「黒不浄…黒蜥蜴…黒橡……」

魔王 「我を穢し、真の闇を作り出せ」

魔王 「魔の王座、究極の闇魔法……」

　

勇者 「これは……まずい！」

勇者 「魔王が放とうとしているものは、禁断の闇魔法！」

勇者 「あれに対抗できるのは、もう僕の新技しかない！」

勇者 「でもなぜか、『干天の慈雨』は粉々に壊れてしまっているしどうしよう！？」

剣士 「ほれ、俺の退魔剣でも使えや」

勇者 「本当ですか！？ 恩に着ます！！」

剣士 「あ、あと新技の名前は『袈裟斬り（笑）』じゃないぞ」

剣士 「『英雄魔法　零式』だ」

勇者 「なぜ剣士さんが新技の名前を……！」

魔法使い 「いいから、最後はびしっと決めてきて欲しいわお兄ちゃん」

勇者 「ああ、任せてくれ！！」

勇者 「ってお兄ちゃんは駄目だろう！？」

魔法使い 「あら、これが終わったら結婚するんじゃなかったのかしら？」

剣士 「ああもうそういういいから、全部俺たち知ってるから」

僧侶 「あとは勇者が魔王を倒して大団円だよ！」

勇者 「うーん、なんだかなぁ……」


勇者 「闇に光輝の冒険譚……これにて完結！」

勇者 「英雄魔法　『零式』！！！」


魔王 「闇の現！！！」



ちゅどーん！！

　


魔王 「ぐぇぇ……」


勇者 「よっしゃー！ 魔王を倒したぞぉぉぉ！！！」

剣士 「ばんざーい」

魔法使い 「ばんざーい」

僧侶 「ばんざーい」

　


その後、勇者は力に頼らず魔界を侵攻しました。

誰も傷ついた者はいません。

何故なら、彼は決して強者ではないので、弱者を虐げる事すらできなかったからです。

種族の壁を破壊すべく、彼は誰もが笑う大団円を目指して今日も頑張ることでしょう。

たまに「強さとはなんぞ」と取り留めの無い事を考えては、やたら強い妹に仕事へ行けと怒られ、

たまに「僧侶さん可愛い」と何気ないことを考えては、筋骨隆々の剣士に尻を蹴られて。

呆けた顔の英雄は、今日も何となくあの冒険の事を思い出して微笑みます。

　

　
　
勇者 「剣士さんの真似」

勇者 「やったか！？」

勇者 「ぷぷっ、すごい似てるや！」


剣士 「あぁん？」


勇者 「うわぁぁ、嘘です冗談ですゴメンナサイ！！」


剣士 「てめぇ、一人で何やってんだよ……」

勇者 「いえ、ただあの冒険を思い出していたんですよ」

勇者 「本当に僕は魔王を倒すことができたのかなぁって」

剣士 「ほぉ。んじゃ、一つ面白い話をしてやろう」

剣士 「あるところに、何度でも復活する大魔王がいた」

勇者 「大魔王ですか？」
　

　
剣士 「ああそうだ。何度倒そうが、結局は生き返る厄介なやつだったんだ」

剣士 「で、時代ごと、その世界で最も強かった人間が、ソイツに挑んでは死んでいった」

剣士 「勿論、世界最強というだけあってただじゃやられねぇ」

剣士 「毎度瀕死の状態まで追い込むんだが、どうしてもあと一歩足りねぇんだ」

剣士 「というのも、一度ぶっ殺しただけじゃすぐに復活する」

剣士 「だから、その大魔王は二度倒さなくちゃならなかった」

剣士 「でもなぁ、倒されるたびに大魔王も知恵をつけてきたんだ」

剣士 「人のように組織を作っては、向かってくる最強の人間を迎撃した」

剣士 「仲間なんざクソの役にも立ちやしねぇ」

剣士 「どうせ、大魔王にたどり着く道中でくたばっちまうんだからな」

剣士 「どんどん同胞を増やし、守りを固めていく大魔王」

剣士 「しまいにゃ、行方さえ消えちまった」

剣士 「だがその頃にはもう、大魔王の組織が人間と拮抗する規模になっちまいやがってたんだ」

剣士 「そして大魔王のいたところには、全く別の魔王なんぞが現れて防戦一方」

剣士 「まぁいずれ人は滅びるだろうぜ、と諦観し始めた王もいた」

剣士 「で、一か八か、ある最強の人間達が立ち上がる」

剣士 「確かに、自分はこの時代においては最強」

剣士 「しかし大魔王には遠く及ばず」

剣士 「ならば、時を超えて仲間を募ろうじゃないかって具合にな」

剣士 「重要なのはそう考えた最強の人間が、複数人いたってことだ」

剣士 「これは偶然か必然か。ソイツらが集った時は、一つに集約された」

剣士 「それがここだよ。この時代、この世界」

勇者 「へっ？」

剣士 「んな阿呆面すんじゃねぇ」

剣士 「お前も勇者なら、もうちっと察しが良くてもいいじゃねぇか」

勇者 「えっ、じゃあその最強の人間って……」

剣士 「この世界にはお前より強い人間が３人いるだろ？」

勇者 「ひぇぇ、本当ですかそれ？」

剣士 「ああ。で、俺が初代」

剣士 「僧侶が８５６人目。魔法使いが７２４８人目」

剣士 「お前が７２４９人目だ」

剣士 「もうこれ以上の言葉は要らねぇな？」

勇者 「ええ、どうりで皆強いわけです」

剣士 「あん？ 違ぇよ」

勇者 「え？？」

剣士 「旅の支度をしろってんだ」

魔法使い 「まだ準備は終わらないの？ お兄ちゃん」

僧侶 「そうだぞー」


剣士 「あと、７２４８回、お前には世界を救ってもらわなきゃならねぇってことだよ」


勇者 「ええぇぇぇええぇぇ！？」


剣士 「安心しろ。あの『やったか！？』ってセリフはお前に譲ってやる」

剣士 「ほら言ってみろよ。お前の大好きな『やったか！？』だぞ」

勇者 「は…はい」

勇者 「や、やったか？」

剣士 「元気が足りねぇなぁ」

剣士 「さっき、俺の真似してた時ぐらい元気にやってくれよ」

勇者 「はい……」